1 :
通常の名無しさんの3倍:
デギンのもとに「ジオンに兵無し」のビデオ通信が地球から送られてきたのは、むろん、
なにもかもおわって後のことである。デギンはレビルに敗北した。むろん、激怒した。
この怒りは、政治的な演出というようなまやさしいものではなかった。
「ジオンはつぶれる」
とさえかれは悲鳴をあげ、この日、ダルシア・ハバロに対し、この言葉を何度もいった。
「そうではないか、ダルシア」
(そのとおりだ)
と、ダルシアはおもった。かれはその首相としての学識を駆使して、デギンが夢想する
ジオンのスペースノイド私権をどのように合法化するかということに日夜苦心をかさねて
いた。一吏僚とはいえ、その怒りはデギンとかわらない。
「これにくらべればかつてのダイクン家など敵として何ほどのことがあったか。ダイクン
家以上におそるべき敵はこのビデオの者どもである」
とデギンは言い、すぐさまジオンの府のすべての将校どもをあつめ、デギンみずからが
大声をあげて宣告した。
(義経・下〜腰越状より)
あの名スレをもう一度…
期待
懐かしいなぁ…
正直、昔みたいな職人は現れないとは思うが
5 :
通常の名無しさんの3倍:2008/09/24(水) 13:42:21 ID:udeIEoaW
6 :
通常の名無しさんの3倍:2008/09/27(土) 14:23:25 ID:pFofBcFp
昔、投稿してたな
7 :
通常の名無しさんの3倍:2008/09/28(日) 18:37:06 ID:ESufK/lu
最後にノリス・パッカードが駆けつけてきたとき、
「やあ、極東、遅かったな」
と、マ・クベは不用意にいった。
マ・クベにしては、不覚の一言だった。じつはノリスは、このマ・クベというおべっか使いを、
こころよくおもっていない。
生理的にきらいだったらしい。ノリスの親友のダグラス・ローデンなどもマ・クベがきらい
で、
―――おノリ(ノリス)そうではないか。おれはあの男のシタリくさいつらをみると、こう、腹
の虫がおきて、胸がえずくわ。
とまでいっていた。
むりもなかった。ノリスとダグラスといったジオン子飼いの将校は、ジンバ憎しのあまり、同
志筆頭デギン・ザビを「もののわかった長者」として立てている。そういう意味でのデギン党で、
だからダイクン家への恩顧はわすれていないが、マ・クベときたら、あたまから利でころんでい
るのである。すでにジオン在世当時から、ジオンに子がうまれぬをみて、(あとはデギンじゃ)
とばかりに接近していた。その露骨さは、ノリスやダグラスにはやりきれなかった。
「オデッサ。―――」
と、ノリスはマ・クベの前に立ちはだかった。
「いま、なにか申されたか」
その以外な見幕に、マ・クベはちょっとたじろいだが、すぐ笑顔をつくって、
「遅かったな、と申したまでよ」
「オデッサ、それはたわごとである」
「え?」
「痴言じゃというのよ。遅しなどとは、軍人に対し申すことばか。遅しということは、戦場に遅
れたり、ということじゃ。軍人には禁句ぞ。壷を眺めることの上手なオデッサだが、軍人の言葉
作法がわからぬものとみえる」
「極東、左様に事をあらだてて申されるものではない。親しき仲の、チラッとした戯れあいさ
つで申したわけではないか」
「親しき仲?」
ノリスは不快そうにいった。
「足下とはべつに親しくはない」
「これはあいさつじゃの」
マ・クベはもてあました。ノリスの体をなでるような手つきで、
「まあまあ、左様にめくじらを立てずに。おたがい、首相御昵懇の仲間ではないか」
といったから、ノリスはいよいよ不機嫌になり、
「お互いに首相御昵懇?なるほどわしは首相に昵懇をたまわっておる。しかしそれは首相とノリ
スだけの御縁で、お手前の仲介を得たわけではないわい」
一緒にするな」、とノリスはどなりたかったのであろう。「糞と味噌は、色かたちこそ似てい
るが、ものはちがう」と叫びたかったにちがいない。
が、そこへ、コンスコン、トワニングなどが「まあまあ」と割って入って、事なきを得た。
8 :
通常の名無しさんの3倍:2008/09/28(日) 18:37:40 ID:ESufK/lu
いい
9 :
通常の名無しさんの3倍:2008/09/28(日) 18:39:09 ID:ESufK/lu
ミスった
いいダイクン派が思いつかなかったからノリスにしてしまった
ダグラス・ローデンとラル親子以外に誰かいたっけか?
期待
11 :
通常の名無しさんの3倍:2008/10/01(水) 12:33:19 ID:1vMBGoI9
「それにしても艦一隻とは少なすぎますな」 と、第二報が到着したときナナイ・ミゲルはいった。ネオ・ジオン軍がこの戦いでうごかしている
戦力は六百を超えている。そのうち、ロンド・ベルと戦闘をまじえるだろうアクシズのコースのギュネイの部隊だけでも、後衛ふくめて三百であ
った。
ナナイは、いった。
「わずか艦一とは、見違いではありますまいか」
「見違いではなかろう」
シャアは不機嫌そうにいった。きょう朝からの演説のあと、夜更けてから軍議をした。シャアはさすがに疲れていた。
「しかし、わずか艦一とは。―――」
「そのほうは、そのくらいのこともわからぬか。ブライトは死のうとしておるのだ」と、いった。
(……死ぬ?)
ナナイは、意外であった。死が目的でいくさをするばかがどこにある。いくさは勝つためと功名をたてるためにするものであり、げんにネオ・
ジオン軍のあらゆる将校とあらゆる兵卒はそうであった。
「ブライトがたとえそうであっても、その配下までそうでございましょうか」
「ああいう男というのは」
シャアは、怜悧な官僚であるナナイをいつにない冷ややかな目で見、あとはなにもいわなかった。おそらくこう言おうとしたのだろう、「ああ
いう戦争の中から生れてきた男というのは、ぬくぬくとシルクの下着で育ったおまえとちがい、自分の精神というものをすらりと配下に伝染して
しまえる能力をもっているものだ。ブライトほどの男が死ぬ気なら配下も死ぬ気だということはきまってる。そういう機敏については、わしのわ
かいころのジオン者はみなわかっていて、お前のような愚問を発する者はなかった。いまの連中というのはMSにのってもわら人形のようなもの
だ。大将という者の心の位というものがわからず、見わたしたところそういう大将もおらぬ」……
「寝る。疲れた」
と、シャアは苦笑しながら立ちあがり、ナナイを見おろしながら、疲れると腹が立つものだ、といって奥へ入った。
12 :
通常の名無しさんの3倍:2008/10/01(水) 13:51:56 ID:I7N1DLdH
↑これおもしろい!読み応え有る!シャアとナナイの司馬話。
職人さん来ないかな…
14 :
通常の名無しさんの3倍:2008/10/13(月) 00:28:49 ID:hgVRQGXa
age
15 :
通常の名無しさんの3倍:2008/10/15(水) 15:24:53 ID:hmaKl3is
宇宙世紀の時代では、地球圏では無理かも知れんが
コロニーではシャアとアムロの大河ドラマとかあるんだろうな
16 :
通常の名無しさんの3倍:2008/10/15(水) 22:10:45 ID:kbOumXCW
そりゃ見たい!国民の多くが見るぞ!燃える人もいれば泣く人もあるだろう。
17 :
MSと文明:2008/10/16(木) 17:39:36 ID:2Dv9xK6h
われわれの民族が、乗用車も生産できないのにMSを作りはじめたのは、U.C.
七十年代の初年からである。その試作機が完成したのがU.C.七十七年で、MSの
名は、MS-05ザクTだった。U.C.七十九年のルウム戦役の写真などで登場するの
が、このMSである。
このMSが、U.C.七十九年のサイド7事件の末期に戦場にあらわれ、これまた
技術後進国だった連邦のガンダムと対決し、全滅した。理由は装甲の薄さと砲力の
不足だった。貧乏性なジオン軍は、せっかくMSをつくっても、安くあげるため合
金板をうんと薄くし、マシンガンも、火力をうんとひくくして、まるで水鉄砲のよ
うなかっこうのものをつくったために、せっかく射撃してガンダムにあたっても、
タドンを投げつけたようにつらぬかず、逆にむこうのビームは、すぽんすぽんとは
いった。このためMS隊のある中隊長は、戦争中に発狂してしまった。
この役にもたたぬMSにおどろき、十二月に試作したMS-14を制式MSにきりか
えて生産を開始した。
われわれが乗せられたのは、このMSである。秘密名を、ゲルググといった。ビ
ームナギナタを背中に背負って、異様なかっこうをしていた。
(中略)
私が学徒兵で兵隊にとられるすこし前のことだが、このMS-14の生産価格は、三十五
万円だということだった。ガウが二十万円、ドップが七万円のころである。
「三十五万円の棺桶」
という唄がMS隊にあり、貧乏性のジオン軍はわれわれにこの値段を徹底的にお
しえこみ、だから大事にしろ、といい、たとえ敵にやられてMSが炎上しても機外
へ出ることはならんと教えた。心構えでなく、それがMS隊の法律であった。兵器
は消耗品にすぎないのに、ジオンでは宝物のようなものだっtqあ。
この宝物は、奇妙なことに連邦のレールなどのくず鉄を原料にした特殊鋼で鎧わ
れており、教生のころ、教官に、
「ヤスリで削ってみろ」
といわれ、機体を削ってみたが、カラカラとすべって毛ほどの傷もつかなかった。
それが、終戦直前に生産された新品の機体を削ると、ぼろぼろと削れた。ぞっとし
たが、要するに、連邦と戦争したためにスクラップがはいらなくなったというのが
理由で、いかにもジオンの技術文明がおかれていた位置がわかるではないか。
18 :
通常の名無しさんの3倍:2008/10/16(木) 18:21:41 ID:w1JYSU8Z
やばい 面白い!!
元職人です。
まだ需要あるのかな?あるなら再トライしたいけど…
20 :
通常の名無しさんの3倍:2008/10/16(木) 22:56:16 ID:RayYIBhM
いろいろとトライして下され。ROMってるばっかで申し訳ありませんが、読むの楽しみです。
21 :
通常の名無しさんの3倍:2008/10/19(日) 01:03:52 ID:tsby+veE
元職人様の光臨に期待
22 :
前スレの1:2008/10/19(日) 01:08:28 ID:???
なんと復活してたんですね。
dat落ちしてたので諦めてましたが・・・・・
今、ハイストリーマーの復刻版を読んでる最中です。
また時間作って書き込みますね。
面白い
ROMしかできないのがこころ苦しいわ
24 :
前スレの1:2008/10/22(水) 16:20:53 ID:???
以下の内容は、前スレ60からの続きになります。
後世のわれわれにとって革新論のむずかしさは、そういうところにあるであ
ろう。
人の革新という思想的問題は、どれほどの議論と結果が出ても、それがいっ
たん一現象として過ぎ去ってしまうと、あたかも症状の去った神経発作――極
端な比喩だが――のように自分の心理なり症状なりがどういうものであったか
よくわからないところがある。
どのガンダムシリーズにおいても人の革新というテーマは描きえる。しかし
続編に描かれた描写の場合、解釈の多様性によるそれぞれの決着はあっても、
そこから持続的公理性を導き出すような人の革新が成立しうるかどうか疑問な
ようである。
たとえば平成14年度より強引にはじめた種・種死シリーズの制作陣営が8
01描写を含めたコーディネイターという概念を錦の御旗として、アニメーシ
ョン界を壟断(ろうだん)、不当占領した。破綻した少年、少女を政治的・軍
事的・精神的な中心として始めた21世紀の1stガンダムは結局は非難集中
と矛盾、興業収入の伸び悩みから破綻するが、その放映中の思想は人の革新と
いう道筋にすら乗りえないほどに幼稚なものであった。本来、新概念といえる
ほどのものなら、自分たちの実力とファン層、世間の錯綜(さくそう)とした
諸種の利害関係を計算しぬいた上でおこなわれるはずのものであろうが、そう
いう電卓で導き出せる計算すらなかった。
「801こそ種、美形こそ種死の生命線」
というマインドコントロールのようなことばを、ゴミのようなミーティアユ
ニット付きのフリーダムガンダムのガレキに連呼することによって制作陣営は
アニメーション界の占領をくわだてた。
もっとも種制作陣営にはもはや思想といえるほどのものはなかったために、
かれらはコミケと従来のリアルロボット路線が模索しながら提示していた思想
内容――つまり内容・キャラクターへの絶対的盲従とガノタおよびガンダムと
いうジャンルの絶対的優位性――を全ファン層にひろめ、かつかれら801信
者たちは全ファン層の精神レベルを盲従によりダウンさせることによって新概
念を定着させようとする方法を発見し、その自己満足的な行為に熱中した。メ
ジャーを気取った連中が知らず知らずのうちにマイナーに堕落してゆくという
一例であるといえる。平成14年から種死の放映終了まで、その信者たちの定
着運動はカルト宗教のようなあぶなさを秘めて一部では成功した。しかしアニ
メーションそのものは低視聴率、安易な性描写の繰りかえしによるクレームの
増大という、表現者としてやってはいけない部分を乱発し、ついにはなかった
ものとして葬り去られ、闇に消えた。
さらに例をあげると、種シリーズ放映前、「新機動戦記ガンダムW」という
801色濃厚な少年中心の物語が放映している時期があった。その時期は当時、
今ほどネット環境が整備されていない環境であったためすぐさま沈静化したが、
この作品はそれまでのシリーズの打ち出していた概念を勧善懲悪というかたち
で反映している都合のいい代物で、人は爆弾で爆発したりビーム砲をはじめと
した火砲の直撃を受ければ死んでしまうという当たり前とされてきた描写が全
く無視されていた。その是非はともかく、たかが――過ぎ去ってみれば――そ
の程度の思想問題が重大な課題に転化し、ファン層は革新寸前を思わせるほど
に騒然とし、しかもそれが過ぎ去ってしまえばあとかたもない。
というようなことを考えると、人の革新という課題は、他の描写によってな
された概念とはよほどちがった概念と性質をもっているといえるかもしれない。
(中略)
そういうニュータイプ情念の第一次ネオジオン抗争後本格的な戦慄が、革新
論であった。その戦慄が過ぎ去ってしまえばなにごともなかったにひとしいに
せよ、その最中は連邦政府をほとんど崩壊寸前に追い込んだ。
29 :
前スレの1:2008/10/22(水) 17:21:24 ID:???
とりあえず今日はここまで。
30 :
通常の名無しさんの3倍:2008/10/22(水) 17:38:33 ID:D5dmU5zH
おー!すげー!
31 :
通常の名無しさんの3倍:2008/10/27(月) 02:22:24 ID:HbX+0CVZ
アゲ
司馬文体を抜きにしても成立してるのがいいな
33 :
前スレの1:2008/10/28(火) 23:28:07 ID:???
感想ありがとうございます。
34 :
前スレの1:2008/10/28(火) 23:34:06 ID:???
元ネタにしている著書が10冊と長いため、出来る限りポイントになる部分を
抽出して書き込んでいく予定です。
アリスの役所は、移転途中のラサにある。
やや古風な感じが残っているところで、もとのチベット仏教寺院が模されて
いる建物であった。
まわりは、かつてチベット仏教の一大中心地だっただけに伝統的な寺院が軒
をならべ、それらのほとんどが連邦政府に接収されて、なにがしかの役所にな
っている。看板こそ変わったが、このあたりの景観は旧世紀とほとんど変わら
ない。
――中枢が移転するこの時期をもって、宇宙に勃興する新生ジオンを叩く組織
を創る。
というのが、思案してきたアリスの構想であった。
かつて連邦政府を掌握したティターンズを真似て、新軍事組織を創ろうとい
うのである。その建議書の草案もほぼ書きあげていた。
――宇宙軍省にこれをどう説明すべきか。
ということにかのじょは困難をおぼえた。宇宙世紀0083におけるデラー
ズ紛争の惨禍以来地球連邦軍は強圧的性格を帯び、そういう独善的部分を‘
地球を不浄なるジオン残党より守るため‘という崇高な理念を掲げて誕生した
のが、他ならぬティターンズであり、それらは結局は連邦政府そのものを圧し
た。
そういう強圧的な独裁組織のイメージが、世間にある。ところがアリスが政
府高官ジョン・バウアーから聞かされた新組織構想というのはそれとはちがい、
開明性と精鋭主義という、シビリアンにとってあくまでも効率がよく、あくま
でも管理がしやすい組織のひとつであるということだった。
かのじょはこの一点を強調せねばならない。ティターンズの二番煎じではな
いことを、である。
宇宙軍省では、参謀次官アデナウアー・パラヤが待っていた。
アデナウアーは、葉巻をくゆらせていた。髪形は典型的な官僚頭というべき
か。神経質で、およそ笑顔すら他人にみせることがまれであったが、アリスが
部屋に入ってきたときにはめずらしく微笑し、アリスの労をねぎらった。
「地球圏を絶対民主主義たらしむ」
というスローガンこそ、新官僚の頃からのアデナウアーの方針であり、その
保守的な理念の推進は一年戦争以前からの連邦政府要人の数すくない政策の一
つであったろう(中略)
アデナウアーはシビリアン・コントロールという概念を頑(かたく)ななま
でに信じるという点では異常なほどの性格をもち、さらにはそのシビリアンを
なによりも上位に置くというための論理においてはこの時代での第一等の頭脳
をもっていた。
が、アリスはそのアデナウアーの前で、
「連邦宇宙軍はただの官僚組織で、来るべき叛乱勢力を鎮圧する組織にはなり
得ないことを知りました」
と、アデナウアーの確信をうち砕くように冒頭でいってのけたのである。
「まだ措辞(そじ)が整ってはいませんが」
と、このとき途上で書いた例の意見書をアデナウアーの手もとに差し出した
のである。
アデナウアーは一読して露骨に不快の色をうかべ、
「ミラー情報部中佐、きみはジャミトフ・ハイマンの犯した大きなあやまちを
また繰り返すつもりかね」
と、内容についての不満を、かつて地球圏に生存しえた人物の名を口にしな
がら言い、やや攻撃的な姿勢をとった。
アデナウアーはアリスの文章の中の一句を凝視していた。
「地球連邦軍ニ於イテ、其ノ本部ノ一部署(ロンド・ベル)ハ外郭ノ扱イトナ
レドモ、管掌ハ他ノ連邦軍同様宇宙軍省トナレリ」
という一句である。それによると、今度創られる部署は直接的管轄ではなく
間接的であり、然れども所属・指揮権は宇宙軍省の管轄になるのだという。と
ころが外郭という部分がどこまでを指すのか、どこまで権限があるのかという
ところが不明瞭であった。
――非常時に出動できうる部署を創るべきである。
と、アリスの意見書は言う。意見書によると、
「ジョン・バウアー、新興部署ノ長トナリ……」
とあり、さらに宇宙軍省の事実上の巨魁である参謀次官の権限については新
興部署長よりも上位であるという一項を説き、
「参謀次官ハ全連邦宇宙軍ノ指揮権限ヲ所持シ……」
とある。
アデナウアーは、不満である。
(新部署など、要るものか)
と、アデナウアーは立場的にその創設には反対であった。ハマーン・カーン
のネオジオンの跳梁によって荒廃した連邦政府を再建せねばならないこんにち、
新部署といわれる第二のティターンズが出現することは百害あって一利もない、
と信じている。
アデナウアーは、連邦政府再建のためのあらゆる方策を自分の手で創ろうと
していた。人民による政府、すなわち、旧世紀のソビエト連邦への回帰こそ、
いますぐにでも取り組まなければならぬ課題ではないか。
(バウアーの術中に落ちるようなものだ)
と、アデナウアーはおもった。
バウアーはバウアーで、さきの第一次ネオジオン抗争鎮圧の際ダカールにて
連邦軍の反攻作戦を主導し、組織にとらわれない新興部署の必要を感じ、みず
から提唱者として組織を創設することによってそれをてこにして新体制を構築
しようとしていた。アデナウアーも既成の宇宙軍を管轄している宇宙軍省をて
こにして政府再建のしごとをしており、しかも不幸なことにこの両者はティタ
ーンズ全盛の頃ともに手を取り合い協力した仲でありながら、現在方針の違い
からたがいに連絡はない(中略)
要するに、両雄が屹立(きつりつ)している(中略)
「ミラー情報部中佐、この意見書は私があずかる。草案を修正し、しかるべき
かたちにしよう」
と、アデナウアーは言った。
アリスは、「それはこまります」と拒否し、私はこの案をバウアー閣下に示
され、実現するためにきたのです、といった。
――参謀次官につくべきか。
「それとも」
と、アリスは目をつぶって、二つの命題のあいだを往復しつづけた。
――目下、創設準備をすすめているジョン・バウアー閣下に所属すべきか。
(こまった事態になったものね)
と、おもわざるをえない(中略)
さて、アデナウアーである。
(アデナウアー参謀次官は、みずからの頭脳を恃(たの)んでいるだけで、結
局はだめになる)
と、アリスはおもった。アデナウアーの政治基盤には官僚的な泣き所が多す
ぎるのである。
まず最大の泣き所は、
――アデナウアーには戦役での功績がない。
ということであった。アデナウアーは官僚化した組織の一長官の位置にいる
というだけであり、バウアーのように司令塔において直接指揮をしたというこ
とすらなく、戦場という現場をあまりにも知らなさすぎるということである(中略)
連邦政府の大官には旧世紀の中華思想濃厚な地域(フランス等)の出身者と
して、ストアストとのちの参謀次官となるブラッド・レービェなどの人材がい
るが、かれらはたがいに個として存在し、勢力をつくろうとはせず、その点―
―背景をもたないということで――アデナウアーは政治家としては不具であっ
た。
さて、アリスのことである。
アリスが半時間ばかり客間で待った。やがてバウアーが出てきて、丁寧にお
辞儀をした。バウアーは、たとえばその唯一の個人的趣味であるチェスにおい
ても珍奇なほどに上品なチェスといわれたが、行儀のよさも類がなかった。
アリスは、アデナウアー参謀次官に見せた新部署創設の建議書を、あらため
てバウアーにみせた。
すでに触れたように、アリスのその草案というのは、
――新設するべき部署は宇宙軍省の直接管轄下に置かれるが、あくまでも新生
ジオンをすみやかに叩くということが第一であり、であればこそ、外郭部隊と
しての権限を持たせるべきである。
というのが骨子で、いま物情騒然たるなかで独り新興部署を設立すべく沈黙
の作業をつづけているバウアーとしては、いわばたった一機のMSが、にわか
に一個艦隊の援軍を得たより心強いことであろう。
バウアーはアリスからいわれるまでもなく、自分の考案した新興部署案の創
設に関してはやすやすと進むはずはないと思っており、さらにはこの案を現実
にするためには少々の細工が必要であるということも熟知している。
「時間と手間をかける必要があります」
アリスの説明を聴いたあと、そう言い、
「見えぬ者の眼をひらかせるためには、正論で臨んでもらちがあかぬ。もう少
し、中佐には働いてもらうこととしましょう」
43 :
前スレの1:2008/10/29(水) 01:07:22 ID:???
とりあえずここまでにして。
寝ます。
テイイチ・フクダ中尉がグラナダで本土防衛のためのMSパイロットをしていたころ、
上官に、避難民のランチが来たらどうするのか尋ねて、吹っ飛ばして行け、
と言われたことが、小説家になったきっかけなんだよな。
45 :
前スレの1:2008/11/02(日) 15:04:55 ID:???
ツルミ「昔から気になっていたことなんですが、シバさんはMSパイロットだ
ったでしょう?連邦軍の参謀本部から来た人に、敵艦隊がやってきて、MS部
隊が降下してくる。そのときにフォン・ブラウンやアンマンから脱出した避難
民が大量のランチでやって来たらどう対応するのか、と尋ねたら、その連中を
貴様がマニピュレータで手にしているビーム砲で吹き飛ばして対応しろ、とい
う答えを得て、びっくりしたという話がありますね」
シバ「その人、いい人なんですよ。その大隊のスターのような人でした。若い
大尉で感じのいい……今でも感じのいい人ですが、地球上の連邦軍参謀本部に
出向しておられたんです。僕たちは月面都市グラナダに、いわゆる最後の日々
を送ってました。そのにいるというのは、軍事上のセオリー通り、月面の表の
部分を攻略するのか、それともフォン・ブラウン経由で裏側ルートを敵が取る
のかというのの違いのようなもので、明らかに敵の攻略ルート上にあるところ
なんです。ところが、一方向からすすんで来るだけではなくて、イレギュラー
な方向からも敵が侵攻してくることは当然予想できる。当然、アンマンなどと
いった月面都市からも避難民がランチをつかって来ますから、それをどうした
らいいのか」
シバ「グラナダへの月面上のルートは、連邦政府の怠惰な縦割り行政のおかげ
で悪路といってもいいほど整備が行き届いておらず、またグラナダで避難民を
賄うための糧食や受け入れる設備もおざなりな有様。だからもうね、きちんと
した戦争をするということさえ、成立するのかどうか怪しいところなんです。
……それともう一つは、グラナダの歓楽街と少し離れたスラム街のようなとこ
ろを歩いていたときに、何のために死ぬんだろう、と考えていたんです。死ぬ
のは怖くないんです。人間てのは若いときには死ぬのは怖くないんですね」
ツルミ「人によりますよ(笑)」
シバ「偉い人は割合、死ぬっていうことを大層に‘浄化論‘だとか‘革命のた
め‘だとか考えるんですけど、僕は単純で、死ぬのは怖くないんですが、何の
ために死ぬんだというこじつけを作らなきゃいけない。そこで、ここらへんに
いる5歳ほどのうす汚れた人形を持っている女の子ですね、そのために死ぬん
だ、そう考えて安心してたんです。そしたらある時にね、いざとなったらこの、
母親がいるかどうかもわからない、硝煙にまみれたような汚れた人形を抱えた
この子らの方が先に死ぬんじゃないか、ということに気がついた。そしたら、
護り手という誇りが根底から崩れてしまったんです」
シバ「ですから、二つあるんです。つまり、ランチに乗って逃げてくる人をど
うするのか、というのと、小さい女の子。今はその女の子は50代半ばになっ
てて、あ、この人らのために死ぬわけだったんだと思っても、もう何のリアリ
ティもない話なんですけども。そういうことです」
ツルミ「避難民がたくさんグラナダにランチで向かってきたら一体どうするん
だ。それに対する答えとして、シバさんが乗っているMSのマニピュレータに
つかまれているビームライフルで吹き飛ばして対応しろ、という話を聞いて驚
かれたわけですが、それは戦争ってものを集約する……」
シバ「一番のことですね」
ツルミ「そういう記憶があって、その記憶は心の底に沈んでいるだろうと思う
んですが、それであって、なぜね、シバさんの宇宙に向けるまなざしは、やさ
しいのか。私の疑問はそれなんですよ」
シバ「あぁ、それはもう、即答できないぐらいの問題で、たいへん個別的なも
のですね。いつも同じことを言ってるんですけど、グラナダ駐留の日に戦争が
あって、何日間かそこで過ごしたときに考えたことがあって、なぜ、こんな馬
鹿な政体のもとに生まれたんだろうということなんです。ただ、宇宙世紀でも
アムロやシャアが生きていた頃や、スペシャルという存在が認知されていた頃
は違ってたろう、と。あるいは、宇宙世紀でも0100年以前は違ってたろう、
と思ったことが、僕のその時の自分への救い、ということかな……そういうも
んでした。スペシャルというのが‘いた‘頃、もしくは宇宙世紀0100年以
前のことはよくわからないもんですから、40歳前後の頃から、こうだったん
だ、というのを書いているわけです。それは22歳の僕への、まあいわばレタ
ーみたいなもので。やっとわかった、っていうことを書き続けて、大体今、終
わりましたですね」
シバは連邦だったの?ジオンだったの?
ジオンだったら、自分はジオニズムがわからないとかいって悩んでるときに、
マハル出身の兵士の教育を命じられて、新兵がジオン・ダイクンの名前もしらないので
衝撃を受ける話とか妄想したんだけど。
51 :
前スレの1:2008/11/04(火) 23:33:26 ID:???
連邦軍所属だったら、という想定で書いてみますた。
その話も良さそうですね。
ジオン軍と旧日本軍って被るからフクダはジオン所属のつもりだったんだけど、連邦でも結構イケるモンだな
53 :
前スレの1:2008/11/09(日) 13:07:39 ID:???
自分の中ではルナリアンというイメージが強いです>シバ
書けるときに。
ストアスト連邦議員は、この間、バウアーが主導する開明派所属の一人とし
て、保守派であるアデナウアーの派閥に入り込んでいた。
「君にたのむ」
と、バウアーはダカールへの出発前にストアストに言い含めた。頑迷保守勢
力のブレーキとなり、責任をもって切り崩しと工作に従事してくれ、というの
である。
ストアストはその晩年は珍妙としか言いようのない自己肥大漢にすぎなかっ
たが、しかし宇宙世紀の混迷期においてはその政治的奇才が高く評価され、た
しかにそれだけの才腕があった。かれは旧世紀から流れをくんでいる旧ヨーロ
ッパ圏の富裕階級の出身でありながら、きわめてふしぎなことに貴族的な精神
習俗をまったくもっていなかったし、生まれついての合理主義者で、たとえば
旧ヨーロッパ圏からつづく‘名家‘と呼ばれる存在に対しても感傷をもたず、
キリスト教の教えや法人に対しても価値のないものとして一笑に付しているよ
うな男であった。
かれの特技が、二つあった。軍人をおそれなかったことで、もめごとがある
と統合参謀本部あたりに押しかけていって、おそろしくブロークンな英国言葉
をがなりたてて自派閥の利益を主張しきってくるということと、マネー勘定が
達者であるということだった。ところが先々の戦役であがってきた素人同然の
政府要人たちは外交と財政を不得意とする者が多かった。このためストアスト
は旧ヨーロッパ圏のしかも地方に属する小身でありながら、高官たちにその才
を珍重され、地方議員の身からたちまち連邦議会の実力議員という地位にまで
のしあがった。このストアストは、クワトロ・バジーナの名で演説をした頃の
シャア・アズナブルに対する痛烈な批判者であった。
ストアストは自分の才略に陶酔するところがあり、かつその人間への価値観
は単純で、才略があるかないかで他人の値打ちを見切ってしまうところがあっ
た。
ストアストは、
「赤い彗星というのは愚か者だ」
としんからおもっており、終生そういう見方を変えなかった。この場合の愚
か者とは愛敬のあることばではなく、知能的な低能のことである。
こういう才略主義というか、機鋒(きほう)の鋭さを誇るという癖は、スト
アストだけでなく、地球連邦という発足以来秀才偏重主義の方針をとってきた
その官僚出身者の通癖であったともいえる。連邦軍参謀次官のアデナウアー・
パラヤにもストアストとそっくりの癖があった。
ひとつには政府官僚のように、ティターンズという暴力装置が勃興してから
にわかに参入して利益の果実だけを食った連中には、個々にあの血なまぐさい
戦場(すなわち現場)を現実的に経験しなかったためにその意味での坊ちゃん
臭さがあるともいえた。
たしかにシャアには、ストアストの指摘する愚物の面もあった。
「赤い彗星はやたらに反政府運動をやらかし、他人をけしかけ、利用しつくし
た。そのほとんどがいまどうなったか」
と、ストアストはいう。たしかにそうである。
その極端な例でいうと、‘黒衣の女傑‘などと揶揄(やゆ)されたハマーン・
カーンという地球に悪夢をもたらした女傑がいて、シャアはその女の絢爛(け
んらん)たる才幹にまどわされ、アクシズ潜伏時代、幼君の摂政に推薦したば
かりか「ハマーンのジオンならば、かならずや我らエゥーゴ・カラバと共闘し
てくれましょう」と公言していた。しばらくしてその女傑が馬脚をあらわした
とき、シャアは頭をかかえるどころかこの状況を歴史の必然だと割り切り、組
織から離れスウィート・ウォーターへ潜伏するという行動を行ったが、ストア
ストはそれをもシャアの暗愚として指摘している。
58 :
前スレの1:2008/11/09(日) 13:49:30 ID:???
書けるときに書いときます。
新興部隊案について。
この草案が正式に連邦議会の審議にかけられたのは、宇宙世紀0089、ち
ょうど木星輸送エネルギー船団が稼動を再開したころのことである。
当時、アデナウアーは健康がすぐれなかった。エスカレーターに乗っている
だけで動悸、息切れがし、心臓に圧迫感があった。
「とにかく、もう少し休養を取って下さい」
と、正妻がやかましくいった。アデナウアーは最近、数え齢9歳になる娘に
対して過敏になりすぎている正妻に不満を感じている。‘女‘を忘れ、この水
色の髪の娘しかみえていない妻よりも、愛人が重要であった。アデナウアーは
生来女に不自由しなかった。
この発展途上のラサにあっては肌の白い白人女性のみ多数関係があり、かれ
の趣向に合わない黄色人種系の多いこの地域の女には目もくれなかった。この
官僚にしてはあるまじき私生活はかれの政治批判でもあった。かつての動乱・
戦役で多くの者が政界や官界にのしあがり、官職を得るや、政府の緊縮財政を
反映するかのようにお遊びや無礼講といったものが極端に流行らなくなった。
アデナウアーは他人の漁色(ぎょしょく)については開放的な考えを強く持っ
ている人物であり、そういった心に余裕のある部分がなければ大事はできぬと
いう思考の持ち主であり、かつてジャミトフ・ハイマンがティターンズ創設後、
修道僧のような生活を自らに課していたのとは正反対の生活をしていたのであ
る。
(やはりナポリがいいか)
旧ヨーロッパの都市ナポリならば、妻を置いておくのに申し分なかろう。そ
れにあの場所は、かつて外務関連の仕事をしていた関係上、自分にとってなじ
み多く、問題もない。
この新興部隊案・審議という政府の運命を決定しようとしている閣僚は、厳
密には留守メンバーであるにすぎない。
閣僚の過半数は、ラサが政府中枢としての機能を欠くため、引継ぎ・移転準
備も兼ねてダカールへ赴いている(中略)
反政府運動があちこちで火花を散らしているとき、政府中枢のメンバーが拡
散しているという状況は、連邦政府にあってはこんにちに限ったことではない。
第一回新興部隊案・審議におけるストアストの立場ほど滑稽(こっけい)な
ことはなかった。
もっともかれの聡明さは、自分の滑稽な立場に気づいていたことであった。
同時にかれの執拗な精神は、この滑稽さをかれの内部で深刻な怨みに変化させ
て、終生忘れなかったことである。
具体的に言えば、終生アデナウアーを憎んだ。
(この政府の敵め)
とさえおもったにちがいない。権力の中にいればときに人間は魔性になる。
このときのストアストはたしかに魔性であった。この時期のかれの頭脳には、
人によって異なるところの「正義」というこの奇怪で始末のわるいスポットラ
イトが煌々(こうこう)とともっていた。いかなる理性も、このおのれのみの
「正義」というスポットライトがともるとき、「正義」にあわない他人がこと
ごとく魔物にみえるのである。
ストアストの場合の「正義」はジョン・バウアーであった。かれははじめバ
ウアーにきらわれた。バウアーははじめ、ストアストという旧ヨーロッパ圏・
富裕階級出身の男をみて、
「小ざかしい策士」
としてうけとった(中略)
ところがストアストの異常さはいちはやく自分がバウアーにきらわれている
ことに気づき、執拗にバウアーに接近し、自分がいかなる者であるかを知って
もらうために懸命の努力をした。
「ストアストのそういうところがよい」
というのが、バウアーの人材観のひとつである。なにごとか大事を為そうと
すれば権力者にとり入るべきだ、ということをバウアーは人に語ったことすら
ある。人というのは、元エゥーゴ将校のマニティ・マンデナ現連邦軍中佐であ
った。ちなみにこのマニティというのは、第一次ネオジオン抗争終結後、バウ
アーの誘いを受け、軍内部の補給部門に異動し、滞りがちになりやすい非常時
での物資・資材準備に奔走した人物である。補給部門は連邦軍内でも、グリプ
ス戦役時からバウアーの勢力基盤となっている部署であり、ティターンズ崩壊
後の‘体系変更‘に伴う部署整備を早急に行えた背景に、このマニティのよう
な多くのエゥーゴ系女性士官がいたことが、結果的にバウアーを利することに
なったともいわれる。
ジョン・バウアーは宇宙世紀0080年代、ティターンズをうごかして公国
残党勢力を根絶せしめるために、総帥ジャミトフ・ハイマン連邦軍大将に接近
し、チェスをもってジャミトフの機嫌をとることからはじめてついにジャミト
フの権力を利用して自派閥を強化し、ティターンズを崩壊という路線に誘導し
た。「それ以外に事を為す方法がない」というのが、バウアーのいかにも現実
家らしい権力政治観であった。
バウアーは、ストアストを知りぬいた。活用すべしと思った。バウアーは在
幹を愛し、その出身を問わなかった。そういうバウアーの公平・平等的な態度
が、ストアストをして終生のバウアーびいきにさせた理由のひとつだが、バウ
アーがいかにストアストを信頼したかといえば、ダカールへの出発にあたって、
「私の留守中、業務をすべて君に一任する」
といい、そのとおりにしたことである。
65 :
前スレの1:2008/11/09(日) 15:03:01 ID:???
とりあえずここまでにします。
さて、ストアストの立場の滑稽さについてである。
つまり客観的には悲惨なことながらストアストという、かれ自身が自分を一
大英傑であるとおもっているこの男は、この時期、ジョン・バウアーのスパイ
にすぎなかったともいえる。
バウアーはダカールへ出発するとき、諸業務をストアストにまかせただけで
なく、
「諸官の」
と、もっとも重大なことをひそかに命じた。「……お守りをたのむ」という
ことである。諸官とは、ラサ留守居の要人という意味だった。バウアーはこの
要人どもに手を焼いていた。かれは良質で温順で開明的な人材をあつめて新組
織をつくろうとしているだけに、アデナウアー・パラヤのような保守官僚の雄
や、コジマのように一年戦争の機械化混成大隊・大隊長として功績をあげた人
物たちを、かれの内々の本心では棚にあげてしまおうとおもっていたし、とき
には邪魔者以外のなにものでもないとひそかにおもっていた。
バウアーがストアストに囁(ささや)いた私命は、具体的にいえば、
「新興部隊案のような大事および残党処置に関する宇宙の大事については留守
居の要人たちに決定させるな。もしかれらがそれをしようとするとき、貴殿は
ブレーキになってもらいたい。あわせてそういう場合はダカールまで急報して
もらいたい」
という意味であった。
ところが宇宙世紀0089の新組織についての第一回新興部隊案・審議がひ
らかれたとき、ストアストはなすすべがなかった。
ストアストもおなじ連邦議員とはいえ、アデナウアーが論じ、コジマがそれ
に同調すれば手のつけようがなかった。とくにアデナウアーが、
「なにも新部署がつくられた際の効果の大きさを否定するものではない。ない
が、かかる危急存亡の事態にあって、第二の‘叛乱軍‘を想起させるような新
部署を、宇宙軍において組織する必要が、まったく感じられないというのが本
音というところであることをご理解いただきたいだけである」
というぶんには、ストアストとしては反対の仕様がなかった。アデナウアー
の答弁は、新官僚の頃から虚飾(きょしょく)を加えないことで有名で、今回
の答弁も言いたいことを単刀直入に言い切った。
ストアストはたまりかね、
「しかしいかに叛乱軍の傷痕(きずあと)深いとはいえ、げんに宇宙に公国軍
残党を名乗る輩が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)している。やがてその輩が
結束し、手に負えぬ事態が招来せぬとも限らぬ。そのときこそ、大組織ではで
きぬ、臨機応変に対応する新興部隊が必要となる。いまの宇宙軍省および地球
軍省がこれらの不測の事態に対応できない組織であることは諸君もご存知のと
おりである」
とかぼそげにいうと、その宇宙軍省をあずかるアデナウアーがするどくふり
かえり、君はラサの留守政庁をあずかる身ではないか、地球軍・宇宙軍省あれ
ばこそのこんにちの事態であるというのであれば、それは連邦正規軍そのもの
の存在意義に関する要件と受け取っても間違いはあるまい。連邦軍を統括する
べきシビリアンである君が、政府そのものを信じないとすれば、いったい誰を
もって不逞(ふてい)の輩がつくりあげし叛乱に対処させるのかね。だれがこ
んにちの事態を招いているか、よくよく考えてみたまえ、と一喝したためにス
トアストは沈黙した。ストアストはむかしからアデナウアーの答弁にはかなわ
なかった。
さらにストアストは、
「せめて議長以下がラサにご帰還になってからのことにすれば如何(いかん)」
というと、アデナウアーはこの男にはめずらしく大喝し、
「これは貴殿らしからぬご意見。危急存亡の事態に陥っているこんにち、いま
のお言葉、聞きずてなりませぬな。これしきの小事が我等に決められぬとスト
アスト殿はおおせになるのか」
とストアストに迫ったため、ストアストはみるみる顔面蒼白になり、あとは
沈黙してしまった。
70 :
通常の名無しさんの3倍:2008/11/12(水) 19:30:04 ID:yc4edKfm
毎度毎度長編を出せるというのは本当に感嘆します
71 :
前スレの1:2008/11/13(木) 15:17:31 ID:???
ありがとうございます。実は今、ある事情で転職活動中でして
多少の余裕があるので。
というか、長すぎるのでポイントを絞ってるとこです。
ストアストは、泣きっ面の小僧のようであった。
(ともあれ、バウアーに報告せねば)
とおもい、その第一回新興部隊案・審議があった夜、ひそかにバウアーをた
ずね、面会した。
何度も繰り返すようだが、バウアーは先月にラサに帰還したものの形式上は
まだダカールに滞留中ということになっている(中略)
実質は静養ということでいっさい人にも会わない。政治は勢力である。バウ
アーはそのことをよく知っていた。アデナウアーやコジマらが一大勢力をなし
て反対しているが、これをつぶすためには勢力が必要であった。一人ではなに
もできないと思い、政府高官ホワイト以下のダカール行きの要人が帰ってくる
のを待っていたのである。
しかしストアストには会った。
「アデナウアーが、そう言いましたか」
と、終始だまって報告をきいていたバウアーは途中ポツンといった。バウア
ーの表情に名状しがたい寂しさの翳(かげ)がうかんだのを、ストアストは見
のがさず、終生忘れなかった。元来バウアーはそういう男ではなく、つねに表
情に薄い鋼の面をかぶったような強靭さを感じさせる男で、喜怒哀楽をそとに
あらわさなかった。ただ一度だけ、戦後(一年戦争後)、革新官僚の一人とし
て邁進(まいしん)していたアデナウアーが、軍事企業に大きなシンパをもっ
ていたジョン・コーウェンにきらわれたあまり、戦後における連邦軍再建計画
への関与を完全停止させられたとき、バウアーはコーウェンの信用を得ている
立場ながら、アデナウアーという理解ある革新官僚の悲劇に同調し、さらには
アデナウアーをうしなっては連邦政府の再建、飛躍はおわりだという絶望感も
手伝って、
「こいつで死のう」
と、激情のあまりピストルでアデナウアーに迫ったこともある。バウアーは
元来、そういうところがあった。
しかし、第一次ネオジオン抗争後は政見を異にした。バウアーは第一次ネオ
ジオン抗争後の体制に異論を持ち、対策を打つことで支持基盤を確固たるもの
にしようとしていたが、アデナウアーはむしろ過去に回帰し、旧世紀的な政府
体制を継続維持する方向に向かおうとしていた。バウアーの目からみれば、ア
デナウアーは過去の遺物であった。
(ああいう光栄を自認する男は、どうにもならない)
と、バウアーはアデナウアーを友誼を結んでいたことから一定の評価を与え
つつも、たれよりも憎むようになっていた。
アデナウアーは宇宙軍省を統括する参謀次官という要職にいながら、連邦政
府の一官僚の意識から抜け出すことのできない男であった。事実そうであった。
アデナウアーは政府では指折りの革新官僚の一人であったが、将来(さき)の
見えにくい現状で打開策を打ち出してゆくというクリエイティブな仕事にはま
るで適(む)かなかった。アデナウアーはグリプス戦役の終結からしきりに連
邦政府体制を旧世紀のソビエト連邦に倣(なら)った強固な支配体制(官僚主
導体制)を構築しなければならないといっていたが、それが本音であることを
バウアーはたれよりも知っていた。ただその革新官僚が、旧来のやり方を踏襲
した正規軍主導という、なんの変哲もない方針をこの状況にあっても進めてい
こうという姿勢がバウアーにはうとましく思えた。アデナウアーは、革新官僚
というかれ特有のプライドにかけて旧体制の方針を貫こうとしている。バウア
ーにすればそうされてはかれの新興部隊創設はぶちこわしになると肚(はら)
の底から恐怖をおぼえていたであろう。
ストアストの報告がおわった。
しかしバウアーは微塵(みじん)も感想をのべず、
「以後もよろしくねがいます」
とのみいった。ふつう、こういう場合ストアストに今後の策略をさずけたり
するものであったが、策士といえば宇宙世紀史上最大の策士であるバウアーは
そういうことをいわなかった。かれが、見当もつかないほどに深刻な大策士で
あるということは、こういう点にもあらわれていた。ストアストの方針が自分
の方針と一致している以上、あとはストアスト自身が策を考え、ときには命が
けでその策をやるであろうということを知っていたのである。まかせたほうが、
ストアストにとってもやりやすいことをバウアーは知っていた。
あとは、雑談になった。
ストアストは、アデナウアーがむやみに人材を推薦してくることについてこ
ぼした。
バウアーは不意に、
「地球にケネスという男がおりましてね」
と、語りはじめた。ケネスというのは、バウアーと同じ白人系の青年で、バ
ウアーもアデナウアーもケネスが実業家の子息ということで幼少の頃から知っ
ていた。正式には、ケネス・スレッグといった(中略)
ナイメーへン士官学校にて軍人となるべく教練を受け、可も不可もない成績
だったが、実質に勉強した。わりとおとなしい性格の青年で、当人もいったん
は連邦宇宙軍への勤務を望んだが、希望としてはMS開発の部署への配属を希
望していた。このためケネスはバウアーのところへきて、
「MS開発に携わりたく、お願いにあがりました。ぜひとも開発部署への配属
を考慮していただけませんでしょうか」
と、たのんだ。バウアーはこの青年は正規のMSパイロットよりも開発とい
った後方勤務に適(む)いているかもしれないとおもい、心中機会をみてその
ように取り計らってやろうと思ったが、しかし口に出さなかった。
「考えておきましょう」
といっただけであった。
じつのところバウアーはケネスについてはわるい印象をもっていた。あると
きナイメーへン士官学校の生徒たちが群れあつまっているところでケネスがし
きりに軽口をたたいては喋りちらしている光景をバウアーはみた。後年、マフ
ティー動乱の鎮定者として名を挙げ、リガ・ミリティア創設にも関与したとい
われるケネス・スレッグだが、士官学校時代にはそういう所もあったらしい。
その後、生徒のあつまりでケネスの話が出たとき、バウアーは、
「ああも軽々しく喋り散らしてはな」
といった。このことが、あとでケネスの耳にも入った。このためケネスは、
開発部署所属のことを頼みはしたものの、バウアーの返事がはかばかしくなか
ったので断られたとおもい、アデナウアーのもとに行った。アデナウアーは即
座に、
「配属はなんとかしてやろう。しかしMS開発などアナハイムのような技師連
中がやるような仕事に傾倒する必要はない。あくまで連邦軍人としての下地を
作るために学ぶんだな」
といったがために、開発部署経験を持つ連邦軍人としてのケネスがスタート
した。アデナウアーがどの程度ケネスの器量を見たのかはわからないが、この
場合については人物眼はバウアーよりまさっていたことになる。
テイイチ・フクダは、地球連邦外国語大学コロニー語学科卒業で、
辺境コロニーに対する思い入れが強いんだよ。
「じつはあの叛乱時シャアは窮しきっていたのだ」
と、ストアストのシャア・アズナブル論は痛烈であった。シャアがなぜ革新
論のような暴論を実践したかについてである。「こまりきっていたから、革新
論を引っ張り出してきたのだ」とストアストはいう。
「あの頃のシャアの立場はどうも悲惨だったな。かれはその集団に大きな影響
のあるミネバ・ラオ・ザビの威権を無視できず、まったくネオジオンの首魁と
しては小さな頭目であった」
と、いう。
ミネバ・ラオ・ザビは、シャアの父であったジオン・ズム・ダイクンの最大
の援助者であったザビ家最後の生き残りである。ジオン・ズム・ダイクンが急
死し、その‘意志‘ということでザビ家が権力の中枢を掌握したが、一年戦争
でザビ家一統はほとんどが戦死、その系譜に連なるひとびとは第一次ネオジオ
ン抗争にも影響をおよぼした。一年戦争時、宇宙攻撃軍・公国軍中将ドズル・
ザビの一人娘ミネバが本格的に登場するのは、宇宙世紀0087、グリプス戦
役の頃になるがまだ8歳の幼女であったため、事実上のアクシズ・ネオジオン
を差配したのは、摂政ハマーン・カーンであった。
シャアはアクシズ潜伏時代、皇室警護官としてミネバの養育にあたっていた
当時から、傀儡君主としてザビ家の思想を当人の意志とは無関係に植えつけて
いくハマーンのやり方に反撥していた。
(偏見の塊のような人間を作り上げて、なんとするのか)
シャア・アズナブルの父ジオン・ズム・ダイクンは初期の宇宙世紀の人物の
中でもっとも英邁な思想家・指導者であったであろう。宇宙世紀に出たあらゆ
る思想家のなかで、ダイクンほどの識見と政治力と人間的魅力をもっていた人
物はいなかった。そのダイクンの思想は、多くの変遷と誤解があるとはいえ、
シャア・アズナブルに一つのかたちとして継承された。その革新の思想は、後
年のシャアの精神を支配した。という点からいえばジオン・ズム・ダイクンは
シャアにとって父親というよりももっと濃厚に思想そのものであり、かれのイ
デオロギーの中核であったのである(中略)
ザビ家の内情は一年戦争という未曾有の惨禍によって事実上一統としては崩
壊し、それに関わる者、利用しようとする者たちによってかき回され、かつて
の栄華は見るべくもなかった。
しかしミネバ自身は、ギレンやキシリアのような政治的な意図や視野で物事
を判断するほど卑小な人物ではなかった。卑小どころか、かのじょは宇宙の安
寧と現連邦体制の中でのネオジオン保全を成そうという意志をもっていた。
「ネオジオンの将来(さき)」
ということについて、ミネバが第一次ネオジオン抗争終結直後シャアをよん
で相談したことがある。
このときのミネバへのシャアの態度は非常に慇懃(いんぎん)で、
「ミネバ様が、ハマーンの一挙を再現なさろうとするならば、必ず、ネオジオ
ンとその一統は滅することになりましょう」
と言い、げんにシャアはミネバの耳元で、
「精神的な主柱を、かれらは望んでいるのです。希望に応えることも、お役目
の一つと心得ます」
とつぶやいた話は有名である。主柱、という。シンボルになれという意味が
込められているのか、どうか。
シャアはミネバを傀儡(かいらい)にし、摂政を飛び越えて総帥の地位に就
いたハマーンに対して酷であった。ハマーンは強靭なニュータイプ能力をもち、
第二のララァ・スンとしてシャアが期待した女傑であった。かつて恋中であっ
た二人の関係は、思想・方向性、そしてシャアの負の感情である‘嫌気‘によ
って決裂し、根が深いためにハマーンはシャアを憎むことはなはだしく、ひた
すらに憎み、ときには殺しかねない行動にまで発展することもあった。
「シャア……わたしと来てくれれば……」
という、上記の記述からすれば矛盾したハマーンの言葉があるが、二人の男
女の複雑な愛憎劇が発展し、収拾のつかない事態になってしまったことも、グ
リプス戦役の一因を成していた。
「わたしはいつ女帝になるのだ」
とミネバがいったという伝説がある。これは伝説にすぎず、ミネバはそれほ
どわからずやでもなかったが、しかしミネバは第二次ネオジオン抗争終結後、
オードリー・バーンという偽名を用い、ネオジオンの主権を保持し、残党勢力
の精神的主柱として多大なる影響力があり、その意味ではザビ家の血を受け継
ぐ者として、ノブレス・オブリージュの意識を持っていたことは事実である(中略)
ただ、かのじょはシャアのそのダイクンの意志を受け継ぐ者として尊重して
はいたが、同じ女性として最期まで許すことのできないことがあった。
「お前がハマーンを理解し、愛してやればああいう結末にはならなかったのだ」
とシャアに言ったが、べつにハマーンを特別嫌いぬいていたわけではなかっ
たミネバにすればそうであろう。アクシズ潜伏時代、ハマーンはミネバのお気
に入りだった。ハマーンは地球圏に帰還するにあたってミネバを納得させるた
めに、
「暖かい地球に君臨し、正統なジオンの政権を樹立するためです」
ということは、言外(げんがい)にほのめかしたかもしれない。
ところが、シャア・ハマーンはミネバの意志に相違(そうい)し、抗争をは
じめてしまった。とくに地球圏の偵察のためにと送り出していたシャアが、エ
ゥーゴの指導層の一人として立ちはだかったことで、事態はますます混迷化し
た。
この時期、シャアはミネバに詫び状を書いている。口語訳すると、
「いま私は新生ネオジオンの差配人としての地位を戴(いただ)いて、それに
甘えている観があります」
と、痛烈な自己批判をしている。このように書かざるを得ない理由は、お膝
元のミネバ側近の親ザビ家派の側近たちがミネバにむかって、
「シャア・アズナブルほどの変節漢は古今に類がございませぬ。かれは自分の
強欲を満たすためにエゥーゴに所属し、抗争劇をくりかえし、あまつさえジオ
ンの影響力をこのような局面まで凋落(ちょうらく)させてしまいました。す
べておのれの欲望を満足させるためでございます」
と陰ながら言いつづけていたからである。このためシャアはわざわざこのよ
うに自分を批判しているのである。
詫び状、つづく。
「お父上や叔母上の御高恩忘却仕(つかまつ)り候(そろ)」
というのは、ミネバの父ドズルや叔母にあたるキシリアに公国軍時代さまざ
まな意味でたすけてもらった恩をわすれているかのようです、という意味であ
る。
ジオン公国軍所属の時代、シャアはドズルに引き立てられ、左遷後はキシリ
ア直属になり、ニュータイプ専用機のテストパイロットたちとともに活躍する
ことができた。左遷後のキシリアのシャア登用は突撃機動軍司令として、軍内
部で対立構図にあるドズルに対する布石の意味合いもあり、お互いの思惑の一
致という部分もあることから、この場合の御高恩ももはや過ぎ去った過去の話
であり、キシリア自身を自らの手で葬ったシャアにすれば、なにもいまになっ
て「大恩を忘れているかのようです」と恩着せがましく言う必要はないのだが、
ザビ家の残党勢力の精神的主柱として君臨させることで、多種多様な軍人たち
の結束と組織化が現在のシャアにとって急務である以上、やむをえない。
「それだけ大恩を受けながら、ひどくこの私に対し大きな‘誤解‘が横行して
おりますこと、まことに心外の極みでございますので、いずれ参上仕(つかまつ)
り、その罪を謝し奉るつもりでおります」
要するにストアストのみるところでは、シャアは個人的窮境のなかにあり、
おりから革新論というジオン・ズム・ダイクンの提唱以来はじまった一つの救
済方法が考え出されたとき、
「自分はこれに殉じよう」
と、死所をそこに見出したのだという。
「シャアは英雄でも革命指導者でもない」
とストアストは、シャア・アズナブルをはじめて記憶したときからその消え
去るまでをみていてそれがわかりすぎるほどわかった、という。
しかしストアストの感覚ではとうていとらえられないところがシャアにあっ
た。
シャアはかつてエゥーゴに所属し、開明組織となりうる宇宙移民者(スペー
スノイド)側の指導者となった経歴をもっている人物でありながら、その対極
に位置する悪業的独裁者に自らなることで、革新的行動に付随してくるおびた
だしい怨念、悪名、罵倒、悲しみといった惨禍を一身でひきうけようとしたの
である。古今東西に、こういう種類の革新者が存在したことがなかった。革新
に成功した指導者は当然革新によって出来上がった果実をむさぼり食ってよく、
現にそうであった。
ところが、大きな才能と魅力をそなえていながら、指導者ブレックス・フォ
ーラ連邦軍准将の死後、エゥーゴの舵取りと決着をスムーズになしとげられな
かったシャアは、現実にそれがイデオロギーに満ち満ちているであろうダイク
ン以来の思想の実践を、アースノイド、ひいてはあの愛すべきアルテイシアや、
かつての仲間とも呼ぶべき面々の眠る地球へとむけたのである。たかだか連邦
政府の一政治家にすぎないストアストは、シャアほどに巨大な使命感と才能を
もたなかった。このためシャアが何者であるかを理解するだけの受信アンテナ
を本来もっていなかったのである。
シャア・アズナブルは、宇宙にあまねく存在しているスペースノイドを救う
道は、
「ニュータイプへの開花以外にない」
とみた。
単なる一独裁者の方法論とみてやるべきではないであろう。このことはシャ
アにとって政策論ではなく、思想論とみてやるべきであった。
シャアはあくまでも開花主義者で、アースノイドをはじめとした相互理解の
次元のひくいひとびとではかれの考える革新政体はできないとおもっていた。
むしろ強引にジェノサイドを引き起こし、人類の出発点と同時に安易な安息の
地と成り果てている地球を‘休ませる‘ことによって、宇宙に浮かぶスペース
コロニーを人類の出発点と心から思うことができる次元、すなわちオールドタ
イプからニュータイプへの開花が達成しえるとおもっていた。このあたりのシ
ャアの考えは、現実的な体制やひとびとの在り方、常識とされている部分から
いえば計算にとぼしく、多分に夢想的であった。
しかしシャアはエゥーゴ時代、金色にかがやくMSN−100百式というM
Sで、ハマーン・カーンの搭乗するAMXー004キュベレイと戦い、散々に
撃破させられたとき、
「いくら希望を見出しても、地球の重力に魂を引かれた人間たちの‘エゴ‘に
押しつぶされ、結局はこんな悲しみだけが拡がってゆく……ならば」
と、コクピットから這い出たときにつぶやき、眼下にみえる地球を憎悪した。
この憎悪にいたることを経験したとき、すでにこの革新主義者は悪業的な独裁
者への道を踏み出していたのだが、それはシャアの知ったことではない。かれ
は一方では自らも可能性に賭けた人類のニュータイプへの開花を‘待つことが
できる‘立場にあり、一方ではそれを意識しない、地球に居座る不届きな存在
を憎悪し、現状の体制に圧殺されてゆく多くのスペースノイドへの際限ない同
情に身をもだえさせなければならない。
シバ「エアーズがあったからこそ救われた気がする」
94 :
通常の名無しさんの3倍:2008/12/02(火) 01:11:45 ID:YcogeK/w
age
95 :
前スレの1:2008/12/14(日) 22:41:59 ID:???
パソコンが壊れてしまい、修理に出していますた。
シャアがおもった革新論による「スペースノイドの幸福」は、多くの宇宙移
民者(スペースノイド)の意識が‘地球を休ませる‘ことによって覚醒すると
いうことであった。現状の地球連邦軍が干渉してもむろんかまわない。連邦軍、
ひいては宇宙に展開する連邦艦隊のほとんどを相手にして戦勝できる自信がシ
ャアにはあった。グリプス戦役のある時期でこそ、ティターンズ・エゥーゴ双
方の抗争に割って入り込んでいる状況からもわかるように、残党勢力を糾合し
たジオン勢力は単独で抗争をするのには力不足であった。その理由はアクシズ
内の内部抗争と、実戦経験不足の将兵を多数抱えていたことなどもあるが、し
かしいまは煩わしいハマーン・カーンや親ハマーン派も崩壊し、シャア自らが
築き上げた独自のニュータイプ研究所やアナハイム・エレクトロニクスとの提
携、地球連邦を上回るMS・MAやサイコミュの技術をもっている。これを用
いる者は宇宙世紀史上最大の技量・反骨精神を備えるネオジオン将兵であり、
用兵の面でも、一年戦争以来の古強者が存在しており材幹は乏しくはない。ザ
ビ家の象徴たるミネバをも掌握しており、むしろ連邦よりまさるであろう。
「父ジオンが提唱したコントリズムを、現状の地球圏において実践する」
ということで、シャアが苦に病んでいたスペースノイドがすくなくとも精神
の面で復活するのである。
「重力に魂を縛られたひとびとの幸福」
という期待は、シャアの革新主義者らしい信仰的理論として存在した。
重力に魂を縛られたひとびと――アースノイド――の主権も存在も、連邦政
府の存在やそれに寄生する者たちによって腐敗の極みに達しており、いずれは
政府の無為無策、強者中心の政治によって生存すらおびやかされてしまうであ
ろう。
「エゥーゴの活動と政策によってかならず自浄作用を起こす者たちが現れる」
というのは、シャア自身が尊敬しその同志的存在であるエゥーゴの実質的指
導者ブレックス・フォーラ連邦軍准将の説であった。この戦役によって重力に
魂を縛られたひとびとの中に革新を為(な)そうとする者が出てくるからその
連中と手を取り合い内部を改革すればよい、その自浄作用が働くまでは地道な
活動をし、種を蒔いていくことしかできぬ、とブレックスはみていた。いわば
連邦政府の内部改革である。ブレックスの自浄作用論は同時代のたれよりもす
ぐれていたし、シャアはそのブレックス理論の有力な賛同者、協力者の一人だ
った。
もっともブレックス理論からすれば、「革新論」には飛躍がある。ブレックス・
フォーラのいう、重力に魂を縛られたひとびとの中から革新を為そうという者
たちが立ち上がるのを待とうとせず、こちらから仕掛けていって決着をつけよ
うという粗暴なやり方であった。
しかしグリプス戦役時、嫌というほど軍やアナハイムの上層部の腐敗ぶりを
身をもって経験したシャアにはそれが粗暴とはおもえず、
「因果応報というものではないか」
という奇怪な明快さがあった。たとえば過去、どれだけ間違ったひとびとに
よる‘コロニー潰し‘がなされたというのか。
「重力に魂を縛られたひとびとへもその流儀で刺戟(しげき)し、新たなるひ
とびとのみちをひらく墓標となり、その意志とともに理想郷を築く」
ということが、革新論におけるシャアの「重力に魂を縛られたひとびとの幸
福」であった。
むろんそれにはその前にシャア自身がネオジオン総帥として全軍を指揮し、
あの因縁深き男に終止符を打たなければならない。それによってシャア自身も
(個人的な理由も含めた)歴史的役割を完了し、すべてのかれの矛盾を解決す
ることができるのである。シャアが革新論に自分を賭けたのは、以上の理由に
よる。
連邦軍の新興部隊案・審議が上ったのは、宇宙世紀0089・春ごろのこと
である。
それっきりであった。
あとは審議がなかなか再開されず、その政局停頓(ていとん)の理由として
連邦政府議長――通称、老木と呼ばれている――は、
「アステロイドベルト管理の再編成法案が成立する目処がついたら」
とし、実際に5月より再編成計画が実施可能となると、こんどは、「なにぶ
ん不穏分子の動きや各省庁のこともあるゆえ」という理由をあげて延期した。
(すべて諸条件が整ってからのことだ。それまで沈黙がもっともよい)
沈黙も、バウアーにとっては巨大な政治行為であったであろう。バウアーは
沈黙を徹底させるために、ラサを離れようとした。連邦政府中枢の置かれてい
るラサにいては人が訪ねてくる。もし会えば多少の意見を述べねばならぬかも
しれず、意見を述べればそれが拡大されて世間にきこえ、アデナウアーらの一
派を無用に刺激せぬともかぎらない。
「KGB」
というのは旧世紀のある時代につくられた略語なのだが、試みにサンセット
ブックス出版の辞書をひいてみると、この略語は記載されていない。宇宙世紀
のこんにちではあまりメジャーでない言葉のひとつなのである。
旧世紀の歴史どおりにいえば、
「ソ連国家保安委員会の略称の翻字(ほんじ)」
ということだが、ただしその国家保安委員会は現状の地球連邦政府の情報部
以上の権能とアメリカのCIAと肩を並べる実力を有していたといわれる。
KGBという言葉は口にすることすら憚(はばか)られるほど恐るべき存在
として当時の人民に受けとめられていた。ソビエト連邦という、アメリカ合衆
国を中心とした資本主義陣営とは全く異なる政体と理念(共産主義)を有した
政府をあらゆるものから‘守る‘ために組織されたこの秘密警察は、法律上で
は軍人を中心として組織され、諜報・破壊活動・反ソ分子の摘発・軍関係の警
備・特殊施設の防諜業務等に従事する。のちにソビエト連邦が崩壊したあとも、
KGB職員はその能力を発揮、シロヴィキと呼ばれるひとびとの中核を成した。
連邦情報部所属のアリス・ミラーもまた‘KGB‘であった。
かのじょの死後、かのじょの従兄弟であるKというひとが追悼文を書いてい
る。Kは官僚としては当時の感覚でいえば出世した人物だが、この時代におけ
るアリスの存在を、
「チェキスト」
と表現しているのがおもしろい。チェキストというのはソ連国家委員会勤務
者のことで、旧世紀、ソ連と対立していた資本主義陣営(西側陣営ともいう)
では侮辱語として用いられていた。むろんアリス・ミラー連邦軍中佐は‘侮辱
される側に所属している‘わけではない。
アリスの心事からいえば、
(そういう大叛乱が、テロリズムのように宇宙のあちこちで勃発するのではな
いか)
という不安と観測があった。この不安と観測はアリスだけのものではなく、
かつての争乱を経験した政府要人たちがひとしく感じ、ひとしく不安がり、ひ
とたび大叛乱がおこれば連邦政府の威権など水の泡のように消えてしまうので
はないか、とおもっていた。
もしそうなれば、
――ラサはおろか、地球そのものがあやうくなる。
アリスは、この政府の最悪の事態までそのように想像することができた。
相変わらずいつ見てもすげーな…
ちゃんと読者はいるんだぜ
105 :
前スレの1:2008/12/31(水) 22:46:00 ID:???
>>104 ありがとうございます。
実は転職先も決まり、精神的にも余裕ができたので書いてまつ。
感想頂けるとうれしいもんですね。
ここ最近、歴史関係の映画やドラマを見ることができまして。
イメージができると、書くの早くなりますね。
「大叛乱」
という、連邦政府が抱きつづけた恐怖の予感は、じつをいえばさしたること
はないともいえる。
ジオン公国という、独立戦争を標榜(ひょうぼう)して決起した勢力は、さ
きの第一次ネオジオン抗争をもって完全に粉砕した。宇宙の片隅で寒さに凍え
ながら再起の刻をうかがっていたザビ家一統は公式には滅亡し、その一統の根
拠地であったサイド3は現在ジオン共和国が成立しており、叛乱要素となるべ
き部分はあまりにもすくない。
むしろ、まとまった潜在叛乱勢力としてもっともおそるべき存在は奇妙なこ
とに連邦政府が‘温情対策‘として造ったスウィート・ウォーターをはじめと
した簡易コロニーや、ウォーター・アイランドと俗称される小型コロニーとい
った場所にあった。エグム、NSPと呼ばれるテロ集団、そしてシャアを指導
者とする新生ネオジオンであった。
地球圏に満ち満ちている不平は、いまのところ小規模でしかない。不満は日
に日に高まっているが、しかし散発的な‘天誅‘が横行しているだけで爆発(
ぼうはつ)はしていない。暴発するには宇宙に名のとどろいた大人物をかつぐ
ことが必要であった(中略)
そこへゆくと、シャア・アズナブルであった。
(この赤い彗星と呼ばれた男がもしコロニーへ返り咲きでもしたら世の中はど
うなるのだろう)
と、アリスは戦慄する思いでそれをおもうのである。
シャアがもしそれをやれば、宇宙に多数存在している旧公国軍系将兵が馳せ
あつまり、さらに長年蓄積されてきたジオン系ニュータイプ技術やMS集団を
シャアが本気でつかうとすれば、この混迷状態に陥(おちい)ってしまってい
る連邦政府などは一撃で消え去ってしまうであろう。
思想像としてのシャアという存在は、その輪郭がどこまでひろがっていて、
どういう形態をしているのか、きわめて理解しがたい。作者はこのSSを書く
ことによってすこしづつそれを知ってゆきたいと念願している。しかしいま数
語でその形態を示せという問いが出されても、白紙答案を出す以外になく、た
だ暗礁空域の残骸の山をうかがう思いがしているだけである。
シャアには、ダイレクトメールその他をあつめた全集のようなものがかつて
編まれたことがある。シャアは当時としては流暢(りゅうちょう)な英文を書
く人であった。比喩表現も高い。しかしそういう文章を見、あるいはかれの数
多い表現のあとをみても、シャアはわからず、それらを通してだけならこの宇
宙世紀の混沌期に存在した一人の思想軍人が浮かんでくるにすぎない。
シャアという、この作家にとってきわめて描くことの困難な人物を理解する
には、シャアにじかに会う以外になさそうにおもえる。われわれは他者を理解
しようとする場合、その人に会ったほうがいいというようなことは、まず必要
はない。が、唯一といっていい例外は、このシャア・アズナブルという人物で
ある。
シャアは、実の父というよりその濃厚なイデオロギーの中核というべきジオ
ン・ズム・ダイクンを考えなければわかりにくい(中略)
ジオンの活動期はコントリズム提唱者としての活動時代、国家元首としての
共和国首相時代の、大まかに二つに分類できる。かれは宇宙世紀0009にこ
の世に生を受けて以来、サイド3で首相に選任されるまで、思想家として、ま
た運動家として多大な影響を後世にまで残した。
ジオン・ズム・ダイクンについてふれておくということは、シャアが何者で
あるかを知るために、案外近道であるかもしれない。
政治家としてのジオンは宇宙世紀0053にサイド3首相に選出、宇宙世紀
0068に暗殺(諸説あり)されているから思想家の頃の活動も含めると宇宙
世紀の主要人物たちの中では意外にも長い。
思想活動時代を含めたこの一人の人物がやった功績はおどろくほど多い。
かれは宇宙世紀0040に生まれた思想――エレズムと呼ばれる地球を人類
の聖地とする考え――と、当時宇宙移民者たちの(多分にエリート層を中心と
したひとびとの考えでもあったはずだが)住むサイドを国家単位として考える
思想――サイドイズム――を融合させた新思想、コントリズムを宇宙世紀00
46に提唱し、当時の風潮であった地球に住む者が上流階級者であるという考
えを逆流させた。かれが唱えたコントリズムは大まかにいうと、人類は本来的
に宇宙へ進出する資質を持って地球に生まれたのであり、スペースコロニーは
地球の代替物ではなく、人類がさらに進化するための新たな大地である、とい
うことである。このコントリズムは大きなムーブメントを巻きおこし、当時の
宇宙移民者たちにサイド独立の気運を起こさせる契機となった。
またかれは思想家としての活動を行っているとき、多くのユダヤ系コミュニ
ティと接触、のちのジオン共和国樹立につながる基礎を作り上げている。エレ
ズムの名称の発祥については諸説あるが、一説によるとヘブライ語の‘大地・
国家‘を意味するエレツを語源としたエレツイズムが詰まった言葉という説も
ある。
ただかれのバックボーンと推定されるユダヤ系資本家の存在については多く
の資料が現在抹消されているため、こまごまとしたことはよくわからない。
思想実践のためサイド3に移住してからは、当時サイド3の実力者の一人だ
ったデギン・ソド・ザビと接触、協力を取り付けることに成功している。この
デギンはジオンにとって盟友と呼べるべき存在であったが、ジオン死後のかれ
のやったことについてはその後の歴史が示すとおりである。
その他にも革命の闘士としてギレンを見出したり、のちの公国軍につながっ
てゆく国防隊を発足させたりもしている。
ジオンはコントリズムの思想実践と共和国首相という政治的立場を通して、
サイド独立を画策(かくさく)はしていたが、しかし戦争に訴えるといった露
骨な軍事的解決は好まず、連邦政府に対してはあくまでも政治的活動によって
独立自治を達成しようという態度をとりつづけていた。
しかし宇宙世紀0062、いっこうに要求を受け入れようとしない連邦政府
に対して、ついに法案提出と政治活動によって自治を達成しえる可能性が薄い
とみるや、共和国国防隊を国軍に昇格(一連の手続きについてはギレンが担当)
させ、地球連邦軍と一戦を交えようとし、デギン・ソド・ザビをよび、
「すぐに宣戦を布告できるよう手続きをとれ」
と命じている(これについてはデギンが戦争を諌(いさ)める側となってお
り、事実ジオン共和国国防隊の昇格に関してはデギンの全く知らぬ出来事であ
った。この事件については各資料ごとに解釈や認識が異なっており、とりわけ
平和的活動家と認識してしまいがちなジオンに対する一つの事例としてじつに
面白い出来事だといえる)
ジオン・ズム・ダイクンについてつづける。
かれについて、一年戦争時ジャブローの参謀本部にて連邦軍全体の戦略を指
導していたゴップ連邦軍大将などは、知り合いの政府高官シュウ・ヤシマに対
し、
「きみはあの扇動者と仲がいいそうだが、かれは油断ならんよ」
といっていたというし、連邦政府のジャーナリズムの間でもジオンにつき、
「旧世紀のレフ・トロツキーのごとき男」
とか、
「奇矯なる活動政治家」
などといわれていた。これらの悪評こそ、ジオンにとって最大の賛辞だった
かもしれず、かれが尋常一様の指導者でなかったことをよくあらわしている。
「レフ・トロツキーのごとき男」
と連邦政府から警戒されていたくせに、その風貌や物腰はじつにおだやかで、
「黒髪の清廉とした革命家」(新生ネオジオン創設に功のあるカイザス・M・
バイヤーの評)
とか、
「自分はかつてあの人において怒れる顔色というものをほとんど見たことがな
い。連邦政府に対してもその心根はまことに明快であった」(ジオンの側近ジ
ンバ・ラルの子息ランバ・ラルの評)
という印象をまわりのひとびとにあたえつづけていた。
あるコロニーの管理者が、連邦政府の軍律にふれるような事態がおこってし
まってこまっていたとき、ジオン・ズム・ダイクンに相談した。ジオンは微笑
して、
「駐留軍に金塊を渡せばよろしい。もしむずかしければこれ(拳銃)をつかえ
ば万事解決する」
と答え、しばらくしてからそれらの物を出されたというから、その管理者は
おどろいた。ジオンは独立運動の主催者としては金銭面の不正使用については
やかましく、公金に対する意識はとびぬけた感覚をもっている人物であること
をその管理者は知っていた。さらにその管理者もそういう不正行為をきらって
いたことから、尊敬するジオンがけろりとそう言ってのけたことに一驚(いっ
きょう)したのである。ジオンは単なる扇動者ではなかった。「連邦というも
のは金ひとつでころぶものだ」という現実の動かし方を心得ていたのである。
ジオンには、神も嫉妬するのではないかと思われるほどに器才のかがやきが
あった。が、その家庭の運命は過酷だった。
ジオンの妻はアストライア・トア・ダイクンといい、元はサイド3のエデン
というナイトクラブの歌姫であった。恋仲となった頃はまだジオンは一介の政
治活動家に過ぎなかったが、二人の仲は政治家一家となってからも良好であっ
た。
二人の子供を儲けた。キャスバル・レム・ダイクン(宇宙世紀0059生誕・
男子)アルテイシア・ソム・ダイクン(宇宙世紀0062生誕・女子)のちの
シャアとセイラである。ところがジオン暗殺後変転がきた。
「自然死というのが発表内容だが、本当のところは毒殺の可能性が高い」
という風評が、共和国内にあった。これについてこの稿で詮索するいとまが
ないが、半(なか)ば事実であったであろう。
ジオン・ズム・ダイクンの同志・盟友的存在としては、史上ランバ・ラル隊
の一員として知られるハモン(アストライアと同じエデンの歌姫だった頃もあ
る)やタチ、クランプといったひとびとや側近中の側近というべきジンバ・ラ
ル(ランバ・ラルの実の父)がいるが、もう一人忘れてはならぬ存在がローゼ
ルシアという女性である。アストライア以上にジオンを愛していたのだが、子
供を儲けることができなかったため妻になることができなかった。ゆえに正妻
となったアストライアを憎むことはなはだしく、ジオン暗殺後ザビ家の謀略(
これについては諸説ある)によりアストライアを幽閉、最終的には衰弱死に追
い込んでいる。
「ローゼルシア派」
という、ローゼルシアの意図と方向性を尊重する一派がザビ家によって形成
されていた。この一派はジオン・ズム・ダイクンから直接‘次期首相に指名さ
れて‘共和国の全権を掌握していたデギン・ソド・ザビによって巧妙に利用さ
れていたとされる(ただし一派自体の資料が残っていないため、具体的な派閥
が存在したかどうかは疑問視されている)
この一派は(事実上ザビ家派というべきものだが)ジオン政権当時、軍・政
治・行政面に至るまで主要ポストを占めていた人物がほとんどで、ジオン亡き
後、後継者となるべきキャスバル・レム・ダイクンが幼少で、とても政務を執
る状況にないこともあって、必然的にザビ家の長たるデギンが主導者となって
ゆく状況を自然な流れとした。
これに対してジオンの意志を守ろうとする「ダイクン派」という一派もでき、
共和国は大いに動揺したが、あらゆる権限においてはデギンが掌握していたた
め「ローゼルシア・ザビ家派」の勢いがつよく、「ダイクン派」が迫害され、
潰滅せしめられた。国外脱出をはかった者も多かった。そのうちザビ家の手の
者により殺された人物が、先に述べたランバ・ラルの父ジンバ・ラルである。
キャスバルとアルテイシアを連れ船荷に紛れて本国を脱出後、二人をかくまい
ながらニュータイプへの覚醒やザビ家に対する復讐を含めた養育を施した。シ
ャアが年少の身でザビ家への復讐を培(つちか)ったのは、この頃の経験が大
きな契機となっている。
ジオン・ズム・ダイクンが急死したのは、宇宙世紀0068である。側近の
ジンバ・ラルの証言によると、「キシリア・ザビの手による謀略」の疑いが濃
く、「トリカブトと東洋の毒キノコを調合したものを飲まされた」とある。ジ
オンは死にのぞんで最大の盟友であったデギンを枕頭によび、
「共和国の次期首相として、政務を執るように」
と、遺言した。ジオンは盟友の間柄ながら現在険悪な関係となっているデギ
ンやザビ家一統に対して寛容であった。寛容であることによって自分の死後、
共和国内で騒動がおこるのを避けようとしたのであろう。ジオンにはキャスバ
ル・レム・ダイクンという男子がまだ9歳という幼少ながらも存在していた。
ジオンはさらにデギンに、「キャスバルを引き立ててやってくれ」と遺言する
のだが、この約束はジオンの死後反故にされるのである。ジオンの愛した妖女
は、めぐりめぐってザビ家を利する役割を果たした。
このジオンとその妻アストライアの悲劇は、シャアの生涯に強い情念の河水
を流しつづけたといっていい(中略)
このジオンとの(多分に偶像として描いていたかれのイメージにも合致する
部分だが)一体感が、シャアの生涯において、かれの最後の情熱の目標になっ
た「革新論」と不可分ではないのである。
おお!オリジン展開じゃないか!!
123 :
前スレの1:2009/01/19(月) 23:19:14 ID:???
>>122 自分なりにオリジン読みつつ考えてみますた。
ジオン・ズム・ダイクンの死後、共和国に反動期がきた。
この開明指導者がやりつつあった諸政策は、
「偉大なるダイクンの意志を受け継ぐ」
という名目のもと、路線変更された。
宇宙世紀0069にサイド3において公国樹立宣言が行われ、共和制の廃止
と同時にデギン・ソド・ザビが公王へと即位、ザビ家の独裁体制が決定付けら
れた。公王となったデギンは政界からの引退を表明し、長男のギレン・ザビが
総帥として権限を掌握、事実上のジオン公国の指導者となった。ジオンの遺言
ではキャスバル・レム・ダイクンをしかるべき立場として引き立てるという話
であったが、ダイクン派やランバ・ラルの暗躍もあり表舞台からは消え、ザビ
家一統の中で強力なカリスマ性をもっていたギレンがトップになったのである。
ギレンは愚昧な男ではなく、またザビ家とは大きな関わりがあったローゼルシ
アが抱いていたという私怨とは無縁の精神をもっていた。かれは若き頃から父
デギンの盟友であり、偉大な思想指導者であったジオンを尊敬すること篤(あ
つ)く、その志を継ごうとする気持もつよかった。ただその革新を為す方法が
ジオンとは大きく異なっていた。
ギレンはジオンとはまるでちがった性質のもちぬしで、とくに民主主義的な
物事の決め方(かれのいう衆愚政治)が蛇蝎(だかつ)のごとくきらいで、開
明主義者ではなかった。シャアは亡きジオン・ズム・ダイクンへの追慕が募れ
ば募るほどデギン、ひいてはギレンへの憎悪の思いが強くなった。シャア自身
がギレンの面前で「宇宙世紀のアドルフ・ヒトラーも、こうなってしまえばた
だの人にすぎん」と、ア・バオア・クー要塞攻防戦の渦中に言い放ち、ギレン
を負傷させたという逸話が伝承しているが、この根拠のとぼしい話が一部の旧
式コロニーで現在でも信じられているということは有名な話である。
シャアにすれば自分がエースパイロットとして最前線に立てる年齢のあいだ
に、その志を実現したかった。
その志というのは、たとえば革新論である。革新論はジオン・ズム・ダイク
ンがシャア・アズナブルに遺した対人類対策の一つであった。
ジオン・ズム・ダイクンは、公式には著述しなかったといわれている。
そのためかれの思想や政略は、かれに接したひとびとの記憶のなかにとどま
った。
その記憶者のなかで、カイザス・M・バイヤーはこういう。
地球連邦政府による経済制裁がジオン共和国に対して発動され、加工貿易を
中心とした製造業を主な生業(なりわい)として発展してきたサイド3は大き
なダメージをうけた。製造業に必要な分だけでなく、資源開発・獲得という政
治的な課題は深刻な課題で、ジオンが首相に就任する以前から資源枯渇への恐
怖はサイド3・スペースノイドの死活問題であった。
ジオンはとりあえず緊急の補正予算案と、失業者対策のための雇用案を施行
した。このとき法案作成に関わったカイザス・M・バイヤーを自邸に招待した。
ジオンの部屋は一国の首相の部屋としては極めて簡素であった。そこにある
地図に地球・各サイドだけでなく、火星・木星圏といった宇宙の領域が描かれ
ている。
地図のあちこちに赤いピンが付けられており、ジオンがよほど熱心にこれを
用いていることがわかる。
「ほう、地球圏の地図ですな」
と、カイザスが壁にかかっている地図を見た。ジオンもその地図のそばにゆ
き、現在の情勢を説明した。ジオンは宇宙における地球・各サイド・独自の軌
道をとる少コロニーや、火星・木星圏における資源産出地のことを、
「ポイント」
といった。旧世紀の時代からひとびとのあいだで激しい資源獲得競争が行わ
れ、それはときに武力闘争・経済戦争といったかたちで熾烈(しれつ)をきわ
めた。近年、地球連邦政府という‘持てる勢力‘がさまざまな資源を独占して
いるだけでなく、夢と希望のフロンティアであったサイド(スペースコロニー)
を事実上植民地化することで、さらに肥える者と痩せ細る者が顕著になってゆ
くという情勢になっていた。ジオンはその時事的な情勢を、連邦専属のジャー
ナリストのようにくわしく知っていた。
「とてもこの資源問題は各サイド国家の努力だけでは解決できません」
といって、赤いピンがさしてある地球のポイントを指差した。それらは地球
上の北米穀倉地帯、バイコヌール連邦軍宇宙基地を中心とした旧ロシア資源地
帯であり、さらに南半球の資源産出場所も含まれており、連邦軍総司令部の置
かれているジャブローを充分自活させる要素を満たしていた。
「連邦政府は、この地球から産出される分だけでも充分にまかなえるのです。
ましてや地球圏のあらゆる資源ルートを掌握しているという現在、この点で対
抗するというのは不可能にちかい。もし連邦政府がほろびるとしたら、これら
のポイントから資源や食糧が取れなくなることですが、このこともまた夢物語
にすぎない。今の現状がつづけばこの」
と、ジオンは月の裏側の位置に描かれている共和国を指差し、
「サイド3は孤立します。資源無きは、食糧無きは生存すらあやうし、共和国
の危機はそのまま全スペースノイドの危機でもあります。共和国はどうすれば
よいのでしょう」
と、ジオンはカイザスに質問した。カイザスは地図の前で考えこむのみで答
えられなかった。
「ただ一つの方法しかありませぬ」
と、ジオンはおどろくべきことを言いだしたのである。ポイントを片付けね
ばなりませぬ、スペースコロニーを軍事用に転用し、コロニーを弾頭に見立て
て地球に落下させるのです、といった。
「ただし目的は長期戦争にあらず、あくまで電撃的に、そう、一ヶ月程度で終
息させることができる短期決戦にもってゆくことにあります」
以下、ジオンはのちに宇宙世紀史に登場する数多くの独裁者たちやイデオロ
ギストたちが模倣した有名な軍事政策をのべた。
人口500万人にも満たないコロニーをその対象とし、開戦前までに住民を
すべて退去させ、核パルスエンジン等の諸準備を整える。宣戦布告と同時に各
サイドの宇宙軍と協力し、コロニーを運用、大規模な衝撃をポイントに対して
与えることができれば、連邦政府とて我々の条件をのまざるをえまい、といっ
た。
ほ
132 :
age:2009/01/31(土) 09:36:05 ID:???
age
133 :
通常の名無しさんの3倍:2009/01/31(土) 12:34:05 ID:35zszCWa
「話は少しさかのぼるが」
「一方、その頃」
これはガチだろ
134 :
前スレの1:2009/01/31(土) 16:11:11 ID:???
風邪でダウンしてしまいますた。
そのサイドの運命は、そのサイドが置かれている宇宙的環境と不可分のもの
である。
スペースコロニーの運命はその孤独性から離れることはできない。旧世紀、
人類の揺りかごというべき地球になにごとの異変もなければ人類は呼吸に必要
な酸素や豊かな生活物資、日常生活に必要な天然資源などを‘当たり前のよう
に‘享受して生きていればよかった。二度勃発した世界大戦や各諸地域で行わ
れた凄惨なジェノサイドの嵐、歴史上有名な一人っ子政策などの取り組みなど
によって、地球上の人類の数は50億程度にまで減少した時期もあったが、決
定的な歯止めをかけるには至らず、宇宙世紀開幕の記念すべき0001年には
地球上の総人口は90億を突破した。その後、膨大な人口問題を解決するため
に、すでに立案されていた人類移民計画の実践(主にフロンティア開発移民送
局の手によるものと思われる)が行われ、人類の8割以上が宇宙に移住、スペ
ースノイドとなった。
ジオン・ズム・ダイクンの時代、地球連邦政府は怠惰と方向性を見失った形
骸組織と化し、すでに暴動や抗議運動が頻繁(ひんぱん)となり、しかも連邦
政府内部における改革の動きもあらわれず、現実におこっている動きに対して
いたずらに軍事力を強化して見せつけることしかできなくなってきている。
「かつて旧世紀に現れた経済格差、利を吸い上げるドクトリンを、アースノイ
ドのなかのさらに強力なひとびとが‘決定する‘時代が招来するであろう」
という観測が基礎になっている。地球上はおろか、地球圏や火星・木星圏の
ポイントでさえもその一部の利権屋たちに牛耳られてしまうのではないかとい
う恐怖が、観測に裏打ちされている。
この恐怖は、サイドを構成するスペースコロニーの宇宙的性格からくる宿命
のようなものであった。もともとこの円筒の内壁自体からは天然資源を産出し
えないのである。独自にヘリウムを取り出すこともむずかしければ、地球に普
通に存在している重力なども自力で作り出さなければいけない。
「どうすればサイドが自立しうるか」
と、エレズムを提唱したひとびとが戦慄をもってそれを考えこんだように、
ジオンもその一人だった。かれは地球を離脱するときと月面を離脱するときの
Gの違いを感じ、宇宙世紀開幕以前の多くの研究者の著書を読み、自ら資源地
帯へと足をはこび、あるいはコントリズム提唱の時期、各サイドを遊説しスペ
ースノイドの変化を知るにつけても、
――持たざる者が持てる者に勝つには非常の策を取る以外にない。
とおもうようになったのである。
(中略)
ジオンのこの思想をもってかれが好戦主義者であったということにはならな
いであろう。宇宙世紀の初期の地球圏のなかでサイド3を自立せしめるにはこ
れ以外にない、とかれはおもっていた、というよりサイドの宇宙的環境がかれ
をしてそう思わしめていたのである。
アリスは役所から帰ってから自室にひきこもった。
(どうすべきなのか)
と、思案したが、考えがまとまらない。胸がせまり、ときどき堰(せ)きか
ねて落涙した。
(中略)
思案がみだれ、どうにも考えがまとまらない。
(自分らしからぬことだ)
「まだ休まれないのですか」
という意味のことばが、扉のむこうからきこえた。アリスの愛人というべき
男(Jという記録がある)であった。かのじょのかつての部下であったジェイ
コブが紹介してくれた歳若い青年である。
「なにするの」
「コーヒーを入れてあげますよ」
華奢(きゃしゃ)なJが入ってきた。
(中略)
「あなたこそ、もう休んだら?」
と、アリスが起き上がってティーカップをとりあげた。
「あたしには、考えることがあるのよ」
――というアリスの言葉はJにとって絶対的なもので、げんにアリスは帰宅す
ると「考えること」ばかりをし、いったんそれをはじめると夜明けをむかえる
ことがしばしばだった。考えるときには、アリスはジャブロー勤務の頃から持
ち歩いている古いノートパソコンのキーボードを叩いては変換する。ピンとき
た語句を羅列しているのではないかと思われるほどに変換する。彗星、革命、
変転、好機、赤色といったふうにである。
ところが、Jのみるところ今夜のその考えることは、そういう作業がともな
っていなかった。それによほど思い詰めているらしく、午後8時ごろからはじ
めた考えが、いま夜中の1時というのに、すでにアリスの両眼に大きなくまを
つくらせ、すっかりやつれているようにもおもえる。
「パソコンの前にすわって」
と、アリスは思いなおしたように命じた。Jがそのとおりにした。いたって
普通の黒い旧式パソコンである。
「文字を打ってみて」
アリスは、命じた。
「この文書に、ですか」
「あたしがいうとおりに」
Jはかのじょのいうキーワードをほぼ正確に文書に打ち込んだ。ほとんど無
数に打った。
「シャア……赤い彗星はどの語句がふさわしいと思う?」
と、最後にアリスは言った。Jの印象だけでいいという。あまり考えるな、
考えないで、この語句のような感じだといえばいいの、とアリスはいうのであ
る。
Jは、従順な青年だった。いわれるとおり、深く考えもせずにかれの赤い彗
星と呼ばれている男への印象にいちばんふさわしい語句を、大いそぎで見つけ
ようとした。「早く」とアリスはせきたてた。Jは、
「灰燼」(かいじん)
という語句をつかまえた。
(おそらく、家族を喪った記憶を思い出したにちがいない)
と、アリスはおもった。
Jは少年のころ、ジオニズムの名のもとに生まれ故郷のスペースコロニーを
公国軍の攻撃によって失った。
――‘一週間戦争‘
と、こんにち記録に残るものである。
わずか10年ほど前のことである。Jの家族はコロニー公社職員だった父と
Jを除き全員がNBC兵器により死亡した。Jと父はたまたま父がジャブロー
に出向しており、J自身も父と同行していたため無事だったが、父はこの悲報
をきいたとき、声をあげて泣いた。かれはまだ少年の身の上だったが、父が見
せた男泣きという異様な光景を、成人後もわすれることができない。
(中略)
ところが、Jがハイスクールに在学中、またしても悲劇が招来したのである。
こんどは父の赴任先のコロニーが、ティターンズのG3ガス注入により、住民
全員死亡という事態に遭遇したのである。
前々から赤い彗星の話をアリスから聞いていたJはあるとき、大泣きに泣い
たことがある。二度にわたる家族の喪失という悲しい出来事を思い出してしま
ったことがかれの気持ちを身も世もないものにさせたのかもしれないが、その
後、赤い彗星と聞いて連想するかれのイメージはことごとくマイナス要素が加
わるものとなったのである。
(悪しきジオニズムの犠牲者……)
おそらくそうだろうとアリスはおもった。
〜〜オーロラ(一) (完)〜〜
145 :
前スレの1:2009/02/06(金) 11:41:36 ID:???
とりあえず一巻目完結です。
文修文庫刊「オーロラ」(二)
アデナウアー・パラヤとジョン・バウアー……ともに革新官僚の一人として、
そして今や連邦政府の領袖である二人は、かつての友誼を捨て、外郭新興部隊
創設案をめぐり、鋭く対立した。
アデナウアー=反創設案派、バウアー=創設案派の激突は、ラサの連邦政府中
枢を崩壊させ、地球圏を大混乱におとしいれた。事態の収拾を誤ることがあれ
ば、地球は一気に滅ぶであろう……
一種の異常児である。
149 :
前スレの1:2009/02/10(火) 21:49:54 ID:???
>>147 構成を変えようと思いまして。
感想ありがとうございます。
この間、新生ネオジオンに対する地球連邦軍の主要人物であるアムロ・レイ
にふれておかねばならない。
「主要人物」
といったが、語弊がある。厳密には地球連邦軍というのは旧公国軍の流れを
くむ新生ネオジオン軍とちがい、実力があればイレギュラーな人間でも権勢を
振るえるというような‘パターン破り‘的な慣習を持ちえていない。創立以来、
一貫して共産主義的性格を帯びた軍隊であった。単純にいえば、士官学校を出
ていない者は少佐になることすらできないのである。
地球連邦軍の軍秩序は、主要人物といえるほどの存在感のある人物を排出し
ないところにその特徴があるともいえる。かつての一年戦争において、偶然に
も名を轟(とどろ)かせる人物が‘ほんの一握りながら‘出たぐらいである。
連邦政府自体がその存在を否定したに等しい存在――生粋(きっすい)のニュ
ータイプ――が、当時地球連邦軍の最高司令官であったヨハン・イブラヒム・
レビル大将(すでに戦死)と、第二次ネオジオン抗争後神格化までされたアム
ロ・レイ大尉である。
もっともアムロがサイド3にうまれておれば、あのような人生となったかど
うかはかれの性格や行動から考えてむずかしいといわざるをえないが、元来ニ
ュータイプと呼ばれる存在を‘危険分子‘とみなしている連邦軍ではそういう
タイプを許容せず、むしろオールドタイプ的なカラーを強制し、染めようとす
る雰囲気(ふんいき)があった。
アムロは、あくまでも連邦軍人としてニュータイプの気質を維持しつづけて
いる。
このあたりが滑稽で、アムロは本来の内向的性格からいえば非軍人的であり、
うまれついての機械マニアという面が濃厚であった。たとえば人同士のコミュ
二ケーションが不得意で、身なりや食事には(最近はよくなってきたにせよ)
無頓着で、逃げ道を作ることをわすれたことがなく、行動は慎重で、考えぬい
たうえでなお行動しないことが多かった。しかし、父譲りともいえるエンジニ
ア的資質やメカニックの知識、能力は卓絶していた。しかし生粋の‘ニュータ
イプ軍人‘であるアムロはエンジニアの方面に職を変えることもなく、多くの
矛盾を抱えながら地球連邦軍の軍人でありつづけている。
それにひきかえ、
――大佐(もはやシャア自身を指す言葉となっている)のためなら命をも投げ
出す。
と、新生ネオジオン将兵をはじめスウィート・ウォーターの住民までも心酔
させているシャア・アズナブルは形態としては「主要人物」であった。
しかしその本質はかれ自身の‘責任を背負いたくない‘部分からくる一パイ
ロットでいたいという、アムロとはまた違う矛盾をもっている。シャアはアム
ロとはちがい、自分自身の言動においては自己責任でやるというよりは他人の
受け売りを好み、つねに本質はナンバー1を忌避(きひ)し、ややこしい雑事
(おそらくは年上の女がらみであろう)は避けたいという部分をもっていた。
さらにシャアの本質が一パイロットである点は、元来自己に対する過信が過剰
すぎ、人を信頼せぬことはなはだしく、その意味では貴公子でありすぎるとい
うことであった。
旧公国軍勢力は連邦政府に対する独立戦争のために準備され運営されてきた
という組織上、「主要人物」を欲する。シャア・アズナブルはギレン・ザビや
ハマーン・カーンになり代わる指導者として、血筋からも経歴からも充分にそ
の資格があるといえた。
連邦軍は現状、失業者対策として存続している部分を強くもつこともあり主
要人物を欲しない。
本来、アムロはエンジニアとしての才能を持ちえているくせに、やむなく自
分は軍人、それも前線という‘現場‘で活動すると規定し、連邦軍のなかにあ
ってせいぜい尉官クラスとしての職位を確保し、その職位にふさわしい仕事ぶ
りを確立してしまっている。
アムロ・レイの「エンジニア」的資質であるところのよさは、かれは第一次
ネオジオン抗争後すぐさまガンダムタイプMSの封印をとくよう、カラバを経
由して意見書を出したことである。そのスピードや内容はかつての英傑的部分
を全く匂わせておらず、技術開発に関わる文書であるといってもおかしくはな
い。
かれは一年戦争時、身長は168cmで決していい格好と呼べる男ではなか
ったが、近頃は170を越え、体格も存在感も見違えるほどによくなっていた。
(中略)
もともと食自体が細く、とりたてて自己鍛錬にも熱心でなかったが、グリプ
ス・第一次ネオジオン抗争を経てかれのなかで何かが変わったらしく、多くの
文献に‘女性士官に騒がれた男‘との記述がある。
156 :
壺屋敷:2009/02/14(土) 16:08:17 ID:???
マ・クベは逸話の多い男である。
ズム・シティの屋敷にいたころ、放逸な部下が5人出た。ウラガンがマ・クベに、
「5人の者、いかがいたしましょう」
と、罪状を報告した。
5人のうち2人は、風俗に通い続けついに家財まで売り払った。あと3人は骨
董好きで、これも家財軍服まで売ってしまった。
「分かった」
と、マ・クベは即座に判決した。女ぐるいをした2人は放逐。それもコロニーからつき
出し、阿呆払いするという処分である。
ところが同じ放蕩でも骨董の3人には、
「給料を3分の2に減じ、以後改心せよ」
というだけの罰である。左右がその理由を問うと、
「色にふけって女に欺かれ、家財を蕩尽するような男は、何の芸もあるまい。
勇も智もあるまい。そのような者を雇うのは無駄だ。しかしながら骨董は別である。
もとより骨董狂いは好ましからぬものであるが、しかし、遊治郎よりは壺を愛
する者には知性もあり眼力もあり、とにもかくにも名品を集めようとする心もある。
つまりは美を知る者だ。使うべきところがある」
と言った。
zzz…
159 :
通常の名無しさんの3倍:2009/02/14(土) 23:50:58 ID:FmlolnNu
保守らせてっ
>>156 あぁ、いい感じだね。いかにもマ・クベっぽい。
アムロは第一次ネオジオン抗争後にわかに行われたガンダムタイプMSの封
印につき、
「暴挙」
という表現を用いている。RX−78−2・ガンダムから最終搭乗機MSZ
ー006A1・ZプラスA1型(ただしこれは搭乗していないという説もある)
まで、ガンダムタイプMSを操縦してきたかれらしい表現であろう。
「MSは戦争の必須兵器たれば」
と、いう。必須であるがゆえに、連邦製MSの原点であるガンダムという兵
器は平時にあっても備えておく必要がある、というのである。
アムロがその意見書についていっているのはこの「暴挙」のことと、この行
動を決定し、核兵器並に封印して腫れ物扱いにしてしまおうという連邦政府要
人の姑息さについてである。アムロは軍縮という、旧世紀から行われてきた平
時の政策についてはすこしも批判していない。
ただ現状の地球圏において、有効活用すれば秩序安定に貢献できる‘道具‘
を使えなくすることは愚かである、という。連邦政府のトップたちは、シビリ
アン・コントロールを遵守(じゅんしゅ)しているため、なおさら危機に対応
するための準備が必要であり、それこそが政治が機能している証であるという。
アムロのいうところでは予算のやりくりや人材の面で苦しい現状にあるなら、
古くても使える代物を再活用するだけでも、それだけで効果はある。むしろそ
のほうが荒廃した地球の再生事業や福祉政策に資金を回せるのではないか、と
いうのである。
この意見書のなかで、アムロは暗にシャア・アズナブルらしき存在を目(も
く)して、
「地球圏の運命、現状危うきものとなりつつあり」
と、痛烈な警報を発している。
シャアらしい存在というのは、アムロの表現を借りれば、
「ひたすら自己満足のみを考え、革命という美酒に酩酊(めいてい)してテロ
を誘発し」
ということになる。アムロは第一次ネオジオン抗争の渦中から独自に行って
いた内偵によってシャアがどのような行動に出てくるかは(確証がないにして
も)予測がついた。
革命家――かれの表現では‘夢みたいなことをやるインテリ‘ということに
なる――が巻き起こす事件というのがいかに性質(たち)がわるいかというこ
とは、アムロには充分想像できた。天誅などといかにもなケレン味のある言葉
をつけられているが、実体は気に食わない人間を単に殺傷しているだけの殺人
行為に過ぎないのだが、それが思想的ドグマに縛られてしまうと、殺人が殺人
でなくなり、ときに素晴しき行いとして認知されてしまうことになる。
ニュータイプとなるための道を切り開く。その美名に酩酊している者が、イ
デオロギーの名のもとに悪業的行為を遂行することができてしまうのである。
本来のニュータイプの本質とはかけ離れた世界となって、それでどうして幸福
な世の中がやってくるというのであろうか(中略)
「過激の一挙」
とは、アムロが予測した将来起こりえる行動のことである。
アムロ・レイのシャア・アズナブルに対する批判はこの(直接的ではないに
せよ)意見書にまで出ており、かれの生涯はシャア直率の新生ネオジオン軍へ
の組織的抵抗で終始する。シャアのような貴公子的叛乱はアムロによれば、
「世直しという名の殺戮」であり、アムロが、第二次ネオジオン抗争において
単身で決着をつける行為にまで出たのは、上記のような思想と立場による。
アムロの現実認知というのはグリプス戦役において、エゥーゴ系支援組織で
あるカラバに参加してからようやくまともなところに落ち着いた印象があり、
それ以前のかれの認識は未熟の要素が濃く、不安定といっていいほどである。
実際のかれのMS技術(操縦能力、戦争屋のカンというべきものであろうか)
は相当な実力があり、
「アムロさんは僕たちにとってヒーローだったんです」
と、かつて一年戦争をくぐりぬけたカツ・コバヤシからいわれ、かえってそ
の‘だった‘という過去形による能力がカミーユ・ビダンをはじめとするエゥ
ーゴのパイロットたちや、カラバのひとびとからよろこばれたりした。
女性関係でも、アムロはそうである。
「馬鹿なアムロ」
と、かれの幼なじみの女性がいつも言っていた言葉がある。フラウ・ボゥ。
元ホワイトベースクルーであり、一年戦争後ハヤト・コバヤシと結婚し、現在
二ホンで暮らしている。だが夫であるハヤトは第一次ネオジオン抗争で戦死、
フラウ・コバヤシとなったかのじょは未亡人となっている。
「まだセイラさんのこと好きなんでしょ」
と、グリプス戦役の渦中、シャイアンで再会した際アムロに言い放つのだが、
このセイラという存在がかれをして‘童貞臭さ‘を匂わせる要素となっている
ことは、かれの(後世作り上げられた部分も含めて)女性観を考えるうえで極
めて重要である。
アムロがグリプス戦役の渦中、知り合った女性の中にいたのがのちにかれの
恋人となるベルトーチカ・イルマである。当時20歳という記録が残っている
が、元々カラバというのはエゥーゴの地球上における支援組織の要素をもって
おり、民間団体によって運営されている側面もあることから、各資料が散在し
ており、17歳という記録から20歳前後というものまであり、ハッキリしな
い。
カラバに参加したアムロに興味を抱き、そのまま恋人になった……と書けば
聞こえはいいが、本当のところはヘレン・ヘレンというかのじょが好きな石鹸
の匂いがアムロからしたことが最初のきっかけであったとされる。
青い瞳と、美しい金色の髪をもつ白人女性であるかのじょは、ステータス主
義であり、己に対する過信の強すぎる女性であった。アムロに対しても、女の
武器というべきものを駆使して恋仲になったという印象が濃い。だがアムロは、
「僕を試そうとしているのか?」
という問いかけを発しながら、かのじょのその‘愛撫‘に身を委ねるのであ
る。
アムロは24歳にして金髪さん(セイラに対する呼び名)を獲得することが
できたのだが、これはアムロにとって本意であったのか、どうか。
元々フラウという存在はアムロにとっては「肉親」と呼ぶべき存在であり、
性愛の対象として意識できる存在ではなかったことも重要である。一年戦争時
にアムロが憧れた女性は金髪さん(セイラ・マス)のほかにマチルダ・アジャ
ン中尉がいたが、かのじょは攻防戦の渦中に戦死、しかもかのじょには結婚相
手が存在していた。
一年戦争後の北米・シャイアンでの幽閉生活中、かれは多くの女性をあてが
われたともいわれているが、かれのセイラに対する想いは、妄想にちかいかれ
のイメージにも合致して膨脹していったと考えられる。
夜、ベッドのうえでかのじょの肢体と、かたちのいい胸に触れ、切なげな喘
ぎ声と‘奮い立たせる行為‘を自らのからだに受けたとき、アムロは肉体上の
開花を遂げたのではないか。ララァ・スンとの邂逅(かいこう)が精神上の開
花とするなら、このベルトーチカとの営みが肉体上の開花といえるのであろう。
しかしベルトーチカとの関係はそう長くはつづかなかった。元々自己愛がつ
よすぎるかのじょではあったが、いざ関係を続けていこうとすると、多くの部
分でミスマッチが生じた。妥協せず、自分の主張をゆずらず、とにかくアムロ
からみて手のかかる女であるといえたからだ。
そのため(時期は不明だが)二人は別れた。ところが別れる際でも、アムロ
はすでに‘金髪さんを自分のモノにした‘という肉体上の欲望を遂げてしまっ
たからか、ほぼ未練なくあっさりと、
「前にいった‘捨てる時期‘が来たんじゃないかな」
と言い放ち、別れたといわれている。このあたり、エンジニア的な部分(仕
事人間的といったほうが語弊がないが)が垣間見れる。
ジオンという国を支えているのは、マハルらしい現実的発想法とズム・シティ風
の観念的発想法という二つの脚だと思うが、近年それが妙な事で逆になった。例えばガルマ国
葬である。この現実感覚そのものの大興行がもしマハル的風土の中で行われ
たとすれば首都で成功した以上の大成功を収めたかもしれない。ところがそれは
ズム・シティがやった。
マハルがソーラ・レイをやる。
最初は、冗談じゃないと思った。ソーラ・レイというのは私流に解釈すれば「極
めて高度な観念世界を、それを目にみる形にして宇宙いっぱいに羅列し、さらにそれ
を地球に向かって立体化していってやがてそれを受けた人々に憎しみの光を
もたらす最終兵器展」という事になるが、こういう観念芸はズム・シティ的風土で
行われる方がずっと似つかわしいし、マハルでやれば儲け意識の露出した見本市に
なるのではないか、と思っていた。両者逆なのである。だから密かに反対だったし、
白い目でこの進行を傍観していたのだが、ちかごろになるとどうも前景気にあおられ
て、せっかくの白い目が段々笑顔に変わり始めてきている。
開き直って考えてみれば、要するにソーラ・レイとは宇宙に住む人間のエネルギ
ーの爆発展というようなものではないか、エネルギーでゆくなら我々のマハル風土の
方がお家芸なのではないか。私の見方も、そのように変わった。
しかも使用ミラーの数がソロモン要塞の規模を超えて史上最高のものになりそうだと
いう。大きい事といえばダイクンさんの昔から、マハルの風土は大きいことをやるこ
とに向いているし、おっさんもおばはんもそういうでかい話が大好きなのである。
ズム・シティ風観念趣味の好きな諸君のお気に召さないかもしれないが、我々庶
民はひとつ大哄笑をあげつつこの宇宙史上最大の祭りをやってのけようではないか。
172 :
前スレの1:2009/03/11(水) 20:19:14 ID:???
アムロについて、
――その意見にはつねに歴戦のエース、熟練エンジニアの風があった。
と項目をはさみながらのべてきたが、しかし多くの軍人・若年指揮官がそう
であるように、この感情量の多い人物が、性格としての熟練者の寛大さをもっ
ているはずがなかった。感情量の多いかれは当然怨恨の量も多かった。しかも、
執拗であった。
「シャアは変節漢で、許してはいけない奴だ」
と、シャアびいきのスウィート・ウォーターの住民がきけば跳びあがって憤
慨しそうな対シャア・アズナブル感情をアムロは、傷あとのふさがらぬ古傷の
ように終生もちつづけていた。
アムロ・レイのシャア・アズナブルへの悪感情は、「ソロモンの亡霊」一年
戦争終盤に発生した対ニュータイプ戦から根ざしている。この戦闘に参加して
いたのが、ララァ・スン公国軍少尉というフラナガン機関で育てられたニュー
タイプである。シャアがカバスという売春宿で身請けしたこの額にビンディが
見られる浅黒い肌をもつ少女は、最後の最後までアムロとシャアの精神のくび
きになりつづけた。
ララァが表舞台に登場するまでは、アムロとシャアは思想面の対立が根深い
というよりも、単なる抗争相手程度のものでしかなかった。
もちろんアムロをふくめたホワイトベースクルーの故郷であるサイド7襲撃
を指揮したのもシャアであり、因縁はララァ登場前からはじまってはいたのだ
が。
一年戦争も終盤になるにつれて、ホワイトベース隊の奮闘や連邦軍の大攻勢
の成果もあって、地球上はおろか宇宙においてもミリタリーバランスが一変し、
ジオン公国はきわめて形勢不利な局面にまで追いつめられた。
ちょうど宇宙要塞ソロモンが陥落し、連邦軍によって‘コンペイトウ‘(の
ちにコンペイトウ鎮守府と呼称される)と名称が変更になった頃、ラ・ラとい
う音響とともに連邦宇宙軍の艦艇が数隻、不意討ちを食らったように撃沈され
るという奇怪な出来事が起こった。ソロモンの亡霊という呼び名はニュータイ
プ専用MAとそれに搭載されているビット(脳波でコントロールする自走式ビ
ーム砲台)を持たない連邦側のララァ・スンに対する異名である。
アムロはこの‘ソロモンの亡霊‘と戦場において邂逅し、共振(愛情がある
かどうかは議論が分かれている)する。アムロとララァはこの戦場の前にもサ
イド6で出会いを果たしており、多分に被害者にしかわからない複雑な事情や
渇望への想いなどを‘経験‘した。ところがその二人の邂逅は同じくこの戦場
にいたシャアによってにわかに破られ、その抗争の渦中コア・ブースターに搭
乗していたセイラ・マスの乱入もあって、シャアの搭乗していたMS(MS−
14S・ゲルググ)は右腕をガンダムのビームサーベルによって斬られ、あや
うくシャアが機体ともども撃破されそうになったところにララァがその搭乗M
A(MAN−08・エルメス。とんがり帽子ともいわれた)で身をもって庇(かば)
う行為に出るのである。
シャアの搭乗MSの前面に出たララァのMAは、不幸にもコクピットにビー
ムサーベルが直撃し、ララァは戦死した。戦場において死は等しく訪れる可能
性が高いとはいえ、この不幸な出来事はアムロ・シャアの精神の大きな呪縛と
なったのである。
アムロは、これを恨みにおもっている。
「何故ララァを巻き込んだのだ。ララァは戦いをする人ではなかった」
宇宙要塞ア・バオア・クーの内部で、シャアに問いを発するのである。戦場
とは無縁の場所にいさえすれば、このような結末になることはなかった。むし
ろシャアこそが、かのじょを体よく利用し、道具にしようとしたのではなかっ
たか。
宇宙世紀0087・11月16日に、史上有名な「ダカール演説」がシャア
自身によってなされた。カラバ、そしてルオ商会という華僑系スポンサーの協
力のもと、当時の趨勢(すうせい)をエゥーゴ優位にもってゆくことができた
のだが、アムロはこの局面でシャア(当時はクワトロ・バジーナ)から「君も
宇宙に来るといい」と誘われたときも(もっともカラバ参加直後に同じような
ことを言われているのだが)躊躇(ちゅうちょ)した。
「行きたくはない。あの無重力帯の感覚は、怖い」
といった。理由は上記の複雑な怨恨による。だがこの演説の際のアムロは、
カラバに参加してすぐに搭乗したRMSー099リック・ディアス(正確には
エゥーゴのアポリー中尉が使っていた機体)から試作MSに乗りかえ(MSK
ー008・ディジェ)この機体でクワトロを連邦議会まで見事送り届けており、
往年のエースとしての才腕を見事に振るっていた。その意味でいけば宇宙でも
充分に戦うことができるはずなのだが、ついにグリプス戦役中、宇宙に上がる
ことがなかったのは、多くの研究者がかれの分析面で触れているPTSD(心
的外傷後ストレス障害)の影響が大きいというよりも、‘ララァに会うのが怖
い‘ということに尽きる、といえるかもしれない。
戦役後半のエゥーゴは、すでに指導者ブレックスを失ってはいたが、新たな
る指導者であるクワトロ・バジーナの新体制のもと、再出発ができうる環境に
あったのだが、この時期のアムロはこの複雑なライバルと呼べる男を‘あなた
に舞台が回ってきた‘として、現実を肯定しようとした。しかしクワトロが舵
取りをしたエゥーゴはティターンズ・アクシズを含む三つ巴の抗争によって疲
弊、消耗した。そんな局面下でクワトロが行方不明となったことについては、
希望を大きく託していただけに許すことができなかった。シャアという男がよ
もや戦場で散るなどということは、アムロには想像すらできなかったし、主役
が一方的に舞台から降りたあとの劇の進行は、残されたエゥーゴ・カラバのひ
とびとがやらなければならなかったからだ。
「シナリオを書き換えたわけじゃない」
「審議の一件となっている外郭新興部隊創設の一件は」
といううわさが消息通のあいだで喧(やかま)しくなり、やがて、
「ぶじ落着。アデナウアー参謀次官の希望せるがごとくに運ぶらしい」
と、ほとんど決定したかのように取り沙汰されるようになった。
「老木が、認可した」
というのである。議員や軍関係から出向している連中の顔ぶれでいえば、ほ
とんどがアデナウアーを支持している。積極支持者ではないにしても木星開発
事業局代表者は沈黙しているし、財政部門に関連するストアストは旗幟(きし)
不鮮明で、あきらかに不同意のにおいをもっているバウアーやホワイトも、ラ
サ帰還後休暇をとって連邦中央議会の審議に出席していない。また移民問題評
議会議長もつとめ、その老木へのかかわりあいや政財界への影響力を多大にも
つローナン・マーセナスはまだラサに帰還していないから、要するに正規軍な
どの中枢が担ぎ上げている連邦政府議長が多数決のもと認可すれば一挙解決で
あるかのようにみえる。
このころ、惜しいことに日付のはっきりしない、審議の席上、アデナウアー
が、老木に対し、じゅんじゅんと説いたというその連邦中央議会録が残ってい
る。この資料の真偽のほどはわからない(中略)
「現在の連邦政府議長は、かつて権限が掣肘(せいちゅう)された連邦政府議
長ではなく、新たな政府の、強い政府の裁定者というべき存在であります」
といって、かつてのギレン・ザビやジオン・ズム・ダイクンの主義や手法を
奉じる者たちが宇宙に跳梁している現在の情勢を説き、‘第二のティターンズ
をつくるなどよりもはるかに効率よく残党たちやテロリストたちを揉み潰せる
という、正規軍主導の大展開政策をのべ、
「今、この私が言うことをお聞きになりませぬならば、後日、かならず禍根を
残すことになります。もちろん議長のご裁定に伴う‘民意‘はなくてはならぬ
ものです。もし、火種とならぬものがテロリストのごとき輩と同列の存在とな
ったとき、再び地球圏は戦乱の渦に巻き込まれましょう」
ティターンズのようなものをつくればかならず正規軍のみならず政府と衝突
せざるをえない、それをしないことが安定への道だ、という。
大展開政策については、
「腫れ物をつかって漁夫の利を得ようとするやり方を捨て去り、健全な手法で
軍の再建を為すべきです」
と、宇宙艦隊の再建をするべき、という。
「シビリアンが管轄するという本来の政府理念に回帰せず、箱をつくってもか
たちだけのもので、中身なき組織はたとえ稼動したとしても成果を出すことは
できません。予算配分のムダと申せましょう」
アデナウアーはうれしさのあまり飛ぶように帰宅すると、盟友のコジマ連邦
議員あてに、
「生涯の愉快、このこと以外にはありえないと思う」
とEメールを出し、コジマが創設案反対のことについて骨を折ってくれたこ
とに対して礼をのべ、「簡単ながらとりあえずメールにてしらせます」という
意味のことを書いている。文中、
「もはや思わぬ邪魔だてもこれあるまじく」
と書いているのは、ストアストなどの邪魔だてはもうあるまいという意味で
あった。
老木といわれている現連邦政府議長は、その実歴からどういう抱負も能力も
器量もひき出せない。ただ誠実であった。この誠実さは旧世紀の二ホンに存在
した公家(政事を行う場所に仕える貴族・官人の総称)の跡取りにむいていた
が、しかし一政府の中央議会の長としては悲劇的なほどに無能であった。
政治のなかで「誠実」をまもるためにはまもれるだけの勢力が必要であり、
守りつづけるための政治技術も必要であったが、この現議長には二つともなか
った。
現議長は哀れにも一方ではアデナウアーをよろこばせつつ、一方では創設案
派のジョン・バウアーに対し、
「外郭部隊を新設せずというのは内部決定にすぎず、まだ確定事項となったわ
けではない」
という旨のことを微妙な文章表現ながらEメールで送付しているのである(中略)
Eメールにいう。
「ともかく、あの一件はマーセナス議員が帰還するのを待ってあらためて評議
するという手筈(てはず)であって、そのときにいたってはじめて外郭部隊を
新設するのが可か不可か討論してきめるということなのです」
「あくまで討論」
と現議長は明白に書いている。要するに問題はすこしも確定しておらず、ま
だ白紙の段階だということである。
シャア・アズナブルには、たった一人、血のつながった妹がいた。
前巻のジオン・ズム・ダイクンの稿でも述べたが、父ジオンの急死後、ジン
バ・ラルの手引きで地球へ亡命し、南欧の名家マス家の養子となったのが宇宙
世紀0069である。ザビ家からの追撃をかわすため、かれはエドワゥ・マス
と名乗ることとなるが、かれの妹であるアルテイシア・ソム・ダイクンもかれ
と同じく名を改め、早すぎる第二の人生をスタートさせる(中略)
養女となったかのじょの名はセイラ・マスという。北欧系と思わしき美しい
金髪と、毅然とした態度・落ち着き具合はまさに‘姫様‘と呼ぶにふさわしい
といえた。
「私は過去を捨てたのだよ」
という台詞を口にしてシャアがセイラに事実上決別の意を現すまでに至るの
は、エドワゥと名乗っていた兄が早々にマス家から逐電したことによる‘セイ
ラによるシャアに対するブラザー・コンプレックス‘の感情と、一年戦争への
参加(状況に流された部分が大きいが)という事情による。医者のタマゴとし
て兄の逐電後、サイド7に移住していたかのじょではあったが公国軍による襲
撃で従軍せざるをえず、しかも不運なことにあの敬愛以上の感情を抱いていた
兄(キャスバル・レム・ダイクン)と敵味方となって戦うという状況になって
しまった。木馬(ホワイトベースのジオン側の呼び名)から降りろ、私はもう、
お前の知っている兄さんではないと言うシャアに対し、思い直してくださいと
懇願するセイラであったが、かのじょの想いはこの金髪の貴公子にはとどかな
かった。
ガンダムに出てくる著名なキャラクター名の由来については、インド系・旧
世紀の二ホン軍機などさまざまで、またある平成ガンダムシリーズの一作品は
各言語の数字が元だともいわれる。このセイラ・マスというキャラクターにつ
いては‘テレビコードに引っかかるから‘という説もあり、由来についてはハ
ッキリしないのだが、シャアについては‘シャシャシャと動くから‘や、‘四
番目‘‘有名歌手からとった‘など多くの説がある(中略)
セイラ・マスというキャラクターやネーミングも、その映像を見る視聴者た
ちの欲求に注目してみるとこのアニメーション系のヒロインの系譜における突
然変異というべき存在ではない。かのじょはそれまでの系譜におけるヒロイン
たちが自然体のなかで表現していたワンシーンをごく普通の感覚でブラウン管
の中に映し出し、その歴史的造形や或(あ)る雑誌のイラストにおいても正統
ヒロインという肩書きがそのまま当てはまる存在にすぎなかった。
「兄さんは本気で、父の意志を継いでことを成そうとしているのだろうか」
というのが、シャアその人(というよりキャスバル・レム・ダイクンその人
というべきだが)を知っているセイラ・マス――アルテイシア・ソム・ダイク
ン――にとって終生の疑問であった。
セイラは第二次ネオジオン抗争後、
「兄は表面では公人のような行動と言動をとっていたけれど、実際のところは
私人に徹したいのが本音で、好きなことを思う存分やれればそれでよかったの
よね」
と、株式投資で一財産築いていたころひとにいったことがある。セイラはお
よそシャアに対してはあらゆる面で包み隠すことがなく、つねに本音であった
ことからこの言動は偽りと呼べるものではなかった。旧公国軍士官時代から、
新生ネオジオン総帥として全軍を差配する立場となったあとも、シャア自身は
ある意味、好きなこと・自らが志向していることだけをやりつづけた。
グリプス戦役当時、カラバの主要人物であったハヤト・コバヤシ(フラウ・
コバヤシの夫)は、シャアに対し政治家として活動すべきであるという意味の
提言を行っていた。しかしハヤトやカミーユ・ビダンといった、当時のシャア
にとって(まわりのひとびとにとっても)必要不可欠であった面々は、抗争の
渦中で脱落し、シャアの路線が変更されることはなかった。セイラがハヤトを
中心としたカラバの活動状況をどれくらい把握していたかは今となっては推測
するしか手がないが、ある資料によれば、かのじょの生計をたてる手段であっ
た株式投資絡み(一説にはエゥーゴ系企業からの戦時公債の運用や、偽情報の
リーク・クラッキングなどを駆使していたともいわれる)から、多くの情報や
内部事情などを得ていたともいわれ、その情勢の経過やかのじょ自身の‘責務‘
ということも含め、一見、コドモじみていると思われるような上記の発言を口
にしたのであろう。
「兄は、テロリズムの首魁になるのではないか」
という疑念が、セイラ・マスにあった。人間というのはひとたび天誅を行え
ばときに人格が変質し、おそるべきテロリストに化(な)る場合がある。工場
からの煙が立ちこめる情景をみてもサイド滅亡の前兆を予感したり、あるいは
ひとびとの惰弱な風俗・流布している流行がおそろしくなり、イデオロギスト
を狐疑し、それに悪を感じ、社会の動きがことごとく「革新の前途に害をもた
らすのではないか」というふしぎな衝動を感じるようになる。セイラ・マスは、
兄をはじめとした多くのひとびととの経験や境遇を通してその種の「疑惑」を
もった。
「疑惑」
というのは、繰りかえしていうが、妹のセイラが兄のシャアに対してのみの
態度であった。セイラは兄のシャアを疑っている。しかしシャア・アズナブル
を「疑って」いたのはセイラだけでなく、この時代の新生ネオジオン以外(む
ろんネオジオンとて一枚岩ではないが)のほとんどが濃淡はべつとしてそのよ
うにみていた。
「シャアは、大規模なテロ・叛乱を起こして新たな理想郷を作る野心を秘めて
いるのではないか」
ということである。
「しかしスウィート・ウォーター住民のなかでさえ、いまでもシャアを嫌って
いる人があります」
という旨のメールを、シャア研究の第一人者であるケイ・ローデンの論文・
書籍を中心に検証されているS氏が、私にくださった。S氏はシャア書籍のな
かでもつとに有名とされている‘宇宙駆ける赤い星‘の解析とその発刊意図を
克明に検証された解析者の一人である。サイド1に在住だが姓とその著書から
考えると先祖は難民に追い込まれた立場のひとであったろう。シャアの死後、
100年以上が経過している。「いまでも」ということまでは私にはわからな
いし、すでに政治状況が消滅し、恩怨(おんえん)が持続しているはずもない
こんにちでもその憎悪がつづくのだろうか。
サイド3・スペースノイドの一部に「シャアぎらい」というのが、濃厚に存
在する。筆者はこの稿を取材するについて、ザビ家(ミネバ・ラオ・ザビ公女
系列)に関係のふかかったその縁辺、元側近などの何人かに接触した。話がシ
ャア・アズナブルのことになると、一様に言葉が濁るような感じがあった。そ
のなかであるひとは、
「ミネバ公女家では、あまりシャア・アズナブルの話題は出なかったようです」
という人もいて、ミネバ側近のひとびとのシャアに対する怨念が、宇宙世紀
0100年代ぐらいまではまだ生きていたようにおもえた。
アデナウアー・パラヤは、この朝、朝食が済むとすぐ邸宅の外へ出た。ラサ
の参謀府にいち早くゆき、新規の宇宙艦隊再建策をまとめなければならない。
かれは正妻を含め、堅苦しいと感じていた使用人やメイドのほとんどをナポ
リの別邸へ置き、このラサで新生活を始めていたが、新しくここに置いている
‘女性‘はひどく物分りがよく、
「あなたの思うようにおやりになるのがいいと思うわ」
と、アデナウアーの負担のならないように努めてはいた。ただ数え齢9歳に
なる水色の髪の娘とは反りがあわず、そのことから起こるヒステリーだけは悩
みの種だった。アデナウアーはグリプス戦役以前からそうだったが、
――自分は女性(おんな)には不自由しない。
という都合のいい考えを信仰のようにもっている男で、身体だけでなくとき
には金や物といった、人間が普通にもっている欲望を刺激して自らの願望を遂
げてきたのである。そういう点では、漁色家と呼ばれてもおかしくはなかった。
ついでながらアデナウアーの金銭観に触れておくと、かれは若い頃から外務
関連の仕事を主に担当していたこともあって、細々とした財務のことはかれに
とって‘カードの一つ‘にすぎず、その散在ぶりはティターンズ全盛の頃、総
帥ジャミトフ・ハイマンにたしなめられるほどであった。かれの外務勤めの頃
の帳簿資料はそのほとんどが巧妙に隠蔽され、現在でもきちんとした実体はつ
かめない。
アデナウアーはまったくのところ、かれ自身の表現でいえば「生涯の愉快」
という気分のなかにあった。
「あの男の最大の隙はそこだ」
と、ストアストがかれ一流の才略主義的な見方でのちのちまで言ったが、た
しかにストアストのいうとおりアデナウアーは現議長のために一時しのぎの「
抑え」を施されてしまっていた。アデナウアーをよろこばせておき、時間を稼
ぐのである。
一年戦争時、極東方面軍・機械化混成大隊長をつとめ、現在連邦中央議員と
なっているコジマはこの新興部隊創設問題についてはアデナウアーと一分(い
ちぶ)の狂いもなく気脈を通じているだけに、アデナウアーの動静はよくわか
っている。
「なんといっても連邦政府議長がそう言われたのならばもうまちがいはあるま
い」
と、コジマもアデナウアー同様、そうおもっていた。
コジマは、もはや故人となってしまったイーサン・ライヤーなどと同様、連
邦軍・地球軍省管轄の軍人(陸軍将校といっても差し支えないと思われる)で
ある。前述したイーサン・ライヤーはかれの直属の上司にあたり、またかれの
率いた機械化混成大隊は本格的な陸上運用を想定したMS部隊(試験的意味合
いもある)であった。かれは既に中年で、また中佐という階級上、上官と部下
との板ばさみになることも多々あり、初期の頃においては無愛想と不機嫌さを
つねにまとっているような男であった。
そんなかれが徐々に変貌を見せ始めるのは、混成大隊指揮下の08小隊の隊
長として連邦軍少尉シロー・アマダが着任してからである。シローの一直線な
行動と、隊員たちの活躍もあり08小隊は戦果を拡大する。東南アジアの森林
地帯から中央アジアの砂漠・山岳地帯までを統括する極めて広範囲な戦線を指
揮する大隊長という立場上、深くかれに関わるという部分は多くはなかったが、
かれはシローに自分の若い時の姿を見出し、審問会議にかけられたシローを庇
い立てしたり、アリス・ミラー(当時は情報部少佐)の内務調査による‘生還
率38%の危険な任務‘への選択を迫られたときも甘んじて受ける姿勢を見せ
た。
コジマはラサの公国軍秘密基地攻略戦にあたり、相当数のMSと戦力を揃え
ようとしたが、シローの一件とかれの直属上官のこともあり思うように手配す
ることができなかった。かれの手もとには第08MS小隊のほかに、08小隊
と仲はわるいが腕はたつ07小隊がひかえていた。かれは基地攻略の要(かな
め)は、今まで散々手こずってきた巨大MA・アプサラスを速やかに撃破する
ことを第一目的とし、シローの独自判断を承認し、アプサラス出現まで空爆と
艦砲射撃により基地を沈黙させる手法をとるべきだとしていたが、ライヤーの
命令により07小隊は基地爆破の捨て駒として坑道突入を厳命され全滅、戦場
は凄惨な地獄絵図となった。
「私はエアコンというのが苦手でしてな」
と、コジマはライヤーに返し、旗艦ビッグトレーを去るのである。戦いは消
耗戦となり、一時休戦となるもそれに反してジムスナイパー部隊をひそかに展
開させるという違反、またそれまでの様々な圧力や己の政治的手段としてこの
局面を利用しようとする直属上官に対する、かれの意志表明であった。
若い頃から強運に恵まれていたといわれるコジマだが、このときもホバート
ラックでライヤーの元から離れたことにより、アプサラスのメガ粒子砲の直撃
を免れ、命拾いをしている。この直属上官への‘戦争にもルールがある‘とい
う異議申し立ては08小隊所属の隊員たちから尊敬と信頼を得、さらにアプサ
ラス撃破後、その撃破に一役買ったもののスパイ容疑がかかっているシローの
処置についても行方不明ということでうやむやにしている。
ヒルアンドンという、旧世紀の慣用句の汚名を返上したこの男は、ラサ基地
攻略後、東南アジア方面の公国軍掃討作戦に参加し、のちインド・中央アジア
方面の公国軍残党拠点の制圧を担当した。かれの機械化混成大隊は多くのデー
タを保有してはいたが、多くの隊員たちは戦死、あるいは配置換えといった困
難な状況のなかで、軍機厳正、特に無理をしない作戦展開で、将校不足に悩む
連邦軍のなかでは数少ない実戦経験豊かな存在として評価された。
コジマとは、根っからの現場指揮官だったといえるかもしれない。かれの資
質は(元々寒いのが苦手で、また文明の利器ともいえるエアコンも好きではな
かった)政治や外交には不適格で、それが連邦議員の最上級というべき中央議
員になっていたのは、地球軍省(特に軍令部門)の実力軍人というだけの理由
による。
コジマの生涯というのは、一種の滑稽感がつきまとう。かれは連邦正規軍や
地球軍省の連中から、
――大戦生き残りの名将。
などとおだてられて、中央議員に仕立てられてしまった。コジマに政治家な
どつとまるはずがなく、その論理性と大局観と、その将校たちの実感としての
包容力というのは、パイロットをしてよろこんで戦地に飛びこませるところの
大会戦の将帥のものであった。かれは軍人(それも後方従事者でなく前線指揮
官)以外にどういう仕事も適しておらず、げんに一年戦争やその後の公国軍残
党掃討戦では名指揮官といっていい能力と業績をあげたのに、表面上の公国軍
のテロ行為が終息に向かう頃になると、そのまま正規軍職にとどまることを許
されず、
「コジマ将軍のような‘大家‘には連邦議員、それも中央議会の議員がふさわ
しい」
などと、いわば偉くさせられすぎてしまった。ひとつには将官の地位にまで
昇進してしまったかつての名将の処遇に苦慮したという理由もある。
要するに、コジマは軍人としてとどまることを許してもらえなかった(中略)
コジマをこのまま軍職にとどめておけば、かつてティターンズ成立時やその
後においてもティターンズに批判的であった良識や正規軍内で無視できない軍
歴上、相応の階級に昇格させ実権をあたえる選択しかなくなり、結局は軍上層
部の障害になるとして敬遠されたのである。
そのくせ、コジマという男の可笑(おか)しさは、自分が軍人(前線勤務者)
にしか適(む)いていない人間とも思わず、あるいは公国軍掃討戦であれだけ
の軍功をたてながら連邦正規軍がかれからドアをとざしてしまっているのも気
づかず、さらにはかれがもっとも苦手なはずの政治の世界に入ってしまい、し
かもその数奇を数奇ともおもわなかったところにある。
アデナウアーは中央議員としてスーツを着ているコジマが、じつは現在の地
球軍省管轄の方面軍将官のたれよりも軍の統率にむいた男だということを知り
ぬいていた。
ある日、サイド6駐留の外務官僚の後輩が訪ねてきて、
「もし宇宙において不慮の事があって艦隊を出さねばならぬとすればその司令
はたれがいいか」という意味のことをきいた。
「それならば、最も戦歴があるコジマ殿だ」
と、アデナウアーは言下にいったのである。その後輩が、かさねて質問した。
コジマは陸上戦闘の大家ゆえ、宇宙でのMS戦闘は経験不足のはず。その場合、
宇宙戦の穴を埋めるべき士官をえらぶとすれば、と問うた。これもアデナウア
ーが言下に答えている。
「地球上の戦闘も宇宙での戦闘も、それほど違いはない。それは現に将軍レビ
ルの前例がある。仮にもし、MS戦のエキスパートを選ぶとすれば、あのアム
ロ・レイにシミュレーションで勝ったというユウ・カジマ中佐だ」
アデナウアーの目にはそういう機能があった。
207 :
通常の名無しさんの3倍:2009/07/09(木) 22:11:51 ID:2+roQTjN
保守
コジマ大隊長が出世してる…
これも旗頭、人身御供というやつか?
208 :
前スレの1:2009/07/16(木) 23:07:28 ID:???
>>207 保守ありがとうございます。
立て易いキャラかなと思って考えてみますた。
このところラサのコジマ宅(正確には古寺を中心に整備された環状道路‘
パルコル‘のそばにある)には来客が多い。
テリー・サンダースjrというのが、連邦軍少尉の制服を着てやってきた。
「極東地区ほどじゃないがやけに今日は暑い。この地域にしては珍しいくらい
だ。脱いでくれ」
とコジマがウチワを扇ぎながらいうと、サンダースは恐縮しながら上半身裸
になった(中略)
――昔からこの人はこういう感じだった。
と、サンダースはかつての08少隊長シローの上官を仰ぎ見ながら上半身裸
になったのである。
テリー・サンダースjrはかつて一年戦争において「死神サンダース」とい
うあだ名で呼ばれた男で、自らが所属していた部隊が全滅(三度目に出撃して
全滅している)したため08小隊に軍曹として配属され、シロー・アマダのも
とで功績を立て、その高い技量を示した。コジマ大隊のなかではもっとも勇敢
で有能だった人物である。
自分が配属された部隊は三度目に必ず全滅する――このジンクスを打ち破る
方向性を示したシローを生涯忘れず、恩人として尊敬していた。シロー自身も
サンダースを信頼し、サンダースもシローに全幅の信頼を寄せていた。かれは
流行り病で病死してしまう男だが、巨漢に見合わぬ細やかさ・用意周到さを持
ち、ラサ基地攻略後08小隊が解散させられ、別部隊に転属になっていた際、
コジマが自らの大隊に呼び戻し、階級も特務曹長に昇格(野戦任官というかた
ちである)させた。もちろん昇格に伴う業務は通常のMS戦闘だけでなく多岐
にわたったのだが。
公国軍掃討作戦や、グリプス戦役での攻防で功を立て、現在連邦軍少尉とい
う、かつてのシローと同じ地位にサンダースはいた(中略)
このサンダースは、
「もし、ジオンの輩がふたたび立ち上がるのであれば、微力ながら自分も手伝
いたく思います」
とかねてコジマに頼みこんでいた。サンダースは見た目からは想像できない
ほど情報にマメな男で、ジダン・ニッカード(テンガロンハットの老将と呼ば
れている)から、
「新部隊が創設されるって話がなくなったそうじゃ。てことは参謀次官がすす
めておる新宇宙艦隊編成が現実味を帯びてきたっちゅうわけじゃな」
ときき、さっそくやってきて、頼みこんでいたことに念を入れたのである。
コジマは、なお慎重であった。
「いまだ発表なし」
といった。まだ公式に発表されたわけではないから確約できない、という。
しかし将来、宇宙軍の再編成が実施されることは現在の政情から起こりうるこ
とは確実なため、宇宙での戦闘にも長じているサンダースを組み入れることは
割合都合がよいことかもしれぬとおもったりしている。
「宇宙艦隊の新規編成がなされるとすれば、ユウ・カジマをその新規部隊に、
とは考えている」
「私は、私はならんと大隊長は仰せになりますか」
と、サンダースは言外に「自分が家庭を持つ身だから考慮してくださらない
のか」という意味をこめた。コジマはこまって、カジマ中佐は宇宙におけるM
S戦闘のエースだ、またエースだけでなく宇宙軍省からも格別の信頼を得てい
る身だ、といった。それに、妻子もいない。
「宇宙から離れてはや10年近く経つ。かつての感覚を取り戻すのには、ちと
時間がかかるのではないか」
とコジマがいうと、サンダースは目を見開き、
「‘隊長‘も大隊長も、無理だとは一言も自分に言ったことはありませんでし
た。不可能なことはないと信じるからこそ、自分は今まで理想を失わずにきた
のであります。彼女は自分を信頼してくれています。話せば……きっとわかっ
てくれるとおもいます」
「死神と呼ばれた男が、今や二児の父親となっているというのに、あえてそれ
を」
「自分は死にません。必ず生き残ります」
コジマはサンダースの真意を了解し、
「もし参謀次官殿が新規艦隊を編成なされたならば、それに加えてやろう」と
言い、
「今まで多くの連中があの世へ旅立っていった。もうこれ以上、理不尽な争い
は起こしてはならん。再びティターンズのようなものを起こさぬよう、わしも
努めねばならんな」といった。
毎日、降らず照らずで、夏場でも気温が25度を超えることがめずらしいラ
サで残暑が、つづいている。
ある日、アリスは暑苦しさに堪えつつ役所で執務していると、不意に貧血を
起こし、机上に突っ伏せた。
エアコンが故障していたことも原因ではあろうが、たいしたことはなかった。
やがて暗い家屋からひきずり出されて外光に接したように意識がもとに戻った
が、その夢にも似たほんの数秒のあいだに、
(大叛乱。――)
という言葉がうかび、宇宙の片隅に爆音と光芒があがっている光景を幻のよ
うに見たのである。
ジョン・バウアーは、なお休暇の中にいる。
――いま公式にラサへ戻れば、アデナウアーとその一統(コジマを中心とする
系統)の光芒のなかにとびこむようなものだ。
という気持ちがあった。
この宇宙世紀史上稀代(きたい)ともいうべき政治的天才は、政治現象とい
うものは時間という触媒によって化学変化をおこすものだということをよく知
っていた。
(待つことだ)
とみずからに言いきかせている。待てば、いま気負い立っている軍関係の出
向者ら反創設案派の連中が、みずからの力でひっくりかえるにちがいない。あ
るいはそうはゆかなくとも、いまアデナウアーの影響力の前で息をひそめてい
る創設案派のものたちがたまりかねて運動をおこし、結束をし、反創設案派と
対抗できるだけの勢力をつくりはじめるにちがいない。
もっともその運動にバウアーはみずから手をよごして参加するつもりはなか
った。もしそれをやればかつての盟友のアデナウアーと真正面からの衝突にな
る。おそらく仲裁するものは現在の中央議会にはいまい。双方激突し、血みど
ろになり、どちらかが斃れるまでやむことのない凄惨な闘争になるだろうとい
うことをバウアーはよく知っていた。
バウアーがひそかにラサにもどってからアリスはその意中をさぐるべくしば
しばかれを訪ねた。
しかしその訪問者のアリスも多弁でなく当のバウアーにいたってはほとんど
言語らしいものを発しない。このためアリスはバウアーがなにを考えているの
か、把握するのに難渋(なんじゅう)した。
「身体の調子がわるい」
と、バウアーは健康のことだけは何度かいった。バウアーは少年のころは胃
が弱くつねに青い顔をしていて、このためスポーツで己を鍛錬するということ
をほとんどしなかった。
もっとも壮齢になってからは、頑健(がんけん)とはいえないにしても、多
病ではなかった。
(見たところ、重い病気にかかっているわけでもなさそうなのに)
と、アリスはつねにそう思った。
情報部将校(暗に‘チェキスト‘と呼ばれている)であるアリス・ミラーは、
この時期、重大な人物を見落としていた。
その人物が、いま激化しつつある創設案派と反創設案派の対立のなかにあっ
て前者を支持し、劇でいえばかげで舞台をまわす重要な役回りをしようとは。
「これがためにアデナウアーが没落するのもやむをえない」
と、その人物はストアストとひそかに語って策を練り、ローナン・マーセナ
ス、ホワイト、ジョン・バウアーといった要人のあいだを奔走してかれらの力
を一つにさせて反創設案派に対抗しようとしていたのである。
のちのマフティー動乱時にテロの標的とされたエインスタインであった。
「あの影のうすい男か」
と、バウアーなどは、こんどのダカール行きのとき、当初そう思ってこの人
物を相手にもしなかったのだが、旅程をかさねるにつれてかれが容易ならざる
才腕家であることに気づき、旅程を終える頃にはむしろバウアーのほうから積
極的に、
「この一件、貴殿はどう思われますか」
などといったふうに頼りにするようになった。
そのエインスタインが宇宙世紀0089にラサに帰還したとき新興部隊案・
審議が朝野に燃えさかっているのをみて、
――このようなことでは政府がだめになってしまう。
と狼狽し、エインスタインがその生涯で演じた政治活動のなかでもっともす
さまじい働きを帰還早々はじめたのである。
「君もおれの近所に来ないか」
と、ストアストは、ラサで空き物件を物色していたエインスタインとマクガ
バン(のちに文化教育振興大臣をつとめる)にすすめたところ、二人とも近所
に住んだ。ストアストは旧ヨーロッパ出身で白人系ながら一派閥を構成せず、
同郷の人間をあまり近づけず、むしろ各有力企業や多数のコネクションを持ち
合わせている政治家たちと濃厚なつきあいをしていた。ストアストがのちのフ
ロンティア・サイド動乱時に連邦政界の重要人物としてその影響力を行使する
土台はこの時期からつくられていたともいえる。
ストアストとエインスタイン、マクガバンは近所だけに毎夜寄り集まって酒
を飲み、地球圏内外の情勢を論じ、それが繰りかえされてゆくにつれてたがい
に一つ腹になって行った(中略)
「新興部隊案をかならず成立させよう」
という盟約はこの雰囲気の中でできた。
とくにエインスタインがよく動いた。
かれの計画は、
(まずホワイトを説き、次いでバウアーを説き、さらにローナン・マーセナス
と老木に及ぶ。この4人を結束せしめれば、いかに創設案反対派の人数が多く、
かつアデナウアーが宇宙軍省はおろか地球軍省にまで人脈と影響力をもってい
ようともなんとか凌(しの)げるのではあるまいか)
ということであった。
国防方面にも顔がきくといわれるローナン・マーセナスは、この年、45歳
である(中略)
ローナンは地球連邦政府・初代首相を務めたリカルド・マーセナス(米国出
身でリベラル系といわれる)の後裔にあたる人物であり、現在の連邦政界では
決して無視できない大物議員であった。
かれは若い頃、政府内の首都機能移転計画に参画し、ジャブローへの一極集
中が進みがちな当時の風潮と方向に異議を唱え、自らの理想に邁進した革新政
治家の一人でもあった。このような理想主義を抱えた若手議員の中にいたのが、
現在外郭新興部隊創設を精力的に推進しているジョン・バウアーであった。
弁舌に長け、重要な案件をまとめる才にあふれていたローナンは、当時連邦
軍内で実力者となっていたゴップにきらわれ、かれの腹案であるダカール遷都
案は日の光をみることがなかったのだが、宇宙世紀0081にゴップが事実上
引退をすると、ともに理想を共有していたバウアーとともに遷都案を実行に移
すべく行動し、のちにそのダカール遷都案は現実のものとなった。
――ローナンのルールで、中央政界は動きもすれば静かにもなる。
と、この男をきらうむきからは、かつて旧世紀に存在したドナルド・ヘンリ
ー・ラムズフェルドになぞらえて批判されることが多い。
ドナルド・ヘンリー・ラムズフェルドとは、旧世紀・米国の政治家で、二度
にわたって国防長官をつとめたタカ派である。かれは歯に衣を着せぬ物言いと
強引さをもち、旧世紀史上有名なイラク戦争においては、終始強硬姿勢を崩す
ことがなく、理不尽な現場指導と独善的な態度で多数のひとびとの反感を買い、
戦争終結ののち、捕虜虐待事件や一連の‘アーミー・タイムズなどの告発‘を
受け辞任にまで追い込まれたのだが、かれの下院議員時代の生活心得の一つで
ある「ラムズフェルドのルール」は多くの政治関係者に流布(一説にはワシン
トン・D・Cだけでなく世界的に有名になったとされる)され格言として定着、
また米国の軍需複合体を体現する人物として、多くの分野に影響力を行使した。
いまや保守系等の大物として認知されているローナンは、若い頃は正義感に
溢れ、またティターンズ幹部とのかかわりあいも指摘されているところから、
‘リベラルを標榜するタカ派‘として世間からみられていた。
これほどまでみごとな大作は古来例がない。
一種の異常人である。
226 :
前スレの1:2009/08/31(月) 06:57:19 ID:???
>>225 感想ありがとうございます。
多忙のため書き込みがなかなか進まないのですが。
スレ違いですが、今年の夏は劇的な事が多かったですね(選挙の件もそうですが)
自分としては、お台場と名古屋のガンダムイベントに行くことができたので、個人的
には満足できる夏ですた。
ある日、エインスタインはローナンに対し声をあらげて、
「評議会議長。このままでは地球連邦政府はほろびますぞ」
といった。
ついでながらローナンがラサに帰還したとき、ジョン・バウアーはまだ休暇
中で、ラサにもどっていなかった。すぐラサにもどるよう手を打ったが、ロー
ナンにすれば、
(新官僚時代からの友人同士、ましてや軍関係にシンパをもっている二人のこ
とだ、バウアーがよろしくアデナウアーをなだめればすむだろう)
とおもい、この問題がのちにこの再出発した連邦政府を真っ二つに割って騒
乱の砲火のなかにたたきこむほどの非妥協的な、そして凄惨な問題をはらんで
いるとはおもっていなかった。
「それほどに切迫しているのかね」
エインスタインは事態をくりかえし説明した。
非常時に対処できる新部署(新興部隊案)を創設せずという一件は審議で確
定し、老木(連邦政府議長)はやむなく了承し、すでに新部署にかわる宇宙艦
隊再建計画まですすんでいる状況である、ということ。アデナウアーは喜悦し
て参謀府で再建案にとりかかっていること。さらにアデナウアーが公言したと
ころによれば、
「ローナン議員が帰還すれば、すぐ中央議会が再開される。そこで得るべきも
のは事後了承のみである。自分はローナン議員が帰還して一週間後には各サイ
ド政庁公認の再建計画を策定するつもりだ」
ということで、すでに外郭新興部隊は創設せずというのは既定の方針のよう
になってしまっている、これをくつがえすとなれば非常の決意と策が必要であ
る、とエインスタインはいうのである。
この職人の資質の卓越ぶりはどうであろう。
これだけの才能と機略のもちぬしでありながら、
機鋒のするどさを律義と温容でつつみ、終始読者を執って離さず、
文章を読むだけでも音曲を聴くような快感がある。
真の謀才というのはこのような人物をいうのかもしれない。
230 :
前スレの1:2009/09/11(金) 22:48:06 ID:???
>>229 ありがとうございます。凄く嬉しいです。
(ベタ褒めと受け取ってよろしいんでしょうか)
自分が読み手として面白く読めるか、というのを突き詰めて書いているつもり
なのですが、なかなか難しいです。
スレ違いですけど、最近ディシディア・ファイナルファンタジーを購入しまして
やっているんですけども、過去作品の‘再現‘というのがこうも優れているかと
逆に嬉しくなってしまいまして。
総括できるような話を考えるためには、いろんなことやいろんな経験を積まなけ
ればならないんですね。精進します。
「――非常の策?」
ローナン・マーセナスはいかにも端整なあごをあげ、じっとエインスタイン
を見つめつつ、やがてつぶやいた。
「どういう策があるのかね」
「いや策はまだ立ちません。いま炎が燃えあがり、より大きく炸裂せんとして
おります。何よりも大切なのは刻をかせぐことです」
「刻?」
ローナンは、反問した。
「時刻の刻、かつて旧世紀に使われていた時刻の単位です。一日は24時間、
いやそれ以上の時間をかせぎ出すことです。演劇でいえば幕をあけてはなりま
せぬ」
「幕」
ローナンはエインスタインのことばをいちいち反芻(はんすう)するだけで
ある。
「幕をあけるなといっても、老木はすでに参謀次官と確約をしたというではな
いか。このローナン・マーセナスが帰還し次第、本審議をひらいて決定すると。
アデナウアーはそのことですら不満であったという。わたしの帰還せぬうちに
創設案決定をなかったこととし、改めて新規の宇宙艦隊再建計画を策定すべき
だと主張したのを老木がやっとわたしの帰還を待ってからということでなだめ
たというではないか」
「評議会議長。議長が、移民問題の評議で多忙ということを理由に、一時休廷
届をお出しになればよろしゅうございます」
「そうか。わかった」
ローナンは頓悟(とんご)した。エインスタインのいう意味をである。
ローナンは、中央議員という肩書きのほかに、移民問題評議会議長という肩
書きをもっている(中略)
現状、多くの議員がこの移民問題評議会に顔を連ねているが、宇宙における
政情不安とアースノイド、スペースノイド側それぞれの代表者の主張のもつれ
もあり、計画通りに進んでいない状況である。
対スペースノイド政策をなによりも先にすすめなければ、政府の根幹ともい
うべき‘予算‘に大きなひずみが出るのは自明の理ともいえた。
(参謀府が予算を握っているのではない。どちらが優先順位といえるか、思い
上がった連中に思い知らせてやらねばならん)
234 :
花神(下)より:2009/09/11(金) 23:43:10 ID:GRj9I2N6
筆者は、カイ・シデンという、わかいころには皮肉が特技であったこの変哲もない
軟弱者を、えんえんと書いてきた。ほどなく、この長い稿も、終りに近づく。いま
あらためてふりかえって、とき読者を退屈させたにちがいないこの物語を書くにい
たったのは、おそらく(ひとごとのようだが)カイのもっているこの種のふしぎな面
に触れたかったからだ、と自分で自分を弁解している。その奇妙さのなかでもっとも
奇妙におもわれるのは、宇宙世紀0087の段階においてジオン人でさえ気づかなか
ったネオジオンの反乱をくっきりと予感していたことであった。
かれはガンダム乗りではなかったから、一年戦争当時のシャアとの接触はまったく
なく、シャアが「エゥーゴ」の軍服を着けてあらわれてからこの人物を知った。
シャアは同時代の人々をすべて魅了した一大思想的人格といっていいが、カイ・シ
デンにかぎってはシャアの電磁力には不導体であった。
(この男はむほん人にちがいない)
235 :
前スレの1:2009/10/11(日) 01:20:47 ID:???
>>234 電磁力って表現、いいですね。
書き込みがなかなか進まぬ・・・
「現状の連邦宇宙軍の戦力ならば、再編の策などを‘早急に‘とらずともよろ
しいと考えます。移民問題が紛糾し、対応に追われている状況でありますので、
一時審議を休廷し‘現状維持‘のまま推移させるのがもっとも得策であると考
慮する次第です」(中略)
決して穏当な理由というべきものではなかった。が、予算編成や各サイド法
案も、単に過去のものを追認しただけの現状で、いたずらに軍事だけを紛糾さ
せるのはいかがなものか。あのアデナウアーも籍をおいている評議会が、いま
までおざなりにされていることこそ、政府の根幹を揺るがす大事といえるはず
ではないのか。
「一時休廷。……」
連邦議会議長は目がくらむような思いがした。この老木と呼ばれている現議
長は若手中央議員の頃からオポチュニズムの権化ともいわれ、のらりくらりが
タテマエでなく本音であると人が本気で錯覚してしまうほどの印象をもち、ま
た直接老木と政治的取引をした黒衣の女傑(ハマーン・カーン〜アクシズ・ネ
オジオン副総帥)から、
「トイレの様式のなかにベンジョというものが過去に存在したというが、あの
男はまるでベンジョの扉のような男だな」と酷評されながらも政治における権
謀術数というものがついに身につかず、思春期前の少女のように誠意のみが世
の中を正しくする唯一の道であると信じていたし、信じているというよりもそ
のように存在している以外の自分を考えたこともない人物だった。
――だから老木は中央議会議長がつとまるのだ。
と、ひとびとがいった。
238 :
通常の名無しさんの3倍:2009/10/25(日) 15:26:50 ID:NXoj+JMu
(──このままでは)
と思い、あげる。
――ローナンは極右派の領袖である。リベラルを標榜してはいるが、実態はま
ったくの別物である。
と、ゴップ連邦軍大将にきかされていた現議長はそのように信じきっていた
が、ダカール遷都案を契機に手をにぎって以後はむしろ恃(たの)むに足る男
だとおもってきた。
(ローナンはなにをするかわからない)
という不安をその人物に感じてきたものの、この場合はそれをおもわなかっ
た。正直にローナンが移民問題を最優先事項とするととり、むしろローナンの
合理性、大局眼というものを思い、むしろそれがために現議長は傍目(はため)
からも気の毒なほどに当惑してしまったのである。
ともあれ、ローナン・マーセナスは数週間という政治的休幕を演出すること
ができた。ローナンがかせぎ出したこの日数が、地球圏の重大な運命を決定し
たといえるであろう。
宇宙軍に所属するパイロットのなかに、ユウ・カジマ連邦軍中佐がいる。
30代になるかれは最初からMSパイロットだったわけではない。かれが軍
人になった頃は、まだ連邦軍はMSという兵器をもっておらず、組織化すらし
ていなかった。かれが最初に搭乗した機体はハービック社製防空小型宇宙戦闘
機「トリアーエズ」である。
この25ミリ機関砲2門しか武装をもたない貧弱戦闘機を開発したハービッ
ク社というのは、地球連邦軍と密接な関連のある航空機メーカー(厳密には高
高度戦闘機の開発・受注が主である)であり、MSが兵器体系の中心となるま
では連邦製兵器の一翼を担(にな)う重要企業であった(中略)
ハービック社製の兵器群は、大艦巨砲主義を奉じていた当時の地球連邦軍に
とっては、虎の子の艦艇を守る傘ともいうべき存在であったが、その傘の納ま
る先は強力な宇宙戦艦ではなく、コロンブス級をはじめとした一部の輸送艦艇
にとどまり、さらにその力の至らなさは一年戦争序盤のルウム戦役で露呈する
こととなる。
だが、「ハービック社製」兵器すべてが一年戦争における戦局にまったく寄
与しなかったかといえば、それは間違いである。宇宙戦用迎撃戦闘機セイバー
フィッシュは、四基のブースターパックを機体上下に装備することで高度の機
動性を確保し、これの大量運用によって連邦軍は公国軍MSと(互角とはいえ
ないまでも)戦う手段を確保した(中略)
かの有名な木馬――ペガサス級強襲揚陸艦「ホワイトベース」――に搭載さ
れていたガンダムの中核部分となっていたコア・ファイターもハービック社製
で、変形機構と同時に内臓されていた教育型コンピュータが思わぬ結果を生ん
だことはまさに奇現象といえるかもしれない。
もっともコア・ファイターの原型たるTINコッドという大気圏内専用小型
戦闘機は宇宙世紀0062に試作機が完成したものの、実用化は大幅に遅れ満
足に活躍できず、さらにこの機体よりも遥かに活躍の場が‘あった‘フライマ
ンタ(単座式戦闘爆撃機)の後継機となったTINコッドUは或るスペースノ
イド寄りの中央議員から「思いやりレプリカ」と揶揄(やゆ)され、本格的な
活躍の場面すら探すのが難しいほどであった。
「モルモット隊に所属していたという記録はすでになかったこととなっている」
ということなのだが、このEXAM(高性能OSともいうべき特殊システム)
絡みの事柄にかかわらず、軍の実験データ収集に関わっていた将校やパイロッ
トは多くの場合生存している例は極めて稀といってよい。ユウ・カジマに直接
関連する人物もこんにちでは数名を数えるだけとなってしまっている(中略)
もっとも第11機械化混成部隊(先に述べたモルモット隊というのは通称で
ある)に所属する前から、エースパイロットとしてルウム戦役へも参加してお
り、その卓絶した技量はMSという兵器に乗り換えても衰えることがなかった。
ユウ・カジマ連邦軍中佐は、一年戦争時60機を上回る戦果をあげたとされ、
その撃墜記録や上記のEXAMをめぐるモルモット隊の激闘、戦争終盤のソロ
モン、ア・バオア・クー要塞攻防でのジム・コマンド搭乗時の記録を合わせる
と100機以上(ただしこれは現在異論が出されている)の戦果を出したとも
いわれるが、EXAMシステムの存在自体が公式から抹消されてしまったため、
かれの名が広く喧伝(けんでん)されることはなかった。
グリプス戦役後、訓練将校となった同僚のサマナ・フュリスの誘いを受け宇
宙軍省に出仕した際、アデナウアーと知り合い、この参謀次官の勧めもあって
ルナツー方面軍に所属し、一MS部隊長としてこんにちに至っている。
かれがこのように現在の立場を得、さらに中佐にまで階級をすすめるきっか
けとなったのは、たまたまアデナウアーがかれのシミュレータ記録を見、実際
にその記録以上の成績を(あくまでもシミュレーション上でのことだが)叩き
出したためであった。
ユウは多弁とは程遠い‘寡黙なエース‘で、
「いつの頃からか、やたら喋り散らかすパイロットが増えてそれに便乗する者
も多くなってしまった。二ムバスの再来はもう御免だ」というおよそ饒舌(じ
ょうぜつ)、過信がつよすぎる者に対し警告を発していた言葉が現在かれの名
台詞として残っているのだが、これは芝居がかかりすぎているであろう。実際
のかれは要点を押さえるのが上手く、一言ですべてを集約できるプロフェッシ
ョナルというべき男であった。かれのみるところ、およそ生意気なエース気取
りの少年兵を優遇し過保護にすることよりも、もっと大事なこと、目の前の課
題をクリアしていくことこそがもっとも肝心であるということなのであろう。
このような現実主義的な部分がアデナウアーをしてかれをこそと思わしめ、先
の稿で述べた‘MS戦のエキスパートとして任せるべき存在‘となってゆくの
である。
ジョン・バウアーがローナンからの書簡を受け取りラサに急遽(きゅうきょ)
もどったということは、コジマやジダン、サンダースたちはよく知っていた。
が、バウアーのラサ帰還をかれらは重視しなかった。どころか、意にも介さ
なかったといってよい。
「あの男に、もはや何ができるか」
と、すでにアデナウアーの‘新部署を創設せず‘という一件が老木の了承す
るところとなっていることに気をよくし、あとは参謀府から立案、策定される
であろう宇宙艦隊再建計画がまとまり、稼動の目処がたつことしか考えていな
かった。
エインスタインの策戦は、
「バウアーとホワイトとを連合させてアデナウアーとその一派の中央議員たち
にあたらせるしかない」
というものであった(中略)
バウアーはダカール行きの際、ストアストに自らの勢力基盤である補給部門
をあずけて行った。ストアストはこの期間、宇宙軍、地球軍両省に影響のある
補給部門統括者となっていた。事実上の長官職であった。
が、バウアーはラサ帰還後も、
「やはり君があずかっておいてくれ」
と、ストアストにあずけっぱなしにして、いっさい補給部門にもゆかず、一
見、フリーランスのような姿をとっていた。
いずれにせよ、策士のエインスタインは、バウアーがいまのようにフリーの
ままぶらりとしていては事がはこばないと思い、かれみずからもバウアーに説
いたが、同時にかれは老木とローナン・マーセナスのもとにゆき、
「ぜひバウアー殿に以前の地位に‘もどって‘くれるよう、お二方から切に説
いてくださいませんか。ご存知のように、宇宙軍省はおろか地球軍省にいたる
まで軍内の影響力をもっているアデナウアー参謀次官に対抗しうるのは多くの
中央議員のなかでも軍の‘生命線‘をにぎっているジョン・バウアー殿しかお
りませぬ」
と、説いた。
現連邦政府議長である老木とローナンはこの事態に弱りきっていた。バウア
ーの力を恃(たの)む以外にないというのは、エインスタインと同感だった。
となれば、ローナンがバウアーを説得できるかどうかにかかっている。
ローナンはこの夜、車を走らせてみずからバウアーの邸宅をたずねたのであ
る。
ローナンは日ごろのかれにしてはめずらしくきちんとネクタイをしめ、全身
黒づくめというべきスーツをまとってバウアーの家の客間に入ると、二人だけ
で話がしたい、ときりだした。
「貴殿には、以前の重鎮の地位に……もどってもらいたい」
というと、現下の情勢の切迫についてローナンは言葉をつくして語り、説き
に説いた。
が、バウアーのほうが頑固だった。
「とても。――」
と、かぶりを振りつづけるのみであった。
バウアーはこの大地にしがみついてもかつての補給部門の長――連邦軍内の
多方面に影響のある重鎮的立場――になぞなるまいと肚(はら)をきめていた。
軍内部にシンパをもち、発言権を堅持したうえで中央議会の本審議決定に参画
した場合、かつての盟友と血みどろの闘争になることがわかっていたし、議論
の方向によっては思わぬ敵が出てくる可能性も考えられた。しかも勝つ見込み
はわずかしかない。たとえ勝っても、あの地球軍と密接な関係のあるコジマに
連なる者たちが天誅を決行して自分を殺し、あくまでも保守理論を貫くだろう
とおもっていた。旧世紀から幾度となく繰り返されている暗殺事件、近い例で
いえばダカールのブレックス・フォーラの二の舞ではないか。
ローナンは、
「ジョン・バウアーという‘大物たるべき‘男がしかるべき地位に就き、しか
るべき事を成さねば政府は潰れるとわたしはおもうのだが、潰してもよいと思
うのか」
と、極端なことをいった。
「軍関係のシンパや、しかるべき地位にふさわしいお人なら、ホワイト殿がお
られましょう」
バウアーは顔色も変えず、かれにとっては第一次ネオジオン抗争以前からあ
まり良好な関係でなく、愉快でもないこの日和見主義的な元軍属出身者を、言
葉をつくして推賞した。ホワイト殿はご存知のごとく多少の小事に心を動かす
ような小さな器のお人ではありませぬ、かの人ほど現在の要人たちのなかで経
験のある人はなく、かの人ほど軍・企業関係以外のシンパをもっている人もな
く、その発言や将来の見通しも正確なお方はほかにおりませぬ、といった。
(確かに軍属などといった‘様々な経験者‘という意味ではホワイトのほうが
上だ。しかしホワイトという男は非常時とあれば火中に飛び込み、身を焦がし
てことに当たるという覚悟や信念が欠けている)
ともローナンはおもっている。ローナン・マーセナスほどホワイトとバウア
ーの相違を明確にとらえていた男もすくなかった。
それにホワイトにはやや危険なところがある。かれは頑固なまでの政府主義
者、それも連邦政府の要人の一人であるという意識を強くもっている男ではな
く、ときに己のみの保身や立場を考慮しすぎて国策決定や冷静な状況把握を怠
るところがあり、この部分がホワイトをつねに動揺させている感じがあった。
そこへゆくとバウアーはホワイトのように連邦正規軍属出身ではない。
元々実業界からのし上がってきた男で、その経営者としての実績と評価をて
こに、政治家となったのである。一企業の経営を通して政治というものがいか
に魔力的なものであるかを知り、その密接な関連があれば多大な恩恵を受ける
ことも、また処し方によっては恩恵にあずかれない部分も多分にあることを知
りぬいた。
「ホワイトはなるほどいい」
と、ローナンはいった。本気では言っていなかった。ホワイトという男は要
職にいながら責任を取ることを嫌がる男で、いざとなれば第一次ネオジオン抗
争での不手際(ダブリンへのコロニー落とし)以上の失態を犯すかもしれない
ということをローナンは気づいていた。
「ともかくも、受けませぬ」
という意味のことを、バウアーは繰り返し述べて、ローナンの勧誘を拒絶し
つづけた。
一方、ローナンはローナンで、顔にあぶらを浮かせ、ときに膝をのりだし、
ときに空のコーヒーカップをつかみ、驚嘆すべき執拗さで説きに説いた。バウ
アーを事実上の補給部門の長にもどすというのは、ただのならび中央議員とい
うことではなかった。バウアーの政治的実力からみても事実上、高官(重鎮格)
の座を占めるということであった。高官、しかも旨みのありすぎる立場になる
ということをこれほどいやがった例は、地球連邦政府の政治史のなかで存在し
ない。
事態は紛糾をかさね、解決の糸口も見出せない。
「どうあっても私は出ませぬ」
と、バウアーは繰り返し補給部門の長にもどることを拒否しているし、しか
もホワイト殿を主軸にして新陣営をつくられよ、と老木とローナンに勧めたが、
ホワイトその人が動かなかった。ホワイトはラサ帰還後、「休養したい」とし、
中央議員としての職務にもどることを辞退しつづけているのである。
エインスタインはホワイトを頻繁(ひんぱん)に訪ねただけでなく、ほとん
ど毎日ホワイト宛てにEメールや書簡を送った。
ホワイトの辞意は固かったが、しかしこの神経質な男は、政治家としては後
輩格にあたるエインスタインが、自分をもってこの連邦政府内でもっとも重要
な人物であるとして水も洩らさぬ配慮をしてくれていることについては満足し
ていた。
(エインスタインはわるい男ではない)
ホワイトはよろこびとともにそう思っている。この人物の性格はむずかしか
った。立ててくれなければむずかるし、立てられて責任ある地位に推戴(すい
たい)されても不快がるのである。
ホワイトは満足であった。
かれの日記の項にも、
「エインスタインより近況を報(しら)せてきた。巨細(こさい)となくこと
ごとく了承した。エインスタインのメールの内容によれば、移民評議会議長も
しばしばエインスタインを訪ねているらしい」
という意味のくだりがある。いかにも満足感のあふれた文章である。それに
評議会議長――ローナンを指す――がエインスタインのもとにせっせと足を運
んでいるという事実はホワイトの政治感覚をよろこばせた。ホワイトは連邦政
府の本拠が南米のジャブローに置かれているころ、各連邦軍将官・提督たちと
懇意だった現連邦政府議長(老木)とはきわめて仲がよかったが、そのジャブ
ローの機能移転計画を推進していた現移民問題評議会議長(ローナン・マーセ
ナス)はその老木の勢力とはまたちがう一派で、バウアーとはそのころから仲
がいい。そのバウアー寄りの評議会議長が、ホワイトを先輩格として立ててい
るエインスタインのもとに足を運んでいるというのは、評議会議長がバウアー
にてこずっている証拠であり、同時にその救援を元正規軍属出身者に求めてき
ているという証拠でもあった。
ローナンがようやく自信を得たのは、政治的休幕を演出した日から一週間ほ
ど経った頃である。
(ホワイトもバウアーも軟化した。政府中央議会に立つ気になったらしい)
という安堵が、ローナンを勢いづけた。バウアーもホワイトもたがいに相手
の名をあげ「彼が出れば自分も出る」と言い出すところまで態度をやわらげて
くれたのである。
――なかなか本審議がひらかれませぬな。
という意味のことをテリー・サンダースjr(連邦軍少尉)はアデナウアー
に言い、その心境を打診してみたのである。
――なにか裏で行われている、なにかが進行しているのではないでしょうか。
と、サンダースがさらにきくと、アデナウアーはいかにも官僚然とした態度
で、そういうことはない、あってよいものでもない、新部署を創設せずという
一件についてはすでに認可されているのだ、と言い、話題を断ち切ってしまっ
たのである。
この時期、エインスタインは昼夜となく駆けまわっている。
創設と反創設についてローナン・マーセナスに世界観をあたえ、事態に立ち
むかうための方針と方法をあたえ、さらには覚悟まで固めさせた。また政府中
央議会に出ることを頑(がん)として厭(いと)いつづける姿勢をとるジョン・
バウアーにその姿勢をくずさせ、さらにバウアーぎらいのホワイトをなだめ、
バウアーと手を組んでこの難にあたらせるようにした。
サンダースら反創設案派は、早朝、もしくは暮夜、車の音を鳴らしてかけま
わるこのエインスタインに目をつけるべきであった。しかしサンダースを中心
としたコジマ近辺の正規軍将校たちはたとえエインスタインのうごきに目をつ
けたとしても重視しなかったかもしれない。
そのエインスタインは、
(なんといっても現議長を動かさねば)
と、おもっている。
老木という、この現連邦政府議長という‘要職‘である立場上、許認可を左
右するこの人物を反アデナウアーに踏みきらせる必要があった。
もっとも、老木は踏みきる覚悟はついているし、それについてローナンとの
あいだに十分な意思疎通もあった。
しかし現実の老木の脚には重いチェーンがついていて、身動きがとれなかっ
た。なんといっても老木はこれよりさきアデナウアーに押しきられて「新部署
は創設せず」として新規の宇宙艦隊再建策を計画・推進する一件をとりまとめ、
それを認可というかたちで処理してしまっているのである。ただ「本審議にお
ける確定においてはローナン議員が参画し了承を得てから」という条件をつけ
ておいたのが辛うじての幸いだが、しかしその救いは老木の政治的責任まで軽
減するものにはならない。
やがて廊下に、人影があらわれた。足音が規則正しくつづき、老木は付添の
従者なしで部屋に入った(中略)
老木は、頭をさげた。どうみても、許認可権限をにぎる要人とはおもえない。
目のはやいエインスタインは、老木の両眼のふちにできているくまどりがさ
らに暗くなっていることに気づいた。ひどくやつれて見えた。
(今夜は、現議長の気を励ましてから意見を言わねばなるまい)
とエインスタインはおもい、かつてグリプス戦役終盤から第一次ネオジオン
抗争にかけてのころ、黒衣の女傑(ハマーン・カーン)が無類の政治的才子と
ニュータイプ能力を発揮して連邦勢力を圧倒したとき、たれもがこの女傑を怖
れ、ホワイトでさえ「いっそのこと要求を呑んだらどうだ」といった。
そういう時期に、表向きでは黒衣の女傑と協調路線をとっていた老木が意外
にも、
――アステロイド・ベルトの小娘に、なにほどのことができるか。あやつをひ
っぺがえし、骨抜きにしてくれる。
と言ったことがある。エインスタインはそのときの老木のてこでも動かない
気力をまた聞きで聞いていたので、その話をもちだした。
「政府議長の‘真実のお姿‘をみて、我らだけでなく多くの政府要人、正規軍
の者たちも大いに心を安んじたと存じます」
というと、それまで力の失せたような老木の両眼が、すこしばかり光を回復
した。
こんどは、アデナウアーが相手である。
あのときの黒衣の女傑はまだ公国軍系の影響力、軍事力を背景にし、自身の
強力なツールとしてのニュータイプ能力と鋭利な交渉力を持っていたが、エイ
ンスタインのみるところ、アデナウアーもまた(現下の情勢が多少ちがうにせ
よ)宇宙軍および地球軍といった正規軍勢力を背景にしているが、しかしあの
女傑ほどの才覚の回転力がないようにおもえる。ただ黒衣の女傑よりアデナウ
アーがまさっているのはその革新官僚としての答弁力と時勢をみる迎合力とい
う点であったが、あの当時の黒衣の女傑にはそれをはるかに上回るアクシズ・
ネオジオン副総帥(実質上の最高指導者)という、ザビ家一統に関連のあるひ
とびとや旧公国軍系列の者たちにとっては重大な影響をもたざるをえないかつ
ての栄光をせおっていた。
――議長は、女傑、いやあの小娘ですら怖れなかったお方ではありませんか。
一介の宇宙軍次官程度ごときが何でありましょう。
という意味のことをエインスタインがいったとき、エインスタインが予想し
たように老木の両眼に力がみなぎった。
ただ表情だけは、口をすぼめて、
「フフ……」
と笑ったきりである。
この夜、エインスタインが入れた智恵は、現連邦政府議長を蘇生させた。
老木は翌日、まだ暗いうちに起きると、バスルームに入りぬるま湯で身体を
清めた。
ローナン・マーセナスへEメールを送った(中略)
「ビンソン計画の発起より、宇宙軍再建、再編の序章が始まったと小生は考慮
する次第」
から、この長いEメールははじまる。一年戦争序盤の大惨禍を受け、当時の
地球連邦軍の宇宙艦隊再建計画――これが宇宙世紀始まって以来の本格的な大
再建計画であった――を最初の整備プロジェクトとして是認し、ヨハン・イブ
ラヒム・レビルが強力に推進したV作戦に触れていないところが、いかにも老
木らしい。
この本格的な宇宙艦隊大再建計画(ビンソン計画)というのは、一年戦争序
盤で失われた主力宇宙艦隊を短期間で再建しようという一大プロジェクトで、当
時レビルの信任を受けていた連邦軍中将マクファティ・ティアンムの提言によ
って推進され、結果的に一年戦争の勝利に貢献した(中略)
それがいまは戦時下でもなく、ティターンズのごとき‘軍閥‘の存在もすで
に過去のものとなっている今、現在の情勢に最も適合している‘一大プロジェ
クト‘をこそ推進するべきである、というのである。一年戦争時でこそ有効で
あった宇宙艦隊再建計画。アデナウアーはまさしくビンソン計画を過去と同じ
ようにやろうとしているのである。
ところがビンソン計画で再建された宇宙艦隊の稼動や、その進捗(しんちょ
く)状況は、他に利用された特別部隊の‘活躍‘もあったとはいえ、極めて計
画どおりに運用された。ふりかえっておもうと、
「大展開政策というが、揉み潰すべき大敵もいない大海原で大規模な艦隊が展
開しても、いたずらに経費がかさむのみで何の益もない。ましてや、いまだに
参謀府で作成中という新規計画の腹案も提出されていない」
という意味のことを老木はEメールに書く(中略)
すでにルナツーで定期的に行われているという演習や予算請求の意見書など
は、戦時にこそ有効であれ、いまは戦時下ではなく、平時に属するときである。
今こそ採られるべき真の策とは、いたずらにコストをかけず、かつての戦役で
功をあげたであろう多数の将校たちを‘再利用‘し、不安定となっている地球
圏の現状を静謐にもどすことではないのか。
それとも腹案を出さない肚(はら)は、自らをもって第二のジャミトフと任
ずる魂胆か。
あるいは、
「わが地球圏の静謐なることを目的とせず、一時の乱れを再燃させ、叛乱の誘
発を願っているのか」
と、老木は書く。第一次ネオジオン抗争は終結したとはいえ、宇宙のあちこ
ちで小規模ながらテロが横行し、反政府気分がウォーター・アイランドをはじ
めとする小コロニーでみちはじめている。その地球圏の政情不安を、むしろ旧
態依然とした軍拡で煽り、そのことによって生じた紛争で自らの地歩を固めよ
うとする魂胆か、と老木は書くのである。老木はこのことを、新興部隊案が審
議にのぼったとき、アデナウアーの目の前で堂々と問いただすべきであった。
「以上のことは、アデナウアー参謀次官より文書のかたちで意見を提出させる
べきである」
と、強い調子で述べるあたり、老木は日ごろのオポチュニズムの権化とは別
人のようであった。
ローナンは午前中にとどいたEメールを奥の部屋でひらいた。
読みすすむにつれて表情があかるくなり、鼓動の鳴るのをおぼえた。
(議長、でかした)
と、おもわざるをえない。老木は、アデナウアーによってその脚に取りつけ
られた重いチェーンを、どうやら断ち切る工夫を思いついたらしいのである。
(エインスタインが、議長にうまく取りついたな)
とおもった。老木の智恵ではないだろう。エインスタインが老木の背後にま
わってその手足を動かしはじめたようである。
老木は、ローナン宛のEメールにおいて、
「新規案は」
と、書く。参謀府から立案されるであろう新宇宙艦隊再建策のことである。
もっと具体的にいえばアデナウアー自身をさしていた。アデナウアー・パラヤ
参謀次官は宇宙軍省のみならず地球軍省その他多くの部署から公認された新規
案策定の総責任者として予算、ひいては連邦軍内の一翼を掌握する。しかしな
がらアデナウアーの新規案の内容は腹案すら出されていないほどまとまりを欠
く状態で、
「新規案は緊縮を目的とするものか。または緊縮ではなく積極展開を目的とす
るものか。或いはまた、宇宙の不穏分子どもを燻(いぶ)りだす紛争を誘発す
る手段として用いることを意図しているのか」
と、老木はそこを衝いている。内実はエインスタインの智恵であるにせよ、
アデナウアーの新宇宙艦隊再建策における政策案としての弱点をこれほどする
どく指摘したものはない。
ただ滑稽なことは、老木は政府中央議会の議長としてすでにアデナウアーの
案をぜんぶ呑んで認可してしまっている。あとになって急に居丈高になり、そ
れも当時ラサから離れていたローナンをつかまえて掻きくどいていることであ
り、愚直なまでの正直者といわれながらもこの現連邦政府議長には若い頃から
の悪しき‘オポチュニスト‘としての側面がいまだ強くでているのである。
さらに老木はいう。
――ひるがえって、現情勢下の地球圏において紛争が実際に大がかりになった
場合についての利害はどうか。
ジオニズムを奉じる者たちを一網打尽にできる、ダイクンの思想を破砕し、
さらなる管理運営強化が期待できるという意見もあるが、他に、被害ばかりで
汚染がすすみ、多くの資源(ここでは財政面だけでなく人的資源も含まれる)
を無駄に費消するだけだ、という意見もある、と老木はいう。さらに、
「双方を照らして、論議を尽くすことがなによりも肝心である。いまの状況は
すでに確定されている事項にあらず、と考慮するものである」
と、堂々の文章である。もし老木が、政府中央議会の議長として、第一回の
新興部隊案・審議のときにこれを開陳してアデナウアーの要請を蹴っていれば
事態はこうも紛糾しなかったにちがいない。
Eメールにおける老木の態度は、いじめられっ子に似ていた。強いローナン
にもたれかかろうとし、さらにそのローナンの背後にひかえているジョン・バ
ウアーに甘えようとしていた。
老木はいう。
「以上の議論は、くわしく論議するべきである。これほど大きな議題であると
いうのに、いまのようなあいまいな決定の仕方ではよくない。本審議への参画
メンバーは大いに議論を重ね、決議の上は一同がサインをなし、しかるのちに
安保会議(連邦安全保障会議を指す)にて決を得、さらには事は軍事上の重要
案件であるゆえ最高幕僚会議の決済も頂戴して不抜の政策とすべきである」
さらに、
「新規案では第二のティターンズにつながることのない、打開の可能性のある
案という話だが、それがただ単に過去の模倣にすぎないというようでは、これ
は政治家一個の政略で、連邦政府の政略ではない」
ローナンは奥の部屋で三たび内容を確認し、三度目に読みおわったとき小さ
くひざをたたき、
「これで陣容は整った」
と、あるいは一年戦争におけるオデッサ作戦の前にレビルが胸中ひそかに持
ったかもしれない勝利の予感を感じた。
「バウアーを重鎮格に」
という案以外に、創設案派がアデナウアーと対抗しうる方法はない。エイン
スタインはこのために奔走し、老木もローナンもホワイトもそれを切望した。
バウアーはダカール行きの前には連邦軍補給部門の長の地位にいた。もっと
も第一次ネオジオン抗争以前から事実上の長官職というべき影響力を行使して
いた部門でもあり、連邦軍全体の大動脈というべき要を押さえていることは、
あらゆる場面でかれに有利に働いた。その後、補給部門をストアストにあずけ
てダカールへ赴いた。ラサ帰還後もあずけっぱなしで、省庁にも出ていない。
「自分は決してもとの地位にはもどりません」
と、こんどのことでエインスタインが奔走しはじめた当初も、かれは動かな
かった。
しかし結局はバウアーは決断した。
(本審議に出よう)
と、決めた。ここ数日にかけてのことで、頭脳がエインスタインのように高
速で回転しないバウアーは、この足掛け3日間ゆるゆるとあらゆることを考え、
ほとんど夜もねむっていない。
バウアーにとって、次に考えられる方法はかれが抱く恐怖感情と無縁ではな
い。
――オポチュニストはおそろしい。
という、毒牙を眺めるような恐怖がある。オポチュニストには、一般的な政
治家(もっとも政治屋と揶揄される連中も多分にこれに該当するが)仲間で通
用している節義というものが通用しない(中略)
油断ならぬことは、あの現連邦政府議長――通称・老木――がすでにアデナ
ウアーを平然と裏切っている一事をみてもわかる。
もし、である。
ジョン・バウアーが、エインスタインの筋書きのとおりに老木・ローナンの
要請に乗っても、いざとなってアデナウアーのほうが強ければ老木・ローナン
はなだれを打って参謀次官方に付き、バウアーを置き捨てるかもしれない。
(老木・ローナンは、いざ本審議ともなればアデナウアーの威に圧せられて意
見を変えるかもしれない)
と、バウアーはおもっていた。とくに老木が、たったいま変貌した男だけに、
バウアーには不安であった。
そこでバウアーは証書をとろうと考えた。
「自分は補給部門長として、政府中央議会・本審議に出る。についてはお二方
とも、ご意見はどうあっても変わらないという一文を書いて、自分のもとに送
ってもらいたい」
と、バウアーは要求しようとおもった。
この3人会議の席上、バウアーは要求した。
この要求に対し、老木もローナン・マーセナスも、べつに顔を赤らめること
なく、「もっともなことだ」といって承知した。
3人会議が終わったあと、老木は自邸で草稿を書き、ローナンのもとに送っ
て添削を請うた。それらの往来があったのち、二人で同文のものをジョン・バ
ウアーに対して送りとどけた。
バウアーはそこまで入念に準備をした。
政治は平衡感覚であるということをエインスタインほど知っていた男はない。
かげの周旋役であるかれは、
(バウアー殿だけが重鎮格として高官の地位につかれるというのは、いかにも
細工めかしてよくない)
と思い、この同じような高官職にランク・キプロードンをくわえることにし
た。
ランクならば、かれ自身はスペースノイドとはいえ、たれも異存はない。
サイド6の首班(事実上の宰相といっていい)格として、ときの連邦政府お
よびジオン公国と外交面で渡り合い、安全保障条約の締結やキシリアを仲介と
した戦時中立を公国側に認めさせるなど、卓抜した政治手腕をもっているこの
男は現在連邦安全保障会議にも名を連ねている中央議員であり、さきごろは各
サイドの中でもサイド2と並んで不穏の動きが多くみられるサイド1に赴いて
各政庁間を調整し、政府がすすめる引き締め策を強力に推し進めた。その経歴
と現在の職位上、本審議に参画できるメンバーの一員になる資格を充分に有し
ており、さらにアデナウアーはこのサイド6に‘核の傘‘のもとでの平和を実
現したこのランク・キプロードンを畏敬していて、
「最高のリスクマネージャー」
と、よんでいる。
ランクはこの宇宙世紀の混沌期でもっともすぐれた政治家であり、アデナウ
アーはランクのその政務能力と‘政府要人らしさ‘に敬服していた。
(アデナウアーもよろこぶだろう)
という計算がエインスタインにあっただけでなく、ランク・キプロードンは
アデナウアーよりも早くから反創設案派(正確には‘第二のティターンズのご
とき‘組織をつくりだすことに大きな危惧を抱いていた)であった。かれは多
くのスペースノイド(アースノイドのなかにも多分にそういう存在はいるが)
がもっている反体制の気分や極端な急進主義者ではなかったが‘持てる側‘に
よる軍事的な解決や決着という手段をことさらに嫌う人物で、宇宙における現
状の小康状態に過敏に反応し、いたずらに事を過熱させて‘利を吸い上げる‘
どころか逆に負担を増大させる結果になってしまっては、政府の存続すらもあ
やうくなるという考えであった。このためにアデナウアーの「新部署は創設せ
ず。現状において推し進めるべきは新規案である」ということについては双手
(もろて)をあげて賛成していたのである。
要するに、ランクは反創設案派である。
ランクを本審議に参画させることはむしろ反創設案派の陣容を強化するに似
ているが、
(ランク程度ならば大したことはない)
という政治的計算がエインスタインにある。ランク・キプロードンは政府中
央議員となって以来、連邦側‘正義‘というのを自らの本義とし、政府に直接
関わる者としての公明正大さと透明性をもって政治的表現法としている。現在
のランクの政治力というのはそれのみで、サイド6時代のいわゆる寝わざを用
いたり、根まわしをしたり、徒党を組むといった行動はいやしくも政府中央議
会に立つ中央議員のなすべきことではないと思っている。エインスタインの、
――ランクは大したことはない。
というのは、そういうことであった。
一方、バウアーは、ランク・キプロードンの昇格をエインスタインからきい
てむしろよろこんだ。バウアーにとってもランクは畏友(いゆう)で、ランク
への尊敬心の深さはアデナウアーにおとらない。
さらにこの件については、老木からアデナウアーに対し内意をうかがうEメ
ールがとどけられている。
「何の異存もございません」
と、アデナウアーはややそっけない返信をかえしている。
アデナウアーにとってはランクが本審議の参画メンバーになろうがなるまい
が、どっちでもよかった。すでに確定している自分の新規案の具現化とそれに
関わる予算承認のみが、かれの関心事であった。
ところが老木は、
――いっそエインスタインも本審議に参画できるようにしてはどうか。
と、思い立ったのである(中略)
老木にすれば、肝心の本審議が心配であった。老木は現状の創設案派の内情
に暗く、バウアーの凄みをよく知らなかった。バウアーが単独でアデナウアー
ら反創設案派の高官たちをむこうにまわしてそれをしりぞけることができるか、
となると、きわめて不安であった。それよりもエインスタインを頼りにした。
エインスタインがアデナウアーを制すべく数々の対策をした手腕のみごとさを、
老木はまざまざと知った。エインスタインがメンバーの一員となって本審議の
席に出ればアデナウアーの封じこめなどは苦もなくやってくれるだろうと老木
はおもったのである。
これについては、ローナンも賛成した。
しかしバウアーは賛成しなかった(中略)
戦略的にいっても、エインスタインをメンバーの一員に正式に加えることは
敵をして警戒せしめるのみで、奇襲をかけるときにわざわざ音をたてて敵に有
力な情報を送ってやるようなものだった。バウアーは戦う以上、雑音を欲しな
かった。エインスタインの参画は雑音にすぎない。バウアーはすでに死を決し
ており、本審議において単独で戦い、しかも単独で勝つという工夫も重ねてい
た。