【ピュア・バニラ】
ローマ地方裁判所に程近い通り。まぶしい日差しは夏のものだが吹き抜ける風が
涼を呼ぶ。その風を正面から受けながら一人の少女がてくてくと道を歩いていた。
音楽プレイヤーのイヤホンを耳に掛け、風にひらひらと泳ぐ栗色の髪は
襟足につかない程度にまっすぐ切りそろえられている。前髪は短く、
広いおでこが子供らしい。
ヴィオラのケースを左手に下げたその少女は、出迎えの車でも探しているのか
道路わきに並ぶ縦列駐車に視線を向けて歩いていたが、ふと足を止めて
楽器ケースを歩道に下ろしてしゃがみこむ。編み上げ靴の紐が緩んだようだ。
可憐なワンピース姿にはやや不似合いのしっかりとした編み上げ靴は、男兄弟の
お下がりだろう。おなかの前にある丈夫そうな緑のウェストポーチが邪魔にならないように
片膝を立て、小柄な身体に似合いの指が力加減を試すように慎重に靴紐を引っ張る。
靴紐を直した少女は何気なく傍らに止まっていた車の後部バンパーに手をつき、
それを支点にして立ち上がった。少女の体重がかかり、車のサスペンションがしなる。
――と、勢いよく車のドアが開いた。
「何してやがるテメェ!?」
麻のジャケットにサングラスの厳つい男に怒鳴りつけられ、一瞬パニックに陥ったのか
少女の表情は固まっている。
「何だあ?このガキ」
近付いてくる男に、財布が入っているらしいウェストポーチを押さえた少女は軽く後ずさった。
運転席からもう一人が声をかける。
「おい、騒ぎを起こすな」
「……すみません。立とうとして車に触って――」
「ああ?」
目の前に立ち居丈高に聞き返した男の声に少女の言葉は途切れ、顔を上げないまま
すんすんと鼻を鳴らし始める。
「―――ち、泣き出しやがった」
「騒ぎを起こすなと言ってるだろう!――悪かったな嬢ちゃん、コイツ車に傷が付くと
キレんだよ。ほら、いいからさっさと帰んな」
小さな声ではい、と答えた少女は歩道に置いていた楽器ケースを手に取り、小走りに
車の側から立ち去った。小柄な子供の姿は通行人にまぎれてすぐに見えなくなる。
先ほどの車輌から1ブロックほど後方まで戻ると、迎えの車を見つけたらしい。
少女が近付いたありふれたワゴン車には片耳にイヤホンをかけた人影がある。車内の
人物は少女の姿を認めると助手席の窓を開けた。少女は特段嬉しそうな顔もせず、
男を見上げると口を開いた。
「ベルナルドさん、確認しました」
「おう。ご苦労さん、ビーチェ」
「車輌のナンバーは監視カメラで推定されたものと同じです。爆薬の臭いは取れません
でした。車から降りてきた男はジャケットの中にガンホルダーを吊っていました。銃種は
不明です」
嗅覚を強化された少女は表情を変えないまま淡々と報告する。
「そっか。まあ、いかにも陽動くせえあからさまな監視をしてる連中だ。端から物証は期待
してなかったさ。――しっかし下手な言い訳だな。あの車の汚れっぷりじゃ、小キズひとつで
100マイル先まで追っかけるタイプにゃ見えねえよ」
耳かけ式のイヤホンに偽装した集音マイクで少女と不審者のやり取りを聞いていた
担当官はそう言うと、小型の無線機を手にし待機している課員に連絡を取る。
「ベルナルドだ。車輌ナンバーは確認した。持ち主の割り出しを頼む」
『――了解』
「……さて、地元警察に問い合わせが済むまで小休止だな。ビーチェ、あそこにジェラート屋の
車があるだろ。好きなものを買ってきな」
「私には、好きなものは特にありません」
「怖いオッサンにいじめられた『妹』が泣いて帰ってきたら、甘い物のひとつも買ってやるのが
兄貴<フラテッロ>の勤めってモンなんだよ。いいから行ってこい。ああ、タボールは
置いてっていいぞ」
「はい」
少女が車の床に置いた弦楽器のケースがごとりと重そうな音を立てた。高級楽器メーカーの
ロゴが入ったそのケースは、良く見なければ分からないが金具が正規のものよりも頑丈な物に
交換されている。――重量が3.6キロを越える軍用小銃を収納するにはヴィオラケースの
掛け金や蝶番はあまりにも華奢すぎるのだ。
同様に拳銃を収めたウェストポーチも内側にホルダーを仕込み、バックルは金属製のものだ。
こちらも予備弾装を含め1キロあまりだが、人工の筋骨格で補強された少女の身体の動きは
その重さをまったく感じさせない。担当官から小銭を受け取ると、ひらりと身をひるがえして
10メートルほど先に停車している移動式店舗に向かって駆け出す。
男はその後姿を見ながら任務前に少女と交わした会話を思い出していた。
『―――おい、ベアトリーチェ、クローチェ事件は知ってるか?』
おしゃべりな担当官は、振り返った彼の義体が返答するのを待たずにぺらぺらと説明を
始める。もっとも同じ姓を持つ同僚との関係については言及しない。
『極右勢力撲滅の急先鋒だったクローチェ検事とその家族が、五共和国派によって
車ごと爆殺されたって事件さ。首謀者は未だに捕まっていねえんだがな』
先日、その事件関係者の裁判を担当する検事が爆弾テロによって殺害された。
今回の任務はその後任の担当検事ロベルタ・グエルフィの警護であり、ヒルシャー・トリエラ組と
サンドロ・ペトラ組のフラテッロはそれぞれの義体が変装し、SPとして直接対象を警護する
手はずになっている。
『……で、化け様のないお子様組は外環の監視だ。まだ暑いってのに外回りに当たっちまう
とはツイてねえな、ビーチェ』
大げさに肩をすくめてにやりと笑う担当官に、少女は無表情のまま少し首をかしげる。
『装備はハンドガンとSMGでいいですか』
『ああ、マイクロウージーは市街戦にゃ向かないからな。タボール21あたりがいいだろ。
俺はネゲフを持ってくからよ。まあそんなもん使わないで済めばそれに越した事ぁねえがな』
―――今日のところはネストを確認して終りかね。銃火器持ってのピクニックにしちゃあ
平和な日だな。
不審車輌に向けた無線・携帯電話の電波を傍受するため盗聴器は、ベアトリーチェが
不審者と接触した後も沈黙を保っている。
『子供を暗殺要員に使う政府組織』の存在はテロリストの間に確証のない噂として
まことしやかにささやかれている。それは潜入捜査にあたっている公安部員からの報告でも
上がっていることだ。それでいて何の動きもないというのは噂も知らない素人なのか、
陽動ゆえの警戒心の薄さか、それとも盗聴を警戒しての対応か。どちらにしても
監視を始めたばかりの今の時点ではまだ判断をつけるべきではない。
コツコツと窓を叩く音に男が振り返れば栗色のおかっぱ髪が目に入る。
「ベルナルドさん、戻りました」
少女は不審車輌の確認を報告した時と変わらぬ口調で言う。助手席の扉を開け
小銭の残りを受け取りながら、男は少女の手にしたやわらかいイタリア風アイスクリームに
軽く眉を上げる。
「なんだ、バニラなんかで良かったのかよ。他にも色々種類があっただろうが」
「これが一番単純な匂いだったんです」
「…そっか」
嗅覚を強化された彼女にとって、それぞれの味をよりはっきりと主張させるための香料は
邪魔なものでしかない。義体の能力は本人が集中しなければフルに発揮されることはないが、
それでも普通の人間よりは敏感だ。
あの移動店舗はバニラが “売り” のようだが、彼女が気に入ったのなら使っている香料も
天然のものなのかもしれない。だとすれば真っ白なジェラートに点々と見える細かな黒い粒は
バニラビーンズなのだろう。
もっとも条件付けによって感情の起伏が抑えられているベアトリーチェには、彼女自身が
言っていたように物事に対する好悪の感情はない。“気に入った” と言うより “一番身体に
悪影響が少ないもの” という判断に基づいいて選択したにすぎない。
無論担当官であるベルナルドはその事を承知しているはずである。しかし気に留めて
いないのか故意なのか、先程の『泣いて帰ってきた』――実際は泣いていたのではなく
臭いを確認していただけなのだが――にしてもそうだが、この男はしばしばそういった
言い回しを用いる。
ベルナルドは助手席で無心にジェラートを舐めている少女に話しかける。
「おいビーチェ、『王様のアイスクリーム』って話知ってるか」
「いいえ」
「昔々、まだジェラートがなかった頃に、冷やした生クリームがお気に入りの王様がいてな。
ところがある夏の盛り、井戸水がぬるまっちまって生クリームが冷やせねえ。
王様お楽しみのドルチェが間に合わなかったら大事だ。そこでコックの娘が
氷の上で牛乳缶を転がして冷やしたら、これが偶然固まった。
そいつがアイスクリームの始まりって訳だ」
もちろん砂糖や卵も入れるだろうが、要は攪拌しながら冷やすってのが肝だな。
無口な少女が返答するのはいつも大抵質問か命令に対してのみで、今も担当官の
おしゃべりには相槌も打たないが、男は身振り手振りをつけながらぺらぺらと話し続ける。
「今度寮で作ってみろよ。―――そしたら、余計な匂いのしねぇ美味いジェラートが食えるぜ」
そう話を締めくくった担当官に、少女ははい、と答えた。
返事をしたって事は今のは命令だと受け取ったのかね。半眼を閉じた少女が
まるで科学の実験か何かのように軽量カップで生クリームの量を確認する姿を想像して、
ベルナルドは陽気な笑い声を上げた。少女は担当官が笑っている理由が分からず、
ジェラートを舐めながら不思議そうにその様子を見ている。
ベアトリーチェには好悪の感情はない。それでも手にしたジェラートはすでに3分の2が
姿を消している。
―――これで嫌いってこともないだろうよ。
「無事に戻れりゃ、帰る途中で料理の本とバニラビーンズでも買ってやるよ」
陽気な男の言葉にベアトリーチェはありがとうございますと答える。
少女の白い歯がまた甘い香りのするジェラートにかぶりつき、男の耳にコーンが砕ける
パリッという音が小気味よく響いた。
<< Das Ende >>
しまったああああ
↓が
>>580の次、最初のセンテンスになります。【】氏、ごめんなさい…orz
【ピュア・バニラ】
ローマ地方裁判所に程近い通り。まぶしい日差しは夏のものだが吹き抜ける風が
涼を呼ぶ。その風を正面から受けながら一人の少女がてくてくと道を歩いていた。
音楽プレイヤーのイヤホンを耳に掛け、風にひらひらと泳ぐ栗色の髪は
襟足につかない程度にまっすぐ切りそろえられている。前髪は短く、
広いおでこが子供らしい。
ヴィオラのケースを左手に下げたその少女は、出迎えの車でも探しているのか
道路わきに並ぶ縦列駐車に視線を向けて歩いていたが、ふと足を止めて
楽器ケースを歩道に下ろしてしゃがみこむ。編み上げ靴の紐が緩んだようだ。
可憐なワンピース姿にはやや不似合いのしっかりとした編み上げ靴は、男兄弟の
お下がりだろう。おなかの前にある丈夫そうな緑のウェストポーチが邪魔にならないように
片膝を立て、小柄な身体に似合いの指が力加減を試すように慎重に靴紐を引っ張る。
靴紐を直した少女は何気なく傍らに止まっていた車の後部バンパーに手をつき、
それを支点にして立ち上がった。少女の体重がかかり、車のサスペンションがしなる。
――と、勢いよく車のドアが開いた。
「何してやがるテメェ!?」
麻のジャケットにサングラスの厳つい男に怒鳴りつけられ、一瞬パニックに陥ったのか
少女の表情は固まっている。
【ピュア・バニラ】
ローマ地方裁判所に程近い通り。まぶしい日差しは夏のものだが吹き抜ける風が
涼を呼ぶ。その風を正面から受けながら一人の少女がてくてくと道を歩いていた。
音楽プレイヤーのイヤホンを耳に掛け、風にひらひらと泳ぐ栗色の髪は
襟足につかない程度にまっすぐ切りそろえられている。前髪は短く、
広いおでこが子供らしい。
ヴィオラのケースを左手に下げたその少女は、出迎えの車でも探しているのか
道路わきに並ぶ縦列駐車に視線を向けて歩いていたが、ふと足を止めて
楽器ケースを歩道に下ろしてしゃがみこむ。編み上げ靴の紐が緩んだようだ。
可憐なワンピース姿にはやや不似合いのしっかりとした編み上げ靴は、男兄弟の
お下がりだろう。おなかの前にある丈夫そうな緑のウェストポーチが邪魔にならないように
片膝を立て、小柄な身体に似合いの指が力加減を試すように慎重に靴紐を引っ張る。
靴紐を直した少女は何気なく傍らに止まっていた車の後部バンパーに手をつき、
それを支点にして立ち上がった。少女の体重がかかり、車のサスペンションがしなる。
――と、勢いよく車のドアが開いた。
「何してやがるテメェ!?」
麻のジャケットにサングラスの厳つい男に怒鳴りつけられ、一瞬パニックに陥ったのか
少女の表情は固まっている。
ブラウザのほうで見たらちゃんと投稿されてた…
お騒がせしてすみませんorz
31.【】 - 10/08/27 01:50:40 - ID:tivX4/xNCg
>>579氏、転載ありがとうございました!
>>575 >え〜っ、それでは「キアーラ×名無しの担当官」のフラテッロでw
ご指名をいただいたわけじゃないけど、せっかくなので作戦前のシーンで書いてみた。
担当官は名無しのまま、フケ顔だったので年齢差は親子で。
ごめんなさい、明るい話にはなりませんでしたorz
以下、校了後の言い訳あれこれ。
聖女キアーラ(クララ)の遺骨が納められているのはアッシジですが、
アッシジの守護聖人は聖女キアーラの師である聖フランチェスコのようです。
ただ、イタリアは町ごとに守護聖人がいるそうなので聖女キアーラを祀っている町も
あるのではないかと。(これについては調べたのですが裏付けが取れませんでした。
御存知の方がいらっしゃったらぜひ教えてください〜)
ちなみに自分は除夜の鐘とか神社の鈴の音にほっとする八百万の神様信奉者です。
こんな奴が欧州の一神教文化をネタに話を書いていーんだろーか。
タイトルは伊語じゃないけど「鐘」ってことで超絶技巧練習曲「ラ・カンパネラ」から。
そういや関係ないけどカンパニュラって釣鐘草とか釣鐘花って意味の名前なんだね。
【 ラ・カンパネラ -鐘- 】
その少女に『キアーラ』と名付けたのに大した意味はなかった。
女の名を考えろと言われて最初に思いついたその名を登録したに過ぎない。
聖女キアーラ。男の出身地の守護聖人の名だ。
カンパニリスモ――地元の鐘楼に忠実であること――は、国家よりも
出身の地域性・家族性に重きを置くイタリア人の根底に流れる思想である。
彼女は、その地域性を偏重し国家からの独立を果たそうとするテロリストらを
掃討するための暗殺要員なのだから、思えばずいぶんと皮肉な名をつけたものだ。
彼女と出会ったのは3年ほど前になる。
記憶を封じ洗脳を施し、身体の8割を機械に置き換えられた彼女ら『義体』は、
無論のこと非合法な存在だ。強力な戦闘能力を有し、だが外見は愛らしい子供である。
『担当官』と呼ばれる直属の上司兼教育係の命令に対して絶対服従。死の危険さえ省みない。
暗殺要員としては申し分ない。
だがその優秀な機能には代償が要求された。義体化手術、条件付けと呼ばれる洗脳には、
どちらも多量の薬物が必要とされ、それは確実に子供らの脳に悪影響を及ぼす。
機械の身体はいくら損傷を受けても修復が可能だが、脳の機能低下には打つ手がない。
次第に記憶障害を起こすようになり、ついには脳死――すなわち寿命を迎える。
.
その冬、一人の義体が寿命を迎えた。
最も初期に義体化された少女ではあったが、『一期生』と呼ばれる方式で手術、洗脳を
受けていることは、キアーラもその少女と同様であった。
それ故、記憶障害が現れ始めた彼女がその作戦で捨て駒として配置されるのも
当然の成り行きであったのだ。
ヴェネツィアの大鐘楼に立て籠もったのは伝説のテロリスト。いかなる犠牲を払ってでも
仕留めねばならない相手だった。水没しつつある水の都、ヴェネツィア。鐘楼へのルートは
ただひとつ、遮蔽物のない浮き橋だけだ。だがそこを攻める部隊は陽動であり、
別働の義体が鐘楼の壁を登攀、突入し、テロリストの殲滅を謀る。
陽動は敵の目を惹きつけることが目的であり、必然、敵の猛攻にさらされることとなる。
軍の特殊部隊と共に陽動に配置される義体は2名。その内の一人にキアーラが選ばれた。
男は上司の元に呼び出され、作戦の趣旨と危険性について説明を受けた。
戦闘能力に秀で生身の特殊部隊員よりも頑丈な義体は、当然陽動部隊の先頭を務める。
―――最悪の場合は殉職の可能性も高いが、承知して欲しい。
組織に所属する者として、男にその命令に異を唱える必然性はなかった。
.
「―――さん」
黒髪の少女が振り返り、男をまっすぐに見上げる。
少女が呼ぶ名前は男の名ではない。
男の本来の名前は別にあり、それは彼女に呼ばせるために名乗る偽りの名だ。
義体は『仕事』のための道具。そう割り切るため、距離を置くために採った手法だ。
少女に対して語る言葉は、全て自分ではない『担当官』という男が話している言葉。
その言葉によって彼女がどうなろうが、自分が良心の呵責など感じる必要はない
。
今までがそうであったように、男は少女に作戦内容を淡々と説明し装備の指示をする。
条件付けによって恐怖心を取り払われた少女は、いつものように従順に命令に従う。
これが最後の会話になるとしても、だからといって特別な言葉をかけてやるつもりは
なかった。
銃火器を手にした少女がふと視線を上げる。
「―――鐘の音が聞けたら良かった」
ヴェネツィアの象徴である大鐘楼を見やり、言う。
「教会の鐘の音を聞くとほっとするって、―――さん、おっしゃってましたよね」
無邪気な言葉に男は虚を突かれた。
「覚えていたのか…そんなことを……」
それは確かに男が口にしたことのある言葉だった。
生まれ故郷にほど近い街で、仕事を終え、遠く聞こえた鐘の音にふと郷愁を覚えた。
あの町を離れることなく生きていたならば。地味だが堅実な職に就き、妻を得て、
――もしかしたら、この少女くらいの娘がいたかもしれない。
そんな思いにとらわれたのは後にも先にもその一度きりだった。
ただあの時自分は、確かにこの少女に対して『担当官』としてではない
何がしかの感情を持ったのだ。
男は石造りの床に膝を着いた。少女の目線の高さで彼女の顔を見る。
出会ってから3年、そんな視点で彼女の顔を見たことはなかった。
少年のように短い髪。従順な瞳。
男の故郷を守護する聖女に使える尼僧たちは、男性と同様に髪を切り、
清貧、貞節、従順を誓い、修道院という囲い地の中で一生を終える。
彼女の髪は自分の命令で切らせた。彼女の従順さは条件付けで強いた。
彼女の一生は公社という囲い地に閉じ込められたまま終わるだろう。
それはどこか運命付けられた皮肉な類似性に思える一方で、男の思考は
それをただの感傷によるこじつけだとも判断していた。――だが。
「気をつけて行ってこい。――おまえに聖女の御加護があるように」
男の口をついて出たのはそんな言葉だった。
男の言葉に少女は目を見はると、嬉しそうに「はい」と返事をした。
<< Das Ende >>
596 :
575:2010/09/01(水) 22:45:55 ID:IZ2aYLLx0
>>592-595 おぉ、リクエストに応えていただいてありがとうございます。
やっぱり哀しい話になっちゃいますよねぇ。
キアーラ、それなりの役回りで再登場するかなあ。
597 :
代理:2010/09/03(金) 22:40:45 ID:Jx3O+jT+0
38.【】 - 10/09/03 01:29:22 - ID:tivX4/xNCg
(アクセス規制中につき、以下転載をお願いいたします)
>>596 レスありがとうございますw
悲しい話で申し訳ない。(これでもこの前に書いたもうひとつの話よりはまだ大人しめなんですが)
9巻以降の設定で明るい話は自分には難しいです。嗚呼ほのぼの話が書きたい読みたい。
もうじき最終戦のようですが、キアーラのエピソードもあるといいですね。
600 :
【】:2010/09/25(土) 21:47:42 ID:QTmW7HUv0
なんかもう色々と諦めがついたので、開き直って
書きやすい1〜5巻と好きな一期アニメの画像イメージで
原作から離れて気楽なSSを書いていこうと思います……。
>>572 >フラテッロでなら鳥昼かリコジャン組
>義体同士なら倉鳥。
変則ですが、倉鳥+リコッタで書いてみました。
pink板で書いたのとは違う心理テストの話です。
本編をご覧になる前にどうぞ次の質問にお答えくださいw
あなたの目の前には透明な瓶があります。その中に黄色い玉が入っています。
――さて、いくつ入っていますか?
601 :
【心象風景】:2010/09/25(土) 21:48:37 ID:QTmW7HUv0
【心象風景】
仕事も訓練も座学もない、平和な公社の昼下がり。
リコとヘンリエッタの二人は、トリエラとクラエスの部屋へ遊びにきていた。おいしい
お茶とお菓子にありつけるこの部屋だが、読書好きのクラエスはあまり干渉を好まない
ので、世話好きなトリエラお姉さんがいる時でないとなかなか来られないのだ。
とは言えクラエスも仲間とのコミュニケーションを拒んでいるわけではない。今日も
二人が訪れると、お手製の甘酸っぱいラズベリーのタルトにカモミールとレモングラスの
ハーブティーで北欧風のおやつを皆に振る舞っている。
二人部屋のテーブルには2脚の椅子が備え付けられていて、年少組の二人は
お客さんとしてその椅子に、トリエラは2段ベッドの下段のふちに腰掛け、クラエスは
上段ベッドに寝そべって本を開く。これがいつもの定位置だ。
書庫から持ち出した本をめくっている理知的な少女に、リコが無邪気にたずねる。
「ねえクラエス、今日はなんの本を読んでるの?」
「心理テストの本よ」
「心理テストって、インクのしみが何の形に見えますか、とか?」
「そんな学術的なものじゃないわ。もっと気楽なゲームのようなものよ。でもお遊びの
割には意外と納得ができてなかなか面白いわ」
「ゲームなの?やってみたいな」
わくわくしながらベッドを見上げるリコの横で学級委員長は首をかしげている。
「心理ゲームかあ。自分の考えてることが他人に分かっちゃうって、ちょっと恐いかな」
考え込んでいるトリエラに、嫌なら別に参加しなくてもいいわよと言いながら
クラエスはぱらぱらとページをめくる。やがて出題を決めたようで、中心を押さえて
本を開くと顔を上げ仲間たちに向かって口を開いた。
「それじゃあ、これから私が言うことをイメージしてみて。『あなたの目の前には
透明な瓶があります。その中に黄色い玉が入っています。――さて、
いくつ入っていますか?』」
602 :
【心象風景】:2010/09/25(土) 21:50:01 ID:QTmW7HUv0
クラエスの言葉に年少組二人は素直に考え出す。最初に元気よく手をあげて
答えたのはリコだ。
「ちいさなビーズが2,3個入ってるよ。ガラスみたいに透けてきらきら光ってる、
きれいなのが」
続けて負けじとヘンリエッタが手をあげる。
「私は素敵なキャンディーポットに、ジョゼさんからいただいたおいしい飴玉が
50個くらい入ってるわ」
すごい、いっぱい入ってるんだねーと感心するリコの横で、結局参加している
付き合いのいいトリエラは頭を抱えている。
「なんだろう…すごく変なイメージが……大小10個くらいの黄色いボールが
合体して、くまの形になって、瓶の中で座ってる……」
ぜんぜん違うね、何でだろう。きゃいきゃいと可愛らしくはしゃぐ年少組の二人。
三者三様の答えにクラエスは本で口元を隠しながら「ふうん、なるほどね……」と
意味深に呟く。
「クラエス、あなただけ納得してないで説明してよ。なんかこの変なイメージが
頭の中に定着しそうでやだわ」
「わたしは別にいやじゃないけど、なぞなぞの答えが知りたいな」
「ねえねえクラエス、早く教えて」
顔をしかめるトリエラに、わくわくしながら2段ベッドを見上げるリコとヘンリエッタ。
仲間たちの視線を集めたクラエスはつい、と眼鏡に指先を当てる。
「人によってイメージが違うのも当然よ。同じ人でも日によって違うこともあるわ。
―――それは『その人が今感じているストレスの量』なの」
「え?」
603 :
【心象風景】:2010/09/25(土) 21:51:13 ID:QTmW7HUv0
きょとんとした仲間たちの表情に、理知的な少女は分かりやすく補足解説を始めた。
「まずリコ。中に入っている玉の数は少ないし、大きさも小さいでしょう。これはほとんど
ストレスを感じていない状態よね」
「うん。毎日楽しいよ」
屈託のない笑顔で腕をぐるんと回してみせるリコ。日常生活の全てに対して好奇心
いっぱいの彼女は、確かにあまりストレスがなさそうだ。
「逆にヘンリエッタ。甘いキャンディだから一見楽しそうなイメージだけど、50個というのは
ちょっと多いわよね。意外とストレスらしくないストレスがたまっているんじゃないの?」
「そんな、だってジョゼさんはとっても優しい方よ!」
年上の小女の言葉に反論したものの、でもまだまだ物足りないの……などとつぶやく
ヘンリエッタ。どうやら思い当たる節がないわけでもないらしい。「気になるのなら次の
カウンセリングの時間にでもビアンキ先生に相談してみれば」と言うクラエスの返答が
親切で言っているのか面倒くさいことは専門医にまる投げしただけなのか、それとも
恋する乙女のおのろけ半分の恋愛相談を牽制したのか、平静な口調からはどれとも
判断がつかない。
最後に回された学級委員長はと言えば、友人の解説を待っている間に自分で察しが
ついてしまったらしく、おそるおそる二段ベッドの上段を振り返る。
「待ってよクラエス、それじゃこのおかしなイメージって……」
「担当官との悩みでしょ。トリエラのストレスは大も小もみんなそこに結びついてるのね」
「わ、私は別に、ヘンリエッタみたいに四六時中担当官のことなんか考えてないわよ!」
「そう?でも仲間の面倒を見るのは嫌じゃないんでしょう」
勢いよく否定するトリエラに、クラエスは面白そうに指摘する。
604 :
【心象風景】:2010/09/25(土) 21:53:05 ID:QTmW7HUv0
余裕のある友人の反応がちょっと悔しくてトリエラはルームメイトにやり返した。
「人にばっかり聞いておいて、あなたはどうなのよクラエス」
「私? 私はビー玉がひとつ」
「……心穏やかでうらやましいわね」
「そうかしら」
クラエスはほんの一瞬、不思議な笑みを浮かべた。
確かに彼女がイメージしたビンの中に、最終的に残ったのはビー玉がひとつだ。だが
その前にもうひとつ別のイメージがあった。―――淡い、シャボン玉のような黄色い玉が
びんの中にいくつも浮かんでいて、それをよく見定めようとすると、泡沫は消え去り、
後にはちいさなビー球がころんと転がっている。それが何を意味するのかは
分からなかったが、それは何故かクラエスの心を揺らし、そして通り過ぎた。
「――ストレスの元がはっきりしているなら、対処法だって分かるでしょ」
「そんなに単純じゃないわよ」
ふてくされたようにベッドに寝転がり、担当官から贈られたテディベアを指先ではじく
ルームメイトの様子にクラエスは目を細める。
「それじゃあ今度はこんなのはどう?『あなたの前には左右に分かれた道があります……』」
「もう勘弁してよ〜!」
学級委員長の悲鳴をよそに年少組の二人は新たな質問に興味津々でクラエスを見上げる。
そんな穏やかな日常風景を通り抜ける午後の風が、本のページと長い髪をゆるやかに舞い上げ、
少女たちの笑い声とお茶の香りを運んでいった。
<< Das Ende >>
乙。面白かった。
クラエスのストレスの元はやっぱりかつて持っていた記憶のことなんだろうなぁ。
GJ!面白い。
クラエスのシャボン玉が切ないな…。
タイトル:ろくでなしより憎い人
私は男運が悪いと友達は心配してくれる。
確かに私のかつての恋人はろくでなしばかりだった。
私の一番の誇りである仕事すら認めてくれない恋人もいた。
そして私が恋人と破局した時、友達は私に聞く。
「浮気されたり殴られたり、あいつが憎くないの?」
私が首を横にふると彼女たちはとても不思議そうな顔をする。
私は彼らを恨んではいない。
どこかで幸せになっていて欲しいと心から祈っている。
でもその私も一人だけ、一人だけは恨んでいる。
相手は誰にも付き合っていたことを話していない、唯一浮気も借金も暴力もなかった人。
だけど彼は死んでしまった。
私には何もできなかった。
その時知った。
ろくでなしに殴られるより愛する人が何も悪いことをしていないのに不幸になるのを指をくわえて見ている方が辛い。
喧嘩別れをして、いつ待ち伏せされるか不安になるより、もう二度と会えないのが苦しい。
仕事熱心過ぎて、真面目過ぎて、そんなあの人が誰かを守るため死んでいくのは当たり前のこと。
だけど受け入れられない。
私だって人が大怪我してまで命を救ってくれたから生きているのに、彼がかばった人を憎めない。
だから苦しい。
もう一度、もう一度でいいから私の名前を呼んで欲しい。
「ロベルタ」と。
今パソコンが不調なので携帯から失礼します。
とてもお久しぶりな鮮芳です。
今回あんまり推敲できていません…私にしては珍しく勢いだけで書いてます。
しかも私らしからぬ恋愛系…
申し訳ない出来になってしまいました。
もう少しうまくかけるよう精進します。
GJです。
やはり物語的にヒルシャーさんのポジションは
『義体をかばって死ぬ担当官』になるのかなあ。
そうするとトリエラはクラエスと対照的な
『担当官を失ったことを乗り越える義体』だろか…
登場人物たちにひとつでも多く救いがあらんことを
願ってやまない今日この頃。
>>609 「あなたの願いを私はできる限り果たしていく」となるのか、
「私のためにあなたを死なせてしまった。もはや私に生きている価値はない」となるのか・・・
>「あなたの願いを私はできる限り果たしていく」
せめてこっちであって欲しいとは思う。
>「私のためにあなたを死なせてしまった。もはや私に生きている価値はない」
これだと今までの前向き発言は一体何だったのかと……
義体ではトリエラが一番好きだけど、いい加減他のキャラの話も読みたいよ
とか思うくらい、トリエラの前向き姿勢を強調してるんだしね。
演出としてはありかもしれないが、それをやられたらちょっとあざといと感じるわ。
もっとも4,5巻くらいからすでにケレン味のある方向にシフトしてるし、
立ち回りも話も、段々分かりやすく派手になっていくのかなあ。
個人的には初期の淡々とした雰囲気が好きだったんだが。
ヒルシャーが居ればこその前向きな思考。その大前提が崩れ去ったとたんに・・・、とか。
>>607 義体は不幸だ。
でも担当官を愛していることでその不幸を感じずにすむ。
義体に愛される担当官は不幸なのか?
それとも幸福なのか?
そして担当官の「恋人」は不幸なのか幸福なのか?
何となくマルコーさんも破局したし、不幸そうだ。
読んでいてふっとそんなことを考えてしまった。
丸「誰の髪の毛が破局しただと?」
>>613 月並みな言い方だけど、幸も不幸も本人の感じ方次第じゃないかな。
割り切るか開き直るか意義を見つけ出すかは性格によるだろうし、
作品で描かれている担当官やその恋人はあまり幸せそうに見えないけれど。
なんだかFSSのエルメラ王妃を思い出した。
>>612 その可能性もあるだろうね。そうならないことを願うよ……
最近月末が近付くにつれ憂鬱になる。以前は楽しみだったのに。
ここまで来たんだから最後まで見届けようと思うがせつないなあ。
そろそろ残り容量が少なくなってきたのでテンプレ案をば。
住人の皆様の御意見をお聞かせください。
(特に1レス目。
保管庫とサブ掲示板の表記をどこにするべきか迷っています。
それから無断転載倉庫さんを技術部保管庫と列記するか
>>5のままか。)
495KBになったら次スレを立てようかと思います。
6
監督の浅香守生つながりであるとも言えるわけですが
二期の監督の真野玲もカードキャプターさくらの演出スタッフだしね
いいんじゃないでしょうか?>テンプレ案
どうでもいいことなのかもしれませんが
「以下テンプレは
>>2-6」
がずれているのは、単に間違えただけですよね?
そうでなかったら行頭を他の行とあわせた方が
見やすいと個人的に思いました。
ご指摘ありがとうございますm(_ _)m
そうか、携帯で見る場合はスペースがあるとかえって分かりにくいんですね。
あと第二分室のURLだけ直リン外し忘れちゃってました。修正修正〜。
>>625 うーん、個人のブログサイトは2ちゃんに載せていいものかどうか…
サイトのリンクにも無断転載倉庫とエロパロ保管庫はあるけど
技術部保管庫のリンクは貼ってらっしゃらないんで、
そもそもここの存在を御存じないのかもしれないし……
管理人さん御本人がリンク貼ってもいいよと書き込んでくださったら
何の問題もないでしょうけどね。
てなわけで
>>625氏、掲載許可確認よろしくw
>>626 >技術部保管庫のリンクは貼ってらっしゃらないんで
すみません、リンクありました。何故見落としたしorz
そうすると御本人の書き込み待ちか
>>625氏の確認待ちですね。
一書き込み者の意見としてなんですけど
テンプレに個人サイト貼って良いものか
どうかってのがありますね。
2chに貼ることによって個人サイトに迷惑をかけたりしないか
不安があります。
サイトの管理人さんが大丈夫ならいいとは思いますけど、
貼った人は何かあった場合責任はとれませんからねぇ。
何かあってからじゃ遅いですしね。とりあえず一週間くらい待ってみて、
625氏の確認報告か管理人さんの書き込みがなければ、今回のテンプレでは見送りますね。
新スレ立てた後で許可が取れたら、技術部保管庫トップの『関連サイト』欄に
リンクを貼らせていただいて、その次からのテンプレに加える形でどうでしょう?
人気投票のサイトも、コメントが書き込める形式なのでやめておいた方が無難かな…。