日本は世界で貧しい国だったの?第二弾

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1世界@名無史さん

世界史上の日本の豊かさについて語るスレです。

前スレ1の文
日本は世界で貧しかったのでしょうか?
義満が頑張れどせいぜい金閣。
御所なんて故宮なんかと比べものにならない。
また、日本建築の簡素さは貧しさゆえなのか、
簡素を旨とする精神ゆえなのか。
みなさんどうおもわれます?

前スレ
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1045119262/l50
2世界@名無史さん:03/05/12 21:08
1は在日です。
1はザバニーズです。
1はサヨクです。
1は売国奴です。
31書いた人:03/05/12 21:09
豊かだったことはほぼ1弾ででてきたので、
「豊かさ」全般について語るのかな・・・?
4世界@名無史さん:03/05/12 21:16
日本は世界で辺境だったの?
5 ◆Ii2AkK6d/I :03/05/12 21:20
一茶
6世界@名無史さん:03/05/12 21:29
>>4
正倉院の文物を見ると、中国や朝鮮半島だけでなく、
ステップ・ルート、南海ルートを通ってきたものも多く含まれている。
7世界@名無史さん:03/05/12 21:48
>>4
東側からの文明の発信地。
シナや半島は単なる通過点。
8世界@名無史さん:03/05/12 22:15
文明のフキダマリ
9世界@名無史さん:03/05/12 22:38
豊かだったのに、ありがちなごてごて成金趣味にはしらなかったのはなんでなん?
あっても「例外」とされるていどの数だし。
武士政権以前だってそんなにごてごてじゃないし。(これも例外は有るでしょう)

ごてごて派手派手にならなくってよかった
10山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/05/12 22:48
>9
興福寺の八部衆(阿修羅など)の像の彩色復元図を見るとかなり派手な
ものになっています。日本列島に住んでいたから「地味」なものを好む
ようになったというより歴史的なものに原因があったと考えるべきでし
ょう。全面的には信用出来ませんが「県民性」も風土よりは歴史により
形成された面が強いそうです。
『小右記』には火事で破損した内侍所の神鏡を修復しようとしたところ
天照の化身の蛇が現れたので「やはり俗世の銅を足して修復すべきでは
ない」としてそのままにされています。
また『古今著聞集』には古い額の字を書き直したらすぐに字が消えた上
に書き直した僧が頓死した話があり『沙石集』には古い仏像に金を貼り
直したら霊験が失せてしまったという話があります。
これらは中世前期に常識化していた尚古思想によるものでしょう。
つまり「素晴らしき過去」に成立したものに手を加えるべきでは無いと
いうこと。古いものを特別視する考えが九十九神にも通じたのでは。
派手なものが全く無かったわけではありませんが、侘び・寂びが好まれ
るようになったのはこの為でしょう。
11山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/05/12 22:55
確か 侘び・・・朽ちてゆく姿 寂び・・・朽ちきった姿。枯淡の風。 だったはず。
12世界@名無史さん:03/05/12 23:06
経済的な豊かさでいえば、数十年ぽっきりの話だ。
長い歴史でみれば、ちっぽけなモノ。
地球の歴史を1日に換算すれば、日本が豊かな時代なんて
0.0000000000000000000000000000000000000001秒くらいだろ?
13世界@名無史さん:03/05/12 23:09
派手好き=と金
そうではない=最初から色々持っている

で、いいんじゃない?
14世界@名無史さん:03/05/13 00:01
中国は世界で貧しい国だったの?
朝鮮は世界で貧しい国だったの?
ベトナムは世界で貧しい国だったの?
タイは世界で貧しい国だったの?
15世界@名無史さん:03/05/13 00:20
>12
はずれ(w
ちゃんと電卓を叩きなさい。
16世界@名無史さん:03/05/13 00:21
>14
タイやベトナムあたりは王朝が激しく入れ代わり領土も激しく移り変わっているからそういう
ことはいうだけ無駄では。
17世界@名無史さん:03/05/13 00:22
長い歴史、山もあれば谷もある。
そういったものを経て現在に至る。

ただし、朝鮮は「貧しい国」「豊かな国」以前に「国」であったという事実さえ存在しない。
いくらなんでも並べて比較するなんて他の国に失礼だよ。> 14
(とりあえず、朝鮮と韓国は別扱いにしておくかね。)
18世界@名無史さん:03/05/13 00:25
>>17
高句麗とかは国じゃないとおっしゃる?
19世界@名無史さん:03/05/13 01:29
>>18
あんなもんトライブ社会にすぎん。
日本は文明国家だけどね、
20世界@名無史さん:03/05/13 01:30
>>18
属国の歴史しかないじゃん。
日本は世界の大国だと聖徳太子が宣言したのとは比較にもなりません。
21世界@名無史さん:03/05/13 03:59
>>20
あれが独立宣言だったんだなぁ。
22世界@名無史さん:03/05/13 09:35
チョンが何かほざいているな。
23世界@名無史さん:03/05/13 14:23
>>12
俺の人生においては全ての時間に相当するけどね
24世界@名無史さん:03/05/13 15:08
>19-20
典型的煽りしかしないのならいなくなってほしいなあ。
スレ趣旨と違うレスだし。
25世界@名無史さん:03/05/13 18:46
「日出ずる処の天子、云々」は、やはりカッコええな。
捏造好き半島人が百済の王子に無理にしたがるのもわかる。

過去、匈奴とかの強力な軍事力を持った騎馬民族以外で、中国に対して対等な物言いをした者に対する憧憬の念が湧き出て止まぬのであろう。
明清のせいで五百年間白服(=喪服)を着続けなければならなかった半島人ならではの心情は察して余りある。

しかし、近い時期に「金春秋」という英雄もいたのだから、無理に聖徳太子まで半島人にしなくても良いのだよw
26世界@名無史さん:03/05/13 20:48
>>12
0.00086秒くらいでつ。
27世界@名無史さん:03/05/13 21:19
28世界@名無史さん:03/05/13 21:23
>>27
そんなに日本がいやなら出て行けば?
29世界@名無史さん:03/05/13 21:29
>>28の脳内

「他国を褒める=日本が嫌い」
       ↓
   日本から出ていけ!
30世界@名無史さん:03/05/13 23:21
王朝の入れ代わりが激しい場所では
すぐに現金として使える貴金属や宝石が好まれた
逃げる時に便利だからだ

とかじゃねーの?

つまり
地味な宝物ってのは国の安定性の裏返し
となるんじゃないかな?

実際、日本でも政情が不安定な時期の物はキンキラキンだし
31世界@名無史さん:03/05/13 23:26
奈良の大仏や鎌倉の大仏は、作られた当初は金箔が貼られていたわけだが。
32世界@名無史さん:03/05/13 23:32
そういえばそういった金箔ってどこいったのかな?
剥がれ落ちた?それとも盗まれた?修復しないのも
変といえば変だよね。
もし、仮に大仏を作られた当時の姿に戻すために金箔
はりなおしましょうとかいったらお前ら
賛成/反対どっちですか
33お前らA:03/05/13 23:43
奈良や鎌倉にどれだけ観光客を呼び込めるか?による。
費用対効果で儲かりそうなら、張って良し!てな感じで。
34世界@名無史さん:03/05/13 23:50
>>33
タイやミャンマーの寺院でやっている「金箔1枚いくらで貼ってあなたも功徳を・・」の手があるね
35山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/05/13 23:51
>32
理由は10に書いた通りです。金箔は剥落したもの。ただ経典の精神にのっ
とって「善意による修復の為であれば手を加えてもよい」という解釈もあり
ました。結局は人によったようです。
36世界@名無史さん:03/05/14 02:25
>30
東南アジアの寺院はそういう話じゃないようですよ。
あの表面の金ピカを保つことがあちらでは美徳で、また金箔を張り重ねることは功徳を
積み重ねることに相当するという文化がありますので。
王朝が変わっても寺院は変わらなかった例もあるようですし。
37世界@名無史さん:03/05/14 02:54
>>33
費用対効果比を考えるなら
必要な費用と、それでどれだけの功徳になるかの比だろう。
観光客なんか関係ない。
大仏は観光施設ではない。
38世界@名無史さん:03/05/14 03:41
日本の文化は「わびさび」って言葉が全てをあらわしてると思うんだが
39世界@名無史さん:03/05/14 03:56
>>38
それが日本文化の全てではない。
日本にも極彩色のキンキラキンの美はある。
日光東照宮や金箔貼の大坂城などがる。
平城京や平安京の主な建築も建設当初には極彩色の丹青で飾られていた。

40世界@名無史さん:03/05/14 07:53
  青丹よし
  奈良の都は
  咲く花の
  薫ふがごとく
  今盛りなり

ってやつだな
41世界@名無史さん:03/05/14 08:02
「わびさび」「簡素の美」の部分だけを日本文化として評価し、
極彩色の美を無視するブルーノ・タウト的な価値観は
近代になってからのものではないか?

42世界@名無史さん:03/05/14 11:42
>>41
「韓国人は白を好む」という説も、近代になってからつくられた神話らしいね。
43世界@名無史さん:03/05/14 16:48
【調査】日本の競争力、先進7カ国で最低クラスに…タイにも抜かれ、中国も間近
http://news2.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1052890331/

日本は貧しくなりつつあるな。
ウヨが反発するだろうが、奴らのオナニーにつきあっていられる情勢
じゃないね。
44世界@名無史さん:03/05/14 17:28
>43
「国際競争力」ってどういうことか全然わかってないだろ。
45世界@名無史さん:03/05/14 17:56
>>44
左右でしかモノを図れないやつなんだから、そっとしておいてやれ。
46世界@名無史さん:03/05/14 20:28
>>44
説明してみてよ。
厨房君。
47世界@名無史さん:03/05/14 20:32
★日本の競争力、先進7カ国で低位

・スイス・ローザンヌに本拠を置く国際ビジネス教育・研究機関のIMDは13日、世界の主要
 59カ国・地域の2003年競争力ランキングを発表、景気停滞が続く日本は「人口2000万超の
 国・地域」部門で11位と低迷、先進7カ国(G7)の中ではイタリア(17位)の次に低かった。
 同部門のトップは米国で、2位以下はオーストラリア、カナダ、マレーシア、ドイツと続いた。
 アジア勢の中では台湾(6位)とタイ(10位)がトップテンに名を連ねた。(一部略)
 http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20030514AT3K1400914052003.html

★日本の競争力タイに抜かれる・IMD調査
・「2003年版世界競争力年鑑」で、日本はランキング11位となり、国際競争力の
 低迷ぶりが浮き彫りになった。アジアで躍進したタイに抜かれ、主要7カ国(G7)の中で
 日本より下位にいるのはイタリアだけだった。 中国もすぐ背後に迫っている。

 IMDは「経済状況」「政府の効率性」「ビジネスの効率性」「インフラ整備」の4分野、
 321項目にわたり競争力を分析、日本は「インフラ」で5位と上位に入ったが、「経済状況」は
 14位だった。カギとなる「ビジネス」は21位、「政府」が17位だった。 (一部略)
 http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20030514AT2M1400114052003.html
48世界@名無史さん:03/05/14 20:41
ttp://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&q=%8D%91%8D%DB%8B%A3%91%88%97%CD%82%C6%82%CD%81H
ttp://www.nhk.or.jp/business21/bangumi/0206/6_22/2.html

ググれや、ヴォケが

国際競争力って高過ぎると経済力の無さを示してしまうもんだな
49世界@名無史さん:03/05/14 20:48
>>48
やはり、国の豊かさが先にあると思うんですね。そういった意味では、国民総生産(GDP)が日本は世界で2位ですよね。国民一人あたりのでもやはり2位なんですね。
それだけじゃないですよ。主要国のなかで一番平均賃金が高いんです。物価も高いといわれればそうなんですが、最近デフレですから改善傾向にある。貯蓄も、先程のビデオにありましたように沢山している。
平均寿命も世界一ですよね。更に、主要都市での犯罪発生率はダントツで低い。

今の日本 全然これに当てはまっていないだろ。
オナニーやめて現実みつめろ。
50世界@名無史さん:03/05/14 20:52
>>49
そうだな
都市部が危険になってるのは確か
でもそれって外国人が原因なんだよな
国籍持ってない人には一度国外に退去願いたいもんだ

で、他は何が当てはまってないんだ?
51世界@名無史さん:03/05/14 22:05
でもそれって外国人が原因なんだよな

全部外国人のせいにする馬鹿。
52世界@名無史さん:03/05/14 22:09
○終身雇用の崩壊、デフレ経済の進行、賃金の抑制、不況に伴う犯罪
の増加、モラルハザート
全部つながっているのだが。


53世界@名無史さん:03/05/14 22:12
国際競争力なんて概念は無いんだが。詳しくは経済板へどうぞ。
5450:03/05/14 23:03
ぶっちゃけ言うと
新宿とかでハバ利かせてる三国人どもがウゼェって言いたいだけなんだがな
55世界@名無史さん:03/05/15 00:03
まぁ、統計上の数字はどうであれ、漏れたちが満足できる世の中であってほすい。

こういう言い方すると、「全員の満足なんか同時に叶えられっか」とかほざく
厨房出現の悪寒。
56世界@名無史さん:03/05/15 00:05
タイの場合は極端に安い人件費と食糧が材料になっていると思う。
だいたい総人口の60%が農民のくせになぜ日本より上なんだ
57山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/05/15 00:05
それよりなんで現代日本や右翼左翼の話になっているのかが気になるのですが。
58世界@名無史さん:03/05/15 00:15
大仏の金箔?それについては前スレに聖武の悪口が書いてあった気が。
実際、嫌だけどね。強制重労働の果てに水銀中毒で死ぬなんて。
ピラミッド作る方が圧倒的にマシだ。
59世界@名無史さん:03/05/15 00:24
そういえばピラミッドは作った後に職人を口封じで
殺すとかはなかったのかな?
藤子FのTPぼんっていう漫画でそういう描写が
あったので気になった。関係ないレスですまん。
60世界@名無史さん:03/05/15 04:38
>53
> 国際競争力なんて概念は無いんだが。詳しくは経済板へどうぞ。

少し違う。
「国家の国際競争力」というのは経済学的に言えばたしかにない。
企業にはあるが、当然>43とかで言われているのとは話が違う。
>43みたいなのは結構恣意的なものなんだよね。
しかしこういう「国際競争力」ってなキーワードに国家指導層まで踊らされ
まくっているのが今の世界(30年以上前からかな〜)
61世界@名無史さん:03/05/15 05:28
「国際競争力」という概念は存在しないが、
「国際競争力」という言葉を商売道具にしている人達は存在する。

と、いう事か?
62世界@名無史さん:03/05/15 05:53
経済学の仮定だと戦争がないからなあ。歴史の立場において国家の競争力と
いうと、要するに軍事力に帰結するんだと思う。軍事力においては、
強い国家と弱い国家というのは厳然として存在する。
経済学の立場だと、戦争は通常仮定されないから、為替レートやら何やらで
調整されてしまい、国家の国際競争力というのは存在しなくなる。
そういえばクルーグマンがポール・ケネディを批判してたっけ。
経済学を謝って歴史学に適用しているって。
63世界@名無史さん:03/05/15 06:11
>61
ひどくぶっちゃけるとそんな感じ。
経済板いって簡単な入門書を1、2紹介してもらうとよくわかると思う。
64世界@名無史さん:03/05/15 22:38
>>43みたいなアホはこういう記事は紹介しないのでつね(w
【経済】経常黒字4年ぶり拡大、輸出入も過去最高
http://news2.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1052879623/l50

国際競争力が低下したからといって貧しくなるわけでもなく、貿易黒字が伸びても不況が
解消されるわけでもなく。
経済って難しいでつね(w
65t-akiyama:03/05/17 15:58
携帯ゲーム機"プレイステーションポータブル(PSP)

 このPSPは、新規格UMD(ユニバーサルメディアディスク)というディスクを利用しており、そのサイズは直径6cmととても小さい(CDの半分程度)。 容量は1.8GBとなっている。
画面は4.5インチのTFT液晶で、480px x 272px(16:9)。MPEG4の再生やポリゴンも表示可能。外部端子として、USB2.0とメモリースティックコネクタが用意されているという。

この際、スク・エニもGBAからPSPに乗り換えたらどうでしょう。スク・エニの場合、PSPの方が実力を出しやすいような気がするんですが。
任天堂が携帯ゲーム機で圧倒的なシェアをもってるなら、スク・エニがそれを崩してみるのもおもしろいですし。かつて、PS人気の引き金となったFF7のように。
66世界@名無史さん:03/05/21 22:40
どっかの宮殿の部屋数が数百だとか千だとか聞くと、
やはり日本は規模が小さいのか?と思ってしまいます。
67世界@名無史さん:03/05/22 00:34
だって木造なんだもん。
地震だらけなんだもん。

貧しくなんて無いやい。
ホントだよ。
信じてよ・゚・(ノД`)・゚・
68世界@名無史さん:03/05/22 22:13
日本も昔は豊かだった。GHQが全部持っていった。証拠? 証拠は奴らに焼かれた。
69世界@名無史さん:03/05/22 22:23
http://funshei.tripod.co.jp/index.html
ニホンチャンかわいそう・・・・。
カンコ君逝って良し!
70世界@名無史さん:03/05/22 22:33
>>68
日銀が当時保有していた金、ダイヤ、その他貴金属は
GHQに没収されてアメリカに送られた
しかし、占領終了時帰ってきたのは僅か一割
闇に消えた九割はM資金と呼ばれる
71世界@名無史さん:03/05/23 03:32
>66-67
木造建築で大きいやつってどんなのがあるんでしょうかね。
日本にあるのが木造だと最大だとかそんな話になったりして
72世界@名無史さん:03/05/23 03:55
>>71
法隆寺は世界最古の木造建築ではあるが
世界最大の木造建築ってやっぱ紫禁城じゃないか?
73_:03/05/23 04:15
74世界@名無史さん:03/05/23 05:38
東大寺ー。

根拠は無い。
75_:03/05/23 05:49
76_:03/05/23 11:01
77世界@名無史さん:03/05/23 11:12
>>72
柴禁城は単一の建築ではなく多数の建築群であるし木造でもない。
柴禁城の建築群の主要部分は石や煉瓦であり
その上に木造の屋根を載せたようなもんだ。
78_:03/05/23 13:22
79世界@名無史さん:03/05/23 14:18
>>64みたいなあほはこういう記事は省内しないのでつね(w
【家計】「貯蓄率」急落 米に接近 00年9.8%→01年6.9%
http://news2.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1053347016/

日本経済の強みとされてきた家計の貯蓄率が急落している。直近は6%台に落ち、
低貯蓄率の代表、米国に逆転される事態が現実味を帯び始めた。
家計を担う層の高齢化が急速に進んだため、との見方が支配的だ。
高い貯蓄率が企業や政府の投資を促してきた経済構造が崩壊すればどうなるのか。
厳しい予想が目立ち始めた。

〜中略

 国と地方の借金残高は約700兆円に膨らみ、国債の格付けは先進国で最低だが、
政府は「国債の9割以上は日本人が買っているから」と強気の見方を変えていない。

 しかし、小説「日本国債」で国債暴落を描き、財政制度等審議会委員も務める作家の幸田真音さんは
「国債の大量発行を支えるのは国民の貯蓄。国債市場は買い手が減る構造的な要因には敏感」として、
貯蓄率低下が国債暴落につながる可能性を否定しない。

 日本にはストックとして1400兆円の個人金融資産があるため大丈夫、との見方があるが、
金融資産の多くは高齢者が握る。高齢者の実物資産の大半が中古住宅で換金性に乏しいため、
今後、金融資産の取り崩しが急速に進む、との予想もある。貯蓄率の低下と金融資産の
減少が同時に進めば、日本経済の成長を支える資金は、完全に足りなくなる。

 貯蓄率は30年近く前にピークを打ち、ほぼ一貫して下がり続けている。
ニッセイ基礎研が国の人口推計をもとに試算したところでは、15年には国全体の貯蓄率が
マイナスに陥る計算だ。

 幸田さんは「貯蓄率は今こそ直視すべき問題だが、日本人は危機感に乏しい」と警告する。

http://www.asahi.com/money/kaisetsu/TKY200305190098.html
80世界@名無史さん:03/05/23 15:13
>>43みたいなアホには>>64の皮肉は通じなかったようでつ(w
81世界@名無史さん:03/05/23 15:45
>>80
ようするに反論できないわけですね。
82世界@名無史さん:03/05/23 15:50
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030522-00000062-jij-pol
財務省は、夏のボーナスシーズンを前に、今年から販売開始した
個人向け国債(10年満期変動利付債)のPRを実施する。
5月下旬から6月中旬にかけてイメージキャラクターの俳優、
松本幸四郎さん、小雪さんが出演するテレビコマーシャルを
全国108局で放映するほか、新聞や雑誌にも広告を掲載する。
 2月発売の初回こそ販売が好調だった同国債も、2回目は金利の
低下で人気に陰りが見られた。次回発行分の金利は募集開始
(6月12日)の約10日前に決まるが、最近の長期金利の低迷を受け、
最初に受け取る利子には最低金利の0.05%が適用される見込み。
厳しい発行条件が予想されるだけにCMでアピールしていく。 
>
国債すら買われなくなると日本はいよいよアウトな訳だが。
83世界@名無史さん:03/05/23 16:17
「何が存在した」「何が優れていた」という自慢話に傾きがちなこのスレだ
が、敢えて「何もないのが幸せだった」という思想をぶつけてみたい。
幕末から明治初期にかけての日本が、帝国主義列強による植民地化を免れた
理由は? 富国強兵が到底間に合わなかったにもかかわらず?

専門的な分析はいろいろあろうが、乱暴に言うと「めぼしい天然資源がな
かった」「特異な商品作物を栽培できる気候ではなかった」ことが幸いした。
なまじっか石油や鉄鉱石でも出ていた日には、不平等条約を結ばされるどこ
ろでは済まず、「毛唐」どもの餌食になっていただろう。「何もない」(「何
もない」わけがない、いろいろあったのだが、半ば謙遜、半ば大雑把にそう
言うのである)ことこそ、日本人が日本の国土から受けた最大の恩恵だった。
84世界@名無史さん:03/05/23 16:23
江戸の庶民の多くは、今日の目から見れば貧民だった。「宵越しの銭ぁ持た
ねえ」「銭と痰壷は、たまればたまるほど汚くなる」と意気がっていた。
それでも彼らは、月をめでながら静かに酒を呑む豊かさがあった。今の我々
も花見酒に興じるが、弁当やツマミやカラオケを持ち込んで騒がないと、呑
んだ気がしない。しかし昔の日本人は、「いい月だねえ」とハラハラ涙をこ
ぼしながら、月だけを肴に酒を呑むことができたのである。

有史以来、日本は貧しい国だった。
しかし20世紀、一時は成金国家にのし上がった。
そして、それも邯鄲(かんたん)の夢、もう落ち目に転じた。
緩やかな、あるいは急な、長い下り坂が続く……。
だからと言って、寂しがることはない。微笑みながら転がっていこう。

なお、まだ落ち目に気づいてさえいない阿呆には付き合えない。
85_:03/05/23 16:24
86世界@名無史さん:03/05/23 16:47
>>79-84
はいはい。気味の悪いポエム書く前にこの不況の原因が
何だったかくらい知っておいてね(w
消費は増えてるんだから、これはいい傾向ですよ、と。
87世界@名無史さん:03/05/23 16:58
>>86
早速、「まだ落ち目に気づいてさえいない阿呆」がかかりました……。
2ちゃんねるは阿呆釣りの釣堀、入れ食い状態ですね。
まあ、阿呆を釣っても喰えませんが。
88世界@名無史さん:03/05/23 17:05
>>87
ようするに反論できないわけですね。

とりあえず、国際競争力と日本が落ち目なことがどう関係あるのか教えてもらおうか(w
89世界@名無史さん:03/05/23 17:19
>>88
花金(花の金曜日。死語?)の午後を阿呆ちゃんとチャットする悦び
……んなわけねえだろ。
>なお、まだ落ち目に気づいてさえいない阿呆には付き合えない(>>84)。
そう、付き合えないのよ。釣られたまま置き去りの阿呆ちゃん。プピー。
90世界@名無史さん:03/05/23 17:26
ああ、だったら http://book.2ch.net/poem/http://etc.2ch.net/denpa/ へどうぞ(w
91世界@名無史さん:03/05/23 18:09
あのさ、世界史板住民だから経済のことよくわかってなくても恥じゃないんだけど、
なにかちょっとしたことを取り上げて「落ち目だ」どーだと騒ぐのはみっともないから
やめといた方がいいよ。

確かにたとえば貯蓄率の低下は今まであった日本の強みの一つの低下を示している
けど、まだ強いことにかわりはないし、また別の見方をするとなぜ貯蓄率の低い米国が
「落ち目」じゃないのかとかそういう話をしなきゃいけないけどできないでしょ?>89とか
>87あたりの人。また別の見方をすると、下手すると日本以上の構造不況に苦しんでいる
ドイツの貯蓄率を知ってる?
アメリカも日本も数少ない強みを元に世界第一位、第二位の経済力をキープしてる
わけじゃないんだ。しかもこの1位と2位はまだまだ3位以下にダントツでさ。
92世界@名無史さん:03/05/23 18:27
>>89
ほんとに置き去りかよっ。
付き合ってやれよっ。
阿呆は半泣きだよっ(>>90)。
釣り上げられて陸(おか)で踊ってるよっ(>>91)。
93世界@名無史さん:03/05/23 18:33
>>64はどうやらかなりの大物を釣ってしまったようです。
94世界@名無史さん:03/05/23 18:59
>>93
しかしこれは食えんぞ。
どうするよ?
95世界@名無史さん:03/05/23 19:18
まだ能無し厨房が自国オナニーに勤しんでいるのか。
96_:03/05/23 19:20
97世界@名無史さん:03/05/23 19:25
世界最大の木造建築物は奈良の東大寺ですよ
98世界@名無史さん:03/05/23 19:28
自国オナニーも出来ない国の人は哀れですね。
と言ってもあの国の人は捏造までしてやってますが。
99世界@名無史さん:03/05/23 19:38
ヤバイ。貯蓄率ヤバイ。まじでヤバイよ、マジヤバイ。
貯蓄率ヤバイ。
まず名前ダサい。もうダサいなんてもんじゃない。超ダサい。
ダサいとかいっても
「家計収入から税金などを引いた可処分所得に占める貯蓄の比率ですが何か?」
とか、もう、そういうレベルじゃない。
何しろ貯蓄。スゲェ!消費とかじゃ無いの。限界消費性向とか超越してる。!てか超ダサい。
しかも近年急減しているらしい。ヤバイよ。日本経済の強みの喪失だよ。
だって、普通は急に減少したりしないじゃん。だって昨日は貯蓄1000万だけど今日は借金1000万とか困るじゃん、500円玉貯金始めたばっかとか困るっしょ。
国民の高い貯蓄率に支えられ、企業が効率的な設備投資で生産を伸ばし、輸出で貿易黒字を稼いできたのに困るっしょ。
だから他の国では減少しない。話のわかるヤツだ。
けど日本の貯蓄率はヤバイ。そんなの気にしない。減少しまくり。今まで何で高かったのかわかんないくらい減る。ヤバすぎ。
現役勤労世帯の貯蓄率は20%台後半が続いているって言うから、これからも減らないのかもしれない。でも減らないとすると
「貯蓄してた目的ってナニよ」
って事になるし、それはグリーンスパンにもわからない。ヤバイ。グリーンスパンなんてヤバすぎる。
あと減るの早すぎる。30年前にもうピークを迎えてそれから下がりっぱなし。しかも去年は1年間で3割も減った。「現在、6%を切っている」と見る関係者もいる。ヤバイ。早すぎ。こんなに減るとマイナスになる。怖い。
それに少子高齢。超高齢。それに子供いない。国民の中で高齢者の占める割合とか平気で世界一。世界一て。小学生でも世界一なんていわないよ、最近。
なんつっても日本は少子化の進行も凄い。一人っ子とか平気だし。
アメリカ人なんて同時多発テロがあったりするだけで鬱になるから消費が減って貯蓄に回る。移民も含めた労働人口の供給も豊富で、ドルも強いからほんとは貯蓄率なんて低くてもいいのに、日本は全然平気。少子高齢で貯蓄率急減のまま諦めてる。凄い。ヤバイ。
とにかく貴様ら、貯蓄率のヤバさをもっと知るべきだと思います。
そんなヤバイ貯蓄なんか全然してない俺とか超偉い。もっとがんばれ。超がんばれ

100世界@名無史さん:03/05/23 19:47
だから消費が増えてるから貯蓄率は減っても問題ないんだってば。
ちなみに>>79の記事の経済板での評価。

527 名前:金持ち名無しさん、貧乏名無しさん[sage] 投稿日:03/05/19 21:48
>>526
赤点

528 名前:金持ち名無しさん、貧乏名無しさん[] 投稿日:03/05/19 22:11
>>526
さすが赤日のバカ記事。
今の日本で投資が増えるなんて有り得ないから、
景気回復には貯蓄率が減るか、財政赤字を
増やすしか無いじゃん。

さんざん財政赤字を叩いておいて、貯蓄率が減ると
喜ぶどころか心配する。
馬鹿な記者は会社辞めて大学で経済を基礎から
勉強して来いっていうの。

529 名前:名無しさん[] 投稿日:03/05/19 23:08
>>526

理解が足りていないね。1400兆円の金融資産と
中古住宅は別物だよ。
101世界@名無史さん:03/05/23 20:52
102世界@名無史さん:03/05/23 21:10
>>100
引用先のスレをリンク汁。
103世界@名無史さん:03/05/24 01:42
国際競争力で恥かいたやつがまたやらかしたのか。
104世界@名無史さん:03/05/24 02:02
『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』
ベンジャミン・フルフォード著(2002年)
日本で暮らして、すでに十数年がたった。私はいま、アメリカの経済誌
『Forbes』の日本支局長という立場にあるが、カナダ生まれのカナダ人
である。だから、アメリカ人ジャーナリストのように、自国のグローバ
リスト(世界支配主義者)たちの利益のためだけに、日本を批判する記事
を書いてきたわけではない。
105世界@名無史さん:03/05/24 02:04
『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』
ベンジャミン・フルフォード著(2002年)
株価と不動産を合わせた日本の国富が、この十数年で約1200兆円も失わ
れた。これは、1990年のバブルのピーク時の約40%に当たるという途方
もない額である。日本は太平洋戦争で国富の約25%を失ったとされてい
るが、それと比べてみれば、現在の日本は歴史上最大の危機に直面して
いることになる。
不思議なことに、日本の不良債権は毎年毎年増え続けている。政府や銀
行はことあるごとに、ある数字を発表してきたが、その数字の根拠がど
こにあるかは誰にもわからない。つまり、毎回毎回ウソを並べ立ててき
たのであり、最近では日本国民でさえ全く信用しなくなった。
日本人はただ右往左往するばかりで、人間にとって最も大切な勇気を発
揮しないのではないか? 特に政治家と官僚たちは、いつまでも現実か
ら逃避し続けるのではなかろうか?
106世界@名無史さん:03/05/24 02:05
『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』
ベンジャミン・フルフォード著(2002年)
2002年4月20日、ついにアルゼンチンが国家破産状態(default)に陥っ
た。ドアルテ政権は緊急金融統制令を発動して、バンク・ホリデー(預
金封鎖)が宣告された。
アルゼンチン経済の大崩壊は、日本の明日の姿である。前FRB議長ポー
ル・ボルカーは言う。「日本が現在置かれている状況は、これまでの経
済学の教科書にはないものです。先進国といわれる国でこのような状態
に陥った国は、歴史上例がありません。」

アルゼンチン・タンゴは陽気なダンス・ミュージックである。アルゼン
チンの人々は、このタンゴをこよなく愛し、悲しい時も楽しい時も、そ
のリズムに乗って踊る。タンゴのリズムに乗って踊っていれば、この世
のことはすべて忘れられるかのように……。
私の父は外交官だった。アルゼンチン大使だったこともある。従って私
は、青年時代の一時期をブエノス・アイレスで送っている。
107世界@名無史さん:03/05/24 02:06
『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』
ベンジャミン・フルフォード著(2002年)
目次
1.ヤクザが不況をつくった
2.日本の裏社会
3.メディアの癒着
4.構造改革という名の化粧直し
5.本当の改革とはなにか?
6.本当は日本全体が抵抗勢力
7.アメリカに対する幻影
8.不思議の国ニッポン
9.最後の社会主義国
10.日本が終わる日
108世界@名無史さん:03/05/24 02:08
『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』
ベンジャミン・フルフォード著(2002年)
なぜ、日本は改革できないのか? 改革で一番最初になすべきことは何
かと聞けば、誰もが不良債権の処理と答えるだろう。では、なぜ、日本
は不良債権の処理ができないのか?
それは、多くの不良債権にヤクザが絡んでいるからである。すなわち、日
本の不況は「ヤクザ不況」なのだ。どこの国にも闇社会と支配層の癒着は
あるが、日本ほどそれが深い国は先進国では例がないだろう。不思議なこ
とに、このことについて、今でも日本のメディアはほとんど報道していな
い。つまり、このことは日本ではタブーとされているのであり、もし、そ
れを積極的に取り上げてしまうと、相当なプレッシャーがかかることにな
る。
109世界@名無史さん:03/05/24 02:10
『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』
ベンジャミン・フルフォード著(2002年)
実は、ヤクザ不況については、既に日本のメディアでも報道しているところ
がある。2002年5月、『週刊文春』は、"元米国捜査官が書いた「日本はヤク
ザ不況だ!」レポートの戦慄部分"という記事を掲載している。この記事は
ほとんどがアメリカ国務省に提出されたレポートの抄訳に過ぎない。国務省
レポートとはなにかと言うと、ブッシュ大統領の初来日にタイミングを合わ
せて提出されたもので、大統領が日本に不良債権処理を迫る時の予備知識を
提供するものである。アメリカでは日本の不況を分析したレポート、いわゆ
るインテリジェンス・レポートというものが何度も作られていて、こうした
レポートをもとにして日本対策は実施される。

国務省レポートでは、山口組、稲川会、住吉連合といった日本人なら誰でも
知っている広域暴力団の名前が実名で次々と登場し、政界のトップとの相関
関係が描かれていた。例えば、(株)大京の不良債権は、総額1000億円のもの
が10分の1の100億円で買い取られたが、多くの被抵当物件にヤクザのような
変な「占有屋」が住み込んでいて動かなかった。
110世界@名無史さん:03/05/24 02:11
『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』
ベンジャミン・フルフォード著(2002年)
1995年、日本は住専7社の破綻処理問題で揺れていた。徐々に判明してきた
のは、住専は1990年に既に行き詰まっていたこと、それを知りながら大蔵
省が隠し通してきたこと、その理由は大蔵省OBが住専に天下っていたこと、
だった。住専から金を借りた連中はどんな人々なのか? なぜ、彼らはそ
の借金を返さないでのうのうとしていられるのか? 様々な証言から行き
着いたのが、ヤクザであった。バブル期に「地上げ」「土地ころがし」に
使われた住専の資金は、最終的にはそれに加担したヤクザのもとに流れて
いたのだ。その過程では、政治家や官僚、銀行家が様々な形で絡み、それ
ぞれが金をポケットに入れていたのだ。これは、日本の上層部がヤクザと
癒着していることの証明であり、不良債権処理に公的資金(税金)を投入す
ることは、政府が国民に向かって、腐敗した彼らのために「金を差し出せ」
と言っているのに等しかった。
111世界@名無史さん:03/05/24 02:12
『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』
ベンジャミン・フルフォード著(2002年)
担保不動産の半分以上がヤクザがらみ
ヤクザの手口は様々
未解決の住友銀行名古屋支店長殺人事件
地上げ屋ならぬ「地下げ屋」
木津信金の回収不能になった9600億円
ヤクザのバックに政治家が付いて口利き
公共事業がヤクザを潤している
高市早苗、脅迫される「同じ党内のライバル議員がヤクザを雇っている」
野田聖子「政治家のパーティで会った人が、後でヤクザだと分かったこと
もたびたびあった」
112世界@名無史さん:03/05/24 02:14
『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』
ベンジャミン・フルフォード著(2002年)
1995年から96年にかけて、検察の大蔵省捜査は、融資の根本のところは無視
して、末野興産のような末端に集中した。もし、このとき捜査が本道を進め
ば、融資に関わった大蔵官僚たちは次々に捜査対象になり、起訴されただろ
う。それは確実に自民党の大物政治家まで到達し、日本の闇が浄化されたは
ずである。そして、次の政権が国民に正直に不良債権の闇を語り、その上で
税金を投入して金融システムを守ればよかったのである。お金を使うときは、
必ずその本当の理由が明かされなければならない。
しかし、事情聴取されたのは元主計局次長の中島義雄だけだった。彼の疑惑
は、融資に絡んで1億2000万円の裏金を受け取っていたというものだったが、
検察は立件を見送った。すべてはうやむやにされた。
113世界@名無史さん:03/05/24 02:16
『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』
ベンジャミン・フルフォード著(2002年)
日本の学校では、「日本は三権分立の民主国家」と教えているというが、それ
はウソである。日本にあるのは、たった一つの権力であり、その癒着構造は
「政・官・業・ヤクザの"鉄の四角形"」なのである。

1996年の住専処理法により、日本が不良債権を処理することは、ほとんど
不可能になった。翌年、日本の金融機関は次々に破綻し始め、「大手20行
は潰さない」という政府の国際公約は反古にされた。北海道拓殖銀行、山
一證券が潰れた。ゼネコンも持ちこたえられなくなり、東海興業、多田建
設、大都工業らが潰れた。長銀、日債銀が潰れ、預金保険機構の金も底を
ついた。こうして、公的資金の銀行への注入が始まり、さらに小渕内閣の
国債連発、大借金財政によって、もはや日本は先進国としては例のない不
良債権大国となったのである。
114世界@名無史さん:03/05/24 02:17
『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』
ベンジャミン・フルフォード著(2002年)
なぜ日本の官僚や政治家は、国民が危機に瀕しているというのに、すべて
を先送りし、何の手も打たないのか?
そんなことをしたら、自分の首を絞めるからだろう。つまり、不良債権を
本当に処理すれば、過去にどのように自分が闇社会とつながってきたか、
すべてが明らかになってしまう。どのようにヤクザの力を借りて、危ない
道を歩いてきたのかがバレてしまう。ならば、その額がどんなに巨額であ
ろうと、フタをするしかない。金融機関が倒産しそうになれば、税金をつ
ぎ込んでもフタをし、倒産を先送りするのが、彼らにとって生き残る道な
のだ。
115世界@名無史さん:03/05/24 02:18
『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』
ベンジャミン・フルフォード著(2002年)
経済問題というと、一般の人は難しい問題だと考える。それは、一流の経
済学者や東大卒の優秀な官僚が知恵を絞ってもなかなか解決できない問題
だと考える。しかし、それは間違いだ。日本の不良債権の問題は、ヤクザ
問題に過ぎないからだ。

もともと私は、日本で記者としてのキャリアをスタートさせた。それは、
この国がまだバブル経済の絶頂にある頃で、私はこの国がユートピアでは
ないかと思っていたときもあった。日本の大学に通い、その単位を持って
カナダに帰り、ブリティッシュ・コロンビア大学を卒業すると、日本での
生活が忘れられなくて、再び日本にやって来た。そして通信社のレポーター
となり、日本発の記事を送るようになったのである。
116世界@名無史さん:03/05/24 02:20
『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』
ベンジャミン・フルフォード著(2002年)
日本にも闇社会があることは知っていた。しかし、それは、日本の大学に
通っていたとき、友人がヤクザに絡まれてケンカになったことがあった程度
の認識に過ぎなかった。この友人が警察に駆け込むと、警察官は彼に「ヤク
ザに手を出してはいかんよ」というだけで、何もしてくれようとはしなかっ
たので、不思議なことがあるものだと感じていた。
その後、政治家の夜の私的なパーティに呼ばれることもあった。そうした席
には必ずと言っていいほど、闇の紳士やホステスがいて、1本何十万円もす
るワインやコニャックが空けられるのだった。不思議なことに、日本人は外
国人、特に欧米の人間というと気を許すのか、普段なら日本人同士でも話さ
ないことを教えてくれることもある。特に、裏社会の人々は外国人には意外
と口が軽いのだ。
117世界@名無史さん:03/05/24 02:21
『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』
ベンジャミン・フルフォード著(2002年)
1991年、バブル経済の崩壊が明らかになったとき、私は不良債権がどれほど
発生しているのかと関係者に聞いて回った。出てきた金額は、驚くなかれ約
200兆円だった。「金融機関の貸出総額から実際の資産の総額を引くと、ほ
ぼこうなる」と、ある関係者は言ったのだ。そこで私は、ではなぜ早急に対
策を講じないのかと聞くと、返ってきた答えは誰もほぼ同じだった。
「景気はいずれ回復する。今は我慢していればいい。そうすればやがて不良
債権もなくなる。あのオイルショックの時だって、我々は我慢した。国民に
節約を呼びかけ、我慢した。そして乗り切った。だから、待てばいい」

しかし、景気は10年以上回復せず、その間、政府は問題が顕在化しそうにな
るとフタをするだけで、ただ待ち続けてきた。そして、その間に日本の腐敗
はいや増すばかりだったのだ。
118世界@名無史さん:03/05/24 02:22
『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』
ベンジャミン・フルフォード著(2002年)

さあ、みんなも『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』を買って読もう!
たったの667円! 面白いよ。
119 :03/05/24 02:23
http://natto.2ch.net/mass/kako/974/974478132.html
「マスコミの盗聴、盗撮は許されるのか、その1」
120世界@名無史さん:03/05/24 02:30
>>104-118
済んだか?
121世界@名無史さん:03/05/24 02:32
>>120
うん、済んだ。
122世界@名無史さん:03/05/24 03:00
ほほえましい光景ですねぇ
123_:03/05/24 03:51
124世界@名無史さん:03/05/25 03:22
アホのせいで木造建築の話が流れちゃったな
125山崎渉:03/05/28 15:12
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉
126世界@名無史さん:03/05/29 20:58
127世界@名無史さん:03/06/07 03:22
俗に世界最大の木造建築は奈良の東大寺って言われてるけど第二位ってどこなんだろうな
128世界@名無史さん:03/06/07 13:57
>>127
俺の家でないと思う。
たぶん。
129世界@名無史さん:03/06/07 14:16
>>128
あたりまえだバラックめ。
130世界@名無史さん:03/06/07 14:59
出雲大社にあった神殿は大きかったらしい
131アマノウヅメ ◆2atuWPtiaQ :03/06/07 15:53
>>130
出雲大社の本殿は高さ48メートルと社史に記されていて、ずっと疑問視
されてきましたが、最近の発掘調査の結果、48メートル説が有力です。
大仏殿は2番でした。
3番は調べて見ないと解りません。平安時代の子供の教科書にあるんですが。
132世界@名無史さん:03/06/07 16:00
平安時代の子供の教科書

??
133アマノウヅメ ◆2atuWPtiaQ :03/06/07 16:08
>>132
口ずさみといって、貴族の子供が使うんです。
九九なんかも載っています。
134世界@名無史さん:03/06/07 16:14
まあ、日本はこれから貧しくなっていくだろう。
135世界@名無史さん:03/06/07 17:15
ならねーよ。お前はなるかもしれないけどな。
136世界@名無史さん:03/06/07 18:42
>>135
あなたのその能天気さが好きです。
137山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/06/07 22:09
>>131
雲太、和二、京三ですね。三番目は京都の大極殿では。ただ『中外抄』によ
れば間違いも多いといわれていたようです。
>>132
『注好選』というのもありました。
138アマノウヅメ ◆2atuWPtiaQ :03/06/07 22:13
>>137
そうでした。ありがとうございます。
139世界@名無史さん:03/06/07 22:35
>>135
コピペ厨なんてほっとけ。
140世界@名無史さん:03/06/08 01:25
木造で立派な建築を建てるのは日本だけでしょう。

支那の建築は一見、木造のように見えるけど
実は本体部分は石造、煉瓦造であって、
その上に木造の屋根を乗せたような構造になってる。

ドイツなどゲルマン系地域は
一般住居は木造だけど
モニュメンタルな立派な建築は石造で建てる。
141いやはや:03/06/08 01:31
ここで言う「豊かさ」とはなにか、考える必要があるな。
142米英侵略軍の支援、将軍様の国家で大量難民発生:03/06/08 01:49
ホームレス2万5千、「倒産・失業」が3割超
3月26日 
公園や河川、駅近くなどで寝泊まりするホームレスの人たちは、
全国の581市区町村にいて、計2万5296人にのぼることが、
厚生労働省が初めて行った実態調査で分かった。
 面接調査では3割以上が、ホームレスになった理由に
「倒産・失業」を挙げており、直前まで正社員だった人が4割にのぼるなど、
不況の影響を色濃く映し出している。
 調査は今年1、2月に実施。ホームレスが多かったのは
〈1〉大阪府(7757人)〈2〉東京都(6361人)〈3〉愛知県(2121人)の順だった。
http://www.angelfire.com/journal2/esashi/irday01.htm
143世界@名無史さん:03/06/08 02:40
>>141
物質的な豊かさ。精神的な豊かさなど餓鬼の妄想みたいなもん
144世界@名無史さん:03/06/08 05:58
物質的に豊かじゃ無いに決まってるだろ。
日本には昔から食料や資源がボーとしてて手に入るところではないんだよ。
そんな国が、欧米列強諸国と対等以上に渡り合えた理由を考えるべきだな。
145世界@名無史さん:03/06/08 06:19
もちろん世界の趨勢が有利に機能したからだよ。
それが無くなって没落一途、赤貧地獄に陥りつつある。
146世界@名無史さん:03/06/08 08:07
>>144
江戸時代を例にとると
・日本は食糧は豊かだった
  百万都市江戸を筆頭に人口は多かった
  つまりは食糧がふんだんにあると言う事
  また激しい自然現象も少なく気候は安定していた
・金の産出量も多かった 
  金で日本では算出しにくい銅をシナから買っていた
  あまりにも大量に買ったので一つの港から銅が消えたとの話も残っている
・逆に金以外の鉱産資源には乏しかった
  火山帯の上に国があるので石炭、石油なども望めない
太平の世だから軍事は発展はしなかったが算学、文学、食文化等が発展した

こうやって見るととても豊かな国だと思うよ

ただ金以外の鉱産資源がなかったのが貧しいと思われた理由なのかな
147山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/06/08 08:55
>>143
文化的な豊かさでしょう。もっともそれなりに財産があれば芸術面も発展しますが。
148山犬 ◆R200HRTAe. :03/06/08 09:18
>>146さん
江戸時代の日本は世界有数の銅の産出国で、銅は主要輸出品のひとつでしたよ。
特に、江戸中期以降は銀の産出量が減ったので、貿易の際の決済には銅が多く用いられる
ようになりました。
まぁ、別子銅山なんかも江戸後期に入るとかなり産出量が減ってくるんですがね。

どうも、日本は「金の国」という印象を持っていらっしゃる方が多いみたいですが、15世紀後半から
江戸時代中期にかけての日本は、むしろ「銀と銅の国」です。
149山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/06/08 09:24
日本の銅を阿蘭陀まで運んでもまだスウェーデンの銅よりも安く売れま
したからね。だからこそ独占交易に固執していたわけです。
150山犬 ◆R200HRTAe. :03/06/08 10:06
>>山野さん
日本から輸出された銅は、殆ど東南アジアや東アジアで消費されましたけどね。
戦争やらで、ヨーロッパでの銅価格が上昇したときのみ、ヨーロッパ本国まで運ばれ
ていたものと記憶しています。

さすがに、銅のような安いものは、ヨーロッパまで運んでもあんまり儲けが出ませんし。
151世界@名無史さん:03/06/08 10:15
昨日は世界がひとつの村ならという番組を見た。

やはり、日本ももっと貧しくなって、彼らのように野獣のような目を持つべきだ。
152山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/06/08 20:59
>>150
値が張るとなるとやはり陶磁器や漆器の類ですか。
153世界@名無史さん:03/06/10 12:29
陶器は英語でchainaだって事もあるしあんまり輸出したってイメージじゃないな
154世界@名無史さん:03/06/22 05:04
>151
確かに、日本の停滞の理由にハングリーパワーが
無くなったのはあると思うな。戦後の復興も、皆が必死に
焼け跡から這い上がろうとしたからこそ成し遂げられたんだろうし。

はっきり言って今の空気ってなんかヌルいよね。
155山犬 ◆R200HRTAe. :03/06/22 22:11
>>152
ちょっと亀レスになってしまいますが…。

そうですね。陶磁器は江戸初期には特には、重要な輸出品でした。
江戸中期以降は中国製の陶磁器に、少々シェアを奪われてしまいますが。

陶磁器の他には、茶・絹が主要な輸出品ですかね。和紙なども輸出されて
いました。基本的には江戸時代を通じて輸入超過の状態が長かったですから、
銅が主要輸出品と言えるでしょうけど。

もう少し時代が下ると、俵物と呼ばれるアワビ・ナマコ・フカヒレ等の中国向けの
輸出が増え、外貨獲得に一役買うことになるのは、皆さんご存知の通りです。
156世界@名無史さん:03/06/24 16:01
>>154
レーダーが勝敗を決する状況で、進歩するどころか明治にまで退行して
精神論をブチまくったどっかの社会主義者どもを思い出しますなー。
157世界@名無史さん:03/06/24 17:40
>156
158世界@名無史さん:03/06/25 02:52
合理的な思考で労働生産性を上げるべき状況なのに
時代錯誤な精神論を唱えたところで日本社会の求心力回復には繋がらないとイットルのだよ。
159世界@名無史さん:03/06/25 11:30
>158
俺が言ってるのは腹が減ってるのなら
皆必死に働くだろうっていうことだけだが…
本当に死にそうな人間が「不況で大変だ」なんて愚痴るか?

不況といってもそんな切羽詰った状況か?と言ってる。
娘の身売りでも起こってるのかよ。
まあ、君の合理的思考とやらでこの状況を救ってくださいな。
マジで期待してますw
160世界@名無史さん:03/06/25 11:48
>>159
では麻生太郎を支持したまえ。
マクロな経済政策こそが肝要。
個人レベルでどうのこうの言う次元ではないのだよ、この不況は。
161世界@名無史さん:03/06/30 09:23
麻生よりは静香タンですな。個人的には。
ただこの両人に共通するのは経済政策以外は支持したくないってことなんだよな…
特に麻生は教育政策が支持できない。

スレ違いはこの程度にして、昔の城郭が、とくに天守閣が残ってれば前スレ1みたいな
ことはいわれなかったような気がしなくもない。
162世界@名無史さん:03/07/08 23:42
あげ 
163世界@名無史さん:03/07/09 00:20
>159
残業代も出ないのに毎日こんな時間まで必死に働いていますが
さっぱり景気が良くなりません。不況って大変だ。
164山崎 渉:03/07/15 12:43

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄
165世界@名無史さん:03/07/27 09:00
負け犬の集まりか。
166世界@名無史さん:03/07/30 03:33
>>142
若者のフリーターって416万人もいるらしいよ。
167世界@名無史さん:03/07/30 04:25
>1
ゆっくり一度京都を回ってみればいい。
ああいう本物がごろごろしている場所は世界にもそうはない。
他と比較したらいいよ。
あれを見たら、「貧しい」なんてなかなかいえない。
168世界@名無史さん:03/08/01 17:59
でも京都市街はとても美しいとはいえない。
それは歴史的に貧しい豊かの問題ではなく現代の行政の問題だが。
169世界@名無史さん:03/08/03 06:12
>>168
東山や、神賀茂神社辺りの街並みは、個人的に美しいと思うけどなあ。
あと、奈良の山辺の道も。
170世界@名無史さん:03/08/05 01:38
日本は軟水で飲用に適し、風光明媚で芸術性豊かな国民性を
はぐぐんできた。
それにくらべて大陸や半島はおおざっぱで赴きが無い。
見えないところで手を抜く彼らには日本人の緻密性は真似できない。
171山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/08/05 01:40
>>169
上賀茂です。無粋なつっこみですが。
172世界@名無史さん:03/08/09 22:59
じょうげのさがないのかもね。
御所にしては地味。庶民にしては豪華。
173世界@名無史さん:03/08/10 02:34
>>148
日本の銅はベトナムにも多く輸出され、通貨「ドン」の名の元になったとか。
世界ふしぎ発見より。
ちなみにその問題で、パネラーほぼ全員は元になったものが「銅」
だと当てられたが、野々村だけが「うどん」と答えていた。
174世界@名無史さん:03/08/14 00:58
>>140
ロシアにはこんな教会がありますよ。
http://www.gual.hotbox.ru/kizi.JPG

窓ガラス以外、屋根から壁から玉葱坊主も全て木造。しかもこの大建築物を
工匠達の斧だけで造り上げたというところが驚嘆に値します。
175世界@名無史さん:03/08/14 01:21
>>167
甘いな。

京都は、寺社はコテコテ、町屋はケチケチ、人はネチネチ
「京都いいよねー」とか「これぞ日本の神髄!」とか聞くたびに
さぶいぼが立ってしゃーないです、はい。
176世界@名無史さん:03/08/14 02:42
ハンガリーだかブルガリアにも木造建築の教会があったような。ふしぎ発見で見ただけだけど
177世界@名無史さん:03/08/14 10:05
慶安御触書によれば、日本の百姓というのは江戸時代の初期ですでに
茶をがばがば飲み、酒をがぶがぶ飲み、タバコをばかばか吸い、
便所で用を足した後は尻を紙でふく。

すでに、茶・紙・タバコが高級品ではなくなっていたのだ。
こんな豊かな国はほかにはない。
178山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/08/14 10:14
>>177
ネタくさいですが、どうも江戸後期に捏造されたものであったようです。元
になったのは当時美濃や信濃で出されていた法令で、美濃出身の学者(美濃
の大名の一族)が『徳川実記』編纂の際に理想時代からこういう法令があっ
たとして幕府の権威を再確認させようとしたものらしい。
ただ日本人商人が海外でも柔らかい紙で鼻をかんだりして驚かれていたのは
本当ですし、禁じられた=無くなったわけでもないのは事実。
179あんけ〜と:03/08/14 10:39
(第9回)「ニュース番組何見てる?」のアンケート募集中だよ。8月31日まで受け付けます。
http://multianq3.uic.to/mesganq.cgi?room=yasuhito
今までのアンケートのお題と結果はこちら
http://jbbs.shitaraba.com/sports/7031/ankeito.html
180山崎 渉:03/08/15 18:31
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン
181世界@名無史さん:03/08/15 21:23
>>178
確か江戸時代の法令集か何かの編者が史料批判せずに収録したとかじゃなかったっけ?
182山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/08/15 21:49
>>181
ええ、それでも新聞に載ってからまだ10年も経過していませんが。勿論本
にもなっています。
183世界@名無史さん:03/08/31 15:42
そういえば少し前、ラジオで「たそがれ精兵衛」の宣伝に来た山田洋次と
アナウンサーとの間にこんな会話があった。

アナ「江戸時代は最近の研究では非常に自由で豊かな時代だったと言われていますが」
山田「いえ、しょせんは封建社会ですからね、やはり人々は貧しく堅苦しい暮らしをしていたと思いますよ」

ああ、左の人たちにとって封建社会は=貧しく抑圧された社会という図式なのだな、と思った。
184世界@名無史さん:03/08/31 16:43
・・・「と思いますよ。」
185世界@名無史さん:03/08/31 19:53
鉄は需要に対して不足していたらしい。
戦国時代、刀や鉄砲の鉄の供給元について「砂鉄を中心とする製鉄技術の進歩」に求める日本史学者と「倭寇の海賊行為を含め、中国からの輸入が多かった」とする東洋史学者の対立は凄いらしい。
国際法学者対憲法学者の「国際法と憲法の優先順論争」並みだとか…。
186世界@名無史さん:03/08/31 20:43
>181

徳川禁令考だっけ?他にも天一坊事件の
大岡越前の判決文(老中に存在しない人物が書かれており、
偽造とされる)を収録したり、ずさんな本だという印象が強いが・・

>「いえ、しょせんは封建社会ですからね、やはり人々は貧しく堅苦しい暮らしをしていたと思いますよ」

矢張り山田幼児は歴史を誤解していたか・・
映画製作発表当時から「武家の女性は抑圧されていたので、
山川菊栄の本を女優に読ませて役作りをした」というような、
不思議な発言をしていたので、「不勉強だな」と思い
映画を見るのを止めたのだが、この発言はちょっとどうかと思うね。
187世界@名無史さん:03/08/31 21:07
>84

まず、前提がおかしい。江戸時代を貧しい時代だったと
考えているようだが、江戸前期は新田開発も多数行われ、
江戸の街の大名屋敷は日光東照宮のような金ぴかの建物揃いだった。
幕府財政も潤沢で、貧しかったとは言えない。

そして、静かに花見を楽しんでいたのは江戸前期。静かに酒を飲んでいた
人々は貧しくはなかったのだ。余裕があったからそういう飲み方だったとも
言える。

花見で騒ぐのは貧しくなった江戸後期以降だとされているのだが。
188山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/08/31 21:50
一度に数十本以上の桜が植えられて楽しまれるようになったのは徳川吉宗以降
だそうです。それまではせいぜい数本だったとか。
勿論桜自体を愛でる習慣は平安時代からありましたし、農民の間では田の神=
山の神の為に山中に入って籠もる「春山入り」などと呼ばれる行事もありまし
た。サクラという名称自体が「サ(早乙女のサ)クラ(座)」だという説もあ
ります(単に「咲く」から来たという説もありますが)。
189世界@名無史さん:03/08/31 22:06
日本が世界で貧しかったことは有史以来ないぞ。縄文時代は知らんが。

190世界@名無史さん:03/08/31 22:20
地理的に考えて国土のほとんどが
温帯湿潤性気候で、長い海岸線と適度な山と森林と
平野があるんだから、ちゃんと手を動かせば
食べていける豊かな国だったんでしょう。
191世界@名無史さん:03/08/31 22:25
>>183
アナも山田氏もどちらも正しいとはいえないと思う

単純に言えば、武士(上級以外)と農民は貧しく、
一方で、大部分の商人は豊かな暮らしであったと思われる。
192山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/08/31 22:28
>>191
年中行事や職種を見ていると農民も貧しかったとは・・・。しかしま
たもや「思われる」とは釣りですか。そりゃ豊かと言えたかどうかは
分かりませんが。
193世界@名無史さん:03/08/31 22:30
>>189
安土桃山以降はたしかにそうだが

ちと勉強が足りんのでは
194世界@名無史さん:03/08/31 22:34
西洋人から見ると食卓に肉が無いのが貧しく見えたという話を聞いた。
宣教師の記述でも肉食文化のスぺイン内陸から来た人は日本の事をぼろくそ書き、
魚食文化のポルトガルから来た人なんかは好意的に書いているという。
あとペリー提督も「肉が食卓に出ないのは貧しいから」と思ったとか。
実際ペリーらに出されたのは今の価格で数十万もすると言う山海の珍味の山盛りだったのだが。
195山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/08/31 22:37
>>193
それ以前が特筆されるほど貧しかったとも思えませんが。疫病や飢饉
で人死にが出たのはどこも同じですし、13世紀に旅をする男女が多
く存在したという国というのも珍しいのでは。
なお宿は宿坊などが使用出来なかった時には民家や岩屋、仮小屋を使
用したそうですが、これでも利用者が多かったのは凄いかと。
196山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/08/31 22:39
>>194
戦国時代に来日した宣教師らは食事は質素、音楽は拷問だと記してい
ましたね。それ以外、とりわけ建築や庭園に関しては好意的で中には
「異教への改宗」を疑われた者まで居ましたが。
197192:03/08/31 22:41
年中行事とは知りませんでした


なにげなく「思われる」と書いただけなんですけどね。釣りとはまたずいぶんですね
専門家の間で論争でもあるのかな?
ややこしそうなのでこのへんで失礼

198山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/08/31 22:44
>>197
いや失礼いたしました。夏も終わりに近いので最後の攻勢が来たのかと。
『諸国風俗問状答』はお奨めです。現在は私が見た限りでは「貧農史観
ではないが、過度の評価も出来ない。」といったところのようです。
(但し農民の話。都市部については存じません。)
199世界@名無史さん:03/08/31 22:54
豪農でもない限り、農民がとりたてて豊かではないというのは今の日本も同じかと
200世界@名無史さん:03/08/31 22:57
まぁあの海底にある資源が簡単に手に入ればいいのだが・・・
201世界@名無史さん:03/08/31 23:03
テレビ何台も買って毎日エアコンつけてみんなPC持って
24時間喰いたい時に飯食えるやつらが豊かでないわきゃない。
202世界@名無史さん:03/08/31 23:04
  >>200
 そうなりゃ国民の労働力云々の心配もなくなります

  >>198
 過度な負担はなかったということか
 明治の小作農と比べてどうだったかですよね
 江戸時代は庶民の間引きが盛んだったようですが
 明治は堕胎の取締りが厳しくなったと聞きます
203世界@名無史さん:03/08/31 23:08
川や森林だらけ、周りは海、気候良好なんてほぼ最強の環境なんじゃないの。
204山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/08/31 23:13
>>202
産死の罪が重いとか産死した女は祟るとかいうことは中世から言われ
ていましたが、子供の方にはあまり関心が払われなかったようです。
(「ノツゴ」という妖怪の話もありますが)
水子供養が盛んになりだしたのも80年代以降だとか。そんなわけで
戦前までは堕胎も間引きもそれなりにあったと。柳田國男が民俗学に
目覚めたきっかけの一つが神社にあった間引きを描いた絵馬だったと
いうのは有名な話です(他に日本最後の飢饉も)。
ただその当時は10人兄弟などがざらでしたからね。養えなければ今
でもおろすでしょうし。豊かでは無かったにせよ貧しいの一言で片付
けてよいものかどうか。全国的な飢饉にしても七十五年に一度くらい
じゃありませんでしたか。
205世界@名無史さん:03/08/31 23:25
江戸時代の農民といっても、飢饉の被害が少なかった西日本と
飢饉に悩まされた東日本ではかなり生活レベルが違うと思うよ。
長州の吉田松陰の家など、藩からの収入が限られていたので
半分農民のような暮らしをしていたようだが、食うに困っていた
ようすはない。それどころか蔵書家だったりする。

反面、東日本の農民は悲惨。飢饉で全滅している地域もあるし、
勤労意欲を喪失している地域もある(上杉鷹山が再建する前の米沢藩はひどい)。
常陸では間引により人口が極端に減少したため、禁を破って越後から入植者を密かに
募集しているほど。しかも入植勧誘を行っていた僧侶は幼い娘の前で自殺している。
一揆も多い(たそがれ清兵衛の舞台・庄内藩でも一揆が発生している)。
206山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/08/31 23:29
東北での飢饉の被害が多かったのは芋作中心だったところに近世にな
って稲作を押し付けたせいだという説があります。なお平安時代に二
年越しでの非課税が認められたのは北関東の「貧困国」だけであった
そうですが、これも気候の影響でしょうかね。
207世界@名無史さん:03/08/31 23:32
>柳田國男が民俗学に
目覚めたきっかけの一つが神社にあった間引きを描いた絵馬

まさか私が書き込んでいた時刻に同趣旨の書き込みをしていた方が居られたとは。
間引の絵馬が掛かっていたのは常陸布川で、
>205で書いた深刻な間引が行われていた常陸谷和原(だったと思う)の
ごく近所です。
208紀暁嵐 ◆4O5YUrGHa6 :03/08/31 23:48
205でつ。めんどくさいのでコテを名乗るっす。

>東北での飢饉の被害が多かったのは芋作中心だったところに近世にな
って稲作を押し付けたせいだという説があります。

うーん、そういう説もあるんですか・・勉強になります。
浅間山噴火の影響が相当大きいと思っていたのですが、稲作の問題もあるでしょうね。

>北関東の「貧困国」

下野・上野でしょうか?親王任国の常陸は入ります?

209世界@名無史さん:03/09/01 00:14
>205
>208
近世になって、国力を石高で換算するようになりましたからね。
東北は米を作るべきではなかったんだろうけどねぇ。小麦には日射量が足りないのかな?
トウモロコシ育てて、牛とか豚を飼って、チーズと生ハム作って…
210世界@名無史さん:03/09/01 00:32
東北の太平洋岸は今年も不作だし、
米作してるかぎり、数年に一回不作が
くる気候上の下地はあるんでしょうな。

かといって、米どころで上手くいく年は
それなりなのが悩ましいところ。
211世界@名無史さん:03/09/01 04:03
あれっ?
確か明治維新のころのGDPは西洋列強とかなり差をつけられてなかった?
212世界@名無史さん:03/09/01 07:24
>211

産業革命以後、西欧の経済力は飛躍的に延びました。
明治維新の時点で水をあけられたのは当然。
213山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/09/01 08:43
>>207
奇遇ですねえ。
>>208
宮本常一の説です。なお二年越しの給復(庸調を中央に納めなくてもよい)
が認められていた「亡弊国」は相模・常陸・上総・下総・安房のみ(『北山
抄』)。加賀などが申請したことはありましたが、却下されています。
ところで上野も親王任国だったのでは。
214 :03/09/01 17:10
>>212
でしょ。
じゃあ、日本は一度たりとも貧しかった事などない。
と主張する連中がしばしば湧くのは何故なんだろ。
215世界@名無史さん:03/09/01 19:20
>214
当時の日本の底辺と西洋のそれとを比べたとき、
日本のほうが、マシなような気がするからじゃないか?
216山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/09/01 21:50
誰が言ったか、19世紀に生まれるのなら
貴族であればイギリス人に
庶民であれば日本人に
だそうです。
217世界@名無史さん:03/09/01 21:59
19世紀の英国の都市の庶民は
戦乱や飢饉の無い時代としては歴史上最も悲惨な人々の部類に入ると思うよ。
218世界@名無史さん:03/09/01 22:05
>217
人口増加率が半端じゃないからな。ロンドンなんか、インフラも何もあったもんじゃない。
恐怖のロンドン大悪臭事件もそのころだったっけ?
219世界@名無史さん:03/09/01 22:21
19世紀のロンドンでは煤煙で4000人死亡事件なんてのもあったし。
220世界@名無史さん:03/09/02 01:15
その状況から考えると、マルクスが資本論を描いた理由もわかるな。
221 :03/09/02 14:41
ww2中のロンドンってどんな感じなんですか
222世界@名無史さん:03/09/02 16:56
>214
そのレスは>211からの流れを無視してませんか。

産業革命などで西欧のGDPは飛躍的に伸びましたが、それでもその当時の日本のGDPは
それらについで世界でも有数のものです。
223世界@名無史さん:03/09/02 21:26
>>1
貧窮問答歌なんぞが作られた時代は貧しかったんだろう。
224世界@名無史さん:03/09/02 21:53
>221
V1が降ってました
225 :03/09/02 22:20
国の国富と住民の豊かさは必ずしも=ではないってことだな。
226世界@名無史さん:03/09/03 02:13
>>225
10万石を超える大藩が多い奥羽地方の生活は貧しかった。

生活が最も豊かだった畿内は大藩どころか大名と呼べない小領主しか居なかった。

227世界@名無史さん:03/09/04 18:21
>>194
>あとペリー提督も「肉が食卓に出ないのは貧しいから」と思ったとか。
>実際ペリーらに出されたのは今の価格で数十万もすると言う山海の珍味の山盛りだったのだが。
アメリカ人の食い物に関する感性の無さには呆れます。
それにしても当時の幕閣連中も時々、近江牛を食ってたし、
西洋人の主食が肉だと言う事も知ってた筈。
なんで近江から取り寄せなかったんだろう。
官僚というのは昔も今も・・・・。
228世界@名無史さん:03/09/04 18:44
あっても牛肉より鯛や伊勢海老の方が上位概念だったのでは
229世界@名無史さん:03/09/04 20:27
>>227
井伊直弼にでかい面されたく無かったから。
現に井伊は大老になって…。
230世界@名無史さん:03/09/04 21:13
>>222
ひところ、大英帝国絶頂のVRの頃のひとりあたりの国民所得より
同時期=江戸末期の日本のひとりあたりの国民所得が上という
研究成果があったよね。
でも、こういうのっていくらでも数字いじくれるからね。
たしかに江戸時代の文化なんかみると、ヨーロッパに負けてないとは思う。
右翼系の御用学者だって、あまり根拠ないでっち上げはできなかろう。
231世界@名無史さん:03/09/04 21:58
各国の一人あたりGDPをまとめてみた。
これを見ると、やはり戦前の日本は必ずしも物質的には
豊かではなかったようだ。

白=ベルギー 丁=デンマーク 瑞=スウェーデン
諾=ノルウェー 芬=フィンランド ス=スイス

産業革命前夜(1700年)

蘭  2110  英  1250  白  1144  伊  1100
ス  1044  丁  1039  墺  993   仏  986
瑞  977  諾  900   西  900  独  894
葡  854  芬  638   中  600  日  570
印  550  米  527

産業革命進展期(1820年)

蘭  1821  英  1707  白  1319  ス  1280
丁  1274  米  1257  仏  1230  墺  1218
瑞  1198  伊  1117  諾  1104  西  1063
独  1058  葡   963  芬   781  日   669
中   600  印   533

イギリス黄金時代(1870年)

英  3191  蘭  2753  白  2697  米  2445
ス  2202  丁  2003  仏  1876  墺  1863
独  1821  瑞  1664  伊  1499  諾  1432
西  1376  芬  1140  葡   997   日   737
印   533   中   530
232世界@名無史さん:03/09/04 21:59
アメリカの台頭(1913年)

米  5301  英  4921  ス  4266  白  4220
蘭  4049  丁  3912  独  3648  仏  3485
墺  3465  瑞  3096  伊  2564  諾  2501
西  2255  芬  2111  日  1387  葡  1244
印   673   中   552

第二次世界大戦終戦後(1950年)

米  9561  ス  9064  丁  6946  英  6907
瑞  6738  蘭  5996  諾  5463  白  5462
仏  5270  芬  4253  独  3881  墺  3706
伊  3502  西  2397  葡  2069  日  1926
印   619   中   439
233世界@名無史さん:03/09/04 22:07
>>232
スペイン、うまくやったんだな。
234233:03/09/04 22:10
あ、「ス」をスペインと勘違いしてますた・・
235世界@名無史さん:03/09/04 22:37
どんまいです
236世界@名無史さん:03/09/04 22:43
>231
>日本は必ずしも物質的には豊かではなかったようだ。

それらのデータが示しているのは欧米についで豊かな国々だった、ではないでしょうか。
237世界@名無史さん:03/09/05 00:48
このGDPの表ってあてになるのか?
フィンランドが異様に高いと思う。それに
>231の時代においてGDP出せるような資料があるとは思えないんだが。
まだ国が無いわけだし
238世界@名無史さん:03/09/05 01:18
おまけに露(ロシア)が入ってないやん。
239世界@名無史さん:03/09/05 01:22
どこのデータかな。
240世界@名無史さん:03/09/05 01:29
>>214
その言い方はなんだよ。オレは取り立てて日本が貧しかったということは一度
もないと書いたが、正しいと思っている。
もし特筆するに価するほど貧しかったのなら具体的に書けよ。
241世界@名無史さん:03/09/05 02:32
>231
なんだい、そのソースは?
いかがわしい研究のようだが。
242世界@名無史さん:03/09/05 02:42
いまでも馬鹿食い競争をやっているが、江戸時代には大酒のみ競争というのがあって、
有名な大酒のみには四股名までついていた。
町人は金魚を天井の水槽に入れて自慢したり、相撲や歌舞伎は商業芸能として
今と同様成立していた。
こんな国が世界にどれだけあったよ?
243世界@名無史さん:03/09/05 02:42
>>227
随分と的外れな意見だな。プロトコールとはそういう物。慣例に沿って
最高のものを出さなければ、軽んじていると相手に取られる恐れがある。
244世界@名無史さん:03/09/05 03:06
相手に軽んじられることを恐れたのではなく、決まりと外れたことをして
上から処罰されるのが怖かっただけでは>現場の饗応担当者
245世界@名無史さん:03/09/05 03:27
>>240
明治ごろの日本の工業賃金はインドのそれより安いぞ。
昭和の時代でも全人口のうち90%は最貧層。
鉄道旅客では利用客の99%以上は3等客車に乗っている。
2等、1等客車に乗れるのは両方足しても1%に満たない。
246世界@名無史さん:03/09/05 04:10
外交の舞台では(国内政治でもだが)料理もメッセージの一つなんだからよ
いい持て成しをすれば相手にもそれが伝わるし、逆なら相手にしていないという
メッセージだ
日本人があまり口にしない料理を出した場合、相手にどう取られるか分からない
だろ。気を使っていると思われればいいが、馬鹿にしているとも取られかねない
薬扱いの近江牛なんて出して、どんなメリットがあるんだか
247世界@名無史さん:03/09/05 07:23
>>238 ロシア(ソ連)については、
1700年 611→1820年 689→1870年 943→
1913年 1488→1950年 2834

>>239
『A Millennial Perspective』等アンガス・マディソンの著作による。

ttp://www.eco.rug.nl/~Maddison/Historical%20Statistics/Eur.andW.Offs.xls
↑ここには各国の1820年からのGDP、人口、一人あたりのGDPが載ってる。
ttp://gsociology.icaap.org/report/longterm.html
また彼は産業革命が進展する前は、GDPにおいてアジアがヨーロッパを
圧倒的に凌駕していたと論じている。(だが、日本も含めたアジア地域は人口も
ヨーロッパと比べて巨大のため一人あたりのGDPは小さくなってしまうが)
248世界@名無史さん:03/09/05 07:30
>>243
初めて饗応する連中に慣例にこだわる意味が有るのか?。
馬鹿にされまいと必死だった筈だぞ。
例えば相撲を見せて日本人が、体力的にも劣らない事を
必死でアピールしたりして。
>>245
そういえば、大正時代の賀川豊の「死線を越えて」によれば
阪神沿線の最貧地区は、インドや香港をしのぐ
「東洋最大のスラム」だったとか。
今からでは想像がつかん。
>>246
肉が薬扱いというのは、仏教徒が肉を食うにあたっての建て前でしょう。
249世界@名無史さん:03/09/05 07:58
>>245
虚偽はよすこと。インドより高い。
昭和の時代になると、日本でも中国、インドは貧困国という認識が生まれた。
250248:03/09/05 10:28
賀川豊じゃなくて賀川豊彦の間違いだった。スマソ。
251世界@名無史さん:03/09/05 11:59
>245
>昭和の時代でも全人口のうち90%は最貧層。
その最貧層は、他国の階層でいうとどのレベルに属するんだ?
世界的に見て最貧層なのか?
252世界@名無史さん:03/09/05 12:12
>248
初めてと言ってもアメリカ人が来たのが初めてだっただけで、
それ以前にラクスマンなども来航してるし、
またオランダ人や朝鮮通信使については開府以来ずっと
慣例としての饗応を行っていたわけだからなぁ。
253世界@名無史さん:03/09/05 12:23
>>252
だから清人とオランダ人と朝鮮人の食習慣と好みは分かってただろうが
アメリカ人の食習慣や好みは分からなかったんでしょう。

相手の食習慣が分からないなら
日本式で最上級の物を出すしかない。
254世界@名無史さん:03/09/05 13:00
>>249
明治ごろの、って書いてあるのが読めんのか?
255世界@名無史さん:03/09/05 13:23
昔の日本が相対的にはそれ程、豊かとは私も思いませんが、
明治になるまでは地方差も大きいでしょう。なんといっても
藩が違えば他国ですから。
飢饉の際は牛馬から人肉まで食った東北地方と
仏教伝来以来、現在に至る迄魚すら捕った事がない、
捕らずに生活出来た集落が存在する
瀬戸内西部の島嶼部(参考文献 SHIMADAS 日本離島情報センター)
では生活格差が余りに大き過ぎて。
256世界@名無史さん:03/09/05 14:21
日本全体としては特別豊かでもなく特別貧しくもない。

最も豊かだった畿内については前近代の社会としては
最高水準の豊かさだったのではないかと思う。

しかし、日本では大きな戦乱が少なかったから
貧しい地方といえども大陸の戦乱の多い地域よりも
住みやすかったのではないかと思う。
257 :03/09/05 18:30
258世界@名無史さん:03/09/05 18:56
幽玄という言葉が日本の美的感覚を象徴してると思う。
259世界@名無史さん:03/09/05 19:07
宋朝の影響を受けただけじゃないよ。
260Krt:03/09/05 19:23
ペルリ饗応の不手際(当のペルリ自身が食事を気に入らなかったという点で)に関しては
明らかに幕府側の混乱と準備不足が原因の一つとして挙げられそうだ。このとき実際に
饗応の任に当たったのは山谷八百善と本石町百川という当時を代表する料理茶屋なのだが、
昭和五十四年当時の八百善当主九代目栗山善四郎が、当事者であった六代目から孫に当たる
氏の父親(八代目)が聞いた話の又聞きを述べるところによれば、この時は夜中の十時頃に
突然幕府の役人がやってきて饗応を命ぜられたのだという。しかも会場の世話まで任された
こともあり、四十人分のテーブルや椅子の代理品の調達まで含め大変な苦労だったらしい。
千両程の予算で数十皿の料理だったというこの時のメニューは、残念ながら関東大震災で
焼けて残っていないのだが、この時の事の経緯と、明治初めにロシア皇太子や英国皇子を
迎えたときの料理から推測した饗応時のメニューが、八百善「料理通」江戸のおそうざい
(中央公論社:暮らしの設計129:1979)、というムックに載っている。それによると、
<一の膳>
つぼ(豚煮:卓袱料理で八宝菜の類):いか、あげ水繊(葛)、木耳、くだごぼう、人参
なます:かれいの乱れ切り、赤貝の洗い、胡瓜の千切り、胡麻酢敷(上からかけず下に)
一の汁(三州味噌):あられ蒲鉾(紅白つみれ)、かがみ蕪(円形に剥く)、しめじ茸
香の物とご飯:瓜の印籠漬け、塩漬け茄子
261Krt:03/09/05 19:23
<二の膳>
千代口:唐草いか、ちょろぎ、ゆず味噌かけ
御平:鯛を切って付け焼きに、かすていら玉子(だしで割り擂り身を入れた甘い卵焼き)
  火取り長芋(塩ゆでにして焼く)、亀甲椎茸(六角形に切り甘く煮る)、筍の煮物
二の汁(澄まし腕):あいなめ(一塩ものに葛を打って)、防風、白髪うど(吸口)

これらに大皿三種類に盛られた料理がつく。

硯蓋:車海老山椒焼き、紅粉ふき長芋(しのに剥き塩酢でゆで、湯を切り粉ふきにする時
   紅を加え砂糖で甘味をつける)、あなご大根巻(白焼きをかつらむきの大根で巻き、
   かんぴょうで巻いたものを出汁で甘辛く煮る)、紅白かまぼこ、二色玉子(これは
   説明がないが、写真を見ると黄身と白身を別々にそぼろにしたようなもの) 
二の刺身(嶋台):山吹平目(刺身の上に卵黄のみ炒り卵にした黄身粉をかけたもの)、
      まぐろ刺身造り、まぐろきぬた巻き(まぐろを薄焼き玉子で巻いた物)
      さより細造り、湯引き海老、いわたけ、うご、白髪うど、大根おろし、山葵
鉢魚:鯛の塩焼き、百合根(塩茹でを砂糖蜜につけ込む)、鶏松風焼(ケシの実を散らす)
262Krt:03/09/05 19:24
我々にはすばらしいごちそうに見える。だが先に述べたように、これが本当にペルリの
饗応メニューと同一だったかはかなり疑問なのだ。なぜなら、ペルリ提督「日本遠征記」
岩波文庫第三巻 p.246、によれば、日本側の饗応時の料理は異様なほど量が少なく、
これに先立って自分たちが日本側を饗応した分の二十分の一ぐらいしか量がなかった、
とされているし、料理自体なにか違う感じである。もしかすると真相は、急ごしらえで
こんな料理はできず、客に不満を抱かせる結果に終わった、という所なのかもしれない。
 なお、なぜ肉料理を出さなかったのか、という問題だが、準備が急ごしらえだった、
ということのほかにも理由が考えられる。まずありうる誤解を解いておくと、この時代
既に肉食自体はかなり盛んであった。寺門静軒の「江戸繁盛記」を見ればわかるように、
肉食はこの事件に先立つ天保年間以前から流行しており、準備時間さえあれば材料調達
も可能だったと思われる。だが残念なことに肝心の八百善にその技術があったかどうか
が疑問なのだ。当時江戸では卓袱料理も流行っており、八百善も得意にしていたのだが
八百善のそれは長崎風のではなく、京都で黄檗宗の僧侶から学んだ普茶料理と呼ばれる
精進の中華料理だったからである。(一の膳の「豚煮」もあげ水繊(葛)を使っている)
また高級日本料理としては、まだまだ肉料理は未発達であり、品目も乏しかっただろう。
従って皮肉にも名店八百善を饗応役に選んだことが、失敗の一因だったとも思えるのだ。
263世界@名無史さん:03/09/06 01:45
>260ー262

凄い。よく調べましたね・・

264世界@名無史さん:03/09/06 02:27
Krtさんはカキコミされるときは毎回こんな感じの人です。つまり毎回すごい(w
265山犬 ◆R200HRTAe. :03/09/06 18:40
>>Krtさん
>寺門静軒の「江戸繁盛記」を見ればわかるように、肉食はこの事件に
>先立つ天保年間以前から流行しており、準備時間さえあれば材料調達
>も可能だったと思われる。
江戸繁盛記に書かれた、天保期に流行した肉食というのは、イノシシ、シカ、
ウサギ、クマ、タヌキ、サルなどの野生動物を食べるもので、牛馬は家畜と
して非常に大切にされていましたので、その肉を食べる事には上記の野生
動物を食べるのと比べて、かなりの抵抗感があったと思われます。

将軍が薬食いと称して近江牛を食べていた事は有名な話ですが、これも
例外的なことで、わざわざ「赤牛の肉は食べても身が穢れない」と言い訳
しています。

また天保期に流行した薬食いと称した肉食自体も、駕篭かきや博労などの
ちょっとやくざな連中が、度胸試しに食べるといったような感じのものでした。
少なくとも獣肉自体が下賎な食べ物と思われていた事は確かで、八百善の
ような高級な店では、獣肉を使った料理を出す事などありえなかったでしょう。
鴨肉などの鳥の肉を使った料理はあったと思いますが。

まぁ、Krtさんが紹介していらっしゃるような高級料理よりも、牡丹鍋のほうが
ペリー一行には喜ばれたかもしれません。鴨肉などは西洋人の味覚にも適った
たかもしれませんが、ペリーが来た時期は夏でしたから、時期はずれですね。

あと、饗応といえば、確か朝鮮通信使をもてなした時のメニューは何かの本で
読んだ記憶がありますが、今度時間があれば探してみます。
266世界@名無史さん:03/09/06 19:30
朝鮮人以外にも
オランダ人や清人に何を食わせてたかも興味津々
267Krt:03/09/07 02:10
>>山犬氏:正直なところ君の書き込みには少々同意しがたい点がある。まず、

>江戸繁盛記に書かれた、天保期に流行した肉食というのは、イノシシ、シカ、
>ウサギ、クマ、タヌキ、サルなどの野生動物を食べるもので、牛馬は家畜と
>して非常に大切にされていましたので、その肉を食べる事には上記の野生
>動物を食べるのと比べて、かなりの抵抗感があったと思われます。

もちろん牛馬を食べるのに抵抗感はあったろう。だが十八世紀前半に書かれた
「和漢三才図会」においてすら「牛」の条の「牛は稼穡の資なり、多く殺すべからず」
とある部分の註に「日用の食とするは厳法なれども、禁ずる能はず」とある。
たとえ牛馬を家畜として大切にしていた人間だって食べるときは食べていたし、
それを禁ずることなどできなかったのである。
 また静軒は「前日江都中に薬食舗と称する者わずかに一所、麹街の某の店是のみ。
計るに二十年来、此の薬の行はるるや、此の店今復た算数すべからざるに至る。ー略ー
前日麹街に鬻げる所の肉、包苴するに必ず敗傘紙を用ゆ、今皆籜にす。即ち都下一歳に
幾万の敗傘、復た用ふるに給らざればなり」と書いている。
268Krt:03/09/07 02:11
確かに静軒が売っている肉の種類として挙げているのは野生動物の類である。
だが、このような店が天保年間に至って「算数すべからざる」ほどの数にまで増え、
最初は破れ傘の紙を包み紙に用いていたのがとうてい間に合わず、筍の皮を用いざるを
得なくなったほど需要が伸びているとというのに、そう簡単に「猪、鹿、狐、兎、水狗
毛狗、子路、九尾羊等の物」だけで恒常的に需要に応えることができたのだろうか?
乱獲による急速な資源の枯渇、という状態を何十年も避けられていたというのだろうか?

 私はむしろ永山久夫が「たべもの江戸史」河出文庫、で言うように、
「「山くじら」を食わせる店を「ももんじい屋」ともいった。「文盲爺屋」で、
いかにも自分を卑下しているような表現であるが、実は、この語句の中には、武士階級や
社会モラルに対する強烈な抵抗の姿勢がこめられている。「ももんじい」には「妖怪」
とか「ばけもの」といった意味もある。ー略ーしかし、「山くじら」とはいっても、
肉の正体が本当にイノシシやシカのものであったかどうかは、実はあやしい。煮込んで
しまえば、牛馬の肉が混じっていても不明だからだ。まさに、「ももんじい」で、
この奇妙な呼び名には、何肉を食わされているかわからないという皮肉もこめられていた」
と、考える方がナイーヴさからは遠いだろうと思う(笑)。
269Krt:03/09/07 02:13
とはいえ、私は別に天保人、嘉永人が「牛肉」を盛んに食べていたなどと主張はしないよ。
実際、条約締結後は、横浜の居留外人達に不足する牛肉を供給するため最初は輸入し、
次に神戸港から三田牛(神戸牛の名声の始まり)を移入する必要があった程だからだ。

>また天保期に流行した薬食いと称した肉食自体も、駕篭かきや博労などの
>ちょっとやくざな連中が、度胸試しに食べるといったような感じのものでした。
これもどうかと思う。静軒が「近歳肉の値漸く高し、ほぼ鰻と頡頏す」るとしている
ものを、「駕篭かきや博労などのちょっとやくざな連中が、度胸試しに食べる」
だけの需要で、「算数すべからざる」ほどの店がやっていけたのだろうか?
さらには、そういった「駕篭かきや博労」といった人種は肉鍋をつつくだけではなく
店が破れ傘だけではまかないきれず筍の皮を用いざるをえないほど、肉を持ち帰り
ちまちまと自宅で煮たり焼いたりして「度胸試し」をしていたというのだろうか?
私は違うと思う。静軒が肉は高いが「其の味甘脆なり。且つ功験の速なる、人孰れか
値を論ぜん」と書いたように、相当広い階層に受け入れられるようになったからこそ
このような店の増加があり、肉を店や家庭に持ち帰る人間が出てきたのだと思う。
それこそ「覗かれて酒盛りになる薬食い」といった句が残っているほどに。
270Krt:03/09/07 02:14
>少なくとも獣肉自体が下賎な食べ物と思われていた事は確かで、八百善の
>ような高級な店では、獣肉を使った料理を出す事などありえなかったでしょう。
>鴨肉などの鳥の肉を使った料理はあったと思いますが。

262でも書いたように、高級江戸前料理+普茶料理の「八百善」にそのような技術が
なかったことはその通り。だが、繰り返すようだが、一般にはともかく当時の全ての
教養ある人士に「獣肉自体が下賎な食べ物と思われていた事は確かで」はない。
例えば、ペルリ提督「日本来航記」岩波文庫第三巻237p.、において、条約締結前に
(日本側の饗応に先立って)ペルリ側が日本人の役人を接待した部分にはこうある。
「彼ら(日本人側委員)にとっては、食物も飲み物より美味しくないことはなかった。
ー略ー日本人の食欲は猛烈で、皿を選んだり、食事の順番の見界をつける余裕など
殆どなく、魚、獣肉、鶏肉、スープとシロップ、果物とフリカッセー、蒸肉と煮肉、
塩漬物と砂糖漬物とをゴチャゴチャにつめこん」だあげく、残り物を懐紙に入れて
持ち帰ってしまったのである。ペルリらが日本側の饗応を酷評したのは、自分たちは
こんなにご馳走して、おまえらはさんざん飲み食いしたくせに、自分たちに出す料理の
この分量は何だ!という食い物の恨みが多々ある、と私は思う(笑)。
271Krt:03/09/07 02:21
それと、確かに、鳥料理に関しては、伝統的な吸い物系のものに加えて、南蛮料理
と呼ばれる、様々な種類の鳥を煮たり、油で揚げたりして食べる料理があったわけで
刺身なんかを出すよりは、これの方が受けたはずだね。

>まぁ、Krtさんが紹介していらっしゃるような高級料理よりも、牡丹鍋のほうが
>ペリー一行には喜ばれたかもしれません。鴨肉などは西洋人の味覚にも適った
>たかもしれませんが、ペリーが来た時期は夏でしたから、時期はずれですね

こういった所で重箱の隅をつつくのは好きではないが、ペリーの初来航は夏でも、
日米和親条約が締結されたのはペリーが再来日した安政元年の3月31日で
(もちろん太陽暦の)饗応はこれを祝って当日催されたものである。夏ではない。
だから、鳥料理の美味しい物なら、準備時間と料理屋を選べば出せたと思う。
それゆえ繰り返すが、ペルリ饗応の失敗の第一の原因は料亭に準備不足を強いた
幕府の不手際にあると思う。接待役に八百善を選んだのも問題だが、八百善でも
時間さえあればもう少し何とかなったのではないかと思う。少なくとも出す分量
ぐらいはね(笑)。
272世界@名無史さん:03/09/07 14:32
Krtさん。
>京都で黄檗宗の僧侶から学んだ普茶料理

話がそれるようですが、八百善を筆頭とする江戸前料理は
関西風の薄味に慣れた我々には凄く味の濃く辛い料理では?という
イメージが有るのですが、上記のように京都の普茶料理の
影響を受けていたとは初耳です。
私のように「濃く辛い料理」という認識は間違っているのでしょうか?。
273世界@名無史さん:03/09/07 14:38
>>272
江戸でも高級な料理は関西と同じ。
むしろ徳川時代の後半には江戸文化は関西の文化以上に洗練されてた。
江戸料理は京料理の二倍の手間をかけるとまで言われてた。

徳川幕府が倒れて江戸が東京になったときに
江戸の高級文化は断絶したのだ。

そして江戸文化は庶民文化だけが存続することになった。
だから料理でも高級な江戸料理は断絶して
庶民的な味の濃い辛い料理だけが残った。
274Krt:03/09/07 16:43
273氏の言うように、高級江戸料理は「かつては、江戸にも料理屋はたくさんありました。
しかし、奢侈禁止令、幕末の動乱、明治維新と、ーー略ーー関東大震災、そして戦災と、
いろいろな形で痛めつけられました。そして、その都度、「江戸の味」を持った料理屋は
一つ二つと姿を消し」自分たちだけが残った、と九代目八百善主人が語ったように(ibid.)、
伝統の断絶を経験し、合理的な調理法をもつ関西料理に駆逐されてしまったのは事実である。

しかし「それでは江戸でも高級な料理は関西と同じ」で味の濃い辛い料理ではなかったのか
というとそうではない。この点では272氏の認識の方が正しい。前に挙げたレシピでも想像は
つくと思うが、江戸の高級料理はどちらかといえば「濃く(甘)辛い料理」だったのである。
これは江戸で取れる材料に合わせたこと、当時の高級品である砂糖をふんだんに使うことで
評価を得たこと。といった理由があるが、それ以外に、これらの料理茶屋の仕事は仕出し料理や
折り詰めなどによる持ち帰り料理の比率が高く、そのため、さめても味が落ちにくく、しかも
腐りにくい「濃く甘辛い」味に傾いていったのも原因とされている。なお、本来の普茶料理は
生臭物を使わないで客を満足させるため、かなり油濃く味も濃い物だそうで、九代目は味が濃く
なったのは(むしろ)普茶料理の影響としている。確かに以前、「東京良い店美味い店」文春
に、普茶料理専門店の味の意外な濃厚さに驚いた報告者の記事が載っていたのを覚えている。
275272:03/09/07 19:07
>>273>>274
有難うございます。
高価な江戸前料理は武家の接待に使われる事が多かったそうですね。
確かに持ち帰りの比率が高くなるのもうなずけます。
うひ、ちょいと反論が遅れますたね。というか、今年の夏休みはやら
なきゃいけない事がイッパイアッテナ、なんか忙しいのですよ。

>たとえ牛馬を家畜として大切にしていた人間だって食べるときは食べていたし、
>それを禁ずることなどできなかったのである。
一つ断っておきますが、私は江戸時代に牛肉食が行われていなかった
という事を主張しているのではなく、牛肉が食べられる頻度が極めて
少なく、また江戸時代において肉食に対するタブーが強かった事と、
その肉食の中でも特に牛馬の肉を食べる事に対するタブーが強かった、
という事が言いたいだけです。

生類憐みの令真っ只中の元禄期に成立した、人見必大の「本朝食鑑」にも、
牛肉をはじめ、様々な種類の獣肉が紹介されていますし。余談ですが、
生類憐みの令以前の江戸時代初期には肉食は比較的行われていました。

あと、「食べる時には食べる」というのは当たり前の事で、特に江戸後期
の東北地方の飢饉の際には牛馬の肉を食べたという記録も沢山出てきます。
ですが、それらの記録の多くは、翌年の種籾やら木の芽やら鼠の肉やら、
食べられるものを全て食べ尽くした後、牛馬まで食べてしまった、その位
凄い飢饉だった、というニュアンスのものが多いのです。
もちろん、江戸時代にも牛肉が食用に供される事はありましたが、それ
では江戸末期の日本で、牛の肉の位置付けが実際にどのようなものであっ
たか。とりあえず、二つ文章を引用させてもらいます。

「そのとき大坂中で牛鍋を食わせる所は二軒ある。一軒は難波橋の南詰、
一軒は新町の廓の側にあって、最下等の店だから、凡そ人間らしい人で
出入する者は決してない。文身(ほりもの)だらけの町の破落戸と緒方の
書生ばかりが得意の定客だ。どこから取り寄せた肉だか、殺した牛やら
病死した牛やらそんなことには頓着なし、一人前百五十文ばかりで牛肉と
酒と飯と十分の飲食であったが、牛は随分硬くて臭かった。」

こちらは、福沢諭吉の「福翁自伝」(岩波文庫P63−64)からです。大坂に
遊学していた当時のお話です。大坂では安政ごろから牛鍋を出す店が存在
しました。当時の江戸にはそのような店は存在しませんでした。牛肉食に
関しては、江戸よりも進んでいたと見てよろしいかと思います。とりあえず、
この文章からは、その大坂で牛肉が実際どのように位置付けられていたか
を読み取る事ができるかと思います。
次に、「幕末百話」(岩波文庫P222−223) より。こちらは、篠田鉱造と
いう報知新聞の記者が、明治35年から幕末・維新を経験した古老から
様々な事を聞き取った事柄をまとめたものです。この話の話し手がどの
ような人物であったのかは記録が残っていませんが、文章を読む限り、
おそらく比較的高い身分に属する人であったのでしょう。

「御一新前と来たら、七里ケッパイ、牛肉を喰うというのが、精根つきた
病人ぐらいで、薬だというから、鼻の穴へセンをかって置いて喫べたも
ので。喫べた以上は神様仏様へ、一周(ひとまわり)の御遠慮を申す。
万一家で喰べる段になりますと、神棚仏壇へ目張をしたものです。そう
して置いて煮た鍋はというていと、庭の中央へ持出して、煮湯を懸けて
二日間晒すという手数のかかったお話なんでした。ソレも薬だからで、
ナニを苦しんで晩飯のお菜なんぞに致しましょう。
(中略)彦根からは牛肉の味噌漬だというて貰った事が有ましたが、牛肉
だと聞くと喰べる気がしませんで恐しく忌がったものです。肉を喰べると
煙草も呑みません。火をけがすというので…。

けれども獣肉(けだもの)茶屋といって、両国駒止橋の所に、今で言え
ば牛肉屋然たるものがありまして、もみじやともいい、ココへ参ると猪、
豚、猿、鹿、何でも喫べられました。ももんじやというもあって、獣肉を
販売しました。軍鶏屋なんというのはありませんで蹴合につかうくらい。
たまにコレも養生喰いにするからといって買えば二朱で(十二銭五厘)
大皿に肉が一杯あるんです。女は噛んで見て「オオ忌だ」とホキ出した
もんですが、ソレをどうです。当今では婦人方でも牛肉屋軍鶏屋で一杯を
きめていらっしゃる。変れば変るものです。」
あと、獣肉の値段が鰻と同じくらいの値段であったという江戸繁昌記の記述
を引用されていますが、この記述にはちょいとした落とし穴があります。

「近歳肉の値漸く高し、ほぼ鰻と頡頏す」の前には、「鍋の値約ね三等有り。
小なる者は五十銭、中にして百銭、大は則ち二百」という一文があります。

守貞漫稿によれば、当時鰻の蒲焼が約200文でしたから、鍋の大と同じ
値段だということになりますが、「鰻の蒲焼一人前」と「鍋の大」を比べ
れば、その量は当然違ったと考えるべきでしょう。江戸繁昌記には興味深い
記述が多いのですが、反面読み物として面白おかしくする為に、事実をやや
誇大に伝えている面もあるという事を、忘れてはならないと思います。

ちなみに、小は50文となっていますが、当時豆腐一丁の値段が約50文でした。
蕎麦が16文であったことは有名ですが、これなら3杯食べられる計算になりま
す。まぁ、値段に関しては特別安くもないが、高くもないと言った所でしょう。

>実際、条約締結後は、横浜の居留外人達に不足する牛肉を供給するため最初は輸入し、
>次に神戸港から三田牛(神戸牛の名声の始まり)を移入する必要があった程だからだ。
牛肉は不足していたのではなく、当初、輸入(主として上海から)していた
のは、幕府が食用に外国人に売ることを禁じていたためです。
>「しかし、「山くじら」とはいっても、 肉の正体が本当にイノシシやシカの
>ものであったかどうかは、実はあやしい。煮込んでしまえば、牛馬の肉が
>混じっていても不明だからだ。まさに、「ももんじい」で、 この奇妙な呼び
>名には、何肉を食わされているかわからないという皮肉もこめられていた」」
あと、永山氏のこの主張には、何らかの根拠がおありなのでしょうか?
百歩譲ってもし牛馬の肉がももんじ屋で出されたとしても、牛馬の肉を鹿肉
や猪肉であると、わざわざ偽って売る理由は一体何故なのでしょうか?

ちなみに、明治時代には馬の肉が牛の肉と偽って売られていたという記録が
結構残っています。「牛肉」と看板を掲げて馬肉を売ると罰せられましたので、
「午肉」と、わざわざ牛肉と勘違いさせるような看板を掲げる店もありました。
なぜわざわざこんな商売をしたのかと言えば、牛肉の値段が馬肉よりも高かっ
たためです。

>日米和親条約が締結されたのはペリーが再来日した安政元年の3月31日で
>(もちろん太陽暦の)饗応はこれを祝って当日催されたものである。夏ではない。
ほい、こりゃ見事に一本とられたのぉ。上記の饗応がいつ行われたのか、よく
調べずに、うろ覚えで書いてしもうたしくじりじゃ(シナ爺さん風)

今は、とりあえず手元にある本を使って反論させていただきましたが、天保頃
の江戸の獣肉食が、主として上に書いたようなやくざ者、アウトローに属する
ような人々によって行われていたという事に関しては、また日を改めて書かせて
頂きます。ですが、十月第二週までに済ませなければならない用事が結構ある上
卒論も書かねばなりませんので、いつになるかは分かりませんが。
>>272さん
>高価な江戸前料理は武家の接待に使われる事が多かったそうですね。
>確かに持ち帰りの比率が高くなるのもうなずけます。
上でも話題にのぼっている八百善は、天保年間には仕出し料理専門でした。
でもさすがに仕出し専門だと経営的にきつかったようで、嘉永年間には店内
で料理を出すように戻っていますが。

>185さん
>国際法学者対憲法学者の「国際法と憲法の優先順論争」並みだとか…。

日本史学者でも中国からの大量の鉄材輸入によって需要をまかなってい
たと考える学者は多いと思いますよ。私も日本史側の人間ですが、私自身
はこの時期の旺盛な鉄需要を賄っていたのは、国内の製鉄技術の進歩より
も中国などからの鉄材輸入によるところが大きかったのではないかと考えて
います。

鄭舜功という明人の書いた「日本一観」という書物がありますが、この中で
日本が現在の福建省やタイなどから鉄を輸入していたという記述があります。
また、インドからも良質のウーツ鋼が輸入され、刀剣や鎧の材料として珍重
されています。ウーツ鋼であるかどうかは成分分析によって判別できますが、
このウーツ鋼で作られた刀剣は日本全国に数多く残されており、広い範囲で
利用されていた事が伺えます。
続き

そして、製鉄技術に関する事柄ですが、国内の鉄の生産量が大きく増加した
のは16世紀末に「鉄穴流し」という砂鉄の採取法が確立してからの事です。
この「鉄穴流し」というのは、まぁ簡単に言えば山の上にため池を作り、そこ
から水路を引いて、その水路に砂鉄を含んだ花崗岩を流して細かく砕き、それ
を沈殿池で分離する、という方法です。

この「鉄穴流し」が普及して以降、それまでの「野ダタラ」から「永代ダタラ」
への移行が急速に進んだとされています。この水路の長さは、規模によっても
違いますが、だいたい数kmあり、10kmを超えるような所もあるそうです。
ある程度の土木技術の進歩があって、初めて成立するものですから、鉄の生産
が目立って伸びたのは、16世紀末以降と見てもいいのではないでしょうか。

とりあえず、もののけ姫に出てくるような形の鉄生産は、戦国時代では無理です。
天秤鞴も17世紀後半以降に発明されたものですし…。
283世界@名無史さん:03/09/12 02:29

<血液型O型のいかがわしい特徴>( すべて許していると調子にのってつけこんでくるぞ!! )
■その道の達人をコケにして安心しようとする。多数対少数のときだけやたら強気。才能ある人間を歪んだ目でしか見れない。
■顔が見えない相手に対しては毒舌かつ強気。面と向かった相手にはやたら弱気で人が言ったことにする ( 俺が言ったんじゃないんだけど、Aさんがあなたをアホかとバカかと… )
■場所が変わると手のひらを返すように態度が豹変する ( あの連中の中じゃヘコヘコさせられてきたが、うちに来たら見ていろ! 礼儀を教えてやるぜ。 )
■カッコイイ人に注目したがるが自分を磨こうとしない。なぜか、カッコイイ人は自分にソックリだと信じ込む
■読みが浅い。粘着に睨まれる事を言っておきながら関係ない人に振り向けようとする ( どうせ>>1さんはヒッキーでしょ? /  大阪人だってジサクジエンしてるぜ )
■早とちりが多く、誤爆と気付いても釈明できない。イイ人を装って忘れる ( そういう土地柄だったのさ )
■話題と関係ない個人攻撃で場の空気を陰険にする。次第に耐え切れなくなりあきれかえる。( どうなってるんだ? 間違ってる! )
■恩を貸してるように振舞うが、自分のためであるということを見抜かれる。それに気付いて恥ずかしさをごまかすために大袈裟にキレる。相手がキレると今度はビビる。
■似たもの同士でしか共感できないわりに人気者ぶる。
■人の真似を勝手にしておいてケチだけつけ、批判される所には現れない。自分が観察される側になると極度に焦る
■自分が企んでいるのに相手を悪人に仕立て上げ、己の為に餌食にする。攻撃を誘って自分の憎悪に酔いしれる。人の裏切りを許せないわりに自分の裏切りは覚えていない鈍感さ。
■世間に通用しないような事ばかり繰り返して自分に課した目標から逃げる。あげくに人のせいにして相手に伝わらない方法でキレる。
■半端な人生経験により集団的にばかり相手を気にする ( 君のような人はウチでは…  / ○さんによく似てるから駄目だろうね… )
284世界@名無史さん:03/09/12 07:33
面白い話題になってきたな。山野野衾が来ればさらに面白くなりそうだ。
285山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/09/12 11:48
長レス連続で目が痛い・・・とりあえず古代・中世の食肉について書かせて戴きましょうか?
286世界@名無史さん:03/09/12 13:24
肉を食うから豊かってのも阿呆臭い発想だが・・・。
喰いたくても喰えなかったのと、あえて喰わなかったのとでは違うし。
287世界@名無史さん:03/09/12 14:03
杉浦ヒナコ先生の解説を聞いてみたいものだ
288世界@名無史さん:03/09/12 14:05
卒論を書くって事は、山犬はまだ学部生だったのか。
その割には、知識の量はなかなか大したもんだな。
289世界@名無史さん:03/09/12 21:00
>>285
やってくれ。
290山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/09/12 23:18
>>289
お任せを。まず牛馬についてですが、通称『魏志倭人伝』の中では虎や豹や
カササギと並んで牛馬が存在しないものとされていますが、これは南方熊楠
が戦前にすでに指摘していた通り間違い。ただ数は少なかったようです。
さて食されていたかどうかですが、『日本書紀』によれば天武天皇によって
「牛・馬・犬・猿・鶏の宍を食ふこと莫。以外は禁の例にあらず。」
という詔が出されています。言い換えればこれまでは食べられる事があった
という事でしょうし、更にこれ以後も影で食べられていなかったとは言い難
いものがあります。なおこの五種の組み合わせは近世まで続いており、余談
ながら『桃太郎』のお伴の顔ぶれもここから来たのではないかという気がし
ます。閑話休題。これ以外にも肉食禁止令はありましたが、道鏡などの宣伝
を狙ったものと見ていいようです。
また古代には「漢神」祭祀の為に牛馬が殺害される事がありました。『日本
書紀』や『類聚三代格』、『日本霊異記』に禁令対象あるいは非難されるべ
き行動として出て来るものですが平安時代まで続いたようです。
ただ本居宣長が『古事記伝』中で「やや後には民間などにては食し者もあり
たらむ、上代にはさらにさることなし。」と述べている(やや理想化してい
る気もしますが)ように、一般的なものでは無かったらしい。
『古語拾遺』(十世紀に成立)に「牛宍」を食べて神の逆鱗に触れた話があ
る通り話はありましたが、やはりアウトサイダーのものだったようです。
鹿・猪や雉などの肉はおおいに食べられました。中村生雄先生や千葉徳爾先
生の御本を参考になさって下さい。
291山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/09/12 23:34
さて時代は中世まで下ります。『今昔物語集』には餌取(えとり。エタの語
源らしい。)の法師の家に偶然宿泊させてもらった法師が往生を見届けると
いう話がありますが、牛馬の「臭い」肉を鍋に入れているのを見て「ああ、
ここは餌取の家であったのか。とんでもないところに来てしまったぞ。」と
後悔する場面が出て来ます。これは皮を処理した後のものだったらしい。
牛馬の死体処理は明治までは彼らに任されたもので、彼らにその権利(宗教
的な意味でも)と能力が認められていました。専門の異なる被差別民同士で
権利争いもあったほどです。
なおここでいう「餌取」の餌とは鷹の餌の事ですが、これはシナも含めて近
世まで犬の肉のことでした。彼らは犬狩りの技術に長けており、犬追物の犬
を集めていたのも彼らでした。
欧州でも1444年のウィーンでは年間に886頭の犬が捕獲されたといい
これを行ったのも農村部から流入して来たものの手工業組合に入れてもらえ
ずに差別を蒙るようになっていた人々であったそうです。
なお同時期の日本の犬追物では一度に450頭が用意されていました。
で、やられた犬はどうしたのかというと、犬鍋として被差別民らの腹に収ま
ったようです。『看聞御記』によれば皇族も口にする機会があったようです
が。ところでこの犬追物、元々は牛追者だったそうですがその際の処理もお
そらく彼らが司ったのではないかと。
中世日本では勝手に放し飼いになっていた牛馬や犬を射て(近世までは犬は
放し飼い、猫は繋ぐのが基本でした。)よく問題になっていましたが、横道
にそれるので止めておきます。
近世のことについても少々。秀忠の時代に出された法令には「殺すつもりの
人間に牛馬を売ってはならない。」とありましたのでどうやら故意に殺して
も売れるだけの需要は色々とあったようです。
それから幕末の大坂では死に牛の鍋を出す店が流行っていたとか。
292かきつばた:03/09/12 23:58
広島県の鎌倉〜室町時代の都市遺構「草戸千軒遺跡」の場合、ゴミ捨て場から
みつかった魚貝鳥獣などの食べカスのうち、「調理の痕跡のある犬骨」がもっ
とも量がおおかったとか。
293情けない特攻パシリ男たちVS反戦を戦い抜いた:03/09/13 00:01
甘ったれた形容詞を羅列した、自己陶酔の遺書を書かされ、ボロ飛行機に放り込まれ、
覚醒剤を打たれ、殆ど命中しない体当たり作戦に利用される神風特攻隊の若者たち、
その特攻の報復空襲で焼き殺される特攻隊員の家族と美しい故郷と何十万という市井の人々。
何という無残で情けない特攻パシリ男たちだろう。
あの時代にも総てをかけ凄まじい弾圧に耐え侵略強盗阻止の反戦を戦い抜いた
最も聡明で最も美しい若者たちがこの日本に確かに存在したのだ。
http://www.linkclub.or.jp/~teppei-y/tawara%20HP/ima%20tawara.html
http://www.angelfire.com/journal2/esashi/ir12.htm
http://village.infoweb.ne.jp/~pms/jigyo/Ko_tokyo.htm
単細胞で無責任な皇軍兵士たちの犬死の「お陰」で今、この狂った日本がある。
年間2兆円の恩給利権、5兆円の防衛利権、選挙の票田と化した靖国利権参拝。
防衛、金融、建設、宇宙などに注ぎ込まれる巨大な利権の狂乱のなかで
今尚、アジア各地に放置されたままの100万体を越える彼らの遺骨。
「侵略強盗殺人犯罪への判決という慰霊」も受けない「骸骨」のまま捨て置かれているのだ。
何という無残で情けない昭和パシリ男達だったのだろう。
あの時代にも総てをかけ凄まじい弾圧に耐え侵略強盗阻止の反戦を戦い抜いた
最も聡明で最も美しい若者たちがこの日本に確かに存在したのだ。
(参考文献)
『戦史叢書 本土決戦準備』1,2、本土方面海軍作戦。各・防衛庁防衛研究所戦史室。
『聞き書き ある憲兵の記録』朝日新聞山形支局 
『ねじ曲げられた桜―美意識と軍国主義』大貫恵美子
『ドキュメント神風』デニス・ウォーナー、ペギー・ウォーナー
『全体主義の起源1・2・3』H.アーレント
『JAPANESE AIR POWER−米国戦略爆撃調査団報告/日本空軍の興亡』大谷内一夫訳・編

294山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/09/13 00:01
勿論というか、きっちり葬られた犬の骨も見つかっています。
295世界@名無史さん:03/09/13 00:04
犬を日本人が食って痛いことにするのは半島人の陰謀。
296世界@名無史さん:03/09/13 00:11

★一重★目が細いか小さい★目頭がほとんど無い★ツリ目かトガリ目★
★ヨリ目★眉毛がかなり薄い★目と眉毛の間が広い★ハの字眉★
★肌の色が黒い★ヒゲが薄いか生えない(男性限定)★
★スネ毛など体毛が薄いかほとんど生えない★歯が大きい、または出っ歯★
★頬骨が強く張っている★彫りが極端に浅く、起伏に乏しい★
★うりざね型の面長★ゼッペキ頭(過短頭)★


韓国朝鮮人の帰化や混血で日本人に増えている形質一覧
297295:03/09/13 00:20
草戸千軒遺跡なるものは、朝鮮人の捏造である!
日本人は犬など決して喰わなかったんだよ!
298世界@名無史さん:03/09/13 00:23
犬を食べる奴は朝鮮人の形質入り!
299世界@名無史さん:03/09/13 00:28
犬を食べる話題は半島人を見分ける最初のチェックポイント屋!
300おーさん:03/09/13 03:29
おれの母ちゃんの話を聞いたら
昭和20〜30年代の日本は今を基準にしたらとてつもなく貧しいぞ。
それどころか俺のガキの頃と比べたら
今のガキはいいもの食ってるし、いい服着ているんだが。

301世界@名無史さん:03/09/13 09:02
今を基準にしたらそりゃ貧しい。
当たり前だよ。
インターネットも何もないんだから。
でも日本は精神文明歴1万年の大国でした。
302世界@名無史さん:03/09/13 11:25
>>243
プロトコールなんて横文字の発想を江戸時代の武士が知る訳ないだろう。
それ以前の書き込みに今の数十万もした料理としっかり書いてある。プロトコールという発想はなくてもそれ相応の接待はしたいるだろう。
あと井伊云々は近江牛は譜代の実力者・彦根藩井伊家の半ば専売品。
当時の幕閣・譜代・外様入り乱れての政争の中で井伊家に牛肉を頼んで、政争介入の口実を与えてややこしくしたくないのは政権担当者なら当然の判断なのではないか?
もっともそんなことだから幕府は滅んだのだろうが。
303世界@名無史さん:03/09/13 15:28
>>302 大事に大事に育てた極上の赤犬を供していたら、大騒ぎ?
304世界@名無史さん:03/09/13 15:29
>>302
そこ突っ込むところか? プロトコールは慣例程度の意味合いだろ。
305世界@名無史さん:03/09/13 15:47
>>302
横文字の発想?
蘭学を知らない厨はだまっとれ。
306世界@名無史さん:03/09/13 15:47
>302
参勤交代もプロトコルなんですが。
307世界@名無史さん:03/09/13 17:11
で、ワシントンに行った日本の使節団は刺身を饗されたのか?
308世界@名無史さん:03/09/13 20:16
>>297
>日本人は犬など決して喰わなかったんだよ!
生類哀れみの令以前は普通に犬の肉を食べていたんだが。
309世界@名無史さん:03/09/13 20:59
>>308
ラグビー元日本代表の大八木も、同志社大学時代、貧しいチームメート
の食欲を満たすため、近所の野良犬を捕獲して、自分の母ちゃんにさば
いてもらって調理して、喰わせていたといっていたよ。


310世界@名無史さん:03/09/13 21:30
また朝鮮人のスレ汚しかw
311おーさん:03/09/14 00:26
>>301
それがちょっと違うんだよなあ。
「トムとジェリー」あれは2次大戦前作品なんだよねえ。
アニメ技術の凄さに驚くと同時に
そこの描かれるアメリカ家庭の豊かさにヨダレものだったよなあ。

>でも日本は精神文明歴1万年の大国でした。
電波の一言で流したらいいかもしれないが・・・。
このスレは日本以外の地域のと比較なので
1万年云々言うなら日本以外の地域に「精神文明」の長い歴史はなかった
ということでないと意味ないよ。(ヨーロッパの土着文化の歴史はかなり長いよ。)
312世界@名無史さん:03/09/14 00:29
>>311
おまえはトムとジェリーだけでそうきめつけているが、
アメリカは貧民の大国であるということもしらないのかw
豊かなのはほんの一握りだよーん。
おまえは日本でいう中流意識みたいなの米人にぜんぜんないというの
しらんのとちがうか?
313世界@名無史さん:03/09/14 00:32
ヨーロッパの土着文化の歴史はかなり長いよ。

あれはけると人やローマ人、ギリシャ人の諸文化だろうが?

フランス、イタリア、ドイツの元になったのはフランク王国。
ローマ帝国と断絶している。
アングロサクソンのルーツといえばやはりノルマン・コンクエストからだな。
ユトランド半島から来た頃は蛮族であり、やはりノルマン人支配以降が
イギリスの源泉だろうw

イベリアの2国に至っては、もはやレコンキスタ以降であって
全然歴史なんかないぞw
314世界@名無史さん:03/09/14 00:37
>>312
奴はアメフトと野球の違いが理解できない人間なんだよ。
315世界@名無史さん:03/09/14 01:38
>>277
新町は、西横堀の外側だからまだ分からなくもないが、難波橋南詰といえば
船場でも賑わっているところ、砂糖、輸出用の乾物の会所のあったところ。
すこし西は、米穀の会所、そのすぐ西は蔵屋敷の建ち並ぶところ。
南は薬屋街。
橋の北は天神社の沿道、東は川魚の会所、東横堀を挟んだ向かいは城内。

そんなところに、文身(ほりもの)だらけの町の破落戸と……みたいなことが
あるのか?
316世界@名無史さん:03/09/14 02:04
>>305
プロトコールってオランダ語だっけ? でなければ誤爆と違うか?
(ペリーの時はオランダ語を介さないと会話出来ないほど、オランダ以外の欧州の言葉に関する認識は低かったと思うが)
317世界@名無史さん:03/09/14 02:07
新町は、西横堀の外側だからまだ分からなくもないが、難波橋南詰といえば
船場でも賑わっているところ

ついに正体が露見したなw=大阪人=在日が多いところだw
なんで日本の掲示板に書くのかしらんが、まずは半島に帰りたまえw
レスはもうしなくていいよ。バイバイw
318世界@名無史さん:03/09/14 02:49

世界最大の木造建造物→東大寺大仏殿
世界最大の陵墓 →仁徳天皇陵

昔の日本が貧しいというのは出鱈目です。
知識人の趣味として貧乏たらしい趣向が好きというのは
ありますが
319世界@名無史さん:03/09/14 03:18
>>317
 日本ラグビーをその双肩に担っている大八木さんを「朝鮮人」だと?
 おまえこそ、逝ってヨシ!

 犬食をバカにするな!!!
320世界@名無史さん:03/09/14 03:33
サウジは国賓に羊の脳味噌の煮込みを出す
321世界@名無史さん:03/09/14 04:29
CJDがらみでなんか言いたいのかね?>320
国賓に出すような羊がそういう羊だと簡単に思えるんだとしたら脳味噌がハッピーだな
322世界@名無史さん:03/09/14 04:33
>321
> CJDがらみでなんか言いたいのかね?
多分違うと思う。
323世界@名無史さん:03/09/14 07:48
羊の脳味噌の煮込みってすごい旨いらしいぞ。
中東ではポピュラーだとか。
324世界@名無史さん:03/09/14 09:44
>>318
まったくですね。
大仏や天皇陵を欧米や中東がつくった話など聞いたことが無いw
325世界@名無史さん:03/09/14 10:01
>>324
バーミヤンと始皇帝稜は?

精神文化というなら、哲学や高等宗教を生み出した文化との差異は?
縄文文化程度の精神文化なら、未開社会の大半が持ってるんじゃないか?

未 開 な め す ぎ。
326世界@名無史さん:03/09/14 11:01
>>324
バーミヤンの仏像はタリ板が破壊しましたが何か?
そもそも、日本の方がはるかにはやくつくっているのだが(w

精神文化というなら、哲学や高等宗教を生み出した文化との差異は?

夏や秋に鳴く虫の声が雑音に聞こえるのが大陸や欧米の特徴。
日本人は其処に趣を感じる。比較にならないねw

縄文文化程度の精神文化なら、未開社会の大半が持ってるんじゃないか?

もってねえよ(w
縄文人は北米や南米や南洋や大陸など自由自在にいけたんだよ。
未開社会じゃないだろw
327とてた ◆0Ot7ihccMU :03/09/14 11:29
>>326
ギリシア人もセミを「音楽家」と称えていますが、
ファーブルには「耳がおかしい」とされました。

それと、縄文人の渡海術を「自由自在」というなら、世界の精神文化は押並べて「高尚」というべきでしょう。
328世界@名無史さん:03/09/14 13:38
>>326
「パパラギ」読んでからぬかせ。
縄文時代を、未開じゃないというヤツは、未開の凄さを知らないだけ。
週刊モーニング買って、「新釈うああ哲学大事典」でも読んでこい。
329世界@名無史さん:03/09/14 13:38
>>326
奈良の大仏は平家が破壊しましたが、何か?
330Krt:03/09/14 14:25
>>山犬@ほろ酔い氏:私は260-262において江戸時代後期、特に幕末において肉食がかなり
盛んになってきてたから、幕府が適切な料理屋に十分な時間を与えていればペルリ饗応に
肉を出せたしそういう料理の不得手な八百善でも時間さえあれば鳥料理なら出せただろう
といっているのであって、この場合の「肉」は標準語文化圏人の私にとっては辞典通り、
即ち、「動物の主として筋肉からなる部分..」(広辞苑)を意味する。
それゆえ260-262においても私は「肉」を全くこの意味で使っており、牛肉食については
全く言及していない。ところが君は260-262に対する君の発言265、即ち

>江戸繁盛記に書かれた、天保期に流行した肉食というのは、イノシシ、シカ、
>ウサギ、クマ、タヌキ、サルなどの野生動物を食べるもので、牛馬は家畜と
>して非常に大切にされていましたので、その肉を食べる事には上記の野生
>動物を食べるのと比べて、かなりの抵抗感があったと思われます。

で、突然牛肉に言及している。多分君は227氏や228氏の牛肉に関する発言に引っ張られて
いるのか、あるいは「肉」と聞いただけで自動的に「牛肉」を想像してしまう文化圏の
出身なのかと思うが、これでは議論がかみ合わない。私が262で言及しているのは静軒に
ついてなのだから、私が肉料理と書いた場合まずはジビエ(野生獣の肉)そして常識的に
考えられる鳥料理を想定してほしい。ペルリに出す肉が牛肉である必要はないと思うから。
331Krt:03/09/14 14:26
ところが君が上のような主張をしたため、私は奇怪に思いながら267で
「もちろん牛馬を食べるのに抵抗感はあったろう」が食べる時は食べていたことを
「和漢三才図会」を引きながら説明したのだが、君は以下のように言う。
>一つ断っておきますが、私は江戸時代に牛肉食が行われていなかったという事を
>主張しているのではなく、牛肉が食べられる頻度が極めて少なく、また江戸時代に
>おいて肉食に対するタブーが強かった事と、その肉食の中でも特に牛馬の肉を食べる
>事に対するタブーが強かった、という事が言いたいだけです。

この主張自体は(私は綱吉の時代はともかく、鳥類に関しては肉食のタブーはほとんど
なかったと思っているが、それ以外の点では)私も別に反対ではない。ところがお互い
そのタブーの程度に関する認識、及びそこからくる肉食の広がりについてかなりの見解の
相違があるらしい。なぜなら君は私の引用にもかかわらず以下のように言うからだ。
>「食べる時には食べる」というのは当たり前の事で、特に江戸後期の東北地方の飢饉の際
>には牛馬の肉を食べたという記録も沢山出てきます。ですが、それらの記録の多くは、
>翌年の種籾やら木の芽やら鼠の肉やら、食べられるものを全て食べ尽くした後、
>牛馬まで食べてしまった、その位凄い飢饉だった、というニュアンスのものが多いのです。
332Krt:03/09/14 14:26
どうも君は<日本は当時、飢死寸前まで牛馬を食べないほど牛馬食のタブーは強かった>(a)
と主張したいらしい。だがその前に私が「和漢三才図会」から引用した部分「牛は農業に
なくてはならないものであるので多殺してはならない。(いま天下で日用の食となっている。
厳しく禁じられているのであるが止めることができない)」(東洋文庫六巻p.22)において、
特に飢えてもいない人間達が法を犯し(非常用ではなく)「日用の食」としていているのに
それをとめることができないという事実、つまり<タブーより肉に対する嗜好や現金収入の
魅力が勝っていた地域が少なからずあった>(b)という事実が指摘されていのだから、論理的
に言って(a)を主張するためには君は(b)を全否定する必要があるわけで、(b)と両立可能な
東北の事例を出しても意味がないことに気づいてほしいのだ。私の方からは東北の事例は、
地域的に特にタブーが強かったり、貧しくて容易に代替牛馬が得られず、法違反でもある上
世話をして情の移ったりすれば牛馬の始末が遅れるのも不思議ではないと答え得るのだから。

では牛馬食のタブーは他の肉と比べてどの程度だったのか。実は数値的なデータがある。
「享保集成絲綸録十七忌服穢」元禄元年辰年十二月 上野紅葉山搶緕寥芬Q詣之時食穢之時
一.羚羊狼兎狸雞 五日  一.牛馬 百五十日  一.豕犬羊鹿猿猪 七十日
一.二足は前日の朝六時より給申間敷候、玉子は魚に同じ
333Krt:03/09/14 14:27
「諸社通用神祇服紀令大成」食穢 生豆腐、同餅、同麩、同味噌、同鹽、巳上此類不忌火
一.魚鳥、大社無憚、宮寺當日憚之  
一.羚羊狼兎狸 五日忌之食了又五日スギテ、潔斎シテ神社参詣スベシ、合火不苦、
一.鹿猿狐猪犬 七十日、合火五十日、又合火三十日、鹿肉薬ニ交用ハ三七日、鹿茸同三七日、
  鹿角麒麟血七日、
一.牛馬 百五十日、乙七十日、丙五十日、右食穢伊勢ニテハ格別、
こう見てみると牛馬食のタブーはもちろん最大ではあるけれど、その食穢は鹿や猪のような
物と比べて二倍強のもの、即ち、結局は量の差に還元できるものであることがわかると思う。
それゆえ鹿や猪を食う者の中に、法的に罰せられないのなら、次は牛馬を食べてみようと
思う人間がいてもおかしくないだろう。現にそういう人間が少なからずいたからこそ、
それに対するこのような対処マニュアルが神社の方に必要だったのである。

次に君は幕末の牛肉食について二つ事例を挙げている。多分福沢諭吉の例からは当時大坂中で
牛鍋を食うのは緒方の書生かアウトローだけだったから、牛肉をたべるのはそういう連中だけ
だったと主張したいのではないかと思うし、二番目からは江戸時代のある程度身分のある市民
には牛肉はタブーだったと主張したいのだろうと思う。では、私の方から反例をあげよう。
334Krt:03/09/14 14:28
引用するのは「小梅日記」という、紀州和歌山の藩士で後に藩校の督学(学長)となった
川合修(豹蔵:梅所)の妻、小梅が嘉永二年八月から明治まで断続的につけた日記である。
その最初の年の11月28日にこうある。日記の雰囲気を知ってほしいのであえて全文を挙げる。
「酒井省安より牛肉よこす。寒み廻也。夕方より伊藤へ行。深津より岡本次郎左衛門の手紙
よこす。右は頼母子講人数不足せしをご心配の様子。深津にて承り候に付き一口加入可致
との事也。昨日いづつやにてなべやあぶりこ取。代四匁と二匁二分」
次は同年12月3日の分。これも全文である。
「さむし。昼過ぎより山中殿へ行、直に正住寺へ行。滝本同座、四つ過帰る。しゃう(精)
進物一重もらひかえる。留守中庄太夫来ず。原茂平の書持参す。夜前遠藤一郎来る。
其わけは、親類に頼れ候に付き、全紙へ詩歌画、三人に書てほしき由也。年内に仕上度候間
十五日までに書被下よ、跡十五日に表具致度候、御礼に御酒と炭差し上候と言。又半切へは
一郎が願に候間、三人して書くれよとの事。酒・牛肉・すし取り寄せて出す。美人画三枚
みせる。庄助来る」(両方とも東洋文庫:小梅日記 1より)

小梅は聡明で画才もある女性だが、この日記は人に見せるために書いたものではないので
例外的な部分を除いては、このように淡々と日常生活が記入されているだけである。
335Krt:03/09/14 14:29
だが、その(儒者で藩士という非常にdecentな家庭の)日常生活のなかへ、ごく普通に
牛肉が入り込んでいることに注目してほしい。前者は狂歌を好んだ友人から贈答品として
(役目がら多かった)送られたものだが、後者の方の例からは、この時、和歌山のような
地方都市に(酒やすしと同様に)牛肉を出前してくれる店があったことを示しているし、
そういったものを知識階級の主人も客も喜んで取って食べていたのである。この例から
嘉永二年ですら牛肉が書生やアウトローだけの食べ物ではなかったことは明らかであろう。

次に君の279の肉の値段についての論考だが、鰻の蒲焼きと肉の大が同じなのに量が違う、
という主張には、肉と同量の鰻の蒲焼きを平気で食べてしまいそうな君の健康な若い胃袋
をうらやましく思った(笑)。ただ守貞漫稿を見ると、普段スーパーで一丁50円から高々
200円台のを見ている人間には豆腐の値段はかなり高く感じるが。(500-1000円ぐらい?)
その次の「山鯨」が本当にジビエだけかという問題だが、永山が指摘しているのは私が
268で引用している部分につきる。もちろん永山が書いているように、あるのは「疑い」
であって確証はない。しかし、肉屋に何を食わされているのかわからない、というのは
歴史始まって以来の(?)不安だし、君も牛と馬の比較で気づいているようにコストの面
からそういう誘惑はあったと思う。
336Krt:03/09/14 14:30
さらに猟獣だけに頼って果たして安定供給が可能だったのだろうかという問題がある。
例えば徳川綱吉の死後(1709)に生類憐れみの令が撤廃されるが、そのわずか数年後の
享保三年(1718)に今度は鳥類が減少したため幕府はツル、ハクチョウ、ガン、カモ等の
食用を禁止し、江戸の鳥屋を十店に制限している。なんと鳥肉食の禁令が解かれて数年
で江戸近隣の野鳥類は食べ尽くされそうになっているのだ。となれば、なぜ獣肉が
安定的に供給可能だったのか、という疑問に対しても「需要が少なかった」以外の理由、
つまり「代替品の存在」を想定するのは決して不合理な考えではないと思う。

あと旧守派の岡本東平が天保13年の「嚶々随筆」で「(最近江戸では肉を煮て商う者が
多く火で清めれば穢くないと食べる者があるが浅ましい)よしや薬食とかいふめる名を
施て、猪鹿の宍は忌まずとも、牛肉などかりそめにも近づくまじき事なるを、ある宗にて、
公に肉するを、たけきことに心得て、人の前とも憚らず、墨染めの袖より取り出でて煮る
類さえある」と書いた「肉」がなんだったのか、ということにも疑問は残るね。

ただ269の冒頭に書いたように、基本的に天保、嘉永の江戸市民が牛肉を(自発的に)
食べていたわけではない。君も言うように江戸は牛肉食に関しては後発地である。
337Krt:03/09/14 14:31
さて最後に日本における、より積極的な「肉を食うべし」というイデオロギーの存在に
ついて語ろう。これはなぜdecentな人々が肉食に向かったのかの説明でもある。引用元は
岡本保孝「難波江」○獣肉を喰ふこと(エトリ、穢多)(日本随筆大成第二期21巻p.468ff.)
なのだが少々構成が入り組んでいるので重要部だけパラフレーズして話す。

 友人山田昌栄が近日(現時点は万延元年らしい)多くの人が獣肉を喰うのは良くない
として、道三翁養生物語と太田錦城(1765-1825)の梧窓漫筆後編の肉食反対論を挙げる。
(太田のこの本がいつ出たかわからないのだが梧窓漫筆正編は1810年の書)太田は近年
(これは文化文政年間か)「山国ノ人ノミナラズ海辺の魚肉多キ所マデ、皆々好テ食フ
コトニハナリタリ」と述べ、これは香川修徳(1683〜1755:医師)が(「一本堂薬選」で)
邦人は獣肉を食べないから虚弱なのだといって脅したせいだ、という...

このあと保孝は肉が穢れているという思想は仏教の影響その他の誤った歴史的言語的
解釈によるものだ、と論じていくのだが、ここまでの部分からも二つのことがわかる。
(1)幕末はもちろん、文化文政期にも反対論者が嘆くほど肉食は蔓延していたこと。
(2)それが(少なくとも一部は)医学的な肉食肯定論に由来するものであること。
338Krt:03/09/14 14:32
ここでは(2)について考えてみる。さて、初めの段階で修徳の説(「本草薬選」)に
影響される者とはどういう者か?言うまでもなく、医者、彼の患者に加え、こうした
専門書を読みうる知識階級である。修徳は儒者でもあり、反仏教的な立場から歴史的
イデオロギー的にも肉食否定論の迷妄を力説したから、この言説が届く幅はかなり
大きかった。つまり一般的な知識人をも通じてイデオロギーとしての肉食肯定論は
広まっていったと考えられるのである。実は儒学者も孔子を祀る儀式に犠牲の肉を
供えるのが本来であったから、医者と儒者がミックスした知識人の中にはこのような
考えの者が少なくなかったのだ。(参:原田信男「歴史の中の米と肉」平凡社)
もちろん、蘭学者と医者のミックスもである。
 だから決して日本の肉食を考える場合、最下級の人間だけを考えてはいけないのだ。
特に知識人に影響されたのが社会的最上層部の人間なら、法的制裁も考えなくてすむ
から、こういう上(知的、階層的な)からのトレンドも重要なのである。
decentな人々の肉食もこういった文脈から自然に出てきたのだといってよいだろう。
明治以後の肉食全面解禁もこういった上からの方向が重要なのは改めて断る必要も
ないと思う。(参:山内昶「「食」の歴史人類学」人文書院:三−3「近世の肉食」)


さて、ずいぶん書いてしまったが、山犬氏は卒論執筆中だというではないか。
私は学業の邪魔はしたくないし、私自身も一月頃まで忙しく、2ちゃんねるも
少し休もうかと思っていたところだ。もし良ければ卒論を書き上げるまで議論は
お休みということでいかがかな?
339Krt:03/09/14 16:25
あ、誤解をさけるべく少々補足するが、decentな人々への肉食の広がりには、
こうした上からのトレンドばかりではなく、下からのトレンド
(庶民の食べ物が一般化し、次第に上の階層にも食べられるようになる)
によるものも当然あるだろうことを付け加えておく。
340世界@名無史さん:03/09/14 16:51
どうでもいいけど
なぜ意味もなく英語を使うの?
341世界@名無史さん:03/09/14 21:10
>>340
よく読むね。
俺は2ちゃんのレスで長文書かれても読む気にもならん。
ごくろうさん、はい次、ってかんじ。
342山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/09/14 22:03
でも学問板ですから・・・これが中世ならなお楽しめたので残念。どうでも
いいですが、私も少しお休みさせて戴きましょうか(な?)。
343世界@名無史さん:03/09/14 22:06
プッ山野が逃げ出してやンノ。
344世界@名無史さん:03/09/14 22:38
>>341
この板では長文スレが読めない椰子は、ただの○ァ○として扱われるが?
345世界@名無史さん:03/09/14 23:55
>>344
なるほど。ここはネタスレじゃなかったのね。
今後注意します。
346世界@名無史さん:03/09/15 09:03
decentな人って何かと思ったら、身分の高い人とか、そういう意味か。
邦訳できる言葉なら、ちゃんと日本語で書いて欲しいもんだが。
347世界@名無史さん:03/09/15 10:15
女性の容姿に関しては貧相と言うほかない。>日本
348Krt:03/09/15 12:50
decentという言葉にとまどっている人が多いようだが、文の書き手というのは
キーワードにはなるべく適切な言葉を使おうとするものだということを理解してほしい。
ことに通常の日本語でも、カタカナ語でもなく、わざわざアルファベットの英単語を
使っている場合、日本語では一語でうまく表現できない概念をなんとか表そうと
している書き手の苦心の表れだ、と好意的に解釈して頂きたい。

decentは:
(1)上品できちんとした礼儀正しい生活スタイルを身につけており、
(2)身分的には上から中ぐらいまでの幅があるが、それなりの社会的地位があり、
(3)しかも人柄が道徳的にも立派で感じが良く、ある程度教養もある

という意味をもった言葉で、これを一言で表す日本語が思いつかなかったので使用した。
強いて言えば「まっとうな」とか「紳士階級的な」だが、これでは表したいことに対して
語義が狭かったり、江戸時代の身分制度を考えると不適切だったりすると思うので。

349世界@名無史さん:03/09/15 14:04
>>324
ギゼのピラミッドって、面積では負けているけれど、高さと容積では、圧倒的。
天皇陵ではないけれど、王様のお墓だから、同じカテゴリーのものだろ。
ジグラットは墓ではないけれど、土盛りとしては、やはり、かなりのものだが。
350世界@名無史さん:03/09/15 15:24
>>松永久秀もな。(日本史板の話だから詳細を避けるが、奈良の寺院が反平氏運動の発生源だから平氏の場合、弁護の余地あり)
351世界@名無史さん:03/09/15 16:29
>>349
なぜピラミッドをほめる奴ってエジプトに移住しないんだろうか(w
サヨク崩れの中東マンセー君は天皇は嫌い、あちらは大好き君が
多いね(w
352おーさん:03/09/15 18:21
>>351
古代文明同士(年代にはかなり開きがあるけど)の力の強さの比較なのに
なんで移住が出てくるの?
時空を越えての投稿ですか(W。
353世界@名無史さん:03/09/15 18:40
>>348
そういう複雑な意図で用いたのであれば、なおさら最後に注をつけるなどの工夫をして欲しいです。
「どんな意味だっけ?」と調べた結果が>>346
あなたの伝えたい意味とは異なっているのでしょう?
適切な訳がないから英語のまま使用する、というのは理解できるが、
それを読んだ相手が誤解してしまっては何の意味もない。
逆に、その程度の誤解は構わない、というのなら、初めから邦訳して欲しいワケで。

ネチネチとからんでスマソ
説明もなしに外国語を乱用する人がたまにいるが、アレがあまり好きではないのでつい。
354世界@名無史さん:03/09/15 20:40
>353
複雑な意図ってほどか?
乱用ってほどか?

なんつーか自分が理解できないからレベルをあわせてくださいっていってるだけだよ君は

355世界@名無史さん:03/09/15 20:43
まあギャラリーが置いていかれるのは当然のことだから、
わからないことがあったら素直に聞くか調べるかすればよいだけのことで。

知らないのは別に恥ずかしいことじゃないし、Krt氏も
教える=偉い立場、なんて風には全然思ってないだろうし。
356世界@名無史さん:03/09/15 21:58
>>354
複雑ってのは、一言で言い表せない意味でってことで、乱用ってのはKrt氏のことじゃないよ。
ついでに言うと、理解できないからレベルを下げろなんて言ってないんだがな。

まぁ、確かに本人に聞けば良いことではあるな。
357Krt:03/09/15 23:12
decentの意味の続きなんだが、これはかなり意味の幅が広い語なわけだ。
つまり日本語の「まあまあの」とか「まともな」、よりはずっと良い意味にも使うし、
かといって「上品な」とか「すばらしい」よりもずっと程度の低い「見苦しくない」
ぐらいの意味でも使う。つまり(人品、身分、外見服装が)DQNなところが全くない
(中以上はクリアしている)、という風な感じだろうか(笑)。

言葉ともの、ないしは事態との関係は、決して一対一で対応している訳ではないから
ある言語では複数に分節される対象が、別の言語では一つにまとめられていることもある。
例えば英語には、「お湯」を一語で表す単語がないと思うが、水でも湯でもどちらでも
良いときは"water”一語ですむという点で便利なこともあると思う(もちろん逆もあるが)。
なんでもマレーシア語はもっとおおらかで、氷、水、お湯、の三つの状態すべてを"ayer"
(ただし e の上にアクセント記号あり)という一語で表現するんだそうだ。どうしても
分節したいときは形容詞をつけ、ayer beku 固まった水、みたいな言い方をするらしい。
これも不便なことは多いだろうが、気体以外のH2Oを一語で表現したいときは便利だろう。
抽象概念を操作したい時だけではなく、具体的な何かについて単純明快に語りたい時、
こういう意味の幅が広い語がないと困ることが案外多い。今回のもその一例かな。
358世界@名無史さん:03/09/16 04:57
ここまでダラダラ長文を書き連ねるくらいなら、
日本語を数語組み合せて表現していた方がマシだったな、どう考えても(w
359世界@名無史さん:03/09/16 11:13
既にスレ違いも甚だしい。
「それなりに品があり、まあ見苦しくない」

こう書けばよかっただけじゃんよ。
360世界@名無史さん:03/09/16 12:08
>>359
でもそれじゃ、中産階級の下か中に限定されないか?
Krt氏は社会的にも知的にも、もって上の階級まで含めた表現として
使っていると思うんだが>decent
361世界@名無史さん:03/09/16 12:57
>>348
自分の日本語力の無さを棚に上げて
何をスカしたことを言っておられるのですか
362世界@名無史さん:03/09/16 13:05
英文を逐語訳してるんじゃあるまいし、
一対一対応で該当する意味の単語があるかどうかなど問題じゃない。
文脈全体に語らせる術をもたずに、アホなインテリが好んで使う
安直な手法に走ったりするから叩かれるんだよ。
363世界@名無史さん:03/09/16 19:53
素直に
「英語が分からんから書くな」
「日本語表現が下手でごめんね」
ですむ話だろ
せっかくの良スレをあまり汚すなよ
364世界@名無史さん:03/09/21 02:33
349を書いたのは漏れだが、別にあちらさんマンセーでもなんでもないで。
ただ、土盛りとしては、仁徳陵よりも三千年も早くあんなデカいピラミッドや
ジグラットを作ったエジプトやシュメールの実力はどうみても昔の日本よりも
上だったというだけ。
彫像にしても、ミロのビーナスなんて日本が縄文時代だった頃につくられた
ものだよ。素直に実力を認めるべきではないの?
365世界@名無史さん:03/09/21 02:38
>364
実力が上とか下とか言っている時点で…
366世界@名無史さん:03/10/11 01:59
dat落ち阻止。
367世界@名無史さん:03/10/11 04:01
道路が整備され、上下水道が整備され5階建て以上の高層アパートが建ち並ぶ。
合理的な都市計画。水道からは泉が湧き出し、道路も舗装されていた。
開閉式のスタジアムや巨大なドーム建築、はるかアルプスからピレネーの山々
から続く水道橋梁。優れた土木技術はあらゆるものを可能とした。
中産階級が育ち、法律によって統治され、合理的に国が運営されていた。

2000年前この地中海に華開いたその偉大な文明の精神は途切れることなく
近世ルネッサンスに引継がれ、かくして≪世界≫の近代化の原動力となりました。

やっぱりローマ文明が最強でしょう。
368世界@名無史さん:03/10/11 04:54
>2000年前この地中海に華開いたその偉大な文明の精神は
>途切れることなく近世ルネッサンスに引継がれ

は?
369世界@名無史さん:03/10/11 07:32
>364
文化なんて発展のきっかけがなければ発展しないものだろ。
現代の日本人とアマゾンの原住民を比べて、実力の差などというものがあると思う?
370世界@名無史さん:03/10/11 10:52
「必要は発明の母」というが
必要ないものは発明する必要もない
必要があるような政治をすれば発明が生まれ文明が興る
371世界@名無史さん:03/10/11 16:31
江戸時代の庶民生活の話がよく話題になってますが
これって殆どが江戸市民の話ですよね。
諸藩の城下町のような地方都市民の生活はどんな様子だったのでしょう?
江戸と変わらなかったのですか?

いや他意は無く純粋に興味本位での質問です。
372山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/10/11 16:58
そりゃ細かい点はそれこそ『○○町史』の範囲内ですが、例えば赤穂
には元禄期にすでに備前焼製の上水道管があったそうです。秋田など
産物があればそれなりに豊かなもの。
それと村のことですが、農民以外に商売をしている人々もいました。
お上の調査項目には風呂屋や宿屋が入っている場合があります。
駿府・善光寺・京都・大坂・奈良・長崎などには町絵図というのがあ
りましたから、図書館で御覧になっては。信仰系に興味がおありなら
百物語や最近出された『妖怪百物語絵巻』(土佐製)などがいい。
『甲子夜話』などの随筆類、旅行記、『諸国風俗問状答』という地方
の民俗習慣の報告集も面白い。まあそれらを直接参照なさるのが一番
でしょう。「スーパー源氏」をお使いになるとか。
江戸時代にも、薩摩では犬肉や豚肉食の習慣があったようですね。
中でも、犬肉食は「薩摩の犬食い」として有名だったようで、大田南畝の『一話一言』にも「薩摩にて狗(いぬ)を食する事」という項で紹介されています。
料理法も紹介されており、「薩摩にては狗の子をとらへて腹を裂き、臓腑をとり出し、其跡をよくよく水にて洗ひすまして後、米をかしぎて腹内へ入納、針金にて堅くくりをして、其まま竈の焚火に押入焼くなり(略)甚美味なりとぞ。
是を方言にてはゑのころ飯といふよし。高貴の人食するのみならず、薩摩候へも進む。但候の食に充るは赤犬斗を用るといへり」と言う記述があります。
また、江戸の川柳でもこの薩摩の犬食いを風刺して「大部屋に赤犬などのあらがあり」「酒盛りに『きゃん』といはせるお国柄」「『赤犬が紛失した』と芝(当時薩摩の江戸屋敷があった)で言ひ」などと言ったものが残されています。
薩摩は独自に中国や琉球との交流があったので、その影響もあったのでしょうか?
374世界@名無史さん:03/10/11 19:55
羊頭狗肉という故事がある位だから昔から東アジア全域に
あっても不思議じゃないだろ
375世界@名無史さん:03/10/11 20:05
>374

なぜ東アジア全域まで広がる?
当時の中華が犬食文化を持っていたのは間違いないだろうが、
他の国、文化に対してまで一括りにするのはどうかと。
376世界@名無史さん:03/10/11 20:39
>>375
そうでなく、狗を食う風習が貧しい地域で必然的に
生まれてもなんら不思議ではないって事さ。
史実云々に拘るまでもなく。
自由な発想
377世界@名無史さん:03/10/11 20:50
>>376
狗を食うのは食文化なので、貧しいとか豊かとかはナンセンス。
378世界@名無史さん:03/10/11 20:53
なにがナンセンスだよ、羊頭狗肉の意味知ってるか?
刹那的文化だよ。
>>376
いや、逆に貧しい地域では狗などは禁忌の対象になると思われ。
なぜなら、そういった多くの地域でいわゆる”ゲテモノ”扱いされている食材というものは、穀物や
牛・羊より生産効率が悪いから、飢饉など正常な生産では追っつかなくなった異常事態でもなけ
ればなるべく避けて、効率のよい食材である穀物や牛・羊の生産にエネルギーを注ぐ、と。

こういう考えだと、>>378の羊頭狗肉の意味なんかちょっと違和感があるけど。
380世界@名無史さん:03/10/19 04:18
タヌキは犬食に入らないのかしら
381世界@名無史さん:03/11/09 10:08
>>379
想像で言うな。
調べてから抜かせ。
382世界@名無史さん:03/11/09 17:52
ここで一旦上げ。

文化の基本は食文化だ。
日本料理の味付けには、脂肪分が決定的に不足している。
それが日本文化に貧しさを感じさせる一因となっている。

それもこれも殺生を禁じるなんぞと抜かした仏教のせいだ。
奴らは、神道共同体の広域的連結とガンダーラ美術移植を目的に
日本に導入されたに過ぎぬというのに、何を勘違いして増長したか。
今こそ仏教徒に懲罰を与えるのだ。

というわけで、日本人として、選挙で某党に入れるのは止めようね。
383 :03/11/09 18:15
投票率低いぞ ヤバイ
384校長が強盗:03/11/09 18:28
この事件は報道されていません。教育委員会も校長を処分しません。
 皆様の力でこの事件を広めてください。
被害者先生のサイト
 http://www.geocities.co.jp/NeverLand/8595/
 事件究明を求める署名サイト
 http://chiba_273.at.infoseek.co.jp/
   ∧_∧
  (  ^^ )< ひろめよう
385世界@名無史さん:03/11/11 18:13
>>382ラードでも飲んでれば?
386世界@名無史さん:04/01/03 15:27
387世界@名無史さん:04/01/14 14:29
犬食は弥生時代にあったらしいね。縄文時代は犬は人と同じ墓に家族同然に
葬られるほど大事にされていたけど、弥生時代に入って犬を食った形跡が
あると日本版ナショナルジオグラフィックの犬特集に載ってた
388世界@名無史さん:04/01/27 01:52
a
389世界@名無史さん:04/01/27 16:19
日本はエジプト、ローマ、中国、オスマントルコなどの大帝国に比べれば貧しいが
そこそこには豊かてことか。タイ、ベトナムあたりと同格かな〜。朝鮮よりは豊か。
390世界@名無史さん:04/01/28 12:39
385は
致傷
391世界@名無史さん:04/01/28 14:12
むしろ草加
392世界@名無史さん:04/01/29 20:21
明治から昭和初期までって貧富の差はどう移り変わっていったのかな?
戦後は土地解放で自作農が増えたけど、農業で食えないから都市へ労働力流出、
主たる購買層である中流階級の増大が高度経済成長へ貢献したという、ぼんやりし
た認識なんだけど、戦前がどうだったか興味ある。

現代にいるとみんな中流階級気分なのでわからなくて、どうもいけない。
393世界@名無史さん:04/03/10 01:12
今の特権階級は在日
394 :04/03/17 23:50
以前、大江戸テクノロジーという本の中で外人が
彼らにはガラス窓や電気はないものの我々以上に快適に生活しているという
記述を呼んだことがあるんだけどなぁ

やっぱりあれかね、「となりの芝生はよく見える」ってやつですか?
395世界@名無史さん:04/03/18 02:52
世界の気候を見てみると
世界の主要国はきれいに温帯気候のとこ
ヨーロッパ、地中海、中国、アメリカ、日本、
すなわち人口が多かった地域で
ニューギニアとか豊かといえば豊かだろうが、意味が違うし、
植民地持ってるヨーロッパと比べたらそりゃ貧しいにょ
396世界@名無史さん:04/03/27 02:03
金があれば豊か?
食料が沢山生産できれば豊か?
生活関連の文明が高度ならば豊か?
物流や生活システムが整っていれば豊か?
貧困層が少なければ豊か?
富裕層が多ければ豊か?

基準は色々あるよね。
397世界@名無史さん:04/05/10 14:40
の歩き方@お腹いっぱい。 :04/05/09 22:34 ID:z5z4Qh0U
金鯱号(きんこご241 :名無しう)
この趣味あっち系?設計者はまさかジョンイル(汗)

242 :名無しの歩き方@お腹いっぱい。 :04/05/09 22:36 ID:hyxZ0g2W
>>241
サスガ。デザイン博の都市だけのことはある
15 :名無しの歩き方@お腹いっぱい。 :04/05/09 22:27 ID:z5z4Qh0U
金鯱号(きんこごう)
この趣味あっち系?設計者はまさかジョンイル(汗)

16 :名無しの歩き方@お腹いっぱい。 :04/05/09 22:30 ID:hyxZ0g2W
>>15
さすがデザイン都市だけある。
55 :名無しの歩き方@お腹いっぱい。 :04/05/09 22:43 ID:z5z4Qh0U
金鯱号(きんこごう)
この趣味あっち系?設計者はまさかジョンイル(汗)
これは間違いなくやりすぎw

57:名無しの歩き方@お腹いっぱい。 :04/05/09 22:44 ID:hyxZ0g2W
さすが。デザイン博の都市だけのことはある。
素晴しい。
76 :名無しの歩き方@お腹いっぱい。 :04/05/09 22:36 ID:z5z4Qh0U
金鯱号(きんこごう)
この趣味あっち系?設計者はまさかジョンイル(汗)

77 :名無しの歩き方@お腹いっぱい。 :04/05/09 22:37 ID:hyxZ0g2W
>>76
サスガ。デザイン博の都市だけのことはある。
398世界@名無史さん:04/05/10 15:04
の歩き方@お腹いっぱい。 :04/05/09 22:34 ID:z5z4Qh0U
金鯱号(きんこご241 :名無しう)
この趣味あっち系?設計者はまさかジョンイル(汗)
242 :名無しの歩き方@お腹いっぱい。 :04/05/09 22:36 ID:hyxZ0g2W
>>241
サスガ。デザイン博の都市だけのことはある
15 :名無しの歩き方@お腹いっぱい。 :04/05/09 22:27 ID:z5z4Qh0U
金鯱号(きんこごう)
この趣味あっち系?設計者はまさかジョンイル(汗)
16 :名無しの歩き方@お腹いっぱい。 :04/05/09 22:30 ID:hyxZ0g2W
>>15
さすがデザイン都市だけある。
55 :名無しの歩き方@お腹いっぱい。 :04/05/09 22:43 ID:z5z4Qh0U
金鯱号(きんこごう)
この趣味あっち系?設計者はまさかジョンイル(汗)
これは間違いなくやりすぎw
57:名無しの歩き方@お腹いっぱい。 :04/05/09 22:44 ID:hyxZ0g2W
さすが。デザイン博の都市だけのことはある。
素晴しい。
76 :名無しの歩き方@お腹いっぱい。 :04/05/09 22:36 ID:z5z4Qh0U
金鯱号(きんこごう)
この趣味あっち系?設計者はまさかジョンイル(汗)
77 :名無しの歩き方@お腹いっぱい。 :04/05/09 22:37 ID:hyxZ0g2W
>>76
サスガ。デザイン博の都市だけのことはある。
89 :名無しの歩き方@お腹いっぱい。 :04/05/09 22:30 ID:z5z4Qh0U
金鯱号(きんこごう)
この趣味あっち系?設計者はまさかジョンイル(汗)
90 :名無しの歩き方@お腹いっぱい。 :04/05/09 22:32 ID:hyxZ0g2W
>>89
さすがデザイン博をやった都市だけのことはある。
399世界@名無史さん:04/06/16 01:24
★☆★世界史板・統一雑談スレ15★☆★
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1087122528/

168 名前:世界@名無史さん 投稿日:04/06/16 01:20
江戸時代を賛美している人は多いが、
それが江戸幕府や幕藩体制を賛美しているとは限らない。
ましてや創始者を賛美する事には中々繋がらないんだよ。

私は江戸時代はそこそこ好きだが、江戸幕府や幕藩体制は日本史上最低の統治形態だと思っている。
平安時代レベルだね。
他人の足を引っ張る事によって、平和、安定という停滞を生んだだけだ。

こんな事をいう馬鹿がいます。
糾弾会を開きましょう!
400世界@名無史さん:04/06/16 17:12
400get
401世界@名無史さん:04/06/22 19:47
金回りがよくなったのは戦国以降のことでない?それ以前は雲南地方の山の中とたいして変わりなかったのでは。
402世界@名無史さん:04/06/23 04:21
>>401

おいおい。日本は山の中じゃないだろ。米と魚が豊富に取れる。気候風土から
言えば、中国なら江南に例えるべきだ。
403山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/06/23 12:03
401は釣りでしょうが(そうでなければ無茶苦茶過ぎます)。
>米と魚が豊富に取れる。
これもどうかと。日本といっても広いもので、単一文化では区切れません。
「多民俗国家」ですから。長野などの山奥の芋作地帯など、雲南的といって
もいいかもしれません。
海に面した地域はほんの一握りで、毎日魚が食べられた訳でもなし。
日本は世界の縮図だといった大本教の発想はトンデモでしたが、各地域を見
ていると「似たような」ものを見ようとしたのも分かる気がします。
404世界@名無史さん:04/06/23 18:26
米や魚が豊富にとれるといっても、中国や朝鮮も同じだろうが。
405山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/06/23 20:16
朝鮮や華北ではさほど取れなかった筈>米
406世界@名無史さん:04/06/23 20:53
>>405
山国の日本のほうが生産性低いだろうが。中国や韓国は平地だし。
407世界@名無史さん:04/06/23 21:35
華北平原は麦作。
長江流域とちがって水が少ないのと黄土は水持ちが悪いのとで
米作は無理。
408世界@名無史さん:04/06/23 21:52
麦・米の耕作地帯は比較的に言えば分離していたのでは?

米が取れないからといって「貧しい」とはいえないような。
409世界@名無史さん:04/06/23 22:40
>>406

昔の日本では、岐阜や長野に人口が集中してたかのような言い草だな(藁)。
日本は昔から、海辺の沖積平野が中心だよ。
410世界@名無史さん:04/06/23 22:50
>>409
中心も何も。
日本は山国ですが、それが何か?
どこ行っても山ですが。地平線などありません。
平野とか言ってますが、あの小さいのですか? 周りを見渡すと山がすぐ見つかるほど。
411世界@名無史さん:04/06/23 22:58
収穫率とかは日本の方が圧倒的高かったよ。ヨーロッパと比べて。
412世界@名無史さん:04/06/23 23:00
>>411
それは認める。農地がやたら狭いから。今もだけどな。
413世界@名無史さん:04/06/23 23:04
あーなるほどそういうトリックが。
414世界@名無史さん:04/06/24 00:09
>>410

中国も山が多い。しかも、日本と違って砂漠もある。国土面積の割に耕作可能地
が狭いのは日本の専売特許じゃないだろ。

中国に限らず、大陸で人口が集中してるのは、たいてい海辺か大河の流域と相場
が決まっている。
415世界@名無史さん:04/06/24 00:52
>>414
地図帳を見たことがない方ですか? 
広大な中国の平野と、日本を比較しないでくださいよ。
中国は大平野ですが。

おまけに砂漠なんか持ち出して。
416世界@名無史さん:04/06/24 01:22
確か日本の耕地面積って1割もなかったような。
国土の7割が山林、1割が住宅や道路、もう1割が河川湖沼海岸だったと思われ。
先進国の中ではダンチで山林が多い。
417世界@名無史さん:04/06/24 09:28
日本は「貧しい先進国」だった。



前スレ
http://academy2.2ch.net/whis/kako/1045/10451/1045119262.html
418世界@名無史さん:04/06/24 11:43
>>416       山林が多いのは豊かな証拠だろ
419世界@名無史さん:04/06/24 11:50
「照葉樹林」という。
420世界@名無史さん:04/06/24 18:18
>>418
山林があると農業に邪魔ですが?
421世界@名無史さん:04/06/24 19:18
>確か日本の耕地面積って1割もなかったような。
>国土の7割が山林、1割が住宅や道路、もう1割が河川湖沼海岸だったと思われ。
>先進国の中ではダンチで山林が多い。

ついでに国土が長細いから山林を伐採すると簡単に国土が荒れる。
国土が太い朝鮮半島のほうが禿山にしておいても水はたくさん蓄えられる。


ま、島国の方がぜんぜんいいけどね。

422世界@名無史さん:04/06/24 19:50
上の方で土地の収穫率は日本が高いってあるでしょ。それは豊かな山林のおかげだよ。
山林が産み出す有機物が肥料として常に水田に流れこむから。
外部から肥料が供給されない農地は一度収穫したら数年休ませたり
別の作物を植えたりして土地を回復させなきゃいけないんよ。
423世界@名無史さん:04/06/24 21:14
>>422
平地のほうがいいです。アメリカを見てください。
424世界@名無史さん:04/06/24 21:47
収穫率の違いは単純に米のほうが
単位面積あたりの収穫量が麦にくらべて多いってだけでしょ・・・
425世界@名無史さん:04/06/24 22:15
日本は質素なだけ、技術がないだけで貧乏じゃない。
やろうと思えばヴェルサイユだって建てられた。
426山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/06/24 23:00
飾り立てられた日光東照宮よりも桂離宮を評価した外国人(ブルーノ)も
いた事ですし、ベルサイユが無くても良かったと言った方がいいかも。
なお安土桃山〜江戸時代初期の建築・庭園には欧州の意匠を含めたもの
もあると言います。
427世界@名無史さん:04/06/25 11:16
>>425>日本は質素なだけ、技術がないだけで貧乏じゃない。
意味不明
428世界@名無史さん:04/06/25 12:41
ベルサイユは金ぴか過ぎ
トイレ少ないし
429世界@名無史さん:04/06/25 13:08
     __
      /__L   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     ( ・∀・ ) < 猫を焼酎漬けにしてみました。一杯いかがですか?
     /  Y  ヽ  \_________________
    ______
    |______|
  /          \
  | _______ |
  |         o     |
  |      .°。    |
  |      ∧ ∧     |
  |    (,,゜д゜).   |
  |   〜(,,_ノ.    |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
430世界@名無史さん:04/06/25 15:35
・歴代政権、富や権力の集中はそれほど強くなかった
・自然環境が大建築には厳しすぎた
  地震多発→石造、煉瓦はダメ、大きさ、工期に制限のある木造のみ
  多雨多湿→その木を容易に侵し、塗装は剥げ落ち、金属は錆びる
・結果そういう状況に都合がいい美意識が台頭した
  侘び寂び=キンキラキン(・A・)イクナイ ちょっとショボくてボロいのが(・∀・)イイ!!

日本の歴史的建造物が見た目貧しいのはこんなところか。
431世界@名無史さん:04/06/25 16:37
海外との貿易制限してたから、貧しかったよ。
432世界@名無史さん:04/06/25 18:02
貿易したらニ国間での余剰は増えるけどそれが確実に一国を豊かにするとは限らない。
実際に貿易は盛んでも食べる物も満足に無いような国はいくらでもある。
ましてや国家の統制の及ばない私貿易には様々な外部不経済が懸念される。
433山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/06/25 20:18
>>430
ただ、それこそ桂離宮と日光東照宮が同じ頃に出来たように煌びやかな文化
も存在していた事を考えると侘び寂びだけでやって来たともいえません。
そもそも桂離宮からして当初はもう少し飾り立てられていたようです。
大坂城・江戸城は壮大だと思いますが・・・。
しょぼいと思っているのは主に日本人かもしれません。
434世界@名無史さん:04/06/25 20:40
秀吉の大阪城はともかく今の大阪城は…
姫路の方がよっぽど壮麗かと。
435世界@名無史さん:04/06/25 22:17
今、刺身を食べながら日本酒を飲んでいる。米と酒と魚。これが日本だ。

ペリー提督の黒船一行は、日本酒にビクーリしたという。「こんなに旨い
アルコールが、これほど安価なのでは、人民は堕落してしまう」と言った人
がいるとか。

・・・もっとも、日本人も洋酒に感動したそうだが。
436世界@名無史さん:04/06/26 12:06
>424
麦にくらべて稲は熱帯の植物だからね。
水の量と太陽光線を大量に浴びて光合成して
体を作っていくからね。低緯度地域の方が他の作物も良く育つ。

ま日本とほぼ同じ緯度であるアメリカが最強なのは言うまでもない。
アメリカで本気で稲を栽培したら20億人は平気で養えるでしょうね。
437世界@名無史さん:04/06/26 12:13
>私貿易には様々な外部不経済が懸念される。

そう、私貿易はやばいよ。幕末、商人が居住区の欧米人に
やたら物を売りすぎて日本国内の物価は急上昇
そのおかげで商人は潤ったが

一番悲惨だったのが下級武士や浪人、彼らは商人はもとより農民より
貧乏だったんで経済は破綻すると真っ先にそのしわ寄せを受ける。

それにムカついて下級武士階級が外国人を切りまくったわけだ。
ある意味、武士ってのは国家がまともかどうかを図るバロメーターでも
あったわけだな。
そこが日本の面白いところ。
438世界@名無史さん:04/06/26 12:14
>435
ま、石鹸を飲んでるみたいだっていってる外国人のほうが多かったが。
439世界@名無史さん:04/06/26 13:54
>>436
確かに稲作は麦作より収穫量は多い。だがその分だけ水と肥料をばかすか食う。
肥えた土地でないと稲作はできないよ。
あとアメリカで稲作やろうと思えば水不足が問題。日本人は水に恵まれてるから
水をただと思っている人多いけどね。
440世界@名無史さん:04/06/26 14:07
木造しょぼい
441世界@名無史さん:04/06/26 14:10
木造最高
442世界@名無史さん:04/06/26 14:53
てか1600年前後にあれだけボコボコ城築けたのってすごくないの?
スペインの宣教師とか岐阜城見て、こんな豪華で斬新な建築は見たこと無い、って書いてる筈。
岐阜城自体そんなすごくないよね?安土とか姫路大阪名古屋その他と較べて。
443山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/06/26 15:22
稲葉山城で誉めていたのは、規模ではなく御殿建築の精密さと清潔さです。
444世界@名無史さん:04/06/27 01:50
城か。17世紀であの石積みはお粗末だ。
445世界@名無史さん:04/06/28 11:01
>>439
日本は火山灰質でやせた土地じゃないの?
446世界@名無史さん:04/06/28 18:25
>>444
どこの何と較べて?
447世界@名無史さん:04/06/28 18:35
>>436
アメリカ東部でモンスーン的な(湿潤な)地域は意外と狭いから
養えて10億くらいじゃないかなぁ
やはり水量が問題。
448世界@名無史さん:04/06/28 18:47
貧しさの基準が曖昧すぎる。
土地が豊かさなら東南アジアとかが世界一豊かな国で、
イギリスなんかは貧しい国だろ?
449世界@名無史さん:04/06/29 12:49
東北地方は本来稲作に向いてないのに(水がキレイだから美味しいけど)
幕府の米経済政策で貧しくなったね
450山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/06/29 21:37
津軽当りが米作中心だと思ったら、秋田で畑作と混交だったり。
藩や地域にもよるようですが、元々芋作などでやって来ていた地域ですからね。
451世界@名無史さん:04/06/30 02:23
日本ヲタの反論が必死で笑えるな、このスレ。
452世界@名無史さん:04/06/30 02:44
>>448
まったくだ。基準がワカラネ。
餓死した人が多いか、少ないかを基準に言うなら
ヨーロッパは極貧地域だし、東南アジアは極めて豊かな地域だ。
453世界@名無史さん:04/06/30 02:47
>449

こいつは、東北地方に天領がいくつあったと思っているんだろうか?
454世界@名無史さん:04/06/30 03:05
>452
前近代の豊かさの基準は、農業生産性だが
東南アジアの単位収量が高かったのは
メコン流域だけで、あとはきわめて貧しい。

ヨーロッパは、単位収量は低い社会だが、ペストと戦乱により
人口が少なくなったので、可耕地面積の多さとともなって
中世以降急激に豊かになった。

中国は、単位収量が高く可耕地も多いが、血縁共同体を
重視しすぎる民族性のせいで、人口が増えすぎ
清朝の時代には4億を超え、一人あたりの農業生産性は極端に低い。

日本は、人口の増加と、農業生産性の進歩がほとんど比例しているため
極端に豊かだった時代も、貧しい時代も存在しない。
江戸中期以降、人口が停滞し、農業生産性の進歩が人口増加を上回り
可処分所得が上がったのは、皮肉にも、間引きや子殺しが蔓延したせいであった。

455世界@名無史さん:04/07/01 00:02
>>454
可処分所得が上がったのになぜ間引きをしなければいけないんだ?
456世界@名無史さん:04/07/01 00:43
>455

おまえ日本語読めない馬鹿だろ。
457世界@名無史さん:04/07/01 14:08
>江戸中期以降、人口が停滞し、農業生産性の進歩が人口増加を上回り
>可処分所得が上がったのは、皮肉にも、間引きや子殺しが蔓延したせいであった。

単に社会が安定した状態が長く続いたからだろ。
458世界@名無史さん:04/07/01 16:12
>>455
どうでもいい奴だったからだろ。
国家の安定において同でもいい奴を殺すのはむしろ+だ。
459世界@名無史さん:04/07/01 16:14
>>410
北海道に地平線あるだろ
460世界@名無史さん:04/07/01 22:28
間引きなんかなくても、今人口が減っているように、人口とはあまり関係ない。
あえて言えば、人口が急激に増加した近代が異常。
461世界@名無史さん:04/07/01 22:40
だいたい昭和初期まで間引きがあったのに、人口はどんどん増えてたじゃん。
462世界@名無史さん:04/07/01 22:48
>>458
まんず、おめえからだな!
463世界@名無史さん:04/07/01 23:59
馬鹿ばっかだなこのスレッド。
マルサスすら読んだことがない知的障害。
近代以前は、農業生産性が人口増加率を長期的に
上回ることはないんだよ。
避妊という手段がない前近代で、
間引きなしにどうして産児調整ができると思ってるのか
464463:04/07/02 00:39
僕、サヨンボ!
羞恥プレイ大好き!
465世界@名無史さん:04/07/02 13:38
>>455
江戸時代の状況から考えると、
一、生産量が増えてもお上の取り立てが厳しく農民は貧しいままだった。
二、耕地面積はそれほど増えなかったため長男以外に分け与える土地がなかった。
とかかなあ・・。どっちも推論だけど。
466世界@名無史さん:04/07/02 15:31
マルクス主義者うざい
467世界@名無史さん:04/07/02 15:50
江戸時代は貧乏だったというのは決定事項です。
468世界@名無史さん:04/07/02 16:23
江戸時代、貧乏人は貧乏だったというのは決定事項です。
469世界@名無史さん:04/07/02 16:30
>>467
http://photo.jijisama.org/EdoSeoulColor.html
この2点の写真を見て思うところを論述してください。
470世界@名無史さん:04/07/02 16:33
http://www.yomiuri.co.jp/bookstand/syohyou/20030601ii05.htm

餓死があったというが、穢多や水のみ百姓はもともと人の数の上に
いれていないから、これは除外して考えるべきだろう。

むしろ、当時のちゃんとしたした人たちは風雅を愛で釣りを楽しんで
いたんだね。
471世界@名無史さん:04/07/02 16:37
>>470
おまえ、日本史板から来ただろう。帰ってください。ここは世界史板ですので。
472世界@名無史さん:04/07/02 16:41
471はスルーの方向で。
江戸時代のスレで何を主張しているのかしらないが、スレに沿った趣旨だ
問題ない
473世界@名無史さん:04/07/02 16:42
>>472
江戸時代のスレじゃない。
474世界@名無史さん:04/07/02 16:44
江戸の話題がずっと続いているのにいきなり何ですかあなたは。
475世界@名無史さん:04/07/02 16:47
http://photo.jijisama.org/BeforeAfter.html
日本は貧しいのなら、朝鮮を飢餓から救える訳ないよね。
みよこんなに発展したソウルの街を。

発展前↓
http://photo.jijisama.org/EdoSeoulColor.html
476世界@名無史さん:04/07/02 16:48
なんで朝鮮が出てくるんだよ。
日本が不利になると必ず朝鮮を話題に振る日本ヲタ。
477世界@名無史さん:04/07/02 16:53
過去ログで欧州や中国との比較が出ています。
隣国との発展比較を論じるのは
日本が貧しかったか否か論じる上で重要でしょう。
478世界@名無史さん:04/07/02 16:54

いや、世界史板全体で朝鮮を
479世界@名無史さん:04/07/02 16:55
>>478
述語が無いので意味不明
480世界@名無史さん:04/07/02 16:56
>>477
いや、世界史板全体で朝鮮を話題に振るヤシが多い。
たぶか日本ヲタがやってるんだろうが。
481世界@名無史さん:04/07/02 16:57
>>479
おまえ、煽るなよ。
482世界@名無史さん:04/07/02 16:58
>>480
他所のスレは他所のスレの話でしょう。
中南米スレやオーストラリアスレで話題をふるのならスレ違いもあるだろうが、
過去の日本を問うスレで隣国と比較検討するのは別段問題ないですけどね。
483世界@名無史さん:04/07/02 16:59
>>481
事実を指摘して逆に切れられてもねぇ
自分の評価を下げるだけですよ。
484世界@名無史さん:04/07/02 17:00
>>482
いや朝鮮を話題にするレスはつまらん悪意がほとんど。
おもしろくもなんともない。
485世界@名無史さん:04/07/02 17:01
>>483
いや、おまえのは悪意だよ。
スレを殺伐としたいのかしらないがね。
486世界@名無史さん:04/07/02 17:05
>>484
他所のスレは他所のスレだと申し上げていますが、理解できませんか?
誹謗中傷もあればもっともな批判もある玉石混交だろうに内容を検討せずに
悪意だと取られてもね。

もっともかの国の方ならいたし方ありませんが、日本を貧しいとするのなら
当時の国外事情も検討されてしかるべきでしょう。
487世界@名無史さん:04/07/02 17:05
>>485
噛み付いているのは「あなた」
488世界@名無史さん:04/07/02 17:06
さて再度出しましょうか。

>>469
http://photo.jijisama.org/EdoSeoulColor.html
この2点の写真を見て思うところを論述してください。
489世界@名無史さん:04/07/02 17:07
>>486
わかったよ。他国との比較はオッケー。ただし朝鮮は止めてくれな。
490世界@名無史さん:04/07/02 17:09
>?>489
このスレの過去ログに朝鮮の話題は普通に出てきていますが何か?
491世界@名無史さん:04/07/02 17:28
>465に亀レス
食わせることの出来ない子を自ら手を掛けて殺すか、ペストとかで勝手に死ん
じゃうかの違いでしかないんでないの?
現代日本でも「経済的理由による」人工妊娠中絶はガンガン行われているけど、
それをもって経済的に貧しいとは言えないでしょ。

492世界@名無史さん:04/07/02 17:53
ペストで勝手に死んでいくというのも間違いだよな。
日本は清潔な都市だったので、伝染病は鎖国であるかぎり
大丈V!
コレラが流行ったのは幕末になってからだからこれは不潔な
外国人が着たからだろ。
493世界@名無史さん:04/07/03 01:05
>464

>466

もしかしてこいつは、マルクスとマルサスの区別がついてないとか?(W
494493:04/07/03 05:42
侮日史観のボキの正体はサヨク!
495世界@名無史さん:04/07/03 06:24
金ぴか=派手って思ってる人がいるみたいだけど

昔は、夜間に照らすものが蝋燭しか無いから、金ぴかの食器や家具でも良い感じに陰影がでてちょうどよかったらしいよ。
谷崎さんの陰影礼賛なんか読むと分かるけど、あれくらい派手じゃないと日本家屋内の暗い空間では、映えなかったらしい
496世界@名無史さん:04/07/03 17:08
我々は1が何故このようなスレッドを立てたのかという疑問を解決するため、
1の故郷である群馬県に向かった。「まだ日本にこんなところがあったのか…」
思わず口に出てしまった言葉を同行した上司に失礼だと咎められた。
小人が住むような小さな家、ツギハギだらけの服を着る農夫たち、そして
彼らは余所者で身なりのいい我々を監視する様に見詰めている。
高度成長だの、神武景気だの、オリンピックだので浮かれていた我々は改めて
農村の現状を噛み締めていた。ボロ屑のような家に居たのは老いた母親一人
我々を見るなり全てを悟ったのか、涙ながらに「息子が申し訳ありません」と
我々に何度も土下座して詫びた。我々はこの時初めて1を許そうと思った。
誰が悪い訳ではない、農村の貧しさが全て悪かったのだ。我々は1の母親から
貰った干し柿を手に、打ちひしがれながら東京へと帰路についた
497世界@名無史さん:04/07/03 19:47
江戸時代が貧しくて悲惨だと描いている
外国人はまったくいないのだが。
むしろ庶民にとってもっとも幸せな国
と書いている外国人のほうが多い。

実質はどうかはしらないが表面上
はそう見えたらしい。
498世界@名無史さん:04/07/03 21:58
実質もそう。
江戸町人の住まいは確かに狭苦しかったが、衛生面、教育面なども世界で
トップクラスの水準だった。同時代のロンドン、パリと比較してみるといい。
499世界@名無史さん:04/07/03 22:01
しかし、同時代の英国と識字率が同じ、というのが解せないな。
漢字かな混じりの日本文とアルファベトでは、どう見ても後者が覚えやすい。
しかし識字率が同じというのは・・・
500西郷南州隆盛:04/07/03 23:26
子孫のためには、美田を買わず。

家貧にして孝子出ず。

島津さぁ薩摩では、コルレオーネどんでごわす。
501世界@名無史さん:04/07/03 23:31
だからといって、親がギャンブル狂いだと親孝行な息子が育つはずが・・ね!
502世界@名無史さん:04/07/03 23:36
韓国語はオールひながなの感覚なのになんで世界一すばらしい言語だと
朝鮮人がうぬぼれてんの?
503世界@名無史さん:04/07/03 23:37
>>499
教育方針の差では。
江戸時代の町を描いた絵で、町民の子と思しき児童達が塾で勉強している
のを見た事有る。ちなみに大人達はその建物の二階で酒浸りw

発端がエリート教育のイギリスじゃこんなほのぼのシーンは
無かったんじゃないかな?
504世界@名無史さん:04/07/03 23:40
イギリスは階級社会だから
アッパークラスとローバークラスの知的水準に差があるとされる。
町人が学に励む日本と英国や韓国や越南のような国とでは
雲泥の差
505世界@名無史さん:04/07/03 23:56
町人の識字率が高いのはなんとなくわかる。
商人は帳面つけなきゃ仕事にならんし、大工の棟梁も図面見れなきゃ家建てられない。
では、当時の日本人の大多数を占めた百姓はどうだったんだろう。
百姓一揆の血判状があるけど、少なくとも自分の名前は漢字で書けたんだよね?
それとも、血判状の署名とかって坊さんが代書したんだろうか?
506世界@名無史さん:04/07/04 00:07
農村には「高札」があったから、仮名くらいは読めたはず。
507世界@名無史さん:04/07/04 00:21
明治維新時のご誓文の高札が普通に読めるんだから
日本人はリアルで賢い
508世界@名無史さん:04/07/04 01:54
読んであげたんじゃないの
509世界@名無史さん:04/07/04 01:56
識字率が高い江戸では読まずとも分かるだろ。
510世界@名無史さん:04/07/04 02:00
農村でという流れだと思うが。
511世界@名無史さん:04/07/04 02:01
いやご誓文は日本橋だろ
512世界@名無史さん:04/07/04 02:18
農村:カナくらいは読めた?
都市:ご誓文レベル±の漢字は読めた?
513世界@名無史さん:04/07/04 02:25
ただ読めたというけども、あの時代ってくずし字で書いているよね。
おまけに戦後の当用漢字なんかじゃない旧字体でかいていて
文語調で書いているんだから現代日本の厨房とは比較にならない
教養が必要とされるんじゃないのかな。
ハングルも理解できなかった半島人や文盲度が高いシナや
字ナンが難しすぎて愚民化政策の手段だった越南とは雲泥の差だと思われ。
514世界@名無史さん:04/07/04 02:28
この前、最後の戯作者である仮名垣魯文の「安愚楽鍋」読んでみたが、
相当の教養が無ければ読めないね。「西洋道中膝栗毛」も然り。
大衆文学がこれだから、江戸町人の教養がしのばれる。
515世界@名無史さん:04/07/04 02:29
さらにもう一つ。
西欧やアラビアは表音文字で日本は表意文字文字なわけだ。
コーランは意味がわからずとも唱えることからはじまるように
表音文字と意味がわからないとかけない表意文字とでは難度が
雲泥の差だ。
となると表意文字の中で一番識字率が高い日本は教育が高いのは
自明の理。
おまけに半島になると愚民用に世宗がハングルつくったが、それすら
普及せず日本統治になってから普及したわけで。
比較検討してみると日本人がいかに聡明かよく理解できるな。
516山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/07/04 02:32
>>513
くずし字でまとめて認識した方が庶民には読みやすかったんですよ。
ただ中流以上の階級向けの文学は教養が要ります。
庶民も聞きかじっていたようですが。
517世界@名無史さん:04/07/04 02:33
朝鮮文字の正式名称は「諺文」(オンモン)なんだな。

しかし現在南ではハングル(偉大な文字)といい、
北ではチョソングル(朝鮮文字)という。

だからアカヒ新聞が朝鮮文字をハングルというのは背信行為である。
518世界@名無史さん:04/07/04 02:34
http://wwwi.netwave.or.jp/~mot-take/jhistd/jhist2_1_2.htm
江戸時代の伝統文化と誇るべき学問の水準

日本は流石だな。

http://teri.2ch.net/korea/kako/993/993549357.html
韓国人及び外国人による「韓国批判」

読者は朝鮮人の無気力、怠惰、居候根性、貧しさをつぶさに観察されたことになるが
このために朝鮮の独立は極めて困難で、将来を望むことが難しい。(中略)朝鮮を
亡ぼすもっとも大きな、普遍的な原因は国民挙げて「独立独行の精神」に欠けている
ことである。健康な体格を持ちながら親族知己に少し富裕な人かあればその家に居候
して、終日何一つの仕事もせず、暮らしている。居候も朝鮮人の居候根性は徹底して
いる。京城(現在のソウル)の高官、裕福な人の家には大の男が数十人となく寄食し
ている。二度三度の飯を食わしてもらえば、煙草一服も人のものを吹かしている。
見苦しい話である。

  「三十年前の朝鮮」 イギリスの女性旅行家 イザベラ・ルーシー・ビショップ
519世界@名無史さん:04/07/04 02:40
江戸時代には厖大な数の農書が農民自身の手によって書かれたし、
農民の子が字を勉強するための手本もいろいろあった。
520世界@名無史さん:04/07/04 02:45
阿Q正伝見るとシナの農村社会が如何に知性と無縁の社会か
わかろうってもんだ。
521世界@名無史さん:04/07/04 02:46
しかし李朝の村々にも「書堂」という寺子屋があって、
子供達に「千字文」「四書五経」教えていたというから
かの国の識字率が低かった、というのが解せない。
522世界@名無史さん:04/07/04 08:05
>521
数の問題でしょう。
日本の寺子屋のように津々浦々にあったなら教育が庶民に浸透しているといえましょうが。
523世界@名無史さん:04/07/04 09:22
書堂が半島にいくつあったかそれが問題だよね。
524世界@名無史さん:04/07/04 10:06
>>523
加藤政之助著「韓国経営」って本には5万とある。
525世界@名無史さん:04/07/04 10:15
日本の寺子屋 「読み書きそろばん」→実用のため身に付く
李朝の書堂  「四書五経」    →空論のため身に付かない
526世界@名無史さん:04/07/04 10:26
中国の場合地方によってかなり教育水準に差が有ったのでは?
農業だけでやっていけないため華僑になる人が多い福建とかは個人の
技術や能力がモノを言うので教育熱心だったとか。
527世界@名無史さん:04/07/04 10:33
そういや魯迅だか孫文が四書五経を幼い頃に学ばされたが、最初は意味もわからず
ただ音だけをなぞって発音することを、繰り返し唱えさせられただけだったと述懐していたな。
のち成長してから、これまで唱えさせられていた連続した音に意味があったことを知って感動したそうだ。
528世界@名無史さん:04/07/04 11:11
四書五経は標準語もしくは官語学習って説がある。
中国では話言葉がまるで通じないのでさまざまな出身の中央官僚には
少なくとも文書だけでも全員に通じるものが必要となる。そこで、
四書五経の言葉遣いや文法をスタンダートとして、官僚志望者には
最低限四書五経をそらんじることが出来るのを条件とした。
儒学書なら役人心得としても丁度良いし、うってつけの教材だったん
だろう。
529世界@名無史さん:04/07/04 11:48
システムが不安定でもだめなんだけど、
安定すぎても動脈硬化をもたらすんだな。
530世界@名無史さん:04/07/04 12:23
>>525
おいおい四書五経を理解する教養って相当な水準だぞ。
531(`ハ´)[☆]中国は文の国:04/07/04 12:35
文字の書いてある紙は貴重だから、尻なんか拭いたらバチが当たるヨ。
532世界@名無史さん:04/07/04 12:36
>>525
寺子屋でやってたのは論語の素読。
533世界@名無史さん:04/07/04 13:06
>>521
嫌韓厨御用達のバードによると
常民の大半がハングルを解したとあるけど。
534世界@名無史さん:04/07/04 13:09
>>524
そんなにあったっけ?
一万数千だったと思うけど。(名前が出てこない、なんとかいう植民地の教育関係研究している女の人の論文)
何年で、どのくらいの規模まで含めるかによってかわるから、それかな。
535世界@名無史さん:04/07/04 13:10
>>533
その「常民」の比率が低いとこに問題があるんじゃねーの。
自称両班とかイパーィいたそうだし。
536世界@名無史さん:04/07/04 13:23
植民教育研究なら普通にここだろ
ttp://colonialeducation.web.infoseek.co.jp/
537世界@名無史さん:04/07/04 13:24
>>535
確かに両班でも漢文が出来ない者もいるとも書いてるね。
538世界@名無史さん:04/07/04 13:31
非常民(自称両班):漢文ができないものもいる
常民:大半がハングルを解する
539世界@名無史さん:04/07/04 13:31
ハングルのテキストなんてほとんどないのに
どうやって教育したんだろ。

四書五経のハングル版とかあったっけ?
540538:04/07/04 13:31
巣でまちがえた。わすれてくり。
541世界@名無史さん:04/07/04 13:36
ヤンパンは中国語を話すことは出来たの?
542世界@名無史さん:04/07/04 14:00
>>536
んなマイナーなの誰もしらねーって。
研究者も無名といっても差し支えないし。
543世界@名無史さん:04/07/04 16:17
カウンター1000もいってねえじゃねえか
544世界@名無史さん:04/07/04 16:24
>>533
すくなくとも明治以降日本に流れてきた白丁=大多数の在日の多くが
犯罪目的でやってきた無教養な連中で当然文盲であった。
そして戦前の文盲率増加が在日の流入によるものであり
戦後の犯罪急増も在日によるものである。
一方韓国は不定の輩が一時期激減したので戦前の半島の
教育事情が大幅に改善したということだ。
545世界@名無史さん:04/07/04 17:37
半島で日の目が見れる人はわざわざ日本まで来なくてもすむさ。
546世界@名無史さん:04/07/04 20:10
>521
そこで漢文ばかり教えていたわけだから
他民族言語を必死で学ばなければならない。


日本の場合、とりあえず、ひらがなカタカナを覚えればよし。
547世界@名無史さん:04/07/04 20:31
しかし崩し字なんてよく読めたな昔の人は。
といっても漏れの婆ちゃんとかその辺の年代なんだけど。

あんなもんアラビア語といい勝負だろ。
548山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/07/04 20:45
一つ一つ決まった字体を覚えて行くと、余程癖が無い限りなんとかなります。
要は慣れというやつで、活字化されたものの方が難しかったとか。
大体使われているような字や文は決まりきっていたので、その時代に生まれ
ていれば大丈夫というもの。
でも幕末に近づく程&私的性格の強いものほど読み難い。それまで読み易い
字だったのに、突然癖の強い字に行き当たると、代った書き手に殺意も湧い
てきます(もう死んどるわい)。
549世界@名無史さん:04/07/04 21:13
崩し字っていうと、「あのよろし」とかですか?
550世界@名無史さん:04/07/04 21:36
http://www2s.biglobe.ne.jp/~erlove/kuzusi3.GIF
これは慣れないと難しいね。
なるほど日本に来た白丁が長年文盲だったのも無理は無いな。
戦後当用漢字が使われるようになったのはまたしても在日対策か・・・
551世界@名無史さん:04/07/04 21:40
http://www2s.biglobe.ne.jp/~erlove/kuzusi4.GIF

これはなんでしょう?と1つ分からないものがあるようだ


http://www2s.biglobe.ne.jp/~erlove/iga12.GIF
読めるか? もちろん俺は読めない
552世界@名無史さん:04/07/04 21:45
>戦後当用漢字が使われるようになったのはまたしても在日対策か・・・
激しくワロタ
553世界@名無史さん:04/07/04 21:48
>>549
>あのよろし

あれは「あかよろし」ですよ。
554世界@名無史さん:04/07/04 21:53
花札のアカタンの役に使われる赤札に書かれている文字は、『あかよろし』と読む。 『あのよろし』ではない。
 ちなみに『の』に見える文字は『可』の草書だ。
 しかし、『あかよろし』の意味は不明だ。


 高木一夫からの情報。
 「あかよろし」ってのは、「あ『可』よろし」と書いてあり、"RED IS GOOD"といっている訳でござんす。
 ちなみに桜の「みよしの」の方は、「御吉野」ってこと。桜の名所は、大和の吉野だから。花が見たけりゃ吉野に御座れ。
 これは、「赤よろし」よりも古くて、別なカルタの札が入ったものらしい。3枚全部が「赤よろし」の花札もあるもんね。
 なんで、松梅桜で「よろしい」のかっていうと、歌舞伎の「菅原伝授手習鑑」がもとだから。主人公の松王丸、梅王丸、桜丸って。で、彼らの名付け親が菅原道真で、だから松梅桜の上札が「菅原」って役なのです。

こんなんがひっかかってきた
555世界@名無史さん:04/07/04 22:08
変態age
556世界@名無史さん:04/07/04 22:14
>>550
>戦後当用漢字が使われるようになったのはまたしても在日対策か・・・

いや、これはGHQの政策が原因。

戦後、占領軍当局者は日本がなぜ戦争を始めたのかの研究に着手し、

「日本が戦争を始めたのは健全な民主主義が育っていなかったから
→それは民衆の知的レベルが低かったから
→民衆の知的レベルが低かったのは、日本人が複雑な漢字を覚えるためだけに知的能力の
 大半をつぎ込み、それ以外の創造的活動に取り組めなかったから
→漢字を廃止してかな文字だけを使うようになれば、正常な民主主義国家になるだろう」

というあれれな結論を出した.で、それに従って日本の漢字根絶政策を始めたという。

その下請けを担ったのが、国立国語研究所。そこにより、将来的に「かな」(あるいはローマ字)
のみの日本語体系を作るべく長期計画が立てられた。その第一歩として、漢字をすぐに廃止する
のは不味いから、当面必要と思われる最低限の漢字だけを使うようにしようと制限漢字を定めた
のが現在の当用漢字の由来なんだそうだ。

蛇足だけど、『在日対策』は人名用漢字の追加の方でしょ。日本名に改名しなくても済むように(ry
557世界@名無史さん:04/07/05 01:05
>>551
下のほうは「借用申金子之事」と読めるから
借金の証文かな。
558世界@名無史さん:04/07/05 01:43
>>556は別のところに正解があるので
我とおもわんものは見ずに訳してくれ。
たしか山犬と山野がくずし字よめたっけ?
559世界@名無史さん:04/07/05 04:08
ローマ字運動age
560世界@名無史さん:04/07/05 09:26
>>556
>→漢字を廃止してかな文字だけを使うようになれば、正常な民主主義国家になるだろう
そうすると全廃を実現した半島北部の知的レベルは「正常な民主主義国家」になっているはずなのだが。
561世界@名無史さん:04/07/05 09:27
文章がおかしかった。

そうすると全廃を実現した半島北部は、知的レベルが向上して「正常な民主主義国家」になっているはずなのだが。
562世界@名無史さん:04/07/05 10:10
むしろ地図の記号みたいなのを表意文字の代わりにして、言語が違っても、
意思疎通を容易にした方が良い。
563世界@名無史さん:04/07/05 10:12
それなら漢文でいい。
564世界@名無史さん:04/07/05 10:19
【日露戦争百周年】旧日本軍(皇軍)総合スレ 5
http://tmp4.2ch.net/test/read.cgi/asia/1088763650/

馬鹿サヨがロシア軍マンセー朝鮮擁護を続けています。
援軍にきて〜
565世界@名無史さん:04/07/05 11:03
江戸時代の日本ってね、江戸と京、大坂が生活、文化で豊かだったのはわかるけど
地方都市はどうだったの
566世界@名無史さん:04/07/05 11:05
>>565
本間様には 及びもせぬが せめてなりたや 大名に
567世界@名無史さん:04/07/05 11:10
参勤交代で街道沿いの宿屋まちにはお金が落ち街道も整備された

一方朝鮮は朝鮮紀行―英国婦人の見た李朝末期 イザベラ・バード著によると
朝末期(約100年前)の朝鮮半島の姿は凄まじい。奈良時代かと思わされるような記述がゴロゴロしている。イザベラ・ビショップいわく――
・貨幣制度が(ほとんど)ない。
・ソウルは世界有数の汚く悪臭のする都市だ。
・一般民衆の住む場所は藁葺きのあばら屋で、通りからは泥壁にしか見えない。
・道はとにかく悪い。

――この国を、日本は併合して近代化したのである。その苦労たるや、どれほどのものだっただろうか。歴史の事実を知るのに最適な一冊といえるだろう。
また、彼女は東洋のアルカディアと日本を呼んでいる。朝鮮を訪れる20年前に書かれた日本奥地紀行も比較対照として面白い。


568世界@名無史さん:04/07/05 11:29
なぜ李承晩大統領は、日本統治時代を全否定する政策を行いながら、
その民衆の生活レベルを日韓併合以前に戻さなかったのだろう。
言行不一致も甚だしい。
569世界@名無史さん:04/07/05 12:04
なんで世界での話をしているのにお隣さんとの比較になってるの?
570世界@名無史さん:04/07/05 12:16
彼等の脳内には偉大なる大日本帝国と下劣な朝鮮しか存在しないから
571世界@名無史さん:04/07/05 12:44
生粋の日本人さん半島の掲示板にどうして書き込まないんですか?
572世界@名無史さん:04/07/05 12:55


>>567-568はもはや板違いですな。ハングル板でどうぞ…って事?
573世界@名無史さん:04/07/05 13:00
朝鮮など問題外。
574世界@名無史さん:04/07/05 14:12
572は在日の火病。真実を晒されるのがそんな恐ろしいのか
575世界@名無史さん:04/07/05 14:17
禿同。
正しい事をするのに場所など関係ない。
日本人ならチョソ排斥に問答無用で協力すべし。
576世界@名無史さん:04/07/05 14:24
在日が発言したら自動的にIP晒すとかできないのかねぇ。
577世界@名無史さん:04/07/05 14:40
>>565
>江戸時代の日本ってね、江戸と京、大坂が生活、文化で豊かだったのはわかるけど
>地方都市はどうだったの

江戸・大坂との比較では相対的に貧しかったと言えるが、世界的な視野からすれば、
非常に豊かであったといえる。
「強国論」という本で同時代の欧州と比較した記述があったが、それによると日本では
「田舎の都市化」と言う現象が見られたそうだ。辺境の田舎でも行商人が行き交い、
現金販売、信用販売が行われていて、さらにある程度人が密集して住んでいる地域に
なると店を構えた商売が出来たと驚きを込めて記されている。このような現象は前者
ではイギリスともっと小規模ではあるがオランダにおいてのみ、後者においては、スイス
の時計製造地域のようなところを除いてヨーロッパには存在しなかったとしている。
578世界@名無史さん:04/07/05 14:53
米作に向いてない地域はどうだったの?
579世界@名無史さん:04/07/05 15:01
明治維新が薩摩、長州、土佐などの地方の勢力によって主導されたのは
地方の勃興という側面も関係あったのだろうか?
580世界@名無史さん:04/07/05 15:02
倭奴どもはホントに朝鮮見下して優越感にひたるのが好きだなあ。
世界の中で大した地位占めてこなかったからって隣の国を
いじめて精神落ち着かせるなんて最低の国民性だね。
我が大中華の燦然たる歴史に比べれば東夷の野蛮人など
取るにたらんね。
581世界@名無史さん:04/07/05 15:21
>大中華・・・キム・デジュン氏のときが華だったということ?
582山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/07/05 16:49
>>551
557に続けて、
一、金拾五匁也    但利足
右者金子此度無拠当の用ニ付借用申所(一行目まで)・・・面倒なので以下省略。
天保元年なら1770年ですね。庚寅年です。最後の「証文如件」は定型文。
(言い訳がましいですが、近世文書は久しぶりです)
583世界@名無史さん:04/07/05 18:13
日本が欧米に致命的に遅れをとったのってやっぱ産業革命期から?
584世界@名無史さん:04/07/05 18:49
いや、致命的には遅れてない。近代史において、日本は見事に適応した方だと思う。
遅れてたと言えば、最初からずっと遅れてた。中国とかはどうか分からんけど。
585世界@名無史さん:04/07/05 18:58
>>584
欧州世界ともでも前近代なら大差なかったんじゃないの?
586世界@名無史さん:04/07/05 19:03
日本人の悪いところは「ほどほど」というものを知らないところだな。
常に日本対世界という視点で物事を判断して、「〜はイギリスに負けてる、〜はドイツに負けてる」
とかいいながらそれらに追いつくべく非常識な努力を重ねてしまい、ついには実現してしまう。
そしてそれは他の国にとっては、なれ合いのぬるま湯に浸っているところぶち壊した侵略者も
同然であるのに、その自覚がないから尚始末が悪い。
中国人などが蛇蝎のごとく嫌うのも当たり前だと言えよう。
587世界@名無史さん:04/07/05 19:41
日本人って努力するのは得意だけど方針決めるのは得意じゃないからなあ。
現場〜中間は優秀だけど上層部がアレ。
588世界@名無史さん:04/07/05 20:00
>>582
何でアレが読めますか。一部を除いてチンプンカンプンだ。
あれなら本場中国の漢文のほうが全然読めるわ・・・。
589世界@名無史さん:04/07/05 21:18
>>586 それは半島人のことだろ
590世界@名無史さん:04/07/05 21:19
>>589 意味を読み間違えた。わすれてくだされ。
591世界@名無史さん:04/07/05 21:25
>>589
アフロアメリカンにもネパール人にもメキシコ人にも「お断り」な存在
592山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/07/05 21:28
>>589
要するに普段からよく読まずに「日本を悪くいったようなレス」を
「半島人」のものにしてらっしゃる訳で・・・。お改めになっては。
593世界@名無史さん:04/07/05 21:31
もう忘れろとよ
594世界@名無史さん:04/07/05 21:36
つか朝鮮なんかどうでもいいよ。他逝け、他。
595世界@名無史さん:04/07/05 21:39
「中国人の日本人観」
http://home.att.ne.jp/red/dateasia/kako/tyugoku36.htm

>また、中国から日本を見ると、ものすごく大きく見える。日本人は中国をものすごく大きいと思っているが、
>中国の軍人さんは日本のことを本当に嫌な国だと思っているようです。「日本は気違いの国だ」という。
>「開国してたかだか30年くらいで、清、ロシアと戦い、50年で世界と戦った。アメリカにやられたが、経済で
>アメリカに追いつこうとした。こんな気違いみたいな民族が世界にいるか」ということです。

>  彼らは、「アメリカは世界に開かれていて天才が集まるから、アメリカが強いのは分かるが、日本には
>日本人しかいない(笑)。それがどうして喧嘩が強く、金儲けもうまく、性格がひねくれてるのか(笑)」と思う。

嫌われて当然だな(w
596世界@名無史さん:04/07/05 23:43
>>565
中期以降で豊かだったのは江戸だけだな。
地方都市は言うまでもないが、大坂京都なども、人口が激減して都市が衰退に向っていた。
(1750年から1850年までの100年で、三割は減少)
江戸も人口が低下しつつあったが、諸藩の江戸滞在で莫大な金を置いていくので、
それなりに潤っていた。

このころ豊かだったのは、西南諸藩、主に農村部。
中国、四国、九州南部、など近くに中核都市がないところの方が、発展していたといえる。
人口も農村部では四割強増加しているし、かなり豊かだったといえるのではないだろうか。

江戸幕府の政策はクソだが、比較対象がアレなので、江戸時代はそれほど貧しい時代とは言えないんだよな。
597山犬@ ◆RDX1.dOCHY :04/07/06 02:55
>>551
名前が挙がっていたので、頑張って読んでみますた。所々怪しい所も・・・。
と言うか、全然自信ないですけど。■は読めなかった字です。

借用申金子之事
一金拾五両也      但利足
右者金子此度無拠要用付借用申所
実正也為質物我木■持之家屋輔■
南側之而■口京間五間半■行町並并家
附之新畑弐反其外建■竹木■差入置申候
■■之儀を来卯十二月十日限元利共急度■弁
可致候萬一相■■■右之質物御取流其許
御支配可被成候其■かし■■乱無之候為後日仍而
証文如件
 天保元寅年十二月

くずし字の授業を取ったこと無いので、これが限界です。
598山犬@ ◆RDX1.dOCHY :04/07/06 03:04
読めない字はありますが、意味は大体取れるので、ちょいと説明。

見れば解るとおり、借用書ですが、担保は間口五間半の土地と家屋敷、
それに付属する新畑二反と、竹と材木。借金の期限は一年間で、来年
卯年(天保二年・1831年)の12月10まで。それまでに利子を付けて返さ
なければ、質草を押さえるよ、と言う内容です。
599世界@名無史さん:04/07/10 00:50
 日曜日!
昔の日本は盆と正月しか休みがなかったから貧しかった。
西欧は日曜日があったから豊かだった。
キリスト教文明を否定する者は日曜日に休むべからず!!
600世界@名無史さん:04/07/10 01:04
休んでませんがなにか?
うちの業界では、平日に休むことになってます。
601世界@名無史さん:04/07/10 04:04
江戸時代はちょっとした町人なら上から下まで絹物を着ていた。
湯文字と長じゅばんは縮緬、着物は地味好みなら普段着は紬。
今だと一揃いで200万円くらいか。
御殿だと総鹿の子や縫い取りになるから、今では5000万でも製作不能。
602名無しさん@そうだ選挙に行こう:04/07/11 07:18
絹と木綿も日本は西洋より早かったんだよね。あと紙も。
やっぱ中国文明の恩恵はデカいわ。
603山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/07/11 11:44
毎日着替えられるというのも豊かさの証拠と言っていいでしょう。
『お菊物語』だったと思いますが、1600年頃の足軽の娘ぐらいだと六年
間同じ着物で着たきり雀で不満をもらす事もあったようです。不満をもらした
からには流石に珍しかったのでしょうが、それにしても凄い。
佐藤賢一先生によれば、16世紀前期のフランスはパリではようやく毎日着
替える事が出来るようになっていたとか。
養蚕については『三国志』に既に記されていますが、木綿栽培は遅く普及し
たのは江戸期になってから。秀吉が木綿針を売ったとされた様に、戦国期
にはぼちぼち出て来ますが。
>>599
江戸時代の町人なんて休みまくってたが
労働=善なんて考え方を持ち込んだのはキリスト教
606山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/07/11 13:54
職人賞賛の発想は平安時代にはありましたし、積極的な肯定も室町時代には見られます。
特に盛んだったのが真宗や法華宗の門徒で、京滋の大商人もこれらの信者が多い。
ローマ人もあんまり働かねえしなあ
608世界@名無史さん:04/07/12 15:52
「(日本には)貧乏人は存在するが、貧困なるものは存在しない」チェンバレン
609世界@名無史さん:04/07/12 16:02
うちの嫁さんも動かねえしなあ
610世界@名無史さん:04/07/17 13:21
>>543
日本は植民地化されたことがありませんが何か?
開国後40年足らずで世界の麒麟児として飛翔しましたが何か?
ゼロ戦は世界一の戦闘機で当初無敵でしたが何か?
611世界@名無史さん:04/07/17 13:55
ペストで1/3くらい死んでたヨーロッパこそ暗黒
612世界@名無史さん:04/07/18 04:15
だけどそれが一般民衆の地位向上繋がった罠。
613日本はこんなに豊か!それに引き換え半島は馬鹿か?:04/07/19 21:09
第11次朝鮮通信使節(1763〜1764)の一員だった金仁謙の日本紀行文、
「日東壮遊歌」金仁謙著 高島淑郎訳注 平凡社東洋文庫 より。

大阪を見ての驚き
「三神山の金闕銀台とは まことこの地のことであろう」
「人家が塀や軒をつらね その賑わいの程は我が国の錘絽
(ソウルの繁華街)の万倍も上である」
「北京を見たという訳官が一行に加わっているが 
かの中原の壮麗さもこの地には及ばないという」

名古屋を見ての驚き
「山川広闊にして 人口の多さ 田地の肥沃 家々の贅沢なつくり 
遠路随一といえる中原にも見あたらないであろう 
朝鮮の三京も大層立派であるが この地に比べれば寂しい限りである」

江戸を見ての驚き
「楼閣屋敷の贅沢な造り 人々の賑わい 男女の華やかさ 城郭の整然たる様 
橋や船にいたるまで 大阪、西京(京都)より三倍は勝って見える」

京都を見ての電波(笑)
「惜しんで余りあることは この豊かな金城湯池が 倭人の所有するところとなり 
帝だ皇だと称し 子々孫々に伝えられていることである この犬にも等しい輩を 
皆ことごとく掃討し 四百里六十州を 朝鮮の国土とし 朝鮮王の徳をもって 
礼節の国いものだ」


614日本は豊か 半島は・・・・:04/07/19 21:13
http://www1.u-netsurf.ne.jp/~tanikana/sample50.htm

天下太平ムードの江戸時代に入ると、縫い糸に金糸や銀糸を用いた
華麗で贅沢な刺繍が生み出されていったのです。
あまりに高価なものが現れるので、幕府は再三、奢侈(しゃし)禁止令が
出されるが、江戸の繁栄とともに、隆盛を続ける刺繍も取り締まることは
なかなか出来なかったようである。

一方朝鮮は・・・・・
http://www7.plala.or.jp/juraian/ibird.htm

ソウルを地球上でもっとも不潔な都市、また紹興[中国浙江省北部の県]の悪臭に出会うまでは
もっとも悪臭のひどい都市と考えていた!大都市、首都にしてはそのみすぼらしさは名状できない程
ひどいものである。礼儀作法のために、二階家の建造が禁じられている。その結果、二十五万人と
見積もられている人びとが「地べた」、主として迷路のような路地で暮らしている。その路地の多くは、
荷を積んだ二頭の雄牛が通れないほど狭い。実にやっと人ひとりが、荷を積んだ雄牛一頭を通せる
広さしか無い。さらに立ち並んでいるひどくむさくるしい家々や、その家が出す固体や液状の廃物を
受け入れる緑色のぬるぬるしたどぶと、そしてその汚れた臭い縁によって一層狭められている



  
615日本は豊か 半島は・・・・:04/07/19 21:14
ソウルには美術の対象になるものが何も無く、古代の遺物ははなはだ
少ない。公衆用の庭園も無く、行幸の稀有な一件を除けば見せものも
無い。劇場も無い。ソウルは他国の都市が持っている魅力をまるで
欠いている。ソウルには古い時代の廃墟も無く、図書館も無く、文学も
無い。しまいには、他には見出せないほどの宗教に対する無関心から、
ソウルは寺院無しの状態で放置されている。一方、未だに支配力を維持
しているある種の迷信のために、ソウルには墓がないままにされている!

日本のこの上なく見事な手際のよさと、中国の旺盛な勤勉に比べて、朝鮮はだらしない。
616日本は豊か 半島は・・・・:04/07/19 21:18
朝鮮では、私は朝鮮人を人種の滓と考え、その状況を希望の
持てないものと見做すようになっていた。

朝鮮の大きくて普遍的な災難は大勢の強壮な男たちが、
少しましな暮らしをしている親類か友人に頼るか「たかり」に
耽る習慣である。それを恥としないし、非難する世論も無い。
少ないけれども一定の収入がある人は多くの親類、妻の親類、
大勢の友人、親類の友人たちを扶養しなくてはならない。

617それに引き換え日本の豊かさは・・・・:04/07/19 21:21
朝鮮を旅行したイザベラ・バートが米沢についてこう述べている
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_1/jog091.html

南に繁栄する米沢の町があり、北には湯治客の多い温泉場の
赤湯があり、まったくエデンの園である。「鋤で耕したという
より、鉛筆で描いたように」美しい。米、綿、とうもろこし、
煙草、麻、藍、大豆、茄子、くるみ、水瓜、きゅうり、柿、杏、
ざくろを豊富に栽培している。実り豊かに微笑する大地であり、
アジアのアルカデヤ(桃源郷)である。自力で栄えるこの豊沃な
大地は、すべて、それを耕作している人びとの所有するところ
のものである。・・・・・・美しさ、勤勉、安楽さに満ちた魅惑的な
地域である。山に囲まれ、明るく輝く松川に灌漑されている。
どこを見渡しても豊かで美しい農村である。[

618中国や欧州より大国だった日本!:04/07/19 21:22
何も売るもののないヨーロッパは新大陸から収奪した貴金属を
支払いにあてたが、日本はどうしたのだろうか。幸いな事に、戦
国時代に鉱山開発が進んだ結果、日本は当時、世界有数の貴金属
産出国になっていた。

 たとえば銀については、17世紀初頭において、日本を除く世
界の年間銀産出高が39〜49万kgだったのに対し、日本の輸出高だ
けでも16〜20万kgに達していた。[4,p35]

 銅についても、シナでは明の時代に貨幣原料の不足を来たし、
清代には日本への輸入依存を徐々に高め、18世紀初めには、ほ
とんど全量を日本銅に依存する状態になった。地大物博の国と呼
ばれたシナも、実は貨幣経済の首根っこは日本に押さえられてい
た。そして日本の銅銭は、シナのみならず、アジア域内交易に広
く用いられた。マルコポーロの「黄金の国ジパング」とは、あな
がち荒唐無稽な形容ではなかったのである。[
619鎖国はブサヨの自虐史観。真日本史観に目覚めよう!:04/07/19 21:24
徳川幕府は、当初、豊臣政権の「七公三民(収入の7割を税徴
収)」の税率を踏襲したのだが、それらは城下町の建設、陸路・
海路の交通網整備、河川堤防の建設、新田の造成など、大規模な
社会インフラ整備に使われた。そしてそれらが終わるとただちに、
大減税を敢行した。四代将軍家綱の元禄の頃には、「三公七民」
と逆転していた。[6,p168]

 いわば、戦国時代の後の「平和の配当」である。上述した四大
商品の国産化成功ともあいまって、我が国は空前の高度成長期に
突入した。江戸幕府創設の直前、1600年の日本の人口は12百万
人だったのが、1721年には31百万人と2.6倍にもなった。生
活水準も向上し、平均寿命が延びた。[6,p92]

 この間の耕地は、225万ヘクタールから296万ヘクタールへと、
1.3倍となっている。1.3倍の土地で、2.6倍の人口を養
っていたのだから、土地生産性は2倍となったと言える。生活水
準の向上を加味すれば、それ以上だ。新大陸など他人の土地を欲
しいままに占有・収奪した近代世界システムに対して、江戸シス
テムは限られた国内の土地を最高度に活用したのである。

 歴史の教科書には、江戸時代に飢饉ばかりが続いたかのように
記述しているが、それは江戸時代の後半、人口が3千万を超えて
列島の収容能力限界に達し、また米作が北限の東北地方まで普及
していた所に、気候寒冷化が襲ったためである。飢饉を階級的搾
取の結果とするマルクス主義史観では、前期の高度成長も、庶民
の豊かな暮らしぶりも説明できない。
620日本は世界最強の国だった!:04/07/19 21:26
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_1/jog024.html

ヨーロッパより進んでいた技術革新■

 近代世界システムとの最初の遭遇の時から、日本人は驚くべき適
応能力を示した。1543年に種子島に最初の鉄砲が伝えられてから一
年とたたぬうちに、日本人はその製造技術を修得し、十年もすると
日本中の鉄砲鍛冶が大量に生産を始めた。

 銃の改良自体もヨーロッパ以上のスピードで進み、螺旋状の主導
バネと引き金調整装置を発達させ、銃身の破壊を防ぐ鉄鋼の製造に
も成功している。鉄砲を使った戦法も世界一で、1573年、織田信長
が武田の騎馬武者を駆逐した長篠の戦いで見せた3000人の鉄砲隊を
三分隊に分けて、一斉射撃を繰り返す戦法は、基本的には第一次大
戦まで通用するものだったという。
その12年後、フランスのアンリ4世が勝利を収めたクトラの戦
いで25名の鉄砲隊を各槍隊の間に配置した程度に過ぎなかった事
も見ても、鉄砲使用の規模と質において、当時の日本がいかに進ん
でいたかが分かる。ポルトガル、スペインも、日本の軍事力を見て
侵略を諦めざるをえなかった。

621>>614の朝鮮の不潔さと比較してみよう!:04/07/19 21:28
江戸時代初期は、大開発時代で新田開発、用水整備などにより、
わずか数十年の間にコメの生産量を3倍に増やしている。その結果、
自然破壊が問題になると、幕府は「山川掟(1666)」を出して、大雨
による土砂崩れ、河川の氾濫が起こらないよう、対策を進める。[
3,p148]

 さらに糞尿や煮炊きをした後の灰など、都市の廃棄物を農村の肥
料にリサイクルするシステムを作り上げた。これによって同時代の
ヨーロッパの都市などとは、比較にならないほど、衛生的な都市生
活が可能となった。

 自然保護の面では、江戸の近隣に現在の東京23区以上の面積が、
将軍の鷹狩りの場として設定され、そこでは無用の殺生を禁じられ、
野生の鳥や動物の天国となった。

 地方においても、百姓が漁業の権利を併せ持ち、森林を保全して、
山から水を安定的に流し、海岸林としての「魚付き林」を維持した。
森林資源と漁業資源をトータルシステムとして保全するエコロジー
思想は、現在よりも進んだ面を持っている。
622世界@名無史さん:04/07/19 21:28
じゃあなんであんな絶望的な格差が生まれたんだ。
623世界@名無史さん:04/07/19 21:30
格差なんて無いよ。
624世界@名無史さん:04/07/19 23:51
>>622
もともと稲作に向いてない土地はちょっとの異常気象とかで凶作に
なるのが米経済の弱点だね。それでも流通価値の低い雑穀で藩を運営
しようとする無謀な大名が居る筈も無く…
625世界@名無史さん:04/07/20 01:08
それはマルクス史観による自虐の歴史
日本を肯定的にとらえよう!
626世界@名無史さん:04/07/20 01:10
そこで神話の復活ですよ
             /;;;;;;;;;;;;;\
            /;;:::::::::::::::::::::::\
       ∈=━/,,;;:::::::::::::::::::::::::.;ヽ━=∋
            L::;;,__     ..:::ゝ
          //;;;;::::::.. ̄ ̄ ̄ ̄..::::;;;ヽ
          / ;;;;;;;;:::::::::::;;;;;;;;;;;;;::::::::;;;;; ヽ
         /j/三三三三三三三三三三ヾ、
         l::||::::              |l  
        / ̄\ ヽ-=・=-′ヽ-=・=-′ ||  
      r┤    ト::::: \___/     ||     
     /  \_/ ヽ:::.  \/    ,ノ   
      |   _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
      |   _)_ノヽ\  ハ // /    ヽ   
     ヽ____)ノ      ̄ ̄ ̄   /     ヽ、
627世界@名無史さん:04/07/20 01:16
>>626
あんた違う国の皇帝じゃん
628世界@名無史さん:04/07/20 01:21
ギリシャと日本とでは直接的な利害や歴史的な対立がないせいもあり、
日本人を優秀な製品を作る優秀な民族と考え、とても親日的です。
また、船員をしていて日本に立ちより、日本人から親切にしてもらったとい人も多く、日本人のお嫁さんもかなりいます。
(ずいぶん田舎に旅行に行った時、その村に日本人がいるということで、通りすがりのおじさんがその人の家まで案内してくれて、その人におにぎりを作ってもらったこともありました。)
私たちを日本人と知ると、「僕の車はホンダだ、とても良い。」「日本に行ったことがある、とてもきれいだった。」
「ソニーのラジカセを持っている。」などなど、話しかけてきます。なかには、東レの作業着をわざわざ奥から持ってきて、
「これは15年も使っているが、ちっともいたまない。日本製品はすばらしい。」と激賞してくれた肉屋さんもいました。
船員さんたちの証言があるとはいえ、この親日感情はやはり日本文化に依るところよりも日本製品に依るところが大きいようです。
しかし日本文化と一口に言っても、私自身、日本のことについてなにか尋ねられても上手に説明できずに困りました。
国の外に出ていくにはまず、自国のことをよく知らなければならないと思いました。

 さて、日本人に対してはこのように友好的なのですが、中国人のことはなぜかとてもばかにしているようです。
私たちも歩いている後ろから「キネージ(中国人)、キネージ、チン、チョン、チャン。」と侮蔑の言葉を投げつけられます。これはかなりしばしばあることです。
一度公園でこどもたちがしつこくこれを繰り返すので、怖い声で「エラゾ、ペディア!(ここへおいで、子どもたち)」と叫びました。
子どもたちはまさかギリシャ語で呼ばれるとは思っていなかったようでとてもびっくりして、それでもシオシオと私の前にやってきました。
そこまではよかったのですが、さてその後が続きません。
しかたなく、「何歳?」「家はどこ?」「学校はどこ?」とわけのわからないことをしゃべって、ごまかして逃げてきました。
また一度は大の大人が何人もして、チン、チョン、チャンをやるので、無性に腹がたって、
「ヤポネージ、イーメ。(私は日本人よ)」とどなってしまいました。
http://www.hi-net.zaq.ne.jp/kenahl/heko_vich/dokusyo/dokusyo.html

末の江戸が、当時では珍しい外国人の立場により記述されてます。
幕末と言う動乱期の日本を知る上でいい資料になります。同時代の清と日本の文化、
人柄の比較も面白いです。

本書では、日本人は働き者で礼儀正しいと大変評価しております。それに対し清は、
あまり評価されていませんが…

我々も、先達に対し恥ずかしくない日本にしないといけませんね。

江戸時代の日本は、武士政権による暗黒時代と思われている方にお勧めします。

BYシュリーマン
630世界@名無史さん:04/07/20 02:05
アジアの中でドングリの背比べしてもねえ。

631世界@名無史さん:04/07/20 09:08
日本はアジアの中に収まる器でなく世界の一等国だったことは
シュリーマンやイザベラの紀行文であきらかになっている。
それにひきかえシナや半島の愚劣さや前近代性は第3者たる外国人にも
一目瞭然である。
それにひきかえ米沢の豊かさはどうだろう?これが日本の原風景である。
632世界@名無史さん:04/07/20 09:45
1939年時の主要幹線の道路舗装率

アメリカ 39%
イギリス 44%
フランス 31%
ドイツ  36%
イタリア 28%

日本   0.9%



主要国交通機関概要表

国名   鉄道延長m  m/一万人  機関車数    客車数    貨物車数    自動車数  台数/人口千人

ドイツ    13.8万    11.9    2.0万     6.3万    57.3万    110.0万       17
イギリス   8.1万    12.0    2.0万     4.2万    61.9万    202.8万       45
アメリカ   63.3万    34.1    4.5万     2.4万   179.0万   2616.7万      213
フランス   6.6万    15.8    1.9万     3.2万    49.4万    218.0万       52
イタリア    2.9万     4.9    0.6万     0.7万    12.5万     39.0万       10
ソ連      8.5万      −      −        −        −       34.5万        2

日本     3.7万     3.9    0.4万     1.1万     7.3万     20.9万        3
633世界@名無史さん:04/07/20 09:46
強制労働所収容者よりも日本国民のほうが虐待されてたような気がする。

日本人の平均摂取カロリー
1931〜1935年 2265kcal
1944年    1900kcal


アウシュビッツ収容者の平均摂取カロリー
1941〜1944年 2375kcal(重労働者2686kcal)


ドイツ人は1945年以外は2900kcal
634世界@名無史さん:04/07/20 09:46
〜人間の軍隊・アメリカ軍〜
自動小銃と豊富な銃弾。
手榴弾。
豊富な戦闘食。
塹壕にこもる相手には火炎放射器。
戦車が来たら対戦車用ロケット弾。
強力な野戦砲が援護してくれる。砲弾は豊富で打ち止めの心配なし。
移動には燃料豊富なジープ。
最強とは言えないが、稼働率が良く、安心して使える上に数が多い戦車部隊。
無線で他部隊と綿密な連携。無線で呼べばすぐやって来る爆撃機。
制空権は確保済み。自軍上空にはいつも友軍機が飛んでいる。
怪我をして動けなくなっても、後方の清潔な軍病院で治療して貰える。

〜人間未満の軍隊・日本軍〜
単発式のライフルと少ない銃弾(「無駄撃ちしないように」との上官命令有り)
手榴弾(自決用)
貧弱な食料(大半は現地調達)
塹壕にこもる相手には銃剣突撃。
戦車が来たら対戦車用地雷……を持って肉弾攻撃。
わずかな野戦砲。砲弾はもっと少なく「撃てば場所を特定されて10倍返しで反撃される」ので事実上撃てない。
移動には銀輪部隊(タイヤのゴム無し)
世界でも下から数えて何番目。戦車と呼ぶもおこがましい装甲車並の主力戦車。しかも数が少ない。
雑音ばかりで役に立たない無線。空爆の援護は呼んでも来ない。
制空権は無い。自軍上空にはいつも敵軍機が飛んでいる。見つかったら12.7mmで機銃掃射 OR 激しい空爆。
怪我をして動けなくなったら置き去り OR 「処分」される
635世界@名無史さん:04/07/20 09:46
第二次大戦参加国の概要

国名       死傷者          直接戦費
アメリカ     108万人          3180億ドル
イギリス      98万人          1250億ドル
ソ連       2780万人           1920億ドル
中国       318?万人          不明

ドイツ       950万人         2730億ドル
イタリア      78万人           940億ドル
日本        645万人           560億ドル
636世界@名無史さん:04/07/20 09:47
ドイツと日本の比較

【連合軍の戦略爆撃の規模 】

       期間     投下爆弾量    死者        連合軍の爆撃機の損失
ドイツ    35ヶ月    170万トン   30万5千人       米1万機 英1万2千機 ←さすがドイツ
日本   約10ヶ月     16万トン   30万+原爆21万人     約450機 ←はぁ?

【日独高射砲の配備数】

ドイツ   '39年 2800門   '43年 1万5000門   '44年 2万6000門  ←さすがはドイツ
日本    '41年 880門    '43年    850門 ←やる気あるの?

【ヨーロッパ戦線の連合軍航空戦力の損失 (ドイツ軍の輝かしい戦果)】

アメリカ航空軍  航空機1万8400機喪失  5万4700人死亡  4万200人捕虜 ← フォッケウルフは
イギリス空軍   航空機2万2000機喪失  7万6300人死亡   7400人捕虜 ← 無敵だな
637世界@名無史さん:04/07/20 10:16
夏だねえ。
638世界@名無史さん:04/07/20 10:34
卒業論文の習作?
639世界@名無史さん:04/07/20 10:50
>>632-636
また在日の妄想か・・・・寄生虫惨めだな・・・・
640世界@名無史さん:04/07/20 17:27
Qなぜ戦争に負けたのですか?   
A チョンのせいだ

Q直接戦費はイタリアの半分ですよね?  
A 左翼必死だな

Qなぜ日本は海洋国家なのにドイツの10分の一の船舶撃沈量?  
A お前日本人じゃないな

Qドイツの10分の一の爆弾投下量ですがなぜ30万人も死んだのですか?  
A お前は精神異常者だ

Q戦没者の大半は餓死者と自殺ですがどう思います?  
A チョンは死ね

641世界@名無史さん:04/07/20 17:27
Q戦艦大和は費用に対して何らかの戦果をあげましたか?  
A お前は日教組に洗脳されている

Q国民の摂取カロリーは45年に基礎代謝ギリギリですが戦争どころじゃないんでは?
A 万年属国で悲惨だなw

Q与圧室のついた戦闘機はいらなかったんですか?
A 北へ帰れ

Q高射砲がドイツの17分の1で少なすぎませんか?
A お前には愛国心が無いのか?

Qなぜ爆撃機を450機しか落とさなかったのですか?  
A 将軍様へのお布施はすんだのか?

Qやはり日本は弱かったのでは・・・
A 在日のお前は人類の敵だ
642世界@名無史さん:04/07/20 17:48
632以下の比較は
日本の国力が虚勢だったということですね。
ちょっと勉強になったです。
643世界@名無史さん:04/07/20 18:43
戦前の日本が影響力を行使できたのは東アジアの一角だけ。
植民地も近隣の朝鮮と台湾だけ。
せいぜい地域大国であって世界の一等国とは言えない。
644世界@名無史さん:04/07/20 18:50
今の日本の一人あたりの摂取カロリーは2300程度だけど、(2000だったかも)
きっと虐待されているって事になるのかな。
645世界@名無史さん:04/07/20 18:52
2647だって>現代日本人の平均摂取量
646世界@名無史さん:04/07/20 18:53
逆にいうと戦後の日本の発展が凄まじかったということだ
647世界@名無史さん:04/07/20 19:00
>>645
それ供給カロリーじゃありません?
648世界@名無史さん:04/07/20 19:14
ちょっと色々手繰ってみたら、男女と全年齢の平均で2100カロリー弱
成人男性だけに限れば2500、成人女性だけだと2000ってとこ。
おそらく供給カロリーの間違いだと思われ。
2600〜2800くらいで推移していたと思うし。
649世界@名無史さん:04/07/20 20:51
そういえば夏休みに入ったんだっけ
650世界@名無史さん:04/07/20 21:51
>>646
まあ、そういうことだよな。
よくもここまで来れたものだ。
651世界@名無史さん:04/07/20 22:59
なんか脳に虫がわいている人がおられるようで…。

陸戦の欧州戦線と海戦の太平洋戦線を比べるのもおかしい。
陸戦であれば航空機を撃墜しても、搭乗員はパラシュート脱出して助かる。
実際ドイツには300機撃墜といった超エースがいるが、
そういう人物も自機を幾度となく喪失している。
海戦であれば撃墜されてしまえば海の藻屑。
高射砲に関しても同じ。
彼我の陣地が比較的接近している陸戦では戦術戦略爆撃を行いやすいのに対し、
海戦ではまず適地に陣地構築をせねば爆撃機を敵領土内まで飛行させることすらできない。
陸戦においては高射砲は絶対に必要な防御兵器なのだから多数配備されるのは当然。
逆に日本は航空母艦を持っていたけどね。
…どういう人種が二戦系のスレに集まってるのか、ちょっとだけ分かった気がする。
653世界@名無史さん:04/07/20 23:10
>>651
高射砲はいいとして
エースがすぐ死ぬから撃墜数が少ないって苦しすぎない
654打通さん:04/07/20 23:14
日中戦争で日本軍は中国チンピラゴロツキを3500万人虐殺して、
南北縦貫3000キロ進撃して、しかも支那派遣軍百万の精鋭健在。
中国人に孫の代まで癒しがたい苦痛と恐怖と怨念をもたらした。
其の上連合国では中国だけが唯一、賠償金を取ることができなかった。

日本が中国に与えた損害は、米英独ソの比ではない。

大陸打通作戦で南北縦貫3000キロなんて、日本軍をおいて他にない。
それはまさに中国史上類を見ない、苛烈な暴力と破壊と死であった。

特にチハ戦車は技術大国の戦車に恥じない、高性能大量破壊兵器だった。
655世界@名無史さん:04/07/20 23:15
>>652
大戦スレに集まってくるのは世界史板住人ではないということですね。
656世界@名無史さん:04/07/20 23:16
複座だから操縦していたパイロット以外も、撃墜した事になったとか聞いた憶えが。
高射砲もねえドイツはイギリスと39年頃からドンパチしていたけど、
日本が本格的に空襲を受けたのは44年後半から。
43年の高射砲の数を示してなにがいいたいんだろ。
657651:04/07/20 23:29
>653
ドイツの撃墜数はモスキートとかの数も含めているでしょ。
日本のそれってB-29だけの数字でない?
658世界@名無史さん:04/07/20 23:42
そういえばB29って対独戦線には投入されてないんだな。
659世界@名無史さん:04/07/20 23:44
>>657
けど米軍機だけでも一万超えてるよ。
29と24ってそんなに格差ある?
660世界@名無史さん:04/07/20 23:57
>659
爆撃機っていっても重爆だけじゃないでしょ。
日本の場合、重爆でないと航続距離の問題から爆撃は難しいが(空母発着という手もあるが)、
欧州で航続距離が問題になったのはドーバー越えくらいだったような。
661世界@名無史さん:04/07/21 16:10
しかし、よく言われる開戦時の日米の国力差ってひどすぎない? WW1で儲けた金を
有効につかってれば、あそこまでの格差にはならんかったよね。
662世界@名無史さん:04/07/22 10:39
>>661
官僚の統制経済は最低だな。
663世界@名無史さん:04/07/22 17:39
けど当時のアメリカだってニューディーラーの下で統制的な経済になって
なかったっけ。
664世界@名無史さん:04/07/23 01:04
緊縮財政を敷いて無駄な出費を押さえようとした大臣はいるけど、
WW1で威勢を増した軍部を押さえつける事は出来なかったか
665世界@名無史さん:04/07/23 21:00
>>661
日本は経済封鎖されて経済が順調に伸びなかった。しかも日中戦争が泥沼化し、
まともじゃなかった。方やアメリカは国内にじゃんじゃか石油が掘削される。
666世界@名無史さん:04/07/23 21:47
日本なんて朝鮮が無ければ文字さえない土人国家。
王仁博士に感謝支那。
   +
  ∧_∧  +
 <0゚`∀´> ニダニダ 丶
 (0゚∪ ∪ +
 と__)__) +
667世界@名無史さん:04/07/23 21:56
はい。では、アリゲーター。
668世界@名無史さん:04/07/23 22:54
>>665
植民地保有国に対する経済封鎖がそこまで決定的だとは思えないが。
直接原因は大不況にもかかわらず拡大しつづける軍事費と税金でないかい?

それでアメリカは日本の中国市場独占を回避するために戦争に持って行った
ってか?それでアメリカがかわりに中国市場を独占できるわけでもあるまい
し。出費や負担が多いばっかでいまいちアメリカが仕掛けるメリットが
分からない。
どうも陰謀論は強引なきらいがあるな。
669欧州戦は低レベル:04/07/24 00:01
実はそうなのだ。
開戦当初のマレー電撃戦で隼に惨敗したバッファロー戦闘機がフィンランドでは無敵だったり、ラ
バウル航空戦で、零戦にボロ負けしたベルPー39やスピットファイアが最期まで主力でいられたり、
貨物列車みたいなB17、B24でドイツの都市機能を破壊したり、全くお話にならない。
比較するのもバカバカしいが、Me109ってスーパーエースの愛機っていわれているけど、グラ
マンF4Fワイルドキャットと戦って「一度も勝ったことがなかった」のだよ。
670世界@名無史さん:04/07/24 23:27
>>664
そのころが一番軍部の立場が弱かった時期。
軍人ってだけで肩身が狭かった。

そして緊縮財政を大恐慌の時やったから、国内が無茶苦茶になった。
景気が悪い時は、金を使わないと。
671世界@名無史さん:04/07/25 22:23
>>670
第一次大戦以来軍事費は国家の一般会計に占める割合を増やし続けてなかったっけ?
大不況なのに増税をして。無茶苦茶になった原因はむしろそっちでは?
んでもって軍部が政治を握った後は公債乱発で戦後のハイパーインフレ・・・

単純に不況期には公共投資増やせば良いって原則が当てはまらない事が多いのは
今の日本を見てても江戸の三大改革見ても明らかだと思うけど。
672665:04/07/25 23:42
>>668
アメリカが大東亜戦争を引き起こしたと言うつもりはないが、経済封鎖
されたらダメージは大きいよ。植民地があると言っても、朝鮮も台湾も
資源がない。今、日本が朝鮮・台湾を持っていても経済封鎖されたら
おしまいだよ。日本はGDPに対する貿易額は小さいとは言え、その貿易
がないと食料も何もかもが出来ない。朝鮮も台湾もエネルギーも食糧も
輸入し、原料を輸入し加工してそれを外貨に換える。輸出品は変わった
と言え、構造的には今も戦前も同じ。

日本が中国に強欲になったのが国際的に孤立化し、中国を舐めていた
いたために泥沼化。
673世界@名無史さん:04/07/26 00:10
>>671
いや、浜口内閣の時に緊縮財政を実施している。
ちょうど世界大恐慌になるまえだ、その結果大打撃を受け、
日本経済は回復したのは、高橋是清により、積極財政によるところが大きい。

それと江戸の三大改革は全て緊縮財政なんだが分かってて言っているのか?
今の日本もあれだけ公共投資をしているから、これでなんとかもっているとも言われている。

674世界@名無史さん:04/07/26 01:23
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/07/21/20040721000032.html
「対馬は韓国領土」 小泉首相訪韓反対集会
(写真つき)
675世界@名無史さん:04/07/26 08:51
>>674
韓国人も結構ジョークのセンスがあることがわかった。
それにしたって漢字が1字も無くては日本人には通じないと思うが。
676世界@名無史さん:04/07/26 11:39
対馬が韓国の領土だったことなんてあったか?
今の大韓民国の施政下に対馬が置かれたことはない。

日韓併合からポツダム宣言受諾までの間は、対馬は本国、朝鮮は総督府の管轄。

その前の大韓帝国も、対馬の支配権なんて握ったこと無い。

その前の李氏朝鮮の時代は、対州藩の外渉担当が釜山港内に倭館をもらって儀礼上は
朝鮮国王の臣下という形をとっていたが、そのことか?
倭館を行き来する日本人の主君が対州藩の宗氏の殿様だということは、百も承知だった。
その対州藩の殿様は江戸の徳川将軍の臣下であり、京の帝から従四位下の官位を代々
もらっている、立派な日本の武官貴族だったこひとを朝鮮側が知らないはずは無い。
もし、倭館を往来する対州藩の日本人が朝鮮の官職をもらっていたことを以って
対馬が朝鮮領とするなら、通信使という形で朝貢を強いられていた朝鮮国王は徳川将軍の
臣下で朝鮮全体が徳川幕府の配下の一藩ということになるぞ?

その前の高麗は蒙古の一地方政権として元寇での派兵、対馬に上陸し一時占領はしたものの、
ほどなく撃破されている。

その前の新羅の勢力が対馬に及んだことはなし。

その前の三韓時代の任那は日本領。韓国はもともと日本の領土だ!

その前は原始時代みたいなもの。国家の概念は薄いから、問うことは無為。
677世界@名無史さん:04/07/26 13:16
>>676
スレ違い。韓国の領土問題は関係無し。
678世界@名無史さん:04/07/26 13:17
「対馬」の漢字は、「馬韓」に「対面する」という意味。
「つしま」の読みは、入り江の多い島という意味。
679世界@名無史さん:04/07/26 13:48
>>673
>それと江戸の三大改革は全て緊縮財政なんだが分かってて言っているのか?
不況期に緊縮財政で乗りきった例じゃないの?

まあ要は公共投資の発展性や持続性と財政バランスの問題だよね。
江戸の三大改革だって緊縮財政をやってても参勤交替そのものを無くしたり
しなかったし、町人の活力を奪うような政策はやってなかったはず(農民は別だが)
日中戦争以後の果てしない戦線拡大のような採算性現実性ともに破綻したような
公共投資は結果戦中の貧困と戦後のハイパーインフレを招いたし。
680日本@名無史さん:04/07/26 17:32
>>617
イザベラ・バード「日本奥地紀行」(明治11年の日本)
(会津街道)「鶏や犬、馬や人間が焚火の煙で黒くなった小屋の中に一緒に住んでいる。
堆肥の山からは水が流れて井戸に入っていた。幼い男子は何も着ていなかった。大人
でも男子はマロ(ふんどし)だけしか身に着けておらず、女子は腰まで肌をさらして
おり、着ているものといえば、たいそう汚れたものでただ習慣で身にまとっているに
すぎない。大人は虫に刺されたための炎症で、子供たちは皮膚病で身体中がただ
れたている。」
(米沢街道)雨の夜、歩いて到着した沼集落で彼女は最低の生活状態を見た。
みじめな宿屋では窓はがたがたしていて火鉢に炭は無く、家には卵も無く、米は汚かった。
一つの家に四家族も同居している所もあり、長男の嫁は奴隷の如く扱われていた。
「これらの人々は私達の生活を楽にしてくれるものを何もしらない。長い冬になれ
ば哀れな馬道は雪に鎖され、凍る様な風が強く吹く。家族は陰鬱な行灯の光の中
で煙っぽい火を取り囲みながらうずくまる。仕事もなく、本もなく、遊びもない。わび
しく寒い所で長い晩を震えながら過ごす。夜中になると動物のように身体を寄せて
暖をとる彼らの生活状態は赤貧と変わらぬ悲惨なものにちがいない。」
681世界@名無史さん:04/07/26 19:15
>>679
その緊縮財政により三都は大不況になってしまうんだが、
その為三都の人口も改革がおこるごとに減少し、吉宗の頃の前までがピークで、
明治維新までに三都合わせて50万人近く減っているよ。
というか乗り切ってないだろ。

>町人の活力を奪うような政策はやってなかったはず(農民は別だが)

おいおい思いっきり統制しているだろ。贅沢は敵だ!みたいな戦時下のような政策を庶民に押し付けて、
景気をさらに悪化させている。
最近は中高の学校の教科書にも三大改革の問題点を書かれていると思うんだけど。
田沼の方がよっぽど評価されていると思うのだが。
682世界@名無史さん:04/07/26 20:56
>>680
やはり日本は貧乏だったということだね。
683世界@名無史さん:04/07/26 21:20
>682
そりゃ朝鮮に比べたらビンボだたろうね。日本が豊かになったのはバブル以後
684世界@名無史さん:04/07/26 23:03
釣りはいいって
685世界@名無史さん:04/07/26 23:05
朝鮮はいまでも貧乏。
686世界@名無史さん:04/07/27 00:03
>>680
在日が必死すぎw
イザベラ・バートは大英帝国の女性としてやってきた
したがって東洋人への偏見が随所にみられるが、
イザベラは聡明な日本人の本質を見抜きつつ、救いの
無いシナ朝鮮の絶望を抉り出しているという事実を直面した方がいい。
おまえらの姿は之だ↓

読者は朝鮮人の無気力、怠惰、居候根性、貧しさをつぶさに観察されたことになるが
このために朝鮮の独立は極めて困難で、将来を望むことが難しい。(中略)朝鮮を
亡ぼすもっとも大きな、普遍的な原因は国民挙げて「独立独行の精神」に欠けている
ことである。健康な体格を持ちながら親族知己に少し富裕な人かあればその家に居候
して、終日何一つの仕事もせず、暮らしている。居候も朝鮮人の居候根性は徹底して
いる。京城(現在のソウル)の高官、裕福な人の家には大の男が数十人となく寄食し
ている。二度三度の飯を食わしてもらえば、煙草一服も人のものを吹かしている。
見苦しい話である。

  
687世界@名無史さん:04/07/27 00:14
>>680
それ、日本の「奥地」だろ?

でも彼女はその東北の景色も絶賛してるんだが。
688世界@名無史さん:04/07/27 00:47
ええとな、イザベラ・バードの本は読んだこと無いけど、
ここに引用された部分だけ読むと日本も朝鮮も駄目駄目だといいているようにしか思えない。
まあ文書のなかで有利な部分だけを恣意的に引いてきたらどんな解釈も出来るんだけどね。
689世界@名無史さん:04/07/27 01:18
>>681
スラム化防止すれば人口減少は当然だと思うが。
生産力が低下しているんだから都市人口増やしちゃ駄目でしょ。
金さえあれば外国から飯を買える時代じゃないんだから。
まあ経済学はほとんど個々の生活や場所を無視してるから
「米の値段が高騰し、それが労働需要を招くので再び生産が安定に向かう」
とかケロリといっちゃいそうだが。

上米も株仲間解散も短期的に見ればそりゃ不況を招いてるだけだけど、
長期的に見れば経済財政共に安定化させているはず。
まあ経済学的にはそこは公債で耐えぬけって言うんだろうけど・・・
そう上手くいかないのは現代日本に住んでりゃわかるよね?

娯楽禁止はどうしようもないけど…ザル法でしょ?
幕府的には外部不経済が大きかったと言う事で。
690世界@名無史さん:04/07/27 01:51
>>688
在日必死すぎw
ソウルの首都の惨状とそこに這いつくばる朝鮮人と日本の奥地が同レベル
という話にすぎない。
明治どころか江戸時代の江戸は絢爛たる屋敷が立ち並ぶ世界有数の
大都市なのだから。
ちなみにイザベラは朝鮮人の救いの無い愚鈍さに対して日本人の精神の
豊かさをあげているのだ。
貧乏で心も貧しい自立できない朝鮮人と明治10年にイザベラが見た日本と
うってかわって20年後、30年後には清国や露国を破り絢爛たる日本ここぞ
ありと示した日本と国が消滅(笑)した半島とは比べ物にならないことはゆうまでもない。
691世界@名無史さん:04/07/27 02:06
>>690
残念ながら君の物の書き方こそ日本人の評判を下げようとする工作員にしか見えない。
優れた文化を持つ日本人は他者を貶めることなく自己を称揚できるはずだよ
692世界@名無史さん:04/07/27 02:38
だからその世界に冠たる大日本帝国が
なんであのヘタレア以下、米の百分の一の工業力で
鬼畜米英に惨敗したりしたんよ?
693世界@名無史さん:04/07/27 02:42
惨敗などしていませんが何か?
終戦は迎えましたがね。
694世界@名無史さん:04/07/27 02:44
>>693
おいおい。惨敗だろ。あんな醜態をさらした国も珍しいな。
695世界@名無史さん:04/07/27 02:51
惨敗って言葉の意味を知っているの?
ドイツのように帝都が陥落して敵兵に婦女子悉くが輪姦されてはいないし
国が分裂しているわけでもないのだが。
日本の国体たる陛下は健在ですし、日本は終戦=たたかいをやめた
ということであって負けたわけではないのです。
696世界@名無史さん:04/07/27 03:00
どう言い繕っても負けは負けだし敵国の攻撃を支えられなかったってことだよ。
無理に戦争を続けていればなお悲惨な事になったのは目に見えてる。
697世界@名無史さん:04/07/27 03:01
<*`∀´>ウリナラを味方にした時点でイルボソの敗北は決まっていたニダよ。クックック
698世界@名無史さん:04/07/27 03:02
>>696
おまえそこまで貶めたいのか?生粋の日本人とやらか?
699世界@名無史さん:04/07/27 03:06
>>698
事実を歪曲して過去を課題に見せる方がよっぽど自国史に対する侮辱だと思っているだけだよ。
戦争に惨敗したって日本には千何百年に渡る歴史が有るし、それはここ何十年の戦争の勝ち負けを
超越するほどに価値があるものだと思っている。
無理に歴史を歪曲してまで先の大戦に対する評価を変える必要は無いと思うけど?
700世界@名無史さん:04/07/27 03:18
歴史を歪曲か・・・・・半島人が日本を貶めるときの常套句だな
君の正体もうわかったよ。
701世界@名無史さん:04/07/27 03:21
>>700
残念ながら君の推定は間違っていると思うよ。
若干左がかってるかもしれないけど日本大好き日本人です。
そして相手が誰であろうと自分の都合のいいように歴史を恣意的に語る輩が嫌いなだけ。
君はじゃあ日本が戦争で大敗したって事を認めないの?59年前の事件をどう認識してる?
702世界@名無史さん:04/07/27 03:24
>>695-696
反論になっていないな。「どういい繕っても」とはなんだ?
ドイツの例をあげて日本と比較検討しているのに
惨敗とする証拠をあげてみろよ。
国が分裂してもいないし戦後すぐに復活しているのに
どこが惨敗なんだ?
日本は各地で転進を行い御前会議の結果、終戦の勅を出した。
それだけの話だ。
703世界@名無史さん:04/07/27 03:31
>702
復興したのはアメの援助があったからだろ。
日本には反共の砦としての役割があったからな。

冷戦がなけりゃ北チョソレベル。
704世界@名無史さん:04/07/27 03:32
>>702
東京大空襲で首都が灰燼と化し、10万人が焼き殺されたり原爆落とされて数十万人が爆死しての無条件降伏だろ?
これ以上ないくらいに立派な惨敗だと思うけど?
比較対照を作って「あれよりはましだから」、そんな事を言っても始まらないと言っている。
国が分裂しなかったのは戦後処理の問題だし復興したのは日本が持つ底力が発揮されただけ。
はっきり言って転進なんて当時の軍人も民間人も信じていなかったような用語を使っている時点でアウトだよ。
705世界@名無史さん:04/07/27 03:33
半島やフィリピンやマーシャルプランを実施した西欧のように援助受けても
サッパリな国ばかりだがなw
706世界@名無史さん:04/07/27 03:35
>>704
たとえばソ連は最低でも一千万人以上がドイツとの戦いで戦死している
最低でもという言い方をしたのは実数が分かっていかないから戸籍ない
国だし
確実にいえるのは戦死者の数で戦争はかたれないということだよ。
707世界@名無史さん:04/07/27 03:40
>>704
大空襲の10万人戦災や原爆の30万人戦災は連合国の民間人を
狙った卑劣着まわり無い作戦によるものである。
つまりこれは標識をつけた戦闘服をつけた正規戦の範疇にはあたらない
皇軍はそんなことはしないが、卑劣な米英はそういうことも平気でやった
ということ。美意識の差がもたらした戦災でありそれはこのスレの趣旨で
ある貧しい国であったという事とは何の関係もない。
むしろ、窮すれども凛とした日本の態度が賞賛されてしかるべきだろう。
708世界@名無史さん:04/07/27 03:41
>>706
つまり戦死者数、人的被害が多くなかったからといって日本が惨敗したわけじゃないとはいえない、と。そう言う事だね。
日本が「首都を丸焼きにされ」「原爆を二つ落とされ」「無条件降伏した」事をどう理解しているの?

何度も言うようだけど必要以上、事実以上に自国の過去を飾り立てるのは愛国心でもなんでもないからね。
709世界@名無史さん:04/07/27 03:44
首都攻撃されたのはロンドンも同様だが何か?
戦勝国であるはずの中華民国も南京が陥落し、重慶も空襲されているが
何か?

原爆を落とされたのは通常の空襲だと勘違いしたから。
知っていれば当然打ち落としていただろうからこの質問は意味が無い。

無条件降伏ではなく、終戦だろ。
710世界@名無史さん:04/07/27 03:46
ところで、降伏って欧州では戦争のたびにあっさりと降伏するケースが
たたみうけられるよね。
つまり、之は負けのように見えるのは素人。
本当は負けたわけじゃないんだよね。
711706:04/07/27 03:46
おっと違う人にレスしてしまったか。
>>707
確かに英米軍による民間人攻撃は卑怯な物だと思うけど、それとこれとは別の話だろ。
もし日本が惨敗といったレベルでなく対等に戦えていたとすれば大空襲なんて実現できなかったわけだ。
要するに国力が英米(まあ英は分からんけど)に比べて劣っていたから戦争に敗退した、それは認めるかな?
712世界@名無史さん:04/07/27 03:48
>>711
日露戦争やベトナム戦争を考えてみればわかるように国力が劣るから
負けるわけではない。
現に勝っている以上、国力=戦争に敗退に直結しない。
713世界@名無史さん:04/07/27 03:49
>>709
だから他者と比べて「あいつはどうだったから」何て言っても本質は見えてこないんだよ。
英国は戦勝国、日本は敗戦国、それだけ。
といっておいて何だけど専門が近代史じゃないんで良く分からんのだが
ポツダム宣言受諾って無条件降伏と違うのか?
714世界@名無史さん:04/07/27 03:51
だから他者と比べて「あいつはどうだったから」何て言っても本質は見えてこないんだよ。
>
比較文化論って聞いたことないのか?
比較して初めて物事の本質が見えてくるものだよ。

なんにせよ、あんたは日本が劣っていると先入観があるので話にならない。

715世界@名無史さん:04/07/27 03:51
>>712
ああ、確かにそうだな。国力を上回る何かが有ることも事実か。
じゃあ第二次大戦でアメリカは国力で上回る日本を精神力か何かで挽回したと思う?
どこかに国力表でもあれば簡単な話なのにね
716世界@名無史さん:04/07/27 03:53
国力表って何だよ。
話にならんな。

こんな時間だ。俺はもう寝るぞ。
とかくスレタイトルを見直してもう一度出直してくるんだな。
話はそれからだ。
717世界@名無史さん:04/07/27 03:57
>>714
まずこの話は文化の話じゃなくて戦争の結果の話。
それから俺は日本が劣っていたとは欠片ほども思っていないよ。
もし劣っていたら江戸時代から明治にかけた大発展を理解できないだろう?
ただ、1900年代半ばに於いて「国力(戦力)」という、国家(含国民)の実力を測る
パラメーターの一つが連合国側に比べて低かったがために戦争に負けた、そういっている。
日本が劣っていたわけではない証拠に敗戦後には殆どの戦勝国よりも発展している、
この一つを挙げればそれで済むでしょ

>>716
国力を数値で表しているような表があれば話は早いのにね、って事。
そんなものがありえないことは分かっているよ。
718世界@名無史さん:04/07/27 04:29
>>692-715,717
おまいら!スレタイも読めんのか?それともスレタイの意味が分からんのか?

どっちにしろスレ違いだ。目障りだから出てけ!
719世界@名無史さん:04/07/27 14:28
>>718
同意。自分もサヨ&半島嫌いだけど、このスレは別に他国を貶めることによって日本を賞賛する趣旨じゃないでしょ?
もっと純粋に日本の素晴らしいところを知りたいなぁ。
720世界@名無史さん:04/07/27 14:37
大東亜戦争に負けたのは、日本が貧しかったからではない。中国やオランダなどには
勝っている。自国が無傷で、資源も豊富だったアメリカに対して、人海戦術を取る中国
との泥沼の戦いに疲弊し経済封鎖されたのが大きい。当時、インド人が3億人台、インド
ネシアは日本(台湾・朝鮮を除く)より人口が少なく8000万人、中国5億人(ぐらい)で
日本は5億人を支配下に入れていた。

冷戦がなければ北朝鮮並とかバカなことを言っている香具師がいるが、技術力など全然
違う。そもそもアメリカは日本を助ける気は全然なし。日本は復興を優先して、軍事には
手を抜きたかったが、軍事を増強しろ増強しろと煩かったし。ブロック経済がなくなり、
自由に貿易できるようになり日本の優れた商品が売れるようになったから経済成長
したのであって、人攫いや麻薬が最大のビジネスである北朝鮮のようになるわけがない。
日本の技術提供、日本・アメリカの貿易がなければ韓国が北朝鮮並ではあったろうが。
721世界@名無史さん:04/07/27 15:06
>>720
戦争に負けたのは貧しかったからだろ。人も資源も貧しい。
それと大東亜戦争などという呼称を使わないように。
722世界@名無史さん:04/07/27 15:17
>>721 もちろん「太平洋戦争」などという呼称も使わないように。
723世界@名無史さん:04/07/27 16:17
>>721
アメリカに比べて人も資源も貧しかった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
BCDだけが相手なら勝てた
724世界@名無史さん:04/07/27 16:42
長期戦になればBCD相手でも負けてた可能性はあると思うけど。
日本軍が相手にしたのは二線級の植民地部隊だし。
725世界@名無史さん:04/07/27 17:43
BとDは本国じゃないんので追っ払える可能性はあるが
Cには最終的に勝てんよ、敵が後から後から湧いてくる。

日本は海外領土に野心を持つべきではなかった
あと人間増えすぎ(この島に1億は異常)
726世界@名無史さん:04/07/27 18:12
日本軍は中国戦線では無敵だったんですが何か?
727世界@名無史さん:04/07/27 18:15
泥沼化してたじゃん。
あまり意味の無い戦術的勝利を繰り返してただけ。
728世界@名無史さん:04/07/27 18:39
 
729世界@名無史さん:04/07/27 19:56
中国で100万人以上の日本兵を遊ばせてなかったら、アメリカに
あそこまで惨敗することもなかったでしょ。
沖縄戦ですら上陸してきたアメリカ兵は55万。
730世界@名無史さん:04/07/27 20:08
>>729
100万人の兵隊がどうしたんだ? どうかなるわけ?
731世界@名無史さん:04/07/27 20:16
>>725
>あと人間増えすぎ(この島に1億は異常)
ポル・ポトもそう言って国民を殺しまくったのだがあ。
732世界@名無史さん:04/07/27 20:27
このスレサヨクのオナニー大会ですか?
733世界@名無史さん:04/07/27 20:30
>>732
サヨクなんか居ませんが。あなたの脳内にいるようです。
734世界@名無史さん:04/07/27 21:32
単なる暇を持てあました夏厨の集会所かと
735世界@名無史さん:04/07/28 00:53
当時唯一の超大国アメと比較して、豊かだの貧しいの言っても意味ないっしょ。
あの頃、あらゆる指標においてアメリカ>>>>>日本だったのは事実だろう。

でもそれでも当時の日本はアジアの数少ない独立国の一つ。
欧州の中位国くらいの国力は普通にあって
鉄も船も車も飛行機も、量はともかく、まあ一通りの工業製品は国産出来る世界に幾つもない国だったわけよ。

白人を敵に回して戦争したことの是非はともかく、自分らの国さえ持てなかった当時の大多数の民族や国民と比較すれば、それなりの位置にいた国家だということは認識すべきだろ。
何でも一番のものと比較してがんばってしまうところがいかにも日本人らしいけどな。




どう転んでも、
736世界@名無史さん:04/07/28 00:56
イタリアといい勝負くらい?
737世界@名無史さん:04/07/28 01:07
朝鮮とどっこいどっこい。むしろ少し劣るくらいかな。
738世界@名無史さん:04/07/28 01:08
>>735
当時の超大国はイギリスだろ?
アメリカも国力あったけど本格的に伸張したのはマーシャルプラン後の
冷戦ワールド
739世界@名無史さん:04/07/28 01:09
>>736
控えめに見ても、イタリアくらいの力はあったでしょ
英独と比較するのはしんどいが、当時の東欧や南欧の農民が日本人より豊かな生活送ってたとは思えない。
740世界@名無史さん:04/07/28 01:21
英国といっても2つのイギリスがあると俗にいわれているよな。
アッパークラスとそれ以外とは雲泥の差
741世界@名無史さん:04/07/28 01:22
戦前のドイツはヴェルサイユ体制ニケテーイされた賠償金の支払いで
ハイパーインフレが発生し大部分の中産階級が没落しました。
社会不安をうけて各地で猟奇殺人事件が多発しています。
742世界@名無史さん:04/07/28 01:27
貧しいとは言えないが世界に冠たるとも言えない国でおk?
743世界@名無史さん:04/07/28 01:29
>>632とか見ると当時の独立国としては貧しい部類に入れざるを得ないと思うんだけど。
744世界@名無史さん:04/07/28 01:30
夜中の半島人書き込みご苦労!
すなおに自殺してくれ
遠慮なく!
745世界@名無史さん:04/07/28 01:45
US はユナイテッド ステーツの略 しかしヨーロッパ人はアンクル サム
の略称だと思うのが普通。それほど豊かな国だと思われたしそうだった。

しかし我が豊葦原千ヒ穂秋穂ノ国は稲の実豊かにみのる国ですぞ
「み民われ 生ける標しあり 天地のさかゆる時にあえらく思えば」
746世界@名無史さん:04/07/28 02:07
      ((⌒⌒))  
     ((((( )))))   
        | |   ファビョーン  
       | |        
       .∧_∧            
      ∩#`Д´>'')  日本は貧しかったの!
      ヽ    ノ  何時までも結論の出た話でウジウジと・・・かんしゃくおこる!!
      (,,フ .ノ  
       .レ'  


747世界@名無史さん:04/07/28 02:10
>>746
ついに正体をあらわした在日w
748世界@名無史さん:04/07/28 04:10
今のアメリカでさえ2箇所で戦争を起こせないと言われているのに、日本は戦線を拡大
しすぎたから負けた。

第二次世界大戦時のアメリカの人口1億5千万人、日本の支配化の人口5億人。
これはヨーロッパをいれた人口より多い。

領海で考えると世界で随一。今でも日本はソ連より広くて世界6位だが、当時はミクロネシア、
インドネシアなどを支配下。

アメリカが日本が戦争しないといけないような状況に追い込んでいなければ、日本はアメリカ
に勝っていた可能性も高い。領海、領土は広くてもインフラ整備などがまだまだだった日本。
アメリカはインフラ整備など充分進んでいた。
749世界@名無史さん:04/07/28 04:45
で、李朝は日本に匹敵する大国って事でいいの?それとも清朝くらい?
750世界@名無史さん:04/07/28 08:43
>>749 欧米人に発見される前の南太平洋の一小島王国並み。
751世界@名無史さん:04/07/28 13:37
庶民を搾取してチンがたらふく飯食ってたからな
千代田の中心にすんでたオッサンは戦前は世界有数の
資産家だったハズだぜ(ひょっとして世界一では?)
国民の貧しさも(自称)先進国中で最低ランクだったしな

日本は支配者は限りなく富に恵まれる豊かな国
庶民は困窮にあえぐ貧困な国
752世界@名無史さん:04/07/28 14:23
>>751
まったくの正論だな。
753世界@名無史さん:04/07/28 14:30
中国と比べたらどうよ?
754世界@名無史さん:04/07/28 14:34
李氏朝鮮よりマシだろ
755世界@名無史さん:04/07/28 14:42
今の勧告のソウルにも、広大なスラムが広がる。
756世界@名無史さん:04/07/28 14:43
>>751 ある意味懐かしいアジだね。
757世界@名無史さん:04/07/28 14:46
今のアメリカもそうだよ
758世界@名無史さん:04/07/28 14:49
>754 李氏朝鮮は自称でも他称でも先進国に非ず
759世界@名無史さん:04/07/28 17:59
じゃあ何で貧しいくて劣った朝鮮から文化使節を招いたりしてたの?
760世界@名無史さん:04/07/28 18:05
>>759
冬ソナみたいなもん
761世界@名無史さん:04/07/28 18:32
>760
つまり朝鮮の優れた文化が日本に輸入されブームになったって事か。
762世界@名無史さん:04/07/28 19:22
>>689
農村部の人口も激減しているんだけど、北関東では2割から三割も。
増えているには、西南諸藩だけです。

>長期的に見れば経済財政共に安定化させているはず。
>ザル法

根拠は?
763世界@名無史さん:04/07/28 19:24
>>759
朝鮮通信使の事なら、将軍への挨拶として、朝貢にきただけ。
764世界@名無史さん:04/07/28 19:26
教養のある文化人はちゃんと朝鮮の先進性を認めていた。
豊臣秀吉・西郷隆盛などの下層階級出身の無教養な
人間が朝鮮を見下す傾向にあっただけ。
これは現代の2ちゃんにおける嫌韓厨にも当てはまる。
765世界@名無史さん:04/07/28 19:31
じゃあ、アメリカの黒人や、メキシコ人にも、そう言うがいい。
766nanasi:04/07/28 19:39
その教養ある文化人とやらは町人文化には否定的
だったよな。自国の文化を評価せず外国のものを
有難がるがその外国の知識人には馬鹿扱いされる。
こういう構図は今でも日本の文系知識人においては
健在だよな。李タイケイにしても日本の当時の知識人なんか
dqn扱いしてたらしいしな。
しかしながら今の韓国北朝鮮なんて日本に比べたら
明らかに後進国だろ。また当時の日本人にしても
糞を舐めるという文化は異様で軽蔑の対象であったと思うぞ。

朝鮮人の娯楽として嘗糞が流行した part2
http://ex5.2ch.net/test/read.cgi/korea/1090012010/
767世界@名無史さん:04/07/28 19:43
日本人は糞をかけた野菜モリモリくって寄生虫だらけでしたが?
江戸時代の日本人の梅毒感染率は世界最高レベルでしたが?
768nanasi:04/07/28 19:52
肥料として使うのと 味が甘ければ病気が良くなっていない、
苦ければ病勢が好転した兆しという信仰から始まった嘗糞と
いうのは明らかに違うと思われるぞ。実際人肥の場合は生産性
を向上させてるが嘗糞の習慣は何をもたらしたのだろうか?
それからさ江戸時代の日本人の梅毒感染率が世界最高レベル
というのはよく聞くけど元のソースは何なの。
769世界@名無史さん:04/07/28 20:19
>763
アホ?なんで清の柵封体制下に入ってたのにわざわざ日本なんかに朝貢するかよ。
770世界@名無史さん:04/07/28 20:26
便の状態で健康判断するのは別に間違ってない。
実際に内蔵機能が衰えると消化不良となり
糖分の多い便を出すようになる(糖尿と同じ)。

日本では終戦後もウンコを肥料にしていた
進駐軍には日本の野菜は不潔なので生食しないようにと
の命令が出ていた。

梅毒
「梅毒は元禄期に京都で半分の人が感染していると言われ、
江戸の女性16人に1人、大阪で10人に3〜4人。江戸時代中期、
ひどいところで人口の3分の1の人に症状が見られたと日本初
の近代医学の祖、蘭学者の杉田玄白が記録に残している。」

http://www.i.dendai.ac.jp/~ishizuka/e134.html
より抜粋
っていうか常識だから日本史板で聞け。
771世界@名無史さん:04/07/28 20:28
>>763
リアル厨房か? 通信と朝貢の区別がついてない。
はずかし〜
ヴァカメ
772nanasi:04/07/28 20:36
ふむふむ杉田玄白などの医家がいたからこそ
梅毒の罹患率の記録が残ってるというわけだね。
じゃあ聞くが西洋医学を受け入れていなかった国じゃあ
そもそもデータ自体存在してないってことだよね。
李氏朝鮮や清朝中国における梅毒の罹患率ってどうなんだろうね。
それからさ李氏朝鮮で糖尿病になるほどカロリーを摂取できて
た人ってどの程度いたのだろうかね。人肥というのは貧しい環境で
生産性をあげるための一つの工夫だが朝鮮では行ってなかったのかな。
それから野菜を生食するという習慣は東アジア全体であまり
なかったんじゃないのかな?
773nanasi:04/07/28 20:39
それからさ現代医学の観点から見て
嘗糞にある程度の合理性が認められるといっても
地球上の他の地域では絶無とか言わないまでも
殆どおこなわれていないわけだろ。そこに朝鮮に異様性を
見ることができるんじゃないかな。
774世界@名無史さん:04/07/28 20:40
朝鮮では、生野菜を結構食うじゃないか。
サンチュで肉や飯を包んだり。「センチェ」という和え物もある。
775nanasi:04/07/28 20:45
それっていつからの食習慣なんだろ。
在日朝鮮人が日本で作り出した食習慣である可能性が
あるのだけどさ。
776世界@名無史さん:04/07/28 20:48
はあ?少なくともサンチュで飯を巻く食文化は、高麗時代からあったぞ。

ところで、人糞の肥料利用は日本以外のアジア諸国でもなされていたのかな?
777nanasi:04/07/28 20:50
そこがよくわからんのだよな。
778世界@名無史さん:04/07/28 20:51
舐糞にこだわってる奴に限って
風俗ではアナル舐めを希望する
779nanasi:04/07/28 20:53
鋭いな漏れアナル舐め好きだよ。
780世界@名無史さん:04/07/28 21:21
西洋は乾燥してるらしいからウンコなんかすぐ
ひからびて肥料にならないんじゃね?
781世界@名無史さん:04/07/28 21:28
確か西洋では土地を三分割して、土地の三分の一を定期的に家畜の放牧地にする。
こうすれば家畜の糞によって肥料分が補給されるというが。
しかし何で人糞は使わなかったのかね?
782世界@名無史さん:04/07/28 22:09
朝鮮は全盛期でも九州レベルしかない。李朝時代も豊臣秀吉は簡単に朝鮮半島を縦断
したし。ここ二三十年鬼のような成長をしている韓国だが、それでもGDPは九州経済圏程度。

日韓の領土問題に竹島があるが、昔は竹島はウルルン島。李朝時代は、ごたごたを避ける
ため李朝はウルルン島に朝鮮人が住むのを禁じたほど。ウルルン島も日本の領土だった。

豊臣秀吉の前にも日本は東南アジアに沢山日本人村を作っていた。キリスト教が禁止されてから
そこにキリシタン大名などが移住。
783世界@名無史さん:04/07/28 22:12
>>764
残念ながら文化人ほど、見下していました。

>>771
徳川実記にも朝鮮が朝貢に来たと記されているんだなこれが。
784世界@名無史さん:04/07/28 22:18
日本が勝手に朝貢と解釈してただけってどっかのスレで読んだけど。
785世界@名無史さん:04/07/28 23:11
朝鮮は朝貢ではないと言い張っているだけで、
日本は朝貢だと思っていたんですよ。
786世界@名無史さん:04/07/28 23:18
そもそも日本からも通信使を送る予定だったのが朝鮮側が国防上の
理由から拒否したんじゃなかったっけ?
だとしたらはじめから対等外交ですよ。
まあ日本が勝手に朝貢と見なそうが向こうにばれなきゃそれで良いんだけど。
787世界@名無史さん:04/07/28 23:45
>>762
飢饉が起きてるんだから人口減少は当然でしょうに。
せめてもの生産力低下を防ぐために都市住民を帰農させるのもまた当然。

よく考えたら改革の時ってそもそもインフレ・・・っていうか物価高騰期
で無いかい?不況を招くような政策をして何が悪いんだ?明らかに景気安定化
政策だが。
しかも生産力が低下している状態で国家の備蓄が少ない…というか借金まみれで
次に飢饉起きたら国家滅亡ものですよ。

君の考えでは飢饉後生産力人口ともに減少した状態で、土木事業等の公共投資を
増やしてどんどん労働者を増やし農民を減らせば物価高騰が治まり生産も安定
するということか?

倹約令がザル法っていうのは尾張殿のようなお方が居たしね。
最終的には遊戯施設を郊外に移すなんていうあまり意味の無い政策になってるし。
788世界@名無史さん:04/07/29 00:27
>>785
以前、日本は中国への朝貢国だった」スレで朝貢国と思っていたのは受けている方だけ、
日本にはそんな意識は無かったと主張していた人がいましたね。
789世界@名無史さん:04/07/29 00:34
>>787
西日本でも飢饉は何度も起きているが、人口は減ってないんだなこれが。
田舎の人間が上京してきて、都市の疫病に感染して、次々に死亡して、人口の激減に拍車をかけたし、
都市から帰農させた結果、農村にまで伝染病を蔓延させるなどという失政にもそれはなっているんだけどね。

そもそも農村でやって逝けなくなったら、都市を目指したわけで、ろくな援助もせずに農村に追い返しても、
都市のスラム街で餓死するか、農村で餓死するかの違いにしかなりません。

西南諸藩の農村部は江戸時代中期以降人口が4割強増加しているのに対して、
関東の農村部では逆に2割も減っているのは、幕府の農村振興政策がザルなのを証明していると思いますが?

>インフレ
幕府は財政が厳しくなったら、やっているだけで、都市の景気なんて考えてません。
そりゃ幕府が消費を拡大したほうが、景気はよくなるでしょうけどね。
借金の返済で幕府がとった政策と言えば、通貨供給量を増やし、借金を減らし、
また多くは財政が悪い時にやっているので、インフレを悪化させているだけと思いますが?

>倹約令
尾張藩がなんで、倹約令を聞かなきゃいけないですか?幕府が統制できるのは、天領のみ。
だから町民にたいして厳しい取締りをしたの、これは贅沢、あれは贅沢、町民ならこれを着ろとね。
790世界@名無史さん:04/07/29 00:37
>>788
半島の学者は、中国に朝貢したのは経済的な利権の為であって、
朝貢した意識などなかったと言っている、それと同じだろう。
俺からみれば、当時の日本も朝鮮も、また江戸時代の朝鮮も朝貢国なんけどね。
(だから保守派からは足利義満が嫌われているの)
791世界@名無史さん:04/07/29 00:53
でも日本人には義持は どこかバカに見えちゃうんだな、これが。
(俺だけなのかも知れんが)
そんなしょうもないことにこだわってどうすんの?みたいな
792世界@名無史さん:04/07/29 01:02
>>751
世界革命がならなくて惨めだな
マルキストよ
793世界@名無史さん:04/07/29 01:07
>>791
貴方だけじゃないと思うけど、多数派とも言えない。
個人の立場ならいいんだけど、多くの人を背負っている場合。
安易に卑屈な態度をとるのはどうかと思う。
利益も大事だが、それと同じくらい面子も大事。
794世界@名無史さん:04/07/29 01:48
>>792
まだだ。まだ分からんよ。
795世界@名無史さん:04/07/29 02:20
近々韓国で見られるかもしれません。革命。
>>1
空き地をほっておくと草ぼーぼーになるなんて、なんて豊かなんだ、
とモンゴル人がいっておりました。
797世界@名無史さん:04/07/29 05:20
>>794
そういった中の人はアクシズと共に宇宙の塵になりますた
798世界@名無史さん:04/07/29 06:28
中国の貧富格差の惨状を見ろよ。
799世界@名無史さん:04/07/29 06:57
ロシアも、モスクワのマンホールの下に、物乞いの少年が住んでいるぞ。
マフィアが企業を支配している。
800世界@名無史さん:04/07/29 06:58
ドイツ、フランスも、労働時間延長するらしいぞ。
801世界@名無史さん:04/07/29 07:01
オランダのように賃金凍結すればいいか?
802世界@名無史さん:04/07/29 07:58
http://that3.2ch.net/test/read.cgi/robot/1090162321/

チョンから攻撃されています。
803世界@名無史さん:04/07/29 08:03
1 :kim :04/07/18 23:52 ID:tHOSqHYm
アマチュアの2足歩行ロボット大会
http://bbs.enjoykorea.naver.co.jp/jaction/read.php?id=enjoyjapan_16&nid=670556&work=list&st=&sw=&cp=1

倭人の糞ロボットより、韓国のロボットの方がレベルが
技術力が数倍高いね! 何だったら技術者派遣して教えてあげようか?



2 :kim :04/07/19 00:00 ID:47M543xE
いつになったら、倭人にこのレヴェルのロボットが出来るのか
教えなさい。
804世界@名無史さん:04/07/29 08:33
>>803のリンク→ WRONG NID, EMPTY RESULT
805勝手にオヤジ:04/07/29 16:29
はい、わしらの子供の頃カレーライスに牛肉なんて入っていませんでした、
お弁当に玉子焼きが入ってる子供は一人いるどうか、
木造校舎の窓から見える、青い芝生の向こうの進駐軍のプール
で叫ぶ子供たちが、そりゃもコマーシャルフィルムみたいで、
うらやましくて、何度も歯軋りしました。トーちゃんなんで戦争に負けたんだって。
806世界@名無史さん:04/07/29 17:05
わしの子供のときのカレーには、肉の代わりに本牧で取ってきた浅蜊が
ダシとして入っとったもんじゃった
807エロ河童:04/07/29 18:36
浅蜊か、ああええ門じゃ浅蜊かて口に入ることといったら
天皇様に男子がご懐妊になったときぐらいじゃ。
わしんとこのカレーにゃ、カーちゃんが子供のために闇市で
買ってきたうどん粉まぜて、固まったうどん粉が肉じゃ肉じゃと
妹と取り合った。その妹も、配給米しか口に出来んでいまじゃあ、、
墓の中じゃ涙 なみだ ナミダ。。。
これ、ホントのことだよ飽食の時代のみなさん。
808ラリッパ:04/07/29 18:50
みなさんさようなら、わしももうお迎えのノックがしちょる、
みんなに一つだけ言い残したいことがある、そ そ それは、
昔々日本は海の向こうの大きな国と戦争し、コテンパンに
やられました、そして”ニッポンのユーカンなるヘイタイサン、、、
と投降を呼びかけ、お風呂と腹いっぱいのメシと寝床をくれた。
こんなこと、わしらの国のお上かてやりゃしない、
遺言を、、絶対に海の向こうに足向けて寝てはいけん、、、チーン
合掌
809世界@名無史さん:04/07/31 16:52
あげ
810世界@名無史さん:04/07/31 23:51
>>805
在日の子は惨めだったんだね。
ざまあみろ
811世界@名無史さん:04/08/01 22:58
やっぱ昔の日本が貧しいってのは、戦前のイメージのせいだよな
812世界@名無史さん:04/08/04 12:45
こういう事している江戸時代が豊かなわけないだろ。
庶民にとっては地獄の時代だろ。

子返しの絵
女性は地獄へ堕ち、殺した子どもたちから責め苦を受けるだろうと、
間引きを戒めると同時に、子を殺す女に産ませた男の心は更に
恐ろしいと記されている。
ttp://www.liberty.or.jp/theme/th3/th3_4.html
間引き絵馬
ttp://www12.wind.ne.jp/tomohm/htm/kinsei_002.html
ttp://www10.ocn.ne.jp/~edu-tone/important.cultural.asset.9/mabikiema.htm
813世界@名無史さん:04/08/04 12:53
現代日本も間引いた子供をゴミ箱に捨てているが?
814世界@名無史さん:04/08/04 13:01
>>812の2番目の絵馬の説明なんだけど

>間引きは、江戸時代中期以降、広く行われた堕胎、生児圧殺の風習で、
>財政困難におちいった諸藩が、貢租収取をつよめ、くわえて災害が農村をおそい、
>農民の生活が苦しくなる過程で行われた。 こうした非人道的な間引きを戒めた
>絵馬である。産婦が子供を殺している様子と、鬼の姿が描かれている

ここで”広く行われた堕胎、生児圧殺の風習で、財政困難におちいった諸藩”とか
あるんだけど、堕胎や生児を殺すことが財政困難につながることが理解できない。
耕作できる農地が限られてるんだから、ある程度産児制限することで一人当たりの
収入はむしろ増加するはずでは?発展途上国が子沢山で苦しんでるところをみると
適度に間引いてそれなりの生活水準を維持しようとするのは賢いやり方ではないのか?

それに、庶民は女も男も生まれた子供を殺すことをなんとも思っていなかった可能性もある。
一生に二人くらいしか産まない場合と、避妊法が発達してなくて毎年の用に妊娠してれば
子供をおろすことを、現代人が大腸ポリープを取るときのような感覚で捕らえていたかも
しれない。
815世界@名無史さん:04/08/04 13:03
>>813
それが何か説明になっているのか?なっていないわな

>>814
何が賢いんだ?
普通に生活できるならわが子をわざわざ殺す奴いないだろ。
816山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/08/04 13:05
近代までは子供に対する愛情が無かったという(フランスの)学説もありました
が、それに反論する『江戸の親子』という本が最近文庫で出ています。
もっとも日本の子供の方が西洋の子供よりも幸せだという感想の書かれた紀行文
を目にするので、日欧の文化の違いもあるのでしょうが。
>それに、庶民は女も男も生まれた子供を殺すことをなんとも思っていなかった可能性もある。
今ほどではないにせよ、これはいささか極端ではないかと。
そういえば、柳田國男を民俗学に走らせたものも間引き絵馬でしたね。
817814:04/08/04 13:08
>>815
>普通に生活できるならわが子をわざわざ殺す奴いないだろ。

そりゃそうだけど、避妊法が発達してないから生んだ子供を全員
育てようとすると、経済的に負担がすさまじい。
土地が限られてる=養える人間の数も限られてるんだから、
普通に考えれば間引くしかないだろ。
適度に間引かなきゃ子供が二、三人じゃすまないんだよ。
818世界@名無史さん:04/08/04 13:12
>>817
つまり貧しいという事だろ。 
豊かじゃないから間引くんだろ?

これもみてみろ
http://www.nagaitosiya.com/lecture/0120.htm

819世界@名無史さん:04/08/04 13:15
ちなみにリンク先によると江戸の人口増は農村の余剰人口の流入も
関係すると書いているわな。

世界有数の大都市と喧伝されている江戸は人口が多いから豊かだった
わけではないよな。
どうもこのスレは極度に美化しようとする人が多くてなんだかなあと
いう感じだね。
820世界@名無史さん:04/08/04 13:17
ちなみにこのスレと朝鮮の歴史2スレと中国後進国スレが同時にあがっているけど
アレか?
日本は豊か=中国は貧しい=朝鮮は貧しいという安直な結論がやりたいのか?
自国を美化するのと他国を蹴落とすのがセットになっているんだねw
821814:04/08/04 13:19
>>818
”間引=貧しいではない”と私は言いたいだけ。
農業の生産力が限られてるんだから、育てるのは不可能でしょって。
江戸時代なら世界中どこに行ってもこの状況は変わらないよ。
化学肥料や農薬などで生産力が向上しないかぎり、何人も子供を
産んでそれを育てられるわけがないでしょう。ヨーロッパじゃ子供
を教会に捨ててたわけですし。育てられない子供なんかさっさと
捨てちゃえとかいうのがグローバルスタンダードだったんですよ。
822世界@名無史さん:04/08/04 13:20
>>820
日本ヲタが、世界史板でむやみに暴れているだけだから、
ほっとけよ。連中のむなしさを敢えて指摘してやるな。
823世界@名無史さん:04/08/04 13:22
>>821
捨てるのと、殺すのが同じだと言いたいのか。
824世界@名無史さん:04/08/04 13:26
>>823
>捨てるのと、殺すのが同じだと言いたいのか。
似たようなものだと言いたいだけ。捨てたところで大半は結局死ぬわけです。
捨て子じゃよくよく運に恵まれない限りまあろくなことにはならない。
むしろさっさと殺したほうが人道的?とも思える。
別に日本が貧しくないといってるわけじゃなくて、間引きをもってして貧しさの
証拠とするのはちょっとどうかなと思ってるだけ。
825世界@名無史さん:04/08/04 13:29
>>824
いいかげんにしろ。キリスト教国と日本をいっしょにするなといいたい。
826世界@名無史さん:04/08/04 13:33
”間引=貧しいではない”と私は言いたいだけ。
農業の生産力が限られてるんだから、育てるのは不可能でしょって。

要するに子供育てられないほど貧しいんだろ?
育てるのが不可能なぐらい貧しいんだろ?
何がグローバルスタンダートだw
笑わせるわw
827世界@名無史さん:04/08/04 13:34
>>825
>いいかげんにしろ。キリスト教国と日本をいっしょにするなといいたい。
なんで。「生まれた子供を育てられないです。」というのは宗教じゃなくて
生産力とかの物理的要因でしょ。
育てられないんだから捨てて運に任せるか、やむを得ず殺すかの二者択一でしょ。
キリスト教国だから天から食料が落っこちてくるわけじゃない。
828世界@名無史さん:04/08/04 13:39
>>827
じゃあ生むなよ。キリスト教国では生まない、つまりセックス禁止という
戒律がある。生まない、セックスをしない、させないという思想が大事なわけでは?
829世界@名無史さん:04/08/04 13:40
>>828
>>818のリンク先でもそのことにふれているよね。
830世界@名無史さん:04/08/04 13:43
>>826
だからさ。避妊法もなにも発達してないのよ。庶民が生んだ子供を
全員まともに育てられる国家が当時あったと思いますか?
現代も江戸時代もなんらかの手段で人口を抑制しなきゃしょうがないでしょ。
間引きを大げさにとらえすぎだよ。単なる手段なんだから。

フィリピンなどのストリートチルドレンをみてください。生まれた子供が
育てられないからってあれなら生まない方がはるかにましでしょ。
831世界@名無史さん:04/08/04 13:47
>>828
>じゃあ生むなよ。キリスト教国では生まない、つまりセックス禁止という
>戒律がある。生まない、セックスをしない、させないという思想が大事なわけでは?

仮にも近代国家であるフィリピンや南米などにはストリートチルドレンがごみ
拾いなどで暮らしています。あれらの国はキリスト教国です。
生まない、セックスしないという思想が過去においてどれほど強かったかは疑問です。
832世界@名無史さん:04/08/04 13:49
>>831
なんで、ヨーロッパや北米、オーストラリアを挙げずに、
フィリピンや南米をあげてるわけ? 
833世界@名無史さん:04/08/04 13:54
>>832
ストリートチルドレンがいないからに決まってるでしょ。キリスト教の国であろうが
そうでなかろうが、育てられない子供は経済的、物理的要因で発生するのであって
宗教は関係ないといいたいだけ。
「キリスト教の国と一緒にするな」って言う意見の反例としてはこれで十分でしょ。
キリスト教の国でない日本でも現在ストリートチルドレンはいないし。
834世界@名無史さん:04/08/04 13:58
>>833
そもそも間引きから話が始まっんだが。
キリスト教の国では、間引きという習慣を否定してるってだけだ。
間引きを否定し、さらにセックスも否定するということ。これが大事というわけ。


835世界@名無史さん:04/08/04 14:10
>>834
だからさ、思想としては否定してもやることはやってるし、その結果当然ながら
妊娠するし、それゆえ子供は生まれてくるでしょ。キリスト教国が間引きを手段と
しては否定していたかもしれないけど、代わりの手段として捨て子でしょ。
はっきりいうけど手段としては間引いたほうが優れてるんじゃない?

まあそれはそれとして。

避妊法もないし生産力も乏しい時代に育てられない子供が発生して、何らかの手段で
それを始末していたからといって、貧しいとはいえないでしょ。当時の生産力では
全世界で行われていたことでしょうし。無論程度の問題はあるでしょうが。

と、もう一度主張を確認しておきます。

836世界@名無史さん:04/08/04 14:18
>>835
もうさあ、言ってることおかしいよ。
間引きという殺人行為が許されるなら、自殺も許されてるってそういう論理か?
間引きも自殺もオッケーなの? それが決定的に違うんだよ、価値観がな。
それを外国の人間に自国の文化だと高々と紹介してください。
間引き、自殺の国だとね。

837世界@名無史さん:04/08/04 14:26
>>836
私は自殺には触れてませんよ。それに当時の価値観を現代に当てはめようとも
思っていません。もっともストリートチルドレンに関してはあれなら堕胎や間引きの
方がはるかにましだと思ってますが。あくまでも手段の優劣として考えてるだけです。

>外国の人間に自国の文化だと高々と紹介してください。 間引き、自殺の国だとね。
別に高々と紹介するようなことじゃないでしょう。日本は江戸時代にどうやって人口を
抑制したのかと質問されたら、手段の一つとして利用していたと言うだけでしょ。
838世界@名無史さん:04/08/04 14:32
>>837
脱線と思うか? 自殺は。人命に対する価値観が
この国と西欧キリスト教文明とは、決定的に違うという、ものさしになってるんだが。

まあ間引きに関しては堂々めぐりだから、もういいよ。
839世界@名無史さん:04/08/04 14:40
>>838
間引きという手段に倫理的に耐えられないのですか?単なる手段ですよ。
現在ではもう広く行われることはないでしょう。避妊法と生産力増大のおかげです。
決して西欧的価値観や宗教の問題ではないことをよく考えてください。
840世界@名無史さん:04/08/04 14:43
日本オタの厨房ぶりにうんざり
一日中こうやって部屋の中で誰にも相手されずに消えていくのかw
841世界@名無史さん:04/08/04 15:23
>>836
間引きも自殺も問題ないと思うが、自殺イクナイってのは所詮キリスト凶屠の考えだし。
俺からみれば、自らの意思で命を絶つことほど正しいものはないよ。
他人のいいなりになって命を使ったり、つまらん事故で命を失うよりもいいんじゃないか?
自殺を忌避するキリスト凶屠の方がはるかに変、俺は堂々と言うよ。
842世界@名無史さん:04/08/04 15:54
間引きって自らの意思で命をたっていないよなぁ。
で、子供を育てられない農村って「貧しい」よな?
YESNO?
843おにぎり:04/08/04 16:39
間違ったらゴメン。
第二次大戦が終わった時点でGDP世界一は
トーゼン アメリカ、二番目がたしかアルゼンチンとか、
いま、アルゼンチンは破綻してるけど。
もし、日本が破綻したら支那人やチョーセン人は、かつて金が無くなって
絶滅会議が開かれたヴァンゼー会議の結果のように、日本人も虐殺の
対象になるんだろうね〜〜〜エヘ♪
844世界@名無史さん:04/08/04 17:58
子を殺すも捨てるも育てられないからで一緒だろが
此処は貧しいかどうかを考察するスレだぞ?
子を殺すのは貧しくて、子を捨てるのはそうでないのか?
頭のおかしなキリシタンがいるようですね
845世界@名無史さん:04/08/04 18:24
>>844
子供も育てられない「江戸時代の農民は豊かですか?」
846世界@名無史さん:04/08/04 19:03
現代の価値観で貧しいかどうかを議論してるわけじゃないでしょ。
現代日本から見れば江戸時代の日本も西洋も中国もアラブも庶民は全部貧しいよ。
王侯貴族は勿論別。

当時の世界から見てどんなもんだったのさ?ってスレでしょ。

農業革命(化学肥料、農薬)以前の世界では、少なくとも子捨てや子殺しが
貧しさの証明にはならないのは明らかでしょう。どうあがいたって産まれた子供を全部
育てようとしたら、農業生産力がおいつかないんだから。これはもう宗教の問題じゃない。

必然的に子供のいくらかは何らかの手段で処分することになる。
日本では間引きの有効性が認められて割合広く使われた手法であったし、西洋では捨てて
たってだけでしょう。まあ、一見捨てたほうが生き残る可能性がある分幾らか人道的に
見えるかもしれないが、親に殺されるか、野犬の餌になるか程度の違いでしかない。
847マーキュリーストア ◆Cd0K8qiH8I :04/08/04 19:20
間引きは貧富とは関係ない
現代日本だって中絶の理由は表向き「経済的理由」
実際の理由は親のエゴでしかない(強姦の事後処理含めて)。

生物学的には障害児・絶対助からない子供(溺れてる等)・
親の生存を危うくする子供(飢えなど)は処分あるいは見捨てて、
新たな子供を産む方が効率がいい。
多産な生物はそもそも子供の世話なんてしない。

人間(女性)は生涯で妊娠できる期間が限られ産子数が少ないので
子供を大事にするように進化しただけ。
子供にとって親からは搾取できるだけ搾取して成長しきったら一刻も
早く逃げ出すのが一番良い(いつまでも頼ってると寄生虫化して独立
できなくなるし、年取った親の面倒みる羽目になる)。

愛なんて脳の遺伝子プログラムが作り出してる幻想です。
愛とは洗脳の過程です。
愛を忘れて自由に生きましょう。
「愛などいらぬー!」
848世界@名無史さん:04/08/04 19:24
どうあがいたって産まれた子供を全部
育てようとしたら、農業生産力がおいつかないんだから。

ようするに貧しいんじゃないか
849世界@名無史さん:04/08/04 19:31
貧しいのは貧しいが、他国と比べてどうよ?
 
  でしょ、論点は。
850世界@名無史さん:04/08/04 19:38
そういや楢山節考って姥捨て山の話もあったな。
日本って豊かだったんだなw
851世界@名無史さん:04/08/04 19:41
http://www.rui.jp/message/05/34/14_3971.html

姥捨ては、映画「楢山節考」でも描かれていますが、実際に別の形ででも存在していたようです。

私の知り合いのお婆さん(もうすぐ90歳になります)の話では彼女の母親の世代までは老齢になり働けなくなると、お遍路さんに出て戻らないと言う事があったそうです。彼女も当然の事のようにお遍路さんにでる心の準備をしていたようです。

852世界@名無史さん:04/08/04 19:44
外国でも、似たような話無かったっけ?
853世界@名無史さん:04/08/04 19:45
>>1
日本は世界で貧しかったのでしょうか?

どう考えても豊かとはいえないわな
854世界@名無史さん:04/08/04 19:47
前近代で、庶民が豊かな地域てあったの?
855世界@名無史さん:04/08/04 19:57
ttp://www.t3.rim.or.jp/~u-minami/class/sinbiosis/kourei/kourei2.html
>スウェーデンには姥捨て山が実際にあったようで、生産性のない老人を谷底に
>突き落とす道具もあったようだ。

楢山節考のような話なんて世界中に腐るほどある。程度問題だが、日本が特別
酷いというわけでもないよ。日本では子殺しは一般的だったが、親捨てはあまり
なかった。生産力の少ない地方で運悪く飢饉まで重なったような非常時以外は
基本的に行われない。
856世界@名無史さん:04/08/04 20:05
中国じゃ、隣家と子供を交換して食ったくらいだ。
857世界@名無史さん:04/08/04 20:25
ttp://www.ne.jp/asahi/bodhipress/way/next/crime2.html
>次の岩の坂もらい子殺しについて、概観を説明します。犯罪を理解するということは、
>ぼくの場合、その犯罪を好きになるということなんです。好きになると、ああ、
>こういう事件だなあと理解できるのです。だからなるべく好きになるようにしてい
>るのですが、これはなかなか好きになれない事件なんです。全体を見ると、
>好きにならないまでも感じは掴めるんですけど。
>この事件は板橋区の岩の坂というところで起きたんですが、場所が重要です。
>中仙道の宿場町。川ひとつ渡ると向こうは埼玉県で、東京のはずれ。
>昔はけっこう栄えたところなんですけどね。女郎宿や木賃宿がいっぱい並んでいた
>ところが貧民窟になりましてね。昭和5年頃には地方からの流入者、旅芸人、ちんどん屋
>が溜まっていた。ここで事件が起きました。
> 昭和5年4月12日、永井病院で菊次郎という生後一ヵ月の子どもが窒息死したんです。
>病院で調べたところどうも死因がおかしいということで警察に届けて事件になったんです。
>これは貰い子でして、小川きく35歳という念仏修行者の尼僧、ようするに門付けして小銭
>をもらうという、乞食ですね。これが貰い子として引き受けたのが死んでしまった。
> 調べてみたところ、かなりあやしいことがわかったんです。前の年に勇蔵という1歳の
>子どもを風呂場で落としたと、小川きくが届けている。調べてみると女一人男3人が死んでいる。
>実際には各地からもらい子を貰ってきては、小川きくさんのところに預けている。
858世界@名無史さん:04/08/04 20:26
>もらい子というのは養育費がついてくる。あとは着物いくつか、それをせしめて
>子どもは殺しちゃう。そういうことをやっているんではないかと騒ぎになったんです。
> 具体的に発端になった菊次郎さんの場合、お父さんは無職の村井藤助さん、妻こうさん。
>板橋の金井病院で入院していて、亭主が失業中でどうしようかと相談していたところ、
>同じく入院していた出谷こよのさんが聞いて、それじゃあもらい子に出したらどうか、
>と言ったそうです。条件は養育費18円と衣服13枚、出谷さんがそれで貰ってきて、
>もらい子の斡旋人、よいと巻け人夫の福田はつさん40歳が貰ってきて小川きくさんの
>ところに10円払って預けた。これが殺されたという事件です。
> 調べたところ、東京中からもらい子を引き受けてきて殺したり乞食に仕立てて
>物乞いをさせたり、少し大きくなったのは娼婦にしたり、監獄部屋に売り飛ばしたり、
>処理していた一大集落だということが分かったんです。
859世界@名無史さん:04/08/04 20:29
>これがなぜすごいかというと、全部システム化されているんです。木賃宿を中心に、
>もらい子を供給するところがある。その当時大分失業が多かったり、いなかからの
>流入人口が多かったり、性風俗も相当乱れていた。主な供給源は桐生の機織り工場
>というのがあったんです。女工さんがお父さんがいない子どもを生んだりして、各地
>で病院に網を張っていると、生んだけど育てられない子どもがいる。そういう情報が
>あったり、上流階級の未亡人とか令嬢が人に言えない子どもを生んでしまった。
>それを出谷とよのさん福田はつさんという斡旋人が養育費もろとも貰ってきて、
>小川きくさんのところに届ける。するときくさんがほとんどものを食べさせないで
>殺してしまう。あるいは木賃宿、太郎吉長屋だとかお化けの清さん長屋、北海道長
>屋にちんどん屋、旅芸人、よいとまけ人夫、屑屋、たわし行商、お情け屋さん、
>乞食ですね、こういうのがいっぱい巣くっている、そこへ払い下げるとか、そこに
>殺すひとがいる。養育費が当時の相場では50円から100円というんです。かなり高いです。
>あの界隈で家賃が3円50銭ですから、今で言えば50万100万でしょうか。子どもを
>もらい子に出すに当たって、かなり親が出すわけです。
860世界@名無史さん:04/08/04 20:30
> そのように養育費といっしょに子どもが来ると、長屋中がどんちゃん騒ぎをして
>騒いだそうです。もらい子の数は大正13年以後、システマチックに動きだして、
>大正13年ころは17から18名。昭和に入ると30名から40名。ほとんど大産業なんです。
>逮捕者は78人。実際はその村の2300人の人間がこのシステムで生活していた。
>これはたんに殺したり売るだけじゃなくて、死亡した場合は市民医大の解剖室に
>売り払うとか、乞食、監獄部屋、娼婦としてきちんと仕分けして売り払う。
>これが完全にシステマチックに成立していた。もらい子産業ですね。
> 都市というのが成熟して、混乱して、お父さんのいない子ども、不義の子どもが
>出てくる。それを処理するかなり公然とした処理機関であった。これが発覚した
>ときは新聞でかなり話題になりましたけれど、その後検事が実情をずっと調べていくと、
>問題は問題だけど、止むを得ないところがたくさんある、そういうものを処理する
>機能が都市にはない、それが岩の坂ではかなり合理的に処理していた。ある意味では
>必要悪、それを引き受けてシステマチックにやっていたというのが重要なところだろう。
> もらい子が来てどんちゃん騒ぎをしたというのも、たんにお金が入ってうれしかっ
>たのではなくて、ひとつの浄化作用の意味合いがあっただろう。典型的な大都市が
>抱えている最暗部の世界があからさまになった事件だといえます。当時どんどん
>近代化されていて、銀座あたりではモボモガが出てきて近代都市文明が花開くんですが、
>それを支える最暗部にこういう現実があったということは、当時のひとにもかなりの
>衝撃を与えただろうし、よくよく考えてみると、なければならなかった機能だったという
>意味でも大きなショックだったろう
861世界@名無史さん:04/08/04 20:40
http://www.nurs.or.jp/~miyazaki/oodou.htm
から一部分。
>しかし,Rousseauは自分の5人の子どもを次々と養育院の戸口に捨てたこと,
>その後『告白』のなかで,「自分の子どもが将来ごろつきや山師になるよりも労働者か
>百姓になるようにしておけば・・」と思って捨てたと苦しい弁解をしていること,
>をあわせて考慮する必要がある。当時の養育院では新生児でもヤギ乳と小麦粉とを
>練ったもので栄養しており,大多数は数か月以内に死亡していた
>(藤田苑子:フランソワとマルグリット−18世紀の未婚の母と子どもたち,1994)。
>捨て子は「当時は貧しい民衆の間では日常茶飯事で,パリの新生児の1/3〜3/5は
>養育院に捨てられた」(平岡昇:ルソー,1978)のである。

当時は世界中でまあこんなもん。子供を可愛がるなんてのはある程度衣食が
満たされたらの話。
862世界@名無史さん:04/08/04 20:50
つまり日本では衣食住が満たされなかったんですね。
衣食足りて礼節を知る。
礼節を知りようが無かったという事ですね。
親を捨てるという孝を欠いているのですから
863世界@名無史さん:04/08/04 20:51
>>856
日本でも飢饉の時に子を交換して食った話があるけどなんで書かないのか
864世界@名無史さん:04/08/04 20:56
「楢山節考」は、台湾では放映禁止だったそうだね。
「親を捨てるとは、人倫にもとる!」との理由で。
865世界@名無史さん:04/08/04 20:59
実際、人倫にもとる話だわな
戦前の東北なんか貧しくて子を売り飛ばして飢えしのいでいるし
866世界@名無史さん:04/08/04 21:04
天明の大飢饉、東北の話はすごいよ。

ある家では父親が食べ物を求めて外出したまま帰らず、家には息子と母と祖母が残された。
そのうちに息子が餓死し、母と祖母は数日かけてその遺体を喰らった。
これは息子を殺して食ったわけではないので誰も罪に問わなかったが、
後日母はこう語ったという。
「今度は一人だけで全部食いたい」
867世界@名無史さん:04/08/04 21:09
>>864
中国では子を殺したり食うのは、別にそれほど非難される事ではないが、
親にそれをやると無茶苦茶問題になる。
普通逆だと思うんだがなあ。子供を生かす為に親が死ぬべきだろうが。
子供がまだ幼いのならわかるけど、成人してても同じだし。
868世界@名無史さん:04/08/04 21:21
>イギリスでは18世紀まで、オトナがこどもを盗んだり売ったりすることに
>法的な罰則はなかったのに、反対にこどもが盗みをはたらくと絞首刑に
>されました。L・ドゥモースさんは、総じて西洋では19世紀までは
>私生児は殺すのが当たり前だったといいますし、
>それを「大きくなって罪人になれば地獄行きだが、無垢な赤子のうちに死ね
>ば天国へ行ける」と、ヘリクツのはなれわざで正当化していました
869世界@名無史さん:04/08/04 21:22
平安時代の倫理観を『今昔物語集』の逸話で見てみましょう。
こどもを背負ってひとり山中を歩いていた若い女が賊に襲われます。
女は「おなかをこわしているので用を足してくる、この子を人質に
置いていくから必ず戻る」といって逃げ出します。運良く出会った
武士に助けを求めて現場に戻ると、賊はダマされたことに気づいて、
こどもを殺して逃げた後でした。すると武士は、こどもを捨ててまで
貞操を守った女を、あっぱれだとほめるのです。
なにしろ平安時代には、子が親を捨てると罰せられたのに、
親が子を捨ててもおとがめなしだったのですから。
870世界@名無史さん:04/08/04 21:25
>>868
それとまったく同じ文章が
ここで↓
http://mazzan.at.infoseek.co.jp/lesson24.html
見受けられるが、

ここに書いてあること面白いな特に日本に関する事。
なぜ引用しないのか不思議だな

871世界@名無史さん:04/08/04 21:27
よく嫌韓厨がとりあげるフロイスだが一方で表記にこんなのがあるそうだ。
http://mazzan.at.infoseek.co.jp/lesson24.html 参照


日本では婦人の堕胎はきわめて頻繁で……
何ぴともそれを不思議とは思わぬのが習わしである。
ある婦人たちは、出産後、赤児の首に足をのせて窒息死せしめ、
……堺の市は大きく人口が稠密なので、朝方、海岸や濠に沿って
歩いていくと、幾たびとなくそこに捨てられているそうした子供たちを
見受けることがある
872世界@名無史さん:04/08/04 21:29
>>869
俺って今昔物語をどう読んでも貞操の大切さを理解できないんだけど。
俺の目が腐っているからですか?
873世界@名無史さん:04/08/04 21:29
江戸末期ともなると農民の間にも幕府の意向が根づきます。
3人以上の子だくさんは身の程をわきまえぬ恥知らず、が常識となり、
間引きが日常的に行われます。江戸末期の農学者佐藤信淵は、
出羽と奥州(現在の東北地方)で毎年1万6、7千人、上総
(現在の千葉県)では3、4万人の赤ん坊が間引きされている、
と記録を残しています。間引きが多かったのは事実でしょうが、
千葉だけで東北地方を上回りすぎじゃないかという気もしないでも
ないのですが。

山犬あるいは野衾に考証して欲しいところだ



 
874世界@名無史さん:04/08/04 21:30
法律で禁じられたからといって、江戸の260年間でつちかわれた慣習が
かき消えるわけではありません。地方では間引きはこっそりと続けられ
ました。柳田国男は、すべての家に一男一女のこどもがいる村があった
といいます。ちょっとしたホラーですね。人為的な産児調整が行われない
かぎり絶対ありえないことです。

 間引きや堕胎が禁じられると、今度は「貰い子殺し」の形態が主流になります。
表向きは養育料を払ってこどもを引き取ってもらうのですが、『日本子どもの歴史6』を見ると、
それは実際には「死体埋葬料」「殺害料」であり、引き取られたこどもは殺されていたとあります。
大正・昭和初期になると、連日のように新聞に「こども売ります・買います」の広告が
掲載されるようになりました。もちろん、こどもがいない夫婦が本当に養子を求めていた例も
ありますが、それと裏ビジネスとしての貰い子殺しとを、広告から区別する手だてはありません。

日本オタどもにはショッキングな話だなw

875世界@名無史さん:04/08/04 21:32
調子に乗って間引きをやりすぎるのも危険です。
なにしろ江戸時代の乳児死亡率は現代とは比べものにならないくらい
高かったのです。11代将軍徳川家斉は55人のこどもを作った
ハッスル将軍でしたが、家斉のこどもで15歳まで生きたのが21人、
40歳まで生きたのはたった7人だったとのこと。衛生・栄養面でもっとも
恵まれていた将軍家でさえ、その程度です。農村ともなれば、
鬼頭宏さんの著書では、成人するまで生きているのは4、5人に1人
だったとされています。ですから、間引きをしすぎると子孫全滅という
落とし穴が待っています。美濃(現在の岐阜県)のある地方では、
小作人の35%の家系が、跡継ぎがいないため途絶えていたのです。

 明治時代になると国の方針は一転、国家発展のためには産めよ増やせよ、
こどもは大事、嬰児殺しは殺人罪とされます。しかも突然全国に小学校を作り、
こどもを通わせろと命令します。教育制度自体は悪いことではないのですが、
小学校運営費用の9割は地元住民の負担であり、お上は民衆に、
たばこや芝居などの楽しみをやめてその費用を捻出せよ、
と勝手なことをほざきます。腹に据えかねた民衆は暴動を起こし、
日本各地で小学校が焼き討ちにされました。いまは学校の窓ガラスを
割るのは生徒ですが、明治初期に学校を壊していたのはオトナでした。

日本ってすごくDQNな国じゃのう。
半島やシナ関連のスレを上げる前に自分の国をみつめなおせよw

 
876世界@名無史さん:04/08/04 21:33
ぶっちゃけ母性愛とか道徳とかそういった人間のモラルの前に胃袋との
ディスカッションがあるわけです。
大戦中のスターリングラードやワイマール下のドイツを調べれば人間が
人間を食らうのは特に恐ろしいことでもなんでもなく胃袋と相談した
結果であることがわかると思います。

この世に人道的というものがあるとしたら、それは人がそのように変わる
環境をもたらさないことであるといえましょう。
どのような人間も一度激しい環境にさらされれば、一転して悪魔にます。
同様に環境次第では天使にもなりうるのでしょう。
877世界@名無史さん:04/08/04 21:37
>>876
つまり飢饉時の日本の農村は修羅場ですな。
飢饉が出た藩では餓死者が居ないと聴くが農民、
穢多は餓死者でまくり。
いわば人災ですな。悪政ですな。ひどい国だよね。
878世界@名無史さん:04/08/04 21:43
つか堕胎や赤子殺しを忌避する馬鹿がこんなにいるなんて、
こいつら昼頃湧いたキリシタンか?
879世界@名無史さん:04/08/04 21:47
>>871−874
当方、日本ヲタですが、それがなにか?
なんか問題でもあります?
避妊と堕胎、幼児も本質的には変わりませんよ。
どうせまだろくに自我なんてないんですから。
880世界@名無史さん:04/08/04 21:54
>>875
意味がわからん、子供の教育より、親の道楽が大事といいたいのかな?
881世界@名無史さん:04/08/04 21:56
戦乱や飢饉で餓死者が出るのは日本に限った話ではありません。
アイルランドは主食のジャガイモの疫病で人口の100万人レベルで餓死しました。
時代はなんと19世紀半ばです。
フランスでは1769年の飢饉では人口の5%が失われたといわれています。
同年東ヨーロッパも飢饉でこれまた人口の5%くらいが死んでいます。
人間まで食ったかどうかは私は知りませんが、胃袋の欲求に従えば当然食べたと
思われます。西洋の童話に出てくる人食い鬼などは想像の産物ではなかった
ということでしょう。

飢饉が人災なのは余所の国も同様です。歴史上どんな最悪最凶の飢饉でも
支配階級に餓死者は出ません。うまく分配すればまあなんとかなるので
しょうがどっこいそうはいきません。まあそういう状況は現代においても
何ら変わりません。途上国の餓死者をみながら先進国ではあまった
食べ物を捨てていますし。
882世界@名無史さん:04/08/04 21:57
貧しいからこういう事を行う。
貧しいという事でパイの奪い合いとなり
老人や子供や赤ん坊、女性などの弱者が
痛みが押し付けられる。
そういう社会が豊かだといえるだろうか。
自我が無いから何をしてもかまわないとする
のは詭弁ではないのか。

俺の好きな網野先生が著した
歴史の中で語られてこなかったこと―おんな・子供・老人を
一度呼んで欲しいと思うよ。
883世界@名無史さん:04/08/04 22:08
>>882
俺は網野氏は好きじゃないんだよ。
あんな社会の底辺や日本の辺境を調べてなんの意味があるんだろうと何時も思うね。
研究者としての力量は高いと思っているが、方向性が好きになれない。

そして社会には犠牲が必要、犠牲を多く出しても、より高みに達する方が価値があろう。
884世界@名無史さん:04/08/04 23:07
本題とはあんま関係ないけどよ、>>814は文章の切り方を間違えてないか?

「江戸時代中期以降、広く行われた堕胎、生児圧殺の風習で、」
「財政困難におちいった諸藩が、貢租収取をつよめ、くわえて災害が農村をおそい、
農民の生活が苦しくなる過程で行われた。」

だろ。
885世界@名無史さん:04/08/04 23:25
まあ>>814は野衾にあっさり後半を否定されているけどな
886山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/08/04 23:37
>>883
>あんな社会の底辺や日本の辺境を調べてなんの意味があるんだろうと何時も思うね。
網野先生の問題は、こうした地域の例を強調し過ぎたことでしょう。
僭越ながら、歴史をやる人間の台詞ではありません。
887世界@名無史さん:04/08/05 09:28
昨日は祭りがあったようだな。
参加したかったよ。
888世界@名無史さん:04/08/05 10:40
そして社会には犠牲が必要、犠牲を多く出しても、より高みに達する方が価値があろう。


そうだなまずお前が礎になれよ
889世界@名無史さん:04/08/05 11:50
江戸時代日本が貧しかったの論調があるが、同時代庶民がもっとも豊かだったのが日本だよ。
ヨーロッパでもっとも豊かだったイタリアでさえ人口が半減した時期があるのに、日本では
人口が安定している。

中世のヨーロッパは暗黒の時代、同時代ならアフリカなどのほうが栄えている。中世ヨーロッパは
古代ローマより遥かに遅れている。
890世界@名無史さん:04/08/05 15:13
http://hitosugi.hp.infoseek.co.jp/kikin.html
天保飢饉では秋田藩だけでも
人口40万人の秋田藩で10万人死んでいるな
891世界@名無史さん:04/08/05 15:18
http://www.d1.dion.ne.jp/~xxnakano/gasi.htm
庶民がもっとも豊かだった日本とやらになぜ
餓死供養塔があるのか?
892世界@名無史さん:04/08/05 15:18
最大多数の最大幸福の比較じゃねえのか?
庶民文化の多様性とかもそれを示す指標

底辺なんてどこの国でもある罠
893世界@名無史さん:04/08/05 15:27
人口比でいえば9割が農民だったそうだが、
最大多数の大部分がぜんぜん幸福になっていない訳だが。
町民や武士の方がはるかに少数派ですよね。
894世界@名無史さん:04/08/05 15:31
士  10%
農  80%
工商 10%
895世界@名無史さん:04/08/05 15:34
さらに言及すると文化花開いた江戸の町とやらは
町民より武家の方が多く、その町民も1割が僧侶や神官
だったりするわけだが。
さらに農村から流入した余剰人口等により男の方が2倍近くいる
町でもある。
江戸の文化を日本の標準とするには無理があろう。
同時代の日本の多数派は農村や漁村などの下々の人々であろう。
896世界@名無史さん:04/08/05 15:36
同時代のヨーロッパでは王族でさえ、10人近い兄弟のうち成人したのが一人とかある。

江戸時代は伊勢参りしたりとか日光参りとか普通の農民もしている。

ヨーロッパの場合、都市は城郭に囲まれているのだが、城郭内の人口は多くても1万人ほど。
衛生状態はすこぶる悪い。農村も転々としないとすぐ不毛の大地となる。麦一粒植えても1粒
も取れないことなどざら。平均しても2、3倍しか取れていない。日本では米一粒から100粒
くらい取れているし、連作も可能。

江戸時代、取立てが厳しくなったと言っても今まで10しか取れなくて3割税でとられていたのが、
40取れて5割取られるようなものだから実質的な所得は上がっている。
897世界@名無史さん:04/08/05 22:24
領主が勝手に始めた戦争で家を焼かれ、農地を荒らされ、蓄えを徴発され、巻き添えになって殺されたりしないだけでも、充分幸せだったと思うのだが。
898世界@名無史さん:04/08/05 22:36
>>886
そこまでいうのなら、辺境の漁村が日本史にいかような影響を与えたのか述べてくださいな。
899山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/08/05 22:38
>>898
「日本史」にならないというあなたのお考えがまず理解出来ません。
正直なところ、まともな研究書をお読みになった事が無いとしか。
900世界@名無史さん:04/08/05 22:38
日本国外との交易には貢献しました。
901世界@名無史さん:04/08/05 22:47
>>899
読んだ結果、方向性が全く違う、ついていけませんなと思っただけですけどね。
正直「日本史」よりも「郷土史」にいれるべきでしょう。

あとジャングルの中の部族の歴史もそりゃ「世界史」かもしれませんし、
たとえ「郷土史」であっても優劣はないかもしれませんな、で、だからってそれがどうしたというんですかね。

902≠899:04/08/05 23:02
>>901
網野さんの狙い、日本史の構想は「郷土史」ではなかったと思いますよ。
郷土史級の個別研究もありますが。
それは、いわば経由点とかサブ・ピースで、社会史、あるいは生活史をベースに据えた日本史を構想してたんだと思います。

書込み読んでると、>>901さんは、国家史とか社会体制史を中心に日本史を考えてるんだろうな、と思えるんですが。

一般論で、政治史中心に考える人は、社会史も古典的な意味での経済史の枠で見がちだけど。
網野氏の歴史叙述の構想は、ちょっと違った狙いだったと思えるわけです。
私見では、阿部勤也氏と違って理論面の整理はあまりお得意ではなかったように思ってますんで。論証も難しいんですけどね。
903山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/08/05 23:04
「中央」の歴史は目立つでしょうが、それだけで完結している訳ではありません。
地方を見れば各地域の特色と共に中央の変化・日本の変化も見えて来ますし、
逆に中央の対応が地方に影響を与えたこともあります。
分かり易い例でいえば、地方で何かが見つかるという事はそれによってどんな文化
圏や伝播・流通経路が出来ていたのかを知る手がかりになります。更に共通性とは
別にその地域独自の姿を明らかにする事も大切ですが。
また各地域の葬法や布教の内容(狩猟・漁業民を意識したものなど)を考えることに
より、各宗教家やその集団がいかに食い込んでいったのかが分かるというのも一つ
の成果と言えるでしょう。
一見同じ内容に見えるものでも、受け手の立場(性別や生業)によって言わんとして
いたことは異なりますからね。
私は日本史を見るということは、その時代の精神を見ることであってパズル全体を
構成するピースの一つであっても疎かには出来ないと考えています。
904山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/08/05 23:06
暑くてとりとめの無い文章になってしまいましたが、902氏が補完
してくださったのでよろしいかな・・・。
905世界@名無史さん:04/08/05 23:07
>>896
同時代のヨーロッパでは王族でさえ、10人近い兄弟のうち成人したのが一人とかある。

http://homepage3.nifty.com/motokiyama/nagai/nagai55.html
子供は半分死んだ江戸時代

江戸時代、生まれた子供のうち半分育てばよいほうと言われた。
当時の乳幼児死亡率は、推定で50%前後だったのだ。
幼い子供があっけなく死ぬのは、日常茶飯事だった。
 死因の大部分は、疱瘡(天然痘)や麻疹(はしか)などの伝染病である。
伝染病に対して、当時の医薬はまったく無力だった。教育水準や衛生水準、
栄養水準が低かったこともある。伝染病はすぐに蔓延したし、体の抵抗力もなかった。
なお、当時の病気・死因などについて解説した名著としては、『江戸病草紙』(立川昭二著、筑摩書房)がある。
 江戸時代は自由で、豊かで、環境と調和し、人情にあふれ、
まるで「地上の楽園」だったかのように賛美する、いわゆる「江戸幻想派」の人々は、
この乳幼児死亡率50%という悲惨な事実をどう解釈するのだろうか。
906世界@名無史さん:04/08/05 23:08
驚くべきは、庶民に比べて教育、衛生、栄養などの水準が格段に良好だったはずの将軍家や
大名家でも異常に乳幼児死亡率が高いことである。
 11代将軍徳川家斉は精力絶倫だった。正室と側室合わせて17人が合計55人の子供を妊娠した。
しかし、流・死産がある。生まれても、その多くが2歳未満で死亡した。15歳以上まで生きたのは、
55人中21人に過ぎない。40歳を越えて生きた者は、12代将軍家慶を含むわずか7人である。
 
907世界@名無史さん:04/08/05 23:11
江戸時代は伊勢参りしたりとか日光参りとか普通の農民もしている。

その論理でいくならイスラム教徒は一生に一度はメッカ巡礼に行くわけだが?
イブン・バットータのようにイベリアからメッカにいくように
インド洋やアラビア海、陸路を使って巡回する彼らはすごいな。
実際、欧州よりも豊かであったわけだが。
908世界@名無史さん:04/08/05 23:13
>>902
>それは、いわば経由点とかサブ・ピースで、社会史、あるいは生活史をベースに据えた日本史を構想

社会史というより生活史でしょうね。それが興味がもてないとこなんです。
社会体制とか、生活じゃなくて、庶民の経済活動とかになると興味がわくんですが。

>国家史とか社会体制史を中心に日本史を考えてるんだろうな、と思えるんですが。

そうです、俺は新聞でいえば、社会、政治、経済しか読まないタイプです。
網野氏は地方のちょっとした事件を追うタイプですね。
というかむしろ、そういったものを積極的に追いかけるタイプでしょう。
歴史の表舞台に立てなかった人にスポットを当るのが好きなんだと思います。
どちらも日本史だとは思ってますが、なんでこんなものに労力をと思うわけですよ。
その力を他の方面に注げよなと。
909世界@名無史さん:04/08/05 23:15
ヨーロッパの場合、都市は城郭に囲まれているのだが、城郭内の人口は多くても1万人ほど。
衛生状態はすこぶる悪い。農村も転々としないとすぐ不毛の大地となる。麦一粒植えても1粒
も取れないことなどざら。平均しても2、3倍しか取れていない。日本では米一粒から100粒
くらい取れているし、連作も可能。

新大陸からジャガイモが入り栄養状態が好転したが?
上の方で19Cのアイルランド飢饉を取り上げている人がいるが、このジャガイモの不作が
原因の一つ。
逆にいえば新大陸から入ったイモ類が人口増産と食糧事情に貢献していると思われ。
あなたのいうような悲惨な状況に欧州が置かれているなら、それこそ嫌韓厨や嫌シナ厨が
好むイザベラの紀行文で日本の農村が貧しく、体格も貧弱だとかかれているのか?
なんとも不思議な話である。

江戸時代、取立てが厳しくなったと言っても今まで10しか取れなくて3割税でとられていたのが、
40取れて5割取られるようなものだから実質的な所得は上がっている。

あがっているのなら餓死者が出なくなっていくはず。
実際は続出しているし、捨て子や間引きが日常的だった。
910世界@名無史さん:04/08/05 23:20
>>903
見方が俺とは根本的に違いますな。それを悪いとは思わんが。
歩みよりは不可能でしょう、だからこういう見方もあるという事だけを理解してくれればいいや。
同じ例えでいえば、
パズルのピースが一つでも足りなければ、完成とはいえない、
極力多くのパズルを集めるべきだって意見なのでしょ、

だけど、俺はね、少々足りなくても、全体の絵が分かればそれでいいタイプなわけ。
勿論個別事象に興味がないわけじゃないよ、例えばパズルの中心部分なら一個一個丁寧に調べるよ。
けど、角のピースを調べてもなあとなるわけよ。
911世界@名無史さん:04/08/05 23:23
>>903
そうです。まさにそうです。網野史観の根本は日本文化は単一ではなく、遠く安藤氏や尚氏に至るまで
東西に文化の断裂が起こっており、京や鎌倉、江戸から見る日本の辺境とされる地域は実に豊穣な地域で
あり文化を育んできました。
近世の文化的統合がとくせん政権ひいては明治以降の天皇を中心とする近代史観および価値観により
統合されていく中でそれらの地域の人々もいやおうなく同化され、かつての採集狩猟民や神人らも
中世の栄光ー契約から次第に没落し同和問題へと変形していくなかで、この国のかたちというものを
江戸や日本の幻想にとらわれず遠く中世から見つめ一般に広く膾炙したのが網野さんの業績だと思います。

912山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/08/05 23:23
>>910
マグロがトロだけで泳いでいないようなもので、政治・経済・宗教その
他諸々の要素が絡み合って「日本の歴史」を作り上げて来た訳で、とりあ
えず興味があるものだけやって分かろうとしても無理な話です。
まあ、「歩みよりは不可能でしょう」という点だけはあなたに同意出来ま
すので、この辺にさせて頂きますが。
913世界@名無史さん:04/08/05 23:24
>>909
べつに毎年餓死者が出てるわけじゃないでしょ。

実際、飢餓による死亡率ってどのくらいだったんだろ。
現代人の交通事故死亡率と変わらなかったりして。
914山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/08/05 23:25
>911
勇み足過ぎる気もしましたが、及び腰の失敗よりはよほどいい。
やはり今考えても惜しい方でしたね。もっとも「今では」同じような
研究を手がける人も多くなったような気がしますが。
915世界@名無史さん:04/08/05 23:26
>>910
それはあくまで江戸や鎌倉、京らを中心とした史観の投影であると考える。
近世から近代への移行期はそういう統合の時代であったが、だからといって
そこに暮らす人々の暮らしが「なかった事」になるわけはないし、「人々の営み」が
ないことになるわけでもないでしょう。
916世界@名無史さん:04/08/05 23:27
>>909
北関東および東北は、幕藩体制の犠牲者みたいなものだからな。
諸藩の場合は江戸滞在や参勤交代の莫大な費用の捻出が原因。

あと餓死者が出た理由は、寒冷化が一番の原因。
それまで温かかったので、米の北限があがり、東北でも米の栽培に切り替えていた最中に起こったわけだ。
それまでの生産体制にはそうそう簡単に戻せないし、
都市人口が増加し、当時一番換金がラクだったのが米なんだから、それは仕方ない。
917世界@名無史さん:04/08/05 23:30
>>916
享保の飢饉のように西日本を中心に餓死者が続出した飢饉も数多い。
北関東から東北は飢饉で有名であるが、捨て子や間引きは全国的なものでしょう。
918世界@名無史さん:04/08/05 23:37
>>915
俺の場合は、なかった事にはならないけど、それが日本にどのような影響を与えたのかって繋がるんですよ。
視点が違うんだと思いますよ。
919世界@名無史さん:04/08/05 23:46
>>917
西日本でも蝗の大発生、水害などで飢饉になったことはあるんだけど。
一次的に減っているだけで、最終的には人口は回復しているんだよ。
江戸時代中期1750年頃で江戸時代の人口上昇はストップしてしまうわけだが、
少し視点を下げると、西日本では何割か上昇し、東日本と大都市部で減少しているのがわかる。
もっと下げると、中四国と九州南部の農村部では五割近くも増加しているんだよね。
中四国の都市部では横這いか微増って感じか。
東日本では、農村部が激減し、地方都市が増加、大都市は減少って感じね。
食べなくて都市にいくけど、結局仕事がなかったり、都市部で免疫がなくて疫病に感染して、
バタバタ倒れるという流れ。
920=902:04/08/05 23:52
>>908
>社会史というより生活史でしょうね。それが興味がもてないとこなんです。
>社会体制とか、生活じゃなくて、庶民の経済活動とかになると興味がわくんですが。

失礼かもしれませんが、
もし、現在の新聞の「社会面」から連想される内容と「社会史」とを短絡されているのでしたら、
網野氏の研究への評価については置いておくにしても、
「社会史」の理解としてはマズかろう、と思います。

例えば、以下を参照されるとよいように思います。
竹岡敬温、他編、有斐閣選書『社会史への途』有斐閣
阿部謹也『社会史とは何か』築摩書房
921世界@名無史さん:04/08/05 23:58
>>919
戊辰戦争の敗因はそれだったのか!
922世界@名無史さん:04/08/06 00:03
ルソーは5人の子供を全員捨てた。
彼は1712年に生まれて1778年に死んでいる。この時代はヨーロッパでも
捨て子は当たり前だったのだ。日本に限った話じゃない。ちなみに結婚したのが1745年。
捨てられた子がどうなったかは知らないが、栄養失調などで全員死んだと思われる。
当時の孤児院では新生児の生存率は10から20%。そこを切り抜けても里親がみっかれば
いいがそうでなければ成長段階で死ぬ。
日本と比べると孤児院という施設があるだけましにみえるかもしれないが、どっちみち
大半は成人前に死ぬ。
923世界@名無史さん:04/08/06 00:05
将軍徳川家斉の子供の40歳時の生存率
7/55
924世界@名無史さん:04/08/06 00:05
>>920
いや流石にそこまでは誤解してませんよ(苦笑
書き方が悪かったかな、新聞を例にあげたので混乱させてしまったみたいですね。
>>921
それもあるでしょうね。
これは歴史人口学だけからみた見方ですけど、
経済面などでもちょっと埋め難い差があるんですよ。
925=920:04/08/06 00:08
>>924
了解です。失礼しました。
926世界@名無史さん:04/08/06 00:11
>>925
いえ、私も分かりやすいように、今での意味で話したのが不味かったです。
実際私も意味の掘り下げはあまりしていなかったので、参考文献はありがたく読ませていただきます。
927世界@名無史さん:04/08/06 00:12
富裕で上流階級の天皇家にたとえば一七世紀の霊元天皇に三五人の子どもが生まれ、
一四人は一〇歳未満で死んでおり、東山天皇は一一人の子どものうち五人が一○歳未満で死んでいる。
一九世紀の孝明天皇は六人生まれて五人が死に、ただ一人生き残った明治天皇は一五人の子をもうけて、
一○人までが夭逝している。天皇家の乳幼児死亡率の高さの理由として、第一は近親結婚によって生命力が
弱ったと考えられる。第二に、間引きが頻繁に行われていたことである。
教育勅語に「なんじ臣民は父母に孝に兄弟に友に夫婦相和し・・・」とあるが、このような天皇家の夫婦関係を
手本にしてよいものかと疑問を呈している。
928世界@名無史さん:04/08/06 02:41
1300-1500年ヨーロッパではイタリアがもっとも栄えていたが(世界史的にはヨーロッパは
辺境も辺境だったが)、フランスの人口歴史学者レイナールなどの綿密な研究によると、
イタリアは、1340年の人口が930万人だったが、1500年には550万人になっていたという。
160年間に4割も減ったことになる。

あのルネッサンスの文化が花開いた頃にだ(ルネッサンスって単なるアラビア語文献を
必死に翻訳しまくっただけだが)。都市部の衛生状態が悪くて疫病が流行ってばたばた
死んでいった。

>>906
将軍家や大名家は毒殺などもある。

>>907
メッカに行くのは一生に一度、伊勢参りはもっと頻度が高い。

>>909
イザベラが来たのは明治11年。西洋は産業革命が終わったあと。日本はこれからというとき。
日本人は動物性タンパク質を食っていなかったから小柄だった。また土壌にミネラル
分も少ないので、同じ野菜・果物・牛乳を飲食してもカルシウムなどの摂取が少ない。
小柄というだけで貧相ではない。西欧人と比べても骨折率は遥かに低いのである。
今は日本人は食が洋食化しカルシウム摂取量は増え体型が大型化したが、洋式便所が
普及したおかげで日常の足腰の鍛錬がなくなり骨が脆くなっているのである。

西洋は小麦などの収穫量が古代ローマを越えるのは産業革命まで待たないといけない
ぐらい暗黒の時代だった。日本は古代ローマの収穫量はとっくに越えている。まぁ麦
でなく米というのもあるのだがな。
929世界@名無史さん:04/08/06 02:50
西洋では一応孤児院とかがあったようだが、類似の施設は
近現代の(1600〜1900年代)日本にあったのだろうか?
捨てられた子供は運良く奇特な方に拾われでもしない限りそれっきり?
930世界@名無史さん:04/08/06 06:25
日本は貧しい国だったよ。今が異常なだけ。近いうちに元のビンボに戻るよ。
中>朝>>>>>>倭くらいかな。
931世界@名無史さん:04/08/06 09:00
明治から大正にかけては石井十次が有名。彼らが運営した岡山孤児院は最大で1200
人の孤児を受け入れた。
http://www.ne.jp/asahi/tlccc/okayama/isiijyuji_bunn.htm

江戸時代以前も長崎などにクリスチャンなどによって癩病院・老人病院・孤児院など
経営されている。
http://www.nagasaki.med.or.jp/iryoushi_t/taisyo/newpage/new_top/left.htm


孤児院などがあるから豊か・豊かでないとは言えないと思う。日本には別のシステム
で相互共済していたと思われる。孤児院がなくても里子でも良い訳だし。
932世界@名無史さん:04/08/06 09:06
 飛田給(とびたきゅう)
 奈良時代以降、荘園を管理する役人であった飛田氏が領主からこの土地を給田として支給された
ことに由来するという説と、天長10年(833)、多摩・入間両郡の境におかれたといわれる悲
田所(古代の貧窮者、孤児の救済施設)の給地(所有地)にちなむという説があります。江戸時代
には上飛田給村と下飛田給村に分かれていました。
http://www.jck.net/sanko/cafe/chofu_chimei.html

悲田所とは古代の平安時代初期に旅人の救済保護を行った施設です。病気や飢えで倒れる人を
救いたいと下級役人が自分の収入の一部を割いて食料や薬品を備えた施設を作ったのです。
http://www.asahi-net.or.jp/~ab9t-ymh/kakuchi/tokorozawa01/hatukoku.html
933世界@名無史さん:04/08/06 09:09
>>927
上流階級での乳幼児死亡率が高いのは、乳母がおっぱいにまで白粉(炭酸鉛)をつけるため。
それで乳幼児は鉛を摂取して死に至る。
934世界@名無史さん:04/08/06 09:26
とんでもないことしてたね!
美容対策のつもりだったのか?
935世界@名無史さん:04/08/06 09:39
>>907
メッカ巡礼、現在でも年間100万人。伊勢神宮参り江戸時代年間500万人。
イスラム教徒は日本人の10倍以上いるが。

日本の場合、他に日光東照宮参り、お遍路さんなどいろいろある。
936世界@名無史さん:04/08/06 09:52
>>930
元になど戻らない。
朝鮮半島は、中国の領土になる。
937世界@名無史さん:04/08/06 09:56
>>930さんを
 迎えに来ました!!
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄
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/  ∧ // ∧ ∧|
/__(゚_//[ ]゚Д゚)
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|O|o-o|O゚|精神病院
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 ̄ ̄ヽ_ノ ̄ ヽ_ノ^
        キキッ
(*´∀`*)ムフー


938世界@名無史さん:04/08/06 10:01
「朝鮮には文化が無い、あるのは中国のお下がりだけで、
それを取り除いたら、・・・やせた土だけだ」


939世界@名無史さん:04/08/06 10:06
↑ 無断コピー禁止!
940世界@名無史さん:04/08/06 11:06
>>936
中国の領土になるということは元に戻ることじゃないのか。
941930:04/08/06 11:46
>937
すまんな。手間かけさせた。
942山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/08/06 12:05
>>929
鎌倉・室町時代なら・・・
1、悲田院に引き取られる(鎌倉・京都限定)
2、寺院に引き取られる
3、貴族などの邸宅に和歌を添えて預けられる(室町時代以降は守り刀もつく)
そのまま犬に喰われた例の方が多かったようですが。
943世界@名無史さん:04/08/06 12:51
>>928
江戸時代の話に1300−1500年代のイタリアを持ち出すのなら比較対象は
鎌倉末〜南北朝〜室町の戦国期にいたるまでが比較対照だな。
戦乱にあけくれ、土一揆が横行し貴族にいたるまで自力救済を余儀なくされ
世は古の戦国のようなと嘆いた時代と比較しなければアンフェアでしょう。

そもそもイタリアが統一されるのはガリバルティの出現を待たねばならない。
ジェノバ、ミラノ、フィレンチェ、ピサといった都市国家群が豊かとの説だが、
その豊かというイメージはどこから導きだしたのですか?
南仏を併合したフランスやアラゴン王国やアラブ人の侵略に悩まされた国々を
欧州で一番豊かとし、時代がまるで異なる江戸と比較する理由は何でしょうか?
比較するなら戦乱にあけくれた鎌倉末から戦国期の日本でしょう。

また江戸期の日本と比較するなら欧州では食糧事情が好転しています。
高値の花であった香辛料が大航海時代を経て人々に普及し保存性が高まりました。
ジャガイモの伝来は南欧はおろか寒冷地のドイツやアイルランドに至るまで普及し
庶民らの家庭料理として国民食となっていきます。
944世界@名無史さん:04/08/06 12:56
>>928
将軍家や大名家が毒殺もある。
ほうすると欧州の王家の誰某が10人のうち1人しか残らなかった例というのも
疫病や衛生概念の無知のみならず陰謀もありえるということですな。
その上で55/7の生存率と1/10の生存率とではなおかつ差があるとこういう事ですな。


メッカ巡礼について
東南アジアからアフリカ東岸まで居住するイスラム教徒がメッカに巡礼し
帰還していく社会や交通システムの整備、ひいては往来中の経済効果は
計り知れませんが?

また伊勢や日光への距離とメッカ巡礼によるする日数、距離、費用などを比較検討していただきたいものですが。

945世界@名無史さん:04/08/06 13:01
>>928
産業革命の到来はなぜ起こったのでしょう?西欧社会がルネサンス期や宗教戦争を
通して次第に社会が成熟したからに他なりませんが。

また小麦などの収穫量をあげておられますが、ジャガイモの伝来による食料事情の改善は
重要な要素でしょう。
カロリーの取得量を論じるならなぜ考察の対象からはずされるのでしょうか?
946世界@名無史さん:04/08/06 13:04
>>931
http://www.nexsite.net/html/column/urasi/urasi06.htm

ヨーロッパ医学の影響
 日本を最初に訪れたヨーロッパの医師はポルトガル人のルイス・デ・アルメイダです。
彼は宣教師として訪れたのですが日本に捨て子が多いのに驚き育児院を作り、
また医療活動も始めやがて貧民病院も建てます.その後、医療活動は布教活動に付き物のようになったようです。アルメイダは日本人助手に臨床講義をし、やがて日本人たちが医師としても活動し始めます。
 初代道三は引退した後ヨーロッパの医学に興味を持ったからでしょうか、77才で洗礼を受けクリスチャンに
なっています。

その嚆矢となったのはポルドガルの宣教師のようですね。

>>931>>942
『日本史』中の別のエピソードでは、野良犬に食われそうになっていた捨て子を助けたある司祭が、
日本の信者たちから、二度とそういうことはしないようにと忠告を受けています。もしこれが世間に知れたら、
毎晩たくさんのこどもが司祭館の前に捨てられることになる。そうなると、キリスト教を敵視している仏僧たちに、
バテレンは赤児を集めて食っているのだ、とあらぬウワサを立てられますよ、というのが理由です。

 

947世界@名無史さん:04/08/06 13:07
>>935
お遍路さんですが、農家の人が年行き働けなくなったときに
巡礼に出て文字通りの死出の旅となった例も多いと聞きます。
必ずしも豊かさの結果として旅に出たのではないということです。
948世界@名無史さん:04/08/06 13:24
>>942
西洋にしてもすべての町や村に孤児院があったわけでは
ないですし、犬の餌になった子供もの方が多いでしょう。

アラブや中国など他の地域ではどうやって人口を抑制し
ていたのか気になります。恐らくは日本などと大同小異
でしょうが。
949世界@名無史さん:04/08/06 13:28
シナは流民 や塩賊
950世界@名無史さん:04/08/06 13:29
子供 は売られたり食われたり
951世界@名無史さん:04/08/06 13:44
手足のないこじきの道具 にされたり
952世界@名無史さん:04/08/06 17:07
>>943
安土桃山時代をなぜいれない。どこの国でも戦乱に明け暮れていたら豊かではない。
大航海時代で、植民地化し搾取するようになれば豊かになるはな。それでも反あたり
収穫量は古代に適わない欧州なのだが。応仁の乱で京都は腐敗し京都の復興には
秀吉を待たないといけないが、日本全国が疲弊していたわけではない。

>>944
ヨーロッパは貧しいから餓死して成人に達していないのに、何ゆえに江戸と同じと
考える。

東海道や中仙道はにぎわっていたし、街道沿いも開拓されていた。メッカへの道は
石油によって大幅に改善されたがそれでも酷いぞ。メッカ巡礼は確かに経済効果は
あったろうが、高が知れている。

現在旅客鉄道の4割から5割が日本で発生しているが(フランス全部でJR北海道並)、
人の往来の激しさも江戸時代とヨーロッパ全体でも日本の方が上。

アフリカの金持ちが金(gold)をばら撒きながら巡礼し金が暴落したことがあった。
一生に一度いけばよいと言われ、一度でもいけば高僧扱いされる(それほどまれ
であった)メッカ巡礼と日本人の5人に1一人(実際は重複があるから違うが)は年に
1度言っていたことになる伊勢参りを比べられてもな。

メッカには石があるだけだが、伊勢神宮は20年に一度は建て替えられている。

イスラム教徒は現在でも兄弟(イスラム教を信じる他人をこう呼ぶ)に会いに旅行し
宗教談話に花を咲かせる。それに参加したことがあるが、折角遠くまで来たのだから
観光地めぐりでもしようぜと思ったが、連中は見ず知らずの連中と宗教話をするのが
楽しそうだった。とても経済効果があるとは思えんぞ。青春18切符で日本国内を
巡礼しまくっている留学生もいたな。
953世界@名無史さん:04/08/06 17:50
ヨーロッパの印刷は15世紀になって漸く始まる。そもそもパピルスという草に文字を
書いていた連中。唐とイスラムが戦争して、それでイスラムに紙が伝達(すでに日本に
紙の製造は伝わっている)。でイスラムではヨーロッパに紙が高く売れるということで
製造法はずっと秘密にしてきた。結果として紙が日常に使われのにヨーロッパでは
1000年以上中国に遅れている。

紙が簡単に入手できるかどうかは印刷物の量にも効いてくる。印刷物の量は知識の量、
伝播、識字率などにも大きく関わる。

キリスト教が日本に伝わった頃、宣教師の連中は本国の子供より早くアルファベットを
マスターしていくキリシタン大名の子弟に驚いている。

日本の印刷は8世紀に始まり、百万塔陀羅尼は世界最古。100万部刷られた。

所得が上がると水の使用と紙の使用が増えるが、ヨーロッパでは紙の製造法がわかった
あとでさえ、湿気の少ない土地柄製造量が少なく高価だった。

17世紀に日本の貴婦人がヨーロッパに行って、鼻紙を捨てていったら、連中は必死に
拾いまくっていた。一度しか使わず捨てるのかと。連中では貴族でさえ鼻紙などなかった。

高物価と言われる日本だが、今でもティッシュの値段だけはすごく安い。昔はヨーロッパとの
差はもっとあった。
954世界@名無史さん:04/08/06 18:18
>>953
細かい話は門外漢なんで分からないけど一つ言わせて欲しい。
貴方の書き方だとまるで日本において印刷は陀羅尼経から始まって延々1300年続いているように思えるけど
実際は陀羅尼経の後印刷は行われなくなって、数百年してからようやく復活したんじゃなかった?
955世界@名無史さん:04/08/07 02:07
>>953
くだらん。そんなに日本が先進的なら、なんでヨーロッパに留学などせにゃならんのだ。
ただの釣りか? やめとけ。もうむなしいだろ。
956世界@名無史さん:04/08/07 02:09
>> 伊勢神宮参り江戸時代年間500万人
そんなことあるのかなぁ〜。
このペースだと平均して1日に13600人もだよ。
難民じゃあるまいし、そんな大人数が一挙に、
それもごく一箇所に向かって移動するなんてあり得るのか?

ちょっとした数字の誇張だとしても、こうも簡単に大雑把
なことを書かれると、どんどん説得力が薄くなるなあ。
957世界@名無史さん
>>956
日本オタの出したデータは基本的に信頼しないほうがいい。
根拠とかないから。