【ご主人様】メイドさんでSS Part6【お戯れを】
1 :
名無しさん@ピンキー:
■お約束
・sage進行でお願いします。
・荒らしはスルーしましょう。
削除対象ですが、もし反応した場合削除人に「荒らしにかまっている」と判断され、
削除されない場合があります。必ずスルーでお願いします。
・趣味嗜好に合わない作品は、読み飛ばすようにしてください。
・作者さんへの意見は実になるものを。罵倒、バッシングはお門違いです。
■投稿のお約束
・名前欄にはなるべく作品タイトルをお願いします。
・長編になる場合は、見分けやすくするためトリップ使用推奨。
・苦手な人がいるかな、と思うような表現がある場合は、投稿のはじめに注意書きをしてください。お願いします。
・作品はできるだけ完結させるようにしてください。
◆正統派メイド服の各部名称
頭飾り:
Head-dress
("Katjusha","White-brim")
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ,ィ^!^!^!ヽ,
,/゙レ'゙´ ̄`゙'ヽ
襟:. i[》《]iノノノ )))〉 半袖: Puff sleeve
Flat collar. l| |(リ〈i:} i:} || .長袖: Leg of mutton sleeve
(Shirt collar.) l| |!ゝ'' ー_/! / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ /::El〔X〕lヨ⌒ヽ、
衣服: (:::::El:::::::lヨ:::::::::::i 袖口: Cuffs (Buttoned cuffs)
One-piece dress /::∧~~~~ヽ;ノヾ;::\_, / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
. ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ /:_/ )、_,,〈__`<´。,ゝ
_∠゚_/ ,;i'`〜〜''j;:::: ̄´ゞ''’\_ スカート: Long flared skirt
エプロン: `つノ /j゙ 'j;:::\:::::::::;/´::|  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
Apron dress /;i' 'j;::::::::\/ ::::;/
(Pinafore dress) /;i' :j;:ヽ:::/ ;;r'´ アンダースカート: Petticoat
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ /;i' ,j゙::ヽ/::;r'´  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
/;i'_,,_,,_,,_,,_,_,_,_,i゙::::;/ /
浅靴: Pumps ヽ、:::::::::::::::::::::::__;r'´;/ Knee (high) socks
ブーツ: Lace-up boots `├‐i〜ーヘ,-ヘ'´ 靴下: Garterbelt & Stocking
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ i⌒i.'~j fj⌒j  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
.  ̄ ̄  ̄
イギリスの正装メイド服の一例
ttp://www.beaulieu.co.uk/beaulieupalace/victorianstaff.cfm ドレスパーツ用語(ウェディングドレス用だがメイド服とは共通する部分多し)
ttp://www.wedding-dress.co.jp/d-parts/index.html
1乙
5 :
名無しさん@ピンキー:2008/09/16(火) 08:22:14 ID:MaWm1veT
優子
6 :
名無しさん@ピンキー:2008/09/16(火) 10:10:46 ID:Q4x6xwIi
一乙
『メイド・小雪 10』
3月になった。
千里と初音が厳しく躾けてくれたおかげで勉学を苦にしないぼくは、ぎりぎりで冷や汗をかいた聡を横目に、十分余裕を持って進級できる。
小雪の誕生日はすぐそこだ。
お正月のあとに、誕生日は二人でお祝いしようねと言ったきりなんの話もしなかったので、小雪も日常と同じようにぼくの世話をし、ぼくは表面的にはまったりと過ごしていた。
小雪がぼくの膝の上で泣き出したあの日以来、ぼくは以前にも増して小雪をよく観察するようになった。
表情のちょっとした変化や、しぐさのひとつひとつ。
メイドらしく、言葉ではいつも従順な小雪が、本心ではどう思っているのか。
差し出してくれた上着をいらないよと言えば、かしこまりましたと答えるけれど、心配そうな顔をしていること。
紅茶を入れたり着替えを手伝ってくれたりしながらそわそわしているのは、なにか嬉しいことがあってぼくに話したいのに、メイドから話しかけることができないから、どうかしたのと尋ねて欲しいのだということ。
反対に、事務的とも思えるほど真面目な顔でてきぱきしているのは、ぼくの留守中に仕事やお稽古でなにか叱られたりして、そればかり考えて上の空になっているということ。
なおゆきさまのいじわる、と言いながら、もっと触れて欲しいと目を潤ませていること。
今まで気づかなかったことがわかるようになると、ぼくは小雪がして欲しいと思っていることをして上げられるようになる。
ぼくが何も言わなくても小雪が世話をしてくれるように。
でも、ほんとうにぼくが知りたいと思っていることは、小雪を見ているだけではわからなかった。
……あれきり、小雪が突然ぼくの前で泣き出すようなことはない。
そして、3月2日の夜。
部屋でいつまでもテレビを見たり雑誌を読んだりパソコンに向かったりして寝るそぶりを見せないでいると、日中メイドの仕事で疲れている小雪が、ソファでこっくりこっくりと船を漕ぎ出した。
ぼくが勝手にしているときは小雪も勝手にしていいよ、と言ってあるのでそれはかまわない。
むしろ、都合がいい。
ぼくは音を立てないように、そっと寝室からスーツケースを出してきた。
日頃はしまいこまれているはずのスーツケースが、旅行の予定もないのに出しっぱなしになっているくらいで、小雪が何か言うことはない。
スーツケースは、一ヶ月近くも寝室に置きっぱなしになっていた。
音を立てないように金具を外して開ける。
小雪は、すうすうとかわいい寝息を立てている。
腕時計を見る。
ぼくは、小雪の背後からそっと近づいて、肩をたたいた。
「小雪、小雪」
ぱっと目を覚ました小雪が、慌てて立ち上がる。
「も、申し訳ございません、もう…」
目を見開いて、ぱちぱちする。
「あ、あの」
両手を、ほっぺたに当てて、小雪がぼくを見上げた。
「あの」
「誕生日、おめでとう小雪」
小雪の目の前に、小さな小さなお雛さま。
赤い毛氈を引いた三段飾り。
金屏風の前に、ちりめんの布で作ったちょっと不恰好な、ころんとしたお内裏さまとお雛さま。
その下の段に、これもちょっとゆがんだちりめんの三人官女。
一番下は、重箱や御所車といった道具。
それらが、ふたを開けたスーツケースの中にちんまりとおさまっていた。
「あ、あの、あの、これは」
ぼくは小雪に腕時計を見せた。
12時。
「ほら、もう誕生日だよ。おめでとう小雪」
小雪のほっぺたが、ぱっと赤らむ。
「前に言っただろ?誕生日は、一緒にお雛さまのお祝いをしようって」
こくこく、と小雪が頷いた。
見る見るうちに涙が盛り上がってくる。
「はい、はい…、で、でも、な、直之さまはお忙しくて、あの、あの」
「忘れてると思ったのかい?」
「は…はい、あの、でも」
ぼくは小雪の頭を撫でてから、スーツケースの前に立たせた。
「そりゃ忙しかったよ。さして器用でもないんだからさ」
小雪はスーツケースの前に座り込んで、まじまじとミニ雛壇を見つめた。
「あんまり見ないでおくれね。アラが目立つからね」
小雪がぼくと雛壇を見比べた。
「あ、あのあの、え、え」
「ずいぶんあちこちゆがんでるだろ?手芸店の人は、キットが揃ってるから難しくありませんよって言ったんだけどね」
「え、え、え。あのあの、これは、でしたらこれはあの」
「うん。ぼくが作った。指を何回も縫い針でつついちゃったよ」
「え!」
広げて見せた手を、小雪が両手で包み込んだ。
「そんなそんな、小雪なぞのために、お手を…」
縫い針でつついただけで赤くなるほどの怪我すらしないのに、小雪はぼくの手を離さなかった。
「どう?少しは喜んでくれたかな。これでも一生懸命考えたつもりなんだけど」
母に頼んで大きな雛飾りを用意してもらうこともできたかもしれないけど、ぼくはぼくだけで小雪のためになにかしたかった。
ものすごく不恰好で、あちこちゆがんでいるけど、ぼくが小雪に見つからないよう、学校やカフェで少しずつ作ったものだ。
小雪に握られた手が、ぽっと暖かくなった。
「小雪?」
小雪が、ぼくの手にぽたぽたを涙を落としている。
「と、とんで…もな…あの、あの、あ、あり…」
ぼくは、小雪をぎゅっとした。
「こらこら、泣くことないじゃないか。誕生日は始まったばかりだよ」
小雪に泣かれることに過敏になっているせいか、ぼくのほうがあたふたしてしまった。
「う、う…、はい、は…」
ぼくが忙しくて小雪の誕生日をすっかり忘れてしまっていると思っていたらしく、小雪はしゃくりあげ始めてしまった。
「ああ、もう。また小雪を泣かせてしまったじゃないか。ほら、いつまでも泣いてるとカッパになるよ」
頭を撫でてやると、小雪は一生懸命涙を飲み込んだ。
よほどカッパになるのがイヤらしい。
一緒にお風呂に入ってから、ぼくは小雪に自分のパジャマを着せて、ベッドに入った。
「で、今日の予定なんだけどね」
「は、はい…?」
「今日は、日付の変わるのを待ってたから小雪はちょっと眠いだろう?少しだけ朝寝坊して、それから出かけよう」
暗がりの中で、小雪がちょっと首をかしげる。
「お出かけでございますか?」
「うん。前に、ディズニーランドに行ったことがないって言ってただろ?行こうよ」
「え、え、え!」
ぼくの腕の中で、小雪がぱたぱたする。
「ほ、ほんとうでございますか?あの、ほんとうに、小雪をディスニーランドにお連れ下さるのでしょうか?」
「うん、そのつもりだけど。あ、ディズニーシーのほうがいいならそっちでもいいよ」
「い、いえいえ、あの、あの」
ベッドの中で小雪が小さく暴れている。
なんだろう、ディズニーランドはイヤなんだろうか。
ネズミ恐怖症?
しばらくぱたぱたしてから、小雪は大きく息をついた。
「ゆ、夢のようでございます。小雪は、ずっと、ずっと、一度でいいから行ってみとうございました…。メイドの間でも、ほとんどの者が行ったことがあると申しまして、それはそれは素敵で楽しくて、夢の国だと口を揃えて」
なんだ。
ぼくはほっとして、少し興奮気味の小雪の背中を撫でた。
「あそこはいつ行っても混んでると思うけどね。小雪とおしゃべりしてたら、乗り物の待ち時間も苦にならないと思うんだ」
「の、乗り物にも、乗れるのでございますか…」
「当たり前じゃないか」
ぼくが笑うと、小雪は恥ずかしそうに丸くなった。
「乗り物だけじゃないよ、パレードを見たり、ご飯を食べたり、ミッキーと写真を撮ったりしようよ。まず最初にあの耳の形になった帽子を買ってかぶろう。アトラクションはいっぱいあるから、すっごく歩き回らなきゃいけないんだよ」
「パレードでございますか……」
メイドたちからいろいろ聞かされているのだろう、小雪がうっとりした声をでつぶやいた。
「でも、あんまり疲れちゃいけないよ。帰ってきてからも、いいことするんだからね」
つんつん、と胸をつついたのに、小雪はもう気分はディズニーランドらしく、気づかない。
そんなに憧れていたのなら、もっと早く連れて行ってやればよかった。
予定のない休みの日に、私服に着替えさせてちょっとドライブしたり郊外のショッピングモールに出かけたりすることはあったけど、ちゃんとした遊園地やテーマパークに行ったことはなかったな。
「さ、おやすみ」
額にちゅっとキスをして言うと、小雪ははい、と素直に頷いた。
「でも、でも小雪は、とてもとても、朝寝坊はできそうもございません…」
朝、目が覚めると小雪はもうベッドにいなかった。
ぼくが起き上がると、とっくにメイドの制服に着替えた小雪が、少し慌しくぼくに着替えをさせ、もの言いたげに見つめてくる。
こんな小雪を見るのは初めてで、ぼくもちょっと小雪の興奮が伝染してきた。
「うん、じゃあ小雪も着替えておいで、朝ごはんは途中で食べることにして、もう出かけよう」
飛び跳ねるように小雪が出て行く。
車に乗り込んだ小雪を見ると、セーターの胸元でようやく外に出してもらえた羽のついた雪の結晶がきらきらしていた。
ぼくらは、目的地につくまでにすっかり気分を高揚させていた。
ディズニーランドにつくと、あまりの広さと人の多さで迷子になりそうですとしっかりぼくの手を握り締めた小雪に、まずミニーマウスのカチューシャをかぶせた。
一緒がいいと小雪が言うので、ぼくもミッキーの帽子をかぶった。
知っている人に会わなければいいなとは思いながら、誰かに小雪を見せびらかしたくもあった。
飲み物を買って、アトラクションをめぐって、ドーナツを食べて、ショーとパレードを見て、ミッキーの形になったパンケーキのランチを食べて、ドナルドと写真を撮った。
小雪は最初から最後まで笑顔で、飛び跳ねて、そしてぼくの手を離さなかった。
おでかけはメイドたちに内緒だからとお土産は買わなかったが、ぼくは小雪にプーさんのぬいぐるみと、ネックレスをしまうのにちょうどいいシンデレラの小物入れを買った。
驚いたことに、小雪も小さな財布を出して、ぼくにミッキーの型押しのある革のストラップを買ってくれ、ぼくはその場でそれを携帯電話につけた。
ストラップは、ぼくのイニシャルの形になっていた。
初めて小雪が、ぼくにくれた形のあるもの。
ネックレスをもらったときの小雪よりも、ぼくは喜んだかもしれない。
メイドが主人になにか贈るなど、おこがましいと言われかねず、実際ぼくらは使用人から何か受け取ったことなどなかった。
使用人が主人に贈るのはその忠誠心と労働だけだ、と教えられていたからだ。
その禁を破ってまで、小雪がおずおずと差し出したストラップを、ぼくはアトラクションの待ち時間も食事の間も、飽きずに眺めていた。
これで、家にいないときも小雪と一緒だね、というと、小雪はディズニーランドの人ごみの中で、頬を染めた。
帰りの車の中でも小雪は嬉しそうで、想像していたよりずっとずっと素晴らしかったと夢見心地だった。
「一日中歩きっぱなしだったろう。疲れなかったかい?」
「いえいえいえ、あの、メイドは体力勝負のお仕事でございますし、それにとてもとても楽しゅうございまして、あの」
「うん、ぼくも楽しかった。回りきれなかったアトラクションはまた次に来ようね」
ぱっと笑顔になった小雪の、嬉しそうなことかわいいこと。
小雪はちょっとうつむいて、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
ぼくは、ちょっとだけプーさんにやきもちを焼いた。
「……で、でも、あの。小雪はほんとうに楽しませていただきました…。一生、忘れられない思い出を、いただきました…」
「そんなに忘れられない思い出をいっぱい抱え込んだら、そのうち小雪の頭がぼんってなっちゃうんじゃないかな」
次も、また次も、小雪にたくさん楽しい思い出を作ってやりたくて、ぼくは上機嫌で言った。
だから、うつむいた小雪がどんな顔をしているかに気づかなかった。
その日、少しの間も離さずにぼくの手を握っている小雪を、ただ迷子になるのが怖いのだと思っていた。
でも小雪は、ほんとうに手を離したらぼくがいなくなってしまうようで怖かったのかもしれなかったのだ。
笑ったり歓声を上げたり、屋敷の中では決して見ることのできないほどはしゃいでいる小雪を、憧れの場所に来た開放感から来るものだと単純に考えてしまったのだ。
屋敷に帰り着いてから、小雪は他の使用人たちに見つからないようにと、プーさんを抱きかかえて小走りに自分の部屋に戻った。
小雪が大急ぎでメイドの制服に着替えてぼくの部屋に来たとき、ぼくはソファに座って目の前に携帯電話を掲げていた。
電話中だと思ったのか、音を立てないようにそっと歩いているのに気づいて、ぼくは小雪に笑いかける。
「ストラップを見ていたんだよ。嬉しいからね」
小雪がうつむく。
「そんな…あの、ほんとうに、つまらない、ものでございますのに…」
「ぼくは小雪がくれたんなら、ドーナツの包み紙でも嬉しいよ」
本心だった。
膝を叩いて座らせ、急いで結い上げたらしい小雪の髪に鼻をうずめた。
「ディズニーランドの匂いがするよ」
小雪は、恥ずかしそうに小さくなる。
「そ、そうでございましょうか…」
「うん。太陽と、水と、パンケーキの匂いかな」
「あの…。パンケーキは…とても、とてもおいしゅうございました。あの、形がこう、ミッキーマウスになっておりましたでしょう?どこからいただいてもかわいそうで、あの」
ぼくがぷっと笑うと、小雪もちょっと笑った。
「あの、でも、ほんとうに、あの、ドーナツも、アイスキャンディーも、全部ミッキーでございました」
「うん、そうだね。どれも、なかなか小雪が食べないからどうしたのかと思ってたんだよ」
「は、はい…、あの、あの」
「小雪の、そういうとこがいいよね」
ぼんっ。
小雪がパンクしたので、ぼくはそっと小雪の頭を撫でた。
ぼくらが座っているソファの横には、ぼくの作った小さな雛飾りがある。
明日には片付けないといけないんだよ、お嫁に行くのが遅くなるからねと言うと、小雪はちょっと残念そうな顔をした。
「小雪は、そんな…」
「でも、来年も飾れるよ。小雪がいやじゃなければね」
「い、いやだなんて、とんでもございません、あの、ずっと、ずっと飾らせていただきとう存じます」
「ずっとじゃないよ、お嫁に行くまででいいんだよ」
ぼくが笑って言うと、小雪は小さな小さな声で、聞き取れないほどの返事をした。
「さてと。誕生日はまだ終わりじゃないよ」
きょとんとした小雪のほっぺたを、つんつんとつついた。
「疲れているところを悪いけれど、お風呂を入れてくれるかい?今日をめいっぱい、いいことで過ごそうね」
「え、え、あの、あの、え」
膝の上でぱたぱたした小雪の耳元に息を吹きかけるように言った。
「今日のうちは、眠らせないからね。メイドは体力勝負の仕事なんだろう?」
ぷしゅ。
小雪の頭のてっぺんから蒸気が噴出した気がした。
ぼくは小雪にまたミニーマウスのカチューシャを付けさせた。
ベッドの上に座り込んで、ミニーの耳だけを付けた小雪が、頬を赤らめる。
「あ、あの、あの」
今まで何度も見ているのに、まだぼくから隠そうと両腕で胸を抱えるようにしていた。
「なに?」
「あの、ディ、ディズニーランドでは、ちっとも気になりませんでしたのですけれど、あの」
「うん」
「こ、ここで、これを付けますのは、あの、なぜでございましょう、とても、あの、変な気がいたしますのですけれども」
「そう?だってネズミは服を着ていないよ。裸で耳っていうのもいいんじゃないかな」
「で、でもでも、あの、ミニーマウスは服を着ておりましたけれど、あん」
向かい合って座っている小雪の腰に手を回して引き寄せた。
「裸の小雪はずいぶん見てきたけど、そのカチューシャをつけてるだけでぼくも変な気分になるな」
「そ、そ、そうでございますか?やはり、似合いませんでしょうか」
両手でカチューシャを外そうとするのを、押さえた。
「だめ。そのまま」
「え、あ、あのあの」
小雪をころんとベッドに転がす。
「ミニーマウスにちゅーしてもらおうかな」
「ちゅ、ちゅ、ちゅーでございますか」
「そう。ミニーはちゅーって言うんじゃない?」
「そ、そうでございましょうか、あの、小雪はあまり聞いたことが、あ」
つい、待ちきれずに自分からちゅーしてしまった。
「ん、はぁ…」
唇を離すと、呼吸を忘れていたかのように、小雪が息を吐いた。
「ミッキーが嫉妬するね」
小雪がぷるぷると首を振った。
またカチューシャを取ろうとする。
「あ、あの、あの、こっ、小雪は、ミニーではございませんので、あのっ」
上手く外れないカチューシャをあきらめて、ぼくに抱きつくようにして身体を起こす。
「あの…、ですからあの、ミッキーではなくて、あの」
「ぼくがいいのかい?」
小雪が、自分からぼくにぎゅっとしてきた。
カチューシャの耳が、ぼくの顎に当たった。
「……はい」
顔を上げさせると、小雪がお尻を持ち上げるように伸びをして、ぼくにちゅーをしてくれた。
軽く触れるだけの、キス。
背中をお尻のほうまで手で撫で下ろし、そのままむにゅっとつかむ。
「んきゃ…」
さて、今日はどうしようかな。
「ね、小雪」
「は、はい?」
「どこ触って欲しい?」
「はははははは、はいっ?」
「小雪が言わないと、触らないよ」
両手を横に広げると、ぼくの脚の間に座り込んだ小雪が取り残される。
「あ、あの、あのっ」
「ほら、どうする?」
耳まで真っ赤にして、小雪が小さくなる。
ぼくが小雪に触れないので、居場所がないらしく、もじもじしている。
あんまりそのままでいられても、ぼくの方でがまんできずに小雪を抱きしめてしまいそうだ。
「こーゆーき?」
触らないよ、と言ったそばから小雪の頭に手を乗せてしまった。
カチューシャのすき間から撫で撫でする。
「言わないと、カッパだよ」
すると、小雪はぷんっとほっぺたを膨らませた。
「おや?」
ほっぺたをつまむ。
「まだここにパンケーキが入ってるのかい?」
ほっぺたがしぼんで、今度は唇がとがる。
「…なおゆきさまの、いじわる……」
ほっぺたをつまんだ指で顎を上げさせると、小雪が目を潤ませていた。
「ん?ぼくが?どうしていじわるなんだ?」
「……」
「おっかしいな、せっかくの小雪の誕生日じゃないか。ぼくがいじわるなんかするわけないだろ」
小雪が頭と顎を挟んでいるぼくの手から逃げるように首を振った。
「ね?小雪ってば」
今度はほっぺたを両側から手で包み込んだ。
「言ってごらん。どうして欲しいの?」
ほんとに、泣き出しそうな顔になる。
「そ、それ、それは、あの、め、命令でございますか」
その手があった。
「そう、命令だよ。小雪はぼくにどこを触ってもらったら気持ちいいのか、言いなさい」
「あ、あの、あの…あ」
ぼんっ。
小雪の背中から力が抜けたように、くたっとぼくの腕の中に崩れてきた。
「しょうがないな。じゃあ、ぼくが自分で探すよ、小雪の気持ちいいとこ」
腕の中に抱きなおして、小雪のぽこんと浮き出た細い鎖骨にキスした。
「ここ?」
手で下から乳房をぷるん、と揺らす。
「こっち?」
そのまま乳首をはずして揉みしだくと、小雪がほうっと息をついた。
「ここ、いいんだ」
はむっと乳首を咥えこんで舌でつつくと、じれったそうに身をよじる。
反対の乳首も指でつまんでこねまわし、引っ張る。
「い…」
「ああ、ごめん。これは痛いんだね。ね、こっちはいい?」
小雪のか細い身体がそりかえり、ぼくはそっとベッドの上に倒してやった。
「もう身体起こしてるのも辛いの?小雪はすぐに気持ちよくなっちゃうんだね」
「そ、そんな…それは」
「ん?それは、なに?誰のせい?」
小雪が潤んだ目でぼくを見てくる。
もうたまらず、ぼくは小雪に覆いかぶさった。
「降参。ぼくの負け」
「…ひゃ、ひゃい?」
小雪の唇を押し割って、舌を吸う。
おっぱいの形が変わるほど握ったり揉んだり、乳首もつんとしてくるまでこりこりとこねる。
時々ぴくんとするお腹に刻まれたお臍の溝も舐めたり、腰骨や太ももの方まで舌を這わせ、脚を交互に持ち上げて柔らかい膝の裏とかふくらはぎとか小さな爪のついた足の指まで、舐めつくした。
小雪はところどころで身体を震わせたり、小さな声を上げたりして、ぼくに気持ちのいいところを教えてくれた。
次第に、小雪が脚を閉じてぼくから逃げようとしだした。
「どうしたの、小雪?」
わざと聞いてみる。
「ん、あ…、の」
小雪が手を伸ばして、ぼくのペニスに触れようとする。
触ってもらわなくても、もう充分なくらいになっているんだけど。
小雪にやわやわと握られただけで、暴発しそうになった。
手の中で、というのも悪くないけどもったいない。
「ん、いいよ小雪。こっち…」
すり合わせるようにしていた小雪の脚を開く。
「こっちがいいから…、まず最初に」
「さ、最初でございますか…」
「うん、だっていっぱいするって言っただろ?」
ベッドサイドから個包装を取り出して袋を破る。
「そうだ、小雪にしてもらおうかな。ね、つけて」
「…え、え、え」
脚を開いたまま腕を引っ張られて起き上がった小雪は、ぼくの腰を脚で挟む格好になる。
目の前に屹立したものを突きつけられ、手にコンドームを渡されて、困ったような顔になった。
「こっち側が表だから。先っぽに当てて。うん、そう。くるくるって」
小雪のぎこちない手つきが、またいい。
「はい、完了。上手にできたね」
「…あ、あの、こっ、これは、あの」
「コンドーム。いつも使ってるだろ?」
「い、いえ、あの、そ、それはあの、存じておりま、すのですけれどあの」
恐る恐るといったように触れてみる。
「あの、い、痛くはございませんのでしょうか、あの、すごく、ぴったりですけれども」
どんどん真っ赤になりながら、小雪がうつむき、膝を引き寄せるようにして自分の脚を閉じる。
その膝に手をかけて開かせると、小雪はころんところがった。
「きゃ…」
開いたそこをちょっと舐めてみる。
もうぐっしょりだった。
「だって、小雪のここのほうがもっとぴったりで、ぎゅうぎゅう締めてくるんだよ。知らなかった?」
ちょっとだけ舌の先でクリトリスをつついてみる。
「んあ、やぁん…」
じゅくっとあふれてきて、ぼくはもうこらえきれずに身体を起こした。
「まず最初、だからね」
押し当てて、くちゅくちゅする。
「こら、返事は?」
小雪は両手で顔を覆ってしまった。
「……は、はい…」
腰を進めると、いつものように押し返してくる。
狭くて、硬くて、でも熱くて、奥で絡み付いてくる。
「こゆき…ね、ここ…きもちいい?」
かき回すように動いて、聞いてみた。
「ん…、んっ…あ、の、は…は、い…」
「そうか…、ぼくも…、いい」
ゆっくり動き出す。
「今、小雪も、ぼくも、気持ちいいんだね、ね?」
中の壁を擦るように抜き挿しすると、小雪がなまめかしい声を上げた。
「いっしょに、きもちいいんだ…、すごく、嬉しいよ」
片脚をかかえあげるようにして、速度を上げた。
「んあ、あ、うんっ…」
小雪が泣きそうな顔になる。
とにかく一度、と思ったけど、小雪をイかせたくなった。
角度と体位を変えながら、小雪を焦らす。
「ひぁっ!」
いいところに当たったようで、小雪が跳ねた。
「ここ?」
そこを集中的に突いていると、声が上がらなくなり、ぴくんと背をそらして小雪がぎゅっと目を閉じた。
中がひくひくと痙攣して締め付けてくる。
ぼくもフィニッシュに向けて、小雪を仰向けにして腰を抱え込み、激しく腰を打ちつけた。
「い、やあ、あ!やっ!もう、も、あ!!」
小雪がぱたぱたと暴れたが、もう余裕がない。
ぼくは思わず短くうめきながら小雪の奥深くに押し込むようにして、ゴムの中に射精した。
長い放出が終わって、いきなりちょっと息が上がった。
……すごく、興奮した。
抜くときに、ぬるっと小雪の愛液が流れ出る。
見ると、小雪が泣いていた。
「小雪?どうした?」
慌てて顔を覗き込む。
「ごめん、なにか辛かった?小雪?」
言葉もなく、ひっく、としゃくりあげる。
しまった、ベッドで泣かせたいのはこういうことじゃないのに。
「ごめんごめん、ぼくが悪かった。あんまり小雪がかわいくて気持ちよかったから、つい強くしちゃったのかもしれない」
抱きしめて謝ると、小雪が首を横に振った。
「い、いえ、あの、そ、そう、ではご、ざいませ…あの」
ぐすん、と鼻を鳴らす。
「あの、こ、小雪もあの、とても、あの、きっ、き…あの」
「気持ちよかった?」
小雪が恥ずかしくて口にできないだろうことを、代わりに言ってやる。
「は、はい、あの、でも、あの」
落ち着かせるために、ぎゅっと抱きしめて背中を撫でる。
「うん、どうしたの」
「あ、あの、すごく、あの、ぐーんってなりまして、あ…」
その表現が小雪らしくて、ぼくは声を立てないように笑った。
「ぐーんってなって、イっちゃったんだ?」
小雪が、ぼくの胸の中で小さく頷いた。
「そ、そのあとが、あの」
そうか。
イった後で敏感になってるところをぼくが激しくしたのがいけなかったんだろう。
「わかった、ごめん。今度はもっとタイミング合わせるから。痛かった?」
「い、いえ、そういうのでは、あの」
ぼくは恥ずかしさでぱたぱたする小雪の頭に、ちゅっとキスをした。
「だって、まだまだいっぱいするんだからね」
ぼんっ。
お誕生日、おめでとう小雪。
来年も、再来年も、きっと……。
――――了――――
せーので一番槍GJ。
因みにパンケーキはミッキーとミニーの二種類あるんだぜ。よいこのみんな覚えておくように(笑)
なんか回を増す事に腕をあげる二人に笑いが止まらないんだぜ。
湧き上がる嫉妬心は誰が癒してくれますか?
俺の部屋には菜摘さんが必要だw
おぉぉ! 都合の好い性欲処理女話乙!!
GJです。とてもGJです。
小雪の涙の理由がわからない……
いや、なんとなく予想はつくけどはっきりとはまだわからない。
だからだろうか……幸せな二人の姿を見ると、同時に胸が苦しくなるんだ……
どうか来年も、再来年も、幸せな二人でいてほしい。どうか……
この二人はもっと違う形で出会うべきだったのかな・・・?
と、スレの趣旨にケンカを売りそうなことを、一瞬とはいえ考えてしまった。
ぶっちゃけあまり心配はしていないがな。
GJ!!!
そろそろ小雪の涙の真相が分からないと、僕の心が張り裂けてしまいそうです
前スレ埋立てのかおるさとー氏にGJを捧ぐ
甘甘だぞこらw
24 :
専属メイド 桜:2008/09/22(月) 22:24:07 ID:Uh6iDNL3
初めて投下します。SSも初めてなので、つたない文で読みにくいかもしれません・・・
「さ、桜と申します。よろしくお願い致します…優也様」
目の前に緊張した面持ちの彼女が来たのは、俺が17歳になってすぐの事だった。俺の家である柏木家は、日本でも指折りの資産家で、そして俺は跡取りでもある。
都心の一等地に建っ屋敷は、祖代々受け継がれたもので、その広さは全体で東京ドーム2つ分はあるだろう。当然、家族だけでは、管理できず、執事やメイドなど、多数いた。桜は新しく来たメイドである。しかも、俺の専属であるらしい。
「専属?そんなもの、いらねぇよ。お前の娘とは言え、まだ、中学生じゃ使えねーよ」
筆頭執事である高橋と横にいる桜を一瞥してすぐに用はないとばかりに視線を携帯電話に移す。
「旦那様の御言い付けでございます、優也様。それに、桜は十分にお勤めできますでしょう。それでは、わたくしはこれで失礼いたします」
高橋はそう告げると、一礼して、部屋を後にする。
「おい、高橋!」高橋は、俺に有無も言わせない内にいなくなり、部屋に残ったのは、俺と桜の2人だけになった。俺は、ソファーに寝転びながら、ドアの近くにまだ、緊張している桜を見た。真新しいメイド服に身を包んだ桜はどう見ても13、14ぐらいにしか見えない。
それが、俺の専属メイドなどとは…。しかも、えらい自信有りげにお世話できると言うのだから、俺は、深いため息をもらした。
「お前…、本当にいいのか?いくら親から言われたとはいえ、学校もあるだろう?」
俺は携帯電話をカチャカチャ操作しながら、桜も見ずに言った。
「あ、あの、優也様。わたくしは、優也様をお世話させて頂く為に、訓練も受けてございます。」
そして、少しうつむき小さな声で付け加えた。
「わたくし、もうすぐ21歳になります…」
(俺より、3つ上かよ…)
俺は思わず携帯電話を床に落とす。すると、すかさず桜は、小走りに来て携帯電話を拾い上げ、俺に差し出す。目の前に来た桜の顔を俺はまじまじと見る。
髪の毛は、染めた事がなさそうな艶やかな黒髪を、一つにまとめている。携帯電話を持つ手は、小さいながらも、指はほっそりとしていて、俺には丁度いいサイズだが、やけに大きく感じられた。
「優也様…わたくし、確かに…見かけでは、頼りなく感じられましょうが、精一杯勤めさせていただきますっ! ですから…っ」
お側に…消えそうな声で桜は、大きな瞳を少し潤ませ懇願し、俺を見上げた。俺は不覚にも、その表情にドキッとした。
(やべぇ、いじめたくなる…)
思わず、くせで押し倒しそうになるのをこらえ、携帯電話を受け取り、笑顔を作る。
「そうか、なら桜、これからお前にやってもらうからな。よろしくな」
「は、はい!ありがとうございます。優也様、何なりとお申し付けください!」
桜は、はちきれんばかりの笑顔を見せぴょこんと頭を下げた。
(楽しみだな…。色々と)
俺は、退屈でたまらなかったこの家での生活が、これから楽しいものにさせる事にした。
イイヨイイヨー、本当にさわりだけだったけど、メイドさんが年上に見えねぇwww
あと、つい癖で押し倒すって今後に期待してしまう。
ってことで頑張れ、楽しみにしてる。
スレPart3の
>>120「落ちぶれたご主人様とメイドさんがアパートに住む」という設定を借りました。
微妙にメイドさんがガサツなのは仕様です。苦手な人はIDあぼーんしてください。
数話で完結させる予定です。
〈第一話〉
手や肩にのしかかった重い荷物を床に置くと、ドサッと大きな音がした。
本なんて紙切れの集合に過ぎないのに、何冊も重なると重いものだ。
こんな毒にも薬にもならないものを後生大事にしている、これからここで一緒に暮らす人の気が知れない。
大きな溜息をついて、私はこの狭い空間を見渡した。
私は丹波美果、十八歳。中学を卒業して田舎から出てきて、この地でメイドとして働き始め三年と少しになる。
名前の由来は、小さな果物商の長女に生まれたからという、単純なもの。
小学生頃までは幸せに育ったが、父が再婚し、新しい母や義理の兄弟との折り合いが悪くなって家を出た。
継子いじめなんて、物語の中のことだと思っていたのだが、実際に身に降りかかってきたというわけ。
口利き屋(私設の職業安定所のようなもの)に強引に頼み込み、池之端家で住み込みのメイドになった。
無学な田舎者が奉公に出るのは昔の定番パターンだけど、現在は必ずしもそうではない。
同じ地方出身者でも、小金を持った家の娘が行儀見習いとして、名家に数年間雇って頂くというのが最近の傾向だ。
都会の一流家庭で仕えたという箔をつけ、結婚の際に相手方に印象を良くするためだ。
だから、メイド仲間は少なくとも高校を卒業した少し年上の人ばかりで、はっきり言ってあまり話も合わなかった。
家庭環境を笑われ、悔しい思いをしたことも一度や二度ではない。
重労働や汚れる仕事を優先して回される屈辱にも会っていた。
それでも、新しい地で自分一人でやっていくんだという思いを胸に、それなりに頑張って毎日を生きてきた。
池之端家は、科学か化学だかの開発に携わる会社を始め、数社を経営している大きな家だ。
社長であるご当主様夫婦と、そして二人の息子の四人家族が広大な敷地に立つ洋館に暮らしている。
いいえ、正確に言えば、暮らしていた。ほんの少し前までは。
社長と夫人、跡継の長男が不慮の事故で一度にお亡くなりになってすぐ、池之端家を取り巻く環境は一変した。
この日は大学に行っておられた次男の悠介様だけが生き残られ、次期社長はこの方だと誰もが思っていたのだけれど。
会社の重役達を味方につけた前社長の義弟が強引に新社長に就任してしまい、あまつさえお屋敷に乗り込んできたのだ。
これからはわしが本家の当主になるという宣言もして。
それに伴い、悠介様は生まれ育ったお屋敷を追い出される羽目になってしまった。
つい先日までは由緒正しい名家のご子息が、今日には宿無し職無しのただの学生になったというわけだ。
人生は山あり谷ありだと言うが、それはまさにこのことだと私はしみじみ感じ入った。
お屋敷の使用人は、ほとんどがそのまま居残った。
大リストラが行われるかと心配されたのだが、さすがに新当主もそこまではやる気がなかったようだ。
広大なお屋敷を維持せねばならないのだから、使用人皆を解雇するわけにはいかない。
しかし、全員を一人残らずそのまま使うというのは、お気に召さなかったのだろう。
お屋敷で働く三十人少しのうち、四人がクビを言い渡された。
残る使用人にプレッシャーを与えるという意味で、見せしめにされたのに違いないと私は思っている。
「わしに逆らえば、今回クビを免れた者も同じ目にあわせるぞ」と言下に脅すなど、あの男の考えそうなことだ。
暇を出されたのは老齢の庭師、勤続数十年のばあやさん、先代社長の運転手、そして、後ろ盾の無い無学なメイド。
このメイドとはつまり、私のことだ。
すずめの涙ほどの退職金を与えられ、古ぼけたトランク一つに入るだけの荷物と共に文字通り放り出されるのだ。
長引く不景気の折、中卒の小娘にまともな就職先があるわけもない。
だからといって、今更実家に帰り、あの義母や義兄弟の前に膝を折ることも断じてイヤだ。
一刻も早く新しい住み込み先を探そうと決意したのと同じ頃、思いもよらない誘いがかけられた。
「美果さん。行く所が無いというのなら、僕と一緒に住みませんか?」
こう言ってくれたのは、誰あろう池之端悠介様、つまり同じく屋敷を追い出される前当主の次男坊。
自分も数日後にはここを去らねばならないというのに、他人の心配なんかしている暢気な人だ。
庭師とばあやさんと運転手は、再就職や身を寄せる先が決まっているし、立派な大人だから特に問題は無い。
しかし、年若くこれからのことが一切決まっていない私を気にしてくださり、こうして声をかけてくれたというわけ。
何でも、この方は教授に、大学から少し離れた所に下宿先を世話してもらったという。
そこへ来ないかと、私なんかをわざわざ誘ってくださったのだ。
「それは有難いお申し出ですけど…。本当にいいんですか?」
「ええ、構いませんよ。僕が不甲斐ないせいで失業者を出してしまったんだ、これくらいしなければ申し訳ない」
微笑んで言葉を続けられるご様子から、本心で言ってくださっているのが分かる。
それにしても、たかがメイドにずいぶんと丁寧な言葉遣いをなさる人だ。
使用人など人とも思わぬ上流階級の人を何人も見ているせいか、この方の物腰が奇妙にさえ思える。
「実は、本当に困っていたんです。次の就職先が見つかるまで、短期間置いていただければ助かります」
「そうですか。私も一人暮らしは不安だったから、連れがいると心強い」
よろしくと手を差し出される若い旦那様に、私も慌ててエプロンで拭いた手を差し出し、握手をした。
お屋敷を去る日、形ばかりの見送りを受けて池之端家を後にした。
失業したのは痛手だけれど、あんないけ好かないクソオヤジに仕えなくとも良くなったから、これでいいのだ。
自分を慰めるようにそう呟きながら、メモに記された住所を頼りに電車に乗った。
旦那様は一足先に下宿に入られているので、私が後追いをする形になる。
最寄り駅で降りて歩いていくと、昔ながらのごちゃごちゃとした街並みの中に次第に吸い込まれていった。
今までいたお屋敷街とは全く違う、一般庶民の住む地区だ。
田舎者の私からすれば、ここでも十分都会で、人の活気が感じられるのだが。
このような地域に、あの池之端家の次男様が住まわれるのかと思うと、忠義者でもないのに嘆かわしくなる。
「海音寺荘、って…」
下町に、こんな一流旅館のようにご大層な名前の下宿があるのだろうか。
頭の中を疑問符で一杯にしながら、入り組んだ道を歩き回る。
いい加減足が疲れてきた頃、私はやっとその建物の前に立つことができた。
え……ここ、でいいのかな…?
メモと建物のプレートを見比べ、目を泳がせる。
海音寺荘、だ。間違いない。ここで合っているはずだ。
でも、自分の中の想像図と、実際のその建物はあまりにも違っていた。
年月を経た佇まいというところまでは、全く想像の通り。
しかし、目の前のその建物は、年月により風格ではなくむしろダメージを盛大に身にまとった外観だった。
一言で言えば、吹けば飛ぶよな、いわゆるボロボロアパートだ。
あまりの事態に、私はしばし呆然と立ち尽くした。
どれくらいそうやっていたのか、正直言って分からない。
アパートの脇に人影があることに気付きふと目をやると、一人の老婦人がこっちを見詰めていた。
我に返り会釈をし、念のためにメモを見せて本当にここが海音寺荘なのか確かめる。
何かの間違いであってほしいというわずかな期待は、あっけなく消し飛んだ。
「あなた、今日来られるという話の、ミカさんなの?」
尋ねられ、呆然としながらもはいと返事をする。
そう、と微笑んだその人は、私を建物の中に案内してくれた。
聞いてみれば、この人はこのアパートの大家さんなのだそうだ。
それを聞いた途端、私は顔に浮かんでいるであろう失望の色を慌てて隠し、精一杯の愛想を代わりに貼り付けた。
一階奥のこの人の住まいに誘われ、お茶をご馳走になる。
身分証明書を見せた後、来る途中に買った菓子折りを渡すと、遠慮しつつも受け取ってくれて空気が少し和やかになった。
「池之端さんは、朝お出かけになったの。まだ戻ってはおられないと思います」
大家さんの言葉に、今の今まで忘れていた旦那様のことが思い出される。
その名が出たということは、あの人は本当にここで暮らし始めたんだ。
そして、私は今日から、ここで住むことになるんだ。この、ぼろぼろのアパートに。
頭を抱えてしまいたくなるほど、私は意気消沈してしまった。
しばらくして、大家さんは出かける用があるというので、私を二階に案内してくれた。
旦那様が一足先に入られた部屋、つまり私達二人がこれから暮らす部屋に。
階段は一段上がるごとにギシギシきしみ、天井板には雨漏りだか何だか分からないようなシミが沢山ある。
先に立って歩く大家さんの背後で、私はますます不安になっていった。
「ここですよ。207号室」
大家さんが鍵を開け、私を部屋に入れてくれる。
「お買い物は、少し行った所に大きな商店街がありますから。スーパーも別の所にあるけど、なるべく商店街を使ってくださいな」
そう言い残して、大家さんは私を残し階段をギシギシと下りていった。
一人になったところで、荷物を一気に床に降ろして部屋を見渡す。
ベージュ色の壁に古びたふすま、くたびれた畳敷きの部屋で、台所にはハエ取り紙が吊るされている。
一体、昭和何年なのだろうと疑いたくなるほど、この空間は今の時代とかけ離れていた。
大学の教授にここを世話してもらったということは、昔教授がここに下宿していたのだろうか。
とすれば、この時代のつき方も納得できる。
それにしても…と呟きながら、とりあえず部屋を歩き回って観察してみた。
玄関から見渡せるのは、板張りのキッチンと押入れと六畳一間。そしてなぜか床の間。
意外にと言うべきか、お風呂とトイレは備え付けられていた。
まだ荷解きをちゃんとしていないのか、そこここに旦那様の物らしき荷物が雑然と置かれている。
ほとんどが紐で束ねた本だ。
私が今朝お屋敷を去るときにも、残りの本を無理矢理持たされ、肩が痛くなるほどだったというのに、
まだ足りないのかという呆れた思いで一杯になる。
本なんて、場所ふさぎで重いし、読む以外の用途があるわけでもない。
とりあえず床の間に本の入った袋と束を追いやり、畳の上にスペースを作った。
あの方は整理整頓のことなど考えたことが無いのに違いない、だからこんなに散らかしておけるんだ。
それにしても、昨日は一体どうやって寝たのだろう、まさか押入れででも寝たのだろうか。
部屋にいては色々なことをぐるぐると考えすぎてしまうので、外に出た。
夕食の材料でも見繕って来ようと、大家さんに教えられた商店街へ行く。
数分後、一昔前のような魚屋、酒屋、八百屋などが店を連ねた結構大きなアーケードが見えてきた。
今度スーパーにも行ってみて、値段を比較して安い方で買おう。
荷物を抱えて部屋に戻り、早速台所を使って夕食作りにとりかかった。
お屋敷には専属の料理人がいたので、私はあちらで料理をしたことがない。
実家にいた頃、義母に家事一切を押し付けられて実地で学んだ時以来、上達は止まっている。
果たして、私の料理があの方の口に合うのだろうかと思いながら、手早く食事の用意を整えた。
そして大方の作業が終り、古ぼけた炊飯器から湯気が上がる頃、ドアの鍵がガチャリと回る音がして旦那様がご帰宅された。
「あ、美果さん。いらしていたんですか」
おっとりと言いながら、旦那様が靴を脱いで微笑まれる。
いよいよ、自分がこれからここで暮らすのだということが胸に染みた。
「お帰りなさいませ。夕食はもうすぐ出来上がりますので」
一礼してガスコンロに向き直り、焼き魚の具合を見る。
「そうですか。では僕はあっちで待っています」
旦那様は六畳間のほうに消えられ、引き戸が閉まった。
焼き魚におひたし、わかめと薄揚げの味噌汁に切ったトマト。
まるで朝食のようなメニューができた所で、引き戸を開けて旦那様の様子を伺った。
これまた古ぼけたちゃぶ台に何かの資料を広げ、取り組まれているのが見える。
「あの、食事の用意ができたんですけど…」
恐る恐る呼びかけると、ああという返事が返ってきた。
「今片付けますから。こっちに持ってきてください」
資料がドサリと床に置かれ、その様子に私は眉をしかめる。
やはり、整理整頓と言う言葉はこの人の頭の中には無いようだ。
そこから教えねばならないのかと思うと、脱力感に襲われる。
同居一日目から、いきなり注文をつけるのはまずいだろうか。気に入らないなら出て行けと言われても困るし。
「アジの干物ですか?おいしそうですね」
並べたお皿を見て暢気に言う旦那様を横目で見ながら、こっそりと溜息をついた。
私が夕食を食べ終わる頃、旦那様はまだ半分も皿の上の物をお腹に納めていなかった。
さっさと食べて仕事に戻らねばならない使用人と、ゆったり食事が楽しめる御曹司とではやはり違う。
今までは一緒に食べたことが無かったから気付かなかった。
優雅に食事を続けられるのを尻目に、自分の分のお皿を流しへ持っていく。
洗うのは旦那様のお皿と一緒で構わないと思い、待つ間にと持ってきた荷物を片付け始めた。
押入れを開けると、布団が中途半端に敷かれたままになっている。
やっぱり昨日はここで寝たのだろう。
散らかった荷物を押入れに入れれば、畳の上に布団を敷けるのに。
それすらやらないのかと、あの方の鷹揚さにまたいらいらした。
「ご馳走様でした」
腹立ちまぎれに大量の本を押入れに納めていく私の背後で、旦那様が箸を置く気配がする。
「自分の分のお皿は、流しへ持って行ってください」
そう言って私は荷物と格闘し、しばらくの後やっと粗方の物を押入れに納め終えた。
とりあえずの仮置きだから、また改めてきちんとしなければいけないのだけど。
荷物の代わりに引っ張り出した布団を脇へ置き、流しへ行って二人分のお皿を洗う。
「美果さん。お茶を入れてくれませんか?」
まだちゃぶ台の前にいる旦那様が、おっとりとした声で命じてきた。
「お茶って、急須とかお茶っ葉とかあるんですか?」
問い掛けると、沈黙が帰ってくる。
ありはしないのに、よくも注文できたものだ。
「無ければ、無理ですね」
当たり前のことを六畳間に向かって叫び、私はさっさと風呂の用意をしに行った。
旦那様のことを風呂に追い立て、その間に台所の物を隅々まで検分する。
さっき使った二人分のお皿と汁椀とご飯茶碗の他は、小さな片手鍋が一つと、箸が何組かあるだけ。
調味料も、一応味噌と醤油と塩を買ったけど、お砂糖や酢は無い。
これではすぐにメニューが行き詰ってしまうから、明日にでも買ってこなければ。
古くて小さいとはいえ、冷蔵庫と炊飯器があっただけでも儲けものだと思わなければ、やってられない。
なかなか風呂から上がってこない旦那様を待つ間、手頃な紙切れに買い揃える品を書き記していった。
結構な数になり、それにまた溜息が出る。
すぐに仕事を見つけなければ、これはすぐに困ることになりそうだ。
風呂から上がった旦那様と入れ違いに入浴を終え、さっさと上がって残り湯で洗濯も済ませようとして、ふと気付く。
ゆがんだタライは狭い物干し台に立てかけてあるが、洗濯かごも洗剤も無い。
旦那様は昨日着たものを一体どうしたんだろう、まさかそのままにしてあるんだろうか。
大いにありえる状況を思い描き、また溜息が出る。
ついこないだまでは名家のお坊ちゃまだったんだから、家事のことに気が回らないのは当然のことだ。
そう思って自分を慰めるのだけど、これから己の身に降りかかってくる仕事にうんざりした。
少しずつでも家事のことを教え、協力してもらわなければ。
洗濯は明日に回すことにして、買い物メモに洗剤と洗濯かごと洗濯板を書き加えながら、そう決めた。
六畳間でまたちゃぶ台に本と資料を広げていた旦那様に声をかけ、対面に座る。
明日にしようかとも思ったのだが、こういうことは最初が肝心だ。
しかしいきなり「家事に協力しろ」とは言いかねたので、当たり障りの無い世間話から入ろうと、昨日のことを尋ねてみた。
「夕食は、大学の帰り際に学食で多めに食べて済ませました。風呂場の石鹸は大家さんに分けて頂いた物です。
洗濯はしていません。荷物が多かったので、昨日は押入れに布団を敷いて眠りました」
あっけらかんと言い放たれ、今日何度目かの脱力感に襲われる。
自分で自分の世話もできないのか、この人は。
「それが、まずかったですか…?」
顔をしかめた私を見て、旦那様がおずおずと尋ねてくる。
何から指摘すべきか考えあぐね、私は盛大な溜息をついた。
「せめて、身の回りの物だけでも買い揃えようとは思わなかったんですか?」
「ええ。引越しを済ませただけで疲れてしまって。それに、何を買えばよいか分からなかったものですから」
「はあ」
「美果さんに相談して、追々揃えていけばいいと思いまして」
随分と暢気なことだ、私なら何は無くとも住環境を整えようと躍起になるのに。
旦那様がどこまで用意をしてくれているかが分からなかったから、あれこれ買ってこなかっただけだ。
「荷物持ちをしますから、明日にでも商店街の方へ行きましょう」
押し黙った私の気持ちをほぐすかのように旦那様が言う。
「…そうですね」
その無邪気さに毒気を抜かれ、私はただそう返すしかできなかった。
ちゃぶ台を畳み、模様のちぐはぐな薄い二組の布団を並べて敷く。
今はまだ暖かいからいいが、冬が近くなるとこれでは寒いだろう。
新しい布団を買う算段もしなければいけないと思いながら、暗い気持ちになる。
ここは、とりあえず今日をしのげる布団が二組あることに喜ぶ方が、ポジティブでいいと思うのだけど。
眠る間際に尋ねたところによると、この布団や冷蔵庫の類は大学のお友達などが譲ってくれたらしい。
明らかな不用品も押し付けられたそうだが、新しい生活に必要な品を数種でも揃えてくれたのは少し見直した。
「まだ必要な物が沢山ありますから、明日は荷物持ちをお願いします」
念を押し、私は早々に目を閉じた。
翌朝は、当たり前のことだが私が先に起きた。
手早く朝食を作ったところで旦那様を起こし、寝ぼけている口に半ば突っ込むようにして食事を終えさせた。
のろのろと着替えているのを尻目に、買い物メモに書き漏らしがないかチェックし、自分も身支度を済ませる。
布団を干してまた片付け物をしてから、旦那様を伴って商店街へ出かけた。
旦那様とて男だから、力はあるだろうと考えていたのだが、それは甘かったとすぐ思い知ることになった。
「箸より重い物を持ったことが無い」とは深窓の令嬢に対して使う言葉だが、このお坊ちゃまも似たようなものだったのだ。
仕方なく、重いものは私が持ち、旦那様には比較的軽めのものを納めた袋を持ってもらう。
それでも右に左に体が振れている傍らの人を見て、また溜息が漏れた。
この人が、大学では優秀で、教授の覚えもめでたいとはとても信じられる話ではない。
のろのろ歩くのに付き合って疲れながら、どうにかアパートに帰り着き、荷物を降ろして一呼吸着く。
瀬戸物屋のワゴンセールで買った急須と湯飲みを取り出し、お茶を入れて差し出した。
「ああ、済みません」
だるそうに言って、旦那様が湯飲みに手を付ける。
この人は、私が少しでもましな物を探そうとワゴンを見ている間、店の奥にある作家物の茶器を興味深げに見ていたのだ。
そんな品は買えるわけがないというのに。
自分のお茶を一気に飲み干して、買ってきた物を片付けていく。
昨日メモに書いたお酢やお砂糖なども、ちゃんと買ってきた。
「洗濯しますから、汚れ物を出してください」
座り込んだまま動かない人に向かって叫び、たらいと洗濯板を用意する。
わずかな手持ちのお金では、洗濯機など買えないのだ。
さあ洗おうと腕まくりをしたところで、お風呂の残り湯を使ったほうがいいと気付く。
洗濯は今夜に二日分まとめてすることに決め、昨日の残りの片付け物をした。
そして買い物のついでにもらってきた求人誌を眺め、めぼしいものに○をつけたあと、夕食の準備をした。
履歴書も買ってきたから、近いうちに書いて求職活動をしよう。
今日の買い物で、ずいぶんお金を使ってしまったから。
これからまだ必要な物も出てくるだろうから、お金はいくらあっても足りない。
勤め先の都合で辞めさせられるのだから、退職金をもっとはずめと交渉すべきだった。
ますます、お屋敷を乗っ取ったあのクソオヤジに腹が立ってくる。
いつか、必ずぎゃふんと言わせてやる。
それがいつになるのかは、分からないのだけれど。
夕食とお風呂と洗濯の後、旦那様と話をした。
昨日とは違い、これから当面のことについてだ。
最初、旦那様は大学院を中退して働きますと言ったのだが、私はそれを却下した。
大学生だと思っていたら大学院生だったのかと、別の所で発見があったのだが。
「中退なさっても、今はいい就職先なんか見つからないんじゃないですか?
それなら、卒業後のほうが引く手あまただと思いますけど」
このようにもっともらしく言ったのだが、本心は違っていた。
旦那様には失礼だが、自分の面倒も満足に見られないこの人が、まともに就職するなんてできるわけがない。
何かの間違いでどこかに雇ってもらえても、すぐクビになってしまうだろう。
卒業までの期間に成長して、少しでも真人間に近くなってから就職してくれた方が、かえって道が開けるというものだ。
運がよければ、私をクビにしたあのクソオヤジに一矢報いるほどの切れ者になってくれるかもしれない。
「しかし、それでは美果さんに負担を強いることになると思うのですが…」
珍しく先が見えることを言う旦那様に、しばし考えて言い返す。
「勿論、旦那様にも何かしらの形で稼いでもらいますよ。働かざる者食うべからずです」
「もっともです」
体力勝負以外の、何かこの人に向いているアルバイトを探せば一つくらいはあるだろう。
学歴は立派なのだから、例えば家庭教師とか。
「先に言っておきますけど、貯金は使わないでくださいよ、学費とか払わなきゃいけないんでしょうから。
そのお金は忘れて、生活費はこれから稼ぐお金だけでまかなうと考えてください」
こう言っておかなければ、後先考えずにお金を使われてしまいそうだ。
「今までは守られるお立場でしたけど、これからは旦那様が自分できちんと考えていかなきゃいけないんですからね」
しつこいかとは思ったが、もう一度念を押した。
「美果さん、さっきから思っていたのですが、その『旦那様』というのは何とかなりませんか?」
「えっ?」
私の話を神妙に聞いていた旦那様が、ふと言った。
「そう呼ばれると、自分がなんだか一気におじさんになってしまった気がするんです」
少し困った顔をして、こちらを上目遣いに見ながら言われてしまう。
「美果さんさえ良ければ、普通に名前で呼んでくださって構わないのですよ?」
「悠介様、と呼べってことですか?」
「様もいりませんけれど…」
まさか、呼び捨て?
「何言ってんですか、旦那様でいいじゃありませんか。亡くなったお父様もそう呼ばれていたでしょう?」
「でも、今の当主は叔父ですし」
「あんなヤツ、ただの乗っ取りオヤジでしょう?
前の旦那様の妹の夫ってだけで、当主の器じゃありません」
目の前の新しい旦那様は、現時点ではもっと器ではないのだが、この際そんなことはいい。
「あなたは正当な池之端家の跡取りなんですよ?もっとしっかりするべきですよ」
「は、はい…」
「その、自信なさそうな態度がそもそもいけないんです!」
「そう、ですか…」
旦那様が肩を落として小さくなってしまった。
あんまりガミガミ言うのも良くないけど、この人は自分の立場についてもっと考えるべきだ。
もっとも、全く何も考えていないわけではないのだろう、と思う。
新社長を名乗ったクソオヤジが乗り込んできた時、この方にまずは交換条件をつきつけたらしい。
「屋敷の使用人や社員の雇用を保障したいのなら、お前は屋敷を明け渡して出て行け」と。
あちらも、まさかこの方がその条件を飲むとは思わず、はったりをきかせたのだろうと思う。
しかしこの方は、その要求をあっさり呑んで、お屋敷を出て行くことを承諾なさった。
自分一人が我慢して皆の生活を守ろうとお考えになったのは、とても立派なことで、本来は尊敬すべきなのだろう。
でも、物分りが良すぎるのも考え物だと私は思うのだ。
腹を括るというなら、そんな交換条件など突っぱねて、家を守るために頑張ってほしかった。
実際、約束は守られず、私達四人はクビにされたのであるし。
これでは、あのクソオヤジの一人勝ちじゃないか。
本当に物分りがいいというなら、全員を解雇するなどありえないと思いつくはずだ。
世間知らずで押しに弱いという性格が、自らの首を絞めていることに気付くべきなのに。
改めてむかついてきたところで、目の前の旦那様に意識を戻す。
私がクビにされたこと自体は、この人のせいではないのだ。
「環境が人を作るって、昔から言うでしょう?」
「はい」
「このアパートから引っ越せない以上は、せめて呼び方だけでもちゃんとしないと、どんどん落ちぶれますよ」
「そうでしょうか」
「そうですよ。もっと『自分は旦那様と呼ばれるべき男なんだ』って、自覚してください」
「はあ」
「とにかく、これからも旦那様とお呼びしますから。『ご主人様』は、自分が犬猫になったみたいでいやなんです」
「そうですか」
「『旦那様』がいやなら、社長でも教授でも大統領でも、私が別の呼び方ができるように肩書きを準備してください」
「分かりました。しかし美果さん、日本は大統領制ではありませんが…」
「どうでもいいですよ、そんなこと!」
「済みません…」
主人に対して口調が偉そうなのは自覚しているけれど、これくらい言わなきゃ効かないのだ。
今はしゅんとしていても、数日もたてば怒られたことも記憶の彼方に飛んでいってしまう人なのだから。
「では旦那様。明日の朝食の味噌汁は、ワカメか秋茄子のどっちがいいですか?」
「ワカメ、でお願いします」
「分かりました。お休みなさいませ」
さっさと布団をかぶり、目を閉じる。
責めてばかりだと、さすがに気の毒になってくる。
旦那様と呼ぶのを承諾させた以上、これくらいの希望なら聞いてあげてもいいかと思った。
−−続く−−
旦那さまフルボッコwww
GJ。そーだよなーそーなるよなーって上流階級なんて縁のない妄想だけど思ってしまった。
あ、それと美果はツンデレだよな、異論は認めん。
漏れも美香様に調教されたいです。
ところで、庶民生活に戻った(?)訳だけど、
メイド服は着たまま、という光景を想像してて間違いない?
>>32 GJすぎる。美果さん頑張れ!オヤジ氏ね。
個人的には「悠介さん」と呼ぶ美果さんも見てみたいです。
>>34 メイド服着ててほしいけど、この状況では売り払った方がいいかもね。
その方面に交渉すれば高く売れると思う。
だがっ……やはり着ていてほしいっ……!
それがロマン……! 男の夢っ……!!
メイド服は制服だろうから、置いてきただろうjk
残念だが・・・・!!
俺たちにはエプロンがあるっ!
38 :
専属メイド 桜:2008/09/25(木) 17:43:27 ID:SBDA0HYR
>>24です。
一応、続きですが、エロなしになってしまったorz
桜が俺の専属メイドとしてやって来て、1週間がたった。メイドとしては、思ってた以上に完璧だった。小さな身体で実によく動く。
桜は朝から元気だ。だか、彼女にとって災難の始まりでもある。
朝が弱い俺は、桜に起こされる。
「優也様、おはようございます!」
桜は自動カーテンのスイッチを押し始めは優しく俺を起こす。もちろん、俺はこんなのでは起きない。
桜は、次にベッドの横に来て俺を揺さぶり起こそうとする。
「優也様、早く起きて下さらないと、学校に遅れてしまいますよ?」
ここで本当は目を覚ますのだが、まだまだだ。
桜は、少し止まる。しかし、俺が起きないので、意を決したように俺の掛け布団を勢いよく、剥がす。
「きぁあああああっ!!」
俺は、この桜の声でようやく目を開けるのだ。
布団が剥がれた瞬間に俺は桜をがっちりと抱き締める。小さい体は俺の腕の中にすっぽり納まっている。
「ゆ、ゆ、優也様っ、お、お止めくださいっ…!お、お願い、お願いですぅ…」
「やだね、気持ちいいだろう?桜、今日は、このままでいようか?それとも…」
俺は、一段と力を強め、下半身を密着させ、ふぅと桜の耳に息を吹き掛ける。
「ひぁぁんっ」
桜は、かわいい声をあげる。顔は真っ赤どころか、全身ゆでタコだ。
桜は、少しでも離れようと身をよじる。
「ゆ、ゆ、優也さま、おく…れてしまいます…っ。じゅ、ご準備して頂かないとぉ…」
「わかったよ、準備するよ。食事は部屋で食べるから、持って来て」
抱き締める手を緩め、桜を解放する。
桜は、逃げるようにその場から離れ、ドアの所で少し乱れた衣類を整え、かしこまりました。失礼いたします。と言うとぴょこんと一礼して部屋を出た。
俺はクスクスと笑いながらそれを見送り、きちんとブラッシングされ、しわ一つない制服を着た。
ほどなくして、朝食を乗せたワゴンと共に桜が戻ってきた。
「優也様…、毎回申し上げてますが、パジャマをお召しになってから、おやすみください。風邪でも引かれたら大変でございます」
テーブルに朝食を並べ、コーヒーをカップに注ぎながら、桜は、少しふくれて言う。
「いつも言ってるだろ。ずっとああだったんだ。今更変えれねーよ」
「それに、あ、あのような…事は、その、止めていだけると…」
桜は、顔を真っ赤にさせながらも、意を決したように、俺をみる。
「なんで?朝のあいさつじゃん。ハグ。お前だってハグぐらいでうろたえないで、もう慣れろよ。それとも嫌なのか?俺が」
「い、いえ、そのような事はっ…。ただ…その…」
ここで言葉が止まる。ますます顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。理由は、もちろん、俺の朝立ちしたモノを当てるからだとは想像がつく。
パンツ一枚で寝るから、すぐに目に入る。その姿に初日桜は、倒れた。顔を真っ赤にして固まる桜に握らしたからだ。
まあ、それからしたら、多少進歩しただろう。あれ以来握らせないが、びくびくした姿がまたいいのだ。
「ハグのおかげで朝スッキリ目覚めるのにな。お前、俺に遅刻させたいわけ?」
「そ、そのような事、ございません!」
「じゃ、問題ないじゃん。それに、お前は俺の為にいるんだろ?桜。」
「左様でございます…。優也様は、お目覚めの時に、その、わたくしが必要だと、おっしゃるんですよね…?」
泣きそうな潤んだ目で、俺を見る。
「当たり前だろ?お前以外、誰が起こすんだよ」
桜は、顔を覆い、とうとう泣き出してしまう。
俺は、やりすぎたか?と思い、席を立ち、桜の顔を覗き込む。
「も、申し訳ございませんっ…、優也様にそこまで言っていただけて、嬉しくて…」
思わず押し倒しそうになるが、ぐっと堪える。
「これからも、わたくしが出来るがあれば、何なりとお申し付けください。優也様の専属になれて、わたくし、本当によかったです!」
涙を拭い、笑顔で答える。「ああ、頼むな、桜。お前が専属で俺もよかった」
「まあ、もうこんな時間に!優也様、お急ぎください!」
桜は、パタパタと俺の鞄を取り、車の待つ玄関へと促す。
「行ってらっしゃいませ、優也様」
桜や他にいるメイドに見送られ、俺は車に乗り込んだ。
(まずは、いい感じだな。我慢するのも楽じゃねぇな。ま、楽しみはまだ、始まったばかりだ)
俺の通う学校は幼稚園から、大学、大学院まである、良家の子供達が通う事で有名だ。
しかし、中身は所詮高校生、あまり変わりはない。
「優也、どうよ?専属メイドの調子は」
教室に入ると、親友というより、悪友である坂本良輔が話かけてくる。
「いいよな、専属なんて、しかも年上だろ?お前の事だから、もう手つけたんだろ?」
「いや、まだ」
「はああ?!お前が手ぇ出してないなんて、ありえねー!」
良輔は驚きのあまり、つい大声を上げる。
まあ、驚くのも無理はない。俺は、今までうちに居るメイドも、先輩、後輩、同級生、その他数え切れないほどの女とヤッてきている。
もちろん、すべて遊びだ。
俺の肩書きはもちろんだか、女受けする容姿のおかげで、女に不十分しない。しかし、その殆どが、俺が言えば、はじめは恥ずかしがった女も、すぐに足を開き、やりたがる。
「今までとタイプが違うからな…。からかうだけでも十分楽しいさ」
今朝の事を思い出す。我ながら、よく耐えたものだ。
やるのは簡単だが、またには、こんなのも悪くない。が、このまま我慢するのは体によくないだろう。
「かな、来いよ」
側に居た女に声かけ、教室を後にした。
すぐに優也の後を追う。その顔は、嬉しさが全面にでている。
いつもの朝の始まりだ。
一方、桜は、優也の部屋を掃除しながら、今朝の事を思いだしていた。
ベッドメイキングをした時は、思わず顔が真っ赤になる。
「優也様の為だもの。頑張らないと、いけないよね…」
今まで、桜は男性と付き合うどころか、あまり触れ合う事も付き合いすらした事なかったのだ。
優也がする事、いう言葉すべて初めてで、桜は、どうすればいいのかわからなくなるのだ。
桜はこの屋敷に来て間もないし、優也専属という立場で、他のメイドからの風当たりは厳しく、相談する相手がいない。
友人にも相談するのも恥ずかしい。
どうしたものかと悩んでいると、一人の人物を思い出す。
手早く部屋の掃除を終わらせ、一段落させると、とある部屋を訪ねた。
「失礼します、桜です。今までよろしいですか?」
どうぞと言う声を聞いて、静かにドアを開け、中にはいる。
「どうした?早速、他のメイドにいじめられたか?」「違います、そのような事は始めから覚悟してた事だから、大丈夫よお兄ちゃん」
屈託ない笑顔を見せる。
桜の兄、冬吾は、桜より十歳上で、父の元で執事しなるべく、修行中だ。歳が離れているせいか、仕事が忙しい父の変わりに、桜の面倒を見てくれた。
早くに母を亡くしてからは、桜にとって父親、母親代わりであり、大好きな兄である。
「で、なんだ?優也様の事か?」
「うん…。お兄ちゃん、優也様に付いて長いでしょ?それで、聞きたい事があって…」
冬吾はすぐにピンときた。
大学をでて、すぐにこの屋敷に来たので、当然桜よりも優也については詳しい。一人っ子の優也は、プライベートでは、兄のように接していたからだ。
実の妹から聞くのは、複雑な気持ちだが、超がつくほど奥手な桜も一つ成長したなと思うと、嬉しくもある。
「優也様は、中々、パジャマを着て寝て下さらないの。お兄ちゃん、注意なさったとある?」
「え?いや…、優也様にとって、あれが一番リラックス出来るとおっしゃるからな。俺にもそれは分かるからな」
「そう…なの?」
兄の言葉に、桜は、男の人は、そういうものなのかと、思った。
「優也様、朝が苦手でいらっしゃるでしょ?それで…、もちろん、起して差し上げるのだけども…」
桜は、真っ赤になってうつむく。
「いつも、ぎゅって、強く抱きしめられて…、ふぅって耳に…息を吹き掛けられるの…。ねぇ、お兄ちゃんはその時どうしてたの?」「……は?」
「だぁから、どんな対応してたの?」
冬吾は、頭を抱える。
「あのな…桜。いや、それはな、直接優也様に聞けばいいだろう?きっと、お前にしか、出来ない事があるだろうから」
冬吾は、純粋すぎる桜にいきなりアドバイスできず、優也に丸投げする事に決めた。
「そうだよね…。わかった、お兄ちゃんありがとう!」
(後でどうするつもりか聞いとくか…)
笑顔で答える桜の頭を撫でた。
俺は、だるいだけの授業が終わると、いくつかの誘いを断り、駐車場へと向かう。
俺の送り迎えは、冬吾の役目だ。いつものように、ずらりと並ぶ駐車場で、俺が出てくるのを待っている。
「お疲れ様でございます。今日はどうされますか?」「家に戻る」
「かしこまりました。珍しいですね。このままお帰りになるのは」
桜が来る前は、直接家には戻らず、必ずどこかへ出かけていた。しかし、今は、家に居るのも楽しい。
「面白いのがいるからな」楽しそうに答える俺をバックミラー越しに冬吾は視線を送る。
「いかがですか?桜は」
「あいつは、俺の事知らないんだな」
「桜が今日来ましたよ。どうすればいいのかと」
思わず、声に出して笑う。
「お前はなんて言ったんだ?全部教えたのか?」
「いいえ、自分で尋ねなさいと。多分、すぐに聞いてくるかと。あれは、純粋です。くれぐれも扱いには気を配っていただけると」
俺の女の扱いが、どれだけのものかよくわかる冬吾だ。心配になるのは無理もない。
「考えておきたいが、無理だな。ああも反応されるとな。いじめがいがある。これでも、我慢はしてるさ」
俺は、今朝の事を思い出しながら言う。
「貴方がまだ、手を出してないのに驚きましたよ。どうなさるんです?」
「答えは一つだ、冬吾。お前の妹だろうが、今は俺の専属だ」
これだけ言えば、冬吾には通じるだろう。
(桜…、頑張れよ)
冬吾は、心の中で祈った。
「お帰りまさいませ、優也様」
玄関で桜と数人のメイドが出迎える。桜に鞄を渡し、部屋へと共に戻る。数人のメイドの顔が残念そうになる。
今までは、それは自分たちの役目であると同時に合図でもあったからだ。もちろん、桜は知る由もないのだが。
部屋に戻り、上着を桜に預ける。それを受け取り、丁寧にブラッシングする。
「桜、コーヒー」
「かしこまりました、すぐにお持ち致します」
上着をハンガーにかけ、ぴょこんと一礼し、部屋を後にした。
数分後、桜はコーヒーと少しの焼き菓子を持って戻ってきた。
「あ、あの、優也様。お聞きしたい事があるのですが、今よろしいですか?」
桜は、カップを渡しながら、遠慮がちに見上げる。
「何?」
ホントにすぐだな…。流石兄妹、よく知ってる。
「あ、あの…、朝起きられる時なんですが…、他にわたくしが出来る事ございますか…?」
「ある。してくれんの?他にも」
ぱぁっと明るい顔になった桜を見る。
「はい!もちろんです。わたくしにお任せください!」
期待した表情の桜に俺は、当然の如く伝える。
「んじゃ、キスな」
桜はきょとんとした表情で、俺を見た。
「キス…で、ございますか?」
「そ、もちろん、ここにな」
俺は、唇に指を当てる。桜は、相変わらずきょとんとしていたが、ようやく意味がわかったのか、ゆでタコになり、慌てふためく。
「キ、キ、キキキシュって、優也さまっ…」
パニックになってるのか、言葉が変になってる桜を俺はにこりとした。
「できるよな?まさか、知らない?」
固まる桜は、首をブンブンと横にふる。
「じゃ、明日からな。今日はもう下がっていい。頼んだぜ、桜」
有無も言わせず、すでに決定事項だ。
「か、か、かしこまりました…。そ、それでは、し、失礼いたしましゅ。あ、い、いたします」
桜は、フラフラと部屋を後にした。
あれから、食事の時間になっても、まだ動揺し、失敗を繰り返す桜を、目が合った瞬間に唇に指を当てるなどして、反応を楽しんだ。
桜は、仕事をこなそうとするが、先程の優也の言葉に動揺し、失敗ばかりした。結果とうとう、メイド長から、お小言をもらうはめになった。
なんとか仕事を終え、食事も喉を通さなく、早々と、屋敷の同じ敷地内に建つ、使用人用にある自分の部屋へと戻った。
(ど、どうしよぉ…。キ、キスだなんて…。わ、わたし、した事ないのに…)
ぐるぐるとその事が頭を回り、眠れないまま、夜が更けていった。次の日、桜はとうとう一睡も出来なかった。
ぼぉっといた頭をさますために、冷たい水で顔を洗う。メイド服に着替えると、気分が、しゃきっとする。
(よしっ!優也さまの為、喜んでいただきたいもの。頑張らないと…!)
気合いを入れるように、顔を叩くと、優也の部屋へと向かった。
ノックをし、部屋へとはいると、まだ寝ていた。思わず、唇に目をやってしまい、顔が赤くなる。
雑念を払うように頭を振り、勢いよく、カーテンを開ける。
「ゆ、優也さま、朝でございます!」
思わず、声がひっくり返る。これで起きないのはわかっている。覚悟を決め、ベッドの横に座り、キスをした。
「おおおおおはようございますっ!優也さま!」
「っ…いてぇ。お前…なにすんだよ…」
痛さのあまり、目が覚めた。
「キキキキキスでございますっ」
「キスぅ?ぶつかってきただろうが…」
桜は、緊張のあまり、勢いがつきすぎ、唇をと言うより、歯が当たったのだ。しかも頬骨に。
「何時だぁ?」
「7時でございますっ!お支度をっ!」
時間を聞いて、俺は、ため息をつく。
「…今日は休みだから、おそくでもいいと、言ってはずだが…?」
きょとんとした桜は、思い出したのか、真っ赤になり立ち上がる。
「も、申し訳ございません!もう一度、お休みに…」
頭を下げる桜の腕を掴むと、俺はベッドへと倒す。
「ゆ、ゆ、優也…さま…?」
「丁度、休みだし、時間もある。お前に教えてやるよ。色々とな」
俺は桜の耳元でささやいた。
続
>>41 兄貴それでいいのかよw
でも桜はかわいいです。
>>42 兄貴は「実のところ、精神的には弟分」の主と暗黙の了解を結んでいるのではないだろうか
王侯貴族のような境遇の女慣れした若主人であろうと、次期執事長候補の兄貴分をないがしろに出来るほど図々しいとは思われん
一人称?三人称?
45 :
24:2008/09/26(金) 16:51:44 ID:9L/8AdWa
>>43 その通りです。
暗黙の了解と言うか、その辺書けたらいいのですがorz
>>44 最初は、優也主体でと思い、1人称にしたんですが、桜やその他を入れると3人称でなんてしたら、ごちゃごちゃに…。
文才なくてすいませんorz
26-32の続きです。
〈第二話〉
アパートに移って1ヵ月半が過ぎた。
旦那様のご厚意で同居させて頂くことになったわけだが、当初、私は短期間でここを出るつもりだった。
住所不定では求職活動もできないから、とりあえずここを足がかりに、新しい住み込みの奉公先を探す。
見つかればすぐにそちらへ、という青写真を描いていた。
しかしその予定は、この部屋に引っ越してすぐ頓挫した。
旦那様は、とにかく1人では何もできない人だったからだ。
掃除洗濯は言うに及ばず、料理も買い物も、生活に必要なこと何もかも。
これでは、とても旦那様を1人残しておさらばするなんてできない。
部屋で孤独死などされてしまっては、寝覚めが悪くなる。
まさか、旦那様を伴って住み込みに行くわけにもいかない。
どこかのお屋敷で、またメイドとして働くという選択肢は無くなってしまった。
旦那様には徐々に家事を覚えてもらうことにし、それまではアルバイトで食いつなぐことにした。
履歴書と求人雑誌、そして精一杯の笑顔を用意して、雇ってくれる場所を探す。
しかし、思いに反して求職活動は厳しい物だった。
やる気は申し分ないのに、いくつもの不採用を食らわされ、柄にもなく落ち込んでしまう。
旦那様の方は、大学で紹介された家庭教師のアルバイトをとっくに始めているというのに。
この方に負けてしまったというのが、地味に私の胸に堪えた。
あちこち足を棒にして歩き、そしてようやく、土曜日だけのアルバイト先を見つけ出すことができた。
商店街を抜けた先に、観音様の大きなお社がある。
毎週土曜日は縁日が行われ、中高年の参拝客がどっと押し寄せるのだ。
その人達を当て込んだ、茶店の店員に雇ってもらえることになった。
そこの女店員は、全員茶摘み娘の格好をしている。
紺色の地に白の「井」の字模様の入った着物、赤いたすきと前掛け、頭は白い姉さんかむり。
その服装でお茶や団子やおでんを運び、レジでお会計もする。
コップ酒も出すが、参拝客だからあまり飲む人はいないという話だった。
本当は月曜日からフルで入れるほうがよかったのだが、ともかく、まずはここで頑張るしかない。
茶店のオーナーはこの商店街の役員だから、きちんと勤めれば平日の仕事を紹介してくれる可能性もある。
信用を得るまでには、比較的採用条件の緩い短期の仕事を掛け持ちすることにした。
接客でも工場でも、採用してもらえれば何でもやる。
ピザや宅配寿司のチラシ配りのアルバイトも入れて、生活の足しにする。
これなら空いた時間にできるから、都合がいい。
池之端のお屋敷を出る時、私の荷物はほんの少ししかなかった。
もともと服には関心が無く、同じ物を二日続けて着ても気にしない性質。
荷物を全てトランクに詰めても、まだ余裕があった。
そのため、隙間を埋めるようにメイド服を3着詰め込んで、お屋敷を出たのだ。
いざとなれば、これを普段着に縫い直そうと思って。
制服だから返却せよと言われるかと思ったが、幸いそこまでは求められなかった。
エプロンやブリムをつけなければ、黒のワンピースとしても着ることができる。
その目的で持ち出したわけだが、、私は結局、これを元の通りにメイド服として着ることにした。
旦那様と接する時には、やはりこれを着ていたほうがいいと思ったのだ。
メイドや執事のいたお屋敷のことを思い出し、早くあちらへ戻れるようにと願ってくれるように。
旦那様の前で私服というのは、どうにも落ち着かないし、物事にはけじめも必要だ。
そんなわけで、私は家事をする時は相変わらずメイド服を着用していた。
メイド服、外に出る時は私服、土曜日には茶摘み娘の服。
この3パターンを行ったり来たりして、私は毎日を過ごしていた。
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「美果さん。今日は久しぶりに、その…。頼めませんか?」
そんなある日の夕食時、唐突に旦那様が言った。
ちなみに今日のメニューは、たこと大根の煮物、焼舞茸、豚汁、そして昨日の残りの煮豆だ。
「はあ。別に構いませんけれど」
目も合わせずに答えると、旦那様はお願いしますと言って、また食事に戻った。
何を頼まれたのかというと、つまりその、そういう行為をだ。
別に秘密にしていたわけではないが、私と旦那様は、お屋敷にいた時から男女の仲だった。
とはいっても、愛し合って結ばれたのとは違う。
名家の御曹司が外で間違いを起こさぬようにと、周囲の人間が私をあてがったのだ。
こういうことは、大っぴらにはならないものの、池之端家と同じレベルの家ならよくあること。
若くて後ろ盾のないメイドに、お相手として白羽の矢が立つものらしい。
行儀見習いの娘なら、預かり物だということで、軽々しく手をつけさせるわけにはいかない。
しかし、稼ぐだけの目的で屋敷に住まう使用人なら、立場も弱いのでそういう役目を与えやすい。
だからアンタが選ばれたのよ、と以前に先輩のメイドがご丁寧に教えてくれたことがある。
そのことについては、別に怒るとか嘆くようなことはしなかった。
ただ、ふうんと頷き、その晩に閨に上がっただけ。
もともと、将来の夫に初めてを捧げるなどという少女らしい夢など持ったことはない。
仕事の延長というか、深夜勤務の一種のような感覚だった。
17歳の時からお屋敷を出るまで、両手両足の指で足るくらいの回数、私は旦那様とベッドを共にした。
変わったことといえば、毎月の給料明細に「技術手当」がつくようになっただけ。
その名目に苦笑しながらも、くれる物はもらっておこうという程度に考えていた。
このアパートに引っ越してからは、そういうことはしていなかった。
旦那様は淡白な方のようだし、私が日々の暮らしに追われていたので、遠慮されていたものと思われる。
もしかしたら、ご両親とお兄様の喪に服されていたのかもしれない。
今日頼まれたのは、何か心境の変化があったからだろうか。
考え事をしながら皿洗いをすませ、二番風呂に入る。
旦那様は風呂上りにも何やら本や資料を相手になさることが多いから、まだ時間はある。
風呂掃除と洗濯もすませてしまい、音を立てないように床の用意をした。
敷いた布団の端に座り、私には分からない学問を相手にしている旦那様の背を、見るともなく見つめる。
せわしなく本をめくり、資料に何やら書き付けたり、うーんと考え込んだりされている。
それだけ見れば、普段のふわふわと捉えどころの無い人という感じはしない。
ひとかどの、お偉い学者様の卵に見えてくるから不思議なものだ。
もしかしたら、あれが旦那様の真の姿なのだろうか。
普段とはまるで別人のように凛々しくさえあるその姿を見ながら、私は布団にぱたりと倒れこんだ。
「ああ、すみません」
本を閉じる気配がし、旦那様がこちらへ歩いてきた。
「つい夢中になって。待たせてしまいましたね」
布団に頬をつけている私の顔を覗き込み、旦那様がまた謝ってくれる。
別に、待ち疲れてすねていたわけじゃないから、いいのに。
「眠いですか?今日はやめて、明日にしますか?」
「いいですよ、別に」
色気もくそもない返事をして、体を起こして向かい合う。
恋人同士だったら、わざとお預けしたりして、駆け引きの一つも仕掛けるのだろう。
私達の間にはそういうものは必要ない。ただの行為があるだけだ。
主従関係は本当はもう消滅しているのだが、まあ頼みを聞いてあげるのもいいだろう。
「ありがとう、美果さん」
こうやって、嬉しそうに微笑む旦那様の無邪気な顔を見るのも、たまになら悪くない。
布団に横たえられ、さっき着たばかりのパジャマがはだけられていく。
旦那様とは何度も夜を共にしてきたけれど、自分だけが裸というのは苦手だ。
横を向き、シーツに指を滑らせて居心地の悪さをごまかした。
しばらくして、自分の服を脱ぎ終えた旦那様が私の隣に横たわった。
目を合わせてにこりと微笑まれ、心に違和感が生まれる。
お屋敷にいた頃、旦那様は脱いだらすぐ覆いかぶさってきたのに、なんでわざわざ隣に来るんだろう。
「あんまり見つめないでください、困りますから」
「はあ…」
普通、そういうセリフは女の方が言うものではないんだろうか。
私が繊細さを欠いているぶん、旦那様が女の子っぽくなってしまったのかな。
首を傾げていると、いきなり旦那様の腕にぐっと引き寄せられた。
「きゃっ」
思わず出た小さな悲鳴に、顔がカッと熱くなる。
「美果さんに見られないよう、こうしておきましょう。しばらく我慢してください」
旦那様の息が髪に触れ、ふわふわとくすぐったい。
これは好都合だ。私も、この火照った顔を見られたくない。
言われたとおりに、そのまま胸の中で大人しくすることにした。
こんな風に抱きしめられたことなど、今まで無かった気がする。
考えてみれば、親に抱きしめられたことさえ遠い昔だ。
「いい子ですね、美果さん」
旦那様の手が、髪や背の辺りを優しく往復し、その感触が心地良い。
なんだか安心して、眠くなりそうだ。
もぞもぞ動いて、旦那様にぴったりと密着する。
肌全体に感じる温かさと旦那様の匂いに、言いようのない懐かしさを覚えて、鼻の奥がつんとした。
「旦那様…」
夢見心地で呼ぶと、体を撫でる手が止まり、はいという返事が聞こえる。
「なんだか、とってもいい気分なんです。このまま寝ちゃいそう…」
小さなあくびが出て、体の力が抜ける。
このまま眠れば、すごくいい夢が見られそうな予感がする。
返事が来ないのを不思議に思い、目だけ動かしてうかがうと、旦那様は困ったように微笑んでいた。
「眠いですか。僕はその、美果さんをいい子いい子しているうちに、もよおしてきてしまったんですが」
随分と、ムードぶち壊しのことを言うものだ。
「トイレですか。それならどうぞ、行ってきてくださって構いませ…」
「違いますよ」
珍しく私の言葉をさえぎって、強い口調で旦那様が言う。
「美果さんを抱きたくなったということです」
耳元で囁かれたその内容に、びくりとする。
そういえばそうだった。
元々、今晩お願いしますと言われてOKしたのだ。
それに、よく状況を見てみれば、さっきからお腹の辺りに何か固い物が当っている。
「眠たいところ悪いですが、いいですか?」
また囁かれ、首を縦に振って意思を伝える。
もうこれくらいになっているのなら、どのみちすぐ終るに違いない。
抱き締める腕をとき、旦那様が私の上になる。
すぐ入ってくる…と思い込んで目を閉じたのに、下半身はそのままで、代わりに胸に何かが触れた。
「えっ!」
びっくりして目を見開くと、旦那様が私の胸元に顔を埋めていた。
膨らみを優しく揉み上げられ、時折そこにキスもされて。
今まで一度もこんな風にされなかったのに、今日は一体どうしたんだろう。
何かあったのか尋ねようと口を開いた瞬間、突然胸に甘い刺激が走った。
「あんっ…ん…あ、あ…」
乳首に吸い付き、旦那様が舌を使ってきた。
飴でも舐めているように口の中で転がされ、背筋がぞくぞくしてしまう。
何だか変に落ち着かなくなる、そんなことしないでほしい。
そう思うのに、心と裏腹に私の両腕は旦那様の頭を抱え込み、胸に押し付けていた。
舌がそこに絡むたび、唇で柔らかく挟まれるたび、自分の腕に力が入るのが分かる。
それだけじゃなく、妙な声が切れ切れに喉から出てきて、六畳間に響き渡るのだ。
いつもの自分がどこかに行って、何か別の物に体を支配されているようだ。
湿った熱の塊のような物が体の中心に生まれ、せわしなく疼いている。
「旦那、様っ…ん…あん…」
妙な声の合間に呼びかける私の二の腕を、旦那様の手が掴む。
そのままさすられ、伝わる温もりがまた私に揺さぶりをかけた。
こんな風に触れられるのは、不安になるからやめてほしい。
でも、舌と唇の動きが止まると、体の心がキュッと切なくなって、やめてはいやだ…などとも思ってしまう。
相反する2つの思いの間で、私はなすすべも無く、旦那様の良いようにされてしまっていた。
愛撫らしい愛撫なんて、されたことなどあっただろうか。
おそらく無いはずだ、だって私と旦那様の間にはそんなの存在しなかったもの。
性欲の処理のためにとあてがわれ、体を貸してあげていただけ。
少ない回数とはいえ、ずっとその状況が続いていたのに、どうして。
体を支配する熱の高まりとは反対に、心が不安で満タンになって呼吸が苦しくなる。
精一杯の力を振り絞り、私は上になった旦那様の体を押し返した。
「美果さん?」
きょとんとした様子で、旦那様が首を傾げる。
その表情は、何かよからぬ企みをしているようには見えず、少しだけホッとした。
「気持ち良くなかったですか?すみません、下手くそで…」
叱られた子供のようにしおれられてしまい、別の焦りが胸に生まれる。
旦那様に愛撫されていた時の自分の反応は、どう見ても気持ち良かったとしか思えない。
むしろ、過ぎた快感に不安になって、私の方から逃げ出したわけで。
こんな風に意気消沈されては、こっちも困ってしまう。
「…あの、旦那様?」
肩を落としている人に、おそるおそる呼びかける。
「気持ち良かった、ですよ?だから、そんな風になさるのはやめてください」
「本当ですか?」
俯いたまま、旦那様が上目遣いに私の顔をうかがう。
「ええ。むしろ、良すぎて怖くなっちゃって、その、つい…」
ああもう、どうしてこんなことまで言わなけりゃいけないんだろう。
私の抵抗などお構い無しに事を進める強引さが、少しでもこの方にあればいいのに。
「そうですか、良かった」
やっと顔を上げ、旦那様が安心したように笑う。
もっとしっかりしてほしいと言いかけていたのに、その笑顔を見ると何も言えなくなってしまった。
「じゃあ、続きをやります」
宣言して、旦那様が私の下着に手をかける。
ああ、これでやっといつもの流れに戻れるんだ。
脱がせてもらうために腰を浮かせながら、ホッと息をついた。
膝を旦那様の手が押し上げ、開脚させられる。
そのまま一気に旦那様のアレが入ってくることを想像し、痛くないようにと身構えた。
「えっ?」
だがそこに触れたのは、想像していた物とは違う、熱くも固くも無い物で。
閉じた目をまた見開き、一体どうしたのだと考えた。
この感触は、指?
他の人を知らない自分が言うのもおかしいが、旦那様のアレはそこそこの大きさだったはず。
こんなに頼りない質感のわけが無い、やっぱり、触れているのはアレではないんだ。
何で今日はこんなに違うことを…と疑問が浮かんだ時、旦那様が小さく呟くのが聞こえた。
「上の方…。あ、あった」
何が?と尋ねようとした瞬間、その辺りのひだが指で広げられ、外気に触れてヒヤリとする。
今さら女の体を観察する気になったのかな、と奇妙に思っていると、突然電流が体を走った。
「ひゃあっ!」
お尻が布団から数cmも浮き、さっきみたいな声が出てしまう。
心臓がばくばくして、いきなりのことに事態を把握しきれない。
「あ、やっぱりこれですね」
だから、何が?
今度こそ聞き返そうとしたところで、また体中に電流が走ってお尻が跳ねる。
乳首に吸い付かれていた時よりも、さらに体が反応してしまう。
私は一体どうしてしまったんだろう。
「ちょっと、大人しくしていてくださいね」
言い聞かせるようにされて、はいと思わず返事をする。
大人しくしろと言われても、体が勝手に跳ねてしまうんだからしょうがないのに。
とりあえず、意識して体の力を抜き、また目を閉じた。
でも。
「あんっ…ひゃあっ…あ、ん…んっ…」
旦那様の指が柔らかい場所に触れるたび、どうしたって声が出てしまう。
アレが入ってくる場所の少し上に、何かとてつもなく敏感な場所があるみたいだ。
そこに少しでも刺激が与えられるだけで、何とも言えない気分になってしまう。
逃げようとしても、旦那様のもう片方の手が思いのほかがっちりと私を捕らえていて、体が動かせない。
喘ぎながらシーツに爪を立て、きつく握りしめるのが精一杯だ。
引っ越してきてこのかた、いつも私が主導権を持っていて、旦那様はそれに従ってくれていたのに。
今の私には、およそ有効なことが何もできない。
「あ…はぁ…」
ようやく指が離れ、安堵の息をつく。
何事もなかったように、急いで姿勢を整えた。
でも、触れ続けられていた場所が、何かむずむずする。
腿をすり合わせたくなるような、熱くて切ない感じ。
足りない足りない、もっと刺激してほしいと求めている。
それを旦那様に言うことができなくて、唇をグッと引き結んだ。
「随分と、濡れてくるものなのですね」
私に触れていた手を見つめて旦那様が言ったのを聞いて、頬にカッと血が昇る。
「今までの僕は、相当手抜きをしていたということになる」
小さく呟き、旦那様は私に覆いかぶさってきた。
「ここに来るまでのことを謝ります」
その言葉とともに、熱くて固い物が押し付けられ、私の中に入ってきた。
圧迫感に喉から空気がしぼり出され、呻く。
以前はつっかえながら入ってきたそれは、今日はやすやすと奥にまで到達した。
「濡れている」から、こんなにするりと入ったのだろうか。
「大丈夫ですか?」
至近距離で旦那様が尋ね、頷いて応える。
ちっとも辛くなくて、むしろ旦那様のが入って心地良くさえ感じているのだ。
足りない足りないとさっき体が喚いていたのは、これのことだったのだろうか。
「いいですよ、動いてくださっても」
ふんわりとした幸せな気分で言って、旦那様の肩に抱きついて目を閉じる。
お屋敷にいた頃は、両手はシーツの上が定位置だったのに、なんだかくっついていたくなった。
「じゃ、いきますよ」
律儀に宣言してくださってから、旦那様の腰が動き始める。
最初はゆっくりだったのだが、瞬く間に大きく、激しい動きになってくる。
少しの力仕事でへばってしまうこの人の、どこにこんなスタミナがあったのだろう。
今の旦那様は、昼間とは全く違う、堂々とした男っぷりに満ちている。
「んっ…あっ…あんっ、あ……」
旦那様のアレが深く押し入ってくるたび、勝手に声が出てしまう。
こすれあった場所から、熱を持った快感が絶え間なく湧き出してきて、思考を奪っていく。
動きそのものは、お屋敷の時と同じく単調なものなのに。
あの頃はついぞ感じなかった快感に飲み込まれ、私は心の中で悲鳴を上げていた。
気がつけば、両脚が旦那様の腰に絡んで、もっととでも言うように引き寄せている。
自分からこんな振る舞いに及ぶなど初めてのことだ。
「旦那様…ん…あっ!」
夢心地で呼びかけたとき、胸に温かく濡れた物が触れる。
「やっ…。やだ、胸は…」
身をよじって旦那様の舌から逃れようとしても、組み敷かれていては無駄な抵抗。
乳首に甘い快感が走るたび、押し殺した悲鳴が上がって全身に力が入るのが分かった。
つながっている部分も例外ではないのは、言うまでも無い。
そこがギュッと締まるたび、中に入っている旦那様のアレの存在をいやでも認識してしまうのだ。
「美果さんっ…」
胸から顔を離した旦那様が、苦しそうに呼ぶ。
私と一緒で、この人も今すごく気持ちいいのかな。
そう思うと、なんだか旦那様のことが少し愛しく思えてきた。
「あ、いけませんっ…もう…」
旦那様が喉の奥で呻き、さらに腰の動きを速める。
私も気を失わないようにすることが精一杯だった。
「っ!」
旦那様のアレが引き抜かれ、腿の辺りに何か液体が掛かった感触がする。
体を責めぬいていた一切の圧迫が消え、私は大きく息をついた。
飛び散った物を拭き終えた旦那様が、隣に寝転ぶ。
布団はもう一組あるのに、そちらに移る気は無いようだ。
「すみません、シーツを少し汚してしまいました」
私が怒るのを恐れてか、旦那様が申し訳なさそうにする。
「不可抗力ですから、構いませんよ」
うるさく言う気がこれっぽっちも起こらなかったので、そう返事をした。
そこで、今夜のことに感じた疑問が頭に再浮上してくる。
「今日は一体、どうしたんですか」
どうしても気になって問い掛けると、傍らの人は首を傾げた。
「何がです?」
「ええと、なんていうか…。お屋敷にいた頃は、私の体にあんまり触れられなかったじゃないですか」
乱暴に扱われたわけではないが、言ってみればダッチワイフとかいう物と同じだったはず。
さっきのように愛撫を受けて喘がされるなんて無かった。
「僕達を見た者がいるのですよ」
「えっ?」
旦那様の意外な言葉に、頭の中に疑問符がいくつも浮かぶ。
「学校の知り合いが、先日、並んで歩く僕達を見かけたと今日話しかけてきまして」
「はあ」
なんでそれが、今晩のことにつながるのだろう。
要領を得ない説明にじれったくなって、私は体ごと旦那様の方を向いた。
「分かるように説明していただけませんか?」
「ええと。『随分と年下の女を連れていたようだが、ちゃんと満足させてやってるのか』と言われまして」
「はい」
「『いや、僕が不甲斐ないせいで、彼女はきっと不満だらけだと思う』と答えたのです」
「はい」
「『年上だから僕がリードしなければいけない立場なのに、彼女に頼りっぱなしでよく怒られる』とも」
旦那様が申し訳なさそうに溜息をつく。
「そう言いましたら『それでも男か!情け無い奴め』と一喝され、説教を受ける羽目になりました。
カフェテリアでコーヒーをおごってくれたので、得をしましたが」
「なるほど」
だんだんと、話が見えてきたような気がする。
「そのままでは彼女に捨てられるぞと脅されて、それは困ると僕は言いました。
美果さんにここを出て行かれては、僕は3日ともたないでしょうから」
これが、名家出身の成人男性の言うセリフだろうか。
亡きご両親とお兄様が耳にされたら、きっとひどくお嘆きになると思う。
「ここにいてもらう策はないかと尋ねると、知り合いは何やら意味ありげな笑いを浮かべました。
『お前がその気なら教えて進ぜよう』などと言って、コーヒーをもう一杯おごってくれて」
「はい」
「女の子に接する時のコツを、微に入り細に入り教えてくれたのです」
「それが、さっきのあれだってわけですか」
「分かって頂けましたか」
よかった、と旦那様がにっこり笑われる。
つまり、セックスの技巧で手なずけろということじゃないか。
自分がとても安い女に見られたようで、急にムカムカしてきた。
いつもと違う旦那様の姿に、はからずもきゅんと胸が疼いたのが恥ずかしい。
「『女の子というのは、気持ちを態度で示さないと不満がる』と、知り合いは言ったのです」
怒鳴りそうになった私の耳に旦那様の言葉が飛び込んできて、気勢をそがれた肩から力が抜ける。
私に対して、この方はどんな気持ちを抱いているというのだろう。
「屋敷で美果さんとさっきのようなことをしている間、僕は特に何も考えていませんでした。
仕事の一環としてああいう行為をお願いすることに、漠然とした申し訳なさは感じていましたが」
「そう、だったんですか」
確かに、以前の旦那様とのセックスは機械的で、無味乾燥な物だった。
普通の女の子なら、きっとひどく傷ついていただろうと思う。
「2人で暮らすようになって、僕はお世話になりっぱなしで心苦しく思っていました。
とは言いましても、急に頼りがいのある男になれるわけでもないし、お金も天からは降ってこない。
あなたへの感謝をどうやって表したら良いのか、このところずっと考えていました」
そんなこと、私は全く気付いていなかった。
順応性の無い方だと心で悪態をつき、苦々しく思うだけだったのに、こんな風に考えていてくださったなんて。
「今日、彼と話をして思いついたのです。
美果さんが喜んだり、気持ち良くなるように取り計らうのも、感謝の表現として悪くはないと」
「…はい」
確かに、さっきの抱擁と愛撫はとても気持ち良くて、嬉しかった。
あんなのは生まれて初めてだったから。
「そう思ったから、今日お願いしたわけなんです。
美果さんのためなどと思いつつも、途中からは僕自身もすごく気持ち良くなってしまいましたが」
「えっ?」
「あなたの反応を見ていたら、気分が盛り上がって、考えていたことの半分くらいしか形にできませんでした」
旦那様は、後半分は何をするつもりだったのだろう。
問いたいような、問いたくないような…。
「初めて美果さんと過ごした夜を、やり直したい気分になりました。その次も、次の次も」
「なんでですか?」
「僕は自分のことだけで頭が一杯で、あなたの気持ち良さというものを全く考えていなかった」
頭を緩く左右に振り、旦那様がまた肩を落とす。
「過ぎたことですから、別にそこまで嘆かれなくても」
「しかし、僕が至らないせいで、不満足な思いをされたのでしょう?」
「それは…」
仰るとおりだが、それを今言うと、この方はまた落ち込んでしまうだろう。
「私だって、より良いものにするための努力を怠っていたわけだから、お互い様ですよ」
フォローするべく言って、旦那様の様子をうかがう。
されるがままのマグロ状態だったんだから、偉そうに言える立場ではない。
「気付かなかったことに気付けたんですから、いいじゃないですか」
「そうですか?」
「ええ、家事と同じです。世界が広がったんだから」
「そう言って頂けると、気が楽になります」
うまくなだめてホッとしたところで、先程仰った言葉を思い出す。
「旦那様。今のままでは私が逃げるって、そう思われたんですか?」
小さく尋ねると、はいという返事が聞こえた。
「別に逃げませんよ。それなら、同居3日目くらいでとっくに実行しています」
最初の頃の、惨憺たる有様を思い出して言う。
「私はこれでも情に厚いんです。一人で何もできない旦那様を放って出て行くほど、鬼じゃありません」
ここに来るまでは、次の職場を決めたらさっさと出て行くつもりだった。
それができなくなったのは、同居するうち、心のどこかでこの方と暮らすことを喜んでいたからだろう。
亀より遅い速度ながら、旦那様が生活に必要なことを身につけていく過程を見るのが楽しかった。
僕の学校を案内しましょうと、大学に連れて行ってもらったのも嬉しかったし。
「そうですね。美果さんは口が悪いが、なかなか優しいところがある」
私の髪を梳くように撫でながら、旦那様が言う。
「もっとしっかりしてくだされば、私もガミガミ言いやしませんよ」
見透かされているようで、ムッとして言い返す。
「もっともです。全ては僕が至らないから、あなたが口をすっぱくして叱りつける羽目になる」
少し沈んだ口調で旦那様が言った。
最近はかなり成長してくださったんだから、そこまで落ち込んでくれなくともいいんだけど。
「これからもっと叱られても、泣かずについていきますから。遠慮しないで躾けてください」
まるで新妻が姑に言うようなことを旦那様が口にする。
「分かりました。びしびしいきますから、覚悟しておいてください」
そう返事をしたところで、あくびが1つ出て、まぶたが勝手に下りてくる。
今日はいつになく疲れてしまった。
「昼間の話では、もっと、女の子を喜ばせる方法があるそうですよ」
「…はい?」
眠りに落ちる直前に聞こえた旦那様の声に、夢うつつで応える。
「さっきの場所を舐めると、女の子はそりゃあもう大変、になるのだそうです」
「さっき、って…。胸じゃない方ですか?」
「ええ、下半身の方ですね。そのうち試しましょう」
旦那様の言葉に眠気が吹っ飛び、慌てる。
「何言ってんですか。あんなとこ、汚いじゃないですか!」
あの場所に、旦那様の顔が近付いて舌が触れるなんて、考えただけで恥ずかしくて死にそうになる。
「汚いと思うなら、洗えばいいじゃありませんか。何なら僕が洗ってあげましょうか?」
「はっ?」
「ご自分ではやりにくい場所だというのなら、僕が手伝いましょう」
普段世話をしてくれるお礼にね、と旦那様が言う。
「ちゃんと自分で洗えますよ。私を旦那様と一緒にしないでください」
赤ん坊じゃあるまいし、洗ってもらうなんて絶対にいやだ。
明るい風呂場であんな場所を見られるなんて、耐えられないと思うもの。
「そうですか。それでは楽しみにしています」
クスッと笑って、旦那様が目を閉じた気配を感じる。
「ではお休みなさい」
「…お休みなさい」
心臓のドキドキが止まらない私を置いてけぼりにして、お休みのあいさつをされてしまう。
私としたことが、今日は旦那様に押されっぱなしになってしまった。
頼りがいのある人になってほしいと望んでいたけど、こういうのとは違うのに。
妙な方向に成長しそうになっている主人のことを嘆きつつ、自分も寝ることにした。
- -続く - -
>>34-36 メイド服についての設定はこうしました。
第一話のときはその辺りの考えが抜けていたので、補完の機会をくださってありがとう。
とりあえず乙
ごちそうさまでした
メイド美香さん可愛いなあ
メイド美香さん可愛いなあ
大切なことなので二回言いました
GJ!
夜伽があったことにも驚いたが、布団の上では立場が逆になってるのがまた良いw
いかにも戦前の名家の次男坊にいそうな
世間知らずで人のいい学究タイプで、頼りないのに腹が立たない旦那様だ。
無理に家を取り返そうとするより、
むしろ実果さんに支えて貰いながら大学で研究者目指した方がいいんじゃないかとw
旦那さまド天然w
いや、学校のお友達のほうが勘違いしてんのか
貧乏でもなんか楽しそうでGJ
何かオススメなメイドさん系ギャルゲかエロゲない?
>>61 おしえてRe:メイド、とか?
メイドだけってあんまりないような……
えむぴい とか、おねがい♪ご主人さまっ! とか
『メイド・小雪 11』
3月の末、ぼくの家ではメイド長が退職し、千里が後任についた。
そして、その後まもなく、執事の葛城の息子が、正式に執事見習いとしてやってきた。
ぼくが小雪にネックレスを買った日に、庭で小雪と立ち話をしていた男だ。
ひょろっとしたイメージだった康介は、きちんとした服装をするとすらっとしてカッコよく、メイドたちは少しはしゃいでいる。
もちろん、兄ほど整った顔はしていないし、身長もぼくよりはいくらか低いし、ちょっと偉そうな態度にも見えるけど。
ただ、思ったより有能なようで、すでに父は気に入っているし、葛城の仕事のいくつかは任されているようだった。
もうすぐ新年度が始まるという日の夜、部屋にいるときにぼくが何気なく康介の話を向けると、小雪は使用人たちの間で広まっている話を聞かせてくれた。
「ふうん。じゃあ、メイドたちの間でも康介は人気があるんだね」
ちょっと意地悪く言うと、小雪は冷蔵庫から出したグレープフルーツジュースをコップに注ぎながら首をかしげた。
「人気でございますか?それは…あの、そういえば、食料庫の棚の裏に、パスタの袋がずっと落ちたままになっておりましたのですけれども、それをあの、康介さんは腕が長いからと誰かが呼んでまいりまして、もう何ヶ月ぶりかに拾うことができましたのですけれど」
そういうことでございますか、と真面目な顔で言う。
「あの、で、でもでも、そのようなパスタはもちろんお食事にはお出ししないと思うのですけれど、あのっ」
ぼくが黙っていたので、小雪は何を思ったのか慌ててそう付け足した。
まったく、もう。
ジュースのコップを持ってきた小雪の頭に、手を乗せた。
カッパへの道のりは遠い、柔らかな髪の毛。
「小雪は、康介といつもなにを話しているの」
康介さんとはあまりお話をすることはございません、と言ってくれればよかった。
小雪は正直に、またちょっと首をかしげた。
「あの、実は」
そう言って胸元を押さえる。
「ここに、なにをつけてるのとおっしゃいまして…」
小雪は、メイドの制服の下の見えないところに、ぼくがあげたネックレスをしている。
それこそ、肌身離さず。
ぼくが夜、小雪をめいっぱいかわいがるときだけ、チェーンが切れないようにはずすだけだ。
メイドは仕事中はアクセサリーを許されないから、こっそりつけているのに、康介はなぜわかったのだろう。
それだけ小雪を気にして見ているということか。
「…それで、どうしたの」
「あ、あのあの、なんでもございませんと」
「そう」
真面目で正直な小雪がごまかすなら、それくらいが精一杯だろう。
「あの、い、いけなかったでございましょうか」
小雪が嘘をつけるとは思えないし、ネックレスに気づくくらいなら小雪のしどろもどろの嘘だって簡単に見破るだろう。
「いや、康介はそれからなにか言ったかい?」
「い、いえ、なにもおっしゃいませんでしたのですけれども…」
腹が立った。
メイドが規則違反のアクセサリーをつけていたとして、それを注意するのは千里か先輩メイドの仕事だ。
康介の出る幕じゃないだろう。
「うん。もしこれから康介になにか言われるようなことがあったらぼくの名前を出しなさい。小雪が叱られることはないんだからね」
「そ、そんな、あの」
ぼくは、撫でていた小雪の頭を引き寄せて、自分の胸に押し付けた。
「小雪は、ぼくが守る」
ちょっとだけ、小雪が自分からぼくにくっついてきた。
ところが、3年になると大学での授業もどんどん専門化して行き、早い者はもう就活を始めていたりで、ぼくの生活も忙しくなってきた。
父親が数え切れないほどの会社を持っているグループの総裁なのだから、就活には縁がないと思われがちだが、「獅子は谷に子を落とす」とかの信念で、まず自力でどこかに就職しなさいと言われている。
兄も今でこそグループ企業のひとつにいるが、大学卒業時は全く関係のない会社の入社試験を受けて採用され、2年近くそこに勤めたはずだ。
うちと全くかかわりがない、つまり父の影響力のない会社を探したけど、大学の就職担当者も兄の例があるだけに、お坊ちゃんの腰掛け就職、と見てあまり相手にしてくれない。
聡でさえ、ダメならうちの会社に入れるようにしてやると、冗談半分に言ってくる始末だ。
改めて、うちの事業の手広さにおどろき、就活の大変さにため息が出た。
ぼくは、どんな仕事がしたいんだろう。
家にいても、自分の机に向かって考え込むことが多くなり、自然と小雪はぼくの邪魔をしないように無口になり、ぼくらの会話はいつのまにか減っていった。
初夏、母がはりきって仕切ったぼくの21歳の誕生日パーティが終わったあとのいつもの交流会で、三条さんに嫁いだ初音が、男の子を生んだという話を聞いた。
市武さんにそっくりで、三条さんのところではみんなが大喜びだという。
独身者ばかりの交流会では、この一年市武さんに会うことがなかったけれど、初音はちゃんとかわいがってもらえているようだ。
……よかった。
交流会は、幼馴染の聡が欠席だったのもあり、ぼくとしてはあまり盛り上がることもなく淡々と終わった。
時間と運転手の都合で、帰りの車は珍しく兄と一緒になる。
今回の交流会は泊りではないから、小雪も菜摘もほぼ半日くらいしか休みをもらえなかっただろうな。
そういえば、パーティのデザートに出たチーズケーキがおいしかった。
小雪はチーズケーキが大好きだから、どの店のものか聞いておいたし、なんなら今から同じものを買って帰ってやろうか。
きっと、目をまん丸にしておどろくだろうな。
どうにかして兄と別れられないかと様子を伺うと、兄と目が合った。
「直之」
どうやらぼくがぼんやりしているのを見ていたらしい。
「今日、酒井のお嬢さんがいらしてたのを見たか」
兄が交流会に来ている令嬢の話をするなど、めずらしい。
「酒井さんの?」
ぼくが思い出せない顔をすると、兄が笑った。
「白いワンピースを着ていた、髪の長い」
…えーと。
「近々、正式に婚約するからな」
「えええ?!」
驚いた。
「だれが、いえ、兄さんがですか」
「私でなければ、おまえか?」
ぼくを驚かせて、満足したような顔だ。
「…そ、そうですか」
「酒井家は旧華族に連なるし、家柄は申し分ないからな。会社もまあ順調だし、跡取りも切れ者だ」
酒井家のことはぼくもわかるけれど、肝心の酒井のお嬢さんって、どんな人だっただろう。
兄好みの女性、と考えると菜摘の顔が浮かんだ。
「おまえよりひとつ年上だから、来年大学を卒業する。結婚はその後だな」
兄のことだ、菜摘と同じように、きっと奥さんになる酒井のお嬢さんにも、完璧な躾をするんだろう。
……じゃあ、菜摘は?
「ん?」
兄が、ぼくを見た。
「菜摘は、どうするんです?」
「菜摘?」
にっこり。
この笑顔だ、酒井のお嬢さんがどんな人かはわからないけど、兄がその気になれば頷かない令嬢などいないだろうな。
「いろいろ仕度があるだろうから忙しくなるだろうな。菜摘にもがんばってもらわないと」
「そうじゃなくて、兄さんは、結婚しても…」
菜摘と。
「妻は自分の家からメイドの一人や二人はつれてくるかもしれないな。どっちにしても菜摘は私の担当だからね、妻には別のメイドがいるし、今までどおりだろう」
ぼくは膝の上で手を握り締めた。
「…菜摘は、それでいいんですか」
兄が黙る。
うつむいたぼくの横顔に、兄の視線が突き刺さった。
「…直之。おまえもいずれ、どちらかのお嬢さんと結婚するだろうが」
「……」
「菜摘は、メイドだ。愛人ではないよ」
愛人。
その言い方にむしょうに腹が立った。
菜摘はただのメイドだってことか。そうでなければ愛人だとでもいうのか。
兄は、菜摘が食事を運んだり部屋の窓を拭いたりするのと同じように、自分の世話をしてると思っているんだろうか。
きちんとアイロンのかかった真っ白いシャツを毎朝着せ掛けてくれるのは、菜摘じゃなくても平気なんだろうか。
ぼくが黙り込むとなぜか、兄が隣でふっと笑った。
――小雪は、メイドだよ。
そういわれた気がして、むかむかが大きくなる。
「北澤、駅の近くで下ろしてくれないか」
運転手にそう言った。
「すみません、用事を思い出しました」
兄に断って車を降りる。
ドアを閉めるときにも、兄が笑っているのが見えた。
青いな、直之。
そう言われているような気がしたけど、我慢できなかった。
ぼくは人気のケーキ屋で女の子たちが行列を作っているその後ろに並び、チーズケーキを買った。
今日の交流会を主催した家では、誰が並んだんだろう。
誰も並ばなくても、電話一本で大量のチーズケーキを取り寄せてパーティーのテーブルにどっさり並べたんだろうか。
西日を避けるようにしながら長く列を作っている女の子たちが、それでも一人5個しか買えないのに。
金持ちなんか、大嫌いだ。
その暮らしから抜け出すことなんかできもしないのに、ぼくは口の中で毒づいた。
5個のチーズケーキと何種類かの焼き菓子を買って、保冷材を入れてもらった箱を抱えるように屋敷に戻る。
小雪を部屋に呼んで、紅茶を入れてもらって一緒に食べようと思った。
ところが、タクシーから降りたぼくを出迎えたのは、よりによって康介だった。
「小雪は?」
不機嫌に言うと、康介は姿勢を正して腰を折った。
「申し訳ございません、お戻りの連絡が急でございましたので、今離れの方におります」
「兄さんが先に戻っただろう」
「はい、若さまのお出迎えはいたしましたが、坊ちゃまがいつお帰りかはわかりませんでしたので」
康介のいやなところのひとつは、跡取りの兄は『若さま』と呼ぶのに、ぼくのことは『坊ちゃま』と子ども扱いで呼ぶところだ。
「小雪は、離れだね」
「あ、坊ちゃま」
康介が呼び止める。
「こちらに向かっていると思いますので」
かちんとくる。
ぼくが離れに行くのがいけないとでも言うつもりか。
当主の息子に、屋敷の中で行ってはいけない場所があるのか。
離れに向かってずかずかと庭を歩くと、康介がぼくを追いかけ、前に立ちはだかった。
「どけなさい」
「坊ちゃま」
身長差は、さほどない。
康介は正面からぼくを見据えた。
「離れでは、使用人たちがお稽古をしております。主人が足を踏み入れるような場所ではございません」
「小雪に用があるんだ」
「小雪でしたら、今まいります。メイドたちが花を活けましたり踊りを習ったりしているところへ坊ちゃまが乗り込まれてどうなさいますか。主人たるもの、もっと立場をお考えくださいませ」
腹が立った。
使用人が、なに偉そうなことを。
立場を考えるのは、そっちのほうだ。
言い返してやろうと息を吸ったところで、小雪がぱたぱたと駆けてくるのが見えた。
ぼくはぷいっと康介に背を向けた。
「も、申し訳ございません!」
小雪が追いつくのを待って、部屋に向かって歩いた。
腹が立っていたから、早足になったかもしれない。
小雪は小走りについてくる。
「なにしてたんだよ。兄さんが帰ってきたんだから、すぐぼくも戻ってくるってわかってただろ」
「は、はい、申し訳ございません」
歩きながら、手に持っていたケーキの箱を小雪に渡す。
「ちょっとしかないけど、みんなで食べなさい」
「はい…?」
「チーズケーキだよ。交流会で出たのがおいしかったから、小雪に食べさせてやろうと思って買いに行った。行列ができていて、一人5個までしか売ってくれなかったんだ」
「え、え、え、な、直之さまが行列に並ばれましたのでございますか?チーズケーキを買いますのに?」
ぼくがぷりぷりしているのがそのせいだと思ったのか、小雪はケーキの箱を抱えて身をすくめた。
「申し訳ございません…、あの、おっしゃっていただければ、小雪が参りましたのに……」
「小雪が行ったんじゃ意味ないんだよ、びっくりしないじゃないか!」
足を止めて振り返ると、小雪がびくっとした。
「……ごめん、大きな声をだして」
ちょうど部屋の前に来ており、小雪が黙ってドアを開けた。
小雪に八つ当たりをしたのは、初めてだったかもしれない。
ジャケットを自分で脱いで小雪に渡した。
小雪は、ぼくの機嫌をこれ以上損ねないように黙ったままだ。
ふう、とため息が出た。
ジャケットにブラシをかけてクローゼットのドアに吊るしている小雪に後ろから近づいて、頭に手を乗せた。
「ごめん小雪。八つ当たりだった」
ぼくの手が置かれた頭を支点にして、小雪が振り返る。
「い、いえ、あの、申し訳ございません、小雪がいたりませんで」
「違うよ、小雪は悪くないんだって」
「でも、でも、せっかく、あの、直之さまが、あの、小雪はお出迎えに間に合いませんで、あの」
「だから、違うよ」
小雪の頭に乗せた手を軽く上げて、ぽんと下ろす。
大学でのいろいろなことや、兄の結婚の話でモヤモヤしたのもあって、その上康介に言われたことが当たっているから、腹が立ったんだ。
あの場で、ぼくが使用人たちの離れに行って小雪を探せば、主従の境目をうやむやにしてしまう。
メイドを呼ぶのに自分自身で出向いていくなど、すべきことではない。
それを言ったのが千里や葛城なら、素直に受け入れられることなんだ。
康介に言われたと言うだけで頭に血が上って、小雪につんけんするなんて、器が小さいことこの上ない。
「最近いろいろ忙しくてね。いやなことが重なったものだから…、悪かった」
「い、いえ、いえあの、あの」
ぼくはちょっと身体をかがめて、小雪の顔を覗き込んだ。
そういえばここのところ、小雪の顔をこんな風にちゃんと見てなかった。
少し前までは、セックスしてもしなくても小雪と一緒に寝ていたけれど、最近は夜遅くまで調べ物やレポートをしていることが多くて、昼間忙しい小雪ががんばって起きていてくれるのがかわいそうで、早くに部屋に下がらせて休ませていた。
気のせいか、小雪の顔がちょっと変わったような気がする。
子供っぽくて、いつもあたふたしていると思っていたのに、ちょっとだけ大人っぽく見える。
「小雪は?忙しいの、最近」
「は、はい、あの、いえ」
まだ心配そうに、ぼくの顔を窺っている。
ぼくはもう一度小雪の頭をぽんとして、ソファに移動して腰を下ろした。
「あの、お茶をお入れいたしましょうか、それともあの、コーヒーか、冷たいものを」
テーブルには、小雪が置いたケーキの箱がある。
さっきは腹立ちまぎれに「みんなで食べなさい」と言ったけれど、うちにはメイドが何人いただろう。
人気店の数量限定ケーキなんか休憩室に持って行ったりしたら、メイドたちはわっと集まって、小雪などは遠慮して食べることはできないだろう。
「冷たい紅茶はあるかい」
聞くと、小雪は冷蔵庫からティーサーバーを出し、コップに入れてくれた。
「小雪も紅茶入れて、ここに来なさい。一緒にケーキ食べよう」
「は…、はいっ」
みんなで食べなさいと言ったときより10倍も嬉しそうに、小雪がお皿とアイスティーのコップを二つ載せたトレーを持ってぼくの足元に膝をついた。
ケーキの箱を開けて、ほうっとため息をつく。
「きれいでございます…、とても」
「うん、すごくおいしかったからね。小雪も食べさせたいと思って、その家のメイドを捕まえてね、店の名前と場所を聞いたんだよ」
そろそろとお皿にケーキを移しながら、小雪がちょっとうつむいた。
「それはその、今日のお宅さまのメイドは、その、あの」
チーズケーキの乗ったお皿を取り上げ、フォークで切る。
小雪を隣に座らせて、チーズケーキを刺したフォークを口元に持っていく。
「その家のメイドより、小雪のほうが100倍もかわいかったよ」
言いたいことを見透かされた小雪が、ぽっと頬を赤らめた。
「はい、あーんしなさい」
遠慮がちに口をあけてチーズケーキを食べた小雪が、両手で頬を押さえた。
「おいしいだろ?」
「ひゃ、ひゃい…、あ、あの、ほっぺたが、落っこちてしまいそうでございます…」
それは困る。
ぼくは小雪のほっぺたがまだそこにくっついているか確かめるために、両側からつまんで引っ張ってみた。
「ふぇ…」
両側からほっぺたを引っ張られた小雪の顔がおかしくて、ぼくは今日初めて笑った。
「にゃ、にゃおゆひひゃま…」
「うん、だいじょうぶ。ほっぺたは落っこちてないよ」
「んにゃ…」
ぼくが手を離すと、小雪がちょっと頬を膨らませた。
小雪なりにぼくの機嫌が良くなったのを察して甘えているんだろう。
ぼくはまた小雪にチーズケーキを食べさせてやった。
わざと口の横にくっつけたり、口をあけたところで引っ込めて自分で食べたり、お決まりのいたずらもしながら。
残り3つになったチーズケーキの箱を、小雪が大事そうに持ち上げた。
「あの、もしよろしければあの、こちらを…、あとでみんなでいただいても、よろしゅうございましょうか…?」
「かまわないけど、小雪はもういいの?ちょっとしかないし、女の子はケーキなんてひとりでふたつでも三つでも食べちゃうものかと思っていたよ」
「は、はい、いえいえ、あの、メイドはあの、いただきものをみんなで分けますことに慣れておりますから、あの、こんなにおいしいチーズケーキでしたら、みんな一口でもとても喜びますので、あの……」
小雪が、またぼくの機嫌を損ねるのではないかという心配そうな顔をした。
「そんなことなら、ぼくは食べなければよかったな。小雪はやさしいね」
「いっ、いえ、あの、あのっ」
箱を抱きかかえたまま、小雪がまた顔を真っ赤にした。
こういう小雪を見るのもひさしぶりだな。
ずっと、ぼくの邪魔をしないように静かに静かにしていてくれたんだ。
小雪のこんな様子を見るためなら、ぼくは女の子の行列に混じって並ぶくらい、何度でもできそうだ。
ぼくの許可を得て、小雪はチーズケーキと焼き菓子が残った箱を、部屋にある小さな冷蔵庫にしまった。
そういえば、千里も初音も、ぼくが交流会やパーティーでもらってきたお土産を分けてやると、とても大事に持ち帰っていた。
自分の部屋で食べているとばかり思っていたけど、もしかして珍しいお菓子を、メイドたちみんなでほんの少しずつ分け合っていたのかもしれない。
食べ物も持ち物も、あふれるほど与えられているぼくには、思いつきもしなかった。
自分の世間知らずを思い知らされる。
さっき康介が言ったことだって、もっともなことだったんだ。
ぼくは膝を叩いて、小雪を呼んだ。
久しぶりに、小雪の重みを脚に感じる。
兄は、どうして菜摘のことをあんなふうに言えるんだろう。
ぼくなら絶対、小雪のことを――――。
「…むきゅ」
いつの間にか、小雪を強く抱きしめすぎていたようだ。
ぼくは腕を緩めて、小雪のうなじに顔を押し付けた。
「ねえ小雪、ぼくはここんとこ忙しかっただろ」
「…はい」
「だから、あんまり小雪とも話ができなかったんだけど。寂しかった?」
小雪がぼくの膝の上で、小さくなった。
「あ、あの、でも、な、直之さまがお忙しいのですから、あの」
「うん。小雪は、ここんとこなにしてたの?今日も離れにいたね」
急に、小雪がぼくの膝の上でぱたぱたした。
「あのあのあのっ、そうでございました、あの。こ、小雪はあのっ」
「ん?」
小雪の話を聞きやすいように、横抱きにする。
「お、お茶の、ぼっ、盆点のお許状をいただきまして、あのっ、は、はじめて先生に、よくできましたとお褒めいただきまして、あのっ」
めずらしく興奮したようすで、小雪が一生懸命に話す。
苦手な茶道で褒められたのがよほど嬉しかったのだろう。
ぼくの機嫌さえ良ければ、話したくてしかたなかったのかもしれない。
「すごいね、よくがんばったね、小雪」
ぼくが褒めると、小雪は真っ赤になった。
「お、お茶の先生にお褒めいただくより、ずうっと嬉しゅうございます……」
それからひとしきり、小雪はここ数週間のことを話してくれた。
やめていくメイド長が、母にもらった踊りの練習用の着物を千里に譲って行ったこととか、お使いに来た他家のメイドの制服がとても素敵だったとか、庭の池に爬虫類がいて大騒ぎになったこととか。
「まだ内緒だけどね」
小雪の話が一通り済んだところで、ぼくは前置きをしてから言った。
「兄さんが、婚約をするよ」
小雪が、ぴたっと動きを止めた。
「……さようでございますか。それは、あの、おめでたいことでございます…」
両手を、きゅっと握り締める。
「お相手は酒井さんのお嬢さんでね。ぼくはちょっと顔を思い出せないけど、いいお家だよ。うちの会社の大口の取引先だし」
小雪が、ぼくの胸に隠れようとする。
「小雪?」
くすんと鼻を鳴らした。
「どうしたんだい、どうして小雪が泣くんだ?もしかして、兄さんのことが好きだったのかい?」
冗談半分に言ってから、自分で冷やりとした。
いや、まさか、そんな。
小雪が、ぼくの腕の中でぷるぷると身体ごと横に振った。
「そ、そのような、小雪は、そのようなことは、あのっ」
「わかってるよ、冗談だ。びっくりしたよ…」
本気でほっとして、ぼくは小雪をぎゅっと抱いた。
菜摘は愛人じゃない、メイドだ、と言った兄の言葉を思い出した。
ぼくは、兄とは違う。
腕の中の小雪の頭をそっと撫でた。
「兄さんが結婚しても、菜摘は兄さんの担当メイドを続けることになると思うよ」
でも、もし菜摘がそれに耐えられないというなら、菜摘はうちを辞めるしかないだろう。
「…こ」
言いかけて、小雪はこくんと喉を鳴らした。
「こ、小雪も、あの、な、直之さまに、お嫁さまがいらしても、あの、ずっと」
小雪は正直だ。
メイドとしてはここで感情を表すのは良くないことには違いないけど、ぐすんぐすんと鼻を鳴らす。
「小雪は、小雪は…、ずっと」
いつか、ぼくがどこかの誰かと婚約をしたら。
小雪は、そのときのことを考えたのだろうか。
兄のように、そろそろ交流会ででもどこでも目ぼしい令嬢を見つけておきなさいと言われる時のことを。
素直に、顔かたちと身上書を見て、こちらのお嬢さんはいかがでしょうと言うぼくのことを。
それで、父がいいと思えば、相手の家に仲介者を差し向けて、話をまとめてくる父のことを。
小雪はエプロンのポケットからハンカチを出して、目と鼻をぬぐった。
「あ、あの、あの、申し訳、ございません…」
黙って頭を撫でてやる。
小雪は菜摘を慕ってもいるし、いろいろ複雑な心境になるのかもしれない。
「……お嫁さま……」
「ん?」
小雪がひとり言のように呟いたのを聞き返すと、小雪は慌てたように付け加えた。
「あのあの、み、緑さんなのでございますけれど」
「緑さん?」
どこかで聞いた名前かな。
「メ、メイドに緑さんとおっしゃる方がおいでなのですけれども、あの、一般職の」
ああそうか。
メイドはたくさんいるし、ぼくに関わらない仕事をしていることが多ければ、名前を言われてもぴんとこない者もいる。
「この秋に、お辞めになるのだそうでございます。あの、ご実家の方で縁談がおありとのことで、お嫁さまにいらっしゃるのだそうでございまして、あの」
メイドは若い女の子が多いし、全員が住み込みだから結婚することになれば退職する。
初音のようにどこかの家の息子や孫に見初められて望まれるのは、結婚退職するメイドの数からすれば希少だ。
たいていのメイドは、実家の方から縁談を持ちかけられたり、昔からの付き合いのある者と結婚したり、中には出会いのある仕事に転職する者もいる。
千里のように、適齢期を過ぎるまで仕え続けてくれる者も、幾人かはいるにはいるけれど。
「そ、それであの、緑さんはとてもお幸せそうで、あの、嬉しそうにしておいででございます…」
もし、小雪が。
聡のように他家のメイドに興味津々なヤツもいるから、なるべくパーティーや交流会には出さないようにしてるけど、それでももし誰かが小雪を見初めたら。
もし、小雪の実家が縁談を持ってきて退職を迫ったら。
もし、康介のような使用人の誰かが。
小雪が誰かと結婚してしまったら。
そんなの、いやだ。
小雪を、誰にも渡したくない、と思った。
それでも、今ぼくには小雪にお嫁に行っちゃいけないという権利まではない。
ぼくは、小雪の小さな唇をひょいっとふさいだ。
「むにゅっ…」
「あ、なんか小雪にキスするのひさしぶり」
ぷにゅっとした唇の感触。
ぼくは、何度も何度も小雪にキスをした。
唇を唇では挟んでは離すのを繰り返す。
ぼくの大好きな唇。
ぼくの大好きな、小雪。
いっぱいいっぱいキスしてから、小雪を見ると、小雪もぼくを見上げていた。
「ね…、小雪」
声が少しだけかすれてしまった。
「したくなってきた」
小雪がぼくの腕の中で丸くなった。
「するのも、ひさしぶりだよね。小雪は、したくない?」
恥ずかしさに小さくなった小雪が、ぼくの胸に顔を寄せて隠れようとする。
だから、そんなことをしても無駄なのに。
小雪を抱いたまま立ち上がると、小雪はぼくの首に腕を回してしがみつく。
「……まだ明るいけど…、いいかな」
かすかに、小雪が頷く。
ぼくは、小雪をそうっとベッドに下ろした。
胸のリボンをほどくと、小雪が左の肩を浮かせ、そこに手をかけて横を向かせてから、背中のファスナーを下ろす。
一緒にお風呂に入った時は気にならないけど、こういう場面ではメイドがずいぶんといろいろなものを身につけているのがわかる。
ぼくはその一つ一つを楽しみながら取り除いていった。
エプロン、ワンピース、ブリム。
ガーターベルトにストッキング、靴。
規定どおりの真っ白いブラとショーツ。
結い上げた髪をほどいて、小さなネックレスをはずすと、小雪はその行方を気にするように顔を上げた。
「ここに置くよ」
チェーンが軽い音を立て、羽のついた小さな雪はベッドサイドの上に小さくまとまる。
素裸になった小雪が、ぼくのシャツに手をかけた。
「…小雪に脱がせてもらうのも、ひさしぶり…」
小雪が赤面する。
「ね。これも」
最後の一枚になって手を止めた小雪におねだりする。
「…あ、あの」
「だって、これを脱がないと」
身体を乗り出して、うつむいた小雪の耳にささやいた。
「…できないよ」
少し迷ってから、小雪がそっと下着に指をかけた。
するっと下ろしてくれた下着を足から抜いて、ぼくは小雪を仰向けに押し倒して肩の横に両手を付いた。
「脱がせた気分はどう?」
真っ赤な顔の小雪が、首を横に振る。
「そんなに恥ずかしいのに、脱がせちゃったのかい?そんなにぼくとしたい?」
きゅうっ、と小動物のように鳴いて、小雪がぼくの腕にしがみついた。
「や…」
どうやら、小雪の限界までからかってしまったようだ。
小雪の額にキスして、髪を撫でる。
「ごめんごめん、いじめすぎたね。ほら、顔を見せて」
涙ぐんだ目が、ぼくを見上げる。
「怒った?」
小雪がぷいっと横を向いた。
時々、ほんとうに時々だけど、小雪はほんのちょっとだけぼくに反抗する。
ものすごく、ぼくに甘えている証拠として。
ぼくは小雪を抱き起こして、自分の脚の上に座らせた。
小雪はまだ目をそらしている。
まずい。
これもまたひどくかわいい。
小雪の脚がまたいでいるあたりで、何かが硬くなってくる。
「ね、機嫌を直してくれないかな。小雪がいけないんだよ、小雪を見ているとすごく楽しくなるんだ」
「…そ、それは、でも…、あのっ」
「楽しくて楽しくて、いじめたくなるんだけど。それはぼくのせい?」
そっぽを向いていた小雪が、困ったようにぼくを見た。
「…小雪の、せいでございましょうか…?」
「うん。でもほら、小雪はそんなふうにぼくのこと怒るけど、ぼくはなかなかに寛大な男だからね」
「こ…、小雪は、直之さまのことを怒るだなんて、そのような、ことは…」
「だから、小雪がどんなにいけないメイドでも」
背中に回していた手で、小雪の胸に触れる。
親指が乳首をかすって、小雪がぴくっとする。
「……いっぱい、いいことしてあげるからね」
胸の谷間に顔をうずめる。
小雪のにおいがする。
それからは、夢中だった。
しばらくぶりというのもあるかもしれないけれど、小雪の反応もいい。
触れるたびにぴくぴくと震えて、身体が熱を持ってくる。
乳首を舐めたり吸ったりしながら、片手で脚の間を探る。
「ん…、あ」
いい声。
乳首がつんと硬くなり、ぼくはそこにしゃぶりつく。
「あ……!」
すっかりぼくの愛撫に敏感になった小雪の秘所を縦になぞると、ぬるっとした。
小雪の腰を抱えて、今度は脚の間に顔を寄せた。
指で開き、ヒダの間も膣穴の周りも小さなクリトリスも丹念に指先でまさぐる。
「…あ、はぁっ…」
押し殺しきれない、小雪の声。
中でイくことも教えたけれど、小雪はこの突起でもものすごく感じることができる。
指を二本、浅く入れてかき回しながらクリトリスを緩急つけて吸い上げたり舌で周りを舐めたりすると、小雪は小さく叫んでぼくの頭を脚で挟み込んだ。
真っ赤にふくれてひくひくしているそこに、もう一度軽いキスをしてから、小雪の脚をほどいた。
横に寝て、落ち着くまで抱いてやると、小雪はぼくに抱きついてきた。
「小雪だけイっちゃったの?」
ぼくの躾どおりに育った小雪を、自分の上に乗せるようにして上向きに転がる。
ぼくの胸の上で、小雪が息を整えた。
「…ん、あ…、申し訳、ござ…」
「うん。どうしようかな。いて」
小雪がぼくの手をとって指先に軽く歯を当てた。
「こら」
別にちっとも痛くなんかないけど、ぼくは小雪の頭を後ろからぽんと叩いた。
「…な、直之さまが、いけないのでございます…」
おお、反抗的。
指を口に入れたまま、小雪がぼくの胸に顔を押し付ける。
「ぼく?」
「…こ、小雪を、いじ…めますものです…から」
「ぼくにいじめられて、小雪はあんなにかわいい顔でイっちゃったんだ?」
「……っ」
追い詰められた小雪がまた鳴いて、ぼくは小雪の口の中にある指をちょっと動かした。
「指もいいけど、別のものも舐めてみないかい」
ちゅぽん、と指を抜くと、小雪ははじらうようにぼくを見てから、足元に下がっていく。
まだ硬くなりきっていないぼくのペニスに、そろそろと手を這わせる。
いきなり握ってきたり舐めたりしないあたりの焦らしは、菜摘の指導だろうか。
ものたりない刺激にぼくが根を上げる。
「ごめん、ぼくが悪かった。小雪のことが好きすぎて、いじわるした」
ぼんっ。
小雪が、ぼくの足元に崩れた。
その頭を、撫で撫でする。
「だから、いじわるしないでおくれ。ね」
ぱく。
「…ほゆひは、ほのような…」
咥えたまましゃべるものだから、その息遣いや舌の動きがたまらない。
「う…」
ぼくがうめくと、小雪は深く咥えこんで、根元をしごきながら先端を舌先で撫で回したりもする。
「…いい、すごい」
大きくなったペニスが、小雪の口に収まりきれなくなり、小雪は横から舐めようとする。
吐き出す息が乱れてくるのをごまかそうと小雪の頭を手ではさんで言う。
「いいよ、もう。出そうだ」
その声も震えてしまうほどだ。
「…でも」
一箇所からしびれるほどの快感が上がってくる。
「イくなら」
小雪をころんと転がして、両脚を腰に回す。
ぱっくりと開いたそこからあふれた蜜を指に絡めてくちゅっと押し込むと、小雪が震えた。
「あっ…」
「ね。イくなら、ここでイきたいんだ」
小雪が両手で顔を覆い、少しの間をおいて準備したペニスが沈む。
「ん…あ」
暖かくて、締りがいい。
上のほうをこすりつけるようにすると、絡み付いてくる。
「はぁ…、あっ、ん…ん、あんっ!うん…」
しばらくぶりの、小雪の中。
抱きしめてキスしながら腰を押し付けると、小雪が舌を押し込んできた。
ぼくが入れているものと、小雪が入れてくれるもの。
すごく、いやらしい。
もっと時間をかけていろいろな体位を、と思ったけど、長くは持たなかった。
「ごめん、小雪…、気持ちよすぎて…も、だめかも」
もう一度小雪を倒して、小雪の中でかき回すようにぐるっと動かした。
「は、は…はい、あ、の」
「動いていい?」
もう、限界。
小雪が手を伸ばしてきた。
「こ…ゆき…も、もう」
そんなこと言われたら、たまらないじゃないか。
ぼくは小雪の中を何度もえぐるようにこすり、打ちつけ、突いた。
「ん、あ、あ、…あっ、あああん!」
小雪がのけぞって硬直し、ぼくもこらえきれずに吐き出した。
避妊具の始末をしているのを、顔を枕に押し付けた小雪がちらっと見た。
きゅっと縛ったそれを、小雪に見えるように掲げる。
「いっぱい、出ちゃった」
小雪がぱっと顔を枕にうずめた。
ぼくは笑って、小雪の背中に中身の入った避妊具をたぷたぷと落とす。
「小雪がすごくいいから、こんなに搾り取られちゃった。ね」
「…や、…も」
小雪の足がぱたぱたする。
「どうも、やっぱりぼくは小雪をいじめるのが好きみたいなんだけど」
ティッシュにくるんでゴミ箱に放り込み、上から覆いかぶさって小雪の耳元で言う。
「ほら、好きな子ほどいじめたいものだろう?」
ぼくの下で、小雪が鳴いた。
「…む、きゅぅ…」
まもなく、兄の婚約が正式に整った。
すでに仕事の上でも実績を上げ、将来頼もしい跡取りだと評判の高い兄の婚約で、屋敷にはいろいろな人が出入りして引きも切らず祝いが届けられる。
婚約でこれだから、結婚の時はどうなるかと思うほどだ。
そして、切れ切れに聞こえてくる話からも、兄がどんなに人望にも経営の手腕にも優れているかがわかった。
ぼくは、到底兄にはかなわない。
執事見習いにさえ、立場にふさわしく行動しろと言われるくらいなんだ。
せめて、小雪が兄と比べてぼくに愛想を尽かしたりしないようにしよう。
ぼんやり大学に通ったり遊んだりするだけじゃなくて、次男とはいえこの家に、グループ企業総帥の息子にふさわしい男になりたい。
初めて、ぼくはそう思った。
小雪のために。
――――了――――
かーなーりGJ!
リアルタイムで小雪キター!!
GJ!
直之頑張れ
イラネ
小雪、可愛いな
菜摘さんは、メイド続けるのかな?
GJ!直之さまにあやふやながら目標ができましたね。
小雪はなんでこんなにかわいいんだww
ほしゅ
ほ
すみません
どなたか「【ご主人様】メイドさんでSS Part5【召し上がれ】」の440まで収録してあるdatを
うpって頂けないでしょうか?
長期出張より帰ってきたら、既に前スレ消えておりました…
専ブラだからログはあるけど、うpのやり方がわからない。
まとめサイト行くほうがてっとりばやいんではないですか?
ありがとうございます
助かりました
『メイド・小雪 12』
ぼくが大学四年になった春、兄が酒井家のお嬢さんと結婚した。
その準備も式も披露宴も、それはそれは盛大で、屋敷はしばらくの間ひっくり返したような大騒ぎだった。
義姉になった人は日本人形のようにきれいでおとなしく、ほとんど声を聞くことがないような人だ。
そのあまりの従順ぶりに驚かされることもあったけど、その度に兄はにっこりと笑ってぼくを見た。
ぼくはとても、兄のようにはなれないと思う。
そして、兄はその後も度々、菜摘の部屋に通っているようだった。
「はい、小雪」
父の会社の研修に無理を言って参加させてもらい、一週間ほど留守にして帰ってきたとき、ぼくは小雪に紙袋いっぱいのお土産を渡した。
「向こうの名物のお菓子らしい。みんなで食べるといいよ」
新幹線に乗る前に、大急ぎで買ったものではあったけど、小雪は満面の笑顔になって紙袋を受け取った。
「あ、ありがとう存じます。あの、先だってのお出かけの折も、たくさんチョコレートを」
「ああ、うん。メイドはみんなお菓子が好きだと思ってね」
「はい、はい、ですけど、それはそうなのでございますけれども…」
ぼくの着替えを手伝いながら、小雪が頬を赤らめた。
「みんなが、あの、直之さまはいつも使用人のことまでお気にかけてくださって、細やかにお声もかけてくださいますし、こうしてお出かけのときにお土産までくださいますし、それに」
使用人たちがぼくのことをそんなふうに噂しているとは思わなかった。
ぼくはただ、メイド仲間が珍しいお菓子に喜ぶのを見て小雪が喜んでいるのがわかるから、ただ小雪一人を喜ばせたかっただけなんだけど。
使用人たちに人気があるかどうかはともかく、ぼくが褒められて小雪が頬を赤くするくらい嬉しいのなら、それでいい。
「それにあの、直之さまは、このところお顔が」
「顔?」
「お、お顔が、とても凛々しくなられて、……素敵ですと」
スーツの上着とネクタイを受け取ってクローゼットに向かった小雪の背中が、急に小さくなる。
「顔が変わった?」
小雪の頭越しに、クローゼットの鏡を覗き込む。
確かに、ちょっと顔の丸みがなくなってゴツゴツしてきたような気はするけど。
「小雪は?ぼくが変わったと思う?」
小雪が小さく小さくぱたぱたっとした。
「え、いえ、あの、あの、小雪は、あの、こ、こちらに参りましたときから、あの、直之さまは、す、素敵で」
ぷっと笑ってしまった。
小雪は、今年も桃の節句に誕生日を迎えた。
ぼくの手作りの三段雛は、小雪が一番長く眺められる場所として、ぼくの部屋に飾った。
メイドも3年目になり、千里によれば小雪は失敗も少なくなり、真面目で一生懸命な性格はそのままで、安心して仕事を任せられるようになったという。
相変わらずぼくの前ではあたふたしたり、ぱたぱたしたりしてはいるけど。
ぼくも、就職活動が本格化し、いろいろ資料を取り寄せたりセミナーに出たりもしているし、その合間に父の秘書に会社の仕事というものを尋ねたり、研修にもぐりこんだり、執事の葛城に家のいろいろなことを教わったりもしている。
いいとこのお坊ちゃんだから、就職しても使えないだろうとか、兄が優れている分弟は役に立たないとか言われないように。
部屋のドアがノックされ、ぼくが頷くと小雪が行ってドアを開けた。
葛城康介が、頭を下げている。
「お尋ねのものをお持ちいたしました」
すっかり執事見習いも板についた康介が、ちらっと小雪に視線をやる。
小雪が康介からファイルを受け取って、ぼくのところに持ってきた。
「ありがとう。…多いな」
康介が持ってきたのは、今月の交流会への参加メンバーリストだった。
今までは招待状が来るたびに、なんとなく行くことが多かったけれど、最近は参加者をチェックするようにしている。
「今泉さんとこはご令嬢だけ、か。跡取り息子は来ないんだな。あそこは最近業績が思わしくないから交流会どころじゃないのか…、少し様子を探りたかったんだけどな」
「今泉興産の資料は、後ろにございます」
康介が言い、ファイルをめくると今泉だけでなく、ぼくが動向を知りたいと思っている会社の資料がいくつも閉じこんであった。
確かに康介はよくできた執事見習いだ。
将来、屋敷の内政だけを仕切らせるのは惜しいくらいかもしれない。
康介を下がらせると、小雪はファイルを広げた机の隅に、そっとアイスティーを置いてくれた。
「ああ、ありがとう…」
目はファイルを追っていて、小雪がこっそり後ろから覗き込んでいるのにしばらく気づかなかった。
顔を上げると、小雪はぱっと下がった。
「あ、も、申し訳ございません」
「ん、いいよ。気になる?」
「いえ、小雪には、あの、難しいことはちっともわかりませんのですけれども」
小雪の頬がまた、うっすら赤くなった。
ちょっと前なら、すぐにぼんっとなったのに。
小雪が少しずつ大人になっていくのが、嬉しくもあり寂しくもあった。
「なに?」
聞くと、小雪がうつむく。
「と、とても、おきれいな…お嬢さまばかりですので」
言われて見ると、資料の中には参加者の写真が混じっている。
「ああ、こういう人たちはね、すごくお化粧してるしきれいに見えるように服も選んでるからね。本物より良く映ってるんだよ」
「……さようでございましょうか…」
「小雪のほうがかわいいよ」
ファイルの中身の方に気が行っていたので、言い方が少しおざなりだったかもしれない。
小雪が敏感にそれを察知して、小声で呟くように言った。
「……でも、小雪は、こんなきれいなお洋服を着ることはございませんので…」
小雪が、そっと下がる気配がした。
自然と目がファイルにもどり、内容に集中していく。
康介の揃えてくれた資料は、ほぼ完璧だった。
こういう資料は、どういった視点で集めるといいんだろう。
どのように調べて、どのようにまとめるのがいいのか。
その方法を、学びたい。
わずかな葛藤のあとで、ぼくは個人的な感情を押し殺すことに決め、顔を上げて振り返った。
少し離れて立っていた小雪が言った。
「康介さんを、お呼びしてまいりましょうか」
呼び戻した康介から、リサーチやマーケティングなどについて教わる。
屋敷の内部を取り仕切るだけが執事の仕事ではないと改めて驚くほど、康介は何を聞いても的確な答えをくれ、ぼくはあら捜しをして文句を言うこともできず、資料を睨みつけていると康介が付け加えた。
「明日にも東証の追加資料をお持ちいたしましょう」
執事見習いに完敗だ。
小雪は康介に教えられたり間違いを正されたりしているぼくを見て、幻滅してはいないだろうか。
資料に書き込みをしていると、ひととおり質問に答えた康介がさしでがましいかと存じますが、と断ってから言った。
「旦那さまが先ほどお帰りになりまして、お風邪を召されたようで侍医の中村先生をお呼びいたしました」
顔を上げる。
父が風邪を引いて仕事を切り上げるというのは珍しい。
ふうん、と聞き流そうとすると、康介が声を落とす。
「お見舞いにいらっしゃいませ」
びっくりして康介を見る。
父はお元気な方だから、病気らしい病気で寝込んだことはない。
多少の体調不良や疲労はあったかもしれないが、ぼくもわざわざ見舞うなんてことはしたことがない。
「いや、静かに寝ていた方がいいんじゃ」
「若さまはまだお戻りではございませんが、ご帰宅なさいましたらお見舞いなさるでしょう。お先に参られませ。体調の良くないときは心細いものでございます」
康介の顔をまじまじと見てしまった。
なにかたくらんでいそうな目で、康介は力強くぼくに頷いて見せた。
思わず、聞いてしまった。
「お前って、けっこう策士?」
康介は器用に片方だけの眉を上げた。
「そうでございましょうか?」
どうも、康介にはかなわない。
風邪がよくないらしく、翌日の朝食の席に父はいなかった。
確か今日はどこだかの家でのパーティーに招待されており、父と母が出席するはずだったが。
母は仲のよいご夫人方が多く集まるといかで、張り切ってドレスを新調していたのに。
「お父さまはご無理なようですから、今日はお早くお帰りになって直之さんがご一緒してくださいね」
ぼくは思わずフォークで刺しそびれたミニトマトをテーブルに転がして、母に軽く睨まれる。
「ぼくが…ですか」
だいたいパーティーなんかに招待されて、行けなくなったから代理が行くなんてことは普通ない。
それにどうしてもということになっても、兄がいるではないか。
「直之さんも、ずいぶん大人な行動ができるようになったようでございますし、こういう機会もよろしゅうございましょう」
それが、昨日父を見舞ったことに対する褒め言葉だと気づくのに少しかかった。
悔しいことに、康介のおかげだった。
「あちら様が、ぜひ直之さんをとおっしゃいましたの。近頃ずいぶんと評判がよろしいようで、噂のご次男を隠しておかずにお披露目なさいませと」
……そんな評判、聞いたことがない。
ぼくの顔が気乗りしないように見得たのだろう、ごく親しい人が集まるブッフェスタイルだから、気楽に参りましょうと母が言った。
きっと、仲の良いご夫人がたくさん集まるのに自分だけ欠席するのは悔しいのだろうなと思うと、根っからのお嬢さま育ちの母がかわいらしく見えた。
急なことだったので、小雪は大慌てで準備を始めた。
それでも小雪がぼくの担当メイドになってから様々なパーティーに出ているから、小雪も仕度に慣れてきているようで、母のメイドにドレスコードや母のドレスの色を確認して、クローゼットから衣裳を取り出している。
大学から帰って着替えると、小雪がほう、とため息をついた。
「あの、あの、小雪は、直之さまは、夜のブラックタイのお衣裳が、一番お似合いで、素敵なようにお見上げいたします…」
ぼくは、前からも後ろからもくるくると回って装いが完璧なのを確かめた小雪の頭に、ぽんと手を置いた。
「パーティはあんまり好きじゃないよ。エスコートするのが小雪だったらいいんだけどね」
小雪はちょっと笑って、首をかしげた。
「行っていらっしゃいませ…」
パーティー会場に着くと主催者と主賓に挨拶をし、母に引廻されるようにあちこち紹介された後で、ようやく母と離れた。
それでもボンヤリしているわけにもいかず、たわいのない世間話や、重過ぎない時事問題なんかで人の間を泳ぎまわる。
車の中で、急いで康介が準備してきた参加者の資料に目を通したのが役に立つ。
まったく、悔しいくらいに気の回る執事見習いだ。
相手の肩書きや趣味に合った話題を頭の中から引き出しては社交辞令を並べるといったことを繰り返していると、一人の背の高い男性が目の前に立った。
「お久しぶりです」
三条市武さんだった。
相変わらず穏やかな微笑みを浮かべている市武さんの差し出した手を握り返して、ぼくも微笑んだ。
「交流会でお会いできなくなりましたから。お元気そうですね」
ぼくが出席するような交流会は独身者限定だから、市武さんが結婚したあとは顔を合わせる機会がなかったのだ。
「ええ。正之さんのご結婚、おめでとうございます」
「ご丁寧に、ありがとうございます…」
市武さんがここにいるということは。
作り笑顔で談笑しながら、視界の端で会場の中を探す。
「…妻とも話をしてやってください」
市武さんが、そう言ってちょっと片手を上げる。
視線を追うように振り向いた先に、笑いさざめく女性たちがいた。
その着飾った夫人たちの間から、一人の夫人が出てくる。
ぼくは思わず目を細めた。
藍色のドレスに身を包んだ初音は、子供を産んだというのに少しも以前と変わらない。
いや、子供を一人産んだ後が女性は一番美しいともいうらしい。
毎日見慣れていたはずの初音が、まぶしいほどきれいになっていた。
市武さんが初音の耳元で何かささやき、別のお相手を見つけたようにその場を離れていった。
初音は、ぼくを見上げた。
「お久しゅうございます」
「……お変わりなく。奥さま」
少しはにかんだように、初音が笑った。
その笑顔も、少しも変わらない。
「なんだか、恥ずかしゅうございます。直之さまに、そう呼んでいただくと」
ちらりと周りを確認する。
みんなあちこちで話に花が咲いているようで、ぼくらの会話に聞き耳を立てている様子はなかった。
「さま、なんて呼んじゃいけないじゃないか。こっちはただの冷や飯食いで、初音は三条家の若奥さまなんだからさ」
くすくす、と初音が笑う。
「……なんだかおかしなもので」
「元気?坊ちゃんは大きくなっただろ?市武さんは少し太ったね。初音はすごくきれいになった」
声を落として、早口で言う。
「直之さま」
初音が、ぼくを見ている。
「ご立派に、おなりですね」
「……え?」
「正之さまのご結婚の折に、もっぱら噂でございました。昔から評判の高かったご長男はともかく、会長はもうひとり優秀なご子息を隠しておられたのだと」
ぼくのことを?
初音が、にっこりした。
「嬉しゅうございました。初音は、鼻が高うございます」
目頭が、熱くなった。
「……ぼくが、ぼくがもし少しでも誰かから誉められるようなことがあるとすれば、それは初音のおかげだよ」
初音がいなければ、今のぼくはいない。
「そのようなこと。決して、人様の前でおっしゃってはいけません」
「そんな規則があったかな」
初音が、ぷっと吹き出し、ぼくも笑った。
「わたくしの息子が、直之さまのように育つとよろしいのですけれど」
「ぼくのように?だめだよ、お兄さまのようにならいいけどね。ぼくなんか」
冗談めかして言うと、初音は真顔で首を横に振った。
「直之さまのように。やさしくて、思いやりのある、元気な子に育ってくれればと思います」
返事が、できなかった。
やさしくて、思いやりがあって、元気で。
「……そんなの、市武さんにそっくりなだけじゃないか」
気のせいか、初音の目元が潤んでいる。
ぼくはそれに気づかないふりをした。
「…まあ、そうでございました」
くすんと鼻を鳴らして、初音がそう言った。
みんな、初音がぼくの家のメイドだったことを知っている。
こんなところで三条の若奥さまを泣かせたなんてことになったら大変だ。
「幸せなんだよね?」
無粋なことに、確認するように聞いてしまった。
いくら初音が市武さんに愛されていて、よくできた若奥さまだとしても、意地悪な人間はいる。
噂では、奥さまにも気に入られていて評判はいいと聞くけれど、辛いこともあるだろう。
三条さんは公家の流れだし、しきたりもうち以上にうるさいに違いないから。
初音は、黙って頷いた。
「二人目ですの」
そっとお腹に当てた、メイドの重労働から開放された、白い華奢な手。
「……そうなんだ」
市武さんは案外仕事が早い。
初音が、誰かに向かって会釈をした。
少し離れたところで、母がぼくを呼んだ。
二人きりで少し長く話しすぎたかもしれない。
「今夜、直之さまにお会いできるとは思っておりませんでしたので…大変嬉しゅうございました」
「……うん。ぼくも、初音に会えてよかった」
母の方へ歩き出しながら、ぼく振り返った。
初音はもう、白髪交じりの紳士と話をしていた。
その後、母とご夫人たちに囲まれて作り笑顔が固まる頃、パーティはお開きになった。
帰りの車の中で、母はぼくの評判が良かったと満足そうだった。
「……不肖の息子が、ご迷惑をおかけしていなければ幸いです」
少し卑下して言うと、母は目を丸くした。
「なんですの。わたくしには自慢の息子が二人いるだけですよ」
自分の顔が熱くなった。
小雪じゃあるまいし、と思いながら、母に赤くなった顔を見られないよう、窓の方を向いた。
康介の下準備によるところは大きいと思いながら、兄びいきだと思っていた母に評価されたのが嬉しかった。
初音のおかげだよ、と言った自分の言葉を思い出した。
どうしても、兄と義姉、市武さんと初音の二組の夫婦を比べてしまう。
義姉はいつも微笑んでいるけれど感情の出ない人だし、兄はいつも笑顔だ。
市武さんも初音も笑顔だけど、兄夫婦とは違う気がする。
菜摘のことがあるから、兄に批判的になってしまうのかもしれないけれど、初音はほんとうに幸せに見える。
きっと、ぼくでは市武さんのように初音を微笑ませることはできなかっただろう。
ぼくは、いつかあんなふうに自分の妻を幸せにできるだろうか。
ぼくが初音に抱いていたのが恋心だったのかどうかがわからない。
でもたぶん、今ぼくが小雪に向けている思いとは違うな、ということだけはわかる。
だから、初音はぼくから離れて行ったのではないだろうか……。
車の中で満足げにパーティで仕入れた噂話のおすそ分けをしてくれる母に相槌を打ちながら、ぼくはそんなことを考えながら眠くなってきていた。
やはり父の名代ということで気が張っていたのだろうか。
帰宅して部屋に戻ると、すぐにベッドに倒れこむようにして眠ってしまったくらいだ。
朝、腕の中にいた小雪がそっとベッドを抜け出したことにも気づかなかった。
休みの日でないと、小雪は朝早く自分の部屋に戻って髪を結いなおしたり、きれいなエプロンに取り替えたりしてくる。
ぼくの部屋で身支度すればいいのに、と言ったことがあるけれど、恥ずかしいらしい。
戻ってきた小雪に起こされるまで眠って、ぼんやりしたまま着替えをする。
大学のことも、就職のことも、社交や人間関係や将来のこと、考えなければいけないことが溜まっていた。
ぼくが無口だと小雪も無駄なことは言わない。
髪を整えながら鏡越しに見ると、小雪の表情が少し違う。
呼んで近くに来させ、じっと見つめる。
「ね。なにかあった?」
小雪はびっくりした顔になった。
「え……」
「変な顔してるよ」
「そ、そうでございますか?」
小雪が両手で頬を挟んだ。
そのまま、ちょっと考える。
「あの。直之さまに申し上げるようなことではないかと、あの、でも」
やっぱり、なにかあるらしい。
ぼくは自分のことでいっぱいになってしまうと、小雪のことまで気が回らなくなる。
気づいてやれてよかった。
「うん?」
朝食までにはまだ少し時間がある。
ぼくはソファに腰を下ろして、小雪を自分の膝の間に引き寄せた。
「あの、小雪はさきほど自分のお部屋に戻ったのでございますけれども、その時に、あの、母屋からの渡り廊下で、わ、若旦那さまにお会いいたしました……」
どうやら、母屋と使用人の棟をつなぐ渡り廊下で兄さんとすれ違ったらしい。
早朝、母屋から別棟に向かうメイドと別棟から母屋に向かう総領息子。
どちらも気まずいだろうが、問題はそこじゃない。
間違いなく、兄は菜摘の部屋から戻る途中だったのだ。
「そ、そのあとこちらに参りますときに、今度は菜摘さんと一緒になりまして」
小雪がうつむく。
「ほんとうは、お廊下でおしゃべりをいたしましてはいけないのでございますけれど、あの」
小雪の話を聞いて、ぼくは途方にくれた。
今のぼくにはどうにもできないことだった。
小雪を元気付けることもできないまま、ぼくは今日はゼミの食事会があるからと、康介の運転する車で大学に向かう。
康介は車に付属する部品のように気配を消して、運転していた。
途中、昨日のパーティに出かける前、康介が急いで準備した出席者の資料を渡してくれた事を思い出す。
おかげで、話題に困ることもなく父母の顔を潰さないよう立ち振る舞うことができた。
康介にその礼を言うと、バックミラー越しにちらりとぼくを見た。
「お役に立てましたならよろしゅうございました」
ぼくが話しかけたことで車内の空気が少し変わったのか、康介が少しお話してもよろしいでしょうかと聞いた。
「……どうも、担当メイドから父のほうに苦情があったようです。まだ千里さんが話を止めているようですが、旦那さまのお耳に入るようですと、困ったことになりますかと」
前置きもなく、わざと主語をはぶいているから、わかりにくかった。
「なんの…」
聞きかけて、さっき小雪から聞いたばかりの話を思い出した。
それがもう葛城のところまで上がっているとは。
「……これは葛城にはまだ言うなよ」
「はい」
「今朝、小雪が菜摘から聞いたそうだ。暇を願い出ていると」
ミラー越しに康介と目が合う。
「それは、菜摘が申しましたのですか」
「菜摘は小雪と仲がいいんだ」
「…さようでございましたか」
今朝、小雪が言いにくそうにぽつぽつと話してくれた。
――留美さんから、お話があったそうなのでございます。
留美というのは、義姉が実家から伴ったベテランのメイドだ。
小雪ははっきり言わなかったが、恐らく菜摘は留美から「若旦那さまをたぶらかすな」くらいは言われたのだろう。
新婚の兄がたびたび担当メイドの部屋に泊まるのを、義姉に隠せるはずがない。
菜摘ならきっと、兄夫婦の関係にこれ以上亀裂が入る前に身を引こうと考えるだろう。
あんなに兄を想っている菜摘の気持を考えると胸が痛い。
――でも、お許しがいただけませんとのことで。
兄は、何を考えているのだろう。
康介は眉間にしわを刻んだ。
「父に聞きましたのは、留美さんのほうからのお話でした。菜摘本人がそのように考えているとは存じませんでした」
ぼくは、後部座席から身を乗り出す。
「康介。菜摘にいいように、取り計らってくれないか。なんとか」
具体的にどうとは言えないまま、康介に頼み込む形になってしまった。
自分の非力さに嫌気がさす。
康介は、できるだけ善処いたしますと政治家みたいな言い方をして、車を校門のそばで止めた。
「坊ちゃまは、小雪のほうを」
ドアを開けてもらって降りたところで、そう付け加える。
ここで康介に腹を立てている場合ではない。
以前、小雪がいきなり泣き出したことがあった。
千里の助言で、ぼくはその理由を問いただすことはしなかったけれど、あれはいつだったろう。
ちょうど、兄が交流会やパーティで婚約者を探し始めていた頃ではないだろうか。
兄のことだ、平気でその話を菜摘にしていたのかもしれない。
小雪と菜摘は仲がいいから、もしかして菜摘が小雪に話したかもしれない。
小雪は、兄を慕いながら、兄の結婚生活を見守り、兄に仕え、気まぐれに相手をされている菜摘を見て、どう思っていたんだろう。
ぼくは兄と同じようにはならないと思っていたけれど、小雪は菜摘の姿を自分に重ねていたんじゃないだろうか。
だから、小雪は、直之さまにお嫁さまがいらしても、小雪をずっとお仕えさせてくださいませと言っていたのだ。
菜摘が暇をとると知って、どんな気持でいるだろう。
ぼくはその夜、ゼミの教授の隣でじりじりしながらビールを注ぎ、二次会を断って帰宅した。
出先からタクシーで帰宅すると、出迎えてくれた小雪の目が真っ赤だった。。
「小雪?!どうした?なにがあった?」
とりあえず部屋まで戻って、小雪を問いただすと、小雪は立ったままぽろっと涙をこぼした。
「な、菜摘さん、が」
ソファに座らせて顔を覗き込むと、小雪はひっく、としゃくりあげた。
「お、お、お暇を…」
「え」
「あの、あの、お夕食のときに、急にみなさんにご挨拶をとおっしゃって、もうお荷物もまとめておいでですとか、さきほど康介さんが送って行かれました……」
康介も頼みがいがない。
かといって、義姉側にも夫とメイドとの関係を認めろというわけにもいかず、苦情が出たのにそれを知らんふりというわけにもいかず、菜摘の立場は崖っぷちだったのだ。
「菜摘にはかわいそうなことをした……。責められるべきは、兄さんなのに」
小雪の背中をなでてやりながらそう言うと、小雪は小さく首を横に振った。
「そんな、若旦那さまがいけないというようなことなど、そんな」
ここでぼくが兄に嫌味や文句のひとつも言ったところで、もう菜摘は帰ってこないだろう。
小雪に聞かせるべきかどうか迷ったが、ぼくは康介に戻ったら部屋へ来るように伝えてもらった。
朝早くに菜摘から辞職の意思を聞いて、夕方には見送らねばならなかった小雪もかわいそうだ。
メイドたちは噂話が大好きだから、悪く言う者もいたかもしれない。
きっと菜摘は言葉少なに、そっと出て行っただろう。
そんな日に、ずっと家に帰らず小雪に心細い思いをさせてしまった。
「……小雪は、心配しなくていい」
一生懸命涙を飲み込もうとしている小雪の肩を抱いて、ぼくはそう言った。
そう言うのが、精一杯だった。
その時、部屋のドアがノックされて、小雪が飛び上がった。
開けたドアから、康介が入ってくる。
気のせいか、朝より疲れた顔をしていた。
小雪にちらっと視線をやってから、口を開く。
「菜摘のことでございましょうか」
頷くと、康介は前で合わせた手を組み替えて姿勢を正した。
「菜摘は実家が遠うございますし、当てもないとのことでございましたので、とりあえず葛城の家へ預けました」
「葛城の?」
確か、康介は屋敷に住み込んでいるけれど、父親の葛城は通いだったはずだ。
「父が執事組合の方へ問い合わせたりもいたしまして、次の勤め先を探すつもりではございますが、それまでは少々病気がちな祖母もおりますし、手伝ってもらうつもりでおります」
菜摘の実家が遠いというのは知らなかったが、葛城が手を回してくれなければ菜摘は危うく放り出されるところだったのだと思うと、また兄に腹が立った。
「そうか。ただの居候より菜摘も気が楽だろうな。…ありがとう」
ぼくの顔色を見ていた康介が、出すぎたことと存じますが、と付け加えた。
「世間的には、奥さまのあられる主人と通じたメイドの方に非がございます。そこのところをお忘れになりませんよう」
視界の端で、小雪がびくっと震えた。
確かに、康介のほうが正しい。
ここでぼくが感情に任せて兄をなじったところで、どうにもならないのだ。
ぼくにはどうすることもできなかった。
ぼくは、非力だ。
それでも。
「兄さんに、訪ねると伝えてくれ」
康介は、なにか言いたそうに口を開いたが、そのまま黙って出て行った。
小雪が不安そうにぼくを見ている。
「小雪は、心配しなくていい」
もう一度繰り返すと、小雪はすっとうつむいた。
はい、とは答えてくれない。
「ぼくが、信用できないのかい」
近づいて、肩に手を置くと、首を横に振った。
「そ、そのような、あの。あの……」
心配するなとは言っても、なにか考えがあるわけではない。
ぼくは小雪の顔を覗き込むと、その柔らかいほっぺたにキスをした。
「ごめん、ぼくは菜摘には何もしてやれないかもしれない。でも、小雪には同じ思いはさせないから」
小雪が、目に涙を浮かべたままけなげに微笑む。
肩に置いたぼくの手に、そっと自分の小さな冷たい手を重ねる。
「小雪には、…難しいことはわかりませんのです…」
どうにかしてくれと言えば、メイドとして出すぎた発言になると思うのだろう。
ぼくは、兄のところへ行った康介が戻ってくるまでの間、ずっと小雪を抱きしめていた。
緊張していた小雪の冷たい手が暖まり、小刻みな震えがおさまるころ、康介は兄の許可を持って帰ってきた。
兄は、部屋に居た。
「どうした。めずらしいな」
いつものように、にこやかに兄が迎えてくれた。
隣に、口元だけを柔らかくした日本人形のようにきれいな義姉。
ドアを開けたのは、同じように愛想よく微笑む義姉のメイドの留美。
この留美が、菜摘に苦情を言ったのだ。恐らく、義姉の代弁で。
そう思うと、みんなが感情を微笑みに隠しているように見えてきて、不愉快だった。
兄は続き部屋になっている書斎へぼくを招き入れ、義姉も留美も下がらせた。
「……菜摘だろう」
意外にも、兄はつまらなそうに洋酒の瓶を取り出しながら、そう言った。
「まさか、こんな急に出て行くとは私も思わなかった」
グラスに氷を入れて、酒を注ぐ。
「お前から見たら、腹立たしいだろうな」
腹立たしいです、ひどいです、冷たすぎます。
そう言ってやりたかった。
でも、兄は今までに見たことがないような覇気のない顔をしていて、ぼくは何も言えなくなった。
「お前は、私がただ性欲で菜摘を抱いていたと思っているだろうな」
「……」
「…なんとも思っていなかったわけではないよ」
ぼくの前にも、グラスを置く。
「だが、菜摘を妻にしようという気は全くなかった」
「どう……」
「どうして?お前だって勉強しているだろう。うちと酒井の結びつきが強くなったことでビジネス上でどんな変化があったか」
たしかにそれは兄の言うとおりで、返す言葉がない。
「だから、菜摘にはもっと働きやすいところへ世話するか、うちに残ったとしてもいずれ担当を外して一般職で働かせるのがいいのだろうと思っていたんだよ」
兄は、うっすらと笑いながら、脚に肘をつくようにして前かがみになった。
「でも、できなかったな。私のわがままだ。菜摘を、手放したくなかった」
急に、心臓がばくばくしてきた。
今、ぼくは兄の本音を聞いているのだ。
「菜摘がそれでいいと言ってくれたから、甘えてしまった」
グラスに口をつけ、それを一度おいて酒を注ぎ足した。
いつも何も言わなくても、菜摘が好みの濃さで作ってくれていた水割りを思い出しただろうか。
「妻にも、甘えたんだな。気づいていないはずはないのに」
兄が小さく見えた。
いつも、完全無欠な存在としてぼくの前を歩いていた兄が、菜摘を失って肩を落としている。
「七緒が辞めたときもこたえたが……比じゃないな」
そういえば菜摘の前の兄の担当メイドも、交代のあとで辞職している。
寂しかった、と聞いたことはあるけれど、気持を隠していたんだろうか。
「……葛城が預かっているようですよ」
ひどい、冷たいと責めるつもりで来たのに、なだめるような事を言ってしまう。
兄は黙って頷いた。
空になったグラスに水割りを作って差し出すと、持ち上げて氷を揺らす。
「どうも私は女を不幸にする。同じ轍を踏むなよ、直之」
「……いえ、あの」
返す言葉が見つからず、なにしにやってきたのかわからなくなる。
兄はそんなぼくを見て、やっとちゃんと笑った。
手をつけないぼくのグラスを指差して勧められ、ぼくはようやく少し薄いその水割りを飲んだ。
兄は、空になったグラスといつまでも向き合って、ぼんやりしている。
気のせいか、そらした目が光っている。
泣くほど辛いなら、菜摘を手放さなければ良かったのに。
そう考えてしまうのは、ぼくが次男である気楽さなんだろうか。
総領息子として、グループ企業会長の跡取りとして、兄にはそんな自由がなかったんだろうか。
完璧だと思っていた兄の、はじめて見た姿だった。
それでも兄はいつか、菜摘のことなど忘れてしまうんだろうか。
菜摘は、いつか兄を忘れられるのだろうか。
ぼくは。
兄の部屋を出ると、廊下に康介がいた。
ぼくを見て、ほっとしたような顔をする。
「殴り合いでもしてくると思っていたか?」
聞くと、首を横に振った。
「一方的な方を心配していました」
ぼくが、兄を殴ってくると思ったのか。
「……小雪もここでお待ちすると言ったのですが、お部屋で待たせました。お送りしましょうか」
「いいよ」
康介が腰を折り、ぼくは自分の部屋に向かって歩き出そうとして、振り返った。
「康介。もし将来、ぼくが分家を許されるようなことでもあったら、お前、一緒に来てくれるか?」
顔を上げた康介が、かすかに笑ったように見えた。
「参ります」
即答だった。
十年か二十年かそれ以上先に、もしそんなことになったとしても、ぼくには心強い右腕がいることになる。
それでもぼくは、ぼくの未来の執事(仮)に、釘を刺しておいた。
「でも、小雪はだめ」
声を殺して笑う康介をそこに残して、ぼくは小雪の待つ部屋に帰った。
不安そうな顔をしていた小雪を、力いっぱいぎゅうっとした。
ごめん、小雪。
やっぱりぼくは、菜摘になにもしてやれなかった。
兄に文句のひとつも言ってやろうと思ったのに、それさえできなかった。
「…にゃ、なおゆひさま…」
ぼくの腕の中で、小雪が苦しそうにしたけど、ぼくは力を緩めなかった。
まだまだぼくはなにもできないけど。
「……小雪は、心配しなくていいからね」
ぱたぱたしていた小雪が、動きを止めた。
「……え、あの」
「いいかい、小雪は、小雪のことは心配しなくていい。ぼくは、兄さんとは違うんだ」
「あ、あの」
「決めたんだ。だから、小雪はだいじょうぶだ」
そうだ。
ぼくは、決めた。
小雪は、小雪だけは守る。
「……はい」
小雪を抱きしめたままソファに腰を下ろし、倒れこんできた小雪を膝の上に抱きなおした。
今日は疲れた。
「なんか……、兄さんと対決してぐったりだよ」
「まあ、あ、あの」
「小雪も今日は疲れたよね。朝からいろいろ心配しっぱなしだったろ」
「……い、いえ、あの」
「ごめん」
「え、え、え、あのっ?」
「心細いときに小雪のそばにいてあげなくて、ごめん。友だちとご飯なんか食べてきて、ごめん。兄さんに文句も言えなくて、ごめん。なにもしてあげられなくて、ごめん。もうぼくに愛想がつきたかい?」
小雪が、膝の上でぱたぱたする、いつものその仕草が、ぼくを日常に引き戻してくれる気がした。
「いえいえ、そ、そんな、とんでもございません、あのっ」
小雪があたふたするので、なんだかおかしくなった。
おかしいのに、なんだろう。
目からなにかが出る。
「な、直之さま……?」
「あれ、どうしたのかな。水が」
小雪がエプロンから出したハンカチで拭いてくれた。
あんまり自分が無力で、泣けてきた。
ハンカチを握ったまま、小雪がぼくの首に腕を回してくれた。
「あ、あの、あの……お子さまのようでございますね……」
「……うん」
小雪の柔らかな髪が鼻をくすぐる。
うなじに顔を押し付けるようにして、ぼくは小雪を抱きしめた。
「子どもっぽいのは、嫌いかい?」
「い、いえ……、で、では、今日は、こ、小雪が直之さまをぎゅうっとしてさしあげます」
「ん?」
「な、直之さまが、今日はお子さまなのでしたら、あの、小雪が、あの」
ぷっと笑ってしまった。
それもいい。
自分の非力をかみしめながら、無力な子どものように、小雪にぎゅうっとしてもらおう。
ぼくベッドの中で小雪にぎゅうっとしてもらった。
小雪の腕枕で、細い腰に腕を回して。
ぼくと同じボディソープの香りがする胸に顔を寄せてみる。
小雪はぼくの頭の後ろにを撫でて、ずっと抱いていてくれた。
自分だって、辛いだろうに。
こんな情けないところを全部さらけだしてしまって、小雪に呆れられたりしないだろうか。
とろとろと眠気に身を任せながら、ぼくは小雪にお願いした。
小雪は、ずっとこうしてぼくのそばにいておくれね。
それが頭の中で考えたことなのか夢で言ったのか、ほんとうにつぶやいたのか。
――――小雪を、ずっとおそばに置いてくださいませ。
そう聞こえたのも、夢なのか。
――――直之さまにお嫁さまがいらしたら、小雪はお邪魔をいたしませんから。
――――奥さまに嫌われないようにいたしますから。
――――ですから、小雪にお暇を出さないでくださいませ……。
夢の中で、小雪がそう言っている。
涙を浮かべて、ちょっとだけ微笑んで、そう言っている。
ばか。
心配しなくていいって言ったじゃないか。
――――同じ轍を踏むなよ。
ぼくは、小雪の暖かで柔らかな胸に抱かれて深い眠りに落ちた。
――――了――――
GJ!
だんだん直之が成長してきましたね。
久しぶりにGJ!
続きも楽しみにしてます
なんでだー!!なーつみーーーーーーー!!!!
セツナス
菜摘嬢…… 。・゚・(ノД`)・゚・。
メイドさんと過ごしたい秋のイベントって何だ?
クリ拾いかな
栗拾いとかいいなぁ。
籠とか用意せずに、エプロンを持ち上げた上に集めていくの。
>>99 両親は仕事で来れないので、運動会に世話役のメイドがやって来た。
ちょっと天然入ってるせいか、場違いにもメイド服のままで学校に。
クラスメイトに物珍しげに見られ、からかわれたり冷やかされたり。
それが嫌で「なんで来たんだよ! もう来るなよ!」と坊ちゃんは怒鳴りつけてしまう。
寂しそうに帰っていくメイドの後ろ姿を見て、坊ちゃん後悔。
走って追い掛けて、後ろから小さな体で抱きつく。
「ごめん、ひどいこと言って。来てくれて嬉しかった」
涙と鼻水まみれの小さなご主人様の頭を、メイドは優しく撫でて、
「男の子がいつまでも泣いていてはいけませんよ」
「でも……」
「リレーのアンカーを任されているのでしょう? どうか私に、一番のお姿を見せてくださいませ」
「……うん!」
見事に1着でゴールした男の子は、そのあと嬉しそうに微笑むメイドと手を繋いで並んで帰りましたとさ。
ええ話や。GJ!
「食欲の秋だね」
「女体盛りですね?かしこまりました」
「スポーツの秋だね」
「耐久SEXですね?かしこまりました」
「読書の秋だね」
「官能小説の朗読ですね?かしこまりました」
そのメイド優秀すぐるww
そのメイドさん、三つ目は「きちんと」こなせそうに無いなぁ
朗読中にご主人様が襲い掛かってくるんですね、わかります。
メイドさんに、官能小説の朗読させる愉しみは、清楚な娘に恥らわせつつ朗読させるから良いのであって、
>>105みたいにズバズバ言えて平気なメイドさんだと、朗読させて果たして楽しいのかと思う
いや、朗読自体は完璧に行いそうな感じなんだけど
>>102 いいね
そういうメイドさんがいる少年時代を俺は過ごしたかった
>>109 実は表面上澄ました顔を取り繕っているだけで
内心では胸がドキドキして軽いパニックに陥っているとか
あるいはそういう恥ずかしがる姿を見せることが悔しくて
わざと何でもない風を装う意地っ張りメイドとか
111 :
名無しさん@ピンキー:2008/10/17(金) 00:05:01 ID:Ot6RLcQA
メイドさん:「た、たよう?ゆうよう?ゆーち?あ、夕日、はまさにちんまん、じゃなくてちちん、沈まんとして」
旦那様 :「(´・ω・`)」
麻由の更新確認されたし
第3話です。台風ネタです。
10月に入り、行楽シーズンということもあって茶店は盛況だ。
最初は馴染めなかった茶摘み娘の格好にもようやく慣れ、赤いたすきも瞬時に結べるようになった。
独身者の強みで、主婦パートの人達が夕方には帰る中、私は夜9時ごろまでお店にいて最後の後片付けまでしてから帰る。
うちの事情を知っているオーナーは、帰り際に残り物のおでんを包んで持たせてくれるようになった。
色の染みてしまった練り物や、割れたがんもどき、煮崩れて串から外れてしまった牛筋など。
大根なら少々煮過ぎてしまっても、鍋底大根ということで価値は落ちないが、これらは明日もう使えない。
このお土産のおかげで、我がアパートの土曜の夕食は大抵おでんになる。
牛筋だけは取っておいて、こんにゃくと一緒に煮直して小鉢の一品にしたり、お好み焼きの具に転用することもある。
茶店で働く土曜以外は、相変わらずアルバイトやチラシのポスティングを続けている。
一つの職場に長くいるより、短期の仕事を渡り歩いた方が実入りがいい。
商店街のリサイクルショップで買った中古自転車に乗り、どこへでも行った。
稼げる時に稼いでおかなければ、病気などのいざという時に困る。
そのような感じで東に西にはせ参じ、日中を働いて過ごす。
夜はアパートに帰り、夕食を作って旦那様の帰宅を待つ。
あの方は、家庭教師のアルバイトが意外に合ったようで、今も問題なく続けている。
自分の大学を目指して頑張っている生徒なので、つい熱が入ってしまうと前に仰っていたことがあった。
お茶菓子に甘い物が出ると、旦那様はそれを持って帰ってきてくれる。
夕食後にお茶を入れ、そのお菓子を半分こして食べるのもなかなか楽しかった。
二人で頑張っているお陰で、わずかながら家計は黒字に転じ、まさかの時に備えられるようになった。
毎日の朝食を作る間、同じくリサイクルショップで買ったラジオを聴くのが私の日課になっている。
台風15号関連のニュースの取り扱いが、ここ数日多くなってきているのを感じていた。
今日はいよいよ本州に上陸し、この地域を縦断するとアナウンサーがしきりに伝えている。
「台風は、今夜ですか?」
起床された旦那様が問われるのに頷き、そうですと答える。
「日中じゃないからましですね。夜だから、そんなに影響はないんじゃないでしょうか」
私は今日の夕方まで商店街でアルバイト、旦那様は大学へ行く。
朝から雨に降られては困るのだが、今はまだいい天気だ。
「そうですね、それは都合がいい」
いつものように旦那様は、私を見てにっこりと笑った。
朝食を終えて2人揃って部屋を出て、それぞれの目的地へ向かう。
今日のアルバイト先は、店主の妻がお産で里帰り中の惣菜店。
あちこち行っている私だが、最近は時々こうして商店街の中の店で仕事をもらえるようになってきた。
苦境に立った主に付き従う感心なメイドの子だという噂が流れ、それを見込んで仕事を持ってきてくれる人が現れたためだ。
自分の境遇に同情してくれる人がいるのを想定して、むしろそれが広がるよう確信的に立ち振舞ったせいもあるが。
臨時で人手が必要な店が出た場合、まず声をかけてもらうことが多くなっていた。
何を頼まれてもある程度はこなせる、小器用なのが役に立っていると思う。
商店街ならアパートと近いし、帰りに夕食の買い物もできる。
そんなこともあり、私はこの商店街に色々とお世話になっていた。
昼頃、風がにわかに強まりだし、雨がアスファルトを叩き始めた。
惣菜店はガラス戸のない路面店に近い形態なので、天気が荒れると仕事にならない。
これからもっとひどくなるだろうから、今日はお仕舞いにしようと店主が決めて早々に店じまいを始める。
約束の時間働けないのは困るが、お客もほとんど来ないしこれでは仕方がない。
今日の収入が減るのを嘆きながら、私は小走りにアパートに戻った。
旦那様はまだ帰っていないようだ。
天気は今後荒れる一方なんだから、早めに帰ってくればいいのに。
何となく気になってしまい、ラジオの台風情報を聞きながら家事を片付けた。
外を見れば、雨足がさらに強くなり、窓ガラスが白く見えるほどに打ち付けている。
アパートの前にある川は増水したりしないだろうか。
ここは2階だから水は来ないだろうけど、そこはボロアパート、流れてでもいかないかと不安になる。
実際、風に煽られただけでそこここでミシミシという音が聞こえているのだ。
大家さんに場所を借りて植えたほうれん草が、雨で駄目になりはしないかとも気になる。
そわそわしながら家事を続けて夕方になったが、旦那様はまだ戻ってこない。
雨風はさらにひどくなり、ラジオの音が時折聞こえなくなるほどだ。
あまりに耐えかねたので、無理矢理窓を開けて雨戸を閉める。
数十秒のことなのに、吹き込んできた雨で床が一部びしょぬれになってしまった。
慌てて雑巾を取り出し、ついでにと六畳間全体を拭き掃除してみる。
日焼けしてささくれ立った畳は、あまりきれいにはならなかった。
やるだけ無駄だったかと、少し疲れた気分になった。
壁の時計が6時を指し、一人で夕食をとる。
惣菜店のアルバイトが半端に終ったので、新しく作ることはせず有るもので適当にすませた。
旦那様には、冷蔵庫に鮭の切り身があったからあれを焼いてあげよう。
男の人だから、残り物だけの食事はわびしく感じるかもしれないし。
早々に食べ終り、久しぶりにゆっくりとお茶を飲む。
旦那様が帰ってこなければ、台所の片付けも、お風呂の準備も洗濯もできないのだ。
湯飲みを用意する時、いつものくせで2つ取り出しそうになって焦る。
テレビも無いし、ラジオもいい加減飽きた。
何か内職の仕事を見つけておけば、こういう時に暇が潰せたのに。
床の間に積み上げてある旦那様の本に手を伸ばすが、数ページ繰っただけで元に戻す。
外国の言葉で書かれた本など、私に読めるわけがない。
カーテンを開けて外を見ようとしたところで、さっき雨戸を閉めたことに気付く。
川はあれから増水してはいないだろうか、畑は大丈夫だろうか。
窓を開けようとしてやめ、アパートの1階に下りて外の様子を見てみる。
少し足を踏み出して左右を見て、風雨の凄さに慌てて屋根の下へ戻る。
ただ、川はまだ大丈夫のようでホッとした。
久しぶりの台風直撃に、不安になっているだけだと自分に言い聞かせる。
本当に危ないのなら、避難勧告のサイレンが鳴り響くはずだ。
落ち着いていればいいと呟き、部屋に戻って畳の上にころんと横になる。
これ以上はひどくならないといいなと思いながら、私はいつの間にか眠ってしまっていた。
ガランガランという大きな音がし、飛び起きて辺りを見回す。
時計を見ると、8時を少し過ぎたところだった。
外は依然、大荒れの気配で窓を開ける気にもならない。
今の音は何だろう、バケツでも転がっていったんだろうか。
この分だと、台風が去った後の片付けも大変そうだ。
旦那様はまだ帰ってきていないようで、外とは正反対に部屋の中はしんとしている。
もう一度アパートの1階に下りてみたが、特に何が見えたわけでもない。
帰ってこない可能性が高い人をじっと待っているのが馬鹿らしくなって、もう寝ようと布団を敷いた。
歯磨きをしていないことをふと思い出し、洗面所へ行く。
鏡に映った浮かない顔の自分と目が合ったその時、前触れも無く玄関のドアが開いた。
「あ…」
そこに立っていたのは、全身びしょぬれで、頭からぽたぽた雫の落ちている旦那様だった。
「美果さん、ただいま」
濡れねずみのまま律儀に挨拶したかの人が、小脇に抱えていた荷物を差し出す。
妙に厳重にビニール袋に入ったそれを見た瞬間、私の頭の中で何かがぷつんと切れた。
「なんで帰ってきたんですか!」
自分でも驚くような大声でどなってにらみつけると、旦那様はたじたじとなった。
「なんで、と言われましても…ここが家ですから」
「家ですから、じゃありませんよ!台風でこんなに荒れてるのに、きっちり帰ってくるなんてどうかしています!
大学にでも泊まる方が安全なことくらい分かるでしょう!」
反論するすきを与えず、頭ごなしにどなりつける。
これが、メイドが主人に対して取る態度だろうか。
「しかし、無断で外泊するなどという素行の悪いことは…」
「もう大人なのに、素行もくそもないでしょう!一日くらい帰ってこなくたって、心配なんかしませんから!」
実際は昼過ぎから待っていたのに、どうしてこんなことを言ってしまうんだろう。
わずかに残る冷静さが、呆れたように頭の隅で呟く。
旦那様はぼんやりしているから、飛んできた物で頭を打ったり、川に落ちたりしそうで。
帰り道の途中で困っている様子が頭に浮かんで、本当は気が気ではなかった。
探しに行こうにも、私のいない間に帰ってこられたら…と思うと、部屋を留守にするわけにもいかず。
じりじりしながら、夕方から時計とにらめっこをしていたのだ。
その時、全身ずぶぬれの旦那様がひどく大きなくしゃみをした。
緊迫した空気に似合わないその音が、私をハッと正気にさせた。
お風呂場へ走り、蛇口をひねって湯船にお湯を張る準備をする。
湯が溜まるまでに体を拭いてあげようと、バスタオルを引っつかんで玄関へ向かった。
「脱いでください。寒いでしょうから」
体を小刻みに震わせる旦那様に、手短に言う。
それを聞き入れようとするが、シャツもパンツも肌に貼りついて脱ぎにくいらしく、もがく旦那様を手伝った。
下着一枚になったかの人の前に立ち、タオルで雨粒を拭う。
体を拭き終えて髪に取り掛かろうとした時、いきなり抱きしめられた。
「あ…」
触れた旦那様の肌は、10月の雨のせいで可哀相なほど冷え切ってしまっていた。
「もうすぐお風呂が沸きますから、我慢してください」
肌をさすって言うのだが、旦那様は歯の根が合わないほどがたがたと震えるばかり。
暖めてあげなければと、さっき敷いた布団へ引っ張っていき、自分と一緒にくるみ込んだ。
横並びになって布団をかき合わせ、二人ぴったりとくっつく。
旦那様の手が私の肩を強くつかんで抱き寄せた。
ぎゅうぎゅうと密着されて息苦しいけれど、寒がる人を遠ざけるわけにはいかない。
湯たんぽになったつもりになって、私はそのままじっとすることを決めた。
ようやくお風呂のブザーが鳴り、旦那様を支えて連れて行く。
冷たい体を湯船に沈めて一安心し、肩の力が抜けた。
「十分に温まってから体を洗ってください。それからまた500数えるまでお湯から出ちゃいけません」
そう言い置いて扉を閉め、旦那様の脱いだ服を片付けて着替えを出す。
濡れた床を拭いていると、お風呂場から湯を使う音が聞こえてきた。
一人分の夕食の準備を整えてしまい、ちゃぶ台の上に置いて旦那様が出てくるのを待った。
湯から上がった旦那様の顔に、血色が戻っていることに少しホッとする。
夕食が用意してあると伝え、私も入れ替わりにお風呂に入る。
温かいお湯に浸かると、さっきまでの心配やイライラが溶けて流れていってしまうように思えた。
妙にすっきりした気分で、お風呂から出てパジャマに着替える。
こんな天気だから洗濯は明日にした方がよさそうだ。
片付け物だけしておこうと台所へ行くと、旦那様の分のお皿が無い。
見回すと、お皿はすでに洗い終えてあり、水切りかごに立てかけてあった。
頼まないうちにやってくださるなんて、珍しいことだ。
引き戸の隙間から六畳間をのぞくと、あの方は黙ってじっとちゃぶ台の前に座っていた。
「旦那様?」
私が呼びかけると、驚いた顔でこちらを見る。
しかしそれは一瞬だけで、旦那様はまたうつむき、ちゃぶ台へ視線を落とした。
いつにない深刻な雰囲気に首を傾げる。
帰り道に大事な論文でも濡らしてしまったんだろうか。
落ち込んでいるのなら下手に声をかけないほうがいいと、自分の布団を片寄せた。
「美果さん」
旦那様の分の布団を敷こうと押入れを開けたとき、名を呼ばれる。
振り返ると、旦那様がじっとこちらを見ている。
何か話でもあるのかと思い、対面に座った。
「今日は、本当にすみませんでした」
正座をした旦那様に深々と頭を下げられ、面食らう。
帰りが遅かったのを謝ってくれるのは、もう別にいいのに。
「気にしないでください。私もさっき暴言を吐いてしまいましたから」
「いや、それは…」
旦那様が言いよどみ、溜息をつく。
「美果さんがああ言ったのは、僕のことを思ってくれたからこそなのでしょう?」
「え」
「僕がボーッとしていて、途中で行き倒れてでもいないかと心配していてくださったのでしょう」
肩を落とし、すまなそうにしながら旦那様が言う。
そりゃあ確かに心配はしていたけれど、それをこの方に悟られるのは何だか癪だ。
「別に心配なんかしていませんってば。さっさとご飯をすませて寝てたんです」
布団を示して言うと、旦那様が指を伸ばして私の右の頬に触れた。
「ここに、畳の跡がうっすらと残っています」
慌ててそこに手をやると、確かに言われたとおりだった。
「や、寝相が悪かったんですよ。布団からはみ出ちゃったみたいで」
頬を擦りながら早口で言うと、旦那様はわずかに首を傾げた。
「あなたの寝相はしごく良い方ですよ。同衾しても、蹴られたり、のし掛かられたりしたことは一度もありません」
「……」
「僕を待つうちに、うたたねをなさっていたのでしょう?」
妙に冴えたことを言われてしまい、咄嗟に返す言葉が見つからない。
黙っていることが、待っていたという証拠になるような気がして胸が騒いだ。
「こんな日に長いこと待たせてしまって、本当に申し訳ありません」
私の沈黙を肯定と取ったのか、旦那様が言葉を続ける。
「もっと早く帰ってくるべきでした。皆と足並みを揃える必要などなかったのに」
「皆?大学の研究室の皆さんですか?」
ようやく口から出た言葉に、旦那様が頷いて答えてくれる。
「ええ。最初は、まっとうに各々のすべきことに取り組んでいたんです。
しかし、風雨が激しくなってくると、妙に皆が陽気になって盛り上がり始めて」
偏差値の高い大学の人でも、小学生みたいにはしゃいだりするのだろうか。
奇妙に思えるけれど、同じ人間なんだから案外根っこは一般人と共通なのかもしれない。
「そのうち、なぜか別の研究室の人間も集まって合同大掃除が始まりました。
普段は散らかっていてもどこ吹く風のくせに、一度スイッチが入ると止まらなかったみたいで」
「皆さんのテンションに飲み込まれて、掃除を手伝ったんですか?」
「ええ」
旦那様なら、皆がどれだけ騒いでも一人涼しい顔で研究をしてそうなものなのに。
まあ、流されてしまうのもこの方らしいといえば、らしくはある。
「掃除が一段落したら、誰かが『台風と言えばコロッケだ!』と叫んだのです。
その言葉に同調した数人が、学校近くの肉屋までコロッケの買出しに行きました」
「コロッケ、ですか?」
「はい。台風の時にコロッケを食べるという行動をとる人が、この日本には一部いるようなのです」
「東北とか、中国地方の風習とかですか?」
「いいえ。地方ではなく、有志が行う新しい取り組みのようです」
「へえ」
何の意味があるのか、考えてみても分からないな。
「行った者は普通のコロッケ、クリームコロッケ、カレーコロッケなどを机に山になるほど買ってきたのです。
余った分はもらって帰ってきたので、冷蔵庫に入れておきました」
それは食費が助かると、名も知らぬ旦那様の研究仲間に心の中でお礼を言った。
「それで、そのコロッケの山をさかなに酒盛りでもしたんですか?」
「いいえ、大学なのでお酒は持ち込めないのです。しかしコロッケとソフトドリンクだけで、なぜこんなにと思うほど盛り上がって」
「それに飲み込まれて、帰るタイミングを失ったってことですか?」
「ええ。面目ありません」
旦那様がまたうなだれて頭を下げた。
謝ってくれているのだけど、私は全く腹が立たないのだ。
「別に怒ってませんから。旦那様がすまなく思われることは無いですよ」
むしろ、勢いに飲まれて帰れなくなるなんてこの方らしい。
タイミングを掴み損ね、立ったり座ったりを繰り返す旦那様の姿が容易に想像できて、ちょっと笑った。
「いや、謝るべき時には謝らねばなりません」
妙にきっぱりとした口調で旦那様が言う。
「帰りを待ってくれている人を放って、馬鹿騒ぎの中にいたのは事実なのですから」
「ですから、待ってたわけじゃありませんから!」
思わず声が大きくなり、膝立ちをして反論する。
「アルバイトが早く終って、することがなくてごろ寝していたんですよ」
手を意味も無く動かしながら言葉を重ねる。
「だから本当に、ちっともおとなしく待っ…きゃあぁ!!」
待ってはいません、と言おうとした時、突然バリバリと大音響がして飛び上がる。
続いてドシンという音と共に床が揺れ、思わず目の前の旦那様に抱きついてしまった。
何?一体何の音だろう。
とうとう川が溢れて、アパートが押し流されてしまうんじゃないだろうか。
恐ろしい想像に、体が震えて止まらない。
怯える私の背中に、旦那様の腕が回る。
優しく抱きしめて背を撫でてもらうと、少しずつ落ち着きを取り戻すことができた。
「庭の木が折れた音でしょう。そんなに怖がることはありません」
ゆっくりと言い聞かされ、こわばっていた体から力が抜ける。
思考回路は正常に戻り、慌てて旦那様から体を離した。
普段はメイドにあるまじき大きな態度を取っている私が、柄にもなく怯えただなんて恥ずかしい。
「もう、いいんですか?」
拍子抜けしたように問われ、言葉に迷って短くはいと返事をする。
パジャマのしわを伸ばして、何でもないと体裁を繕った。
「今の美果さんは、妙に女の子でしたね」
おっとりと呟かれた旦那様の言葉に、頬にかあっと血が昇る。
「ほんのちょっと、びっくりしただけです。台風直撃なんて久しぶりですから」
「ええ。気丈な美果さんが、悲鳴を上げるのも納得のいく規模の台風ですね」
「ですから、それは…きゃあっ!」
また音と共にアパートが揺れ、みっともなく叫んでしまう。
整えた体裁は無残に崩れ、私はもう一度旦那様に抱きついてしまっていた。
とっさのこととはいえ、一生の不覚だ。
「怖いのなら、おとなしくしていればいいですよ」
今度は私の頭を撫でながら、旦那様が言う。
「台風が治まるまで、こうして抱いていてあげますから」
だから怖がらなくても大丈夫です、と旦那様が続ける。
言い訳したくせにまた抱きついてしまったのは、かなり恥ずかしい。
一刻も早くまた体勢を立て直そうかと思うけど、もし三度目に抱きついてしまったら、と悪い想像が働く。
旦那様が帰ってくるまでは、多少揺れてもこんなにびっくりも怯えもしなかったのに。
普段はこの方に頼る気など全くないのに、何で今はこうなんだろう。
抱きついた姿勢のまま、旦那様の匂いを一杯に吸い込みながら考えた。
「怖いのなら、気をそらすことをしましょうか」
ふと、私の頭を撫でる手を止めて旦那様が言う。
「気をそらす、ですか?」
「ええ。外のことが頭から消えるような、何か別のことをです」
「はあ。そうですね…」
これ以上みっともないとこを見られないのなら、それに越したことはない。
「何かいい案があるんですか?旦那様」
「ええ。僭越ながら一つだけあります。まずは目をつぶってください」
「はい」
言われたとおりに目をつぶると、旦那様は私を抱きしめたまま畳の上をじりじりと移動した。
そのまま仰向けに倒され、背中に布団の柔らかい感触がする。
「えっ?」
思わず目を開けて見回すと、さっき二人で入り込んだ布団の上に押し倒されていた。
真上には、旦那様が少し微笑んで私を見つめている。
何をするんですかと尋ねようとして、この状況では一つしか答えがないことに気付く。
だがちょっと待って欲しい、心の準備がまだ全くできていないのだ。
「あの、旦那様…んっ」
時間を稼ごうとして開いた口を、旦那様の唇にふさがれる。
吸い付いて閉じさせられ、もう喋るのはおよしなさいとでもいうように何度も柔らかく力が掛かる。
くすぐったさと気恥ずかしさとともに、何だか触れ合った部分からじんわりとほてりが体にしみていって。
喋る意欲はあっけないほど簡単に摘み取られ、私はただ従順にキスを受けた。
旦那様とこうするようになったのは、このアパートに引っ越して初めて体を重ねてから。
お屋敷で職務の一環として閨に上がっていた時は、キスなんてしていなかった。
セックスよりキスが後というのも妙な話だけれど、本当なんだからしょうがない。
そもそも、この行為にそれほど夢を持っていたわけじゃないから、しないことに不満はなかった。
恋人とか夫婦とか、気持ちが通じ合っている特別な二人がすることだと思っていたから。
しかし、いざ旦那様と唇を重ねるようになってみると、意外にも全くいやな気はしない。
唇の薄い皮膚を通して、旦那様のふんわりとした感じが自分の中に流れ込んでくるみたいで。
キスの後は、何だか妙に落ち着いて、胸がほのかに暖かくなるのだ。
触れ合っていた唇が離れ、目を開ける。
「今、外のことは全く気にならなかったでしょう」
旦那様の言葉にハッとした瞬間、雨と風の音が急に耳に戻ってくる。
さっきと同じに激しく打ちつけ、吹き寄せて自然の猛威をこれでもかと示す音が、確かにキスのときは消えていた。
そんなものとは比べ物にならないほど微かな、唇の触れ合う音や私達のパジャマがこすれあう感触は、すごくリアルだったのに。
「僕も、たまには役立つとは思いませんか」
どうだとでも言うように旦那様が胸を張り、それがおかしくて私はくすくす笑った。
「旦那様も、やるときはやる男なんですね。お見それしました」
キスに夢中になっていた恥ずかしさがそこで急にこみ上げ、わざと冗談めかして返事をする。
「全ての面において美果さんに頼りきりでは、少々情けないですからね」
苦笑を交えつつ旦那様が答える。
外は暴風雨真っ只中なのに、この六畳間にはそんな状況は全く無関係になっていた。
旦那様が手で私の目を覆い、もう一度唇を重ねてきた。
胸にまたぽっと火が灯ったようになり、ひどく心地いい。
いつの間にか目を閉じていた私は、旦那様の手が顔から外れていたことに気付かなかった。
ぷちぷちと音がしてパジャマのボタンが外され、意識が元に戻る。
そして前触れもなく、下半身がいきなりヒヤリとした。
「きゃあ!」
慌てて手をやるがすでに遅く、旦那様は脱がせたズボンを私の手の届かない場所へ置いた。
「今日の下着は桜色ですか。いい選択ですね」
何の寸評かと問おうとしかけたところで、そんなのはどうでもいいと思い直す。
下半身を覆う最後の一枚に伸ばされた旦那様の手を掴み、その動きを止めた。
「あの、まさか」
「はい?」
「また、あれをやるんですか?」
「当然でしょう」
今さら何ですかというような口調で言われ、キスの余韻が完全に冷める。
ご厚意には感謝するが、やっぱりあれはご遠慮したい。
「いやです」
脚をぴったりと閉じ合わせ、首を振って拒否の意思を伝える。
「どうしてですか。いつも、泣きそうな声で中々に可愛らしく乱れるではありませんか」
「っ!」
臆面もなく言われて、顔から火が出そうになる。
どうしてそう邪気のない口調で、いやらしい意味のことを言えるんだろうこの人は。
「今日は気分が乗らないんです。だから、それはパスしてもらって」
「でも、あれを丹念にすれば、台風のことも頭から消えると思いますよ?」
旦那様の言葉に同調するように、またドーンと地響きがする。
「そうですけど、でも…」
やっぱり、あれは恥ずかしすぎていやだ。
「全く触らないわけにはいきませんよ。痛い思いはしたくないでしょう」
「はあ、それはまあ」
「軽くだけしますから。ね」
気乗りのしない私をなだめて、旦那様は脚を割り開いた。
私の言う「あれ」とは、旦那様にあそこを舐められることだ。
お屋敷にいたときは一度もしなかったくせに、旦那様は一旦興味を持つと、それを意識から外すことはなかった。
学者先生の卵にふさわしい旺盛な探究心をもって、体のどこをどうすると私が反応を返すかを観察されてしまったのだ。
熱心に探られるうち、私は自分でも把握していなかった弱点を知ることになった。
足の指、膝の裏、腰骨の上など。
そこに旦那様の手や舌が触れると、体が震えるのを抑えることができない。
こういうものは慣れれば反応しなくなるというものでもないらしく、一旦知られてしまうとどうしようもなかった。
そしてとうとう、旦那様に触られて私が一番大きく反応する場所を知られてしまったのだ。
それがどこかは、もう改めて言う必要は無いと思う。
数回は散々拒否して、絶対にしてくれるなと言ったのに、それは聞き入れてもらえなかった。
ある時、いつものように胸やその他の場所を触られていい気持ちになっていた隙に、いつの間にか移動していた旦那様がそこに触れて。
ヤバイと気づいた時には、旦那様の舌が私のひだを割り、その場所に到達していた。
とんでもなく恥ずかしくて、お願いだからやめてくださいと、最後には涙さえ浮かべて頼んだのに。
いつになくしおらしいお願いはあっけなく却下され、旦那様は自分の思うように事を進めた。
実際、そこを舐められるのが気持ち悪いとか、生理的に受け付けないというほどいやだったわけではない。
男性に性器をまじまじ見られる恥ずかしさと、その相手が仮にも自分が主人と呼ぶ人であることに対する罪悪感めいた物。
この二つが拒否の主な理由だった。
肌の感覚に限って言えば、むしろ気持ち良かったのだ。
旦那様の舌がそこでうごめくと、ぞくぞくするような快感が沸き起こり全身に伝わる。
そしてそれが再びお腹の下に集まり、キュッと切なくなる。
もっと触って欲しいと、心とは裏腹に体が求めてしまうのだ。
こうなってしまうと、理性と本能が頭の中で乱闘を始めてしまう。
そして、いくらもしないうちに本能が勝って、私は旦那様のされるがままになってしまうのだ。
もちろん、私もいつも旦那様に一方的にやられているわけではない。
かくなる上は仕返しをと思い、私も旦那様のアレを触るようになった。
手の平で擦ったり、指先で撫で上げると旦那様が息を飲む。
その反応を見ることで溜飲が下がり、近頃は口で愛撫をするようにもなっていた。
こうすると、手で触れたときよりもさらに反応が大きくなって面白いのだ。
考え事をしていた私の下着越しに、旦那様の指があそこを触ってくる。
力を入れずになぞられるのが、形を確かめられているようで恥ずかしい。
むしろ強く圧迫されるより、何倍もそこを意識してしまうのだ。
気を確かに持っていようと脚に力を入れると、旦那様がそれをたしなめるような動きをする。
どうやら、私が脚を閉じようとしたと思ったようだ。
「あっ」
中央のくぼみを下着の上から押され、くちゅりと湿った音がする。
後で全部脱がされ、ここに旦那様のアレが入ってくるのかと思うと体が震えた。
「痛いですか?」
問うてくる旦那様に首を振って見せ、横を向いて枕に顔を押し付ける。
目を開けてしまえば視線が合ってしまうから、そうならないように隠したのだ。
「んっ、あっ…あ…」
一番敏感な肉芽を旦那様の指にとらえられ、輪郭をなぞるように刺激される。
直接触られると痛いけど、下着越しなら大丈夫。
ゆっくりと這わされる指の動きに集中し、浅い呼吸を繰り返した。
その辺りの湿りが増して、下着が張り付く感触がする。
この感じはあまり好きじゃない…と、腰をもぞもぞ動かした。
「脱ぎますか?」
旦那様の言葉に、少し迷ってはいと答える。
さっきは抵抗したくせに、お尻を浮かせて脱がせてもらった。
覆う物のなくなった場所が、外気に触れて身がすくむ思いがする。
濡れた不快感は消えたけど、今度は何だかスースーして心許なくなってしまった。
「いいですか?」
私の膝を撫でながら旦那様が尋ねるのに、もう一度頷く。
ある程度濡らしてもらったから、大丈夫なはずだ。
枕にまた顔を押し付け直し、旦那様が身を沈めてくるのを待った。
「んっ!」
力を抜いてじっとしている私のあそこに、アレではない物が触れる。
この柔らかさと動きはそう、舌だ。
旦那様が私のあそこを舐めている。
それを理解した途端、慌てて下方へ手を伸ばして旦那様の頭を押しのけた。
お尻を引いて、布団の上をじりじりと交代して距離を取る。
「どうしましたか?」
「それはいやだって言ったじゃないですか!」
さっき、あれはいやだからパスしましょうと言ったのに、聞き入れてもらえなかったことにへそを曲げて口答えをする。
「私のためにと思ってくださるのは有難いですけど、本当にいいですから」
「でも、美果さんはこうされるたびいやだと言いますが、最後には抵抗しなくなるでしょう」
旦那様の言葉に心臓が大きく跳ねる。
「それは、その。ちょっとくらい従順な方がいいかと思って…」
「ふむ。その割には、目を潤ませてねだるように僕の顔を見られるときもあるようですが」
この方の怖いのは、全くからかうつもりもないのにこういうセリフを言うところだ。
冷静に、平坦な口調で言われるとこっちが困ってしまう。
昼間の生活面のことなら倍言い返せても、こっち方面のことは言い返すのに苦労する。
黙りこくったままの私の膝を、旦那様が割り開く。
またあそこに舌を這わされ、全身に震えが走った。
敏感な場所を刺激される快感と、そんな場に主の顔があるという羞恥。
この2つが手に手を取って、私を執拗に責めたてた。
さっきは下着越しにつつかれた肉芽を、今度はすくい上げるように旦那様の舌が動く。
そのたびに短く声を上げ、身をよじって愛撫に耐えた。
そこを触られると、頭がぼうっとなって、舌が次どう動くのかの他は何も考えられなくなる。
全身、パニックにならざるところは無しで、上へ下への大騒ぎになるのだ。
「あ、んんっ!」
旦那様が舌に力を入れ、肉芽への圧迫を強くする。
「やだ、あ…ああんっ、あっ、ん!」
丹念に刺激され、口からは勝手に声が出る。
耐え切れずに暴れ、池之端家仕込みの方法で整えたシーツが手足の下でどんどんと乱れた。
「旦那様、っ…やっ、あ…あぁ!」
とうとう音を上げ、けいれんして達してしまう。
緊張していた体から、だらりと力が抜けた。
「……」
どうしよう、言い訳の言葉が何一つ思いつかない。
そんなとこは舐めないで、やめてと散々訴えたくせにあっけなく達してしまった。
目を合わせたら何か言わなければならなくなると、顔を枕に押し付けて硬直する。
こんなことをしている時点で、動揺しているのは旦那様にばれているに違いないのに。
何か超常現象が起こって、今しがたのこの方の記憶が飛んで眠ってくれないだろうか。
そんなことを考えながら、ひどく濡れた感触のする場所に力を入れて違和感に耐えた。
「美果さん?」
伸び上がった旦那様が、耳の近くで声をかける。
「大丈夫ですか?起きてますか」
「自分にも分かりかねます」
もはや、何を言っているかも分からない。
「変じゃなかったですから、ご安心なさい」
旦那様が頭を撫でてくれ、子供に教えさとすような口調で言う。
ああいったことをしてもらう時、私がいつもいやだのだめだの変だのと駄々をこねるから、心配してくれているみたいだ。
こういうときに不安を取り除いてもらえるのは、実を言うと嬉しい。
本当は変だったとしても、それを言わない旦那様の心遣いが有難かった。
上半身の力を抜き、枕から顔を離して上方をうかがう。
「起きたようですね」
旦那様がにこりと笑い、頬に軽いキスを一つくれた。
今度は私が旦那様のアレを…と思い、起き上がろうとすると押しとどめられた。
「無理しなくても構いませんよ」
「えっ?」
旦那様のアレに触れるのは、別に無理強いではなく、私の意思でやっていることだ。
主人とメイドなんだから、奉仕という意味合いも兼ねているのだし。
「えーと、無理じゃなくて、しようと思ったからですけど…」
口の中でもごもごと釈明の言葉を呟く。
「お気持ちは嬉しいですが、今日は大丈夫です。今度2回分してくだされば」
「2回?」
それは骨が折れそうだ、変な所が筋肉痛になってしまいそうで。
「いいですよ。借りを作るのはいやなんです」
旦那様の言葉を無視して起き上がり、同じ高さで向かい合う。
濡れた場所が微かな音を立ててうごめき、思わずビクリとした。
今度は私が頑張る番だとばかりに、旦那様のアレにゆっくりと触れる。
上下に擦り上げると、いくつかの溜息と共にそこの質感が変化してきた。
固くて、逞しい。
他の男の人のアレは見たことがないから断言できないけど、きっと旦那様のはそう表現するのがぴったりのはず。
屈んで、今度は舌で触れてみる。
口に含んで吸い付くと、旦那様はうっと苦しそうなうめき声を上げた。
さっきこの方がしてくれたことを思い出し、同じように唇と舌を使って刺激を加える。
ちょっと息苦しいが、ここが我慢のしどころだ。
ベッドなら無理のない姿勢でできるのかな、とふと考える。
このアパートにはそんな物、ふさわしくないんだけど。
「あ…っ、く…」
旦那様の息遣いが荒くなって、ちょっと嬉しくなる。
一方的に気持ち良くしてもらうままでは、私の性格に合わない。
肩を押し返され、動きを止める。
上目遣いに見上げると、何ともいえない表情でこちらを見る旦那様と目が合った。
「準備をしますから、あちらを向いてください」
そう言われて素直に背を向けると、立ち上がって引き出しを開ける音がする。
事前に用意しておかないあたりが、あの方らしい。
それにしても、なんで見ちゃいけないんだろう。
お屋敷にいた頃も、旦那様は私に背を向けて準備をしていた。
ゴムを女がつけてあげるというコミュニケーションも、世の中にはあると聞く。
後学のために見てみたいと、音を立てないように振り返って、そうっと肩越しに旦那様をうかがう。
前かがみになり、がさごそと手を動かしているのをじっと見つめた。
なるほど、ああやって着けるのか。
いきなり振り返った旦那様と目が合い、互いに驚き悲鳴を上げる。
裸で叫んで飛びすさるなんて、さすがに滑稽だ。
「あちらを向いていてくれるように言ったでしょう」
落ち着いた旦那様が、少し拗ねたように言う。
「すみません、興味があったもので」
言いつけを破った私が悪いので、ここは素直に謝る。
「興味ですか」
「はい。どうやって着けるのかと思いまして」
女がこんなことを言うのはNGかもしれないが、本当に一度見てみたかったのだ。
座り直した旦那様に手を引かれ、私はこの方の下半身の上に乗りかかるような形になった。
いつもと異なる体勢にきょとんとし、目の前にある顔を凝視する。
「たまには違う方法もいいでしょう。そのまま、こちらへ」
導かれるままに距離を詰めると、太股に固い物が当る。
見なくても、それが何かは容易に想像ができて頭に血が昇った。
「どうしました?」
「旦那様、あの。ちょっとこれは」
「え?」
「都合が悪いんです、この格好」
「何の都合ですか。言い訳は美果さんらしくありませんね」
そんなことを言われても、不安なのだ。
「明らかに無理なら、すぐやめますから。一度おいでなさい」
ここまで言われてしまっては、さすがに断れない。
私はのろのろと膝立ちをし、位置を合わせて腰を下ろした。
旦那様のアレが体をうがつ感触に、大きく息をつく。
体重がもろにかかるせいか、いつもより深く、圧迫感も増しているように思われた。
アレの固さや形などもいつもより鮮明になっているように思え、羞恥心が湧いた。
主の上に座り込み、貫かれている。
いつもは私が下になっているのに、何だか今日は自分から求めているみたいで妙な気分だった。
体が不安定になったので、旦那様の肩に手を置かせてもらう。
互いに呼吸を整え、しばらく何も言わずにじっとしていた。
「大丈夫、ですよね?」
沈黙を破って問われ、頷く。
「いつもと違いますから、少し緊張してしまいます」
私が考えているのと同じことを旦那様が呟く。
その手が私の腰に回り、引き寄せられた。
「動いてみませんか」
少しくらいなら、大丈夫かも。
だめならすぐやめようと決め、恐る恐る腰を動かし始めた。
伸び上がっては腰を落とし、抜き差しを繰り返す。
体重のせいで、入ってくるときの圧迫が強くて何度も呻いた。
これは、危険かもしれない。
気をしっかり持とうとお腹に力を入れると、今度は旦那様が呻いた。
「あまり、締め上げないでください」
言われた言葉に、また頬に血が昇る。
「締め上げてなんかいません」
言い返してまた動き、慎重に息を吐く。
向かい合って座っているせいで、乳首が擦れて気持ちがいい。
下半身から気をそらすため、上半身の密着を強くして動く。
こうでもしなければ、自分がどうにかなってしまいそうだった。
「あっ、あ…ん…ああ…」
吐息が甘くなり、旦那様の肩に置いた手に力が入る。
これはこれで良くって、頭がぼうっとなった。
「大丈夫、だったでしょう?」
息を吐く合間に旦那様が言い、背を撫でてくれる。
「大丈夫、です」
夢見心地で返事をして、またお腹に力を入れてみる。
今度は意識して旦那様のアレを締め付けてみた。
「あっ」
旦那様が眉根を寄せて切ない表情になる。
背を撫でる手が止まり、上体が引き寄せられた。
今度は、自分の内壁に旦那様のアレをこすり付けるように動いてみる。
さっきとは違う刺激に中がぎゅうっと収縮し、吐く息がまた甘くなった。
「んっ…はっ…あ……ん………」
浅い呼吸を繰り返し、快感をコントロールする。
しかし、体を支配する熱の高まりに耐え切れなくなって、旦那様の肩にしがみついてしまった。
そのまま腰をくねらせ、アレが自分の中にくまなく当るように動く
旦那様も荒い息を抑えず、私を突き上げてくる。
時々、叫んでしまいそうになるほど気持ちいい場所が擦り上げられて体が跳ねた。
「あっ…。なんか、すごい…」
あんまり感じないようにしていたはずなのに、もうそんな意識はどこかへ行ってしまった。
夢中になって旦那様の膝の上で動き、私達は感じ合った。
もうだめみたいだ、体の奥底から何か大きな力がわきあがってくるのを感じる。
「旦那様っ、私…」
目を合わせて限界を訴えると、旦那様もまた切なげな表情で私をご覧になる。
「そうですか、僕も、もう…っ…」
さらに何か呟こうとした唇を自分のそれで塞ぎ、最後の瞬間に向かって動きを速める。
いくらかの後、さっき旦那様に舐めてもらった時よりもさらに大きな快感に飲み込まれ、もう一度達してしまった。
ぐったりとした体が抱きしめられ、さらに突き上げられる。
そして、旦那様が一際苦しそうな声をあげ、体を震わせて達したのを感じた。
ゴム越しでも、旦那様が吐精されたのは何となく分かるものだ。
何も喋る気になれなくて、肩に抱きつき直し、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
ようやく人心地がつき、体を離すと気恥ずかしさが湧いてきた。
床の間の方に視線をやり、旦那様から目をそらす。
「美果さん」
そうした私を咎めるように旦那様が口を開いた。
「台風のことは、気にならなくなりましたか?」
問われて、少し考えてあっと思う。
そういえば、脱がされた時から今の今まで全くそのことは意識から消えていた。
あれだけ荒れ狂っていた風雨の音が聞こえなくなったとは、考えてみれば恐るべきことだ。
「はい、お陰様で全く。ありがとうございました」
お礼を言うと、いえいえと旦那様が謙遜する。
「そうこうしている間に、随分と天気も落ち着いてきたようですね」
確かに、風雨の音は依然しているものの、先程よりは格段に小さくなっている。
台風は通り過ぎて、もっと東の方へ行ったのに違いない。
改めて考えてみると、たった数時間天気が荒れただけで怯えていたなんてかっこ悪い。
なんだか身の置き場が無くなって、汗をかいたままだといけませんからと旦那様をお風呂場に追いやった。
待つ間、あの方の分の布団を敷く。
使った布団のシーツを取替え、出てきた旦那様と交代でお湯を使った。
窓の外はもうすっかり落ち着いていて、これなら外に出ても大丈夫そうだ。
明日、起きたら畑へ行ってほうれん草の具合を見てみよう。
敷地の掃除も手伝ったほうが、大家さんの覚えも良くなるだろうか。
そんなことをつらつらと考えながら、お風呂場を出て六畳間へ向かう。
旦那様は寝転んではいたが、まだ眠ってはいなかったようでこちらを向いた。
「明日、コロッケを食べましょう」
提案されてはいと返事をしたが、ふと気付く。
「旦那様は、今日しこたま食べられたんじゃないですか?明日もだと飽きませんか」
「いいえ。贅沢は敵ですから」
この方の口からこのような言葉が出てくるとは、少し驚きだ。
もう揚げてあるコロッケは冷凍もできないだろうから、早めに食べてしまう方がいいんだろうけれど。
「分かりました。じゃあ、パンで挟んでコロッケパンにしましょう」
「ほう。それは目先が変わっていいかもしれませんね」
「ええ。せん切りキャベツもつけますから、食感も違ってくると思います」
「そうですか。楽しみにしています」
クリームコロッケは、コロッケパンには向かないかも。
ならばそのまま食べようか、もしかしたらカニやエビが入っているかもしれない。
もしそうならご馳走だ。
隣の布団から、旦那様がじっとこちらを見てくる。
体の熱が治まった今、そうされるのは何だかきまりが悪かった。
「美果さん」
聞こえないふりをしたいが、この距離では明らかに不自然だ。
返事をしてしぶしぶそちらを向くと、旦那様はにこりと微笑んでいた。
「こちらにいらっしゃい。一緒に寝ましょう」
布団を持ち上げて促され、どうしようかと考える。
一通りのことが終った以上、一緒に寝る意味があるとは考えられないのだが。
「ほら、早くいらっしゃい」
尚もせかされ、たまには素直に旦那様の言葉に従うかと、仰るとおりにすることに決める。
布団にもぐり込んだ私を引き寄せ、旦那様はまた頭を撫でてくれた。
この方に撫でてもらうのは、正直言って心地いいから好きだ。
自分が毛並みの良い子猫にでもなったようで、悠々自適な気分になる。
目を閉じてされるがままになっているうちに、いい具合に眠気が押し寄せてきた。
「お休みなさい」
「お、やすみ…なさい」
なんとか返事をし、体の力を全部抜く。
コロッケパン以外のコロッケの活用方法をうとうとと考えるうちに、私は旦那様の腕の中で眠ってしまっていた。
---続く---
メイドさんがアパートで野菜を育てるというアイデアお借りしました。
事後報告ですみません。
>>124 乙です。やっぱり台風が来るとなんなくテンションが上がりますよねw
>>124 ああ、もうっ!美果さんかわいすぎだろ……
なんとなくそんな気はしてたけど、屋敷ではキスしたことなかったのね
キスが一つあるだけでなんでこんなに萌え度が違うんだろう
GJなんて言葉じゃ足りないくらいに面白いです。次も期待
恥ずかしがる美果さんを強引に狭いお風呂場に誘って洗いっこしたい
美果さんが可愛すぎる
硬いメイドさんが融けてくところが最高にステキ☆
GJです
旦那様が成長してきましたね!
美香さまGJ!!
GJ!相変わらず美香様はスバらしいな!!
余ったコロッケの利用法か・・・
昔読んだグルメ本にはコロッケをソースで浸して、茶碗に半分ほどご飯を盛ったら
真ん中に窪みを作りその窪みにソースまみれのコロッケをセット
その上から更にご飯を盛って別の茶碗で蓋をする
数分後、重ねた茶碗をひっくり返して再び数分待つ
こうすると染み込みすぎたコロッケのソースが程よくご飯に染み渡って美味しく頂けるらしいぞ
131 :
小ネタ:2008/10/21(火) 00:47:33 ID:WSPO8BZl
>>130 「というわけで材料を用意してみた」
「ご、ご主人。そのような、何と言うか……B級?なグルメに興味を持たれるのは結構です。
しかし、それならそうでご命令くださればすぐに私がご用意いたしますから……」
「馬鹿者、こういうのは作る行為自体も楽しみたいじゃん。お前マイナス3点な」
「はぅ……申し訳ございません……」
「ではまずご飯を盛ります」
「あ、かしこまりました……はい、どうぞ」
「おお、ありがとう……って、ちがーう!」
「ひょえええっ!?」
「じ・ぶ・ん・で!自分でやりたいの!」
「申し訳ございませんっ!なんか癖で!」
「まあいいか……さて、次はコロッケをセットだ。……実は食べたこと無いんだよな、コロッケ」
「まあ、お屋敷ではお出ししませんからね」
「テレビとかで見て、前から食べたかったのだ。ほれ、これがちゃんと肉屋で買ったコロッケ」
「……(ここでまさかのメンチカツ!)」
「どうした?」
「い、いえ。……これは、何と言う名前で?」
「商品名か?コロッケじゃん」
「いえ、コロッケにも色々とありますから……」
「しらん!肉屋に並んでたコロッケらしき物の中で、1番大きい奴を買って来た」
「(でも薄いんですよ……ご主人様)」
「なにか、おかしいのか?」
「……いいえ。小さいお肉屋さんは名前を掲示しないところもありますからね」
「なんだか納得いかないけど、取りあえずセットの前にソースに浸します」
「ちょっ、まっ」
「浸しました」
「デミグラスですから!それ、デミグラスですから!」
「なんなんだお前は。ちゃんとソースだろうが」
「大分惜しいですけど不正解な感じです!」
「ふーん。じゃあ何ソースなら正解なんだ」
「え……えーと……ウスターソースですかね。ブル〇ックとか」
「……日本人にはまだ、犬を食べる習慣があったのかっ!」
「いや、あの」
132 :
小ネタ:2008/10/21(火) 00:49:41 ID:WSPO8BZl
「犬の搾り汁よりこっちのほうがいいに決まっている!……だが、そうだな。他にもソースはいろいろ用意した」
「は、はあ」
「ホワイトソース、チリソース、アップルソース、ミントソース、エスパニョールソース、ベシャメルソース、しめに和風なソイソース」
「わあ、これはちょっと凄いです。……でも、この中ではデミグラスソースが一番無難かと……」
「……菜々子」
「は、はい!」
「俺は、人間は挑戦を続ける事で成長していくものなんだと考えている。だから、無難だとか、そんな選択肢は有り得ないんだ!」
「ご主人様……」
「あ、すまない。つい大声を……」
「いいえ!私が間違えておりました。ご主人様の言う通りです。コロッケとご飯に合うものもあるかもしれません!さっそく、」
「さっそく全部いれるぜ」
「やっちゃたよマイマスター!!」
「おお、個性的な香りだ」
「あ、はは………………あの、ご主人様」
「なんだ?」
「用事を思い出しましたので、ちょっと失礼いたします」
「おお、わかった」
「では」ダッ
「なんか凄いダッシュで行ったな。……よほど急いでいるのだろう。
さて、びちゃびちゃコロッケをご飯にセットして、さらに上からご飯をのせると。
茶碗で蓋をして……よし、できたぞ。後はしばらく待ってからひっくり返せばいいのか……」
「そろそろかな?ひっくり返してまた、待つ……うーん、待ち時間が長く暇だな」
バタンッ「(間に合った……)と、というわけで、出来上がったものがこちら、です」
「おお、でかしたぞ菜々子。さっそくいただきま〜す」
「はあ……はあ……お味は?」
「ふむ。色々混ぜた割に意外とシンプルな味だ。少しスパイシーでご飯がすすむ。
……うむ、コロッケとやらがソースで少し濃い味だが、ご飯と混ぜて食べることで美味しくいただけるな。
じゃがいもの甘さとソースの風味とご飯が上手く絡み合っているぞ」
「つ、つまり?」
「☆☆☆」
「わあい!やりました!星三つです!」
「よかったぞ菜々子。やはりお前はいいメイドだ。今夜も可愛がってやるから部屋においで……ん」
「あ……んぅ……んちゅ……くちゅ……んん……ぷはっ」
「……ふふ……あ、そうだ」
「えへへぇ……今夜が楽しみぃ〜…………あ、すいません、なんでしょう?」
「俺が作った方のコロッケご飯は菜々子にやろう」
「え゛」
「あ〜んしてやる。さあ、さあ、食ってくれ、さあ」
「あ、あの、私、これは、……、あ、あ〜ん」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「あ、菜々子。さっきご主人様が『料理する』ってやたら調味料を持っていかれたけれど、どうなったか知ってる?」
「…………スタッフが美味しくいただきました……」
なんというナイス小ネタ
まさかこのスレでお茶を吹き出すとは思わなかったぜ。さぁ、受けとるがいい
つ【GJ】
まさか自分から振ったB級グルメがSSになるとは思ってもなかったwwww
GJ!
135 :
孤独○グルメ:2008/10/22(水) 05:07:42 ID:ttrpmYHv
_,,,ィー=ニ=ュ,,,,、,
,.-彡三三三彡三三ミンィ.
/彡彡三三三彡三ミ;i彡ミ、
/彡彡彡三ミ 彡彡三ミシミミミト
.〈彡彡彡⌒ーァ/ _,ィ彡⌒ヾミiリ
V彡く ー=― ''" {ミl
V彡} /´⌒ー--- V__ コロッケのソースひたしライス!
r-V´ ,.r-====' ヾ=⌒ |k }
{ノハ <二9シ i゙/ニ9` .|ノノ そういうのもあるのか
ヽ. ハ ', |/
\! ,.- ヽ l
_/二L___ ヽ____ノ ハー、__
/: : r':| r' ̄二ユ --、__. ./ : ',: :: :: :\__
: : : : | .| | / ) `) ^ ./| : :.ヘ: :: :: :: :: :: :\__
: : : : |.ノ. ノ / ⌒ヽ_ /. |: : : :ヘ: :: :: : : : : : : : .ハ
: :: :: :\ ヽ- ´ .|: :、 : : \: :: :: : .i i: :/: ::ヘ
: :: :: : l: `ー┬-、 ト、. /: :: :\/: : : : {. レ /: :: : ヘ
: : ┐|: :: :: :: :\) 7 ./iii入/|: :: :: :: :\: :: :: :V /: :: :: :: :}
: : イ .|__/ ,へ/⌒\ ./iiii〈 /! : : : : : ::/: :: :: : V: :: :,イ: : :!
イノ : : / /: :: :\_  ̄\ii} |: :: :: :: :/----: : .| /ノ: :: :|
グルメイド
ごめん、なぜかこの言葉が脳裏から離れないんだ…
>>136 主人に仕える身でありながら、主人以上に味にうるさいメイドか?
「旦那様?!こんなもの食べてはいけません!!」
「たまにはB級グルメぐらい食べても良いじゃないか・・・」
「旦那様の舌をこんな下賤な味に染めてはなりません!」
すっげー堅苦しそうだ
「B級グルメね、いいじゃないか」
「な、何を見ていらっしゃるのですか?」
「ん?いや別に」
「私がB級メイドだと仰られるのですか」
「B級というかBカップかな」
「っ!?」
「あれ、違った?」
「存じません」
「ねえねえ」
「ぞ、存じません!」
「なら確かめよう」
「えっ?あっ、お、お戯れをっ!」
>>136
ほいっ つ⊂⊃ グルメイドステーキ(日ハム)
グルメイド でフッと思ったんだが、
ヨーロッパのメイドさんだと、ソムリエ的知識を持ったメイドさんは、
ご主人様に重宝されるのかな
ソムリエって、フランスでは国家資格らしいね
『メイド・小雪 13』
ぼくは、夏の暑さは嫌いではない。
家も学校も車も、冷房が効いているからだろうと言われればそれまでだけど、冷えた空気の中からむっとした熱と湿度の中へ出た瞬間、回りが顔をしかめている時に、ぼくはその暑さを心地よく感じてしまうのだ。
「そうでございますか?小雪なぞはもう、お庭を歩いているだけでふうふうしてしまいますのですけれども」
夏になると、シャワーの前はあまりぎゅうっとされたがらない小雪が、困ったように言った。
仕事をしていれば暑くなってきたからといって、すぐに家の中に入ることができるとは限らないだろう。
なるほど、気づかなかった甘えを指摘されたことになる。
確かにこれからの盛夏、炎天下を電車と徒歩で移動する就職活動は厳しそうだ。
「でしたら、替えのシャツなどもご用意した方がよろしゅうございましょうか」
「そうだね。様子を見て、必要だったら頼むよ。洗濯物が増えて悪いけど」
「い、いえいえ、そのようなこと、小雪は直之さまのシャツにアイロンをかけるのが大好きでございます」
「うん、ぼくも小雪がアイロンかけてくれたシャツが好き」
小雪が嬉しそうに笑った。
確かに小雪は夏の暑さが苦手なようで、毎年少し夏バテしたりする。
夜も冷房をつけっぱなしと寒いが、切ると寝苦しそうだ。
昨夜も眠りが浅かったようで、夜中にころころと寝返りを打っていて、ぼくに背中を向けて片手でぱたぱたとシーツを探っていた。
そこにぼくがいないとわかって、またころんと転がってこっちに向く。
抱き寄せて、ここにいるよとささやくと、ぼくの胸の中にすっぽりおさまって安心したように眠ったままにこっとした。
撫でてみると、もともと小柄な小雪の背中の肉がちょっと薄くなったかもしれない。
「今日は学校から説明会の方に回るんだけど、なにか食べたいものがあったら買ってこれるよ」
そう言うと、小雪はぷるぷると首を横に振った。
「い、いえ、とんでもございません、お忙しゅうございますのに、そのような」
「だけど小雪、ちゃんとご飯食べてる?昨夜抱いたらちょっとやせてたよ」
「え、そうでございますか?」
驚いたように、小雪が自分の胸を押さえる。
その仕草がおかしくて、ぼくはちょっと笑ってしまった。
「そっちじゃないよ。おっぱいはだいじょうぶだったよ」
指でつつくと、小雪がぱっと耳まで赤くなる。
「でも、ぺったんこになってしまうと困る。もちろん小雪がぺったんこでもぼくは小雪が好きだけど、でもちょっと寂しいからね。なにかおいしそうなお菓子でも探してこようね」
胸を押さえた小雪が、ちょっと頬を膨らませた。
「な、直之さまはすぐそのように、こ、小雪をおからかいになります……」
「ん?いけなかったかい?」
「い、いけませんっ」
お。新しい反応だ。
「でも、小雪をからかえなくなったら、家に帰る楽しみがないよ」
「そ、それがいけませんのです、あの、こ、小雪もいつまでもご主人さまにからかわれてばかりいると、後輩に知れますと、あの、し、しっかりした先輩になれませんのですっ」
顔を真っ赤にしたまま、両手をぱたぱたしながら言っても説得力がない。
どの家でもそうだろうが、若いメイドは入れ代わりが多い。
小雪は新人のときにぼくの担当メイドになったけれど、そのあとも毎年メイド学校を卒業した後輩たちが何人か入ってきている。
どうやら、小雪は先輩らしいふるまいをして、後輩に頼られたいらしい。
「いいんじゃない?千里も小雪のことは褒めてたし、ぼくだって周りに人がいれば小雪をからかって後輩の前で恥をかかせたりしてないだろ?」
小雪の頭に手を乗せて、撫でた。
カッパになるのを怖がる小さなペンギンは、ぼくの部屋限定で存在する。
「そうでございますけれども、あの」
「なに」
「な、直之さまは、あの、いろいろとお勉強なさって、旦那さまも葛城さんも、とてもお褒めになってらして、ですのに小雪がいつまでもいたりませんのでは、あの」
「誰が小雪のことをいたらないメイドだって言った?小雪は、いいメイドだ。ぼくには小雪じゃなきゃだめだよ」
小雪がそっと顔を上げる。
「そ、そうでございましょうか……」
「うん。小雪はとっても立派な、自慢のメイドだよ。だからぼくも小雪に負けないように、がんばってる」
頭に乗せた手を持ち上げて、軽くぽんぽんと叩いた。
後輩のメイドにはりきって仕事を教える小雪の姿を想像したら、顔がにやけてしまった。
「うん。だから、今日はお土産を楽しみにしておいでね」
今度は小雪が、はにかんだ表情を隠すように両手を頬にあてた。
朝食の後、康介が裏門のほうに車を回してくれて、ぼくは小雪に見送られて乗り込んだ。
就職活動のあいだは電車移動が多くなるので、康介に送ってもらうよう頼んだのだ。
門を出るときに、車寄せに入っていく兄の車が見えた。
そういえば。
「康介、菜摘はどうしてる?どこか勤め先が決まったんだっけ」
そう聞くと康介は左右を確認しながら、それが…、と言った。
「実は……、まだ葛城の家におります。祖母が気に入りまして、ずっと世話を頼んでおりまして」
菜摘はメイドの経験が長いしすぐに勤め先が見つかるだろうと思ったけれど、案外年齢を重ねた分が不利だったりするのだろうか。それとも。
「……菜摘がいいというなら、しばらく葛城にいてもらってもよいかと。まあ、父もそのように申しましたし」
康介にしてはめずらしく歯切れが悪い。
バックミラー越しに表情を見ようとしたけれどうまくいかない。
「そういえば、康介は最近、ちゃんと休みをとっているようだね」
「……は」
勤め始めてしばらくは、住み込みということもあって康介は休みらしい休みを取っていなかった。
「ちょくちょく、実家に戻っているようだし」
「……は」
おもしろい。兄とはまた違ったタイプの優秀さで評価の高いこの執事見習いが、冷や汗をかいている。
なるほど、そういうことか?
「菜摘は元気?夏バテなんかしてない?」
「はい、暑さには強いようでございます。寒い方が苦手なのですとか」
「……へえ、いろいろ話をしているようだね」
うちにいた頃と違って他の使用人もいないし、親しい会話もしやすいのだろう。
菜摘は長男の担当メイドに選ばれるだけあって、真面目で勤勉だし、性質も優しくてよく気が利く。
身近にいることが多ければ、康介だって魅かれても不思議じゃない。
バックミラーの中で、康介は口が滑ったというような顔をしている。
ぼくは、頭の中で康介と菜摘を並べてみた。
ふたりともすらりとした美男美女で、意外と似合っているかもしれない。
康介は菜摘が気に入っているのだろうか。
菜摘は、どう思っているんだろうか。
「康介の好みって、そうなんだ。へえ」
後ろから見える康介の耳が赤くなった。ますますもってめずらしい。
「……坊ちゃまは、意外にお人が悪うございますね」
「うん。小雪にもよく言われる」
「坊ちゃまは、その、小雪がお好きですか」
康介の、精一杯の反撃のようだ。
「うん」
あっさり肯定されて、康介は次の手がないようだ。
どうも、ぼくは好意を持っている相手をいじめてしまうクセがあるらしい。
小雪はかわいく拗ねるだけだが、康介が本気で腹を立てるタイプだと困る。
「うまくいくといいなと思ってるよ。康介はもちろん、菜摘もさ」
「……いえ、ですからあの」
康介がなにか言いかけて、それがため息になる。
「恐れ入ります…」
菜摘が、早く康介の気持に気づくといい。
そして、康介に向き合ってくれればいい。
「手ごわいけどさ。きっと通じるよ」
きっと菜摘の心の中に、深く根を下ろしているだろう兄への想い。
康介はいつか、それに勝てるだろうか。
「……は」
それ以上康介は口を滑らさず、ぼくも黙った。
「お互い、がんばらないとな」
車から降りるとき、それまで目を通していた説明会の資料を鞄にしまいながらそう言うと、康介はあきらめたように笑った。
そして、小雪の苦手な暑さがやわらぎ秋が深まる頃、ぼくは就職の内定をもらった。
家に帰って一番先に小雪に知らせると、小雪はものすごく泣いた。
「なっ、直之さまが、とてもとても、がんばっていらっしゃるのを、こっ、小雪は、ほんとうに、ほんとうによく存じておりますので、あのっ」
大学の友人たちの中には、とっくに内定をもらった者もけっこういて、ぼくは正直あせっていた。
授業や卒論の合間に、毎日企業訪問だ説明会だ面接だと歩き回ったのだ。
小雪の用意してくれた靴は、2足履き潰した。
顔をぐしゃぐしゃにして泣いている小雪を見ていると、思わずもらい泣きしてしまいそうだった。
ほんとうに、こんな試練は生まれて初めてだった。
何不自由なくぬくぬくと育ったぼくが、初めて触れた世間の厳しさだったのだ。
なんとか内定をもらえたのは、決して大企業でも有名企業でもなかったけれど、試験や面接のたびに、ぼくよりも緊張してシャツやスーツを調えてくれた小雪にしても感無量のようだ。
ぼくは、小雪をぎゅっと抱きしめた。
「小雪のおかげだよ。ありがとう」
「そ、そんな、とんでもございません、小雪などは、なにも」
違うよ、小雪がいなきゃだめだったよ、とぼくは何度も何度も小雪に言った。
一人前の男に、一歩近づけた気がした。
驚いたことに、内定をもらってようやくほっとできると思ったら、そうはいかなかった。
夕食の後で父と母がぼくを呼び、親の力を借りずに就職を決めたことを褒め、それでこそ息子だと満足げに言った。
いつも、優秀な兄の影で目立たなかったぼくは褒められ慣れておらず、返事も気の抜けたものになる。
次いで母が出してきたのは、写真の束。
「なまじお父さまのお名前がある分、就職を決めるのは大変でございましたでしょう。いろいろなお家の奥さまも、お宅さまには立派なご子息が二人もいらして頼もしい、うらやましいと口々におっしゃいます」
広げられた写真は、若い女の子の振袖姿やスナップ写真。
「お写真とお釣り書きが、たくさん届いておりますの」
……見合い?
「もちろん、お仕事はこれからですし、すぐに正式にとは申しませんけれど。お年頃のお嬢さまをお心に留めておくくらいはよろしいのではないかと」
はあ、と、また間の抜けた返事になる。
兄が結婚したばかりだし、齢も5つ離れているので、まさか卒業前にそんな話が持ち込まれてくるとは予想していなかった。
「それだけ周囲がお前に期待しているということだよ、直之」
父が満足そうに言い、ぼくは写真の束を抱えて部屋を出た。
廊下で待っていた小雪が、後ろからついてくる。
ちらっと見ると、にこにこしていた。
菜摘のことがあって以来、どことなく悲しそうだった小雪の、久々に見る満面の笑顔。
この笑顔のために、ぼくはがんばってこれたんだ。
……もっと、父に自分の考えを言ったほうが良かったのだろうか。
両親がめずらしくご機嫌なので、かえって言いにくかった。
部屋に戻ってテーブルに写真を置くと、小雪が気にしてちらっと見ている。
堅苦しい台紙のものも、小さなアルバムタイプのものもあるけど、だいたい察しがつくだろう。
「こっちにおいで」
ソファに座り、膝ではなく隣を叩くと、小雪はぼくの横に座った。
「見るかい?内定が決まったら、あちこちからお嬢さんの写真が届いたらしいんだ」
「…さようでございますか」
小雪は手を出そうとしない。
膝の上で組んだ手に、ぎゅっと力をこめている。
「就職したって、まだ何年か働いてからこっち戻ってこないといけないのにね。気が早いと思わない?」
ぼくが聞くと、小雪はうつむいた。
「あの」
「うん?」
「こ、康介さんが、どこかのお屋敷にお使いに参りましたときに、そちらの執事からも、直之さまのことをお尋ねがあったと申しました」
「…康介か」
康介は恐らく、よその家の使用人にも評判がいいだろう。
「小雪は、康介をどう思う?」
「…はい?」
小雪が顔を上げた。
くるんとした目が、ぼくを見ていた。
「ほら、康介はよく気がつくだろ?」
「は、はい」
きょとんとした顔で小首をかしげる。
「菜摘もまだ葛城の実家にいるんだ。康介のお母さんやお祖母さんとも仲良くやってるらしいし、康介も様子を見に行ってくれてる」
「そうでございますか…、あの、ようございました。菜摘さんはおやさしゅうございますし、お気に召していただけます……」
「うん。きっとそうだと思う。それに、康介も菜摘のことが気にいったんじゃないかと思うんだ」
小雪がまん丸くした目でぼくを見上げた。
「あの、康介さんが、でございますか」
「うん。康介にはね、将来もっとぼくを助けてもらおうと思ってる。その康介を、菜摘が助けてくれたらいいなと思うんだよ。ま、これはぼくの勝手な希望だけどね」
小雪は膝の上に置いた手をもじもじとして、ぼくの視線から逃れるように目をそらした。
「……あの、こ、小雪にはよくわかりませんのですけれど、もし、菜摘さんが、それでお幸せでございましたら」
小雪の視線を追うと、テーブルの上に放り出した写真に向けられていた。
「菜摘は康介のことを好きになってくれないかな。どう思う?」
あれほど兄を思っていた菜摘だ。
すぐには気持を切り替えられないかもしれないけど。
小雪は写真を見つめたまま、くすん、と鼻をすすった。
「こ…、小雪にはよくわかりま…、あの、でも」
「でも?」
「な、菜摘さんは、あの、若旦那さまのメイドでございましたし、そんな…、他の殿方には、あの、すぐ」
菜摘を自分に重ねて涙ぐんでいる小雪がいじらしくて、ぼくは小雪の手をとって引き寄せた。
「ごめん、この話はおしまいにしよう」
小雪がぼくを見上げてくる。
「ね、ちゅーして」
「…は、はい?」
「就職のお祝い。ちゅーして」
小雪が素直に、背中を反らすようにして伸び上がった。
もう少しで届かない、というところで、ぼくは身体を伏せて小雪にキスした。
あ、しまった。
待ちきれなかった。
「……ん…」
深く口付けてから離すと、小雪が息をつく。
「小雪。もっと…」
もう一度キスをせがむと、小雪はちょっと頬を赤らめてぼくから離れた。
「…お、お風呂を…、お仕度いたします」
少しぬるめのお湯で、小雪に洗ってもらったり小雪を隅々まで洗ったりしてるうちに、勃ってしまった。
ほら、と見せると、小雪が耳まで真っ赤になる。
「就活の疲れとか内定の安堵感とか、あるのかな」
我ながら、ちょっと言い訳くさい。
小雪は真っ赤になったまま、心配そうにぼくを見た。
「まあ…、お疲れが溜まっておいでですのに、あの、小雪はちっともいたりませんで」
そんなことはない。
小雪は毎日、歩き疲れたぼくにマッサージをしてくれたし、入浴剤やアロマまで気を使ってリラックスさせてくれた。
ソムリエのような専門知識と経験を要する職は老バトラーにやって欲しいなぁ
その孫娘が知識を受け継いでいるメイドだったら話が広がるかも
「だったら、またマッサージしてくれるかい?」
そう言うと、小雪は素直に頷く。
「はい、かしこまりました、…あの」
立ち上がろうとした腕をつかまれて、小雪が首をかしげた。
ちっとも変わらない、小雪のクセ。
「どこへ行くんだい?マッサージしてくれるんじゃないのかい」
「…はい……?」
股間を指差すと、小雪がぼんっとなった。
お、ひさしぶりだ。
「ほら」
シャワーのお湯をかけて、少し残っていた泡を流すと、小雪は観念したように洗い場に座り込んだ。
椅子に腰掛けたぼくの正面で、うらめしそうに見上げてくる。
毎回ではないけど、舐めてくれることには慣れたのかと思っていたけれど、やはりこういうのは恥ずかしいのだろうか。
ぼくは小雪の頭に手を乗せて撫でた。
「ん、いいよ。やめようか」
やめる、というのはその場所へのマッサージのつもりだったけど、小雪はそれだけだと思わなかったのかもしれない。
ぷるぷるっと首を横に振り、ぼくの膝に手をかけて脚の間に入り込んだ。
指先だけでペニスをつまんで、そっとなぞってきた。
手のひらを添えて、人差し指の先でつっと撫でる。
裏も、先も。
触れる面が少ないだけに、伝わってくる感覚が敏感になる。
目を上げて、ぼくの様子を伺いながら、小雪はあむっとペニスを咥えた。
小雪の口の中でぴくぴくしているのがわかる。
「んは、む、んっ」
逃がさないように、一生懸命舐めてくれる小雪の顔を見ていると、腰がむずむずしてきた。
情けないことに、何度か声が出てしまう。
もういいよ、と言う意味で小雪の背中を撫でた。
「ん、…いい、すごくよかった…」
出そうになる少し前で、小雪が口を離した。
先走りが口の中に入ったのだろう、ちょっとむせていた。
脇に手を入れて膝立ちにさせる。
「出ちゃった?大丈夫かい?」
「ん、は、はい…」
「ありがとう、疲れが取れた」
「そ、そうでございますか、あの」
「おかえし」
小雪にキスしながら、乳房をくるくると回すようにマッサージした。
「ん、あん」
さっきより乳首が固くなっている。
「小雪、舐めながら感じちゃった?」
ちょんとつつくと、小雪が前のめりになる。
「やん、あ、あの…あん」
バスルームの壁に両手を付かせて、腰を抱えると、小雪が不安そうに振り向いた。
「もう、ちょっと我慢できないから…」
「え、え、え、あ、あのっ」
「大丈夫だから」
立たせたまま、後ろからペニスを当てると、小雪がわずかに逃げる。
それを押さえて、ぐっと腰を押し付けた。
「ん、んっ」
半分ほどで、小雪の腰が砕ける。
お腹に腕を回して抱きかかえて、根元まで突き立てると、ぎゅっと締め付けてくる。
こういうのもいい。
小雪を抱きかかえるようにして、動いた。
ベッドではないというだけで不安定で、ぼくが動いているのか小雪が動いているのかわからなくなってくる。
「あんっ、あ、あのっ、こ、こんなとこ、ろ、あんっ、で…っ、あっ」
壁に身体を押し付けるようにされながら、小雪がいつになく声を上げる。
それがバスルームに反響するのが、とても卑猥に聞こえた。
後ろもいいけど、やっぱり小雪の顔が見たい。
「いや、あぁん」
一度抜くと、小雪が腕を伸ばしてくる。
「今度、こっちでね」
その腕を取って、バスルームの床に座って小雪を抱き寄せる。
そっと座らせて入れようとすると、つるんと滑った。
「小雪がぬるぬるだから、滑っちゃったよ?」
「…あ、あの」
手を添えて開かせるようにして、もう一度沈めた。
「入ったよ…」
小雪がぼくの首に抱きついた。
下から腰を動かすと、小雪がまた声を上げた。
「ん、あっ!」
そのまま小雪の中をかきまぜて、それから小雪を仰向けに倒して速度を上げた。
熱い粘膜がぼくを包み込み、往復する度に締め上げてくる。
「う、すごい、くる…」
「あ、あ、あんっ、あ!」
小雪がのけぞった。
床に頭をぶつけないように、手を握る。
空中で揺さぶられながら、もうイきそうになっている。
「んっ、んっ、あ、ああん!!」
ぼくの手を強く握って、小雪が硬直した。
同時に、中もぎゅっと締まる。
引き抜くと、ペニスがぷるっと震えて間一髪で小雪の太ももに射精してしまった。
「…っ、はあ…、ごめん、小雪、大丈夫?」
抱き起こして、まだ小さく痙攣している小雪をぎゅっとする。
「あ…、あの、申し、わ、あ…」
「ん?どうしたの?」
小雪が落ち着くのを待って、抱き寄せた頭を撫でた。
ぼくの脚の上で、小雪がちょっとぱたぱたした。
「あ、あの、直之さま、床が痛くはございませんか、あの」
「うん、大丈夫だよ。小雪は軽いし、小雪の中があんまり気持ちよくて気にならなかった」
「……!」
小雪が恥ずかしそうにぼくの胸に隠れた。
「小雪があんまり上手にマッサージしてくれるから、ベッドに行くまで我慢できなかったんだよ?」
「そ、それは、で、でも、あの」
ぼくは笑って小雪を立たせ、手を引いてもらって立ち上がった。
二人で一緒にシャワーを浴びて、もう一度ちょっと小雪をくすぐったりして、ぼくらはバスルームを出た。
小雪はまたメイド服に着替えて、ぼくは少しだらしない格好のまま水を飲んだ。
小雪が、冷蔵庫で冷えたものと常温のものを混ぜて、ぼく好みの温度にしてくれた水。
「うん、おいしい。小雪はよく気が利くよね。いいお嫁さんになるよ」
つい、ぽろっと言ってしまった。
ひやりとして小雪を見ると、小雪は困ったように笑った。
テーブルの隅に押しやった写真の束を両手で整えて、ぽつんと呟く。
「…直之さまのお嫁さまになる方は…きっと、お幸せでございましょう」
こんなふうに、小雪が寂しそうに笑うのを見るのは初めてじゃない。
でも、小雪は泣かなかった。
ぼくの視線をそらすようにして、唇を噛んでいる。
いつの間に小雪は、こんなふうに我慢することを覚えたのだろう。
どうしてぼくは、小雪にこんな思いをさせてしまうのだろう。
ぼくは立ち上がると、小雪を後ろから抱きしめた。
「じゃあ、小雪がぼくのお嫁さんになるかい?」
「ふゃ、ふゃいっ?!」
いきなりぼくの腕の中で、小雪がぼんっとなった。
あ、連続。
ものすごく大事なことを言ったのに、ぼくは変に冷静に考えていた。
「だって、ぼくのお嫁さんは幸せなんだろ?だったら、小雪がお嫁さんになる?」
「…あ、あの、あのっ」
小雪がぱたぱたした。
少しの間呼吸するのを忘れていたようで、けほけほっと咳き込んだ。
後ろから腕を回したぼくにも小雪の心臓のドキドキが伝わってきて、ぼくもつられてドキドキしてきた。
だって、ぼくは今、勢いとはいえ小雪にプロポーズしたんだから。
小雪の背中をさすってやり、ソファに座らせる。
ぼくは、座った小雪の前に膝をついて小雪を見上げた。
いつもと場所が逆になり、慌てて降りようとする小雪の手をとって押しとどめる。
小雪は居場所がないようにもじもししていた。
「あ、あの…」
「ずっと考えてたんだ。今すぐってわけにはいかないけど、ぼくが働くようになって、一人前だと認められるようになったら、小雪はぼくのお嫁さんになってくれるかい?」
ついに、小雪がぼろぼろと泣き出した。
「こんな写真が届いても困るし、これからはお父さまにお許しをもらってお断りしてもらおう。ね」
小雪の手を握ってそう言うと、小雪は弱々しく首を横に振った。
……え?
「小雪……?」
ぼろぼろと涙をこぼしながら、小雪は首を横に振り続ける。
「ね、小雪、ぼくのお嫁さんになってくれるだろ?ね?」
小雪が、しゃくりあげる。
「そ、そ、そのよう、な、こと…」
「いいと言ってくれるよね?いやなのか?」
菜摘のことがなくても、ぼくはいずれ必ず小雪をお嫁さんにしようと決めていた。
ずっと前から、決めていたんだ。
まぬけなことに、小雪が断る、という選択肢をまったく考えていなかった。
だって、小雪はぼくが大好きなはずじゃなかったのか?
「いや、あの、あいにくぼくは次男だから、母さまや義姉さんのように、かしずかれて暮らすってわけにはいかないかもしれないけど、小さい家を建ててメイドの一人か二人くらい置いてさ…」
「い、いえ…いえ、あの」
小雪はぼくが好きではなかったんだろうか。
かたくなに首を横に振り続ける小雪に、ぼくは呆然とした。
ついさっきまでぼくに抱かれていた小雪が、これ以上ないほどうれしそうに笑っていてくれた小雪が、ぼくを拒む。
もしかして、同じ当主の息子なら、次男よりどこかの長男のほうがいいとか、酒井から嫁いで来た義姉のように暮らしたいとか…。
いや、小雪がそんな計算をするわけはない。
それとも。
「ほら、まあ、新婚のうちは二人きりでもいいかな。小雪は大変かもしれないけど、マンションでも借りるなら部屋もこじんまりしてて気楽だし、メイドがいなくても大丈夫かもしれないよね」
断られる理由を、必死で探す。
「あの、あの……」
だんだん冷や汗をかいてきた。
どうしたら、小雪はうんと言ってくれるのだろう。
「あ、そうか、じゃあこのままこの家にいてもいいと思うよ。ここなら使用人もいっぱいいるし、小雪はもうなにもしなくていいし」
「そ、そうではございませんのですけれども!」
小雪は、ついにぼくを遮るように強く言った。
メイドが主人の言葉を遮るなんて、あってはいけないことなのに。
小雪はソファからずり落ちるように降りて、ぼくの前にぺたんと座り込んだ。
「あの、あ、あの、こ、小雪は…あの」
ぼくは指先で小雪のほっぺたの涙をぬぐった。
小雪が呼吸を整える。
小雪の言いたい事を聞かなくては、と思いながら、自分の心がはやるのが押さえきれない。
「まさか、ぼくのお嫁さんになるのがいやなのかい?違うよね、ぼくのお嫁さんは幸せだって、言ったろ?言ったよね?」
「あの、あの、お、お言葉、ではございますのですけれど」
ぼくは小雪の頭に手を乗せた。
「ん?」
小雪が小さく息をつく。
「あの、小雪は、メイドでございます…」
「知ってるよ」
「…そうでございましたら、あの」
「でも、メイドをお嫁さんにしてはいけないという事はないだろ?」
「…ございます」
小雪の頭を、くしゃっと撫でた。
毎日のように撫でているけど、小雪の髪はまだふさふさだ。
そのふさふさの髪を、ぼくは少し乱暴に撫でる。
「できるよ。小雪だって知ってるだろ、三条さんの若奥さまはうちのメイドだったじゃないか」
驚いたことに、今度は小雪はきっぱりと首を横に振った。
「存じております。…でも、直之さまは、いけませんのです。……小雪は、お屋敷のメイドでございますから」
確かに、自分の家のメイドを妻にすることは慣例にない。
メイドと結婚するといっても、あくまでも他家に仕えるメイドをなにかの機会に見初める、という例しかない。
ぼくは、目の前に座り込んだ小雪をぎゅうっと抱きしめた。
ぼくと同じシャンプーと、同じボディソープの香り。
ずっとずっと、同じ香りでいたい。
「ですから、あの、こ、小雪はちゃん、と、直之さまのメイドで、ずっと、ずっとお仕えいたしますか、ら、あの…」
その言葉が、胸を突く。
「も、もし、ほんとうに、小雪がお邪魔になりましても、あの、小雪は、どなたにも」
小雪が、ぼくの腕の中で震えている。
「そんなこと心配しなくていいんだよ、だか」
だから、と言おうとしたところで、小雪が僕の腕を振り払った。
今までにないことで、ぼくは驚いて小雪を見た。
「っ、おゆきさまはっ、ごっ、ご、ごじっ、ご自覚が、足りませんのですっ」
言われたことがとっさに理解できずに、ぼくはぽかんとした。
「ご、ご次男でございますことを、どっ、どのようにお考えでございますかは存じませんのですけれどもっ、それでも、ご当家の大切なご子息でございますしっ」
言いながら興奮してきたのか、小雪はぼろぼろと涙をこぼしながら、ぬぐおうともしない。
「ご将来は、必ずお家にも会社にも重要な人材となられますのに、そうでなければなりませんのに、そうなるために努力なさっておいでですのにっ」
あごを伝って落ちる涙が胸元を濡らす。
ぬぐおうとして伸ばした手まで拒まれて、ぼくは呆然としながらもだんだん冷静になってくるのがわかった。
小雪が、主人であるぼくにここまで逆らうことはなかった。
何を言っても何をしても、従順だった。
それはメイドとしてふさわしい行動で、ぼくもそれが当たり前になっていたのだ。
でも、言い換えれば小雪は僕との間の主従の壁を決して乗り越えようとしていなかったことになる。
ぼくが小雪を、使用人以上に考えているのとは反対に。
だから、突然涙があふれるほど気持がいっぱいになるまで、小雪は何も言えないでいたのか。
ぼくは、小雪の本音を聞いたことがあったのだろうか。
「で、ですから、直之さまはっ、メ、メイドなどにかまけていては、いけないのでございます。い、今は、一生懸命、お仕事をなさって、それで、そのうちに、大事なおつきあいが、増えますでしょうからっ」
「……小雪」
「ですから、あのっ、そういうお家の、ちゃんとした、お嬢さまを、お迎えしないと、いけませんのですっ」
「……」
「ありきたりなこと言うんだね」
やっとのことで言いたいことを全部言った小雪が、ぐしゃぐしゃに濡れた顔を上げた。
「そういうことを、小雪は今考えたのか?ずーっと、考えてた?もしかして、兄さんの結婚を見ててそう思った?菜摘を見て?」
「……あ、あのっ、あの」
「ぼくが、今小雪が言ったようなことも考えないようなお坊ちゃまだと思ってたのかい?考えたよ。考えて、それでも小雪をお嫁さんにしたいと思ったんだよ。小雪じゃなきゃいやなんだ」
手のひらで、小雪の頬を包むようにして涙を拭いた。
今度は、拒まれなかった。
「大事なことを、聞くのを忘れてたのは謝る。今、聞いてもいいかい?」
「……は、はい…?」
「小雪。ぼくが好き?お嫁さんになってもいいくらい、ぼくのことが好き?」
小雪は少しうつむいた。
いつもはすぐに返事をしなさいと命じてあるのに、黙っている。
その小さな反抗が、小雪が壁を乗り越えようとしているように思えて、ぼくはじっと待った。
沈黙が、とても長く感じた。
ぼくの心臓の音が、小雪に聞こえるのではないかと思うくらいだ。
きっと、小雪の心臓も小雪の小さな胸から飛び出しかけているに違いない。
がんばれ。
がんばってくれ。
自分ではどうすることもできない、ただ小雪を待つことしかできない。
小雪の唇が、小刻みに震えながらかすかに開く。
がんばれ!
「……小雪は」
がんばれ!
「こ、小雪は、こ、このお屋敷にお勤めすることに、なりまして、初めて、お廊下で」
そこで、一度言葉を詰まらせる。
「……な、直之さまを、お見上げしました、日の、ことを、覚えております」
それは、いつなのだろう。
「し、四月の、十日でございました。濃紺色のスーツをお召しで、シャツはボタンダウンで、ネクタイはブルーのドットでございました」
どこかへ出かけるところだったのかな。覚えていない。
「あんまり、素敵でしたので、ぼうっといたしまして、お仕事を教えてくださっていた栞さんに叱られました。直之さまの後ろに、初音さんが付いておられて、小雪ににっこりしてくださいました」
「……うん」
「直之さまは、小雪になぞお気が付かれませんでしたけれども、でも、でも」
「……うん」
小雪が、壁の上から顔を出した。
「……その日から、小雪は、直之さまのことが…、大好きでございます」
よく来たね。
壁を乗り越えることに精一杯で、その壁の上から転げ落ちそうなくらい震えている小雪を抱きとめる。
「…ありがとう」
小雪は、ぼくよりずっと強い。
ぼくは、やっとぼくの腕の中に飛び込んできてくれた、大好きな小雪を抱きしめた。
「…だからね」
そう、さっき言いかけていた。
小雪が遮らなかったので、今度は言えた。
「…あのね。抜け道はあるんだよ」
床に座り込んで抱きしめたままそう言うと、小雪は顔を上げた。
紅潮した頬と、潤んだ瞳。
「あのね、小雪が一度うちを辞めるんだ。それで、どこかうちの知り合いに頼んで、そこに少しの間勤める。で、ぼくがその家に、お宅の小雪をくださいって申し入れるんだよ」
それは、ずっとずっと考えていた。
自分の家のメイドを妻にする方法。
いろいろな家の、記録や伝聞を調べつくして、出合った方法。
手伝ってくれたのは、やっぱり康介だった。
ぼくの未来の有能な執事らしく、役に立ってくれた。
「そ、そんなことを、あの」
「形式的なことだけど、大事なことだからね。小雪はちょっと大変だけど、我慢してくれるかい?だって、ぼくは小雪とずっと一緒にいたいんだ。メイドじゃなくてお嫁さんにしたいんだよ」
「でも、でも」
ぼくはちょっとため息をついた。
「でも?まだ、でもがあるのかい?そんなに理由をつけて断りたいほど、小雪はぼくのお嫁さんになるのがいやなのかい?」
小雪は、今度は声を上げて泣き出した。
「こ、小雪、は、ずっと、ずっと、そんなことは、夢のまた夢、で、かっ、考えてはいけないと、ずっと…」
「…ごめん。自分だけで考えてないで、もっと早く小雪に言えば良かったんだよね」
そうしてれば、小雪にこんな思いをさせなくてすんだのに。
「そ、そのよ、な、あ、あの、ほ、ほん、とう、に、あの」
小雪の涙が、また次から次へと頬を濡らしていく。
ああ、今日は何回小雪を泣かせてしまったのだろう。
ぼくは小雪が泣きやむまで、ずっと小雪を抱きしめて頭を撫で続けた。
この頭をかわいいカッパにするまで、手放したりできるわけがない。
ぼくは、今度はしっかり心を落ち着けてから、小雪の顔を覗き込んだ。
やや卑怯ではあるけれど、ぼくは最後の手段に出た。
今はまだ表向き主人とメイドであるがゆえに有効な、小雪にはいと言わせるためのちょっとずるい最終兵器。
「小雪。命令だよ。ぼくの、お嫁さんになりなさい」
小雪は、ぼくにぎゅっと抱きついた。
ぼくが、むきゅっと鳴きたくなるほどに。
そのあと、小雪が耳元でささやいてくれた言葉を、ぼくは一生忘れないだろう。
「あ、あの。……かしこまりました」
――――完――――
『メイド・小雪』完結です。ありがとうございました。
うわぁ、これで完結させるのかぁ!
小雪ちゃん可愛かったよ、とても素敵だった
割り込みは失礼しました
完結!?マジ?
いや、凄く面白かったし、はらはらどきどきしたし、つまり名作、GJ!だったけど。
そうか、完結か…。寂しいな。
菜摘さんの独白の章読んで心臓潰れるくらい悲しかったので、彼女に幸せの兆しが見えてよかったです。
あの、番外編とか…書かれる予定ないですかね?
GJ!
何をさしおいてもGJ!
どうみてもプロの犯行です。本当にGJでございます。
そっか……幸せそうだな。献身的のかたまりじゃねーか、大事にしてやれよとかもうその先の障害を全部世界新で越えてくイメージしかない訳だ。
マジ!?完結ッスか!?
超GJ!!、GJ!!以外の言葉が見つからないぐらいGJ!!
だけど終わっちゃうなんて寂しいな…
GJ!神の仕事に出会えて本当に幸せ
小雪……よかったなあ……完璧なハッピーエンドに心が震えた
回を追うごとに直之様の成長が見えるのもおもしろかった
しかし康介……その有能さをもっと自分にも使おうぜw
GJ!
終わっちゃったのか・・・ 少し寂しいです
番外編とか期待したいです
康介編が見たい!
GJでした
やっと終わった?
番外とか要らんから
>>162 ツンデレは違うスレでどうぞ
何はともあれGJ!!
番外編期待してます
完結がこんなにも寂しい作品はこれが初めてでした。
"GJ!"の一言では言い表せない程の
素晴らしい作品をありがとうございました。
ハイパーGJ!
執筆お疲れさんでした
ただ、これから盛り上がる予感がしてたので、完結は寂しいなぁ…
GJとしかいいようがない・・・
第4話です。
11月も半ばを過ぎ、街には冬の気配が日ましに強く漂いはじめた。
商店街には早くもクリスマスの飾りつけがなされ、おもちゃ屋や宝飾店の商売にも気合が入っている。
そんな折、我らが海音寺荘207号室には、家具が一つ増えた。
すきま風がどこからともなく吹き込むのに耐えかね、電気こたつを買ったのだ。
本当は石油ストーブにしたかったのだが、旦那様に火を扱わせるような無謀な真似はできない。
まだまだ灯油も高いということで見送って、あの方が使っても安心なこたつにした。
とはいえ、買えたのは本体だけで、こたつ布団には寝具のそれを使っている。
一式を新調するほどの余裕は、まだうちには無い。
寝るまでの時間はどちらか一方の布団をかぶせ、夜にはこたつを畳んで布団は床に。
面倒なように思うが、布団が温まることで干したのと同じような効果があり、これはこれでいいものだった。
こたつがアパートに来た日、旦那様はものの数分でこれのトリコになってしまった。
「こんな素晴らしいものがこの世にあったとは、蒙を啓(ひら)かれたような気持ちです」と言って。
いくら何でも大げさだと思うのだが、本人はいたって大真面目らしい。
考えてみれば、池之端家のお屋敷にこたつは無かった。
あちらの暖房といえば、暖炉にエアコンで、床暖房完備の部屋もいくつもあった。
言ってみれば、部屋のごく一部を暖める家電なんかは不要だったのだ。
つまり、旦那様はこたつという物の存在自体をご存じなかったということになる。
こういう時、あの方と自分との育ちの違いを実感する。
私の実家にはもちろんこたつがあり、母が生きていた頃は、家族で囲んでみかんを食べたりトランプをしたりした。
どうしてもこたつで寝ると言い張って眠った私を、親がベッドに運んでくれたという経験もある。
継母が来てからは、私には団らんなんて一切関係なくなってしまったけど。
そんなわけで、旦那様はアパートにいる時のほとんどをこたつで過ごすようになっていた。
電源を切ったままでも、入っていることもあるくらいだ。
天板の上に本やノートを一杯にし、私には分からない学問と取り組んでおられる。
旦那様曰く、通常の暖房だと頭がぼうっとするのだが、こたつだと思考がクリアになるらしい。
僕にぴったりな機械ですと断言して、あの方はこたつにべったりの毎日を送っていた。
今日はここで寝ますと言い張られ、私が叱りつける日もたまにある。
お屋敷にいた頃と比べ、私の中の旦那様のイメージは大きく変わった。
お金持ちで苦労知らずの、鷹揚な性格のお坊ちゃま。
根元の所は変わらないが、あの方は意外に庶民的な部分があるようだ。
いい物を小さい頃から食べていらっしゃるから、私の作る食事などお口に合わないと思っていたのに。
よっぽどの失敗作以外は、問題なく食べてくださる。
むしろ、「食味の範囲が広がって楽しい」といった意味のことを仰ることもあった。
特に五目豆の中のゴボウの歯触りがたまらないのだと、目を細めて力説されたこともある。
こんな地味な煮物は、お屋敷にいた頃は口にされていなかったから、珍しいだけなのかもしれない。
しかし、作った物を美味しいと言われるのに悪い気はせず、私はしばしば旦那様のリクエストに応えた。
家事のことに関しても、旦那様は変化をお見せになった。
私があれこれ立ち働くのを見るうち、あの方は自分もやってみようと考えるようになられたようだ。
ある時、帰りが遅くなった私がアパートのドアを開けると、ガス台の五徳の上でサンマが焼かれていた。
戻った私が忙しくしなくて済むように、魚だけでも焼いておこうと旦那様が気を利かせてくれたらしい。
しかしあの方は、魚焼きグリルの存在に気付かず、フライパンで焼くという発想も無く。
ガス火の上に直置きされ、旬を迎えてピカピカだったサンマは、哀れ頭と尾だけが残った惨めな姿になっていた。
この日はしょげて小さくなっている旦那様を慰めながら、無事だったもう一匹を分け合って食べた。
ガス台の掃除に、たいそう骨を折ったことも覚えている。
それからも、思い出すだけで頭をかきむしりたくなる失敗をいくつもされた。
後始末をするのは当然私で、腹が立ったのだが、少しでも役立とうとあの方がお考えになっているのだけは承知していた。
だから強くも言えず、どうしたものかと考えたものだ。
ご自分も家事に挑戦しようとなさっている、やる気の芽を摘むわけにもいかない。
どうすれば互いの不利益にならないか考えた挙句、私がまず八分通りやった仕事に手を加えてもらうことにした。
私が干して取り込み、より分けた洗濯物を畳んでもらう。
私が洗って拭いたお皿を、棚に片付けてもらう。
お一人にせず、私の目が届く場所でまずは手伝ってもらうことにした。
そうすれば、頭を抱えたくなるような失敗は回避できる。
これは思いのほか功を奏し、胸をなで下ろした。
食事の盛り付けをお願いした時は、さほど口を出さなくても中々堂に入った仕事をされた。
お抱えのシェフがいるお屋敷に生まれ育った方は、やはり違う。
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ここのところ、私は商店街の中にあるケーキ店でクリスマスケーキの予約受付のバイトをしていた。
当日はお店が大変になるから、事前に予約してもらった方が店側としても助かるのだ。
その方がいくらかお得になるということで、案外多くのお客さんが注文に訪れた。
見本ケーキの写真を提示し、何のフルーツを使って、大きさはこのくらいで…と説明する。
口八丁手八丁で喋りまくって押す方法が意外に当り、注文率は良かった。
ケーキ屋の店長も褒めてくれたが、しかし、ミニスカサンタの格好で注文をとるのはどうなんだろうか。
道行く人に聞こえるよう、店外で呼び込みをする時は、自分が別の商売のお姉さんみたいに思えた。
私が売っているのはケーキだから後ろめたくないはずなのに、何だかどことなく場違いのように思える。
茶店での茶摘み娘の格好といいこれといい、オーナーの趣味なのだろうか。
合点がいかないが、とはいえ、通常の生活で着るチャンスがない物を着るのはちょっと楽しい。
襟や袖とスカート裾に配されたボアがふわふわで気持ちよく、肌触りもいいし。
服にさほど興味を持たない私でも、実はこの格好をするのは満更ではないのだ。
裾が短くて、ちょっと寒いのが唯一の難点だったけれど。
それ以外は帽子や茶色のブーツに至るまで、結構気に入っていた。
本日も夕方まで働き、帰りがけに商店街で夕飯の買い物をした。
カレイが安かったので煮つけを作ることにし、2切れ買ってアパートに帰る。
旦那様はもう部屋にいて、またこたつに入って本や書類とにらめっこをしていた。
「ただいま帰りました。すぐご飯の用意をしますから」
後姿へ呼びかけ、着替えて台所に立つ。
返事が無いのが気になるが、書き物に熱中しているからだと思うことにした。
カレイの煮つけを作る間、キャベツの炒め物と焼き油揚げ、大根の味噌汁も作る。
全て出来上がったところで、ちゃぶ台へ持っていった。
「旦那様、できましたよ」
呼びかけ、こっちへきてくれるように頼む。
一応のけじめとして、食事中はこたつに入らないというルールを設けていた。
「冷めちゃいますよ?食べましょうよ」
まだこちらに背を向けている旦那様に、もう一度呼びかける。
そこで小さく返事をした旦那様は、ようやく膳の前にやってきた。
心に小さな疑問を置いたまま、箸を動かす。
カレイの煮付けは旦那様の好物の一つだから、少しくらいコメントがあってもいいはず。
しかしあの方は、押し黙ったまま静かに食べるばかり。
よもや味付けを間違えたかと思ったが、自分の分を食べても変な味はしない。
なのに会話も弾まないなんて、今日はやっぱり変だ。
でも理由を尋ねづらくて、静かな雰囲気のまま食事を終えて洗い物をした。
またこたつで勉強をしている旦那様を横目に見ながら、空になったちゃぶ台に自分の物を広げた。
最近、私は夜の空いた時間に内職をするようになった。
あの台風の日に思い立ったのだが、しばらくするとその当てが向こうからやってきたからだ。
商店街内の雑貨店の店主が、小中学生向けのアクセサリーの販促POPを描かないかという話を持ってきたのだ。
最近ちまたで子供達に流行の兆しを見せている、安くて可愛いヘアアクセサリー、ペンダントやピンバッジ。
店主はこれをいち早く仕入れたはいいが、雑貨店に来る子供は少なく、思うように売れない。
そこで私に「若い人のセンスで、子供が目に留めて店に入ってくるようなのを描いて」と頼んできたというわけ。
試しに一枚だけ描いてみると評判がよく、特に小学生がスポンサーの祖父母を連れて買いに来たらしい。
気を良くした店主に「もっと描いてくれないか、一回いくらで買うから」と言われ、引き受けたのだ。
私は小中学生の頃、絵はそれなりに得意で、県や市で賞をもらったこともある。
本格的な販促となると手も足も出ないが、子供の目を引く程度のものなら何とかなるレベルらしい。
雑貨店から借りてきた、様々なポスターカラーや字体の本を見て、アイデアを絞って考える。
アクセサリーの写真を撮って、雑誌の切り抜き風に貼り付けることもある。
やっとできたディスプレイの前に子供のお客さんが立って、買ってと保護者にねだっているのを見るのは嬉しい。
どんな形にせよ、人の心をとらえるのは中々いいものだと思う。
金額的には微々たる物だったのだが、それなりに楽しいので、しばらくはこれを内職にすることに決めた。
旦那様はこたつで勉強をしているので、食事の時以外、ちゃぶ台は私専用にできる。
そんなわけで、最近ちゃぶ台には、紙だのハサミだの光るシールだのが乗っていることが多くなっていた。
「美果さん」
絵に夢中になっていた時、旦那様の声が不意に耳に届いた。
もう、せっかくグラデーションの大事な所に取り掛かっていたのに。
しぶしぶ返事をして顔を上げると、あの方がじっとこちらを見ていた。
勉強はもう済んだから、お茶でも入れてほしいのかな。
「ご用ですか?」
「ええ。こちらに来てください」
六畳間にこたつとちゃぶ台を置いて、空きスペースはわずか。
こちらも何もないのだが、言いつけどおり、絵の道具を置いてそちらへ行った。
旦那様は、まだ機嫌が直っていないのか、夕食の時と同じに少々難しい顔をしている。
「今日、僕は商店街の中を通って帰ってきました」
私が座るのを待って、旦那様が話し始める。
「そうだったんですか」
「ええ。ケーキ店の脇を通った時、あなたが働いていらっしゃるのが見えました。
ああして毎日頑張ってくださっているからこそ、今の生活があるのです。僕一人の稼ぎでは、とても」
「はあ」
「このことに関しては、いくらお礼を言っても言いすぎだとは思いません。ただ」
続きを言おうとして、旦那様が一瞬口ごもる。
何だろう、気になる。
「あれは、いけません。あの、今日していらっしゃった格好は」
私をじっと見つめ、旦那様がいつになく真剣に訴えかけてくる。
「今日の格好?」
「そうです。あの、赤と白の」
「えっ?」
サンタの衣装が気に入らないとでも言いたいのだろうか。
「だって、あのバイトはあれが制服なんですよ?」
「ええ、それは百も承知しています。美果さんが自ら望んであれを着ていらっしゃらないということも」
それがですね、本人は中々気に入っていて、満更でもないんですけど。
そう言おうか迷ったが、よけいに話がややこしくなりそうでやめた。
「可愛くありませんか?シーズン的にも、これから寒くなっていくんですし」
別の方向から話を切り込み、旦那様の真意を探る。
「だからです!」
旦那様がこたつの天板を叩き、痛かったのか顔をしかめた。
「これからもっと寒くなるのに、何ですかあの格好は!頭と上半身は暖かそうですが、下半身が冷えるではありませんか」
「はあ」
「冷えは万病の元と、古来から言い習わしているでしょう。女性には大敵だと」
「あ、聞いたことあります」
「そうでしょう。美果さんは女の子なんですから、特に気をつけねばなりません」
珍しく語気を強め、旦那様が矢継ぎ早に主張する。
僕は年上ですから、あなたの行いを正す義務があるとまで言われてしまった。
私は勢いに飲まれ、いつもとは立場が全く逆のまま、大人しく話を聞く羽目になってしまった。
「大体ですね、あんな短いスカートは、破廉恥です」
「えっ?」
「この辺から下が、見えていたではありませんか。男を刺激していると思われても仕方ない格好です」
旦那様がご自分の太股の真ん中辺りに手をやり、スカートの裾丈について苦言を呈される。
「そういった輩にも、首尾よくケーキを売りつけてますから、大丈夫ですよ」
「購買力のなさそうな、男子高校生のような者にも、ですか?」
「いえ…」
そういえば、数名のそういう子たちにまじまじと見られ、顔をしかめたことはある。
このスカート丈に違和感を覚えたのは事実だ。
池之端家時代から慣れ親しんだメイド服は、スカートが膝下丈のごくクラシックなデザインをしている。
そのイメージがあるから、あれが必要以上に短く感じられるのかもしれない。
「旦那様。私くらいの年頃の子なら、私服でああいうスカートをはくものですよ?」
逆鱗に触れないことを願いながら、恐る恐る言う。
この方にこういう言い方をするなんて、初めてかもしれない。
「私は、旦那様と一緒にいる時は裾の長いメイド服ですから。
見慣れないから、妙にお感じになられているだけなのでは、と思うんですけど…」
メイド服、パジャマ、土曜には茶摘み娘の格好。
布面積の多い3パターンの服を行き来する私の、普段見慣れない脚にこの方の免疫がないだけに違いない。
「あのバイトは、時給がいいんです」
むっつりと黙った旦那様に、別の観点からさらに語りかける。
「これからどんどん寒くなってきますから、上着の一枚も買おうと思っていたんですけど。
その前に、こたつを買ってしまいましたから」
使用人の寮でさえ住環境が整っていた池之端家と、ここでは全く違う。
「予定外の出費でしたから、お金が必要なんです。冬に向けて、光熱費も上がりますから」
旦那様がご不快になられるとしても、あのバイトをやめるわけにはいかない。
せっかく商店街の中で仕事をもらえるようになったのだから。
「あのバイトをやめるとなると、その分収入が減りますから。それを古道具屋に売っ払わなければいけなくなります」
こたつを指し示して言うと、旦那様の顔色がサッと変わった。
「これを、売るんですか」
「ええ。家計的にはそうなりますね」
「…」
旦那様がこたつの天板をぎゅっと握り、明らかに動揺する。
よほど、これが気に入っているということがうかがわれた。
「生活のためとはいえ、女性の品格を切り売りするような真似をさせて、誠に申し訳ありません」
こちらに向き直った旦那様が、深々と頭を下げる。
「家計のことまでは、考えが及んでいませんでした。恥ずかしいです」
そんなに改まって謝られると、こっちも困ってしまう。
女性の品格だなんて、そこまで話を大きくしなくてもいいのに。
「分かっていただければ、いいですから」
私も一応頭を下げ、それでこの話はおしまいになった。
ちゃぶ台の前へ戻り、また絵に取り組む。
きりがいい所でやめて道具を仕舞い、できた絵を乾かした。
明日雑貨屋に持っていって、さっそく渡してこよう。
そう決めてお風呂と洗濯を終え、2人分の布団を並べて敷く。
今日こたつに使ったのは旦那様の布団なので、ふかふかしていていい気持ちだ。
実は少し羨ましい…と表面を撫でて残る温もりを堪能していると、旦那様がじっと私を見ているのに気付いた。
「美果さん、僕の布団で寝られますか」
「えっ?」
旦那様が、掛け布団をめくり上げて言ってくれる。
一日押入れに入っていた自分のより、こたつで温まったあの方の布団の方が寝心地が良さそうだ。
「いいんですか?」
「ええ、僕は構いません。むしろ歓迎です」
にっこり笑ってくれた旦那様と2人で布団に入る。
寒い時特有の、布団の中で身を縮こめる時間がないというのは幸せだ。
ふうと息を吐いて体の力を抜くと、肩にふと旦那様のお手が触れた。
右を向くと、あの方は妙にもじもじとしている。
これは、夜の誘いをかけようとする時の癖だ。
男なんだし主人なんだから、もっときっぱりとした態度で誘ってくれればいいと思うのに。
まるで怯えてでもいるかのように、目を泳がせて挙動不審になっている。
手ひどく断ったことなどないのに、なんできちんと言ってくれないんだろう。
「それではお休みなさいませ」
いささか面倒になり、布団をかぶり直して背を向ける。
えっ、と旦那様がびっくりした声が小さく聞こえた。
それには気付かぬふりで、呼吸をゆっくりにして眠ったように見せかける。
しかし意識は背後にいる人に集中させ、出方を待った。
横向きで寝ている私の髪を、旦那様がそっと撫でてくる。
そして首筋に口づけられ、反応しそうになって慌ててこらえた。
狸寝入りがばれてしまっては、ちょっと気まずい。
んっと身じろぎして布団をつかみ、寝たふりを続ける。
旦那様が嘆息したのが聞こえ、そして、お手が私の胸に回ってきた。
パジャマの上から膨らみを柔らかく揉まれ、手の平ですくい上げるようにもされて。
布を隔てていても感じてしまい、そこから意識をそらせなくなってしまった。
私を起こすのが忍びないから、触れるだけにとどめておこうというおつもりなのか。
えらく殊勝だ…と思ったその時、旦那様の指がパジャマのボタンを外し、肌に触れられた。
今度は直接触られて、呼吸が荒くなるのを必死でこらえる。
一旦狸寝入りをしたのだ、今さら起きるのもどうかと思う。
でもその方がいいのか…と、頭の中が大混乱になった。
旦那様のしなやかなお手で肌を撫でられると、ひどく心地がいい。
もっと、ずうっとこうしていてほしいなどと、はしたなく願ってしまうこともたまにある。
でも今はちょっと困る、と思ったその時、不意に旦那様の指が私の乳首をかすめた。
「あっ!」
体が硬直し、思わず声が漏れてしまう。
刺激されたそこは熱を持ったようになり、その切なさに溜息がこぼれた。
「す、すみません。起こしてしまったようですね」
焦ったのか、私の胸を包む手はそのままに、旦那様が早口で言う。
ずっと起きてましたよとは言いにくくて、はあとかいえとか、口の中でもごもごと返事をした。
「あの、美果さん…」
旦那様がきまり悪げに呟く。
私の眠りを妨げた(と本人は思っている)のはすまないけど、体を重ねるのを諦めきれないのか。
背後で苦悩しているであろうお姿を思うと、なんだかとてもおかしくなってしまって。
私は体に回ったあの方のお手をつかみ、自分の胸に押し付けた。
「したいんですか?」
短く問うと、旦那様がうっと言葉に詰まる。
「ちゃんと言ってくだされば、むげに断るなんてしませんから」
だから、態度をはっきりさせてほしい。
女にこんな質問をさせるなど、本来はあるまじきことだと思う。
「お願いしても、構いませんか」
遠慮がちに呟き、旦那様がまた私の首筋に口づける。
僕は年上だから…と気負っていた、さっきのこの方はどこへ行ってしまったんだろう。
台風の日に怖がる私を抱きしめてくださった時は、とても大人で、頼もしくさえ感じたのに。
でもまあ、いいか。
求められるというのは、これで中々に心地がいいものだから。
「いいですよ。あれ、持ってきてください」
段取りを考えておられないに違いないので、あらかじめ言って促す。
それを聞いた旦那様は、はいと頷いて、引き出しへいつもの物を取りに行った。
「残り、3つになっていました」
目的の物を手にした旦那様が、呟きながら戻ってくる。
「そうですか。じゃ、買ってきてくださいね」
ふてぶてしい私だが、さすがにゴムを買うのは恥ずかしい。
やはりここは「年上」であるこの方にお願いしようと思う。
「僕が、ですか」
「ええ。減りが早いのは、旦那様の責任ですから」
私の言葉に、旦那様がまたもじもじと恥ずかしがる。
お屋敷にいた頃は月に1度あるかないかだったのに、このアパートに移って以降は週に1〜2度のペースになったから。
私から誘うことはないので、減りの早さに関してはこの方に原因の全てがある。
「分かりました。美果さんが気に入るような、良い品を買って参りましょう」
これに、良い品とか悪い品とかあるのだろうか。
頭の中に疑問符を一杯飛び交わせていると、上を向かされ、旦那様が覆いかぶさってくる。
私は目を閉じ、与えられたキスを静かに受けた。
普段はやかましくこの方をせっつく口を、本人自身に塞がれている。
それが何だか不思議に思えた。
角度を変え、旦那様が何度も唇を重ねてくる。
いつのまにか、私は旦那様の体に腕を回して抱きついていた。
この方と体を重ねるたび、キスが長くなっているような気がする。
ただ唇がくっつくだけなのに、何だか体が妙に熱っぽくなってくる。
唇まで温まってしまい、それが旦那様に伝わって、私のこの状態が知れてしまうのではないかと思えた。
ようやく唇が離れてそっと目を開けると、旦那様にじっと見られていたことに気付く。
寝顔やキスの時の顔を見られるのは、あまり嬉しくない。
「どうかしましたか」
ゆっくりと目をそらして枕に頬をつけると、尋ねられて返答に困った。
「どうもしません」
わざとぶっきら棒に言って、視線を戻す。
再び目が合った旦那様は、小首を傾げていらっしゃった。
私より、よっぽど可愛いしぐさをなさる。
それが何だかしゃくだった。
「続き、しないんですか」
「もちろん、するつもりです」
せっかくご了承いただけたのですからね、と重ねて旦那様が言う。
頷くと、パジャマのボタンに手がかかり、素早く前が開かれる。
さっき半分ほどボタンが外れていたので、たやすかったに違いない。
「あ、んっ…」
胸の膨らみに旦那様が口づけ、私は小さく声を上げた。
刺激になれない場所に触れられると、どうしてもそうなるのだ。
くすぐったさに耐えかね、パジャマの袖をギュッと握りしめて唇を引き結ぶ。
それでも、与えられる刺激に時折身じろぎし、吐く息が荒くなった。
「あっ!」
旦那様が私の乳首に吸い付き、舌でなぶられて高い声が出てしまう。
いきなりのことだったので、我慢がきかなかった。
「んっ、あ…やんっ…ん…あん…」
自分の声でないような、鼻にかかった甘い声が六畳間に響く。
体がわななき、シーツが乱れるのを背中に感じた。
「可愛い声ですね」
上目遣いに旦那様がこちらを見、のどかに呟く。
全く余裕を失っていないその態度が、少し小憎らしかった。
「普段は旦那様の方が可愛いですよ」
ムッとして言うと、また小首が傾げられる。
「男が可愛いと言われた場合、果たして喜ぶべきなのでしょうか」
それは、人によるんじゃないでしょうか。
とは言いかねたので、小首を傾げ返してごまかした。
また、旦那様の唇が私の胸に触れる。
両方を代わる代わるに愛撫されて、私はどんどんと追い詰められ、声を何度も上げた。
口をつけていないほうの乳首が、指で優しく撫でられるのがまたたまらないのだ。
時折キュッと摘まれると、どうしていいか分からなくなってしまう。
息が乱れ、じっとりと湿った熱の塊が、体の中心に生まれてくる。
それに瞬く間に意識を持っていかれ、平常心がすっかり鳴りを潜めてしまった。
気持ちいい、もっと触ってほしい。
口に出すのも憚られるその願望が、全身に満ち満ちていた。
「旦那様…あっ…あんっ…あぁ…」
胸に顔を埋めている人を引き寄せ、せがむように腕に力を込める。
構いませんよとかいいですよとか、こうする前に少し偉そうだった自分は、もうどこかへ行ってしまった。
旦那様が胸から顔を上げ、ほうっと息をつく。
私も呼吸を整え、目をせわしなくパチパチとさせた。
「やっぱり、美果さんは可愛いですよ」
ごく普通のトーンで旦那様が言い、布団の足元へと下がる。
そんな言われ方をしてしまうと、逆に恥ずかしくなってしまうじゃないか。
もしかして、わざとこういう言い方をして、私を回りくどくからかっているのだろうか。
頭の良いお方だから、もしかしたら…と思いつつ、パジャマのズボンを脱がせてもらう。
かかとが引っ掛かり、あれ?と間抜けな声を上げ格闘している人を見て、先程の疑念がやはり間違っていたことを知った。
ようやくズボンが抜け、旦那様がそれを畳んで置く気配がする。
脱いだ物を散らかさないようにと言ったら、こういう時まできちんとしてくれるようになった。
かかとの下に手を添えられ、持ち上げられる。
足の甲に柔らかい感触がし、びっくりして顔を上げると、旦那様がそこに唇を寄せていた。
「な、何やってんですか、そんなとこ!」
足に口づけられるなんて、私は女王様じゃない。
「どうしてです?すべすべしていて、白くてきれいですよ?」
太陽を浴びない場所だからでしょうか、と旦那様がまた暢気に言う。
なるほどそうかもしれないが、足に口づけられるなんてと思い直した。
「主人が、メイドの足にキスするなんておかしいでしょう」
倫理面から責めてみても、旦那様は表情を変えなかった。
「おかしくはないでしょう。したいと思ったから、したまでのことです」
そう言われてしまっては、返す言葉が見つからない。
はあとかええとか、相槌にもならない返事をした。
足など他人に触れられたこともないし、自分ですらお風呂の時くらいしか触れない。
普段ここを意識することがないぶん、キスなんかされるととても驚くのだ。
旦那様が、足の甲から足首に向けて唇を滑らせてくる。
手で撫でられるのとはまた違う感触で、背筋がぞくぞくして落ち着かない。
時折微かな音を立てて吸いつかれ、そのあたりが少しピリリとした。
唇が離れても、熱が仄かに残っているように思われた。
行きつ戻りつしながら、旦那様がだんだんと唇で私の脚を這い登ってくる。
もっと上に来たらどうなるのか、何をなさるのか。
想像しただけでお腹の奥がキュッとなって、膝が震えた。
太股まで上がってきた唇の気配が、ふと遠のく。
少し身を起こして見つめると、旦那様はわずかに難しい顔をして私をご覧になっていた。
どうしたんだろうかと不思議に思っていると、ややあってその口が開かれた。
「やはり、他の者が美果さんの脚を見るのは、愉快ではありません」
一人ごちるように呟かれた旦那様の言葉が、静かな六畳間に響いて消える。
「美果さんの脚を見るのは、僕一人で十分です。そうは思われませんか」
どうして?と問いたかったが、うまく言葉にならなかった。
「あの衣装を着るのも賃金の一部であることは承知ですが、これが僕の偽らざる気持ちです。
あまり、よその男に見せびらかしてはいけません」
そんな、ほれ見ろと誇示したくなるほどの脚線美は持ち合わせていないのに。
よほど執着があるのか、旦那様は憮然とした表情で私に言い聞かせた。
そしてまた舌と唇で私の脚を這い登り、とうとう一番上まで到達してしまった。
「あ…」
旦那様の指が下着の上からそこに触れてくる。
いつの間にかずいぶん濡れていたようで、湿った音が微かに聞こえた。
「ん…っは…あ…」
布一枚隔てているはずなのに、まるで直接触れられているみたいに感じてしまう。
私は旦那様の指が動くたびに息を飲み、背を震わせて唇を噛んだ。
待ってとかやめてとか訴える気力は、もはや残ってはいない。
ただ、どうしても漏れてしまう声が変に聞こえないようにと、そればかりを考えていた。
ついに下着が引き下ろされ、抜き取られて奪われる。
今度は直に旦那様の指が触れ、その温度にまた息を飲んだ。
指でこれだけ熱いのなら、アレは、もっと…。
想像してしまい、のぼせるほどに顔に血が集まってしまった。
あふれ出た愛液を絡め取るように旦那様の指が動き、私の羞恥を煽る。
そしてとうとう、襞が押し広げられ、最も触れられては困る場所があの方の目に晒されてしまったのを感じた。
「あ、やだっ。いや…」
お手を押し返し、そこを隠そうと必死になる。
まじまじと見られるなんて、心臓が縮み上がりそうだ。
「さっき、いいと仰ったでしょう」
拒否するのは約束が違うとでもいうように、旦那様に言われてしまう。
たしかに、そうは言ったけど、あんまり恥ずかしいのはいやなのに。
どれだけお手を外そうと頑張っても、旦那様は応じてはくださらないようだった。
その指に力が入り、そこが広げられたまま固定されてしまう。
顔を近付けられて吐息がかかり、ますます身の置き場がなくなった。
触ってほしいという欲求と、その反対を望む羞恥心。
2つが頭の中で綱引きをし、思考が混乱した。
追い詰められている私を尻目に、旦那様の舌がとうとうそこに伸びてくる。
そして粘膜に押し当てられ、全身を一瞬で緊張が包み込んだ。
「あっ、ん…やぁ…」
濡れた音を立て、旦那様の舌が私の敏感な場所を這い回る。
押さえつけるお手の力は依然強く、身をよじって逃げることもできない。
どうしようもなくなって、涙が一筋、目からほろりとこぼれ落ちた。
「あうっ!んん…あっ…あ…」
肉芽を探り当てられ、舌で押し潰されて一際高い声が漏れてしまう。
ここを触られてしまうと、悔しいけれど、もう抵抗できなくなってしまうのだ。
ほんの小さな器官なのに、そこから膨大な熱が巻き起こり、全身を飲み込んでしまう。
もっと触って、刺激を与えてと、頭の中まで茹だったように熱くなってしまうのだ。
「や、あ…旦那様っ…あ…あ…んっ…」
肉芽を舌で持ち上げるかのように愛撫され、はしたなく悶える。
まるで体ごと浮き上がってしまったかのように、不安定で心細くなった。
「ああ…あ…」
呼吸が苦しくなり、喉の奥が痺れたようになってしまう。
自分はどうなってしまうのだろうと、どこか他人事のように考えていた。
永遠に与えられるかのように感じられた責めが、突如中断される。
旦那様は私に背を向け、ごそごそと音を立てて準備を始めた。
台風の時以降、私が付けて差し上げますよと言っても頑なに拒まれる、さっき前もって持ってきて頂いたあれ。
申し出るたび、舞台裏を見たがるものではありませんと、半ば叱るように断られてしまう。
何度か機会を与えてもらえば、私もうまくできると思うのに。
ただ待っているだけでは性に合わないし、間が持たないと思う。
「よし」
小さく呟いた旦那様が、こちらに向き直る気配がする。
協力すべく、私は体の力を抜いて目をつぶった。
上になられた旦那様が、位置を合わせるようにアレを私の濡れた部分に押し付けられる。
触れて感じたその熱さに、私の体はぶるりと震えた。
「力を抜いてください」
その言葉と共に、旦那様のアレがグッと入ってきた。
いきなり深く押し込まれ、小さな呻きが漏れる。
「大丈夫ですか?」
問われるのに頷いて、ほんの少し目を開ける。
旦那様にあちこち触ってもらって、しっかり濡れたせいか、全然痛くはなかった。
むしろ、ようやく…という感じで、ホッとしているくらいだ。
「大丈夫ですから、どうぞ」
私を気遣って動きを止められている旦那様のお背に、腕を回し抱きついて言う。
それで安心なさったのか、あの方の腰が徐々に動き始めた。
「あ…んっ…あ…あぁ…」
ゆっくりと突き上げられ、旦那様のアレが奥まで届くたびに声が出てしまう。
やっぱり、全然辛くないし、こすれて痛いなどということもない。
それどころか、自分の腰が旦那様の動きを誘うように浮いて、揺れているのが分かった。
積極的に求めているみたいで、何だか恥ずかしい。
腰の力を抜こうと頑張っても、しばらくするとまたひとりでに動き始める。
意志の力では抑えられない、本能によって動いているのかもしれないと思った。
こうしていると、まるで旦那様と身も心も一つになっているような錯覚をしてしまう。
主従の立場を取り払い、ただの男と女になってしまったかのようだ。
規則的な動きを繰り返していた旦那様の腰が、ふと止まる。
今度は、中を探るように小刻みに擦り付けられ、緩やかに責められた。
時々、感じる部分にアレが当って、旦那様にしがみ付く腕に力が入ってしまう。
感じていることがばれてしまうのではないかと、妙に焦った。
「あっ!」
旦那様がいきなり私の片脚を掴み、足の裏が天井を向くくらいにぐいと持ち上げた。
腰を動かしながら足首に舌を這わされ、ぞくりと体が震える。
「やだ、あ…んっ…あぁん…」
慌てて閉じようとしても、脚は思いのほかしっかりと掴まれていて外せない。
こんな格好は嫌だと、必死でお手を外そうとあがく。
旦那様の肩やら首筋やらに足がぶつかり、そのたびに身がすくんだ。
不可抗力とはいえ、自分の主人を蹴るわけにはいかない。
「旦那様、ちょっと、離してください」
ムードも何もかも吹き飛んで、この方を叱る時のトーンでお願いする。
それを聞き入れてくださったのか、お手の力が緩んだ隙に脚を下ろしてほっと息をつく。
正直、大きく脚を開いたので股関節が少し痛い。
足元をうかがうと、旦那様はまた小首を傾げていた。
「ああいうのは、嫌ですか」
尋ねられて、うっと言葉に詰まる。
気持ちいいのは確かだけれど、こんなに脚を開かされるのはいくらなんでも御免こうむりたい。
「えっと、あの…ですから…」
適当な言葉が思いつかなくて、頭の中がぐるぐるした。
「絶対嫌、っていうわけじゃなくて、その。なんか、恥ずかしいっていうか…」
見つめられて何か言わなきゃと焦り、思ったままを正直に言ってしまう。
弱みを見せるようなことは、あんまり言いたくなかったのに。
「恥ずかしい、ですか。美果さんもそんな風に思われるのですね」
旦那様が感心したように頷いて呟く。
この方は、私を一体何だと思っているのだろう。
「僕としては、ああするのが至便なのですが。あなたが嫌だと仰るのなら、無理強いはしません」
私の前髪に手をやり、整えてくれながら旦那様が仰る。
至便って、何が便利だというのだろう。
疑問を持ったまま、私は旦那様に抱え起こされ、あの方の膝の上に座る格好になった。
「これなら、脚が痛くはなりませんね」
にっこり笑って呟かれた言葉に反射的に頷いてしまい、しまったと思う。
自分が上になるのは気が引けるし、得意ではないのに。
こんな風に言われてしまっては、いやだと拒否できないではないか。
「ほら、動いてご覧なさい。ゆっくりで構いませんから」
促され、私は仕方なく少しずつ腰を動かし始めた。
この体位は、自分の重みのせいでいつもより繋がりが深く感じられる。
だから恐る恐るしか動けなくて、とても緊張するのだ。
私に合わせ、旦那様が時折腰を突き上げられる。
そのたび、アレが中を強く擦り上げて、私の口からは掠れた悲鳴が何度もこぼれた。
さっきと同じに、中を探るように抜き差しされ、快感に悶える。
いつのまにか、あの方のお手は私の両胸を揉みしだいていた。
突き上げられて体が反ると、旦那様の手の平に乳首が擦れて気持ちいい。
私は、だらりと下げていた手で、胸にある旦那様のお手を掴んで押し付けた。
さっき十分して頂いたけど、こうして触れられたら、また欲しくなってしまう。
組み敷かれていた時、胸に与えられた責めを思い出すように、目をつぶって腰を動かした。
「んっ…あ…あんっ…」
横になっている時より、アレの大きさや固さ、熱さがはっきりと分かる。
ということは、あの方にも、私の中の感触がいつもより鮮烈に伝わっているということになる。
濡れ方が激しいとか、熱いとか思っていらっしゃるんだろうか。
そっとうかがうと、旦那様は緩く目を閉じ、少しだけ息を荒げていらっしゃった。
まだ余裕があるように見えるのが、何だかしゃくで。
熱に侵されている体を無理矢理奮い立たせ、私はお腹に力を入れて旦那様のアレを締め上げた。
「っ!」
あの方が肩を震わせ息を飲まれたのを見て、少し得意な気分になる。
自分と同程度に追い詰めたくて、腰の動きを変えて自分の快感をしばし忘れ、旦那様の息が荒くなるように動いた。
こうでもしなければ、私だけが先に達してしまう。
「あ…美果、さんっ…」
切なげに私の名を呟いて、旦那様は薄く目を開けてこちらをご覧になった。
胸に置かれたお手が動き、さっきのように乳首を摘まれて息が止まる。
「やっ、あんっ!」
指で擦り合わせるようにされ、私の乳首はあっという間に固くなってしまった。
敏感になったそこを、さらに刺激されるのだから堪らない。
形勢は一気に逆転し、自分がまた一段高い所へ追い詰められたのが分かった。
「旦那、様…待って…あっ…」
はしたなく乱れながら言っても、今度は聞き届けてはくださらなかった。
むしろ、腰の動きも激しくなって、さらに責め立てられる。
限界が近くなった私のそこの締め付けがきつくなったのか、あの方の吐息にも急速に熱が籠もりだした。
「あ、あ…もう…っは…私…んっ…」
旦那様の肩に縋りつき、涙目で訴える。
もう駄目、私の負けだ。
あの方の首筋に額を押し付け、揺さぶりに懸命に耐える。
この期に及んでさらに乳首を弄られるお手を、いやいやをして外そうと空しく抗った。
「ん…あ…あぁ…ん…ああっ!」
とうとう、耐えられず先に達してしまう。
背中が痛いくらいに力が入り、つながっている場所が焼けつくように熱くなった。
波が去った後も、頭がぐらぐらして、体も不安定で落ち着かない。
旦那様の肩にしがみついたまま、奇妙な余韻と戦って懸命に息を整えた。
「美果さん」
旦那様が私の背に腕を回して、ぎゅっと抱きしめてくれる。
それがまるで命綱を得たかのようで、心と体がフッと楽になった。
もう大丈夫。今度は、この方を気持ちよくして差し上げないと。
旦那様の腕の中で身をよじり、顔を上げて視線を合わせる。
それで私が伝えたいことが分かったのか、旦那様は小さく頷いて、また腰を使われ始めた。
今度は、ご自分の快感だけを追い求めて動かれ、私はそれに必死でついていった。
ここで気を失っては、この方をきちんとイかせてあげられない。
それでは困るので、時折音を上げそうになりながらも、肩にしがみ付く腕に力を込めて耐えた。
「ん…くっ!…あ…」
しばらくして、旦那様が小さく呻かれるとともに、アレが私の中で大きく脈打った。
良かった、これで大丈夫。
安堵した瞬間に意識が遠くなり、私は旦那様の腕の中でがっくりと崩れ落ちた。
夜半、ふと目を覚ますと、私は旦那様の隣で眠っていた。
体に手をやると、あの方が着せてくださったのか、自分がちゃんとパジャマを身にまとっていることに気付く。
脱がされたことは何度もあるが、着せてもらうのは初めてだ。
何だか心がふんわりとして、傍らで眠る方に身を寄せ直し、もう一度目をつぶる。
こんなことなら、自分の布団は敷かなくてもよかったのかな。
明日は私の布団がこたつ布団になるから、夜にはきっと寝心地がいい。
疲れた体でふかふかの布団にダイブする幸せを思い描きながら、私はもう一度眠りに落ちていった。
朝になり、いつもの時間に目覚めて大きく伸びをする。
昨日は事後にそのまま寝てしまったから、体を洗わなければ。
軽くお湯を浴びようとお風呂場へ行き、パジャマのズボンを脱ぐ。
中途半端に脱げたそれがかかとに引っ掛かり、転びそうになって反射的に脚に目をやる。
その瞬間、私はぎゃあっと品のない叫び声を上げた。
足の甲の辺りから太股にかけて、赤い点々が水玉模様のように肌にくっ付いている。
気持ち悪い、何だこれは。
かぶれた覚えはないし、虫さされにしてはかゆくなく膨らんでもいない…と思ったところで、ふと思い出す。
旦那様は、昨夜はいつになく熱心に私の脚に口づけられていた。
吸い付いた時の、唇の跡に違いない。
むかっ腹が立って、私はあられもない格好のままお風呂場を飛び出した。
六畳間へ駆け戻って、まだ布団の中にいる旦那様をたたき起こし、真正面から睨みつけた。
「?」
寝ぼけた目でこちらを見るあの方に、こんなになってしまった、どうしてくれるんだとガミガミ怒った。
「はあ、どうしたものでしょうか」
まだ夢から覚めきっていない顔で暢気に呟かれ、頭に血が昇る。
「こんな脚ではケーキ売りの服が着られません。やっぱりこれは古道具屋へ持って行きましょう」
部屋の隅に畳んで置いていたこたつに手を伸ばし、持ち上げる。
それを見た旦那様は悲鳴をあげ、飛び起きて私の脚に縋りついた。
「美果さん!どうか落ち着いてください、それだけはご勘弁を」
「だめです。私の脚がこんな風になったのは、旦那様の責任でしょう!」
だから離してください、いいえ離しませんと、朝から貫一お宮にも劣らぬほどの愁嘆場をくり広げる。
お互い妙な格好でこんなことをするなんて、本当に馬鹿げている。
しばらく揉み合ううち、旦那様のこたつへの愛が私の怒りに打ち勝って、こたつは元の場所に大事そうに戻されてしまった。
私の気を静めようと、あの方がこたつを背に必死に謝ってくれる。
それを見て次第に頭が冷えた私は、古道具屋に行く気力が無くなってしまった。
「売りに行くのは、やめることにします」
私の言葉に、旦那様が心底ホッとした顔をする。
「その代わり、今後2週間、旦那様と一緒には寝ませんから」
それだけ言って、さっさとお風呂場に戻ってお湯を浴びる。
正面の鏡をなるべく見ないようにしながら体を洗った。
バイトに行く前に商店街の中の100円ショップに行って、赤いタイツを買う。
サンタの衣装に着替えてタイツをはくと、肌の状態は何とかカモフラージュできた。
今日はどうしたのと尋ねられても、「色合わせに見せかけた防寒です」などと言い張ってごまかす。
アパートに帰っても、旦那様をなるべく見ないように過ごした。
家事をいつもより手伝ってくださっても、寝る間際にもじもじなさっても、知らぬふりを決め込んで。
そうして、2週間を平穏に過ごしたのだった。
--続く--
最近このスレを見つけて初めて読んだのがこのシリーズです。
旦那様が……旦那様なのに…w
GJでした!可愛すぎる
次も楽しみにしてます
こいつらいつの間にコントのスキルなんか身に付けたんだww
シリーズ初期に漂ってた哀愁とかが欠片も残ってねえw
GJすぎる
旦那様www
このシリーズホントおもしろいwww
GJです!
もじもじすんなwwww
あえて言おう。バカップルであると!
今後の展開が益々楽しみであります
>>181 お約束じゃないか
シリアスな背景で旦那様とメイドさんの二人暮らしが始まり、コメディが進行し、
そのうち後半になるとまたシリアス展開が浮かび上がって……・
だから温かく見守れ
旦那さまのこたつラバーっぷりにwktkがとまらないwww
くっ、最後の一文を読むまでは自分から2週間一緒に寝るのを
禁止したにもかかわらず、我慢できなくなっていく美果の話が
次回の話だと思ってたのに
『メイド・すみれ』 1
渡された地図と目の前にある荒れ果てたお屋敷を見比べて、私はため息をついた。
呼び鈴らしきものもなく、そうっと古めかしい門を手で押してみると、意外にも音もなく内側に開いた。
どうやら荒れ果てていると思ったのは、門からお屋敷までの間にある葉の茂った木々が影を落として薄暗く見えるせいで、建物も庭もそれなりに整っている。
前のお屋敷のお庭は、広さも倍ほどあったし、日当たりが良くて明るく、芝は青々していて池の水は澄んでいたのに、とがっかりした。
ほとぼりが冷めたら、迎えに行くから。
旦那さまはそうおっしゃったのだもの。
ベッドの中で、裸で絡み合う私と旦那さまを見つけた奥さまが金切り声を上げたのは、ほんの二日ほど前のことだった。
旦那さまの古い知り合いが急に亡くなり、後を継いだ若主人がメイドを探しているというので、私はここへ来ることになったのだ。
明治か大正の洋館を思わせるお屋敷の裏口に回って、呼び鈴を押してみた。
しばらくしてから、黒くて重そうな観音開きのドアが開いた。
のっそりと黒い影がいきなり目の前に立ちふさがった。
「……武田すみれさん?」
しばらく私を見下ろしてから、背の高い影がそう言った。
意外にも若い声に顔を上げると、黒い執事服に髪をきれいに撫で付けた、細い銀縁メガネの男の人が私を見下ろしている。
「はい」
「執事の津田です。どうぞ」
津田と名乗ったその若い執事は、踵を返すとさっさと前に立って歩き出し、私は慌てて後を追った。
昼間だというのに窓の少ない屋敷の中は明かりもほとんどなく、足元が見えなくて怖い。
何度も小さな段差につまずいたのに、津田さんは振り返ろうともせず、ロビーから大きならせん階段を昇っていってしまう。
廊下に敷きつめられたエンジ色のカーペットが足音を吸収して、屋敷の中はしんと静まり返っていた。
津田さんは歩きながら屋敷の中を説明し、使用人は他に、力仕事や掃除をする芝浦さんという男の人がいることも教えてくれた。
階段を昇った先は、まっすぐな廊下と左右に並んだいくつものドア。
立ち止まった津田さんは、驚くほど白くて長い指を上げて前に向ける。
「左側が、旦那さまのお部屋です。手前のドアが書斎で、奥のドアが私室。二つは中でつながっていますから、書斎ではなく私室のほうのドアを使ってください。右側の部屋は空き部屋です。好きなところを使ってください」
では、と私を残して階段を下りていこうとするので、慌てて呼び止める。
「津田さん」
私が呼んでからさらに数歩進んで、ようやく津田さんは立ち止まって振り向いた。
色白で面長な顔と、見つめあう形になる。
「……なんでしょう、すみれさん」
名前を呼ばれて、どきどきした。
薄暗いなりに逆光なのか、銀縁メガネの奥の目が少し細くなった。
「私、私の仕事はなにをしたら……」
津田さんは、言葉が通じないかのようにしばらく固まり、それから口を開く。
「……すみれさんには、メイドとして来て頂きました。メイドの仕事をお願いします」
そう言い残して、階段を降りていく。
あっけにとられてその背中を見送り、とまどいながらも私はとりあえず、ここのご主人にご挨拶をしなければならないことを思いだした。
前のお屋敷は、敷地も大きく部屋数もたくさんだったから使用人も多かったけれど、このくらいのこじんまりしたお屋敷なら、二階くらいは私一人でも掃除できるかもしれない。
忙しい方が気もまぎれるだろうし。
前の旦那さまと離れる寂しさを思い出して、鼻の奥がツンとした。
いけないいけない。
ほんの少し、しばらくの辛抱なのに。
旦那さまは、きっとすぐに迎えをよこしてくださる。
気を取り直して、私は言われたとおり奥のドアをノックした。
返事がない。いらっしゃらないのだろうか。
そっとノブを回すと、鍵がかかっていない。
「失礼いたします」
廊下に荷物を置いて、私は部屋の中に入った。
暗い部屋だった。
ドアの正面に大きな窓があるのに、薄いカーテンを引いて日差しを遮っている。
その窓を背にして、大きな黒い机。
部屋の真ん中に、ソファセット。
壁際になにか棚のようなものがあるけど、よく見えない。
ぱっと見た感じ、重役か社長のオフィスのようなイメージだ。ただし、ひどく暗い。
左手にあるドアが、恐らく書斎へ続くドアだろう。
書斎にいらっしゃるのかしら。
書斎のドアをノックしようと部屋の中に進んだとき、奥のほうからなにか物音がした。
ふりむくと、部屋の右手に衝立が立ててあり、その向こう側にベッドのようなものが見えた。
足元の方が半分ほど見えていて、シーツのような掛け布団の下で何かが動いている。
「……津田?」
声に我に返って、私は衝立に近づいた。
「失礼します、本日よりこちらにお勤めいたしますメイドの武田すみれでございます」
「……」
脚の形がわかるほど薄っぺらな布団が、また動いた。
こんなもの一枚かけて寝ていて、寒くないんだろうか。
そういえば、この部屋はずいぶん温度が高い。
「あの……?」
返事がないので、私は恐る恐る衝立から顔を出して、向こう側を覗き込んだ。
キングサイズのベッドの真ん中に、薄い布団を掛けた細い棒のようなものが横たわっている。
その棒が動いて、にょきっと腕が出た。
「……聞こえてる」
体にからみつく掛け布団を落として、棒が上半身を起こした。
裸だった。
まだ若い男性、二十代に見える。
襟足にまとわりつくほど長い黒髪を片手でうっとおしそうにかきあげて、目を閉じたままあくびをした。
「何時?」
私は急いで腕時計を見た。
「11時40分です」
ゆっくりゆっくり、ベッドから降りて、立ち上がった。
全裸だった。
細い、というのがまず印象だった。
あばらが浮かない程度にしかない脂肪、目だった筋肉らしいものはついていない。
肘の関節が一番太い、細長い腕。
華奢な肩と薄い胸。
栄養状態の悪い、背ばかり伸びてしまった少年のようだ。
明かりの少ない室内でも、血管が透けそうなほど肌が白いのがわかる。
そして、もちろんその場所も見えてしまうのだけど。
とっさに目をそらして、私は少しうつむいた。
ようやく目を開けて、気だるそうに私を見る。
「……服」
言われて、慌てて部屋の中を見回し、壁際においてある和箪笥に駆け寄った。
引き出しを次々と開け、下着とシャツを取り出す。パンツは隣の洋箪笥に吊るしてあるのを適当に一本出した。
服装に頓着なさらない方らしく、私が差し出した衣服を黙って身につけた。
衝立の向こうに出て行くのを追うべきかベッドを整えるべきか少し迷っていると、部屋のドアをノックする音がして、返事するより先にドアが開いた。
どうやらこの方は誰かがドアをノックしたからといってそれに答えたりはしないらしい。
勝手にノックして勝手に入ってきたのは、ワゴンを押した津田さんだった。
「旦那さまの昼食です」
私に向かってそう言うと、ワゴンを部屋に入れてふっとため息のようなものをついた。
長い腕が伸びてきて、津田さんの手が私のうなじに触れ、私の心臓が飛び出しそうに跳ねた。
なんですか、と聞こうとしたけれど、津田さんは私の頭に手を入れて、きつく結った髪をほどいて肩に垂らした。
驚いて見上げると、目元が笑っていた。
「この方がいいですね」
ぽかんとした私を残して津田さんが部屋を出て行く。
目の前でドアが閉じられて、私ははっとしてワゴンに手を掛けた。
振り向くと、若いご主人は窓を背にした大きな机にむかって座って肘をついてボンヤリしている。
「あの、旦那さま」
「……」
「旦那さま」
「……」
「あの」
「……私?」
ほかに、誰がいるというのだ。
「そうです」
『旦那さま』は面倒くさそうに髪をかきあげてため息をついた。
「あなたのような若い女の子にそんなふうに呼ばれると……爺さんになった気分」
「では、なんとお呼びすればいいのでしょう」
「名前」
「……もうしわけありません、旦那さまのお名前を聞いておりません」
失敗した、と私は身体を縮めた。
「……髪」
「はい?」
「そのほうがいい」
「……はい」
なんの話をしてるんだったかしら。
「秀一郎」
「はい?」
「名前」
「ああ……、はい。秀一郎さま」
「さん」
「はい?」
「さん」
しばらく考えて、私はようやく理解した。
「かしこまりました。……秀一郎…、さん」
私の顔を見てくすくすと笑う。
笑うと、表情が幼くなった。
私は机の上に、ワゴンの昼食を並べた。
目の前に置かれたお皿から、秀一郎さんがリゾットを食べ始める。
じっと見ていると、リゾットばかりを食べているので、私はそっとサラダの鉢を手元に押しやった。
すると、サラダも食べはじめた。
どうやら、手首を上下させて届く範囲のものしか口に運ばないようだ。
フルーツや卵の皿を交互に手元に並べると、それらも食べる。
目は終始ボンヤリと机の上を見ているけれど、焦点が合っていないように見える。
やはりどこかお悪いのではないか、と不安になるころ、食事を少し残してフォークを置いた。
「……コーヒー」
「はい、ただいまお持ちします」
ドアに向かった私の背中を、秀一郎さんの声が追ってくる。
「ここにある」
振り返ると、背中側にある棚を細い指で指し示していた。
近づいてみると、棚の中段にコーヒーメーカーや電気ケトル、豆や茶葉、カップや急須などひととおりのお茶の道具が置いてあった。
ワゴンを押していって台にし、ペットボトルの水を電気ケトルで沸かしてコーヒーをドリップする。
「どうぞ」
秀一郎さんの前に、湯気の立つコーヒーカップを置く。
「……」
様子を見てから、手元の近くにカップを移動すると、ようやくカップを持ち上げた。
どうもこの方は、ひどく手がかかるようだ。
「……あ」
「はい?」
お口に合わなかったのかしら。
「……おいしい」
ほっとした。
秀一郎さんは、机に肘をついて両手でカップを持っている。
長い前髪の間から、空を見つめたまま。
「よかったです」
私が言うと、秀一郎さんはゆっくり振り向いた。
ワゴンの上のケトルやドリッパーを一つずつ確認するように見ていく。
「……津田はいつも、その機械を使っていたけど」
指差したのはコーヒーメーカーだった。
「そうでしたか……」
前のお屋敷の旦那さまもコーヒー好きで、ドリップにはうるさかったから、ずいぶん練習したのだけど。
「コーヒーを……おいしいと思ったのは初めてだ」
じゃあなぜ飲んでいたのかしらと思って見ると、うっすら微笑んでいる。
やせてとがった顎、こけた頬。
さっき見た華奢な裸。
どうしてこの屋敷の人は、秀一郎さんの健康にもっと気を使わないのだろう。
保護者に見捨てられた発育不良の子どものように思えて、気の毒になった。
「他に、お好きなものはございますか?お飲み物でも、召し上がるものでも」
「……」
聞こえなかったのかと思うほど長い間の沈黙。
「パン」
答えの意外さに、少し気が抜ける。
意味がわからないようなカタカナの料理を言われても返事に困るけど、パンって。
「パンでございますか。特にどのようなものがお好みでしょう」
今度はいらいらするほどの間があった。
「……どうかな。よくわからない」
自分の好きなものもわからないって、この方おつむりのほうは本当に齢相応なのかしら。
「パンは、すぐにお腹がふくれる。空腹のままなのは、好きじゃない」
今度は、私のほうが返事をするのに時間がかかってしまった。
つまり、ただお腹がすいたときに効率よく満腹になれるもの、というのでパンがお好きなのらしい。
衣類だけでなく、食べ物にもこだわりが全くないのだろうか。
「でも、甘いパンとかしょっぱいパンとか」
カチン、と空になったコーヒーカップをソーサーに置く。
秀一郎さんは、またゆっくりと立ち上がった。
「少し、寝る」
今、起きたばかりなのに。
呆れる私をほったらかして、秀一郎さんは着たばかりの服を緩慢な様子で脱ぎ捨てると、またあの薄い布団にもぐりこんでしまった。
私は脱ぎ捨てられた服をかき集め、ワゴンの下段に押し込んで廊下に出た。
先ほど津田さんに説明されたエレベーターでワゴンごと階下に下り、台所まで押していく。
誰もいない台所で洗い物をし、洗濯室で洗剤を探していると、音もなく津田さんが入ってきた。
「……すみれさん」
「はい」
飛び上がりそうにびっくりしたのを隠して、なるべく落ち着いた声で返事をする。
「台所にあるものはなにを食べてもけっこうですから、食事は自分で用意して食べてください」
「あ、はい」
それだけ言って、また津田さんは出て行ってしまいそうになる。
「あの、秀一郎さんのお食事は、どなたが」
言ってしまってから、津田さんは『旦那さま』と呼ぶのに、新参の私が『秀一郎さん』なんて呼んでいいのかしら、と不安になる。
でも秀一郎さんがそう呼べと言ったのだし。
「旦那さまの召し上がるものは私が作ります。すみれさんは自分の食事だけ準備してください」
津田さんは私の言葉など全く気にせずに、簡単に答えた。
津田さんが、料理を?
だったらもっと秀一郎さんが太れるようなものを作ってあげればいいのに。
ふと、執事服を着た津田さんが大きな瓶を火にかけて、怪しげな薬を調合しているところを想像してしまった。
「あの」
「……。まだ、なにか」
私は、ようやく見つけた洗濯洗剤の箱を持ち上げて言った。
「津田さんの洗濯物があったら、出してください。ついでですから」
津田さんは、ゆっくり洗濯洗剤を見、カゴに入れた洗濯物を見、それから私の顔を見た。
「すみれさんは……」
「はい」
「……主人の衣服と、使用人の衣服を、一緒に洗濯するのですか」
返事につまった。
そこまで考えたわけではないし、一緒に洗うのかと聞かれれば別々に洗うだろうと思うのだけど。
「すみれさんは、旦那さまのお世話だけをしてくだされば良いです。屋敷の内外のことは、他の者がしますから」
途中でいらいらするほどゆっくり説明して、津田さんが洗濯室を出て行くと、私はぐったり疲れて椅子に座り込んでしまった。
なにか、このお屋敷は変だ。
洗濯を終えて、秀一郎さんの部屋に戻る。
衝立の奥で秀一郎さんが動く気配がした。。
「……津田?」
さっきと同じように呼んだ。
「いえ、津田さんは……」
衝立から顔を出すと、秀一郎さんが起き上がる。
「失礼します」
私が和箪笥に近づくのを、見ている。
「ああ、……あなたか」
私のことを思い出したらしい。
差し出した服を、そのまま身につける。
「コーヒー」
そう言って、秀一郎さんはまた机に向かって大きな椅子に腰掛けた。
どうやらこの机はなにかお仕事をするためではなく、食卓として使われているようす。
先ほどと同じようにコーヒーを淹れる私を、秀一郎さんは机の上に肘を曲げて投げ出した腕に頬を乗せて見ている。
「あなたは……、そっちのほうの世話もしてくれるの」
ドリップの手を止めて、私は秀一郎さんを見た。
「はい……?」
秀一郎さんが笑う。
少し熱っぽく潤んだような目。
私は顔がかっと熱くなった。
それを見て、秀一郎さんは目を閉じる。
「いいよ、……かまわない」
私は慌てて秀一郎さんの肘に手を掛けた。
「しゅ、秀一郎、さん。こんなところで寝ないでください」
お昼に会ってから、ずっと寝てばかりなのにまだ眠いのだろうか。
「触らないで」
目を閉じたままの秀一郎さんにそう言われて、私は手を引っ込める。
「……私は今、そういう気分だから。……その気のない……女の子に触られるのは困る」
肘につっぷしたまま、ゆっくりゆっくり、そう言う。
長いまつ毛が白い頬に影を落とす。
本当に、ここで眠ってしまいそうだった。
「……私がお世話しなかったらどうなさるんです」
精一杯強がって、なんでもないふりで聞くと、秀一郎さんは口元だけでまた少し笑った。
「どうしようか」
途中でドリップをやめたコーヒーは、もうおいしくないかもしれない。
私はケトルをワゴンに置いた。
「い、今まではどうしてたんですか」
心臓が、ばくばくしてきた。
「自分でしていた」
秀一郎さんが、さらっと言う。
「……」
経験のない女の子でもないのに、顔が熱くなり、心臓はひっくり返りそうに跳ねている。
「悪くないよ。……すぐに済むし」
「……」
あらそうですか、と言ってやりたいのに声が出なかった。
初対面から短い時間に2度も見た、秀一郎さんの裸を思い出してしまった。
決して魅力的とはいえない、やせすぎた身体。
ふいに、腕を捕まれた。
秀一郎さんが目を開けている。
私の腕をつかんでいる、細くて白い手。
意外にも力強くて、そして暖かかった。
思わず、振り払ってしまった。
秀一郎さんは、のろのろと頭を持ち上げて、そのまま立ち上がった。
「またお休みになるんですか?」
衝立の方へいく秀一郎さんの背中に聞くと、口元を柔らかく微笑ませたまま振り向いた。
「してくる」
「!」
服を脱ぎ落とす音に、私はたまらず部屋を飛び出した。
勢いのまま庭に飛び出すと、津田さんが落ちた枯葉を集めていて、私に気づくと頭から足元までを確かめるように眺めた。
「……ああ。だいじょうぶですよ」
私の様子でなにがわかったのか、また枯葉を集めだす。
「長くはかかりません」
「え……」
集めた枯葉を麻の袋に入れながら、津田さんはまるでお天気の話をするかのように言った。
「すみれさんは、そちらはお嫌な方ですか」
そちら、って。
「いえ、あの、それは、でも」
確かに前のお屋敷の旦那さまとはそういう関係だったし、そのせいで追い出されてここにいるわけではあるのだけれど。
だけど私は私なりに旦那さまに好意を持っていたから身体を許したのだし、主従関係ならなにしてもいいというわけではないと思う。
津田さんは枯葉の詰まった袋を立てて、とんとんと地面に叩きつけてから紐で袋をとじる。
「まあ、いいでしょう」
その横顔が、笑っているようにも見えた。
私は逃げるように屋敷の中に戻ると、届いていた私の荷物をエレベーターで二階に運び、空いているといわれた部屋のうち、小さなユニットバスが付いている部屋を使うことにしてそこに荷物を入れた。
前のお屋敷のメイドの制服を着たままの自分が、姿見に映る。
同じ服なのに違和感があるのは、髪をほどいているせいかしら。
私は荷物の中からブリムを出して、顔にかかる髪を押さえた。
バスのお湯が出るのを確かめたり、荷物をほどいたりしていたら夕方になった。
重い気分をひきずって、秀一郎さんの部屋のドアをノックする。
返事がないままドアを開けると、秀一郎さんが机の奥に立って窓から外を眺めていた。
電池の切れかけたからくり人形のようにゆっくりとふりむいて私を見ると、かすかにさしこんだ夕日に照らされた顔に笑みが浮かぶ。
「遅かったね。すぐに済むと言ったのに」
返事に困って、私は秀一郎さんと目を合わせないように、淹れかけて放り出したコーヒーを片付け、新しくドリップを始めた。
そばに立っていた秀一郎さんが、私の手元を覗きこむ。
ほどいた髪に、息がかかる。
男の人の、そういう匂いがするのではないかと思ったけれど、湯気を立てて落ちるコーヒー香りのせいか、注意してみてもわからなかった。
秀一郎さんの手が、私の腰に回された。
どきどきする。
前の旦那さまは二回りも年上で、私は若い男の人の声や匂いに免疫がなかった。
秀一郎さんはコーヒーをドリップする私の耳元に顔を押し付け、ほどいた髪をかき分けるようにして耳たぶを噛んだ。
「あっ……」
お湯がこぼれる。
「してくれる気になった?」
「な、なにがでしょう」
くす。くすくす。
耳元で、秀一郎さんが笑う。
「冗談。……そんなすぐにはできない」
かっと耳が熱くなったのは、秀一郎さんの息がかかるせいなのか、それとも。
いきなり机の上の電話が鳴り出して、私はびくっとして今度こそサーバーごとコーヒーをこぼしてしまいそうになった。
私の腰を抱いたまま、秀一郎さんが電話を指差した。
「鳴ってる」
私はケトルを置いて受話器を取り上げた。
秀一郎さんは、私の腰を撫でている。
「はい……」
旧式の電話機の向こうから、ざらざらとした雑音と津田さんの声が聞こえる。
「……旦那さまにお電話です」
「はい、かしこまりました」
腰からお尻のほうまで触り始めた秀一郎さんに、受話器を向けた。
「お電話だそうです」
秀一郎さんはお尻に手を当てたまま受け取った。
「はい。……ああ、はい。……ええ。……はい。……んー、いえ……。どうも」
誰と話しているのか、秀一郎さんはコーヒーを淹れている私の身体を撫で回し続けている。
中性的な顔立ちと貧弱な裸、遅い動き、ゆったりした話し方などで騙されそうになったけれど、この方はとんでもなく、その。
コーヒーがたっぷりと入った頃、秀一郎さんは電話を終えて受話器を置いた。
友だちや知り合いといった感じではないし、仕事の話かしら。
そういえば、平日の昼間からゴロゴロ寝てばかりいるなんて、秀一郎さんのお仕事は何なのかしら。
秀一郎さんはまだ私の身体を撫でている。
「……コーヒーを」
カップを乗せたソーサーを持って差し出す。
「きゃ……!」
秀一郎さんがコーヒーを受け取ると見せかけて、私の顎に手を掛けた。
危なくカップを取り落とすところだった。
「……ふうん。かわいい顔を……してる」
「ちょっ、秀一郎さん!危ないじゃありませんか」
受け取る気のなさそうなカップを机において、抗議する。
全くお構いなしに、秀一郎さんはぐいっと私の腰に回した手を引き寄せた。
今にも唇が触れそうな距離に、秀一郎さんの顔がある。
どうしよう。
新しいお勤めの初日に、手ごめにされるのかしら。
そんなのいや、私は前のお屋敷の旦那さまのことが……。
「……あ」
秀一郎さんの手が背中を撫でた。
びっくりした。
お尻を撫でられていたときにはなんにも思わなかったのに、軽く手を背中で滑らせただけで背筋がしびれるような感覚があった。
くす、と笑った秀一郎さんの息が頬にかかる。
「や、あの」
細い指が背骨をなぞるように、つつっと下から上に撫で上げられた。
「ひぁっ!」
思わず腰が砕けそうになったところで、秀一郎さんがすっと私から離れた。
体の奥が熱くなった瞬間に放り出されて、とまどう。
「おふざけにならないでください、危ないじゃないですか……」
二度目の抗議は力がない。
危ないも何も、カップはとっくに机の上に置いてしまって、私は正面から秀一郎さんに腰に手を回して抱き寄せられていただけなのだけど。
「……嘘かもしれないよ」
秀一郎さんは革張りの大きな椅子に座って机に向かい、コーヒーカップを取り上げると、指一本で感覚をもてあそばれて赤い顔をしている私を見た。
「……なにがでしょうか」
ワゴンの上を片付けることで視線を外して、私はちょっと不機嫌な声を出してしまう。
お尻のあたりが、ちょっとむずむずする。
「すぐは……できないって言ったこと」
「……!」
「……できるっていったら、あなたはしてくれる?」
お尻のむずむずが大きくなる。
長い前髪の間から、潤んだ目が見上げてくる。
どきどきしてきた。
どうしよう。
「な、なにおっしゃってるんですか。そ、そんな出がらし、願いさげですっ」
自分でも思ってもみなかった品のない言葉が飛び出した。
びっくりして、自分の口を両手で覆う。
私は、どこでこんな言い方を覚えたのかしら。
くす。くすくす。
秀一郎さんが笑う。
細い腕が伸びてきて、私はぱっと飛び退る。
指先がつまみあげたのは、ドリッパーの中のコーヒー豆。
「……出がらし」
言いすぎだったかしら、その、ご主人さまのものを、そんなふうに。
「……嘘かもしれないよ」
「今度はなんですか」
どきどきしているのが秀一郎さんに知られないように、私はつんけんと言った。
カチンとカップがソーサーにぶつかる音がする。
「自分でしたっていうの」
顔を上げると、目が合った。
どうしよう、何を言っているのかしら。
「出がらしじゃなければ……いい?」
「……な、ば、そっ!」
自分でも何を言ってるのかわからず、私は秀一郎さんの飲み終わったカップをカチャカチャとワゴンに片付けた。
とにかく、こんな雰囲気のままここにいてはいけない。
若い旦那さまと部屋に二人きりで、こんな目で見つめられていはいけないような気がする。
どうしよう、どうしよう。
目の前に、秀一郎さんの裸がちらつく。
背中を撫で上げられた、あのぞくぞくする感覚がよみがえる。
顔がほてる、お尻のあたりがむずむずする。
慌しくワゴンを押して部屋を出るときに、秀一郎さんがくすくすと笑うのが聞こえた。
まったくもう、どうかしてる。
台所に行くと、ものすごく厳かな様子で、執事服の上着を脱いだ津田さんがゆっくりゆっくり人参の皮を剥いていた。
カッティングボードの上には、きれいに形を整えて切りそろえられた野菜が並んでいる。
どうやら、秀一郎さんの夕食を準備しているようだけど、このペースで本当に夜のうちに出来上がるのかしら。
私がカップを洗い始めると、津田さんが手を止めて私を見た。
「……すみれさん」
「はい」
じっと見つめられると、頭の中まで見透かされるようだった。
「……なんでしょう」
沈黙に耐え切れず、聞いてしまう。
「いただきものをしました。冷蔵庫にケーキが入っていますからどうぞ」
「あ……、ああ、ありがとうございます」
津田さんはそのまま野菜を切る作業に戻る。
なんだろう、このお屋敷のこの空気は。
……私はここで勤まるのかしら。
大好きな旦那さまも仲のいいメイドもたくさんいた前のお屋敷がなつかしかった。
少しだけの辛抱だから。
そう自分に言い聞かせて、その夜私は内側から火照る自分の身体を抱いて寝た。
秀一郎さんはまだ、あの気温の高い部屋で薄っぺらな布団であの細い身体をくるんで、果てしなく眠っているのかしら……。
――――了――――
なに…このミステリアスさ…
乱歩的な妖しさですねGJ
妖しすぎるが、これはこれで良いものですね。GJ
GJです。
ところで
『うちのメイドは14才』
これの続きはまだ〜?
今までにない雰囲気GJ
ところでタイトルと終わりの書式が似てて気になるんだけど
同一の書き手さんかどうか、次回からトリつけてもらえると助かります。
確かに小雪の人と似た終わり方だな
もし同一人物だったとしても
いうか言わないかは作者の自由でいいんじゃないの?
何はともあれGJ
好きだこういうの。
小雪ちゃんが偽装で働くのは秀一郎さんの屋敷かもしれないよ…
、、 l | /, , = =
.ヽ ´´, ニ= 康 そ -=
.ヽ し き 康 ニ. . ニ= 介 れ =ニ
= て っ 介 =ニ .=- な. で -=
ニ く. と な -= .ニ .ら. も ニ
= れ.何 ら -= ´r : ヽ`
ニ る と =ニ ´/小ヽ`
/, : か ヽ、
/ ヽ、
いま康介が番外編書いているところかもしれんw
ほしゅ
209 :
名無しさん@ピンキー:2008/11/13(木) 19:14:42 ID:Ye/J6ZzP
ぽ
ろ
り
じ
と
め
で
な
め
く
ま
保守代わりのネタいきます。
注意事項:百合物&ご主人様出てきません。嫌な人はスルー願います。
「うっ…。ぐすっ。メイド長ったら、ひどい…」
私は物置に逃げ込んで、後から後からこぼれてくる涙をエプロンで拭いました。
今さっき、ふとしたミスをメイド長にきつくとがめられ、どうしようもなく悲しくてしょうがなかったのです。
こんな顔のままでは、お仕事に戻れません。
さっさと持ち場につかないと、また叱られるに決まっていますのに。
気持ちの切り替えができなくて、私は物置の床にぺたんと座り込み、止まってくれない涙を押さえていました。
「誰かいるの?」
その時、鈴を鳴らすような美しい声が聞こえ、物置の扉ががらりと開きました。
「あ…」
なんてことでしょう、ここに逃げ込んだ時、鍵をかけるのを忘れていたみたいです。
みっともなく泣く姿を、まさか、この方に見つかってしまうなんて。
今日は本当に運が無いと、私はまた悲しくなってしまいました。
「真美ちゃん?どうしたの、何かあったの?」
涼やかな声の主は、カツカツと音を立てて私のほうまで歩いてこられました。
「黙ってちゃ分からないわ。話してごらんなさい」
このように優しくおっしゃるのを聞いてしまえば、お言葉のとおりにするしかありません。
「ぐすっ。お姉、さま…」
私は何とか声をしぼり出して、目の前にいらっしゃる方のお顔を見上げました。
私に声をかけてくださったのは、先輩メイドの亜矢子さんです。
まだ22才とお若いのに、そのお仕事ぶりは素晴らしく、ご主人様やメイド長の信頼の厚い、いわばエリートさんです。
私達後輩メイドの憧れの的で、そのために皆から尊敬を込めて「お姉さま」と呼ばせていただいているのです。
この方が憧れの対象になるのは、単にお仕事ができるからだけではありません。
庶民育ちとは思えないほどの美人で垢抜けたその雰囲気は、メイドにしておくには惜しいくらいで、いずれどこかの若様に見初められて令夫人となられるに違いないと、皆で今から頷きあっています。
お顔だけではなく、スタイルもいいしお優しいので、この方の短所を挙げろといわれてもすぐには思いつきません。
このようにたいそう尊敬している方に心配していただき、私は先程叱られたことを洗いざらい話してしまいました。
「メイド長は、今日は少し機嫌が悪いみたいなの。だから、あんまり落ち込んでは駄目よ」
お姉さまは話を聞いてくださった後、そう言って優しく私を抱きしめてくださいました。
私をすっぽりと包み込んでくださった憧れの方の胸元からは、とてもよい香りが漂ってきて、うっとりとなってしまいました。
この香りは香水なのでしょうか、それとも、美しい方は体の匂いもこのようにかぐわしくあられるのでしょうか。
涙がすっかり引っ込んでしまった私は、お姉さまの背中に腕を回して抱きつきました。
お姉さまの豊かな両の胸が頬に当って、ものすごくいい気持ちです。
豊かな、胸…。
この言葉が頭をよぎった途端、私はハッとして、弾かれたようにお姉さまから体を離しました。
「どうしたの?」
お姉さまがびっくりしたようにおっしゃって、私は申し訳ない思いで一杯になりました。
「あの…」
何か言おうと口を開いた瞬間、扉の向こうから、メイド長が苛立った様子でお姉さまを探している声が聞こえてきました。
いけません、このまま引き止めていては、この方までメイド長に叱られてしまいます。
私は必死で扉を指差し、口パクで「早く行ってください」とお願いしました。
お姉さまも、メイド長のヒステリックな声には怖気づかれたようで、頷いて腰を上げられました。
「何か心配事があるのなら、私が聞くから。晩に部屋へいらっしゃい」
メイド長の声が遠ざかったのを確認して、お姉さまは私のゆがんだブリムを直してくださってから、物置を出て行かれました。
お言葉のとおり、私は夜更けにお姉さまの自室へ向かいました。
当屋敷のメイドは、新人の頃は2人で1つのお部屋を使うのですが、経験を積むと個室が与えられるのです。
ノックをしてドアを開けると、お姉さまは運動着のような物をお召しになり、何か美容体操風のことをしていらっしゃいました。
こういう隠れた努力をなさっているからこそ、美しさが保てるのでしょうか。
ぴったりとした服では胸のラインも一目瞭然で、その大きさと形の見事さに、私は失礼とは思いつつも釘付けになってしまいました。
「ごめんなさい、こんな格好で」
お姉さまは私を招き入れ、ベッドに座らせてくださいました。
「昼間は悪かったわ。話を十分に聞けないまま出て行ってしまって」
いい香りのするハーブティーを淹れてくださってから、お姉さまがおっしゃいました。
「いいえ!私の方こそ、申し訳ありませんでした」
2回も謝っていただくなんて、畏れ多いことです。
立ち上がって深々と頭を下げますと、お姉さまは微笑んでくださったので、少し救われた気持ちになりました。
「それで、昼間はどうしたの?」
お姉さまに問われ、ここへ来た目的のことを思い出しました。
恥ずかしいのですが、ここは打ち明けるべきなのでしょう。
お姉さまは聡明な方ですから、きっと素晴らしい答えを思いついてくださるはずです。
「あの、私、胸が小さくて…」
思い切って、お姉さまに悩みを打ち明けました。
くだらないことなのですが、私にとってみれば、世界平和や人種問題と同じくらい深刻なのです。
「胸?あなたさっき、そんなことで泣きべそをかいていたの?」
予想通り、お姉さまは呆れたような口調で呟かれました。
「いいえ、さっきは本当に、メイド長に叱られて…」
「ええ」
「でも、あの。その、なんて言ったらいいのか…」
お姉さまに抱きしめていただいた時の、胸の感触がうらやましくなったとは、さすがに言いにくいです。
あの豊かな胸と、自分のぺったんこのそれを比べて悲しくなったなどとは、とても…。
言葉を濁して下を向いたのですが、お姉さまには私の頭にあることが全てお分かりになったようでした。
「あなたはまだ16才でしょう?胸なんて、これからいくらでも成長するでしょうに」
慰めるように言っていただいたのですが、その内容は、たとえ尊敬する方のお言葉だとしても聞き流せないものでした。
「お姉さまは、ご自分の胸が大きくていらっしゃるから、私の悩みなんかお分かりにならないんですっ!」
逆ギレともいえる剣幕で、私は尊敬するお姉さまに恨みがましく言いました。
「Aカップのブラを買ったら合わなくて、AAカップにすべきなんだけどそれだけはイヤ、何て思われたことなんてないんでしょう?」
「……」
「やっぱり、ないんだ。私、一生このままだったらお嫁にもいけない」
お婿さんに裸を見られた瞬間にがっかりされるでしょうし、そもそも、服の上からも平たい胸が分かってしまうようでは、私を見初めてくれる人なんていないでしょう。
お婆さんになっても独身のままでしょう、年をとっても胸が垂れるという心配からはあらかじめ解放されてはいますが。
「お姉さまは、初めてブラをつけたのはいつですか?」
「え?し、小学5年生…」
「でしょう?私なんか、本当は今だって必要ないのに、見栄でつけてるだけなんですっ」
もう涙どころか鼻水まで出てきて、顔がぐちゃぐちゃになってしまいました。
そのうちとか、遺伝や個人差なんていう言葉では、もう慰めにもならないのです。
「下手な慰めを言ってごめんなさい。あなたにとっては、とても大きな悩みなのね」
みっともなく泣いている私の肩に手をかけられたお姉さまが、申し訳なさそうにおっしゃいました。
その言葉に頷いて、私はパジャマの袖で拭ってから顔を上げました。
目の前にある、私を労わってくださるお姉さまのお顔は、目を凝らした表情もいつもと同じに美しいものでした。
私も、この方のように美人でスタイルがよければ、どんなに人生が楽しいでしょうか。
また俯いてしまった私のあごにお姉さまの指がかかり、今度は顔を上げさせられました。
「真美ちゃん。その場しのぎに聞こえるかもしれないけれど、本当に、あと何年かしたら胸が大きくなるチャンスはあるのよ?」
「えっ」
「あなたが男性と付き合ったら、その人に触ってもらえば、マッサージ効果で成長する可能性は十分にあるわ。それに子供を産んだら、絶対に大きくなるって言うし」
でも、それがまた問題の始まりなのです。
「だって、今のままだったら、誰も私なんかとお付き合いなんかしてくれませんもの」
「どうして?」
「こんな体だったら、好きになってくれる人なんか、きっといません!」
「そんなことを言うもんじゃないわ。私は真美ちゃんのこと大好きよ?」
「えっ」
憧れの方が、私のことを、好き…?」
「メイドとしてはまだ修行中の身だけれど、毎日辛い仕事も、明るく一生懸命にやっているじゃない。そこを見ている人はちゃんといるのよ?」
「そうでしょうか」
「そうよ。体とか関係なく、本当にあなたのことを好きな人、好きになってくれる人はいるわ」
にこやかにおっしゃって、お姉さまはさながら女神様のように優しく微笑んでくださいました。
そのお言葉と優しさが、私の胸にじんと染み渡りました。
とても嬉しかったのですが、しかし、問題は解決したわけではないのです。
「お姉さま、あの…。おっしゃることはよく分かりました。でも、やっぱりなるべく早く、大きくしたいんですけど…」
こんなにしつこく言うと、せっかく好きだといってくださったのに、嫌われてしまうかもしれません。
でも、どうしても、このままぺったんこの胸ではイヤなのです。
「そんなに、胸が大きいのがいいの?」
「はい。お仕事の時はエプロンをつけていますからいいですけれど、私服になると、やっぱり…」
「そうねえ。年頃なんだから、大胆な服を着たいっていう気にもなるでしょうね」
「はい」
きっとお姉さまなら、私の年で十分ボディコンシャスな服を着こなしていらっしゃったと思います。
「うーん。急に大きくというのは無理だろうけど、マッサージをしてみれば、少しは変わるかも知れないわ」
「本当ですか?」
考え込むようなお姉さまの言葉に、まるで真っ暗な空から一筋の光明が差したように思えました。
「やってみたい?くすぐったいからって、逃げちゃ駄目なのよ?」
「はい。お姉さまがしてくださるんですか?」
「ええ。自分でするっていうわけには、いかないでしょうからね」
それはそうです、自分でなんて、どうやっていいか分かりませんもの。
「ぜひお願いします。私の胸を、大きくしてください」
頭を下げて頼み込むと、お姉さまはまた優しい笑顔をお見せになって、頷いてくださいました。
そして私はお姉さまのベッドに横たえられ、ご指示のとおりに体の力を抜きました。
美しい指でパジャマのボタンを外してもらい、ブラも取り去られて、何も隠す物のなくなった胸が憧れの人の目に晒されました。
「やっ」
あんなに頼んだのに、いざこの状況になってみると恥ずかしくて、私は両手で胸を隠してしまいました。
本当に小さいですから、労せずに隠せるのがまた悔しいのですが。
「駄目よ。我慢するって言ったのは、誰?」
お姉さまにメッとたしなめられて、私はしぶしぶ手を脇へどけました。
「可愛い胸ね。本当に、可愛いわ」
「小さいですから、その…」
「そうじゃないの。可愛いにも、いろんな意味があるのよ」
「あっ!」
お姉さまがいきなり姿勢を低くされ、私のわずかな膨らみにそっとキスをなさいました。
私のお腹にはお姉さまの豊かな胸が押し付けられる格好になり、その柔らかさに息を飲みます。
マッサージをしてもらえば、私の胸も、この方のように大きく魅力的になる。
その幸福な未来図は、私の腕からさらに力を奪い、羞恥心をも胸と同じに小さくしてしまいました。
「いい子ね。じっとしていれば、いっぱいマッサージしてあげる」
ぞくりとするほど色っぽい目をなさったお姉さまが、私の耳元にささやかれました。
お姉さまはお言葉のとおりに、たっぷりと時間を掛けて私の胸をマッサージしてくださいました。
柔らかくてきれいなお手で体を撫でていただくと、背筋がぞくぞくして、身震いが止まらなくなってしまいます。
でも、お姉さまの手の平が触れた場所はあべこべに熱を持ったようになり、ぽかぽかと暖かく感じられるのです。
寒いのか暑いのか、初めての経験に頭が混乱している私にはもう判断がつきませんでした。
「真美ちゃんの胸は、今だって十分に素敵よ。ほら、ここだってこんなにピンクで綺麗」
「あっ!」
お姉さまの指が乳首をかすめ、私の口からは思わず高い声が出てしまいました。
「初めてなのに、感じるのね」
「え…あんっ!」
お姉さまは楽しげに笑いながら、胸をマッサージしつつ両方の乳首を代わる代わるに指先で弾かれました。
そのたびに、普段の話し声とは全く違う上ずった悲鳴のような声が、勝手に口から漏れ出てしまうのです。
どうしてでしょう、服やバスタオルが触れても、こんな風になったことは一度も無いというのに。
みっともないから口を閉じようとしても、思うようにはなりませんでした。
「我慢しないで。声を出してくれた方が嬉しいわ」
「お姉、さま…」
「ここにいるのはあなたと私の2人だけよ。恥ずかしがることなんてないの、いいわね?」
「はい。あ、ああんっ!」
急に指とは違う物が乳首に触れ、驚いて叫んでしまいました。
何事かと下を見ると、お姉さまが赤い舌を出して、その場所をえもいわれぬ力加減でお舐めになっていたのです。
「お姉さま、んっ…。あ、あの…マッサージは…」
「ん…。これもマッサージのうちよ?いっぱいしてあげるって、言ったでしょう」
「そんな…あっ、ん…。やぁぁ…」
私は胸を大きくしてほしいのであって、乳首を舐めてほしいとは一言も申してはいないのですけれど、もしや忘れておしまいになったのでしょうか。
それは結構ですとお断りしたいのですが、お姉さまの舌が乳首を這うと、さっきと同じ背筋のぞくぞくが生まれるのです。
胸やお腹がきゅうっと切なくなって、息が荒くなって、さらには足の指にまで緊張が走ってしまって。
必要ないはずなのに、お姉さまが一瞬でもそこから舌を離されると、身をよじるくらいに悲しくなってしまうのです。
ご遠慮申し上げるつもりはどこへやら、いつの間にか私の手はお姉さまの首に回り、お体を引き寄せていました。
「もうおねだりするの?真美ちゃんはいけない子ね」
「そんな…」
さっき、いい子だと褒めてくださったばかりなのに、今度は叱られてしまいました。
でも、もうそれでも構いません、もっともっとお姉さまに触ってほしいのです。
「んっ…。もう、悪い子、でいいです…。ですから、あっ…」
息を乱して途切れ途切れに言いますと、お姉さまは私の乳首を舐めながらクスクスと笑われました。
その吐息さえもが気持ち良くて、私はまた高い声で喘いでしまいました。
後でお叱りをうけることになったとしても、今のこの快感が1秒でも長く続くのを願わずにはいられないのです。
「お姉さま…。気持ちいい、もっと…」
引き寄せる腕に力を込めて頼みますと、お姉さまは私の望むようにしてくださいました。
「あっ…あ…ん…あああっ!」
お姉さまに触れられて、限界まで追い詰められた体が急に大きく跳ねたのは、そのすぐ後のことでした。
体の中心で育っていた熱の塊が大きくなって弾けてしまったかのようで、苦しくて喉がヒューヒューいっているのが分かります。
まるで海で溺れた時にも似て、私は必死でお姉さまに抱きつき、意思とは裏腹に震える体を立て直そうとしました。
「真美ちゃん、大丈夫?」
しばらくして、お姉さまが上ににじり上がってこられ、放心している私の頬を優しくさすってくださいました。
おぼろげに見える白く美しい指が、今しがたまで私の小さな胸に触れていたのかと思うと、また頭に血が昇ってしまいそうです。
「相当、気持ちよかったみたいね」
手近な物で私をあおぎながら、お姉さまがにこやかにおっしゃいました。
なんてお返事をいいのか困ってしまい、私は目の前の方から視線をそらしてしまいました。
「いいのよ、大丈夫。恥ずかしがることなんてないわ」
目を合わせないのをとがめることもせず、お姉さまは私の脇に横たわられておっしゃいました。
「あの…」
「初めてなのに、胸だけでイくなんて。素質は十分だもの」
「『イく』って何ですか?素質って…」
「ああ、今はまだ分からなくてもいいの。さっきみたいに、体がびくびく跳ねて、気持ちいいのが爆発したみたいになることを言うのよ」
「…はい」
「あれが、イくってことなの。これを続ければ、胸だってきっと膨らんでくるわ」
「そうでしょうか…」
思わず下に目をやり、お姉さまの旨を凝視してしまいました。
マッサージしていただくのを続ければ、私もいつかこのようになれるかも…。
「あの、お姉さま。ちょっとでいいので、お胸に触らせていただけないでしょうか」
「まあ。私の胸に触りたいの?」
「はい。こうなりたいって、イメージトレーニングしたいんです」
恐る恐る申し上げると、お姉さまは少し驚かれはしたものの、にっこりと頷いてくださいました。
「いいわ。ただし今日のところは、服の上からね」
「えっ」
直接は、触らせていただけないのでしょうか。
日ごろ忙しくお仕事をこなしているお手でさえ美しいこの方ですから、胸はきっと、私なんかの想像もつかないくらい美しいのに違いないのに。
「いやなら、やめても…」
「そんな!ぜひぜひ、お願いいたしますっ」
ご機嫌を損ねないように平身低頭で頼み込みますと、お姉さまは微笑んで私の手を自らの胸に導いてくださいました。
「あ…。す、すごい…」
初めて手で触れたお姉さまの胸は、とても大きくて柔らかくて、服の上からでも十分心地良く感じられました。
私のもこんな風になれれば、どんなに幸せでしょう。
夢中でその感触に酔ってお姉さまの胸を堪能していますと、不意に身を引かれて、受けていた重みを失った手が急に淋しくなりました。
「えっ、もう終わりですか」
あんなに丁寧に私の胸をマッサージしてくださったのですから、ご恩返しがしたかったのに。
「今日はここまで。次に真美ちゃんがきちんとマッサージを受けることができたら、また触らせてあげる」
「本当ですか?本当の、本当?」
「約束するわ。だからあなたが望むように胸が大きくなるまで、私の言うことを聞かなくては駄目」
「はい。お姉さまのおっしゃるとおりにいたします。私も約束します」
「そう。やっぱり、真美ちゃんはいい子ね」
私の髪を優しく梳いてお姉さまがおっしゃった言葉に、私は天にも昇るほど舞い上がってしまいました。
尊敬する方には、悪い子だと思われるより、やはりいい子だと思われたいに決まっていますもの。
「さあ、そろそろ自分の部屋に戻りなさい。あまり遅いと同室の子が妙に思うでしょうから」
「は、はい」
「今日のことは誰にも内緒よ。胸を大きくするためにマッサージしてもらうことが、人に知れたらいやでしょう?」
「いやです、そんなことがばれたら…」
なんと馬鹿な子なんだろうと、知った皆さんに思われるに違いありませんもの。
「ね。だからこれは、私と真美ちゃんだけの秘密」
いたずらっぽく片目をつむって、お姉さまが念を押されました。
私はそれに頷き、ベッドを借りたお礼とマッサージのお礼を丁重に述べ、元通りにパジャマを着ました。
「あ、それともう1つ」
「えっ?」
お部屋を去り際、お姉さまが私を呼び止められました。
「明日、ブラをつけるのは禁止よ。素肌にワンピースとエプロンをしてお仕事なさい」
「え…」
「マッサージの後は、できるだけ自然にしておくのがいいの。ブラで押さえつけていては、効き目が減ってしまうわ」
「かしこまりました」
お姉さまのおっしゃることだから、きっとそうするのが正しいのでしょう。
日中ブラ無しなんて少し恥ずかしいですが、まだぺったんこなので、たぶん人にはばれないと思います。
部屋に戻ると、私の心配をよそにルームメイトはすやすやと眠っていました。
秘密のマッサージを、この子だけではなく誰にも知られてはなりません。
もしお姉さまのお部屋に通っていることを知られたら、なんと言って誤魔化しましょうか。
至らぬ新米メイドを、お姉さまがスパルタ夜間教育なさっているとでも言えば、ついて行きたいとは誰も言わないでしょうか。
引き出しに持ち帰ったブラを片付け、なぜか濡れていたパンティも替えてベッドに横になり、さっきのお部屋でのことを思い出しました。
お姉さまの胸は本当に柔らかくて大きくて、素晴らしいのがとてもよく分かりました。
いつか直接素肌に触れさせていただいて、私もあの方をマッサージしてみたいものです。
そして、私のこの胸もお姉さまと同じくらいになれば、これ以上幸せなことはありません。
そうなる日が早く来ればいいなあと、私は思いつく限りの神様に祈ってその日を終えたのでした。
以上です。
言いようが
なぁぁぃぃぃ!!
えっ、もう終わりですか
ノーブラ羞恥の一日編を是非!
(゚∀゚;)ムハー
232 :
名無しさん@ピンキー:2008/11/20(木) 18:30:01 ID:mDCX6GA8
百合メイドで思い出すのはher personal maidだな
あれは最高だった…特に第七話
『メイド・すみれ 2』
この屋敷のご主人さま、秀一郎さんの私室は、衝立で二つに仕切られている。
衝立の奥にはキングサイズのベッドと二つの箪笥、トイレとバスに続くユーティリティへのドアがある。
私はここで毎朝、一番最初にお風呂にお湯を溜める。
最初の日、昼間っから眠ってばかりいる秀一郎さんに呆れたものの、すぐにそれは昼夜が逆転していて夜中書斎で仕事をしているせいだというのがわかった。
ご本人が言うには「物書き」だそう。
先代からの財産もあるそうで、いいご身分だ。
朝、その日の仕事を終えた秀一郎さんは幽霊のように書斎から出てくると、ぬるいお湯に入る。
本当に入るだけで、自分では何もできないので、私は袖をまくり上げて風呂場に入り、髪を洗ってやったり背中を流してやったりしなければならない。
そればかりか、まばらなくせにちゃんと伸びるヒゲも剃ってやり、剃り跡にクリームまで塗らなければならない。
放っておくと濡れた身体のままふらふらと部屋に戻ろうとするので、捕まえてバスタオルで拭く。
それから着替えを手渡すと、ようやくそれを自分で着てくださる。
執事の津田さんが用意した食事を机に並べ、片手を上下させるだけで全部食べられるように次々と皿を並べなおし、最後にコーヒーカップを手に持たせる。
これを、繰り返す。
小学生の子どもだってもう少し自分のことは自分でできるのではないかと思って、一度そう言ってみたことがあった。
少なくとも、食事くらいは自分で全部の食器に手を伸ばしてもらいたい。
すると秀一郎さんは、長い前髪の間からじっと私を見て、うっすらと笑った。
「……自分でしているよ」
しまった。
油断すると、秀一郎さんはすぐに話題をそっちに持っていこうとする。
「そうですか。それはそれは大人ですこと」
私も余裕のあるふりをしてあしらうのだけれど、どきどきする。
「……あなたが、してくれないから……」
「きゃ!」
さっとお尻を撫でられる。
秀一郎さんは日に何度となく、私のお尻や腰、背中を撫でてくる。
その触り方が、おかしい。
軽く撫でるだけなのに、私は体の奥がかっと熱くなるような気がする。
振り返って抗議してもくすくす笑うだけだし、怒って見せるとすぐに「少し寝る」と逃げてしまう。
「してくる」と言うことさえある。
何度も続けて触られると、私は火照ってしまった身体を持て余してしまうことになるのだけど……。
昼間の秀一郎さんは、お風呂と食事以外は寝てばかりいるし、夜は書斎に閉じこもるので私は自分の部屋でゆっくり休める。
手がかかる、といっても他に仕事があるわけでもなく、前のお屋敷よりお勤めは楽なくらいだった。
私は秀一郎さんが「寝る」と言ったので、衝立の向こうまで脱ぎ散らかしながら歩いていく後を、服を拾い集めながら付いていった。
ベッドの脇で最後の一枚を脱ぎ落として、秀一郎さんは薄い布団にくるまって丸くなった。
その一枚を拾い上げたときに、ふとベッドサイドの影のゴミ箱が目に入った。
しわくちゃに丸められた、大量のティッシュペーパー。
どきっとした。
時折、秀一郎さんが「してくる」と言って衝立の奥に行くときは、私はさっさと部屋を出るので本当に「自分でしている」のかどうかはわからなかった。
それが今、目の前にその痕跡がある。
秀一郎さんの丸い背中を見ながら、私はそっとゴミ箱を持って衝立から出た。
まったく、もう。
大量のティッシュペーパーをゴミ袋に移して、机周りのゴミと一緒に廊下に出す。
秀一郎さんが寝入った頃、津田さんが食事をワゴンに乗せて運んできた。
「まだおやすみなんですが」
「……目が覚めたら、召し上がります」
そっけなくワゴンを残して、津田さんは戻ってしまう。
しかたないので、ワゴンを部屋の中に運び入れるついでに上に掛けてある布巾をめくってみた。
ラップを掛けたお皿には、スクランブルエッグと野菜のソテー、魚のムニエルらしきものとバターロールに、カップスープ。
台所で盛り付けて遅いエレベーターでここまで運んでくるまでに、いつもすでに熱々とはいえないのに、秀一郎さんが目を覚ますまでこのままにしておいたら、カチカチに冷えてしまう。
衣食に関心のない秀一郎さんは、それでも食べるだろうけど。
しばらくして、私は秀一郎さんの様子を見に衝立の奥を覗きに行き、そっとベッドの横にゴミ箱を戻した。
「……何時?」
急に声を掛けられて、びくっとした。
「お目覚めでしたか」
夜中、書斎で仕事をしているのなら昼間はずっと寝ていてもいいくらいだと思うのに、秀一郎さんは2、3時間ごとに目を覚ましては食事をしたりコーヒーを飲んだり、私のお尻を撫でたりする。
「うん……」
ごろりと寝返りを打ってこちらを向いてから、秀一郎さんは目を開けた。
起き上がるのに手をお貸しすると、薄い布団がはだけて、部屋が薄暗いとはいえ一糸まとわぬ裸体が丸見えになる。
秀一郎さんは日頃から平気で裸のまま部屋の中を歩くし、お風呂のお世話もするので見慣れてはいるものの、やはりとっさに目をそらしてしまう。
着替えを手渡すと、ただでさえ色白で肉の薄い身体がいっそう骨ばってきたように思えた。
「秀一郎さん。おやせになりましたか」
シャツのボタンをいい加減に留めながら、秀一郎さんは興味なさそうに首を振った。
「どうかな……」
「今でさえじゅうぶん病的にやせておいでです。気をつけてくださらないと、風邪を引いたりもっと悪い病気になったりしますよ。睡眠もまばらだし食も細いし偏食だし」
私が真剣に訴えているのに、秀一郎さんはうすら笑いを浮かべながらそれを聞き、最後に手のひらを上げて私の胸に当てた。
「きゃ!」
お尻や背中を撫でられるのはしょっちゅうだけど、前から触られるのは初めてだった。
「なんです、私が真面目にお話してますのにっ」
くす。くすくす。
振り払うこともできずにいると、秀一郎さんは手のひらに力をこめて胸をさすった。
「このくらいの……肉がほしい」
「しゅっ、秀一郎さん!」
胸の先端から、むずかゆいような感覚。
下着と服の上から触られただけなのに、どうしてこんな。
秀一郎さんはくすくす笑いながら手を離し、部屋の方に移動して、いつも食卓にしか使われない大きな机の前に座った。
すっかり冷え切った食事を並べると、やはり不平の一つも言わずに口に運んだけれど、さすがに半分近くを残してフォークを置いた。
これでは、ますます骨ばってしまう。
秀一郎さんはお若いのだし、津田さんももっと揚げ物やお肉なんか、スタミナのつきそうなものを作ってくれればいいのに。
せめて温かいお食事だったら、もう少し食も進まれるかもしれない。
そうだ。
「秀一郎さん、お部屋に電子レンジを置きましょうか」
食後のコーヒーを飲んでいた秀一郎さんが動きを止め、しばらくしてから私を見た。
「……電子レンジ?」
「そうです、電子レンジ。その棚に置けると思うんですけど。」
秀一郎さんはぼんやりと空中を見ている。
「えーと、お食事のお皿を入れて、ボタンを押すと温めることができるんです。おかずも、スープも」
「……私も、電子レンジがなにかくらいわかる」
わからないのかと思った。
「でしたら、置きましょう。お食事がぐんとおいしくなって、食がすすみます」
前の旦那さまが呼び戻してくださる前に秀一郎さんが倒れたりしたら、私は今度こそ行き先がなくなる。
「それは……」
「芝浦さんにお願いして、買ってきてもらいましょうか。いかがでしょう」
秀一郎さんはちょっと眉根を寄せて、面倒くさそうにカップを置いた。
「そういうことは……、津田に聞かないと」
なんて、はっきりしない。
「でしたら、津田さんに言って、芝浦さんにお願いします。かまいませんか」
「……それは」
また眠くなったのか、秀一郎さんは棒のような腕を伸ばしてあくびをした。
「あなたの……好きにどうぞ」
誰の食事の心配なんだか。
秀一郎さんがまた服を脱ぎ散らかしてベッドに潜り込み、私は津田さんにレンジのことを話してお金をもらうと、雑用や力仕事担当の芝浦さんに買い物を頼んだ。
芝浦さんは仕事の手を止めて電気店に車を走らせてくれ、私は秀一郎さんが眠っている間に棚の一部を片付けて、新品の電子レンジを据え付けた。
目を覚ました秀一郎さんは、ものめずらしげに電子レンジを眺めた。
「……この部屋に、物が増えるのは……何年ぶりかな」
横開きの扉を縦に開けようとして、ガタガタやっている。
「芝浦さんが、湯たんぽも買ってきてくださったんです」
「……湯たんぽ」
「えっと、湯たんぽといいますのはですね」
「知ってる……」
よかった。
「これは電子レンジで温めるものなんです。何分かレンジで温めると5時間くらいは温かいままなんです」
秀一郎さんは私の差し出した湯たんぽを眺める。
「秀一郎さんはパジャマを着ないし、布団も重いものはお嫌いですから。足元に置いておくといいですよ」
「……そう」
秀一郎さんが湯たんぽを受け取ろうと手を伸ばしたところで、私ははっとして手を引いた。
「いえ、私がします。秀一郎さんはレンジに触らないでください」
くす。
まるで、秀一郎さんが触るとレンジが爆発するかのような剣幕で言った私を笑う。
「わかった。……レンジには触らない」
「きゃあっ」
湯たんぽを落としそうになった。
秀一郎さんが、私の背中から腕を前に回して下腹の辺りを撫でた。
「な、なにを」
「……レンジには触らないけど、あなたに……触るなとは言わなかった」
膝の力が抜けた。
背中やお尻をさっと撫でられただけで身体が熱くなるというのに、秀一郎さんはその部分を押さえている。
指、その指の動きはおかしい。
「それは、そうですけど、でも、ちょっと!」
「……いやだったら、自分でしてくるけど」
言いながら、耳元に息を掛けてくる。
手が、体中を撫で回してくる。
どうして、この方に触られるとこんなふうになるんだろう。
座り込みそうになる私を、後ろからしっかりと抱きかかえてくる。
この細い身体のどこにこんな力があるのだろう。
「いやではなさそう……に見えるけど」
もうだめ。
ああ、旦那さま。
前の屋敷の旦那さまの顔が浮かんだ。
少し無骨で、メイドに優しくて、情にもろくて、その分奥さまにも頭が上がらない。
メイドに手を出したのが奥さまに見つかったら、そのメイドを他の屋敷に移してしまうくらい。
私は身体から力が抜けてしまった。
「……じゃあ、お願いしよう」
なにを、という言葉が喉にはりついて声にならない。
驚いたことに、秀一郎さんはへたり込んだ私を軽々と抱き上げ、ふらつきもせずに衝立の後ろに運んだ。
もう、自分ではどうにもならないくらいむずむずしている。
秀一郎さんは私をベッドに下ろすと、その脇に立ってさっき着たばかりの服を脱ぎ捨てる。
肌の色が少し赤く見えるのは、秀一郎さんも火照っているのだろうか。
どうしよう。
秀一郎さんは私の横に片膝をつくと、私の肩を持ち上げてエプロンのリボンをほどき、背中のファスナーを下ろした。
脱がされるのかと思ったら、スカートをまくり上げられた。
ハイソックスの上から、ふくらはぎを撫でられる。
さわさわと指先が移動し、背中がびくんとしてしまう。
どうして、どうしてこんな触れ方ができるんだろう。
手が上がってきて、ショーツに届く。
魔法のような指先が、布地の上から触れてくる。
「あ、あっ」
思わず声が出てしまった。
縦に何度もなぞられると、もどかしいような気持になる。
前の旦那さまも、比べる相手がないけれど、かなりのテクニシャンだと自称していたし、そうなのだろうと思えたけれど、こんなふうではなかった。
下着の上から指一本で触れられているだけなのに、身体がびくんびくんと反り返ってしまう。
もっと、もっと触れて。
自然に脚が開いてしまう。
なぶるようにさんざん弄られて、私は泣きたくなる。
ようやく秀一郎さんは私をまたぐように上になり、ショーツを下ろして脚から抜いた。
すでに濡れてしまっているだろうあそこを、見られている。
すぐにも入ってくるだろうと思ったのに、秀一郎さんは肩から服を下ろし、胸をはだけさせた。
丸くて柔らかくて大きい、と前の旦那さまがほめてくださった胸。
「う、あっ」
秀一郎さんの指先が、乳房の周囲をなぞった。
ゆっくりと指先が円を描くと、あそこまでしびれてくる。
それなのに、指はなかなか先端まできてくれない。
もう、いや。
もどかしさに涙がこぼれそうになった頃、秀一郎さんが身体を伏せて、乳首を舌でつついた。
「あん!」
電気が走ったような気がした。
かっと全身が熱くなる。
くす。
乳首を舐めていた秀一郎さんが笑う。
「……湯たんぽをレンジで温めることはできなくても……あなたを暖めることは……できるようだ」
「……なっ」
かっと顔が熱くなる。
それでも、抵抗する前に手のひらで乳房を包みこむように揉まれて、私はうっとりした息をついてしまった。
ああ、なんだかふんわりと温かくて、気持ちがいい。
「……ねえ」
くっつくほど顔を寄せて、秀一郎さんがささやいた。
「キス……してもいい」
私に聞いているのかしら。
答える前に、柔らかいものが押し当てられた。
舌が唇を押し割って進入する。
閉じたまぶたの裏に、前の旦那さまの顔がちらついた。
旦那さまがいけないんですよ。
早く、迎えに来てくださらないから。
旦那さまが見つけてきた新しいお勤め先で、こんなことに。
くちゅ。
夢見心地で温かい快感に身を任せていると、急にあそこから強い快感が立ち上った。
秀一郎さんの手が、私の脚の間で動いている。
ああ、指が。
「ああ……、あっ、あ……」
もう、声が抑えられない。
首を振って秀一郎さんの唇から逃れる。
身体が熱いのは、薄着の秀一郎さんに合わせて、部屋の温度を高めに設定してあるせいなのかしら。
「やはり……」
私の中で指を動かしながら、秀一郎さんは耳に唇を押し当てるようにして言った。
「処女……じゃない」
「……!!」
な、なんてことを言うのかしら。
私は思わず秀一郎さんの肩をつかんで押し返した。
くす。くすくす。
「……失敬した」
秀一郎さんは私の抵抗など意にも介さず、肩を出し、スカートをまくり上げておなかの辺りに丸まっていた服を引き抜いた。
「乱暴に……しないし」
脱がされる間にもあちこちに秀一郎さんの手が触れて、その箇所が熱くなる。
「しゅ、秀一郎さんは、ど、どっ、て……」
言い返してやろうと思ったのに、中途半端に高まった状態でまた柔らかく撫で回されて、頭がしびれる。
「さあ……どうかな」
こんな童貞がいたら、世の中なにも信じられない。
秀一郎さんはびくんびくんと震える私を、くすくす笑いながら撫でたり舐めたりした。
「きゃ、あっ!」
いきなり、膝に手をかけてぐいっと脚を開かれた。
来る、と思った。
前の旦那さまなら、ここで熱くて大きなものを……。
「あ、あっ!」
熱くて大きなものの代わりに、温かくて柔らかなものが下からなぞり上げてきた。
とっさに、脚の間にある秀一郎さんの頭を両手で押す。
どこからそんな力が出るのか、びくともしない。
ひだの間や奥のほうまで舐めつくされ吸い上げられて、腰ががくがくと痙攣する。
「や、それ、あっ、……んっ」
脚を閉じると、肉の薄いごつごつした秀一郎さんの肩を挟み込んでしまった。
弱い刺激をずっと加えられて、もう前のご主人への未練も申し訳なさも、秀一郎さんへの日頃の不満も忘れて、私はただ息を乱してあられもない声を上げ続けてしまった。
「ぐっしょりだ……」
秀一郎さんがそう呟いて、私の脚を自分の肩からはずす。
それから、少しの時間があった。
ちゃんと、避妊はしてくれるみたい。
秀一郎さんは片脚を持ち上げて、くすっと笑った。
「……私が……童貞かどうか、確かめ……る?」
ばかっ。
主人に対して、間違ってもそんなことは言えないけど、私は心の中で秀一郎さんをなじった。
「やっ……!」
びっくりした。
気が遠くなるほど弄られて、ぐしょぐしょになっているはずなのに、痛みがあった。
目を開けてみると、半分ほど埋まった状態が見える。
「やだ、無理……、おっき……っ」
関節が浮き上がるほどやせた身体に、不似合いなほど。
通常の状態で見たことはあったけど、それがこんなになるなんて。
「……そうかな」
かすかに赤らんだ顔で、秀一郎さんが私を見た。
「やめようか……」
どくんどくんと、私の中で脈打っている。
「え……」
とまどう私の顔の横に手を付いて、くすっと笑った。
「……あとは、自分でする」
「……っ!」
ばかにしてる。
私は秀一郎さんの腕をつかんだ。
「はっ、恥をかかせないでくださいっ」
意に反して、涙がこぼれて耳の中に流れ落ちた。
秀一郎さんはそれを指先でぬぐってくれた。
「そうして……もらえると、ありがたい」
ぐっ、と押し込まれる。
「……痛いかな」
私は首を横に振った。
痛くなかった。
それどころか、押し込まれたときに擦れた場所がぞくぞくっとした。
「乱暴には……しない」
さっきと同じことを繰り返して、秀一郎さんはその言葉通りゆっくり動いた。
見なかったけど、きっと先端も大きいのかしら。
引くたびにえぐるように感じる場所を擦られて、私はついつい乱れてしまう。
「い、あっ、うんっ、はあっ、あっ」
いつまで続くのだろうと思うほどの時間、私は秀一郎さんに弄ばれる。
「……く」
秀一郎さんが、少しうめく。
速度が上がる。
片脚を抱え込んでいたのが、それを下ろして両手で腰を抱えてくる。
私はこの体位が一番好き。
前の旦那さまは、ひっくり返したり四つんばいにさせたりするのがお好きだったけど。
思わず抱きつくと、わずかに息を荒げた秀一郎さんが私の背中に腕を回して抱き起こした。
「このままがいいのかな……」
こくこく、と頷く。
私は座ったまま秀一郎さんの脚の上で動いた。
時折、下から突き上げられる。
「ん、ああ……、いいっ」
くっついていた身体の間に秀一郎さんが腕を差し込んで、一番敏感な場所に触れて転がした。
「い、やあっ、ああんっ!」
軽く意識が飛んでしまった。
私が暴れたせいかさすがに疲れたのか、気づくと秀一郎さんは私を仰向けに倒してその上で動いていた。
長い髪を乱して、細い眉をぎゅっと寄せて、苦しげな顔で。
秀一郎さんの息遣いがどんどん荒くなり、私ももう一度駆け上がってくる波に飲まれて強く目を閉じた。
「あっ……!」
脚がつっぱり、中で秀一郎さんを締め上げてしまう。
身体が痙攣し、頭が真っ白になった。
つかまる物がないので秀一郎さんに抱きつく。
動きを封じられて、秀一郎さんは少しの間黙って私に抱きつかれていた。
「……あと、ちょっと」
そう言うなり、また動き出す。
今度は、少し激しい。
「あんっ、あ……」
ぼうっとしたまま、身体が振り回されるほど強くされて、また声が出た。
秀一郎さんが動きを止めて、長く息を吐いた。
本当ならいろいろ後始末をしてあげた方がいいのだけど、とてもそんな余裕はなく、私は横向きに寝転がったまま余韻に浸っていた。
隣でこっちを向いている秀一郎さんが、ずっと私の髪を指に絡めている。
「……自分でするより、疲れる」
しばらくしてぼそっとそう言ったので、私は頬をちょっとだけつまんだ。
「痛い……」
「……そんなに強くしてません。失礼です」
くす。くす、くす。
髪を触っていた手が、背中に回って抱き寄せられた。
「……冗談」
私も、秀一郎さんの背中に腕を回した。
前の旦那さまとしたあとは、こんな風にゆっくりすることなんかなくて、すぐ服を着て見つからないようにこそこそ出て行かなければならなかった。
汗ばんだ肌が冷えてきたので、片手でベッドの端に押しやられていた掛け布団をひっぱって、秀一郎さんが寒くないように着せ掛けた。
秀一郎さんが私の胸に顔を埋めてきた。
「湯たんぽより、……こっちが……いい」
ぱっと自分の顔が熱くなるのがわかった。
「レンジは……使えないけど、こっちの使い方は覚えた」
「しゅっ、秀一郎さんっ」
くす。くす、くす。
「……抱き心地が悪くて……すまないけれど」
確かに、背中に回した手に浮いた背骨が触れるくらい、秀一郎さんはやせている。
「だったら、もっとちゃんとお食事をなさってください」
んん、とくぐもった返事が聞こえる。
「あなたがしてくれるなら……ね」
今度は、背中をぺちっと叩いた。
秀一郎さんに食事をさせて太らせるのは、なかなか骨の折れることなんじゃないかしら。
そんなことを考えながら、ついうとうとしてしまったらしい。
腕の中から秀一郎さんが抜け出す気配で目が覚めた。
起き上がると、白い背中が薄暗闇に浮いている。
すっかり外の日も暮れたらしい。
秀一郎さんが振り返った。
「寝てていい……」
どうやら、書斎で仕事をするつもりのようだけれど、そのわりにぼうっと突っ立っている。
私は呆れて、掛け布団で身体を隠しながらベッドから降りた。
この方は、渡してあげなければ自分で服を着ることもできず、途方にくれているのだ。
脱衣所から大きなバスタオルを持ってきて、秀一郎さんに渡した。
「今、お風呂を入れますから、それを巻いていて下さい。……巻けますか」
タオルを受け取って、秀一郎さんが苦笑いした。
「……たぶん」
たぶん、と来た。
私は自分にもタオルを巻き付けて、急いでバスタブにお湯を張りに行く。
夕方から朝まで、秀一郎さんは書斎にこもる。
その前にお風呂に入って、お食事をするのが習慣だ。
津田さんが食事を運んでくる時間までに、お風呂を済まさなければ。
「ねえ」
声に振り向くと、お風呂場の入り口のところで秀一郎さんが私を見ていた。
「一緒に……入る?」
「……!」
ぶってやろうと手を上げたら、はらりと身体に巻いたタオルが落ちて、秀一郎さんはまたくすくすと笑った。
――――了――――
帰ってきたの?……帰ってキタ━━━ヽ(゚∀゚)ノ━
なんというGJ。相変わらずレベル高けぇよ。もうwktkが止まらない。
これはGJ!
なんか他とはちょっと雰囲気の違う作品に見える
メイドさんが抱き枕になってくれれば湯たんぽもいらないよね、うん
GJ。
秀一郎さんに翻弄される
すみれさんに萌えました。
ゴッジョブ!
小雪の人だった―――(・∀・)――――――!!!!GJ
>>225遅ればせながらGJです。上品な中にエロス!!
>>239 独特な雰囲気に引き込まれます。勿論GJです!
しかし良スレだな
GJ! こういう独特な雰囲気好きだな。
にしても。余計なお世話と思いつつも。
すみれさん。
恋愛は自由ですが、それはわかってますが、妻帯者なのに、同じ屋根の下に暮らす
妻がいながら、使用人に手を出すような男とはこれを機にすっぱり別れた方が…。
だめんず路線にはまっちゃだめですよ!(奥様から慰謝料請求されかねないし)
もしかしたらすみれさん自身、わかっているのかもしれないけれど。
秀一郎さんなら世話のし甲斐もありそうだし、乗り換えちゃえ!
もし可能ならば津田さんとも何か一発書いていただけないでしょうかネ申よ!!
ああでも秀一郎さんも素敵だわ〜
素晴らしい作品をどうもありがとうございます!
第5話です。
いつものようにバイトを終え、商店街で買い物をしてアパートに帰る。
「旦那さ……あっ」
ただ今戻りましたと言いかけ、私は慌てて口を閉じた。
旦那様は、学会の準備で数日間アパートを留守にされているのだ。
何年に一度かの大きな学会だということで準備も大変らしく、開催地へ行く前に合宿をなさっているらしい。
「大学の施設で研究室の皆と泊り込むのです。クラブの合宿のような物ですね」と仰っていた。
それなら物いりだとお財布を持ってくると、なぜか頑なに拒まれてしまった。
今回の費用はほとんど大学と教授持ちなので、学生は小遣いくらいしか要らないのですと言われたのだ。
大学というのはなんと太っ腹なのだろう、この際うちの家計もついでに面倒を見てくれないだろうか。
などと馬鹿なことを考えつつ、服や身の回りの物を詰めたカバンと一緒にあの方を送り出したのは二日前のこと。
5泊6日の日程なので、私も同じ長さを一人で過ごすことになる。
これだけ長く一人でいるのは、人生始まって以来のことだ。
朝に寝起きの悪い旦那様を叩き起こすことも無く、夜、早くお風呂に入って下さいとせっつくこともない。
洗濯も炊事も一人分だから、あっという間に終って時間が余る。
こういう時に限って内職も頼まれなくて、私は夜8時以降は全くのフリーになった。
初日などは何もすることが無くて、私は時間を持て余して途方に暮れることになった。
それを踏まえ、昨夜は適当に買ったファッション雑誌を読み、眠たくなったところで寝た。
今朝は久しぶりに砂糖の入っていない卵焼きを堪能した(旦那様は、甘い卵焼きじゃないと食べてくれないのだ)。
そして今晩も、夕食をすぐに作るのはやめて、畳に寝転んでおせんべいを食べながら雑誌の続きを読んだ。
いつもあの方に「早く」「しゃきっと」「○○して下さい」とせっついている以上、こういう真似は一人の時しかできない。
だらだら過ごしているうち、おせんべいでお腹が一杯になってしまい、夕飯が入らなくなってしまった。
私のこんな姿は、旦那様には絶対に見せられない。
洗濯は明日まとめてすることにし、さっさとシャワーを浴びて横になる。
あの方は、まだ大学にいらっしゃるのか、それとももう学会の開催地に行かれたのか。
部屋の隅に置いた畳まれたままのコタツは、主人の帰りを待っているようだ。
私も5日間一人暮らしを満喫しようと思ったくせに、いざとなると気が抜けてしまい、覇気が出ない。
旦那様と2人の、忙しいけど充実した時間と、一人の精彩の無い単調な時間では落差が大きすぎる。
早く6日目にならないだろうかと、シミだらけの天井を見ながら考えた。
明日と明後日の夜は、どうやって時間を潰そうか迷ううち、疲れて眠ってしまった。
それから2日間張り合いの無い生活を送り、ようやっと旦那様が帰ってこられる日になった。
何時にお戻りかが分からなかったので、バイトが終ってから私は大急ぎでアパートに走った。
5日間外食続きだっただろうから、今日のメニューは家庭的なものがいいかな。
ということは肉じゃがとほうれん草の胡麻和えかと見当をつけ、畑に戻って順調に育ったほうれん草を抜いてきた。
夕食の時は、さりげなく旦那様のお皿にお肉を多く盛ってあげることにしよう、汁物も作らなきゃ。
着替えて台所で立ち働きながら、合間に時計を何度も見てお帰りを待つ。
そして、ご飯が炊き上がり、お鍋からもいい香りが立ち始めた頃、待ち人は少し疲れた様子でドアを開けられた。
「お帰りなさいませ」
靴を脱がれた旦那様から旅行カバンを受け取ると、久しぶりににこやかな笑顔を見ることができた。
「ただいま。留守中、何か変わったことはありませんでしたか?」
「ええ、ありません」
ご飯の前にお茶の支度をと急須に手を掛けながら言うと、旦那様はそうですかと頷いて、いそいそと六畳間へ入られた。
久しぶりに二人でちゃぶ台を囲み、何やかやと話しながら夕食をとった。
旦那様はいつになく食欲がおありだったようで、ご飯を2度もお代わりされた。
「味気ない食事ばかりで辟易しました。僕には、やはり美果さんの料理の方が口に合います」
こんなお言葉を頂いてしまい、私は照れて旦那様のご飯をしゃもじで叩きすぎて真っ平らにしてしまった。
あまり褒められると調子に乗ってしまうから、エサを与えないでと言いたくなってしまう。
でも、旦那様がにこにこしながら私の料理を食べていらっしゃるのは、悪くない風景だ。
「…食べたい物を言って下されば、作ってもいいです」
どうにかそう申し上げ、これ以上のぼせてしまわないうちにと、大急ぎで自分の膳にある物を片付けた。
お風呂と洗濯物を済ませ、旦那様がコタツで勉強なさっているのをそっと観察しつつ干し物をする。
学会から帰ってきたところなのに、もう次の論文を書かなければいけないんだろうか。
好きな道とはいえ大変だろう、ちょっとサービスしてあげよう。
夜だからと薄めに入れたお茶を御前にそっと置くと、旦那様は気付いてお礼を言って下さった。
「美果さん、今日は内職はありませんか」
「え?ええ」
いつもこの方の背後で絵や写真と取っ組み合っている私が、手持ち無沙汰なのが珍しいのだろうか。
「お邪魔でしたか?」
「いいえ、そうではないのです。特に用事が無いのであれば、まあ座って下さい」
お言葉に従いコタツに入った私を見届けると、旦那様はついと立ち上がって押入れの方に行かれた。
「美果さん。あなたに、これを」
旅行カバンを探られていた旦那様が、何やら持ってこちらへ戻られる。
置かれたのは、水色のリボンで飾られた、細長いきれいな包みだった。
何だろう、お土産のお菓子なのだろうか。
「開けてみて下さい。僕からの贈り物です」
「えっ?」
促され、私は恐る恐るリボンに手を掛けた。
そして、包装紙の下からは、上品な青色のベルベット地でできたケースが姿を現した。
これは、まさか……。
急速に胸が高鳴りだして、呼吸が乱れてくる。
旦那様のお顔を見て、頷いて下さったのを合図に、私はそのケースの蓋をはね上げた。
中にあった物を見た途端、私は驚きで息を飲んだ。
入れ物の形状から予想がついていたとはいえ、やはり実際に目にすると心臓が跳ねる。
旦那様が私に下さったのは、真珠が3つあしらわれている、お洒落なペンダントだったのだ。
真珠の両脇には、光を反射するカッティングが施された、小さなピンクゴールドの粒がついている。
可愛くて素敵で、これをつけると性格までそうなってしまうのではないかと思うほどの、とても良い品だった。
「いいでしょう?どうです、気に入りましたか」
固まっている私の顔を覗き込んで、旦那様がわくわくした表情で尋ねられる。
はい、とても可愛いです、すごく素敵です。
こう言おうと口を開いた瞬間、私はハッと重大なことに思い当たった。
そして、喜びの言葉を発する代わりに唇を強く引き結び、ケースの蓋を元通りに閉めた。
「どうしました?」
私の様子を変に思われたのか、旦那様が尋ねてこられる。
「せっかくですけど、これは頂けません。返品してきて下さい」
「えっ?」
旦那様は、ケースと私の顔を交互に見比べ、意味が分からないといったような表情をされた。
「遠慮せずともいいのです。これは僕が、あなたにと……」
「いいえ。私がこれを受け取るわけには参りません」
包装紙とリボンを掛け直しながら、なるべく無表情に早口で言う。
こんな可愛いペンダントを頂けるなんてと、単純に喜んだ今しがたの自分の愚かさがいやになった。
「どうして……」
旦那様が呆然と呟かれた言葉に、私はカッとなった。
「『どうして』?そんなの分かっているでしょう?ご両親が残された大切なお金を、こんな物に使うなんて!」
この方は、毎月家庭教師で稼いだアルバイト料を封も切らずに渡してくれる。
自分で管理するとつい使ってしまうからと、まずは全額こちらに預けられ、そこから私がお小遣いを支給するのだ。
毎月決まった額のそれは、本や学用品を買うと足りなくなり、もう少し下さいと月末にすまなさそうに仰るのが常。
だから、こんなアクセサリーを買うお金など持っていらっしゃるわけが無い。
この方が池之端のお屋敷を追われる時に持ち出せた、ほんの一部の預貯金に手を付けて買われたに違いないのだ。
生活が苦しくても、そのお金には絶対に手を付けるまいと思って、私はやりくりもバイトも頑張ったのに。
大事な物だから、学費や病気の時など、まとまったお金が必要な時のために取っておきましょうねと言ったのに。
約束をあっさり違えられたことが途方も無く悲しくなってしまい、私は痛いくらいに強く両手を握り締めた。
「美果さん」
私が包み直したペンダントの箱を見ながら、旦那様が静かに口を開かれた。
「これは、貯金で買ったのではありません。僕が稼いだお金で買った物です」
「そんな、とぼけないで下さい!こんな可愛いの、千円や2千円で買えないことくらい私にも分かります。
貯金じゃないって言うんなら、一体どこからお金を調達したんですか!」
まさか、お昼ご飯を抜いていたとか?
はたまた、もしかしたらの話だけれど、泥棒したとか?
「旦那様っ。違うって言うんだったら、お金の出所を説明して下さい!」
ごまかしたら許さないという強い意気込みを持って、私は旦那様に詰め寄った。
「それは……」
「言ってくれないんだったら、私が返品してきます。レシートを出して下さい」
旅行カバンにまだ入っているかもしれないと思い、押入れへ行こうと立ち上がる。
すると、そんな私を押し留めるかのように、旦那様が私の手を掴まれた。
その力強さに驚いて、私は片脚を踏み出したままの姿勢で動きを止めた。
「…分かりました。全部説明しますから、こちらを向いて座って下さい」
いつになく真剣な面持ちをなさっているのに気おされて、私はぺたりと床に腰を下ろした。
これではいけない、お金の出所を聞き出すまでは気をしっかり持っていないと。
「この首飾りを買ったお金は、僕が自分で稼いだ物です。これは本当に真実なのです」
私が座ったのを確認した旦那様が、一呼吸置いてから言い聞かせるように仰った。
「黙っているつもりでしたが、誤解を受けた以上はお話しましょう。
この5日間、僕は学会に行くと言いながら本当は治験に行ってきました。これは、その報酬で買ったのです」
耳慣れない言葉が耳に入り、私は旦那様のお顔を見上げた。
「痴漢…」
「治験です。治験とは、製薬会社や研究機関、医療機器メーカーなどが行う、臨床テストのようなものです」
「それの、助手か何かのアルバイトをされたっていうことですか?」
さすが学者様の卵だ、バイト先の選び方からして私とは違う。
「それとはちょっと違うのですが……」
「白衣を着て変なメガネを掛けたりなんかして、難しい言葉と数字を相手にされてたんでしょう?」
私が問うと、旦那様は難しい顔で黙ってしまわれた。
中卒には、説明しても分からないとでも思われたのだろうか。
「旦那様。私は馬鹿ですけど、説明して頂ければ理解できると思います」
たぶん、だけど。
今までの話で分かったのは、旦那様は学会に行くと嘘をついて、治験なる物に行かれていたということだけだ。
私がお言葉の続きを待っていると、旦那様は深く溜息をついた後、言いにくそうに口を開かれた。
「助手のアルバイトではありません。僕は、被験者として参加していたのです」
「被験者?」
「ええ。いわば5日間入院していたようなものでした」
「え、だって旦那様、どこも悪くないじゃありませんか」
なのに、どうして入院なんて。
旦那様の口から出たお言葉を頭の中に並べ、仰ることを理解しようと頑張った。
臨床テスト。白衣は着ていない。入院のようなもの。被験者として参加した。
「ああっ!」
しばしの後、私の頭がとある結論を導き出す。
そして次の瞬間、私は旦那様のセーターに掴みかかり、それを脱がせていた。
「どうしました?」
私に肌着も奪い取られ、上半身裸になった旦那様が目をみはりながら尋ねられる。
血眼になっている私の剣幕に、びっくりされたようだった。
「旦那様。一体、何をされたんですか!」
きょとんとしておられるのが癪で、腹が立って叫ぶ。
旦那様は、テストする側ではなく、される側のお立場で「治験」なるものに臨まれたに違いない。
自分からモルモットになり下がるなんて、とんだことだ。
「答えて下さい。変な薬とか、無理矢理飲まされたりしませんでしたか?」
旦那様を押さえつけてお体を隅々まで検分すると、ひじの辺りに注射跡のようなものがいくつか見受けられた。
こんなもの、今回の外泊の前には無かったはずだ。
「大丈夫ですか?どっか痛いとか苦しいとか、ありませんか」
旦那様の肩を揺さぶりながら、寸分の異常も見逃さぬように問い掛ける。
「美果さん、落ち着いてください。一体どうしたんですか」
「どうもこうもありません。旦那様の馬鹿、大馬鹿っ!」
不安と怒りに胸が潰れそうになりながら、私はありったけの大声で怒鳴った。
「なんでそんなのに行ったんですか!私なんかへの、プレゼントのためですか」
「……」
「大事なお体を犠牲にしてお金を稼ぐなんて!そんなこと、してほしくなんかありません」
とうとう目から涙がせきを切ったように流れ始め、それでも両手で顔を覆って私は言い募った。
貯金を使ったと早合点した時とは、比べ物にならないくらい悲しかった。
「美果さん。あなたは、何か勘違いをされているようです」
わあわあ泣いている私の肩に、旦那様がそっと手を触れて言葉を掛けてこられる。
「治験とは、非合法の組織が人体実験を行うような、そんないかがわしい物ではありません。
その場には医師がいますし、データを取るための検査も、健康診断とさほど変わらない物なのです」
「そう、なんですか……?」
「ええ。短期間で比較的報酬がいいので、副業で定期的にやっている人達もいるのですよ?」
そんなこと言われても、私は参加したことが無いから分からない。
ただ、さっき見た旦那様の肌に残る針の跡が、赤く痛々しく目に焼きついただけ。
「どうしてそんな…。その報酬で、私にプレゼントを買って下さるためですか」
「それは…」
「隠さないで下さい。そうなんでしょう?」
「…はい」
渋々答えられた旦那様が、私に脱がされたセーターを元のように着込まれた。
「この間、大学の帰りに街を歩いていたら、宝飾店であの首飾りが目に留まりました。
これは美果さんに似合うに違いない、プレゼントしたら喜ぶだろう…と思ったものですから」
さっき、その通りにした自分の暢気さが思い出され、胸が痛い。
「ああ、勘違いしないで下さい。元々は、自分のために使おうと思っていたのです。
だから友人のつてを頼りました。短期ですむアルバイトがあれば、教えてくれと」
「本当ですか?最初は、ご自分のために使うお金を稼ぎたかったんですか?」
「そうです。僕が頼むと、友人は報酬がすぐ手元に入るこの仕事を紹介してくれました。
まあ、申し込みをすませて当日が来る間に、首飾りを見つけてその用途は変わりましたが…」
私にプレゼントするために、アルバイトをされたのではなかったということなのか。
それならいいけれど、まだ嘘をついていらっしゃるのかもしれないと、疑念が湧いた。
「旦那様。本当に、自分で使うお金を得るのが目的だったんですか?」
「はい。へそくりを、作っておこうと思いまして…」
私が尚も問うと、言いにくそうにしながらも、旦那様が隠さずに言葉を続けられる。
「毎月の小遣いはもらっていても、高価な本などが急に必要になる時があるかもしれないと思ったのです。
そういった場合に備え、美果さんに内緒のお金を、用意しておくべきだという結論に達したものですから…」
「そんなの、言ってくれれば何とかします。私だって、何でもかんでも節約しようなんて思っていませんっ」
言い返してはみたものの、声にはさっきほどの力は入らなかった
この方に金銭感覚をつけてもらおうと、私が厳しくしすぎたのがいけないのだろうか。
だから、この方は私に隠れてこそこそ治験なんかに行かれたのだろうか。
「申し訳ありません。秘密にしておくはずだったのに、ばれてしまっては意味がありませんね」
旦那様は、馬鹿だ。
妙な企みをしたのに、私のためにあっけなくお金の用途を変更し、そして今全てがばれてこうして私に怒られている。
いい大学に通っておられるのに、本当にしょうがない人だ。
しかし、旦那様のお考えに全く気付くことなく、お元気でと言って送り出した私はもっと馬鹿なのかもしれない。
ようやく顔を上げた私を、旦那様が正面から見つめられた。
「美果さん。僕がいなくて、淋しかったですか」
「えっ?」
「待っていて下さったのでしょう?僕が戻った時、あなたはすごく嬉しそうな顔をなさいました」
涙が引いた私を見て安心したのか、旦那様が微笑を含んだ声で仰ったのが、ちょっと気に障った。
今しがた叱られて悄然となさっていたばかりなのに、全く暢気な人だ。
「…別に。全然淋しくなんかありませんでした。鬼の居ぬ間に、好き勝手やってたんです」
「ほう、そうですか」
「連日夜遊びをして、お酒を飲みました。こんなんだったら、もっと行っていらっしゃってもよかったのに」
本当は、甘くない卵焼きを食べて、だらだらした生活を送っていただけなのに、全くの嘘が口から出てくる。
しかし、そんな強がりも見透かされているようで悔しかった。
「…そうですか。僕は、淋しかったですよ?」
お酒はいけませんね、と怖い顔をされた後に、旦那様がふと語調を変えて仰った。
「あなたのご飯とお小言が、体に馴染んでいましたから。それが無いのが奇妙に思えました」
「え…」
「寒かったですから、美果さんを抱っこしたかったです。あちらにはコタツもありませんでしたから」
入院みたいなものだと仰ったから、きっと殺風景な場所にいらっしゃったのだろう。
「自分で決めたとはいえ、5日もここを空けたのは、正直言ってきつかったです」
肩をなぞるように動いていた旦那様のお手に力が入り、私はギュッと抱き締められた。
「学会に行くふりをしていましたから、出発前に閨のことをお願いするわけにも、いかなかったですし」
…そういえば、かれこれ2週間はしていない気がする。
「知らない人々の中で5日間生活するのは、とても心細かったのです」
どこか迷いのある手つきで、旦那様が私の背を撫でて呟かれる。
誘いたいのなら、もっと力強く、有無を言わせない態度で誘ってくれればいいのに。
こういう場合、旦那様の態度から感じ取って、したいんですかとかいいですよなどと、私が言葉を掛けるのが常だ。
でも、今日は黙っていよう。
この方の言葉でちゃんと聞いてみたいし、嘘をつかれた腹いせもある。
「それで…美果さん。ですから…あの……」
途中までは言えるのに、大事な一言が言えないのか。
困っておられる旦那様の耳たぶが、真っ赤になっているのが見て取れた。
こういう時のこの方は、非常に初々しくて可愛いと思う。
いざ事が始まれば私を恥ずかしがらせるのが好きなくせに、男性というのは本当に不可解なものだ。
「美果さん、ええと…。ひ…久方ぶりに、お手合わせ、を…お願いします!」
待ち疲れるくらいの時間を掛けて、旦那様がやっと言いたい言葉を発された。
勢い余ったのか最後は大声になって、はあはあと肩を上下させられている。
申し訳ないけど、すごくおかしい。
「お手合わせ」だなんて、まるで武士が剣の相手を頼んでいるみたいだ。
さっきまで泣いていたのが信じられないくらい、私は一気に愉快になってしまった。
「…美果さん。笑うなんて、ひどいです」
私がお腹を抱えているのにムッとしたのか、旦那様がすねたように抗議してこられる。
「す、すみません…。でも、あはははっ!」
だめだ、旦那様のなさりようが面白くて、笑いがどうやっても堪えきれない。
こんなんじゃ、気分を害されるに決まっているのに。
「……やっとの思いで言ったのに」
「え…んんっ!」
抱き締められる力がふっと緩んだと思ったその時、私はあごを掴まれて旦那様に素早く口づけられていた。
びっくりして押し返しても、笑われたのが余程悔しかったのか、旦那様は私を離しては下さらない。
「んっ……っは…ん……」
いつも優しいキスを下さるこの方が、こんな噛み付くようなキスを仕掛けられるのは初めてだ。
そんなにお気に障ったのかと、焦りと驚きで私の頭はオーバーヒートしてしまった。
私がされるがままになるのを感じて、仕返しができたと踏んだのか、旦那様がそこでようやく唇を離される。
呼吸が急に楽になって、私は必死に呼吸して酸素を求めた。
いやだ、不意打ちだったのに、今のキスで早くも下腹の辺りがじわじわ熱くなってきている。
それが疼きに変わる前に、どうにか止めようとそこを押さえた手を、旦那様が掴まれた。
「今日は、いやとかだめなどは無しです。言われても、きっと止まらないと思います」
少しだけ申し訳なさそうに仰って、旦那様は私の着衣に手を掛けて脱がされた。
コタツを向こうへ押しやってできたスペースに押し倒され、間髪をいれずに覆いかぶさられる。
「今度、あの首飾りをつけて見せてください」
私の髪に手を触れて言われた後、旦那様はもう一度キスを下さって、私の体を下に向かって唇でなぞりはじめられた。
「あっ…んん…あ…やぁ……」
慈しむように胸を触られ、声が甘くなる。
絶対に、私の体は以前より敏感になっていると思う。
「美果さん」
優しく私の名を呼んで、旦那様が乳首に舌で触れられる。
そして。
「ひゃあんっ!」
前触れ無くそこに歯が立てられ、快感に蕩けかけていた私の体に場違いな緊張が走った。
すごく痛いわけではないけれど、固い物がそこに当るのは何だか怖い。
「旦那様…う……」
「さっき、僕を笑った罰ですよ。大丈夫、強く噛んだりはしません」
ちょっと楽しそうに言われてしまい、私は先程の自分の行動を心底後悔した。
普段生意気な私が怯えるのがお気に召したのか、旦那様が何度も同じ事を繰り返される。
「旦那様っ…ごめんなさい。だから、それ…いや……」
必死で身をよじってその責めから逃れた私は、自分の体を抱くようにして隠した。
「いや、は無しです」
さっきと同じ強い力で、旦那様が私の手を外させて、シーツに押し付けてしまわれた。
また噛まれる!と冷や汗が背筋を流れたが、今度はそこを舌で柔らかく舐め上げられてまた声が甘くなる。
その気持ち良さに、緊張でこわばっていた私の体はまた蕩けはじめ、抵抗する気力はいとも簡単に摘み取られた。
「あんっ…あ……ひゃあっ…ん…あんっ……」
舌と指先で交互にそこを刺激されると、声を抑えることができない。
痛みで緊張していた体にいきなり優しく触れられると、いつもの何倍も感じてしまう。
こういうのを、アメとムチっていうんだろうか。
「ん…あっ…あ……」
乳首を舐めながら、旦那様が指で私のお腹を撫で下ろされる。
みぞおち、おへそを通り抜け、向かうのはもっと下。
胸への刺激だけでうっとりしていた心身が、別の場所に触れられる期待に騒ぎはじめる。
きっともう、旦那様の指が向かう場所は濡れているに違いない。
「今日の美果さんは、素直ですね」
少し嬉しそうに仰った旦那様が、やっと指をその場所に届かされた。
軽く撫でられただけなのに、そこが潤みきっているのが自分にも分かるなんて、ひどく恥ずかしい。
はしたない女だと、旦那様に思われてやしないだろうか。
「旦那様……」
でも、どうにも我慢できなくて、私は鼻にかかった声で呼んで、ねだるような所作をしてみせた。
もっと触ってもらわないと、胸への愛撫だけでそこがそんな風になってしまったのがバレてしまう。
だから、早く。
指先で軽くなぞるだけじゃいやだ、いっぱい触ってほしい。
私は手を下へ伸ばし、祈るような気持ちで旦那様のお手を掴んで、そこに押し付けた。
「美果さん?」
普段はこういうことをしない私が今日は違うのが珍しいのか、旦那様が少しびっくりされる。
もう、奇妙に思われても構わないから、もっと触ってほしい。
そんな強い望みが体を支配して、胸がギュッと切なくなった。
閨のことが途絶えて、私は心のどこかでこの方に触れられるのを待っていたのかもしれない。
学会だから自重なさっているのだと思いつつも、求められない淋しさのようなものが胸にあったのは確かだ。
だから、今こうして触れてもらって、気持ち良さだけではない喜びの感情が全身に満ち満ちている。
このまま抱いてもらって、2人で同じ快感を共有できたなら、どんなに素敵だろう。
「旦那様。もう、下さい……」
湧き上がる欲望に操られ、私は短く言葉を発した。
いつもなら、何てことを言ったのかと大慌てになって、火消しに躍起になるところだ。
「分かりました。僕も、これ以上の我慢は苦しいです」
旦那様が準備をされる気配を感じ、私は心の中で早く早くと唱えた。
今日は素直になりますから、早く。
「いいですね?」
私の返答を待たず、旦那様が一気に腰を沈めてこられる。
貫かれ、アレが私の隙間を埋めるのが、ひどく心地良かった。
全て入りきったところで、旦那様が私の額に軽く口づけられる。
「…何だか、ひどく久しぶりのような気がします」
ですから、あまり長くもたないかもしれませんと、旦那様は自信なさそうに呟かれた。
お屋敷にいた頃、閨で体を開く私を省みることも無く、ご自分の良いようにだけ動かれていたことがふと頭をよぎる。
しかし当時と今は違う、もうこの方は私のことを置いてけぼりにはなさらないはずだ。
「じゃあ、いっぱい我慢してください。『小憎らしい美果より、先にイってなるものか』って」
「それは難しいですね。美果さんが小憎らしいのは、口先だけのことですから」
旦那様の言葉にえっと息を飲んだ次の瞬間、私は吸ったばかりの空気を全て吐く羽目になってしまった。
いつになく力強い動きで、旦那様が腰を使われはじめたから。
「あっ、ああんっ…くうっ…あ…」
だめだ、旦那様に我慢してと言ったくせに、すごく気持ちがいい。
アレが奥まで押し込まれるたび、閉じた瞼の裏で火花が散るのが分かるくらい。
2週間振りなのに、すぐイくのはいやだ。
「旦那様っ…。もっと、ゆっくり……」
力の入らない手でお胸を押し返して訴えると、旦那様は荒い息もそのままに口を開かれた。
「美果さん、今日は2回しましょう。止めろといわれても、自分でもどうしようもありません」
「そんな…。あっ、ああっ!」
脚をぐいと持ち上げられ、より圧迫が強められて私は悲鳴を上げた。
待って、いや、やめて。
とにかく一度動きを止めてほしくて、思いつくだけの言葉で頼んでも聞き入れてはもらえなかった。
もうだめ、我慢の限界。
「あっ……あ……あああんっ!!」
旦那様のアレを一際強く締め付けた瞬間、私はあっけなく達してしまった。
全身が痺れたようになり、がたがた震えて呼吸さえもままならない。
私がそんな風になっても旦那様は尚も動き続けられ、しばらくしてようやく低く呻いた後、一切の動きを止められた。
……頭がぼうっとする。目が霞んで、手足の先から血の気が引いたみたいに冷たい。
達した後の余韻が、今日はやけに尾を引いて私を翻弄した。
過ぎた快感は、体の機能を鈍らせてしまうものらしい。
イった気持ちよさはどこへやら、私は知らない場所に一人ぽつんと残されたかのように、耐えられないほど心細くなった。
「美果さん」
後始末を終えられた旦那様が、隣に横になって私を背後から抱きしめて下さった。
その温もりを感じ取ると、体が変なのが徐々に治まって、私はようやく落ち着くことができた。
「しばらく、こうしていましょう」
旦那様が耳元で囁かれるのに、素直に頷く。
そういえば、旦那様は治験の話の折に「美果さんを抱っこしたかった」と仰っていたっけ。
こうしてもらうと、私もひどく安心できる。
体に回ったお手を掴んで肌に押し付けると、旦那様はふうと息をついて私のうなじに唇を寄せられた。
「今日の美果さんは、積極的ですね」
何度も軽くキスされながら、微笑を湛えた声で旦那様が仰る。
「そんなこと、ないですけど」
「いいえ、あなたの口からあんな言葉が出たのは、初めてではありませんか?」
「あっ……」
そういえば、熱に浮かされて、ひどくはしたないことを言ってしまった気がする。
「あれは、その…」
「僕は嬉しかったですよ。求められるのは、ひどく気分がいい」
言葉に詰まる私の胸を、旦那様のお手が包み込んだ。
柔らかく揉まれて乳首を指の腹で擦られ、危機感が頭をよぎる。
そんな風にされると、またしょうこりもなく感じてしまうのに。
「ん、やだっ。いや……」
さっきつい口走ってしまった言葉も、今こうして旦那様が得意気になさっているのも不満だった。
どうしてだか分からないけれど、この方が私より優位に立たれると、ひどく居心地が悪くなるのだ。
「美果さん。そんな風になさると、僕は煽られているとしか思えませんが」
お尻をもぞもぞさせて旦那様の腕から逃げようとする動きが、思わぬ影響を与えたのだろうか。
腰の辺りに当っていた旦那様のアレが、また固さを持ち始めたのを背後に感じた。
「もう一度、いいですね?」
「え…あっ!」
旦那様の指が下半身に届き、私の敏感な肉芽を探り当てて円を描くように撫で回す。
さっきはほとんど触れられていなかったから、その刺激はとても大きくて、私の頭のてっぺんにまでジンと響いた。
「やぁん…あ…ああ…ん……」
その指が、私の口からじっとりと湿った喘ぎを引き出していく。
さっきは抵抗していたはずなのにと思っても、これでは勝ち目など無くなってしまう。
触れられた場所に生まれた疼きと熱が全身を覆いつくし、私はまた欲しくなってしまった。
私のこの体は、本人の意思とは裏腹に、どんどん旦那様の都合の良いように変えられていくようだ。
「美果さん、力を抜いて」
胎児のように縮まる私の耳元で、旦那様が仰るのがくすぐったい。
「もしかして、本当にいやですか?さっきので疲れましたか」
体をこわばらせたままでいると、少し心配そうに尋ねられてしまった。
最近は閨の時に意地悪な部分を垣間見せられることもあるが、この方は元々ひどく優しい方だ。
だから、私が体を支配する熱と戦っているのを見て、心配してくださっているのだろう。
でも、こういう時にはさっきのように、少々強引に事を進めてくれたほうがいいのに。
「…2回っていう約束は、ちゃんと覚えています」
私が小さく呟くと、旦那様は安心したように頷いた後、私の片脚を持ち上げられた。
そのまま背後からゆっくり貫かれ、私の口から小さい呻きが漏れる。
「温かいですね。こうしているだけでも、いい気持ちです」
さっきは、味わうこともせずすぐに動きましたからね、と旦那様が申し訳なさそうに言葉を続けられる。
「今回は、僕にも余裕があります。さっきのようなことはしません」
旦那様が、ゆっくりと腰を使いながら、私に言い聞かせるように呟かれた。
緩やかに大きく動かれると、性急に昇りつめさせられた時よりも、もっと深くつながっている感じがする。
旦那様のアレが中を往復するたび、何ともいえない満足感のような物が私の胸に生まれ、どんどん膨らんでいった。
いつもは正面から抱き合ってばかりだったけど、後ろからというのも、いいかも。
「あんっ……あ……うんっ……」
ひどく心地良く揺さぶられながら、私は一歩一歩高みへと押し上げられていった。
一度目のセックスがジェットコースターだとすれば、今は観覧車に乗っているような気分。
旦那様とぴったりくっ付いて、肌の感触や息遣いに浸りきる余裕がある。
「あ……旦那様、気持ちいい……」
視界に霞がかかったようになり、口からは今までに発したことのないほどうっとりとした声が出てくる。
日頃の悩みとか不安とか、そういった物は全てどこかに隠れてしまって、かけらも見えなかった。
「美果さん、そろそろ…いいですか?」
乱れる息の合間に問われるのに頷いて、私は覚悟を決めて目をつぶった。
「あんっ…あ…あ……んんんっ!」
弱い場所を狙いすましたかのように突き上げられ、もう一度絶頂に達する。
旦那様のそれもほぼ同時だったようで、あの方も腰の動きを止められ、私のうなじにもう一度唇を寄せられた。
一度目とは違い、達した後の余韻がすごく気持ち良くて、私はしばらくただ黙っていた。
体のどこにも違和感が無くなり、リラックスしていて、まるで雲の上に乗っているかのようだ。
旦那様も、体のつながりを解かれた後、同じように静かになさっていた。
ふと、先程頂いたペンダントのことが頭をよぎる。
嬉しかった、ありがとうという感謝の気持ちを私はまだ伝えていない。
大声を上げたことも謝らなければと思い、私は寝返りを打って旦那様の方を向いた。
「旦那様。プレゼント、ありがとうございました」
人にお礼を言う時は、相手の目を見てはっきりと。
小さい頃に母がそう教えてくれたことを思い出し、きちんとそうすると、旦那様は私を見て眩しそうに目を細められた。
「その分だと、返品に行く気は無くなったのですね?」
「…はい。早とちりして、失礼を言ったことをお詫びします」
プレゼントをしようと思って下さったことも、それを叱ってしまったのも、申し訳ない。
私が神妙な顔をすると、旦那様はそれを見て、気にするなという風ににっこりと微笑んで下さった。
「いいんですよ。あなたがきつく叱ったのは、僕のことを思ってのことだと分かっていますから」
「…はい」
「首飾りを一目見た瞬間、あなたは本当に嬉しそうな顔をしてくれました。あれが、本心なのでしょう?」
そうだ、何年ぶりかのプレゼントってだけでも嬉しかったのに、とても可愛らしいペンダントだったもの。
「あれだけで僕は満足ですよ。嘘をついてまで、治験に行った甲斐がありました」
そのお言葉に、さっき取り乱したことを思い出して、自分の頬に血が昇るのを感じた。
ここで何を言っても言い訳になるだろうが、あの時は本当に心配だったのだ。
旦那様は大丈夫だと仰っても、注射針の跡を見つけた時は心臓がギュッと縮んだ。
もうあんなことは二度と御免だ、それをちゃんと言っておこう。
この方が私のために痛い思いをされるのはいやだし、私の目の届かない所で何日も過ごされるのは心配だから。
「旦那様。もう、治験には行かないでくださいね。プレゼントも今回が最初で最後にしてください。
何も贈って下さらなくても、私を喜ばせたいというお気持ちだけで十分ですから」
もう一度旦那様の目を見て、自分の気持ちがちゃんと伝わるように心を込めて話した。
「そうですか、美果さんが仰るのなら、考えておきましょう。
しかし、今回のことは許してください。あれが目に入った時は、美果さんにとしか考えられなかったものですから」
ペンダントを見つけた時のことを思い出したのか、旦那様はまた目を細めて言われた。
私も女の端くれだから、アクセサリーをもらうのは本当はとても嬉しいのだ。
しかし、そのために旦那様に自分の身を犠牲にするようなことは、してほしくない。
この分だと、今後もこの方はまた私に何か贈ってくださる気になるだろう。
私と旦那様の、どちらにも得になるような妙案は、何かないものだろうか。
「あっ!」
その時、私の頭に突如、稲妻のようにまばゆい閃光を伴ったアイデアが浮かんだ。
これだ、これしかない。
「旦那様、ノーベル賞です。ノーベル賞を取ってください」
私がお手を握って一息に言うと、旦那様は不意を突かれたのか、きょとんとなさった。
「ノーベル賞が、どうしました?」
「私、それがいいです。ほら、今年はまた日本人が、なんか取ったんでしょう?」
「ええ。物理学賞と化学賞ですね」
さすが旦那様だ、先輩学者に敬意を持ってきちんと記憶なさっている。
「ね、旦那様もあれ取って下さい。そうすれば私は、『うちの旦那様がすごい賞を取った』って誇れます。
物じゃなくて、喜びをプレゼントをして下さい。それなら、旦那様はどこも痛くないし、ご自身の名誉にもなるでしょう?」
この方がノーベル賞をお取りになれば、たぶん賞金もつくだろうから、もう少しいい所へ引っ越せるだろう。
もしかしたら、池之端家のお屋敷を取り戻されることも叶うかもしれない。
ああ、なんていい考えなんだろう。明日にでもそうならないものだろうか。
一気に楽しくなってしまった私の頬を、旦那様が指でつつかれた。
「美果さん、それは無理です」
景気のいい想像がしぼむくらい冷静に釘を刺されて、私は何でですかと問い返した。
「あれは、僕のような若造が取れるような賞ではありません。
たとえ良い研究をして世のため人のために今すぐ結果を出したとしても、あの賞をもらえるまでには何十年も掛かるのです」
「何十年、ですか……」
それでは、旦那様も私も老人になってしまう。
なんだ、せっかくいい案だと思ったのにと、私はがっくりと肩を落としてしまった。
「僕に、ノーベル賞を取ってほしいんですか?」
黙ってしまった私の手を、旦那様がギュッと握り返される。
ええと、それじゃなくてもある程度名誉があって、賞金がなるべく豪華なやつなら何でもいいんですけど。
そうとは言いかねたので、私はただ頷くだけにとどめた。
「それならば、僕を折に触れて叱咤激励してください。あなたに尻を叩いてもらえば、きっと頑張れると思います」
「本当ですか?」
旦那様のお言葉に、私は再び気持ちが華やいできた。
「ノーベル賞の賞金は、たしか日本円で1億数千万円だったはずです。それがもらえれば、あなたに楽をさせてあげられる」
「1億、数千万…」
「ええ。宝くじの一等賞よりは、安いですが」
確かにそうだけど、足りない分は名誉で十分補えると思う。
うまくすれば、国内でも何か賞をもらって、その賞金が入ってくるかも。
これは、ぜひノーベル賞を取ってもらわねばならない、何としても。
「旦那様。賞金が入ったら、もう少し広い所に引っ越しましょう。いえ、それだけあれば一戸建てだって買えちゃいます」
胸を弾ませて私が言うと、旦那様は頷いた後、ふと表情を引き締められた。
「そうですね。しかし、賞を取るために研究をするのではありませんよ。
ただ学問を愛し究めたい、世のため人のためになる発見や発明をしたいという気持ちが無ければ、研究はできません」
いかにも学者様らしく、謹厳な面持ちで旦那様が仰る。
楽しい未来に夢を馳せているんだから、水を差さないでほしいのに。
「研究の動機はお任せします。なるべく早く、お願いしますね」
「はい」
「あんまり待たせると、私、その賞金を持って一人で逃げてしまうかもしれませんよ?」
急かすための冗談を言うと、旦那様はおやおやと言いながら、やっと楽しそうに声を立ててお笑いになった。
「それは、楽しそうですね。外国へ逃げるのですか?」
「いえ、私は日本語しかできませんから、国内のどっかだと思いますけど」
「そうですか。それでは美果さんが逃げたら、僕は賞の取材に来るカメラに向かって呼びかけることにしましょう。
『美果さん、あまり無駄遣いしてはいけませんよ、きちんと計画を立てなさい』と」
「えっ、金返せって言わないんですか?」
信じられない。私だったら地の果てまで追いかけてお金を取り戻すのに。
「僕が賞をもらえるような年まで、美果さんが傍にいてくださるのなら。
あなたのその働きはきっと、賞金を丸ごと差し上げるのに値するくらい、素晴らしいものでしょうから」
まるで本心からそう思っているように邪気の無い瞳をして、旦那様が静かに語られる。
褒められるよりけなされる数の多い人生を送ってきた身には、そのお言葉が受け止めきれないほどに眩しかった。
「…そうですね。私は今旦那様に一銭も頂いていないのに、朝に夕にお世話をしているんです。
賞金が入れば、未払いの給金をそこからきっちり頂きますからね」
「ええ、そうなるように僕もせいぜい頑張って、美果さんがしびれを切らさないうちに結果を出したいものです」
憎まれ口しか言わない私と、それにも誠実に答えを返してくださる旦那様。
今はボロアパート暮らしでも、将来の夢を描くくらいの元気は持ち続けていたいものだ。
「じゃあ、未来の受賞者様。もう遅いんで、さっさと寝てください」
「はい、分かりました。それではお休みなさい」
旦那様はもう一度柔らかい笑みを見せられ、私を引き寄せて目を閉じられた。
胸に抱かれて閉じた瞼の裏に浮かんだのは、頂いた真珠のペンダントのこと。
私も何かいい物を買って、お返しに旦那様にプレゼントをしよう。
喜んでもらえる物を考えて、思いつくままに頭のままにリストアップしていく。
そのスピードが次第にゆっくりになり、そして、とうとう私は眠気に足を取られて、何も思い浮かばなくなってしまった。
考えるのはまた今度にしよう。
とりあえず、明日はまた、旦那様の好きなうんと甘い卵焼きを作ってあげなければ。
そう決めて、気持ち良さそうに眠っておられる方に身を寄せ直し、私は優しく温かい眠りの中に引き込まれていった。
──第5話 おわり──
やべー。この甘さ、パネェ。
なんだろう、よくわかんないけどほんわかした。慎んでGJなんだぜ。
……たしか、投下始めてじゃなかったか、貴方。
レベル高すぎです。
続きキタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!
なんか一瞬最終回かと思ったけど、まだ続くみたいで一安心
美果さんの初めてのおねだりに悶えるww
>ええと、それじゃなくてもある程度名誉があって、賞金がなるべく豪華なやつなら何でもいいんですけど。
吹いたwwww
>>257 相変わらずGJ! 素晴らしいの一言です
あと作品にケチをつけるわけじゃないけど、治験は体質とか薬の種類によっては終わってからもしばらく
調子悪くなったり
するから、これを見てやってみたいと思った人は一応注意して下さいね
まあそういう人は大抵事前の検査で引っかかるんだけどさ
甘ぁぁぁぁぁぁああい
夜中になんてモンを読ませてくれるんだ
甘すぎて歯と骨が溶けちまうじゃねえかGJ!
ああそれにしても美果さんが可愛いなあ
旦那様もガンバレ
二回と言わず三回でも四回でもw
ぐぐぐぐぐっじょぶ!!!!!
GJ!
こたつの活躍に期待
GGGGGGJー!!
美果さんスゲー可愛いけどやっぱり少しバk(r
GJ!
あれ?俺甘スレに居るのか?ここメイドスレだよな・・・?
GJぅ!
どっちも健気で可愛いよなぁ…もう萌えて仕方ないw
ちょっとアパート借りてくる
GJ !
…電子レンジでチンする湯たんぽがあるとは、知らなかった。
どこかで目にしたら買ってみよう。
去年寒いので二つ目の湯たんぽを買ったけど
電気毛布のようにコンセントからとって電気で暖めるタイプ。
ふにゅふにゅしてるし軽いから、腹の上にのっけるとなかなか。
金属入っているから、これをチンすると爆発するよなぁ…
>>257 いつもながら素晴らしいと思います、GJです!
性描写でエロより、二人の信頼感が表現されてるのがスゲーです。
キモ
キモ…チが温かくなる良作だといいたいんだろ。
わかるよ。
寒い日にはメイドさんとおこたでだらだらしたいですな
美果さんシリーズ最高。
淡々とした語り口と、甘々な内容のギャップがたまらん。
テンプレ通りのえせツンデレが蔓延る中で、真のツンデレを見た気分だ。
結婚式に向けてパタパタしてる小雪ちゃんがみたい
修一郎さんにふりまわされるスミレさんもいいけど
「蒙を啓かれたような気持ちです」
「女性の品格を切り売りするような」
「貫一お宮にも劣らぬほどの愁嘆場」
たまに出てくる古風な表現がいい。
文章もきれいだし、作者はものを書くのにそうとう慣れた人と見た。
>>278 一番乗りでGJつけさせてもらいます。
確かに長かったけど、面白くて読み進めるのが惜しかったです。
結婚の約束から、順を追ってだんだんと「若奥様」にふさわしくなっていく小雪が可愛かった。
周囲の人も温かいし(楽しくも面白くもあるし……康介とか)、人に恵まれてよかったねと言いたいです。
本当にお疲れ様でした。
これだけ書いたんだから、大変だったと思います。
すみれさんのお話も、楽しみにしてるんで、また頑張ってください。
>>278 GJ!
ほんわかとあったかな気持ちになれた気がします。
なんか、うまくいえないけど、
ありがとうございました。
GJ!
しかしナイス寸止めだぜ…orz
なんて幸せそうなんだろう
なんて幸せそうなんだろう
なんて…
284 :
名無しさん@ピンキー:2008/12/09(火) 20:56:47 ID:bmuj2RVq
>>278 若奥様になろうと女主人になろうと小雪は小雪なんだな。
GJだ!
>>278 読ませていただきました。微笑ましいというか、幸せそうで良かったです
お疲れ様でした
この幸せっぷりに全俺が泣いた。
消える前にぜひ保管をお願いしたい。
289 :
名無しさん@ピンキー:2008/12/11(木) 21:07:53 ID:KWnJQmUu
>>278 よかったです!!
本当によかったです!!
小雪のまとめとかありませんかね?
初めのところが見たいです・・・
ほしゅ
め
い
じ
き
第6話です。
今回、美果はメイドらしいことをしていないので、興味の無い方は回避してください。
「美果さん、パーティーに行きませんか」
12月に入った頃、旦那様が前触れなく私を誘われた。
聞けば、旦那様の長年のご友人、弓島(ゆじま)様のお宅で、今月中旬に恒例のクリスマスパーティーがあるのだという。
弓島家といえば、池之端家と肩を並べるほどの名家だ。
「無理です!メイドに紛れるならともかく。大体、服や靴はどうするんですか」
そう言ったのに、旦那様は「弓島には妹がいるのです、彼女の服を貸してもらえばいい」と暢気に仰った。
年頃の女の子が、知らない女に服を貸すなんて嫌がると思うけど。
「美果さん」
浮かない顔をする私に、旦那様が静かに呼びかけられた。
「ああいう場には、2人で行くのがルールなのです」
「えっ?」
旦那様も、毎年誰か女性を連れて出席されていたんだろうか。
「あの、去年までは…」
「兄と2人で行っていました」
仰った言葉を聞いて、私の背筋がひやりと冷たくなる。
この方は、もうお兄様と2人でパーティーに参加することはできないのだ。
知らなかったとはいえ、まずいことを尋ねてしまった。
大事なご友人宅のパーティー、しかも毎年ご参加になっていたのなら、ぜひ行きたいと思っていらっしゃるに違いない。
私が承諾すれば丸く納まるのなら、ここははいと言うべきなのだろうか。
「ああ、忘れていました。弓島家のシェフは、ひどく腕利きなのです」
揺れる私に、新たな手で攻勢がかけられた。
なんでも、弓島家のパーティーメニューは、名家のそれの中で3本の指に入るほど素晴らしい物らしい。
「オードブルにサラダにパスタ、デザートに至るまで、お抱えのシェフが腕によりを掛けて抜群に美味しい物を作るのです。
ワインも、弓島家所有のワイナリーで醸造された、質の良い物が供されるのです」
こう言われては、ぐらっと来るのも当然のことだと許して頂きたい。
「泊めてくれるそうですから、夜と翌朝の食費が浮くことになりますね。帰りにはお土産もありますよ」
駄目押しの一言を食らい、私はとうとう押し切られて、旦那様のお供をする羽目になってしまった。
そしてパーティーの当日が来て、旦那様と私は普段着のままアパートを出た。
旦那様の礼服はあるのだが、さすがにきらびやかな格好で電車には乗れない。
目指す弓島家のお屋敷に到着すると、ご次男の透様とその妹の香織様が出迎えて下さった。
お2人と旦那様は面識があるので、私だけが部外者ということになる。
しかしさすが名家にお育ちになった方は違い、お2人は私のような者にも、しごく愛想よく接して下さった。
「香織さん、お願いしますね」
「ええ。パーティーの時間までには、何とか」
旦那様は香織様に私を託され、透様と共にあちらの部屋へ行かれてしまった。
よそのお宅で私を一人にするなんて、ひどい。
「私の部屋へ行きましょう。こっちよ」
さっさと歩かれる香織様に、私は慌ててついて行った。
「さて。ヘアメイクの前に、何を着るか決めましょう」
香織様が、自室のクロゼットを開けられると、そこには色とりどりの洋服が整然と並んでいた。
どれもこれも、名家の女性にふさわしい高級な物であることが一目で分かる。
本当に、私なんかがお借りしていいのだろうか。
「鏡の前に立って。ほら、ぼさっとしないで」
いつも私が旦那様に言うようなことを、今日はこの初対面の方に言われている。
「あなた、私より小柄だから。私が少し前に着てたのがいいかしら…」
そう言って、香織様はクロゼットの「少し前に着ていた物」ゾーンに手を伸ばし、豪快にドレスを何着か掴んで取り出された。
そしてまるで映画の早送りのように、私の体に次々と当てて似合うかを見て、不可だと脇の小机に重ねられていく。
いくらも経たないうちに、そこにはきらびやかなドレスのミルフィーユが出来上がった。
「あ、これがいいわ。ほら!」
香織様が、ある一着を私に当てられた瞬間、表情をパッと明るくされた。
「ねえ、どう?似合うと思わない?」
「は、はあ…」
香織様が勧めて下さったのは、肩が大きく開いた薄いパープルのドレスだった。
ちょっと大人っぽ過ぎるデザインだと思ったのだけど、どうやら雰囲気的に、私に発言権は無いらしい。
「じゃ、これね。着るのは後でいいから、その前に体のコンディションを整えないと」
「え、体調はいいですけど…」
「違うわよ。眉とか襟足とか、あなたいい加減に処理しているでしょう」
ぴしゃりと言われ、反論できずに下を向く。
日々の忙しさにかまけ……という建前で、気合を入れていないのは確かだ。
「服を貸すのは私なんだから、レンタル料代わりに好きにさせてもらうわ」
そう宣言され、香織様は楽しみでならないという風に微笑まれた。
そして私は、香織様の指導と叱責のもと、体のあちこちの手入れから始めることになってしまった。
眉を整え、肘や膝の角質を落としてクリームをすり込み、体中の産毛を剃ってマニキュアを塗って。
ようやくドレスを着る許可が下りた後は、香織様の手によって、今までしたことがないようなヘアスタイルになった。
ヘアアイロンで髪を巻き、高く結い上げてヘアアクセサリーで留められ、何やら光る粉まで振り掛けられて。
香織様はまるでプロの美容師のように、私を一般人からパーティー仕様へと変身させて下さったのだ。
「これでいいわ。私も準備するから、あっちで待ってて頂戴」
私のメイクを終えて、会心の笑みを浮かべた後、香織様はご自分の準備に取り掛かられた。
窓ガラスには、きょとんとした顔でこちらを見ている、知らない人の姿が映っている。
全く実感が無いのだが、どうやらこれが、きちんと体を手入れして着飾った時の私らしい。
池之端家のお屋敷にいた頃は、清潔感を保つだけの最低限の身だしなみはしていたが、使用人だから華美にはしなかった。
しかし今は、メイクで顔の上に一枚皮が増えたみたいだし、結い上げた髪の重みで肩凝りになりそうだ。
待つことしばし、ご自分の準備を済まされた香織様が、私の座るソファの方に来られた。
日頃のお手入れに抜かりが無いから、こういう時にも短時間でお支度が整うのだろうか。
すらりとしたお体に優雅なドレスをまとわれ、ヘアもメイクもまるで本職が手を掛けたように美しく決まっている。
本来、女というのはこうあるべきなのだと、私は香織様を見て少し反省した。
「ねえ。池之端さんは、新しい住まいでちゃんとやっていらっしゃるの?」
「えっ……」
私の対面に座り、運ばれてきたお茶を一口飲んで、香織様は興味津々といった様子で口を開かれた。
「あなた、メイドなんでしょう?池之端さんはあんな感じだから、じれったく思うこともあるんじゃない?」
「はい、それはもう」
最近は旦那様をガミガミ怒ることも少なくなったが、全く無いわけではない。
「私、あの人は昔から知っているけど。ちょっと世間からずれている所があるじゃない?」
「はい」
「私、あの人と一緒に暮らせって言われたら、きっと3日ももたないわ。あなた偉いわね」
忠義心に満ちているならまだしも、日頃あの方に無礼極まりない態度を取っている自分が、褒められるのは妙な気分だ。
「別に、偉くなんてありません。慣れですね、もう」
私が言うと、香織様はさも面白そうに声を立ててお笑いになった。
「慣れ、ね。本当にそうかもしれないわ」
「はい。私にしてみれば、女の身だしなみに慣れていらっしゃる香織様の方が、何倍も偉く思えます」
「そうかしら」
「ええ、まるでプロの人みたいだって思いました。将来はそっちの道に進まれるのですか?」
私が素直に人を褒めるのは、実はとても珍しい。
場に溶け込むためのお世辞やお上手を言い慣れたこの口から、本心が出たのは久しぶりのことだ。
しかし香織様は、私の言葉にサッと表情を暗くされた。
「仕事、ね。私の将来の仕事はきっと、着飾って微笑んで、何も考えずにいることだと思うわ」
「え……」
「大学を出てしばらくしたら、父にとって都合のいい人のところへお嫁にやられるに決まっているもの」
その言葉を聞いて、私は今しがたの己の発言を舌を噛み切りたくなるほどに後悔した。
そうだ、名家にお生まれの女性は、自分のやりたいことを追及できる立場にはないのだ。
「すみません。私、何も考えてなくって……」
飾り立てて頂いて華やいだ気分もどこへやら、私は心底落ち込んで謝った。
この方は、私みたいなお気楽な庶民とは違うから、よく考えて会話をしなければいけなかったのに。
「いいのよ。気にしないで頂戴」
「でも……」
「素直に褒めてくれたんだもの。それを怒ることなんて、しないわ」
香織様のフォローの言葉が、胸に痛かった。
「それよりも、ねえ。私、本当に上手だと思った?お世辞じゃなくて?」
「はい。お若いのにあんなにお出来になるなんて、びっくりしました」
問われるのに、私は素直に頷いた。
同い年なのに本当にすごいと、心から関心していたから。
「ありがとう。私もね、こういうのが仕事になればいいなあって、本当は思っているの」
「そうなんですか?」
「ええ。だから今日だって、母がサロンに誘ってくれたけど、断って自分でやったのよ。
人様のスタイリングも初めてだったけど、楽しかった。終ったばかりだけど、またやってみたいわ」
「ありがとうございます」
「これが仕事となるとそりゃあ辛いだろうけど、きっと、楽しくもあると思うの」
どこか夢見るような瞳で仰った香織様を見ると、本当にこういうことが好きなのだというのがよく分かる。
「香織様。それなら、やってみればいいんじゃないですか?」
私が言うと、香織様が目を大きくみはられた。
「大学に通われているんでしょう?それなら、まだ時間はあります。
よそのお嬢様が海外留学されるみたいに、香織様は美容の勉強をなさればいいんです」
旦那様を見ていると、大学は大変だろうなと思うけれど、並行してもう一つ何かをやるのは不可能ではない。
「中途半端に諦めると、きっと将来後悔するんじゃないでしょうか」
「そんな経験があるの?」
「ええ。私も、せめて高校くらいは出ておけばよかったと、何度も後悔しました」
中学を出てすぐ池之端家でメイドになったのは、居場所の無い実家から逃げ出すための手段だった。
あの時はこれが精一杯だったのだが、お屋敷をクビになって以後の職探しには難渋した。
まず学歴ではねられ、面接が1分以内で終ったことも何度もある。
「同い年なのに頑張って働いているなんて、偉いなあと思うんだけど」
「ありがとうございます。でも、そうは思ってくれない人もいますから。
それに、後悔の種があると『あの時こうしておけば』って、いつまでもいじいじ考えてしまうんです」
「そうなのね。確かに私も、いつまでもしつこく悩むタイプだわ」
こんなに明るいオーラをまとわれているこの方でも、そうなのだろうか。
「後悔の種、ね。確かにそんな物、無い方がいいわよね」
「はい」
「分かったわ。もう一度ちゃんと考えてみる」
香織様の表情が引き締まり、頷いて下さったのを見てホッとする。
この方に、好きなことを追求できる幸せが訪れますようにと、私は心から願った。
冷めてしまったお茶を淹れ直し、話を続けているうちに、日も暮れてパーティーの時間になった。
「あの、一旦お屋敷から出て玄関から入り直した方がいいんでしょうか」
問うと、香織様は首を傾げられた。
「別にそんなの、構わないんじゃないかしら。記帳は池之端さんが済ませてくれているでしょうから」
「そうでしょうか。旦那様、ボーッとしているから…」
お兄様とパーティーにご一緒なさっていた時は、その手の事は任せていらっしゃったはずだ。
「あ、今日はその呼び方、よした方がいいわ。『旦那様』って」
香織様がふと立ち止まって仰ったことに、私はどうしてですかと問い返した。
「だってそれじゃ、周りの人に奇妙に思われてしまうじゃない。だから今日だけは名前で呼ぶべきだわ」
「え、旦那様は旦那様であって、名前でお呼びしたことなんてないんですけど……」
「そうなの?でも広間で呼ぶのは無理よ。池之端さんに一切近付かないなら別だけど」
じゃあせいぜい食べて飲んで、旦那様の傍には行かないようにしよう。
香織様と階下へ降りると、美しく設えられた大広間には、すでに色とりどりに着飾った紳士淑女が笑いさざめいていた。
池之端家にいた頃、私は裏で洗い物やゴミの始末をするのが当たり前で、こういう華やかな場に身を置いたことはない。
自分一人が明らかに場違いであるように思え、私の足はひとりでに止まってしまった。
「緊張することないわ。堂々としてれば、見破る人はいないわよ」
だからしゃんとしなさい、私が腕によりをかけたんだからね、と笑って、香織様はさっさとあちらへ行かれてしまった。
せっかく、あの方に長時間掛けてここまで仕上げてもらったのだから、きちんとしなければ。
私は、目の合う人にどうにか愛想笑いを作ってみせ、目立たぬように壁際へ移動した。
そして大広間の中を見渡しながら、旦那様のお姿を必死に探した。
今日は近寄らないと決めたばかりなのに、慣れない場所に不安になって、誰かに傍にいてほしくなったのだ。
あちこち探してやっと見つけた旦那様は、透様の隣に立ち、何名かの方と談笑していらっしゃった。
落ちぶれてアパート住まいになったとはいえ、元々は良家の御曹司だから、場に馴染んでおられるのは当然のこと。
こちらに気付くこともなく、出席者と立派に社交をしていらっしゃる。
ご両親とお兄様の事故が無ければ、あの方はこういったパーティーにしょっちゅうお出になれたのにと思った。
華やかな場の雰囲気とは裏腹に、私の気持ちはずんと沈みこんでしまった。
間もなくパーティーのプログラムが始まり、暗いオーラをまとった女を気にとめる人がいなかったのが幸いだった。
弓島社長の開会の挨拶の後、乾杯が終ってお料理が運ばれだして、音楽も大きくなって場が賑やかさを増す。
旦那様が仰っていたとおり、お料理は一品一品がとても素晴らしくて、私は目が釘付けになってしまった。
弓島家のお屋敷は池之端家と同程度の大きさだけど、料理に関してはこちらの一本勝ちだ。
それを申し上げると、戻ってきて下さった香織様は笑って、デザートもパティシエの特製だから楽しみにしてと仰った。
浅ましいのは承知だけれど、そう言われると落ち込んでばかりもいられない。
私は早々に立ち直り、香織様が席を外された時を狙って、食欲全開で料理をお腹に納めていった。
人々の視線や意識の合間を縫い、テーブルに近付いて食べ、また壁際に戻る。
時折声を掛けてくれる人もいたが、素性がばれないように挨拶程度にとどめておいた。
そうして忍者のように立ち回っている間に、パーティーのプログラムはどんどんと消化されていった。
賛美歌、大きなクリスマスケーキのライトアップ、曲芸などの出し物、ビンゴ大会。
それらが終り、進行役が突如芝居がかった合図をした、次の瞬間。
会場のあらゆる照明が一斉に落とされ、大広間はいきなり真っ暗闇になった。
「今から皆様には、この中を歩き回って最初に手が触れた方とダンスをして頂きます。では、どうぞ!」
進行役の言葉に、私の全身から血の気が引いた。
そんな、いきなりダンスなんて言われても困ってしまう。
数年前にメイド教育の一環で少し習ったきりで、それから一度も踊っていないのに。
「パートナーが決まった方は、壁際へ寄って下さい。まだの方は、お部屋の中央でお相手探しをして下さい」
暗い中で進行役が煽り、周囲の人達が壁の方に移動する気配がする。
かくなる上はこの場から逃げようと、私は大広間の入り口へ向かい、すり足で移動を始めた。
私がいなくなればパートナーにあぶれる人が出るだろうが、足を踏むよりはいいだろう。
しかし、ようやくたどり着いた重厚なドアに手を掛けても、鍵でもかかっているのか、うんともすんともいわなかった。
まずい、これでは逃げられない。
「パートナーを獲得していらっしゃらない方、お早く!」
進行役が暢気に煽るのに心の中で毒づいて、どうしようか途方に暮れる。
その時、不意に傍で誰かが転んだ気配がした。
ドシンという音に周りが笑ったのが気の毒で、私はそっと手を貸して立たせてあげることに決めた。
いいとこのお嬢様が転ぶなんて、きっと恥ずかしいだろうから。
そして、そちらの方向へ当てずっぽうに手を伸ばし、転んだ人と手が触れたと思ったその時。
前触れ無く、大広間の照明が元通りになった。
「あっ!」
その瞬間、私は驚きのあまり、その姿勢のままで固まってしまった。
私に手を握られていたのは、誰あろう、うちの旦那様だったのだ。
「すみません、面目ない」
そう言いながらこちらをご覧になった旦那様の目が、私の顔をとらえて動かなくなった。
「美果、さん?」
呆けたように尋ねられ、私はしょうがなく首を縦に振った。
手を貸すだなんて、しなければよかった。
「旦那様。私、ダンスできませんから、誰か他の方を当って下さ……」
手を振り解いて背を向けようとしたが、旦那様は私の手を離して下さらなかった。
「屋敷で習ったでしょう?簡単なワルツですよ」
「でも、実際に踊ったことなんて、あれから一度もなくて」
「大丈夫です。暗闇でダンス相手を探すこの企画は、弓島家のパーティーの伝統なんです。
昔は、これが男女の出会いの場になっていたそうですよ」
「はあ……」
「心配ありません。初めての人と踊る場合がほとんどですから、難しい曲はかからないのです」
無理ながらすぐに解放してあげますから、と私をなだめ、旦那様は大広間の中央に向き直られた。
「女性は内側です。ほら、美果さん」
促され、私は渋々旦那様と向き合い、お手を取った。
足を踏んでしまったら、後で一生懸命謝ることにしよう。
間もなく、楽団が軽快なワルツを奏ではじめ、ペアになった男女が音楽にあわせてくるくると踊り始めた。
今までは思い思いのことをしていた人達が、全員同じ動きをしているのは壮観だ。
周囲を見回すと、パートナーが見つからなかったのか、男同士で組んでいるペアもいて面白かった。
「美果さん、きょろきょろしてはいけません。こういう場合には僕の方を見るものです」
旦那様にたしなめられ、すみませんと謝って私は踊りに意識を戻した。
しかし、踊るのに集中するということは、旦那様とずっと見つめ合うということだ。
お言葉に従ったはいいけど、そうしているとどんどんと頬に血が昇ってきて、頭が爆発しそうになった。
これはまずいと思った私は、微妙に目をそらし、視線をタイの辺りに固定することに決めた。
こうすれば、もうのぼせないのに違いないと、少しだけ心に余裕が生まれた。
それにしても、私達は驚くほどスムーズに踊れている。
足を踏むかも蹴飛ばすかもと心配していたけれど、旦那様のリードがお上手なのか、今のところ全くそんな気配は無い。
むしろ、音楽の調べの通りに体が動いて、気分がとても良かった。
これがパーティーのフィナーレなのだろうから、あれこれ考えるのはやめてダンスを楽しもう。
どうせこれは一生に一度の夢なのだ、私が旦那様のパートナーとしてこういう場に出ることなど、今後二度とあり得ない。
だったら、音楽がやむまでせいぜい楽しめばいいだけのことだ。
目一杯食べたお腹を楽にするためにも、せいぜい運動しようと、私は旦那様のリードのままにダンスを続けた。
数曲後、音楽がやんでパーティーはお開きになった。
今のダンスで知り合ったのか、若い男女が何やらひそひそと会話をしているのをそこここで見かける。
私は、人の波に従って大広間を出て、香織様に今日のお礼を丁重に述べ、今晩使わせて頂く客用寝室に向かった。
目的の部屋には、アパートから着てきた服や荷物がすでに運び込まれていた。
ソファに座ると、私の体から力がどっと抜けた。
ほとんど食べてばかりだったとはいえ、ああいう場に立ってとても緊張していたから。
いつの間にかはぐれてしまった旦那様は、まだここには来られていない。
もしかしたら、また透様とお話をされているのかもしれない。
それなら、今のうちにお風呂をすませてしまおうか。
立ち上がった私は、ドレスを脱いでお風呂場に向かった。
弓島家の客用寝室のお風呂場は、白を基調にした広い空間で、シャンプーなどの備品もホテル並みに揃っていた。
体を洗うのも、薄いタオルではなく本物の海綿だ。
ボディソープを含ませて泡立てれば、すごく滑らかに肌を洗い上げられるに違いない。
これは後でのお楽しみと、顔と髪を先に洗ってしまい、私は海綿を持ったまま湯船に浸かった。
水を含ませたそれの感触が心地良くて、手の中で弄ぶ。
小さい頃、お風呂場にアヒルのおもちゃを持って入った時みたいで、妙に面白かった。
刹那、お風呂場のドアが前触れもなく大きく開いた。
びっくりして腰が浮き、お湯が浴槽の中を大きく動く。
湯気の中を懸命に目を凝らして見やると、入り口には旦那様が立っておられた。
「あ…」
主人を差し置いて、先にお風呂に入ったのはいけなかっただろうか。
しかも入浴剤まで入れたりなんかして、楽しんでいるのはばればれだ。
硬直している私を尻目に、旦那様が無言でドアを閉められ、すりガラスの向こうからも姿が消える。
気を利かせて下さったのか、それとも怒ってしまわれたのか。
どちらなのだろうと悩み、私はお湯の中で気を揉んだ。
しばしの後、お風呂場のドアがまた開いた。
旦那様は、今度は礼装をすっかり脱ぎ、腰にタオルを巻かれただけの姿で立っておられた。
「僕も入りますから、片側を空けて下さい」
何でもないことのように言われ、しばらくして私はあっと息を飲んだ。
「旦那様、私、もう上がりますから」
「構いませんよ。久しぶりの広い風呂だ、二人で入りましょう」
二人で、って…。
「世の男女は、こういったコミュニケーションを取るのでしょう?」
確かに、そういう人達もいるとは思うけれど。
でも、そんなことをするのは恋人同士ってやつで、主人とメイドという私達の関係上はあるとは思えない。
そう言おうか迷っている間に、旦那様はさっさと湯船の中に入って脚を伸ばされ、私を後ろから抱きかかえられた。
「いい湯ですね」
満足気に呟いて、旦那様がほうっと息をつかれる。
アパートでは入浴剤は使わないから、たまにはこういうお風呂に入るのもいい。
一緒にお風呂に入るのは初めてだけど、向き合っているわけではないので、思ったほど恥ずかしくはなかった。
「美果さん。手に持っているのは、何です?」
旦那様がこちらを見て、不思議そうに尋ねられる。
「海綿ですよ。これで体を洗うんです」
「海綿……」
「ええ。まん丸でふわふわで、触ってて楽しいんです」
「……そうですか」
「こんなに大きいの、1個2千円はすると思います。もしかして、地中海産の最高級品ってやつでしょうか。
ほら、こんなに水を吸うんですよ、すごいでしょう?」
まるで自分の手柄のように誇らしくなって、旦那様によく見えるように持ち上げる。
含んでいた水分を全て追い出すかのように、それをギュッと力一杯絞ってみせると、旦那様が一瞬苦しそうに息を止められた。
「旦那様、どうしたんですか?」
「いえ、別に何でも」
妙に言葉を濁されるのが、何だか怪しい。
釈然としない気持ちで、海綿を湯の中で弄んでいると、ついと伸びてきた旦那様の手にそれが奪われてしまった。
「あっ」
思わず振り返ると、目が合った旦那様は、ひどく複雑な表情でこちらをご覧になっていた。
「返して下さい。旦那様も海綿で遊びたいんですか?」
取り戻そうと手を伸ばしても、なぜかあの方はそれを私の手の届かない場所へ遠ざけられてしまう。
「……美果さん。あまり、その名を人前で口にするものではありません」
「なんでです?海綿って、悪い言葉なんですか?」
たしなめるように仰ったのを聞き、私の頭の中は疑問符で一杯になった。
「旦那様、なんで黙ってらっしゃるんですか」
だめだというのなら、理由を教えてほしいのに。
「とにかく、だめです。その言葉にギクリとする者は多いのです。あと、これを力任せに握り潰すのもいけません」
旦那様が珍しくぴしゃりと仰り、私はそれ以上追求するのをやめた。
きっと、昔これを使っていじめられたとか、そういう苦い記憶がこの方にはあるのだろう。
せっかくのおもちゃを奪われて黙りこくる私の肩に、旦那様のお手が触れる。
お湯がすくい上げられ、ぱちゃぱちゃと小さな音を立てながら浴びせられた。
それが何となく心地良くて、私はふうっと息を吐き、旦那様に寄りかかった。
水音以外は何も聞こえない、静かで落ち着いているこの空間は、先程までの華やかなパーティー会場とはまるで別世界だ。
そういえば、さっき踊っていた時の旦那様は、妙にかっこ良かった。
いつもは頼りないのに、あの時は貴公子という言葉がぴったり来るような、見上げた男っぷりだったように思う。
「旦那様、ダンスがお上手なんですね」
私が言うと、あの方が首を傾げられた気配がした。
「そうですか?僕など、ごく普通のレベルでしかないと思いますが」
「そんなことありません。この私なんかを、見事にリードして踊らせて下さったじゃありませんか」
いつもより何割増しでかっこ良く見えて、不覚にもポーッとなってしまうほどに。
「レディにお褒めいただくとは、光栄ですね」
少し嬉しそうに旦那様が仰り、私の肩にまたお湯が掛けられた。
「美果さんも、なかなかうまく踊っていらっしゃいましたよ。
本当に、あの時あなたと分かるまでは、どこのご令嬢かと思いました」
「えっ?」
「僕に手を貸してくれたこの人が、美果さんであるとわかった時は、あなたの連れであることが誇らしく感じました」
上機嫌で褒めて下さるのに、こそばゆい気持ちになる。
でも、パートナーとして出席したのに、なんで最後のダンスの時まで旦那様は私を放っておかれたんだろう。
「旦那様、パーティーの途中で『美果はどうしているだろう』と考えては下さらなかったんですか?
私、周りが知らない人ばかりで、すごく不安だったのに」
少しくらいエスコートしてくれてもよかったのにと、私は少し頬を膨らませて文句を言った。
「申し訳ありません。最初は探したのですが、分からなかったものですから。
それに、一緒にいると、僕の付き合いに美果さんを巻き込むことになるので、気の毒だと思いまして」
「そうだったんですか」
「はい。たまには僕から解放されて、伸び伸びしたいだろうとも思いましたから。料理はちゃんと食べましたか?」
「勿論です。たぶん、出されたお料理は全種類、一口は手を出したと思いますよ」
「それは食欲が旺盛なことだ。しかし、太りますよ?」
「大丈夫ですよ。明日からまた質素なんですから」
「それは、そうですね」
旦那様が、クスッと小さく笑われた。
こうして二人でお風呂に入っていると、さっきのパーティーのことが、早くも遠い夢のようだ。
堂々たる名家の御曹司の風格に満ちていた、旦那様の先程のお姿は、しっかりと覚えているのだけれど。
ドレスやヘアメイクの魔法が解けてしまった私を見て、旦那様はがっかりしてはいらっしゃらないだろうか。
着飾っただけで中身が伴わない私とは違い、この方には本物の輝きがある。
それはボロアパートに住んでいても、バーゲンの安物を着ていても、きっと隠せない「品格」というものだ。
自分とこの方との差に、ほんの少しだけ悲しくなってしまい、私は黙って俯いた。
「美果さん、洗ってあげましょうか」
突然、さも名案であるかのように言われ、私の悲しい気分は一瞬にして吹き飛んだ。
「今日のパーティーに参加したいという、僕の願いを叶えてくれたお礼です。遠慮はいりません」
いえそれなら、さっきの美味しいお料理で十分お釣りがきますけど。
お湯を出て全身を見られるのは、私も女の端くれ、抵抗がある。
「たまには、僕もあなたのお役に立ちたいのです。それに、さっきの物で背中を洗うのは、ちと苦しそうですよ?」
その言葉にハッとしてお風呂場を見回すと、浴用タオルもブラシも見当たらなかった。
「でも、やっぱり……。何ていうか……」
明るいライトに目をやり煮えきらぬ返事をすると、旦那様はそこでお気づきになって、照明を絞って下さった。
有効な断りの言葉が見つからないまま、私はしぶしぶお湯から上がった。
ボディソープを海綿に揉み込んで渡すと、旦那様が優しく私の体を洗い始められた。
いざそうなってみると、ちょっと恥ずかしいけれど、洗ってもらうのは中々に気持ちがいいものだった。
旦那様に全てを預け、導かれるままに腕を上げ、体の向きを変える。
時々、触れられては困る場所に海綿が当たり、反応しそうになって心臓が跳ねた。
ただ洗ってもらっているだけなのに、声を上げるわけにはいかない。
何とか耐えて全身を泡まみれにしてもらい、シャワーで流してもらうと、体を包む物が無くなった私はひどく心細くなった。
「じゃ、次は私が洗って差し上げます」
裸で向かい合う緊張感に耐えられなくなり、旦那様にあちらを向いてもらい、私は背後から海綿を受け取って泡立て直した。
背伸びをして、旦那様のうなじや肩の辺りから洗い始める。
「力加減は大丈夫ですか?」
「ええ、とてもいい心地です」
そう言ってもらうと、洗う方も満更でもない。
私は上機嫌で旦那様の背中を洗い、しゃがんでふくらはぎや踵までを丁寧に泡で包んだ。
「こっちを向いて下さい」
手を動かしながら言うと、旦那様ははいと頷いてきびすを返された。
せっかくしゃがんだのだから、今度は下から洗おう。
さて……と上を向いたところで、私は心臓が止まりそうになった。
濡れて肌に貼りついたタオルが、旦那様の下半身をくっきりと形どっていたから。
照明を暗くしたとはいえ、この至近距離ではその意味など無かった。
「美果さん?」
動きを止めた私を不思議に思ったのか、旦那様が声をかけられる。
えっ、とようやく喉からしぼり出した私の声は、掠れて裏返っている、我ながら奇妙な声だった。
これではいけないと、口をギュッと閉じ、何でもないふりで泡を増やして洗い始める。
とうとう目線が正面からそこを見つめ、私は意を決して、旦那様が腰に巻かれているタオルを外した。
「あっ」
息を飲まれてもそ知らぬふりで、海綿を滑らせてアレを泡で隠すように洗う。
これはただの体の一部、平常心で洗おうと自分に言い聞かせ、震える指でその裏の辺りにも泡を行き渡らせた。
呼吸もできないほど緊張した時間が終り、やっとお腹や胸に取りかかると、上から旦那様の視線を感じた。
このままだと目が合ってしまう、それは明らかにまずい。
「旦那様。うーってして下さい」
無理矢理天井を向いてもらって、私は残りの部分を洗った。
私が手を下ろすと同時に、旦那様が自らシャワーを取って体を流された。
せっかく泡で覆って見えなくした肌がまた現れ、私の心臓がドキリとする。
「あの、じゃあ、髪はご自分で洗って下さい」
そう言って湯船に逃げようとする私の体を、旦那様が背後からいきなり抱きしめられた。
「きゃっ」
旦那様の腕が、胸の前で交差するようにして私を引き寄せる。
洗い上げ、水滴をまとった肌と肌が密着する感触は、いつもよりずっと鮮烈に感じられた。
こうして抱き締められると、全身がカーッとなって、私は何も考えられなくなってしまう。
気がつくと、私の手は自分の意思とは裏腹に背後へ伸び、旦那様のアレに触れていた。
先の方を軽く握り込んで何度か擦ると、それは手の中でより固く大きくなり、旦那様が苦しそうに呻かれた。
このままでは、きっと辛いに違いないから、ちゃんとしてあげなければ。
私はそっと横へずれて、旦那様を湯船のへりに座らせた。
しゃがみ込むと、さっき洗い上げたアレが真正面に来る。
私は目の前の物をもう一度握り込み、石鹸の香りのするそれを迷わず口内へ迎え入れた。
「うっ」
その瞬間、旦那様が苦しそうな声を漏らされた。
口をすぼめて吸い付いて、合間に舌で上下に舐め上げてみると、その声はさらに切迫したものになった。
「……やめないで下さい」
ふと動きを止めると、旦那様が私の後頭部にお手を触れて、困ったように呟かれる。
それに応える代わりに、私はもう一度アレを握り、今度は根元まで深くくわえ込んだ。
何度もむせそうになりながらも、何とかこらえる。
旦那様の息遣いや力の入り方に注意を向けながら、私は思いつく限りのことを試した。
先の方を舐めながら、根元から太くなっている部分までを指でなぞるのが、一番いいみたいだ。
それを何度も繰り返すと、旦那様の呼吸は一層乱れ、脚が所在無く震え始めた。
「美果さんっ…あ…いけません…」
切れ切れに呟いて、旦那様が私の髪に指を絡めて引き寄せられる。
そして、声にならない呻きがあの方の口からしぼり出された瞬間、私の口の中一杯に苦い味が広がった。
何とかそれを飲み込んだ後、旦那様から体を離す。
さてこれから、どうしようか。
今さらながら次の行動に迷って目を伏せると、旦那様がついと立ち上がられた。
少し冷えた体に温かいシャワーのお湯が掛けられ、気分がほぐれる。
しばしの後、キュッと音を立ててコックが締められ、お風呂場に再び静寂が戻った。
「部屋に、戻りましょう」
心なしか低い声で仰ったのに頷いて、旦那様には先に行ってもらう。
それを見送った後、まだ少し口に残っている後味をすすいでから、私も一足遅れて後に続いた。
置いてあったボディミルクを肌に塗って、バスローブを着て脱衣所を出る。
旦那様は、ベッドに腰掛けられ、少し俯いて何やら考えことをされているようだった。
「美果さん」
私の足音に気付いて、はっとしたように顔を上げられ、あの方がぎこちない笑みを見せられる。
「座られますか?」
私は、お言葉の通りに隣に行き、手を伸ばせば触れられるほどの距離に座った。
旦那様は、足をぱたぱたとさせて、手もせわしなく動かしながら黙っておられる。
何だか、気まずい。
「あの……。なんか、お気に障ることでも……」
「いいえ」
居心地の悪さに耐えかねて口を開くと、旦那様ははたと動きを止められ、でも私を見ずに返答された。
「美果さんが悪いのではありません。自分の不甲斐なさに、少し落ち込んでしまっただけです」
「不甲斐なさ?」
「ええ。あっけなく、さっき…」
旦那様はそこで言いよどまれて、ご自分の髪をくしゃりとつかまれた。
先程までの貴公子ぶりはどこへやら、すっかりいつものこの方に戻られている。
それにちょっと安心したけれど、悩んでおられるこの方を見るのは本意ではない。
「別にいいじゃありませんか。健康な男の人って、そうなんでしょう?」
「……ええ、おそらくは」
「変だなんて思いませんから。だから落ち込むのはやめにして、むしろ、よくやったと褒めて下さい」
私が言うと、旦那様が吹き出される気配がした。
「さすが美果さんです。あなたは素晴らしい」
「そうでしょう?」
「ええ。鄙(ひな)には稀(まれ)な、見上げた逸材です」
難しい言葉を言われても、意味が分からない。
「その辺では見ることができないほど、優れているということです」
「そうですか」
「ええ」
「ありがとうございます」
互いに丁寧に頭を下げ、そして私達は顔を見合わせて笑いあった。
ふと沈黙が訪れ、旦那様のまとわれる空気が変わったのが分かった。
目を瞬かせる私の体にその腕が回り、引き寄せられて胸の中に閉じ込められる。
バスローブの生地がふわふわして気持ちいい。
何度かそこに頬擦りをして顔を上げると、柔らかいキスが与えられた。
「あ、んっ…」
旦那様のバスローブを握りしめ、キスに応える。
軽く深く何度も繰り返すうちに、私の体は、中心にポッと小さな炎が生まれたように火照ってきた。
そうなると、唇だけの触れ合いではもう物足りなくなってしまうのだ。
私は、旦那様にもたれかかり、触れる場所を少しでも増やそうとした。
さっきは心地良かったバスローブが、今はひどく邪魔に思えた。
キスが終り、腕を解かれて私はベッドに組み敷かれた。
そしてバスローブを脱がされ、露になった胸にキスをされた。
敏感な場所に、湯上りのしっとりした唇が触れると気持ちいい。
体の力をなるべく抜いて、旦那様の邪魔にならないようにする。
私が素直になったのが分かったのか、旦那様は思うがままに、二の腕や肩の辺りにもキスをされた。
「いい香りがしますね」
肌に触れる合間、ふと顔を上げて旦那様が呟かれる。
「ボディミルクです。湯上りの肌につけると、しっとりするんです」
説明すると、旦那様はなるほどと呟かれた。
「あとで、僕にもつけて下さい。2人で塗りあいっこをしましょうか」
「2人で?」
「ええ。風呂には、もう一度入るのですから」
さらりと言われた言葉に、私は危うくのぼせてしまいそうになった。
確かに、これから汗をかくようなことをするのだ。
答えに困る私を見やって、旦那様は微笑み、そして前触れ無く乳首に吸い付かれた。
いきなりのことに、私は軽い叫び声を上げて、はだけたバスローブを握りしめてしまった。
しかし、手が痛くなるくらいに力を入れても、旦那様の愛撫から意識をそらすことができない。
「あっ……。あ……んん……あぁん……」
媚びるような、ねだるような声が出て恥ずかしい。
丹念に、いっそ執拗とも思えるほど触れられて、左右に身をよじってしまう。
すると旦那様は、私の両手首を掴んでシーツに押し付け、動きを封じてしまわれた。
そして、尚も胸を集中的に愛撫され、私を煽られたのだ。
ただ上半身を触られているだけなのに、私の体は、芯からとろとろに蕩けてしまったようになった。
気持ち良くて気持ち良くて、どうしようもない。
お屋敷にいた頃に比べると、あの当時よりも旦那様は随分と「上手く」なられたと思う。
最近は、抱かれるたびに私はこの方に翻弄されている。
体も敏感になってしまい、特に胸などは、寝るときにも下着をつけないとパジャマに擦れて安眠できないほどだ。
素肌にパジャマを着ることは、もうないのかもしれない。
動かない頭でそう考えるうち、思うさま胸に触れられていた旦那様の唇が、下半身へと向かっていく。
あの方が次にとられる行動を予測して、私は頭の中が沸騰しそうになった。
つい先日までは、いやだとか遠慮するとか、見苦しく逃げようとしていたのに。
今の私の心と体には、期待感だけがみっしりとつまって、今にもはちきれそうになっていた。
早く触れてほしい、そして、気持ち良くしてほしい。
もうそれしかなかったから、開かされた脚の間に旦那様が屈まれても、抵抗はしなかった。
刺激されるのを待ち侘びている場所に、旦那様のしなやかな指がそっと触れる。
溢れかけている愛液を周囲に塗りこめるように指が動いて、私はその物足りなさに足の指をギュッと握りこんだ。
そうじゃなくて、私の一番感じる場所に触れてほしいのに。
わざと焦らしていらっしゃらないというのが分かるだけに、余計にもどかしいのだ。
しばしの我慢の後、ようやく旦那様の指が私の襞を割り、期待に疼く場所に届く。
軽く一撫でされただけで、そこから電気が走ったように快感が全身を駆け抜けた。
暴れては、指がそれて触ってもらえなくなる。
私は脚を開いたままにし、残る恥じらいには手で顔を隠すことで折り合いをつけた。
でも、旦那様がそこに触れられるたび、叫んだり大きく息を飲んだりして、喉と胸が苦しくなった。
「あっ!あんっ……ん……」
旦那様が私の両脚を抱え込み、そこに舌を這わされ始める。
指とは違う、柔らかくてしっとりとした刺激が気持ち良くて、もう頭が変になりそうだった。
体のどこもかしこもが熱く、快感に震え、旦那様の舌がどう動くかに全神経を集中していた。
「あ……旦那様っ。だめ……」
手をばたつかせ、涙まで浮かべて限界を訴えると、旦那様は私の脚を抱えたお手に一瞬だけ力を入れられた。
これは、閨の時にだけなさるあの方の合図だ。
「はっ……あ……あああっ!」
大きな波に飲み込まれるような衝撃が身に走り、危うく意識が飛びかける寸前で、私は何とか持ちこたえた。
体からがくりと力が抜け、不意に呼吸が楽になって、胸一杯に酸素が満ちる。
旦那様が顔を上げ、ふうっと息をつかれた気配がした。
旦那様の体温が感じられなくなって、さっき置き去りにされた時のような心細さが私の胸にこみ上げる。
いやだ、早く来てほしい、いっぱいに満たしてほしい。
「美果さん」
その声と共に、待ち侘びた旦那様の顔が近付き、私の目の少し上で止まる。
「大丈夫ですね?」
問われたのに頷き微笑んでみせると、旦那様も私と同じに笑みを浮かべられた。
そして、さっき舌で触れて下さった辺りに、固くなったアレが押し当てられて、ぬるりと滑った。
そうなったことに、自分のあそこがどんな状態であるか思い知らされて、一旦冷めかけていた体の熱が一気にぶり返した。
下に視線をやられた旦那様が、今度は慎重に腰を沈めてこられる。
そして、アレが体を深く貫く感触に、私の喉の奥から吐息がしぼり出された。
「あ……」
旦那様がゆっくりと動き始められ、触れ合った部分から快感がじわりと湧き上がってくる。
繋がった部分から立つ水音が、はっきりと耳に届き、私は身をすくませた。
お風呂上りとはいえ、ここがこんなに濡れているのはお湯のせいなんかではない。
旦那様にイかされて、その余韻が残っている体を、さらに丹念に突き上げられているのだ。
体の熱は冷めるどころか、むしろより高まっている。
もっと気持ち良くなりたい、いっぱい突いて欲しいという欲望が心身を支配して荒れ狂っていた。
「あっ!」
腰をぐいと強く引き寄せられ、思わず短く叫んでしまう。
旦那様はただ闇雲に動かれるのではなく、緩急をつけて突き上げ、私をさらに乱れさせられた。
シーツの上に置いていた私の手は、いつの間にか旦那様に抱きつき、汗ばむお体を引き寄せていた。
胸もお腹も密着し、脚までもあの方の腰に絡みつかせて。
どこまでが自分の体で、どこからが旦那様の体なのか、茹だった頭ではもう判断がつかなかった。
「あっ……やあっ……あ…」
達する寸前に特有の、足元が崩れ落ちるような感覚に襲われはじめる。
途方も無い心細さに耐えられず、私はあらん限りの力を込めて旦那様にくっついた。
「あっ!」
上ずった声と共に旦那様が達されたのが、おぼろげに分かった。
つながった部分が一際熱を持ち、けいれんしたように私の体も大きく震える。
もう一度意識が飛びかけ、あまりの気持ち良さに放心してしまい、私はそのまま固まったようになってしまった。
旦那様がシーツに横倒しになられ、私もつられて横向きになる。
体の下でベッドのスプリングがきしむ音に、私はここが弓島家の客用寝室であることをふと思い出した。
お客として招いて頂いたとはいえ、よそ様のお宅でこういうことをするのはまずかっただろうか。
その思いが少し遅れて羞恥心となり、私は手足の力を頑張って抜き、後ろにずれて旦那様との距離を取った。
よし、このままお風呂場へ…という目論みは、伸びてきた旦那様の腕に抱き取られたことで、あっけなくついえる羽目になった。
満足気に私の髪や肩を撫でながら、旦那様が優しいお顔でこちらをご覧になっている。
こんな風にされたら、大抵の女の子は勘違いしてしまうんじゃないだろうか。
私は何だか胸がもやもやとして、下を向いてギュッと目を閉じた。
「美果さん」
呼ばれたので、仕方なく小さく返事をする。
「風呂場へ行きましょう。何とかミルクを塗って下さい」
旦那様の言葉に、さっき頼まれたことを思い出し、それはまずいと私の顔から血の気が引いた。
これから一緒にお風呂なんて困る。
セックスの後で大変なことになった髪や体を、明るい場所で見られるのはいやだ。
「旦那様お先にどうぞ。私は後で入りますから」
お申し出を断って、旦那様をベッドから押し出し、私はすっぽりと掛け布団をかぶった。
「塗って、下さらないのですか」
しょげた声で言われてしまい、私の胸がうっと痛んだ。
せっかく気持ちいいことをしたんだから、その雰囲気のままサービスしてあげたいのは山々だけれど。
改めて再度一緒にお風呂に入るのは、セックスそのものよりも恥ずかしい。
だから、まだ体力が回復しないとか、さっきは私が先に入りましたからとか言い訳を並べ、どうにか旦那様をお風呂場に追い立てた。
シャワーの音が聞こえだしたのを確認し、私は起き上がって、手早くバスローブを元の通りに着込んだ。
「これで大丈夫だ」などと根拠なく呟き、ぐしゃぐしゃになった髪を整えて顔を洗う。
それでどうにか格好がついたところで、お風呂から上がられた旦那様を待ち構え、一応ボディミルクを塗って差し上げた。
塗り終わったところで、「そういえば、明日の天気はどうでしょうね」などと白々しく言い置き、交代にお風呂場に逃げ込む。
素早くお湯を浴び、旦那様がテレビの天気予報を待っておられる間に、私は元のようにバスローブを着た。
さっさとベッドに入り、あの方の言動にこれ以上心を乱される前に、早々に寝ることに決める。
肌触りの良い高級な布団は、一生に一度の、夢のように華やかだった日の終着点のように思えた。
もしかしたら、今日のパーティーは、旦那様から私へのクリスマスプレゼントなのかもしれない。
たかがメイドをあのようなパーティーの場に伴われるなど、それなりのお考えがなくてはできないと思うもの。
だとしたら、私はなんて果報者なんだろう。
うとうとし始めたその時、隣に旦那様が横になられる気配がした。
しかし、私の意識はそこで途絶えてしまった。
何しろいい布団で眠らせて頂いたから、夢を見ることもなく、朝までぐっすりだったのだから。
翌日は弓島家で朝食をご馳走になり、お土産までもらってようやくおいとました。
お土産は、チョコレートの生地の上に数種のベリーが乗っかった、小さくて可愛らしいケーキだった。
門の所までわざわざ見送って下さった香織様は、また暇な時にモデルになっててね、と私にこっそり頼んでこられた。
本当に、この方が、好きな事を仕事にできればいいのに。
年が明けて初詣に行った時には、そう神様にお願いしようかなどと考えながら、旦那様と一緒に帰り道を歩いた。
一日留守にしたくらいでは、アパートは変わるはずもなく、相変わらずのぼろぼろさで溜息が漏れる。
しかし、古びた階段を上がって自分達の部屋のドアを開けると、妙にホッとした。
旦那様はどうだか分からないが、私には、やっぱりここが一番落ち着く。
でも、おそらく、旦那様のお考えも私とはそう違わないのではないだろうか。
何といっても、帰宅するや否やコタツに入り、私にお茶を所望して寛がれているのだから。
そして、すっかりリラックスしたあの方が羽織っておられるのは、私がペンダントのお礼に贈った紺色の綿入れだ。
コタツといえば綿入れ、という至極単純な発想で決めたのだけど、旦那様はいたく気に入って下さって、毎日愛用なさっている。
その風景を見ると、また日常に戻ってきたと、少し寂しいながらも新たな決意が胸に湧いてくる。
クリスマスが終れば、あっという間に年末がやって来る。
年の瀬参りと初詣で、観音様に参拝する人が増え、茶店は大忙しになるらしい。
パーティーのことは忘れて、気持ちを切り替えて、また毎日頑張らねばと気を引き締めた。
しかし、その晩に食べたケーキはまるで天国の食べ物のように美味しくて、私はしばし昨夜の夢の名残を味わったのだった。
──第6話 おわり──
実にいいですねえ
美果さんシリーズキタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!
今回は変わった展開とシチュだけど、クリスマスネタなのかw
しかしホントいいな。いっしょにお風呂っていいね
回避?速攻で失敗したよw
美果さんホントに可愛いな
回避だぁ?そんなもんするわけねぇ
全力でGJ!!
美果さんがどんどん可愛くなっていく……
実に素晴らしいです!
次も楽しみにしてますので、頑張ってください。
『メイド・すみれ 3』
秀一郎さんが机に肘をついてボンヤリしていると、執事の津田さんがいつものように昼食をワゴンに乗せて運んでくる。
ドアのところまで出て行ってお食事を受け取ると、津田さんはワゴンの下段を指差して「旦那さまに郵便です」と言った。
見ると、書類の入ったような分厚い封筒が置いてある。
私は秀一郎さんの横を通り抜けて、その背中側の棚に置いてある電子レンジにご飯とお味噌汁のポットを入れて30秒ほど温めた。
秀一郎さんのお食事は一階の台所で作られ、家庭用のエレベーターでワゴンごと上がってくる。
その一切を引き受ける津田さんが、何をするにもものすごくゆっくりな人なので、お食事はちょっとだけ冷めてしまう。
それでも、今日は秀一郎さんがお食事が来る時間に起きていてくださったので、冷え切ってしまうことはなかった。
お食事を机の上に並べてから、封筒を持ち上げてお見せする。
「こちらに置いていいでしょうか」
「……なに」
面倒くさそうに箸を取り上げて、秀一郎さんが聞く。
「なんでしょう。…出版社の封筒のようですけれど」
秀一郎さんの箸が、焼き鮭をつつく。
少し空いている封筒の上部から見てみると、雑誌のようだ。
机の上にも、随分前から同じような封を切っていない封筒が積んである。
どうやら、放っておくとこの封筒はこのままの状態でいつまでも机の上にあるに違いない。
私は食べる気があるのかないのか、ひたすら鮭をほぐしている秀一郎さんの横で、封筒を開けた。
「季刊セメント業界……?」
秀一郎さんは、こういう専門雑誌に興味がおありなのかしら。
机の上に放り出されている封筒も開けてみる。
「月刊・山と健康?」
私は出版社から直接送られてきているそれらの雑誌を、どんどん机の上に並べていった。
天文科学、季刊監査役、セレブインテリア、他にもコンピューター、車、旅、野球音楽。
およそマンガ以外のあらゆる分野の雑誌が出てきた。
私が戸惑っていると、秀一郎さんはくすっと笑った。
「ふせん……」
言われてみると、雑誌にはみんな一箇所ずつふせんが貼ってある。
そこを開いて、驚いた。
ページの下半分くらいのコラムや、見開きで4ページにわたる解説、批評、評論、エッセイ。
全部、秀一郎さんの書いた文章が載っている雑誌。
『物書き』と言った職業は、どうやら本当のようだった。
「書斎から一歩も出ないで、よくこんなに書けますね」
思わず言うと、秀一郎さんは鮭をつついただけで一口も食べないまま箸をおいてしまった。
「資料と……妄想」
「妄想でお腹はふくれません。召し上がってください」
置いた箸をもう一度持たせると、秀一郎さんはため息をついた。
ため息をつきたいのはこっちだというのに。
「……パンじゃない」
子供か。
「パンがお好きなのはわかりますけど、今回は和食です」
この方がパンが好きだというのは、ただお茶碗から箸でご飯粒を取って一口ずつ口に運ぶのが面倒なだけで、パンのほうが手っ取り早く満腹になれるからなのだ。
お茶碗を手に持たせようとしても、このガリガリに栄養不足なご主人さまはつまらなそうにして食べない。
「秀一郎さん、死にますよ」
脅かすと、くすくす笑う。
仕方ないので、棚からラップを持ってきて机の上に広げ、お茶碗を取り上げてそこに逆さにした。
興味深げに、秀一郎さんが覗き込む。
私は箸も取り上げて、ラップに山盛りになったご飯の真ん中にほぐした鮭を埋め込むと、ラップで包んでおにぎりにした。
小皿に添えてある焼き海苔を貼って、秀一郎さんの前に置く。
「これだけは食べていただかないと、コーヒーは淹れませんっ」
おにぎりというものを見たことがないのか、秀一郎さんは珍しそうに眺め、一口かじった。
「……ふうん」
お塩がなかったから、おいしくはないかもしれない。
それでも、秀一郎さんは黙っておにぎりを一つ食べてくれた。
本当は、煮物やお味噌汁も食べて欲しかったけど、仕方ない。
コーヒーをドリップして出すと、秀一郎さんはやはり塩気が欲しかったのか、キュウリの漬物をつまんでいた。
「秀一郎さんは、なにか食がすすむような、お好きなものはないんですか。パンでもいいですけど」
「……」
秀一郎さんは両手でコーヒーカップを持って、考えているのかいないのかしばらく黙る。
「……食べないと」
「きゃあっ!」
油断したところを、お尻を撫でられた。
中学生じゃあるまいし、お尻の一つや二つ触られたくらいで悲鳴を上げるなんて我ながらどうかと思うけど、この方の触り方は普通ではない。
妙に艶かしいというか官能的というか、ちょっと触られても電気が走ったようにびくっとなって、身体が熱くなってしまう。
「なんですか、もうっ」
抗議すると、またくすっと笑う。
「食べないと、……抱き心地が悪いから?」
「そういうことではありませんっ」
くす。くすくす。
確かに、骨が浮くほどやせてしまっている秀一郎さんは、抱き心地は良くない。
体温も低いし、ごつごつする。
でも問題はそういうことではないのに。
別に、秀一郎さんの抱き心地なんかどうでもいいし、どっちかと言うと抱かれるのは私のほうだし、というかそんなことしなくたっていいし。
私が顔を真っ赤にして乱暴に食器を片付けている横で、秀一郎さんは少し笑いながら積み重ねた雑誌の背表紙を眺めている。
「あとで、人が来る」
ふいに秀一郎さんが言った。
このお屋敷にお勤めするようになって半月、秀一郎さんはこの部屋と書斎から廊下にすら出ることはなく、私と津田さん以外の人が部屋に入ることもなかった。
誰かが来る、というめずらしいことに私は手を止めた。
「お客様ですか」
「……編集」
コーヒーカップを押しやって、秀一郎さんは腕を伸ばしてあくびをした。
「お休みになりますか」
聞くと、お決まりの「少し寝る」が言えなくなったのか、黙って立ち上がった。
私は秀一郎さんが脱ぎ捨てながら歩く、一時間も着てもらえなかった衣服を拾いながらついていく。
昼の間は食事やコーヒーを挟みながら数時間の睡眠をくりかえす秀一郎さんは、その度に新しい服に着替えるので、ちっとも汚れていない洗濯物が毎日山のように出る。
ベッドを置いてある衝立の向こうまで行き、最後の一枚を拾おうと屈むと、目の前に、少なくとも嫁入り前の乙女が至近距離で目にしたと公言するのははばかられるモノが立ちふさがった。
「きゃ!」
慌てて曲げていた腰を伸ばすと、私の驚きなどまったくお構いなしの秀一郎さんが、湯たんぽを差し出した。
「冷たい」
しばらく前に電子レンジと一緒に買ってきた、チンするタイプの湯たんぽ。
最初は興味がなさそうだった秀一郎さんも、その使い心地が気に入ったようで、時々使いたがる。
寒いならパジャマを着るとか厚い布団を使うとかすればいいようなものだけど、うすっぺらな掛け布団一枚に全裸、という睡眠スタイルを変えようとしない。
「あ、はい」
洗濯物を小脇に抱えて湯たんぽを受け取ると、秀一郎さんはそのまま手を伸ばしてきた。
撫でられる。
私がさっと身体をかわすと、胸を狙った秀一郎さんの指は私の腕をかする。
ちょっと睨むと、秀一郎さんはくすくすと笑った。
「……こっちの湯たんぽも、冷たい」
私は返事をせずに部屋に戻り、秀一郎さんはベッドに潜り込んだ。
まったく、油断も隙もない。
数分間、電子レンジで湯たんぽを温めてから、タオルに包んで秀一郎さんのところに持っていく。
掛け布団にくるまって、こちらに背を向けている。
その足元にそっと湯たんぽを差し入れると、秀一郎さんの脚が伸びて湯たんぽに触れる。
まだ起きていらっしゃる。
「秀一郎さん、お客様がお見えになるのはいつでしょう」
「……」
「秀一郎さん」
「……津田」
私はため息をついた。
この方は、津田さんがいなければなにもできないのかしら。
私は秀一郎さんの背中に掛け布団を押し込んで隙間ができないようにしてから、部屋を出た。
津田さんに来客時間の予定を確認してから、自分の食事を用意する。
冷蔵庫からチーズと野菜、ベーコンなどを取り出してピザトーストの準備をしていると、食材の袋を提げた津田さんが台所にふらっと入ってきた。
「今、お食事ですか」
荷物を作業台に置いて、私が持っているものをゆっくり順に見て行く。
この人に細い銀縁メガネ越しに見つめられると、叱られているような気分になってしまう。
「秀一郎さんがお休みになりましたので、お客様がいらっしゃる前に…」
「……すみれさん」
「はい」
ピーマンを袋から出す。
「編集者は、用事が終わったらすぐ帰すようにしてください。旦那さまは慣れない人が苦手です」
「……はあ」
人見知りの小学生や思春期の女の子じゃあるまいし。
それに、慣れない人といっても、仕事先の担当者じゃないんだろうか。
津田さんは荷物の中からコーヒー豆の袋を取り出して置き、冷蔵庫の前に片膝をついて、その他の食材を冷蔵庫にしまい始めた。
その動作がゆっくりで、私は早くしないと冷気が全部逃げてしまうとハラハラしてしまった。
最後の牛乳をドアポケットに収めて、津田さんはようやく冷蔵庫の扉を閉めた。
「すみれさん」
今度は、なに。
「はい」
私はピーマンの種を取りながら返事をする。
「コーヒー豆を買ってきましたので、旦那さまに」
「はい。わかりました」
秀一郎さんはどこぞの店のなんとかというブレンドがお好みなのだ。
「すみれさん」
さすがに、いらっとした。
「はい」
「それ」
津田さんが私の後ろに立っていて、声の近さにびっくりした。
「私にも一枚、いただけませんか」
振り向くと、相変わらず無表情な津田さんが私の手元を見下ろしていた。
「もし、パンが足りないのでしたら、よいのですが」
私は、手元の5枚入りのパンの袋を見た。
「私、そんな大食いに見えます?」
津田さんが、気まずそうに咳払いした。
「いえ」
「すぐできます。ちょっと待っててください」
パンにピザソースを塗り、薄切りの野菜とベーコンを並べてチーズを乗せて、トースターで焼く。
焼いている間にコーヒーを淹れ、領収書を整理している津田さんに同時に出した。
「お待たせしました、どうぞ」
「……」
津田さんは何も言わずにじっとピザトーストを見ている。
「あの、なにか」
まさか、ピーマンが嫌いとか言うのかしら。
「すみれさん……」
「はい」
津田さんが、顔を上げた。
「魔法かと思いました。料理が早いです」
早いって、作業的にはピーマンとタマネギをスライスしただけなんだけど。
もっとも、たまに津田さんが秀一郎さんのお食事を準備しているのを見るけど、あのペースだったらまだタマネギの皮を剥いているころかもしれない。
私は、はあそうですかどうも、と返事を濁して、今度は自分の分のピザトーストを作り始める。
まったく、主人が主人なら執事も執事だ。
「すみれさん」
「……はいっ」
トースターのつまみを回して、津田さんを振り返る。
「おいしいです」
私は、がっくりと肩を落とした。
編集の人が来る、と言われた時間の少し前に、私は秀一郎さんの部屋へ行った。
ドアを開け、そっと部屋の中に入って衝立の向こうを覗く。
ベッドの上で、秀一郎さんが座り込んでいる。
「お目覚めでしたか」
声をかけると、ゆっくり振り向く。
前髪の間からこっちを見ている目が恨めしげに見える。
「……遅い」
はいはい、と私は和箪笥から着替えを取り出して渡し、時間を伝えた。
「……なに」
もう、予定を忘れている。
「お客様がお見えになる時間です。お出しするのはコーヒーだけでいいと津田さんがおっしゃいましたけど」
「……ああ……、うん……どう、だろう」
寝起きの秀一郎さんは、いつにも増して役に立たない。
のろのろと着替えて、いつもの机の前に座る。
「……来ないと」
なにかしら。
「はい?」
津田さんが買ってきてくれたコーヒー豆を棚に置いて振り返る。
「編集が、来ないと……淹れないの」
机の上に組んだ腕を投げ出して、その上に顔を横向きに伏せた秀一郎さんがこっちを向いている。
あいかわらずざんばらな髪が顔を半分ほど隠しているけど、見慣れてきた私には秀一郎さんがちょっと不機嫌なのがわかる。
「いいえ。今、お淹れします」
豆の入った缶を見せる。
机に突っ伏したまま、秀一郎さんは私がコーヒーを淹れるのを見ている。
電気ケトルのお湯が注がれて挽きたての豆がふっくらとして、いい香りが立ち込める。
気のせいか、秀一郎さんが笑っているように見える。
ほんとに、コーヒーが高カロリーな飲み物だったらいいのに。
骨に皮を張ったような腕の横に、カップを置いたところで、ドアがノックされた。
「はい」
「小野寺さんがお見えです」
津田さんの声がしてドアが開き、意外にもまだ若いきれいな女の人が入ってきた。
「こんにちは、先生」
女の人の背後で津田さんがドアを閉めて行ってしまう。
長い髪をふわふわに巻いて、黒っぽいパンツスーツにアタッシェケース。
いかにも仕事ができます、という感じ。
秀一郎さんは顔も上げず、両手でカップを抱えて肘をついたままコーヒーを飲んでいる。
小野寺さんはさっさと部屋の中に入ってくると、机の前まで進んで私に気づいた。
「あら、新しいメイドさん?」
「あ、はい……」
私を上から下まで見て、小野寺さんは秀一郎さんに笑いかけた。
「今度は長続きするといいですね、先生」
秀一郎さんは相変わらず、ぼんやりとコーヒーを飲んでいる。
「あたしはミルクだけでお砂糖はなしね」
小野寺さんが片手を顔の横で振ってそう言ったので、私は慌てて新しい豆を挽く準備をした。
石像のような秀一郎さんにまったくお構いなしで、アタッシェケースから出した書類や本を机の上に積み上げると、小野寺さんはさっさと部屋の真ん中にあるソファセットの方に移動して腰を下ろした。
「今回お願いしたいのは、そこにあるリストの原稿です。資料と前号も揃ってます。たたき台ができたらいつもどおりメールで送ってくださればチェックします。その締めきりもリストにありますし、同じものを津田さんにも渡しておきます……」
分厚い手帳を開きながら、一人でじゃべっている。
「で、最近はいかがですか。少しは外出でもなさって、季節のネタでも仕入れていらっしゃいません?」
コーヒーができるまでの間、息継ぎもなくしゃべり続けて、手帳をパタンと閉じる。
棚の隅にあった、ソーサーつきのカップをトレーに乗せて運ぶ。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
重いんじゃないかと思うくらい飾りのついた長い爪で、カップを取り上げて、また私を見る。
「あなた、名前は?」
「武田すみれでございます」
「まあ、かわいい」
小野寺さんはふふふと笑ってコーヒーを一口飲んだ。
「あら、おいしい」
頭を下げて、秀一郎さんの後ろまで下がった。
カップが空になっている。
「おかわりなさいますか?」
「……うん」
秀一郎さんが手を伸ばして、机の上の資料や書類を引き寄せた。
回りにある物が押されて落ちそうになるのも気にしないので、それを押さえたり積み直したりして、その隙間にコーヒーを置く。
「すみれちゃんは若いですね」
小野寺さんは私の名前を言っているけど、話しかけているのは秀一郎さんのようだ。
「……」
秀一郎さんは相変わらず返事をしない。
「先生の好みって、わからないなあ。前のメイドは美人だったし、その前の人もすらっと背の高い人で」
それじゃまるで、私がずんぐりむっくりのブスみたいだ。
「……!」
秀一郎さんが、小野寺さんの見えない机の影で、私のお尻を撫でる。
いつもならきゃっと叫んだり睨んだりするところだけど、なんだかこの時は、秀一郎さんが小野寺さんの言う事を気にするなと慰めてくれたような気がした。
その後も、小野寺さんは最近の芸能界のスキャンダルや若い子の流行、出版社の人事などを一人でしゃべっていた。
秀一郎さんは相槌ひとつ打たないのに、ずいぶんおしゃべりな人だと呆れ、その内だんだんあまりにも秀一郎さんが無愛想ではないかと不安になってきた。
原稿を依頼に来た編集者ということは、仕事をくれる人なのだし、もっとちゃんと話をしたほうがいいんじゃないかしら。
コーヒーを二杯飲んで、小野寺さんは腰を上げた。
「じゃあ、また来月お伺いしますね。お風邪などにお気をつけて」
ついに、秀一郎さんは最後まで一言も発しなかった。
私がドアの外まで見送ると、小野寺さんは私の腕を引き寄せてドアを閉めた。
「ね、すみれちゃん。あなた先月来た時はまだいなかったわよね」
「あ、はい……」
「あたしは先生の担当になってもう2年なのに、ほっとんど口を利いてもらえないのよ。すみれちゃんは話する?」
なるほど、編集という人も、先生の扱いには苦労するんだろう。
「まあ、でもあまり……」
小野寺さんは巻いた髪を片手でかきあげて、大きなため息をつく。
「頼んだものは書いてくれるんだけど、それだけなのよね。どんな仕事がしたいとか、全然言ってもらえないし。書ける人なのにもったいないの」
「……はあ」
「ね、すみれちゃんは書斎に入ったことある?」
「いえ、ありません」
書斎には入るなと言われているし、秀一郎さん以外には、まれに津田さんが簡単な掃除をしに入るだけのはず。
「あそこ、『出る』ってホントかしら」
は?
小野寺さんは声を落として私の耳もとに口を寄せた。
「『出る』のよ。なんか、明治の文豪とか平安時代の女流作家とか外国の学者の、コレが」
両手を目の前でぶらぶらさせる。
「ま、まさか」
「だからね、古今東西いろんな作家や学者のコレが出て、先生に書くことを指示するんだって。だからあれだけ多種多様な文章が書けるんじゃないかって。ま、ウワサよウワサ。編集者の間のね」
「……はあ」
「だって、この家ってそんなことがあっても不思議じゃない気がしない?昭和初期の建物らしいし、昼間も薄暗いし、先生はあんなだし」
私が返事に困っていると、小野寺さんはふふふと笑った。
「それに、あたしが一番苦手なのは津田さんなのよね。先生は黙って聞いてるけど、津田さんはあの目でじいっと見られるとね」
「……はあ」
「メイドさんも長続きしないのよ。やっぱり若い女の子には薄気味悪いでしょ?すみれちゃんも気をつけてね、あんまり気持ち悪かったら次を探した方がいいわよ」
小野寺さんの滞在が長くなったのか、津田さんが音もなく階段を上がって姿を見せた。
私の視線の先を追って、小野寺さんも振り向く。
「コーヒーごちそうさま。とってもおいしかった」
津田さんに見えないように、私に向かって片目をつぶり、小野寺さんは津田さんと一緒に階段を下りて行った。
その後姿を見送って、そっとため息をつく。
例え薄気味悪くても、私は旦那さまが迎えに来てくださるまではここにいないといけない。
部屋に戻ると、秀一郎さんはまた机に突っ伏していた。
私を見ると、ゆっくり身体を起こす。
「レギンス……ってなに」
なんのことかと思ったら、さっき小野寺さんがおしゃべりの中で言っていた単語。
『最近は猫も杓子もレギンスですよ、個性がない』とかなんとか。
私は机の上の雑誌から中高生の女の子向け雑誌を探し出して、レギンスを着用している女の子の写真を見せた。
「……ももひき」
ちょっと違うんだけど。
秀一郎さんがあくびをする。
なるほど、一方的なおしゃべりのようでいて、小野寺さんは部屋から出ない秀一郎さんに、外界の情報を伝えていたのかしら。
「気味悪いかな……」
「はい?」
秀一郎さんを見ると、机に肘をついて手で顎を支えた格好で、私をじいっと見つめている。
「あなたは……、私が薄気味悪い……かな」
聞こえていたのかしら。
私が即答できずにいると、秀一郎さんは少しだけ笑った。
「寝る」
「はい」
いつものように、秀一郎さんの後をついて服を拾いながら、ベッドまで行く。
秀一郎さんが布団に包まって丸くなってから、私は部屋の中に引き返し、コーヒーの後片付けをして、カップや衣類の洗い物をワゴンにまとめる。
それを押して出て行こうとして、ふと書斎のドアが目に入った。
毎晩、秀一郎さんがこもる部屋。
『薄気味悪い……かな』
秀一郎さんの言葉を思い出す。
私は、この書斎のドアが開くところすら見たことがない。
『出る』のよ。
小野寺さんの言葉。
まさか。
あそこはただの書斎のはず。
でも、もしそうだとしたら、どうして入ってはいけないのかしら。
そういえば、書斎にはこの部屋に続くドアのほかに、廊下に面したドアもある。
私は廊下側のドアも開けたことはないけれど、もし誰かが廊下から出入りしていても私は気づかない。
どうしよう。
この書斎の中で、ものすごくなにかいけないことが、薄気味悪いことが行われていたら。
まさかまさか、と思いつつ、私はそっと書斎のドアに近づいた。
「すみれさん」
書斎のドアに手を伸ばす前に、戻ってきた津田さんの声がして私はびくっとした。
「よろしいですか」
廊下から身体を半分入れただけで、津田さんが言う。
「あ、はい」
私は急いでワゴンを押して廊下に出た。
書斎のドアを開けようとしていたのを、叱られるのかしら。
不安な気持ちで台所へ行くと、津田さんは一枚の注文用紙を差し出した。
「買い物があればそこに書いてください。来週の配達になります」
少し拍子抜けし、少しほっとして、私はその注文用紙を眺め、追加のキッチンペーパーや洗剤を書き込んだ。
他にないかしらと考えていると、棚の戸を開けたままこっちを見ている津田さんに気づく。
――さっきは、わざわざこのために私を呼びにきたのかしら。
もし、津田さんが来なければ、私は書斎のドアを開けていたかしら。
そこに、なにかあったのかしら……。
お夕食のワゴンを押して、秀一郎さんの部屋のドアをそっと開ける。
まだお休みなのか、部屋の中が真っ暗だった。
ワゴンを押して入り、いつものように照明を半分だけつける。
衝立の向こうを見に行くと、秀一郎さんはベッドの上に座り込んでいた。
大きすぎるベッドの真ん中よりちょっと上側に、片膝を曲げて足首をつかみ、背中を丸めて肩に薄っぺらな掛け布団をかぶっている。
「秀一郎さん?」
呼ぶと、ゆっくり振り向いた。
「……ああ」
部屋の方からの明かりに、ぼんやりと秀一郎さんの顔が浮かび上がった。
なんだか困ったような、泣いているような、笑っているような、今まで見たことのない表情。
「あの、お食事です」
着替えを用意しようと箪笥に近づくと、ぐいっと腕を引っ張られた。
びっくりして振り向くと、秀一郎さんがベッドに膝をついて腕を伸ばし、私の腕をつかんでいる。
「はい?」
まだ眠いのかしら。
ベッドに近づいて、滑り落ちた掛け布団を肩にかける。
「お腹すいてませんか?」
「……いなくなった」
「え?」
秀一郎さんが、弱々しく首を横に振った。
「私が……薄気味悪いから……かと」
なんのことか、一瞬わからなかった。
秀一郎さんが、私をそっと抱きしめる。
背中に回された腕は、いつものように艶かしい触れ方ではなく、大切なものを大事に扱うように優しかった。
意図がわからずに戸惑っていると、秀一郎さんは私の耳もとでささやいた。
「……て」
聞き取れなかった。
「なんです?」
秀一郎さんの手が、背中を撫でた。
腰骨が、ぞくりとした気がした。
「秀一郎さん、お食事……」
抱きしめられたままで、声がこもる。
背中から、秀一郎さんの手の平の感触が伝わってくる。
またあの、ぞくぞくする感覚。
お目覚めになったばかりなのに。
「お仕事も……なさらないと」
お食事をして、お風呂に入って、それから夜中が秀一郎さんのお仕事の時間。
そう言いたかったけれど、私はもう抵抗できなくなっている。
「……その前に」
秀一郎さんが、するっとエプロンのリボンを解く。
腕を引かれて、ベッドに座り込んだところを抱き寄せられる。
秀一郎さんはゆっくりした動きで、時間を掛けて私のメイド服を脱がせる。
大きなベッドの上で、横になったまま黙ってされるままになっていると、自分が人形にでもなって悪戯されている気分になってきた。
裸で寝る癖のある秀一郎さんは、初めからなにも脱がせるものがなく、かといって自分でさっさと脱ぐのも抵抗がある。
それに、脱がせるために秀一郎さんの手や指が肌に触れるたびに、ふわっと身体が宙に浮くような心地よさが伝わってくる。
向きを変えたり抱き起こしたりしながら、秀一郎さんはせっせと私の服を取り去っていく。
下着だけになった時、秀一郎さんがぴたりと手を止めた。
「……いや……」
なにがいやなのかと思ったけれど、見上げると秀一郎さんが少し不安そうな表情をしている。
私が、今『して』あげるのがいやか、と聞いているのだ。
ここまでしておいてなにを、と言いたくなる。
秀一郎さんは私から少し離れ、背中にシーツの感触が伝わってきた。
頬に肉の薄い手が触れる。
「いや……なら……、やめる」
あいかわらず、独り言のように呟く。
その言い方が、少しお寂しそうだった。
私は頬を撫でてくれる秀一郎さんの手に、自分の手を重ねた。
「いやではありません」
秀一郎さんの低い体温に、包まれたくなった。
秀一郎さんは、私の胸に手を乗せた。
軽くさすられて、私はびくっと震えた。
たったこれだけで、どうしてこんなに感じてしまうんだろう。
すると、秀一郎さんは両手で胸を撫で、その間に顔を寄せた。
手で真ん中に押し寄せて、自分の顔を挟むようにする。
なにをしているのですか、と言ってやりたかったけど、私はその代わりに吐息をついた。
指先が、軽く先端をひっかく。
「ん、あ……」
さんざん人の胸を両手で弄んでから、秀一郎さんは今度は舌先を使ってなぞってきた。
そんな、そこばかり。
指先が脇腹や腰を撫で、手の平が太ももをさする。
触れた場所から、はっきりと快感が立ち上る。
私は思わず、秀一郎さんの腕を押さえた。
たったこれだけで、声を上げてしまうなんて恥ずかしすぎる。
「しゅっ、秀一郎さん」
「……なに」
「交代してください」
「……」
手を止めた秀一郎さんが、不満げな顔をしている。
「これから、お仕事ですし、あまりお疲れになっても差しさわりがありますでしょう」
「……」
私はベッドの上に座り込んで、秀一郎さんと向かい合った。
「……え、と」
一方的にされるのを阻止しようとあせったけれど、さてどうしよう。
秀一郎さんの、いっそう乱れた前髪の隙間から覗く目が、興味深げだった。
座っていると、目の前にあばらの薄く浮き出た秀一郎さんの胸がある。
私は手を伸ばしてその胸にそっと手を当ててみた。
薄い。
やっぱり、もっとお食事をしていただこう。
「……てくれない」
秀一郎さんが、ぼそっと言った。
「はい?」
「……交代……したのに、なにもしてくれない……」
くす。くすくす。
笑われて、かっと耳が熱くなったような気がした。
秀一郎さんの細い指が、私の顎にかかる。
「私が……したい」
少し冷たい唇が重ねられてきた。
その唇を温めてあげたくなって、私は伸び上がって自分の唇を押し付けた。
秀一郎さんの腕が私の背中に回って、抱きしめられる。
私も秀一郎さんの首に腕を巻きつけた。
薄い胸に、自分の乳房を押し当てる。
秀一郎さんの舌が絡んでくる。
「……ん、ふっ……」
呼吸が苦しくなり、顔をそらすとそのまま秀一郎さんは私の頬や目元にキスをした。
身体をぴったりくっつけて、お互いの顔にキスをする。
なんだか変な気分。
挿れもせずに、こんなに抱き合ったり触れ合ったりするのがこんなに心地いいなんて。
以前、旦那さまとはちょっとだけキスをして、胸に触れて、あそこに指を入れられて、すぐに挿入されていた。
それでもすごく幸せだったけど。
秀一郎さんが私に体重を掛けるようにキスしてきて、とても軽いはずなのに私はあっさりベッドに押し倒されてしまった。
バランスを崩した秀一郎さんも、私の上に倒れこむ。
くす。
なにがおかしいのか、私の上で秀一郎さんが笑う。
「だいじょうぶですか」
聞きながら、私も笑ってしまった。
私は倒れた弾みで、両脚で秀一郎さんの腰を挟んでいた。
身体をずらそうとしたら、押しとどめられた。
秀一郎さんがそのまま下がって、私の脚の間に顔を入れる。
「……あ!」
指で押し開くようにしたそこに、暖かいものが押し当てられる。
「……んあ、あん」
ぺちゃぺちゃと音を立てて、秀一郎さんがそこを舐める。
食べられてしまいそう。
一気に駆け上がる感覚に襲われて、私は秀一郎さんの頭に手を乗せた。
「や、それ、は、反則です」
ぴたっと動きを止めて、私の脚の間で秀一郎さんがくすっと笑う。
その吐息が吹きかけられて、私はまた声を上げてびくんと痙攣した。
指で膣の入り口をかき混ぜながら、上の突起を舌先でつついてくる。
「や、あ、ああっ、……あ!」
シーツを握り締めて、腰を浮かせる。
秀一郎さんは顔を離すと、私の腰を抱え込んだ。
目を開けると、ちょっと大きすぎるものがそこにある。
何度か頼まれて「して」あげてるけど、いつも始めは少し痛い。
「ゆっくり……お願いします」
そう言うと、秀一郎さんはまた前髪の間から私を見る。
「これ……は、薄気味悪い……かな」
最初に、私が「大きくて無理」というようなことを口走ったのを覚えているんだろうか。
それと、小野寺さんの言葉を重ねたのだろうか。
私は手を伸ばして、秀一郎さんに触れた。
「ゆっくりしてくださったら、だいじょうぶです」
「……わか……った」
秀一郎さんが、そっと沈めてくる。
今日は、痛くなかった。
ほうっと息を吐くと、秀一郎さんがさらに深く入ってきた。
「……んっ」
「……痛い……かな」
言いながら少し身じろぎする。
その微妙な動きで、私はまた声を上げてしまった。
それを痛いと思ったのか、秀一郎さんが腰を引く。
私は両手で秀一郎さんの腕をつかんだ。
「だ、いじょうぶ、です。して、ください……」
秀一郎さんが一度身体を伏せて、キスしてくれた。
手が、肩から胸、お腹の方へ撫で下ろされて、腰をつかむ。
ゆっくり、ゆっくり動いてくれる。
ああ。
旦那さまへの後ろめたさは、まだ残っているけれど、それも忘れそうになるほどだった。
秀一郎さんが動くたびに、しびれるほど気持ちいい。
こんなに気持ちいいことを覚えてしまって、私はだいじょうぶかしら。
旦那さまが迎えに来てくださったあと、満足できなくなっていたらどうしよう。
やっぱりこんなこと、お断りした方がいいんじゃないかしら。
でもそれで、秀一郎さんが私に気味悪がられていると思ってしまったらお気の毒だ。
機嫌を損ねてここを追い出されてしまったりしても、困る。
だんだん、考えがまとまらなくなってくる。
秀一郎さんが呼吸を乱している。
私も、切れ切れに声が出る。
中の上のほうを削り取るように引っかけながら擦りあげられ、両手で胸を撫でられると、一瞬意識がふわっと飛んだ。
秀一郎さんの動きが激しくなる。
もう少し。
快感が高まって、私は駆け上がるような感覚に身を任せた。
「んあああっ」
私がのけぞって達するのを見届けて、秀一郎さんがまた動く。
「……い」
うめくように言って、秀一郎さんが私の上に倒れこんできた。
お互いに息が上がってしまい、しばらくそうして休んだ。
「ふ……」
どちらからともなく、笑ってしまう。
「秀一郎さん、お食事」
まだ未練があるように、私の胸に顔を埋めて身体を撫でている秀一郎さんの肩に手を当てる。
「……ん」
秀一郎さんは起き上がろうとしない。
また眠くなってしまったのだろうか。
ちょっと、秀一郎さんに情がわいてしまいそうだった。
「……て」
耳もとで、またぼそっと呟く。
また?
頭では呆れているのに、いつのまにか手は秀一郎さんの分身に触れる。
くす、と秀一郎さんが笑った。
「このくらい……だと、いい?」
無意識に触れてしまったそれを、今更放り出すわけにも行かず、私はちょっと顔が熱くなる。
「それはそれで物足りません」
わざとそんな言い方をすると、秀一郎さんは止まらなくなったようにくすくす笑う。
手の中で、物足りなかったそれが、少しずつ硬くなる。
いけない、お食事とお風呂とお仕事をしていただかないとならないのに。
「……誘ってる」
秀一郎さんが、私の耳たぶを噛んだ。
「違い……」
言いかけた時、秀一郎さんの身体がびくっとして固まった。
どうしたんだろう。
気配に顔を上げて、私は叫んだ。
「きゃあああっ」
隠れるものも場所もない。
いつの間にか、衝立のところに津田さんが立っていた。
「……なに」
私に覆いかぶさるようにシーツに手をついていた秀一郎さんが、いつもの声で聞いた。
「今夜中に、原稿を上げていただかないと間に合いません」
まるで何も見ていないように、津田さんがいつもの落ち着き払った様子でそう言う。
私は心臓がバクバクして、気を失ってしまいそうだった。
「……わかった」
秀一郎さんが答え、津田さんはそのまま向きを変えて部屋の中へもどり、ドアから廊下へ出て行った。
い、今のはなに?
秀一郎さんに抱きつくように隠れていた私の背中に、秀一郎さんの手が触れる。
まさか、このまま平然と続きをしようっていうのかしら。
「……もういい」
私から離れた秀一郎さんの声が、不機嫌になっていた。
私は秀一郎さんに脇でくしゃくしゃになっている掛け布団をかぶせて、自分は急いで服をかき集めてお風呂場に飛び込む。
ざっとシャワーを浴びてから服を着て、お風呂にお湯を溜める。
秀一郎さんをバスタブに放り込んで上から下まで洗い、肩まで浸からせて100まで数えさせる。
体を拭いて、服を着てもらい、髪を乾かす。
ようやくこざっぱりした秀一郎さんは、なぜかずっとかすかに微笑んでいた。
なにがおもしろいのかしら。
こっちは津田さんにあんなところを見られて、穴があったら入りたいくらいに恥ずかしいのに。
見てないかのように用件を言う津田さんもおかしいけど、見られて平然としている秀一郎さんもおかしい。
これからどんな顔で津田さんに会えばいいのかしら。
考えるだけで顔が熱くなり叫びだしたくなる。
身体を動かしていた方が、余計なことを考えずに済むと、お食事の準備を始めた。
お食事を順番にレンジで温めなおして、机の上に並べる。
肘をついて頬杖をした秀一郎さんが、湯気を上げる温野菜とバターロールを見て、レンジの前に立つ私を振り返った。
「パン……」
たったそれだけの言葉で、私は秀一郎さんが機嫌を直しているのがわかるようになった。
「そうですね」
秀一郎さんは、微笑んだまま手でバターロールをむしった。
その横に、温めたクリームシチューを置く。
「熱いですからお気をつけて」
ゆっくりバターロールを口に運びながら、秀一郎さんが言った。
「あなたも……、熱かった」
一瞬で、ベッドの上でのことと、それを見下ろしていた津田さんの顔を思い出して、私は真っ赤になり、それから血の気が引いた。
すっかり忘れていたけれど、津田さんはこのお屋敷の執事なのだ、恥ずかしがっている場合じゃない。
主人のベッドに潜り込むようなメイドを、ふしだらだと解雇しても不思議ではない。
どうしよう、ほんとうに追い出されてしまったら。
住む所を失う、お給料もいただけなくなる、それに。
旦那さまが、私を迎えに来ても私はいないことになる。
どうしよう。
秀一郎さんが、コーヒー豆の缶を持ったまま固まった私を見上げた。
「……どうしたの」
そう言われて、私は缶をワゴンにおいて秀一郎さんがお食事をしている机に手をついた。
「私、私……、あの、津田さんに叱られるでしょうか。あの、ここを追い出されてしまったら、行くところが」
珍しく目を見開いた秀一郎さんが、慌てる私をしばらく見つめ、それからふいに半分残ったバターロールを私の口に押し込んだ。
「……?!」
ぽろっと口から落ちたパンを手で受け止めて、私もびっくりして秀一郎さんを見つめた。
「……パン……は、おいしい、から」
「……はい?」
「気分が……よくなる」
「はあ……?」
確かに、パンがおいしいせいではないけれど、津田さんに見られた、追い出される、というパニックは少々おさまっている。
秀一郎さんなりに、私を落ち着かせようとしてくれたのかしら。
一般的にパンにはそんな力はありませんと、秀一郎さんにお教えしたほうがいいのではないのかしら。
私がパンを食べないのを見て、秀一郎さんはつまらなそうに視線を机の上の皿に戻した。
「私が…、薄気味……」
また、それをおっしゃる。
手の中にあるパンを、私は自分の口に入れた。
「ん、んぐ、う、薄気味悪くなんか、ありません。ちょっと、パンへの理解が違っただけです」
本気で小野寺さんの言葉に傷ついているような秀一郎さんが可哀想で、私はそう言う。
いくらか、秀一郎さんの機嫌を損ねて追い出されたくないという打算もあったかもしれない。
それでも秀一郎さんは、私がパンを飲み込むのを待って、また視線を落とした。
「……て」
聞こえない。
「なんですか?」
「……あなたは……ここにいて……」
そういえば、さっきも何度かそんなことを言ってらした。
『して』と言ったのだと思ったけれど。
もしかして、秀一郎さんは『いて』と言ってくれたのかもしれない。
『この屋敷に、いて』
ふいに涙が出そうになって、私はコーヒーの缶を取り上げて後ろを向いた。
もちろん、ここにいますとは答えなかった。
だって、私は旦那さまが迎えに来てくださるのを待っている。
追い出されたくないと言いながら、ここを出て行きたいと思っている。
私が返事をしないのをどう思ったのか、秀一郎さんは少しだけ嬉しそうにコーヒーの落ちる音を聞いているように見えた。
私は、どうしたいのかしら。
――――了――――
初一番槍GJ!
すみれさんと言い美果さんと言いこのスレのご主人様はww
「……ももひき」「……パン」
ただ単語を言ってるだけなのに、なんでこんなに面白く感じるんだろうと思います。
コーヒーをねだる秀一郎さんに萌えました。
ちょっとずつ距離が縮まっていくのが、もどかしいけどイイですね。GJ!
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!
秀一郎さん来てた!GJでした
次も楽しみにしています
秀一郎さんかわゆす
薄気味悪いとか気にしてんだなw
何気に津田さんも萌えキャラだ
GJ!待ってました!
今回はちょびっと切なかったな…。すみれさん、どうする(なる?)のだろうか…。
しかし、津田さんも気になるが芝浦さんも気になるところ。前回登場したのを見る限り普通な感じはするけど、一体どんな人物なんだろう?また出て来ないかな?
それも含め、楽しみにしてます
333 :
名無しさん@ピンキー:2008/12/27(土) 00:33:24 ID:tdv6WL5q
今流行りのステレオタイプのメイドのイチャパラスレかと思いきや…!
すみれの閉塞して篭ったエロの雰囲気がたまらん!
美果のツンデレも楽しみだ!
このスレと職人はもっと評価されるべき。
>>209-219 「というわけで今日は『ぽろりじとめでなめくま』を実行する」
「ご、ご主人様……」
「なんだ菜々子」
「あの……今回ばかりは無理な感じがするのですが……日本語として成立していませんし
それにほら、他の皆さんもスルーしてますよ」
「なんど言ったらわかるんだ。俺は巨大企業のトップに立つ男だぞ?いかなる逆境にも打ち勝たねばならない」
「う……」
「諦めたらそこで試合ギブアップノックバックジンクスだ」
「はは……今日も飛ばしてますね」
「は?なんだか納得いかないが、まずは文章を区切るところから始めよう」
「う〜ん。単語っぽいところで区切ると『ぽろり/じとめ/で/なめく/ま』とかでしょうか……
まあ悪い意味でテキトーですけど」
「減点5だな。ご主人様チョップ!」
「いたっ!なにするんですか〜」
「全くセンスが感じられないな。これは『ぽろりじ/と/め/で/なめくま』だ!」
「……より一層意味がわからなくなってません?」
「ふふ、俺の解説を聞いてもまだそんな事が言えるかな?」
「え……(妙に自信がありそう……。そういえば私なぞと違い、ご主人様は英才教育を受けられているはず。
きっと日常では使わない単語や句法をたくさん知っておられるに違いないわ……)」
「どうした、神妙な顔をして」
「いえ……先程は失礼な発言、申し訳ごさいませんでした。解説お願いいたします」
「ふむ、良いだろう。まず『ぽろりじ』とは『ポロリ』と『理事』の合体語だということにする。
すなわち『すぐにポロリをしちゃう理事』、略して『ポロ理事』だ!」
「……(新単語を創作しだしたっ!しかも低俗!)」
「そして『なめくま』。これは『舐めろ、熊を!ゲーム』の略だ」
「…………ちなみにどんなゲームですか、それ?」
「熊を舐める」
「そのまますぎて逆に凄いっすね!」
「まとめると『ポロ理事と目で舐め熊』。訳は『すぐにポロリをする理事と一緒に目(←地名)で“舐めろ!熊をゲーム”をする』だな」
「私、今までこの単語を使う機会には巡りあわなかったのですが、今こそ使わせていただきます。
カオス!!なんですか『目(←地名)』って!?」
「いや、なんかもう目は地名にするしかねえやと思って」
「…………(しらーーーー)」
「……菜々子」
「……あ。は、はい、なんでしょうか?」
「今、馬鹿にしたんべ?」
「え」
「俺のこと、今馬鹿にしたんべな!?」
「なぜ群馬弁!?」
「くっそ〜、今に見てろな!菜々子!」
「な、何を…………」
ソレカラドウシタ
ザザーン
「ははは、潮風が気持ちいいな……」
「あのぅ、ご主人様、ここは……?」
「俺が20億で購入した名も無き無人島だ。そして俺はここを『目』と命名する!!」
「うわああああ!?金持ちの道楽にしては規模が大きい!!」
「そしてこちらがお前を通わせている学園の理事長だ」
「ふぉっふぉっふぉ。理事長の田中タカシじゃ。今日は舐め熊ゲームが出来ると聞いて飛んで来たわい。
運動しやすい格好ということでビキニを着てきたぞい(棒読み)」
「いくら掴まされたんですか理事長先生〜!!?」
「これで役者は揃った!」
「めちゃくちゃですよ〜……」
「あ…………」
「ん?ご主人様?」
「その……何だかあまり喜んでないようだな?」
「……え?」
「正直言うと、菜々子の前ではいいかっこがしたかっただけなんだ。どんな困難にも打ち勝つ俺の姿を……褒めて欲しくて……」
「そんな…………」
「だが、些か行き過ぎたようだな。すまない」
「あぁっ、ご主人様、メイドふぜいに頭をお下げにならないでください」
「菜々子?」
「私、嬉しいですから……ご主人様が私に認められるために頑張ってくれて」
「……」
「それに、このようなことをされなくても私はご主人様を尊敬いたしております。
孤児だった私を拾いあげメイドにしていただいて、学園にも通わせていただいて…………
なにより、こんな私を愛してくださって」
「菜々子っ」
「きゃっ、急に抱きしめないでくださぁい……」
「愛してる……これからも君のために、頼れる男になっていきたいと思う」
「ご、ご主人様……その、よろしければ、き、キス、」
ぶぉぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
「ひにゃ〜!な、なんですか!?」
「おお、舐め熊ゲーム開始のほら貝だ!」
「ほら貝で始まるんですか!?」
「ぐるるるるるっ!」
「く、くまっ、くまっ……」
「いくぞ菜々子!熊を舐めるんだ!」
「た〜し〜け〜て〜…………」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『終業式、最後は学園長先生のお話です』
『……え〜、今日みなさんに伝えたい事はただ一つ。
金欲に目を眩ませると、酷い目にあうぞと、具体的には四針縫うぐらいの怪我をするぞということです……』
「学園長ったら、なにいってんだろ?ねぇ菜々子?」
「そ、そうですね……あはは」
学園長は42回ポロリしたんだって!凄いね!
――――ご主人様の日記より
いや、反省しなくていいからもっと読みてぇwwwwww
ほ
338 :
名無しさん@ピンキー:2008/12/30(火) 17:10:04 ID:78CkXFzk
う
じ
茶
こ
ゆ
い
ぞ
「おいこの名もなきメイド、このほうじ茶濃いぞ」
「そこの名もなき坊ちゃま、気のせいです」
「本気で言ってるのか? ほら、こっち来て飲んでみろ」
「嫌です」
「主人が飲めと言ってるのに聞けないというのか?」
「やだっ、何なさる気ですか!」
「ほら飲め、嫌だと言うなら主人が直々に」
「やらっ、らめぇ、こっちは口内炎持ちなんだ阿呆なこと抜かしてたらケツから手ェ入れて奥歯ガタガタ言わせっぞ!」
「……すみませんほうじ茶が濃いのでお湯を足してください」
348 :
小ネタ:2008/12/31(水) 03:52:57 ID:4FWTOxjg
小さな街の片隅にぽつんと建っている榊ヶ原孤児院。
ここで暮らしているすべての子供を足しても22人にしかならない。
この小さなコミュニティでは『サヨナラ部屋によばれた奴がいるらしい』
という噂が全員に行き渡るのに30分もかからなかった。
「サヨナラ部屋ってなあに?」
「ああ……お前は先月来たばかりだからしらないな」
庭の花壇に水をやっていたリーダー的存在の男子が小さな女の子の質問に答えた。
「正式名称は面会室……ここで住んでる奴の里親や奉公……というと微妙だけど……
まあ、住み込みで働ける仕事先が決まったとき、その先方と会う部屋なんだ」
男の子は息を弾ませ自分の事の用に喜んで言った。しかし女の子は質問を重ねる。
「……つまり、なんでサヨナラ?」
「ええと……まあ、呼ばれた奴はその新しい家族だか奉公先で暮らすことになるから、この“家”を出ていくわけでだな……」
「あ、じゃあ……本当にさ、さよなら……なんだ……」
目を潤ませる少女の頭を、屈んで視線を合わせ、少年が撫でる。
「……そいつとはサヨナラだけど、そいつは幸せになりに出ていくんだ……いい事なんだ」
「いい事?」
「そうとも、先生方も一生懸命俺達の行き先を探してくれてる……いつか俺達にも番が来る」
「……」
「その時は確かに悲しいかもしれない……でも、幸せになりにいくんだぞ?楽しみだろ?」
「楽しみ……かな?」
そうとも、と少年は立ち上がる。少女はしばらく考えて、言った。
「じゃあ……今日はお祝いだね?」
「ああっ」
『おい、出て来たぞ〜!』
叫び声に子供達の視線が玄関に集まる。
少年は出て来た仲間の顔を目を細めて確認する。
そして、ほっと胸を撫で下ろした。
「…………な?幸せそうだろ?」
「うん……そうだね」
少年は早くも送別会の段取りを頭の中で組み立てていた。
†
349 :
小ネタ:2008/12/31(水) 03:53:40 ID:4FWTOxjg
街の端っこの小さな孤児院で小さな送別会が行われた翌日。
見たことも無いようなスケールの大きいお屋敷の威圧感に少女はすくみ上がっていた。
「……で、ここがご主人様の部屋ね」
案内をしてくれている先輩メイドが木製のしっかりしたドアを指差して言った。
「くれぐれも粗相の無いようにね……って言っても優しい方だから緊張しなくて平気よ」
「は、はひっ!……えと……」
「奈津美って呼んで……じゃ頑張ってね、清水さん」
「あり、ありがと、ござました!!」
大丈夫?と苦笑いを浮かべながら先輩メイドが去っていく。
主の部屋の前に一人残され、彼女は心臓が飛び出すような思いだった。
榊ヶ原グループといえば様々な業界いくつもの会社を持つ、誰もがはっとするような企業である。
また、トップに君臨する榊ヶ原家頭首は慈愛に満ちた人間であることが世間で知られ、
榊ヶ原孤児院も彼の活動によって建てられ、経営されているものなのだ。
つまり、慣れないメイド服に“着られ”た少女が主の機嫌をそこねた場合、孤児院に悪影響が及ぶ恐れがある。
「(皆に迷惑だけはかけられない……よ、よしっ)」
孤児院に迎えに来たのはメイド長だったので少女は初めてご主人様と顔を合わせる事となる。
ファースト・インプレッションは重要だ、と孤児院の皆にもアドバイスされてきた。
彼女はガチガチと奥歯を打ち鳴らしながらも、なんとかドアにノックした。
「…………どうぞ」
中から返事が返る。
大丈夫、私なら出来る!
「し、しちゅれ、しゅまあっ!?」
バターン!
まさかの展開である。
凄まじい勢いでドアを開いた彼女は、そのまま部屋にヘッドスライングし……止まった。
「…………」
「…………」
部屋に沈黙が充満する。
「(ま、まだ、これから……)」
彼女は気を取り直しで立ち上がるとスカートのホコリを掃い、視線を主へと向けた。
「し、失礼しまし、た!私は、今日、から、こち、
こちらでお世話様になりまする、清水と、もうしまっ!」
「……もうしま?」
「…………」
新米メイドにご主人様の微妙な視線が突き刺さる。
終わった、彼女は絶望感にうちひしがれた。
350 :
小ネタ:2008/12/31(水) 03:54:19 ID:4FWTOxjg
「ふ、ふぇ……」
「は?」
「ふぇええええ……ごめん、なさぁい……」
「…………」
メイドはあろうことかご主人様の泣き出してしまった。
いきなり現れた知らない顔に泣かれた方は堪らない。
25歳という有り得ない若さでグループを引っ張る主は、しばらくしてやっと調子を取り戻した。
「ひぐっ……私はどうなってもいいので……孤児院だけは〜」
「なんだか知らんが、メイド!」
「は、はい!」
突然叫ばれ、彼女はなぜか背伸びをした。
「人間は失敗しても、それを糧に成長していくものだ!」
「はい!」
「……茶を淹れてこい」
「はい……え?」
彼女が聞き返すと、主は穏やかな笑顔で言った。
「緊張するのは仕方がないことだが……メイドならメイドらしく、お茶を淹れて失敗を挽回しろ」
「……ご主人様……かしこまりました」
静かに部屋を出る。もう緊張はしていなかった。
「……本当に、優しい人」
まだ会って一、二分。しかし彼女はすでに主に一生を捧げる決意をしてしまっていた。
「なんて……ステキな方なんだろう……」
これから始まるであろう厳しくも楽しい生活に胸を踊らせながら、彼女は玄関へと駆けていく。
「あれ、清水さん、どこ行くの」
「あ、奈津美さん。お茶を買いに行ってきます!」
「へ?」
奈津美は新入りの言葉に戸惑う。
「紅茶なら厨房に沢山……」
「はい!でも私、ほうじ茶しか入れたことがなくって……」
彼女は少し顔を俯かせて言う。
奈津美はそこになにか乙女の恥じらいのようなもの敏感に感じ取った。
「ご主人様にお茶で失敗を挽回しろ……って言われて、それで今日は自分の得意分野で勝負したいんです……
もしかしてほうじ茶もあったりします?」
「あ、いや、無いかな?買ってきなよ、清水さん」
「解りました。では、5分で戻ります!」
彼女はぺこりと頭を下げて走り出したが一度ふり返って言った。
「私も下の名前で呼んで下さい!菜々子って言います!」
では!と彼女は屋敷を飛び出した。
奈津美はしばらくそれを見守ってから、ぽつりと呟く。
「なんだか、面白い娘」
菜々子はきっかり5分で帰ってきたのだった。
………
……
…
351 :
小ネタ:2008/12/31(水) 03:57:04 ID:4FWTOxjg
「
>>337-344で思い出したが、あの時飲まされたほうじ茶はものっそい濃くてまずかったなあ?」
「……返す言葉もこざいません、ご主人様」
「あの話の流れだったら普通上手に淹れるだろうに」
「反省してます……」
「……まああれから数年たった訳だしお前も成長した。
ということでほうじ茶を淹れてくれたまえ!」
「畏まりました!では早速……」
「いかーーん!」
「ひえぇ!何ですか!?」
「まだ湯呑みが冷えているだろう?
お茶は少しでも熱い状態にした方が美味しいのだぞ!」
「まったく、微妙な知識だけはあるんですから」
「……お前、変わったな」
「では、湯呑みを一度熱湯で温めましてから……どうぞ、ご主人様」
「うむ」
ズズズズズ
「い、いかがでしょう」
「ふ〜む。ほうじ茶特有の香ばしい風味がたまらないな。あまり渋味がないのもいい」
「あ、ほうじ茶って葉を焙じた時に苦味成分が壊れちゃうので、渋味は少ないんですよ〜」
「17へぇ」
「……古い」
「今、古いとか言ったんべ?」
「い、いえ、別に」
「言ったんベな?」
「群馬弁は無駄に威圧感があるのでやめて下さい……」
「なんだい、なんだい!ちょっとお茶トリビアしってたぐらいでいい気になって!」
「は、はあ」
「じゃあお茶クイズで勝負だ!」
「何ですかその展開!ぶっとんでませんか!?」
ソレカラソレカラ
352 :
小ネタ:2008/12/31(水) 04:02:25 ID:4FWTOxjg
「やって来ましたお茶クイズ大会!司会は学園長だ!」
「ふぉっふぉっふぉっ、司会の田中タカシじゃ」
「学園長先生いい加減にしてください!四針縫った時点で懲りて下さい!」
「……勝った方が、なんでもいうことを一つ聞く……真剣勝負だ!」
「わ、わかりました……」
「ふぉふぉ!では第一問じゃ。DEATH N〇TE単行本で表紙の色が黒いのは何巻でしょう?」
「そして、お茶関係ないし!」
「はいはいはいはい!」
「ふぉっふぉっ、ではご主人様さんどうぞ!」
「二巻だ!」
「残念」
「くそぉおおおおお!!!!」
「そんな悔しがらなくても……」
「ふぉっふぉ、菜々子さんはどうですかな?」
「一巻でしょうか?あといちいちふぉっふぉ、って言うのやめて下さい」
「菜々子さん正解じゃ!」
「あ、やりました!」
「ふ、ふん、試合はこれからだ!」
「ふぉっふぉ、ではラスト問題じゃ」
「はやっ」
「いい加減にその場をやり過ごす事を何を濁すというでしょう?」
「あっはい、それならわかります!」
「しかし菜々子に解答権はない」
「え」
「ふっふ、これを見ろ」
「…………なんですかそれ」
「ゴールデンハンマーだっ!!」
「うわ、せこっ!いきなり新ルール持ち出して来てセコいです!」
「なんとでも言え!」
「では、ご主人様さんどうぞ!」
353 :
よいお年を:2008/12/31(水) 04:04:35 ID:4FWTOxjg
「信念を濁すっ!」
「…………」
「…………」
「……なんだ、正解か?」
「……大ハズレですご主人様……」
「ふぉ、優勝は菜々子さんですな」
「はい!学園長は帰って下さい!さよなら…………ふう」
「この俺が、負けただと……?」
「悔しがりすぎですよ」
「俺は……」
「?」
「……俺はこの試合に勝ったらこう言うつもりだった……一生、俺のためにお茶を淹れてくれ、と」
「あ……」
「不甲斐ないな……俺も……んぅ!?」
「んちゅ……ん、ふ……んむう……」
「む……ぷは、な、菜々子!?」
「へへ、私からキスしちゃいました……勝ったんですからいいですよね?」
「お前……」
「私は一生ご主人様にお仕えするって、あの初めて会った日に決めたんです。
ご主人様が嫌だと言っても……いいえ、嫌だと言われないようにガンバリますねっ」
「……あの日は、菜々子がこんなにしっかりするとは思わなかったなあ」
「私もあの日はご主人様がこんなにヘン……こ、個性的な方だとは思いませんでした」
「……来年もよろしく頼むぞ、菜々子」
「はい、畏まりましたご主人様!」
「ふぅ……一段落ついたら喉かわいたな。菜々子のほうじ茶でも飲むか。んくっんくっ」
「ああっ、それはクイズの前に入れて出しっぱなしだったやつ……」
「…………は、腹、が……」
「ご主人様のばか〜〜」
ほうじ茶はタンパク質を含むから腐敗がはやいぞ!気をつけてね!
あとクイズハンターは1993年放送終了のだから今20歳の人は当時5歳だね!
ゴールデンハンマーとか超古いね!
――――ご主人様の日記より
とりあえず、ちっとんべえGJだいな
……いやいや、なかなかGJでございます。
お茶請けにただいま炭火で炙らせた原嶋屋の焼きまんじゅうをどうぞ。
(りょうもう号に乗って帰ってきた地元出の執事より)
インスタントコーヒーしか作れない、どっかのスレのメイドよりは優れてる。
どっひこでんGJ
群馬弁ご主人様シリーズ面白い。GJ。
ところでそろそろ次スレの季節?
>>357 確かに容量やばいので新スレの時期でしょう
あとみなさんあけおめ
じゃあ新スレタイ募集しなきゃね。
一応前スレからの候補分を置いておく。
他にもあればぜひどうぞ。
【エプロン】【ドレス】
【ご主人様】【旦那様】
【奉仕】【敬愛】
【美しき】【一輪の花】
【女中でも】【OK】
【貴方のために】【尽くしたい】
【朝の支度から】【夜のご奉仕まで】
【優等生も】【ドジっ娘も】
【スカートを】【めくるな!】
【優しく】【厳しく】
【ご主人様】【お嬢様】
【ご主人様】【お茶ですよ】
【お帰りなさい】【ご主人様】
【これが私の】【ご主人様】
【朝ごはんを】【召し上がれ】
【ご主人様】【お茶をどうぞ】
> ……字数制限ってどのくらいだっけ
> 48バイトまで。
> メイドさんでSS Part7
> で20バイト、【】【】で8バイトだから、
> 残り20バイト。全角で10文字まで。
「ご主人様」より「旦那様」のほうが好きなので
そちらに一票
しかし400レスに満たないうちに容量リミットか
ペースはえ〜
俺もご主人様旦那様に一票
【ご主人様】メイドさんでSS Part7【旦那様】
これでいいの?反論ない?
364 :
【大凶】 :2009/01/01(木) 21:55:45 ID:PhW2OOap
ないぉ^−^
>>355 俺の書いたメイドさんのことを引き合いに出されてるような気がするが・・・、
とりあえず、大きなお世話だ、といっておく。
違ったらすまん。
>>367 ここでいうべきことではないと思うけど言っちゃう
超GJ!
埋まる前に落ちたりして
>>367 面白かった。GJだね。
なんだか変わった語り口で楽しめたよ。
もしまだこのスレを見てるんだったら、このスレのためにメイドSSを書いてほしい。
どう?
>>371 ちゃんと次スレたってるんだし、普通に落ちても問題ない。
つーか、もうそろそろ埋めようぜ。
『屋敷の桜』
「ひあ……っ」
希美は急に背後から伸びてきた腕に悲鳴を上げた。
形のいい胸をメイド服の上から鷲掴みにされている。慌てて振り向き、
「や、やめて下さい、由伸様」
腕の主は希美の主人だった。正確には希美の雇い主は由伸の父であり羽山家現当主の
羽山悟なのだが、希美は由伸の専属メイドなので主人というのも間違いではない。
「やだ。こんな気持ちいいこと、やめられるわけないよ」
「気持ちいいって、私はいやですっ」
「ちょっとしたスキンシップだよ」
「せ、セクハラじゃないですかぁ……」
むにむにと揉まれる感触に震えながら、希美は身をよじった。
「いい加減に……」
「希美」
耳元で名前を呼ばれて希美は反射的に身を強張らせた。命令か何かを言いつけられる
ときに身を正す癖がついているためだ。
「ベッド行こうか」
「え? ……きゃあ!」
急に後ろに倒されたかと思うと、希美の体は由伸の両腕に横抱きにされていた。
お姫様だっこだ。
意外とたくましい腕だ、と思う間も続かず、希美はベッドに運ばれ、押し倒された。
「や、あの」
「ごめんね、希美。でもこうでもしないと、君はぼくを受け入れてくれないと思って」
「う、受け入れるって」
由伸は言った。
「前にも言ったよ。ぼくの恋人になってほしいって」
希美は口をぱくぱくさせたが、やがて目を逸らした。
「私は使用人です。恋人なんて……」
「君はいつもそう言って逃げる。そんな下らない理由で」
「く、下らなくはありません! 由伸様はもっとご自分のお立場を自覚なさるべきです」
「下らないよ。君がぼくを受け入れたくないのなら、そんな理由は言うべきじゃないんだ」
由伸の顔から笑みが消えた。
真剣な表情に希美は息を呑む。
「……で、では、どうお答えすればよいのですか?」
「決まってる。はっきり拒絶の言葉を口にすればいいのさ。『あなたが嫌いです。あなたの
ことなんてこれっぽっちも好きではありません』って」
「……」
希美は口をつぐんだ。
「君がはっきり言ってくれたらぼくはもう諦める。だから、教えてくれないか? 本当の
君の気持ちを」
主人のまっすぐな目に心がぶれそうになる。
希美は躊躇い気味に口を開き、
「……由伸様のことは、その……お慕いしています」
「様付けは無し」
「え?」
「ここにいるのは、高校時代のクラスメイトだった羽山由伸と片桐希美、その二人だ。
だから、様は無し」
「……」
希美は迷いから目を泳がせた。
しかししばらくすると意を決して、まっすぐ由伸の顔を見返して言った。
「好きだよ、由伸くん──」
「……!」
それを聞いた由伸は、驚いたように目を見開いた。
「どうしたの?」
「……いや、嬉しくて」
「言わせたのは由伸くんじゃない」
「そうなんだけど、……ああどうしよう、すっごく嬉しい」
泣きそうな表情で呟く由伸を見て、希美はおかしくなった。
(泣き顔と笑顔って、似てるんだ)
そんなどうでもいいことを考えてしまう。
彼の顔は泣きそうなくらいに嬉しげである。
その様子を見ていると希美まで嬉しくなってくる。
「希美……」
由伸は希美の名を呟きながら、彼女を抱き締めた。
希美も由伸の背中に腕を回す。
「由伸くん……」
やがて二人は、どちらからともなく唇を重ねた。
初めてのキスは温かく、少しだけぎこちなかった。
ブラウスのボタンが一つ一つ外されていく。
希美は顔を真っ赤にしながら呻いた。
「は、恥ずかしいです」
「あれ、敬語に戻ってるよ」
希美ははっと気付くと、ばつの悪い顔で由伸を見上げた。
「ごめん……癖になっちゃってるみたい」
「いいよ。希美の言いやすい方で」
希美は少しだけ思案して、
「あのね」
「うん」
「私、メイドってそんなに嫌いじゃないの」
「うん」
「だからね、由伸くんがご主人様でも私は……そっちの方が、いい」
「……うん」
由伸はにっこりと笑う。
「希美はぼくの、ぼくだけのメイドだ。ぼくだけが君を好きにできるんだ」
「由伸……様」
希美は言葉遣いを正した。
「今から君の全てを貰うから。いいね」
「……はい」
ここからは元の、主人とメイドの関係になる。
いや、元はクラスメイトだったわけで、元通りというのは変かもしれない。どっちでも
構わないと由伸は言うだろうが。
ブラジャーを外されて、胸が露わになる。
反射的に隠そうとしたが、腕を掴まれ阻まれた。
「綺麗な胸だよ」
「やぁ……」
由伸の唇が先端に触れる。軽いキスから舌先の愛撫に変わり、希美は体を震わせた。
もにゅもにゅと二つの乳房を揉まれながら、先の方は唇と舌で丁寧に弄られる。
服の上から触られるのとはまったく違う刺激に、希美は酩酊しそうになる。
「由伸……様ァ……」
「かわいいよ、希美」
「やぁ……」
「もっと、声を聞かせて」
胸を揉まれる度に奥から熱がこみ上がってくる。
染み込みそうな程に乳首が唾液で濡れている。
自分の荒い息遣いが耳元に響くのを感じながら、希美は由伸をぼんやりと見上げた。
「わ、私」
「ん?」
「変になっちゃいます……」
由伸は小さく笑い、
「いいよ。変になっても」
「でも」
「変になっちゃう希美もかわいいよ」
耳元でそんなことを囁きながら、由伸は右手をスカートの中に滑り込ませた。
「んっ」
希美は反射的に股を閉じようとしたが、由伸の右手はそれを許さない。
ショーツ越しに指の先端が秘部を捉えて、
「もう出来上がってる?」
「ふえ?」
「濡れてるよ」
「そ、そんな!」
「……脱がすよ」
希美は息を呑む。
十秒の間の後小さく頷くと、由伸はもう我慢できないかのように一気に下着を取り去った。
「よ、由伸さまぁ……」
「力抜いて」
由伸が希美の両脚を開いて腰を落としてくる。希美は目を瞑り、壊れそうなくらい
暴れている心臓を抑えようと深呼吸を繰り返した。
呼吸をすれば体は自然と弛緩する。緊張は拭えない。でももうお互いに先に進むしか、
「うあ……」
互いの大事な部分が触れ合う感触に、希美は顔を歪めた。
「の、希美」
「だ、大丈夫、です。そのまま来て」
由伸は頷き、腰を一気に突き入れた。
びりびりと痛みが走る。痺れるような感覚に息が詰まった。
「く、うぅ……」
「だ、大丈夫?」
「……は、い」
由伸は一瞬怯むような表情を見せたが、一度唾を呑み込むと、覚悟を決めたように
動き始めた。
じくじくと響く痛み。希美は熱く痺れる感覚に顔を歪めた。
今下腹部はどうなっているのだろう。血が出たりしているのだろうか。角度的に
見えないのでわからない。見るのはちょっと怖いが。
それでもしばらくするとだんだん痛みに慣れてきた。
由伸は夢中で腰を振っている。
動きに合わせて伝わってくる男根の感触に、希美はたまらず喘いだ。
「あっ、ひあっ、だめです、ご主人様ぁ」
由伸はそれを見て嬉しげに笑う。
「気持ちいいの?」
「ち、違います。ただ、胸が、」
「胸?」
「繋がることができて、なんだか胸がいっぱいになって、私──」
希美は沸き上がる気持ちに翻弄されながら、目の前の愛しい主人を見つめる。
「──嬉しい。きっと、私嬉しいんです」
「──」
由伸は一瞬呆気にとられたように固まったが、やがてその顔を崩すと一気に動きを速めた。
「きゃっ……あの、よ、由伸さま?」
「ごめん。嬉しすぎて抑えが利かない」
「あ、やぁっ、そ、そんなに、あっ、激しくしないでぇ」
先程よりさらに速いピストン動作に、希美は腰が砕けそうになる。
しかし目の前の主人がとても気持ちよさそうにしているのを見ると、少しも苦では
なかった。
「希美……もう出そう」
「はい、出して……出してください、私の中にいっぱい……」
荒い息遣いと共に由伸の動きが小刻みになり、希美はそれを抑え込むように抱き締めた。
「うっ」
「んんっ」
一際強く突き抜かれて、希美は思わずのけ反った。膣内でぶるぶると男性器が震えるのを
感じ取り、希美は愛する主人が絶頂を迎えたのを知った。
「希美……」
深く息を吐き出すと、由伸は希美の頬に手を添えて、口付けを交わした。
「ん……由伸様……」
目を閉じてキスに応えながら、希美は幸せを噛み締めていた。
◇ ◇ ◇
「こんな感じになりましたが、どうですか?」
プリントアウトされた原稿を読みながら、ぼくは一つ頷いた。
「うん……よくできてる、桜」
「ありがとうございます」
無表情に年下のメイドは答える。
彼女の名前は玲瓏院桜(れいろういんさくら)。古い名家出身らしく、仰々しい苗字も
その名残りらしい。そんな彼女がどうしてメイドをやっているかというと、本人曰く
「おもしろそうだったから」というから世の中わからない。
ただ、メイドとしては実に優秀で、桜はうちに欠かせない存在になっている。彼女の
希望から未だ要職には就いてないものの、日常の雑事から情報・スケジュールの管理、
果ては屋敷の警護に至るまで、桜はあらゆる面で屋敷を支えている。まだ17歳というから
恐ろしい。
そんな桜にはちょっとした趣味がある。
それは文章を書くこと。
小説やエッセイを書くのが好きらしい。それを聞いてぼくは冗談混じりに「じゃあ
ぼくと希美の純愛小説を書いてよ」と言ったら、彼女はあっさり「わかりました。期限は
いつまででしょう」と聞き返してきた。
そして10日後、原稿用紙換算で380枚に及ぶ小説を渡してきたのだった。
「君は働き場所を間違えてると思うよ」
「それはどういう意味でしょうか」
「いや……ところでこれ、どこかに発表する気ない?」
「いえ、特に」
「サイトにアップしていい?」
「どうぞ」
平然と答える桜。
正直これだけの文量を温めておくのはもったいない気がした。
名前と一部の地名を変えれば問題ないだろう。
「んじゃ早速」
「何が早速ですか!」
後ろからおもいっきり殴られた。この鋭角的な感触は一人しかいない。
「何をするんだ希美。痛いじゃないか」
「それはこちらの台詞です。何をなさるおつもりですか!」
「桜の小説をサイトに上げようかと」
「ダメです! それに出てくるの私なんですよ?」
さては立ち聞きしていたな。悪いメイドさんだ。
「名前変えるから大丈夫大丈夫」
「それでも恥ずかしすぎます、いくらなんでも」
「んじゃベッドでもっと恥ずかしいことしようか」
「どういう流れからそうなるんですか!」
また鋭角的に殴り抜けられる。ああ、最近頭がよくふらつくのは威力上がってるからかな。
でも意識を途切れさせない辺りが希美のすごいところだ。
そのとき、視界の端に映るものに違和感を覚えた。
いつも無表情な桜が笑っているように見えたのだ。
思わず桜に目を向けるが、特に変わった様子はない。
そこにはいつもの無表情があるだけだ。
(気のせい、かな?)
それを気にする余裕はなかった。希美の手が原稿に伸びてきたので、咄嗟にそれを払う。
払うふりをしながら胸を鷲掴むと、再びテンプルに打撃音が響いた。
働き場所を間違えているのではないか、ですか?
いいえ、そんなこと一度も思ったことありません。ここは私にとっていい場所です。
──とても、おもしろい職場だと思いますよ。