1 :
名無しさん@一本勝ち:
柳生烈堂とか拝一刀とか中村主水とか架空の人物もアリで語ろうぜ。
あんたが立てたのか。
>978 名前:名無しさん@一本勝ち[] 投稿日:2009/01/22(木) 01:43:59 ID:adal+jbDO
>夢野久作の『魔界転生』という小説では、柳生但馬宗矩と宮本武蔵が死闘の末に、柳生が勝ったように描かれてるよね。
>柳生新陰流は一刀流には及ばなかったものの、将軍家御指南役だからやはり実力はあったと思う。
>武蔵は地方の名もないような剣豪とばかり戦って勝っているが、一流の剣術家が集まる都市部には近づかなかった。
>勝つのもほとんどが一回限りの奇襲戦法だったとも言われている。
>佐々木小次郎との巌流島の決闘を見ても明らか。
>二度目以降は小次郎が勝っただろうな。
>武蔵は、稽古場より本番一発勝負に強いタイプ。
>剣豪というより、策を弄する勝負師だろう。
3 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 17:33:13 ID:PymRdzU2O
前スレで武蔵叩きとか書いてる人がいたけど、流れ読んだら
信者が武蔵は柳生の師範を瞬殺と言い出したのがキッカケじゃないか。
しかも出典元を論破されてただけだし、あれを武蔵叩きと言うのはおかしいね。
『魔界転生』がいいんなら同じ作者(夢野久作?)の書いた『甲賀忍法張』の
薬師寺天膳でも推すか。こいつ死なないから前スレで最高評価の上泉先生も
殺すことはできないだろう。
強い弟子が沢山居るから最強とは限らんよな
例えば嘉納治五郎よりも強い柔道家は結構居るんじゃないか?
>強い弟子が沢山居るから最強とは限らんよな
強い弟子が沢山居るだけだったらね。
7 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 18:01:29 ID:BFOncqF5O
柳生博
8 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 18:03:00 ID:NsrTOYbV0
9 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 18:21:04 ID:adal+jbDO
>>2 レス遅れた。
そうだよ。
>>4 山田風太郎の『信玄忍法帖』の中にも上泉伊勢守は架空のストーリーで登場するが、徳川のスパイの伊賀の妖術使いを武田重臣団の誰の目にも止まらない速さで一刀のもとに斬った。
斬られた本人も上泉に言われるまで気づかなかったほど。
信玄の死を見抜いた上泉を押し包んで斬ろうとした武田重臣団はこれを見てド肝を抜かれたが、上泉は後継者の勝頼に「鉄砲を侮ってはいけない」と言い残し、悠然と去って行った。
源平争乱期や鎌倉、南北朝、室町前期、江戸時代の剣豪とは比較できないが、少なくとも戦国時代では上泉伊勢がやはり最強と見ても良いのではないかな?
上野・箕郷の箕輪城も、上泉伊勢守が指揮して自らも戦ったから武田軍も莫大な犠牲者を出したといわれるよね。
上泉伊勢守は単に剣だけでなく、あらゆる武術に通じていたそうだし。
火縄銃も使い方によっては刀や槍では勝負にならないことも織田信長以上に予知していたと思われる。
だからこそ、山田風太郎もああいうように描いたのだと思う。
10 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 18:33:23 ID:UioI4l350
まぁ矮小化すればツウっぽく
見えなくもないけどね。
残念ながらここは詳しい人が
多い。
吉川英治の小説を事実と認識しているなんてどうしようもないな。
12 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 19:31:33 ID:adal+jbDO
>>11 吉川英治は戦前に大日本帝国の御用作家的に歴史上の英傑たちを描いてきたからな。
敵国への塩送りを美談として描いた『上杉謙信』なんかはその良い例だろう。
山田風太郎の小説は一見突飛なようだが、その中にも妙なリアリティを感じられるから不思議だ。
剣豪として名を残した人たち以外にも、戦国時代には本当はもっと強い無名戦士がいたかも知れない。
武蔵信者は現実と空想の区別がつかないの???
合戦での経験は確かに重要かも知れんけど、
千葉や山岡が戦国の一武士と試合して必ず負けるとも思えん
武蔵の五輪書と兵法35箇条を読んで武蔵は弱かったとかたいしたことなかったとか言ってる人は何も分かってないね
本当に内容読んで叩いてるのかね?
ものすごいレベルのことが書いてあるよ
俺が読んだ伝書の中でこれは本物だと思ったのは、
五輪書(兵法35箇条)、一刀流伝書、無住心剣術の伝書、天狗芸術論、白井亨伝書、山岡鉄舟伝書ぐらいだな
少なくとも武蔵はこのレベルには到達している
千葉は上のレベルに比べてかなり落ちるね
山岡も千葉に対してこんなものは剣術とは言えないと
批判してるけど
17 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 20:04:15 ID:UioI4l350
武蔵アンチはガリレオに食って掛かった天動説論者
と一緒ってとこかな。
>>15 だから中立の人間は弱かったなんて思ってないよw
最強には推せないってだけで。
強かったことは間違いないっていうコンセがとれてるから安心しな。
19 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 20:12:49 ID:uA9MuvrX0
>>17 では、地動説とやらの武蔵最強説さん。具体的に証明をよろしく。
20 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 20:14:34 ID:uA9MuvrX0
前スレのこれを読む限り、武蔵信者の方が異常だと思うが?
962 名前:名無しさん@一本勝ち[sage] 投稿日:2009/01/22(木) 00:16:03 ID:jaXJ0MK60
武蔵は細川家の柳生流の剣術師範を瞬殺してるだろ
まったく手も足も出なかったらしい
22 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 20:23:38 ID:UioI4l350
>>19 まずは武蔵像を見た限りの安定した体軸と
左右上下のバランス。これは素人の人じゃ
分からないのも無理ないけどね。
23 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 20:26:59 ID:uA9MuvrX0
高岡英夫ですね。
わかります。
24 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 20:27:44 ID:UioI4l350
それプラス身の丈六尺と当時としては
かなり良いガタイだったのと敏捷性を
欠くほどデカイ訳でもない。
25 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 20:30:55 ID:uA9MuvrX0
それと、武蔵の資料について批判したことに対して、彼らを天動説扱いする
理由はなんでしょう?
26 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 20:31:35 ID:UioI4l350
>>22 お前、ダビデ像のモデルがガリガリだったって知ってるか? やっぱ現実と妄想の区別がつかないアホじゃん。
28 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 20:37:19 ID:UioI4l350
>>27 ダビデは知らないけど武蔵がガリガリだった言い伝え
なんてあんのか?それと少しでいいから礼儀をわきまえな!
29 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 20:42:12 ID:uA9MuvrX0
武蔵信者の人は、武蔵に関する全ての資料を含めて信奉している節がある。
前スレの終盤からの流れをみると、けして武蔵は弱かったというレスは無かったはず。
細川藩の秘密の御前試合で武蔵が柳生を倒した
↓
二天記、武公伝は武蔵側が作成した資料で、他の歴史的背景とは矛盾が多々ある。
↓
試合そのものがあった可能性は低い
↓
武蔵の残した書物をみれば偉大さが判るはず
↓
それ自体が武蔵最強に推す程の内容ではない
こんな流れでしょ。
30 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 20:47:38 ID:FvziN+r5O
身長を強さのモノサシに持ち出しちゃいかん。
武蔵以前の源為朝は7尺を超える大巨人だぞ。
風魔小太郎も同じく7尺。
武蔵なんぞ掴んでポイッてかw
31 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 20:48:46 ID:iIwb0e7N0
呂布
>>28 像ってのは、必ずしも実物とそっくりとは限らない。
で、その像を見ても、武蔵本人の体軸なんてわかるわけがないだろう、って意味だ。
ホントにアホなんだな。
なんというか、義経が美形だと信じて疑わない腐女子みたいなやつだな(実物は出っ歯で猫背のちび)。
>>29 ちなみに、上泉他剣聖の方々はどのような資料が残ってるの?
弟子筋以外の、例えば武田家とか足利将軍家とかの資料があったりするのかな
上泉や武蔵に限らず、剣豪に関して客観的な資料ってどんなものだろうか
34 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 21:00:44 ID:FvziN+r5O
まあ、武蔵が好きなら美化してもかまわない。
ただ、他の剣豪と比べてどう?と聞きたい。
ほとんど知らないでしょ。
武蔵以外の剣豪なんて。
いろいろ勉強すると面白いぞ〜!
35 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 21:05:52 ID:UioI4l350
>>32 残念ながら義経は出っ歯じゃなくて味噌っ歯。
まぁその言い伝えも本当かどうか分からんが
ツウぶるならもうチョイ勉強しときなされ。
>>35 平家物語では「九郎は色白う背小さきが向か歯の殊に差し出でててしるかんなるぞ」とあるが、前歯が出てる=出っ歯。
源平盛衰記でも「面長くして身短く、色白くして、歯出でたり」とか書かれてる。
ま、所詮創作だから、なんの証拠にもならないけど、味噌っ歯ってのは初耳。
それから、どっかの人類学者が調査したところ当時の関東人はそもそも出っ歯だらけだったはずだぞ。
37 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 22:25:59 ID:adal+jbDO
剣術の場合、柔術や徒手空拳の武術と違って、身長が高いほうが自分のエモノ(刀)も長い物を使いこなせるから有利なようにも思えるが、例えば武田二十四将の最強と謳われた山県昌景は二十四将中で身長が最も小さかったといわれてるからわからないよね。
上杉謙信も小さかったらしいが、個人レベルでもかなりの凄腕だった。
現代の剣道でも、身長が高い人は面を取りやすい代わりに胴や籠手をとられやすいともいわれてるし。
剣術に限らず、武術は戦う環境や状況にもよるから、一概に誰が強いかは言えないのかも知れないね。
一発勝負に強い瞬殺タイプやじっくり斬り合って強いタイプ。
例えば、時代劇の世界で言えば多数を相手にして強いのは桃太郎侍だが、居合いや闇討ちの天才は中村主水だ。
野戦や山岳戦、特に川の中で戦えば拝一刀が強いだろう。
ところで、首斬りとして知られる将軍家御刀お試し役の山田浅右衛門はやはり強かったかな?
抵抗できない罪人や動かぬ屍ばかり斬っていたから、実戦は意外と弱いような気もするが。
むしろ、実戦では鬼平と呼ばれた火盗改めの長谷川平蔵のほうが上だったかも。
火盗改めや町方の同心の中にも、強い奴はたくさんいたんだろうな。
38 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 23:01:58 ID:FvziN+r5O
時代劇が好きなんだねw
なんというファンタジーなスレだ
誰も頼んでないのに架空の人物アリにするくらいだからな。
武蔵入れると必ずこうなるからなぁ
一刀斉、上泉、卜伝の三者で戦国最強は決めたいよ
武蔵の逸話は二天一流のスレでやってくれぃ(もうないんかな)
42 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/22(木) 23:35:34 ID:uA9MuvrX0
一刀斎は石舟斎と同じランクでいいと思うな。
強い人には弟子も入門したがる。現代だってそうでしょ?そこから考えると、後に栄え
た流派の開祖はかなり強いと言えるのでは?一刀流・柳生新陰流・陰流・中条流・念流
・などはいい候補でしょう。
>>41 そのお三方について記述してある資料は、武蔵関連の物よりは信頼度が高いの?
撃剣叢談とか甲陽軍鑑とか、正直微妙なものも結構ある様な
まさか今更実力を疑う人は居ないけど、盲目的なのもどうかと思う
元々強さで比較するという事自体、近代競技スポーツの観念に染まった現代人の
ものの見方だからな。
武蔵達の時代は、仕官出世の種に野試合をして名を売ったり、
そういうのが必要ない、将卒の武士はいかに、争いを避けて一族郎党を
守るかという立場で兵法を捉えていたかもしれないし、
仕合や、弟子として入門する事の様相が現代人の考えるようなものとは
違う可能性は十分あるよ。
46 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/23(金) 00:09:29 ID:6TfzDzWrO
時代劇や時代映画は、時代考証に基づいていない作品がほとんどだけど、学べる部分もかなりあるよ。
堀部安兵衛が加わった例の『忠臣蔵』なんかを調べてみると、実際にはなかなか綿密に計画を立てていたり返り討ちを防ぐ工夫をしたりしてて面白い。
日本刀はどんな名刀でも3、4人も斬ると刃こぼれがして斬れなくなったり、骨に刺さったり筋肉硬直で抜けなくなったり折れたりするから、
持ち返して峰のほうで打ち殺したりもしたという説もあるね。
石つぶてを投げつけてから斬り込んだりすることもあったそうだけど。
個人の体格や体質によって、流派に向き不向きもあったんだろうね。
向いてる流派を見極めて選ぶことも重要だ。
刀選びも大事で、いくら腕が良くてもナマクラ刀では折れてしまう。
47 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/23(金) 00:09:38 ID:h4L9cgUK0
>>44 では、キリがないので、そのお三方についての逸話の指摘をしたらどうかね。
前スレでは武蔵が氏井弥四郎を瞬殺したという逸話が上がったから指摘された。
48 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/23(金) 00:18:05 ID:h4L9cgUK0
武蔵を信奉してる人は、生涯不敗と言われている武蔵が、かたや神道夢想流では夢想権之助勝吉に
2回目の対戦で敗れていることになっているけど、これについてはどう解釈し論破するのか興味がある。
剣聖上泉は出来過ぎじゃな…。
剣士として最高級、将として良く、師として良く、人として良い。
欠点無さ過ぎじゃ。
武蔵は強いが剣士というよりは兵法者のイメージが強い。
また悟りを開いた感のある上泉と違って人間臭さがあるというか、
そんなイメージで描かれるところに惹かれる者が多いのだろうの。
上泉は理想の体現者であるが、それ故に至高過ぎて手垢を付けたらいかんイメージじゃな。
50 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/23(金) 00:46:57 ID:9nuZUFyF0
>>27 ソクラテスはムキムキだったらしいけどな。
51 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/23(金) 00:58:26 ID:mhtyT2f90
>>48 それは出稽古じゃないか?死合とは違うだろ。
52 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/23(金) 01:06:14 ID:h4L9cgUK0
出稽古程度のことを武蔵の門弟は、わざわざ武公伝に載せるの?
殺し合いじゃないにしても、正規の試合じゃないかね。
53 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/23(金) 01:06:59 ID:mhtyT2f90
しかも大河ドラマの。
54 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/23(金) 01:08:57 ID:h4L9cgUK0
というか、そもそも、吉川英治やら後の小説家達は例の二天記や武公伝を元にして
創作を交えて作ってるんでしょ。
55 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/23(金) 01:13:01 ID:mhtyT2f90
武公伝・・・・1755あたりにまとめ上げられた武蔵伝記。
>>47 いや、単にその辺りの知識が無いだけなんで指摘とかそういうのは無いんだ
例えば、上泉が将としても優れていたというのはどの辺りが出典なんだろう?とかの疑問があるだけ
57 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/23(金) 01:18:58 ID:mhtyT2f90
がんばれ武蔵アンチ。
58 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/23(金) 01:25:17 ID:mhtyT2f90
大河ドラマと言うより歌舞伎かな
武公伝は。
武蔵アンチというか、そもそも怪しい逸話を本気にしてないだけでは。
資料的にも整合性取れないって何度も書かれてるでしょ。
60 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/23(金) 08:34:25 ID:6TfzDzWrO
本当の強さとは、稽古場でも本番でも常勝するような人だろう。
武蔵が本当に最強だとすれば、なぜ江戸に出て当時首位を争っていた小野派一刀流や柳生新陰流と立ち合わなかったのか疑問が残る。
61 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/23(金) 08:49:02 ID:BepV26NNO
天寿を全うできた武芸者は概して強かった。
態々危険に向かう必要も無かったでしょう。
地位・名声・安穏を得てもなお殺伐とした世界を求めるのは殺人鬼というか、キチガイじゃないかな。
>>56 だから自分で調べてごらんよ。
剣豪に興味があるならさ。
人から教科書を与えられないと勉強もできないのかい?
>>62 流石に古文書を自分で読んだりするレベルじゃないからなw
先人の意見というものが聞いてみたいのです
じゃあ、例えば最近は箕輪城落城が1566年だったとされてるみたいだけど、
そうすると時期的に色々と矛盾が出てくるよね?
wiki程度の知識で申し訳ないんだけど、こりゃどう解釈するべきなのかな
>>60 上泉と塚原は大体同時代だけど立ち会ってはいないでしょ
64 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/23(金) 12:07:06 ID:cDHVTNZ6O
武蔵の伝記は空手馬鹿一代みたいだな
>>63 いやいや、上泉や塚原、その他諸々の剣豪の足跡くらいネットにいくらでも転がってるだろ。
古文書から紐解いたヤツなんてこのスレにひとりもいねぇってw
で、多くの情報を取捨選択しながら憶測を膨らませるのが面白いんじゃん。
ちなみに箕輪城の落城はまだ1590年が通説。
1566年とされる説にどれだけ信憑性があるのかを検証してみたら?
ちなみに、年齢にして19歳の開きがある上泉と塚原は師弟関係にあったという説もある。
上泉が鹿島城士等を相手に2日3夜の立ち切り試合を卜伝に命じられたというもの。
まあ、これに関しては俺も懐疑的だけどね。
図書館とかにもある剣豪列伝とかそんな感じの本でも良いと思うけど、何冊か比べるとなかなかおもしろいぞ。
ある逸話がAの著者と、Bの著者とでは別の人物の話になっていたりする。
武蔵で言えば京の吉岡との争いは引き分けだったとか、約束の時間に現れずただ逃げたのだとか枚挙に暇が無い。
その場合は出典を明らかにしているものを参照すべきだな。
「ある説では」とか言って自説を忍び込ませることもできるから。
>>65 資料からの引用なら転がってるけど、その資料自体の信憑性となるとなかなかねぇ
俺の書き方が悪かったかもしれんけど、1590年の落城には上泉は関係ないよね
1563年に長野が武田に負けた時のやつで、その後に諸国に新陰流を広める旅に出たって話だけど、
「長年寺古文書」なるものによると落城が1566年になってるらしく、これが正しいとすると、
主君の危難を放っておいて旅してたことになるから妙な感じになるらしいんだよね
ネットで探す限りでは落城の年を1566としてるのが多いし、そうとんでもな話ではなさそう
それとも、多少時期がずれ込むだけでそんなに矛盾する話ではないのかな
>>68 長野業盛が武田信玄に破れて箕輪城を明け渡したのが1566年。
上泉が武者修行の旅に出たのはその直後だよ。
有名な信玄とのやり取りのあとにね。
たしかに、家族をおいて出て行ったことは事実。
息子の死に目にも会えなかったくらいだからね。
家族も上泉の旅の意義を理解したからこそ、送り出したんだろう。
>>69 信玄とのやり取りが記されてるのは「甲陽軍鑑」で、落城云々とは別だから
それ自体は矛盾しないかな?
で、落城後の武者修行の経緯が記されてるのが「本朝武芸小伝」らしいけど、
これによれば1963年に将軍に剣術指南したり、65年に石舟斎に印可を出したりしてる。
この資料の著者が間違えたか何かで、落城前に既に武者修行に出てたって事になるのかな?
俺は現在の定説を支持してるから、箕輪城落城は1566年と考えてる。
1563年に箕輪城落城とされてるのは旧説でしょ?
それに誤りや矛盾があるとわかったから新説ができたと考えるのが自然だからね。
上泉は以後、武者修行の旅に出た。
もし旧説を支持する理由があるなら教えてほしいな。
>>71 武者修行の最中に柳生に立ち寄って新陰流を伝授してるはずなんだけど、
66年以降に武者修行に出たんだとすると何で65年に石舟斎が印可をもらってるんだ?って事
その現在の定説ではいつごろ柳生の庄に居た事になってるの?
73 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/23(金) 19:35:21 ID:xAT3ReG4O
あんたもしつこいなぁ…自分が信じたい説を信じろよ
74 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/23(金) 19:40:17 ID:xAT3ReG4O
信綱は確かに凄いけど沖田総司を推したい
実際に人を斬ってるし凄腕ぞろいの新撰組でも群を抜くくらいだから
病気持ちじゃなかったらどこまで強くなったんだろう
永倉新八新撰組最強説があるわけだが。
76 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/23(金) 22:10:12 ID:xAT3ReG4O
その永倉に「立ち合ってると身の毛がよだつ」と言わしめたのが沖田
その段階では永倉のが上だったかもしれないけど底知れない才能を感じたのかもよ?
77 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/23(金) 22:13:34 ID:srufR4Vk0
宝島から出た剣豪バトルロイヤル(題名は曖昧だけど)だと、上泉が群を抜いて
最強扱いになっていた。
これは、歴史小説やら歴史系のライター数人がランキングして、総合としての結果。
意外だったのは、男谷精一郎が上位に食い込んでいること。
そして武蔵が上位に居ない。
バラエティ色が強い本だったけど、広い意味でも上泉最強は揺るがないんだと
思ったね。
弟子が剣豪だらけとか、いろんな流派のルーツだとか、ちょっと別格だからなぁ…。
79 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/23(金) 22:56:05 ID:xAT3ReG4O
そんなこと言ったらスレが終わっちゃうよ〜
たとえばこんなのはどう?
この人なら信綱を超えた可能性があるっていう剣豪を挙げていくの
俺は沖田総司と真里谷円四郎!
元々終わってたスレだから別にいいけど。
81 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/23(金) 23:18:00 ID:xAT3ReG4O
あらら…
せっかく寄ってったんだからゆっくりしてきw
82 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/23(金) 23:59:27 ID:fye+Sz8D0
沖田が強いという根拠はない。全て小説の世界だろ。
83 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 00:12:36 ID:B20mB06CO
さすがに弱くちゃ新撰組の隊長職は勤まるまい。まあ、剣術と言うか
人斬りの腕は相当なものだったんではないかな。
84 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 00:19:51 ID:Ei8EWrmf0
>>83 実務ができるやつが必ずしも管理職をやるわけじゃない、ってのと一緒で、上にいたから強いとは限らない。
86 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 00:54:19 ID:UwGm1PyGO
でも沖田の強さは疑う余地がないでしょ
時代が新しいだけに資料も信憑性が高いし
沖田に限らず新撰組の有名な剣客は本当に強いと思うよ
熟成された技術と人を斬る経験が融合されてるわけだから
なかでも沖田は実戦部隊として常に最前線で戦った
道場でも永倉がビビるほどの強さだし
弱いわけがないでしょうがw
強いというか・・・・・
ヤクザの親分と一緒で、ケンカが強いから組織の上役になれる
訳じゃないと思われ・・・
近藤の子飼いだったから部隊長になれた。
その近藤の子飼いは試衛館という道場が母体で、その道場の中では
沖田に存在感があったという事だと思われ。
それと治安部隊としての新撰組の仕事内容はまた分けて評価する
べきだろうな。
88 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 01:36:10 ID:06kSxqzY0
まぁ、沖田の三段突きは速すぎて1回の突きに見えたらしいからね。
昔、TVで三段突きの検証があって、有段者に3回突きをやってもらい、
どの速さまで早送り再生をすれば1回に見えるかをやってた。
結論を言うと、人間が出せるスピードじゃないってさ。
89 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 01:37:05 ID:UwGm1PyGO
でも新撰組で1、2を争う強さだったっていう評価は近藤の子飼いw…だったからではないでしょ
近藤と反目して決別した永倉が絶賛してるくらいだから
てゆうか近藤寄りの人間が出世できるなら永倉はどうして二番隊長になれたんだい?w
90 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 01:46:00 ID:06kSxqzY0
そもそも、新撰組は個人の強さよりも集団で襲う事を得意としていた連中でしょ。
91 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 01:55:49 ID:Ei8EWrmf0
北大剣道部の初期の指導者は
元・新撰組隊士だったそうだね
92 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 03:03:19 ID:JQ0VPYZd0
新撰組内なら
A 芹沢、服部
B 永倉、斎藤
C 沖田
こんな感じじゃね
93 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 04:28:03 ID:rymqjvaqO
竹内流の竹内久盛はどうですかね?
94 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 07:08:20 ID:K+x89pWo0
1865年末、春蔵は弟子を連れて京都を歩いていた。すると、
新撰組の隊員に出くわし、「道を譲れ。譲らぬと斬るぞ」と
難癖をつけられる。しかも相手は抜刀した。
このとき、春蔵は「わしはこう見えても剣で腕を鳴らした桃井春蔵だ。
お望みなら相手になるぞ」と告げた。新撰組の一員である彼らは、
斎藤弥九郎や千葉周作と並ぶ大剣豪の名を知っていたから、
慌てて謝罪し、退散したと言われている。
95 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 08:22:44 ID:oPAqwTJXO
そもそも新撰組がどこまで強かったかに大いに疑問がある。
彼らが斬ったとされるのは、インテリが揃う長州武士ばかりで、武闘派の薩摩には手を出したがらなかった。
逃げたという記録もあるし。
それに、強いと言ったところで所詮は長く平和が続き武士が骨抜きになった江戸時代の末。幕末と言ったところで平和の中の戦時、しかも局地的な戦いでしかない。
戦国や源平鎌倉期のような戦時が常で、その合間に平和があった時代の武士からすれば、相手ではなかっただろう。
96 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 09:41:23 ID:JQ0VPYZd0
まあ見廻組>新撰組だしね
薩摩藩は実際はともかく建前上は一応佐幕派だったから、新撰組(というか幕府側)
はなるべく刺激しないように避けていたらしい。単なる政治上の問題で、言われているほど
薩摩藩士の剽悍さや示現流・自顕流を恐れていたからではないだろう。
新撰組の方も言われているほど強いとも思わないけどね。
>>36 大山祇神社宝物館の義経の鎧を見る限りでは、頼朝と同じぐらいの大きさで、
他の連中のよりは結構でかかったけどなぁ。
>>98 どっかの部族のチンコケースと一緒で、偉い人は無駄にでかい鎧や刀を作るもの。特に神社に奉納したりするものは。
100 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 11:57:12 ID:oPAqwTJXO
俺に言わせてもらうと、宮本武蔵もある部分で大山倍達に似ているが、新撰組こそ今の極真空手に似ているように思う。
天然理心流の剣術は、真剣よりも重い木刀を使って腕力を鍛え上げ、真剣を持った時に軽く自在に振り回せるようにした、いわば棍棒術にも通じるパワー剣法だからなw
あと、薩摩が強いといっても、所詮は概して弱い西日本の中での猛者軍団に過ぎないからね。
東の武田、上杉、松平、佐竹、里美らにはやはり及ばなかったと思う。
>>99 まあそれは単なる憶測ですよね?
それとも憶測以上の根拠は何かありますか?
102 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 12:50:36 ID:06kSxqzY0
天然理心流の木刀は確かに太い。
新陰流の木刀の細さと言ったら心許ない位細い。
103 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 12:58:13 ID:cGw6vvl70
>>100 戦国島津の強さの秘訣は鉄砲用兵だったりする。
104 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 13:47:42 ID:oPAqwTJXO
>>102 比較的骨太で力のある男は一刀流が向いていて、女や細身の男には新陰流が向いてると言われるよね。
まあ、新陰流はその分、敏捷な動きも求められるようだけど。
>>103 関ケ原戦での有名な捨てがまりも所詮は鉄砲だったしな。
示現流で強いのは中村半次郎くらいかな。
ただ、自衛隊や警察に鹿児島県出身者の比率が高いところを見ると、ある程度は強いのかも知れない。
ちなみに、旧日本軍で屈強だとして最も喜ばれた兵士は、福島県と新潟県の出身者が多かったそうだ。
福島はいまだに白虎隊がどうこう言ってキチガイじみたことさせる土地だからな。
福島の男に、白虎隊の自殺ってアホ丸出しの無駄死にだよね、って言うと面白い反応をする。
もうファンタジーのネタは切れたかね?
107 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 17:02:00 ID:oPAqwTJXO
>>105 ある筋から聞いた話だけど、警視庁の中に派閥や確執が根強い下地として会津派と薩摩派の権力争いがあるそうだ。
薩摩は官軍で勝ったほうだから大して意識していないが、会津のほうの怨念が根強いとか。
>>106 ファンタジーって、宮本武蔵最強伝説か?
彼は剣豪として生きるよりも、暗殺を担当する隠密か、逆に隠密狩りか、または指名手配の凶悪犯を狩る賞金稼ぎや悪人を闇に葬る必殺仕事人にでもなったほうがよかったかもしれないな。
時代劇でいえば、藤田まことの中村主水の殺し方と武蔵の勝ち方は通じるところがある。
108 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 17:03:24 ID:5t+EtOlb0
まあでも今の柔剣道は強いけどな九州
109 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 21:03:28 ID:tekLnmsS0
もう、上泉が最強ということで、あとは以下を決めればいいんじゃないかな。
110 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 21:27:33 ID:3vjxuJU30
>>98 あの肖像画も実は義経じゃありませんてオチが
付きそうだよな。
111 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 21:41:54 ID:oPAqwTJXO
>>110 それは有り得ないことではないな。
有名な丸まると太った晩年の武田信玄の画像も、能登の畠山氏だという新説が出てきた。
その後、学会の調査や研究がどうなったのかは知らないが。
たしかに、若い日の信玄画や諏訪法性の兜を被った信玄とは似ていない。
余談だが、明智光秀=天海僧正説は限りなくリアルらしい。
土民に竹槍で突き殺されたという光秀の首は、顔がかなり潰れていて光秀をよく知る人や秀吉もすっきりしなかったというし。
光秀か家康が仕組んだパフォーマンスの可能性が高い。
ただ、真偽はどうあろうと、政治の表舞台から明智光秀という武将が存在を消したことは間違いないわけだが。
112 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 23:15:58 ID:UwGm1PyGO
たとえば上泉の時代と幕末とでは、剣技は確実に後者のほうが熟達してると思うんだ。
たしかに真剣の扱いは戦国の剣豪のほうが慣れてるけど、幕末の剣士がそれを制する可能性も高い。
とすれば、新撰組や人斬りといわれた面々の強さは侮れないと思うよ。
とくに実際に人を斬った経験のある者は。
沖田、永倉、服部、河上、岡田、田中あたりは最強候補に加えていいと思う。
>>110 たしか頼朝って言われてた絵も別人だったんだよな。
>>112 刀の技術は下がってるぞ。それに、新々刀、幕末刀は、形的に暗殺向きだけど斬り合いには向いてない。
実戦経験も集団戦と暗殺ばかりで、戦った相手も数年練習した程度の素人集団で、
立木打ちや素振りばかりやってたやつが強いって言われてる時点で、
技術が進歩してたかどうかも怪しい。
114 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/24(土) 23:31:15 ID:tekLnmsS0
幕末に発達したのは竹刀剣術だな。
116 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/25(日) 00:49:23 ID:QEQHUNBuO
そうなると、一騎打ちがあった源平争乱期から南北朝期頃の剣豪がやはり純粋に強いかも。
戦国期になると、既に長槍による集団戦が主になっていたからな。
まあ、平均的なレベルは推測できるが、最強は時代環境には無関係だから何とも言えんが。
ただ、剣術の平均的なレベルも考えようによっては、薙刀や槍を主とした時代より、刀が主になった江戸時代のほうが剣術のニーズは高かったわけで、源平争乱期から戦国期よりも剣術の技量は高まっていたのかも、とも思える。
薙刀や槍や弓の技術は低下していただろうけど。
>>116 鍛刀技術が失われたのはニーズがなくなったから。江戸時代は、ヘタに抜刀すると切腹。
江戸時代に剣術のニーズが高くなってたら、鍛刀技術だって残ってるはず。
118 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/25(日) 01:12:08 ID:QEQHUNBuO
>>117 う〜ん、そうか…。
まあ、体格的にも獣肉を食べなかった江戸時代人は、生き残りを掛けたサバイバルの中、狩りを兼ねて獣肉を食した戦国時代人に比べると、体格・体力共に劣ってきたとも言われてるしね。
となると、やはり戦国期がピークかな。
斬り合う機会は、何と言っても戦国期は多かったはずだからな。
>>104 >示現流で強いのは中村半次郎くらいかな。
東郷重位を忘れてるし。
関が原には示現流まったく関係ないし。
幕末に歴史の表舞台で活躍したのは、薬丸自顕流だし。
中村半次郎は小示現流。
120 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/25(日) 01:41:18 ID:QEQHUNBuO
>>119 関ケ原で島津軍が戦ったのは火縄銃だろ。
追跡してきた東軍の井伊の赤備え隊に対して取った捨てがまり戦術。
示現流の話は関ケ原とは別だよ。
>>120 まあなんでもいいが、119があまりに示現流のことに無知なようなんで、正しただけのこと。
島津軍や関が原はどちらにしてもスレ違いの話題。
124 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/25(日) 12:35:38 ID:QEQHUNBuO
>>121 示現流に関しては、正直詳しくないので無知を指摘されても仕方がない。
しかし、島津軍や関ケ原をスレチとして話題から排除することはどうかな?
最強の剣豪を語るには、当然ながら剣術の歴史や流れについて検証が不可欠になってくるから、合戦や武士団、社会背景等も含めて総合的包括的に話をしないと信実からかけ離れたものになってしまうと俺は思うのだが。
歴史上のことなど、意外なところにヒントが隠されていたりもするし。
125 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/25(日) 12:36:01 ID:QEQHUNBuO
>>121 示現流に関しては、正直詳しくないので無知を指摘されても仕方がない。
しかし、島津軍や関ケ原をスレチとして話題から排除することはどうかな?
最強の剣豪を語るには、当然ながら剣術の歴史や流れについて検証が不可欠になってくるから、合戦や武士団、社会背景等も含めて総合的包括的に話をしないと真実からかけ離れたものになってしまうと俺は思うのだが。
歴史上のことなど、意外なところにヒントが隠されていたりもするし。
社会背景はそんなに重要か?武道が立身出世に役立つ時代でも、武道人口が多
くても突出した剣豪は少ないと思うよ。武道が衰退した時代もまたしかり。
127 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/25(日) 14:22:23 ID:wwfbPhwO0
>>119 訂正。
>幕末に歴史の表舞台で活躍したのは、薬丸自顕流だし。
中村半次郎は小示現流。
「薬丸自顕流」は通称で正しくは「野太刀自顕流」または「自顕流」。
中村半次郎が「小示現流」というのは一つの説で「自顕流」という説もあり
はっきりと流儀が判明しないのが実情。
>>127 重箱の隅突付きだな。
もちろんそういうことは知った上で書いている。
示現流関係流派の知識がある人間なら、それぐらい判別できると思うが。
正式名称ではなく一般的な呼び名を書いたのが何か問題でも?
129 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/25(日) 19:07:29 ID:GuhUUxpDO
新撰組の評価は低いみたいだけど、やっぱり沖田は不気味な存在だな。
突きが得意ってのはかなり実戦的だし。
三段突きが誇張とはいえ、それほど剣さばきが速かったってことだから。
肝も据わってそうだしね。
剣技に限らないなら新撰組最強は服部武雄っていうけどさ。
こういう最強論はどうせ決められるはずがない。
しかも長い日本の歴史の中の歴史上の剣豪となると、もう大人の知的な遊びだよな。
>>129 個人的には、新撰組ではなんだかんだで近藤勇が一番実戦では底力がありそうな気がする。乱戦では特に。
池田屋襲撃では、吼えるような声(気合)を発して、味方も勇気付けられた云々という記述を見たことがある。
修羅場でよく通る声を発することができる人間は度胸あるなと思う。
すぐギャーギャーわめく人間は口だけだけどw
131 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/25(日) 19:53:30 ID:I4QppvVN0
単に「剣豪」というなら、
日本史に限らず
世界史にも沢山いそうだね。
中国はもちろん、インド、中東、東欧、欧州、アフリカと
名剣士や剣豪は星の数のようにいただろうね。
古代ローマ時代のコロシアムの剣闘士
上泉、こいつらに勝てんの?
>>132 知らんw
というか答えられる奴がいるのか、その質問にw
ただ古代ローマの剣は鋳造の鉄剣だから、日本刀と打ち合ったら折れる可能性高い。
16世紀の倭寇や秀吉の唐入りの時ですら、日本刀は中華の鋳造の刀はもちろん
槍まで切り落としていたそうだから、古代の鋳造技術では対抗するのは厳しいんじゃないかなと。
時代が違いすぎると武器の優劣の差が大きすぎて夢がなくなるな・・
135 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/25(日) 20:22:22 ID:I4QppvVN0
近代の鍛造フェンシング長剣が相手だと
日本刀術では勝てないね。
北欧バイキングの長大な件が相手でも苦戦しそう。
アメリカの実験番組で日本刀をバイキングの長大な剣とぶつけ合っても平気だった。
というかバイキングの剣は欠けていた。
日本刀は粘りがあるので、瞬間的に衝撃を逃しているんだな。
というか、武器がでかけりゃ勝ちみたいな発想やめませんかw
話が続かねえし、面白くないっす
>>132いくらパワーがあっても、当たらなければ勝てるんじゃない?一刀斎
や富田 勢源みたいに薪や扇で勝っている剣豪もいるから、接近して攻撃でき
るんじゃないか。
ところで、剣闘士がカットされた筋肉モリモリというのは、漫画と映画の影響じゃね?
実際には試合前はずっと麦を大量に食べて、いろんな意味でパンパンな肉体だったらしい。
昔の人は鍔迫り合いはあまりしないと思うよ。刀がボロボロになるからね。
刀が命の侍が自分で研いでいるとも思えないし。
140 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/25(日) 20:43:06 ID:DV4WIwk50
つうかでかい方が勝つなら日本にも野太刀、大太刀の類があるわけで
>>140 そしてその武器も実戦のなかで淘汰されてしまった。
長い刀剣類は槍系に序々に駆逐されてしまうんだよな。
戦場では野太刀なんて馬の足を払うくらいしか使い勝手ないし。
なのに決闘の場面にそういう大型刀剣を引っ張り出してくるのはファンタジーな気がするんだよな。
そもそも、最強論争自体がファンタジーかw
中国じゃ槍は兵器の王と呼ばれるらしいし、槍が一番有効なのかもな。
>>134 紀効新書の記述は、刀が届かず槍では阻めず、兵士が真っ二つになった、じゃ無かったか?
武器を切断されたとは書いてなかった気がする
>>139 刃がぼろぼろになるようじゃ「鍔」迫り合いとは言わんだろ
144 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/25(日) 21:27:22 ID:GuhUUxpDO
その槍の達人をも弟子にしちゃったのが上泉さんなんだよね…
宝蔵院胤栄が最強なのか?
宝蔵院さんは上泉さんに限らず色々な人に教わっていたとか。
自分が戦って破った相手にさえ技術が優れていれば教えを受けたという。
>>144 上泉も槍の達人。ってか、刀より槍のほうが得意だったはず。
148 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/25(日) 22:23:44 ID:KrqLieZUO
槍とか持ち出したらスレから遠ざかるな。
過去の経験から言うと、そのうちフレイル最強とか三節昆最強とか言う奴が来るぞ。
国井善弥がアメリカの銃剣術の教官を瞬殺している
米軍教官殺したら、いくら国井善弥でも無事じゃいられないだろw
152 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/25(日) 22:49:05 ID:9yXub5j40
国井善弥って、黒田鉄山の爺さんや合気道の開祖も戦いを避けたって人だっけか。
国井善弥が黒田の爺さんに向かって立ち会え立ち会えと何度も言ってきたので、あんまりうるさいからじゃあ時間と場所を指定下さいというとそのまま何もいってこなくなった
あくまで黒田側の証言だけど
植芝盛平に対しては、国井が植芝の道場に道場破りに行ったら、植芝は「この道場差し上げますよ」といい戦いを避けた
>国井善弥
なんとなく空手バカ一代の由利辰郎みたいなイメージだな。
155 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/25(日) 22:56:40 ID:9yXub5j40
鉄山の爺さん側の逸話はちょっと考えにくいね。
156 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/25(日) 23:33:07 ID:I4QppvVN0
>>141 >長い刀剣類は槍系に序々に駆逐されてしまうんだよな。
バイキングなどの長大な刀剣は、メイス同様に
甲冑を着込んでの打撃インパクト戦で有利だった。
頑丈で重く長大な刀剣が姿を消したのは、
元軍の欧州侵攻により、
甲冑を射抜くことで無力化する
ボウガンと銃砲が伝わったことによるんだよ。
甲冑を着けずに、一対一で決闘するなら有利な、
軽量でよく撓る「突き」重視の細身の件になった。
日本刀術はどちらにも中途半端なので、
重装甲での剣撃戦にも、
素肌での剣決闘にも不利だよ。
国井善弥遺稿「武術之極意」の記述に「抑々、武術の
極意とは一般講談本や普通の武術物語等にある様な
ものではない。自己の得意技等を以って何々極意等と
称して得意としている輩もあるが、決して其の様な処に
あるものではない。然らば、真の極意とは如何なるもの
か。是れ則ち、真技に依って生ずる所の、真理を指すも
のであって、技そのものではない。」
國井善弥師は、戦場などでは公務を全うするために、
軍刀を揮って相手を討ち倒すことも多々あったことは確
かである。しかし、古流武術における正式の他流試合
すべてにおいて、その手記にあるように「武蔵を始め,
柳生でも試合は果合いと言って居り,其の都度相手を
殺すか切ってゐる。処が当流の先師等は試合を固く禁
じてゐた。止むを得ず立合つても徒らに人を切ってはな
らぬ。塚原卜伝にしても,又上泉伊勢守にしても此の伊
勢守が宝蔵院覚禅坊の紹介で,柳生流初代但馬守と
の試合でも音なしの勝負と称する秘術で勝って居る。」
の教えを遵守できるだけ充分な武術名人としての技量
が保持されていたのである。
158 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/26(月) 00:15:00 ID:6hsUrY050
ローマの十字軍なんかは盾と短めだが幅のある
両刃の剣で猛威を振るったんだとか。
>>156 1対1の決闘じたいがそもそもファンタジーなんだよ。
あと、貴方は話がワンパターンだからすぐに分かる。
東南アジア武術に話を広げて、マオリ棒術の話して、琉球武術の話して、日本刀否定して、中華棒術で締めくくる、
あなたの話の内容はだいたい分かっているから、棒術スレにおかえり。
上の人も言っているが、ここは剣豪を話し合う知的な場です。
荒れるのは嫌なのでお願いします
160 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/26(月) 02:20:15 ID:TOeU6iGS0
161 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/26(月) 09:42:30 ID:zYkGVjP00
>>145 インエイは上泉に完敗してる
>>155 黒田に関しての逸話は武術家版将軍鉄山の「俺のおじいちゃんはこんなにすごかった!」って偽りの証言だらけですから
黒田鉄山は人類史上最悪の人間の一人
黒田さんのジイサンと国井善弥の試合は、しつこく国井さんが試合をせまってたら、国井さんの友人の相沢さん(島津さんの師匠な)が
「大人げないし迷惑だから辞めろ」
と止めたという話を聞いたぞ。
163 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/26(月) 10:49:05 ID:klnxs7T40
試合くらいしてやりゃいいのにな。
黒田のじっちゃんも。
164 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/26(月) 12:16:05 ID:BoZaWIU80
気が乗らなかったらしなくていいよ。
体調や気力にも波があるものだ。
「いつでもどこでも誰とでも戦う」のは無理だ。
国井さんは真剣で立ち会え、とせまってたらしいな。
そりゃ黒田さんのジイサンもよめさんや子供がいる剣道の先生なんだから真剣勝負なんて立場上出来ないだろ(笑)
黒田さんのおばあさんは後々まで国井さんの名前が出ると嫌そうな顔したと(武術談義に書いてたね)
黒田ジイサンや相沢さんは常識があったて事かね?
常識云々の前に、決闘は違法だろ。
167 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/26(月) 13:42:41 ID:BoZaWIU80
決闘罪に関する件(明治22年12月30日法律第34号)
昨年の事件にも適用されているね。
168 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/26(月) 14:31:50 ID:kDgeCL0LO
国井は何だかんだで、他流試合で結果残したからなぁ。
鉄山の爺さんはお呼びも掛からなかったわけでしょ。
169 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/26(月) 15:13:23 ID:HucWv+fO0
夢想願流・松林無雲
夢想願流は剣術、居合、槍、十文字槍、薙刀、小具足、捕手など、総合武術であったとされるが、
支流も含めて全て幕末に絶えてしまったため不明な部分が多い。
しかし創始者である無雲の逸話はかなり多く残されている。
最も有名なのが三代将軍徳川家光の御前で見せた超人的な技であろう。
剣術好きであった家光に乞われて仙台からやって来た無雲は、
門人の安部道是を受太刀に夢想願流の技を披露して見せた。
無雲の動き、太刀さばきは尋常ではなく、そのあまりの見事さから家光は三度も演舞させたという。
その三度目に見せたのが足鐔(そくたん)という秘技であった。
無雲は打ち込んできた木刀をサッと避けつつ、足をもってして木刀を踏み落とし、
さらにそれを踏み台にして高く舞い上がったという。
伝え聞くところによれば、舞い上がった時無雲の袴の裾が屋根の廂に触れたという。
その様は目の肥えた家光をして「まるで蝙蝠のようだ」と感嘆させしめた。
この時、無雲は59歳であったというから凄い。
また無雲は「自分を驚かせることができたら褒めてやろう」と常日頃から言っていたが、
ある時無雲と門人たちが蛍見物をしていた。
門人の一人がいきなり無雲を川へと突き飛ばしたが、無雲はその勢いのまま対岸へ飛び移り、鼻歌交じりで帰ったという。
しかも翌日になってその門人に「何か無くした物はないか?」と言って澄ました顔で門人の刀を差し出して見せた。
飛ばされた瞬間に刀を抜き取っていたのである。
また義経が柳の枝を水面に落ちるまでに8回斬ったと聞いて、
無雲も試しにやってみると13回も斬ることができたという。
無雲はその死に様もまた見事だった。
病を得て立つこともままならなくなった彼は門人の肩を借りて立ち上がると、
制止する声を無視して日課の抜刀千回を行い「我事終わる」と爽やかに微笑して死んだという。
超人的な身体能力と剣技を持った無雲だが、その人柄は非常に人懐っこく、
門人以外の女子供、年寄りにまで慕われていたという。
172 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/26(月) 23:23:39 ID:cy6vtEA0O
>>171 まずはWikipedia。
不平不満があるなら加筆修正されたし。
173 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/27(火) 01:45:57 ID:H4W3jq430
黒田家は真剣での勝負以外受けないんじゃないの?
だから、ルールある試合には出ないってのが言い訳だったはず。
ってうか、武道家なら試合申し込まれて逃げるなよと。
仮にも流派を代表するような武道家なんだろうに。
174 :
光輪:2009/01/27(火) 01:51:24 ID:coD9k7k60
武道家ってか武術家では。
175 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/27(火) 01:55:07 ID:dDu2fCeu0
>>173 真剣だったらもっと受けないと思うよ。
お互い、価値のない戦いで死にたくないでしょ...
177 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/27(火) 10:52:38 ID:aq2lsuZd0
>>176 http://ja.wikipedia.org/wiki/上泉信綱 1563年(永禄6年2月) - ※箕輪城落城を永禄6年とする旧説 箕輪城落城
落城後に武田信玄に仕えず、新陰流を広めるために辞し、諸国修行の旅に出る。この時信綱と改名。
先の大胡城陥落以来、北条氏の人質になっていた嫡子常陸介秀胤とその子泰綱はそのまま北条氏に仕官する。
奈良宝蔵院で柳生宗厳、胤栄を下す。
まずは与えられた情報にきちんと目を通すこと。
Wikipediaは数ある文献を紐解いた識者が情報を寄せる信憑性の高さが売り。
その掲載内容は通説としてコンセンサスがとれている。
異論があるなら修正することもできる。
そもそも胤栄が上泉に負けた事実の出典を求めるなんて・・・
178 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/27(火) 12:08:29 ID:acsMq/QmO
誰もが好きに加筆出来るwikiが信頼性高いって?
それならウィルス張られてる心配もないな。
179 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/27(火) 12:51:57 ID:aq2lsuZd0
加筆されるほどに検証が繰り返され、信頼度を高め続ける・・・それがWikipedia
まがい物だったら百科事典として世界中の支持を得られるわけがないだろう。
事件や犯罪の温床になるのも、スタンダードとしての地位が確立されているから。
ここ、2ちゃんねるのようにね。
少なくとも俺は、Wikipediaを信じることになんら抵抗はない。
話が逸れてしまったけど、俺が最強と考える剣豪は高柳又四郎。
竹刀剣道全盛の江戸後期に、真剣での戦いを想定して「音無しの剣」を創案したという。
剣技だけではなく機知にも富み、大石進と対峙した際の一尺四方の鍔は余りにも有名。
なにより、当時の著名な剣客からの評価が凄まじい。
かの男谷信友は「古今無双の剣客」と讃え、千葉周作は「この人の上にいずる者なし」と評したという。
残念ながら、真剣での実戦事例は見ることができない。
しかし、その思想や剣風、さらには冷徹無比な性格を鑑みるに、その強さは疑う余地がないと思われる。
180 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/27(火) 12:58:02 ID:W7/O7SHo0
181 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/27(火) 12:58:05 ID:acsMq/QmO
>>179 百科事典だ?
あれは参考程度にしておかないと、恥をかくことになるぞ
>そもそも胤栄が上泉に負けた事実の出典を求めるなんて・・・
胤栄と上泉の勝負がお前さんのオススメのwikipediaに書かれてないのは
何故なのよ?出典以前の問題だろ。
183 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/27(火) 13:52:26 ID:aq2lsuZd0
>>180 呂布は三国志最強の武将で異存はない。
>>181 物事を斜に見るのも格好いいが、メジャーなものにはメジャーたり得る所以がある。
それに恥をかくのは大いに結構。それが新たな血肉となる。
>>182 「奈良宝蔵院で柳生宗厳、胤栄を下す。」という一節が見えないのか?
確かな出展のもとに書かれた一節でなければ、とっくに修正されてる。
なにより、あまたの書籍やサイトにこれでもかというくらい記されてるだろ・・・
君は奇特な人だな。
wikipediaは否定はしないが、確かに信頼性が高いとはいいがたいね。
結局はちゃんと公刊された本、もしくは史料をソースにするしかないだろう。
確かこの本だったと思うが(自分で持ってるんだけど、今家にいないんで確認できない)、
文庫にも関わらず、有名剣客の立会い逸話は大体紹介されているんで、このスレ的には便利だと思う。
中里介山 著 『日本武術神妙記』
http://amazon.jp/dp/4309401112 ただ飽くまで様々な武術書から立会いなどのエピソードを抜き出してきているだけで、
それ以上の考察はしていないが。
185 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/27(火) 14:35:15 ID:aq2lsuZd0
独学で集められる情報には限界がある。
その点、Wikipediaのようなサイトは持論の検証にとても役立つ。
その筋の識者が情報を持ち寄り、検証を重ねた結果が提示されてるわけだから。
出典を〜という面倒な質問には、ここを紹介するのが手っ取り早い。
それにしても、安易に他人へ情報の提供を求めるのはいかがなものか。
ネットに転がる情報でさえ、それを見つける労力を考えればタダではない。
ちなみに俺が影響を受けた書籍は、新人物往来社発行の「剣の達人111人データファイル」。
30人の武術家、歴史化、作家などが協力してまとめあげた書籍で、著名な剣豪が詳しく紹介されている。
現代語で読みやすいように仕立てられているから、入門書には最適。
剣豪に興味がある人には一読の価値があると思われる。
186 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/27(火) 15:07:15 ID:W7/O7SHo0
15世紀、イタリアの宮廷剣術指南だった
フィオレ・ディ・リベリ(Fiore di Liberi)…
>「奈良宝蔵院で柳生宗厳、胤栄を下す。」という一節が見えないのか?
>インエイは上泉に完敗してる
どっちを信じればいいの?
188 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/27(火) 19:55:17 ID:aq2lsuZd0
・・・もう好きにしなさい。
wikipediaを編集しなおしてきたらどうだ?
190 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/27(火) 20:01:10 ID:aq2lsuZd0
どうぞご自由に。
津本陽がエッセイで、学生時代に、面抜き胴が異常に得意な先輩がいたと書いていた。
面を大きく空けた構えで、最上級生がムキになって何度打ち込んでも
ことごとく、あっさり胴を抜いてしまう。一種の天才だったのだろうと書いている。
だがおかげでいじめにあって剣をやめてしまったとのことだけど。
よほど印象に残ったらしく、そういう抜き胴の得意な相手のことを何度か作品に登場させている。
このスレであげている剣士たちも、そういうなにか特殊な才能を、最低条件としてもっていたのかな。
192 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/27(火) 21:03:31 ID:m619pH2YO
有名どころではやっぱり沖田の三段突きだろ。
一度の踏み込みで三度の突きを見舞うということだけど、
本当に三突きすることが目的だったんだろうか。
額面通りの動作は医学的に不可能ともいわれてるしね。
で、最初の二突きはフェイントのようなものなんじゃないかと。
本命の狙い所を読ませないための。
まあ、勝手な想像だけどねw
>>191 そういや確かに津本陽の作品には抜き胴得意な剣士が多かったような。
薩南示現流の主人公も抜き胴だったような
>>192 これは自分の勝手な想像だけど、沖田の三段突きは竹刀での試合での得意技だったんじゃないかなと。
真剣は竹刀より幾分か短いから、突きは竹刀より難しいと思うんだよな。
かなり近い間合いになるから。もし真剣で突きが得意技としたら、相当の踏み込みと度胸だなあと
194 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/27(火) 22:04:48 ID:gwsdyOWQ0
津本陽みたいなフィクション作家を鵜呑みにするとは・・・小説は所詮作り物なんだよ(笑)
195 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/27(火) 22:15:48 ID:m619pH2YO
>>193 俺の想像では、実際の突きは結局のところ一回なんじゃないかと。
ただ打突のスピードかあまりに速いから、相手や周囲には3回突いたように見えるっていう。
もちろん、最初の2回は相手に触れてない。
じゃなきゃ道理が合わないでしょ。
いくら誇張があるとはいえ「三段突き」がでたらめとは思えないし。
196 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/27(火) 23:04:51 ID:H4W3jq430
なんで余りにも速いと3回に見えるわけ?
1回は1回だろ。
197 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/28(水) 00:43:49 ID:YrUMsNA0O
フェイントが届いているように見えたんじゃないかと。
あくまで俺の勝手な想像だ。
あまりムキにならないでくれw
>>195 一度目の突きを受けようとしたら、とても受けられない追い撃ちがきて
やられちゃうってのを表現したんじゃないかと。
>>194 経験を下敷きにしたフィクションということでは?
柴田、五味などよりも、リアリティのある描写で剣豪ブームを再興したという評判の人だし。
>>193 >真剣は竹刀より幾分か短いから
かなり短いね。
>>194 津本陽は資料丸写し作家と揶揄されていて、小説としての面白みでは劣る分、参考になる点も多いんだよ。
それに、
>>191が引用しているのはエッセイ。
エッセイが何かぐらいは説明してもらわなくても分かるよな?
200 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/28(水) 01:00:44 ID:74DFLkLb0
架空ありなのか・・
鞍馬天狗最強だろ
だけど剣術を単純に人殺しって事にすると岡田イゾウかな、なんでもありで
対決なら服部武雄、近藤勇、男谷、粕谷、大石
室内なら佐々木只三郎
戦場なら中村半次郎、土方、伊庭
美談なら吉村貫一朗
虚構なら竜馬、
まぁ生き残ったという意味でリアルなら鬼鉄だな
202 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/28(水) 01:28:53 ID:VEarkVxXO
>>202 ・生え抜き中の生え抜きである沖田の一番隊に次ぐ、二番隊隊長だった
・生き残った後、長いこと剣術師範を務めた
・隊士を切腹させまくりだったなかで、上層部批判を何度もする気骨があった
・伊東派で服部を同士としていた阿部十郎が、隊で一番強かったと言っていたらしい
根拠はまあこんな感じだろうけど、俺も反対するつもりは無いけど
反論としては単にかなり年齢が行っていたからかもしれない、というのが考えられるな。
204 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/28(水) 02:24:22 ID:n80ZnKEs0
王 聡児(Wan Conger、1777年 ‐ 1798年)
双剣の演武ショーで美少女アイドルをしていたが、
16歳の時に湖北省襄陽の白蓮教教主斉林と結婚。
18歳の時に夫が逮捕され処刑されるや、中国政府相手に
五万人の白蓮教徒軍を率いて蜂起し、河南省で連戦連勝。
乗馬してるのに、両手に一振りずつ片手直剣を持って
正規軍兵士の首を刎ねて回る騎馬双剣の技に優れていた。
経験の浅い参謀の意見に従い、政府の大軍に包囲されてしまい、
剣を振るって善戦するも、力尽き、
最期は高い崖の上から身を投げて22歳の命を散らした。
205 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/28(水) 02:25:36 ID:74DFLkLb0
永倉は池田屋で親指落とした説があるね
確かに永倉も捨てがたい
いや、実践経験、生き残りって基準なら確かに永倉新八かもね
206 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/28(水) 03:22:16 ID:TrC3qzAwO
>>195-198 突いて引いて突いて引いてまた突く訳じゃなくて、突いた剣は引かず
(位置は戻らず)身体を進めて、その分で再度、再々度突くやり方。
咄嗟に後退して間合いを取ろうとすると、しつこく追尾してくる嫌な攻撃。
中井喜一が演じた壬生義士伝の吉村貫一郎が好きだな。
近藤、土方、沖田がメロンやすき焼き食ってて(笑)
208 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/28(水) 09:52:00 ID:YrUMsNA0O
>>203 その有名なコメントは「永倉は最も稽古が進んでいる」っていう言い方なんだよね。
つまり、年齢相応に他の隊士よりは技術が熟達してたんだと思う。
あなたの言うようにね。
ただ、その永倉が沖田と立ち合うと身の毛がよだつと言ったらしい。
誰よりも剣に通じてた永倉には、沖田のとんでもない潜在能力が見抜けたんじゃないかな。
こいつは必ず新撰組を支えていく存在になるって。
だからこそ一番隊長を沖田に譲ったんじゃないかと。
ま、これも勝手な想像だけどw
GAYの剣士
210 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/28(水) 13:16:23 ID:xHXz2zq80
たとえば現代剣道のルールだったら、歴史上の並みいる剣豪も現在のトップクラスに勝てないと思うよ。
反面、真剣での斬り合いだったら、現在のトップクラスは戦国時代の雑兵にも勝てないかもしれない。
結局はルール次第なんじゃないかな。
このスレの主旨が後者であるならば、俺も上泉信綱で異存はない。
211 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/28(水) 13:17:57 ID:NJowaT850
>>210 現代剣士と昔の剣士を比べるならそれに尽きるだろうな
過渡期の幕末の剣士はどうだったんだろうか
過渡期は幕末だけじゃないんだがな。
実は一番大きい変革期は江戸初期。
213 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/28(水) 14:28:44 ID:xHXz2zq80
>>211 幕末の剣術も現代剣道のルールとはぜんぜん違うよね。
顔面への突きが有りだったり、流派によっては当て身などの体術も含んでいたり。
結局、そのルール下におけるトップが古今最強なんだと思う。
ちなみに、宮崎正裕さんはのちに剣聖と呼ばれて然るべき剣士だと思う。
戦国期には上泉信綱、幕末には男谷信友、平成には宮崎正裕がいたっていう。
いや、現代剣道はやっぱり駄目だろう。
真剣を持たせると云々の話もあるけど、その前に、手足をまったく使ってはいけない"ルール"の
中だけでやったものは、単なるスポーツでしかないよ。
明治期までは、道場外でちゃんと使えるために、道場内で練習するという意識だったけど、
今は大会で勝ちさえすればいいという考え方。
それはそれでいいかもしれんが、命のやり取りを本気でやってた時代とは全くの別物。
215 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/28(水) 15:58:06 ID:SNpnqwn+O
古流の奴ですら、普段から真剣を扱ってないと巻き藁ひとつ斬れない。
現代剣道は古流剣術の稽古法に起源を持つ、現代スポーツというのが今日
正しい認識だろうね。
一応剣道家の端くれだった身としては、雑兵以下ってのは考えられないな
全国クラスはやっぱり尋常じゃないよ
だからっていわゆる達人連中に真剣勝負で勝てるとも思わないけど
219 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/28(水) 17:35:16 ID:xHXz2zq80
>>214-
>>217 それをいったら人を斬った経験のない剣豪なんて江戸以降にはたくさんいるでしょ。
命のやり取りがなければ剣士としての資格がないのか・・・そうは思わないな。
仮に現代剣道がスポーツだとしても、修練に打ち込む魂は先人たちになんら劣るものではないと思う。
221 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/28(水) 19:52:38 ID:kHLjm/XzO
人を切ったから強くなるんじゃなくて、真剣のコツを知るから強くなるんじゃね?
それを知っているか知っている人が近くにいるかで、竹刀の稽古も違いがでかいと思う。
まずは顔に切りつけてビビらせてしまえとか、胴は止めとけとか
222 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/28(水) 20:14:51 ID:YrUMsNA0O
真剣のコツを知るには人を斬るしかあるまい。
巻藁を斬ったところで実戦からはほど遠い。
223 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/28(水) 20:22:17 ID:b/uQnjYw0
尚更、剣道や剣術の境が無くなるわけだがw
224 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/28(水) 20:24:46 ID:Q0eOQLeNO
カブトわりした榊原郁恵じゃない?
彰義隊のとき輪王寺宮背負ったり明治になって撃剣興行やったり兜割ったりしたのは
郁恵だったっけ?
226 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/28(水) 22:11:53 ID:m5OMxsP90
>>199 津本陽の小説で取材とは全く違うことを書かれ出版社にクレームを出した
古武道流派を聴いたことあるぞ
オレは聞いたことがないので、是非、詳しいソースを宜しく。
空手で言えば瓦を何十枚も割るのは凄いけど、直接強さに結びつくわけではないよな
でも、他に兜割り出来た人いるんだろうか?
古人も及ばぬ境地だったかもしれないな
意識して刀身の厚い胴田貫を選んでいたりと、確かに強さとは別かもしれないな。
まあ、天皇が見てる前で、しかも前の二人が失敗したあと成功させた
集中力だけでも物凄いとは思う。
そういや、小説では胴田貫は弟子が選んでいた気がしたが、事実は
どうだったのか裏とってないや。
233 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/28(水) 23:03:58 ID:YrUMsNA0O
榊原は同郷の近藤勇より実戦では弱いと地元では言われてたみたいだ。
そのへんは、より実戦的な天然理心流に一歩譲るということか。
純粋な強さという点では、逸話に事実が含まれるなら武田物外は別格だな。
近藤は少年の頃に兄と二人で強盗を撃退したからな。
しかも、賊の心の勢いが弱まる帰路に襲い掛かるという知恵者ぶり。
度胸と智恵を備えた近藤勇に一票。意外にも学もそこそこあるし。
佐久間象山を斬った刺客として有名な河上彦斎も実戦派の人だと思う。
暗殺も有名だけど、とある史伝によるとある戦では一人で敵の部隊を撤退させたことがあるらしい。
斬って斬って斬りまくったわけじゃなく、丘の上で敵軍と遭遇した彦斎は
後ろを振り返り手で軍勢を呼んでいるように振舞ったところ、敵軍は彦斎の後ろに大軍がいると判断して撤退したとのこと。
また彦斎は合戦でも自ら斥候役をやったらしい。まず少数で潜入して真っ先に敵兵を切るのが得意だったみたい。
やはり剣客は剣振り回すだけじゃ駄目だと思うんだぜ。
それにしても幕末は記録や逸話があるから語りやすいな
>>219 >仮に現代剣道がスポーツだとしても、修練に打ち込む魂は先人たちになんら劣るものではないと思う。
話しずれすぎ。
そういうことが否定されているわけではなく、現代日本では環境的に限界があるという話。
236 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/29(木) 01:08:17 ID:AxMNmyhmO
>>234 近藤勇に一票?
だったら物外はどうなっちまうんだw
やっぱり別格か?
第一位 上泉伊勢守
以下の決定戦てことですな。
238 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/29(木) 01:16:58 ID:AxMNmyhmO
>>235 でも実際、現代剣道のルールなら全盛期の宮崎正裕が史上最強かもしれないぞ?
ルールに縛られない純粋な強さなら、しつこいようだけど武田物外を推す。
剣豪ではないにしろ武術家に相違はないし。
239 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/29(木) 01:18:38 ID:ZbrFPWKY0
>>238 知れないというか現代剣道ルールなら絶対宮崎さんとかのが強いだろ
でも真剣で強い人を決めるなら違うだろうけどね
240 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/29(木) 01:32:15 ID:ACFR6U1g0
斉藤一は明治でも警察で剣で実践やってるわけだからキャリアではダントツじゃないか
永倉よりも部隊率いての戦闘経験も豊富だし
警察時代に道場で4人相手に勝ったなんて逸話もある
>>238、
>>239 確認するけど、ここはルール無しで誰が強いか決めるスレなんだよね?
「真剣で」という言葉を出すことによって、真剣ルール:竹刀ルールという2種類のルールがあるように
錯覚させられる人が多いが、それが大きな勘違い。
実際は、ルール無し:現代剣道ルール。
だから仮に立会いするとすれば、武器は竹刀でもいいんだよ。
ただしルールが無いから、明治期のように中に鉛を仕込んだり、手足を使ったりは自由な状況下ということになる。
宮崎さんが、その状況下でどれだけのことができるだろうか?
現代剣道のトップクラスの人たちをいたずらに貶めるつもりはないが、昔の名人たちとの差は、
ルールが違うだけで、強さは相対的だという意見は受け入れがたい。
※現代剣道ルールの下で試合をしたら、宮崎さんが強い可能性が高いが、今の剣道のルールで
試合をやることに何の意味がある?
剣道の防具って、ろくな素材がなかった江戸時代のものを、ほぼそのままの形で使ってるけど、
自由度がかなり低いため動きに制約ありすぎで、今度はまた防具に合わせてどんどん技も減りまくりで。
最初は特殊なシミュレーション下だという了解の下で使われていたのが、今じゃそれ以外の状況を想定できなくなっている。
242 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/29(木) 09:54:20 ID:AxMNmyhmO
ぜんぜん錯覚してないしw
ルール次第で強弱は入れ替わるよっていう至極簡単な話。
竹刀さえ持てばなにをしてもいいってんなら、剣士から最強は出ないかもしれないぞ?
武田物外なんておそらく最右翼だろ。
力士の雷電なんかも強いんだろうなぁ。
竹刀でひっぱたかれたくらいじゃびくともしないぞ。
大石進ばりの長竹刀を持たれたら突きも入れにくいだろうしなぁ。
なにしろ捕まったら終わりw
と、こういうくだらない方向に進みかねない。
試合うからには必ずルールが存在する。
戦国には戦国の、江戸には江戸の、幕末には幕末の、現代には現代の最強がいるってこった。
本当になんでもありならアメリカ大統領が…みたいなことになるぞw
243 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/29(木) 10:24:40 ID:Mc1pPxYuO
結局さ、真剣でもどんなルール設定しても最強なんてフィクションだから。時代違うし、剣客の得意分野も違うしな。
勝手にルール設定して持論を熱く語ればいいんだよ。
剣豪談義は日本人のロマンだからな!
244 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/29(木) 10:35:23 ID:2ImVC1NS0
フィクションではないよ。
確定のしようがないだけで確実に存在する。
「宇宙の果て」みたいなもんだw
>>242 >ルール次第で強弱は入れ替わるよっていう至極簡単な話。
だから、ルールって言ってる時点で錯覚。
>竹刀さえ持てばなにをしてもいいってんなら、剣士から最強は出ないかもしれないぞ?
そんなの当たり前だろ。
何で剣客限定なのやら。
246 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/29(木) 12:58:26 ID:2ImVC1NS0
>だから、ルールって言ってる時点で錯覚。
意味不明
>何で剣客限定なのやら。
スレタイを見なさいw
>>244 余程の実力差がない限り、今日勝った相手に明日も勝てるとは限らないよ
最強なんてのは存在しない
それでも敢えて決めようってのがまあガキの遊びみたいなもんだよ
>>246 >>1の言うことなんて、はなっから無視されまくってるんだが。
意味が分からないなら考えてみることだな。
249 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/29(木) 13:55:00 ID:2ImVC1NS0
>>248 いや、基本路線は実在の剣豪で流れてきてたし。
君の一存で変な方向へ行くのは心外だなw
なにが錯覚なのか僕にもわかるように教えて?
250 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/29(木) 14:27:55 ID:2ImVC1NS0
>>247 そのガキの遊びで錚々たる作家や歴史研究家が戯れてるわけかw
俺はそこまで大人になれねぇw
>>233 榊原鍵吉の出身が近藤と同じ?聞いたことないよそんなこと。
252 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/29(木) 16:56:43 ID:AxMNmyhmO
榊原は麻布、近藤は調布だから、厳密には違うけど近隣では比較されていたようだよ。
実戦では近藤〜というのは、元新撰組の阿部十郎の言葉。
近藤と決別した阿部は回顧録などで近藤を酷評する傾向があるけど、剣の腕は認めていたらしい。
麻布と調布の厳密な差って、麻と調の事だったのかw
>実戦では近藤〜というのは、元新撰組の阿部十郎の言葉。
その発言はもちろん知ってるけど、近藤の地元では(江戸で高名な)榊原よりも
近藤は実戦では勝ると言われている、というように読めるんだけどな。
255 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/29(木) 17:56:47 ID:AxMNmyhmO
その通り。
近隣の村々でそういう評判だったとのこと。
その発言を知った経緯はわからないけど、そう書いてなかったかい?
言い方が悪かったか?あれは高名な男谷の弟子で講武所の師範という榊原を
江戸の剣術界を代表する人間として名前を出しただけで、だけど
うちの地元の近藤先生だって実戦だったら負けんぞ、いう地元びいき発言だよ。
横レス失礼。
前スレで国井師範の記事を楽しみにしてた人、まだここ見てるかな。
インタビュー記事は結局見つからなかったけど、変わりに国井先生自身がキングに
寄稿した文章を見っけたので、後で投下します。インタビューの方は計4ページ位で
「剣道なんてウンコだボケ!」というような内容だったんだが、結局見つからずじまい
だった。どこにいったんだ・・・。戦後のキング、あるいは剣豪列伝のバックナンバーに
絶対あるハズなんだが、ちと悔しい。誰かサルベージしてくれ。
後で投下する国井先生が本名(?)の道之名義で書いた原稿の方は、合計10ページ位で
かなり長いんだが、まあ空気を読まず投下してみる。約束だしな。興味ある人だけ読んでけろ。
剣道って、上級者同士になると肩で受けて防御するだろ? あんな技術、役に立つのか?
259 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/29(木) 21:11:29 ID:2ImVC1NS0
>>256 地元のヒーローを身びいきするのはいつの時代でも常じゃん。
本当の強弱なんてやってみなきゃわからん。
>>259 なんか、阿部十郎の言葉を取り違えて近藤と榊原が同郷だと思ってました、
なんて人がいるみたいだからね。近藤の実際の強弱はここでは問題にしてないよ。
>>258 一応あれ怒られるんだよ
んでも竹刀の速度が尋常じゃないから人間の反射速度じゃあれ以上捌けないと思うんだ
武蔵か柳生。
263 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/29(木) 21:47:21 ID:AxMNmyhmO
>>261 とくに宮崎正裕さんの速さは半端じゃなかったな。
研究されまくったなかで全日本優勝6回は化け物だ。
新撰組ってのは、剣による対侍戦闘を主目的に据えた侍集団。
多分日本で最初で最後。
政治スタンスが佐幕の侍の中で、斬り合いについて腕に覚えがある
と自ら認めるメンバーが志願して所属してる。
この中で更に頭角を現す連中が、戦国期の侍に剣で引けをとるとは
思えないんだけど・・・ちょっと最強を主張するにはこの集団自体の
もつリアリズムが邪魔なんだよなぁ。
集団戦を得意にしていて、戦闘は決闘ではなくて不意打ちとか
複数人で一人に斬りかかる、常に先手を打つ、よく言えば戦略的優位
を確保してから戦ってる、まったく遊びも道徳も正々堂々もない。
「悟り」や「天啓」もなく、この連中は剣のプロフェッショナルとして、
ただ大勢の侍を斬った。
しかしこの生臭さが最強を思わせないか・・・・
うん、思わせないね。
新撰組のそういうリアリズムから突きつけられる事実は、
漫画ゲームの最強決定戦議論みたいな事やってる俺等みたいなオタが
全面的に履き違えている痛いオタだっていう事実だけだろうな・・
やっぱりなぁw
268 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/30(金) 01:11:00 ID:50G+ZkNUO
>>264 それをいったら河上彦斎かなぁ。
人斬りが横行した時代に、勝海舟が最も恐れた人斬り。
こいつの逸話を聞くと、真剣と竹刀は本当に別物なんだなと考えさせられる。
刀にこだわらないあたりも、とことん実戦派だよね。
>>264 もちろん新撰組は決闘のための組織じゃないからw
できるだけ自分達に被害が出ないように相手を取り締まるために相手より優位で攻めるのは当然と思う。
今の警察だって、犯人確保にゴツイ警官が大勢でゆくしな。
それでも池田屋のときは、かなり人数的にシビアだったんだよな。
そのなかで吼える近藤が自分の一押し。このスレは近藤好き(?)が意外といると見た!
俺が思うに、剣客剣豪は剣のテクニックだけじゃだめだと思うんだぜ。
状況判断、度胸、欺き、不意打ち・・そんな実戦を取り巻く要素を垣間見せてくれる人が好き。
武は剣盾にあらざるなり必ず敵を測るの智あり、という古語もある。
>>268 河上彦斎は、
刀は手の内が締まって長すぎず短すぎず釣り合いがよく取れて、骨を切れる刀が自分にとっての名刀だ、
と言っていたらしい。
で、再び上泉が上がってくるわけか。
上泉をあげるなら、鹿島の塚原卜伝もあげるしかねえな。
戦国初期〜中期の人間だからもう伝説ばかりで幕末のような緊迫感がまるでないんだがw
名人には違いない。
卜伝は智恵を使う逸話も多いし面白い
272 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/30(金) 01:54:09 ID:CUcKdmVV0
>>264 >新撰組ってのは、剣による対侍戦闘を主目的に据えた侍集団。
>多分日本で最初で最後。
それは事実だね。
鉄砲が出現してから戦国時代が終わり、
江戸時代の泰平が長く続いた。
そこでの武士のたしなみたる
日本刀術を、反体制テロリスト取り締まりの
ツールとして使いまくった。
鉄砲が一般的になる前の戦闘では、
甲冑に身を固め、
投石、弓射、槍、長巻や薙刀が主な戦闘手段。
サブウエポン・日本刀の出番は首刈り程度か。
ここ、野生動物板の講談版みたいだな。
>>272 江戸時代は、テロリスト相手に刀なんて使わない。
理由は犯罪者を斬ると刀が穢れる&抜刀したら処分されるから。
それに、数人ではしごや棒で囲んだら、刀なんて無力。
>>271 卜伝の川で対戦を挑んできた相手を置き去りにしてく逸話と
信綱の立て籠り犯人に握り飯を放り投げて倒す逸話が名人っぽくて好きだな。
276 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/30(金) 02:02:11 ID:e2KyviSp0
>>274 江戸時代の話じゃなくて新撰組の話じゃね?
277 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/30(金) 03:02:11 ID:CUcKdmVV0
>>274 新撰組が薩長の倒幕志士(=反体制テロリスト)相手に
大八車、梯子、棒、投網を使って、
多数の隊士が捕り手役で逮捕したら面白いね
>>272 >サブウエポン・日本刀の出番は首刈り程度か。
例の本の影響か。
279 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/30(金) 07:37:07 ID:BMNwqfecO
鈴木眞哉の本は日本刀が嫌いな人のバイブルだからなw
そんな人がなぜこのスレにいるのか知らんが
281 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/30(金) 10:07:14 ID:YxezzTc9O
>>271 幕末の緊張感を肌で感じてるとは、ただ者じゃないな。
283 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/30(金) 11:10:40 ID:SbChQseY0
幕末の剣士たちは、個人の力量が見えにくいんだよな。
道場での強さなら推し量ることができるんだけど。
個人で戦った有名なエピソードといえば、勝海舟を護衛した岡田以蔵か。
3人組に不意打ちされて、たちどころに一刀両断するくらいだから相当な腕であることは想像できる。
新撰組のなかでは、やっぱり沖田なのかな。
道場では永倉のほうが上でも、実戦の強さで「1番隊長」なんじゃないかと。
河上彦斎はまったく力量が読めないね。
ただ、暗殺の成功率は100%とのこと。
勝海舟が「河上に比べれば岡田など無邪気なもの」というくらいだから、
狙われたときの怖さはナンバーワンだったのかもしれないね。
>>279-280 で、このスレの趣旨って結局、刀、木刀、竹刀をメインの武器とした最強の人間は誰か?でいいの?
285 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/30(金) 11:27:03 ID:YxezzTc9O
スレタイ嫁
286 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/30(金) 12:50:27 ID:svX/5j0t0
>>284 青竜刀、バイキング剣、フェンシング剣
そのほか刀剣なら
何でもありだろう。
287 :
257:2009/01/30(金) 12:52:13 ID:aCbD8Uuz0
筆者国井道之氏は明治二十七年福島県湯本に生まれ、本年六十歳。
上泉伊勢守を流祖とする鹿島神流十八代目の道統。柔術、剣術、槍術
等武芸十八般の免許皆伝。十九歳以来他流自愛にのぞむこと三百十余回、
恩師佐々木正之進に一敗のほか不敗の記録を有し、時に暴徒をこらしめる
など、その実力は昭和の宮本武蔵といわれている。
288 :
257:2009/01/30(金) 12:54:13 ID:aCbD8Uuz0
雑誌『キング』1953年 12月号 298頁
「武芸十八般免許の背広武芸者巧名話」
寄稿者:国井道之 (武名:国井善弥/鹿島神流師範)
【アメリカ将校をこらす】
終戦直後のことである。あまり広くもない私の道場の前の路地に、一代のジープがとまった。
中から降りたのはアメリカ軍の大尉の肩章をつけた雲突くような大男と、ニ世の下士官である。
私の道場は、東京滝野川にあって、近所に東京工場がある。そのアメリカ人は、東京工場の接収で、
毎日通っていた男で、かねて日本に行ったら国のみやげにジュウドウを習いたいくらいに思っていた
らしい。ニ世の通訳で、ジュウドウの道場でないとわかると、それでは何をするところかという。私は、
鹿島神流が、日本に古くからある武道であることを説明した。
『日本古来の武道というものは、決して人を殺すのが目的ではなく、いわゆる侵略的なものでもない。
敵対行為を受けたとき、己の身を守ると同時に相手の非を是正する、敵を包容同化するのが、真の
武道精神である』
それを聞いて、分かったのか分からないのか、道場のまわりに掛けてある木刀、薙刀、槍などを見て、
彼はイヤな顔をした。アメリカ人はジュウドウには好奇心をもつが、剣道は日本兵の突撃の凄まじさが
すぐと連想されて、あまりいい気持ちじゃなかったらしいが、『一つあなたのその武術をみせて貰いたい』
と申し出た。私は奥の間から九尺柄の真槍を持ち出し鞘を払った。
彼は私が突撃をやるのではないかと思ってドキっとしたようだ。私は手を振って、槍を彼の手に渡した。
『どこからでもいい。これで私を突いて来い』と。ギラギラ光る穂先を見て、ちょっとたじろいだ様子だった
が、占領当時なので小癪なジャップめが、とでも思ったらしい。『よし、ゆくぞ!』とでも叫んだのだろう。
槍を銃剣術のように構えて、私が袋竹刀をとるより早く、胸のあたりをめがけてサッと突いてきた。
私はケラ首三寸のところを右に払って、それを外した。また突いてくる。こんどは左に払う。また突く、
また払う・・・で、五〜六回も同じことを繰返しているうち、晩夏のこととて、彼は全身湯をかぶったような
汗になり、形相物凄く、とうとう本当に殺気立ってきた。
289 :
257:2009/01/30(金) 12:55:47 ID:aCbD8Uuz0
私は程よいところで槍を制して、今度はこれを持ちなさい、と六尺の樫棒を渡した。
『これでなぐって来なさい。私の頭蓋骨をうちくだくつもりで』
心得たとばかり、六尺棒を大上段にふりかぶった。六尺男がふり上げた六尺棒が、うなりを上げて
落下した。はっと身をひらいて木剣でうけとめたところが、木剣は真っ二つに折れてしまった。
恐ろしい手応えである。私はこの男をちょっとからかってみたくなった。というより、武道をわき
まえない、露骨な攻撃の意図に、この人の未熟を感じ取って、敵意をこらしめてみたくなった。
そんな感情が走るいとまもなく、第二の棒が私の頭上に打ちおろされた。いや、打ちおろされようと
した瞬間、ひょいと体を沈めて、木剣を逆さまに、束もとで、六尺棒をうけ流そうとしたために、
相手は前にのめって、木剣の束に、高い鼻をいやというほどぶっつけた。
『わッ』と、尻餅をついた。六尺棒を放り出して鼻を押さえた両手の間から、タラタラと血が流れ出した。
彼はカンカンの立腹である。『なぜこんな乱暴をするか』『乱暴ではない。武術というものは決して好戦
的なものでなく、あくまでも防衛の術である。それを貴下が憎悪を持って攻撃して来たから、私はその
危険から身を守っただけである』 果して私の真意が飲み込めたかどうか分からないが、私の淡々たる
態度を見て、根が磊落な軍人らしく、しまいにはカラカラと笑って握手を求めてきた。
290 :
257:2009/01/30(金) 12:56:11 ID:aCbD8Uuz0
【鹿島神流の道統】
私の家は、先祖代々、鹿島神流の武道師範である。祖先は源義正で、上田源氏の初祖であり、
国井と号した。祖父の代になって時世が変わり、父はあまり武道をやらなかったが、私は生まれ
つき武術が好きであった。
大正の初め、私が十九歳のとき、水戸の武徳殿に武道大会があった。地元の茨城はもとより
東北、関東の各県から、腕におぼえの武芸者が二百数十人集まった。私の家は代々福島県の
湯本にあって、晴れの腕前を試すべく勇躍出かけた。祖父からは大会の審判役である佐々木
正之進という同じ鹿島神流の先生である老人に、添書を持参した。
大会は勝ち抜き勝負で、三日間にわたって行われ、意外にも私は最後の優勝者となった。
当然、優勝旗が貰えるものと思っていたら、審判席の一老人が、お前には渡せないという。
それが、なんと祖父からの手紙を届けた佐々木老人であった。『私に勝たなければ渡せない』と
いうわけだ。不埒な話だ。今になって私の優勝を阻むとは。よし、それならこの老いぼれを打ちとる
まで、と私は、立会いを挑んだ。老人は八十余歳、鶴のごとき痩躯に白髯を胸まで垂れ、稽古用の
鎖鎌を持って現れた。
私は鎖鎌と試合したことがないので一寸たじろいだが、なにクソ負けるもンかと、太刀を青眼に構えた。
老人は右手に持った分銅を、頭上にクルクルと振り廻していたが、『やッ』という気合一声、その分銅を
私の眉間を狙って投げた。すかさず受け止めたが、分銅は太刀にキリキリと巻きついてしまった。老人は
それをグイグイ手繰りはじめた。こちらはどうすることもできない。残された一手は突きあるのみ、『えいッ』
と、一文字に突きをくれれば、老人は体をひらいて、左足をつき出した。私は両足をさらわれ、見事老人の
鎌に首をひっかけられたからたまらない。私は亀の子のように四ツン匍いに叩きつけられてしまった。全く
醜態の極みであった。
291 :
257:2009/01/30(金) 12:56:38 ID:aCbD8Uuz0
負けぎらいの私は、もう一本試合をのぞんだところ、またもや木剣に鎖をまきつけられた。しばらく
にらみ合っていたが、やがて老人は、再びズルズルと鎖を手繰りはじめた。八十の老人とは思えない
怪力だ。再び私の首にパッと鎌をかけてきた。・・・こう来ると思っていたから、私は鎌の下をかい潜って、
巻かれた太刀で老人の二の腕をピタリと押さえ、足搦をかけて老人を倒した。瞬間、手許がゆるんだから
鎖は外れ、自由になった太刀を、老人の顔面に擬した。『参った!』老人はそういってサッと立上がり、
『もう一本来い!』と、鎖鎌を構える。鎖は三度キリキリと太刀に巻き付いた。
こんどは私の方から刀を逆さまにして、私の首にのびた鎌を救い上げ、刀を円転してグーッと押さえつけて
行ったから、相手の鎌は動きがとれない。(さア、どうだ!)口には云わぬが、私がそういう気勢をみせると、
老人はニッコリ笑って、
『お前、祖父さんに習ったな?』
『いや、いま偶然使ったのです』
『先の手は鎌渡りといい、今の手は円の虚太刀といって、鎖鎌に対抗する立派な手だ』
それから、ようやく優勝旗を渡され、帰ろうとすると、老人が、『おっとどっこい、帰ってはならぬ。今日から
お前の身柄はわしが預かったのだ』 というわけで、そのまま佐々木老人の住居に連れていかれた。老人
の住居は水戸から小八里ほどの山の中で、伊沢という所。私はそこで丸一年、老人に鍛えられた。
292 :
257:2009/01/30(金) 13:00:05 ID:aCbD8Uuz0
とりあえず書けたとこまでです。議論の最中、横レスすいません。
箸休みの変わりにでも読んでいただければ幸い。
このあとナンとナンとナニを持ってこい、という例の修行の話に続き、
念仏寺の騒動、婿入りを掛けた試合、国井先生とピストル、などについて
話が続いていきます。書けたら投下します。スペースとってスマンコ。
293 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/30(金) 13:09:55 ID:SbChQseY0
>>284 日本刀を武器とした真剣勝負だろ。
稀に脱線する輩もいるけど。
>285
読んだ、で?
>>286と
>>1と合わせたら、ピーターパンとか、ゾロとか言い出すやつが出てきそうだな。
296 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/30(金) 14:49:22 ID:SbChQseY0
297 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/30(金) 16:14:50 ID:YxezzTc9O
そういえば、パッタリと武蔵の名が出なくなったなw
298 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/30(金) 19:37:17 ID:BMNwqfecO
どんな剣豪ネタでも熱く語ればいいと思うけど、見苦しいのは勘弁な。
最強の剣豪は?と聞かれて「宮本武蔵!」と答えるのは、好きな映画は?と聞かれて「ロッキー!」と答えるくらい照れるからじゃないかと・・。
ムキになって武蔵を否定するのもアレだし・・。
299 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/30(金) 19:51:16 ID:xyzXyI4+0
>>ムキになって武蔵を否定するのもアレだし・・。
やっとその痛みに気付いたか…。2oくらいは進歩
したかな。
300 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/30(金) 20:27:37 ID:SbChQseY0
真剣勝負の強さを比較するなら、やっぱり真剣で戦うことを想定してた時代かなと。
そう考えると、江戸中期以降は厳しいんじゃないかな。
幕末に局地的な斬り合いがあったけど、彼らの真剣に対する知識や力量には疑問が残る。
そもそも真剣勝負が廃れて久しい世の中で、学ぶとすれば伝聞や過去の書物。
実際に斬り合いを経験した人間から直々に手ほどきを受けるのとは質の高さが違うよね。
俺の勝手な見解としては、江戸初期の剣豪がいちばん強いのかなって。
上泉や塚原の時代まで遡ると、剣術自体の熟成度が未熟。
それが熟成され、なおかつ真剣勝負が想定されてた時代といえば江戸初期なんだよね。
結論としては、新陰流を完成させたといわれる柳生連也斎。
最強とはいかないまでも、宮本武蔵もかなり強かったと思う。
彼は正式な師を持たなかったけど、真剣勝負を重ねることで多くのものを吸収できたはず。
ただ、我流には限界があることも事実。
兵法を理論的に昇華させた尾張柳生の顔ぶれには、おそらく適わなかったんじゃないかな。
真剣勝負についてはどうかしらんが、袋竹刀での勝負用の試合勢法を
生み出しているくらいだから上泉が新陰流普及のために行っていた
竹刀勝負ルールでは間違いなく上泉よりも尾張柳生が勝るだろうな。
上泉はもちろん名人だが、その名人の技術を叩き台にして進化しているんだから
成熟度が違いすぎる。
ただ、切られたら終わりの真剣勝負においてはその細かい技術がどれだけ
効を奏するかがわからない。
302 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/30(金) 21:04:52 ID:XLuPzY3/O
303 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/30(金) 21:12:41 ID:50G+ZkNUO
連也斎は実戦に有効な刀を研究してたくらいだから、剣善一如とはいえ兵法者の本質は忘れてなかったんだよね。
そこまで実戦にこだわりを持つ世代は、やっぱり連也斎までかなと。
それでいて、父親を超えるとまでいわれた天稟。
ところで武蔵と兵庫助は接点があったみたいだけど、手合わせはしなかったんだよね。
見たかったなぁw
304 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/30(金) 21:48:14 ID:oUU5SJmAO
やっぱり、示現流の東郷重位だね。
>>303 兵庫助は「武蔵の剣は当代限りのもの。強いことはやたらに強いが、余人の学べるものではない」と言ってた
他にも宗矩に免許皆伝された渡辺幸庵が「ウチの師匠と武蔵だったら武蔵のが全然強い、囲碁で例えるなら井目くらい」と言ってたのは有名だな
だからきっと武蔵が強かったのは間違いないんだろうが、兵庫助らみたいな「洗練された剣法」を学んだ人たちからするととっつきにくいところがあったのかもね
>兵庫助は「武蔵の剣は当代限りのもの。強いことはやたらに強いが、余人の学べるものではない」と言ってた
そんな言葉、手紙か何か残ってったっけ?
307 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/31(土) 02:47:01 ID:fBVabPeu0
>>293 >日本刀を武器とした真剣勝負だろ。
刀剣の使い手なら、武器は和洋中華何でもありだろ。
石剣、銅剣、鋳造刀剣も鍛造刀剣もあり。
冗談は控えめぐらいにしとかないと、面白くないんだよ。
309 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/31(土) 04:13:45 ID:9FUTDCo50
無用ノ介や鬼平もありだな
鬼平に出てくる坪井先生の師匠の息子の井上さん、ありゃそうとうに強い
沢田小平次もいい 兎忠は論外
それでも最強は鞍馬天狗
310 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/31(土) 07:54:13 ID:XNk5WGLxO
>>306 有名な逸話だね。
だけど俺も元ネタは知らないなぁ。
忘れちまっただけかもしれないけどw
兵庫助は武蔵の立ち会いを生で見たわけではないだろうし、風評から察してそう言ったんだろう。
たしかに理論的背景を持たない武蔵の剣は、人に教えられるものではないよね。
それでも真剣勝負で連戦連勝を重ねてたわけだから、兵庫助にも脅威だったに違いない。
ただ、武蔵が尾張柳生ほど完成された剣術と対戦した経験がないことも事実なんだよね。
2人はともに諸国武者修行で数多くの兵法者と出会い、実戦経験も豊富。
手を合わせたらスゲー戦いになったんだろうなぁw
というか宮本武蔵って、有名流派の名人と立ち会ったちゃんとした記録って、何かあったっけ?
むしろ武蔵以外の剣豪で有名人同士の立会いってあるのか?
313 :
257:2009/01/31(土) 10:31:11 ID:AS7zWEik0
314 :
257:2009/01/31(土) 11:25:45 ID:AS7zWEik0
やっと書き写せた。
>>287-291の続き。
【伊沢山中の修行】
ところが、ここでの修行というのが頗る変わっていて、武術についてなに一つ指導
してくれない。初めて泊まった翌る日、午前の十一時ごろ爺さんに呼ばれた。
『何を持って来い、ついでに何を、な』という。何のことかわからないから、
『何でございましょう?」と、訊くと、『馬鹿者め!』と怒鳴りつけられた。
『お前は稽古に来たんじゃない、仕上げの修行に来たのだ。武道の最高の教えは、
見えない世界を見、聞えない世界を聞くところに本当の修行がある。
そんなことくらいわからんでどうする!』と、又どなりつけられた。
その次の日に呼ばれると、また『何を持って来い、ついでに何を、な』である。
そこで私は考えた。そこは山の中だから、新聞が十一時ごろ来る、『何を』というのは
新聞のことだ、『ついでに何を』というのは眼鏡のことだろうと思って、その二品を届けると、
爺さんは黙って受取った。万事がこの調子だった。数日たった或日『今日は天気もいいし
気持ちもいい。幸い殿様(もとの水戸藩主徳川篤敬候)がお帰りになっているというから、
御機嫌奉伺に行ってくるぞ。何をしておけ、何を!』。
さアわからない、まごまごしていると、爺さんの姪で、家事手伝いに来ていた十七、八に
なる娘が、草履と籐のステッキを揃えてくれた。ところが、その品物が違っていたらしい。
玄関に出てきた爺さん、またカミナリである。『馬鹿者めェ、今日は面白くないから、やめ
にする。二人共、ちょっと来い』
『どうもすみませんでした』と私。
『お前は、なぜあやまる。そんなのは伊達の情けというものだ』。
姪が、あやまると、『またお前も、なぜ余計なことをするんだ。二人でお互いの修行の
邪魔をしているじゃないか』と、その日は大そう不機嫌だった。それから又、ニ〜三日
たつと、『殿様が東京へおたちにならんうち、ちょっと行って来よう。何をしておけ、
何をなァ』。この前は草履で失敗だったから下駄、籐の代わりに弓のステッキを出して
おくと、こんどは何の文句もなく、玄関を出かけた。
315 :
257:2009/01/31(土) 11:27:49 ID:AS7zWEik0
それからある日、例によって、『今日は天気がうららかだから、何に行こう。何をしておけ、
何を何をな。何は何におるぞ。それから何と何だぞ』。さあ、五つも用があるぞ。
今日は天気がいいというから、そうだ釣りだ。何と何は、天気で減水しているので、
長い釣竿と短い釣竿を用意せよ、ということだろう。何は何におるぞ、というから、井戸端を
掘ったらミミズがぞくぞく出て来た。後の何と何は、弁当と腰かけだろう、と五つ品を用意した。
『用意が出来ました』といったら、『何はどうした、何は』『はッ、只今』馬のことだ。
あわてて厩にとんで行ったが、馬のやつあばれて轡をはめさせない。ようやく轡をかま
せたが、爺さんのいらいらした顔が目にうつるので、鞍をつける暇がなく、裸馬のまま
ひっぱって行った。『まことに失礼ですが、こういう機会に裸馬を乗りこなす術をお教え
戴きたいと思いまして』とやった。爺さん、言葉の裏が分かっているのだが、この機転が
気にいったのか、よしよしと裸馬で出かけた。
それからまた或る日、『今日は烏山に行ってくる。今日は帰って来るまでに大変だぞ、
だから何をしておけ』という。大変だ、大変だといって何だろう、とひょいと空を見ると
東の空に雷雲が出ている。午後二時頃になると、盆を覆すような雷雨がやって来た。
バラバラっと来たので、爺さんが大事にしている鉢植の盆栽を急いで物置に入れた。
この中に、爺さんが十六の時、実生で植えたという樹齢六十年の枝ぶりのいい松がある。
これは雨に打たせなければならない。が直接強雨に打たせると、根本の奇岩奇石、それ
に生えているこけが流れてしまう。その部分だけ急いでボロをまいて雨に出しておいた。
316 :
257:2009/01/31(土) 11:29:40 ID:AS7zWEik0
雨が上がったと思ったら馬の蹄が聞えて来た。『お帰りい』と下男が馬の方へとんで行くと、
『今日は久し振りにお客さんをお連れ申した。何をしておけ』と上がって来た。中庭に面した
座敷へ客人を通し、酒を用意して客間へ行くと、馬鹿者めッ、と大喝一声を食らった。盆栽に
かけたボロを取りのぞくのを忘れたのを見つかったのだ。客人は又、苔の上にボロをかけた
のを見て感心している。『いや、この人は実によく気がつく、あんたが小言をいうのは無理だ』
『何をおっしゃる。俺が預かった弟子だ。煮て食おうと焼いて食おうと俺の勝手だ』。途中で
一杯やって来たらしい。『それはまた無茶なことを・・・』『無茶であろうと、なかろうとあなたの
知ったことではない。文句があるなら表へ出ろ』『よし出よう』
爺さんが長押にある真槍を二挺取り出すと二人は裸足のまま庭へ飛び下りた。『さあ来い』
『おおッ』大変なことになってしまった。おろおろする私を尻目に、隙あらば、と穂先がキラリ
キラリと夏の陽を不気味にはね返す。その瞬間、槍がはげしくからみ合ったかと思うと、客人
の槍がばたりと落とされてしまった。やあーッという気合一声、爺さんの槍が客人の心臓をぐさり、
と思う間髪でぴたりと止まった。『はははは』。どちらからともなく大声で笑い出した。こちらは笑う
どころじゃない。生きた心地もない私をふりかえった爺さん、『分かったか。今の真剣勝負はお前
に見せるためにやったのだ』とは肝を冷やす指南であった。
こうして講談本にでも出て来るような風変わりな山中一ヵ年の修行は終わった。
317 :
257:2009/01/31(土) 11:30:28 ID:AS7zWEik0
【婿入り試合】
その後、私は上京して向島に真庭念流の道場を構えている栖原鉄舟先生について、
三年半の修行をした。この間にも時々、佐々木先生のところへ仕上げに出かけ、剣術、
槍術、体術、棒術、鎖鎌術について、免許皆伝を受けた。その後、国学者の今泉定助
先生の門下となって、先生の主催する日本皇祭会の道場をあずかるようになった。
今泉先生の高弟に、小谷文斎という国学者があって、私とは大いに意気投合した。
昭和五年の正月末、小谷氏が帰省するとき、郷里の大阪府南河内群平尾村の近くに
南朝の遺臣という家柄で、管槍をつかう郷士がいるから、他流試合を試み傍々、行って
みないかというので一緒に出かけていったことがある。
南朝の遺臣という戸田顕光氏の家は、この辺の大地主で、当主は四十五、六歳の
温厚な人、客間に招じられるとお茶を運んで現れた十八、九の美人があった。美保
さんという一人娘で、薙刀の達人とのことである。そろそろ婿を、という年頃だが、
武道の家なので、娘と試合をして勝った者を婿に迎えよう、という甚だ時代がかった
話である。
何しろ教養はあり妙齢の美人で、大資本家というのだから『我こそは・・・』とばかり
大ぜいの青年が、試合を申込んでくるが、ことごとく美保嬢の薙刀に叩き伏せられた。
ただ一人、高橋某という青年が、一度互角の試合をしているという。
『国井どうだ、婿養子の一番、立ち会ってみないか』小谷氏がいうので、私も大いに
興をひかれ、戸田氏に希望をもらした。『いや、とてもお相手など出来る娘ではあり
ませぬ』と、謙遜されていたが、小谷氏からのすすめもあって、令嬢に仕度をさせた。
318 :
257:2009/01/31(土) 11:32:07 ID:AS7zWEik0
道場に出ると、美保嬢は、袴に襷鉢巻、凛々しい装いで薙刀をとって待っている。
私は稽古用の管槍を借り、管をとって素槍にした。一礼して美保女は青眼、私は
入身下段につけ、双方ジリジリッと詰め寄ったが、構えは完璧で、さすが女ながら
相当の腕前だが、やはり気合負けというのであろう、私が次第に押してゆくと、一歩
二歩と退りながら、構えにあせりがみえてきた。私は、すかさず、その構えを崩す
ために、『とう!』と、胴を突いて出れば、美保嬢は、それを切払らって左霞から
踏込んで面を切ってくる。私はサッと槍を引いて、薙刀が下段に下がる寸前、
突く代わりに穂先でピタリと美保嬢の肩口を押えた。
『参りました』
『もう一本、いかが?』
『いいえ、とても』
美保嬢はポッと頬を染めてひき下がった。これですめば文句はなかったが、この時
来合わせていた花婿候補第一号の高橋某と立会いをするという羽目に陥った。高橋
氏の美保嬢への傾きから察して、悪い結果にならなければいいが、と槍を取っての
立会いとなったが、私は、程よい所で、参った、と槍を引いた。ところが勝負いかにと
固唾をのんでいた美保嬢から異議が出た。
『只今の勝負は、国井様の勝ちでありますのに、いかなる理由で負けと申されるの
ですか』。なるほど、高橋氏は貫流の槍を取り、私は貫流の管を抜いて素槍として
の試合で、高橋氏がやっと突き出して来たのを、外して突きかえした。相手の槍は、
管があるので、突きよりはしめ七分といわれる槍としては、手の裏をしめても柄が
しまらぬために、これが二間の長さで突いたら、敵の急所を狙ってもそれることは
必定である。高橋氏の突きに参った、といった勝負を、彼女はここまで鋭く見きわ
めていたわけである。さあこうなるとなんとも言いのがれに困る。
『いや、その点は貫流の槍が悪いので、もし高橋氏が素槍で来られたら、あの突き
の鋭さには到底うち勝てません』と冷汗をかいた。それ以上美保嬢も追及して来な
かったから、高橋氏のためにホッと胸をなでおろしたが、この試合に、思わぬ美保
嬢の熱い視線を感じて、独身の私はあやしく血のさわぐ思いがした。
319 :
257:2009/01/31(土) 11:33:40 ID:AS7zWEik0
【念仏寺の騒動】
大阪滞在中、偶然にも一つの事件に出会った。小谷氏も檀家の一つになっている
融通念仏宗の総本山、住吉区平野町の大念仏寺に、管長排斥の大争議が起こっていた。
何でも管長は島原遊郭の若後家を可愛がり、寺宝となっている後白河天皇の御宸翰まで
売りとばして入れ上げたとかで、排斥派と擁護派が対立し、えらい騒ぎになっていた。
そして管長派は、地元の新聞ゴロに金をバラまき、排斥派が逆に押されているというので、
小谷氏は大憤慨である。『けしからん坊主を、一つ、とっちめに行こうではないか』ということに
なって、大念仏寺に乗込んだ。
南北朝以前の建立で、末寺三百六十余を有する総本山だけに、境内の大堂伽藍は壮麗目を
あざむくばかりだが、あちらこちらに一団の人々が群れて、何となく不穏の空気がただよっている。
これでは管長に面会などむつかしいのではないかと思ったが、今泉門下第一の弁舌家である小谷
先生、小一時間ほどねばったすえ、何と寺僧を説伏したのか、五分間だけ管長が会うということになった。
私たちは幾つもの渡り廊下を通って、奥の院に案内された。管長は五十過ぎの脂ぎった坊主で、
二枚重ねの座布団の上に、如意を右手に、むつかしい顔をして控えている。左右には肩をいから
した壮漢が、五〜六人、食いつくような眼をしていた。
320 :
257:2009/01/31(土) 11:34:34 ID:AS7zWEik0
しかし小谷氏は、私の護衛があるので落着き払ったもの。滔々と管長の非行をまくしたてて
『管長いかにして責任をとるのか』と、きめつけた。管長グウの音も出ない。結局、『返事は
三日間待ってくれ』とのことで、私たちはその席を立った。渡り廊下に出ると、後から荒々しい
足音が近づいて、『待て!』眼を血走らした背広の男が、『貴様ら、管長を侮辱したな!』と、
いきなり小谷氏に掴みかかろうとしたから、私はグッとその前に腕を突き出して、『腕力なら
オレが相手だ』『生意気な、オレは柔道四段だぞ!』いきなり拳骨で、顔を殴ってきた。咄嗟に
私は左手で受け、手首を引っ掴むと、腰をひねって一本背負をかけた。これが見事に決まって、
自称柔道四段は、渡り廊下の手摺りをとび越して、氷の張った泉水の中へ、水音も高くとび込んだ。
と、サッとうしろの障子が開いて、三人の男が、わっと掛かってきた。狭い廊下なので、利は
こちらにあった。しかも誂えむきに泉水は廊下の真下にある。三人の男は次つぎに真冬の水浴と
あわれをきわめた。四人の用心棒が片付くと、再び管長の部屋へ戻って、『管長、これはあなたの
指図か』と、小谷氏が食ってかかった。管長はそれから三日の後ついに辞任を声明してさしもの
問題もきれいに解決した。
【街の暴力と闘う】
戦後、何々組という暴力団や博徒の親分は全国的に手入れされたが、大正末から昭和初期の頃、
こういう連中の跳梁はなかなかはげしかった。中には官憲を抱き込んで、善良な市民は泣き寝入り
以外に方法がないという場合さえ度々あった。大正十五年の十一月、千住の岩間某という人の家族
が、今泉先生のところへ泣き込んできて、『主人が暴力団に監禁されて殺されそうですから、助けて
下さい』と、いう。先生が『国井、行け』というので、出かけていった。道々、話をきくと、岩間某が、
片柳組という土建屋にたのんで、映画館をこしらえた。中途で金が足りなくなったので、岩間は工事を
中止しようとしたが、片柳組では、映画館が出来上がったら、それを担保にして金を借りてやるからと
いって、完成させた。ところが片柳組は下心があって、工事費の不足は五千円だが、一万円と吹きか
けて、差額の五千円は他に流用したかったのである。
321 :
257:2009/01/31(土) 11:35:37 ID:AS7zWEik0
ところが金貸しの方では、一万円なんかとても返せないといって金を出さない。実は間に入っている
鈴カンこと鈴木勘蔵という博徒の親分を怖がって、誰も金を貸さないのであった。そこで建築は出来上が
ったが、五千円のアナがあいた。片柳組では、これまでの行きがかりを一切無視して、岩間に早くその金
を払えとせめたて、殴る蹴るの暴行をはたらいた上、身柄を鈴カンの家に監禁し、家族の者には金を作って
来ぬうちは、岩間を人質にしておいて帰さぬということだった。
私は、鈴カンの家に直談判に行った。通された八畳の居間に、五十がらみの目付きの鋭い大柄な男が
タバコを吸っていた。鈴カンだ。右手の小机の上にはピストルがおいてあった。私が岩間に対する不法を
詰問すると、『岩間は約束不履行で監禁してあるのだ。返してもらいたければ、金を持ってこい』。鈴カンは
最初から、横柄な態度である。言葉のあらそいをしているうちに、十四〜五人子分たちがぞろぞろと現われ、
私の周囲をずらりと取巻いた。短刀などをチラつかせている者もあって、『野郎、やっちまえ』と、今にも飛び
かかって来そうな気勢である。私は身に寸鉄も帯びていなかった。咄嗟に懐に手を入れて、『ぶッ放すぞッ』と、
鈴カンに狙いをつけた。先手を打ったので、鈴カンもピストルに手を出す隙がない。そのひるむ瞬間、私は机の
上の本モノのピストルをサッと奪ってしまった。喧嘩は頓智である。
322 :
257:2009/01/31(土) 11:37:27 ID:AS7zWEik0
私はそのままピストルを子分の者たちにグルッと向けると『まァ、待ってくれ』というわけだ。
『じゃァ、岩間を返すか』
『明日帰すから、夕方五時に来てくれ』
『よし、じゃア、ピストルはそれまで預かっておく』
私は戸外に出ると、子分たちの見ている前で、ピストルをドブの溝の中に叩きこんだ。
次の日は、ただ事ではすまぬと思ったので、私は自転車のチェーンを懐に忍ばせて
出かけた。千住大橋を渡り、西新井橋の方に向かう土堤を二町ほど行くと、土堤の
両側から、前から十二、三人、後ろから二十人くらい、短刀や棍棒を持った喧嘩仕度
の男が、バラバラと現われて、私を取り巻いた。『来いッ』私はチェーンを振りまわして、
七〜八人を殴り倒したが、そのうち手の脂でチェーンを飛ばしてしまった。素手で、この
大勢を相手にしていては分がわるい。私は土堤の下にかけおりて逃げ出した。
すると、石が雨霰と飛んでくる。やつらは石をバケツに入れて用意しておいたとみえ、まるで
石のスコールだ。私は羽織を頭から被って逃げたが、二陣、三陣と、逃げる方向にも伏兵が
あって、石の数はいよいよ烈しくなる。逃れる道なし、と思って私は死んだふりをして、その場に
転がった。すると、大勢が集まってきて、『この野郎』『いいザマだ』とか、勝手なことをいいながら、
蹴る、殴るの始末である。
323 :
257:2009/01/31(土) 11:39:49 ID:AS7zWEik0
私はグッと体を固くして、我慢していた。そのうちに皆、居なくなったので、そっと起き上り、戻って
行こうとすると、大橋の橋の袂で鈴カンにバッタリ出会った。子分を十人ばかり後ろに連れていた。
『あッ、野郎、まだ生きてたのか』と、驚いた様子である。『卑怯な真似はよせ、一騎打ちで来い!』
『よしッ』 鈴カンは、隠し持った短刀で、いきなり突いてきた。サッとかわすと、力余った鈴カンの短刀、
ぐきっと橋の欄干を突き刺してしまった。その瞬間、私の脚が彼の脇腹をはげしく蹴込んだ。鈴カンは、
ううーと体を折ってそのまま気絶した。『あッ、親分を殺りやがった』と、子分たちが一せいに掛かってくる
のを、たちまち七〜八人に当身を食わせて、残った二〜三人に、『親分は死んだんじゃないから、手当て
してやれ。明日会いに行くから、息を吹き返したらそう云っておけ』といって私は帰ってきた。
三日目、私が出かけて行くと、先方の態度はガラリと変わっていた。鈴カンは私に蹴込まれたのが
相当に利いたらしく、寝床についていたが、私が行くと起き上って、『こういうザマで失礼だが、お前さん
の度胸と腕ッ節には感服した。岩間は返すから、一つオレの方の仲間に来て、青年たちを指導してくれ
ないか』。昨日とは打って変わったヤクザ流のインギンぶりだ。『冗談じゃない、若い者をおれが指導したら、
バクチなどは許さない。君は遊び人をやめて、工場で働かなきゃならぬぞ。従って、子分などというものは
一人も居なくなるだろう』。『それでもよい』。これは少々臭いと思った。が、先方がそういうなら、私も条件を
受けなければならない。『それじゃァ、今日は目出度い固めをしよう』。鈴カンは、子分に酒宴の用意を命じた。
324 :
257:2009/01/31(土) 11:58:17 ID:IuKbnQUT0
別室の大広間に、どんどん酒や料理が運ばれ、何人かの子分が鈴カンの両側にずらりとならぶ。
私は親分と向き合って座った。岩間が解放されて、私の横の席についた。『ちょっと・・・』と止められ、
私が口をつけたのを、鈴カンが飲み、三々九度のような真似をした。すると鈴カンは、子分どもを
見渡して、『さァ、野郎ども、しめろしめろ』。締めろと聞いて、私は、『何ッ』と、傍らの一升瓶をとって
立上がった。鈴カンがびっくりして『客人、気が早くていけねえ。しめろというのは、お前さんを締めろと
いうんじゃない』と、弁解し、シャンシャン、シャンシャンと、一同で手打ちをした。
こうして私は、やっと岩間某を連れ出すことに成功したのだが、西新井橋までくると、
また後ろから襲撃された。青年指導部長になるなどと云ってもアテにならぬ、岩間を
連れ出すための策略にすぎんから、岩間を奪い返せ、と考えが変わったらしいのである。
私は岩間を川の中へ飛び込ませて、十余人に当身を食わして、ひるむ隙に、自分も袴を
はいたまま、川に飛びこんだ。闇の川をしばらく泳いで、川下の岸に近づき、草をつかんで
上がろうとした瞬間、大きな棒ががーんと脳天に来た。脳震盪を起すほどの痛みであったが、
何くそ、とこらえて土堤にはい上がって草むらに身を伏せていた。
一撃の見事な手応えに、ワッと喚声をあげて引きかえした連中、またすぐ様子を見にやって来た。
もはや川縁には人影もなく、黒い流れが音もなく流れている。『野郎、とうとう往生したか』。鼻の先で
鈴カンの声がする。むっくと起き上がった私は、『野郎ッ』と鈴カンとおぼしき影に力一ぱい当身を食わ
せた。これで気がゆるんだのか、私はそのまま意識を失ってしまった。
325 :
257:2009/01/31(土) 11:58:40 ID:IuKbnQUT0
気がついてみると立派な座敷に寝ている。先に逃げ帰った岩間が、かねて鈴カンと張り合っている
森本一家の若い者を連れて、私の救出にかけつけたわけである。『先生、気がつきましたか。先生
の門人が一人のびていたからついでに戸板に乗せてきましたぜ』と若い者がいう。いや、私は一人で
行った筈だが、と開けはなった隣座敷を見ると、鈴カンが寝ているではないか。えッ、鈴カン、というので
森本一家は総立ちになって鈴カンの枕もとを取巻いた。鈴カンと見分けのつかない程のあわれな姿で
のびていたのもみっともないが、袋の中の鼠をいじめつけるのも大人気ない。という私の発言で、付け
人をつけて、ふるえ上がる鈴カンを送りかえしてやった。
このだらしなさに子分にまであいそをつかされた鈴カン、悪業の果もあわれに、間もなく側近を
取りまとめていずこへか逐電してしまった。これを喜んだのは附近の住民である。われわれを
長年苦しめた鬼がいなくなったといって、赤飯を炊いて祝ったということである。
雑誌『キング』1953年 12月号 298〜306頁 寄稿者:国井善弥
326 :
257:2009/01/31(土) 12:03:23 ID:IuKbnQUT0
投下するペースが早すぎて、規制食らってしまった。一応全文終わりますた。
国井先生は米軍の銃剣術の教官をやっつけた話が有名だけど、今回の記事を読むと、
武器術で自転車のチェーン使うわ一升瓶使うわ、ヤバくなったら逃げたり死んだふり
したり、なんだかイメージがちょっと崩れてしまった。ただの喧嘩屋に近いっス。でもカコイイ。
全体的に脚色されていると思うので、どっからどこまでが本当の話か分からんけど、
国井先生の寄稿があったので載せてみました。インタビューの記事も、どこら辺に眠ってるか、
大体目星がついたので、時間をかければおそらくサルベージできると思う。見つけたら、また
このスレで投下してみたいと思う。それまでこのスレがあれば良いが・・・。国井先生に興味ない
人はレス数消費してしまってすいません。でわでわ。
自転車のチェーンが強いってことが良くわかった。
日本の武器じゃないが、九節鞭を練習してて、こんなの使えんのかな、
とか思ってたけど(練習相手は嫌がってたが)、素人集団なら蹴散らせそうだね。
328 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/31(土) 13:10:00 ID:XNk5WGLxO
幕末の道場剣術は既にゲームだから
現代と一緒で、一族郎党の死活に関わる事じゃなくて、面子だからな。
死活に関わる事だから、慎重にもなるし、無用な争いは避けるし、
いざ戦いとなったら、卑怯な手も侍さない訳だし。
>>329 ゲーム、というと人聞きが悪い
今のスポーツのような洗練された試合だ。
武蔵やその前の人たちの時代はその通りただの殺し合いの延長だったから
立ち会って勝ち残った方だけが有名になり負けた方はただの敗者として埋もれるのは当たり前だよね。
死活にかかわることだから有名人になった同士で立ち会いなんかしないし。リスク大きいから。
武蔵と戦った夢想権之助は神道無想流杖術の開祖だというし、高田又兵衛は宝蔵院流槍術高田派の元祖だと伝わってる。
こういう風に生き残ったやつらは後に一角の人物になるわけだけど、殺されたらそれまでで有名になりようもないんだな。
331 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/31(土) 17:46:58 ID:XNk5WGLxO
だから卜伝や武蔵のように用心深い人間が生き残ると。
ところで真里谷円四郎は本当に中村権内に負けたんだろうか。
両者の後の剣名を比較すると圧倒的に円四郎なんだけどね。
相性の問題なのかな…
『一つの太刀』はどんなのなんだろう?
333 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/31(土) 19:29:42 ID:cviXn35n0
>>329 >幕末の道場剣術は既にゲームだから
剣術オタク向けの遊戯競技だったんだよね
>>332 某居合いの流派に伝わってるのは、相手の顔にものをぶつけて斬るっていうフェイント。
335 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/31(土) 19:39:47 ID:zIMTAAfm0
剣術の腕前=強さじゃないから難しいな。
剣術の腕前は球技で言うボールの扱いの上手さで、最低限無きゃ話にならないが、それだけで勝てるってものでもないし。
「最強の剣豪」っていう話題で、岡田以蔵とか土方歳三とかの名前が出ると幕末マニアと剣術マニアで意見が分かれたりする。
どっちも斬った人数はかなり多いが、少なくとも剣術上手じゃなかったはず。(あくまで剣豪レベルで)
>>331 ボクシングの話になるけど、パッキャオのようなスーパーチャンプでも負ける時は負けるから。
やっぱり時の運なんだと思うよ
>>335 「剣達者」っていうよりは「人殺しが上手い」って言ったほうがしっくりくるしな
それこそ戦国期の人間に似てる
武蔵なんてそれこそなんでもアリだしw
337 :
名無しさん@一本勝ち:2009/01/31(土) 21:27:23 ID:XNk5WGLxO
そもそも兵法はなんでもありだからね。
戦国時代にマシンガンがあれば、みんなそれを使うはず。
日本刀にこだわり始めた時点から、すでにスポーツ化してるのかも。
338 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/01(日) 00:42:51 ID:Kjo/ZabpO
こういうのを語るときに、格闘家思考と軍人思考に分かれるなw
格闘家思考の人間は剣の技とか直接戦う強さのみを追求して考えるから剣豪トーナメントみたいなのを想像する。だから話を突き詰めれば最強が分かるんじゃないかと心のどこかで考えている。
一方、軍人思考の人間は相手を追い詰める剣以外の能力も含めて考えたがるから、いろんな逸話などウンチク語り出す割りには最強議論には冷めている。
俺は後者・・。
>>329 >幕末の道場剣術は既にゲームだから
今の剣道の試合と、幕末の道場でやってたものを同じと思ってないかい?
その場その場で、臨機応変に何を持って勝ち負けを判断するか等、臨時ルールは決めたりしてたものの、
スポーツでいうルールとは根本的に違うよ。
幕末時点では、主: 道場外での実戦(真剣とは限らない) 従: 道場での試合
という了解が明確にあった。
なんで、一本にはならないが、足を使ったり、手で相手を投げたり(柔術とも完全分化してなかったし)、
竹刀に銅線を仕込んで、一度打たれると相手が脳震盪起こして気絶するなどの行為も当たり前にやられていた。
現代剣道では、
主: 道場での試合
しかない。
ルールも完全固定なんで、つばぜり合いなどの場合も足をかけられたり、蹴られたり、実戦だったら
当然あるはずの攻撃に対しても完全無防備でいい。
また、武器、防具も完全に規定されてしまっている。
なんで、いわゆる「スポーツ」になってしまった。
>>337 >日本刀にこだわり始めた時点から、すでにスポーツ化してるのかも。
むしろ逆で、現代剣道になってスポーツ化してから日本刀にこだわり出したんだと思うよ。
日本刀はかなり使い方が難しい武器で、名人クラスでも一つ間違えば自分自身を傷つけてしまう。
なんで、疋田文五郎のように戦国時代でも木刀メインの人がいたぐらいで。
幕末でも、竹刀の中に鉛を仕込んで刀の代わりに武器として使う人も多かった。
日本刀は銃と同じで、威圧用にはいいけど、実際に使うと何かと面倒なことになるしね。
341 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/01(日) 01:24:42 ID:Kjo/ZabpO
俺に言わせれば、日本刀にこだわり始めてからスポーツになるんじゃなくて、
都合のいいときにやれるバトルしか頭にない連中が増えてからスポーツになると思うんだぜ
342 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/01(日) 01:27:32 ID:Kjo/ZabpO
バトルしか頭にない思考、バトル強ければ何でも強いという思想、これを少年ジャンプ脳と言うのだそうです。
オラ、ワクワクしてきたぞ!
343 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/01(日) 08:04:11 ID:aV/ptKfEO
>>340 いやいや、純粋な強さを求めるなら刀にこだわるのはおかしいだろって話。
剣術に禅なんかが絡んできた江戸初期から、兵法ではなく文化やスポーツになっちまったんだよ。
鉄砲の強さを理解していながら、どうしてそれを欧米のように進化させようとしなかったのか。
兵法者であるならば、なぜ純粋な強さを追求しないのか。
武士の魂と刀に偏重した時点で、それはもはや兵法ではない。
344 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/01(日) 10:38:29 ID:4/l3bJxJ0
>>343 >剣術に禅なんかが絡んできた江戸初期から、兵法ではなく文化やスポーツになっちまったんだよ。
全く同意。
江戸時代以降の剣術も明治以降の剣道も同じ流れだ。
幕末の剣術を使ったテロやそれへのカウンターテロも
剣道の心得がある不良が木刀を使っての殺傷事件と
変わらない部分が多いだろう。
幕末のテロは別に剣だけに頼っていたわけじゃないですぜ。
そのイメージがすでに歴史を見ていない証拠w
吉田松陰なんか某要人を暗殺しようとして銃火器を藩に依頼しているし(未遂)、
松陰門下の久坂玄瑞や高杉晋作の暴れぶりをみれば剣に拘っていた様子はないし(皆剣の心得があったとしても)、
また近藤勇は狙撃された。
また幕府方の新撰組だって、槍はもちろん芹沢鴨は大砲買っているし(違う目的に使ったようなw)
戦が大きくなれば躊躇なくそのほか多く大砲火器も用意しているし、誰だって
金と状況が許す限り大きく有利な武器で事をやろうとするもの。
ちなみに、当時危険な場に行く人は鎖帷子は着用してました。
でも重いので嫌われていたような向きもあります。シートベルト着用なみに面倒だったようです。
安政の大獄前後に暗殺が剣で斬られた暗殺が多いのは、
素早く、安上がりに、襲えるから。
幕末前夜とも言える時代の赤城山の博徒、国定忠治ですら、
槍鉄砲まで一通り備えていたんだぜ。
なんか、時代劇のイメージに騙されすぎじゃないのかと。
人間必要となるならなんでもやるんだよ。
ぶっちゃけ、幕末の江戸の道場はもう剣だの槍だのという次元を超えて
政治闘争を語るサロンみたいなものだったから。
ただなあ、別に剣がスポーツ化したのって悪いことじゃないと思うんだよ
俺は剣道家じゃなく空手の選手だが…
真剣勝負の時代から長い時間かけて今みたいに誰でもいちいち命がけにならずに練習できるようになったわけだけど、
それはよりリスクが少なく深く広く学べるとして、さらに多くの人間が高い次元で技と力を磨けるようになった歴史でもある
俺たちは剣豪や兵法者よりもさらにレベルの高い技術を、より安全に会得できるようになったわけだ
そこに昇華するまで一体どれだけの達人って呼ばれる人間が死んだかわかったもんじゃない。
もちろんその過程で失われた技もある。それでもなお人が死んだり再起不能になったりすることがあるんだが。
武道の禍々しいタチはいまだに残ってるけど、それでも「ごくたまに死ぬ」というレベルまで来たんだよ。昔は死ぬのが当たり前だったのに。
先人が偉大で強かったのはわかるが、その道をまるで逆行するように「純粋な強さだ」なんて讃えるのはどうかと思うんだよ。
原始的な真剣勝負のほうがレベルが高いなら、そいつらが命がけで残してきた今日の武道の形って一体何なんだ。
348 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/01(日) 14:53:22 ID:aV/ptKfEO
命がけで残したものが、残念ながら形骸化しちまったってこと。
そりゃそうだよな、武道に殺傷能力が求められる時代じゃないんだから。
単純に強弱の比較なら、兵法が兵法たりえた戦国の世に勝る時代はない。
ただし、刀での斬り合いに限定するなら話は別。
真剣の技術が熟成し、なおかつ真剣での斬り合いを想定した技術をリアルタイムで磨いいてた時代…
つまり、江戸初期の剣豪が最強と考える。
>>343 言わんとすることはまあ分かるけど、ちょっと論の進め方が雑すぎる。
もう少し流れを分解して話さないと、味噌もクソも一緒くたに話しているようにしか見えない。
350 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/01(日) 16:02:51 ID:aV/ptKfEO
悪かった。
意味がわかったなら加筆修正しておいてくれ。
352 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/01(日) 16:50:43 ID:QwgwU8cV0
まぁ飛び道具があれば小学生や車椅子の年寄りでも
ヒョードルに勝てるわけで、そこにはロマンが無さ
過ぎるって事だよ。動物的「漢の」な本能としては
ある強い格闘家や武道家が居たとする。どの程度の
体格か、どの位の身体能力か、どういったスキルを
有しているのか興味をそそられる訳ですよ。それが
無いなら健康的に欠陥があるとしか思えんね。
353 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/01(日) 16:54:55 ID:QwgwU8cV0
だいたいオリンピックでも射的の選手なんて
ほとんどスポットを浴びる事はないでしょ?
354 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/01(日) 18:17:58 ID:Kjo/ZabpO
要は武器はケースバイケース。
さあ、剣豪語りを再開しようぜ!
356 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/02(月) 15:51:21 ID:MTyzEPjN0
352あたりから書き込み内容の劣化が激しいな・・・
元々大したスレでもないと思うが。
>>347 空手と剣道は事情が違うよ
確かに危険な技は廃止されルールによってより安全に稽古できるようになったけど
それでも空手やボクシングみたいな格闘技にはKOっていう原則が残ってるじゃないか
相手を倒す事を命題とする武道の本質をちょうどいい成分で残してる
剣道は既定のポイント数取ったらまだ相手が立っていても試合が終わる
だから選手は相手を倒すことよりポイントを取ることだけに終始するようになって実践的な戦い方はどんどん失われていったんだ
つまり武道本来の形からすでに逸脱して、完全にゲーム化してしまっているんだよ
>>358 柔道の押さえ込み一本みたいなもんだろ
例えば木刀で脳天を一撃されて立っている自信は無いぞ
空手で言えば伝統派の試合は近いものがあると思う
360 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/02(月) 17:05:36 ID:yPp4VrfI0
>>358 剣道でそれはシャレにならないだろ 頭部への振動とかじゃなくて頭頂部の打撲で倒れるか
もしくは喉部へのダメージで倒れるまでやればいいのか?
というか倒すことだけ考えたらそれこそ竹刀での打突より鍔ぜりからの投げでもやった方が効率いいし
むしろ剣道に問題があるとしたら技術的な部分での剣術とのかい離だと思う
>>359−360
俺だってそんな殺し合いヤダよ。
だけど得物ありきの剣術の性格上競技へと昇華させるにあたってどうしても本来の「相手を倒す」という所からは離れざるを得なかった
だから今日に伝えられている剣がここでいう「形骸化」しているのはある種当然なワケで
362 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/02(月) 18:07:37 ID:MTyzEPjN0
柳生宗矩。
剣豪として過小評価されてるんじゃないかと思うことがある。
この人が残した言葉を目にすると、その後の剣豪よりよっぽど実戦的なんだよね。
たとえば、剣術に構えや型は無用だと。
なぜなら、四方から迫る敵に対するには構えなどは無意味であり、ただ斬るのみと。
徳川秀忠に迫った豊臣方の7人を、秀忠を守りながら斬り殺しているんだから説得力がある。
江戸柳生最強と名高い十兵衛を育てたのも宗矩だしね。
もしも宗矩が兵庫助より腕が劣るため新陰流正統を継げなかったんだとしたら、
兵庫助の腕前はとんでもないものだったんだろう。
さらに、それを超えるといわれる連也斎の強さは一体どれほどのものなのか・・・
石舟斎が政治は宗矩に、剣術は兵庫助にと振り分けた可能性もあるようだけど。
いずれにしろ、最強論争に江戸初期の柳生一派は欠かせない気がするな。
>>361 洗練されている、と言ってくれよ
競技化、ルールの制定ってのは安全を図る為でもあるけど、
個人的には強い奴が当然勝つものにする為なんじゃないかと思うんだよ
いわゆる実戦ってのは強い方が勝つとは限らないよね?
でもだからってそういう不確定要素に頼るようでは到底技術の向上は望めない
そもそも剣道ってのは敵を斬る技術じゃなくて己の心身を鍛える物って言う考えが強いし
それが気に食わないんならしょうがないけど
>>362 小野忠明の狂気的な強さへの拘りみたいなものと比較するとどうも見栄えがしないからかな
実戦の小野と思想の柳生みたいな対比がしっくりきちゃうしね
俺は好きだけどさ、柳生宗矩
宗矩は官僚として優等生過ぎて、強くても強いんだか何だか良く判らんからな・・
なんとなく、荒々しい性格を匂わせる人間の方が強い人間に見えてしまうのは
人間の卑屈な性なのかも知れないが・・・
366 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/02(月) 20:08:38 ID:fSsR1YSh0
>>1 >柳生烈堂とか拝一刀とか中村主水とか架空の人物もアリで語ろうぜ。
ベルセルクのガッツで良いのでは。
何でもありならイデオンじゃね? イデオンソードは惑星をぶった切るぜ。
368 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/02(月) 20:27:39 ID:MTyzEPjN0
>荒々しい性格を匂わせる人間の方が強い人間に見えてしまう
たしかにその傾向はあるね。
柳生のなかでも兵庫助や十兵衛はそのクチだし。
ただまあ、柳生一族は強くなって当然なんだよな。
当代最高の剣術教育を受けたエリート集団だし。
その点、どこの馬の骨ともわからない出自から名を馳せた剣豪は凄い。
まず頭に浮かぶのは宮本武蔵。
渡辺幸庵の言葉を聞くにつけ、強かったことは間違いない。
しかし、所詮は我流の田舎剣術。
理論的に進化を遂げた同時代の柳生に勝るのか否か・・・。
真里谷円四郎はどうなんだろう。
エピソードの凄まじさでは群を抜いているが・・・
思想が禅問答のようで、実戦での強さがイメージできないんだよねw
ほかには仏生寺弥助。
才能だけはとてつもないものを感じる。
時代が新しいだけに、真剣の扱いはイマイチか・・・。
369 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/02(月) 20:32:45 ID:MTyzEPjN0
追記
武蔵の育ての親は名のある兵法者だったけどね。
血の繋がりはないし、正式に手ほどきを受けた説もないというわけで。
>>363 いや、俺も今の剣道のほうが平面の技術ではよっぽどレベルが高いしより高次元の技を求められるようになったという点で洗練されていると思っているよ。
ただここのスレでいうようにそれに伴って兵法の基本概念から遠ざかったのは事実だし、それをこのスレの中では「形骸化」と表わされていたからね
それにならったまでだが、気に障ったなら謝るよ。
>>369 でも正蓮庵に預けられている時剣の手ほどきを受けたって説があるんだけどな
372 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/02(月) 20:47:40 ID:MTyzEPjN0
>>370 兵法ってのは曲者だよね
卜伝だったか、剣の腕よりも用心深さで後継者を決めた、みたいな逸話があった気がする
生き残れば勝ち、ってのが兵法の本筋なのかな
強さも一つの手段に過ぎないと言うか
>>373 今で言うと武術と格闘技の違いみたいなもんか。
怪我するかもしれないのにわざわざ試合するやつの気が知れない、って発想とか、
戦うよりとりあえず逃げることを考えろ、とか、兵法そのもの。
>>370 >平面の技術ではよっぽどレベルが高いしより高次元の技を求められる
何それ?
実際の戦国時代の兵法家は、川原マンガみたいな価値観とは絶対違うと思うよねw
「フフフ・・ワシはただ、強い男と仕合たいだけよぅ〜〜」 みたいなロマンとは。
生き残りたいだけなら、とりあえず殺し合いをしなけりゃ安全度はぐっと上がるんだが
手柄を立てて出世したい野心があるから、じゃあどうしようかというハナシ
・力や技において、他人より強くなる
・相手を出し抜く術を磨く
・ハッタリをかます
ぶっちゃけるとこういうコトだよね
>・相手を出し抜く術を磨く
・相手を出し抜く道具を作るってのを忘れてる。
379 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/03(火) 08:41:44 ID:xGqJCmLUO
力や技に含まれんだろ
380 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/03(火) 08:47:56 ID:4Duhv6Sm0
無外流を創った人、名前忘れたけど
マキ割り最中だったその人に「無害流を知りたいのでぜひにお相手を」としつこくせがむ剣士に
これが終わった後の言っておきながらマキで不意打ちに頭叩き割ったあの人。
>>379 含まれないよ。
完全なだまし討ち用の武器なんて。
含み針は完全な騙し討ち用武器か
騙まし討ちじゃ無くても、古流には敵が知らない独自の武器を工夫してた所とかありそうだ
そういうのは中国武術が得意かもしれないけど
383 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/03(火) 13:30:24 ID:JQkPSFWD0
伊藤一刀斎って、個人の力量では上泉信綱を凌いでたんじゃないかな?
上泉は無刀取りなど早くから活人の剣を追求してたけど、一刀斎は最後まで実戦本位。
諸国を漫遊するなかで、実際に人を斬った逸話も多く残ってるし。
そして、その質実剛健な思想は弟子にも反映されてるよね。
小野忠明は柳生十兵衛ですら及ばないほど強かったのに、政治力がないために出世を阻まれた。
つまり、時代が求めたのは上泉信綱の思想。
剣の腕はどっちだったかわからないけど、先見の明では上泉だったわけか。
>>383 どうしたらそれで剣の腕が上泉より上になるのか詳しく。
385 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/04(水) 00:45:30 ID:1s3+314L0
新陰流はどうしても思想的、概念的な捉えられ方をするけど、
テクニカルな面でも古流の集大成であるのは間違いない。
小野忠明が出世を阻まれたなんて事実もないよ。
一介の武芸者が旗本になるだけでも出世だよ。秀忠の側近だし。
柳生はもともと小さいながらも大名なんだから、比較にならないよ。
宗矩の場合は、剣術指南役というより官僚として仕えてた訳だし、
いわば、剣術の特技を持ってる検事総長みたいなもんだから。
ただ剣術指南役という役職程度なら、600石程度が相場だったんでしょう。
ちなみに、同じ剣術指南役の尾張柳生家もやっぱりそのくらいだし。
1000石を所望したといわれる武蔵がどれだけ無謀だったのかがわかるな
388 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/04(水) 11:59:27 ID:ZeBngHBF0
まあ、武蔵は世間知らずだからなぁw
一流の兵法者を知らず、自分が天下無双と思い込んじゃってるんだから。
で、本当に強いヤツに出会うと逃げるわ卑怯な手にでるわ・・・。
次第に身の程を理解してきたようだけどね。
諸説ある巌流島での戦いにはこんな説がある。
武蔵は当日に遅刻したのではなく、じつは前日に舟島へ渡っていた。
物陰に隠れ、約束の時間をとうに過ぎたころ待ちわびた小次郎を背後から打ったというもの。
この説が本当なら、いろんな疑問のつじつまが合う。
どうして勝った武蔵が逃げるように舟島をあとにしたのか。
どうして負けた巌流の名が島に残ったのか。
どうしてこの一戦を最後に真剣勝負をやめたのか。
どうして五輪書にこのことが一切触れられてないのか。
要は、この一戦を武蔵も恥じてるわけだな。
真っ向勝負では勝てないと踏んだから、こともあろうに背後からの不意打ち。
勝つために手段を選ばない武蔵でも、さすがに自己嫌悪に陥ったんだろう。
ある意味、天下無双を諦めた瞬間なのかもしれない。
武蔵の前に細川家に仕官した松山主水から逃げたという話も有名だよね。
試合を申し込むため道場に足を運んだが、外からじっと稽古を眺めて黙って去ったと。
逃げることも兵法という書き込みがあったけど、強弱を語るなら確実に「弱」なわけで。
釈然としない部分はあるよね。
389 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/04(水) 12:19:59 ID:J70U1JCpO
まあ、強かっただろうけど、斬りすぎたのと欲張りすぎたので嫌う人が
多いんだろな。あと戦では怪我しただけで手柄立ててないし。養子の伊
織の方が活躍したんだっけ。出世もしてるし。
>嫌う人が多いんだろな。
一番嫌われる理由はそういう人物を吉川英治がああいうストイックな求道者に
仕立て上げた作品が有名になりすぎているからでしょ。
しかもそれを真に受けて、剣豪と言えば武蔵と思い込む人のなんと多いことか。
上泉伊勢守が埋もれていて武蔵なんかがこんなに有名なのはやっぱりおかしいよ。
>>389 それはしょうがない。ゲームじゃないんだから五十半ば、死ぬ数年前の爺になんか大した期待はできんよ
>>390 まあ上泉上泉いうけどそれも実際にどうだったかなんて分かんないけどな
剣豪なんてそれこそ武蔵は百余名の弓矢甲冑で武装した吉岡一門と一人で戦って敗走させたみたいな逸話があるくらいで、それこそ眉唾
同じように上の巌流島絡みだって結局眉唾。わかるのは巌流島で小次郎が死んだことだけだし、辻褄が合うなんて言ったって所詮曲解の域を出ない。
幸庵のような論評を参考にするしかないがそれだって眉唾。
実際に見てきたわけじゃない以上「剣術家」っていうジャンルで優劣を考えるのはやっぱり難しい
392 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/04(水) 13:08:28 ID:J70U1JCpO
伊勢守埋もれてないすよw 俺自身も好きな剣豪(剣聖?)だし、
むしろ一番人気じゃないですか。
剣の腕前はもちろんの事。兵法の智略も素晴らしい。それに、見ず
知らずの子供を助けるために、名のある武士が髷を落として頭を丸
めるとか、なかなか出来るもんじゃないですよ。
袋竹刀の考案ってのも、伊勢守は弟子や、挑戦者にも余計な怪我を
させたくなかったんじゃないかな、と。まあ、それは剣術のスポー
ツ化だ堕落だって非難(揶揄?)する人もいますけどねw
>>392 むしろスポーツ化させたのは昇華だと俺は思うけどな
そこらへんが武蔵はじめただ強いエピソードが残ってるだけの連中とは一線を画す
そういう所を評価してやればいいのになぜか強い弱いにこだわるよな、ここの住人
394 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/04(水) 13:24:48 ID:JwxjBnyUO
あずみが最強
395 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/04(水) 13:32:12 ID:J70U1JCpO
>>391 > それはしょうがない。ゲームじゃないんだから五十半ば、死ぬ数年前の爺になんか大した期待はできんよ
そこはそれ、自分で突撃しないで、手勢を率いて見事な指揮を見せて
欲しかったな、と。さすれば「おお、流石は天下一の兵法者、天晴れ
な采配じゃ!」となり、武蔵自身の兵法(軍事)理論の有効性の証明に
なっただろうに。
>>393 ですなあ(´・ω・`)
396 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/04(水) 13:33:49 ID:xYO4wWdlO
ガッツ最強
397 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/04(水) 16:39:38 ID:ZeBngHBF0
>実際に見てきたわけじゃない以上「剣術家」っていうジャンルで優劣を考えるのはやっぱり難しい
夢のないこと言いますなぁw
>伊勢守埋もれてないすよw 俺自身も好きな剣豪(剣聖?)だし、
>むしろ一番人気じゃないですか。
剣術や歴史に興味のない人は存在すら知らないですよ。新陰流といえば
柳生しか思い浮かばないし。
399 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/04(水) 19:09:26 ID:WfdCMIFy0
>>398 バガボンドで出てきたし結構知ってる人も増えるんじゃない?
若い人は知らないかもしれないけど、
意外と年配の人は上泉伊勢守とかト伝は有名だったりする。
かくいう講談の話程度しか知らないウチの親父ですら伊勢守が偉大な剣豪で
ある事くらいは知ってるくらいだから。
401 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/04(水) 19:26:48 ID:ZeBngHBF0
>>398 新陰流を知ってれば上泉くらい知ってると思うけど・・・
>>399 きっかけはそこだろうねw
俺は[剣豪 最強]でググったのがきっかけ。
スゲー人がいたもんだと思ったよ。
そこからいろんな剣豪に興味を持ったんだよね。
402 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/04(水) 22:32:18 ID:zwR/qVsV0
やっぱ、武蔵って大山倍達っぽいなw
ていうか、大山自体が武蔵に愛着があったのも、似ているからなんだろうと思う。
403 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/04(水) 22:38:35 ID:4ijseoNy0
韓国人カラテ屋の話を強引に混ぜ込むなよ。
行動が似てるって言ってるんだよ。
ちっとも強引じゃないだろ。
405 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/04(水) 23:39:50 ID:lbwyuTW1O
武蔵が強さを評価されたのは時代背景も大きいと思う。
戦国時代の兵法者が泰平の世に紛れ込んだようなものだからね。
実際の強さ以上に、その思想や風体が畏怖されたんじゃないだろうか。
武蔵は生まれたのが遅すぎたという声があるけど、むしろ逆なんじゃないかと。
戦国の世に生まれてたら、名前すら残らなかったかもしれない。
>>383 活人剣は思想とは何の関係も無くて、純粋に技術。
上泉信綱は、純粋に技術路線だよ。
>>392 蟇肌撓は、普通に稽古用だよ。
素手でやるから、あれでも繰り返し打たれると、手は大変なことになるし。
407 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/05(木) 02:16:00 ID:KbjZEzh5O
悒貫書読んだ?
上泉は心法の人だろう
心が正しくなければ剣術なんかやったって意味がないって言うようなこと書いた人だよ
408 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/05(木) 09:10:17 ID:8EQEcnkkO
活人剣のもともとの意味は、相手を動かして打つ、後の先だという意見も聞いたが俺には分からない。
409 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/05(木) 09:48:33 ID:XzBbohn8O
新陰流の特徴はカウンター攻撃だからね。
その概念が新しかったから、当時の上泉は無敵を誇ることができたんだと思う。
初太刀にすべてを賭ける原始的な時代だもん。
410 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/05(木) 11:47:58 ID:tNOs8L5FO
リアクション型だから、陰(流)なんだね
411 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/05(木) 12:35:16 ID:baFzjt/X0
405には一理あるな。
409はちょっと無理があるな。
412 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/05(木) 13:50:26 ID:np+ThqDwO
レオニダスが最強
>>411 おまえが武蔵嫌いってことしかわからないよ
414 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/05(木) 18:45:22 ID:baFzjt/X0
405の話は、記録に残らない剣豪もいたであろうということ。
可能性のことだね。
409は
>初太刀にすべてを賭ける原始的な時代だもん。
これはありえない。
戦国時代の流派は高度な理論と技術に基づいている。
409が考えてるよりはるかに伊勢守や一刀斎のレベルは高い。
415 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/05(木) 19:17:43 ID:Q5fhwimTO
愛洲移香斎の陰流の傳書に蜘蛛の絵があるけれども蜘蛛の巣みたいな技術なんだよ。
陰流から原形があったんだよ。
416 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/05(木) 19:36:13 ID:wzS7YM/h0
要は、そういう緻密な技術が平準化してなかったってことだろ。
だからこそ、そういう一部の先駆者が際立ったわけで。
一般的な兵法者は力任せの剣術だったはずだよ。
417 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/05(木) 21:06:38 ID:f6Z9g2C4O
鷹の目のミホーク
ただ後の先は真剣で実践するのは厳しいよな。
逆に袋竹刀と後の先は相性がよかったんじゃないか?
上泉や柳生但馬守などの名人はともかく、その後の柳生の合わせ技は竹刀とともにあった気がするな。
と言ったら、柳生好きに叱られるかもしれないが、俺の想像だから勘弁な。
武蔵は五輪の書で、先の先、対の先、後の先と説明しているが、先の先を最も重視していた(はず)。
419 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/05(木) 21:52:17 ID:YYjGDFEcO
きみにとっての先の先や後の先は、どんなものと想像しているか興味ある。
420 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/05(木) 21:55:11 ID:8EQEcnkkO
なんか気持ち悪いやつが・・。
421 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/05(木) 21:59:25 ID:m8WhpsvMO
豊田商事事件の二人は迫力があったな
422 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/05(木) 22:06:12 ID:baFzjt/X0
>>416 先駆者とか、一般的な兵法者とかいうのは、それぞれ認識が違うだろうから
特にあれこれは言わないけどね。
戦国時代の剣術が原始的とか力任せというのは違うよ。
423 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/05(木) 22:20:54 ID:XzBbohn8O
近藤勇も学んだ天然理心流はシンプルであるがゆえ実戦的といわれたそうだ。
と考えると、戦国時代の剣術はごく単純なものが主流だったと考えられないかな?
少なくとも俺が読んだいろいろな書籍では、そういう説が多かったんだよね。
刀を比べても、戦国時代は重く丈夫なものが一般的だったと聞く。
個人的にその説を信じてるけど。
>>423 幕末がシンプルだったんじゃないか?
素振りしただけで強かったって言われてるのがいっぱいいるだろ? 今で言えば型だけやってるようなもの。
ちょっと剣術の真似事したもと農民のガキとかが相手じゃなかったら、瞬殺されてると思うぜ。
天然理心流としては道場破りが来たとき、よく他の道場から応援に来て貰ったらしいじゃない。
427 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/05(木) 22:52:06 ID:XzBbohn8O
天然理心流は道場剣道では他の流派に遅れをとってたみたいだね。
ただ、有事に備えた農民から生まれた流派だけに極めて実戦的だったみたい。
榊原鍵吉との対比は有名だよね。
天然理心流は農民から生まれたわけじゃなかったはず・・・?
429 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/06(金) 00:25:03 ID:UVLunot7O
もとい、農民からの発祥ではないね。
430 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/06(金) 02:43:58 ID:VJmf0PSs0
>>423 >刀を比べても、戦国時代は重く丈夫なものが一般的だったと聞く。
甲冑を着ている相手と渡り合うのには
「殴ってナンボ」だから、幕末の「突き」が有効な
闘いの場面とは違うんだよ。
431 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/06(金) 08:48:52 ID:UVLunot7O
だからこそ殴り合うような剣術だったんだよ。
むしろ違うという論拠に興味があるなぁ。
いや、嫌みじゃなく。
432 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/06(金) 10:47:37 ID:unzFZgjr0
剣聖将軍足利義輝こそ日本最強の剣豪なのは間違いない
宮元武蔵やら佐々木小次郎など足元にも及ばない
なんで新撰組なんてでてくるのか分からない
一刀斎や上泉とくらべたら雑魚だろ
434 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/06(金) 11:37:55 ID:BsoKYu7u0
幕末だったら仏生寺弥助が最強なんじゃないだろうか。
道場剣道での腕前のみならず、真剣での戦いも研究していたようだし。
とくに彼独自の「蹴り技」は、いかに実戦的な思想であったかを物語ってる。
もちろん、武芸十八般を極めた上泉信綱には及ばないと思うが。
武芸の多彩さでは黒河内伝五郎という人物もいるけどね。
オビワンケノービ
>>430 甲冑前提の介者剣術というやつか。
素肌剣術と前提が違うから、比較はできないなと。
古い流派だと介者剣術の名残りが残っていたりする。ふり回して打つような技とか。
戦国期の武者はほとんど剣術なんて知らないものばかりだったらしいから、
技が多彩・洗練されているのは間違いなく江戸期・幕末だろうと思う。
多彩で洗練されているから良いのかと言われると、必ずしもそうでもないから勝負の世界は難しい。
437 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/06(金) 23:12:03 ID:UVLunot7O
そもそも戦国時代に剣術を奉る風潮はなかったからね。
主要な武器は槍や弓や石つぶてだったんだから。
上泉だって本来は槍術の達人だったというし。
剣術に限った最強論では不利な感は否めないんじゃないかなと。
そう言ってしまうのは忍びないんだけどね。
剣術界への貢献度なら他に並ぶ者はいないと思うから。
438 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/06(金) 23:56:13 ID:tr9P6p4w0
最高位:上泉伊勢守
↑確定で、それ以下決めようや。
439 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/07(土) 00:14:36 ID:d8YN/HUD0
ハァ?
武蔵信者が気に入らないそうですw
441 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/07(土) 00:52:11 ID:K2+dHNxE0
鞍馬天狗
442 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/07(土) 01:09:34 ID:/2Io0Vrd0
剣術なんてやってるのは弱い奴だけだろ。
これは戦国の頃から言われてる話だな。
幕末に新撰組が活躍できたのも、素人集団だったからだ。
剣術なんてやってる奴は素人よりも弱いってのが現実。
釣れますか?
444 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/07(土) 02:06:49 ID:kfswrMpGO
剣術…つまり真剣での決闘に限るなら、柳生連也斎を推したい。
上泉信綱が興した新陰流の完成者であり最高峰。
エリート集団の柳生一族にあって、その剣才は群を抜いたという。
剣での立ち合いなら、信綱は手も足も出ないだろう。
それほど時代の流れ、技術の進歩は残酷だと思う。
残念ながら、以降は武術の必要性とともに剣術も衰退の一途を辿る。
代わって道場剣道が勃興するわけだが、もはやその目的は心身の鍛練。
幕末の剣士たちにしても、真剣の扱いは付け焼き刃に過ぎなかった。
時代背景、技術の成熟度を鑑みれば、江戸初期〜中期の剣士が最有力かと。
そういう意味では、真理谷円四郎も気になる存在。
しかし、勝利への執念も勝敗を分ける大きなファクター。
失うもののない円四郎と、尾張柳生を背負う連也斎の違いは大きい。
445 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/07(土) 02:18:28 ID:ydix2Cdk0
どうも一長一短の道理を理解できてないで
熱く語ってる人が多いなここは。
446 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/07(土) 05:52:20 ID:5gk9rzi3O
塚腹僕電もいるぞ
ID:kfswrMpGOの書き方って、前にも別なの推してた奴とソックリ。
一刀斎 上泉 白井
この辺が最強
449 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/08(日) 09:39:48 ID:KXEiTV6dO
白井…
450 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/08(日) 13:13:07 ID:Qs7EPRnDO
永倉新八
新撰組はまだご遺族でご本人と面識のある方々がご健在だから迂闊な事言えない
>>451 子供の頃、新撰組に遊んでもらってた人が、斬りあいではびびりまくり、って証言してたんだから、実際はそうなんだろ。
>>452 気になるな。なんという本で読めるのかな?
びびってるやつがいたのと、組織全体が腰抜けだったってのは
意味が違うよな。
455 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/09(月) 17:50:25 ID:l9QvjwnC0
びびる、びびらないと強さは関係ないと思う。
真剣の斬り合いに限らず竹刀、木刀の殴り合いをした事のある人間なら絶対に恐怖はあるはず。
特に幕末なんかは他の時代に比べ達人に奇襲を掛けられる事が多い時代だと思う。
456 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/09(月) 18:32:54 ID:TtLDMkoT0
時代の違いも大いにあるでしょ。
幕末の剣客たちは長らく続いた平和な時代の子孫だから。
殺し合いが日常だった戦国時代の兵法者と比べちゃうとね。
それでも一部の武闘派は肝が据わってたと思うけど。
斉藤一あたりは実戦でもかなり強かったみたいだしね。
強いっても小野忠明レベルには瞬殺されるだろうよ。
新撰組はこのスレではおよびでないよ。
戦国時代の兵法者がびびって無いかなんて、見たこと無いから解らないけどな
自分の師匠とかをヘタレでしたとか書き残すやつもいないだろうし
結局妄想でしかないので決着つけようが無い話だ
459 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/09(月) 19:13:09 ID:TtLDMkoT0
>>458 もちろん、想像の域は出ないわけだけどね。
環境や教育が人格に及ぼす影響を考えると、戦国時代に比べたら精神力は劣るだろうという。
ただ、個の強弱で考えると一概に戦国時代が有利とは断定できないかな。
道場がメインステージとはいえ、剣技は確実に熟成されたはずだし。
>>455 まあそもそもおっかないからやられる前にやっちまおう、的な感覚なもんで
スレタイに則って考えると二刀流って現代剣道で強すぎて一度禁止になったわけだから、そういう要素もあって武蔵や二刀流のある古流はかなり強い部類に入る、と思うんだが
まあそれでいくと究極的にはガトリング最強、ってことになっちゃうけど
やっぱ得物は揃えないとダメじゃね?そこらへんこのスレ曖昧な気がする
戦国時代だって切り合いは怖いに決まってんだろwと思う。
でも戦場を行き来していた人にとってはただの剣術試合なんて、
戦場という現実無視のお遊戯だったかも。
ただそれは修羅場で切り合いしていた幕末の志士も一緒と思う。
ちなみに兵法使いと兵法知らずの武士という対決も時々あったようで、
戦場なれした武士は剣術なんて習ったこともないのに兵法自体を馬鹿にしていた節はある。
幕末は時代が近いだけにいろいろな資料が残っているからレベルが低く見えてしまう傾向があるんじゃないかと。
時代が古いほど心理描写に近い資料や伝聞は消えるから、有名な逸話だけが残る。
462 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/09(月) 21:09:09 ID:eCGdR5tU0
>>457 >小野忠明レベルには瞬殺されるだろうよ。
今の全日本剣道選手権に出たら、小野忠明はすぐ負けるよ。
463 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/09(月) 22:04:09 ID:ZZOtngFI0
だから実戦で最強だったのは足利義輝だって言ってるだろ
新撰組レベルでは全員で切りかかってもあっさり返り討ちだろうな
464 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/09(月) 22:17:30 ID:NtqDftHJ0
足利義輝ってのは、農民兵に切り殺された剣豪だろ。
上泉泰綱
466 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/09(月) 22:28:21 ID:H10HpXFHO
剣豪ってどんな性質だったの?
聖人?
凶暴?
467 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/09(月) 22:29:03 ID:rLv8Ai/IO
>>460 真剣での決闘ってことでいいんじゃない?
最強の「剣豪」なんだから。
>>460 二刀流が反則になったのは強いからじゃなく、引き分けに持ち込み易いからだってさ
明らかに実力で劣る相手でも防御し続けるだけで何とか引き分けに持ち込める
けど姑息だってんで一時期禁止されたそうな
現行の剣道ルールで勝とうとするなら、二刀流は正直きついものが有る
だから前回の全日本選手権の山名選手が騒がれた訳
469 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/09(月) 22:44:32 ID:rLv8Ai/IO
>>468 学生剣道での逸話だよね。
しかし詳しいなぁw
470 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/09(月) 22:52:12 ID:jKPYoQv/O
最強なのは三剣聖
>>469 調べただけw
俺も剣道やってはいたけど、二刀流やろうなんて考えもしなかったな
二刀流にしても上段にしても、使いこなそうと思ったら相当の才能と努力がいると思った
そういった構えも普通に使いこなしたであろう昔の剣豪はやっぱり尊敬すべきだよね
吉川栄治の小説ならともかく、現実の公式記録じゃ
宮本武蔵ですら実戦で使えるシロモンじゃなかったそうだが二刀流
なんせ日本刀は西洋剣よりずっと軽いといっても、やっぱ重いから
473 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/10(火) 00:51:07 ID:CUUGZ87AO
そう考えると佐々木小次郎は凄い。
燕返しが真実なら異常な筋力だよ。
なんせ刀身三尺の長刀を重力に逆らって斬り上げるんだから。
しかも相手の反撃より速く。
武蔵との決闘にはいろんな憶測が飛び交ってるけど…
俺は武蔵の不意打ちを支持するかな。
その後の経緯を考えてもね。
>>473 俺は不意打ちや弟子タコ殴り説は支持できんな。
細川家の立会いのもと行われたわけだし、船島で佐々木って兵法者が死んだのは確かなんでしょ?
普通に考えて得意の卑怯戦法は不可能だよ。この時に限っては。
それと燕返しにしろ虎切にしろ、振り切ってもう一回反復させるような大ぶりじゃなく、フェイントのような動きだったんじゃないかと思う。
一つ目は甘く打ち込んで後の先を誘い、踏み込んできた相手を二つ目で打つ、というような感じなのでは
475 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/10(火) 02:10:18 ID:hlHPdOKJO
宮本武蔵も島原の乱で指揮をとってる時、敵の百姓の大きな石をぶつけられ負傷してるよ
>>475 それが厳流島とどう関係があるんだろうか?
ついでに言うと戦場での負傷なんて完全に運だし、流れ礫ならなおさら。
ゲームじゃなくて生身の人間なので、投石もらえば普通にケガする。
まして死ぬ数年前の老いぼれに一体何を求めてるんだw
477 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/10(火) 10:36:30 ID:S+EYqN4N0
>>476 君子危うきに近寄らず
死ぬ数年前の老いぼれが戦場に出向くなんて愚の骨頂だなw
>>477 で、だからどうだって言う話な
戦場での負傷云々はここでいう「強さ」には殆ど関係ないよ
三国志の孫堅だって名のない兵卒に射殺されたし孫策や張飛も刺客に暗殺されてるワケで
むしろ流れ礫をもらうくらいの最前線まで出て活躍してたってことにはなると思うけど
479 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/10(火) 11:56:10 ID:2CiUF+sG0
映画「プライベート・ライアン」での
ノルマンディーはオマハ・ビーチ上陸のシーン。
あの米軍上陸用舟艇に、ビリー・ザ・キッドが乗っていても、
ゴルゴ13が乗っていても、死ぬか生きるかは、
飛んでくる銃弾が決めるだけだ、と思ったよ。
480 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/10(火) 11:58:54 ID:S+EYqN4N0
武蔵は強かったと思うよ。
でもオツムがちょっと・・・w
柳生でさえ500石の尾張徳川家に1000石以上で士官を望んだり、
そこまでの評価を求めながら浮浪者のような身なりだったり。
コダワリを持つことは構わないけど、それを受け入れてもらおうなんてワガママもいいところ。
要は兵法者に求められる資質を理解できてなかったんだな。
時代は「個の強さ」じゃなく「指南の腕」を求めてたわけだから。
武蔵のもうひとつの側面として評価されてる書や画についても、剣客の人生としてはどうなのかと。
一生を費やして剣の道を追求した上泉さんなんかと比べちゃうとねw
まあ、そういう人生に武蔵本人が満足してりゃあなんの問題もないんだけどさ。
>>471 指導者がいないというのも大きな問題かもね
>>480 五輪書書いたことから考えても頭は良いし、教養もある。が、常識は無いな。
親と仲が悪く、自己顕示欲も強くて、勝ちにこだわるって言う気質は当時的には社会不適応者だし
まあ芸術方面のセンスがなぜ卑下の対象になるのかわからないけど。
単純にそういう方面の感性が豊かだったという逸話にしかならないし、武蔵的には「一芸は万事に通じる」ということらしいよ
482 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/10(火) 12:59:44 ID:2CiUF+sG0
ブルース・リーも、武当派らしき武人が
飄々たる様子で山の上に立つという水墨画など何点か残しているね。
母校ワシントン大学の美術室に飾られている写真を見たことがある。
だいたい上泉とかも武士なんだから
絵はどーか知らんが、書くらいは当然嗜んでたと思うんだが
剣の他に書道なんかやってた奴より、剣術一筋のほうが強いに決まってる!
とゆー理論なら、ちょっと的外れじゃね?
484 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/10(火) 15:05:48 ID:S+EYqN4N0
武蔵は50歳を境に剣への情熱を失っちまったから。
悟りを開いた以上、もう追求する意味はないってね。
・・・本当にそれが本心か?
強さのみを追求してきたことを後悔してるんじゃないの?
そのせいで時代に取り残されたことを恥じてるんじゃないの?
書や画も常識人に近づくための手段なんじゃないの?
穿った見方が次々と思い浮かんでくる。
新陰流、一刀流、新当流、示顕流・・・どの流派も生涯これ精進。
悟りに達して情熱を失うなんてことは考えられない。
二天一流はその程度なの?って。
強いことは強い剣の達人ではあったかもしれないけど、
最後まで人生を達観することはできなかったように思う。
それに五輪書。
あれから頭の良さや教養の深さをどうやったら推し量れるのか。
内容の稚拙さを指摘する専門家は五万といる。
とくに火の巻についてはいかがなものかと。
合戦で一介の兵しか経験したことのない武蔵が、どうして集団戦を語れるのか。
風の巻についても、あまりにも大人げない。
実際に手合わせした流派がどれほどあるのかと。
強さに疑問はないけど、思想や人間性には大いに疑問がある人物だな。
>>484 >>五輪書
そんな難しい話じゃない
当時の兵法者に自分の創始した兵法書を書くことができた人物と言うのは少ない。
僧侶とかの代筆が主なもので、字を読めない人もいたからね
だからそれを自筆で書いた武蔵はそれ相応の教養と頭があったということになる。
まあ原本が現存していない以上真相は藪の中だが、剣豪の記述なんて皆一様にそんなもんでしょう
その穿った見方も小説仕立てにしてふくらましたら面白いのができそうだけど、それは評価じゃないよ。
大体絵を描くのが上手い、彫刻を彫るのが上手い、それのどこが悪いんだ。
そこに込められていた本心なんて武蔵本人にしかわからんし、後世でわかるのはそういう作品を遺した、という事実だけ。
新陰流、一刀流、新当流、示顕流その他あらゆる諸流で生涯是鍛錬なんてどこでも言われてることで、まとまりがいいからそれで〆てるだけ。
実際にその開祖たちが何を見たか、何を感じていたかは、当人たちでないとわからないよ。そしてそいつらだってドラゴンボールのように空を飛べたりビルをこわしたりできたわけじゃなく、俺らとおなじ生身の人間だよ。
486 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/10(火) 16:20:57 ID:S+EYqN4N0
ずいぶんと当時の兵法者に失礼な物言いだなぁw
文盲は農民層には多かったかもしれないけど、武家の出の者なら相応の教養はあるぞ。
曲がりなりにも士官を目指した身、読み書きくらいはできて当たり前だってw
それと
>真相は藪の中
>武蔵本人にしかわからん
>当人たちでないとわからない
こういうことを言い出すから、この手の話題はつまらなくなる。
そんなのわかってるってw
だからこそ、いろんな資料をもとに想像を膨らませるのが楽しいんじゃん。
>その穿った見方も小説仕立てにしてふくらましたら面白いのができそう
その通り。
穿った見方こそが創造の泉だよ。
それこそ「どこが悪いんだ」と言いたい。
>まとまりがいいからそれで〆てるだけ
こういう穿った見方は鼻につくけどw
>>486 めんどくさい奴だな
武蔵の教養は五輪書以外にもお前が否定する書画の達者さでも見てとれるだろう。
その「相応の教養」のある人間を「教養がある」と評価して何が悪いんだ
その穿った見方で当時の兵法者である武蔵を貶めてるのは誰よ?
鼻につく書き方をしてるのは?根拠薄弱なのに自分の妄想で史実の姿を酷評してるのはだれかね?
そういうのは創作活動の場でやるべきであってこんなところでさも史実の如く語るもんじゃないだろ。
日々是鍛錬なんて当たり前の話だろ。うがった見方でも何でもない。同じような事を武蔵だって言ってるよ
どこでも見る道場訓のようなものだからどこでも見るといったまでだ。大体そんな表面の言葉面だけなぞってわかるほど簡単なもんじゃねーよ。
それこそ先人への冒涜だろう。そういう短絡的な見解はその創造の泉とやらの枯渇ではないのか。
書画が巧みだったからそっち方面に疎い奴より剣客として劣るって理論もどういう構造なのか結局説明してくれないね?何が悪いのか早く教えてくれないか?
批評自体は悪いことじゃないがそれをやるなら質問に答えられるくらいの論理に基付いて発言しようよ。
それが出来ないならやってることはただ嫌いな人物の悪口に過ぎない。それこそ武蔵よりよっぽど思想や人間性に問題があるよw
なんとつかれるすれ^p^
489 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/10(火) 17:13:42 ID:S+EYqN4N0
>>487 >めんどくさい奴だな
そっくりそのまま返しますがなw
普通の教養がある人間をあらためて「教養がある」とはいわないでしょ?
>そういうのは創作活動の場でやるべきであってこんなところでさも史実の如く語るもんじゃないだろ。
2ちゃんは史実しか書き込んじゃいけない場なのかな?
思い込みや想像、主観を自由に書き込めるから楽しいんじゃないのかな?
>書画が巧みだったからそっち方面に疎い奴より剣客として劣るって理論もどういう構造なのか結局説明してくれないね?
それはあなたの誤読。
50才にして剣への情熱を失い、芸術方面へ傾倒したことを非難してるんだよ。
読み返してごらん?
剣技そのものじゃなく生き方について述べてるでしょ?
>ただ嫌いな人物の悪口に過ぎない。それこそ武蔵よりよっぽど思想や人間性に問題があるよw
それを五輪書で展開してるのが武蔵なんだけどねw
それと、俺はあなたを非難するようなことは何一つ言ってない。
あまり俺を責めないでw
>>489 だから芸術に手を出すようになった事のどこが悪いんですか?って聞いてるの
それに武蔵は「五十にして兵法の神髄を得たり」とはいったとされてるけど五十越えても試合はやってる
宝蔵院高田派の高田又兵衛との手合わせだってその頃だ。その後も数度試合の経験がある。
ひょっとして史実を知らない上での御高説ですか?
俺の誤読じゃなくてお前が詭弁でのらりくらり話をそらそうとしてるだけだろ
いいから早く芸術に才を見せたことの何が悪いか答えてよ
491 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/10(火) 18:24:29 ID:S+EYqN4N0
>>490 >だから芸術に手を出すようになった事のどこが悪いんですか?って聞いてるの
だから芸術に手を出すようになった事を悪いとは言ってないでしょ?って言ってるの
剣術を差し置いて芸術に生き甲斐を見いだしたことを問題視してるんだよ。
剣客の人生として、それでいいんですか?って。
50を過ぎても試合をしたことだって知ってるし、巌流島の件でムキになった話も知ってるよw
でも、そこに剣の求道者としての姿は見えない。
悟りに達して情熱が冷めたことはあなたも知ってるでしょ?
あと、見ず知らずの他人に「お前」なんて言うのはやめなさいよ。
熱くなるのはわかるけど、武蔵も平常心の大切さを説いてるじゃないのw
>>491 剣の情熱が消えたかなんぞどうかは武蔵本人にしかわからんよ
それに剣術を差し置いて芸術に傾倒していたのかもわからん。
わかるのは芸術の分野にも手を出したという「事実」だけで、その方寸鑑定は当人にしかわからない
「引退宣言」ではあったのかもしれないが、死ぬまで剣に携わっていたのも事実だから
特に人生観がどうかなんて、他人が既成概念かのように語れるもんじゃないし
お前が「俺はこう思ってる」っていうのに終始してて、それを語るのは問題ないけど、
「あなたも知ってるでしょ?」って言われても「それはお前独自の見解だよ」としか言えないし、それをもって武蔵の評価としようとしてるんだから俺のように別の考えを持つ人間に反発されて当たり前。
主観を自由に書いていいなんて高らかに謳ってるくらいなんだから意見の衝突くらい覚悟しておくべきだし、自分の発言にはそれだけの責任を持つべきだ。
それと2chでなんで「お前」って使っちゃいけないのか?
俺がお前の事を口汚くののしりながら煽ってるなら話は別だが、そういうこともないだろ。
この程度で「熱くなってる」なんて言ってたらそれこそ話が出来ない。お前の「あなた」がお前になっただけだもの
それとも貴方は私に常にこういった喋り方をせよと仰られるのでしょうか?
気持ち悪いわw
>>491 なお付け加えるなら、刀をついた格好で亡くなり、甲冑で葬ってくれと遺言を遺したとされる武蔵が剣に冷めていたとは思えない
武道の大悟なんて大層なもんは俺にはとても推し量れるもんじゃないが
そんな大それたもんについて偉そうには語れないね。
494 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/10(火) 19:04:09 ID:P0IcPWsj0
正直一流をなしたほどの天才が俺ら常人の物差しで測れるとは俺も思えん
495 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/10(火) 19:23:50 ID:S+EYqN4N0
>>492 結局、あなたの言ってることはすべて自分に跳ね返ってくると思うよ?
あなたがなにを言おうと、それは「あなたの見解」でしかないわけで。
それに、異論反論は大歓迎だよ。
それがなかったらコミュニケーションにならないからね。
各々が「自分の見解」を垂れ流してるだけじゃ不毛この上ないし。
ただ、あなたのように感情をむき出しにされると戸惑っちゃうかなw
「お前」という呼び方は、口汚くののしりながら煽ってることにならないかな?
一般常識に則って考えれば小学生でもわかるでしょw
あと、発言に責任を持つ必要があるのかどうか・・・w
すべては「自分の見解」でしかないわけだしね。
>>495 「お前」って呼び方一つでそんなに騒いでたら少なくともリアルじゃ生きていけないなw
一般常識に則って考えれば2chでお前呼ばわりされただけで騒がないと思うけどね
それがダメならタメ口からして改めなきゃいけないし
考えは「俺個人の見解」だが、刀をついた格好で亡くなり、甲冑で葬ってくれと遺言を遺したとされているのは資料に残ってる。
で、その「剣に冷めた」って事を裏付ける資料ははたしてあるのか?ってことさね。
まあいい加減平行線だけど
497 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/10(火) 19:32:26 ID:S+EYqN4N0
>この程度で「熱くなってる」なんて言ってたらそれこそ話が出来ない。
それじゃ大人同士のコミュニケーションは図れないわなw
>刀をついた格好で亡くなり、甲冑で葬ってくれと遺言を遺したとされる武蔵が剣に冷めていたとは思えない
あくまで「俺の見解」では、剣に対する未練だな。
柳生クラスをライバル視してた武蔵が、細川家の客分程度で終わってしまった。
兵法者が強いだけじゃいけないのか・・・
自分の生き方を呪い、悔やみ、悲しみのなかで天に召されたんじゃないかと。
もしかしたら、五輪書はそんな時代に対するアンチテーゼかもしれない。
兵法が実戦力を失いつつある世の中への。
498 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/10(火) 19:33:47 ID:S+EYqN4N0
>「お前」って呼び方一つでそんなに騒いでたら少なくともリアルじゃ生きていけないなw
リアルで他人を「お前」なんて呼んだら生きていけませんよw
>>497 >>あくまで「俺の見解」では、剣に対する未練だな。
それは面白いな。
ただそれがあらわすのはすなわち剣への執着だろ?それはつまり決して剣に冷めていたわけではないことにならないかな?
剣に冷めていたのなら未練も残らんだろ
>>498 そりゃしかるべき場所なら俺もしかるべき喋り方をするが。
タメ口が公認の2chでいちいち気にするようなことじゃあるまい
500 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/10(火) 19:47:24 ID:S+EYqN4N0
>>499 いや、もう執着はないんだよ。
剣の腕だけで生きられる時代じゃないことは重々知ってるんだから。
ただ、そうは言っても一度は剣での立身出世を夢見た身。
最後くらいは「剣客」として死ぬことに拘っても不思議じゃない。
>タメ口が公認の2chでいちいち気にするようなことじゃあるまい
それでも最低限のマナーはある・・・と俺は信じてる。
他人に「お前」と言われて気分のいい人間はいないと思うから。
「めんどくさい奴」「思想や人間性に問題がある」「詭弁」
これらは議論じゃなく口論の種になると思うぞ?w
>>500 >>剣の腕だけで生きられる時代じゃないことは重々知ってるんだから。
それでなお剣を捨てずに立ち会いを続けて最後まで剣客であることにこだわったんだから、
それは最も「執着」の顕著な形だと思うけどね。自分の剣の限界を察していたことと剣を本質的な意味で捨てた、情熱を失ったってのはイコールじゃないだろう
武蔵は最後まで捨てきれなかったんだから。
>>「めんどくさい奴」
質問の答えも返さずに
>>こういう穿った見方は鼻につくけどw
って言われたらこっちもそう思いたくもなるさな。
それに芸術に関しては問いただすまで返答がなかった。のらりくらりの詭弁と取られても仕方がないんじゃないかね?
俺は
>>481ですでに言及してるのに質問の答えを得られず、つっけんどんに鼻につく、なんて言われたんだから。これは明らかに俺に対して向けられた言葉だろう
そういう人間は思想や人間性に問題がある、と思った。そういう態度はそう言われたって仕方ない態度だと思うよ。
502 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/10(火) 20:14:34 ID:CUUGZ87AO
まあ、武蔵の最後に関しても「個人の見解」ってことだw
それと・・・言葉遣いに関しては自分の非を認めるべき。
もともとはあなたがまいた種だw
>>502 >>武蔵の最後に関しても「個人の見解」ってことだw
まあ、つまるところそうなるだろうねえ
結局「情熱を失った」事の根拠がいま一つ薄かった気がするが
言葉使いでお前にそんな事言われたくないよw
普通に質問してんのに「鼻につく」なんて言われたのはこっちなんだから
そう思われたくないならちゃんと受け答えするべきだね
ま、いい加減泥試合だけど
504 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/10(火) 20:48:31 ID:CUUGZ87AO
わかってるなら自重しましょw
ぶっちゃけヘンに敬語使われるのも
小馬鹿にされてると感じる人はいる気がするが
語尾に「w」を使うと、なおさらね
そんなつもりは無いんだろうけどね
506 :
フルコン:2009/02/10(火) 21:23:03 ID:nMiIEI540
東郷重位も金工したし、柳生兵庫介も築庭や刀装をしたよな…
剣以外の嗜好があって当然、それなりの地位や年齢になればなお。
丸目の晩年は荒蕪地の開墾か…
てかさ、 ID:CUUGZ87AOの推す新陰流の流れを組む柳生のドンがバリバリの政治家剣豪じゃんw
根っこが剣客とはいえ後年は相談役としてのウェイトのが大きいだろ
508 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/11(水) 06:23:15 ID:iFA9m4n+O
前原筑前は実在の人物だったんだろうか。
逸話が真実なら間違いなく最強だと思うんだけど。
509 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/11(水) 07:24:25 ID:hQOv1x68O
旅行のガイドブックみただけで詳しくは知らないが兵庫県の明石城って宮本武蔵がたてたらしい。(本当に武蔵が建てたか知ってる人いたら教えてW)
もし本当なら築城術も知ってた事になるぜ。まさか宮本武蔵が金をだして自分の城を建てたとも考えられない。きっと城の設計になんらかの関係で加わったんだろうね。
これは剣術だけでなくもっと広い枠の兵法だぜ。つまり昔の兵法は何も剣だけではないんじゃない?
香取神道流に築城術があるというのは結構有名だが、実態はどういうものなんだろう?
竹中半兵衛や片倉小十郎も同流を学んだらしいが、その築城術は役に立ったのかね?
511 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/11(水) 12:44:01 ID:hQOv1x68O
そりゃ、豊臣秀吉の軍師の竹中半兵衛ってあるぐらいだからね
ぶっちゃけ、ハク付けのための名前貸しなんてのは
高名な剣豪にとって、悪く言えば小遣い稼ぎのネタだったわけで
実際にどの程度関わってたかは疑問だぜ
513 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/11(水) 14:03:31 ID:hQOv1x68O
( ̄ω ̄)・・・昔の話だからね・・・真実はわからん・・・
514 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/11(水) 17:46:43 ID:iFA9m4n+O
ただ強いだけだったら岡田以蔵はかなり強そう。
勝海舟に襲いかかった浪人を一刀両断するほどの剛剣。
真剣の扱いにはかなり長けてたんじゃないかなと。
「竜馬がいく」なんかでは竜馬より剣術者としても格下な扱いを受けてたりするんだよな。
つか来年の大河では竜馬の剣術の腕はどの程度に設定するんだろ。
516 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/11(水) 19:20:43 ID:iFA9m4n+O
竜馬の剣技は大したことなかったみたいだよ。
どこかで読んだ本によるとね。
幕末なら中村半次郎も注目すべき存在だな。
抜刀術を実戦で活用するほどの腕前だったみたいだし。
517 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/11(水) 20:09:10 ID:LstTmi3wO
龍馬は脇差しでの居合いで頭骸を割られてほぼ即死だからな。
不意打ちとは言え剣豪と呼ぶにはふさわしくない最期だな・・。
>>509 小笠原忠政の明石城建設の時に、城下の町割り役として参加したらしいよ。
その時に城下の造営と並行して曲輪のメイクにも携わった……らしい。俺も詳しくは分かんないけど
>>517 松山主水も不意打ちで殺されてるからなあ
たしかに締まらないけど、まあ仕方がないのかなあという気もする
519 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/11(水) 21:56:10 ID:iFA9m4n+O
幕末の強そうなヤツって集団で襲われることが多いね。
芹沢鴨、服部武雄、仏生寺弥助…
強いからこそ確実に殺すために集団で襲うんだろうけど。
>>519 考えてみたら幕末の斬り合いって強い弱いとかじゃなくてまんまテロ行為だからねえ
というか、別に「強い奴と仕合いたいのよ・・フフ」が目的で襲うわけじゃないから。
敵を抹殺するのが目的なら、戦国でも幕末でも可能な限り集団で襲うものじゃないのかと。
522 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/11(水) 22:32:06 ID:iFA9m4n+O
でも考えてみたら、平服の人間をいちばん斬ったのは幕末の剣士たちじゃない?
甲冑が前提じゃないかぎり、戦国の剣豪を相手にしても健闘しそうな気が…。
>>522 政治家を集団で闇討ちするだけのやつらと比べたら、1vs1の斬りあいで生き残った連中のほうが強いと思う。
524 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/11(水) 23:00:03 ID:iFA9m4n+O
でも岡田以蔵や中村半次郎、河上彦斎なんかは単独で人を斬った実績もあるわけで。
集団で…っていうのは主に新選組でしょ?
まあ、だからって彼らが1対1で弱かったとは決めつけられないけど。
525 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/11(水) 23:11:19 ID:hQOv1x68O
>>518 明石城と武蔵の関係の情報をありがとうさんです。そこまでは知らんかったよ。
526 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/11(水) 23:17:52 ID:LstTmi3wO
河上彦斎が佐久間象山を切ったときは三名だったはず。
相手が騎馬だったり護衛がいたりするから、いろいろ手はずがいるんだよ。
実戦で決闘バカが出る幕はない。
527 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/11(水) 23:24:38 ID:LstTmi3wO
実戦になればなるほど1対1の斬り合いなんてまずない。鎌倉時代でも滅多にない。
戦国の戦場ならなおさら。
>>521 でも戦国時代の回国修行って「俺はこんなに強いヨ!」ってアピって仕官のクチを探すのが目的だから、
とりあえず自分ひとりじゃないとそういう効果は薄まるような気がする
529 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/11(水) 23:47:12 ID:LstTmi3wO
そりゃそうだが、戦場や政治的闘争の場にそういうのを求めても筋違いというものであってだな・・。
アルカイダを倒すために1対1で決闘するんだ!くらいに漫画的だ
>>529 いや、別に戦争やテロるのには個々の腕より集団戦のセンスのほうが重要ということに異論はないよ
531 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/12(木) 00:03:06 ID:L9cHKCBNO
人数の多少だけでなく、戦いには必ず場がある。
状況に応じた戦いができるのが兵法家であり、剣豪だ
1対1のバトル決闘しか頭にないのは兵法遊びの範囲
年寄りの冷や水で前線に出たけれど、農民の石つぶて一発で戦闘不能になってしまうような人は
状況に応じた戦い方のできない兵法遊び人と考えていいでしょうか?
533 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/12(木) 00:24:01 ID:pRYzBo2SO
>>531 でもここは1対1を前提に語り合うスレだよ?
あんたには戦争板とかのがふさわしいのでは?
>>524 実際問題平面の強い弱いはあんまり関係ないのかも
長倉新八は特に剣術が好きで、維新のごたごたが落ち着いておじいちゃんになってもよく剣の出稽古に行ってて、学生や警察に全く引けを取らなかったとか。
長倉新八のお孫さんに当たる杉村道男氏のそういうインタビューがどっかの本に書いてあった
>>532 気張ってもグダグダになって論破されるんだからやめときなはれ
>>534 論破ってどういうことですか?
その永倉新八は一回大学生に見本を見せようとしてギックリ腰か何かで
ひっくり返っちゃったんですよね?。
>>535 明らかに煽りだから。
煽りが成功することってあんまりないし
>>その永倉新八は一回大学生に見本を見せようとしてギックリ腰か何かで
その話は知らなかったw
まあおじいちゃんだしねえ。
>>533 というか、色々とせちがらい実戦の中で真価を発揮してこその剣豪じゃね?
>>537 でも集団戦がどうだとか言うと収拾が付かなくなるんじゃ……?
極端な話、でかい軍隊持ってる奴が最強って話になるしさ
それは脳内で格ゲーをイメージしているからそうなるんじゃ・・。
俺は、いろいろな能力を比較して総合的に最強コマンダー、もとい剣豪を語りたい。
結局個人の捉え方の差だから、どう考えてもいいと思うが
1対1の勝負だけじゃ古の剣客の凄さは語りつくせない!と俺は信じている!
ちなみに、
>>531は自分(携帯)です。
戦国時代には戦国時代の社会通念とかその時代の在り様があるからね・・・
現代人が現代人の感覚で解釈しちゃってる事って多いと思うよ。
戦国時代、誰と誰の決闘があったとか、試合したと言っても、
俺たち現代人が、イメージするようなものとは実相が違う場合がある事に
留意しなくちゃいけない。
541 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/12(木) 07:41:01 ID:C71lvp5S0
なんで日本人ばっかしなんだ?
他の国々には剣豪いなかったんか?
>>541 聞く前に自分で調べたらどうかな?あなた以外の人は気にしてないんだから。
543 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/12(木) 10:48:56 ID:0ClFeuBg0
>>539 そういうことを言いだすと織田信長や武田信玄が出てきちゃうぜw
あくまでも「タイマンで誰がいちばん強いか」を妄想し合うスレだろ。
問題は武器をどこまで限定するかだ。
まず剣豪というからには銃器・火器は無しだよな。
じゃあ、刀以外の槍や弓や長刀、さらには馬術、体術までをも含むのか。
そうなると武芸十八般を叩き込まれた戦国の兵法者が有利だろう。
ただし、刀のみに限定するなら後の剣士も捨てがたい。
もちろん、時代が違えば戦い方も違うだろうから単純な比較はできないよな。
だからこそ妄想が膨らむわけでw
544 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/12(木) 13:00:01 ID:L9cHKCBNO
例えば、中村半次郎が往来で敵とすれ違いざまに抜刀術で切り、何もなかったようにまた歩き去った、なんて逸話は決闘タイマンでも何でもないけど凄い技と思う。
そもそもタイマン勝負だと居合いはほとんど意味なさなくなるし、用心深さを第一とする逸話が切り捨てられてしまう。
ただのドラゴンボールの戦闘力wの世界になるからいやなんだよな
545 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/12(木) 13:06:57 ID:28uUgJlxO
ぢゃあもう伊東一刀斎がサイキョでよくね?
謀略使われても1人で複数人斬り殺して生き残ってるし。
546 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/12(木) 13:14:59 ID:0ClFeuBg0
>>544 抜刀術を知らないねぇw
抜刀術はなにも暗殺を目的とした剣術じゃない。
狭い場所や近い間合いで、短刀の相手に長刀で対抗することがそもそもの目的だから。
だいたい、昔は抜刀術しかできないなんて剣客はいなかった。
互いに向き合った勝負なら、もともと身に付けていた剣術で立ち合うはずだよ。
ただ、相手の不意をつく利点もあることから暗殺に向いてたわけで。
それを実践できた中村半次郎はたしかに凄い。
>>544 そういう話はアリだと思う。
ただ集団戦の話をすると、たとえば真田幸村は大坂の陣で戦死したけどじゃあそれにわらわら群がったり遠巻きに弓鉄砲撃って討ちとった兵卒が最強だ、って話になっちゃう
逆の場合、集団を少数で向こうにまわして生き延びたとかなら評価に加味してもいいと思うけど
剣豪同士のタイマンの話に仮定するなら、体術や手裏剣術みたいな技は応用できるから評価に入れていいだろう
それ以外はやっぱりケースバイケースじゃないかな。
芹沢鴨や岩間小熊は集団で襲われて死んだけど、それを殺した相手が殺された相手より強いかったらやっぱり違うでしょ
548 :
フルコン:2009/02/12(木) 20:34:08 ID:wyIG+gVQ0
上泉伊勢守は軍配術でも宗家だし、小豪族だから陣地構築なども
できただろうね… 武蔵の場合は大の兵法小の兵法とも記
してはいるが実績としては???
禄高ならば富田越後守も柳生に負けてはいない。
549 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/12(木) 23:01:14 ID:pRYzBo2SO
個としての純粋な強さは、必ずしも歴史上の評価とイコールではないからね。
たとえば岡田以蔵。
人斬りの道具として利用され、やがて酒に溺れ、最期は拷問の挙げ句に晒し首。
決して褒められた人生ではないけれど、その強さは疑う余地がない。
時代を遡れば、小野善鬼もそうだろう。
剣の腕なら後の小野忠明より上だったという。
むしろ、本当に強かった人間ほど歴史に名を残さないんじゃないだろうか…
強い→横暴→嫌われる→歴史から抹殺される…という図式は考えられなくもない。
消されるのはそいつに何かしら問題があったからだろ。
>>549 それは「強さ」をスポイルする「弱さ」と考えることもできる
やっぱりいろんな要素が絡み合って「強さ」なんだよ
552 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/13(金) 00:09:58 ID:Ywtk9fMWO
でも、ここで語るべき「強さ」とは純粋な剣技だろ?
人格や生き様、処世術なんかは関係ないのでは?
むしろ、歴史から抹殺されるほどのアクの強さがなきゃ殺し合いには勝てない。
ディスカバリーチャンネルとかで、『最高の戦闘機ベスト20』みたいな番組があるの知ってますか?
機動性とか信頼性とか航続距離とか、なんかいろいろな項目でポイントを加算していって
総合的に最高の戦闘機はこれだ!という番組。
俺は剣豪語るときも、そんな風にいろいろな要素で総合的に見ようとしているんだが、
どうやら圧倒的少数派だな。
ほとんどの人は脳内トーナメントを開催しているのだろうが、それは一部の能力しか使っていないように思える。
>>553 それがやりたいなら規範をまず説明してくれよ
「トーナメント比較みたいな稚拙な話はしたくない」って言うけど内包する要素が多くなるほど組み立ては複雑化するんだよ
まずはお前の頭の中に散らばってるアイディアや構想をすっきりした形に洗練してから出力してくれないと
お前が頭の中でどんなイメージをしてるかは俺らにゃわからんのだから
『最高の戦闘機ベスト20』なんて見てねーし、それをモチーフにしたいならそれをいかにこのスレで応用するか
まずはプレゼンしてくれ。話はそれからだ
話はそれからだっ!ビシッ!
なんていっている場合じゃない。
もう寝るんだよ。明日も仕事だしな。
結局、上泉に戻ってくるんだろうけどな。
>>555 そうか
大学生は気楽でいいぜ。受験シーズンは休みになるし
558 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/13(金) 06:49:13 ID:Ywtk9fMWO
>>553 あんたが言うようなことは当然の如くしてるんだよ。
流派、時代背景、実戦経験、弟子の優劣、後生への影響力etc…
それら色々な要素をを総合的に分析しながら最強を思い巡らしてるの。
それを戦闘機に当てはめなきゃ考えられないのはあんただけ。
剣豪に関して付け焼き刃の知識なら首を突っ込まないほうがいい。
先住の猛者どもに斬り刻まれるぞw
559 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/13(金) 06:53:09 ID:NbfncfHW0
>>553 あんたみたいなのをゲーム脳という。
ロープレやシュミレーションゲームのキャラじゃあるまいし、厳密にあらゆる能力を数値化して結論出すなんてできるわけないだろw
あんたほどの馬鹿はたしかに圧倒的少数派だな
ゲーム脳というかスペック厨ですね。そういうやつは実際の戦果よりも
カタログスペックの数値ばかりうるさくて軍板でも笑いものになってます。
561 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/13(金) 09:09:05 ID:rD16BGJQO
格ゲー脳vsカタログ脳
これは良い戦いになりそうだ。
562 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/13(金) 09:19:42 ID:rD16BGJQO
お前ら、最強なんてファンタジーなのによくそんなに熱くなれるな。
まさか本当に最強剣豪が決められると思ってるのか?
各人が好きなように語ればいいじゃないかw
563 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/13(金) 09:24:38 ID:Ywtk9fMWO
そうしてるじゃんw
564 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/13(金) 09:24:46 ID:x2mz00s2O
散々笑いものにしてるが、実際に剣術なり何なりの経験者がどれほどいるのかって感じだ
566 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/13(金) 13:07:07 ID:4sRuLBjy0
映画監督の経験がないと映画評論家にはなれないのかな?
ランク付けしないと議論としてはキリがないのは確かなんだよね。
数値とかじゃなくてアルファベットの奴で
568 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/13(金) 13:20:59 ID:4sRuLBjy0
>>567 過去に類似のスレでさんざんされてたよ。
妄想をランク分けしたところで所詮は妄想。
強いと思う剣豪=好きな剣豪を自由に書き込めばいいと思うよ。
で、俺は岡田以蔵。
>>565 空手と柔道の初段
が、剣術はたしかにやったことないなw
空手の型の方でサイとか刀とかの型やってる人はいるけど
俺はそっちのほうの選手ではないので
570 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/13(金) 16:27:23 ID:WmfgcJWvO
・・・とさりげなく自慢もしくは忍者ハッタリ君が申しております。
>>570 いや、柔道の初段ってのは結構簡単に取れるんだぞw空手の初段は若干スタミナとメンタルがいるが
大体初段持ってるだけじゃ自慢にもならんがな
帯で強さが決まるわけじゃ無し
572 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/13(金) 22:29:47 ID:Ywtk9fMWO
技術的には現代の剣道家なんだけどなぁ。
いまの技術をもとに真剣のトレーニングを積んでも、昔の剣豪には勝てないんだろうか。
斬ることはできなくても、斬られない防御はできるような…。
>>572 並みの剣道選手じゃ無理にしてもトップレベルの選手なら勝算はあると思う
剣豪ったって同じ人間だし。技術もそうだけど肉体的にもトレーニング方法の確立されてる現代選手のが有利かと
ただ問題はなんでもアリってのがなあ……
574 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/13(金) 22:55:07 ID:Ywtk9fMWO
あくまで日本刀に限った勝負なら面白いんじゃないかと。
まあ、竹刀とは重さも違うからなぁ…。
現代の剣道家がどれだけトレーニングを積むかにもよるけどね。
>>574 いっそ木刀のが勝率が上がるかも
真剣よりは軽いし
アレも入れば即K0だろ
>>286 日本の剣豪に限るに決まっているだろうが。
現代の超一流どころって、警察官がかなり多いよね
なので装備を機動隊スタイルの警棒とシールドにしてみるとか
最新のシールドは相当軽い上に、日本刀じゃとても斬れなさそうだぞ
578 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/14(土) 02:31:00 ID:MN4LI96N0
>>576 青竜刀、バイキング剣、フェンシング剣
そのほか武器が刀剣なら何でもありで、
古今東西の剣豪は全部OKでいいのでは。
579 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/14(土) 06:09:57 ID:83jLI0yCO
>>577 現代らしく科学の力を取り入れると。
まあ、互いに平服じゃないと不平等かもね。
古流の、なんか凄そうな技やらも
約束稽古以外でうまくやれるのかは甚だ疑問ではあるが
「剣道ベースのバーリトゥード」なら
現代日本じゃやっぱり機動隊員が一番「実戦的」なんじゃないかね
582 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/14(土) 18:19:21 ID:7uyIBv3Z0
尾張柳生の前の宗家は、愛知県警機動隊の猛者達に稽古つけてたって話聞いたけど。どうなんだろ。
584 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/14(土) 21:32:40 ID:83jLI0yCO
全盛期の宮崎正裕さんを見ると、真剣でもイケそうな気がしちゃうけどな。
こんな勝手な妄想なんて本人には迷惑だろうけどw
>>301 上泉伊勢守に勝る天才は直弟子の疋田豊五だけだ。
尾張柳生?噴飯ものだなw
釣れますかね?
これまたキモいのがきたなwww
>>580 剣道家がその回剣?に対抗するのは難しいね。
やはり竹刀剣道は所詮スポーツどまりだよ。武術ではない。
589 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/15(日) 16:05:36 ID:59vAM7PE0
>>580 この師範がその年齢的全盛期に
剣道選手権に出てもボロ負けするだけだよ
剣道が前提の話じゃないでしょ。
つうか剣豪て剣道の強豪のことかい?
591 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/15(日) 17:18:39 ID:59vAM7PE0
#576 の発言とか見ると、日本国内の剣道限定が前提なのでは。
592 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/15(日) 18:54:53 ID:LnTzpxYKO
あくまで日本刀での斬り合いだろ。
おのずと国内限定になるよな。
その前提で、時代を問わず誰が最強か…
なんでいまさらこんなこと言わなきゃいかんのだw
593 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/15(日) 19:00:26 ID:59vAM7PE0
海外の剣豪が参戦したら、日本剣士は瞬殺されちゃうのかなぁ…。
海外の剣術は別スレを立てたら?
595 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/15(日) 20:14:45 ID:59vAM7PE0
同じ日本国民で日本先住民でありながら
和人とは異民族な、アイヌや沖縄の剣豪も
刀剣の形やその武術が違うから駄目なのかな。
596 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/15(日) 20:30:35 ID:1moB7xgeO
いちいちつまらぬ挑発していないで語りたいなら語れよ。
物欲しげな顔でこっちを見るな。
しかし見苦しい話は止めろよ。
597 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/15(日) 20:45:11 ID:xNCSDJW+0
>>592 剣道やってる人って、
竹刀競技と真剣の立合いの区別があんまりわからないらしいよ。
真剣を持ったことがなくても、剣道の試合で強ければ、
日本刀の斬り合いでも強いと思ってるみたい。
598 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/15(日) 20:46:23 ID:mAM80u4O0
>>597 流石にそこまで勘違いしてるのはそこらの馬鹿だけだよ
599 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/15(日) 21:01:20 ID:3PtklzdCO
>>593 海外の剣豪って誰?教えて
ラセーヌの星かいw w w w w w
600 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/15(日) 21:04:38 ID:nG6m5F/EO
宮本武蔵はどうなのさ?卑怯だなんだ言われてるけど何だかんだで一番強いんじゃないの?
601 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/15(日) 21:22:40 ID:3PtklzdCO
武蔵は飽きちゃったw
武蔵が一番強いとかって餌にしては美味しいのかもな。
>>599 シラノとかかな?
中国じゃ武術の達人って言う人はいても刀剣に拘った人の話は聞かないな
604 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/15(日) 21:47:51 ID:59vAM7PE0
三国志や水滸伝の世界には沢山いそうだけどね。
605 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/15(日) 22:01:15 ID:LnTzpxYKO
日本の武術は世界的にもレベルが高いと思う。
総合格闘技界におけるブラジリアン柔術やサンボを見ればわかるように。
体術と剣術は単純に結びつけられないかもしれないけどね。
日本刀の機能が海外から高い評価を得ているという話も聞いたことがあるよ。
606 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/15(日) 22:04:16 ID:jTISnVYA0
>>597 >真剣を持ったことがなくても、剣道の試合で強ければ、
>日本刀の斬り合いでも強いと思ってるみたい。
まあ、剣道や剣術やったことない相手なら、真剣持っても有利だろうな。
>>582 そういう肩書に実力がついてくるわけじゃない
自衛隊や軍隊の全員が武術や格闘技の達人なわけじゃないし
剣道で弱いと機動隊には入れんけどな
このスレじゃまるで、
「剣道家はしょせんスポーツマンだからルールから外れた実戦じゃ何も出来ないよ」
みてぇな論調が目立つけど、警察道場のやたら荒っぽい稽古を実際に見るとそうは思えんのだがなぁ
組み打ち、蹴たぐりと結構何でもアリだぜ
あの人らはそれこそ「実戦」じゃ、
ルールも何もなく暴れ回る奴を取り押さえるために武道習ってるわけで
古流は経験あるし、いくつかの流派の稽古も見てきたけど、正直、警察の剣道なんかに
比べたら稽古はヌルイよ。
>>608の言うのは正しい。
そりゃそうだ。
そもそも稽古量がまるでないからなぁ
当然裏打ちされた重みが全くない。
でもまあ仕方ないっていや仕方ない。
それに古流なんてのはいまどき年寄りばっかりくるわけで、
往時の厳しい稽古なんかしたら道場潰れちまうわw
611 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/15(日) 22:43:45 ID:jTISnVYA0
>>608 >「剣道家はしょせんスポーツマンだからルールから外れた実戦じゃ何も出来ないよ」
「ボクサーはしょせんスポーツマンだからグローブの無い実戦じゃ何も出来ないよ」
でも通じるな。多分こういう事言うヤツって一部の限られたオタな気がする。
そもそも防具稽古は江戸時代にもやってたんだから剣道と同時にやっても別にいいと思うんだよな
逆に剣道家が古流や居合やってもいいだろうし
そもそもより効率よく技術増進に努められるようにスポーツに「進化」したわけで
なんでその原点より劣ってるって考えなのかわからんね。上で言ってる練習量とかがそれをものがたってるだろうに
結局意識次第なんだと思う。
競技を稽古の一つとして捉えて、さらにプラスアルファも研究しているのか、
或いは競技自体を目的として完結しているのか。
競技には競技としての利点があるから、それをうまく使いこなせばいいのかと。
ただ、競技は大会開いて大々的になるに従って、どんどん一人歩きしてゆくから。
自分の意識が大会の順位だけに埋没すると、途端に応用力がなくなると思う。
>>608 倒さない&傷つけない練習ばかりやってるやつらが、果たして強いのかねぇ。
機動隊の生のぶつかり合いを見たら、そんなこととてもじゃないが言えませんな。
それに真剣だと、技術より何より胆力がモノを言うと思うんだよな。
もし、自分が真剣が不慣れな剣道の猛者と真剣でやりあうハメになったら、
とにかく相手より先に抜き打ちでもなんでも顔面に切りつける。
浅くても当たらなくても、白刃が眼前に迫れば必ず怯えができる。
怯えて引いたところにまためったやたらと打ち込む。
逆に言えば、相手に先に同じことをやられたら自分は多分死ぬw
そのくらい、真剣は胆力と先手必勝、之に尽きる世界だと思う。
後の先とか、受け流しとか、いろいろな技はその次のステップかと。
>>614 まあ確かに試合に勝てりゃそれでいいからなあ
ただもし剣道の試合で袈裟切り?(で、いいの?剣道的に)が有効打として認められている既定の大会に出場するならそれ相応の練習をするだろ?
ならここでいう実戦にのぞむ場合でもそれに適応した練習をするだけじゃないか
>>615 命知らずな練習はいずれ練習量の減少につながる
センスだけでこなせる天才はそれでも生き残るかもしれないがそんなのは一部だからそのうち廃れていく
そしてそういう天才はスポーツ性の高い競技にだって出てくるわけで、同じ程度のセンスなら練習量の多い方が有利なんじゃないか
つまり千葉周作先生も最強争いに加われる偉大なる剣豪と言う事だな
あの人がいなかったら刀の握り方一つとっても秘伝扱いだったかもしれない
>>618 安全に気をつけるのはもちろん必要。
でも、警察の場合は、意図的に急所をはずしたところばかり狙って練習する。
(犯罪者でも怪我させると左翼団体が煩いのが原因)
何発当てても致命傷にならない攻撃しかしないってのは、武術とは逆の発想。
621 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/15(日) 23:58:11 ID:jTISnVYA0
>>620 >(犯罪者でも怪我させると左翼団体が煩いのが原因)
>何発当てても致命傷にならない攻撃しかしないってのは、武術とは逆の発想。
武術家は相手が犯罪者なら怪我はもちろん殺してもOKなの?
>>618 じゃあ、全ての技を競技に認めれば実戦になるのか?というと、それも違うと思うんだよな。
むしろ袈裟切り連打しか練習してしない自顕流もどきのほうが実戦では勝ってしまうかもしれない。
全ての技が使えると、抜き胴も引き面も袈裟切りも真剣ほどの差がなくなる。真剣で胴は怖いと言われる(ホントかどうかはもちろん分からん)。
競技にした時点で必ず実戦とは差ができる。
それを自分で分かっていれば、競技はいい稽古だと思う。
古い介者剣術だと、相手の股下にスライディングして鎧のない股間を下から突き上げる、
なんて技もあったりする。ほとんど昆虫の捕食と同じような一発芸w
一発芸といったら失礼だが、限られた範囲での技のしのぎ合いを超越したびっくり技も、世の中には存在する。
少なくとも、
「相手はこっちを殺しに来るかもしれない」という想定においては
警察のそれは現代日本において最も実戦的なレベルだと思うが
624 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/16(月) 00:17:58 ID:syar5gl8O
武道ってのはどうしても懐古主義になりがちだよな。
昔の人間は偉大だ。
昔の人間にはかなわないっていう。
たしかにそういう面はあると思うけどね。
肉体の強さも現代人とは比較にならないらしい。
飛脚なんて実際に1日で100以上走ることもあったみたいだしね。
でも宮崎正裕さんのような例もある。
松永政美さんをして「宮崎の前に宮崎なく、宮崎の後に宮崎なし」と言わしめるほど。
個人的にはリップサービスとは考えにくい。
>>337 マシンガンにはかなわないが、
日本刀は拳銃に勝つ。
>>339 途中の戦前が抜けているな。
明治末期から昭和初期の剣道は実戦的で
現代剣道jにくらぶれば雲の上のごとき水準の高さ。
>>340 誤り。
中期、後期和冦が跋扈したのは、ひとえに日本刀の性能と即戦力性にある。
少し(二週間ほど)教練を積むだけで日本刀の切り込みは抜群の威力を発揮した。
>>626 おお、相当なご高齢とお見受けいたしますw
>>343 >鉄砲の強さを理解していながら、どうしてそれを欧米のように進化させようとしなかったのか。
進化させようとしていたよ。事実、質量ともに当時最先端だった。
治世者徳川家康、徳川家光、徳川家綱がそれをさせなかっただけ。
そしてそれは正解だった。
御陰で日本は世界最先端の文明を築き上げることができた。
一方、欧州では統一すらできず戦乱が続くばかりで、
アラビアから頂いた文化文明は停滞し、
武器ばかりが発達することとなった。
この武器を以て世界を力で支配することが「先進文明」だと履き違えるようになった。
先進文明とは、本来日本の文明のことを言うのであって、
創作文芸の支那文明などは先進文明とは呼べず、
ただの泥棒の欧州文明は遅れた醜い文明である。
>>344 >江戸時代以降の剣術も明治以降の剣道も同じ流れだ。
明治末から昭和初期に欠けての大日本武徳会剣道のレベルの尋常ならざる高さを知らぬとは。若いな。
>>347 江戸以前の剣術は戦前の剣道家より強かったが、
一人の天才を生むのに千人の死人を必要としたが、
戦前の剣道は誰もが強く、そして頂点の範士教士錬士剣道家たちの数とレベルを掛け算すると
戦国期、江戸時代を上回る。
まるで見てきたよーな物言いといい
手放しのマンセーっぷりといい
一時期のグレイシー信仰ばりにうさんくせぇなw
>>352 >まぁ飛び道具があれば小学生や車椅子の年寄りでも
ヒョードルに勝てるわけで、
ヒョードルはどうか知らぬが、間合いと条件による。
拳銃になら日本刀が勝つ。
>>358 ダメージがないが故に戦前の大日本武徳会の剣道は強かったぞ。
超人的なまでにな。
631 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/16(月) 06:05:40 ID:KY1bGqd90
>>630 >間合いと条件による。
>
>拳銃になら日本刀が勝つ。
例えば、とても狭い空間で密着した状態からなら、
クリ小刀や剪定バサミでも日本刀に勝てるだろ。
632 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/16(月) 08:10:41 ID:gATNFDlO0
>>628 >明治末から昭和初期に欠けての大日本武徳会剣道のレベルの尋常ならざる高さを知らぬとは。若いな。
つうか、大日本武徳会自体がヤバい。表向きは民間の組織だが、構成員のほとんどが
武道関係者な上、その会員数は200万以上。当然組織運営に資金がかかるが、運営
資産は軽く数十億を突破。範士号を所持してる人には政府とは別に武徳会が独自に年金
を給付するくらい金ありまくりんぐ。北は北海道、南は沖縄まで全国に支部があった。
軍や警察と強力なパイプで結ばれており、武術の性質上おそらく民間のヤクザ関係にも
太いパイプがあったと推察されてる。「ピストルも武器を使った武道だよね」ってことで
射撃道という名前をつけてちゃっかり部門を設置してる抜け目の無さ。
そんなイカレポンチッチ状態の危ない組織をGHQがほっとくハズない。
633 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/16(月) 09:50:58 ID:syar5gl8O
>>628 最強のひとりは誰かってスレなのに掛け算しちゃダメでしょ…。
634 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/16(月) 12:40:24 ID:E25T5S9E0
竹刀を使った剣道なら、間違いなく現代が最高峰。
そして、これからも進化し続けるはず。
635 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/16(月) 15:09:43 ID:FHaOmG3lO
そうですね。
次の方どうぞ。
636 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/16(月) 19:31:31 ID:TpTL4behO
やっぱ、柳田国男が最強!
637 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/16(月) 19:42:47 ID:E25T5S9E0
真里谷円四郎について。
他流試合千戦無敗という説と、中村権内には負けたという説。
どっちが信憑性は高いんだろうね。
639 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/16(月) 20:44:58 ID:syar5gl8O
ルール無用の殺し合いなら岡田以蔵は凄まじく強そうだ。
勝海舟やジョン万次郎を護衛したエピソードを聞くと鳥肌がたつ。
640 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/16(月) 21:05:57 ID:HkWvkuPnO
ルール無用の殺し合いなら伊東一刀斎は凄まじく強そうだ。
払捨刀を開眼したエピソードを聞くと鳥肌がたつ。
>>637 千戦ってところがすでに怪しい
宮本武蔵の六十戦や塚原ト伝の三十戦だってすでに含むところがあるのに4ケタなんて浮世離れしすぎてる
さすがに1000なんて言い出すと、
梶原一騎の漫画を真に受けるのと同じくらいアホくせえところだな
ま、昔の人間も大なり小なり法螺くらい吹いただろ
つーか千なんて回数になったらいちいち数えてねえだろw今みたいにちゃんとした公式記録が残るわけじゃないし
「そう思える位数えきれない試合数をこなした」って意味なんだろうね
>>640 寝込みを襲われている時点で褒められたものじゃないと思うがね。
切り抜けてるからおk
646 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/16(月) 23:59:53 ID:TpTL4behO
きっと寝顔が可愛いから寝込みを襲われるんだよ。
647 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/17(火) 00:01:00 ID:uki0dO0JO
唇奪っちゃお!チュッ(^ε^)
払シャアッー!刀
一刀斎が寝込みを襲われてエラい目に遭ったから
一刀流の本目録にはそれらに対する対処方がすごい詳しく書いてある
650 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/17(火) 10:27:04 ID:ykWNwsrz0
歌舞伎町のホストはみんな一刀流免許皆伝!
651 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/17(火) 10:30:24 ID:BtjIWaHz0
架空の人物ありならるろうに剣心でいいんじゃない?(俺は読んだことないけど
652 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/17(火) 18:54:56 ID:EfVYah9eO
腹立たしいくらいにレベル高いスレだな
通じとらんw
655 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/17(火) 23:33:34 ID:uki0dO0JO
目と目で通じあう〜♪
たくや〜
>>651 剣心じゃないだろ。
その師匠のが圧倒的に強いわけだし。
657 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/17(火) 23:47:14 ID:uki0dO0JO
俺はカムイ外伝のほうが好きだな!夙流変移抜刀霞斬りだ!
あれがあれば誰にでも勝てる!
まぁ、マンガや架空のキャラが出だしたことだし、このスレも終了でいいんじゃね?
マンガで語りたいなら、相応の板でやればいいしな。
659 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/17(火) 23:58:50 ID:uki0dO0JO
中村主水もいるぞ
漫画キャラでいいなら、ドラゴンボールのヤジロベーや、ゼットソード持った悟飯のほうが強い。
もうビームサーベル持ったガンダムでいいよ。
その発想はなかった
では、それを乗りこなすアムロ最強でスレ終了な。
みんなお疲れ様。
664 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/18(水) 09:24:17 ID:dhMO6A4Y0
665 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/18(水) 09:38:19 ID:th88y/s9O
1位 宮本武蔵
2位 柳生十べい
3位 柳生ひょうごのすけ
4位 塚原ぼくでん
1位 きどう戦士ガンダム
2位 宮本武蔵
3位 柳生十べい
667 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/18(水) 12:31:33 ID:ovc/I8fc0
666に違和感を感じないのはどれも漫画、小説、アニメの
キャラクターだからだなw
668 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/18(水) 12:59:11 ID:XTyAe2P3O
柳生十べいって十べいちゃんの事?
それならハートの眼帯サイキョ
669 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/18(水) 13:01:11 ID:0NpxoY8NO
きみのハレンチ学園の事をいってるのかなw w
+
∧_∧/i +
(`・ω・//
ノ^ヽy//、
ヾノ ○リノ
/ l|
"""~""""""~"""~"""~"
いよいよ拙者の出番か・・・。
671 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/18(水) 13:25:45 ID:oUPAF1ArO
672 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/18(水) 16:13:33 ID:dN4wFF8/0
小野忠明
柳生十兵衛は向き合った瞬間に負けを悟り、木刀を置き頭を下げたといわれる。
また、柳生宗矩が挑戦を断った武蔵へ逆に挑戦状を送り、武蔵はこれを回避したという。
この時代では間違いなく彼が最強。
しかし、その師である伊藤一刀斎との比較になるとどうか。
忠明が一刀斎に負けて弟子入りしたのは彼が若年の頃。
完成された忠明と一刀斎なら・・・
>>672 >柳生十兵衛は向き合った瞬間に負けを悟り、木刀を置き頭を下げたといわれる。
何に書いてあるの?
674 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/18(水) 18:43:30 ID:dN4wFF8/0
だから出典は?一刀流系の文書にしか見られないなら正直どこまで信用していいやら。
676 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/18(水) 19:00:52 ID:0NpxoY8NO
そう言えば、あの強い塚原卜伝に槍と小太刀の試合で勝った富山の名剣豪の深草甚四郎もなかなか
677 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/18(水) 19:15:39 ID:dN4wFF8/0
>>675 ほかにもあるから自分で探してみろって。
信用するかしないかは本人次第だよ。
678 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/18(水) 19:26:41 ID:th88y/s9O
武蔵と柳生じゅうべいて歳のさがかなりあるよね?
679 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/18(水) 19:31:51 ID:XTyAe2P3O
>>675 でもガンダムサイキョや十べえちゃんサイキョはソースなくても信じてやまないんだろ?
いや、一刀流の文書にしか出てこない宣伝色が強い話なら信頼性が薄そうなんでね。上泉に勝ったとか、
一刀流必死だなって話が多すぎるよ。まあ、その後の隆盛ぶりや剣道の元になっているくらいだし、技術として
優れた流派ではあるんだろうけど。
十兵衛との話は色々なところで聞くから、「一刀流三祖伝」以外のソースが出てくれば、と期待はしているんだが。
↓前に
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1158057839で見たカキコ。
>484 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/07/16(水) 12:44:47 ID:EdLabgfH
>
>>481 >柳生十兵衛が負けたという話は「一刀流三祖伝」の記述が広まったり、脚色されたもので元の内容はこんな感じ
>
>小野が但馬守に腕前を見せろといわれて柳生屋敷にいったら十兵衛と戦うことになったが
>十兵衛は小野の隙のなさに打ち込むことすらできなかった。
>次に木村助九郎、村田与三、出淵平兵衛が3人でかかったがあっけなく返り討ちにあった。
>その場に兵庫助も居合わせたが但馬守に制止されて立会わなかった。
>
>小野と40歳以上年が離れている十兵衛が真剣に立会ったとも考えにくいし、但馬の屋敷に兵庫が居たってのも微妙
>そもそも但馬が小野に喧嘩売るとは思えないw
>
>485 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/07/17(木) 17:29:27 ID:5UAKRIQe
>『一刀流極意』には小野が火のついた薪で但馬守を一方的に打ちまくって
>身体中を火傷させたなんて話もある。まあ、この『一刀流極意』は
>開祖一刀斎先生が塚原卜伝や上泉伊勢守に勝った話も載せているので
>信憑性は各々の判断にゆだねます。
682 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/18(水) 20:36:48 ID:6VW6dus10
683 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/18(水) 21:35:52 ID:th88y/s9O
>>682 電磁パルスて放射線物質?人体には影響ないて言ってるけど 放射線ならあるよね?
684 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/18(水) 22:00:35 ID:iYt0MdNzO
>>681 俺もその書き込みは読んだよ。
反論に対して反論させてもらえば、十兵衛と忠明は38歳差。
決して立ち合いが不可能な差じゃない。
むしろ、十兵衛が宗矩から推される年齢だったとすれば、忠明の凄さがさらに際だつ。
もちろん、十兵衛が年長者を立てた可能性も大いにあるけどね。
また、兵庫助がその場にいたとしても何ら不思議はない。
石舟斎からの寵愛を考えれば、江戸に戻ることもしばしばあっただろう。
むしろ、いるはずがないという根拠が知りたい。
ちなみに、俺は一刀流びいきでもなんでもないから。
ただ、いろんな逸話を見るにつけ、くだんの説は事実に近いと思ってる。
>江戸に戻ることもしばしばあっただろう
兵庫の本拠は江戸なの?
686 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/18(水) 22:27:51 ID:th88y/s9O
38歳差てでかくない?現代のスポーツと違うて言わればそれまでだけど しかも昔でしょ
687 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/18(水) 22:28:49 ID:iYt0MdNzO
加えて、宗矩が忠明に喧嘩を売るはずがないという件。
これはまったくの想像だけど、宗矩はもともと十兵衛を立ち合わせるつもりだったんじゃないかと。
子供のころから腕白で手がつけられなかった十兵衛に、真の強者とは…を教えるために。
だからこそ、十兵衛が退いたあとわざわざ3人に同時にかからせて、忠明の戦い方を見せたのでは。
もちろん、宗矩のその行為は十兵衛への愛情があってこそ。
剣の才を誰よりも理解してたからこそ、慢心することなく精進してほしいという親心でね。
おそらく十兵衛が若年の頃とはいえ、もはや周囲に彼以上の遣い手はいなかったんじゃないだろうか。
だから忠明を利用させてもらったと。
頭の賢い宗矩なら考えそうなことじゃないかなぁ。
688 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/18(水) 23:54:16 ID:q/dS3d/Z0
>>684>江戸に戻ることもしばしばあっただろう
もしかしたら、柳生の本拠地が江戸と思ってるの?
柳生は奈良県だよ。
石舟斎はたぶん江戸に行ったことないと思う。
宗矩と兵庫助は仲悪かったし、兵庫助もほとんど行かなかったのじゃないかな。
西日本は結構まわったらしいけど。
>>672 武蔵と忠明は何歳差?
というか何歳の時の逸話?と聞いた方がいいかな、この場合
>>686 あくまでスポーツマン的考え方だけど、
例えば二十歳だったとして、六十近い元名選手と向かいあわされてもぶっちゃけ怖さはない。
パンピーの俺ですらそうなんだから若いころから天才の誉れ高い十兵衛にとっちゃかけらも負けるとは思ってなかったでしょ
手も合わせなかったというのなら、やっぱり年長者を立てたと考えたほうが妥当じゃないかね。
690 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 00:24:48 ID:SpKvSk18O
>>688 いやいや、徳川家康が江戸に入府したのが1590年。
石舟斎を召し抱えたのが1594年だから以後の柳生は江戸が本拠地だって。
石舟斎が江戸に行ったことがないなんてあり得ないだろ。
家康のまえで直々に宗矩を推挙してるんだから。
>>689 武蔵の生まれが1584年とすれば15歳差だな。
仮に忠明と立ち合った十兵衛が15歳だったらどうか。
53歳ならまだまだ動ける年齢だ。
上泉が胤栄や石舟斎を手玉に取ったころだからな。
十兵衛は二十歳で家光から城を追い出されている。
少なくとも10代の頃であることに間違いはない。
>>690 いくら天才柳生十兵衛っても小野忠明ともあろうものが十五のガキに勝ったって自慢にもならんがな
忠明の強さを讃える話としてはなんかみょうな話だ。
692 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 00:46:44 ID:SpKvSk18O
忠明は十兵衛に勝ったことを誇ったと思うかい?
自分の実家の近くに万木城跡があって、あるときそこに見物に行ったら、
小野忠明(御子神典膳)がここで戦った云々みたいな話が書いてあった。
ちょっと驚いた。
ちなみに御子神と言う苗字は珍しいけど、あれは南房総のある地域の地名でした。
>>692 今回忠明の強さを讃えるためのエピソードとしてそれを持ってくるのはおかしいって話だ
忠明が誇りもしないような話を持ってきて何になる
696 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 02:29:16 ID:uqcwNNQm0
うちの近所には巴御前が化粧直しした井戸とかあるよ。
なんか眉つば物の伝説だがw
697 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 07:52:13 ID:SpKvSk18O
>>694 本人が誇らないからこそ他人が讃える。
偉人の逸話の多くはそんなものだ。
>>697 自分とこの先生だったらいくらでも褒めるわな。渡辺幸庵が武蔵と宗矩を語ったような第三者からの
評価は残ってないのか?
一刀斎が卜伝や伊勢守に勝ったって話も、彼らの年齢差を考えればおかしい。小野と十兵衛の
逸話にしてもそれと同工異曲で、後世の一刀流修行者が年齢差を考えずに捏造したものじゃないのか?
699 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 11:44:38 ID:Tod5/oTFO
>>697 そんな昔のことなんて真実はわからんよ 偉人ていったて殺人者でもあるからね
700 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 11:53:00 ID:5CLH07fF0
>そんな昔のことなんて真実はわからんよ
だからこのスレでそれを言うなってw
701 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 13:36:02 ID:baqjZgWwO
のび太の机の引き出しを開けて、その妄想昔話を確かめにいったら?
702 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 13:45:54 ID:Tod5/oTFO
意外と今 剣道とかやってるやつが あっさり勝ったりするかもね
703 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 14:17:35 ID:5CLH07fF0
>>702 現代剣道のルールなら間違いないね。
過去の名だたる剣豪も全日本選手権の地方予選すら通れないと思う。
704 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 14:32:35 ID:SznGD1ImO
剣道やれば現代選手が勝つ。
とにもかくにもルールを固定することで技術追求しているのだから、昨日より今日、今日より明日の方が進歩するのは当然。
実戦はルールや環境が全く固定されないのが怖い
705 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 15:03:52 ID:Tod5/oTFO
いやいや 俺がいいたいのは剣道の選手が真剣でもかてるんじゃないかということ
それは無理剣道の振り方じゃ人は切れないし。
何より重さが違いすぎる。
707 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 15:28:19 ID:oMhb4z3DO
708 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 15:28:32 ID:5CLH07fF0
>>705 そりゃ無理だw
得物の違いはもちろん、真剣での戦いは体当たりも蹴たぐりもなんでもあり。
そんなものに現代の剣道家が対応できるわけがないよ。
709 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 15:30:41 ID:jZqLQTjG0
横面も袈裟懸けも、膝斬りや足甲刺しも有りだ。
面きても剣道みたいに首振ってよけらんないからね。
防御の仕方も全然変わってくる。
黒田さんみたいな剣士には剣道家じゃどうあがいても勝てないよ。
711 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 15:49:01 ID:Tod5/oTFO
まぁ 俺も武蔵や柳生が部活のかえりの中学生なんかに負けたらズッコケル
712 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 15:51:41 ID:baqjZgWwO
昔は他流試合があるぞ。宍戸錠みたいに鎖鎌もあるぞ。剣道は剣道同士の相手としか戦わないだろ?
713 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 15:59:21 ID:j1leGoX+O
714 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 16:09:37 ID:Tod5/oTFO
たださ剣道の連中が実戦的な練習つんだらわからないんじゃないかな まぁ剣道とは別ものだからね
715 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 16:12:19 ID:5CLH07fF0
しかし、昔の果たし合いに鉄砲が使われることはなかったのかね。
なんでも有りの決闘なら、鉄砲だって有りだと思うが。
距離が詰まるまえにズドンとやっちゃうみたいな。
「鉄砲は無しよ?」みたいなルールはあったのかねぇ。
いや、くだらん話ですまんw
716 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 16:15:49 ID:Tod5/oTFO
昔の鉄砲は今みたいに性能がよくないからもたもたしてたら剣のほうが有利なんじゃない?
718 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 16:21:13 ID:oMhb4z3DO
>>710 バロスwww鉄っちゃんの動きは対人想定してねーじゃんwww
つーかいつも刀使って稽古してる居合や剣術の奴らが
刀に振られてて体も使えてないから、有史以来最弱なんだろなwww
どうでもいいけどwww
719 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 16:31:41 ID:jZqLQTjG0
>>715 >昔の果たし合いに鉄砲が使われることはなかったのかね。
室町や戦国時代には、殺し合いに際して、
てっぽうや火縄銃を使うことは当たり前だろう。
大怪我をしたり射殺された方が負けだ。
江戸時代に入って平和が続くようになると、
剣術がスポーツ化して、そんなことをする人はいなくなった。
卜伝の用心深さを語った逸話は卑怯というよりも、むしろ当時のそういう何でもありの空気を伝えているな。
721 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 16:45:53 ID:5CLH07fF0
>>716 まあ、火縄銃じゃ1対1の決闘には向かないわなw
話は変わるけど、峰隆一郎が小野忠明を描いた小説って読んだ人いる?
作者の推論によると、小野忠明は神子上典善ではなく小野善鬼ではないかというもの。
個人的には妙に納得しちゃったんだよね。
>>720 卜伝は弟子達に闘わせて実力を計りつつ相手を疲れさせてから戦ったりするよね。
723 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 17:08:21 ID:jZqLQTjG0
刃物を使うのも、銃器を使うのも、
まあ似たようなものだよね。
抜刀に見せかけて小柄を投げ打ったり、
含み針を相手の眼球に吹き付けたり、
風上から毒粉をまいたり、
投網を打ったりしても良いと思う。
>>721 粗暴な善鬼と師に従順な典善という図式は実は逆で、粗暴で師に従わない典善がお気に入りの善鬼に
勝ってしまったので一刀斎は姿を消したのだ、なんて小説もあった。
>>722 弟子を使いに出して左片手切りはやめろ、と再三言って慢心させた話とかは知ってるが、
弟子を戦わせたのは誰との戦い?
725 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 17:33:02 ID:5CLH07fF0
>>724 >粗暴な善鬼と師に従順な典善という図式は実は逆
そういう見方もあるのか。
いずれにしろ、徳川家に召し抱えられた忠明と、通説の典善は別人だと思うんだ。
ちなみに、その説では船頭が典善ていう設定なの?
>>725 夢想権之助が主役の『捨剣』て小説。所詮主役格じゃないから、そういうプロフィールについては
語ってなかったと思う。
小野は一刀斎の愛弟子ということになっているが、本当のところ一刀斎は善鬼の方に目をかけていた、というようなことを
権之助に剣を教えた人間が語る場面がある。
まあ、その後の小野の粗暴さとか気性の荒さとかを考えれば納得がいく説ではある。
727 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 18:23:04 ID:5CLH07fF0
>>726 俺が峰隆一郎さんの作品に納得した理由は、なぜ典善が「小野」を名乗ったのかという点。
典善の母親方の姓だったという説もあるけど、それを善鬼が典善からもらったという説もある。
善鬼は名字すら持たない人間だったということで。
さらに、仮に母親方の性だったとしても、どうして改名する必要があったのか。
秘伝書を持ち逃げするような裏切者の善鬼が名乗っていた以上、あり得ないことだと思う。
善鬼を哀れんで・・・という説もあるけど、ためらうことなく斬っておいてそれはないでしょw
それと、優等生だった典善が召し抱えられた途端に粗暴になることもありえない。
学も品なく、もともと粗野だった善鬼なら合点がいく。
じゃあ、どうして通説は典善が小野忠明ってことになったのか・・・
俺の勝手な想像だけど、徳川家が育ちの悪い人間を召し抱えたことを隠蔽するためじゃないかと。
由緒正しい武家に生まれた典善ということにすれば問題はなかろうと。
おそらく、それを条件に善鬼を召し抱えたんじゃないだろうか。
そして、伊藤一刀斎はかならず問題を起こすことを見越して、責任を逃れるために姿を消したと。
いや〜、妄想が膨らむなぁw
728 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 18:37:09 ID:SznGD1ImO
典善が優等生かどうか分からないが、一刀斎に会う以前にすでに戦場武者として剛勇ぶりが近隣では有名だったようだ。
729 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 19:28:42 ID:5CLH07fF0
>>728 勇敢にも一刀斎に勝負を挑むくらいだからね。
で、負けて弟子になってからは従順な優等生だった・・・ってのが定説だよね。
そしてさらに俺の妄想。
伊藤一刀斎は善鬼に殺されたっていう説もあるんだよね。
どうしてか・・・俺が考えるに、典善を徳川家に推挙したことでキレちまったんじゃないかと。
当時の一刀斎はそれなりに高齢だろうし、強さでは一刀斎はが師匠を超えていてもおかしくない。
一刀齋への挑戦者の相手をしたのは、ほぼ善鬼だったっていうしね。
じゃあ、一刀斎が90歳以上まで生きたって説は嘘なのか・・・
善鬼に殺されたあとの一刀斎は、じつは神子上典善なんじゃないかと。
あの時代に90過ぎまで生きるなんて、ちょっと考えにくいしね。
一刀齋と典善の年齢差は10歳〜20歳と考えられる。
典善が70〜80歳で死んだとすれば、さほど考えられなくもない。
師匠にことさら愛された典善が、師匠の死を哀れんで一刀斎を名乗ったんじゃないだろうか。
そもそも、一刀流の秘伝書を巡ってふたりが殺し合った・・・っていうのが創作くさい。
武芸ひとつで身を立てられる時代じゃないし、命を賭ける価値があったのかどうか。
まあ、そこは現代の価値感では計り知れないけどね。
典善と善鬼は仲が悪かったって説もあるけど、同時に仲が良かったという説もある。
兄弟子の犯した罪に目をつぶり、黙って姿を消したとしても不思議じゃない。
自分より腕の立つ善鬼が推挙されなかったことに対する同情もあったのかもしれない。
ゴメン、妄想が尽きないw
>>729 善鬼は年齢についてはわかっているんだっけ?
ことさら粗暴だと伝えられている性格を踏まえれば、プッツンキレちまったことはありうるな。
年齢&突発的な犯行だったことを考えれば殺されることもありうるし
>>727 ちなみに「善鬼」は苗字という説もあるよ。綿谷雪が書いてたかな。役小角にちなんだ修験道系の苗字。
確かに一刀斎がその後行方不明というのが謎というか妄想を呼ぶw
上泉伊勢守も最晩年は不明だけど、弟子に恵まれたというかそういう不穏な逸話が生まれる余地は
なさそう。
732 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 19:59:55 ID:Tod5/oTFO
みんな詳しいね!それにあれないし 丁寧だし すごいや!
733 :
729:2009/02/19(木) 20:34:44 ID:SpKvSk18O
>>730 善鬼の出世についてはまったく情報が見あたらないね。
船頭時代に一刀斎と出会った・・・ということくらいかなぁ。
それすら確証はないみたいだけど。
>>731 善鬼が名字って説は初耳!
それほど謎の多い人物なんだろうねぇ・・・
小野忠明として召し抱えられてから一刀斎の消息が途絶えたことも、妄想の根拠なんだよね。
少なくとも剣術界の表舞台からは姿を消した。
それが典善ならつじつまが合うんだ。
どういうことかというと、彼は剣のむごさを知ってしまったんだと思う。
剣によって支えられてた絆が、剣によって引き裂かれたわけだから。
そのショックを考えれば、剣を捨てたとしても不思議じゃない。
・・・妄想に付き合わせてすまない。
ほんとにな
736 :
688:2009/02/19(木) 22:39:22 ID:/xME/9dH0
>>690 石舟斎(66歳)が宗矩(24歳)とともに家康に技を披露したのは、
江戸ではなく京都。
君が言っているように、このとき石舟斎は高齢を理由に自らは辞退し、宗矩を推挙した。
従って、石舟斎自身は召し抱えられていない。
江戸を本拠としていたのは宗矩以降のいわゆる江戸柳生。
石舟斎は大和の柳生庄にとどまり、頭領として門人の育成に努めた。
この柳生庄を本拠にしていたのがいわゆる大和柳生。
後に兵庫助は、尾張徳川家に乞われて剣術指南となる。
この尾張を本拠にしていたのが兵庫助以降のいわゆる尾張柳生。
年号なんか知ってるんだから、もう少し研究してみてね。
737 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 22:55:14 ID:Tod5/oTFO
やっぱ柳生十兵衛は千葉真一だな 武蔵は役所こうじのが好きだな
柳生十兵衛は同意だな。
武蔵は北大路欣也かな。
柳生但馬守は松本幸四郎がいいな。
739 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 23:34:44 ID:kCWAAJZr0
役所広司の武蔵は殺陣の時にアゴが上がっててカッコ悪かった。
武蔵なら萬屋錦之介かな。
ところで龍が如く見参のキャストは全部チガうだろう
中でも藤原喜明の本阿弥光悦はありえないw
丸目・石舟斎・一刀斎みんなチガう
740 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 23:37:12 ID:6yR7dq2p0
萬屋錦之介なら叶刀舟が最強w
741 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 23:45:43 ID:Tod5/oTFO
千葉真一は武蔵もやったらイケルと思う
742 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/19(木) 23:49:08 ID:kCWAAJZr0
上泉伊勢守をやるとしたら誰?
とりあえず高橋英樹に1票
>>481 >勝ちにこだわるって言う気質は当時的には社会不適応者だし
全然。
江戸時代が平穏になったのは、五代綱吉の生類憐れみの令が発布され、
しばらく五代綱吉の太平化戦略のもとで強権発動が続いたのち、
武士や庶民から血なまぐさがすっかり抜けて以降だよ。
>>486 当時の剣豪で武家の出は少ない。
>>489 >普通の教養がある人間をあらためて「教養がある」とはいわないでしょ?
言う。
おまえのように教養がない人間ばかりだと、普通の教養を備えた人間を教養があると評する。
>50才にして剣への情熱を失い、芸術方面へ傾倒したことを非難してるんだよ。
生涯殺し方にのみ執着し続けて死ぬ方がよほど異常で、
剣術になんの価値もないと後世に知らしめることにしかならない。
>あまり俺を責めないでw
馬鹿は死ぬべきだ。
745 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/20(金) 00:13:23 ID:6UCD9cJhO
なんか武蔵て信長ぽいんだよな 俺てきに 戦いかたが個人か集団かてだけで 合理的で発想がおもしろい
>>491 勝敗が決したのに意地になって書き続けるのは人間としてどうかと思う。
>>492 極論言う奴は馬鹿の法則。
>>499 誰も公認していない。
礼を守るに越したことはない。
747 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/20(金) 02:42:23 ID:dS0z5X3m0
怖えーよw
749 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/20(金) 10:45:07 ID:bN3resvL0
>ID:dPwoKucm0
まあ、人生いろいろあるわなw
宮本武蔵と佐々木小次郎 同一人物説
751 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/20(金) 11:13:06 ID:4wdlg5uLO
>>740 普通、萬屋錦之介って言わないよ。俺の世代は中村錦之助と呼ぶよ。
みんな知らないと思うがこのスレに津本さんきてるよw
>ID:dPwoKucm0
一方的な勝利宣言といい異様な執念深さといい、剣道や柔道やキムチの発祥国の方と
お見受け致しました。
津本さんは某神道流のO竹先生という方に面を入れたことがあるという噂を
聞いたのだが本当だろうか?
754 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/20(金) 11:43:21 ID:zqw8yfJS0
>>752 彼は双方に突っ込んでるし勝利宣言もしてないぞ。
なぜこのタイミングなのかは謎だが
>>753 何度も一緒に稽古してれば一回くらいそういうこともあるんじゃないの
津本先生は神道流の稽古をしているの?
758 :
津本:2009/02/21(土) 09:17:49 ID:PEU91t8vO
ガッハッハッハ〜。
ワシが津本だ〜!みんなワシをリスペクトして最強の剣豪を激論したまえよ!
しかしあやふやな議論したら容赦なくツッコミ入れるからな。頑張りたまえ。チミィ〜。
759 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/21(土) 13:45:54 ID:cD9DI/y8O
津本って…誰…?
760 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/21(土) 14:03:45 ID:PCH1K9R90
剣豪作家かな
作家というか引用者ですね
762 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/21(土) 17:26:26 ID:PEU91t8vO
津本茂w
個人的には、津本陽は「天翔ける倭寇」が一番面白いと思う。
冒険物でもちろん剣戟シーン満載。資料丸写しは少ないから純粋にワクワクする
764 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/22(日) 11:22:37 ID:Pu4fZLdh0
盲目の侠客座頭の市
もちろん座頭市のモデルになった人。
765 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/22(日) 17:06:07 ID:4mopuJp+O
赤洞鈴の酢毛
766 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/23(月) 11:08:43 ID:SmzIMt9i0
塚原卜伝
上泉信綱
伊藤一刀斎
小野忠明
柳生兵庫助
宮本武蔵
このいずれかだろ。
諸国を巡り他流試合を繰り返した人間は強い。
結局、上泉に戻るんだろうし、もう終わりでいいよ。
スレ主も無理やり話をのばすな。
768 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/23(月) 16:22:35 ID:V0I6hwkk0
念流 念阿弥慈音(ねがみじおん)
769 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/23(月) 16:28:38 ID:V0I6hwkk0
剣術流派 念流 【創 始 者】 念阿弥慈音【時 代】 室町時代
念流 創始者の念阿弥慈音は日本最初の剣豪と言われている
770 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/23(月) 16:53:48 ID:cyEegdSWO
>>767 では上泉を至高の剣士として、究極の剣豪を選ぼう。
至高のが上だろ。
いつも海原雄山が勝ってるしな。
772 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/24(火) 23:06:46 ID:/JtfsH2kO
個人的にはやっぱり小野忠明こと善鬼かな。
武蔵が対決を避けたって話が本当ならね。
ふたりは似たタイプだと思うから。
ただ、最も偉大な剣豪は上泉信綱で異存はない。
てゆうか・・・もう真面目な書き込みは不要?
>小野忠明こと善鬼
自分の妄想をさも定説のようにwww
武蔵が対決を避けたとか逃げたって言う話は多すぎて逆に信用がならない
恐らく大半は当時有名だった武蔵をやり玉に挙げた吹聴だろう
大体天下の指南役ともあろう忠明が武蔵にわざわざ挑戦する理由がないもの
武蔵自身もそれと同じくらい胡散臭いが、剣名高かったことは幸庵しかり信用出来るからな
上泉伊勢守も偉大だと思うが、現代の剣道への影響力というなら千葉周作先生のほうが偉大だと思うんだがなあ……
775 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/25(水) 21:14:59 ID:YnNJVG5ZO
>>774 武蔵が柳生宗矩に立ち合いを迫ったけど、宗矩はそれを断った。
「それじゃあ徳川家剣術師範代の面目が保てないだろ」ってんで小野が出てった。
それに武蔵が応じなかったってことらしいよ。
小野にしてみれば「武蔵は逃げた」
武蔵にしてみれば「小野に興味はない」
ってことなのかもねw
776 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/25(水) 21:20:44 ID:1u9tOtTf0
>>753 「面を入れた」って現代剣道の試合形式で?
O竹先生の道場はそんな稽古してない筈だから、
おそらくガセだろう。
将軍家指南役が、いちいち一介の浪人を相手してられないってことが宗矩。
なら、今日は時間あるから代わりに俺が相手しようと出て行った忠明。
小野に興味がないんじゃなくて、戦って怪我でもしたら柳生に取って代わる
野望wが潰えるリスクを負いたくないから避けた。
それだけのことでは。
778 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/25(水) 22:59:02 ID:YnNJVG5ZO
>>777 小野に柳生に取って代わる野望なんてないよ。
やりたい放題で、一時は家光から追い出されてるくらいなんだからw
根っからの無頼漢だったらしいよ。
ただ、憎めない人柄だったのか、敵にまわしたくなかったのか…最後まで徳川家に仕えたわけだけどね。
一介の浪人をボコって大目玉を食らってるくらいだから、よっぽどだよ。
武蔵に対しても「生意気な奴め、懲らしめてやる」って感じだったんじゃないかなとw
小野の話じゃなく、武蔵の野望を話ししてるんだよ。
780 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/26(木) 11:57:24 ID:xBt40snp0
>武蔵にしてみれば「小野に興味はない」
真実だろうな。リスクがでかすぎるw
なにかと妄想気味の小野オタがいるスレはここですか?
782 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/26(木) 12:51:12 ID:6qxDyQRO0
>>780 小野と武蔵は15歳の年齢差があるわけじゃない?
仮にそのとき武蔵が25歳とすれば小野は40歳。
それにしても血気盛んなオヤジだよなw
ぶっちゃけ武蔵は中の上くらいだと思う。
示現流は強いよ。
現実的な稽古をする。
新陰流は幻想的すぎて…。
現実的なせいでチンパンに・・・
785 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/26(木) 23:19:23 ID:Rywzd9iKO
個人の強弱に流派は関係ないんじゃないかなぁ。
強いヤツはどの流派を学んでも強くなるし、その逆もまた然りだと思う。
786 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/27(金) 04:29:44 ID:hYzp1+FEO
>>767 てか、悪いと思いつつ、スレ立てて最初の頃少し議論したけど、ここ暫くずっとよそが忙しくて放置してたよw
今、ふと思い出して来てみたんだが、正直もう終わって読めなくなってるかと思ったf^_^;
やはり一刀流の小野が出てきたかね。上泉には及ばなかったとは思うが、柳生門下の新陰流剣士には小野を超える者はいそうもないね。
もう無理に続けなくていいから
788 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/27(金) 08:56:32 ID:zfLbRCsBO
いや、乗りかかった船だ!だいたい武道の必要な根源は続ける事と日課としてやる稽古メニューをやり遂げる。やりこなす事だ。
無理してでも千まで達成しする事に意味があるのだ。途中で投げ出したら中途半端だぞ。ジゲン流の業に朝に7000、夕に3000とうちに魂をこめる事だ!
そう考えると1000なんて屁みたいなもんだ。続けろ!継続は力なりだ!
789 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/27(金) 09:46:21 ID:UJszM7PoO
790 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/27(金) 10:14:24 ID:XYGvV8Iz0
剣聖とか剣豪とか呼ばれる人が、
そんなにたくさんいちゃ〜困るでしょ。
791 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/27(金) 11:15:29 ID:zfLbRCsBO
俺は生きるぞw
792 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/27(金) 11:16:03 ID:zfLbRCsBO
まだまだ生きるww
793 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/27(金) 11:16:35 ID:zfLbRCsBO
まだまだ!www
794 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/27(金) 11:20:32 ID:zfLbRCsBO
まだまだだwwww
795 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/27(金) 11:22:14 ID:zfLbRCsBO
もういっちょうwwwww
796 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/27(金) 11:40:58 ID:4VwexrwoO
だまだまwww
797 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/27(金) 12:36:45 ID:zfLbRCsBO
のってきたね〜wwwww
798 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/27(金) 12:37:14 ID:zfLbRCsBO
あげたるぜw
799 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/27(金) 12:37:58 ID:zfLbRCsBO
ほら、もっこりwwwwwwww
800 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/27(金) 12:38:59 ID:zfLbRCsBO
あげwwwwww800だ
801 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/27(金) 12:58:02 ID:4VwexrwoO
じゃあID:zfLbRCsBOサイキョで良いよ
最強談義に限ったスレはもういいけどグダグダ剣豪談義ができるスレは
あってもいいんじゃない?
いろんな剣豪をいろんな逸話でいろんな角度から語れるスレがあってもいいと思う。
『ようこそ剣豪バーへ』みたいなノリで。
804 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/27(金) 22:57:25 ID:zfLbRCsBO
それじゃ、ちょんまげカクテルを一ついただこうか。
805 :
名無しさん@一本勝ち:2009/02/28(土) 16:17:21 ID:qNVrqXhZ0
サムライってカクテルはあったな
806 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/01(日) 09:49:49 ID:OxdZcrkU0
柳生ランキング
兵庫助>連也>石舟斎>十兵衛>>>宗矩
根拠がないとなんとも言いようがない
なんか宗矩が可哀相にになってきたw
石舟斎が、宗矩には新陰流の道統譲らなかったからな。
家への貢献度はぶっちぎりなのに。
俗っぽ過ぎるのを嫌った、負傷した長男の子が可愛かったし
血統的に優先したというのは、納得が行く理由なので嘘ではないだろうが
強ければ実の子以外に継がせる剣術家の非情さを考えれば、宗矩に譲らなかったのは
かれに絶対的な強さのアドバンテージは無かったという証明だと思う。
まあ、だから家は宗矩に継がせたんじゃね?
実際それで柳生家は大名にまでなってるわけだし。
でも、将軍家の剣術指南役として必要なだけの強さは
持っていたんだろうな、とは思う。
小野忠明と比べて露骨に腕が違いすぎるんじゃ、
流石に指南役を続けられるとは思えないし。
>>810 ここでこれを言うのはスレ違いではあるけど戦国当時の価値観だと、
家と剣術の道統じゃ、どう考えても家>>越えられない壁>>道統だろjk
大体、石舟斎自身も小豪族の長として苦労してたんだから、
家を支えた宗矩を「俗っぽい」から嫌っていた、なんてのも意味不明。
隆慶一郎か津本陽辺りの悪影響かね。
そもそも「新陰流の正統」っていうのだって、
どこまで本当だか知れたもんじゃないからな・・・。
ま、強さとは関係ない話だけど、ちょっとひっかかったんでな。
武蔵が有名どころと戦ってないってよく聞くけど、実際には胤瞬に手ほどきしたとされる奥蔵院や一流を興した夢想権之介やら宝蔵院流高田派の高田又兵衛なんかが混じってるわけじゃん
どっから出た話なの?
奥蔵院は「ニ天記」が初出だったはず。
夢想権之介と高田又兵衛は、それぞれの流派側の方で武蔵と立ち合ったって
言ってるって話だったかな。
夢想権之介は武蔵の側でも話に上がってたかも。
奥蔵院もそうだけど、ニ天記が初出の相手って色々いるんだよね。
逸話をまとめたとあるから、ニ天一流系の弟子の間で
「武蔵先生は○○とも立ち合っていたらしい」と言われてたような話も
ひとまとめにしていたのかも。
一番 宮本武蔵
二番 柳生十兵衛
三番 13代目石川五エ門
宗冬さん(´・ω・`)カワイソス
実戦向きに重点を置いた宮本武蔵か鮮麗された剣術の基礎を創った
上泉信綱のどっちかだろう
どっちの方が優れているかは対決させないとわからないから結局は机上の空論
>>817 何をいっとるんだ。
どの流派も実戦に重点を置いた上での精神論を展開してるというのに。
819 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/09(月) 21:15:23 ID:6K2ahGdIO
精神論なんてクソ食らえ。
竹刀なんかじゃ稽古にならねえ。
挑戦者いつでもかかって来やがれ。
20人までなら同時に斬れんぞコラ。
そんな忠明さんが最強だと思います。
821 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/09(月) 22:48:35 ID:E6w6vIGr0
>>819 小野さんチャンバラの強さは正直途方もないと思ふ。でもこの人ちょっと不注意
だなってエピソードも残ってるから、剣客ナンバーワンに推薦できないっす。
今一つ人気がない、
そんな忠明さんが最強だと思います。
最強かどうかはわからんが(輪をかけてアレなあの師匠がいるからなあ…)、
小野忠明が強いのは間違いないだろ。
家康に「強過ぎて天狗かなにかかと思った」とまで言わせてるんだし。
まあ、同時に「驕りが強過ぎる」とも書かれてるわけだが。
単純に剣士として1対1で立ち合った時の強さだけでいうなら、
まず最強候補の一角として挙げられるだろうな。
824 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/10(火) 11:07:55 ID:IPSBlplN0
あるとき両国に剣術無双の看板を掲げた剣士が現れた。
「おもしれぇヤツがいるんだってなぁ」と見物に赴く忠明さん。
看板の謳い文句を読むや大笑いwww
怒り狂った剣士は「真剣で立ち合え!!」と勝負を挑む。
もちろん快諾する喧嘩上等の忠明さん。
真剣を構える相手に対して忠明さんは鉄扇ひとつ。
次の瞬間、剣士の眉間を鉄扇で「ゴルァ(`Д´)!!」
徳川家師範たる者の行いではないと城を追放されるのでした。
そんな忠明さんが大好きです。
825 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/10(火) 12:05:08 ID:vEAPMNAwO
武蔵最強説よりは真実味がある
826 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/10(火) 12:53:31 ID:IPSBlplN0
武蔵が二度目の江戸入りをしたときのこと。
「柳生さんや、一丁オイラと勝負してくんねーかい?」と宗矩を訪ねる武蔵。
「武蔵さんとやら、将軍家指南役は一介の浪人とは勝負しませぬ」と当然の門前払い。
「な〜にが将軍家指南役だい!天下の柳生が聞いて呆れるぜい!!」不戦勝気取りの武蔵。
「オイコラ若造、将軍家指南役はひとりじゃないんだぜ?」早くもアドレナリン全開の忠明さん。
「あ、あなたは噂に聞く小野忠明さん・・・」顔から血の気を失う武蔵。
「名を上げたいならワシが相手したる。いつでもどこでも構わんぞw」すでに戦闘モードの忠明さん。
「いえ・・・また今度にします・・・ちょっと今日は体調が・・・」すごすごと引き下がる武蔵。
「まったく小野は相変わらずじゃ・・・今度はどこに飛ばしてやろう」辟易とする徳川さん。
そんな忠明さんを心から愛してます。
これで柳生相手にあそこまでコンプレックスがなければなあ・・・。
柳生は元々地方領主なんだから、石高で負けてることなんか気にすることないのに。
武蔵にすら相手にされなかった忠明さん
まるで、じゃあオフしようぜ(はぁと
って言ってしまう、昔っからの武板住人みたいな忠明さんが好きです。
>早くもアドレナリン全開の忠明さん。
そんな忠明さんが最強だと思います。
(´;ω;`)宗冬さんの事も忘れないで
>>831 決して弱くはないとは思うけど、
少なくとも最強剣士談義で顔出すキャラじゃないだろ>宗冬
まあ、環境的にはツイてるんだかツイてないんだか微妙な人ではあるわな。
親父が宗矩、兄貴が十兵衛、従兄弟が兵庫って環境で生まれ育って、
おまけに将軍の御前で連也と立ち合いさせられるって
一体どういうプレイなのかと。
そういう意味では一番共感というか、同情できる人物ではある。
でも、結局は上泉なんだろうなぁ。
834 :
フルコン:2009/03/10(火) 21:51:02 ID:Yow/6K3Q0
中里介山の日本武術神妙記なぞ読んだか、今は文庫本で
正続が読めると思うが… まぁ逸話集なのだが下手な剣
豪小説より面白いし、剣豪小説家たちのネタが知れること
もあるしね!!
835 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/10(火) 23:33:16 ID:hFTw+iYr0
837 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/11(水) 01:11:00 ID:M0wZ86CI0
かたじけなし
>>832 強くなりそうではあるけどなw
実際強くなったんだからよかったじゃん
最後は十兵衛や兵庫より恵まれてたんだし
ウサギとカメみたいだがめげずに努力した奴が最後に笑うっていういい見本かもね
まあ能楽のほうに進めなかったから、本人的にはどうだったのかわかんないけどさ
上の方でウィキペディアが手放しで信用できるとほざいている馬鹿がいて笑った。
世の中が、善意の奴だけだとでも思ってるのか。よっぽど世間知らずで気がいいんだな。
誰でも編集できるってことは、自分達の都合が悪い事は編集してなかった事にする
工作もできるってことだ。
外務省でも職員が書き込み、竹中平蔵の項目を世界銀行からアクセスして情報操作し
各諜報系の項目も編集されているのがネットでばらされている。
840 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/11(水) 19:27:17 ID:Gz5pywsu0
>>838 連也斎が強すぎたんだろ。
願わくば十兵衛と連也斎の立ち会いが実現してほしかった。
>>839 物事を斜めから見過ぎ。
それをいったら歴史物はまったく楽しめない。
>>838 五味康祐の「柳生天狗党」で
「宗矩や十兵衛と比べるから駄目なのであって
宗冬も絶対値で見れば十分強ええよ」って文があって、
それはフォローのつもりなんですか五味先生、と少し困惑したりしたな。
あと、隆慶先生も割と宗冬フォローしてるね。
宗冬が十兵衛に勝った事あるのって「ぼうふらの剣」くらいか?
>>840 まあ、石舟斎の曾孫で島左近の孫な上、兵庫直々の指導だからな。
どんだけ濃縮されてるのかと。そりゃ強くもなるわ・・・。
十兵衛対連也は伝奇だといくつかはあるね。
実現しなかったのは確かに惜しいよな。
842 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/11(水) 21:12:19 ID:SuWryMU+0
ウィキペディアは使えないよw
カスみたいな情報ばっかりだ
三厳や蓮也が早熟で宗冬は大器晩成。
最強では無いけど性格が良くて温厚。
どちらかと言えば文芸とか芸能関係が好きみたいだし。
何気に父親死後旗本になった柳生家を大名に返り咲きさせてるし。
四代将軍家綱とか家光と綱吉に比べるとマイナーな将軍の指南役なところも(´・ω・`)良いね。
>>843 確かに、剣士としての強弱はともかく、
柳生家の当主としては、十兵衛よりも宗冬の方が
宗矩の後継として適切だったんだろうな。
宗矩が死んで、十兵衛が柳生庄に引きこもった間、
幕府における柳生家の立場を支えてたのは江戸にいた宗冬なんだろうし。
遺言状見ても色々気配りしてるしな。
名声も剣豪の条件だからもっとも名の売れた武蔵が最強でいいんじゃねえ
上泉は殆んど奴しらないだろ
知名度で決めるのかいw
847 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/12(木) 17:25:14 ID:pwtDj2R90
>>845 剣の強弱と知名度・名声は別だろ。
大体、武蔵と同世代の奴で名声ってなら柳生宗矩が最強になるし、
今現在の名声だと、武蔵というより吉川英治の功績になるだろ。
それって変じゃね?
当時の武蔵が結局は牢人で終わったことを忘れちゃいかんよ。
849 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/12(木) 19:43:28 ID:rnmDVmRY0
>>848 昔としては将軍家指南役が剣客の頂点だったんだろね。
となるとやはり小野と柳生か。一刀流と新陰流は長く栄え
て多くの名剣士を出したということもあるし。
残念ながら二天一流はその後名人を輩出していないから
なあ。本当はいたのかもしれないけど、あまり知らん。
850 :
でらえもん調査局ヽ(`Д´)ノ ◆CJMS06S/xs :2009/03/12(木) 20:20:17 ID:4wmXPBsC0
知名度で強さが決まるなら
中国武術でいったら
ジャッキー・チェン>>>>>>>>>>>>>>王向斉だわな。
851 :
でらえもん調査局ヽ(`Д´)ノ ◆CJMS06S/xs :2009/03/12(木) 20:22:58 ID:4wmXPBsC0
ごめん、名声だったか。
でも同じこと。
講談による名声、映画による名声。
柳生宗冬と小野忠常って同役だったけど仲どうだったんだろうね?
>>852 宗冬だと年代的には忠於になるんじゃね?
というか、この辺の話で毎度思うんだが、
小野側が柳生を意識してたのは逸話を見てもわかるんだが、
柳生側は小野をどの程度意識してたのかね?
854 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/13(金) 04:22:50 ID:SVvKun1qO
小野「柳生は我が終生のライバル!」
柳生「小野さん? えーと、同じ職場の人」
一刀流は剣術なれど、柳生流は兵法なり
石高で見ると小野は600石で旗本クラス
柳生は12000石で大名クラス
剣術指南役としては同格だけど、地位役職上だけなら小野が柳生に敬意を払わないといけない立場。
でも丸目蔵人も柳生宗矩に剣術の上での先輩としてどっちが上か試合しようか?とか言ってる逸話も有るし
人吉藩の大名一族とは言え丸目蔵人は幕府の大名の家臣だし、大名で大目付で将軍家剣術指南役で将軍に政治的なアドバイスもしてた柳生宗矩に新陰流の先輩と言う繋がりが無ければ普通は会えないよね。
人吉藩の藩主は心臓バクバクだったかも知れないけど(笑)
857 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/13(金) 08:39:38 ID:yIX5ZtwLO
柳生=馬場
小野=猪木
>>856 「日本の西半分では丸目が、東半分では柳生が天下一を名乗って」って逸話だな。
でもあれ、そもそも本当に会えたのかどうかすら怪しい話だからなあ。
よくある「うちの先生は柳生より強いんですよ」パターンじゃないの?
859 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/13(金) 12:44:24 ID:H4wqBRr40
>>856 まあ、宗矩・忠明の時代から「実力では小野」という風評だったんだけどな。
860 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/13(金) 13:13:49 ID:/hX0hPYv0
>>856 なんか体育会系運動部のOBみたいだ。丸目センパイ勘弁して下さい、お互い社会人なんスからw
>>858 剣の腕に関しては、よほどずば抜けてたんだな、忠明さん。それでもNo1と呼ばれないのは、達人に
相応の徳を求めてしまう日本人の性か。これをひとつの物語の主人公として見ると、非常に破天荒で
面白いんだけどね。武蔵とか十兵衛三厳もそうだけど。
861 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/13(金) 13:15:45 ID:/hX0hPYv0
安価違いしてるし、↑
>>859ね。切腹してくるでござる。
戦が無くなって、実戦的な意味で剣を振るう機会が減ったから、
実力があっても、その実力自体が時代に合わなくなっていた、というところか。
そういう意味では、武蔵が「遅れてきた剣豪」であれば、
忠明は「時代に取り残された剣豪」だったのかもしれんな。
(一刀流自体は綿々と続いたわけだが)
まあ、戦のなくなった時代に、
「立ち合い上等!俺と立ち合って五体無事で済むと思うなよ?」
とかいう奴が評価されるのもどうかと思うし、仕方ないのかもしれんが。
柳生宗矩は将軍の指導を手加減してやってたみたいだけど、
小野忠明は将軍の指導でも手加減無しだったらしいからね。
864 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/13(金) 16:35:01 ID:H4wqBRr40
>>862 忠明さんはそんな実戦力の衰退を憂慮してたわけだ。
徳川秀忠「小野や、
865 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/13(金) 16:41:02 ID:H4wqBRr40
>>862 忠明さんはそんな実戦力の衰退を憂慮してたわけだ。
徳川秀忠「小野や、 兵法とはかくかくしかじかであろうなぁ」
忠明さん「将軍様、兵法なんてものは腰の刀を抜いてナンボですわ。屁理屈など実戦では役に立ちませぬw」
徳川秀忠「・・・まったくオマエって奴は・・・」
忠明さん「どうです将軍、手合わせして教えて進ぜましょうか?」
徳川秀忠「冗談じゃないわい!!」
そんな忠明さんが愛おしくてたまりません。
>>863 それは多分俗説だと思うよ。
忠明が秀忠の指南役になったのって文禄二年(1593)だから、
閉門食らって指南役を罷免されるまで20年以上の付き合いなんだぜ?
宗矩は宗矩で慶長六年(1601)に秀忠付の指南役になってるから、
二人が同時に秀忠の指南役をやってた期間は15年にもなる。
稽古が厳しいとか、手加減云々とかいうのが影響するなら、
もっと早い段階で出たと思うよ。
忠明が指南役を罷免されたのは、
同僚との諍いで閉門食らったせいだからなあ。
しかも間が悪いことに、ほぼ同時期、
宗矩は坂崎事件を見事解決してるし、そりゃ差もつくよ。
言っちゃ悪いが、それって小野側の自己弁護じゃね?
「小野が柳生より格下扱いなのは、
上様相手にも手加減しなかったせいで、ご不興を受けたからである」
って感じの。
同僚と諍い起こして閉門食らったので指南役をクビになった、ってより面目立つだろうし。
867 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/13(金) 16:53:28 ID:C11arK53O
868 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/13(金) 17:04:41 ID:iK7QRQXAO
まあ、これだけだとアレなんで、一応フォローしとくけど、
ここで槍玉に挙げられがちな「上様」であるところの秀忠は、
剣術指南役としては、宗矩よりも忠明の方を気に入ってた節があるんだよな。
実際、「忠明」の「忠」は、秀忠から一字与えられたとも言われてるし、
秀忠の側近(土井利勝など)も一刀流を習ってたりしてるし。
だから石高が低いのは剣の強弱とあんまり関係ないし、
元々柳生は地方領主なんだから、気にすんな、というとこなんだがなあ。
870 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/13(金) 17:34:28 ID:H4wqBRr40
>>869 実際、忠明さんはそんなに気にしてなかったと思うよ。
石高にこだわるような性格じゃないと思うし、あんな奔放な振る舞いはあり得ないでしょw
むしろ、ヤキモキしてたのは忠明さんの取り巻きかもしれないね。
「まったく、俺らの大将は問題ばっか起こしやがって・・・」ってねw
忠明さんのファンだって石高なんて気にしてないでしょw
あの時代、旗本になった時点でかなりの出世だな。
小田原攻め以降は戦も少なくなってきたし。
>小野が柳生より格下扱いなのは、
てのは、禄高通りに扱うのが武士の世界というだけでは?
剣の腕なんて関係ないでしょ。
結局、上泉が最後に残るんだろうしな。
873 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/13(金) 21:16:42 ID:NmQ6oq+N0
そう、最後は牢人だし。
上泉上泉って別に真剣勝負で生き残ったわけでもないし、1対1なら伊藤一刀斎の方が強いだろ。
弟子の小野忠明だって上泉の弟子の柳生より強いんだから。
一刀流>>>>>>>>絶対越えられない壁>>>>>>>>>>新陰流だろ。
現代剣道の元になったのも一刀流だし。
875 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/13(金) 22:37:40 ID:yIX5ZtwLO
剣術の成熟度から考えても上泉さんが最強ってことはないかもな。
でも歴史上、最も偉大な剣豪であることは間違いない
個の強さでいえば一刀斎も恐れたという一番弟子の小野善鬼…
その先は言わんでおこうw
上泉秀綱の孫の上泉秀信も夢想流という流派を興して尾張徳川家に仕えてるんだね。
かなり強かったらしい。
ここ最近、一刀流ヲタ沸きすぎだろ。
878 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/14(土) 03:23:24 ID:FWe9Jg5EO
>>877 まあ、一刀流は日本剣術史における一方の雄だし、話題になるのはいんじゃね?
念流(´・ω・`)カワイソス
>>878 あと陰流もね。
でも、念流も陰流も姿を変えて現代に残ってるから…
880 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/14(土) 05:31:11 ID:dIPxoOSbO
テレビでみた。剣道はフェンシングの動きに全くついていけなかった。
881 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/14(土) 11:31:50 ID:Fq7lu/r3O
そうですか。
それは良かったですね。
次の方どうぞ。
883 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/14(土) 11:47:52 ID:R2HL6Asp0
>>874 上泉上泉って別に真剣勝負で生き残ったわけでもないし、
え??
餌から針が見えてるのに、食いつく必要もないよ。
弟子の疋田が真剣勝負命じられて逃げてなかったっけ?
素人の腕自慢レベルならともかく、相手が強い場合はモフモフした袋竹刀じゃないと怖くて
勝負できないんだろうね。
887 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/14(土) 17:43:11 ID:pUYhEc760
>>886 それって竜虎が〜ってやつの話?
そういうのを逃げたっていうのって、上げ足取りとしか思えないんだけどねえ
口先で逃げたのは事実。
徳川家光って剣豪からしたら迷惑だよね。
確か加賀前田家の富田流にも柳生と勝負しろとか言ってる逸話が有るんだよね…
カブトムシじゃないんだからさぁ〜
一刀流ヲタの粘着キモイな
891 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/14(土) 22:31:54 ID:ialbk2tfO
個の強弱に流派は関係ないと思う。
天賦の才がある人間は、どの流派を学んでも強くなったはず。
要するに忠明さんみたいな天才は…その先は言わんでおこうw
忠明さんと真剣勝負した新陰流の剣士っているの?
893 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/15(日) 01:09:44 ID:EG29uvb0O
将軍家指南役どうしが真剣で勝負とな? んな事許されるのか?
894 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/15(日) 02:32:12 ID:9LioNrui0
忠明さんのストレートな魅力はいいかもw
もっと忠明さんを盛り上げよう!
スーパーDQN流派一刀流は確かに面白い
だが、まずは一刀流スレをだな
896 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/15(日) 09:56:21 ID:9LioNrui0
難しい話はパスよw
敵をむかつかする、なんてよりアドレナリン大噴出の剣豪のほうがオモロー!
897 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/15(日) 10:35:59 ID:wd3oF/DmO
忠明に興味を持ったら、その生誕地の旧御子神村、今の千葉県南房総市丸山村に行ってやってください。
春は房総観光に良い季節です。
千葉県は剣豪マニアを歓迎します。
898 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/15(日) 10:37:39 ID:wd3oF/DmO
間違えた。
×丸山村
○丸山町
899 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/15(日) 11:27:25 ID:EG29uvb0O
忠明教に入信するにはこちらでよろしいですか?
901 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/15(日) 13:34:40 ID:ky8/WX4x0
前スレに雲林院弥四郎って名が出てたが、
母方の親戚に雲林院(読み・うじいん)という苗字の家があって、三重の関町だから一族なのかね。
903 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/16(月) 10:00:21 ID:2vQl+LgiO
忠明さんは竹を割ったような性格だったんだろうね。
粗野で問題ばっか起こすけど、なぜか憎めない・・・
ガキ大将がそのまま大きくなったような人だったのかな。
そんな忠明さんと一献酌み交わしたいなぁw
私は忠明さんを拝みたいです。
>>892 忠明の伝書で新陰流の技について述べてる箇所があったらしいから、
名前は分からないにせよ、少なくとも試合はしてみたんじゃないか?
逸話でなら柳生十兵衛&柳生高弟、あと宗矩と、っていうのがあるけど、
ソースが一刀流三祖伝で、おまけに史実と食い違ってるから、正直、信用できんわな。
「但馬守宗矩に勝ったから将軍家指南役に推挙されたのだ」とか
身内だけの文書にしても誰か突っ込む奴いなかったのかね。
>>902 忠明から6代目か7代目くらいで直系子孫がいなくなって、
関東大震災かなにかの後、最後に残った女の人も他家に嫁いで、
それで消えたんじゃなかったっけ?
うろ覚えなんで誰かフォロー頼む。
>>903 小野忠明は逸話の他だと記録が殆ど無いから実際の人物が分からんのだよなあ。
ただ、その記録によれば、とりあえず傲慢ではあったそうだが。
906 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/16(月) 12:29:19 ID:ZFDisQ6y0
>>905 忠明さんは、いわゆる有言実行タイプだったんでしょ。
宗矩さんとは真逆の性質だから、なおさら傲慢ぶりが際立ったのかもw
でも、とことん実戦的な忠明さんの考え方は徳川家にとって必要不可欠だったのかもね。
徳川政権発足当初は、まだ完全に泰平とは言いがたい世の中だったし。
だからこそ徳川家も最後まで手放さなかったんじゃないかな。
徳川秀忠さんにしてみれば、まさに「痛し痒し」の人物だったりしてw
907 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/16(月) 12:31:44 ID:WbynN7UCO
武蔵信者以上のキモイ流れだ
>>906 秀忠からすればなんだかんだで20年以上付き合った指南役だしな。
個人的心情としては嫌いじゃなかったと思う。
ただ、その考え方も含めて、必要不可欠だったかというと微妙。
剣は実戦においては弓・鉄砲・槍の予備扱いだったし、
徳川四天王ですら中枢から遠ざけた当時、
一介の剣術指南役がそこまで重用されたとは思えんのだが。
909 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/16(月) 13:18:45 ID:ZFDisQ6y0
>>908 たしかにね。
でも宗矩さんが秀忠さんを守るために豊臣方の7人を斬ったのは刀でしょ?
側近として剣術に長けた人間は不可欠だったんじゃないかなぁ。
いざとなったら忠明さんほど頼りになる家来はいないだろうしw
上泉の話は許しても
少しレスが続いただけで信者キモイ言われる
DQN流派一刀流大好き。
>>909 あれも多分逸話>七人切り
徳川実紀にも柳生家の記録にも載ってないし。
ただ、近習が武芸に長けていた方がいいのはその通りだな。
実際のところ、近習の連中はどんな流派を学んでたんだろうな。
その辺の記録とかないものかね。
>>905 伊東一刀斎の血統も一代限りで剣豪出てないし
上泉家も上泉信綱の孫の上泉義胤は新陰流を継がずに、尾張徳川藩に居合い師範として仕えて無楽流と言う居合いを伝えるのみ。
ただ、上泉秀綱の尾張徳川家仕官については尾張柳生家から世話が有ったとも言われてる。
柳生高弟高田三之丞と闘って一本取られるものの取り返してるからかなりの腕前だったらしい。
(´・ω・`)ゞ俺こういう剣豪好きだよ。
あとは、今川一門出身の関口氏業とか。
結構戦国時代の大名に連なる名門出身が多くて面白い。
>>912 尾張徳川家に仕えたのは
上泉秀綱×
上泉義胤○
でした。
>>910 上泉のときは
忠明たん・・・(*´Д`)ハァハァ
みたいなの居なかったしな。
915 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/16(月) 18:14:31 ID:ZFDisQ6y0
>>911 7人斬りは創作なのかなぁ・・・
宗矩さんの数少ない武勇伝なのに、なんか残念だな。
鶴のくちばしを掴んだ逸話も怪しいんだろうか。
俺のなかで宗矩さんは「隠れた実力者」の最右翼なんだけど。
ちなみに十兵衛の片目を潰した話は完全に創作みたいだねw
>>912 その辺で柳生ってのは異様。
一族だけで石舟斎・宗矩・兵庫助・十兵衛・連也と、
二家に分かれて両方で二代続けて剣豪が出てるし。
(松吟庵・宗章・友矩・宗冬・利方も足していいなら更に増えるな)
>>915 宗矩の功績は立ち合いでどうこうというのとは別だからややこしいんだよ。
今更アレだが剣豪の強さをネタにするスレで出すには微妙。
十兵衛も創作というか逸話が多いな。
隻眼の他だと、隠密廻国説とか暗殺説とかもそうだな。
とりあえずこいつも性格に問題があったらしいが。
917 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/16(月) 20:20:11 ID:ZFDisQ6y0
>>916 まあ宗矩を最強候補に挙げるのは苦しいわなw
強さを謳う逸話が多いのも、政治力の成せる業なのかな?
忠明さんにしろ、十兵衛にしろ、あるいは武蔵にしろ、
あの時代にあって実戦性を重視する思想自体が異端視されたんじゃない?
現代でも周囲に同調できない人間は必要以上に糾弾されるからねぇw
そもそも兵法者が常識人である必要なんてないんだしさ。
結局のところ、人殺しが生業なんだからw
実践性の実績があってこその精神性のうんぬんが生きてくる。
異端視されたのは、どっちかしかないからだろうよ。
>>917 >まあ宗矩を最強候補に挙げるのは苦しいわなw
>強さを謳う逸話が多いのも、政治力の成せる業なのかな?
兵法家伝書の「〜いとちいさき兵法也」なんて記述を読む限りでは、
そもそも宗矩は武芸者としての強さに然程価値を見出してないのだから
そんなことする意味ないと思うがな。
政治力云々っていうのも宗矩絡みでよく聞くけど、具体性に欠けるし。
あと、剣の強弱に人格は無関係ってのは同感ではあるけど、
武蔵はともかく、忠明、十兵衛まで異端者扱いするのはどうかと思うぞ。
二人とも性格に難があったにしても、なんだかんだで一応旗本は続けてたわけだし。
その伝で言えば、最強というか最狂なのは
一刀斎先生なんじゃないかという気がするんだが。
920 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/16(月) 22:43:18 ID:2vQl+LgiO
狂ってるといえば、やっぱり忠明さんでしょw
それだけの地位にありながら保身を考える気配は皆無。
失うもののない武蔵なんかよりよっぽどバカだと思うよw
本当に食えないハングリーさより、恵まれた環境でハングリーであることのほうが難しいみたいな。
それにしても十兵衛の人生は謎だねぇ・・・
空白の20年はどこでなにしてたんだろ。
921 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/16(月) 22:44:18 ID:eghuTjPWO
俺
剣道一級だし
>>920 柳生三厳って、よく大和柳生に引き込もったりしてるんだよね。
本書いたり武者修行してたとか言われてるんだけど。
周りの家臣はドキドキもんだったろうね。
太閤立志伝5というゲームが有って、
剣豪プレイしてた時に、上泉伊勢守に弟子入りしたくて家まで押し寄せたり、
武器をプレゼントしたりした思い出が有るなぁ。
柳生宗厳や丸目長恵と兄弟弟子になってハァハァしたり。
名剣目当てで辻斬りしたり。
一刀流系だと誰が最強なの?
忠明さん
一刀斎も捨てがたい
一刀斎は忠明さんに殺されて死にました
928 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/18(水) 11:19:03 ID:40c+/V7VO
>>922 魔界衆と戦ってたんだよ。武蔵は手強かったらしい。
千葉周作じゃねえの?
技術的には一番精錬されていただろうし、
1対1での立ち合いなら技術が一番物を言うだろ。
930 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/18(水) 12:52:04 ID:nZRvy6M+0
>>930 現代の剣道家ならともかく、
幕末くらいの連中なら真剣も使ってるんじゃねえの
大体どうすりゃ勝ちなんだよ。殺せばいいのか?
932 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/18(水) 15:20:41 ID:nZRvy6M+0
>殺せばいいのか?
このスレでの主旨はそういうこと。
そうか。だったら一刀斎だろ。
夜、酒飲んで寝てる間に刀取られて、
蚊帳落とされて身動きできなくなった上で、
複数の相手に不意打ち食らったのに返り討ちにしてんだぜ?
無理だろ、こんな奴殺すの。
単に立ち合うだけなら千葉周作の方が強いと思うけど
死にさえしなければいいなら
死体の山の上で最後に立ってるのは一刀斎だな。
934 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/18(水) 16:56:57 ID:40c+/V7VO
麻酔銃でも打ち込まないと襲う気せんな
竹刀剣道じゃ魔の太刀とかには対抗できないんじゃないの。
936 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/18(水) 17:39:59 ID:nZRvy6M+0
>>933 問題はその信憑性だな。
とにかく一刀斎にまつわる逸話はきな臭いから。
典善が一刀流を相伝した経緯なんていかにも創作っぽい。
最後に善鬼を瓶ごと斬るシーンなんて、一刀斎が盗賊を斬った話そのままじゃんw
典善が後の小野忠明ってのも非常に疑問。
性格がまるっきり違うんだもん。
師匠のもとを離れた途端、ああも変わるものなのか?w
だからこそ、俺は善鬼こそが小野忠明と信じて疑わないんだ。
あるいは、そもそも典善と善鬼は逆だったのかもしれない。
まあ、詳しくは過去の妄想どおりだよw
まあ、逸話も込みで楽しむのが醍醐味だよw
こういう豪快な逸話が多いから一刀流が好きなんだ。
斬ってナンボだろ剣は。
夢想剣(*´Д`*)ハァハァ
(*´゚д゚`*)ウッ
(´゚∀゚`)
賢者タイムが一つの業を生んだのであった・・・
940 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/18(水) 20:01:25 ID:nZRvy6M+0
>>937 逸話の整合性を推理できるようになればもっと楽しいと思うけどね。
そのためには、たくさんの情報をかき集めて知識を蓄えなきゃいけないんだけど。
まあ、かくいう俺もたいした知識はありませんがw
941 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/18(水) 20:03:37 ID:DqTeYCrE0
>>941 伊東一刀斎でも流石に放射能はどうにもならないよ?
943 :
フルコン:2009/03/18(水) 20:42:51 ID:iqS1kld10
平山子龍なんてのも渋いね…
行蔵さん調子こいて長い刀抜けなかったからなぁ
死んでねーけど
伊東、金巻、近藤、奥山と静岡出身の剣豪が多いね
関口、中条も静岡出身じゃね?
中条は神奈川県か…山本勘助が静岡だった
>>946 キミが思うほど小野忠明は実力者じゃないってことだろうね。
950 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/19(木) 15:41:47 ID:FUD1ceEk0
ここでなら分かってくれると思うが、史料が少ないのが不利になっている。
剣道が繁栄していること自体が小野忠明と一刀流の強さの何よりの証拠なんだが
あの板の連中にはそれがわかっていない。
みんなも書いてくれ。
>>949 新陰流信者か。
失せろ。
忠明さんの師匠の一刀斎が上泉に勝っているんだから流派の優劣は明らか。
954 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/19(木) 17:05:48 ID:FUD1ceEk0
資料が少ないと歴史関係の板だと脳内妄想乙で済まされちゃうから辛いとこだよね。
伊東一刀斎や小野家が書いたとされる剣術書などの資料とか有って、立合いで誰それを倒したとかの記録と公家や将軍大名の家臣の日記と一致したら信憑性が有るんとされがちだから。
柳生は資料の面では恵まれてる。
本人が書いたとされる資料が多くて、
宗厳、宗矩、三厳、宗冬などの著作が有るし。
と言うより、柳生は資料や著作など記録を沢山残しておいた方が後の世で強さ議論が起きた時に強いと言う事を分かってた節が有る。
一刀流は強いと思うよ個人的に。
「小野忠明という者あり。(柳生と比較してみたところ)碁にたとえれば、井目も忠明さん強し」
>>955 ありがとう。わかってくれる人がいてやっとスッとした。
そうだな。史料なんか信用できん。
どうせ都合のいいように好き勝手に書いたに決まってる。
一刀斎も小野忠明は現実に勝っていたからわざわざ書く必要もなかったんだ。
剣の強さだけを求めた一刀流と比べて柳生の浅ましいこと!
あんな連中のところで話をしてやった俺が間違っていた。
どうせ頭でっかちのろくでなしどもばっかりに決まってる。
人間のクズだ。剣士について語ること自体汚らわしい。クソボケが。
せいぜいいつまでも嘘の話を信じていればいい。
真実は絶対だからな。
958 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/19(木) 18:34:47 ID:KkSO+LPl0
なんだなんだ
同時代人にとっては忠明さん最強は当たり前の事実だったから
わざわざ語る必要がなかっただけ。
徳川家が天下を取ったのも忠明さんを召抱えたから。
あと、忠明さんの正体は善鬼。
子供の頃から不思議に思ってた。
何故小野忠明は自分が殺した小野善鬼と同じ名字にしたのか?普通は殺した兄弟子と同じ名字は嫌だよね?
御子神家は元々名家だし、母方の名字が偶々小野だったとしても変える理由は無いんだよね。
もしかすると、善鬼は忠明の母方の親戚なのかもしれない。
忠明が善鬼を殺した事で小野家が断絶したから忠明が小野家を継いだのかも。
それだと徳川家の剣術指南役として体裁が悪いから、善鬼は粗暴な舟の船頭という事にしたのかも。
とにかく資料が無いから妄想乙だけど。
962 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/19(木) 20:17:43 ID:FUD1ceEk0
>それだと徳川家の剣術指南役として体裁が悪いから、善鬼は粗暴な舟の船頭という事にしたのかも。
忠明さん自身が粗暴そのものなんですがw
体裁なんて考える人じゃないってば。
>>962 同門の親戚を殺したのが体裁が悪いんだよね。
だから、無関係な船頭という事にした。
むしろ善鬼も忠明も粗暴な性格って親戚だからじゃないかな?と思う要因。
964 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/19(木) 20:37:35 ID:FUD1ceEk0
>>963 そこまで勘ぐるとなんでもアリになっちゃうなぁw
まあ、その可能性がゼロとは誰も言い切れないけどね。
>>964 妄想なのは承知してる。
でも、殺した相手の名字が母方と同じだったとか有り得ない事じゃ無いけど凄い偶然。
最強の剣豪は小野忠明であり、忠明は善鬼だったと明らかになったので
このスレの役割は終わったと言える。
967 :
ガッツ:2009/03/19(木) 21:10:35 ID:OLMRe9nx0
>>1 >柳生烈堂とか拝一刀とか中村主水とか架空の人物もアリで語ろうぜ。
この時点であってもなくても良いスレだよ。
前スレで上泉で結論出てたのを、無理矢理引っ張った結果がこれだ。
じゃこのスレ的には忠明さんサイキョって事でFA?
970 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/19(木) 22:29:50 ID:T1W3ecmq0
971 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/19(木) 22:52:52 ID:W7cjnEg5O
最強の剣豪なんて結局は個人の思い込み。
ちなみに俺は小野忠明と頑なに思い込んどりますw
972 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/19(木) 22:53:17 ID:KkSO+LPl0
973 :
フルコン:2009/03/19(木) 23:11:03 ID:Lh95aY8Z0
伊藤一刀斎も出自諸説ありの人なんだね
若年で一放流の剣士を倒しているが、同系
の富田流に弟子入りしたことになってるし…
上泉、塚原に勝った一刀斎より強い忠明さん。
剣聖という言葉は彼にこそふさわしい。
>>971 思い込みじゃありません。忠明さんが最強なのは歴史的事実。
新陰流は一刀流に対して謝罪と補償をすべき。
忠明=善鬼はジャングルの常識なのにな。
ID:aGlyxqoM0が一人ハシャイでるな。
上泉が剣聖なんて言われていい気になっていられたのも
忠明さんと戦わなかったから。
小野が但馬守に腕前を見せろといわれて柳生屋敷にいったら十兵衛と戦うことになったが
十兵衛は小野の隙のなさに打ち込むことすらできなかった。
次に木村助九郎、村田与三、出淵平兵衛が3人でかかったがあっけなく返り討ちにあった。
その場に兵庫助も居合わせたが但馬守に制止されて立会わなかった。
○小野忠明(1R 0分10秒 KO)上泉伊勢守●
脳内で勝負させてみたけどあっけなく勝負がついたよ。
つまり前スレはまったくの無駄だったってことだな。
忠明さん最強。最強とんがりコーン
今の剣道の全国レベルの選手なら昔の剣豪なんてくもなく倒せるんじゃないのかな?
剣術が悪く言えば荒削りで技術体型がしっかり確立される前の時代だし。
講道館柔道の出現で古流の柔術がつぶれたように、科学的な事に関して昔の剣豪はムチ過ぎる。
なんで真剣を振ったこともない竹刀道の人間が勝てるのさ・・・
技術体系ってのは真剣と竹刀じゃ全然違うだろ
987 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/20(金) 00:49:17 ID:VJFeGL/KO
まあ、あまり盲目的に忠明さん最強というのもどうかと思うがw
一刀斎のエキスを吸収し、その師匠からも恐れられ、最後は殺してしまったともいわれる善鬼。
その善鬼が忠明さんならば、やっぱり最強との思いは揺るがない。
仮に忠明さんが典善なら、典善がいわゆる善鬼だったはず。
まあ、忠明さんの正体が誰であったにせよ、そんなことはどうでもいい。
徳川家指南役という確かな身元でありながら、にわかには信じられない逸話の数々。
得体の知れない剣豪の逸話に比べれば、はるかに信憑性が高い。
くどいようだけど、史上最も偉大な剣豪は上泉さんで異存はない。
けれど、純粋な強さでは忠明さんかなぁ。
餌に食いつく人もいるんだな。
ume
もういいだろこんな話題
相撲最強
相撲は確かにつよい。だが、最強は極真カラテ。
ただし、新日本プロレスもなかなかつよい。
マーシャルアーツのつよさもあなどれない。
藤原はユキーデとどう戦うべきか?
柔道はよわい。
997 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/20(金) 08:04:16 ID:ajRhkIbgO
マス大山が最強でさょう!空手馬鹿一代で剣術家と戦って勝っているからね。
なに?最強の剣豪?
そんな武器持って最強とはアホか?君達?
男の戦いは武器をもたずにコブシで語りあいなさいw
武器を使って戦うなんて下等な奴の考えだよ!
コブシのケンカは自分も痛みのある・・・人の痛みの判る人間になるのだよ!
そんな人間になるように君達、精進しなさい。
全日本プロレスもやはりよわい。
大山の弟子の芦原も剣術使いに勝っているのでやはり
極真カラテ>剣術の優劣はうごかしがたいと言える。
1000 :
名無しさん@一本勝ち:2009/03/20(金) 08:05:57 ID:VJFeGL/KO
なんだ、やっぱり忠明さんか。
1001 :
1001:
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。