かーいい幽霊、妖怪、オカルト娘でハァハァ【その13】
リハビリ中、リハビリ中。
では、今宵最初の恐怖幽便を読んでみよう。
はい、五郎さん。
「これは、『おれ』の経験した、身の毛もよだつ出来事です。
前後編の前編です。エロシーンは今回ありません。
一人称の、訳の分からない語り口が苦手な方は、『ほんこわメイドさん』でNG登録してください。
まずは愚痴らせてくれ。
国内、海外共に結構なシェアを持つ自動車メーカーがあって、おれの勤める会社はそこから一部、設計を請け負っているわけなのだが。
「下柳君、ちょっといいかい?」
下柳とはおれの名前、その肩を叩いたのはおれの上司。超絶・嫌な予感と共におれが、なんスか? と応じたくないけれど応じてしまうと、
案の定、面倒な仕事を押しつけられてしまった。
「太田君のかわりに、出張出てくれないか?」
太田とはおれの後輩。なんでも、体を壊してしまい急遽入院することになってしまったのだそうな。そしてヤツがするはずだった出張を、おれが
かわりに出る、ということになった。クビとか左遷とか、そう言った類のことでなかったのは幸いだが、それでも辛い命令であることは変わりない。
なぜなら。
「おれだって死ぬほど忙しいんだっての!!
後輩の尻拭いなんてしてる場合じゃねえって!!
死ぬ、死んじまう!! 今度はおれが入院決定じゃねーか!!!」
そう叫んだのは、その日の帰りのおでんの屋台。
サラリーもらってるもんの宿命で、泣く泣く引き受けたんだよ、その代理出張を。
トキとトコロは先程から変わって、もうすっかり終電間際。高架下の屋台に居座って、そこの大将にくだを巻いているのがおれだった。
「ンで、お客さん、その出張ってのはいつからなんです?」
酔っぱらいの扱いには手慣れた感じの愛想で、屋台の大将がおれにそう言った。一升瓶の安い酒を、おれに急かされなみなみと注いでいく、
その表面張力を確認してから、おれは答える。
「・・・・・・明日だようッ!」
じゃあ、もう帰って休まねえと、と大将は返してきた。くそう、最初っからそれが言いたかったんだな、早々に追い出したいらしい、酔っぱらいを。
おれはコップを持ち上げずにまずはじゅるる、と表面に盛り上がった酒面を吸い上げたあと、がっ、と一気に飲み干した。
そしておれは財布から数枚の紙幣を多めに抜き取り、ばん、とテーブルに叩き付ける。やれやれといった風に釣りを用意しようとする大将を、
おれはびっ、と指先立てて遮った。
「釣りはいらねえ、そのかわり、なんか喰えそうなものをアイツに見繕ってやってくれい」
そう言っておれがユビさした先で薄汚れた野良猫が、なー、と感謝の声を上げた。
フフフ、恩返しするんだったら、せいぜい可愛い娘に化けて来いよ、と酔っぱらいの戯れ言吐いて、おれは終電の駅に向かった。
以上、愚痴終わり。
いや、終わってなかった、もうちょっとある。
翌日、早朝の新幹線の車中、おれは、ンだとォーーーッ!! とか叫んで車掌に窘められた。
倒れた太田は、宿泊先の手配をしていなかったのだ。
今日を含めて7泊8日、その間滞在するホテルが用意されていないとは。
おれは大至急、心当たりのビジネスホテルに電話をかけまくり、部屋の空きがないかを必死で交渉した。だが間の悪いことに、いつもひいきに
しているホテルは満室で、当日からの部屋が用意できない。そこ以外のホテルになると少し距離が離れてしまうので、何かと不便になる。それでは
ダメだ。はっきり言って、朝早くから夜遅くまでのハードな仕事量なので、ホテルまでの移動に時間をとられるのがモッタイナイからだ。仕事が終わっ
たらすぐに休みたいし、朝は時間までぎりぎり眠っていたい。
そう言うわけで、おれも簡単には引き下がれない。そこをなんとか、とゴネて縋って交渉した結果、渋々調整してくれることになった。内装に欠陥が
ありリフォームする予定の部屋だが、泊まれないことはない、というので、それでお願いすることに。少々部屋に問題があっても、仕事から早く帰れて
すぐに休めるメリットは捨てがたいのだ。
こうしておれは、ただでさえキツイ出張を、問題のある部屋で過ごすことになった。
しかしその部屋の問題は、ただ内装に欠陥があるとか、そういうレベルの話じゃあなかった。
初日。
早速の深夜残業で、ホテルに着いたのはもう午前様。
さっさとチェックインを済ませ、ルームキーを預かった。この手のビジネスホテルは、ルームキーと繋がったスティックキーがついている。鍵で
部屋を空けたあと、そのスティックキーを部屋の入り口、所定のスポットに差し込まないと、部屋の電気がつかない仕組みになっている。つまり
部屋の鍵をもって外にでかければおのずと部屋のすべての電気製品がオフになるので、つけっぱなしになるのを防いでいるのだ。
そしておれはその部屋、413号室の前に辿り着いた。
そこはかとなく不吉な数字の部屋だが、気にしない。あまりに疲れすぎて、気にしているほどの余力がないというのが正解だ。
ガチャリ、と鍵を回して、部屋のドアを開ける。当然の事ながら部屋は真っ暗だ。ビジネスホテルのシングルルームなんだから、部屋はとても
狭い。慌てて動こうものなら間違いなく、そこかしこに足をぶつけてしまうだろう。
「うー、とにかく、今日は早く寝よう・・・」
おれは、スティックキーをスポットに入れ、部屋の照明をつけてからそのままベッドに倒れ込んだ。そして1、2、3、と三秒数えるまもなく、
のび太くん並の寝付きの良さで睡眠に突入。
着替え、風呂は明日の朝にしよう・・・。
翌日、二日目。
朝起きると、出勤時間まであと10分だった。
手っ取り早く身繕いを済ませ、急いで部屋を出た。その際に慌てて机の角に足をぶつけてしまうなどという、古典マンガのような慌ただしさだ。
二日目も相変わらず、鬼のような忙しさだった。
その日、おれが例によって午前様、ホテルのロビーで預けていた部屋の鍵を受け取り、エレベータで4階へ。
がちゃりとドアの鍵を開け、スティックキーをスポットに収める。すると照明がつき、それとはまた別の、かちり、という音がした。
「・・・? なんの音だ?」
耳を澄ます。
窓の外の、車の音。冷蔵庫の、低く唸る音。隣の部屋から漏れる、テレビの音。
どれにも違和感がなく、先程の「かちり」という音には結びつかない。
おれは少し首を捻り、気のせいか、と納得しようとしたところ、あっさりと音の主が見つかった。
電気ポットだ。
これの「湯沸かし」スイッチが入った音だ。
おれは別に、今朝の出がけにセットした記憶はない。ポットの中身を見るとそこそこ水も満たされている。
勝手にスイッチが入る機能か、とも思ったが、もし水が入っていなければ空焚きの危険性もある。そんな危ない機能がホテル備品についている
わけはない。
おれが水を入れた記憶を持たないのなら、誰がやったんだろうか。考えられるのは、おれが昨日部屋に入る前、ということになる。つまり、おれの
前に泊まった客か。なんとも不衛生な、とも思ったが、急に無理を言ったこちらにも非があるとも思い、文句を言うのもやめた。仕事に疲れてしまって、
いまはその気力もない。
おれはひとまず、ポットのスイッチを切り、水を捨て、念のためコンセントを抜いた。もし故障だとしたら、寝ている間に発火、火災なんてのも洒落に
ならない。
そうしてその日は、簡単にシャワーだけ浴びてそのままさっさと眠ってしまった。
翌日、三日目。
朝起きたら、部屋を出る10分前だった。昨日と同じじゃん。
相変わらず慌てて朝の支度をしたが、またしても机の脚をけっ飛ばしてしまった。スゲエ痛い。
おまけに机の上に置いてあったカップのコーヒーまで零してしまった。
時間がないもんだから、そんなコーヒーも放置のまま部屋を出た。ぽたぽたと机の上からカーペットにこぼれるコーヒーを想像して申し訳なくも
思ったが、その辺はあとで謝ろう。とにかく朝一番の会議に遅れると、非常にまずいのだ。
はて、おれは夕べ、コーヒーなんぞいれたっけ? などとわずかに疑問も持ったりしたが、仕事が始まってしまうともちろんそんな疑問などどっか
いっちまった。
三日目も引き続き、悪魔のような忙しさだった。
だが、そんな疲労も吹き飛ばすような、奇妙な出来事がその夜に起きたんだ。
その日もまたまた午前様で、部屋に帰ってきたおれ。
例によって例のごとく、スティックキーを差し込んで部屋の電気をつける。
かちり。
そして昨日と同じように、電気ポットのスイッチが入った。
昨夜ちゃんとコンセントを抜いていたにもかかわらず、である。
しかしそんなことは些細なことだ、と思い知らされる光景が、部屋の中にはあった。
「〜〜〜〜♪」
メイド服を着た女の子が、部屋の中にいる。
黒を主体にしたゴシック系のメイド服、あしらわれた白のフリルがまた清楚な感じ。
歳の頃はまだ幼い、高校生くらいだろうか。つやつやとした黒髪、それをショートカットで小綺麗にまとめてある。前髪で額を隠し、その上、サイドを
シャギーにして頬を隠しているものだから、顔の面積はほとんど髪で隠れている。だが、そこから覗く黒目がちの瞳が印象的で、まぁ、それが可愛
らしい、穏やかな表情なのだ。
そんな彼女がなにやら上機嫌で、部屋に備え付けの紙製コーヒーカップに、これまた備え付けのインスタントコーヒーをさらさらと投入。
鼻歌というかハミングというか、呑気さ全開のにこやかメイドさんが、せっせとインスタントコーヒーを作っている。
おれが、ぼーっとその光景を見ていると、そのメイドさんは、いよいよ沸騰したポットのお湯を、コーヒーカップに注ぎだした。
ごばー、とまた風情のない水音立てて、カップをお湯が満たしていく。そしてそのメイドさん、備え付けの安っぽいプラスチックスプーンで撹拌し、
コーヒーを完成させる。
出来上がったコーヒーの、ゆらゆらと立ち上る湯気をすう、と小さな鼻を寄せて香った後。
「ああ、さすがは最高級のコーヒー、香りが素晴らしいです」
などとのたまった。
さすがのおれも、この言葉には思わず。
「どこが最高級だ、インスタントじゃねーか!」
と、いきおい突っ込んでしまった。
そしてそこで初めて、おれとそのメイドさんは、お互いの顔を見合わせた。
ほんの数秒だったが、確かに双方無言の間を置いて。
「あっ! もしかして、わたしがみえてるんですか?!」
おれが何かを言おうとするよりも早く、そのメイドさんは慌ててそんなことを言い出した後、
「う、うらめしや〜〜〜〜」
と、両手を前に、ずいと延ばし突き出しながら言った。
「いや、それはキョンシーだ」
「ふぇっ! ち、違うんですか?」
すいません、人に見られるの、初めてなもので、などとおろおろ狼狽するメイドさんに、おれはやむなく基本的幽霊ポーズを教えてやった。
両手を胸元に引き付ける様にして、手首から先をだらりと脱力させるんだ。そして頭を、だらりとうつむかせて、怨みを込めて見上げるように
睨み付けて・・・ってちがう! それじゃあただの『うわめづかい』だ!! 相手に媚びてどうする!!! おれを萌えさせる気かッ!!
といったふうに、泪橋の下で拳闘を教えるオヤジのようにしてそのメイドさんに、幽霊ポーズのイロハを叩き込んだ。
「ありがとうございます、とても親切に教えていただいて」
ひととおりの講習が終了した後。ぺこりん、とお辞儀をしておれに感謝の言葉を述べたそのメイドさんは、ではあらためてと仕切り直してから、
「うらめしや〜〜〜〜」
先ほど身につけた幽霊ポーズを披露してくれた。だがいかんせん、もとがかわいらしい上に、怨みオーラなんてかけらも感じないものだから、
ちっとも怖くない。
「・・・だめ、ですか?」
おれの反応が芳しくないことを感じとったのか、恐る恐る窺うメイドさん。あまりにもかわいらしいのでついつい甘やかしてオッケー出しそうに
なったが、おれは何とか踏み止まった。ここではむしろ厳しく指導したほうが、彼女のためになるはずだ。
仕方がない、こうなりゃ手取り足取り密着して教えるしかないか、とおれは彼女の手を取ろうとしたんだが。
するり、とおれの手が彼女の腕を、すり抜けた。
これはまさか・・・
「おまえ、幽霊か?」
「はい、そうですよ?」
なんてこった。
おれはてっきり、人の部屋に勝手に侵入してインスタントコーヒーを作ってくれた、幽霊マニアのメイドさんだと思っていたが、どうやらそうではなく、
本物の幽霊さんだったようだ。
普通、こういう状況に出くわして、相手がうらめしや、とか言い出したらたいていは幽霊で納得できるのだろうが、目の前のメイドさんからはそういった、
幽霊らしい怖さ不気味さ、神秘さや儚さといった超常的な雰囲気は一切感じられない。こうやって、実体を持たない存在だという証拠を体感した今で
さえ、である。
「それよりも、コーヒーいかがですか?」
おれがやや思案にくれていると、メイドさんがそういって紙コップのインスタントコーヒーを差し出してきた。おれが触ろうとするとすり抜けるのに、
どうしてこの紙コップは彼女の手から落ちないのだろうか。その辺りは彼女が任意に決めることが可能なのか、それともポルターガイスト現象とかの
応用で、コップが浮いて持ち上がっているだけなのだろうか。
そんなおれの思考など全くお構い無しににこにこと、さぁ飲め、早く飲んでとコーヒーの紙コップを差し出したまま動かない。
そのにこやかオーラに気圧されて、おれはやむなく紙コップを手にとった。
そしてずずず、と、熱いコーヒーを啜った。
これは。
インスタントコーヒーだ。
何を当たり前のことを言っているのかおれは。
不味くもなく、美味くもなく、実に普通のインスタントコーヒーである。最近は、インスタントではあるが結構おいしいコーヒーもあるのだが、こんな
安手のビジネスホテルに置いてあるノンブランドのスティックコーヒーがそういった高級品であるはずもなく、実に予想どうりの味だった。
・・・いや、確かにさ、ちょっとは期待したさ。
ものはインスタントではあっても、作ってくれたのが可愛いメイドさんなのだ。メイドさん奥義、おいしいコーヒーのつくりかた、みたいなものが
あるんじゃないか、とか。
メイドさんは男のロマンなのだ。ちょっとくらいそういう夢を見ても罰は当たらないだろう。
しかしこのメイドさん、幽霊などというファンタジーな存在でありながら、作るコーヒーにそのファンタジーさを発揮していないのだ。
おれがそんな思案をしている間、さてこのメイドさんはどうしているのかというと。
ワクワクと、希望に瞳を輝かせながら、おれの言葉を待っているのだ。
だからとりあえず、おれは言った。
「普通だな」
・・・おうおう、見る見る萎んでいきやがる。さっきまでのニコニコ笑顔が、拗ねるような、いじけ顔に変わっていく。
「・・・美味しく、ありませんか?」
しょんぼりとしながら、彼女が言う。見ていて気の毒ではあるが、これしきのことで俺は自分の信念を曲げるわけにはいかない。
「美味くねえな」
不味くはないが、などという言葉は余計だろうから、あえていわないでやった。
することのメイドさん、うつむきしょげたまま、小さく、う〜う〜唸っていたかと思うと、おもむろに顔をあげて、おれに言った。
「だんなさまは、本当のコーヒーの味を知らないのです。立派な英国紳士じゃないからです」
ちょっぴり瞳に涙を浮かべてそんなことを言う。
まて、とおれは思わず、かたわらにあった新聞紙を丸めて、メイドさんの頭をどついた。
すぱーん、と小気味よい音を立てて新聞紙はメイドさんの脳天を直撃し、彼女は何とも可愛らしい声で、へぶっ、とかいう奇声を上げた。
「コーヒー飲む英国紳士がいるかっ! イギリス人は紅茶しか飲まねえんだよっ!!」(偏見)
メイドさんがあまりにもたわけたことを言うものだから、思わずノリ突っ込みをしてしまった。
「そんなことありません! イギリス人はチャイだってラッシーだって飲むんですからっ!
だんなさまのわからずやっ! インド人っ!」
そう叫んで、ドアに向かってかけだしたメイドさん。狭い部屋の中、彼女とドアの間には決して小柄ではないおれが立ちふさがっているのだが、
そこはそれさすが幽霊の本領発揮。霞のように体をぼやけさせておれをすり抜けた。
このまま出ていってしまうのか、さすがになんだか悪いような気がしていたおれは、彼女を追いかけるべく振り返り、ドアの方に体が動いたのだが。
ごん!
と、また派手な音がして、メイドさんが顔面からドアにぶつかってしまっていた。
「・・・そうでした、この部屋から出られないのでした、わたし」
鼻を強く打ったのだろう、ややつぶれた声で彼女はそう言った。
なるほど、これが『自縛霊』というやつか。
「ううぅ、だんなさまの、意地悪・・・」
ドアに打ちつけた顔を、ややこちらに向けて恨みごとを言ったメイドさん、その後はそのまま、霧のように姿を消してしまった。自縛霊である彼女、
この部屋から出られないのだろうから、姿は消したんだとしてもいるのだろう、この部屋に。
しかしまぁ、だからと言っておれが出ていくわけにもいくまい。明日も仕事だ。おれは手早く着替えてシャワーを浴びて、そのままベッドにもぐりこんだ。
そのまま布団をかぶるおれ、部屋の隅から女の子のすすり泣く声が聞こえてきた。やりゃあできるじゃないか、実に幽霊っぽい。
おれは、そのすすり泣きに怖がるわけでもなかったが、なんだか少し後ろめたさを感じていた。わざわざコーヒーを入れてもてなそうとしてくれた
相手に対して、おれはきつく言いすぎたかもしれない。明日はまぁ、そうだなぁ、もう少し優しく相手してやるかぁ・・・。
しかしいつの間にだんなさまになったんだ、などと考えているうちに、おれは深い眠りに落ちていった。
(続く)
投下終了、後編に続きます。
イワコデジマ、イワコデジマ・・・