今日は8月10日、某が大垣入場をいたした。
しばらく10日のまま軍議じゃ。
各大名方。ご挨拶をされたし。
左近よ。左近はおらぬか!
はっ。ここに!
デアルカ・・・
左近よ。現在の各大名の状況を説明せよ。
7 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/15 17:47
誰も来ていませんが…
8 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/15 17:51
平和で結構なことだ
石田殿、貴殿は戦の事を何もわかっておらんな。これでは西軍の負けだ。
わしはここから動かんぞ。もう勝手にやってくれ。
10 :
石田三成 ◆JIBU2Bec :02/07/15 18:07
島津殿。軍議もはじまっておらぬのに異な事を言われるのぅ。
ちなみに永続的に参加されるなら冠(トリップ)をつけて参加してくだされ。
11 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/15 18:10
おまいたちは、考え無しになりきりスレを増やしましたね。
12 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/15 18:12
干し柿アターーーーーク!!!
ぎゃあああああああああああああああああ
14 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/15 18:16
15 :
このなりきりスレは ◆nbFVoD9M :02/07/15 19:24
第二回「関ヶ原で西軍が勝利した場合」です。前回は関ヶ原において東軍は壊滅
し、家康以下東軍諸大名は全滅したという設定の下物語が展開していきました。
それは無茶だろうという意見がでたのもあり、今回は関ヶ原が始まる寸前から始
めるという形をとっております。皆様の参加をよろしくお願いすると同時に、こ
のスレをなりきりだからというのでいきなり色眼鏡で見ることなく生暖かく見守
って頂くことを切に願います。
16 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/15 19:26
17 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/15 19:28
タイトルからして駄スレの臭いぷんぷんするんですが
余はどうすればよい?
19 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/15 19:30
>>14のスレを使い切って無いうちから第二回も糞もあるか。
20 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/15 19:31
なぜなりきり厨は後先を考えないでスレを立てる?
現行のなりきりスレに参加して満足していればいいものを。
21 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/15 19:34
22 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/15 19:34
・秀吉に早くに生まれた嫡子が居なかった
・秀吉が小牧長久手で家康に完勝できなかった
・利家がさっさと死んだ
↑このうち一つでもひっくり帰らないと関ヶ原で西軍は勝てない。のでsage。
【肥後国・隈本城】
覚兵衛 「いよいよにござりまするなぁ」
清正 「憎き三成め!わしが朝鮮にて如何ほど苦労した事か!
親父様に讒言などしよって!その肝喰ろうてくれるわ!!」
覚兵衛 「御意!士卒の士気もあがっておりまする」
清正 「…………」
【加藤家25万石が臨戦体制を築きつつあります】
伊達政宗が上杉景勝に味方すればどうなったかわからん。
しかしありえないので
―――――――――――――終了―――――――――――――――――――
【肥後国・隈本城】
覚兵衛 「申し上げます!御馬の飼葉、充分にござりまする」
清正 「うむ!して兵は如何ほど集まりそうか」
覚兵衛 「およそ5,000!いずれも朝鮮の死線をくぐった精鋭にござります」
清正 「うむ!して軍資金・兵糧はあるか」
覚兵衛 「…それが、連戦の戦費がかさみあまり充分とは申せませぬ」
清正 「…おのれ新恩も無く……すべて三成の讒言のせいじゃ!」
覚兵衛 「御意!」
清正 「まずは鍋島殿に書状を出せ、中立が可能かどうか打診するのじゃ」
覚兵衛 「御意!」
【加藤清正は鍋島直茂に相互不可侵を打診しています】
【東軍諸将】
徳川 家康 30000 武蔵江戸 242
本多 忠勝 500 上総大多喜 10
井伊 直政 3600 上野高崎 12
松平 忠吉 3000 武蔵忍 10
黒田 長政 5400 豊前中津 18.1
細川 忠興 5100 丹後宮津 18
加藤 嘉明 3000 伊予松前 10
筒井 定次 2850 伊賀上野 20
田中 吉政 3000 三河岡崎 10
福島 正則 6000 尾張清須 20
古田 重勝 1020 伊勢松坂 3.5
織田 有楽 450 摂津味舌 2
金森 長近 1140 飛騨高山 3.8
生駒 一正 1830 讃岐丸亀 15
藤堂 高虎 2490 伊予板島 8
京極 高知 3000 信濃飯田 10
寺沢 広高 2400 肥前唐津 8
有馬 豊氏 900 遠江横須賀 3
山内 一豊 2058 遠江掛川 5
浅野 幸長 6510 甲斐府中 22.5
池田 輝政 4560 三河吉田 15.2
【西軍】
石田 三成 4820 近江佐和山 19.4
島 左近 1000
蒲生 郷舎 1000
島津 惟新 1658 薩摩鹿児島 60.9
小西 行長 6000 肥後宇土 20
宇喜多秀家 17220 備前岡山 57.4
大谷 吉継 600 越前敦賀 5
大谷 吉勝 3500
木下 頼継 越前ノ内 2.5
戸田 重政 1500 越前安居 1
平塚 為広 美濃垂井 1.2
小早川秀秋 15675 筑前名島 35.7
脇坂 安治 990 淡路洲本 3.3
朽木 元綱 600 近江ノ内 1
小川 祐忠 2100 伊予今治 7
赤座 直保 600 越前今庄 2
吉川 広家 3000 出雲富田 14.2
毛利 秀元 16000 長門山口 20
安国寺恵瓊 1800 伊予ノ内 6
長束 正家 1500 近江水口 5
長宗我部盛親 6660 土佐浦戸 22.2
29 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/15 20:59
あぁウザsage。
>32
軍監だからと思われ。
34 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/15 22:06
>>33 いや、500って島津軍を追撃したときだろ?初期兵力はもっと多いはず。
>>32 本多勢の主力は息子の忠政と一緒に秀忠軍にいたからでしょ。
遅参お許し願いたし。
某の愚見はくしかつやにて・・・
(・∀・)スンスンス-ン♪
(・∀・)スンスンス-ン♪
(・∀・)スンスンス-ン♪
美濃・石田様あて書状(出立と同時に早馬に託し、10日に石田殿に届く)
拙僧、毛利秀元様と共に阿濃津城攻略へ移動中にございます。
輝元様には、できるだけ早い段階で大坂を出立していただくことをお約束いただいております。
吉川広家殿には、丹後・田辺城攻めの主力として、5000の兵で別行動となっております。
長宗我部様、鍋島様、長束様、九鬼様らとともに戦意も高く、心配することは何もございません。
なお、当初阿濃津城攻略に向う予定であった小野木公郷様ら5000、吉川殿の替わりというわけではありませんが、
拙僧らと行動を共にしております。
丹後・田辺攻め、合計15000。(兵数は史実と変わらず。)
伊勢路侵攻軍、合計30000。(兵数は史実と変わらず。秀頼様直属の将士含む。)
前シリーズを見てないものにとってはこのスレのルールなりを示していただくとありがたいのですが。
自分の行動や他大名への働きかけをどのような形で書いたら良いのかという基本的な事すらわからないので。
40 :
チト、無責任か?:02/07/16 00:56
才槌頭殿ゑ、
伏見嬢を放置プレイすれば、兵の遣り繰りがかなり楽に
なるのでは?
41 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/16 01:01
明治時代に西洋の軍人が関ヶ原の布陣を見て何故、西が負けたのかと頭をひねった
彼は日本の文字が読めなかったので純粋に布陣だけを判断基準にしていました。
もし小早川くんが裏切らなければ勝ってたのか?
>>39 他のプレイヤー大名へのコンタクトの仕方は大まかに分けて
・書状
・密書
の2種類があります。
・書状…基本的に公文書、書かれた内容を全てのプレイヤーが知る事ができます。
また、書かれた内容に対して全てのプレイヤーが即座に対応する事ができます。
・密書…非公式文書、ないしは秘密文書。
手紙を宛てられたプレイヤーのみが内容を知る事ができます。
密書に書かれた内容、それに反応する宛てられたプレイヤー行動
に素早く対応出来るか如何は諜報力に依存します。
・諜報力…諜報力は諜報機関の有無・規模に依存します。
歴史上有名な忍衆を支配しているプレイヤーは諜報力が高いとされます。
例:甲賀衆・伊賀衆・風魔等…。
プレイヤー独自の諜報機関を組織する事は出来ますが、維持費が高い為に
武装や民政等他の行動に大きく制約が出ます。これは忍衆にも同じ事が言えます。
43 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/16 01:42
あげ
・忍衆…忍衆は諜報の他に謀略もこなす事ができます。
要人暗殺や放火や施設の破壊工作等が謀略に当たります。
謀略が成功するかどうかは謀略を仕掛けられたプレイヤーや
他のプレイヤー達の意見を参考にして決まります。
参考の基準は大きく分けて二つあります。
・謀略を防ぐ為の布石がキチンと打ってあったかどうか、また謀略を行う為の布石をキチンと示したかどうか。
・謀略を行う者と謀略を受ける側の諜報力の差
忍者は個別にSランクを頂点とするランクがあるとされています。
Sランクの忍者は数が少なく、もっとも諜報に力を入れている数家のプレイヤーしか所有できません。
更に、維持費が高くつく上に、独自の哲学・生き方を持っているとされ、非常に扱いにくい存在です。
容易にプレイヤーの意思を反映させず、たまに暴走するとされています。
ですからSランクの忍者の謀略を防ぐ事は、
Aランク以下の忍者衆しか持ち合わせないプレイヤーにとっては難しい事になります。
ではSランクの忍者を所有するプレイヤーはやりたい放題なのでしょうか?
それは違います。
いくらSランクの忍者でも100人の忍者を相手には生き残る事は出来ません。
それにSランクの忍者は補充がききませんので、一度失うとそれで終わりです。
Sランクの忍者を失っても諜報機関の維持費は掛かり続けます。
ですので使い所を間違うと戦略等に大きな齟齬を招くでしょう。
あれ? 漏れも阿濃津攻めに参加してないと駄目っすか?
出来れば鳥羽あたりで昼寝しときたいんですが・・・。
基本行動について。
行動や話しの進め方のスタイルはある程度プレイヤーの自由裁量に任されています。
まだプレイに慣れずに何をしていいか分からない場合、他のプレイヤーに対して開示すべき情報は
・何時・何処で・誰が・どのようにして・何をしたか
という事になります。
基本テンプレ☆()の中を削って使って下さい☆
【(慶長五)年(葉)月(十五)日】
【(肥後)国(隈本)城※ここには地名を入れる】
(覚兵衛)「申し上げます!御馬の飼葉、充分にござりまする」
※発言者の名前を分かるように入れる
(清正) 「うむ!して兵は如何ほど集まりそうか」
(覚兵衛) 「およそ5,000!いずれも朝鮮の死線をくぐった精鋭にござります」
(清正) 「うむ!して軍資金・兵糧はあるか」
(覚兵衛) 「…それが、連戦の戦費がかさみあまり充分とは申せませぬ」
(清正) 「…おのれ新恩も無く……すべて三成の讒言のせいじゃ!」
(覚兵衛) 「御意!」
(清正) 「まずは鍋島殿に書状を出せ、中立が可能かどうか打診するのじゃ」
(覚兵衛) 「御意!」
【(加藤清正は鍋島直茂に相互不可侵を打診しています)】
※最終的に行った行動と効果をココに書き出します。
忍びは本線ではないぜ。
忍びは単にアクセント。それで大局は変わらない。
具体的に私が書き出した情報は
・加藤家の士気があがっている事
・現在5,000人ほどの動員がある事
・飯田覚兵衛と言う近臣がいる事
・朝鮮の役のせいで財政が豊かでは無い事
・石田三成にキャラの上での遺恨がある事
・鍋島直茂に中立を打診したい事
等の情報を書き出しています。
これを他のプレイヤーが容認ないし反応して話しが進んで行きます。
他プレイヤーの書き込みは容認するのが基本ですが、
史実と著しく異なる場合やどうしても容認できない場合は異議を唱えていく事になります。
また、容認しつつ対策を書き込んでいく等の高等テクニックも駆使する事ができます。
他に独白や啖呵等色々なパターンがありますが、今回は割愛します。
書状テンプレート☆()を削って使って下さい☆
【(鍋島直茂)殿への書状】
※密書の場合は書状と書いてある所に密書と書き込む
貴殿とは遺恨も無く敵味方に分かれる故無し。
所以無き戦にて他の大名に漁夫の利を貪らせる理はござらん。
ここは互いに不可侵の結びをする訳には参らぬか。
返書お待ち申し上げる
(加藤主計頭清正) 花押
>>15 【小早川中納言秀秋様に高台院様経由で密書】
越前減封の件、三成の讒言にて行われたる事もはや疑い無し。
取り成して治めて下さった内府殿の恩、ゆめゆめ忘れてはなりませぬ。
三成めが関白にすると言う条件で中納言様を釣ろうとして居る由。
騙されてはなりませぬ。
まんかか様もおっしゃっておられます。
一途に内府殿をご信任あるべしと。
加藤主計頭清正 花押
明日薩摩に出陣せねばならぬのにどうしよう、、
参加表明はプレイしたい未使用キャラを名前の欄に
冠※トリップと共に書き込んで発言する事によって成立します。
私の場合は
加藤清正 ◆cqVjPaCQ で書き込みした時点で加藤清正公のプレイ権を獲得しました。
原則的に一人が多数のキャラクターを演じる複数プレイは禁止されていますが、
他のプレイヤーの合意があれば例外も存在します。
クシャクシャ ボッ メラメラ(清正の手紙を炉に入れて焼く)
【小早川秀秋への密書】
私の甥たち、木下勝俊、利房、俊定、秀規は、みんな治部殿に味方いたします。
秀俊(秀秋)も、みなに習い治部殿にお味方いたしなさい。
私がそなたを関白にして進ぜましょう。そなたは私が守ります。
私を信じて、豊臣の一族として恥じぬよう行動をしておくれ。
おはようござる。
どうやら今日は徹夜のようでござる。
>>53 でちょうど抗議しがいのあるネタが浮上しましたので抗議してみましょう。
私の主張はこうです。
関ヶ原の戦いは、徳川家康と石田三成の天下争いと言う面が強調されがちであるが、
もうひとつ、豊臣内部の尾張系武断派と近江系文治派との対立と言う側面もある。
また、尾張系高台院寧々様と近江系淀様の閨閥の対立と言う側面もある。
武断派の求心力であった北政所が、あれほど親密であった徳川家康(尾張系武断派)を裏切り
何の面識も無い石田三成に合力を進めるなど考えにくい。
さて、私の主張は以上です。
>>53より反論があるかもしれません。
評定を要請してみましょう。
皆さんの判断を仰ぎます。
ねねと家康が懇意であったとの歴史的事実は確認されていない。
豊国社への参拝を見ても、(梵舜日記)家康は、公式参拝3度のみである。
武断派大名もまた、ほとんど顔を出していない。
(度々肥後守が登場しているが、これは木下家定であり、清正ではない。この時点では、
清正は主計頭。これが誤解された節がある。)
彼らとねねが懇意になるのは、1605年以降である。(白川亨氏・『石田三成とその一族』)
関ヶ原の後も、西軍大名・関係者とねねの交流は大変多いる
勿論、武断派・家康ら以上である。
ねね・家康・武断派 対 淀・三成・奉行派 この構図は、今や崩れている。
56 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/16 09:21
ここは、妄想で西軍を勝たせるスレでは?
57 :
石田三成 ◆JIBU2Bec :02/07/16 09:37
−−−このスレの歴史−−−
2001年夏 日本史板にて関ヶ原で西軍が勝利した場合 ができる
http://mentai.2ch.net/history/kako/997/997680706.html 当初はスレタイトル通りの考察が続くが、コテハン・石田三成登場。
それに呼応し、島左近が登場する。石田・島の主従の掛け合いが面白く、次第にコテハンの登場が増えてきた。重要キャラ・ 安国寺恵瓊の登場もこの時。
2001年秋 関ヶ原で西軍が勝利した場合1601年版
http://mentai.2ch.net/history/kako/1005/10056/1005616807.html 後陽成天皇(=宇喜田秀家 2役)、前田利政、舞兵庫、初代島津、真田、上杉・直江、伊達、佐竹など、さらにコテハンが充実する。
東軍系の処罰案だけではなく、宴会が開かれたり体制作りがこの頃はじまる。
平和な世の到来かと思いきや、伊達が毒入り笹かまぼこを豊臣家に送ったとのかどで改易を命じられ、謀反の決意をする。
が、重臣・片倉の進言を受け、大陸へ亡命。大陸編の幕開けとなった。
しかし伊達に呼応しようとした安東氏が一方的に挙兵。津軽・南部も呼応する。さらに関東では北条氏勝・九州では鍋島直茂が謀反するなど、戦乱は全国規模に。
東国方面では上杉・前田勢、関東では佐竹・真田、九州では毛利・立花・島津勢などが活躍し、反乱を無事鎮圧する。
−−−−
まだまだ続くが時間がない。続きはまた。
【慶長5年8月10日】
【会津白石城付近】
伊達家は徳川家康から与えられた「百万石のお墨付き」をあてに上杉包囲軍に参加していた。
前月24日には白石城を攻略したが、三成挙兵の報に家康は急遽江戸へ帰還してしまう。
途方にくれたのは上杉包囲軍の諸将である。若き政宗も例外ではなかった。
伊達政宗「内府は上杉は我らだけで始末せよと言いたいのだな」
片倉景綱「内府公においては上方が主、所詮上杉のことなど口実に過ぎなかったのでございましょう」
政宗「言われなくても分かっている。問題はこれからだ。さて、どうしたものか・・・」
伊達成実「このまま軍を進め、上杉領深く攻め入るべし。最上殿の軍は戦意も高く、きっと同調してくださるでしょう」
政宗「叔父貴が信用できるかよ」
景綱「・・・(あなたに言われたくはなかろう・・・)」
留守政景「しかし義光殿以外は兵を引きつつある。我らと最上勢のみで上杉を叩き切れるかのう」
成実「内府公は結城秀康殿を抑えの大将として残して行かれた。我らだけではない」
政宗「・・・いや、結城の小僧は動くまい。内府は動かぬよう厳命していったはずだ」
成実「まさか・・・根拠はあるのですか」
政宗「俺が内府ならそうするからな」
成実「・・・」
景綱「いかが計らいましょう」
政宗「治部めは秀次事件で俺にさんざん嫌がらせをしてくれたからな。いけ好かない奴だが、上杉に恨みもまた無いしな」
景綱「では・・・」
政宗「とにかく上杉とは一時停戦だ。その後は・・・せいぜい高く買って貰うさ。徳川に豊臣、どちらが我らを高く買い付ける気があるかな」
【上杉景勝殿への密書】
もとより我らは内府公の下知により貴家に矢を向けたのであって、内府公が江戸へ帰ってしまっては戦う意味がない。
ここは双方刀を収め、善後策を図るのが肝要かと存ずる。
【慶長5年8月10日】
【伏見城から岐阜へ進軍中】
小早川秀秋 「・・・なぁ稲葉・・・内府様のお城落としてしもう
たけど怒っておらぬかなぁ・・・?」
稲葉良通 「怒っておらぬ訳がありますまい。が、今は内府様へ
走る時ではありませぬ。じっくりと時を待つのです。」
秀秋 「でも稲葉、離反するのはいいことではないだろう。失
敗したらどうするんだ・・・」
稲葉 「何を弱気なことを!北政所様は内府様には逆らうなと
仰せになっていたのをお忘れになられたか!?治部に又
利用された挙句斬り捨てられるは明白ですぞ!!」
秀秋 「・・・う・・うん・・・そうだな・・・まんかか様は
そう手紙を下されたのだったな。でも・・・」
稲葉 「(やれやれ。この優柔不断はなんとかならんもんかな。
北政所様の本来の密書はわしが握りつぶし、偽の密書を
渡したからいいが。東軍に寝返ってくれんとわしの立場
が危うくなるでなぁ・・・)」
【北政所様の密書は稲葉良通によって握りつぶされ偽の密書が秀秋に手渡されました】
【稲葉は西軍からの誘いや密書は先に読んでつぶしてしまいます】
【小早川軍は岐阜へ向けて進軍中です】
60 :
石田三成 ◆JIBU2Bec :02/07/16 10:50
61 :
石田三成 ◆JIBU2Bec :02/07/16 10:59
【登場武将一覧】
石田三成
加藤清正
伊達政宗
小早川秀秋
【登場予定】
徳川家康・・・某東軍大物武将殿
島左近
【禁じ手】
豊臣秀頼・・・原則使用禁止。主宰殿の判断による。
その他は空位となっておる。
63 :
石田三成 ◆JIBU2Bec :02/07/16 11:12
【スレの目的】
関ヶ原直前の各大名になりきり、関ヶ原直前までは歴史に沿ってイベントを起こす。
しかしその間に、密書・密使など、歴史上ありえなかった水面下の交渉はありとして、関ヶ原イベントでは西軍を何とか東軍に勝たせるのが目的。
【ルール】
一、歴史上ありえない交渉・出来事もこのスレでは起こりうるが、あまりにも歴史を無視した書き込みは、一旦評定を行う。有効・無効の裁定は主宰預かり。
一、岐阜落城など、大きなイベントは歴史通り推移するも、大イベントに直接影響しない範囲での妄想プレイ(たとえば織田中納言が早々に城を放棄し、逃げ延びる等)は可とする。
一、日にちの進行は、主要登場人物の書き込みを待って、主宰の号令で日付け変更を行う。
一、直接本スレと関係ない事は裏に書き込むこと。評定も原則裏で。
裏↓
http://curry.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1015905307/l50 一、戦争ターンはまだルール未設定。
一、原則二役(家臣役は除く)は禁止。二役が必要な場合は主宰が判定する。
とりあえずこんなものです。
>◆cqVjPaCQ
懇切丁寧な解説を有難うございます。
もう一つ質問させていただきたいのですが、
西軍が勝つのが前提ですか?
東軍が勝ったり第三勢力がのしあがったりと言うのはどうなのでしょう?
>>61 追加
【登場武将一覧】
石田三成
島左近
蒲生郷舎
安国寺恵瓊
加藤清正
伊達政宗
小早川秀秋
【登場予定】
徳川家康・・・某東軍大物武将殿
【禁じ手】
豊臣秀頼・・・原則使用禁止。主宰殿の判断による。
その他は空位となっておる。
西軍総大将の毛利中納言輝元殿がおらぬではないか
そんなんで戦ができるか!
67 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/16 14:00
安国寺が兼任では
68 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/16 14:04
69 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/16 15:08
てしと
>>66 冠を被って軍儀に参加下され。
>>67-69のような名無しは徹底的に無視するように。
ここで皆に申し上げる。コテハンの個人攻撃等は
絶対にしないように。
>>1でも書いておるが御意見
要望等があれば店にて話を置き聞いたそう。それと
「れ」と自覚の有る者は恥かしい事を名無し書き込む
事は止めて頂きたい。以上
71 :
石田三成 ◆JIBU2Bec :02/07/16 16:05
登場予定人物については誤解を招いた模様。
あくまで、その役で登場を「表明」している武将と受け取って頂きたく。
基本的に、空いてる武将は早い者勝ちという事で。
なりきりはsageろ。
73 :
東軍某大物有名武将 ◆bCkQhLgo :02/07/16 19:10
ようやく着いたか・・・。
秋風五丈原、神州の荒廃将にこの一戦にありと思える。
若君の名を借りて国を私せんとする輩は成敗せねばなるまい。のう、佐渡よ。
故あってあからさまに名は名乗れぬがこの東軍某大物有名武将、この一身に
賭けて天下の太平を守る覚悟じゃ!
帝よりの思し召しである。
「本当は戦に参加したいが、参加は立場上不可能である。
両軍に軍資金としてせめてもの気持ちを賜いたし。」との仰せ。
よって、銀500貫を両軍に下賜せしめる。
本日は此れにて失礼致します。
初参加される方も遠慮なく御参加下され。
尚、暫くの間は、
>>24加藤殿
>>38安国寺殿
>>58伊達殿
>>59(名前をちゃんと書いて下さい。小早川殿)
等の書込みを参照の上書き込んで下され。質問等が
御座りましたら、くしかつやの方にてお答えいたします。
76 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/16 19:54
1582年
京都本能寺にて、明智光秀の軍勢に包囲された織田信長は小姓・森蘭丸らと共に最後の奮闘をしたのち、
自らが放った炎に包まれて姿を消す。
1599年
炎の中で腹を切ろうとしていたはずの信長が我に返ると、自分が見も知らぬ城下町にいる事に気づく。
そして、そこにはかつて信長が築いた安土よりも巨大な城がそびえ立っていた。
だが、その城下町の周囲の山々は信長にとって確かに見覚えのある光景であった。
不審人物として衛兵に捕らえられた信長の元に1人の老人が面会に来る。
その人物は、信長の顔を一目見るや、衝撃をあらわにし、その場にひれ伏し、
これまでとは打って変わり、信長を丁重に扱い、自分の屋敷へと案内する。
その老人は、かつては信長の家臣であり、今や豊臣家五大老の1人である前田利家であった。
最初はその老人が利家だと分からない信長だが、信長と利家しか知らないはずの様々な事を話す内、
並外れた理解能力を持つ信長は即座に状況を把握する。
確かに自分は17年も先の世界に飛ばされたのであった。
利家は信長が天下から消えたのち、世の中がどのように変わっていったのかを話す。
そして利家は自らの寿命があとわずかである事を悟っており、
豊臣秀吉亡き後、徳川家康が天下を狙っている事を信長に伝え、
家康の天下取りを阻止せねばならないと信長に告げる。
だが、秀吉によって織田家をないがしろにされた信長は不満をあらわにし、
豊臣家の為に力を貸す事を拒むが、利家の真剣な願いに心を揺り動かされる。
そんな折、信長の元へ信長の次男・織田信雄が訪れる。
最初は相手が自分の父であると全く信じない信雄は信長をただの狂人とみなして罵倒するが、
信長に一喝されるや、その懐かしい雷鳴のような声に恐れ慄き、
たちまちその場にひれ伏し、相手が父である事を理解する。
さらに利家から極秘に知らせを受けた森蘭丸の弟・森忠政が訪れ、
千丸と呼ばれた小姓時代の主君を見た忠政は泣き崩れて、あらためて忠誠を誓った。
77 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/16 19:54
その後、まもなく利家が病で倒れる。
利家の屋敷に見舞いに訪れた石田三成は、屋敷に居座る信長を見て、
若き日に見た記憶と寸分違わない信長の姿に衝撃を受ける。
一方、信長も、かつて秀吉が拾った小僧の成長ぶりを見て、
そのただならぬ才覚を読み取り、秀吉への絶対的な忠義に感服する。
利家は信長に対し、三成に協力して豊臣家を助けてほしいと告げ、息を引き取る。
信長は豊臣家に力を貸すのは不本意だが、利家の願いと三成の忠義に感じ入り、家康討伐に力を貸す事を承知する。
その頃、武功派の七将が三成の命を狙っていたが、信雄の報告によって襲撃を察知していた信長は、
三成を逃がした上で、七将を迎え撃つ。
三成の屋敷に乗りこんだ七将は、そこで待ち構えていた信長と睨み合う。
三成を倒す事しか頭にない七将は、信長を三成の家来としか思わず、
まさか目の前にいる男が秀吉や自分達のかつての主君であるとは夢にも思わない。
しかし、歴戦の勇将達を相手にしても全く物怖じせず、神々しい威厳を放つその男に不気味なものを感じる。
全く手を出せない七将を後にして、信長はその場から姿を消してしまう。
我に返り、地団駄を踏む福島正則や加藤清正らに対し、
黒田長政と細川忠興は、ある信じられない考えが頭に浮かぶが、
あまりにも荒唐無稽であった為、何も言わなかった。
その頃、三成は伏見の家康の屋敷へとかくまってもらうという信長の秘策に従う。
家康は自分の元に逃げ込むという三成のやり方に感心し、三成を無事に佐和山へと送りつけるが、
勿論、自分が信長の手のひらで動かされているとは夢にも思わない。
その後、家康は、自身の暗殺計画を捏造し、首謀者の前田利長を脅して組下に入れようとする計画を立てるが、
先手を打った信長は忠政に忍びを放たせ、利長が人質として家康に送ろうとしていた芳春院(利家の妻・まつ)を護送中にさらい、
芳春院と信長は対面し、信長が利家から託された遺志に従っている事を聞かされた芳春院は、
利長に三成と共に家康討伐を加わるよう書状を送る。
家康は三成の元でただならぬ人物が暗躍してると服部半蔵の知らせを受けるが、それが何者なのか全く分からなかった。
78 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/16 19:54
1600年
三成は関ケ原で家康を迎え撃つという信長の立てた戦略に忠実に従い、諸大名に家康討伐の書状を発す。
無論、この時点では、信長が生きてこの世にいるという事実は極秘としている。
家康は上杉景勝に謀反のきざしありとして、会津へ出兵。
一方、三成は家康が畿内からはなれている隙に、毛利輝元を総大将に担ぎ出して挙兵し、伏見城を攻める。
その頃、信長は2万の軍勢と三成が手配した大筒五門と持たせて信雄を岐阜城へ向かわせる。
岐阜城の城主・織田秀信は、信雄から渡された信長の書状を読み、
あまりの信じられない事実に驚愕するが、ともかく信雄と共に岐阜城の防衛策を練る。
岐阜城の防御に関しては誰よりも詳しい信長によって立てられた防衛策は完璧な仕上がりを見せる。
やがて三成の挙兵を聞き、反転西上した家康率いる東軍が、岐阜城へと迫る。
だが、福島正則と池田輝政の猛攻にも岐阜城はびくともせず、城の内装に詳しいはずの輝政の策も全く通じない。
長引く城攻めに苛立つ家康はついに岐阜攻略をあきらめ、軍勢を西へ向ける。
その頃、信長は大坂で豊臣秀頼とその母・淀殿と対面。
淀殿は幼き日の記憶に残る伯父の姿を見て驚愕する。
信長はまだ幼い秀頼を一目見て、ただならぬ才覚を感じ取り、不甲斐ない息子や孫に代わり、
この秀頼に天下を与えたいという気持ちになる。
信長は利家と三成に家康討伐を頼まれた事を淀殿に告げる。
信長は淀殿を説得し、秀頼と毛利輝元を連れて大坂を発つ。
漆黒の南蛮具足をまとい、真紅のマントを羽織って白馬を駆る信長はまさに、かつての天下人であった姿そのままである。
その頃、三成の率いる西軍は、関ケ原に布陣し、家康の率いる東軍を迎え撃つ構えを見せていた。
こうして、関ケ原にて前代未聞の決戦が幕を開こうとしていた。
≪続く≫
79 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/16 19:59
おいおい。激しく場違いだがおもしろいぞ。
職人キタァァァァァァァ!つまらんなりきりは無視して続き頼むよ!
81 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/16 20:09
これ本能寺スレのコピペだよ
豊国社において、8月11日、西軍勝利の祈願を行いました。
《この噂は、瞬く間に近畿一円に広まりました。各武将にも。小早川秀秋本人にも。》
83 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/16 22:31
佐竹は地勢的に身動き取れません
密書・徳川様あて
【犬山城に篭城し、上様が攻め上られるまでお待ち申し上げます】
[犬山城は東軍支配下になった]
85 :
島左近 ◆h4UwQF7g :02/07/17 05:40
主宰殿、新スレおめでとうございます。
島左近清興 関ヶ原に参戦いたします。皆様よろしう頼みます。
しかしながら、おちゃちゃ の機嫌が悪いのでしばらくはあまり顔見せ
できぬかと思いますのでご容赦を。
ちなみに私は舞兵庫よりのトランスフォームでございます。
輝元役の人が関が原に出陣すればそれだけで西軍勝利で終わってしまう
のではないでしょうか。
秀頼と同様に輝元も禁じ手ですか?(既出だったらすみません)
我々、自衛隊は西軍に付くことにする!
88 :
石田三成 ◆JIBU2Bec :02/07/17 08:42
>>86 毛利役に御座います。
毛利家の家臣として、前線には安国寺恵瓊を出しています。
二役というより、安国寺が毛利家臣という立場であり、
ルール上の問題はないものと思います。
今後、大坂に何もなければ、輝元出馬が実現いたします。
なお、吉川については、兵5000とともに別動させました。
独立勢力として、前吉川役様ほか、どなたが使用されようと構いません。
毛利輝元は、吉川の密書などにも影響されることでしょう。
秀元は、安国寺の影響下とさせていただきます。前秀元役様、
申し訳ありませんがご了承ください。
90 :
石田三成 ◆JIBU2Bec :02/07/17 08:56
左近よ。諸将の集まりが悪いのう。島津・宇喜田が来なくては軍議がはじまらんのぅ。
余は安芸中納言殿を前線に出すべく説得の為大阪に残るがよろしいか?
>>82 【8月11日】
【小早川軍岐阜へ向け進行中】
秀秋 「いなば〜!稲葉はどこじゃ〜!!」
稲葉 「(・・・あの件か。大々的にやってくれたので対処もし易い)」
秀秋 「おお、ここにおったか稲葉。実はまんかかさまが・・・」
稲葉 「その件で又密書にござる」
秀秋 「何!?・・・」
(秀秋、文を読んで蒼ざめ怒りに震える)
秀秋 「まんかか様を脅迫して無理やり祈願をさせるとは・・・!!」
稲葉 「心中お察し申す」
秀秋 「おのれ〜このまま大垣に攻め込んでくれる〜」
稲葉 「お待ちなさいませ。今背けば北政所様のお命があぶのうござり
ます。あくまで西軍として時が来るまで待ちなされ」
秀秋 「そ・・・そうか解った。しばらくは指図どおりの行動を取る事
にする」
稲葉 「流石殿、ご英断にござる」
秀秋 「それほどでもないぞ、わっはっは・・・」
稲葉 「(・・・阿呆めが・・・)」
【小早川軍は指図どおりに今のところ進行中】
93 :
石田三成 ◆JIBU2Bec :02/07/17 10:21
>>91 長宗我部殿。毛利役が現れるまでしばし待たれたし。
宇喜多秀家関ヶ原へ参陣致す。
秀家 「全登よ、軍の指揮伝達は上手く行っておるか?」
明石 「ハッ、若干不安が残りますので、行軍訓練を行いとうございまする。」
秀家 「うん、任せる、各部隊間での連携も頼む。」
明石 「ハッ、それでは参陣が遅れると、石田様に使者を出しまする。」
秀家 「家康め!我が家に諜略を仕掛け父よりの譜代を奪いおるとは!此度の合戦
では目に物見せてくれん! …そちには苦労を掛けるが頼むぞ全登。」
明石 「ハッ、お任せ下されませ。」
宇喜多秀家隊→関ヶ原へゆっくりと移動、その間に命令指揮系統の強化と各部隊の
連携を図る。
95 :
石田三成 ◆JIBU2Bec :02/07/17 13:54
>>94 宇喜田殿。今日は八月十日じゃ。予定ではこれから貴殿は伊勢方面に進出の筈じゃが?
なりきりスレはさげろって何回もいってんだろ。
しかも、前スレを使い果たしてないのに次スレだなんて頭が狂ってるとしかいいようがない。
特に石田三成氏ね。
>96
何回も言ってるってよ。暇な自治厨は逝って良し。
>96
はっきり言っておく。
一、sage進行では新規参入者が見込めないのが前回の反省の一つ。故に参加者が集まるまではage進行を心がけておる。
ストーリーが進行できる体勢が整えばsage進行に切り替えるのに異存はない。
一、前回からの流れで、本スレ(リプレイスレ)に対して、参加者の雑談やルールの見直しなどを行う裏スレが必要となっておる。
一本化するとストーリー進行が全くわからなくなるわけだ。もっとも板の総意として、正式にローカルルール違反というのであれば、削除依頼を出すがよかろうと。
>>64 レス遅くなりましてすいません。
仕事の合間にレスしますので、少し遅くなる事があるかもしれません。
他に分からない事がありましたら質問されてみて見て下さい。
私意外にも『れ』の誰かが答えて下さるかと思います。
回答ですが、ここは西軍好きが集まってますので、東軍の勝利は難しいかもしれません。
が、第三勢力の台頭は無理がなければ不可能ではないでしょう。
100 :
武田騎馬軍団:02/07/17 16:26
やはり風当たりが強そうなので、基本はsage進行で。
キリ番ごとに騎馬軍団殿にageてもらいましょう。
>>99 かさねがさねどうも有り難うございます。
板島・大州8万石・海船総督の藤堂高虎として参加させてもらいます。
家康に忠義を尽くして共に滅びるか、さっさと見切りをつけて西軍側につくか。
どう動こうかなぁ。
>>102 これまた曲者役が増えましたな。歓迎しまする。
【配役】
(東軍系)
徳○家○・・・東軍某大物有名武将殿。
伊達政宗
石川貞清
藤堂高虎
加藤清正
(西軍系)
石田三成
島左近
宇喜田秀家
長宗我部盛親・・・できれば冠つきで参加されたし。
毛利輝元=安国寺恵瓊=毛利秀元
鍋島家(通りすがりの可能性あり)
(西軍−>東軍寝返り系)
小早川秀秋
(その他)
北政所(現在かなり西軍より)
【募集大名】(特に強く求める大名)
(東軍系)
家康を除く徳川一門(秀忠・松平忠吉)、家臣団(本多忠勝・井伊直政・本多正信など)
福島正則
細川忠興
黒田長政
(西軍系)
島津家(義弘・豊久)
小西行長(コニタン再来かも?)
大谷吉継
吉川広家
真田昌幸(やはりこのスレには真田役はどうしても欲しいところ)
立花宗茂
最低、これだけいないと始まらないと思い候。
これ以外でも、随時募集しておりまする。
【東北・関東の章】
上杉&直江
最上義光
佐竹
これだけ集まれば、こちら方面でも話が組み立てできますな。
8/10の各部隊の動き。
三成、大垣城に入る。
小西行長・高橋長行・川尻秀長・福原長尭ら、大垣城付近に布陣。
安国寺隊(毛利勢含む)、長宗我部隊、鍋島隊、長束隊、九鬼隊
伊勢方面に進軍中。途中安国寺が三成に書状を送る。
宇喜多隊 伊勢方面に進軍予定であったが進軍速度をゆるめ
関ケ原にに移動中。
小早川勢 岐阜に向け進軍中。
伊達政宗 上杉に密書を送り休戦の申入れをする。
石川貞清 犬山城にて篭城。
加藤清正 隈本城にて臨戦体制に入る。
さっと8/10の動きをまとめ申した。
106 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/17 19:35
これって2chでやる意味あるスレ?
>>1がサイト作ってそこでやればいいんじゃないの?
107 :
田丸忠昌 ◆O9AXb2pc :02/07/17 19:45
太閤のご恩忘れがたく、秀頼公に弓矢を向けるなどとてもできませぬ
と、それがしの出番は終わりました(o^v^o)アーラクチン
108 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/17 20:46
では、
不肖この袁省、総大将の任承ったからには、
一命を賭して、逆賊「家川徳康」を打ち滅ぼして見せよう!
がんばって人集めるぞ。
人手が足りないようなので参加させてもらいます。
家康様の覇業のため石田三成を討ち取ってやる・・・!
111 :
北政所 ◆TZo32cMc :02/07/17 22:04
夫の形見の一つである、陣羽織を三成の陣に届けさせました。
秀吉所蔵であった太刀5振り、黄金50枚(金子ではなく黄金。黄金と書いた場合は、大判)、
一緒に届け、書状を託した。
書状の本文・意訳
太刀は褒美としてお使いなされ。黄金は兵糧代の足しに。
佐吉、お前は頭が良過ぎるのだけが心配です。辞を低くして、しっかりとお働きなさい。
戦に勝っても、市松や虎を許しておやり。
陣羽織は、お前が羽織ってはいけません。使者に持たせ、小早川中納言に届けなさい。
その折、直接、私の文も届けるように。(密書と同じ内容です。)
河副源次郎正俊を付けます。私の執事・孝蔵主の縁者です。この者にも、私の言葉を伝えておきます。
秀俊は気の弱い子です。だから無闇と強がってしまいます。
道を誤らぬよう、あの子を助けておくれ。
112 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/17 22:06
>108
無双2の虎狼間の戦い?
人手不足の折にて参戦つかまつる.
西軍があまり整わぬようなので,東海道筋に兵を出す振りをして見るのはいかがかと?
うまくいけば東軍の参陣を遅らせられまする.
【上杉景勝殿へ密書】
越後を攻めなされ.旧領はよいですぞ.
堀などがなんぼのもんでしょうや.
【伊達政宗殿へ密書】
ここで動いてこそ独眼竜殿の真骨頂にございます.
どうか上杉,佐竹と連携を取って南下してこられますよう.
【石田三成殿へ密書】
才乏しき身なれど参戦いたします.
どうかよろしくお願い仕ります.
さてさて,今のうちにもう1つ工作をしておこう.
【小早川秀秋殿へ密書】
稲葉殿を信用してはなりませぬ.
この方の動きに注意なされよ.
うちの幸村を差し向けるゆえ,すべてを幸村の指図に従いますよう.
さすれば豊臣家の宰相たるも夢ではございませぬ.
おお、一晩で色々動きがござったの。
真田殿。よろしくお願いしまする。
【真田家への書状】
徳川誅滅の暁には甲信2ヶ国の所領をお約束いたす。
−− −−
−− −−
−−石田三成花押−−
使者は大阪城に赴き、まず毛利公に御裁可頂いた後、淀殿を通して秀頼公の花押を頂戴するのじゃ。
(この書状が真田家に到着するのは8/17以降という設定で)
【安国寺恵瓊殿への書状】
真田家を味方につけ、徳川の中仙道進軍を妨害するゆえ、真田家に甲信の加増を約束いたす。
貴殿の方からも毛利公へご助言お願いしたく存知候。
それから北政所様より金吾中納言殿を粗略に扱わぬようとの密書がき申した。
金吾中納言殿には秀頼君元服までに関白に、元服後には太閤としての地位を約束しまするか?これも貴殿から安芸殿へはかって下され。
【北政所様への返礼】
此度の数々のお気遣い、誠に有難く存じ上げまする。
一命にかけても豊臣家の天下を死守いたす所存でござる。
また中納言殿へのお気遣い、某も肝に銘じまする。
>>106 2chじゃないとこうも人が集まりませぬなぁ。
過疎板といわれるこの板でさえ、新規募集をかけると何人も参入してくる。
もっとも表と裏の2スレを消費するのはまかりならんというのが板の総意であれば、
裏スレ(くしかつ)の方は自サイトでやってみてもと思う。もっとも削除依頼出されて削除されてから考えるけど。
【真田殿へ密書】
我らは太閤殿下には大恩を受け、内府殿にも恩義がある。苦しい立場は理解して下され。
当家としては父祖の地である米沢を取り戻したいというのが第一義にござる。
真田殿には打ち明けるが、内府殿は我らが加担すれば米沢等50万石余を恩賞として下されると確約された。
某は決して利のみで動く者ではござらぬが、父祖の眠る地をちらつかされれば家中も動揺いたすのは止むを得ぬ仕儀にて。
某は治部少殿とは疎遠にて、かの石田殿は某を疎んじておられるように見うけられる。
よろしければ真田殿におかれては東北の田舎大名に過ぎぬ当家と治部少殿の間を取り持って頂けるとこの政宗望外の喜びにござる。
景綱「よくもまあいけしゃあしゃあと・・・ほとほと感心致しますなあ」
政宗「ふん。我らはより我らを必要としている方に付く、それだけの事よ」
119 :
主宰 ◆htPIEfFY :02/07/18 11:31
>>109 某の名を語る偽者よ。裏でも偽者が出ておる故に
某も冠を被り申す。
近江の陣屋にて
明石 「殿、城より文が参りました。」
秀家 「何々…予定通り伊勢制圧を願いたしとな」
明石 「好都合、訓練の時が稼げました。」
宇喜多軍 大坂→近江→伊賀→伊勢ルートを通って、伊勢を制圧すべく行軍中
行軍訓練(連携・指揮系統)を行いながらゆっくり進みます。
>>115 (密書を読んでる・・・{※密書関係は全部先に稲葉が読んじゃいますよ})
稲葉 「(北政所の次は真田か、厄介な。幸村がどの程度の男か知らんが明らか
に監視役だな。一応真田には相応の返事は書くが、幸村が来る事実は変わ
らん。すっとぼけられたらそれまでか。ならば会わなければいい)」
(真田殿に返書{稲葉捏造風味})
小早川秀秋である。何を持っての助言かしらんが我が家の宿老にて相談役の稲葉を
愚弄するのは止めていただきたい。ろくに証拠も見せずに罵倒するは我が家に対す
る挑戦とみる。幸村とやらもありがためいわく、着き次第とっとと帰らせるゆえ信
州の守りにでも使われるがよろしかろう。わしは我が家臣を一に信用しておるゆえ
加勢は不要にござる。 金吾←(花押は本物)
稲葉 「(さて、ここに乗り込んでくる奴等に振り回されては困る。次の策と
いくかな)」
【小早川秀秋が長遠征でちょっとした病にかかったようです】
【全ての応対は稲葉が受け持ち、秀秋はでてきません】
【小早川軍は予定通り岐阜へ進行中】
伊達家への密書
政宗殿一緒に内府領へ馬を進めませぬか?
その方がのちのち・・・・・お得ですよ
【上杉殿へ密書】
ところで上杉殿はやはり旧領越後へ戻りたいものでありましょうか?
当家としては上杉家そのものに遺恨は無く、ただ旧領を回復したいのみでござる。
いずれ上杉殿が越後へ戻られるのであれば当家としても宿願が果たせる訳で、貴家と干戈を交える理由は何もなくなりのでござるが。
【伊達政宗、白石より岩出山へ帰還】
【伊達軍主力は前線を下げた模様】
(伊達家への密書)
山城守と相談の上ご返事いたす
しばし待たれよ
【和尚様へ追加書状】
上杉家、伊達・最上の牽制に会い徳川追撃ができなかったものと存ずる。また佐竹も当主とは気脈を通じておるが、どうも親父殿と家臣が徳川になびいておるようじゃ。
伊達は徳川への忠誠心はなく、野心深き男と思う。利あらばこちらになびいてくるものと存ずる。
伊達・佐竹家に働きかけ、徳川の背後をおびやかすのは如何にござろうか?
左近よ。左近はおらぬか!
徳川と徳川に尻尾を振る恩知らず共の動きを細大漏らさず監視する手はずを取れ。
また御味方同士も各方面にちらばってちと心もとない。諸将との連絡を密にせよ。
必要とあらば大阪表から馬に長けた武士達を連絡用に借り受けい。
(三成殿への密書)
西軍勝利のあかつきには旧領越後から越前までの山陸の国ことごとく
をいただきたいのだが
上杉殿。まだスレ時間では8/10固定なので返書はしばしお待ち頂きたい。
なお、sage進行、冠付きで参加願いたし。
どうもどうも稲葉殿はくさそうじゃのう.
もう少し手を入れておかねばなるまいて.
(ちなみにここの稲葉殿は稲葉正成になりますよ.
良通は美濃三人衆のほうになります.)
【三成殿への密書】
いまいち小早川殿が・・・,いや貴公にははっきりと申し上げまする.
家老の稲葉殿がなにやら不穏な動きをしてござりまする.
次男幸村をして小早川を固めたいのでござるが,
公式に軍監なり付き家老なりの職を与えてはいただけまいか.
小早川が動かねば我らは瓦解してしまうことは必定でござる.
どうかよろしくお願い申し上げる.
129 :
安国寺恵瓊 ◆EKEIuezU :02/07/18 22:50
【治部殿への返書】
清洲の兵糧米・20万石をなんとかできぬであろうか。先遣隊で強襲できれば良いが。
金吾殿のことは、それほど神経質になることもないでしょう。
恩賞・官位は、治部殿が決められたことに毛利は異論ありませぬ。
【小早川家の方々に書状・一例】
小早川家の将で、毛利家の将に血縁のある者へ書状が数十。
小早川家・毛利家の飛躍の時に、戦場においてともに戦えることを喜んでいる。
同じ毛利家に縁ある者として、また豊臣家の者として、逆賊徳川を滅ぼし、
大なる恩賞をいただこうではないか。
小早川家と毛利家は兄弟。我らが一丸となれば、関東の田舎武者など怖るるに足らずじゃ。
朝鮮に出兵もせず、ただ国内でのんびりとしておった徳川、この手でこらしめられるとは、
いやはやなんとも痛快なことでございますな。
身内の気軽さで書いてしまった。怪しまれてもいかんので、周囲の者、上司の方に見せても構いません。
【小早川家付家老・松野主馬首重元殿あて書状】
豊臣家の興廃この一戦にあり。中納言殿の一層の奮励努力を松野様のお力にてお願いいたします。
勝利の後は、毛利の名にかけて、所領倍増をお約束いたす。
【豊臣家譜代の付家老・杉原紀伊守重治殿あて書状】
豊臣家の興廃この一戦にあり。中納言殿の一層の奮励努力を杉原様のお力にてお願いいたします。
勝利の後は、毛利の名にかけて、所領倍増をお約束いたす。
【稲葉佐渡守正成殿あて書状】
豊臣家の興廃この一戦にあり。中納言殿の一層の奮励努力を杉稲葉様のお力にてお願いいたします。
勝利の後は、毛利の名にかけて、所領倍増をお約束いたす。
なお、毛利輝元様は、最悪の場合も天下の名城・大坂城にて最後の一人まで戦うと決断しております。
そのようなことはないと笑い飛ばしております。小早川殿が関白になられたら、
天下は丸くおさまることにございましょう。
家老の稲葉様も、参議あたりに昇られることでしょう。
稲葉殿あて密書の『杉稲葉様』より杉の文字を削除訂正。
【加賀小松城】
「8月10日じゃと?」
「はっ」
「本日はまことに10日じゃと申すか?」
「はっ、間違いございません」
「で・・・では、当家唯一の見せ場、浅井畷の合戦(*)は・・・・」
「数日前に片がついておりまする」
「なんじゃとおおおおおおっ!! 治部め! 許さんぞぉっ!! 北陸戦線をなんと心得る!?」
「しかし殿、濃尾方面の主戦場を考えれば10日開始という時間設定は、どちらかといえば早すぎの感もあり・・・また見せ場どころか命すらすでに無くなっている鳥居元忠殿らを考えれば我らはまだ恵まれた方かと」
「黙れっ! かくなるうえは我ら自ら見せ場を作りにゆくっ! 残存兵力をかき集めて美濃へ出兵じゃあ! 準備せい!!」
「殿、お気を確かに! この小松城の守りはどうなります!?」
「知らぬわ! 刑部らにでも手当てさせいっ」
「と、とのぉぉぉっ!」
【丹羽長重は大垣に進軍する準備を整えています】
【丹羽長重が大谷吉継に援軍を要請しました】
(*)浅井畷の合戦・・・・8月8日、丹羽長重率いる千余名の伏兵が前田利長勢二万五千に対して奇襲を敢行、乱戦の末利長を金沢に退去せしめた。「北陸の関ヶ原」とも呼ばれる。
今夜ももう一仕事しようかの.
【三成殿への密書】
伊達政宗殿から光成殿へのつなぎがあればとの密書をいただき申した.
政宗殿は光成殿に疎まれていると思われておいでのご様子.
利によって動くとはいえ,政宗殿の参陣はわれらに多くをもたらしましょうぞ.
とはいえ,上杉殿に対する手当ても肝要かと存ずる.
越後の返還と越中あたりは差し上げなければならぬところ.
このあたりの差配をお願いいたす.
後は前田家の処遇でございます.
浅井畷の合戦を考えまするに,よくても二股膏薬かと存ずる.
減封,もしくは国替えぐらいはしてもよいかと存ずる.
あるいはそれをほのめかせて脅してみてもよいかもしれませぬ.
よくよく毛利殿,宇喜多殿と語らって善処されますよう.
【安国寺殿へ密書】
いきなりの密書で申し訳ござらぬが,よろしくお願い申し上げる.
わが息子幸村を小早川殿につけまする.
よくよく毛利本家からも幸村を動きやすくしていただきますよう,
ご協力をお願いしたく存じまする.
もしよろしければ,小早川秀包殿を金吾殿の後見につけるのもいかがかと.
伊達,上杉,前田の国割り如何によって三者をうまく動かすことができましょうぞ.
その辺は貴僧のほうがうまかろうと存ずる.
石田殿に詳細は伝えてあるゆえ,よき差配を期待いたす.
【宇喜多殿への密書】
伊勢攻略の後,関東勢が来るまでに清洲の兵糧は何とかできぬものか,検討くだされ.
尾張,美濃の安定も貴殿の働きにかかっていると存じまする.
不躾ながらよろしくお願いいたしまする.
【北政所さまへ書状】
前関白様以来の子飼いの武者たち,つまり福島正則殿,加藤清正殿らに
書状と何らかの品をお与えいただきとう存じます.
さすれば,前関白さまのご恩をいっそう感じ,
そして秀頼様の元に何を置いても戻ってまいりましょう.
よろしくお願いいたしたく存じまする.
昌幸「ほれほれ,そろそろ行ってこい」
幸村「承知仕りました.」
昌幸「猿飛,筧,三好清海の三人をつけておく.うまくやるがよい.」
幸村「父上はどうなさるのですか.」
真幸「東海道にちょこちょこっと出て行こうかのう.ま,今はまだ書状書きじゃ.
信之はおらぬか?」
信之「はっ,ここに.」
昌幸「銃が多くほしい.あと南蛮の大筒もあればよいのう.数は多ければ多いほどよい.」
信之「あたれる限りをあたってみまする.」
【真田幸村が猿飛佐助,筧十蔵,三好清海入道を伴って小早川秀秋のもとに行きました.】
【真田家は東海道への奇兵のために軍備を整え始めました.】
【真田家は極端な火力増強を狙い始めました.】
ちとリアルに忙しげなんで、今回は裁定官希望ってことでよろしくです。
(福島正則か松野重元やろうと思ったけど・・・・)
店長殿、とりあえず書状の受け渡しのチェックや、
日付の変更はこちらで管理した方が宜しいのでは・・・・
(江戸の大狸殿が動かないと日付すすまないのかな?)
殿、遅れて申し訳ございませぬ。
早速諸将への連絡および、諜報を開始いたしましょう
【島左近が宇喜多・真田・上杉・佐竹・織田・小早川・大坂表
へ書状(今回は激励程度の軽い内容)を送りました】
【甲斐の六郎をはじめとする左近の忍びが各地へ散りました。
また六郎には左近じきじき何か策を与えたようです】
おちゃちゃ「うちの殿さん、無事におかえりやす〜」
【真田殿へ書状】
冠はこれで見つけなされ。
ttp://isweb34.infoseek.co.jp/computer/tripsage/ 返書はしばし日付が変わるまでお待ちあれ。
【丹羽長重殿への書状】
スレへのご参加、祝着至極。戦場でのお働き、楽しみにしておりまする。
【金沢城主・前田利長への書状】
そなたの亡父、利家公の遺言も忘れ、また故太閤へのご恩顧を忘れた忘恩の所業、誠に許し難し。
されど今一度翻意し、秀頼公への忠誠を誓うならば忘恩の所業は忘れる所存。とくとご思案あれ。
【七尾城主・前田利政への書状】
貴殿は兄上と違い、亡き利家公の血を色濃く継いだ真の大丈夫と聞き及ぶ。
兄・利長に従い忘恩の徒と呼ばれるは貴殿も本意ではあるまい。兄・利長を説得し、再び兄弟ともに故・太閤殿下への報恩に励むことを願う。
(さらに密書)
貴殿が兄の説得に失敗しても、貴殿が美濃の地に出兵いたさば前田家の地位はこの治部少輔三成が一命にかけて保証いたす。
【大垣にて】
左近。左近はおらぬか?
景勝殿より>126の書状が参った。
しかし上杉家にとってはこれはいわば徳川に仕掛けれた戦い。領土的野心にあふれたこの密書の内容はいかがなものかと思う。
これは偽の密書ではあるまいか?花押(冠)もないしのぅ。
(独り言)
明日(8/11)頃、和尚様や真田殿から色々返書がきそうであるな。
しかし東軍がなかなか動かぬゆえ、動きがまどろっこしくあるな。
いいね。最高。
自治厨もこれであきらめるだろう。
伊達政宗「さて、選択肢は確保したな」
片倉景綱「は。ではここでおさらいと行きましょうか。まず、既定方針のまま上杉を牽制し、内府の後顧の憂いを絶ってやる、と」
鬼庭綱元「この戦略では、上方へ内府殿を進発させることができれば石田方に負けることは無い、というのが前提ですな」
景綱「断言はできませんが可能性は高いかと」
伊達成実「いやいや、内府の力は恐るべきものだぞ」
綱元「と、言いますと」
成実「経験の豊富さ、戦歴の長さは日ノ本広しと言えども比肩し得る者は島津の龍伯殿(義久)、惟新殿(義弘)くらいしかおらん。特に野戦の巧みさに掛けては天下無双だ。あの御老体、もしかすると日ノ本始まって以来の戦上手かもしれん」
政宗「鬼の成実がそこまで言うか」
成実「某など、内府を虎とするなら子猫も同然でしょう。まして毛利、石田、大谷、宇喜田の輩が束になって掛かっても内府には勝てないでしょうな」
景綱「そこで第二の策です。上杉と呼応して関東へ進撃し、江戸を衝く」
綱元「上杉は乗り気のようですな。佐竹も同調すると思われます」
成実「内府がどうするか、だな。江戸にて我らを迎撃するか、秀忠でも残して支えさせ自らは上方へ向かうか」
政宗「俺なら前者だな。石田勢が結束を固めてしまわぬうちに叩いておきたい」
景綱「と、なると・・・」
成実「石田勢は内府が西上しても決戦を回避して持久の構えを取るべきだ。まともに叩き合っては勝てん」
綱元「その間に我らが秀忠を叩き、江戸を奪った上で東海道を西上する。できますかな?」
成実「秀忠ごとき、内府に比べれば百倍たやすい」
政宗「ふむ・・・どちらにしても我らの加勢が局面を大きく動かすことになるな・・・」
景綱「内府は戦勝の暁には当家の旧領約50万石を約束しています」
成実「治部少がどの程度張り込んでくれるものか・・・」
綱元「上杉は越後への帰還を望むでしょう。上杉が越後、越中、上野三国あたりを貰うとして、当家には現上杉領をくれても良さそうなものですな」
政宗「まあ、その位は期待しても良さそうだな」
留守政景「ところで・・・山形はどうするのですかな?義光殿は面白くなかろう」
政宗「叔父貴は狐ですよ。この機を逃さず蹴落としてしまえればいい」
政景「・・・保春院殿はいかがなされる」
政宗「・・・あの人は殺しても死なんでしょう」
【伊達家は臨戦体制を続けつつ返書をマターリと待っています】
>>133 あなたに松野をやられたとしたら・・・ガクガクブルブル
助かった〜。使われんよう持ちキャラにしてしまえ(w。
>>128 間違い指摘さんきゅう。なんか違うな〜とか思ってたらやっぱり。慌てて調べ
ました。無学は罪だなわし。でもおかげでもう一人徳川派のおっちゃん見つけ
たラッキー。
【小早川陣。岐阜進行中止】
<重臣会議(敵方にこの話は聞こえません)>
稲葉正成 「皆安国寺殿からの文を受け取ったようじゃな」
松野重元 「大体のものには送られたようです。何を今更という気もしました
がねえ・・・」
平岡頼勝 「・・・して、それでこの会議はどういう意味合いのものかな?」
小早川秀秋 「・・・わしは東軍に付きたい」
重臣 「!!!??」
(周囲がざわめく)
松野 「な・・・何を申される!?主家に弓引くと殿は仰られるか!」
秀秋 「・・・わしは治部に信用されておらん・・・」
稲葉 「(にや)」
平岡 「(にや)」
松野 「そ・・・それはどういう・・・?」
秀秋 「まず北政所から文が来た。内府様に付けと。そのすぐ後に西軍勝利
の祈祷を行った」
平岡 「妙ですな・・・食い違っておられる」
秀秋 「・・・密書が来た。治部に脅されたそうだ」
稲葉 「なんと理不尽な!」
秀秋 「次に真田から我が家臣団を愚弄する文と、自軍の息子を来させる
という文だ。明らかに監視としか思えん、そうだろうが!?」
松野 「さ、真田様が・・・しかしそれは」
平岡 「(松野の意見を遮る)何の根拠も無く我らを愚弄するとは!何様
のつもりだ!?」
稲葉 「甲州の田舎侍め・・・!!」
秀秋 「・・・そして安国寺様からの確認の文。時期があまりに一致しす
ぎるだろう。・・・おそらく主家まで我らを疑っておいでなのだ」
松野 「!!!そ・・・そんな筈はありませぬ!考えすぎ・・・」
稲葉 「ではこの時期に立て続けに我らを無能同然に書きなぐり、主家と
甲州から見張りを連れてくるという文について説明してもらおう!」
松野 「そ・・・それは・・・」
平岡 「大体そなたあてに違う文が届いておるのはどういったことかな?」
松野 「な!?」
稲葉 「貴様まさか・・・」
松野 「ふ・・・ふざけるな!この松野、腹背が最も嫌いな男、わざわざ
主家の間者などになるわけがなかろうが!!」
平岡 「主家から加増倍増とある。・・・我らの主はだれかのう。毛利か
それとも石田か?」
松野 「貴様らいいかげんに・・・」
秀秋 「よさんか。わしらは決して西軍に対して裏切る行動はしてこなか
った筈だ。それがこの仕打ち。我慢ならん。・・・それにな、例え
東軍について敗れても主家は残ろう?」
松野 「(はっ)・・・解りました。そういうことなら」
稲葉 「・・・他に意見は無いな・・・ではそういうことだ。このことは
他言無用に頼む」
<会議は秘密裏に終了しました>
【小早川軍は進路を岐阜から近江高宮へ変更しました】
>>138 敵方→他の人物に変更です。誰にも我々が東軍につくつもりだというのはわからん
筈です(この次点では。だって家臣がそれとなく言ってるだけだもん。行動は怪し
い部分ないですぜ)。高宮(だったかな)は秀秋が史実でも陣を敷いた場所で怪し
くもなんともないですぜ(ニヤ。
140 :
東軍某大物有名武将 ◆bCkQhLgo :02/07/19 19:58
治部方が盛んに動き回っているようじゃが・・・。和議を入れてみようかのう・・・。
ところで佐渡よ、秀忠軍はどうしておる?遅くはないか?
「若殿の軍勢は信州にて足止めを食っているとの書状が参っております。何でも、
雑兵どもが若様をりこーるとやらをしたらしく、統制が取れておらぬご様子。
しなやかに指揮ができぬと嘆いておられましたと書かれてありました。」
何じゃ?そのりこーるというのは?だいたい、大将が突き上げを食うとは、
秀忠も何をしておるのじゃ?
141 :
真田昌幸 ◇ ◆AWAgKJMQ :02/07/19 21:46
冠がちゃんとついているかまずはテストいたす.
名前欄に◆を入れると、勝手に◇に変換します。偽トリップ避けです。
何から何までわたくしに
【小早川軍行軍中にて密談】
殿、今までずっと黙って見ておりまいたが、
お心が定まられていない御様子・・・。
このままでは、自軍と言えども腹に一物ある者にとっては、
隙を突かれてしまいまする・・・。
また兵卒の志気にも関わるかと。
今はすでに「いくさ」に入っておりまする。
この事、努々お忘れなきよう・・・。
この重佐右衛門、殿に心から忠義を誓っておりまする。
三途の川へも共に渡る覚悟で御座いまする。
145 :
真田昌幸 ◆888nzLtA :02/07/20 00:21
やっぱり真田は六文銭でござる.
ややこしくなってしもうたが,以降はこれでとおしまする.
不慣れなことゆれお許しをたまわりたい.
(独り言)
誰が金吾のそばで金吾の意思を発するか・・・.
それが肝心じゃて・・・.
【安国寺殿へ密書】
家康が東海道を進軍中に箱根まで水軍で移動して占拠し,
畿内からの軍と挟むのはいかがでござろうか?
毛利水軍の力次第によっては可能かと存ずる.
ただこれは九鬼水軍の出方にもよってまいりまするが.
中山道は拙者が抑えるゆえ,皆々様とも軍議を重ねられたし.
真田殿へ(本来は裏向きの内容)
返書は間に合わぬと思う。東海道・中仙道を使者が無事通れるとも考えられぬ。
早馬と忍び使い、それでも片道3〜4日はかかるでしょう。
これよりは毛利秀元様との会話
安国寺「毛利家は覇道ではなく、王道を守りましょう。義と仁。これが毛利にございます。」
秀元 「ふーむ、相変わらず説教くさいじじいじゃ」
安国寺「戦終われば、天下の宰相は毛利御本家にございます。道誤れば、威令も何もありません。」
秀元 「負けようもない戦は気が楽じゃ。大義に兵数、経験。小牧長久手の時と、朝鮮の戦。
合戦の内容・鉄砲の使い方、どれほど違っているか、徳川め、理解しておるまい。」
安国寺「油断はいけません。幾年続く戦になるかわかりませんぞ・・・。」
捕捉として
中仙道使った治部殿との連絡は、毛利よりは楽でありましょう。
現実に、治部殿の手紙は何通か届いているようですし。
(やはり、片道2〜3日は最低でも必要)
朝廷に綸旨発給の奏請
徳川家康追討の治罰綸旨の発給を奏請いたします。
徳川の官位剥奪の宣旨も下されますようお願い申し上げます。
近江・伊賀国境
明石 「殿、真田様より文が参りました。」
秀家 「何々…尾州の平定か…」
明石 「如何致しましょうや。」
秀家 「全登、ヒソヒソ…。」
明石 「承りました。」
宇喜多軍→ 近江・伊賀国境で行軍訓練(連携・指揮・連絡)を行ってます。
宇喜多秀家→ 各地へ書状
真田家へ返書 「御助言いたみいる、まこと真田殿は天下の知恵者で有られる、
貴家の御武運をお祈り申す。」
島殿へ返書 「当家は太閤殿下のご恩に報いる所存で御座る、それから伊勢の敵対
勢力が恭順した場合は寛大な処置をお願いいたしたいと貴殿からも
三成殿へ口添えをお願いいたす。」
伊勢西軍派大名家へ 「来援に参る所存、今しばらくの御奮闘をお願いいたしたく」
伊勢東軍派大名家へ 「未だ遅くあらず、太閤殿下のご恩を思い出し、我らに合力
有るべし、当家も口添えいたす。」
明石全登→ 軍中より馬術の達者な者や健脚な者を選別しております。
【淀君様へ書状】
内容は浅井家に仕えていた頃の想い出話。
【増田長盛殿へ書状】
内容は毛利輝元殿が暴発しない様やんわりと押さえて欲しい等々。
いざとなれば秀頼様の安全のために毛利宗家は大坂城より兵を出さないで欲しいと
淀君様に言わせるとか。
151 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/20 20:06
あげあげ
152 :
島 左近 ◆h4UwQF7g :02/07/20 23:09
左近より殿へ(報告)
1.宇喜多殿、予定通りの行軍。十分戦力かと
2.小早川殿、今のところ通常の行軍。あいかわらず派手ないでたちなり。
3.大坂表の毛利公の動き、予想以上でございます。うれしい誤算ですな。
4.朝廷筋は今のところ日和見ですな。戦果がでればいかようにもなるかと。
島友之(こっちの説をとります)
左近より殿へ(報告)
◎大垣城内の自軍について
・6500の直属軍いずれも戦意は高し。
・蒲生郷舎殿以下1000も準備はできておりますが、
郷舎殿少し体調をくずされ、休息をとっております。
・八十島道与殿以下、数名の者、各地で連絡に立たせました。
・舞兵庫殿以下200を大物見を兼ねて岐阜城へ向かわせました。
岐阜中納言の老臣はくせ者がおおいゆえ、釘をさす目的にございます。
左近より殿へ(報告)
悪い知らせでございます。今日現在内府方の先鋒は浜松を通過する
様子にございます。予想より早いですな。
これについては一手献策したい儀がございますが、まずはお味方を
大垣へ集結させることが寛容かと。
大垣城内にて
左近「長門守様(注1)、もしやすると戦いは長引くかもしれませぬ。
松尾山に砦を築いてはもらえませぬか(注2)」
伊藤「いとたやすいこと。さっそくかかりましょう」
【伊藤盛正が松尾山に砦を築きはじめました】
注1・・大垣城主・伊藤長門守盛正のこと
注2・・松尾新城説というのがあり、それを取り入れました。
156 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/20 23:28
負け組みが仮想でオナッテンじゃねーよ(w
157 :
島 左近 ◆h4UwQF7g :02/07/21 00:01
殿へ献策
予想より早い内府方の先鋒軍の動き・・・このままでは殿の考える
濃尾境での迎撃(注1)ができなくなるおそれがありまする。
ここは一手、清洲城へ押しかけてみましょうぞ。
たとえ堕ちなくとも、敵味方への揺さぶりをかけられ、我が方の決意のほど
見せることができます。
日和見大名輩への一筆啓上にもなりますな。
犬山の石川殿が出張ってきても、遅れをとる左近ではござらぬ。
いかが?
なお、新規募集以外のあげはなるべく避けますが今回はわざとです。
ペナルティー1ですな(20で切腹)
>>157補足
注1・・これも三成関ヶ原こだわらず説を採りました。
159 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/21 00:20
>>155 うむ。では決戦時わしらが追い出(以下略)
>>144 秀秋 「・・・わしは・・・ともかくわしが敵と示した相手に突撃を
すればよい。それだけを考えるのじゃ・・・」
(あとは何を聞かれても無言になります)
平岡 「・・・殿は疲れておる。献策は有りがたいが今はかえって身体を
蝕むゆえ辞めていただきたい」
稲葉 「・・・心労による疲れゆえな・・・」
(岩見は宿老達に秀秋から遠ざけられました)
東軍が少ないようなので、東軍で参加させてもらいます。
とある草陰・・・・・
甲斐の六郎「左近様、きっと内府の首を・・・・・・・」
【甲斐の六郎は気合いはいりまくり120%モードです】
【東軍先鋒清洲へ移動中】
田中吉政 「わが軍も清洲城へ急ぐぞ!」
田中正武 「はっ!」
【東軍先鋒は清洲城に急行しています。】
164 :
東軍某大物有名武将 ◆bCkQhLgo :02/07/21 14:27
【遠州・掛川】
某 「平八郎、秀忠が軍勢はいったい何をしておる?」
本多忠勝 「若様の軍は一昨日ようやく信州を出立した模様にございます。」
某 「遅い、遅すぎじゃ!先鋒がもう三遠の国境に達しようとしているのに
これでは優劣が目に見えてしまうではないか!」
忠勝 「がしかし、焦らるれば勝てるいくさも負け戦に落ちてしまいまする。
焦りは禁物にござります。」
某 「それもそうじゃな。」
【某が軍勢は明日清洲に入城予定である。治部方にはよくよく考慮せられたし。】
165 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/21 14:32
島津維新「薩摩から1万5千つれてきちょりもす。」
九月某日
「禁裏に辰の刻より伺候。龍顔麗しく遊ばす。お上にあらせられては、戦は治部内府、いずれに
勝算あるやの下問遊ばされ給ふ。余は現時点では不明、よっていずれにも肩入れは
避けられ、万一の講和の際に備えるべしと奉答す。いずれにせよ、勝つ方につくと
いう点ではお上も御勘考あそばされているご様子。
禁裏に上がった使者が、公家に漏らした言葉
「西軍が尾張・美濃にて敗退すれば、京・大坂に入っての戦乱となってしまいますが、ご安心を。
そのようなことがないように、綸旨の発給をお願いしているのです。
千に一つ、西軍が押されるようなことがあっても、我らは御所に篭ってでも主上のために戦いましょう。
京の都が灰となり、万民が焼け出されたとしても、我らは御所をお守りいたします。
綸旨が下されれば、その千に1つはありえなくなりましょう。」
当家義久が隙を見て忠垣めが薩摩の衆1万2千をつれてきちょりもす。
明朝大阪表に着倒致すでごわす。
当方の判断にて東進いたすが、お指図などあらば承りたくごわんす。
左近殿の献策はお見事よ。
殿、
>>157における清洲への仕掛け。
右衛門大夫への牽制には効果がありましょうて。
御命令があれば後詰は郷舎が勤め申す。
妻 殿様は、私の実家(真田)と戦し、取り立ててくれた太閤様の信頼を裏切るおつもりですか。
石川 ・・・・・
妻 実家に帰りとうございます。小田原の戦の勇者に嫁ぎはしましたが、徳川様の飼い犬に嫁いだわけでは。。(涙
石川 ・・・・・
妻 お元気で・・・。
石川 その必要はない。
妻 では・・・
石川 お前のことなど考えて徳川に味方いたそうと思ったが、お前の覚悟聞き安心いたした。
妻 ・・・
石川 死ぬるやも知れぬぞ。
妻 はいっ(嬉々として
石川 使いだせっ! 治部少めに合力いたすと伝えいっ!
【犬山城より、岐阜城に使者が出た。この情報を東軍は掴んでいない。】
【高宮】
<密談中(他のものには聞こえません)>
平岡 「とりあえずは上出来か・・・家臣内の分裂だけは避けなければ
ならんかったからな・・・」
稲葉 「殿はしばらく陣所で休ませることにした。大分きておるからの」
平岡 「周りは全て敵になるわけだからな・・・」
稲葉 「島や九鬼、真田といったところの草がうようよしておる。下手
に騒げば命取り。内府殿はいまだ江戸を離れてはおらぬ。先鋒の
田中殿にしても清洲にもついてはおらん。わざわざ出向くには少
々遠いな」
平岡 「なぁに。我らは西軍ゆえ内府殿がいらっしゃるまで大人しくす
る振りをすればよい。しばらくクサヤでも食って英気を養うさ」
【小早川軍、これといって変化なし】
【東軍先鋒清洲へ急行中】
田中吉政 「もう少しで福島殿の居城の清洲じゃな。」
【東軍先鋒、もうすぐ清洲城に到着のもよう。】
むぅ、殿が心配じゃ。
しかも、見舞いにも行けぬとは・・・。
田中吉政殿に書状
一度、犬山城に寄っていただけぬであろうか。昔語りなどしたい。
戦の今後についても話し合えれば、得る所もあろうと存ずる。
【8/10 大垣城にて】
左近よ。士気が高いは喜ばしいことであるが、清洲に集まりつつある輩なぞ、利で内府に転んだ小者ばかりじゃ。
内府が美濃に来るまで待て。
大垣城内にて
そうでございますか・・・・ ならば岐阜城の手当てのみにしておきましょう。
ところで、犬山の石川殿より書状がまいったとか、当方へお味方ならば、
犬山方面への増援はいるのでは?
そろそろ新規大名募集上げをしてはいかが?
【大垣城】
左近よ、石川殿より書状が参ったか。東軍の出方がわからぬので増援はまだ決めかねるのぅ。
石川殿には使者を送り、援兵の依頼あらばすぐ送ると申し伝えよ。
それから新規募集ageは200を踏んだ者にお願いするとしよう。
昨日日付変更を書き込み申したが空振りになっておる。
おかしいのう。
リアル時間7/22午後4時にて8/11と致す。
(尚、特例として夜型コテ半には8/10として明日の午前0時までは8/10と致す事を付け加え申す。)
>>168発言。
壱.史実よりかけ離れ過ぎ。(ストーリーも何も無い)
弐.冠なし。
よって一切無効と致す。尚168発言には今後一切触れるべからず。
【尾張国 某所】
吉政 「だいぶ行き過ぎたのぉ。」
正武 「他の諸将は駿河のあたりでしょう。」
吉政 「では、我らは居城の岡崎で待つとしよう」
正武 「岡崎で何をなさいますか?」
吉政 「武器弾薬、兵糧の補充。それに兵も新たに募集するぞ。」
吉政 「あと、石田方、徳川方、両方に諜者をまぎれこませておけ。」
正武 「御意!」
【東軍田中勢は岡崎に向かいました。】
【田中吉政は諜者をはなちました。この情報は、他の人には知られてません。】
【田中勢は軍備増強をするようです。】
拙者が口をはさむのは、おこがましいのですが、
50or100レス毎に清洲付近の両軍の戦力を表示しては如何でしょうか?
(アートディンク社の関ヶ原の様な・・・)
*政宗の西軍加担はIF内の範囲ですが、信之は無理が在り過ぎると愚考します。
【岩出山城下、片倉屋敷にて】
重長「では、今回はそれがしをお連れ下さるのですね」
政宗「そろそろ一隊の下知をしてもいいだろう。俺の旗本から50騎付ける。やってみろ」
重長「ありがとうございます!」
景綱「まだまだ未熟な小僧の手には余るのでは・・・」
政宗「なに、やってみせねば分かるまい。まだ誰が敵かは分からんが、伊達家に小十郎重長ありと天下に見せ付けてやれ」
重長「はっ!」
景綱「あまり煽らんでくださいよ」
政宗「あはは、そなたもこういう時は親父のような顔をするなあ」
景綱「・・・」
政宗「そなたのように男振りのよい若武者が剛勇を振るえばさぞ絵になるだろう。なあ重長」
重長「・・・男は見栄えではありません」
政宗「ほう、どうした。片倉の小十郎と言えば涼しげな美丈夫として評判だぞ。大坂に行った時など城中大騒ぎだったではないか」
重長「・・・」
景綱「それが、その折に酷い目にあったようで・・・」
政宗「酷い目?」
景綱「何でも筑前中納言殿に懸想されて追いまわされ、逃げ回っていたとか」
重長「父上っ!」
政宗「・・・本当か?」
重長「・・・はあ」
政宗「・・・あははははっ、金吾殿になあ。あははは、これはおかしい」
重長「殿までそれがしをなぶられますかっ!」
政宗「いや、悪い悪い・・・しかし・・・小十郎、衆道は嫌いか?」
重長「はい。それに・・・それ以前に中納言様が苦手です」
政宗「ふむ。はは・・・・しかし事によってはあれと轡を並べねばならんぞ」
重長「関係ありません!陣中で不届きな事をしようものなら、誰であろうと叩き切ってやります」
景綱「こら、口が過ぎるぞ!」
政宗「ははは、いやいやこの位の方が頼もしくていい。そうかそうか、そなたは金吾殿が嫌いか。・・・なるほどなあ」
【相変わらず伊達家は割とのんびりしています】
小十郎(息子)「言い忘れていましたが、拙者の名乗りはこのころは重綱です」
景綱「そう言えばそうだな。徳川が政権取らなかったら死ぬまで重綱だろうし」
政宗「済まん済まん、ははははは」
184 :
加藤清正 ◆cqVjPaCQ :02/07/22 18:19
【慶長五年葉月十一日】
【肥後国本妙寺】
(北政所が西軍戦勝祈願をしたとの知らせはまだ届いてません)
清正 「南妙法蓮華経,南妙法蓮華経,南妙法蓮華経,…」
儀太夫 「(みよ、殿は不退転の心持ちじゃ)」
覚兵衛 「(左様、神仏に三成討伐を誓っておられる)」
隼人 「(真に心強い大将じゃ)」
清正 「南妙法蓮華経,南妙法蓮華経,南妙法蓮華経,…」
【家中が反西軍で固まりつつあります】
186 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/22 18:31
親父殿は心中おだやかじゃねえはずだ。
ホモ!
正宗の義理のお母さん!!
息子ともやりてー!!!
石川殿へ書状(密使)
こたびのお味方誠にこころづよし。
しかしながら、犬山籠城は孤軍のおそれあり、
状況をお知らせ致されたし。
島 友之
殿へ献策
関ヶ原決戦にこだわる場合
・この場合、岐阜大垣防衛線も関係なくなる故、
犬山城はじめ、お味方各個撃破されるおそれあり、
岐阜城・・・織田秀信 3500
北方城・・・木村由信 500
竹ヶ鼻・・・杉浦重勝 400
犬山城・・・石川貞清 800
高須城・・・高木盛兼 500
太田城・・・原長頼 1500
福束城・・・丸毛兼利 900
これらのお味方をいっそ大垣へ集結させれば十分な戦力になるかと。
士気はたかくとも、小部隊。内府方の先鋒に個々であたっては
まったくに無駄でございます。
戦線を拡大する場合
・この場合、犬山に上記の方々を集結させ、岐阜・犬山そして
大垣より手勢を繰り出せば防衛線になるかと。
松尾山中
伊藤盛正「なるほど、ここなら関ヶ原が見下ろせるし、戦が長引けば
部隊を置くに絶好の場所。
不破殿(注1)の旧城も思ったより使えるな」
【伊藤盛正が松尾新城に着工致しました】
注1・・・不破光治
三河国 岡崎城】
吉政 「とりあえず兵を募集するぞ!高札をたてておけ!」
正武 「殿、福島殿等はあと三、四日で清洲につくとのことですぞ。」
吉政 「三、四日もあれば数百は集まろう。武器弾薬、兵糧などもしっかり管理しとけ!」
正武 「敵の間者に燃やされたりしてはかないませんからなぁ。」
吉政 「わしは書状でもかくとするかのう。あとはお前に任すぞ。」
正武 「では私はこれにて。」
【田中勢は岡崎に到着しました。】
【武器庫、兵糧庫は厳重に警備されています。】
【大垣城にて】
左近よ。りある日付で2日間、佐和山に戻る。
お主が影武者となって全ての采配を行ってくれ。
堀秀治「秀忠殿が信濃に出陣したら,
我らも信濃に出陣する。
【伊達殿と最上殿に密書】
信濃に攻撃予定上杉が動いたら連絡します。
【前田殿に密書】
上杉が動いたら、春日山に篭城します。
援軍よろしく−。
吉政 「とりあえず兵を募集するぞ!高札をたてておけ!」
正武 「殿、福島殿等はあと三、四日で清洲につくとのことですぞ。」
吉政 「三、四日もあれば数百は集まろう。武器弾薬、兵糧などもしっかり管理しとけ!」
正武 「敵の間者に燃やされたりしてはかないませんからなぁ。」
吉政 「わしは書状でもかくとするかのう。あとはお前に任すぞ。」
正武 「では私はこれにて。」
吉政 「石川殿から書状がきていたな、返書を書くか。」
【石川殿へ書状】
戦仕度で忙しいので、またの機会にお訪ねします。
193は間違えて書き込んでしまったので、無視してください。
石川殿の手紙を読んで
ふむ、清洲近くに来ていたのは、物見の隊であったか。
翻意させようと思ったに、うまくいかんわい。
太閤様への忠義の心、まだ残っておろうに。
徳川めに付けば、勝っても負けても心に重荷背負うだけよ。
島 友之殿へ密書
お心使い忝し。妻子のこと、お頼み申す。
妻を離縁し、大坂方面に落した。
徳川殿に密書
内符様にお味方いたす所存。犬山にて犬死ではシャレにもなり申さぬ。
清洲に入り、福島殿らと行動を共にいたす。
【11日、石川貞清が、兵800と共に清洲城に入った。】
※東軍に当方を疑う書き込みなく、問題ないものと判断した。
※異論ある場合、入城を拒まれた城門前から話つくるつもり。
今回は、コニシタンは放置プレイ。誰かどうぞ。少しマジ遊びします。
清洲は、よくよく縁があるみたい。パードレ様、ごめんね。
田中殿の手紙でした。失礼。
【家中 松野重元殿へ密書】
家内でこの様な密書を送る事、甚だ心外で御座るが、
最近、どうも陣中の様子がおかしいで御座る。
殿の相談役ともいうべきそれがしが、殿の見舞いにも行けぬとは
如何なもので御座ろうか?
また、平岡殿、稲葉殿がそこかしこでなにやら密談している様で御座る。
何故、軍議で家中の者の意見を聞き申さぬのか?
一度、殿にお目通りしたいで御座る。
貴殿の協力を御願い致す次第で御座る。
大垣城にて(数日後の先取り)
うむ、石川殿より返書が・・・・・・・
いたしかたあるまい。妻子についてはこの左近が責任をもって大坂へ
お送りいたそう。
【島 左近 ちょっとショック・・・・】
ではくぎりの200スレなので新規参加者の募集です。
妄想なりきりといわれればそれまでのこのスレですが、あえて
西軍(東軍も可)で遊んでみようという人募集いたします。
参加資格はありません。
現在あいてる主な大名
大谷刑部(裏切り四人衆、熱血平塚・戸田がついてくる)
島津義弘 小西行長 長曽我部盛親 長束正家
織田秀信 美濃の小大名 最上&結城 京極@大津城で籠城
立花宗茂 鍋島Jr 伊勢の諸大名 細川@古今じじい
小野木公郷 大坂の旗本衆 片桐且元 増田@奉行
黒田如水 東軍(田中はいます。福島、黒田など)
お待ちしております
201 :
島 左近@主宰代理:02/07/23 08:59
失礼 新規参加者募集の時だけ、あげます
202 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/23 12:34
>>200 長束はともかく、増田や片桐は関ヶ原に参加していないと思うが。
>202
増田は家康に内通して逐一上方の情報を流していた。戦闘には参加していないが役回りは重要だと思う。
【伊達家のこれまでの動き】
・真田昌幸宛て書状にて石田三成との仲立ちをしてくれるように依頼、徳川側が提示した以上の見返りがあれば鞍替えもありえる事を示唆
・上杉景勝宛書状における関東表討ち入りの誘いに態度を保留、米沢など旧伊達領回復が確約されれば同盟成立もありえる事を示唆
・上杉領との境界付近より撤兵(白石城は確保)、主力は岩出山にて待機中
・重臣との評定にて、東西両軍いずれにつく可能性もあると確認
【三河国 岡崎城】
正武 「清洲付近に放っておいた諜者から情報がとどいております。」
吉政 「何があったのじゃ?」
正武 「石川殿が清洲に向かっているとのことです。」
吉政 「わかった、これからは石川殿の行動を調べろと伝えておけ!」
正武 「御意」
吉政 「私は書状でも書くか。」
【美濃の諸大名へ密書】
東軍先鋒が清洲に付き次第、徳川殿にお味方せられたし。
8/11早朝 近江・伊賀国境陣屋
慌ただしく準備を整える宇喜多軍
足軽頭 「腰袋は1日分じゃ!草鞋の替えを忘れるな!」
使番頭 「毛利様・石田様・お味方へお渡しするのじゃ。」
使い番 「おう!」
宇喜多家より使いが出ました。
毛利・石田家へ清洲城攻めの報告、美濃・尾張の西軍諸侯へ清洲攻めへ合力の
お願い、街道筋の豪族・村々へ金を渡し炊きだし等の依頼。
明石 「見事清洲を落としてご覧に入れまする、それとこの若者は見所が有ります
故、殿の護衛にお使い下さい。」
秀家 「うむ、清洲の事頼んだぞ、内府めに一泡吹かせてやる。
その方、顔をみせい… うむ面構え気に入った、禄200で予に仕えんか。」
武蔵 「ありがたき幸せ、この宮本武蔵、殿の為に身命を投げ打つ覚悟です!」
宇喜多家に宮本武蔵が仕官しました。
明石全登が選りすぐった六千の兵を率い、清洲城攻めに出発しました、
8/13に到着予定です。
宇喜多秀家は残り一万千を率い、美濃・尾張の味方と共に清洲城へ
8/14に到着予定です。
【三河国 岡崎城】
吉政 「この密書を毛利輝元に渡すのじゃ。」
正武 「まさか、寝返られるのですか?」
吉政 「違うわ!行き先を間違えて輝元の所に行ってしまったように見せかけるのじゃ。」
正武 「なるほど」
【増田殿へ密書】
先日の密約どおり、輝元殿が出陣いたしたら手はずどおり大坂城を占拠してくだされ。
【岩見殿へ密書】
最近の殿は何を考えておるのかわからん。小さきことにもびくびくし、奇声を
あげておる。小姓でも抱かせればなんとかなるかとも思ったが逆効果であった。
叫び声に飛び込んでいかなかったらあの小姓、殴り殺されておったな・・・。
話がずれた。確かに稲葉、平岡の動きはきな臭い。しかしそれよりも殿自体の
御心が心配じゃ。下手に近寄って進言しても・・・。ともかく様子を見ること
にする。・・・気遣い感謝する。 松野
209 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/23 19:31
くそスレあげ
あげんなカス
目が腐る
増田殿への田中殿の密書を手に入れた。
毛利輝元 「これが事実とすれば恐るべきことじゃのう」
繁沢元氏「ククククク」
毛利輝元「何がおかしいというのだ」
繁沢元氏「どんな偶然でそのような密書が毛利の手に入りましょうか」
毛利輝元「言わんとすることがわからぬが」
繁沢元氏「太閤殿下に、明智殿の密書がもたらされたというお話。信じられるとでも」
毛利輝元「!」
繁沢元氏「さよう、あやしいと見るべきでしょう」
毛利輝元「どうすればいい?」
繁沢元氏「乗りましょう。これを利用して、増田殿の大坂城退去を命じましょう」
毛利輝元「それでは増田殿が・・・」
繁沢元氏「勝てば、上様のお考え一つで増田殿の名誉も回復できましょう。
東軍に走られたとしても、さほどの兵力でもありますまい。
これならば、密書が贋であろうと本物であろうと、毛利は安泰にございます。
増田殿がいなくなれば、城内に毛利家に意見できる者はいなくなりましょう。
勝敗わからぬこの戦、玉(秀頼)を抑えるが毛利のみとなるは、何かと便利となりましょう」
毛利輝元「戦というものは、残酷で冷酷よの」
繁沢元氏「上様がお甘いだけにございましょう。弟(広家)の動きすら見逃しておられる」
毛利輝元「広家がいかがした」
繁沢元氏「上様のために働いております。しかしながら、東軍と連絡を取っています」
毛利輝元「それで恵瓊は秀元と離したのか」
繁沢元氏「しかしながら、それも上様への忠義」
毛利輝元「良い。勝てば不問と致す」
繁沢元氏「ではお任せを」
増田殿を、丹後田辺城攻めの督戦に出した。
二の丸へのおかしな伝令の侵入を見て、城内の警備を強化した。
大坂城への出入りは非常に制限されることとなり、東軍への情報伝達はほとんどなくなる。
淀の方様には、戦後必ず秀頼様を守り立てることを約束し、誓書を提出。
増田殿を督戦に出したことを、石田殿らに書状にて伝達。数日後には伝わる。
212 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/24 10:00
>>1お黙りなさい!
さっきから見ていればなんですか。このざまは。
あなたは駄スレを建てるのが人生の楽しみなのですか?
そんな程度の低い人を相手にはしたくないのですが、
くだらないインターネットなんかやってないで働きなさい。
正月だろうと仕事しなさい。会社と上司のために働きなさい。
会社と上司があってこそあなた方の人生はあるのですよ。
学生だったら勉強しなさい。あなたのためじゃなくて親のために勉強しなさい。親がいたからあなたがいるのですよ。
それから私を荒らしとは違います。私は正当なことを主張してるだけで、ありえもしないような程度の低いことを
主張する人のことを荒らしというのです。
たとえば「逆説関ケ原 西軍はこうして戦に勝った! 」と主張しているあなたが
いい例です。あなたのような人こそが荒らしです。
言葉も悪いし最悪です。ああいう人こそすべての掲示板から
排除するべきです。
>>211より、吉川への疑念の項を全面削除。
>>212 荒らしに対応するも無意味なれど一言のみ物申す。
せめてコピペでなく、己の言葉で荒らされよ。
願わくば、東軍の将としてスレに乱れをもたらすことを。
恐々謹言
毛利中納言輝元 花押
【九州某所にて】
ふむ。我々も動くとするか。長政めに連絡じゃ。まず立花めを討ち果たせ。
先陣は又兵衛と太兵衛に競わせよ。治部には悪いが我が宿願果たさせてもらおうぞ。
さらに加藤家に使者
「汝、治部に従う必要なし。内府に従う必要もなし。安芸に従う必要もなし。
我に従え。しからば秀頼公を不義不忠の者からお救いできよう、花押」
【黒田家が始動。二日後に柳川は火の海です】
【家中 松野殿へ密書】
殿がそのような状態であったとは・・・。
それがし何も出来ず、歯痒い思いで御座る
さて、殿の御乱心において、それがし一つ気付いた事があり申す。
一介の剣術家としての戯言に御座るが・・・。
松野殿は、殿に小姓を近づけたので御座るな。
その事については、松野殿が何かしら妙案があり、行った事だと思うておりまする。
それがし、その件については恐らく正解だと思うておりまする。
では、何が足りなかったのであろうか?
それは順を追って書き記したいと存ずる。
まずは、大阪での、あの件を思い出して頂きたい。
伊達家片倉の小倅を、殿が追いかけ回した件で御座る。
あの時は、それがしも見た時の無い様な、尋常ではない殿が居り申した。
次に、先の軍議での、東軍につきたいとの発言で御座る。
さて、あの時の伊達家の動向はどうであったであろうか?
この件に関しては、それがしには何も分かり申さぬ。
あの軍議に参加した者、誰もが予測できなかったのではなかろうか?
殿におかれても、予測はできなかったのではなかろうか?
今もって伊達家の動向は不明と存ずる。
又は、それがしのみ知らぬのかもしれませぬ。
殿は今、迷われているので御座る。
では、何にか?
片倉小十郎重長で御座る。
そう、あの小倅で御座るよ。
甚だ、滑稽な話ではありまするが、
殿は小倅に御執心なのではなかろうか?
それゆえ、このような言動に至ったのではないで御座ろうか?
小倅の為には、いづれの軍勢にも突撃するのではなかろうか?
それがしの今までの記述、立証するには我が家に重長を引き入れる他ないと存ずる。
又、そのような事、甚だ無理とも思われる。
が、しかし、重長を引き入れられれば、伊達を敵に回す事も無く、
上杉、内府を牽制する事も不可能では無いと思われる。
政に甚だ疎いそれがしでは御座るが、
松野殿の御意見を賜りたく存ずる。
清洲城・城門前
開門をお願いいたーーーす。我ら、内府殿御味方の石川貞清が手勢。
本丸に入れろとは申さぬ。どこでも結構、城内にて兵を休ませてはいただけぬか。
石田攻めの軍勢の集結地がこちらとうかがい参ったのだ。
まさか、福島殿をさておき、城内が石田方というわけではなかろうな。
早う入れてくれ。いつ石田の軍勢が押し寄せるかわからぬのだ。
このままでは、我ら800の兵、石田殿に与するより、道はなくなる。
さあ、はやく城門を開けて我らを迎えてくれ。かいもーーーーん。
【肥後国本妙寺】
伝令 「申し上げます!黒田様が兵を募られる由」
清正 「…如水の叔父貴がか?それとも吉兵衛(長政)か?」
伝令 「恐れながら如水様でござりまする。書状を預かって参りました」
清正 「うむぅ(書状を読んで)…」
覚兵衛 「して、如水様はなんとおっしゃられておりまするか?」
清正 「この虎に従えと…」
儀太夫 「!? 恐れながら申し上げます!如水様は鬼謀の御方にござりまする、信用なされるにはあまりにも危険」
覚兵衛 「左様、しかしながら如水様は創業の功臣、神算の御方にござりますれば、ぞんざいに扱いむざむざ敵にまわすもあまりにも危険」
清正 「ふむぅ・・・」
隼人 「恐れながら申し上げます!今は如水様に御加勢あるべし!!」
儀太夫 「何を申すか隼人!己は正気か?」
隼人 「此度の戦、果たしてどちらが勝つやら分かり申さぬ。よもや戦乱が長引かぬとも限らぬ。果たして世が治まらねば誰に拠って御家は生き延びる?」
儀太夫 「臆したか隼人!!戦乱が長引けば殿の一存で生き抜けばよいわ!?」
隼人 「…敵に囲まれしこの状況でか?九州に頼れる御味方は如水様だけぞ?」
儀太夫 「……」
清正 「…如水の叔父貴に援兵3,000を送れ。侍大将は隼人と覚兵衛」
隼人&覚兵衛 「はっ!ただちに!?」
清正 「儀太夫は周囲の百姓・浪人に徴募をかけよ。目標は2,000!」
儀太夫 「ははっ、何分大人数にござれば少し時間をくださりませ」
清正 「どれくらい掛かる?」
儀太夫 「およそ四半月」
清正 「うむぅ、集まり次第弥九郎(小西行長)の領地に進軍致す!」
儀太夫 「御意!」
清正 「憎き弥九郎めを畿内より引きずり戻してやる!!」
【庄林隼人・飯田覚兵衛を侍大将とした軍勢3,000が隈本を出発しました】
【森本儀太夫が雑兵の徴募を行っています】
【黒田如水殿への書状】
此度の挙兵、誠に祝着至極、及ばずながらこの虎、与力仕る。
まずは柳河に攻め入る気配との事。
されど立花は国許に兵を多く残し、2,000の精兵と小野和泉他の勇将も控えておりまする。
ここは立花ずれなど後回しにし、御味方を募り、豊前・豊後でのさばる西軍の奴輩を討つが肝要。
先日放ちました物見の報告がござる故、貴公にも披露する所存にござりまする。
御参考あるべし。
【西軍大名】
小早川秀包 筑後久留米 13万石 ※元就の庶子で輝元の叔父。毛利の与力大名として畿内に進軍中。国許は留守
立花宗茂 筑後柳河 13万石 ※立花道雪ゆずりの家臣団が健在。当主は畿内に進軍中だが国許には2,000の精兵と猛将小野和泉他多数。出来るならば決戦は後回しか避けたい。
太田一吉 豊後臼杵 6万石 ※当主在国、手強いが潰しておくべき相手か?
毛利勝信 豊前小倉 6万石 ※国許に多くの兵を残し、若輩ながら毛利勝永を擁しあなどれぬ大名家
垣見一直 豊後富来 2万石 ※当主は畿内にて従軍中、守将は筧利右衛門。国許の兵力は500
筑紫広門 筑後山下 1.8万石 ※当主は畿内に従軍中、守備は手薄
高橋直次 筑後内山 1.8万石 ※高橋紹運の次男。当主は畿内に従軍中も要注意。
熊谷直盛 豊後安岐 1.5万石 ※当主は畿内に従軍中。加藤清正とは不倶戴天。
早川長政 豊後府内 2万石 ※当主は畿内に進軍中。守備は手薄
毛利高政 豊後佐伯 2万石 ※当主は畿内に進軍中。守備は手薄
【九州某所】
追加じゃ。
筑紫、高橋両家に使者を出せ。「降伏せよ、さもなくば死あるのみ」とな。
それにしても、旧北条家の風魔忍軍を雇ってよかったわ。
これ、風魔衆に命令じゃ。大急ぎでこの文を加藤めに届よ。
あやつがワシに従うかは分からぬでのう。
「わが狙いは豊臣家を奸臣の手より救うことじゃ。私心などない。
貴公とは開聞岳でお会いいたすことになろう 花押」
さらに全勢力で立花領を荒らして参れ。
【風魔忍者が立花領を荒らしています。風魔忍者が加藤家に文を届けます。
当日中の相互連絡が可能です】
【近江高宮途中(日にちが変更されてないからまだついとらんね)】
(松野、岩見の文を読んでる)
松野 「(ふ〜・・・。殿の衆道については頭痛の種としか考えて
おらなんだが。これはこれで面白い考え方ではあるか・・・)」
(しばし黙考)
松野 「(・・・難しいか・・・。奥羽まで向かわせられる人材が
いない。草も我らはろくに持っておらん{警護用はなけなし
だがおる}し、大体どこを通す・・・北陸は前田利長がいる
し、中山道の真田はどうも読めん。大体治部が我らの使者を
何も言わずに通すとは・・・。東海道は東軍の進路、論外。
九鬼殿あたりに海路で渡すのも辛かろう。確か父子別れて
やりあっとる筈だしな・・・さてさて・・・)」
【岩見殿へ密書】
なかなか面白い考え方をする。なれど現実的には辛かろう。それに伊達
そのものの動きがわからぬ。奥羽随一の曲者ゆえな。大方どちらにも頭
をたれた振りをしつつ勢力を伸ばそうと目論んでおるやもしれん。太閤
様相手に堂々とやりあった方ゆえな。だが、貴殿の考え自体は非常に奇
抜で秀逸じゃ。今度わしの陣で酒でも酌もう。なにか面白い策が浮かぶ
やもしれんし。
日付変更を宣言致す。
リアル明朝8時にて日付を8月12日といたしまする。
※8/14は岐阜城でのこのスレ初の戦に御座る。8/12 8/13諜報
合戦もたけなわになるで御座ろう。しかし東軍がすくのう御座る。
慎重に進みましょうぞ。店に一案掲示いたすが故に、御意見お聞かせ
下され。
ふむ、我が大軍を前に内山、山下両城が降伏したか。
やつらめ、まさか空き巣を狙われるとは思ってもみなかったであろうな。
それにまさか長政がもどってこようとも思わなかったであろう。
ほう、清正の手紙か。
どれどれ、おーわかっておるのー。よいよい。
小西めが嫌いなのか、倒してやろう。立花のあとにの。
そのあとは、島津じゃ。
島津は一万五千もの大軍を率いて上洛中だという報告がある。
もぬけのからは一気に頂かせていただくわい。
【立花にプレイヤーが現れない場合、黒田軍は明日、宣告通り柳川を滅ぼします】
【風魔忍軍は依然として立花領を燃やしています】
・・・黒田殿・・・ストップ・・・。
何故、風魔党が九州くんだりまで来ているのですか?
島津殿の大軍出兵は無理がありすぎるという理由で既に裏で無効の裁定が
くだされてます。又、あまりに無茶な行動は無効の対象になります。
皆自制しつつ話を展開させてます。前回、1万5千の大軍が「隙を突いた」
の一言で消滅するという悲劇がありました。大軍を前に二つの城があっさり
降伏してますが、これと同じ展開です。このペースだと隙だけで関ヶ原にな
るまえに九州四国までが黒田領になってしまいますよ。これはあまりに悲劇
です。黒田殿も是非自制をお願いします。
黒田殿が兵を集めて、動き出したのはいつだろ。
8月11日だと、どんな感じかな。
大友さんが上陸してないし、無理し過ぎだよ。
黒田如水#payo-n
ぱよーん。
うわ、ほんまや。
228 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/26 04:21
黒田は空気を読めないバカ
>>223 風魔党が何故九州に来てるかって?瞬間移動に決まっておろう。
【三河国岡崎城】
吉政 「福島殿達はまだこんのか?」
伝令 「申し上げます。お味方の軍勢近くまできているとのことです。」
吉政 「正武と和泉、それに息子どもはいるか?」
正武 「ここに。」
吉政 「味方の軍勢が近くまで来ておる。出陣の準備じゃ。」
坂本和泉「雑兵も150人ぐらい集まりましたぞ。」
吉政 「和泉は城を改修しておけ、雑兵の募集も続けろ、それと忠政ものこしていくぞ。」
和泉 「ははぁ。」
吉政 「あとの三人はわしと出陣じゃ。」
田中吉次「われら三人、石田三成めを討ち取って見せます。」
吉政 「よし、急ぎ出陣の仕度じゃ!」
【田中吉政は出陣の準備をしています。】
【岡崎城の改修が始まりました。】
島 左近@本日の行動
1.清洲城下に清洲夜襲の噂をばらまき、民衆を不安にします。
2.小早川・宇喜多両軍に現状伺いの使者を派遣します(戦意確認)
3.岐阜城の舞兵庫に織田家老臣・木造との会見を要請。
【12日早暁、加賀小松城】
「申し上げます、去る10日伊藤盛正が大垣城を開城、石田治部ら大坂方先鋒が入ったとの由にございます」
「10日に大垣? 随分遅いではないか」
「伏見城の攻略に手間取ったと聞き及んでおりまする」
「先が思いやられるの。まあ今ごろは岐阜に入っておる頃であろうから、緒戦は清洲が長島あたりか・・・関東方の動きは?」
「7月25日に福島正則らが下野小山を出立、明日中には清洲に入る勢いとのこと」
「徳川内府は?」
「旗下七万余とともに、いまだ宇都宮で上杉勢と対峙中」
「さもありなん。いかに西軍の旗頭が治部とは申せ、それだけで尾州閥の諸将が家康に合力するという保証は無い。勝つにせよ負けるにせよとりあえず一戦の後、諸将の覚悟が見えねばうかと関東は空けられまい。準備はよいか?」
「よろしゅうございます。しかし、これで大坂方敗北となりますれば我々は帰る場所がなくなりますぞ」
「かまわん。いずれにせよ肥前(前田利長)と一戦交えたからには、たとえ加賀表がつつがなく治まったとしても家康による領地召し上げは覚悟せねばならん。ならばいっそのこと博打に出た方がよかろう」
丹羽長重は、付近の領民や大聖寺城の敗残兵に城内の金穀を押し付けるようにして兵卒人夫を徴募、総勢を5300名にまで膨れ上がらせて西上を開始した。むろん小松城は空っぽである。
【丹羽長重が越前北の庄に向けて出発しました】
【加賀小松城は空き城になってしまいました】
【丹羽長重から毛利輝元に向けて使者が走りました。大坂表の妻子の安全の保証を要求しています】
【丹羽長重から前田利長に向けて和睦を求める使者が送られました】
清洲城・城門前【兵数800では多いようなので500に訂正】
おーい、あけろーーー、ケチーーー
城門は閉じたまま
12日深夜
畜生ーーー。
兵に通達せよ。できるだけ多くの壁にこのように書け
殿下の恩を忘れるは人に非ず
書いたかっ、よしっ、次は、あちこちの辻でうんこせよ。
粛々とうんこし、そして退去する石川勢。
【この後、石川勢は三成配下の兵として働く。その数500。】
石川貞清#いしかわ
ボクは別人となります。兵糧に火を付けるか、福島に説教しようかと思ったんだけど。
バイバーイ
235 :
真田昌幸 ◆888nzLtA :02/07/26 22:09
【小早川に向かった幸村からの書状】
どうやら丹羽様が領民を片っ端から兵力にして西上している模様にござる.
前田様と戦った後にござれば,我が方へとつくものと推察いたす.
5300もの兵力を養うには金銀が必要でござろうから援助いたすべきかと.
よろしく石田様,毛利様にもお伝えあるべきかと.
という文面の書状が届き申した.
この写しを同封した書状を書き申す.
【石田殿,毛利殿に書状(同文のものになりまする.)】
丹羽殿が無理やりにも5300もの兵力を整えた模様.
兵糧,金銀が不足するやもしれませぬが,よろしくご援助あるべきかと.
付け加え申すが,内府は野戦の名人にござるが,城攻めはさほどにはござらぬはず.
なるべく城攻めをさせて疲弊を誘い,その間に調略を進め,
必勝の野戦にて内府を討ち取るのが上策かと存ずる.
野戦を急いではなりませぬぞ.
然れども,清洲城に関しましては急襲あるべきと存ずる.
先に僭越ながらそれがしの献策によりまして,
宇喜多殿に清洲のことお願いいたしておりまする.
よろしく後詰なさり,また岐阜城も手当てするべきかと存じまする.
さらに,幸村にはわが家中きっての忍びをもって小早川家を調べさせており,
それをもとに石田様,毛利様に献策するように申し付けておりまする.
幸村の策につきましてもよろしくご検討ありまするよう,お願い申し上げまする.
【幸村への返書】
丹羽殿の件はこちらで申し上げるゆえ,案じずともよい.
それよりも早急に佐助に家中にて誰が信を置けるのか,
誰が何をいたしておるのか,それらを早急に調べ上げよ.
それをもとに小早川家への策を講じ,石田殿,毛利殿に書状をお送りするようにせよ.
わしには報告のみでよい.
石田殿,毛利殿にはわしからよろしく申し上げておく.
わしはお前を試しておるのじゃということをゆめゆめ忘れる事なかれ.
さてさて,次の策はリアル時間で明日の夜中かのう.
上様は筆不精にて困るは。
祐筆。以下の諸大名へ密使を立てよ。
無論、この佐渡の名を出すなよ。
(小兵太や平八郎に噛みつかれてはたまらんわ)
伊達家中片倉殿宛
上方の風説真に信ずにあたわず。
当主におかれては藤原山陰中将以来の武門の誉れ。先の陸奥仕置残念にいざ候。
祐筆「これだけでよろしいのですか?」
本多「封に「米」「百」を記せ。」
祐筆「(にやり)然り。」
本多「次は、熊本じゃ」
加藤家○○殿へ(加藤殿に任すね)
九州に関してはこの内府、憂慮しており申し候。主計頭殿差配にて動きあるべし。
「鴉」が動き致す事、御自愛あるべし。
尚、治部少大坂を焼討にいたし候。嘆。
祐筆「よいのですか?」
本多「よい。」
祐筆「(にやり)然り。」
本多「次は、小僧じゃな」
小早川家○○殿へ(密使)
今説、風説あり。
金吾様、真に禁裏の覚えめでたき哉。
井伊兵大、中務とも評議し安芸の意向関与無にいたしたし。
備中、備前はいうに及ばず。切り取り次第にて。
祐筆「(疲)」
本多「まだある!」
祐筆「えー次は」
本多「吉川。」
吉川家中○○殿へ
上様、激怒にて候。
速やかにご馳走あるべし。
尚、大坂にて御回向いたしたし。
筒井定次 筒井家の軍勢はいかほどか
中坊飛騨守秀祐 殿、6000ほどに。(20万石、万石当り300で算出。)
筒井 思った以上に多いが、本当に20万石もあったのか、筒井家は。
中坊 ありますともっ!(95000石という資料もあったが・・・)
筒井 それを聞いて安心したぞ。
中坊 いよいよでございますな。
筒井 一族伝来の例の技、ここでも使えるかどうか、中坊、どうじゃ。
中坊 必殺の日和見大作戦、別名・勝ちそうな方がお友達作戦にございますな。
筒井 陣を前線より離し日和見。これ最強。
中坊 一歩間違えば改易、両刃の剣ですぞ。
筒井 デウス様がお守り下さる。徳川は、キリシタンをお許しくださるのだろうか・・・。
中坊 それはわかりません。大切なことは、勝ち組に乗ることです。
左近よりの書状(大和の北庵法印(注1)あて)
これより未曾有のいくさあり、おちゃちゃ(注2) お珠(注2)のこと
お頼みもうす。
島 友之
※注1 北庵法印・・・左近の舅、興福寺の医師
※注2 おちゃちゃ・・茶々、左近の後妻
※注3 お玉 ・・・・左近の娘、このとき三歳。後に柳生の庄で養育され
柳生兵庫介に嫁ぎ、後の連也斎を生む。
美濃・尾張国境街道筋 夕刻
炊き出されたばかりの握り飯や汁を頬張りながら歩く兵士達
明石 「良く噛んで食えよ、まだまだ有るぞ。」
家来 「殿、先手の御大将が徒では格好が付きませぬぞ。」
明石 「なに、兵共も強行軍じゃ、儂が乗るよりこうして種子島を運んだ方が良い。
それより犬山城の石川殿が清洲に向かったのは本当か?」
家来 「はい、しかし清洲城への入城は未だ拒まれておる様子に御座います。」
明石 「ふむ、石川殿はあるいは御味方やも…忍びを放ち殿へお知らせせよ。」
家来 「はっ御意に。」
その後明石隊(六千)は
>>234の石川隊(五百)と合流、犬山城に入城し13日昼
まで鋭気を養い清洲城攻めへ
秀家本隊(一万千)は美濃・尾張の小大名・豪族(千五百)が合流し、14日
に先発隊と合流予定、なお宇喜多家より使者が出ました。
→毛利家へ状況報告
→大垣城の石田殿(島殿)へ戦意十分の返答と状況報告及び後詰めの要請
→岐阜城の織田隊へ犬山城への荷駄の搬入と後詰めの丁寧なお願い
→近隣小大名へ西軍優位と喧伝し、合力の要請
伊賀上野との連絡を密に。
(今後は伊賀経由での連絡が取れまーす。)
筒井家の家人が筒井の陣に入るだけなんで、怪しまれないのであーる。
伊勢路移動中
諸将に西軍有利との手紙を書き送る。
頼りにしている旨、徳川の領地の広大さと、恩賞についても書き記されている。
伊賀の筒井殿居城に密書
〜毛利勢に手向かいなくば所領安堵し、お味方いただけば、大和一国をお約束いたしましょう。
よくよくご勘案され、判断を誤ることのなきよう、祈っております。
徳川殿が天下取るのに、筒井殿のお働きは不要ですが、豊臣のお家が天下様として残るには、
筒井様のお力が必要にございます。どちらに力を貸すのが、筒井様にとって得でしょうか。
徳川に付くか豊臣に付くか、人の道として正しいのはどちらでしょう。
正しき道の先にこそ、繁栄があるというものです。思案の上、ご判断を。
安国寺恵瓊
245 :
無名武将@お腹せっぷく:02/07/28 14:22
こいつと
【慶長五年八月十二日】
【豊前国中津城】
(加藤清正与力の報告を聞いて)
ふぇっふぇっふぇっ!
虎之助め、あやつもいっちょ前に御家の大事を考えよるか
表向きは与力じゃが、ちらちらと目付けの意図が見え隠れしておるぞい
あの洟垂れの浅慮など片腹痛いが
まぁよい、我が武略の妨げにはなるまいて
ふぇっふぇっふぇ
せいぜい先手にこきつこうてやろうかのぅ
さて、やらねばならん事は死ぬほどある。急がねばのぅ
【竹中重利殿への書状】
西軍に囲まれし貴殿の心痛察するにあまりあり申す
されど心配御無用!それがしは豊前・豊後に巣くう西軍の奴輩を討滅致す所存
つきましては竹中殿にも与力いただきたく存じあげ申す
【慶長五年八月十二日】
黒田利高 「福島様が清洲に入られる由」
長政 「うむ!あの単細胞にはいつもはらはらさせられる」
利高 「殿、御口が少し過ぎますぞ」
長政 「ふんっ、おどれなどにわしの苦労がわかってたまるか」
利高 「…御意」
長政 「忠輿や高虎のような奴ばかりだと助かるのだがのぅ」
利高 「それ故、内様は殿を頼りにされておられるのでしょう」
長政 「ふんっ、どうだか…」
【田中殿への書状】
誉れの先発、誠にうらやましき限りにござりまする
清洲に入る前にいま少し状況を掴んでおきとうござります故
書状にての返書をお待ち申し上げます
兵糧の事、特に肝要かと
【藤堂高虎殿への書状】
謀・調略の事、如何あいなっておりましょうや
物語など致したい故、一度それがしの陣所においでくださりませ
市松や一豊の件、是非話し合っておきとうござります
【本多佐渡殿への密書】
今の所万事上手くいっております
何分若輩故、至らぬ所があれば書状にて詰問下さりませ
それがしは内府様を無二の主君だと思うております
内府様もそれがしを家臣と思し召し下さりますようにお伝え下さりませ
左近。遅くなったが戻ったぞ。
明日、新規大名募集ageの儀式を執り行う。
【スレ目的】
【参加中の大名】
【募集中の大名】
【現在の情勢】
【諸注意】
などをまとめてみるつもりじゃ。
そちがまとめられる範囲でまとめて、密書を送られたし。
8/12美濃北中部 宇喜多秀家本隊
秀家 「これを叔父上にお渡しせよ、頼むぞ。」
忍者 「御意…」
内容 「急に斯様なことに成りたる次第、秀家は未だ未熟故、父直家に代わり
秀家を宇喜多の家を導いて欲しい…」(反省したからと情に訴える)
秀家直筆の書状を東軍先遣隊に参加している宇喜多詮家、戸川達安、花房正成、
岡家利(宇喜多騒動の後、家康殿の仲介で帰参していたらしい!奥州攻めの際は
宇喜多家先陣として東軍先遣隊と行動を共にしていて、関ヶ原の合戦ではそのまま
なし崩し的に東軍として戦ったらしい、引き留めろよ史実の秀家!)に送りました。
8/14
宇喜多詮家、戸川達安、花房正成、岡家利 「秀家様…(涙)」
【三河国岡崎城】
吉政 「よし鳴海あたりまでいくぞ!」
正武 「御意。」
【黒田(長政)殿への返書】
清洲近くの犬山には石田方の軍勢が篭っているようです。
しかし、しかし我等が清洲に着けば寝返るものもでてきましょう。
諜者の報告によると伊勢方面ではまだ戦が続いておるそうです。
兵糧は十分に準備できております。
わが軍勢は鳴海にて他の諸将をお待ちいたします。
【慶長五年八月十二日】
(黒田殿の密書はまだ着では無いんでしょう。)
(苛)
上様はまだ御療養中じゃ。(本音:村越出すかな。)
・・・黒田殿へ書状
金吾並びに表裏ある者へ画策しかるべし。
左衛門大夫の腹背、貴殿にかかるべし。
岐阜へ御懸かり。大層な事。
祐筆「佐渡様・・・」
本多「(小人め)虚実流すのも武略と心得よ。」
祐筆「は。」
本多正信「さて、先手の動き見物するか。戦上手の中務や万千代のお手並み拝見」
【慶長五年八月十二日深夜】
>251
佐渡、苦労であったな。そなたの忠節にはきっと厚く報いるぞ。
・・・何も動いてはおらぬな。よいぞよいぞ。
【結城秀康へ軍令】
そなたは兵2万を率い、先発して東海道を西上せよ。副将として本多平八郎をつける。
【徳川秀忠へ軍令】
そなたは兵2万を率い、宇都宮にて上杉に備えよ。副将として榊原康政をつける。
【黒田長政殿へ密書】
貴殿は東軍の柱石とも思っております。勝利の暁にはきっと厚く報いるでありましょう。
先手大将として秀康を差し向けましたが、何分若輩者にて宜しく補佐願います。
清洲の豪傑どもを抑えられしは貴殿のみと思っています。藤堂らと談義の上宜しく差配願います。
【吉川広家殿へ密書】
安芸殿とは兄弟親子とも思うとの契りを交わした仲でもあり、この度の石田治部らの暴発には心を痛めております。
私は毛利家に不忠の働きは無いと信じております。大方安国寺の茶坊主めに誑かされておられるのでしょう。
済んだことをとがめだてはしませんが、これ以上は天下にも示しがつかなくなります。貴殿の力をもって毛利家の破滅から救って頂きたい。
【江戸在陣の宇喜多家中諸将へ】
秀家殿には悪い虫がついておる。貴殿らが忠義を尽くし諫言を重ね勘気を蒙った事情もこの家康よく承知している。
子供の悪ふざけを咎めても仕方がない。戦が終わっても宇喜多家に悪いようにはしないが、秀家殿には隠居願うしか無かろう。
その時は詮家殿に宇喜多家の采配を預かってもらう事になろう。
【小早川秀秋殿へ密書】
そもそも貴殿が茶坊主の言いなりになることは無いのです。秀頼公御成人までは貴殿が豊家の差配をしても良い位です。
老臣の言うことをよく聞き、今は動かざること山の如し。石田方に惑わされての軽挙妄動は身の破滅を招きましょう。
【小早川家老臣衆へ密書】
小早川の動き次第によっては小早川家だけでなく貴殿らの将来も大きく変わるだろう。
故隆景殿は毛利に忠節を尽くし、太閤殿下に認められてついには天下の大老の一人に数えられるまでになった。
貴殿らもあやかるがよろしかろう。
【島津惟新殿へ密書】
弟御はあのように一途で剛邁な御仁ですから狐どもに誑かされたようですが、この家康別に遺恨には思っておりません。
ただし天下への示しというものもある。弟御の失地を挽回するお気持ちがあるなら、九州にて存分のお働きをされるがよろしいでしょう。
<灰色の旗色>
【近江高宮】
島家臣 「・・・・いつまで待たせるおつもりか!?」
稲葉 「ですから、殿は病で臥せっておいでだと言っておりましょうが」
平岡 「我らがきっちり話は伝えますゆえお引取りを」
島家臣 「直接話をしたいといっておるのですが?」
稲葉 「今は話せる状態にありませぬ・・・」
(小三時間の問答の甲斐なく、島家臣は金吾に会うことはありませんでした)
(戦意自体は高そうです)
一方・・・
松野 「曲者が!」
密偵 「ぎゃ〜〜〜〜〜・・・」
松野 「ふん、東軍の草か。殿には近づかせんぞ」
(内府からの手紙もまた届くことがありませんでした)
秀秋 「西軍からの使者には出るなといわれ、そのとおりにしてるのに
東軍からの使者が来ない・・・どうすればいいんだろう・・・」
(金吾の心労は続きます)
佐渡と田中よ、名代役大儀であった。厚く礼を言うぞ。
さて、この陣はいよいよ戦局に突入しそうじゃのう。一花咲かせて、東軍の
総指揮は佐渡よ、そちに委任する。よいな。
【三河某所・家康本陣】
(つれづれなる時を某は将棋所・大橋宗桂を招き、将棋を指しておる)
某 「さて、治部方の動きはいかがじゃ、将棋所よ?」
宗桂「はい、在野の棋客によれば、本心から治部を支持するものは島、大谷、
小西ぐらいと。あとは二心あっての味方という寄せ集めが現状とか」
某 「さようか。パチリ。(駒を指す音)されば、まだまだわが方に付く可能性
のあるものもおるということか。」
宗桂「それは殿しだいでござりましょう。パチリ。殿、それ、詰みますぞ。」
某 「何?詰むとな?待った、待ったじゃ」
宗桂「戦には待ったはござりませぬ。お覚悟を決めなされ。」
某 「うーむ、錯覚いけない、良く見るヨロシ」
宗桂「これで手前の三連勝ですな。次回からは半香の手合いですな。」
某 「むむむむ・・。今宵、また勝負じゃ!」
【その晩】
某「昼間はそちの棒銀に負かされたが、今宵はわしの棒金でそちの穴熊を攻めたる
わ!覚悟せよ!」
宗「殿、それだけはご勘弁を!ヒー!!」
某「三番棒に負かされたお返しじゃ!えい!貴様に火を付けさせてやるわい!
この馬の油はそれにしてもすべりがいいのう。そちの玉を端攻めじゃ!」
宗「あうっつ、あうっつ、ああ・・されば、手前も殿の玉を私のうなる龍で
突きまするぞ!えい、えい!!」
某「ひーっつ、宗桂、勘弁じゃあー!はうっ、はううっ!さすがは昼だけではなく
夜も名人じゃのう!あうっ!」
妙な奇声を変だと思って、警護の小姓が襖を開く・・・
「曲者!何奴じゃ!!」見てはいけないものを見た小姓、呆然・・・。
某
「見たな・・・・。見てしまった以上、側付といえど、
生きては返せぬ、宗桂、口封じじゃ。やれ!」
宗「はっ。」
小「それだけはお許しを・・・ひいーーっ!!」
(宗桂の「成金」が小姓の口を封じてしまった)
某「こうなったら、朝まで三番、棒の振り合いじゃ!はははははは!」
(こうして、夜の「名人戦」が明け方まで繰り広げられたとさ・・・)
井戸覚弘 ようやく清洲でございます。
筒井定次 わかっておる。この後は織田攻めであろう。
井戸覚弘
途中で送ってしまったのであった。
のらりくらりとしようとの相談です。
★岐阜攻め・関ヶ原と、筒井家は戦ったらしいが、そのの働きは驚くほど伝わっていないのレス。
恩賞もゼロで、大坂の陣では西軍加担の罪でボッシュート。
結構謎な筒井さん。伊賀忍びから、毛利の意向も確認しますた。
兵力6000。本拠の伊賀も近く、影響力は大。
ちなみにそれがしは筒井家の左近右近の左近
(すいません、リアルで忙しくこれがせえいっぱい・・・)
【幸村の動き】
何,松野殿が東軍のものらしき草を斬ったというか.
島左近殿の家臣は平岡,稲葉の両重臣によって
小早川殿への目通りを拒まれているという・・・.
ここは松野殿への接触を図るか・・・.
【幸村より松野殿への密書】
我が父昌幸は小早川中納言様のことをたいそう心配いたしてござった.
平岡殿,稲葉殿によって島左近殿の家臣が中納言さまにお目通りできぬこと,
もはやみなが知っておりますぞ.
この両名の画策いたすところは明白,東軍への帰り忠を狙っているのではござるまいか.
思うが侭にさせてはなりませぬ.
この幸村,父には及ばずとも全力を持って松野さまをお支えいたす所存にござる.
【幸村より石田様,島殿に密書】
島殿の家臣が小早川殿に平岡,稲葉の両名によりお目通りできぬこと,承知仕っております.
拙者のほうで松野殿に働きかけてみまする.
石田様,島殿も小早川家には十分ご注意あるように.
一計を案じてみた.
【佐竹殿(役がいませぬが・・・),上杉殿,伊達殿への密書】
実のところ,三家が仲がよろしくないようにお見受けいたす.
一つ提案がござる.
御三方が各々違う方を攻めるというのはいかがでござろう.
もし,約に違背したほうへは,他の二家が共同して攻めるという罰則つきでござる.
上杉家は越後に,佐竹家は南下して江戸をつき,伊達家は仇敵の最上殿を攻めるのでござる.
もちろん,皆々様がそろって江戸に攻め下るのもよろしいですぞ.
どうかお考え下され.
【佐竹家(役なしのままとりあえず書状は・・・)へさらなる密書】
わが草の知るところによりますれば,東軍は中山道を通らぬ様子.
江戸に責め下りなさるならば,拙者も中山道をとおり,江戸に向かうことも考えてござる.
よろしくご検討くださるべし.
【伊達家への書状】
幸村が大阪から上田に帰ってきたときに申しておりました.
金吾中納言殿が片倉重長殿を追い回していたと・・・.
このたびは金吾中納言の意のままに操ること,これが最大の要衝にてござる.
重長殿にはご心労をおかけしてしまいますが,こここそ影働きのしようだと
重長殿にお伝えくだされ.
拙者がこのようなことを貴殿に漏らすのも,拙者の貴殿の智謀への
尊敬と信頼とお考え下され.
そして,最上義光殿を打って反転し,南下されるようお頼み申す.
治部殿,毛利殿へは重ね重ね拙者から申し上げておきまする.
【上杉殿への密書】
三家が互いに後背を空けようというこの策,上杉殿の動き次第にござる.
よろしくお頼み申す.
【石田殿,毛利殿への密書】
伊達家への懐柔の件,早めの書状をお出し下され.
また,伊達,上杉,佐竹の三家の軍事行動をお認めあるようにお願いいたす.
伊賀忍びを使い、伊賀に密書
安国寺に使者を出し、西軍の伊賀進出を留めるべく伝えよ。
もう一つ、以下の如く伝えよ。「伊賀に加えて大和とのお話でしょうか」
田中吉政殿に書状
内府殿が来られぬのは、我らわ捨て殺しとするおつもりであろうか。
信じられぬまま戦となるのは、いかがなものか。
信じられておらぬ でした。
福島殿への書状(今はどこ?同行してるのだろうか?)
岐阜の織田殿と戦するのは忍びないかと。
時をかけて誘降を働きかけてみてはいかがでありましょう。
徳川殿に使者を出す
お指図賜われば幸いにございます。
美濃への進出をお急ぎください。犬山近辺にて宇喜多の兵を確認したと、物見が伝えております。
内府のお手紙大作戦。
【前田利長・利政殿への書状】(西軍加担を戒める芳春院の添え書き付き)
私は亡き御父君利家殿とは共に故太閤殿下より遺弧を託された仲であり、利家殿御逝去の折には後事をくれぐれも頼まれた身でもあります。
不肖家康が信頼できぬというだけならともかく、御父君の遺志をないがしろにして石田ら奸臣どもの謀に乗るなどと言うことがあっては不義の極み。
御母堂もご両所の事を心より心配しておられる。親不孝だけはしてはなりませんぞ。
【佐竹義重殿への書状】
御子息義宣殿は石田治部と親しく、また義宣殿自身が律儀な方で立場に苦しんでいる事情は察します。
しかし何分義宣殿は若年であり、判断が甘いのでは。この非常時、戦国乱世を切り抜け鬼義重よと雷名を轟かせた義重殿が今一度采配を取られるべきかと存じます。
佐竹の御家の為にもご決断くだされ。
【福島正則・池田輝政殿への書状】
本来ならすぐにでも江戸を出立して貴殿らと轡を並べたいところですが、東北諸大名に上杉の仕置きをなんとかして欲しいと泣き付かれ難儀しております。
ここは剛勇で鳴るご両所にひと踏ん張り願いたい所です。骨折りとは思いますが奮起願います。
先手として倅秀康に兵2万を与えて西上させました。黒田殿に後見を頼んでいますが、ご両所にも若輩者の鞭撻をよろしくお願いします。
【筒井定次殿への書状】
すぐにでも上方へのぼりたいところですがそうもいかず、まずは倅秀康を先手として送り出しました。
筒井殿には是非当方へ合力願いたい。まずは福島殿の下知に従ってくだされ。
筒井殿の働き如何によっては本貫たる伊賀の他大和一国を宛て行う用意があります。
【黒田長政殿への密書】
小早川への工作が不首尾に終わった場合、当方に密通している二家老以下主だった者の名を触れて回るべきでしょう。
小早川勢の要はあの両家老であり、あの者どもがいなくなれば小早川など戦力として数える必要もなくなります。
筒井勢6000は、清洲への入城をせずに今尾城と松の木城に入った。
松の木城の徳永寿昌(30000石)、今尾城の市橋長勝(10000石)と連絡を取り、
各城に3000の兵を詰めて、兵数で両氏を圧迫し、指揮下に入れる。
福島殿・黒田殿に伝令で報告を行い、西軍が攻めて来た場合の後詰めを依頼。
【木曽川以西の、最前線に進出したことになります。
両将は、本来なら西軍に入る方が普通であろうと思われる。】
★筒井軍は合計7000で前線中央に。福島殿の格下でもなく、指揮下には入らない。
(内府さんの手紙は16日ぐらいi到着かな?)
家康が痴態行動しているので、西軍は岐阜城まで
遅滞行動するのですか?
【久しぶりに大垣城にて】
左近よ。おるか?
東軍の先鋒はいよいよ美濃をうかがい出したようじゃのぅ。
内府到着まで動かぬと見たが、念には念を入れねばならぬ。伊勢方面に向かった諸将を美濃に呼び寄せたいと思うがどうじゃ?
呼び返した軍勢を岐阜・犬山に入れたい。
8/13午前 尾張犬山城近辺
石川 「我が犬山城にて鋭気を養っていただきたい、もっとも城兵の妻子は大垣
に落としておる故、むさ苦しい男給仕でござるがな、ハッハッハ」
明石 「何の何の、雨露をしのぐ寝床に暖かい飯、これ以上望むは贅沢に御座る」
石川隊の先導で明石隊が犬山城に入城しました、それに続き午後から続々と
稲葉貞通・稲葉典通・稲葉方通・加藤貞泰・関一政・竹中重門隊(以降犬山連合軍
とします、石川殿を主将として総数約五千)が援軍に駆けつけました。
犬山城戦力→ 明石隊六千 + 犬山連合隊五千 合計一万千
食事を取りくつろぐ城内
物見 「ご報告!」
明石 「どうした?」
物見 「はっ、福島・黒田隊等を中心とする敵方約四万が明日十四日清洲城に
入城との事に御座います。」
明石 「抜かったわ!一足遅かった、 清洲の城戴く予定が…」
石川 「なぁに、まだ策は有り申す。 ヒソヒソ…」
明石 「それは名案! 早速御大将にお知らせせねば。」
宇喜多軍より使者が出ました。
→毛利家へ状況報告
→大垣城の石田殿(島殿)へ状況報告及び後詰めの要請
→岐阜城の織田隊へ犬山城への荷駄搬入の丁寧なお願い
→近隣小大名へ西軍優位と喧伝し、合力の要請
→秀家本隊(一万千)は8/14午後に犬山城入城予定
犬山城で籠城準備が始まりました、城外にも馬防柵等を立てたりしています。
【東海道を西上中の結城秀康に書状】
そなたの勇武大略はこの時の為に天に与えられたと思え。東軍諸将を叱咤して決戦に臨める者はこの家康をおいて他にはそなたしかいない。
本日より徳川・松平姓を許す。父の名代として恥じぬ働きを見せよ。
本多正信「よろしいのですか。秀忠様の心中穏やかではありませぬでしょう」
徳川家康「よいのだ。秀忠に数万の大軍の下知ができるか。武人としての力量は秀康が数段勝る。太閤殿下もえらく誉めていた」
正信「となると、跡目の話は・・・」
家康「優れた方が取れば良い。わしは秀康を冷遇しすぎたが、考えなおさねばならん」
正信「それはともかくとして、人選的には正しいかと。秀康様は福島殿とも親しく、治部少ともゆかりがある。豊臣家とも縁が深い」
家康「あれが器用に立ち回ってくれれば良いのだがな」
【結城秀康より石田三成殿に書状】
此度はこのような事になり大変残念です。私が貴殿を佐和山のお城へお送りした際の四方山話、覚えておいでですか?できれば貴殿とは戦いたくはありません。何卒ここは自重し、天下の為に拳を引いてください。父内府はこの秀康がどのようにしてでも説き伏せてみせます。
これ以上の戦乱は誰が望むでしょうか。
密偵「犬山に石田方宇喜多勢が入場したようです。」
吉政「うぅむ、とりあえずわれらは清洲まで進軍する。」
正武「殿、戦のさいは寝返るように書状を送られては?」
吉政「よし、そうしよう。和泉にいつでも篭城できるように準備せよと伝えよ。」
正武「仰せの通りに。」
【田中勢は清洲に向い進軍しています。】
【犬山へ密使が向かいました】
【犬山の諸将への密書】
福島殿や私等の軍勢が清洲に着き次第、城を乗っ取るか、
もしくは城から出てわれらの軍勢に合流してほしい。
【密書その1・テーマ ヘタレの心、ヘタレ知る】
小早川中納言殿、ご心中お察しいたします。
私などは、今回の騒動が起きてからというもの、落ち着いて眠ることもできません。
これより先は、互いに連絡を取りつつ、なんとか忠義を(誰とは書いていない)果たしましょう。
戦が終われば関白になられるとか。筒井家は、次期関白様の御指示に従います。
関白様に従わねば、朝敵になってしまいます。当然のことでございます。
どのように動けばよいか、この筒井めになにとぞご指導を。
★内府タンのおてまみ到着したことにします。
筒井家に、大和一国加増を内府が約束したと、東軍陣営で噂が流れる。
(東軍諸大名がこぞって所領加増の約束を取り付けようと躍起になる。
このおかげで、東軍内部では、約束の後に動こうと、遅滞気配が漂う。)
伊賀・藤林家、百地家に、戦後に万石取りを約束し、諜報戦強化。
服部一党以外の伊賀忍びと契約。筒井家の書状は誰にも見られませんよ。
伊賀忍びの元締めには、全員を取り立てることを約束。
【密書その2・我侭にして日和見、なおかつ敵対御免】
伊賀忍びの見事な業で、誰にも知られる事なく島左近に密書を送った。
★そちの主君と戦いたすつもりは毛頭なし。内府と毛利より大和一国加増の約束いただいた。
周囲を福島、黒田らに囲まれ、しばらくは内府に同調して行動せざるをえない。
それを理由に恩賞の約束が反古となっても困る。石田殿の書状いただければ、
安心して殿下への忠義を尽くすことができるというもの。大和と伊賀の宛がい状と、
伊賀一国を無役扱いとすること。筒井家がしばらくは石田殿の敵として動くことを認めること。
これを認可した書状、使者に渡されたい。
伊賀への侵攻をされた時には、内府に味方するのでそのおつもりで。
【密書その3・ぼくは忘れてね】
黒田・福島殿へ書状
西軍、ことのほか美濃に勢力強く、城の一つ一つの攻略が肝要。
二城はなんとか押さえたので、しばらく様子を見つつ、近隣諸城を攻略いたす。
岐阜攻めはなるべくせぬように願いたい。我が妻の義理の父が織田信長様であり、
織田殿を攻めるのは心苦しい。万一岐阜を攻める時は、我らはお忘れください。
清洲の貯えておられる兵糧、こちらに搬入をお願いいたす。
太閤殿下のため、全力で尽くす所存。荷駄護衛の兵を500ほど送ります。
(福島個人の兵糧ではなく、秀吉の命での備蓄米。断る理由はないよね。)
【周辺諸城への日和見の回覧板(署名なし)】
心ならずも相対していますが、もともとはお味方。貴城攻めるも、空鉄砲で引き上げます。
空鉄砲で反撃をお願いします。
【江戸城:8月13日】
正信「(家康との密談後)くっくっく。もう一手打つかの」
祐筆「(いいのかい本当に)次はどうなされます。」
正信「以下の様に致せ」
宇都宮に在陣中徳川本陣に軍令。結城家の旗を多数置け。
祐筆「?何故でございます。」
正信「(呆)そなた、戦陣で秀康様と秀忠様どちらが組し易い。」
祐筆「それは、中納言様で。あ、なるほど」
正信「ま、小細工じゃが。あの片目は蛇の類だからの」
祐筆「しかし、あの片目は無類の戦上手。この程度の細工は見抜くはず。」
正信「わからぬのか。ここで動けば凡将よ。彼奴めが上様に馳走する機会を逆
に与えてやるのよ。」
【家康よりの書状、早馬により到着】
・・・父上・・・ようやく、ようやくそれがしの事を・・・(号泣)
ようし、こうなればこの秀康、父上の為徳川の為天下の為に力の限り立ち働くぞ!
【徳川秀康より福島殿以下先手衆へ書状】
不肖秀康、父より先鋒大将を仰せつかりました。
まずは和戦両面の構えを取りつつ石田方に我らが力を示し、戦う意味がないことを悟らせねばなりません。
それがしは大乱は避けたいと考え、既に石田治部殿に自重と和睦を求める書状を送りました。
これで話がまとまればよし、まとまらざる場合は彼らに大鉄槌を下す事を躊躇うものではありません。
よろしくご鞭撻を願います。
【徳川秀康より伊勢・大和・美濃・伊賀各国の一万国以上の大名衆に書状】
不肖秀康、父内府公より先手の采配を預かった。
和するにせよ戦うにしろ全て天下の分け目にして、旗幟は鮮明にして頂く。
秀康が清洲に入るまでに勝手な攻勢は許さぬ。どうしても必要な場合は清洲の福島殿、池田殿両最先手の指示を仰ぐべし。
また、直ちに家老分以上を清洲に派遣し、福島・池田殿との連絡を密にすべし。
反する者は敵とみなし懲罰を加えるであろう。
また、恩賞差配は内府公が裁可するであろう。まずは決死の働きを示し、沙汰を待つべし。
徳川は勇者に厚く報いる。怯者には寸土たりとも与えぬであろう。
兵1000により高須城攻めに進発。
[史実では、城主・高木盛兼10000石は、徳永寿昌、市橋長勝らによって計略された。
距離を置いて空鉄砲を攻めてが打ち、高木らはしばらくして降伏し退城の約束だったが、
徳永らは本気で攻め、一気に城を落とした。ボクは本気で八百長するの。
10日はゆっくりと囲み、それからこちらが引くのでそのつもりで。東軍はズルイ。]
<灰色の旗色の下>
さて、今日は松野殿に会いに行こうかの。
【岩見は松野に会いに出かけました】
(外で待っているので松野殿は呼んで下さい)
274 :
福島正則 ◆nSvT9xw. :02/08/04 00:04
福島正則・黒田長政・山内一豊ら、清洲城に入城
ズワッハッハッハッ、大義、大義。
清洲の城を石田に奪われなんだは上出来。皆、石田を討ち果たした後の、恩賞は期待せよ。
「台所方、何をしておるっ!酒を持てっ、皆様方お疲れぞっ。」
黒田長政・「結城殿が先手大将だそうですな」
福島正則・「小僧ッ子に何ができる。黒田殿とワシが戦の中心にござろうて」
黒田長政・「そなたは相変わらず勢いがある。しかし、毛利が中心となっている以上、
そなたの考えているほど、甘い戦ではないぞ」
福島正則・「ナニーーーーーーッ、三成如きに遅れを取るとでも言うかっ!
どれほど集まろうとて、烏合の衆は烏合の衆。ワシの軍勢に会えば、蹴散らされるのみぞ」
黒田長政・「なら良いが・・・(ガラシャが心配よ・・・)」
福島正則・「そんなことより、内府の動きが遅すぎぞ。」
黒田長政・「我らが信頼されているのだ。あまりイキルな」
福島正則・「それはそれとして、筒井の勝手、いかがする」
黒田長政・「攻めるか?」
福島正則・「小僧(秀康)の指図待とう。敵は石田一人よ」
【清洲の東軍、三万を数える】
参考として、秀康勢2万には榊原康政、大久保忠隣、本多忠政、酒井家次らが付いています。
現在東海道を急行軍中。8月20日頃には清洲に到着する予定。
【森忠政、真田信幸殿への密書】
信濃路は安寧かと存じますが、真田の親父殿が何をするか予測がつきません。ゆめゆめ用心ください。
276 :
無名武将@お腹せっぷく:02/08/04 01:57
家康に「西軍」と名乗ってもらってはどうか?
277 :
無名武将@お腹せっぷく:02/08/04 10:07
軍師曰く それは妙案至極にございます
278 :
無名武将@お腹せっぷく:02/08/04 10:22
嫌損&自治連合軍 :02/08/03 23:51
撃て!!!!BAM!! ________
。、::。.::・'゜。'゜) / /
, \从/ ./ / ,-、
∧ェ† ⊂l二l。二二二》 /l二l二| ̄|| /』 _ョ____ ,,,,,,,,,,,,,
(゚Д゚》====三三三 《))目二二二二二二l二): ̄:)ヾ ̄ ̄》 / |: | ̄\\―┰┰|: _/_/_/) [|,,,★,,,|].
↑ V~ 』┛/~ ̄ヾ ̄ / ̄ ̄ ̄└┤~| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_(⊆)ιニ。 ミ・Д・;彡
損 /W'ヽ ___ハ/ ヾ /⌒\ (( ̄ー、━(//)=)_ ̄B\\⊂,, ""⊂,)
。、::。.::・'゜・') <'、ハ^\ ヾ ( ◎ ) || <'、┗|||―-┛\  ̄ ミ | シ
゚゚\>――\___\_ノ || ゚\.>巛―――\ (,,,,,,),,,,)
゚゚゚゚゚゚゚゚゚゚゚゚゚゚ ヾ ゚゚゚゚巛゚゚゚゚゚゚゚゚゚゚゚゚゚゚゚
福島・「結城殿の書状では、まだ手出しするなと言っておる」
加藤・「それでは石田に与する者が増えるのを待つだけであろう」
浅野・「筒井殿が2城を抑えたようだが、これが一番手柄となっても面白くない」
福島・「岐阜攻めは後にまわし、犬山にでも兵を出しておくか。先手は当家がうけたまわる」
加藤・「では池田殿と浅野殿とそれがしで、後詰めいたそう」
池田・「承服できかねる。岳父の徳川殿は、先鋒にはこの池田を指名しておる。先鋒はそれがしに」
黒田・「こんなところで争っても仕方あるまい。二軍に分け、犬山攻めと竹鼻攻めを同時にすればよいではないか」
池田・「ならば竹鼻城をそれがしが受け持とう」
福島・「では出陣は15日といたす。それまでに兵を休ませておくことにいたそう。
が、それにしても内府めは遅い。我らを使い捨ての捨石にするつもりか!」
池田・「そう言うな。敵は徳川殿ではなく、石田と毛利であろう」
福島・「そこに内府が加わっても、一向構わぬ」
山内・「味方で争っても仕方なかろう。酒でも酌み交わして後日に備えようではないか」
【犬山攻め・福島、細川、加藤、黒田、藤堂、京極、生駒、松倉ら23000】
【竹鼻攻め・池田、浅野、山内、松下、堀尾ら14000】
※『日本戦史・関ヶ原』よりも、兵数を多く見積もっている。井伊直政注進状より。
清洲にも充分な兵力は残るものとお考え下され。
軍団は、岐阜攻めの時に準じた。
※2日後に城を出ることになりますが、結城殿が止めるならば書状を下され。
【福島正則、池田輝政殿への密書】
先の書状にて出戦を戒めましたが、ご両所が必要と判断された場合はこの限りではありません。
美濃・尾張戦域における優位を確立する為に必要であれば秀康到着以前に出撃しても構いません。
ただしその場合、清洲の確保には十分意を払って頂きたい。
【慶長五年八月十三日夜半】
【尾張国清洲城】
長政 「まずい、非常にまずい事になった…」
利高 「如何致しましたか?」
長政 「内府様ご到着前に、戦線を拡大するのは非常にまずい」
利高 「何を恐れて居られますか、先んずれば人を制すと言うではありませんか」
長政 「大津,丹後,伊勢…西軍は散っては居るが後詰はいくらでも居る。中々城は落ちまいて、伊勢路より分断されれば袋の鼠よ」
基次 「それを覆すのが武人の務めではござらんか?」
長政 「(チッ、正論など分かっておるのじゃいまいましい奴め、おまえみたいな槍働きの葉武者に俺の苦労が分かってたまるか)」
基次 「(口では景気の良い事ばかりを言いおって、腹に二物を含むのは恥ずかしいと思わんのか?)」
長政 「長島城に踏ん張ってもらうしかないか…」
利高 「援軍を差し向けるのは難しゅうございますよ、皆手柄を立てると息巻いております。わざわざ華々しい戦果を置いて端城の援軍などにはとても行きますまい」
長政 「…困った、榊原殿に頭を下げてみるか…」
基次 「(何と!誇りというものが無いのかこの大将は!まるで内府の家来ではないか)」
【榊原康政殿への急使(八月十六日到着)】
恥を偲んでお願い申し上げます。
徳川様の軍勢より数千を長島へ後詰にやっていただけませんでしょうか。
戦国の世にあり忠勇無双で知られる三河家臣団にしかできない芸当にござる。
いささか武者の面目は潰れるやも知れませんが、忠義と役目は内府様へも届くはず、
何卒お聞き入れ下され。
【田中殿への書状(八月十四日到着)】
此度、至急長島への兵糧・弾薬を手配いただきたし。
長島が陥ちれば御味方が危のうござる。
重要な役目にござりまするよ
<身分不相応>
【近江高宮】
松野鉄砲組頭「これは岩見様。何用でございますか?」
岩見 「何、今宵はいい月が出ておるゆえ松野様の話でも聞きながら
一献いければ、と思うてな」
組頭 「これは・・・今殿は大殿に呼ばれて出払っておいでですが」
岩見 「・・・軍儀か?」
組頭 「わかりませぬ」
岩見 「・・・」
平岡 「( ゚д゚)ポカーン」
松野 「( ゚д゚)ポカーン」
稲葉 「( ゚д゚)ポカーン」
秀秋 「な・・・なんじゃお前ら!そんなにわしが天下を目指すのが
おかしいと申すか!?」
稲葉 「(気でも触れたか・・・)おかしいに決まっておりましょう
が。1万5千の兵力で、何ができると思っておるのです」
平岡 「(誰がついてくるというのだ、このひよっこに)上を目指そ
うと思うその志や見事と思いますが。時期的に今はおやめにな
られるが吉かと・・・」
秀秋 「筒井殿はわしを認めたぞ!?わしは太閤様に認められ養子と
して豊臣の名も持つ!大儀もある!石田なんぞに振り回されて
たまるか!わしが全ての主であるべきなのだ!!」
松野 「(だからといって・・・誰も好き好んで無能を主にはしよう
とせんだろう・・・秀秋様の御子ならば解らんが。ただ、厄介
なことが解ったな。・・・秀秋様はやはり石田殿を・・・)」
平岡 「・・・殿が石田を憎んでおるは良う解っておりまする。なれ
ばこそ、東軍につくが良いと我らは申して・・・」
秀秋 「その東軍からの使者が一向に来ないのはどう説明するのじゃ
平岡ぁ!?」
平岡 「う・・・・」
秀秋 「内府様はわしを買ってくれていると思っておったのに・・・
だからわしは東軍につきたいと軍儀開いてまでつぶやいたのに
それなのにそれなのにそれなのにそれなのに・・・手紙の一つ
もよこそうとしないではないか!?」
稲葉 「(一つでも手紙が届けば・・・しかし文の一つも届かんから
花押を真似できぬ・・・偽文が作れぬ・・・内府様はどうして
文をよこしてくださらぬのだ・・・約束が違う・・・)」
松野 「(♪〜)」
稲葉 「と、ともかく今は待つべきです。この戦、長引きましょう。
後に独り立ちするにしても今は堪えるべきです!」
平岡 「殿の御力は皆がお認めになっております。すぐにでも内府様
からの文もまいりましょうぞ!!」
秀秋 「・・・誠であろうな・・・来なければわしは・・・」
松野 「(・・・もうひとふんばりか・・・岩見殿にも助勢願うか)」
【秀秋様が一瞬壊れそうになったようですが平静をとりもどしました】
【江戸城にて】
家康「半蔵はおるか」
半蔵「はっ。服部半蔵、御前に」
家康「よいか。これなる密書を金吾と稲葉・平岡両家老に届けよ」
半蔵「しかし・・・先日密書を送ったばかりでは」
家康「しかし家老どもから何も言って来ない。石田方も調略に動いておろう。念には念を入れておきたい」
半蔵「・・・承りました。配下の伊賀衆を使って直ちに」
家康「くれぐれも頼んだぞ。天下を分ける文になるやも知れぬ」
半蔵「ご安心を。それがし自ら参りますゆえ」
【服部半蔵と配下伊賀衆20名、小早川秀秋に接触する為西上。密書の内容は252と同一】
284 :
安国寺恵瓊 ◆EKEIuezU :02/08/04 23:16
少し行軍を早めています。
(何もすることはありませんな、当分)
幸村「平岡殿の草斬りを手伝ってみるか・・・.」
【幸村は配下の猿飛佐助,筧十蔵,三好清海入道に東軍の草を斬るように命じました.】
【十四日には幸村がこっそり小早川陣中に到着します.】
【真田昌幸から石田殿への密書】
東軍は中山道を通る気配なし.
美濃,尾張へと進むか,それとも関東に打って出るか.
関東に打って出るならば,後詰が必要となりまする.
至急,お返事をくださいますよう.
【大垣城にて】
家康は来ず、秀康殿を差し向けたようじゃのぅ。
しかし秀康殿は内府と違って真の漢である。討伐するには忍びない・・・。
【結城秀康殿への密書】
故太閤殿下の御養子でもあった貴殿は秀頼君の兄にもあたる御人かと。
実際秀頼君は貴殿を唯一の兄として敬愛しておりまする。その貴殿が矛を逆しまにして西に攻め上るは何かのお間違いかと。
熟慮されたし。
【真田家への書状】
平素からすばやく関東の情勢をお知らせ頂き、結構至極に存じ上げまする。
関東討ち入りの件、後詰がまだ揃えられませぬ。しばしお待ちあれ。
尚、小早川金吾殿、何やら向背に怪しい動きがあると聞き及ぶ。
正式な書状は後で届けるが、内々に関白太政大臣襲封の件をお伝え願いたし。
【小早川家への密使】
大阪経由で小早川家へ。
秀頼公ご幼少につき、元服までは貴殿が関白太政大臣となり、豊家の政務を執られたし。
−毛利中納言輝元 花押−(密使はこれを押してもらってから小早川家へ走る)
−石田治部少輔三成 花押−
【和尚様への密書】
福島以下、内府の犬共が美濃を窺っている。内府は結城秀康殿を差し向けて、本人は江戸を動かぬと見えた。
かくなる上は福島以下を蹴散らし、秀康殿を帰順、もしくは江戸に敗走させて、江戸にて決戦を挑もうかと決心し申した。
伊勢方面を攻略中の諸部隊をまとめて福島以下をわれらと挟撃されたし。
【田辺城攻めの小野木殿へ書状】
此度の城攻めには今上が多いに憂慮されておると聞き及ぶ。田辺城は捨て置き、北上をいたして加賀攻めに参られたし。
8/13夕刻 清洲城近辺
夕焼けの中、馬上の武者が隣の者に何事かささやく。
詮家 「まもなく入城いたすと福島殿にお伝えせよ。」
伝令 「はい、直ちに。」
駆け去って行く騎馬武者。
戸川 「やれやれ、やっと清洲に着いたわ。」
岡 「上杉征伐じゃと思うとったら、毛利・石田と戦とは…」
花房 「それよりも秀家様が心配じゃて…」
詮家 「なに、秀家殿には明石・長船・本田が着いておる故、大丈夫じゃろ。」
花房・戸川・岡 (不安そうに顔を見合わす)
その後8/14に清洲城内宇喜多陣地に>249の手紙が届く
詮家・戸川・花房・岡 「こっこれだけ、反省して下されたか秀家様…(涙)
何とか手柄の一つでも挙げねば!」
詮家・戸川・花房・岡 「ヒソヒソ、ゴニョゴニョ」
【慶長五年八月十三日清洲付近】
吉政「犬山に密使が着いているかのぉ。」
正武「そろそろ着いていると思われます。」
吉政「われらは、美濃の福束を攻めるぞ。」
正武「筒井殿に援軍を依頼しましょう。」
吉政「敵にばれないように夕刻に出陣する。先手は吉次、まかせたぞ。」
吉次「必ず手柄をたててみせます。」
【田中軍は13日夕刻、隠密に福束城に進軍します。】
【筒井殿に使者が出ました。】
【筒井殿への返書】
某も内府殿が我等を見捨てるのでは?と不審に思っております。
某、石田方の福束城を落そうと思うておりますので、
援軍を筒井殿に御願いしたい。
【慶長五年八月十三日】
【豊前国中津城下】
如水 「どうだ? 浪人は集まりそうか」
三四郎 「それが…集まるには集まるのですが思った様には武辺者は集まりません」
如水 「如水の家臣たる者、嘆く前に己のやり方を見つめなおせ!よいか、まず青銭・米俵を城下に山と積めい!」
三四郎 「御意!」
如水 「浪人一人一人に手づかみで銭をくれてやれい!よいか、体格が良ければ百姓でも見逃すのだ」
三四郎 「御意!」
如水 「着物を脱がせ直々に体を見るのだ、異様に痩せている者、目が濁って虚ろな者は役に立たぬ故追い返せ」
三四郎 「御意!」
如水 「武辺者を見かけたら別室に通し礼を尽くせよ、碌をケチるな。ただし切り取り次第と伝えよ」
三四郎 「御意!」
如水 「同時に近所より女郎を掻き集めい!今回に限り陣中での博打を許す。ただしテラ銭はしっかり抜けよ」
三四郎 「……御意! 殿は切支丹ですよね?」
如水 「かっかっか! 女郎も野良でただ犯されるよりもずっと救われる。これもデウス様の教えよ」
三四郎 「(この人は凄まじすぎる)」
【如水直々の指導で質の良い浪人が集まりつつあります】
【青銭をばらまいてますが、女郎、賭場が大盛況で銭が蔵に回収されてます】
【竹中重利隊600が如水軍に合流しました】
<風前の灯火>
【近江高宮】
岩見 「( ゚д゚)ポカーン」
松野鉄砲組頭「どうされました!?岩見様!!」
岩見 「・・・あ、いや、月があまりにも見事ゆえな・・・」
松野鉄砲組頭「(・・・このお方も、もう年か・・・)」
【岩見は松野を待っています】
【八月十三日 北陸路】
「随分荷駄の動きが鈍いな」
「多少は仕方ありますまい。金目のものはお方様の寝巻まで持ち出しておりまするゆえ」
「撒け」
「・・・・・・・・は?」
「早馬を先発させ、沿道領民に金を握らせて寝食の手当てをさせよ。明晩までには北之庄に着く」
「・・・そこまでして急ぐ意味がありましょうか?」
「わからん。しかしどうせ合戦が一段落つくまでは金の使い途がない。行軍の邪魔になるくらいなら領民に呉れてやった方が後々の為にもなろう」
【丹羽隊が進軍速度を上げました】
【丹羽長重が加賀・越前の諸将に出陣を促しています】
【慶長五年八月十三日夕刻清洲付近】
正武「殿、物見の報告によりますれば、われらの進路城に宇喜多の軍勢がいるようです。」
吉政「一宮まで進軍し、宇喜多が動くのを待つとしよう。」
正武「福束攻めはどういたします?」
吉政「とりあえずは延期だな。宇喜多勢にばれないように陣を張れ。」
【田中隊は一宮に移動し、敵にみつからないように陣をはります。】
【田中隊から清洲城に後詰要請の使者がでました。】
訂正
進路城→進路上
<情報戦>
【近江高宮十三日未明、松野陣】
松野 「独り言じゃ」
岩見 「は」
松野 「・・・あくまで西軍につかせる為に斬り殺した役人風情七名。草に
おいては十五まで数えたが後は覚えておらん」
岩見 「・・・・」
松野 「(酒をあおる)・・・ふぅ。一対一をこんなにこなしたのは初めて
じゃ。ただ、それが無駄にはなっておらぬようでわしはそれが堪らな
く嬉しい」
岩見 「・・・・・」
松野 「・・・ただ、な。このまま済むとは思えん。稲葉平岡が慌てている
ということは東軍へのなんらかの手配をしていたといっていい。それ
をつぶした訳だが、だからこそ奴らは文を返してはおらんだろう。つ
まり、内府にも我が軍がどちらにつくのか図りかねていると見る」
岩見 「・・・」
松野 「・・・必ず次の手を打ってくる。内府はその手が何より上手い。天
海、崇伝、服部それに本多と駒もよりどりみどり。どうなるかわしに
も読めん。理不尽な死を受ける危険もあるであろう。・・・それを覚
悟の上で我に力を貸してくれるか?」
岩見 「・・・」
松野 「・・・」
【岩見と松野が酒宴を開きました。話の内容は誰にもきかれていません】
田中殿へ書状
援軍送るはやぶさかではない。準備いたしたが、貴殿が後退した様子。
これより先も、互いに協力し合うことを切望いたす。
高須城にて
バーンバーン(空鉄砲) バーンバーン(空鉄砲の応射)
徳川殿よりの指示 >秀康が清洲に入るまでに勝手な攻勢は許さぬ。
が届く。
よーし、てったいだーーー
わーい わーい
高木殿へ書状
筒井勢は一事撤退いたします。降られるつもりがあるのであらば、
筒井家が貴家をお守りいたします。
豊臣のお家に、弓引くつもりは我らにはありませぬ。
むしろ・・・・
高木家より返答
好意かたじけない。徳川に降るつもりはない。
貴殿が徳川と手切れとなったならば、共に戦いたい。
★筒井軍は兵の損耗なく、結城殿の命に従い撤退した。
やれやれ,清洲あたりがややこしゅうなってきたわい.
少し手を打っておこうか.
【真田軍が美濃に現れて東軍先発隊の後背を狙うという偽の書状がばら撒かれました.】
【石田殿への書状】
徳川家の先陣は秀康殿と聞く.
秀康殿への調略もせねばなりませぬが,それ以上に大切なのは
清洲の連中と合流させぬことでござる.
毛利殿と合わせて大軍にて清洲を打つべきかと存ずる.
家康は戦力の逐次投入に近い戦い方をしておる.
さすればわがほうは各個撃破あるのみ.
よろしく善処されたし.
付け加えまするが,筒井の日和見には十分注意されよ.
【慶長五年八月十三日布陣図)
┏━━━━━━◎岐阜城
◎石田隊 ┃
←◎佐和山━━◎大垣城━━━◎竹鼻城┛
│ ┃
└─→◎宇喜多隊 ┃
┃
┗━━━┳━━━━━━━━━━━━━━━━◎犬山城
┃
●筒井隊←───── ┃ ●犬山攻略軍
┏━━━━━┻━━━━┓ ↑
●長島城━━━━━━━━┛ ●田中隊 ┗┓ │
┃ ↑ ┗━●清洲城──┘
┃ └────●竹鼻攻略軍←─┘
┃
┃
┃
┃
↑ ┃
◎伊勢方面軍(安国寺・吉川・毛利秀元隊)
【急行軍下での軍議】
秀康「書状は出してみたものの、石田殿がすんなり折れてくれるとも思えぬな」
榊原康政「既にお互い賽は投げられたのです。是非もなし」
大久保忠隣「清洲在陣の兵が3万余、我らが着陣して5万。これだけあれば大殿到着まで支えられましょう」
秀康「たわけ、父上はそんなことは期待しておらぬ。戦線維持が目的なら秀忠を大将にしておったろうよ」
康政「ご賢察。大殿は積極策をお望みでしょうな」
秀康「それに福島殿はあのように剛勇無双の方だ。我らが清洲に着くまで黙って待っている訳がない」
忠隣「それで自由裁量ということにしたのですか」
秀康「そういう事だ。恐らく既に美濃へ切って出ていよう。一番槍は先手のものだ。我らは後詰をすればよい」
【北政所様へ密書】(家康より預かった芳春院からの添え書き付き)
それがし、父より先手の采配を預かりました。しかし戦は本意ではありません。
石田殿がおとなしく折れてくれれば、戦も避けられるのでしょうが・・・。
石田殿の忠節と潔癖さは親交のあったひの秀康はよく存じています。しかしその潔癖さ故に過ちを犯すということもあります。
よろしく石田殿を諌めていただきたい。石田殿は夢をみておられる。その夢に安国寺・毛利の輩が栄華を求めて擦り寄っているだけなのです。
【淀の方様へ書状】
父の事を悪く言う者が多いとは思いますが、父が先手大将にそれがしを任じた事の意味を考えてください。
我らはまだ戦を回避できると考えております。石田殿がおとなしく隠棲していればこのような事にはならなかったのです。
太閤殿下より猶子の栄を頂き、秀頼公の義兄としての立場より申し上げますが、何卒石田殿らを諌止してください。
戦となれば多くの者が死なねばなりません。これ以上の無用な戦乱を誰が望むでしょう。
8/14(日付進めさせていただきます)清洲城大広間
福島 「皆様方!明日の出陣に備え、本日は存分に鋭気を養っていただきたい。」
池田 「遠慮無く馳走になりもうす。」
下座より数人が進み出る。
詮家 「誠に申し訳なき事ながら言上いたす。」
福島 「如何なされた?」
岡 「実は某等と行動を共にしております、この花房殿で御座いますが旧主秀家殿
に弓引くは、どうしても嫌じゃと申します故、皆様に退き陣のご挨拶にまか
り越した次第。」
戸川 「頑固者故、一度言い出したら引き申さず、主への忠義を哀れと思し召して、
気持ちよく送り出しては頂けませぬか。」
花房 「秀頼様(少し大声で)、秀家様に弓引くことは出来ませぬ故、退き陣させてい
ただく所存、皆様と次にお目にかかるは戦場で御座りましょうが、武士とし
て恥じぬ働きをお目にかけまする、しからば御免。」
詮家 「我ら3名は秀康様のお言葉(
>>271)
>反する者は敵とみなし懲罰を加えるであろう。
>また、恩 賞 差 配は内 府 公が裁可するであろう。まずは決死の働きを示し、
>沙汰を待つべし。
>徳川は勇者に厚く報いる。怯者には寸土たりとも与えぬであろう
とお聞きしました故、徳川様(少し大声)に従いまする。」
福島 「… 」
黒田 「(チッ余計なことを言いおって)」
清洲城より花房隊(五百)が犬山城に向けて走り出しました。
花房 「皆の者、駆けに駆けよ!一刻も早く合流するのじゃ!
(この策を早くお知らせせねば)」
<決心>
【松野陣内】
(先程から歩きまわって独り言をしています)
(年かぼけかは分かりませんが独り言にしては大きい声です)
岩見「・・・ううむ。殿があのような大それた事を考える筈は無い・・・。
なにかこう、誠に小さき物事がきっかけになっている筈なのじゃ・・・。
その物事を我が物にしたいが為に、「天下」などという御言葉が出るのじゃ・・・。
儂は、それが片倉の倅だと思っておる・・・。」
岩見「・・・まずは、怪情報から殿をお守りせねば。
・・・一対一か・・・血がたぎるわい。
亀の甲より年の功じゃ。
うふふ・・・」
【岩見は門弟を身辺に集めはじめました】
【岩見は松野陣内でうろうろしているようです】
8/14夕刻 犬山城
続々と入城する秀家本隊
明石 「お待ちしておりました、殿」
秀家 「うむ、後続の指揮は長船に任して飛んで来た、ところで石川殿は…」
本田 「殿、(裾を引く)」
石川 「いやぁ、ようこそおいで下さいました、宇喜多様が援兵に来られたと
なれば城中の士気も高まりましょう。」
がっちり握手する石川と秀家。
石川 「もう一つ城中の士気を高める策がござ…」
物見 「御注進!」
石川・明石 「何事か!」
物見 「清洲方面より敵が参ります、兵数百。」
本田 「数が少ないな? 何かの罠か。」
明石 「おおっあの旗印は花房殿!」
しばらくして秀家主従のご対面
秀家 「よくぞ来てくれた、花房! …他の者は許してくれなんだか…」
花房 「それは違いますぞ殿! しかし、今は刻がおしい、耳をお貸し下され
ゴニョゴニョ」
石川 「何と!某も考えおった所じゃ。」
明石 「早速準備に係りましょう。」
秀家 「うむ、頼んだぞ明石。」
明石 「ははっ今度こそは内府めに一泡吹かせてご覧に入れましょう。」
犬山城より明石・花房隊三千五百(騎兵中心)と犬山連合隊二千(鉄砲中心)が
夜陰に紛れて清洲城に向け出発しました。
犬山城戦力→宇喜多軍一万四千・犬山連合軍三千 計一万七千
<月光に沈む>
【近江高宮】
松野 「殿?」
秀秋 「・・・松野か・・・」
松野 「このような場所でお涼みとは・・・誰かに襲われでもしたら
大変で」
秀秋 「・・・誰もわしを襲おうなど思うものか・・・」
松野 「・・・殿?」
秀秋 「太閤様から石田めに追いやられ、四国の田舎大名にまで身を
落とした・・・わしの話を皆が白い眼で見ておった。厄介者を
さげすむ眼でな・・・」
松野 「・・・そんな・・・」
秀秋 「太閤様の威を借りて秀次も亡き者にしたあいつをなんとかし
たい・・・何遍叩き切ってもあき足らぬであろう」
松野 「主君に背く大罪を身に受けてもですか」
秀秋 「・・・実の無い正義にこの身を捧げよとほざくか!」
松野 「義もない来世になんの価値がありますか!」
秀秋 「!!!・・・内府殿は我を買ってくれていた・・・石田は信
用できぬ。西軍について奴がいうとおり関白の座をわしに譲っ
たとしても・・・所詮わしは・・・」
松野 「・・・それを守るのがわしら家臣の勤めです」
秀秋 「そしてわしは家臣の意のまま、か?」
松野 「!!!」
秀秋 「・・・解っていたのだ・・・。わしに政を努める器量など無
いことくらいな。誰かの助けなくば何も出来ぬ。やることなす
こと悉く否定され、稲葉平岡の申すまま内府様に尽くそうと動
いた。どんな形であれわしを買ってくれているお方のもとで忠
義を果たそうと・・・それが・・・くそぉ・・・」
松野 「(・・・泣いている・・・!?)」
秀秋 「内府までにも見放された・・・ヒック・・・などとは・・・わ
しは・・・わしはなんのために・・・」
松野 「(・・・思えば殿が小早川家を継いで・・・何かをさせてき
ただろうか・・・。殿は確かに秀でたところなどない。しかし
だからといって何もさせなければ・・・)」
秀秋 「・・・松野。・・・わしは何のために産まれて来たのだろう」
松野 「・・・殿・・・」
秀秋 「・・・忘れろ・・・誰かに漏らせば許さんからな・・・寝る」
松野 「・・・気をしっかり持ちなされ。殿は名門小早川の頭領、誰
かに云々言われる存在ではない立派な御血筋なのです」
秀秋 「・・・血筋がなんになる・・・誰もわしを端ッから相手にな
んて・・・」
松野 「甘ったれるんじゃありません!!!」
秀秋 「ひっ!?」
松野 「誰かに道を聞けばほいほい聞ける?そんな世ではないのです。
何を選択するにしろ、大切なのは自分の意志でしか無いのです
よ?殿が道を誤れば多くのものが死にまする。ひょっとすれば私
もあなたも」
秀秋 「・・・」
松野 「ならばその道くらい己の御心で選びなされ!!それが大将とい
うものですぞ!」
秀秋 「!!!!」
松野 「・・・失礼仕った。・・・ゆっくりお休みくだされ・・・」
秀秋 「・・・・・・・ああ・・・・・・」
【稲葉平岡陣】
稲葉 「・・・いまだ密書の一つも届かんか・・・」
平岡 「・・・馬鹿殿を騙し続けるにもねたを提供してくれんと困る」
稲葉 「そういえば殿は?」
平岡 「女郎を何人か放り込んでおいた。好色だから今ごろは楽しんで
いるだろうよ」
稲葉 「馬鹿はこれゆえ助かるな・・・」
【馬鹿はこの二人かもしれません】
井戸覚弘 殿、清洲に送った兵が兵糧を受け取り、明日には戻るとの伝令が。
筒井定次 いかほどか。
中坊秀祐 約3000石。半年分にございます。
筒井 それはそれは。福島殿も気を使っておると見える。
井戸 竹鼻・犬山攻めの援兵をと言っておりますが。
筒井 高須攻めの最中に結城殿の命により撤退したばかりじゃ。
兵も疲れておる。また、結城殿来着までは戦は止められておる。
そう返事を書き、福島に送るがよい。
犬山、竹鼻、加賀野井(竹鼻のお隣)が攻められること、
今尾(今筒井クンがいるとこ)の者に伝えさせるようにいたせ。
(竹鼻まで10キロほど。伊賀忍びが護衛)
中坊 それでよろしいので?
筒井 武士の情けよ。我らは福束攻めの用意し結城殿の指図待とう、クックックックッ
井戸 内府殿に連絡を入れておいた方がよいかと。
筒井 大和一国加増の礼を書き記し、西軍の城攻めをし、
結城殿の命令で撤退した状況を伝えておけ。
それと早くこちらに来るように、泣き言の二つ三つ書き連ねてな。
【といった書面を持って、東海道を使者が出ました】
石田殿に密書
伊賀は空家ですが、それをいかようにいたすか、
秀頼様のご器量にゆだねます。
伊賀・筒井古城に伝令
伊賀の守りに置いた兵のうち2000、急ぎ美濃に送るようにいたせ。
(20万石なので、軍役では6000ですが、それが動員上限ではありません。
朝鮮の役では、1万石当り400や500の動員はザラ。亀井は700、藤堂高虎1000。
[ソースはあります。探すの困難なんで今はごめんです。]
筒井家は渡海していないので、兵8000は無理ではないのです。
本国の伊賀が美濃に近いからこそできる技です。許してね。)
茶器を選び、御所にお贈りするように。
(筒井定次は数寄人として知られる)
毛利殿の使者が参られたら、茶入れを贈り、よろしくとお伝えいたすように。
小早川秀秋殿に密書(何があろうと見られない)
形だけでも東軍におりますと、いろいろな言葉が聞こえて参ります。
伏見攻めでは人の倍のお働きと聞き、天晴れ流石は豊臣の総領と、影で喜ぶ者が少なくありませんでした。
黒田長政殿、福島正則殿や徳川殿の御家臣は腹立たしげに、「攻め滅ぼしてくれる」
などと息巻いておりましたようで。くわばらくわばら。
私は「主家に向かい、なんという言葉を」とたしなめましたが、聞く耳は持たぬようでした。
殿下よりお指図がないようなので、できるかぎり動かずにおります。
殿下のお指図、お待ち申し上げております。
なお、中村一氏殿、去る7月17日、毒を盛られて亡くなられた様子。
西軍に与すると宣言した翌日と漏れ聞いていますが、恐ろしいこと・・・。
一度敵となったからには、あのお方は決してゆるさないものと見受けました。
豊臣家の栄光、豊臣家の繁栄のため、筒井は身命を賭して殿下に尽くします。
羽柴侍従定次 花押
【石田殿の密書届く】
ほうほう、拙僧に治部殿よりの密書とは・・・
なんとも、頼りないこと。伊勢は軍略の上で重要となる場所。
取らぬでは後の戦に差し支えよう・・・
徳川相手に、簡単に決着付くと思っておられるなら、この戦、危ういか・・・
無視もできぬ。小野木殿と兵5千を差し向けるか。
※伊勢路進攻の将と兵(ここでは3万としているが、関ヶ原合戦始末記では4万)
毛利秀元(方面軍大将)・安国寺恵瓊 兵数1万3千
(吉川と兵3千を丹後に送っているため。吉川には、さらに兵2千と宍戸、竜造寺らを付けて5千としている)
小野木公郷ら5千(吉川・宍戸らの代わりとして)
長宗我部、鍋島、長束らで1万2千。
【小野木殿と兵5千を大垣に差し向けた。あとは治部殿が差配をどうぞ。】
※丹後田辺攻めの主将は吉川としてください。プレイヤー出現までは、治部殿預かりで良いかと愚考。
※この次期だと、大津攻めはまだ勃発していないので、その兵力を使用できるはず。
大将・毛利元康(輝元の叔父)、副将・毛利秀包。(毛利7〜8千)
7手組の将兵、桑山一晴、多賀秀家、筑紫広門、伊東祐兵、宗義智、立花宗茂。
兵数合計1万5千。(立花勢4千)
この毛利勢は、当面治部殿(家臣の方々でも)がプレイしていただいて構いません。
毛利軍が合流して後は、拙僧が。
【伊勢攻略軍2万5千にて進撃中】
大津攻めの1万5千とは、毛利勢を含む数字。
【筒井殿へ密書】
貴殿の御家を挙げての御振舞い、結構至極に存じ上げまする。
伊賀一国については豊家旗本衆を後詰として500、差し向けまする。逆賊誅滅の暁には伊賀に加え大和の加増もお約束いたしまする。
−石田治部少輔三成 花押−
【大垣城にて】
和尚様はこのまま伊勢侵攻を続けられるのか・・・。まぁよい。
小野木殿が美濃に入り次第、われらは大垣を出て加賀野井あたりまで進軍する。
左近、準備をいたせぃ。
8/14真夜中 清洲城 明日の出陣に備え喧騒の中…
未だ準備が整わないのであろうか、一部の部隊があわただしく城内を
動き回る、しかし見張り当番は欠伸をかみ殺すのに必死だった、そこ
に伸びる影が一つ二つ…
城兵 「ふぁ〜…ウグゥ」
影1 「ゆっくり眠れ。」
影2 「かまうな、急ぐぞ。」
半刻後…突如として城内の武器蔵・兵糧蔵に火柱が立つ!
城兵 「火事じゃ〜」
戸川 「謀反じゃ〜、敵が城内におるぞ〜」(武器蔵の方から)
岡 「敵襲〜、内応者がおるぞ〜、大軍じゃ〜」(兵糧蔵の方から)
騒然とし混乱する城内、表門に殺到する数百の兵
門番 「如何致しました?」
詮家 「謀反じゃ直ぐに門を開けい!」
門番 「はい直ちに、しかし謀反者は誰にござ…」
詮家 「儂等じゃ!」(嬉しそうに)
一刀で門番を切り捨てる詮家、詮家隊が城門を開き後続の戸川・岡隊
がそれに続く。
黒田 「落ち着け、先ずは火を消すのじゃ!」
長政指揮下の黒田隊が素早く消火作業にかかる。
福島 「おのれ!謀反者は誰ぞ!」
浅野 「見よ!宇喜多勢が出てゆく、奴らじゃ、おのれ!宇喜多の二股
膏薬ずれが! 細川殿がでるぞ!」
続く…
続き…
逃走する宇喜多勢を池田・細川隊が追いかける。
明石 「それ、突撃!」
騎兵 「うをぉぉぉ!」
池田・細川隊の横腹を明石・花房の騎馬武者が突き崩し突破する。
池田・細川 「怯むなかかれぃ!」
加藤・山内隊の加勢をうけ、池田・細川・加藤・山内隊は逃げる
宇喜多勢を再び追いかける。
石川 「引きつけよ、撃て!」
ズガ〜ン、スガガガ〜ン
火縄銃が火を噴き、混乱する部隊に向かい明石・花房の騎馬武者が貫く、
城内より福島・浅野隊が出ようとする。
福島 「頑張れ! 正則が参ったぞ!」
詮家 「おう、福島が来るか、退け!」
素早く戦場より離脱する宇喜多・犬山勢。
福島 「くそっ、混乱した部隊を収容せい、覚えとれよ宇喜多!」
8/14 清洲城戦 結果
犬山城に宇喜多先手衆(二千)が合流、犬山城勢力の戦意・士気アップ、
宇喜多軍は先手衆の合流により全体の戦闘能力up
犬山城戦力 宇喜多軍一万九千+犬山連合軍五千 計二万四千
清洲城の総兵力から宇喜多先手衆(二千)の兵力を減らして下さい。
なお、黒田隊の迅速な消火活動により城内の被害は軽微です。
また、福島隊の援軍により清洲城勢力の死傷者は百数十人程度です。
犬山城の宇喜多軍は強行軍がたたり8/15は休養します。
(好き勝手書かせて貰いました、おしかりは裏で…)
【慶長五年八月十四日夜半清洲城内】
福島「宇喜多に謀られたかっっっっ」
加藤「士気に影響はないが、いまいましいわい」
細川「筒井殿に兵を出させ、穴を埋めるのはどうじゃ」
福島「妙案なり。早速使者を出す」
加藤「真田の噂、聞いたか」
福島「山猿が千やそこらの兵で美濃に入ろうと、小城の一つも落ちぬわ」
細川「戦にはなれておろう」
福島「なに、気にするほどのことはあるまい」
【筒井殿のもとに使者を出す】
犬山城を攻めることに軍議にて決し、筒井殿も兵をお出しいただくことになった。
内府様名代の結城秀康様のご命令にて、最低4000。
福島殿を大将に、21000が明朝清洲を出る。
筒井殿も明日中に出発し、黒田城において合流。
18日に黒田城に到着せねば、遅参とみなす。
【使者は徳川家の方にお願いした】
【物見が多数犬山方面に出た】
【筑紫広門陣中】
茂成 「・・・。」
広門 「茂成。何を考えておる。」
茂成 「父上!・・いや、こうやって何もせずにただ日が過ぎ行くのが
何やら勿体無く感じておりましたもので・・。」
広門 「何を言う。することは山ほどある。兵站の確保、情報収集、兵の鍛錬・・」
茂成 「いやしかし、我らが軍にはまだちゃんとした命令が下っておりませぬ。」
広門 「確かにな。だがいつでも動けるように準備は万端にしておかなければならぬぞ。」
茂成 「それは重々承知しております。・・・それにしても九州に残した守備兵達は
暇でございましょうなぁ。九州は西軍方の将ばかりゆえ・・・。」
広門 「・・・・・。」
茂成 「父上、どうかなさいましいたか?」
広門 「九州が気になるな・・・。」
茂成 「肥後の清正公なら大丈夫でしょう。三成公とは犬猿の仲ですが、
秀吉公からの恩顧はかなりのものだと聞き及びまする。まさか東軍につくことはありますまい。」
広門 「・・いや、気になるのは黒田の御隠居の方だ。」
茂成 「!・・孝高殿でございますか。しかし中津の兵は
長政軍としてほとんどが出兵しておりますが?」
広門 「ううむ。思い過ごしであればよいが・・・。」
【筑紫ほか第7軍は準備を整え出撃命令を待っています】
その頃、山下城では・・
偵察兵 「申し上げます!」
城代・帆足弾正 「騒々しい。何事か?」
偵察兵 「中津の黒田孝高殿が兵を募っているよにございます!」
帆足 「何!?して、その数は?」
偵察兵 「まだ総数は攫めておりませぬが、女子供除いて浪人から百姓まで募り、
その数は更に増えております!」
帆足 「ぅうむ・・。殿から言われ万が一の為にと、動向の怪しい中津と隈本へ密偵を
差し向けておいたが・・。肥後の方に動きはあるか?」
偵察兵 「まだ動いたとの情報は入っておりませぬ。」
帆足 「とにかく上方の殿へ緊急の使いを送れ!九州内の西軍諸侯へも
注意を呼びかける密使を送るのだ。清正公は除いてな。急げ!」
偵察兵 「ははぁっ!!」
帆足 「殿・・これは大変なことになりそうですぞ・・・。」
【国許から筑紫広門へ緊急の密使が放たれました】
【九州内への西軍大名へ注意を呼びかける密使が放たれました】
左近より殿へ(報告)
1.真田殿より書状が、金吾様動き木をつけよとのことです。
金語様の動向はともかく、催促の使者は送っては?
2.筒井様より密使(
>>269)が。全面的には信用できませぬが、
かの方、家中の者どもそれがし良く存じております故、使者を
送り、所領の加増等の条件を認めればどうかと。
6000の軍と伊賀の城は戦略上大きな助けとなりますでしょう。
3.清次郎(注1)が5000の軍を率いてこちらへやってまいります。
ここは戦意を上げるため、一手それがしが押し出してみたいと思いますが
いかが?
注1・・清次郎とは福知山城主・小野木公郷(重勝とも)のこと。
小野木公郷は島 左近の娘婿である。
(すいませんリアルで10日まで留守です)
左近より殿へ(報告)
1.丸木殿、お味方の確約とれました。
2.東軍の進軍速度予想以上。ここはいったん戦線を下げ他方がよきかと。
ただし、戦意を上げるため、小競り合いで士気を高めましょうぞ。
3.奥羽へ書状を乱発されたし。上杉公はじめ、方々動かねば戦略自体がなり
たちませぬ。
317 :
石田戦略フェイズ:02/08/08 06:42
岐阜城にて
舞兵庫「カクカクシカジカ!!!!)」
木造 「・・・・・・・・・・!!!」
【論戦の結果、織田の家老共は納得して協力を約束しました】
(ご都合勘弁されたし)
【上方へ急行中の服部半蔵、秀康に挨拶に出向く】
半蔵「それにしても此度の先手大将、ようやく若にも光が当たりましたな。この半蔵、それが何よりうれしゅうございます」
秀康「うむ。俺も励まねばならんな」
半蔵「きっと兄君信康公も草葉の陰から見守っておられましょう」
秀康「・・・・(兄上・・・)」
半蔵「・・・これはそれがしの独断ですが、若に腕の立つ伊賀衆を30名お付けします。戦は諜報が肝要、存分に使ってくだされ」
秀康「それは助かる。恩に着るぞ、半蔵」
半蔵「それから柳生殿を若に付けるよう大殿に書状を認めておきました。上方での計略には重宝するでしょう」
秀康「重ね重ねありがたい。後ほどきっと厚く報いるぞ」
半蔵「いや、御気遣いは無用です。それがしは信康公をお守りすることができませんでしたから・・・」
秀康「・・・済まぬな、半蔵」
【慶長五年八月十四日朝 一宮】
正武「殿、黒田殿から書状がきております。」
吉政「(書状を読んで)よし、和泉に命じて輸送させろ。しかし、まだ宇喜多は動かんなぁ・・・。」
【兵糧等の輸送を伝える使者が岡崎に向かいました。使者は明日の朝につき、17日には長島に物資が運ばれる予定。】
【慶長五年八月十四日午後 一宮】
正武「物見の報告によると、ついに宇喜多が動き出したそうです。どうやら犬山に入るようです。」
吉政「なるほど。よし、明日の未明、福束に夜襲をかける!」
正武「殿、犬山付近に百人ほど派遣して、食料の輸送を妨害したり、使者を捕らえたりしてはいかがでしょうか?」
吉政「その策もすこし人数を増やして実行するとしよう。」
【田中隊は福束に移動します。】
【田中隊から約150人が幾つかの部隊にわかれて犬山付近に移動します。】
【筒井殿への返書】
こちらからも、双方の協力を御願いいたす。
筒井 福島め、大将面いたすとは、偉うなったもんだ。
井戸 どういたしますので。
筒井 毛利、石田の軍勢がこれほどにゆったりとするとは、思い違いしていたな。
中坊 兵はいつでも動かせます。
筒井 井戸、お主が4000の兵を引き、犬山まで出張ってくれ。
井戸 ハハッ。
筒井 ゆっくりとな。よいか、18日に間に合えばよい。
【井戸が率いて、兵力2000、15日に今尾を出て、松木城で2000と合流】
8/15(宇喜多の行動で、スレ時間が強制で8/15になった訳ではありません)
犬山城本丸にて軍議の真っ最中。
明石 「我が軍は疲労が溜まっておりますれば、本日は犬山の方々にお働き
願いとうございます。」
石川 「無論受け賜った。(向き直って)宇喜多様に提案がござる。」
秀家 「何でござろう、石川殿?」(身を乗り出す)
石川 「もうお気づきの事と存ずるが、犬山城は五千位で守るにちょうど良い
広さでござる、宇喜多様の援兵は誠にありがたいのですが、このまま
城に篭もると二万の大軍が宝の持ち腐れに成り申す。」
花房 「石川殿、実は我らも案じておったしだい、どこぞ良い場所はござらぬか?」
石川 「犬山にほど近く、美濃のお味方とも連絡の取りやすい街道沿いに陣を
構えてはいかがで御座ろう。」
戸川 「ふむ、長船殿が行っている編制が終わり次第、陣張りすると致しましょう。
されど秀家様、兵糧は如何致しましょうや。」
詮家 「まったく、石田殿は何をやっておるのだ!」
明石 「致しかたございませぬ、伊勢に向かうはずだったのが急遽清洲に来たので
ございますから。」
秀家 「うん、毛利殿・石田殿には後詰めを、織田殿にも荷駄の搬入を頼んでおる
のだが…今一度使者を出そう。」
本田 「殿、今尾の筒井殿にも文を送られては如何でしょう、筒井勢は六千を数える
歴戦の強者、領地には伊賀者もおります、お味方になっていただければ、
これほど心強い味方もおりますまい。」
岡 「まことに、某が思うに筒井殿は未だどちらに付こうか迷うておるのでは
ござるまいか、一刻も早くお味方に引き込みましょう。」
宇喜多家より使者が出ました
毛利・石田軍へ → 現状報告と後詰めのお願い。
織田軍へ → 犬山城へ荷駄の搬入をお願い。
筒井軍へ → 豊臣家の為、御助勢をお願い(論功行賞には口添えをいたします)
古参の先手衆を中核に据え、部隊指揮を考慮し、軍の再編制を行います。
本隊は宇喜多秀家に長船・本田が付いて(四千)とし、明石・花房・戸川・岡・
宇喜多詮家隊(各三千)の合計一万九千 8/15は編制と休養で8/16から
犬山城から少し離れた街道筋の廃村に陣取り、防備を固めます。
宇喜多家の陣地と岐阜・犬山城は連絡を密に取ります、清洲方面に物見が出ます。
犬山軍五千(主将石川)は犬山城に籠城します。(NPCです、誰かどうぞ)
【宇喜多先手衆清洲脱走の一報を受ける】
秀康「うぬう、おのれ宇喜多め・・・まさに二股膏薬、人面獣心とはこのことよ!」
忠隣「まったくです。宇喜多騒動を仲裁して立つ瀬を用意してやり、会津の役では主に見捨てられ途方にくれていた所を助けてやるのみならず陣借も許してやり、全て大殿の厚情なのに・・・」
秀康「これは許せん。宇喜多は皆殺しだ。大将から足軽に至るまで根切りにしてやらねば気が済まぬ!」
康政「いや、しばしお待ちあれ。良い考えがあります」
秀康「よい考えだと?」
康政「は。毒は毒で制すれば良いのです」
(康政、一策を披瀝する)
秀康「・・・妙手だ。直ちに掛かってくれ。半蔵が残していった伊賀者を使って良い」
康政「お任せあれ」
秀康「・・・そなたが味方で良かった・・・父上が重用するのも道理だな」
【数日後、二つの異なった噂が伊勢・美濃及び上方で広まります】
・宇喜多の先手衆の家老達は秀家の首級を挙げると内府に約束している。宇喜多の家督は詮家が継ぎ、領土は安堵されるらしい。易々と清洲から脱出できたのが、話がついている何よりの証拠である。
・秀家は詮家らがいなければ家中を掌握できないことを悟り、東軍に寝返る事を条件に彼らを内府から返して貰った。先手の家老達は内府の軍監も兼ねている。詮家などは既に一国の太守となる約束までできているらしい。
【慶長五年八月十四日夜 某所】
吉次「父上、福島殿等が犬山を攻めるようです。」
吉政「例の書状はちゃんと届いておるな。」
正武「はい、しかし念のためにもう一度送られては・・・」
吉政「そうしておくか、福束のやつらには気づかれてないな。」
正武「大丈夫でござりましょう。しかし福束は大垣に近いので気をつけねばいけませぬ。」
吉政「気づかれたら筒井殿のところまで逃げるとしよう。」
【田中軍から犬山城に密使が放たれました。】
【犬山諸将への密書】
福島殿が犬山を攻める時に、退場するか、寄せ手に加わって頂きたい。
<岩見太平記 第一章 完>
【松野陣内】
岩見重佐右衛門 「む!?曲者!!」
(銃声が響く)
【岩見重佐右衛門が凶弾に倒れました】
【嫡子の重蔵が犯人探しをしているようです】
岩見重蔵 「おのれ・・・鉄砲を放ったのは、恐らく
反松野派の手下であろう・・・。」
【重蔵は秀秋に届けを出し、妹と共に仇討ちの旅に出ました】
【慶長五年八月十四日深夜 福束付近】
吉政「夜襲の準備と警戒を怠るな。」
正武「物見の報告によりますと、敵は寝ているようです。」
吉政「夜襲をかけるときは逃げ道を残しておけ、大垣付近に物見を放て。」
正武「御意」
【田中軍は福束城を夜襲する準備をしています。】
【大垣付近に物見がはなたれました。】
8/15 犬山城
書状を書き終えた秀家
秀家 「これを大坂の毛利殿と石垣の石田殿、加賀の兄上様にお届けせよ。」
本多 「御意に、早速早馬を出しまする。」
毛利殿と石田殿への書状の要約
→ 「我等には豊臣家、天下万民の為に、内府の悪政、専横を阻止せんとに立ち上がっ
た大義がござる、されば女子供を質にせず、国許へ送り返してやる度量を見せ
てはいかがで御座ろう?」
前田家への書状の要約
→ 「兄上様、不肖この秀家、亡き太閤殿下のご恩に報いんが為、幼き秀頼様・
豊臣家をお守りする鬼となる所存、つきましては秀家亡き後の事、我が妻
豪や子供等の事、何卒、何卒よろしくお願いいたします、秀家の後生で
御座います、お願いいたします。」
明石 「殿、此方で御座いましたか、犬山の皆様がお待ちで御座いますぞ。」
秀家 「おお、今すぐ参る。」
犬山の諸将と宇喜多の諸将は戦談義に華を咲かせながら中食をとっています。
329 :
島 左近 ◆h4UwQF7g :02/08/11 22:54
左近の忍び
◎大垣城付近
田中諜者「・・・・ぎゃ!!!!!!」
左近忍び「内府の動きも活発になってきたな・・・おそらく伊賀者も
動いているのだろうな・・・」
【大垣付近は諜者を警戒しています】
◎江戸にて
甲斐の六郎「一体内府はいつ動くのだ・・・、忍Aよ、内府暗殺・清洲
の豊臣恩顧の武将に不穏な動きありと噂ながせ」
忍A「は、して六郎どのは?」
甲斐の六郎「俺か?俺が狙うは内府の首だけよ。西上途中でな・・・」
【甲斐の六郎は再び闇に潜みました】
◎清洲付近にて
忍集団B「噂を流せ、しかし左近の殿もよく辛抱されるの・・・治部様は
なぜ動かないのだ??」
【田中吉政出陣は返り忠との噂を流します】
【一柳監物・池田輝政 内奥の噂を流します】
330 :
島 左近 ◆h4UwQF7g :02/08/11 22:57
>>329 内奥 → 内応
どうも誤字が多い ペナルティー2ですな(20で切腹)
331 :
島 左近 ◆h4UwQF7g :02/08/11 23:52
大垣城にて
左近「家臣Aよ、殿へ伝えよ。」
家臣A「は、どのように?」
左近「うむ 以下・・・のとおりじゃ」
左近より殿へ
1.清洲夜襲、宇喜多殿・犬山の諸将、兵力・士気誠に上場。しかしながら
時を逃しました。先に内府方清洲着陣までにならともかく、今は
その時を逃しました。残念ですが、殿自ら犬山に出向き、諸将をねぎらい
善後策をねるべきでしょう」
2.岐阜・奥羽の手当が少のうございます。濃尾での情勢誠にお味方不利。
急ぎ、上杉・佐竹・織田方々への書状を急ぎなされ。
3.それがし、とりあえずは宇喜多殿の後詰めとして、竹ヶ鼻へ2000で
出向きます。荷汰兵糧は大山伯耆に500でおくらせます。
杉浦殿と併せて3000,犬山・宇喜多との連絡をとりますゆえ、
一刻も早い、手当を。
4.大坂は安国寺の和尚様が早い手当をしてくれましたが、こちらは完全に
時を逃しました。が、戦はこれから。諸将の動き、それがしには何も
できませぬゆえ、殿にかかっておりますぞ。金吾殿は近江高宮なぞ佐和山の
すぐ近くではありませぬか・・・。重ねてお願いいたします。
【島左近が少し強く三成に報告をしました】
【左近2000、大山伯耆500 兵糧と共に竹ヶ鼻で出陣
杉浦勢500と共に守備を固めます】
【岐阜城より舞兵庫に説得された木造具康率いる2000の軍勢が
竹ヶ鼻に向かって出陣しました】
332 :
島 左近 ◆h4UwQF7g :02/08/12 00:03
岐阜城にて
木造具康「越前よ、こうなっては全力を尽くすしかないよだの」
百々綱家「大膳殿、ここはかけようではありませぬか」
木造具康「・・・しかたあるまい」
【木造具康 竹ヶ鼻へ出陣】
やはり織田役いないと、ここからはしんどいです。
募集しましょう。前スレ織田殿 復帰キボンヌ
あげんなやボケ
シネやクズが
左近、少々留守をしてしもうた。
これより全軍をもって、まず敵の先鋒を叩き潰す。その上で東海道を攻め上って内府と決戦じゃ。
さすれば伊達もこちらになびこう。さすれば東北諸勢は雪崩を打って関東に乱入するに違いない。
−石田治部少輔三成 犬山へ向けて石田家全軍(残り4000千くらいか?)を引きつれ出陣−
【宇喜田秀家殿へ書状】
ご忠告多謝。禁足令だけは解きいたす。ただ関所での封鎖は続け致す。
また、内府が江戸より動かぬゆえ、われら全軍をもってまず東軍先鋒を叩き潰したく候。
これより犬山へ全軍を引き連れて向かいまする。
【伊達・佐竹・上杉家へ密書】
豊家の軍勢、これより東海道を進み江戸にて内府と決戦いたす所存でござる。
毛利公が秀頼公を奉じて東海道を攻め上るゆえ、貴殿とも江戸にて会盟いたしたく存ずる。
−石田治部少輔三成 花押−
(かなり嘘が混ざってます)
【徳川家康からの書状を読む】
ううむ、やはり時勢の流れは覆せぬ。
義宣は一人の男としては良い男だが、やはり佐竹家の総領としては気が優しすぎるか。
太平が来ると思えばこそ家督を譲ったが、これではいかぬわい。
義宣「お呼びでしょうか、父上」
義重「義宣、今からそなたに一つ心を決めて貰わねばならぬ。わしがこれから言うことをよく聞き、一ついずれかを選ぶがよい」
義宣「はあ」
義重「一つ、内府殿に同心する。二つ、治部殿に義理立てする。三つ、佐竹は動かぬ」
義宣「やはり父上は内府殿に・・・」
義重「そなたが治部殿と懇意なのは分かる。だが今は再び乱世ぞ。そなた一人の義理で佐竹家を潰させる訳にはいかぬのだ」
義宣「父上、しかし・・・」
義重「佐竹の家名を残すことこそ我らが努め。そなたがどうしても石田方に付くというのなら、わしは一手を率いて江戸へ馳せ参じ内府殿に馳走致す」
義宣「父上、それでは・・・」
義重「それが嫌なら今ここでわしを斬れ。そなたに斬られるのであればわしも恨みはせぬわい」
義宣「そのようなことが出来よう訳がありますまい!」
義重「ならばどうする」
義宣「・・・・・・」
【佐竹家当主義宣、大病を発すると諸国に伝えられました】
【佐竹家の采配は隠居義重が再び執ります】
<血と謀略と>
【近江高宮】
松野 「・・・!!・・・岩見・・・殿が・・・」
組頭 「種子島にて眉間を一撃にて・・・」
松野 「・・・そのような腕前のものは当家にはおらん」
組頭 「・・・?」
松野 「それに稲葉や平岡なら銃を使わずとも我らを穏便に叩く手をまず
考える。家臣団が分かれ潰し合いをすれば小早川家自体の価値が下
がる、さすれば彼奴らの価値もまた・・・」
組頭 「・・・では此度の凶事は・・・」
松野 「確か真田の草も裏で動いて居た筈だがな。東の手は奴らより上手
だということであろう。・・・そういえば我が隊の物見の数も三人
程足りんな。・・・やられたとみるべきだろうな」
組頭 「・・・!!」
松野 「・・・では次の策か。・・・今までの毒を上手く使わなくてはい
かん・・・殿を謀ることになるのが気がかりだが・・・」
【岩見重佐右衛門の埋葬がしめやかに行われた模様です】
【小早川軍動く気配全くなし】
【慶長五年八月十四日】
【豊前国中津城】
伝令 「申し上げます、昨晩兵卒二十人が集団脱走したよし」
三四郎 「何事が起こったというのだ」
伝令 「尋問致しました所、博打の借財が多額になりすぎた為に恐れをなし逃亡
したようにござりまする」
三四郎 「うむぅ、殿!胴元は御家にござりますればここは堪忍あるべきかと」
如水 「首を斬って晒せ」
三四郎 「恐れながらここで斬れば募兵に差し支えあるかと」
如水 「惰弱な輩は足手まといになるだけよ。烏合の衆ほど脆いものはないぞ、
三四郎よ、乱世を生き抜くという事がどういう事か分かるか?」
三四郎 「……それがしは若輩者にござりますれば」
如水 「首を斬られるやつ共もわしの為になるためならば救われようて、ただ鉄
砲にてはらわたを晒すよりも軍紀を引き締める為に首になる。ふぇっふ
ぇっふぇ」
三四郎 「……………」
如水 「(若いのぅ)」
【集団逃亡した募兵が引き回しの上斬首されました】
【中津の軍団は軍紀が行き渡りつつあります】
8/15 犬山城夕刻(
>>328の後)
陣屋に集まる宇喜多家重臣の面々
長船 「遅くなりました、軍の編制終わりまして御座りまする。」
明石 「お疲れさまに御座りまする。」
本田 「揃いましたな。」
重臣達の目が秀家に注がれる。
秀家 「うむ、皆に集まってもらったは、今後の政事について話したいからじゃ。
まず、幼き日より今までの長きに渡り、宇喜多の家を守り抜いてくれた
事に秀家、心より礼を申す。」
花房 「勿体ないお言葉。」
秀家 「秀家は長く大坂に住まい、なかなか岡山に帰らなかった…民の暮らしやお主達の
苦労を判ろうともせなんだ、上方の雅に触れ武士の本分を忘れておった…」
戸川 「(…)」
秀家 「此度の事で、秀家は目が覚めた、今後は民を慈しみ、お主等の忠言を肝に銘じ
共に天下に宇喜多の家名を轟かせよう!」
岡 「(うむ、此度は信じて良さそうじゃ、御先代様、若君は立派に成長しましたぞ)」
秀家 「今後のことを約した血判状じゃ、今後も宜しく頼む。」
詮家 「宜しく、お願いいたしまする…(今回だけじゃぞ、許すは!)」
血判状内容 → 政は当主と重臣(分家・明石・花房・戸川・岡・長船・本田家)が
話し合って決める、重臣の意見は充分尊重すべし。
武士の本分は合戦! 平時において乱を忘れず、常に戦に備え、
質実剛健を家風とすべし。
民を慈しみ、領国経営(開墾・治水)に邁進すべし。
宇喜多家では秀家が頭を下げ、重臣達との融和を試みました。
(後はどれだけ約束を守れるかですか…)
【犬山城に密書】
犬山攻めの東軍、兵力25000〜30000。福島正則殿が指揮。
18日か19日に布陣完了。
空城にして、岐阜に篭城されるのが生き残る道。
決戦を挑まれるものと決意しているならば、武運祈る。
【福島殿に書状】
当家本国の伊賀に西軍乱入。上野に兵なく、あえなく降伏落城の知らせあり。
【内府公に書状】
当家本国の伊賀に西軍乱入。上野に兵なく、あえなく降伏落城の知らせあり。
伊賀奪回のために兵を率いて伊賀に戻ろうと思うので、裁可されたい。
【慶長五年八月十五日丑の刻】
【美濃国福束】
吉政「ものどもかかれぇ!」
物見「敵は奇襲に驚いているようで、城から逃げるものが多数出ているようです。」
吉政「大垣に気づかれる前に攻め落とせ!」
【田中勢が福束城に奇襲をかけました。】
【城方の丸毛勢から逃亡者が多数でているようです。】
【福束城攻撃軍に援軍】
兵500。中坊が指揮し、田中殿の援軍に出撃。(15日出発、夜には到着)
【慶長五年八月十五日寅の刻】
【美濃国福束】
吉政「開城するように使者をだせ。いつでも攻めれるようにもしとけよ。」
正武「はっ」
【田中勢から城に使者がでました。】
【福束城の兵は夜襲により激減した模様。】
【田中吉政殿に急使・十五日寅の刻に到着】
筒井家家老、中坊よりの伝令にございます。
軍勢500、援軍として本日中に到着いたします。
当家の主の言葉にございます。
「福束城の城主、丸毛三郎殿、その兵には罪はなく、開城を条件に落ちることを
許されるようにお願いいたす。福束は堅城。油断なきように。」
【佐竹義宣不例と義重復権の報に接する】
家康「佐渡、来たぞ!これを待っておったのだ!」
正信「御意。これで上杉のことは楽になります」
家康「佐竹にはきっと厚く報いねばならぬな。義重殿は福の神のようものだわい」
正信「全くです」
家康「よし、陣触れだ。江戸には秀忠を残せば良い。わし自ら上方へ赴き、治部めを成敗してくれる」
正信「直ちに手配致します」
家康「そなたは江戸に残り、秀忠めを補佐してやってくれ。頼むぞ」
正信「御意にござります」
【家康西上近しとの触れが各大名に出されました】
【江戸にて家康隊が集結。兵力約5万。17日頃に進発の予定】
【付記・現在の徳川直属軍の内訳】
徳川家康軍:兵力約5万。江戸にて西上の準備中。
徳川秀康軍:兵力約2万。東海道を西上中、20日頃に清洲着。
徳川秀忠軍:兵力約2万。宇都宮に在陣。近日中に江戸に本陣を移す予定。
毛利元康(輝元の叔父)、毛利秀包。(大津攻めの主力)
8000の兵を引き連れ、石田勢と合流。
輝元の厳命によって、石田三成の指揮下に入り、
行動を共にし、命令に従う。
伊勢鎮撫軍、16日より城攻め開始予定。
15日までに投降を呼びかける使者が各城に最終通告。
大坂より、荷駄隊が佐和山に向け兵1000に守られつつ移動開始。
戦場には似合わぬ豪華な品々が含まれている。
【慶長五年八月十四日】
【大坂城】
秀頼「ははうえ」
淀 「どうされました?」
秀頼「ひでよりはえどのじいがきらいです」
淀 「ははっはー。どうしてなのじゃ?」
秀頼「ふとっていてみているとあせがでてきます」
淀 「はははー。そなたのもうすとうりじゃ。いえやすどのはふとりすぎじゃ。」
秀頼「しかし。えどのじいはひでよりのためにいくさにいったのでござりましょう?」
淀 「・・・・・」
淀 「そなたはなーんのしんぱいもしなくてよいですよ」
秀頼「しかし・・・。てるもとがえどのじいをせいばいするためにみつなりのもとへ
ひでよりのたいせつなものをおくったそうではござりませんか」
淀 「だれがそのようなことを」
秀頼「じじょがもうしておりました。てるもとはえどのじいをせいばいするために
おおさかにおると。そのうえてるもとがしゅつじんのさいにはひでよりも
てるもととしゅつじんすると。」
秀頼「えどのじいはわるいものにござりますか?」
此れよりは後程。
【家康出陣との報が届く】
義重「つまりこういう事よ。これで内府殿に貸しが一つ出来たわ」
義宣「・・・・・」
義重「次は上杉に手を打つとしようかの。上杉と内府殿の仲立ちをすれば、貸しがもう一つ作れるわい」
義宣「・・・・・」
義重「汚い、と言いたいようだな。だがこれが戦国の世を生き抜く算段というものよ。そなたは病で寝ておって何も知らぬ、それでよい」
【上杉景勝殿へ】
無用の戦は避けたく存じる。それがしが仲立ちする故、内府殿の和議を結ばれよ。この義重が首に掛けて悪いようには致しませぬ。
【徳川家康殿へ】
元より上杉殿にはさしたる過誤がある訳でもあり申さず。ここは大度を見せ、和睦されるが肝要かと。それがしが奔走致します故、まずは上杉への懲罰は撤回されたし。
【越前北ノ庄城 8月14日夜半】
丹羽長重率いる5300の軍勢は、驚異的な速さで北陸路を西上、大谷吉継ら西軍北陸勢の集結する北ノ庄城に到着した。
「小松宰相丹羽長重、只今着陣! 秀頼君に馳走いたす、門を開けられいっ!!」
【越前北ノ庄城 8月14日夜半】
宰相殿、御参陣かたじけなし。
大谷刑部少輔でござる。
…お疲れでございましょうが軍議を開き奉る。
御意見たまわりたし。
【越前北ノ庄城 8月14日夜半】
大谷吉継「お歴々、小松宰相殿参陣。」
一 同「おお!!」
大谷吉継「因幡殿。報告をお願いいたす。」
平塚為広「では御報告仕る。前田勢は尾山(金沢)に戻り申した。」
一 同「ふむ。」
平塚為広「堀尾帯刀はこれを見て人質を出す所存の由。」
戸田重政「…なるほど。では大聖寺は空きか。」
大谷吉継「北ノ庄には誰をおきましょうかの。(ここで平塚へ目配せ)」
平塚為広「木下様でよろしいかと。」
大谷吉継「…因幡殿。では大聖寺にはどなたを置けばよい。」
平塚為広「大津宰相様ではいかがかと。」
京極高次「そ、某でござるか。」
戸田重政「それは妙案。武門の誉れかと。」
京極高次「い、いや愚弟が大津に入るかもしれぬ。」
大谷吉継「ご安心めされい。毛利勢が近江に入ったと聞き及んでおり申す。」
京極高次「(顔面蒼白)それは初耳…」
大谷吉継「小松殿、どうでござろうな。」
(丹羽長重殿、お任せ致す。)
【佐竹義重殿への書状】
此度のご決断、この家康誠に感服致しました。
義宣殿の病はどのような具合でしょう。後ほど医師を遣わしますが、何よりの薬は佐竹家の興隆でありましょう。
佐竹家の厚情は決してないがしろには致しませぬ。
【上杉景勝殿への書状】
此度の征伐は飽くまで天下の為とは言え、上杉殿の堂々たる意気地と殊勝な態度は流石に不職庵謙信公以来天下に武名高き御家とこの家康感服しました。
これを以て上杉殿との戦は終わりにしたいと思います。今は上方で蠢動する不逞の輩を叩きつぶすが肝要。
全てが終わった後で、上杉殿と会盟し共に天下を安寧に導ければ幸いに存じます。
徳川殿への書状
兵を収めねば、徳川殿を滅ぼさねばならぬこととなり申す。
今この時兵を引けば、武蔵・相模を安堵いたす。
よくよく考えられることだ。
吉川広家への書状
兵を収めねば、徳川殿を滅ぼさねばならぬこととなり申す。
今この時兵を引けば、武蔵・相模を安堵いたす。
よくよく考えられることだ。
このような書状を内府に送っておいた。そなたも、見事に手柄を立て、
毛利の柱・吉川の名を、天下に轟かせるように。
恵瓊老の出過ぎには、そなたの武家としての手柄こそが抑えとなろう。
家康退治の後には、毛利の宰相としてのそなたの働きを期待しておる。
丹後攻めには主上も心配されておられる由。
兵を引き、急ぎ大坂に戻るように。
細川幽斎殿への書状
細川殿の心意気、武門の誉れにございます。
尊崇の念を持ち、兵を引かせることといたす所存。
主上の御内意に添うよう、徳川を打ち果たした後も、
細川殿が、立ち行くようにいたします。
石田三成殿に書状
花押を書き入れた白紙の書状10枚を届ける。
貴殿の思う通りに使われよ。
筒井殿に密書
筒井家に対し、伊賀一国安堵。大和一国加増。
伊賀は無役扱い。3年間は大和も無役扱いといたすこと、約束する。
お働きに期待いたす。
増田長盛殿に書状
戦後、10万石以上の加増を約束いたす。
【毛利輝元殿へ書状】
私が輝元殿を弟とも思い、輝元殿が私を父とも思うとの起請文を交わしたのはついこの三月のことでした。
亡き太閤殿下からも輝元殿のことは特に心を砕くように命じられておりました。叔父上たる故小早川殿とは天下の仕置を共にした仲でもありました。
しかるに上方の風聞では輝元殿は秀頼公を擁して天下人を気取っているとか。まさかとは思いますが、もしかすると石田の狐や安国寺の狸めに化かされたのではあるまいか。
だとしたら由々しき事です。すぐに兵を解いて安芸へ帰りなさい。
あまり遊びも度が過ぎると、きついお仕置きをせねばならなくなりますぞ。
(別に353の返書という訳ではありません)
【吉川広家殿へ密書】
宗家の没落を食い止めるには貴殿の力を以てする以外にありません。
元就公以来の武門の家柄を茶坊主めの賭代にされて良い筈がありますまい。
ここは奮起願います。御家を護ることこそ忠義ではあるまいか。
356 :
無名武将@お腹せっぷく:02/08/15 03:32
8月15日現在の各部隊の戦況報告(美濃を中心とした地域)
(西軍)
石田連合 大垣城 兵数15000(小西、島津含む)
※近日中に毛利中軍が石田連合に合流予定(日時不明)
宇喜多連合 犬山城 兵数24000(犬山連合含む)
北国連合 北ノ庄 兵数15000 (大谷、丹羽含む)
毛利先手軍 伊勢路鎮撫中 兵数25000(安国寺、秀元、長宗我部含む)
毛利本軍 大坂城 兵数20000
小早川軍 近江某所 兵数16000(ゆるりと進軍中)
空き役の有力大名
織田秀信 岐阜城 兵数6000(役が空いてます)
小西、島津、立花、長宗我部
他の地域は省略
【黒田如水軒殿へ密書】
九州は黒田殿、島津殿、加藤殿談合の上で切り取り勝手次第にどうぞ。四国、中国へ討ち入りの件も存分に。
毛利も長宗我部も留守にしており、空家同然と言って良いでしょう。存分にお働きください。
>>357つづき
(東軍)
徳川家康 兵数50000(江戸にて出陣準備中)
徳川秀康 兵数20000(東海道西上中20日頃清洲到着)
清洲連合 兵数40000?(福島、池田、黒田、細川、山内含む)
田中隊 兵数3000 (福束城攻撃中)
筒井隊 兵数4000 (兵500を福束城攻撃に送ってます)
東軍武将・筒井軍訂正をお願いします
筒井軍・犬山攻撃隊 4000 18日に黒田城に到着予定
筒井軍・福束攻撃隊 500 15日夜に到着
筒井軍・今尾、松木城守備隊(筒井クンはここ)1500 本来の城兵1000
筒井軍・援軍 2000 16日に今尾に到着
清洲の40000には、筒井家がふくまれていたはずなので、6000を引いて下さい。
2000ほどが宇喜多隊として逃げたはずなので、32000です。
福島が徴兵すれば、合計35000ぐらいですか?
真田さんに活躍してもらいたいです。
>筒井殿
清洲入城を拒否しているから数には入っていないと思われ。
【339の筒井殿書状に返書】
先手大将は秀康なので、秀康の判断を仰がれるがよろしかろう。
じきに清洲に着陣するので、それまで待たれよ。
【徳川秀康に訓令】(使番が書状を抱いて走ります)
筒井が何か言っておるが、伊賀が攻撃されたとの確報が入らぬ限り軽々しく裁可するべきではない。
案外またぞろ家芸の洞ヶ峠を決め込む腹やも知れぬが、その場合は叩いて潰しても良い。委細は任せる。
【越前北ノ庄城 8月14日夜半】
丹羽長重「大聖寺に押さえなど置く必要はござらぬ。いやそれどころかここ北ノ庄も空にして差し支えあるまい」
京極高次「ぬ」
青木一矩「丹羽殿、正気でござるか?」
丹羽長重「此度の戦は単なる陣取り合戦にあらず、いかに主戦場たる濃尾に兵を集め、いかに内府の首を獲り関東勢を追い散らすかにかかってござる。されば斯様な北陸路の端に兵を置いておくなど無用の事。全軍挙げて大垣まで進むに如くはないと心得る」
小川祐忠「ぜ、全軍と・・・前田勢はどうなさる?」
丹羽長重「前田は動かぬ。聞くところによると肥前(利長)は尾山にて此度の戦の論功行賞を既に終え、能登侍従に至っては軍装を解いて七尾に引き上げたという。ここからもう一度動員を発して近江路に打って出られるほど前田も一枚板ではない。長連龍あたりがへそを曲げよう」
朽木元綱「し・・しかしそれでも前田が動けば」
丹羽長重「木ノ芽峠まで下がって守ればよろしかろう。ここは北陸路最大の難所なれば、小勢を間道に分けて配置すれば敵勢二万三万が押してこようが充分押さえ切れる」
木下頼継「木ノ芽峠とな!?」
赤座直保「近江との国境ではござらぬか!?」
丹羽長重「左様、越前一国など呉れてやればよろしい。東軍の主力さえ濃尾の線より退去させれば、前田ごときは後から如何ようにも出来る!」
木下利房「・・・馬鹿な」
青木一矩「そのような戦、聞いた事もござらぬ!」
丹羽長重「刑部殿はどう思われるか?」
大坂城本丸御殿(この場に忍びは存在せず、女どもも離してある。ここでの会話は、誰も口にしない。)
輝元「秀頼様にお願いしたき儀がございます」
秀頼「なんですか?」
輝元「はい。上様の遊び相手として連れて参りました秀就の初陣に、
太閤殿下の千成瓢箪をはなむけとして下げ渡していただきたく」
秀頼「? どういうことですか?」
淀の方「太閤殿下の旗の下で戦いたいということでございましょう」
輝元「上様に成り代わり、江戸の内府殿と、石田殿の仲直りの手助けをしようということでございます」
秀頼「そうか。それならいいと思うぞ。許す」
輝元「仲直りしないようでしたら、お灸を据えてやろうと思います」
秀頼「あんまり痛いのはしちゃだめですよ」
淀の方「輝元殿、お頼みいたしますぞ」
輝元「ははっ」
秀頼「秀就殿は初陣するのか・・・・ 小さいのにな・・・・ いいな・・・・」
【慶長五年八月十五日】
【美濃国竹鼻城付近】
東軍先鋒の内、池田輝政を中心とした一万九千は十四日の夜に竹鼻を包囲した。
明くる十五日の早朝、軍議が始まる
輝政 「これより先陣を駆け、竹鼻をひともみに揉み潰す」
一豊 「またれい、まずは慎重に事を運ぶべし」
幸長 「然り、まずは物見の報告を待つべし」
長政 「まぁまぁ、先陣はどちらにしろ輝政殿のものにござるよ、焦られるな」
輝政 「うぬぬぬぅ」
〜一刻後〜
物見 「申し上げます、竹鼻に在りうべからぬ旗印これあり!!」
長政 「何事だ?」
物見 「竹鼻城に桐紋!!」
輝政 「!?」
一豊 「!?」
幸長 「!?」
長政 「一同、安じなされませ、佐吉の家老島左近も桐紋にござりまするよ」
輝政 「(ホッとして)ならば恐れる事は無い!一揉みに揉み潰すべし」
一豊 「左近と言えば武辺を持って世に知れたる者、ここはやはり慎重に」
幸長 「然り、まずは陣所を定め後詰に備えるべし」
長政 「(予想はしておったが内府殿に馳走する為には桐と瓢箪は禁忌じゃな)」
【竹鼻攻略軍が包囲をしています】
【大阪表】
宗茂「秀頼公の陣ぶれを受けて大阪まで出て参ったが、働き場所がない。
一体どうしてくれようか」
【立花軍三千は大阪で待機中です】
【筑紫陣中】
今村佐吉「殿、国許から早舟で密使が届いております。」
広門 「(まさか!?)・・・見せよ。」
茂成 「いかがなされました?」
広門 「・・・(密書を渡す)」
茂成 「これは!」
広門 「佐吉!」
今村 「はい。」
広門 「畿内に従軍中の九州の諸将に伝令じゃ。黒田のご隠居が兵を動かしつつあるから警戒せよとな。」
今村 「ははっ!」
広門 「(今更間に合わぬかもしれぬがな・・)茂成、宗茂殿に伝えよ。今後の対策について私に少し考えがあると。」
茂成 「考えとは?」
広門 「今から書をしたためる。それを渡して参れ。」
茂成 「わかりました。」
【立花宗茂殿への密書】
お知らせした通り、如水殿が兵を動かしつつあるということでござる。
これは明らかに、手薄となった九州を今の内に席巻してしまおうという魂胆にございましょう。
このままでは如水殿にみすみす乗っ取って下さいと言っているようなもの。
そこで我が軍は急遽、茂成に200程残して九州に帰還致す所存にござる。
つきましては我らが大将としての宗茂殿にご判断を願いたい。
我らはいつでも動き出せる状態にございます。ご返事を急ぎられたし。
【九州諸将へ密書】
国許に不穏な空気漂っている模様。十分ご注意されたし。
【越前北ノ庄城 8月14日夜半】
大谷吉継「なるほど…。戸田殿。」
戸田重政「は。」
大谷吉継「貴殿が尾山へ送った使者。効果がありましたな。」
戸田重政「は、某もいささか面食らいました。」
大谷吉継「小松宰相殿が言われる攻勢もさにあらん。」
青木一矩「なんと。それでは、北陸筋を空きにせよと申されるか。」
大谷吉継「…空きにせねばよろしかろう。…五助。」
湯浅五助「ここに。」
大谷吉継「伝聞を真にせよ…」
湯浅五助「は。」
大谷吉継の策
前田利長が金沢へ退いた「噂」を拡充する。
敦賀港に船を集中する。
毛利殿へ使者(密使扱)
中納言様お健勝。真にめでたし。
用向きは勝手なれど、船を敦賀に御集め願いたし。
大谷刑部少輔吉継 花押
前田侍従殿宛書状
病気療養の由。御回復を願いまして、薬湯始め類を送りまする。
努々、御無事されたし。
大谷刑部少輔吉継 花押
筑紫殿に返信
「わかりました。上杉公討伐の命令がうやむやとなった以上、帰国も仕方ないと思います。
軍令違反の疑いをかけられかねませんが、二心なきむねを私からも総大将に申し開きしておきます。
向こうでは鍋島公を頼ってはいかがか」
【申し開きを毛利公にも送りました】
373 :
無名武将@お腹せっぷく:02/08/17 01:36
某書より転載
〜今次の戦いにおいて秀頼のために最も果敢に働いていた立花宗茂〜
〜各地を積極的に転戦するなど、日和見武将の多い西軍のなかにあって、三成ら
大坂方にはまことに頼みとなる存在なのであった。
立花は、国許を忘れ働くべき。九州の争乱までは10日以上ある。
>>252で宇都宮に居残りになった秀忠が行動を開始します
【1600年8月15日】
父上へ書状
上杉家となんとか和を結べないでしょうか?
和を結べれば私も後詰にでも上方へのぼることができます
なにとぞ一考を
その他の行動
兵糧の買い足し
兵の一層の訓練
【秀忠へ返書】
手は打っている。今は上杉の返事待ち。
佐竹殿や配下諸将ともよく相談し、疎漏の無きように留意せよ。
竹ヶ鼻城にて
島 左近「おうおう、これはまた素早い動きよ。恩を忘れ利で動く者共
とはいえ、さすがは歴戦の将たちであるのう」
杉浦重勝「いくら大垣への首もとにあるとはいえ、ここまで早く来るとは
左近殿、大丈夫であろうか?
島 左近「右衛門佐(木造具康)殿いかがであろうな?」
木造具康「そうであるのう。ざっとみわたしたところ1万5000は下ります
まいな。この城の造りを考えるとまあ3日もてば良いところでしょうな」
杉浦重勝「・・・!!そのよな弱気で・・・」
島 左近「さすがは右衛門佐殿じゃ、強気でおられる。3にちなどと。
それがしは2日もてばよいかなと思っておったのに」
杉浦重勝「左近殿まで何を・・・・」
島 左近「ご心配なされますな。ここは大垣へののど元。そうやすやすと
通しませぬぞ。ただ我ら単独では厳しいですな。
木造殿、岐阜はどうですかな」
木造具康「最前はつくしましたが、場内のはまだまだ内府につくべしとの
声は大きうござる」
島 左近「ということにございますよ重勝殿。まあここはのんびりと忘恩諸将
のお手並みはいけんといきましょう。なあに甲斐守(黒田長政)の
へっぽこ玉なぞ、この左近にはあたりませぬぞ」
杉浦重勝「左近殿・・・・・」
【竹ヶ鼻城、籠城】
多少遡っていますが…
14日岐阜城織田家の行動
【木造具康が二千の兵を連れ竹鼻城へ】
【犬山城へ荷駄隊と宇喜多殿へ書状】
要請あらばいつでも全軍率いて参る所存
【越前北ノ庄城 8月14日夜半】
丹羽長重「なるほど・・・舟か。流石は豊家随一の智恵者」
丹羽長重「されば拙者は長昌(長重の弟、越前東郷5万石)の到着を待ち、一足先に敦賀へ参るといたそう」
379 :
石田三成@夏休み中:02/08/18 00:13
【犬山行軍中】
なに!!東軍が竹ヶ鼻に現れただと!?(てっきり犬山かと)
ぬぬ・・・。左近が正しかったか・・・。見殺しにはできぬ。石田家全軍、竹ヶ鼻に急行せよ。
郷舎には精鋭の1000を与える。先乗りして東軍の背後をつくべし。
sage忘れた・・・。
郷舎よ。言うまでもないが夜陰に紛れて奇襲せよ。左近のことじゃ。戦機とみればなりふり構わず出城してくるはず。
おっつけ我も到着する故、東軍をよく混乱させよ。
当家はまず拡大せねばならぬ・・・.
信濃,飛騨,甲斐を抑えることがかなえば,それなりに戦えようぞ.
【信濃,飛騨,甲斐の大名に書状(関ヶ原に東軍として出陣中の大名は除きまする)】
秀頼公をお守りするために我が下に集うべし.
従わば我より言上し,賞されよう.
だが,逆らわば破られよう.
よくよくお考えあるべし.
真田安房守昌幸 花押
【石田殿,安国寺殿,宇喜多殿,大谷殿に書状】
拙者が今より美濃に出るよりも,信濃,飛騨,甲斐を抑える方がよろしいかと存ずる.
つきましては,拙者にその方面の指揮権をお預け願いたし.
また,与力してくれる大名への褒美もお願いいたす.
真田安房守昌幸 花押
【上杉殿への書状】
拙者は秀頼公のために,信濃を平らげる所存にござる.
つきましては,越後を牽制願いたい.
真田安房守昌幸 花押
大谷殿に協力すべく温泉津より出航した、山陰の毛利水軍が敦賀に到着。
【あとは大谷殿にお任せします。宗殿、小西殿の船も使えるのでは】
真田幸村宇喜多家本陣に到着.
まずは松野殿にお目通り願いまする.
(松野殿,幸村との会見をしてくだされ.)
【真田信幸殿、石川康長殿、森忠政殿、仙石秀久殿宛書状】
取りあえず上方の仕置きをせねばならず、倅秀康を露払いに西上することにしました。
まずは美濃表の石田勢を叩いて潰すつもりでいます。信濃はよくよく堅固に守ってくだされ。
北の越後には堀殿がおり、江戸には倅秀忠が後詰に控えております。まずはご安心されたし。
石田の輩に信濃表へ裂く兵はありません。せいぜい沼田の隠居がうろつく程度でありましょう。
父上へ書状
現在の江戸の兵士は20000ほどいるようですがそのうち15000ほどが
中仙道を西上するという噂を流してみたいと思います
これにより中仙道筋の大名に安心感をもたせ、
真田の動きを抑える事が出来るかと思います
ご裁可をおねがいいたします
(この噂は家康が許可を出したら発動します)
上杉様に書
秀頼様に忠義尽すこと、貴殿と変わる所無し
領内収まり、執着
内府を討ち果たした後、遺恨忘れ酒を酌み交わしたい
羽柴久太郎秀治 花押
石田様・毛利様に書
秀頼様に忠義尽した後、関東にて国持ちとしていただきたい
越後より移ること構いませぬ
しばらくは前田殿を牽制いたした後、信濃に討ち入る
羽柴久太郎秀治 花押
・徳川内府殿へ書状
此度の騒動はお互いの意地の張り合いが原因にて、当家としてはこれ以上の戦乱は望まず。
以下の条件にて和睦としたい。
一、お互いが家老格の重臣を派遣しあい、友誼の実を確認する。
一、大老徳川家康は大老上杉景勝に嫌疑を掛けたことを謝罪する。大老上杉景勝は大老徳川家康に不手際があったことを謝罪する。
一、徳川方は会津表へ対する包囲を停止する。上杉方は対陣していた軍勢を会津へ撤兵する。
一、徳川は上杉の越後復帰を周旋する。上杉は徳川を脅かす外敵を牽制する。
一、未来永劫、徳川は上杉を、上杉は徳川を対等の同盟者として扱う。
以上、早急に返答ありたい。
・堀秀治殿へ返書
内府に当家を讒したのは貴殿である。
これを詫びる事もなく遺恨を忘れよとは笑止千万。
いずれ春日山にて見参する故、覚悟して待たれよ。
【慶長五年八月十五日寅の刻】
【美濃国福束】
兵「筒井様から書状がとどいております。」
吉政「加勢がくるとな。開城しなければ4千の筒井勢がくると城方に伝えろ」
【田中勢から再び城に使者がでました。】
【出陣準備に慌しい江戸城に浅野長政を招く】
やあ、浅野の若隠居殿よ。幸長殿が上方へ行ってしまって退屈でしょうな。
幸長殿は間違いなく随分の働きをされることでしょう。良い倅殿に恵まれて羨ましい。
・・・ところでご隠居のお手を煩わせて申し訳ないが、ここは一つ腕を振るって貰えませんかな?
我が旗本より兵5000をお貸しします。寄騎部将もつけましょう。そうだ、保科がいい。あれは武田の遺臣ですからな。
いや何、ご隠居にも馴染みの甲府の城ですよ。あれに拠って甲州信州に睨みを利かせて貰いたいのですよ。
・・・いやいや、何をおっしゃる。まだまだ老け込む年ではないでしょうに。
甲府城が堅塁であることは縄張りに携わったご隠居が一番ご存知でしょう。一つ、頼みましたぞ。
【浅野の隠居長政、家康に起用され兵5000と共に甲府城に入ります】
【兵は家康の旗本より抽出した旧甲州勢を主体としています。寄騎として保科正光が兵1000と共につきます】
8/15夜 尾張犬山城
地勢図を見ながら熱心に軍議を行う宇喜多家・犬山の諸将。
石川 「清洲の敵勢が動いてござる。」
戸川 「伊勢方面・尾張西部に睨みを効かす筒井の軍勢が味方に付かば。」
明石 「石垣の石田勢が竹ヶ鼻城の後詰めに向かったよしに御座います。」
本多 「織田様より荷駄が、真田殿より書状が届きまして御座います。」
秀家 「フムフム…」
花房 「明朝、予定通り我らは城外の街道筋に陣をはりましょう。」
詮家 「物見も増やしておかねばならんな。」
犬山城より多数の物見が出ました。
宇喜多家より書状・使者がでました。
毛利家へ → 現状報告と大坂表より恩顧大名の切り崩しをお願いします。
石田家へ → 犬山方面は当家にお任せあれ、犬山の諸将は忠義・意気共に高く
誠に頼もしき御仁達なり。
織田家へ → 多量の荷駄をお送り頂き感謝いたします、岐阜城の守り堅くし、
濃尾の諸大名にさらに檄を飛ばして頂き、余勢あれば犬山城の
後詰めもお願いいたします。
筒井家へ → 何卒、ご助勢いただきたい、論功には口添えさせていていただく。
真田家へ → 信濃勢を率い、東海道で挟撃・後方攪乱は出来ますまいか?
>385
よろしい。ただし江戸残置の兵は3万、信濃路に入る兵は1万5千という話にせよ。
それから、わしが率いて西上する兵は4万5千とする(浅野長政に5千を貸したから)。
武蔵においては4人役にて動員を掛けよ。そなたには2万を預け置くので、動員が終われば実際に3万程度の兵となろう。
訓練及び防備、気を抜かず厳しく行うように。
【真田信幸殿、石川康長殿、森忠政殿、仙石秀久殿宛書状】
甲府城に浅野長政殿を配置しました。旗本5千及び寄騎として甲州とはゆかりの深い保科正光と兵1000が同行しています。
共同して守りに当たって頂きたく。
【大阪表】
筑紫殿からの返信が来た段階で近江に向けて行軍を開始します。
所要時間は二日を予定。
【総大将毛利公に書状】
治部少殿より自由に行動せよとの指示が出たため、筒井への牽制と北陸、濃尾両方面
をかねて近江方面に進出し、しばらく駐留する所存です。また各方面から要請があれ
ば随時、援軍として参る所存であります。
【丹羽殿、大谷殿、宇喜多殿、石田殿にも同様の内容を出しました】
丹後・田辺城攻めの吉川に急使派遣
大坂に戻らず、全軍を敦賀に移動し、北陸勢の抑えとして働いてもらう。
(吉川勢他も当面当家で指図します。)
水軍で移動し、時を無駄にせぬように。
【田辺城】
細川幽斎「こころぼそいよお・・・・・早く戦終わってくれ〜」
【幽斎実はどきどきです】
江戸にて
甲斐の六郎「いよいよ内府は動くか・・・・」
【甲斐の六郎、西上する内府軍に潜入予定】
【筑紫郡陣営】
広門 「よし!宗茂殿からの許可が下りた。直茂殿ならば心強い。早速準備にかかれ。
佐吉、お前は先行して各所で船の手配じゃ。権藤と西牟田を連れて行け。」
今村 「御意!」
広門 「しかし船で行くにしても我々の船だけでは心許ないな・・。
よし、秀包殿のつてで毛利水軍の力をお借り出来るか頼んでみるか。」
茂成 「・・・父上、私は帰国には反対でございます。」
広門 「・・・・・ふむ。理由を聞こうか?」
茂成 「・・我々は此度の戦で功を立てる為にこうして上方へ来たのです。それが戦の前となっておめおめと
帰るとならば武士の恥でございます。叛乱の嫌疑も自ずとかけられてしまうことでしょう。」
広門 「その点は心配ない。宗茂殿が申し開きをしてくれるとのことじゃ。」
茂成 「・・それに、我らの軍だけでは太刀打ちできませぬ。せめて宗茂殿から兵を借りることはできますまいか。」
広門 「宗茂殿は太閤様から西国一の武将と言わしめたお方じゃ。その宗茂殿に戦の本番で支障をきたされてはどうする。
この仕事は我々でなければ出来ぬことじゃ。撃退できずともよい。宗茂殿が帰って来るまで持ちこたえればよいのだ。」
茂成 「しかしそれでは筑紫家の願いである旧領の回復が・・・戦に出なければ恩賞もいただけませぬ。」
広門 「戦に勝たなければ恩賞もない。戦に勝つためには宗茂殿の力がどうしても必要なってくるであろう。
まず戦に勝たなければ。恩賞は二の次じゃ。
・・準備が出来次第出立する。おぬしは宗茂殿に付き従え。宗茂殿から何か得るものがあるじゃろうて。」
茂成 「・・・・わかり申した。」
【立花宗茂殿への返書】
お許しありがたく存ずる。申し開きの件、重重よろしくお願いしたい。
【毛利秀包殿への書状】
我々が帰国する際に毛利水軍の力をお借りすること、どうか秀包殿から
毛利本軍へお頼みいただけませんでしょうか。厚かましいとは思いますが、お願い申し上げます。
【筑紫広門軍600が博多へ向けて出発しました。到着は1週間前後の予定。
以降筑紫茂成軍200は立花宗茂公の命令下に入ります。】
父上へ報告の書状
武蔵に動員をかけて16500人ほど兵を増やして訓練を行っています
練度はそこそこあるものの戦意がどうもあがりません
それとこれだけの兵士を食べさせる兵糧が不足しそうなので、さらに少し買い足しておきました
例の噂は撒きました。どういう結果になるか楽しみです
ところで江戸への本陣移動はいつにいたしましょう?
早いほうがいいとおもうのですが・・・
私用にて明日は書き込みが出来ません。ご容赦を
>秀忠殿へ
兵は増やしすぎても良くない。16500では非常動員に近いので農村が荒廃する。6500は動員を解除されたし。
そのかわり練成はみっちり行うべし。
江戸への本陣移動は準備が整い次第でよし。出立前に一席設けたいので、そなただけでも江戸へ顔を見せにこないか?
【毛利輝元公に書状・十四日当日着】
九州に異変ありとの知らせがあったため、筑紫殿の軍を九州へと戻します。
これは敵前逃亡ではなく、あくまで我々を勝利に導くため。聞くところに
よると、毛利公も我が領主の旧領回復にご協力いただけるとのこと。こたび
の筑紫どのの九州入りが必ずや効力を発揮することでありましょう。
なにとぞお許しくだされ。
【鍋島殿に書状・遠国故到着は筑紫殿九州着陣と同時】
知っての通り、九州に乱の気配があります。加藤殿のほか、黒田如水殿も
兵を集めております。しかれば、我ら西軍諸将一致団結してことにあたるが
必要。今回、筑紫殿が一足先に戻ることになりましたので、ご支援よろしく
お願いいたします。
では、明日、行軍を開始いたす。茂成殿、ともに頑張りましょう。
401 :
毛利輝元 ◆0VZTENKA :02/08/19 22:11
立花宗茂殿に書状
堺よりは、当家水軍をお使いください。主力は伊勢に廻しておりますが、
2〜3千の兵を運ぶのはたやすいこと。(5日あれば九州に。策ありて不要ならば無視を)
大友義統殿が宮市におります。兵3000を預けておりますので、
九州にお連れいただけないでしょうか。(九州に行かないのであれば、独自で)
豊前の毛利勝信殿、筑前の小早川殿の国許の衆への書状も持たせましょう。(協力要請の文書)
上記に追加
毛利秀包殿の国許(立花殿の隣、久留米13万石)への書状も持たせた。
一説による毛利家関連のこの時の石高
安芸他・毛利輝元 120万石
山口・毛利秀元 20万石(上と別に)
出雲富田・吉川広家 14万石(上と別に・諸説あり)
筑後久留米・毛利秀包 13万石
筑前・小早川秀秋 52万石 影響はあるが独立意識もあり。家臣の多くは毛利一門の意識あり。
伊予・安国寺恵瓊 6万石 他に影響受ける寺領数万石、小早川領内に3000石
筑紫殿宛
毛利公より許可あり。兵船用意してくれるとのこと。ありがたし。
なお可能であれば我が旧主の案内役も勤められてはいかがか。
申し出あり。じかに毛利公と連絡とられたし。
【越前北ノ城未明】
大谷「五助。」
湯浅「は。」
大谷「七尾の御婦人は確保できておるのか。」
湯浅「…そこは大坂衆にお任せしておりますが」
大谷「…佐吉は優しい。だが無用じゃ。」
湯浅「殿、その策はあくまで非常の策にて。」
大谷「後世がどういうか知らぬ。ただな、黒い役やらねば誰が遣る。」
湯浅「殿…」
大坂奉行衆宛書状【8月15日発。大坂着は16日未明?】
前田侍従殿御妻に至急御会談いたしたし。
身、盲なれど坂筋へ馬賭ける所存。
御賢慮願い奉る。
大谷刑部少輔吉継 花押
401・402 14日着への返答にて、15日朝には着。(近江に移動前か、移動中に着)
大阪近辺同士ですので即日連絡が可能と判断しましたが、
まずかったですかね。
この名前は久しぶりじゃな。おっと独り言じゃ。
【8月14日 金沢城にて】
利長「お主、七尾に帰ったはずでは?」
利政「兄者、此度の丹羽殿の出兵、いかがに思う?」
利長「・・・」
利政「わしはもう我慢ならん。丹羽殿でさえ、城を捨ててまで秀頼公に忠義を立てておる。我等は亡き父に秀頼公のことを強く遺嘱された身ではござらんか!」
利長「・・・」
利政「兄者の気持ちもわかる。何せ母上を内府に証人にとられておるからのぅ。」
利長「母上は軽挙するなと、家を立てるが大事と仰せであった」
利政「なれば兄者はこのまま内府に忠義を立てるふりをしなされ。某は城を捨て、微力ながら秀頼公に馳走いたす」
利長「!?」
利政「武運つたなく大阪方が敗れることになったとしても、前田本家は安泰。わし一人が討死すれば済む話しじゃ。
兄者には残った家臣をよろしくお頼み申す。」
利長「・・・。よくぞ言うてくれた。兄として何もしてやれぬがお主のおかげで亡き父へも申し訳が立とう。
それでは西へ走った丹羽殿追討の命をそなたに下そう。本家からも兵2000を貸し出そう。但し、加賀を出てから謀反を宣言すべし。その際には、同心しかねる本家の兵は加賀へ帰してやって欲しい」
利政「・・・(涙)」
【8月14日、前田利政は金沢郊外の兵4000、貸与された2000計6000を率いて西へ向かう】
【8月15日 越前・加賀国境付近にて】
重臣 村井長次、高山右近を呼び寄せる
利政「わしはこれから大阪方につく。其の方ら、無理について来いとは言わぬ。各々、加賀に帰るもよし、好きにいたせ」
村井「本家はどのように?」
利政「表立っては言えぬが兄者も了承済みじゃ。内府が勝っても大阪方が勝っても我が家は生き残る」
村井「・・・。承知つかまつった。我が命、殿に捧げたも同然。地獄の底までお供いたす」
右近「利政殿、此度の戦、勝てば殿は豊臣家でも重きをなすでしょうな」
利政「?」
右近「勝てばキリシタン禁令を解いて頂き等ござる。たとえこの身がいんふぇるのに落ちようとも、キリシタンの生きる道が確立できるならば・・・」
利政「右近、勝てば約束する」
右近「御意」
【8月15日発 大谷殿はじめ、越前諸将へ 同日着予定】
幼少より故太閤殿下に取り立てられた恩、此度のいくさで秀頼公にお返ししたく存ずる。
つきましては諸将と軍議をいたしたく存ずる。
−前田能登侍従利政 花押−
追伸
なお、同様の文面が美濃方面・大阪方面に16日ごろ着で到着します。
唐突では御座るがそれでは1度戦をして下され。
日時8/16正午。
【竹ヶ鼻城攻防戦】
(西軍)島隊 杉浦隊 木造隊 篭城中
※大垣より石田隊の援軍が本日中に到着予定。
(東軍)池田隊 黒田隊初め総勢19000が城を取り囲んでいます。
※影殿お願いいたしまする。
【15日、竹ヶ鼻急行中】
【犬山へ伝令−同日同着予定】
われ、竹ヶ鼻を救援するも東軍、兵数多く、竹ヶ鼻を維持するは不可能と存ずる。
故に夜襲をかけて包囲軍を混乱させ、その隙に城兵をことごとくわが軍に収容し、大垣まで戻る所存。
竹ヶ鼻城にて
さて少し遊んでまいろうかの。
場内より100の兵が出撃、一斉射撃にてすみやかに退却。
↓
間髪入れずに、左近自身が500を率いて山内一豊の陣へ仕掛ける。
↓
深くは立ち入らず、さっと場内に引き返す。
嶋左近「われこそは石田家大将・嶋左近友之なり、忘恩諸将のお手並み
ひとつ拝見なり。」
【嶋 左近 小手調べに出陣】
【8月15日夜 美濃国福束】
正武「城方も明日には開城すると思われます。」
吉政「ここは大垣に近いから急がねばならん、今日中に明渡されなければ、総攻撃をかける。」
【田中勢は城方と開城の交渉中です。】
松倉豊後守重政・松倉右近とも。大和に領地持つ豊臣家大名。
本来は筒井家の家臣。筒井家と別に兵を出していますが、無理を重ねていますので、
筒井家の家臣として扱います。兵300ほどは、大和にいることにします。
松倉 殿、忍びによりますと、西軍の動きが激しくなったとのことにござる。
筒井 治部殿が重い腰を上げたか。出した兵に使者遣わし、急ぎ戻せ。
松倉 福島殿にはなんと。
筒井 治部が福束の後詰めに出るとの噂聞いたと伝えればよい。
松倉 一里の距離の福束に向った兵は数刻の後には戻りましょう。
黒田に向った兵も、三里半を3日かけて移動のつもりでゆるゆるしておりましょうから、
すぐにも伝令が追いつき、16日朝にはもどるでしょう。
筒井 高須城、駒野城、津屋城に使者を出せ。兵を率いて我らと合流せよと。
松倉 皆、西軍にございますぞ。
筒井 この書を持っていけ。知行を倍にする誓書じゃ。大和一国の約束いただいていることも書いてある。
松倉 我が旧友に使者出すことお許しを。
筒井 動き知らせよと伝えい。
松倉 殿の家臣ではありませんぞ。
筒井 わかっておる。そちの友の主に、土産に茶壷を持っていかせい。
筒井陣営がにわかに動き始めました。
【近江高宮】
稲葉 「石田が動いたとのことです」
平岡 「ここで背後を突けば西軍は致命的混乱を招くのでは?」
松野 「・・・我が軍も全滅でしょうが・・・」
(間)
平岡 「そのまま東へ抜ければよかろう」
稲葉 「戦が済めば筑前に戻れば宜しいかと」
松野 「内府殿が我らを認めればの話だがな」
(間)
平岡 「(いちいちつっかかる男じゃな・・・)」
秀秋 「動かなくても良かろう。内府様から返書が無いのでは危険だと思う
からだ。西軍の強さも見ておくべきだとも思うし・・・」
稲葉 「・・・。(・・・まぁ無理に突っ込むのも芸が無いからな。様子見
でも良かろうて。ちゃちな戦で兵を失うのは愚鈍よ)殿が仰るならば」
秀秋 「(ほっ・・・。戦自体はわしも自信があるけど情勢がさっぱりだか
ら怖くて動けないよ・・・)」
松野 「(己で考えるという段階までにはいったと考えてよいか?・・・に
してもあまり劇的な考えは浮かばんだろう。いい風に振り回されて消
え行く存在に変わりは・・・だがなんとか殿の核心を・・・)とりあ
えず戦をしているうちに糧秣や鉄砲を買い足しておくのを具申いたし
ます」
平岡 「ならば余裕があらば兵を募集するのは如何か?暇を作るよりは良い
と思いますが」
【小早川軍動きなし。糧秣及び兵装の買い足しを行っている模様】
【(余裕ができれば浪人衆による部隊を近江で募集の予定)】
【越前北ノ城8月15日夜】
408の書状届く
大谷吉継「…五助。先の使者は無用と大坂へ早飛脚にて伝えよ。」
湯浅五助「承知いたしました。」
平塚為広「前田家、割れましたか。」
大谷吉継「…因幡殿。北陸は勝てるな。」
平塚為広「そのようで。」
大谷吉継「治部少へ書状。」
【8月15日夜発。大垣着は8月16日もしくは17日 密書扱】
北陸筋は七尾の御仁、秀頼様へ御馳走の由。
小松殿、能登殿御味方なれば、濃尾に押し出すことも出来るやも知れぬ。
毛利様から預かりし船の集結をみて、策を考じる。
七尾殿の到着を持って軍議を設ける。
仔細、この後にて。
大谷刑部少輔吉継 花押
【近江高宮】
服部半蔵「さて、金吾殿の顔でも拝みに行くかな・・・お前達」
半蔵配下(相当に腕は立つ)「は」
半蔵「俺は金吾殿のところへ直接参る。お前達は平岡、稲葉両家老のもとへ行き、大殿よりの書状の写しを見せよ」
配下「・・・先の書状はやはり届いていなかった、と」
半蔵「そのようだな。大坂に忠義立てする頭の固い馬鹿に斬られたのだろうよ」
配下「では、御前もご用心を」
半蔵「馬鹿だが腕は立つらしいからな。仕掛けて来たら遊んでやるさ。事が終われば俺は待たずに清洲へ走れ」
配下「承りました。しからば御免!」
【服部半蔵及びその配下数名、小早川の陣に潜入】
【竹ヶ鼻城】
木造具康「左近殿を援護致すぞ」
杉浦重勝「承知」
【城内より左近が引き上げやすいように援護】
今宵はこれにてスマソ
【小早川陣内、秀秋の寝所】
半蔵「中納言様・・・」
秀秋「う、うわあああっ!だ、誰じゃあ!」
半蔵「服部半蔵正成と申します。内府公の旗本にて、伊賀衆の束ねを致しております」
秀秋「内府殿の!では、内府殿の書状は持ってきたのであろうな?」
半蔵「ふふふ・・・やはりですな。実は随分前に内府公は中納言様に返書を認めておいでであったのですが・・・」
秀秋「そんなもの、見ておらぬぞ」
半蔵「おおかた大坂方の諜者に斬られ奪われたのでしょう。今頃石田の手に渡ったと見た方が良いかと」
秀秋「な、なんと!」
半蔵「もう後戻りはできませんぞ。ご決断を、中納言様・・・」
筑紫茂成「明日はいよいよ出陣ですね。武者震いがします。で、行き先は?」
立花宗茂「本当ならば美濃筋まで一気に進出し、一働きしたいところですが、
北国路の情勢も考えなくてはいけないので、当座は近江にて遊軍
となることになります」
筑紫茂成「しかし、それでは功は立てられないのではないですか。私は戦が
したい」
立花宗茂「槍働きだけが功を図る目安でないのは、治部少殿の出世が証明し
てますよ。それに近江にいれば、どちらかが危機に陥ったときに
だれよりも早く援軍に向かうことができる。ようは一番大事なと
きに一番大事な働きをしめせばいいのです。それ以外での小さな
働きなどいくら積み重ねてもだれも覚えていてはくれません」
【十五日早朝立花軍出陣。まずは佐和山城を目指します(行程三日)】
<虚偽と真実と時の狭間で>
【近江高宮】
組頭 「・・・来たようですな・・・」
松野 「・・・手筈どおりにな・・・」
稲葉 「おおっ文が届いたか!これではかどるわい」
半蔵配下「では・・・これにて・・・」
(配下撤収)
(間)
半像配下「稲葉殿・・・文が届きましたぞ・・・」
稲葉 「?!・・・」
【平岡陣】
半像配下「すまぬが死んでいただく」
平岡 「な!?・・・なぜ・・・ぎゃぁ!!」
半蔵配下「(・・・誰だあ奴は!?)・・・ちっ」
半像配下「(装束を脱ぐ。エセ平岡配下)曲者だぁ〜!平岡様が討たれた〜!!」
【秀秋寝所】
秀秋 「んん・・・!?騒がしいな・・・」
半蔵 「おおかた我が配下がばれたということでしょうな。なに、手練故安心
なされよ」
秀秋 「・・・おい・・・平岡が討たれたとか言ってないか!?」
半蔵 「・・・!?」
(421の続き)
半蔵配下「・・・ちっ・・・貧乏くじを引いたか・・・」
松野 「(一人殺せばいい・・・一人殺せば・・・)我が陣内に来るとは
いい度胸だ!」
半蔵配下「・・・(刀で一気に・・・)」
松野 「ニヤ」
(辺りに響く種子島)
松野 「・・・草相手にまともな勝負なんぞしてたら命がいくつあっても
たらんからな・・・これで駒は揃った。今頃我が策は成っている」
稲葉 「・・・なんだこの文は・・・!?」
半像配下「確かに渡しましたぞ(撤収)」
稲葉 「・・・こ・・・この全く内容の違う文、どちらが真なんだ!?」
【小早川陣、混乱】
【未確認ですが小早川家宿老平岡頼勝が東軍配下の草に討たれた情報が流れました】
【どうやら家康が秀秋へ絶縁状をたたきつけたらしいです】
【半蔵、瞬時に状況を悟る】
半蔵「ふふふ・・・ははははは!」
秀秋「どうしたのじゃ!」
半蔵「これは一杯食わされましたな。どうも石田方は御家老を殺してでも中納言殿を西軍に繋ぎ止めておきたいと見える」
秀秋「何を訳の分からぬことを」
半蔵「それとも御家中に、小早川の御家よりも治部殿への義理立てが大事な者でもおられるか」
秀秋「だから何がどうしたのか説明せいと言うに!」
半蔵「(耳を澄ます)・・・哀れ平岡殿は討たれたか。いずれにせよ、秀秋殿。せいぜい御家を乗っ取られますな。既に御身はお飾りですぞ」
秀秋「平岡が死んだ?ええい、訳が・・・」
半蔵「頃はよし。それでは御免・・・次は戦場にて」
【小早川陣の数カ所で爆発。陣の混乱に乗じて半蔵らは脱出】
配下「申し訳ありません。どうやら先に手を打たれていたようです」
半蔵「構わん。これで小早川は無力化できた」
配下「・・・?」
半蔵「西軍が苦労して手に入れたのは小早川の抜け殻さ。平岡が死に、生き残った稲葉も排斥されよう。重鎮二人を失った小早川勢など、もはや張子の虎に過ぎぬ」
配下「まさか、そこまで読まれて手を?」
半蔵「次善の策くらい用意しておくのが心得というものだ。さて、仕上げをして帰ろうか」
【小早川陣の周囲に、「平岡、稲葉両名は徳川方に密通の卑劣漢なり。平岡には既に天誅が下った」「平岡、稲葉は東軍に付こうとした主君を諌めたが上意討ちにあった」などと錯綜した噂が流れています】
15日早朝は16日早朝の間違いでした。すみません。
【堺の港】
広門 「輝元公が船の用意をして下さったようじゃな。九州への到着も早くなるであろう。ありがたや。」
今村 「毛利家に御預けの身であった大殿もご出陣なさるとのこと。」
広門 「義統公か!そうなると大友旧臣も馳せ参ずるであろうて。こうしてはおれぬ。準備はでき次第すぐに出港せよ!」
今村 「ははっ!」
【筑紫広門軍が堺を出港しました。】
【毛利輝元殿へ書状】
此度は船を用意していただきありがたき幸せ。只今から宗茂公の命により九州へ賊を討ちに出立いたす。
大友義統殿とは一度合流して今後を話し合いたい。4日後に周防の上ノ関にて合流いたしたく存ずる。
【岩見太平記 第二部】
半像配下 「上手く事が運んだわ、さすがは松野殿。
うふふ・・・(横山風)」
*仇討ち出奔した重蔵は、半像配下に成り済ましていたようです
【越前北ノ城8月15日夜】
大谷吉継「…吉勝。」
大谷吉勝「は。」
大谷吉継「濃尾に抜ける街道筋を押えよ。」
大谷吉勝「?」
平塚為広「故殿下の大垣の先例をされればよい。」
大谷吉継「因州。随分と物分りが良い。」
平塚為広「(苦笑)内府は戦は強うござるが、この面は治部殿や刑部殿がお得意
でございましょう。」
【濃尾に通じる街道筋に対し、兵糧の買占めが行われます。】
【同時に、街道筋に代馬等を含む宿の用意が行われます。】
【真田幸村が松野殿と面会】
幸村「真田左衛門佐幸村にござる.」
松野「ようこられた.単刀直入にうかがう.真田家はいかがお考えかな.」
幸村「わが父,昌幸からはただ一言預かっておりまする.」
松野「ほう.」
幸村「小早川家をお支えせよ,と.」
松野「それはありがたい.」
幸村「手のものが松野殿が東軍の草を切ったというほうもあり申した.
松野殿は真に秀頼公への忠義をご存知と推察いたす.
それがし,松野殿とともに小早川家にとどまり,お力添えいたす.」
松野「承知仕った.ここからは兵も必要であろう.その辺はお任せあれ.」
幸村「それはそれは・・・,よろしくお願いいたす.」
松野「今日はもうお疲れであろうし,殿への目通りは明日でよかろう.
軍議もせねばなるまいしの.」
【真田幸村が待つのと面会し,しばらくの間,客将として参陣することになりました.】
(兵力の再配置をお願いいたす.)
【出陣直前の江戸城】
家康「半蔵はそろそろ金吾めの陣につくころだな」
正信「首尾はどうでありましょう」
家康「いずれに転んでも良い。味方になればよし、敵となるなら叩きふせるまでだ」
正信「・・・問題はそれ以外にある、と」
家康「濃尾の状況はこのままで良い。次は加賀と九州、何としても動かさねばならん」
【前田利長殿へ密書】
加賀勢の出征を心待ちにしております。天下を分けるのは加賀殿の働きひとつでありましょう。
北国表は加賀殿の切取勝手にて、存分にお働きください。
【黒田如水軒殿へ密書】
九州のこと、重ね重ね加藤・島津と協議の上切取勝手次第にて。
博多は殷賑の府。長政殿の中津と合わせて筑前、中国と切り取ればさぞ面白いかと。
【島津龍伯殿へ密書】
九州のこと、黒田・加藤と争わぬならば切取勝手にて。
弟御のことはとがめだてしない事もあわせて約束致します。
上方のこと、それがし自身も近く出立の予定。できれば弟御とは戦いたくはありません。
8/15夜半 尾張犬山城
軍議が終わってから自室に篭もり、書状をしたためる秀家
秀家 「これ、誰かある。」
武蔵 「お呼びで御座いますか。」
秀家 「この書状を近江の秀秋殿に届けよ。」
武蔵 「畏まりました。」
犬山勢は籠城、宇喜多勢は翌日の陣張りに向けて準備しております。
宇喜多秀家から小早川秀秋殿に私信を送りました。
内容要約 → 「昔を懐かしむ文章で始まり、お互い家中の統一に苦労するねと共感し
徳川秀康が東軍先手大将となった今、豊臣家と幼い秀頼君を守れる
のは秀秋殿と秀家しかいない、我らは豊臣一門故、北政所様や秀頼
君も頼りになされようと力説、故太閤殿下のご恩に報う為豊臣家の
公達として共に誇りを持って戦おう!で締める。」
昨日は書き込みできずに申し訳ありません
下知のとうり16500のうち6500をくにもとに返します
指図がなかったのできょう江戸へ移動します
上杉殿と和睦が成ったのでこちらはまず大丈夫とおもいますので
上方への出陣の下知をお待ちしております
訓練については6500人帰らせた事もあって戦意もすこしはあがってまいりました
きっと収穫が心配だったが故の戦意低下だったんでしょう
訓練はしっかりやっておきます
<六文銭>
【近江高宮】
松野 「東軍への加担、結果平岡殿の頓死、軍の混乱に十二人の死者三十余人
の負傷者。申し開きはあるまい?」
稲葉 「ふん・・・ワシを殺すか?・・・平岡のように」
松野 「・・・なんのことやらさっぱり解らんな。殺したのは東軍の草だと
いうのは既に判明しておる。死体もあがっておるしな。大体何故わし
が自軍の宿老様に刀を向けねばならんのだ?」
稲葉 「・・・ぬけぬけと・・・」
松野 「我が主金吾秀秋様は寛大な御方だ。見逃してやるゆえとっととどこ
へでも去るが良かろう」
稲葉 「・・・。西軍に未来があると思うか?」
松野 「・・・」
稲葉 「戦国裏切りは世の習いとはいえ世間の風評は悪くなるのはわしもわ
かる。だがな、正義で人は動かん。わしらが悪人として後世まで続く
悪評を残しても、それで戦が終わるならそれでいいと考えたことは無
いか?」
松野 「・・・」
稲葉 「・・・予言してやろう。この戦、例え西軍が勝とうともけして平和
は続かんとな。貴様の短絡な義で多くの血が流される時代が続くこと
になろう、とな。」
松野 「・・・」
稲葉 「・・・眉一つ動かさぬか。いい度胸よ。・・・良かろう、東軍派を
まとめて小早川から抜けてやる。せいぜい西軍大将として殺しを楽し
むが良かろう。わしは遠くからそなたらをあざける日を待たせてもら
うとするわい」
松野 「・・・では、さらばでござる」
【稲葉正成が河村等約百名とともに小早川家より出奔しました】
433の続き
<軍儀>
河田資友 「・・・で?どうすんだこれからぁよ。殴りあうにしても上の
数がたんねえんじゃ無駄死にがでるぜ」
白井忠胤 「戦を知る人材が兵に比べすくのうござりますからな。はてさ
て・・・」
恵利暢久(仮)「確か既に松野様が本家に文を送ったとか。誰がよこされる
かは解りませぬが」
草刈重継 「松野様と恵利、それとわしにそれぞれ振り分ける。しばらく
戦に参加せずに練兵をする・・・こんなところか?」
布施左京亮 「それでいいなら・・・」
松野 「平岡の軍二千五百は真田に渡す」
一同 「!!!!」
九鬼広隆 「・・・む・・・無茶です!ろくに実戦経験もない若造に軍の
六分の一をあたえるなど!」
恵利 「正気の沙汰とは思えん・・・」
松野 「おれは素面だ。残りは景治様にとってもらう」
草刈 「宗治様の嫡子か・・・確かに経験豊かな人物だが・・・」
松野 「正直真田の実力はわしもわからん、が今更軍の編成をし直す
暇は無い。とりあえず真田の顔を立て、使えるようならそのま
ま、駄目ならそのとき代えればいい」
【小早川軍は清水景治に復帰を促す文を出しました】
【真田に与える兵の配分でしばらく小早川軍は会議中です】
【秀秋は宇喜多の書状でちょっぴりいい気分になりつつ寝てます】
【佐竹義重殿へ書状】
私も上方へ出立する期日が近づいて参りました。
そこで、佐竹殿にも是非ご一緒頂きたく存じます。関東表は御家老、あるいは病が癒えたら義宣殿にでも任せれば良いかと。
江戸には倅秀忠も籠めております。まずは安心してよろしいでしょう。
鬼義重よと勇名を馳せた佐竹殿と轡を並べることを楽しみにしております。
毛利秀元(方面軍大将)・安国寺恵瓊 兵数1万3千
長宗我部、鍋島、長束、黄母衣衆らで1万2千。
八月十五日 伊勢路を鎮撫中。
伊勢路が平定されれば、美濃の横腹が空き、近江侵攻など夢となる。
安濃津の留守居は富田信高の妹婿。女子供を除き、兵は数十。
史実では、長束がゆっくりと交渉をし、一度囲みを解いたこともあり、城兵は千以上になった。
上野城の分部も300の兵を率いて安濃津に入った。(自分の城を捨てて)
しかし、ここでは史実と異なり、秀元の高圧的な書状で即日開城させた。
富田信高は、剃髪して寺に入った。
松坂城担当・長宗我部。
松坂城の古田重勝34000石は、史実同様、戦闘をせずに降る。
伊勢路9城のうち、西軍についた大名4名、降った城は4を数えた。
戦闘もなく、兵を1000ほど増やし、残る長島城に向うこととなる。
長島城・城主、福島正頼。史実での城兵は、家康からの援兵を加え780。
応援として入ったのは、山岡景友。
十五日、伊勢鎮撫の戦果を西軍諸将と筒井殿に書状で伝える。(16日夜には近江に。17日には大坂に。)
伊勢に水軍を置き、伊勢湾を制圧下に。
大津攻めのはずの桑山一晴、多賀秀家、筑紫広門、伊東祐兵、宗義智などで兵4千ほどが、
まだ近江をうろうろしていますが、治部殿がまとめてくだされ。
加藤清正殿への書状14日発18日着(関船と早馬にて急送)
天下を左右する戦となったが、貴殿と敵味方となった由、残念至極に候。
何より無念は、御大将(秀頼)の初陣の左右に貴殿と福島殿がおらぬこと。
御大将も、貴殿が敵になったと聞き、信じられぬと泣かれた由。
貴殿も御大将に刃向けるとは、よくよくのことでござろう。
治部が憎いのであろうが、そのことが故太閤殿下の恩よりも大きいとは思いもしなかった。
誰を頼むかは人それぞれであるが、北政所様も貴殿が家康殿に与したことを悲しんでおられる。
家康殿が勝たれた時は、御大将の弔いを貴殿に頼む。その時、毛利の者は一人も生きておらぬであろうから。
貴殿が九州におられて良かった。御大将も、貴殿が歯向われたならば、
悲しき思いするであろう。それがないだけ良かったというものだ。
貴殿の武運を祈る。
毛利中納言輝元 花押
近畿から各地に噂が拡まる
内容 徳川殿の内大臣免職が朝廷で内定された
徳川家討伐の綸旨が発給されることも内定したようだ
いや、すでに大坂城内に使者ず遣わされた 等々
安東実季殿宛の書状が届いた
西国はことごとくが秀頼様の為に働くこととなりました。
東国でも、上杉様はじめ多くのお味方ができ、
徳川の命運は尽きようとしています。※以上の3行リピート
今すぐにでもお味方になっていただければ、相応のことをいたします。
小野寺義道殿宛の書状が届いた
※リピート 源頼朝様依頼の名門、小野寺様のお働き、期待しております。
小田原以前の所領以上にいたすことを約束いたします。
最上義康殿宛の書状が届いた
※リピート 貴殿のお働き次第で、最上家はどうにでもなりますが、判断は一瞬にございます。
佐竹義宣殿、佐竹義久宛の書状が届いた
※リピート 貴殿は石田殿との友誼厚く、徳川に付く心配もなく頼みとしております。
関東の沃野はいかほど佐竹殿のもとになりましょうか。羨ましい限りです。
芳賀高武殿に書状が届いた
※リピート 此度の戦に戦功あらば、宇都宮家は必ずや再興されることでしょう。
西軍総大将の毛利が責任を持ちます。お働き下され。
結城朝勝殿に書状が届いた
※リピート 此度の戦に戦功あらば、結城家は必ずや本来の流れに戻るでしょう。
西軍総大将の毛利が責任を持ちます。お働き下され。
【内府公よりの書状を受け取る】
ははは、やはりそう来たか。望むところよ。
佐竹勢より精鋭1万2千、この義重が束ねて上方へ押し上がろうではないか。
留守居は小貫頼久に任せる。
義宣はあと十日は伏せっていることにしておくがよい。
一致団結して固く守るのだぞ。国許組にも後ほどきっと報いるほどに。
【佐竹軍1万2千、江戸へ向かいました】
【佐竹領内では動員が始まっています】
朝廷に奏請
逆賊徳川家康追討の綸旨発給を、伏してお願い申し上げます。
合わせて、内大臣の罷免の宣旨、なにとぞお願い申し上げます。
武装兵1000で御所を取り囲んだ上で
【竹鼻攻防戦周辺地図】
川川川
┏━━━━━━━━◎岐阜城
┏━┛ 川川
┏━┛ 川川
┃ 川川
┃ 川川
┏┛ 川川
◎大垣 川川
川川
川川 ◎竹鼻城 川川
川川 川川
川川 川川
川川 ◎加賀野井城 川川
川川 川川
川川 川川
【竹鼻攻防戦地図その2】
←木曽川
┏━━━━━━┓
┃◎島左近 ┃
┃◎木造具康 ┃ ●黒田長政(5,000)
●生駒一正(1,800)│◎杉浦重勝 ┃ ●浅野幸長(6,500)
●山内一豊(2,000)┃5,000 │ ●池田輝政(4,500)
┗━━━━━━┛
【慶長五年八月十五日正午】
【美濃国竹鼻城搦め手】
山内家足軽A 「ふぁ〜あ(大きなあくびをする)、昨日夜襲で今日強行軍
じゃ体がもたんのぅ」
山内家足軽B 「まったくじゃ、なんでも池田様が功を焦ってとの事らしいぞ」
山内家足軽A 「なんじゃそりゃ、上の都合で振り回されてはかなわんのぅ」
山内家足軽B 「まぁ、城をがっちり押さえ込んだからには当分戦はあるまいて」
山内家足軽A 「そうじゃのぅ、この人数にしかけてくる馬鹿はいまいてのぅ」
そのとき搦め手側の鉄砲狭間から一斉に銃声が響く
ズガーン!ズズズガーン!!
山内家足軽B 「何事じゃ?何事が起こったのじゃ?」
側にはさっきまであくびをしていた足軽Aが桶胴から血を出して倒れている
山内家足軽B 「おい!大丈夫か?しっかりしろ!おまえがいなくなったら里の
おっかあになんて説明すればよいのじゃ!!死ぬな」
苦しそうにうずくまる足軽Aを介抱しようとしたその時、島左近率いる精鋭が
槍の穂先を揃えて一気に飛び出してくる
足軽B 「うわぁぁぁぁ〜〜〜〜!!!!」
【搦め手の山内隊は混乱に陥ってます】
【慶長五年八月十五日正午】
【美濃国竹鼻城搦め手側山内家の陣所】
昼弁当を使っていた山内家の侍大将達は銃声を聞き一斉に顔をあげる
一豊 「何が起こったというのじゃ?」
母衣武者 「申し上げます!石田家家老島左近、搦め手より出撃」
一豊 「なんと幸運!一番槍はこのわしか!して敵方の兵力は?」
母衣武者 「およそ500足らず」
一豊 「ふふん馬鹿め一番槍を付けた後に種子島で全員撃ち殺してくれるわ」
康豊 「(小声で)申し上げます、昨日の強行軍の際に火縄が木曾の水に浸かって
しまって使い物になりませぬ」
一豊 「なんと、それでは長柄にてしとめてくれる。」
母衣武者 「御味方、壊乱の兆しがござれば吉田様が前線にて奮戦しておられます」
一豊 「たった500の小勢になにをてこずっておるのか!!」
その時、戦場から割れるような大音声が響き渡る
島左近「われこそは石田家大将・島左近友之なり、忘恩諸将のお手並み
ひとつ拝見なり」
一豊 「なんと口惜しき!なんとふがいなき!2,000をして我の家中に
人は無しや?」
【慶長五年八月十五日正午】
【美濃国竹鼻城搦め手】
鉄砲の一斉射撃と奇襲により一時は壊乱し、数町押された山内隊も生駒隊が
駆けつけた事もあり徐々に勢いを盛り返す。
島左近は無理をせず場内に引き上げを開始しはじめる。
すると今まで臆病で惰弱だった山内隊も功を奪おうと猟犬のように牙を剥きはじめる
山内家足軽B 「首を取らねば!首を取らねば!首を取らねばぁ〜〜〜〜!」
杉浦重勝 「(竹鼻城の鉄砲組に言い聞かせる)よいか、ひきつけるのだ、もっと
いましばらくの辛抱だ」
山内家足軽B 「ふはっ!取れた、首が取れたぞぉ〜、これで今年の冬はガキ飢えさ
せなくてすむ、おっかあの乳も出るじゃろう!ふははははっ!」
杉浦重勝 「撃てぇ〜!!!」
【島左近の隊は奇襲に成功しました】
【山内家の被害は100に上ります 2,000→1,900】
【越前北ノ庄城外 三里の地点】
【大谷刑部殿へ使者】
使者「我が主、前田能登侍従利政、大谷殿と軍議を致したく城外三里の地点まで参っておりまする。差し支えなければ50騎程を伴って入城致したく存ずる」
(これが受け入れられれば村井を留守とし、高山右近を伴って軍議を開きます)
【最上義光殿へ書状】
米沢口の件、伊達殿と協議の上攻めるも守るもご随意に。
上杉と手切れが続くにせよ和睦するにせよ、上杉勢を関東に下らせぬ事が肝要です。
曲者征伐が成った暁には、庄内の回復はもとより伊達と並ぶ東北の太守として十分な加増を約束します。
【伊達政宗殿へ使者】
御働き誠に殊勝。そのまま上杉を拘束して頂きたい。上方は佐竹殿の参陣もあってますます堅固な陣容となりつつあります。
先ほど発給した加増手当てについて、不満がありましたら何なりとお知らせ願いたい。伊達はみちのくの要、相応しい厚遇は当然であります。
【前田利長殿へ使者】
御母堂の件、金沢を懐かしむ様子が感じられ心を痛めております。美濃表へ押し出され我らと轡を並べられるなら、私の西上のついでに警護して金沢へお連れしようかと考えております。
母上様は何かにつけ利長殿、利政殿の自慢をされます。あのような良い母上様を持たれて羨ましい限りです。
【加藤清正殿へ使者】
加藤殿の苦しい心中、お察しいたします。この家康、決して秀頼公に弓引くものではないことを信じてください。
倒すべきは私が留守の間に幼君を擁し勝手な兵を挙げた奸物石田治部の輩です。
まずは九州、続いて中国を押さえて頂きたい。加藤・島津・黒田勢が西から攻め上がれば臆病な石田などこそこそとどこかへ逃げ隠れるに違いありません。
【長宗我部盛親殿へ使者】
私に味方してくれるというお話はどうなったのでしょうか?恐らくなりゆきに流されて困っているのだと思います。
今すぐには無理かも知れませんが、いずれ東軍へ同心して貰えれば当初から味方してくれたものと同様に厚遇を約束します。
四国を実力で切り取った父上の偉業を忘れてはなりません。
【津野親忠殿へ使者】
もしもこのまま弟御が上方で西軍に付き続けるなら、御家のために土佐にて挙兵なされよ。後々悪いようにはしません。
弟御が過ちを認めたなら、よろしく補佐してやるべきです。それが御家の興隆につながるでしょう。
【犬山攻め・福島、細川、加藤、藤堂、京極、生駒、松倉他18000、黒田城内での一幕】
物見・「犬山に兵力5000、美濃の諸城より援軍が入っています。宇喜多勢約20000、
犬山の近くで確認されました。」
使者・「筒井家、田中殿の後詰めとして福束城に向かいます。石田の援軍が福束に向っているため、
犬山攻めに向けた兵4000、福束に差し向けます。お許しくだされ。」
使者・「竹鼻攻め、開始されました。山内殿苦戦。」
福島・「なんじゃとーーっーーーっーーー! 犬山には我が方より多い軍がいて、
筒井の援軍はこない上、あれほど同時にと言っておいたにかかわらず、
竹鼻と福束で開戦となったというかっ! やっておれぬっ、やっておれぬわっ!」
加藤・「そう怒るな、雑兵ではないのだぞ、我らは」
福島・「その雑兵から身を起こしたのだっ! わしは知らぬっ! 清洲に戻らせていただく。」
細川・「しばらくすれば上様が参られる。ここは竹鼻を先に叩いて、それより岐阜と犬山を叩こうではないか。」
福島・「っっ!! 貴様っ! 上様とは誰を指しておるかっ! 申してみよっ! 内府かっ! もう知らぬっ!
貴殿らは好きにしたら良かろうっ! 貴殿らが石田を退治するならそれでいい。その後、秀頼君を立てねば、
わしが大坂に入り上様をお守りいたす。
できねば、その後にわしが一人で治部を成敗してくれる。が、今回は知らぬ。好きにされるが良かろう。
よっく聞け。わしは秀頼様以外を上様と呼ぶような輩と働く気はない。先陣の約定を反古にし、
援兵の命令を無視いたし。内府はいつまでも江戸におる。どいつもこいつもふざけるなっ!
そなたらは好きにいたせっ! わしも好きにいたす。」
【福島正則の軍6000は、清洲に戻り中立化した】
他の軍勢を誰がどう使うかは自由です。清洲の兵糧米は、東軍に今後配布されない。
福島の性格から有り得るシナリオです。長島の弟が攻められた時のみ、その後詰めに出る。
【越前北ノ庄城】
大谷吉継「そうか、来たか。」
大谷吉勝「は。能登様至急面会あるべしとの事。」
大谷吉継「ふ、佐吉め勝運もってくる。」
大谷吉勝「は?」
大谷吉継「よい。侍従殿に会う。」
大谷吉勝「…父上。お疲れでございましょう。」
大谷吉継「身は盲。昼も夜も無い。」
大谷吉勝「は。承知いたしました。」
【446に対し、前面受け入れの旨使者向かいます。】
大谷吉継「刑部でございます。侍従殿。まずは。」
前田利政「かたじけのうございます。」
大谷吉継「さて、侍従殿…」
前田利政「何でござろう。」
大谷吉継「率直に伺う。
一、能登は尾山の攻めに抗することが可能か否か。
二.尾山の軍、侍従殿の目からして動くか否や。」
以上二点でござる。
…身は盲でござる。ただ、盲ゆえ気づく面ござる。御回答ねがいたし。」
(この時、一斉に殺気が満たす…)
高須城、駒野城、津屋城の高木盛兼、高木帯刀、高木正家などの高木一族が、兵1千を率いて筒井軍に合流。
伊賀からの2千。筒井軍の兵6千。松ノ木城の徳永寿昌、今尾城の市橋長勝の兵1千。
一万の軍勢が福束に進撃開始。同時に大垣に使者を出し、味方することを伝達。
田中吉政は、500ばかりの援軍が来るものと思っていたところ、案に相違して
一万の兵が現れ驚きを隠せなかった。
筒井家より、使者が田中殿の陣に向う。
「筒井家は豊臣方に同心した。田中殿も豊家に逆らうことをやめ、ともに戦おう。
断るのであれば、道を明けるので福束攻めを中止し、囲みを解いて撤退していただきたい。
どちらも選べぬ場合は、残念ながら戦うこととなる。回答は使者にすぐに伝えていただきたい。
回答の延引は敵対と判断する。徳川家に恩があるかないかお考えいただきたい。」
【時を置かずに大垣に向う】
すまん。449の前に。
【越前北ノ庄城】
大谷吉継「五助。この書状を頼む。」
毛利輝元殿宛書状
先の無心、御了承頂き感謝仕ります。
立花宗茂殿宛書状
北陸筋の近況はかくの如し。
佐和山にて治部少殿の御馳走受けなされませ。
大津宰相殿、何やらおびえ参らして候。
西国一の槍にて御安堵召されたし。
佐竹右京太夫殿宛書状
何やら御苦慮の由。
御賢察願いたし。源家の御血筋いかばかりか。
先の右大将家は九郎判官、蒲冠者を殺し申し、
天竜寺に葬られし方は直義を葬りあそばした。
源家は一あれど二なし。内府、一の源家を自認されておるとか。
某、察しますに、源氏長者を御家にとのお声が内裏にも聞こえまする。
菊亭卿申しますに、源氏の長者は鎌倉以来の家にとの事。
御賢慮願います。
真田安房守殿宛書状
左衛門佐殿はお元気でございましょうか。
お願いがございます。
関東の動き、どれほど御理解されておりますでしょうか。
東海筋の動き。お伝えくださればありがたし。
…越後、久太郎。いかさま「転び」候にて、詰めを願わしゅう。
【敦賀港】
商人A「まっこと船が集まったの。」
商人B「これらが尾山へ押し出せば、尾山もたまらんのう。」
商人C「小松様が敦賀へ来られておる。」
商人A「なんじゃとー太閤様以来の活気じゃ。商いには持ってこいじゃ。」
商人B「武具を買占めじゃ。儲かるの。」
商人C「(しめしめ。殿様へ報告せねば)」
【敦賀港では「尾山(金沢)攻め」の噂が充満してます。】
【尾山(金沢)攻めの噂は北陸筋に広がります】
※偉そうなこと言ってますが、日付の管理も出来てませんでした。申し訳ありません。
【十五日早朝大阪表】
立花宗茂「我が軍はこれより近江に進出する。目標は近江北部、石田家居城佐和山城。
この戦は長期になることが予想される。遊撃戦を勝ち抜くためにも、途中、
戦略上の要衝である大津城に入城しあいさついたす。なお筑紫軍二百が我ら
に同心いたす。大将は茂成どの。じい、十時、小野はきちんと礼を尽くせよ。
では、出陣いたす」
由布雪下「いまこそ西国一と謳われる我が軍の力を見せつけるときぞ。
朝鮮での名声を忘れるなよ。ものども心せよ!」
兵 「おお!!!」
【立花軍四千が東進を開始いたしました。時間がいつのまにか進んでいたようです。
気づかず申し訳ありませんでした】
【越前北ノ庄城】449続き
利政「まずはじめに言っておきまする。我が領国は今は空国。老弱の兵をわずかに残すのみ。兄の手のものが来たら城を明け渡せと申し渡しておる。
我らは領国を持たぬ流浪の集団。事、破れれば我が家中、ことごとく泉下の故太閤殿下、亡き父の元に参るまで」
大谷「・・・」
利政「それから兄の事でござるが、それは内府の慫慂次第でござろう。我が兄も此度のいくさは秀頼様をないがしろにし、内府が天下を取るためのいくさと心得ておりまする。
当然、兄上も面白うござらん。されど母が証人として取られておる故、内府の動き次第では動かざるを得ないでありましょう。」
大谷「やはりな」
利政「そこで兄の足止め策を考え申した。
兄より借りた1000の兵のうち、兄に忠義を立てるものおよそ500くらいを返しまする。その時かような噂を帰還兵の中にまいておきまする。
刑部殿は我を美濃に送り出した後、北ノ庄城を前田の軍勢に囲ませながら、敦賀より海路金沢を急襲すると。
もっとも刑部殿なら実際にこのような策を考えておられるかも知れませぬな。
しかしこの噂をもっともらしくする為、船を持って実際に物見をさせ、さらに追加の噂で北ノ庄城はもぬけの空に近いと噂を流しまする。
まぁこれは実際に大谷殿が美濃に向かいますれば真実を伝えるわけですがな。
さすれば慎重な兄の事。一と月は縛れまする。」
【8月15日 夜 竹ヶ鼻付近 石田家先鋒 蒲生隊およそ1000】
物見「竹ヶ鼻の攻防、左近殿が出城し、山内勢を散々蹴散らして城に引き上げました。まずは緒戦はお味方の大勝利です」
蒲生「さすがは左近殿だな。城を囲んでいる者が気の毒に思えるわ。
やつらにとっての不幸は、日に二度も負けいくさを味あわねばならぬ事じゃな。」
まず後方にいる殿へ使いを。
某、丑三つ(午前二時)に黒田・堀尾隊に突入いたしまする。城兵を攪乱し、城方が討って出てくればこれを岐阜方面に落としつつ、こちらも兵をまとめて離脱しまする。
つきましてはかくかくしかじか付近の林に兵を伏せ、追手が来たら迎え討って頂きたく。」
【蒲生隊 いよいよ突入します】
【福島正則殿、池田輝政殿、黒田長政殿へ書状】
いよいよこの家康自らの出立も近づいて参りました。
この度佐竹義重殿も万余の大軍を率いて西上されることになりました。私が率いる軍勢と合わせて6万近い大軍になります。
一息に治部めの首をはねる時は近い。共に励みましょう。
【徳川秀康へ書状&配達】
困ったことがあればこの菩薩様に聞くが良かろう。(菩薩の立像一体が送られました)
457 :
最上義光@影:02/08/24 13:00
【山形城】
最上義光「・・・・・それにしても内府は筆がまめよの」
重臣 「御意にございます。していかに。そろそろなんらかの答えを
出さねば後々まずかろうと思いますが」
最上義光「うむ。まずは伊達の小僧に文を出せ。きゃつと手を組むのはしゃくだが
しかたあるまい。ここは伊達・最上・秋田でしかと連絡を密にとな」
重臣 「は。後は?」
最上義光「うむ。長谷堂、上山、畑山各城は備えを固めて上杉にそなえよとな」
重臣 「は。」
最上義光「それと義康に命じて2000を率いて酒田へ出陣せよと命じよ。
同時に大山の下忠吉に内府へ合力せよとの書状送れ。
あ、義康にはゆるりと進軍せよと申し伝えよ」
重臣 「なにゆえ酒田ですかな?」
最上義光「ん?直江山城がどうでるか見てみようと思ってな。それにうまくいけば
港が手に入るではないか」
重臣 「御意」
【最上義光が長谷堂城他の防御を固めました】
【最上義康2000 酒田へ向かってゆるりと進軍】
【伊達、秋田両名に連携取る内容の書状を発信】
458 :
細川忠興@影:02/08/24 13:14
【犬山方面軍】
細川忠興「おい市松!!待たぬか・・・・・・・ いってしまったわい。
まったく手に負えぬ小僧よ。チッ 上様に急ぎ書状を急いでな」
池田輝政「大丈夫かな?清洲が治部方へわたればわれらは孤軍になるぞ」
細川忠興「まあそれはあるまいが、現状はわれらに不利となった。
ここは戦線を下げて吉田あたりで内府到着を待とうではないか?」
池田輝政「いや、治部めに時間をあたえるのはまずいであろう、現に兵が徐々に
美濃へと集まってきておる。ここはわれらは引くべきではないであろう」
生駒一正「しかしこのままでは、孤軍となるだけ、兵糧も手配せねばならぬし」
一柳監物「ここはそれがしの黒田へ寄ってはいかが?あそこなら竹ヶ鼻、犬山に
近いしな」
細川忠興「敵のまっただ中ではないか?」
池田輝政「いや良い案かもしれぬ。黒田・浅野らとも合流できるしな」
・・・・・一時後
細川忠興「やむおえんな、黒田へいこう」
◎内府へ書状
清洲侍従、へそを曲げて清洲に引き返し候。我らこれより黒田にて治部めを
引きつける故、上様のご出馬を切に望む。
【犬山方面軍、黒田城へ転進】
459 :
可児才蔵@影:02/08/24 13:19
【福島陣中】
可児才蔵「なに!清洲へ帰るだと! なにゆえ」
使者 「かくかく、しかじかでございます」
可児才蔵「ううむ、せっかくの巧妙の機会に何を青臭い・・・・」
使者 「・・・・・才蔵殿、何を・・・・」
可児才蔵「殿へ申し伝えよ。巧妙をあげる絶好の機会をみすみす捨てる
わけにはいきもうさぬ。この才蔵自らの道を行きますとな」
使者 「!!!!何を あ、待たれよ才蔵殿!!!」
【可児才蔵、福島家を去り、池田家に陣借りをする】
豊臣家より布告
・新規参加武将 募集にてございます。
・歴史的知識や文章力は問いません。
・ただし遊びとして楽しくできる方のみ。あらしはご遠慮いたします。
また、そのようなカキコには誰もなんの反応もいたしません。
・未だあいている 島津・小西・長曽我部・吉川・小野木・大坂旗本
東軍諸将のほか、〜@影とついている武将も
使えます。
・参加される方はキャップをつけたうえ、参加表明をどうぞ。
【美濃国福束田中陣】
吉政「筒井殿は石田方についたか。」
正武「石田方につけば岡崎が危なくなります。」
吉政「わしは石田方につく。和泉に使者をだせ。家康殿に味方いたせ。と伝えろ。」
吉次「しかし、・・・」
吉政「それと・・・・に密使を出す。とりあえず、筒井殿に使者を出せ!」
正武「はは!」
【田中吉政率いる兵3000は石田方になりました。岡崎城はそのまま徳川方につくようです。】
【岡崎に使者が出ました。】
【どこかにもう1人使者が向かいました。】
【小早川陣前】
岩見重蔵 「親父殿の仇を捜して参りましたが、
如何とも探し出せず、帰って参った次第。
これよりは秀秋様に尽力して、
親父殿の供養に致す所存で御座る。」
【小早川家に岩見重蔵が帰ってきました】
(秀忠殿、少々借ります)
【江戸城にて。8月17日】
正信「佐竹の御隠居、水戸を出立したと早打ちが参っております。兵数12000とのこと、小田原あたりで合流予定です」
家康「よしよし、常陸の猛兵の1万余は大きいぞ」
秀忠「父上、いよいよ御出立ですな」
家康「留守中堅固にな。正信の言うことに耳を傾け、万事抜かりなく。そなたの務めは関東表の守備と補給線の維持だ。ゆめゆめ、疎かにするでないぞ」
秀忠「は・・・」
家康「そのような顔をするな。こういう緻密な仕事は秀康にはできん。秀康は戦陣においてはそなたの上だが、こういう政治向きの話ではそなたに及ばぬ」
秀忠「はい」
家康「徳川家挙げての大勝負なのだ。それぞれが持てる力を発揮せねば勝てまいぞ」
秀忠「肝に銘じます」
芳春院「わたくしを上方へ連れていってどうするのですか?」
家康「なに、金沢へお連れしようと思いましてな」
芳春院「・・・」
家康「前田殿が我らに同心するのであれば、御前様をお返し致す。同心せざるのであればお命頂戴するところだが、御前様を見捨ててまで西軍につく決意をされているなら何をしても無駄ですからな。その場合もお返し致そう」
芳春院「・・・気前のいいことですね」
家康「御前様の命を取るのは辛いですからなあ」
【家康、芳春院を伴い江戸を出撃。兵数45000。小田原にて佐竹勢と合流予定】
北の政所様。新規募集誠にお疲れ様に御座います。
急募と致して、
東軍は黒田連合(黒田、池田、浅野、山内が与力)が出来ましたので
福島、藤堂、細川、加藤が欲しいで御座ります。只、福島が単体で
清洲に帰った為、部隊を2つに分けなければなりませんので、
福島は単体。藤堂、加藤、細川は連合体で宜しいかと思います。
尚、少し訂正
>>458 459の影殿に出ております池田輝政は加藤嘉明の
間違いだと思います。
現状の勢力
石田連合(島津、小西、毛利中軍)※単体として前田利政隊含みます。
宇喜多連合(犬山勢含む)
北国連合大谷隊(与力はわかりません。振分が決まってない)
北国連合丹羽隊(同文)
毛利先発隊(安国寺、長曾我部、長束、毛利秀元)※大坂毛利本体含む
徳川軍(家康、秀康)※伊達含む。
黒田連合(池田、浅野、山内)
単体大名は、小早川、上杉、佐竹等は役が決まってます。
カッコ内の与力大名(陪臣)に関しましては、その舞台の要
となる人物になろうと思われる方は店にて確認をお願いします。
465 :
細川忠興@影:02/08/24 14:08
>>464 失礼致した。
文中の 池田輝政 → 加藤嘉明 に変更よろしく頼みます。
石田治部少殿に書状
「我が軍四千、下知に従い出陣いたしました。北陸路や伊賀方面の様子も不安なので、
当座は近江に駐屯する予定であります。つきましては、貴公の居城佐和山城に立ち
寄らせて頂きたい。なお、近江各所に在陣している九州諸将計三千人の指揮をとら
せていただければなおありがたい」
京極殿に書状。
「戦の動向今だ不安定故、我らは近江にて後詰めを果たすことにしました。
治部少殿より、自由にせよ、との命令があった故であります。つきまし
ては、貴公の居城大津城も我が軍の屯所として使用させていただきます。
事後承諾の形になろうかと思いますが、なにとぞご了承下され」
十五日早朝発翌日着便書状です。
【8月17日】
>281の黒田殿書状に対して
康政「一刻を争います。長島城は尾張伊勢口の咽喉、抑える抑えないで話が相当違ってきます」
秀康「うむ。黒田殿がわざわざ頭を下げてこられたのだ。無下にはできぬ」
忠隣「福島殿が後詰を出されるのでは?」
秀康「いや、あの方は先手だ。後詰に裂く余裕は無いだろう・・・忠政!」
忠政「はっ」
秀康「直ちに兵5000を率いて長島へ駆けよ。福島殿には俺から使いを出しておくから清洲への伺候は無用だ。駆け通し、長島を支えよ」
忠政「御意っ!」
秀康「康政、苦労だが俺の名代として清洲へ先行し、福島殿、池田殿、黒田殿らと協議を進めておいてくれ。中身は事後報告で良い」
康政「・・・承った。御信頼、肝に銘じます」
秀康「頼む」
【本多忠政、兵5000を率いて長島へ急行しています】
【榊原康政、供回り百騎ほどを連れて清洲へ先行しました】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・無口です。私は。
470 :
無名武将@お腹せっぷく:02/08/24 16:18
なんだ、このスレ。
471 :
無名武将@お腹せっぷく:02/08/24 16:19
朝鮮の復讐文学の朴利すれか
472 :
無名武将@お腹せっぷく:02/08/24 16:20
まー、目触りにならんようにやってくれや。
【美濃国竹鼻城付近】
細川家使番 「…というわけにござりまする」
黒田長政 「………」
浅野幸長 「あの馬鹿め!武人の風上にも置けぬ振る舞い、許せぬわ」
池田輝政 「ふんっ!あやつのやりそうな事よ、それよりも城攻めはどうする?」
浅野幸長 「ここで引くわけにはいかん、ここで引けば御味方の崩壊につながり
かねん」
黒田長政 「それにまだ孤軍と決まった訳ではない、朝鮮ではよくあった事では
ないか、まだまだこれしき序の口よ」
池田輝政 「しかし実際、隙に乗じて寄せる敵もおるかもしれん」
黒田長政 「然り、さすがは池田殿よ 警戒するに如くはない」
【竹鼻城寄せ手の軍令(物頭以上へ伝達)】
福島の離反により、我ら窮地に陥れどもみだりに騒ぐべからず
夜も武張り篝火煌煌と照らし武の猛りを煽るべし
結城殿援軍の報あれば、御味方の勝利間違いなし
武を競い以って御家の礎を築くべし
功あれば例え雑兵といえども駒をつなぐ事夢にあらず
【徳川家康殿への書状】→八月二十二日到着
福島の離反は私の不徳の致す所です
戦が終われば私は責を取りそれがしの首を上様(徳川殿の事)に差し出す所存
さぞご立腹かとは存じまするがなにとぞ黒田の家だけは立ち行くよ
うに取り計らって下さりませ
【竹鼻攻略軍は臨戦態勢を強化しました】
【夜襲・奇襲は今後難しくなりました】
【竹ヶ鼻城@籠城中】
杉浦重勝「まずはうまくいきましたな。この調子で押せばなんとかなりますな」
木造具康「・・・・・・・・・・・・・・・」
杉浦重勝「どうなされた左衛門佐殿?」
木造具康「残念だが、そうはいきますまい」
杉浦重勝「何を弱気な、現に今日の緒戦も上々だったではないですか」
木造具康「それは相手の油断もあったから、一度痛い目にあったからには
備えも十分にんされているはず」
杉浦重勝「・・・・・左近殿」
嶋 左近「そうですな、まあもう奇襲・夜討ちのたぐいは通じますまいな」
杉浦重勝「・・・ではどうすれば・・・」
嶋 左近「まあ待つことですな、いかに早く治部様にお味方しする諸将が
美濃に集まるかですな、内府が予想以上に早く着陣すればまず
勝ち目はないですな」
杉浦重勝「・・・・・・・・」
木造具康「左近殿。ここにいたってはわれらも全力をつくすが、間に合わなかった
の一言で終わらすのは無しで頼みますぞ」
嶋 左近「これはそれがしの言い方が悪うございましたな、ご安心なされよ
包囲を破ることはむずかしいですが、この城を落とすのも簡単には
させませぬ。この状況を黙って見過ごす治部様ではございませぬ」
杉浦重勝「左近殿・・・・」
【竹ヶ鼻城は緒戦の勝利でわきかえっています】
【杉浦・木造両名の心の中には不安が生じています】
伊勢路鎮撫軍、兵をまとめ、桑名を目指しています。
【越前北ノ庄城】454続き
大谷吉継「武蔵殿。」
戸田重政「は。」
大谷吉継「侍従殿、こう申されておる。貴殿はいかに。」
戸田重政「…侍従殿の申し上。間違いはないかと。」
大谷吉継「それは、敦賀の事含めてかな。」
戸田重政「(苦笑)ここまで計を張りなされたのはどなたかな。」
大谷吉継「愚問失礼した。さすれば、動く。侍従殿。」
前田利政「何でござる。」
大谷吉継「454の策はお任せいたす。ご存分にいたされい。」
>>462 白井 「これは岩見殿、帰参うれしゅうございますぞ。では早速でござり
ますが・・・」
岩見 「・・・?」
白井 「あの一件で侍大将が多く抜け人がたりませぬ。岩見殿は旧稲葉の
百三十とこの地で集めた浪人衆二十三、鉄砲五、騎馬十二に槍刀等
云々・・・」
岩見 「・・・」
白井 「・・・以上をお預けいたしたく。侍大将として参戦をお願い致す
所存。お預けした兵の指揮権はお任せするとの松野様のお墨付きで
ございます。・・・ただ、急ごしらえゆえ戦力足りえるかは正直き
ついと思われます・・・。」
岩見 「松野様は?」
白井 「兵の編成で重臣達と会議中でござる。他は各々急に任された兵の
訓練でおおわらわで・・・」
【小早川陣、傍目には訓練に磨きをかけているように見えます】
【動きはありません】
小早川殿へ書状 14日大坂発 着15日
毛利を支える小早川家を継いだ中納言殿は、毛利の人間であり、
毛利の者どもは、皆が中納言殿のお働きを期待し、頼りとしている。
中納言殿は太閤殿下のお身内ではあるが、同時に毛利の身内でもある。
中納言殿の義父、隆景殿も中納言殿には期待しておられた。
この合戦が終われば、関白となられ、この日の本の束ねとなることとなろう。
ここで武名を上げ、前祝といたしましょう。
この戦、中納言殿のためにあるようなものとお考え召されよ。
戦が終われば百万石の関白様。中納言殿に、追い抜かれてしまいますが、
それも毛利の名誉でもありましょう。
北政所様も、さぞやお喜びになられるかと思います。これほどの孝行もありますまい。
早く、海内に安寧がもたらされるよう、中納言殿に期待しております。
【佐竹軍、小田原へ向け進行中】
佐竹義重「美濃よ、まさか本当に美濃へ兵を出すとは思わなんだろう」
梶原正景「人の世とは全く数奇なものでありますなぁ」
川井忠遠「佐竹の武勇を天下に示す好機到来。腕がなり申す」
義重「内府殿とは小田原で合流ということよな」
正景「そのようで」
義重「・・・・時代を感じるのぉ・・・・」
【8月16日?】
<胎動>
岩見重蔵 「まずは練兵か。
それがしでは少々役不足であるな。
・・・おお、仇討ち道中で知り合おうた、
塙団右衛門直之殿に助力を頼もう。」
【塙団右衛門直之へ書状】
*場所が不明な為、三日位で着く予定
「此度、それがし、兵卒を預かる身になりて候。
然るに、練兵に於いては、塙団右衛門殿に並び申す者が居らぬ。
度々の勝手な申し出、甚だ御迷惑とは存ずるが、
何卒、この重蔵にお力をお借りしたく候。
云々(出会った頃の昔話)」
【8月15日 越前北ノ庄 城外丹羽勢陣屋】
「申し上げます、ただ今備中(*1)様が城西門側ご着陣なされました」
「うむ、来たか」
「青山修理(*2)様、上田主水(*3)様らも明日にはご到着とのこと」
「随分集まったのう、能登侍従の軍勢を合わせるとすでに三万近いぞ」
「左様でございますな」
「このまま全軍挙げて尾山でも斬り取りにかかるか?」
「はっはっはっはっは」
「殿、そのことでございますが」
「なんじゃ三郎左(*4)、突然びっくりするではないか」
「このまま我らの手勢で飛騨に繰り出すのはいかがでございましょう」
「飛騨に?」
「はっ、まずはここ北ノ庄より美濃街道(*5)を伝って油坂峠を越え、郡上八幡城に入城、東美濃との連絡を絶ちまする」
「ふむ」
「その後別勢を北上させ高山を圧迫しつつ金山・太田等の周辺諸城を制圧すれば、万一岐阜城陥落という仕儀に相成っても北美濃の豪族達を敵方に離反させずに済みまする」
「・・・裏方仕事じゃのう」
「岩村あたりまで進撃できれば、真田安房様との連携も取れましょう」
「上田のご老人か、ますます主戦場から離れてきたな・・・まあ、このままここにいても影が薄くなる一方じゃ、ひとつ刑部に具申してみよう」
「御意」
「あと、大野宰相にも参軍を再度催促せよ。飛騨攻めにせよ近江路にゆくにせよ大野は空き城にしておく必要があろう」
(*1)丹羽備中守長昌。長重の弟
(*2)青山宗勝(越前丸岡4万6千石)。旧丹羽軍団与力
(*3)上田重安(越前国中1万石)。同上
(*4)江口正吉。丹羽家重臣
(*5)現在の国道158号線。福井より白鳥を越えて岐阜に至る。古来より奥越地方の重要な幹線として利用されていた
秀忠「本多殿よろしく頼みますぞ」
本多正信「ははっ」
秀忠「さて、これからどうするかだが、私は周辺の国からの避難民を受け入れて
荷駄隊にしたり訓練をして辺境守備にまわそうとおもうがどうだろう?」
正信「いくらあつまるかわかりませんな。それにあつまったとしてそのぶんの
兵糧はどこからでるのですかな?」
秀忠「うーむ確かに・・・。では本田殿はどのようなお考えか?」
正信「動かないのもひとつの手ですな。それと東海道筋の大名に手紙を出して
協力をあおぎ、補給をとどこおらせないことですな
無論兵の訓練は怠ってはなりません」
秀忠「東海道筋の大名は父上が声をかけておいてくれているのでは?」
正信「一言挨拶しておくのとそうでないのでは手筈をととのえるのに
手間が全然違います」
秀忠「なるほど。ではそのようにせよ。」
東海道筋諸大名へ書状
今回この徳川秀忠が前線への補給の任を父家康より承りました。
至らぬところもあるやもしれませんが協力のほどよろしくお願いいたします。
ちなみに全員同じ文面です
484 :
無名武将@お腹せっぷく:02/08/25 06:28
徳川家康「麻呂のちんぽがもげたぁぁあ 撤退じゃあ」
−−−−−−−−−−−−−−−西軍 勝利−−−−−−−−−−−−−−−−
END
ちゃんと西軍勝てるかな?
佐竹が東軍で関が原に布陣するのか。
筒井軍8000、美濃の小大名軍団2500が大垣に移動します。田中殿の3000も同行?
筒井 田中殿が西軍に戻られ、なおかつ福束の将兵を助け出すことができた。
これもデウス様の思し召し。誰かある、小西殿に使いを頼む。
〔小西殿への書状〕
石田治部少、安芸殿、宇喜多殿のお誘いにより、貴殿とも味方になり候
決戦の前に、キリシタン禁令を撤廃の約束を取り付けたく、貴殿からもお取成し下さるべく候
年来の宿願、此度の騒動は好機に候へ共、御念を入れ、デウス様に、秀頼様に忠義尽くし
本意を達すべく働くこと、デウス様の教えを知る者として肝要に候
次期関白様、小早川中納言に馳走するが、近道に思い候へ共、
かの御方のお心、何処にあるか、はなはだ判り難く候
漏れ聞いた所によると、佐竹殿、堀殿の進退の儀、案外の至りに候
この後、如何様になるか、想像の外にて、後々まで悔い残らぬ働きいたしたく思い候
デウスの子として、油断なくお働きされますよう。 恐々謹言
八月十五日 羽柴侍従定次
ド・アグネスチン 殿
〔石田三成殿、毛利輝元殿への書状〕
家臣にキリシタン多く、命賭けで働かせるため、キリシタン禁令の解除のお約束をお願いいたす。
おまんこ
つーか、好い加減おまいら、
>>440の愚行に突っ込め。
489 :
無名武将@お腹せっぷく:02/08/25 18:26
総大将だからな、香具師は
>>479 毛利本家へ返礼
<内容(口語訳で簡潔になってます)>
(一応の挨拶)
世辞と建前はいい。協力してやるからとっとと景治と空いてる指揮官クラス
よこせ。朝廷と火遊びするのはいいがかえって評判悪くするだけだからやめ
とけ。正義云々で陶酔しとる暇があるならちっとは前線に米の一つでもよこ
せ。大坂でどうせ動かんのだろうしだったら支援くらいやってくれ(これを
丁寧かつへりくだって書いてると思ってください)
金吾(松野風味)花押
輝元 清水景治殿に小早川家に戻っていただく。
金吾殿より、そなたの力借りたいと書状が参ったのだ。
さらに熊谷元直殿、渡辺元殿、赤川元通殿、桂就忠殿にも小早川家を助けていただく。
兵はそれぞれに200しか預けられぬが、なんとか金吾殿を助けてくれ。
京・大坂で買い集めた米と、安芸より運んだ米、五千石を琵琶湖にて佐和山に運んでおく。
金吾殿の兵糧米として使うように。
【清水景治、熊谷元直、渡辺元、赤川元通、桂就忠が小早川の支援に向う。
ほとんど軍監に近い意味合いもあるので、受け入れる場合は、かなり本家の意向に影響されます。
不要ならば、清水を除いて佐和山に入れておいていただきたい。】
【越前北ノ庄城】474続き
利政「相わかり申した。尚、念の為に国境にある吉崎御坊の地に1000の兵を入れて守らせ給え。
ご存知やも知れぬが、彼の地は一向門徒弾圧の際に焼失し申したが、要害の地には変わり申さぬ。湖の周りを細い一本道だけが通っておるに過ぎぬからのぅ。
漁船を越前側に集め、砦を築かば寡兵を持って大軍を足止めできまする。」
大谷「ではそのように計ろう」
利政「某、策の手配を取った後、早急に美濃に向かいたく存ずる。刑部殿は如何されるか?」
(前田利政 例の噂を自軍中に流し、兵500を加賀に帰還させる。尚、大谷殿より行軍の自由が認められれば8/21頃、大垣城に入ります)
ちと竹ヶ鼻攻防戦は日付進行に乗り遅れたので日付に大至急あわせまする。
【8月15日夜 蒲生隊】
別の物見「東軍勢、左近殿に蹴散らされた山内隊は意気消沈しておるも、黒田隊・堀尾隊等は夜襲の備えが厳しく、とても突撃できる状況ではないかと」
蒲生「・・・。何かあったな。警戒が厳だとて臆する我ではないが、無駄に突撃して城兵を救えなくては意味がない。
よし、一旦引く。包囲軍からは絶対発見されない地点まで戻る。殿にも急使を出せ」
【石田本隊 先の蒲生からの使者を受けて、街道沿いに陣地構築をはじめようとしたところ】
使者「かくかくしかじかにて夜襲は控え申した」
三成「むむ。きゃつらに備えがあるとは・・・。よし、大垣の小西殿、島津殿に書状。
島津殿を主将とし、小西殿に兵を借りて6000程で援兵を頼め。また岐阜の織田中納言殿にも使いを出し、2000千程援兵をお頼み申せ。
それから島津殿には予備の軍馬を1000頭、国友砲5門を持参するよう言上せよ。
さらに郷舎には、一旦軍をこちらまで引き返し、合流せよと伝えよ」
【8月16日 日中】
石田家の一部はせっせと樵作業に没頭中。
また岐阜城下に石田家家士が赴いて、織物屋をせかして何かを作らせています。
−−島津維新入道、兵6000(島津家1500、小西家4500)を連れて石田と合流−−−
島津「治部、これは何事じゃ。竹ヶ鼻を救うとか申しながら何をこのような所でのんきに油を売っておるのじゃ!?」
三成「実は城兵が力戦し過ぎたせいかどうか、東軍は夜も必要以上に警戒が厳なのじゃ。このまま突撃しても、城兵を救うは無理と判断し、策を講じておるところでございまする」
島津「我らが着陣したからには臆することもあるまい。このまま突撃すればよい事じゃ」
三成「あいや、待って下され。我らは内府打倒の為に兵を挙げた身。池田・黒田のような小者相手に一兵たりとも無駄にはしとうないでござる」
島津「それで小賢しい真似を色々しておるわけじゃな」
三成「それもこれも内府と一戦交える為の大事の前の小事。抑えて下され」
【8月16日 夜 竹ヶ鼻城まで3里ほどの地点】
三成「頃やよし、全軍一斉に作業を開始せよ」
・
・
・
【8月17日 早朝】
東軍物見「た・た・大変です!!およそ岐阜方向、3里の地点にて砦が現れました!」
(石田隊が一夜城(砦)を構築しました。尚この様子は城からも観望され、城兵を多いに沸き立たせています)
小西の3分の2やんけ
小西もだせよ、それなら
4分の3やな
>496
言い訳すると、単に大垣を空っぽにはできないというのと、ついてくるNPCは二人はいらんという判断。
【8月17日 清洲に向かった康政と行き違いに福島離反の報が入る】
秀康「な、な、何だとおっ!」
忠隣「お、落ち着いて下され!」
秀康「そんな馬鹿なっ!福島殿と轡を並べることをどれだけ楽しみにしておったことか!あの御仁は俺の友誼を裏切ったのか?なあ忠隣よ、俺はたばかられたのか?」
忠隣「ええい、御大将がそのようにうろたえてどうするのですかっ!落ち着きなされ!」
秀康「うろたえてなどおらん、俺は悲しいのだ!福島殿は天下に名だたる武辺、俺の心も分かってくれると思っておったのに・・・」
忠隣「まだ決まった話ではありますまい!福島殿はあのように気性の激しい方、きっと何かに激され気分を害しただけでしょう。清洲へ向かった康政殿がきっと話をつけてくれるでしょう」
秀康「・・・分かった。我らはまず長島を救い、美濃を支えねばならぬ。福島殿は言葉より行動で動く御仁だ。我らが弟御の危機を救うことで、我らの誠意は分かってくれるだろう」
忠隣「その通りでございます」
秀康「そしてもしも・・・敵が長島を攻めず、康政の身に何かあれば。その時は西軍鞍替えは確かということでもある。・・・不本意だが容赦はせぬ。存分に弓矢にて問答してくれよう」
忠隣「御意です」
【竹ヶ鼻救援について】
恥ずかしながら距離感を喪失しておりました故、今までのは全て撤回。一からやり直しまする。
【8月15日 大垣城にて】
石田家4000、島津1500が岐阜城に向けて進発。同時に岐阜の織田中納言、犬山の宇喜田中納言へ竹ヶ鼻援兵の使者を送る。
岐阜城下に進めた石田隊は援兵、2000を借り受ける。
後は宇喜田殿の返事待ちという事で。
8/18 大坂 宇喜多屋敷(スレ時間ではありません)
砂埃を巻き上げ、一騎の武者が屋敷に入り込もうとする。
門番 「とまれ!」
使者 「御館様から御方様への文じゃ、こっこれを頼む。」
門番 「おお直ぐに取り次ごう、誰か〜水をくれ〜。」
所変わって奥座敷
豪姫 「…」(文を読んでいる)
奥女中「なんと書いております?」
豪姫 「秀家様は清洲城をお攻めになり、充分な戦果を挙げられた上、老臣達とも
合流できたそうじゃ…」
奥女中「大手柄で御座います〜。」
豪姫 「まんかか様と淀の方様に文を出します、支度を。」
奥女中「はい。」
豪姫 「(秀家様どうかご無事で… デウス様、秀家様をお守り下さい…)」
豪姫から北の政所と淀の方に文が届けられました。
要約 「豊臣家に刃向かい、秀頼君を蔑ろにする逆賊、徳川家康を成敗し天下に
豊臣家の威光を取り戻す為、来る8月20日豊国社に戦勝祈願に詣で
故太閤殿下の御威徳におすがりすべく思います、つきましては豊臣家
の結束を内外に示すべくご賛同をお願いいたします。」
北の政所には娘が母に送る文体で、淀の方には妹が姉に送る文体で文を送り、
8/20の準備を始めました。
【美濃国某所】
密使「はぁはぁ・・・。黒田殿の陣はあちらの方だったな。急がねば・・・・。」
【密使は黒田長政の所へ向かっているようです。】
8/16正午 尾張犬山城
早朝に黒田城を牽制する先発隊(花房・岡・戸川隊)を送り出し、街道沿いに陣を
構築すべく、今まさに出立しようとした宇喜多本隊に次々と物見、早馬が走り込む。
使者 「宇喜多様に我が主、石田三成より書状に御座ります。」
本多 「どれ、預かろう。」
秀家 「…(書状を見る)なんと!すぐに軍議じゃ。」
犬山城大広間
詮家 「ぐずぐずしておる暇は無い!福島が去り士気の落ちた黒田城勢など
物の数ではない!花房達と合流し一気に揉み潰そう!」
明石 「お待ち下され詮家様、此度の戦は当家のみの戦にあらず…」
詮家 「斯様な好機を逃せば悔やんでも悔やみ切れる物ではないぞ明石!」
秀家 「我らが戦するは内府の専横を止め、天下の政を豊家に取り戻さんが為…」
石川 「…宇喜多様、犬山城は我らが守り抜きましょう、竹ヶ鼻に後詰めを…」
秀家 「石川殿申し訳ない、先発隊は犬山の後詰めに残します故、防ぎ切れぬ場合は
先発隊と連絡を取り合い、岐阜の織田殿をお頼り下され。」
石川 「なに、最初から城は捨てる気でおったので御座る、お気にめさるな。」
宇喜多軍から使者が出ました。
織田殿へ → 「我が軍と犬山の石川殿が危ない時には岐阜城に入れて下さい。」
筒井殿へ → 「双手を挙げて歓迎いたします、よくぞお味方に来て下された。」
黒田城へ → 「太閤殿下のご恩を思い出し、共に秀頼様に忠義を尽くそう。」
犬山連合(五千) → 犬山城で籠城、危なくなった場合は岐阜城に逃げ込みます。
花房・岡・戸川隊(約九千?) → 犬山城の後詰め、犬山と岐阜の間に陣取り犬山連合及び
織田隊と共闘します。
宇喜多本隊(約一万?) → 竹ヶ鼻城へ後詰めに向かってます。
【8月17日 越前北ノ庄 城外丹羽勢陣屋】
「大野宰相(*1)殿、25日にはこちらに着陣いたすとのこと」
「待てるか、そんなもん。こちらから行くからメシの準備だけしとけと伝えい。明日にはここを立って郡上八幡攻めじゃ!」
「しかし、もしも万一大野が敵方につけば、我らは孤立してしまいますぞ」
「手は打っておこう。治部に借りは作りたくないが・・・」
【丹羽長重より石田治部少輔殿御陣中】
織田常真入道(*2)殿、密かに関東方に合力との噂これあり候。よくよく宥め致し、願わくば従軍促し奉らんこと、恐々謹言。
(*1)織田秀雄(越前大野5万石)。織田信雄の息子
(*2)織田信雄。信長の次男で、当時秀頼の御伽衆
【越前北ノ庄城内】
湯浅五助「殿。丹羽様、482のとおり飛騨に押し出す構え。」
大谷吉継「…」
平塚為広「御止めされないのでござるか。」
大谷吉継「…侍従殿。」
前田利政「何か。」
大谷吉継「貴軍は濃尾へ押し出しなされ。」
平塚為広「何故!位攻めに兵の数は多いに越したことはござらぬ。」
大谷吉継「内府がな…」
平塚為広「は?」
大谷吉継「江戸の狸、北陸筋の状況を聞けばどう思う。」
平塚為広「…」
大谷吉継「某なら動かぬ。前田家の挙動はあの御仁既に知っておろう。」
前田利政「…」
大谷吉継「故に、北陸にて兵の分散おこれば、穴倉から出てくる。それに、芳春院殿を害す機会が逆に少なくなる。」
前田利政「!」
大谷吉継「能登殿が濃尾、中納言殿が尾山。狸であれば何か手を打つ。」
平塚為広「何とも…大胆なことで。」
大谷吉継「因州。街道筋の固めはこのため…小松殿へ伝えよ。」
丹羽長重殿へ
飛騨への押し出し。お働きに期待しております。
御無礼かとは存じますが、「弁当」は手配をしておきました。
高山の飯、美濃の飯あつらえ候。
美濃の飯は告があり次第食うて頂くよう手配しておきます。
大谷吉継「さて、侍従殿。早々に」
前田利政「大谷殿は?」
大谷吉継「某は、後で参ろう。…一斉に動く訳にはいきますまい。」
【竹ヶ鼻城にて】
杉浦重勝「左近殿、何をのんきに鼻毛など抜いておられる。なにやら敵の陣中静まって隊伍が整うてきておる。
やはりもう一手押し出すべきではなかったのではなかろうか?」
嶋 左近「・・・・”ブチ!!”(左近は鼻毛も太い・・・)ううむまさしく痛いですな」
杉浦重勝「痛い? そうであろう、せっかくの戦機を・・・」
嶋 左近「あ、いや五左衛門殿、ひさしく鼻毛を抜いておらなかったので痛かったまでにございますよ」
杉浦重勝「・・・・・・・・・・・・・・・・」
木造具康「・・・・・・・・・・・・・・・・」
嶋 左近「いかがなされた?」
杉浦重勝「・・・・ふざけられるのはやめになされよ、今まさにわれらは死地にいるというのに鼻毛とは・・・・」
嶋 左近「まあじたばたしてもしかたありますまい。われらにできることはすべて尽くしました。あとはゆるりと治部様、
中納言様が来るのを待とうではありませぬか」
木造具康「いかにも左近殿らしいが石田家の采を預かる大将にしては、命を軽く考えすぎではないのですかな?」
嶋 左近「命を軽く考えるのはそれがしの悪い癖ですが、何も采を放棄したわけではございませぬ。
たしかに濃尾の境に内府がおったなら我らの命などとうにない状況でございましたが、
幸いに周りを囲むは血気に走る青二才共。力攻めをしてこようと策を用いようと3日4日は持ちこたえ
られるでしょう。それで十分でございますよ」
木造具康「しかし甲斐守や越中守(細川忠興)などなかなかのくせ者もおりますが」
嶋 左近「甲斐守はたしかに勇あり智もある将ですが、惜しいことに親父殿の上っ面ばかりをまねしておる。
ちんば殿(黒田如水)はその知謀鬼のごとしであったが息子の方は青公卿が人の女房に横恋慕する
ためにあれこれ策を立てるがごとき小手先のもの、越中においては語るほどのこともありませぬ。
いくさは肌で感じ機を読み、勇をふるってするもの。功名にはやり、内府の顔色ばかり伺っておる輩に
遅れを取る貴殿らではありますまい」
杉浦重勝「・・・・・・左近殿」
【嶋 左近 竹ヶ鼻城で鼻毛を抜いております】
【松尾山中】
伊藤盛正「さあ今日も作業だ!!」
【松尾新城 建築中。防御施設は9月10日に完成予定】
【桑名に到着した伊勢鎮撫軍】
安国寺 美味いっ。順調な戦の最中の般若湯ほど悟りに近付くものはないの、竹井。
竹井 安国寺様、御酒はまずうございましょう。秀元様に叱られます。
安国寺 酒はな、嬉しき時に飲むのじゃ。拙僧、かほど嬉しき日が来ようとは。
竹井 何がそれほど嬉しいのです。まだ、戦は始まったばかりにございましょう。
安国寺 これほど早く伊勢を抑えた。残るは左衛門太夫の弟の城のみ。
これを攻めるは愚かというものではないか。戦上手が、小勢とはいえ意気高く籠っている城、
捨て置くが戦のイロハであろう。ということは、ひとまずは休めよう。
竹井 まるで武将のような口ぶりにございますな。
安国寺 カカカ、これでも安芸武田の血筋よ。ただの生臭ではないわい。
竹井 さようでございましたな。
北村 御大将っ、長束勢、長島城に攻めかけておりますっ!
安国寺 へっ?
北村 戦闘がはじまっておりますっ!
安国寺 ・・・・秀元様より兵を引くよう命令を出していただけ・・・。
北村 殿が行かれるべきにございましょう。
安国寺 酒に酔って、顔をだせるかっ。
【長島城、伊勢鎮撫軍に戦闘が発生。すぐに戦闘を停止したものの、大軍を目にした長島城より、
清洲に向かい使者が出た模様。両軍の損害は軽微。】
【桑名城に九鬼嘉隆を入れ、防備を固める。桑名、阿濃津、四日市などに毛利・九鬼水軍が入る。】
17日の朝に、土岐多羅超えルートで近江に向う予定です。
注) 竹井惣兵衛、北村五郎左衛門は安国寺与力衆。史実では、阿濃津城攻めで、安国寺隊だけでも、
首級四十七をあげ、与力衆がそのうちの五をあげた。僧兵みたいなものとお考え下さい。
侍大将クラスと考えています。内政もしていたようなので、有力家臣と同じ意味です。
【八月十七日】
薩摩内城
山田「内府より書状。九州切り取り次第とのことにございます」
龍伯「ふっ。いまの段階で動いたところで、よくて肥後一郡がせいぜい。捨て置け」
山田「黒田のご隠居が兵を挙げたようにございますが、こちらはいかがか」
龍伯「構わん。薩摩までどうやって来るというのだ」
【島津本国は静観の構え】
【8月16日 夕刻 竹ヶ鼻城付近】
東軍物見A「岐阜方面より兵およそ1万5千がこちらに向かっておりまする。宇喜田・石田が進軍してきた模様。
尚、少数ですが丸に十字紋も見受けられます。おそらくは島津殿もご一緒かと」
東軍物見B「隊列の中よりおよそ1000の騎馬隊が先行はじめました」
東軍物見C「大音声で蒲生郷舎と名乗っておるようです」
【竹ヶ鼻東軍の陣】
密使「(見張りに向かって)この密書を黒田殿に見せてくだされ。」
【田中の密使が東軍の陣につきました。】
密書の内容
→このたびは筒井が寝返ったため仕方なく石田方に加わってはいるが、
戦の時は東軍にお味方いたす。
【次々と情勢報告が入り始める】
忠隣「筒井の坊主はやはり裏切ったようですな」
秀康「父上が家芸を決め込むやも知れぬと書き送って来られたが、案の定だったな。親子二人で洞ヶ峠とは、ほとほと見下げ果てた家柄よ」
忠隣「いかがはからいましょう」
秀康「捨ておけ。雑魚は後回しだ。いずれ時が来たら撫で斬りにしてやれば良い」
忠隣「まずは清洲ですな。康政殿は明日にでも清洲に着くでしょう。福島殿を宥められればいいのですが」
秀康「毛利の坊主どもが伊勢から寄せてくるからな。先に清洲を宥めておかねばまずい」
忠隣「長島はどうなりましょう」
秀康「攻めかかれば梃子摺るだろう。かと言って放置すれば後方を扼される事になる。それにあの城を残していてはわざわざ伊勢鎮撫などをした意味がなくなる。俺なら無視はできんな」
忠隣「無理押しですか」
秀康「それが出来ないなら一手貼り付けておくしか無かろうさ」
【同時刻、榊原隊】
康政「急げ急げ、明日朝には清洲に入るぞ!」
【同時刻、本多隊】
忠政「士分の物見を放っておけ。敵の動きを探りながら長島へ向かうのだ」
物頭「間に合いましょうか」
忠政「まず間に合わせる事を考えんでどうする。後のことは俺が考えるから心配せず、ただ駆けよ」
物頭「はっ」
【八月十六日夕刻、大津城前】
立花「我ら九州勢、石田治部少殿にお味方をいたすため、御城下まで参った。
場内にて兵を休ませたい故、開門願いたい」
城兵「殿が不在故、判断がつきませぬ。なにとぞご堪忍を」
立花「むむむ。京極どのに文を出したが、返事は来て居らぬし仕方ないな。
筑紫殿、先を急ぐとしよう。しかし、今後のこともある故、
ここは一つ手を打っておこう」
【立花発毛利輝元宛書状】
「近江での行動を有利に働かせるため、秀頼さまの名で自由に城内に立ち入れるよう
に出来る書状を出すことはできませんでしょうか。輝元公の名でも構いません」
8/16夕刻 尾張
慌ただしく籠城準備を進める犬山連合軍(五千)
石川 「竹把は充分な厚さを持たせよ、燃えやすい物には気をつけよ。」
部将 「他は如何致しましょう?」
石川 「ヒソヒソ…兵糧武具は運び易いよう小分けにしておけ…」
部将 「はぁ?… あっ承知しました!」
犬山城と岐阜城を結ぶ街道筋に仮陣を構える宇喜多別働隊(約九千?)
戸川 「さて、黒田城はどう出るか。」
岡 「戦の流れから察するに、まず援軍待ちであろう。」
花房 「竹ヶ鼻との集合も考えられるな。」
戸川 「総掛かりの好機だが…」
花房 「致し方有るまいて。」
岡 「我らの任は犬山勢を援護し、岐阜城まで無事下がることよ。」
戸川 「ふむ、準備だけは怠りなく、物見も出しておこう。」
花房 「久しぶりの戦じゃ、腕がなるわい!」
一路竹ヶ鼻城を目指す宇喜多本隊(約一万?)
詮家 「宇喜多隊駆け足!遅れる者には罰ぞ!」
明石 「明石隊集合!」
長船 「本隊休め!」
馬上で自軍の行軍訓練を見つめる若武者
秀家 「集団行動も随分とさまになってきたな。」
本多 「御意、戦で勝つには各隊の連携、兵共の連帯が大切に御座います、
もう少しで御座います、今しばらくの御辛抱を。」
秀家 「秀家は果報者よ、慎まねばならんな…」
筒井 「田中殿、お味方かたじけない。」
田中 「ハハハハハ(乾いた笑い)なんの、太閤殿下の恩義、危うく忘れる所であった。」
筒井 「ハハハ(もっと乾いた笑い)左様か。田中殿は、どこまで本気で言われておるかわかりませんが、
少し、私の話にお付き合いしていただけませんでしょうか。」
田中 「ハハハ、恩人の話、聞きましょう。忘恩の徒とならずに済んだのですから。」
筒井 「忘恩でございますか。ははは、まあいいでしょう。私は、猿に恩を受けた記憶がない。
大和は父祖の地。その奪回に力を貸してくれたのは、織田殿。その大和の地を取り上げ、
伊賀一国に押し込めたのは、猿。賤ヶ岳、小牧・長久手と奉公いたし、寸土も得られず、
家臣の多くが大和大納言殿に奪われた。いかに恩を感じられましょう。」
田中 「・・・・・」
筒井 「織田殿をお助けできれば、私はそれでいい。猿の倅なぞ、どうでも良い。
と、筒井が言っていたと、徳川殿にお伝えくだされ。
東軍として城攻めを行っていた田中殿の返り忠。信じてはおりますが、忍びに監視させること忘れるほど、
信じられる話でもありますまい。咎めているわけではありませんぞ。筒井の家は、
豊臣の家臣ではないのですぞ。日向守様を、どの様な気持ちで見捨てたというのか。
すべては家を残すため。この大戦においても筒井の家は残りますよ。いえ、残してみせます。」
田中 「・・・・・ よく意味がわからぬ。わたしは太閤殿下の恩義に報いるのみ。」
筒井 「ハハハハハ、ならいい。今の話はお忘れを。筒井家は西軍と干戈を交えておらぬ。
田中殿は、手柄立てねば、信用もされまい。この話、なかったものと。そして、行動を別といたしましょう。
田中殿の軍勢、そのまま大垣に入れるほど、治部の目が節穴とは思いますまい。
何処かで、手土産持参なされませ。ハハハハハ(乾いた笑い)恩を受けると大変よ。」
田中 「・・・・・・」
筒井 「キリシタンとは因果なもの。デウスの教えが全てにござる。織田殿を助けられ、
キリシタンを許していただければ、それが本懐。豊臣でも、徳川でも、天下の主はどうでもよい。」
※大垣手前で田中殿の軍勢と筒井の軍勢は離れる。
筒井と美濃勢は、大垣の大手門前に到着。開門されれば、入城。
【越前北ノ庄城内】
大谷吉継「佐吉はどうしておるか…」
石田治部少殿宛書状
北陸筋、僥倖これなし。
能登侍従、大垣に17日には着く。
もって、北陸の情勢をお聞かせ下さる。
トリップテスト
【近江高宮】
松野 「真田殿、貴殿に旧平岡、稲葉兵九百十二名をお渡しいたす。存分に
働かれるが宜しかろう」
真田 「(・・・えらい半端な数を与えてくだされたな・・・)」
小早川軍
小早川秀秋本隊 四千 (旗本中心、それなりの戦力)
客将真田信繁隊 約一千 (騎馬百、鉄砲五十、士気低し)
清水景治隊(予定) 二千 (騎馬二百、鉄砲五十、士気低し)
松野重元隊 一千 (要のベテラン鉄砲隊)
恵利暢久隊 七百 (足軽中心、先鋒)
草刈重継隊 七百 (足軽中心、先鋒)
九鬼広隆隊 六百 (あまり意味無いが海賊出身多少、足軽中心)
岩見重蔵隊 約百五十(浪人との混成)
河田資友隊 百 (腕自慢により編成された愚連隊)
予備兵&荷駄兵 約四千 (浪人約二百、荷駄隊まとめ役白井忠胤)
予備隊の監督は布施左京亮が行う
松野 「・・・ようやく形だけは軍になったか・・・。あとはきっちり動ける
よう鍛えるしかない。幸い戦線はまだ東にある、本家がまともな指揮官
をつれてきてくれればもう少しやりようもあろう。これで不毛な数字争
いをせずにすむ・・・」
秀秋 「松野、軍は機能しそうか?」
松野 「まだ動く必要はありませぬ。とりは最後に堂々と参戦するものです」
秀秋 「そうか。ならば鮒寿司でもつまんでゆっくりするか」
松野 「・・・拙者は仕事があるゆえ(ゆっくりしとる暇なんぞあるか!)」
【小早川軍再編終了、本格的な訓練がはじまりました】
【美濃大垣手前】
吉政「ここに陣をしけ!」
正武「近くの東軍の城を攻めますか?」
吉政「とりあえず休息じゃ、夜襲をして疲れてるからな。それと書状をださねば。」
【田中勢は陣を張りました。】
【黒田殿への密書】
織田殿を引き込めば筒井は東軍に味方する可能性高し。
【大谷殿516の書状を持って大垣へ進軍中】
利政「村井、かくかくしかじかの噂を軍中に流せ。その上で兄から借りた兵のうち、美濃進軍に動揺しておるものから500を選び、兄上にお返しせよ」
村井「御意」
利政「それから秀頼様をはじめ、西軍諸将に利政大垣着陣を知らせよ。また美濃方面への使者へはついでに現在の情勢も調べさせよ」
村井「御意」
利政「右近殿。確かキリシタンはコンフラリアなる組織で堅く結びついておるとか聞いた事がある。それを通じてキリシタン牢人を組織できぬか?」
右近「本来キリシタンはいくさはご法度。ましてや故太閤殿下はキリシタン禁令を出された張本人でござりまする。豊家の為には組織できぬでしょう。」
利政「某は貴殿と約束した。豊家勝利の暁にはキリシタン禁令の撤回を進言すると。
それに加えて新たな約束をしよう。」
右近「なんと?」
利政「禁令の撤回がならざれば、我が領国、能登の地においてキリシタンが平和に暮らせる地を提供しよう。
その二つの約束を持って豊家ではなく、某に手を貸してもらうよう手配できぬか?」
右近「某が他のキリシタンの為にいんふぇるのに落ちる事は覚悟しておりまする。されど他の教友には強制できませぬ。
されど、貴殿のお志を他の教友に伝える事はできまする。また、筒井殿、小西殿は有力なキリシタン大名でござりまする。彼らにも利政殿のお志をお伝えいたそう」
利政(深く頭を下げて)「かたじけなし・・・」
【従軍中の隠れキリシタン武士、右近の密書を持って各方面へ散らばりました。筒井・小西には8/17日頃、右近の書状到着予定】
利政「右近殿。某、キリシタンに働きかけたのは兵を増やしたい一存からである。
されど某、元々宗教にはさほど拘りは持っておらぬ。
法華や一向宗の門徒でも高潔な者もおれば俗悪な者もおる。キリシタンでも然りじゃ。
南蛮の宣教師でも俗悪な輩もおれば、貴殿のような高潔な者もおる。
だからこそ、殊更キリシタンを禁ずる事には同意できぬのじゃ。」
右近「・・・」
利政「某は秀頼様の下、仏門やキリシタン達が平和に暮らせればそれでよいと思っておる。そのためにも手を貸してくれ。」
右近「御意」
【服部半蔵、秀康の陣へ立ち寄る】
秀康「そうか、鬼の半蔵にしてしくじったか」
半蔵「面目ありません。大殿のお叱りは覚悟しております」
秀康「あまり気にするな。戦になったら小早川ごとき俺が踏み潰してやる。父上もとがめだてはすまい」
半蔵「埋め合わせとはいきませぬが、小早川は骨抜きにはなっております。額面どおりの働きはできないかと」
秀康「それで十分だ。金吾とは何度も顔を合わせたが、あれは虫の好かん奴よ。戦場で出会ったらあの細首捻り切ってくれるわ」
半蔵「それはそうと、上方の風聞によると毛利が軍勢をもって禁裏を取り囲み、大殿討伐の綸旨を無理強いしているとか」
秀康「本当か?」
半蔵「目撃者も多数おります。ほぼ間違いないでしょうな」
秀康「・・・馬鹿が。京雀は木曽義仲以来洛中で兵を用いた者を毛嫌いする。禁裏を囲みお上を脅したなどといったら尚更だ」
半蔵「既に手の者を放ち、話を流しております。大殿にも使者を立ててあります」
秀康「さすがに手配りがいいな。しかし毛利輝元、祖父殿や叔父御より格落ちというのは本当だな。使者を出す程度ならともかく、兵で囲むとはいやはや」
半蔵「それがし、これからしばらく秀康様の陣にて草働きをしようと思いますがよろしいでしょうか。おっつけ大殿も駆けつけられるとのことですし」
秀康「そうしてくれると助かる。父上には俺から書状を書いておこう」
半蔵「御意」
【上方一帯に、毛利軍が禁裏を囲みお上を脅して徳川討伐の綸旨を脅し取ろうとしているとの風聞が流れています】
【近江佐和山城にて】
石田家家士「ただ今立花公が当城に立ち寄りたいと仰せでございます」
石田正澄「三成からは何も聞いておらぬが・・・。しかし立花公の高名な武勇は三成にとっても貴重な戦力となろう。
よし。開門し、公やその重臣達を丁重にもてなせ。それから台所に連絡し、全軍に馳走いたせ」
【佐和山城は開門しました。台所では全軍をもてなす為におおわらわです】
熊谷元直、渡辺元、赤川元通、桂就忠と兵800より佐和山に使者(着)
毛利家臣、佐和山入城許されたし。先行の1000とともに、○○様初陣の警護の任につく。
小早川中納言に書状(17日着)
お働きに期待しております。
御所近くの兵に伝令(16日着)
御所にいかなる人物、いかなる書状も入れてはならぬ。米一粒といえど、すべて確認いたせ。
筒井殿に書状(17日着)
秀頼様への忠勤大儀にございます。所領はお約束通りにいたします。
キリシタンにつきましては、貴殿の領内ではお咎めなしといたしましょう。
【慶長五年八月十六日夕刻】
【美濃国竹鼻城周辺陣所】
物見A 「申し上げます!岐阜より石田の軍勢1万5千がこちらにむかっております」
池田輝政 「来るべき者が来たようじゃ 甲斐守よ如何する?」
黒田長政 「敵は城方と合わせて2万か…そのうち5千は城に拠っておる 不利じゃな」
浅野幸長 「やむを得まい 木曽川沿いに下がり陣を固めるのが堅実じゃ」
黒田長政 「いや、未だ越中守(細川忠興)より無事退き陣を果たしたとの報がない
今は動けぬ」
浅野幸長 「かと言ってこのまま長陣を続ければこちらが危ない」
黒田長政 「ここはわしの顔を立ててくれ 今は言えぬが策もある」
浅野幸長 「(池田輝政の方を向いて)どうする?」
池田輝政 「(苦笑いをして)仕方あるまい 他に策が無い」
【竹鼻攻略軍は表立った動きがありません】
【慶長五年八月十六日亥の刻】
【美濃国竹鼻城周辺黒田長政の陣】
田中家密使 「殿様より甲斐守様への密書にござりまする」
黒田長政 「(密書を読む)うむぅ…織田か…切支丹か…」
長政の瞳が妖しく燃え上がる※1
後藤基次 「織田様を調略するのも岐阜を落とすのも至難の業にござりまするぞ」
黒田長政 「………してしまえ」
後藤基次 「はぁ?」
【徳川家康殿への早馬】→八月二十日着
羽柴定次殿は織田殿への義理で返り忠を打ったが由
また切支丹の容認を狙った動きがあるとの事を田中殿より知らせ受けました
一端、上様より心が離れたかとも思われましたが未だ調略の余地はあるようです
切支丹については我が父、如水が切支丹でありましたので心当りがあります
願わくば蒲生殿に陣所に来て下さりますように配慮ください
※1…黒田長政がまだ松寿丸と名乗っていた子供時代に、有岡城主・荒木村重が
謀叛を起こして城に立て篭もると言う事件が起こった。
その時、謀叛を思い留まるように単騎説得に行ったのが黒田官兵衛だった。
しかし説得はあえなく失敗、官兵衛は一年近く牢獄に監禁されてしまう。
その間、官兵衛が城から戻って来ないのを、村重に同心したと誤解した信長
は、人質として預かっていた松寿丸を殺すように命令した。
当時播磨を平定していた羽柴秀吉は、主君の命令に逆らえず松寿丸の殺害を
決意するが、秀吉の与力であった竹中半兵衛が、官兵衛の潔白を訴え切腹覚
悟で松寿丸を匿った。
有岡落城後、一年近く日の当たらない土牢に監禁されていた官兵衛は、頭部
が瘡で剥げ落ち、足も衰弱して二目見られない醜い姿に成り果てて救出され
る。その姿を見た信長は、松寿丸を殺害した事を激しく後悔、「官兵衛に会
わせる顔が無い」と嘆くに至る。
その後、半兵衛の侠気により松寿丸の無事を知った信長は、半兵衛の智謀と
侠気に打たれ半兵衛の命令違反をお咎め無しとした。
官兵衛の無事を確認するかのように半兵衛はその年に病没。以後、官兵衛は
秀吉の参謀として、鬼神のような働きを見せ始める。
正信「秀忠殿、ちとお話が」
秀忠「正信殿、どうされました?」
正信「下知がないとは言え、秀忠殿はこのまま無為に時を過ごされるおつもりか?」
秀忠「無為・・・ですか?」
正信「左様」
秀忠「兵の訓練は継続しているし補給はさっき送ったところですよ?」
正信「まだなにかできることもあるだろうが」
秀忠「できることですか?・・・考えてみます」
正信「じっくり考えなされ。どうしても考え付かなければ柳生の倅にでも
聞いてみることですな」
#柳生の倅は柳生但馬守宗矩のことです。このとき但馬守だったかは知りませんが。
#それと後方は本当にやることないです(w
#家康殿や秀康殿もうちょっとこき使ってくだされ
【八月十八日、近江佐和山城下】
立花「おお。これが治部少の居城か。なんと立派なことだろうか。今の留守居は正澄殿か。
開門!開門!!我ら立花軍四千、石田治部少殿に合力すべく大阪より参った。近江に
てしばし軍を整える故、城内に駐屯させていただきたい」
城兵「正澄様におはかりいたしますゆえ、しばしお待ちを」
数十分経過・・・。
正澄「これはこれは宗茂殿。お役目ご苦労、もてなしの準備をいたす故、おくつろぎくだされ」
宗茂「わざわざ城門までお出迎えに来ていただけるとは、感激いたしました。
我らは大津城では入城を拒まれておりました。本当に感謝いたします」
正澄「しかし、宗茂殿も人が悪い、弟めに一言あればもっと盛大にもてなしたものを」
宗茂「え?だいぶ前に文を送っておりますが、届いていないのですか」
正澄「左様」
宗茂「治部少殿は最前線に向かった故、連絡が滞っている可能性もありますね。
手を打っておきましょう。また、北九州諸将を結集させたいので、
しばらくこの地に滞陣させていただきたい」
【立花家の重臣である十時摂津を連絡将校として大垣城まで派遣しました】
【同じく重臣の小野和泉、立花三河を北九州連合結成のために派遣しました】
【北陸の情勢、福島、筒井離反の情報を正澄殿より入手しました】
宗茂殿。本日は当城にてごゆるりと鋭気を養いませ。
願わくば、大垣よりの早馬で竹ヶ鼻を巡って、弟をはじめとする1万5千が東軍と対峙しておりまする。
援軍として向かうか、もしくは早急に大垣へ入られて、大垣の留守を預かる小西殿と合流して頂ければ有難し。
【竹ヶ鼻城】
嶋 左近「殿はまだかのう」
【嶋 左近 鼻毛の手入れ終了】
【8/16 竹ヶ鼻攻防戦】
蒲生率いる先鋒部隊、およそ1000、黒田隊までおよそ5町(約550m)の距離に接近するも、東軍は静観の構え。
三成「使番、蒲生は今より少し下げ、東軍の動きに警戒。舞は後詰をいたせ。我らはここで陣を構築せよ。
それから宇喜田・島津両家にも走り、攻撃は明朝寅の一点(午前4時)、大垣より持参の国友砲の砲撃を合図に開戦。
当家と島津家は合力して池田隊にあたる。宇喜田殿には黒田・浅野隊にあたられたし。」
【西軍、一夜陣を構築開始】
【竹ヶ鼻城】
物見「内府方後方にお味方の旗印確認いたしました。蒲生様のものかと思われます」
左近「来たか備中(蒲生郷舎)、待ちくたびれたわい」
家臣「していかに?」
左近「全将士に伝えよ。交代でぐっすり休め。そして腹にたっぷり飯を食っておけとな。
我が方とのいくさ始まり次第機を見て出陣は」
家臣「は!」
【竹ヶ鼻城、鋭気を養っています】
【大垣城前】
まちくたぶれた・・・・・。
【8/16 夕刻 竹ヶ鼻付近】
三成「物見の報告では東軍勢、多いに意気があがり、攻略はなかなか困難かと。故に大垣まで戻りまする」
島津「治部!臆したか!!」
三成「某、いくさは面倒になりました」
島津「・・・」
石田隊−>大垣撤収
島津隊−>岐阜撤収
宇喜田隊−>犬山撤収
尚、撤収中に筒井殿の西軍寝返りを祝して共に入城。
【瀬田橋守備隊宛 8/16日夜発 8/17日朝着予定】
当地をすぐ引き払い、至急大垣まで参陣されたし。
−石田治部少輔三成 花押−
撤退に先立ち、蒲生に兵2000を授けて撤退。
蒲生は岐阜・竹ヶ鼻の中間あたりに布陣して様子見。
左近が血路を開いて、独力で脱出した際のしんがりを受け持ちます。
【竹ヶ鼻城にて」
杉浦重勝「大変ですぞ左近殿、治部殿軍勢引き上げていくように見えますが・・」
木造具康「・・・あれは何か策あってのことかな?」
嶋 左近「いや何もございますまい。ただの撤退ですな」
杉浦重勝「!!!!! 左近殿! 何か治部殿はわれらをお見捨てか!!」
嶋 左近「結果としてそうなりますな」
杉浦重勝「左近殿!!!」
(ものすごい形相で左近に迫る)
木造具康「落ち着かれよ五左衛門殿。・・・しかし左近殿それがしも納得が
いきませぬな。これではわれら岐阜勢覚悟を決めてお味方した将士
になんといいわけすればいのでしょうかな?」
嶋 左近「お怒りごもっとも、しかしながら治部様には治部様の考えがござってな」
杉浦重勝「どのような考えでございますか!!」
嶋 左近「今はいえませぬ」
杉浦重勝「!!!!! われらを愚弄するか左近殿!」
(脇差しに手をかける)
木造具康「落ち着かれよ!!」
杉浦重勝「・・・しかし右衛門佐殿、これでは兵達にもうしわけなく・・・」
(重勝、涙する・・・)
木造具康「気持ちはわかる。しかしここは左近殿を信じるしかありますまい。」
杉浦重勝「・・・右衛門佐殿」
木造具康「左近殿、ここは貴殿を信じますが、くれぐれも裏切ることの無いように。
そのときはそれがしが五左衛門殿に代わりて、貴殿を切る。よろしいかな?」
嶋 左近「承知。それがしの首、貴殿にあずけましょう」
杉浦重勝「・・・・左近殿」
【嶋 左近は思う・・(殿、策はわかりますがもう少し人の気持ちを配慮なされよ)】
540 :
主宰@キャバクラ:02/08/30 22:08
蒲生よ永き眠りより覚めよ。我が名にてそなたに弐役を許す。今こそ多額な書籍代を意味あると致す時。治部をいや味方を盛り上げるのじゃ。
【大垣入城】
筒井 治部殿、お久しぶりにございますな。
石田 これは筒井殿、裏切りを歓迎いたします。
筒井 言葉あらためていただこうか。それがしは徳川の配下であったことは一度もない。
もともと大和支配を織田殿に許された身。太閤殿下に臣下の礼を取っていること、
今も昔も変わりないこと、お身も存じ上げてることと思う。豊臣のお家に背いたことは
一度もない。羽柴の名にかけて裏切りなどいたすものか。東軍に囲まれ、仕方なくあちらにいただけ。
高木 石田殿、筒井殿は、我が城にも空鉄砲のみで引き上げ、お味方であり続けていました。
石田 失礼いたしました。お味方、かたじけなく。
筒井 わかっていただければ結構。では、兵に暖かい食事をお願いいたす。
石田 用意はさせておりました。さ、どうぞ。
筒井 早速ですが、高木殿はじめとする美濃衆。我が組下として働いていただいてよろしいでしょうか。
【兵糧として米・味噌、矢玉などの城内備蓄品を荷駄にて運び入れました。】
【美濃大垣手前】
吉政「筒井殿は大垣にはいられたか。」
正武「はい。」
吉政「近くに東軍の城は無いのか?」
吉次「曽根があります。城主の西尾殿はいないはずです。」
吉政「なるほど、ひとまず赤坂に移動して陣を作る。」
【田中勢は赤坂に移動して陣地を構築します。】
石田殿に進言をいくつか
1つは田中殿のこと。田中殿をどう扱うか、早めに決められるべきでしょう。
1つは竹鼻のこと。我ら1万、岐阜殿の9千、犬山の5千、宇喜多殿の兵、大垣の兵。
5万以上が向えば、東軍は決戦を避け、後退いたすでしょう。
お味方を見捨てて、合戦に勝利はないものと思し召されよ。
1つは毛利中軍と九州勢のこと。一刻も早く、美濃に押し出させるべき。
一晩休息させたら、我が隊は動けましょう。いかがか。
三成「筒井殿。ご忠告多謝。
筒井殿とはこうして大垣まで出向いて頂けたので何の疑いも持っておらぬが、田中殿については向背、未だわからざるものと見え申す。
これより再び竹ヶ鼻救援に向かうが、田中殿に先鋒をお任せすることにより、我らに同心する証拠とみなしたい。
竹ヶ鼻再救援については、このような布陣で如何かな?」
先鋒 田中隊 石田家蒲生隊2000(竹ヶ鼻付近で待機中)
中軍 筒井隊 島津隊 宇喜田隊
後詰 織田中納言 犬山−岐阜間の遊軍
これらは岐阜より陸路南下し、正面から竹ヶ鼻に向かって頂きたい。
采はこの辺りの地理に詳しい筒井殿にお任せいたしまする。
別働隊 石田隊 大垣より長良川沿いに南下し、竹ヶ鼻対岸より支援
小西隊 大垣−岐阜を通って竹ヶ鼻−木曽川ラインに布陣し、木曽川以東からの東軍救援部隊の阻止
尚、佐和山に到着したばかりの立花殿に急使を送り、至急大垣に入っていただくよう使者を遣わしまする。
【8/16 夜発 佐和山の立花殿宛 深夜着予定】
竹ヶ鼻のお味方の城、風雲急を遂げておりまする。
東軍勢強勢につき、大垣を空けて救援に向かいまする。
よって、立花殿には至急大垣に入られるよう、伏してお願い申し上げまする
【8/16日 夜発 毛利輝元殿宛 8/17日着】
東軍の勢い、活発なるは徳川内府の到着が近いものと推察されまする。
輝元公におかれましては至急、軍を佐和山・もしくは大垣まで動かされたく存知上げまする。
−石田治部少輔三成 花押−
尚、同様の文が伊勢の和尚様にも送られます。
う〜む、突っ込み所満載でござるが…
竹鼻城攻略軍、撤退
先発 池田輝政・浅野幸長
中軍 山内一豊・堀尾忠氏
後詰 黒田長政
殿 後藤又兵衛基次(手勢2,000)
撤退は十七日正午より
当面は木曽川沿いに出るべく東南方向へ退却
後、黒田城正面まででたら渡河開始
尚、竹鼻攻略軍の崩壊を防ぐ為に後藤又兵衛基次の戦死と
殿の壊滅を確認されたし
【慶長五年八月十七日早朝】
【美濃国竹鼻城周辺攻略軍陣所】
物見 「申し上げます!大垣、犬山より敵方の軍勢が続々と岐阜に到着しつつあります!」
陣所に詰めた武将が全員騒然と立ち上がる
池田輝政 「何!? それは真か?」
浅野幸長 「そのような兵が何処より湧いて出たと言うのだ…信じられん」
池田輝政 「岐阜に移動している軍勢の旗印は分かるか?」
物見 「梅鉢にござりまする」
池田輝政 「!!? 筒井か…おのれ!! あの二股膏薬め!」
浅野幸長 「この恨み!晴らさでおくべきか!」
黒田長政 「…こうとなっては退かざるを得ませんな」
池田輝政 「黒田!何処に逃げろと言うのだ? ここに留まると言ったのは貴様
の意見じゃぞ!」
黒田長政 「勿論、それがしが殿を承り申す」
池田輝政 「……」
浅野幸長 「……」
池田輝政 「…撤退の準備を致せ!」
【竹鼻方面軍は撤退の準備を始めます】
【慶長五年八月十七日軍議直後】
【美濃国竹鼻城周辺黒田長政の陣所】
日頃から不仲を噂されている長政と基次が酒を酌み交わしている
確かに両者は不仲であったが、同時に幼き頃より一緒に生きてきた占有でもあり
誰よりも肝胆相照らす事のできる兄弟のような存在でもあった
長政 「……殿をな、受け持つ事になった」
基次 「これは武門の誉れ、祝着至極にござりまする」
長政 「(苦笑)顔色一つ変えぬか、わしはそちに殿の将を命じようと思う」
基次 「(嬉しそうに)これはますます持って祝着至極、わしも鼻が高こうござる」
長政 「(苦笑)まるで知っておったかのようじゃな」
基次 「今朝、西から移動する梅鉢の紋が見え申した、もはや退き陣は時間の問題か
と思っておりました。黒田の御家が殿を受けるのも。
家中でこの退き陣を指揮できるのは恐れながらそれがししか居りませぬ」
長政 「(苦笑)まったく、いつもそちにはかなわぬ、(優しい口調で)憎い奴め」
基次 「(微笑んで)恐れながらそれも存知ておりました」
長政は大杯の酒を一気に飲み干す
長政 「そちはどうやら生まれついての武人であるようじゃ、今となっては父上の
寵愛も得心が行くと言うものよ」
基次 「(本当に嬉しそうに)これは冥土の土産になり申した!至言にござる」
長政 「あとひとつ…冥土の土産に…」
基次 「なんでござるか?」
長政 「…………………」
基次 「(何かを察したように)武人に涙は似合い申さぬ!これにて御免」
基次はカラカラと笑いながら陣中を出て行く
長政 「…貴殿を兄者と呼びたかった」
【後藤又兵衛基次が殿を受け持ちます】
【八月十七日深夜・清洲城】
土煙をあげ、駆けに駆けてきた一隊が城門前にたどりつく。
榊原隊である。
康政「開門、開門せいっ!」
門番「こんな夜更けに何事でこざるか!」
康政「ええい、門を開けよ!俺は館林の榊原康政だ!福島殿に談判の議これあり、早く通せっ!」
門番「げえっ・・・徳川四天王の一人が自ら・・・」
正則「何だと、榊原が?こんな夜更けに?」
近習「恐らく街道を駆けに駆けてきたのでしょう。騎馬100ばかり、いずれも疲れ果てておる様子です」
正則「ふん、秀康殿に命ぜられて駆け通して来たか。いい心がけだ。まずは膳でも出してやれ」
近習「それが、すぐにでも合わせろの一点張りで。まるで手が付けられませぬ」
正則「むう・・・」
代打でございます。御容赦ください。
【岐阜・竹ヶ鼻の中間あたりの陣】
蒲生「ふーん。さても面妖な。」
家臣「547の動き。かくあるべし。」
蒲生「まあ、待て。退き戦には二種ある。
一、捨駒
ニ、勝様
家臣「さりとて、この状況。どうされます。」
蒲生「使番!」
使番「は。」
蒲生「全軍に指令。」
蒲生郷舎より残留軍へ。
一度黒田等勢にかかれ。
…一撃で退け。
その後、尾越に向かうと見せて光明寺へ転進。墨俣へ戻る。
島左近殿へ使番
状況はかくのごとし。某の動きにあわせ出戦されたし。
…言葉悪し。されど言う。
竹は捨てじゃ。無用にいたされよ。
良手が悪手に変わる。やむなし。
今なら退きが可能(547を参照)
552 :
無名武将@お腹せっぷく:02/09/01 02:31
お詫びだな
【八月十七日深夜・清洲城】
正則「おう康政、こんな夜更けに苦労だな」
康政「何の、劣勢ながら大敵と対陣している黒田殿、池田殿らと比べればこんなもの苦労とは言えませぬ」
正則「・・・」
康政「それがし、はっきり申し上げて福島殿には失望しました。福島殿にとって黒田殿や池田殿は友垣ではなかったのですか」
正則「・・・」
康政「自らの怒気のみにとらわれ、友を前線に見捨てて自分は居城でのうのうと過ごす、これが勇名をうたわれた福島殿のなさりようとはまったく情けない」
正則「・・・」
康政「黒田殿、池田殿は天晴れ奮戦して討ち死にされ、その武名は後世の語り草になりましょう。しかし福島殿、貴方はどうでしょうな。友を見捨てた卑劣漢として名を残すでしょうかな」
正則「・・・」
康政「これで西軍が勝てば、勲功第一等は福島殿かも知れませんな。治部少めは百万石の太守にしてくれるやも知れませぬ。いや、おめでたいことです」
正則「・・・!!」
康政「・・・これだけ申してもなしの礫ですか。なら結構、それがしこれから竹鼻まで出向き、黒田殿らと共に一働きして死んで参ります。さらばでござる」
【言いたい放題言った康政は席を立とうとしています】
【八月十七日深夜・清洲城】
(座ったまま、少し俯いて)
福島正則 「・・・待て、康政。」
(踵を返し)
榊原康政 「ほう!この上、まだ申し開きが有ると申すか!!」
(動かない正則)
福島正則 「・・・6000もの軍備を整えるには、急いでも明朝まで掛かる。」
(心底驚いた表情)
榊原康政 「・・・!」
(カッと目を見開き)
福島正則 「誰かある!明朝までに戦の準備を完了させよ!!」
(少し目が潤んでいる康政)
榊原康政 「・・・福島殿・・・」
(カカッと笑い)
福島正則 「康政!今宵はゆるりと休め。戦支度が出来次第、竹鼻まで共に参ろうぞ!」
(嬉しそうに)
福島正則 「・・・なにかこう、太閤様の頃を思い出すのう・・・。」
【清洲にて戦支度が急ピッチで進められています】
【八月十八日明朝には、榊原康政と福島正則が竹鼻へ向かいます】
【康政、馬術の名手として名高い近習を二人呼び寄せる】
康政「その方らにたっての頼みがある。苦労とは思うが、今一度秀康殿のもとまで駆けてくれ。福島殿同心の吉報、一刻も早く届けねばならぬ」
近習「はっ」
康政「俺は明日、福島殿と竹鼻の陣へ赴き大いに働いて参る。厳しい戦ゆえ、命は無いやも知れぬ。そなたらも命を懸けて駆けよ。事が成って俺もそなたらも生きてあれば大いに報いるだろう。死んだとあれば、冥土にて会おう」
近習「お言葉、肝に銘じます」
【使番が二騎、秀康隊へ駆けました】
石田の主張
岐阜に集めて圧倒的兵力で
筒井の主張
岐阜には伝令で良い。犬山も捨てて空にさせる。
一時でも早く、大兵力を前線に。
筒井 治部では心許ないわい。柘植、堺と京で、秀頼様出陣の噂流せ。
柘植 近江でも広めましょう。
筒井 早すぎはせぬか。
柘植 実際、動きはありますので。
筒井 毛利と秀頼動くとすれば、四万の兵は集めよう。信じれば面白い。
【秀頼と毛利出陣の噂が広まっている。】
【8月17日朝・瀬田橋付近】
高橋元種「兄者!治部殿から大垣城へ出陣の催促状が来たぞ!」
秋月種長「・・・・・来てしまったか。」
元種 「どうしたと言うのじゃ?そんな渋い顔をして。」
種長 「このまま瀬田で昼寝でもしておりたいわ・・・。」
元種 「しかし行かねば軍法違反になりかねんぞ。他の隊は準備を始めておる。」
何より豊臣家の恩顧に報いねば・・・。」
種長 「何が恩顧じゃ。なぜ我々が三成ごときの命令に従わねばならぬ?
我らは豊臣家からは何も貰っておらぬ。楢柴茶入を奪われた挙句、片田舎に飛ばされただけだ。」
元種 「・・・今となっては詮無きことではござらぬか。この戦で手柄を立てれば旧領回復も夢ではありませぬ。
ささ、準備を始めましょうや。」
種長 「・・・・・・・。」
元種 「兄者?」
種長 「元種、出立の準備はお主に任す。ちと用事を思い出したでな。」
元種 「それはかまいませぬが・・?」
【秋月種長は2通の書を書き始めました】
【石田治部少輔三成への書状】
只今から陣を引いて大垣に向かいます。
戦の途中でいくらか失礼とは思うが、戦後の論功行賞の件、何卒よろしくお願いしたい。
我らが願いは旧領回復。この願いが約束されるならば、今後の活躍にも力が入るというものです。
【また別の場所へ密書が書かれました】
【瀬田橋守備隊が大垣へ向けてゆるりと出発しました。到着は1日後の予定】
【8/16 夜 大垣にて軍議中】
では、
大垣−>石田・筒井・小西・島津・(田中) 大垣より南下し、どこかで長良川を渡河。
犬山−>宇喜田全軍を竹鼻に出す
岐阜−>織田中納言殿が後詰
という事で宜しいでござるか?
石田家家士「殿、前田能登侍従殿より使者が参っております。」
三成「よし、ここに通せ」
前田家使者「前田能登侍従利政、故太閤殿下へのご恩義忘れ難く、兄・利長と袂を分ち秀頼様に馳走いたしまする。
尚、我が殿は客将、高山右近殿と共に大谷殿と会見いたした後、ここ、大垣へ向けて急行中でござりまする。明日中には到着するかと。」
三成「何!利政殿が来られるか!筒井殿、お聞きの通りの次第。
早々に竹鼻を救出いたし、城に戻る頃には利政殿も到着されておるでしょうな」(喜色満面)
筒井「(本当に大丈夫であろうか・・)」
島津「(それしきで何を浮かれておるのじゃ。わしが采を握ればとっくに竹ヶ鼻は救援できておるわ。)」
小西「それは吉報ですな。明朝、早速出陣いたしましょう」
【近江高宮】
真田信繁 「これは松野殿と・・・そちらはお話されていた清水殿でございますね?」
清水景治 「話は聞いている。成程・・・昼行灯にしては面白い目つきをしているな」
幸村 「あってそうそういきなりなお言葉ですな。私はそんなたいした者ではあり
ませんよ。ただの真田の次男坊、日々無策の男でござる」
清水 「・・・にしては、寄せ集めの千、既に結構な面構えではないかな?槍や弓
の扱いも素人ではなくなりつつある」
幸村 「小早川様の兵の質が高かっただけのこと。それに重要なのは指揮手の不足
でございましょう」
松野 「てだれは各隊にある程度振り分けてごまかしてはありますが不安は隠せま
せんな。互角の相手にあたれば敗北は必定、しかしこればかりは一朝一夕で
できるものでは・・・」
清水 「兵をとことんまで鍛え、命令を徹底させて一本化させるしかあるまい。な
ぁに、1万5千の兵力は決して少なくはない。なぎ倒して進むまでさ」
幸村 「そしてそれが整うまではここを動かない、でしょう?」
松野 「・・・清水様・・・」
清水 「ここに来た以上、小早川様が我が主。いまさら東軍に向かうとも思ってお
らん。それに、実際問題この軍隊ではまだ動かすには不安なのも事実。それ
で構わんさ。せいぜい他の連中に前座を持たせてやるのも良かろう」
幸村 「流石でございますな」
清水 「・・・ふん。底の探りあいはわしは好かん。粥でも食ってくるとするか」
幸村 「(先に仕掛けたのはそちらでありましょう?)では私も付き合わせてもら
いますかな?」
松野 「(どっちもどっちだ・・・しかし抜けた平岡と稲葉くらいは埋められるか
もしれんな)拙者も。ついでに今後の策も練るとしますか」
【小早川陣に清水景治が到着しました】
【八月十六日深夜】
石田治部少からの文を読む。
立花宗茂「むむむ、失策だ。これほど情勢が動くとは思わなかった。十時や由布が戻るまで、
二、三日はかかろう。それまで軍を存分に働かすことなど出来そうにない。しまった」
石田正澄「ううむ。しかし、立花殿が援軍に入るかどうかで士気も大きく変わるでしょう。なにとぞ」
立花宗茂「しかたがない。戦闘は心もとないが全軍を率いて大垣城に先行します。正澄どのは、
我が配下が到着しだい大垣城に移動する旨お伝えくだされ」
石田正澄「助かります。弟も喜ぶでしょう」
<宿泊所>
立花「そういう訳で明日、大垣に向けて移動を開始します。危険だが仕方ないでしょう。
今のよい流れを断ち切りたくはないですから」
筑紫「いよいよ、戦場ですね。立花殿の足手まといにならないようにしなくては」
立花「それは頼もしい。よろしく頼みます(それにしても秀頼公はいつ御出陣なさるのか)」
【立花軍四千、主だった重臣を近江各地に放ったまま移動開始。筑紫軍二百も同行】
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17日の夜明け前
筒井勢1 ムシャムシャ
筒井勢2 うまいのう
筒井勢1 本当じゃ。白い米は何よりうまい
筒井勢2 手柄立てて毎日食える身分になりてえな
筒井勢1 殿様、伊賀に大和の大大名になられるとさ
筒井勢2 なら、手柄立てれば、恩賞は山のようじゃ
筒井勢1 ここで根性見せにゃ、戦に出る価値はないっちゅうことか
【筒井勢の中に、伊賀忍びが混ざり、士気を高めた】
筒井 石田殿、出陣前に一つ話しをしておく。
石田 何でござろう。
筒井 貴殿は勝った後にどうされる。
石田 政務取ります。
筒井 政務のう、しかし、天下の政は関白殿がなされよう。
石田 関白殿は飾りになっていただく。
筒井 それは違うな。帝を助けるのが関白様だ。貴殿に誠があるならば、
関白様をお助けするべきだとそれがしは考えるがいかがであろう。
石田 それは・・・・
筒井 貴殿は誠で生きてきた男であろう。
石田 ・・・・・
筒井 と、信じさせねばな。
石田 ?
筒井 次期関白殿に、それがしの大和の件、伺い立てておかれるが良い。
関白殿も、貴殿がまことに関白として扱うことを信用しよう。初めての政務だな、関白殿の。
>563続き
石田(´-`).。oO(わしの忠誠は上様一人の者。されどあの小僧を関白に立てると約した以上、筒井殿と仰せももっともじゃな。しかし今更ながら鬱じゃのぅ。)
石田「承知いたした。しかし総大将は毛利殿。毛利殿と連名で筒井殿、大和襲封の件を伺わせましょう」
【17日早朝発 毛利殿宛 同日着予定 問題なければ、翌日、毛利殿と連名で筒井大和加増のお願いが金吾殿に届きます】
筒井殿ご進言により、金吾殿を次期関白として奉るが宜しいかと。
筒井殿の大和一国増封の件を、某と連名で金吾殿に進言して頂きたし。
【美濃赤坂】
吉次「三成から出陣の要請がきております。」
正武「されど、兵糧がのこりわずかとなり、兵の士気にも影響がでそうですぞ。」
吉政「うむ、三成に兵糧がのこりわずかとなったため、兵糧を補給してくれと伝えろ。兵糧がないと出兵できないということも伝えておけ。」
【大垣城に使者が出ました。】
>>440の愚行が、そろそろ勤皇上杉に伝わる頃ですね。
567 :
嶋 左近 ◆cSAKONh. :02/09/04 23:50
>>551 を受けて
嶋 左近「・・・備中(蒲生)の使いか、ようもまあここまで。おぬしは忍びか?
あいかわらず、用意のいい男よ。」
使者A 「まずはこの書状を・・・」
嶋 左近「・・・・・ふむたしかに妙な動きよの。どうやら内府方も事情は複雑らしい。
まあそれはこちらも一緒だがな」
使者A 「してどうなされます?
嶋 左近「うむ、備中に伝えよ。われら全軍大垣へ向かうゆえ万事よろしく頼む。
それから、殿にこの書状を(下記)」
使者A 「は、さっそく」
嶋 左近「にしても筒井・田中お味方・・・・まあ良いがまたきゃつの顔を見るのは
気に食わぬな」
家臣B 「めずらしいですな、内府公以外にもお嫌いな方が?」
嶋 左近「ん?内府はさほど嫌いではない。わしがいうておるのは筒井家の
中坊飛騨守よ。きゃつとは倅(嶋 新吉)の水論以来だが、せこい
男でな。わし以外にも右近(松倉)、志摩(森好之)も嫌っておったよ」
家臣B 「ほう。しかし何にせよ筒井様お味方よろしうございますな」
嶋 左近「まあな、しかし別の意味でやっかいだな・・・」
家臣B 「?」
嶋 左近「良いわ、さがっておれ」
【嶋 左近 出撃準備】
567 補足
左近より殿へ
「こたび竹ヶ鼻城を捨て戦線を下げること、無念ですが濃尾境を押さえれなかった
今、逆に上の策となりましょう。ここは大垣を固め、内府を待ってお味方を西へ
下げ、青木ヶ原あたりで一戦したのち、さらに西へ下がり毛利公の出馬を待つのが
良いかと。
また。竹ヶ鼻城主・杉浦殿 奮闘まことにお見事。後々覚えておいてくだされ。
嶋 友之
【17日 早朝】
大垣城、出陣準備完了。
三成「筒井殿、そろそろ参るか」
筒井「うむ」
伝令「殿、大変にござります。毛利様、徳川追討の宣旨を帝に強要する為、御所をおよそ1000の兵で囲んだとの由でござりまする!」
三成・筒井「なぬ!!」
三成(勅命は欲しいが御所を囲んだとなると朝敵と言われるは必死じゃ。この情報、内府に利用されてはたまらぬ)
「筒井殿、貴殿は確か伊賀忍びを抱えておられたな?その伊賀忍びを使って、内府が親豊臣の公卿の暗殺を図っておるとの噂を流して下され。
そして毛利殿の此度の行為、実は朝廷を害する狼藉者から守る為の任務を帯びておると」
【筒井殿に伊賀忍びの使用を依頼しました】
【秀康よりの早打ち、家康のもとに届く】
家康「ははは、半蔵め、しくじりおったわ」
本多忠勝「これは珍しいこともあったものですな」
家康「秀康め、懸命にとりなしの文句を書いとる。これは許してやらねばなるまい」
忠勝「・・・小早川が敵方と決まったのは痛いですな」
家康「何の、痛いものか。それよりこちらの情報の方が使えるわい」
忠勝「・・・毛利が御所を囲んだ?何と無法を」
家康「半蔵と手のものが触れて回っているそうだが、手を打つまでもなく京雀は毛利の暴挙の話でもちきりだそうな。馬鹿なことをするものだ」
忠勝「・・・この報、使えますな。米沢には利くでしょう」
家康「治部も哀れなことよ。毛利の小僧ごときを大将に担がねばならぬとは、今回のことで頭を抱えておろうよ」
【上杉家へ使者が立ちました。毛利の御所包囲・封鎖と上方の風聞を伝えています】
【徳川家康より全国の諸大名へ檄文】
もしかすると既にご存知かも知れないが、このたび毛利輝元は兵を率いて京洛へ乱入、こともあろうに御所を囲み綸旨を強要するという暴挙に出た。
公卿宅や寺社なら言い逃れもあろうが、禁裏を包囲封鎖するとはいかなる申し開きも通じるものではない。
まさしく天朝を弓矢で威圧する暴挙中の暴挙であり、過去の歴史を顧みるにこのような愚挙を行った者は皆滅んでいる。まさに天誅である。
今回のことも間違いなく天誅が下るであろう。毛利とその与党たる石田らこそ朝敵であり、ひいては朝臣たる豊臣家そのものをないがしろにする行為である。
これをもっても、豊家忠義を言挙げする彼らの言葉に誠など無いことは明白である。
かつて織田右府公は天朝を崇敬すること著しく、故太閤殿下も天朝には最高の敬意を払っておられた。
天朝に弓引く今回の行為は右府公、太閤殿下、全ての遺志に背く不義不忠の極みである。
忠義の何たるかを知る者、尊王の志を持つ者はこぞって我らが陣へ参集されよ。共に大不忠の朝敵を倒そうではないか。
【各大名家に檄文が送付されました。また、方々の町、寺社にも片端から檄文が送付されています】
【八月十八日昼関ヶ原付近】
立花宗茂、配下から毛利公御所包囲事件を聞く。
立花宗茂「まことか・・・、一体なにがあったというのだ。
そもそも秀頼公がご出馬なさる気配もないのも面妖。
ううむ。なにやら担がれている気もする・・・。
しばらく様子を見るか」
【立花軍四千、筑紫軍二百、関ヶ原付近で行軍停止、毛利公、石田殿宛に真意を問う文発送】
噂聞いて
筒井 うむ、御所包囲か。
中坊 大罪ですぞ。
筒井 わけのわからぬことを。
中坊 意味が・・・
筒井 明智様と織田様。どちらが尊王であられた。
中坊 明智様にございましょう。
筒井 ならば答えは一つよ。残っている武将に、力以上の正義などないということだ。
中坊 しかしながら・・・。
筒井 太閤殿下の決められたことを無視した徳川。朝廷もなにもない我らキリシタン。
豊臣の家を守ろうとする石田と、その支援者。領地広げようと躍起の者ども。
朝廷を囲んだとて、どれほどのことか。攻め込みでもせぬ限り、関係ないわい。
右府様の世に乱起さなかった者は、微塵も影響は受けるまい。
中坊 しかしながら・・・
筒井 まだわからぬか。このような風聞とて拡げねばならぬほどに、内府はあせっておる。
御所に密書届き、朝廷におかしな綸旨出されるよりは、どれほど安心して戦えるか。
負けぬ限り、官軍でいられるのだ石田方は。
中坊 殿は石田方としてお心を決められたので?
筒井 馬鹿を申すな。筒井は・・・・・・
中坊 流石にございます。
筒井 うむ、これが左近に嫌われた理由よ。そしてそなたと合う理由か。
【慶長五年八月十八日赤坂】
吉政 「兵糧はまだとどかんのか?」
【田中勢は兵糧を待っています。】
>>567 使番「蒲生様!左近殿委細承知とのこと。」
蒲生「よし。これより、又兵衛の陣立見分!」
家臣「見るだけでございますな。」
蒲生「そう、見るだけじゃ。硝煙臭を嗅ぐくらいまでにな」
【蒲生勢、陽動開始】
兵糧500石、筒井勢が運んだもの(もとは清洲)を田中勢に独断で運ぶ。
鉄砲50も俵に入れて運び込む。
その俵の中に書
「生き残ろう」
小早川様に密書
流されてしまっています。殿下の下知を早く賜わりたい。
直江「殿の手に狸は乗ったのかは不明」
上杉「狸どのはうつけではない。上杉と徳川、どうして相いれることできよう。」
直江「佐竹殿が狸に味方とか。」
上杉「隠居殿は賢い。」
直江「隠居殿に書を出しました。」
上杉「 ? 」
直江「手はず通りにて執着と。東海道に入る前に徳川の手に入りましょう。」
上杉「小細工を。小細工が狸に通じるか。」
直江「狸に通じなくとも、子狸には。」
〔密書、秀忠の手に入る〕
直江山城守参戦。上杉役殿、不服なら申されよ。すぐに引く。さなくば上杉はそれがしが。
【八月十八日】
平塚「刑部殿、京より早馬が。」
大谷「五助。読み上げよ。」
湯浅「は、安芸中納言勢が御所を…包囲?」
平塚「!それは真か。」
大谷「…恐らく真じゃな。」
平塚「し、しかし、御味方の大将たる方がこのような暴挙を。」
大谷「暴挙か…吉報やもしれぬぞ。」
平塚「?」
大谷「毛利家、本気で家運を賭ける動きと読めばな。但し工作はせねばなるまい。
以下の噂広めよ。大垣には以下の書状を」
【北陸筋に以下の噂が広がります】
秀頼公、内府追討を願う為御所に参内。毛利勢護衛のため京に入る。
【大垣城 石田三成殿宛書状】
治部少。先の噂、明敏すぎる貴殿には耳に入っておるはず。
北陸筋には伝聞をまいた。
安芸中納言、家を賭けておる様子。上様ご出陣を促す機会と心得る。
大坂への工面願う所存。
大谷刑部少輔吉継 花押
【義重勢、品川を通過】
義重「美濃よ、今回の戦をどう見る」
梶原正景「まあ一筋縄ではいかぬでしょうな。武略に掛けては内府殿に利があるのは確実ですが」
義重「何か言いたげよの。構わぬから申してみい」
正景「利を喰らいたいならまあ、西軍でございましたな」
義重「ほほう」
正景「石田殿や毛利殿に天下を宰領する器量がありましょうや」
義重「なるほどのう。内府殿が勝てば天下は定まる、石田が勝っても定まらぬ、と」
正景「少なくとも内府殿には諸大名を腕力で抑え込む甲斐性がござる。石田殿らにはそれがない。勝ったとしても諸侯に頭が上がらぬでしょうな」
義重「恩を売るにも、内府殿は石田殿ほど高くは買うてくれぬのかもなあ。ははは」
正景「・・・楽しそうでございますな」
義重「土地が欲しゅうて戦をするのはもう飽いたわい。この戦は戦を終わらせる為にやるのだ。貰いが少ないとて、泰平招来には替えられぬよ」
正景「戦場往来40余年。これで終わりにしたいものでござる」
義重「全くだの。だからわしは内府殿についたのだ」
【義宣、寝床で上杉に書状を書く】
前略。此度の東軍馳走は天下泰平を望む父の強い希望によるものにござる。それがし病にて戦陣に出ることかないませぬ故、水戸にて養生いたしておりまする。
上方では戦になりましょうが、東国ではもう終わりにしたいものでござる。病が癒えたら米沢へ遊山に行きたいと思うておりまする。
水戸も良い所にござる。一度ゆるりと遊びにいらして頂きたく。
義宣「ふう・・・戦は嫌だのう」
8/17現在での戦況報告
コテハン名 兵力 位置 行動予定
(西軍)
石田隊(蒲生) 4000 大垣城 竹ヶ鼻救出
嶋左近 5000 竹ヶ鼻 篭城中(救援待ち)
前田利政 5500 近江進軍中 17日同日、大垣入城予定
田中吉政 3000 赤坂 特になし
宇喜多本隊 10000 犬山・竹ヶ鼻間 行軍訓練を行いながら竹ヶ鼻へ
宇喜多別働隊 9000 犬山・岐阜間 訓練を行いながら犬山の後詰め
犬山連合軍 5000 犬山城で籠城中 荷造りと籠城準備
丹羽連合軍 9000 北ノ庄城 8/18に飛騨方面攻略予定
織田秀信 6000 岐阜城 岐阜-犬山の後詰として出陣予定
毛利軍、大谷軍、小早川軍(現状にて大きな動きなし)
西軍の拠点(大坂、大垣、佐和山、北ノ庄)には1万以上の軍勢あり。
(東軍)
徳川家康 45000 品川あたり 小田原にて佐竹勢12000と合流し、東海道を西上
徳川秀康 15000 三河西部 19日に清洲着
本多忠政 5000 尾張西部 長嶋城の福島勢と合流
福島正則 6000 清洲城 18日昼頃に榊原勢と共に出撃
黒田連合 19000 竹ヶ鼻 竹ヶ鼻包囲
その他不明
(西軍書き足し)
筒井定次 8000+美濃勢2500 大垣 竹鼻救援に出陣
筒井殿。たびたび申し訳御座らぬ。
>>577直江殿。上杉殿は長らくおられぬ故に一応リアル月曜までに
返答なき場合は貴殿が役をなさるが良いで御座ろう。一応店にて。
<なんとかに刃物、金吾に筆>
【近江高宮】
>>564の文が金吾のもとへ届けられた。
秀秋 「おお〜石田の奴も流石にわかっておるようじゃの〜♪しかし筒井の忠臣
ぶりは素晴らしいのぉ・・・大和だけではもったいないのう・・・よぅし
ここは関白の腕の見せ所じゃ〜〜〜」
(中略)
秀秋 「これでよし!」
筒井家には戦後伊賀、大和の二カ国を。息子定慶に相模を与える
金吾
【上の文が石田家に届けられます】
【あのあと金吾は松野や幸村に説教を喰らってしばらくでてきません】
【八月十八日昼】
十時、由布ら立花家重臣、北九州勢三千を引き連れ、本軍と合流。
立花「参集いただき光栄に存じます。しかし、我が軍は今すぐ大垣に向かうわけではありません。
貴公らはお先にどうぞ」
宗「なぜだ。なぜ貴公はゆかぬ。軍令違反にあたらないのか」
立花「毛利公が御所を包囲されるという行動に出られました。理由はわかっていません。
さらに秀頼様が出陣なさる気配がまったくありません。我らは秀頼さまより、上杉討伐の命を
うけてはるばる九州より参ったはず。それがいつのまにやら内府どの謀反となり、これから関東勢と
一戦交えようとしている。しかし、秀頼様からは一向になんの音さたもありません。
さらに今回の包囲事件。とりあえず質問状を毛利公と石田殿に送りました。返事がくるまで待つべきです。
ここは軽挙妄動は慎むべき」
宗「ふむ。たしかにそうじゃの。どうせ二、三日で書状は届こう。よろしい、我らもここは一つまって見るかの」
【北九州軍七千二百、しばらく関ヶ原にて待機します】
【八月十八日夜半−北庄城】
湯浅「殿、まだお休みになれませぬのか」
大谷「盲故、昼夜は感じれぬゆえな…すまぬが敦賀への書状頼む。」
湯浅「は。」
大谷大学宛書状(密書扱)
敦賀には毛利公諸勢集結しておるであろう。
吉報として伝えよ。
前田侍従様が御見方に加わりし事。
湯浅「吉川殿、どう思われましょうな…」
大谷「あの御仁、本家に角は立たず。されど分家にて責を負う。そういう人じゃ。」
湯浅「尾山も間者を張っておりますでしょうに。」
大谷「…五助、そなたもわかるようになってきたな。」
湯浅「できれば、花押を頂きたし。」
大谷「無論じゃ。」
【敦賀城へ密使が向かいます。】
【何故か、その情報は尾山へ漏れます。】
筒井 柘植、まことか?
柘植 まことに。
筒井 でかした。まさか、それほど都合の良いものがおるとは。これぞ天佑。
柘植 木馬にでも攻め込むつもりで?
筒井 意味がわからぬ。ともかく、ぬかりなく進めよ。伊賀の忍びは、みな武士といたす。
万石取りも数家生まれよう。命惜しまず働くのは、この時である。
柘植 そうそう、関白様が叱られてしまったと報告が入ております。
筒井 戦が終わってしまえば、小僧より上は帝のみ。せいぜい忠勤を励むといたそう。
【竹ヶ鼻城】
嶋 左近「それで右衛門佐殿、よろしく頼みますぞ」
木造具康「うむあいわかった。しかし蒲生殿はうまくやってくれますかな?」
嶋 左近「なんの、備中(蒲生郷舎)は兵を差配させては日本一の大将。
たとえ内府がこようとも一歩も引く男ではござらん」
木造具康「なるほど、さすが左近殿とならんで石田家の両翼といわれるわけですな」
嶋 左近「できた男でございますよ。ん?いかがなされた五左衛門(杉浦重勝)殿?」
杉浦重勝「いや、もののふとして我が城を捨て退却するのがなんとのう恥ずかしくて」
嶋 左近「なにをおっしゃる、ここまでの五左衛門殿の働き、誠に見事でございましたぞ」
杉浦重勝「・・・左近殿」
木造具康「して左近殿は500も兵にて後よりとのことですが、何か策でも?」
嶋 左近「いや、何もござらんが、このまま大垣へ戻っては殿への土産話もないゆえ
一手若造共と遊んでみようかと思いましてな」
杉浦重勝「・・・何を!! 危険でございますよ左近殿!」
嶋 左近「五左衛門殿、危険があるからいくさはおもしろい。内府がおらんのは
残念ですが、的中突破の退却戦、こんなおもしろいものを逃しては後悔
しましょうぞ。なあにあとは備中がうまくやってくれるでしょうぞ」
杉浦重勝「・・・左近殿」
【竹ヶ鼻城、出撃準備完了】
18日江戸城にて
秀忠「で、この密書についてだが・・・」
この日も上杉家から佐竹家へ送られたと見られる
”手はず通りにて執着”と書かれた密書の解釈と対応を巡っての
議論が3日目に突入していた。
秀忠「本日こそは結論を出さねばなるまい」
正信「昨日までの議論をまとめます。
まず解釈についてですが、佐竹殿が寝返るという見方と
上杉殿が佐竹殿と共に軍を率いて美濃のほうへ上る
という見方。さらには佐竹殿が美濃の方へ上る代わりに
上杉殿が何か佐竹殿のかわりにするのでは?という変わった
見方もあります。
また、真田やその他西軍武将による謀略もありえます。
変わった見方としては直江や伊達の謀略という説もでました。
これら謀略説ならこの手紙に意味はあまりないと言えます」
正信「続いて対応についてです。現在ここ江戸城には国境守備兵や城の守備兵
を除いて15000の兵士が動かせます。
練度はそこそこ高く、戦意は普通くらいです。
さて、対応は放置か先手を打つ(会津または常陸へ出兵)か
兵を増やしておくか佐竹殿に密書を見せて反応を見るか
どちらにしても大殿にはこのことを伝えて
指図を仰ぐ必要があります。
秀忠「さて、選択肢が多いな。今日はもう意見を聞かずに私が断を下す。
なにしろ2日間意見を聞いてたら皆ばらばらなことを言うからな。
果ては佐竹殿と上杉殿の熱愛発覚だとか
明へ共に渡るのではとか・・・」
正信「身内の恥でございます。その話はこれまでに・・・」
秀忠「話がわき道に逸れすぎたな。解釈についてはもう
考えない事にする。対応についてだがこの密書を持って
柳生殿に父上の元へ行ってもらい、その足で帰りに佐竹殿の
もとへいってもらうということで。よいな?」
正信「佐竹殿への口上さえ間違えなければ大事にはならないでしょうな。
堅実な策かと。」
秀忠「さて、宗矩と正信。あとで私の部屋へ来るように。本日の会議はこれで終了。」
30分後秀忠の部屋
秀忠「正信殿、宗矩殿にあの密書を渡してくれ。」
正信「これにございます」
秀忠「うむ。では宗矩頼むぞ。それと密書扱いで持っていくように」
宗矩「まず大殿の元へ行き、事情を説明し、佐竹殿にこれを見せても
良いか判断を仰ぎ、
よいと言われれば見せに行けば良いのですな?」
秀忠「うむ。ついでだから佐竹殿に上杉殿を詰問する書状を書いてもらえば
良いかもしれんがこれは父上の指図でやるように。」
宗矩「ではいってまいります。」
いろいろあったが詳しい事は宗矩に聞いてくれという
旨の密書+口上が5日後に届きます。
その他は全ていつもどうりです。
【十八日朝発、十八日夜着竹鼻、大坂行き書状】
毛利公宛
「貴公が御所を包囲したとうかがいました。私には理由がわかりません。
さらに出立時に秀頼様がご出馬なさると仰っておりましたが、一向に
内府殿討伐の命すら下されません。これではまるで私闘であります。
秀頼様のために命を投げ出す覚悟はありますが、今のままでは闘えません。
御所包囲の理由についてだけでもお聞かせくだされ」
石田殿あて
「毛利公が御所を包囲なさったとか。どういうわけでこのようなことになったのか。
理由をお聞かせくだされ。今のままでは大老同士の私闘にしか見えませぬ。
理由が説けるまで道中にて待機させていただきます」
【立花宗茂は相当混乱しています】
【十八日夜 大垣近辺】
元種 「城内に入れてもらうよう、使者を出しますか?」
種長 「いや、今日はもう遅い。明日でもよかろう。今日はここで兵を休ませろ。」
元種 「はっ・・ところで、あの日書いておられた書状は・・・・?」
種長 「ん?石田殿への恩賞についての書であるが?」
元種 「いや、もう一通の方でござる。」
種長 「・・・むぅ、知っておったか。まぁお主になら話しておいてもよかろう。あれは徳川への密書じゃ。」
元種 「!!まさか兄者は裏切る気で・・・!」
種長 「落ち着け。そうやって騒ぐ者が出てくるから黙っておったのだ。
あれは偽りの書状じゃ。まだ本気で裏切ろうとは思っておらぬ。・・・今はな。」
元種 「今は・・・と申されますと?」
種長 「何時どのように事態が急変するやもわからぬ。我らが生き残る為の布石に過ぎん。
今の時代、騙し騙されあいは常。先手を打っておかねばな・・・。」
元種 「・・流石でございます。」
【徳川家康への密書・あと2日で到着】
今は石田方についておりますが、成り行き上こうなってしまったまで。
本心はいつでも内応する準備がございます。事後はご配慮のことお願いいたしたく・・
【小大名連合は大垣付近で小休止。翌日の朝、入城の予定。】
【十八日夕刻近江高宮】
<武将井戸端会議>
清水 「随分激しい剣幕だったな。表まで聞こえてきたぞ」
松野 「あれくらいはしないと。拙者殿に自分で考えよとは申しましたが独断
での此度の失態は流石に不味いですからな。・・・三発ほど拳で殴って
来ました」
真田 「・・・その後やんわりと誉めておりましたな。子を叱る父親のよう
でございましたよ」
松野 「ご自分で考えましたから。誉める時には誉めますぞ拙者でも」
清水 「いいではないか。稲葉や平岡が居た頃は甘やかしすぎてたからな。人
間叩かれんと伸びんもの。失敗を失敗と気づかせるのも若殿へのわしら
の奉公よ」
真田 「確かに。兵についても同じことですしね」
松野 「・・・殿の器量がああなのは今に始まった訳でなし。気長にやるさ」
清水 「筒井への書状は?」
松野 「今更嘘とでもいえまい。頑張ってもらうさ、相応に」
【小早川軍、変化なし】
【毛利家より何人かが侍大将として編入されました。】
8/18早朝 竹ヶ鼻城〜犬山城間
朝霧の中使い番が慌ただしく仮陣内を行き来する、秀家と重臣は本陣で朝餉を摂り
ながら談笑している
詮家 「昨日の調練はまずまずの出来じゃったわい。」
秀家 「新参の者共も下知に素早く反応するようになった、見事な動き。」
詮家 「な〜に、戦の事は儂に任せられよ、叔父上仕込みじゃからの、ガッハッハッ」
長船 「牢人達はいずれも腕に覚えの有る者ばかり、当家の軍令に慣れさえすれば
此度の合戦では、充分な働きが期待できまする。」
本多 「しかし、見回りに出た明石殿は遅いですな…」
和やかな雰囲気の中、壮年の武者が陣幕を割って入る
明石 「遅くなりました…」
秀家 「おおっ全登見回りご苦労、一緒に朝餉を摂ろう、これっ誰か。」
明石 「お待ちを、某の郎党が天に召されました。清洲の夜戦で勇敢に戦
った彼の者を、先に弔ってもよろしゅう御座いますか?〕
秀家 「うむ、勇者として弔ってやろう、よろしいな詮家殿?」
詮家 「宇喜多の為に戦ったのだ、どう弔おうとも文句はでるまい。」
明石 「ありがたき幸せ…」
明石全登が自ら葬儀を行い、明石隊の結束が益々高まりました。
宇喜多軍は集団行動を重視し、集団行動(行軍)訓練に努めます。
8/18早朝 岐阜城〜犬山城間
街道沿いの廃村を利用し、急ごしらえの陣地を構築する宇喜多別働隊。
岡 「我が隊が陣地を構築いたす。」
花房 「しからば儂は調練を行わせていただこう。」
戸川 「某は巡回をいたそうかな。」
花房 「指揮命令は各隊とも遵守じゃ、破った者は厳罰じゃ。」
戸川 「そうじゃな、特に新参者には徹底的に叩き込んでおこう。」
岡 「うむ!」
8/18 午前中
秀家 「使い番、これへ。」
使い番頭 「ここに。」
宇喜多軍から書状がでました。(以下要約)
毛利家へ → 勅命及び秀頼君の出馬が叶わずば、千成瓢箪の拝借をお願いしたく。
石田家へ → 竹ヶ鼻の戦況如何? 当家へもご相談あれかし。
小早川秀秋殿へ → お互いに苦労しますね、しかし此処が踏ん張り所、お互い一門
(私信です) の名に恥じぬ様頑張りましょう、戦後は秀頼君の後見役に
就任するとのこと、豊家の繁栄は君の采配に懸かっている
八郎も影ながら応援するよ。
あと、北の政所様から恩顧大名へ和平の周旋をお願いできない?
このままだと豊家の内輪揉めで他家を喜ばすだけだからさ。
(小早川殿、かな〜り親しい親戚意識と優越感をくすぐった文体にとってください)
【毛利中軍垂井着・昼】
伝令により竹鼻後詰めの報告聞く
元康 「大垣までは1里半。伝令出し、大垣に伝えよ。毛利ここにありと。」
伝令 「では」
元康 「頼むぞ。毛利勢も急いでいるとな。」
秀包 「治部殿もお待ちでしょう。」
元康 「兵どもに急ぐよう命じよ。」
夕暮れまでに毛利中軍の8000が大垣入り。
翌日か翌々日には伊勢攻めの軍が到着することを知らせる。
【8月18日早朝】
忠隣「おはようございます」
秀康「おう。いよいよ明日には清洲だな」
忠隣「榊原殿はうまくやったでしょうか・・・」
使番「はあはあ、ぜいぜい・・・・こ、これを我が主よりお預かりしてまいりました」(書状を差し出す)
秀康(書状をひったくる)「・・・よし、でかした!さすがは康政よ!忠隣、福島殿が動くぞ!」
忠隣「なんと、それはまことですか!」
秀康「昼には清洲を発ち、竹の鼻に後詰に出るそうだ。我らも急がねばならぬぞ!さあ皆に朝餉を取らせよ、出立するぞ!」
【同時刻、本多忠政隊】
忠政「・・・そうか、清洲は味方に戻ったか。さすがは康政殿よ」
部将「殿、先行させていた斥候より急報です。伊勢路の西軍は既に北上、大垣へ向かっている由」
忠政「・・・そうか、奴ら長島には手は出さぬことにしたか」
部将「急ぐ必要は無くなりましたな」
忠政「たわけ、折角急行軍でここまで来たのだ。この位置を生かさぬ手は無いぞ」
部将「・・・は?」
忠政「独断専行だ。我が軍はこれより清洲へ向かい、康政殿の指揮下に入る」
部将「・・・福島勢と轡を並べるのですな」
忠政「そういうことだ。ここから清洲までは何里もない、昼前には清洲につくだろう」
部将「・・・なんとか間に合いますな。ではそれがし、これより清洲へ伝令に立ちます」
忠政「頼んだぞ!」
【本多隊5000、清洲へ向かいました。18日昼頃清洲着。】
597 :
細川忠興@影:02/09/11 11:21
【黒田城】
〜宇喜多軍犬山より移動の報を受け〜
細川忠興「やはり治部はいくさ下手よ。各軍の動きに統一がないわ!」
一柳直盛「どうなさる、越中殿?」
細川忠興「無論 出陣じゃあ、監物(一柳)殿 留守を頼む」
◎細川忠興・加藤嘉明(可児才蔵はこの中)7000 宇喜多軍へ
向けて進軍。
【大坂城】
〜毛利中納言の禁裏包囲の報及び内府の檄文を受け〜
茶々「このまま毛利の兵を城内においてちゃ、秀頼ちゃまの
公達としての将来に傷が付くわ!!」
大蔵卿局「姫様、わらわめに策がございます。」
茶々「言うてみぃ、大蔵!!」
大蔵卿局「治長こそ常陸に流されましたが、治房は健在です故、
中納言様直参の旗本衆を率いさせ、毛利及びそれに組
する奴輩を城内より叩き出されませ。
その上で城門を閉ざし、東西両軍の決着の付くを待
つが上策かと存じ上げます。」
◎大野治房率いる豊臣家旗本衆が。大奥の短絡的思考に従い、
毛利勢排除に乗り出しました。
毛利の兵が淀を捕縛・監禁。
家康、三成、黒田親子、加藤両人、福島らを暗殺。
翌年、誠意件ォ軍に。
みなさまになりかわり
600GET!!!
601 :
無名武将@お腹せっぷく:02/09/13 21:41
ラヴageイン
602 :
◆KAEBhCTM :02/09/13 23:28
・・・「!!」
【八月十八日夜中、近江高宮】
>>594 秀秋 「松野〜清水〜草刈〜信繁〜っちょっと来てくれ〜」
草刈 「・・・このくそ眠い時に・・・」
松野 「殿、何用でござるか?」
(一同宇喜多家からの私信を読む)
清水 「・・・。さて、殿はどうお考えかな?」
秀秋 「・・・・・・・・え〜・・・まんかか様に文を出すこと自体はいいと
思う・・・」
草刈 「それで?」
秀秋 「ただ・・・無駄だと思う・・・内府についた大半の一番の理由、それ
は治部が憎いからだから・・・何を言っても・・・」
信繁 「北政所様のお言葉は譜代の福島や加藤には堪える筈だったのですがね
ぇ・・・」
松野 「それが無駄だという理由は?」
秀秋 「・・・あ〜〜〜・・・え〜〜〜まんかか様が西軍勝利の為の祈祷を大
々的にやったことがあったのに一向に動揺した様子が見えないから・・
・治部はわしも嫌いだし・・・治部より内府のほうがまだ豊臣家の為に
なると考えているのではないか・・・と・・・どうよ」
清水 「なにが」
秀秋 「いやあのなんでもないです」
松野 「・・・殿がそう考えるならそれでいいでしょう。策をしないよりは良
いと思いますが」
秀秋 「う〜〜〜・・・じゃぁ無駄元で文を書くか」
松野 「付き合いますよ」
【宇喜多家に返信が届きました(やるだけやるが期待するなBy松野風味)】
【北政所様宛てに秀秋から文が出されました】
<真田の片鱗>
信繁 「佐助」
猿飛 「ここに」
信繁 「毛利の一件で堅物の上杉がご立腹の筈だ。金吾を助ける義理は無いと
父は怒るだろうが、一旦この軍に派遣されて、兵を与えられたからには
このつけを払わんわけにはいかんだろう」
猿飛 「・・・越後へ飛べと」
信繁 「これが文だ」
上杉公
此度の毛利の動きは我ら小早川家にとっても寝耳に水のことで正直遺憾に思って
います。ただ実際に警護以上のことはしておらず禁裏を脅すなどといった暴挙は
けして行っておりません。もし行えば例え我が本家であっても関白として彼らを
厳罰に処する覚悟、どうかここはこの金吾を御信じなさいませ。金吾花押
信繁 「秀秋自身は毛利云々に特別良い待遇を受けていたわけではないから上
手く裁くことは可能だと見る。脅しを使うほど輝元も抜けてはいない」
猿飛 「・・・で、この二つの文は」
信繁 「あくまで強硬に此度の愚行を問いただした場合の俺の私信だ。これで
駄目なら上杉を見る目が俺には無かったとあきらめるさ」
猿飛 「状況に応じて使い分けろと」
信繁 「そうだ。お前ならわかる筈だな」
猿飛 「当然」
【越後へ小早川家の密使が向かいました】
【品川宿を過ぎたあたりにて】
家康「それにしてもお松殿は天下に三人といない不思議の女性ですな」
芳春院「三人となき、とは珍しい言い回しですこと」
家康「いや、お松殿と北政所様ですよ。男の友情などこのご時世では脆いものですが、おなごの友情は鉄石の如きと言えましょう」
芳春院「で、何が仰りたいのですか、内府様?」
家康「これはしたり、遠回しな言い方はやはりお嫌いか。・・・北政所様の事ですよ」
芳春院「・・・お寧様は秀吉様が亡くなられて身を引かれました。今更表には出てこないでしょう」
家康「いや、担ぎ出したい狐どもが大坂に群れておりましょう」
芳春院「あの方にとって豊臣家も秀吉様があってこそのもの。今の豊臣家は抜け殻のようなものでしょうね」
家康「左様。もはや豊臣家は魂の抜けた本尊仏に過ぎません」
芳春院「・・・酷いことだけはしてくださいますな。さもなくば、内府様を信じた甲斐がありません」
家康「無論です」
【芳春院より北政所、前田利長に書状が送られました。家康と共に西上中で清洲到着後金沢へ帰る旨記されています】
【八月十八日進軍中】
正則 「虎に先を越されてはならぬ!急げ!!
それと、才蔵に使者を出せ。
これより、左近、治部の首を取ってくるとな。
それだけでよい。」
【福島正則、榊原康政、竹鼻へ急行中】
【八月十八日:大坂城】
(きせるをふかし楽しそうに)
薄田兼相 「なにやら、物騒な事になってきたなあ」
(きせるの煙に嫌な顔をしつつ)
塙直之 「まったくだ。しかし、喧嘩がなくては儂らも活躍できぬ」
(懐からなにやら手紙を取り出し)
薄田兼相 「おお、そういえばお主に書状が参っておったぞ」
(兼相から手紙を受け取りつつ)
塙直之 「はて?誰からであろうか?・・・重蔵殿ではないか!」
(相変わらずきせるをふかして)
薄田兼相 「ほう、儂は知らぬ御仁のようだが。で、どのような事が書いてある?」
(手紙をまじまじと見つめ)
塙直之 「喧嘩だ」
(はし、と膝を打ち)
薄田兼相 「喧嘩か!面白い!」
(暫し考え)
塙直之 「儂はこれから、小早川家にゆく。あの小僧、危なっかしくて見てられぬわ(笑」
(少し上を見て)
薄田兼相 「そうか。直之は小早川へゆくか。儂は左近殿と酒が飲みたい。竹鼻へゆく」
(兼相を見て)
塙直之 「手勢はどうする?」
(きせるの灰を落とす)
薄田兼相 「二人で種子島四千人、兵が三千か。二つに割ってはどうじゃ?」
(煙が無くなったのでほっとしつつ)
塙直之 「おう、それが良い、しかしあの小うるさい大野の親父はどうする?」
(軽く笑って)
薄田兼相 「今頃は毛利相手に一杯だろう」
塙直之 「では、早速ゆくか」
薄田兼相 「うむ」
【大坂、薄田兼相が鉄砲2000、騎馬1500の手勢で竹鼻へコソーリ向かいました】
【大坂、塙直之が鉄砲2000、騎馬1500の手勢で小早川家にコソーリ向かいました】
【小早川陣内】
岩見重蔵 「塙殿・・・早くきて・・・(;´д`)」
【重蔵は150の兵でいっぱいいっぱいになっています】
塙直之は当家の臣
>>609 加藤義明殿
ふーむ。
塙直之への書状の対応を待っていたのですが、
どこも反応が無かった為。
たしかに、関ヶ原後までは、加藤家家臣ですね。
【所感】
たしかに、ある情報では、塙直之は加藤家家臣となっているもののありますが、
彼はふらふらしていたため、主宰殿の判定を待ちたいと思います。
>>604 越後? 当家に捕まりますね(w
>>607 治房28歳 塙33歳 薄田20歳
薄田はともかく、塙に親父呼ばわりってーのは(苦笑)
>>612 猿飛 「俺を使ってるのが無能な為の間違いだな。俺もなにを訳のわからん
ことを。米沢・・・であってるのか・・・え〜〜いともかく上杉の所
へ行くんじゃ〜」
【猿飛は上杉のところへ向かいました(堀さん指摘さんきう)】
毛利殿、小早川殿、石田殿、宇喜多殿におてまみ。
【内容はお礼が丁寧に】
相模まであんがとね。わーいわーい。
徳川殿から以前にいただいたおてまみを石田殿に送っときました。
大和加増の内容のもの。
★大和には増田さんがいて、蔵入り地もたっくさん。これを加増として約束するのは、
徳川さんにはできないので、大坂の淀殿もプンプンになっちゃう。
大和の蔵入り地に対して、お袋様(淀)が指図している書が残っている。
石田・毛利・奉行・宇喜多が認めているなら、戦勝後に膨大な蔵入り地増大が見込めるので、
これが可能となると考えられるのであった。
★加藤清正さんが大和加増で西軍になるって書を送ったという話があるのね。
増田さんが「人の懐に手を入れるつもりか」とプンプンになったという奴。
嘘かホントかはわからないけどさ。
筒井クンは今、日和見の仕方に悩んでます。
中坊 浅野家に弟が仕えており、亭主は朝鮮で死亡。子は家督として三分の一のみ相続。
筒井 子は誰に仕えておるのだ。
中坊 堀尾様にございます。
筒井 ぬかりなくやれよ。
中坊 伊賀忍びが万全を期していますれば、ご心配無用に。
筒井 急がせねばならぬぞ。あれに出て来られては、働きの価値が減じよう。
中坊 急いては事を仕損ずるという言葉もありましょう。お任せくだされ。
【西軍不協和音…若ボンのぷらいど 上巻】
8/18昼前 犬山城〜岐阜城間の街道筋にある宇喜多別働隊仮陣。
花房 「おいっ、吉報じゃ!」
岡 「何事じゃ〜花房殿、お主調練の途中ではなかったか?」
花房 「それがの、調練中に入った物見の報告によると黒田城から細川・加藤勢
合わせて約七千が此方に向かっておるそうじゃ!」
岡 「そうか!細川の倅はもう我慢できんようじゃな。」
花房 「巡回に出た戸川殿に連絡して敵の横手を突いて貰おう、それに犬山城の
石川殿にも連絡を取って敵の退路を断って頂こう、後は…」
岡 「秀家様にお帰り頂き、黒田城を牽制していただこう、それと貴殿の部隊は
旗指物を隠して我が隊の後ろに陣取って貰いたい。」
花房 「何故じゃ!防衛戦とはいえ、我が隊も戦わんと流石に不利じゃろが!」
岡 「な〜に小人数と侮っていただき、懐深く誘い込む為よ。」
花房 「成る程納得じゃ、しからば早馬を出した後は息を殺して待ち受けようぞ。」
宇喜多別働隊(各三千)方針
岡隊 → 火縄を熾し、臨戦態勢へ。
花房隊 → 各隊に連絡を取った後仮陣奥に潜むが、直ぐ参戦します。
戸川隊 → 周囲に気を配り、頃合いを見計らって横手から攻めます。
犬山連合軍(攻三千、守二千)方針
攻撃隊 → 衝突を合図に敵後方より攻め懸かります。
守備隊 → 鉄砲を中心にして城の守りを固めます。
【西軍不協和音…若ボンのぷらいど 中巻】
竹ヶ鼻城と犬山城の中間地、調練に勤しむ宇喜多本隊
本多 「殿、筒井様より文が届きました。」(>614)
秀家 「おお筒井殿よりか、どれ…」
読み進むに連れ顔色を悪くする秀家
本多 「秀家様、如何なされました。」
秀家 「すまぬが、皆を集めてくれ…」
宇喜多本隊幕舎
詮家 「なんじゃこりゃ〜」(某兄ィ風に)
長船 「何とも破格の待遇ですな…」
本多 「確かに当家も筒井様がお味方になってくださるならば、論功行賞の場に
置いて強くご推薦すると約しましたし、そうするつもりでしたが…」
長船 「筒井様がお味方になれば心強い、まさに十万の味方を得るような物です、
しかし…伊賀に加えて大和・相模までとは…石田様は何をお考えでしょう?」
秀家 「もしや空手形ではあるまいな、だとすれば筒井殿に対して面目がたたん!
筒井殿だけではない、我らと共に戦った犬山の諸将にも申し訳がない」
詮家 「それに秀頼様が総大将で、毛利の次が秀家殿じゃろ?何の相談も無しか?」
秀家 「(ガ〜ン)たっ確かに治部は実質的に秀頼君の総代じゃが…(秀秋の関白
就任も真の話か? まさか治部が豊家を乗っ取るなど…まさか)…儂が、
儂が、わ・し・が・しっかりせねば〜!豊家の為に宇喜多の為に!」
【西軍不協和音…若ボンのぷらいど 下巻】
重臣達は急に叫びだし、目つきが変わった秀家を吃驚して見つめる。
その時(>616)の知らせが入った。
秀家 「おのれ細川〜おとと様(秀吉)のご恩を忘れ、家康めに尻尾を振るとは、
秀頼君に成り代わり成敗してくれる! 詮家、先鋒を任す!」
詮家 「おう!心得た〜」(喜色満面)
秀家 「長船も続け!」
長船 「御意」
本多 「殿、竹ヶ鼻の後詰めは…」
秀家 「竹ヶ鼻には、治部に過ぎたる左近がおる、案ずるな。」
明石 「其れでは本隊と我が隊は黒田城の押さえに。」
秀家 「直ぐに取りかかれ!」
宇喜多本隊方針
秀家・明石隊(六千) → 黒田城に睨みを効かせ援軍が出たなら後ろから襲います。
詮家・長船隊(四千) → 戸川隊に続き細川連合の横に突っ込みます。
(各個撃破されぬよう気をつけます)
(ごっゴメンなさい、また突っ走ってます…ご意見は裏にて。)
【上杉家毘沙門天の間・後日】
直江「越後に残しておいた、軒猿の繋ぎの商家に真田の使いが」
上杉「軒猿も真田の目は誤魔化せぬか」
直江「毛利殿の御所包囲の言い訳にございました」
上杉「毛利はぬかったな」
直江「突付けば、隠居に追い込めます」
上杉「徳川を滅ぼして後のこと」
直江「筒井が豊臣に、堀は消極的。佐竹が徳川と軒猿が伝えて参りました」
【上杉家毘沙門天の間・18日】
上杉「伊達と最上の動きはどうだ」
直江「静かなものです。伊達が白石を攻めた以外は。最上からは、帰順の書が(史実)」
上杉「読み上げよ」
直江「・・・・・・」
まとめた内容
〔1 服属して奉公申し上げたい。 2 去年お見送りしたのは、家来だった証拠
3 嫡子も挨拶にうかがったのは家来として。4 家康の伏見での謀議、教えていたのも家来として。
5 伊達と戦っても許したようで、当家を攻めるなんてことはないようにお願いする。
6 嫡子と家臣を人質に出す。7 兵一万、どこにでも出します。〕
上杉「認めよう。所領安堵といたす」
直江「攻めても勝てましょう、もったいない話にございます」
上杉「徳川の領地を取った方が、不識庵様は喜ばれよう」
直江「わかりました」
上杉「堀の会津攻めはあるまいな」
直江「石田殿の勧誘により、とりやめたようにございます。
越後の村上、溝口は我らに味方。岩城、相馬は様子見」
上杉「伊達に使いを」
【上杉家より伊達殿に使者を】
お味方いただけることを願う。
【上杉領内の状況】
酒田城 志駄義秀 大浦城 下吉忠
白石城 甘糟景継 梁川城 横田大学・須田長義
瀬上城 岡野佐内 福島城 本庄繁長
白河城 芋川正親・平林内蔵助
南山城 大国実頼
動員兵数
城に守備兵を残して外征に出せる兵数は三万程度。
拠点防御に徹しての外征に四万。
徳川殿の半分ほどが妥当な数字と存ずる。
2万5千が米沢に集結。最上の服属を許可。
【これまでの塙直之の経緯】
・いつもどうりの理由で、加藤家を出奔(講談LIKE)
・義兄弟の兼相のいる大坂に身を寄せる(講談LIKE)
・兼相と毎日、酒を飲んで過ごしていた
・天下の大乱の時期に大坂が動かない事に不満を持っていた
塙の処遇について、不満があれば、元上官がトリップ付けて参加して下さい。
以上。
<上杉包囲網(下準備)>
【岩手山城】
政宗「小十郎、以下の諸侯に書状を発せよ!!」
景綱「御意」
>上杉景勝
我が伯父貴の判断が賢明であったこと、誠に祝着至極。
今後は当家も最上家と共に中納言様に犬馬の労を尽くす所存。
>最上義光
伯父上の二股膏薬は今に始まったことではありませぬが、
我が母が山形で世話になっている以上、危うき時は何時でも後詰め致す所存。
ご安心召されよ。
>堀直政&秋田家重臣(片倉景綱の名で)
『唇無くして、歯寒し』
そんだけ。
<上の続き(こちらは私信の形式で)>
>佐竹義宣
当家と貴家の積年の怨恨、唯ならぬ物がある事は重々承知。
されど全ては天下の泰平の為、有事の際は同心いただきたい。
>徳川秀忠
弟君はお元気ですかな?
五郎八がお会いできず寂しい思いをしているとお伝えください。
最上殿に使者派遣
早速の書状、祝着。義康殿の挨拶、記憶に新しい。
伏見の評談、千坂対馬守に伝えていただき、大変助かった。
義康殿を連れ、義光殿が米沢に参られれば、本領安堵に加え、後に加増いたす。
軍勢一万は家臣に引きつれさせ、貴殿らは早々に米沢に参られるならば、
きっと悪いようにはいたさぬ。
東北の5000石以上の勢力全員に書状
伊達殿、最上殿、堀殿と上杉は同心いたした。貴公らも急いで同心していただきたい。
西国での石田・毛利の勝利は堅く、これに乗らねば家は滅ぼう。
景勝「山城守を呼べい!」
直江「はっ。ここに!」
景勝「内府が江戸を離れたそうじゃな。」
直江「御意!」
景勝「して、此れより如何に致す」
直江「ふふっふ(w。殿も人が悪い。」
直江「如何致すとは殿。腹は決まっておるで御座ろう」
景勝「ニヤリ」
直江「これまでの内府の無体、もう我慢できませぬ、
今こそ江戸へ向かうべきかと。しかも江戸には
はな垂れ坊主のみに御座ります。」
景勝「書状の用意を致せ。」
書状は
>>625と同内容。
追記。江戸での戦功により恩賞は望みのままにかなえよう。
此度の獲物は250万石じゃと。
【岩手山城】
政宗「我らは上杉公に馳走いたす為、これより米沢に向かうとする。
この度の出陣は帰参した成実の復帰戦となる故、その方に
先陣を任す。伊達の武名を再び天下に轟かせようぞ!」
先陣:伊達成実 4000 中軍:伊達政宗及び幕僚 10000
後詰:白石宗実 6000 留守:伊達政景 5000
白石城代甘糟景継へ書状
「中納言様に馳走する為、米沢に参ります故、領内の通過を
お許し頂きたい。また、我が軍の鼓舞の為、城外にて巻狩りを
催したいと思いますが、お許し頂ければ是非甘粕殿もお招きしたいのだが。」
【大坂城近く】
薄田兼相 「大野の親父にこれを渡してこい!」
塙直之 「うむ!座って喧嘩はできぬとな!」
秀頼公への書状
この度は、秀頼公の為の戦にて、我ら大坂で黙って畳の上にいるわけにはゆかぬ。
我らの上様は秀頼公だが、大坂が打って出ない以上、内府と戦をするには、外に出なければならぬ。
見事、内府の首を持ってくるゆえ、ご安心めされよ。
【八月十八日北の庄】
京極「なにやら慌ただしいな。なんと、毛利兵が御所を包囲しただと!むむむ。
これでは勝ち目などないわ。内府様の天下じゃ。刑部も居らぬし、さっさと逃げるか」
【京極高次逃亡・二十日には大津城着】
帝・・尊王の毛利が本気ならば、応えてやらねばならぬか。
御所を囲むとは芝居のような。
帝 「広橋兼勝、勧修寺光豊を遣わし、徳川討伐と徳川の官位罷免の宣旨を発する。」
菊亭「毛利に何かありませぬか。」
帝 「御所警護役として左衛門督兼任の宣旨を。」
>>630 少しこけ申したな。
もう少し早ければだれぞが後をついてくれたかも
知れぬがのう。いやいや、やはり流れから言うと
大分飛びすぎてるかの。630は無しと致そう。
皆さん。そろそろ竹鼻を第壱章として締め括りませぬか。
竹鼻周辺の方々2〜3レスで書込み致して下され。
流れは三成(西軍)が左近を救出した後、東軍(影でいいので)
もう反撃をする。そして西軍が大垣に撤退の感じで良いかと。
【慶長五年八月二十日夕刻】
【美濃国竹鼻城周辺黒田陣所】
石田軍は大筒をぶっぱなしてます。「ヒューッ。ドカーン」
足軽「うわー。逃げろー」
黒田「何事じゃ!」
足軽「いっいしだが突然打ち掛けて来ました」
その時大筒が黒田の陣所に命中!ドカーン。
黒田「おのれ三成めー。」
黒田は危うく一命は取り留めましたが、陣所は滅茶苦茶
になりました。
つづきをどうぞ。
左近「いよいよ始まったか!」
杉浦「又、治部殿は派手な事を」
木造「よっし。出撃の準備を致せ」
此れよりは左近殿が続きを。
池田「・・・・・・。」黒田の陣所を方面を見ながら。
心の中で「逃げよう」。
(爆発音)
福島正則 「なんじゃ!?いまのは?!」
榊原康政 「大筒のような・・・?!」
福島正則 「しもうた!遅かったか!!長政、長政は無事か!?」
(撤退してくる軍勢)
福島正則 「や!?あれは長政ではないか!?」
(先頭でぐったりしている黒田長政)
黒田長政 「く・・・三成ごときに・・・!福島殿!」
(涙が溢れる福島正則)
福島正則 「よう・・・よう無事であった・・・」
黒田長政 「左近が・・・左近が打って出てくる!」
福島正則 「うぬ!長政、気落ちしておる時ではないぞ、すぐさま立て直し、左近の首を取ってくれよう!」
【黒田連合は福島正則を先陣に立て直しを計っています】
>家康殿
榊原康政が家康勢力に戻りました
【近江高宮】
秀秋 「戦が始まったと?」
信繁 「はい。まぁ、どちらも様子見といったところでしたが」
松野 「それよりも殿。宇喜多殿が動きました」
恵利 「戦力はほぼ互角。となれば差配の差・・・宇喜多は生え抜きの曲者
が帰ってきたところですが」
布施 「とは申せいきなり実戦で耐え得るか甚だ疑問。ここは我が軍を一部
割いて後詰にあたるべきかと」
清水 「ここで殿に選択だ。一つはこのまま我が軍が張子で実戦では役に立
たぬという噂を実践し相手の安心を誘う策」
草刈 「もう一つはここで暴れ我が軍の強さを見せ味方の信頼を得ること」
秀秋 「・・・清水の策の方が・・・」
松野 「(すごむ)聞こえませんが!?」
秀秋 「・・・・・。攻めよう。そうしよう・・・でも全軍で?」
九鬼 「いえ。ここは少数での遊撃戦が良いかと」
信繁 「・・でしたらここは外様の我らをお使いなさいませ。万一やられ
ても当家に傷はつきますまい」
松野 「それはありがたいがそれでは勝っても我らが強いわけでは無い事
になる。少数の軍もつけよう」
秀秋 「・・・じゃ、河田と岩見に任せよう。真田の千と二百五十ならな
んとかなりそうだもんな」
松野 「ご英断です。では残りは今日も訓練に励め」
【宇喜多軍への後詰として小早川軍約千五百が向かいました】
【真田信繁軍千、河田資友軍百、岩見重蔵軍百五十】
【岩見殿役が拒否すれば千百で向かいます】
【本隊はあいもかわらず動き無し】
【榊原康政、本多忠政隊の指揮を掌握】
康政「名にしおう本多勢が徳川旗本一番槍とは天の配剤。存分に働くといたそう」
忠政「父より預かった精兵に恥をかかせる訳にはいきません。よろしく御鞭撻願います」
康政「殊勝な心がけで大いに結構。若いうちは戦場に身をさらし、自らの奮戦で部下を叱咤するのが肝要だ」
忠政「ではそれがしが先手を承りましょう。本陣の差配は頼みます」
康政「心得た。まずは福島殿と連携して味方の建て直しを図ろう」
【榊原・本多勢、福島勢の支援に入る】
三成「(ご無沙汰なのでちと流れが見えぬが)蒲生、突撃じゃ!左近を救え!」
蒲生「御意」
三成「蒲生出陣と共に砲撃やめぃ」
(蒲生、砲撃で混乱している黒田陣に突撃。左近待ち)
【前衛に入った福島勢が嶋勢を迎撃する構えにはいったことを見届け】>635
康政「では我らは二番備えと洒落込もう。筑紫殿、梶殿、本多家中のやり方と俺のやり方は違おうが、ここは俺に従ってくれ」
筑紫秀綱(本多家筆頭家老)「お気づかいは御無用。榊原家とは共に先陣を競った仲、手の内はよく存じておりれますわい」
梶勝忠(本多家次席家老)「存分にこき使って下され」
康政「これは頼もしい。では筑紫殿には忠政殿の介添えを願おうか」
秀綱「心得ました。・・・あの旗指物は治部が侍大将、蒲生の手ですな。あれを横ざまに叩いてやりましょう」
康政「さすが本多家中にその人ありとうたわれし御仁、見切りが良い。任せたぞ」
秀綱「はっ」
康政「まずは石田の突出を阻止し、以て黒田勢建て直しの時間を稼ぐ。城の方は福島殿がうまくあしらうだろう。では者ども、鯨波をあげよ!」
【榊原・本多勢5000余、戦闘開始】
【近江高宮】
岩見重蔵 「出撃の命が出た!者共、これまでの訓練の成果を殿に示す時ぞ!!」
【岩見隊は志気がそこそこ上がっています】
>上様
こちらがメインですからw
641 :
嶋 左近 ◆cSAKONh. :02/09/18 22:21
【八月二十日夕刻・竹ヶ鼻城】
杉浦重勝「始まったようですな左近殿」
木造具康「さすが見事な差配ですな蒲生殿は、治部殿が誇る侍大将だけはある」
嶋 左近「うむ備中(蒲生郷舎)に任せておけば間違いはござらん。ただここから
の大垣へは厳しうございますぞ。
一時は混乱しようと、侮れる相手ではありませんぞ。」
杉浦重勝「・・・左近殿らしくないでありますな」
嶋 左近「年を取ったせいですよ五左衛門殿。それよりくれぐれもお命大事に。
決して功名をたてようとはせず、大垣を目指しなされ」
木造具康「・・・・・・・・・・・・・・・・」
杉浦重勝「・・・左近殿」
この後、左近は全将兵に対して次の命を出す。
「今より大垣に向かい敵中突破をこころみる。各自全てをすておのれの身一つで
全力で駈けよ。功名を望むな、命こそ惜しめ、生きていれば明日はまた来る。
殿はこの左近が務める。背中を気にせずすすめ」
竹ヶ鼻城の士気が上がり、出陣準備が整いました。
〜城内のとある一角〜
大山伯耆「なかなかの名演説でしたな、しかし命を惜しめととは左近殿らしくもない」
嶋 左近「うん?まあな、わしも年を取ったのかの」
大山伯耆「・・・お戯れを。しかしやはりわれらはここで時間稼ぎをすべきではなかった
のですか?」
嶋 左近「たしかにここを失うのは痛いが、ここにわれらが居続けては治部様
と共に屍をさらしてしまうのみ。わしはいいが、治部様にはこのような
場所で死なれては困る」
大山伯耆「石田の殿にもこまったものですな。わざわざ家臣一人を救うために自ら
死地に飛び込むとは・・・・・」
嶋 左近「いうな伯耆。それがあの方の良いところよ。とにかくお主は敵の後詰めを
引きつけてくれ。わしは甲斐守(黒田長政)をくい止める。次にあうは
大垣ぞ。」
大山伯耆「ますます左近殿らしくない、ここがわれらの墓でしょうが(笑)」
嶋 左近「違いない(笑)」
【竹ヶ鼻城近く」
東軍将士「!!! 城方がが討ってでたあ」
〜大音声が響き渡る〜
嶋 左近「われこそは石田家大将・嶋左近友之なり、名を上げたき者どもは
かかってまいれ。一手槍を馳走せん!」
【嶋 左近隊700 黒田・福島隊へ突入】
【大山伯耆隊500 その他の隊に対して攻撃】
【杉浦重勝・木造具康隊3800 大垣へ向けて突破をはかる】
【竹ヶ鼻城近く、討ってでてより半刻後】
〜激戦は続く〜
黒田 長政「ええい不甲斐ない! あれしきの小勢に何をてこずる、福島勢に
手柄を取られるではないか!!」
後藤又兵衛「おちつきなされ、この又兵衛が左近殿のみしるし、取ってきましょうぞ」
黒田 長政「左近殿だと・・・・口に気をつけよ、早くあの老人の首をとってまいれ」
後藤又兵衛「・・・・承知」
【竹ヶ鼻城近く】
嶋 左近「みなは無事に切り抜けたか?」
家 臣「まだにございます」
嶋 左近「ええい、何をしておる!!」
家 臣「それが新手がきたよで、治部様の姿は近くにありませぬ」
嶋 左近「く・・・・! 」
家 臣「それよりも殿、早くここから引きましょうぞ」
嶋 左近「馬鹿者が! われが引いてどうする、ここが死に場所ぞ」
【嶋 木造 杉浦 大山各隊 苦戦中】
【竹ヶ鼻城近く 交戦中」
〜城内から討って出て一刻半〜
嶋左近とその兵700は傷つき疲れ果てていた。そこへ各方面よりの連絡が入る
使 番1「木造具康どのは無事大垣方面へ落ちられた様子」
嶋 左近「うむ。五左衛門殿(杉浦重勝)は?」
使 番2「わかりませぬ」
〜さらに半刻後〜
使 番3「杉浦重勝殿 お討ち死に!!」
使 番4「蒲生隊 新手の軍勢により混乱」
使 番5「大山伯耆殿お討ち死に! 大山隊は全滅!!」
嶋 左近「・・・うむ、みなもの覚悟を決めよ」
これより嶋隊 死兵となります。
兵に訓示
一つ 怯惰は許さぬ
一つ 戦った者の禄、今の五割増しとす
一つ 働きにより、倍、三倍といたすこともある
一つ 首を取ることまかりならぬ
【侍大将以上の者を集めて】
筒井 よいか皆の者。これより竹ヶ鼻に入り難儀している味方を助ける。
旧臣の島左近もおる。当家を出たとはいえ、縁のあった者を見捨てては、筒井の家の名折れとなる。
これを捨て置くは武人ではない。皆、仲間であった者を救うためにも、しっかりと働くように。
筒井家は大和加増をお約束いただいた。毛利殿、石田殿、小早川殿の書状もいただいた。
卑怯な振る舞いなくば、最低でも禄は五割増しといたす。
働き次第では、倍どころか、三倍ぞ。死んだ者にも、身内に必ずや報いよう。
兵 ワーー ウオーーーーーーー ワーーーワーーー【兵の士気上昇】
中坊 (何をいまさら。左近など、いまも嫌っていようが。相模まで約束され必死ダナw)
先手に市橋長勝300、徳永寿昌900、高木盛兼、高木帯刀、高木正家兵1000の美濃勢に加え、松倉右近の2000。
中軍に井戸覚弘2000。後詰めに筒井定次・中坊秀祐4000。
先手が石田隊の右側面より進み出て、鉄砲を東軍に打ちかける。
(石田殿に出した筒井家使者の口上・これより攻めかけます。側面はご安心を。)
【高宮より南下、伊勢亀山付近】
<作戦会議>
真田信繁「此度の戦の概要を大まかに説明いたしたく」
筧十蔵 「真田家鉄砲頭、筧でござる。では・・・」
(地図を広げ、説明を行う。一様に顔を顰める)
三好西海「・・・荒唐無稽な・・・まあ殿らしいと申すか・・・」
河田資友「へ・・・おもしれぇ。上手くいきゃ奴らを慌てさせるにゃ充分
だ。・・・それでこいつらをわざわざ呼んだわけか」
信繁 「使える物はなんでも使わなくては、たかが千五百なのですから」
【小早川別働隊近江高宮から伊勢桑名へ】
松倉右近の軍勢突出し、手勢に多くの被害受けつつ討って出た島左近隊に近付く。
大音声にて
松倉 「左近はおらぬかーーーーっ! 右近参上ぞーーーーっ! 」
ガーンッ!カキッ 兜に弾が当るも角度が良かったせいもあり、はじく。
追いつく高木一族。やる気の見えない徳永隊。市橋対の動きは一糸乱れぬ見事なもの。
松倉 「そこにおるは島殿の家臣、羽佐間寛平か。島殿は無事かっ!右近が助けに来たと、早う伝えいっ」
羽佐間「お久しぶりにっ! 我が殿はあちらに」指を差す方向に自身、槍を振う左近の姿。
松倉 「おおっ、この乱戦に何を嬉しそうに。」馬首めぐらし、手勢とその方向に。
松倉 「左近っ、いい年をして槍を振っておるかっがははははっ」
左近 「なんとっ、右近かっ! 笑う暇があれば、少しは働けっ! クソ主君の下では槍もさびたかっ」
松倉 「おうっ、クソ主君に文句言わせぬためにも、手柄立てねばならぬわい」
ブンッ 馬上槍を振い、足軽を叩きのめす。
左近 「ほうっ、まだ老いぼれてはおらぬかっ!」
ブゥーーーン
槍で突かれた足軽を、軽々とそのまま投げるように飛ばしてしまう左近。
松倉 「それっ、鉄砲隊、打ちかけよ」
ガーン カガーン ダーン タダーン
松倉 「それっ、敵か怯んだうちに、引くなりいたせ。生きておらねば、治部殿を助けることできんぞ!」
馬首をめぐらし、新手を求め駆けていく松倉右近。
無理をしたため、これまでに松倉隊の300、高木隊の100が倒れている。
徳永隊がやっと合流。隊伍を整え、使い番をクソ主君、もとい。筒井定次のもとに。
使者口上「乱戦にて島殿の姿は見かけることはできましたが、近付けません。中軍の進出を。」
ゆるゆると中軍が進む。
【伊勢亀山付近】
岩見重蔵 (なるほど・・・これが、真田の・・・・)
【筒井本隊より松倉隊に伝令】
突出し過ぎていることを殿がお怒り。兵の損耗を少なく致せとのお言葉。
中軍と合流し、石田隊本隊の動きを見つつ、負傷者を可能な限り助け後方に送るよう。
松倉 殿は、この緒戦が大切なことが、まったくわかっておらぬのか。クソッ
【筒井先手軍、中軍と合流するため後退をはじめる。】
【嶋 左近のひとりごと】
・・・右近もあいかわらずよ。志摩(森 好之・・故人)と共に大和の戦乱を
くぐり抜けてきた日がなつかしいわい。
む、右近が後退してゆく・・・敵に臆すきゃつでもあるまい。また 呼び返されたか
よくも我慢することよ・・・・
それにしても定次殿 かつては右府公をして将来有望な若者と賞されたほどの
ものであったに。かわいかったの、あんころは・・・・・
まわりが悪い、飛騨(中坊秀祐)などが家中をしきっているようではな・・・
おっといかん いくさの最中に考え事は禁物
【嶋 左近 乱戦の中で奮闘中】
【黒田勢が立ち直り攻勢。池田勢も戦闘加入。福島勢は城兵を追い散らし、嶋隊を追撃中】
康政「蒲生の勢いもここまでだな。城兵はもはや軍勢の体をなしておらぬ。これでよし」
勝忠「左近めの首は挙げられましょうや」
康政「それは分からぬが、軍勢にとって兵は手足、将は頭よ。手足をもがれて、頭だけで何になる。下知慣れした兵は貴重だぞ」
勝忠「ごもっとも」
康政「さて・・・次はどうする」
勝忠「峠の小坊主の軍勢がおりますな。先手を繰り引くのは損害を恐れておるのでしょう」
康政「決めた。次はあれだ。池田殿に使番、後詰めを乞え。忠政殿はよく働かれた。次は我らの番だ」
勝忠「本多勢が榊原様の下知で働くなど、空前絶後ですな。後々までの語りぐさになりましょう」
康政「後で平八郎に笑われるのは癪だからな。よし、押し出せぇ!坊主どもに退き戦が一番難しいと教えてくれるわ!」
【榊原康政直率の本多勢本隊、後退しつつある松倉勢に追撃を掛ける】
【激戦中】
嶋 左近「伝令!・・・・・伝令じゃ、何をしておる」
家 臣「もはや 誰もおりませに・・・・・・」
嶋 左近「・・・・そろそろしまいか・・・・」
嶋 左近「みなもの 最後じゃ 全力で大垣へ落ちよ、達者でな」
【嶋 左近 鬼のような形相で突撃】
【一瞬 東軍諸将はひるみます】
〜半刻後〜
傷ついた家臣「・・・お伝えします。竹ヶ鼻城兵 いくらかは無事撤退
が、竹ヶ鼻城は落城、大山伯耆殿、杉浦重勝殿 お討ち死に」
石田 三成「・・・・左近は! 左近はどうしたのだ!」
傷ついた家臣「嶋隊・・・・・壊滅・・・殿は・・・・・・」
石田 三成「・・・・・・・・・・・・・・!!!!」
【嶋以下700 壊滅】
【嶋 左近の生死は不明】
小西 筒井殿も仕掛けたか。我らも同じキリシタンとして送れてはならぬ。
【小西勢6000が戦闘に参加】
筒井殿に使者
今こそ功名の時。いざ進まん。
小西 物見、あれは何だ?
物見 宇喜多勢とお見受けいたします。
使者 毛利中軍、あと一刻ほどでこちらに到着いたします。
小西 使者殿ご苦労。治部殿の陣には伝えたか。
使者 すでに。
小西 では、疲れておろうが、急いで戻り、毛利殿にお伝えあれ。お急ぎをと。
使者 はっ
小西 我らは黒田殿を攻める。進めっ!
【新手6000の小西勢、立ち直りかけた黒田勢に攻めかける】
小西 むっ、雨が降りそうな雲行きよ。
(古巣のコニタンいじってみました・by筒井)
筒井 小西殿も動いた・・・。中坊、総攻めか?
中坊 何をバカなことを。殿の後詰めなくば、先手も安心して戦えますまい。
筒井 そうか。しかし、松倉のみに働かせては・・。
中坊 すでに下げるように指示いたしております。
筒井 うむ、ならば安心よ。
井戸 先手が戻ってくる。鉄砲隊、横の林より、追い手を狙い打て。
侍大将 井戸様、兵を繰り出すべきでは。
井戸 殿の下知がない。
侍大将 我が隊の200のみでも構いません。
井戸 許す。
【兵200が進み出る】
松倉 後ろに迫る軍勢はどこの者ぞっ。
物見 徳川殿旗本衆、本田殿、榊原殿のようです。
松倉 美濃衆のみ戻られよ。我ら、ここで留まる。
徳永 ありがたい。ではお頼みいたす。
市橋 我らの隊も共に。
松倉 市橋殿の兵はかなり損害が出ておりましょう。ここは我らにお任せあれ。
市橋 済まぬ。
高木帯刀 我が隊が全員下がれば、後々笑われましょう。それがし、兵300とお供いたす。
松倉 うーむ、お言葉に甘える。
高木 なんの。参ろうか。
【松倉隊のうち700、高木隊200が後退を止め、迎え打つ】
松倉勢のうち1000は美濃勢と後退。
松倉 狸の旗本など、いかほどのものか。
高木 貴殿と戦えること、誇りにいたす。
松倉 こちらこそ。 そろそろですな。
高木 下知を。
松倉 良いので?
高木 生き残れば松倉様に仕えましょう。
松倉 では・・・生き残れば10万石お約束しましょう。
高木 冥土の土産に良い話をいただきました。
松倉 進めーーーーーーーーーっ!
ドドドドドドドドドドドドドドドド
松倉隊、高木隊、一刻あまり奮戦し、毛利隊が到着したのを見届けるように壊滅。
しばし後、本隊に合流できた兵200。
合流できた兵は、井戸隊の侍大将が到着したことにより、まとまることができた兵。
これが後退。なおも追いかける東軍に、横合いの林から銃撃。
伏兵に動揺した榊原隊は一瞬崩れ、立て直した美濃勢と中軍、松倉隊の残りの陣に撤収成功。
その時、強い雨が降り出し、戦闘は収束を始める。
656の高木隊は200が正解。いろいろ間違いあるけどお許しを。
松倉のその後については、歴史に何も記されていない。
高木帯刀については、8年後の京でのある茶会に、何故か一度だけ名が出現する。
658はイフ歴史ね。
三成「さ・さ・さこん・・・。」
近習「殿。竹ヶ鼻は落城した模様。このまま大垣まで下がられては」
三成「筒井殿は如何したぁ〜!」
近習「本隊は未だ動きがありませぬぅ〜」
三成「つついぃ〜。アイタタタ〜」
(急に腹を抱えてうずくまる三成)
近習「殿!!」
三成「ひ・ひけ。内府も到着せぬのにここで大崩するわけにはいかぬ。島津・小西殿他にも使いを出せ。」
【大垣で休憩中】
使番「竹ヶ鼻にて御味方苦戦中!!一時、東軍勢を混乱させるも榊原の援軍が入り、苦戦中との事」
利政「何!右近殿。こうしてはおられん。騎馬のみ1500を率いて石田殿をお助けする。」
右近「早まってはなりませぬ。一時的に御味方不利のご様子ですが、うまく引けば大した被害はありますまい。
しかし捨ておけぬのであらば、この右近が一隊を率いて援兵いたしまする。」
利政「・・・。承知つかまつった。」
(高山右近、騎馬1500を率いて戦場に急行)
【石田勢退却。筒井勢本隊は消極的】
康政「これだけ刈り取ればな。大将の治部少が引き、目的の竹鼻も押さえた。我らの勝ちで良かろう。小坊主の横槍は余計だったがな」
忠政「ここは追撃し、一気に戦果を拡大しましょう」
康政「いや、欲張り過ぎては事を仕損じる。先手だけでこれだけ張り合えたのだから十分とせねばな」
勝忠「緒戦の一勝はやはり大きいということです。これで石田治部は戦が下手との悪評がまた立ちましょう」
忠政「・・・戦い足りぬ気はするが・・・」
康政「じきに毛利勢も出てくる。このあたりが潮ではないかな」
忠政「・・・康政殿がそう仰せなら是非はありません」
康政「そう焦らぬことだ。本日のお働き、父上の武名に恥じぬものであったとこの康政が請合おう」
忠政「はっ」
康政「よし。敵との間合いを計りつつ陣列を整えよ。出てくる敵があれば叩け。敵が引ききってから勝鬨を上げようぞ」
【榊原・本多勢、追撃を停止】
筒井 中坊、横の石田隊は攻めかけもせず、後退を始めおったが。
中坊 松倉の奮戦もこれでムダになってしまいますな。
筒井 中軍と先手の残りに急いで使者を出し、本隊と合流させいっ。
中坊 良いご判断。
筒井 松倉を失った・・・・・・・
先手に市橋長勝300→200、徳永寿昌900、高木盛兼、高木帯刀、高木正家兵1000→800
松倉右近の2000→1000(本隊が吸収)→0。
中軍に井戸覚弘2000。後詰め筒井定次・中坊秀祐4000→5000。
小西殿に使者
治部殿撤退。貴殿も引かれるべと存ずる。
小西 側面が無防備となっては戦いの継続はできぬ。
家老 当家も引きましょう。
小西 黒田を崩せる寸前だというに、口惜しきこと。
家老 兵力が集中できていれば、圧倒できておりましたに。
小西 松倉殿が突入した一瞬よ。勝期はあった。
家老 筒井殿と石田殿が揃って押し出せば、敵は崩れておりましたな。
小西 これで石田殿が筒井殿を責めるようなことになれば、決戦に差し支えよう。
家老 石田様に使者を出しましょう。
小西家より石田家に使者
戦はまだこれからにて、気落ちすることなく指揮をお取りになられるよう。
戦線の後退は、宇喜多様、織田様と共にされることにいたしましょう。
筒井様の戦、先手の働きはお見事。後詰めが押し出さぬことを差し引いて、余りあるお働き。
敗退の責任追及は、いたさぬが吉と存ずる。
毛利家に使者
みっともなくも先手崩れ、毛利様のお働きしばし後におあずけとなりました。
しかしながら戦はこれから。西国の雄、毛利様のお力、頼みといたしております。
筒井家に使者
筒井家の松倉殿のお働き、お見事の一語。横槍のおかげで、戦線が総崩れとならずに済みました。
勝ち戦でなかったことのみが悔やまれます。
あと一隊、押し出す兵があれば、勝ちに転じていたことでしょう。(イヤミ)
【小西隊に被害ほとんどなく、雨の中撤退するも士気旺盛】
島津維新「不甲斐なし。きゃつは所詮文弱の輩じゃな」
豊久「全くでごわす」
維新「されど我らまで弱いやつらと見られては家名を汚す。我ら、殿にまわるぞ。例の陣形でな」
豊久「御意」
(島津、「例の陣形」で東軍の追撃を迎撃する構え)
【撤退中】
三成「(イタタタタ)左近・・・」
近習「大垣方面より新手の部隊が!」
三成「利政殿か!?」
近習「あの指物は利政殿が客将、高山右近殿かと」
三成「・・・」
木造具康「残兵はいくらぐらいか」
側 近 「半数程かと。梶川様、花村様(*)の姿は見えませぬ」
木造具康「五左衛門のほうはどうだ」
側 近 「杉浦隊の残存三割ぐらいが我が隊と合流すべく近づいています。
ただ杉浦様は落命したようでございます」
木造具康「そうか・・・」
【残存兵力およそ1500、木造具康負傷】
*梶川・花村…岐阜から援将として来ていた侍大将
三成「(モ・モレル〜)郷舎は如何した?」
近習「蒲生様、戦場に踏みとどまり、阿修羅のように左近殿を探しておるとの事です!」
三成「言わずともわかってくれたようじゃのぅ。」
近習「?」
三成「郷舎なら、撤退命令に従わず、左近救出に命を懸けると思うておった。わしも思いは同じ。されどわしの立場が戦場にとどまる事を許さぬ。」
近習「御意」
三成「しかし蒲生までも失う事はできぬ。使番!蒲生を探し出し、これを手渡せ」
(三成、佩刀を手渡す)
使番「と・殿、これは」
三成「必ず手渡せ。そして必ず生きて帰れと伝えよ」
使番「はっ!」
近習「高山殿軍勢、こちらに向かってくるようです」
三成「よし、馬上にて右近殿と面談いたす。(イタタ)」
・
・
右近「治部殿、これは如何にあそばされた?」
三成「(苦々しく片頬をゆがめて)全くお恥ずかしい。筒井の日和見のおかげでこの体たらくでござる」
右近「これは将たる者のお言葉とは思えませぬな。筒井殿は機を見るに敏なお方。治部殿が奮戦しておればおっつけ動かれたでしょう」
三成「・・・・」
右近「しかし今はこのような問答をしておる時にあらず。早速敗兵を収容してきまする」
三成「(うつむきながら)かたじけなし」
(高山右近、軍を巧みにさばきながら、順調に敗兵を収容中)
【毛利中軍・撤退中の石田勢に追いつく】
元康 「徳川が来着する前でも勝てませぬのか」
石田 「面目もございませぬ。しかし、筒井が動いてさえおれば・・・」
元康 「それを言うと、勝てるとでもお思いになられるか?」
石田 「い・いえ・・・」
元康 「戦は運。筒井の兵も戦ったと伝令は伝えております。戦場に間に合わぬ毛利の責任もあります。
戦いは始まったばかりなれば、貴殿が諸将を責めでもいたせば、朝鮮のごとき不和生まれましょう。」
秀包 「石田様、戦いは先があります。若輩ながらそれがし、働きますので見ていてくだされ。」
石田 「お・おお・、心強いお言葉・・・」
元康 「夜襲と言いたいが、今宵は敵も警戒しておりましょう。大垣への撤退を急ぎましょう。」
秀包 「ニヤリ」
毛利秀包夜襲を独力で敢行。兵500により、竹が鼻に鉄砲を撃ちかけ鬨の声をあげる。
敵に被害はほとんどなかったが、味方にも被害はない。
8/18午後 岐阜城〜犬山城間【宇喜多奮戦記 上巻】
午後から吹き始めた風に載り旗指物が小気味良く靡く中、細川・加藤両家の兵が
肩を並べ行進する。
細川 「加藤殿にこう申せ、先陣は忠興が引き受けたと。」
近習 「ははっ。」
加藤 「忠興殿が先陣とな? ならんならん、先陣はこの儂じゃ。」
細川・加藤両軍は宇喜多別働隊が篭もる陣を一蹴せんと、競うように行軍速度を上げ、
鬨の声をあげ敵陣に襲いかかった。
この合戦を後世の研究者が評して曰く「宇喜多には2つ有利な点があった」と。
一つは攻め寄せる細川・加藤に対し倍する軍勢をもって対峙し、各個撃破の憂き目
に会わず、タイミング良く3方より攻撃を加えれたこと。
今一つは、当時主力防衛兵器に成りつつあった武器、つまり火縄銃を大量に配備して
いたことであった、他の大名家の鉄砲隊がその軍中に占めるの割合は数%程度、先進
的に火縄銃を配備した大名家に比べても、宇喜多の火縄銃配備数は抜きん出ていた。
(ちょっとifですよ!)これは当主が先見性に富んだ性格というより、派手好き
新しもの好きな性格であった為だが、豊臣政権下で優遇され、火縄銃を入手し易い立場
にあったことも、この場合は幸運であった。
岡 「1番から5番隊放てぇぇ!」
ズダダダァ〜ン、ズダァ〜ン
岡 「6番から10番隊前へ〜 構えぇい、放てぇ!」
花房 「隊伍を乱すで無いぞ! 懸かれ!」
待ち受けていた宇喜多軍により放たれた暴風雷火、火縄銃による凄まじい鉛玉の洗礼
を受け、突進していた勢いを失い混乱する両軍に対し、いつもにまして密集した陣形
を組んだ花房隊が穂先を揃えジワリジワリと歩を詰める。
【宇喜多奮戦記 中巻】
朦々たる黒煙を突き破った花房隊の穂先が鈍く光る。
細川 「かたまれ〜 隊を組め〜 陣を整えよ〜」
加藤 「この煙ではもう火縄は撃てん! 前に備えいぃ!」
戸川 「今が好機ぞ! 我に続けぇ、南無!」
武士 「お〜ぅ!!」
一丸となって迫り来る花房隊に対し、細川・加藤両軍が再び隊を組む、その横腹を
目刺し戸川隊がしゃにむに突進する。
加藤 「火縄の使い方なら儂が教えてやる!」
鉄砲頭「て〜い!」
ズダァ〜ン
戸川兵「ぐぎゃっ」
朝鮮の役を戦った細川・加藤家は流石に戦慣れしていた、混乱した隊を素早く掌握
すると誰が言う出なく細川隊は花房隊に、加藤隊は戸川隊と激しくぶつかり合った。
しかし、陣から乗り越だした岡隊が花房隊に合力し、後方の街道から地響きをたてて
犬山軍が細川隊に襲いかかった時、さしもの細川隊も戦意を失いつつあった…
詮家 「いかん、儂の手柄がのう無ってまうわい、遅れてたまるか!」
合戦が始まって半刻、善戦を続ける加藤隊に対し、詮家・長船隊がその牙を剥く。
更に半刻の後、細川・加藤両軍は戦闘続行能力を失い敗走を始めた。
【宇喜多奮戦記 下巻】
岐阜城へと続く街道を意気揚々と進む宇喜多・犬山連合軍
秀家 「結局石川殿に犬山城を捨てて頂くことになった、誠に申し訳ない…」
石川 「気遣いご無用、竹ヶ鼻を捨てたのです、犬山だけ残った所でどうなり
ましょう、岐阜の織田様を頼るほかありますまい、そう思って準備
しておったのです、ご覧下さい。」
犬山軍がおびただしい荷駄を運び、隊列の殿を明石隊が努める。
石川 「其れよりも此度は大勝利で御座いました、流石は武名高き宇喜多家ですな。」
秀家 「(照れながら)世辞はよしてくだされ、たまたま運が良かったのでしょう…
今後はもっと落ち着いて指揮を執るようにしましょう。」
詮家 「戦には勢いも大事じゃ、若い内はもっと勢い良く行けばよい、ガッハッハ」
花房 「我らは秀家様の下知あらば、地獄の鬼とも戦いましょう。」
戸川 「左様、その代わり普段は兵をお労り下され。」
秀家 「心得ておこう。」
犬山城周辺合戦結果
宇喜多軍死傷者数 →約千名 残存兵力 一万八千
細川・加藤隊死傷者数→約四千名 残存兵力 細川隊二千五百 加藤隊千五百
宇喜多軍(一万八千)と犬山連合軍(五千)は犬山城の兵糧軍需物資を根こそぎ
持ち出し岐阜城へ移動、犬山城は放棄。
細川・加藤隊は黒田城へ落ち延び、軍の再編成で2日間位は行動不能?
669の前後1…
蒲生郷舎「ええい、死ねや者ども、留まれー」
蒲生大膳「父上、戦況不利!」
蒲生郷舎「やかましい!左近救い出さねば、身なぞー!!」
蒲生大膳「あれをご覧下され、今や旗印さえ…」
ここで、竹ヶ鼻出戦勢の旗印が消えていることに気づく…
蒲生郷舎「大膳!」
蒲生大膳「何じゃ父上!」
蒲生郷舎「そこの雑兵の兜を取れ!!」
蒲生大膳「父上…」
蒲生郷舎「…暫く任す。わかったな!!」
蒲生大膳「承知!」
蒲生郷舎「(手綱をかえる)それや、かかれー」
669の前後2…
蒲生郷舎「(左近め、歌舞伎おって…)」
これ以後蒲生勢、左近の形跡を探す。
蒲生郷舎「!」
?「世話をかけたな…」
蒲生郷舎「戦場にて多言は無用!」
?「捨て置け。」
蒲生郷舎「やかましい!!お主が骸でも拾っていくは!」
675 前後3…
使番「蒲生殿はどこじゃ。」
大膳「ええい、何じゃ。」
使番「貴殿は…」
大膳「父は嶋殿救出じゃ。何のようか!」
使番「殿よりこれを…いざ御免(佩刀を手渡す)」
大膳「…これは、父上に死しても渡さねばならんな。」
蒲生大膳は郷舎を探す…
蒲生大膳「!父上か…」
蒲生郷舎「…」
蒲生大膳「殿より拝領!御見聞されたし!」
(佩刀をじっくり見つめる…)
蒲生郷舎「…大膳。すまぬが死んでくれ…」
蒲生大膳「…もとより承知。その佩刀見ましたからな。」
蒲生郷舎「馬を貸せ(苦笑)こちらは二人分なのでな…武者ぶり見せてもらうぞ。」
蒲生大膳「では…御免仕る。」
【蒲生郷舎は戦場離脱…】
【郷舎嫡子大膳は生死不明…】
【八月十九日・関ヶ原(1日後に竹が鼻で激戦が行われるとは露しらず)】
立花「イライライライラ。えーい。返事はまだか」
由布「昨日出したばかりではないですか」
立花「わかっております、そんなことは」
由布「なら、おとなしく待ちましょう」
・・・一刻後・・・
立花「うー、まだか」
由布「ですから、明後日まではかかるかと」
立花「ええい、暇だ暇だ暇だ。・・・訓練でもいたすか。あそこに見ゆる山まで移動するぞ。
ほれ、各隊競争じゃ。半刻後に開始いたす。宗殿はどうなされる?」
宗「立花家中で勝手におやりなされ」
・・・半刻後・・・
【松尾山】
物見「殿!いずこかの軍が山に攻め上って参ります」
伊藤盛正「む、なんじゃと、あれは立花軍ではないか!なんと裏切ったのか」
物見「いえ、訓練のようにございます」
伊藤「とすると、ここの存在を知らぬのか・・・。これ馬を引け、あいさつしてまいる」
・・・一刻後・・・
立花「これはまた大規模な工事ですのう。下からは気が付きませんでしたぞ」
伊藤「かくかくしかじか」
立花「なるほど、そのような事情がおありか。ここに拠ればさしもの内府公も
手が出せませんでしょうな。ははは。では失礼いたす」
【訓練中、西軍勝利への戦略の一端に触れました、いらいらも解消されました】
(戦に水を差して申し訳ございません)
訂正
誤・・・伊藤盛正、正・・・伊藤家臣
治部が大垣にいるのに、城主がいないわけないでしょうから
【伊勢海山道辺り】
信繁 「・・・凄いですな。宇喜多家の鉄砲の威力は・・・後詰を行う理由
が無くなってしまいましたな」
河田 「・・・・。戻るか」
【小早川別働隊、近江高宮へ撤収】
【伊勢海山道辺り】
岩見重蔵 「・・・(;´д`)」
【小早川別働隊、近江高宮へ撤収】
【8/18夜 光明寺付近】
<壊滅したはずの細川・加藤連合軍、再度集結中>
加藤「越中殿の咄嗟の機転で、兵を敢て散り散りに逃させたのが功を
奏したようじゃ。下手に抗戦すれば半数は討ち死にであったであろう。
しかし宇喜多の小僧、今頃我らが這う這うの体で清洲に逃げ帰ったとでも
思うて、岐阜で祝杯でも挙げていような。忌々しい限りじゃ!!」
細川「それにしても備前中納言、殿中育ちと言えど、やはり大将の器。
混乱し切った家中を戦場で纏め上げ、敗勢の中で逆撃に出るとは…。
我らも迂闊であった。この先、軽挙は慎まねばなるまい。」
加藤「いや全く。ただ、あの予想外の火力、何時の間に揃えたのじゃ?
あれさえなければ、我らとてここまで無様に退きはせんで済んだろうに。」
細川「どうせ小西辺りの繋がりで、前々から乱に備え、堺より集めていたのであろう。
忠義者のお坊ちゃん面して中々侮れんな。」
【細川・加藤連合軍、落ち延びてきた兵を収容しつつ、竹ヶ鼻へ向け転進】
【到着する頃には、兵数6000まで回復する見通し】
竹鼻での戦局も落ち着き、
>>681にて第壱章を終焉と致そうかと
考えておりまする。
第弐章は、濃尾以外の関ケ原の役をと考えておりまする。
九州、奥羽辺りにて其々の物語を始めると致しましょう。
両地域を一緒に致すと話が飛び、後が続かなくなる恐れが
御座るが故に、まずは何方かが九州、奥羽の大名役にて
書き込んだ所から始めましょう。濃尾に関しては連動を
させながら膠着状態を続けて行きましょう。
黙した弐役でも構いませぬ。お好きな役について下され。
上記にも記した様に、なるべく九州は九州、奥羽は奥羽で
お願いしとうござる。話を飛ばさぬように心がけてぷれい
して下され。宜しくお頼みもうしまする。
新規参加武将募集です。
・知識は不要、場の雰囲気さえ呼んでいただければそれでよし。
・あくまでIFを楽しむことのできるかた。
ただいま わが父・徳川家康公 苦悩中。
冥府のそれがしにかわりて、東軍をよろしく頼みます。
(怒りで震えている)
福島正則 「・・・治部にここまでこけにされるとは・・・」
(遠方を眺めつつ)
黒田長政 「全くだ、これからどうされる?清正殿」
(腕組みしながら、瞑っていた目を開ける)
加藤清正 「大垣まで進軍。然るべき場所に陣を構える」
【黒田連合は大垣まで移動しようとしています】
【大垣付近では陣を築こうとしています】
685 :
レゲーヲタ:02/09/22 09:55
さげてしまった・・・
686 :
無名武将@お腹せっぷく:02/09/22 10:13
清正?
687 :
無名武将@お腹せっぷく:02/09/22 18:29
おいおい
688 :
無名武将@お腹せっぷく:02/09/22 19:32
熊本・名古屋ワープゲート開通記念age
清正→嘉明でしょ?
つーかそれぐらいでageてたらキリないぞ。
まだ、北庄に在陣中(苦笑
平塚「近江宰相、逃亡いたしましたぞ(苦笑」
大谷「さもあらん。」
平塚「どうされます?」
大谷「宰相殿の動きは立花殿に任せよう…」
平塚「それは…いささか御信用が過ぎますが。」
大谷「あの方は武人じゃ。一陣投げて逃亡となればな…」
平塚「そういう意味で言えば…確かに、宰相短慮でしたな。」
大谷「濃尾の動きは、大垣より何も伝聞無しか。」
平塚「左様で。」
大谷「……出るか。」
平塚「まだ、早いと存じますが。」
大谷「因州。佐吉は筆まめな奴にてな…」
平塚「?」
大谷「治部少、大垣に居るまい…あやつが城にいるなら便りがくるはず。」
平塚「では、能登侍従の策を入れて濃尾の押し出しますか。」
大谷「敦賀の吉川殿には泥をかぶっていただこう…」
【大谷指揮下の北陸軍。先に能登侍従策の配置を行います。」
【敦賀における水軍に尾山攻めの命令が下ります。」
【同時に密書扱いで毛利中納言様へ以下の文書が発します】
「先に敦賀へ下された御軍勢の事。刑部に預かりし事ありがたし。
ここで、中納言様には申し訳なきながら、死兵にすることお許しくだされ。
濃尾の戦、雌雄を分けましょう。
中納言様御器量ならば御理解賜ると存ず。
恐々謹言。
大谷吉継 花押
大谷「さて、下るには手配がなくてはな…」
戸田「(苦笑)刑部殿。用意は既にやられておるはず。」
大谷「…そうさな。」
【北陸軍転進準備完了】
【8/19午前 竹ヶ鼻】
<細川・加藤連合軍、敗勢を纏めつつ着陣>
細川「細川越中守並びに加藤左馬助、犬山より帰還致した…。」
浅野「おお、御両人!良くぞ戻られた。犬山での奮戦、御苦労でござった。」
加藤「いや、功に焦り一敗地に塗れて来ただけのことよ…。」
池田「貴殿らが宇喜多中納言を引き受けたからこそ、我らの竹ヶ鼻勝利が
あるのでござる。何も恥じることはない。ささっ、中へ。」
<城内、物資補給&出陣準備で大童>
細川「これは如何したことだ?」
福島「おう、両名やっと着陣か?何処で油を売っていたのだ?」
加藤「クッ(清洲で寝ていた貴様に言われる筋合いはない!!)」
黒田「越中殿に左馬助殿か。我らはこれより大垣へ出張るところだ。
治部少に左近無く、裏切り者の筒井も痛手を負うた。それに赤坂の
吉政も再び我らに与する用意があるとのこと。絶好の機と思わんか?」
細川「されど甲斐守、岐阜には備前中納言の強兵があり、大垣の向こうには
西国勢が大軍を連ねて迫ってきておるという。金吾の向背も定かならんぞ。」
加藤「左様。『敗軍の将は語らず』とは言うが、おいおい結城の御曹司も
徳川の精鋭を率いて追いつくという。さすれば、当方は六万を超える
大兵力となる。ここは明日まで兵を休めるのが上策では無いか?」
福島「なに、宇喜多の小僧に治部の洟垂れごとき、俺と甲斐守で纏めて
片付けてくれるわ。貴様ら敗軍の将はここで傷でも舐めあっておれ!!」
細川&加藤「(貴様が土壇場で日和見しなければ我らとてあのような
無茶はせなんだものを…!覚えておれ、正則!!)」
【先発隊、早くも内紛の模様、第三者の仲裁が必要なようです】
8/19 明け方 犬山から岐阜へと続く街道
恒例となった朝の談話(家中統一を図る)を行う宇喜多・犬山連合諸将
花房 「しかし後一歩の所で細川等の首を取り逃がした、悔やみ切れん。」
岡 「あれは確かに惜しかったのぅ。」
秀家 「(?)んっ、彼等は敗走したぞ、其れで良いのでは無いか?」
詮家 「それが違うのだ秀家殿、細川等は包囲された事を悟り、殲滅を逃れる為、
わざと兵を散らし、再起を図ったのだ。」
戸川 「追撃をかけようにも、兵共の足並みが揃いませなんだ…」
秀家 「左様で有ったか、次に備え調練に励まねばな。」
詮家 「織田殿の城に入れば任せておけ、儂が鍛え抜いてやろう…」(サド的に笑う)
長船 「兵の編制も無事済みまして御座います。」
明石 「戦死した者、怪我により脱落した者、手当の目処がつきました。」
秀家 「ご苦労であった、彼等の意思にそい、弔ろうてやったか?」
明石 「秀家様のご温情、兄弟達に代わりお礼申し上げます。」
石川 「それと、言い難い事で御座るが、我らが細川共と戦った事は結果として
竹ヶ鼻を見捨てたかたちに成り申す、後で難儀に成らぬ様、石田様
に文を出されてはいかがで御座ろう…」
秀家 「おおっ石川殿、確かにそうかもしれん、よう言うて下された。」
本多 「其れでは某は織田様へ使者に立ちましょう。」
8/19 宇喜多続き
要害の地稲葉山に堂々とそびえ立つ岐阜城を眺める騎馬武者数十騎
本多 「流石は天下に名高い岐阜城よ、右府様が精魂込めて造られただけの事は
有る、これを落とすには3倍…いや5倍集めても容易ではあるまい。」
護衛 「まことに。」
山麓で大門警備頭に口上を述べる。
本多 「某は宇喜多家家老本多政重と申す、主秀家の命により岐阜中納言織田秀信様
にお会いすべくまかりこした次第、宜しく取り次いで頂きたい。」
宇喜多家より書状がでます。
石田家へ 「犬山城が脅かされたとはいえ、此度は竹ヶ鼻の後詰めに参れず誠に
申し訳なかった、我らも岐阜に下がろうと思います。
(さり気なく)筒井殿の件も有るので、これからは連絡を密に
取りたい、一度人を使わしていただけまいか…」
(大人って狡いよねって、すこ〜し疑ってるような感じで)
小早川家へ 「今回の後詰めは誠にありがたかった、流石は未来の関白秀秋殿と
感謝しおる次第、援軍諸将も良く労らって上げてほしい。
どうやら家康との決戦は美濃に成りそうな様子、大手柄を挙げ
両者揃ってまんかか様に誉めて貰おう、秀秋殿のご活躍を期待
しておりますぞ。」
(秀秋への私信扱いでお願いします、出来の悪い兄が、弟をベタ褒めしている感じで)
697 :
新規開拓奉行:02/09/23 13:43
>>690 参加募集武将
・最上
・秋田、南部などの東北武将
・堀@越後
・佐竹
・松平忠吉&井伊
・真田除く信州の武将
・山内一豊
・細川忠興
・加藤嘉明
・生駒一正
・有馬豊氏
・一柳監物
・池田輝正
・浅野親子
698 :
新規開拓奉行:02/09/23 13:44
・吉川広家
・蜂須賀親子
・小西
・島津@最強
・小川などうらぎり四将
・九鬼 氏家@伊勢武将
・大野@秀頼以下で関ヶ原へいった武将
・ちょうそかべ
・長束&増田@奉行
・鍋島
・黒田如水
他にも家臣プレイ等があります。(漏れ落ちはスマソ)
@影と書いてある武将は使えます。
*田中吉政 藤堂高虎はプレイヤーがいますが、最近行方がわからず・・・
佐竹おったやん
息子仮病に親父は家康へ
あれはまたひょっこり戻ってくるって。
昼に書き込んだのに書き込まれてなかった。何故だ。
【694の続き。そこへ都合良く康政が現れる。誰かが知らせに走ったらしい】
康政「これは細川殿、加藤殿。御苦労でございました。さ、粗餐に酒など用意させております。こちらへどうぞ」
嘉明「・・・」
康政「なにを不景気な顔をしておられる。こたびの戦の功労者は御両所ではありませんか。なあ福島殿」
正則「・・・?」
康政「御両所が劣勢ながら宇喜多を遮ってくれたおかげでこちらは勝ち戦になりました。あのまま宇喜多が押し込んで来たらと思うとぞっとしますよ」
長政「・・・」
康政「さきほどからそれがしと福島殿、黒田殿で褒めそやしていた所です。さすが武勇名誉のお二方よ、と。しかし面と向かって誉め言葉を言うのも何やら照れくさいものですな、なあ黒田殿」
長政「あ、ああ、その通りよ。武辺者ゆえ人の褒め方が下手でしてな、つい軽口を叩いてしもうた。正則殿とそれがしが並ぶとどうも悪態ばかりになってしまいましてな」
正則「おうよ、どうも戦場では口が悪くなってしまう。他意は無い軽口よ。心配りが足らなんだ、済まぬ」
康政「こういう次第でしてな。武辺が集まると大変ですよ」
嘉明「・・・そういう事なら」
忠興「ままあることだ、水に流すといたそう」
康政「まずは宇喜多相手の手柄話でも聞かせてくだされ。さあ、こちらへ」
正則「榊原殿、待った。ここは治部めを息もつかさず追撃するべきだ。飯など喰っている場合ではない」
康政「それがですな・・・福島殿のご意見もごもっともなれど、ここはそれがしの顔を立ててくだされ」
正則「は?」
康政「明日には秀康殿が着陣されますが、あのお方は短気ゆえ・・・福島殿が全部敵を平らげてしまっては、それがしが叱られます。何故に俺の獲物がないのだ、と」
正則「・・・ぷっ。わは、わはははは。それは困るのう、榊原殿」
康政「宮仕えの苦しさ、何卒それがしの立つ瀬を奪わんでくだされ」
正則「よしよし、あい分かった。では秀康殿の取り分は残しておいてさしあげようわい。しかしひとたび轡を並べれば、手柄を譲るような真似はしませんぞ」
康政「それは無論にこざいます。いやあ、助かり申したわい」
長政「(榊原康政か・・・さすがに喰えん男よ)」
【康政がうまく話をまとめたようである・・・】
福島正則 「(ふーむ、秀康か・・・)」
【福島正則は上手く丸め込まれました】
【竹ヶ鼻 宴席にて】
細川「(確かに…。今は身内同士で諍っておる場合ではない。
正則の今回の所業、許せるものではないが、下手に拘って御味方の士気を乱さば、
戦勝後の査定にも響こう、自重せねばな…。それに…。)」
忠興、杯を傾ける。
細川「(それに、お玉を死に追いやったのは治部少…。奴を討つのに、
正則は役に立つ。何とかと包丁は使い様とはこの事。)」
加藤「(正則め、何が今更『治部めを追撃』じゃ!最初から奴が清洲で日和見
しなければ、今頃あの瓜実頭は我らの陣頭に晒されておるわ!
それに、初志貫徹の俺が犬山で多くの家臣を失い、後から出てきた奴が
左近撃滅の功労者とは…。納得できぬわ!!)」
嘉明の杯、手の中で砕け散る。滴り落ちる鮮血、顔色一つ変えぬ嘉明。
加藤「(覚えておれ…、正則!報いは必ず戦場で味合わせてくれる!!)」
【両名、表面上は鎮静化…】
【東軍不安要素@ 加藤嘉明の遺恨&武断派の結束劣化】
【竹ヶ鼻よりさして遠くない民家】
嶋 左近「・・・・・・・・ここは?」
蒲生配下「お気づきになられましたか?」
嶋 左近「ぬしは?」
蒲生配下「民家です。よくぞご無事で」
嶋 左近「備中め、無茶をしよって」
蒲生配下「それだけ左近様が石田家にとって大事ということですよ。まずは
ここでしばらく休養されて、時期をみて佐和山にてご療養を」
嶋 左近「・・・気持ちだけいただこう」
立ち上がろうとする
蒲生配下「!! 左近様 無茶です。その傷では!!」
嶋 左近「なんの これしきの傷でまいるわいではないわ」
蒲生配下「しかし!!」
嶋 左近「竹ヶ鼻を守れなかったのはわしの責任、このままでは治部様に
会わす顔がないわ」
蒲生配下「どうなされるおつもりで??」
嶋 左近「まあみておれ」
蒲生配下「・・・・・左近様」
【嶋 左近 傷を抱えて、どこかへ向かいました】
和尚様へ書状。
この度は不覚にも竹鼻を落としてしまいました。
当家の家老左近、郷舎の安否も知れず・・・・・。
聞く所によりますと、宇喜多軍始め犬山の諸将が
加藤、細川を撃破したとか。しかし大垣の軍勢は
先の敗走により軍の士気が大変下がって折り申す。
このような恥かしい書状を書く事を笑わないで
下され。秀元殿始め伊勢に攻略を進めておりまする
軍勢を至急大垣に向けて下されますようにお頼み
申しあげまする。
石田三成花押
大谷殿へ書状
貴殿にはこのような書状を送りたくは無かった。
某の甘さがでてしまった。左近、郷舎が・・・・・。
竹鼻より敗走し、大垣に退却致したが、大垣の
軍勢の士気は下がるばかり。北国には押さえのみ
を配置して、我等の後詰と致して関ケ原辺りに
陣を構えて下され。宜しくお頼みもうしまする。
石田三成花押
707 :
一柳監物@影:02/09/24 01:07
【黒田城」
細川・加藤敗走の報を聞き
あいかわらず 血の気が多いことよ
讃岐守殿、聞いたとおりです。われらは犬山城を接収してゆるりと内府公を
待ちますか
【一柳監物以下 犬山城を接収しに移動】
田中吉政へ書状
今後いかがなされる?
備前中納言様へ書状
この度は、細川、加藤隊との戦闘にて大勝利を治めたとか。
誠に我等にとって喜ばしき事かと。しかし、某は中納言様
の勝利を揉み消すような失態を演じてしまいました。誠に
申し訳御座いません。今、大垣に在陣する兵の士気は下が
る一方。此処は是非にとも中納言様に大垣に来て頂き、
御味方の士気をあげていただき等御座る。岐阜城は天下の
名城の1つ。城兵と合わせて1万も有れば悠に5倍いや
10倍の敵をもくぎ付けに出来ましょう。残り、中納言様
の手勢だけでも、大垣に来て下さりませぬか?同様の文は
毛利勢にも出しておりますが、某、決戦は大垣周辺かと
存じておりまする。1日でも早く大垣に来て頂ける事を
心よりお待ち申し上げまする。
三成は各方面の部隊に書状を出しています。
全書状の出した日時は8/21。受け取りは8/22と
もう、書状は付いていると思って頂いて結構かと
存じまする。
松尾山城の工事が今どのようになっているか判りません。
左近殿が復帰された後に、松尾山城が完成すれば、そこには
毛利勢に入って頂こうかと思っておりまする。
金吾中納言様へ書状。
何時まで近江にて、ぶらぶらされているので御座りましょう?
濃尾では戦は始まっておりまする。与力の者を寄越しても本隊が
動かぬのは如何で御座ろうか?此れより直ちに大垣に参陣下さる
様に重ね重ねお頼み申し上げまする。これは豊家の戦に御座ります
御縁者が他の者より先にて戦を致す事に、何の不思議が御座ろうか
備前中納言様の様なお働きを期待しております。
立花殿へ書状。
根も葉も無い噂に惑わされていると聞き及びました。
毛利が何の下心が有りて、朝廷を包囲するで有りましょうか?
貴殿が参陣したのは誰の為に御座ろう?全て秀頼公への奉公
かと存じあげまする。毛利も又、それなりの考えにて朝廷を
守護しているのではと考えており申す。万が一我等御味方に
手落ちが御座れば、この三成いつでも腹を切る覚悟は出来て
おり申す。一刻も早く大垣に参陣して下さりませ。
誰か利政殿を呼ぶのじゃ。
此処にて明日の昼にでも3レス程密儀をしたいと
申し伝えよ。
>>709 秀秋 「なんじゃあの文章は!?次期関白に対してあまりに無礼ではないか!」
松野 「一つ釘でも刺しておきましょうか?」
秀秋 「おう頼むぞ重元!治部がアヒャとなってムキーとなってショボーンとなるような
奴を」
松野 「日本語しゃべりなされ・・・」
<石田治部へ返信>
本隊は本隊で戦の詰めの連携やらなにやらで必死で鍛錬の最中。そのような状況
にも関わらず別働隊を動かしたことに対し礼の一つどころかこの無礼な文はどう
解釈すればよいか理解しかねる。いまからでも佐和山につっこんでやろうか?
冗談はともかくそなたろくに戦にも出ずに此度の戦引き起こし、他者に対しその
高圧的な態度は何様のつもりだ?しかも次期関白に対して。これでもわしとて福
島同様朝鮮の死線を潜り抜けてきた男、少なくとも貴様より武で動向言われる筋
合いは無い。聞けば此度の負け戦、よりによって筒井のせいにしたとか聞いてお
る。筒井は次期政権の要たる人物、かかる侮辱はあとできっちり返すので覚悟し
ておけ。ぎゃんぎゃんわめかずまぁ黙って見ているがいい。
金吾花押(松野風味)
(追伸)聞けば松尾山にちょいとしたものを作っておるようじゃな。丁度我が軍
が陣しくに相応しいのでそう伝えとけ。
【小早川軍、岐阜へ進軍開始】
712 :
嶋 左近 ◆cSAKONh. :02/09/25 00:44
【松尾山」
伊藤盛正家臣「さあ 今日も作業だ!!」
【松尾新城 鋭意工事中9月10日頃完成予定】
(陣内を走り回る岩見隊)
岩見重蔵 「( ゚д゚)かんぱくさーまのためならばー!」
兵士 「(;´д`)かんぱくさ〜まのためならば〜」
岩見重蔵 「( ゚д゚)たーとえひのなかみずのなかー!」
兵士 「(;´д`)た〜とえひのなかみずのなか〜」
岩見重蔵 「( ゚д゚)なーいふなぞにはまけはせぬー!」
兵士 「(;´д`)な〜いふなぞにはまけはせぬ〜」
岩見重蔵 「( ゚д゚)われらのちからをみせてやれー」
兵士 「(;´д`)われらのちからをみせてやれ〜」
兵士ゐ 「(;´Д`)ハァハァ 」
岩見重蔵 「( ゚д゚)うぬ!お主それでも関白様の侍か!!!歯を食いしばれ!!!!」
(重蔵の鉄拳が飛ぶ)
兵士ろ 「(;´д`)キツイ・・・」
【岩見隊は珍妙な訓練を行っています】
【大垣城8/22夜】
利政殿はまだ来られないのう。敗兵の収容の
御礼も兼ねてちと一杯やろうかと思うたが・・・・・。
折角、堺より良い酒が届いたのにのう。
もう暫し待つと致そう。
良く冷えておる。早く飲みたいのぅ。利政殿の
此れを飲んだ時の顔が見たいものじゃ。ニヤリ。
【八月二十日関ヶ原】
兵「殿、内府より使者。文を持参しております。どうなさいますか」
立花「通せ」
使者「これを公にお見せせよとのことであります」
立花「ご苦労・・・(中身を見る)・・・うっ」
使者「どうなせれましたか」
立花「お、お役目ご苦労」
使者「返答はいただけますか」
立花「そんなもの内府殿は欲してなかろう。たしかに拝見させていただいたとだけ伝えて下され」
使者「はっ。では、失礼つかまつる(ふふふ、かなり動揺しておったな、殿に報告せねば)」
半刻後
由布「殿、どうなされました」
立花「内府殿よりの檄文だ。毛利公を逆賊としておる。各寺などにも配っておるようだ」
由布「そのご様子だと、相当悩まれておりますな。もっとも毛利公よりの返書をみた段階で
判断するのが筋かと」
立花「その通りだな。毛利公が逆賊と決まったわけでもない。今は内府殿がそうもうしているだけだとしておこう」
由布「わかりました(相当お悩みの様子じゃなあ)いっそのこと国元に帰りますか?
黒田のご隠居が蠢動しておるとの報もありますし」
立花「そうしたいがそれはできぬ。秀頼公の陣触れが解けた訳でもないしの」
由布「秀頼公から新たな命があれば立場としては楽なのですが、本当に今のままで闘えますか」
【関ヶ原二十日その2】
一刻後
伝令「竹が鼻で治部少殿敗北!竹が鼻は落城。全軍大垣に撤退したとのことです。
また、結城秀康を主将とする関東勢が尾張に着陣したとのこと」
立花「なるほど。負けたか・・・。敗戦の責任は我にあるともいえるな」
由布「しかたないでしょう。毛利公が悪いのですよ」
立花「そうしておこう。もっとも決断の時が近づいているようだな」
由布「明日までに決断を下しておきましょう」
半刻後
兵「大谷公より使者!近江宰相どの、お役目を捨て大津に逃亡したとのことです」
立花「・・・十時に兵五百を与える。大津に急行し、待ち伏せせよ。必ず捕らえるのだ」
由布「良いのですか?治部少に与することとなりますぞ」
立花「敵前逃亡は重罪。それだけのことだ」
【いろいろありました。治部殿の手紙は二十一日ですな。毛利公はまだでしょうか】
【北庄城八月二十日未明】
湯浅五助「殿、少しお休みになられては…」
大谷吉継「すまぬな。苦労をかける。」
湯浅五助「…濃尾への進軍。まだ御疑念ありや。」
大谷吉継「内府がな…結城の子倅で片が付くとは思うておるまい…」
湯浅五助「…御疑念はそれだけではないはず。」
大谷吉継「(苦笑)よく気づく。味方にも留意せねばならん。」
湯浅五助「金吾様ですか。」
大谷吉継「一、金吾。二、吉川というところか。」
湯浅五助「どうなされます。」
大谷吉継「佐吉がうまく事を差配しておれば良いが。」
湯浅五助「殿…」
大谷吉継「金吾には渡りをつけねばならんな。」
湯浅五助「某が参りましょう。」
大谷吉継「頼む。…五助。金吾の軍においてもっぱら教練を行っている陣中にな。」
湯浅五助「解っております。それが御味方でございましょう。」
【北庄より使者が出ます。】
先の渡海よりご無沙汰、御容赦頂きたし。
金吾様、大坂に御馳走の事祝着。
故殿下、武公一和を旨とし関白に御なり候。
上様、御弱身なればお身内から御補佐足るべしと愚案いたし候。
故大和中納言様、いやそれ以上の補佐たること豊家恩顧家中の願かと。
以上の御身なれば蔵入地は畿内においてしかるべき。
大谷吉継 花押
湯浅五助「さて、金吾陣中にいかなる人ありや。楽しみじゃ。」
【近江高宮(陣畳み中)】
秀秋 「ぶへ〜〜〜〜くしょ〜〜〜〜い!」
松野 「・・・風邪ですか?」
秀秋 「そーかも。まぁ松尾山着くの遅らせてゆっくり行こう」
松野 「は」
【小早川軍、いまだ近江高宮(動くと宣言はしたが非常にのろい)】
【竹ヶ鼻 宴席の後】
細川「榊原殿の仰せは誠に有難いが、我らの敗北により御味方の勝利に水を
差したのは確か。内府御着陣までみすみす席を暖めているわけにもいかぬ。」
加藤「一柳の寡兵のみでは宇喜多を牽制すること敵わぬであろう。我ら両名で
犬山に入り、彼奴の跳梁の根を断ちたく思うのだが。」
席を立つ両将
池田「血気盛んな備前中納言のこと、某の亡父の如き中入策を打たんとも限らん。
幸い、あの辺りは元々は某の領地、道案内も必要であろう、同行いたす。」
藤堂「宇喜多の兵は犬山の石川を併せ、二万を越すと聞く。傷付きし両将の兵のみでは
抑えが利かんであろう。某も合力しよう。
(ここにいては何時福島の猪に引きずられて大垣で袋叩きにされるか知れん。
内府がおらんのでは功を焦っても詮無き事。ここは犬山で矢面を避けるのが肝要じゃて。)」
【細川・加藤及び池田・藤堂の混成軍14000、戦備が整い次第、犬山へ】
【黒田長政に置手紙】
此度の我らの行動、甲斐守殿と袂を分かつ訳では無き故、御懸念無きよう。
岐阜は天下の名城、其処に二万を越す大軍が篭っては容易に抜くこと敵わぬし、
されど放置しては今後の我らの進撃が掣肘されよう。中納言の狙いはそこにあると
思われる。
さればこそ此度は我らが囮として出張るのでござる。一度は破りし我らが再び
眼前に現れれば、宇喜多の将兵も与し易き相手と、食指も動かさざるを得まい。
十中八九、正面の我らの迎撃に出るであろう。その時は我らは死兵と化し宇喜多を
釘付けにする故、甲斐守殿には結城の御曹司と語らい、搦手より岐阜を強襲して頂きたい。
事は急を要する故、断りもなく打って出る某をお許しあれ、岐阜で合間見えるのを
心待ちにする所存。
721 :
無名武将@お腹せっぷく:02/09/28 10:56
復活の狼煙age
722 :
無名武将@お腹せっぷく:02/09/28 12:41
復活の狼煙age][
723 :
無名武将@お腹せっぷく:02/09/29 08:02
(´・ω・`)
>721-3
まぁおちけつ。第一部終了的なものもあって皆次への整理やらなにやらで
様子見でしょう・・・。うちは考える必要なーし!アヒャ。
【近江高宮】
猿飛 「ただいま戻りました・・・」
信繁 「ご苦労。で、どうでしたか?」
猿飛 「案の定、でござる。上杉の牙は抜けてはおりませなんだ。将来
邪魔になるであろうほうを潰す、ということでしょうな」
三好西海「どいつもいまだ戦国の血が抜けておらんな(苦笑」
猿飛 「ついでに信濃で親父殿に会ってまいった。ふふ、やはり黙って
見てはおらぬようですな。虻は虻のやりかたがあるとか」
信繁 「父上は死んでも死なん。ほっといても死ぬのは俺のほうが早か
ろう。何をするかしらんが立ちの悪い人間を内府は敵に回した物
よの」
筧 「無茶苦茶ゆーとりますな・・・」
信繁 「誉め言葉なんだが・・・」
猿飛 「ついでに。東軍の猪どもが又動き始めたようですな。黙って負
ける人間ではないと思っておりましたが」
信繁 「・・・ということは又加藤と細川か」
猿飛 「曲者もおります」
信繁 「高虎か・・・今度は下手な行動はとらんな。奴ほど状況把握に
長けた人間はおらんからな。もっとも戦自体は得意ではないが」
猿飛 「最初の勝ち戦でのぼせた宇喜多、勝ちは薄いでしょうな」
信繁 「ふーーーーぅむ・・・一応又策を考える必要がありそうだ」
筧 「壱千は不意打ちには格好の数ですなァ」
信繁 「まぁな・・・」
【小早川軍陣だたみ中】
8/19正午 岐阜へと続く街道で小休止を取る宇喜多・犬山連合軍
茹だるような暑さの中、各隊に別れ各々休憩を取る将士。
陣傘のみ差した質素な本陣で文を書く若者の基へ大柄な壮士がやってくる。
明石 「暑う御座いますな、冷えた瓜など運ばせましょう。」
秀家 「ああ全登すまんな、しかし兵共が先だ、皆に行き渡ったか?」
明石 「はい、残るは我ら将帥のみにございます。」(ニコリと微笑む)
秀家 「では我らも食べよう、石川殿もお呼びせよ。」
使い番が本陣から飛び出し、石川隊や他家へ使いに出てゆく。
秀家 「儂は日の本の張世傑に成りたい、全登よ何か話を聞かせてくれまいか。」
明石 「良きお心がけです、石川殿が来られるまで間がございます、お耳汚しでは
御座いますがそれでは…そもそも合戦とは双方が武を用い、相手の意志
を屈服せしめ、我の意志を強要する政の一部で御座います……」
明石全登が宇喜多秀家に対し「合戦論」の講義を始めました(藁
宇喜多(一万八千)・犬山連合(五千) → 岐阜城へ
8/19正午 陣中の宇喜多秀家より各大名家に書状が出ました。
石田家へ(私信)
過日の竹ヶ鼻では後詰めに赴けず誠に申し訳なし、大垣へ参りたいのは山々だが、
この秀家少しばかり思う所(秀秋関白就任・筒井大加増の件)、があり未だ参れぬ。
されど織田殿、石川殿と共に我らが岐阜に篭もれば、敵は必ず岐阜を牽制しよう、
我らが敵を引きつけ大垣にかかる圧を減ずる故、一刻も早く兵を纏められよ。
大垣、岐阜より敵を締め上げ、何処かの地において此と会猟せん。
「海行かば水漬く屍 山行かば草むす屍 我が君の辺にこそ死なめ かえりみはせじ」
追伸 貴殿が本朝の藺相如たらん事を切に願う。
小早川家へ(私信)
竹ヶ鼻が落ちたこと既に聞き及んでいることと思う、大垣の将兵も気落ちしておろう。
されど未来の関白秀秋殿の雄姿を観れば、将兵の士気も増すと言うもの、一刻も早く
大垣に入って貰いたい、乱を片づけ秀秋殿の晴れ姿を豊家の皆で観たいものよ。
毛利家へ
御所の警護は気苦労が大変で御座ろう、賢き辺りへの差し入れもお忘れ無きよう。
太閤殿下の馬印は如何なりましょうや。
福島家へ
貴殿に伺いたい、賤ヶ岳を初め豊家の為に振るわれてきた剛勇無双のその槍は
今、何れに向けておいでか。
家康の昨今の振るまい許し難し、秀頼君を補佐する身でありながら、故太閤の遺訓を
軽んじ己が欲を押し通す、貴殿もよくご存じであろう。
その様な者をほっておき、豊家の忠臣同士が争えばどうなるか、唐土の先例をみれば
あきらかでござろう、貴殿が本朝の廉頗と讃えられんことを切に願う。
【8月19日朝・大垣城】
種長 「秋月ほか九州大名連合軍、ただいま到着した!開門を願う!」
【今後九州小大名連合軍は指示があるまで待機】
728 :
無名武将@お腹せっぷく:02/10/01 17:47
鯖が変わったぞ 上げ
729 :
無名武将@お腹せっぷく:02/10/02 19:55
鯖が変わったってば!
【いまだ近江高宮】
秀秋 「げ〜〜〜へげへげへっ!!悪化したらしい・・・」
松野 「毎日酒だ男だ女だで馬鹿騒ぎしたつけですな。すこし反省して
布団で寝てなされ!」
秀秋 「少しは主人をいたわるとかなんとかできんか?」
松野 「拙者不器用にて」
秀秋 「・・・。まぁともかく、大谷と宇喜多から文がきたんだけど」
松野 「宇喜多は石田と同様、ようは早く大垣まで来いという催促ですな」
秀秋 「無理しても行けない事はないけどしんどいぞ」
松野 「殿、今戦の真っ最中なのは理解しておりますか!?」
秀秋 「・・・いやまぁそうなんだけど。速き事童貞の・・・なんだっけ」
松野 「大分違います。・・・まぁ、この状態では兵の前に出ても士気は
反って下がりそうですしな。やんわりと遅れることを書いときまし
ょう」
>宇喜多殿
兵の訓練ならびに指揮の確認等で大垣へはかなり遅れる可能性が高い。わしも
長旅や戦への疲れで少々風邪をこじらせ今は外へ出れる状態ではない。宇喜多
殿も御大将としての貫禄は先の戦でついておるはず。此度の大垣での士気高揚
はお任せいたしたく 金吾花押(松野風味)
松野 「で、大谷殿の文は・・・」
秀秋 「治部と仲のいい病気もちか・・」
松野 「(相変わらす殿は石田がお嫌いのようで・・・)真田と同様で
ございましょうな。目付けでしょう。・・・毛利の目付け同様に
来たらとりあえず白井の手伝いでもさせますか」
秀秋 「余裕ないな・・・我が軍は」
【毛利目付け役二百は白井、布施の手伝いをやらされてる模様】
【いまだ近江高宮】
岩見重蔵 「うぬ!我が軍がこの様な状態にこそ、岩見隊は頑張らねばならぬ!」
【岩見隊、総動員で諸々の作業手伝い】
岩見重蔵 「戦では、全ての行動が勝利に繋がると考えよ!!」
【岩見隊は作業の合間にも岩見式訓練法を行っています】
兵士は 「(;´Д`)ハァハァ・・・キツイ」
岐阜城にて
【織田秀信、本多政重と面会】
御苦労でござった。まもなく宇喜多殿や稲葉殿らが来られるか。
ところで本多殿、このような噂(
>>324)を御存知か?
むろん根も葉も無かろうでござるがそれにしても馬鹿げた話でござるなぁ。
当家で例えるなら大野宰相(秀信従兄弟)が織田家の家督と岐阜一国を引き換えに裏切るようなもの。
また岐阜城内に吉田侍従(池田輝政)の内通者がいるという噂もあるが城内の者を疑っては城に篭ってはおられぬ。
もっとも攻めてきたら迎え撃ちに出てやろうと思ってるがな。ただ家中のモンが反対してのぅ…
禿げしくage!
【8月20日・周防国上ノ関】
筑紫広門 「義統殿、お久しぶりにございます。」
大友義統 「これはこれは広門殿、上方と九州を行ったり来たりと大変でござったな。」
広門 「(ぬぅ・・以前と雰囲気がお変わりになられたな・・。重厚さがあるというか・・落ち着きがある。)」
義統 「遠路でお疲れであろうが早速今後について話し合いたいが、よろしいか?」
広門 「お気遣い感謝いたします。よろしゅうございます。」
義統 「・・・まずは旧領回復のため九州へへ赴き、豊前の黒田を倒さねばならぬ。」
広門 「それにはまず兵を集めなければなりませぬな。」
義統 「左様。毛利殿にお頼みして兵をお借りしなければなるまい。」
広門 「それと、九州へ檄文を向けねばなりませぬな。豊後は今は黒田の領地とはいえ
元来大友の領。義統殿が檄を飛ばせば旧臣達も馳せ参じることでしょう。」
義統 「上陸地点であるが・・黒田の手の届かぬ場所がよいのだが。」
広門 「別府がよろしかろうかと。豊後は小藩ではございますが、ほとんどが西軍大坂方にございますゆえ。」
義統 「しかし、黒田も黙ってはおるまい。」
広門 「黒田のご隠居は頭の切れるお方。こちらの軍勢が整う前に仕掛けてくるでしょうな・・。」
義統 「時間を稼がねばならぬな。」
広門 「やはり豊後小藩にお願いいたしましょう。」
義統 「すぐに密書を出す。」
広門 「準備不足なのはあちらも同じこと。まだ軍勢を募集している段階と聞きます。」
義統 「小倉の毛利吉成殿とも連絡を取りつつ、徐々に南北から挟み撃ちと行こうか。」
広門 「では早速取り掛かりましょうか。」
義統 「広門殿はこれからいかがいたす。共に豊後に来るか?」
広門 「私どもはこれから博多に向かいます。
小早川秀秋殿、毛利秀包殿、立花宗茂殿の国許と連絡を取りつつ足場を固め、
佐賀の鍋島直茂殿のもとを頼るつもりにございます。最終的には薩摩の島津勢とも連携して。」
20日?
移動速過ぎ。
義統 「なるほど。熊本の加藤殿はどうなっておる?」
広門 「今のところ動きはございませんが、黒田殿と手を結ぶこととなれば少しやっかいなことになりますな。」
義統 「清正公は太閤恩顧と聞き及ぶ。それでもその危険性は考えうるのか?」
広門 「こちらに味方するとなれば何か行動に移しているはず。動かない所を見ると
まだ情勢を伺っているか、すでに静観を決め込んだか・・。黒田方とすでに結んでおる可能性もございます。」
義統 「今後も目を離されんということであるな・・・。」
広門 「では戦の話はこの辺りにいたしましょうか。」
義統 「広門殿も長旅でお疲れであろう。兵達とともに今日はここでゆっくり休まれよ。
昔話でもしながら酒でも飲みましょうや。宴の準備は整っておりますぞ。」
広門 「(この辺はあまり変わっておられぬな・・。)(苦笑)ではお言葉に甘えて。」
【豊後の各大名への密書 垣見一直・熊谷直盛・早川長政・太田一吉・
中川秀成・毛利高政・竹中重隆・細川忠興城代松井康之・有吉立之・小倉の毛利吉成 他】
豊前の黒田如水が出陣しようとしております。
このまま指をくわえて自分の領地を踏みにじられるのは皆様にとっても絶え難きことと思われる。
そこで豊後諸将で合力し、これにあたっていただきたい。豊後の旧主大友義統公が近日豊後へ向かいまする。
大友公の軍勢が整うまでなんとか持ち堪えてもらいたい。こちらからも援軍を向かわせる故、何卒宜しくお願いしたい。
【九州の旧大友家臣への檄文】
旧領を奪回すべく義統が豊後へ帰って来た。大友に恩顧のある者達はすぐに馳せ参じよ。
再度我らが栄光を復活させようぞ!立石の旧城にて待つ。
【毛利輝元殿への書状】
この度出陣にあたり兵をいくらかお借りしたい。
上方への出兵でそちらの事情も苦しいとは思われるが、ご配慮のこと深くお願い申し上げる。
すでに輝元公は義統殿に兵3000を与えていたのでございましたな。
>740の毛利殿への書状は無かったことにしてください。
8/19午前 岐阜城天守の間
若者から好意的な言葉をかけられ、幾分か緊張を解いた男が答える。
本多 「誠に濃尾の民百姓は鼻が良う御座いますな、伊賀者を抱えた徳川と謀
(はかりごと)がお家芸の当家の軍機(
>>324)を意とも容易く嗅ぎ
付けるとは…」(大笑い)
秀信 「ハッハッハ」(高笑い)
本多 「謀とは相手を騙すに非ず、相手が信じたいことを信じさせる事に妙が
御座います、中納言様におかれましては、妄りに騒がず落ち着かれた
ご様子、真の大将のお姿で御座います。
また、城に籠もってばかりでは無く、機を観て打って出ることも必要
で御座いましょう、その時は我が主にも声をお掛け下されませ。」
秀信 「デ、アルカ。」(軽く頷く)
城主が去った後、織田家家老と本多が膝付き合わせて交渉の詰めに入る。
本多 「それでは当家は山麓に陣を構え、材木の切り出しも行わせて頂きます。」
家老 「兵糧・弾薬は常より蓄えて御座る、ご安心召され。」
本多 「忝なし、当家と犬山の蓄えだけでは少々心許なかった所です。」
家老 「備前中納言様の入城はいつ頃で御座ろうか?」
本多 「左様、夕刻までにはご入城あるかと。」
8/19 大坂宇喜多屋敷
色とりどりの衣装を前にし、あ〜だこ〜だと騒がしい女中達
お豪 「こちらの衣装にはこの帯かしら?」
女中 「豪様こちらの帯はいかがでございましょう。」
お豪 「まあ、よくにあうわ。」
老女 「姫様、北政所様とお城よりお返事がありました。」
お豪 「して、なんと?」
老女 「直参は叶わずも、代参を使わすとのこと。」
お豪 「そう、残念ね… お家と前田の家名がかかっております、みっともない
姿は見せられません、心して参りますよ。」
女中 「はい。」
岐阜へと続く街道を黙々と歩む兵の群れ。
延原 「延原土佐、西山久内、参上しました。」
明石 「うむ、お主等を呼んだ派他でもない、岐阜に入る前に近辺の街道及び
地形を調べて貰いたい。」
西山 「心得ました、早速に取りかかりましょう。」
明石 「頼んだぞ。」
延原・西山 「はっ!」
宇喜多(一万八千)・犬山(五千)連合 → 8/19夕刻 岐阜へ入城
8/20より宇喜多軍は調練に励み、犬山連合は山麓に陣地を構築開始
物見を放ち、周辺地理等を調べています
744 :
湯浅五助@出張中 ◆HMWgmCSc :02/10/04 22:01
【小早川陣中@21日かな?】
松野「遠路かたじけなく存ず。」
湯浅「御陣中はさりとて土木の匠が急用でございますかな。」
松野「(苦笑)いやはや故殿下の血もありまして。」
湯浅「残念ながら、北陸筋は余裕がございませんので、某一騎にて」
松野「ほほう…(何しに着たのかこの小僧。)」
湯浅「手前は見聞のみの主命にございます。」
松野「…何か疑念でも。」
湯浅「ははは、某は武骨者ゆえ戦教練を見たいだけでござる。」
松野「(厄介な。あえてこの者送るとは…刑部め。)」
湯浅「松野殿、高宮に布陣されておられるのは貴軍の方でございますか。」
松野「左様。」
湯浅「では、見聞に参る。御免。」
745 :
無名武将@お腹せっぷく:02/10/04 23:54
鯖が・・・・・
【8/21 杵築城】
<諸侯への密書及び大友旧臣への檄文を入手>
松井「いやはや、今更大友か…。黒田の御隠居が蠢動しとるというのに、手を焼かせることじゃ。
田辺の旦那様や忠興坊ちゃまの為にも彼奴らの蹂躙を許すわけにもいかぬ。
しかし、大友義統、近国にありながら、豊後国内の動向に通じておらぬ様子。
某の如き、徳川派にまで密書を出すとは如何なる仕儀か。
恐るるに足らずとはこのこと。」
<松井康之、行動を開始>
<豊前の黒田・肥後の加藤・薩摩の島津へ書状>
既にお聞き及びかとは存ずるが、かの大友義統、先の朝鮮の陣での所業により、
故殿下の御指図で改易の上、毛利家預りの身であるにも関わらず、配所を脱し、
あろうことか旧領豊後にその魔手を伸ばしておりまする。
朝鮮の陣で奮戦されし御三方には、さぞ苦々しくお思いかと推察いたします。
されど、此度の書状はその儀に非ず。彼奴の後ろに控える黒幕、毛利公でござる。
大友の如き罪人を預かりながら、逆に兵を与え、その横行を後押しするなど、
仮にも大老職にある方とも思えぬ愚行。その心底、大友を尖兵となして九州を切り
取ることに相違ございませぬ。
大友ならば我ら豊後の小名のみで打ち払うも容易きことでござるが、背後に毛利公が
立たれては我らも迂闊に手が出せませぬ。横車を押す毛利及び大友を斥け、天下の
正道を明らかにする為にも、御三方には是非豊後への御増援、主君越中守に代わり、
何卒宜しく御願い申し上げます。
<竹中及び中川へ書状>
大友義統からの密書、既にご覧になられたと思うが、あのような雑言に踊らされるような
御両名ではありますまい。
彼奴は旧臣を募る際、「旧領奪回」を唱えているようだが、その「旧領」は今や我らの領地。
片や未だ何も仕掛けてこぬ如水公の危機を煽り、己の挙兵及び豊後進軍を正当化しようとする。
この時点で大きな矛盾、信用してはなりませぬ。
そもそも太閤殿下の御勘気を被り所領没収となった彼奴に何故我らが指図を受けねばならぬのか。
彼奴の如き臆病者が殿下の功臣たる如水公を誹謗するのも片腹痛し。
それに大坂の毛利公の動きも甚だきな臭うござる。
先日も大坂の命を受けた臼杵城の太田が、接収と称し杵築を奪おうと仕掛けて参ったが、
これこそ毛利公が我ら豊後の小名を追い立て、その領土を奪わんとする魂胆の表れ。
此度の大友の動きも、九州を己の私領と望む毛利公の使嗾に相違ござるまい。
只今、熊谷・早川・毛利らは東上し、国内にあるは我ら三名のみ。大友の野心を防ぐには、
我らが結束する以外にありませぬ。よくよくお考え下され。
749 :
無名武将@お腹せっぷく:02/10/05 23:27
はい関ヶ原本編さま九州激動編さまスタートです!
8/21 肥前佐賀城
これから始まる戦に備えてであろうか、慌ただしく荷駄が城門を行き来する。
具足を身に纏った初老の男がそれを眺めている。
家老 「大殿此方でしたか、先ほど肥後の加藤家より返書(*)が届きました」
(*
>>26の密書を受けて、喜んで相互不可侵協定を結ぶと密書を送った返事)
直茂 「どれ… やはり清正殿は小西と戦を構えるようじゃな。」
家老 「朝鮮にて苦労を共にした仲、出来ることなら加勢しとう御座いましたなぁ」
直茂 「されど龍家は西方にお味方しておる、大っぴらには動けぬ。」
家老 「豊州に大友が帰ってきたとか…」
直茂 「おそらく如水殿を牽制する為に毛利辺りが差し向けたのであろうよ。」
家老 「戦の支度は整いつつあります、我ら如何いたしましょうや?」
直茂 「…(勝茂が心配よ、此度は西方に恩を売るか…) 腹は決まっておる。」
鍋島家方針 → 現在は西軍派、しかし肥後加藤家との相互不可侵密約は厳守する
東海道各地の村々で買い占めた兵糧米は信濃路(中山道)を
使って大垣の勝茂隊の基へ運び、西軍に振る舞う。
鍋島勝茂 → 鍋島家の主力(六千)を率い、現在は大垣城周辺(元伊勢攻略軍)
鍋島直茂 → 肥前周辺の東軍派小大名を攻略すべく遠征軍(五千)を準備中、
佐賀城(五百)と国境(二千)の防備を固め、松浦党(五百)
が諫早湾の制海権確保に乗り出す。
犬山城の大門に墨痕鮮やか、次のような書き置きが
「徳川の飼い狗入るべからず。但し、二本足の狗はその儀に非ず!」
>>744 こんな感じで。どう取るかは任せます。
【近江高宮】
湯浅 「(・・・ふむ・・・)」
湯浅の眼前には小早川の大群が広がっている。軍としての統制が取れているか
といえばお世辞でも良くは無いと判断できる。ただ、数というそれ自体が戦で
は脅威となる。軍同士の連携の不味さから分断され大敗する、というのはよく
ある話とはいえ軍内部で仲違いが見られる様子は無い。それに金吾、政治的頭
は無能とはいえ差配は取っている。戦そのものは秀逸とはいえんが無能とまで
は行くまい。ならば充分にこの一万五千、味方なら戦力に、・・・敵ならば脅
威になろう。見たところ明らかに戦力としては劣るとみえるは九鬼隊。恵利、
草刈と違い海賊には陸でのやり合いは辛そうだ。逆に恵利と草刈は経験者も多
く充分やれるだろう。先鋒はこのどちらか、といったところか・・・。清水隊
は一番連携の詰めが遅れている。一番最後に加わった隊と聞いた。とはいえ実
戦経験は豊富な景治のこと、間に合わせるだろう。松野隊は流石に優秀だ。動
きに無駄が無く手本になる。あと真田隊も動きが速い。どこから仕入れてきた
か知らんが鉄砲や馬の率がこの軍で一番だ。しかも本隊はほとんど武装は渡し
ていないという。この信繁という男。いつでも屈託無く笑っているがどうも曲
者やもしれん。あと一番この軍で元気なのは岩見とか言う隊。張り切っているが
いまから飛ばしてもつのか?
小早川秀秋は風邪でわしの前には姿を表さない。どう取るべきか・・・。あと
毛利隊二百と予備の四千から又数隊が戦線に加わる可能性もある。
【近江高宮】
岩見重蔵 「皆の者、元気かー!?」
兵士達 「オォー!!!!!」
岩見重蔵 「元気があれば、何でも出来る!
元気があれば、戦に勝てる!!!」
兵士達 「オオオォーー!!!!!!!!!!」
岩見重蔵 「それでは今日の鍛錬いくぞぉーー!!!」
兵士達 「オー!!」
【岩見隊は今日も訓練をしています】
>>752感謝。
湯浅「…」
(成る程、今動けば清水隊は進軍の妨げになる。それに古兵が少ない…
いずれにしろ、この大軍動かす器量は金吾にはあるまい。やはり主馬か。
真田の若には口で伝えるとして、元気者にもあっておくか…)
湯浅「松野殿。いやに元気ですな、あの衆は。」
松野「ああ、岩見殿ですな。」
湯浅「遣り声が大きい衆は士気旺盛というもの。」
松野「左様。士気は高いでしょうな。」
湯浅「武辺の方には後学の為に一見したい。」
松野「…」
(後は、任します金吾殿)
21日江戸
>>625の動きをキャッチする
正信「なにやら上杉がうごきだしたようで・・・」
秀忠「そのようですね」
正信「あの手紙への指図を待ってばかりもいられなくなりました。」
秀忠「しかし、まだ上杉が動いてない以上うかつに動けないとおもいますが」
正信「さよう。まずは周辺の大名に書状を出し、誰が味方になるか
見極めるべきですな。」
秀忠「わかりました。その案を頂きましょう。」
伊達 最上 堀 伊達 最上
以上の大名家に次のような内容の密書扱いの書状
”上杉家は徳川と和議を結んだとはいえなかなか信用できるものではありません。
もしも上杉が東軍に敵対したなら遠慮せずにその領地を切り取られるとよろしい。
もしも敵対するとしたら江戸を衝きにくるでしょうから、
兵力の少なくなった米沢領を取るのは○○家にはたやすいでしょう。
どうか御一考のほどよろしくお願いいたします。
なお、この書状とほぼ同内容の書状を他家にも送ってあります。
お返事お待ちしております。 秀忠花押”
前に柳生宗矩に持っていってもらった密書が父上の元へ届きます
8月21日
宗矩「家康様へお取次ぎ願いたい。」
小姓「はい。」
----10分後----
家康「おお宗矩か。そなたが来るとはよほどのことと見える。」
宗矩「実は江戸でこんなことが(略)お指図を頂きたく存じます。」
#狸殿おねがいします。
そろそろ試合しろ
758 :
参加希望者:02/10/10 00:13
>758
希望する武将をいくつか挙げてみなされ。どれか空いている役もあるじゃろうて。
>>754 了解
【近江高宮】
松野 「ううむ・・・・・・」
湯浅 「何か問題でも?」
松野 「いや、たいした問題ではござらぬ・・・といいますか。湯浅殿は
この軍、如何思いますかな?」
湯浅 「大軍ですがちと動きが悪うございますな」
松野 「ご明察ですな。・・・それを今必死で鍛錬をしておる最中で」
湯浅 「・・・」
松野 「あまり他に時間を割いておる時間が・・・」
湯浅 「・・・」
松野 「人によってはあってくれるやも知れませぬが。鍛錬片手にと無礼
なことになることになるかと。それでよろしいなら・・・」
(任せます)
【慶長五年八月十八日】
【豊前国中津城】
母里太兵衛 「申し上げます! 飯田覚兵衛を始め加藤家援軍3,000 御城に到着致しましてござりまする」
近隣から呼び寄せた百姓の子供達と、楽しそうに戯れながら
黒田如水 「そうか」
と言ったきり、加藤の援軍など興味もないような所作を続けている。
母里太兵衛 「大殿様! 既に城下には3,000の浪人が集まり、竹中・加藤様の援兵を
含めると我軍は6,800! 尚も徴募の噂は広まり軍勢は膨らみつつあります」
如水は尚も心配そうな母里を無視し続け、不自由な足を引き摺りながら縁側に歩いていき、
菓子盆から菓子を手掴みにした。
如水 「お〜い! 童達よ 菓子があるよ お食べ」
如水が菓子を掲げると、目を輝かせた童たちが我先にと駆け寄ってくる。
各々が餓えた胃の腑を満たそうと貪る者、二度も三度も掴み取る者、無心で菓子を頬張った。
如水は微笑みながらその光景を見ていたが、その中で、己が分を後回しにし、齢が幼く菓子を
掴む事が出来ぬ者の為に分けてやっている少年を見つけた。
如水はそっとその少年の側に近づき、かつて小太閤と呼ばれた染み入るような微笑と共にこう囁いた
「童よ 黒田の家で台所飯を喰うつもりはないか?」
母里は往年の如水と何ら変わらぬ姿を見て、安堵して持ち場に帰っていった。
【慶長五年八月十八日亥の刻】
【豊前国中津城下栗山四郎右衛門屋敷】
栗山四郎右衛門は連日の浪人衆への調練・庶務で疲れ果てて寝ていた。
本日は加藤家から援兵が到着、陣張り・接待にも追われ重臣の連中は軒並み疲労している事だろう
と、屋敷の外から張り裂けるような足軽の叫び声が聞こえてくる
「大殿様! ご出陣!! 僅かな近臣と輿にて城を飛び出されました! 後を追うべし!!」
栗山四郎右衛門は鉛のように重くなっている身を奮い立たせ、供の足軽・雑兵達を自ら叩き起こして
出陣の支度を急いだ。
城下は蜂の巣を叩いた騒ぎで、それぞれの屋敷からぞろぞろと武者達が駆け出していく。
栗山四郎右衛門の組もようやく出陣の用意が整い、気を揉むように城下を飛び出した。
……栗山四郎右衛門は路上、驚きを隠せない。街道は綺麗に掃き清められており、
三間おきに松明が掲げられ、村々には飼葉・水・握り飯が用意されて付近の百姓が待ち受
けている。
行き届いた準備に、普段童と遊ぶのを無上の喜びとしている好々爺の何処からそんな神速が
湧き上がってくるのか空恐ろしくなってくる。
栗山四郎右衛門はようやく先頭を走る如水の組を見つけると、帳簿に名を連ねるべく拝謁を願い出た。
如水は、半身をひねって破顔するとこう大声でのたまった
「栗山四郎右衛門か まあまあの速さじゃな」
【黒田如水軍 始動】
8/20大垣城周辺
毛利隊と共に伊勢路より大垣に着いた鍋島隊
勝茂 「我ら(伊勢攻略軍)が合流した上、更に北陸筋よりも大谷殿が援軍を率いて
来られると聞く、この勢いで竹ヶ鼻城に押し出せば、城を奪い返せんか?」
老将 「不可能では無かろうと存じます、先ずは毛利様や石田様に対し、軍議を求め
られては如何でしょうや。」
8/20駿河
東海道各地の村々で買い集めた兵糧米の目録の確認作業に没頭している男。
江副 「…(内府様は既に相模まで軍を進められたか… 数万もの大人数じゃ
さように兵を連れて来られれば食う事にもさぞや難儀をされよう、
さすがは直茂様よ、目の付け所が違うわい、早くこの目録を内府様
にお渡しして恩を売って置かねばのう。)…」
鍋島家関ヶ原周辺での方針
勝茂 → 本気でバリバリの西軍に鞍替え? 首脳部に対して軍議を要請
江副 → 主の変心を知らず、そのまま米(五千石相当)を家康に届けようと準備
764 :
参加希望者:02/10/10 23:49
>>759殿
上杉景勝、長宗我部盛親、島津義弘、毛利秀元
【8/20早朝 竹ヶ鼻城付近】
<戦備を整えし混成軍14000、犬山へ向け進発>
細川忠興、嫡子忠隆と馬を並べ進軍中
忠興「我らは一旦、米野まで北進し、その地で野営、明日には犬山に入る。
北へと進軍した宇喜多の哨戒と岐阜への牽制が、敢えて直進せぬ名目だ。
忠隆よ、父の真意、判っておろうな?」
忠隆「『敗軍』たる我らが餌となりて逸る宇喜多を誘き出し、竹ヶ鼻の主力にて
岐阜に肉迫する策でございますな。堅牢をもって鳴る岐阜に篭られては後々、
厄介ゆえ。」
忠興「うむ、此度の策の肝は飽くまで竹ヶ鼻の主力次第だ。米野にて布く背水の陣も
宇喜多の強兵の前には大して持つまい。他の三将の手前、野営は一日が限度だ。
甲斐守に因果は含めたが、あれではやはり足りぬ。失敗は許されぬぞ。」
忠隆「父上こそ、御武運を。必ずや某が、結城少将や黒田甲斐守を説き伏せてみせましょうぞ。」
<混成軍14000、河田の渡しを渡り、米野にて夜営、翌日犬山へ>
<細川忠隆、隊列を抜け、秀康・黒田に出陣を懇請に向かう>
※東軍のどなたか、続きをお願いします。
【慶長五年八月十九日寅の刻】
【豊前中津城から南二里の所】
太兵衛 「大殿さま! 諸勢 整いましてござりまする」
如水 「ん………太兵衛よ お主ならばこれからどうする?」
太兵衛 「まずは後顧の憂いを無くす為、北に向かい小倉を落とし、
南下して富来城を抑えまする。後に安岐城を抜き杵築に向かい
ますればまずは安泰」
如水 「ん……では 太兵衛よ そちに竹中重利殿の手勢と1,000を与える
これより国東に向かい1,800にて富来城を囲め」
太兵衛 「御意!!(すぐさま騎上の人となり東の方へ駆けて行く)」
如水 「我らは長駆 南を走り府内城を衝く!! 皆の者続けぇい!」
侍大将達 「!!! おぉ〜〜!!」
<母里太兵衛・竹中重利の軍勢1,800 国東半島富来へ急行>
<黒田軍本隊・加藤家援兵 5,000 豊後府内城へ急行>
>>764 九州編が始まっていますので、島津では如何かな?
>>760(では、またーりと)
湯浅「それは、武人であれば当然のこと。」
松野「では、ご自由になされ。」
湯浅「…松野殿。主人からの書をお渡し致します。」
松野「何故、某に?」
湯浅「武人の臭い感じましたので…」
松野「随分と武骨な方を送られましたな、刑部殿は。」
湯浅「…武骨者は戦場ならば解ります。」
松野「…成る程。ご自由になされ。」
湯浅が発って、松野は初めて書を見る。
以下書状内容
「この書を受け取りし方は、金吾様家中一の忠臣と存ずる。
刑部、謹んで申し上げる。
当方、北陸より兵を濃尾に向かわせる所存。
貴殿と会見できうること。所望いたす。」
【近江高宮】
湯浅「(確かに妙な教練じゃ)」
兵1「お主、何者じゃ!」
湯浅「某は、刑部少家臣湯浅五助なる者。岩見殿にお会いしたい。」
兵2「刑部少?ああ、大谷か待たれよ。」
湯浅「(味方衆を呼び捨てにするとは…頼もしいか。)」
兵3「おとおりなされ。」
湯浅「お初にお目にかかります。湯浅と申します。」
岩見「はは、色黒じゃー」
湯浅「?」
岩見「失礼した。刑少の使者であれば武辺者しかないかと思っておりました。」
湯浅「(これは…面白い御仁かもしれぬな)」
岩見「何を辛気臭い顔をしておられる。」
湯浅「いや、失礼した、唐突で申し訳ないが主人にあってくれまいか。」
岩見「何?」
湯浅「某は、あくまで使者。…ただ豊家の御為に尽くす方を見出すのが役目。」
岩見「ほほう…」
(任します。岩見殿)
>>714殿
【大垣城】
治部殿、金吾中納言殿はこちらには来る気がないとお見受けいたす。
いつまでもここに篭っていても、らちがあきますまい。
内府が尾張に着陣するまでに、できる限り敵を削るべきだと、それがしは考える。
もし内府が着陣し、大坂でも攻めることがあればいかがなさります?
いまわが軍の主力はほぼこの美濃、尾張、伊勢、北陸にあり、
大坂は輝元公が一万あまりの兵で
守備しており、非常に手薄となっております。
早急に兵を進め、竹ヶ鼻城を奪回しましょう。
先鋒はそれがしがつとめてもよろしゅうござる!
770 :
無名武将@お腹せっぷく:02/10/12 09:37
微妙に盛り上がってきたな
大垣城軍議(?)の席上
>>769の後を受けて
居並ぶ将達の間から一人の若者が立ち上がる。
勝茂 「皆様方、某も小西殿と同意見に御座る!北陸筋よりの援軍も間近と
聞き及びます、お味方の全力をつぎ込み竹ヶ鼻を奪回致しましょう!
不肖ながらこの勝茂、小西殿と共に先陣を承われば九州男児の心意気を
お見せ致す!」
8/20時点の、濃尾の東西両軍の動き・兵力
だれかまとめてけれ。
>>769 >>771 小西殿、鍋島殿。まっまたれよ。
敵方の兵数は徳川勢の先手を加えて5万を越しておると
聞き及んでおり申す。今、我等が竹鼻へ仕掛けて返り討ちに
合うと取り返しのつかない事になり申す。
ここは援軍の到着を待とうではないか。各方面に書状を出して
折り申す。返書も来ていない内に早まった行動は慎むべし!
なーに、金吾は必ず来るで御座る。時期「関白」と言う餌が
ありますからのう。(ニヤリ。
( ̄ー ̄)ニヤリ
やっと戻れました。ふう。
【竹鼻城付近にて。8月20日】
秀康「することが無い。あはは、これはしたり。福島殿と轡を並べられると思っておったのに」
正則「康政殿をなじらんでくだされ。康政殿が止めなんだら、今ごろ大垣を火が出るほどに攻め立てておりましたわい」
秀康「・・・まあ、これからでしょうな。まずは諸将を集めてくだされ。軍議を開き、これからの方針を決めましょう」
正則「軍議などせずとも、御曹司の援軍も得たのだ。一気に大垣を強襲し、治部めの細首を捻り切ってやろうず」
秀康「それも良いのですが、ここはもう少し大仕掛けにやってみようかと思っております」
正則「・・・まあ、そういう事なら話は聞くが・・・」
【同日、箱根峠付近】
家康「いや、これはこれは。義重殿の軍談、まさに名将の風格ですなあ。聞くうちに時を忘れてしまう」
義重「なんの、坂東の片田舎の小競り合い。内府殿の小牧長久手の軍談こそ後世の語り草でしょう」
家康「あはは、あの時は肝が冷え申した。何せ太閤殿下の大軍相手ですからな。これなる本多平八の働きが無ければわしの首は無かったやも知れぬ、ははは」
義重「おうおう、東国一の勇者の名は聞き及んでおります。なるほど、面魂よ」
忠勝「恐れ入ります」
義重「勇者への引き出物には粗末だが、これを遣わそう(佩刀を手に取り、忠勝に与える)」
家康「(にこにこと嬉しそうに見ている)」
義重「長光だ。わしはこれで手づから20人は斬った。運の良い刀よ」
忠勝「これは、素晴らしい品を・・・有難く拝領致します」
家康「いや、心配り本当にありがたい。わしは持ち城や財宝を誉められるより、家の者が誉められるのが何より嬉しい」
(そこへ柳生宗矩登場)
家康「おお宗矩か。いかにした」
宗矩「(隣に義重がいることに冷や汗)それが・・・お人払いを・・・」
家康「たわけ、義重殿は我が家中も同然、隠し事などあろうものか。構わぬ、用を申せ」
宗矩「それでは、まずはこれを・・・」
(書状を差し出す)
家康「・・・ふん、上杉の小童がこざかしいわ。義重殿、ご覧じろ」
義重「・・・なんとこれは。こんなもの、おおかた直江の小僧の細工に決まっておりますわい」
家康「全くですな」
義重「万一我が佐竹をお疑いなら、即刻電発して上方へでも米沢へでも討ち入って誠を証してみせます」
家康「いや無用無用。疑いなどするものか。義重殿は我が友垣、佐竹家は一門も同然です。こんな小細工でひびを入れようなど片腹痛い」
宗矩「では、いかがはからいましょうや」
家康「捨て置け。黙殺せよと秀忠に申し伝えよ」
義重「・・・もしかすると水戸にも何か手が伸びておるやもしれません。わしからも義宣に釘をさしておきましょう」
家康「おお、これは助かります」
【佐竹義重より水戸へ、軽挙妄動は避け上杉の謀略を警戒するようにとの書状が発せられました】
777 :
小西摂津守行長:02/10/12 16:44
>>773 【大垣城軍議中 8月20日】
三成に制止され、彼の言うことにも一理あると考える行長。
行長「言われてみればその通りじゃな・・鍋島殿、竹鼻城の奪還はあきらめましょう・・。
されど、このまま何もしないのは、御味方の士気も下がりまする。そこで某に策がありまする。
試しに、某が竹鼻城に攻撃をかけ、負けたと見せかけ、敵を誘き出しましょう。福島のような武骨物は
戦いたくてうずいているはず。必ず敵は計略にかかりましょう。某は岐阜城に退却いたします。その道中に
伏兵を配置し、追撃してくる敵に軽く一撃を加え、私が岐阜城に入る時間稼ぎをします。その後、岐阜城で篭城戦を行う。岐阜城で敵を釘づけにしている間に、北陸の援軍、
金吾中納言様もこの周辺に到着なさるはず。岐阜城を包囲している結城秀康らの大軍を大垣城の全力や到着された金吾中納言様で背後から突き、
我々が岐阜城から打って出れば、敵は挟撃されることになり、算を乱して退却するでしょう。その後に内府がこちらにきたところで、時の勢いで、
我らが勝つことは可能かと。仮に計略にかからなかった場合は小競り合い程度でもかまわんでしょう。」
778 :
小西摂津守行長:02/10/12 16:47
>>773 三成のほうを向き、声を落として彼に話し掛けた。
行長「のう治部少輔殿。このままでは兵達に厭戦気分が広がり、兵たちが逃げ失せてしまう・・兵がなければ戦はできん。
われらは太閤殿下の大恩に報いるために戦っているのではないのか?われらの頼みの綱は、輝元公と秀頼様だが、
お二方ともこちらには参られぬ様子。ここはわれらが死力を尽くして戦うほかないのではないのではないか?私はこの戦で死のうとも
それは構わん・・それよりも恐ろしいのは、太閤様の恩に報いることなく、みすみす家康に天下を奪われてしまうことだ。
わが領国の肥前からの知らせだが、かつて殿下の軍師であった官兵衛殿の動きが活発化しているらしい・・地方はこちらで家康を討ち取れば、
関係のないことかもしれないが、こちらでの負けは許されない。それゆえに貴殿は慎重にならざるを得ないのはわかる。
だが、危険を冒さずして、戦で勝つということは無理なことだ。私は朝鮮でそれを痛感した。
のう、治部しょ・・いや三成殿。ここは家康の先鋒と一戦交え、豊家の安寧をまもろううぞ。」
そして彼は立ち上がり、軍議場の隅々まで聞こえるような大きな声で言った。
行長「諸将方はいかが思われる!!」
【慶長五年八月二十日】 【美濃国竹ヶ鼻周辺】
先の戦で目茶目茶になってしまった軍の再編成を行うべく長政は陣頭で指揮をとっていた。
戦場の傷が一日二日で癒えるはずもなく 御典医には絶対安静を言い渡されていた。
長政 「ヒュー ヒュー ゼイゼイ 基次の組は ゼイゼイ 無事か」
組頭 「基次様は依然として行方不明! 組の者も生き残りが少なく再編成には時間が!」
そこへ 山内の陣より侍大将とおぼしき男の罵声が響き渡る
山内家侍大将 「はんっ! 親がカエルなら子もカエルじゃわい 見てみぃ!
くわんぴょうえも長政も 足萎えじゃわい! はっはっはっ」
それを聞いた長政は 口に微笑をたたえると、ビっコをひいて侍大将の所まで近づいていく
ゆっくりと 包帯で巻かれた顔から 苦しげな息を吐きながら
山内家侍大将 「な…なんじゃい」
と言おうとした瞬間 この怪我人の何処からそんな力が湧いてくるのか凄まじい強力で侍大将の体を捻じ伏せる
山内家侍大将 「はっ離せ」
侍大将が長政を振り払おうとした時 長政はすばやく脇差を抜き出し 鎧の隙間から
肝臓目掛けて突き立てた
山内家侍大将 「うごぅっ ゴフッ」
更に長政は脇差をねじ回し 侍大将の背中を脇差でこねくりまわす
山内家侍大将 「ゴフッ わっ わしが悪かった 勘弁してくれい ひぃ〜」
帰り血で白かった包帯がみるみる朱に染まっていく 侍大将が完全に絶命したのを
確認してから 長政は脇差から手を離しこう呟いた
長政 「わしをこんな体にしたのは誰だ?」
【黒田長政 戦線に復帰】
>>772 とりあえず、東軍から。
【竹ヶ鼻城】
徳川秀康・榊原康政・本多忠政等徳川系武将 20000
黒田長政・福島正則・浅野幸長・山内・堀尾等豊臣系 30000〜35000
<狸・岩見>
【竹ヶ鼻→犬山】
細川忠興・加藤嘉明・池田輝政・藤堂高虎 14000
<茶屋>
他にも、犬山の一柳、長島の福島正頼などの数千?
続いて、西軍。
【岐阜城】
宇喜多秀家 18000 織田秀信 6000
石川高政 5000 石田の援軍 3000
<秀&豪・岐阜厨納言>
【大垣城】
石田三成 6000 小西行長 4000 島津義弘 1500
鍋島勝茂 6000 筒井定次 2000 秋月・福原等九州系 5000
<店主・小西・鍋島・筒井クン・秋月>
【関ヶ原】
立花宗茂 6000 小早川先発隊 5000?
<鎮西一・岩見>
【高宮】
小早川本隊 10000?
<きんぐぉ>
【長浜付近】
大谷・前田等北陸系 13000
<店員・利政>
【飛騨山中】
丹羽長重 8000
<丹羽>
【伊勢安濃津】
毛利秀元・安国寺・長宗我部等 24000
<和尚>
中立?
【赤坂】
田中吉政 3000
<田中>
内線の東軍と外線の西軍 各個撃破が先か、包囲網収束が先か
※リアル独り言
暫くは濃尾は休息と思っておったが、狸殿も現れ
秋月殿始め九州勢も新参加されたのに放置しておる
のものぅ。
>>781訂正。
【大垣城】
石田三成 6000 小西行長 4000 島津義弘 1500
鍋島勝茂 6000 筒井定次 2000 秋月・福原等九州系 5000
毛利中軍 8000(※石田軍傘下)
<店主・小西・鍋島・筒井クン・秋月>
>>777 「小西殿。せめて和尚様(毛利伊勢攻略軍)よりの返書はまてぬか?
しかし・・・・・。小西殿。貴殿のお気持はこの三成よーく判り申した。
どうしても仕掛けると申されるので御座れば貴殿の思う通りになされよ!」
三成は小西行長に背を向け軍儀の席より旧に立ち上がった。遠く竹鼻の方を見な
がら未だに安否の判らぬ左近の事や、又も死地に飛び込もうとする小西行長等、
自軍の行く末に不安を感じた。親友をも止められない自分の愚かさに思わず目の
奥に熱いものを感じた。
「小西殿。命だけは大切に致しましょうぞ。」
8/20大垣城軍議
>>784の発言の後を受け
勝茂 「悔しき事ながら、竹ヶ鼻城を奪い返すは確かに至難の業…
されど、近江・北陸・伊勢からの援軍をただ待つだけでは肥前武士の
意地が通らぬ!
某は小西殿の策に合力致す、手勢を道中に伏せ、小西殿が無事岐阜城に
たどり着くまでの時間稼ぎを果たしてご覧に入れよう!」
現時点での対戦カード
【米野の合戦】8/20午後〜8/21午前?
宇喜多秀家18000vs細川混成軍14000
<必死の茶屋に余裕の秀&豪 混戦が予想される>
<狸が茶屋の後詰をするか否かで勝敗が決まりそう>
【竹ヶ鼻急襲】8/21?
小西・鍋島10000vs秀康・黒田他55000
<飛んで火に入る夏の虫>
<が、これで狸の岐阜攻めの目、消滅か?>
【大垣城】に追記
竹鼻城からの脱出兵1500→石田麾下に(あるいは大垣城守備へ)
木造具康は小西隊に同道して岐阜城へ帰還をはかる
♯よろしいでしょうか小西様
>>784 毛利中軍 8000 ってことは、伊勢攻略軍 24000→16000 ってことですな?
>>787 竹ヶ鼻守備兵は、ほぼ全滅では?
東軍70000VS西軍122000
七日後には家康本隊&佐竹の40000が到着の見込みですか。西軍の集結も同じくらい?
ってことは、最終的にほぼ同数の兵力ってことになりますな。
兵の練度は東軍の方が上と思われ。
全ては、最大兵力を擁する狸の決断次第。
>>772 満足いただけましたか?
790 :
無名武将@お腹せっぷく:02/10/12 20:29
suuji ni matigai oosi kakuninn no youari
kakutei senu youni
sumimasenu
mou kakikomanuyue oyurusikudasare
saraba!!
>>788は訂正
家康本隊は50000、佐竹を加えると65000。
東海道は10日はかかる。
あと、竹ヶ鼻全滅は常識的にあり得ない。
織田の意見を採用すべし。
>>784 石田殿
>>785 鍋島殿
>>788 秀信殿 へ
行長「鍋島殿、助力を頂き、かたじけない!されど、われら二人が岐阜城に移り、篭城をしても治部殿や毛利中軍、金吾様が動いてくれなければ、
いずれ岐阜城は陥落の憂き目にあう。われらが岐阜に入れば、岐阜のお味方の総勢は宇喜多殿の軍を合わせて約四万騎。敵は五万五千・・
若干不利だ。三成殿が同心していただければ、一万四千騎が加わり、ほぼ互角なのだが・・しかし、ぼやぼやしておると内府の本隊、約七万が到着する。
不利は覚悟の上だが、木造具康殿ら負傷兵を岐阜に連れて行くのは良いか・・よし!では鍋島殿!よろしくお頼み申す。私は福島隊に軽く一撃を加えて、
岐阜方面に退却いたすので、長良川の上流に兵を伏せていただきたい。誰か私に同心してくれる方は他にはおられませぬか?」
795 :
小川祐忠(急参加):02/10/12 23:00
小西殿の求めに応じ、某も二千百騎を率いて、お供いたす!
796 :
黒衣の宰相:02/10/12 23:49
>>795殿
小川祐忠は脇坂、朽木らと共に確か大谷吉継の与力ではなかったかな?
これはIFの世界だから別にいいのでは・・?そんなところはどうなんでしょう?
主宰さん?(<<1) 後、大谷刑部殿(
>>768)は拙者を含む裏切りの3将を使う気は
ござらんのでしょうか?
*リアル独り言
私は味方が一人でも多いほうがいい・・・
伊達よりの書状を読み
ほう、どうやら機がじゅくしてきたようだな、義康に伝えよ、そのまま
酒田・大山を落とせと。
陣ぶれをいたせ、これより長谷堂へ向かい、上杉領に攻め入る。
堀のせがれにも一応 書状をだしておけ。
なあに 講和など無視すれば良い、ようは最上の土地が増えれば良いのよ。
【最上義光 7000にて長谷堂に向かい出陣】
*どなたからも返答がないか・・ならば黙認ということで。
(8月20日)
行長「では小川殿、鍋島殿、参りましょう!ただし、北陸筋、宇喜多様の兵がないと兵を無駄に消耗する。」
小西行長、鍋島勝茂、小川祐忠、木造具康、総勢一万三千六騎が、八月二十三日大垣城より出陣します。
行長「(三成殿・・お許しくだされ。貴殿の諌言を無視してまで兵を出すのだから必ず吉報を大垣に持ってかえるつもりだ・・それまでまっていて欲しい・・)
誰か!」
近臣「はっお呼びでございますか?」
行長「秀家様、秀信様、大谷殿の所にこの書状を持っていけ。急げ!時間がない!一刻も早くだ!!」
近臣「確かに!」
備前中納言宇喜多秀家様へ伝令(到着予定八月二十一日朝)
来る八月二十三日の夜半から竹ヶ鼻城に牽制攻撃をかけまする。われらは敵を岐阜城までおびき寄せ、岐阜城で篭城しまする。つきましては秀家様に岐阜城を攻撃中の内府の先鋒を北陸筋からの援軍が到着次第、
背後から攻撃して頂きたい。
小西摂津守内匠助行長―花押― 八月二十日
岐阜中納言織田秀信様へ(到着予定八月二十一日朝)
来る八月二十三日の夜半から竹ヶ鼻城に牽制攻撃をかけまする。われらは敵を岐阜城までおびき寄せ、岐阜城で篭城し、敵の先鋒を釘づけにし、その背後を宇喜多殿、大谷殿らに攻撃してもらいまする。
つきましては秀信様には岐阜城で篭城できる用意をしていただきたく存じ上げる。
小西摂津守内匠助行長―花押― 八月二十日
大谷刑部少輔吉継殿へ(到着予定八月二十一日午後)
来る八月二十三日の夜半から竹ヶ鼻城に牽制攻撃をかけまする。われらは敵を岐阜城までおびき寄せ、岐阜城で篭城しまする。つきましては吉継殿に岐阜城を攻撃中の内府の先鋒を北陸筋からの援軍を引き連れ、
宇喜多様と共に敵の背後から攻撃して頂きたい。
小西摂津守内匠助行長―花押― 八月二十日
8/20美濃大垣城
軍議が自然解散した後、小西行長に話しかける勝茂
勝茂 「それでは明日より準備に取りかかりまするが、再度確認をお願いし申す。
それと、こたびの策に隣国の誼で鎮西一の戦巧者と誉れの高い立花殿
にもご参加いただいてはいかがで御座ろう?」
【確認事項】
8/23に小西・小川・木造・鍋島隊が大垣から出陣、途中鍋島隊は竹ヶ鼻城〜
岐阜城間の河川沿いに兵を伏せる。
小西・小川・木造隊が竹ヶ鼻に夜襲を仕掛け、敵軍を野戦に引きずり込み、岐阜に
むかって撤退する、敵軍が追撃して来た場合は、渡河途中に鍋島隊が奇襲をかけ、
撤退時間を稼ぎ、小西・小川・木造隊はそのまま岐阜城に籠城し、鍋島隊は大垣城
に帰還する。(大垣城の残存兵力を考慮し、鍋島隊は大垣城に帰還します)
東軍がそのまま岐阜城を取り囲んだ場合は、予め城外に出ていた宇喜多隊と北陸勢
及び大垣城(小早川隊含む)の主力をもって包囲し攻撃を加え、東軍主力到着前に
敵勢力を減少させる。
小西行長殿 冠(キャップ)をつけられては如何でしょう。
観戦武官殿 お疲れ様に御座ります、大垣城の筒井殿は筒井連合 10000では?
【二十一日夕刻近江大津城近辺】
十時摂津率いる兵五百が大津城近辺に到着。
十時「むう。城の様子からしてまだ近江宰相は到着していないと見える。
警戒を厳重にいたせ」
同日夜、斥候より高貴な装いをした武士と従者数名の不審な一団が街道上に現れた、
との報。十時みずから張り込む。
兵「止まられよ」
謎の男「なんだ貴様ら」
十時「私は立花家の十時といいます。京極高次様ですな。我が殿がお会いしたいと
もうしております。ご同道下され」
謎の男「・・・」
【京極影殿、最後通牒です。まだどうにでもなりましょう。リアル明日まで待ちます】
803 :
小西行長◇v04zuJvK:02/10/13 12:03
>>801の発言を受け
行長「うむ。勝茂殿の言う通りじゃな。立花殿が加われば百人力じゃ。よし、協力していただけるように、
書状を送ろう。だが、どこの配置についてもらうかが問題だが・・」
そこに行長の家臣内藤如安が入ってくる。
内藤「殿、失礼いたしまする。では出陣の用意をはじめまする。」
行長「うむ。火器を重点的に配備せよ。今回は奇襲をかけるのだ。間違っても大筒は持っていくな。上手く退却できなくなる。」
内藤「はっ。」
行長「それとお主に兵1500を授ける。お主は竹ヶ鼻急襲には加わらず、岐阜のやや北にある、北方城に入れ。いざという時は大垣の治部殿と連絡をとるように。
北方が攻められた場合は、大垣に退却せよ。大筒を持っていけ。」
内藤「ははっ!」
行長「では行け!」
内藤が立ち去り、鍋島の方を向き直す。
行長「さっきの続きだが、勝茂殿はどう思われるか?」
805 :
無名武将@お腹せっぷく:02/10/13 13:30
「後背より新たな敵艦隊。数・・・・・・およそ三万!」
「!!」
「機雷源は、どうした??」
「突破された模様!!」
誤爆?
何故キルヒアイス軍が?
>>803>>804 キャップ=トリップでは?
コテの後ろに#*******(好きな単語とかを半角で)
807 :
小川祐忠 ◆VNcwQjJX5U :02/10/13 14:07
>>806殿
かたじけない。
「私は小西殿と共に、竹ヶ鼻急襲に参加いたす。」
【近江高宮 岩見隊陣内】
岩見重蔵 「それがし、身一つでならは一向に構いませぬが、今や兵を持つ身、ここは松野様に相談せねば」
湯浅五助 「(ニヤリ)それならはすでに手は打っておるまする」
岩見重蔵 「おお、さすがは湯浅殿! しかしならば一つ願いがあり申す」
湯浅五助 「?」
岩見重蔵 「それがしの親父殿に勘当された弟、重太郎で御座る
秀吉様には良く可愛がられた様子ですが、泉下に行かれてからはすっかり塞ぎ込んで大坂の某くしかつやに入り浸っているとか」
湯浅五助 「して、その御仁を?」
岩見重蔵 「・・・もしも、それがしが大谷(ここでも呼び捨て)の所へ行けぬ場合、重太郎を連れていってくれまいか?」
奴はそれがしよりも、何事にも於いて秀でておりますれば」
湯浅五助 「・・・はて?・・・重太郎?・・・どこかで聞いたような?」
>大谷殿ターン
809 :
黒衣の宰相:02/10/13 14:23
なんか大垣城内と地方で若干、日にちがズレておる・・
時差か・・・・・・・
810 :
小西行長 ◆V9Gk5kyOUw :02/10/13 14:40
肥前宇土城守将小西隼人へ早馬
加藤清正からの攻撃に備え、警戒を厳にせよ。領国にある3200の兵の指揮はお主の裁量に任せる。
優勢に立つことができれば、北肥前攻略を目指しても構わん。島津殿はお味方。事を構えぬように。
小西摂津守内匠助行長―花押―
「間に合うかどうか微妙だが・・」
812 :
小西行長 ◆V9Gk5kyOUw :02/10/13 14:59
京極高次
立花の手の者か?用件はわかておる。
臆病者とわらってくれるな・・・・・・・
まずは案内いたせ
815 :
無名武将@お腹せっぷく:02/10/14 21:33
816 :
無名武将@お腹せっぷく:02/10/14 21:37
━━━
●
● ●
表でまた奴が暴れてる。
せっかくいい雰囲気になってきてたのにな。
まったくどうしようもない引きこもり野郎だぜ。
社会性ゼロ。
いっそのこと解任したほうがいい。
後任希望もいたしな。
まあまあ落ち着かれよ。
いや、817は真実を口にしたにすぎない。
なんかレジスタンス活動が始まってるな。
俺も混ぜろ。
821 :
無名武将@お腹せっぷく:02/10/17 22:04
やめなさい
822 :
無名武将@お腹せっぷく:02/10/17 22:08
とー
うあー やられたーーー
ここは 増田について考えるスレになりました
島津なみの大物って意味深
それにしても・・・
829 :
無名武将@お腹せっぷく:02/10/20 05:29
くだらないよな。
なこたーない。
中黒連打でない三点リーダー使い。改行にも特徴。
文の切れ目でなくとも改行する。別にいいんだけどな。
コテハン人気投票でもするか?
大谷
茶屋
筒井先輩
小早川
狸
人気投票? 今スレそれとも前スレ?
>838
増田粘着か?ひつこいYO!
841 :
無名武将@お腹せっぷく:02/10/21 21:55
増田が全部悪いのか?
842 :
【^▽^】酔鯨ジョーカー土佐守@司牡丹:02/10/21 21:59
こら!長束!
内府殿への盛親公の使者を阻止しおって!
843 :
無名武将@お腹せっぷく:02/10/22 01:19
増田賛美
844 :
無名武将@お腹せっぷく:02/10/22 06:14
筒井先輩を罵倒した奴こそ悪役
845 :
無名武将@お腹せっぷく:
ゲリラあげ