>>514 「青函トンネルが使えないし、空の便も駄目になっちまったら、使えるのは船しかないだろ。
そんで、北海道からとんずら決め込みたい連中が札びら切って船に乗り込みたがるってわけよ」
「なるほど。需要と供給か」
元会計士らしい表現で、ボウイが要約した。
「反乱軍といえども占領地の漁港全てに兵隊を貼り付けとくわけにもいかんし、
赤くないほうの日本だって、自分とこの漁港すべてを封鎖することもできん。
さすがに警察はある程度チェックしているみたいだが、東京と違って、田舎では
ウチみたいにある程度筋を通せば黙認してくれる」
「だから、俺達みたいにいかにも怪しげな連中が半ばおおっぴらに船出できるってか」
シマダは大真面目にうなずいた。
「資本主義の世の中だからな」
>>519 「ところで、さっき俺の荷物を指差したのはどうしてだ?」
シマダが話題を変えた。
「いや、例のブツはまだ持ってきたままかと思ってね。最初はそれを聞こうと思ったが、
今となってはどうでもいいことかと思ったんだ」
「ブツなら、確かに持ってきたままさ。まあ、これから危ない橋を渡るんだ。カードは多いほうがいいだろう?」
「違いない」
シマダもボウイも、船に関しては素人同然であり、何もすることがない。
半可通がいらぬ口出しをすることの愚をよくわきまえている2人は、
必然的に口数を多くして間を持たせるしかなかった。
しかし、元から能弁ではない2人が話を続けることは難しい。
船長室の片隅に置かれていたTVのスイッチがオンになったのは、ある意味当然の成り行きだった。
>>520 シマダが承知している限り、戦争がはじまってからこの方、TV番組は
無味乾燥な報道か、いかにも官僚が起案して決裁をまわした結果作成
されましたと言わんばかりの毒にも薬にもならない「公共用プログラム」
しかなかった。
シマダはそれを覚悟して、半ばげんなりしながらスイッチを入れたが、
映し出された番組をみてびっくりしたような表情になった。
「おい、いつからバラエティーは放送許可になったんだ?」
ブラウン管の向こうでは、ボウイも顔と名前くらいは知っているタレントが
ホストの野卑な台詞に笑いを浮かべている。
内容は、戦争が始まる前のものとほとんどかわりがない。
だが、2人ともどこかその番組に違和感を覚えていた。