2 :
神も仏も名無しさん :2009/09/08(火) 05:03:50 ID:EBNWdjsQ
仏陀の威を借り排他的選民主義思想を説くスマナサーラ氏について語るスレです。 当スレにおいて大乗及び他宗教批判をスマナサーラ氏擁護に見せかけて行うのは ご遠慮下さい。当スレは特定の立場を代弁若しくは擁護するものではありません。
そうそう。 なんかスマナサーラの変なところ指摘すると、いきなり 「大乗派」のレッテル貼る奴がいるよね。 典型的な詭弁手法。 「お前には上座は早い」とか。まあその人はこのスレを去る宣言をしたから、 よもやウソはつかないだろうけどね。
4 :
神も仏も名無しさん :2009/09/10(木) 13:23:39 ID:kBnslmLF
さあ皆さん!慈悲の瞑想しましょ〜! 青年部リーダーAのスマ尊師様との面談翌日の投身自殺事件を〜徹底的に隠蔽できますように〜 スマ尊師様の毎度の破戒行為を〜全部見て見ぬふりできますように〜 教団の度重なる不祥事を〜上手く隠蔽できますように〜 私を嫌う人々が〜どんどん不幸になりますように〜 私を嫌う人々が〜絶対不幸になりますように〜 プロパガンダ本の不良在庫の山が〜一掃できますように〜 スマ尊師様を批判する人たちが〜すぐに不幸になりますように〜 教団を批判する人たちが〜必ず不幸になりますように〜 スマ尊師様と教団を批判する人たちが〜死にますように〜 オウムの隠れ蓑になってる事実が〜世間に知れ渡りませんように〜 目障りでうざい異教徒どもを〜全員殺戮できますように〜 弱虫で怠惰な負け犬の〜精神疾患者は〜さっさと自殺しますように〜 教団の暗部や機密、弱味を握るヤシを〜全員抹殺できますように〜 私の詭弁と言い逃れを〜みんなが鵜呑みにしますように〜 スマ尊師様批判や教団不祥事の暴露を〜全部あぼ〜ん宗や大乗、「元エホバの華厳命」の誹謗中傷に転嫁できますように〜
5 :
神も仏も名無しさん :2009/09/10(木) 13:24:51 ID:kBnslmLF
精舎にたむろす基地外ババァども ボランティア青年「気合い君」ことAのスマとの個人面談翌日の投身自殺事件とその必死の隠蔽工作 スマの「精神疾患は本人の怠惰と弱さによる負け犬の妄想」発言 医師でもない一介の坊主の分際で、法話会での鬱病患者からの質疑に対して上の放言 自殺なんかしたら信者のほうが負け犬、自殺しなかったらスマの勝ちという詭弁のカラクリ セイロン仏教>シャム派>スマ一味(寺和田)という枝葉末節、 ヤクザでいえば三次団体以下の分際で、「根本仏教」だと?www の件等々、、、、 公益法人欠格だな。 前々からスマって何かに似てるなと思ってた。 そうだ、 色ツヤといい、あれは蛭だな、生き血を啜り盗る蛭。 ブッダに寄生し、その権威を食い物にして着て人間様に取り憑き、 宿主から生き血を吸い取り尽くして自殺でもされたら、無常とか何とかほざいてポトリと離れ落ちて次のカモを物色。 また次のカモを物色して世話する手下に事欠かないのだから結構なご身分だ。
6 :
神も仏も名無しさん :2009/09/10(木) 13:26:14 ID:kBnslmLF
7 :
神も仏も名無しさん :2009/09/11(金) 22:24:50 ID:OJ39fZjD
華厳命は元エホバだったことがトラウマなのか。
8 :
神も仏も名無しさん :2009/09/12(土) 01:25:26 ID:CXw6wBpx
>>7 つ>スマ尊師様批判や教団不祥事の暴露を〜全部あぼ〜ん宗や大乗、「元エホバの華厳命」の誹謗中傷に転嫁できますように〜
9 :
神も仏も名無しさん :2009/09/12(土) 11:11:06 ID:V1Czt5bL
別に元エホバだっていいじゃなか。気にする必要はないさ。
10 :
神も仏も名無しさん :2009/09/12(土) 23:25:01 ID:nZmeDIKs
11 :
神も仏も名無しさん :2009/09/12(土) 23:44:11 ID:zh5F/+gF
>>11 ありがとうございます。助かりました。
ヘンな荒らしがいたせいか、全然スレが立たなくて心配しました。
自分も立てようとしましたが、スレ立て制限で弾かれました。
13 :
神も仏も名無しさん :2009/09/14(月) 23:45:26 ID:Oh4RJUoF
前スレ落ちてるな。 あげとこう。
14 :
神も仏も名無しさん :2009/09/15(火) 06:51:46 ID:LsoeRoLg
日本テーラワーダ仏教協会のスマナサーラ氏の残酷な所は対立図式を捏造する為に 他宗教を利用し無駄な敵意と偏見を信徒にまで植え付けることです。 立場が異なるものを仏陀の威を借り排撃することにより自らのアイデンティティ と優位性を保とうとするのです。そして自らの教えは完全無欠だと嘯くのです。 宗教というのは比較により差異が浮き彫りになるというのは事実でしょうが 教義面は単純に優劣が決まるわけではありませんし、社会や個人に及ぼす 派生効果はどの宗教でも必ずしも良い面ばかりではありません。 時代によっても尺度によっても評価が変わります。 彼はそんな当然のことをわかっていながら(彼は一方的に自らの宗教がレッテル貼り されることに酷く激昂します)自分は尺度を恣意的に定め他宗教や日本を断罪し差別し 自らは高みに立ち人間の自我を超越しているかのような印象を与えようとします。 これは明白な危険思想だと思います。弟子の佐藤哲郎氏の例でその思想が人格に及ぼす 影響は十分にわかると思います。不寛容で排他的で独善的になり自意識が肥大化します。 最初からそのような傾向性がある人間が集うにしろその要素を大きくする必要はありません。 日本に余分な宗教対立は必要がないと思います。
15 :
神も仏も名無しさん :2009/09/15(火) 07:40:10 ID:KIdLYBdC
まったく正論です。スマナサーラ教団は仏教界の北朝鮮です。私は大乗仏教ですが、ヤツが攻撃して来るなら、どこまでも徹底攻撃します。比較宗教学が欠落した悲劇です。「普遍宗教」を提唱したスワミビィベカーナンダを見習うべきです。自分たちこそ偏執狂と自覚すべき
16 :
神も仏も名無しさん :2009/09/15(火) 07:45:54 ID:KIdLYBdC
他人様の信仰を踏みにじる。そんなヤツに仏教語ってほしくない。キリスト教の方々や大乗もどんどん批判していいと思いますよ。有名人と対談して、賛成票獲得する醜さ。世論ではなく公論で語れっていいたい。
17 :
神も仏も名無しさん :2009/09/15(火) 07:54:46 ID:1NYDxUVb
>>16 感情的に反発するレスばかりじゃつまらない。
具体的なスマナサーラ長老の発言を挙げて、批判して欲しい。
18 :
神も仏も名無しさん :2009/09/15(火) 08:28:26 ID:MIaQJckY
信者は糞なんて本に書く、人に客観的な批判もクソも有りません。
19 :
神も仏も名無しさん :2009/09/15(火) 08:30:46 ID:MIaQJckY
「寄付は糞、信者はウジ虫」だもんな…
20 :
神も仏も名無しさん :2009/09/15(火) 14:49:34 ID:Sl+A6M2G
『インド・スリランカ上座仏教史 テーラワーダの社会』 春秋社 R.ゴンブリッチ著 森祖道 / 山川一成訳 この本いいよ。きちんとスリランカ仏教の民族主義傾向も押さえていて 変なスリランカ仏教の美化妄想が削げ落ちるのではないか。 Ajita氏などは意図的に都合の悪い部分を削って語っていることがわかる。
21 :
神も仏も名無しさん :2009/09/15(火) 17:53:10 ID:J/gt1Olh
頼りになるのは自分と法。 それ以外を信じたら苦しむということだろ。 スマさんもかなり過激なこと言ってるけど、 ほとんどは釈迦の言ってることが原点になってる。 釈迦は異教の人も招いて説法した。 スマさんが異教を頭ごなしに否定して排除するようになると釈迦の教えから遠ざかる。 つまり釈迦の教えにスマさんが乖離するほどスマさんへの風当たりは強くなる。 日本は神道仏教基督教で棲み分けてるんだから、 スマさんの国の宗教対立の感覚を持ち込んでもらっては困る。
>>20 面白そうだな、図書館で注文してみるか。
しかし、やっぱ「スリランカ仏教の民族主義傾向」なんて、日本の読者には
わからないもんだし、スマナサーラの本を読んで勘の鈍い人はそのまま
鵜呑みにしちゃうのかもね。
『勘の鈍い人』ってのはそもそも仏教に向いてないというか かなりスタートラインにおいて後ろだと思うんだけどね… 何かに傾倒しすぎて近視眼的になってタコツボ状態に陥るというではなく 逆に広く鋭敏な感覚で世界を捉える感受性がないと悟りへは向かえまい。 Ajita氏のように狂信的な師匠崇拝に陥って客観的にモノを見れなくなっているようなのは 悟りの道とは逆行しているのだと思う。 テーラワーダ派だ大乗派だと特定の信条に過剰にのめりこんでは 自らがんじがらめになって、鋭敏な感覚を自ら曇らせてしまうだろう。 執着を離れねばならないのに、進んで自らにレッテルを作り、執着する立場を作り出している。
24 :
神も仏も名無しさん :2009/09/16(水) 09:00:34 ID:Ivau/PDA
>>20 こういう本はいいね。
冷静になってテーラワーダを見つめることができる。
狂信的なノリが多い中、良い悪いの両面を知って、
接することは非常に重要であろう。
25 :
神も仏も名無しさん :2009/09/16(水) 09:06:15 ID:Ivau/PDA
まあ、あれだろうな。 阿含宗や真如苑、その他の仏教を信仰し修行していた人が、 テーラワーダを知って「これぞ本当の仏教!」と歓喜して 宗派変えをしした人も少なくないだろう。 だが、こういった人がまた、狂信的になる。 正確にいえば、狂信的になりやすいから、詐欺的な宗教にひっかかる。 阿含宗など、その筆頭。 テーラワーダに来ても、同じノリで接するので、狂信的になってしまうのだろう。
26 :
神も仏も名無しさん :2009/09/17(木) 01:04:14 ID:VdfkAWwS
オウム真理教が教団崩壊後に、テーラワーダのところで瞑想修行を続けることを 薦めていたというはなしもあるようだしな オウムオウム言ってるアンチの人居るけど、実際中に混じってると思うよ
27 :
神も仏も名無しさん :2009/09/17(木) 02:48:49 ID:f5HA/j0N
>>26 オウムから脱して仏教を知る機会になるんだったら、
それは良いことだと思います。
28 :
神も仏も名無しさん :2009/09/17(木) 08:57:19 ID:TPX0eQlf
友愛だね
『有意義な生き方』でも他宗教の批判してますね。
氏は一神教的な「地獄−天国」の世界観を持つ宗教を
「人々に恐怖を与えるものは危険な教え」だとして否定していますが、
その少し後のページでは「輪廻は最大の恐怖です」と述べています。
いわゆる「語るに落ちる」っていう状況のように思えるのですがどうでしょう。
それともここを見てるみなさんは、やはり輪廻だけは素直に信じられますか?
また、一神教的世界観について
「誰が説く教えが正しいのかは死んでみないとわからない」とも述べています。
氏としては唯一神が複数いる状況を揶揄したかったのかもしれませんが、
「死んでみないとわからない」のは仏教も変わらないように思います。
>>24-25 自分もちょっと当てはまる節がありました>狂信的なノリ
主にテーラワーダと唯識に対してでしたが。
そのノリが覚めるきっかけを与えてくれたのが並川孝儀氏の著作だったんですが…
この人の主張ってどの程度受け入れられてるんですかね。
輪廻についてはさまざまな言説が絡みあっているから、余計話がややこしくなっているけど、
基本は、
もともとインドには古くからカースト制度と密接に結びついた「輪廻思想」があり、
それをバラモン(司祭階級)が人民の支配に利用していた。
そこでは輪廻を断ち切り「解脱」できること(もう二度とこの世に生まれてこないこと)が最大の幸福とされていた。
その輪廻を断ち切る「解脱(涅槃、悟り)」を釈迦は「生まれによらない」と説いた。
つまりインドでは釈迦以前から「輪廻は恐怖」というのが前提にあり、
釈迦もまたその前提に乗っかって輪廻からの解脱は「生まれによらない」と説いたもんだから、
「そもそも輪廻はない」としている他文化圏から見ればこの「理屈」に「なんじゃそれ」となる。
>>29 「輪廻は最大の恐怖です」と述べています。
いわゆる「語るに落ちる」っていう状況
まさしくそのとおりで、
本来あるともないとも断言できないはずの「輪廻」に対する恐怖などという幻想から構築した「戯論」に、
マトモな知能の持主が納得できないのは当然です。
それこそ「誰が説く教えが正しいのかは死んでみないとわからない」わけですから、
ほんとに「語るに落ちる」とはこのことですね。
31 :
神も仏も名無しさん :2009/09/17(木) 12:20:18 ID:f5HA/j0N
スマナサーラ長老自身が、輪廻やアビダンマを含めたテーラワーダの教義を 鵜呑みにして信じているわけじゃない気がする。 長老の個人的見解として「ここは変だな」と思ってる部分はあるが、 僧侶という立場から、一応教義どおりの説明をしてるだけなのかも。 アビダンマ講義シリーズを読むと、 たまに、個人的意見として違う意見を書いてるし。
32 :
神も仏も名無しさん :2009/09/17(木) 12:49:10 ID:MXaHlEA1
輪廻に関しては、スマ氏の本にも書いて有るとおり、釈尊在世当時から、 前世の記憶を思い出して、それによって教理を構築してういた宗教家が いたほど。 だから、輪廻は戯論ではなく、実際にある現象なのだろう。 釈尊の場合、輪廻とは無常であるが故に、生成消滅を繰り返し、 その根元的理由がタンハーであり執着であり、無常を悟らない無知で あるとしている。 輪廻は、生きている瞬間瞬間起きていると考えることもできる。 転生は、今の肉体を離れて、別の生命体へ転移する輪廻。 輪廻の本質は無常であるが故に、生成消滅を永遠に続けていく森羅万象の現象 と理解したほうがしっくりくる。
・・・と、私は信じてるぐらい付け加えようね。
>>32 >輪廻は、生きている瞬間瞬間起きていると考えることもできる。
転生は、今の肉体を離れて、別の生命体へ転移する輪廻。
輪廻の本質は無常であるが故に、生成消滅を永遠に続けていく森羅万象の現象
と理解したほうがしっくりくる。
この部分には同意だが、
>輪廻に関しては、スマ氏の本にも書いて有るとおり、釈尊在世当時から、
前世の記憶を思い出して、それによって教理を構築してういた宗教家が
いたほど。
だから、輪廻は戯論ではなく、実際にある現象なのだろう。
この「だから」以降とその前段が論理的に繋がっていない。
つまり前段から「実際にある現象」という帰結は導かれない。同様に、
>釈尊の場合、輪廻とは無常であるが故に、生成消滅を繰り返し、
その根元的理由がタンハーであり執着であり、無常を悟らない無知で
あるとしている。
実はこれも論理的に「弱い」。通仏教的によく使われるものではあるが。
なぜかというと上に書いたとおり輪廻説が「戯論ではない」という前提自体そもそも成り立っていないから、
「輪廻→無知→そこからの解脱」という論理は「砂上の楼閣」となる。
だから
>>32 の論旨では、「そもそも輪廻などない」という前提に立つ者や
「輪廻とは森羅万象の現象であって、善悪の価値判断を超越している」
「輪廻からの解脱などそもそも必要ではない」と考えている者に対して説得力を持たない。
要するにスマナサーラの「輪廻は最大の恐怖です」は有効な「信者獲得勧誘トーク」にはなりえないということ。
35 :
神も仏も名無しさん :2009/09/17(木) 13:29:17 ID:MXaHlEA1
輪廻がないなら修行なんてしないで 自殺すれば済むことじゃん。 悟る必要もないじゃん。
>>31 スマナサーラ長老自身が、輪廻やアビダンマを含めたテーラワーダの教義を
鵜呑みにして信じているわけじゃない気がする。
長老の個人的見解として「ここは変だな」と思ってる部分はあるが、
僧侶という立場から、一応教義どおりの説明をしてるだけなのかも。
アビダンマ講義シリーズを読むと、
たまに、個人的意見として違う意見を書いてるし。
ふーん、じゃあスマナサーラは「立場上」ウソをついていることになるわけだ。
たしか仏教の戒に「ウソをつくな」というのはなかったかな。
もし「ウソは(勧誘のための)方便」としてその「戒」を破っているのなら、
批判している「大乗の」ソーカやシンニョと同じアナのムジナなのだが。
>>36 輪廻がないなら修行なんてしないで
自殺すれば済むことじゃん。
悟る必要もないじゃん。
「輪廻がないなら修行なんてしないで、悟る必要もない」
は正しいが、自殺するしないは関係ないが。
輪廻があろうがなかろうが、自殺するやつはするし、しないやつはしない。
まさか「輪廻なしじゃワタシは生きていけないの」なんて女々しく思い込んでるんじゃないだろうな。
そういうのが「死んだのは本人のせい」で「思いとどまらせたらスマナサーラの勝ち」にまんまとひっかかる。
だから輪廻が無いなら釈尊は佛教など説かずに 「苦しかったら自死しなさい」って言うでしょ。 そのくらい合理的な方でしょ。
>>35 は理解できていないみたいだから、もう一度説明してやろう。
「輪廻に関しては、スマ氏の本にも書いて有るとおり、釈尊在世当時から、
前世の記憶を思い出して、それによって教理を構築してういた宗教家が
いたほど。」からは、
「だから、輪廻は戯論ではなく、実際にある現象なのだろう。」は結論されない。
なぜならば、世間には
「キリスト教やイスラム教の教えによると、人は輪廻などせず死んだら最後の審判の日まで待つ」や
「神道によると、人は死んだらそのタマシイは徐々に浄化され、やがて数十年もすれば祖霊とひとつになる」
という「輪廻を否定する言説」も多々あり、そのいずれが正しいかについては
>>29 「死んでみないとわからない」のは仏教も変わらない
し、また「輪廻があったとしても」それが「恐怖」かどうか、やはり誰も判断することはできない。
これは大乗の教説、特に「菩薩」の存在と関係する重要なポイントで
これによって小乗の「輪廻が怖い→だから修行して解脱する」という教義の誤りを克服しうる。
これは「地獄行きが怖い→だからいいこといっぱいして天国に行く」という他宗のも同じ理屈。
>>39 だから輪廻が無いなら釈尊は佛教など説かずに
「苦しかったら自死しなさい」って言うでしょ。
そのくらい合理的な方でしょ。
だから釈迦に会ったのかよ。
会ったこともないのに「そのくらい合理的」ってよくわかるなw。
それに「釈迦は自殺を必ずしも否定していなかった」ってのは有名な話のはずだが。
なにか勘違いしているようだが、俺は輪廻が「ある」とも「ない」とも言っていない。
ただ、
>>38 「輪廻がないなら修行なんてしないで、悟る必要もない」は正しいが、自殺するしないは関係ない
と書いて、
>>36 が輪廻と自殺を結びつけてしまった変な理屈の間違いを指摘したまでだ。
>>40 >なぜならば、世間には
「キリスト教やイスラム教の教えによると、人は輪廻などせず死んだら最後の審判の日まで待つ」や
「神道によると、人は死んだらそのタマシイは徐々に浄化され、やがて数十年もすれば祖霊とひとつになる」
という「輪廻を否定する言説」も多々あり、そのいずれが正しいかについては
これを可能性として持っている限り、その人は輪廻以前に
仏教徒ではないね。外道の考え方だから。
大乗は非仏説だから論外だし。
輪廻で動物や悲惨な人種、仏教が伝わって
いないところに生まれる可能性もあるんだから、
恐怖だろう。
>>41 大悟した人の自死は認めておられたようだが
凡夫の自死は認めていた、と断言はできまい。
経典を読めばその論理展開、言葉の選び方
使い方は、完全に合理的だと学者は言っている。
そもそも「釈迦に会ったのか」と問うならば
「ホントに釈尊は悟っていたのか」という
質問も出てくるわけで収拾がつかなくなるだろ。
>>43 龍樹は部派から追い出されて、大乗の論師になったわけど、彼を研究してる石飛道子センセイも、
ブッダ(阿含経典)の論理性は完璧だっていってるね。
もちろんスマ長老も。
>>39 >だから輪廻が無いなら釈尊は佛教など説かずに
>「苦しかったら自死しなさい」って言うでしょ。
>そのくらい合理的な方でしょ。
まさにその通り
ブッダそのひとを取り上げなくても、
「阿含経典はそれくらい合理的でしょ」でも成り立つな
「輪廻」という語にもいろいろあるだろう 人の魂が個として生まれ変わって現世を巡るような輪廻もあろうけど そもそも個が無く今時点においても関係性が流転しているというような縁起感も 結局輪廻の1解釈と言えよう。 そういう意味での輪廻はあると思うし、それゆえに縁起を正すというのがブッダの悟りではないかね。 それを経典の古層には描かれないバラモン教的な個が生まれ変わるような輪廻の意味に置き換えるのは 後世の歪みにすぎないと思うよ。
>>27 オウムが当時薦めてたのは、偽装脱会の隠れ蓑にしろという支持だそうだよ
>>42 >これを可能性として持っている限り、その人は輪廻以前に
仏教徒ではないね。外道の考え方だから。
「仏教徒」という柵の内側から見たら「外」道だが、
その「外」道から仏教という内向きな檻の中にいて
「外」を拒絶しているオマエらが逆に異常に見えるだろうな。
「外道」という言葉で何かをマトモに批判できたつもりでいるのか。
>大乗は非仏説だから論外だし。
輪廻で動物や悲惨な人種、仏教が伝わって
いないところに生まれる可能性もあるんだから、
恐怖だろう。
残念ながら大乗には釈迦に対する幻想がまだ残っている。
それはプロテスタントがキリストに対してまだ抱き続けている幻想と同じ。
それに「小乗相応の国」タイに生まれたりしたら
臓器売買やら薬物やら少女売春やら、恐怖だよなw
>>43 大悟した人の自死は認めておられたようだが
凡夫の自死は認めていた、と断言はできまい。
経典を読めばその論理展開、言葉の選び方
使い方は、完全に合理的だと学者は言っている。
話をすり替えるな。釈迦の論理展開を言ってるのではない、
>>36 輪廻がないなら修行なんてしないで
自殺すれば済むことじゃん。
悟る必要もないじゃん。
の論理展開についていっている。
「これが釈迦の言ったことか」と聞かれて
>>43 はそうだというのか。
>大悟した人の自死は認めておられたようだが
凡夫の自死は認めていた、と断言はできまい。
これもあくまでテーラワーダ側の見解であって、それとは違う見解は山ほどある。
切腹や特攻隊や自爆テロが「自殺」かそうでないかの見解が異なっているようにな。
>そもそも「釈迦に会ったのか」と問うならば
「ホントに釈尊は悟っていたのか」という
質問も出てくるわけで収拾がつかなくなるだろ。
まず最初に釈迦が本当に悟っていたかどうかぐらい疑ってみたらどうだ。
テーラワーダやら仏教やらの檻から出る勇気もないようなやつは
そうやって輪廻がなければ自殺しちゃうとか地獄とかご先祖の祟りとか
カルトの脅しにいつまでも怯えつづけてるのがお似合いだなw
>>45 「輪廻」という語にもいろいろあるだろう
人の魂が個として生まれ変わって現世を巡るような輪廻もあろうけど
そもそも個が無く今時点においても関係性が流転しているというような縁起感も
結局輪廻の1解釈と言えよう。
そういう意味での輪廻はあると思うし、それゆえに縁起を正すというのがブッダの悟りではないかね。
それを経典の古層には描かれないバラモン教的な個が生まれ変わるような輪廻の意味に置き換えるのは
後世の歪みにすぎないと思うよ。
この場合、ブッダが否定した輪廻というのは
>>30 輪廻についてはさまざまな言説が絡みあっているから、余計話がややこしくなっているけど、
基本は、
もともとインドには古くからカースト制度と密接に結びついた「輪廻思想」があり、
それをバラモン(司祭階級)が人民の支配に利用していた。
そこでは輪廻を断ち切り「解脱」できること(もう二度とこの世に生まれてこないこと)が最大の幸福とされていた。
その輪廻を断ち切る「解脱(涅槃、悟り)」を釈迦は「生まれによらない」と説いた。
でいいかな。だから、
>>32 >輪廻は、生きている瞬間瞬間起きていると考えることもできる。
転生は、今の肉体を離れて、別の生命体へ転移する輪廻。
輪廻の本質は無常であるが故に、生成消滅を永遠に続けていく森羅万象の現象
と理解したほうがしっくりくる。
については同意したわけだ。
しかしインド社会固有の原因で、 >つまりインドでは釈迦以前から「輪廻は恐怖」というのが前提にあり、 釈迦もまたその前提に乗っかって輪廻からの解脱は「生まれによらない」と説いたもんだから、 「そもそも輪廻はない」としている他文化圏から見ればこの「理屈」に「なんじゃそれ」となる。 釈迦が輪廻を前提としてそこからの解脱を説いたことについては 仏教「外」から眺めてみたら、ずいぶん特殊な考え方に見えるだろうな。 つまりキリスト教やイスラム教、神道などで「輪廻はない」とされているのは、 「バラモン教的な個が生まれ変わるような輪廻」としての「輪廻はない」と言っているとも受け取れる。 逆に「輪廻がある」としていたので有名処は古代エジプトか。 仏教「外」から眺めれば、これだけ違いがあるわけだ。
51 :
神も仏も名無しさん :2009/09/18(金) 08:21:40 ID:PAKqor7z
仏教徒にとって、 輪廻を信じる場合のメリット・デメリット、 輪廻を信じない場合のメリット・デメリットは、 それぞれどんなものが考えられるでしょうか?
>>51 ・信じるメリット
戒律を守る根拠になる。
他宗教に比する壮大な死生観の物語を得る。
死に意味を見出したかった人にとっては、それが安寧の拠り所となる。
・信じるデメリット
「生まれ変わり」説をそのまま鵜呑みにする場合、
他宗教と同じく、死後の世界を勝手に想定しているという点で非合理的だという謗りを免れない。
・信じないメリット
思想的なものと適正な距離を置ける。
特定の宗教に傾倒しづらくなる。
・信じないデメリット
戒律を守る根拠の一つを失う。
仏教の伝統的死生観を失う。
人生や死に意味を与えたかった人は、それを意味の空白と見てしまうかも。
訂正 ・信じないメリット 仏教にも非合理的な面がある、という認識を持てる。
>>42 >これを可能性として持っている限り、その人は輪廻以前に
>仏教徒ではないね。外道の考え方だから。
「可能性として持っている」、つまりどれも「起こりうる」と考えているのではありません。
それぞれの死生観を一つ一つ検証していったら、結局どれも等しく信憑性が薄く、
どれか一つが正しいと結論するには至らなかったと考えているんです。
もし仮に誰かが仏教に帰依し、輪廻を信じるようになったとしても、
傍から見れば輪廻思想が非合理な一面を持つことには変わりないと言えます。
合理的に納得するのではなく、ただ信仰することでカタをつけた人が一人増えただけの話です。
ここが輪廻思想のもったいないところと言うか、合理主義が徹底していないところだと思うんですよね。
合理主義を標榜するなら、自説にいかなる聖域も設けるべきではないでしょう。
私は輪廻思想について、
>>49 のように縁起の考え方から理解するのには抵抗はありませんが
文字通りの「生まれ変わり」を信じる気にはなれません。
しかしながら、
>>49 のような考え方は主流ではない。
ここに宗教団体の悲しい性が垣間見えるというか、別に声が大きいからと言って
必ずしも正しいことを言っているわけではないという当たり前のことを再確認してしまいます。
>輪廻で動物や悲惨な人種、仏教が伝わって
>いないところに生まれる可能性もあるんだから、
>恐怖だろう。
生態系の学問を学ぶ機会のある現代人にとって、
動物の世界を畜生道として一段低く見る見方は、ひどく一面的で説得力に欠けます。
悲惨な人種、という表現もどうなんでしょうね。
悲惨な人種はずっと悲惨なんでしょうか。
それも無常であるならば、将来的に悲惨じゃなくなると考えてもいいじゃないですか。
55 :
神も仏も名無しさん :2009/09/18(金) 12:24:32 ID:PAKqor7z
>>52 ありがとうございます。
輪廻を信じない場合には、
死んだら滅びると考えるのでしょうか。
また、輪廻を死んじない人は、
物質に依存せずに心だけで動けるという「無色界禅定」の心
についても、その存在を否定するのでしょうか。
ID:h2P8KYWV 面倒臭いので君に言うが 君は釈尊の悟りを否定しているのか。 君にとって悟りとは存在するのか。 存在するならその定義を書いてくれ。 釈尊が自死を許したという経証を出してくれ。 繰り返すが輪廻転生がなければ修行する 必要もあるまい。死ねば終りなんだから。 なぜ修行するのか、その理由を。 君はキリスト者なのか。 以上返答よろしく。
論理が飛躍しまくってるし発想が極端すぎるな。 すっかり、型にはめられてるし。
58 :
56 :2009/09/18(金) 15:17:42 ID:hFoxCMV7
これを知っていないと議論 (まあ、無駄話だが・・)にもならないので 返答をお願いします。
>55 >輪廻を信じない場合には、 >死んだら滅びると考えるのでしょうか。 その彼とは別人ですがー 死んだら滅びるというか生起が分別無いという縁起感ではないでしょうか。 つまり死と生とバチっと切り分けられるものではなく 常に縁起の要素として流転している、今この一瞬も、というのが 縁起を主題にした輪廻の解釈かなと自分は考えています。 死んだら滅びるのではなく、死というもの自体が縁起の一部でしかないと思う。 そこで終わるわけでもないし、はじまるわけでもない。 人は肉体を持ち、飯を食い息をし糞をする。それら行動ひとつひとつが縁起の集合体です。 死は肉体ならざるものになるだけで同じように縁起としてばらけて巡ってゆくだけではないでしょうか。 魂があるかどうかは知りませんが、少なくとも死んで土になり、肉を動物が食らう。 現代なら葬式で誰かが当人の人生を思ってその後の生き方に反映する。それもまた縁起のひとつ。 肉体があったときにも他へ縁起の影響を及ぼしたわけですが、肉体が無くとも同じく縁起を及ぼすわけです。 人は常に縁起の集合体で、肉体などというものは身体についた埃のようなものでたいしたはなしではないと考えます。 こういう縁起感で輪廻は捉えております。 魂が巡って罪を償うために生まれ変わるなんてのは現代人の私としては信じる気になれませんね。
>魂が巡って罪を償うために生まれ変わるなんてのは 江原の番組の観過ぎではないのか? 屁理屈はいいから「死んだら全て終了なのに、なんで 苦しい修行を釈尊や祖師方は続けたのか」 これに答えてください。 かの臨在禅師も臨在録で「それでは生死輪廻を抜けられない」 と言っているし、原田祖岳禅師も仏教徒の条件の一つに 「輪廻転生を信ず」と挙げている。 今に生きることを大前提にし「今生で悟れ」という 禅にしてからが、輪廻を認めている。 「今生で悟れ」ということは、来世を認めている証拠だ。 秋月あたりは否定的なようだが、上記二禅者とは 比較になる人物ではあるまい。 ましてや2ちゃんねらーに於いてをや。
輪廻否定派は微妙に論点をずらしながら 決して敗北を認めない。 これはディベートのテクニックでいう「拡散」という ものであろう。 それを破るには必ず、論点を元に戻し続けることだ。 「なぜ死んだら終りなのに釈尊はじめ覚者は 自死せず、修行をしたのか」 この問いに答えさせることだ。 実は答えることはできないのだが。 答えたら自己矛盾で自爆するからだ。
すげえファビョってもうメチャクチャだな。 論理、飛びまくってガン決まりの○○○中みたいだし。
お前にぴったりのレスがあるぞ。
219:神も仏も名無しさん :2009/08/20(木) 03:21:35 ID:x8xEyQ17 [sage]
>>218 輪廻と業がないのになぜ瞑想して悟り、解脱を目指す必要があるのか!
禅定が深まり神通を得た末に前世も業も認識できるのであり我々は
それまでは先輩比丘に尊敬しながら従うしかないのだ!
石飛道子先生もこう言っている。
>仏教は、何を説くか?
>人々を救済するために、何を説いたかと言いますと
>輪廻 (わたしたちの生きてる世界について)
>解脱 (そこからの脱出について)
>この二つに、尽きるのです。
>たくさんのことが説かれているように見えますが
>わたしたちの苦しみをはらうために、説かれたことは
>輪廻 と 解脱 の この二つなのです。
輪廻がない仏教はカレールーなしのカレーのようなものであり無意味なのだ。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
てな阿片としての宗教に引っかかる人がどんな時代にも一定数いて
昔から坊主がそれをマーケティングの結果、熟知していて客寄せの道具に
しているからでは。
経、読んだら寺への寄進が最高の功徳とかすげえ坊主にとって都合の
良い教義になってるし。聖者誹謗で顔に腫瘍ができて途方もない
長い間、地獄落ちとかね。
滅法、信じやすい人はガチで坊主に土地やって寺建ててやったりするし。
>>61 >「なぜ死んだら終りなのに釈尊はじめ覚者は自死せず、修行をしたのか」
死んだら終わりではなく、始まってもいないし、それで終わりでもない。
こんくらい理解しろよな。
そのような表層的な事柄に執着してるからブッダの思想が理解できんのだよ。
輪廻は今この一瞬一瞬も縁起として巡っている。だからそもそもバラモン教がいうような意味での輪廻など無い・
明恵のこの言葉が私がピンときますね。 輪廻転生をマジメに信じてるよりは。 『我に一つの明言あり、我は後生資らんとは申さず、 只現世に有るべき様にて有らんと申すなり。 聖教の中にも行すべき様に行じ、振舞ふべき様に振舞へとこそ説き置かれたれ。 現世にはとてもかくてもあれ、後生計り資かれと説かれたる聖教は無きなり。』 さらに明恵の遺訓はこう 『我が死なむずることは、今日に明日をつぐことにことならず』 いかにも華厳思想的な死生感でありますが、 これこそブッダの死生感ではないかと思います。 死や生まれ変わりに執着することは確実に本意ではありますまい。 しょせんブッダが死んで何百年も経つうち、土着的な輪廻の死生感が 蔓延してきただけのはなしを真に受けることないでしょう。 現代人の我々がそんなこと信じてるというのはスピリチュアル好きと同類じゃん。
66 :
神も仏も名無しさん :2009/09/19(土) 11:41:18 ID:h9DSlabo
勝義諦と世俗諦を混同したらややこしい。 すべて縁起だとかいうのは、勝義諦の話です。 今、輪廻があるかないかは、世俗諦の話として問われている。 「あなたは何歳ですか?」って尋ねられて、 「始まりも終わりもないのじゃ。」とか答えるのは、 世俗諦の質問に勝義諦で返している。 実生活普通に「○○歳です。」と世俗諦で返事する。 業も輪廻も縁起・空であることは、仏教徒なら百も承知ですよね。 そんなことは尋ねていない。 世俗諦の現象について尋ねている。
67 :
神も仏も名無しさん :2009/09/19(土) 11:49:39 ID:h9DSlabo
輪廻があるのかという質問を言い換えると、 人の肉体が死んで、バラバラに分解されたあとに、 その人の死ぬ瞬間の心が、 次に生まれてくる生きものの心に影響を遺すのかどうか? 肉体が滅びたら心も終わりなのか? たとえば、修行してきて怒りにくい性格になった人が死んだら、 次にどこかで生まれてくる生命に、怒りにくい性格が受けつがれるのか?
>>64 >死んだら終わりではなく、始まってもいないし、それで終わりでもない。
詭弁を使うな。
中学生でもわかるよう説明せよ。
無から有が生まれるか。
このうつけが。
70 :
神も仏も名無しさん :2009/09/19(土) 13:53:54 ID:N4jgEOOa
輪廻がないと困るのは損きり出来ない修行ルサンチマン共だから いいとして仏陀の時代はそれ程、物質的に豊かではなく瞑想オナニーで 脳内勝ち組を作るしか仕方がない層がいたわけだから別に輪廻の教義に 頼らなくても瞑想する動機付けは十分にあったろうから別に仏陀が 輪廻を説いていないと仮定しても一向に不思議ではない。 差別は当然であり科学、医療、制度が未発達の時代だしな。 スマナサーラが言うようなカルト的な解脱教を仏陀が説いたとしても 何の証拠もないことを信じる必要なんかない。仏陀の妄想かもしれないしな。 わからないことをわからないと言えず信仰で誤魔化すのは狂信の始まり。 輪廻の教義で誰が利益を得ているか考えたらインドのバラモンや 仏教の坊主連中なのは自明なので下らない制度を支える根拠なんか 奪っても問題なし。 奴らの言う事を真に受けて輪廻がなかったら苦しかったら死ねばいい なんて考える基地外が奴らの面倒をみてSMごっこやってればよし。 輪廻を信じて一生、シコシコ瞑想して坊主のケツなめに徹したらいい。
>>70 なんで死んだら終りなのに
釈尊や祖師方は厳しい修行を
したのですか?
詭弁でなく余計なことを言わず
中学生にもわかるように
説明しなさい。
>>70 >仏陀の妄想かもしれないしな。
ここで君は仏教を否定したわけだな。
外道が輪廻は無い、と言う分には
まったく問題はない。
なにしろ外道なのだから。
問題は仏教徒でありながら
輪廻を否定する輩だ。
今比叡山に電話して聞いたが、 輪廻を否定してはそのあとが続かない、 とおっしゃっていた。 つまり輪廻否定では仏教は成立しない、と言うことだ。 はっきり答えろ。
>>70 まったく同意ですね。
>>73 以前宗教研究の本で各宗派にそのへんアンケートとってたけど
多くの宗派で否定、もしくはこだわるべきではないという答えでしたよ
天台もそうだったと思う
>>74 君は自分で叡山に電話してみろ。
他スレで「仏教の肝は縁起だという宗派はない」
と書いたら「雑誌で読んだら何処の宗派も
縁起が肝だとかいていた」というやつがいた。
おれは実際3宗派に電話したらそんなことは
何処もいっていなかった。
と書いたら遁走した。
君も「自分で」天台なり何処へなり
「電話」して「確かめろ」
以上
ID:aVJGLlAN >死んだら終わりではなく、始まってもいないし、それで終わりでもない。 中学生にわかるように説明しろと言っている。 答えろ。 君は縁起論争で敗走した奴じゃないのか? 上祐の方がマシではないか。 恥をしれ。 原田老師と臨在禅師を正面から論破せよ。 できないならもう出てきて詭弁をろうするな。 うつけが。
ていうか、スレ違いの話しつづけてる奴ら、全員人の迷惑考えて でてけよ。
君がスレに合致した論を展開すればいいではないか。
詭弁使うなよ。 輪廻の話題したけりゃ輪廻のスレ作ってそこでかけよ。 正論だろ?なんか反論あるか? スレに合致したことは今までいくらでも書いた。 「スレ違いはじゃまだ、出て行け」、「図書館で大声を出すな」と同じ。 「お前が静かにすればいいではないか」じゃすまないんだよ。 それだけだ。なんか文句あるか?
君は五月蝿い。 文句はないが消えろ。
黙ってたがお前がさんざんスレ違い連投しやがって五月蝿いから文句いったんだろうが。 何いってんの。こいつ。 俺はお望みどおり黙っててやるよ。お前が大人しく消えるならな。 消えろよな?文句無いんだろ?な?
アンチ輪廻派、どうした? 詭弁が通じず遁走か?
注意されて大人しく出て行ったんだろ。 お前も勝利宣言して出て行けよ。ガキが。
84 :
神も仏も名無しさん :2009/09/19(土) 22:23:45 ID:h9DSlabo
悟りの段階について、一来果・不還果などの名称も、輪廻を前提にしています。 大パリニッバーナ経でも、それについてブッダが語っています。 アーナンダ尊者が、亡くなった信者達の行きつくところについて尋ねて、 それについてブッダが答える場面があります。 「アーナンダよ。修行僧サーハルは諸々の汚れが消滅したが故に、 すでに現世において汚れの無い〈心の解脱〉〈知慧による解脱〉を みずから知り、具現していました。 アーナンダよ。尼僧ナンダーは、 ひとを下界(=欲界)に結びつける五つの束縛を滅ぼしつくしたので、 ひとりでに生れて、そこでニルヴァーナに入り、 その世界からもはや(この世に)還って来ることが無い。」
85 :
神も仏も名無しさん :2009/09/19(土) 22:31:53 ID:h9DSlabo
「アーナンダよ。在俗信者であるスダッタは、 三つの束縛を滅ぼしつくしたから、 欲情と怒りと迷いとが漸次に薄弱となるが故に、〈一度だけ帰る人〉であり、 一度だけこの(欲界の)生存に還って来て、苦しみを滅ぼしつくすであろう。 アーナンダよ。スジャーターという在俗信女は、 三つの束縛を滅ぼしつくしたから、 〈聖者の流れに踏み入った人〉であり、 悪いところに堕することの無いぎりであって、 必ずさとりを達するはずである。」 煩悩をいくつ消したかで、四段階の悟りがあり、 段階に応じて、次に生まれかわる回数がわかるという説明です。
86 :
神も仏も名無しさん :2009/09/19(土) 22:34:55 ID:h9DSlabo
大パリニッバーナ経の〈法の鏡〉の教えの説明の場面でも、 地獄・餓鬼・畜生という言葉がでてくる。
経典のあらゆるところに 輪廻について書かれていますよね。
88 :
神も仏も名無しさん :2009/09/20(日) 06:25:37 ID:kWawtzS0
そろそろ貼っておきますね♪ 67 神も仏も名無しさん 2009/01/24(土) 20:26:20 ID:XYCyD47T 輪廻否定論は大体、こんなとこでしょう。 1.無我だから輪廻できない。主要論者:和辻など。 反証:現在、諸法が無我でも縁起しているように、無我でも死後も輪廻する。 死後、輪廻しないというのは、断見である。 2.輪廻は、それを信じる蒙昧な古代人のための方便説である。主要論者:和辻など。 反証:輪廻説がなかった、ギリシャ、シナ、チベットなどに思想抵抗にあいながらも、 必ず説いているので方便説ではない。聖者が獲得する宿命通からも方便説でないことが分かる。 3.十/十四無記で死後が不問にされている。主要論者:桜部健など。 反証:水野弘元先生以下が論証したようにタターガタを人、有情と注釈するのは、ジャイナでも タターガタという語を使うからで、十/十四無記のタターガタは、解脱者の意味に他ならない。 つまり、解脱者は死後どうなるのか、それは答えられないという意味である。 4.釈尊の仏教では輪廻は否定された。主要論者:並川考儀など。 反証:輪廻は否定したという意味が異なる。輪廻は仏教で一貫して厭離され解脱することが目的である。 それを輪廻という現状を認めないという意味で無理に解釈している。 5.三世輪廻は部派のみのもの。主要論者:梶山雄一先生など。 反証:『雑阿含』『スッタニパータ』『小四十経』『量評釈』『タルカバーシャー』に明らかなように 原始仏教も大乗仏教も三世輪廻、というか輪廻は始まりはなく、終わりは解脱するまで続くもので、 それ以外の輪廻など現代日本以外で説かれたことなどないと思われる。 6.輪廻は現世の因果で転生ではない。主要論者:このスレ住人など。 反証:経典の用例は明らかに前世・来世を想定したものであり、現世のみの因果であれば、 始まりと終わりがあることになり輪廻ではなく他ならぬ断見である。 輪廻否定派は、テクストに根拠をもてず、提出した理論も以上のように全て反証されました。他に根拠はありますか?
89 :
神も仏も名無しさん :2009/09/20(日) 07:46:02 ID:asXTtkr/
スマナサーラ氏を支持している層ってどういう層なの? 何の根拠もない妄想を自分は信じておいて他人の信仰には口出しするあの態度を 支持するのは何だかファシズム的傾向を持つ等身大の生活が出来ない権威主義者 にしか思えないんだけど。 彼は坊主だからあんなデタラメで許されるだろうがあのような態度を模倣すると 日常生活に支障をもたらすと思うんだけど。狂信者って大丈夫なのかな。 瞑想で心が進歩するって妄想があるがスマナサーラ氏を見たら嘘だってわかる。 むしろ人格が崩壊している。 特殊な妄想を信じたいならよそを認めるしかないと思うんだけど一体、何がしたいんだろ。 やっぱ紛争?
90 :
神も仏も名無しさん :2009/09/20(日) 08:25:42 ID:z7RG7VdF
>>89 まず、仏教を学びたいという仏教徒の自覚があるなら、
仏教教団の僧侶から学ぶのが筋です。
だから、基本的には相手が仏教の僧侶ならは、仏教徒は尊敬する。
だから仏教徒である私は、スマナサーラ長老を尊敬します。
また、私の場合、スマナサーラ長老のおかげで
多くの仏教知識を得られたのも事実なので、
スマナサーラ長老には、お世話になった先生のように感謝しています。
学生時代の恩師と同じです。
担任の先生が、日本一の教師だとも思ってないし、
人格的に何の欠陥もないとは思っていないけど、
しかし、自分にとってはたくさんのことを教えてくれた恩師です。
>>90 信者は尻馬に乗って大乗批判や他宗教批判をしたり原理主義を掲げたりするのではなく
到らぬグルの尻拭いをしないとダメですよ。本当に尊敬してるなら。
なぜスマナサーラさんは仏陀を利用し仏教で商いをしている癖、イメージ損失を
もたらすか意味不明で、とても仏陀を尊敬しているようには思えませんが。
>>89 あんまり仏教史に明るくない人。けど仏教を知りたいと漠然と考えてるような人。
そういう人が帯に書いてある「初期仏教」「真の仏教」という売り文句を真に受けて本を購入、
中に書いてある到底考古学的見解を無視した単なるプロパガンダに感化され、
一端思い込んだ盲信は自己否定はしずらいもんだから、2chとかでスマ批判に過敏に反応するひとになる
ある程度既に基礎知識ある人が彼の本に触れても、ああはならないと思う。
どこが単なる彼の歪曲やプロパガンダか見分けが付くからね。
>実際3宗派 どこ? 具体的にはどこの連絡口に問い合わせたの? 担当者は誰? そこんとこはっきり書いてください。 単に電話口の人がクレーマー丸出し口調の「仏教は輪廻ですよね!」に 「はいはい」ってだけでは…
>>88 雑阿含が全部ブッダ存命時の教えと信じてるの???
文献学的には経典の新しい部分にしか輪廻による因業は積極的に描かれません。
初期経典というものも決して同じ時代の成立ではないし、しょせん部派で加筆されてきたものなのです。
そんなかでは4,5が正しい。
んでどーでもいいんだけど、上の輪廻くんは 輪廻して生まれ変わって苦しむのが怖いから、仏教にはまって瞑想してんの? なにそれw オーラの泉大好きなスピリチュアルヲタといっしょじゃん ブッダは輪廻について、無記に代表されるように、それが肝でないことは明らかで それを輪廻の宿業というインド死生観的なほうへ歪めていったのはしょせん部派の歪みだよ 少なくとも輪廻は仏教の肝ではない。 それはブッダの語った内容から明らかであろう。 輪廻がその根幹であるのならば、輪廻の構造をもっと論述せねばおかしい。 そのような部分を無記とし、詳細に語らなかったあたりで見抜くのが当然です。 現代人の我々は古代インド人でもないし彼らの死生観にとらわれる必要はまったくない。 輪廻なんて馬鹿馬鹿しいこと大マジメに信じて仏道にはげむというのは単なる堕落でしょ。 スマナサーラも仏教は科学とか言ってるでしょw 迷信は忘れましょう。そんなものに執着するもんではないよ。
96 :
神も仏も名無しさん :2009/09/20(日) 09:58:24 ID:z7RG7VdF
>>95 すでに発売されているスマナサーラ長老の著書、「アビダンマ講義シリーズ ブッダの実践心理学」
の最新巻は、輪廻についての説明です。
>>92 そういうタイプも多いでしょうが仏教と関係がないところであの人の
水戸黄門的な権威主義の感覚に触発される人がいたりオカルト的志向性が
肌にあったりグルイズムに感染する素養がある人がいたり主に排他性に
惹かれたりと様々な独自の特質があるような気がします。
我々がスマナサーラ氏に感じる圧倒的な違和感の部分にこそ惹かれる層が
いるのではないかと。
つまり仏教は捌け口に過ぎず特殊な感情が発現の場を求めた結果、彼に
行き着くのではないかと。
そう考えなければどう見てもおかしい彼の発言に気付かない人が多いとは
考えにくいのです。
引き寄せの法則などの軽薄なオカルト本がベストセラーですからそういう
軽い気持ちの支持者も多いと思いますが。
基本は信仰に耽溺したい権威主義者ではないかと私は推測しています。
98 :
神も仏も名無しさん :2009/09/20(日) 10:12:21 ID:z7RG7VdF
お釈迦様の教えには興味があって、しかし、 あたりさわりのない大乗仏教の癒し本とかには飽き飽きしてた人が、 初めて上在部仏教に触れたら、やはり食い付くと思います。 それがたまたまスマナサーラ長老の本であったというだけの話でしょう。 瞑想なんか、出家者が山寺かなんかで密かにやってるもんだと思ってたのが、 本を読めばやり方が書いてあって、自分でも始められるときた。 今までは空だ縁起だ慈悲だとか、教えの概念だけで 「なんか癒されるなぁ」と思ってた程度だったのが、 自分で瞑想できるとなったら、いきなり前に新たな道が開けるんだから、 みんな喜んで足を踏み出したくなる。
>>98 あなたはご実家が大乗の寺だったりしませんか?
100 :
神も仏も名無しさん :2009/09/20(日) 10:19:42 ID:z7RG7VdF
スマナサーラ長老の発言が過激だろうと、 たいして気にならない。 欲しいのはスマナサーラ長老の語る知識なんだから。 瞑想の技術論でスマナサーラ長老のやり方に異論があるなら別だけど、 発言が排他的だとかいうのはまったく気にならないし、興味ない。 まずはスマナサーラ長老の説く瞑想をマスターしたいだけ。 あちこち流派の違う長老の教えにふらふらするくらいなら、 どれか一本のやり方に決めて、 限界が見えるまでやってみるほうがいいんじゃないかと思ったりする。 それが、たまたまスマナサーラ長老だったというだけの話。
101 :
神も仏も名無しさん :2009/09/20(日) 10:24:25 ID:z7RG7VdF
>>99 そうです。
仏教系の大学を出ているので、
パーリ語のお経が仏説のままで、
何の加筆や欠損もないなんて、はじめから思っていません。
スマナサーラ長老の教えが初期仏教そのままだなんて思ってません。
ただ、昔の日本では学べなかった宗派が、今は学べる。
そこに喜びを感じています。
日本仏教に14番目の宗派が渡来した、って感じ。
>>101 あなたは以前、大乗を叩く道具としてテーラワーダ利用していましたね。
現在、本当にそう考えていらっしゃるなら素晴らしいと思います。
信者ならあの人の尻拭いをしないとろくなことになりませんよ。
103 :
神も仏も名無しさん :2009/09/20(日) 10:56:48 ID:kWawtzS0
>輪廻して生まれ変わって苦しむのが怖いから、仏教にはまって瞑想してんの? >なにそれw オーラの泉大好きなスピリチュアルヲタといっしょじゃん お釈迦さんはスピリチュアル系の開祖の一人(っつーかパクリ元の一つ) なんだからどーしょーもない。 部派、大乗、金剛乗、みーんなそんなもんだよ? 「仏教」は「宗教」なんだからさ。それで問題ないの。 「仏教は合理的な哲学(であるはず)」的な変な幻想抱かない方がいいよ? >現代人の我々は古代インド人でもないし彼らの死生観にとらわれる必要はまったくない。 古代人のお釈迦さんは彼らの死生観にとらわれていた。それだけの話。 お釈迦さんを「ぼくのかんがえたごーりてきでじゅんすいなぶっきょー」の権威づけに 利用したがる困ったちゃんが定期的にわくのは困ったものだ。
104 :
神も仏も名無しさん :2009/09/20(日) 11:06:10 ID:kWawtzS0
>100 名前:神も仏も名無しさん :2009/09/20(日) 10:19:42 ID:z7RG7VdF
>スマナサーラ長老の発言が過激だろうと、
>たいして気にならない。
>欲しいのはスマナサーラ長老の語る知識なんだから。
だとしたらもっといろんなところから知識を仕入れた方がよいかと思いますよ。
日本テーラワーダ仏教協会内部の比丘でも意見の一致が得られないという事例もありますしね。
「仏教」だと思っていたら「スマナサーラ教」だったとかになりかねませんからね。
中村元とか水野弘元とかはお読みになるでしょうか?
http://space.geocities.jp/tammashart/index.html なども参考になりますよ。
宗教の世界は落とし穴がいっぱいです。お気をつけて……
>>88 ありがとうございます。
まともな反論はありませんね。(当然ですが)
屁理屈も言えず遁走したようです。
>>93 そう思うなら自分で電話せよ。
「自分の事は自分でしなさい」
とお母さんに教えられなかったのですか?
まあ、ここでぐだぐだしているだけでもなんだし、実際に長老の書籍を読んで、 Amazonレビューに☆1つで「どこがいけないか」他の比丘や仏教学者達の書籍と照らし合わせて 責任のある場所で告発(?)したらいいんじゃないかな。 まあ、このスレが繁盛しているのもA・スマナサーラ長老の書籍が売れている証拠だ。 講演会に出席した人が誰か長老の失言をピックアップしてくれれば、長老自身を内省させる良い機会になる。
そこまで勉強してる奴なんてここには 居ないよ。
109 :
神も仏も名無しさん :2009/09/20(日) 15:34:06 ID:1N2XMze9
>>107 と全く、同じことを前スレに書いたがAmazonレビューは大して効力が
なく参照する人も限られているから佐藤哲朗スレにあるように過去スレを
あげてネット検索で常時、参照可能にするとかまとめwikiを作るとかも
したらいい。
検索環境によって変わるだろうが前スレが「スマナサーラ」検索で
googleでまだ上位にあるから2ちゃんが衆目に触れやすいのは事実なので
馬鹿にしたもんでもない。
考えられるあらゆる手段をとればいい。
(一般向け)ベストセラーに名著なしという言葉もあるようにあのような
読みやすい本オカルト本は売れやすいがトンデモ度が高い場合が多いので
スマナサーラ本に不快感を感じる人の潜在数はまだ大きいと思う。
110 :
神も仏も名無しさん :2009/09/20(日) 16:13:53 ID:7L68E93P
たまに外の大ホール借り切って、一般人向けに講演会やるじゃない? その時に誰か聞いてみればいいんだよ。 スリランカではカーストの影響で出家させてもらえない人がいるそうですが本当ですか? スマナサーラ長老はご自分でコンビニの弁当を買って食べられているそうですが、本当ですか? 比丘ならば嘘はつけないはずだ。
まあ、そこまで発展するのは噂が充分に広まるまでもうちょっと待ちかな。 このスレもそんなたくさんの人が見ているように感じないし、 書籍はトンデモ度が高いというツッコミが、未だAmazon等大手Web本屋で出てきていないから、 もう少し情報が熟成するか、他にも驚きの情報が入ってくるまでまだ時間がかかるね。 まとめWikiを作る人がでてくるまであせらなくてもいいね。 あせって講演会で質問して、信者に打ちのめされるリスクを考えると、なかなか内側からは変えられない体質があると思う。
ただ、心残りなのは、今すぐ告発して信者を失うと「瞑想する人間が減る・いなくなる」可能性がある。
ということだ。
長老の言うとおりに「2週間で悟りが開ける」ような感触が得られた人が
>>110 のようなことを質問した方がいいだろう。
半可通の(瞑想もしていない、長く瞑想してもなかなか変わらない)人がいきなり長老に接触しようと講演会などにやってきて、
質問して、化けの皮が剥がれると
ヴィパッサナー瞑想や上座仏教に対する信頼はどうなるのか
とても気になる。
瞑想法自体はそんなに躍起になって否定することでもないだろうし、副作用があるわけでもないし、
要するに今の長老の周りに依存しているボランティアのみんなの意識が変わってくれればいいんだから。
2週間で悟りが開けるんだったら 東南アジアで石投げたら みんな阿羅漢に当たるだろうな。 あれはさすがに言いすぎだろ。
しかし、現に長老の本は売れているからなぁ… 売れているってことはよっぽどのことがない限り、一人1冊ずつ読んでいるってことだし。 …問題なのは俺の近所の書店にサンガ新書が一冊もない。ということだ。 長老の欺瞞を知っていてやっているのか、それとも抵抗勢力でも存在するのか… 謎だ。
おまえさんは考え過ぎ。
長老よりはひろさちやの本のほうが売れてるだろ。
経典に書いてあるから、師匠が言ってたから、が信じる理由って奴は仏教やる素質が無いね 輪廻なんかあるわけねーだろ。バカじゃねーの? 尊師がポアは救済と言えばサリン撒く連中と同類の頭の足りない人種
このチンピラが。
「なんで輪廻なんかがあるとキミは思うの?」という問いに 「経典に書いてるから」と答えるなら、終わってるね オウム信者と変わんないし、江原さんでも信奉してる人種と同質でしかない
120 :
神も仏も名無しさん :2009/09/21(月) 05:58:06 ID:bt5xfwJd
>経典に書いてあるから、師匠が言ってたから、が信じる理由って奴は仏教やる素質が無いね >輪廻なんかあるわけねーだろ。バカじゃねーの? いや、そもそも輪廻を前提としないことには仏教をやる理由ってのもないわけでして…… バカじゃねーの?と思うなら「仏教は邪教!釈迦の野郎はカルト教祖!!」これでいいじゃない。 なのになぜ「仏教やる素質が無いね」なーんていう言葉出てくるのかねえ。 (しかしこの発言、空海や道元等の大御所は仏教やる素質が無かったってことだよね) 秋月龍aあたりに顕著な 「輪廻は信じないけれど袈裟を纏って説法したい」 「布施を貪りながら高等哲学談義に花を咲かせたい(布施に功徳は無いけれど)」 とかいうさもしい根性が透けて見えるのう。
121 :
神も仏も名無しさん :2009/09/21(月) 06:04:20 ID:KuuLaiRa
しっかっし・・・ いまだに大乗その他は瞑想していない、なんて幻想をいだいている人間がいたとは・・・ 経典に頼らずとも、輪廻を証明する努力はなされてるね 前世を憶えている人々の証言調査など・・・ だがもっとも有効なのは、潜在意識下の研究 つまり、夢とはなにか?を解明すること 形而上学的には「なぜ、わたしは今、ここにいる?」の解決
122 :
神も仏も名無しさん :2009/09/21(月) 06:05:44 ID:bt5xfwJd
>「なんで輪廻なんかがあるとキミは思うの?」という問いに >「経典に書いてるから」と答えるなら、終わってるね 「前世の記憶があるから」って主張する人もいますわな。 まあ、それはそれでデンパ扱いするのだろうけれども。 >オウム信者と変わんないし、江原さんでも信奉してる人種と同質でしかない 基本的に同質。まあ、オウムや江原は劣化バージョンだけど。 君は「宗教」に変な幻想を抱いていないかい?
123 :
神も仏も名無しさん :2009/09/21(月) 06:08:57 ID:KuuLaiRa
スマナサーラの書籍? 少なくとも、まともな仏教徒は書店に行っても 無視して 自分の欲しい必要な仏教書買うよ スマ本は興味本位で買われ、すぐに処分されるパターン みえみえ それからおまいらsageにするのはちょっと意図的だぞ
124 :
神も仏も名無しさん :2009/09/21(月) 06:43:19 ID:bt5xfwJd
>しっかっし・・・ >いまだに大乗その他は瞑想していない、なんて幻想をいだいている人間がいたとは・・・ 逆に上座部僧は瞑想三昧だと幻想を抱いている人もいそうだよね。
125 :
神も仏も名無しさん :2009/09/21(月) 09:03:00 ID:4qywS1MJ
>>124 怠け者坊主はどうだか知らないけど、ちゃんと修行する僧院なら毎日10時間は瞑想してる。
怠けてると追い出される。
>>88 さんのレスよんで
全て説明してから言え。
わかったか、ちんぴら。
>119宛て
>>119 輪廻が無いという論拠をだせ。
和辻、や和辻が劣化した並川や
秋月が出てくるならまだしも
これらを読んだこともあるまい。
だからチンピラって言われるんだよ。
129 :
神も仏も名無しさん :2009/09/21(月) 13:28:46 ID:rBxig22O
130 :
神も仏も名無しさん :2009/09/21(月) 19:11:51 ID:+aWHcI52
>>128 あるというほうが証明責任があるに決まってるだろ
それが無いかぎりあるという前提は成り立たないわけだ
死後のことなんかわかんない、ってのが素直な答えで、お釈迦さんだってそういうあたりまえの答えをしてるのに
なんなんだお前は。
「悪魔の証明」って言葉知ってる?
131 :
神も仏も名無しさん :2009/09/21(月) 20:27:05 ID:bt5xfwJd
>あるというほうが証明責任があるに決まってるだろ そうだねえ。 現代人の常識からは外れていることだからそう言いたくなるのはわかる。 お釈迦さんは証明責任を果たしていないって君は言いたいんだよね? まったくお釈迦さんにせよ仏教徒にせよ(現代の観点からすると)変な事を信じているよね。 >死後のことなんかわかんない、ってのが素直な答えで、お釈迦さんだってそういうあたりまえの答えをしてるのに いいや、仏教は輪廻が前提だしお釈迦さんは死後の事について語りまくっているよ。 如来の死後については答えられないとしているけれどもさ(88の3は読んだかい?)。 よもやきみ「輪廻を認めないのが真の仏教」なんて事を言いやしないよね。 素直に「仏教は邪教だ!」「輪廻思想を広めたお釈迦さんは罪深い!!」とか言った方が良いよ?
>>130 和辻、並川、秋月を読んでから
レスしなさい。
君以外のアンチ輪廻は遁走したんだよ。
もう相手にはしないので
自分で勉強しなさい。
勉強よりは実践なのだが
君は実践の方法も知るまい。
もう話かけてくれるな。
>>130 釈尊が死後のことなどわからない、仰ったそうだが
経証をだしてくれ。
閑があればな。
別に君をイジメテいるのではなく
読者の事を考えているのでな。
134 :
神も仏も名無しさん :2009/09/22(火) 00:05:29 ID:8eW0Vf8F
輪廻厨は死ねよ。意図的に荒らしてるとしか思えん
135 :
神も仏も名無しさん :2009/09/22(火) 00:51:20 ID:pu8erNCH
見たこともないもんをあるある言うのは傍から見ると ただの狂信にしか見えんな
136 :
神も仏も名無しさん :2009/09/22(火) 00:52:40 ID:pu8erNCH
>>131 >お釈迦さんは死後の事について語りまくっているよ
NO。経典の古層でそんなところは無い。
むしろそういうあの世の成り立ちについての話については避けてる。
w
1+1=2だよ。 って言っても認めない奴がいるんだな。 クズとか馬鹿とかそういう言葉を はるかに超えたアンチ輪廻。 理論なんてない。 ある意味精神病者を超えてるな。
139 :
神も仏も名無しさん :2009/09/22(火) 06:48:23 ID:elY/781P
>
>>130 >和辻、並川、秋月を読んでから
>レスしなさい。
これに尽きるよなあ。
>君以外のアンチ輪廻は遁走したんだよ。
アンチ輪廻自体はまあ、一つのものの見方だけれども、
「アンチ輪廻こそ真の仏教」であるかのように主張するのは、
倒錯だとしか言いようがない。
140 :
神も仏も名無しさん :2009/09/22(火) 06:55:44 ID:kDCXX1Tf
スマナサーラ長老は、はっきりと輪廻を肯定している。 パーリ語のお経に出てくるんだから、 テーラワーダの僧侶がそれを否定するわけもない。
141 :
神も仏も名無しさん :2009/09/22(火) 07:42:26 ID:GQe7UH6+
>>56 そのID:h2P8KYWVだが、休みの日ぐらい
「ネットを捨てよ、町へでよう」ぜw。
まず、「釈迦の悟り」は人によってその意味する中身がかなり違っている。
おそらく
>>56 と俺とでも、当然「まったく異なっている」だろう。
俺の考える「釈迦の悟り」とは、
「臨死(ニアデス)、およびそれと同様の薬物摂取や脳機能障害によって誰でも体験するような
ありふれた体験である」と推測している。
ひとつ面白い例を挙げてみよう。
とあるアメリカの脳科学博士が脳梗塞で左脳をやられてしまった、つまり臨死体験をしたわけだが、
奇跡的に生還して、その時の体験を語ることができるまでになった。
その体験を語った時の映像がyoutubeに二部に分けて公開されている。
http://www.youtube.com/watch?v=Jza9z_n7Ju0 http://www.youtube.com/watch?v=NRMx87tfxkE この博士が、ニルヴァーナ、ニルヴァーナって叫んでるぜ。
しかも博士は左脳の言語中枢がやられてしまったから、
ゴールデンリトリーバーみたいな「言葉では説明できない」状態になっていた。
その中で「ニルヴァーナ」を体験したわけだ。まさしく「不立文字」だなw。
この博士は現代の脳科学者だから、当然その時の体験を後に「脳機能障害」の側面から説明した。 とすると、もし釈迦の「悟り」が博士と同様の 「臨死体験時、もしくはそれと同様のメカニズムで発生する脳機能障害」だったとしても、 つまり二千数百年も前のインドで、臨死体験など何らかの脳機能障害で博士が 「ニルヴァーナ」と叫んだ状態が釈迦にも起たのだとしても、 周囲の者はそれが臨死体験などで誰でも経験できることだとは考えられず、 釈迦本人は「難行苦行」を退け、神格化いや仏格化をいくら否定していても、 釈迦が死んでしまえばあっという間に「仏格化」が始まってしまい、 誰でも体験できる「臨死体験」に過ぎないものが、「釈迦の悟り」として一人歩きするようになる。 逆に今から二千数百年後、同様の体験をした博士が その「ニルヴァーナ」ゆえに釈迦のような神格化がなされているかというと、それはありえない。 なぜなら釈迦の時代から二千数百年も経た今では、その発生メカニズムが脳科学的にちゃんと説明がつくからだ。
しかも博士はその体験を「長年、瞑想修行に熱心に励んだ結果」として得たわけではない。 おそらく臨死から生に帰還できる人間が数少ないために、「臨死体験」を語れる者も少ないが、 誰でも「死ぬ間際」には同様の体験をして死んでいくものと推測される。 臨死体験者の多くは「死を怖れなくなった」一方で「生きていることが素晴らしいことだと実感した」 と語っており、何度も自殺を繰り返すような人間も、ひとたび「臨死ニルヴァーナ体験」をすれば それ以降自殺しようなどとは考えなくなるらしい。 つまり、仏教徒ではなく、また長年瞑想修行に励んできたわけでもない「外道の」博士のように、 宗派を問わず「誰でも」悟れるのなら、 逆に「仏教それも小乗の、テーラワーダのスマナサーラの薦める修行方法でなければ悟れない」や 「輪廻転生がなければ修行する必要もあるまい。死ねば終りなんだから。」などと あえて限定して自ら檻の中へ入る必要がどこにあるというのか。 その限定は「君はキリスト者なのか。」という質問にも同様に見てとれる。 キリスト者、大乗仏教者、小乗仏教者、イスラム教徒等々、 いずれにせよ自らを何かに「限定」しその檻の中に囲い込まれることによって、 檻の外側の世界にあるものを「外」道とよび、恐れ、排除しようとする、 それはまたスマナサーラの他宗排斥の言動に直結するものでもあるが、 それこそ危険な「カルト化」へと一直線に繋がる危険な心理なのだが。 「釈迦の悟りは釈迦以外の誰も到達できない空前絶後のもので、釈迦は絶対無謬」とすることと 「キリストは無原罪の宿りで生まれた空前絶後の神の一人子」とする精神状態との間に違いは見出せない。
あと、「仏教 自殺」というキーワードで自分で「ぐぐって」くれ。 これはひところよく話題になっていたため、 根拠となった経典はじめいろんな説が出てくるからら。
146 :
神も仏も名無しさん :2009/09/22(火) 11:24:30 ID:IIC1sBjo
さあ皆さん!慈悲の瞑想しましょ〜! 青年部リーダーAのスマ尊師様との面談翌日の投身自殺事件を〜徹底的に隠蔽できますように〜 スマ尊師様の毎度の破戒行為を〜全部見て見ぬふりできますように〜 教団の度重なる不祥事を〜上手く隠蔽できますように〜 私を嫌う人々が〜どんどん不幸になりますように〜 私を嫌う人々が〜絶対不幸になりますように〜 プロパガンダ本の不良在庫の山が〜一掃できますように〜 スマ尊師様を批判する人たちが〜すぐに不幸になりますように〜 教団を批判する人たちが〜必ず不幸になりますように〜 スマ尊師様と教団を批判する人たちが〜死にますように〜 オウムの隠れ蓑になってる事実が〜世間に知れ渡りませんように〜 目障りでうざい異教徒どもを〜全員殺戮できますように〜 弱虫で怠惰な負け犬の〜精神疾患者は〜さっさと自殺しますように〜 教団の暗部や機密、弱味を握るヤシを〜全員抹殺できますように〜 私の詭弁と言い逃れを〜みんなが鵜呑みにしますように〜 スマ尊師様批判や教団不祥事の暴露を〜全部あぼ〜ん宗や大乗、「元エホバの華厳命」の誹謗中傷に転嫁できますように〜
147 :
神も仏も名無しさん :2009/09/22(火) 11:25:37 ID:IIC1sBjo
精舎にたむろす基地外ババァども ボランティア青年「気合い君」ことAのスマとの個人面談翌日の投身自殺事件とその必死の隠蔽工作 スマの「精神疾患は本人の怠惰と弱さによる負け犬の妄想」発言 医師でもない一介の坊主の分際で、法話会での鬱病患者からの質疑に対して上の放言 自殺なんかしたら信者のほうが負け犬、自殺しなかったらスマの勝ちという詭弁のカラクリ セイロン仏教>シャム派>スマ一味(寺和田)という枝葉末節、 ヤクザでいえば三次団体以下の分際で、「根本仏教」だと?www の件等々、、、、 公益法人欠格だな。 前々からスマって何かに似てるなと思ってた。 そうだ、 色ツヤといい、あれは蛭だな、生き血を啜り盗る蛭。 ブッダに寄生し、その権威をカサに着て人間様に取り憑き、 宿主から生き血を吸い取り尽くして自殺でもされたら、無常とか何とかほざいてポトリと離れ落ちて次のカモを物色。 また次のカモを物色して世話する手下に事欠かないのだから結構なご身分だ。
148 :
神も仏も名無しさん :2009/09/22(火) 11:26:45 ID:IIC1sBjo
>>144 意味のない長文ご苦労。
初めの1行よんだよ。
外道は相手にしていられない。
もう話かけないでくれ。
そういうことで。
あ、外道の意味も知らないか。 ま、いいや。めんどくさい。
そういえばアマゾンで、ウワサの石飛センセイの「論理」について批評した面白いレビューがあったな。 「参考になった」を押して彼らを応援してやってくれ。 センセイは比丘尼ではなかったよな。ということはやはり「外道」か。 その石飛センセイのところで最近「小乗」という言葉を使ったとたん さっそく「言葉狩り」に飛んできたのがスマナサーラの金魚のフンだったな。 『ブッダ論理学五つの難問』 最初の2章を読んだだけで著者の「現代論理学」の理解度は極めて低いことがわかる。 論理学で時間が扱えない、真理表に穴がある、などの初歩的な思い違いから全ての議論を導いている。 A∧Bと、日本語の「AそしてB」とはイコールでない(そのために普通は「AかつB」として、 この中に元々時間の含意がないことを示すのだが)ことを理解しようとせず、そ れだから時間の概念が論理学で扱えない、とくる。 真理表で順にTTFTの真理値を示す命題がQ→P、すなわちPならばQの逆であること位は、 中学生の数学程度ですくに理解しうることである。 それを「現代論理学ではこれにあたる接続詞がない」というのは噴飯ものでしかない。 仏教論理を専門とする著者が、今やあたりまえになっている記号論議学を生齧りして、 命題関数だとか真理値だとかいうものを生半可に弄んでいるだけの話で、内容はもとより空疎である。 仏教徒である私だが、このような著者によるブッダの思索の紹介というのは頂けたものではない。 あとがきに、龍樹がうるさく「書け」と言った、という件があるが、正直、著者の精神状態を疑わざるを得ない。 龍樹もいい迷惑だ。 仏教書としても論理学の書としても読むに値しないが、論理展開の誤謬の例としては典型的で、おもしろい
『ブッダと龍樹の論理学―縁起と中道』 第一章を読む途中で、著者が「西洋論理学」について誤解していることがわかる。 論理学で言う「P∧Q」の、PとQの入れ替え可能の原則について、 著者は、これは日常用語の「PそしてQ」にあたるとして、日常用語ではPとQが 入れ替え不能であり、現実の世界に適用できないとしているが、「∧」は「そして」 ではなく、「かつ」のことであり、日常用語としても入れ替えはできる。 また、「PならばQ」の説明として、「これがクジラならば、これは哺乳類である」を 例文として挙げて、Pに「これがクジラである」を入れ、Qに「これは哺乳類である」を 当てはめて、「QならばP」が現実の世界では成り立たないとして、このように日常言語 で成り立たないものを、成り立つとしているのが「西洋論理学の特徴である」としている。 しかし、これはPとQにどの命題を当てはめるかで決まることではないのか。 Pが「これは哺乳類である」Qが「これはクジラである」にしたら「QならばP」は 成り立ってしまうではないか。 それに、成り立たないとされる「これが哺乳類であれば、これはクジラである」は 命題として「偽」であるだけで、日常言語の文章として成り立たないというわけではない。 おかしなところは他にもたくさんあるのだが、あげきれない。 この本にはかなり期待していたところもあるので、正直いってがっかりしてしまった。
>>149 字数制限があるからな。
>>142 >>143 >>144 はひと繋がりで読んでくれ、
オマエにとっちゃ都合の悪い反証がいっぱい書かれているんだから。
あ、長文は読めないバカだからしかたがないか。
155 :
神も仏も名無しさん :2009/09/22(火) 17:53:58 ID:elY/781P
>俺の考える「釈迦の悟り」とは、 >「臨死(ニアデス)、およびそれと同様の薬物摂取や脳機能障害によって誰でも体験するような >ありふれた体験である」と推測している。 何でそう考えたのかがまずわからんな。 「釈迦の野郎は薬中と変わらん脳機能障害者だ」と主張したいのなら、 それはそれで一つの意見として受け取っておくけれども。 まあ、何にせよ仏教ではないわな。 >この博士が、ニルヴァーナ、ニルヴァーナって叫んでるぜ。 ……だからどうなの? ニルヴァーナ、ニルヴァーナって叫んでるからって博士が (仏教徒のいう)悟りを開いていると考える理由はないのだけれども。 uZyDglm8=h2P8KYWVさんの49の書き込み >もともとインドには古くからカースト制度と密接に結びついた「輪廻思想」があり、 >それをバラモン(司祭階級)が人民の支配に利用していた。 こんな事実あったっけ?時系列間違えていないか? バラモンどもが(仏教やジャイナ教からパクって)輪廻思想を整備したのは、 後の事だと思うのだけれども。
【豆知識】 スマナサーラ教に於いては輪廻は釈迦の発見でありウパニシャッドに輪廻の記載が あるのは仏教からのパクリであるとされる。 このことの傍証として挙げられるのがウパニシャッドと仏典の編纂年代の差だ。 前者が後者より後に編纂されたことからスマナサーラ教ではウパニシャッドは 仏典からパクったのではないかと考えられている。尚、スマナサーラ教において 仏教のパクリと考えられているものに、ヒンドゥー教があるがヒンドゥー教の 具体的学派名は挙げられておらず 「ヒンドゥー教では尾骨に魂があり頭頂を抜けて解脱に到るなどと考えている」 といった過剰な一般化と偏見による揶揄も見られる。 因みにスマナサーラ教における輪廻の証拠は根拠のない伝聞推定ばかりであり アビダンマにおける外道の師の記述は絶望的な偏見に満ちており研究者などから 批判が挙がっている。 また日本テーラワーダ仏教協会の佐藤哲朗氏はキリスト教も仏教のパクリでは ないかとブログで推測している。佐藤氏はまた前世は神通により思い出される ものであり瞑想が必要であると主張するが瞑想における前世の想起を「真」と 考える根拠はどこにもなく彼らの排撃するキリスト教徒の「神の実在を認識した」 なる主張と似たり寄ったりであり多方面からの批判は免れ得ない。 こういうのが『宗教』である以上、仕方がないとも言えるが科学を騙るのはやめ 他宗教に対する偏見を慎み謙虚になればいいと考えられるが中々、そうは普通に できないのもまた『宗教』なのである。
157 :
神も仏も名無しさん :2009/09/22(火) 19:15:16 ID:elY/781P
>156 スマナサーラ教の説明としては概ね同意。 ただ、 >因みにスマナサーラ教における輪廻の証拠は根拠のない伝聞推定ばかりであり >アビダンマにおける外道の師の記述は絶望的な偏見に満ちており研究者などから >批判が挙がっている。 ここのところ「スマナサーラ教」を「仏教」に変えたほうがいいと思うが。
159 :
神も仏も名無しさん :2009/09/22(火) 20:17:35 ID:elY/781P
155の補足 >もともとインドには古くからカースト制度と密接に結びついた「輪廻思想」があり、 >それをバラモン(司祭階級)が人民の支配に利用していた。 ウパニシャッドのニ道五火説はクシャトリア(武人階級)の教え。 それに全然洗練されていない(まあ、洗練されているものが事実とは限らんが)。 インド古代における身分制的上下関係には高貴・卑賤という考えは(当初は)なかったはず。 輪廻思想(および差別思想)が整備されるのは、自由思想家(お釈迦さん含む)の活躍に危機を 抱いたバラモンが、マヌ法典やらヒンドゥー教やらをこさえて巻き返しをはかってからじゃなかったか? 不可触民やら細かいジャーティやらができるのも後になってからだし。 どうも古代のバラモン階級を必要以上に過大評価しているように見えるのだ。
はっきり言って釈尊は輪廻解脱をそれほど重視していなかったのは 正しいとは思うんだ。 釈尊はあくまで煩悩解脱を説いていて 煩悩解脱の副産物として輪廻解脱も成し遂げられてしまった、 というのが本当かもしれん。 だからと言って釈尊が輪廻を否定した、とは言えないんだよ。
アンチに聞きたいんだけど 無から有がどうやったら生まれてくるのか 理論的に説明して欲しい。 何度も言うが何故死ねば終りなのに 生涯の半分近くも賭けて修行した祖師方の 心を説明して欲しい。 500年に一人と言われる禅師が輪廻を 肯定している理由を述べて欲しい。
162 :
神も仏も名無しさん :2009/09/22(火) 21:29:02 ID:elY/781P
>アンチに聞きたいんだけど 何に対するアンチなのかが書いてないが… >無から有がどうやったら生まれてくるのか >理論的に説明して欲しい。 さあ…知ったかぶりの学者さんに聞いてみたら?としか言いようがないなあ。 >何度も言うが何故死ねば終りなのに >生涯の半分近くも賭けて修行した祖師方の >心を説明して欲しい。 これに答えるのは簡単。祖師方は死ねば終わりとは思っていなかったから。 >500年に一人と言われる禅師が輪廻を >肯定している理由を述べて欲しい。 これも簡単。その禅師が仏教徒だったから。
お前だめだ。 話すだけ無駄だった。
>>159 ウパニシャッドのニ道五火説はクシャトリア(武人階級)の教え。
それに全然洗練されていない(まあ、洗練されているものが事実とは限らんが)。
インド古代における身分制的上下関係には高貴・卑賤という考えは(当初は)なかったはず。
輪廻思想(および差別思想)が整備されるのは、自由思想家(お釈迦さん含む)の活躍に危機を
抱いたバラモンが、マヌ法典やらヒンドゥー教やらをこさえて巻き返しをはかってからじゃなかったか?
不可触民やら細かいジャーティやらができるのも後になってからだし。
どうも古代のバラモン階級を必要以上に過大評価しているように見えるのだ。
インドの四姓制度(ヴァルナ)がほぼ完成したのはアーリア人のインド進入後で、
自由思想家の登場の前になる。
テーラワーダの解釈とは逆だが、史学ではそういわれている。
その中でバラモン(司祭)階級の優位が確立され、
それに異議を唱え登場してきたのが自由思想家たちだから、釈迦も「生まれによらない」と説いた。
これの経典としての根拠は『中部経典第93経、アッサラーヤナ経』、
その経典中でも釈迦は「バラモン」という語を盛んに使っている。
ヴァルナとカーストは厳密に言えば異なっているが、
後のカースト制度を支える基本理念となっているため、通用されることも多い。
>>155 ……だからどうなの?
ニルヴァーナ、ニルヴァーナって叫んでるからって博士が
(仏教徒のいう)悟りを開いていると考える理由はないのだけれども。
映像はちゃんと見たか?
ニルヴァーナと叫んでいるパート2の5分20秒あたりから博士の「脳機能障害体験談」は始まる。
http://www.youtube.com/watch?v=NRMx87tfxkE そこで語られている内容が、たとえば『相応部6』で、
「私の悟り得たこの法は、深遠で、理解しがたく悟りがたい。
静寂であり、卓越していて思考の領域をこえる。」
と釈迦が自らの悟りについて言っているのと「そっくりだ」といっているのだが。
釈迦が言っている「悟り」とそっくりだとしたら、
それは(仏教徒の言う)「悟り」を開いていると「考えない」理由もないはずだが。
>>161 >無から有がどうやったら生まれてくるのか
>理論的に説明して欲しい。
現代物理学で最有力視されている理論によれば、
「トンネル効果」によっておよそ137億年前に突然出現した宇宙は、
10のマイナス44乗秒後、「真空のエネルギー」によってインフレーションが始まり、
「大統一力」と「重力」が枝分かれする。したがってこれ以前に「重力」はなかった。
10のマイナス34乗秒後、第2の相転移で「強い力」が枝分かれする。
この時に宇宙は超高温の火の玉となり、これが「ビッグバン」と呼ばれている。
10のマイナス11乗秒後、第3の相転移が起きる。
これによって「強い力」がさらに「電弱力」と「弱い力」とに枝分かれする。
ここで「質量」が生まれた。
この過程以前には時間も空間も物質も重力も電磁気力もすべて「存在しなかった」のだから、
したがって「無から有が生まれた」と現代物理学では説明されている。
<Q> アンチクリストに聞きたいんだけど 無から有がどうやったら生まれてくるのか 理論的に説明して欲しい。 何度も言うが何故死ねば終わりなのに (輪廻するとか、死後はわからないとかいう奴もいる) 生涯の半分近くも賭けて伝導した伝道師方の 心を説明して欲しい。 千年に一人と言われる伝道師が神の国を 肯定している理由を述べて欲しい。 <A> それが信仰というものです。 そもそも、事物の因果関係が認識できると考えるのが信仰です。 確証の持てない期待に賭けるという意味で信仰はギャンブルに近いです。 ギャンブルと明白に違うのはギャンブルはリターンが明白にわかるのに 対し信仰は死ぬまで見返りが得られない若しくは見返りが、自己満足に 終わることが多いことです。 この事実にどのような宗教も気付いており、分散投資の発想で 半分は現世利益を追求し大衆の恐怖と欲望に漬け込み彼らを支配し 富と権益の最大化を図ります。 他方で彼らの門徒には人生を信仰に賭けさせ損切りできない状態まで 追い込み恐怖に基づく妄想の継承を行わせます。
168 :
神も仏も名無しさん :2009/09/23(水) 11:18:26 ID:WsmarltD
>>142 見たよ。
この博士が感じたのは涅槃ではなく禅定体験ではないかな?
禅定状態と涅槃の区別は、その定義を知らない人には困難だろ。
彼女が涅槃という単語を知っており、脳梗塞の状況で感じた体験を語る術語が思い当たらず、涅槃という単語を用いただけのように思える。
>>166 の訂正
これによって「強い力」がさらに「電弱力」と「弱い力」とに枝分かれする。は、
これによって「強い力」と分かれた「電弱力」が「電磁気力」と「弱い力」とに枝分かれする。
に訂正。
168 名前:神も仏も名無しさん[] 投稿日:2009/09/23(水) 11:18:26 ID:WsmarltD
>>142 見たよ。
この博士が感じたのは涅槃ではなく禅定体験ではないかな?
禅定状態と涅槃の区別は、その定義を知らない人には困難だろ。
彼女が涅槃という単語を知っており、脳梗塞の状況で感じた体験を語る術語が思い当たらず、
涅槃という単語を用いただけのように思える。
おいおい、今度は「涅槃」と「禅定体験」との定義の違いかよ。
その違いがオマエに判断できるということは、その区別をオマエは知っている、
つまり涅槃と禅定状態が比較できるだけの体験を自分が持ち合わせていると言うんだな。
わざわざパーリ語原典から翻訳された『相応部』を持ち出して、
そこに書かれていることと博士の体験の相似性を言ったんだぜ。
聞くところによるとテーラワーダによると釈迦の時代から一言一句追加もされていない、
釈迦直伝のはずのパーリ語経典に書かれている「釈迦の悟り」に関する記述が、
博士の「脳梗塞体験」とそっくりだとしたら、そこから論理的に導き出せるのは、
a.博士が釈迦と同じ体験をした。
b.釈迦が博士と同じ体験をした。
のどちらかのはずなんだがな。
そこから、釈迦が二千数百年前に菩提樹の木の下で脳梗塞発作かなんかに襲われて、それを「悟り」だと思った
と考えるのは、「涅槃と禅定の違い」というウソをついてまで誤魔化さねばならぬほど、
何かよほど都合が悪いらしいな。
禅定は対象を取る。 涅槃は取らない。 涅槃を神経伝達物質で 説明しようという輩がいるが 涅槃に達したら戻らない訳で その間伝達物質が異常分泌 されている、とでも言いたいのだろうか。
171 :
神も仏も名無しさん :2009/09/23(水) 19:18:51 ID:04SBZNzm
>>この過程以前には時間も空間も物質も重力も電磁気力もすべて「存在しなかった」のだから、 >>したがって「無から有が生まれた」と現代物理学では説明されている。 バカって自覚がないから哀れだよな。
>>166 お前が「突如」産まれて自我が
インフレーション起こして今現在のお前が存在すると。
そういう見解で宜しければ、そのままどうぞ。
やっぱりお前は一神教が向いているよ。
このスレの人間は(俺も含めて) だれも修行もせず 口論悪口に日を過ごし、 いずれ捨て去らねばならない知識をもてあそびながら 虚しい一生を過ごすだろう。
174 :
神も仏も名無しさん :2009/09/24(木) 08:24:06 ID:1h7BJ++6
>>169 涅槃を体験したら、煩悩がなくなるはず。
たとえば、その博士がその体験によって預流果に達したなら、
三つの煩悩がなくなったはず。
どんな体験したかは他人にはわからないが、
煩悩がなくなったかどうかという明確な判断基準がある。
仏教では、誰に教わることなく独りで悟る、
「独覚」という人々の存在も想定されている。
独覚が誰にも布教せず弟子も持たずに死んでいくなら
その存在はわからないが、何かのきっかけで独りで悟る人はいるかも。
ブッダは、悟ったあとで他人に指導した。
>>170 禅定は対象を取る。
涅槃は取らない。
涅槃を神経伝達物質で
説明しようという輩がいるが
涅槃に達したら戻らない訳で
その間伝達物質が異常分泌
されている、とでも言いたいのだろうか。
博士は脳梗塞体験の間、身体感覚、自我、言語など多くの「対象」が無くなっていた、と語っているがな。
「脳梗塞」という状態に達して、そのままほっておいたらたぶん「戻らなかった(戻れなかった)」ことだろうよ。
今使われている意味での「涅槃」や「仏になる」だな。
釈迦は悟りを開く直前に相当激しい、ほとんど死の直前までいく苦行をしたらしいが、
それこそ釈迦の悟りが「ニアデス体験」にだったことの証明だぜ。
それと、博士は神経伝達物質で説明しようとはしていない。脳科学者らしく、
「左脳の機能がいかれてしまったので、通常抑制されている右脳の機能が前面に出てきたのだろう」
と分析している。
左脳の機能を抑制すればサヴァン的な能力を健常者も発揮できるようになるという実験結果も出ている。
釈迦の悟りが博士の脳機能障害体験と同じだったということは、むしろ自慢のネタに使えよ。
「科学」なんだろw
>>166 お前が「突如」産まれて自我が
インフレーション起こして今現在のお前が存在すると。
オマエさ、毎回ドツボにはまってバカをさらすよな。
「自我」が仮想された実体のないものである、
つまり「無我」ってのは小乗大乗問わず仏教の大前提なのにな。
「自我」を前提に物言ってる時点でオマエの「非仏」と「外道」は確定だな。
>>174 >預流果に達したなら三つの煩悩がなくなったはず。
釈迦のニアデス体験で脳の三つの煩悩をつかさどる機能がやられて、
それ以降も回復しなかった。
まあ、脳機能障害はいろんな小乗、いや症状をとるからな。
>ブッダは、悟ったあとで他人に指導した。
博士は、脳梗塞体験をしたあとでその体験を他人に啓蒙活動し始めた。
あ、やっぱり同じだ!!
>>159 インド古代における身分制的上下関係には高貴・卑賤という考えは(当初は)なかったはず。
これもオマエさんらのパーリ語原典から翻訳された『アッサラーヤナ経』にばっちり出ているのだが。
バラモンは「白い」から高貴で、あとの階級は「黒くて穢れている」とバラモン階級の者が言った、という風にな。
だとすると、パーリ語経典の『アッサラーヤナ経』は、
「当初は(当初っていつのことだw)」なかったはずのものが後から「釈迦の言ったこと」として追加されたのか、
経典どおりに「釈迦存命中から身分の高貴・卑賤という考えがあった」のか、そのどちらかということになる。
それから遅くなったが、
>>156 【豆知識】ありがとう。
俺も戒律の厳しいことが「売り」であるはずのテーラワーダの坊主とそのコバンザメが
平気で事実を捻じ曲げて世間に流布させていることが不思議でならんのだよ。
四姓制度や輪廻やキリスト教まで仏教のパクリで、
本家本元は全部釈迦だとウソをついてまで主張したがるのは、一体何が目的なんだってな。
それとも「ウソや妄言を言ってはならない」はテーラワーダの「戒」ではないのか。
もし、ウソや妄言を信者獲得に用いることが「ウソも方便」というのなら、
常日頃自分たちが批判している大乗仏教系の新興カルトと同じじゃねえか。
それこそ南直哉じゃないが、ウラに「何か隠してるんだろう」。
その南も対談して牙を抜かれちまったのが情けないが。
そこから、宗教的狂信者である糞坊主とそのコバンザメの目的は、
日本の宗教勢力図を「スマナサーラ風の小乗」に塗り替えるための宗教テロ活動と見た。
だがこのままでは、まちがいなく失敗に終わるがな。
>>175 もし右脳が脳梗塞起こしたら、体験としてはどんなものになるんだろう?
>>179 いやいや、このやりとりは非常に興味深いよ。唯脳論と宗教の対立なのだから。
これはとても哲学的な話であって、デカルトやヘーゲル、池田晶子を呼びたくなるような話だよ。
禅のマスターがLSDやって禅の体験と同じだと言ったという話もあるだろ。
智慧や悟りはどこまで脳の機能に左右されるのか?
とても興味深いテーマだと思う。
何だかんだでいいことも言ってるし読んでいてそれなりに面白い からいいと思うが万物に対する批判で権威主義的パーソナリティを 魅了する日本テーラワーダ仏教協会のアルボムッレ・スマナサーラ氏及び スマナサーラ教について語るスレだからA・スマナサーラ氏に絡めてね。
183 :
神も仏も名無しさん :2009/09/24(木) 14:02:07 ID:kRSNfcjR
>>182 175のこのレスはスマと絡めるという点で正しいと思うよ。
>釈迦の悟りが博士の脳機能障害体験と同じだったということは、むしろ自慢のネタに使えよ。
>「科学」なんだろw
ここ数日のやり取りを見て思うのは、瞑想とは意図的に左脳の機能を停止させる技術なのではないかということだ。
そのまま至福感を感じるだけだと神や世界との合一感を味わうだけだが、それを論理の
枠組みに落とし込めば智慧になり、有余涅槃に域に到達しえるのかもしれない。
ラーマクリシュナは右脳障害があって、だからしょっちゅうあっちの世界に意図せずに行ってしまっていたのかもしれない。
186 :
神も仏も名無しさん :2009/09/24(木) 23:37:30 ID:67R1ESgP
まあなんにせよ、現代にお釈迦様が生きてたら、脳科学でも科学的知見でも なんでもかんでも貪欲に学んだだろうよ。 なんも自分で考えようとせず、経典に書いてあるから、師匠が言うから、と 信じるなんてことはすまいて。 見たことも確認したこともないものをあるだのないだの言うような愚はおかすまい
187 :
神も仏も名無しさん :2009/09/25(金) 07:33:48 ID:nGlafP8G
159だけど
>178
>これもオマエさんらのパーリ語原典
「オマエさんら」ってなんだ?俺、テラワダシンパでもなんでもないんだけど。
http://blhrri.org/kenkyu/project/mibun/mibun_0005.htm なんて参考にしてはどう?
「不可触民とカースト制度の歴史」小谷 汪之(明石書店) もいいかもしれないよ。
>俺も戒律の厳しいことが「売り」であるはずのテーラワーダの坊主とそのコバンザメが
>平気で事実を捻じ曲げて世間に流布させていることが不思議でならんのだよ。
これは良いとして…
>四姓制度や輪廻やキリスト教まで仏教のパクリで、
四姓制度が仏教起源?誰が言ってるんだそんなこと。
悪名高いスマ長老ですら、そういうことを言うとは思えないのだが。
188 :
神も仏も名無しさん :2009/09/25(金) 07:39:43 ID:nGlafP8G
>165 >「私の悟り得たこの法は、深遠で、理解しがたく悟りがたい。 >静寂であり、卓越していて思考の領域をこえる。」 >と釈迦が自らの悟りについて言っているのと「そっくりだ」といっているのだが。 >釈迦が言っている「悟り」とそっくりだとしたら、 >それは(仏教徒の言う)「悟り」を開いていると「考えない」理由もないはずだが。 どこぞのだれかがそっくりだと思ったというだけで「悟りと同じ」と思う理由はないはずだけれども。 スマナサーラなみに短絡的な議論だよ。これ。
189 :
神も仏も名無しさん :2009/09/25(金) 08:24:01 ID:q6nAcCsk
脳の話題の関連で、仮に悟った人が痴呆症になった場合にも、 いったん消えた煩悩が復活することはないのだろうか? スマナサーラ長老の教えどおりならおそらく、 脳を含めて肉体がどんな疾患になろうと、 心の煩悩には関係ないのでしょうね。
190 :
神も仏も名無しさん :2009/09/25(金) 08:57:41 ID:J+ufaGlX
解脱とは、自我によって自我自身を解体しつつエス(イド)を自我に取り込み 戒を守りながら仏法によって制御しつつ普遍的な善と同化した自我を再構築すること。 六波羅蜜の修行の習慣を定着させることで脳に新しい神経ネットワークを再構築する。 通常凡夫は自我が馴染んだものに固執して習慣を変えようとはしないし変える意義も見いだせないが、戒を守り生活を改めれば新しい習慣が新しい心を作る。 諸法無我。
191 :
190 :2009/09/25(金) 09:02:13 ID:J+ufaGlX
ごめん、分かったようなこと書いたけど、合っているか分かんない。 でも、仏教で救われたいなら五戒は守るべき。
192 :
190 :2009/09/25(金) 09:14:08 ID:J+ufaGlX
合っているか分かんないじゃなくて、たぶん間違ってるから忘れて。 ごめんなさい。
>>180 もし左脳が脳梗塞起こしたら、体験としてはどんなものになるんだろう?
これも医学的症例としてよく知られていて、左脳が障害を受けた場合、
言語能力は失われないが「喜怒哀楽」という感情が失われる、というか理解できなくなるらしい。
脳障害が疑われる患者を手術する場合に「利き手」を訊ねられるが、
それは右利きの場合の9割以上、左利きだと6割程度が左脳に言語野があり、
医学的には「言語能力を残す」ことのほうがより優先されるという「言語機能重視」の考え方があるためだと思われる。
その他、障害を受けた部位によって起きる多彩な症状については、かなり解明されてきています。
それと、
>>175 「左脳の機能を抑制すればサヴァン的な能力を健常者も発揮できるようになるという実験結果も出ている。」
についてだが、
これは被験者の左脳にある言語と短期記憶を司る部位に磁気を狙い撃ちさせ、
一時的にその機能を麻痺させることによって、
通常見られない能力が(一時的に)発揮できるようになった、という実験結果のことで、
詳しくは
ヘッドギアで『レインマン』の天才に?(上)
http://wiredvision.jp/archives/200204/2002042301.html ヘッドギアで『レインマン』の天才に?(下)
http://wiredvision.jp/archives/200204/2002042406.html に書かれているので、参考にされたし。
こちらは、「瞑想」無しでも左脳の一部に磁気を当てて言語機能をマヒさせてやれば、
誰でも「不思議な能力」を発揮できるようになる、ということの「科学的実例」になる。
いささかオウムを彷彿とさせる気色悪い実験だが。
上に書いたのは「脳機能の部分的麻痺」によって惹き起こされる症状で、
これをスマナサーラ教でいう「涅槃」とすると、
神経伝達物質の異常で起きるのが向精神薬、いわゆるドラッグによる幻聴や幻覚、
及びある種の精神疾患で、こちらは同じく「禅定」に該当すると言えそうだ。
>>181 禅のマスターがLSDやって禅の体験と同じだと言ったという話もあるだろ。
智慧や悟りはどこまで脳の機能に左右されるのか?
このように「脳機能障害」と「神経伝達物質の異常」という両者の「発生のメカニズム」は異なっているが、
どちらも「脳という身体器官の異常事態が作り出した意識状態の見せる幻」であることに変わりはなく、
これは「意識」はそもそも「実体のない幻」であって、「自分という意識」もまた幻想にすぎない、
とする(マトモな)仏教の「無我説」にもよく合致している。
>>182 スマナサーラ教について語るスレだからA・スマナサーラ氏に絡めてね。
分かりにくいかも知れんが、「輪廻」のレスから始まった俺のこれまでの発言は
すべて「スマナサーラに絡めざるものなし」だよ。
ここは日付が変わるとIDも変わるが、そのあまりの「バカっぷり」からおそらく同一人物だと推定される
「毎回ドツボにはまる君」が繰り出したこれまでのおバカ発言の数々、
「輪廻があるってお釈迦様がいったからある」
「輪廻がないと自殺しちゃう」
「釈迦の悟りは絶対」
「スマや石飛センセイが釈迦の言うことはとっても論理的だといっていたから輪廻はある」
「大乗非仏説や外道や一神教など他宗他派に対する批難」
「基本的な仏教用語である常見、我見、無我といったものさえも理解できていないこと」
などなど、これってスマナサーラの言っていることの「劣化コピー」でしかないんだな。
つまりスマナサーラ鮫に吸い付くコバンザメ佐藤に、さらにたかっている寄生虫ってところか。
したがって、「ドツボ君」の背後にはスマナサーラの論理破綻そのものが控えてるっていうことで、
これまで、
「石飛センセイの著作の論理破綻を指摘したアマゾンの批評」を載せ、
「ちゅうがくせいでもわかる」a=bならばb=aの交換法則を
>>169 で使い、
「釈迦の悟りは絶対」という勘違いに対しては「脳機能障害説」を持ち出し、
「無から有が生まれるわけがない」については「無から有が生まれた」とする現代物理学理論を取り上げて、
ついにドツボ君が「無我」をまるで理解できていないことが判明して今日に至る。
で、「輪廻がある」という立場で考える時に、 どうしても避けて通れないのが「ではその輪廻する主体とは何か」という問題で、 スマナサーラはここのところを常に誤魔化し続けていて、マトモな説明ができていないんだよ。 つまり絶対無謬、釈迦直伝のはずのパーリ語経典に、 「お釈迦様は輪廻というものがあって、それを繰り返すのが苦であり、 そこから解脱して二度と母の胎に生まれないことが涅槃であるといった」と書いてあるもんだから スマナサーラとしても「輪廻は恐怖です」といわなきゃならんわけだが、 一方で「霊魂などというものは存在しない」と断言しているのもスマナサーラ教理だから、 じゃあ「輪廻して過去の自分の業を受ける未来の自分」という場合の「連続した自分」とは何?、となる。 しかも(マトモな)仏教は「無我」説だ。 ここから導き出されるのは、 「未来の自分は今の自分ではないので、その自分ではないものに責任を感じて修行する必要はない」や、 「いや、未来の自分と今の自分はやはり等しい」となると、今度は「連続する自分を繋ぐもの」として、 釈迦が否定しているはずの「霊魂」を持ち出さなければならなくなる。 これは過去生についても適用されるから、「修行が進めば自分の過去生がわかる」のなら、 やっぱりその「過去の自分と今の自分」を繋ぐ「自分」という 限りなく「霊魂」に近いものが存在することになるから、これも都合が悪い。 じゃあということで、今度は「輪廻などない」「死んだら全て終わり」ということにすれば、 確か釈迦は輪廻が「ある」といっていたはずなのに輪廻は「ない」ことになって、誰かが自殺しちゃうらしい。 ややこしや、ややこしや。 こういうことにスマナサーラ教では「まともに答えられない」んだよ。 そこんとこを曖昧にしたまま、やめときゃいいのに 「修行をすれば前世が解るようになります」とか「輪廻は恐怖です」とか、 反対に「死んだあとのことはわかりません」とか 「お釈迦様がおっしゃったから霊魂は絶対に存在しません」とか 「三匹の悪魔が」などと口からでまかせを言うのがスマナサーラ教。
>>196 スマさんはともかく、パオ式やって実際に前世や六道を見てる人は何人もいるんだが?
これはどう説明する?
幻覚で片付けるか?
>>187 >>159 の「当初は」ってのは何なんだ?。答えてくれ。
インドは中国みたいに歴史書を残さなかったから、時系列の特定が困難なのは歴史学の常識だし、
だから釈迦の生没年でさえ不詳のままだ。
それにスマナサーラ教が絶対視しているパーリ語経典に基づいて話をしているのだから、
まず挙げておいたパーリ語経典に当たってから文句は言ってくれ。
あまりにも書いていることがコバンザメ佐藤と同じだったものだから、ついついオマエラと書いたが、
こんなとこで「俺、テラワダシンパでもなんでもない」とか「別人だが」と書いても誰も信用しないし、
「同じようなこと」を書いていれば「同じ」に扱われても仕方なかろ。
>>190 いや、いいたいことはよく解る。俺だってそう思っている。
解るが、ここはスレタイに即して、
じゃあそういう「習慣」を作るのは、なにもスマナサーラ教やそこで行われる瞑想だけではないし、
おそらく仏教他派やキリスト教やイスラム教などでも同じような戒律、
同じような修行で同じような成果をあげているはずだよな。
スマナサーラがテーラワーダ仏教についてしか知らないなら、
そもそも他のものについては安易な批判をするべきではないし、
そのような批判は宗教家としての資質を疑う、ということ。
…が目的でこのスレがあるのでは。
>>197 困ったことに、それが「幻覚でない」とも片付けられんのだがな。
いや、俺も実は禅定を体験したり、前世やあの世を見てるんだよ、
だがそれが「幻覚」だとも「幻覚でない」とも、俺としてもどちらにも片付けられんのだなあ。
と言ったら、どうする?
>>197 ではその記憶が事実であるといかに証明するの。信仰じゃないの。
例え誰かの前世の証言に合致する出来事があったり該当する人物がいたりしたとしても
それ、即ち輪廻の証明にはならない。残念なことに(?)前世の追跡調査で妥当だと
判断され客観的証拠も発見されているものはないのではないか。
同じ類で宇宙人拉致体験、過去のトラウマの想起、UFOを見たという多くの証言があるが
未だ、事実と認定されたものはない。更には記憶は捏造されるものだという研究がある。
これらの証言を胡散臭いと感じるのは当然として前世の想起も相当、怪しい代物だ。
信仰と知識が経験を作るとか、脳の側頭葉あたりに形而上学的錯覚を作る部位があるとか
考えたほうが妥当だよ。
俺の周りにも前世を見たとか神の国を見たとか地獄を見たとかいう人が蠢いてるがね。
>>200 の過去のトラウマは事実の場合があるけどね。
202 :
神も仏も名無しさん :2009/09/25(金) 12:46:38 ID:q6nAcCsk
>>196 アビダンマ講義シリーズで、
輪廻の主体についても説かれていますが。
アビダンマの内容を信じるか信じないかはあなた次第ですが、
説明しているものを説明していないと、
間違った印象を与えるような発言は、
故意にやっているのでしょうか?
203 :
神も仏も名無しさん :2009/09/25(金) 12:51:48 ID:q6nAcCsk
>>196 霊魂が存在しないと言うときの「霊魂」とは、
何を差しているのでしょうか?
204 :
神も仏も名無しさん :2009/09/25(金) 13:44:19 ID:VDotqx6h
「信仰」で逃げるなよ 仏教は科学じゃなかったのかい? ブッダはあくまで経験主義者で、分からないことを分かるというようなことを諌めてきたわけだ 見てきたわけでもないことを信じきるなんてのは、他の宗教ならいざ知らず 仏教においては間違い
>>200 証明ねー。
そもそも証明とはなに?
アリバイがないせいで本人は無実なのに、有罪になることは多い。
証明が不可能でも本人は真実を知ってる訳だ。
自分だけが知ってる真実に証明も
なにも関係ない。
脳内に格納されている情報の質において、前世の記憶と今生の記憶は等価だ。
あなたが昨晩食べた夕飯は本当に食べたのか?そういう記憶を刷り込まれただけでは?
それでも俺は食べたと言うのと、前世は
たしかにこうだったと言い張るのは同じなんだよ。
前世の記憶も今生の記憶も夢であり 即今の今に生きることが仏教だ。
>>205 俺が飯を食ったことと輪廻の真贋を同列に考えるなら俺は昨日、飯食った相手や店員の
証言を招こうではないか。何なら店内ビデオでも晒してもらおうではないか。
それでも十分に疑えるって?皆で集団的妄想を抱いてるかもしれない。
ビデオは捏造かもしれない。その通りだ。
しかし輪廻と違って俺は状況証拠に第三者の目撃談に物的証拠を付け加えることができる。
そしてそれは社会通念という枠組み上、証拠と認められるしビデオだって解析できる。
そして俺やあんたはそうやって社会を生きている。
他方で、輪廻はどうだ。物的証拠並びに状況証拠も見つからずどこで得たかもしれぬ記憶の
言ったもの勝ちの証言だけだ。こんなものが認められるならどんな証言だって承認を受ける。
過去のトラウマ云々で思い出したが心的外傷説の流布と同時にありもしないトラウマが
でっち上げられるようになった。これらの真贋を見極める根拠となるのもやはり状況証拠と
関係者の証言であり、検証の結果あんたのいう多くの無実の人が罪から解放された。
娘からレイプされたかどで訴えられた父親などがだ。
あんたは、輪廻信仰を正当化する為にこういった証拠が提示可能な妥当な信と何の根拠も
ない信を混同するくせ社会機構は疑いもせず社会通念どおり利用することだろう。
金を払えば対価としてものを得られる、所有権があるからこれは俺のものだ、事故の際は
交通事故の過失割合上私が正しい、働けば給料をもらって当然だなぜなら法的に云々。
輪廻は信じたら成立するのかもしれないが赤信号で止まらなくても良いとあんたが
幾ら信じてもあんたは弾かれたら笑い者になるだけだ。重力を信じなくともあんたは
ビル十五階から飛び降りたら死ぬ。そして、あんたは俺がプレアデス星から来た霊的存在と
日々、コンタクトしているとか実はヴィーナスの使いだとかほざいても信じないだろう。
信じるに足る根拠がないと知っているからだ。
デカルトは全てを疑い最後には発狂した。ヒュームという人は認識の根拠が成立する為の 要件を疑い帰納法が無限遡行に陥ることを論じた。即ち、我々が生きる現実には特に 自明視できるものは存在しないということだが、話はそうは単純ではなく懐疑は懐疑する 行為そのものに対する信が含まれている以上、純粋な懐疑論は存在し得ないとされるが。 こういった隙に付け込み湧いて出るのが主に宗教屋が占める詐欺師連中とバカだ。 「科学もひとつの解釈に過ぎないし全ては仮説である以上、完全ではない。我々の解釈は 科学の限界で扱えない世界を扱うだけで我々の知は妥当なものである。我々の知は 科学と同じ価値またはそれ以上である。価値は相対的なものである以上同等だ」云々 こういうのを悪しき文化相対主義という。科学にはきちんと定められた基準があり それを満たした知識だけが信に足るものとされ誰にでもきちんとした手続きを踏めば 追認できる。また状況さえ整えば追認できる。そして反証が許されている。 その知は応用という形で自然法則を利用し物を動かし証明となっている。 こういった区別を無視しどのような知でも同列に扱いマトリックスよろしく全ては 疑わしいといいながらも恣意的に選んだ概念のみを偏向したい人は止めはしないが あんたが先に挙げた罪人をでっち上げるような現実は好ましくないのでそのような 現実を支える下部構造となっているスマナサーラに代表されるデタラメな知は叩き 続けようと思う。疑い続けながらも妥当な説明を選びそれでいて偏見を固定しないのが せめてもの救いではないか。
209 :
神も仏も名無しさん :2009/09/26(土) 06:56:14 ID:oJEbe/y6
>「信仰」で逃げるなよ >仏教は科学じゃなかったのかい? スマナサーラ教ではそうですね。 仏教にあてはまるとは限りませんが。
210 :
神も仏も名無しさん :2009/09/26(土) 07:19:12 ID:oJEbe/y6
>
>>187 >
>>159 の「当初は」ってのは何なんだ?。答えてくれ。
>インドは中国みたいに歴史書を残さなかったから、時系列の特定が困難なのは歴史学の常識だし、
>だから釈迦の生没年でさえ不詳のままだ。
紹介した資料を読みなよ。まったくソースに当たるってことをしないんだから。
ヴァルナは当初「誕生」ではなく「職業」に依存していたの。
ヴァイシャなんかは職業や家系とすら関係なく地域の人々を指していたし。
そこら辺を糊塗するためにリグ・ヴェーダにも後世からの挿入はされているけれども。
(巨人の歌とかあやしいねえ)
インドの古典を読むとシュードラの庶子が平気で賢者になってたりするよ。
いま思われているように身分制度がガッチガチに固まったのはマヌ法典以降。
>それにスマナサーラ教が絶対視しているパーリ語経典に基づいて話をしているのだから、
>まず挙げておいたパーリ語経典に当たってから文句は言ってくれ。
パーリ三蔵を絶対視するのはスマナサーラ教徒にまかせておくよ。
とりあえず常識的な見解を下にコピペしとくね。
>いかなる宗教の経典も後世の付加を必ず含んでおり、我々の三蔵も例外ではない。
>Now any religious text is bound to contain material which later people have found occasion to add to, and our Tipitaka is no exception. (LOOKING AT BUDDHISM)
211 :
神も仏も名無しさん :2009/09/26(土) 07:25:56 ID:oJEbe/y6
ああ、あと「カースト差別」を短絡的に「バラモン教」に結び付けるのはやめた方がいい。 お釈迦さん御大はともかく、仏教も「カースト差別」については誉められたもんじゃないから。
>>190 >自我によって自我自身を解体しつつ
これは不可能だと理解できないか?
君の主張は道徳であって解脱ではない。
上の方にあったと思うけど 悟りの概略をしりたかったら バーナデット・ロバーツを読むといいよ。 もっとも君等は「病理」の一言で 済ますかもしれないが(笑
>>210 >>211 オマエの読んだ「たった一つの資料では」そうなっているらしいが、その資料の正当性は?
ということで、「世間一般では」常識とされているインド古代史観を紹介しとくよ。
紀元前13世紀頃、アーリア人がインドに侵入し、先住民族であるドラヴィダ人を支配する過程でバラモン教が形作られたとされる。
紀元前10世紀頃、アーリア人とドラヴィダ人の混血が始まり、宗教の融合が始まる。
紀元前5世紀頃に、4大ヴェーダが現在の形で成立して宗教としての形がまとめられ、バラモンの特別性がはっきりと示される。
しかしそれに反発して、多くの新しい宗教や思想が生まれることになる。現在も残っている仏教やジャイナ教もこの時期に成立した。
新思想が生まれてきた理由として、経済力が発展しバラモン以外の階級が豊かになってきた事などが考えられる。
カースト、特にバラモンの特殊性を否定したこれらの教えは、特にバラモンの支配をよく思っていなかったクシャトリヤに支持されていく。
(wiki「バラモン教」)
「仏教に属するスマナサーラ教の間違った教義」について話をしているのだから、
パーリ語原典自体がそもそも何の根拠にもならない、ということを書いているのに、何を「誤読」してるんだ。
あるいは、何か不都合で話を逸らしたいw
>>211 ああ、あと「カースト差別」を短絡的に「バラモン教」に結び付けるのはやめた方がいい。
お釈迦さん御大はともかく、仏教も「カースト差別」については誉められたもんじゃないから。
>>178 パーリ語原典から翻訳された『アッサラーヤナ経』にばっちり出ているのだが。
バラモンは「白い」から高貴で、あとの階級は「黒くて穢れている」とバラモン階級の者が言った、という風にな。
だとすると、パーリ語経典の『アッサラーヤナ経』は、
「当初は(当初っていつのことだw)」なかったはずのものが後から「釈迦の言ったこと」として追加されたのか、
経典どおりに「釈迦存命中から身分の高貴・卑賤という考えがあった」のか、そのどちらかということになる。
まずは『アッサラーヤナ経』に当たってみてから言ってくれ。イイコトがいっぱい書いてあるぞw
出典は『世界の名著1 バラモン経典 原始仏典』
そこに、釈迦存命時すでに四姓制度による「身分差別」が存在し、
それに対して釈迦が「人の貴賎は生まれによらない」と諄々と説いているのが描かれている。
後世の仏教が「カースト差別」については誉められたもんじゃないのは、
おそらく他の社会でも宗教でも皆同罪だと思うが、
いったい、オマエ自身はそこに含めてモノを言っているのか、
それともまるで自分は『アッサラーヤナ経』に出てくるバラモン階級の者のように「高貴で清らかだから」
あるいは、「自分自身がカースト差別的な差別を受けてきたらから」
その中には含まれないとして、偉そうに上からモノをいっているのか。
それとも、たとえば「大乗に小乗ってさげすまれてきて、
カースト差別的な差別を受けてきたから断罪する権利がある」とでも言いたいのか。
>>178 パーリ語原典から翻訳された『アッサラーヤナ経』にばっちり出ているのだが。
バラモンは「白い」から高貴で、あとの階級は「黒くて穢れている」とバラモン階級の者が言った、という風にな。
だとすると、パーリ語経典の『アッサラーヤナ経』は、
「当初は(当初っていつのことだw)」なかったはずのものが後から「釈迦の言ったこと」として追加されたのか、
経典どおりに「釈迦存命中から身分の高貴・卑賤という考えがあった」のか、そのどちらかということになる。
>>209 >「信仰」で逃げるなよ
>仏教は科学じゃなかったのかい?
スマナサーラ教ではそうですね。
仏教にあてはまるとは限りませんが。
ダライ・ラマ14世は、もし仏教が真実の教えであるなら、
科学に照らしても正しいことが証明されるはずだから、といって、
積極的に科学的な検証を受けようとしているがな。
それとも、チベット仏教も「非仏説」だから「仏教ではない」かw
ちなみに2008年度の「世界で最も影響力がある100人(TIME誌)」の1位はダライ・ラマ14世だったが、
その中にはここで取り上げた脳科学博士も入っている。スマナサーラは?
206 名前:神も仏も名無しさん[sage] 投稿日:2009/09/26(土) 01:05:26 ID:ZZzbbB4S
前世の記憶も今生の記憶も夢であり
即今の今に生きることが仏教だ。
「今」も夢だよ。
212 名前:神も仏も名無しさん[sage] 投稿日:2009/09/26(土) 07:46:34 ID:ZZzbbB4S
>>190 >自我によって自我自身を解体しつつ
これは不可能だと理解できないか?
君の主張は道徳であって解脱ではない。
解脱は「脳機能障害」の見せる「幻覚」かもしれない。
213 名前:神も仏も名無しさん[sage] 投稿日:2009/09/26(土) 07:49:44 ID:ZZzbbB4S
上の方にあったと思うけど
悟りの概略をしりたかったら
バーナデット・ロバーツを読むといいよ。
もっとも君等は「病理」の一言で
済ますかもしれないが(笑
バーナデット・ロバーツの説く「悟りの概略」は、
精神病理が書かせたものかもしれない、そうでないかもしれない。
それを判断できる「絶対的基準」を、自分をも含めた誰も持たない。
…とは考えられないらしいな(笑
>>202 アビダンマ講義シリーズで、
輪廻の主体についても説かれていますが。
アビダンマの内容を信じるか信じないかはあなた次第ですが、
説明しているものを説明していないと、
間違った印象を与えるような発言は、
故意にやっているのでしょうか?
これについて書くと長くなるから、とりあえず
スマナサーラの輪廻を批判したブログを張っておくから読んでみろ。
http://blog.nanka.biz/?eid=385852 南華密教という台湾にある仏教の一派の人らしいが、
十数回にわたって長文でスマナサーラ教の「間違い」を指摘している。
もしこの批判に真摯に耳を傾けていたなら、
「玄侑宗久が性懲りもなく般若心経について書いた」
などというコバンザメ佐藤の言葉は出てこないはずなんだが。
>>217 君は十分「病理学的研究」の
対象だよ。
唯幻想論者クン(失笑
解脱は幻覚らしいが、 解脱って見えるものじゃないんだけど。 まあ、解らんだろうがな。
221 :
神も仏も名無しさん :2009/09/26(土) 10:00:56 ID:VNxZRF+H
>>218 リンク先のページだけざっと見たが、むちゃくちゃだろ。
> もともと、知っている通りに行動できない、つまり、悟っていないのは人間だけであり、人間以外の生物は、知っているとおりにしか行動できませんから、「もともと悟っている」のは間違いありません。
長老は、「すべては無価値だ」と知るのが「悟り」だとも言っています。ならば、人間以外の生物は、もともと「価値」など知りませんから、やはり悟っていることになります。
これなんか六道輪廻の苦をまったく理解してない妄言だよ。
なんで畜生道に落ちてる動物が悟ってるんだよw
修行を忘れて観念論に走る人々は、、「一切衆生はもともとから仏性を持っている」とか、 如来蔵であるとか、本覚であるとか、本来悟っているとか、哲学っぽいこと 知識っぽいことをいいたがるのです。言っているのは偉いお坊さんですが、「では、なぜあなたは出家しているのですか?」と聞きたくなります
223 :
神も仏も名無しさん :2009/09/26(土) 10:20:12 ID:VNxZRF+H
>>207 現実はこうだというのは単なる逃げだよ。
真理を本当に極限まで追究しようとする人間が絶対に言ってはいけない逃げ文句だ。
120円払うとジュースが買える。だがその金とはただの金属片にすぎない。
スクラップ置き場にある金属片と価値としてはなんら変わらない。
金属ですら、突き詰めれば人間の肉体同様、原子と分子の組み合わせでしかない。
そういう突き詰めをどんどんやっていって、本当の真理を追い求めていく。
仏教はその結果としての業、因縁、輪廻というシステムを発見したわけだ。
あんたのように世俗の真理(世俗諦)と本当の真理(勝義諦)を一緒にする人は本当に多いけど、それじゃだめだ。
宗教とは、すくなくとも仏教とは、勝義諦を徹底的に追い求めようとする人のためのものだよ。
だからこそ世俗のことに捕らわれずそれだけに没頭できる出家という制度も出来たわけだしな。
224 :
神も仏も名無しさん :2009/09/26(土) 10:28:09 ID:VNxZRF+H
>>222 同感だけど、そりゃ大乗の坊主の話だよね?
上座部の僧侶は、修行しなければ悟れないという立場のはずだから。
>>207 第三者がいればいいけど、一人だけで行った行為はどうすると聞きたかったんだけどな。
アリバイを証明できないせいで無実の罪に陥るなんていうのは、第三者がいないから起きる悲しい出来事なんだから。
どんなに客観的証明が出来なくても本人はそれを真実だと知っている。
信じているのではなく、明確に、疑いようも無く、知っていることというのはあるわけだ。
昨晩誰にも見られずオナニーした、精液はティッシュでふき取らずお風呂場で流した。
この場合は証拠なんか残ってないよな。だけどやったという事実は事実だろ。
俺はそれを疑いようも無く知っている。信じてなんか無い。
前世の記憶についても同じ事が言える。
世界には思想、哲学が腐るほど存在している。 ここにも屁理屈を書き散らしている愚か者がいる。 で、釈尊が初めて試みたのは では、屁理屈を言っている私とは何者か、ということを 体験的に探り答えを見つけた、ということだ。
226 :
神も仏も名無しさん :2009/09/26(土) 10:38:03 ID:VNxZRF+H
>>225 釈尊は答えを見つけたかもしれないけど、問題になってる輪廻の主体は何か、私は何者かという質問には無記として答えなかったわけだ。
そこから脱出する、悩みを解決する具体的な方法は教えたけど、哲学的なことは捨置答とした。
だから、そういうことに関心を持つ愚かな衆生は、その言わなかった真理をあえて追い求めることになる。
俺も含めてな。
その結果禅のように何も言葉に出来ないとなってしまったりするわけだけど。
>>226 >その結果禅のように何も言葉に出来ないとなってしまったりするわけだけど。
多分道元禅師ほど膨大な書物残した宗教家も珍しいよ。
三時といって過去生、現在、来世も説いているし。
釈尊はどうも輪廻解脱にはあまり興味がなかったみたい。
それで煩悩を全部切ってしまったら、当時の思想界の
難題であった輪廻も、副産物として切れてしまった、
と何かで読んだな。
結果として悟るまではわからないってことだ。
「状況証拠」は輪廻あり、だけど。
228 :
神も仏も名無しさん :2009/09/26(土) 12:03:28 ID:BCRLzSuI
お釈迦さんが説いたのは、輪廻だのなんだのについての理屈とか、それの切り抜け方とかでなくってだね そういう摩訶不思議な世界を読み解こうという「ベクトル」だと思うよ 誰それが言ったからとか、経典に書いてあるからとか、そういいうので思い込む弊害を常に述べているし 知らないものは知らない、分からないと理性的に捉え、そのうえで実践的に智慧により進めということ。 智慧主義、実践主義といったベクトルを説いている。
>>155 >もともとインドには古くからカースト制度と密接に結びついた「輪廻思想」があり、
>それをバラモン(司祭階級)が人民の支配に利用していた。
こんな事実あったっけ?時系列間違えていないか?
バラモンどもが(仏教やジャイナ教からパクって)輪廻思想を整備したのは、
後の事だと思うのだけれども。
岩波文庫『ブッダのことば』「八、慈しみ」から、
「究極の理想に通じた人が…(中略)…決して再び母胎に宿ることがないであろう。」
これは確かスマナサーラ教における「慈悲の瞑想」の元になったものでもあり、
南方仏教の地でも盛んに唱えられている重要な経であるはずだが、
そこに「決して再び母胎に宿ることがないと釈迦が言った」と書いてあるなら、
それは「それ以前からインド社会に輪廻説があった」からであり、
それに基づいて釈迦は「輪廻は恐怖であり、二度と母胎に宿ることがないこと」
つまり輪廻からの解脱が、「究極の理想、平安の境地」(註釈家はこれをニルヴァーナであると解釈)
と語っていることになる。
「白い」バラモン優位思想の記述が『アッサラーヤナ経』に見えるのは既に書いたな。
また、「世間一般の常識的な古代インド史観」も、四姓制度に基づく身分差別が
釈迦存命当時すでににあったとしている。
そこから
>>178 の、
「当初は(当初っていつのことだw)」なかったはずのものが後から「釈迦の言ったこと」として追加されたのか、
経典どおりに「釈迦存命中から身分の高貴・卑賤という考えがあった」のか、そのどちらかということになる。
という推論が当然成り立つはずだが、
なにコバンザメ佐藤みたいに「史実まで捻じ曲げてる」んだよ。
D:ZZzbbB4Sの禅カブレ君、 座禅の最中に見えるものが、たとえ仏陀であろうがご先祖様であろうが徹底的に疑え と言ったのが「殺祖仏祖」なんだがなw。
>>221 >>218 リンク先のページだけざっと見たが、むちゃくちゃだろ。
> もともと、知っている通りに行動できない、つまり、悟っていないのは人間だけであり、人間以外の生物は、知っているとおりにしか行動できませんから、「もともと悟っている」のは間違いありません。
長老は、「すべては無価値だ」と知るのが「悟り」だとも言っています。ならば、人間以外の生物は、もともと「価値」など知りませんから、やはり悟っていることになります。
これなんか六道輪廻の苦をまったく理解してない妄言だよ。
なんで畜生道に落ちてる動物が悟ってるんだよw
いや、この解釈は十分ありだと思うぜ。
そもそも「六道輪廻の苦」なんてものがあるのか?
オマエは何を根拠に「六道輪廻の苦」なるものが「ある」と断言したんだ?
それは「誰」に聞いた?、「お釈迦様がそういっていたから」か?
二千数百年も前にいた、ただの脳機能障害のオッサンかもしれないのにw
232 :
神も仏も名無しさん :2009/09/26(土) 14:38:28 ID:VNxZRF+H
>>231 それは輪廻があるという前提を共有した場合には話が成り立つけど、そもそも共有できない同士では成り立たないよ。
この場合、輪廻があるという前提で、それなのに動物は悟っているというからおかしくなる。
まさかこのリンク元の人、輪廻はないとか思ってるわけじゃないよな?
輪廻の有無とは関係ないよ。輪廻があると考えている人間が動物が悟っていると言うのがおかしいと指摘してるだけだ。
233 :
神も仏も名無しさん :2009/09/26(土) 14:40:13 ID:VNxZRF+H
>>227 言葉に出来ないからこそ、なんとか言葉にしようとすると分量がどんどん増えていくんだろうな。
なんとか少しでも分かりやすくしたい、教えてあげたいと試行錯誤するわけだ。
道元はそういう面倒くさいことに挑戦してくれたすばらしい人だと思う。
ID:ZZzbbB4Sの禅カブレ君の発言
>>220 解脱は幻覚らしいが、
解脱って見えるものじゃないんだけど。
まあ、解らんだろうがな。w
へえ〜、君は「解脱」がどういうものか「解って」いるんだ、すごいね〜
「解っている」ということは「解脱している」んだよね、当然。
どうやって「解った」のか、教えてくれないかな。
まさか「どっかに書いてあったこと」を鵜呑みにしてるんじゃないよねw
>>232 >>231 それは輪廻があるという前提を共有した場合には話が成り立つけど、そもそも共有できない同士では成り立たないよ。
この場合、輪廻があるという前提で、それなのに動物は悟っているというからおかしくなる。
まさかこのリンク元の人、輪廻はないとか思ってるわけじゃないよな?
輪廻の有無とは関係ないよ。輪廻があると考えている人間が動物が悟っていると言うのがおかしいと指摘してるだけだ。
いや、「輪廻がある」という前提に立っていても「動物は悟っている」は成り立つがな。「輪廻がある」から、
その団体の教義上「それは人間だけである」「それは全ての生き物である」「それは森羅万象すべてである」
というどれをとってもいいわけだ。南華の人は押し付けちゃいないだろう。
同様に「輪廻がない」という前提も全ての人に開かれている。
それが受け入れられない、共有できないから話が成り立たないと思うのは、
「自分の立場」という檻の中に自分自身を閉じ込めているからにすぎない。
>>228 ベクトルねぇ・・便利な言葉だね。
思い込むなったって、じゃ解脱が存在するか
どうかわからないから、探求しません、
では話にならないわけで、かなりの確率で
信頼できる人の言は実行すべきだろう。
>>235 いや、「輪廻がある」という前提に立っていても「動物は悟っている」は成り立つがな。
成り立たないって。では、人間が死んで動物になったら悟って、その後人間になったらまた悟らなくなるのか?
そんなあほくさいこと繰り返すだけなら、悟りなんかいらないよ。
せいぜい来世は人間ではなく、動物に生まれ変わりたいと善行でも積んでればいい。
来世は動物になりたいですって、なんだよそれw
>235みたいな奴は臨済宗の寺にでもいって ボコボコにド突かれないと目が覚めないよ
>>224 >>207 第三者がいればいいけど、一人だけで行った行為はどうすると聞きたかったんだけどな。
アリバイを証明できないせいで無実の罪に陥るなんていうのは、第三者がいないから起きる悲しい出来事なんだから。
どんなに客観的証明が出来なくても本人はそれを真実だと知っている。
信じているのではなく、明確に、疑いようも無く、知っていることというのはあるわけだ。
昨晩誰にも見られずオナニーした、精液はティッシュでふき取らずお風呂場で流した。
この場合は証拠なんか残ってないよな。だけどやったという事実は事実だろ。
俺はそれを疑いようも無く知っている。信じてなんか無い。
前世の記憶についても同じ事が言える。
これはもはや「仏教」ではないのだが。
いや、別に「オナニーした」ことが戒律破りだ、という意味ではなく、
「本人はそれを真実だと知っている」ということをまるで疑っていない時点で。
そもそもそのオナニーした「自分」というものが存在していない、というのが仏教だぞ。
頼むからもうちょっと「仏教」の基本を勉強してからモノを言ってくれ。
237 名前:神も仏も名無しさん[sage] 投稿日:2009/09/26(土) 14:54:15 ID:VNxZRF+H
>>235 いや、「輪廻がある」という前提に立っていても「動物は悟っている」は成り立つがな。
成り立たないって。では、人間が死んで動物になったら悟って、その後人間になったらまた悟らなくなるのか?
そんなあほくさいこと繰り返すだけなら、悟りなんかいらないよ。
せいぜい来世は人間ではなく、動物に生まれ変わりたいと善行でも積んでればいい。
来世は動物になりたいですって、なんだよそれw
だから「成り立たない」と思い込んでいるのはオマエ自身だろうが。世界は「なんでもあり」なんだよ。
それを「可能世界」といってもいい。
俺の知人に「来世ではクラゲになりたい」と言っていたやつがいるがな。
>>239 面白い事を言い出すね。
そう。その意味ではそもそも、前世も来世もないよ。
自分が無いのに、なぜそんなものがあると仏教では定義するんだ?
つまりこの前世の話や真実は自分しか知りえないというのは、勝義諦と世俗諦の間にあるような話なんだな。
究極の真理においては自我も転生する主体も前世も来世も無い。今だけだ。
だがそれがちょっと世俗諦拠りになると、そういうのがぽろぽろ生まれてくる。
完全に世俗諦になると、お金もキャベツも俺様もあんたもみんな確固とした存在になる。
前世に話を絞ると、実はそういう誰かさんが思い出した前世が事実としてあるのか無いのかなんて、同でもいい話なんだよ。
本人があると言えばあるんだ。
覚せい剤中毒になると虫が体中を這いずり回るそうだが、俺らには幻覚でも本人には真実。
この場合、どちらも正解。見てる次元が違うだけの話。
修行の結果前世をありのままに見る、仏を見る、如来を見る。
でも禅では殺せという。
殺すというのは対象がいないと不可能だから、対象があるという事実は事実として、それを乗り越えろといってるに過ぎない。
そんなものは幻覚だ、嘘だ何てことではないんだよ。
>>240 くらげになりたいという時点で、それは仏教ではないよな。
仏教徒以外が天国に生まれ変わりたいと思おうが動物に転生したいと思おうが、そんなの知ったことか。
仏教という枠組みの中で語るからややこしくなるんだよ。
ID:ZZzbbB4S ID:VNxZRF+H お前らの低レベルなレスのせいでどんどんスレタイから逸れる。 2人とも、オマエラの考える仏教用語の「無我」の定義をまず書いてみろ。 話はそれからだ。
無我の定義なんていうくだらないところから始めないといけないのか。 この世は全て情報だよ。あらゆるものが全て情報だ。 物質も、精神も、情報が一時的に構成されたものに過ぎない。 これのいったいどこに我があるって言うんだ? そもそも輪廻は一対一の対照じゃない。多対多だ。 ブッダは一言も一対一だなんて言ってない。 我があるという妄想も、俺様は一個の確固とした我だという信念からきてるだけだ。 そんなものは無い。
話を少し前に戻す。
>>36 輪廻がないなら修行なんてしないで
自殺すれば済むことじゃん。
悟る必要もないじゃん。
>>39 だから輪廻が無いなら釈尊は佛教など説かずに
「苦しかったら自死しなさい」って言うでしょ。
そのくらい合理的な方でしょ。
「根拠となる経典」はもう見つかったかな?
そろそろ「答え合せ」をしようか、ドツボ君。
ひとつは『世界の名著1 バラモン経典 原始仏典』「病あつきヴァッカリ(相応部22.87)」
もうひとつは岩波文庫『悪魔との対話』第IV篇第3章第2節「サミッディ」
もちろん二つともスマナサーラ教の根本経典である「パーリ語経典」からの翻訳。
また、ダライ・ラマ14世も「仏教では自殺は必ずしも悪ではない」と発言しているのは、
おそらく上記経典に拠っているのだろう。
あと、チュンダが釈迦の許しを得て自殺した、という話や、
そもそも釈迦の死は自殺ではないか、といった言説はネット上にあふれている。
だから、釈迦は「苦しかったら自死しなさい」と言ってたんだよ。
ドツボ君は初めから、とんでもない「勘違い」をしていたことになるなあ。
自殺は悪じゃないなんてのはあたりまえだわな。 そもそも解脱もしないといけないものでもなんでもない。 自殺も解脱も善でも悪でもない。 ただ、なにも達成せずに凡夫が自殺しても、輪廻しちゃうからね。 輪廻から解脱するという目的からすればそれてるよねというだけのこと。
いや、君もなかなか面白いな、
>>241 へえ〜、「本人があると言えばある」んだ。
するってーと、本人が死んじまって「ある」といえなくなれば「ない」わけだ。
「死んでしまえば全ておしまい」ってわけだな。
あれっ、「輪廻」はどこへ行ったんだ?
>修行の結果前世をありのままに見る、仏を見る、如来を見る。
その「ありのままの事実」とやらが、本人が「死んでしまえば全ておしまい」でも、
それは幻覚や嘘ではない、というのだな。
>でも禅では殺せという。
>殺すというのは対象がいないと不可能だから、対象があるという事実は事実として、それを乗り越えろといってるに過ぎない。
>そんなものは幻覚だ、嘘だ何てことではないんだよ。
「対象があるという事実は事実として、それを乗り越えろ」というが、
対象があるという事実は事実としたままで、いったいそれをどう乗り越えるんだ?
そこのところが肝心要なのだが。
「世界は俺があると認識している間だけ存在し、俺が認識しなくなれば存在しない」
いっといてやるが、こういうのを「独我論(ソリプシズム)」といって、
「唯識」を中途半端に生齧りしたやつが陥りやすい「罠」なんだよ。
http://blog.nanka.biz/?eid=385852 だから南華の人のブログも手放しで「唯識」を肯定してはいないのだと思うが。
>>246 ただ、なにも達成せずに凡夫が自殺しても、輪廻しちゃうからね。
輪廻から解脱するという目的からすればそれてるよねというだけのこと。
俺も別に自殺だとか安楽死だとかの「是非」は云々しちゃいない。
ただ、その「輪廻」があるとかないとか、
輪廻が「ある」にせよ「ない」にせよ、
そう確信した「根拠」は何なのか、
また、それがはたして「正当な」根拠だと
どうしてオマエには確信できるのだ?
というところに話は堂々巡りで戻るだけだが。
もしありもしない「輪廻」なるものを盾に人様を脅しているのなら、
そういうのを世間では「悪質なカルト」と呼ぶがな。
249 :
神も仏も名無しさん :2009/09/26(土) 17:20:49 ID:l0cXWCti
>>218 のブログの人は、 根本的に考え方にずれがあるように思います。
無我とは「無い」ことではない。
無我だと言っても、輪廻の主体が無いと言ってるわけではない。
輪廻の主体は有ります。
ただし、その主体の性質は、
苦・無常・無我であり、縁起・無自性・空であるのです。
ろうそくの火が線香に燃えうつったとする。
火という主体がろうそくから線香に輪廻しました。
火という主体は有りますね。
しかし、その火は一瞬一瞬新しい火ですから、
前の火とは別のものです。
ですから、無常・無我なのです。
また、火は、次の燃え移る場所を求めいます。
「次」を手にいれたくてうずうずしている。
だから苦なのです。
新しい執着の対象に燃え移りたくてしかたない、
おとなしく消えたくない、おちついて「もういいや。」とはならないから、苦なのです。
250 :
神も仏も名無しさん :2009/09/26(土) 17:23:12 ID:l0cXWCti
>>218 動物が悟っているはずはありません。
赤ちゃんも悟っていません。
おっぱいを求めて泣くでしょう?
死にたくない、食べたい、つまり苦から解放されていません。
苦の刺激にあやつられて、やみくもに、次の瞬間に燃えうつりつづける。
>>249 それは火という現象、性質が移り変わっただけで、主体が輪廻したわけじゃないでしょう。
打者がバットでボールを打ったら、そのエネルギーは打者からバットを経てボールに
乗り移った。これが輪廻の一形態です。
一般的に気にされている輪廻は、打者自身がスタンド目掛けて飛んで行くかどうか。それを気にしてるんです。
輪廻という現象はあるけど、主体など必要としません。
ID:l0cXWCti
やっと少しマトモな意見がでてきたようだね。
南華の人のブログに、「苦」についても書かれていたのだが、
http://blog.nanka.biz/?eid=389169#sequel ここにはスマナサーラ教がいささか「苦およびそこからの脱出」ばかりを強調しすぎている、と指摘されている。
もし、実際には「輪廻が喜びである」としたら、なぜわざわざそこから脱出しなければならないのか。
そのような、輪廻があるとして、さらにそれが苦であり、そこから脱出するのが解脱である、というのが、
ただ「仏教」という狭い檻の中の認識でしかないとしたら?
253 :
神も仏も名無しさん :2009/09/26(土) 18:43:48 ID:l0cXWCti
>>251 業を蓄えた心が輪廻します。
「心が」という主語で表現できますし、心が輪廻の主体だとも言えます。
もちろん、心は無常・無我ですけど。
輪廻は、心や業という相続財産が受け継がれるわけですね。
「もう財産なんていらない」と、
相続を放棄したとき、輪廻から解脱できる。
>>250 >>218 動物が悟っているはずはありません。
赤ちゃんも悟っていません。
おっぱいを求めて泣くでしょう?
死にたくない、食べたい、つまり苦から解放されていません。
苦の刺激にあやつられて、やみくもに、次の瞬間に燃えうつりつづける。
http://blog.nanka.biz/?eid=385852#sequel もともと、知っている通りに行動できない、つまり、悟っていないのは人間だけであり、人間以外の生物は、知っているとおりにしか行動できませんから、「もともと悟っている」のは間違いありません。
長老は、「すべては無価値だ」と知るのが「悟り」だとも言っています。ならば、人間以外の生物は、もともと「価値」など知りませんから、やはり悟っていることになります。
人間だって、生まれつき知っている通りに行動できないわけではなく、誰でも赤ん坊の時は、教わらなくても、乳を求めて泣き声をあげることができますが、「価値」などという「観念」は持っていません。
人間に「苦」が生まれるのは、「疎外」によって「自己」を獲得するのと同時であることは、既述の通りで、その進化の過程は、赤ん坊が、かつては自分と一体だった母親を「他者」と「認識」する過程と全く同様と考えることができます。
>>253 輪廻は、心や業という相続財産が受け継がれるわけですね。
「もう財産なんていらない」と、
相続を放棄したとき、輪廻から解脱できる。
そうすると、「死ねば全てが終わり」、つまり輪廻否定派の主張が真実である場合、
「誰でも」死んでしまえば自動的に「解脱」できることになる。
「すべてを捨てて」死んだわけだから。
結局何の説明にもならんよ、それでは。
>>251 >>253 もなんとなくわかります。
トマベちゃんの本で霊にとりつかれた人が
霊能者に除霊を頼むというところがあります。
霊能者は除霊に失敗した時点で命を落とすんですね。
そうなると「霊魂が存在するかしないか、ということは
意味をなさなくなる」と、トマベっチャンは言ってます。
ふと思い出したのが馬鹿にしてた唯識なんですね。
いくら釈尊が「霊魂はない」と言っても
実際霊に殺される人がいる。
存在すると確信する人には存在するのではないか。
中観も唯識も釈尊はわかっていたのではないか。
話は変わるが、欧州では脳死で臓器移植する時には 麻酔をかけるそうです。 彼らはわかっているのです。 脳死は人の死ではないと。 生命は脳そのものではない。 しかるにここに居る愚か者は涅槃=解脱は 脳内神経物質の作用だとのたまっている。 しかも自分を科学的で合理的な人間だと 思い込み仏教を冒涜している。 やく20年前にエンドルフィン、エンケファリンといった 脳内麻薬物質が発見された。 ドーパミンやノルエピネフリン、エピネフリンは いつ発見されたのかは忘れたが それをもって「脳内神経伝達物質」が 解脱だとさも今自分が発見したかのように 騒いでいる。 ところが命=脳ではないとわかった。 脳死状態が3年続き脳死状態のまま 子供を産んだ例もあるという。 養老の滝とかなんとかいう学者の本でも 読み過ぎたのだろうか。
258 :
神も仏も名無しさん :2009/09/26(土) 20:31:48 ID:l0cXWCti
>>254 悟りを智慧といいます。
無念無想でもなく、分別をなくして動物的・本能的になるのでもありません。
たとえば1+1=2だと理解するように、
知性(頭脳的なものじゃなく心の知性)を積み上げるのです。
お化けの正体を見破るかのように、新たな発見が必要。
パッパラパーになってお化けも何もわからなくなるのではなく、
動物や幼児のようにやみくもに怖がるのでもなく、
心の知性でお化けの正体を見破るのです。
259 :
神も仏も名無しさん :2009/09/26(土) 20:50:18 ID:l0cXWCti
>>254 食べものを欲しがったり、敵に恐怖したりするのは、
生きることに執着しているからでしょう。
つまり、生きることに価値を感じている。
生きることへの執着から脱却しようという、積極的な知性を得ていない。
死の恐怖、肉体の快楽に対する欲や苦痛への怒りがあるのは、
それら「お化け」にだまされて、
「お化け」から逃げまわっているのです。
「お化け」の正体を積極的に見破ろうとしなければ、
正体を見破って智慧を得て、煩悩を消すことができません。
動物や赤ちゃんには、そこまでの知性がないと思います。
前世の功徳で智慧の才能を生まれもった赤ちゃんでも、
乳児のままでは悟れないのでは?
260 :
神も仏も名無しさん :2009/09/26(土) 20:55:25 ID:l0cXWCti
>>255 死んだら、肉体というおもちゃが壊れただけ。
心という赤ちゃんは、また新しいおもちゃや遊びをみつけてしまいます。
遊ぶのをやめようとする智慧を開かなければ、
心は肉体というおもちゃで遊ぶために肉体のある生命に輪廻したり、
あるいは心自体の情報で遊ぶのが楽しければ
肉体のない心だけの生命に輪廻したり、
とにかく遊び(生存)を求めて遊び続けます。
「遊び自体が苦しみだ、もう遊びやーめた。」と、
手放すのが解脱です。
>>259 食べものを欲しがったり、敵に恐怖したりするのは、原始時代からの本能です。
それは、思考を持たない動物でも、食べものを欲しがったり、敵に恐怖したりするからです。
>>251 打者がバットでボールを打ったら、そのエネルギーは打者からバットを経てボールに
乗り移った。これが輪廻の一形態です。
一般的に気にされている輪廻は、打者自身がスタンド目掛けて飛んで行くかどうか。それを気にしてるんです。
輪廻という現象はあるけど、主体など必要としません。
そうそう、それなんですよ。
もし、スマナサーラのいう「修行を積めば過去生がわかるようになる」というのが
美輪明宏が「私の過去生は天草四郎だ」というのと同じく、
「いついつの時代のどこそこの国の何の何某だった」というものであるなら、
それは「打者自身がスタンド目掛けて飛んで行った」ということになりますよね。
つまりそれは通常世間では「霊魂」と呼ばれる「輪廻の主体」があることになる。
「天草四郎」とかつて呼ばれた「自分」と今現在の「自分」とをつなぐ、
肉体という物質をもたないが「連続性のある自分」が生と生との間に存在していた。
そういう考え方を俺自身は否定しないが、
しかしそれはスマナサーラ教の「霊魂は存在しない」という教義とは相反することになる。
ID:l0cXWCtiなんだコピペか。
>>252 スマナサーラ教がいささか「苦およびそこからの脱出」ばかりを強調しすぎている
もし、実際には「輪廻が喜びである」としたら、なぜわざわざそこから脱出しなければならないのか。
>>257 へ
生命や、心が「輪廻することを前提として存在している」としたら?
人が生まれていずれ死ぬように、いずれ「解脱」するのだとしたら、
「死」つまり解脱までの「生」を、苦しむより楽しんだほうがいいのではないか。
飽きるまでおもちゃで遊び続ければいい。
なにもわざわざ「死に急ぐ」こともないのでは。自死を肯定した釈迦らしい主張ではあるが。
>>255 死んだら、肉体というおもちゃが壊れただけ。
心という赤ちゃんは、また新しいおもちゃや遊びをみつけてしまいます。
遊ぶのをやめようとする智慧を開かなければ、
心は肉体というおもちゃで遊ぶために肉体のある生命に輪廻したり、
あるいは心自体の情報で遊ぶのが楽しければ
肉体のない心だけの生命に輪廻したり、
とにかく遊び(生存)を求めて遊び続けます。
「遊び自体が苦しみだ、もう遊びやーめた。」と、
手放すのが解脱です。
>>256 中観も唯識も釈尊はわかっていたのではないか。
釈迦がわかっていたかいなかったかまではわからんが、
>>262 しかしそれはスマナサーラ教の「霊魂は存在しない」という教義とは相反することになる。
265 :
神も仏も名無しさん :2009/09/26(土) 22:39:32 ID:l0cXWCti
>>261 その本能をぶちこわすのが仏教の智慧です。
ろうそくの炎が吹き消されるように、「フッ。」と滅びますように。
>>262 輪廻の主体というか、輪廻にはエネルギー以外に情報という要素があると考えたほうがいいと思います。
ボールには打者の思惑に従い、一定方向に飛んでいく情報が乗っています。
だからこそボールは、打者の意図する方向に飛んでいく。
もしこれがエネルギーのみならば、どこに飛んでいくか分かったものじゃありません。
でも、ボールはボール、打者は打者。打者自身がスタンドに飛んでいくわけではないということです。
>>249 ろうそくの火についても書いておくと、ろうそくの火を別のろうそくに移すとよく言うけど、実際に燃えてるのは新たなろうそくの芯であり、ろうですよね。
つまり、元のろうそくの燃えているという状態やエネルギー、温度などが、新たなろうそくの火を点火させる動因になったわけです。
主体が移ったわけではなく、よく言って影響を与えたというのが関の山。
続けて別のろうそくに火をつけることも出来ます。一つ目の火が三つ目にも影響を与えたわけです。
この場合、一つ目のろうそくの火が、二つ目にも三つ目にも影響を与えたわけですよ。
一つ目が、二つ目と三つ目に輪廻したといってもよい。
輪廻は、一対一対照ではないということです。
268 :
神も仏も名無しさん :2009/09/27(日) 07:10:42 ID:qrdGg3yp
>>267 何もかも火と同じではない。
前の火とあとの火は別の火である。(無常・無我)
しかし、「火が」はじめのろうそくから次の火に移る。(輪廻の主体が火)
心は、瞬間瞬間ずつに一つの心しかない。
一本の糸のように。
だから、一つの心は、次の一つの心につながる。
269 :
神も仏も名無しさん :2009/09/27(日) 07:43:10 ID:VBkGwVBE
P08lCUUGさん >214 >パーリ語原典自体がそもそも何の根拠にもならない、ということを書いているのに、何を「誤読」してるんだ。 ん?だからあなたが引用するパーリ語原典とやらが何の根拠にもならない (どうせ後世の付加でしょ?)ってことを言ってるのだけれども。 (だから215は空振り) 210で >そこら辺を糊塗するためにリグ・ヴェーダにも後世からの挿入はされているけれども。 >(巨人の歌とかあやしいねえ) と書いた。 だからそれに基づく仏典の記述もアヤシイと主張しているのだ。 >岩波文庫『ブッダのことば』「八、慈しみ」から、 >「究極の理想に通じた人が…(中略)…決して再び母胎に宿ることがないであろう。」 >(中略) >そこに「決して再び母胎に宿ることがないと釈迦が言った」と書いてあるなら、 >それは「それ以前からインド社会に輪廻説があった」からであり、 んー、159を読んでおくれ。
270 :
神も仏も名無しさん :2009/09/27(日) 07:44:10 ID:VBkGwVBE
あとカーストを肌の色で分類するのはナンセンス。 昔から根強い俗説ではあるけれども。 インド古典(「マハーバーラタ」とか)を読んでおくれ。 ……まあ、インド古典を素直に読めばカーストの世襲も禁じられるのだけれども、 現実にはそうなっていないのは現在のインドの状況を見ればわかるわな。 みんなマヌ法典とか新しい文書が好きなようで。 まとめ 1.四姓制度の成立(当時「生まれ」ではなく「地位、職業」だった) ※当時輪廻思想は無い 2.ウパニシャッドでのクシャトリアのニ道五火説への言及 ※輪廻思想に該当するものがバラモン階級以外のところで出てくる 3.自由思想家たちが輪廻の説を整備 ※原初的な輪廻説を今考えられているような輪廻説に整備 4.バラモンどもが3の説をパクって教義の再編成 ※バラモンによる教義の改造はこれが初めてではない。 リグ・ヴェーダからウパニシャッドに移る時も教義の改竄あり。 5・マヌ法典、ヒンドゥー教成立。 ※「カースト制度と密接に結びついた輪廻思想」が確立する。
271 :
神も仏も名無しさん :2009/09/27(日) 08:41:44 ID:qZJN321u
てめぇら早く煩悩消せよw 何知識欲出してんだ瞑想して人知れず消滅すりゃいいんじゃねーのww
>>268 輪廻というかこの場合前世の記憶と言ったほうがいいかもしれないけど、
複数の人間が過去の同一人物の記憶を持ってる例があるんだよね。
これなどは過去の誰かさんが複数の人間に輪廻転生した分かりやすい例だと思う。
>心は、瞬間瞬間ずつに一つの心しかない。
一本の糸のように。
だから、一つの心は、次の一つの心につながる。
アビダンマを意識してるのだろうけど、アビダンマは仏説ではないことを理解しておこうね。
273 :
神も仏も名無しさん :2009/09/27(日) 15:23:26 ID:qrdGg3yp
>>272 まあ、ひとつの心が複数に分かれて輪廻できるとしても、
仏道修行を邪魔する思想ではないから問題ないですね。
仏説じゃないのはアビダンマだけじゃないよ。 壮大な大乗経典絵巻
「仏教は正しいものである」という前提を共有しない者から したら大乗坊主の腐敗なんか、とりあえずどうでもいい事です。 放っておいても一部の観光寺を除き実質、在家信徒が趣味で運営 するしか選択肢がなくなることでしょう。 現在でも社会的影響力はほぼ皆無。茶道や合気道と同じ趣味の類です。 習俗に組み込まれているだけで一応の既得権となっていますが都心部 ではとっくに求心力がありません。内実がある所しか残らないでしょう。 その間隙を突く形で現れた巧妙に事実の集積である論理的教えのように 偽装しその実、阿片としての宗教に過ぎないajita氏がプロパガンダ活動を 行う教団の方が人々の現実問題から目を逸らさせ健全な思考から遠ざける 危険な教えに見えます。 彼らの教えは絶対者釈迦なる権威を背景に、科学を騙り恣意的判断を さも客観的事実であるかのように語り事実に基かない恐怖を刷り込み ありもしない端的な救済に人を隷属させる阿片としての宗教です。 宗教的耽溺が必要な人が狂うのは仕方ありませんが釈迦の威光により そのデタラメな思考が広く一般に親炙されることに危惧を感じます。
重要な指摘なので無断拝借。
http://blog.nanka.biz/?eid=385852#sequel (『仏教は心の科学』からの引用文略)
…これで、「我」を抜きに「輪廻」を説明したことになるつもりでしょうか。
こんなことで良いなら誰も苦労しません。
「上座部仏教」は、「実在論者」や他派との論争を避け、
ひたすら「仏陀の教え」だけを、内向きに、守ってきたのでしょうか。
「輪廻」がひとつの「現象」にすぎないというなら、「輪廻」の前提である「我」も、「業」を引き継ぐという「現象」としては「存在」しうるということです。
「現象」として「存在」するなら「空」であり「無」とはいえません。
「無我」というなら、「現象」としても「我」は「存在」しえない筈であり、「輪廻」の主体が「我」でないこと、
つまりどうやって「我」がなくても「業」を引き継ぐという「現象」が起きるのか、を説明しない限り、「我」を否定したことになりません。
スマナサーラ長老の「上座部仏教」は、「ブッダの教え」だけを忠実に守っていると言いながら、
「諸法無我」という、その最も基本とすべき「法」について、証明する努力は怠ってきたようです。
「無我と輪廻」という、明らかな矛盾に、気づかなかったのか、それとも、目を瞑っているのかは知りません。
しかし、「説一切有部」や「大乗仏教」が、「無我と輪廻」の「矛盾」を埋めるべく、やってきた努力に対し、
「ブッダの禁じた哲学化」といって否定し、「矛盾」を放置してきた自分たちだけが「教え」を守った、というのです。
あまり大乗仏教ばかり批判するのもフェアではないので、 一つテーラワーダ仏教の「弱み」というか、面白いエピソードを紹介します。 テーラワーダ仏教には、大乗仏教と同じように、遠い未来に現れるブッダである弥勒仏(現在は弥勒菩薩)の教えがあります。 そこでは、「現代のお釈迦さまは智慧を中心に教えを説かれたけれど、 未来に現れる弥勒仏陀は慈悲を中心に説かれるのだ」と語られています。 こういう伝説の裏には、「お釈迦さまの教えはすごいけど、知識的過ぎてたいへんだなぁ」という 仏教徒の気持ちが反映されているかもしれません。(『般若心経は間違い?』P.147〜148) 別に「弥勒仏」の話を、「伝説」として持ち出すまでもなく、 「阿含経」に拠れば、ブッダは自分の過去世について 「三十六回天帝釈となり、また数千回、転輪聖王となり、 四天下を領地とし、正しい法によって統治し莫大な財力があった。 千人の子供があって、皆勇敢で健康であった」などと語っております。 その他にも「輪廻転生」を「事実」として語る記述は多数あり、 ある家で飼われている犬の前世が、その家の主人の父親だと見抜いた話だとか、 相当に支離滅裂なことが「阿含経」には記されています。 これらがすべて、何かの「喩え」だと考えるにしても、 「他人の牛を数える」のように、行われている解釈が、必ずしも正しいものとは限らず、 「初期経典」に忠実だということが、「価値」はともかく、どれほどの意義があるのか、 疑問を持つのも仕方がないのではないでしょうか。 ともかく、「経典」を信じるなら、ブッダ自身が「過去世」とか「輪廻」は、はっきり認めているのですから、 まずやるべきことは、「我」がなくても「輪廻」の主体があることを証明しなくてはいけません。
>>270 あとカーストを肌の色で分類するのはナンセンス。
また話を逸らそうとする。
「スマナサーラ教が根本経典としているパーリ語経典」から翻訳された『アッサラーヤナ経』にそう書いてある以上、
当時白くて正常なアーリア系「支配階級」バラモンたちと、その他の黒くて穢れているドラヴィダ系「被支配」階級とが
「生まれつき」で差別されていたという以外、どう解釈すればいいんだ?
バラモン階級はしょっちゅう風呂に入っていたから白くて清潔で、
それ以外の階級は風呂にも入れなかったから黒くて穢れている、とでも解釈するのかw
スマナサーラは…おっとこれ以上はやめとこう。
>>229 >「当初は(当初っていつのことだw)」なかったはずのものが後から「釈迦の言ったこと」として追加されたのか、
だとしたら、「お釈迦様のいったことはすっべて正しいのです」といっているスマナサーラの口癖が、
その典拠としている「パーリ語経典」が、後世の赤の他人による「当時ありもしなかったヴァルナによる身分差別」という改竄が入っていることになる。
つまり「お釈迦様のいったことはすっべて正しいのです」はスマナサーラがウソをいっていることになる。
とすると「お釈迦様の言ったことはすっべて正しいというわけではない」が正解。
>経典どおりに「釈迦存命中から身分の高貴・卑賤という考えがあった」のか、
が正しければ、ID:VBkGwVBEの持論が間違いであることになる。
このどちらが正しいかは、ここを読まれている皆さんでご判断いただくしかない。
これはまったく話としては飛びます。 素粒子を発射したとき位置の違う二つのスリット(隙間)を 素粒子が「同時に」通過した、という実験があります。 素粒子物理学では常識です。 なにを言いたいかというとミクロの世界では 我々の可視的世界の常識は通用しない、ということです。 私たちが「無我だから輪廻の主体はない。故に輪廻もない」 と主張したとしても現在の科学での話しであって 真実はわからない、ということです。 かと言って「輪廻はある」という論証にもならないことは 確かです。 しかし解脱した、と言われる人達がほとんど 輪廻は存在する、と主張するのもこれまた事実。 道元禅師をまったく理解できていない 秋月が輪廻を否定するのも事実。
>>275 コピペサンクス
粗製乱造のスマ本の印税がそろそろ通帳に入りだしているはずだから、
国税にマークしといてもらうよう言っておこう。
信者から寄付集めるなら、そのカネを使えよな。
5.1スレ
>>58 名前:神も仏も名無しさん[sage] 投稿日:2009/09/26(土) 15:22:08 ID:s0mlhBy/
今度は、精舎荘厳基金の募集ですって...。
>>266 輪廻の主体というか、輪廻にはエネルギー以外に情報という要素があると考えたほうがいいと思います。
ボールには打者の思惑に従い、一定方向に飛んでいく情報が乗っています。
だからこそボールは、打者の意図する方向に飛んでいく。
もしこれがエネルギーのみならば、どこに飛んでいくか分かったものじゃありません。
でも、ボールはボール、打者は打者。打者自身がスタンドに飛んでいくわけではないということです。
なるほど、わかりやすいです。
では次に、その「情報」は「自分」という「我」なのか、それとも「無我」なのかうかがいたい。
つまり、もしそれが「我」なら、それを「霊魂」という語に置き換えても一向に差し支えないように思われるのだが…
>>283 輪廻がエネルギーとそれに乗っかる情報だということに納得してもらえれば、あとはどうでもいい問題です。
スイカは野菜でしょうか、果物でしょうか?
ある植物の実は、アップルと呼ぶべきか、りんごと呼ぶべきか?
そんなのは本質となんら関係ありません。
>>283 ちょっと不親切だったかもしれません。もう少しつけくわえます。
>>では次に、その「情報」は「自分」という「我」なのか、それとも「無我」なのかうかがいたい。
つまり、もしそれが「我」なら、それを「霊魂」という語に置き換えても一向に差し支えないように思われるのだが…
今生きているダライラマにあなたは誰かと聞いてみてください。
ほかの、前世の記憶のある人誰でも構いません。
ほぼ間違いなくダライラマ14世テンジン・ギャツォだと答え、13世だとは答えないでしょう。
次に多重人格の人に聞いてみてください。その時々で違う人間だというでしょう。
自我の認識なんていうのはその程度のものです。
ダライラマは確かに前世の記憶を持ち、その時々の痛みや悲しみを覚えているかもしれない。
でもそれを言うなら、僕らだって幼い頃や昨日の痛み悲しみを覚えている。
肉体が同じか違うかだけの違いしかない。
僕らの肉体だって、その体を構成する全細胞は、一定期間ごとに入れ替わります。
赤ん坊だったことと同じ細胞など一つもありません。
これは、狭い意味では細胞から細胞へエネルギーと情報が相続された輪廻転生といえます。
僕らも日々、輪廻転生しているのです。
記憶は、自我とはまったく別のものです。輪廻転生というエネルギーと情報の相続という意味では、
僕らの昨日の記憶と前世の記憶は等価です。
では、そのあらゆる人格全てがいると思い込んでいる私とはなんでしょう。
これは自我なのでしょうか?
私という存在はどんなにつきつめてもいるとしか思えない、そう考えるようプログラミングされているだけかもしれません。
これ以上は、実は自分のホームページでも何度も言葉にしようとしているのですが、うまい表現が見当たらず困っています。
自我が無い、無我だなどというのは、個人的には100%疑い得ない真実であることは直感で理解しているのですが。
世俗諦においては、自我意識や私という認識は役に立ちます。正しくは世俗のレベルにおいて、自我は存在します。 そういうことにしておくわけです。 日本語においてある木の実はりんごと呼ぶことにしておくわけです。 ブッダも仏陀と呼びかけられれば、それは自分のことだと理解し返事をしていたのですから。 でもそれは仮の姿、真理ではないことを理解していたのは確かでしょう。
287 :
神も仏も名無しさん :2009/09/28(月) 08:03:46 ID:EpI7lTLd
>>277 あなたは「無我」とは「主体が無い」
ことだとお考えのようですが、違うと思います。
「実体が無い」ことであり、主体という現象が無いことではない。
何度も書いているように、俺は輪廻があるともないともいっていない。ただ、
「輪廻がある」としたらどのような事態が論理的に真であり偽であるか、
「輪廻がない」としたら、同様にどのような事態が論理的に真であり偽であるのか、
について検証することで、スマナサーラ教義のウソを暴き出したいだけだ。
また俺は「輪廻があるとするなら、美輪明宏以外にも前世が天草四郎だったという人間が複数いる可能性」を否定しちゃいない。
>>240 で「可能世界」という言葉を使ったが、この場合にもその概念が適用できると考えている。
だから「可能世界」という言葉の意味が理解できていないやつらのために、まずその「定義」を載せといてやろう。
(wiki「可能世界論」より)
可能世界論では、現実世界は無数の可能世界のなかの一つであると考える。
世界について考えうる異なる「あり方」ごとに異なる可能世界があるとされ、そのなかで我々が実際に暮らしているのが「現実世界」である。
これに基づき、可能性や必然性について、以下のように分析することができる。
・真なる命題とは、現実世界において真であるような命題である。
・可能な命題とは、少なくとも一つの可能世界において真であるような命題である。
・偶然的な命題とは、それが真である可能世界も、偽である可能世界も存在するような命題である。
・必然的な命題とは、全ての可能世界で真であるような命題である。
・不可能な命題(必然的に偽の命題)とは、全ての可能世界で偽であるような命題である。
例えば「2000年のアメリカ大統領選挙でブッシュが大統領にならなかったとしたら、ゴアが大統領になっていただろう」という文は、
次のような主張を表現したものだと定式化することができる。
「ブッシュが大統領にならなかった可能世界のうち、我々の現実世界に最も近い全ての世界において、ゴアが大統領になっている」。
この解釈に基づけば、もしブッシュが大統領にならなかった現実世界に最も近い世界のうち、ゴアも大統領になっていないような世界があるとすれば、こ
の反事実条件文によって表現された主張は「偽」である、ということになる。
ところで、この「可能世界論」の参考文献に三浦俊彦『可能世界の哲学』というのが挙がっているのだが、
この論理学のセンセイは『多宇宙と輪廻転生―人間原理のパラドクス』という、ここでの話題にぴったりな本も出している。
同姓同名で、ほぼ同年齢の「マーケティング論の三浦のセンセイ」がいるが、これは「別人」。
できれば藤子不二雄みたいに「論理学のセンセイ」を三浦俊彦A、「マーケティング論のセンセイ」を三浦俊彦Bとして「個人を区別して認識できるように」してもらいたいところだがな。
さて、この「論理学の」三浦Aセンセイがご本人のサイトを持っている。
そこでなんとびっくり、ウワサの石飛センセイの『ブッダ論理学 五つの難問』についての論理学的批判が書かれたpdfを見つけたから、読んでみてくれ。
http://members.jcom.home.ne.jp/miurat/murikai-logic.pdf
では次に、「輪廻があるとするなら、美輪明宏以外にも前世が天草四郎だったという人間が複数いる可能性」について考えてみる。 これは「輪廻の主体としての天草四郎=美輪明宏という個体の霊魂」という「可能世界」の話ではなく、 現実世界に存在している「一卵性双生児」に置き換えて考えてみれば多少は理解しやすくなるだろう。 この「一卵性双生児」の名前を仮に「おすぎ」と「ピーコ」とする。 この2人は「名前」こそ異なっているが、その「個体」を構成する「情報のパッケージ」である遺伝子「情報」は「まったく同じ」だから、 「天草四郎=美輪明宏」という「名前」の異なる2人の輪廻の主体としてその「個体」を構成する「情報のパッケージ」、つまり世間的にはそれが「霊魂」と呼ばれている、のアナロジーと捉えることができる。 現時点で「おすぎ」と「ピーコ」は同時代に生きているが、 これを「別の時代に」移し変えるためには、とりあえず「おすぎ」の方の受精卵を300年間凍結保存しておいて、 それを300年後に発生させてやれば、「ピーコ」と同じ「情報のパッケージ」を持つ人間が300年後に存在することになる。 また、その300年後の一卵性双生児が「おすぎ」という名前ではなく「たっちゃん」という異なる名前で呼ばれたとしても、 300年前に生きていた「ピーコ」とその「個体」を構成する「情報のパッケージ」である遺伝子「情報」は「まったく同じ」であることに変わりはない。 さらにこれが双子ではなく一卵性の「五つ子ちゃん」であったとしても、やはりその「個体」を構成する「情報のパッケージ」である遺伝子情報は「まったく同じ」であることになるから、 同様に、「美輪明宏以外にも過去生が天草四郎である人間が複数存在する」という論理は成り立ちうる。 以上、「輪廻があるとするなら、美輪明宏以外にも前世が天草四郎だったという人間が複数いる可能性」に関する論理的証明終わり。
>>287 あなたは「無我」とは「主体が無い」
ことだとお考えのようですが、違うと思います。
「実体が無い」ことであり、主体という現象が無いことではない。
どうやら
>>287 が根本的に仏教の言う「無我」の意味をまるではきちがえていただけだったことがはっきりした。
この説明の仕方は仏教的な意味での「無我」になっていない。
「主体=我」なのだから、「霊魂」という「主体=我」がない、とするのが仏教でいう「無我」であって、
>>287 はスマナサーラ同様、「我」を抜きに「輪廻」をまるで説明できていない。
「輪廻がある」とすると、それと「無我」および「霊魂は存在しない」は論理的に鼎立し得ない、
というのが南華の人および俺の主張であるわけだが、
>>277 …これで、「我」を抜きに「輪廻」を説明したことになるつもりでしょうか。
こんなことで良いなら誰も苦労しません。
「上座部仏教」は、「実在論者」や他派との論争を避け、
ひたすら「仏陀の教え」だけを、内向きに、守ってきたのでしょうか。
という南華の人の意見に、俺が今もまったく同意であることに変わりはない。
>>290 そりゃ肉体だけの話だろ。
世の人が気にしてるのは精神の輪廻だよ。
それがあるかないかを気にしてる。
おいおい、ここ数日、何人が書き込んでるんだ? コテハン無いせいで混乱することしきりだよ。
>>292 そりゃ肉体だけの話だろ。
世の人が気にしてるのは精神の輪廻だよ。
それがあるかないかを気にしてる。
「色即是空、空即是色」というのが、
「肉体はすなわち精神である、精神とはすなわち肉体である」とも解釈できるがな。
>>293 おいおい、ここ数日、何人が書き込んでるんだ?
コテハン無いせいで混乱することしきりだよ。
輪廻にコテハンがあるせいで混乱しているんだから、
ここでコテハン無しで混乱することぐらい我慢したらどうだw
>>290 この「一卵性双生児」の名前(コテハン)を仮に「おすぎ」と「ピーコ」とする。
この2人は「名前(コテハン)」こそ異なっているが、その「個体(この場合肉体)」を構成する「情報のパッケージ」である遺伝子「情報」は「まったく同じ」だから、
「天草四郎=美輪明宏」という「名前(コテハン)」の異なる2人の輪廻の主体としてその「個体」を構成する「情報のパッケージ」、
つまり世間的にはそれが「霊魂(あるいは精神、我)」と呼ばれているもののアナロジーと捉えることができる。
>>295 言いたいことは分かるが、おすぎにとってはピーコが拷問にかけられ泣き叫ぼうが、痛くも痒くもないからどうでもいいと言える。
比喩として心が痛むことはあるけどな。
精神の輪廻を気にすると言うのは、例えば俺らが死んでふと気付いたら地獄の劫火に焼かれていて、
「なんでこんなことになったんだうおー痛いー助けてくれーこんなの嫌だー」となるのは勘弁してほしいから、解脱や涅槃を欲するわけだろ?
そういう問題はどうなっちゃうの?
>>286 世俗諦においては、自我意識や私という認識は役に立ちます。正しくは世俗のレベルにおいて、自我は存在します。
そういうことにしておくわけです。
>>290 では次に、「輪廻があるとするなら、美輪明宏以外にも前世が天草四郎だったという人間が複数いる可能性」について考えてみる。
これは「輪廻の主体としての天草四郎=美輪明宏という個体の霊魂」という「可能世界=勝義諦」の話ではなく、
「現実世界=世俗諦」に存在している「一卵性双生児」に置き換えて考えてみれば多少は理解しやすくなるだろう。
>>297 引用だけされても何が言いたいかさっぱりわからない。
そもそも286は俺の書き込みだ。
ごめん、引用だけじゃなくて少しいじってるのか。 詳しくはのちほどレスする。
>>296 言いたいことは分かるが、おすぎにとってはピーコが拷問にかけられ泣き叫ぼうが、痛くも痒くもないからどうでもいいと言える。
比喩として心が痛むことはあるけどな。
これには以前も答えてある。
「輪廻する主体」が「自分=我」ではないとすれば、そんなものは痛くも痒くもないと考える人間が出てくることになる、というふうにな。
>>196 ここから導き出されるのは、
「未来の自分は今の自分ではないので、その自分ではないものに責任を感じて修行する必要はない」や、
「いや、未来の自分と今の自分はやはり等しい」となると、今度は「連続する自分を繋ぐもの」として、
釈迦が否定しているはずの「霊魂」を持ち出さなければならなくなる。
これは過去生についても適用されるから、「修行が進めば自分の過去生がわかる」のなら、
やっぱりその「過去の自分と今の自分」を繋ぐ「自分」という
限りなく「霊魂」に近いものが存在することになるから、これも都合が悪い。
>>296 精神の輪廻を気にすると言うのは、例えば俺らが死んでふと気付いたら地獄の劫火に焼かれていて、
「なんでこんなことになったんだうおー痛いー助けてくれーこんなの嫌だー」となるのは勘弁してほしいから、解脱や涅槃を欲するわけだろ?
そういう問題はどうなっちゃうの?
これは、「輪廻がある」とする教義以外でも、たとえばキリスト教イスラム教など、
「1回限りで輪廻はない」とする教義にもそのまま該当することになる。
つまり、自分という「我」が死後「天国か地獄かに行く」なら、
「なんでこんなことになったんだうおー痛いー助けてくれーこんなの嫌だー」となるのは勘弁してほしいから、
なるべくなら天国の方へ行けるようなよい行いを生きている間にする、ということだ。
そのために「輪廻」や「輪廻からの解脱や涅槃」という概念装置は、彼らにとってそもそも必要がない。
彼らは「霊魂=我」の存在を認めているわけだから、論理的にも「スマナサーラ教のような」破綻はない。
301 :
神も仏も名無しさん :2009/09/28(月) 12:37:04 ID:iFCd1RKM
スマ教信者はオカルト好きのただのスピリチュアル厨にすぎず 瞑想でなにがしかの超常パワーを得たいというオウム信者と同類の連中ばっかってことがはっきりしたな だからグル崇拝をするし、根拠はグルが凄いからで終わってしまうわけだ
なんだか複雑で、会社の昼休みに詳細なレスをするのは困難きわまる気がするので、書きたいことを書くw
>>291 >>「輪廻がある」とすると、それと「無我」および「霊魂は存在しない」は論理的に鼎立し得ない、
というのが南華の人および俺の主張であるわけだが、
複数の人間が複数の立場でいろんな意見を書いてるし、複数のスレッドに同時平行で書き込んでるので混線してるが、
ここ数日好き好んで勝義諦や世俗諦などの単語を用い、ボールと打者のたとえなどを繰り広げているのは俺だ。
俺の立場は、無我であっても輪廻転生はあるというものになる。
南華の人の主張は、リンク先のページしか見て無いが、むちゃくちゃとしか言いようが無い。
そもそも我があるという言い方をする場合、それはデカルトの言う疑いようの無い考える私の存在を想起するものだろう。
ヒンドゥーで言われている真我の存在なども、徹底的に私はあるというところを突き詰めていって存在を疑い得ない私=真我に行き着くというものだ。
仏教のポイントは、輪廻という現象があっても無我だということ。
スマナサーラ長老は現象(世俗諦)としての我すらない、そんなものがあると無我にならないと言ってるそうだが、それは間違いだろ。
ほんとにあんたは世俗と勝義の区別がついてるのか?
アビダンマの施設の説明を分かってるのか?と聞きたくなるな。
そういう点でスマナサーラ長老を破綻してると責められると俺も思うが、
仮に輪廻の際に移行するエネルギーや情報を「霊魂」と名づけたとしても、
それはデカルトが言う私、ヒンドゥーの真我とは似てもにつかぬ、
一時的に形成されただけのはかないものであって確固不変の自我などといえる代物ではない。
303 :
神も仏も名無しさん :2009/09/28(月) 15:16:00 ID:EpI7lTLd
>>291 輪廻の主体は心です。
しかし、心は無我です。
諸要素の集合、仮和合の心が輪廻するのです。
ずーっと不変の心があるなら「我」ですが、
そうではなく、因縁・条件によって変わっていく心であるので、
心は無我なのです。
空と言ってもいい。
苦・無常・無我(空)は、表現がちがうだけで、
すべて同じことを意味しているそうです。
304 :
神も仏も名無しさん :2009/09/28(月) 15:21:37 ID:EpI7lTLd
>>302 スマナサーラ長老は、世俗諦としての「私」
の存在を否定していないでしょう。
ゆるぎない実体という意味の「我」は、ないと思います。
「わたし」も「無我(空)」です。
暇なんで南華のブログを前後含めもう少し読んでみたが、なかなかいいこと書いてる。 管理人エムさんまでコメント残してるし。 だけど動物が悟ってるってのはどうもなー。それなら輪廻して動物になったほうがいいじゃないかとなるけど、では悟ってるはずの人間以外のあらゆる生類がまた輪廻してしまうのはなんでだよということになってしまう。
大乗=禅で悟るとそういう表現になるんだよ。 「気になる嫁さん」観てから、又書く。
あのな・・スマさんの本の面白い所は 他宗教の悪口が悪びれずチクチク入る所なんだよ 全然わかっとらんな
308 :
神も仏も名無しさん :2009/09/29(火) 01:30:14 ID:hh22k/Cz
>>307 彼が根拠なき攻撃をするからには他宗教から敵視されてもいいということでしょうか。
残念ながら彼にはそんな耐性はありませんよ。偏見に対して怒ってるじゃないですか。
310 :
神も仏も名無しさん :2009/09/29(火) 06:02:12 ID:FMtVGtLW
スマさんはよく知りもしないことを語るし 知りもしないまま半可通で叩くからボロばかり出るわけ 日本仏教や密教の理解にしてもそうだし、ヒンドゥーについてもそう キリスト教についてもそう。 あとは科学知識についてもそう。
311 :
神も仏も名無しさん :2009/09/29(火) 07:09:55 ID:hUTQD7JJ
>279-280 だからきちんとソースおよび古典を読めってばさ… ちなみに仏典が改竄でもスマナサーラが嘘つきでも自分はかまわないけれども。
312 :
神も仏も名無しさん :2009/09/29(火) 07:22:19 ID:hUTQD7JJ
>309 >残念ながら彼にはそんな耐性はありませんよ。偏見に対して怒ってるじゃないですか。 「怒る人は負け犬です。知性のかけらもありません。たんなる怒りで動く肉の塊です」と、 「怒らないこと」という本でスマ長老が言ってたような気がしますな。
イジリ甲斐のあるスマナサーラ発言をajitaが載せていたので、みんなでイジリ倒しましょう。 仏教のありがたいところは、自分を自分で批判するところにあるんですね。 批判というか、self-criticismというね、それって自己反省するよりも難しい、理性的でかっこいい態度なんです。 自分たちのいけないところは、自分から真っ先に明らかにする。わざわざ他人に批判されたり、何か言われたりすると、興奮してカッとなって攻撃的になったり、自己弁護(に終始したり)する。 他人が自分の過ちを示すまで待つ、というのはかっこわるいことです。そうではなくて、「その問題は、自分も知っていたんだよ」とならないと、かっこいい人間とは言えないんです。 日本仏教と私が教えている(初期)仏教はずいぶん違いますけど、(日本の仏教にも)お釈迦さまの精神はけっこう残っているんですね。 日本は文化的に、迷信に凝り固まってしまって国だから、仏教も迷信で汚染されているところはありますけど、それでも(釈尊が説いた)人間にとってあるべき精神、というものは残っている。 若い坊さんたちは、……若いお坊さんばかりじゃないけど、自分たちが陥っている間違い、変なところは、自分から先に指摘しているんです。 変に弁解したりすることなく、「これは間違いである」とね。それは、仏教の大事な特色なんです。(大意)
>>305 だけど動物が悟ってるってのはどうもなー。それなら輪廻して動物になったほうがいいじゃないかとなるけど、では悟ってるはずの人間以外のあらゆる生類がまた輪廻してしまうのはなんでだよということになってしまう。
いや、「輪廻がある」「輪廻して動物になるのは良くない」というのをオマエが前提にしている時点で
すでに論理破綻しているのだが、それを蒸し返されてもな。
まず迷信で凝り固まったその「輪廻があるという前提」から抜け出してくれ。
http://blog.nanka.biz/?eid=385852#sequel もともと、知っている通りに行動できない、つまり、悟っていないのは人間だけであり、
人間以外の生物は、知っているとおりにしか行動できませんから、「もともと悟っている」のは間違いありません。
長老は、「すべては無価値だ」と知るのが「悟り」だとも言っています。
ならば、人間以外の生物は、もともと「価値」など知りませんから、やはり悟っていることになります。
人間だって、生まれつき知っている通りに行動できないわけではなく、
誰でも赤ん坊の時は、教わらなくても、乳を求めて泣き声をあげることができますが、「価値」などという「観念」は持っていません。
人間に「苦」が生まれるのは、「疎外」によって「自己」を獲得するのと同時であることは、既述の通りで、
その進化の過程は、赤ん坊が、かつては自分と一体だった母親を「他者」と「認識」する過程と全く同様と考えることができます。
と南華の人は書いているが、この「大意」を書くと、
人間に「苦」が生まれるのは、「疎外」によって「自己」を獲得するのと同時であり、これは人間に特有。
「すべては無価値だ」と知るのが「悟り」であるとスマナサーラがいうなら、
そもそも「価値」など知らない人間以外の動物は「悟っている」ことになる。
だとしたら、ここから「動物が悟っている」「悟っている動物に輪廻するほうがいいかもしれない」はちゃんと論理的に導き出せるぞ。
>>294 「色即是空、空即是色」というのが、
「肉体はすなわち精神である、精神とはすなわち肉体である」とも解釈できるがな。
この場合、「色即是空、空即是色」は論理命題(勝義諦)とする。
したがってここでは「色」および「空」の仏教学的定義(世俗諦)について語られているわけではないので、
色=a、空=bという記号に置き換えて考えることができる。
「a即是b、b即是a」
たとえばaに「今日の晩御飯」を、bに「カレーライス」を代入すると、上記論理命題は、
「今日の晩御飯はカレーライスだ」、「カレーライスは今日の晩御飯だ」となり、
「a=bならばb=a」という、「ちゅうがくせいでもわかる」交換法則が成り立っていることになる。
同様にaに「肉体」を、bに「精神」を代入しても命題は成り立つ。
とすると、南華の人が主張する「スマナサーラの言っている『般若心経は間違い』は間違いである」という主張がやはり正しいことになる。
<参考>
●論理学に関する無理解のサンプルについて 68の指摘●三浦俊彦より引用。
以下は石飛道子著『ブッダ論理学 五つの難問』(講談社)についての、初歩レベルでの指摘です。
現代論理学への無理解というだけでなく、端的に、<非論理的な作文のサンプル>として、素朴なわかりやすい例と言えます。
論理教育の専門家のかたにとっては、理想的な教材となることでしょう。
…(中略)…
67■私たちの批判の大半が、初歩の作文作法の過ちを指摘したにすぎいなことをついぞ理解せず、
なにやら高尚な「異質な論理学への学会の無理解」へ還元しようとしている。
http://members.jcom.home.ne.jp/miurat/murikai-logic.pdf
>>302 ここ数日好き好んで勝義諦や世俗諦などの単語を用い、ボールと打者のたとえなどを繰り広げているのは俺だ。
そもそも勝義諦や世俗諦を持ち出すから話がややこしくなるんだぜ。
勝義諦を可能世界に、世俗諦を現実世界に「仏教外から」定義付けられてしまえば、
「仏教教義」内での「勝義諦、世俗諦」の定義は論理的に「真理ではない」ことになってしまうのだが、
ここは理解できるか?
俺の立場は、無我であっても輪廻転生はあるというものになる。
南華の人の主張は、リンク先のページしか見て無いが、むちゃくちゃとしか言いようが無い。
そもそも我があるという言い方をする場合、それはデカルトの言う疑いようの無い考える私の存在を想起するものだろう。
ヒンドゥーで言われている真我の存在なども、徹底的に私はあるというところを突き詰めていって存在を疑い得ない私=真我に行き着くというものだ。
俺は「情報のパッケージ」としての遺伝子情報を「輪廻情報のパッケージ」としての「世間で言う霊魂」のアナロジーとした。
その遺伝子情報は「疑いようのない私」など考えちゃいないだろうが、それこそが「疑いようのない私」なんてことを考える「肉体」を作り出す「根本」であり、
それがなければ「疑いようのない私」なんてことを考える「肉体」はそもそも発生してこない。
同様に、「遺伝子情報のパッケージ」が「私」を作り出しているなら、「輪廻がある」とした場合、
その輪廻の主体となる「霊魂という情報のパッケージ」が「私」の輪廻の主体となっている、としか言いようがないではないか。
ならば、「輪廻がある」と「(情報のパッケージとしての)霊魂はない」は論理的には両立しない。迷信なら別だが。
「ボールと打者のたとえ」に戻ろう。
>>251 打者がバットでボールを打ったら、そのエネルギーは打者からバットを経てボールに
乗り移った。これが輪廻の一形態です。
一般的に気にされている輪廻は、打者自身がスタンド目掛けて飛んで行くかどうか。それを気にしてるんです。
輪廻という現象はあるけど、主体など必要としません。
>>266 輪廻の主体というか、輪廻にはエネルギー以外に情報という要素があると考えたほうがいいと思います。
ボールには打者の思惑に従い、一定方向に飛んでいく情報が乗っています。
だからこそボールは、打者の意図する方向に飛んでいく。
もしこれがエネルギーのみならば、どこに飛んでいくか分かったものじゃありません。
でも、ボールはボール、打者は打者。打者自身がスタンドに飛んでいくわけではないということです。
鈴木イチローがバッターボックスにいてスタンドにボールを叩き込んだら、そのボールが鈴木イチローになった。
そんなありえないことがあるのだという、珍しくマトモなことを言っているのかと思ったら、
>>302 そもそも我があるという言い方をする場合、それはデカルトの言う疑いようの無い考える私の存在を想起するものだろう。
ヒンドゥーで言われている真我の存在なども、徹底的に私はあるというところを突き詰めていって存在を疑い得ない私=真我に行き着くというものだ。
なんだこの程度かw。
俺は
>>290 で「おすぎとピーコのたとえ」を用いて、「遺伝子情報のパッケージ」があれば、
まるで輪廻みたいに同じ遺伝子情報に基づいた肉体が300年後に発生してくる、と書いた。
つまりそれは、「イチローが打ったボールがスタンドでイチローになった、しかも打席のイチローもそのまま存在している」ということがあり得る、
ということを意味している。
これを「(情報パッケージとしての)霊魂」のアナロジーとするなら、これはむしろヒンドゥーで言われる「真我」に近いことになる。
輪廻の主体は「私というものを形作る際の根本となる情報パッケージとしての真我=霊魂」ということだな。
311 名前:神も仏も名無しさん[] 投稿日:2009/09/29(火) 07:09:55 ID:hUTQD7JJ
>279-280
だからきちんとソースおよび古典を読めってばさ…
ちなみに仏典が改竄でもスマナサーラが嘘つきでも自分はかまわないけれども。
>>214 紀元前13世紀頃、アーリア人がインドに侵入し、先住民族であるドラヴィダ人を支配する過程でバラモン教が形作られたとされる。
紀元前10世紀頃、アーリア人とドラヴィダ人の混血が始まり、宗教の融合が始まる。
紀元前5世紀頃に、4大ヴェーダが現在の形で成立して宗教としての形がまとめられ、バラモンの特別性がはっきりと示される。
しかしそれに反発して、多くの新しい宗教や思想が生まれることになる。現在も残っている仏教やジャイナ教もこの時期に成立した。
新思想が生まれてきた理由として、経済力が発展しバラモン以外の階級が豊かになってきた事などが考えられる。
カースト、特にバラモンの特殊性を否定したこれらの教えは、特にバラモンの支配をよく思っていなかったクシャトリヤに支持されていく。
(wiki「バラモン教」)
だからヴァルナは「白い」アーリア人侵入後、以前からいた「黒い」ドラヴィダ系原住民を
差別して生まれて来た制度である、ってのが「常識的インド古代史観」で、
これを認めないならスマナサーラだけでなくオマエが「ウソツキ」になる、って言ったのだがなw。
ちゃんと、「マトモな歴史書」は読んだか?
現在、アメリカのカリフォルニア州で、インド史の記述をめぐて教科書論争が進行している。 「明らかな誤り」や「歪曲された解釈」があるとして、ベーダ財団(Vedic Foundation)やヒンズー教育財団(Hindu Education Foundation)などがクレームをつけている。 人の国の歴史をいい加減に扱うアメリカのことである。 「ヒンディー語はアラビア文字で書かれている」とか、ヒンズー教のバラモン(僧侶)の写真に「ムスリム」というキャプションをつけるとか、 とんでもないことをやっている。インド人が怒るのも無理はない。 が、勢いつけたヒンズー原理主義の諸団体が、これらの訂正と同時に「アーリア人がインドに侵入した」という記述を削除するように要求している。 (参考:Christian Science Monitor:India history spat hits US(2006/1/24)) 「アーリア人侵入説」は、言語学の分野から持ち上がってきたものだ。 『グリム童話』でおなじみグリム兄弟は、辞書編纂や言語学者としても有名で、インド・ヨーロッパ諸語の子音を比較し、 「グリムの法則」(ゲルマン第一子音推移)を発見した。比較言語学のさきがけである。 「インド・ヨーロッパ語族」という分類から、北インドのヒンズー支配層は、BC3000〜8000年に、欧州・中東・小アジア・コーカサスから移動してきた西ヨーロッパ人ではないか、と推理されるようになった。 つまり「白人、金髪、青い目」の侵略者たちが、先住民のドラヴィダ語族の民族を南に押しやり、北インドではカーストの支配者となったのではないか、という話なのだ。 これに噛みついているのは、ヒンズー原理主義のインド人民党(BJP)と、その関連団体(アメリカでは「ベーダ財団」や「ヒンズー教育財団」)だ。 インドでは、マハトマ・ガンジーや初代首相のネール以来、国民会議派(Congress)が与党となって政権を担当してきたが、1997年にインド人民党が第1与党となって、政治マップが塗りかえられている。
この動きの伏線となったのが、1992年のアヨーディアのモスク破壊事件だ。 インド北部ウッタルプラデシュ州のアヨーディア(Ayodya)は、古代叙事詩『ラーマーヤナ』の主人公「ラーマ」の聖地だ。ヒンズーの聖地にイスラムのモスクがあるのは許せない、 というヒンズー過激派がモスクを襲撃した事件である。 この動きは現在にまで連綿と続いており、イスラム教やキリスト教には「インドから出て行け」と叫び、下層カーストには「ヒンズー教の秩序を乱すな」と睨みを利かせている。 この勢力の極右グループの間では、女性の権利はなきに等しい。 女性の再婚は論外であり、夫が死んだ場合は、一緒に生き埋めにされるサティ(sati)という習慣もある。 夫や義理の父母にタテをついた女は殺されても「事件」にならない。 このようなヒンズー原理主義者たちにとって、もう1つ許せないのは、5年前から話題になり始めた「DNA分析」である。 ◆San Francisco Chronicle:History of Aryan Conquest of India Told in Modern Genes(1999/5/26) Thus today's genetic patterns, the researchers explained, vividly reflect a historic event, or events, that occurred 3,000 or 4,000 years ago. The gene patterns "are consistent with a historical scenario in which invading Caucasoids -- primarily males -- established the caste system and occupied the highest positions, placing the indigenous population, who were more similar to Asians, in lower caste positions." アメリカのユタ大学とインド南部のアンドラプラデシュ大学による共同研究である。 インドのカースト別のDNA分析から、侵攻したのは「コーカソイドの男子」であり、先住民の下層階級の女子と混血してきたことが証明された、というものだ。
インドのカースト制度は、「4階層+不可触民」で、実質5階層になっている。1930年にイギリスがとった人口統計によれば、 1)バラモン(僧侶)・・・・5% 2)クシャトリア(武士)・・・・7% 3)ヴァイシャ(商人)・・・・3% 4)シュードラ(農民工民)・・・・60% 5)アンタッチャブル(穢多非人)・・・・15% という比率で、これにイスラム教、シーク教、キリスト教、ゾロアスター教などの「異教徒10%」をたすと、100%になる。 1930年以来、1度も統計調査がないというも驚きだが、不可触民(穢多非人)の「15%」という比率は、実際はもっと高いと言われている。 DNA分析の共同研究では、上層カースト(バラモン+クシャトリア+ヴァイシャ)、中層カースト(シュードラ)、下層カースト(アンタッチャブル)に分類し、アフリカ人、アジア人、ヨーロッパ人のDNAと比較している。 表内の数字は、小さいほど関係性の距離が短い(先祖の共通性が高い)ことを示す。 (表のソース:Genetic Evidence on the Origins of Indian Caste Populations(初2000.11.29/更新2001.3.22))pdfファイル ■Y染色体のSTR分析 アフリカ人 アジア人 ヨーロッパ人 上層カースト 0.0166 0.0104 0.0092 中層カースト 0.0156 0.0110 0.0108 低層カースト 0.0131 0.0088 0.0108
ところで南華の人のブログってどこにあるの?
323 :
神も仏も名無しさん :2009/09/29(火) 12:42:20 ID:hh22k/Cz
>>317 そのたとえわかりにくい。
輪廻転生ってことは、こちらで誰かが死んで、
あちらで誰かが生まれるってことでしょう?
ボールを打った打者が、打った瞬間に消滅して死ぬわけじゃないから、
比喩としてもむちゃくちゃですよ。
ボールが輪廻の主体だとしたら、やっぱり主体があるし。
もっと他の比喩はないの?
落語家のたとえなんかどう?
落語家は、一人二役とかするでしょう。
落語家という主体が、登場人物1から登場人物2に輪廻する。
落語家は一人しかいない(心はひとつしかない)から、
登場人物1が消えないと登場人物2は出現しない。
物語は連続しているから、
登場人物1と登場人物2には因果関係がある。
>>323 輪廻転生ってことは、こちらで誰かが死んで、
あちらで誰かが生まれるってことでしょう?
羊のドリーちゃんの細胞の「遺伝子情報」から、クローン・ドリーちゃんをつくりました。
羊のドリーちゃんが生きている間に3匹のクローン・ドリーちゃんが、
羊のドリーちゃんが死んでしまって100年後に、凍結保存されていた細胞から2匹のドリーちゃんが作られたので、
3+2で合計5匹のクローン・ドリーちゃんが生まれたことになります。
つまり、「イチローが打ったボールがスタンドでイチローになった、しかも打席のイチローもそのまま存在していた」ということです。
[輪廻がない]とする場合。
[輪廻がない]ならば[霊魂がある]は(○)、例えばキリスト教、イスラム教など。
[輪廻がない]ならば[霊魂がない]も(○)、これは「死んでしまえば全ておわり」という考え方。
次に仏教の[輪廻がある]とする場合。
[輪廻がある]ならば[霊魂がある]は(○)だが、
[輪廻がある]ならば[霊魂がない]は(×)になる。
バラモン階級に対抗していた初期仏教は、バラモン階級の「我」を否定するために「無我」を唱えたため、
その矛盾を無批判に受け継いだスマナサーラ教では、
「輪廻がある」としながらその輪廻の主体である「霊魂」まで否定してしまったわけだが、
この両者に矛盾があるのは明らか。
だから「輪廻はある」と「霊魂は存在しない」と「無我」は鼎立しないのだが、
スマナサーラ教が否定している「霊魂(輪廻の主体)」の存在を認めれば、それで済む話。
「情報パッケージ」としての阿頼耶識を「我」や「霊魂」と呼び替えてもいいのなら、
これは「霊魂の存在(輪廻の主体)」を認めていることになるから、[輪廻がある]ならば[霊魂がある]で(○)。
輪廻の主体(霊魂、阿頼耶識、我)は「存在する」が、
それは遺伝子情報が「情報のパッケージ」であるのと同じく「寄せ集め」でしかないので「無我」である、
と大乗みたいに説明すれば、何もややこしくならない。
>>318 今のインドでも肌差別みたいなのあるんだよ
テレビで見たんだけどインドはほとんど見合い結婚で
女の人が「あんな色の黒い人と結婚するのイヤ」だって
俺からみたらどっちもマッ黒なんだけどねw
アーリア人侵入説は今ではほとんど否定されてるね
>>325 アーリア人侵入説は今ではほとんど否定されてるね。
いや、DNA解析でアーリア人侵入の経緯がわかったという研究結果が
>>319-321 なのだが。
おっと、続きがあった。
>>319-321 続き
ここで使われているDNA分析は、STR(short tandem repeats)分析と呼ばれるもので、DNAの中の3〜7塩基対で構成される短鎖反復配列のパターンを調べるもの。
ニットのセーターに例えていうと、連続反復される「単純編み」の部分が、セーター全体でどのようなマッピングになっているか調べるものだ。
マッピングのイメージは、たとえばこんな感じ。
日本の皇位継承問題でもおなじみの「Y染色体」だが、これは男系の遺伝を示す。
インド人の「男系遺伝子」は、ヨーロッパ人とアジア人と同じぐらいの距離にある。
カースト別でいうと、上層カーストとヨーロッパ人の関係がもっとも近い。低層カーストはアジア人にもっとも近い。
■ミトコンドリア染色体のHVR1分析
アフリカ人 アジア人 ヨーロッパ人
上層カースト 0.0179 0.0037 0.0100
中層カースト 0.0182 0.0025 0.0086
低層カースト 0.0163 0.0023 0.0113
ミトコンドリアのDNAは、母親のものだけが子供に伝わり、父親のものは次世代にはまったく関与しない「母系遺伝」になっているので、母系分析に使われる。
ミトコンドリアDNAでは大きく変化する場所(HVR=Hyper-Variable Region)が2ヵ所あり、それぞれHVR1、HVR2と呼ばれる。
この分析によると、インド人の「先祖の女性」は、歴然とした数値をもって、アジア人に近い。
低層カーストがもっとも近く、上層になるにつれて距離が離れていく。
以上の研究から、インド人の母系と父系に明らかな「系統」が生じており、
1)「アーリア人の男性」が「ワンランク下の先住女性」と混血を繰り返した、
2)「低いカーストの男性」が「高いカーストの女性」と結婚するケースはほとんどなかった、という結論になる。
327 :
神も仏も名無しさん :2009/09/29(火) 17:32:03 ID:hh22k/Cz
>>324 スマナサーラ長老のアビダンマ講義シリーズを読むかぎり、
輪廻の主体を否定してはいないと思えます。
輪廻の主体は心だと読めます。
また、六道のうちの餓鬼道について、幽霊みたいな存在だとも書いていました。
無我とは、輪廻の主体を否定するものではなく、
輪廻の主体も含めたあらゆる存在・現象の性質を説明した言葉です。
328 :
神も仏も名無しさん :2009/09/29(火) 17:52:54 ID:hh22k/Cz
>>324 羊のドリーちゃんの死ぬ瞬間の「死心」が、
次の瞬間に生まれる新たな生まれかわりの「結生心」になるわけですよね。
ドリーちゃんのクローンは、兄弟や子供とおなじで、
生まれかわりではない。
>>328 昔理科の実験で空気でっぽうというのをやったけど、後ろの玉に力をいれるとそれがきっかけとなり前の玉が飛び出る。
前と後ろの玉はあくまでも別。同じじゃない。
死心が結生心を押し出すと言える。
この二つは別の心であって、同じ主体と言えるようなものではない。
>>314 輪廻が無いなら、死んだらそれっきりか?
それならば悟っても悟らなくてもどっちでもよくなる。
それか天国地獄で永遠の生命を得るのか?
どちらに行くかは現生の善行で決まるってのが一般的だが、その条件を悟ってるか否かで分けるとした場合、人間以外の全生類は天国に行けるのに、人間だけは大半が地獄行きということになる。むちゃくちゃだろ。
もしやり直しの機会を与えるというなら、それは輪廻を認めることになっちゃうし。
>>316 >>「仏教教義」内での「勝義諦、世俗諦」の定義は論理的に「真理ではない」ことになってしまうのだが、
ここは理解できるか?
それは言葉を言い換えただけだろ。
アップルと言うかりんごと言うかの違いしかない。可能だか現実だか知らんが、
究極の真理とそうでない一時的な真理に分けるという分け方には変わらないわけだし。
遺伝子のパッケージの話は、悪いがくだらないとしか思えない。
おすぎとピー子が同じ自我を持ってるとでも思うのか?
肉体を構成する遺伝子データが同じだとしても、
食べたものが違えば細胞だっておのずと違ってくる。
あるとき、実はお前は偽者で、数ヶ月前に作られたクローンに記憶などのデータをすべて書き込んだだけだといわれたら、どうする?
それでも俺は俺だ、子供の頃の記憶もあると言っても、そんなの何の意味も無いってことは分かるよな?
もともとのお前さんはどうしたのか、事故で死んだのかどこかにいるのかは分からないが、
ともかく新たな俺様が生まれてしまったわけだ。
ではそれはもともとのお前さんにとってどういう意味を持つか?
実は何の意味も持たない。もはや別人だからだ。
情報も、エネルギーも、主体などと呼べるご立派なものではない。
同じ本でもそれぞれ違う本だしな。
>それならば悟っても悟らなくてもどっちでもよくなる 輪廻否定派にことごとくこの問いを ぶつけてきたが、まともに答えられた者はいない。 死んで終りなのになんで苦しい修行をする? こたえてみろ。
332 :
神も仏も名無しさん :2009/09/29(火) 22:41:13 ID:hh22k/Cz
>>329 前の心のコピーとして後の心が現れる。
しかし、完全なコピーというわけではなく、
コピーをくりかえしながら変化していく。
だから、ずっと同じ心があるわけではないから無我ですよね。
心が「主体」と言うのは言い過ぎかもしれませんね。
心が「媒介」して輪廻を成立させている。
>>331 俺は輪廻肯定派だからさ。
>>332 その通り。ずっと継続する我がある、真我があるというのは間違いなんだな。
残念だったな、
>>324 は、将棋で言えば「詰み」、もはや逃げられない。誰もそのことに気づいてさえいないようだがw
[輪廻がない]とする場合。
a.[輪廻がない]ならば[霊魂がある]は(○)、例えばキリスト教、イスラム教など。
b.[輪廻がない]ならば[霊魂がない]も(○)、これは「死んでしまえば全ておわり」という考え方。
次に仏教の[輪廻がある]とする場合。
c.[輪廻がある]ならば[霊魂がある]は(○)だが、
d.[輪廻がある]ならば[霊魂がない]は(×)になる。
P→Qで、[輪廻]をP、[霊魂]Qとする。[ある]をTとし、[ない]をFとすれば、
P Q P→Q
=============
T T T ------------- c.
T F F ------------- d.
F T T ------------- a.
F F T ------------- b.
となり、「輪廻はある」が「霊魂はない」というスマナサーラ教の教義が、真理表に照らし合わせて間違いであることが「証明」されてしまった。
>>313 「他人が自分の過ちを示すまで待つ、というのはかっこわるいことです。」(スマ談)
間違いを指摘されたら、きちんと直しましょう。
これでスマナサーラ教における「輪廻はあるが霊魂はない」の間違いは完璧に論破されてしまったので、この論理ゲームは終了、
以降、「バカなのでここに書かれている意味がわからない」ような内容のレスは、自らのバカをさらしているだけとなる。
>>315 以下は石飛道子著『ブッダ論理学 五つの難問』(講談社)についての、初歩レベルでの指摘です。
現代論理学への無理解というだけでなく、端的に、<非論理的な作文のサンプル>として、素朴なわかりやすい例と言えます。
論理教育の専門家のかたにとっては、理想的な教材となることでしょう。
…(中略)…
67■私たちの批判の大半が、初歩の作文作法の過ちを指摘したにすぎいなことをついぞ理解せず、
なにやら高尚な「異質な論理学への学会の無理解」へ還元しようとしている。
http://members.jcom.home.ne.jp/miurat/murikai-logic.pdf
「輪廻はある」が「霊魂はない」とするスマナサーラ教義は論理学的に偽であることが証明されてしまったので、 次は「霊魂(輪廻の主体)」と「無我」の論理学的考察に移る。 まずはじめに言っておかなければならないことは、 「主体」と対になっている概念は「客体」であって、「実体」ではないということだ。 <私のDNA>は「主体」、<他人のDNA>が「客体」。 DNAには物質としての「実体」があるから、電子顕微鏡で見ることができる。 <私のDNA>と<他人のDNA>は「異なっている」から、臓器移植をすれば「異物である」と判断して抗体反応が起きる。 <私の霊魂>は輪廻の「主体」、<他人の霊魂>が輪廻の「客体」。 霊魂には物質としての「実体」がないから、見ることができない。 <俺=俺のひいおじいちゃんの霊魂>という輪廻の「主体」と、 <美輪明宏=天草四郎の霊魂>という(俺から見た)輪廻の「客体」は異なっているので、 <俺>と<美輪>の「霊魂」は異なっている。 「俺の輪廻の主体」と「美輪の(美輪側から見た)輪廻の主体」が異なっているなら、 それは「主」と「客」、「他」と「我」の区別があるということで、「無我」ではない。 したがって、「輪廻」があって「霊魂(輪廻の主体と客体)」があるとするなら、それは「無我ではない」ことになる。 次、「仏教教義」内での「勝義諦、世俗諦」の定義は論理的に「真理ではない」について。 「仏教教義」内での「勝義諦、世俗諦」は、 仏教教義が「輪廻はある」が「霊魂はない」など真理表に基づいて偽とされるような「間違った」教義に依拠し、 論理的に真であるとされるキリスト教やイスラム教などの教義にさえも劣る、 現実世界の片隅を占めるに過ぎない「世俗的な、仮の」教義であり、 一方、それらをすべて包括する「可能世界」という論理学のフレームは仏教用語の定義でいうところの「勝義諦」に該当し、 そこから論理学的にみて偽であるとされるような「教義」を唱える「仏教教義」は「真理ではない」ことになる。
337 :
神も仏も名無しさん :2009/09/30(水) 12:35:12 ID:ldRMP/+K
>336 あなたは、聞く耳もたずに一方的に言い放ってるだけでしょう。 スマナサーラ長老は、肉体のない心だけの生命の存在を認めている。 「霊魂」という言葉が適切かどうかはわからないが、 前世が死んだときの心が、 今世で生まれた瞬間の心につながっている。 無我の意味も違う気がするけど?
338 :
神も仏も名無しさん :2009/09/30(水) 12:40:01 ID:ldRMP/+K
>>336 仏教では、法は無我(実体がない)だと説く。
主体だとか客体だとかいうのは、意識で考えた概念、
つまり意識の対象である法境です。
つまり、主体も客体も頭で考えた概念だから、
無我(夢や幻みたいなもの)です。
339 :
神も仏も名無しさん :2009/09/30(水) 12:50:19 ID:ldRMP/+K
>>336 テーラワーダでは、勝義諦は色・心・心所・涅槃の4つだけらしいです。
私達は、色(物質)にあれこれ名前をつけて概念をつくったりしますが、
それらは概念(法)です。
概念(法)は無我です。
物質に概念・名前をつけずに、物質のままに観てみましょう。
あなたが今感じているものは、
物質か心か心所(心の中身)の三つに分類できるはず。
物質なら、色声香味触の刺激を刺激のままに感じてみましょう。
その刺激に名前や概念をつけたら、無我である法なってしまいます。
主体も客体もDNAも概念にすぎません。
>>331 単にお気に入りの答えが得られないから答えられないと言ってるだけでしょ。
輪廻があると信じているから苦しい修業とやらをしただけでしょ。
信じることと輪廻の有無は別問題だけどね。
神を信じてバチカンで苦しい修業する人もいるし宗教だからに決まってんじゃん。
>>335 おまえがどんなにただしかろうが、伝わらないと意味ないぞ。
自分の論理に自信があるなら、仏陀がチューラパンタカに雑巾渡してそれで悟らさせたように、俺ら凡夫にも分かるように説明してみせてほしい。
それが出来なきゃただの独りよがりだ。
仏教においては一時的に形成されるものは全て世俗締に放り込めるから、霊魂も一時的に形成されたものにすぎない以上、その存在を否定するものではない。 否定されるのはその霊魂が永遠不滅だという考えだな。
>>342 まともに伝承や自己申告以上の根拠を挙げられないくせに。
345 :
神も仏も名無しさん :2009/09/30(水) 16:11:21 ID:q0Pwk+Qq
誰かが科学だなんておかしなこというからおかしくなっている話で 宗教であり信仰なんだから輪廻を前提とするのは認めて下さい。 可能性以上の話はできません。 そのかわり、他の信仰も可能性としては認めます。
346 :
神も仏も名無しさん :2009/09/30(水) 19:21:03 ID:4KeIZ9ae
>アーリア人侵入説は今ではほとんど否定されてるね アーリア人がインドに来た時期と、インダス諸都市の没落の時期が合わないからね。
347 :
神も仏も名無しさん :2009/09/30(水) 19:22:51 ID:4KeIZ9ae
>誰かが科学だなんておかしなこというからおかしくなっている話で 「誰か」とかぼかして書かずに「スマナサーラ長老」と書いた方がいいのでは。 スレタイにもなっている人だしね。
>>344 そういう風に皆逃げるんだよね。
何故死んだら終わりなのに苦しい修行を
するのですか?
君も興味があったこんなスレにくるのですか?
ハッキリと答えなさい。
349 :
神も仏も名無しさん :2009/10/01(木) 01:01:44 ID:h/VqOys1
>>348 おまえが逃げてると思うよ。信仰に過剰な付加価値求めちゃって。
仏教は宗教。信仰に合理的根拠なんかあるわけがないじゃん。
そういうの信じたきゃせいぜい他の妄想も認めなよ。
そういう覚醒剤とかわらない宗教にはしめるべき地位があると思うから
このスレにいるんじゃん。スマナサーラ教みたいな宗教アヘンが一般人に
普及したらただでさえ酷い状態の社会が一層、酷くなる。
でも、なくなってしまえとまでは思わない。
おまえみたいに多くの人の合理的思考に信仰が取って代わる、とろくなことがない。
でもこれ多分、脳の器質の違いだと思うからおまえみたいな妄想を前提に
生きるやつが少しぐらいいるのは認めるよ。
ねらー相手に脳内勝利してるぐらいはいいけど他人に脅迫観念押しつけるなよ。
仏教のそし達、宗教脳のご先輩を見習って苦労して修業しろよ。
外道ともちゃんとなかよくしろよ。宗教商売似たり寄ったりだから。
350 :
神も仏も名無しさん :2009/10/01(木) 03:46:42 ID:YRBKH2Pq
>>348 死んだら終わりだとしたら、この世で悟るしかないわけで、
余計に本気で修行しないといけなくなる。
352 :
神も仏も名無しさん :2009/10/01(木) 06:48:13 ID:WzbkMGqN
>外道ともちゃんとなかよくしろよ。 「外道」呼ばわりしている時点で難しいと思うが。 (もっともジャイナ教から見たら仏教は「外道」) お釈迦さんはアージヴィカ教徒やジャイナ教徒からも慕われたのにね。
353 :
神も仏も名無しさん :2009/10/01(木) 10:12:36 ID:ULDpbqqW
>>346 没落時期と民族の混在は別にタイミングいっしょじゃあないでしょ
例えばムスリムの侵入も何世紀ものあいだに、何度かに分かれて進入してきているが
(ムスリムといっても1集団、1王朝ではない。同様にアーリアの進入も複数の部族が断続的に進入したと考えられる)
初期のムスリム勢力は、ヒンドゥー勢力と融和的に統治している。
何回目かの進入王朝の時代に徹底的なヒンドゥー弾圧を行って、結果ムスリム文化が強制的に広まったという事例がある。
アーリア系が進入して、インダス文化を築いたドラヴィダ系を支配したという
通説は、
>>326 の言うとおりDNA的にも立証されており、なんら揺らぐところではないよ。
>>352 自己の外に道、真理をもとめるのが「外道」
355 :
神も仏も名無しさん :2009/10/02(金) 12:11:46 ID:34ytg+i7
>>354 単純に、外道とは仏教以外の教えという意味でいいじゃないですか。
定義を知らない人が外道を使うと 宗教差別だ、と言われたとき 反論できないので。
アビダンマ講義シリーズ〈第5巻〉業(カルマ)と輪廻の分析―ブッダの実践心理学 の内容を要約してくれ。輪廻はあると言い切ってる?
お前は怠けものだな。
359 :
神も仏も名無しさん :2009/10/03(土) 00:22:10 ID:Wrtmbp/O
>>357 あると言い切ってる。
まぁ、アビダンマの説明書だから、
長老がアビダンマをまるまる信じてるかは別の話かもしれないけど。
輪廻はあるいいきったらブッダの「無記」はどう説明するんだろう? 大乗の戯れ言とでも?
361 :
神も仏も名無しさん :2009/10/03(土) 18:43:53 ID:Wrtmbp/O
>>360 無記は、ブッダに質問した相手が未熟だったから、
ブッダは、そんなことを考える暇があるなら修行しろ、
という意味で質問に答えなかっただけでは?
つまり、輪廻の存在を否定したんじゃなくて、
輪廻について妄想することを否定したんじゃないでしょうか。
一方、変に妄想する心配のないまともな弟子には、
輪廻について語ったのでは。
長老によろしく
364 :
神も仏も名無しさん :2009/10/04(日) 16:56:24 ID:zS1iE4vw
仏教の修行に輪廻の何が関係あるんだろうか? 刹那の様な人生だから戯論に付き合っている暇なんて無いだろに。 輪廻思想に取り付かれた社会の悲惨な現実を直視したほうがいいな。
>>2 >>3 そもそもこの他宗批判しても大したことにならない穏やかな日本の宗教風土は
織田信長 豊臣秀吉 徳川家康などの先見の明がある偉大な権力者が
変わり者の耶蘇教徒 親鸞厨 日蓮厨を徹底的に叩きのめし骨抜きにした上に
明治の廃仏運動によって坊主を完全に「馬鹿にされる存在」としたことのおかげ
日本にもう大乗仏教などない
スマさんが口の悪いのはキリスト教に関してはセイロンの植民地コンプレックスから
大乗に関しては大学で坊主に「小乗仏教ですか」と馬鹿にされたこと
小乗仏教云々はともかく日本の坊主になんか馬鹿にされたら日本人なら誰でも怒るよw
>>366 突っ込みどころ満載だが
その勢いを買った。。
368 :
sage :2009/10/06(火) 03:37:05 ID:kJEMnoFZ
とりあえず、句読点から。
>句読点から 好みの問題じゃないの? 日本語は多様な言語だから。
>>366 を要約すると、
他宗批判しても問題にならない穏やかな風土は、
他宗弾圧の屍の上に築かれた血塗られた背景があり、
スマさんは坊主のクセに植民地コンプをもってて、馬鹿にされると切れる
僧侶不適格者。しかも実は日本人だった!
こんなところか。
371 :
神も仏も名無しさん :2009/10/06(火) 08:18:15 ID:A0PpZMBd
言葉の荒さもあるけど、イライラして怒っているというそのありようが問題かも。
スマ長老は単純に日本が嫌いなんだと 思うよ。 「日本がこんな国だと知っていれば 来なかった」と言ってたらしいから。 使命感でやってるんだよ。 スリランカでは大統領さえ僧侶には 敬意を払うんでしょ。 交通機関も並ばなくても優先だし。 良く我慢していてくれてるよ。
スリランカのプチ・カースト制が日本で通用しないからといって、 別に我慢に感謝してもらわなくてもな。 あっちよりはマシな国だし。 帰りたきゃ帰ればいいのに、好きで日本に留まって ブチブチ文句だけは言う、って、ワガママな僧侶だよ。
大統領でさえ敬意を払うほど僧侶が大きな力を持つ国で、 なぜ血塗られた内戦が長い間つづいているのか。 スリランカ仏教のあり方も含む構造的欠落ですよね。
375 :
神も仏も名無しさん :2009/10/06(火) 15:14:55 ID:zjYS6J87
>>372 それなら、ますます言っていることの矛盾が明確になってしまうw
しかしそんなに日本が嫌なら帰ればいいのだ。
日本への文句や不満、愚痴を垂れ流すのは本当に止めていただきたい。
僧侶としても嫌らしいが、人間としても嫌らしい。
〇沢大学みたいな3流大学の教授坊主に見下されたらホント腹立つと思う 自分に引き換えて考えてごらんよ たとえば法事の際に 坊主「どこにお勤めですか」 「〇〇です」 坊主「小さな会社ですね」 俺なら顔面パンチで毛だけじゃなく歯もなくしてやるけどね
>>373 374 375
たぶんこの人たちの属してる団体はファシズム団体だね
オーム アルカイーダ スリランカのヒンズー教団体然りで
世界の不幸はだいたい宗教ファシストが原因だね
俺の場合はスマさんに不満があったら本人に直接言えという考え
団体に対する批判は自分への批判とは思わない
そこら辺が君たちより進んでるんだよw
378 :
神も仏も名無しさん :2009/10/06(火) 17:57:36 ID:zjYS6J87
>>377 ああそうですか。おめでたいですね。
勝手な妄想、おつかれさん。
これがあなたの姿ですよ。
>>378 ありがとう
まあ日蓮宗なら四箇格言 真宗なら三重廃立などなど
これらの宗派は教義に他宗批判が織り込み済みで結局いかがわしいんだよ
テーラワーダは他宗批判なしに単独で成立するからね
長老の言う他宗批判は「臭いから寄ってくんな」ぐらいな意味だよw
>>379 日蓮宗も正宗も仏教ではないので
名前を挙げるのも不適切かと・・
>>377 >たぶんこの人たちの属してる団体はファシズム団体だね
妄想大爆発お疲れ〜。
いつまでも妄想の中でニコニコしながらよがってればいい。
その点、君は遅れてるんだよ。そこ等の一般の人よりね。
スマナサーラを批判する人間は狂った人間だ! …と思い込みたくてしかたないというこったね。 カルト信者が批判受けると毎度やる自己防護の定番ロジック丸出しじゃん。 麻原が逮捕されて、オウム信者が米軍の陰謀だ!と言ってたのといっしょ。
テラワーダ協会の皆様に教えていただきたいのですが、スマナサーラ長老 の法話でアーなパーナに付いてのものが有りますが、アーなパーナを実践 しないテラワーダ教会で何故あのような法話がなされたんでしょうか?
>>383 興味がある方はやってくださいという考え方だからでしょ
なんでやったらだめなんですか?
別にガチガチのファシズム団体ではないのでw
個人個人 人それぞれということで
>>384 教えた事以外はやるなとお話されてますが。
言われた通りやる人がいない、言われた通りやれば一周間で結果が出る
とも話されておりました。
うん それに賛同するなら言われた様にやればいいんじゃないかな アナパナもたまにはやってみたらいいという風なことどこかで話してた記憶 あるけどね・・
なんべんも言うけど テーラワーダの教義自体は単独でそのまま成立するので 他の仏教宗派を貶めるようないやらしい教義ではないよ スマ長老が口が悪いだけw
388 :
神も仏も名無しさん :2009/10/08(木) 22:14:44 ID:fWbkkt8k
>>387 初心者相手なら、まずは日本の宗派とは違うものだと、知らせる必要がある。
仏教について何も予備知識がない人が多いから、
日本の仏教もテーラワーダ仏教も
「同じ仏教」だと思ってやって来る人もいるでしょう。
まずは、全然違うものだとはっきりわからせないと、
「同じ」だと誤解されたままだと、
せっかく教えた教えが全部違うふうに受け止められるかもしれません。
389 :
神も仏も名無しさん :2009/10/09(金) 01:40:39 ID:PM8jDY89
そうそう。部派というヒンドゥー苦行者のバイアスで歪められた宗派で 本来の仏教と違うものと知られるべきだな
390 :
神も仏も名無しさん :2009/10/09(金) 07:54:46 ID:OqHWsKqT
>>389 テーラワーダに苦行ってありますか?
大乗では、千日回峰行などの苦行がありますね。
要するに中身が瞑想すれば万事OKてなお手軽自己啓発思想で 売りが現世では劣等感がある人に別ベクトルの自己満足的上昇志向を 恐怖を抱える人には一時的な鎮痛を与えるルサンチマン思想ってことでしょ。 俺はこんなに瞑想して禅定が深まったから偉いんだ〜! てな閉じられたオナニー思考回路がヨガ苦行者の態度に似ているんでしょ。 それでいて大乗的な変な商売もやっちまうからすごいよね。 坊主はひきこもって大好きな仏教の勉強やって瞑想シコシコして騙されやすい 大衆の恐怖につけこみ支配して土下座なんかさせてるんだから恐怖商法の 元祖だよね。
392 :
神も仏も名無しさん :2009/10/09(金) 12:41:55 ID:OqHWsKqT
>>391 自分が偉いんだとか思うのは、「慢」の煩悩です。
煩悩を克服することを説いているのが仏教です。
自分を偉いと思う煩悩にも、懺悔の気持ちをもたねばなりません。
>>391 君には瀬戸内寂聴さんなんかが
合ってるような気がする。
特に禅定も仏教の勉強もいらないし
人の中に入って人を笑わせる。
素晴らしい菩薩行だと思う。
瀬戸内さんに弟子入りしなさい。
394 :
神も仏も名無しさん :2009/10/09(金) 17:51:27 ID:Stehc3x1
395 :
神も仏も名無しさん :2009/10/09(金) 17:59:54 ID:Stehc3x1
プラユキさんの本読んだけど、スマ長老より言葉はきれいだと思ったよ。
>>388 っていうか、日本の仏教って本当に仏教か?と問いたくなる
同じ大乗でもチベット仏教はちゃんとしてるし…
すくなくとも鎌倉仏教は本物だった。 浄土でさえ老荘やバクティヨガのど真ん中をいってる。 不穏な世情が本物を生んだ。
398 :
神も仏も名無しさん :2009/10/10(土) 18:12:16 ID:FHYabsNg
>>397 >浄土でさえ老荘やバクティヨガのど真ん中をいってる。
意味がわからん
>>392 ケチャップの偽善いんちき説法はもういいよ。
あんた見てたら仏教は本当に自我を満足させる道にしか見えないわ。
宗教そのものがいらないと確信させる。
400 :
神も仏も名無しさん :2009/10/11(日) 05:10:11 ID:7z48T1k8
>>396 ほぅ、チベット仏教の現状にお詳しい方なんですね。
お聞きしたいのですが、法王庁のオイシイ役職をダライラマの親族が独占してるのはなぜですか?
ダライラマの最初の摂政が妻帯しまくり、汚職しまくり、蓄財しまくりをゆるされていたのはなぜですか?
>>393 君にはスマナサーラさんなんかが
合ってるような気がする。
特に一般教養の勉強も才能もいらないし
いきなり勘違いのエリート意識を持てる。
凡庸な脳内麻薬全開の宗教だと思う。
スマナサーラさんのケツ舐めてなさい。
教義的に日本の仏教は、本来の仏教からかけ離れている。 論理を重視する上座部、チベット仏教に対し、非常に感情的、情緒的な日本仏教。 上座部とチベットはまだ対話する余地があるが、日本仏教は教理教学がぐだぐだ。 祖師の好みと妄想で組み立てられた、日本教にすぎない。 なにより、肝心の僧侶自身、ほぼ100%が在家生活を営んでおり、あまつさえ何食わぬ顔で妻帯している。 これは仏教といえる範囲を逸脱している。
403 :
神も仏も名無しさん :2009/10/11(日) 14:38:56 ID:pAaxtscy
>>401 スレタイは「スマナサーラ長老の言葉の汚さについて」なのに、スレ住人の
方がもっと汚い言葉を使うのね。
アタマ大丈夫?
>>402 >論理を重視する上座部、チベット仏教に対し、非常に感情的、情緒的な日本仏教。
どれもユルく観念的な形而上学だと思うが。シンプルな方が使い勝手がいい。
論理学の教科書的な論理を当てはめようとすると飛躍しまくりなんだけど。
で、結局エラい人の言葉が通るわけで。飛石とかいうアフォを御用学者にしている時点で×
現代の論理学者たちは、自分を世界で一番賢いと思ってるみたいだが、 傍から見ると、無思慮でプライドだけはムダに高い、単なるアホ
現代の論理の名手がアホ(三浦はやや変態)でも内容がしっかりしてればいいじゃないか。 アインシュタインがアホでもGPSは使えるんだから。 飛石さんはいい人?だったとしても内容はグダグダだよ。
そのGPS、設計おかしくね?
ん?
論理的であることと人格が優れていることを同一視していないか
413 :
神も仏も名無しさん :2009/10/11(日) 23:03:27 ID:7z48T1k8
>>404 自伝に書いてあるじゃん。
読んでないの?
>>400 まあそのテの話はスリランカ等の上座部にもあるわな
論理ならゲーデルさんは好きだよ。 飛石さんって人は知らない。
現代論理学やってる奴って、なんか唯我独尊って感じで、どんだけ自分を過信してるんだろ? すげー傷つきやすくてキレやすいし、まるで神様ですと言わんばかりに傲慢。 石飛道子センセイがブッダ論理学を提唱して、現代論理学の不備を指摘したら、 神聖なる論理学を冒涜されたとでも言わんばかりに、罵詈雑言でつぶそうとする。 論理学は学問じゃなくて、「論理学」という名の宗教だったんだろうか?
417 :
神も仏も名無しさん :2009/10/12(月) 04:34:42 ID:/7oVFYAL
論理学で煩悩を消せるのでしょうか? 論理学で感情を制御できるのでしょうか? 論理学で戒を守れるようになれるのでしょうか?
418 :
神も仏も名無しさん :2009/10/12(月) 10:22:16 ID:4IKqR8J8
>>397 俺が読んだヨガの本にも書いてあったけど、
13世紀は世界的な宗教的ターニングポイントとなった世紀で、日本でも
鎌倉仏教が勃興した。
興味深いのは、
インドのヨガにも三種あって、日本の仏教祖師はそれぞれその
特徴を捉えている。
親鸞がバクティ(信愛・信仰)ヨガのヨーギで、
日蓮がカルマ(行為)ヨガのヨーギで、
道元がジャニーナ(智慧)ヨガのヨーギ、だということ。
同時代の聖アッシジもバクティヨガのヨーギであり、
アッシジ、日蓮、親鸞はそれぞれ聖句を繰り返して法悦に入るマントラヨーガの
実行者でもあったと。
日本の仏教もそれほど捨てたもんじゃないな。
↑このヨーギってのは別に親鸞たちがヨガを知っててやった ってわけじゃなく、ヨガの文法でいえば、ってことね。
420 :
神も仏も名無しさん :2009/10/12(月) 13:03:49 ID:Rke55+yE
正しい理解だよ 419はそれに水を差すな
>>418 非常に電波な新説。
インド・ヨーガ至上主義の立場から、世界中の宗教を評価するってのはおかしんでないかい?
日蓮がどんな行為を行ったんだ?題目唱えてただけだろ。
道元が瑜伽行者だったなんて噴飯もん。
422 :
神も仏も名無しさん :2009/10/12(月) 15:19:12 ID:9Ssep6KY
別におかしくはない 人類の宗教は三つの発展により解析できる 1.二元論(粗野で原始的。主に儀式を重視) 2.一元論(ここからヨーガの知覚体系に基ずく宗教が発生)仏教など 3・不二一元論(主客一致。心の領域さえ超越。ひいては宗教の最高地点。) それからあんさんは日蓮や親鸞に過去世で会っているのかね? 題目となえていただけなんて、断言できるんかね? 日本の大乗や他宗教をなぜ見下す? 人それぞれ自分に適した場所を提供し、かつ包容可能な宗教こそ本物ではないかね?
わかりました。 あなたの説を否定したことを謝罪いたします。 あなたはあなたで、「本物の宗教」を実践していってください。
424 :
神も仏も名無しさん :2009/10/13(火) 02:52:59 ID:SW6QiJjd
>>390 大乗では、じゃなく修験道ではだろそれ。
大乗仏教と日本の宗教観と習合した日本仏教は別けてくれ
425 :
神も仏も名無しさん :2009/10/13(火) 03:01:47 ID:fw/D3E3j
>421 ユガ行派といえば唯識でしょうか。 唯識といえば法相宗ですよね。 日本の法相宗って、どんな修行してるのかな。
そういう難しい話じゃなくて・・ 日本のお坊さんはやんわり世間から馬鹿にされてることによって 日本の穏やかな宗教風土を支えてるんだよ だから大乗仏教を復興させようなどと大げさな事考えなくてなくていいよ 観光寺院だって学芸員みたいな人より僧侶コスプレの人(笑)がいた方 が雰囲気でるし だからそれなりの役割はある だいたいスマさんが言ってる事って 「唯一絶対の神なんかいません」 「般若心経はただの呪文です」「念仏は田舎の百姓のばあさんが唱えてるものです」 これらみんな日本人の99%が常識として考えてることだよ なんで宗教対立を煽ることになるんだよ?
427 :
神も仏も名無しさん :2009/10/13(火) 06:53:49 ID:m87gFbC7
大乗やってる 、のは僧侶コスプレだけではない あなたのいう日本人の99%の常識って何? ちゃんとした正確な統計調査でもしているんかね? むしろ南伝仏教のほうが日本ではうさんくさいマイノリティーだと思うけど?
428 :
神も仏も名無しさん :2009/10/13(火) 10:59:43 ID:cggEjjr5
426さんの知見はなかなか言えてるなぁ。
スマナサーラ長老は般若心経を「呪文」として考えてるんだ。 大乗以下だ。
ダライ・ラマなんかは般若心経を意味も知らずに唱えても 呪術的な効果はない、と言っているのにな。 へぇ〜、“ただの呪文”ねぇ。やっぱすごいわ、このおじさん。
>>416 >現代論理学やってる奴って、なんか唯我独尊って感じで、どんだけ自分を過信してるんだろ?
すげー傷つきやすくてキレやすいし、まるで神様ですと言わんばかりに傲慢。
高校数学でも「仏教論理学」じゃない現代論理学やるけど。そうなっちゃうんですかね。
>石飛道子センセイがブッダ論理学を提唱して、
・・・・
>現代論理学の不備を指摘したら、 神聖なる論理学を冒涜されたとでも言わんばかりに、罵詈雑言でつぶそうとする。
2+3=7というような「不備」の指摘を5と指摘しただけだろう。
「向学心ある読者の福利に深刻な影響が及ぶことに鑑み」。
>論理学は学問じゃなくて、「論理学」という名の宗教だったんだろうか?
学校数学は宗教であるというぐらいのパラダイムレベルならYesかも。
最後にamazonの『ブッダ論理学五つの難問』レビューもごらんあれ。
龍樹もいい迷惑だよ本当。
ちょっとわかりにくかった。 >2+3=7というような「不備」の指摘を5と指摘しただけだろう。 「2+3=5でなく7です」というような不備の指摘を「5じゃん」と返しただけだろう。
>>430 般若心経には「呪」と書いてある。
ダライ・ラマの解釈は、ダライ・ラマが
般若心経をそう解釈したいというだけの話では?
経文自体にはどう書かれてあるの?
435 :
神も仏も名無しさん :2009/10/14(水) 00:09:40 ID:zN5/D3X9
436 :
神も仏も名無しさん :2009/10/14(水) 10:54:11 ID:f22dpeRE
南無袈茶布大菩薩〜
437 :
神も仏も名無しさん :2009/10/14(水) 16:45:13 ID:HS8OUT/+
>>434 呪って、呪術って意味ちゃうよ
独唱用の経典のことを全般的に「呪」という
般若心経は独唱用に般若経典のエッセンスを短くまとめた独唱用の経典って意味
438 :
神も仏も名無しさん :2009/10/14(水) 16:47:59 ID:Zguf3i8V
空海も心経は真言だと言っているぞ。
440 :
神も仏も名無しさん :2009/10/15(木) 03:38:04 ID:suPzneD/
自分の知らないことを言われたら すぐこれだ。 救われないやつだ。
大乗仏教じゃ悟れないのですか?
禅でたくさん悟ってるじゃないですか。 真宗の妙好人と呼ばれた人達も。 今の真宗はわかりませんが。
>>443 禅と瞑想は違うのですか?
あるきっかけでスマナサーラ長老の事を知り、簡単な書籍を4冊とテーラワーダ協会のサイトから
法話をダウンロードしてかなり聞きました。
書籍は良かったのですが、法話を聞いていると、この人は悟りを開いているの?と疑問に思います。
話し方の問題もあるのでしょうが、何か攻撃的で違和感があります。
>>444 私は初心者ですのでよくわかりません。
でも禅と瞑想は違うといいますね。
スマ長老に関してはその著書は素晴らしいと
思ってます。日本人以上に日本語の機微に通じていて
「わからん」と思っていることでも
他の文章、あるいは他の著書で納得させて
くれます。
ただここで批判されていることも
わからないではないです。
>>445 瞑想法や悟りに近づけるようなオススメの著書はございますか?
もちろん在家で悟れるなどとは思ってませんが、
精神的に不安定になる事が多いので、いつも心安らかに、
少しでも慈悲の心が宿るように成りたいと思っています。
>>446 本は、合う合わないがあると思うので、難しいですね。
有名なところで、
ティクナットハン
プラユキナラテボー
南直哉
小池龍之介
でしょうか。
後、心理学的なアプローチとしてマインドフルネスというのがあります。
>>446 スマ長老の「心がスーッとなるブッダの言葉」は
お読みになりましたか?読みやすいですが深いですよ。
不安定、不安というのは大元は死でしょう。
生への執着でしょう。
執着を一つ落とすと一つ楽になります。
読書だけではダメだと思いますよ。
確かに読むと安定するんです。
効くんです。
ただ永続はしません。
慎重にマハシ式瞑想、慈悲の瞑想をやったらどうでしょうか。
不安定な時にはアーナパーナは止めたほうがいいです。
>>449 助言有難うございます。
>>447 さんに紹介していただいたティクナットハン師の著書や
中村元先生の岩波文庫の本でも読み漁ろうと思って居ました。
呼吸法や気功太極拳は途中さぼった時期もありますが通算で10年以上やっていました。
ある真言は半年で100万回以上唱えた事もあります。
しかし私は業が深すぎるのでしょう。
心にこれといった変化は現れませんでした。
心理学の本も読み漁ったのですが、参考に成る程度で自分自身が変わるような事はありませんでした。
若い頃は宗教に少し抵抗があったので、仏教的な考え方を学ぶ入門書のようなものをを2〜3冊読んだに過ぎなかったのですが、
ふとしたきっかけでスマナサーラ長老の事を知ったので、これを機会に仏教の勉強を独自にやって行こうと思っています。
ネットでマハシ式瞑想を探してみましたが、詳しいやりかたがわかりませんでした。
良いサイトがありましたら、教えて頂けると有りがたく存じます。
>>450 ある程度経験があるなら、プラユキナラテボーの、
「気づきの瞑想を生きる」を読んでみるのもいいかもしれません。
>>450 >呼吸法や気功太極拳は途中さぼった時期もありますが通算で10年以上やっていました。
ある真言は半年で100万回以上唱えた事もあります。
なんか釈迦に説法でしたねw
ちなみに虚空蔵真言ですか?
サイトは「ゴータミー精舎」くらいしかわかりません。
スマ長老の「現代人の瞑想法」あと地橋さんの「ブッダの瞑想法」
くらいでしょうか。
あとマハーシ長老の「ミャンマーの瞑想」は必読です。
私も勧められたんですが水野弘元先生の
「仏教要語の基礎知識」は必携ですね。
>>451 図書館にリクエスト中なんですが
なかなか入らないんですよ。
楽しみにしているんですが。
>>452 スマナサーラ長老の著作は「釈迦の瞑想法」の4冊だけ呼んだのですが、
内容はよかったのですが、心に響くようなものはありませんでした。
法話を聞いていてもこれといった気付きには至りません。
というよりも瞑想法以外は、私のこれまでの拙い人生の中でも
一度は読んだり聞いたりした事があるものばかりでした。
他の本を読んでも、本質的には同じことしか書いてないように思います。
結局は大乗仏教のお経やお釈迦様の法話なんかを読み、自分で瞑想なり禅をして
切り開いて行くしか無いのでしょうね。
結論としてはそうなりますかねえ。 良い師にめぐり合えるといいですね。
>>453 Amazonに有りましたよ。
本は図書館で借りて読む派なら、大きなお世話でしょうけど。
上で紹介していただいた本をAmazonで調べてみると、みんな評価が高いですね。
しかし、同じ人達がみんな読んでるという感じでした。
私も心理学とか、自己啓発本とかに嵌りましたからなんとなく解るのですが、
読まずには居られなくなって来るんですよね。
内容なんて殆ど変わらないのに、安心するというか・・・
何かこれ一冊で大丈夫!って本が有ると良いのですけどね。
やはり、原始仏教のお釈迦様の法話しか無さそうですね。
それでも一冊じゃすみませんけどw
457 :
神も仏も名無しさん :2009/10/16(金) 02:42:38 ID:MY1uCT0/
>>454 現代スリランカ仏教って、経典盲信、僧侶盲信で
自分で考えて切り開くというベクトルが弱い。
権威主義と仏教は対極だと思うが、権威主義的。
禅とか経典にとらわれるなと、経典や聞きかじりでなく
自己経験によってしか身にならないとするけど
結局自分なんだと思う。
ブッダはどうだこうだいってるばかりではダメだと思う。
けどスマさんのところは経典ではこういってるとかそういう教学に縛られてて
禅のほうがためになると自分は考えます。
458 :
神も仏も名無しさん :2009/10/16(金) 02:54:19 ID:QRLe/B2j
>>441 空海が言おうが誰が言おうが妄言は妄言。
459 :
神も仏も名無しさん :2009/10/16(金) 06:38:06 ID:xqJI+Kcp
おまえはもっと妄言
460 :
神も仏も名無しさん :2009/10/16(金) 07:58:00 ID:9qA5gJ4+
>>457 それは瞑想すればわかってくること。
概念は所詮概念でしかない。
しかし、師匠や先輩から教わったことを弟子や信徒に教えるというのは、
僧侶としてやるべきことだと思います。
仮に経典が間違っていたとしても、まずは伝えられたままに伝える、
正しいとか間違いとかの判断はそのあとでいいのでは?
>>460 でもケチャップは他宗教、大乗に対してはそんな盲信を認めないのでは?
>>457 >結局自分なんだと思う。
ブッダはどうだこうだいってるばかりではダメだと思う
それが我見なんだよ。
仏教が師を尊ぶのは我見を破ってくれるのは
師だけだからだ。
禅は何年かけても正師を探すのが
修行の始めといっている。
いい加減なことを言って初心のものを
惑わすような事はいうな。
あっちこっちで叩かれても
理解できないようだな。
「自分」にこだわってる限り仏教の門を
くぐることはできないぞ。
463 :
神も仏も名無しさん :2009/10/16(金) 21:23:01 ID:umbsgz64
>それが我見なんだよ。 >仏教が師を尊ぶのは我見を破ってくれるのは >師だけだからだ。 おやおや。 お釈迦さんは師に我見を破ってもらったのかね? 「仏教」と「お釈迦さんの教え」は別のものなのかもしれないが。
>>463 おまえ仏陀と阿羅漢の違いわかってない。
ほんとに恥を知る、ということを「知らない」やつだ。
465 :
神も仏も名無しさん :2009/10/16(金) 22:42:39 ID:umbsgz64
>おまえ仏陀と阿羅漢の違いわかってない。 おやおや、悟りの境地としての違いはないのじゃないのかな? 上座部神学の都合で「お釈迦さんはスペシャル!」としたい気持はわかるが。
466 :
神も仏も名無しさん :2009/10/17(土) 10:07:16 ID:MEgHZxZh
スマさんも、唯一無二のとか言ってるけど、仏陀は神じゃ無いよね? スマさんの説法聞いてると、疑いなさいとも言ってるけど、良く分からん。 他宗教を認めない姿勢も含めてね。
独覚でないと仏陀とは呼ばれない。 こんなことも言わないといけないのかよ。 やれやれ・・
独覚が何だか解らないし。 何も知らなくてごめんね。
469 :
神も仏も名無しさん :2009/10/17(土) 12:52:03 ID:kG6mx/Pw
ティナ・ナット・ハン師の 小説ブッダ、禅的生活のこころ、禅的生活のすすめの3冊を購入しました。 どの順番で読むのが良いでしょうか?
470 :
神も仏も名無しさん :2009/10/17(土) 16:01:38 ID:PEtPCiRZ
>独覚でないと仏陀とは呼ばれない。 >こんなことも言わないといけないのかよ。 一部の仏教の上座部神学の内輪の取り決めではそうだね。 お釈迦さんとは直接関係ないことだけれども。
神学ねえw
472 :
神も仏も名無しさん :2009/10/17(土) 16:56:06 ID:PEtPCiRZ
>神学ねえw 神学だよ。少なくとも哲学とは言えないな。「信仰」が必要とされるからね。 お釈迦さんレベルになる道をあらかじめ閉ざした上で、お釈迦さんの言葉とされるもの(の教団解釈)を鵜呑みにするように要求する。 「試してみて納得したものを受け入れればよい」と甘言を弄することが多いが(特にスマ教)、「やっぱりお前らは変だと思う」という意見は絶対認めない。 上座部で解脱した聖者の話で煙に巻くことも多いけれども、そんなのただの宗派側の自己申告だし信用するに足りない。 お釈迦さんの教えの純粋性を保っていると主張する宗派が、カースト差別に加担していたりするのを知ると萎えるぜ? そんなところで阿羅漢が出ると、教団外の人間が納得するわけなかろうに。 もちろんそういったところの保持する経典には、後世のゴテゴテした付加があるか、解釈が腐っているか(あるいは両方か)普通は考えるよね。
自分のやりたいようにやれば。 以上
初めて悟った人=仏陀 単に悟った人=阿羅漢 状態・境地は同じ ちなみに仏陀(釈尊)は「阿羅漢」でもある by 上座部「神学」
ばか?
いや、皮肉だから。神学を括弧でくくってるだろw 上座部教学は神学じゃないと思ってるよ。
477 :
474 :2009/10/18(日) 00:01:04 ID:2KP2zAoa
あ、ID変わってる
478 :
神も仏も名無しさん :2009/10/18(日) 08:51:29 ID:0JI3dyUr
559 名前: Urayasu Taro 投稿日: 2009/10/18(日) 04:40:20 一法庵のリスナー4千人突破間近ですね。 もう少し、煽ってみますか。 560 名前: 名無しさん@京都板じゃないよ 投稿日: 2009/10/18(日) 04:48:21 悟り云々は狂言だったんですか 山下グル大笑いw 561 名前: 名無しさん@京都板じゃないよ 投稿日: 2009/10/18(日) 05:01:44 山下グルの知名度を上げるための必死の工作だったんすね、浦安さん! 2ちゃんでいくら煽っても世間的には知名度ゼロですしねえ スマナサーラ長老はNHK出たし、テーラワーダ協会は一過性のブームに終わらんでしょう 山下グルはあんまりオーラないし、人気は・・・でないでしょうねえ 562 名前: 名無しさん@京都板じゃないよ [sage] 投稿日: 2009/10/18(日) 06:16:17 ナモ・グル・スダンマチャーラ
479 :
神も仏も名無しさん :2009/10/18(日) 09:21:20 ID:LK0zeQuX
仏教に根ざした生活を送ろうとしてるものが、 何故、他所を攻撃するのかが解らん。 スマさんが攻撃的だというのも一つの原因かな? 生きとし生ける者が幸せでありますように(合掌)
480 :
神も仏も名無しさん :2009/10/18(日) 09:27:33 ID:1bg0Yjrj
Urayasuとかいうおっさんがアナパナで悟ったとかいって 山下良道とかいう胡散臭いグルの宣伝したのよ。 ついでにマハーシは意味がないだとか要らんことまでしゃべりまくってた。 んで、まじめにUrayasuに対応してあげてた人達ブチ切れ
481 :
神も仏も名無しさん :2009/10/18(日) 09:29:21 ID:3TDC0xFE
許しましょう。 今こそ、慈悲の心を試すときです。
482 :
神も仏も名無しさん :2009/10/18(日) 09:31:54 ID:1bg0Yjrj
さんざん瞑想で頭が狂ったフリして、山下さんのおかげで悟ったとか言って 執拗にスダンマチャーラ(山下良道)に言及。 「煽りでした宣言」してurayasuのことを本気で心配してた人を 侮辱。
483 :
神も仏も名無しさん :2009/10/18(日) 09:38:48 ID:0JI3dyUr
565 名前: 名無しさん@京都板じゃないよ 投稿日: 2009/10/18(日) 09:04:07
>>559 Urayasu許せないね。 晒しage
566 名前: 名無しさん@京都板じゃないよ 投稿日: 2009/10/18(日) 09:10:37
>>559 559 名前: Urayasu Taro 投稿日: 2009/10/18(日) 04:40:20
一法庵のリスナー4千人突破間近ですね。
もう少し、煽ってみますか。
舐めてるのか? Urayasuよ。
571 名前: 名無しさん@京都板じゃないよ 投稿日: 2009/10/18(日) 09:22:10
>>559 559 名前: Urayasu Taro 投稿日: 2009/10/18(日) 04:40:20
一法庵のリスナー4千人突破間近ですね。
もう少し、煽ってみますか。
やっぱりな、マイヤーも釣られたわけか。
484 :
神も仏も名無しさん :2009/10/18(日) 09:41:21 ID:0J/3ALwP
なりすましですな。 いやはや、困った人がいますね。
485 :
神も仏も名無しさん :2009/10/18(日) 12:13:21 ID:i9HYj/Z0
>初めて悟った人=仏陀 >単に悟った人=阿羅漢 > >状態・境地は同じ だと普通は思うよねえ。 (一切智者にはなれないっていう枷はどこからもってきたのかねえ。神学者どもは) だからお釈迦さん同様、師(例:カースト差別を行う邪悪な宗派のスリランカ僧)などにたよらずに我見を破ればいいのさ。 ところがどっこい師に対する絶対服従を要求するマーラのような奴が仏教徒を名乗っている不思議……
486 :
神も仏も名無しさん :2009/10/18(日) 12:16:17 ID:7ihMe7b1
2500年も経ってるんだから、 ゴータマ仏陀より優秀な人が現れていても不思議ではない。
487 :
神も仏も名無しさん :2009/10/18(日) 15:06:04 ID:1bg0Yjrj
>>485 >一切智者にはなれないっていう枷はどこからもってきたのかねえ。神学者どもは
阿羅漢と一切智者は別だぞ。
ナーガールジュナは悟ってなかったけど一切智者。
長老もナーガールジュナが仏陀の教えをマスターしてたことは認めてる。
仏陀の教えを完全に理解した一切智者だからこそ「中論」が書けたんだよ。
>例:カースト差別を行う邪悪な宗派のスリランカ僧
いい加減なことを言うな。
スマナサーラ長老がいつカースト差別をした?
>だからお釈迦さん同様、師などにたよらずに我見を破ればいいのさ。
お前は途方もない阿呆だな。
棺おけに入るまで頑張っても無理。
>>487 >ナーガールジュナは悟ってなかったけど一切智者。
長老もナーガールジュナが仏陀の教えをマスターしてたことは認めてる
ソースありますか?
(馬鹿はスルーした方がいいですよ)
石飛センセは一切智者
490 :
神も仏も名無しさん :2009/10/18(日) 19:22:29 ID:i9HYj/Z0
>ナーガールジュナは悟ってなかったけど一切智者。
>長老もナーガールジュナが仏陀の教えをマスターしてたことは認めてる。
>仏陀の教えを完全に理解した一切智者だからこそ「中論」が書けたんだよ。
ん?この発言、人ごとながら心配になる(脇が甘いぞ)。
身内のあげあしを取ろうとする党派意識の強い狂信者がいるから、後ろから刺されないように気をつけて。
>>例:カースト差別を行う邪悪な宗派のスリランカ僧
>いい加減なことを言うな。
>スマナサーラ長老がいつカースト差別をした?
「スマナサーラ長老がカースト差別をした」とは言っていない。落ち着け。
シャム派の汚点については「サイニィ」
http://ci.nii.ac.jp/ で
「スリランカ仏教教団のカースト問題」で論文検索すべし。
あと佐藤哲朗著「大アジア思想活劇」も参考になるね。
>>だからお釈迦さん同様、師などにたよらずに我見を破ればいいのさ。
>お前は途方もない阿呆だな。
>棺おけに入るまで頑張っても無理。
結局、肝心な問題には話をはぐらかして答えないのね。
おそらく師なしで悟った解脱者があらわれても「カラマーゾフの兄弟」の中の「大審問官」の話のような顛末になるのだろうね。
491 :
487 :2009/10/18(日) 20:19:57 ID:1bg0Yjrj
>>490 なるほどね。。。
シャム派ってタイから再輸入しただけだと思ってたけど内実は色々あるんだな
勉強になりますた。
カースト差別っていうよりね(笑) スマさんのスリランカ人一般に対する評は「だいたい怠けものです」 それでアビダンマ講義の最新刊でスリランカの在家仏教信者について ヒンズーの神々も一緒くたに拝んでるので仏教徒なら兜率天の神々拝んだ 方が仏教ゆかりの人が多いしいいんではないかと書いてました
>>490 本邦においてもアウト・カーストの問題は
現在に到っても存在する。
それを見過ごしてきた大乗仏教各派の
責任も問わねばなるまい。
つまり何処の国でもこういう問題は存在するのだ。
>>487 君の言動をほんの少し観てもあてにはならない
ということが理解できた。
直接協会に問い合わせる。
>>492 この著作は自己批判が効いていて良いね。
俺は協会の人間ではないが
スマ長老の来日がなければ
日本仏教はいずれ崩壊していたと思うよ。
495 :
神も仏も名無しさん :2009/10/19(月) 00:56:54 ID:CZ41fU2h
スマナサーラ長老は、テーラワーダの中でも原理主義なんでしょうか? 発言だけみてると、テーラワーダの中でもけむたがられ るような存在なんじゃないかと思える。 日本の坊主でも、葬式仏教の現状を守ろうとする立場の坊主と、 本来の教義に帰るように言う立場の坊主がいるでしょう。
496 :
神も仏も名無しさん :2009/10/19(月) 05:06:59 ID:+dQr0lo4
>>463 お釈迦さんは本や人を師とするなつーのがアーナンダへの遺言で
仏教者のあるべきベクトルを示したと考えられるのだが…
テーラの人はそういうとこがカルトっぽい
497 :
神も仏も名無しさん :2009/10/19(月) 05:09:41 ID:+dQr0lo4
>>495 原理主義かどうかより、彼のシンハラ人民族主義、ナショナリズムに根ざしたものだから…
本来の教義に戻るとかなら、まず御利益信仰ばかりのスリランカ仏教にまず物申していくはずでしょう?
けど彼を舶来のカリスマと崇める日本の権威主義者には大きく出るけど
スリランカ仏教界の前では借りてきた猫のよう。
そんな立派なものと同列に並べるべき人物ではない。
498 :
神も仏も名無しさん :2009/10/19(月) 12:48:38 ID:CZ41fU2h
>>497 スマナサーラ長老は、本心では、
スリランカ人の迷信もバカにしてる気がする。
以前、スマナサーラ長老が若いとき、
初めて法事で説法したときの話を聞いた。
法事の施主であるご婦人は、亡くなった夫のために回向するつもりで
法事を頼んだ(日本の法事とおなじ)のだが、
それに対してスマナサーラ長老は、
夫だけでなく生きとし生けるものすべての幸せを願えと説教して、
法事の席で施主のご婦人と議論を戦わせたそうです。
初めての説法ということで、指導教官にあたる長老達が見にきていた手前、
ここで議論に負けるわけにはいかないと思ったそうです。
499 :
神も仏も名無しさん :2009/10/19(月) 12:52:15 ID:sGSQGCxD
>>498 それでああいう攻撃的な法話や議論をするように成ったんだね。
負けず嫌い丸出しの。
でも勝ち負けって、決めるものなの?
500 :
神も仏も名無しさん :2009/10/19(月) 12:53:46 ID:CZ41fU2h
若かりし頃の話だとはいえ、 スマナサーラ長老の性格が現れているエピソードだと思いました。
それなら
>>495 の言う事は当たっていたのかしら。
融通がきかないのも目新しい外国人だから許されるているんだと思います。
本当は日本人だそうですが。
ただ、真の仏教と名乗って、日本仏教を苛めるポーズが流行ったら、
結果的に共倒れになると思いますね。
502 :
神も仏も名無しさん :2009/10/19(月) 18:18:53 ID:Nq3VRVpd
スマさんて、ウィッキーさんと友達かな?
ご本人は必死で否定していますが、血縁はあるようです。
504 :
神も仏も名無しさん :2009/10/19(月) 18:28:19 ID:Nq3VRVpd
スマさんもズームイン出れば良いのに
505 :
神も仏も名無しさん :2009/10/19(月) 18:29:55 ID:Nq3VRVpd
スマさんより、ウィッキーさんのほうが穏やかで聖職者っぽいよね。
朝はスッキリ派なので出ないそうです。
508 :
神も仏も名無しさん :2009/10/19(月) 18:36:51 ID:rP3ay0qY
名前がアで始まるとろこが隠しても隠し切れない類似点です。
510 :
神も仏も名無しさん :2009/10/19(月) 18:50:42 ID:rP3ay0qY
ま、血縁はないわな・・・常識的に考えて
常識にとらわれるのは邪見です。まだヨルカじゃないですね。
512 :
神も仏も名無しさん :2009/10/19(月) 18:58:04 ID:o9X40lBb
ウィッキーさんも仏教徒かな?
仏教寄りのクリスチャンですね。
ID:/0s3ocaTさんも幸福の化学儲かな?
515 :
神も仏も名無しさん :2009/10/19(月) 20:01:33 ID:wPrWjOcU
スリランカも完全な仏教国では無いんだ。
516 :
神も仏も名無しさん :2009/10/19(月) 20:03:13 ID:rP3ay0qY
キリスト教が必死に布教してるからね。
517 :
神も仏も名無しさん :2009/10/19(月) 20:13:42 ID:wPrWjOcU
基督教徒も頑張ってるんだw
518 :
神も仏も名無しさん :2009/10/19(月) 21:34:27 ID:qryEP8Bl
>カースト差別っていうよりね(笑)
>スマさんのスリランカ人一般に対する評は「だいたい怠けものです」
いや、スリランカ庶民の民族性の話ではなくてだね……
シャム派がゴイカマ・カースト以外の出家を認めないからアマラプラ派が出来たという話なんだが。
シャム派の汚点については「サイニィ」
http://ci.nii.ac.jp/ で
「スリランカ仏教教団のカースト問題」で論文検索すべし。
「パーリ学仏教文化学」の各種論文はいろいろ楽しくてためになるよ。
あと佐藤哲朗著「大アジア思想活劇」も参考にすべし。
おまえらの主張もわかるが 三宝誹謗には気をつけろよ。
最低の脅しだなW キリスト教やイスラムを真とした場合、スマナサーラ教は地獄行き確定だぞW 仏教基準でも最低な仏陀商用で仏教のイメージ落としてるしな。 真に受けたカルト信者は腐った脅迫観念を他人に植え付けようと躍起になる。 こんなんだから宗教の末端信者はうぜえよ。 胡散臭い信仰保ちたきゃ他人に迷惑かけんじゃねぇよ。腐れカルト脳が。 とっとと東南アジアくんだりで瞑想して朽ち果てろや。 そんなにお前の信仰が正しいと思うならな。ハンチク野郎が。
煩悩の塊だな。 読んだら具合悪くなってきた。
言葉は汚いが、520は正しいこと言ってると思うよ
他宗教を否定するべからず。 しかし、論戦には応じなくては成らない。 聖職者も大変よのう。 昨日もゴキブリを殺してしまいましたが、 生きとし生ける者が幸せで有りますように。
>>498 ああ、、、、バカなスマナサーラは、夫を亡くされた目の前の婦人の慟哭、
悲しみはどうでもよく、自分の信奉する教義を押し付けることをしたんだね。
論戦していい相手と悪い相手がいるだろうが。
カウンセリング技術の本には、当然のように「正論を心的外傷者に押し付けない」
「相手に対しては、同情や自説の押し付けではなく、相手の痛みにコンパッションの
態度で寄り添う」と書いてあるんだが、
スマナサーラ長老はそんな他者の苦痛なんかは度外視なのね。。
悲しみに沈んでいる施主相手に「負けるわけにはいかない」って、、、。 そんなに勝ちたきゃ犬猫相手にでもケンカしてろよ。 バカじゃねーの。本気で。
>>498 の話が本当かどうかも分らないのでしょ。
仏教の教えを思い出しましょう。
527 :
神も仏も名無しさん :2009/10/20(火) 12:56:01 ID:Qq+Z/65b
>>526 スマナサーラ長老ご自身が、
瞑想指導のときか何かに話しておられたエピソードです。
私の記憶をもとにその話を書いているので、
細かい表現は違っているでしょうけど、
「法事」という言葉は使っておられました。
>>527 そうでしたか。
証拠が無いので信じる訳にはいきませんが、
あなたが嘘をついているとも言えませんね。
若気の至りを告白して反省してるのでしょう 良いじゃありませんか。
若気の至りを告白してるなら優秀な僧侶だと思う。 武勇伝として語っているなら明後日の方向に向かってる。 どちらもありうるかな。 三宝誹謗の脅しは最低だね。
脅しと感じるのは身にやましいところが あるんだね。 やましいところがなければ 脅しとなんか取らない、スルーするはず。 心のそこで実は誹謗しているって わかっているってことだ。
バカじゃないの。幼稚園児以下。
>>531 心のそこを指摘して信者を追い詰めるのか?
霊感商法じゃないか
本心は誤魔化せないもんだな。
スルーできないってことは、幼稚園児以下、霊感商法っていう 意識があるんだな。 試してみた。
スマ長老は霊感商法をやってるの?
あっそ。
>>490 大審問官のイエスとダブらせるなんて、悟りの解釈としてはべた過ぎませんか?
経典の芝居がかった悟りを真似しようとする人は、実際には迷惑千万です。
スマ長老は、悟りを開いているのでしょうか? ご本人はなんとおっしゃってますか?
>>539 仏教をやっている人とっては、悟りを開く云々を口にすること自体が下品なのだと思う。
>>540 下品なら、スマ長老には及びません。
ご本人はなんとおっしゃってるのか、それが知りたいだけです。
542 :
神も仏も名無しさん :2009/10/21(水) 20:05:40 ID:P0ZS5daG
>大審問官のイエスとダブらせるなんて、悟りの解釈としてはべた過ぎませんか? ベタで結構。 賢しらぶって洗練されたネズミの巣を構築するようになったら終わりだよ? >経典の芝居がかった悟りを真似しようとする人は、実際には迷惑千万です。 お釈迦さんの悟りが芝居がかっているという非難かな? 実際のお釈迦さんは教団維持の観点からすると迷惑千万なんだね。
543 :
神も仏も名無しさん :2009/10/21(水) 20:06:44 ID:P0ZS5daG
>仏教をやっている人とっては、悟りを開く云々を口にすること自体が下品なのだと思う。 お釈迦さんは下品なのかな? 俺はそうは思えないけれども。
お釈迦さんは縁起で繋がる世界観に気付き、それに従う生き方が苦を滅する道と気付いたが 別に痛みもなにもかも超越したような超人的な意味で悟ったとは決して自称してないと思うよ だって服がそまつで寒いとか、その服はあたたかくてよさそうとか、 体が痛いとか素直になんでも言ってますからね。 超人・ブッダとして装飾されていったのは弟子の神格化にすぎないと思います。 経典は一字一句真実で変更などないというスマナサーラ史観ではそうはならないのでしょうけど…
スマさんって、殴られたら殴り返しそうだよね。
>>544 >お釈迦さんは縁起で繋がる世界観に気付き、
理解が甘すぎるパユットー師の「テーラワーダ仏教の実践」を百回読んで暗記すべし
> 体が痛いとか素直になんでも言ってますからね
スマさん自身が法話や著作でお釈迦様が体が弱くて痛がってた事は
何回も述べてるのでつっこみにもなんにもなってない
>>547 >百回読んで暗記すべし
理解が狂信的すぎる。
>スマさん自身が法話や著作でお釈迦様が体が弱くて痛がってた事は
何回も述べてるのでつっこみにもなんにもなってない
そこで止めておればいいのに、>経典は一字一句真実で変更などないというスマナサーラ史観
は行きすぎということでしょう。経典に現実を合わせようとすれば必ず無理が生じます。
それが思い通りにいかない世の中への恨みを安直に肯定することへつながると危惧します。
スマ長老の法話で、オススメのものは有りますか? DLして聞いてみたいので、教えてください。
550 :
神も仏も名無しさん :2009/10/22(木) 19:55:37 ID:eozm2TKS
805 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/10/22(木) 13:21:24 よくわからん。 一法庵に行くって言ってた、約束日は24日だからねえ。 24日とは別に25日にも約束していたなら 分からないけど、どうもこの書き方だと、今回は行かないって意味で言ってるのだと思うが。 ミクシィに行けないと書いてたよ。用事だって。 もう、ただの嘘つきにしか見えないんだけど。 ちょっと待てw mixiって確か紹介制だよな? 誰だよ誘ったヤツは?
551 :
神も仏も名無しさん :2009/10/22(木) 19:56:29 ID:eozm2TKS
36 :マイヤーマイヤ ◆JDl1K5oLuM :2009/06/23(火) 17:49:04
はいな、招待しました、届かなかったら教えてね。
37 :Urayasu Taro :2009/06/23(火) 18:27:56
有難うございます。
感謝いたします。
迷惑はかけませんので。
38 :名無しさん@京都板じゃないよ :2009/06/23(火) 21:10:37
ついにこれでお二人が出会ったわけですね。
めでたいめでたい。
39 :Urayasu Taro :2009/06/23(火) 21:44:40
一法庵に出入りする人のコミュニティのようなものができれば、素敵ですね。
40 :名無しさん@京都板じゃないよ :2009/06/23(火) 21:54:34
>>39 それはmixiで十分でしょう。
2ちゃんねるでやることじゃないですよ。
41 :マイヤーマイヤ ◆JDl1K5oLuM :2009/06/23(火) 23:19:19
もう、ありますよ。
42 :マイヤーマイヤ ◆JDl1K5oLuM :2009/06/23(火) 23:25:22
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4022273 43 :マイヤーマイヤ ◆JDl1K5oLuM :2009/06/23(火) 23:28:06
一法庵(50)
44 :Urayasu Taro :2009/06/24(水) 04:58:42
有難うございます。
815 名前: 名無しさん@京都板じゃないよ 投稿日: 2009/10/22(木) 18:41:04
罪深いな。
552 :
神も仏も名無しさん :2009/10/22(木) 19:58:10 ID:eozm2TKS
816 名前: Urayasu Taro 投稿日: 2009/10/22(木) 19:14:11 山下先生は悟っていないと思う 彼は単なる瞑想トレーナーにすぎない。 なぜなら彼の法話にはエゴが見え隠れするからだ。 817 名前: 名無しさん@京都板じゃないよ [sage] 投稿日: 2009/10/22(木) 19:35:47 おーおーおーとんでもない発言出たー 818 名前: Urayasu Taro 投稿日: 2009/10/22(木) 19:40:45 もうハッキリと言おう 山下先生の法話はエゴに囚われている 819 名前: Urayasu Taro 投稿日: 2009/10/22(木) 19:41:56 何度でも言おう 山下先生はエゴに囚われている 820 名前: 名無しさん@京都板じゃないよ [sage] 投稿日: 2009/10/22(木) 19:47:21 今度は先生の批判ですか? もういいかげんにしたら
偽者と解っててご苦労なことです。 このような人は因果律とかわかってやてるんでしょうか? 理解に苦しみます。
スマさんの本を買ってみてアーダコーダ仏教に興味を持った。 しかし、スマさんの法話を聞いてガッカリした。 頑張って100個以上全部DLしたのに・・・
「ブッダの実践心理学」の第二巻と「無常の見方」読みました?
>>554 本より法話のほうが突っ込んだ話してていいけどなぁ。
900 名前: Urayasu Taro 投稿日: 2009/10/28(水) 08:59:03 山下先生による 2ch掲示板利用制限の指示は 民主主義に 反すると思う 私はグル/生徒間の封建的な関係には屈しないことを宣言する 新着レス 2009/10/28(水) 09:12 901 名前: 名無しさん@京都板じゃないよ [sage] 投稿日: 2009/10/28(水) 09:09:54 このスレは永久に閉鎖します。
558 :
神も仏も名無しさん :2009/10/28(水) 12:28:42 ID:xe3OBkoq
ウラヤスさんは結局こうなってしまったのか。
ここまでくると信じる気にはならないな。
誰を?スマさん?
561 :
神も仏も名無しさん :2009/10/29(木) 07:50:06 ID:nROuwe5i
最近、集中して瞑想する時間をなかなかとれない。 自分の怠け癖のせいだけど。 瞑想指導をもう一回受けたら、やる気が復活するかな?
知らんがな。
563 :
神も仏も名無しさん :2009/10/30(金) 00:58:12 ID:OHsJehvK
そんなこと言わずにかまってくれよー
一方庵の接心が評判いいぞ。
一方庵の接心が評判いいぞって書いてあるね。
珍法庵のセッションはすごくいいらしいよ
このスレは永久に閉鎖します。
568 :
神も仏も名無しさん :2009/11/09(月) 07:23:38 ID:ltUR9CZg
>>568 「腹式呼吸=丹田呼吸法」では無いよ。
瞑想や禅に少しでも関心の有る人にとっては、丹田呼吸法なんて
常識として知っていると思ってたから、ちょっとビックリw
>>569 いや、ヴィパッサナー瞑想でお腹の動きを見るのに腹式呼吸だけではなく、丹田呼吸法もやってみれば、
健康にもいいし、危険じゃないと思ったんだ。
長老曰く「副作用はまったくありません」
…そりゃ腹式呼吸だったら副作用はない罠。
>>568 白隠禅師が禅病を治したのは
軟蘇の法の力のほうが大きい。
スマナサーラ長老は丹田のたの字も言ってないだろ。 そもそも、ヴィパッサナーは現実の腹の「動き」「センセーション」にサティを入れるものであって、 丹田という医学的に観察できないものに意識を集中するものじゃない。 >「お腹の丹田(おへその下)に気をつけて観察する」 丹田はへその下にあるのではなく、「へそのしたの奥」にある。 気のイメージの瞑想とヴィパッサナーは違う。
それに「白隠導師」って呼称も聞きなれないな。 ふつう禅師だろ。
それに、しつこく連投して悪いが、、、、。 白隠の内観の法は、ヴィパッサナじゃなくて典型的なサマタ瞑想法だろ。 なにせ下腹部に「浄土を思い浮かべる」んだから、、。
575 :
神も仏も名無しさん :2009/11/10(火) 10:40:12 ID:EDVgG5fi
まあスマさんよりは白隠禅師の方が言葉はキレイだけどなw スマさんは平気で人殴りそうだしw
先日長老の講演会いきました! ほんと、法の威を借る〜ですね。 あーゆうビシバシで弟子の負けん気を高める布教家ってどこの教団にもいるんですね。 でも、法の前ではそんな回り道無意味だ…。 慢を無駄に高めるだけ。 憶測ですが、長老は人生経験が浅い中 早くから門徒におなりになったんでしょうね。 たぶん世間解には到達しないだろうし ましてや阿羅漢にはなれないだろうなぁ。 お釈迦さんは、放蕩〜師探し〜迷い〜悟り〜迷い〜悟り、みたくして、 いっぱい三毒で死ぬ思いして解脱したんだと思うんですよね。 29歳出家っていうのが、27歳の壁の時期じゃないですか。 今同年代だからよくわかる、気がする。 良寛さんとかも。 やっぱり、相当苦労してないと本来の慈悲の意味とかけはなれちゃうのでは。 そんなスマナサーラさんを長老としてあがめる教団は不幸だ。
まあ、あんまり、上座部の坊さんの悪口を言いたくないんだが、あえて言うと、 スマ師は、仏性や如来蔵を「アートマン」思想であると批判しているが、失礼 ですけど、ちゃんと大乗経典を読んでないんではないですか? 一知半解が得 意のようですね。たとえば、華厳経の「宝王如来性起品」とか読めば、単なる 「アートマン」思想でないことは明白なのに、ほんと、呆れる。
キリスト教にしても心理学にしても自然科学にしても、 半端な知識の門外漢の癖に専門家のように語るからな。
> スマ師は、仏性や如来蔵を「アートマン」思想であると批判しているが、 仏性を常見というならば、上座仏教は、断見に偏しているのではないですか? だから、常見でもない断見でもない「不断不常」・・・・これが龍樹の説い た中道。したがって、仏性とは「常住普遍の我」として存在するような霊魂 ではない。もちろん、断見=無霊魂でもない。
581 :
神も仏も名無しさん :2009/11/13(金) 21:44:55 ID:cqqIRY/3
断見ではないでしょ。 阿羅漢になれば再生が止むけれども、それ以外は再生しますからね。 断見にはなりませんね。 仏性や如来蔵は、それが「自分の中にある」とするから常見と 指摘されるのでは?
まあね。スリランカでシンハラ仏教ナショナリズムが、タミール人を虐殺 した歴史的事実を、スマ師は「マスコミによる捏造だ!」と主張している が、それってものすごい主観じゃないか。つまりちゃんと現実を観てない よね。自分の身体はちゃんとビバシャナーできても、社会の出来事は客観 的に観れないんですよね。
スリランカの民族紛争ーその背景と解釈ー
http://f1.aaa.livedoor.jp/~home/kikou2.html これなんか読んでも、スマ師が「生命はみな平等」と主張している正反対
のことが、つい最近まで行われていた。
「生命はみな平等」って大乗仏教の精神で、「仏性」そのもののことです。
ナーガルジュナ(チャンドラキールティ釈)は、「一切法は一如」と表現
した。
<すべての存在は、みんなつながってます>
これが大乗の精神で、上座部にはこんな教えは説かれていません。アビダ
ルマ教学では、存在をバラバラにして分析してますよ。
で?
上座部いわく 「永遠不変の魂や真の自我は無い、刹那滅による心相続しているだけ」 って言うことは、輪廻する場合、死んですぐにどこかの胎内に受精する というわけで、あまりにせわしなさすぎないか? 1000年の間でも、平均寿命が仮に50年として20回もの輪廻転生 をしていることになる。たしかに、これで霊魂の存在は否定できるけど、 死んでそのタイミングで絶対に、セックスしていてまさに受精するなん てありえないだろ。
>輪廻する場合、死んですぐにどこかの胎内に受精する 上座部の主張だと・・・ 死んですぐに0,1秒のすきもなく、どこかに受精しなければならない。 そうしないと、霊魂の存在を認めることになってしまう。 そう都合よく、セックスしているんですかね? それも、一人や二人では ないですよ、何千人という単位で、そういう現象が起こっていると、上座 部の坊さんは主張するが、ほんとうですか?
おれも以前ふしぎに思って別スレで聞いたことがある。 輪廻の主体なるものは存在しないそうだ。 池に小石を投げると波紋が広がるが、波紋の実体というものはない。 生まれ変わりも心のエネルギーが形を変えているだけなんだと。
そんな無茶苦茶な、こじ付けを信じるよりも、チベット密教なんかが 主張する「中有(霊界)」を想定するほうが無理がない。死んですぐ に受精できるタイミングなんて、物理学的にありえないから。
> 輪廻の主体なるものは存在しないそうだ。 輪廻の主体がないのならば、そこから解脱する必要もないじゃないですか。 しかし、それは大乗仏教が言ってることで、上座仏教の説ではない。話が 混乱するので、他スレでどうぞ。
スマさんの本を読めばわかるが、輪廻の主体がないというのはスマさんの言葉。 不完全な知覚によって自他が分けられて自我や時間という概念が生まれ、 死への恐怖や快楽を求める欲望によってあるべき状態という妄想と現実とのギャップ が生まれるために記憶とのフィードバックを経て更に自我が強化される。 それらが幻だと気づくこととそれらが本当に幻であるということは何ら矛盾しないな。
591 :
神も仏も名無しさん :2009/11/14(土) 17:02:21 ID:fNzcZlSi
人間に転生することを前提に考えると、疑問も多くなるでしょう。 しかし人間の転生先は、人間だけではありませんね。 そもそも人間にお生まれ変わるのは、かなり難しいことだとされています。 人間は亡くなると、六道のどこかに必ず転生します。 人間界以外なら、瞬時に転生も可能です。
>>590 > スマさんの本を読めばわかるが、輪廻の主体がないというのはスマさんの言葉。
> 不完全な知覚によって自他が分けられて自我や時間という概念が生まれ、
> 死への恐怖や快楽を求める欲望によってあるべき状態という妄想と現実とのギャップ
> が生まれるために記憶とのフィードバックを経て更に自我が強化される。
> それらが幻だと気づくこととそれらが本当に幻であるということは何ら矛盾しないな。
え? 僕もスマナサーラ長老の本は、ほとんど読んでますが、上記の説は初耳です。
もし、この説を採用しているとするならば、ほとんど、大乗仏教の説と一緒ではな
いですか。
>>591 > 人間は亡くなると、六道のどこかに必ず転生します。
> 人間界以外なら、瞬時に転生も可能です。
人間や動物や樹木までは理解できますが、地獄・餓鬼って、この世の者
ではないですよね。この世には等活地獄とかないですから。では単純に
霊魂として存在していると考えてはいけないんですか。もちろん、霊魂
が実体ある存在とは思いませんが、無霊魂では説明がつかんでしょう。
もちろん、それは世俗諦で「霊魂は存在する」と言っているだけで、勝義諦 では「霊魂は実在ではない」と言える。仏教は、こういうダブルスタンダー ドによって成り立っているのであって、どちらかに偏ると「中道」にはなら ない。無霊魂説では、輪廻が破綻するし、霊魂に実体を認めると「無我」で はなくなる。まあ、それは日々の修行とは直接関係がありませんが、ただ、 「無生法忍」という存在哲学が絡んでくると、議論せざるを得なくなる。
596 :
神も仏も名無しさん :2009/11/14(土) 18:36:28 ID:fNzcZlSi
>>594 > 人間や動物や樹木までは理解できますが、地獄・餓鬼って、この世の者
> ではないですよね。この世には等活地獄とかないですから。
六道の世界が存在していることはブッダがおしゃっています。
> 霊魂として存在していると考えてはいけないんですか。
そういう考察は自由ですが、ブッダは霊魂といった不変的存在としての
アートマンは否定しています。
全ては変化の連続なので、死後はその生命体から、新しい生命体へと
移っていくだけです。
四神足という修行で得られる神通力には、この肉体のまま、天界へ瞬間
移動することもできます。生命とは、空間や距離に拘束されず、自由な側面が
あるのでしょう。
>>596 >生命とは、空間や距離に拘束されず、
こんなの言葉だけのレトリックではないですかw 霊魂と言わずに生命と
言い換えただけで、本質は何ら変わっていない。死後の生命を霊魂と言う
んですからw
でもいいんですけどね。問題は、物質への依存性からの解脱「無生法忍」
です。ナーガルジュナは、「無生法忍」を得て一切智者となった。出家者
した僧侶は原則、財産を持ちませんが、サンガーをささえる在家者は、日
々の糧を得、その一部を僧侶にお布施しなければなりません。
そのプロセスで様様な苦しみがある。出家者にはない苦しみが在家者には
ある。それが解決できなくて、何が、仏教か。出家者だけ苦しみがなくな
り、その負担に在家者が苦しむようでは、本末転倒です。そこで、物質と
は何か、という存在への考察が「無生法忍」です。
他人様も救ってやるぞ って余計なお世話だほっといてくれ くそ坊主ども
>>597 > 物質とは何か、という存在への考察が「無生法忍」です。
人間の苦しみって、肉体・自我にまつわる苦しみだけではありません。肉体
・自我にまつわる苦しみは「ビパシャナー瞑想」で無くなります。
しかし、一方、物質を得ることによってのみ生活せざるを得ない、物質に依
存する苦しみもある。これは、「ビパシャナー瞑想」だけではどうにもなり
ません。
上座仏教は、「人無我(空)」は説くが、存在の空「法無我(空)」は説か
ない。アビダルマ教学では、五位七十五法と言って、存在を構成要素に分析
することによって、実体が無いと証明している。
したがって、存在そのものは、実在するわけです。ただ、アートマンがない
というだけで、極端に言えば「唯物論」のような理論になっている。
> したがって、存在そのものは、実在するわけです。ただ、アートマンがない > というだけで、極端に言えば「唯物論」のような理論になっている。 ここで、上座仏教は「壁」にぶつかります。存在(物質)を「有」とすることに 伴い、物質のもつ相互依存性から、完全に独立できなくなったのです。 そこで、最初は上座仏教の修行者であったナーガルジュナが、大乗経典(般若経) とめぐり合い、「存在も空である(法空)」と気がついたのです。 そこで、大乗の「空観」においては、物質すらも実体がなく、「無所得」・・・つ まり、<何物も得るということはない>と説いたのです。 この流れは、現在の禅宗に流れてきています。禅宗では「金剛般若経」などを読 みますが、これが上座仏教にはない「無所得」の悟りなのです。
なんだかよくわからないが、それなら「色即是空 空即是色」に対して スマさんが「色即是空は正しいが空即是色は間違い」といったのはおかしいな。 そのセリフを言うのは大乗側でないといけないことになる。
次の本のお相手になりますが、元オン・ザ・エッジの小飼弾さんだそうです。 よりによって、どうしてこんなに俗悪な成金を選ばれたのでしょうか。 売れるためならなんでもするところが共通してますけど。
603 :
神も仏も名無しさん :2009/11/15(日) 11:08:14 ID:Tv0pw0wl
>>602 面白そうだから別にいいよ。
その代わり多くの人が買って読んで、「おまい(小飼弾)はいらない」の大合唱をネットですればいい。
本当にいらないのならな…
無所得の悟りを得ようと、物質に依存すること には変わりはない。 仙人修行じゃないんだからw
実体が無いと存在はある、は両立しないんでないの?
>>604 > 無所得の悟りを得ようと、物質に依存すること
> には変わりはない。
> 仙人修行じゃないんだからw
別にそう思いたければ、そう思えばいいですよ。「法空」が理解できないな
ら、「法有」でいいのではないですか? その結果については自分で「忍受」
すればいいのですから。
>>605 > 実体が無いと存在はある、は両立しないんでないの?
一応、アビダルマ教学でも、物質は「空」と説くんだが、それは大乗の説く、
「体空」ではなくて、「刹那滅」によって「析空」を説く。
つまり、物質とは「瞬間瞬間に生じて瞬間瞬間に滅する。そして心識だけ継
続する」という、「刹那滅」という論理でもって物質の「空」を説く。
しかし、その理論が非科学的なのはスマ師もわかっているようで、スマ師は、
「諸行無常」だから、存在は「空」であると、アビダルマの新解釈をした。
>>601 > スマさんが「色即是空は正しいが空即是色は間違い」
アビダルマ教学で言う「色即是空」と、大乗仏教で言う「色即是空」は
意味が違うんです。アビダルマ教学で言う「空」とは、存在すのものは
「有」なんだが、瞬間瞬間に生じては瞬間瞬間に滅しているので、『刹
那滅』と言う意味で「空」と言っている。
ナーガルジュナなんかが言う「空」とは、そんなややこしいことを言わ
なくても『常住普遍の実体がない』だから「空」でいいではないか。と
した。ここで、大乗仏教の「空」の定義は、<実体がない>という義に
なった。
物質とは「瞬間瞬間に生じて瞬間瞬間に滅する」 科学的なんじゃ
>>610 > 物質とは「瞬間瞬間に生じて瞬間瞬間に滅する」
>
> 科学的なんじゃ
原子の崩壊にしても、何十万年後には違った物質になるんだろうけど、消滅
しているわけではない。原子そのものは、存在している。
>599 >人間の苦しみって、肉体・自我にまつわる苦しみだけではありません。肉体 ・自我にまつわる苦しみは「ビパシャナー瞑想」で無くなります。 このまえ講演会で長老は、「今日は体調が悪いから気分が悪い。うまく笑えないでしょう?」 とか言ってたよ。 大丈夫?
>>614 > >599
> >人間の苦しみって、肉体・自我にまつわる苦しみだけではありません。肉体
> ・自我にまつわる苦しみは「ビパシャナー瞑想」で無くなります。
>
> このまえ講演会で長老は、「今日は体調が悪いから気分が悪い。うまく笑えないでしょう?」
> とか言ってたよ。
> 大丈夫?
何が?
>596 >六道の世界が存在していることはブッダがおしゃっています。 長老いわく、釈尊の教えはすべて論理的に証明できるはず。 生死によって隔ててあるものは来て見よってできないよ? 六道は、人間の精神的レベルを示唆してるんでしょう。 輪廻は1秒1秒変化することも指すのだから。
> このまえ講演会で長老は、「今日は体調が悪いから気分が悪い。うまく笑えないでしょう?」 「体調が悪い」というのが、ビパシャナーした結果でしょ。だから、自分の 健康の変化に気がついた。ならば、次は「薬を飲む」なり「医者に行く」な りすればいいわけです。でも、仕事で忙しくしている人なんかで、体調の変 化に気がつかない人もたまにいる。それで、悪化してから病院で診察すると 悪性の腫瘍だったりすることもある。
>四神足という修行で得られる神通力には、この肉体のまま、天界へ瞬間 移動することもできます。生命とは、空間や距離に拘束されず、自由な側面が あるのでしょう。 天界へ瞬間移動しようなんてことになると、我があるよね。これは。 我がなければ、自由に飛び回りたいとか思わんでしょう。 唯我論ですか? 逆に、我がないなら、身体は物質として徐々に腐敗して分解されるわけで もうそれで十分、輪廻して循環してることにならん? 生まれ変わりなんてことななると、もう、電子とかのことなの?
> 「体調が悪い」というのが、ビパシャナーした結果でしょ。 たとえば、無茶苦茶に怒っている人がいるとして、「ああ、自分は今、人様 に対して、理不尽な怒りをぶつけているんだ」・・・と認識しながら怒って いる人などほとんどいません。その自覚がないからこそ、怒っていられる。 そこでビパシャナーを習慣にしていると、怒っていても、それを客観的に見 る自分がもう一人いて、「あれ、俺、何でこの人に怒っているんだろ?」と 醒めた認識ができる。だから、すぐに怒りが収まる、もしくは怒らなくなる。
>617 長老がいくら忙しいといっても、 俗世で生活してなければ、よくよく病気とかに縁がないと思うなぁ。 調子悪くても、講演程度はサティでカバーでしょう。 釈尊なんか弟子にきれいな皿を譲って、腐った食事を選んで亡くなったけど そんなときでもきちんとされてたじゃないですか。 生命の法則を熟知してれば、体の状態に合わせて食生活も工夫するし。 でも、長老は食後の胃液を薄める水分をしっかりお取りになって 消化の悪いナッツをかじりながら講演されましたよ。 自業自得を実演なさってる?
>/Ld9BtEE 結局その日の講演はずっと怒ってましたぁ。。
622 :
神も仏も名無しさん :2009/11/16(月) 23:32:43 ID:wxC6ypuI
>620 さりげなく痛烈ですね。 まあ、スマ長老みたく露骨に痛烈(愛語はどうなった?)なのを真似る必要はありませんが。
>>612-613 現代の量子力学が相手をしているのはその原子を構成している素粒子だからなあ。
それだと、今まで「何もない」とされていた真空で、じつは仮想粒子が
プランク時間内での「刹那滅」と「刹那生成」を激しく繰り返している、と考えるとうまく説明がつくらしい。
素粒子の振る舞いは本当に奇妙で、ある意味「仏教的」だよ。
下の引用文なんか、要約すると「色即是空、空即是色」そのものだな。
真空を何もない空間だとすると、エネルギーの状態をゼロとして確定することを意味しますが、
「すべての状態を不確定だとする」量子論の立場では、何もない状態を許しません。
場の量子論では、真空ではいたるところで粒子と反粒子がペアで生成し、すぐに結合して消滅する
(対生成・対消滅)現象が絶えず起こっていると考え、この状態を「真空のゆらぎ」と呼んでいます。
真空は、「無」と「有」との間を常にゆらいでいるのです。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1414429574?fr=rcmd_chie_detail
>>605 実体が無いと存在はある、は両立しないんでないの?
これは物理学的に言っても両立する。だが説明すると長くなるからやめておく。
それと関連して、
>>608 の
ナーガルジュナなんかが言う「空」とは、そんなややこしいことを言わ
なくても『常住普遍の実体がない』だから「空」でいいではないか。と
した。ここで、大乗仏教の「空」の定義は、<実体がない>という義に
なった。
はちょっと違う。
現代の大乗仏教系の大御所たちは、ほとんどが「空」を「相互依存性」のことだと解釈している。
> 現代の大乗仏教系の大御所たちは、ほとんどが「空」を「相互依存性」のことだと解釈している。
「相互依存性」だと、単に『存在の相対性』というだけであって、それらの構成要素そのものは常住普遍の
実在と解釈する余地が生じる。ちなみに大御所とは誰のことを指すのか不明だから、この際、そのお名前を
お聞かせもらいたい。ちなみに、「実体がない」は、中村元説です。
以下
http://yasaka.hp.infoseek.co.jp/kutoengi.htmlより引用 たとえば、中村元著『龍樹』によれば、空は「縁起→無自性→空」の順序を経て成立するという。
竜樹は、『大智度論』によって般若経を解説し、「一切皆空」が諸法の実相であると論じた。竜樹によれば、
釈尊の説いた「空」とは我々の認識作用を超えるもので、縁起と同じ意味だともいう。では、「縁起」とは
何かというと、宇宙の一切の現象は因(直接的原因)と縁(間接的条件)の和合によって成立していること
をいうのである。
言い換えれば、様々な原因と条件によって成立している実体のないものが、この世に存在する物質的現象で
ある。つまり物質的現象というものは実体がないものである。この実体がないということが物質的現象なの
であるということになる。般若経ではこの物質的現象を「色」といい、実体がないものを「空」と表現する。
当時の仏教徒にそんな知識があったとは思えない。そんなの後付のへ理屈でしょ。 分子や細胞レベルで、いちいち生滅していたら医療行為なんかできませんよ。昨日 CTなんかで、ものすごい周波数の磁力線を当てても、瞬間瞬間に生滅してたら、 どうやて撮影するんですか。そんな、非現実的な理論にしがみつく上座部こそ、時 代錯誤なんじゃないですか?
> 昨日、CTなんかで、ものすごい周波数の磁力線を当てても、 訂正 →昨日、MRIなんかで、ものすごい周波数の磁力線を当てられたが、
六十頌如理論『大乗仏典(龍樹論集)』〔瓜生津・梶山共訳:中央公論社〕 ・・・それゆえに、およそ無知の人はごく微細なる存在にも実体として生起 があると妄想して、そのことからも、依存関係による生起が、「本性上生起 がなく一味(一如)であること」を意味するのを知らない(注;チャンドラ キールティ釈)。
なんで毎日連投してるの? 暇なの? 寂しいの?
>>629 こいつ自分の屁理屈が認めてもらえなかったもんだから、ムキになってるんだよw
俺も今日はヒマだしかわいそうだから、ちょっと相手してやろうか。
・大乗仏教は、もろもろの事象が相互依存において成立しているという理論によって
空の観念を基礎づけた。
・あらゆる事象は他のあらゆる事物に条件づけられて起こるのである。
以上、中村元『竜樹』より
今回は「輪廻がある」という立場で考えてみることにしよう。
「輪廻」があり、「輪廻の主体」もあるのだとする。
ならばその「輪廻の主体」とは「実体ある物質」だろうか、それとも物質ではない「何か」だろうか。
おそらく後者の「物質ではない別の何か」であって、
だからこそ「輪廻の主体」は「物質」として存在しているわれわれには(滅多に)「認識」されることがないのだろう。
では次に、「認識されないものは存在していない」ということが断定できるだろうか。
たとえばニュートリノは宇宙空間に満ち満ちていて、毎秒およそ数百兆個もわれわれの身体を通り過ぎているのだが、
われわれはそのようなニュートリノの通過をまるで「認識」していない。
ニュートリノが「認識」できないのは、それがきわめて小さいことも理由のひとつだが、
それよりも重要な理由はニュートリノが「電荷を持っていない」というところにある。
電荷を帯びた「物質」であるわれわれの身体と「めったに反応しない」せいで「認識できない」のだ。
われわれの感覚器官がキャッチする音や光、熱なども、
実際には物質が物質と反応するからこそ「それ」と「認識」できているのだが(色と五蘊)、
かといってニュートリノのような「反応しない」物質が「感覚的に認識できないから存在しない」
とはいえないことは、現代の科学観測の結果が証明しているとおりである。
竜樹の「空」に関する現代仏教界の大御所たちの見解では 「空とは相互依存性のことである」とされている。これはおおむね正しい。 が、たとえば電荷を持たないニュートリノの存在が、 「他の物質と反応しない=相互依存性を欠く」がゆえに認識できなくとも 物質として「存在している」ことから理解できるように、 「相互依存性の欠如」は何かが「存在していないこと」を意味しているわけではない。 しかもこの宇宙において「物質」として特定されうるものはたった4%のみで、 残りの96%は「反応しない=相互依存関係にない=認識できない」 正体不明の「何か」であることが観測の結果わかってきている。 そこから、もしかすると「輪廻の主体」もまたそのような 「反応しない=相互依存関係にない=認識できない」という正体不明の「何か」であって、 それは「認識できない」けれども「ある=存在する」のだと推測することは可能である。 つまりそれが「輪廻の主体」かもしれない、といえるかもしれないw では、「輪廻がある」とすれば、それを生じさせる「法則」とはどのようなものだろうか。 たとえば、最近NHKで「リーマン予想」をやっていたが、 それによると、まるでデタラメに見える素数の出現率に実は隠れた法則があって、 その法則が解明できれば宇宙の全てがわかるようになる(かも)と言っていた。 ならば、まるでデタラメに見える過去と現在と未来の因果関係にも、実は隠れた法則があって、 それがわかれば輪廻の全てもわかるようになる「かも」しれない。 だが、今のところリーマン予想と同じく、輪廻のメカニズムを完全に解き明かした人間はまだ誰もいない。 現時点では素数の出現率と同様に、輪廻の統一性(輪廻の主体)があるのではないかと おぼろげに「予想」されている段階に留まっている。 つまり「リーマン予想」が正しいのか間違っているのか「誰も」まだ証明できていないのと同様に、 「輪廻がある」とする説が正しいのか間違っているのか「誰も」まだ証明できていない。 とりあえずそれが証明されるまでは、「オレの説が正しい」とか何とか、勝手なことを言いたい放題できるわけだw
過去とか未来なんてのは因果の一部しかわからない人間がつくりだした概念だよ。 法則と現在を完璧に知ることができれば過去も未来も演繹するだけで知ることができる。 そこに時間はない。いわゆるラプラスの悪魔だな。神はサイコロを振らない。 不確実性なんてのはただの情報不足。
635 :
神も仏も名無しさん :2009/11/20(金) 11:19:36 ID:XVcfyKtX
一仏教シンパの立場からスマナサーラ長老の大乗仏教批判に答えておくと、長老は「大乗仏教徒は、自分が1番偉いんだ 仏性があるから本来悟っているんだ。」と言うから間違いというのだが これって自分の宗派に愛着する余り他宗派の教えを真面目に研究する事が出来なくなっていると思う。 大乗仏教徒が「本来仏なり」というのは努力目標で、「可能性」の事である。 「大乗仏教徒は何もしなくても仏だと思っているから怠ける」と長老は言うが、逆で、どんな人間でも仏になる「可能性がある」から必死に努力するのである。 あとスマナサーラさんは「仏教徒は怒ってはならない。それゆえに原理主義でなくてはならない」と言いながら明らかに文面から「怒ってる」のが解る。 架空の如来なんか作りやがって!「本来の」(テーラワーダの事だろう)仏教に反する!と怒っている。 大乗仏教徒が様々な如来を考案するのにも理由があるのだが おしゃか様の教えと違う!といって頭から批判、攻撃するがこう言う態度は原理主義の立場からしても間違っているだろう
>>635 何を今更w
法話聞いて無いの?
いつも怒ってるよww
阿含宗桐山教祖の逮捕歴 昭和二十七年八月十六日詐欺容疑、契約違反の容疑で逮捕 警視庁西新井署 十二月手形詐欺容疑で逮捕 千葉県松戸署 二十八年八月酒税法違反私文書偽造容疑逮捕 警視庁防犯課 二十九年三月酒税法違反私文書偽造に対する第一審判決 五月入所 十月東京高裁酒税法と私文書偽造により有罪
638 :
神も仏も名無しさん :2009/11/20(金) 23:30:19 ID:n0eTpX02
>>635 >>どんな人間でも仏になる「可能性がある」から必死に努力する
いったいどんな努力するんだい?それが問題なのさ。
639 :
神も仏も名無しさん :2009/11/21(土) 00:14:22 ID:67/ewD+0
今日、彼女から、 「あなたには無限の可能性があるんだから、がんばって!」 というカードをもらった。オレ、すごく嬉しかった。
>>638 輪廻からの解脱という餌に釣られてヴィパッサナーでもすんじゃねw
641 :
神も仏も名無しさん :2009/11/21(土) 07:52:40 ID:Lsfg3ArN
>>639 大乗仏教の「救い」と共通ですよね。
「こんな私にも仏性がある。」という、
「こんな私にも」という嬉しさが「救い」なんです。
642 :
神も仏も名無しさん :2009/11/21(土) 09:13:02 ID:HbC8Ulyo
>いったいどんな努力するんだい?それが問題なのさ。 そうそれが問題だ。 ブッダゴーサ教に所属し、戦後普及した在家向け瞑想に励んだとしても、スマ長老みたいになるのが関の山だしな。
643 :
神も仏も名無しさん :2009/11/21(土) 10:23:14 ID:Lsfg3ArN
>>642 私自身は、スマナサーラ長老の足元にも及ばないから、
とりあえず、スマナサーラ長老みたいにでもなれるならうれしい。
スマ長老って悟りはわからないが 多分神通力はバリバリだね。
スマ長老は天部
そもそも、仏性論は原始般若経である「八千般頌若経」にも説かれており、 経典そのものの成立時期は、初期仏教の経典の成立時期とたいして差は ない。経典の古さからみても、仏性論が完全に釈迦の思想からはずれた、 アウトサイドとは到底思えない。 八千頌般若経「第十二章」(訳)・・・如来の真如と、(身心の五)要素の真如 と、すべてのものの真如と、すべての聖なる声聞や独覚の真如とは一つの 同じ真如であり、存在や無存在という多元性を離れたものである。 「第三十一章」(訳)・・・あらゆるものの真如、および如来の真如とは、まった く同一の真如である。
ニカーヤの編集時期と、八千頌般若経の編集時期の差は、百〜三百年前後と されており、紀元前後に在家仏教の隆盛があったものと思われる。そこで、 実践性よりも哲学性を優先する大乗仏教運動が発生したのではないだろうか。
バーナデット・ロバーツは悟ってから 徳と言う面ではある意味堕落したと言っている。 つまり徳を積もうという主体が消えてしまった、 ということだ。 実はこれが本当の徳なんだよね。 だから仏性なんて在り得ない。 仏性を得るんだ、というやりかたは 失敗せざるを得ない。 全てを捨てて捨てて捨てきった果てに なにかが現れる。 実は大乗で悟った方々もつまる所 この方法で悟ったんだよ。
649 :
神も仏も名無しさん :2009/11/22(日) 00:52:48 ID:EbaVZ+AT
ゴエンカだと、メンヘラーは追い返されるそうだが、長老は追い返したことはないね。 一応公の場では「心の病は治してから瞑想してください」って言っているけど。 それと、長老が口の悪いのには、長老自身を崇拝することのないように振る舞っているのであって、 決して他人を傷つけたりするためにやっているわけじゃないとは考えられないかなぁ。
考えられない
ガラスみたいにもろいあなたのエゴが傷つけられるのがそんなにいやかい
アホらしい。 ブッダの教えに従って無いだろう。
653 :
神も仏も名無しさん :2009/11/22(日) 07:16:40 ID:DEoLnGwy
>>649 そもそも、長老ってそんなに口が悪いと思わないけどなぁ。
654 :
神も仏も名無しさん :2009/11/22(日) 08:20:12 ID:fPlfLACs
>決して他人を傷つけたりするためにやっているわけじゃないとは考えられないかなぁ。 他人のエゴを引き裂く事で自分のエゴの飢えを満たすタイプに見えるよ? 昔はまだそこら辺を糊塗する節が窺えたけれども、最近は歯止めが利かなくなっているんじゃないかな? 信奉者が甘やかして駄目にしちゃっていないかい?自業自得かもしれないけれどさ。
655 :
神も仏も名無しさん :2009/11/22(日) 09:55:28 ID:+3Wadhq9
>>649 追い返すというよりも、耐えられないことが多く、
他の受講生に迷惑をかけることになりやすいので、
遠慮していただくというのが正しいニュアンスですね。
>>648 じゃあ自己を弥陀に委ねきるという真宗は真実!
ブッダも他人を傷つけまいと間違った教えや間違った意見を尊重してましたかねえ 「まあ、そういう意見もありますねえ」とか適当にいってたんでしょうかねえ
アホw 口が悪いって時点で、教えを守って無いんだよw
教えを守るひとにアホっていわれちゃったよ
何で俺が教えを守る人なんだよw 俺は仏教に興味が有るただの暇人だよw
死ねゴミクズ 俺も仏教に興味があるただの暇人だ。お仲間だなw 仏教の経典にいちども「愚か者」とかその類の言葉がでてこないかにも興味があるかな。
黙れ蛆虫!! はいはいスマ教徒さんw 「愚か者」って口汚いか? ダンマパダやスッタニパータ位読んだんだよね? スマさんも本は良いんだけど、法話は酷いよ。 まあ、始めに踏んだ日本の地が大阪だったってのにも理由はあるんだろうけどねw
本を読んでじゅうぶんひどいと思って見切りつけたのに(言葉遣いもだが その内容が)、法話はさらにひどいのか。
664 :
神も仏も名無しさん :2009/11/22(日) 21:54:04 ID:VuxXRwQg
長年どんな仏教をやってきたか知らんが、上座とスマ長老の最近の人気が面白くないんだろう。 でも、冥想もやったこともないし、なんも具体的に反論らしいことができないから、ただ悔し紛 れにイチャモンをつけているって感じだな。
>>664 > 長年どんな仏教をやってきたか知らんが、上座とスマ長老の最近の人気が面白くないんだろう。
つーか、スリランカのシンハラ仏教ナショナリズムによるタミール民族の
大虐殺について、マスコミの捏造と非難するスマ師の仏教徒としての姿勢
はどうだ?
>>665 > スリランカのシンハラ仏教ナショナリズム
スリランカでは上座仏教がすごい権威となっていて、仏教徒に非ずば人に
非ずのような、カルトのような状態になっていた。それで、他宗教の少数
民族に対する人権侵害が発生した。
そんな状態になるくらいなら、大乗仏教の「一切衆生悉有仏性」のほうが
まだマシだろ。
また連投かよ。 また自分のレスに解説入れてるし
668 :
神も仏も名無しさん :2009/11/22(日) 22:10:08 ID:UqZ73pLY
つまり、人殺しのスリランカ仏教なんか、汚らわしいから日本に入れるな!
669 :
神も仏も名無しさん :2009/11/23(月) 11:31:38 ID:jrP6VMSc
その悔しさをバネに、前向きに歩め。
670 :
663 :2009/11/23(月) 11:51:11 ID:S7Vx6m+H
>>664 一日朝と晩で一時間半のヴィパッサナー瞑想をやっていますが
何か。
上座部シンパですよ。
671 :
神も仏も名無しさん :2009/11/23(月) 15:55:29 ID:0avKbNZW
>アホw >口が悪いって時点で、教えを守って無いんだよw いや、まったくだ。 こんな男が(自分で実践できていない)スッタニパータの解説を書いているという不思議…
愚か者を愚か者といわないとウソつくことになるしな むずかしい問題だな
だから、愚か者ってのは悪口じゃ無いんだよ。 その辺が分らないから、スマ信者に成るんだよ。
愚か者の言うことはさっぱりわからん
ダンマパダから始める事だな
愚か者にいわれるまでもないな
677 :
神も仏も名無しさん :2009/11/23(月) 21:11:38 ID:jrP6VMSc
愚か者=悔し紛れにイチャモンをつける大馬鹿者
そんなに自分を卑下することはない 生まれ変わればチャンスはあるさ
スマさんの本も読んだし法話を何個かポッドキャストで聞いたが、 どう贔屓目に見てもブッダでは無いよね。
680 :
神も仏も名無しさん :2009/11/23(月) 21:28:10 ID:ZnjGNH58
でも参考になります。スマ氏には感謝です。
どちらかと言えばスマさんは、新興宗教の教祖に近いイメージだけどね。
そういえば なんとなく見た目とかしゃべり方とか池田大作に似てるかも
683 :
神も仏も名無しさん :2009/11/23(月) 23:24:12 ID:PmADF/gG
>>681 所詮は生身の人間だから。
たまたまスリランカに生まれたからテーラワーダの僧侶になったけど、
日本の寺に生まれてたら大乗の僧侶になってたでしょう。
たとえ殺人鬼のアングリマーラでも長老として尊敬すべき。
極端な話、元オウムの上裕とかが改宗してスリランカに渡って、
テーラワーダの出家者になったら、
やはり私達は、長老として尊敬すべきでしょう。
長老達が伝えている知識・ノウハウを拝みましょう。
何で尊敬すべきなんだよ? 自分で考える事を放棄してるの?
685 :
神も仏も名無しさん :2009/11/23(月) 23:41:08 ID:PmADF/gG
>>684 仏教を学びたい場合に、
僧侶から学ぶしかないわけで、
私の教えて欲しいこと(仏教)を
私に教えてくれる人を、私は尊敬する。
ジハード何かも認めちゃうタイプの人だ。 何の為に仏教を学んでるんだか。
仏教の修行って自己を捨てることだろ 相手がだれであれ尊敬ひとつできないで自己を捨てるなんてできるはずもない
まあ、あんたがどう思おうとあんたの勝手だが、
>>683 に上がっている人は、100歩譲ってスマさんは良いとしても、
他の二人は他人に「尊敬すべき」とか「拝みましょう」
と言うような人では無いだろう。
>>687 「相手が誰であれ尊敬する事」と「自己を捨てる」の因果関係を説明してくれ。
690 :
神も仏も名無しさん :2009/11/24(火) 00:02:19 ID:GVXIgzkd
>>688 在家生活を捨てられない私なので、
まず出家できてる時点で尊敬します。
仏教を学びたい場合、仏教を教えるプロでもある
長老達に教わるしかない。
また、長老達も、在家信者を「お客様」扱いはしないでしょう。
日本のお寺では、近頃は「檀家様」とか言うとこもあるみたいだけど。
たとえば何の教えであれ
>>689 に自分より優れた点があり自分が学んでいる
ことの先をいっているとする。それなら自分は
>>689 を尊敬する。
一方で、自分は
>>689 より優れているし、その他の人にも学ぶべきことなど
なにひとつないと考えるようであれば、自分は殻に閉じこもっているといえる。
仏教の悟りは自己を捨てること=宇宙すべてが自分だと理解することだろう。
殻に閉じこもって自他を区別してる状態は、宇宙すべてが自分である状態とは
かけ離れてる。
>>691 優れてるとか優れてないとか、そんな事を聞いて無いだろう
で?因果関係は?
俺の親切さにあまり期待をするなよ。愚か者に説教できるほど人間ができてないんだから。 まず、尊敬は優れてる人間に対して持つ念だ。劣った人間に対して持つ念は慈悲。 同じくらいなら友情かな。 尊敬なり、慈悲なり、友情なりの念があればその人は他人に対して開かれている。 自分はどの人よりすぐれており他から学ぶべきことなど何もないと思うようであれば その人は閉じている。閉じた人間は自己の殻に閉じこもっており悟りから遠い。
>>694 お前、悟りの話してたの?
俺が、ここでいつ悟りの話をした?
>>694 俺は、
>>683 が殺人鬼のアングリマーラや元オウムの上裕でも
>テーラワーダの出家者になったら、
>やはり私達は、長老として尊敬すべきでしょう。
>長老達が伝えている知識・ノウハウを拝みましょう。
と言ってるのに対し意見をしただけなのに、何で悟りの話になってるんだ?
馬鹿なの??
さあなあ。俺は馬鹿かもしれないしそうでないかもしれない。まあ、それはどうでもいい。 尊敬と自己を捨てる=悟りの話をしたつもりだが、うまく伝わらなかったようだ。まあ、 それもどうでもいい。テーラワーダの長老がテーラワーダの長老であるというだけで 尊敬してはいけないといってるようだが、それもまあどうでもいいな。眠い。
698 :
神も仏も名無しさん :2009/11/24(火) 00:54:29 ID:GVXIgzkd
>>692 長老達は、私よりは戒を守っている。
また、私よりは仏教の知識も、修行の経験もある。
>>698 だからあんたがどう思おうが、あんたの勝手だって言ってるだろ。
それを他人に尊敬しろとか拝めとか強制するなって言ってるの。
>>699 他人に強制するなと強制してる自分のことはどうでもいいのかなw
他人へのレスに横槍ばかり入れて、トンチンカンな事ばかり書き込むアホw これからは、自分にアンカーが付いたものだけにレスを返すようにしろよw
ケチャップ、お前の嘘臭い書き込みそのものがテーラワーダを貶めるんだから もうやめたら。長老を尊敬しろとかほざいてんのお前だろ。 人にお前の信仰を押し付けるな。 お前は仏教をくだらない自我の正当化に使ってるんだから大罪だよな。
705 :
神も仏も名無しさん :2009/11/24(火) 12:30:48 ID:GVXIgzkd
>>704 なぜ長老の悪口を言う必要があるのか疑問に思ったので。
こんなとこに書き込んだぐらいで強制や押し付けになるとは思いませんが。
ただ、疑問を投げかけたかったのです。
706 :
神も仏も名無しさん :2009/11/25(水) 01:36:44 ID:giSA+Wrh
長老がいなきゃ仏教なんぞには興味を持たなかったな。 仏教にこんな高度な理論と実践法があるなんて知らなかったからね。 だから、長老を尊敬し感謝してるよ。日本に来てくれてありがとうってね。 30年間腐らず、諦めずこつこつとよくがんばった! おかげで、やっと日本にも仏教の本質が理解されるようになってきた。 努力が報われてよかったね!とほめてやりたいよ。
スマさんも良いけど、他の人の本も読んだ方が良いよ。
708 :
神も仏も名無しさん :2009/11/26(木) 01:07:09 ID:lyiMZZHL
ろくな本しかないだろう。頭の悪いやつが書いた本はつまらん。さっぱり要領を得ない。
「ろくな本しか無い」? こんな慣用句が有るのか?
>>705 詭弁を弄してはいかんよ。
あんたは昔から他を認めず貶めて絶対に自分の信仰を曲げないではないか。
あんたの昔のコテハンに大乗、浄土とでも入れてググって見な。
あんたが垂れ流した誹謗中傷のオンパレードだぜ。
突然変異でも起こして融和的になったとでも言うのかよ。
それともあれは義憤に基づく批判だったのか(笑
きれいごとばっか並べるくせ
>こんなとこ
の書き込みに延々と固執し、自らの信仰にも筋を通そうとはしない。
本当にそこまで心酔するなら出家でもしたら。瞑想ばっかして解脱ごっこしたら。
スマナサーラ教は斯様に自我をなくすふりをしながら信者に自我の
正当化ばかりさせる危険思想だと思う。
悪口?誰が一番、悪口を言っている?他ならぬスマナサーラ氏だろ。
彼の撒き散らす妄想はあんたらの安易な救済をもたらしてるようだが
その危険性はあんたらの想像以上だと思うぜ。そして彼は責任なんか
とりゃしない。下らない妄想の客観的根拠を一切、提示しやしない。
細木、江原、美輪、占星術師と同じ類の人間。
いくら妥当な批判にまで悪口とレッテルを貼って目を逸らしても
彼の与太は与太でしかない。
心配せずともスマナサーラ教は末日聖徒やサイエントロジー、クリシュナ意識
なんたらかんたら程度には地位を確立する。それで十分ではないか。
711 :
神も仏も名無しさん :2009/11/26(木) 12:48:10 ID:A2od9B6N
>>710 仏教徒が仏教の指導者を尊敬するのは当然でしょう。
たとえ相手がアングリマーラ尊者であろうとです。
712 :
神も仏も名無しさん :2009/11/26(木) 13:05:36 ID:8cL51nFW
スマナサーラ(仏教徒)も仏教の指導者(池田大作)を尊敬すべきってことだな。
ま 悟りに至る技法を教えないのは仏教とはいわないけどな
714 :
神も仏も名無しさん :2009/11/26(木) 19:51:09 ID:xyfcpt9C
>悪口?誰が一番、悪口を言っている?他ならぬスマナサーラ氏だろ。 これを頑なに認めない人がいるのがなんとも…… 悟りに至る技法が知りたいのなら、まともな上座部僧の指導を受ければ良いじゃないか。
法話を聞いてると、やたら「私にそんな事したら大変な事に成りますよ。」 と言いますよね。 慈悲の心が有る人の発言ではありません。
仏法僧を傷つけたり誹謗したりするのはとてつもない罪 仏教をかじったことあるひとなら常識
くだらねえw ゴータマは妄信しろなんて一言も言って無い。 そんなのゴータマが亡くなった後に求心力を失わないため 弟子達が勝手に作った保身の為のものだろ。
その前に、事実を事実として伝える事は誹謗では無いしねw
仏教を後世に伝えるためには仏法僧を尊ばねばならないってことは論理的な帰結。 ゴータマは唯一無二の教祖であり、弟子たちはその追従者にすぎないってことだけを 強調すると、池田大作や大川栄作と違いがなくなる。
誹謗って何だねw
721 :
神も仏も名無しさん :2009/11/26(木) 20:51:44 ID:xyfcpt9C
>716 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 20:15:58 ID:LeWrEUh9
>仏法僧を傷つけたり誹謗したりするのはとてつもない罪
>仏教をかじったことあるひとなら常識
神社仏閣板「スダンマチャーラ(山下良道)比丘第四禅定」スレ
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1257074526/ で
三宝のうちの一つ「僧」を誹謗するスマ長老シンパらしき人の書き込みを見つけました。
教育的指導をしていただくと助かるのですが……
>121 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/11/23(月) 04:18:01
>藤川和尚は女性の弟子何人かとは、すでに怪しい事やっちゃてるんじゃないの?
>
>前にも女性を食事に連れて行ったのを、坊さんに見られて、還俗したとか嘘ついたんでしょ?
>どこまで本当かしらないけど、この人としては大いにありそうな話。
>
>そりゃスマ長老は、こんな破戒坊主、ハナから比丘と思わんわな。
>>719 >ゴータマは唯一無二の教祖であり、弟子たちはその追従者にすぎない
このセリフ、スマさんも法話で何度も言ってるけどw
そうなんだ。法話聞いたことないからしらなかった。 スマさんと池田大作や大川栄作は同じなんだな。
大川栄作の特技は、タンスを担ぐ事だけどなw
725 :
神も仏も名無しさん :2009/11/27(金) 03:51:12 ID:aJyM2jHj
>>723 創価は日蓮正宗を破門されてますよね。
つまり仏教を破門されていますよね。
726 :
神も仏も名無しさん :2009/11/27(金) 04:10:26 ID:aJyM2jHj
いくら仏教を指導するプロの僧侶でも、 ブッダと同じ阿羅漢の悟りを得ていないなら、 慢の煩悩が残ってるわけだから、 自慢話が口からでる可能性がある。 不還果の悟りを得ていないなら、欲も怒りも残っている。 慈の心は怒っているときには発生しませんが、 24時間たえまなく怒りっぱなしの人はまずいない。 怒ってない時には、慈悲の心が発生してる可能性がありますよね。 僧侶だからって、阿羅漢のような完全無決を期待する必要はない。 仏教の知識やノウハウを教えてくれる師であるなら、 仏教徒にとって頼れる存在だと思う。
727 :
神も仏も名無しさん :2009/11/27(金) 10:45:04 ID:ViWIbbKQ
スマナサーラは僧侶として人格が問題ありすぎ。 僧侶じゃないひろさちやや山折哲雄よりも、怒り、愚痴、自慢、誹謗が 顕著ってどういうわけだ? 人は生まれによってバラモンになるわけではなく、 その肩書きによってバラモンと呼ばれるわけではなく、 あくまで磨かれた人格によってバラモンになるんだと思うがな。 いくらスマナサーラが肩書きとして「僧侶」でも、あれだけ法話や 人生論関係の本で滅茶苦茶言ってたら、一般人以下だ。
ちなみに 特にひどいとおもったのをひとつかふたつ挙げてみてくれ。 どんなこといったのか興味ある。ひどすぎると思ったらいっしょに抗議しよう!
729 :
神も仏も名無しさん :2009/11/27(金) 12:39:40 ID:H0idQdxN
>>727 まあまあ、冷静になりましょうよ。落ち着かないと、正しい判断はできませんよ。
冥想でもして落ち着きましょうね。
730 :
神も仏も名無しさん :2009/11/27(金) 12:52:46 ID:U5/dcwq7
痩せたい・・・ さんはじめまして。 このような独占寡占状態は異常であると判断し、 すでに公取委に申告済みです(以下申告文)。 独占禁止法違反被疑事実についての申告 公正取引委員会 近畿中国四国事務所所長殿 平成20年5月26日 申告人 住所 氏名 捺印 第1 申告の趣旨 1 神戸市のほぼ全ての区役所の「電話交換設備」の保守契約が何十年 にも渡り、特定の1社に集中して契約が更新されていること。 2 及びその全ての契約が随意契約で、市民の税金であるにも関わらずま ったく競争の原理が働いていないこと。 3 上記の理由を神戸市に確認したが、釈然としないこと(他業者の参入 を拒む合理的な理由がない)。 以上の趣旨より神戸市において、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に 関する法律」2条9項1号違反の疑いがあることを申告致します。 第2 申告の詳細 以下略
でもスマ師の「無常の見方」で本当の仏教って こういうものなんだぁ、って感じたけどな。 人間関係についての話はお国柄も違うし 無視してる。 それと精神疾患についての知識はハチャメチャだから これも無視している。 あと分別説部流シャム派仏教であることも 忘れないようにしている。
どんだけ、目瞑ってやってるんだよw
他にもっと正しい、というかマシな 所があったら教えてくれ。
スマさんは顔と喋り方で大分損してるよね
735 :
神も仏も名無しさん :2009/11/27(金) 19:33:39 ID:H0idQdxN
プラユキ師の本読んだ? スマ長老と合わせて学ぶと良いかもよ。 いづれにせよ、学ぶに足りる仏教は テーラワーダしかないと思う。
737 :
神も仏も名無しさん :2009/11/28(土) 00:23:40 ID:sZbzFaxM
「しかない」と決めつけるのは危険かもね。 スマ氏を尊敬しているが、テーラワーダは、原始仏教ではないから、 その点はご注意を。
今原始佛教なんて何処にも存在しないよ。
739 :
神も仏も名無しさん :2009/11/28(土) 15:03:39 ID:BZmcOoBU
現存する宗派の中から選ぶしかない。
リューホー先生は仏陀の生まれ変わりなんだから リューホー先生が一番正しいんでしょ?
だから、ブッダは生まれ変わらねえっちゅうのw
リュウホウ先生とレンホウ先生は 素晴らしいんだよwwwwwwwwwww wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww wwwwwwwwwwwwwwwwはあぁwwwww
知っとるよ。ありがとう。 「テーラワーダ仏教の戒律」という本を ニャーヌッタラ長老が書いておられるから 読んでみるといいよ。 ありがとうね。
Wikipediaのスマナサーラの項。 「スマナサーラ長老は「初期仏教長老」と紹介されることもあるが、初期仏教とは一般的に、釈迦牟尼在世の時代を含み、釈尊の死後およそ100年から200年までの間の仏教のことを指す。」 とあるのと、 「スマナサーラ長老は「初期仏教長老」と紹介されることもあるが、初期仏教と上座部仏教は歴史的に別物である。」 とあるの、どっちが正しいと思う? 協会側の人間(主に佐藤哲朗)は、「上座部仏教=初期仏教」という信仰を頑なに保っているが、 学問的には「上座部仏教≠初期仏教」というのが正しいのは明らかですね。 Wikipediaは学問的に正しい記述を取るべきだと思うので、佐藤哲朗(Ajita)がまた記述を元に 戻してしまうのは、困ったものです。
分別説部流シャム派です。
747 :
神も仏も名無しさん :2009/11/29(日) 19:24:31 ID:LH1OBfJa
>>747 それ読むとスマナサーラの爆弾発言にちゃんと反論してる感じで、
アラナ精舎は比較的まともな印象ですね。
関西で指導しているウ・コーサッラ長老というのはまともな人なのでしょうか。
ゴータミー精舎は異常な雰囲気です。
やはりスマナサーラと佐藤哲朗が異常だからでしょうか?
749 :
神も仏も名無しさん :2009/11/29(日) 21:25:58 ID:lmnyV9v7
>>745 スマ長老の何が異常なのか?至極真っ当だと思うが。
俺の周りにも、ブログを読んでもスマ長老を悪く言う人はあまりみたことないな。
もちろん全面同意してる人ばかりじゃないがな。
異常、異常と狂ったように言ってるのはお前だけじゃないかい?
ということは、嫉妬に狂ったお前が異常ってことじゃないかい?
その論法もなんかおかしいな。
>>747 かんぜんにスマナサーラさんを意識してるね、、、。
お釈迦様自身は宗教を創ろうと思っていたとは思いませんが
現在伝えられてきているテーラワーダ仏教は宗教と思います。
宗教という概念は幅広いものです。
韓国が日本海という名前を東海にするようにロビー活動やっているように
仏教を宗教の分類から外すように活動したらそれこそ危ない宗教だと思われますよ。
現在の日本は宗教=カルト宗教、悪徳宗教など悪いイメージしかありまし、
創造主を信じる一神教などと一緒にされたくない気持ちも分からない訳ではありませんが
常識的に考えると『宗教』でしょう。
宗教と分類されるとその他の宗教と教えが同じになる訳ではありません。
私の考えはテーラワーダ仏教は日本の伝統ある仏教と協力して
宗教の悪いイメージを取り除く努力をするべきで、
私らは科学ですからといって宗教を批判してもまともな科学者から笑われるだけだと思います。
出所が分かりませんがアインシュタインが仏教は科学と両立出来る
唯一の宗教と言ったとか聞いたことがあります。
彼も仏教を科学だと言っていません。
輪廻の話し、天界や地獄の話し、生まれた直後に歩いて話したなど
教義や信仰としては問題ないと思いますが科学というのは難しいと思います。
仏教学者のように自分が気に食わない話しは後の作り話だと
解釈もできますが、輪廻を否定すると仏教でいう断滅論になってしまいます。
>>749 俺も基本は君の立場なんだが
プラユキ師の本を読んでみろ。
やはりラヴェリングで「思考、思考」
「妄想、妄想」ってやると抑圧になると思うんだよ。
思考を汚物というのはやり過ぎだ。
理解して自然に落ちるのを待つべきだと思う。
思考にさえ慈悲をもって非暴力で対するのが
仏法ではないかと思うようになった。
クリシュナムルティもそのような意味のことを
言っている。
ただしスマ長老の日本仏教界への
貢献ははかり知れないものがある、
というのも事実だと思う。個人的に。
>>751 君のような人は無理にでも
一度は思考が存在しないところに
行ってみないとわからんだろ。
スマ長老もこのように考えてるのかもしれん。
とにかく牢獄を一度は出てみること。
ただし薬物はやめろよw
>>749 スマナサーラの主張は、テーラワーダ仏教だけが正しく、他はみんな邪教
ということだからね、要するに。
これってカルトでしょう。明らかに異常。
異常さに気付かないことも異常だよ。
どんな宗教もみんな正しいという立場がなぜありえるんだろう。 ふつうに考えておかしいと思わないか。
>>755 仏教だけが絶対正しいというスマの立場もふつうにおかしいよ。
悟りに至る道を教える宗教が仏教だけなんだからしょうがない ほかの宗教にもそういうメソッドがあるならそれも正しいというんじゃないかな
解脱まで導いてくれる「体系」としては 仏教を超えるものは、出てきてないでしょ。
クリシュナムルティ、バーナデット・ロバーツ、 ラマナ・マハリシ、ラーマクリシュナ、禅門、 等いらっしゃるが「体系」としては やはり仏教でしょう。
761 :
神も仏も名無しさん :2009/11/30(月) 00:31:16 ID:mwOz71Q6
>>754 明らかに、君の方が異常だと思う。偏執狂とは君のような人だよ。
763 :
神も仏も名無しさん :2009/12/01(火) 13:11:01 ID:6dFa1LeU
仏教の本質を伝えるために、老体にムチ打って頑張ってるスマ長老。 ブッダの本当の教えを知り、学び、人生の日々の苦しみから救われた人も多いと思うが、 そんなまじめな比丘に対する悪口は大きなカルマとなって蓄積されるだろうな。 今も酷い状況だと思うが、これからもっと悲惨な状況になると思うと、可哀想だね。
Youtubeに上がってる動画の中で 「地球温暖化についてどう思われますか?」と聞かれ 「大した問題じゃ無い。」と歯牙にも架けなかったスマ長老・・・ 素敵だw
765 :
神も仏も名無しさん :2009/12/01(火) 19:50:27 ID:vlqC1khX
いちいち言葉尻を捕らえるな、大馬鹿者。
地球温暖化なんて陰謀に過ぎないしな。 あれで儲けるやつは儲けてるよ。 情弱はわからんだろが。
陰謀説w 自分で感じないのか? 実際気温は上がってる。
だから情弱はわからんて。
情弱ってなんだよw さすがスマ信者。 意見が違う人をただ馬鹿にするだけ。
哀れじゃのう・・
ツァイトガイストとか知らないんだろうな。 それが情弱の情弱たる所以であるわけだが。 まあ俺には関係ない。
金儲けしてる人も居るけど、本当に温暖化してるだろう。 スマさんは、自分には関係って感じなんだよ。 実際上座部には、現世や未来がどうであろうと関係無いだろうけど。
773 :
神も仏も名無しさん :2009/12/02(水) 17:09:14 ID:to4VI9Ac
人のことはいい。自分はどうなんだ?
774 :
神も仏も名無しさん :2009/12/02(水) 22:37:31 ID:tsjoe+Pn
>>764 人類も地球も無常だから、
いずれ滅びるのがあたりまえですからね。
「大変です長老、人類が滅びるそうです!」
「知ってましたよ。」
それでもスマさんは自分だけは助かると思ってるw
776 :
神も仏も名無しさん :2009/12/03(木) 00:35:26 ID:st29FCw9
つまんねえな、もっと気の利いた悪口書けよ
悪口?? こんなのを悪口と言うなら、スマさんの言ってることは??
どんな悪口かかかないと共感できない
日本語おかしいな。スリランカ人か?
780 :
神も仏も名無しさん :2009/12/03(木) 14:45:35 ID:st29FCw9
つまんねえな、ネタ切れか? それともカルマが怖くなったのか?
そんなにカルマって欲しいのか?
>>772 温暖化も単なる地球のサイクルである説がある。
数万年ごとに地球は冷寒期と温暖期を繰り返しているから。
>>782 そんなの分った上で書き込んでると思うぞw
人類が何をしようと 太陽活動がちょっと変動すればみんな水の泡
785 :
神も仏も名無しさん :2009/12/03(木) 18:52:36 ID:CCrpt5sZ
>>747 キャッシュはいつまで?
それにしても何で消す必要があったのかがわからない。
宗教家だからと言葉選んで及び腰になってテンプレ通りの当たり障りのないこと言うよりは ここまで突っ込んで言い切ってもらった方がありがたい。 それをどう解釈し、どう生かすかは、聞いた人間それぞれに任されてるんだから何の問題もない。 これくらいフランクでぶっちゃけてくれた方が分かりやすくていい。
787 :
神も仏も名無しさん :2009/12/06(日) 01:29:46 ID:up9IXole
言い切ったもの、その内容について指摘するのはさらに問題ない。 なぜ消したんだ?
質問してもいつも「大した問題じゃ無いんです。」で終わり。
789 :
神も仏も名無しさん :2009/12/06(日) 21:39:46 ID:2EX9you7
ねえねえ。このスレ、スマ長老信奉者も覘いていると思うのだけれど、
↓をどう思う?
http://space.geocities.jp/tammashart/book-sanzou.html 「三蔵経の中のダイヤモンド」 byプッタタート比丘
「パーリ三蔵の六割は切り捨ててもいいんじゃね?」という、凄く常識的な見解なのだけれども、
「お釈迦様が生まれたとき、ブラックホールの生命体が云々…」とか大真面目に言っちゃう
スマナサーラ長老あたりは受け入れられないんじゃないかと思う。やっぱ異端扱いなのかな?
で…、佐藤哲朗さんがプッタタート比丘をブログで誉めてたことがあったけれど、あれは大丈夫なのかな?
アラナ精舎の人ならクレバーな回答を返しそうだけれども。
餓鬼阿修羅天人が真面目でブラックホールの生命体が不真面目っていうのもどうかと おもうけど。ブラックホールの生命体ってなに?
藤川おしょうは、昔プッタタートと会ってるからな。
792 :
神も仏も名無しさん :2009/12/07(月) 22:51:23 ID:cxkX6ZAS
>>727 >スマナサーラは僧侶として人格が問題ありすぎ。
>僧侶じゃないひろさちやや山折哲雄よりも、怒り、愚痴、自慢、誹謗が
>顕著ってどういうわけだ?
山折哲雄とスマさんの対談本読むと、山折がスマさんに対して敵意なり
侮蔑感をもってるのがありありとわかる。編集されてあれなんだから、
現場ではそうとう空気悪かったろう。
山折は話を噛み合わせようという気もなくて、自分の言いたいことを
ダラダラしゃべってるだけ。スマさんはよく耐えたと思うよ。
最期の方で自分が一枚噛んでる新しい巡礼コース作りの話になると急に
生き生きとしてベラベラベラ自己宣伝。前方から胡散臭い爺さんだと
思ってたけど、やっぱりろくなもんじゃないと思ったわ。
793 :
てら :2009/12/07(月) 23:09:47 ID:XjdsFgZ2
人を悪く言う事は、子供でもできる 。客観的に見ているからだ。 自分を客観的に見る者は人を悪く言わない。 自分もまた愚かだからだ。 長老を悪く言うなかれ。
794 :
神も仏も名無しさん :2009/12/08(火) 04:36:32 ID:HlUpTjjJ
そだね。スマナサーラさんは無知なのに他宗教を叩くべきではない。
795 :
神も仏も名無しさん :2009/12/08(火) 06:53:43 ID:+naAV0Dp
>餓鬼阿修羅天人が真面目でブラックホールの生命体が不真面目っていうのもどうかと
>おもうけど。ブラックホールの生命体ってなに?
餓鬼阿修羅天人は不真面目。
ブラックホールの生命体も不真面目。
ブラックホールについての知ったかぶりの戯言については下記参照
↓
http://www.j-theravada.net/howa/howa147.html パティパダー巻頭法話「最勝者はお釈迦さまです〜ブッダは全面的に信頼できる〜」
こんなこと書くんだから、山折哲雄あたりに軽蔑されても当然だと思うよ?
796 :
神も仏も名無しさん :2009/12/08(火) 06:56:03 ID:+naAV0Dp
>793 名前:てら :2009/12/07(月) 23:09:47 ID:XjdsFgZ2 >人を悪く言う事は、子供でもできる 。客観的に見ているからだ。 >自分を客観的に見る者は人を悪く言わない。 >自分もまた愚かだからだ。 >長老を悪く言うなかれ。 スマ長老は子供レベルで、自分を客観的に見れないというわけですね? てらさん、なかなか痛烈ですなあ。
>>795 初めて読んだが、いい話じゃないか。自分で真実だと立証した事以外は信じるなとある。
おまえはそのメッセージを受け取らなかったみたいだが。
そうそう。 一方で、客観的な態度を説いておいて他方で妄信やグルイズムを推奨し 時に他宗教を認めるような姿勢を示しながら他方でボロカスにけなす。 御自分は一切智者仏陀や聖者崇拝の信仰に耽溺しながら人の信仰を笑う。 怒ってはいけないといいながら常に怒っている。 矛盾しているから聞き手はダブルバインド状態になるんだよね。 真に受ける人は認知的不協和に陥り、自分の認知を無理やり変える。 「矛盾はきっと対機説法なのだ、怒りは深い思いがあってのものだ、 あれは怒ってはいないのだ、間違っているのは修行が足りない自分だ、 おかしいと思うのは聞き手のレベルが低いからだ、・・・etc」
799 :
神も仏も名無しさん :2009/12/08(火) 18:15:12 ID:+naAV0Dp
>初めて読んだが、いい話じゃないか。自分で真実だと立証した事以外は信じるなとある。 その後の戯言は読んだかい? スマ長老が自分で真実だと立証した事を語っていると思う?
800 :
神も仏も名無しさん :2009/12/08(火) 18:19:31 ID:+naAV0Dp
>「矛盾はきっと対機説法なのだ、怒りは深い思いがあってのものだ、 >あれは怒ってはいないのだ、間違っているのは修行が足りない自分だ、 >おかしいと思うのは聞き手のレベルが低いからだ、・・・etc」 このように周りが思い始めることで、厄介なカルトが形成されるのですね。
スマさんは仏教徒だから7つの理由によって信じたんだろ。 「にわかに信じがたいことだが、経典にこんな話がある」って紹介しただけだろうに なんでその程度のことが気に入らないのかわからない。 おれは信じられないから保留だ。すごい話だ、びっくりしたなあと思うだけだね。
802 :
神も仏も名無しさん :2009/12/08(火) 18:39:47 ID:+naAV0Dp
>スマさんは仏教徒だから7つの理由によって信じたんだろ。 ほらほら、そういう善意の解釈がスマ長老を増長させるんだよ? >「にわかに信じがたいことだが、経典にこんな話がある」 大乗経典やヒンドゥー聖典、聖書やコーランに似たような話があったら、 スマ長老はどういう反応を示すと思う? 「ブッダの実践心理学」を読んだことがあれば想像つくよね?
こんな冗談みたいな話が他の宗教の経典にあったところでいちいち とりあげるとは思えないけどね。キリストが死から復活したとかいうのは 大いに馬鹿にしていいと思うけど。
804 :
神も仏も名無しさん :2009/12/08(火) 18:51:40 ID:+naAV0Dp
>おれは信じられないから保留だ。 実にまともな反応。 でもスマ長老は >仏教徒はこの中身をまぎれもなく事実として「信じて」います とか、平気で書いてしまう。 「カーラーマ経」を真面目に読んでいれば、「希有未曾有経」は プッタタート比丘の主張する、パーリ三蔵の削減すべき六割部分に 該当するものだとわかるだろうにね。
805 :
神も仏も名無しさん :2009/12/08(火) 18:54:47 ID:+naAV0Dp
>キリストが死から復活したとかいうのは >大いに馬鹿にしていいと思うけど。 同じ理由で「希有未曾有経」の記述は大いに馬鹿にするべきだ。 パーリ三蔵は無謬だというわけじゃないのだから、経典のゴミ部分はきちんと批判するべきだと思うよ。
ゴミかどうかわからんだろう。死んだ人が生き返ることなどあるはずがないけど ブラックホールに生き物がいないとはいい切れない。いないと言い切るなら いないことを証明する必要がある。それができないなら態度を保留するしかない。 ふつうの人間の認識やいまの科学には限界があるわけで、そこからはみでるものは すべてゴミと切り捨てるのは危険。いまのところうそかほんとかわからんというしかない。 以上は認識の問題。論理の問題について仏教の経典にゴミがあれば教えてくれ。
そだね。 ドーキンスも神が存在する可能性を認めながら宗教がいかに 合理的思考を汚染し社会に害悪をもたらすか論証している。 可能性の話で言えばもう何でもありになってしまうが特に一部宗教関係者は 他の信仰は一切、認めないくせ自分の信の客観的証拠は提示しないんだよね。 絶対神?ありえない!ヒンドゥー教の瞑想?低レベルです! 大乗?あれは一神教でファンタジーです!アニミズム?馬鹿らしい! 死者の復活?アホか!ハルマゲドン?馬鹿らしい! てな具合。これで自分の信仰だけ通そうとしたら嫌がられるよね。
>百万とでも一千万とでも言えばいいのに、ちょうど一万に控えているのは、事実を語っているからではないでしょうか。 百万って書いてあったら、 一千万とでも一億とでも言えばいいのに、ちょうど百万に控えているのは、事実を語っているからではないでしょうか。 と言いそうな気がする。
まあ、大乗からは小乗と馬鹿にされ キリスト教、ユダヤ教、イスラム教からは偶像崇拝と馬鹿にされ ヒンズー教からはブッダはクリシュナの化身扱い。 スマさんがそれらに対抗してるとは思わないが、お互い様って気はするねw
810 :
神も仏も名無しさん :2009/12/08(火) 23:42:51 ID:+naAV0Dp
>ふつうの人間の認識やいまの科学には限界があるわけで、そこからはみでるものは >すべてゴミと切り捨てるのは危険。 なら、「死んだ人が生き返ることなどあるはずがない」と言い切るのは危険ってことにならないかい? 仏教に甘く、異教には厳しいのならば、二枚舌と言われても仕方ない。
仏像は崇拝よりも 見てると穏やかになれるそんな効能で たくさん作られたんじゃないだろうか なんてね
812 :
神も仏も名無しさん :2009/12/09(水) 02:34:20 ID:KtWqBfNz
そうそう仏像は芸術や象徴であって崇拝してるわけではないよ。
813 :
神も仏も名無しさん :2009/12/09(水) 14:41:55 ID:jLOr2OZO
イスラム原理主義者は アッラーを信じない人間の首は勿論、 仏像の首だろうとチョンギル。
814 :
神も仏も名無しさん :2009/12/09(水) 15:20:51 ID:BvFpvCgu
ミャンマーの非道軍政と結託している寺和田寺院僧侶がいるというのはほんとうですか。
815 :
神も仏も名無しさん :2009/12/09(水) 18:18:11 ID:5jzNOmlU
816 :
神も仏も名無しさん :2009/12/09(水) 19:57:46 ID:2WMU3y21
『ブッダのことば スッタニパータ』〔中村元訳:岩波文庫〕・・・[453 真実は 実に不滅のことばである。これは永遠の理法である。立派な人々は、真実の上に、 ためになることの上に、また理法の上に安立しているといわれる]
817 :
神も仏も名無しさん :2009/12/09(水) 22:11:06 ID:2WMU3y21
<これは永遠の理法である>(スッタニパータ) スマナサーラ師は、「大乗仏教の永遠の仏陀観」は間違い、というが スッタニパータでは「真実(真理)は永遠」であると説いている。この 「真実(真理)」を人格化したのが大乗仏教の『法身』なんだから、永遠 なる仏陀はスッタニパータにも説かれているのでは?
>>817 彼は大乗経典なんかぜんぜん読んでもないし理解もしてないよ
さんざん過去スレでもそのあたりは指摘されてきた
それで知ったかとシンハラ国粋主義でわめいてるだけ
経はバイアスを通してしか読んでないが道元等は一応、読んでいるみたいね。 禅関係はテーラワーダと親和的に見えるらしく良寛等は自分と正反対の個性を 持つからだろうか尊敬してるようだ。達磨はテーラワーダ出身ではないかと 勝手に憶測すらされている。 彼は テーラワーダ≧禅>その他大乗、テーラワーダVS他宗教 という図式を作りたいみたいだが本国かよその宗教紛争が激しい地域か 勝手に争いたい宗教関係者で孤島を買い取ってそこで集まってやって欲しい。 一般人は迷惑だ。日本人は宗教オタク以外、宗教論争になど興味はない。 妙チクリンな妄想に母国の差別や変な階層、争いまで輸入しないで欲しい。 すぐにかぶれる人がいるんだから。
ハハハ 道元禅師は大学院(駒沢)で専攻されているからね。 正法眼蔵読むと他に何も読みたくなくなるからね。 道元禅師をわかるというのは 大したもんだと思うよ。
>>819 彼の道元びいきは、単に留学生として日本にきたとき
大学で専攻したのが道元だったってだけですよ
とおりいっぺんの大乗理論を学んだのが道元だけってはなしにすぎない
それを真に受けてここの信者は道元は別!道元はテーラワーダ!とか平気で言うのだから
グルイズムここに極まれリ。
確かに違いのわかる通ぶった人が多いですね。バブル期の食通みたいな。 昔からスマナサーラさんの中途半端な他宗教批判を真に受けて主体性の 欠片もない攻撃と自派賛美を繰り返したおかげでネットがアンチだらけに なった。ネットがアンチの巣窟なのは半ば、彼らの功労だと思います。 他人を誉めるときでも氏の色眼鏡を通してしか誉められない。 非常に嫌な「テーラワーダが一番だが誰々は中々、良い」という誉め方をする。 「〜がわかるとは真理に近付いてるな」とか悦に入ったりして気持ち悪いったらない。
823 :
神も仏も名無しさん :2009/12/11(金) 09:30:17 ID:5WJC8kR2
824 :
神も仏も名無しさん :2009/12/11(金) 14:06:51 ID:uhuimknd
テーラワーダに信者はいない。修行者がいるだけだ。
なわけない
826 :
981 :2009/12/11(金) 20:38:26 ID:jK7o4QbA
そういえば岡山にテラワダ(寺和田)っていう地名があるんだね。
827 :
神も仏も名無しさん :2009/12/11(金) 20:39:39 ID:PdZrUV/p
>道元禅師をわかるというのは >大したもんだと思うよ。 道元の大乗至上主義はどう判断しているのかね。 あと、彼の狂的法華経崇拝とどう折り合いをつけたのか。 そもそも禅で悟れるのか? なら、迷信てんこ盛りの上座部を、いまさらわざわざ日本に移入する必要性はないだろうに。
828 :
神も仏も名無しさん :2009/12/11(金) 20:50:24 ID:PdZrUV/p
>テーラワーダに信者はいない。修行者がいるだけだ。 東南アジア諸国の人々って縁起かつぎでしょ?出家、在家問わずにね。 「仏教は心の科学」とか言ってる人が、聖糸儀礼を行っていたり、 四天王像に聖水を振りかけたりしているんだから他の奴らは推して知るべし。
縁起が悪い
830 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 00:34:10 ID:A8NSeoU3
まあ 修行という名の現実逃避ですけどね。
831 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 01:22:34 ID:2KPR5mdL
テーラワーダの本を読むたびに空しくなる。 ああ、自分の学んできた大乗仏教は一体自分に何をもたらしてくれたのか? 心の平安も智慧も生まれなかった。論争しても歯が立たない。情けないったらありゃしない。 俺の青春を返してくれ!!・・・・・・・てな感じですか?
寺和田age
833 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 02:37:22 ID:SqAAoqHo
まぁ確かに他の宗教を、全否定できる立場にあるね。だからこそ慈悲を持たなきゃなと思うよ。
834 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 02:40:27 ID:tWA9j00J
>>831 君の願望と現実は違うんだよ。
そう、君が寺和田本を読んで、仏教をわかったつもりになっているだけで、
現実は君が見下している大乗以下の救いようのない縁なき衆生であるようにねw
ダメですよ。スマナサーラさんの謀略に乗ったら。 スマナサーラ教≠テーラワーダだし、テーラワーダと大乗の争いなんてのも 彼が無理矢理、比較優位を見せかけるために蒸し返した対立軸でしょ。 仏教と他宗教の対立も平和な日本に甘えた氏が火を点けようとしてる争いでしょ。 スマナサーラさん=仏教でもないし。スマナサーラ教が責任をとるべき問題を 仏教全体に負わせてはいけない。 テーラワーダの人も変な人にその立場を代表されたらいい迷惑でしょ。 スマナサーラ教徒の方は争いたいならパキスタンとかイランでどうぞ。 同じことを言っても反応がきっと違いますよ。
836 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 04:24:50 ID:SqAAoqHo
スマナサーラ教ってなんすか。 瞑想指導は受けたけど別に彼を信仰し崇拝してるわけじゃない。 瞑想の仕組みについて納得してるだけだし、でもそれは長老が考えたわけじゃない。 出家者として敬意ははらうけど、信仰の対象ではない。それは仏陀でも同じ。 修行者は、仏陀を信仰するわけじゃない。仏陀の解いた真理とその方法に対して納得できるから修行するはず。
それが単なるグルイズムになっているのがスマナサーラ教の特徴。
838 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 06:24:23 ID:SqAAoqHo
グルイズムってなんすか。
839 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 06:32:14 ID:SqAAoqHo
>>837 という事はh3さんは、仏法僧に対して誹謗中傷するわけですか。
840 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 06:42:46 ID:h3/5dNa5
はい。 それは師の言うことに盲従することを教唆する思想です。 そんなこと言ってないと思いますか?本当に言ってるんですよ。 対外的には批判的態度の養成を促すよう宗教に見えますが残念なことに 本質的なところでは批判を認めず経典は無謬であると信じ仏陀への盲目的な 崇拝を薦める原理主義です。
841 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 06:59:54 ID:h3/5dNa5
>>839 仏法僧に対する誹謗中傷とはなんですか?
仏陀を利用し排他的思想を説く人よりマシだと思いますが。
私は仏教徒ではありませんので仏法をふりかざされても余り意味がありませんが。
別に他宗教も信じていませんが。
何にせよ仏法僧への誹謗中傷などと言う辺り、納得もせず単に真に受けていますね。
そうやって僧侶は批判を回避して大衆を操縦してきたわけですから。
842 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 07:00:56 ID:SqAAoqHo
その前にあなた文章下手すぎ。
843 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 07:06:52 ID:h3/5dNa5
>>842 その前にの「その」は何を指すんですか?
あなたの文章も別に上手くありませんが。
文章コンテストだったんですか?
何度か賞を受けたことはありますがねぇ(笑
真面目に相手しようとして損しました。
844 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 07:09:10 ID:SqAAoqHo
あ〜なんだh3さんテーラワーダの人だと思いこんでました。すいません。あやまります。 知らないならしょうがないです。 なにか縁がありましたら勉強してみてください。 決して排他的ではないですよ。 すいませんでした。では。
845 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 07:09:56 ID:h3/5dNa5
はい。さようなら。
846 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 07:13:47 ID:h3/5dNa5
こういうのがスマナサーラ教信者。 煽りしかできず突っ込んだら最後は逃げる。
847 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 07:22:47 ID:SqAAoqHo
どうしました?なにか聞きたい事でもあるんでしょうか。 口論は嫌いですけど、聞きたい事があるなら聞きますよ。
848 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 07:36:26 ID:SqAAoqHo
瞑想自体が妄想を取り払うものなので、盲従とか妄信みたいな事はないので。あしからず
849 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 08:02:46 ID:cgb3+G88
朝から喧嘩腰だな
850 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 08:11:16 ID:SqAAoqHo
反省します。
851 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 09:22:02 ID:sQhdaa6g
>瞑想自体が妄想を取り払うものなので、盲従とか妄信みたいな事はないので。あしからず 盲従をすすめ、妄信に捕らわれているスマ長老は、瞑想をしてないってこと?
852 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 09:24:29 ID:SqAAoqHo
知らない。本人に聞いてみたらどうですか?
853 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 09:42:58 ID:sQhdaa6g
>仏法僧に対する誹謗中傷とはなんですか? 正当な非難でも「誹謗中傷」にしてしまうのだから、 「黙って盲従しろ」と言っているに等しいですよね。 そのくせ、他派の比丘は誹謗中傷するのだから、わけがわからない。
854 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 09:48:31 ID:sQhdaa6g
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/news/4145/1244521112/ 日本テーラワーダ仏教協会の欺瞞より引用その1
『アビダンマ講義シリーズ』をご覧になられましたか。
仏教しか真理を説いていない以上、仏教でしか解脱できないと
仰っていますしその前提となる他宗教への理解は皮相なものであり
その割に輪廻、カルマなど御自分の信仰に対する明確な、証拠が
提示されることはありません。他宗教に対する無知に基く批判も
目立ちます。
また『仏弟子の世間話』ではお釈迦様しか科学者はいないと発言して
おられます。どこかで科学で扱える範囲は限定されていると仰って
おられましたが『仏教は心の科学』というご本もあるように科学への
大衆からの信頼性(これはある種の権威です)を巧みに利用しておられます。
科学といえば客観的であり正しいものであるという印象を与えます。
また「私は科学的な人など見たことがない」と仰っておられますが当然です。
科学的認識は日常生活を送る意識等を括弧に入れることで成立しているので
いつでも何でもかんでも科学的態度を貫く人の方がおかしいのです。
一人の科学者であり生活者でもあるというのが当たり前の話です。
仏陀は完璧な科学者(超人?)だそうですが。
855 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 09:50:07 ID:sQhdaa6g
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/news/4145/1244521112/ 日本テーラワーダ仏教協会の欺瞞より引用その2
パティパダーにおいてはブッダは全面的に信頼できると仏陀無謬信仰を
説いておられますし一切智者という何でも知っている仏陀を説いておられます。
他の宗教を容認するような発言をなさる場合もありますが基本的には
不寛容でいらっしゃいますし、客観的検証を重んじる姿勢をみせながらも
(それは私はある種の信頼感を与えるためではないかと訝しんでおります。
自分に不利な検証の余地を与えることは誠実な語り手という印象を与えます)
懐疑は周辺的な部分にしか認められず先に挙げた一切智者という概念に顕著な
ようにご自信の信仰には拘泥なさっておられるようにお見受けします。
仏教は科学だと仰られるなら科学に包摂されるために諸々の検証に耐えない
概念は捨象しなくてはなりません。ご都合主義的にここまでは良くてここから
はダメだなどと言うわけにはいきません。現状、科学の威信を借りたいように
しか見えません。(もしかしたらこれから科学になるのでしょうか?)
またカルマや輪廻、解脱等全く証拠を提示できない概念があるとしてなぜ
特定の利権を代表する組織への寄進などでその功徳が積めると断言できるか
甚だ疑問です。
856 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 09:58:03 ID:sQhdaa6g
>テーラワーダの人も変な人にその立場を代表されたらいい迷惑でしょ。 いやまったくだ。 日本テーラワーダ仏教協会≠テーラワーダ だからね。
857 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 10:00:44 ID:SqAAoqHo
ごめんなさいね。 スマナサーラ教というのが悪口のように感じてしまいまして。 そりゃ皆、人間ですから。色んな表現あるかもしれませんね。
スマさんはAmazonの品評ですら、攻撃的とか書かれちゃってるからね。
859 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 14:08:23 ID:BKX2A2pK
自讃毀他というのが、いちばんよくない。
スマさんは、みなさんのためを思って怒ってるんですよ。 だから、みなさんもスマさんのためを思って怒ってるというだけの話ですね。 慈悲が溢れてます。
いや〜それほどでも〜
862 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 20:45:54 ID:OrGjRL0e
上座部風カルトですか。
863 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 20:50:32 ID:PMd69Wtq
スマさんは道元や良寛さんより偉いですか?
864 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 20:59:00 ID:SqAAoqHo
はっきり言えばそういう事になるけど。
866 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 21:08:31 ID:SqAAoqHo
だから日本の数々の高僧たちが縁として出会えなかったものに出会えてるって事は凄く運がよかったって言えるよね。
867 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 22:12:51 ID:ur5ff7v8
スマさんは空海や最澄より偉いですか?
868 :
神も仏も名無しさん :2009/12/12(土) 22:37:33 ID:m3e8HUsk
現代の仏教界に対する影響力はとてつもなく大きい
温故知新的な意味ではね
社会のシステムが全く変わってしまったものを、 そのまま受け入れようとしても無理があるよ。
871 :
神も仏も名無しさん :2009/12/13(日) 02:30:06 ID:akVoLC+Z
>>867 スマさん達長老を医者だとすると、
空海さん達は無免許の医者みたいなもんでは。
中にはブラックジャックみたいな腕のいい医者もいるかもしれないが、
しかし、普通はちゃんと資格を取得した医者にみてもらいたい。
872 :
神も仏も名無しさん :2009/12/13(日) 02:34:57 ID:akVoLC+Z
あ、つまり、上座部では、 大乗の僧侶は正式な出家の手続きを経ていないと考えているってこと。
◆日本テーラワーダ仏教協会≠テーラワーダ仏教 注・テーラワーダ仏教でも多くの立場があります。 この教団の主張、即ちテーラワーダの主張ではありません。 特異な人にその立場を代表させるべきではありません。 ◆テーラワーダ仏教+A・スマナサーラ氏のバイアス=スマナサーラ教≠仏教 注・当然A・スマナサーラ氏の主張、即ち仏陀の主張ではありません。 多くの仏陀の言葉の中に紛れ込ませて氏独自の主張が織り込まれています。 混同しないように注意して下さい。 ◆スマナサーラ教≠科学 注・スマナサーラ教は科学ではありません。ですから客観的事実でもありません。 ●以下の対立はA・スマナサーラ氏が煽ったものですがスマナサーラ教に 仏教やテーラワーダを代入しないように注意して下さい。 スマナサーラ教VS一神教,スマナサーラ教VS日本社会 ◆スマナサーラ教VS大乗という対立をスマナサーラ氏が広めていますが テーラワーダと大乗の争いではないので注意して下さい。 注・ケチャップという大乗のお寺で育ったエディプスコンプレックスの人など 主にスマナサーラ教徒が仏陀の威を借り意図的な混同を行っています。 敵を探してレッテル貼りを行い貶めて自らが優位、正当であると 見せかけるのは政治ではよく見られる手法です。注意して下さい。
874 :
神も仏も名無しさん :2009/12/13(日) 09:26:04 ID:Tbi20td4
スマさんはダライ・ラマより偉いんですか?
875 :
神も仏も名無しさん :2009/12/13(日) 10:38:37 ID:eQy5T8xi
>872 :神も仏も名無しさん:2009/12/13(日) 02:34:57 ID:akVoLC+Z >あ、つまり、上座部では、 >大乗の僧侶は正式な出家の手続きを経ていないと考えているってこと。 君は具足戒を受けている人でも、正式な僧ではないと言うのかな。 たとえば空海とか、ダライ・ラマは具足戒を受けているよね? ブッダゴーサの系譜上にないものは偽者だという考えだとしたら、それはおかしいよ。
876 :
神も仏も名無しさん :2009/12/13(日) 14:03:34 ID:MX3MXxjR
ごちゃごちゃ屁理屈はいいですから、スマ長老に対するあなたの憎しみの原因を考えてみましょう。
877 :
神も仏も名無しさん :2009/12/13(日) 18:24:09 ID:olqADO1+
空海よりも偉いお坊様が今日本にいらっしゃるとはありがたいことですね。 私たちはすごい時代に生まれてきたのですね。
878 :
神も仏も名無しさん :2009/12/13(日) 18:36:24 ID:olqADO1+
スマナサーラ/正規の医者 空海/ブラックジャック 最澄/ドクターキリコ 道元/ドクターK 一休/TETSU
879 :
神も仏も名無しさん :2009/12/13(日) 19:41:28 ID:1gd6SUCd
>>876 そうだね。
スマナサーラ長老はへ理屈ばっか並べて自分の憎しみを正当化してはいけない。
>>877 そうだね。
スマナサーラ長老は大川隆法と同じ意味で偉大な方だと思うよ。
今日郵便受けに大川先生のところの機関誌が入ってました。 粗末にするのもあれなので、とりあえず読ませて頂きました。
881 :
神も仏も名無しさん :2009/12/14(月) 01:26:49 ID:VAWjXHvH
882 :
神も仏も名無しさん :2009/12/14(月) 08:23:36 ID:N0srt1e+
>>875 そうですね。
個人的には、それもそうだなと思います。
ただ、テーラワーダではあなたのようには考えないのではないでしょうか。
883 :
神も仏も名無しさん :2009/12/14(月) 10:54:23 ID:mRADC4lI
過去スレで、スマナサーラ長老が お金で女性のサービスを買う風俗は許されるが、不倫は許されないというてるって話が 話題になってたけれども、 彼は童貞じゃないのかな?
仏教徒を医者に例えるのはおかしい。 ブッダはまさにそうした形式的なバラモン至上主義に異を唱えたのではないだろうか。 免許制度が仏教の本質ではない。 クリシュナムルティは具足戒も受けていない。 「人は心のもち方によってバラモンとなるのである。」
道元が「狂的」かどうかは知らないが、熱烈な法華経信者だったのは事実。
道元って、曹洞宗の開祖だろ? 法華経とどんな関係が有るんだよ?
888 :
神も仏も名無しさん :2009/12/14(月) 11:57:57 ID:asgE949Z
曹洞宗の祖師である道元は、「只管打坐」の坐禅を成仏の実践法として宣揚しながらも、その理論的裏づけは、あくまでも法華経の教えの中に探し求めていこうとし続けた。臨終の時に彼が読んだ経文は、法華経の如来神力品であった。
889 :
神も仏も名無しさん :2009/12/14(月) 12:28:10 ID:N0srt1e+
>>886 道元を主人公にした「ZEN」という映画を視ました。
「仏種」「仏性」という言葉は使ってなかったかもしれませんが、
私はその映画で、誰の心にでも仏性があるという思想を連想させられました。
890 :
神も仏も名無しさん :2009/12/15(火) 13:46:23 ID:1kZZXzaP
スマさんの立場では禅で修行した到達した境地では何が足らないのですか? 禅の悟りの何がいけないのですか?
891 :
神も仏も名無しさん :2009/12/15(火) 15:58:24 ID:lr/ETQCH
ビタミンC 栄養のバランス
ここにスマさんが居ないから答えは出ないだろう。
893 :
絶対神 :2009/12/15(火) 16:06:47 ID:M1//CyVb
>>883 それは仏教とかなんとかいうよりも、単に後進国出身だからでしょう。
>>893 買春に先進国も後進国も無い。
女子高生が金欲しさや流行で売春しまくっていた日本は、
宗教の縛りが無かったから、あんな現象が起きた。
896 :
神も仏も名無しさん :2009/12/15(火) 17:11:45 ID:xTeYdGMN
大パリニッバーナ経(ブッダ最後の旅)に、 熱心な在家信者で超セレブで大金持ちの遊女がでてきますよね。 遊女って、売春婦とは違うんでしょうか? 名前はアンパパーリだったっけ?(間違ってたらごめん。)
>>895 生活苦の売春と遊ぶ金欲しさの売春を同列に語るな。
898 :
神も仏も名無しさん :2009/12/15(火) 19:37:59 ID:s2eFIkEg
>道元って、曹洞宗の開祖だろ? >法華経とどんな関係が有るんだよ? とりあえず、「 道元 法華経 」でググろうね。
>>897 どうも宗教的縛りと、売春の抑止の相関関係が怪しいと思ったら
やっぱり大した根拠がないわけだ。
経済的困窮等の誘引が働けば、売春は宗教的抑止があっても
起こると言ってるわけだな。
中村淳彦が日本人の売春動機は見栄を張っても結局は病んでるか
経済苦だと書いていたが、その真偽は置くとして
>女子高生が金欲しさや流行で売春しまくっていた日本
らしいがそれを吹聴してまわった宮台真司まで結局、彼女達は
メンヘラーになったとか言って援交コギャル支持を取り下げたもんな。
アメリカでも売春は多いしお隣、韓国も様々な宗教的縛りがあるが
売春は多いもんな。あの戒律の厳しいイスラム教国ですらなんだかんだで
売春があるし宗教的縛りなんて大した意味がないわけだ。
遊ぶ金欲しさで女子高生が大量に売春してたのは、日本だけだろうけどな。
それ以外で金を稼ぐすべが無い人達と女子高生の売春を同列に語るとは・・・
売春なんてみんな好きでやってるんだよ 食べていくだけならほかにいくらでも方法はある
だから、それは先進国での話しだ。 日本人だって昔は借金のカタに娘を女郎屋に売ったなんて話はゴロゴロあったんだよ。
じゃ訂正しよう 親に売られたのでない場合、売春なんてみんな好きでやってるんだよ
男達が女に石を投げつけていた「売女め」 そこにヨシュアが通りかかり 「罪のないものだけがこの女に石を投げなさい」といった。 石を投げつけるものは一人減り、二人減り 最後まで石をなげつけていたのは ヨシュアだけだった。。
>>901 宗教的縛リと売春抑止に相関関係がないとわかったらそれでいい。
タイの人たちが
>それ以外で金を稼ぐすべが無い人達だとか
日本では
>遊ぶ金欲しさで女子高生が大量に売春してたとか
俺が
>それ以外で金を稼ぐすべが無い人達と女子高生の売春を同列に
語っていてそれが良くないことであるとあんたが証明したければ
やればいい。頑張ってくれ。
尻の軽いビッチが嫌いなら
セックスレスなら外注するよね?-2人目【鬼女】
http://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/ms/1258701403/ ここがいい。お前の想定するような真性のアホ女はここにいる。
浮気な旦那というコテの言うことは中々、勉強になるぞ。
>>906 ビッチが嫌いな訳じゃ無い。
昔、援助交際なる売春が流行った時に
「自分の体使って金稼いで何が悪い。」と言ってた少女達を見て
宗教の縛りが有れば何とか説得出来るのにと思っただけ。
売春は犯罪なんだよ。違法。 宗教なんか持ち出す必要はない。あんた社会人だろ?頭だいじょぶ?
>>908 アホ。
援助交際は条例が変わるまで、取り締まれなかったんだよ。
東京都には淫行条例すら無かったんだぞ。
法の不備だ。成人女性がすると犯罪になることが 未成年がしてなんの咎めも受けないのはおかしい。 仮に宗教で縛りをかけたところで「なぜ売春がいけないのか」の 根拠にはならない。宗教で売春を禁じている理由を説明する必要がある。 神様が決めただの経典に書いてあるだのいっても、こどもが納得するはずがない。 法律なら納得しようがしまいが不法行為は犯罪で取り締まれるわけよ。
犯罪の検挙率が100%だとでも言うのか? お前こそ、頭大丈夫か?
売春の検挙率100%なら、ソープランドとかデリヘルから 逮捕者が毎日何万人も出るわな。
なんだ検挙率って。 宗教で縛りかけたら世の中から売春がなくなるとでも?
法で縛っても、売春は一向に減らないがなw
だったら売春合法にすればいいね。法に意味が無いならそうするべき。
なんだそれ? 話に成らないなw
「おぢさん、おぢさん。売春ってどうしていけないの?」 A「宗教でいけないって決まってるからだよ」 B「逮捕されるからだよ」 どっちが効果あるかって話だろ。だれにでもわかる。
>>918 本当のアホだな。
法で取り締まれなかった時にそう思ったって言ってるのに。
>>907-910 の流れも理解出来ないのかよ。
付き合って損したw
だから法の不備だってゆってんのに。 法の不備を宗教で補えるなら新しい法律なんていらなくなるがな。
>>920 お前、本物のアホだろう。
法の不備だろうが何だろうが、その時点での話をしてるんだよ。
その時の少女に「法律が変わってこれからは逮捕される事になるんだよ。」
とでも言えって言うのか?
法律が解るかどうかも解らないのにか?
これ以上馬鹿の相手はしないから。
>法律が解るかどうかも × >法律が変わるかどうかも ○
宗教を理由に売春をやめさせるのもどうかと思うけどね。 第一、売春を禁じる宗教があるのかどうかが問題だ。 キリスト教も仏教も売春婦を売春婦であるという理由だけで差別してはいない。 くわしくは知らないが、おそらく売春を禁じた戒律もない。 そもそも「法律が変わってこれからは逮捕される事になるんだよ。」ということと 「宗教でいけないって決まってるからだよ」にどれだけの差があるのかねえ。
後付なら何とでも言えるだろ。 人間はその時代を生きてるんだよ。 その位の事が解らないから、馬鹿だって言うんだよ。
要するに 「自分の体使って金稼いで何が悪い。」との主張は 法律以外に否定する根拠がないってことだよ。 自分の娘だったら殴ってでも止めればいい。 宗教的に見れば自業自得というしかない。 他人を自分の価値観で操ろうなんてのは傲慢だってことだな。
ただの屁理屈カマッテちゃんかw
法律で取り締まれなかったってのが前提なのに、 何回同じ事言ってるんだか? 若年性アルツハイマーか?
928 :
神も仏も名無しさん :2009/12/16(水) 08:26:43 ID:KhJ8H6Mc
悟りをめざす仏教徒は、欲や怒りを増大させる行為を やらないほうが悟りやすい。 で、その目安となるのが戒。 在家の場合、在家生活の中で異常、あるいは不必要な欲や怒りを戒める。 夫婦生活や子づくりに必要なセックスまでは否定していない。 また、もしかしたら、職業としてやるばあいに、 激しい性欲によってやらずに、あくまで仕事としてクールにやってるなら、 異常に欲の煩悩を増大させる業にはならないかも。 たとえ夫婦でも、いつも嫁とのセックスのことばかり考えてたら、 そんな性欲は悟り・修行の邪魔になるだろうし。
929 :
絶対神 :2009/12/16(水) 08:39:09 ID:m6GMcfAj
>>923 キリスト教は売春を禁じているぞ。
「汝、姦淫するなかれ」
そして、キリスト教には業の考えも、悟りという概念もないから。
基本的には「行為」が問題となる。
>>928 当たり前だが、「思い」が問題とされるのは、「行為」を生みだすから
であって、思いが良ければ行為が悪でも問題はない。などという詭弁は
キリスト教の正当な教えにはない。
極端な事を言うなら、キリスト教では、夫婦であるのなら、変態的な
セックス以外でなら、別に欲望を燃やしていてもいいのだよ。
元々、一神教とは、元々、厳しい性倫理を創る為に生み出されたと言う
側面が強い。
おまえ聖書を知らないだろw
はっきり、新約聖書では、「娼婦を買う事は悪なり」と定義されているぞw
ましてや娼婦になる事がより悪でない訳がなかろうww
930 :
絶対神 :2009/12/16(水) 08:40:34 ID:m6GMcfAj
>>928 元々、小乗仏教では、女と寝る事は女犯といって禁止されている。
だから、僧侶がおおっぴらに結婚できる国は、仏教国ではあまりない。
一般的には日本だけらしい。
931 :
絶対神 :2009/12/16(水) 08:45:38 ID:m6GMcfAj
うん、少し呆れた。 「お前、聖書が売春を禁止している事も知らなかったのか?」 まあ、神を信じてまで娼婦なんぞ買う必要はないのは、常識的に言って いうまでもないのだがなw 『そもそも、売春を許容するような神なら、存在しなくていいよ』w 「もし、キリスト教がそんな教えならば、棄教するわ」ww 生活の為に必要な場合はどうする? って話を出すかもしれないが。 「そもそも、生活の為に神も宗教もいらないよ」 ある程度、宗教ってのは「気取った部分があるもの」。 判り易く言うと、「道徳を守る余裕のある階層が信じるべきものだとおもうぞ」 実際に神仏がいて、助けてくれる訳でもあるまいにw
姦淫って売春のことなのか? 夫婦が配偶者以外とセックスすることを姦淫というんだとおもってたよ。 姦淫禁止っていうならカネのやりとりのない夫婦以外のセックスも 禁止しないといけなくないかね? 娼婦になることが悪ならなぜイエスはマグダラのマリアの接待を受けたんだろうね。 売春をやめろと説教したような記録もないよね。 そもそも宗教を理由に売春をやめさせようとすれば、相手をその宗教に入信させる 必要がある。ムスリムでもないひとに「豚肉食べるな」といったところで聞くはずがない。 それよりは「結婚したい相手ができたら、自分は過去に援交してましたといえるのか?」 「夫が女子高生買っても許すのか?」と問い詰めた方が効果あるんじゃないかね。
聖書には、汝心で姦淫したるものは 実際に姦淫をしたのだ、みたいな教えなかったっけ? おれはヨシュアは間違いなく仏教を学んでいると 思っているが。
934 :
928 :2009/12/16(水) 13:02:56 ID:KhJ8H6Mc
>>932 かん‐いん【姦淫】
[名](スル)男女が道義に背いた肉体的交渉をもつこと。
>姦淫禁止っていうならカネのやりとりのない夫婦以外のセックスも
禁止しないといけなくないかね?
保守的なキリスト教は、結婚前のセックスを禁じてるよ。
あなたは信仰いうものが根本的に解って居ない。
もう恥をさらすのはやめなさい。
だからさー、汝姦淫するなかれくらいだれでも知ってんだよ。 援交少女にそう教えたらやめるのか?ってことだよ。 売春でなくても、結婚前にセックスしてる人は大勢いるだろ。 そういうひとたちにもわざわざ教えて回るのか? 信者でもないひとを教義で裁くことに意味があるの?
>>936 あなたは、議論が出来ない。
宗教の縛り=信仰してる人が前提では無いのかね?
論点が初めからズレまくりなんですよ。
屁理屈言って、法律無敵論を語りたいだけなのでしょ。
すくなくともお前らの罵倒語の応酬は仏教精神にもキリスト教精神にも反してるだろ。 若年性アルツだの馬鹿を相手にどうのだの・・・。 見てて呆れたよ。
スマ長老の方が言葉綺麗だな。。
クリスチャンだか仏教の在家信者だかの女子高生が売春してたら 「売春は教義で禁止されてますよ」と教え諭せば「あ!そうでした! 教えてくれてありがとうございました!」とやめさせることができるという わけだね。 まあ、いっちゃなんだが、 あほちゃうの?w
RONにも劣る屁理屈野郎w
>>940 >111 名前:神も仏も名無しさん[sage] 投稿日:2009/12/16(水) 18:12:24 ID:Y3c+5W4v
>地位も名誉もカネも仕事も友達もない。
>頭も顔も性格も悪いし、口も臭い。
>ほとんど自分の部屋からでないし、親が死んだら生活保護受給の予定。
>人生になんの希望もないけれど、仏教によれば
>ひとはみな平等であり、本来佛なのだという。
>ひきこもりにとってこれほど都合のいい宗教はないねw
色んな所で同じような事してるんだなw
いちいちID変えるような姑息なマネはしてませんよ。 する理由もないしね。
カマッテちゃん乙w
つまらん。どっかに2,3日議論が続くような頭のいいやつはいないのか。
RONと屁理屈の言い合いすれば良いよ。 あいつは人間的にはあれだが、ボキャブラリーは豊富だぞw カマッテちゃん同士で気が合うだろうしw ただ他の人に迷惑が掛からないように、1日3レスの往復位にしてくれw
947 :
神も仏も名無しさん :2009/12/17(木) 03:58:58 ID:E+ve1opy
>>940 悟りを目指してる人に、修行仕方を教えてるのが仏教。
悟りを目指してない人を対象にはしてない。
ボクシングの試合に出るために減量をしてるのであり、
減量が目的ではないのと同じ。
ボクシングやってない人に、
「今のままじゃ試合に出れないぞ」と言っても意味はないでしょう。
援交をやめさせるのが目的ではない。
仏教の修行をしたい人は、援交しないほうが修行に有効。
そういやスマナサーラグルは何かの本で売春に関しても妄想、垂れ流してたな
949 :
神も仏も名無しさん :2009/12/17(木) 10:42:41 ID:Jt7jqJib
長老は写生したことないのかな
950 :
神も仏も名無しさん :2009/12/17(木) 16:07:51 ID:aV7jIvqI
>>930 タイでの職業別HIV患者の第三位は僧侶
951 :
神も仏も名無しさん :2009/12/17(木) 19:01:57 ID:LyW9B4cI
>悟りを目指してる人に、修行仕方を教えてるのが仏教。 >悟りを目指してない人を対象にはしてない。 お釈迦さんは、在家にも異教徒にも、このうえなく親切に説諭されていますよ。
952 :
神も仏も名無しさん :2009/12/17(木) 21:36:15 ID:LyW9B4cI
>タイでの職業別HIV患者の第三位は僧侶 「黄衣のビジネスマン」はそんなもんです。 あるいは「僧侶コスプレ詐欺師」だったのかもしれませんね。
953 :
神も仏も名無しさん :2009/12/18(金) 00:38:48 ID:+fIQdokV
頭の悪いヤツはつまらんw
>>951 そうだけど基本は解脱目的の人に説いていた。
いや、説きたかったのだろう。
普通の覚者はせいぜい4,5人を弟子とするのが
精一杯だと思う。
千人くらい解脱に導いたと言われているので
釈尊の凄さは半端じゃない。
20世紀最大の救世主と言われ
スマ長老も認めるJ・クリシュナムルティでさえ
覚者は出していないと言われている。
>千人くらい解脱に導いたと言われているので “言われている”ことを何の検証もなしに真に受けて信じてるわけだw
「釈迦はほんとに悟ったのか?」と 聞いてくる人の方がまだ好感もてるな。
そうやって誤魔化すしかないとw
どちらにしても、○○瞑想をやっているからいずれ(笑)悟る、なんて絶対にないから。 この方法を続けていれば悟る、という方法論に拘泥しているうちは、その方法論がすべてを台無しにする。
959 :
神も仏も名無しさん :2009/12/18(金) 06:31:58 ID:QqRmR2Fq
>20世紀最大の救世主と言われ >スマ長老も認めるJ・クリシュナムルティでさえ >覚者は出していないと言われている。 クリシュナムルティなんぞを認めているから、スマ長老は駄目なんじゃない? 所詮クリシュナジは神智学協会の高等霊媒でしかない。 星の教団を解散したっていうだけで過大評価されているけれども、 彼は「秘密の大師」(K曰く「最愛の方」)を否定した事は無いよ? 言動の端々にブラバッキーの教義の影響も見えるしね。 大体、死ぬまでバラモン意識を克服できなかったんだから、どうしょうもない。
960 :
神も仏も名無しさん :2009/12/18(金) 08:04:30 ID:JsAPS02Q
>>951 今の話題は売春について。
悟りもめざしてないなら、たとえ仏教で売春禁止だとしても、
「そんなの関係ねぇ」ってなる。
悟りたい人なら、「悟るためにはやめたほうがいい」と言われたとき、
「悟りたいからやめとこう」となる。
目的を共有してれば手段も共有できるが、
同じ目的をめざしてない者にいくら手段を説いても、
「関係ねぇ」となる。
決して、スマ夫さんはわかってて認めてるわけじゃないし。 真理に到る方法はないと言った人物に方法論がないとか批判してバカみたい。 大体、宗教批判は無視するとは知らないも同然だろ。 クリシュナムルティの言葉は悟ったら万事OKみたいな安易な発想に繋がってる。 既知と未知、英知に真理ってタームも何だかんだ言って宗教的で恣意的なものだし。 追認や検証は経験の報告の形をとるしかない以上、あくまで信仰告白にしかならないし。 なぜある悟りが無条件に良いと言えるのかそこから疑ってかからねばならんのに なぜか大抵の信者はインド哲学的前提に無自覚なままコミットしているし。 クリシュナムルティの根底にあるのは伝記から明白だが仏陀への思慕。 仏陀と同じ悟りをえたものは弟子でもおらず彼が仏陀の悟りは無上だと 考え自分達と同じ悟りをえたものはいないと考えていたの仏教徒もK信者も 知っていて良かろう。 何だかんだで彼の行動は尊敬できるが宗教信者と同じで追随者に同じような人は現れない。
>>960 ケチャップ、相変わらず他者不在でコミュニケーション不可能だね
関係ねぇ!と言いつつ、頭のどこかに記憶されるわけよ。
964 :
神も仏も名無しさん :2009/12/18(金) 22:21:01 ID:Jag6gp1p
瞑想による至高の悟りとポルチオ・トランス、どちらの方がより恍惚的ですか?
>>964 恍惚なら性的な方
解脱はそれらを超えている
966 :
神も仏も名無しさん :2009/12/22(火) 03:31:49 ID:oWo/iNMg
それにしても、数年前は、2ちゃんねるの仏教系スレでも スマナサーラ長老やテーラワーダを知ってる人は ごく少なかったと思いますが、 今は、賛否はあれど、いずれにせよ知名度は数倍になった気がする。 ここ数年で、爆発的に知名度が上がったんじゃないでしょうか。 鎌倉時代に新仏教が興ったときも、こんなふうだったんだろなと思う。
不況だからね。
968 :
神も仏も名無しさん :2009/12/22(火) 09:59:42 ID:EOVwPi00
というより仏教自体に注目が集まってるんだと思うよ そこでサンガが年間何十冊とスマ本出すから時流に乗っただけかと
だから、不況だから心の拠り所を求めてるんだろ。
鎌倉新仏教の頃は、文化や世界観や日本人の精神性まで 根底から影響を与えるほどの大ムーブメントだったかと。 いまのテーラワーダの勃興はたまごっちほどの認知度もないだろ。
>>965 どう超えてているのか具体的に。
どうしてあなたのそれがわかるのか、その理由も述べよ。
試験ですか?
973 :
神も仏も名無しさん :2009/12/23(水) 18:17:44 ID:yg1XSJ7/
スマさんが全裸で東京を踊りながら念仏を唱えれば、鎌倉仏教に匹敵する 程の大ムーブメントになると思う。
何で念仏なんだよw 「大した事無いんですよ。」とか「大変な事に成りますよ。」で良いじゃんw
975 :
神も仏も名無しさん :2009/12/23(水) 20:00:42 ID:T9QyCZ0l
>何で念仏なんだよw
たぶん深い意味は無い。ただの煽りだから突っ込むな…
…でも、あえて無理やり深読みすれば、下記の件に対する嫌味かもしれない。
【テーラワーダ仏教】ブッダの教えと冥想の実践5.1 より引用。
>940 :神も仏も名無しさん:2009/12/22(火) 21:03:12 ID:eAz/D+vr
> はあ? スリランカの本山は、日本の念佛宗と仲がよいようで、仏舎利
>
>のご開帳を念佛宗の総本山でやってますよね?
>
>
http://www.nenbutsushu.or.jp/infosp-sri/message.php?pg=2#spmsg >
> シャム宗アスギリヤ派法王 ウドゥガマ・R・ブッダラキータビダナ
>
>法王猊下
>
> 『大統領の御英断により スリランカの仏舎利が日本に渡り「佛教之
>
>王堂」で御開帳されることは誠に素晴らしいことであります』
>
>
> ・・・上座仏教だなんだって、偉そうなこと言ってもそんなもんですよ。
976 :
神も仏も名無しさん :2009/12/24(木) 10:29:22 ID:TsTOttTx
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
977 :
神も仏も名無しさん :2009/12/26(土) 15:11:26 ID:FejKLz6x
念仏宗ってすごいんだな。 シャム宗アスギリヤ派法王ってたしか岸和田の精舎認定の折 一行が来日してたはず 協会の招きも含めて。。。
スマナサーラ「法に従わないテロリストは殺すしかないのだ」
>通報しとくわ これが嘘だったら同じ穴のムジナだけどな。 絶対しろよ。嘘つくなよ。
981 :
神も仏も名無しさん :2009/12/28(月) 23:30:33 ID:mc53jchh
>念仏宗ってすごいんだな。 >シャム宗アスギリヤ派法王ってたしか岸和田の精舎認定の折 >一行が来日してたはず 協会の招きも含めて。。。 「僧侶コスプレ詐欺師」どもと、昵懇の仲なのですね… 「黄衣のビジネスマン」のやることは、これだから…
982 :
神も仏も名無しさん :
2009/12/28(月) 23:35:05 ID:mc53jchh