【とらドラ!】大河×竜児【キラキラ妄想】Vol21
ここは とらドラ! の主人公、逢坂大河と高須竜児のカップリングについて様々な妄想をするスレです。
どんなネタでも構いません。大河と竜児の二人のラブラブっぷりを勝手に想像して勝手に語って下さい。
自作のオリジナルストーリーを語るもよし、妄想シチュエーションで悶えるもよし、何でもOKです。
次スレは
>>970が立ててください。 もしくは容量が480KBに近づいたら。
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まとめサイト
ttp://tigerxdragon.web.fc2.com/ 前スレ
【とらドラ!】大河×竜児【ハラハラ妄想】Vol20
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栄光のニダーラン @ wiki
http://www36.atwiki.jp/nida-run/pages/1.html
>>1 こっちでも乙!
大河は竜児の嫁!
前スレに出てたスレタイ案置いておきますね
【とらドラ!】大河×竜児【ゴロゴロ妄想】
【とらドラ!】大河×竜児【クスクス妄想】
【とらドラ!】大河×竜児【ウトウト妄想】
【とらドラ!】大河×竜児【フニャフニャ妄想】
【とらドラ!】大河×竜児【キュンキュン妄想】
,,,_ _,, -‐''' ̄~ヽ
γ´: : : ̄: : : : : : : : : : :ヽ
∧: : : : :/: : : : : : : : : : : ヽ
ゝ:ヽ: : :/: : : : : ー- ,,_: : : : : : ',
γ´γ⌒: : : '⌒ヽ、: : : : : \: : : : ',
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>>1乙。……って竜児も言ってた。
{: : :.|: : : : : : : : :\: : : : : : V : : :ヽ: : ∧ はあ〜あ、暑くて元気でないな。
|: : : |: : : : : : : : : : :ヽ: : : : : :∨: : : ヽ: : :',
}: : : |: : : : : : : : : : : : ',: : : : : :V: : : : :}: : :\
{: : : ',: : : : : : : ∧: :',\|: : : : : V: : : : {: : : : :\
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',: : :〈弋夂ノ 弋少} 〉: : : : :∧:',丶、: ',: : : : : : :\
\: : ヽ ヽ <ノY: : :/:∧|::::::::ヽ:',: : : : : : : : ゝ、
丶:ヘゝ _ イ|: :/: :ノ:::::::::::::::ヽ: : : : : : : : : : : ゝ 、
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// V / ヽ.l: /ゝ::::::::::::::::::::|:::',: : : : 丶: : : :/
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/__ / } フ ハ | ',|::::ノ:::::::{::::::::::::::',: : ノ: : : {\: :/
〉/~~'''/~~'''ー-, { `YV } ' 〉/:::::::::::}:::::::::::::::丶: : : :ノ V
<ヘ / ゝ、 | { .| ' _,,イ<::::::::::|::::::::::::::::::::}: : :/
ゞY. / / |└-、 __,,└^::::::::::::::::::::::::}::::::::::::::::イ: : :(_,,ノ|
,'ヘメ /. ._,,,/,,, } ,Дー''~;;;;;Y::::::::::::::::::::::::::イ:::::::::イハ |∧: : _ノ
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⊂⊂__,,, -ー- ,,,,-'~ ~~ー--,,,______,,,,,,,,,, -‐''''~~
>>1乙です。 新スレ記念に初駄文。
昼休み。失恋大明神の声が今日も高らかにスピーカーから響いている。
北村が昼の放送担当でいない日は大河・竜児・実乃梨の3人で昼を取っていた。
「みのり〜ん、このミートボールとその竜田揚げ交換して?」
「おおう、大河のお頼みなら喜んで・・・そりゃ、大河!あ〜んだ!」
「あ〜ん♪」
「うむ、愛い奴め♪」
「あれ?おいしいけど、この竜田揚げさっぱりしてるね?」
「おお、さすが大河。よくぞ気付いた!このダイエット戦士櫛枝はその竜田揚げにも一工夫してるのだよ。」
「ふ〜ん。」
相変わらずの仲の良さの二人。何となく所在ない思いがしながら、しかしその微笑ましい光景に思わず竜児の口元が緩む。
大河がまたクラスにいる、その光景に。
「ん、何だね高須君。ジェラシー?ジェラシ〜なのかっ?それとも…『俺もやってみたい』光線発動中なのかなぁ?」
「いや…別に。」
視線を感じたのか、実乃梨はニンマリとしながらそんな事を言ってきた。
思わず、苦笑してそれを否定する。
「…まあ、竜児がどうしてもと言うのなら、やぶさかではないわ。」
「いい、いい!そんな高いハードルを俺に要求するなっ。」
「さあ、アスパラベーコンでも豚の角煮でもきなさいっ。」
「肉限定かよ…。」
「普段の高須君の大河甘やかしっぷりの方がよっぽど恥ずかしいと思うんだけどなぁ。」
「えっ…そ、そんな事ないだろ?」
「ある。」
実乃梨、断言。本当に気付いていなかったのか、竜児はしきりにそんなバカな…とか言っているが。
「やっぱり愛の成せるワザかねぇ、大河クン?」
「みのりん、おやじクサイよ?」
「なんとっ!?ふっ、それでは若い者の邪魔をしないように、私はそのおこぼれのミートボールでも頂きますか…んぐんぐ。」
「正確には『ミート』じゃなくて魚だけどな。」
「え、そうなの?騙された!」
「何でだよ!お前はいつも『肉・肉』言うからカロリー過剰と栄養が偏らないようにだな…。」
「何かそれ、私がバカみたいじゃない?」
ふと気が付くと実乃梨の動きが止まっている。いや、箸を持つ手がわなわなと小刻みに震えていた。
大河も気が付いたのか、頭に『?』を浮かべながら竜児と視線を交わした。
「どうかしたの、みのりん?」
「どうかしたか、櫛枝?」
「な、何と…このダイエット戦士が薄い味付けと豆腐・こんにゃくのコラボレートで日々耐え忍んでいるのに…。
こ、このジューシーで濃厚な味付けでなおかつカロリーと栄養にまで気を配っているとは……!!」
「み、みのりん??」
突然『グルリッ!』と大河の方に凄い勢いで向き直る。思わず大河もたじろいだ。
「大河、高須君嫁にくれっ!!」
「な、なななななななななななななななな…!!だ、駄目っ!竜児はっ、その…!」
「じゃ、高須君のお弁当だけでもっ!!」
「弁当作るくらい、別に良いけ「いくらみのりんでも駄目ッ!!竜児も、お弁当も、私のーーーーーーーーーーっ!!」ど」
真っ赤になって否定する大河の大声に、当然クラス中の注目も注がれる。
「おぅ…。」
「いやいや…これはこれは、つい我を忘れて失礼をしたでゲス。」
どこから持ち出したのか扇子で自分の額をペチンと叩き、実乃梨は提案を却下されたにも関わらず満足気ににやついていた。
それはもう、満足気に。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
「痛っ、お、俺を蹴るな!!痛ぇ!」
「うるさい黙れ喋るな文句言うな黙って蹴られろっ!!」
「無茶言うな!!」
校内放送を終えて戻ってきた北村の「相変わらず仲が良いな!」と亜美の「はいはい、ご馳走様」というお言葉と、
クラス中の生温かい衆目に晒され、大河の蹴りはより一層鋭さを増す、そんな昼下がりの日常風景。
>>1乙です
>>10 お弁当も私のーーー!!と嫁にくれ!!
で疲れが吹っ飛んだぞい
GJでした
>>1乙!
大河をぶつけてやんよ
>>10 新スレ一発目GJ!
みのりんカラむとノリノリで楽しいなw
白く透き通るガラス細工の様なその脚は、ちゃぱちゃぱと力無くプールの水面を蹴っている。
「どうしたんだ、大河。泳げなくても水に浸かればいいじゃねえか。暑いだろ?」
「…いい。」
「浮き輪使うの恥ずかしいのか?なら俺が手持っててやるぞ?」
「別に今更……ちょっとは恥ずかしい、ケド」
そんな事じゃない、と吐き捨てる様に呟く。
宝石の様に煌く大きな瞳は、付し目がちなせいで長い睫毛が被って、輝きも褪せて見え。
「なんだよ、お腹痛いのか?日陰行って休むか?」
「…いいって言ってるでしょ?」
ギロリ、と睨み付けるその眼力も幾分威圧不足に感じる。その位で丁度いいか、とはもちろん声に出さない。
しかし、やはり心配は心配で別ではある。
朝から不機嫌そうな、ダルそうな感じはしていたのだが、週始めの月曜日だしこんなもんかと思っていたが、
これはどうやらそういう事ではないらしい。
「一体どうしたってんだよ、大河。」
「……………。」
しばらく沈黙が続いた。こういう時は黙って待つのが吉と決め込み、竜児もプールから上がり大河の横に腰を下ろす。
やがて、竜児を見ないまま大河がボソボソと喋りだした。
「私もね、やっぱり女としてはばかちーみたいな脂肪ばいーんが理想なワケ。」
「へ?お、おぅ…。」
誰が脂肪ばいーんだっ、という怒声が遠くから聞こえてきた気がしたが、敢えて聞こえない振りをして竜児は促す。
「…竜児もやっぱりそう思うでしょ?」
「バババ……な、何を…ッ!」
今更そんな事を気にしていたのか、とか、俺は別に気にならないとか。
そんな気休め程度の言葉すら言えなかったのは、淀んだ大河の目が初めて竜児に向けられた瞬間、予感がしたから。
いわゆる『嫌な予感』だ。そしてそれは―――
「…部屋のタンスの引き出し、2番目の裏…」
―――的中。
今までで一番の冷や汗が背中を伝う。ここがプールでなかったら、来ている服が張り付くほどだったろう。
竜児に与えられた選択肢は2つ。謝るか、開き直るか。フル回転で答えを導き出したつもりだったが。
甘かった。
回答権は竜児には与えられない。
「…別にいいの。竜児がそんな本持ってたからって、怒ってるわけじゃないの。別にね。」
怒ってないよ、という繰り言が一層竜児の恐怖を呼び起こすが、大河は構わず続けた。殆ど独り言の様に。
「むしろノーマルな嗜好で安心したわ。悔しいけど竜児の趣味が私の外見にぴったり該当する方が逆に引くし。」
フフ、フフフ…と自虐的に笑う大河の周辺にはどんよりとした負のオーラで溢れ返っていた。
竜児は、出来る事ならこの場から走って逃げ去りたい衝動を必死に抑えるので精一杯。
とても気の利いた言葉など言えない。
「だから…やっぱり、竜児は私に、その………」
「あ、あの…タイガサン?」
バゴッ!!
「がはっ!?」
「と、とととときめいたりしないの…?」
真っ赤な顔でもじもじとしながら、搾り出すような小さな声で。
そんな姿に「今殴ったのはスルーか!?」とも言えず。痛む鼻面を押さえながら、竜児は
「プ…はっはははは!!」
笑った。どんな無茶を言われるかと身構えていたので、ホッとした訳ではない…いや、ホッとしたのは事実だが。
「な、何よ!?馬鹿犬!!駄犬!!人が真剣に悩んでるのに!!」
「すまんすまん。そんな事で悩んでるなんて…ふ、振りかぶるな!いや、悪い。頼むからこれ以上殴らんでくれ。
こんな所で鼻血でも出してたら変態のそしりは免れんぞ。」
「うっさい!!お似合いよ!!…竜児の、バカっ!!」
完全につむじを曲げてしまった大河に溜息を一つ付くと、竜児は超高圧高須式水鉄砲で大河を狙い打った。
「ぷぁっ!?なにずんのよごのエロ駄犬!!」
「この際そこは否定しねえけど(出来ねえけど)、お前は相変わらず馬鹿だな。」
「な…何ですってぇ……っ!」
団子状に結った髪が弾けて解けそうな程、大河の負のオーラは怒りのオーラへと変わっていた。
少々腰が引けながらも「やっぱりこっちの方がらしいか」などと竜児は割と悠長に思っていた。
「お前さ、俺の目付きが怖いって今でも思うのか?」
「アンタの目付きの悪評は百年経っても消えないわよっ!!」
「じゃなくて…え、そこまで?…い、いやともかく!お前は怖いとか思うわけ?」
「んなわけ無いでしょ?アンタの悪辣な目なんか最初ッからビビッてないわよ!!だから何よっ!!」
まるで取り合わない大河に、竜児は諭す様に続ける。
「じゃ、じゃあ…嫌か?目だけ取り替えられたら取り替えてえのか?」
「な…そ、そんな事言ってないじゃない…。」
「何で?」
「??」
「何でだよ?百年消えない悪評が立つような目つきなら、取り替えたくないか?」
「そ、それは言葉の綾っていうか…な、何よ?気にしてるの?」
「そんなんじゃない。どうなんだよ?」
ここまで来て、ようやく大河は竜児が真剣に言っているのに気付く。でも、質問の意図が見えない。
「…そのままでいい。」
「何で?」
「…何で、って…。」
「そんなの…竜児だから、よ。」
「俺もだよ。」
え、と言う大河を置いて、竜児はプールに飛び込んだ。そして直ぐに浮かんでくると、大河に向き直って
「趣味嗜好はともかく…………大河だから、その…と、ときめいたり……は、する。て、何言わせんだよ!」
「自分で言ったクセに。」
「はぁ。誰にも聞かれてないだろうな…?」
思わず周りを見渡す。クラスの皆は思い思いに楽しんでいるようだ。気に留める者はいない。
間違っても川嶋などにだけは聞かれないように、と心から祈っていた。
「ふぅん。竜児は私の水着姿でときめくんだ。」
「お、おぅ…文句あるか?」
「欲情して、息を粗くしてはぁはぁ、へっへっへっへ…とか言っちゃうんだ。」
「そこまでは言ってない。ま、さすがにスクール水着に欲情する趣味は無いけど……ぐおっ!!」
言い終わる前に、大河の魚雷のようなドロップキックを喰らって竜児は2〜3m吹っ飛ぶ。
「りゅ〜じ〜〜〜っ!しずむ〜〜!」
早く助けなさい、と溺れかけながら息巻く大河。何て勝手な、と思いながらも結局竜児はそれを支えるのだった。
「馬鹿犬のクセに生意気言うからよっ!!」
その表情は、言葉とは裏腹にさっきと打って変わった満面の笑み。
そして、ヘッドロックをかましながら、竜児の背中に引っ付く。
「た、大河!苦しい、っていうか!は、恥ずかしいから離れてくれ。」
「ヤだ。私がこうしたいんだから、アンタの意思は関係ないの♪」
背中にくっついたまま離れない大河。竜児にしても本気で引き剥がすつもりもなく。
結局いつも通りじゃれあう二人だった。
「ま、でも当然あの本は没収だから。というか、次見つけたら燃やす。」
「ははは…は。」
「ブサ鳥を。」
「はは、は……………………………………………………え?」
生涯最高の冷や汗記録、絶好調更新中――――。
GJ、ニコニコであったな、エロ本編の話。
あ、どうでもいいが大河の中の人(釘宮さん)ハガレンお疲れ様です。
>>16 GJ!なぜ引き出し開けるかなww
竜児が声あげて笑うの珍しい。奴は作中あんまり笑ったことなかった気が。
前スレ埋めなきゃな、大河のAAあさってこよう
乙
今ケガしてて動けないからここ覗いて2828すんのが今の楽しみだ
埋め乙!
とらドラは終わったんだ
こういう悲しいスレ立てないでくれ(泣
いや21よ、終わってはいない、これから俺達で続けて行くんだ。
例え竹宮先生に文学的な技法は負けるとしてもな。
確かに終わって欲しくない・・・。
スピンオフとかじゃなくて、高校卒業からちゃんと結婚できるまでを武宮先生に
続けて書いて欲しいと思うのはオレだけ?
綺麗に完結してるからなぁ
やりすぎて「あの時終わっておけば…」になるのも嫌だし
でもやっぱ結婚式とか付き合い始めの三年生とか、本編の補完的なものは読みたい…
というかそれをスピンオフ3に期待してたから残念だった
お前ら何言ってるんだ。まだ、BDボックスが出るまでとらドラ!はおわりじゃねぇよ。
最近ハルヒのBDボックスが放送から4年後に発表されて、俺はやっぱりBDを待つ
ことに腹を決めたよ。
と、22で発言したため投下。ただし書きかけですのでご注意。続編はぼちぼちやります。
とらドラ! Third Year Stage
設定は10巻の直後から。恋愛色は薄め。物語後半がどうしてもシリアスなためドタバタ的なのを…、
と思ったため。 なおネタやサブキャラメインの話がかなり入っていたり、一部筆者の経験で書いているのでご注意を…。
苦手ならスルーで。
Third Year Stage episode1
プロローグ
父と娘、兄と妹などの疑似家族関係。友達。アパートとマンションの部屋が向かい合ったお隣さん。飼い主と犬の主従関係。片想いの相手の親友同士。そんな竜と虎の間を隔てていた最初のころは緩衝材であり、
後に悲劇を生んだベルリンの壁と化してしまった関係を己の全てを懸けぶち壊し、婚約し。自分たちの世界の「大破壊」を防ぎ、「劇団春田」の力を借り、
学校から大々的にエスケープをかまして「みんな幸せ」になるため産まれて17年間あったことのない祖父母の家へ転がり込み時計の歯車を再び回すことに成功。
そして大河が母親のもとへ帰り…
1ヵ月半後の朝に大橋の地に戻ってきた大河と再開し、物語は再び始まる。
第1章
「私が学校に行ったらみんな驚くね。誰にもまだ言ってないんだ。みのりんにもばかちーにも北村君にも。」
「驚かせてやろうぜ。−行こう!本気で遅刻だこのままじゃ!」
「うん!」
どちらからともなく手をつなぎいつもの欅並木へと2人は手をつなぎ走り出す…
「ところで竜児…」
「おう!?なんだ?」
「クラス替えってどうなるのかしら?じ、自分で言うのも難だけど、そ、その…こ、こ、ここ、恋人同士になった訳じゃない?折角なら一緒のほうがいいし…」
そういえば…と思い出す。この隣にいる大橋高最強の凶暴さと美しさ?(腹黒いが素はいい奴で相方の虎にちょっかいを出してくるやつがいるため)を兼ね備えた虎と駆け落ちした後が大変だった。
(未だに結婚できないが教師としては最高の)独神のおかげで駆け落ち騒動の罰は反省文と掃除だけで済んだのだが、
やはり申し訳なさと大河がいない寂しさとでいっぱいでそんなことを考える余裕は竜児にはなかったのだ。
「おう。はっきり言ってそんなことを考える余裕がなかった…。確かにお前と一緒にいたいしな…。多分文系理系で分けるんじゃないのか?下手したら別々のクラスだな。まあ学校に行ってみるしかないだろ。」
「ええっ、嫌だよう。竜児といたい…。」
「そんなこと言われても仕方ないだろ…。向こうの都合なんだから…。」
「ぶう〜。」
そしてこの竜と虎の馬鹿ップルが頭上に疑問符を浮かべることになるのはそれから間もなくだった。
* * *
「はあはあ…、まさか3年生の朝っぱらから全力ダッシュとは…」
「はあはあ…、竜児それよりクラス分け…」
「おう…」
ギリギリ10分前で間に合った2人は息を整えてから玄関前に出されたホワイトボードに貼り付けられたクラス分け発表の紙を見た。
(一人は凶悪にギラついた眼で「もし大河と一緒のクラスじゃなかったら、クラス分けした先公をコンクリ詰めにして東京湾に沈め、この学校を焼き払ってやる…。」
と考えているように他の人から見えるが、実際は「まあ、できれば大河と一緒のほうがいいな。あいつのドジのフォローをしやすいし。」と考えて。
もう一方はキラキラと瞳を透き通らせて。)
「えーと3−Aに高須はない。」
「私も…。」
「続いて3−Bっと…、2人の名前はここにもないな。」
「そう。」
「んじゃ次、3−C。ここは…。逢坂、逢坂お、あったあった。で高須は…、か行で香椎は大河とまた一緒、おう川嶋もか!じゃれあいが…、まあいい。
で、北村も大河と一緒、木原もか…、どうでもいいが男子がうるさそうだな…これは。で、おう!!よかったな大河?櫛枝とも一緒だぞ。」
「ねえ竜児…これよ〜く見て、去年と変わってないわよ、ちゃんと竜児の名前もあるし」
「おう!!なぜだ?なぜなんだ?能登も春田も他の人も変わってねえぞ!!どうして!?」
「ねえ、竜児。時間が…」
「だ〜〜、やっべえ急ぐぞ大河!!」
くそ、本当に俺たちが本物の龍と虎ならもっと早く学校に着いたのに!!と勝手に妄想しながら教室に入るとそこには変わらずの面子がいた。
「おはよう高須、逢坂。いや〜クラス替えのプリントを見たら2-Cの面子だけでな、それに逢坂の名前も書いてあったからびっくりしたよ。」
「おう。ってことは会長のお前でもクラス替えの真相は不明ってことか。」
「お〜う大河〜久しぶり〜、戻ってきてたんだね〜。プリント見たら大河の名前が書いてあったからさ〜、びっくりしたよ〜。」
「みのり〜ん。もどってきたよ〜。でも、なんでクラスのメンバー変わってないんだろう?」
相変わらずの仲でまあ何よりだ…。
「おはよう高・須・君」
「おい川嶋、背中に柔らかいm…」
「な〜に朝から発情しとんじゃ〜い。バカチワワ。」
相変わらずパワー、瞬発力共に劣っていないことを確認、多分大河の地雷を踏んだら今までと変わらずアウトだな…
しかし川嶋も慣れたもので寸前のところで避けた。
「やるわね、ばかちー。」
「ちびとらも相変わらず身体が鈍ってないみたいね…。」
これ以上放っておくとどうなるかは2年の時によ〜く判っているので止めに入る。
「お〜い、おまえらやめとけって。」
「いいじゃない、別に、ばかちーと竜児をめぐって戦うのはもはや日課だし。」
「そうそう、それにちびとらとじゃれないと退屈なのよね。」
「あのなあ…。大河、頼むから変な日課は作るな。」
なるほど、これが「女の友情」というものか…。なんて思っていると、担任であり恩師でもあった只今絶好調三十路線まっしぐら、行先は独身(独神)の恋ヶ窪ゆり先生が入ってきた。
「はーい、みなさん座って〜。」と言われたためとりあえず席に着く。
「みなさん座りましたね?今年度も旧2-Cの3-Cを担当する恋ヶ窪ゆりです。間違えても『独神(30)』とか言わないでくださいね〜、
中の人はリアルに30歳ですが心はピチピチの20代ですから…、言った方は英語の成績下げた上で、暗殺拳使ってお仕置きしますので…。
なにか質問ある方は?」
と先生が言った直後でクラス全員が手を挙げた。
「え〜と、とりあえず生徒会長の北村君からでいいかしら?」
「先生、多分クラス全員が疑問に思っていると思いますが、なんでクラスが2-Cの時と変わっていないんですか?」
おお、さすが大先生。とクラス全員が思った。
「ああ、その件ですか。実は去年の3年生まではクラス替えをしていましたが、
今年度から『環境が変わると受験に集中できない』という事で、2年のクラスメンバー並びに担任も変えないという方針になったためです。
(いえない、子供たちにはいえない。あの人から圧力をかけられてなんて。)」
「え〜と、もうひとつ質問なんですが、その方針はいつごろ決まったんですか?」
「去年度の3月末かしら?他に質問はありませんか?」
おい、それはいくら何でもギリギリすぎるだろ…。
と、思ったがとりあえずいい事にする。
そのおかげで大河と一緒にいられるのだから。
それにこの後は楽しい楽しい時間が俺を待っている…。
とりあえずここまで、続きはマイペースで行きます。
>>26-28 おう、新シリーズ乙です。
これからどう展開していくか、期待してますぞ。
お題 「メニュー」「掴む」「言った」
『From:大河
件名:ねえ、みのりん
最近なんだか竜児の行動がおかしいのよねー。
月水金と必ず帰りが遅くて、しかも夕食は外で食べてくるんだ。
どう思う?』
『From:みのりん
件名:そいつぁー、あれだ
仕事上の付き合いとか、同僚と飲みに行ったりしてるんじゃないのかね?』
『From:大河
件名:ううん
それだったらお酒飲んでくるはずでしょ?でもそんなことは全然無いし』
『From:みのりん
件名:それじゃ
ひょっとして残業とか?』
『From:大河
件名:それも違うと思う
残業の時は帰ってきてから家でご飯食べるし、何より朝のうちに帰りが遅くなること言ってくるんだもの』
『From:みのりん
件名:ふーむ……
それは……謎だねえ……
明日は土曜で私も休みだから、会って話さない?昼頃から』
『From:大河
件名:わかった
それじゃ、12時に大橋駅で』
「で、やっぱり昨日も高須くんは遅かったのかね?」
「うん……」
「そういや遅くなるってどれぐらい?午前様とか?」
「ううん、普通の日より2〜3時間遅いぐらい」
「高須くんは何て言ってるのさ?」
「それが、聞いてもはっきり答えないのよ。『おう、ちょっとな』とかそんな感じで」
「ふむ……つかぬ事を聞くけどさ、高須くん、アッチの方はどうなわけ?」
「あっちって?」
「えっと、つまり……夜の」
「そそっ、それは……わ、私がダメな時と、疲れてる時以外は、その、殆ど毎日……」
「……相変らず熱々ですなあ……念の為聞くけど、遅くなる日もなんだね?」
「……うん。でもどうしてそんな事?」
「いや、高須くんに限って可能性は低いとは思うけどさ……ほら、その……浮気とか」
「……っ!!」
「いや、もちろん万が一ってことだよ!?それに、それだけ毎晩元気ならまず大丈夫だって!知らない香水の匂いさせてたりとか、無いでしょ?」
「うん、どっちかというと……ニンニクとかごま油の香り」
「……なんだそりゃ?」
『From:大河
件名:謎は全て解けた!
あのね、竜児が麻婆豆腐作ってくれたの!すっごく美味しいやつ!
聞いたら、何て言ったかな、竜児が新しく担当になった中華料理屋さんの看板メニューが物凄く辛くて美味しい麻婆豆腐で、
竜児ってばそれを美味しさそのままで私が食べられる辛さに出来ないかって、お店の人に頭下げて色々教えてもらってたんだって!
黙ってたのは私を驚かせたかったからで、「コツを掴むまで随分かかっちまった。心配させてすまねえ」とか言われちゃった』
『From:みのりん
件名:Re:謎は全て解けた!
……ごちそうさま』
10と13−16の作者です。今後はこの名前でいきます。
>>26-28 そういうの好きです。期待してます!
>>30 いつも乙です。毎回楽しみにしてます。
俺も長編挑戦したいけど、字数や行数制限あると難しいね。
初めてとらドラSS書いてみたので、投稿してみますー。
それほど長くはない予定ですが、一応何回かに分けて投稿しようと思います。
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「あっつぅ…」
それもその筈だ、プールでの騒動の後は期末テストで、ろくな弁解も出来ぬまま、あっという間に夏休み。
昼間の屋外はどこもかしこも、一様に暑い。
夏休みを迎えて一週間。逢坂大河は珍しく一人で、片手には幾つかの調味料が入った高須家のエコバッグをぶら下げている。
顛末はシンプルだ。今日の高須竜児は意気揚々と自宅の掃除に取り組み始め、
その手伝いを拒否した大河は、竜児にお使いを命じられていた。
とは言えまあ、お使いなんてあっという間で、竜児の掃除は徹底的ですぐには終わるわけもない。
夕方まではそこら辺ぶらぶらして来いという竜児の勧めもあって、大河はあまり馴染みのない昼間の街を散策していた。
「やっぱり駅ビル行こうかな。別に商店街に用なんてないんだし…」
ぶつくさと誰にでもなく呟く。
今日の竜児は元から掃除をすることを決め込んでいて、ろくすっぽ相手にしちゃくれないし、
みのりんは部活とバイトで夏休みに入ってから一度も顔を合わせていないし、北村君なんて、持っての外だ。
要するに暇なのだ。
さっさと自分の部屋で夕飯まで寝ることも考えたけど、起きれなそうだからやめた。
かと言ってあてもなくふらふらしてても、時間はゆるゆるとしか進まず、こんなことなら掃除の手伝いでもすればよかったかと考えはじめた時。
「タイガーじゃん。何やってんの?」
げえ。という呻きがでた。
ばかちーこと、川嶋亜美。当然だけど私服で、完璧といって差し支えのない容貌で周囲の目を惹いていた。
「買い物よ!買い物!」
「エコバッグ?あんた、料理とかできんの?」
私は高須竜児お手製のエコバッグを眼前へ突き出す。
ばかちーは見慣れない袋に怪訝な表情を浮かべている。
こいつ実はアホなんじゃないか。いや、きっとアホなんだ、違いない。
「私じゃなくて、竜児がやるのよ」
「ああ、あんたら家すぐそこだっけ。何、あんた今日お呼ばれでもしてんの?」
「お呼ばれも何も、私の夕食は竜児の家で食べてるけど?」
「・・毎日?あんた達、なんなの?」
なんなの?
愚問だ。主人と、犬。ついこの間断言してやったばかりだって言うのに、この馬鹿チワワはもう忘れ去ったしまったらしい。
竜児といい亜美といい、犬の脳みそを持って生まれた連中は、ちょっぴりかわいそうだ。
などと考えていると、ばかちーこと川島亜美は眉根に皺を寄せ、実に疑わしげな目でこちらを見ていた。
「まあいいや、アンタ暇だったらスドバでも行かない?」
この際ばかちーでもいいか。
どうせ私も暇なのだ。夕方までのそう長くはない時間、我慢することにした。
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「で、結局あんたと高須君は何なわけ」
こうやってタイガー一人に話を聞く機会もそうはない。
世間話もそこそこに、亜美は常々感じていた疑問を尋ねてみた。
聞けば聞くほど、信じられないのだ。この二人の、互いへの執着が。
「家が隣のクラスメイト」
さも興味なさげに答えると、小さな口を窄めて、ストローを通じてタイガーはずるずると飲み物をすする。
「で」
納得のいく回答が引き出せない私は、その先を促す。
「…友達?」
納得のいく回答が引き出せない私は、その返事に眉根を寄せる。
「大負けに負けて親友までつけてやろう」
「竜児は私のだー、って言った口と同じ口とは思えないわね」
「うっ、うるさい!あれは口が滑ったの!」
口が滑った、で世紀の大告白(ということになっている)なんて、するわきゃない。
「私は口が滑っても祐作は私のだー!とは言わないけどね」
「っていうか、結局あんたらって付き合ってたわけじゃないのね。そんな気はしたけど」
少し嫌みったらしく、意地悪く付け足してやる。
勿論、あくまでも私に隠してるだけかもしれない。
が、逢坂大河は、どうやらそんな器用な人間はないらしく、ストローの端をみっともなく噛みながら、苛立たしげに視線を寄越す。
「どこをどう見たら私と竜児が付き合ってるように見えるのよ」
「ありとあらゆる方向から見たら」
「ぐっ」
「どっからどう見ても相思相愛に見える」
そうだろう。
いくら口ではいがみ合っても、いつも殆どぴたっと隣同士で、聞けば夕食は毎日一緒、夏休みは毎日のように一緒。
家族だって、そんなに一緒の時間を過ごすだろうか?
高須竜児と、逢坂大河。二人は仲の良い隣人の領域を遥かに越えている。
それは大橋高校2-Cの誰もが感じていることだろう。
何故だか、口に出されることはあまりないけれども――
「でも残念。現実に私にその気はないもの」
したり顔をしつつも、タイガーは視線を手の中のカップに戻す。
「本当に?」
「本当に本当に?それ絶対嘘じゃない?…じゃあ、私がとっちゃおうかなー」
「あんたにゃ無理よ」
短い沈黙の後、冗談であることを察したのか、タイガーは薄く笑いながら言う。
その真意を、読み取れない自分にいらついた私は、ちょっとだけ荒っぽい手段を選ぶ。
「じゃ、みのりちゃん炊きつけよっかなー」
「!!」
「そこまで露骨に表情変える?」
タイガーは大きなめを見開き、ぱちくり、と二度瞬きをすると、こちらを凝視する。
透明なカップの中の、水面がぶるぶると震える。
多分そうなのだろう、とは少し思っていた。
苛立たしげに軽く頭を振って、ようやくタイガーは小さな声で「うるさい」と私を制した。
「竜児は私のだー、って言ってもさ…高須君に首輪なんかついてないし、放っておいたらどっかいっちゃうかもよ」
「それは…竜児の自由じゃない」
「まっ、それはそうだけどねー。アンタがそれでいいのなら」
「…」
「よくないんでしょ?」
「…別に私は…」
「なんでもいいから高須君にアタックしてみれば?案外その気になるかもよ?」
「ばかちーは相変わらずばかちーね」
「あんたほど馬鹿じゃないわよ。
このまま放っておいて、何もしないで、あんたはその時どうするの?びーびー泣くの?一人で。まあ、あんたの好きにすればいいけど」
それを最後に、この話題は終わった、終わってしまった。
タイガーは少し俯いてて、その表情は窺い知れない。
ストローを吸うが、その中身は氷だけで、プラスチックのカップにしがみついた水分が、重たげにタイガーのスカートに落ちていった。
好きにすればいい。好きにすればいいのだろう。
彼も彼女も、好きにすればいい。
世界は異常にしんどい。だからこそ、単純に生きるべきだ。
傍に居たいなら、そのために許された手段は、多くはない。
それを感じるのは、私だけなのだろうか。
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投稿してすぐにタイプミスががが・・・
とりあえず、ここまでです。
残りも肉付けして直すだけなので、あんまり遠くないうちに書き上げちゃう予定です。
おつでした
のんびりやってくだしい
「りゅ〜じ〜。」
大河が、困った顔をしてトテトテと歩み寄ってくる。いつもの風景。
「どうした大河?」
「あのね、これ。」
「うぉ………これは酷いな。」
見ると、制服がいちご牛乳まみれ。一体どうしてこうなったのか?まあ予想はつくが…。
「違うの。私が悪い訳じゃないの。このパックが変なのよ。」
「とにかくジャージにでも着替えてこいって。」
「えぇ…ジャージで1日過ごせって言うの?」
「自業自得だ。…帰りまでには洗って乾かしてやるから。」
「ホント?乾くの?」
「おぅ。昼休憩に手芸部にアイロン借りて…大丈夫、任せろ。」
「うん。…あのね、りゅうじ。」
何か言いにくそうに、大河がもじもじとする。そして、上目遣いでこちらを見据えて
「えっと…いつもね………ありがと♪」
「お、おお…ど、どうした急に??」
まるで小動物のように小首をかしげる仕草に、思わず動揺してしまう。
「じぃ〜〜。」、とキラキラと目を輝かせて見つめてくる。く、何だこの大河らしからぬ 可愛らしさはっ!?
「な、何だ?どうした?」
「ぷ」
くくく、と意地悪そうに笑ういつも通りの大河。
「いや〜、みのりんが「人間ってのは普段とのギャップに萌えるんだぜぇ〜」って言うからやってみたの。
効果てきめんねぇ♪ねぇ、ドキドキしたでしょ?竜児っ!」
「…早く着替えてこねえと染みになってとれなくなるぞ…。」
「え、嘘っ!!ちゃんと落ちるよねっ?」
「急いで転んだりするなよ。」
全く、あいつは突然何を言い出すかわからねぇな…。ま、ちょっと、その…悪くはなかったが。
「実乃梨ちゃん、どうかした?」
「ふ、ふふふ…可愛すぎるぜ大河ぁ!こ、今度はコスプレを薦めて…ぐはっ!」
「ちょ、実乃梨ちゃん??何で突然鼻血出してるのっ?」
投下いっぱいだイエッフー!
>>28 竜児大河がくっついたあとの2-Cの延長みたいな感じ?
>あの人から圧力が気になる
>>30 >アッチの方はどうなわけ?←直球すぎるwww
みのりんに色々筒抜けになってそうでワロタw
>>36 はっきり具体的に突っ込んでいく亜美ちゃんだな
痛いとこ突かれた大河どうなるか楽しみ
>>38 大河が意識的に可愛さ振りまくようになったら
半月くらいで竜児落とせるかも?
書き手さん達GJ乙 続き物の書き手さんには続きを期待!
新しい書き手さんたちぐっじょおおおおおっぶ!
まだだ・・・・まだ、とらドラは終わらない・・・っ!
昨日の続きですー。
3、4レスほど使います。
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馬鹿と時間を無駄にして来て、高須家に帰ると、掃除は一段落していた。
竜児は「綺麗になったろう」と胸を張ったが、大した変化を感じなかったので適当に返事しておいた。
昨日までと同じようにやっちゃんと三人で食卓を囲み、
いただきますをして、
ご飯を今日は少し控えめに二杯半食べて、
ごちそうさまをして、
やっちゃんが仕事に出かけて、
くだらないテレビを見て、
お茶を飲みながら笑って、
なんとなく、今日のご飯はいつもより美味しくなかった気がした。
それも全部、ばかちーのせいだ。きっと。
「竜児はさ、迷惑じゃないの?」
日は、もうすぐ跨ぐ頃だろうか。
最近はもう珍しくない時間だ。
以前は竜児が帰れ帰れと煩かったが、面倒になったのか12時を過ぎるまではあまり言ってこないようになっていた。
「いきなり脈絡もなく、何がだよ」
「わ・た・し」
ちょっと悪戯っぽく、自分を指差す。
「はあ?なんで俺がお前を迷惑に思わなきゃいけないんだよ」
「だって、ご飯とか、ご飯とか…色々してもらってるけど、私、あんたに何をしてあげてるわけでもない」
「自覚はあったのか…」
「だから、迷惑とか思ってないのか、気になったの。
まっ、迷惑してるからってご飯私の分作らなかったら勿論怒るけどね」
一応、疑問、ではあるのだ。
竜児と私は、友人かもしれない。
けど、突き詰めれば、知り合ってまだ4ヶ月もないクラスメイトで、4ヶ月遡れば私たちは、名前も知らない他人なのだ。
竜児は机に肘をついて、少し悩ましげに前髪をいじる。
「うーん…別に迷惑とか考えたこともねえよ。
飯の二人分も三人分も、俺にとっちゃあ特に変わらねえし。一緒に食卓囲めるのは楽しいし。言っちゃ悪いが飯代だってもらってるし、不満はねえ。
まあ、お前の人格はどうかと思うが、別に嫌いじゃないしな。なんにせよ、迷惑ってことはねーよ」
ゆっくりと言葉を選ぶようにして、最後は笑いながら言った。
「ふぅん…ねえ竜児」
「おう、なんだ?」
手の中の雑誌から視線を、机越しへ持ち上げる。
唾を、一度ゆっくりと飲み込む。
代わりにに、胸の中から、言葉を引っ張り出す。
「もしも私が竜児のこと好きだったら、どうする?」
「そうだな――って、いきなり何を言い出すんだお前は!!」
「いいから、どうするの?」
「いくらなんでも仮定に無理がある。回答を拒否する」
大仰に、掌をこちらへ突きつける。
「私は――
私は、竜児に好きって言われても、嫌じゃないよ」
小声で私は、他愛もないことを付け足す。
これは仮定で、嘘で、本当ではない話。だから、本当にそれは他愛のないこと。
「お前、熱でもあるんじゃねーのか、どうかしてるぞ」
心配半分、怒り半分で竜児が私を見つめる。
それ以外、多分、なんにもない。
「どうもしてない!」
6畳の部屋に、沈黙が募る。
からからになった喉から振り絞るように、私は漸く、声を上げる。
「…質問に答えてよ」
「あのなあ、お前が北村を好きで、俺は櫛枝を好き、そんなの前々からわかってるだろ?」
「いきなりそんなこと言われても、わかるわけないだろ」
どぎっつい三白眼の目線は床に落とし、竜児はこともなげに、いつものように私に呆れながら言った。
そっか――そうだよね
その言葉が、声になったかどうかも分からない内に、私は立ち上がっていた。
「ごめん、今日はもう帰る。それと、さっきのは忘れて」
竜児が声をかけてきたけど、よく聞き取れなかった。
見慣れた自分の部屋は、いつものように暗く、無駄に広い。
寝て、起きるだけしかすることもないのに、何故だろうか。
ああ、なんて馬鹿馬鹿しい。
ばかちーめ、今度会ったらぶっ飛ばしてやる。
あいつの性で、無駄に私は傷ついた。ぼすりと、枕が鈍い悲鳴を上げる。
…傷ついた?
なんで?
竜児が私のことをなんとも思ってないから?
竜児がみのりんのことを好きだから?
馬鹿。そんなの知っている。私たちは友達で、隣人で、クラスメイトで…他人だ。
そんなことで私は…私は…
私は、別に
ぐるぐると考えてるうちに、ベッドのシーツの上に、鈍い色の染みが出来る。
もう、夏だ。今日も暑い。
のろのろと私はクーラーのスイッチを入れる。
再び落ちた視線の先に、染みがまた点々と出来る。
私はクーラーの温度を下げた、染みがまた増える。
壊れるほど強くボタンを押す。
急速に冷房で部屋が冷える、寒い。染みは、また増えた。
漸く気づいた。これは。そうか。ああ。なんて私は馬鹿なのだろうか。
本当に、どうしようもない奴だった。
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馬鹿馬鹿しい、前提条件がもう滅茶苦茶だ。そんな問題にどう答えろというんだ。
X=1で2でもしくはよかったら5なんて式は、解ける筈がない。
それよりあいつ、明日飯食いに来るかな…
随分気分を損ねたみたいだし、機嫌とるか?
いや、下手に機嫌をとろうとすると藪蛇だ。やめておこう。
でもなあ、やっぱり何かしらフォローをすべきなんだろうか。心配だけど、どうすりゃいいのか。
明日の夕飯は好物の豚カツにしてやるか?いや、食べに来るかがわからねえ。
…それにしてもあいついきなり帰ったのはいいけど、食事どうするつもりだ。
向こうの冷蔵庫にも多少なり食べ物はあるし、一日二日は死にはしないだろうが…心配だ。そもそも、あいつ家にちゃんと帰ったか!?
急いでベランダに出て、大河の寝室を確認する。
ああ、よかった、カーテン越しから光が漏れてる…少なくとも今日はちゃんと帰ったみたいだな。全く、何かあったらと思うと生きた心地がしねえぜ。
「にしても、変なこと言うよな大河の奴」
「大河が俺を好きだったら…か」
正直に言おう。悪い気はしない。俺だって人の子だ、悪魔の子ではないのだ。
綺麗な女の子に惹かれないわけじゃない。
あの水着姿だって、俺は結構ドキドキしていたんだ。そもそも本当の第一印象悪くない。その3秒後に180度反転することにはなったが。
もっと正直なことを言えば、大河の隣はその、なんだ「悪くない」
それが好きと言えるかは、俺にはわからないけども。
とりあえず、間違いないことは、俺は逢坂大河は嫌いではないということ。
好悪の対象で言えば好に入るだろう。
キス?抱擁?セックス?いや、その想像は全くしたことないから、やっぱり何とも答えられない。
大体、俺なんてあいつからすれば、何を言っても「このエロ犬」で一蹴されるような存在なのだ。そんな想像をしろという方が無茶ではないか。
ただ。
だとしたら、彼女は――逢坂大河は、何故その言葉を口にしたのだろうか。
わからない、俺には全然、わからなかった。
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本日分以上です。今更ですけど、タイトルつけたほうが良かったですよね…
もう折り返し過ぎてるので、終わるまでにタイトル考えておきます。
次は週末には多分間に合うと思います!
それにしても、いざSS書くと楽しいですね!
>>47 乙。いいねいいね。次が楽しみ。SS書いて筆が乗ってくると楽しいよね。
で、差し出がましいようだけどアドバイスをひとつ。
>「あのなあ、お前が北村を好きで、俺は櫛枝を好き、そんなの前々からわかってるだろ?」
>「いきなりそんなこと言われても、わかるわけないだろ」
こういう書き方は、気をつけたほうがいい。会話のシーンでは、読者は
交互にしゃべっていることを仮定して読んでいるから、ここでリズムが
崩れるよ。
かっこ一つにまとめるほうがいいね。どうしても分けたければ一工夫する
べきだけど、ゆゆこなら
> 「あのなあ、お前が北村を好きで、俺は櫛枝を好き、そんなの前々からわかってるだろ?」
> そういったあとで、なぜそんなことをいまさらとでも言いたげな表情で言葉を継いだ。
> 「いきなりそんなこと言われても、わかるわけないだろ」
とでも書くかな。
>>47 GJ
楽しそうなのが伝わってきたよ。
そういうのがまた他の人たちのモチベを上げてったりするんだよね。
頑張って!
>>47 49の言う通り!モチベーションあがります!
俺も投下させて貰います。
「なぁ〜、頼むよ、みらのちゃん!」
「うぅ〜ん、竜ちゃんそういうの嫌がると思うなぁ…。」
「この通り、お願い!!」
毘沙門天国以来の常連客。その頼みとなると、泰子にとっても断り辛い頼みである。
普段はおっとりポケポケしていても、雇われとは言え一国一城の主。その辺は心得ている。
「んん〜、聞いてみるだけは聞いてみるけどぉ…あんまり期待しないでねぇ。」
「ありがとぉ!みらのちゃん!!」
「だからぁ、貰えるかどうか解らないよぉ?」
「…って訳なのぉ。お願い、竜ちゃん!」
ただ、親としては息子にだだ甘えして丸投げする駄目な母親だった。
「じゃ、行って来るから。あ、帰り遅くなるなら連絡しろよ?飯、冷蔵庫に入れとくから。」
「あぁ〜ん、華麗にスルーしないでぇ☆」
やはり大河のようにまるで無視、というのは人のいい竜児には出来なかった。
なんと言っても竜児本人が自認するマザコンである。泰子の困った顔を見せられれば、無下にも出来ない。
「お願〜い、川嶋安奈のサイン貰って来てぇ♪」
「……」
つまり、川嶋亜美に頼んでくれと言っているのだ。
当然―――絶対、嫌だった。
なんせ、あの川嶋亜美だ。友愛の象徴のような仮面の下に、魔性を持つ事を竜児は知っている。
真剣に頼めばからかわれ、下手に出れば笠に掛かって無茶な要求をされるのは目に見えている。
口で勝てる相手でもない。
憂鬱、だ。結局断れない自分がいるのが解っているから。
「と、言う訳で頼む川嶋。サインくれ。」
取り敢えず、泰子と同じ切り出しをしてみた。
タッタッタッタッタッタッタ……ドガッ!!!!!!!!!!!!
「ッ!!!」
後方からとんでもない勢いをつけた飛び蹴りを食らって、声もなく竜児は床に突っ伏した。
確認するまでもない。この強烈な一撃は、虎の咆哮だ。
「いつからばかちーの色香に騙される様になった、エロ犬。」
「ありゃー、まあ無理もないんじゃない?亜美ちゃんの美貌って、魔性?世の男共を狂わす、みたいな?」
長い髪をふぁ…とかきあげ、亜美は勝ち誇ったような表情で大河を見る。
「むしろ遅いぐらい?やっと気づいた、って感じかなぁ〜。ようやく高須君の目も見た目以外は正常になったって事ね。」
「ばかちーはやっぱりばかちーね。竜児は気が変になってるだけよ。」
よろよろと立ち上がる竜児。その姿にはダメージがありありだ。肉体的にも精神的にも効いていそうだ。
そんな所に突きつけられる二択。不敵な笑みを浮かべる亜美か、仁王立ちの大河か。
いやいや待て待て、そんな話じゃないんだ。そう言い訳したいのだが、竜児はどう説明すればいいのか悩んだ。そして
「大河、ちょっと待ってくれ。こんな事を頼むとしたら川嶋以外考えられないんだよ、俺には。」
他につてもないし、という意味で言ったのだが。ついでに言えば、欲しいのは『川嶋安奈』のサインなのだが。
だが、しかし―――。
大河には『サインを貰いたいと思うような人間は亜美以外考えられない』と聞こえたのだ。
つまり、亜美が特別なのだと。そう、聞こえてしまったのだ。
「りゅ、竜児…あ、あ、あ、あ、アンタ…白昼堂々人前で、ましてやこの私の前で……いい度胸だわ!!!」
「へ?お、おま…絶対なんか勘違いしてるだろ?」
「…うるさい…言い訳はいいわ……。」
「ま、待て!落ち着け!話せば…」
わかる、と言いかけた竜児の言葉は、大河の前に尻すぼみに消えてしまう。
栗色の長い髪は天を衝かんばかりに逆立っている―――様に見えるほど、大河の怒りはMAXに達していた。
まさしく怒髪天を衝く、というヤツだ。
しかも悪い事に、その目尻は赤く潤み、今にも大粒の涙が零れ落ちんとしている。
やばい、これは本気でやばい。泣く寸前だ!てか泣く!大河に先に事情を説明しておくべきだったか?
いや、今からでも遅くない!いやいや、今の大河が聞く耳を持っているのか?そもそも何でこんな事にetc、etc…。
色々思考が駆け巡るが、焦りと痛みと混乱で上手くまとまらない。
と、背後に立つ影が一つ。櫛枝実乃梨その人だった。一瞬、天の助けかと竜児は思ったが、そうは行かず。
「高須君、言ったはずだよ〜。大河を泣かせたら…ね♪」
にっこりと微笑む実乃梨。でも、笑ってない。はっきりと解る。或いは大河よりも恐ろしいかもしれない。捕食者、肉食獣、野生。
そう、実乃梨は、いや実乃梨も怒っていた。勘違いしていた。
「さあ、君はあ〜みんと大河、どっちを選ぶんだいっ!」
「えぇ!?何でそんな話に?!」
それに追い討ちをかけるのが、弱った獲物が大好物、チワワの仮面をかぶったハイエナ、女王川嶋亜美だ。
「んふふ…高須くぅん、サインだけでいいのぉ?頼み方次第ではもっとさ・あ・び・すしてあげない事もないかもよぉ?」
扇情的な表情で、格好の獲物を見つけたと言わんばかりの亜美。
当然、どうせ誰かに頼まれたのだろう事位は亜美には想像に難くない所だが。
ギュン……ドカッ!!
「ぐぁっ!!」
亜美の顔面すれすれを通り過ぎていったものが筆箱(近くにあった能登の)だったと気づいたのは、
後方にいた春田の轢かれた蛙のような声が聞こえてからであった。
「お、おい春田!しっかりしろぉ〜!」
「うう、能登っちの筆箱にやられた…がくっ。」
「ななな…なんて事しやがる!!殺す気か、チビ虎っ!!」
「うっさい……黙れ、ばかちー。それ以上喋ったら竜児の前にアンタ殺す。」
「うわっ!!こ、こいつ目がいっちゃってるんですけど!?た、高須君、責任とって沈めなさいよ?」
「ば、馬鹿!お前が煽るから…。た、大河!頼む、落ち着け、違うんだ!」
落ち着け、と言われて落ち着く相手かどうか。
そう問われれば間違いなく100人中100人が『NO』と答えるだろう。
『手乗りタイガー』と言われる彼女では。
「竜児…竜児はばかちーがいいんでしょ…脂肪たっぷりの乳が好きなんでしょ?」
「脂肪たっぷり言うな!!」
「でも、そんなの許さない。今更そんなの許さない。絶対許さなぁぁぁぁぁいっ!!」
「ちちち…違う!!断じて違う!!俺が欲しかったのは、川嶋のお袋さんのサインなんだよっ!!」
「何よっ!!どうせばかちーのお母さんは……お母さん??」
虎の牙が寸での所で止まる。
はぁっ、はぁっ、と息を荒くして、竜児はかろうじて一命を取り留めた、などと大袈裟にも本気で思っていた。
「ちょいと高須クン。どういう事だね?」
実乃梨が取り成す様に事情を問いただす。竜児は制服についた埃を払いながら、説明を始めた。
「あ、ああ。だから―――。」
結局泰子の頼みという事を一から話し、亜美には「ま、貸しにしといてあげるわ。20個程ね。」などと言われながらも了承を得た。
亜美の割にはあっさりOKを貰えたが、大河のキれ方に、多少罪悪感を感じたようだ。
一方のその大河は。
「……。」
「な、なぁ…そろそろ機嫌直せよ。」
「ふん。」
憮然、であった。一日中そんな調子で。
クラスでは「久々にタイガー様の降臨じゃ〜」などと、流れ弾に当たった春田が囁いていたが、皆噛み付かれないようにしていた。
実乃梨でさえ「今日のタイガーは手に負えんです」などと言っていた位だ。
「いや、俺も渋々だったんだよ。泰子がどうしてもって言うから…」
ギロッ!!
「う…。」
いつもはあれやこれやと賑やかな帰り道を、今日は二人とも押し黙ったまま歩いていく。
竜児は大河の顔をちらりと覗き見たりするが、その表情は前髪に隠れてはっきりとは見えない。
そうこうしている内に、タイムリミットは刻一刻と迫っていた。
以前のように竜児の家に入り浸っていたのなら、時間はまだまだあるのだが、生憎別れ道はもうすぐそこ。
竜児が何も切り出せないでいると、ようやく大河が口をきいた。
「竜児が…」
竜児が悪いのよ。鈍犬。最初から説明しないから。
どんな事を言われるのかと身構えていたが。
「竜児が、盗られちゃうって思ったんだもん…。」
小さな背中が、より一層小さく見えた。
そうだ。こいつは意地っ張りで凶暴で負けず嫌いで―――そして、誰よりも独りぼっちを味わってきたんだ。
そう思ったら、竜児は自分でも気づかないうちに大河の手を取っていた。
「…ごめん。」
泣いているのか。その手はかすかに震えていた。
「どこにも、行かないでよ…。」
「ああ。」
その震えを抑えるように、大河の手を掴む手に力を込めて。
「ずっと、一緒にいてよ…。」
「ああ。」
更に力を込めて。
「ずっと、一緒だ。」
そして、大河の手も力強く、握り返して。お互いがお互いを確かめて。
別れ道に辿り着いても、しばらくそのままでいた。交わった二人の影が、一伸び、また一伸びと長くなっていく。
竜児にとって、一番のお願い。それを、一生をかけて守ろうと。
改めて、心に誓って。
>>47 いいねぇ。ドキドキするねぇ。
続き楽しみにしてます。
>>54 読みやすかったし、おもしろかったです。
1点気になったのが、時期ですかねぇ(高校三年?)
御二人ともGJです。
久々に来てみたら新しい書き手の方が。
ありがたや〜
うおおおー、新スレ立ったら、なんか続々と投下されて嬉しいー
新たな書き手さんもいて、なんかとてもフレッシュ(古っ)な感じだ!
>>40 >
>>38 > 大河が意識的に可愛さ振りまくようになったら
> 半月くらいで竜児落とせるかも?
半日あれば十分?
てか、大河が頭打ったかなんかで、周りの男に可愛さ振りまくようになって、竜児が猛烈に妬く、
っていう話が見てみたいと思った。
私? 無理です。ごめんなさい…
>>47 GJ!っす。
ギリギリと引き絞られたような会話がいいなぁ。
大河の切なさが伝わるわー
> それにしても、いざSS書くと楽しいですね!
竜虎はキャラが深いから特に楽しいと思います!
>>54 大河の「盗られちゃう」の一言に胸がギュッとなった
竜児迂闊すぎ! 大河を泣かすなー!(で上に戻る)
>>55 > 1点気になったのが、時期ですかねぇ(高校三年?)
> 毘沙門天国以来の
> 別れ道はもうすぐ
ってあるから、小説アフターの高校3年と思われ。
コメ感謝です。
57の仰る通り高校3年の小説アフターと思ってください。
実際には9分9厘このクラスメイトにはなりませんが、
そこはご都合主義にしてあります。
ご容赦ください。
おわー!感想ありがとうございます!
>>48 確かに助言の通りですね、残りの部分はこういうことにないように注意して書いていきます。
>>55 続きが楽しみ、といわれることがこんなに嬉しいとは!期待に沿えるように頑張りますー。
>>57 なんというお褒めの言葉。これは早く続きを書かなければ。
憂鬱になる空。今日も雨。
「大河、弁当。」
「今日はなに、竜児っ♪」
「開けてからのお楽しみだ。」
ほんの1年前の私なら、起きるのも面倒で、遅刻して、やる気なくて。
「やっぱりこの時期はあっさりしたものがいいよな。」
「あっさりした…肉!」
「…その発想は、前後の関連性が乏しいと思うぞ?」
でも、今は違う。学校に来るのが楽しみで、生きがいで。
そう。
1年前の、あの日から。
「み〜のりんっ!今日は部活お休みでしょ?遊びに行こ遊びに行こっ!」
「おお、たいがっ!そいつは名案だぜぇ〜!北村君もどうだい?」
「おお、いいな。俺も今日は生徒会の方も空いてるし、久々に皆で遊びに行くか!なぁ、高須。」
「たまにはそれもいいな。」
あの、出会いから。
「あ、私新しい傘欲しいっ!カラフルで可愛いヤツ。」
「お前今使ってるやつあるじゃねえか!MOTTAINAI!」
「竜児は愛が足りないわ…。」
「なぬ、高須君、そうなのかいっ!?」
「うむ、それはいかんな高須。」
「何だこれ?イジメか?」
私が、泣いても、怒っても、わがままを言っても、いつも一緒にいてくれた。
「嘘。ちゃんとお弁当に愛情つまってるモンね。はい、りゅ〜じ。」
「おおぉ、大河!『あ〜ん』なのかっ!これが伝説の恋人に食事を食べさせる『あ〜ん』の体勢なのかぁ〜!?」
「フフフ、そうよみのりん。竜児の愛情に答えてあげてるの。しつけってヤツかしら?」
「いや、逢坂。その言い回しは物凄く高須がかわいそうになってくるので、何か他の言葉に置き換えてやってくれ。」
「あと出来ればそのお弁当が自分で手作りしたものならよかったぜ、大河っ♪」
「みのりん…それは言わないで……。さあ、竜児っ!」
「やっぱこれ、いじめですよね!?いじめKAKKOWARUI!!」
「失礼ね。これはしつ……じゃなくて」
北村君。ばかちー。みのりん。そして
竜児。りゅうじ。りゅーじ。私はきっと伝えきれてない。こんなにも、私は、こんなにも。
竜児を。
「愛情よっ♪」
――――――大好き。
62 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 02:37:20 ID:/0qJREDL0
大河の竜児に向かう愛情がだだ漏れでかわいすぎるGJ!
大河が竜児にべったりな依存1000%でGJ
あげちゃったごめん
出かける前に続きを4,5レス分ほど置いてきますー。
「うお、こんな時間か」
目が覚めた時間は昼の2時過ぎ。
どうやら考え事してるうちに自然に寝てしまったようだ。
そうだ、大河は?はっと顔を上げるが、どうやら、この部屋には居ないようだ。
とりあえず、ベランダから大河の部屋を確認する、電気がつけっぱなし、MOTTAINAI。
大方寝っぱなしなのだろう。今はそう思うことにしよう。
スーパーの特売までは1時間そこそこしかない。準備をしたら、すぐ出よう。
一応念のため、国産の豚カツ用の肉も買っておかないとな。
シャワーを浴び、朝食にも昼食にも遅すぎる飯を平らげ、エコバッグと財布、それから携帯をもって家を出る。
携帯には着信はなし、メールはファミレスからのメルマガが一件。
大河、腹空かせてねーかなあ…いや、流石に半日やそこらで死にはしないし、まあ本当にやばかったら俺か櫛枝に連絡を寄越すだろう。
そういえば、夏休みに入ってから櫛枝に全く連絡をとってもいないどころか、
さしあたって「久しぶりに名前を思い出した」気さえする。
全く、いつからだか知らないが、俺はいっつも大河の心配ばっかりしてるな。スーパーへ歩きながら、俺は薄く笑う。
…?
おかしくないか、それ。
何故俺は只のクラスメイトにここまで気をかけねばならないのか。
そう、好きな人のことを考えるのを失念するほどに。
俺と大河は、友人で、隣人で、クラスメイトで、他人…かもしれない。
本当に、そうなのか?そうだったのか?
前提条件が間違ってる。これは、確かに間違っている気がする。
急に重たくなった頭を抱えて、スーパーの自動ドアをくぐる、びっくりするほどの冷気が体を包んだ。
そういえば、一人でスーパーに来るのも久しぶりか。
カゴをひとつひっつかみ、少し悩んでからカートを引っ張り出した。
「高須君、珍しいね」
それ以上にスーパーで俺が声をかけられるのは珍しい。
振り返ると…なんだか周囲の人が一歩ずつ引いた気がするが、多分それは気のせい。
声の主は、柔らかくウェーブのかかった髪と口元のほくろが印象的なクラスメイト、香椎だった。年齢は同じ筈だが、いつも落ち着いていて、どこか大人びている。
「香椎…?いや、俺は殆ど毎日ここに通っているが」
違うスーパーに行くこともあるが、値段や学校からの距離、諸々を考慮して大抵は同じスーパーを利用している。
「違うよ、一人なのが珍しいなって」
「ん、ああ、最近は大河が一緒のことが殆どだもんな。それにしても、なんかここで会うのは久しぶりだな」
実のところ、香椎とはスーパーで鉢合わせるのはこれが初めてではない。
よくは知らないが、香椎も片親ということらしく、頻繁に買い物をしていて、その縁があったかないのか、挨拶したり世間話する程度には仲が良い。
言われてみれば、一学期の間にスーパーで顔をあわせることが殆どなかったのは、今にして思えば不思議だ。
近くに新しいスーパーが出来たりすることもなかったし、何故だろうか。
「そう?私もよく来てるし、高須君はよく見かけてたよ」
「そうだったのか」
素直に驚く。そうだったのか、見落としてたのかも知れないな。
「でもまあ、普段はタイガー居るしね」
「はあ?どういう意味だよ」
「なんか声かけたらタイガーに悪いじゃない」
「だから、どういう意味だよ」
「どうもこうも、そういう意味だって。タイガー春先からずっと高須君に懐いてるし」
「まあ、そう見えるのか…当たり前といえば、当たり前だな」
そう、かもしれない。何せ川嶋亜美とちょっと話しただけであの怒りようなのだ、香椎と挨拶することだって、大河は怒るかもしれない。
そういう意味。か。
春先には、俺と大河が付き合ってるって噂されてたんだっけ。
それも随分昔のことのような気がするが、まだ季節は春から夏になっただけで、4ヶ月と経ってない。
大河が俺に懐いている。それはまあ、そうだろう。
でもただの友人なら、挨拶ひとつに早々噛みつくだろうか?あいつは多分、噛みつく。
それは、何故だ。
俺には、わからない。いや、違う。
「なあ、香椎。この後ちょっと時間あるか?」
「えっ?まあ、急いでご飯作らなきゃいけないわけじゃないから、ないわけじゃないけど」
「すまん、ちょっと相談に乗ってくれ…」
藁にも縋る気持ちだったこと、それはいずれ香椎に謝ろうと、そう思った。
本当にわからないわけじゃない。ただ、わかるために必要なことがあったんだ。
=======================================
=======================================
高須君が私を誘う、というのは全く想像したことのないシチュエーションだった。
しかし特に断る理由もないし、誘いに乗ることにした。
それぞれ買い物袋を持って、スーパーから程近い須藤コーヒースタンドバー、通称スドバへ向かう。何かの間違いで亜美ちゃんやタイガーに見られなければいいけど。
高須君はスーパーからどうにも心ここにあらずと言った体で、どこかそわそわとしながら椅子に座った。。
やっぱりコーヒーはブラックで飲むんだなあ、とどうでもいいことを思いながら、何の用、というか何の相談をしたいのか、と促すことにした。
同じクラスになって分かったことだけど、高須君は相当に女々しい。
いや、優しいのかもしれない。悪い印象は目つき以外特にないけど、ちょっと男らしさには欠けるタイプだ。多分。
なんてことを考えていると、高須君は「友達の話」をはじめた。
「ふぅん」
「…と、いうわけなんだ」
「つまり、ずっと別な人を好きだといっていた、仲のいい子が、ある日突然超真剣に自分のことを好きらしいことを言ってきて、自分は他に好きな子がいるはずなのだけど、そのことばっかり気になっていると」
「どう思う」
恐る恐る、と言った感じで私に返事を促す。
目つきはとっくに慣れてしまって、高須君はむしろ少し、可愛らしい。
「どう思うって、私は当人じゃないからなあ。無責任なことはいえないよ。高須君が自分で決めないと」
「そうか…」
「あっ、やっぱりこれって高須君とタイガーのことなんだ」
まあ友達の話、と言ったら大抵自分のことだしね。
それに、さほど接点のない私に相談することも合点がいく。
「いや!そういう…いや、取り繕っても仕方がないか、そうだ」
知らない人には見るから凶器の目線が、所在なさげにうろうろとすると、観念したように高須君は言った。
「二人ってまだ付き合ってなかったんだ。意外」
「俺と大河が付き合ってる?どっからどう見たらそうなるんだ」
「ありとあらゆる方向から見たら…それに現実に、タイガーは高須君のこと好きみたいだし」
好きでもない相手に所有物宣言なんてするだろうか。しないと思うんだけどなあ。
高須君は苦虫を噛み潰したような表情で、頬杖をつく。
「周りからはそう見えるもんなのか」
「むしろそう思わない高須君が異常だと思うけど」
「さらっと異常とか言うな…若干凹むだろ」
「でもてっきり高須君もタイガーのことを好きなのかと思った」
そう見えるか、と高須君は誰に言ったのかわからない程の声の小ささでぼつりと呟く。
もしも、好きでもないのに、あそこまで出来るとしたら高須君は相当なものだ。
相当なナニなのかは、人によって感じ方は様々だろうけど。
「俺は…まあ、嫌いじゃねーけど」
「私はそこはどっちでもいいけど。
要するに、高須君はタイガーに対してどうしてあげたらいいか、全然全くわからないどうしたらいいのー!っていう状態で、たまたまクラスメートにスーパーで遭遇したから「ええい、ままよ!」と事の顛末を話してみたと」
「意地悪い言い方しないでくれよ。それに、誰でもよかったわけじゃない。香椎なら話してもいいと思ったんだよ」
「嬉しいお言葉」
本音かどうかは別として。という言葉は出そうとして、引っ込める。
相談事っていうのは幾つかのパターンがあるけど、これは「既に答えがある」んだろうな。
相談を持ちかけた時から、高須君は迷いがあるようなポーズはしてるものの、どこかに口実を探している、そんな印象を私は受けた。
憶測でしかないし、私のことでないし、はっきりしたことは言えない、けれど。
「そうだなあ…私の友達の話なんだけどね、ずっと友達だと思ってる女の子のことを、ある日突然好きになっちゃった人がいたんだって」
高須君は、顔を上げて真剣に聞き入る。
「その理由って言うのがね、大地震になったとき、真っ先に安否を確認したい人は誰だろう、って考えた時に、その子のことが浮かんだんだって」
「…」
「万人に通用する理論じゃないけど、参考にはなるんじゃない?」
でも、通りがかった人の背中を、他人がたまたま偶然押すことだって、ある。
そこまで他人ってわけでもないかな。
「…おう、そうだな」
いくらか納得した様子の高須君は、臆面もなく「ありがとう、助かった」と言うと、返事もそこそこにスドバから出ていった。
頑張れヤンキー高須竜児。通りがかりのクラスメイトは、応援してるよ。
=======================================
=======================================
結局のところ、私は卑怯者なのだ。
なんとなく気づいていたけど、私ははっきりとそれを、知った。
竜児のことが好きなのか?答えは決まっている。
北村君のことは、別に嘘じゃない。
本当の気持ちなのだ。
それでも少しずつ少しずつ、本当の気持ちが胸の中をせり上がって来るのを、いつも感じていて、それを私は「私以外の何か」を理由にして回答をずっとずっとずっと先に延ばそうとしていた。
けど、それは遠からず限界を迎えていたのだと、今は思う。
竜児はみのりんが好き。
その現実とのギャップに、いつか私は打ちのめされる。
竜児がみのりんと付き合い出したら、そんな想像をたまに夢に見る。
二人は楽しそうで、とてもお似合いのカップルで、当然そこに私は居ない。
その時の私を想像しても、ちっとも思いつかない。
今が今のままずっと続けばいいと思っていた。
けど、次の日に来るのは「明日」で、人の気持ちもその度に、変わる。私は、竜児の傍に居たかった。明日が来る度にその気持ちは強くなった。
だからこそ、口に出した。
でもその言葉も「もしも」の保険つきで、結局私は馬鹿みたく臆病で、卑怯で、どうしようもない奴だ。
卑怯者の、のろのろとした朝も、もう6時を過ぎた。
夕闇は部屋からは見えない、冷房は相変わらず寒い、電灯を消すスイッチは遠い。
お腹が、空いた。
まだ残っていた涙が枕を少し濡らして、もういいや、と目を瞑る。
こんなことをしたってなんにもならない。でも、いい。謝って元に戻っても、いつかは破綻するなら、早く慣れよう。
私は、独りがお似合いだ。
=======================================
今日の分終わり!
多分次投下で完結すると思います。多分。
>>71 GJ!
なんだかドキドキしますな。
大河、がんばれ大河!
>>71 読み応えありますねー,素晴らしいです!
凹んでる大河を見るのはつらいですな
>>71 切ないのもいいね。最後に期待!
最近勢いあるけど、燃料何かあったっけ?
うららかな日曜日の昼下がり。大河と竜児はのどかな時間を満喫していた。
洗い物を済ませて、居間で二人でテレビを見ていたが、ふと「すぅ…」と静かな寝息が聞こえてくる。
朝方の雨もすっかり上がり、梅雨の中休みか久し振りの日差しが顔を覗かせていた。
日光に照り返されて匂い立つ緑の香りが、微かな風になびいて心地よく吹き込む。
その風に、座布団を二つ折りにしてうつ伏せになってすやすやと眠る大河の髪もわずかになびく。
幸せそうな寝顔がその心地よい風を受けて、より一層艶やかに映った。
そう、それは「可愛い」という類ではなく―――
『美しい』
―――としか形容できない。
「大河」
自分の耳にさえ届かないほどの小さな声で、竜児は囁いた。
呼んだ訳ではない。思わず、零れ落ちた一言。
大河。
今、この瞬間に。
それ以外の何を欲する事があるのか。
全身を、それこそ脚の指の先まで、温かいようなむず痒いような不思議な高揚感が包む。
これは、魔法。
『逢坂大河』という名の、魔法。
その魔法に魅せられてしまえば、抗う事は決してできない。
そっ…と、その頬に手を添える。
「んっ」と一瞬、拒絶の色を覗かせた。でも、直ぐに気持ちよさそうに顔を傾けその手に擦り寄る。
これは、魔法。
『逢坂大河』という名の、魔法。
その魔法に魅せられてしまえば、抗う事は決してできない。
「それ」は更に強く激しく竜児を縛る。
無防備なその寝顔。手を添えたのと反対側の頬。
魅入られるように、ゆっくりと、距離を縮める。己の唇との距離が0になるまで。
「竜児、そろそろ帰るね。」
日も暮れ、辺りはオレンジ色に染まり始めていた。
「おう、送ってくぞ。」
「いい。今日は一人で帰る。」
いつもは大河の家の近くまで送っていくのだが、何か機嫌でも損ねたのか?
とも思ったが、大河の顔はすこぶるご機嫌だ。
「そうか、気をつけてな。」
「うん。あのね、竜児」
大河がちょいちょい、と手招きをして竜児を呼び寄せ、内緒話をするように耳元に囁く。
「えっとね…。」
「?」
「今度はちゃんと起きてる時にしなさい♪」
「へ…」
その言葉の意味を理解したのは、たっぷりと一呼吸間を置いてから、だった。
「!!!!!!!!!」
「ウフフ、フフッ。」
異様に不気味な笑い方をする大河。あの眠っている時の王女様のような寝顔が嘘の様。
「た、大河…。」
「ん〜〜、なに、りゅうじ?」
「そ、その…だ、誰にも…言うなよ?いや、言わないで下さい!」
「却下。」
「だ〜〜〜!!!頼むぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
土下座でもせんばかりの竜児に、大河が放った一言は無情にも。
「却下♪」
昔読んだジャンプノベルからタイトルを頂きました。
1日1投下…は、続かないかもですが。
>>77 GJ!
連日投下、お疲れ様です。
一日何度も覗いちゃう。
マイペースで頑張って!!
高須棒には乾く暇が無いらしい
お題 「傷」「全員」「ない」
「はろー実乃梨ちゃん、久しぶり」
「おーうあーみん!間に合わないのかと思って心配しちまったぜー」
「ちょっと仕事が押しちゃって」
「さすがは売れっ子モデルですなあ〜。テレビや雑誌でよく見るせいか、こっちはあんまり久しぶりって感じがしないもの」
「あら、ありがと。ま、亜美ちゃんの美貌と才能なら当然だけどね〜」
「お、来たね来たね腹黒トーク。それでこそ本物のあーみんって感じだぜ!」
「どーゆー意味よ」
「いやもう、そのまんま」
「…………いいけどね。実乃梨ちゃんの方は最近どう?」
「いやー、コーチが厳しくてさー。見ての通りに日焼けでガングロ、打ち身擦り傷は日常茶飯だよ」
「へ〜、そっちも大変そうね」
「まあ、好きで進んだ道だからね。それにおかげでダイエットいらず!腹筋なんか割れちまってるぜ〜。後で触ってみる?」
「いや、いい……しかし、そんなんだとお互い春は遠そうね」
「私はほら、今はソフト一本槍だからそっちの方はまだまだ。だけどあーみんならよりどりみどりじゃないのかい?」
「ダメダメ、芸能界なんて見た目だけで中身カラッポとか、妙にプライド高かったりとか、下心見え見えとか、そんなのばっかり」
「う〜ん……あーみんは理想が高すぎるんじゃないかね?」
「そうね……あのハイスペックが基準になっちゃってるのかも。あ〜あ、つくづく惜しい事したな〜。やっぱりあの頃強引にでも奪っておけばよかったかも」
「こらこら、こーゆー場でそーゆー事を言うんじゃないよ」
「わかってるって、冗談よ、じょーだん」
「あんまり高望みしすぎると、ゆりちゃんみたいになっちまうぜ〜?」
「うわ、それは流石にちょっと……って、そーいや早くも涙ぐんでたみたいだったけど、ひょっとして……?」
「……まだ、らしいよ」
「…………うわ〜…………」
「ゆりちゃんって言えばさ、あーみん気づいたかね?今ここに元2−Cメンバーが勢ぞろいしてるの」
「……え?マジ?」
「マジ。さっき北村君とも話して確認したし」
「は〜、道理でなんか人が多いと思ったら……あ、でもまだ全員が揃ったわけじゃないわよね」
「え?」
「だって、肝心要の二人がまだ居ないじゃない」
「……おお、確かに。そういやそろそろ時間だね」
実乃梨がそう言った直後、誰もがよく知る音楽と共に教会の扉が開く。
まずは新郎の入場。次いで父親を伴った新婦。そして並び立つその二人こそが―――――
81 :
代理:2010/07/12(月) 12:55:26 ID:cQG/tZTh0
名前: ◆fDszcniTtk 投稿日: 2010/07/12(月) 07:32:22 ID:???
規制続いているのか……。どなたか代理投稿頼む。
とらドラ!の挿入曲は名曲揃い。そのサントラがまだ売れ残っているのは
おかしいだろう常識で考えて。
ttp://www.amazon.co.jp/gp/product/B001IVU8BQ ってことで、サントラの中から数曲選んでそれをテーマに連作してみた。
天才橋本由香里の作品をネタにするとは、我ながら無謀だは思うが、
まぁ、ご笑覧あれ。そんでもってサントラを買うのだ!
初日は「Startup」
悪いことがあっても、きっといいことがある。だから前を向いてもう一度
立ち上がろう!そういう気持ちにさせる曲。橋本由香里がとらドラ!を読んで
どう感じたかを端的に表している名曲だと思う。
82 :
代理:2010/07/12(月) 12:57:11 ID:cQG/tZTh0
238 :Startup ◆fDszcniTtk:2010/07/12(月) 07:39:54 ID:???
「あんたもまぁ、よくも毎日毎日飽きずに掃除に来るわね」
リビングの掃除をする竜児に大河が言葉をかける。声の調子にいつもの棘がない。南の窓からは柔らかい冬の光が入り込んでくるものの、暖房のかかってないリビングはひんやりしていて、竜児の息も白く曇る。
あるいは独り言なのかもしれないが、それでも竜児は掃除をしながら律儀に返事をする。
「毎日俺が掃除してるからきれいなんじゃないか。お前、あっという間に汚すだろう」
大河の姿は見えない。声は隣のベッドルームから。ベッドルームの扉はあけっぱなしで、近づくとエアコンの暖気が流れ出ているのがわかる。そんなことをするともったいないし、大河も寒いはずだ。でも、竜児は閉めろとは言わない。
「何よ、その言い方。駄犬のくせに。まるで私がいつも部屋を散らかしてるみたいじゃない」
大河からも竜児は見えていない。扉は二つの部屋を見通すにはあまりにも狭い。だから話をする二人の間には少しだけ距離があって、だけど今はこの距離感がちょうどいい。ガラステーブルの上の開きっぱなしのファッション雑誌を閉じ、黒い新聞立てに挿しておく。
「はいはい。駄犬ですみませんね。大河、雑誌、新聞立てに入れとくぞ」
駄犬呼ばわりされながら、竜児は口元に柔らかい微笑みを浮かべる。
ついさっき、大河はやって来た竜児のためにドアのカギを開けた後、すたすたと歩いてベッドルームに閉じこもってしまった。ただし扉は開けたまま。今頃大の字に寝そべって、ぼんやりと天井を眺めているはずだ。引きこもりにしては開放的。
「勝手にかたづけないでよ。読みかけなのに」
だいぶ元気になったな、と竜児は思う。
10日前の大河を取り巻く環境は最悪だった。ずっと恋していた北村祐作は全校生徒の前で狩野すみれに一世一代の大告白を行い、大河に北村の中の自分の位置をこれ以上ないほどはっきりと思い知らせてくれた。むろん北村に悪気は無いが、それとこれとは別である。
そしてその場で遠回しに北村を振った狩野すみれに対し、大河は木刀片手に殴り込みをかけたのだ。
誰がどう見ても一発退学という状況の中、狩野すみれの父親による温情が大河を救った。担任の恋ヶ窪と二人でかのう屋に出向いて行った謝罪が一応の決着であり、退学になると誰もが思っていた事件は二週間の停学で幕引きとなった。
その二週間も、もうすぐ終わる。
事件直後の大河は、これが竜児の知っている逢坂大河かと思うほどおとなしかった。沈んでいたのだと思う。文化祭で実の父親にこれでもかと言うほど叩きのめされ、生徒会長選では自分の無力と失恋の苦しみを徹底的に味あわされた逢坂大河。
殴り込みの後の大河は、ひょっとすると何もかもあきらめていたのかもしれないと思う。独身によれば、職員室でもかのう屋でもいつもの傲慢ぶりはすっかりなりを潜めていたと言うし、それは驚いたことに竜児に対しても同じだったのだ。
親に心を踏みにじられ、恋にも破れ、大河はタフすぎる人生に対して、あきらめかけていたのかもしれない。
停学になってからこっち、竜児は毎日掃除に来ている。大河が散らかすから、というのはもちろん言い訳で、本音は心配で一秒だって目を離していられないのだ。大河と来たら生活力皆無で、泣き虫で、目を離すとすぐに転んでけがをする、飯を抜いて貧血を起こす。
おまけにあっという間に部屋中をかびだらけにする。絶好調のときですら危なっかしい女なのだ。それが元気をなくしたとあっては、竜児が見捨てておけるはずもなかった。
83 :
代理:2010/07/12(月) 12:58:12 ID:cQG/tZTh0
239 名前:Startup ◆fDszcniTtk 投稿日: 2010/07/12(月) 07:40:37 ID:???
その心配も、もうすぐ終わる。
始めの頃こそ、「腹減ったか」「買ってきてほしいものあるか」「プリント持ってきたぞ」「夕飯持ってきたぞ」「今日の朝飯はアジの開きだぞ」「弁当、ここに置いておくからな」と話しかける竜児にも、大河はうん、うん、と返すだけでろくすっぽ会話が成立しなかったのだ。
まともに話したのは「ご飯はうちで食べるから持ってきて。停学中だから」くらい。
そのコミュニケーション不全もゆっくりと快方に向かい、今週になってからは竜児の一言一言に「減ったわよ、悪かったわね」「プリン」「おいといて」「遅かったじゃない。飢え死にしたらどう責任とる気なのかしら」「たまには肉を持ってきなさいよ」「うん」と、
罵詈雑言混じりの返事が返るようになってきた。
大河らしくなってきた。
少しずつ元気になっていく大河に、竜児は喜びを隠せない。始めはベッドルームのドア越しの会話だった。今はそのドアも開いている。そのうちリビングのチェアに座ってあれこれ竜児に悪口を言うようになるのだろう。それでいいのだ。早くそうなれ、と心の中でエールを送る。
完膚無きまでに打ちのめされても、きっと大河は大河は立ち上がる。文化祭の時もそうだった。今回だってそうに決まっている。小さな虎は打ちのめされても、やがては自分の脚で立ち上がり、世界に向かって再び吠えるのだ。それでいい。そうじゃなきゃいけない。
どれだけ世界が大河につらく当たっても、大河はちゃんと立ち上がる。竜児はそれを知っている。きっと来週は何も無かったように竜児に当たり散らしながら、元気に欅並木の通学路を歩いていることだろう。えらそうに、つんとあごをあげてすました顔で。
その姿を想像するだけで、竜児は優しい微笑みを漏らしてしまう。
大河の停学も、もうすぐ終わる。そしてまた、新しい日々が始まる。
(おしまい)
84 :
代理:2010/07/12(月) 12:59:14 ID:cQG/tZTh0
240 名前: ◆fDszcniTtk 投稿日: 2010/07/12(月) 07:44:25 ID:???
>>237 あああ、橋本由香里じゃなくて、橋本由香利だった orz
新スレ スタートでもうこの投稿量。
みなさんGJです。
とらドラはまだまだ終わらないなと実感したwww
>>77 身悶える恥ずかしさww
>>80 結婚ネタ目にするたびに思うんだが出席したくてたまらんw
定期投下乙です!
>>84 これは素晴らしい原作補完…竜児は大河を信じてるよね
優しい気持ちになったと同時になぜか泣きたくなった
みなさんGJっす!ほんとに癒されるスレだ…
あああぁどれも素晴らしいw
久々に朝刊も見れるなんて俺は幸せだぜ!
>>75 寝てる彼女にほっぺチューとか甘酸っぺーーー!28282828
>>80 みのりんとあみちゃん、二人付き合っちゃいなYo!ゆりちゃんは俺がもらう
>>84 大河は生命力は強いけど、メンタル的には強い所と弱い所が両極端だから
落ちてるときは心底心配だろうな サントラは未収録のも混ぜ込んで新しいの出して欲しい…
書き手さんたち、SUGEEEEEE、たまらんぜ!
>>61 楽しくて、嬉しくて、笑いながら涙もこぼれる、そんな感じだ
>>77 竜児には決して解けることのない魔法ですね! あ、俺らもかw
連日ハイクオリティの作品、凄い!
>>71 週末立て続けの投下、GJっす!
奈々子の言葉、心境がとても彼女らしい。 大河、ガンガレ!
>>80 いつも本当に乙です。
あみちゃんぶっちゃけすぎw
「ゆりちゃんみたいに」 …それは恐ろしい
>>84 iTunesでサントラの主要曲3ケタ再生の俺が通りますよ。
氏の新しい試み、嬉しすぎる!
少ない会話、流れるような地の文。読んでいて、曲が鳴り続けました。
大河を信じて、さりげなく接しつづける竜児かっこよす!
>>88 > サントラは未収録のも混ぜ込んで新しいの出して欲しい…
全く以って同意。
スキーの後の22話、Aパート冒頭で北村と竜児が屋上で話すシーン+最終回のやっちゃんと
竜児の実家での会話シーンの曲とか、「あの曲」のピアノアレンジとか、是非欲しい!
どこにお願いすればいいのかのう…
「…どうしたんだ、大河。この花火の山は!」
「買って来たに決まってるでしょ?」
当然と言わんばかりに言い捨てて、大河は両手いっぱいに抱えた花火を竜児に預け、
勝手知ったるとばかりに高須家のバケツを持ち出す。
「お、おい…今からやるのか?」
「当たり前じゃない。公園行くわよ。」
「今時公園で花火なんかやってて怒られねぇかな…?」
「相変わらず細かいわねぇ。いいから早く!」
「わかったわかった…ちょっと待てって。」
やれやれ、と溜息を付きながらも大量の花火を抱えて大河の後を追う。
周囲の民家から漏れる光と街灯の明かりだけが頼りの薄暗い公園。
バケツに水を張り、さっそく花火を取り出すと、いきなり火柱の上がるタイプの大物を取り出す。
「りゅーじ!これこれっ!火着けて!!」
「そういう大物は最後にだな…ああ、わかったよ。離れてろよ!」
着火すると竜児もすぐに距離をとり、大河と並んでそれを見上げる。
その高さは2〜3mにも達した。周りの薄暗さも手伝い、光の柱は幻想的な彩を魅せる。
「うわぁ…凄い。」
「ああ、凄ぇな。」
少しずつ地上に近づき消えるまで、しばし感嘆した。
しかし、「ハイテンション」タイガーの気勢はこれ位で止まらない。
「次、これ!今度は私が火着けるね!」
「え?それも結構大きいやつだぞ。やめとけ、俺が着けてやるから。」
「む…まぁいいわ。しっかり働きなさい!」
「はいはい。」
次々と大量の花火を消化していく。
いい加減苦情が来る前に止めたいと思う竜児だが、あまりに楽しそうな大河の顔を見るとそれも言い出しづらくなる。
結局バケツいっぱい買い込んだ花火の残骸で埋め尽くし、手元に残るは線香花火だけ。
どちらからともなく並んで座り、火を着けた。
花火の光で、大河の横顔はほんのりと紅く照り出されていた。
横目でちらりとそれを覗き見ると、大河の唇が薄く薄く開いた。
「…今年は、竜児の隣で見たかったの。」
「え?」
大河はそれだけ言うと、後は押し黙ったままだった。
去年の夏、亜美の別荘で見上げた花火を思い。
徐々に弱々しくなる線香花火の光に、少しでも長くと祈りながら。
花火乙
そういやもう夏だなぁ
>>90 GJ!
最後の大河の一言にやられました。
みんなコメントサンキュー!そして代理投稿の人もありがとう。
サントラからの連作二日目は「Happy Monday」
タイトル通り、今週もいいことあるぞ!と思わせる小曲。
「あーいいお天気!毎日こんなふうにいいお天気だったらいいのに。ね、竜児。お弁当のおかず何?肉?何肉?」
ゴールデンウィーク明けの初日。竜児と大河は久々の通学路を並んで歩く。さわやかない色合いの空に加えて、空気も新緑の香をはらんで、一年で一番さわやかな季節であることを思い出させる。
「朝から何なんだよおまえは。今日は塩じゃけにきんぴらごぼう。それからホウレンソウのおひたしだ」
「『何なんだよ』って、何よ。おかずを聞いちゃいけないって法律でもできたの?あと、塩じゃけってお肉じゃないじゃない」
「さっき俺んちで朝飯食ったばっかりで、いきなり昼飯の話かよ。それに塩じゃけは動物性たんぱく質だ」
「朝ご飯は朝ご飯、昼ご飯は昼ご飯よ。私はご飯のことはちゃんと知っておきたいの。喜びなさい、あんたは駄犬だけど料理の腕前だけは私が認めてあげてるんだから。
それからたんぱく質だろうが魚は魚よ。お肉とは認めない。いいこと?明日からは必ず肉を入れるのよ。具体的には豚か牛」
「はいはい、認めていただいて光栄です。まぁ、料理の腕はともかく、お前が鶏を肉と認めないなら、それでもかまわねぇけどな。お前の弁当、一生鶏抜きな。唐揚げの脂の乗った皮の裏側を食えねぇとは、お前もかわいそうな奴だぜ」
「なんてひどいこと!あ、みのりーん!」
目付きの悪い少年を従えて歩く小柄な美少女。いつも通りの凸凹コンビ。さわやかな風に心浮き立てて、ついつい気を抜いたか、これからたった一時間後、恐怖の転校生が二人の目の前に現れるなど想像もしていない。
いい色に日焼けした少女と合流した二人は、つかの間の平穏を楽しみながらいつもの通学路を元気に歩いていく。
(おしまい)
嫁にしたい漫画あにめキャラ、大河が三位だってよ。
Yahoo!ニュースでやってた。
>>94 長期の目で見れば確かにハッピーマンデーw
つかSSのすばらしさに気を取られて見落としてたが、連作か!
うわー嬉しい、楽しみにしてます
代理の人も乙です!
>>95 去年のじゃなくて?
まあ大河は竜児の嫁
>>244 ご名答、テキストは雲の中だから無傷。ただ、投稿作業がネットブックになるから、
めちゃめちゃ苦痛だわ。大河だったらグズグズグズグズグズグズグズグズグズグズ
ドグズアホグズマヌケのコンコンチキ!くらいは言いそうに遅い。
>>245 だよねー。俺も一山ほしかった(w
なんかこう、やってみてわかったけど、ああいうさわやかなシーンを書くのが苦手
みたいだ。
サントラからの連作三日目は「Tiger VS Dragon」
とらドラ!の喧嘩には二つある。ひとつはつらくてたまらない喧嘩で、もうひとつは
滑稽劇の色合いをまとう喧嘩。後者を飾るのがこの曲。とらドラ!を代表する曲って
わけじゃないけど、何しろ大河が竜児を襲撃するシーンで使われたこともあって印象は
強い。
「あー、もう、みのりーん。また刺されちゃった」
ぺちっと首のあたりを叩いて、コンパクトサイズの少女が愚痴をこぼす。横ではいい色に焼けた少女が
「Oh! 俺っちは全然刺されてないぜ。たいがの血は特別おいしいのか?お前の血は何味だぁ?」
などと、おちゃらける。
ジャージ姿で座り込んでいる二人は夏の間に茂った雑草をひたすらむしりまくる。二人だけではない。二人の周りには同年代の少女が色気のかけらもないジャージに体を包まれて、うだるような暑さの中、あぢー、うざーいと愚痴りながら、だらだらと草むしりを続けている。
今日は夏休み中の最後の登校日。聞きたくもない訓示を聞かされた後、担任に指示されるまま、各組とも指定区画の草むしりにいやいやながら従事している。
「一体どうして私が草むしりをしなけりゃならないのよ。学校で人を雇ってむしればいいじゃない」
と、愚痴るのは、先のコンパクト少女、逢坂大河。麦わら帽子の下には三つ編みのロングヘアー、首にはタオルをかけて田舎少女風味。横で何が楽しいのかにこにこしながら草をむしっているのは櫛枝実乃梨。
常人には理解できない八木節スタイルでタオルをかぶるオシャレ上級者である。
「どうしてって、そりゃ労働も学業のいっかんだからだべ。さあさ、大河、がんばんなって。ほら、高須君もはりきってるじゃん」
そういって実乃梨がちらりと視線を送る先は、男子の一団。何とはなしに女子と男子別グループに分かれているのは思春期特有のテレみたいなものだが、その、男子の一団の中、一人立って檄を飛ばしている男がいる。
30 度を超える気温と厳しい残暑の強い日差しの下、まなじりを釣り上げているのは高須竜児。逆光の中でも怪しく光る白目の奥で、狂気に彩られた瞳を揺らしている姿はまるで魔王そのものである。事実周囲の空間はゆらゆらと揺らめき、土くれは地面を離れて浮かび上がり、
やがて地鳴りとともに牽属である1000の魔獣が地下の世界からあらわれたのであった。と、いうわけではなく、カゲロウ揺れる中、やる気のないクラスメイトを叱咤激励しているのである。
「あっちーよ、たかっちゃん、やめようよう」
などと泣き言をあげるクラスメイトのけつを叩きつつ、なおかつ人の倍の草をむしっていた竜児であったが、フェーズドアレイレーダーのように周囲の草の状況を監視していた高須アイの端に、一瞬目を向けた実乃梨の姿がはいったのだろう。
びくっと、体をふるわせて動きが止まる。
あうあう、と口が動いているのは、たぶん
「く、くし…えだ…」
とでも行っているのか。苦渋に顔をしかめているようだが、あれできっとにっこり笑っているつもりのはずだ。
ふと、大河は黙り込む。みんなと一緒にいった旅行では、竜児とその思い人である櫛枝実乃梨をくっつけるために大河は獅子奮迅の働きをしたのだった。しんかし、なんだか腑に落ちないところがある。どうも二人は大河が見ていないところでその距離を縮めたように思えるのだ。
「おう、たいが。ごらんよ。高須君あんなに汗びっしょりで苦しそうにしているよ」
「みのりん、あれ笑ってるんだよ」
「ええ?そうかい?日射病で倒れそうに見えるぜ」
やっぱり距離は縮まっていないのかもしれない。
安堵とも竜児に対する憐れみともつかない小さなため息が漏れる。しかし、そんなそんな大河の気持ちも知らず、竜児は照りつける日差しをモノともせずにクラスメイトを鼓舞している。その姿がちょっと気に障ったのは、単に意地悪な気持ちだったのか、
それとも横にいる実乃梨にだけ竜児が視線を送ったからなのかは、大河にもわからない。
「痛っ」
突然の刺すような痛みに竜児がほほを押さえ、次にこちらに視線を送る。大河のほうはしてやったり、と猛獣の笑み。右手は小石を親指ではじいたままの形。手乗りタイガーともなれば、おはじき遊びも流血騒ぎになりうる。
「何やってんだよ大河」
「あら、どうかしたの?」
「石ぶつけたろう」
「ぶつけてないわよ。石が草むしりの邪魔になったからどけたのよ」
「俺にぶつけたじゃねぇか」
「私の前に生意気な石が立ちはだかったから排除しただけよ。それともなに、あんたも立ちはだかろうっての?草をむしるのにも飽きたしあんたの髪の毛むしってやるのもいいかしらね」
がるる、と唸り声をあげて立ち上がる大河はいきなりやる気満々の中腰。竜児のほうはしょっぱなから『うっ』と腰が引けているが、想い人の手前かぐっと踏みとどまり、たいていの高校生が目をそらす三白眼を全開にする。喧嘩なんかする気はないのだが、
とりあえず殺る気まんまんには見える。
「暑いのに(夫婦)喧嘩やめろよ」
と、迷惑そうにクラスメイトがつぶやくが、そうしつつ二人のために場所を空けることも忘れない。手乗りタイガーの破壊力は4月の大暴れで証明済みだ。巻き込まれたら死ぬ。仲裁に割っても死ぬ。あと、超小声で言った『夫婦』を聞かれても死ぬ。
こんな場合、自分で仲裁しようとしてはいけない。駅にある不審物を自分で何とかしようとしてはいけないのと同じだ。エキスパートを呼ぶべきなのだ。2−Cにもこの手の事態を治め得るエキスパートは居る。
しかし。
「おーい、どこだよ北村先生、どこだよ」
北村祐作はどうやら生徒会長の指揮と青空の下、各部署を走り回って不在らしい。
「あれー、あみちゃんはどこ?」
とりあえず手乗りタイガーを煙に巻く能力の高そうな川嶋亜美は、美少女トリオごと姿を消していた。どうやら紫外線から避けるべくどこかの日陰でさぼっているらしい。
そして最後に残った頼みの綱である櫛枝実乃梨は
「OH! 夫婦喧嘩?ファィツ!!」
と、妙なテンションでポーズを決めて火に油を注ぐ構え。仲裁は期待できそうにない。こうなったら、ひたすら遠巻きに見守るしかない。もちろん横目でだ目があったら死ぬ。
睨みあう大河と竜児の周りには、いつの間にか灼熱の円形闘技場ができあがる。そして言うまでもないが、こんな場合すたすたと無造作に間合いを詰めるのは大河である。話し合いなどするはずがない。一気に暴力でカタをつけたほうが早いとでも思っているのだろう。
「ちょ、大河お前なんだよ!」
と、竜児があわてるものの、時すでに遅し。虎は必殺の表情。
ああ、高須死んだな、とギャラリーが遠目の横目で見守る中、びっと空気を切り裂いて手乗りタイガーの回し蹴りがさく裂した。と、だれもが思った。でも炸裂しなかった。
かっこ悪くも顔の前で手をクロスして顔を伏せる竜児の、そのまさにガードを打ち砕く寸前で、ジャージに包まれた大河の足が空中でぴたりと静止している。
「あれ?」
と声をあげたのは竜児。本人も死んだと思ったのだろう。目の前で制止する小さなあんよを見、そしてそのあんよの持ち主である手乗りタイガーを見降ろす。
「あ、あ、あ、あんた。なななに持ってるのよ」
大河のほうは視線どころの話ではなく、顔色を変え、目を見開いて身震いしている。その見開いた先には…
「何って、ああ、これか。さっき日干しになりそうだったから救い出して花壇に逃がそうと思ってたんだよ」
頭をガードする竜児の手には、ミドルサイズのミミズが一匹垂れ下がってにょろにょろとうごめいていた。ひぃぃぃぃぃっと声をあげたのは大河。そのまま猛然と後ろに吹っ飛ぶと、ごろごろっと後ろ向きに転がって、
草をむしり終わっていない校庭の一角にひっくり返った蛙のごとく無様に倒れこむ。
「なんだよ、ミミズぐらいでそんなに驚くなよ。てか、お前ミミズを何だと思ってるんだ。ミミズが土を食べて穴をあけるから土が耕されて肥沃に…」
「うるさーいっ!よるな!」
ダーウィン先生が聞いたら涙を流して喜びそうな場違いな講釈など耳に入るはずもなく、大河はその辺の草をむしって竜児に投げつける。猛烈なスピードで射出される草だが、残念なことに全部空中で失速して散らばるばかり。
こうなると手乗りタイガーもかわいい女の子に見えるから不思議不思議。
一方の竜児は目の前にミミズを掲げて見る。目を眇める姿は、のたくるミミズを巨大化させて校舎ごと破壊せんとする悪魔のようだが、もちろんそんなことは考えていない。大河がなにをそんなに嫌がっているのか純粋に理解できないのだ。
この場合、否は竜児にあるようだ。下手をすると大河が女子であることを忘れているのかもしれない。
「わわわかったから、そのミミズを捨てなさい。私の視界からすぐに取り除きなさい!」
「はいはいわかりました。ほら、ちゃんと花壇に放した。お前もいつまでひっくり返ってんだよ。ジャージこんなに汚しやがって」
ブチブチ文句を言いながら竜児はいつものように大河を立たせると、パタパタとジャージの泥を落としてやる。言われるままに立って、おとなしく泥を落とされている手乗りタイガー。
「お尻触るなエロ犬」
「お尻汚すなドジ。あーあ、髪にまで泥が入ってるぞ」
乱闘が起きる覚悟で見まもっていた2−Cの面々は、ホッとしつつも、いつものごとく『あの二人はわからねぇ』と心でつぶやく。
残暑の厳しい青空の下、いつも通りの平穏な大騒ぎ。
(おしまい)
>>100 うまい! そして面白い! 情景が目に浮かぶわ。
規制の中、投下にコメが追いつかない、なんという嬉しい状況だこと。
>>100 相変わらず良い仕事をしなさる。
さて、お久しぶりに投下しにきました。
今回はやや薄味気味、かな?
「竜児、今日から交換日記つけることにしたわ」
それは本当に何の前触れも無く、唐突に天災の如く避け得ない意図不明な言葉だった。
「……は?交換、日記……?」
開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。
この大橋の自然災害、出会ってしまったのなら己の不運を呪うしかない無いという珍獣中の珍獣、手乗りタイガーの二つ名を持つ逢坂大河は、防ぎようの無い大自然の脅威のようにそう言い出したのだ。
「そ、交換日記」
高須家の居間で肘を付きながらインテリア雑誌をめくっていた竜児は、ポカンと自信満々に腰に手を当てて仁王立ちするクラスメート兼お隣さんを見つめる。
また何か面倒事を思いついたのだろう事は、ここしばらくの付き合いで理解出来たが、今回ははてさて交換日記。
言葉自体には特段問題になるような事は無い。
少し古い、程度の嫌いはあるが、昨今の女子の中に今だにそういった事をしている者達もいるし、そこはそんなに問題視するほどでも無い。
無いが……それを言ったのが“大河”であるからにはそれで終わるはずも無い。
「ふぅん、で、誰とやるんだ」
「き、北村くん」
名前を言うだけで照れるのかはたまた緊張するのか。
彼女は思い人の名を少し噛みながらもあげる。
体系的に小さく、長いウェーブのかかった髪を左右に揺らしてドギマギしている様は、一年生時代数多の告白者を生んだという別の伝説の信憑性がいかに高いかを教えてくれる。
が、それはそれ、これはこれ。
「……参考までに聞くがどうやって?」
「そ、それをこれから考えるのよ!!交換日記をやるところまでは私が考えたんだから後はアンタ考えなさいよ!!協力するって言ったでしょ!?」
つまりほぼノープラン。
しかし竜児がそのことをさらに突っ込もうとしても、シャーッと猫、もとい虎が威嚇そのものの体勢でこちらに罵詈雑言をぶつけてくる。ついでに唾もぶつけてくる。
「き、汚ぇなおい」
「うるさい!!」
竜児は呆れながら台所にある布巾を一枚持ってくるとくるくると卓袱台を拭いていく。
大河はそれを不服そうに見ながら、こちらも呆れたように溜息を吐いた。
「あんた本当に細かいわね、そんなのティッシュでちょちょいでいいじゃない」
「何を言う!?そんな小さな事でティッシュなど使ったらMOTTAINAIじゃないか、今日本の、世界の緑はこうしている間にもどんどん減っていっているんだぞ!!」
「あーはいはい」
言った私が馬鹿だった、と大河は既に諦めモードに入りながら卓袱台の前に座った。
「お煎餅」
座って即座に注文。
あるのはわかっているのよ、と顎をくいっと戸棚の方に向けて竜児を睨む。
とんでもない唯我独尊態度ではあるが、今に始まったわけでも無く、竜児はもう慣れたものだと仕方なさげに煎餅を取り出した。
気配りとして熱いお茶を出すのももちろん忘れない。
「それでどうするのよ」
それはこちらが聞きたい。
煎餅を頬張って第一声、先程の“交換日記”の事であろう質問をされ、竜児は唸る。
「うぅむ、っていうかそもそもどうして交換日記っていう流れになったんだ?」
「成る程、駄犬にしてはまともな質問ね、良いわ教えてあげる」
思いつかなかったから苦し紛れの質問返しだったのだが、存外大河は竜児の意図には気付かず気分良くその小さな口を開き、
「名付けて交換日記で親密になろう作戦!!」
「………………」
即座に聞いた事を後悔した。
大河は頭は悪くない、いつも成績は良い。
だがそれとは別に何処か天然、というか“ドジ”が入る。
……川嶋が聞けば可愛い子ぶってんじゃねぇなどと言われそうだ。
ともかく、今の大河の台詞で竜児はおおよその事を理解した。いや、してしまった、せざるを得なかった。
「普段口では言えないことも文にすれば多分大丈夫!!段々とお互い内心を紙の上で吐露していき最終的には紙など頼らなくても……」
「盛り上がってるとこ悪いんだが、大河」
「何よ?これからがいいところなのに?後じゃダメなの?」
途中で説明という名の自己陶酔を止められ、やや不満な大河は小さな唇をとがらせて竜児を睨む。
「後じゃダメだ、傷は浅いうちって言うしな」
「……?」
「わかってないようだから言うが、お前まず交換日記なんて出来ないだろう?」
「な、何を言い出すのかと思えば!!失礼にも程があるわねこの駄犬!!」
「いや、まぁ聞け。お前ラブレターの件を忘れたわけじゃ無いだろう?」
「あれは……」
大河はここでようやく黙る。
そもそもこうやって大河と竜児が恋人でも無いのに一緒にいるのはその事件のせいなのだから。
「お前のことだ、直接渡し合うなんて恥ずかしがって無理だろ?」
「う……」
「交換方法を机の中に入れとく、とかにしたとしてもラブレターを入れ間違ったお前だ、また間違えないとも限らない」
「うう……」
「それにお前、そうぽんぽんと自分のプライベートを書けるのか?」
「ううう……か、書けるわよ」
「よし、じゃあ書いてみろ」
段々唸るだけだった大河に竜児はメモ帳と鉛筆を差し出す。
「何よ馬鹿にして、私だってただ書くだけなら……」
「あ、それ明日北村にみせるからな」
「!?ちょっ!?何でよ!?」
「何でって交換日記しだしたらそんなの日常茶飯事になるだろ?」
「そ、そりゃそうだけど……その心の準備というか……書き方の練習とか……」
「お前さっきすぐにでもやりたそうなこと言って無かったか?」
「〜〜〜っ!!書くわよ!!書けば良いんでしょ!!」
***
五分後。
「……燃え尽きたわ、真っ白に」
「………………」
卓袱台の上には真っ白なメモ帳が一枚。
しかし辺りには消しゴムのカスがたっぷり散在していた。
塵も積もれば山となるとは言うが、卓袱台には小さい消しゴム屑の山が出来ている。
それだけの労力と五分という時間を使って生産されたのはゴミ。
消費されたのは資源のみ、となっては当然“彼”がそれを黙認するはずもない。
「MOTTAINAI、ああなんてMOTTAINAI……」
溜息混じりに消しゴムのカスを集めては、はぁ、と悩ましげな吐息を漏らす竜児。
「やかましいのよ!!ったく女々しいのよアンタは!!消しゴムの一つや二つがなんだってのよ!!」
「お前!!そういった小さな考えが一杯集まって今日本は、世界は大変な事になっているんだぞ!!」
いつもと変わらぬ口喧嘩を始めるも、すぐにハッとなった竜児が声のボリュームを落とす。
これ以上一階の大家さんという存在を怒らせ、家賃値上げになんてなってしまったら家計はより一層苦しくなる。
「……とにかく、交換日記をやるならやるでもう少し下準備とか下調べとかしたほうが俺は無難だと思うぞ」
竜児は溜息を吐いて小さくそう纏めた。
これ以上話していても埒があかないのはコレまでの経験から明らかだし、労力も無駄になりかねない。
そうそう、今日はこれから特売にも行くんだった。
「下準備……下調べ……」
大河は竜児の言葉を何度か反芻し、腕を組んで考え込んでいる。
「まぁそういうわけで、どうしてもやりたいってんなら止めないが、落ち着いて焦らずにな。俺は買い物に行ってくる」
竜児は、特売特売と口の中で呟き、既に頭の中には手に入れたいあれやこれやの商品を思い浮かべながら玄関で靴を履く。
それを見た大河は一言「よし」と言うと、竜児の後を追うように靴を履きだした。
「お前も来るのか?助かるぜ、今日は特に競争率高そうでよ」
竜児はエコバック片手に心底助かった、という表情で大河を見るが、当の本人は、
「ん?ああ、特売?頑張ってね。私は他に行くところがあるから」
全く手伝う気が無かった。
***
「ええ〜?今日トンカツじゃないの?特売ってカツあったじゃない」
食卓に並んだ野菜一色の料理に、大河が口を尖らせた。
「働かざる者食うべからずだ」
「何よそれ」
「お前な、今日は競争率激しいって言ったろ?」
「ああ、つまり確保できませんでした、と。役に立たないわねぇ」
情けない、と大河が渋々卓袱台に座る。
その態度に若干苛立ちながら、竜児も座った。
「まぁあぁ二人とも。ご飯は楽しく食べた方が美味しいよぉ」
竜児の母、泰子は既に仕事着で席に着いている。
これを食べたら夜の、スナックでの雇われママとしての仕事があるのだ。
竜児もそれがわかっているから、あまり仕事前の母に面倒をかけたくないと思い矛を収め食事をしだした。
食事を終えるとすぐに泰子は家を出て行く。
家族でご飯を食べるのは当然、という気持ちからこうやって毎晩のように一緒に夕飯を食べているが、仕事の事を思えば本当はもっと早く家を出た方が良いのだ。
それでも泰子は家族の時間を取ろうと必死にやりくりしている。
竜児はそんな母を見送って、洗い物を片づけ、ふと居間をみやると大河がこちらを見ていた。
「終わった?」
「おぅ?何かあるのか?」
パッパッと手の水を切ると、タオルで残りの水分を拭き取り、エコエプロンを外して大河の対面へと竜児は座った。
気付けば卓袱台には一冊のノート……日記帳がある。
それは厚さは薄く、色もぱっとしない薄い赤色で、『diary』と表紙に書かれているだけの、何処にでもある日記帳だった。
「今日買ってきたの」
「なるほど」
だから今日は買い物を手伝わなかったと。
まぁ好きな相手の事に真剣になるのは仕方のないこと。
必死に悩んで選んでいたのだとすれば、今日の買い物を手伝わなかったことも水に流そう、そう竜児が思っていると、
「ちょっと練習しようと思うのよ、だからテキトーな日記帳買ってきた」
「適当かよ!?」
ゴン、と額を卓袱台にぶつける。
だったら買い物手伝ってくれても良かったじゃねぇか、と。
だがそれを言ったところでこの大橋の自然災害には適わない。
一を言ったら十にも百にもなって終いには肉料理の要求になって帰ってくるのだ。
そう、男、高須竜児。
自然に優しい彼は無駄な事はしないのだ。
決して、断じて恐いわけではない。
ここは環境保護の観念から彼女の言い分を涙を呑んで聞こうじゃないか。
「ということでアンタ、明日から私と交換日記するわよ」
why?
***
翌日、竜児は一人で登校していた。
今朝大河は朝食を摂ると先に登校してしまったのだ。
昨日の事でもう少し話しておきたかったのだが、ごちそうさまの後は先に行くからと言ってサッサと行ってしまった。
全く薄情な話である。
校門に着き、下駄箱へ向かう道すがらグラウンドを見つめて、今日はソフトボール部の朝練が行われていないことに少々残念がりながら竜児は歩く。
下駄箱に着いて、いつも通りパカリと下駄箱を開けるとそこには一つ見慣れない……否、若干の見覚えのあるノートがあった。
「あれ……これって……」
手にとって見るとそれは昨日大河が買ってきた日記帳だった。
ふと視線を感じて顔を向ければ、大河が階段の影からニヤニヤしながらこちらを見ていた。
ぶっちゃけ怪しい人にしか見えない。
隠れているつもりなのだろうが、まったく意味がない。
中腰にしたぐらいで隠れている気分になれる彼女の脳内は幸せ者だとつくづく思う。
やむなくそれはその場で鞄に仕舞い込み、大隠れているつもりの大河の待つ階段へと向かう。
「ウシシシ、どうよ?」
大河は自慢気に竜児に無い胸を張り、誇らしげに笑う。
「お前、絶対かくれんぼ弱いだろ」
それに対して竜児はそれだけ言うと溜息を吐いて階段を上りだした。
後には首を傾げる大河が残され、すぐに慌てて竜児を追いかけ始める。
「ねぇちょっと、今のどういう意味?」
素でわからないのか、大河は目をまん丸にして尋ねてくるが、竜児はそれには応えず苦笑して教室入っていった。
大河もしつこく聞くつもりは無いのか、最後にちゃんと日記帳見なさいよ、と言い捨てて教室内で竜児と別れる。
そのまますぐに朝のホームルーム。
竜児は担任の英語教師、通称独神の話を聞きながら恐る恐る日記帳を開いた。
『今日の晩ご飯は肉が良い』
最初の1ページ目に書かれていたのはそれだけ。
竜児はガックリと項垂れた。
なんだコレ?こんなの日記に書いて報告する意味があるのか?
そもそも練習なんだから失敗を恐れずもうちょっとマシな事を書いて欲しい。
くそう、少し甘い言葉が書き綴ってあると期待したドキドキを返せと言いたい。
***
下校時刻になって、今日は何か特別買う物あったかなと思い出しつつ竜児が下駄箱に着くと、そこには仁王立ちする大橋の虎がいた。
やや暮れ始めた太陽の光を背に浴びて、その姿は一見神々しくも見えるが、見に纏う黒いオーラが彼女の不機嫌ゲージの溜まり具合をいやがおうにも教えてくれる。
「おぅ、大河?何か怒って……」
「こぉんの駄犬が!!」
イキナリ超ハイスピードの回し蹴り。
K1選手もきっとびっくりするぐらいのパワー・スピード・テクニックだったことだろう。
「な、なにすんだよイキナリ!?」
喰らった脹ら脛に甚大なダメージを負った竜児はその場に沈み込み、やや涙目になりながら大河を睨みつける。
その姿はさながら、打たれたヤクザが殺意を抱いて相手を睨み付けているかのようだが、もちろんそんなことはない。
ただ理不尽な蹴りに対する理由を求めているだけなのだ。
大河は一度、フン、と鼻で息をすると下駄箱を指差した。
「まだ何も入ってないじゃない」
「はぁ?……ああ、日記帳か。そりゃまだ書いてねぇし」
「まだ?まだですってこの鈍犬!!アンタ今日一日何してたのよ?ええ?」
「いや何って真面目に授業を……」
普通に返そうとして、大河の釣り上がった目が眉間に段々寄っていくのに気付き、慌てて弁解する。
「し、仕方ないだろ!?誰かに見つかって変に勘違いされても困るし、お前だって困るだろうが!!また春みたいなことやらかす気か!?」
春、一緒にいる大河と竜児が付き合っている、同棲しているなどという噂が流れ、それが間違いであると認めさせるために大河は暴君まがいな事をして認めさせた。
やったことはただ教室で椅子や机をぶっ飛ばして暴れただけだが。
「小さいことをネチネチと。あんたそんな細かいから目つきまで悪いのよ」
「この目は生まれつきだ!!」
竜児もまた目を極限まで釣り上げ、たまたまそこを通りかかった平凡な女子Aに「ひっ!!」と怯えられ逃げられる。
「……ぷっ、あははははははは!!」
「笑うな」
竜児が不服そうにしながら靴を取り出して外に出る。
大河もやや遅れて出てきて竜児の鞄を叩く。
「帰ってからちゃんと渡しなさいよ」
「おぅ……ってか交換場所はウチでいいじゃねぇか。それなら失敗することもねぇし」
「馬鹿ねぇ、それじゃ練習にならないじゃない。アンタが言ったことよ」
「いや、お前はそれ以前に書く内容をまず吟味しようぜ」
「む」
ぷくっと頬を膨らませて大河はつまらなさそうに呟く。
「だって私、交換日記なんて書いたこと無いもん」
「俺だってねぇよ、ただ日記ってくらいだからその日にあったことを書くんであって、要望のみ、それも晩飯の、とかは違うだろ。お前北村にあんな事言うつもりか?」
「……わかったわよ、しばらくは交換はあんたの家で。内容もその日にあったこと。これで良い?」
「おぅ、良いんじゃねぇか。ってかそれを決めるのは本来やるつもりのお前だろ?……まぁいいか、この際いろんなこと決めておこうぜ」
そうして二人は歩きながらいくつかのルールを決めた。
***
それから一週間。
二人はぎこちなくも交換日記を続けていた。
『今日は朝から最悪だった。竜児は今だ私が朝どれだけ食べるかを把握してないのかしら?ご飯が足りなくなるなんて言語道断だと思う』
大河はそこでシャープペンを顎に当て今日あったことを思い出す。
『お昼のお弁当は肉分が足りないと思う。とくにあのハムレタスとかを食べるよりはもっと肉!!って感じのとんかつとかステーキとかが良い。あ、あと今日の特売で人混みに押されてぶつけた背中、ちゃんと湿布貼っときなさいよ』
暗い部屋にスタンドライトだけで照らされた机の上。
そこで大河はシャープペンシルを走らせる。
『今日の晩ご飯はまぁまぁ美味しかった。意外に太めに巻かれたアスパラベーコンは塩胡椒が絶妙だ。今度弁当に入れることを許可する。あ、肉はボリュームを増すと尚可。アンタに言われたとおり夜更かしは控えてるわよ?夜二時までは夜更かしじゃないもん♪』
フフ、と笑って大河はノートを閉じる。
これを明日竜児に渡してやるのだ。
そうすればあの竜児のことだ、献立の参考にするに違いない。
「肉、てんこもり……グフフフ」
もはや目的の半分を見失いつつある大河だった。
一方、翌日、それを見た竜児は、
「……飯の話しかしてねぇ……確かにその日あったことだけどよ、何かこれは違くねぇか?」
大河の書いてきた日記は日に日に自分の料理に関することオンリーになりつつある。
初日はまだ良かった。
学校でこういうことがあってあーだこーだとあった、などと書いてあったり、北村君と一言を言葉を交わせた、などとというささやかな報告が混じっていた。
ところが一週間経つ今、大河の文はほぼ竜児に対することと料理への要望だった。
「これでいいのか、おい」
竜児はその文を見てどうにも釈然としない。
だが料理の腕を誉められて悪い気はしないし、自分の言うことを聞いていたり、心配さえれるのは嬉しい。
竜児はまずそのお礼を文にしつつ、今日のあった出来事を大河中心に書き記していく。
何せ学校でも殆ど一緒にいるため書くことは自然と大河のことばかりになる。
大河のは既に日記と言えずに要望となっているから、せめて自分だけは真面目に日記を書こうとシャープペンを走らせる。
竜児は気付かない。
そういったお互いのやり取りこそ、交換日記としては正しい一面であると。
第三者からみれば、それはお互い恋人同士のような書き方しかしていないと。
この最初の日記帳を使い切る頃には、二人の心境に変化が生まれているだろう。
余談だが、いずれこの二人の交換日記は周知の事実なり、多大にからかわれ、第二次手乗りタイガー暴走事件及びデレ事件が勃発する。
さらに、この二人の日記帳は最終的に三桁に近い冊数となる。
それの意味することは二人は長く、いや永く一緒にいるということであり……
「あれー?お母さん、この古い赤いノートなぁにー?diaryって書いてあるし日記帳?」
そういうふうに、なっている。
良い、良いよ・・・
素晴らしいよ!
>>100 ハイペースでの投稿、乙です。
いつもながらのクオリティの高さにはもう言葉がありません。
>>109 新作投稿乙です。
いやもう、2828出来て楽しいですわw
いろいろな竜虎が読めて幸せ気分ですwww
なんか以前の活発な頃を思い出しますね。
もう新人さんを含めましてみなさんGJとしか言えません。
そんなわけでこの流れに加わるべく、1作作りました。
甘味不足ですけどね
続き物はもう少しお待ち下さい。
以下 3レスほど使います。
例によってノンタイトル^^;
・・・また、来てる。
自家製弁当とのぼりの立つ、夕方の混雑する店頭で忙しく立ち働くエプロン姿の店員は、春頃から良く見掛ける様になった小柄な少女を見ていた。
あれこれ迷うようにお品書きを眺め、じっくり吟味する。やがて決まったのか数回頷くと「これ、ちょうだい」と本日のお勧めメニュー「えびフライ弁当」を指差す。
ほとんど毎日のようにこの弁当屋にやって来ては買って帰る少女の家庭環境を訝しく思いながら、店員はいつもの様にビニール袋に詰めたお弁当を手渡してやった。
そんな少女との関係も夏頃になると、お弁当を手渡す際にひと言ふた言の会話を交わすのが普通になっていた。
「これ、あんたが作ったの?」
「う〜ん、全部ってわけじゃないけどね」
「ふ〜ん・・・ちょっとおいしかったから・・・」
それだけだ、とでも言うように口を閉ざすと代金を支払い、店を立ち去る少女。
年上に対する言葉遣いがなってないとかいろいろあるが、毎日の様に来てくれれば自然と情が湧くもの。いつしか、から揚げを1個おまけしたり、余りそうなおかずをパックに入れて余分に渡したりするようにもなっていた。
「くれるって言うならもらっておくけど」
あまりありがたそうな雰囲気も見せず、仏頂面で受け取る少女だったが、おいしかった時は素直に次の日、そう言ってくれた。
そんな少女も時には機嫌がいいのか、あれこれしゃべることもあり、店が忙しくない限り、店員は付き合ってやっていた。
「あちこち試したけど、ここのが一番おいしかったから」
どうして、この弁当屋ばかり来るのかと言う問いに少女はそんな風に答えた。
ずっと両親と不仲で、独り暮らしをしているとつぶやく様に弁当屋通いをする理由を告げた横顔は、いつも付けている仮面を取ったかのように寂しげに見えた。
秋頃になって毎日のように来ていた少女がぱったり来なくなった。
どうしたのかと店員は思ったが、ある日、街中で車の助手席に座る少女を見かけ納得する。
運転席の男性はどうみても、少女の父親にしか見えなかった。
・・・仲直り、出来たんだ。
少女がもう買いに来ないのだと知り、一抹の寂しさと安堵の気持ちが交じった複雑な気分を味わう店員。
それから、数日して店頭にくだんの少女の姿を見つけ、店員は内心、驚いた。
落ち込んだ様子を隠すことも無く、今まで見せたことが無いくらい不機嫌さを顕わに無言で日替わり弁当を指差す。
店員は何も言わず、弁当のトレーにおかずを盛り付けると、ご飯の量を通常の3倍盛り付けた。
ふたが閉まらず、ご飯で膨らんだお弁当パックを見て少女は目を丸くし、何も言わなかったが目元を和らげ、大事そうに受け取った。
再び戻って来たいつもの毎日。
少女は相変わらずだったが、少しだけ気を許してくれたのか、おまけを付けた時など「ありがと」と言うお礼の言葉と小さな微笑が返って来るようになった。
クリスマス大好きと言う少女に、24日の日に普通のお客さんへはスライスして渡すチキンを、特大丸焼きのままの姿でこっそりサービスした時などは飛び上がって喜んでくれたものだ。
この弁当屋へ来る様になって初めてとも言えるハイテンションで、こんな素敵な表情も出来るのかと言う位、明るく笑い「鳥、どーん・・・だね」と万歳でもするみたいに両手を高く掲げた。
だから、不本意な張り紙を少女に見つけられた時、店員は心が痛んだ。
「何?・・・これ」
呆然と張り紙の前で、街中に野生のカモシカでも見つけた様な顔で店の中を見る少女。
春も近いと言うのに冬に舞い戻ったかのような店内で少女は目線で答えを問うた。
「読んで字のごとく・・・それ以上でもそれ以下でもない」
それは閉店のお知らせ。
近隣スーパーの安売り攻勢に耐えられなくなったのだ。
品質を下げてまで価格競争する気がない経営者は撤退の道を選んでいた。
一介の従業員に過ぎない店員にそれを覆す術は無い。
少女は・・・小さく肩を震わせると・・・。
「ばか!!」
と、だけ叫んで店を飛び出していった。
ほんの刹那だけ見せた少女の素の感情が店員の気持ちを揺さぶったが、追いかけて行くことは出来なかった。
それから、しばらく姿を見せなかった少女だったが、残りの営業日数も数える頃になったある日、店頭に姿を見せた。
「やっぱり、ここのじゃなきゃ駄目」
そう言うと、元気良く「しょうが焼き弁当」を頼んで来た。
「もうすぐ、食べられなくなっちゃうから、よく味わっておかないと」
そして、少女はしょうが焼きだけじゃ足りないからと他に3つのお弁当をオーダーし、両手に抱えるようにして帰って行った。
そして迎えた最終営業日。
いつもと変わらない様子で少女はやって来た。
材料が乏しく、ばってんがいっぱい付いたお品書きを見つめ、少女が頼んだのは「焼肉弁当」だった。
受け取りながら少女は残念そうな表情を浮かべ、明日から何を食べればいいのかとぶつぶつ文句を言い、「これで食べ納めかあ」と嘆いた。
店員はただひと言「ごめんね」としか言えなかった。
名残惜しそうに店を出ようとする少女を店員は慌てて呼び止める。
何なのと言うように立ち止まった少女に店員は風呂敷に包まれた大きな箱を手渡した。
「何、これ?」
不思議そうに受け取った少女が風呂敷を解くと中には3段重ねの重箱が入っていた。
ところどころが剥げていて、お世辞にもきれいとは言い難い入れ物だが、ふたを取った少女は歓声を上げた。
中に入っていたのは色とりどりの食材で飾られたお手製、弁当だったのだ。
「いつも決まったメニューしか食べさせて上げられなかったからね」
だから、最後にと店員は言う。
「私に・・・?」
頷く店員。
「お肉が少ない」
アスパラやプチトマトなどカラフルではあるが、野菜主体のお弁当。
少女の抗議に店員は「野菜が少ないことがずっと気になっていたんだよ」と笑って答えた。
そして返品不可と付け加えると、仕方ないと言った表情を見せながらも少女はその弁当を受け取った。
「短い間だったけど、ありがと」
と言い残し、立ち去ろうとした少女は言い忘れたことがあると、店員に駆け寄った。
「次のお弁当屋さんに就職が決まったら、教えてね。絶対、買いに行くから」
苦笑と共に頷く店員だが、どうやって知らせるのかと疑問を投げ掛ける。
「そっか・・・あんた、携帯持ってる?」
店員が首を振ると、軽く舌打ちと共に使えない奴とつぶやく少女。
そのまま持っていた通学かばんを開けると中からファンシーノートを取り出し、ちぎった1枚に何やら書き散らす。
「これ、私の携帯番号・・・間違えるといけないから、名前も書いておいた」
そう言うと二つ折りにして店員に手渡す少女。
さよなら、またねと少女が立ち去ってしまった後で店員はゆっくりノートの切れ端を開く。
数字の羅列に続いて、歳相応の丸みを感じさせる字で名前が記されていた。
逢坂 大河・・・と。
初めて知った少女の名前を胸に店員は大橋の町を去る。
故郷へ帰ることが決まっているのだ。
・・・だから、君の願いはかなえてあげられないなあ。
その後を見届けて上げられないのは心残りだけど、あんなにいい子なんだからさ・・・いつかきっと分かってくれる誰かが現れるよ。
多分、胃袋も満足させてくれるんじゃないかな。
何の根拠も無いがそんな風に思える店員だった。
「竜児!」
「おう、何だよ」
「明日のお弁当・・・これに入れて」
そう言いながら大河が大事そうに差し出した重箱は高級食器が溢れている逢坂家には似つかわしくない古びた重箱。
こんなぼろと言い掛けて竜児は口をつぐむ。
もしかしたら大河の家にあるくらいだから、江戸時代の名工の作でテレビの何とか鑑定団へ出したら、ひげの鑑定家が決め台詞を言ってくれるような代物かもしれないと思ったからだ。
「かまわないけどよ・・・なんかリクエストあるか?」
「・・・野菜、入れて・・・たくさん・・・アスパラとか」
大河の珍しい要求に竜児は驚く。
「肉は・・・いいのかよ?」
「ちょっとだけあればいいわ」
この台詞にますます驚く竜児だが、大河のおでこに手を当てる真似は差し控えた。
大河の言っていることが冗談とか不真面目さとは正反対の方にあり、何か思うことがあるのだろうと言う位のことは推測が付く程度、大河のことを分かって来ていると言う自信が竜児にはあった。
・・・いい思い出でもあるのかな?
「おう、任せとけ」
そう請け負う竜児に大河はちゃんと作りなさいよとぶっきらぼうに言うが、その声色には竜児への信頼が透けて見えている。
おべんと、おべんと、楽しいな♪
鼻歌を歌うご機嫌そうな大河を見ながら、竜児は買い物へ行くかとエコバッグを手に大河へ声を掛けていた。
以上です。
なwwんwwだwwこの投下ラッシュはwwwwwww萌え死ぬwww
書き手さん達、乙すぎるうぅぅぅぅぅっ!!!
今からカフェインぶち込んでゆっくり読むわ
今夜はねむれNightフヒw
連作四日目は「カンチガイアワー」
ちょっとオトナのシーンや怪しげなシーンで使われた色っぽい曲。ただし本気で色っぽいシーンには
使われていないところが「カンチガイアワー」のカンチガイたるところ。
『……ねぇ、竜児ぃ……』
月に一度、母さんはひどく甘えんぼになる。
『……なんだよ、くっつくんじゃねぇ……』
いつもはパンパン飛び出す父さんへの軽口と、『なめたら承知しないわよ』って感じの私への態度が鳴りをひそめ、言葉少なく微笑みをたたえるようになる。父さんの横に立って、柔らかそうな頬に笑みをたたえながら優しげな視線で見上げるようになる。
そのさまは実の娘の私が見ても、かわいい、と抱きしめたくなってしまう。
『……だって……』
母さんがときたまそんな風に父さんに接することに気がついたのは、小学生のころだった。横に立って見上げながら、そっと袖をつかんでみたり、あるいは父さんに身を寄せて顔をすりすりとこすりつける姿を何度も見た。
父さんと母さんが仲良しだって話を学校の友達にすると、みんな驚いた。よその家ではそんなことはしないらしい。うちの父さんと母さんは仲良しだ。それがちょっと自慢だった。
『……竜河が聞いてるぞ……』
中学生になって、私はときどき母さんがこんな風になることには別の意味があると思い当たった。それはつまり、私たちの年頃が急に関心を持つことだ。私は気づいた。あからさまな話ではあるけれど、つまりこれは夜のおねだりだと。
『……聞こえやしないわよ、それより竜児。今夜…ね?……』
母さんは、父さんにああやってサインを送っているのだ。そう思うと、私はちょっとだけ嫌な気分になった。大好きな父さんの横に立っているのは、やっぱり大好きな母さんなのだ。それなのに、まるで父さんの気を引こうとする知らない女の姿が見えるようで。
それはきっと、初めて自分が意識するようになった男と女の生々しい行為を重ねて見ていたせいだろう。
『……だから朝っぱらから甘えてるなって……』
あの子供っぽい顔の母さんと、実の子の目から見てもこわい顔の父さんが愛し合う姿をふと思い浮かべて、その生々しさに、どこに向けたらいいのかわからない嫌悪感を抱いたこともある。
『……いいじゃない、少しくらい……』
今年、私は高校2年生になった。男と女の愛にはいろいろな形があることや、家庭を持つことの意味について、中学生の時よりも少しは分かるようになった。今、奥の部屋で声をひそめて言葉を交わす二人のことも、以前よりは理解できると思う。
『……しょうがねぇ奴だなぁ……』
月に一度、母さんはひどく甘えんぼになる。
『……ふふふ……』
ガラス細工の人形のように華奢な体をパジャマに包んだ姿で父さんにすり寄り、大人の女の微笑みで視線をからみつかせているのだろう。男と女の匂い立つような空気が奥の部屋からゆっくりと広がってリビングまで入り込み、椅子や、テーブルや、私までも包み込む。
そしてこんなとき、聞く者の心臓をとろかすような声で母さんがそっと囁くことを、17歳になった私は知っている。
『私、竜児のとんかつ大好きよ』
毎月第二土曜日の晩は父さんが料理登板だ。
(お・し・ま・い)
>>117 GJ!面白いです!
しかし連日賑わってますなー
>>117 まじっすか!!
ソーセージじゃなかとですか?!
おもしろかったです。GJです。
逢坂大河は30歳になっていた。
一度は恋人みたいになったものの、すれ違いが重なって竜児とは別れてしまった。
竜児と別れた原因は、自分が他人の愛し方をわかっていなかったからだと思う。
言い訳ではないけれど、家庭で上手に愛されなかった自分は
生まれて初めての恋人を上手に愛せなかったのだと思う。
竜児と別れた直後は落ち込んだけれど、大河はきちんと立ち上がった。
逢坂大河の人生はタフな人生なのだから。
凸凹でも、何があっても、何度も立ち上がるのだ。
大河は今、小学校の先生として日々をすごしている。
竜児との出会いが、小学校の先生になるきっかけになった。
「あのころ、自分を助けてくれた竜児のように、
今度は自分が誰かの力になりたい。」
そう思って小学校の先生になった。
昔の自分のような寂しい子どもを助けられるように。
自分を孤独から救ってくれた竜児みたいになれるように。
竜児との出会いは本当に貴重な出会いだったと思う。
『友達として好き=人として好き=恋愛感情』
そういうことが、ちゃんと分からなかった高校時代。
うまく愛せなかった大学時代。
その時その時自分は全力だった。
だから、後悔はしたくない。
きっと、そういうことを積み重ねて、人は大人になっていくのだし。
ただもし、もう一度竜児に会えたら、あの時いえなかった
「ありがとう、好きだよ。」って伝えたいな。
そんな夢を見る大河30歳でした。ちゃんちゃん。
後姿だけだと、受け持ちの子どもの中に完全に埋もれてしまう
ちびっこ先生の大河をイメージしてみました。
お題 「取り戻した」「下さい」「大河」
「ごちそうさま、美味しかったー!」
「おう、そいつはよかった。お前がいない間にレパートリー増やしたからな、今度まとめて作ってやるよ」
「んふふ〜」
「おう? どうしたんだよ大河、ニヤニヤしちまって。そんなに新作料理が楽しみか?」
「馬鹿、違うわよこの鈍感犬。竜児のご飯食べて、やっと『あの頃』を取り戻したんだなぁ……って実感してたんじゃないの」
「お、おう、そうか、すまねえ。……っとそうだ、取り戻すって言えば……大河、ちょっとこっちこい」
「ん?」
手招かれるまま竜児の部屋に入った大河が見たのは、その一角に積まれたダンボールの山。
「……何これ?」
「何って、お前の私物だ。服に食器に教科書ノートエトセトラ、あと学校のロッカーに置きっぱなしだったやつ。さすがに家具や大型家電は無理だったけどな」
「え?なに、まさかわざわざこっち持ってきて取っておいたわけ?」
「おう。そのまま放置して業者に処分されちまうのはMOTTAINAIじゃねえか」
「は〜……あんたのその貧乏人根性には呆れるわね……」
「気配りとエコ精神と言え」
「はいはい。でも、ま、ありがと。……ん?服ってことは、ひょっとして下着も?」
「おう、そりゃ当然」
「それじゃ竜児、あんたまさか、私のぱ、ぱん……」
「い、いや、そういうのは泰子にやってもらったから」
「あ、そうなんだ、よかった……」
「で、こいつをどうする?」
「そうね……ノートとかそのへんは今日持って帰る。タオル類で未開封のやつは竜児にあげる」
「え?いいのかよ?」
「うん、どうせ使わないもの。食器で気に入ったのあればそれもあげるわ。残りはおいおい持って帰るとして……問題は服よね」
「おう?服がどうかしたのか?」
「新しい家もそれなりに広いんだけどね……さすがに前と同じ量入るだけの収納は無いのよ、私の部屋だけじゃ」
「おう……それならお気に入りのやつだけ残して、あとはリサイクルショップにでも持って行くのがいいんじゃねえかな。靴やバッグも」
「えー?」
「何だよ、不満そうだな」
「だって、自分の着てた服が見ず知らずの誰かの物になるって何か嫌じゃない?」
「そうか?」
「脂ぎったオヤジとかが、『どうせなら洗濯前のやつを下さい』なんて言ったりして……うわキモっ!」
「大河……それはなんか違う店だ」
「あら、そう? あー、でも竜児なら私の古着でハァハァしてても許せるかも。なんだったら一通り着て匂いつけてあげようか?」
「しねえよ!そんな変態じゃねえよ! まったくお前は…………
ま、時間はあるんだし、慌ててどうにかする必要もねえか。と、あとこいつな」
言って竜児が手にしたのは、ベッドの横に立てかけてあった木刀と、枕元に置いてあった小さな虎のぬいぐるみ。
「あ、それ……」
「スペース的にこいつらだけ箱に入らなくてさ、特にぬいぐるみは隙間に無理矢理押し込むのもなんかしのびなかったから」
大河は受け取ったそれらをじっと見つめて。
「で、竜児はコレで私を思い出してはハァハァ……」
「しねえっての!いい加減その発想から離れろ!」
竜児の叫びはスルーして、大河はぬいぐるみに頬をすりすり。
「あ〜……やっぱ気持ちいい、癒される〜……」
腹にもふもふ、耳をはむはむ、さらには口元にちゅっと。
「おうっ!?」
「竜児、どうかした?」
「い、いや……何でもねえ」
「そう?なんか顔赤いけど?」
大河妊娠
規制解除。はあ…疲れた…。 ↑の件だがあれを盗んだ奴って一体?
そんなレアものでもないはずなのに…。俺は盗みに入ったとしても盗らんなwww
強いて言えば「あ、こいつもとらドラ!ファンなんだ…。」で終わりだと思う。
125 :
代理:2010/07/16(金) 18:18:34 ID:nAedKW6G0
252 : ◆fDszcniTtk:2010/07/16(金) 08:08:56 ID:P4vHwVSM
サントラからの連作の最後は「優しさの足音」
第一話の冒頭シーンで流れる、その名の通り優しい曲。とらドラ!のテーマ曲として推したい。
ちなみに気分がへこむ時には繰り返し聞いていたりする。
126 :
代理:2010/07/16(金) 18:19:58 ID:nAedKW6G0
253 :優しさの足音 ◆fDszcniTtk:2010/07/16(金) 08:09:34 ID:P4vHwVSM
「母さん、ご飯もうすぐできるよ」
卵焼きを並べた皿をちゃぶ台に置きながら、母親に声をかける。それほど早起きじゃないのだけどれど、冬の朝は日が出るのも遅い。まだ、外は暗い。台所の弱々しい蛍光灯がついているだけの家の中も暗くて寒い。吐く息は白く、水は切れるほど冷たい。
もう少ししたら空も明るくなって、そうしたら南側の窓から朝の柔らかい光がこの小さな借家を満たすだろう。スリッパを脱いで歩く畳も、すこしだけ暖かくなるだろう。
「母さん!早く起きてよ」
味噌汁を並べ、ご飯をよそった茶碗をちゃぶ台においても、まだ母親は起きてこない。台所で急須と湯呑をお盆に載せながら、少年は白いため息をつく。
父親のいないこの家では、母親…高須泰子…が働いて家計を稼いでいる。物心ついたときから、外で働きながら自分の世話をしている母親をみていた少年…高須竜児…は、小学校中学年のころには、すでに台所に立つようになっていた。
泰子はそんなことはしなくてもいいと言ったが、子供から見ても泰子は働きすぎだったし、なにしろ体を壊したこともあった。だから、せめて朝の準備だけでも、と始めたのだった。
始めのころはぎこちなかった家事の腕前だが、2年ほどだった今では、すこしは手際も良くなっている。
「母さん、起きてよ、母さんてば。あーもう。泰子!起きろ!」
ふすまを開けて酒と化粧品の匂いが充満する母親の部屋に入り、寝ている泰子を揺さぶる。
「んーん、竜ちゃぁん、もうちょっと寝かせてぇ」
うつぶせに枕を抱えて丸まっている泰子を見ながら、竜児はため息をつく。帰りの遅い、というか毎日の仕事が朝帰りである泰子は、寝るのも朝4時とか5時だ。だから朝ご飯抜きでゆっくり寝ればいいと思うのだが、本人は『朝ご飯は一緒に食べる』と言い張ってきかない。
本人が起こしてくれと言っているから無理に起こしているのだ。しかし、決して寝起きのよくない泰子の姿を見て、竜児は毎朝のように起こすのをためらっている。
「じゃぁ、冷蔵庫に入れとくから暖めて食べてよ」
「だめぇ。一緒に食べる」
「どうするんだよぉ。早く決めてよ遅刻しちゃうよ」
「竜ちゃん起こしてぇ。一人じゃ起きられない」
蒲団の上でぐずる泰子の手を引っ張って無理やり起こす。女として一番美しい盛りのはずの体を覆うのは、ディスカウント・ショップで買った980円激安ジャージ。並みの男なら触れるのをためらうようなしどけない姿も、実の息子には何の効力もない。
座り込んだまま再び夢の中に落ちてしまいそうな母親の柔らかい体をゆすって立たせ、あくびをしている後ろから牛を追い立てるように洗面所まで押して歩いて顔を洗わせる。
皮膚が切れるように冷たい水に声を上げ、ようやく目が覚めた泰子をせかして今度は食卓に着かせると、やっと朝ご飯を食べられる。
だいたい毎朝こんな感じだ。
「いただきます」
「いただきマンモス!わー、今日もおいしそうにできたねぇ。竜ちゃんはどんどんお料理が上手になるねぇ」
「うん、毎日やってるからね」
そう、今日だけではなく毎朝ご飯は竜児が作っている。いつも通りの朝だ。だからいつもどおりの返事だったはずなのだが、何かがいつもと違ったらしい。目の前の泰子は小首をかしげて竜児の顔を見ている。
「おやぁ、元気ないなあ。どうしたのかな、友達と喧嘩した?」
「元気だし喧嘩なんかしないよ」
していないどころか、したことももない。痛くもない腹を探られたようで、竜児はちょっとぶっきらぼうに答えて見せる。
竜児は小学校に入るころには、自分の気持ちを殺して人に接するすべを覚えていた。そうしないと、友達から仲良くしてもらえないことを、身をもって学んでいた。竜児は、誰よりもよい子でなければ友達になってもらえない。母親しかいなくて、しかもその母親は水商売だから。
127 :
代理:2010/07/16(金) 18:23:06 ID:nAedKW6G0
254 :優しさの足音 ◆fDszcniTtk:2010/07/16(金) 08:10:11 ID:P4vHwVSM
「じゃぁ、早起きがいやになっちゃったかな。ごめんねぇ。いつもご飯作ってもらって。明日からやっちゃんがつくってあげるからね」
「ちがうよ、そんなんじゃないって」
本当にそんなんじゃない。むしろ朝起きて、早親に朝ご飯を用意することは、小学5年生の竜児自身にとって必要なことになっていた。だって、ご飯を作っている間は、自分はこの家にいてもいいのだと信じることができる。
物心ついて一度も、竜児は父親の顔を見たことがない。母親からは一枚写真を見せてもらっただけで、その写真には母親と、テレビなら出た瞬間に犯人とわかる顔をした男の人が笑って写っていた。
父親についてその他に知っていることは、ぜんぶ母親の泰子から聞いたことだった。今では、ひょっとすると生まれたときには父親はいなかったんじゃないかと思っている。
ずっと泰子と二人っきりだった竜児は、大きくなるにつれて、託児所の大人たちの会話から、学校の友達の会話から、テレビから、すこしずつ外のことを知るようになった。この世には田舎というところがあって、そこには、おじいちゃん、おばあちゃんとよばれる大人がいること、
彼らは子供にやさしいこと、お年玉をもらえること、おもちゃを買ってくれること。泰子の仕事は水商売と言われていて、テレビではあまりかっこよくない役であること、友達のお母さんはみんな水商売が嫌いであること。
友達のお母さんは、みんな泰子より10歳も年上であること。
知ってしまったこの世界のことは、小学生である竜児にはあまりにも重かった。たぶん、同じような境遇の子供はたくさんいるのだろう。母親が一人で育てている子供なんてたくさんいるに違いない。自分だけがつらい目にあっているわけじゃない。
そう思った。だからといって、そのことを忘れてしまうには、あまりにも竜児は気まじめな子供だった。
泰子はたった16歳で自分を産み、一人で育てきたらしい。それは竜児にとって恐るべきことだった。なにしろ、この気が遠くなるような広い世界でたった一人、頼れるのは泰子だけなのだ。泰子以外に、お父さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんも、誰も、
竜児を育ててくれそうな大人なんか知らなかった。そしてもし、泰子が「もう、やめた。こんな子はいらない」と一度でも思っていたら、きっとそこで竜児の人生は終わっていたのだった。
泰子のことは大好きだ。だが、大好きである以上に、必要だった。泰子が今日竜児の前から消えたら、竜児も明日にはこの世界から消えるのかもしれなかった。ずっと前から『お母さんが死んじゃったらどうしよう』という漠然とした恐怖に震えていた竜児にとって、
『もし、泰子に嫌われたら』という想像は、二つ目の生死に関わる恐怖になった。
だから、竜児は家でもよい子であろうとした。小学生なりの真剣さで泰子を助け、『竜ちゃんなんかいらない』と言われないように頑張った。そんなことは考えすぎで、ひょっとすると学校の友達と同じように毎日遊んでいても大丈夫かもしれないとも思ったが、
そう考えても時たま沸き起こる不安は消えなかった。
だから、料理をすることなんて全然苦じゃない。料理をしていれば、竜児はいらない子にならずに済む。『竜ちゃんなんかいらない』と言われずにすむ。
128 :
代理:2010/07/16(金) 18:24:14 ID:nAedKW6G0
それに本当のところ、ちょっとおもしろいなとも思っていたのだ。初めは見よう見まねだった料理も、やがて献立を自分で考え、食材を買うようになると、こんどは泰子の収入と突き合わせて値段のことまで考えるようになった。工夫すると、
少ないお金でもそこそこのご飯を作ることができた。楽しいと思った。そのうち晩ご飯も作ろうと思っている。
そういうわけで、竜児は一所懸命泰子を助け、いい子であり続けている。しかし、それでも不安はなくならなかった。漠然とした不安が時折思い出したように竜児を悩ませた。やがて大きくなったら、こんな不安にも勝てる強い大人になれるのだろうか、とそんなことを考える。
とはいえ、今日はそんな不安は一度も感じていない。不安といっても、時折心の隅に浮かぶだけなのだ。だから泰子が感じ取った何かは純粋にカンチガイなのだが、それでも正確に竜児の気持ちの真ん中を貫いていた。
泰子の問いかけに「全然なんともないよ」と振り払えなかったのは、それが理由だ。
「じゃぁ、竜ちゃんはどうしちゃったのかな。テストの成績わるかった?」
「昨日見せたじゃない。100点だったでしょ」
竜児はいい子でなければならないから、勉強だってしている。
「そっかぁ、竜ちゃん偉いっ!じゃぁ、いたずらして先生におこられちゃったか?」
「いたずらなんかしないよ」
いたずらなんかしたこともない。先生や泰子の言いつけを守らない子はいけない子だ。
129 :
代理:2010/07/16(金) 18:25:01 ID:nAedKW6G0
255 :優しさの足音 ◆fDszcniTtk:2010/07/16(金) 08:10:54 ID:P4vHwVSM
「うーん、なんだろう。ああ、わかったぁ」
そういうと、優しい顔に泰子は満面の笑みを浮かべる。
「竜ちゃん、ガールフレンドほしいんでしょう」
「ええ?」
なんじゃそりゃ、と母親の斜め上具合に箸と茶碗を持ったまま脱力する。そんなものは別にほしくない。学校でも、男子と女子は別々のグループだ。男子と女子が並んで歩くのはかっこ悪いことだとみんな思っている。
「ガールフレンドなんかほしくないよ」
「ええぇ?どうしてぇ?ガールフレンドいいのにぃ」
「いいのにぃって、母さんガールフレンド持ったことないくせに」
「だってやっちゃんは女の子だったんだもん」
何が嬉しいのか偉そうに笑うと、泰子はにこにこしながら味噌汁を啜る。一口すすって、勝手に話を進める
「竜ちゃんは優しいからきっとかわいらしいガールフレンドができるよ」
「優しいのと可愛いのは関係ないよ」
「関係あるの!優しくておとなしい竜ちゃんには、元気でかわいいガールフレンドができるんだよ。でねぇ、竜ちゃんがぁ、その子を守ってあげるんだよ」
「元気なのに守ってあげるの?」
母親のばかばかしい妄想話を話半分に聞きながら食べていた竜児が箸を止める。
「そうだよぉ。男の子はぁ、女の子を守ってあげるの。女の子はみぃんなそんな男の子を待ってるんだよぉ」
父親に守ってもらえなかった母親は、にっこりと笑って竜児に噛んで含むように言う。
唐突に頭に浮かんだのは、真っ白なもやを背景に、大きくなった自分が小さな女の子を抱きしめている姿だった。ぼんやりとしたその想像の姿は、少しだけ竜児の気持ちを軽くした。自分が守ってあげるのを待っている女の子。自分を必要とする女の子。
そんな子があらわれたら、自分はここに居てもいいのか、などと悩まなくてもいいかもしれない。少なくとも一人、『あなたが必要』と言ってくれれば、竜児はこの世にいてもいい人間になれるはずだ。
「そんな女の子、いるのかなぁ」
ぽつり、とつぶやいた言葉を、泰子が拾う。
「いるんだよぉ。もうその子はこの世に生れていて、竜ちゃんと出会う日を待っていてるんだよぉ」
本当にそんなの女の子がいるのかどうか、まだ11歳の竜児にはよくわからない。
それでも、もしそんな子が現れたら、自分は強い大人になれるような気がした。
その子のために優しい気持ちになれるような気がした。
そんな女の子がいると考えるだけで、優しい日々が近づいてくる気がした。
二人が静かに暮らす部屋の南の窓から光が奪われ、そしてひどく騒々しいけれどまばゆい別の光が与えられるのは、ずっと先のこと。
まだ竜児も泰子も知らない先のこと。
(おしまい)
130 :
代理:2010/07/16(金) 18:26:05 ID:nAedKW6G0
256 : ◆fDszcniTtk:2010/07/16(金) 08:11:30 ID:P4vHwVSM
連作はこれでおしまい。コメントをくれた人、代理投稿してくれた人、本当にありがとう!
>>109 GJ!交換日記イイ!
食い意地張りすぎな大河に吹いたw
無自覚から自覚有りなラブ文へと変化していくわけですね、読みたい
>>114 新鮮な切り口。心が温まりました、GJ!
>>121 GJ!始終ニヤニヤw
うん、竜児は変態じゃない純情だなw
>>130 いいね、しっとり。二人の想いが伝わってくる
原作の、大河に出会って自分を出したり感情表現が豊かになっていく竜児が良かったなぁ
ってことを思い出した
連作&連日投下、本当に乙です。楽しませてもらいました!
火曜に終わりそうと言ってて、今さっきようやく終わったので残り投下します。
レス結構消費しそうです><;
あと、タイトルは決まったんですが、一番最後に添えようと思います。
それでは投下しますー。
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結局のところ、俺は卑怯者なのだ。
決められた、口に出されたものを全て本当だと決めつけて、
その前提が崩れることをいつも恐れてる。
今は、正直嫌いじゃない。
大河が居て、みんなが居て、馬鹿騒ぎをして、笑いあって。
けど、次の日に来るのは「明日」で、季節は変わる、旬の素材も変わる。
そんで、俺や大河の気持ちだって、口に出された真実だって、変わっていく。
それに打ちのめされるんじゃ、しょうがない。
気持ちが変わるなら、俺たちも変わらなきゃいけない。
竜が虎に並ぶために、それが必要なら当然だと、俺はそう思うのだ。
泰子の飯を用意して、その傍らで別な下ごしらえをする。
泰子は怪訝な顔していたが、大河は調子が悪いので、向こうで飯作って食わせてやると言っておいた。
調子が悪いのも、向こうで飯作るのも本当なので別に嘘じゃない。
エントランスももう見慣れたもので、エレベーターで手早く二階へ上がる。
意味もなく広く、長い廊下の先には、ろくに生活には使われてない逢坂大河の部屋がある。
ひとつ、深呼吸をする。じっとりと汗が頬を伝う。インターホンの前の震える右手を、無理やりに押し出す。
ピンポーン、と軽快な電子音が響く。
反応はない。もう一度押す、反応はない。10秒ほど間を置いて、更に押す、反応はない。
深く深く、溜息。いや、想定内だ。とにかく早くしないと肉がどんどんダメになる、ダメになってしまうから、ドアノブに手をかけ、捻る。
ドアはその重さ以外に抵抗することなく開いた。…戸締まりくらいしろよな。
決して大きくはない声で入るぞ、と俺は言うと、逢坂家のドアをくぐる。
逢坂家とは言っても、ここに立ち入る人はあいつと、俺くらいしかいないみたいだが。
だだっ広いリビングは相変わらずの殺風景。
品の良い調度が揃うが、そのどれもに生活感があまり感じられない。
それもそうか、と俺は薄く笑い、首を振る。
どうでもいい感傷もそこそこに、エコバッグに詰めた食材をアイランドキッチンに次々並べる。
とりあえずは作ろう。
あいつが美味いと言う飯を。
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「生きてたか」
私は、何をみているのだろうか。
竜児が私の家のキッチンに居て、どうやらご飯の用意をしてるらしかった。
どうして、どうして、どうして。
「何しに来たのよ。っていうか、どっから入って来たのよ」
顔を伏せる。ダメだ。今はきっと酷い顔をしている。
「玄関から。鍵くらい閉めろ。不用心だぞ」
小さく聞こえる包丁の音は、いつもと同じリズムで。
それに安心する自分が居る。
それがまた苦しくて、伏せた顔の上で、眉根に力が篭る。
「…だから、何しにきたのよ」
「飯を食いに来ないから、作りに来た。それとまあ、用事があってな」
「私はあんたの顔見たくない」
違う。でも、見ることはできない。
それを見ようとする勇気は、私にはないから。
「…俺は、そうでもない。あと、俺の用事は別にお前が俺の顔見なくても済む」
「なによ…用事って」
おなかが、ぐうと鳴る。私のおなかの音だ。
「顔洗って来い。どうせ昨日から何も食ってないんだろ。もう飯出来るから、少し待ってろ」
見上げた視線の先の竜児はいつもと同じように、笑っていた。
格好のつかない私を、笑っていた。いや、多分、笑ってくれた。
ああ、どうしてあんたはそんなに優しいのよ。
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「ご飯、ここで食べてくの」
幾分かさっぱり、とは言えないまでも、覚醒をした大河は、裸足でぺたぺたとフローリングの床を歩き、食卓に着く。
視線は一度上げただけで、こっちを見ようとはしない。
「ああ、そのつもりだ。用事を済ませるには、こっちのが俺が都合がいい」
そう、と小さく大河が呟く。ヒステリーを起こす元気は、多分ないのだろう。
昨日から何も食ってないんじゃ、仕方がない。目の前に自慢の豚カツを並べてやる。
二人でいつもより随分小さな声で、いただきます、と言って、会話のない食事を始める。
これが終わったら、言う。俺は、言うのだ。
「それで、用事って何よ…」
食事も済み、洗い物も終わった。
そうだ、あとは俺の用事だけなのだ。
大河の言葉からたっぷり、5秒はあっただろうか。いや、もっとあったかも知れない。
俺は錆びた金属が組み合わさったみたいに固くなった口を、やっとの思いで開く。
「…まあ、昨日の話の続きだ」
これ以上、静かになる筈のない部屋の音がすっとまた、小さくなった気がする。
大河は、その続きを促さない、体を小さくしているだけだった。
「お前が俺のことを好きって言ったらだったな。俺は嫌じゃない、というかむしろ、嬉しい」
そりゃ、大河は美少女だから――
そんなことではない。知ってるぞ。俺は知ってるんだ。
「なぜなら俺はお前のことが好きだからだ」
限界まで静まり返った部屋に、どこからとなく音が灯る。
それは多分、二人分の心音なんじゃないかと、俺は思う。
顔を手で覆う。ダメだ、きっと。今は酷い顔をしている。
「嘘。機嫌取りに軽々しくそんなこと言わないでよ」
「お前には俺が軽々しくそんなこと言う奴に見えるか?」
「嘘よ。大体、みのりんのことは」
「それは、やめた。俺はお前のこと方が好きだからな」
俺にとって大切なものは、櫛枝よりも――。
「なにその冗談、面白くない」
目の前のお前なのだから。
「どうしたら信じる」
「…」
「大体、それを言ったら昨日のお前だって、北村のことはどうした」
「…あれは…冗談だもん」
「俺の知ってる逢坂大河はあんな冗談は言ったりしないし、冗談だったらいきなり怒ったりはしない」
本当に冗談だったら、こいつはこんなに不貞腐れない。
そりゃ勿論、俺の推測かもしれないし、俺の「願望」かも知れない。
だがそんなもん、知ったことか。
今の俺は、逢坂大河が好きなのだ。
「もう一度言う、どうしたら信じる」
視線が、正面からぶつかる。
大河はどこか諦めたように、投げやりにそれを言った。
「じゃあ、キスして」
多分その時、俺の心臓はとんでもない速度で鼓動していて。
おそらくはこいつ――大河、逢坂大河の性で、俺の寿命は相当に縮んでいて。
その責任を少しは持ってもらおうじゃないかと、馬鹿みたいなことを考えていたと思う。
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世界が一瞬にして変わった。
誰にも求められず、愛されず、傍らに人は居ない、孤独な孤独な手乗りタイガー。
誰の手にも乗れやしないのに。何かを追い求める一方で、ずっとそんな風に諦めていた。
だってそれが生きるってことでしょう?辛くて辛くて堪らなくて、けどその愚痴さえ零す場所はない。
けど、そうか、それは違ったみたい。
世界は変わるんだ。
私がいつまでも独りだって、そんなのだって、変わっていくことの一つでしかない。
「これで、信じるんだな?」
「…うそ」
目の前には、見たこと無い程顔を赤くする竜児が居て。
大きくて、ガサガサした肌の、見慣れた大きな手は、それぞれ私の肩を掴んでいるのだ。
思いつきのように呟いた言葉に、竜児は何を思ったのか、早口でまくし立てる。
当然だけど、全く私の頭には入らないのだ。
「――これでお前が納得するかどうかは俺にはわからねえし、はっきり言って興味がない。
俺がお前が好きという根拠は、いつもお前のことを考えてるからだ」
「竜児は、私がすき、なの?」
どうにかようやく、なんとかして言葉を搾り出す。
「ああそうだ」
竜児がさっきからずっとぶっきらぼうなのは、
「ほんとに?」
きっと恥ずかしいからで、
「何回信じろといえば済むんだ」
それはつまりやっぱり、
「夢じゃない?」
竜児が私のことを好きというのは、
「頬をつねれば答えは出る」
そう、紛れも無い現実で、
「…いたい」
おそらくは今、私の望んだものが、もう手が届くところにあって、
「そういうことだ」
竜児は多分、今必死に私に手を伸ばしている――。
「…お前はどうなんだ」
相変わらず頬を染めたまま、竜児は少しだけ躊躇いがちに言った。
「…レディーに、言わせないでよ」
半歩だけ踏み出して、竜児の胸に顔を埋める。
恐る恐る、抱きついてみる。
竜児の心臓と、私の心臓がどっちもどくどくと音がするのを感じた。
「そういうことを言うと、俺の好きに解釈するぞ」
「竜児なら、構わないわよ」
だって私は、あなたが好きなのだから。
「…やっと笑ったな。俺、お前が笑ってる顔、結構好きだぞ」
「へへっ」
濡れた頬を伝って、涙がするりと零れていく。
悲しい成分が全部溶けて、涙を通して抜けていって。
悲しい気持ちの分が全て、嬉しい気持ちにとって変わっていった。
=======================================
意味もなく広い部屋の、殆ど使われない、それこそやはり意味もなく大きなソファー。
こんなに広いのにそんなにくっついたって、何の意味もない。
それはそうかもしれない。全ての人から二人引いたくらいの人数が、そう思うかもしれない。
それでも引かれた二人――虎と竜には、こんなに広い部屋の、分不相応な大きさのソファーで、
まるでそこが六畳一間かのようのにくっついてるのは、それはとても大きな意味があって。
少しだけ早足の世界で、竜児と大河は、その存在を確かめるためにただただ、身を寄せる。
これから二人を待ち受ける出来事なんて、誰にも知ることは出来ない、けれど――
もしも今の二人を見ることが叶えば、どんな出来事も、なんとかなっていくのだろう、そういう風に思える「何か」がきっとここにはあるのだろう。
多分僕らは、それを信じて、望んで、願っているのだろう。
――おわり。
というわけで「早足で君の方へ」これで終わりですー。
読んでくれた方ありがとうございます!
きっかけとしては、単純に「もっと早くふたりくっつかないかな」という想像から、
一番くっつくのが無難な時期をピックアップして書いてみました。
今後はこれをベースにしたりしなかったりで、またSS書いて見たいですね!
とらドラSSは初めて最後まで書きましたが、本当に楽しかったなー
みんなgj。楽しく読めました。
皆さん上手ですなあ・・・・GJ!
143 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/16(金) 23:51:22 ID:0SBXMSCK0
素晴しい・・・涙が出そうだ!!
皆様、超超超GJ!!
このスレ知っててよかったなぁ。
早く幸せになれて何よりです。美味しく頂きました。ありがとうございました。
コメ書いてる傍から、次々と投下が! 幸せすぎて死んでしまいそうなんだが…
>>109 オリジナルな展開がイイ! 大河面白すぎ!
しかめっつらで鉛筆を走らせる大河と、それを微笑みながら読んでいる竜児の姿が浮かぶわ
> 第二次手乗りタイガー暴走事件及びデレ事件
見てみたい。特に後者。
>>114 大河らしいw 実はこんな人達が大河のことをひそかに、暖かく見守ってくれてたんじゃないかと
思う、真打が登場するその日まで・・・
>>117 曲のタイトルからオチがあるのは分かっているのにドキドキした。なんですかこの湿り気を帯びたお話しはwww
>>120 そして、もう一度竜児(当然未婚)と出会い、今度はちゃんと気持ちを伝えるんですね、分かります。
大河先生の前では悪さはできねぇなw
>>121 高須君! 実はちょっとだけ、ぬいぐるみにはむはむしてたろー、吐け〜、吐くんだ〜
>>130 あの優しい曲に、そうきたか〜。切なさで泣きそうになったけど、先には光があるのが分かっているから大丈夫。
もっとやっちゃんを信じていいんだぜ、竜児。
連日の投下、本当に乙でした。自在な筆捌き、感服です。 代理の方も有難う!
>>140 一度は「嘘」と言い放つ大河がリアル。
「好き」という言葉に込められた想いが伝わる話しでした。
お互いもう少し自分の気持ちに素直だったら、あったかもね。ほんっとうにGJでした!
また是非書いてみてくだされ〜
>>147 主はイラストまで書けるのか! …無敵だな
頂いておこう!
おおお、プロっぽいなw
アマアマ本を出してくれ!
絶対買うから!
ぬわーコメント色々ありがとうございます!めっさ嬉しいです。
実はSSはまるっきり趣味で、絵はそうでもなかったり…。
最近ようやく小説本編読み終わったもので、気持ち的に勝手に盛り上がって一気に書いてました。
そろそろ次の投下まで、名無しに戻ります。
読んでくれた方、ありがとうございましたー!
保管庫の更新って止まってるの?
>>154 215 名前:まとめ人 ◆SRBwYxZ8yY 投稿日:2010/06/26(土) 01:19:13 [ ??? ]
ウオおオオ仕事が忙しすぎてまとめが進まねええエエエ
スミマセン 生きておりますので、まとめサイトの更新はもうしばらくお待ち下さい…
とのことなんで焦らずに待つべし。
神様、仏様、まとめ人様。
お仕事お疲れ様です。
>>155 そんなことになってたとは…
普段保管庫しか覗かないから知らんかった
いつまでもお待ちしてますゆえ
>>90 楽しく始まってしんみり終わるのが「花火」と合っててイイな
>>94 大河の食欲の強さには呆れるを通り越してk(イッパイタベテイイヨ
>>100 仲良く喧嘩しな♪を地で行ってる二人と、それを遠くから怖々観察してる2-Cメンバーが楽しいw
>>109 竜児だけ真面目に日記書いてるのが笑えるwwかくれんぼのくだりが可愛くて萌えた
>>114 竜児と出会う前の大河にも"見ている誰か"が居てくれたなら少しは救われるかも
>>117 ちくしょー期待させやがってえええ!!もちろん別のお肉も大好きですよね!?
>>120 社会貢献する大河ステキ 学校の先生になりそうって意見たまに見るな
>>121 大河の思考が変態寄りwwwそれとも竜児に変態であって欲しいという願望…か?w
>>130 竜児はこうやってアイデンティティ固めていったんだろうな
勘の良いやっちゃんは大河と出会うことに確信を持ってそう サントラ連作、楽しませてもらいました!
>>140 もし、とらドラ!が4巻くらいで終わるならこんな感じかな
押せ押せ気味の竜児がすぐにでも大河を食ってしまいそうw完結乙でした!
>>arl HyperGJ!!!!!!!
そろそろ濃厚なギシアンが必要だ
よし、試験前だがギシアンを投下
7/16
「大河?俺と泰子と一緒にじいちゃんの家に行くか?なんでも泰子が帰省休暇をもらったらしい。
幸いお好み焼屋の方は人が足りているらしくてな。」
「うん、行くよ。あの時にお世話になったしね。」
帰省当日の夜。
「ふー、いいお風呂だった〜、って何で同じ部屋に蒲団が2枚敷いててあるんだ?」
「なんでもおばあちゃんが『どうせもう結婚しているんだから…』って、後『つけるべきものはつけなきゃダメよ。』って。」
と大河が出してきたのはタバコの箱のサイズとほぼ同じモノ…
「はあ〜、ほんとに天然なところは泰子と似ているというか…、何というか。」
そう、つぶやいていると小さい虎が上目遣いで…
「ねえ、せっかくだからしよ、おばあちゃんの好意がMOTTAINAIから。」
プツンと何かが切れた音が竜児の頭の中でした…。
「大河、そうするか?」
「だからさっきから言ってんじゃない…。」
そして高須棒にモノを装着完了
「じゃあ、いくぞ…。」
「うん…、いいよ。あっ、竜児、らめええええええ。」
ギシギシアンアンギシギシアンアンギシギシアンアンギシギシアンアン
ギシギシアンアンギシギシアンアンギシギシアンアンギシギシアンアン
いや、もうなんかみなさんの良いSSの流れを止めるような真似してスミマセン…。
>>160 まさにこのスレの伝統♪
久々ですが、長編で。
パラレル的なストーリーです。取り敢えず4スレ程。
故人曰く、後悔先に立たず。
「き、北村くんっ……!!」
怪しくギラつく、鋭い眼光。学友のみならず初対面の人に一様に畏敬と驚愕を持って受け入れられているその三白眼。
高須竜児は、正に今その言葉を噛み締めている。
普段誰も近づかない、およそ用事が見当たらない校舎裏に歩いて行く友人『北村祐作』が気になり、声をかけようと近づいた。
それだけだったのに。
人気の無い校舎裏。恐らく呼び出したのは友人の向かいに立つ、声からすると女の子。
このシチュエーションはいわゆるそういうアレである事は容易に察しが付く。
バッ、と考えるより早く、校舎の陰に身を潜め、見つからないよう恐る恐る覗き込む。
相手の顔は木の影になりよく見えない。よく見えないが―――あの身長。見覚えが、ある。
(あ、あ、逢坂…?う、ウソだろ…?あの「手乗りタイガー」が北村に!??)
予想だにしなかった展開…いやいや待て、と竜児は思い起こす。
新学期にクラスメイトになってまだ3日だが、竜児はクラスでは殆ど北村と行動を共にしていた。
2・3度話をした時の逢坂の表情・態度。あの不自然な(というか奇矯な)行動や言動。
(やたらと俺に噛み付いて来たのは、北村への照れ隠し…だったのか?)
竜児はようやく合点がいった気がした。
(だとしたら…なんちゅう不器用なヤツ。)
結果、北村にも無愛想に接してしまって。
ドジだな、と知り合って僅かな『逢坂大河』の事を思い返した。
「わた、私、北村君が…あの、そのっ、北村君を……ええと!」
いけない。ここに居てはいけない。これは―――人として、立ち聞きして良い話ではない。
竜児は気付かれないように気を配りながら、校舎裏を後にした。
翌日、逢坂の席は空席だった。
腰辺りまで伸びる栗色の長い髪。ガラス細工のような大きな瞳とそれを和らげるような長い睫毛。華奢ですらりとした四肢。
「人形のような」という形容が当てはまるこの小柄な少女――逢坂大河――はしかし、その可憐な容姿とは不釣合いにつまらなそうに、その大きな瞳を閉じ薔薇色の透き通るような口元を歪ませて、細く滑らかなその手に握られた箸の動きを止めた。
「はぁ…。」
溜め息。我ながら鬱陶しい。煩わしい。私の目の前でそんな事したら、そいつを蹴り殺してやりたくなる。
そう思いながらも無意識に口をつくが故に溜息なのではあるが。
しかし、そう大河が思うのも無理からぬ所。このキッチンはそうさせるに十分の惨状だ。もう片付ける気にもならない。
「っぶしゅん!」
食べかけの弁当をゴミ箱に、飲みかけのペットボトルをシンクの中に放り込む。
そこはもう殆ど入り込む余地も無いほど皿やどんぶりやグラス、弁当の容器などが詰め込まれ異臭を放ち、至る所が黒ずみ汚れ、もはやシステムキッチンはシステムキッチンの役割を果たしていない。
高校生で一人暮らしの身の上としては『超』が付くほどの高級マンションにおよそ不釣合いなその有様に、思わず顔が歪む。
いっそ全部纏めて捨ててやろうか、とも思うがそれも面倒で。
結局、今日もそのまま放置。
(…何が『DX幕の内』よ。全然美味しくないじゃない…。)
駅前のお弁当屋が潰れたのは痛かった、と大河は心の中で呟いた。
コンビニのカップラーメンも弁当もパンも、いいかげんに飽きてきてしまった。
どれだけお腹が減っても食欲がわかない。やる気もわかない。何にもする気がしない。
親友の櫛枝実乃梨が勤める近くのファミレスにでも行こうか、と思い時計に目をやると、夜9時を回ったところ。
生憎と既に上がってしまっている時間だった。結局行く気も削がれてしまい、お腹は決して満足してはいないが、断念する。
プリンでも一緒に買っておけば良かった、と思ってみてももう一度コンビニに向かう気にもなれず、大河はさっさと寝てしまおうという結論に達する。
(…シャワー、浴びてこよ…。)
シャワーで汗を流し、バスタオルで髪を乾かしながら部屋に向かうと、妙に肌寒い風が湯上りの頬を撫でた。
「窓…開けっ放しだった。」
せっかくのセキュリティーシステムもこれでは意味がない。頭をガシガシとタオルでこすりながら窓に近づいていく。
丁度目の前のオンボロアパートの、申し訳程度に作られたベランダに人影が覗いた。
わずかに高いこちらの窓から見下ろすその姿は一見して青年男性のそれながら、まるで主婦のように洗濯機の前で手際よく動いている。
――――ふ、と。
大河の視線に気が付いたのか、その人影がこちらを見上げ、視線が重なる。
「「あ。」」
加えて第一声も重なった。
そこには、異様なほど鋭利に研ぎ澄まされた怪しくギラつく三白眼―――――。
「げっ…。」
「げっ、て何よ?」
まるで地の底から唸る様な抑圧の無い低い声と、猛獣のような目つきで竜児を見下ろす大河。
何となく後ろ暗さもあって、逢坂の圧力は竜児を萎縮させるには十分だったが、たたらを踏みそうになるのをこらえ辛うじて平静を装った。
今日学校を休んでいたが、やはりというか、どこか悪いという感じではない。
実乃梨曰く「遅刻はあっても休むのは珍しい」との事で、竜児なりに心配はしていたのだ。恐らくは――上手くいかなかったのだろう、と。
だからと言って北村に「どうだった」などと問いただすなんて事が出来るはずも無く、結局そのまま一日が過ぎてしまった。
北村は特別態度には表さなかった。どことなく元気が無いように見えるのも、自分がそういう目で見ているからだろう、と竜児は思うことにした。
「まさかアンタが隣に住んでたなんてね………。」
「ああ、偶然ってのは恐ろしい。まさか我が家の日照不足の根源が逢坂の家だったなんてな。」
「知るか。アンタまさかストーカーじゃないでしょうね………ああヤだ。」
胸元を隠すか弱さを思わせる仕草とは対照的に、その表情には攻撃性がありあり。
まさしく「手乗りタイガー」。誰がつけたか、見事にその名は体を現していた。
「ああ、そうですか……。」
がっくりとうな垂れつつ、相変わらずの攻撃性に逆に少しホッとしてもいた。
ならいいか、と半ば自身の不名誉の件は諦めて肩を落としながら部屋に戻ろうとして居間の窓を開けると、夕飯のカレーの香ばしい匂いが漂ってくる。
グギュルグルルルルゥゥゥ〜。
「「……………。」」
始業式の日のデジャヴを感じていた。
―――2日前。始業式のため午前だけで終了し、放課後。
(進路調査票、か…。)
春休み明け、新学期早々提出が義務付けられていたその紙に、竜児は未だ筆を走らす事が出来ずにいた。
この学校は基本的には進学校で、就職する人間は皆無である。そういう環境が出来ていないのだ。
大学・短大・浪人・進路未定等々あっても、就職斡旋は基本行っていない。だからこそ、竜児は悩んでいた。
(やっぱり、せめてバイトでもした方がいいか。しかし泰子は反対するしな…。)
考えると足取りも重くなるが、取りあえずは帰路につく為に、鞄を取りに教室に戻る。丁度曲がり角で北村と鉢合わせる。向かう先は同じく教室らしい。
「おう、高須。どうしたんだ?職員室に用事だったのか?」
「北村か。いや、進路相談…ってとこだな。」
「ん?なんだ高須。進路で悩んでいるのか?」
ガララ。
グギュルグルルルルゥゥゥ〜。
教室の扉を開ける音と、「その」音は正確に重なった。
一瞬、何の音か分からなかった竜児たちだが、教室のほぼ中央、机に突っ伏す大河を見てその発信源を理解する。
「「……」」
沈黙。教室には部活動に勤しむ生徒達の掛け声だけが響いていた。それを破ったのは、逢坂だった。
ぐわっ!!!!と身を起こし、真っ赤な顔をして竜児の方に物凄い視線を送っている。その圧迫感、威圧感はまさしく殺気。
気の弱いやつなら目を背ける事間違いない。そう、竜児のような。そして、同時に悟るのだ。
こいつは、本物だ―――と。
だが、そう悟りながらもう一つの、大河の送っている「あんたは何も聞いてなかった」―――という暗黙の了解を促す魂の叫び?は悟る事が出来ていなかった。
大河の発する威圧に冷静さを欠いていたのかもしれない。
とは言っても、目があってしまった以上素知らぬふりをして行く事も憚られ、やむなく
「よ、よう。……腹、減ってるのか?」
よりにもよって、恐らく本人が最も触れて欲しくないであろう部分に触れてしまった。
その事を竜児が後悔するのは、顔を伏したままツカツカと歩み寄ってくる大河の小さく華奢な肩が小刻みに震えていたのに気付いたのと同時だった。
「わ・す・れ・ろ・この鈍感馬鹿がぁーーーーーー!!!!!!」
その小さな拳から放たれた一撃は、鮮やかに竜児のみぞおちにクリーンヒットしていた。
「お、お前……いきなり…………無茶苦茶…。俺が何を…した………。」
「うるさい。」
がくっ、と膝をつきそうになるのを、辛うじて教室の廊下側の窓枠に捕まって堪える。
「た、高須…大丈夫か?」
「へ?え?あ…き、北村……くん?」
竜児の影になって北村に気付いていなかったのだろう。あたふたとしながら困った様子を見せていたが。
「〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!」
そのまま『手乗りタイガー』は反対側、後ろの扉から出て行ってしまった。
その背中をあっけにとられながら、竜児はただ見送るしかなかった。
今回は以上です。
ぼちぼちと行きます。
20スレまでまとめました。
続きはもうしばらくお待ち下さい…
夏コミのカタログが発売されましたが、とらドラサークル減ってしまって寂しいですわー
>>161-167 新シリーズ乙です!
これからどう展開していくのか……期待してます。
>>168 いつも保管乙&ありがとうございます。
どうか無理はなさらないように。
お題 「逆行」「女の子」「四人」
「ねえ竜児」
「おう?」
「アマゾンの河口で流れが逆行する現象って何?」
「ポロロッカだな」
「ぽろろっか……と。じゃあ、五文字の最後から二番目がツで『四人組』は?」
「……カルテット、じゃねえかな」
「ああ、なるほど」
「なあ大河」
「んー?」
「さっきからそのクロスワード、ほとんど俺が解いてるじゃねえか」
「それがどうしたのよ?」
「そのパズル誌は俺のだし、応募も俺の分の解答とまとめてするし、それでもし当選したら景品は大河の物って……おかしくねえか?」
「そんなに言うなら竜児にあげてもいいけどね。女の子向けデザインのバッグでもよければ、だけど」
「ぐ……なんか理不尽だ……納得いかねえぞ」
「しかたないわね……それじゃ代わりに、私が竜児にご褒美あげるってことでどう?」
「ご褒美って……何だよ?」
「ヒント一つにつきキス一回ってのは?」
「さて、次は何だ?なんでも答えてやるぞ」
「……竜児……」
>>167 GJ!
長編でパラレルとな。好きなんで嬉しい、楽しみにしてます!
>>168 まとめ様!
お忙しい中本当にお疲れ様です、いつもありがとうございます!
無理なさらずに〜
>>170 GJ!
大河の呆れてる顔が目に浮かぶw
クロスワードどころじゃなくなりそうなww
まとめ様お疲れ様です!
>>158 ちょうどそんな感じです。
このままの流れでクリスマスまで書いてみたい、とちょっとだけ思ったりもしてますが…
>>170 竜児がこのくらい肉食系であって欲しいですね!
さて、以前の続きとは呼べないような続きをば投下させていただきます。
「ねえねえ、竜児」
「おう、なんだ大河?」
「要するに、私達ってこれから恋人同士なわけよね」
「…お、おう、そういうことになるな。せっかく夏休みなんだし、どっかいくか?」
「それは魅力的な提案なんだけど…目下の問題として、私達の関係ってやっちゃんに言う?」
↓
http://pc.gban.jp/?p=21446.jpg 「いや…うーん、とりあえず、いいんじゃないか…」
「そ、そそそうね!……恥ずかしいもんね」
くっ
みれない
>>174 初々しさ全開でかわいすぎるw
てかクリスマスまで!うおー是非!
はー、朝からによによが止まらない・・・
みなさん超乙です
>>176 ブラウザで見るんだ!
178 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/21(水) 07:12:13 ID:2MhwjZjW0
よし見れた
「平気か、高須。はっはは、災難だったな。」
「何てヤツだ…全く。」
「まあ女子としてはあの場面はいささか恥ずかしかろう!許してやれ。」
「あれが『女子』の行動かよ…。」
北村はあくまでさわやかに受け流しながら、机に置いた鞄を取る。
「それじゃあ高須。俺はこれから生徒会に顔を出してくる。それから部活だ。」
「ああ、頑張れよ。」
一人教室に取り残された竜児。
痛むみぞおちをさすりながら、しかしどうする事も出来ずに、仕方なく竜児は自らの席の脇に掛けられた鞄を掴んで、そして
「あ。」
自分より4席前。先ほどまで逢坂大河が座っていた席の鞄に気が付く。恐らく彼女も動転していたのだろう。鞄を忘れて行ったようだ。
本来、ほっておけばいい。
大事なものが入っているのならまた取りに戻ってくるだろうし、だいたい逢坂の携帯も知らなければ住所も知らないからもって言ってやることも連絡してやる事も出来ない。
何より余計な事をすればまた何を言われるか(されるか)分かったものではない。
いや、もとより―――
「知った事かよ…。」
多少罪悪感が無いわけではないが、そこまで心配する義理もない。見なかったことにして、竜児は帰ろうとした。
はたと、窓が開いていることに気付き、竜児はその窓に近づいていく。
「全く、窓が開いているって事はちゃんとそこまで気を配って掃除をしてないってことだぞ…。」
余計な手を出すのも憚られるが、自分の掃除当番の時は…と、固い誓いを心に決め、竜児の目は怪しくぎらつく。まるで悪巧みでもするかのように。
と、窓を閉める瞬間に、何とはなく校庭を見下ろすと、ソフトボール部が練習をするバックネットの裏、櫛枝実乃梨と話し込む逢坂「タイガー」の姿を見つけてしまう。
そう、見つけてしまったのだ。
「はぁ…今日という一日は何てついてないんだ。」
竜児は、2つの鞄を片手に担いで、足早に校庭を目指す。元来が人がいいのだ。その目とは対照的に。
「大河もどうだい!?ソフトボールはいいぞぉっ!」
「…絶対ヤだ…。」
「うーん、残念。大河の足なら、きっといいトップバッターになるのになぁ。」
「キャプテ〜〜ン!!打順打順っ!!」
「あいよぉ〜〜!そんじゃ大河、あたしはいくよ。」
「えぇー、もういっちゃうの?」
「ごめんよぉ大河。グラウンドが、白球が、俺を呼んでるのさ……!」
取り残された逢坂は、しばらく走り去る実乃梨の後姿を追っていたが、やがてそれにも飽きたのか踵を返した。
そして、帰路に着こうとしたその瞬間―――
「おい、逢坂。」
呼ばれて思わず振り返ると、そこにはショッキングなスプラッタ・・・もとい、竜児がいた。
ドシッ!
とりあえず、無言の蹴り。
「脅かすんじゃないわよ。」
「…………だから、俺が何をした…………」
「アンタが突然人様に声を掛けるだけで法に触れるのよ。」
なんて酷いヤツだ、俺だって傷つくんだぞとかやっぱりほっておくんだったとかぶつぶつ言っている竜児を一瞥すると、無視するように逢坂はそのまま歩を進めようとする。
「お、おいちょっと待てって!」
「いい加減懲りるって事を知らない訳?アンタ―――」
もう一発くれてやろうか、と振り返ると同時に胸元に向かって竜児から何かを投げつけられ、反射的にキャッチする。
逢坂はキャッチしてから、それが自分の鞄である事に気がつく。
「お前、普通鞄忘れてくか?」
「…………わざわざ、持って来たの、アンタ?何?中とか見てないでしょうね?はっ、鞄フェチ?それともまさか、ストーカーじゃ…………そう言えば、なんか妙にアタシの周りうろちょろと…………うえ、コワっ!」
「あーあーあー、こんな事だろうと思ったよ。とにかく、渡したからな?はーぁ、全く」
今日は何て1日だ、何ていいながら竜児は逢坂の脇を通り過ぎ
「今日は3時からのタイムセールに間に合うなぁ…泰子の昼飯は作っておいたし、どっかで時間潰して…………。」
そのまま歩き去っていく。逢坂はその背中が見えなくなるまで鋭く今にも噛み付きそうな視線を送っていた。
―――元に戻って、夜。
グギュルグルルルルゥゥゥ〜。
「「……………。」」
昼間の再現だった。が、今度は手が届かない位置、殴られる心配は無いという安堵感もあったのだろう。
「…お前、腹減ってるのか?」
「……。」
竜児は同じ言葉を繰り返していた。
確かに一撃は無かった。しかし、獰猛な獣のような逢坂の目つきは竜児をたじろがせるのには十分だった。
「か、カレーまだ残ってるけど、良かったら食うか?」
「……。」
飯を食う気になれないのもわかるけど、とは言えない。
やぶへびだったか、と後悔した。
「い、いや無理にとは言わねぇけど…。」
「……。」
無言。僅かにうつむいた逢坂の顔からは、その表情はうかがい知れない。
「…ち…。」
「えっ?」
一瞬舌打ちをされたのかとびびってしまった竜児だが、どうも違うようだ。
うつむきながらぼそぼそと喋る逢坂の顔は、ほんのりと紅く染まっているようだった。
「甘口しか…………食べれないし」
「え、あ、お…おぅ。甘口がいいのか?だったら、甘くしてやろうか…?」
「…」
でも、逢坂からの返事はなく。
黙って、窓を閉めた。ついでに鍵を閉める音がして、カーテンが閉まる。完全拒絶体制だ。
竜児は、しばらく見送っていたが、やがてポリポリと頭を掻きながら部屋に戻っていった。
こんな時でも、お腹が減る。
それが頭に来る。
あの北村君の友達が隣の家だった。あんな目付きのクセに妙に人に気を使う。おまけにちょっとカレーに釣られそうになった。
それも頭に来る。
何も無いこの部屋。電気を消して布団に潜り込み、無理やり寝てしまおうとしても、時計の針の音さえ気になる。
それも頭に来る。
何のことは無い。ただの、八つ当たりだ。
でも。
でも。
でも。
「ありがとう、逢坂。」
北村君は、ありがとうって言ってくれた。
「おかげで、俺も勇気をもらえた気がする。」
「俺も、頑張ってみるよ。精一杯。全くどうやっても、届かない相手だと思ってたけど。」
「今でも、思っているけど。それでも、残された一年、頑張ってみる。」
言ってることは半分も理解していなかったけど。
「ありがとう、逢坂。」
北村君は、最後まで「ありがとう」と言ってくれた。「ごめん」とは言わなかった。
だから、良かった。良かった。良かった。よかった。よ、かった。…
だから
一人でも、平気。これからも、ずっと。一人。
夜風に当たったせいか、それともアレ以来始めて他人と会話したせいか。
真っ白だった頭が急速に現実を受け入れていく。
「ッ…ぅ…ッ!!…………ぁ…!」
布団の中で、噛み締める用に、声を殺して。
全て力ずくで押さえ込もうとするようにして。それでも。
一度あふれ出した泪は、痛みは、孤独は、止め処なく押し寄せた。
今回は以上です。
>>168 まとめ人様、いつも本当に有難うございます。
この酷暑の中、体調を崩されることのなきよう…
>>170 もう、竜ちゃんたら、男の子なんだから・・・
>>174 2人の様子が可愛すぎる!
イラストの「泰子(やっちゃん)」が妙に受けた
続きもぼちぼちで良いので是非! 初々しい2人を見てみたいです!
>>183 パラレルものイイ!
竜児と大河の距離感がリアリティあって、この先が楽しみです。
>>168 いつもありがとうございます。
>>170 真面目くさった竜児の顔と呆れる大河の顔が浮かびましたw
>>174 いいなあ、この感じ、GJです。
>>183 続きが気になりますね、これは。
以下に前スレの続き「シンデレラなんかになりたくない」を投下します。
5レス使います。
「ねえ、竜児?」
「何だよ?」
「そういえば、あんた進路どうしたの?」
いつもごとく、携帯電話でその日の出来事などを話していた竜児と大河だったが、不意に思い出したように大河が聞いてきた。
「進路調査用紙・・・私は紙飛行機にして飛ばしちゃったけど」
数ヶ月前に当時の担任である独身に進路指導室へ呼び出された時の事を思い浮かべながら、大河は竜児に問い掛ける。
母親の家からプチ家出して、明日をも見えない小さな絶望に向き合い、大河は心にも無い台詞を竜児と独身に聞かせていた。
・・・お金持ちか。
言っていてあの時、大河は内心可笑しくて仕方なかったのだ。
何せ家中のお金をかき集めても、お気に入りのブランド服を一着買えるかどうかという経済状態だったのだから。
お金持ちが聞いてあきれるわと大河は言い終えた瞬間、口の端を小さくゆがめていた。
「・・・バカよね、私。竜児のことすっかり気にするの忘れて・・・竜児だっていろいろ悩んでたのに・・・それなのに自分のことばっかり話しちゃって・・・竜児のこと」
いろいろあって、ようやく落ち着いた今、大河はすっかり忘れていた竜児の進路のことを思い出したのだ。
「・・・ああ、もうなんてバカなの」
人生最大の失敗だと言わんばかりの嘆きようで大河は言い募る。
あまつさえ、とんかつで頭を殴りたいくらいだわと付け加える。
その言い間違いを竜児に突っ込まれ、うるさいわねといつもの口調に戻る大河。
「で、どうなの?」
言い間違いは華麗にスルーして大河は話を先へ進める。
「話せば、長くなるけどな・・・とりあえず、国立選抜クラスに居る」
結局、竜児は最後まで就職の意思表示を捨てず、進路調査表へマトモな回答を記さなかった。
最終的には困り果てた独身がこの学校には就職向けの指導をするクラスは無いから、期待に添えないけど先生に任せてくれるという申し出に竜児はただお願いしますと頭を下げていた。
未成年でプロポーズしてしまったとは言え、竜児は収入の無い自分が大河を迎えられる資格を持っていないことくらい自覚していた。
だから高校を卒業したら、すぐに就職して一人前の給料を得られるようになるのが先決だったのだ。
そして、そのまま福岡へ大河を迎えに行くんだと竜児は未来を夢想し続けていた・・・ついこの前まで。
「この間の連休にさ・・・じいちゃん家へ行ったんだよな」
連休に爺婆孝行をして欲しいと泰子に言われ、竜児は泊りがけで祖父の家を訪れていたのだ。
この家を訪ねれば嫌でも大河と一緒に来た時のことが思い出され、竜児は少しだけ落ち込むのを避けられなかった。
竜児の祖父も祖母もいきなり現れた孫が許嫁だと連れて来た大河が家庭の事情で遠い地に居ることを知っており、会えないのを残念がった。
「じいちゃんにさ・・・言われたんだよ」
「竜児のおじいちゃん?何て?」
連れ出された銭湯の湯船に祖父と並んで肩まで浸かる竜児が吐露した苦しい胸の内・・・卒業したらすぐ就職して大河を迎えたい・・・と言う想いに祖父はこうひと言、述べたのだ。
「・・・大河を働かせるのかって」
「へっ?」
電話の向こうで大河が訳がわからないと言う声を漏らす。
「・・・こういうことだよ」
祖父は高卒で得られる初任給がいくらか竜児に問い、竜児が答えられないと回答を出した。
手取りで15万に満たない金額を竜児に告げ、家計をやり繰りして来た竜児ならどれだけ余裕が無いのか分かるだろうと問い掛けたのだ。
家賃を切り詰め、食費を削り・・・節約生活を送る毎日が竜児の脳裏を横切る。
それでも、大河となら苦しくても・・・やっていけると考える竜児の胸の内を見透かす様に祖父は語り掛ける。
・・・愛があればお金は要らない何ていうのは幻想に過ぎない。
その上で、竜児に大河の出自を改めて想起させた。
・・・本当なら、いいところのお嬢様だな、あの娘は・・・いや、今でもそうだな、社長令嬢だ。
はっきり言えば大河がお金で苦労したことは今まで無いだろうと物質的に恵まれた環境で育ったことを竜児に窺わせた。
あいつはそんな奴じゃないと力む竜児を祖父は軽くいなし、あっさり竜児に同意した。
・・・そうだな、あの娘は確かにいい娘だ、変に飾らないところが気に入った。
祖父は更に続けた。
・・・結婚してすぐはいい・・・でもやがて子供だって出来るだろ・・・ん?竜児、上せたか、顔が赤いぞ。
幼稚園、中学と子供はすぐに大きくなる・・・私立へ通わせる・・・学費は掛かるぞ・・・ひとりならまだしも、ふたり目が出来たらどうする?
竜児の収入だけでやっていけるか?
矢継ぎ早にされる祖父の問い掛けに竜児は答えを出せなかった。
・・・大したことは出来なかったがな、泰子の母親と一緒になって・・・贅沢はさせてやれなかったが働かせたことはなかった・・・少しばかり得た知識で人様の役に立てる仕事も出来たし・・・唯一の失敗は娘に逃げられたことくらいだな。
そう言って苦笑する祖父の言葉には公認会計士として地域から信頼されているという自負があった。
押し黙ってしまった竜児に祖父は優しく、じっくり考えるとことだと肩を叩き湯船から上った。
その夜、祖父の家でひとり布団に横たわりながら竜児は考え込んでいた。
決して豊かではなかった今までの暮らし・・・子供心に欲しいと思うものがあっても泰子の苦労を見れば言い出せなかったあの頃。
同じ思いを俺は大河にさせるのか?
大河が好んで着ていたブランド服、値段を聞いただけでも馬鹿らしくなるほど高価なもの・・・俺は買ってなんかやれない。
でも、大河だってもう子供じゃない、だからそんな服を単に欲しがらないであろうことは想像できる。
だけど、「ねえ、竜児・・・こんな感じのお家に住みたいね」、「ここの幼稚園、評判いいんだって、ここにしよ」・・・。
脳裏でささやく大河の幻影。
あまつさえ、「住宅ローン、払えないの?じゃあ、私も働く・・・この間、パートさん募集してた」
そんなことを言い出す大河がそこに居た。
竜児はフルフルと寝床で頭を振り、掛け布団へ潜り込んだ。
「はあ〜・・・竜児、あんた何考えてんのよ」
竜児の説明を聞き、電話の向こうで盛大にため息を漏らす大河。
「あんただけに頼って暮らそう何て思ってないわよ・・・おままごとじゃないんだから、それくらい分かってる」
「だけどな、ボロアパートにしか住めないぞ」
「十分よ。あんな高級マンションより、竜児の家のほうがどれだけ心地良かったか」
「あんまり服とか買ってやれないぞ」
「いざとなったら竜児の服でも何でも着るわ」
「黒ブタとんかつは月に一回だぞ」
「・・・せめて、2回にして」
「お、おう」
ややあって、そのままお互いに電話口で噴出す竜児と大河。
「言っとくけど、そんなこと気にしなくていいからね。必要だったら私、働くし・・・生活が苦しいならご飯、一杯減らすから・・・」
「出来るのかよ?」
「た、多分、大丈夫・・・」
自信無さ気に答える大河。
その声を聞いて竜児の決心は固まった。
「・・・大河さ・・・俺、大学へ行こうと思うんだ」
「え?」
「たった今、決めた」
「急に、どうして?」
戸惑う大河の声。
「大河は反対か?」
「ううん・・・竜児が決めたことなら」
「・・・お前に、大河に、食べさせたいだけ食べさせてやりたい・・・大きな炊飯器を買って炊きたてのご飯で」
「竜児?」
そんなことのために大学へ行くのかと言うニュアンスを大河の口調に感じた竜児は言葉を補足する。
「それだけじゃないんだ」
「他に何があるの?」
「大河は俺と一緒に暮らせるなら多少のことは我慢するつもりだよな?」
大河が発する言葉の端はしにそんな決意を読み取り、竜児は念を押す。
「あ、当たり前じゃない!」
そんなのは当然だと大河の声が大きくなる。
「大河はそれでいいかもしれない・・・でもな、そうさせたくない相手も居るんだ」
「だ、誰よ、それ!!」
私以外に竜児には大事な人が居るのかと、大河は声を荒げる。
「居る」
「・・・嘘」
があんと言う大河の頭の上で鳴った効果音が聞こえた訳では無いだろうが、竜児は慌てて言い足した。
「正確に言うとだな・・・今は居ない」
「居ない?」
「ああ、それにそいつは俺だけじゃなくて大河にとっても大事な相手だぞ」
「誰?それ・・・みのりん?」
「あのなあ・・・櫛枝は関係ねえ・・・それにあいつは今、この世に居るだろ」
「じゃあ、誰よ?」
早く答えを出せとじれったそうに大河は言う。
「・・・子供だよ・・・俺とお前のな」
「え〜!」
思いもよらない答えに大河の頭は混乱する。
「あのなあ・・・結婚したら、いつかそう言うことになるだろ・・・」
「そ、そね・・・いろいろイタスわけだから・・・そうなるのよね」
今、そのことに思い至ったと言う様に大河は竜児が目の前に居なくて良かったと思えるくらい赤面する。
「娘か息子か分からないけどよ・・・大河に似て大食らいだったら、毎日、腹いっぱい食べさせてやりたいって思う・・・そんな時、家計が苦しいからって大河に我慢させたくねえしな」
電話の向こうの大河が落ち着くのを待って竜児は話を続ける。
「それによ・・・未来の子供が頭が良くてさ・・・いい学校へ行きたいって言ったら叶えてやりたいじゃねえか」
竜児の声に大河はうんと答えを返す。
「大河も知ってる通り、貧乏だったろ俺んち・・・高校だって行きたい学校より行ける学校で選んだんだ・・・そんな思いはさせたくねえ」
お金さえあれば幸せとは限らないよと言う大河の声に竜児はうなづく。
「その通りさ、でも余裕が無いより、あった方がいいだろ」
そうすれば毎月、すき焼きパーティが出来るぞとおどける様に笑う竜児から透けて見える自分へ向けられた好意の波動を大河は心地良く体中で感じた。
「だから、俺は大学へ行って、専門職を目指す・・・でも、結果としてお前を待たせちまう、それだけが辛いんだ」
「待つわよ!絶対!!」
竜児が言い終えるや否や大河は繰り返し叫ぶ。
何年でも、いつまででも・・・とかすれた様な声になりながらも大河は思いの丈を竜児へぶつけ続けた。
「・・・ありがとう、大河」
大河の声が弱まったタイミングで竜児が返した台詞に緩む大河の涙腺。
テレビ電話じゃなくて良かったと思いながら大河は出来るだけ震えないように声を出した。
「・・・竜児」
「おう」
「・・・頑張んなさいよ・・・あんた」
「そういう大河も・・・な」
「わ、私は・・・いいよ・・・竜児が頑張るなら・・・何があっても・・・我慢できると思うから」
だから、竜児は自分のことを考えて頑張ればいいんだと大河は言葉を結んだ。
力作だな
建物の外からひときわ大きな歓声が竜児と大河の耳へ届く。
「もうすぐだね」
「ああ」
「なんか、ドキドキして来た」
「・・・大丈夫だ、俺が側に居る」
「ふっ・・・今日の竜児、ちょっとかっこいいかも」
「いつもだろ、かっこいいのは・・・」
「・・・あの時ね・・・竜児がああ言ってくれて、すごく嬉しかったんだ」
「進学のことか?」
大河は頷いた。
「・・・竜児が、私のために自分のしたいことや夢を捨てるんじゃないかって・・・そんなことを考えたの」
「・・・大河」
「竜児と少し離れて見て、いろいろ気が付いたこととかあったし、あのまま、ママの元へ帰らないで竜児と駆け落ちしてたら・・・私・・・竜児の都合も考えないでわがままばっかり言ってかもしれない」
「そんなことねえぜ」
「ううん・・・自分のことだから良く分かる・・・3年生を一緒に過ごせなかったけど、そのお陰で今日があるから」
真剣なまなざしの大河を竜児はまぶしいものを見るように目を細めた。
「それに・・・嬉しかったんだ」
「嬉しいって?」
「竜児が、私だけじゃなくて・・・あの時、この子のことも考えてくれてたから」
愛しそうにお腹の周りを撫でる大河。
「その時かな・・・ああ、竜児とだったら一生、ずっと居られるって思ったの」
「そ、そんなのその前からだったろ」
心外だと竜児は口調を尖らす。
「そうね・・・竜児はそうだったかもしれないけど、私は少しだけ不安だったんだ」
「不安って?」
「竜児って・・・私のドコを気に入ってくれたのかなって?」
「は?」
「だって、家事は駄目だし、横暴だし・・・背は低いし・・・それに・・・胸だって全然無いし」
そんな拗ねたように言う大河の横顔は高校生の頃、さんざん高須家の居間で見せたものと寸分違わない。
「全部だよ、チビでワガママで、泣き虫で、おまけにドジで・・・全部、ひっくるめて、俺は好きになったんだよ、大河・・・お前をな」
「・・・ひどい、言いざま」
小さな口元を少し膨らませる大河。
「当ってる・・・だろ?」
どこかおどけた様な竜児の声に大河は小声で「ばか」とつぶやくとそっぽを向いた。
今回は以上です。
>>191 GJ!
互いを思いあう気持ちがたまらんです。
お題 「額」「くっつきすぎ」「暗闇」
どおぉんっ!
「おうっ!?」「ひぁっ!?」
閃光、轟音、そして暗闇。
「なっ、ななな、何!?」
「停電だな……今の雷、近かったからなあ」
「ちょっと、どうすんのよ竜児!」
「俺に言われても……電力会社の頑張りに期待するしかねえよ。
ところでだな、大河」
「何よ?」
「ちょっとくっつきすぎじゃねえか?」
言われて気づけば、大河は竜児にしっかりと抱き付いていて。
「……竜児」
「おう?」
大河はぽすんと、竜児の胸板に額を当てて。
「びっくりしたんだから仕方ないでしょーがっ!」
ぎりぎりぎりぎり。
「ぎ、ギブギブ!ベア、ハッグは、やめろって!折れる、折れるっ!」
五分後。
響く雨音と遠雷。部屋を照らすのは蝋燭の淡い光。
「直らないわねえ……」
「おう、そうだな……溶けると嫌だから冷凍庫のアイス食べちまうか」
「わーい♪」
十分後。
「あ」
「大河、どうした?」
「ケータイのバッテリー切れちゃった」
「充電忘れてたな、ドジめ」
「しかたないわね……竜児の貸して」
「いいけど、俺のやつはゲームとか入れてねえぞ」
「ち、使えない奴」
「なんでそこまで言われなきゃいけねえんだ……」
二十分後。
「竜児ー、退屈ー」
「奇遇だな、俺もだ。この暗さじゃ本読んだりとかもできねえしなあ……」
「私、帰ってパソコンでもしてようかしら。ノートだからバッテリーで動くし」
「それはいいが……停電中に自動ドアとかオートロックとかは動くもんなのか?」
「あ……」
三十分後。
「……ねえ竜児」
「おう?」
「なんかさ……こうしてると、世界中で二人だけが取り残されたような……そんな気がしてこない?」
「……おう、そうだな」
「もし……もしよ……本当にそうなったら……私、竜児とだったら……」
とその時、数回の明滅の後光を取り戻す蛍光灯。
「おう、やっと復旧したな。で、俺とだったら何だって?」
「べ、別に大した事じゃないわよ」
「なんだよ、気になるじゃねえか」
「だから、その……あんたとだったら、私はきっと楽できるでしょうねって、それだけ!」
「……お前は俺をどれだけこき使う気だよ」
「いいでしょ、あんたは私の犬なんだから」
停電が長引くと、たぶん結婚の時期が早まるなGJ
停電するたびにギシアンするだと!?
ゴロゴロゴロゴロ ゴゴゴゴゴゴ
「おぉ怖い怖い、今日もカミナリ様が近付いてきたよ。怖いねぇ」
ガラガラガラガラ……ガッシャーン!!!
「ひぃぃ!?落ちたよ。近いね。この時期は多くてイヤだねぇ」
チカチカ チカチカ
「あら、点いたり消えたりして……停まりそうだね、やだよこのボロ家は」
ゴロゴロゴロゴロ
「あぁイヤだイヤだ……ここんところ毎日じゃないかい?」
ピッシャーーーーーン!!!!! ゴゴゴゴゴゴゴ!!! ドーーーーーーン!!!!
「うわ!落ちたよ!近いよ!消えたよ!」
「ひゃあああああああああああああぁ!?」
「うお!?真っ暗だぞ!今日もかよ!?」
ゴロゴロゴロゴロ グワッシャーン!!!!
「ひぃ!?家の中が真っ白だよ!真っ黒だったのが真っ白になったよ!」
「竜児っ!怖い!怖い!」
「おう!?くっつくなって、大河!ったく……おまえはいつもいつも」
「だって……だって……」
ドーーーン!!!! ドドーーーン!!!! ゴゴゴゴゴゴゴ!!!
「やだやだやだやだぁ!竜児ーっ!」
「落ち着けって!すぐ行っちまうから、落ち着けよ、な?な?」
「上も大変だねぇ……毎日毎日、なだめるのだけでも一苦労ってのにねぇ……」
ゴロゴロゴロゴロ ゴゴゴゴゴゴゴ
「うう怖い怖い。やだねぇ、早いところ遠くに行っておくれよ」
「おい……いい加減に……ボソボソボソ」
「やだ。まだ近いもん。また落ちるに決まってるじゃない。それに……ヒソヒソヒソ」
ゴゴゴッゴゴゴゴ ピシャーン!!! ドーン!!
「おっと、ようやく光と音の間隔が開いてきたね。後は電気さえ戻ってくれれば」
「ほら、大丈夫……ろ?おまえは心配し……なんだよ……」
「う、うるさいな……そんな……分かっ……わよ……っていうか、あ……コレ……」
「うーん困ったねぇ……イヤな雲行きだねぇ……」
ゴロゴロゴロゴロ ドーーーン!!! ドーーン!!!
「大河……せい……毎日……さすが…………」
「いいじゃ……誰も聞いて……わよ……ほら……」
「停電になるのはしょうがなくても……せめて電気がすぐに点けばねぇ……」
ゴロゴロゴロ ゴゴゴゴゴンゴゴン
「遠くなって来たね、おかげで静かになって……」
ズガッシャーーーーーン!!!!!!!
「ひぃ!?近いよ!ちかっ……」
「ひゃあああああああああああああぁ!?」
「わりぃ大河!ビックリしたら入っちまったあああああぁ!」
「……………………」
ゴロゴロギシギシ ゴゴゴゴギシギシ
「ダメだっ!止まらねぇよ!」
「だめっ!そんなはげし……っ!ああん、りゅう―じ―――っ!」
「ホントに……停電するたびだね……」
ギシギシアンアン! チカチカアンアン!
「大河っ!大河っ!電気……点いたぞ!おまえ、めちゃくちゃキレイで、俺……俺、もう……っ!」
「ああっ!竜児、毎日それ言ってるよ!?毎日めちゃくちゃにされる私のきもちも……っ!ああぁ!」
「そうだねぇ、毎日だねぇ。毎日毎日、本当にご苦労さまなことで……」
「大河―――っ!」
「竜児―――っ!」
ギシギシアンアンゴロゴロ!! ギシギシアンアンゴロゴロ!!
停電はロマンだよね!
いつもいつもワンパですんませんw
>>199 ロマンです♪
「パラレルとらドラ」続き。
今日は3スレ程です。
静かだった。
どれ位たったのか。いつの間にか、枯れ果てた様に涙は乾いていた。
流した分だけ、喉が貼り付きそうなほどに渇いていた。
時計に目をやると、まだほんの30分程度しかたっていなかったが、大河にはまるで何十時間にも感じられていた。
長い、果てしなく長い、夜。
これから先、ずっと、こんな夜を過ごしていくのだろうか?
そう思うと、胸の奥からかきむしられるような衝動にかられ、大河はその思考を振り払うように起き上がった。
空腹のせいもあるのだろう、ひどく体が重い。鉛を体中に巻き付けているようだ。
冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出し、喉の渇きを潤し、空腹も幾分か紛らわせた。
「…ブシュッ!」
キッチンを横切ると、シンクから漂う例の臭いのせいか、アレルギー反応的にくしゃみが出る。
ピンポーン、ピンポーン。
突然インターホンがなる。普段誰も寄り付かないこの部屋に、こんな時に、しかもこんな時間にいったい誰が何のようなのか?
腹立たしさと気だるさで無視を決め込むつもりだったが、二度・三度と鳴らされるうちに次第にイライラが募ってくる。
モニターを覗くと、そこにはあらゆる凶兆を内封したかのような三白眼の男が立っていて。
なんだか妙に挙動不審に辺りを見回したり、必要以上にカメラに顔を近づけたりしている。
大河は苛立ちを隠さない。
「アンタ、本当にいったい何のつもり?」
「おぉ…ああ、えっと、あの…逢坂さん…のお宅、ですか?というか、逢坂か?」
イラッ。
「だから、何の用だって言ってんのよ!!何キョドってんの?マジでストーカー、あんた?」
「いやー、オートロックのマンションなんて初めてでな…おお、すげぇ。なんだよこれ?一つの階に一部屋??ありえねー!!」
「…もういい、さっさと消えろ。今度鳴らしたりしたら…」
殺す。まさにその言葉を叩き込んで切ってやろうと思った瞬間に、先手を打って竜児にさえぎられた。
「あぁ、あのさ。カレー、良かったら食えよ。ちゃんとリクエスト通り甘口にしてあるぞ?ここ置いとくから。」
言って、受付の所に置いてみせる。肝心のその受付はカメラで追いきれていないのだが、竜児が知る由もない。
「…は?何言って…」
「今すぐ食わないんならレンジしてから食えよ。ラップしてあるからな。ああ、いらないんならそのまま置いておいてくれりゃいい。明日の朝回収しとくからよ。腹減ってると寝れねえぞ?それじゃあな、おやすみ。」
「ちょ、ちょっと!人の話を…」
言うだけ言って、竜児はとっとと帰ってしまう。ほんのわずかの間にすっかり防衛本能が働くようになったのか、噛みつかれる前に退散を決め込んだ。
「………なんなの、いったい…。」
インターホンの前で呆然としていた大河だったが、しばらくして我に返る。ほっておけばいいとは思ったが、『カレー』という言葉に誘発されて
ぐぎゅるぅぅぅぅぅっ。
胃袋が蠢動した。
「…………。」
眉をひそめ、赤く腫れぼったい目尻をゆがめ、唇をすくませて。嫌そうな顔、を地でいっていた。
空腹と不愉快さを天秤にかけ、既に竜児が去ったカメラを凝視する。
さんざん逡巡をしたが、天秤の針は空腹に傾いた。大河は部屋を出て受付まで降りてくる。
はたしてそこには竜児の用意したカレーがあった。
目の前にして更にためらい、動物のようにラップの上から臭いをかいだりしてみる。
その香ばしい匂いはよけいに空腹をあおる。
悩みに悩んだが、結局持ち帰ることにした。
カレーには、丁寧にスプーンとそれを包む紙ナプキンまで添えられていた。
お皿にかけられたラップをはがすと、まだ湯気がほのかに昇り立っていてた。
一口、口に運ぶ。
「…おいしい…。」
二口、三口。大河の手の動きが止まる事はなく。
お皿が空になるのに、時間はかからなかった。
「はぁー、まだ夜は冷えるなぁ…。」
「お隣さん」から戻って、全部甘口にしてしまったカレーの残りをカレーうどんにしてやろうか、などと考えながら。
明日の朝食と弁当の準備をテキパキと済まし、風呂に入るために部屋に向かう。
その時だった。居間の方から、世にも奇妙奇天烈な高須家第3の家族、インコちゃんが断末魔のような悲鳴とも奇声ともとれる鳴き声をあげる。
「どどど、どろぉ〜、ど、どろぉ〜、どろ、どろぉ〜んじょ!」
どうしたんだボヤッキー。などとふざけている場合ではないようだ。
竜児はあわてて居間に駆けつけようとして。
「な、何よこの気色の悪い生き物っ!?黙りなさいっ!!丸焼きにするわよっ!!」
聞き覚えのある声。つい今しがた聞いたような…。
いや、でも待て。玄関のドアが開いた気配は…とそこまで考えて、ベランダ・窓・手乗りタイガー…何となく、繋がったような気がした。
「どろぉ〜ぼ、どろぉ〜ぼ…ぼ、ぼ、ぼ、ぼんくら!」
「ようしわかった、それがアンタの辞世の句ってわけね…。」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て逢坂ぁ〜〜〜!!!!!!!!!」
この目の前の、黙って静かにしていれば物語に出てくるお姫様かフランス人形のような少女は、はたして正気だろうか?
むしろ正気ではない事を祈りたい。
正気で人様の家に、それも始めて訪れるのに、窓伝いにベランダから来るヤツがいたら、それはもう俺にとっては宇宙人だ。UMAだ。
しかも何だ、テーブルを挟んで対面して座って、何か知らんが俺のほうが気を使ってる風なこの感じは。
ここは俺んちだよな?しかもメシまで食わせてやった相手だよな?窓から侵入して来た相手に「どろぼう」と叫んだのはインコちゃんにしては珍しく真っ当な意見?だ。
俺はむしろ憤慨していい、はずだ。
はずなのに。
―――以上、竜児の独白。
「人のこと泥棒呼ばわりとは、随分しつけの行き届いたペットね?」
「…勝手に窓から入ってくるヤツの事を泥棒扱いするインコちゃんはむしろ褒められるべきだと思う…。」
「何か言った?」
「い、いや、別に…。」
「全く…ペットは飼い主に似るって言うけど、ホントね。方向性は違うけど危ない目つきなんかそっくりだわ。」
「…。」
はなはだ理不尽を感じつつ、何となく正座までしながら逢坂の高圧的で、かつネチネチとした罵倒に、しかし竜児は返す言葉すら言えずにいた。
このままではたまらない。
「そ、それよりも何の用だよ?」
というか、何の用でも玄関から来てくれ!という心の叫びを、竜児は辛うじて飲み込んだ。言えばまた言い負かされるに決まっているのだ。
口下手な自分を呪いつつ、逢坂の方に目をやる。
逢坂はカラのお皿を右手に持って、スプーンを口にくわえて「じっ…」と竜児を凝視していた。何かを言いたそうに。
「…ひょっとして、足りなかったのか??」
「…。」
答えないが、どうやら図星のようだ。
だったら頼むから最初から素直にそう言ってくれ、という言葉も、竜児は飲み込んだ。
言いたい事は色々あったが、今は。ご飯を食べたいと言うのならそれでいいか、と思った。
「ちょっと待ってろ。冷凍したご飯があるから。カレーも暖め直してやるから。」
「…。」
今度は、こくっ、と頷いた。
それがなんだか、竜児は少しだけ嬉しい気分になる。
空になった皿を受け取り、竜児が台所に向かった正にその時だった。
玄関を勢いよく開ける音が部屋に響く。
「竜ちゃ〜ん、たっだいまぁ〜〜☆あ〜〜、いいにおいがするぅ〜!カレーのにおい〜!やっちゃんも食べるぅ♪」
何故こんな早い時間に??
竜児の疑問を置き去りに、事態は彼の望まない方向に望まない方向にと進んでいた。
あまり他人に見せたくなかった母、泰子のご登場である。
今回は以上です。
>>204 いただきました。ありがとうございます。続きが気になって仕方がありません。
>>204 GJ。
チャーハンじゃなくてカレーで餌付けw
「ぐぎゅるぅぅぅぅぅっ」が「くぎゅううう」に見えた。
>>204 乙です。
カレーは香りを嗅いだら、負けだよな。
竜虎それぞれがらしくて凄くいい! 特に竜児の腰の引けながらの律儀っぷりw
やっちゃんの反応に期待!
やっちゃんもギシアンするぅ♪
だったらと期待した
大河「暑いから水浴びしようよ」
竜児「じゃあ風呂に水入れてくるよ。それを追い焚きすればそのまま風呂の湯に使えるしな。水着は着るなよ、洗濯石鹸と水がもったいないから」
大河「別に水着の1枚、2枚で洗剤の量なんて変わらないでしょ?あ、ひょっとして竜児欲情しちゃった?エロ犬め…。」
お題 「作れねえ」「焦げ」「手元」
「竜児ー」
「悪い、今ちょっと手が離せねえ」
「ふーん?」
台所で振り返りもしない竜児に歩み寄りその手元を覗き込むと、鍋の中で茶色い液体がふつふつと。
「これ、焦げてるんじゃないの?」
「カラメルってのは砂糖を焦がして作るんだ」
言いながら竜児は、それを傍らの金属のカップに少量ずつ注ぐ。
「へー……で、何作ってるの?」
「見てわからねえか?プリンだ」
「ああ、なるほど……そうだ竜児、せっかくだからみのりんがチャレンジしてたバケツプリン作って!」
「……いや、作れねえよ、それは」
「えー、なんで?」
「櫛枝は市販のプリンの素を使ったんだと思うが、あれはゼラチンで固める代物だからな……バケツサイズともなると自重を支えきれないはずだ。
それ以前に冷蔵庫に入らねえだろう。櫛枝もそれできちんと固められなかったんだろうし」
「むー、そうなんだ」
「ちゃんとしたやつ……卵液を蒸して固めるなら強度は足りるかもしれねえけど、やっぱりバケツが丸ごと入るような蒸し器は業務用でもねえと。
それに中まで均一に固めるためには弱火でよっぽど時間かけねえといけないだろうし」
「ちぇ、つまんないの」
「あー……バケツは無理でも、丼ぐらいならなんとかなるかもしれねえ」
「本当!? 作って作って!」
「いいけど、まずは普通の作ってからな。あと何しろ初めてだからな、失敗しても文句言うなよ」
「言わない言わない。わ〜い、楽しみ〜♪」
>>212 仲の良いことで何より。
それにしても、これ一本書くためにプリンのことを調べまくったのでしょうか。
>>214 竜児乙!
むしろ市販のヤツが知らんかった。ゼラチン、へー。
バケツプリンはカラメル分が足りないと思う!
>>212 GJ!
竜児あまあまw
喜ぶ顔が見たかったんだなw
>>212 そこで食パンを使ったサマープディングですよっ!
いきなり規制になってた…。
別サーバからなのでID違うけどパラレルとらドラ続きです。
「おぅ…は、早かったなやけに。」
玄関にいる泰子には角度的に大河が見えていない。辛うじて平静を装いつつ、竜児は内心色々な意味でドキドキしていた。
「それがねぇ〜、今日はぁ、オーナーのお誕生日で貸し切りパーティーだったのぉ〜。でもオーナーがいっちばん最初にツブれちゃってぇ…解散ッ!なのですぅ〜♪」
「そ、そうか。」
ぽいぽいっ、と靴を文字通り脱ぎ捨てながら、居間に転がり込もうとする泰子。
泰子と逢坂の両方を交互に見ながら、どうしようかと必死に考えを巡らすが、そんなに簡単に名案が生まれるはずもなく。
あえなくタイムアップ。
「ふぇ?」
「…。」
ほぼ全開になっている居間の入り口の障子にもたれかかるようにして立っている泰子。その真正面に逢坂。
このハイテンションぽやぽや自称永遠の23歳を竜児的にはなるべく衆目に晒す事は避けたかったのだが、今はそれよりもこの逢坂大河をいったいどうやって紹介すべきか?それが喫緊の課題だった。
「おぉう…あぁ、えーとだな泰子。そちらはその…お隣さん、そう!お隣さんだ!」
「何これ?アンタのお姉さん?」
竜児が我ながらなかなかの切り出しだと自画自賛しかけた言葉をあっさりスルーして、逢坂が単刀直入に切り出す。
確かに竜児は名前で呼んでいるし、見た目も多少化粧は濃いが、若々しく見える。姉と間違っても無理はない。
「ああ、いや、逢坂。姉じゃなくてだな…何っておかしいだろ?」
竜児の言葉など意に介さない逢坂だったが、律儀にそれに答える。
しかし上には上がいる。あらゆる会話を全て吹っ飛ばし、無人の野を行くが如くは永遠の23歳であった。
「いやぁ〜ん、可愛い〜☆」
「むぎゅっ!?」
普段の動きからは想像も出来ないほどの俊敏な動きで、逢坂にタックルをかましてそのまま思いっきり抱擁する泰子。
さすがの手乗りタイガーも「これ」に危害を加えるような真似も出来ずなすがままにされている。
「うっわぁ〜、お肌スベスベぇ〜♪髪サラサラ〜♪うらやましぃ〜!」
「えぅ…く、苦しい…乳がっ!乳がっ!乳で窒息する!」
「ち、乳を連呼するなっ!」
何となく竜児が恥ずかしくなってしまった。
「ち、ちちち、ち、ちちちちち、ちぃ〜ぱっぱ!」
「インコちゃんはもう寝なさい。頼むからこれ以上話をややこしくしないでください…。」
「とぅいまてぇん(すいません)…」
冷蔵庫から泰子専用のスポーツドリンクを取り出してグラスに注ぎ、出してやる。
「早かっただけあって、今日はまだまともだな…。ほら。」
「ありがとぉ竜ちゃーん☆…んく、んく、ぷはぁー!」
あまりにも邪気のない笑顔でそれを飲み干す泰子。
それにしても帰って来るなり何か食べたいと言えるあたり、やはり今日はそれほど痛飲していないらしい。
とはいえ、軽いものの方がいいだろうと考えて。
「ちょっと待ってろよ。今そうめん茹でるから。カレーうどんならぬカレーそうめんだ。」
「えっ、ズルい!私もソレ食べたい!」
反応したのは逢坂だった。
「お前はカレーライスじゃないのかよっ!?お前の分でご飯がなくなるからそうめんにするんじゃねえか。」
「だってそうめんも食べたいもん。私もカレーそうめん!」
「わぁ〜、大河ちゃんもお揃い♪皆で一緒の方がいいよねぇ♪」
泰子はさも当然と事も無げに言う。あまり細かい所に気を配るタイプの人間ではないのだ。
おおらか、なのではなく本当に気が回らないだけだが…。
「ほらみなさい。やっちゃんもこう言ってるわ。」
そんな感じだから、「初対面の人の親をやっちゃん呼ばわりかよ!」と言う竜児の至極真っ当な意見がまるで少数派意見に聞こえてしまうのだ。
もっとも自身も母親を泰子呼ばわりなのだ、いささか説得力には欠けるが。
「皆って、俺は別にいらねえぞ。…あと、お前も泰子も簡単に馴染みすぎなんだよ!」
「小さい事をうじうじと…はっ、小姑が。」
「…何なんだ、この扱い。可哀そうすぎるだろ、俺。」
「竜ちゃ〜ん、ドリンクおかわりぃ☆」
「はいはい…。」
その根底にあるのは「NOと言えない典型的日本人・高須竜児」。
なんだかんだ言っても結局ドリンクも注いでやるし、そうめんも二人前どころか逢坂仕様に少々多めに二.五人前作ってやるのである。
カレーを温めながらそうめんを茹でつつ、ちらりと居間の方を覗き見する。
泰子が一方的に話し、それに逢坂が答える。そんな感じだが、不思議と二人は楽しそうに見えた。
特に逢坂が。
それを見て、思わず口元が綻ぶ自分に、竜児は気付いていなかった。
「ああ、逢坂!カレーが服に飛ぶっ!この前掛けつけろって!」
「えぇ…ヤだ、ダサい。」
「カレーは染み抜きが最も難しいんだぞ!付いたらとれねぇぞ!」
「いいわよ、新しいの買うから。」
「ひぃぃ〜!!な、何て事をっっ!!!!も、も、も、も、MOTTAINAI!!」
「…アンタ、本気で小姑みたいよ…。ならやっちゃんにつけてあげなさいよ。」
「いいんだよ、泰子が着てるのは俺の中学時代のジャージだから染みの一つ二つできても。」
「ジャージっていいよねぇ。学生時代思い出して♪やっちゃん今度制服着てみようかなっ☆」
「頼むから勘弁してくれ…。」
そんな感じで、高須家のいつも通り「ではない」夜がふけていく。
食べ終わった後は(結局逢坂は一.五人前食べきった)、竜児がてきぱきと片付けて、ようやく一仕事終わったと息をついていた。
「おい、逢坂。あんまり遅くなるとアレだし、そろそろ…。」
「竜ちゃん、し〜〜〜♪」
居間に向かって声をかけると、泰子そう言って人差し指を唇に当てて見せた後、逢坂を指差してみせる。
思わず息を潜めて、足音を殺して逢坂を覗き込むと、まるで天使のような健やかな表情で眠りこけていた。
「…。」
「んふふぅ〜〜。可愛い寝顔ぉ〜♪ぷにぷに〜。」
「んっ…。」
泰子が人差し指でちょいちょい、とほっぺたをつつくとほんの僅かに顔をゆすって見せるが、起きる気配はない。
「しかしこのままって訳にもな…起こすぞ?」
「ええぇ〜?このまま寝かせといてあげよぉ、竜ちゃん。お家の人には電話で一言言っておけばいいしぃ。」
「…いや、どうも親今いないみたいだし。」
先ほどインターフォンをならした時にも、逢坂が直接出た。彼女の性格からして、親がいるのに率先して出る、というのはいささか考えづらかった。
「なら尚更だよぉ。夜中に一人ぼっちはさみしぃよぉ〜。」
「!」
泰子の言葉に、竜児は思わずはっとする。
一人ぼっちはさみしい。
ひょっとして、そうだったのだろうか?一人でいたくなかったのだろうか。この、逢坂が…。
食べたりなかったとか、そういう事ではなくて。
「……」
「竜ちゃ〜ん?」
「…毛布とってくる。そのままじゃ風邪ひいちまうだろ?」
それを聞いて、泰子はにっこりと満面の笑みを浮かべる。
「えへへぇ〜☆」
「な、何だよ……?」
「竜ちゃんはぁ〜、やっちゃんの自慢の竜ちゃんなのでぇ〜す♪」
「…ワケわかんねぇ…。」
高須竜児の朝は早い。
まだ日も昇らない位の早朝に起き上がり、朝食&昼食の支度をして、ごみの日には朝出すごみを纏めて玄関に置き、晴れの日には洗濯をして、雨の日には除湿剤を新しいものに代える。
そんな竜児の気配に気が付いたのか、単に目が覚めただけなのか、逢坂がのそりと起き上がり寝ぼけ眼をこする。
「………」
「よぉ、ようやく起きたか?」
「………アンタ、ヒトん家で何してるの…?」
「ここは俺の家だ。」
「…はっ、まさか私が寝てるのをいい事に無理やり連れ込んで…!」
「はいはい、いい加減目を覚ませ。そして帰れ。」
竜児はあきれながらも、ベランダに置かれた逢坂の靴を玄関に持ってきて、綺麗に揃えてやる。
「シャワーでも浴びて目ぇ覚ましてこいよ。どの道制服に着替えないといけないだろ?送ってってやるから。」
「…いい。一人で帰れる。」
「いいから、行くぞ。」
まだふらふらしている逢坂を引っ張るように、竜児は玄関に連れて行く。
何も紳士的に家まで送って行こうとしている訳ではなかった。もう朝だし、すぐ隣だし、そんな心配はしていない。
ただ、どうしても言っておきたい事が、あった。
こんなふうに関わらなければ、それは知らないふりをしていても良かった。でも。
この逢坂は本当にわがままで自己中心的で唯我独尊で、だけど…だけど、もしかして。
『なら尚更だよぉ。夜中に一人ぼっちはさみしぃよぉ〜。』
泰子の言葉がなければ、気付かなかった。思いもしなかった。
今、逢坂がほんの少しでも、自分を頼ってくれているのだとしたら。
だとしたら。
「あの」事を、知らないふりをしているのは…心苦しかった。
「すまん、実は見ちまったんだ」
そう軽く切り出せば案外蹴りの一発も喰らって冗談のように終わらす事も出来るかも知れない。
でも、そうは出来ない。そんな風に、竜児は出来ていない。あんな事を、笑って冗談になんか、出来ない。
そう思うと、足取りが果てしなく重くなる。黙ってればいいのではないか、と。自分の中の自分が囁きかける。
玄関を出て、階段を下りて、道に出たところで。
「…ちょっと、いつまでついてくる気よ。部屋まで上がりこむ気?」
「あぁ、いや。」
そう言われるとこれ以上足を踏み出せない。
一歩、二歩、逢坂は竜児のもとから離れていく。そこで、一度歩みを止め。振り返った。
「…あのさ。…その…………カレー、おいしかった。」
不機嫌そうに目を背けて。それはまるで怒っているような素振りで。
逢坂の、精一杯の、言葉。何て不器用な。
そんな、そんな人間にウソなんてつけない。…竜児も、同じくらい―――不器用なのだ。
「―――すまん。」
それが、竜児の口から出た言葉だった。
当然、逢坂には何の事なのかわからない。
「??」
「俺。……見、ちまったんだ。」
下を向いて、歯を食いしばるようにして、搾り出すように言葉を紡いでいる竜児は気付かない。
逢坂の両肩がビクッ、と震えた事を。
「北村が校舎裏に歩いていって、そんで声かけようと思って近づいたら、そこにお前が…居た。」
「…聞いてた、の?」
逢坂がどんな顔をしているのか?それを確認する事は、下を向いたままの竜児にはできなかった。
「いや…慌ててその場は後にした。けど。あのシチュエーションで、次の日逢坂が学校休んで……だから、その、だいたいの事」
「もういい。」
怒っているだろうか。泣いているのだろうか。それとも。
竜児は、覚悟を決めて顔を上げる。その正面に逢坂を捕らえる。そこには、竜児の予想したあらゆる表情はなかった。
人形のよう。そんな風に逢坂の事を思った。でも、今の逢坂こそ正に「人形のよう」だった。
薔薇色の唇がほんの僅か、呼吸をする程の小さな動きで上下する。
「ありがとう。『同情』してくれて。」
今回は以上です。
乙です。カレーそうめん早速やってみようwww
>>225 お礼じゃないって竜児は分かってるのか?
>>226 いいね!
竜児らしいや
ここからどうなるか期待!
230 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/30(金) 23:41:41 ID:i5Fo/Rh80
分かっていると思いますよ。
毎日この二人が脳内でイチャついてる自分
もはやちょっとした病気
ついさっきまでゼリー風呂に入ってキャッキャウフフしてたぜあああ楽しいっ!
もっと変態な妄想出てこないかな♪
タイガーのドラゴンエキス搾り
お題 「すると」「淡々と」「問題」
かちゃり、と小さな音がした。
「ん?」
料理の手を止めてそちらを見れば、静かに開いていく外への扉。
「……」
なんとなくこれからの予想をしつつ、待つこと数秒……すると案の定、ひょっこりと顔を覗かせたのは大河。
「……ちっ」
そして開口一番の舌打ち&しかめ面。
「おいコラ、妙に早く来たと思ったらいきなりその態度は何だ」
「だって、竜児が起きてるんだもの」
「俺が起きてたらまずいのかよ。そういやなんか忍びこもうとしてたな」
「せっかく頑張って早く来たのに」
「たしかに大河にしちゃ早いとは思うが……俺は基本このぐらいには起きてるぞ?」
「……私が起こしたかったのよ」
「……は?」
「だから……私が竜児の部屋に入ると、あんたはまだ布団にくるまってるわけよ。で、私が『ちょっと、そろそろ起きなさいよ』とか揺すっても『う〜ん、あと五分……』とか言って。それで私は『いいかげんにしなさい!』って布団を剥いで……」
「さて、大河の分もアジ焼かねえとな。食うだろ?」
「うわ淡々とスルー!?」
「で、今回は何の影響だ?」
「……昨日みのりんちで、ばかちーとも色々と……」
「……なるほど」
泰子を仕事に送り出して、卓袱台を挟んで向かい合う二人。
「だって、近所に住む幼馴染の定番イベントだって話じゃない?」
「そりゃまあ近所だが、幼馴染じゃねえだろ。去年それ以上に濃い生活してたのは確かだけど。
……ああ、そういや起こす役割は俺の方だったな、ずっと」
「う〜……」
むくれる大河に、竜児ははぁ、と溜息一つ。
「つまり、俺を起こすってシチュエーションが体験できれば満足なんだな?」
「え?」
「昨日の夜寝るのが遅くてな。ちょっと仮眠するから、そうだな、一時間……いや、三十分ぐらいしたら起こしてくれよ」
「竜児ー……」
囁くような声と共に部屋に入ってくる気配。
(早っ!早いぞ大河!)
測ったわけではないが、おそらくまだ十分程度しか経っていないだろう。
だが、今『起き』たら全てが台無しになってしまう。竜児はじっと目を閉じて、規則正しい『寝息』を繰り返して。
気配はそろそろと近づいてきて、つんつんと頬をつつかれる。くすぐったいがここは我慢。
「竜児ー」
小さな声と軽く揺すられる感触。
「……ん〜……」
小さく唸ってみる。自然に、眠たそうに聞こえただろうか?
「竜児、起きて」
大きく体が揺すられる。ここがポイントだろう。
「わりぃ大河、もうちょっとだけ……」
「もう…い、いいかげんに起きなさいよ!」
「おうっ!?」
がばっと布団が剥ぎ取られて、予想はしていても思わず声が出る。
「お前なあ……」
しぶしぶといった風に身を起こし、これでミッション終了と思いきや、大河はなぜか布団を手に眉根を寄せていて。
「……何か問題があったか?」
「……おっきくなってない」
「は?」
「だから、ほら、布団剥いだらテント状態で、悲鳴きゃーっ、ビンタばちーんってのがお約束で……」
「……あのなあ、それは男の朝の生理現象なんだよ。この程度の仮眠じゃ……」
「やりなおし。次はおっきくしててね」
「できるかっ!?」
「えー、いいじゃないそれぐらい」
「痛い思いするのがわかってる上にそんな恥ずかしいことできねえっての!」
「直接見られるわけでもないんだし」
「そういう問題じゃねえ!」
「むー、竜児ってばわがままなんだから」
「どっちがだよ!?」
235 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/01(日) 21:34:55 ID:rr/gkj+y0
GJ
大河なにを吹き込まれてるww
もし朝立ち遭遇したらフッ…って鼻で笑うに一票
>>234 乙!
ワロタwww
やり取りがバカップルって感じでニヤニヤw
>>234 いつも乙です!
翌日二人にからかわれる図が浮かぶなww
まとめサイトのトップ、びっくりしたw可愛いww
竜児のシャツということでよろしいか!
まとめ人様、いつもありがとうございますー
そろそろギシアンがくるはず
規制解除してました。
パラレルとらドラ続きです。
逢坂の顔には、怒りも、悲しみも、暖かさも、冷たさも、何一つなかった。
ガラスのようなその瞳は、一切の感情の色を廃したかのように鈍く透き通る。
「サヨナラ、高須くん。」
背を向けて家路に着く逢坂を―――大河を、竜児は
追えなかった。
同情なんかじゃない、そう言ってやりたかった。
でも、言えなかった。
それは嘘だ。同情じゃないなんて、嘘だ。
竜児は、大河に、同情していた。
それだけだった。
小さな体がますます小さくなっていく。遠ざかっていく大河をただ黙って見送る。
見送るだけ。
そんな。
そんな、事。
出来る筈が、無い。
「大河っ!!」
何を。
何を期待していたのだろう。
彼は―――高須竜児は、本当に、ただ。
優しかった。
それだけ。それだけだ。
そんな事、わかっている。分かり切って、いる。
なのになぜ。
なぜ。
彼の言葉は、その優しさからの言葉だったはず。
彼は何も。何一つ、悪くない。
なのになぜ。
なぜ。
「…聞いてた、の?」
責めるような言葉を、私は投げかけるの?
――嘘でもいいから知らないと言って欲しい――
――何にも関係なく、ただそこに私がいて――
――偶然、ただそれだけで良かったのに――
今、何かを失おうとしている。
それに、私は反発してるんだ。だから、聞きたくない。その先を。
「いや…慌ててその場は後にした。けど。あのシチュエーションで、次の日逢坂が学校休んで……だから、その、だいたいの事」
「もういい。」
もう、そこから先の言葉を、聞きたくない。
だから―――自分で言ってしまおう。どうせ失ってしまうなら、せめて自分の手で。
「ありがとう。『同情』してくれて。」
なんて私は。サイテーな。クソッタレな。本当に「同情」する価値なんてない、ヤツ。だから。
きっとこんな言葉で伝わらないけど。―――ありがとう。ホントに、そう思ってるから。
皆で食べるご飯も、安心して眠れる夜も味わった。
だから。
「サヨナラ、高須くん。」
もう、充分だから。
充分――――なのに。
「大河っ!!」
泰子が見たら「ますますパパに似てきたわぁ〜」などと言われそうな、そんな鋭い目つきで。
竜児は、叫んでいた。
大河はその歩みを、止める。
器用なのは手先だけで。
同じだ、と竜児は思った。大河は、まるで自分と同じ。
―――不器用なのだ。
「ああ、そうだ。同情じゃない、なんて…言えやしない。知らなきゃ、きっとほっといたさ、俺だって!だけど…」
もしも、物語の主人公なら。
同情なんかじゃない。そう言って、カッコイイ決め台詞でも言って、ヒロインを抱きしめてやるのだろうか。
でも、そんな嘘は余計に大河を傷つける。
そして多分、自分自身も。
大河は振り向かず、再びその歩を進める。その歩みを止める力すら、竜児にはない。
もっと、もっと。大河に届くように。
言葉が、大河の頭の中を通り過ぎて、体の真ん中まで届くように。
叫んだ。千切れそうな声で。
「知っちまったんだからほっとけねえよっ…!!呆れるほど不器用に出来てる、お前を」
呆れるほど不器用な、俺が。そう叫んだ竜児も、痛かった。
「ほっとけるかよ…!」
大河の心を、自分が傷つけたのなら。
「知らん顔していられるかよ…!」
それは、殴られるより、蹴られるより―――痛かった。
「飯ぐらい、いつだって作ってやる!いつでも食いに来ていいんだぞ!いつでもだ!」
大河は振り返ることは無く。
その姿が見えなくなっても、竜児はまだ諦め切れないように大河の消えたマンションの入り口を見ていた。
「今日は学校、来いよな…」
いつまでもここに居るわけにもいかない、とようやく気持ちを切り替えて、竜児は家に戻った。
いつの間にか泰子が起き出していたようで、玄関を開けるなり朝飯の催促をしてきた。
「りゅうちゃ〜ん、朝ご飯〜。」
「ああ。すぐ作るから。」
キッチンにむかいつつ居間の時計を覗くと、もうすっかりいつもの朝食の時間になっていた。
早く寝た分起きるのも早かったんだろうな、と急いでキッチンに向かい――
思わず盛大に、それはもうコントのように引っくり返る。居間の真正面にまで来て始めて気付いたその人影に。
「お、お、おま…な、何やってる???」
「うっさいわねぇ…いつまで待たせるのよ。さっさと朝ご飯にしなさいよ。」
「そうよぉ〜竜ちゃ〜ん♪やっちゃんおなか減ったよぉ〜。」
さっき家に戻ったはずの大河が、ちゃっかり制服に着替えて、テーブルの前に座っていた。
「アンタがいつでも食べに来いって言ったんでしょ?今更無しとは言わせないわよ。」
ホントにいったいこの逢坂大河には常識とか道理とか、そんなものは通じないのだろうか?
ああ、通じないのだろう。彼女を誰だと思っている?「手乗りタイガー」だ。
「…言わねぇけど…ああ、とにかく、ちょっと待ってろ!」
もう何でもいいや、と半ばやけくそ気味に。
「頼むから、ちゃんと玄関から入ってきてくれよ…あと、泰子も当たり前みたいにベランダから迎え入れんな!」
「や〜ん、大河ちゃぁん、竜ちゃんがこわ〜い♪」
「全く、躾のなってないペットね。」
大河は籠をいじってインコちゃんを弄びながら、竜児に流し目をして不適に笑う。
「今のはインコちゃんの事…だよな?そうだ、そうだとも。ああ、そうに違いない。」
「い、い、いイイ、イ、イ、イン…………」
「おおお、インコちゃんっ!ついに言うのか?そうだ、君だけが俺の心の安らぎだっ!」
「ド♪」
「…はぁ。」
「くく…。」
「竜ちゃぁん☆」
「…今、作る…。」
前途は多難。そんな竜児の思いを知ってか知らずか、空は雲一つ無く晴れ渡っていた。
きっとそのせいだ。こんな状況が、こんなにも。
すがすがしく、希望に満ちた朝に思えたのは。
もう少しだけ続きます。
今回は以上です。
おつ!
>>244GJです
大河が「高須君」て言うとなんだか切ない
続き待ってます〜
お題 「嫌って」「百秒」「多分」
『百秒チャレ〜ンジ!!』
TV画面の中で、司会のお笑い芸人が大声を張り上げる。
『さて本日最初のチャレンジは、「百秒間にサイコロをどれだけ積み上げられるか」!』
「ねえ竜児」
「おう?」
「竜児ってば手先器用だし、こういうの得意そうよね。やってみない?」
「いや、うちには……というか普通の家にはこんなサイコロ十何個もねえだろ」
「あ、そうか。ちぇっ」
「しかし百秒っていうと一分四十秒か。短いようでこうして見てるとけっこう長く感じるな」
『お〜っとサイコロタワー崩壊!そしてここでタイムアップ!記録達成直前で無念の失敗です!』
「それじゃあ、この間やってた折り鶴作るのは?」
「そうだな、精度気にしなければなんとか……まあ実際やってみねえとわからないけど」
『さて、次のチャレンジは「百秒間に餃子を何個食べられるか」!』
「ところで竜児、私もやってみたいチャレンジ思いついたんだけど」
「おう、多分言い出すんじゃねえかと思ったら案の定か……焼売か?ミートボールか?プリンか? 寿司は勘弁な、高いから」
「……あんたねえ、人を何だと思ってるのよ」
「おう、早食いじゃねえのか、すまねえ……じゃあどんなチャレンジなんだ?」
「えっとね、百秒間に何回キスできるか。当然手伝ってくれるわよね、竜児」
「……大河、お前なあ……」
「まさか、嫌って言ったりはしないわよねぇ?」
「……お、おう」
たぶん一回しかできないな
なぜならくっついた瞬間、大河がガッツリ吸い付くからだっ!!
百秒あればギシアン一回ぐらいは何とか
毎日暑くて蒸れまくり
きっとお互いの汗スメルと体臭嗅ぎまくりだよね
|∀・) BD化応援のためこっそり更新…
|)彡 サッ!!
ようやくスピン3を半分くらい読んだ
やはり雨宿りは秀作
「今日は8月7日、バナナの日にちなんでバナナカレーだ」
「げ、何よその変態的なメニュー」
「へ……せめてイロモノと言ってくれ……
まあともかく、騙されたと思って食ってみろって」
「んー……ご飯じゃなくてナンなのね……
……嘘、美味しい!?」
「ポイントは時間をおいて味を馴染ませることだな。あと、バナナを入れ過ぎないこと」
「へ〜…………バナナ……カレー……はっ、まさか!?」
「おう、どうした?」
「りゅ、竜児も年頃のオトコノコだもんね、そういうことに興味というか、好奇心があっても不思議じゃないものね」
「大河?」
「で、でも私も慣れてないっていうか初めてだから、一気に入れちゃうとかナシよ。ちゃんと準備して、時間かけて馴染ませてからね」
「おい、何の話だ?」
「だだ、だからその、後のアナ……」
ギシギシAnAn!
ギシアンか
よしよくやった
>>244 遅ればせながら、乙です!
竜児が「逢坂」から「大河」へと呼び方を変えるあたりがいいね。
竜ちゃんやっぱ優しい!
>>249 いや、それは大河激怒だろうw
>>251 まとめ人様、いつも本当に乙です。
BD化支援、ぽちって来ました。第一弾、第二弾と動きでてるから、今回獲って必ず!
>>252 いいですよね。「雨宿り」
もうゆゆぽ、たまらんですよ
>>253 ほんとにあるんだバナナカレーw
>>191 あのじいちゃんはこれから竜児の人生の指南役になってくれそうだと思ってたからこういうの読めると嬉しい
書き手さんと妄想がシンクロするとニヤってする
>>194 『異性と暗闇で二人きりああどうしよう』ってならないところが逆に萌え
>>199 家賃が!あんまり騒ぐと家賃が上がってしまう!
>>204 木刀で殺しに、ではなくカレーおかわりに、なのが平和な夜襲だなw
>>212 大河に期待されるとどうしても応えちゃうのかw
>>226 やっちゃんと早々に馴染んでるのが微笑ましい
>>234 幼馴染ごっこwwwでもこの二人わりと最初の頃から幼馴染みたいな雰囲気あった
>>244 大河に「放っとけねえ」は殺し文句 胃袋も握ったし刷り込みも完了だ!
>>247 こうやって事あるごとにキスを要求してるんですねわかります
>>251 BD化、支援いたす!!!投票は勿論だけどコメントが大事だと思うので投票する人は熱い思いをブチまけて来ると良いと思います
>>253 入れるのは竜児の方にだよねっ!え?ちがう??
書き手の皆様GJで乙です
続き物の書き手さん方、続き楽しみにしています!
お題 「失敗」「ドリンクバー」「ふわふわ」
「うえ〜……」
聞こえた妙な声に竜児が広げたテキストから目を上げれば、グラスを手に眉根を寄せてべえと舌を出す大河。
「大河、どうした?」
「ドリンクバーでオリジナルブレンド作ってみたら失敗した……」
「……残すなよ、MOTTAINAI」
「竜児のはコーラだったわよね。こっちと取り替えてくれない?」
「残すなよ、MOTTAINAI」
「今なら特典として私との間接キスがついてくるわよ?」
「今更その程度で俺が釣られると思うか?」
「なによ、直接キスしろっていうの? あんた、場所ってものをわきまえなさいよね、まったくエロ犬なんだから」
「何でそうなる!?」
「まあ竜児がどうしてもしたいって言うなら、私としても、や、やぶさかではないけど……」
「しねえって!頬を赤らめるな!」
とそこへ、トレイを手に歩み寄る一つの影。
「はいは〜い、イチャイチャパラダイス中すいませんがお二人さん、ちょ〜っと失礼しますよ〜」
「イチャイチャじゃねえ……っておい櫛枝、それ……?」
「ん?見ての通りのヨーグルトパフェ・大河スペシャルだけど?」
「……おい大河、お前いつの間に注文したんだよ?」
「さっき竜児がトイレ行った隙に」
「食べる物は宿題が一段落してからだって言ったじゃねえか」
「勉強で頭使う時は脳のエネルギー補給に甘いもの食べた方がいいのよ」
「パフェ食いながら勉強はできねえだろ。それに、大河はそーゆーもん食うと必ずこぼすじゃねえか」
「そんないつもいつもはこぼさないわよ」
「いーや、俺の見た所、お前は九割以上の確率でこぼす」
「何よ、あんたいちいちチェックしては統計とってたわけ?まさか自分の恋人がそんな偏執狂だとは思わなかったわー」
「まあまあ大河も高須くんもそのぐらいで。せっかくのお勉強デートなんだし」
「……いやいやみのりん、今日は別にデートじゃないのよ」
「へ?そうなの?」
「うちのエアコンがいかれちまってさ、さすがに昼間の暑さはきついんで避難してきたってわけだ」
「そうなんだ、私てっきり……でもまあ……っと、いけねえいけねえ、仕事中だったぜ。
それじゃおいらは退散するとしますか。ふわふわ時間(タイム)の邪魔しちまって悪かったね、あでゅ〜!」
「ふわふわでもねえ……って、行っちまった」
「……ねえ竜児、私達デート中に見えるのかしら?」
「う〜ん、まあ……そう見られても不思議じゃねえかな」
「ねえ竜児」
「おう?」
「そっち……隣に行ってもいい?」
「……おう」
大河「避妊禁止令を発令します」
>>259 乙!
最後でやられました。
チクショウ!熱いぜ暑いぜアツいぜ!!
ふぁ、ファミレスで……ギシアン……だと!?
とらドラ!じゃないけど、9月にゆゆぽの新刊。
『ゴールデンタイム1』イタルトはこつえーだそうな。
イタルト→イラスト
落ちつけ俺w
265 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/10(火) 18:52:26 ID:3HS0NCRr0
イタルト:絵
>>259 GJ!移動してパフェあ〜んを始めそうw
新刊のイタルトこつえーか、堅いとこいったな
とらドラメンバーのゲスト出演とかあったらいいな
今年は寅なんだぜ…
お題 「歩ける」「学校生活」「両手」
「あ……ねえ竜児、あれ見て」
「おう?」
大河が指差す先を見やれば、枝先に開いた一輪の花。
「おう、桜か……もう三月だもんな」
「学校生活もあと少しなのよね……流石に感慨深いものがあるわー」
「だな。色々あったよな……いいこともそうじゃないことも」
「そうね……こうやって竜児と並んで歩ける日なんて二度と来ないと思ったこともあったけど」
「おいおい、聞捨てならねえな」
「し、仕方ないじゃない。あの頃は、本当に……」
「おう、すまねえ。大河にそんな辛い思いをさせたのは俺だもんな……」
「ま、過ぎたことよ。それに、辛かった事も全部ひっくるめてこそ今がある……でしょ?」
「おう、そうだな」
「いい思い出だって多いしね……っと、そうだ」
「大河、どうした?」
「ん、なんでもない」
「何だよ、気になるじゃねえか」
「それより竜児、首の所なんかついてる」
「おう?どこだ?」
「とってあげるから、ちょっとしゃがんで」
「おう」
言われるままに身を屈める竜児。大河はその首筋に両手をかけて、抱き寄せるように唇を重ねる。
「!」
たっぷり数秒後、身を離した大河は赤らめた頬に悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「……た、大河……」
「んふふ、一度やってみたかったのよねー、帰り道での不意打ちキスって」
「お前、こんな道端で、いきなり……」
「あ〜ら、『道端で、いきなり』人のファーストキスを奪ってくれたのは誰だったかしらねぇ?」
「……っ、そ、それは……」
「これはそのお・か・え・し♪」
272 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/13(金) 22:52:00 ID:XSZYvLbQ0
ぐっじょぶ!
夏は塩分摂らなきゃだけど糖分おいしーですw
>>270 いいなあ、こっちまで幸せになるw
してやったりな大河可愛すぎるな
GJです!
最恐カップルなのに可愛いとはどういうことだもっとやれ
あいすたべたい…
ねぇぞアイスなんて
竜児買ってきなさい!
ほら、買ってきたぞ...って寝てるし!
………ゴクリ
あ……ほっぺたに畳のケバが……
______
\ \
_, -、 |,.\ \
. 〃´ ^⌒ヽ / \ \
. i{ /{八人}i / ,. i \_______\
八ハ#゚ 、゚ノハ パンパン | /.| |\||_______||~
ノノ ノ)iてと八 .. | .| | | | || ||
( (く/_j」〉ノ ) . _./⌒..───' | / | | .|| ||
(_ハ_) .. __/⌒ 二二ニニ ノ U || ||
布団の中では色んなものをねだるくせに…
お題 「竜児」「心配」「顔」
「大河……お前ひょっとして初めてか?」
「な、何を根拠にそんなこと……」
「見てりゃわかるって」
「そう言う竜児はどうなのよ?」
「俺は二回目だ」
「むう、竜児のくせに生意気な」
「まあ小学校以来だから、ずいぶん久しぶりなんだけどな。しかし、大河なら慣れてるんじゃねえかと思ってたんだが……」
「うちはほら、連れてきてくれるような親じゃなかったから……遊園地なんて」
「で、初めてのメリーゴーランドはどうだった?」
「ま、同じ所ぐるぐる回るだけにしてはなかなかだったわね」
「なかなか、ねえ……」
「何よ、そのニヤケ面は」
「いや、そのわりには楽しそうだったな〜、と……ほら、見てみろよ」
「ちょ、ちょっと、いつの間に写メなんて撮ったのよ!」
「うう、気持ち悪ぃ……」
「なによ竜児、情けないわね」
「大河が調子に乗って回しまくったからだろうが。コーヒーカップは高速回転を楽しむもんじゃねえぞ」
「ふはははは!何人たりとも私の前は走らせないわよー!」
「おい大河、あんまりスピード出しすぎると……」
「ひゃー!?」
「やっぱりカーブ曲がりきれなかったか……言わんこっちゃねえ」
「なかなかに奇妙な感じね、ミラーハウスってのは……」
「だな。こういう迷路は右手なり左手なりを壁につけて歩けば……」
「ねえ竜児、この鏡に映ってるのってどの辺まで見えてるのかしら?」
「ん?そうだな、反射繰り返してるっていってもそれほど遠くまでは見えねえと思うけど」
「それなら、他の客が竜児の姿でここをお化け屋敷と勘違いする心配は無さそうね」
「さあ、いよいよメインイベントのジェットコースターに行くわよ!」
「う〜ん……」
「なに心配そうな顔してるのよ。まさか怖いとか言うんじゃないでしょうね?」
「いや、ああいうのって身長制限があるだろ?大河がそれに引っ掛かるんんじゃねえかと……」
「ンなわけあるかこの馬鹿犬っ!」
「うわー……思ってたより高いのね、ここの観覧車」
「おう、いい眺めだな」
「ねえ竜児」
「おう?」
「今日は楽しかった。ありがとね」
「おう、俺も楽しかったぞ。また来ような」
「ん。それでね、やっぱりこーゆーデートは〆が大事だと思うのよ」
「おう?」
「もうちょっとで天辺でしょ、そしたら……ね?」
「……隣にも人がいるんだぞ」
「気づきゃしないわよ。ほら、もうすぐだから」
「……おう」
そして、ゴンドラの中で二つの影が重なって。
>>283 乙!
いいなー、遊園地デート。是非二人でバンジージャンプ系アトラクションにも挑戦してもらいたいw
ジェットコースター乗れなかったのかw
>>283 いつも乙です!
ドラマCD3巻をちと思い出した。あれはお互いの気持ちを知る前だが…
2人のデートシーンを考えるのは楽しそうだ!
>>284 >バンジージャンプ系アトラクション
大河が竜児を蹴り落とすんですね。わかりますw
>>283 楽しそうなのが伝わってきていいな
デートは妄想膨らむね。なんか付き合っても竜児の家でごろごろしてるイメージがあったがw
いつも乙です!
それと、余計なお世話かもしれないが…
ピクシブへの投稿はお気に入りのSSを厳選するか、タグ無しで投稿した方が良いと思う
一人がタグ一ページを埋めつくすのは歓迎されにくいし
下手するとキャラやカプの印象を悪くすることもあるから…
288 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/18(水) 23:49:10 ID:8C4VxLj60
大河「濡れちゃった…」
竜児「だから今朝、傘持ってけって言ったじゃねぇか!
風邪ひいちまうから早く風呂入ってこい!」
大河「濡れちゃった…」
「ねえ竜児、知ってる? ライオンと虎の子供はライガーっていうんだって」
「おう、そういやニュースで言ってたな。ライオンの『ライ』とタイガーの『ガー』だって」
「父親が虎で母親がライオンだとタイゴンだってね。『ゴ』はどこから来たのかしらね」
「英語だろ。Tigerの『Tig』とLionの『on』をくっつけて『Tigon』だ」
「ああ、なるほど。じゃあ竜と虎の子供だとどうなるのかしら?」
「えーっと、そのやり方で考えると、ドラゴンとタイガーでドラガーか……どこぞの経済学者みたいだな」
「実際に作ってみましょうか」
「え?」
ギシギシアンアン
竜児が買い置きしておいたコンドームを全てゴミの日に捨ててしまう大河なのであった…
MOTTAINAI!つって拾いにいくぞw
このスレ久々に来たけど、良いわ〜
今日久々にアニメ見たけど、文化祭の髪型も可愛いな
今の今まで旧スレに投稿できなくて悩んでた…2ちゃんはよく分からない
皆様GJです
298 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/21(土) 00:08:58 ID:jldq0E0g0
少しニュー速でもまれてくればいいの
お題 「場所」「目の前」「体型」
「む〜……」
なにやら唸りながら、高須竜河の視線は上へ下へといったりきたり。
「竜河……あんた、さっきから一体何なのよ?」
目の前で、クッキーを手に尋ねてくるのは母親の高須大河。
そして、手元のアルバムの中で竜河の学校の制服に身を包んでいるのも同じ人物。
「……ねえ、お母さん」
「何?」
「何で高校生の頃と体型殆ど変わってないわけ?」
ぴしり、と大河の指先でクッキーにひびが入る。
「……悪かったわねえ、並んで歩けば妹と間違われる程背が低くて」
「……いや、そうじゃなくて」
ぱきり、とクッキーが砕け、散った破片はテーブルの上に。
「そりゃあんたは人並みにあるものねえ……やっちゃんの遺伝子を考えれば将来もっと育つ可能性だって……」
「そっちでもなくて!」
「じゃあ何よ?」
「ほら、友達のお母さんとかはもっとその、恰幅がいいというか……」
「……ああ。私、昔からあんまり太らないのよねー」
「それだけじゃ説明つかないでしょ? ご飯はお兄ちゃんと同じぐらい食べてて、その上しょっちゅうお菓子つまんでるのに」
「そういわれてもねえ……ま、あえて言うなら日々の運動かしらね」
「でもお母さん、基本ずっと家にいるじゃない。出かけるのって買い物ぐらいでしょ?」
「あんたにはまだわからないかもねー。主婦ってのは意外に体動かすものなのよ」
「へー……そうなんだ」
高須竜河は気づかなかった。
話しながら大河が視線を向けていた場所が夫婦の寝室の方であったことを。
そう言えばお父さん最近また痩せたような…
お父さん…(ホロリ)
>>300 乙!
娘は哀れじゃないんだw
頑張り過ぎな竜児に泣いた
>>300 日々!もう骸骨並にゲッソリじゃないの竜児w
大河が上でがんばって竜児は楽してるかもよ
でもコンドームつけないからいっぱい働かなくちゃいけなくなるよ
大河はなぜか子沢山のイメージ。
子供好きみたいな描写どっかにあったっけ。
4巻冒頭の竜児の夢じゃないかな
十巻で弟がすごく可愛いとか言ってたの思い出したわ。
危なげにで赤ん坊をあやす大河と、それをハラハラしながら見守る竜児とか想像すると笑えるw
この二人の場合、夏は海よりも川に行きそう
お題 「あったけれど」「竜児」「突然」
大河が闇雲に飛び込んだ電車は、全然違う方向行きで、しかも急行で。
このドジあんたも止めなかったでしょそんなヒマなかったじゃねえか慌ててたんだから仕方ないでしょ仕方ないで済むかうるさいこの馬鹿犬等々ひとしきり罵り合った後、今は並んで座りつつ、その視線は互いに逸らされていて。
「大河」
「何よ?」
「……後悔してるか?」
「してない」
即座の返事を聞きつつ、竜児は窓の外に流れる見知らぬ景色を眺める。
二人で共に生きていくためにはこの方法しかなかった。
いや、本当はもっと違う方法もあったのだろう。もっと大人な、他人に迷惑をかけない方法が。
あったけれど、子供で未熟な自分達には選べなかった。思いつくことさえ出来なかった。
その結果として今や、何処とも知れぬ場所へと向かう電車の中。
と突然、竜児の手を包む暖かい感触。
「竜児」
「おう?」
「竜児は後悔……してるの?」
「してねえ」
竜児もまた即座に応え、強く大河の手を握り返す。
そうだ、間違えたのなら、戻ってやり直せばいい。
わからないなら、学んで考えればいい。
無くしたなら、探して取り戻せばいい。
迷惑をかけたなら、謝って償えばいい。
時間はある。未来も、希望だっていくらでも。
何より、傍らを見ればいつだって愛しい人が居るのだから。
大河「竜児、中出ししたの後悔してるの?」
>>311 ifかぁ。どんな未来が待ってたんだろう
ちがった。10巻の補完だね。いずれにせよナイス。
315 :
代理:2010/08/25(水) 20:04:49 ID:weKC6WKq0
ちと長い、途中で挫折するので後半、誰か頼む
改行位置は原文尊重でいきます。区切りが悪いのはスマソ。
270 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:41:55 ID:???
先日図々しくも投下予告なんぞしてしまった者です。
予告したからにはと何とか書き上げました。
何レスかお借りします。
本スレのほうへの代理転載神様、大歓迎です。
では、よろしくおねがいします。
271 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:42:20 ID:???
だめよ大河・・・あなたが竜児を疑ってどうするの?
10月某日。
暮れゆく空に一番星が輝き、街に明かりが灯りだす黄昏。
とある学生アパートの一室で、1人の少女が大いなる苦悩の嵐に晒されていた。
それにこんなこと・・・竜児を騙すことになるのよ?
心の中の善の部分が自分を諭す。
分かっている。そんなこと、言われなくても分かっているのだ。
だが。しかし。
「確かめなきゃ・・・」
―そう、フィアンセとして。
少女の悲壮な決意が伝わったのか。
遠く、犬の遠吠えが聞こえる。
逢坂大河と高須竜児。
2人が母校・大橋高校を卒業してから、1年半が経った秋の夜のことだった。
272 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:42:52 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
事の始まりは、およそ5時間前に遡る。
「お、あーみん。しばらく見ないうちに一段と綺麗になったねぇ」
「・・・トイレ行ってきただけのうちに、あんたの中では何年経ったのよ・・・。
つーかやっと来たのかチビ虎。遅刻は罰金だよ」
「久しぶりねばかちー。しばらく見ないうちにちょっと太った?」
「太ってねえよ!ばっちり理想体型だよ!つーか一昨日も逢ったろ!?」
今大河と一緒に居る2人、櫛枝実乃梨と川島亜美は、高校時代からの親友だ。
2日前、偶然街で出会った大河と亜美が、
折角だからと3人で集まる機会を設けたのだった。
「ったくアンタらは・・・ホンット成長しないわね」
「おいばかちー。そのセリフ、わたしの体のどこを見て言った?」
「そうだぜあーみん。私のこのマッシヴ・ボディを見て、
成長してないとは言わせねぇ」
今や麗しの女子大生となった3人。
316 :
代理:2010/08/25(水) 20:06:24 ID:weKC6WKq0
(約1名、入学直後に女子ソフト部に入部し、麗しさから遠く離れたガタイを手に入れた者もいる)
親友とはいえ、各自のスケジュールの都合もあって、
3人で集まったのは半年ぶりになる。
話は自然、ここには居ない4人目の親友にして、
ここに居るある1名の恋人の話に及ぶ。
「しかし、なんだね。高須君、今日来れなくて残念だったねぇ」
「うん・・・。どうしても外せない補講が入っちゃってるんだって」
「へー。結構真面目に大学生やってんだ。あのナリで」
高須竜児。大河の恋人、いや婚約者。
かつては金銭的な問題もあって大学への進学を考えていなかった彼も、
母親や祖父母の熱心な説得と資金的援助もあって進学を決意、
元から地道な努力が出来る人格と地頭の良さも相まって、
名門と呼ばれる大学に合格した。
大学2年生になった今も、高校生のときから続く2人の仲は順調だ。
「ま、違う大学に通ってんだから、予定が合わなくても仕方ないべな」
ただ、2人は違う大学に通っている。
母親の意向もあって、大河は女子大に通っているのだ。
273 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:43:26 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
―今更結婚に反対はしません。ただし条件を1つ、聞いてもらうわ―
そう言って大河の母親が出してきた条件というのが、
自分の母校でもある女子大への進学だった。
当然大河は反抗した。4年間のキャンパスライフを恋人と過ごす、
ストロベリーな未来が崩れてしまうからだ。
一方で、母親の言うことに反対しきれない面もあった。
もともと理系の竜児と文系の大河が同じ大学に通おうとするなら、
どちらかがある程度ランクを落とす必要がある。
それでもお互いにお互いの邪魔にはなりたくない、と、
苦手な英語・数学に果敢にも挑んだ竜児と大河だったが、
竜児は長文読解相手に、大河は微分積分相手に連日敗戦を重ねていた。
2人の間でも、もしかしたら別々の大学に通うことになるかも、という未来は、
現実味を帯びつつあったのだ。
その日もインテグラル率いる微分積分軍の攻撃を受け、
壊滅状態に陥っていた大河にとって、
母親の出した条件は彼女を更に追い詰めるものだった。
しかし希望もあった。
母親の母校と竜児のもともとの進学希望の大学は、
かなり近くに位置していたのだ。
もし別々の大学になったとしても、かつて離れ離れになった距離よりも、
遥かに近くに居られる。なら―
悩みに悩んだ末、2人は、違う大学に進む決断をしたのだった。
だが、この2人においては、これでめでたしとなるわけが無かった。
317 :
代理:2010/08/25(水) 20:07:35 ID:weKC6WKq0
274 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:44:20 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
「どの道一緒に住んでんだし、アンタんとこ遊びに行けばいつでも逢えるしね」
そう、2人は今、同じアパートの同じ部屋で生活しているのだ。
母親の母校に入学する、という条件を飲んだ大河は、
今度は逆に母親に条件を突きつけた。
―わかった。遺憾だけど、お母さんの通ってた大学を受ける。
その代わり、わたし、竜児と一緒に暮らすから―
一度は駆け落ちまでした身、反対するなら再び家出も辞さない覚悟であったが、
母親は反対しなかった。
これには大河の方がズッこけた。
大河の母とて、なにも嫌がらせで"女子大に行け"などという
条件を出したわけではない。
むしろ、娘と娘の恋人のことを考えての条件だった。
自分の出身大学は、それなりに名のある女子大だ。
贔屓目にみても振る舞いに女の子らしさの欠ける大河にとっては、
いい花嫁修業場となるだろう。
また、もし将来大河が就職しようとしたときには、
その名はきっと武器になるに違いない。
それに女子大であれば、婚約者の居る娘に変なムシがつく心配も無い。
(きっと竜児君だって安心だわ)
大河の母は、娘の婚約者のことをしっかりと認めていた。
高2の駆け落ち騒動を経てしばらく後、大河に改めて紹介されたときには、
初めて正面から見るその眼光の鋭さに、思わず110番に手が伸びたものだが、
何度か会って話をする内、彼女は竜児という男のことをきっちり理解していた。
品行方正、貞操観念もしっかりしている。
話すほどに、大河のことを一番に考えてくれているのが分かった。
経済観念に至っては、しっかりしすぎて逆に心配になるほどだ。
何があなたをそこまでさせたの、と。
ぶっちゃけうちの娘にはもったいないくらいかも知れない。
当然、そんな思いを娘に話したことなど無い。今更照れくさくって話せない。
このときも、様々な思いを胸に押し隠し、ただ一言、娘に告げた、
―コッソリ同棲されるより、いっそ初めから分かってた方が、
もしものときにも動揺しないで済むもの―
少し遅れて母親の言う「もしものとき」の意味を理解した大河は、
真っ赤になって久々に暴れた。
同時に、自分たちの仲を本当に認めてくれている母親に感謝した。
漢らしさを発揮した母親とは対照的に、父親の方はすこぶる女々しかった。
「だめですッ!同棲なんて、お父さんは認めません!」
いや、最初はある意味男らしかったと言える。
世の父親が娘の口から「同棲」という単語を聞いたときに示すであろう反応を、
彼はそっくりそのまま再現した。
318 :
代理:2010/08/25(水) 20:08:55 ID:weKC6WKq0
ようやく自分にも心を開いてくれるようになった愛娘。
血の繋がりは無くとも可愛い可愛い娘なのだ。
「嫁入り前の娘が!いくら婚約者とは言え男と同棲なんて!
絶・対・に認めませんからねッ!」
しかしこの娘には既に婚約者が居る。
"お前もいつか、嫁に行く日が来るんだろうなぁ・・・"などと、
感傷に浸る余地すらなかった。
ならば、自分の元から旅立つまでの残り少ない日々を、
共に過ごしたいと思わない父親が何処に居る?
「お父さんはなァ・・・お前が成人したら、
一緒にお酒を飲みたいと思っ・・てっ・・!」
この辺りから涙声が混じり始めた。
大河が成人式を迎えた暁には娘と一緒にお酒を飲む。
それが彼の近い将来の楽しみだった。
そのためのワイン(大河が生まれた年のものをわざわざ探してきた)が、
すでに彼の私室に秘蔵されていた。
「なのにっ・・・なんでっ、ウチを出てくなんてっ・・・言うんだよぉお〜〜〜!」
本格的に泣き出した義父。今更だが彼はシラフだ。
娘と母親はそれを醒めた眼で見ていた。
基本的にこの逢坂家では、父親の意見は無視される傾向が強かった。
275 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:44:49 ID:???
通常なら大きな障害となるであろう相手方の母親は、
もはや説得さえ必要ないほど協力的だった。
―大河ちゃん、竜ちゃんと一緒に暮らせるんだ〜。
やっちゃん、大河ちゃんのごりょーしんが反対するかもって思ってたけど、
良かったね☆―
竜児の母、泰子に至っては、同棲に反対することはおろか、
認めた上で既に大河の心配をしていたのだった。
聞く人が聞けば、苦悩の上で子どもたちの幸せを祈っての決断、
なんと立派な母親か、と思うところかも知れないが、
この人の場合、恐らく特には悩まなかったに違いなかった。
薄々、いや多分にこうなることを予想していた大河は、
一応竜児の祖父母にもお伺いを立てた。
泰子には申し訳ない話だが、この2人に認めてもらえた方が、
安心感というか達成感がある。
彼らは言った。
―自分たちは一度娘に駆け落ちされた身、今更同棲に驚きも反対もしない。
ただ、ご両親に心配をかけるようなことだけはないように―
この2人が、自分の周りでは一番ちゃんとしている大人だ。
いつかはこんな夫婦になれたら、と思わずにはいられない大河であった。
かくして大河は無事、愛しい恋人との同棲生活を手に入れた―と思いきや、
思わぬところに、いや、ある意味では想像通りに、
最大最後の障壁が彼女の前に立ちはだかった。
通常なら大きな喜びを分かち合うはずの、同棲の相手だった。
319 :
代理:2010/08/25(水) 20:10:55 ID:weKC6WKq0
「おっ、おまっ、同棲って!」
「なによ竜児!嬉しくないの!」
「いや嬉しくねえってことはないけど・・・
ただお前、同棲ってあの同棲だろ!?」
「一緒に暮らすってこと以外に、どんな同棲があるってのよ」
「そうだよ竜ちゃん!こういうときは、男の子がビシっとしないと!」
「泰子!お前は反対すべき立場だろ!」
「え〜なんで〜???」
「いや何でって・・・」
竜児は反対した。大河と一緒に暮らせるのは嬉しい。嬉しくないわけがない。
しかし婚約者同士とはいえ、お互い結婚前の身だ。
今までも同棲みたいなものだったが、泰子もインコちゃんもいたし、
大河も夜には自分の家に帰っていた。
しかし、いくらなんでも2人っきりでの生活は、マズイ。特に夜がマズイ。
そこまで自分が信用できない。
だが、すでに竜児を取り巻く状況は四面楚歌といえるものだった。
恋人はノリノリだ。
自分の母親もノリノリだ。
ここまではいい。この母親の頭のデキからしても、予想できない事態ではない。
しかし、なぜ大河の母親までノリノリなのだ?
同棲騒動の最中、竜児は援軍を呼ぶ通信兵の心持ちで、
大河の実家に連絡をとった。
冷静になってみれば、明らかにおかしい状況だ。
反対されて然るべき恋人の実家に、その反対を求めて連絡をとるなどとは。
返ってきたのは、本来ならば最も喜ばしいもので、
しかし今の竜児にとっては敗戦を決定付ける答えであった。
―大河のこと、よろしくね♪―
―大河のごどっ、よろじぐおねがいじまず・・・―
号泣していた大河の父親のことが気がかりだが、
恋人の両親にここまで言われて決心しないのは男ではない。
2人とも自分を信用して、愛娘を任せると言ってくれている。
この信頼、決して裏切るわけにはいかぬ。
婚約者でありながら同棲に最後まで反対するのが男の姿か?
というのは言わない約束だ。
2人で暮らせば家賃も半分、という超現実的な理由も手伝い
(というか結構大きなウェイトを占めていた)、
ついに竜児は大河との同棲に同意した。
大河にとっては結局、同棲相手、恋人の攻略に最も時間が掛かるという、
なんともアホらしく、そしてこの2人らしい波乱万丈であった。
276 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:45:19 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
「大河と高須君、今年で・・・3年目?ん?4年目だっけ?」
「もうじき3年目だよ」
「ほっほう。ということは、何だね。
あの輝ける17歳から、もうじき3年が経つということだね・・・」
「ちょっと櫛枝。年齢の話やめてくんない」
320 :
代理:2010/08/25(水) 20:11:57 ID:weKC6WKq0
そして、冒頭大河を悩ませていた問題の話題に差し掛かる。
「でもさ、アンタ心配になったりしない?」
「年のこと?」
「ちげーよバカ虎、流れ読めよ。高須君の話だよ」
「竜児?」
「そうだよ。いくら一緒に住んでるって言っても、別々の大学でしょ?
しかも相手は共学。それってどうなんよって話」
「どういう・・・意味?」
「イチから説明しないとダメか?
よーするに、高須君に変なムシがくっついてたりしないかなーってこと」
「!」
「さすがあーみん、いい着眼点。高須君、誰にでも優しいもんねぇ」
「見た目はアサシンだけどね。それに理系女子って地味に可愛い子多いし。
ま、当然亜美ちゃんには敵わないけど?」
「つか私、この"何とか系"っていうのが微妙に許せないんだけど。
じゃあ何?私は?マッチョ系女子?ゴリマッチョならぬ女子マッチョ?」
無論、亜美も実乃梨も本心では有り得ないことだと思っている。
竜児の大河一筋っぷりは2人とも認めているところだ。
だから、竜児への恋心をそっと隠し、2人の仲を応援してきたのだ。
ただ、まだ春が遠い身として、ちょっとからかってみたくなっただけだった。
だが、2人は忘れていた。
逢坂大河という娘は、基本唯我独尊を地でいくが、こと竜児のこととなると、
一瞬にしてか弱い乙女に変わってしまうということを。
「竜児に・・・変な、ムシ・・・別の女・・・?」
「大河?」
「竜児が・・・浮気・・・?」
「お、おいタイガー」
震える声、血の気の引く顔。徐々に潤みだす瞳に気付いたとき、
2人は同時にやっちまったことに気付いた。
「うわ、き・・・?」
「あーバカ泣くな!冗談だっつーの!」
「そ、そうだよ大河!高須君は大河一筋だって!」
慌てて全力でフォローに回る亜美と実乃梨。
何せ大河はただでさえ、黙っていれば人形のような可愛らしさ。
故にその泣き顔は破壊力抜群、世の男性方の目を引くことは受けあいだ。
さすがにこんな街中で注目の的になるのは、2人とも避けたい事態であった。
「だいたい高須君、理系なんだからさ、そもそも女っ気なんか無いって」
「そうそう、私んとこの大学でもさ、
理学部棟はいい感じにムサムサしたオーラが出てるし」
2人は全国の理系男子を敵に回す発言で、先ほどの失言を取り消そうとする。
大河も、目元を少し拭って、落ち着きを取り戻した。
「ったくアンタは。高須君のことになるとすーぐ泣くんだから」
「うっうるっさいばかちー、もともとあんたがあんなこと言うから!」
「そうだよあーみん。今のはあーみんが悪い!」
「おい櫛枝、なんでアンタも被害者顔だよ!」
言い合いながら3人連れ立って、街中へと歩き出す。
321 :
代理:2010/08/25(水) 20:13:04 ID:weKC6WKq0
277 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:45:44 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
時は進み。
今、竜児とともに暮らすアパートの部屋で、鏡を前に大河は悩んでいる。
あのあとは3人でショッピングに行った。
久しぶりに遊んだ親友たちとのひと時は、とても楽しいものだった。
だが、1人になった今、どうしても亜美のあの言葉が大河の脳裏に蘇る。
朝、今日は補講の後そのままゼミの飲み会があるから、と竜児は言った。
そのことが不安に拍車をかける。
ゼミの飲み会、ゼミの仲間。そこには女の子も居るのだろうか。
【もしかしてぇ、ほんとに浮気しちゃってるかもよぉ?】
頭の中で、悪魔が大河に囁きかける。
黒いセクシー衣装に身を包んだ川島亜美の姿だった。
{だめよ大河。あなたはフィアンセでしょう?信じるのよ}
同じく天使が大河に囁きかける。
こちらは白いドレスに身を包んだ自分の姿だった。
『さぁ両者一歩も譲らず、リング中央で睨みあっております!』
何故か実況が大河に叫ぶ。
スーツと蝶ネクタイを装備した、櫛枝実乃梨の姿だった。
【フィアンセだからこそ、確かめなきゃいけないんじゃないのぉ?】
悪魔の先制ブローに天使がよろける。
おのれ、いきなりいいパンチを。
{でも、理系は男ばっかりだって・・・}
天使が何とか反撃する。
ただ、その威力は若干心許ない。
【そりゃ男は多いだろうけど、女が1人も居ないわけないでしょぉ?】
【それに理系の女って、地味に可愛い率高いわよぉ?】
見事なワン・ツー。思わずたたらを踏む天使。
体勢を立て直す前に、更なる追撃が放たれる。
【みのりんも言ってたでしょぉ?竜児は誰にでも優しいって】
"女の子の理想は「優しい男」"
本屋で立ち読みした雑誌の文句が、タライのように天使の頭の上に落ちた。
くそ、審判。今のは反則じゃないのか。
{でも・・・でも、あなたがやろうとしている事は、竜児を騙す事になるのよ!}
ロープに腕を引っ掛けて、なんとか倒れずにいる天使。
最後の切り札、婚約者を騙せるのかと叫ぶ。
だが。
【そこまでするって、愛情の裏返しよぉ?】
とどめの一撃はクロスカウンターだった。
遂にマットに倒れ伏す天使。セクシーポーズを決める悪魔。
カウントは無用。両手を大きく交差させたのは、
いつの間に着替えたのか審判スタイルの実乃梨だった。
322 :
代理:2010/08/25(水) 20:14:39 ID:weKC6WKq0
長い逡巡を経て、大河の決意は固まった。
決着のゴングの代わりか、遠く、犬の遠吠えが聞こえる。
278 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:48:31 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
翌週。
竜児は正門から学部棟へと延びる道を歩いていた。
道の脇に立つ大きなイチョウの木から、黄色い葉が風に舞いつつ降ってくる。
すっかり秋も深まったな・・・。
その木を見上げ、秋の日差しに眼を細め変わりゆく季節に思いを馳せる竜児。
はたから見れば、枯れ葉を散らして邪魔くせぇ木だ、
いっそ燃やしてくれようか、という表情に見える。
人通りが少ないのが幸いだった。
でも、イチョウの葉っぱって雨が降ると滑るんだよな・・・
ホウキがあれば掃いておくのに。
ああ・・・落ち葉を集めて焼き芋もいいな。
そこまで考えて思うのは、同棲している恋人・大河のことだ。
イチョウの葉が風に舞う切ない秋の景色からではなく、
あくまで食べ物、焼き芋からの連想だった。
この休みは、ゼミの講師がやけに張り切って補講を開き、
そのまま飲み会が開催されてしまったせいで、
余り大河に構ってやることができなかった。
普段なら不機嫌そうな顔を見せるところだろうが、
どういうわけか竜児をねぎらう余裕すら見せた。
成長したのかな・・・。
それが大河の償いの気持ちからくる行動とは露知らず、
竜児は1人喜びを噛み締めていた。
「こんにちは」
言って、ゼミの教室の戸を開ける。
「よう高須。今日も怖いな」
仲間が声を掛けてくる。
「うるせぇよ」
答えながら、竜児はカバンを机に置いた。
このゼミの仲間たちも、最初の頃こそ竜児の凶眼に明白にビビッていたが、
同じ教室で学ぶようになって半年、今ではすっかり打ち解けて、
冗談交じりの挨拶を交わせるようになった。
やはり大学生ともなると、人を見た目だけで判断する者も減ってくる。
仲間に恵まれたことに、感謝している竜児だった。
「教授はまだ来てないんですか」
「うん。またメスシリンダーと愛を語り合ってるんじゃない?」
竜児の問いに答えたのは、3年生の女子だった。
このゼミの教授は大学でも指折りの変わり者だったが、
難しいテーマでも分かりやすく説明してくれると人気だった。
竜児も、初対面から自分を怖がる素振りも見せなかった
この教授のことを信頼していた。
323 :
代理:2010/08/25(水) 20:16:56 ID:weKC6WKq0
講義開始時間から10分ほど遅れて、ようやく教授が姿を見せた。
「いやぁ、遅れてすまない。ちょっと来客があってね」
ちょっとくたびれた白衣、天然パーマ気味の髪、メガネに無精ひげ。
人が研究者という言葉から連想する研究者そのものの格好だ。
を受けたりしている。
279 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:50:30 ID:???
すいません、調子こいて投下ミスりました。
最後の「を受けたりしている」は無視してください・・・恥ずい・・・
280 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:51:18 ID:???
「さて・・と。今日のゼミを始める前に、ちょっと君らに紹介したい人が居る。
ウチの1年生でね、来年このゼミに入りたいって、見学に来てるんだ」
学生たちからそれぞれ反応が返る。ゼミの下見など珍しいものではない。
そうは言っても、特に現2年生にとっては、
ゼミで"初めての後輩"になる可能性が高いのだから、気にはなる。
教授が続ける。
「女の子だ」
反応が大きくなる。ゼミに女子が居ないわけではない。
だがやはり、理系にとっては貴重な女子成分だ。
女子は同性が増えることに喜び、男子は純粋に女の子が増えることに喜ぶ。
更に続ける。ちょっと小声で。
「かわいいぞ」
男子学生のターボチャージャーに火が入る。
この教授は中々どうしてセンスが有る、というのは、
ゼミの男子学生共通の認識だった。
ゼミの女子に可愛い子が多いのも、
密かに教授がピックアップしたのだという秘密の噂がある。
実際は人望なのだろうが、彼の奥さんが美人なのが噂の信憑性を増していた。
「入ってくれ」
教授が廊下に向かって声を掛けた。
「失礼します」
可愛らしい声と共に、注目の女子学生が教室に入ってくる。
前列の女子が口元を手で多い、
斜め前の男子が机の下でガッツポーズをかました。
それほどに可愛らしい女の子だった。
文句がつけように無いほど可憐な容貌、華奢な体。
栗色の長い髪は三つ編みにして肩から前に流し、先っぽには小さなリボン。
頭に白黒チェックのカチューシャをつけ、
潤んだ大きな瞳には、赤い太めのフレームのメガネをかけている。
クリーム色のカーディガンと茶色のチェックのスカート、黒のタイツ。
ご丁寧にカーディガンは大きめで、おなかの前で組んだ手は、
半分くらい隠れていた。
良い・・・と、溜息混じりに聞こえてきたのは、
隣の男子の心の底からの感想だった。
竜児とて例外ではなく、素直に可愛いと思った。
だが同時に、頭の中だけで呟く。
324 :
代理:2010/08/25(水) 20:18:34 ID:weKC6WKq0
でも大河の勝ちだな、と。
まったくもって、親バカならぬ彼氏バカの思考だった。
「伊形 サキといいます。よろしくお願いします。」
彼女はペコリと頭を下げた。
客人を一番後ろの席に案内して、教授は講義を開始した。
だが竜児の見立てでは、まともに聞いているのは半分ぐらいといったところ。
残りの学生は彼女―伊形サキさんを意識して、ちょっと髪型をいじってみたり、
何とか後ろを振り向かずに彼女を見ようと限界まで眼球を動かしたり、
逆に普段より3倍くらい真面目な態度で講義を受けたりしている。
281 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:53:05 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
どうにもいつもと違う講義風景の中、
最後列に座りながらもなお注目の的であるサキは。
にやけそうになる口元を、必死で押さえ込んでいた。
完璧・・・完璧だわ・・・
伊形サキは心の中で自画自賛していた。
この様子では、間違いなく誰一人として気付くまい。
自分が、この大学の学生ではないということに。
そして、第一目標であるあの男子学生―高須竜児も気付いてはいまい。
自分が、逢坂大河だということに。
これこそが、悩んだ末に大河が立案した作戦だった。
即ち、竜児の浮気疑惑を直接確認するために、変装して竜児の大学に乗り込む。
竜児は部活やサークルには入っていない。
となれば、最も浮気の可能性が高いのはゼミだ。
そこに、見学に来た後輩という仮面を被って潜り込む。
大学というのは、えてして非常に警備が甘い。
そもそも学生が多すぎて、誰が本当にこの大学の学生か、
見ただけで分かる者など存在しない。
学生っぽい格好をして平然としていれば、
例え正門の警備員の前を通っても疑われることはまず無い。
ましてや、もともとこの大学に知り合いの居ない大河にとって、
ひとたび大学内に潜入してしまえば、バレる可能性はほぼゼロに等しかった。
万一誰かに学生証の確認を求められても、忘れたの一言でどうとでもなる。
格好にも注意した。
普段は梳かしただけの髪の毛を、丁寧に編んで一本の三つ編みに。
服もいつものフワフワフリルのものではなく、理系女子っぽくシンプルに。
カーディガンは母親のお下がりだが、大河には少し大きい。
母は、中学のときに使ってたんだけどね、とか苦笑っていたので、
なんかムカついてタンスに叩き込んであった一品だ。
ついでに伊達メガネまでかけた。
鏡で自分を見たときは、化ければ化けるもんだと我ながら感心した。
そして名前。
さすがに逢坂大河と名乗るほどバカではなかった。
325 :
代理:2010/08/25(水) 21:21:39 ID:rk4Oq82w0
逢坂大河。AISAKA TAIGA。
このローマ字を入れ替えて、余ったAA
―それは忌々しくも、自分の胸のサイズを表す文字列だ―を投げ捨てる。
IGATA SAKI。伊形サキ。
ここから自分の本名を導くことは不可能だろう。
282 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:55:14 ID:???
つくづく完璧な計画だと大河は思った。
事実、このゼミの教授も、「来年から始まるゼミの下見に来た」という大河
―いや、伊形サキの言葉をやすやすと信じた。
竜児の大学のシステムは、竜児本人から聞いて知っていた。
これで気が済むまで竜児の疑惑を調査できる。
ただその完璧さゆえに、大河は重要な事実に気付いていなかった。
「竜児の浮気」という大前提が、そもそも存在していないという事実に。
そうとは知らない大河は早速、教室を見渡した。
このゼミには、男子学生が12人、女子学生が4人いる。
―おのれ、ばかちー。何が男ばっかりだ。4分の1は女じゃないか。
男ばかりで浮気の心配なし、というのが理想の結果であった大河にとって、
これはしょっぱなからよろしくない。
男同士の浮気の可能性は?という声が脳の奥底に生まれたが、
意識として認識される前に彼女の守護霊が握りつぶした。
―そのくせ可愛い子が多いとかいう無駄な情報ばっかり正確とは。
心底役に立たない奴め。
本人が居ないことをいいことに、ボロクソに文句を言う大河。
実に遺憾な事態だが、確かに女の自分から見ても可愛いのが何人か居る。
教授にもらったゼミ生の顔写真付き名簿を見る。
女子4人のうち2人が3年、2人が2年。
本来4年生もこのゼミには居るのだが、卒業研究の追い込みもあって、
2,3年生とは時間割が別らしい。
とりあえず女子全員の後姿を確認する。
名簿を見る限り、大河の警戒リストに載るほどの顔立ちの女子は、
3年に1人、2年に1人。他の2人もクオリティは高い。
3年のリスト入り女子は指輪をしているのが見えた。
あいつはセーフか?いや、お互い浮気という可能性も。
いずれにせよ、講義中に調査するのは無理だろう。
小さく息を吐いて、大河は黒板に眼を送る。
バリバリ理系のゼミの講義は、文系の大河にはさっぱりだ。
これならまだ「ふっかつのじゅもん」の方が憶えられる。
早々に諦めると、自然と眼が行くのはやはり竜児の方だった。
なぜかそわそわしている男子の横で、姿勢正しく教授の話を聞く竜児。
正面から見れば相変わらず妖刀村雨といった目つきだろうが、
まっすぐに教授と向き合うその姿はカッコイイと思えた。
普段、あんなふうに講義を受けてるんだ・・・。
もしわたしも一緒の大学に通ってたら、もっと近くに座れたのに。
学食で一緒にごはんを食べたり、図書館で一緒に勉強したり。
でもそしたら、同棲は無理だったかしら?
そういえば、ここの学食って美味しいのかしら。
理系は男の子が多いから、結構量重視かも。
学食で思い出したけど、今日の晩ご飯なんだろ。
326 :
代理:2010/08/25(水) 21:24:24 ID:rk4Oq82w0
結局、残りの講義の時間中、大河は竜児を眺めて過ごした。
283 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:57:25 ID:???
講義の終わりを告げるチャイムが鳴った。
早速大河の周りに学生が集まる。
「伊形さん、って呼んでいい?俺の名前は―」
「伊形さん、1年生なんだよな?理学部の何科?」
「サキちゃんって、どの辺りに住んでるの〜?」
思わずどけぃ!と怒鳴りそうになって、
椅子に座ったままこちらを見る竜児に気付き、危ういところでそれをこらえた。
ダメだダメだ、今の自分は後輩の伊形サキ。
間違っても竜児に正体がバレてはいけないことを忘れるな。
もしバレて問い詰められたとき、理由を誤魔化し通せる自信は無い。
こういうとき、後輩ならどうするか。なりきるのだ。伊形サキに。
少し考えて、大河―いや、伊形サキは少し高めの声を出した。
「あ、あの。改めて自己紹介させてください。先輩方」
一生懸命なその様子に、一同の心が和む。
「初めまして。理学部物理学科1年の伊形サキといいます。
今日はゼミにお邪魔してしまってすみません」
物理学科は竜児の所属する学科だった。というか、そこ以外知らない。
先ほどからこちらを見つめる竜児が気になる。
声でバレたか?もっと高い声を出すべきだったか。
見つめ合う2人に気付いたのか、男子が声を掛けてくる。
「あー高須、お前睨んじゃダメだよ。俺たちはもう慣れてるからいいけど」
女子が重ねて声を掛ける。
「伊形さん驚いちゃった?ごめんねぇ。あの人見た目は怖いけど良い人だから」
「い、いや別に睨んでねえから!」
竜児は動揺しつつ返事をした。
嘘は言っていない。ただ見つめていただけだ。
何となく大河に似てるなぁと思って。
だがそれを口に出すことはできない。
ただでさえ、ことあるごとに彼女持ちの自分をからかう連中だ。
恋人に似てるから見てた。なんて言えば、
こいつらときたら、高須君たらハレンチ〜♪などと合唱しかねん。
そしてハタと気が付いた。伊形さんが不安そうな眼でこちらを見ている。
そうだ、最近めっきり忘れがちだったが、自分の目つきは凶器だった。
いかん、と思った。何とかこちらから声を掛けなければ。
そして誤解を解かなければなるまい。
これで彼女が怯えてゼミを変えるなどという事態になっては、
冗談抜きで男子たちに土下座させられる。
「え・・っと、物理学科2年の高須・・です。
っと、同じ学科なんだよな。何か・・おう、何か分からないこととかあったら、
遠慮なく聞いてくれていいから」
そこまで言って、ちょっと言い方がぶっきらぼうか?と考える。
何せ他人に気を配ることにかけては、1000人規模のこの大学でも、
彼の右に出るものはそうそう居ないだろう。
「いやホント、目つきはこんなんだけどさ、マジで睨んでたわけじゃねえから。
だから、その、なんだ。このゼミにようこそっていう気持ちをこめてだな・・・」
327 :
代理:2010/08/25(水) 21:27:42 ID:rk4Oq82w0
やばい、混乱してきた。元々女性と話すのが得意な方ではない。
ましてや後輩の女子と話すことなんて、高校のときでもほとんどなかった。
危険な眼をくるくるさせながら言葉を考える竜児を見て、サキが小さく笑った。
「ふふ、先輩。そんなに慌てないで下さい。ちょっと驚いちゃいましたけど、
先輩がいいひとっていうのは分かりますから」
「お、おう。そうか。ありがとう・・ん?ありがとう?」
「ふふ、ふふふ」
・・・まったく、いいかっこしようとしちゃって・・・。
どうやら竜児は、伊形サキの正体にまったく気付いていないらしい。
その安心も手伝って、大河はつい笑い出してしまっていた。
ゼミの学生たちは、この魔王と美少女の交流を生暖かい目で見ていた。
この娘はええ子やで・・・と、何故か関西弁の感想が聞こえる。
「ねえ、サキちゃん。時間があれば、みんなでカフェテリア行こうよ」
こうして伊形サキは、早くも竜児たちのゼミの人気者となったのだった。
284 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:58:21 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
その日の夜。
「ただいま〜」
「おう大河。おかえり。今日は遅かったんだな」
「ちょっと友達とお喋りしてて」
伊形サキから逢坂大河に戻って、大河は部屋に帰ってきた。
「ごはんなぁに?」
「サンマと肉じゃが。もうすぐできる」
「じゃ、待ってる」
にこ、と笑って大河は奥に引っ込んだ。
竜児から見えないところまで行って、ガッツポーズを1つ打つ。
返す返すも今日の作戦行動は完璧だった。
どの道浮気調査は一度では終わらない。
ゼミに頻繁に顔を出せるようになるため、いかにして溶け込むかが
最大の問題であったが、今日1日でその問題は解決した。
あのあと、竜児のゼミのメンバーと大学内のカフェでしばらく話をして、
伊形サキは見事に彼らと仲良くなった。
竜児のゼミは週2回開講らしい。
これで次回以降また顔を出しても、全く問題はないだろう。
今日の伊形サキは完璧に近い良い後輩だった。
まったく自分にこれほどの演技力があったとは。
更に嬉しい誤算は、伊形サキが竜児と仲良くなれたことにあった。
カフェでいつものようにドジをやらかしかけた大河
―サキを、竜児が助けてくれたのだ。
竜児は内心、こんなとこまで大河に似てるんだなと思ったものだが、
そうこうあって帰る頃には竜児をちょっとからかえるぐらいになれていた。
これなら、浮気調査もより円滑に進められるだろう。
既に大河から罪悪感は無くなりつつあった。
ゼミの後輩・伊形サキに対して、竜児は大河の知らなかった顔を見せる。
(竜児的には他人なのだから当然だが)
328 :
代理:2010/08/25(水) 21:29:57 ID:rk4Oq82w0
そしてなにより、叶わぬ夢と諦めていた竜児とのキャンパスライフが
実現したことの喜びが大きかった。
浮かれる心を、しかし大河は戒めた。
いけないいけない、これはあくまで浮気調査なんだから。
今日のカフェでも、竜児は結構女子に人気があることが窺えた。
やはり次回もゼミに顔を出すべきだろう。
1人決意を固めたところで、竜児の声が掛かる。
「大河、できたぞ。手ェ洗ってからこいよ」
「分かってる!まったくあんたは母親かっての」
小さなちゃぶ台につく2人。
以前竜児の家で使っていたちゃぶ台より一回り小さいそれは、
大河がごはんはどうしてもちゃぶ台で食べたいと言って買ったものだ。
食べてすぐ寝っ転がれるのがいいの!と言うのが表向きの理由。
本音は、大河の食事の思い出には、いつも高須家のちゃぶ台があったから。
そして、テーブルと椅子よりも、ちゃぶ台の方がお互いの距離が近いから。
姿勢よくサンマをほぐしていた竜児が、そういえば、と話し出す。
ちなみにほぐしているサンマは大河の分だ。
「今日、ウチのゼミに見学の後輩が来たんだ」
「・・・ヘエ。ドンナ人?」
「?なんでそんなカタコトなんだお前。
いや、それが珍しく女の子でな。男連中が盛り上がってたよ」
「ふうん。その子・・・その子、可愛かった?」
テレビを見ながら問う大河。少し考えて竜児は、
「けっこう、な」
そして心で呟く。お前には負けるけど、と。
「ふうん」
答えた大河は実際心臓バクバクだった。可愛い。この男、可愛いと言ったか。
それは私だ。あんたが可愛いと言ったのはこの私。普段滅多に言わないくせに。
そこまで考えて、はた、と大河は気が付いた。
竜児が可愛いと言ったのは伊形サキ。だが竜児はサキは私だと気付いてない。
つまり、今の「可愛い」は・・・。
「あ、あんた・・・」
「?」
「その子と私、どっちが可愛いってのよ!!」
「ぶお!?米を口に入れたまま怒鳴るな!」
「うっさい!!答えなさい!!答えによっては・・・!!」
「待て、分かった!まずは落ち着け!」
虎と竜の夜は、こうして更けていく。
285 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:59:33 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
「こんにちは」
言って、ゼミの教室の戸を開ける。
「あ、サキちゃん!今日も来てくれたんだね!」
3年の先輩が声を掛けてくる。
「すみません、またお邪魔します」
答えて、指定席の一番後ろへと歩いていくサキ。
彼女の死角で、ハイタッチを交わす男子が居た。
このゼミの女子は比較的クオリティが高いとは言え、伊形サキはまた別格だ。
早速、話に混ざろうと腰を浮かせる男子―
「うっす」
―のすぐ後ろに、鬼が立っていた。
329 :
代理:2010/08/25(水) 21:31:44 ID:rk4Oq82w0
「ぎょえ」
「おう、何変な声出してんだ」
普通に教室に入り、サキを見つけてちょっと目を大きくした竜児。
その表情は、凶気を宿した戦場の鬼と呼ぶにふさわしいものだった。
「こんにちは、高須先輩。また来ちゃいました」
「おう、いや、大歓迎だ」
サキと竜児が言葉を交わす。
ゼミ生には不可解極まりないことに、この鬼神と美少女は何故か仲が良かった。
正体を暴いてみれば同棲中の婚約者同士、仲が良いのは当然のことだったが、
そんな理由を知る由もないゼミ生たちは首を捻るばかりだ。
その脇に立つ女子が、お?と声を発した。
「あれ?なんか良いニオイする?」
「おう、昨日新作のクッキーを焼いてみたんだ。
また感想を聞きたいと思って持ってきた」
「ほんとに?やったあ!」
竜児は時折、自作のお菓子をゼミに持ってきては、
皆に配って感想を募っていた。
きっかけは、まだゼミの仲間にビビられていたころ、
皆と何とか仲良くなろうと持ってきたクッキーだった。
竜児的には悩みに悩んだ苦肉の策であったが、これが猛烈にウケた。
1人暮らしの大学生は、何故か料理の腕を自慢したがる傾向がある。
だが竜児が持ってきたものは、その辺の自称"料理上手"など裸足で逃げ出し、
下手すればお菓子屋も逃げ出すかも知れないレベルのクッキーだったのだ。
それを自作だという竜児。最初は皆半信半疑だったが、
原材料から作り方まで実際にやったとしか思えない竜児の説明と、
試しに、とリクエストされて翌日には持ってきた激旨のアップルパイで、
ゼミ生たちはこれは間違いなく自作なのだと理解した。
かくして竜児は、「料理が凄まじく上手い、凄まじい顔の優しい男子」として、
ゼミに馴染むことが出来たのだった。
後に、この称号には「凄まじく掃除にうるさい」の一文が加わって今に至る。
以降、恐怖心も消えたゼミ生にせがまれるままお菓子を作る竜児であったが、
これを試作として、よりレベルアップさせたものを大河に振舞うことが出来る、
というメリットに気が付いた。
基本的に大河は食事の感想を言わない。
「マズイ」と思ってはいないだろうと竜児も予想していたが、
それでも自分の料理を客観的に評価してくれる人間が欲しかったし、
より美味しいものを愛する人に食べさせてあげれるのは喜びでもあった。
ただ、その思考は通常女性のものであるということに、
竜児は気付いていなかった。
かくして、ゼミ生にとっては美味しいお菓子が食べれる、
竜児にとっては大河に食べさせる前の練習と感想が聞ける、とお互いの
利点が一致し、このゼミではお菓子の品評会が開かれるようになったのだ。
286 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 18:59:50 ID:???
竜児がバッグから取り出したクッキーに群がるゼミ生たち。
ところが、この教室にそれを快く思わなかった人間が1人いた。
(な、な、何やってんのよ竜児・・・!
そういうのはわたしにいちばんに食べさせるもんでしょ・・・!)
伊形サキ―つまり大河である。
正直言って嫉妬であった。竜児の料理は、高校のころから自分専用だったから。
竜児が新しいレシピを憶えたときも、
大河にせがまれて初挑戦のお菓子を作ったときも、
いつも一番にそれを食べるのは大河だったし、
竜児もそれを嬉しそうに見てたのに。
330 :
代理:2010/08/25(水) 21:33:58 ID:rk4Oq82w0
実際に言ったことはなかったが、
竜児が自分好みの甘い卵焼きを初めて作ってくれたときも、
辛さ控えめに調整したカレーを初めて作ってくれたときも、
そもそも初めてチャーハンを作ってくれたときだって、
密かに大河は絶賛していた。
竜児から料理を教わり、簡単なものなら作れるようになってきた最近では、
竜児が作ってくれたご飯やお菓子から
技術や味付けを盗もうと頑張っていたのに。
それをこの男は・・・!
だが、続いてその怒りは危機感に変わった。
今回のクッキーの感想を、皆が竜児に告げている。
皆。女子もだ。
1人の女子が竜児に近づく。警戒リストに載るあの2年女子だ。
まずい、と大河は思った。
この高須竜児という男、普段料理の感想を言ってくれる人が傍に居ないため、
(大河は基本「あー、お腹一杯」が感想だし、
泰子は「さすが竜ちゃん、おいし〜い☆」しか言わない)
真剣に褒められると真剣に照れるという傾向がある。
そして例のリスト入り2年女子は、結構竜児を気に入っている節があった。
ここで自由にさせては、竜児の中で彼女の好感度が上がってしまう・・・!
大河は素早く行動した。
ゼミ生たちの後ろを風のように移動し、竜児の隣のポジションを確保。
すかさずクッキーを一枚食べ、例の女より先に竜児に感想を言う―
という計画であったが、クッキーを食べたところでフリーズした。
美味しい。
人間、あまりに美味しいものを口にすると、一瞬行動が停止するということを、
大河は身を以って知ることとなった。
しかも、竜児は新作と言うこのクッキー。これは自分の好きな味だ。
もしかして、わたしに食べさせるために練習を・・・?
大河は元来思い込みの激しいタイプであったが、
今回はその思い込みが珍しく現実とマッチしていた。
クッキーの美味しさと「わたしのために」という思い込みの一文が、
彼女から怒りも危機感も拭い去っていく。
「おう、伊形さん。どうだった?」
竜児が尋ねる。
未だ思い込みの中に居た大河は、喜びと感謝を混めて返事した。
「おいしいです・・・すごく。なんだかしあわせになっちゃいます・・・」
日向のように微笑むサキに、ゼミ生たちは皆心を射抜かれた。
男子も女子も漏れなくズギューン!という音を聞いていた。
数分後、幸せそうにもぐもぐするサキを囲んで
異常なほど穏やかな時間が流れる教室に、
教授が大変に申し訳なさそうな顔をして入ってきた。
287 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:00:20 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
翌日。
大学から帰ってきた大河に、竜児がおやつを作ってくれた。
大河の想像通り、あのクッキーを焼いてくれたのだ。
331 :
代理:2010/08/25(水) 21:36:01 ID:rk4Oq82w0
ゼミ生からの感想を活かし、より美味しくなって振舞われたクッキー。
大河は珍しく、心からの感想を述べた。
「ありがと、竜児。すっごくおいしい」
おう、そうか、と嬉しそうに、サキには見せなかった笑顔を浮かべる竜児。
大河は久しく忘れていた罪悪感を思い出した。
288 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:00:51 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
もう浮気調査も終わりにしよう。竜児はきっと、浮気なんかしていない。
そう思いつつも、それからも大河は伊形サキとして何回かゼミに顔を出した。
その度みんなで喫茶店でお喋りしたり、食事に行ったり。
はっきり言って今の大河にとっては、
竜児と過ごすキャンパスライフの方が重要なものになりつつあった。
ゼミに行く度、これで最後、これで最後と思うのだが、
この夢のような生活を中々終わることができなくて。
いっそバレてくれれば終わりにできるのに・・・。
大河がそんなことを考え始めた折、事件は起きた。
「告白された!?」
「声がでけえよ!」
いつものようにゼミの教室の戸を開けた大河の耳に届いたのは、
竜児とその友人のそんなやり取りだった。
「ちくしょう、なんで俺じゃなく高須に・・・」
「いや、それを俺に言われても・・・」
竜児が、告白された?
誰に?
「で、相手は?」
「同じ学科らしいけど、知らない人だ」
あんた・・・あんた、それで、どうするの?
「それで?どうするんだ?」
「いや、断るよ。俺にはもう」
詰めていた息をどっと吐く大河。
良かった。本当に良かった。やばい、ちょっと涙出てきた。
だが、彼らの話はそこで終わらない。
「そうか、高須にはもう彼女が居るんだったな。
つーかさ、俺、高須の彼女の話ってほとんど聞いたことないんだけど、
どんな人なわけ?」
「あ、私もそれ、聞きたいなー」
後ろから突然聞こえた声に、思わず体が浮き上がる。
「ひゃあ!?」
「わ!ごめんサキちゃん、驚かせちゃった?」
「い、いえ・・すみません、入り口ふさいじゃって」
「べっつにぃ〜。それより、サキちゃんも高須君の彼女の話、気になるよねえ?」
332 :
代理:2010/08/25(水) 21:37:20 ID:rk4Oq82w0
「え・・・」
「勘弁してくださいよ、先輩・・・」
困り果てた竜児の顔。だが、これはこの上ないチャンスだ。
普段竜児は滅多に好き、とか、可愛い、とか、愛してる、とか言ってくれない。
この男は、見た目とは裏腹に非常に純情かつ照れ屋なのだ。
浮気調査などとやってはきたが、
実際大河も心底竜児の愛を疑っているわけではなかった。
だが、それでも軽い疑いを抱いてしまうのは、言葉が少ないからだ。
いかに気持ちが自分に向いているとしても、時には言葉が欲しいのだ。
明確な、好意を表す言葉が。
289 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:01:38 ID:???
「わたしも、高須先輩のコイビトさんのこと・・・聞いてみたいです」
だが、今なら聞ける。今の自分は逢坂大河ではない。ゼミの後輩、伊形サキだ。
全くの他人という立場から、竜児に聞いてみたいことがあった。
「ほら、サキちゃんもこう言ってるし。これも後輩の勉強のためだと思って」
「何の勉強ですか、何の」
ここぞとばかりに竜児は先輩に凶眼を向ける。
完全に凶悪犯の顔だが、すでに彼の本質を知っている先輩には通じない。
いっそ逃げるか。
チラ、と入り口の方を見た竜児の目に、教室の戸を閉めるサキの姿が映った。
だめだ、これは逃げ切れん。
せめてもの抵抗に、竜児は自分から語るのは嫌だ、と意思表示する。
「聞いてくれれば答えれますけど、自分から話すのは・・・」
「あー分かってる分かってる。高須君ってそういうタイプだもんね。
じゃあ・・・聞きたい人!挙手!」
バッと皆の手が挙がる。
「料理が凄まじく上手く、凄まじく掃除にうるさい、凄まじい顔の優しい男子」
高須竜児の恋人には、皆興味があるのだった。
「とりあえずさ、どんな人?」
先輩から指名された男子が聞く。
「どんなって・・・」
「やさしい、とか、かわいい、とか、料理がうまい、とかあるだろ」
「そうか、そうだな・・・うん、そりゃ・・・かわいい・・・かな。わがままだけど。
料理は・・・最近練習してて、まだまだだけど一生懸命だから」
教室内がヘンな空気になった。擬音で表すと、ニヨニヨ、といった感じだ。
「な、なんだよ!お前が聞いたんだろ!」
「いやぁ、そんな真面目に答えてくれるとは・・・ねぇ?」
質問した男子が楽しそうに言う。
竜児は普段結構落ち着いているから、慌てているのが面白い。
「ハイ次!」
「写真とか持ってないの〜?」
女子が聞く。
「おう、いや、あるけど・・・待て、見る気か?」
「まぁまぁ減るもんじゃないし。ほら、先輩命令」
「うぐっ・・・」
先輩が詰め寄る。
竜児は上下関係にしっかりしている。そこを逆手に取った強行手段だった。
心から渋々、といった感じで、竜児が携帯を渡す。
待ち受けにするのは恥かしすぎてできないが、
2人で撮った写真がフォルダに入っていた。
「どれどれ・・・うおっ!?何コレ!超かわいいじゃん!」
333 :
代理:2010/08/25(水) 21:39:06 ID:rk4Oq82w0
先輩が叫び、携帯を質問した女子に回す。
何コレって・・・と呟く竜児を尻目に、ゼミ生が携帯を覗き込む。
反応ははっきり分かれた。
女子。キャー!かわいいー!と興奮状態に陥っている。
女子はすぐに可愛いというが、これは最上級の可愛い、だ。
男子。特に声は上がらない。
だが各自、目が竜児と携帯を往復している。
皆の心は1つだった。高須、あとで泣かす。
あぁ・・・やっちまった。
竜児は赤くなる顔を隠して窓の外を見た。
大河がここに居なくてよかった。この空気には耐えられまい。
恐らく机をなぎ倒すか、自分をなぎ倒すかするだろう。
そして空の彼方に1人謝る。
大河・・・すまん。お前を晒し者にするようなマネを・・・。
今日はすき焼きにするから。許してくれ。
290 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:01:56 ID:???
明るい興奮と静かな殺意に満ちる教室の中、
大河は気絶寸前のところで何とか意識を保っていた。
可愛い。この男、可愛いと言ったか。今回は間違いなく大河のことだ。
あの竜児が。滅多に可愛いなんて言ってくれない竜児が。可愛い、って。
しかも携帯に自分の写真を入れていたなんて。
わたしは携帯に入れるどころか待ち受けにしてあるけど、
竜児は絶対そんなことしてくれないと思ってた。
頭の中で喜びの宴が始まる。心臓は秒間3000回転だ。
だがまだ倒れるわけには行かない。
逢坂大河として、今は伊形サキとして、
何としても聞いておきたいことがあった。
そろり、と小さな手が挙がる。
「ハイ!お、サキちゃん!」
指名されたサキは、うつむいてもなお隠し切れない真っ赤な顔で、
小さく、しかし何故か決意が感じられる声で聞いた。
「たかす先輩は・・・その人のこと・・好き、ですか・・・?」
妙に静かになる教室。
な、なんてことを聞きやがる、この1年。
そんな目でサキを見つめる竜児。実際、全くその通りのことを思っていた。
だが、答えずに居ることは難しそうだった。
まず、先輩女子の目が痛い。生暖か〜い笑みでこちらを見ている。
同級女子の目も痛い。
楽しいネタ見つけた!という声が、目から聞こえてきそうなほどだ。
男子たちの目など、もはや直視できない。
おい・・・答えろよ・・・。てめえ、サキちゃんの質問に答えねえ気か・・・?
静かだが明らかな殺意。
バーゲンセールのとき、同じ品物を掴んだ主婦の目にそっくりだ。
普段は人の顔を犯罪者でも見るような目で見るくせに、
バーゲンのときだけは、敵兵に銃を向けた軍人のような目をする。
熱くなる顔、震える唇。
強く目を閉じ、もはやヤケのように答えた。
「ああ!好きだよ!」
竜児にとってはトラウマになりそうな歓声が沸き起こる教室から、
小さな影がそっと出て行った。
334 :
代理:2010/08/25(水) 21:40:51 ID:rk4Oq82w0
291 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:02:25 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
中庭。
洋風の小さな木製ベンチと外灯、1本の小ぶりのイチョウの木が立つ、
それほど広くは無い空間。
休み時間になれば人が集まるこの場所も、
夕方に近い今の時間では人影も見えない。
そのイチョウの木の下に、1人の少女が立っていた。
三つ編みにした栗色の髪、秋を連想させる色合いの服。
柔らかなオレンジ色の陽光が、棟の間を通って注いでいる。
ざあ、と吹く風に、イチョウの木の葉が舞い上がる。
そのまま一枚の絵か写真に出来そうな、切なく美しい秋の風景―
「ッッしゃあッ!!」
―が、一瞬にして崩れた。
絵の主役とも言える少女が、
無死満塁のピンチを3連続三振で切り抜けた高校球児の如く、
雄たけびと共に熱いガッツポーズをキメたからだ。
「ッしゃあッ!うっしゃあッ!!」
そのまま2度、3度とガッツポーズをかます少女。
夏の甲子園のマウンドに変わる秋の中庭。
偶然か否か、部室棟の方から吹奏楽部の演奏する「タッチ」が聞こえていた。
もうお分かりかと思うが、件の少女は大河扮する伊形サキだ。
(「たかす先輩は・・・その人のこと・・好き、ですか・・・?」)
(「ああ!好きだよ!」)
「〜〜〜〜〜ッ!!」
思い出し、感極まって映画「プラトーン」のあのポーズをとる大河。
これこそが、大河がどうしても聞きたかった質問であり、
どうしても聞きたかった答えだった。
ひとしきり喜びを体現したあと、
近くのベンチに座って改めて記憶を呼び起こす。
かわいい。すき。
今日1日で、滅多に聞けない竜児の言葉を2つも聞いてしまった。
ICレコーダーを持っていなかったのが心の底から悔やまれるが、
頭の中の最重要フォルダに確実に保存する。
心地よい達成感と幸せに浸る大河。
「!」
思わず、目から涙がこぼれる。だがこれは、幸せの涙だ。
もう十分だった。なぜ自分は、竜児が浮気してるなんて思ったんだろう。
赤い顔で。ヤケみたいな声だったけど。心から好きだと言ってくれた人を。
もはや疑いの余地は無かった。
そもそも、あんな脂肪ばい〜ん女の言うことを真に受けたのが間違いだった。
もう十分。思い残すことはないわ。
涙を拭って、未練も何もなく大河はすっきりとそう思った。
伊形サキ、ありがと。あんたのおかげで竜児と一緒に大学で過ごせた。
あんたのおかげで竜児の気持ちが聞けた。
ありがと。そして、お疲れ。
この日、伊形サキは、その使命を全うしたのだった。
335 :
代理:2010/08/25(水) 21:56:15 ID:MI5RbK1Y0
292 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:02:45 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
「えっ!?伊形さん、転学!?」
3日後。今週2回目のゼミで、大河―サキはそう告げた。
竜児の浮気調査も終わり、完全無実の判決が大河の中で下された今、
名残惜しいが伊形サキとしてゼミに来るのも、終わりにしなくてはならない。
竜児を騙していたこともさることながら、
このゼミの人たちに見学だという嘘を吐き続けるのも辛かった。
皆、本当にいい人ばかりだから。
「はい。親の転勤で・・・。
両親は1人暮らしして大学に残ってもいいって言ってくれてますけど、
やっぱり心配だと思うので。わたし、1人娘だし」
男子たちが泣いている。冗談ではない漢の涙だ。
先輩が、眉尻を下げて悲しそうな声を出す。
「そうかー・・・残念だよホント。来年楽しみだったのに」
「本当にごめんなさい・・・なかなか言い出せなくて・・・」
「あーいや、サキちゃんを責めてるわけじゃないよ!」
皆が本当に残念がってくれているのを見て、大河は嬉しくなった。
存在からして嘘の自分を、こんなに惜しんでくれるなんて。
だからこそ、もうこれ以上、自分の勝手で嘘は吐けない。
「本当に、今までお世話になりました!ありがとうございました!」
サキはペコリと頭を下げた。
「よし!じゃあ今日は、ゼミが終わったら皆で飲みに行こ!
サキちゃんの送別会だ!」
おう!と皆から返事が帰る。
1人、この後学会に参加せねばならない教授が、廊下でハンカチを噛んでいた。
293 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:03:27 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
「うぷ」
「お、おう、大丈夫か?」
夜11時。
サキは竜児に背負われて、夜の道を駅に向かっていた。
「み、皆さん、お酒強いんですね・・・」
「伊形さんの弱さも、よっぽどだと思うけどな」
あはは・・・と力なく笑うサキ。
ゼミ生総出で行われた送別会では、先輩たちが無双の酒豪振りを発揮し、
理系らしく酒の混合実験などが行われた。
最後まで笑顔が絶えない会ではあったが、
ウィスキーと日本酒の混合実験で出た被害者は、笑ってられない状態だった。
大河―サキはというと、お酒に強くないことを自覚し飲まずにいたのだが、
どうしても断れない最初の一杯と、後は立ち込める酒臭さで酔っ払ってしまい、
今は竜児に背負われているという状態だ。
「確認するけど、駅でいいんだな」
「はい・・・そこからタクシーで帰れますので・・・」
336 :
代理:2010/08/25(水) 21:58:15 ID:MI5RbK1Y0
奇跡的に、大河はボロを出していなかった。
なんとか最後までサキを演じきろうという女優魂が、
彼女にギリギリの理性を残していた。
ふと竜児が時計を見る。
「たかすせんぱい・・・おいそぎですか?ほんとうすいません・・・」
「ああいや、そういうわけじゃないんだけどさ」
そこで大河は気が付いた。もしかして、わたしのことを気にしてるの?
「かのじょさんですかぁ?」
サキの質問に竜児が答えた。
「ああ、メシ、どうしてるかなと思って」
言ってから、やべえ!と竜児は思った。この言い方だと・・・。
「いっしょにすんでるんですか?」
竜児は何も答えられなかった。
これだけは、あの日の彼女追及騒動でも漏らさなかった事実だったのに。
「しんぱいいらないですよぅ。だれにもしゃべりませんから」
笑い混じりのサキの声に、ふう、と竜児は息を吐く。
これがゼミの連中にバレたら、全部話すまで家に帰してもらえないだろう。
「悪いな。頼むよ」
肩越しに聞こえる竜児の声。大きくて温かい背中が、
歩くに合わせてゆりかごのように揺れる。
それがとても心地よくて、大河は夢半分のまま話し出した。
「せんぱい・・・かのじょさんのこと、だいじにしないとだめですよ?」
「分かってるよ」
半分眠っているようなサキの声に、竜児は素直に答えた。
この調子だと、明日になったら全部忘れているだろう。
「このまえせんぱい、かのじょさんのこと、すきだーっていいましたねぇ」
「それもまとめて忘れちまえ」
「たまには、いってあげてくださいね?」
「え?」
思わずサキを振り返る。
彼女は竜児の肩に顔を埋めたまま喋り続けた。
「おんなのこは、たまにちゃんといってくれないと、
ふあんになっちゃうんですから」
「・・・」
そうなのか、と素直に竜児は思った。
何故かこの後輩の言うことは、大河本人の言葉のように感じる。
想うだけじゃ、不安なんだな。大河。
「ずっと、すきでいてくださいね・・・」
「おう」
それは自信がある。絶対の自信が。
「うわきとか、しちゃだめですよ・・・?」
「しねえよ。するわけねえ」
竜児は答えた。明日になればこの子も憶えていないだろう。
だから、心からの想いを、話してみることにした。
「俺は、ずっとあいつだけだから」
返事はない。さすがにクサすぎたか、と不安になって振り返れば、
どうやらサキは寝ているようだった。
337 :
代理:2010/08/25(水) 22:02:17 ID:MI5RbK1Y0
「まったく、変わった後輩だよ・・・」
呟き、少し笑ってから、サキを背負い直して駅に向かう。
294 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:04:12 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
サキをタクシーに乗せ、発車を見送ってから、竜児も1人家路についた。
自然と早足になってしまう。大河が腹を空かしてないか心配だった。
それ以前に、今日は遅くなるとも何とも言っていない。
もしかしたら、怒ってるかも。
電話だけでも入れようか、と携帯電話を取り出したとき、
狙ったかのように着信が入る。
大河からだ。
「もしもし?大河?」
「んぁ?竜児?」
「なんだ、お前、酔ってんのか」
「んー・・ちょっと大学で飲み会があってね、
電車無くなっちゃいそうだから、今日は友達のうちに泊まる〜」
「そっか。分かった。実は俺も今まで飲んでて、まだ家帰ってねえんだ」
「なによ〜だめいぬ〜ふぃあんせを車で迎えにくるぐらいしなさいよ〜」
「飲酒運転になるっつーの。とにかく、友達に迷惑かけんなよ」
「わかってる〜っつ〜の。あんたはわたしのははおやかー」
「はいはい、わるうございましたよ」
そこまで言って、竜児はふとサキの言葉を思い出す。
―たまには、いってあげてくださいね?―
今ならお互い酔ってるし、勢いということで誤魔化せるかも―
「大河、あのさ」
「ん?何よ」
「あのさ、その・・・」
「じれったいわね、なんなのよぅ」
「あ・・・あぃ・・・愛・・して「あ?友達のうち着いたから切るね。また電話する」
プツッ・・・っと電話が切れる。
竜児はしばらく、真っ赤な顔で電話を耳に当てたまま、口をパクパクしていた。
その顔を見た酔っ払いが、千年の酔いも一瞬で醒めたという表情で逃げていく。
ようやく携帯を耳から離し、夜空を見上げて声を漏らす。
「やっぱ難しいって・・・後輩・・・」
338 :
代理:2010/08/25(水) 22:03:10 ID:MI5RbK1Y0
295 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:04:42 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
タクシーの中、大河も大河で、電話を切った姿勢のまま固まっていた。
あ、あのバカ。最後に何を言おうとした?酔いも一瞬で醒めたわ。
「飲み会があったから友達の家に泊まる」というのは半分嘘で半分本当だ。
飲み会があったのは本当。友達の家に泊まるのも本当。
ただ半分の嘘は、飲み会があったから帰れない、のではなく、
とてもじゃないけど今、竜児の顔を見れないからだ。
竜児の背中に揺られながら、大河は最後まで起きていた。
だから、聞いていた。あのセリフも。
―俺は、ずっとあいつだけ―
思わず心臓が止まりかけ、返事も出来なかった自分を、
竜児は寝ていると勘違いしてくれたらしかった。
とにもかくにも、一旦落ち着かなければ竜児の顔など見られない。
今帰っては、竜児の顔を見た瞬間に押し倒してキスをして、
その後恥かしさの余り殴り飛ばすぐらいの暴走をする自信があった。
だから、今日は一旦気心知れた友達の家に避難し、
落ち着いてから明日帰ろうと思っていた。
それをあの男。まさかこんな追撃を仕掛けてくるとは。
「逃がさん・・・お前だけは・・・」で有名なボスを髣髴とさせる凄まじい追撃。
これは、今夜は眠れないかも知れない。
とりあえず、宿泊先の友人に電話し、謝っておこう、と大河は思った。
今日は一晩中付き合ってね、と。
339 :
代理:2010/08/25(水) 22:04:22 ID:MI5RbK1Y0
296 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:05:44 ID:???
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
翌日。本当に一晩中友人相手にノロケ続け、
約束していた8時になると同時に家から蹴り出された大河は、
何とか落ち着きを取り戻して、ようやく自分のアパートに帰ってきた。
合鍵を使って部屋の戸を開く。
「ただいま〜」
「おう。やっと帰ってきたか。不良娘め」
「あんた、つくづく母親みたいね」
「言ってろ。待ってな、今味噌汁あっためてやるから」
竜児の顔を見ていると、昨日の事が思い出されて心拍数が上がったが、
ギリギリ何とか耐えられるレベルだった。
1日経ってもまだこれだ。やはり昨日は帰って来なくて良かった。
「昨日、あんた何の飲み会だったのよ?」
「ん?ああ、いつか話したろ、ゼミの見学に来てた後輩。
そいつが転学するからって、その送別会」
「ふうん。居なくなっちゃうのね」
「ああ。結構良い奴だっただけに、残念だよ」
そういえば、竜児の浮気疑惑は完全に晴れたが、
唯一確認していないことがあったのを、大河は思い出した。
「そういえばあんた・・・いつだったかその後輩とやらのことを、
可愛いって言ってたわよね・・・?」
「おう!?」
「あのときはなんだかんだで誤魔化されたけど・・・
今日こそ聞かせてもらおうじゃないの。
・・・わたしと、その子、ど っ ち が 可 愛 い の ?答えによっては・・・」
あの日と同じ質問を、竜児に向かって投げつける。
だが竜児は、コンロの火を止めて、息を吸うと大河をまっすぐ見て言った。
「大河だ」
ぼんっ!という爆発音が聞こえるほど、大河が一瞬で赤くなった。
「ば、ばっ、ばかいぬ!あんた朝っぱらから台所で何を言って!!」
「あっ、あれ!?たまに言わないとダメなんじゃなかったのか!?」
「なにを意味の分からないことを!あんたって奴は!あんたって奴は!!」
「待て、分かった!まずは落ち着け!」
こうして、騒がしくも楽しく幸せな一日がまた始まる。
2人がいつか求めた日々。2人、普通に、いっしょにいるだけで幸せな毎日が。
Fin
p.s.
「そういえば、あんた、今度大学のゼミの友達っての?私に紹介しなさいよ」
「は?なんで?」
「いいからする!なんか仲良くなれそうな気がすんのよ!」
「どういう理屈だよ!」
Fin
340 :
代理:2010/08/25(水) 22:05:17 ID:MI5RbK1Y0
297 :高須家の名無しさん:2010/08/24(火) 19:13:17 ID:???
無駄に長い投下にお付きあいいただき、ありがとうございます。
ぶっちゃけ、「勘違いタイガー、化けて竜児の大学に行く」という、
まとめちまえば20文字以下ですむプロットをよくもまあダラダラと・・・
ほんとすいません。修行してまた来ます。では。
>>340 これは楽しいラブコメ!!
いつドジるかと冷や冷やしながら読んでたが、やり通すとは…大河の女優魂すげぇw
至るところで見えるラブラブっぷりに萌えて萌えて仕方ないw
大河一筋の竜児が浮気なんてありえないな
新しい友人達に溶け込んでる感もいいなぁ。紹介してほしがってる大河可愛い
GJでした!
おつでした!
プロットとか気にしないでどんどんやってくれ
>>340 GJ! おもしろい!
大河かわいいよ、大河
344 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/26(木) 23:18:46 ID:NdYuwhjZ0
おつです!
大河の、ッッしゃあッ!!には吹いたw
このぶっとんだ感じがいかにもとらドラ!ってかんじ
この世界観でまた書いて欲しいです
すいません
アゲちゃいました・・・
無問題。
新たな書き手の登場を祝おうではないか諸君…ッ!
>>340 いや、マジG-J!
代理のお二方も本当に乙でした。
大河、いちいち可愛すぎるだろう!文中にあるように、ニヨニヨしっぱなしでしたよ!
いいなぁ、楽しげで。是非、ゼミ生の一人に混ぜてもらいたい!
348 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/27(金) 14:50:12 ID:+bHwzRsS0
>>348 クソワロタw
たたずまいがイイね! で、なんで「あんみつ」?
>>311 乙!
今更ながら、改めて二人の決意に乾杯
>>340 乙!
ニヤニヤさせていただきました。
大河ママ、110番だけは勘弁してあげてwww
酔ってもボロを出さなかった大河に感動した!
352 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/28(土) 00:03:59 ID:fh2PPE/R0
>>340 マジで乙!
なんというかうまく言えないけど、全体的に完全にとらドラワールドだった
とても面白かった、ありがとう!
代理行きます!
でも間違いなく途中で規制入るので、誰か俺に続いてくれw
>>303 おっしゃるとおり、実は思いっきり「オニデレ」リスペクトです。
大河さんの変装後なんか、思いっきりイメージはアンジーさんです。
アンジーさん、久々に個人的にヒット、いやスリーベースぐらいのキャラだったので、
なんとかとらドラ!と絡めてみたい!と思って書き出したはいいんですが、
じゃあどうやったらとらドラ!っぽくなるのか、と、
だいたい大河さんってあそこまでデレデレキャラじゃないやんと、
試行錯誤していたらこんなアホみたいな長文になりました。
暇つぶしに今ワードで文字数カウントしてみたら、25000字くらいありました。
大学のときの卒論より長いやん・・・と・・・。
ついで、と言ってはなんですが、上達のためには書くことだ、と思い、
またしてもアホみたいに長いヘボ文を書いてしまいました。
バカみたいな連投で申し訳ないのですが、何レスかお借りして投稿させていただきます。
アドバイス、本スレへの代理投稿、超絶大歓迎です。
今回はタイトルも先に考えてきました。「虎と竜と自慢の恋人」です。
では、よろしくお願いいたします。
「竜児、あんた、今度の土曜日ヒマよね」
いつものように夕飯をタカりに来た大河が、茶の間から唐突に声を掛けた。
「おう、疑問文ですらねえんだな・・・。実際ヒマだけどよ」
しょうが焼きを皿に盛り付けながら、竜児が答える。
夏休みも終わりが見えてきた8月中旬。
紆余曲折を経て恋人同士、をすっ飛ばして婚約者同士にまでなった2人も、
今や来年に大学受験を迎える受験生。
今日も今日とて朝から市の図書館で勉強会を開き、先ほどようやく帰って来たところだ。
ちなみに竜児の母・泰子は、自身が店長を勤めるお好み焼き屋で
新入りバイト君の歓迎会があるからと、今日は帰りが遅くなる予定だった。
「ヒマなんじゃない。うだうだ言うな、主夫犬め」
高2のときから2人の関係も変わったが、
この娘―逢坂大河の口の悪さは相変わらず。
それでも昔はダメ犬、バカ犬呼ばわりだったのが今では主夫犬。
少しはマシになったのか。なったのか?
「はいはい、わるうござんした・・・で?土曜に何かあんのか?」
手に持ったしょうが焼きの皿をちゃぶ台に置く。
待ちに待った肉の登場に、だらしなく寝っ転がってテレビを見ていた大河が跳ね起きた。
「きたきた!あーおなか減った!」
早速箸を手に取って、肉にぶっ刺し口に運ぶ。
「こら!いただきますはちゃんと言え。農家と豚に感謝しろ」
「いただいてまふ」
「事後確認かよ・・・。あーお前、米粒ぽろぽろじゃねえか!落ち着いて食えねえのか。
だいたい箸の持ち方が悪いんだよお前は」
ご飯をかっ込み、ハムスターのようになった大河に竜児が注意する。
彼は基本物静かな性格だが、食事と掃除とエコにはうるさかった。
「ふぉんふぉあんふぁふぁうるふぁいわね」
「食べ物を口に入れて喋るんじゃありません!」
一度、この子虎にはテーブルマナーを叩き込まねばならないのかも知れん。
行儀悪く箸で皿を引き寄せる大河を睨みながら、竜児は真剣にそう思った。
それは、もし睨まれたのが大河でなかったら、箸も皿も放り出して
土下座しながら財布を差し出してしまいそうな顔だった。
「それで、土曜日が何だって?」
2杯目の米を要求しつつ、ようやく人心地ついた様子の大河に、竜児は改めて尋ねた。
「ん?あぁ、え〜っと・・・あれ、なんだっけ?」
「俺に聞かれて分かるかバカ」
「ほっほ〜う。大層な口を聞くじゃない、しゃもじ犬風情が。
ああ、今の怒りで思い出したわ。ちょっと付き合って欲しいところがあるのよ」
一応竜児のおかげ?で思い出したにも関わらず、
大河はきっちりちゃぶ台の下でケリを入れてから言った。
「いてっ!おい蹴んな!・・・ったく。んで、どこに付き合えってんだ?
まさかまた1ヶ月メシが食えるような値段の洋服を買う気じゃねえだろうな。
だったら俺は全力で阻止するぞ」
「洋服買うならあんたとなんて行かないわよ。
買うたび横で"ああ、それ買う金があれば半月は食っていけるのに〜"とか、
"それにもうちょい足せば新しい掃除機が買えるのに〜"とか、
哀れっぽく言われちゃたまんないわ。ちょっと別のところよ」
実際そんなセリフを言った憶えのある竜児は反論できなかった。
思えば、あれ以降大河の洋服を一緒に買いに行った記憶はない。
「・・・。で、どこなんだよ、それは」
「ちょーっとまだ予定が未定なの。決定したらまた話すわ」
手渡された茶碗と再び格闘し始めた大河に、これ以上聞いても答えは返って来なさそうだ。
今の話では何があるのか全く分からないが、また話すというならそれを待つか。
大河がこぼしたキャベツの切れ端を拾いつつ、とりあえず竜児はそう判断した。
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
土曜日。
「で、結局なんだってんだよ」
不機嫌さを隠さず、竜児は大河に尋ねた。
また話す、という大河の言葉を信じて待っていたら、何も聞けないまま土曜になってしまった。
朝っぱらから高須家に乗り込んできた大河に洋服を着替えさえられ、
グイグイ引っ張られて駅まで来て、切符代まで払わされて電車に押し込まれ今に至る。
いくらこの恋人が勝手極まる性格の持ち主とはいえ、いい加減理由を聞かせてもらいたい。
でなければ、券売機に飲み込まれていった野口英世も報われない。
「そうね、もう逃げられないし、いい加減話そうかしら」
不穏な前置きをして、大河は今日の目的を告げた。
「前の高校の友達がね、あんたを紹介して欲しいって」
・・・。
「は!?」
思わず電車の中ということも忘れ、竜児は大きな声を出した。
耳を押さえて顔をしかめた大河が言う。
「うるっさいわね。電車の中では静かにって、教わらなかったの?」
お前にマナーを説かれたくないわ、と頭の片隅で思いつつ、竜児は矢継ぎ早に質問を投げる。
「ま、待て待て!前の高校の友達って何だよ!?」
「何って、わたし、一時期違う高校に行ってたじゃないの。あんた忘れたの?マルツアイマー病?」
恐らくアルツハイマーと言いたかったのだろうが、今の竜児にツッコむ余裕は無い。
「そ、それに紹介ってどういうことだよ!?」
畳み掛ける竜児に、大河は哀れみと蔑みを混めた眼を向けて言った。
「イチから説明しないとダメ?」
当たり前だ。今ので理解しきれるか。
「要するに、前に通ってた学校の友達が、夏休みだからってこっちに遊びに来るんだって。
で、わたしに・・・その・・・コイビトが、居るって知ってるから・・・会ってみたいって言ってて」
最初の方はいかにも面倒くさそうな顔で説明していたのに、
"恋人"という単語を口に出すと急に、大河は照れくさそうにもじもじし出した。
その様子はまさに恋する乙女そのものだ。
もとから容貌の整っている大河のもじもじは、破壊力が高かった。
正面の若いサラリーマンが、大河を見つめてぽかんと口を開けている。
直後、竜児の顔が視界に入るや一瞬にして青ざめ、マッハで寝たふりを決め込んだ。
だが混乱の最中にある竜児は、そんな周囲の様子に気付かない。
「じっ・・・じゃあ何か。俺は今からお前の友達に会うのか。お・・・女の子、だよな?」
「当たり前じゃないの。ついでに、紹介して終わりじゃなくてそのまま水族館に行く予定」
こいつ、だからこんな寸前まで黙ってたのか。最初に言った"逃げられない"はそういう意味か。
「だって竜児、このこと最初から言ってたら、きっと来てくれなかった」
少しむくれる大河。だが彼女の言うことは当たっていた。
竜児には、人見知りの傾向がある。彼の持つ極めて凶悪な目つきがその原因だった。
昔から、初めて会う人には必ずこの眼がビビられていた。
それがトラウマとなって、知らない人に会うのが苦手だったのだ。
ましてや今日の相手は華も恥じらう女子高生だというではないか。
会った瞬間泣き出されても不思議ではない。
少なくとも、かつて女子小学生には泣かれた経験が彼にはあった。
「わたしもさ、最初は断ろうと思ってたもん。
でもあの子たちが、どうしてもって言うから・・・。一目会ってみたいって」
そして再びもじもじモード。
「それにさ、前に・・・あっちの高校に通ってた頃に、カレシ自慢聞かされたことがあるの。
だから、わたしもさ、してみたかったんだもん。わたしのカレシの自慢、してみたかったの・・・」
うつむき、顔を赤くして、小さな声で。
今度のもじもじは先ほどよりも更に威力を増していた。
どくん、と竜児の心臓が高鳴る。
この野郎、良いパンチ持ってるじゃねえか。
だがな、審判。今のはスリップだ、ダウンじゃねえぞ。カウントとめろ。
頭の中でファイティングポーズを取り直し、
審判に試合続行を求める竜児の心を知ってか知らずか、
大河は竜児の服のすそを、きゅ、と握って、上目遣いで小さく言った。
「だめ・・・?」
心臓が、先ほどよりも大きく鳴った。
おのれ、普段はキーキーうるさい子虎のくせに。
そんなお願いの仕方、どこで習った。川島か。
少なくともお父さんは、そんな子に育てた覚えはありませんぞ。
動揺から、竜児は心の中で思わずムック口調になった。
もはや勝敗は決していた。
はぁ、と溜息をついて頭を掻き、竜児は答えた。
「分かった、分かったよ。今更帰るのも電車代がもったいねえし、
いい息抜きになるかも知れねえ。最後まで付き合ってやらぁ」
「やった!ありがと竜児!あ、安心してね、友達には"顔は怖いけどヘタレ"って伝えてあるから!」
「安心できるか!」
きゃらきゃらと笑う大河を見て、竜児も何だかどうでも良くなってきた。
もし顔が怖くて泣かせたら、謝ろう。
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大河が前の高校の友人との待ち合わせ場所に選んだのは、
2人の住む街から少し離れた都会の駅前だった。
目印の時計台の下で、友人の到着を待つ大河。
旧友との再会の喜びもあるし、加えて竜児と遊びに出掛けるのも久しぶり。
にこにこと笑顔を浮かべている。
その横で、緊張の余り真顔になっている竜児。
"恋人の友人に紹介される"などという事態、生まれて初めてのイベントだ。
最初は何て言えば良いんだ・・・まずは名前か?名前だよな?
できれば笑いを取れればベストだが、自分にそんな話術は無い。
あれこれ悩むその顔は、敵の組長のタマ獲って来い、と命じられたヤクザのそれだった。
彼らは気付いていなかったが、微笑む美少女に声を掛けようと近づいてきては、
隣のヒットマンに気付いて逃げ出していくナンパグループが何組か居た。
「あ!あれ、大河ちゃんじゃない?」
「ほんとだ!おーい、たいがぁ〜〜!」
突然響いた明るい声。大河はパッと明るい笑顔を声の方に向け、竜児はビクリと体を固めた。
哀れにも竜児の視線が直撃した散歩中の犬が、尻尾を丸めて飼い主の足元に逃げ込んだ。
「こっちこっち!わぁ、2人とも、久しぶり!」
大河が手をぶんぶか振って友人たちを迎えている。
竜児もギギギ、とそちら側を向いた。
キャッキャと喜ぶ2人の少女。彼女らが大河の前の高校の友人たちか。
大河の名前を大きく呼んだ方は、髪を少し茶色に染めた、活発そうな少女だった。
大橋高校の親友・櫛枝実乃梨から、変人成分を抜いたらこんな感じだろうか(本人には失礼だが)。
もう片方は、セミロングの黒髪をした、お嬢様っぽい女の子だ。
去年同じクラスだった、香椎奈々子に少し似ている。ただ香椎の方が大人っぽかったかも。
「へえ!じゃあこの人が大河の彼氏君なんだね!初めまして!」
いきなり自分に話を振られ、竜児はハッとなった。
いかん、挨拶もせずに分析なんぞしてしまった。女性相手になんと失礼なことを。
そうだ、まずは挨拶。人間、初対面の相手には、一にも二にも挨拶だ。
「こっ、こんにちは、初めまして。大河さんとお付き合いさせて頂いてる、高須竜児と言います」
バッと45°まで頭を下げる竜児。
言ってから、色々変なところに気付いた。
まず、なんで"さん"付けだ。いくらなんでもテンパりすぎた。
沈黙が怖い。やばい、やはりビビらせてしまったか。
そろり、と顔を上げたところで、2人の少女が弾けたように笑い出した。
「あっははは!高須君、何でさん付けなんですか!
お父さんに挨拶するみたいでしたよ!あはははは!」
「ちょ、ちょっと笑いすぎだよ。でも、ふふ、ごめんなさい、ふふふ、私も少し可笑しかった」
一気に顔が熱くなる。何故か大河も赤面している。
「いっいや違うんだ!いや、何も違わないけど、とにかく、ちょっと緊張してて!」
「ちょっとじゃないわよこのバカ!どんだけ緊張してたらあんなんなるのよ!」
ドカ、と大河がケツに膝蹴りを叩き込む。
「おうっ!?いや、スマン。スマンがスカートでニーキックはやめろ!」
いつものやり取りを始める竜児と大河に、友人2人の笑いも大きくなる。
「あー、面白かった。でも大河が言ってたとーりだわ」
「本当ね。見た目は怖いけど凄く良い人だ、って」
「い、良い人だなんて言ってない!」
「はいはい大河、照れない照れない」
「あ、ごめんなさい、高須さん。私、怖いだなんて」
「おう、いいんだ。よく言われる」
大河が懐くだけあって、この2人の少女はかなり親しみやすい性格なようだ。
実際大河が自分のことをどう説明してくれたのかは分からないが、
彼女たちは竜児が不安に思っていたほど、自分を怖がってはいない。
「でも先に謝っとくけど、アタシも最初、うわ〜怖ぇ〜って思ったよ。
あれって大河絡まれてるんじゃないのって」
「ちょ、ちょっと」
「あんただって、最初、ヒッ、って言ったの、アタシ聞いてたよ」
「あ、あれは!ああ、高須さん、ホントごめんなさい」
いや、訂正。やはり若干の恐怖心は与えてしまったみたいだ。
「そうよ、あんたの顔が凶悪なのが悪い」
「お前は少し気遣いを覚えろ」
竜児もようやく緊張が解けてきた。
「さ!それじゃあ早速、水族館に行ってみよー!アタシ、楽しみにしてたんだー」
おーっ、と続いて声を上げる大河。本当に仲が良かったんだな、と竜児は思った。
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水族館に向かうバスの中、竜児は2人から向こうの高校に居た頃の大河の話を聞いていた。
「・・・それでねー、普段はそんなにケータイなんか見ないくせに、
たまにチョー嬉しそうな顔でケータイ見てて」
「ちょっ!」
「そうそう、なんだか凄く一生懸命メール打ってたよね、大河ちゃん」
「ばっ!」
「ああ、こりゃあ・・・と思ったよアタシは。大河、結構男子に人気あったくせに、
男なんかに用は無ぇーって顔してたから、なんかあるなとは思ってたけど」
「まっ・・・」
「お弁当食べながら空見上げたりしてたよね」
「完全に乙女の顔でね。あとさ、この子たまに視線が上に飛ぶんだよ。
さっき気付いたんだけど、それがちょうど高須君の顔の辺りの―」
「待てぇーーい!!」
ばたばた手を振って大河が話を遮る。
竜児は口元を押さえて、真っ赤になった顔をそらしていた。
他人の口からは初めて聞く、離れ離れになっていた間の大河の話。
一部は自分にも覚えのある話だ。
大河からのメールに思わず笑顔が浮かんだり、
ふとしたときに、大河の頭がある辺りに視線を向けてみたり。そこには誰も居ないのに。
だが、大河も自分と同じように過ごしていてくれたとは。
「たまに"りゅ・・・"って言いかけて止めたりしてたけど、
そっかー。あれは"りゅうじ"って言おうとしてたん「もうやめれーーー!!」
大河が叫ぶ。
もう止めて、というのは竜児も同じ気持ちだった。
こういう話を聞けたのは嬉しい。だがそれよりも、恥ずかしすぎる。
できればバスに停まってもらって、そのまま逃げ出し行方をくらましたい気分だった。
散々大河をからかって(間接的に竜児もからかって)、
2人がゆでだこみたいに赤くなった頃、ようやくバスは水族館に到着した。
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バスから降りた彼らを出迎えたのは、大きなヨットのレプリカだ。
この水族館は、全国的に見てもかなり大きい方だった。
腹が減っては何とやら、まずは昼食を取ろうじゃないかという2人(大河とその友)の意見に従って、
4人はシーフードレストランに入った。
ここでも話の中心は大河だった。今度は竜児が、大橋高校での大河の話をする番だった。
「・・・んで、こいつは3年の教室に殴り込みかけてな。しばらく停学食らってた」
大橋での大河の伝説の数々は、2人の友人にとってにわかに信じられないものでもあった。
彼女らの学校に通っていた頃も大河は、確かに口が悪かったりしょっちゅうドジをやったりしていたが、
竜児が話すほどの暴走をやらかしたことは無かったからだ。
だが大河にしてみれば、竜児の話は封印したい黒歴史の暴露でしかない。
「竜児・・・あんた、よくも人の過去をベラベラと・・・よっぽど命が要らないみたいね・・・」
「まっ、待て、大河。ただの思い出話だろ?」
「あんたにとってはそうかも知れないわね・・・でもわたしにとっては、それじゃ済まないのよ・・・」
パキキ、と指を鳴らして、怒りの炎をくゆらせる大河を、しかし友人たちは止めなかった。
これが自然な大河の姿なんだろうなぁ、などと、微笑ましく見守っている。
竜児としては、とてもじゃないが笑っていられないのだが。
必殺の目潰しが放たれようとした刹那、注文していた料理が運ばれてきて、竜児は危ういところで生き延びた。
「チッ・・・命拾いしたわね」
食事を前に戦闘を続行するほど、大河の腹は満たされていなかった。
まずはメシだ。
「ん」
大河は魚料理の乗った皿を竜児に突き出した。
なんだ?と見守る友人たちの前で、竜児は「はいはい」といつものように魚の身をほぐしてやる。
「ほれ。骨もカルシウムだから食えよ。ノドに刺さらないように気を付けろ」
注意とともに大河に魚を返して、竜児も姿勢正しく食事を始める。
食事のマナーにかけてはそこらの大人よりよっぽど正しい竜児の前で、
友人たちもやや緊張気味に、各々料理にフォークを伸ばし始めた。
「あーお前、ほっぺたに葉っぱついてる」
ふと大河を見やった竜児が、呆れたように笑いながら言った。
「え、どこ?」
「待てよ、取ってやるから」
大河の頬に手を伸ばす竜児。
「ん」
目をつぶってほっぺたを向ける大河。
「・・・ほい、取れた」
小さく礼を言う大河を目の端に入れつつ、竜児は大河の頬から取ったハーブをぱくりと口に入れた。
「!」
「!」
「ん?」
大河の友人たちの様子がおかしい。
フォークにエビを刺したまま、真っ赤になってこちらを見ている。
大河もそれに気付いたようだ。
「どしたの?2人とも」
「どうしたもこうしたも・・・ねえ?」
「う、うん」
「?」
「た、大河たちさ、普段一緒にご飯食べてるときも、そうやってしてるの?」
「そうやって、って?」
「いや、だから、高須君に魚ほぐしてもらったり、さ・・・」
「ほ、ほっぺの食べかす、高須さんに取ってもらったりとか・・・」
「へ?」
大河と竜児は全くもって不思議そうな顔で2人を見ていた。
(ああ・・・これは・・・)
(本当に気付いていないのね・・・)
お皿を渡しただけで、大河が何をして欲しいのか一瞬で理解した竜児。
丁寧に魚の身と骨を分けて、小さく微笑んでそれを返して。
ん、と受け取った大河は、なんだか少し嬉しそうで。
頬についたハーブにも気付かずはぐはぐと食べる大河は、まるで子猫みたいに可愛くて。
それに気付いた竜児の声は、まるで優しいお兄さんのようで。
子どもみたいにぺたぺた顔を触っていた大河は、
取ってやるよ、という竜児に、ちょっと桃色に染まった頬を向けて。
しょうがねえなあ、と笑いながらそれを取ってあげる竜児に、ありがと、と照れくさそうに言う大河。
とどめに竜児は普通にそれを口に入れてしまった。全くもって自然に。
何なんだ、このカップル。
友人たちは同時に思った。
からかえばすぐ真っ赤になってウブだなぁ、などと微笑ましく思っていたら、
新婚夫婦も裸足で逃げ出す甘い空気で一瞬にしてテーブルを覆い、
しかし当の本人たちは、何ら意識した様子もなく食事を続けている。
事実、自分たち以外にも、隣のテーブルのカップルも真っ赤になってチラチラこっちを見ているし、
奥のテーブルからも老夫婦が、さも若いわねえと言いたげな顔をこちらに向けているというのに、
この2人はどこまでも自然体だ。
つくづく、この2人と同じ学校でなくて良かった、と思った。
昼休みに毎日、こんな2人だけの世界丸見えの光景を見せ付けられては、教室に居づらくて仕方ない。
同時に、彼らの今の同級生たちに心から同情した。
特に独り身には、この2人は劇毒以外の何者でもないだろう。
ただ、友人たちは知らなかった。実際毎日この毒を浴びている独神が居ることを。
自分たちの存在自体が無慈悲な兵器と化していることに気付きもせず、
竜児と大河は不思議そうに顔を見合わせていた。
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友人2人に中々のダメージを与えつつ食事を終えた竜児たちは、
いよいよ本番の水族館に向かって歩く。
なんだかんだ言って竜児と水族館に来るのは初めてなので浮かれている大河と、
さり気なく、そんな大河がいつ転びかけても助けられるポジションに居る竜児。
そんな2人の後で、友人たちはこのカップルの危険性についてとつとつと語っていた。
(やばいよ、大河チョー嬉しそうだよ。メッチャ笑顔で高須君に話しかけてるよ)
(ほんと、そばで見てても丸分かりだね。あ!転ぶ!)
(うわ、高須君即助けた!?何あの動き!)
竜児の方を振り返り、後ろ向きに歩いていたせいで転びかけた大河と、
まるで予測していたかのようにその手を取って助ける竜児。
呆れ顔の竜児の注意に反抗しつつも、大河は嬉しそうだった。
あの桃色タイフーンの中に入っては無事では済まないだろうが、
傍で見ているだけなら空気が痒い程度の被害だ。
幸せそうな大河を見ているのは楽しかったので、とりあえず2人は傍観者で居ようと決めた。
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水族館の中に入るや否や、早速水槽に駆け寄っていく大河。
「おい!中は暗いんだから走るとコケ・・・!」と言ってるそばから、
とととっ、とつまづく大河。何とか踏ん張ったようだが、あのドジ。せめて最後まで言わせろ。
後ろを振り向き、大河の友人たちにも一声かける。
「2人も、足元見え辛いから転ばないように気をつけてな。
特にハイヒールだと危ないから」
「あ、はい」
答えながら、2人はちょっと感心していた。
この男、自分の彼女だけじゃなく、私たちのこともちゃんと見ていてくれたのか。
竜児が高校で「気遣いの鬼」と呼ばれていることは、もちろん2人とも知らない。
「見て竜児、カレイ!これ食べれるよね」
「ああ。煮付けにすると美味いな」
「これ・・・も、カレイ?」
「いや、これはヒラメ。シタビラメ」
「食べれる?」
「食べれる。塩コショウとバターでムニエルにすると美味いぞ」
「竜児、ハコフグだって!これは?」
「食えるぞ」
「でもフグだし、毒は?」
「皮膚に毒があるだけだ。中身くりぬいて味噌なんかと混ぜてから詰め直して焼くと、かなり美味いぞ」
(水族館の魚見て食べれるか聞く人って、ホントに居るんだ・・・)
(高須さん、答えが具体的・・・本当に料理得意なんだね)
そうして2人の後ろからついて歩いていた友人たちだったが、どん、と誰かとぶつかった。
「いてーなおい、どこ見て歩いてんだ?」
居丈高な声を出したのは、ケバい女性を連れた茶髪の若い男だった。
「あ、ご、ごめんなさい!」
謝って去ろうとする少女たち。しかし、この男は中々に性質が悪いようだ。
「おいおいおい、ぶつかっといて逃げる気かよ」
「あの、すいません。俺の友達が、何か?」
そのとき、男に後ろから声が掛かる。
あ?と振り向いた男の眼に映ったのは、館内の暗がりの中でなお瞳に紫電を宿す戦鬼だった。
ヒィッ!と、引きつった悲鳴が上がる。
「俺の友達が何か・・・?」
妙な声を上げたまま反応のない男に、竜児はもう一度尋ねた。
はっきり言って心臓はバクバクしている。相手はどう見てもヤンキーだ。
普段なら絶対関わりたくないが、何だか大河の友人たちと揉めている。
大河をけしかければ3秒で撃滅するだろうが、こういうときは男の自分が行かなければ。
一方でヤンキー男の頭には、ヤバイ、の一言だけが浮かんでいた。
こいつはヤバイ、マジでヤバイ。この眼、間違いなく何人か手に掛けてる。
脳内でアラートが鳴り響く。絶対なる恐怖が、彼にただ1つの行動を取らせた。
即ち、謝って、逃げる。
「すっ、すんませんでした!!」
90°に頭を下げて、猛烈な早歩きで立ち去っていく男を見送り、竜児は、ふぅ、と息を吐いた。
なんとか穏便に収まった。こういうときだけは、自分の顔を形作る遺伝子に感謝だ。
「大丈夫か?」
とりあえず2人に声を掛ける。
「ぁ・・・は、はい。大丈夫です。ちょっと、怖かったっ・・・けどっ・・・」
と、1人が涙をぽろっとこぼした。
「あーあー、ちょっとほら、こんなところで泣かないの」
もう1人がなんとか慰めるも、彼女は少し落ち着けそうにない。
後ろから大河もやってきた。
「ちょっと竜児、急に居なくならないでよ・・・って、2人ともどうしたの!?」
うわやべ、と竜児は思った。
すでに問題の男も去った今、何も知らずにこの状況を見たら、
"鬼が2人の少女をいじめているの図"にしか見えない。
多分に漏れず、大河もそう思ったらしかった。
「竜児・・・あんた、私をほっぽって一体何を・・・!!」
「待て待て、誤解なんだ!とりあえず一旦外に出よう!」
今にもノド笛に噛み付いてきそうな虎と、泣きじゃくる少女。
とにかく明るいところに出て、状況を落ち着かせなければ。
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
「・・・ってことがあったんだよ」
竜児の必死の説明と友人2人のフォローを受けて、虎はようやく牙を収めた。
「ふん・・・ま、そんなとこじゃないかと思ってたけどね、わたしは」
「嘘こけ」
なんだかんだで大河をなだめているうちに、泣いていた友人もすっかり落ち着いたようだった。
「ごめんなさい、高須さん。ちょっと混乱しちゃって」
「いや、気にすんなって」
あんたのせいじゃないんだから、という竜児の笑みに、なんだかホッとしてしまう。
助けてもらっておいて失礼な話だが、さっきの竜児は怖かった。主に顔が。
「しかしナメたマネしてくれるわね私の友達に。なんで水族館ってお土産屋で木刀売ってないのかしら」
「待てお前、売ってたとしてそれで何する気だ」
「何って決まってんじゃない。人誅よ人誅」
危険な会話を繰り広げる大河と竜児を見て、ようやく友人たちにも笑顔が戻った。
「ふふ、もう大丈夫です。ね、イルカショー行きましょ、イルカショー!」
折角の水族館。少しケチはついてしまったが、まだまだ楽しまなければ。
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
屋外に設けられたイルカショー用のプールには、続々と人が集まりつつあった。
開演時間より早めに来たおかげか、4人は前の方の席に座ることが出来た。
最前列に竜児と大河。そのすぐ後ろに大河の友人たち。
と、突然大きな音楽が流れ、水中からザバッ!とイルカがジャンプした。
『みなさーん!こんにちはー!今日はイルカショーに来てくださって、ありがとうございまーす!』
飼育員のお姉さんの声がスピーカーから響く。
その間にも、イルカたちはバッシャバッシャと跳ねている。
観客たちから歓声が上がる。
竜児がチラ、と横を見れば、大河もまたキラキラした目でイルカを見ている。
竜児は一瞬、こいつイルカも食べる気か、と思ったが、この目の輝きからして純粋に楽しんでいるらしい。
イルカも結構美味いらしい、とは言わずにおいた。こう見えて彼はムードを大切にするタイプだった。
飼育員の笛に合わせて、イルカがざぶん、とプールから観客席に向かって身を乗り出す。
きゅいきゅい鳴きながら観客たちに愛嬌を振りまいていたイルカだが、
竜児と目が合った瞬間鳴き声が止まった。電光石火でプールに戻り、一目散に逃げていく。
「・・・」
大河が何か言いたそうに竜児を見る。
「・・・・・・な、なんだよ」
その視線に負けて、弱々しい声を出す竜児。
「・・・あんた、海のおともだちにも容赦ないのね」
「うるっせえ!」
その後ろで、友人たちが笑いを押し殺していた。
演目はまだまだ続く。
体を半分以上水面に出して尾びれでバック泳ぎ。
飼育員の投げたフリスビーを水中から飛び上がってキャッチ。
同じく、飼育員が水面に掲げた輪をジャンプしてくぐる。
様々な演技が決まるたび、観客から大きな拍手が送られる。
竜児も、年甲斐もなく興奮していた。すげえ。イルカすげえ。
拍手しながら大河が呟く。
「あのロン毛虫より、きっとイルカの方が賢いわね」
「思っても言うなよ・・・」
大河がロン毛虫と呼び、イルカ以下と判断された男・春田その人を友に持つ竜児は、
しかし特に反論はしなかった。
さもありなん、というのが正直な感想だった。
いよいよショーも終盤。水面よりかなり高い位置に、赤いボールがセットされる。
どうやらイルカの特大ジャンプを見せてくれるようだ。
『それじゃあいきますよ〜!・・・はいっ、ジャ〜ンプ!!』
プールから勢いをつけてイルカが飛び上がる。
これまでで一番大きな歓声の中、イルカは空中で一回転。尾びれでボールをキックして―
ドパーン!と特大の水しぶきをあげてプールに着水した。
『前の席の方ー、大丈夫でしたかぁ〜?』
「おう、大河、濡れてねえか?」
そう聞く竜児の前髪から、水がポタリと滴り落ちた。
彼は今、プールに背を向けて大河の真正面に立っていた。
イルカの跳ね上げた水がこちらにぶっかかってきた瞬間、反射的に大河をかばうように立ち上がったのだ。
「竜児・・・あんた・・・」
「後ろの2人も、大丈夫か?」
「えっ、あっ、はい、大丈夫です」
友人たちも、ほとんど濡れてはいなかった。ちょうど竜児の影に入っていたのだ。
「ニイチャン、やるねえ!」
友人たちの隣の席、子供連れのおっさんがニヤニヤしながら声を掛ける。
そこで竜児も初めて気付いた。自分に視線が集まっていることに。
(やべえ、何か注目されてる)
そそくさと竜児は席についた。衆目にさらされるのは苦手なのだ。
思わず立ち上がってしまったが、今の自分は相当恥ずかしいのではないか?
赤くなって視線をさまよわせる竜児の視界に、白い何かか映りこんだ。
「大河。これ・・・?」
「・・・いくら夏でも、あんたがバカでも。濡れたまんまじゃ風邪ひくでしょ・・・」
それは、大河が差し出したハンカチだった。
竜児と目を合わせないようにうつむいてはいるが、頬が赤いのが横からでも見える。
「・・・おう、ありがとな」
今日の天気なら、洋服だってすぐ乾くだろう。
ちょっと恥ずかしかったけど、大河が濡れなくて良かった、と竜児は思った。
「お礼言うのはこっちでしょ・・・」
小さく言った大河の声は、BGMにかき消されて竜児には届かなかったようだ。
こういうとき、はっきり大きくありがとうが言えない自分がちょっと嫌いだった。
後からでもいい、ちゃんとお礼を言っておこうと大河は思った。
それにしても。竜児はやっぱり竜児だ。身を投げ出して、自分を守ってくれた。
こいつは基本こうなのだ。憎まれ口も叩くけど、いざというときには必ず自分を守ってくれる。
でも、それに甘えてばかりじゃダメ、と大河は思う。
今回は水だったから濡れるだけで済んだけど、例えばこれが自動車だったら?
それでもきっと、竜児は迷わず身を投げ出すだろう。
もっともっと、しっかりしなきゃ。私は虎でこいつは竜。
後ろで守ってもらいっぱなしじゃなくて、ちゃんと横に並ばなきゃ。
そうは思っても赤くなるのを止められない頬を髪の毛で隠しつつ、大河は密かに決心を改めた。
その後ろで、友人2人もまたちょっと赤くなっていた。
大河め、一体どうやってこんな男を捕まえた。
自分たちにも彼氏は居るが、こういうとき彼のように、とっさにかばってくれるかは分からない。
事実、竜児と大河の隣では、同じように水に襲われたカップルが、為す術もなく2人揃ってびしょ濡れになっている。
ムスっとした女の子の視線が、大河と竜児に向けられているのが頭の向きで分かった。
実は大橋には一杯居るのか?こんな行動を取れる男子が。
7割冗談、3割本気で、彼女らは転校を検討していた。
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
やや夕暮れの気配が混じる潮風が、3人の少女の頬を撫でていく。
大河と友人たちは今、港を臨む公園のベンチに座っていた。
竜児は、飲み物でも買ってくる、と言って席を外している。
うーん、と伸びをしながら、3人の真ん中に座る大河が言った。
「久しぶりに一杯遊んだわねー、今日は」
友人たちがそれに答える。
「そーだねー。なんだかんだ言ってアタシらも受験生だしさ、こうやって遊んだのホント久しぶりかも」
「だいたい、大河ちゃんと遊んだのが久しぶりだもんね、今日」
半年近く会っていなかったとは言え、気の置けない友人たち。
流れる無言の時間に、心苦しさなどもない。
3人はしばらく、黙って海を眺めていた。
「それにしても、竜児、どこまで買いに行ったのかしら。ノド乾いたのに」
ぽつりと文句を言う大河。友人たちは大河の頭越しに顔を見合わせ、両側からズイっと彼女に迫った。
「な、なに?」
「大河さぁ、ほんと、勝ち組だと思わなきゃダメだよ?」
「へ?」
「高須君みたいなのが、当たり前だと思っちゃダメってこと」
諭すように言う友人と、それにウンウン、と頷く友人の顔を、大河はえ?え?と交互に見た。
「あのね、大河。あれは相っっ当の優良物件だよ。そこんとこ分かってる?」
「大河ちゃん言ってたよね、料理もすっごく上手なんでしょ?高須さん」
「そりゃー確かに顔はちょっと怖いけど、作りが悪いわけじゃないじゃん。どっちか言うとイケメンじゃん」
「しかもすごく優しいし。私のことも助けてくれたし」
「そうそう、ちゃんと周りが見えてるって言うかさ、まさに気が利くって奴?今も飲み物買いに行ってくれてるし」
「多分、私たちを3人にしてあげようって思って行ってくれたんだと思うの。
中々戻ってこないのも、気を遣ってくれてるんじゃないかな」
両側からの砲火にさらされ、目を白黒させる大河に、更に友人たちは続けて言った。
「そうかと思えば何?今日1日で随分仲のいいとこ見せつけてくれちゃって」
「レストランとか?」
「そうそう、何なのよアレ。いっつもあんなことしてたら、あんたらいつか独り身の人に刺されるよ?」
「水族館に移動してるときも」
「そうだよ。大河ってばコケそうになったとき、高須君にバッ!って助けてもらっちゃったりしちゃってさぁ」
「イルカショーでも」
「そうそれ!アタシが一番驚いたのはアレだね。なんなの、あの行動。惚れてまうやろー!って言いたくなったね」
「ちゃんと私たちのことも気にかけてくれたよね」
「ホントなんなの。あんたの高校、実はああいう人いっぱい居たりすんの?」
それは今日1日、桃色の毒気に当てられ続けた友人たちの、心からのグチだった。
「そっ、それは!でも、だってっ・・・!」
「あによ」
言い返そうと口を開くもギヌロ、と睨まれ、さすがの大河も少しひるんだ。
「だって、あんたたちだって、前にわたしに彼氏自慢、したじゃなぃ・・・」
言いながら、だんだん声が小さくなる。
「ッハン。言葉で自慢すんのと実際見せられるのじゃ、モヤモヤ度が違うのよモヤモヤ度が」
「それに、私は、したことないけど・・・」
搾り出した反撃も簡単に切って捨てられ、大河は返す言葉もなくなってうつむいた。
「あーあー、いいなぁ、高須君。大河さぁ、アタシにくれない?」
「そっ、それはダメッ!!!」
顔を跳ね上げ、大きな声で大河は叫んだ。
ダメだ、竜児だけはダメなのだ。お願い、他のものなら何でもあげる。だから私から取らないで―
必死の大河とは裏腹に、言った友人本人は、ニヨリ、と変な笑顔を浮かべた。
「じょ・う・だ・ん・だ・よ」
「へ・・・?」
叫んだときの体勢のまま、ぽかんと大河は固まった。
「だから、冗談。あんたたちの間なんて、入る隙さえ全然無いじゃん」
「もう、意地悪言いすぎだよ」
反対側から、たしなめるような声が聞こえる。
「へ・・・」
ゆるゆると、2人の友人の顔を交互に見やる大河。
「・・・あっははは!もー大河ったら本気にしちゃって!泣きそうな顔するんじゃないの!」
ぐりぐり頭を撫で回され、大河もようやく我に返った。
「あ・・・あ、あんた!!」
「ハイハイ怒らない怒らない。、あんたはすーぐ本気にしちゃうんだから」
「ふふ、でも、今のはちょっとやりすぎたんじゃない?」
「ちょっとした復讐だよフクシュー。今日1日分のね」
ぎゃいぎゃい喚く大河たちのところに、ペットボトルを抱えた竜児が戻ってきた。
「おう、わりい。ちょっと中々自販機が見つからなくて・・・って、おう、大河、お前なんでそんな真っ赤なんだ?」
「うっ、うるさい!バカ!うるさい!元はと言えばあんたが遅いから!」
「うわ痛っ!なんだよ、なんで蹴るんだよ!」
「黙って蹴られろバカー!」
憤る大河と虐げられる竜児、それを見て爆笑する友人の横で、一人だけが気付いていた。
(ペットボトルに水滴がいっぱい・・・。高須さん、買ってから、どれぐらい時間を潰しててくれたのかしらね)
支援
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
今日はこっちに住んでいる親戚の家に泊まるから、と、
駅で別れることになった友人たちに、大河は無言で抱きついた。
あんな風に大河が抱きつく相手、竜児は実乃梨ぐらいしか知らない。
別の学校でもちゃんと、良い友人に恵まれたんだな・・・と1人、胸を熱くする竜児であった。
「そんじゃ、大河、高須君。今日は楽しかったよ!ありがと!」
「また冬休みにでも遊びに来るからね、大河ちゃん」
「うん、待ってる」
「俺も楽しかった。また会えるのを楽しみにしてる」
友人たちが大河の耳に口を寄せる。
何を言われたのか、大河が赤くなって友人を突き飛ばす。
笑いながら、今度は竜児に寄ってきた。
「高須君、大河のことよろしくね。あの子、ああ見えて寂しがり屋だから」
「良く知ってる」
「おっと、そりゃそっか。そうそう、今度来たときは高須君の友達紹介してよ。大橋男子にちょっと目つけてんの今」
「は?」
「あはは、こっちの話」
彼女らは、竜児たちが帰る方向とは反対に向かう電車に乗る。
手を振り、ホームに消えて行く友人たちを見送って、竜児と大河も歩き出した。
「さて・・・と、晩飯どうする?ここまで来たんだ、折角だし何か食ってくか?」
「あんたがそんなこと言うなんて珍しい。ケチケチ主夫のくせに。明日は雨かしら」
「倹約家と言え。たまにはいいだろ」
「ま、仕方ないから付き合ってあげる。わたし、魚が食べたいかな」
「お前、水族館でかわいいお魚さんたちを見た後で、よくそれを食べようって気になるな・・・」
「何言ってんの。見たからこそじゃない」
言い合い、並んで歩いていた2人だが、ふと、竜児がその足を止めた。
何かと振り返る大河に、今日1日気になっていたことを聞く。
「なぁ、大河」
「なによ」
「お前さ・・・お前、今日・・・俺は・・・」
「その顔でもじもじすんな。かわいくないのよあんたのもじもじは」
「う、うるせえ。じゃあ聞くけどな」
「今日の俺は、自慢できる彼氏だったか?」
「・・・・・・」
「な、何か言えよ」
クルリと前に向き直り、大河はいつもと同じような声で言った。
「そう・・・ね、まぁ・・・ギリギリ合格ってとこ?
あ、勘違いしないでね。同情点を加えてのギリギリ合格なんだから」
言葉だけ聞けばひどいものだ。
だが、竜児は気付いていた。
言いながら、大河が決してこっちを向こうとしないことに。
髪の間から見え隠れする耳が、今日で一番真っ赤に染まっていることに。
「・・・はいはい、そいつはわるうござんした」
「そうよ。もっと努力しなさい。わたしが自慢できるようにね」
すたすたと歩いていく大河を、竜児は小さく笑ってから早足で追いかける。
ところでお前耳赤いな 何言ってんのあんたバカ? 顔見せてみろ顔 ぎゃあ前に来るな変態!
楽しそうに騒ぐ竜と虎の声が、8月の夕暮れ空に響いていた。
Fin
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-
ということで、最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
今回は「タイガー彼氏自慢がしたい」というプロットの元で書き始めたのですが、
自分にはどうもオリジナルキャラに頼る傾向と、無駄に長くなる傾向があるようです。
ついでにこれも数えてみたら、15000字ぐらいありやがりました。アホだ。俺は。
この2点を克服して次回、もっと良いものが投稿できればと思います。
その折にはまたよろしくお願いいたします。
では。
>>372 立て続けの大作 GJ!でした。
いやー、いいよいいよ。食事のシーンとか友人2人と同様、悶絶しました。
竜児、カコ良すぎるぜ!
また何か思いついたら、是非!
ということで、生まれて初めて代理投稿してみましたが、順番間違ってないよね?
心配になってきたので、も一度見直してきます。
374 :
代理でした:2010/08/28(土) 03:18:39 ID:aj8G8inr0
あ”、名前欄に「代理」っていれんのとか、避難所スレのレス番入れるのとかいろいろ忘れてしまったorz
まとめ人さんが大変かもしれませんが、すんません。
ID:Z+YrHRJE0 と ID:aj8G8inr0 に分かれています。
支援いただいていた方も有難うございました。
ということで、取りすがりの代理人でした!
また規制かよ orz
新作投下 :「はすドラ!」
「タイガー、どうしたのタイガー?」
夏休み明けの週の木曜日の昼休み。進学クラスとは言え、いまいちエンジンのかかりの悪い3−Bの教室の一角で、眼鏡の小男がクラスメイトに声をかける。
「へ?んーん。なんでもない」
と、頬を桜色に染めて携帯をあからさまに隠したのは、輪をかけて小柄な少女。小学生サイズの体をふわりと包むように伸びた髪は淡色。肌の色は透けるように白く、長いまつげの下の瞳は夢見るように光をたたえている。
逢坂大河、という名前のこの少女が、前の年まで暴力沙汰をはじめとする数々の恐怖の伝説を振りまき、「手乗りタイガー」の名で恐れられていたとはとても信じられない話である。
「そう?なんか嬉しそうにしてたけど。メール?」
と、深追いするのは能登久光。去年同じクラスになった時こそ、恐怖の「手乗りタイガー」伝説に彩られた大河を恐れていたのだが、2年生も後半になるころから少しずつ話をするようになり、いまではこんな不躾なことまでするようになっている。
もっとも、それは能登の勇気によるものではなく、もっぱら大河が丸くなったことに起因しているのだが。
「あら、なーに?高須君からラブレター?」
と、ひょいっと横から首を伸ばしてきたのは生徒会の書記の子で、何々?と興味深げに瞳を輝かせる。他にも何人かにやにやしながら大河のほうを眺めている。
高須君、というのは何を隠そう大河の彼氏である高須竜児のことである。2−Cの1年間、逢坂大河と高須竜児はドタバタとしか表現のしようのない毎日を過ごし、最後にはとうとう付き合うことになったのだった。
誰かれ構わず噛みつく手乗りタイガーがすっかり丸くなったのは、この高須竜児によるところが大である。
竜児と大河は今年の二月に駆け落ちまがいのエスケープをやらかしており、二人が付き合っていることを知らないものはほとんどいない。もっとも、二人が婚約までしていることとなると、逆に知るものもほとんどいない。
教師と親を除くと、極めて親しい友人が数人知るだけである。この教室にそれを知っているものはいない。
「そんなんじゃないって、待ち受け画面を見てただけだよ」
顔を赤くする大河に周囲は却って興味津津である。へらへらと嬉しそうに眺める待ち受け画面とはどんなものなのか。
「見せてよタイガー見せてよ」
能登がしつこくせまる。昨年なら三発くらいびんたをくらったあとに足払いでその辺に転がされても不思議ではない馴れ馴れしさである。
「もう。なんてことない写真だって。やっっちゃんに…えーと、竜児のお母さんに撮ってもらったのよ」
と、大河が能登に見せたのは、本当になんてことない構図の写真だった。ピクニックにでも行った時の写真か、緑を背景に竜児が写っており、後ろから覗き込むように大河が笑って顔をくっつけている。身長差を考えると竜児は座っているのかもしれない。
構図としては平凡だ。構図としては。
「何々私も見せて?」
と覗き込んだ書記女史の笑顔が凍りつく。不用意に覗き込んだ他の女子も黙り込む。文系クラスで女子の多い3−Bはいつもきゃっきゃうふふと華やかな雰囲気だが、大河を中心とした一角だけがふっと微妙な空気に変化する。
「なによ」
と、不愉快そうな顔で大河がみんなを見上げる。怒っているのではない、なぜこの幸せな写真をほめてくれないのかと思っているのだ。
だがしかし、その写真は若干刺激が強すぎた。大河はいい。どこに出しても恥ずかしくない美少女なのだ。シャープなあごのラインやとてつもなく柔らかそうな頬、形のいい鼻、きれいなブラウンの瞳がありえないほど完成されたバランスで配置され、
まるでフランス人形のようとあちこちで囁かれる。事実、昨年はミス大橋高校の栄冠に輝いている。その大河は写真の中でも現実離れした美しさで笑っている。
問題はその横で笑っている(と思われる)高須竜児である。大きく、わずかに青みを帯びる白目がつりあがった形の瞼の中におさまっており、それだけで結構な迫力がある。
それに加えて白身の中の瞳はギュッと小さく収縮しており、見事な三白眼を形成している。その竜児が満面の笑みでにやぁっと笑っているのだ。
きっと幸せに浸っている表情なのだろう。しかし、息苦しいほどの威圧感に、覗き込んだ少女たちは一様に黙り込んで、どろりと濃い汗を顔に浮かべる。こっそりとその場を逃げ出した子もいる。
「ちょっと、何よこの空気」
ぷっと、頬をふくれさせる大河の横で、能登が苦笑い。
「いやー、タイガー仕方ないよ。俺は1−Aのときから高須と一緒だったからこのくらいじゃ平気だけど、はじめて見る子はやっぱり怖がるよ。特に女の子は」
「あら、私最初から怖くも何ともなかったわよ」
そりゃ、あんたの方が怖かったから!とテレパシーで突っ込みながら能登は苦笑いでごまかす。竜児のおかげで丸くなったとはいえ、いつ角が生えてくるかわからない女である。
「いったい何が怖いってのよ」
目が怖ぇんだよ!とクラスメイトからテレパシーの集中砲火を浴びつつ、大河は待ち受け画面を見つめる。周囲の無理解に多少不機嫌になったようだが、待ち受け画面を見るうちに何となくふにゃふにゃしてきた。
どうやら、3−Aにとってあの壁紙は爆発防止のお札として機能しているようだ。
これに乗じて勇気を振り絞ってその場を和らげようと書記女子が話題を振るが、
「ね、逢坂さんは高須君のどんなところが好きなの?」
「え?全部。えへへ」
ボールは真芯でとらえられ、痛烈な打球となって書記女子を強襲。あまりのおのろけぶりに膝の力が抜けそうになる。すかさずマウントにあがった押さえの能登が
「そこをあえて言うと、どこ?」
と追求。写真を見ながら頬をゆるめてぐねぐねしていた大河だったが、
「目かな?前は口の形がいいなって思ってたんだけど。やっぱり竜児は目がチャームポイントよね」
と、言って周囲をあきれさせる。
チャームって何だよ!と、辞書の書き直しをテレパシーで要求するクラスメイトたちにの真ん中で、大河は一人ふにゃふにゃになっている。
◇ ◇ ◇ ◇
それから2週間ほどあとのこと。
誰かが机の上に置き忘れた携帯電話をとある少女が取り上げたのが騒動のきっかけだった。
「ねえ、誰かケータイ置き忘れてるよ?!」
声を上げて聞くが誰も答えない。誰のかな、と何の気なしに開いた瞬間、がちゃん!と派手な音を立てて彼女は携帯電話を取り落とした。
「どうしたの」
心配そうに駆け寄るクラスメイトに答えることもできず、彼女は口を手で覆って後ずさりするばかり。
「大丈夫?」
そう声をかけて携帯を拾おうとした別の少女が、今度は短い悲鳴をあげて手を引っ込め、その場から逃げ去る。
「何どうしたの?」
女子がキャアキャア言っている中心に男子がやってくる。女子の多い文系コースで少々肩身の狭い思いをしていた男子としては、女子が怖がっているときこそかっこいい姿の見せ所。しかし、
「うわわわわ!」
携帯を拾おうとして飛び上がると、体中にできた鳥肌をなだめるように我が身をかき抱いてその場から脱出をはかった。いいとこなしである。
なんだか見たらまずいものが写っているらしいと気づいた彼らは、ブツに目を向けないようにしつつ、その場で立ちすくんでいる少女をなだめ、ゆっくりと現場から離脱をはかった。そんな騒ぎの最中に、ようやく持ち主が牛乳パックを手に戻る。
「ん?何の騒ぎ?」
「逢坂さん、その携帯逢坂さんのじゃない?あ、だめ!見る前に確かめて!」
「あーっ!」
戻ってきた大河は一声あげると携帯に駆け寄る。女の子向けの愛らしい携帯を拾い上げると、「何よ、拾ってくれてもいいのに」とぶつくさ言いながら、ふーふー吹いて埃をぬぐう。
えー、また高須画像か?と周囲で脂汗が流れ始める。しかし、いくらなんでもキャーとか、うわーっってのはひどすぎるように思える。まぁ、去年の生徒会長選では視線で数人昏倒させたらしいが。
「逢坂さん、待ち受け何を表示してるの?」
全員を代表して恐る恐る尋ねたクラスメイトに
「何って、ほら」
ぱっと突き出して見せたのが今年度最大の蛮行。逃げる間も与えられなかった彼女はばっちり至近距離でモロ画像を見てしまい、「いやーっ!」と絹を裂くような声を一声あげて駆け出す。周りにいた連中もあおりを食らってついチラ見。
ぎゃっ!とかひぃっ!とか短い声を上げる。尻もちをついた者までいる。
「何よ。変なの」
騒がしいクラスの中心で、一人、大河だけは憮然とした表情で待ち受け画面を見ている。
◇ ◇ ◇ ◇
「大河、着替えたらここに来て座りなさい」
「何?」
「いいから、早く着替えなさい」
学校から帰ったばかりの大河に母親が久しぶりに見せる緊張した表情で話しかける。
「わかった」
素直に返事をして自分の部屋で着替えをする。怒られるようなことをしたろうか、と考えてみるが分からない。新しい家族と暮らし始めた時にはいくら歯を食いしばって頑張ってもすれ違ったりわがままが出たりして何度も衝突があった。
でも、あれから何カ月もたった。家では怒られるようなことはしていないし、まして学校でも比較的いい子を通しているつもりだ。
それとも、前のテストで名前を書き忘れでもしたか、と背中を冷やすが、いやいやそれなら最初に自分に連絡が来るはず、と思い返す。
「何?」
キッチンのテーブルに座って母親を見上げる。母親も椅子にすわって、「座って話そうか」状態。
「今日、学校から電話があったの」
「電話?」
まだ思い当たる節が無くて大河がいぶかしげに顔を傾ける。その様子をみて、母親がため息をつく。
「今日、あなたのクラスの子が二人保健室に運ばれたそうよ。知らない?」
知らない、と首を横に振る。
「そう。じゃぁ、はっきり言わないとわからないわね。あなたの携帯の写真を見て、ショックで泣き出したんですって」
「え……ちょっと、どういうことよ」
身を乗り出して食いつくように問う大河に、母親は深呼吸してタイミングをとる。
「それをこれから話し合うの。ねぇ、大河。あなた、携帯に何の写真を入れてるの?」
「それは……」
口ごもる大河に
「人にいえないような写真?」
と聞く母親は、やはり一枚も二枚も上手である。
「そんなんじゃないわ。竜児の写真よ」
きっ、と表情を硬くして大河がそういうのは計算のうち。「そう」と、短く返事をして少し視線を落とした後、これもはかったようなタイミングで話を切り出す。
「大河。これから話し合うことは、高須君がどうのって話はひとまず横に置いておくことにするわ。それをわかってちょうだい。私が高須君をどう思っているかとか、高須君がどんな子かってことは、今からする話とは無関係。わかった?」
「わかった」
なんだか不愉快な話になりそうな雲行きに大河は低い声で答える。
「さっきもいったけど、あなたのクラスの子は、携帯の写真を見て泣くほどショックを受けてるの。先生だって放っておけないわよね。どんな写真を入れているのか、母さんに見せなさい」
向かい合って母親を黙って見つめた大河は、ふた呼吸ほどして「わかった」と言うと椅子をたち、携帯をとりに部屋に向かった。
リビングに残された母親が大きくため息をつく。
表で子供の話す声が聞こえる。
程なく戻ってきた大河は、椅子に座ると、手に持っていた携帯をテーブルの上に置いた。あとは、表情を殺して母親を見つめる。やましさのかけらも感じさせない。何が悪いのか!と心の中で思っている様子がありありと読み取れる。
「どんな写真なのか、見ていいわね」
「うん」
大河の返事を受けて女の子向けの愛らしい色合いの携帯を手に取る。クラムシェル・ボディをぱかりとあけて、そこに現れた画像に思わず息をのんだ。構えていたとはいえ、首のあたりに広がる鳥肌に声一つあげなかったのはさすが女王虎の生みの親である。
「これ、高須君の写真?」
「うん」
ちらりと目をやって娘の表情を見やる。相変わらず、感情を殺した顔をしている。一緒に住み始めた頃には反抗心むき出しでぶつかってくることもまれにあったが、こうやって気持ちを押し殺した顔でじっとこちらを見ている様子は、かえって手強そうに思える。
「どうしてこんな写真作ったの?」
と、問いかける母親の手の中には、大河の携帯がまだ握られている。待ち受け画像は竜児の目、目、目。いろんな表情の写真から切り貼りしたのだろう。全部で20ほどの目がこちらをじっと見ている。写真が気持ち悪いとか言う前に、この写真を作った我が子の心が心配になる。
「みんなが、竜児の目のことを怖いって言うから」
「大河は怖いって思わないの?」
「私は思わない。竜児は優しいし。何でみんなが怖いって言うかはわかるけど……言われたくない」
「そう」
と、言葉をきって、しかし大河の母親は続ける。
「あなたのクラスの子がなぜ泣いたのか、あなたはわかってるの?」
「……」
「わからない?」
「たぶん、気持ち悪いって思われた」
どうやら気持ち悪いという自覚はあるらしいことに、母親は胸をなで下ろす。
「大河、聞きなさい。あなたが携帯に高須君の写真を使うことには、私は何も言わないわ。あなたたち二人は恋人同士なんだし、そのくらいのことはいちいち私が口を挟むことじゃない。でもね、気持ち悪い写真を使うのはやめなさい」
「竜児は」
「大河!」
きっと表情を硬くして大きな声を出す大河を、もっと大きな声で制する。
「大河。私は最初になんて言った?」
「……」
「大河」
「…竜児のことは…関係ない…」
「わかるわね。私は高須君がどうのって話はしていない。この写真が気持ち悪いって言っているの。なぜ気持ち悪いかはわかるわね」
「わかる」
「じゃあ話は簡単よ。高須君の写真は使ってもいいわ。でも、気持ち悪い写真はだめ。あなたは女の子だからそんなことはしちゃだめ。いいわね」
「わかった」
母親はほっとため息。これでこの話は終わりだ。大河にとって譲れないようなことは言いつけていないし、本人も素直に『わかった』と答えている。心の底が素直かどうかは別として、頭のいい子だ。
この件で言うことを聞かないときに何が起きるか、それは言うことを聞く場合について損か得か、そのくらいはわかるはずだ。
部屋に戻る娘の背中を見送りながら、これでもう少し男の趣味がよければいいんだけど。と、もう一つため息をつく。
◇ ◇ ◇ ◇
『タイガーさんの話聞いたか?』
『聞いた聞いた、携帯の写真だろ』
『なにそれ』
『携帯の写真見せただけで相手を保健室送りにしたらしいぞ』
『まじかよ』
『さすがタイガーさん、精神攻撃も最強かよ。かっけー!』
◇ ◇ ◇ ◇
「たぁーいがぁー!蓮コラ作ったんだって?見せて、見せて!」
◇ ◇ ◇ ◇
「ねぇ、竜児。聞いていい?」
「なんだ?」
二人並んで帰り道。昨年は半同棲状態だった二人だが、今年は大河が親と生活しているので帰り道は途中までである。
おまけに大河の弟が今年生まれたばかりで面倒を見なければならないので、寄り道もせず、わずかな二人でいられる時間に買い物や会話を楽しんでいる。
「あのさ、熱帯雨林が小さくなっているのは、私たちがゴミをたくさん捨てるせいって本当?」
ぶん!と音の出る勢いで竜児が首を回して大河を見る。まなじりはつり上がり、白目はぎらぎらと輝き黒目はぐっと収縮してドス黒い狂気を可視範囲に振りまく。このまま縛り上げて香港に売ってやろうと思っているのではない。うれしいのだ。
「お前もとうとう地球環境の大切さに気づいてくれたか。俺はうれしいぜ」
「竜児、泣かなくてもいいから教えてよ」
「おう、つい目頭が熱くなったぜ。そうだな、たくさん捨てればほかの資源を余計に使うからな。無駄使いと同じだ。熱帯雨林の減少の一因と言っていいだろう」
「あまりゴミを出さなければいいの?」
「いや、それだけじゃ駄目だ。分別しねぇと。紙ゴミ、燃えるゴミ、金属類、生ゴミ、ペットボトルは基本だろう」
「どうして分別するといいのかしら」
「たとえば高性能焼却炉ってのは生ごみだろうがペットボトルだろうが無害になるまで焼くことはできる。けど、燃料がいるんだよ。ただでさえモノを燃やすと二酸化炭素が出るのに、油まで燃やさなきゃならねぇ。おまけになんだかんだ言ってたくさん燃やすと炉が痛むだろう。
建て替えには金がかかるよな。その点、分別して燃えるごみだけ燃やすようにしたら、油はほとんどいらないし、建て替えも先延ばしになるからエコだ。それに再利用を勧めれば森林伐採の必要が少なくなる」
「ふーん」
妙なハイテンションで気分よさそうに話す竜児を大河がちらりと見上げる。
「でもさ、分別しても意味がないって言ってる子がいたよ」
「何だと!」
竜児の目がギラリと日本刀のように光る。連れてこい!ばらばらに切断して生ゴミと燃えないゴミに分別してやる!と思っているわけではない。そんな悲しい言葉を聞きたくないのだ。
「ゴミの業者がインチキしてちゃんと処理してないからペットボトルも何もかも結局燃やしてるんですって。だから分別なんかしなくていいって」
「違うだろう!」
竜児が目を眇める。
「業者がインチキしているから、俺たちも手を抜いていいなんてことはないんだよ。業者がインチキしてるなら業者を正せ!」
今や黒目はいつもよりさらに縮み、地球環境への愛と市民への怒りでぱちぱちとスパークを放ちそうになっている。
「ねえ、竜児。やっぱり分別しても意味がないような気がしてきた。あしたからまとめて捨てちゃだめ?」
「だめだ!」
ぐいっと首をひねり、業者の不正を裁く閻魔大王の目で竜児が大河を睨みつける。がしかし、
「なんだよ、大河」
睨みつけた先にあったのは大河の携帯。邪眼によく耐えて壊れなかった日本製携帯電話は、竜児の怒りの顔をアップでパシャリと写真に収める。
「うふふ。一枚ゲット」
「大河、お前からかってるのか?」
戸惑いながらもこめかみに半分マジの筋を立てながらせまる竜児に、大河は目を線にして笑う。
「ごめんごめん。この写真大事にする。エコを忘れそうになったらこの写真をみて思い出すから。ちゃんと分別もする。本当よ。約束する」
わけのわからないことを言う大河の笑顔に竜児は気勢をそがれて
「お、おう。そうか」
と、尻切れトンボ。
◇ ◇ ◇ ◇
両親も弟もとっくに寝静まった深夜。自分の部屋で一人、今日撮った恋人の写真を見る。ギロリ、と目をむいてこちらを睨み付けている竜児。大河のバラのつぼみのような唇に笑みが浮かぶ。
竜児が好きだ。
出会ったころは、恐ろしく懐の深い優しさを持つ、だけどちょっと芯の弱そうな男の子だと思った。でも、それは大間違いだった。長い時間一緒にいて、最後に分かってきたのは竜児がとても強い意志を持つ男の子だということだった。
顔が怖いからと、避ける友達に受け入れてもらえるよう、竜児は優しい子になった。
独りで竜児を育てる泰子のために、竜児は掃除や洗濯をするようになった。
泰子に心配をかけないよう、親や先生の言うことを聞く子になった。
なんて意志の強い男の子なんだろうと思う。自分は親に見放されてふてくされて毎日泣くだけの女だった。せいぜい外に向かって強がって見せただけ。でも、竜児は違った。強い気持ちで正しくあろうとし続けていた。
そして自分の心がばらばらになりそうになったその時に、竜児だって膝をつきそうなほどつらい目に会っていたのに、お前が好きだと強く強く抱きしめてくれたのだ。
こんな男の子とめぐり会えたなんて奇跡だと思う。竜児のおかげで何もかも変わった。こうやって当たり前のように普通に暮らしている新しい家族とも、竜児と出会わなければギスギスしていたかもしれない。
竜児の目が怖いなんて当たり前。あの奥には、本当は誰にも見せない強い意志が隠されているのだ。親の遺伝なんて大したことはない。
こんな話を竜児にしたら、「かいかぶるな」と笑うかもしれない。それでもいい、逢坂大河だけが知っている高須竜児がいる。あの眼の奥には自分を守ってくれる強い意志が潜んでいる。
◇ ◇ ◇ ◇
「先生おはようございます」
職員室で声をかけられた教師は、自分のクラスの生徒におや、と心の中でつぶやく。逢坂大河がこんな朝早くに来るとは。それも職員室にわざわざ来るとはめずらしい。3年にあがって素行が良くなっているとはいえ、こういうことには無縁だと思っていたが。
当の本人は職員室だというのに堂々としたもの、脚を綺麗にそろえ、手をきゃしゃな体の後ろに回し、フランス人形のように整った顔に軽いほほえみを乗せてちょっとだけあごを出して立っている。
「先生、先日はすみませんでした」
「えーと、何だったかな」
「携帯の写真のことです」
「ああ、あれか」
騒動が起きたときにはどう対応するか苦慮したが、結局親に電話をしたのは正解だったらしい。
「もう、気持ち悪い写真は使いません。みんなを怖がらせたくないから」
「そうか。わかってくれればいいんだ」
そういってほほえむが、逢坂大河はまだ自分の改心を説明仕切れていないと思ったらしい。教師に反応する時間を与えずに後ろ手に持っていた携帯を突き出す。
「ちゃんと、普通の写真にしました。ほらっ!」
それが今年度二番目の蛮行。
のけぞっていすから落ちそうになる担任を、恋ヶ窪ゆり(独身31)が遠くから苦笑しながら見ている。
待ち受けに表示されているのは、高須竜児その人。
地球環境への蛮行に対して怒りを燃やす竜児の顔を半分ほどをトリミングした拡大写真には、かえって尋常ならざる迫力がある。逆光気味の光に暗く沈んだ顔面に、そこだけ青白い光を放っているような白目が写っている。
そしてその中心でぎゅっと小さく収縮している黒目が、「俺は尋常じゃないぞ」と、全力で叫んでいる。地球の大切さを理解できないような連中には、拳でわからせるしかない。1000人のモヒカン頭どもを眼力で金縛りにかけ、拳の風圧だけで大気を血しぶきでいっぱいにしてやる。
高須竜児の世紀末環境覇王伝説の始まりであった。ひゃっはー!
と、いうわけではない。
愛しているのだ。逢坂大河と、すべての人と、地球環境を。
(お・し・ま・い)
GJ!
蓮コラw
確かに竜児の目でやられると怖いかも……
お題 「打ち明けて」「特に」「小さな」
「ねえ竜児、今日はどうしたのよ?」
「別にどうもしてねえぞ」
いつもの朝、いつもの通学路。
違うのは二人の微妙な距離感。
「嘘。あんたさっきから私の顔をまともに見ないじゃない」
「そ、そんなこと……」
「あるから言ってるのよ」
「…………」
黙ったまま、竜児はやはり視線を逸らして。
「……ねえ竜児、私達恋人同士よね?」
「おう」
「共に並び立つのよね?」
「おう」
「だったら、何か悩みがあるなら打ち明けてちょうだいよ。あんた一人じゃ解決できなくても、二人ならなんとかなるかもしれないでしょ?」
「大河……でも……」
「竜児はずっと私を支えてくれた。だから、竜児が困ってるなら今度は私が助けてあげるの。それが一緒に生きていくってことじゃないの?」
真剣な眼差しの大河を見つめ、竜児は深く息を吐く。
「おう、そうだな。それに、いずれはわかっちまうことだし」
「わかればいいのよ。で、どうしたの?」
「……大河、『鯖の生き腐れ』って知ってるか?」
「……何それ?」
「鯖は魚の中でも特に鮮度が落ちやすいってことだ。で、その鯖が昨日かのう屋に行ったら丁度タイムサービスで爆安でな、つい買い過ぎちまって」
「それがどうかしたの?」
「さっき言った通り、鯖は早く使わねえと味が落ちちまうから」
「から?」
「すまねえ……今日の弁当のおかずは鯖の塩焼きだ」
数秒の沈黙。二人の間を吹き抜ける乾いた風。
「……ねえ竜児、昨日はアジフライだったわよね?」
「おう」
「私、次はお肉がいいって言ったわよねぇ?」
「お、おう。でも、今日の鯖も脂がのってて美味いぞ。だから、肉はまた明日ってことで……な?」
次第に声が小さくなっていく竜児に向かって大河はにっこりと微笑み、小さな拳を突き出してサムズアップ。
竜児がほっとした次の瞬間、その親指がぐりんと下に向けられて。
「お、きたきた。お〜い、高須く〜ん!大河〜!」
いつもの朝、いつもの待ち合わせ場所。
違うのは遅刻しそうなわけでもないのに猛スピードで駆けてくる友人二人。
「ぉう櫛枝、すまんがちょっと先にいく!」「こら馬鹿犬!待てって言ってるでしょうがぁ……!」
ドップラー効果など残しつつ走り去る竜児と大河を見送り、実乃梨は肩をすくめて溜息一つ。
「やれやれ、いつもながら仲の良いことで」
肉が食べたい=エッチがしたい
>>372 GJです!
前回も今回も、シチュが新鮮でおもしろい!
今の大河なら仲良い友達たくさんできそうだよね
竜児の「自慢できる彼氏だったか?」にニヤニヤしたw頑張ったんだろうな〜
>>387 GJ!
20目ひー!竜児のじゃなくても不気味…ww
おのろけデレデレっぷりとか、竜児への理解の深さとか
氏の書く大河が凄く好きです
>>389 GJ!
この賑やかさがとらドラ!w
三年になっても竜児が弁当作る日はあってほしいな
書き手さんも代理人さんも乙です!
誤爆だ、すまん
おお、週末にまたてんこ盛りですな。代理の方も乙!
>>372 青春の1ページやねぇ。竜児のいい男っぷりが前回にも増して炸裂。
時々見える大河の本音がいいやねぇ。
>>387 はすドラ! って、いやハスだけはやめてーと言いたいが、意固地になる大河の想いを
考えるとね… 大河らしい重みとフリーダム具合だなぁ。
携帯の画像からのインスパイアで、よくぞここまで深い山を作りなさる。
で、全貌を知った時の竜児の反応はいかにw
>>389 恐怖のサムズダウン!
前半と後半の落差に吹きましたw
>>337 代理投稿ありがとうございます。
さて、連チャンになるけど新作投下。今度は長編。誰か代理投稿おねがいしまんするす。
タイトル:「遊園地作戦」
夏休みも大詰め。
気がつけば、蝉の鳴き声はひと月前と変わっている。つい最近まで熱くて仕方がなかった風も、ようやく人間いびりの手をゆるめたように思える。それでも夏は夏。やはり暑い。
南側に高級マンションが建っているため直射日光にあぶられる事はないとはいえ、エコ思想への積極的な協力のため昼間はエアコンを切っているこのぼろ借家の二階の家では、なかなかにつらい日々が続いている。
その2DK。昼食後のけだるいひととき。
「竜児、やっちゃんの休みって、夏休み中はもう無いんだよね」
畳の上に転がったワンピースが声を出す。薄い赤のチェックの愛らしいワンピースは、スカートから生やした細い足をさっきからぱたぱたと振っている。袖から出た腕は目にまぶしい白、その腕の先についた小さな両の手のひらは、まるで人形のように整った顔を支えている。
逢坂大河、というのがそのワンピースの中身の名前だ。夏だというのに淡色の長い髪をまとめもせず自分の体の上にふわりと広げているのは、そういうコーディネーションがいたくお気に入りだからだろう。気に入るはずである。似合うのである。
身長145センチ(自称)という、高校2年生とは思えない小柄な体と、歩く人皆振り返る儚げな美貌、白い肌、長い髪。まるで精緻な作りの人形に命を吹き込んだような少女。それが大河なのだ。
8月のいまでこそ涼しげなワンピースを来ているが、春先には布地を重ねてふっくらと形作られたワンピースにオーバースカートを重ね着し、その前を開けてボリューム感を強調していた。その姿はまさにお人形さん。
夏になって、もこもこファッションを着なくなったとはいえ、美貌が消えて無くなるわけでもない。むしろ薄着に浮かび上がる華奢な体の線が一層作り物めいた印象を引き立て、彼女の周りだけひんやりとした清らかな空気が漂っているような雰囲気すら感じさせる。
それこそ、これが大河でなければそのままガラスケースに飾りたいくらいだ。
そう、これだけの美貌と、モデルがたじろぐような清楚感あふれる体型を持っているにもかかわらず、大河を知るものならガラスケースに飾るなんて発想は逆立ちしたって出て来やしない。だって逢坂大河である。
ケースに入れて3秒もたたずにぶち破って出て来るに決まっている。そしてケースに入れた奴を血祭りに上げる。そういう光景は実にくっきりと想像出来る。
乱暴なのである、逢坂大河は。いや、乱暴というと、少し表現が正確でないかもしれない。傲岸不遜、傍若無人、わがまま大王、口より先に手が出る、手を出さないなら相手が膝を折るような罵詈雑言を浴びせる、そんなこんなを全部足して5で割らない、それが逢坂大河である。
そしてその5で割らない苛烈さと小柄な体を端的にいい表す言葉として、彼女が学ぶ大橋高校では「手乗りタイガー」なる称号が非公式に贈られている。
そんな手乗りタイガーに声をかけられて
「おう、あるぞ。バーベキュー・パーティーお前も行くんだろ?」
こたえたのは高須竜児。
親思いでやさしく、学校の成績もいい。スナックで働いている母親を支えるために鍛えた家事の腕はカリスマ主婦クラス。
現在行方不明の父親(みかけはチンピラ。たぶん中身もチンピラ)から受け継いだ、狂気をはらんだ三白眼とつり上がったまなじりが誤解を呼ぶものの、色眼鏡抜きに見れば、竜児はいわゆるよい子である。
母ひとり子ひとりで慎ましく2DKで暮らしていたこの男の下に、何の因果かこの春転がり込んできたのが逢坂大河だった。
目つき以外はどこに出しても恥ずかしくない(しかし学校ではヤンキーと思われている)竜児が、なぜ暴虐の女王である(しかし見た目だけは美少女の)手乗りタイガーと仲良くしているのか。
そもそも、あらゆる交際申し込みを紙くずのようにぞんざいに扱い、あまたの男子生徒の心に消えぬ疵を残した手乗りタイガーは、なぜ竜児と仲良くしているのか。二人は恋人同士なのか、あるいは共闘して学校をしめようともくろんでいるのか。
それは、大橋高校七不思議の一つと生徒の間でささやかれている。
「そっか。そうだったね。休みあと一回あるけど予定は埋まってるか。しょうがない。あんたと二人で行くしかないね」
「行くってどこに」
何とはなしに聞いただけなのに、ぎろりと横目で大河に睨まれて竜児がひるむ。
一部ではヤンキー高須などと言われているものの、竜児は至極まっとうな高校2年生である。手乗りタイガーと共闘して学校をしめる気も、手乗りタイガーとつきあっているつもりもない。ただ、何というか大河は高須家にとってデイタイムの居候なのである。
親と折り合いが悪く、豪華な高級マンションでひとり暮らしをしていた大河と、母子二人で貧乏アパートに住んでいた竜児が出会ったのは偶然だった。
偶然だったが、極端に生活能力に欠ける大河と、極端に家事が好きで困っている奴を放っておけない竜児のペアには、これ以上ないほどに「腐れ縁」という言葉がぴったりだった。
いつの間にか大河は高須家で朝晩を食べ、学校では竜児が作ったお弁当を食べ、休みの日にはお昼まで高須家で食べるようになっていたのだ。元々細かいことを気にせず、というか、気にすることが出来ない竜児の母、泰子は大河を初めから笑顔で迎え入れた。
そしておそらくは家庭の暖かさに飢えていたせいだろう、大河も泰子の好意を無駄にすることなく、というか無神経にずかずかと高須家のプライベートに進入して、家族のような顔で食卓につくようになったのだ。
絵に描いたような美談。しかし、ただひとり、この疑似家族関係で割を食っている人間がいる。竜児である。
「まったく、竜児の駄犬ぶりはどこまで突き進むのかしら。本当に勘の悪い犬だこと」
ほとほと嫌気がさした、と言わんばかりの表情の大河は、相変わらず畳の上に寝そべって頬杖をついたまま。そんなだらしない姿で嫌みを言ってすら、ワンピース姿の大河は美しいのだから、この世には神も仏もあったものではない。
「勘もへったくれもあるか!初めから筋道たてて話せよ」
皿をふきながら毒つく竜児に大河がこれ見よがしのため息をつく。
「ほんとにもう。いいわ、説明してあげるからちゃんと聞いてなさい。『やっちゃんが行けないなら、二人で行く』ってことは、元々私が3人で行くって考えてたって事。やっちゃんが休みの日に行きたいってことは、それなりに時間がかかるって事。
3人で休みの日に時間のかかる所に行くなら、あんたの大好きな生活臭漂うスーパーマーケットじゃなくて、どこか楽しげな所だってわかりそうなものでしょ?」
「お、おう」
「だったら『遊園地にでも行くのか』くらい言えそうなものじゃない。それを『行くってどこに』ですって。ああ、もう、なんてことかしら。
どうしたら、その何でも人に頼るだらしない性格は直るの?せっかく二本足で歩いていても頭を使わないんじゃ、ダチョウと同じね。あんたに犬なんてもったいないわ。ダチョウよ。ダチョウ犬」
「犬かダチョウかはっきりしろよ!」
「大きな声出さないで。近所迷惑でしょ」
ふん、と鼻をならしてパタンと仰向けにひっくり返ると、大河はお気に入りの座布団を引き寄せて枕にした。
悔しいっ!
偉そうに寝っ転がっている大河をよそに、竜児は悔しさに身をよじる。目の前の古いキッチン・シンクを穴を開けんばかりににらみつけ、すれ違うもの皆目をそらす凶眼を眇める。なにが頭を使えだ。何が人に頼るだ。
日頃自分がどれだけ大河のために頭を使っていると思っているのだ。どれだけ大河が自分に頼っていると思っているのだ。
家事能力のない大河の部屋を片付けているのは誰だ。俺だ。掃除してやっているのは誰だ。俺だ。バランスよく栄養豊かな食事を作ってやっているのも、弁当を作ってやっているのも全部俺だ。おまけに朝起こすのも俺だ!ああ、なのにダチョウ犬扱い。
く・や・し・い・!
悔しさに唇を噛み、肩を振るわせる。だが、さらにさらに悔しいことがある。口げんかで竜児が大河に勝ったことなど一度もないのだ。だから言い返すことも出来ない。そもそも竜児は口げんかに向いていない。
口げんかとはどれだけ理不尽な言葉を短時間でぶつけられるかで勝敗が決まる、暴力の一形態である。理路整然とした話しなど必要ない。むしろ邪魔だ。
生活環境どころか頭の中まできちんと整理された竜児と、生活環境どころか頭の中までごみごみしている大河では、初めからランクが違いすぎる。いきなりゴミを投げつけてくるような反則女に、歩く「キチントさん」である竜児が対抗できるはずがない。
不条理な大河の言動にあらがえぬ自分にため息をついて、竜児は会話を続ける。
「で、遊園地がどうしたんだ?」
「偵察よ」
「偵察?」
「そ。駄犬が役に立たないおかげで、遺憾にも私と北村君の仲は夏休みの旅行の間も全然進展してないわ。だけど、これからは猛チャージをかけるつもり。はっきり言えば、なんとか、デ、デートに誘うつもり。
そのためにも、あらかじめデートにぴったりな遊園地を偵察しておくのよ。ついでと言っちゃいけないんだけど、日頃よくしてくれてるやっちゃんにも一緒に来てもらえば、お礼代わりに一緒に楽しめて一石二鳥と考えてたのよ。
どう?感心した?私はあんたと違って台所の隅の埃ばかり追っかけている訳じゃないの。大局的、長期的視点でものを考えているの。少しは見習いなさい。駄目犬」
駄目犬…
駄目犬だと?勝手わがまま暴虐きわまりないメス虎の気持ちが読めない位で駄目犬呼ばわりとは。なんてこと、知らない間に世間はそこまで厳しくなっていたのか。竜児は悔しさを通り越して、そのまま自分の体から肉が腐り落ちていくような絶望感に身を震わせる。
きっと自分など絶望にまみれて白骨化し、カタカタとアゴの骨を鳴らすだけの標本になる運命なのだろうと、唇を噛む。
そうなっても、大河は白骨化した自分に言うに違いない。「駄目犬」と。やるせなさに絶命しそうな気持ちでキッチンを離れる。大河の横にあぐらをかいてすわり、見下ろしながら
「だったらお前ひとりで行けばいいじゃないか。駄目犬とは違う大河さんは、さぞかし自分ひとりで何でも出来るんだろうからな」
皮肉たっぷりに言ってやったのだが、それも結局、こてんぱんにのして貰うための準備体操くらいにしかならない。
「あらあら、自分の無能さを棚に上げて皮肉?そんなことに回す知恵があるのなら、少しは私の溢れるような優しい心が何を考えているか考えてみればいいのに。あんたは本当に物わかりが悪いから説明してあげるけど、北村君との、デ、デートにはみのりんも呼ぶのよ」
その一言にそれまで憮然としていた竜児が狂おしく目を眇めて、仰向けに寝っ転がっている大河をにらみつけた。このまま眠らせて香港に売り飛ばしてしまおう、と思っているのではない。驚いているのだ。
「櫛枝?北村とのデートなんだろ?」
「まだわからないの?北村君と…その…デートするったって、私と北村君はつきあってる訳じゃないのよ。恥ずかしくてデートに行きましょうなんて言えないじゃない。だから、みのりんとあんたも呼んで4人で遊ぼうって言うのよ。そして私は北村君とくっついて歩く。
あんたはみのりんとくっついて歩く。そうしたら、自然じゃない。ほんとにもう。少しは考えてよね」
まぶたを重そうに話す大河の言葉に、竜児は雷に打たれでもしたようにショックを受ける。何だって?遊園地で櫛枝実乃梨と一緒に過ごす?
「それって、ダブルデートじゃねぇか」
「…だから、そう言ってるでしょう…」
半分目が閉じかかっている大河は本当に面倒くさそうだ。
だが、竜児はそれどころではない。えらいことになったとそわそわしている。4人で遊園地。ダブルデート。なんということだ。ドジっ子タイガーと思えない計画性。しかも、この計画はほとんど完璧に聞こえるじゃないか。
一年生の時からの片想いの相手である櫛枝実乃梨は、竜児にとって直視するのもはばかられる程まぶしい女神だ。ひまわりのような笑顔、鼻にかかったような甘い声、ぴょんぴょんと跳ねるように動く元気な姿、小麦色に焼けた肌。
ほとんどの人が最初は竜児の親譲りの凶悪な目つきを敬遠するのに、実乃梨は初対面の時から屈託のない笑顔で接してくれた。ろくすっぽ話もしていないときから、竜児の名前を覚えていてくれた。今年からは同じクラスになれた。
初めの頃は二言三言言葉を交わすだけで、どうき、息切れ、眩暈、赤面、挙動不審、日本語でオK、ありとあらゆるパニックを経験させて貰ったが、最近では何とか普通の会話を交わせるようになっている。
それどころか、なんとこの夏休みには一緒のグループで海に旅行にまで行ったのだ。
それもこれも、大河と重ねていった地道な共同作業の成果だ。実乃梨は大河の親友なのだ。そもそも、竜児が大河の親友である櫛枝実乃梨を、大河が竜児の親友である北村祐作を好きだということが、竜児と大河の奇妙な関係の基盤となっているのだ。
「だったら…」
ちゃんと遊園地のこと調べなきゃな、と言おうとして、竜児は口をつぐんだ。いつの間にか大河は座布団を枕に寝てしまっている。いつもはわがまま放題のくせに、こうやって寝てしまうと、大河は本当にあどけない顔をする。
ふと、憎らしくなって、うっすらと汗をかいている柔らかそうなほっぺたをつねってやろうかと思うが、そんなことは絶対しないだろう自分がおかしくて苦笑。結局、どれだけぼろかすに言われようとも、竜児は大河を憎めない。
それは多分、竜児の心の作りが人に意地悪できないようになっているからだろう。
まだ暑いとは言え、夏休みも大詰め。半月前のうだるような暑さとは違い、風にほんの少し秋の気配が混ざっている。腹を冷やさぬよう大河にタオルケットを掛けてやると、竜児も畳の上にごろんと横たわり、天井を見つめる。
櫛枝実乃梨と行く遊園地。思い浮かべる楽しげな光景を、午後の眠気が柔らかく包んでいく。
◇ ◇ ◇ ◇
とりあえず今日はここまで。
寝る前に見つけてニヨニヨしてしまったので転載
345 名前: ◆fDszcniTtk[sage] 投稿日:2010/08/31(火) 00:53:30 ID:???
代理投稿ありがとうございます。
以下本スレコメント御礼
>>388 あはは。自分で書いていて気味が悪くなったよ。
>>391 ありがとうございます。私の書く大河はちょっとおとなしすぎるかも。
母親と大河の会話の下りは、もう少し大河を反抗的に書いても良かったかな。
>>394 蓮コラ気持ち悪いよねぇ(w。竜児は知らぬが仏だと思う。顔は不動明王だけど。
では「遊園地作戦」続き
346 名前:遊園地作戦 ◆fDszcniTtk[sage] 投稿日:2010/08/31(火) 00:54:26 ID:???
夏休み明けの最初の日曜日。
朝食を終えた大河が「じゃ、あとで」と席を立ったところで、珍しく午前中に起きてきた泰子が声をかけた。
「あれぇ?大河ちゃん、もう帰っちゃうの?」
もう帰っちゃうのではない。そんなことより、帰ってきてそのまま布団に倒れ込んだらしい泰子は髪が爆発して、ドリフの爆発コントのようになっている。こっちのほうが重大事。
「うん、今日はお出かけするから今から準備なの」
デイタイムの居候である大河は、休みの日には特に用がない限り高須家でゴロゴロしているのが普通である。朝飯が終わってもゴロゴロ。昼飯前もゴロゴロ。昼飯後もゴロゴロ。畳の上で昼寝して夕飯前もゴロゴロ。夕食後もゴロゴロ。
デイタイム居候のくせに深夜までゴロゴロしている事もある。
年頃の女子が同じ年頃の男子の家に深夜まで二人っきりで過ごすなど、ふしだらにも程がある。が、ふしだら以前に大河は壊滅的にだらしないので一人で居れば水が上から下に流れていくように部屋を散らかしてしまうし、おなかをすかして貧血で倒れてしまう。
だったら、いっそ高須家に留め置いていた方がいいのかもしれない。なにしろ散らかった大河の部屋を片付けるのも、貧血で倒れた大河の面倒をみるのも竜児の仕事になるに決まっている。そう思ったのは事実だが、実行に移してみてここまでひどくなるとは竜児も思わなかった。
泰子も泰子で、二人っきりで年頃の男女が深夜まで居ることに何の疑いも感じていない。保護者にあるまじき事である。
とにかく、夜寝るときとお風呂以外は高須家でゴロゴロしている居候が、食事も済んだし帰る等と言っているので泰子としては驚いているのだが、
「はへぇ〜?どこ行くの?」
「どこ行くのって、昨日言ったろう。遊園地だよ」
しまりのない母親の言葉に業を煮やしたように長男が厳しい視線を送る。
泰子は言ったことをすぐに忘れるのか、覚えたことを思い出す気がないのか知らないが、ポロポロとご飯粒を落とすようにものを忘れる。そのたびにイライラしてしかるのも竜児の仕事だ。だが街の不良共が目をそらす三白眼も母親には効果ナッシング。
日頃の言動から鑑みるに、一人息子からきつい目で睨まれるほど、喜んでいる節がある。
「あ、そっかぁ!二人はデートするんだよね☆やっちゃん忘れてた。てへっ」
「てへっじゃねぇ。それからデートでもねぇ。みんなで遊びにいく下見だって言っただろ!」
347 名前:遊園地作戦 ◆fDszcniTtk[sage] 投稿日:2010/08/31(火) 00:55:02 ID:???
母子漫才は終わる様子がないと見たか、大河は困った顔で笑うと話を切り上げて泰子に手を振り、高須家を後にした。二人っきりになった茶の間で、ちゃぶ台の前に座りながら泰子がおおらかな微笑を浮かべる。
「竜ちゃんはぁ、幸せだね。大河ちゃんみたいな彼女が出来てぇ」
「だからあいつは彼女じゃないってんだろ」
プラスチックのポットから麦茶を注ぎながら竜児がいらついた声を出す。ぶっきらぼうなしゃべり口はいつものこと。大黒柱とはいえ、家ではかなり頼りない泰子を支えるため、竜児は幼いときから早く泰子を支えなければと思って育った。
そのせいか、母親に対する口調には、幾分保護者めいた音色が混じる事が多い。だが、そんな竜児の声もどこ吹く風、泰子はにこにこと笑いながらいつも通りとんでもないことをさらりと言ってくれる。
「早く彼女にしちゃえばいいのにぃ」
大河を彼女に…想像して竜児は鳥肌を立てる。
確かに、大河はとんでもない美少女だ。ゴールデンウィーク開けに転校してきた川嶋亜美が何しろプロのモデルなので、学校一の美少女の栄冠が大河の上に輝くかどうかは際どいところだ。だが、ひいき目無しに見ても大河の美しさは際立っている。
目、鼻、口、輪郭といったパーツの作り、それぞれの配置、まったく持って文句のつけようがない。見せびらかすのが目的なら、さぞすばらしい彼女だろう。
だが、なにしろ奴は『手乗りタイガー』だ。傲岸不遜のわがまま大王。気に入らなければ殴る、蹴る。おまけに北村祐作と櫛枝実乃梨と高須家の茶の間以外の世の中のありとあらゆる事が気にいらないらしい偏狭さ。あんな奴を恋人にするだなんて想像できない。
きっと早死にするだろう。死因がストレス性胃潰瘍になるか内臓破裂になるかは神のみぞ知る、だ。それに泰子には言っていないが竜児の意中の人は櫛枝実乃梨だ。
いつも明るく、誰にも分け隔て無くひまわりのような笑顔を振りまく実乃梨と、人皆道を譲る手乗りタイガーを比べるなど、竜児には思いも寄らないことだ。
そりゃ、大河を意識したことがないといったら嘘になる。ただ、それは恋愛感情とは違う。なんというか、大河は放っておけない奴なのだ。乱暴なくせに、傲岸なくせに、わがままなくせに、大河は誰よりも優しくて繊細な心を持っていた。人知れず一人で泣いていた。
毎日のようにドジをかまし、いつもこけては柔らかい膝小僧をすりむいていた。
すりむいたと知ってしまえば、竜児は手当をせずにはいられない。服を汚したと知ってしまえば、竜児はしみぬきせずにはいられない。お腹をすかせていると知ってしまえば、竜児は料理を作ってやらずにはいられない。
一人で泣いていると知ってしまえば、竜児は横に居てやらずにはいられない。
それだけのことだ。竜児は大河と馴れ合っている。駄犬などと言われても取り合わずにかいがいしく世話を焼いている。だが、それは恋愛感情ではない。その証拠に、夜中、勉強の最中に前触れも無く竜児の脳裏に浮かんで苦しめるのは、大河の顔ではなく実乃梨の顔なのだ。
「いいから飲め。ぬるくなるぞ」
「竜ちゃん照れてる。かわいい!」
「もういいから。昨日も言ったけど、なるべく夕飯前には帰る。ただ、遅くなるかもしれないから夕飯は作って冷蔵庫の中に入れてある。もし遅れるようなら電話するからレンジで温めて食えよ」
「はーい。やっちゃん一人でご飯食べられるからぁ、二人でゆっくりしてきてね」
あくまで竜児と大河をくっつけたいらしい。もう一度寝るねぇ、と部屋に引っ込む泰子を見ながら、竜児はため息をつく。
◇ ◇ ◇ ◇
348 名前:遊園地作戦 ◆fDszcniTtk[sage] 投稿日:2010/08/31(火) 00:55:39 ID:???
「お前、何なんだよその格好」
時間通りにマンションのエントランスに現れた大河を見て、竜児がため息をつく。まだ朝だというのに、ため息は本日2回目である。ペースが早すぎる。
「何って、何よ」
なんか文句があるの?聞いてやろうじゃない、拳で。と、言った表情で大河がにらみつける。現れた大河はミントグリーンのさわやかなワンピース。色つきのリップが、薔薇の花びらのような唇を美しく強調する。まるで絵画から切り出したよう。
要するに、夏の旅行とおなじ格好だった。
気持ちはわかる。北村とのデートの予行演習なのだ。本番を思って胸ときめくものがあったのだろう。しかし。
「おい、今から行くのは遊園地だぞ。映画館じゃないんだ。雨ざらしの椅子に座ったりするんだよ。そんなきれいな格好で行ってどうする。汚れるかもしれないぞ。だいたいそんなひらひらスカートでジェットコースターとかに乗るつもりなのか?」
たたみかけるように話す竜児の前で、大河の口がピーナツのような形にみるみる開く。何て器用な表情。なんて情けない表情。
「どうしよう」
「どうしようじゃねぇ、着替えろ。まぁ、本番と同じ格好にしてきた点だけは誉めてやる。問題を洗い出すための下見だからな。ぶっつけ本番だったら遅刻だったろう。ほら、そんな情けない顔するな。あらかじめわかって良かったじゃないか」
半泣きになった大河に泣く暇を与えないよう、エレベーターに追い立てて押し込む。やっぱりこいつはだめだ。ドジすぎて、とても一人にしておけない。だいたい泣くような事じゃないだろうに。
パニック状態で新しい服を考えられない大河を説得して、デニムのパンツと濃い緑のTシャツで手を打たせる。
「こんな格好で北村君とデートなんかやだ」
と、だだをこねるがそもそも今日は北村は居ない。それ以前に「こんな格好」でそれなりに格好がつく大河がつくづくねたましい。竜児と来たら、いくら工夫してもさわやか少年にはなれないのに。
「デートの時の格好は帰ってきてから考えてれば間に合うだろう。ほら、すわれ。髪を編んでやるから」
「どうして編むのよ」
「風で乱れるだろう。遊園地の機械に巻き込まれたらどうすんんだよ。大惨事だぞ」
「なによ、わかってるなら先に言いなさいよ」
「さっき思いついたんだよ。行ってみるまでわかんねぇけど、手は打っとくもんだ」
「昨日の晩言ってくれたらちゃんと準備出来たのに。使えない駄犬なんだから」
駄犬なしでは遊園地にたどり着くことすらできそうもないご主人様の髪を編みながら、聞こえないようにこの朝3回目のため息をつく。本当にこのドジを北村に押しつけたまま、実乃梨と遊園地を楽しむなんて事が可能なのだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇
349 名前:遊園地作戦 ◆fDszcniTtk[sage] 投稿日:2010/08/31(火) 00:56:14 ID:???
行楽日和の良い天気。電車を乗り継いでようやく到着した遊園地の入り口で足を開いて踏ん張ると、つんと顎を上げて、むやみにえらそうに大河が薄い胸を反り返らせた。
「ふん、これが遊園地ね」
いったいどういうつもりで来ているのだろう。と、竜児は首をかしげる。北村とのデートの下見のはずだが、どう考えてもこれから遊園地と一戦交えるような鼻息の荒さを感じる。というか、いまのセリフには少々引っかかるものがある。
「お前、ひょっとして遊園地初めてなのか?」
こっちのほうに驚く。大河は竜児を睨みあげて、一言。
「悪かったわね。あんたはどうなのよ」
別に悪くはない。
いい悪いの話をすれば、大河と親の折り合いが悪いことは知っているし、折り合いが悪い程度の事で大金押しつけて娘ひとりを放り出す悪い親のことも、少しだけだが知っている。
それにしても、あれだけの高級マンション、それもワンフロア貸し切りタイプをあてがえるほど金があるのだ。子どもの頃に遊園地くらい連れて行って貰っていると竜児は勝手に思っていた。
「俺は、あるな。子どもの頃に泰子が無理して連れてってくれたことがある」
「……そう」
大河は気勢を削がれたような相づちを打つ。
疲れた顔の泰子が無理して微笑みながら小さな竜児の手を引いて遊園地の乗り物をまわっている姿でも想像したのだろうか。だとしたら、その想像はかなりあたっている。
スーパーお母さんを自称していた泰子は竜児の喜ぶことなら、どんなに自分が疲れていようと何でもしようとした。それこそ、体を壊してでも。当時わからなくて、今わかるようになったことは沢山ある。
あの疲れた微笑みの記憶一つあれば、竜児は胸を張ってマザコンを自称していいと思っている。
なんにせよ、こんなところで不幸自慢をする必要など無いし、竜児は自分より大河の人生のほうがいろいろと重そうだと薄々思っている。せっかくの遊園地だ。それも快晴。下見とはいえ、お互い縁の薄いところなのだから存分に楽しめばいい。
竜児は気分を入れ変えるように大股で歩き出す。
「よし、切符買うぞ!」
「なにそれ。入場券って言いなさいよ」
「かっこつけんな」
「あんたがダサ過ぎるのよ。ちょっと、待ちなさいよ!」
「早くしろ、置いてくぞー!」
「ちょっと!」
緑のTシャツにちょっとだけアンバランスな、白のつば広の帽子を手で押さえて大河が竜児のもとに駆け寄る。日焼けするからと無理に持ってこさせたものだ。ただでさえ海で焼けているのだ。
この上重ね焼けしてしまうと、デート本番時には腕白小僧のように真っ黒になりかねない。
中身は腕白小僧なんだから、外見くらいは繕っておくべきだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
350 名前: ◆fDszcniTtk[sage] 投稿日:2010/08/31(火) 00:56:47 ID:???
今宵はここまでにしとうございます。
連日代理投稿ありがとう
「ねぇ竜児、どれから乗ろう」
「ちょっと待て、あそこに地図がある」
いきなり乗り物に着手しようとする大河をなだめて、看板に描かれた園内の地図を指さす。大河と来たら、まったく何の計画性もない。目についたものを順番に片付けるつもりなのだろうか。遊園地を計画的にこなしていくのも変と言えば変だが、そもそも今日は下見だ。
無計画に当たっていくわけにはいかないではないか。それに何でもきちんとしておかないと気が済まない竜児としては、あらかじめどんなアトラクションがあるかを把握し、楽しむに当たってもっともよいアプローチは何かを事前に知っておきたいのだ。
地図によると、園内はおおよそ4つの区分からなる。ジェットコースターなどの絶叫マシン、コーヒーカップのようなおとなしいマシン、射的のようなゲームコーナー、それからショッピングコーナーやらレストランやらがごちゃごちゃと集まった区画。
「全部まわるのは無理ね」
「おう。ショッピングは無視していいだろう。北村は行けば楽しみそうだけど、遊園地に引っ張ってきてまでウィンドウショッピングにいく必要はねぇよ。レストランだけで十分だ」
「そうよね。ショッピングセンターなら地元にもあるものね」
地元のショッピングセンターはそれほど華やかでもないが、そもそも遊園地にまできてショッピング自体無理して行かなければならないものでもない。最後の最後に楽しかった一日の思い出の品を一つ買えばいいのだ。やっぱりショッピングコーナーは除外でいいだろう。
ウィンドーショッピングは、大河と北村が仲良くなったら勝手に二人で行けばいい。
そうすると残りは三つだが。
「とりあえず、あれから片付けるか」
と、竜児が指さしたのは定番のジェットコースター。青空を背景に優美な曲線を描く巨大構造物の上には、頂点まで上り詰めた列車が見える。レールに沿って緩やかに体をたわめたコースターは、ちょうど下へと向きを変えるところ。
大きなクレッシェントで盛り上がる悲鳴を轟音とともにまき散らしながらコースターは曲線をなぞって疾走していく。これぞ遊園地。おあつらえ向きというか、わざとそうしているのだろうが椅子も2列。カップルが到着そうそう遊園地気分を盛り上げるには最適だろう。
しかしそんな竜児の計画も大河には通じない。右から左に駄犬の提案を聞き流したご主人様は、まったく明後日の方を指さして
「あれにしよう」
特に感心もなげにつぶやいた。
「おう、そうするか」
提案を無視されることなど、既に慣れっこだ。痛み一つ感じずに息をするようにスルーできるようになった。これも大河によるトレーニングのおかげだ。4月以来与えられた言われなき罵倒、侮辱、名誉毀損の数は、数えなくとも数百を超える。
今では軽い侮辱くらいなら何の傷も残さずにスルーできる。竜児は将来大河以外の人間にどんな屈辱を与えられても平気の平左で乗り越えていけるだろう。
それはともかく大河の小さな手が指さす先にはコーヒーカップがあった。超特大のそれでコーヒーを飲んだら、確実に胃を壊すこと請け合い。しかし、実乃梨と竜児がアベックで乗るにはちょうどいい大きさだ。
◇ ◇ ◇ ◇
男である竜児の視点で言えば、コーヒーカップというのは決して楽しそうな乗り物ではない。これに乗ってクルクルと回る事に何の愉快があるのか、冷静に考えれば考えるほど不安になる。とはいえ、もちろんそれは相手相手次第だ。たとえば、能登と二人で乗ったとしよう。
いやいや待てと竜児は思う。想像するだけで面白くなさそうだ。もちろん相手が男だからというのが大きい。しかしそれだけではない。たとえば春田。なんだかあいつはコーヒーカップの上でアハハハハと意味もなく楽しげに笑っていられそうに思える。
それはそれで楽しそうなのだ。
とはいえ、やはり一緒に乗って楽しそうなのは、なんと言っても櫛枝実乃梨だろう。普段からニコニコと微笑みを絶やさない天使のような実乃梨の事だ。
こんなたわいもない乗り物にだってさえ、「高須君、これって何が楽しいんだい!」と、満面の笑みで笑いながら一緒の時間を過ごしてくれることだろう。やっぱりコーヒーカップは相手が重要なように思える。
じゃあ、相手として大河はどうなのだ?
と、思い至ったのは丁度二人の順番が回ってきた頃で、即座にその答えはもたらされた。
「なぁ、大河。何か不満でもあるのか?」
楽しげなアコーディオン音楽がスピーカーから流れる晴れた空の下、大河はにこりともせずに仏頂面でコーヒーカップに座っていた。正面に座った竜児としては居心地の悪いことこの上ない。おまけに動いているコーヒーカップからでは言い訳をして逃げるわけにも行かない。
「なによ。あんたまた私の気持ちを勘ぐって怒らせようってわけ?どんだけマゾなのよ」
「いや、そうじゃなくてよ」
わずかに目を眇めて殺気を放つ大河に、冷や汗を流しながら話を継ぐ。遊園地って楽しいところだよな、と思わず自問する。なんだか夏の終わりなのにこのカップの上だけ寒々しいのだが。
「お前、遊園地にデートの下見に来てるんだぞ。その仏頂面ぶら下げて北村とこれに乗るつもりか?」
想像して、思わず笑いそうになるのを必死でこらえた。笑ったら確実に殺されるだろう。それにしても、大河の暴虐に日頃から耐えている竜児ならともかく、北村にこの重苦しくも寒々しいコーヒーカップが耐えられるかどうか。
「別に北村君と乗るときに不機嫌になる気はないわよ。ないけど…」
と、大河はそこで言葉を探すような表情。ふと、その顔を見て竜児は思い当たった。そうか。そういうことか。相手が自分じゃ気分が乗らないわけだ。そういうことなら、仕方が無いと思う。
日頃散々優しくしてやっているはずの自分と居て楽しくないなど、少々腹が立たないわけでもない。とはいえ、ついさっきまでその竜児本人が「乗るなら櫛枝と」と考えていたのだ。
大河が「乗るなら北村君と」と考えていたとしても、竜児にそれを責める筋合いはない。そもそも、これは大河と北村のデートの下調べなのだし。
しかしながら、大河は
「ねえ竜児、これって何が面白いのかしら」
と、予想も付かないことを言ってのけた。いや、それはまさに竜児が抱いた疑問ではあったが、よもや大河の口から発せられるとは思いもしなかったのだ。
「何が面白いって……ええ?」
聞かれても竜児は困る。こういう乗り物は女の子向けのはずだ。それに大河が乗りたいと言ったのだ。大河は雑で乱暴だが、決して男っぽいわけじゃない。その証拠にファッション雑誌ばかり読んでいるし、おしゃれにも関心がある。
関心どころかこだわりと言っていい。選ぶのはまるでお人形のような服ばかりで、それはつまり自分の容姿に一番似合うのが何か考えているしわかっていると言うことだ。
そう、パンチ力、キック力、言葉の暴力いずれも竜児の数倍という大橋高校の女王虎は、紛れもない少女なのだ。
その女の子に「コーヒーカップって何が楽しいの?」と聞かれても、こちらが困る。
想像の中で実乃梨も同じ事を聞いていたが、そもそも実乃梨は少々変な子だし、そこが実乃梨のかわいらしいところだ。向き合う他人を常に真っ正面から食い殺そうとしている手乗りタイガーにそんなことを聞かれても、何のかわいげもない。
「いや、その……」
険しい目を一層険しくして考えているうちに、コーヒーカップは止まってしまった。竜児の思考も止まったままである。
◇ ◇ ◇ ◇
>>410ですが、「長すぎる行があります!」とのエラーが出たので
勝手ながら一ヶ所改行を加えさせていただきました。
412 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/09/01(水) 23:07:08 ID:V5XJzlJm0
GJ!
初っ端から、これって何が面白いの?って疑問を持っちゃうところに
大河のひねくれ具合を感じたw
続きに期待〜!
>>410 毎日楽しみにしています。
徐々にアクセルが踏み込まれてきましたね・・・
胸がバクバク言ってきた。この頃の大河だもんなぁ。
続きに期待!
代理の方もGJ!
やはりギシアンだな
お題 「普通」「頼み」「落とす」
「それじゃ、すまねえけど行ってくる」
「ん、気をつけてね」
「おう」
「あんまり飲み過ぎるんじゃないわよ」
「わかってるって」
外に出て、竜児は深く溜息をつく。
なぜなら、これからしようとしているのは大河への裏切りととられても仕方ない行為だから。
「……だけどこれは、大河のためでもあるんだ……」
「高須、頼みがあるんだが」
「おう、何だ?」
「合コンのメンバーが一人急用で足りなくなっちまってさ、その代りに……」
「断わる」
「友達だろ〜? そんなつれない事言うなよ〜」
「お前なあ……俺に婚約者がいるのは知ってるだろうが。それに自慢じゃねえが、俺の目つきは間違い無く女の子達引かせちまうぞ」
「だからいいんじゃないか。女の子を落とす心配も落とされる心配も無い、まさに頭数合わせとしては最適な……」
「帰る」
「まてまてまてまて!もう他にアテがないんだよ!だから頼むって!」
「大体なあ、会費だって要るんだろ? どう考えても俺にメリットねえじゃねえか」
「ふむ……なあ高須、俺の実家が松阪で畜産農家をしてるのは知っているな?」
「おう」
「A5級を300gでどうだ?」
「……500、いや、600gだ」
「……足元見るなあ……」
「大河とだとそれぐらいは普通に食うんだよ」
かくして待ち合わせ場所には、期待に満ちた男が二人と明らかに気乗りしてない男が一人。
「はあ……」
「おい高っちゃんよ〜、いつまでも暗い顔してるんじゃねえよ〜」
「うるせえ、ほっとけ」
「そんなんじゃこれからエスコートする女の子達にも失礼ってもんだぜ〜?」
「おう……そういや何も聞いてねえけど、相手はどんな子達なんだ?」
「うちの大学の文系の子だよ。向こうも一人キャンセル出て、別の友達連れてくるってさっきメールが来たけど」
「なんだよ、お互い一人ずつキャンセルなら無理に俺が来る必要無かったじゃねえか」
「そう言うなって。っと来た来た、お〜い!」
振られた手に反応してこちらに向かってくる三人の女性。その最後尾を見た竜児の表情が凍りつく。
「……竜児、あんた友達と飲みに行くんじゃなかったの?何でこんなとこに居るのよ?」
「た、大河……お前こそ、どうして……」
「私はタダでご飯が食べられるとだけ聞いたんだけど、この状況からするとどうやらちょっと違うみたいねえ?」
大河の顔に浮かぶのは凄絶な笑み。
それはあたかも獲物を前にした虎の如し。
「ま、待て大河、話せばわかる」
「問・答・無・用じゃあ〜っ!」
>>416 「ん、そっちのピンチヒッターなんて子?」
「逢坂さんっていうんだけど」
「ああ、うちの高須の婚約者だわ」
「ええ?そうなの!」
「ちょうどいいな。あいつら抜きでやっちゃおう。向こうは取り込み中だし、こっちは松阪牛が浮くし」
「松阪牛?なに?」
「まぁまぁ、あとでゆっくり話すよ。おーい!高須!死ぬなよーーーーっ!じゃーなーーーー!」
>>415 GJです。思わず余計なもの書いちゃった。
竜児は大河とのコミュニケーションをもっと学ぶべきだね。
「ま、待て大河。松阪牛お土産にくれるっていうからお前に食わせてやろうと思ったんだ」
…最後まで聞いてくれないか。
さっき感想を書き込んでみたら規制が解除されていたので自己代理投稿(w
>>411 代理投稿に加え修正までしていただいてありがとう。面倒かけて申し訳ない。
>>412 感想ありがとう。延々と長い枕が続いて退屈させちまったかも。
>>413 書いていて「大河めんどくせー」とか思っちゃった(w
◇ ◇ ◇ ◇
続く女の子向けのファンシーなアトラクションでも大河の浮かない顔は変わらなかった。空飛ぶゾウに乗って宙をふわふわ漂うアトラクションも、カバに乗ってぷかぷかと水路を進んでいくアトラクションでも、大河の表情は緩まなかった。
表情が変わってしまったのは竜児のほうである。一体何なんだよと般若の表情で愚痴の一つも言いたくなる。当たり前である。
デートの下見に行くからついて来いと言われてついてきたのは良いとしても、残暑の強い日差しにあぶられながら何を好き好んで、仏頂面の手乗りタイガーと歩かなければならないのか。
あまり気の利かない設計のこの遊園地は植え込みが少なく、強い日差しに気温は上がるばかり。周りの人も汗だくで、気温に引きずられるように竜児の脱力指数も青天井だ。
いや、脱力だけではない。実のところ、結構フラストレーションがたまっている。どうしてお前はそんな顔してるんだと言ってやりたくて仕方ないのだ。
手乗りタイガーである大河に表情の話をするなど自殺行為だ。水泳の授業のころ、いらいら状態の大河の気持ちを読もうとしたために竜児はとてつもない精神的苦痛を何日も負うことになった。放っときゃいいのだ。
こんな勝手な奴の気持ちなど読めるはずもないし、推し量ってやる必要もない。
そりゃ、竜児はいつも大河と一緒にいるうちに同じ釜の飯を食った仲間のような気持ちを抱くに至っているが、じゃぁ大河がそれに応えてくれるかというと、その答えは幾分、いや随分微妙だ。
大河はどうやら竜児のことを仲間としてちゃんと認めてくれている。竜児は確かにそう思っている。しかしながら、じゃぁそれがいつも表に出てくるかというと、その確率は非常に低いのだ。
ひねくれているのか、どうなのか、大河の竜児に対する態度は常に横柄だ。だからこの女との間に重要なのは距離感であり、その距離感を正しく保つ努力を竜児は常に心がけている。下手に手を突っ込めば手を食いちぎられる。
竜児は1日24時間、大河という歩く地雷が装備している見えないスイッチを踏みぬかないよう、気をつけて生きていかなければならない。
「ねぇ竜児、つぎはあれに乗りましょう」
そういって大河が指さした先には古びたメリーゴーラウンドがあった。だがしかし、竜児はすでにそんな気分ではない。このまま不機嫌タイガーと歩くなんて冗談じゃない。殴られるのは嫌だが我慢も限界になってきた。
「乗るのは構わねえけど、お前一体どういうつもりなんだ?さっきからニコリともしないじゃねぇか」
「はぁ、あんた何言ってるの?私に愛想笑い振り巻けとでもいうの?」
「言ってろ。そもそも遊園地に行くと言い出したのはお前だぞ」
重苦しい雰囲気に負けてとうとう竜児が核心を突く。
大河に「お前不機嫌そうだな」などと言うべきではないのだが、それでも竜児は状況に負けてしまった。もう我慢できない。
「私がどんな顔して生きていこうと勝手でしょう。それともなに?あんたは私が一番嫌いなことがまだ覚えられないの?あれだけ私の心を勝手に解釈するのは止めろって言ったでしょ。それとも…ちょっと、何してんのよ」
唸り声をあげ始めた大河に腰が引けつつも、竜児は黙って携帯を取り出すと問答無用でパシャリと一枚写真をとる。とっさにどう反応していいのか戸惑っている大河に、写った顔を見せてやる。
目を眇め、唇の端を醜くゆがめている肉食獣の写真がそこにあった。
「な、何よ。勝手に写真なんかとったりして」
「これがお前の顔だ。お前は北村とのデートの下見に来て、こんな顔をしている。大河。悪いことはいわねぇ。面白くないなら帰ろう」
「面白くないなんていってないじゃない」
「いや、言ったね。はっきり言った。お前が遊園地を楽しんでいるなら俺も付き合ってやる。でも全然楽しんでないじゃないか。こんな調子じゃ勇気をだして北村を誘ってきても、お前があいつに見せられるのはこのツラだ」
日陰にいるものの、風は結構熱い。湿度が低いからいいようなものの、重苦しい雰囲気で向き合ったまま立っているのは苦痛以外の何物でもなかった。
大河のほうは竜児に噛みつきたくてたまらない風情だが、突き付けられた自分の顔に文句も言えず、せっかくのバラの蕾のような唇を真一文字に引き結んで何か言葉を探している。そしてようやく言葉を見つけたようだったのだが、
「でも私は…」
切りだしたところで、どぎゅるるるるる、と盛大に腹を鳴らす。出物腫れ物ところ構わずと言うが、こいつは腹の音だな。そう思いつつ竜児は天を仰ぐ。大きくため息をついて再びつば広帽子の大河を見降ろす。
大河はというと、不機嫌そうな表情のまま、顔を赤らめて背けている。まぁ、いいか。
「なによ」
「飯食おうぜ。考えるのはそれからでいいだろう」
そう言ってくるりと向きを変えるとレストランに向かって歩き出す。勝手に仕切らないでよ、と言いつつも、大河も駆け寄って黙って横を歩く。
◇ ◇ ◇ ◇
「つまらないってわけじゃないのよ」
カツカレーのカツをスプーンの先で本当につまらなさそうにぶつ切りにしながら、大河がぼそりとつぶやく。
飯の食い方に関して一家言ある竜児としては、「そんなまずそうな面してご飯を食べるんじゃない」、と小言の一つも言うべきシーンだが、残念ながら本当においしくないのだから竜児としても怒る気があまりしない。
カレーとトンカツの魅惑のコンビネーションを前に、大河はサンプル・ケースの前で散々悩みぬいた。辛口だったらどうしようと考えていたのだ。
「ここは遊園地だから子供客が多い。カレーが辛口なんてことはあり得ねぇ」と竜児に太鼓判を押してもらってようやく注文するまで実に10分。
別段こだわりのない竜児も付き合って同じカツカレーを頼んだが、出されたモノのを口にして、二人とも、もともと浮かない顔が一層暗くなってしまった。
まぁ、日ごろから竜児手製のスペシャルスパイス・カレーだの、柔らかジューシー・トンカツなんぞを食べて舌が肥えてしまったこともあるのだが、それにしても(これで1180円は詐欺だろう)と竜児も思わざるを得ない。
肉は薄いくせに妙に固くて衣もべちゃべちゃ。カレーだって全然煮込みが足りない。
そういうわけで二人ともぼそぼそと消化の悪そうな食事を続けていたのだった。先の大河の発言は、食べ始めて10分ほどたってからのことである。
竜児はまだ半分ほど残っているが、大河はあらかたカレーライスをかたづけ、残ったカツも1/3ほどだ。
「じゃぁ、どうしてあんな浮かない顔するんだよ」
と、竜児。最初は北村ではなく竜児が相手だからだろうと思っていたが、大河の言葉を信じるならば、どうやらそうではないらしい。
聞かれた大河はしばらくスプーンの先でカツをつついていたが、どうつついても走り出さないと納得したのか、仕方なさそうに、質問に質問で返す。
「竜児はさ、あれ、面白いって思う?」
「あれって、コーヒーカップとか、空飛ぶ象か?」
「うん」
結局その質問が来たか。と、思う。別に隠すことじゃない、ため息交じりに竜児はさっき考えたことをそのまま口にする。
「正直言って、すげえ楽しいとはおもわねぇ。まぁ、俺だけじゃねぇだろう。男はみんなそう感じると思うぜ。北村も」
「そっか」
と、大河は妙にしおらしい。ほんとに気落ちしているのかもしれない。
「北村君、誘ってもつまんないって思うかな」
意気消沈する大河に、竜児は言おうか言うまいかと逡巡する。お前次第なのだ、と。遊園地なんぞ、所詮は女子供のための場所なのだ。絶叫マシンを除けば、男が喜んでくるような場所ではない。
では、なぜ世の男連中が来るかというと、結局のところ、一緒に来る女の子の笑顔を見るのが楽しいからだ。そのくらい、竜児にだってわかる。
想像の中の櫛枝実乃梨は実に楽しそうに笑っていた。その笑顔さえあれば、女子供のための遊園地だろうがなんだろうが、竜児にとっては楽園に等しい。
だから、お前も笑え。竜児はそう思う。思うのだが、それを言ったところで解決するかどうか。解決しなければ単にこの猛獣の機嫌を損ねるだけかもしれない。しばらく迷った挙句、結局竜児は
「お前次第だろ」
口にしてしまった。こんな意気消沈した大河を前に言うべきことを言わないでおくなど、所詮竜児には無理なのだ。竜児は根っからのお人好しであり、落ち込んでいる大河を前に手を差し伸べないなんてことは、できるはずもなかった。
「私次第って?」
弱々しく見上げる大河に、なるべくゆっくりと噛んで含むように言ってやる。
「お前が仏頂面していれば、北村だってつまらないし、お前が笑えばあいつだって楽しいさ」
「そんな……」
とってつけたようなセリフ、とでも言おうとしたのだろうか。しかし、竜児はさえぎる。
「聞けよ。俺も男だからわかるけどさ、目の前で女の子が楽しそうに笑っていて、それで楽しくならない男なんていないって。好きかどうかなんて関係ない。特に北村は明るい奴だ。
周りが楽しそうにしていればあいつだってハッピーな気分になるにきまってる」
「そうかな」
「絶対そうだ。あいつはそういう奴だ」
俺もそうだ、とは言わないが、竜児だって目の前の大河が楽しそうにしていれば、自分も楽しくなるのだ。いつもそうなのだ。櫛枝実乃梨という歴とした想い人がいても、目の前の大河が笑えば竜児もうれしかった。他の奴も同じに決まっている。
大河を恐れている能登や春田だって、大河が目の前で楽しそうに笑えば、きっと楽しくなるに違いない。
黙っているところをみると、どうやら大河は不承不承竜児の言葉を信じることにしたようだった。だが、それでも表情は晴れない。当たり前だ。結局「どうしてお前は楽しめないんだ」という、最初の問いに戻ってしまったのだから。
◇ ◇ ◇ ◇
平らげた皿をテーブルに残して、二人はレストランの外で食休みをすることにした。幸い木陰に手ごろなベンチがあいており、大河を留守番にして竜児は自動販売機で飲み物を買う。竜児はブラックの缶コーヒー、大河にはヨーグルトドリンク。
「ほら」
差し出してやると、大河は素直に受け取って上目遣い。ちいさく「ありがと」とつぶやく。
「あのさ」
「おう」
しばらく黙って各々の飲み物を飲んだ後、大河がようやく口を開く。
「なんだか、自分でも変だと思うんだけどさ」
「……」
「こんな子供だましに乗せられてたまるかって、思っちゃってるみたい」
えええええぇぇぇぇぇぇ?!そりゃお門違いだろう逢坂大河!!とんでもない告白に竜児は盛大にため息をつく。
「なんだよそりゃ」
「やっぱり変かな。変だよね」
「変だ。つーか、ほんっっっと、なんなんだよ。お前が遊園地に行きたいって言ったんだぞ」
木陰だというのに竜児は頭がくらくらしてくる。熱中症ではない。途方に暮れているのだ。
「そうなんだけど……」
その憎たらしいつむじに地獄の底まで食い込むくらい突っ込んでやろうかという気分だし実際そういう顔なのだが、うつむいてつぶやく大河に竜児も突っ込んでいる場合ではないと言葉を呑む。全く面倒な奴だ。
どこの世界に「こんな子供だまし」なんて思う子供がいるのだ。確かに大河は17歳だが、体のサイズも精神年齢も正真正銘子供だ。疑う奴がいるなら連れてこい、俺が保証する。そんな気分だ。
「あのな、遊園地って、子供だましなんだよ。そういう風に作ってあるんだよ。それにまんまとのっかってだまされるためにみんな大金払って入場してるんじゃないのかよ」
「でも竜児だってつまんないんでしょ」
「だから男は別だって。ここは女の子とか子供が楽しめるように作られてるんだよ。いいか、お前が主役なんだ。お前が楽しむようにって何もかもあつらえてあるんだよ」
「そう……だよね。たぶん。でもさ、なんだか作った人の思惑にまんまと載せられるって、癪じゃない?」
知るかっ、このあほ!と叫んで後ろ頭を思いっきりどつけたらどれほどすっきりするだろうか。このひねくれ小僧のねじれ曲がった根性を何とかしない限り、どう考えてもこの遊園地作戦は失敗だ。大河にしては名案などと喜んだ自分の愚かしさが恨めしい。
どうやら意識的にか無意識にか、「喜んだら負け」だと構えてしまっている大河を前に竜児は目をすがめる。こうなったらぐるぐる巻きにして観覧車のてっぺんから放り出してやろうという顔だが、そうではない。最後の手段を考えているのだ。
「まぁ、何となくわかったぜ。つまり、お前は決して遊園地が嫌いなわけじゃねぇけど、楽しんだら負けだと思ってるんだ」
「別に負けだとは思ってないけど……うん、そうかもね」
相変わらずローテンションの大河を前に、遊園地に似つかわしくない三白眼をぎらりと光らせて竜児が決意を固くする。
「よし。わかった。もうこうなったらあれしかない」
「あれって…」
立ち上がった竜児がビームでも発しそうな目をすがめて見る方向を大河も見、そして口をつぐむ。その方向には最初に竜児が提案してあっさりと却下された絶叫マシンが青空を背景に巨大な体をくねらさせている。
「…ジェットコースター?」
「ショック療法だ」
「どうするのよ」
「ようするに、おまえは自分でも認めているように生半可なアトラクションで楽しんじゃいけないんじゃないかって思ってる。だから、ジェットコースターでがつんとやろうってわけさ」
「そんなのでうまくいくの?」
「ああ、心配するな」
半信半疑の大河に竜児は自信満々に答える。
だが、面の皮一枚内側では竜児だってこんなとってつけたようなショック療法が絶対うまくいくだなんて思っていない。だって、へそを曲げているのは大河なのだ。こいつのへそ曲がりは骨身にしみている。
ジェットコースターに乗ったくらいで「わーい!」と機嫌を直して遊園地を楽しんでくれるなら、これから毎週だって連れてきてもいい。
◇ ◇ ◇ ◇
今日はここまで。
連日投下おつです!こっから初披露かな?
どこまでも捻くれてる大河にワロタw
続きも楽しみにしておりまする
毎日おつかれさま
毎日ニヨニヨしてるよw
頑張ってくれー!
ジェットコースターに乗ることに決めた二人は午後の太陽にあぶられながらその巨大な鉄の構造物目指して歩いていく。もう、ここに来たら腹を決めるだけだ。竜児も大河も何も言わない。
それでも、と竜児は一つ深呼吸。いちおうやるべきことはやっておかなければならない。実のところ、朝のやりとりでちょっとだけ引っかかっていたのだ。それを気づかなかったふりをして、あとで痛い目に遭うのは避けたい。
「なあ、大河」
「なによ」
ジェットコースターまで渋々ついてきた大河に竜児が切り出す。
「絶対笑わねぇから正直に答えてくれ」
「どんな理由であれあんたが私を笑うなんてことがあったら、それがあんたの人生最後の笑い声でしょうけどね。せいぜい私の機嫌を損ねないように言葉を選んで質問しなさいよ」
つば広の帽子をかぶったまま竜児を下からねめつけるように大河が答える。ちくしょう、もうこいつほったらかして帰っちまおうかなと竜児は考えるが、そんなことをすればその場で殺されるだろう。
「お前。ジェットコースター怖いか?」
「……」
しばし竜児と黙って目を合わせた後、大河が目をそらす。あちゃーと竜児は胸の奥で一言。作戦は失敗か。本当にジェットコースターが怖いなら、無理矢理乗せることなんてできない。そんなことをしたって、ますます遊園地が嫌いになるだけだ。
万事休す、と目を閉じる竜児に、しかし、大河がちいさな声で返事をする。
「よくわかんない」
目を開けてみると、大河は不安げな目を挙動不審に揺らしながら、一言一言言葉を選ぶように継いでいく。
「あのさ、『怖いかも』って気はするのよ。だって、ほら。みんなきゃーきゃーいってるじゃない」
「まぁ、そういう乗り物だからな」
竜児としては正念場なので、ここは話がつながるように相づちをうってやる。
「でもさ、キャーキャーいっているけどみんな楽しそうじゃない。だから、あれって本当は楽しいいのかもって思うのよ」
「ああ、なんとなくいいたいことはわかる。どうする。乗るの、嫌か?」
問いかける竜児に大河は見上げて黙って首を横に振る。嫌じゃない、と。
「ねぇ、竜児は怖くないの」
「おう、おれか?俺はわからねぇ。乗ったことねぇし」
「なんだ、竜児も乗ったこと無いの?遊園地に来たことあるくせに」
「ガキだったから怖かったんだよ」
「ふーん、じゃぁ、条件は一緒か」
なんの条件だかしらないが、とにかく大河はこれで納得したようだった。
手乗りタイガーが腹を決めたというのなら、あとは竜児風情がぐずぐず考えることではない。黙って乗るだけだだ。
乗って、大河が楽しめば、あるいはほかのアトラクションもなんとかなるかもしれない。大河がこれもつまらないというのなら、もう、遊園地はあきらめさせるしかない。本人が納得するかどうかはわからないが。
直射日光にあぶられながら15分ほど並んで、ようやく二人は先頭付近までたどり着いた。
「竜児、これ、次かしらね」
「おう、きわどいな。乗れるんじゃねぇか?」
首を横にのぞかせて大河が先頭からの距離を目測する。
これまでの列の進み方からすると、どうやら二人は次の回に乗ることになりそうだ。
もう何回も繰り返し聞いた悲鳴をまき散らしてジェットコースターはぐねぐねとうねったレールの上を轟音を立てながら失踪している。スピードがある割に同じところを何度も行き来している様は、なんとなく水族館の中の魚を思わせる。
そうしてようやく戻ってきたコースターは、これも何度も見た風景だが、ヒー!ハー!と妙な笑い声をたてる男女の一段をはき出して空車となった。
「それでは乗車します。前の方からゆっくり歩いてください。乗車は二人ずつです。帽子など飛びそうな手荷物は係員にお預けください」
促されて列が動きだす。竜児も大河もだまって前の人について行く。一番前では係の人が数を数えながら二人ずつ乗り場に進めていて、そして
「はい、それではここまでです。恐れ入りますが次の回で乗車願います」
「え?!」
「おう?!」
二人の前でチェーンをかけてしまった。声を上げた竜児の方をみたお姉さんの笑顔が凍り付き、竜児のハートに新しい傷を刻む。
「ねぇ、竜児。これって……」
大河はその先を言いたくないように竜児を見上げるが、ことここに至って目をそらしても意味はない。
「おう。先頭だな」
ある種の人には垂涎の的であるらしいジェットコースターの先頭は、どうやらジェットコースター初体験のでこぼこコンビに回ってきたようだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「大河、本当に大丈夫か?今なら後ろの人と変わってもらえるぞ」
「は、ははは。変な竜児。大丈夫に決まってるじゃない」
緊張のあまり妙に乾いた口調になる大河に、竜児はため息をつく。一周回ってきて乗客をはき出したコースターは今は空車。係の人に大河の帽子をあずけた二人は木の床を踏みしめて1両目に向かう。
「はいそれでは一人ずつご乗車ください。乗車したらガチャリと音がするまでバーを下げてください」
係の人に促されて、たぶんレディーファースト。大河を先に乗り込ませる。心もち狭そうな席に腰をかけると大河が頭上のバーに悪戦苦闘気味。
「ほれ」
上から引き下げてやって、クッションのついたバーが大河の体をしっかりホールドしているのを横目で確認する。係の人にあらかじめ言われたとおり、束ねた髪は前に回してバーと体の間に挟んでおく。
実のところ大河の身長について少々不安があったのだが、手乗りサイズとはいえ遊園地は子供向けなのだから乗れないってことはないらしい。何の問題もなかった。竜児も自分のバーを下げる。もう逃げ場も何もない。さあどうにでもなりやがれと腹をくくる。
それでも、発車ベルが鳴り終わり、ゴトリとコースターが動き出すと「おう」と、思わず口にしてしまう。まだ動き出したばかりなのに、すでに挙動不審だ。
「動き出したね」
「おう、そうだな」
見ればわかることをわざわざ口にする大河も、かなり緊張しているのだろう。突っ込みを入れる気にもならないままに、コースターはカタカタと音を立てながら斜面を登り始める。
「うわぁ」
と、大河が声を漏らした理由も竜児にはわかった。コースターが上を向くにつれ、前方に見えていた景色が沈み、目の前には青空に向かって伸びるレールしか見えなくなる。そして、そのレールの先は唐突に消えているのだ。
「あそこが一番上なのかな」
「そうだな、あそこまで上って、それから下るんだろう」
緊張しているのは二人だけではない、後ろの席から聞こえる声もひそひ声が多い。別に大きな声を出すと笑われるとか、雪崩が起きるわけでもないのだが、ついつい声を潜めさせるものがあるのだろう。
横を向くと遊園地の向こうの町並みが一望できて、突然どれほど高いところまで連れてこられたか、嫌というほど理解してしまう。
「竜児っ!レール!」
バーをつかんだまま大河が大声を出す。そりゃ声も出したくなるだろうと竜児も納得。目の前に伸びていたレールは頂点付近でふっと完全に視界から姿を消す。もう目の前には青空しか見えない。
ああ、頂上かと思ううちに傾斜はみるみるかわって今度は失われていた地平線がせり上がってきた。
「ちょ、ちょ、ちょ、これ…」
このときの大河の顔を携帯のカメラで撮っておけば、さぞかしあとで大笑いできたろう。しかし、竜児の方もいっぱいいっぱい。目の前で急激に姿を変える世界のありさまに、目を見開いて大地を引き裂くような顔でバーを握るしかない。
先頭車両に座っている二人はゆっくりと下に向きをかえ、こんどは人や、売店や、アトラクションや、道路や、車や、遠くのビルディングといった雑多なものを抱く大地が視界を覆い尽くす。コースターの先に伸びるレールは嫌な形でうねっていて、ものすごく不安をあおる。
やがて重心部分が頂点を超えたのだろう。それまでゆっくりと動いていたコースターは嫌々ながらという風に速度を上げ始め、そして瞬く間に猛スピードで坂を駆け下りだした。
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
「おぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
恥も何もありゃしない。二人とも内臓が持ち上りそうな急降下に大声を上げる。というか、声でも上げていなければ力の抜けたハラワタがそのまま宙に漂い出しそうなのだ。二人どころかコースター1編成は丸々悲鳴をまき散らす移動装置に変身済みである。
そして、急速に近づいてきた地面の先ではレールが嫌な形に歪んでおり、心臓をねじ曲げるような恐怖を与えてくる。
「ひぃっ!」
「おおぅ!」
歯を食いしばる間もあらばこそ。二人を乗せた車体は唐突に右に傾き、急コーナーを走り抜け、そして上昇に転じる。
「あー、びっくりした」
「おう、すげぇな」
「え、ちょっと、いやーーーー!りゅううううううううじいいいいいいいいいい!」
「うおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
二つ目の山は一つ目の山より低い。牽引されてゆっくり上った一つ目の山と異なり、瞬く間にコースターは山頂にたどり着くと、存分に速度を乗せたまま乱暴に向きを下に変え、一気に坂を駆け下りる。覚悟を決める間も減ったくれもない。
平常心をなぶりつくすような速度で急降下したコースターは、今度はコルク抜きのようならせんを描いて乗客たちを翻弄する。大河も竜児も訳のわからない大声をだすだけだ。
二回転してコルク抜きから出てきたコースターはようやく速度を落とすと、クールダウンをするように小さな畝を二つ超え、そしてようやく乗り場が見えてきた。
「ひゃひゃ、あは、あはあああ、あは。竜児、これ、これ、すごいすごいすごい!」
「おう、すげえ、あははははっ!」
意味不明にテンションが高いのは二人だけではない。コースターは絶叫マシンの名に恥じない働きで乗客全員をハイ・テンションな笑いにたたき込み、そして静かに乗り場に帰ってきた。
◇ ◇ ◇ ◇
ジェットコースターを降りても二人の興奮は冷めない。コースターを降り、大河の帽子を受け取り、乗り場から外に出ても二人はひーひー言っていた。
「うふふふ………竜児、だめ。参ったわ!なにこれ、おもしろすぎ!」
「いやー、俺も頭がおかしくなるかと思ったぜ。ジェットコースターってすげぇな」
「もうびっくりよ、あの一番最初の山のところなんて、どうなるかとおもっちゃったけど」
と、大河が小さな手を伸ばして一番高い山の部分を指さすのを竜児もおいかける。最初はそれほど高くないと思っていたのだが、今考えるととんでもないところから落ちて行ったものである。
「おう、あのへんはもうどきどきしっぱなしだったな」
「そうそう。でさ、落ちるときにぐわーってなって、あとはもう叫びっぱなしよ」
「俺、はらわたが浮きそうな感じだったぜ」
「私も!」
妙な高揚感を引きずりながら、ひとしきりおしゃべりもおわり、さて、と二人とも黙り込む。
「じゃ、次行ってみるか?」
「うん、いいけど」
大河はさっきまで仏頂面だったのを思い出しているのか、すこし照れくさそうに笑う。じゃぁ、あれにするか、と竜児が指さしたのは、さきほど乗らずに引き返したメリーゴーラウンドである。
◇ ◇ ◇ ◇
それほど長い歴史のある遊園地だとは思えないのだが、このメリーゴーラウンドだけは、とても古いもののように思える。あるいは古く見えるような作りなのかもしれない。
ジェットコースターやカバの船といったアトラクションの周りには鉄柵がめぐらせてあったが、このメリーゴーラウンドだけは木の柵だし、それどころか、柱も屋根も全部木のようだ。
そうして禿げた上に何度も塗りなおした跡のあるペンキが不思議な暖かさと親しみやすさを演出していた。
「じゃ、おれは見てるから大河乗ってこいよ」
「なによ、竜児は乗らないの?」
「そういうものらしいぜ、ほれ」
と、竜児が指したさきではメリーゴーラウンドの外から親や若い男が馬に乗っている子供や若い女たちに手を振っている。振られたほうも手を振り返す。
「そっか、じゃぁ乗ってくる。これ持ってて」
そう言って帽子を竜児に渡すと、大河はそれほど長くない列までトコトコと歩いて行った。竜児のほうは、あとはすることもない。入園からこっち、ようやく一人きりになれてほっと一息つきながら、メリーゴーラウンドを囲む柵まで歩く。
カランコカランコと妙に時間を忘れさせるような音楽とともに、木の馬が上下しながら目の前を通り過ぎていく。夢のような景色と言えば、そんな風にも思える。
やがて速度を落とした木馬はゆっくりと停止し、大河達の順番が回ってきた。木馬はそれなりの高さがあるため、小学生の子供らたちには係員が手を貸している。うっかり大河に手を貸そうとした女性は、かわいそうにひと睨みされて尻もちをついていた。
大河と言えば、目の前の木馬を見上げて、「とりゃっ」と気合一閃。飛び上がってステップに足をかけると、勢いに任せて木馬にしっかりとしがみつく。無事、騎乗完了。
途中、ウマに襲いかかる雌のトラが見えた気がするが、またがってみると、木馬の上の小柄な大河は文句なしに可愛い。乗り方が正しいかどうか確認するようにきょろきょろしていたが、納得したのか、今度は周りを見回す。そして竜児を見つけると照れたように笑った。
竜児も手をあげて凶悪な笑みを返す。めんちを切っているのではない。微笑んでいるのだ。
全く大河としたら、傲岸不遜、わがまま放題、泣き虫の上、人の言うことを聞かないとんだじゃじゃ馬とくる。そのくせに、こんな夢のような風景に嫌というほど似合っているのだ。
動き出したメリーゴーラウンドの馬の上でゆっくりと揺られる様は、絵本の中のお姫様のようだ。束ねた髪やデニムのパンツのせいでいつものふわふわコットンほどお姫様お姫様していないが、むしろあの格好で来ていたら絵になりすぎて浮いたかもしれない。
いや、そんなことはないか、と竜児は思いなおす。きっとよく似合うだろう。
そして唐突に思い出すのはさっき自分が言った一言。こうしてメリーゴーラウンドに揺られている大河をみていると、まるでこの遊園地は本当に大河のために作られたかの様だ。
一周してきた大河が竜児を見つけて笑いながら手を振る。竜児も手を振りながら携帯のカメラで写真を撮る。あとで泰子にでも見せてやるつもりなのだ。周りではビデオカメラを回している人もいたりして、やはりこれは女の子向けのアトラクションの花形なんだと竜児も納得する。
きっとみんなが我が子、我が恋人こそお姫様と思っているに違いない。
鈍感な北村だって、メリーゴーラウンドで笑う大河を見れば、いくらなんでも心が動くだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
C?
>>434 GJです。
基本的にインドアっぽい二人が、
アウトドアではしゃいでるのが楽しそうで良かったです。
北村はそれでも気づかない
まさにキングオブ鈍感
>>434 ジェットコースターの描写 SUGEEEEE! と別なところで反応してしまった。
ようやく2人が楽しめるようになってきてヨカタ。
大河は笑ってるのがいいね。
続きが楽しみです。
>>437 た、たしかに(汗)
>>436 たしかに!あの二人はインドアっぽいね。竜児は家事手伝いが趣味だし、
大河はごろごろごろごろ。
>>437 あはは。大河の気持ちには気づいてわざと距離を保ってんだけどね。麻耶のことは
鈍感だったから。
>>438 ジェットコースターは何度も書き直したから、反応があって嬉い!俺も笑ってる大河が
好き。
以下「遊園地作戦」続き
ジェットコースターで好感触をつかみ、メリーゴーラウンドで確信を得た後、二人は余勢をかって午前中に大河が仏頂面でやりすごしたコーヒーカップやら空飛ぶ象を片っ端から乗りなおしたのだった。
結果は大成功。「お前、なんであんな顔していたんだ」と改めて竜児が突っ込んでも余裕で笑顔で返せるくらい、大河は子供だましの数々を楽しんだ。
当然、午前中に乗らなかったアトラクションや、一部絶叫マシン(ジェットコースターには2号機がある)でも、二人はにこにこしっぱなしだった。本来遊園地はそういうところだとは言うものの、絵にかいたような大成功に竜児も大河も笑いが止まらない。
「こりゃ、お前のアイデアは大当たりだな。北村とのデート、絶対成功するぞ」
「そう思う?北村君、楽しんでくれるかな?」
つば広の帽子の下から顔をのぞかせて、大河が竜児を見上げる。頬が染まっているように見えたのは、あながち見間違いでもないだろう。想い人との楽しいひと時を想像して胸を高鳴らせているに違いない。
「ああ、俺が保障する。あいつは絶対喜ぶ。こんなに楽しいところだとは思わなかったぜ。こんなに面白いってわかってりゃ、お前が言うとおり泰子を連れてくれば良かったな」
マザコンぶりを臆面もなく発揮する竜児に大河も
「そうよねぇ、やっちゃん絶対喜ぶわよ」
と、手放しで同調する。
「やっちゃんジェットコースター乗るかな?」
「乗るんじゃねぇか?あれで結構怖いもの知らずだぞ」
「『こわ〜い』とか言いそうなのにね」
「言うくせに乗るんだよ」
「うふふ。乗ったらきっと楽しんでくれるわよね」
「ああ、楽しむさ。お前ですら悲鳴あげて喜んでたんだから」
「なによ。悲鳴って。自分だって叫んでたくせに」
「おう、叫んだ叫んだ。否定しねぇよ」
嫌らしい顔で笑いながら竜児が認める。遊園地をくるぶしまで浸かる血だまりに変えようと考えているのではない。思い出して楽しくて仕方ないのだ。
「まったく、誰が考えたんだよこんな機械。腹の底から声だしちまう」
「そうよねぇ」
「お前なんか、でっけぇ声で俺の名前叫んでたもんな」
「なによ、私竜児の名前なんか叫ばなかったわよ」
ん?
思い出し笑いが、ふと固まる。大河を見降ろすと、帽子のつばの下から笑顔をのぞかせて、 竜児とはこれまた違う「?」という表情。その笑顔につられるように竜児も笑顔を取り戻す。
「なんだよ、お前覚えないのか?でっけぇ声で叫んでたろ」
「やだ、竜児何言ってんのよ」
あれ?と大河を見降ろす。こんどは竜児のことなんか眼中にないのか、さらりと流して「次はあれに乗ろう」などと小さな手で指さしている。
ま、いいか。別に重要事じゃねぇし。と、今のやり取りを意識の端から追いやろうとして、竜児の歩みが止まる。電撃的に頭の中に浮かんだ情景に、遊園地気分など一瞬で消し飛んでいた。かき氷でも放り込まれたように背中が冷たくなる。
空気の熱さとか周りの喧騒とか、軽い疲労感も全部わからなくなって、でも、それもほんのわずかの間。いやいやまてまてと竜児は思いなおす。あいつはプライドの無駄に高い女だ。きっとすっとぼけているのだ。心配なんかしなくたっていい。
下手に刺激したらまたへそを曲げるだけだ。今日だって、仏頂面の大河の気分を盛り上げるのにどれほど手を焼いたことか。これをまたおじゃんにするなんてとんでもない。毎度毎度消火に手を焼いているのだ。何も自分から放火して回る必要なんかないじゃないか。
「ねぇちょっと竜児ぃ、なにしてるのよ。早く歩きなさいよ。」
竜児が立ち止まっている間に先に行っていた大河が気づき、振り返って声をあげる。帽子のつばをつかんだ姿は本当に無垢な少女のように見える。見えるだけじゃない。乱暴な奴だが、こいつは正真正銘傷つきやすい少女だなのだ。
きっと今はこの作戦がうまくいくことを露とも疑っていないのだろう。北村とのデートの日を楽しみにしているのだろう。
だめだ。
竜児は唇を引き結び、さっき思い浮かべた情景を再度かみしめるように記憶の中でなぞる。黙って帰るなんてできるわけがない。確かめなきゃいけない、と一歩踏み出す。大河はわがままで傲慢でどうしようもない暴力女だが、今ではもう、高須家の確かな一員なのだ。
こいつが超特大のドジを踏むかもしれないと知って、そのうえで知らぬ顔を決め込むなど、最早竜児にはできっこなかった。わめかれようが、睨まれようが、蹴っ飛ばされようが、確かめるしかない。
「なぁ、大河。さっきのことだけど。お前本当に俺の名前を叫んだこと覚えていないのか?」
「なによ、本当にしつこいわね。あんたの名前なんて叫んでないって言ってるでしょう」
「照れ隠しなら必要ねぇ。笑わねぇから」
「あんた、いい加減にしなさいよ」
穏やかだった大河の顔は、今ではこわばり、それどころが容貌が一変している。唇の端は醜くまくれ上がり、せっかくの遊園地気分を台無しにした駄犬の首の骨をこの場でへし折ってやろうという強い意思がありありと見える。
それでも、竜児は止めるわけにはいかない。
「なぐりたけりゃ殴れ。でもな、大河。殴るのはジェットコースターに乗りなおしてからだ」
大河をその場においてすたすたと歩き出す。
「勝手に逃げるんじゃない!だいたいジェットコースターに乗りなおすって何よ!」
「お前が俺の名前を叫ぶかどうか、もう一度確かめる」
「だからあんたの名前なんか」
「大河!」
わめき散らす大河にびびって押されないように、腹に力を入れ、より大きな声で竜児が叫ぶ。目は血走って、ちょっとしたどころではない悪人面だが、そんなことには構っていられない。ギラリと光る眼で大河を強く見つめ、言い聞かせるようにゆっくりと話す。
「お前はジェットコースターで、二回とも俺の名前を叫んでいた。それが俺が横にいるからだってのなら何の問題もねぇ。忘れてても構わねぇ。
だけど、そうじゃなくて俺の名前を呼んだのをいちいち覚えておけないくらい癖になっているのが原因なら、これは見過ごせねぇ。本番じゃジェットコースターはパスしないといけねぇ」
「どうしてよ」
答えによっては殺すとでもいいかねない視線で大河が声を放つ。
「お前、北村の横で俺の名前を呼ぶつもりか」
その一言で、大河が凍りついたように動きを止めた。
◇ ◇ ◇ ◇
デートの最中に想い人の横で他の男の名前を叫ぶ。
いくらなんでも大河にそんなドジを踏ませるわけにはいかなかった。だからといって、最初からあきらめてしまうには、ジェットコースターはあまりにも魅力的過ぎる。
ジェットコースターがどれほどのインパクトをメンバーの雰囲気に与えるかは、今日の大河の喜びようをみればわかる。だから、今、ここで問題にならないうちに事をはっきりさせておかなければならない。
すっかり無口になった大河といっしょにジェットコースターの列に並びながら、竜児は真一文字に唇を引き結び、前の人の背中に穴をあける勢いで目をぎらつかせている。紐を通して吊るしてやろうと考えているのではない。
真剣なのだ。大河は二度「やっぱり乗りたくない」とぐずったが、説得して無理やり承知させたのだった。これは遊園地デートの肝になる重要な事態なのだと。これはしくじれない。
竜児たちの列の順番が来る。
「ほら、帽子預けるぞ」
ずっと大河の顔を隠していた帽子をとってやる。大河は下を向いたままで、どんな表情なのかは分からないが、とにかく竜児と一緒に歩きだす。乗り場の床の木は足音に合わせてごとごとと音を立てる。
考えてみれば床を木で作るなんて贅沢な作りなのだろうが、いまの竜児にそれを味わう余裕はない。絶叫マシンの定番にわくわくする人々の顔も、竜児の顔に目をやってそむける係員も、いい感じにさびた鉄柵も今の竜児の目には入らない。
目に入るのは目の前の手乗りサイズの女子高生だけだ。
大河を促してコースターに乗せ、バーを下ろしてやって竜児も自分のバーを下ろす。さすがに前回と異なり最前列ではない。ついさっきまでならそれを悔むくらいジェットコースターを好きになっていた。しかし、今はそれどころではない。
引き下ろしたバーですら、嫌な感じに拘束を受けているように思える。
「いいか大河。これからお前の横に座っているのは北村だと思え」
「へっ?」
固い表情で黙っていた大河が竜児を見上げる。
「横に乗っているのが俺だから俺の名前を呼んだってのなら、それでいいんだ。だから横に北村がいると思え。俺はまぁ、叫び声くらいはあげるけどしゃべらないから。お前は横にいる奴は北村だと考えてろ。それで北村の名前が出てくるなら、安心していいだろう」
「ちょっと、私そんな」
大河はなにか言い返そうとしたようだった。ちょっとあわてたような表情。だが、ゴトリとコースターが動き出して、「ひぃっ」と逼迫した小さな悲鳴に変わる。
「もう引き返せねぇんだよ。いいか。俺は黙ってる。お前の横にいるのは北村だ」
ちらりと横を見ると、大河は緊張に目を見開いて、目の前のバーを握りしめていた。カタカタと乾いた音を立てて牽引されながらコースターが坂を登り始める。地平線が視界から消えていき、やがて目の前のレールも消える。
世界は青空と目の前の人の後ろ頭だけ。そして再び地平線が浮かび上がり、そのまま大地が視界を覆い尽くす。
二人を乗せたジェットコースターが猛然と坂を下り始める。
はらわたが浮かんで飛んでいきそうな感覚に、竜児が目を眇める。
◇ ◇ ◇ ◇
今日はここまで
やっと楽しみだした…と思ったら大河無意識w
gjです
>>445 どもども。大河は寝言でも「りゅうじ」って言ってそうな気がする。
「遊園地作戦」続き。
大河は、コースターが止まるまで歯を食いしばったまま、とうとう一言も声を漏らさなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「なんでちゃんと声ださないんだよ!意味ねぇじゃないか。お前わかってんのか?北村とデートするためにわざわざ」
「うるさーーーーーーーーーーーーいっ!」
大声を上げる大河に、竜児が言葉を呑む。
ジェットコースターを降りても大河は一言も口をきかなかった。よろめく体を支えてやろうとする竜児の手を振り払い、引っさらうように帽子をとり返してかぶり、ジェットコースター乗り場を離れて、ようやく交わした会話がこれだった。
帽子のつばで顔は見えない。大河はこぶしを握り締め、小さな体を震わせてすこしうつむいている。怒っているのなら下から射殺すような視線で竜児を見上げるところだ。大河は竜児がそんなふうに睨まれるのを嫌がっているのを知っている。
でも、大河は下を向いて体を震わせているだけ。まるで何かを我慢しているみたいに。
涙を我慢しているみたいに。
楽しげな音楽と声があふれる遊園地で、二人とも置き忘れられたように向き合って立っていた。大河は足元の地面を見ているよう。竜児はそんな大河の白い帽子を見ている。
「…私は…私はねぇ。そんな女じゃないのよ。…あんたの隣に座って、北村君の名前を呼ぶような女じゃないのよっ!馬鹿にしないでよ…」
何を言ってやがるんだこの馬鹿、と竜児は独りごちる。とうとう健忘症までわずらいやがったか。お前はいつも俺の横で北村北村って言ってるじゃないか。
それでも、大河の搾り出すような声のあとではそんなことはつぶやきようも無かった。二人の横をジェットコースターが駆け抜ける。轟音と歓声があたりの音楽をかき消す。
手に負えない女だ、と竜児は思う。馬鹿でドジでわがままで勝手で乱暴で人の話を聞かないくせに、どうしようもないほど繊細な顔をなんの前触れもなく見せてくる。もうすこし小出しに見せてくれれば竜児だって気の遣いようがあるのに。
だいたいどうしてここでそんな言葉が出てくるのか竜児にはわからない。そもそも、今日は大河と北村のデートの下見に来ているのであり、発案者は大河であり、竜児は命ぜられるままについてきたに過ぎない。そんな女じゃないって、じゃぁ、どんな女なのか教えてほしい。
そもそも、大河が繊細だとして……まぁ、実のところ意外に繊細な奴だということは知っているのだが……いま、ここは泣くような場面だろうか。殴り込みをかけてきた日からちっとも変わっていない。何もかもがでたらめ。何もかもがちぐはぐ。何もかもが突拍子もない。
それでも、
「そうか。すまねぇ。気が利かなかったな」
不思議なくらい自然に詫びの言葉が出た。不思議なくらい、怒る気になれなかった。
勝手なのは大河なのに。でたらめなのは大河なのに。とは思う。でも、目の前で小さな体を震わせている女の子を見ていると、理屈なんかどうでもよくなってしまう。
「…っ!」
何も言わずに大河は顔を背ける。帽子に隠れて顔は見えない。ただ、強い日差しの下、涙がきらきらと光りながら飛び散ったのが見えただけ。どうやら詫びは受け入れてもらえたらしい。受け入れないなら罵倒が飛んで来たはず。大河は涙くらいで罵倒を飲み込むタマじゃない。
「なぁ、大河。アイスクリーム食べないか?おごるぞ」
なるべく明るく声をかける。
「食べ物で釣ろうっての?どこまで子ども扱いする気なのよ」
精一杯の憎々しげな声。涙声混じりで。
「そう言うと悪く聞こえるが、どうだ?詫びの印を受け取るくらいの器の大きさを見せてくれてもいいんじゃないか?ほら、そこで売ってるし」
竜児が指さしたほうには、オレンジと白のストライプの屋根のアイスクリーム・スタンドがあって、同じ色をあしらったシャツを着たお姉さんがアイスクリームを売っている。スタンドの方を見た大河が手の甲で目の辺りをこすろうとする。さっと横からハンカチを渡す。
無言で受け取ってぬぐいながら
「なによ。ダブルじゃないと許さないんだから!」
きっと睨んできた顔を見て竜児はひと安心。そして睨まれて安堵している自分に可笑しくなる。
「よし、決まりだな」
「……」
「うれしくないのか?お、トリプルもあるぞ」
「え?!」
歩きながら、思わず大河が期待に満ちた驚きの声を小さく上げるのを竜児は聞き逃さない。泣いたカラスがもう笑った。はっと気づいて大河がぷいっと横を向く。
「なによ。文句あるの?」
「怒るな怒るな。トリプルにするか?」
「あんたがどうしてもっていうなら、やぶさかじゃないわね」
「じゃぁトリプルで決まりだ。ほら、いっぱいあるぞ。好きなの選べ」
スタンドの中にはバニラ、チョコチップ、バナナ、抹茶、オレンジ、レモン、アップル、グレープ、シナモン、トロピカル、ナッツなど色とりどりのクリームが並んでいる。どれが着色料が少なそうか考えている自分に気づいて、竜児は思わず苦笑。
隣の大河はさっきまでの泣き虫はどこへやら、ガラスに張り付いて、たった三つしか選べないフレーバーの選定中。それを見ながら竜児はちょっとだけ大河の体の小ささが癪に障る。
帽子が邪魔だ。これでもう少し大河に背があれば、どんな顔をしてクリームを見ているのか分かるのに。きっと宝石のように光らせているだろう瞳を見ることが出来るだろうに。
たっぷり1分考えて
「じゃぁチョコとオレンジとバニラ」
決めたフレーバーをお姉さんがスプーンですくい取る。
出来上がったアイスクリームを受け取るために、背伸びして手を伸ばした大河の横顔が帽子の影から覗く。目を丸くして本当にうれしそうな笑顔を浮かべている。いけない、いけない。だまされるな、と竜児は苦笑い。
例によって例のごとく、いつのまにか大河のペースに引き込まれている。笑顔に騙されてかけている。お前はこいつの本性を知っているはずだ。忘れるな、殴打と罵倒の日々。
そのくせ、
「じゃ、同じのをもう一つください」
などと言って大河をあきれさせているのは、どういうわけかうきうきしている心に正直なだけだったり。
◇ ◇ ◇ ◇
二人並んでベンチに腰掛けアイスクリームを食べている間、竜児は如何に自分が役に立たない駄犬であるかを延々と聞かされていた。
苦笑いしている竜児に大河は、気が利かない、自主性に欠ける、デリカシーが無い、乙女心が分かってない、ムードを解しない、生意気である、などなど、反省すべき点を丁寧に指摘してくださった。
「じゃぁ、あれ乗って最後にするか」
延々聞かされた自分の短所に苦笑しながら、竜児が話を変える。目の前には大きな観覧車。
「なによ、いきなり話を変えて。ごまかす気?」
「ごまかしゃしねぇよ。あとで反省しますって。それよりさ、もうそろそろ時間だろ。あらかたお前が乗りたそうなものは乗ったしさ。あれ乗って帰ろうぜ」
絶叫マシンには乗りのこしがあるものの、ジェットコースターの結果が結果なので無視していい。とすると、残っているものの中でめぼしいものというと観覧車くらいである。
「そうね。そろそろ時間よね」
大河が出かけに手間取ったうえにジェットコースターを初め2度乗ったアトラクションがあるせいで、かなり予定より押している。青空と雲の作る陰影は昼よりいくらか濃さをましてきて、やがては赤く染まるだろう。
「よし、じゃぁ決まりだ」
そういって立ち上がる竜児につられるように大河も立ち上がる。観覧車の列は大したことはない。
◇ ◇ ◇ ◇
列が短かったせいか、観覧車のゴンドラには二人だけで乗せてくれた。4人乗りのゴンドラなので割と広々としているかと思いきや、思いの他窮屈だ。膝がつくほどではないとはいえ、閉所であるせいか目の前の大河の顔が急に意識されて、竜児は思わず外を見やる。
大河の方は、何か見たものがあるわけでもなさそうだが、ずいぶん傾いた夏の太陽に逆光でてらされる街を見ている。
「なぁ、大河。そっち日が当たってまぶしいんじゃないか?」
「そうね。ちょっとまぶしいかも」
「こっち来いよ、ちょっとは日陰だぞ」
そういって横の席を叩く竜児に
「うん、そうする」
大河は意外なくらい素直に返事をして立ち上がる。大河の動きに連れてふわりと漂うコロンの香りが、不意にゴンドラの狭さを強調する。なんとなく気まづくなって顔をそらし、外の風景に目をやる。
「ねぇ」
「おう、なんだ?」
声を掛けられて振り向いた竜児だが、大河は反対側の窓を見ていた。竜児に見えるのは、いつものつむじをかくす白いつば広の帽子だけ。
「私、やっぱり北村くんとはうまくいかないのかな」
唐突な一言だった。
漏らした言葉は思いのほか乾いた声で、湿り気の無い分、その言葉が軽くないことを竜児に思い知らせる。今日の大河はアップダウンが激しい。朝から泣きそうな顔をするかと思うと、喧嘩腰で遊園地に乗り込むわ、ジェットコースターで泣くわと忙しい事この上ない。
それにしても、今日の泣き虫には、それぞれ理由らしきものがあった。でも、今大河を覆っている諦めのような雰囲気は、ずいぶん唐突な気がする。
「どうしたんだ、急に。さっきのこと、引きずってんのか」
「ううん、別にさっきのことがどうのってわけじゃない。あんなのなんでもない。でも、なんだろう。……急にでもないんだけど。北村くんがものすごく遠く感じちゃって」
だめなのかな、と窓の外に広がる街を見ながらつぶやく。ゴンドラはゆっくりと昇っていき、それに連れて眼下の街も広がる。
「『遠い』って、手が届かないってことか?」
「だって、私こんなに頑張っても振り向いてくれないし。北村くん、私が好きなこと知ってるのに」
少しずつ、悲しげな色に染まっていく大河の声が竜児の胸を締め付けて、思わずため息をつく。そう、北村は大河の気持ちを知っている。春先に告白して断られているものの、大河が北村に好意を持ち続けていることは、北村だってはっきりわかっているはずだ。
それに竜児は知らないことになっているが、そもそもの始まりは北村が大河に告白したことに端を発するのだ。そう考えれば、確かに北村はかたくなだ。一度は告白した女にこれほど距離を置くというのは、やはり大河に振り向く気が無いのかもしれない。
「ダメだと思うか」
「……私の事、見てくれない……」
つぶやくような大河の声に、ふと実乃梨の顔を思い描く。夏の旅行を期に、実乃梨は竜児のことを少し違う目で見てくれるようになったのではないかという淡い期待がある。一方で、その先に幾分の不安はあって、竜児なりに実は自分の方が大河より目標が遠い気がしていた
「なぁ、大河。お前北村と付き合いたいんだろ」
「……うん」
消え入りそうな返事。
「それはつまり、北村がお前の事を好きになって欲しいってことだよな」
「……そうね。でも、そんなこと、ありえない気がしてきた」
もはやはっきりした泣き声になった大河の帽子に、言葉を返す。
「俺は、お前の恋が実らずに終わるなんて思ってない。むしろ、可能性はまだ高いって思っている」
「どうして?」
振り向いて見上げる大河の目は縁が真っ赤に染まっていて、お得意の皮肉も嫌味も軽口も返ってこない。それはもう、手乗りタイガーなんかではなくて、行き先の見えない片想いにおびえる少女そのもので、ただ、純粋に竜児の言葉を聞きたがっている。
まるで、今ここで竜児が大丈夫と言わないとこの恋は終わるとでも言うように。春に知り合ってからこっち、誰も知らない大河のこんな顔を竜児は何度か目にしている。
「好きになってもらうってのは、自分のいいところを知ってもらわなきゃいけないってことだ。だったら、お前は大丈夫だ。お前にはいいところがあって、北村はまだそれに気づいていないだけだ。
あいつはいいやつだけど、やっぱり他の連中と同じで、お前の事を詳しく知ってるわけじゃない。お前がどんな女か知っていけば、だんだん好きになるさ」
「私、いいとこなんかないじゃない」
うつむく大河は涙声。竜児には、また帽子しか見えなくなる。
「お前にはいいところがちゃんとある。俺は知っている」
「……嘘」
気休めなんか言わないでよね、と声の調子で竜児を突き放す。それでも竜児は言葉を継ぐ。だって竜児は知っている。大河にはみんなが知らない良いところがある。
「お前は……だれよりも優しい奴だ。自分の事をそんな風に思ってないことは知ってる。だけど、お前はこうと決めたら自分より相手のことを大事にする奴だ。そうして1人で傷ついても、文句一つ言わない」
大河は鼻をすすって顔を上げ、それでも泣き顔を見られたくないのか窓の外に顔を向ける。
「そんなこと……」
「……お前はどう思っているか知らねぇけど、俺はそれがどれだけすばらしいことか知ってる。お前は4月に知り合った頃、俺の事を『優しい奴だ』って言ったよな。だけど、お前が教室で暴れたのは、みんなの俺に対する誤解を解くためだった。
それでお前への誤解が一層深まるのはわかってたのに、お前は躊躇しなかった。それにプールで俺が溺れたときもそうだ。そもそもお前自身が泳げないくせに、迷うことなく俺を助けに来てくれた。俺はお前がそんな奴だって知ってる。
北村もそういうお前の良さがわかる奴だ。だから、お前のそんなところを知れば、きっとあいつはお前を新鮮な目で見直すことになる。お前にはチャンスがある。まだあきらめるのは早いって」
体温がそれとわかるほど上がっていた。きっと自分は今真っ赤な顔をしているだろうと竜児は思う。これではまるで、自分が大河を口説いているみたいじゃないか。思いのほかドキドキする状況に我知らず、挙動不審に視線を泳がせる。
こんなに体が熱くなったのは、夏の旅行で櫛枝実乃梨と二人っきりで話して以来か。上昇する体温をもてあましている竜児に、しばらくして大河がつぶやくように声をかけた。
「『お前には』って……あんた……まるで自分にはチャンスがないみたいな言い方じゃない」
突然ど真ん中をえぐられて今度は体温が下がる番だった。冷え冷えとした気持ちに心を支配され、竜児が目をそらす。大河と目が合わないように窓の外の大して面白くない街並みを見る。ゴンドラはちょうど頂点付近で、横の窓を太いアームが横切っている。
正面を向けばガラスの向こうに広い平野が広がっているが、自分の目を見られたくなくて、竜児はゴンドラのアームを見ている。
「……おう、俺にはもう……チャンスがねぇ気がする」
「何いってんのよ」
さっきまで涙声だったくせに、大河はそんなことを忘れたようにいきなり心配そうな声。
「何いってるもへったくれもねぇ。さっき言ったとおりだ。お前にはまだ北村が知らないいいところがある。でも、俺にはねぇ。櫛枝は、俺のいいところは全部知ってる。これ以上、あいつを驚かすようなカードが俺にはねぇ」
本心だった。
竜児には、もう切り札が無い。『俺はツラが悪いけど実はこんななんだぜ』と実乃梨を驚かせるものが、もう手元に残っていなかった。竜児は見た目と全然違う男子だ。
それはまさしく出会ったころに大河が指摘したことで、竜児はこんな顔をしてるのにやさしい奴で、こんな顔をしているのにお料理が上手で、こんな顔をしているのに真面目な奴だ。だが、実乃梨はそういったことをもう全部知っている。
今、ようやくそれなりに親しくなれて、自分を知ってもらうことができた。そして、だからこそ竜児は呆然とする。もう、彼女に見せる自分が無い。あとは実乃梨の判定を待つだけ。そして、その実乃梨はどう見たって竜児に恋心を抱いてくれているようには思えない。
乾いた気持で外をみながら、我知らず笑いが込み上げてきた。
「なにがおかしいのよ」
「だってお前、もともとあいつは俺のツラなんか気にしちゃいなかった。みんながビビッて声をかけたかったのに、あいつだけは初めからおれにわけ隔てなく接してくれた。だから俺はあいつを好きになったんだ。
いまさらあいつの知らない俺を探してどうしようってんだろうな、俺」
あらためて、自分が抱いている恋心の身の程知らず加減に苦い思いがこみ上げる。誰にでもわけ隔てなく笑顔を向け、部活に汗を流し、何をしたいのか空いた時間にひたすらバイトを重ねる、どこから見ても完璧な少女である実乃梨。それに比べて己はどうだ。
単なる料理好きのおひとよしときたもんだ。
初めっから無理だったのかもしれない。
情けない顔を大河に向けたのは、別に慰めてほしかったからじゃない。特に何も期待していたわけじゃない。そこまで落ち込んでいるわけじゃなかったし、大河にすがらなきゃいけない理由もない。だからといって、
「いててててて!あにひやあんあ!」
まさかいきなり頬をつねられるとは思わなかった。
「暴れるんじゃない!この駄目犬!」
小さな手のどこにそんな力を隠しているのか、万力のような苛烈さで竜児の頬をつねりあげながら、大河は目を眇めて怒りの形相で説教をしてくださる。
「あんたはみのりんのことをお化け屋敷のお客さんかなにかと勘違いしてるわけ?はぁ?もう、みのりんを驚かすカードがない?驚かして女心を射止められると思っているなら、びっくり箱でも持ってきなさいよ、この馬鹿ハゲ能無しダチョウ犬!」
頬をつかんだ手でぐいと振り回されて、竜児の体がゴンドラの椅子に叩きつけられる。まったく何を食ったらこんな馬鹿力がわいてくるのかと胸の中で独りごちて、自分が作ってやっている飯だと思い当たる。これが本当の自業自得か。
「いってーな。何するんだこの暴力女!」
「うるさい!あんたみたいな馬鹿は、馬鹿なことを言うたびにお仕置きをしないとちゃんと覚えないでしょ!」
頬を押さえながら抗議をするが取り合ってくれない。これはこれで落ち込んだ竜児を励ましてくれている優しさなのか、あるいは単にむかついたから竜児を痛めつけているのか。まったくわからない。おそらく8割方後者だろう。
「あんたは最近自分の立場を忘れてるみたいだから、もう一度はっきりさせておくわ。あんたは私の犬。犬なんだから、主人の言うことだけを聞きなさい!あんたの仕事は私に仕えることなの。私と北村君の中を取り持つことなの。私の幸せがあんたの喜び。
あんたの喜怒哀楽はすべて私のために取っておきなさい。いいこと?許可なく勝手に落ち込んでるんじゃないわよ!それから『みのりんに見せるものがない』なんてことで悩む暇があったら、どうすれば私が喜ぶか考えなさい!いいわね!」
でたらめにも程がある。現代日本で許される発言とも思えない。どうやら10割後者だったらしいと竜児が頬をさすっているうちに、ゴンドラは下へと着いた。
◇ ◇ ◇ ◇
「あーあ、せっかく最後はいい感じに観覧車でしめるはずだったのが、竜児のおかげで台無しだわ」
台無しになるような話題を振ったのはお前だよ。
と、言えるはずのない言葉を呑みこんで竜児がぎろりと目の前の白いつば広帽子を睨みつける。ちくしょう、隠しやがって。帽子さえなければつむじをビームで焼き切ってやるのに。と、ちょっと思っているのだ。
感情の起伏の激しかった一日の世話を散々竜児にさせた挙句、大河は「竜児のせいで気分が台無しだ」などとお気楽に言い放っている。もう、いい。どうでもいい、と竜児は天を仰ぐ。とにかく最後に乗ろうと決めた観覧車に乗ったのだ。
あとは帰るだけだ。そうすればこの我がまま坊主からも解放される。明日も明後日も竜児が面倒を見なければならないことに変わりはないが、それはそれ、この面倒極まりない一日がとにかく終わるというのはめでたい。
しかし、大橋高校の手乗りタイガーがヤンキー高須ごときのささやかな願いを汲んでくれるはずもなかった。面と向かって言っても人の言うことを聞かない女だ。口に出さない願いなど、聞いてくれるはずがない。
「竜児、口直しにあれに乗って最後にしましょう」
そう言って大河の小さな手が指さす方向法を竜児も見る。指さした先には一本のまっすぐな棒が立っていた。ただの棒ではない。パンフレットによればこの遊園地最大の売り物にして最凶最悪の絶叫マシン、その名も「スカイスクレーパー」。
高さ100mの棒である。
◇ ◇ ◇ ◇
>>455 まだ途中だから、色々書くのもあれですが。。。
「とらドラ!」に最初に触れたころの感覚を思い出した。
大河の想い、竜児の優しさに電車の中で泣きまくりですよ。
観覧車での大河の吐露からは、おのずと脳内BGMがサントラ「夕暮れの約束」になっていた。
帽子の使い方うめぇ、アイスクリームのシーンでの竜児が可愛い、大河の方が鋭くて、竜児は・・・、
と色々ありますが、続きをwktkして待ちます。
ところでそろそろ次スレ立てないといかんのだが、俺、立てたことねぇ…
やるには勉強が必要なのでちと時間がかかりそう… どなたかいらっしゃれば、頼む!
スレタイ候補は前スレにあったストックで見ると、
>【とらドラ!】大河×竜児【ゴロゴロ妄想】Vol13
>【とらドラ!】大河×竜児【クスクス妄想】Vol13
>【とらドラ!】大河×竜児【ウトウト妄想】Vol13
が残っているか・・・ 他にイイのがあるかな?
アイスのフレーバーのチョイスに企みを感じました
>>456 いやいやいや、色々書いてよ!書き手はみんな読者の声を待ってるよ!
「夕暮れの約束」も名曲だよね。あれ聞くと、竜児が困ったような顔で口をゆがめて
足下を見ている姿が浮かぶ。
帽子の使い方は工夫してるつもりなので読み取ってくれる人がいるとうれしい!ありがとう!
>>458 イヒヒヒヒ。ナイスな読み手だ。
>>459 >書き手はみんな読者の声を待ってるよ!
いやホント全くだよなw
どんな声でも嬉しい事この上なし!
と、氏の連載を読んで毎日ホクホクしている俺が言ってみる。
>>372 乙!
顔が緩みっぱなしでしたw
竜児が流石過ぎるwww
大河かわいいよ大河。
冬休み編も期待してます
>>387 乙!
怖いよ!
竜児の蓮コラとか恐ろしくて眠れないです。
エコ犬野郎のエコ魂もすごかった!
>>389 乙!
最初の大河と最後の大河のギャップがww
みのりん今日もお疲れ様ッス!
>>415 乙!
なんてーか、こう、世間って狭いよね!
アーメン竜児。
>>416 友人鬼畜ww
>>455 連日乙!
ジェットコースターの描写が素晴らしい。
乗った時の感覚を思い出しました。
それにしても……この二人、可愛いなw
>>460 ほくほくしてもらって何より!
>>461 ジェットコースター怖いよね。何か、すごく乱暴な乗り物だ。あと、竜児と大河はほんとガキだと思う。
>>462 乙です
続きを投稿すべき場面なんだけど、すまん、富沢祥也のことがショックでとてもできん。
とりあえずお詫びだけ。
では、思いつくまま感想。
文豪の本気が連日見られて嬉しい!
たった1つのシチュエーションで、あとは竜虎の思考、行動だけで話が展開していくんだもんなぁ
しかも高2夏休みの終わりかけという難しい時期で。
> お前の横に座っているのは北村だと思え
終始リードしてるのは竜児だが、それは律儀かつ無理すぎ! でもらしいw
>>439 あまりにも淀みの無い文章で、一気に書き上げたかと思う程。
>>455 > 高さ100mの棒である。
「高さ100mの高須棒である」に空目した俺は、いまだに立派な竜虎中毒症候群である。
>>462 超乙です! 新スレにも書いてこよっと!
お題 「いたのだろう」「退屈」「世界」
恋をすると世界が変わるというけれど、それでも退屈なものは退屈なわけで。
いやむしろ、好きな人が自分を見てくれない時のつまらなさは一層強くなっているような。
「ねえ竜児」
「おう」
「竜児ってば」
「おう」
いくら呼べども返ってくるのは生返事ばかり。
竜児の目は暗黒神復活の秘儀を見出すべく、というわけではないが、ノートと資料をいったりきたり。
「……むー……」
大河は小さく唸りながら竜児の後に立つと、少し伸びかけた襟足のあたりをつまんだり引っ張ったり編み込もうとして無理だったり。
「……大河、何やってるんだよ」
「だってヒマなんだもん」
言葉通りによほど暇を持て余していたのだろう。さすがに振り返った竜児の目の前の大河は不機嫌そうに頬を膨らませて視線を逸らせて。
「図書館なんだし、本読んでればいいじゃねえか」
「面白そうなのないもの」
「いやいや、実際読んでみれば気に入るやつだってきっと……」
「捜すの面倒」
「……キッズコーナーの玩具で」
「殴るわよ」
「そもそもだな、大河はレポートあるわけじゃねえんだから無理についてこなくても」
「竜児……あんたそれ本気で言ってるわけ?」
「おう?」
「せっかくの土曜日に遊びに来た恋人を放って出かけようだなんて……まさかそんな冷血漢だとは思わなかったわー」
「いや大河、お前去年は俺が出かけてる間の留守番してたじゃねえか。むしろめんどくさいとか言って家でゴロゴロしてることの方が……」
「昔は昔、今は今よ」
「おう……だけどな、実際レポート書くのはもうちょっとかかるし、なんだったらファミレスか喫茶店にでも行ってさ」
「竜児……私、邪魔?」
「え?」
「私が近くでうろうろしてたら迷惑?」
「いや、別に迷惑ってわけじゃねえよ。むしろ、その……大河が視界の隅にでも居てくれた方が落ち着くというか、なんというか……」
「ふ〜ん……仕方ないわね、その辺の本てきとーに読みながら待っててあげる。そのかわり早く仕上げなさいよ」
「おう」
「それから帰りにお茶ね。もちろん竜児の奢りで」
「お、おう……」
恋をすると世界は変わる。
言葉も、視線さえ交わさずとも、ただ傍に居るだけで嬉しいなんてことだって起こり得るようになるのだ。
最後は高須の棒かと思っていた
マッタリ系の三題噺はすごく好きです。GJです。大河の気づきがすごくいい表現に思いました。
>>465 いいね。かまってちゃん->すねる->上から目線に三段変化する大河ににやけてしまった。
>>464 俺も高須棒に見え(ry
>>465 乙!
なんでこんなに可愛いんだ大河w
ニヤニヤをありがとう
「……ねぇ、竜児?」
「……眠れねぇのか?」
「暑すぎんのよ。眠気も来ないし」
残暑もなかなか終わらず、今宵も熱帯夜。
寝室ではエアコンの排熱が混ざったような生温い風と、居間で回っている扇風機が起こすそよ風だけが循環している。
時間も遅いしそろそろ寝るか、というわけで布団に二人仲良く大の字になったのがかれこれ2時間前。
いっこうに睡魔はやってこない。
「とりあえず眠れさえすればどうにかなるのにぃ〜」
大河は眠れないイライラを原動力に、ゴロゴロと横に転がって竜児の体に覆いかぶさるようにして密着した。
あーつーいー、とか言いながら手足をバタバタさせて、ぐりぐりと竜児の胸のあたりに額を擦りつけている。
「くっついたら余計に暑いだろうが。さりげなく人のシャツで汗を拭くんじゃねぇ」
小さな暴れん坊を排除すべく竜児は体をひねるが、落ちてたまるかと大河はガッチリしがみついてなかなか離れない。
何の意地かわからないが、揺すっても転がってもビクともしないのだ。
数分わたる攻防の末、竜児は諦めて仰向けの体勢に戻った。
「ふふふ、私の勝ちみたいね」
「よくわからねぇけど、そうみたいだ」
大河は満足したのか、すとん、と自発的に布団へ落ちた、
暑いし、汗でベタベタだし、少し息が乱れてるし、夜明けまで3時間しか無いし。
状況としてはなにも良い事なんてないけれど、二人とも笑顔だ。
「何笑ってんの、竜児」
「お前も笑ってるだろ、大河」
何が面白いわけでも、何が可笑しいわけでもないけれど。
強いて言えば、二人でグダグダこんな時間を過ごしているのが幸せなのかもしれない。
「……そういえば最近、シてない気がしない?」
「おう?」
「運動。1回したら疲れてぐっすり眠れる気がする」
「……いや、お前、もうすぐ朝だぞ?」
「なら、善は急げよ!」
「マジかよ!?」
ギシギシアンアン
正直、最後の7行が書きたいだけだった。
よくやった
ギシアンいいよギシアン無意味にくっつく大河可愛い!
梅〜
_,.-'"´: : : : : : : : : : : : : : : : : : : `ヽ、
/: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : :\
/: : : : : : : : : : : : : : : : ヽ: : : : : : : : : : : : : : _\
/,.-'": : : : : : : : :,イ: :::: : : ヽ: : : : : : : : : : : : : ::|`ヽ
/ : : : : : : : : : :/:/ | ::ト、:|: : |::、: : : : : :|: : : |: : : :ヽ
/: : : :,i: : : : : :/|/`ヽ:::| ヽ!、::|::::ヽ!:: : :/:: : ::|: : : : ::';
|: : : ::::|: : : : :/_/二ニミ、=-::|,.、:::|::: :/|::/|:/|:: : : :|、:';
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|ハ::| ヽ}ヾヽ! ゝ 从从 彡::/ヽ!
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