1 :
代打名無し@実況は実況板で :
05/02/20 21:33:58 ID:MKhzBAxK0
4 :
代打名無し@実況は実況板で :05/02/20 21:35:53 ID:S6X2PdxG0
三 瓶 で す
>1乙。妙な補足になってしまって正直スマンかった。
9 :
1 :05/02/20 21:48:03 ID:MKhzBAxK0
やっと立てられた・・・ つか、立てられると思わなかったから 自分でもちょっとびっくり。
ああ、>5でURLの頭を抜き忘れたよ…マズイ ort 即死が恐ろしいんですが、職人さんがたも直ぐには気付かない&投稿できないかもしれないんで、 なんとか間埋めのレスで凌がねば。
11 :
1 :05/02/20 21:54:27 ID:MKhzBAxK0
ほしゅ。
『13◆2qL78YV/jc氏版』 タイガースバトロワの最初の職人である13氏による作品。 時期は2004年11月。舞台は人工島。 甲子園と人工島は地下通路で連絡している。 運営委員会からの『指令』というものがあり、これに沿わないと爆死するなど、 独自のシステムが特徴。 13氏が体調を崩しているため、しばらく休止の状態。
『火粒◆0Afu/D6AhM氏版』 二番目の職人?である火種氏の作品。 時期は日本シリーズが行われる頃。 舞台はいずこかの遊園地。ロッカールームから出発。 どことなく詩的な文章が特徴。 短期間の投下ののち、動きが止まってしまっている。再開が待たれる。
『328◆U/eDuwct8o氏版』 328氏による作品。現在、単独職人遂行型では最大の話数を誇る。 時期は2004年のいつか。オフシーズンであることがうかがえる。 舞台は阪神壬午園(じんごえん)球場。甲子園に酷似し、規模はその何倍もある球場。 武器はバットとボール、それにグラブが渡されるという異形のバトロワ。 少年漫画の如きアツい展開が特徴。 投下も頻繁にされており、人気を集めている。
『781◆2Ud8ySLCX氏版』 781氏による作品。話数はまだ少ないが、強烈なインパクトを残す。 時期は2005年冬。選手らはキャンプ先のオーストラリアへ向かっているが、 搭乗機が攻撃を受け、不時着したマリアナ諸島のいずこかの無人島が舞台。 異形、といえばこれ以上異形のものはないであろう、 B級アクションのような独特の展開と文章が特徴。 しばらく前にも投下があり、マイペースながらも進行はしている様子である。
『リレー版』 プロ野球板におけるバトロワの基準方式であるリレーによる作品。 515氏、514氏、615氏、542氏、924氏の参加が確認されている。 時期は不明ながら、2004年オフシーズンと推測する。 舞台も不明ではあるが、元祖バトロワに近い感じの島のようだ。 神職人ぞろいだと個人的には思っている。泣かせの名文が多く含まれる。 読者による地図や参加者&武器の一覧などもあり、タイガースバトロワの看板的存在。 職人さんが複数いるせいか、投下頻度も高い。
『49◆NRuBx8130A氏版』 最も新参の職人、49氏による作品。 各バトロワの投下が滞っていた時期に開始された新しいバトロワ。 時期は日本シリーズ終了直後。 舞台は何十年も前に廃坑になった鉱山の島。49氏自身から地図が提供されている。 長崎県端島、別名軍艦島と呼ばれる実在の島がモデルになっているのが特徴。 開始時期は遅いが、投下が頻繁であったため話数は進んでいる。
お目汚し失礼。 独断と偏見による作品ガイドでした。
13-18 乙です!
おつ!
新スレ乙です!保守
保守!!
新スレ乙です!
とりあえず捕手
保守
保守
ほっしゅ
保守
保守
保管庫にリレー版37章がないようだけど 再貼付けしておいたほうがいいのかな? 自分514さんじゃないんだが・・・
さらに保守
もいっちょ保守
即死回避っ
即死回避って40とも60とも言われてんだよな?
どちらかわからないけど、まぁとりあえず保守。
保守
捕手
ほしゅ
即死回避ほっしゅ
保守
捕手
即死回避保守!
ほしゅ
保守 (丶`_ゝ´)ノ [ 急募!ゴレンジャー隊員 ] 委細面談
保 ( ゚∋゚)人(・`_´・)守
捕手 (つx・。)
iミ! ゚ -゚/.! hosyu...
(‘ ε ’) …
よかったやっと立ったか! [`ー」ー]捕手
52 :
514 :05/02/21 03:47:59 ID:mr4IsjSqO
>>1 遅ればせながら、乙です。
>>32 申し訳ありません、再貼付けをお願いできますでしょうか。
本来なら自分がやるべきなのですが、情けない話ですが投下後、保存
していた文章を誤って消してしまったので…
保守
新スレ乙〜〜〜!!!
(@ω@)保守
保守
保守保守
hosyu
保守
捕手
18.用兵論指南 「話とちゃうやないですか!」 椅子から腰を浮かせ、岡田は叫んだ。平塚と中西は落ち着くようにと手振りで主張するも のの、逆に『出て行け!』のジェスチャーを返され顔を見合わせる。 「どういうことですのん! 和田も伊藤もロクに働けへん!おかげでコケにされましたわ!」 派手に唾が飛び、携帯電話を握り締めた右手は興奮のあまり震えている。しかし岡田の激 昂は、電波の向こうの人間には何の影響も及ぼさないようだった。冷静な声が答える。 「君には目的を遂げるのに十分な人員が与えられている筈だよ。 これは疑いようもないことだ。後は君の手腕次第だ」 「手腕も何も、言うこと聞かへんのにどないせいと仰るんですか!」 岡田は空いた手で机を叩いた。烏龍茶の入っていた紙コップが倒れる。平田が慌てて机上 に散乱する資料をかき集め、取り上げた。 「それがミスだというんだ。本人にとって突拍子もない命令を出したんじゃないのか? ホイホイと簡単にロボットみたいな人間は作れんよ。 判断力を抑えてあるだけだと、あらかじめ断っておいたはずだ。」 電話口に含み笑いを聞く。岡田の血圧は上昇の一途である。
「ある戦力で戦うのが監督の仕事だろう? 不満なら薬が切れてから説得したらどうなのかね?力を貸してくれと」 そんなん無理や!と岡田は言わなかった。言えば墓穴を掘るだけだと流石に予想がつく。 替わりに獣じみた唸り声が歯の間から漏れた。 「もちろん現場の難しさは理解しているよ。 だからこそ何枚もカードを用意してあるんじゃないか。 早速使ったらどうかね?出し惜しみする余裕はないだろう?」 一方的な助言の後に、回線がぷつりと切れた。岡田は携帯電話を投げつけようと振りかぶ ったが、結局できずにのろのろと手を下ろして項垂れた。 「俺らは…何しとるんやろうな…」 言ってしまってから、岡田は後悔した。顔を上げると、苦汁を飲んだようなコーチ陣の表 情がある。刺さる視線が痛い。 「もう、ええわ。例の通信機を持ってきてくれ」 岡田は弱弱しい口調で言い、パイプ椅子の上に沈みこんだ。三人のコーチの視線から逃れ ようと首を回すと、部屋のドアの側にいた男と目が合う。 身じろぎもしないので、すっかりその存在を忘れていた。膝の上に巻かれた包帯に染み通 る血の色だけが、彼が生きている証の様ですらある。彫像のように、彼は動かない。 八木裕は瞬きもせず、じっと岡田を見ていた。自由ならぬ片足が支えるべきものを背中を 壁に預けることで補い、彼はすべての顛末を見ていた。打席の目だ。 己の心中まで見透かされるようで、岡田は慌てて顔を両手で覆う。 まだ罵声のひとつも浴びせられたほうがましや、と岡田は自分の作り出した小さな闇の中 でひっそりと零した。 【残り44人】
ほしゅ
捕手
では514さんに代わって投下 38.孤独と空虚 −−いっそ自分も後を追おうか 海岸を歩きながら揺れる波を見て、ふと考えたが死の直前の福原の笑みと遺言が 、関本をまだこの世界に留まらせていた。福原が崖の向こう側に消えてから太陽 が真上にくるまで―昼の放送があるまで関本はずっと崖に座ったままだった。風 が容赦なく吹き付けるため、関本の体は随分と冷え切っていたが、関本はそこか ら動こうとはしなかった。否、動けなかった。 福原が飛び降りるのを目の当たりにしても、関本には福原の死を受け入れられな かった。飛び降りておいて、実はそんな断崖じゃなくて浅い岩場あたりに立って 、迂回して自分の後ろから現れるんじゃないか?『アホ、騙されんなよ』とか言 って、いつも通り笑って−− そんな訳はない。福原は死んでしまった。そして自分は止められなかった。あの 時銃を突き付けられていても、来るなと言われても、自分は止めるべきではなか ったのか。だって、福原の銃―グロック17には弾が入っていなかったのだから。 福原が飛び降りた後、関本は泣きながら福原の荷物を集めた。その時に、グロッ ク17も手元に引き寄せた。そこまではなんでもなかった。だが、カバンを開けた 時、関本は打ちのめされた。慌てて、グロック17を手に取って確認する。そう、 マガジンは全てカバンの中にあったのだ。 福原はどうあっても死ぬ気だった。きっと自分が止めても彼は死を選んだだろう 。それならばあの時自分が福原の最期を見届けた事は、福原にとってある意味幸 せな―少なくとも彼にとっては心残りのない事だったんだろうか。だが、関本が いくら自問自答しても答えを与えてくれる福原はいない。せめて自 分に出来るのは福原が安らかに逝くように願う事と約束を守る事くらいしかない。 どうしようもない虚しさを引きずりながら。 「福原さん、二岡さんに伝えるから。」 もう何度振り返ったか分からないが、関本はゆっくりと福原が飛び降りた崖を振り 返る。関本は、福原が飛んだ崖の下を見てはいない。見たいとも思わなかった。
地図を片手に海岸沿いに、木々や岩に身を隠しながら歩いていく。当面の目標は誰 か人に会うことだ。まともな(このまともな、という言葉が引っ掛かる)人に出会え れば越した事はない。 周りを見渡せば、穏やかな海が広がっている。きっと夏になれば地元民が泳ぎにく る憩いの海だろう。だがそんな白い砂浜に、違和感のある影が見えた。 「?」 周りに人の気配がない事を確認して、影に近寄る。だがあと数歩の所で止まった。 砂に液体が広がり奇妙な模様を作っている。それが白と赤だから余計生々しく、 非現実感すらあったが,肺に絡みつくような濃厚な血の匂いがそれを幻だと教えて くれない。俯せになったその背中から足にかけて無数の穴が開いて、背番号も名前も 判別しづらい。だが、顔で誰なのかはすぐ分かった。 「筒井……。」 血は乾ききっていない。まだ死んでそんなに時間は経ってないのだろう。屈んで 、顔を覗き込んだ。半開きの唇からは血が流れ砂が貼り付き、閉じられた瞼から は涙の筋が残っていた。無念の涙だろうか。それとも自分を殺した人間への恨み の涙だろうか。 震える手で筒井に触れる。手のひらやユニフォームが赤く汚れていくが関本は構 わなかった。うつ伏せの身体を持ち上げ抱えると、海の家の残骸のような建物に 運び込んだ。何でもいいから何かしてやりたかったのだ。自己満足だと言われても、 見過ごすことが出来なかった。 筒井の身体を仰向けに寝かせる。胸の前で手を組ませようと思ったが、固く握られ た拳は死後硬直が始まっているのか開かせる事ができず、諦めた。
「ごめんな。」 何に謝ったのか、関本自身にもわからない。それでも口をついて出た言葉は関本の 正直な気持ちだ。 何か言葉を発する度に、心が重くなる。それは自分が背負わなければいけない痛み であり、使命感のようなものに近かった。涙を流しても減ることはない。決して 降ろすことはできない、重く冷たい虚しさ。 「もう誰かが死んでるのを見るのは嫌や…。」 天を仰ぎ、関本は、無性に誰かに会いたくなった。自分と同じように、消せない 虚しさやどうしようもない悲しみや――怒りを持つ、生きている人に。 ゲーム開始からもうすぐ20時間が経過しようとしている。だが関本は、まだ生きた 仲間に出会えていない。 【残り38人】
GJです
70 :
514 :05/02/22 14:24:35 ID:YVl543EvO
保守。
いつのまにか新スレが!!遅ればせながら1さん乙でした!
>>65-67 あれ、保管してませんか…?それが37章でいいんですよね?
ほしゅん
捕手
保守
>>67 つづき
38.呼びかけ
パン……
残響を伴う乾いた音に、久慈照嘉(背番号32)は歩みを止めた。
(なんだ?)
この状況下だ。銃を発砲した音と考えるのが妥当だろう。
じっと耳を澄ましてみる。
……と、森のざわめきの間にかすかな人の声が聞こえた。
(おいおい)
久慈は今、午後3時からの禁止エリア付近を北に向かって進んでいる。
風に乗って声や音がここまで届いているなら、海からの風だろうと推測された。
人との接触を避けようと思えば、今すぐここから離れるのが得策だ。
―――どうする?
脳裏に上坂の顔が浮かぶ。
ゲームが始まった当初、誰かと合流してこの状況を打開するアイデアを出し合え
ればと思っていた久慈にとって、体育館を出てはじめて出会ったチームメイトで
ある上坂に襲いかかられたことは大きなショックだった。一方的に向けられる殺
意は久慈の意志を完全に無視し、言葉の存在さえも否定した。向かい合っている
のに、同じ空間にいないかのようなあの感覚。
話し合うなんてことは互いにその気がなければできない。
しかし。
―――あの時、上坂を説得していれば、あいつは死ななかったかもしれない。
今朝の島内放送で読み上げられた死亡者リストの中に、上坂の名前を認めてから
久慈は何度も自問し続けていた。無意味な“たられば”の奔流が頭の中を駆け回る。
―――もし、説得に成功していたとしても、その先は……?
そうして行き着くのは真っ暗な想像の海だ。
考えれば考えるほど、答えはどんどん遠のいていった。
パン…… 再びの銃声。 ほとんど反射的に久慈は海の方へ向かった。自然と歩調が早くなる。 (とりあえず、見えるところまで) 状況は全くわからない。ただ、銃を発砲してしまう心理状態にある人間が冷静な 判断力を持ち合わせているとは思えないし、思いたくもなかった。 自分が出ていって事態が良くなるとは言い切れない。けれども、ここで無視して 後で後悔するのは二度とごめんだった。 木々が途切れ始め、海と空の青がはっきりと見えた。 その中に一人のシルエット。 「うっ…ううー……ああぁ……」 あたりに響いているのは、噛みしめるような泣き声だ。それは久慈が森をくぐって いる途中からずっと聞こえていた。 森の切れ目から5、6メートル手前で足を止める。大声で泣き続ける人物は、久慈か ら見て身体を左に向けており、横顔を見るかたちになるため顔がよくわからない上、 背番号もはっきりと読みとれなかった。 (誰だ?) 両膝をついて泣きじゃくる彼の手にはいまだ銃が握られている。視線を左に巡ら すと、誰かが倒れているのが確認できた。 (撃ちあった……のか?) もう少し近づこうと斜めに数歩進んだ時、肩に掛けていたバッグが木の枝に引っ かかり、ドサリと音をたてて落ちた。 (しまった)
「誰!?」 嗚咽をぴたりと止め誰何してきた彼は、振り向いたこちらに銃を構えた。 「誰かいるのか?」 (……出ていくしかないか) いないふりをしても、近づかれれば存在はすぐにバレるだろう。 (頼むぞ) 彼に自分の言葉が届くことを祈りながら、久慈はゆっくりと足を踏み出した。 秋の日差しがじんわりと身体を射る。 久慈は両手を顔の横にかかげ、銃を向けてくる彼の真正面に立った。 相手との距離はまだだいぶあるものの、顔はちゃんと見える。が。 (困ったな……誰だっけ?) 名前がわからない。 二軍の若い選手だ。キャンプは二軍スタートだったので見覚えはある。思いつく 名前もいくつかあるが、いまいち顔と一致しなかった。 この距離では叫ばなければ会話をしようと思っても成り立たない。 (もうちょっと近付かなきゃダメだよなぁ) 銃は真っ直ぐにこちらを向いている。黒い銃口はまるで地獄の入り口だ。見るな と自分に言い聞かせても、目はそこに吸い寄せられる。全力疾走した後のように 心臓が早鐘を打ち、足がカクカクと震えた。極度の緊張で気を失いそうだ。 ―――素人が銃を撃って命中する確率は低いだろう。 すぐ近くに誰か倒れている現状にそぐわない考えではあるが、今はそんな不確定 要素を拠り所にするしかない。 意を決した久慈はつま先にじりじりと力を入れた。
(撃たないでくれよ) そろり、と一歩近づく。 (……よし) 緊張に包まれた空気に変化は起きなかった。 (そのままだぞ、そのまま) 久慈は目線をずらさないように気をつけながら、二歩、三歩とゆっくり進んだ。 ほんの少しの時間が、何時間にも感じられる。自分と相手の距離は少しずつ縮まり、 少々大きな声を出せば会話はできそうなところまできた。 (あとちょっと……) 「来るな!」 突然の制止の言葉に、久慈はぎくりと動きを止めた。 「俺は……」 彼はそう言ってうつむき、また嗚咽をもらし始めた。 泣きたいのはこっちだ。久慈は急激に上がった心拍数を押さえるように、大きく 息を吐いた。 (せめて銃おろして泣けよ) それきり、泣くばかりで向こうは何も言ってこない。このままでは埒のあきよう もないだろう。久慈は思い切って声をかけた。 「……ねぇ」 ばっと顔を上げた彼は、あわてて両手に持っている銃を握り直した。 「撃つなよ!」 久慈のとっさの叫びに、彼の肩がびくりと揺れる。 「撃たないで!」 いつ撃たれてもおかしくない。
自分が鉄の弾に貫かれて倒れ込む姿が頭をかすめる。 そんな想像を無理矢理頭から引き剥がし、久慈は言うべき言葉を必死で考えた。 ―――やめなさい?信じてくれ?……もう!何て言ったらいいんだ! あせりと恐怖でうまく考えがまとまらない。それ以前に、こんな状況下での最良 の言葉なんてわかるはずもなかった。当然だ。銃で威嚇してくる相手にかける言 葉など、学校でも職場でも習わないのだから。 (とにかく、何か言わないと) 「なにもしないよ、武器も持ってない。ただ」 「俺は!」 強い遮りに、久慈は言いかけた言葉を飲み込んだ。 「人殺しなんです、だから、あなたを殺すことだって、でき……」 途切れ途切れに発せられた言葉は、少しずつトーンダウンし、最後の方は聞き取 れなかった。 「……俺を殺したいの?」 「……」 答えはない。かわりに、銃を持つ腕がぶるぶると大きく震えるた。ずっと泣き続 けている彼の顔は真っ赤だ。その赤い顔は人を殺したがっているようにはとても 見えない。久慈は止められていた足を、一歩動かした。 「来ないでください!撃ちますよ!」 「わかった!わかったから、撃つ前に教えてよ」 「俺が、誰を殺したか、ですか?」 「違う違う。……どうしてそんなに泣いてるの?」 「!」
彼の震えは腕から身体全体へ広がっている。錯乱状態と言っていいだろう。銃口 は相変わらずこちらに向いたままだ。背筋がスースーする。 ―――怖い。 「まだ撃たないでよ!質問に答えられる?」 彼は何度も首を横に振った。 「わからない?」 反応なし。しゃくりあげる荒い息が返事を邪魔しているのだろうか。 「人殺しって勘違いじゃない?」 彼は再び首を横に振り、視線を左に移した。久慈も同様に視線をやる。その先に 倒れ込んでいる人物は久慈が見た時と同じ格好のままで、動いた様子はない。 「……ついさっきも、あ、浅井さんを、俺が」 (浅井か) やっと正体をつかめた浅井良(背番号12)は、ぴくりとも動かない。ここから 一見しただけで生死の判断をつけることは不可能だ。しかし、久慈に迷っている 暇はなかった。 「大丈夫!生きてるよ!」 「……?」 彼はまた首を左に向けて、倒れている浅井の様子をうかがった。もちろん動かない。 「でも、俺が撃って、倒れた」 「撃たれたショックで気を失ってるだけで、死んでるわけじゃない」 嘘だ。 確認していないのだから、生きているか死んでいるかわかるはずもない。 相手に反論する時間を与えないよう、久慈はたて続けに話しかけた。 「俺もわからないんだ」 ―――なぜ、こうして銃なんかを突きつけられなくてはならないのか。
「一緒に考えてくれない?ひとりじゃ不安なんだ」 言いながら、久慈は再びゆっくりと足を前に進めた。 「俺なんか……人を、殺したのに」 「本質はそこじゃない」 「……」 「おかしいよね。俺達は野球選手で、殺し屋じゃないんだから」 一歩。一歩。足をするようにして前進する。近づかれていることに気づいている のかいないのか、彼は何も言ってこない。 「どうしてこうなったか、これから考えよう。遅くはないよ」 この殺人ゲームをするに至った過程を監督に説明されはしたが、人が死ぬ理由に しては弱すぎる。とても納得できるものではない。 「俺に力を貸してよ」 そう言ったところで足を止めた久慈は、目の前の彼の顔を見て、内心苦笑した。 (ひどい顔だな) 泣き続ける真っ赤な顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、それこそわけがわからな い状態だ。相手との距離はほんの数メートル。今発砲すれば、素人でも命中させ られるだろう。でも、もう彼は撃ってこないんじゃないかと久慈は思った。 「俺を撃たないでくれる?」 「……」 少しの沈黙の後、彼はぱっと銃から手を離したかと思うと、久慈に駆け寄り腰に がばっと抱きついてきた。 「わっ」 彼の両手からこぼれ落ちた銃に目を奪われていた久慈は、腰にタックルをくらう という予想外の展開に踏ん張りきれず、背中から地面に倒れ込んだ。
(いってぇ) 目を開けて見えたのは、真っ青な空。さっきまでは全く聞こえなかった波の音が 耳に届く。汗で湿ったユニフォームを通して、冷たい風が身体をなでた。 ―――なんとか、死なずにすんだ。 「うっ……ふっ、うう……」 波の音よりはるかに近くで聞こえる嗚咽。彼は相変わらず泣きっぱなしらしい。 上半身を起こした久慈は、腰にしがみついてくる後輩の背中をなだめるように何 度もたたいた。その背中に記されている「ARAI 49」の番号。 (新井、ね) 彼―――新井智(背番号49)の心を支配していたのは恐怖と後悔の念だ。 殺されたくないという恐怖。その恐怖から逃れるために人を手にかける。すると 恐怖は人を傷つけてしまったという後悔に変わる。その繰り返し……。 (早くなんとかしないと) 人を殺さずにゴールに着く方法があるはずだ。 目の前一面に広がる海を見ながら、久慈はチームメイトの顔を思い起こした。 金本、桧山、矢野、若い奴にだって頼りになりそうな同僚は何人もいる。みんな 知恵を出してくれるだろう。自分もベテランだ。その中に入らなければならない。 そして――― 誰より、球団と選手を繋ぐ選手会長。言葉ではなく、その実力と実績でチームを 引っ張る彼。 (チームリーダーはお前なんだから) 久慈は思い浮かべた静かな横顔に、心の中で呼びかけた。 (選択を間違えるなよ、今岡) 【残り38人】
615氏、乙です! 今岡・・・
カコイイ…御大&太陽のくだりと比較すると泣ける…
このあたりが御大と久慈さんのキャラの違いだなぁと思わず納得してしまった。 新井は石毛を殺したあとに浅井もやっちゃったのか・・・
太陽じゃなくて球児でした…すいませんお恥ずかしい
ベテランらしいお仕事だ・・
保守
>93 リレーの15話を参照
>>86 より
39.問題外
鳥居をくぐり、長く急な石段を登ると、木々に囲まれたささやかな祠があった。
拳銃をポケットに差し、その前で静かに手を合わせる。こんなことをしても
所詮は気休めに過ぎないと分かっている。それでも、真剣に願った。
(これ以上、誰も死にませんように。残りの皆で生きて帰れますように)
祈り終わると、小宮山は再びワルサーPPK/Sを抜き出した。
「よお、こんなとこで神頼みか?」
突然声をかけられ、小宮山はびくりと振り向いた。かすかな笑みを浮かべ、
石段の前に桜井が立っていた。生存者の中では最も年の近い先輩。
だが、そのユニフォームをいろどる多量の血を見れば、彼が人を害したことは
疑いようもない。小宮山の心は急速に暗雲で埋めつくされていった。祈った
そばからこんなのありか?と文句をつける余裕もなく。
「ふうん、ええもん持ってるな。もう誰か撃ってみたりしたんか?」
小宮山は返事せず、というよりできず、桜井が視線を送る拳銃を握り締め、
恐怖を懸命に抑えつけながら彼に向き直った。
「まあ、無理やろな。お前には。――小宮山、そいつを俺によこせや。
そしたら何もせえへん」
右手に斧を持つ桜井は左手のひらを上に向けて差し出した。
「そんな……渡したら、どうせ……殺すんでしょう?」
ようやく発した声は我ながらひどく震えているのがよく分かった。自分で口に
した「殺す」という言葉に小宮山の全身は総毛立った。そうだ、このままでは
きっと殺される。田村、そして萱島のように。今までは直接遭遇することの
なかった死の危険がついに訪れたのだ。
「嘘やない。お前なんか殺してもしゃあない」 桜井は軽く首を横に振った。だが、信じられるわけがない。 「……できません。こ……来ないで下さい」 後ずさりつつ小宮山は胸の前でぎこちなく銃を構えた。 (え……っと、安全装置を、はずすんだっけ?) もたつきながらも引き金に指をかけるところまでこぎつけた。弾はセット されている。一度も撃ったことはないが、この距離ならおそらく当たるだろう。 しかし、自分には人を撃つことなどできない。小宮山は今もそう思っていた。 だから、あくまで威嚇のつもりだった。 「手ぇ震えてるぞ。そんなんで撃てるんか?」 桜井は動じる気配もなく、相変わらず薄く笑いながら近付いてくる。どうやら、 撃てないものとたかをくくっているらしい。悔しいが、そのとおりだ。 (頼みますから、来ないで下さい!) 小宮山は思い切って引き金を引いた。反動はさほどではなかったが、銃声に 思わず目を閉じる。桜井も一瞬目をつむったが、発砲の直前、小宮山が 意識的に銃口をそらすのを見逃さなかったため、あまり驚いた様子は なかった。弾丸は桜井の左肩の横を通り過ぎて行った。 再び目を開けた時、小宮山は自分に向かって猛然と突進してくる桜井を見た。 とっさに身をひるがえして駆け出そうとしたが、遅かった。左腕をつかまれるが 早いか、背骨が折れるかと思うほどの一撃を受けた。斧のみねで背中を したたか打ちすえられ、小宮山は歯を食いしばりながらよろめいた。そこへ 続く一撃が見舞われ、倒れこんだところを押さえつけられた。拳銃は 手放さなかったが、それもすぐにもぎ取られた。
「田村とかに比べたらマシやけど、お前もたいがい甘いな」 力なく伏せる小宮山の上から桜井の声が降ってきた。 「た……むら……さん?」 背中の激痛のせいで思うように声が出ない。小宮山は顔をゆがめながら 思い出していた。忘れもしない、体育館を出た直後、自分の心に底知れぬ 戦慄を投げかけたのが、血に染まった田村の変わり果てた姿だった。 「……まさか、田村さんを……あんなひどいこと」 「見たんか? ああ、俺がやった。あいつも松下も人が好すぎや。 松下なんか、この血だらけのユニ見ても騙されるんやから」 あざ笑うでもなく誇るでもなく、ただ淡々と桜井は言ってのけた。 「松下さんまで? それに『騙されるんやから』って、騙して殺したって ことですか!? どうして、そんな――」 背の痛みをよそに小宮山はわめいた。しかし、首の後ろに響いた軽い衝撃に 黙らせられた。見えないが、ワルサーの銃口が押し当てられたに違い なかった。自分を苦しめたもう一つの恐ろしい光景がフラッシュバックする。 あの時と同じだ。自分はアイスピックではなく銃で撃ち抜かれるのだ。 もう、おしまいだ。観念したように小宮山は固く目を閉じた。 「あ、これか」 唐突な桜井の一言とともに、首筋を圧していた気味悪い感触がふっと消えた。 小宮山はそれでもじっと動けなかったが、しばらくして背にのしかかっていた 重みが失せたことに気付き、おそるおそる目を開けた。桜井は空いている 左手で小宮山の肩にかかったカバンの中身をぶちまけ、予備のマガジンが 入った袋を取り出し、自分のカバンに移していた。その作業が終わり、 立ち上がったところだった。
小宮山はゆっくり身体を起こし、おずおずと桜井を見上げた。 「言うたやろ。お前なんか殺してもしゃあないって。だいたい殺すつもり やったら最初にこいつでバッサリや」 桜井は小宮山の疑問を読んだように言うと、傍らに置いてあった斧を拾った。 「ほっといても、お前はたぶん生き残れへん。俺はべつに人殺しが楽しい わけやないし、武器も大事に使わんとな」 その言葉を最後に桜井は、小宮山には一瞥もくれず歩き出した。小宮山は 何か言おうとしたが、言葉の代わりにまた涙がこぼれはじめた。命が助かり ホッとしたのか? それもあるが、あまりに自分が情けないからだ。要するに、 なめられているのだ。歯牙にもかけられていないのだ。殺すほどの存在では ないから生かされたのだ。だが、現に終始身くだされたまま無抵抗に等しい 状態で武器を取り上げられてしまった。そんな自分が嫌になる。 (どうして、こんなに弱いんだろう?) 服についた土を払うことも散らばったカバンの中身を戻すことも忘れ、 小宮山は地面に両手をついて嗚咽した。 涙で赤くはれた顔を上げると、石段を降りかけている桜井の右手に握られた ワルサーPPK/Sが目についた。先ほどまで自分の持ち物だった銃だ。 ほうっておけば、あれが誰かの命を奪う。 (駄目だ。そんなこと――) 小宮山は脱げ落ちた帽子だけをしっかりとかぶり直した。そしてふらふらと 立ち上がり、石段の向こうに消えつつある桜井の背中をおぼつかない 足取りで追った。 【残り38人】
続けて行きます 40.生かすか殺すか 「……待って、下さい」 涙声でつまりながら、小宮山は石段の最上段から桜井に声をかけた。 「その銃、どうするんですか? また、誰かを……殺すんですか?」 桜井は意外にもすぐ立ち止まり、振り向いた。 「銃ってのは、そのためのもんやろ」 「もう……やめませんか。人殺しが楽しいわけじゃないんでしょう?」 「楽しいわけやないけど嫌でもない。生き残るためにはしゃあない。 これはそういうゲームや」 涼しい顔でそう言うと、桜井はもとのように石段を降りはじめた。 「納得、できるんですか? こんなゲームに……」 「お前もしつこいな。せっかく殺さんといてやったのに」 桜井はもう一度振り返った。いい加減にしないと殺すぞ――射るような 眼差しがそう言っている。首に銃口を突きつけられた時のように小宮山は 口を閉ざし、硬直した。その様子を見た桜井はまた背中を向けて歩きだした。 おそらく、これ以上何か言っても無駄だろう。 (でも、俺はこの人を止めないと――) 小宮山は一つ大きく息を吸って吐くと、地面を蹴って、跳んだ。 「な――」 桜井には完全に予想外の攻撃だった。背中に強烈な体当たりを食らわされた 彼はバランスを崩して転倒し、小宮山もまた跡を追うように石段を転がり 落ちた。周囲の景色がぐるぐる回る中、二人は折り重なって鳥居の手前の 地面に叩きつけられた。上になった小宮山はすぐさま顔を上げ、身体中の 痛みをこらえて辺りを見回した。頭の先に帽子が二つ転がり、向こうに ワルサーが落ちていた。それを取ろうと這いながら手をのばしたが、その 瞬間、下からこぶしで思いきりみぞおちを突き上げられた。桜井は素早く 身体を起こすと、もんどり打つ小宮山に飛びかかり、仰向けに倒した。
「このやろぉ……」 小宮山を鋭くにらみつけると、桜井は乱暴に両手を首にかけて絞めに かかった。その顔は怒りで真っ赤に染まり、先ほどまでの冷たくも余裕に 満ちた表情とはまるで違う鬼のような形相だった。今度こそは、本気で殺そうと している。小宮山は絡みつく手を懸命にほどこうとしたが、凄まじい力だった。 あらがえばあらがうほど、ぐいぐいと指が喉元に深く食い込んでくる。顔が膨張 してゆくような感覚にとらわれ、目からは苦痛の涙が、口の端からは唾液が 流れ落ちた。 それでも小宮山はあがくことをやめなかった。記憶を頼りに右手で必死に 地面を探り、同時に左手を桜井の顔面にのばし、目に、鼻に、頬に爪を立て、 無我夢中で引っかいた。桜井は思わず手の力をゆるめ、顔をそむけた。 彼の意識は、そこで途絶えた。 絞め殺されることがいかに苦しいかを思い知りながら、小宮山はようやく 解放された喉に手を当て激しく咳き込んだ。耳がじんじんと鳴り、頭が くらくらする。感情とは無関係にあふれる涙はまだ止まらない。それらが 収まった時、はじめて自分が何をしたかに気付いた。 すぐそばに桜井が倒れ伏していた。ぐったりと目を閉じ、動かない。頭からは かなりの血が流れており、その傍らには、みねの部分がわずかに赤く染まった 斧が転がっている。小宮山は焦点の定まらない目で桜井と斧を交互に 見つめた。どうやって桜井の身体の下から這い出たかはよく憶えていない。 しかし、文字通り死に物狂いで斧を掴み、自分の爪を避けようと首をひねった 彼の頭を殴りつけた時の手ごたえは生々しくよみがえってきた。
一瞬、頭が真っ白になった後、全身ががくがくと震えだした。昨日から幾度と なく体感したそれは死におびえてのものだった。今は違う。自分が取り返しの つかないことをしたという恐怖から来る震えだ。 (落ち着け! ……まだ分からないだろ!) 胸の前で腕を交差させ、両の二の腕をぎゅっと強くつかんだ。殺したと 決まったわけではない。確かめなければ。 小宮山はおずおずと桜井の片手を取り、手首に指を当てた。手の震えが 止まらないためなかなか分からない。殺人の罪におののく一方で、今にも 相手が目を覚まして襲いかかってくるのではないかという矛盾した恐れと 戦いながら何度か繰り返し、やっとのことで確信を得た。はあーっと大きく息を 吐き、小宮山は両手を地面についた。脈は確かに、指の下で一定のリズムを 刻んでいた。 (だけど、桜井さんをどうすればいい?) 束の間の安堵はすぐに困惑へと変化した。気を失った桜井をこのままにして 去った場合、目覚めれば間違いなくまた誰かを手にかけようとするはずだ。 これまでに少なくとも二人の命を奪い、自分も殺されかけたのだから。 かと言って、とても一緒に行動することはできない。悲しいが、自分には 彼を止めるだけの力はない。 小宮山の心はぐらぐらと揺れた。桜井を止めたい。その一心で彼に飛び かかった。あの時は具体的なことは何も頭になかったが、今、そのために 取れる確実な方法は一つしかない。思いもよらなかった恐ろしい考えに 思わず頭を大きく左右に振った。 (いや、殺さなくても、武器を取り上げれば――) そして丸腰にされた桜井はどうなる? 誰かに殺されるか、新たに武器を 手に入れようとするかだろう。結局、同じことなのだ。
小宮山はしばらく考え続け、思いつめた顔で斧を手に取った。だが、この 凶器が引き起こす凄惨な光景――アイスピックの比ではないだろう――を 想像し、また地面に置いた。ため息をつき、今度は離れた場所に転がった ままになっていたワルサーPPK/Sを拾い上げる。 自分は誰も殺せないし、殺したくないと思った。何があってもこの狂った ゲームに呑み込まれまいとも思った。この考えに間違いはないはずだ。 だが、このまま桜井を生かしておけば、新たな犠牲者を産み出しかねない。 そうと知りながら放置して去ることは、誰も殺したくないからと言えば 聞こえはいいが、実は非常に無責任ではないか。 小宮山は桜井の傍らに膝をついた。 「……桜井さん、俺にはこうする以外にあなたを止められません。申し訳ない けれど、あなたを殺します」 しかし、今も殺したくないという気持ちは変わらない。自分は人を殺して平気で いられるほど太い神経は持っていない。その罪と重みと苦しみすべてを 背負って生きて行けるほど強くもない。 「だから、その後で――俺も死にます」 ゆっくりと銃を構え、小宮山は桜井の頭に照準を合わせた。その手はもはや 震えてはいなかった。 【残り38人】
924氏、乙です!!
連投キタ━━━━ヽ(゚∀゚ )ノ━━━━!!!!職人さん乙です! バンビ…
職人さん連投乙です!・゚・(ノД`)・゚・。
第十一章・気骨/負けられない思い “上には上がいる” 得てして、勝負ごとの世界にはこの言葉がついてまわる。 殊に闘い続ける者たちは、この言葉を信じようとしない。 いいや、敢えて信じたくはないのだろう。 …生き残るための試練は、決してまだ終わったわけではなかった。 熱と雨を運ぶ風が、野口の頬を乱暴に撫でた。 『ぐふ、ぐふふぅ…』 男は不気味に嗤った。 「………っ」 どくん、どくん……! 生唾を飲み込む野口の心臓は、さざなみで満たされた。 (間違いない…) 野口は悟った。 この者こそ、高山の言う最強の戦士。 真に狂える者。狂人の中の狂人だ。
「名は何と云う…?」 野口は問う。 だが、本当は訊くまでもなかった。 なぜなら、その者は野口が最も良く知るものの一人だったからだ。 『オレは…岡田、彰布…』 ――なぜなら彼は、他でもない自分たちのチームの、監督だったからだ。 『――オレがクリンナップよ』 「監督…? わ、若い……」 そう、そして何より面妖なことには、その岡田は若かった。 だが若き岡田のおもてには、現在と何ら変わらぬ歪んだ笑みを浮かんでいる。 若き岡田は、右の頬や右腕が一部焼け爛れている。 野口は知らない、それが久慈の死による炎であることが。 若き岡田は、その身体に夥しく真紅の血糊を纏っている。 野口は知らない、それが仲間の死による返り血であることを。 だが野口は知っていた。自分にも、仲間と同じ災厄が降りかかってしまったということを。 決して逃れられない現実として…。
その頃、左翼のあたりでは赤星と金本が雨宿りをしていた。 だが強い雨風の中ではあまり効果があがらず、すでにずぶ濡れになっている二人は、もう濡れることを阻止しようという考えはほとんどなかった。 「いいんですか、金本さん」 「んー?」 唐突に聞いてくる赤星に、金本はその表情に疑問符を浮かべた。 「野口さんですよ。藪さんたちがいなくなったから、一人になってるんじゃ…」 「ああ…」 「ノリで別れちゃったけど、合流したほうがいいんじゃないですか?」 「いや、ええやろ別に」 「えっ?」 「野口には目的があるからの。一緒におったら邪魔になるやろ」 「そうですかぁ? 目的ならオレたちも同じようなものじゃないですか」 「そやったら、何もせんでもそのうち会うやろ」 「あ〜」 適当なことを言う金本に、赤星は思わず間延びした声をあげた。 「…それもそうですね」
同時刻、同じ左翼付近では豪雨と暴風の中、ウィリアムスが駆けていた。 ユニフォームの中にはボウガン。そしてナイフもいくつか隠し持っている。 そして腰には刃渡り70cmほどの忍者刀を差していた。 (ん、あいつらは…) 音を極力消しながら走るウィリアムスは、前方に並んで呆ける赤星と金本を見つけた。 二人はまだウィリアムスに気付いていない。 強襲をしかければ、確実に仕留められるだろう。 だがウィリアムスはそうしなかった。二人の前で足を止めた。 「よう」 その段になって、やっとウィリアムスの存在に二人は気づいた。 「う、ウィリアムス! 何の用だ!?」 赤星は思わず身構え、声を荒げた。 “仮にも同じチームの仲間に対して、哀しい反応だな…” 露骨に警戒心を見せた赤星に対して、不意にウィリアムスの脳裏にそんな感情が浮かんだ。 だがそれもすべて、これまで沢山の仲間を殺してきた己の業というものだ。 そんな弱気な考えを、ウィリアムスはすぐに霧散させた。
「そう身構えるな。ここでお前たちと戦う気はない」 「何だって? じゃあ何の用だ!」 「聞きたいことがある」 「………」 ウィリアムスにどうも不審の空気を感じ、赤星は言葉を詰まらせた。 どうやら彼は自分たちに攻撃してくる気はないらしい。 (聞きたい事……? どういうことだ…?) 「お前ら…ランディ・バースがどこに居るか知ってるか?」 返事を待たずに、ウィリアムスはそう問いかけた。 そしてその問いは、赤星の冷静さをさらに奪った。 「バースだって!?」 「そういえば、そんなんがおるらしいわな」 「知らんか…」 二人の反応を見てそう察知したウィリアムスは、舌打ちをしてからもうここには用はないとでも言いたげに踵を返した。 「行った…のか?」 「そうみたいやな」 「…何でオレたちを見逃したんでしょうかね」 「あ〜〜…」 赤星の問いに、金本は間延びした声をあげて考えたあと、適当な結論をつけた。 「面倒くさかったんやろ」 「それもそうですね」 なんだかよくわからないまま、雨が止むまで雨宿りは続く。
ども。 新スレおめでとうございます。今回は前スレ>336からの続きです。 このスレはdat落ちさせないようがんばっていきましょう。
>>103 41.仔猫が牙を持つ
彼らにとって不運だったのは、その家の玄関が引き戸であったという事だ。
ごとん……ぐちゃ、っ。
文字にしてみればそんな音。
「こ、これ、これッ……!!」
ああ。
頭の中に白ペンキでもぶちまけたが如く、思考回路と情報受容回路が
ハングアップしてゆくのをぼんやりと感じていた。きいん。耳の奥で金属音。
ジェットコースターが猛スピードで下り始める時の無重力状態のような、
臓腑を震わせる悪寒が一瞬だけ背筋に絡みついたが、それさえもすぐに
あやふやなものへと変わった。
確かだったのは、江草が自分の左袖をぐっと掴んだ事だけ。
「……あ、あ……」
自分の目がこれ以上ないくらいに見開いているのを認識する。
眼球が乾いて痛い。けれどまぶたが動かない。手も、足も、頭も、唇すらも
ぎっちりと硬直したままで、引きつれたような声を上げる隣の男を宥める事も、
落ち着かせてやる事も出来なかった。
「前川さん」
カラカラ、掠れた声。
壮絶なまでに血みどろになったその名前を呼ぶ。
飛び散った血液。立ち尽くす二人のズボンの裾には細かく赤い斑点。
床にも点々と綺麗な放射線状に血の模様が浮き出ている。倒れた前川の
濡れた唇から、新たにねっとりとした緋色の滴りがつうう、と伝って床に落ち、
その濃い水溜りがぷっくり膨らんだ形のまま薄暗い中で震えていた。
「!江草、ちょ、しっかりせぇ!」 袖にがくんと負荷が掛かったのに慌てて彼の方を振り返った。左手で頭を 庇うように覆い、右手では指が白くなるくらいに杉山のユニフォームを 握り締めている。その手の中で、刺繍された虎がぐにゃりと歪んだ。 「ごめ……ちょっと、頭、痛くなって……」 「解った、解ったから、とりあえず座り」 力が抜けて滑り落ちた右腕に、それからわき腹に手を回して支えてやると、 江草はごめんともう一度詫びる。 「気分悪ないか?脳貧血かも知れへんな」 かくんと膝を折る彼に声を掛けながら、こんな近くで血だらけの死体を見たら そりゃ気分は悪いだろうと心の中で呟く。つん、と鼻腔を刺激する血の匂い。 自分だって江草と狩野がいなければ悲鳴をあげていたかも知れない。 「……」 たっぷりとした沈黙がその場を支配した。 江草の傍に屈んだ杉山は後ろを振り返る。気配は感じていたのだが――― 予想通りの光景をそこに見出し、どうしたものかと心底困り果てた。 「杉山さん、それ……」 位置的に全てを見る事は叶わなかったらしい。しかし確実に一部を視界に 捉えているであろう彼―――狩野恵輔が、はっきりとした目鼻立ちを 解りやすい恐怖の形に歪めて、自分の顔を見つめていた。 「狩野、落ち着け」 言っている自分が震え出してしまいそうだった。実際、江草の背中を擦る手は 小刻みに震えているし、咽喉は干上がっている。それを無理矢理押し殺して、 努めて低い、落ち着いた声を出そうとする。 (落ち着くんはコイツやない。俺の方や) 俺まで取り乱したらどうしようもなくなる。落ち着け、落ち着くんだ。 ひたすらそう自分に言い聞かせて、杉山は細く息を吐いた。
「すぎやまさ」 「落ち着け」 「だって、それ……ッ」 「狩野、落ち着け。何も考えんと深呼吸すんのや。……目ェ閉じて、深呼吸し」 青い顔でこくこくと機械人形のように頷き、言われるままに目を閉じる狩野。 肩からずり落ちた毛布を掴む指先にはやはり血の気がなく、疲弊した表情が ショックと恐怖とで輪を掛けて悲惨な状態になっている。 肩を何度も大きく上下させ、必死にパニックと戦うその姿は可哀想なくらいに 正常だった。 (免疫、か) 殺された中村泰広に遭遇していなかったらと考えると空恐ろしくなる。 佐藤の遺体はホンモノだったけれど、やや当事者感に欠けていたというのが 実情なのかも知れない。選手たちが混乱と困惑を一様に言い立てる中、 フィクションとしてさえお粗末な筋書きを一方的に説明され、ゲームのように 進行された「佐藤コーチの死体、出現」。 確かにみんなショックを受けていた。確かに死という恐怖を感じていた。 しかし、どこかで自分との一線を引いていたのではないか? ついさっきまでは割合しっかりしているように見えたのに、目の前に死体を 突きつけられた江草の反応を、狩野の動揺を見て、杉山はそう分析する。 「……二人とも、落ち着いたか?」 落ち着いてくれよ、頼むから。 知らず、握り締めていた銃のグリップが汗で滑る。江草の支給品だ。 (でもこの調子だと俺が持ってたほうが良さそうだな) 勝手にそう結論付ける。構いやしない。多分、撃たれた時にためらいなく 撃ち返せるのは自分だけだ。それを江草が望むにせよ、望まないにせよ。
杉山は江草と狩野を交互に見た。座り込んで俯く江草と膝立ちのまま 目を閉じた狩野。恐怖と混乱に浸された二人。 ―――比較的戦えそうなのはやっぱり俺だ。少なくともこの中では。 憂鬱な事実を再認識させられて、ぐっと右手に力を込める。そこにあるのは 馴染んだボールの感触でも、バットのグリップの手触りでもない。武器だ。 人を殺すための武器だ。 (違う) そうじゃない。俺が、俺がこの武器を握っているのは。 (こいつらを守るためやろ?) 詭弁だろうか? ……たとえ詭弁であったとしても、誰かに文句を言われる筋合いはない。 あってたまるものか。こんなろくでもない殺し合いを強要されているのだから。 「大丈夫、やな?」 もう一度、噛んで含めるような口調で確認する。蒼い顔のままではあったが 聞き分け良く肯く二人に、とりあえずは胸を撫で下ろした。 「心配せんとき。お前らの事は、俺が守ったる。な?やから、落ち着いて これからどないするか考えよな」 ああ、こんなの俺のガラじゃない。こんな安っぽい正義の味方みたいな台詞。 でも仕方ない。二人ともこんな状態だし。 杉山はゆっくりと立ち上がった。縋るような目で見てくる江草に、ちょっと 座っとって、と言い捨てて前川の傍らに膝をつき、倒れた彼の肩に掛かった 血染めのバッグを取り上げ、覚悟を決めてその遺体をじっと観察しだした。 込み上げるものはじっと押し殺した。押し寄せる苦痛や悲しさに穿たれてでも、 生き残るための情報が欲しかった。 背中にひしひしと感じる二人の視線。それはそのまま二人分の命の重さだ。 簡単な検分を終えて振り返った時、二人とも指一本動かしてはいなかった。 「江草、立てるか」 手を貸してやると彼は存外力強く手を握り返してくる。その目に涙はもう 浮かんでいなかった。……悲しい色はどうしても消えなかったけれど。 その淡い澱みにまた一つ、胸の奥が痛くなるのを感じた。
狩野の隣に江草を座らせ、自分も腰を下ろす。そして二人が自分の方を 見ている事を確かめてからこう切り出した。 「あのな。俺は、この家はもう出た方がええと思う」 「……どうして、ですか?」 「前川さんや。前川さんは多分、ここより離れた場所から来た筈や」 島の地図を広げて現在位置をペン尻で叩き、周囲をぐるっと囲むような ゼスチュア。その確信のこもった言葉に江草が怪訝な顔をする。 「何でそんな事が解んの?」 「あの傷……多分、あれは銃で撃たれたんやと思う。胸より背中の方が 傷が大きかったし、あんな酷い傷つけるには刃物とかやと無理やんか」 とんとん、と胸の辺りを示し、せやろ?と江草に同意を求めると、さっきは そんなところまで観察してたのか、と顔に書いて見せてくる。 「やのに、さっきから銃声とかが全然聞こえへん。まぁサイレンサーっていう 可能性もあるけどな。で、そこの窓から見える範囲でも、向こうから ずうっと、この家まで血の跡が続いてる。でも、誰も―――前川さんを 撃った奴が追っかけてくる気配があらへん」 「途中で見失ったとか?」 「それか、撃った相手も重傷で追って来られへんのかも知らんけど。でも 前川さんの武器は多分これやで?」 差し出した右手のひらには小さな十徳ナイフ。血痕も脂の曇りもない。 「撃った奴は無事やけど、何かの理由で追っかけて来れへんかったか、 敢えて深入りせんかったん違うかな」 「それで?」 「つまり―――この家からかなり遠くまで、あの血の跡が続いてる」 「……そっか!」 言わんとしているところを二人は漸く理解したらしい。
「その跡を、他の、誰かに見られたら」 「やる気になってる人だったら、ここに向かってくるかも知れない……?」 「ビンゴ」 人差し指をぴっと江草の顔に突きつけ、杉山。 「これ以上ここにおんのは危険や。人がおるっていう看板掲げてるような もんやし、俺は違うトコに隠れた方がええと思う。ここからもう少し離れた ……せやな、H-3とか、この辺りがええんとちゃうかな。禁止エリアに ちょっと近いから、人が寄りつかんと思うし。あんまし遠くまで行くんも 危ないかも知れへん。―――とにかく、動くんなら早よした方がええ」 解るな?と杉山が二人の目を見る。焦燥を帯びた真剣な眼差しに、 どちらの咽喉は解らなかったが嚥下する音が大きく響いた。 「……裏の勝手口から出よう」 江草の提案に二人が頷く。 誰ともなく立ち上がり、荷物を集め始めた。微かに漂う血の臭いが否が応にも 三人を急かし、ひたすら無言のうちに六本の手が動く。 最後に部屋を出る間際、杉山はついと振り返った。 視線の先には前川の遺体がある。眠るように―――きっと眠かったんだろう。 眠くて、疲れきっていたに違いない―――軽く目を閉じたその顔が、倒れた 形のままこちらを向いている。 何故か、彼から視線を外すことができなかった。 (どうしてこんな事になったんやろ) あの姿は、自分たちがそうなっていたのかも知れないという一つのだ。 認めたくもない、受け入れたくもない、だが事実そのものだ。 だから目に焼き付けておこうと思った。 自分は躊躇してはならない。少しでも迷えば、自分だけではなく江草と 狩野までもが前川のように無残に殺されてしまうかも知れない。迷わない為に、 自分を『殺す』為に、杉山はその赤にひたりと視線を当てた。網膜を灼く 緋色の痛さを憶えておこうと思った。 自分より些か優しい気性らしいこの二人を守ってやるのだと、決心していた。
「……行こう」 静かに自分の様子を見守っていた二人がこくりと頷く。 二人とも自分なりに飲み込んだようだ。それでいい。今はそれで十分だ。 そう思いながら、杉山は低く低く、そっと一つ言葉をつむぐ。 「死ぬもんか」 それは口の中での小さな呟きだったけれど、江草には聞こえたようだった。 ぴくりと動いた目元がそう言っている。その目元が少し翳りを含んだ色を 刷いたのを、痛いと訴えかけているのを、杉山は見ない振りをした。 自分だって痛い。あちこちが軋むように痛い。 それでも、武器を持つ自分はそんな泣き言など言ってはいられないのだ。 それを口にしてしまったら『魔法』は解けてしまう。この器用で小利口な、 計算高くて合理主義の右腕が、主の命令に従わなくなってしまう。 そうなってしまったら、その先に待つのは言うまでもなく。 「絶対、生きて帰ろな」 「……うん」 「絶対やで。絶対、また野球するんやから」 「うん」 「狩野も野球したいやろ?死にたないやろ?」 「はい……」 そう、生きて帰るんだ。生きて帰って野球をするんだ。 銃を握る手が熱い。 頭の奥が、とても熱い。 ちりちりと炙られるような疼痛が走る。それは足の裏から頭の先までを 貫くようにして、身体の芯を走り抜けて去った。 その感情の名は、。 「生きて、帰ろな」 【残り38人】
立て続けに新作が来てる! 皆さん、本当に乙です!
121 :
542 :05/02/26 01:56:26 ID:33nShxMh0
すみません、脱字訂正です。
>>118 の上から22行目、『一つの』の後に『暗示』という語句を補って読んで下さい。
職人さん方、GJ!
123 :
代打名無し@実況は実況板で :05/02/26 20:48:54 ID:zbd4Tok6O
山本省、近藤、野村、吉川、萩原、松村、町、 このうちの誰かと前川トレードしないかなぁ
ゴバーク??
リレー、いろいろと動きがあったんですね 杉山江草狩野は無事に移動できるのだろうか…ドキドキ 久慈さんにはホッとさせられました けど小宮山あああああ!! 328氏も乙です! いつもながら笑わせていただきました どんでん怖い…
江草杉山狩野の続き待ってました
ほしゅ
こうやって読んでみると、生き残って欲しいと思う奴がたくさんいるな… でも、ダメなんだよなー
129 :
代打名無し@実況は実況板で :05/02/28 03:18:18 ID:iJhGr0le0
今年は前川とクビアンがまず自由契約
保守
19.iPodのある風景 状況に即した素晴らしい選曲だと感心すべきかどうなのか。 福原忍は手にしたiPod miniのクリックホイールの上に親指を滑らしながら、聞こえてく る旋律に意識を集中しようとしていた。渡された荷物の中からファンブック付きのこれが 出てきたときは、やはり一連の事象は冗談だったのでないかと疑わずにはいられなかった が、さりとて自分の置かれている状況が変わるわけでもない。できることといえば開き直 ることぐらいだ。 白っぽくなったコンクリート壁に背を預け、福原は瞑目して荘厳な調べに身を任せた。 孤島で音楽鑑賞とはいい身分じゃないか。入っているのがいわゆる三大レクイエムだけと いうのは微妙なところだが、CMで聞いた映画『バトルロワイアル』のテーマがVerdiの Messa da Requiemの一部だというのは分かった。だから何だと言われればそれまでだが。 福原は勤めてゆっくりと呼吸をした。落ち着いてクラシックに親しむには環境が整ってい るとは言いがたい。背凭れは硬くて垂直に過ぎ、付属のヘッドホンは洒落てはいるが性能 はいまひとつだ。腰を降ろしているコンクリ片がどうにも不安定でぐらぐらするのも良く ない。それに――。 今、妙な音が聞こえなかったか?
福原はヘッドホンを外して、身を潜めている一室の窓に駆け寄った。 音は機械の唸りのように思えた。それほど遠くない。具体的な発生源は何だろうかと考え、 エンジン式の草刈機を連想した途端、音は止んだ。 福原は油断なく視線を走らせながら、周囲を伺う。分かる限りの範囲に何者の姿も気配も ないことを確認して、彼はそっと安堵の息をついた。 と、その安堵をあざ笑うかのように再び機械音がする。福原はつきかけた息を飲み込み、 身を硬くしたが、音はまたすぐに途絶えてしまった。 音の発生源で、何が起きたのだろう? 状況を考えれば、それが不吉なものでない可能性は低いと、福原は思った。 彼は重い足取りで窓から離れ、椅子代わりにしていたコンクリートの固まりの上に再び腰 を降ろした。外していたヘッドホンをもう一度耳にかける。しかし格好だけだ。音楽を聴 いている振りをしていても、過敏になった神経はそれ以外の音ばかり拾ってしまう。 「勘弁してくれよ…」 福原は小さく呟き、頭を抱えた。ヘッドホンから、か細く鎮魂の歌が流れている。 男声パートを追いかけ、澄んだソプラノが歌う。Salva me、私をも救い給え、と。 Angela Gheorghiuの美声を以ってしても、みいつの大王の救いの腕は福原に届くものでは なかった。ヘッドホンから聞き覚えのある声が迸る。福原は思わず顔を歪めた。 「おい、聞こえとるか?俺や。岡田や」 [福原忍:iPod mini] 【残り44人】
すいません>62の続きですorz
新作乙
乙です! おはぎ来たー!
939さんのリスト、最近更新されてないっすね あの的確なまとめはいつも楽しみなんですが
まあ忙しいかマンドクセなんだと思うが、 スレ無し状態が長く続いたから気付いてないってのもあるかもな。
おお、リスト更新来てたんだ いつも乙です
皆さん乙です。 久慈さん萌え。
リレーで前川が杉山たちに発見された時間っていつ頃なんだろう? 939さんの表だと章順どおり最新の事項(15時以降?)になってるけど 自分は22章の最後で聞こえてきたごとん、という音が 41章の最初につながっているのかと思った(11時過ぎ)
職人さんたち乙!!
>141 22章は41章へ繋がってる感じだし、その解釈で正しそうだ。 時刻は文章から推測するしかないから、まとめる人も大変なんだろう。
おはぎ、クラシックファンなのか。しぶいな。
>132より 20.リング・ワンデリング 安藤優也は疲労していた。 足が重い。いくら鍛えているプロ野球選手だからといって、階段と坂ばかりの行程を休み 無く歩き回れば疲れるのも仕方ないだろう。30分もあれば一周できてしまう規模のこの島 を、様々にルートを変えながら延々と移動し続けている。 あれから銃声や悲鳴、よく分からない不審な駆動音等を何度も聞いた。いつ襲われるかと 神経を尖らせたままの強行軍である。知らぬうちに体が鉛の重さを帯び始める。 安藤は歩きながら身を屈め、痛むふくらはぎを軽く叩いた。 先を行く背中を睨む。21の数字を背負った男は、後続のスピードダウンに気付く様子もな く、変わらぬ歩調で歩き続けている。距離を広げるまいと、安藤は少し早足になった。 見失ってはいけない。苦楽を分かち合った戦友を放っておけるわけがない。 ――たとえ彼がどんな状態であろうとも。 使命感にも似たものに駆られ、危険を承知で待っていたのだ。自分に続く背番号の者―― 杉山、筒井、金澤が、あたりを警戒しながら早々に走り去っていったのは、たぶん、幸運 だった。投手仲間に後輩たちだから、顔を合わせたとしても攻撃されることはないと楽観 的に踏んでいたのも嘘ではないが。
長すぎる20分が過ぎ、待ち人は姿を現した。安藤は身を隠していた物陰から這い出し、彼 の視界に入るように素早く、かつ用心深く移動した。 吉野の顔はこちらを向いていたから、安藤は小さく手を上げて名を呼んだ。声は抑え気味 であったが、届いていたはずだった。 しかし吉野は彼には構わず、くるりと背を向けた。何か気になることでもあったのかと思 い、安藤は慌てたが、駆け寄る親友に一瞥もくれず、吉野はそのまま歩き出してしまう。 「吉野!」 思わず出た自分の大声に、安藤はギョッとして周囲を伺った。動くものはない。まるでか つての島民であるかのように、地図も見ずにすたすたと歩を進める吉野以外は。 「なあ、」 安藤は声を絞り出すようにして、先を行く背中に声を掛けた。 返事はない。振り返りもしない。もう何度目だろう? ため息をつき、安藤は歩き続ける吉野を追う。さらに足を速め、追い越すようにしてその 顔を覗き込んだ。相変わらずの無表情だ。頬の傷からはまだ血液が、血漿の比率を大きく しながらも染み出し、顎から首を伝い、アンダーシャツに吸い込まれている。 「吉野、」 再び呼びかけてみた。やはり反応はない。 元には戻らないのだろうか。安藤は唇を噛み締め、歩くことに集中した。 頭は上手く回らなかった。 【残り44人】
>145-146 乙です。吉野…壊れた??
職人さん乙です! まだ出てきてない選手達が気になる・・・
149 :
代打名無し@実況は実況板で :05/03/06 02:24:34 ID:vnXukFUE0
吉野・・・
――その者は、圧倒的な強さだった。 野口とて、決して無抵抗だったわけではない。だが一瞬で勝負はついた。 薄れゆく意識の中で、ふと野口の脳裏を掠めたものがあった。 ――まがりなりにも、いままで戦えてこれたのは、守るものがあったからだと思う。 例えば、鳥谷だったりウィリアムスだったり、藪や矢野だったり。 自分が無鉄砲に、強敵に立ち向かったときはいつも、後ろに守るべきものがいた。 守らなきゃならない相手が、自分の後ろにいたからこそ野口は今まで戦ってきた。 だが、今回ばかりは違う。 自分の後ろに、守らなければならない相手はいない。 いま自分がここで、割に合わない強敵と戦う理由はない筈。 ならば、なぜ戦おうとした――? 戦わず、逃げ出せば良かった。 それが適わぬなら、さっさと殺されてしまえばいい。 それでも問題はないだろう。守るべきものは居ないのだから。 いまここで殺されても、何の問題もあるまい……。 その時、ふと友の言葉が浮かんだ。
若き岡田に頭をつかまれ、やがて野口の足は地から離れた。 頭と言わず、肩と言わず、体中のあらゆる箇所からは血が流れ、両の腕はだらんと垂れ下がっていた。 「違う……」 そんな中、もう痛みさえも感じない野口は不意にぽつりと口走った。 自分の頭を掴み続けるその太い腕に、手を伸ばす。 『なんや…まだ、生きとるんか……』 若き岡田は、自分の腕を掴む野口を見てすこしだけ驚いた様子を見せた。 だがそれだけだ。いまの野口にはそれ以上の抵抗は出来ない。 そして野口は、かすれた声で、言葉にならない声を発する。 「守るべきものなら…いる……」 それは鳥谷ではない。ウィリアムスでもない。藪でも、矢野でもない。 では狩野恵輔か? いいや、それも違う。 ――いいか野口。無茶をするなとは言わんが、命だけは大事にしろよ。自分の身体くらいは、守ってやれよ…―― 脳裏をよぎる、藪の言葉。 あの不器用な男にここまで言わせたんだ。 その約束を、守らないわけにはいくまい。 (そうだった…。オレが守らなければならないものは…他でもない、オレ自身だ…!) オレはばかだ。 そんな大事なことを忘れていたなんて…。 自分すら守れない人間が、誰かを救おうなんて笑わせる。 オレは死なない。やられもしない。決して逃げない。 「お前を、斃す――!!」 『なっ……』 唐突に、虚ろだった瞳に闘志が宿った。 それを見た若き岡田は思わず怯み、力をゆるめた。
野口は迷わず若き岡田の腕を払いのけ、地に両足をつけた。 「うおおおおおっ!!!」 そして、渾身の力を籠めた拳を、若き岡田の顔面に叩きこんだ。 『うぐぅっ…!』 思いっきり殴った反動と、殴られた反動で、双方ともにたたらを踏むが、野口はすぐに体勢を立て直した。 「オレはばかだから、未だに何の覚悟も出来ちゃいない…」 尻もちをついた状態のまま、頬をおさえながら睨みつける若き岡田に向かって、野口はゆっくりと語りだした。 「だけど、そんなのは当たり前だ。仲間同士で殺し合いなんてそれこそ馬鹿げてる」 『……………』 「仲間は殺さない。…だが、お前のような化け物を野放しにしておくわけにはいかん! いまここで倒す!」 拳を堅く握り締めると、野口は若き岡田に向かって突進した。 (藪、矢野…約束だ。オレは絶対に自分からは倒れない。だから、オレに力を貸してくれ…!) 『ほざくな! そんな身体で何が出来るんや!』 若き岡田は野口の拳を軽くかわすと、丸太のような腕で立て続けに野口を殴った。 「ぐぁっ……」 野口は数歩よろめく。 『ふん、ド三一がでしゃばるからこうなるんよ』 「っああああ!!」 だがすぐに踏みとどまると、再び岡田に突進した。 『なんや、まだ立っていられるんか…!』 「ッせい!!」 『…くっ!』 半ば苛立ち混じりに、若き岡田は野口を突き飛ばした。 だが野口は倒れない。 正面から若き岡田をにらみつけた。 『なんやこいつ…バケモンか…!?』 「お前に言われる筋合いはない!」 『うぐ〜〜〜〜〜!!』 若き岡田は眉間にしわをよせ、悔しそうに歯噛みした。
ぺっ! 折れてしまった奥歯と一緒に、血の混じった唾を吐き捨てる。 (まともにぶつかったら、やはりオレの分が悪いか…。どうすればいい…?) 『…くっ!』 若き岡田は、罵りながら短刀を取り出した。 「……!?」 『しぶとく刃向かうお前が悪いんよ。すぐ殺したるわ』 (…………!) 刃物くらいで怯むわけにはいかない。 野口は腰を落として身構えた。 見紛うほどの疾さで岡田が突っ込んでくる。 『これで終わりよ!』 「――!」 短刀を握る岡田の右手を薙ぎ払う。 「…せいッ!!」 そして、勢いを殺さぬまま岡田を空中に放り投げた。 『な、なんやっ!?』 唐突に反転したセカイに反応できず、岡田はそのまま後頭部を強打した。 「はぁ、はぁ……」 一気に緊張の糸が途切れた野口は、無意識のうちにその場に膝をついた。 (大丈夫だ、オレは負けちゃいない…) 野口はそのまま、うつぶせになって倒れた。 (不覚…) これまでたくさんの選手を始末してきたが、敗北はおろか苦戦すらしなかった。 この野口という男と、他の選手。何が違うのかは分からないが、認めざるを得ないだろう。
ゆっくりと、若き岡田は起き上がった。 視線の先には、倒れたままの野口がいる。 『ぐふふ…さすがにもう限界か…。ま、そらそうやわな』 「ふふ、そう言うお前は…さすがにタフだな…」 野口は驚いた様子は見せずにそう言った。おかしなことに笑いが込み上げてきた。 『もう反撃しないんか?』 「さぁ、どうだろうな…」 野口は最後の力を振り絞り、上体だけなんとか起こした。 『今度こそ本当に終わりよ。どんな気分や?』 「どうかな。オレはもう動けないが、全くと言っていいほど死ぬ気がしない」 『お前の都合なんて聞いとらんわっ』 岡田は無防備な野口を、思い切り蹴り上げる。 『ふん、生意気なツラや。お前は死ぬんよ。そやのに何でそんなツラなんや!』 「言っただろう…。オレは死にやしないよ」 『ええい、喋るんやない。お前の言葉は耳障りや!』 「………!」 岡田は、握った短刀を野口めがけて振り下ろす。 その瞬間―― 「ニャァ〜〜〜」 岡田と野口の中間を、小さな猫が横切った。 『な――っ!?』 「双方、そこまでだよ」 第三者のその言葉と同時に、大きな爆発が起こった。
157 :
代打名無し@実況は実況板で :05/03/09 19:10:38 ID:Sp6bBDq40
ほ
しゅ
う
中 投下待ち捕手
なにげに好きなキャラはリレーでは金本&藤本。
>>119 42.人間性の虐殺
ひとしきり、嘔吐した。
頭に鉛の弾でもぶち込まれたような感覚だった。身体中を悪寒が駆け巡り、
末端にまでそれが充満している。太陽は地べたに四つん這いになったまま
嘔吐を繰り返した。身体を震わせた瞬間に振動が脳髄に伝わり、またえずく。
「かは、っ……ぁ゙、が……」
殆ど食物の入っていない胃が痙攣し、僅かばかりのどろりとした物体と刺激臭を
放つ液体を逆流させた。胃酸が咽喉を焼き、その感触がまた吐き気を誘発する。
苦しくて苦しくて、まなじりに冷たいものが溜まる。悪循環だった。
「ゲホッ、げ、ぇ……っ……」
胸を掻きむしっても震えは止まらない。
瞬きひとつ、息のひと吸いがままならない。だらんと下がった頭に血が集まり、
眼の奥で光がチカチカ点滅するのと同時に視野が狭窄している事を認識する。
脳味噌をミキサーでぐちゃぐちゃにかき回されるような眩暈と不快感の中で、
ぼんやり残った網膜のスクリーンに映る自分の手が他人のもののように見えた。
指の長い、大きくて器用な右手。自慢の右手。
泥と砂に汚れた右手。
つい最近まで商売道具だった、大事な大事な右手。
「は、はは……」
爪の間には赤黒く変色した血がこびりついている。
太陽は力なく笑った。自嘲の笑みだった。這いつくばったまま手のひらに力を
加えると、長くて節のある伸びやかな指がぐぐっと土をえぐり、短く切られた爪が
地面に5本の線を描く。何度も何度も、無心にそれを繰り返した。指先が痺れて
じんじんと痛むまで、両手を支える地面の周りが掘り返された柔らかな土で
こんもりと盛り上がるまで―――
しかしそうやって苛めてみても、爪の先には未だ薄っすらとほの朱い色が、
薄っすらとほの緋い感触が、残滓のようにぬらぬらと纏わりついている。
そうだ、コレは血だ。 人間の血液だ。 俺が殺した。 ―――さっき俺が殺してしまった、大介の血だ…… 殺した時は、。 そんなに―――いや、『そんなに』と言うとかなり大きな語弊があるけれども、 とにかくそれほど大きなショックは感じなかった。 人を殺めた事それ自体に対する衝撃は小さかった。 その時点においては、自分が殺人者になったというのは単なる事実確認に 過ぎなかったのだ。自分は、他人を犠牲にしてでも生き残ろうとする、それが 出来る人間であるという事実確認。単純で些か乱暴だけれど、このトチ狂った 世界の中では大変に重要な意味を持つ事実だ。この際真実と事実の相違に ついては置くとしよう。議論する意味がない。ここには殺す人間と殺される人間、 それだけしかいないからだ。究極的に突き詰めていくと、この島に放たれた 獰猛で哀れな猛獣たち―――これは自分たちの事に他ならない―――の 分類はその二つだけ。 喰うか喰われるか。 カテゴライズはそれだけだ。 太陽はそう自分に言い聞かせた。血に染まった、命の次くらいに大事にしていた 自分の右手を見つめながら、口の中で呪文のように繰り返した。 だって、アリアスは中村を殺していたじゃないか。 尋常じゃない目の色をして、死んだ中村をずるずる、ずるずる、まるで大きな ずた袋のように引きずっていたじゃないか。 自分が殺さなくったって、誰かが殺す。いつか殺す。殺す。殺される。 なら、自分が誰かを殺しても仕方がないんじゃないか?
―――あまりにあっさりと人を殺してしまえて、太陽は拍子抜けしていた。 (なんだ、簡単じゃないか) 簡単だった。 適当に見つけた萱島の後を尾けて、気付かれたらちょっと喋って仕草で煽って、 向かって来たのを最終的に体格差で捻じ伏せ、殺した。 あまりに簡単すぎて、あまりにスムーズすぎて。 ネジの飛んだ頭。メーターの振り切れた脳。薄らいでゆく倫理観。 リアルさが致命的に欠落した感覚に支配されるまま、身体は動いた。 武器の処理も、荷物の収奪も。冷酷な捨て台詞までもが滑らかに口をついて、 太陽は少しだけ複雑な気分だった。 アリアスもこんな気持ちだったのだろうか。 殺人を終えて彼が安堵していたのか、動揺していたのか。それは解らないけれど。 情けない顔をして悲鳴を上げた俺の事を、どんな目で見ていたんだろう? 「簡単、だったな」 呟く。確認する。『作業』が本当に作業であった事を自分の頭に刷り込む。 暫く経てば頭が冷えて、周りの景色が目に入るようになった。殺人現場から 離れるにつれ、血臭漂う神経の昂ぶりもすっかり治まる。静かな森の中に身を 隠しているうちに、トリップしていた脳が現実に引き戻される。冷静になる。 ―――そしてそこで突然、酷い眩暈に襲われた。 (殺したんだ) 事実だった。自分が選び、自分が実行した事実。だのに、何だか理不尽な 論理展開をしているような気がする。腑に落ちない。 騙し討ちをされたような気分。 「殺した」 呟くと、その言葉が自分の両肩に重く圧し掛かってくるような錯覚を覚える。 「俺が、殺した」 もう一度呟いた。その途端、ベルトに挿したアイスピックと手にした包丁が ずんと質量を増したような、そんな感覚が身体を包んだ。 包丁には自分の血が、アイスピックには彼の血が。 殺した。 認識した次の瞬間、太陽は嘔吐していた。
―――ひとしきり嘔吐した。 内臓が口から飛び出るんじゃないかと思うくらいの苦しさにのた打ち回った後、 汚物でべとついた唇を手の甲で拭った。ぬるぬるとした感触がまた気味悪くて 汚れた手を地面に擦り付ける。乾いた泥がくっつき、汚れを浚い、さらさらとした 埃っぽい手触りを与えてくれる。懐かしい土の温もり。 口をつけないようにしてペットボトルの水を唇に注いだ。何度も口をすすぎ、 何度も吐き出した。清涼感が心地よくて、酷く痛かった。 ……痛かったのだ。 痛くて痛くて堪らなかった。 自分は仲間を殺してしまった。もうこの先、それ以外の道は進めないのだ。 喰われる側に回りたくなければ喰らうしかない。他人の命を喰らい続けて、 生き延びるしかない。(でも、そんな俺に生きる価値があるのか?) 自分は死ぬのだ。(嫌だ、死にたくない) 今までの自分は死に、人の血を啜って生きる『自分』だけが残る。(やめろ) そう、ただそれだけの話。(―――本当に、それだけ?) 圧倒的な恐怖と、ズタズタに凌辱し尽くされた自分自身と。 喪ったものの大きさに、太陽はぐったりと四肢を投げ出したまま、少しだけ泣いた。 【残り38人】
新作キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!! 職人さん乙です!
168 :
代打名無し@実況は実況板で :05/03/14 01:40:21 ID:Q5q02Hhm0
包丁よりアイスピックの方が強かったのか。。。太陽、泣くなぁ。
太陽(´Д⊂ヽ
1/4が表示されてなくて焦った…NGワード入ってたらしい ともあれ、職人さん乙
>>163 43.使者
大鍋から茶碗で温をすくい、頭に被る。
水の流れる音、水の跳ねる音―――ふと、静けさが気になった。
音が気になることはあっても音のないのが気になることはあまりない。
耳の奥から糸でも出ていて、それをピンと引っ張られているような感触
がある。鼓膜が緊張している。
頭を振ると水滴が飛び散り、畳に着地してぱたぱたと音を立てた。辺り
は水浸しで、その水を吸った部分だけがやけに黒ずんでいる。それが
畳が古いせいか、水に流されたもののせいかは知らない。
今岡誠は汚れのなくなった手の平を確かめ、それを耳に当てた。そう
すると遮られるはずの音が今はないから、当てても当てなくても変わり
がない。ただ少し、冷えたものがぬくまるような、張り詰めたものが緩む
ような感覚はした。一体自分の何がそんな変化を起こしたのかわから
ないが。
鏡を見るのは気が向かないので、手で濡れ髪に触れる。頭も顔もすっ
かり綺麗になったようだ。冷たい水を被るのが嫌だという理由だけで湯
を沸かしたのだが、それが正解だったのだろう。
しかしさすがの温水も服の汚れまではどうしようもない。今岡は脱いだ
ユニフォームとアンダーシャツをそのままに置いて隣室へ向かった。
窓。日に焼けたくすんだ色合いのカーテン。ところどころが破れている
押入れの襖。安っぽい白のタンス。六畳ほどの和室は薄暗く、全体的
に煤けて見える。
タンスの前にしゃがむと最上段の引出しがちょうど目の高さにあった。
そこには見栄えも何も考慮しない無邪気さでたくさんのシールが貼ら
れており、ドラえもんやアンパンマン、ピカチュウ、しまじろうなどが愛想
のいい笑顔をこちらに向けていた。
―――ああ。
息子は今頃どうしているだろう。
期待せず開けた引出しには、予想に反して大量の衣服が詰め込まれ ていた。中から黒のニットを選び出し袖を通す。肩の幅と袖の長さが わずかに足りない上、樟脳の強い匂いが鼻腔を占領し胸を圧迫した。 居間に戻る。濡れていない所に座る。赤いユニフォームと黒いアンダー シャツを畳む。卓袱台の下に避難させていたデイパックへしまう。もう 一つのデイパックも引き寄せる。引き摺られたデイパックが畳に赤い 尾をひく。顔を上げる。野口寿浩がいる。 『死ぬってどういうことなんだろう』 もう知っているくせにまた同じことを聞いてくる。何度も聞いてくる。 はじめは何と答えたのだったか―――今岡は考える。生きていないと いうことだ、と答えたか。思い付きのくだらない言葉遊びだ。愚問愚答 とはこのことだろう。そう、愚問だ。 死に説明は不要である。そもそもが説明できるものでない。 死の当事者にとっての死とは無でしかないからだ。脳の機能が停止 するのだから何も見えないし何も聞こえず、何も感じない。何も思わ ない。何も考えない。それは無だ。無の概念さえもない、全くの無だ。 だから、死について益体もない考えを巡らせるのはいつだって生きて いる者だけだ。 だから、 『死ぬってどういうことなんだろう』 ―――これは俺の声か? 死の経験者は存在しない。今目の前にあるのは物を考え言葉を繰る 人ではなく、人の形をしたただの肉だ。今この瞬間も少しずつ腐敗して いる肉だ。何も教えてはくれない。 あの高揚感はどこへ消えたのだろう―――。 唐突にそう思った。 体中を駆け巡り熱を上げ、目に映る世界の全てを輝かせたあの興奮は 一体どこへ消えてしまったのか、と。 この胸のどこかを削り取り、どこへ持ち去ったのか―――。
欲求を満たす、その代償は大きい。それは昨夜も感じたことだった。 後悔があるのではない。ただひどく虚しくなる。空虚の密度の濃さに 辟易する。 衝動が矢のように胸を貫き、風穴を開けて去る。その穴を埋める術を 今岡は持たない。襲い掛かる衝動を防ぐ盾もない。 ただ流されているだけかと思う。それでいいのだ、そういうものだとも 思う。 しかし考えずにはいられない。今目の前に横たわる死のことを。 そうして思いを巡らせると胸の風穴が広がるのだ。 隙間がある。そこへ何かが侵入してくる。さらに大きく抉じ開けられた そこにまた何かが入り込み、また穴を広げる。その繰り返しが、いつか この心を消すような気がした。大きくなり過ぎた穴が主体になる。その 穴こそが新たな心になる。 これは―――何だろう。 自分が自分でなくなる。(『自分』とはこの肉体か、この意識か。肉体 が物理的に何者かに変容することはあり得ない。なら意識か? いや、 意識と肉体は不可分だ。ならばこの肉体がある限りは、『自分が自分 でなくなる』などというのは愚かに過ぎる戯言だ) 自分が何かに乗っ取られる。(馬鹿を言うな) 自分が自分でなくなる。(違う。違う) 「それでも生きてるって言うんかな」 生とは何だ。死を抜きにして生を考えられない。生と死は不可分だ。 では死とは何だ。生を抜きに死を考えられない。不可分。 死を『終わり』と考えた時、生は死へ向かう過程としかならないと思う。 ならば生は死のためにあると言えないか。 ならば人は死ぬために生まれるのか。死ぬために生きるのか? ―――それは……そんなのは 嫌だ。 「野口さん」 応えぬ死者に語りかけるのは馬鹿馬鹿しい。 「……野口さんは」 ―――ずるい。
死は在る。死は無、無は無い―――存在しないのに、今目の前に在る。 生者にとって死は存在するものなのだ。今ここに、死と生が在る。 何だ、これは。何なんだ。この苦しみは、何だ。 昔は死を『ケガレ』として忌み嫌ったそうだ。今ならその訳を理解できる。 死者は死の存在を伝えてくる。ただそこに横たわり、物言わず、それでも 伝えてくる。 そうした時、人は死を考えずにいられない。 死がいつでもそばにあることを知らずにいられない。 しかし人は知りたくないのだ。知っているのに、生を受けたその瞬間には 既に知っているのに、知らないフリをしていたいのだ。 そうしなければ――― 誰か自分の話を聞いてくれないだろうか。馬鹿だと笑ってくれないか。 会いたい。誰かに会いたい。誰でも良くはない。なら誰に? 家族に。―――会えない 友人に。―――会えない 仲間に。―――またあれが来たらどうする? 生きている者に会いたい。生を知る者に。言葉を持つ者に。 今岡は一人の男のことを思った。彼とは今までたくさんの話をしてきた。 先輩、友人、仲間。家族のようだとも思ったことがある。彼との関係を何と 呼ぶのが適切かはわからない。ただ、野球の話も、くだらない笑い話も 誰にも話したことのない話も、たくさん話し、たくさん聞いた。 彼なら聞いてくれるはずだ。笑い飛ばしてくれるはずだ。 そしてその場で素早く反論を捻り出し、嘘と真実を絡めてもっともらしく、 面白おかしく話して聞かせてくれる。 それに自分は騙される。納得する。安堵する。そう、それがいい。 会いたい。話がしたい。この、心の話を。この心が消えてなくなる前に。 ―――金本さん。 会わなければ。そうしなければ――― 【残り38人】
新作乙です。 ・・・桧山のことかと思った。
職人さん乙です。 俺も桧山かと思った。そいや金本とは家族ぐるみで付き合いがあるんだっけ。 身勝手ながら続きに禿しく期待…
桧山の事だとオモタ人3人目 ノ 多分「先輩」の単語のせいだな
もうひとり桧山だと思った奴 ノシ 鉢と仲良いのは知ってるが、 実際そんなに喋ってるのを見た事ないせいか? 桧山はベンチで喋ってるのよく見るからなー ともあれ職人さん乙です
乙ッス ノシ 515さんは他球団ファンらしいし、桧山のこと知らんのかもね でも予想は外れたほうがオモロイから無問題 続き楽しみにしてます
>>174 44.Face
屍が広がっている。
見慣れた縦縞のユニフォームを着た多種多様な死体が辺りを覆い尽くしていた。
(みんな死んだんか)
その真ん中に立つのは銃を持った矢野。
「ああ…俺が殺したんか。」
(生き残りたい訳じゃない。生き残りたいから殺したんじゃない。俺はただ)
矢野はゆっくりと銃を構える。その先には、自分たちを率いていたチームの
首脳陣が歩いていた。
(許せなかったんや、俺は)
狙いを定め引き金に指をかけ、まさに引こうとしたその瞬間。
矢野の視界が斜めに歪んで落ちた。
「は……?」
(なんで)
首脳陣はこちらを見てもいない。なのに何故倒れてる?
(俺は死ねない)
誰かに後ろからやられたのか。一体誰に?皆、死んだ筈なのに。
俺は誰にやられた?後ろに向けないから顔が分からない。
赤い液体がじんわり広がるにつれ意識が薄まる。死んだはずの仲間が自分を見てる
。怒りも悲しみも感じさせない顔で。
(ごめん、俺もすぐ、そっちへ、−−)
意識が拡散した。
「矢野さん。」
揺らめく視界の、ぼやけた輪郭が徐々にきちんとした人間の形になっていく。
若干白めの肌に柔らかな形の眉の下、奥二重なのか一重なのかよく分からないが
、その奥の落ち着き払った瞳がこちらを覗き込んでいて、寝ぼけ顔の自分が映っ
ていた。
「……誰や。」 「鳥谷です。」 先輩にお前は誰だと問われているのに、憤慨もせず嘆きもせず静かな声が名を 告げる。 「うなされてましたけど、大丈夫ですか。」 「……ああ。ちょっと熱っぽいだけや。」 矢野は起き上がろうとしたが、止めた。どうも体がだるい。熱があるのかも しれない。 何気なく枕元に正座している鳥谷を見れば、縦縞のユニフォームではなく グレーのジャージを着ていた。視線に気付いた鳥谷はジャージを指差し口を 開いた。 「この家にあったの借りたんです。矢野さんも着替えますか?」 「……おう。」 「じゃあ持って来ますね。」 立ち上がり廊下へ消えた鳥谷を見送り矢野は布団へ倒れ込んだ。 鳥谷は大分落ち着いたらしい。昼の放送内容を告げた時は真っ青になってそれは もう悲壮な顔をしていた。暫く一人にしていたら彼なりに整理が付いたのか 顔色も良くなり昼食を掻き込んでいた。それでもどことなく−これは前からだが −−ルーキーらしからぬ冷ややかさ、悲しさのようなものが付き纏っていた。 (今年は、色々あったからな。) 鳴り物入りで入団、慣れぬ関西、過度な迄の期待が渦巻き、思うように結果は 出せない毎日で、ファンやマスコミにも叩かれる日々。そして、このバカげたゲ ーム。−−ああなんと散々なルーキーイヤー。 チームメイト達は鳥谷を可愛がった。が、多少のやっかみの視線もあったのも また事実だ。矢野も色眼鏡で彼を見ていた時期があった。鳥谷はそう鈍くは なさそうだから恐らくそういうものも感じ取っている事だろう。決して表に出す 事はないが。新聞には贔屓起用だと書かれた事もあった。だが真実は誰もわから ない、知らない。 例えば犠牲になった人間がいるなら鳥谷もまた、ある意味犠牲者ではないだろう か。
(−−舞台で照明が当たる部分だけが真実ではないように。) 鳥谷は誰にも言わないだけで、顔に出ないだけで鳥谷の中には他人には 計り知れぬ感情があるのかもしれない。暗く、悲しく、叫びにも似た重苦しい 何かが。決して彼に同情している訳ではないし付き合いがそこまであった訳で はないが、矢野は興味深かった。 矢野は思考に没頭していたが、とんとんと鳥谷が廊下を歩く音が近付いて来たの で考えるのを止めた。左手に洗面器とタオル、右手に黒のジャージを持った鳥谷 が開けっ放しの襖から入って来る。 「桧山は?」 「一時間くらい前に外に様子見に行って、まだ帰ってないんです。」 止めたんですけど、と付け足し鳥谷は桧山を案じているのか遠くを見るように、 僅かに曇りだした窓の外を見て、枕元に正座してジャージを横に置いた。 水を張った洗面器にタオルを沈める。 「雨が、降るかもしれませんね。」 「昼間は晴れてたのにな。」 会話が途切れる。ちゃぷ、という水が撥ねる音がいやにはっきりと聞こえる。 「鳥谷は何で桧山と一緒におろうと思ったん。」 傾きかけた太陽の光は、曇ってきたからかあまり部屋に入って来ない。 そのせいか部屋は少し暗く、僅かに顔を傾け考えている素振りを見せる鳥谷の 顔は陰影がはっきりとして、静かな目と合わせどことなく沈んだ雰囲気を醸し 出していた。 「……始めはね、俺、全員殺すつもりだったんです。純粋に、生きて帰りた かったから。」 鳥谷は淡々と話ながらそっと腰に触れた。おそらくそこにはS&Wが差さって いるのだろう。 「例えば皆死んで俺と桧山さんだけになったら、言い方悪いですが俺は殺せる だろうと。裏切るつもりだったんです。」 「殺せない奴もいたん?」 その質問が意外だったのか、矢野の言葉に鳥谷は矢野と目を合わせ瞬きを 数回し、さあ、と曖昧に笑った。
−−曖昧に。 「始めは、そうだったんです。でも、もう止めました。」 ぽつり、とそれだけ呟くと鳥谷は視線を伏せた。矢野も、それ以上聞くのを 止めた。だが疑念は深まる。本当に鳥谷は変わったのか。 (演技なのかそれとも本気なのか) 今この世界では誰かの死が他の誰かに確実に影響を齎す。 鳥谷は変わったと仮定するならば。 (鳥谷を変えたのは誰かの死。なら自分は?) 変わるだろうか。−−いや。 (変わる訳にはいかんのや) 「桧山帰って来たら、明日の事話し合おか。」 「分かりました。移動してもいいかもしれません。誰かと合流出来る可能性も ありますし。」 「……もし帰ってこんかったら、」 「帰って来ますよ。」 鳥谷が自分に言い聞かせるように呟いた言葉が震える。息を呑む。 「……帰って来ます。」 震える声がもう一度繰り返した。矢野は目を細め鳥谷を見遣る。 (こいつは名役者かそれとも) −−あの夢の中で俺を殺したのは…… 「鳥谷。」 (悪いな、俺はお前をまだ信じとらん。) 「桧山を殺したんか?」 沈黙が降りて、ゆっくりと、顔を上げた矢野と顔を下げた鳥谷の視線が交わった 。 答えるために鳥谷の唇がゆっくり開く。 矢野は鳥谷の目から何の感情も読み取る事が出来ないまま、その時を、待った。 【残り38人】
184 :
514 :05/03/16 14:22:37 ID:L8TFJ4Ns0
すいません。文の数が4なのに3と間違えてしまいました…気をつけます
なんかいっぱいきてる!職人さん乙です。 鳥谷・・・
新作乙です!
職人さん乙です!
>>183 45.正気という名の異端
(やりたい放題やりやがって)
倒れたまま、葛西稔(背番号82)は顔をしかめた。顔の右半分―――特に
右目のまぶたから側頭部に掛けて、じんじんと熱を持っているのが解る。
「あンの……ほんズなスどもが、っ……」
些かお上品でない罵りだったが、今更誰に聞かれたからといってどうなる
わけでもない。放送禁止用語だろうが罵詈雑言だろうが知った事か。
口の中に広がる鉄臭い味がどうにも気に食わなくて、顔を少し反らして
血と唾液の混じった物をぺっと吐き出す。切れて腫れている唇を舐めると
ぴりりとした痛みが広がった。
(ああクソ。クソッタレ、畜生!)
したたか打ち据えられた身体中が痛んだ。腕にぎりぎりと喰い込んだ縄は
幾らもがいても緩む様子がなく、却って手首に赤い擦り傷を作るばかりだ。
『まだ納得してへんかったんか?しゃあない奴やなぁ』
『少し頭冷やしとけ。お前まで殺したないんや』
『落ち着くまで大人しくしといてくれたらええ。協力する気になったら言いや』
『お前かて、ああなりたくはないやろ……?』
投げつけられた屈辱的な言葉と視線を思い出して苛々と肩を揺すったが、
自由にならない身体はまるで芋虫のようで、またそれが屈辱感を煽る。
理不尽さに対する怒りと苛立ち、それに酷い疲労と痛み。
短気を自認する自分にとっては拷問だった。
やっぱりあの時、薄ら笑いを浮かべた岡田の顔に右フックでも叩き込んで
やれば良かったと葛西は悔やんだ―――実際殴り掛かりかけたのだが、
武器や銃を携えた男たちに羽交い絞めにされて散々暴行された挙句、
現役時代には何人もの強打者をばっさばっさ倒してきた腕も後ろ手に
縛り上げられてこのザマだ。暴力の前に膝を折るしかなかった自分が
悔しくて悔しくて、仕方なかった。
ゲーム開始前夜、球団事務所で行われた一軍コーチによるミーティング。 『ミーティングって、一体何のミーティングなんですか?』 既に集まっていた他のコーチに尋ねても、始まれば解るの一辺倒。 二軍から自分だけが呼ばれた事や、訳知り顔で着席する面々の中に 何故か佐藤義則の姿だけが見えない事など、訳の解らない事だらけで 葛西は困惑していた。 そう、それが困惑で済めば良かった。しかし不幸にも葛西はその直後、 己が理解を遥かに超えた現実を思い知らされる事になる。 『弱いチームは要らない。だから選手たちに殺し合いをさせる』 論理の飛躍にも程がある。 唖然とする葛西の前で会議は淡々と進んだ。分厚いしおりが配られ、 場所、予定期間、ルール、役割分担など、様々な確認が行われる。 呆気に取られるしかなかった。何なんだ。この人たちは本当に正気か? こんな計画を実行しろと言われ、平然と頷く彼らは一体何なんだ? 葛西は知らなかった。 その時点で、佐藤はもうこの世の人ではなかったのだ。計画に反対して 殺害された彼を除く一軍コーチ陣は全てを諒解済みであり、ミーティングは 決行前の最終確認に過ぎなかった。佐藤の後釜として急遽招集された 葛西以外の面々には、予め丁寧極まる説明が―――恐らくそれは脅迫と 言い換えて差し支えないだろう―――なされていたというカラクリ。 『監督、アナタ一体どういうつもりなんですか……』 『止めて下さい!』 『お願いです、お願いですから、こんな事は止めさせて下さい!』 必死に取り縋る葛西に返されたのは、非情な台詞。 『お前も自分が可愛いやろ。家族もおる事やしなぁ。変な事は考えん方が ええで?詳しい事は冊子に書いといたさかい、しっかり確認しといてくれ』 絶望的だった。 ぐずぐずしている暇はない。誰か、誰かにこの事を伝えなければ。
『どういう……事なんですか』 育成担当補佐の東辰也(背番号96)は言葉を失っていた。偶然球場に 残っていたという不幸な理由で彼に白羽の矢を立てたのは申し訳ないと 思ったが、如何せん時間がない。車の中で、尋常でない様子の上司から 告げられた内容に東は呆然としたようだった。 『それ、どういう事なんスか』 (そんなのこっちが訊きたいくらいだよ) 『冗談言うてはるんでしょ?冗談や言うて下さいよ葛西さん!』 『冗談じゃないんや。頼む、解ってくれ』 東はこんな事、知りたくなかっただろう。関わりたくなかっただろう。 若い彼を巻き込む事にはひどい罪の意識を感じたが、このまま黙って何も しないでいるのはそれ以上に悪い―――そう、無理矢理自分を正当化した。 『頼みがあるんや』 『……何ですか』 『この二人に、電話を掛けて欲しい。明日と明後日に分けて一人ずつ。 内容はこれに書いてあるから』 かつての、そしてこれから同僚になるはずだった二人の名前を記した レポート用紙。細かくびっしりと字が書かれた紙を受け取る東の手が 震えていた。青褪めた顔で、綴られた文字を凝視していた。 (ごめんな、ホンマに、ごめんな) 巻き込んでしまって。俺の勝手な思惑で、汚い世界を見せてしまって。
『それから、こっち……この計画の概要が書いてある。お前に持っといて 欲しい。最悪の結果になった時のために、持っといてくれ』 『葛西さん』 『俺はもう、行かなアカン』 行きたくなんてないけれど、見捨てて逃げるわけにもいかないから。 『……巻き込んで、スマン』 声に出して詫びた。彼だって謝られてもしょうがないだろうと思ったが、 頭を下げずにはいられなかった。例えそれが、自分の良心の呵責を 和らげるためだけの身勝手なものであったとしても。 『……』 垂れた頭に視線が刺さるのを感じる。 重苦しい沈黙が垂れこめる中、彼の逡巡が空気を通して伝わってきて 罪悪感は募るばかりだった。どう言い訳しようとも彼を巻き込んでしまった 事に変わりはない。口封じだとか脅迫だとか、首脳陣が彼に対してとりうる であろう様々な手段が頭を駆け巡る。 彼を選んだのは間違いだったか。俺のしている事は間違っているのだろうか。 ならどうすればいい。―――どうすればいいんだ? 答えをくれる存在はいない。おっとりした顔で尤もらしい返答をする伊藤も、 生返事をしつつ理屈を捏ね回してくれる遠山も。一緒になって考えてくれる 和田や木戸、少し乱暴な口調だが真面目ないらえを返す水谷もいない。 みんな知らないのだ。こんな恐ろしい計画が決行されようとしているのを、 誰も知らないでいる。 葛西は独りだった。 何十人もの生死を孕んだ重大な問題に、たった一人で直面していた。
『葛西、さん』 唐突に肩を叩かれた。 視線を上げると、居住まいを正した東がこちらを見ているのとぶつかる。 彼は少し目を伏せ何度か忙しく瞬きした後、眉根を寄せて頬を掻いた。 そして軽く息を吐き、向き直って再び視線を当ててくる。緊張しきった顔で、 書類を握り締めた手を微かに震わせて、それでも彼は笑っていた。 笑って、いたのだ。 『葛西さん、巻き込んだとかどうとか、気にせんといて下さい。僕かて 何とかしたい、思います。僕に出来る事やったら何でも言うて下さい』 『……ええんか?お前の身も、危なくなるかも知れんのやぞ』 巻き込んでおいてこの台詞はないだろう。どこまでひどい奴なんだ、俺は。 『ホンマに、大丈……』 『大丈夫です。そんな、見捨てて見て見ぬ振りする方が、よっぽどよっぽど、 辛いスよ。……せやさかい葛西さん、お願いです。鳥谷やら、筒井やら、 みんなちゃんと助けたって下さい。みんな大事な仲間なんです』 東がぐっと葛西の手を握った。何球も何球も球を受けて硬くなった、捕手 特有のその左手。大きくて丈夫な、力のある手のひらが葛西の指の長い 手を力強く押し包む。 『……うん、解ってるよ。約束する。必ず、連れて帰るから』 『お願いします。僕がこれから育てていくはずの、大事な選手なんです』
―――ああ、この子は。 胸がつかえて、うまく言葉を継げなかった。鬼軍曹などと言われた事もある 自分なのに、そのひどく真摯な言葉に涙腺が緩みそうになって唇を噛む。 ほんの数年前には入団したてのルーキーだった彼が、自分より一回りは 年下の若い彼が、いつの間にか大人の貌をしてこんな事を言うように なるなんて。 次世代を担う若者がこうやって育っていくのだ。今この瞬間も、若い彼らは 成長し、自我を形成し、すくすくと育ってゆく。それを自分たちが守って やらずして一体誰が守るのだ。誰が育てるのだ。 こんな殺人計画は間違っている。こんな事、あっていいはずがない。 「覚えとけ、よ」 低く唸り、腹の底から深い息を吐く。その両目に浮かんでいたのは烈しく 純粋な怒りだった。 「絶っ、対……思い通りになんか、させねぇからな……」 だから、首を洗って待っていやがれ。あいつらが殺され尽くす前に、俺が お前らをぶっ殺してやる。 【残り38人】
おお!葛西先生が… 東が出てくるのもいいですね
>>194 より
46.歩き出せ
――夢を見ていた。正午の定時放送を聴く夢だ。涙をぬぐう暇もなく、突然
それは始まった。気持ちの整理がつかないまま、追い立てられるように
地図と名簿とボールペンをカバンから取り出す。フルボリュームでけたたましく
鳴り響く六甲颪は想像していた以上にいとわしく、楽しげな監督の声もまた
おぞましい。だが聞き逃すわけにはいかない。ともすれば耳を塞ぎたく
なるのを我慢して、名簿に印をつけて行く。
(え?)
ふと、ペンを動かす右手を止めた。告げられるはずの、ある名がなかった
からだ。死亡者名は背番号の若い順に読み上げられている。聞き落とす
ことは断じてありえない。いったい、どういうことなのか。あの人は、実は
生きているのか?
その時、不意にポンと頭を叩かれた。
「どうした? こんな所で」
顔を上げると、いつもと変わらない穏やかな笑顔がそこにあった。
あまりの驚きにしばらく声が出なかった。
「――牧野さん! 生きてはったんですか!?」
「いつまでもメソメソするな。ほら、さっさと行くぞ」
軽く左手を振り上げて促す仕草を見せると、牧野は歩き出した。
「は、はい!」
自分も慌てて立ち上がろうとした。ところが、根が生えたように足が動かない。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
どうしても、足を前に踏み出すことができない。牧野は構わず進んで行く。
背番号35がどんどん遠ざかる。
「牧野さん!!」
「……」 自分自身の声で目を覚ました桟原は、きょろきょろと辺りを見回した。目に映る のは、やや曇り始めた空、海、そして岩。聞こえてくるものといえば風と波の 音だけだ。無論、自分以外に誰もいない。 一時間ばかりうたた寝していたらしい。桟原はうつむいて頭を押さえた。 (にしても、残酷な夢やな……) 実際あの時、もしかしたらと思ったのだ。正午の定時放送で、28番の福原に 続いて読み上げられたのが、36番の中林だったから。 結局、35番は最後に付け加えられた。それでもあきらめきれず、放送を 聴いた時のまま、この岩場にとどまり続けている。 桟原はA-5エリア方向を望み見た。今は禁止エリアとなり、自分が立ち入れ ない場所だ。牧野の死が本当かどうか、この目で確かめる術はない。 もっとも可能であったとしても、確認する勇気はないが。 (さっきの夢は――どういうことなんです?) 問いかけてみたところで、もとより自分が勝手に見た夢にすぎない。桟原は 頭の中でもういちど夢の内容をなぞった。牧野の生存を暗示するようでいて、 いつまでも未練がましく動かない自分を叱咤するようでもあった。 (けど俺、一人でなんて、やっぱり無理っスよ……) ここに居続ける理由はもう一つあった。動くのが怖いのだ。誰かに遭うのが 恐ろしい。牧野を除いても既に15人が命を落としたというではないか。 特にショックだったのは、同じ新人の筒井の名があったことだ。体力不足で 出遅れたにもかかわらず四月末には一軍に定着した自分とは対照的に、 筒井は自由枠で期待されての入団でありながら二軍で苦しみ続けた。 だから彼が一軍で初勝利を挙げた時には、鳥谷らと我が事のように喜んだ ものだ。それは、ついこの間の話なのに。 (鳥谷さんは――無事なんやろか? 庄田さんは? 小宮山は?) 他のルーキー仲間の名がなかったことには、とりあえず安心した。
(けど――) 暗い考えが頭をもたげる。無事だとしても、彼らが普段どおりの彼らでいるか どうか。実にいやな想像だが、加害者側に回っていないとは限らないのだ。 この異常事態にあっては、誰がどう豹変するか知れたものではない。 桟原はその事実を見せつけられた。自分がとりわけ親しくし、今も最も 気にかかる人物から。 あれは昨夜の出発後ほどなくしてのことだった。森の中を歩いていると、 前方で何やら言い争うような声が聞こえた。気になって駆けつけると、二人の 男がもみ合っていた。仰向けに倒れた一人の上にもう一人がのしかかり、 左手に握った短い刀をまさに振り下ろそうとしていた。 「何しとんねん! やめろや!」 夢中で叫び、木刀を振り回しながら割って入った。上になっていた男は素早く 離れると、そばに落ちていたノコギリを拾って逃げ出した。一瞬、月明かりに 背中が照らし出され、背番号がくっきりと見えた。その時の驚きは、とても 言葉では言い表せない。しばらくは傷ついたもう一人を介抱することも忘れ、 呆けたような顔で37番が消えた森の奥を見つめていた。 「俺、信じられません。三東さんが人を襲うなんて。それも、牧野さんを……。 なんで、あんなことしはったんでしょう?」 洞窟に落ち着いてから、牧野に言ってみた。 「――俺のせいかもしれないな。今頃は三人で行動できていた可能性が あったのに」 「どういうことですか?」 「体育館で佐藤さんの死体を見せられた時な、あいつは泣いてたんだよ。 じっとうつむいて、震えながら。あそこで声をかけていれば、こんなことに ならなかったんじゃないかって。けど、あの時は俺もそれどころじゃなくてな。 自分の気が動転してしまって、どうしていいか分からなくて。名前を呼ばれる まで身体が動かなかったんだ。まったく、情けない話だけど」
牧野の声は今までに聞いたこともないほど沈んでいた。 「――だから襲われた時はびっくりしたけど、『ああ、悪いことしたな』って 気がして」 最後まで牧野は三東を責めたり、まして恨んだりするような言葉は一言も口に しなかった。むしろ彼を案じ、自分が何も出来なかったことを悔やんでいた。 ――三東さんを探してみませんか? 昨夜も、今朝も、桟原はそう言おうかと思いつつ言い出せなかった。負傷した 牧野に無理させて北のはずれの洞窟に来ただけに、また動かすのは控えた 方がいいと考えたからだ。しかし、今となっては提案すべきだった。 そうすれば、牧野を死なせずに済んだかもしれない。 三東は、いったい今どこで何をしているのだろう。自らの刀と牧野から奪った ノコギリを用いて、あれからまた誰かを襲ったのだろうか。そして、牧野の 死を聞いた時、彼は何を思ったのだろうか。それとも、何も思いはしなかった のだろうか。 すべては、彼自身に尋ねてみなければ分からないことだ。 ある決意を固め、桟原は立ち上がった。自分のカバンと牧野のカバンを肩に かけ、木刀を右手に握る。最後にもう一度A-5エリア方向を仰ぐと、 牧野本人と別れた時のように深々と頭を下げた。 「ありがとうございました。今度こそ、俺は行きます」 桟原はきびすを返して歩き出した。自分が生きのびられるかは分からない。 だが、この目的だけは何があっても果たすと決めた。 (絶対に――絶対に、三東さんに会う) 【残り38人】
542氏、924氏乙です! 葛西さんも桟原も超がんがれ。
職人さん、乙!
>146より 21.疑問と解答 出会うなり、問いは矢の雨の如く浴びせかけられ、動きを止めた藤本の思考に突き立った。 呑み込みかかった空気が圧迫感をもって喉の奥に張り付き、吐き出されるでも吸い込まれ るでもなく、彼の気管を封鎖する。 藤本の見開いた目に、盛んに口を動かす三東の姿がある。 「なぜ撃ったんです?このデモに乗ったんですか!」 どうして。どうして。どうして。 三東は矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。藤本は返答を考えるよりも耳を塞ぎたいと感じた。 だが、ずっしりと重い銃器が両手の自由を奪っている。 「藤本さん、答えてください!」 昔の兵隊を彷彿とさせるはっきりした眉を引き上げ、三東は藤本の自動小銃に臆する風も ない。その様は彼の背後で顔色を失っている杉山とは好対照ではあるが、藤本にそこまで 観察する余裕はなかった。 「答えてください!なぜ撃ったんです!」 三東の絶叫は藤本の記憶の鍵を荒々しくこじ開け、封印したかった光景を脳裏に引き摺り 出し始めた。激情を叩きつけてくる青年の立ち姿に重なるように、あの光景が蘇る。 (なぜ撃った?なぜ?) 目の前で浅井が倒れ、息絶え、血溜まりに沈む肉塊と化してから初めて、藤本は自分が浅 井を攻撃したことに気付いた。そして逃げた。ひたすらに走った。 「どうしていきなり撃ったりしたんです!浅井は建物を調べていただけだったのに!」 三東は叫ぶように言う。 (そうだ。俺はいきなり――何の前触れもなく、撃った) 藤本は突然こみ上げてきた震えの発作を押さえ込んだ。
(なんで――浅井の事を知っているんだ?) ここへ来るまで、誰にも出会わなかった――はずだ。我ながら正気ではなかった気がする から確実とは言えないが。 しかし、何もかも三東の言うとおりだった。 (みんな、知られている?) 浅井があそこで何をしようとしていたのか、俺は知らない。知らないが、彼が言うのなら そのとおりなのだろう。 ガチガチと歯が鳴り出し、藤本は慌てて歯を食いしばった。 どうして、と問いたいのは俺だ。 俺は逃げたのに。恐ろしくて、認識したくなくて、無かったことにしたくて逃げたのに。 どこか自分の知りえぬところで、俺に関する悪いものが明らかになるよう、全ては仕組ま れているのではないか? わからない。どうすれば逃げられる?逃げ切れる? そうして再び、ただ逃れたくて藤本は体を捩る。 手にした銃器は些細な動きにも遠心力を得、その重量を主張した。無意識に腕に力を込る と、冷たさと違和感を感じるべきその鋼の肌が汗ばむ指に同化しているような錯覚を覚え るさえする。奇妙な一体感。 『俺は、味方だよ』――誰のものでも無い声がそう言ったように思えた。
藤本は幼子がいやいやをするように首を振る。つられて銃口がゆらゆらと揺れる。 三東はちらりと銃口を見やったが、硬く唇を引き結び、意を決したように歩み寄ってくる。 「藤本さん、」 引き金は簡単に引かれた。しかしが弾倉は空で、カチカチと硬い音がするばかりだ。三東 の指が、銃の照星に触れようとし――藤本は慌てて鉄の塊を振り回した。 ゴン、と鈍い手ごたえがあり、三東が苦痛の声を漏らすのが聞こえた。加えた攻撃は大し たものではなく、直ぐに態勢を整えた三東の目が、キっと藤本を射た。 途端、ぷつりと何かが切れた。 「なんで――なんでみんな知ってる?!」 半ば裏返った悲鳴のような声で叫び、藤本は渾身の力を込めて長い銃身を薙いだ。 重い手ごたえがして、三東の体が転がった。 三東は上半身を起こすなり咳き込み、地面に血を吐く。混じる白いものは歯か。 『今なら逃げられるだろ?』と、また知らない声が言う。藤本は口を開けたまま頷き、 くるりと背を向けて走り出した。 走って走って――知らず滲み出す視界を藤本はどうすることもできなかった。彼は無茶に 加速した。聞き覚えの無い声からも逃げ出したかった。 今来た道を引き返し――目に入った建物に飛び込む。潮風の吹きぬける廊下に、彼の荒い 息遣いが響く。その反響も振り切ってしまいたい。 しかし彼はまた、どこにも逃げられない予感を確かに感じていた。聞こえるのだ、声が。 『ちゃんと弾が入っていれば、もっとうまく逃げられたのに』 【残り44人】
すいません>202は(1/3)でしたorz
49氏、乙です 三東がかっこいいですな 対照的に藤本は痛々しいっすね。どうなるんだろう…
206に激しく同意。 > 三東がかっこいいですな > 対照的に藤本は痛々しいっすね。
新作来てる! 嬉しい反面、メンバーが減っていくのがつらいんだよね。 (オリジナルのBRは読みもしてない)
>204より 22.DEMO / YOKOHAMA モニタの向こうで起きていることを理解したときから、断続的に争いは続いていた。 むしろそれを成すべき自分よりも熱くなっている佐伯の腕を押さえたまま、横浜ベイスター ズの選手会長である鈴木尚典は、とりあえず目前の事態の収集方法を考えている。 「いいかげんに責任者に会わせんかい!」 「佐伯さ、佐伯さん、危ないですって…」 隣で同じく佐伯の腕に静止を掛けている古木が、もう何度目かの言葉を弱弱しく口にする。 それで怒れる男が大人しくならないことは十分に分かっているのだろうが、より有効な文 句を考案できるほど彼は冷静でいられなかった。冷静だったところで怪しいものだが。 通路を塞ぐ男たちは大層な論客とは言い難い。何を聞こうが『答える必要はない』の一点 張りなのだ。そのくせ背後にはあるまじき物体――自動拳銃が控えている。流石にそう簡 単に使われるものではないだろうとは思うものの、物騒極まりない。 「一体何を考えてるんや!犯罪どころの話やないで!」 その危惧もすぐ前で吼えている男には通用しないらしい。だが、こうも何度も噛み付いて いては危険だ。どうしたらいいのか。気持ちが理解できるだけに選手会長の悩みは深い。
救いを求めて振り返ると、ゆっくりと歩み寄ってくる中村武志の姿が見えた。確信のない 安堵が確かに胸中に広がる。中村さん、と呼びかけると、ベテラン捕手は細い目を更に細 くし、ひょいと片手を挙げて応えた。 「中村さん、向こうは…」 「やっぱり若手がだいぶ参ってるな。今は落ち着いたけど」 彼が投手陣のフォローを買って出た時にはありがたく感じたが、ベテランだろうが何だろ うが、こんな軟禁状態で出来ることは多くない。特徴的な釣り目の下に疲労の影を見る。 それでもあまり疲れた様子を見せない中村に、鈴木は密かに尊敬の念を覚えた。 中村の手がついと伸びて背後から肩を強く引く。そこまでして、やっと佐伯は彼の到来に 気付いたらしかった。 彼が首だけで振り返ると、そのタイミングを計ったように中村が言う。 「今は、ダメだ」 「ダメったって武志はん…」 佐伯の反論を、中村は首を振って遮った。 「とにかく、今はダメだ。な?」 口調は雑談のそれに近い。ただ語尾だけに力が込められている。 佐伯はしばらく考えていたが、鈴木と古木の腕から逃れるとモニタの設置された大部屋へ 足を向けた。あからさまな安堵の息を吐いてから古木がそれに続く。中村に小さな会釈を して鈴木も歩き出した。 「そうですよ。ここで怪我したら何にもなりませんよ」 いつの間に廊下に出てきたのか、佐伯を迎え入れながら多村が主張したので、鈴木の肩か らは必要以上に力が抜けた。
うわあ…他11球団の選手はみな見せられてるんですかね
212 :
924 :2005/03/24(木) 21:05:30 ID:kivHaujU0
リレー46章、正午の放送で福原が出てくるのは誤りですね 失礼しました・・・ 保管庫さんにはあらためて訂正のお願いに伺います
213 :
924 :2005/03/24(木) 21:16:49 ID:kivHaujU0
保管庫さんのBBSが消えているようですので こちらに書かせて頂きます リレー46章・5段落目・3行目の「28番の福原」を 「27番の野口」にご訂正頂けますでしょうか お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします
皆さん、お疲れさまです。 当事者になるのは嫌だけど、 無理に見せられるのも辛いな。。。 今後の展開が激しく気になります。
215 :
代打名無し@実況は実況板で :2005/03/25(金) 14:39:51 ID:qw/+Ttw90
あげとくね
職人さん、いつも乙です。捕手
218 :
代打名無し@実況は実況板で :2005/03/27(日) 21:01:05 ID:fpxhFjn40
保管庫さん、乙です!
>217管理人さん、いつもお世話になっております。 >210より 23.誰もお前を止められぬ 踏めば沈むような痛んだ畳の上に正座して、桧山は文机の上に地図を広げた。おもむろに 鉛筆を手に取ると、背を丸めて細かな記号を書き込む。本部に使われている59、60、61号 棟の三つの建築物は、既に薄く塗り潰されている。 背筋を伸ばしてそれを遠目に観賞すると、桧山は満足そうに鼻から空気を吸い込んだ。続 いて彼は腕を組み、地図の端から端まで視線を何度も往復させる。 「なんにもわからんなぁ」 呟きには多少の落胆が含まれていたが、彼は瞬きひとつでそれを吹き飛ばした。桧山は文 机に片肘を着き、描かれた建築物の輪郭を脳裏に模写し始める。 付け焼刃であっても土地勘がどうしても必要だ。 効率よく島中を回るために。そして、計画に乗った人間から逃げ切るために。 理由の後者を想い、桧山は表情を曇らせる。 楽観的だったとは思っていない。 首輪爆破までの24時間のリミットは、24時間の猶予であると彼は解釈していた。本部は一 日は手を出さないと約束してくれたのだ。具体的な案がある訳ではないが、この状況を時 間内に打破しろということなのだと考えていた。 (なのに、どうして) 拳にぐっと力を込めると、まだ手の中にあった鉛筆がみしりと音を立てる。
彼は見たのだ。まず島の全体を把握しようと、目に付いた背の高い建物――3号棟を目指 して進んでいたとき、走り去る小柄な人影を。背番号9の背中は桧山が名を呼んでも翻る ことなく、むしろますます加速度をつけて遠ざかっていった。 それは悪い――予感以上のものである。 藤本の飛び出してきた廊下に足を踏み入れ、桧山は漂う血の臭いに眩暈を覚えた。 何年も人の行き来のない廊下には、砂とも潮ともつかぬ白っぽい埃が積もっている。その 埃の上にいくつもの転倒の後を見た。知らず歯を食いしばり、桧山は歩を進める。 連結した他の棟に日を遮られて特に薄暗い廊下で、桧山はそれを見つけた。 朱に染まった浅井の体の前に膝を折り、桧山は気抜けしたように彼の顔を見つめた。無数 の弾痕の刻まれた壁を枕に横たわる浅井の顔には、僅かに驚愕の表情が読み取れた。 瞼の上を撫でれば、それは大人しく閉じた。頬はまだ温かく、柔らかだった。 ぐっと腹に力を入れ、桧山はこみ上げるいろいろなものを全て呑み込んだ。散らばる薬莢 と弾丸を無言で拾い集め、力無い体を廊下の隅に寄せると、そのままその場を後にした。 凄惨な死の現場の回想の後でも、桧山の目には力が宿っている。 哀れな浅井、そして藤本。知っていたはずだ。信じる事は難しく、些細なきっかけで人は 豹変する。俺がそれを配慮に入れなさ過ぎたのだ。 そして今、彼は島で最も高い建物の一室にいる。彼なりの抵抗は静かに始まっている。 【残り44人】
221 :
924 :2005/03/27(日) 22:25:13 ID:BJ3onzsH0
>217 先ほど拝見してきました ありがとうございます!
222 :
代打名無し@実況は実況板で :2005/03/28(月) 00:03:09 ID:GgJRIPzRO
くえすくえすくえすくえすくえすくえすくえすくえすくえすくえすくえすくえすくえすくえすくえすくえすくえすくえすくえすくえすくえすくえすくえすくえすくえす
49さん乙です! 桧山がマトモで新鮮だw
>>199 47.ひとひらの……
「あのね、藪さん」
包帯を代えてやりながら、井川はぐぐぐと眉の間に皺を寄せ、半眼になった。
「何?」
「そんなにじいっと見られたらやりにくいんスけど」
手当てをする自分の手元ではなく、何故か顔の方をじっと見つめてくる藪。
「俺の顔に何かついてます?」
「いーや」
犬のようにふるふる首を振るその顔が真顔なのがまた如何ともしがたい。
(ちょっとズレてる人だってのは知ってたけどさ)
これじゃまるで。
「あ、子供みたいだって思ってるんだろ?」
そうだよ、アンタ子供みたいだよ。まったく。
「ごめんごめん、ふざけるつもりは無かったんだけど」
……こういう時にふざけたら流石にアンタでも殴るぞ、おい。
胸中で毒づきつつも、手先の器用さを発揮してくるくると包帯を巻き直していく。
勢いよくスッパリ切られた傷口は綺麗な平面状で、断面が収縮して出血が
ほぼ止まっていたのが不幸中の幸いだった。あれだけだらだらと大量に血を
垂れ流したのだから、元気そうには見えてもこれ以上の出血は危険だろう。
「藪さん、状況解ってます?血ぃ足りなくて朦朧としてるんじゃないっスよね?」
「解ってるって。大丈夫、飯も食えたし。美味かったよ。アリガトな井川」
解ってねえな、これ。
無理矢理といった感じで唇の端を吊り上げる藪に、井川は肩を竦めた。自分が
死にかけた事を―――大袈裟かも知れないが、あのまま放っておいたら
出血多量にならなかったとも限らない―――もう忘れたのか。
(忘れたいんだろうな) 忘れたいと言うより、体力が回復するまでは刺激の強い事実を反芻するのを 本能的に忌避しているのだ。精神ではなく肉体がそれを要求している。それは 仕方のない事だし、彼を無責任だ何だと責め立てるのは馬鹿のやる事だ。 今は気が済むようにさせておくのがいい。 頭ではそう解っていたのだが、それでもやたら大丈夫と安請け合いする藪が 何となく癪に障って、ちょっと脅かしてやろうと井川は口を開いた。 「その指ね、今は血、止まってますけど、最初に見た時は凄かったんスよ? 水道の蛇口みたいに血がトロトロ流れてて」 「……」 「ユニフォームなんかドロドロのぐちゃぐちゃで、引っぺがすのに苦労しました。 藪さん重いし。洗っても洗ってもなかなか色が落ちなかったし」 わざとリアルに描写してみせながら横目でちらりと伺うと、案の定嫌そうに顔を 顰めていた。ぶる、と身体を震わせ、左肩を擦る剥き出しの右腕は総毛立って こちこちに硬直している。やや厚めの唇がきゅっと噛まれていた。 ささやかな意趣返しに成功して溜飲を下げた井川だったが、すぐに軽い自己 嫌悪に陥った。藪の反応があまりにも顕著で、まるで彼を苛めているような 錯覚を覚えたのだ。これでは自分の方が余程子供みたいだと気付き、井川は 仏頂面を作る。 大人げない。怪我人相手に何をやっているんだ自分は。 「ごめん、井川。……怒ったか?」 元々ぶすっとした顔だが、そこにもう一つ渋い表情を乗せた井川を上目遣いで 見遣り、少し勘違いした藪がぼそっと呟いた。 「え」 「ごめんな。オレが情けないから。オレ、さっきから迷惑ばっか掛けてんなぁ」 眉の端を下げ、彼は詫びる。心からそう思っているようだった。傷ついた手足を 恐縮させるように竦めて済まなそうに笑う彼に、ぴり、と心のどこかが変に ひきつれたような気がする。すぐに気のせいだと打ち消したが、小さなしこりの ような、微妙な違和感が残った。
(……めんどくせなぁ) 基本的にはいい先輩だしそれなりに尊敬もしている。けれど、一緒にいると 結構疲れる人だとも思う。今だってそうだ。普段、口先のレトリックで遊んだり 馬鹿みたいな冗談を言って回るくせに、どうしてこういう時になるとそんな顔で そんな事を言うのだろう。どうして、こんな時だけそんなまともな受け止め方を するのだろう。まったくもって要領の悪い。 「藪さん。俺、前から思ってたんスけど」 呆れたような顔の井川に、「?」と目で疑問符だけを返す藪。横たわった彼の 頼りなさそうな表情に一つ溜め息をついて、井川。 「藪さんって、相当重度のマゾっスよね」 「……何なのそれは」 「考え方が自虐的だって事っス」 「いや言葉の意味は知ってるってば」 おちょくられているような気分になったのか、藪は少し唇を尖らせた。 年上をからかうもんじゃないぞ、エース。 そんなセリフが聞こえてきそうな表情だ。 「俺にはそういう考え方って、ちょっと理解できないです」 コップに水を入れて渡してやると、彼は寝たままサンキュと小さく言った。 水をこぼさないように身体を起こそうとするのを手伝う。肩を支えてやりながら ふと、藪が妙な顔をしているのに気付いた。シーツについた左手を見ている。 じっと、じっと、何かを確認するように見ている。包帯の巻かれた手。 その先の喪失感につと眉根を寄せる仕草が、一抹の哀しさを誘った。 「藪さんって、自分を苛めて安心してるタイプなんじゃないですか?」 「そんなつもりは、」 「ないって言いきれます?言えないっしょ。自分でも解ってるんじゃないスか? 自分が悪いって言っておけばいい、自分が悪いんだって思い込んでおけば そんで済むと思ってるんっしょ。それは自己犠牲じゃなくてただのゴマカシ。 そんなんで問題は解決しません」 ばつが悪そうな顔で藪は頬を掻いた。片目だけを細めてコップの水を呷る。 そうやって間を取ってみても、しかし上手い反論は出て来なかったようだった。
「……欺瞞がない、とは言わないけどさ」 「ほらやっぱり。自分を苛めておけば誰からも攻撃されないと思ってんだ。 ホントは不満とか一杯あるくせに、言わずにおいてやるんだって顔して自分の 殻に閉じこもって安心してんだ。―――あのね、そんなん甘いっスよ、藪さん。 ずっとそうやってきて誰が褒めてくれました?どこの誰が庇ってくれました? ……誰も、助けてくれやしなかったでしょーに。藪さんがやってんのは自己 満足。なーんもいい事ない、自傷行為だっぺ」 饒舌さでは勝っていると思っていた後輩に次から次へと言いたい放題言われ、 むうと黙り込んで一生懸命言葉を探しているらしいその様子に、ああやっぱり なあと妙に納得する。この男は能力云々以前に、性格面で相当損をしている のではなかろうか? 『球はチーム屈指なのにメンタルがなぁ。お前みたく図太けりゃいいんだけど』 ……聞くところによると、新人の頃の藪は気の強い、精神的にもタフな投手 だったそうだ。それがいつの間にか、気持ちが脆いと陰口を叩かれるような 大人しいピッチャーになってしまったのだという。本人の性格もあるだろうし、 環境の問題もある。ファクターは色々考えられるが…… 「だって、さ。しょうがないじゃないか」 ぽつりと呟く大きな子供に、井川は今度こそ盛大な溜め息を吐いた。 ―――恐るべし、暗黒時代。 30も半ばを過ぎたいい大人の男が年下に言い負かされ、漸く口を開いて言う 事がそれかと呆れつつ、以前、藪に『暗黒時代のエース』というあまり有難く ない二つ名を付けていた記事を彼自身に見せてからかった事は遠くの棚に 放り投げたまま、井川はしみじみとそう思った。 今までに先輩やOB、首脳陣らから耳が腐るくらい聞かされたであろう類の 説教をよりにもよって後輩にされてしまった事がちょっとショックだったのか、 藪はもごもごと何やら口の中で繰り言を呟いていた。これは本人が整理する まで放っておいて、自分は自分の仕事をした方がいい―――簡単に見切りを つけて井川が立ち上がりかけた瞬間、その藪が唐突に顔を上げた。
「井川」 「今度は何スか?」 「―――」 「藪さん」 「しっ」 人差し指を唇に当て、先程とはうって変わった鋭い目つきで視線を走らせる。 暫くうろうろと彷徨わせたそのターゲットを板の間に続く扉に定め、低く囁いた。 「音が聞こえた」 手で木の扉を示す。 「ぎし、って、踏む音」 幾らかぎこちない動作で藪がベッドを降りた。井川はじっと立ち尽くしたまま、 耳をそばだてる。……窓外で木々が鳴らすざわめきに紛れ、キシ、キシ、と 明らかな振動を伴った小さな音。 「誰かいる―――?」 先刻の会話が嘘のように無言で動いた。少しふらつくような仕草を見せつつ、 手早くシューズを履いている藪を確認して井川は腰に手を遣る。カタログで モデルバージョンを見た事はあったが、実際には触った事などあるはずのない その武器、トカレフTT33。 (誰だ) 後退りしつつ背後の男に視線を送る。生乾きのユニフォームの上にクローゼット から拝借したジャケットを羽織った藪は、不自由な手で自分のバッグを担ぎ、 この家から探し出した物資を詰めたショルダーを肩から斜めに掛けていた。 左手はだらんとぶら下がったままだったが、右手には鉄の火かき棒が握られて いる。キャップを目深に被っていて表情はよく見えない。 「井川」 何かを言いかけた彼を制し、袖を引っ張って奥の部屋へ移動する。目配せを して、部屋の間に掛けられた暖簾の隙間から二人して寝室を覗き込む格好で 並んだ。侵入者とその武器を確認し、それから次を考えればいい。 「井川、戦うのか……?」 疲弊した顔のど真ん中に「戦いたくない」と大きく書いて藪が問い掛けてくる。 その表情にほんの少しだけ、わけの解らない何かを感じた。
「相手は戦う気がないかも知れない。だってそうだろ?戦うつもりだったら オレたちが話してる時にとっくに」 「ナイフで遠距離攻撃は無理っしょ。こっちに声掛けないあたり怪しい」 「だからって。相手が誰か確認して、どういうつもりなのか訊いてからでも」 「解ってます。もう黙って」 井川とて無闇に人は殺したくはない。だがこちらを殺そうとしてくるのなら…… 防衛の余地は十二分にある。自分は藪ほどお人好しでない。敵意を向けて くるのであれば応戦已む無しという立場だ。それさえもが主催者のシナリオ 通りなのだと思うと吐き気がしたが。 とにかくこれが今選べる最善の選択肢だ。ゲームに抵抗するためには『最善』 のレベルを無理矢理上げてやるしかない。それまでは死ねないのだから。 (佐藤さん、シモさん。俺、間違ってないっスよね?) 普段誰かがそんな事を訊くと、まず最初に今隣にいる男が色々と言葉遊びを 尽くして、幾許かの疑問符を残しつつもそれなりにその場を丸く収めてくれる のが常だった。今回しかし、それは期待出来そうにない。今のこの人にそんな 事を訊くのは無駄だ。 (クソ―――これじゃーあいつらの思惑さハマってっぺ) 追い詰められているな、とどこか人事のように感じる。ただ面白くなかった。 何もかもが向こうの計算通りに動いている。首に絡みつく金属の首輪がそれを いちいち誇示してきて、どうにもこうにも鼻持ちならない。 ……キィ…… 軋んだ音と共に、玄関と寝室を繋ぐ扉が僅かに開いた。そろそろ、そろそろと 慎重に開いてゆく狭間から溢れ出す昏さに目を凝らす。出てくるのは、人間か、 それとも悪魔か。或いはそれ以外の生き物? 鬼が出るか蛇が出るか、せめて言葉の通じる相手であって欲しい。交渉事は 人間相手でなければ出来ないのだから。 自分らしくない発想を胸の中で転がし、息を殺しながら、隣で同じように息を 潜めている藪の心音まで聞こえてきそうだと井川は思った。―――そして それは、自分の体内で響いている音とは微妙に違うものであるのだろうとも。 【残り38人】
230 :
代打名無し@実況は実況板で :2005/03/28(月) 04:21:38 ID:R1qDl+cq0
職人さん方,乙です!
…… ……… ………… 「ん、うん……」 目を覚ますとまず、大きな瞳と目が合った。 …虎だ。 虎が、至近距離から虎視眈々とこちらを凝視している。 (…………?) 起き抜けのぼうっとした頭から、やがて鮮明な思考回路が戻る。 (……虎?) 「うわぁっ! く、喰われるッ!?」 野口はたちまち飛び起きて、尻餅をついたまま後ずさる。 「ニャァー」 「――って、猫かよっ」 飛び上がった勢いを殺さぬまま、野口は虚空にツッコミをいれた。 「やぁ、なんだか元気そうだねぇ」 「…桧山?」 「こんにちは」 「んー…?」 桧山の顔と、自分のボロボロなユニフォームを交互に見つめて野口は首をかしげた。
「どうしたの?」 「オレは…何してたんだっけ…?」 「ぼくに聞かれてもわかりませんよ。それにしても、よくあんな無茶が出来ますね」 「無茶…? ああ、そう言えばオレは…」 確か監督と… その事を思い出したからか、四肢を伸ばそうとしたら鈍い痛みがよみがえってきた。 「…桧山が助けてくれたのか?」 「うぅん、ぼくじゃありませんよ」 「えっ…?」 (じゃぁ、一体誰が…?) 訝る野口が、その問いを口に出そうとしたとき、桧山は傍らにいたちいさな仔猫を抱きしめた。 「ニャァゴロ」 「きみを助けたのは、このカケフだよ。ぼくはカケフの手伝いをしただけさ」 「…あ、そう」 どうにも相容れない何かに脱力した野口は、かつての大打者を連想させる猫を見た。 そのネーミングは、桧山流のジョークか何かだろうか。 「まぁいいや、本当に助かったよ。あのタイミングで助太刀がくるとは思わなかった」 「うぅん、こちらこそごめんなさい」 桧山はゆっくりかぶりを振ってから、あまり悪びれた様子はなく頭を下げた。
「…は?」 「ほんとうは結構前から見ていたんだけど、雨のせいでどれも点火できなかったんだ」 「え? ああ、そうだったのか」 「うん。もし最後の一個が点かなかったら逃げるつもりだったんだけど、点いちゃったからね」 (点いちゃった、って…) あやうく見殺しにされるところだったらしい。 それでもこうして生きてるあたりは、我ながら呆れ返るしかないというものだ。 「そういえば、兄貴はどうしたんだい?」 「そうだ。監督はどうなったんだ?」 桧山と野口は同時に質問を放った。 「――っと……」 噛み合わない会話に、野口は思わず口を噤んだが、桧山はひょうひょうとした面持ちで答えた。 「確認してないからわからないけど、まだどこかで生きてると思いますよ」 「そうか…。あと、金本さんなら、いまは赤星と一緒にいるはずだ」 「なんだ、ここにはいないんだ…」 野口は一瞬どきりとした。 “金本さんがいないなら、助けなければよかった”とでも言われるのではと邪推したからだ。 ばつが悪そうに頭をかくと、居住まいと正してから取り繕うように周囲を見回した。 「ん、あれは…?」 「ニャ?」 人影に気付いた野口に、桧山にかわってカケフが訝る。 「あれを見ろ」 木々の隙間から、わずかに見える眼下を示唆して野口は体を起こした。 「ウィリアムス…かな? それにもう一人は…誰だろう」 そこには、タテジマのユニフォームを纏った二人の男が対峙していた。 「わからん…。人ではない」 じっくりと目を凝らすが、この位置からでは樹が邪魔で顔がよく見えない。
「…なにか話してる」 「聞こえるのか?」 「えっと…《見つけたぞ、ランディ・バース…。こんどこそ貴様をころす》…? あそこにいるの、バースさんなのかな」 「バースだって!? あの二人、また会ったのか!」 「“また”…?」 「ウィリアムス…まともにやったら、勝ち目はないぞ…!」 野口は慌てて立ち上がり、ふらつく体をどうにかこらえた。 「行くのかい? きみの体じゃ無理だと思うけど」 「だけど…見過ごすわけにはいかないだろ!」 おぼつかない足元のまま歩を進める野口の後を追いながら、桧山はおもわず眉間にしわをよせて顔をしかめた。 「ニャァニャア!」 「よく次から次へとそんな無鉄砲な真似ができますね。丸腰なのに」 桧山が肩をつかみ、カケフが野口の行く手を阻むと、野口はとうとう足をとめた。 「仲間が危険な目に遭ってるんだ。そんなの、当たり前のことだろ」 「でも、もしカケフが助けなかったら、君はいまここにはいないよ。少なくても一度死んでるんだよ? それなのに、そう簡単に無茶なことをされたら、助けたほうもなんだかなって思うよー」 「ん……」 桧山の糾弾に、野口は思わず言葉に窮した。 (確かにそうだ。藪にだってそう言われた。だけど…) だったら、どうすればいいって言うんだ。 仲間のピンチを、黙って見過ごせって言うのか? こんな状況だ、助太刀に入ろうなんて考えるやつは、いくらもいない。 自分が行かなきゃ、誰もやらないじゃないか。 「…………」 「自分でも無鉄砲なのはわかってるよ。でも、損な性分が骨の髄まで染み込んでるみたいだ」 「…やっぱり、行くのかい?」 野口は沈痛な面持ちのまま、深く頷いた。
どもー。
なんだかひさしぶりです。
今回は
>>154 からの続きです。
ひ〜やんの「武器」はにゃんこ?
>>236 ねこが武器ってすごいなw
でも桧山より働きそうな悪寒
唐突に、自分の行く手を阻む影が現れた。 「きみは…」 「…見つけたぞ」 にやりと歪んだ笑みを浮かべて、腰にさした刀を掴んだ。 「こんどこそ貴様を殺す」 「随分な装備で来たものだね」 さも可笑しそうに、バースは大きな身体を揺らして笑った。 「そんな装備で来ようと、きみが私には勝てないということは先刻承知のはずですが?」 「黙れっ!」 鋭い眼光でバースを射抜くと、ウィリアムスはバース目掛けて突進した。 「ぶっ殺す!」 「…血気の勇を見せても、返り討ちに遭うだけだと…前回の失敗から学びませんでしたか?」 ウィリアムスは、抜き身の刀を振り下ろす。 その刃を、バースは素手で受け止める。 響く金属音。 バースの身体は、まったくの無傷だ。 「チッ」 「わからない人だね…」 バースは鉄の拳を数発、ウィリアムスに叩き込む。 「きみがどんなに頑張っても…」 「――っ!」 ウィリアムスは両腕を前に出し、バースの正拳を防御する。 まるで金属バットにでも殴られたかのような衝撃を腕に受け、ウィリアムスは苦悶の表情を浮かべた。 「私の身体には、かすり傷ひとつつけられないのだよ」 「ぐ…畜生ッ」 ぎりっ、と歯噛みしてウィリアムスは罵倒の言葉を口にする。 「まだやるかね」 返事の代わりに正面から睨みつける。 「やれやれ」 溜息を吐いてから、バースは呆れた様子で首を横に振った。
「作り物ふぜいが…」 不意にウィリアムスが口走ると、やにわにバースの表情が変わった。 「……!」 「人間様に作られた玩具は…人間様の手で壊されるのが道理だ」 「な、ん、だ、と…? キサマ…」 「作り物ふぜいが…こざかしい」 ウィリアムスがもう一度口走るや否や、バースは思い切り地を蹴った。 「――さかしいのは…貴様のほうだ!!」 「……!」 地に膝をつけたままのウィリアムスを渾身の力で蹴り上げる。 「んぐ……」 「もういちど言ってみろ! だれがオモチャだって? ええ、小僧!!」 つい先ほどまで、おだやかな笑みを浮かべていたバースだが、堰を切ったかのように次々とウィリアムスを殴り飛ばした。 打撃の雨が降り注ぐ中、ウィリアムスは不敵に笑った。 「がはっ…へへへ…図星をつかれたのがそんなに悔しかったのかよ」 「黙れ小僧! 二度とその口をきけぬ体にしてやろうか!?」 怒りに燃えたバースの、容赦ない拳が降り注ぐ。
バースの猛襲に、苦痛で顔を歪めながらも、ナイフを抜いて反撃した。 「くたばれっ、のろま野郎!」 「ぬるいわっ!!」 だがバースは、右手を横薙ぎに払ってナイフを弾き返す。 バースが余裕の笑みを浮かべると、ウィリアムスは何度目かになる舌打ちをした。 「もういい加減わかっただろう」 「………」 「地べたを這って謝るのなら許してやる。さあ、あやまるんだ」 「けっ」 そう言うバースに、ウィリアムスは嘲るように笑って唾を吐きかけた。 「人に飼われ、馴らされ、躾けられた畜生が…いっちょうまえの口きいてんじゃねェよ」 「――まだ言うか!」 バースの顔色が、たちまち真っ赤になった。 振り下ろされる拳に、ウィリアムスはなんとか反応して防御をしたが、それでも頭の中で鐘が鳴り響くような感覚だった。 「もう許さん! お前は救いようのない馬鹿者だ!」 一発、二発、三発。 バースは、まるで幼児でも相手にしているかのように、ウィリアムスの身体を軽々と投げ飛ばした。 数メートル先で、受身をとる間もなく地に叩き付けられる。 「ゲフッ、がはっ!」 散々と痛めつけられたウィリアムスはとうとう、その口元から血反吐を吐いた。 「はァ…はァ…」 バースは興奮した様子で、荒い呼吸を続けていた。
(どうすれば…) 切れかかかる意識をどうにか繋ぎ止めながら、ウィリアムスは必死に頭を働かせた。 (どうすれば奴に、有効な一撃を与えることが出来る…?) 前に奴と戦ったときも、ただの一撃もくれてやることが出来なかった。 今回もまた、そうしてやられたまま散るのか…? (…む…そう言えば……) なぜオレは生きている? やつと一戦交えたとき、オレは為す術なく敗戦した。 だがオレは殺されなかった。オレは生きている。 あの矢野と、野口に…助けられたからだ。 「あの男は…どうやって奴からオレを救った…?」 ウィリアムスはゆっくり顔をあげた。 (…! あれは……?) 迫り来るバースの眉間あたりに、ちいさな痕があった。 「――ぐあっ!」 渾身の体当たりを身に受け、ウィリアムスは再び後方に転がった。 (あれは、どういうことだ…) 思い切り打ち付けた右の肩を抑えながら、思考をフルに回転させる。
バースは追い討ちをしかけてくる。 隙の無いバースの攻撃に、ウィリアムスは為す術がなかった。 それでもウィリアムスは、必死に考え続けていた。 (あの傷痕、まさか……) だが確証はなかった。 ナイフはもうない。忍者刀も弾かれた。 余力もわずかしか残っていない。次が最後の選択だ。 選択を誤れば、こんどこそオレは死ぬ。 勝負師の感覚を研ぎ澄ます。 ウィリアムスは立ち上がり、突っ込んでくるバースの攻撃に備えようとした。 「――!?」 だが、痛めつけられて思うように言うことをきかない体が、不意にバランスをくずした。 横転した自分の身体にウィリアムスは、声に出さず、目を見開いて驚いた。 バースは構わず突進してくる。 ウィリアムスは神というものの存在を呪った。 “オレもここまでか…” そう思って目をつぶろうとしたとき―― ――声が聞こえた。
「眼だ、眼をねらえッ!」 その声に、ふたりの動きが止まった。 「なんだとっ…?」 「ヤツの弱点は眼球だ! そこを突け!!」 「――!」 「お前は、確か…」 (油断…!) 刹那、ウィリアムスの瞳に闘志が宿った。 バースの防御は鉄壁だ。 何もしなくても、鋼の身体があらゆる攻撃を弾く。 バースの防御に隙はない。 …あるとすれば、関節か。繋ぎ目を狙えば、あるいはと思った。 しかしそれも、どうやら無駄な足掻きだったらしい。 本当に為す術などないと思われた。 だが…… 「うおぉぉあぁぁ!!!!」 「――!! し、しまった!?」 慌てて顔を隠すバースよりもはやく、バースの左眼めがけてボウガンの矢を突きたてた。 「もらったァ!!!」 「ぐあああああああああっっ!」 その矢は、バースの左眼に深く突き刺さった。 動転したバースは慌てて矢を抜き、左眼を抑えて転がりまわる。 「ぬああああああああああああああ、ぐふぅ、だはっ、おおおおお……!」 血こそ吹き出はしなかったが、悶絶しながら泥やおのれの唾液にまみれた。 やがて10分ほど経った頃合、バースが落ち着きを取り戻し、あたりはようやく静かになる。
「…まだ息があるか」 ウィリアムスは、横たわったままもう動かないバースに、とどめをさすべく近づいた。 「ウィリアムス、無事みたいだな…よかった…」 自分と同じか、あるいはそれ以上に頼りない足取りで、野口が近づいてくる。 「キサマか…なぜ助太刀をした」 「助太刀? なに言ってる、オレはあいつの弱点を教えただけだ」 「…そういうことを言ってるんじゃねェ。なんでオレを助けようとしたのか、訳を言え」 「…仲間を助けるのに、理由がいるのかよ」 「仲間…だと? オレと、お前の事か?」 「そうだ」 「キサマ…本気で言っているのか?」 ウィリアムスは眉間に皺をよせ、訝しげな表情になる。 その問いに野口は、声を荒げて断言した。 「そうだ! オレたちは同じチームの仲間だろ。文句あるか!」 「………」 まっすぐな瞳。歪みを知らない瞳だ。 あの矢野という男もそうだった。迷いのない瞳が、オレの判断を揺さぶったのだ。 あいつといい、こいつといい… 「What a Blockheaded guy i am....」 そうポツリとつぶやいて、ウィリアムスはかぶりを振った。 「――えっ?」 どうやらオレは、馬鹿だったらしい。 オレがカミカゼのような真似をしてしまったのも、それもこれも全部こいつらのせいだ。 こいつらに感化されてしまったせいだ。 「ナックルヘッドは…お互い様か…」 野口の顔を見て薄く笑い、バースにとどめの一撃を加えることなく、そのまま踵を返した。 「お、おい…。ウィリアムス…?」 「すまない、助かった」 去り際にウィリアムスは、ほんとうに小さな声でそう言った。
「ニャァ〜」 「カケフ、それに近づいたら駄目だよ」 横たわるバースの周りをうろちょろしていた仔猫を、桧山が抱きかかえる。 (最強助っ人も、狂人と化せば“それ”呼ばわりか…) ウィリアムスが無事だった事と、殺人鬼が斃れた事に、野口は深い安堵のため息をついた。 「ニャアニャアニャア」 カケフが三度鳴いた。 その声に反応してそちらを見ると、バースが上半身だけ起こしていたところだった。 からだのあちこちは泥で汚れ、左眼が深くつぶれていた。 茫然自失とした面持ちで、桧山や野口を見ても、特に襲い掛かるような素振りは見せなかった。 「なんだか左眼が潰れたままじゃ可哀想だね。これをつけるといいよ」 桧山がポケットをまさぐると、どういうわけか黒い眼帯が出てきた。 有無を言わさず、それをバースの左眼に装着させる。 「あはは、サガッt(ry)みたいだね」 桧山が場違いな笑い声をあげた。 「いくぞ、桧山」 「? せっかくきたのに、とどめをささないんですか?」 「ウィリアムスがやらなかったんだ。オレたちがやる理由はないさ」 「でもこのままじゃ結局、誰かに見つかったら同じだと思うけど?」 「そうなったらそうなっただ。オレたちには関係ない」 「ふーん…? なんだかよくわからないね、カケフ」 「ゴロニャァ…」 (ウィリアムスは、心底殺し屋になったわけじゃない…諦めなければ、きっとわかってくれるんだ…) (狩野だって、きっと…) 激しかった雨足も、やがて弱い雨足となっていた。
ども。 連続で失礼します。 ちょっとだけ長くなりました。保管庫さん、ご迷惑をおかけします。
職人さん、乙です!
バース・・・敵に回すと怖い男。
250 :
代打名無し@実況は実況板で :2005/03/31(木) 13:23:24 ID:bE5vsoRJ0
>>229 より
野崎さんすみません−−
唇を噛み締めながら八木裕は木々の向こうの曇り空を睨み付けた。投げ出された
四肢は重く、起き上がるのはもう少し時間を要するようだ。それよりも、八木は
精神的に完膚無きに打ちのめされていた。悲しみ、悔しさ、マイナスの感情全
に。
自分がひどく情けなくて、自己嫌悪の感情が波のように打ち寄せる。
スカウトの不正問題で球団社長からは退いたものの球団には残り改革を模索して
いた、一リーグ制への流れを変えた一人、野崎から直々に携帯に連絡があったの
はもう二日前だろうか。あの方にしては珍しく切羽詰まっていた。
『助けて欲しい。いや、助けてやってくれ。』
何をですか?−−と問い掛ける間もない程、野崎は畳み掛けてきた。衝撃的な
言葉ばかりで八木は理解が追い付かなかった。
『君の後輩を、選手たちを、助けてくれ。』
尋常でないその様子に、とにかく八木は事情を聞きたいと野崎と会う約束を
して電話を切った。胸騒ぎがした。とても嫌な、不吉なそれはいくら振り払
おうとしてもべっとりと張り付き離れない。
その数時間後、八木は野崎に指定された場所にいた。同じ場所には木戸二軍監督
と和田コーチもいた。二人とも同じく野崎に呼び出されたという。
甲子園の近くのホテルの一室。憔悴し切った野崎は三人を座らせると、堪え切れ
なくなったのか泣いた。
『私を許してくれ。』
分厚い書類を差し出され、八木らは驚きを隠せなかった。嘘だ、何の冗談ですか
野崎さん−−三人の口から出るのは笑いたくなるくらい在り来りで。
『嘘じゃない、悪い夢でもない、現実なんだ。』 野崎は続けた。 『君達を巻き込むのは申し訳ないと思っている。だが私はもう動けない。止めたく ても止められない。』 『星野SDや島野さんはどうしているんです。』 『連絡が取れない状態なんだ。何とか今連絡を取ろうとしているんだが…… だがもう時間がない。もう手遅れになるかもしれない。』 頼む、と頭を下げる野崎は目に見えて追い詰められていた。これが、自分達に託 すことが最後の手段なのだろう。 八木は頷いた。木戸も、和田も。 何よりも、選手達を見捨てる事など出来る訳がないのだ。 桧山も、矢野も、金本も、井川も、藤本も皆−−タイガースの未来を託した 後輩達だ。彼らが未来そのものだと言っていい。 (タイガースを終わらせてはならない。) 野崎が手配した車に乗り込み、深夜の高速を飛ばした。夜が明けてに野崎の指示 した場所へ着くと、ヘリが待機していた。 その時八木はある人物に電話を入れた。内容はぼかしたが、この異常事態に気付い てくれればいいと祈った。自分が−−自分達が駄目になってしまえば、もう 頼れるのは彼らしかいないような気がしたから。 その後、ゲーム会場の島の本部へ乗り込んで−−そして、今に至る。
注射で何か薬を打たれ気を失い、目覚めたら鬱蒼と茂る木々に見下ろされていた。 木戸や和田は見当たらない。服はご丁寧にユニフォームに着替えさせられ、 すぐ側に無造作に支給品であろうカバンが置かれていた。出っ張り具合からして ライフルだろうと推測できたが、八木は恨めしく睨み付けた。 暫くは身に纏う事もないだろうと思っていた懐かしい縦縞がひどく呪わしくも あった。 ひんやりとした感覚が首から伝わる。忌ま忌ましい冷たい首輪が巻き付いている。 今すぐ立ち上がって、皆に会わないといけないのに、終わらせなくては。皆が 死んで誰も残らなくなる前に。 『彼ら』は気付いてくれただろうか。気付いても近付いてくれなければ意味がないが。 「許してくれ。」 なんと情けない事だろうか。 もう駄目なのか。もう救えないのか。終わってしまうのか。 −−いや 「終わらせない……。」 妻にも泣いた所は殆ど見た事はないと言われていたのに何の事はない。自分は子供のように泣いていた。 何を想って、誰に、何の許しを乞うているのか分からないままに、八木は必死に 鳴咽と悔しさを噛み殺し、立ち上がった。 【新たに三名加入のため、残り41人】
253 :
514 :2005/03/31(木) 13:27:24 ID:bE5vsoRJ0
すいません、一番目に名前とタイトル入れ忘れてました… 514で、タイトルは「48.天国より野蛮」です。
参加者増えたーっ! 職人さん乙です!
やぎたん・・・
神さま・・・ 他の選手を助けてあげてくれ!!!
>220より 24.なんや、お前か 福原は耳を疑った。 しかし鎮魂の調べを押し退けたのは間違いなく所属チームの監督の声だ。 「おーい、おーい。聞こえとるんやろ?おーい」 聞き覚えのある声が、イヤホンの向こうで呼びかけを繰り返している。福原はうろたえた。 答えるべきか、それとも沈黙を守るかの選択肢を思い浮かべれば、途端に彼の中で首輪の 存在感が増した。爆破機能だけのものとも思えない。 湧き上がる悪い予感を押さえつけながらも、福原は呼びかけに応えるという選択肢を選ん だ。が、それはそれでどこにどうすればいいのか分からず困惑する。 彼は周囲をきょろきょろと見回した。 「聞こえとるんやったら返事せえー。首輪や。首輪にマイクが付いとる」 心中を読まれたような感覚は不快以外の何者でもなかったが、やはり向こうには自分の姿 なり何なりが伝わっているようだ。とりあえずの判断は間違いではなかったらしいと考え ながら、福原は恐る恐る応えた。 「聞こえてます、監督」 僅かに声が震えたのが情けない。が、向こうはそれを気にする様子もなく、おぉ、という 感心だか感嘆だか判断のつかない声がイヤホンの向こうで発せられた。
「聞こえとるんか。じゃあ背番号と名前を言ってみい」 「え?」 「聞こえとるんやろ?早う言わんかい」 岡田に急き立てられて、しまった、と福原は思った。 (名前を聞いてくる?向こうには姿が見えてなかったってことじゃないか!) しかし早とちりを嘆いても遅い。 「…28番、福原です」 「なんや、お前か」 落胆なのか安堵なのか、岡田の声に含まれるものは量りかねた。だがそのとき福原の内部 に湧き上がったものは、識別にその数倍の努力を要する。怒りと憎悪は単純に、さらにあ の口調に出発時の惨状を思い出しての恐怖、そして奇妙な脱力感――どれもが自己主張を した結果、福原の喉の奥からは圧縮された空気だけが忍び出た。 通信機能を付加されたiPod miniの所持者確認は、その後の岡田の言葉にはあまり影響を 及ぼさないようであった。書類を捲る音を皮切りに、岡田の声がイヤホンから流れ出す。 「まあなんや、つまりはな…」 台本にあるまじき独特の口調ながら、岡田の言葉はすらすらと紡がれた。その内容を強制 的に聞かされている福原の眉間に、深い皺が刻まれる。 「――嫁はんも今は心配してはるだけやろうけどな、例えばやな…」 (何を…言ってるんだ?) できれば理解したくなかった。長い前振りが終わると、虎番記者に語るときよりも気だる げな声質で、岡田は要求した。つまり、スパイになれ、と。 福原は息を呑んだ。 運営側につくことの利点のなんたるか、岡田の言葉はその後も続いていたが、それは意識 の表層を流れ去るのみである。 水面下で、福原の感情と思考はめまぐるしく入れ替わり、捻れ、軋んだ。
「――とまあ、そういうことよ」 トントンと紙束を揃える音がして、岡田は一旦言葉を切った。訪れる沈黙は、返答を待つ ためのものである。干からびた喉を潤さぬまま、福原は呟くように聞き返す。 「俺に、スパイになれ、と」 「そうやな」 鷹揚な相槌を聞く福原の肩は震えた。 「ま、お前に選択の権利は無いみたいだけども」 イヤホンの向こうで、また書類を捲る音がした。読み直しているのだろう。脅し文句を。 それが結論か。それを俺が引き当てたのか?俺は手駒か?妻は人質、仲間は標的? (許せるか!) 「っ俺は!」 弾かれるように福原は叫んだ。間髪入れず、しかし間延びした口調で岡田が繰り返す。 「――俺は?」 テンポの違いがこれほどまでに腹立たしいものか。だが、脳裏に浮かんだ罵詈雑言の羅列 は、むしろ福原を冷静にした。罵って終わる話ではないことだけは分かっている。 「おい、福原、福原」 岡田が呼んでいる。返事をしなければならない。iPodを握る手が汗で滑る。 福原は唾を飲み込むと、短い沈黙を自ら破った。 「――わかりました。その話、乗ります」 「おお、そうか」 福原の声は固かったが、彼が打者を三者凡退に取った時の如く、言葉を聞いた岡田の相槌 は満足げであった。意外に簡単に理解してくれたと喜んでいるのか。 「連絡が取りたいときはお前のその――アイなんとかの底にあるボタンを押すんよ。 頑張れや、こっちでお前の動きはチェックしてるからな、頼むわ」 シーズン中にもあまり聞けなかった激励を最後に通信は切れる。 福原は深く項垂れ、胸の中で渦巻く怒りを飼い慣らす方法を探った。 【残り44人】
職人さん乙です! ああ…おはぎ…
261 :
代打名無し@実況は実況板で :2005/04/03(日) 03:05:14 ID:w96nd0m90
どんでんはそこらへんのどこか(地下壕とか?)に潜んでて、 無線か何かでつながった周波数がたまたまおはぎだったとか? 誰が相手なのか知らずに接触するなんて いかにもどんでん。。。 おはぎ、この後どうなるの?
>259より 25.順応の過程 動体視力はこうも使えるのだ、と気付いたような気付かぬような。 獲物は実際小さすぎる。その不利を取り返そうとするように、高速の一撃を桜井は放った。 が、首を狙うそれは寸前でかわされる。目を剥いて、立川がその軌跡を追っている。 攻撃が外れたと見るや、桜井は素早く後ろに跳び退った。じゃりっと鳴った足下の小石が 僅かに滑る。あまり足場は良くない。バランスを崩すのは恐ろしいなとちらりと思う。 食いしばった歯の間から唸るような声を漏らしながら、立川が金属バットを振り抜いた。 風圧が頬を撫で、桜井はさらに後ろに下がる。バットはそのまま次の一撃へと続くべく、 大きく振り被られた。 「桜井ィっ!」 立川の唇から迸った名は、呼びかけるものではなく覚悟を要求するものであると、血走り 始めた彼の目が如実に語っている。会話というものが成り立たなくなって久しい。最初、 彼は盛んには制止の声を飛ばしていたのだが、それが無駄な努力だとさすがに判断がつい たらしい。 さらに一撃。ぶんという唸りが耳朶を伝う。背に走るぞくぞくとした感覚を、しかしそん なに嫌なものとも感じず、桜井は体を横に流してかわした。 アッパースイング気味の鈍色の軌道から、血の雫が飛び出しては桜井のユニホームを汚す。 既に幾つも刻まれている防御創からは、立川が動くたびに血が溢れ出ていた。深々と刻ま れた傷はどれも痛むだろうに、興奮の故か我慢の成果か、金属バットを振るう男の動きに はさして影響を与えていないように思える。 (手強いな、けっこう) 攻撃を避けた桜井は、再び立川の懐に入るべく地を蹴った。立て直されようとするバット をスパイクで蹴りつけ、体勢を崩しながらも桜井は握る大型カッターを一閃させる。 「うあッ!」 立川の悲鳴と共に、もう珍しくもない血飛沫が上がった。 やった、今度は深いぞと笑みかけた桜井の腹を、立川の膝蹴りが襲う。腹筋を締めそこな ってまともにそれを喰らった桜井の体はごろごろと後ろに転がった。
土ぼこりが舞い上がり、口の中に砂の味を感じた。転がされたというその事象だけでも、 低い桜井の沸点を超えるのは容易い業である。カッと熱いものが桜井の脳へ駆け上がる。 「っの野郎!」 怒りの形相で体を起こす桜井だが、視界に映ったのは駆け去っていく背中だった。慌てて 放り出していた荷物を取りに戻ると、桜井もその背中を追って全速力で走り出す。 が、この時になって腹に喰らった一撃が響き、桜井はよろよろとしゃがみ込んでしまった。 「効いたなぁ」 独り言を零しながら、桜井の表情は嬉しそうでもある。そのあまりにぎらぎらとした眼光 がなければの話だが。 桜井は手を振って彼の小さな獲物についていた血を払い落とした。横目でその歯の状態を 確かめると、ゆっくりと立ち上がり、とんとんと軽く跳んでみて残るダメージを確かめる。 大したことないな、と判断するなり再び彼は駆け出していた。 慌てることはない。先手を取って攻撃した甲斐あって、立川さんにはかなりの傷を負わせ ることができている。あの人については、きっと『うまくやれる』。 武器は貰っていいんだっけ?だったらあのバットも手に入るな。 近接戦闘の興奮と生来の素質を以って、ルールにすんなりと順応しつつある男は、弾むよ うな足取りで瓦礫の転がる鉱場区を駆け抜けてゆく。 [立川隆史:金属バット / 桜井広大:大型カッターナイフ(OLFAカッター 特大H型)] 【残り44人】
>低い桜井の沸点 がツボにはまった。 乙です。
捕手
266 :
代打名無し@実況は実況板で :2005/04/07(木) 02:58:40 ID:0QAu4xg/0
元阪神のキーオが飲酒事故!! ・・・何やっとんねん
ほしゅ
あぁいたね、キーオタン
ドラバトと見守るスレ、立たないな・・・。 立てられないのかな?
>>269 見守るスレ立てようと思ったけど駄目でした…
49 ◆NRuBx8130A クオリティタカスwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwスゴスwwwwwwwwwwwwwww
原作も呼んだがプロ野球板のバトロワはレベル高いよな 中高生が描いたようなオリバトは吐き気がするし変な恋愛感情が入ってる 勿論ここもおもしろい
>>269 今スレ立てできるヤシって限られてるからな…。
見守るスレだけでもと思って、代行依頼出してきた。
dat落ちしてしまった後の相談とか、他スレではやりにくいし。
こういう雑談なんかも本来なら見守るスレの領分だったしな。
>263より 26.遅すぎた男 盛大に崩れたコンクリート建造物を横目に、赤星は地面を蹴った。 小柄な体がふわりと舞うように落下した石材のひとつを飛び越え、さらに加速する。 順調に快足を飛ばしているように見えるが、実のところ彼の心中は焦燥に支配されていた。 ごく短い映像が、彼の脳裏で連続再生されている。 やりあっている二人の男。叫ぶでもなく、ただ黙々と武器を振るうチームメイト。 見かけたときにはさほどの距離ではないと感じたのだが、居住区の屈折した階段を駆け下 りるのに時間を喰ってしまった。さっきまで何か長いもの――遠目にもバットに見えた― ―を振り回していた二人は、あの後どこへ移動したのだろう。 桜井と立川の交戦を目撃した赤星は、まだ説明書を読んでもいない支給品の銃を手に、彼 らの後を追いかけていた。地図もろくに確認していない。島の鉱場区の中央に列をなす鳥 居のような形の石柱群は、一体何の為のものだったのか。走りながら、素朴な疑問がふい と頭を横切る。
その石柱の陰に人影を見、赤星は急ブレーキをかけた。スパイクが乾いた土を薄く削る。 スチールを狙うその姿勢そのままに、彼は腰を低くして身構えた。 気配を察したのか、角の削れたコンクリート材の陰から、慌てたような動きで人影が飛び 出してくる。ぎょろりとこちらを見る目にも驚愕の色があからさまだ。 その男、桜井広大は赤星の顔を見るとすぐに真顔になり、無言のまま手にしたバットを振 り上げた。その動きに硬さも無駄もない。むしろ手にした鈍器を振りかぶるにつれ、彼の 面には驚きをかき消して、凶暴な笑みさえ浮かんだのだ。躊躇なる言葉が彼の辞書から抜 け落ちているのを、赤星は悟る。 そして何の疑問も無く、桜井の凶器は振り抜かれた。 批難されれば受けるだろう、しかしそこまでは赤星の予想の範疇であった。ほぼ水平の軌 道を転がるようにして避け、赤星は手にした小型拳銃を構える。 桜井が舌打ちするのが聞こえた。遠くからではその存在を主張させることはできないであ ろう、レミントン・ダブル・デリンジャーの小さな銃身は彼の目に留まったようだった。 第二撃は、来ない。桜井はバットを構え直し、赤星の手の中の二連銃身を凝視する。 一方、赤星の目は、肩口から胸の辺りまで真っ赤に染まった桜井のユニホームに引き付け られていた。予想も覚悟もしていたつもりだったが、実際にやりあった、いや殺り合った 証拠を前に、赤星は頭を殴られたような衝撃を覚えずにはいられなかった。 だが、今そればかりに気を取られていれば、殺られる。 「やめろ、桜井。動くな」 僅か地面を擦るように桜井が足を動かしたのに気付いて、赤星は勤めて冷静な口調で言う。 桜井は赤星の言葉には従わず、二歩、三歩と後ずさる。 逃げる気か。赤星は僅かに重心を前に移動させ、ロケットスタートに備えた。
動いた、と思うなり、何かが赤星の肩を掠めた。大型カッターだ。次いでバットが宙を薙 ぐ。桜井は後退するように見せかけて前に飛び出し、赤星の頭を狙った。前傾姿勢が仇と なるところだったが、赤星は咄嗟に身を伏せ、それを辛うじて凌いだ。つばがバットに当 たり、帽子が派手に飛んでゆく。バランスを崩し、赤星は地面に倒れこんだ。 「くそっ!」 必殺の一撃をかわされたことに桜井は歯噛みしたが、続いて攻撃はしなかった。せめても の妨害とばかり地面を蹴り、乾いた土を倒れた赤星の上に降り注がせると、くるりと背を 向け走り出す。 吸い込んだ砂埃を喉を痙攣させるだけでやり過ごし、赤星は素早く身を起こした。砂の入 ったコンタクトレンズは強烈な違和感を訴えたが、それを無視して彼は手にしたデリンジ ャーの引き金を引いた。銃声が響く。 桜井は一段と速度を上げた。距離はなかったが外れたのだ。 焦りを感じながら赤星はもう一度に引き金を引いた。当たらない。 さらに引き金を引き――もう小さな銃身から銃弾は放たれなかった。デリンジャーの装弾 数は2発。既に弾倉は空であった。 遠ざかる背中を、赤星は睨むようにして見送った。目が痛んで視界が滲む。 大きく深呼吸をしてから、赤星はデリンジャーを後ろポケットにしまった。 近距離から外したのは、恐らく気の迷いのせいだと思った。デリンジャーの引き金は想像 したよりずっと重かったが、それ以上に自分の内面の問題であると赤星は考える。 だが、桜井を撃ち倒していたら、俺は今頃どんな気持ちでいただろうか? 暗い想いを抱えたまま、赤星はよろめくように数歩歩んだ。その歩みを、視界の端に映っ たものが止めさせる。 血塗れの立川の死体が、枯れ草の揺れる大地の上に横たわっていた。 [赤星憲広:小型拳銃(レミントン・ダブル・デリンジャー)] 【立川隆史(45)×:残り43人】
俺原作見てないんですが、バトロワ2って軍艦島が舞台だったんすね…。 素で軍艦島を採用しちまいました…アホ過ぎるorz
乙です!
49氏、乙です 桜井…ここでもやっぱりゲームに乗ったか
そういえば板分割になってネタスレとかってどうなるんだっけ?
>>252 より
49.笑顔
さっきと同じく、そこにその人はいた。いや、そこに"それはあった"。
三東はブランコのそばに倒れ伏した血まみれの沖原に近寄り、じっと
見下ろした。体勢から見てブランコに座ったままやられたらしい。荷物と
デザートイーグルが消えているのは、加害者が持ち去ったのだろう。
こうして残酷に殺されたチームメイトを見ても、かけらほどの悲しみも恐怖も
感じなくなっている。
体育館で佐藤の遺体を見せられた時は、自然と涙があふれてきた。信頼する
人の理不尽な死に悲しみと怒りを感じていた。しかし、他人のために涙を流す
には、自身にある程度の余裕が必要なのだ。つまり、当時はまだ自分が
置かれた苛烈な状況をよく理解していなかったからにほかならない。大変な
ことになったとは思ったが、殺し合いと言われてもピンと来なかった。仮に
本当だとしても、実行するような人物がよもやチーム内にいるとは
考えられなかった。何とかなるだろうという甘い気持ちがあったのだ。
その考えは体育館を出た直後、森の中で見つけた中村泰広に打ち砕かれた。
静かに横たわる彼は、目を閉じ安らかな表情をしていたが、口から流れ出た
血と、胸元に重ねられた両手の下の赤く染まった服、そこに開いた複数の
穴は、誰かの手にかかったことを物語っていた。そこでようやく自分が紛れも
なく殺し合いのただ中にいることを認識させられた。中村が同期入団で
同い年、さらには同じ左投手であることも大きかった。
こんな姿にはなりたくない。殺されたくない。死にたくない。そのためには――
殺す側に回るしかない。
恐怖に駆り立てられた思考は、いともあっさりと乱暴な結論に達した。
(死にたくなければ、殺すしかない) 心の中で繰り返しつつ、支給品の短刀を握り締めて森の中を歩いていると、 木のそばに座ってカバンの中身を確認している人物がいた。 「誰か、いるのか?」 向こうの声に反応し、考えるより先に身体が動いた。踊りかかりながら 振り下ろした刀は相手の右の肩口をとらえた。そのまま押し倒して乗りかかる。 「三東!? やめ――」 そこで初めて、この一年何かと良くしてもらった牧野だと分かった。 だが、そんなことはもうどうでもよかった。すぐに深く食い込んだ刃を抜き、 二太刀めを見舞ったが、右腕に突き刺さった。これでは駄目だ。殺すなら、 喉か胸だ。今度こそはと左腕を高々と振り上げた時、ゆがんでいた牧野の 表情がふっとないだ。一瞬、心に葛藤が生じる。同時に、大声とともに 脇の茂みから棒を構えた誰かが打ちかかってきた。関西弁のあの声は―― 桟原だろうか。とっさにノコギリを拾い上げ、逃げた。 とどめを刺すには至らなかったが、この手で人を、それも親しかった牧野を 襲った。しかし、落ち着いてからも不思議と悔いる気持ちは涌いてこなかった。 これでいい。このゲームで生き残るにはチームメイトを殺す思い切りが 必要なのだから。仲の良かった先輩を害した自分だ。これで他の選手にも 刃を向けられるはずだ。後悔するなら、仕留められなかった気の迷いを 悔やむべきなのだ。 夜が明けてから気づくと、ユニフォームには一面に細かく血が付いていた。 他人が見れば、人を殺したと思うだろう。だが、朝の放送で告げられた 死亡者の中に牧野の名はなかった。自分は誰も殺してはいない。いや、 殺せてはいない。中村を殺した何者かのようにはいかなかった。そう思った時、 誰か分からぬその殺人者に対し、はっきりと恐怖より畏怖を感じた。
人の命を奪うという非人間的行為、普通の感覚の持ち主なら誰もが忌む行為、 しかし今生き残るためには必要な行為。それをやってのける者に対する畏怖 だった。羨望とさえ言ってもいい。自分もそうなりたい。そうならねばならない。 次に誰かを見つけた時は、かなわない相手でなければ――必ず殺す。 心に決めたが、なかなか他人に遭遇しなかった。 やっと出会ったのが、足元に転がるこの男だった。ブランコに揺られ、ひどく のんびりしていた沖原。デザートイーグルという強力な武器を持ちながら、 本気で撃とうともしなかった沖原。殺意が無いことは明らかだった。 この相手なら殺せると確信した。なのに、どうしてできなかったのか? 相手の緊張感の無さにいささか拍子抜けしたのは確かだ。だが同時に、 返り血を見てもまったく恐れる様子がない態度は腹立たしくもあった。 自分が実際には人を殺していないことを見抜いているのかもしれない。 ならば、なおのこと殺さなければならない。 それを妨げたのは、彼に投げかけられた一言だった。 ――お前何の為に生きてんの? 教えて。 どこか悲しそうな、こちらを哀れむような表情で沖原は問いかけてきた。 何のために生きている? どうして、そんなことを訊くのか。馬鹿馬鹿しい。 無視して殺してしまえばよかった。だが、なぜかあの一言にひるんで しまったのだ。また――殺せなかった。 生きる理由など、いま考える必要はない。考えてはならない。そう自分に強く 言い聞かせるほどに、沖原の問いはますます頭から離れようとはしなかった。 そして正午の定時放送だ。最初に沖原の、最後に牧野の名が読まれた。 結局、逃した相手は二人とも死んだらしい。牧野の行方は分からないが、 沖原は先ほど別れたばかりだ。いったい、どのように死んだのか? それが知りたくて、ここに戻ってきたのだった。果たして、彼は血に染まった 死体となっていた。だが、その無残な姿さえも、彼を殺しそこねた自分を 哂っているように映る。
次第にいら立ちがこみ上げてくる。三東は膝をつくと、うつ伏せになった沖原の 身体をひっくり返した。死に顔を見るためだ。 期待とは裏腹に、彼の最期の表情は、ひどい死にざまには似つかわしくない 満足そうな笑顔をたたえていた。中村の顔も穏やかだったが、胸の上に 置かれた手といい、誰かが整えてやったらしかった。沖原の笑顔は違う。 作られたものではない。 「どうして、ですか?」 語気を強め、三東は沖原に語りかけた。彼の死に顔が醜ければ、自分の心は いくぶん安らいだだろうに。 「どうして、笑っているんですか!?」 声を荒げたが、返事があるはずもない。沖原はただ、笑っている。 「くそ……っ!」 三東は沖原を乱暴に転がし、うつ伏せの状態に戻した。 「……沖原さん、何のために生きてるのかって俺に訊きましたよね」 ゆっくりと三東は立ち上がり、再び沖原を上から見下ろした。 「今の俺は、ただ、生きるために生きているんです。他に目的なんてない。 それだけ、本当にただそれだけです。でも、あなたみたいに死んだら 何もかも終わりです。負けなんです」 そう、沖原は負けたのだ。むごい方法で殺され、悲惨な死体となり、すべてを 失った。自分は少なくとも今こうして生きている。にもかかわらず、 この敗北感は何なのか。なぜ、この男にとらわれなければならないのか。 「俺はあなたや牧野さんみたいにはなりません。絶対に負けない。 そのためには――仲間だって殺す」 迷いを振り切るように、物言わぬ沖原に向かって三東は宣言した。 【残り41人】
285 :
代打名無し@実況は実況板で :2005/04/12(火) 22:39:42 ID:fLh9KlnS0
職人さん,乙です! オキさん・・・
リレーキタ━━━━ヽ(゚∀゚ )ノ━━━━!!!! 職人さん、乙です! あと1週間ほどで60日規制に引っかかるのでdat落ちすると思うんだが、 今スレ立てってさらに困難になってるようだね。 相変わらず、見守るスレもドラバトも立たないよな?
リレー職人さん乙です! 三東もその道を歩むのか……。 見守るスレは代行スレで依頼でてるんだが、立たずorz ドラバトも依頼したほうがいいんだろうか…。 熟成ネタ系のスレには本当に厳しいルールだよな。
三東、壊れつつあるの?
>276より 27.援軍、微笑んで来たる だから言ったのに、と杉山は言わなかった。命拾いしましたね、とも言わなかった。 地面に伏せたままの三東に手を差し伸べることさえ思いつかぬまま、彼はただ呆然と立ち 尽くしていた。ノイズの混じるラジオからは、藤本、攻撃、逃走…と、また女性の声で状 況の解説が聞こえてきてはいるものの、内容は杉山の鼓膜より内に入って行こうとしない。 忌まわしいこの放送に注意を傾けることが、次なる命拾いに繋がるかもしれないという事 はそろそろ理解している。だが、この島で起きている諸々の狂った事象のひとつを実際に 目にした――それどころか当事者として関与した事は、理解が行動に追いつくのを妨げる 程のショックを杉山に与えていた。 「…くそっ」 微動だにしない杉山の前で何度か咳き込み、真っ赤な唾を吐き出してから、三東はのろの ろと立ち上がった。頬に盛大な痣をこしらえ、端の切れた唇を赤く染めた彼は、そのまま 杉山に背を向けて黙り込む。 沈黙が悠々と場を支配した。
数分のことであったろう、あるいは数十秒であったかも知れない。永遠に続くかと思われ る均衡を破ったのは、ふたりのうちのどちらでもなかった。 「三東ぉー!杉山ーぁ!」 遠くから、覚えのある声が聞こえてくる。杉山は心拍数を跳ね上げるだけでは足りずに小 さく飛び上がり、三東もギョッとして辺りを見回した。 「あれ、」 杉山が指差す先に目を凝らすと、近づいてくる人影が確認できた。見慣れたシルエットが ふたつ、隠れるでもなく怯えるでもなく、むしろ軽いと言っていい足取りでこちらで近づ いてくる。 「前川さん?江草!!」 友人の姿を見つけると、杉山は顔を輝かせて両手を振った。痩せ気味の横顔にたちまち笑 みが浮かぶ。先程まで泣きそうな顔で俺の腕にしがみついていた誰かとはまるで別人だと、 三東は思わずにいられない。 「すーぎーやーまー!」 前川の少し後ろを歩く江草も同じように呼びかけ、杉山に手を振り返してくる。バックパ ックを背負ったチームメートがふたり、前川などは片手に持ったペットボトルをちゃぷん ちゃぷんと言わせつつ、のんびりとした足取りで歩み寄ってくるのである。 まるでハイキングの光景である。 まるで異世界からやってきたようなふたりに三東は面食らったが、ホッとする気持ちを否 定する気は起きなかった。 安堵のため息が、既に漏れた後であった。
「良かったわー。意外と簡単に合流できたやんか、な、江草」 「はい!」 丸顔のふたりは言葉を交わしながら正しく笑顔を浮かべ、彼らの到着を待つ者の前に整列 しようとした。が、三東の口の端が赤く染まり、見慣れた縦縞も土で汚れてしまっている のに気付くと、にわかに慌て出し、そろって荷物に手を突っ込んだ。 差し出されたペットボトルとタオルを、三東は傷の痛みも束の間忘れ、微笑みながら押し 頂いた。前川がジェスチャーで示すとおりに、口の中を『六甲のおいしい水』ですすぐ。 途端に酷い痛みが襲い、彼は顔を顰めたが、杉山と江草が自分とそっくり同じように顔を 顰めてこちらを見るので、どうにも可笑しくなった。噴き出し半分で朱に染まった水を吐 き、切れた唇にタオルを押しつける。そのまま押さえとけ、と何故だか声をひそめ、口元 に手を添えて前川が言う。大人しく頷いて、三東は先輩の指示に従った。 視界の隅では杉山が手にしたラジオと耳のイヤホンを交互に指し示し、親友に己の強力な 支給品についての説明を始めていた。江草の背後で鷹揚に腕を組んだ前川の打つ相槌は、 江草の打つそれよりずいぶんテンポがずれている。 視界の隅では杉山が手にしたラジオを指し示し、親友に己の強力な支給品についての説明 を始めていた。その背後で前川が鷹揚に腕を組む。杉山からイヤホンを借りた江草が、あ、 今、俺たちの合流の情報が流れた!と目を丸くして言った。 数本、歯を失ったらしい。酷く痛むし、今はそんな気分ではないので、詳細な検証は後回 しにしようと三東は即決した。口中に広がる錆に似た味は一旦薄まったものの、新たに滲 み出る感覚もあり、すぐに治まるものでもないようだ。 が、それでも何もかもが十分マシだと、彼は眉尻を下げた。 【残り43人】
49氏、乙です! この三東はまともみたいですね
乙です。杉山江草はやっぱ一緒になるんだなあ。 あ、前川と三東は同い年ですよ。
年齢のみで考えるべきだったか…すいません球暦だと思ってください 後で訂正するかも
あ、ほんとだ。 こっちの三東は仲間に出会えてよかったね!
三東、若虎BRだと殺しまくってたっけ どれもはまってるのが面白い