【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!2【決着】

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1机龍之介 ◆8Z1PfzdK1.
---論題---
 業道輪廻転生を否定する、これで仏法者か
  http://www2.big.or.jp/~yba/QandA/02_02_04.html
 死後の世界や輪廻転生の邪説を厳しく批判
  http://www2.big.or.jp/~yba/QandA/04_11_25.html

仏陀から約2500年を経たが、
現代においてもまだ見解が二分しているこの問題。
もう、そろそろ決着をつけませんか? 
子供たちに教える場合にも困るので、仏陀は説いたのかそれとも説かなかったのか?
肯定派と否定派、両者からの屈託のない活発なご意見を是非、宜しくお願いします。
決着の暁には見解を誤っていた側は、
男らしく女らしく、スッキリとこれまでの姿勢について清く改めましょう!

*仏陀の教説として最も信頼性が高いとされる原始仏典からの引用と解説は特に歓迎します。  
 しかしながらこれらのことが、全て般若心経に説き明かされておるんです。
 驚きました!
2神も仏も名無しさん:2008/12/07(日) 14:37:11 ID:gh4q6jry
前スレ>>788

マインドコントロールとは、「人間の生存(共生)に反する、有害な観
念の植え付け」をいう。

生存のための知識と技術を教える教育は、マインドコントロールとは
言わない。

「禅」とは、「脳内観念の除去のための技術」であると聞いている。
輪廻転生やその他の宗教観念も除去できず、却ってそれらに対する執着
と煩悩を強化する禅では、無意味・無価値・有害である。
3神も仏も名無しさん:2008/12/07(日) 14:53:11 ID:UQFR5CFp
机さん乙です

前スレ>759の1さん
>尚、イエスは他の聖句で疑う余地無く、前世-今生の関係について明確に認めました。(マタイ伝11章
>13〜17章13節)を読めば明白です。クリチャンは教会に洗脳されこの聖句が目に入らないのです。

イエスが前世と今生との関係について明確に認めたというのは初耳です。
キリスト教はカタリ派は輪廻転生を認めていましたがあくまで一部なのでは??
聖書はかつて読んだことがありますが、前世を肯定している箇所があったという
記憶がありません。旧約でも新約でも。

マタイ伝を検索してみましたが、該当する箇所には前世の記述はありませんでした。
もしかしたら洗礼者ヨハネがエリアの再来だったということを指して言っているのでしょうか??
ちょっと無理があるような。
4机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/07(日) 14:54:31 ID:JhM9j+0d
前スレ
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1226102674/
777 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/07(日) 07:10:17 ID:JhM9j+0d
【勝義諦について】
例えばですが、二次元世界の人が三次元世界を語ちるのは非常に困難ですね。
これは縦と横と高さがありますが、この高さについては説明が難しい。
これと同じように、
彼岸とういうのは、三次元世界からワープした世界なんです。
ですから縦・横・高さに「時間」の概念が当然に導入されておるんですね。

で、この時間の概念といふのは、拙者が言うまでもなく三次元空間の時間では
ありませんよぉ〜〜。
>(覚者は言語概念からは、そもそも解脱はしておりますが)→>>749参照

道元が「木が灰になるわけではない」。の真意とは
つまり「人は生きるという経緯において結果死に至る」。
という概念そのものを否定しておると、
かように解釈して宜しいかと思いまふ。

つまり、勝義諦における無差別相といいますのは、時間においても無差別である訳です。
(けっして差別相の時間の概念ではあらざるなり)
こういうことですので、
道元は生死を超克いたしまして、もはや生物学的死をまったく意味のないものと、
かように悟ったかと拝されまふね。
5神も仏も名無しさん:2008/12/07(日) 15:13:35 ID:UQFR5CFp
(つづき)
>僅か数年で死去する幼児についての説明すらできない宗教哲学などゴミ同様。

なぜ説明の必要があるのかが、よくわからないのです。
実は前世の業で〜なんてやれば、生まれによるいわれなき差別を
助長することになるじゃないですか。
不条理な死というのは、幼児に限らずよくあることです。
それに何か悪業とか何とか理由をこじつけて本人のせいにするのは、本当によくないことです。
実証できないこなのですから、黙っているべきなんです。
根拠のないことを法則だ何だというのは、迷信を助長するだけです。

6神も仏も名無しさん:2008/12/07(日) 15:24:17 ID:CIwUE2ku
7神も仏も名無しさん:2008/12/07(日) 15:35:19 ID:UQFR5CFp
>>6
だから、それは無理があるってこと。
洗礼者ヨハネがエリアの再来だとしても、それは輪廻転生をイエスが認めた
ということにはなりません。
8宝珠愚者:2008/12/07(日) 15:58:56 ID:j3NU/a1S
---机さんへ
新スレ立てご苦労さまでした。
いい人のようですが^^ ---しかし、議論では容赦しないので、改めて宜しくお願いいます。

前スレ-787
>釈尊生前以前にもウパニシャット哲学はありましたから、
>そもそも釈尊が輪廻転生を肯定したなら成道の意味がありません。

 「輪廻思想はバラモン教の思想だ。ゴータマは仏教を説いたのだから輪廻思想はない-外道だ!」と
いう、そんな単純なバラモン/仏教観が無知の根底になってるのですよ。

 いいでしょうか!ゴータマこそがウパニシャッド/ヴェーダの説く真理の現実世界での体現者なので
した(そう見なされた)。そして間違った当時のウパニシャッドについての理解とバラモン思想を批判し、
それを正したのです。当時のインド世俗ではそれを体現している人はすでになく、真理は忘れられ腐
敗し、やはり伝説化していました(そういう聖者は世俗には姿を見せないからです)。あなたの発言は
インド(思想)を全く知らず、ただ己れの無知蒙昧を露呈しているだけです。

 「ブッダは反ヴェーダ的自由思想家の一人であり、正統バラモン思想の否定者と見なされるが、 必ず
しも単なる否定者ではなかった。ブッダはヴェーダやウパニシャッドの宗教・哲学の陥った過誤を正して、
アーリア人の本来あるべき真面目を回復するとともに、これを新時代に適応すべく自らの見解を開陳した。
つまり、ブッダはアーリア文化の回復者であったといえよう。」
(インド思想史/早島鏡正・高嶋直道・原実・前田専学著-東京大学出版会刊)
9宝珠愚者:2008/12/07(日) 16:02:53 ID:j3NU/a1S
 「ヴェーダ(??? Veda)は、紀元前1000年頃から紀元前500年頃にかけてインドで編簒された一連の宗
教文書の総称。ヴェーダとは、もともと「知識」の意である。バラモン教の聖典で、バラモン教を起源とし
て後世成立したいわゆるヴェーダの宗教群にも多大な影響を与えている。長い時間をかけて口述や議
論を受けて来たものが、後世になって書き留められ、記録されたものである。」
 「ウパニシャッド(奥義書)---哲学的な部分。インド哲学の源流でもある。紀元前500年頃を中心に成立。
1つのヴェーダに複数のウパニシャッドが含まれ、それぞれに名前が付いている。他にヴェーダに含まれ
ていないウパニシャッドも存在する。ヴェーダーンタとも呼ばれるが、これは《ヴェーダの最後》の意味。」
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)



 ちょうどこれらの経を紹介しようとしていたところでした!
 輪廻思想をバラモン外道などと決め付けて誹謗する輩たちに捧げます。尚、仏典における「バラモン」と
いう言葉は必ずしもバラモン教司祭者そのものを意味せず、多くの場合には正しい宗教実践者を指すも
のなので、ここには「ヴェーダ」をキーポイントに選出しました。

 「それと同じく、ヴェーダ(真理の知識)に通じ、自己を修養し、多く学び、動揺しない(師)は、実に(みずか
ら)知っているので、傾聴し侍坐しようという気持をお越した他の人々の心を動かす。」(スッタニパータ322)

 「《この世の中では、仙人や王族やバラモンというような人々は、何のために神々にいろいろと供物を献
じたのですか?》  (師が答えた)、「究極に達したヴェーダの達人が祭祀のとき
に或る(世俗の人の)献供を受けるならば、その(世俗の)人の(祭祀の行為は)効果をもたらす、とわたくし
は説く。」(スッタニパータ458)

 「真実もてみずから制し、(諸々の感官を)慎しみ、ヴェーダの奥義に達し、清らか行いを修めた人、──
そのような人にこそ適当な時に供物をささげよ。──バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。」
(スッタニパータ463)
10宝珠愚者:2008/12/07(日) 16:03:25 ID:j3NU/a1S
 「ヴェーダに通じ、安らいだ心を楽しみ、落ち着いて気を着けていて、全きさとりに達し、多くの人々に帰
依されている人々がいる。──そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。──バラモンが功徳を
求めて祀りを行うのであるならば。」(スッタニパータ503)

 「三つのヴェーダ(明知)を具え、心安らかに、再び世に生まれることがない人は、諸々の識者にとっては、
梵天・帝釈天なのである。ヴァーセッタよ、このとおりであると知れ。」 (スッタニパータ656)

 「諸々の煩悩の汚れの消滅の故に無病の起ることを正しく知って、省察して(食料を)受用し、理法に住す
るヴェーダの達人は、もはや(迷いの生存者のうちに)数えられることがない。」(スッタニパータ749 )

 「みずから誓戒をたもつ人は、思いに耽って、種々多様なことをしようとする。しかし智慧ゆたかな人は、
ヴェーダ(実践的認識)によって知り、真理を理解して、種々多様なことをしようとしない。」
(スッタニパータ792)
 
 「かれは智者であり、ヴェーダの達人である。かれは理法を知りおわって、依りかかることがない。かれ
は世間において正しくふるまい、世の中で何びとをも羨むことがない。」(スッタニパータ947)

 「メッタグーさんがたずねた、《先生! あなたにおたずねします。このことをわたしに説いてください。あな
たはヴェーダの達人、心を修養された方だとわたくしは考えます。世の中にある種々様々な、これらの苦
しみは、そもそもどこから現われ出たのですか。》」(スッタニパータ1049)
 
 「何ものをも所有せず、欲の生存に執著しないバラモン・ヴェーダの達人であるとそなたが知った人、
──かれは確かにこの煩悩の激流をわたった。かれは彼岸に達して、心の荒びなく、疑惑もない。」
(スッタニパータ1059)

 「またかの人はこの世では悟った人であり、ヴェーダの達人であり、種々の生存に対するこの執著を捨て
て、妄執を離れ、苦悩なく、望むことがない。『かれは生と老衰とを乗り越えた』とわたくしは説く。」
(スッタニパータ1060)
11宝珠愚者:2008/12/07(日) 16:30:46 ID:j3NU/a1S
>>3>>7
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1224385381/l50
すみませんが、
その問題についてはこちらのスレ224-225に投稿しました。是非、参照して下さい。
*このスレでは広く「生まれ変わり」ではなく、
「仏陀は説いたか?」をテーマの中心としています。どうかご了承願いします。

>>5
>なぜ説明の必要があるのかが、よくわからないのです。

そのことに人類が気付かずいれば、無明のままになるからです。

>実は前世の業で〜なんてやれば、生まれによるいわれなき差別を
>助長することになるじゃないですか。

人の行為による果報という法則は万人に平等に作用しているのです-だから差別ではない。
人類がゴータマの教えを受け入れて行為を正すようになったとしたら、
恐らく、不慮の事故といった悲しみすらも起こらなくなっていくでしょうね。
あなたがたはとても信じられないでしょうが、わたしは確信します。
12机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/07(日) 16:43:56 ID:JhM9j+0d
>>8
>つまり、ブッダはアーリア文化の回復者であったといえよう。

そもそもアーリア人のインド侵攻に伴いまして、
土着民の統制をする過程においてバラモン教が発展していったのです。
つまり、
土着信仰をまとめるためにバラモン教の教義を利用したのであります。
(つまり土着信仰を、バラモン教に吸収合併する宗教改革です)
この時点で、すでにマイコンの要素があった。ということですね。

しかしながら、釈尊生誕の頃になりますと、
バラモン教が儀式とか祭祀を重要視するようになって、
新しい宗教革命的気風が起きてまいります。
つまり独覚者の時代になります。

そういう時代でありますから、
釈尊が既存の価値観を外護するようなことは先ず考えられませんですね。

もしアーリア文化の回復者というのであれば、
仏陀はヒンドゥー教における貢献者ということになりますね。
だったら、悟り(仏教開祖)を開いたのが意味がない。
13宝珠愚者:2008/12/07(日) 17:19:03 ID:j3NU/a1S
>>12
 だから卵さんもいってる通りであり、実際のところはそんなに目新しい説などは唱えていないので
すよ-ただ迷信や間違いを正した。であるからこれを、チェーサー、クレスタ、マークUのトヨタ3兄弟
よろしく、「仏教、ジャイナ、バラモン教はインド宗教3兄弟」と呼ばれるのですよ。若干の方法論や手
法が違うだけです。特にジャイナとはアヒンサー戒の重きが違うのと苦行重視といった部分などが
違うだけです。
 あなたのような単純見解の人は、だからこのスッタニパータを嫌うのですよ。そういう人の摂る態
度はこうです。スッタニパータはきっと原始経典の中では最後代の成立(新しい時代)で、恐らくバラ
モン・ジャイナからの逆流入が起こったのだと。しかし、経典の文献学的見解としてはスッタニパータ
が最古経典であり、その中でも更に第4-5章部分は最古層である、ということで定説化まで至ってい
ます(先日、TELでも確認済み)。

 祭式や呪術効果がない、ともいっていない(逆に効力は認めている-スッタニパータ458)。ただゴー
タマは推奨しなかったし、弟子にはそれを禁じたのです。方法論の違いです。尚、ウパニシャッドの説
く「梵我一如」ということは説かなかった。また、アートマン解説もしなかった。そういう違いはある。

>だったら、悟り(仏教開祖)を開いたのが意味がない。

卵さんは、禅では輪廻転生は否定していないという意見が出てますが・・
それから私も、龍樹は肯定していたという見解すらもネットで見ています。
本当に禅は「否定」しているで正しいのですか?
14机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/07(日) 17:31:00 ID:JhM9j+0d
>>13
>卵さんは、禅では輪廻転生は否定していないという意見が出てますが・・
>それから私も、龍樹は肯定していたという見解すらもネットで見ています。
>本当に禅は「否定」しているで正しいのですか?

前のスレでも、多くの論客が書いておりましたが、
「肯定する」とか「否定する」とかの・・・
その次元が全く違うのですよ。

これは、どうしょうもないのですが、
哲学的に言うのであれば「直覚」においての気づき。
という他ないのであります。

「空」については理解してる論客は多数います。
わからんのは、貴殿とか卵氏とかですね。
どうか>>4を参照してくださいまし。

              <かしこ>
15前スレ5:2008/12/07(日) 17:38:09 ID:0FYqykOL
>>786 
> ---まずは仏典をしっかりと読んで下さい。

このようなことを言われるとこを見ると、1さんはこのスレの初期のころに
私と論戦した内容をすっかり、お忘れのようですね?
私の見解は「釈迦自身は輪廻業報思想を自己の教義に取り入れることにおいて
決して積極的ではなく、釈迦死後、数百年後の仏弟子たちが、諸事情により
仏教にその思想を取り込んでいった。」  このようなもので、その論拠は
>>129  >>132  などで、あげましたが、その反証は全くなされておりませんね?

また、1さんは自説の根拠として仏典(それも最古層仏典ではなく、後の時代の
仏典) を引用されますが、それでさえも、自説に都合の悪いとこは、「それは
方便、または比喩である。」と切捨てます。
例)  ジャータカ および テーラーガーターの六道輪廻に関する記述
   >>71  これは、「輪廻は人間のあいだにのみ、起こる。」 という
  1さんの説と矛盾するので方便であるとしましたね。
  このように自説に都合の良い部分だけを読むことに意味がありますか?

>例えば、ダライラマ14世の転生の話については何か調べてみましたか?

私はダライラマ14世が、生まれ変わりの実例であるとは考えておりません。
16前スレ5:2008/12/07(日) 17:39:29 ID:0FYqykOL
>また或いは何か、既存の物理科学を超えた現象、物体が勝手に移動する瞬間を目撃するとか・・

そのような体験をしたら当然、既知の知見による合理的な解釈をまず試みます。
そして、その現象が(再現性が前提条件ですが)いかなる既知の法則をもっても
説明不可能であるならば、新たな法則の確立の可能性を考慮します。
少なくとも、それを霊とか超能力などの超常的なものと結びつけて考えたりは
しません。

> とにかく、ただ「ある筈がない」を繰り返し発言していても、何ら自己解決にはなりません。知りたいのな
ら、自分で確認の努力をすべきです。

「あるはずがない。」などと一度も言ったことはありませんね。
「ある」と実証していただければ、すぐに信じます。

「自分で確認の努力をすべきです。」   はい、してきました。
その結果ただの一例も実証されたことは、ありません。(もちろん
適正な科学分野においてですよ。)
17前スレ5:2008/12/07(日) 17:40:38 ID:0FYqykOL
さて、ここでお聞きしたいのですが、1さんの論でいきますと
解脱した釈迦は、輪廻システムを全て悟ったことになりますが、すると
1さんが >>223  >>224  >>226  などで述べられておられたシステム
「600億の魂が・・」 「この地球は10ある進化系のひとつで・・」
「他の惑星に転生するのは一定の法則が・・」  

このようなことを釈迦は悟ったと信じておられるわけですか?
ここは釈迦の輪廻思想と1さんの輪廻思想の接点ともいうべき
重要なとこだと思いますので、ぜひともお答えいただきたく思います。

さらに、>>88 のときもスルーされてしまいましたが、
「障害をもって生まれてきた子は、前世において、その子自身、または
その両親の悪業が原因であると断じるのですか?」
 あわせて、お答え願います。
18机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/07(日) 17:42:44 ID:JhM9j+0d
>>13
>それから私も、龍樹は肯定していたという見解すらもネットで見ています。

龍樹は、過去・現在・未来の全否定ですね。

また輪廻転生においては、因果が永久に続くのであれば常住になりますから、
諸行無常と論理的に整合性がなくなります。
よって、これも否定です。

龍樹は否定はしますけど、肯定はしたことはないです。
(部派仏教への否定です)
19神も仏も名無しさん:2008/12/07(日) 17:57:06 ID:FyWd9jUH
初カキコ  前スレ読んでる途中なんだけど、スレ使い切ってないのに
なんでこっち立てたんですか?
20宝珠愚者:2008/12/07(日) 17:58:55 ID:j3NU/a1S
*投稿される方へ---前スレのスレ番号にはアンカー>>を付けない様にして下さい!
(リンクがこの当スレのスレ番に掛かるので・・)


皆さんはこういう話を聞いたことはありませんか?
(どの経典だったか忘れました-知ってる方は提示を希望します)

 仏陀の一行が托鉢の行脚に出かけたが、在る時、道の前方が真っ二つに分かれていた。一方には
金持ちの住む街がある。また、もう一方は貧困の村になっている。しかし、仏陀は迷うことなく貧困の
村の法へと急ぎ足で歩を進めていく。それを後ろから見ていた弟子たちは困惑して、師にこう尋ねた。
 「師よ、道をお間違えではありませんか?そちらは貧困の村であり、托鉢に行っても殆ど施しが期待
できません。食を得ないと、私たちは困ってしまいます」と。
 すると師はこのように答えた。
 「いや、わたしは間違ってはいない。あの村の貧困に喘ぐ人々は何故、そのような境涯に陥ったのか、
おまえたちには分るか?彼らは過去世において、財を成していたが貪り驕って、貧しいものに全く施しを
することなく、自分のためだけの贅沢に明け暮れたのだ。だから、今こうしてその報いを受け餓鬼界に
堕ちている落ちている。
 彼らが救われるための善行とは施しの徳行である。少ない手持ちの食料の中から、僅かでも施しをす
る行為を行わせるためである。その中でも修行者に対する施しは最上の徳である。
 であるから、私は彼らを救うべく貧困の村へと向かっているのだ。」

 つまり、金持ちに施しをさせるという一般常識ではなく、宗教的な真理によって行動してるのです。それ
は輪廻転生の観点から見て人々を流転地獄から救い出すだめです(ゴータマは個人の過去世を見通す
神秘力を持つ)。施すを得られないと、弟子たちもその日の食が得られず大変、困る状況になるのです
が、仏教における托鉢とは相手を救うだめに行う修行なのです。
21机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/07(日) 17:59:51 ID:JhM9j+0d
>>19
容量オーバーで書けなくなったのです。
22神も仏も名無しさん:2008/12/07(日) 18:05:26 ID:FyWd9jUH
>>21
ほう、そうでしたか。あつい法論、楽しんで読んでます。
23机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/07(日) 18:16:34 ID:JhM9j+0d
>>20
今の日本の現状を見ても明らかなよぉに、
宗教を利用したがっている人間は沢山いますよ。

釈尊入滅後100年を経て経典は編纂されましたけど、
この約2400年の間には、そういう輩もおったわけで、
書かれていても鵜呑みにはできませんですね。
(釈尊が空中を飛ぶ話もある)

法華経においても、
この捉え方は人それぞれ。
24前スレ5:2008/12/07(日) 18:39:16 ID:0FYqykOL
15,16,17の書き込みをした者ですが、ここで言う 1さん とは
宝珠愚者さんのことです。 前スレから読んでいる人は、わかると
思いますが、このスレがスタートの人は、机さんと勘違いされるかと
思われましたので一応念のため。
25神も仏も名無しさん:2008/12/07(日) 19:32:40 ID:f/9+Chzm
前スレ>577
>「(衆生は)始まりのない昔から生死を繰り返し、無明に蓋われて、愛結に繋がれ、果てしもなく
長い間、輪廻転生を繰り返し続けるだけで苦しみの根本を知らないのです。」(264頁、無知経)

(264頁、無知経) はホントのこと?・・・本当ならば、病的ですね。

お経だって仏陀直筆のものは無いし、大昔のことで今では、誰にも真意は分からないし、
仏陀本人に聞くことも勿論不可能だし、当時の宗教団体・宗教者達の教団の思惑・利害・
都合・欲・・・等がからみ改竄・加筆・捏造されてきた可能性もあるしw

イエスも同様に、聖書の中では、病的w・・・で両方似てる点も何か不思議な気がするw
26神も仏も名無しさん:2008/12/07(日) 19:39:41 ID:f/9+Chzm


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□☆☆☆☆☆♪


■ 宗教の中心は空洞である ■ (*^。^*)


神や仏がたとえ存在しないとしても、「宗教」という装置は成立する。☆
重要なのは、神や仏が存在すると、人々に信じさせることである。★

☆★ http://www.geocities.jp/sonomama_da/kuu-dou.html  より抜粋


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□☆☆☆☆☆♪

27前スレ7:2008/12/07(日) 20:13:48 ID:ST7yRJ/W
前スレ786

前スレ781の
>なぜ「生まれによる境涯の差異」に特別な意味づけを必要とするのですか?
>金持ちの家に生まれる人、貧乏な家に生まれる人、背の高い人、低いひと、
>それぞれの差異があるのが、当然であり、全てをそのまま受け入れる。
>特別な意味づけなど不要。少なくとも、障害をもって生まれてきた子の親に
>対して「この子(またはその両親)が、前世において悪行を行った報いとして
>このような結果になった。」  などと言う説明は、全くいりません。
>そのような説明をうけて救われる親が、いったいどれだけいるのでしょうか?

>なぜ「生まれによる境涯の差異」に特別な意味づけを必要とするのですか?
>そのような説明をうけて救われる親が、いったいどれだけいるのでしょうか?

これに対して答えろ! 煙に巻くな!【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!?【決着】

追伸:過去ログ見れるか?
28前スレ7:2008/12/07(日) 20:15:16 ID:ST7yRJ/W
あ、余計な一文(前スレスレタイ)が入ってるが気にするな。
スレ検索の名残だw
29前スレ5:2008/12/07(日) 20:39:43 ID:0FYqykOL
あと  卵さん
前スレ781の私の書き込みに対してレスを付けておられましたが
残念ながら趣旨がいまいち把握しきれず、返信不能でした。ここでお詫びしておきます。

卵さんは、スレ主である宝珠愚者さん 以外の唯一のコテ輪廻肯定派
ですので、ぜひとも前スレの723の私の問いにお答えいただきたいと
思います。   よろしくお願いいたします。
30:2008/12/07(日) 20:39:45 ID:MIMTWA7m
>>27
人間の本質は、精神性だと口をすっぱくして言うとろうが。
悪い頭でよく考えてみよ。
カーストで受け継ぐのは血だ、出自だ。
産まれによってバラモンになるのではない。
と釈尊もはっきり言っている。
また、行為によってバラモンになるのだとも言っている。
この行為には、精神的活動のことだ。
産まれや社会環境は厳然たる自然科学の法則は免れない。
遺伝学にしてもしかり。
このことについては、頭の悪い唯物論者の全く言うとおりだ。

じゃあ、何が輪廻しているのか?
精神だ。
精神とは何だ?
おまえらがこねくり回している屁理屈じゃない。
全く同じ境遇にあっても、不屈の精神を持って善成るものを目指すものがいれば、
お前らみたいに人の足元をすくうことばかりに業を煮やす人間もいる。
その反応の分かれ道が業であり、縁起であり、輪廻しているものだ。
この担板漢め。
このレスをもって私の発言は最後とする。
片目の猿どもと一緒になって釈尊の顔に泥を塗ったことを只恥じ入るばかりである。
31前スレ5:2008/12/07(日) 20:50:25 ID:0FYqykOL
>>30 どうしましたか? 急に乱暴になられましたね。
もう最後だと言っておられますが、最後なので罵倒しても
かまわないと?

そのように、お考えならば非常に残念です。
32前スレ7:2008/12/07(日) 21:20:14 ID:ST7yRJ/W
>>30
抽象的なレスを返しやがって・・・w

では、誰だか知らないが(?w)
他スレの興味深い一レスを以ってして追って問うておこう。

177 神も仏も名無しさん New! 2008/11/24(月) 19:25:45 ID:WDd+UEg3
> >煩悩とは心身の調和を乱し 心をくらませ 悟り世界の智慧を妨げる働きです
> >度を過ぎてむさぼろうとする心 度を過ぎて自分が高ぶり怒る心 真理を理解できない
> >おろかな心などの働きをさします
>
> >問題の解決にはこの世界の事象の根本的な理解が必要だというのが仏陀の教えです
> >そうしなければ問題の解決が連鎖的に次の問題を生むこともある
> >問題の根を絶つことが仏教の目的のひとつだと思います
>
> ↑は、例えば横田めぐみさんの生死を長いこと案じられてる<横田夫妻の苦>のことを例に
> 仏教的な煩悩をどう解決・悟れば良いのか・・・・解説お願いします。



(´ー`)y━~~
33前スレ7:2008/12/07(日) 21:29:24 ID:ST7yRJ/W
あ、>>32に蛇足を加えておこう。

釈尊は、なぜキサーゴータミーに対し、
「そなたの赤子は前世で云々・・」或いは「そなたが赤子を失ったのは、そなたの前世が云々・・」
という説き方をしなかったのか?(→ という【納得の仕方】を提示しなかったのか?)

釈尊は、舎利弗・目連を先に亡くした時に
「彼らの前世が云々・・」という【納得の仕方】を自らに課したのか課さなかったのか?


(´ー`)y━~~
34神も仏も名無しさん:2008/12/07(日) 21:49:02 ID:uaNCG8ii
宝珠愚者&卵コンビ、超支援。唯物論信者(仏教徒ではない)に負けるな!

これはご存知でしょうか?

悟りの階梯(輪廻は釈迦が体験した事実) 藤本晃
http://www.j-theravada.net/sakhi/pali_sutta2.html

倫理的要請としての輪廻 宮元啓一
http://homepage1.nifty.com/manikana/m.p/bunnka/rinne.html
35神も仏も名無しさん:2008/12/07(日) 23:13:27 ID:UQFR5CFp
>>34
はじめから宮元先生みたいな言い方をしてくれれば、私のような「唯物論信者」
でも、ある程度は納得できるのですけどね。

藤本氏はちょっと論外。(この人も心の変化は光の十七倍とか変なことを言っていますね。
テーラワーダの人は皆同じなんでしょうか? ちょっと信用できません)
36前スレ5:2008/12/07(日) 23:20:35 ID:0FYqykOL
今、藤本晃氏の説を読みましたが、「輪廻を初めて説いたのが釈迦」ですか。
これは、かなりユニークな説ですね。 個人的な感想ですが、少し実証性に
乏しいような感じをうけました。 これは、どうなんでしょうね?
このような説を支持する方は多いのでしょうか?

宮元啓一氏の著作は、以前にもよみましたが、この先生も文献的アプローチ
を嫌い(韻文、散文の区別、語彙の用例などは関係なく、書かれている内容
の吟味を優先させるべきという、かなり乱暴な論を展開されておられました。)
また、仏教の倫理面において果たす役割に力点をおいて論じられておりますね。

そのような視点に立つかぎり当然、次のような見解になりますね
>しかし、倫理への動機づけであるはずの因果論は、
過去の行いが現在を規定するという場面で用いられるのはやはり誤りで、
現在のわが実存が、自由に未来をみずからの力によって切り開くと
いう文脈で用いられるのが本来である。    宮元啓一

これでは、宝珠愚者さんの輪廻思想とは矛盾してしまいますよ。
37神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 00:07:26 ID:yq/UiqVi
博士によると輪廻の主体は、四次元に属するそうであります!

>これすなわち仏教における輪廻の主体が通常の半物質的霊魂観と大いに異なるところで、
>仏陀の真諦的見地からすれば、この当体の生命は今風にいえば、いわゆる第四階(The fourth dimension)の範囲に属すというべきであろう。

「無我と輪廻」の矛盾にかんする木村泰賢博士の解釈
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/3138/kimura_muga_rinne.html
38前スレ5:2008/12/08(月) 00:45:27 ID:vU24Pp2k
この先生は確か、卵さんが以前、言及していた先生ですね。
大変楽しく読ませてもらいました。
大正時代とは本当に良い時代だったのですね。
39神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 00:59:12 ID:yq/UiqVi
今年、中村元東方学術賞を授与された津田眞一教授は熱い!

私自信はいまだ神観念の必然性をいうのみで、その神をその全きリアリティーにおいて現見したわけではありません。
しかし、その神が、ついに私たち人間が救済されるか否か、人間性の意義が改めて再確保されるか否かの厳粛な場面に関わる、
最も厳粛な概念であることは知っています。ですから、私たちは仏教学という私たちの思想的営為において、その神概念に対して、
最も敬虔でなければならないと思うのです。しかし、現在の仏教学の水準における仏教=無神論では、私たちはその思想的営為のレベルそのものに到り得ないのです。
はじめから、思想の学にはなり得ないのです。

私は開放系の神をいいます。皆様は私を気狂いだとお思いになりますか。
事実私は気狂いではありませんし、神を、いや、神観念の必然性をいう私の論理は酔狂っておりません。
平静そのものです。またその論理は狂い様がないほど明白で単純なものです。
逆に、その明白で単純な論理からみまして、仏教はキリスト教のような神観念を立てない宗教なのだ、とする近代仏教学の思い込みの方が余程異常なのです。

仏教は人格神をもたない、というのは近代人の合理主義コンプレックス、あるいは日本近代に特有の西欧ないしキリスト教コンプレックスの所産の、
要するに実体のない神話にすぎないのです。当時、仏教は社会的にキリスト教に押しまくられていました。
それに対して、「何をいってんだ、本場のヨーロッパではキリスト教の神なんて、もう古いんだぜ、現にニーチェだって『神は死んだ』と言っているではないか。
そこへいくと我々の仏教は最初から神観念をたてない、神観念を立てる必要のない合理的な宗教なんだから、
神、超越的な人格神、などという不合理な観念をたてるキリスト教より優れているんだぞ」というわけです。
しかし、こんなつまらない理由で神観念が否定されてはたまったものではありません。

「アーラヤ的世界とその神」より
40神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 06:46:40 ID:bL+rCshh
>>39
要するに、浅薄にもキリスト教に嵌っただけ。釈迦と仏教に対する無知と冒涜
以外の何物でもない。

このスレには、キリスト教に嵌った、胡散臭い自称仏教者が、他にもいる。
41神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 07:02:17 ID:ISjx+EkJ
仏陀が再生するなどと予言した記録はあるの?
むしろ解脱して再生しないとかいう話じゃなかったか?
42机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/08(月) 07:41:10 ID:/f0QfycA
>>34
>悟りの階梯(輪廻は釈迦が体験した事実) 藤本晃

今、これを読みました。

前半部分は興味深く読んだのですが・・・
後半になってくると、虎さんの露天商口上調になってきますね。
ちょっと、それじゃぁあまりにも軽いんじゃ〜ないかと。
そんな印象でした。
(中道をベースですと、断定は法にあらざるなり)

また、暇なときにでもゆっくり読んでみます。
43神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 08:24:04 ID:5jvXXCij
丹治昭義訳注『中論釈 明らかな言葉2』(関西大学出版部 二〇〇六年)の極めて重要な註釈

(p309)
「最近の研究では『中論』は第25章までで終わり、第26章、第27章は龍樹が若い時代に著したものを付加したのではないかという」

(p249〜250)
「この章(「中論」26章)の十二支が三世両重の因果といったアビダルマの解釈ではないが、輪廻の転生であることが、
そのこと(この章の見解が、それ以前の章で説かれた「戯論寂滅の縁起」ではないこと)を示すであろう。月称はこの二種の
縁起の区別を意識していないようである。もし前章の最後の注で述べたように、26章が27章と共に、若き日の龍樹の試論
であるならば、彼は当時は未だ八不の縁起までは到らず、この章の十二支縁起にとどまっていたのであろう」

 『中論』第26章では十二支=輪廻転生であるとされていることが、中論本来の(第25章までの)八不の縁起論とは異なっ
ている証拠であると丹治は述べている。そして第26章、第27章は、龍樹にとって若書きの、未熟の説に他ならないという。
44神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 08:25:27 ID:5jvXXCij
43

石飛一派とテーラワーダ諸氏へ↑
45神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 08:38:56 ID:w+Q0T7aG
>>788(前スレ)>>13
>仏教の教説はどれも仔細に見れば、当時の論説のつぎはぎで目新しくオリジナルなものはない。

ブッダ以前に縁起(内容)→中道を説いたのは誰か? 答えてもらおう。

教説上もっとも批判的に摂取されたのは、六師外道といわれた自由思想家のなかでは、
アジタ・ケーサカンパラとサンジャヤ・ヴェーラッティプッタからだろう。
前者からは輪廻転生論批判の視点と生きているあいだを悔いなく生きる姿勢を、
後者からは二律背反問題に対する無記答姿勢を。
結果的にニガンダ・ナータプッタに近似した教説となった。
彼ら自由思想家たちの共通テーゼはアンチバラモン(教)姿勢だ。

>禅の名をかたって輪廻を否定するのはおかしな話である。
別におかしくはない。
かたる、標榜する、の語彙は傲慢だ。
俺は別に禅ではないが。
46神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 08:59:41 ID:w+Q0T7aG
>>8
>つまり、ブッダはアーリア文化の回復者であったといえよう。
この本の著者たちは完全なアフォですか?
トンデモ本ですな。
47宝珠愚者:2008/12/08(月) 11:03:40 ID:Cuk8nH3s
---5さんへ
>>15
>その論拠は129、132(前スレ)などで、あげましたが、その反証は全くなされておりませんね?

*132-1 確かに1123が最古層仏典のなかでは最も輪廻を想定させるところですがそれもその文の趣旨
     はあくまで「妄執をすてよ」ということであって輪廻思想を説くことが目的でないのは、明らかです。
*132-4 輪廻を想定させる記述も輪廻思想そのものを説く趣旨のものはなく「妄執をすてよ」と説く文の中
     で見られるのみ。言い換えると修行への動機づけに使用されたものと考えられる。
*129-4 最古層には輪廻思想そのもを説く目的とみられる文がない。

 「それ故に、ピンギヤよ、汝は怠ることなく愛執を捨てて、再び生存状態に至らないようにせよ。」
(スッタニパータ1123)

 見解についてはもう述べたと思います。では、もう1度です。
 これについて、5さんが何故そういう読み方をするのか私は理解できません。そのような印象を受けるの
は、輪廻からの解脱は否定的な表現で述べられているからでしょう。分り易くいうと、「輪廻から解脱しよう
!」「ニルヴァーナに入ろう!」というような肯定的表現ではなく、「再生しない」「生存を受けない」といった
否定表現だからだろうと思います。ここには嫌なものに対する意識がそのまま現れている。言い換えれば、
生存は苦であるとするゴータマの基本的な意識がそのまま表現されているといえるのです。
 妄想を捨てるのは何のためか?そんなことは解かりきった話です--要するに「再び生存状態」戻らない
ようにするためです。だから、あくまでも「目的」は輪廻からの解脱であり、そのための「方法論として妄想
の破棄」について述べているのです。仏教の教えは全部そうだと思います。
48宝珠愚者:2008/12/08(月) 11:04:59 ID:Cuk8nH3s
*132-3 記述数が少ない。
 
 『だからといって、 時間の経過と共に増加していく経典には「輪廻転生を示す記述の比率」も同じくある
(もしくは時間の経過と共に減少)すべきだとする根拠は見えてきません。また4-5章の経の数量そのもの
が圧倒的に少な過ぎるので、その中での輪廻転生を示す記述量(比率)という比較にはあまり有効性は見
えないと思います。では同じく例えば「縁起」について、「無常」についての比率はどうなのでしょう? (これ
も輪廻にも繋がることがらですが・・) 』(前スレ127)

 これも述べました。その比率が何パーセントならどうという基準はない。当たり前、過ぎて記述が少ない
のかもしれないし、そして後代の経をなれば、最後の部分の締めくくりとして決まり文句のように必ず輪廻
からの解脱を説いて終結しているのはご存知の通りです。これは経典製作者がそれを強調したいがため
だったのは明らかなこと。これを見て、ゴータマは実際には説いてなかったという証拠にはならない。5さん
は、逆に説いた証拠にもならないなどといいましたが、この部分だけを以って、この私が説いていたことを
証明できる筈がないではありませんか!
 ですから、この部分だけで否定するのはどうでしょう?私からは、ゴータマが説いていた可能性について
の根拠を他にも述べているわけですから。どうか総合的に見て頂きたい。
49宝珠愚者:2008/12/08(月) 11:05:50 ID:Cuk8nH3s
*132-5 スレ主さんが101,103であげられたように後代の仏典では輪廻に対する表現がより具体的、詳細
     になる。(この他にもダンマ、テーラーガーターなど同様)
*129-2 時代がくだるにつれてその表現が具体的になり、多様化する。最古層では明らかに輪廻を指して
     いるとおもわれる表現が、その用語の用例上わずかである。

これも答えました。(再掲載)

 『確かに1番最初の第一結集で成立した経というのはもっと少なかった筈であり、それが後に付加されて
増大されていき、結果的に経典の数量も増えていった。それはまず間違いがない。
 だからといって、仮に後代に成立した経であるからといって、そこに書かれた内容はゴータマが説かなか
ったものだということにはなりません。また、最初期の経典に記述が少ないからといって、これもゴータマが
説かなかったことを示す証拠とはなりません。』(前スレ94)

 『経というのは時代の経過で数量も増大していき、内容もより詳細で長文化します。後代の経ほど輪廻
転生を示す記述が増えて、解説も詳しくなるからといってそれがゴータマが説かなかった筈とする根拠に
はならないと思います。
 経は全て後の弟子たちが文章化していったものです。その内容はゴータマが説かれた教えを文章にした
のであり、1番、最初期は口誦した内容をそのままに文章化した。基本のとなる経(文章)ができれは、以
降の経典制作はそれを基にしてその内容を更に発展拡大していくのは当然のことです。そして、重要視さ
れる教えほど繰り詳しい内容の経文が必要とされる筈なのです。
 もし、5さんの論法でいきますと、最初期の経は輪廻だけに限らず教えの内容は乏しいので、実際のゴー
タマよりも後代の弟子たちのほうが優れているのだ、という意味になってしまうと思います。
 最初期の単純な内容も後代のより発展した記述も全てはゴータマの教えを継承した弟子たちがその内
容を文章化していったものだ、としなければ論理的説明はできないと思います。 』(前スレ127)
50神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 11:18:43 ID:w+Q0T7aG
よーするに、立場・視点を決めて固執すれば、
あとは水掛論争になるだけ。
 こういうところはサンジャヤは巧い。
もっとも、サーリプッタ&モッガラーナとの論争の結果、
血反吐を吐いて倒れたけれども。

ブッダは法への水先案内人→法灯明、自灯明
仏灯明ではない

51宝珠愚者:2008/12/08(月) 11:29:17 ID:Cuk8nH3s
*132-6 最古層仏典には業に関する記述は皆無である。
*129-1 業報思想思想の記述が最古層仏典にないことに触れておられません
*129-3 縁起、無常これらは直接、業報思想とむすびつものではない

 はい、すみませんでした。
 これについては経文を再読してから意見を述べたいと思います。時間を貰います。


*132-2 輪廻を表す語、サンサーラ(samsara)が最古層仏典の中には全くみられない。後代の仏典に
     は多く登場します。

 パーリー文献を直では検証していないので、これについてはまだ保留中。ちょっと簡単に、いつまでと
は返答できません。これは私自身の課題とします。


>自説に都合の悪いとこは、「それは方便、または比喩である。」と切捨てます。
>例)ジャータカ および テーラーガーターの六道輪廻に関する記述  
>このように自説に都合の良い部分だけを読むことに意味がありますか?

 はい、これも答えました。私はこれは正統な見解だと思いますが・・・では、ジャータカの内容も文字通
りに受けるべし、とするのがより正統な見解とするところはどこなのですか?教えてください!
 私は経に説かれている内容に沿って真っ当な判断を下そうとしています。私は何も、文字通りに総てを
そのまま受けるべきとする、まるでどこかの原理主義者などではありません。尚、殆どの場合においては
経典は実際、難しい解釈は殆ど不要というくらいに在るがままに書かれてあります。
 それから、般若心経に何が書かれてあろうと全く関係がありません。あれは大乗創作の観音様の話で
あり、ゴータマの教説とはみなされていません。「空」だから輪廻してないという主張については、あとで纏
めてやる予定です(尚、私は漢訳仏教徒ではなくパーリー和訳を読んできています)。
52宝珠愚者:2008/12/08(月) 11:30:27 ID:Cuk8nH3s
>私はダライラマ14世が、生まれ変わりの実例であるとは考えておりません。

 5さんは、その内容については何かご存知なのですか?それとも、これは何も知らずにいっているので
すか?ダライラマ14世の再生誕(13世から)の話は、生まれ変わりの問題としては、本当にその実例に値
いするのかどうかということで、5さんのような方にとってはかなり重要なものだと思いますが・・。本物の13
世からの転生者かどうかについて、どんなテストによって決定されたのかご存知ですか?


>その現象が(再現性が前提条件ですが)いかなる既知の法則をもっても説明不可能であるならば、
>新たな法則の確立の可能性を考慮します。少なくとも、それを霊とか超能力などの超常的なものと
>結びつけて考えたりはしません。

 現代の自然科学では完全に説明不能の現象でも?それでも超常的を否定するということは、従来の学
説にはない科学理論の新発見を5さんは試みるということなのですね!それはそれで良いことです。私も
科学が遅れているという見解なので・・。
 ただ間違ってはいけないのは、既存の科学常識で説明できないことでも「現象はある」という事実。私も
体験したし、他にも大勢いる。科学は勝手に妄想扱いすることなく、検証する姿勢が必要です。それを説
明し得る理論がまだ追いついていないだけであり、にも関わらず事実を認めず、勝手に排除しようとする
姿勢は実に非科学的なものです。5さんはわかってるようですが・・。
 余談ですが、TVタックルでの大槻教授(プラズマ研究の権威)による超能力(者)検証実験で、一例だけ
教授が否定意見を取り下げたものがありました。透視だったと記憶しますが、つまり、教授自らによる実験
においてトリックとするあらゆる条件を掻い潜り、偶然の確率では説明できない成功(率)を実演して見せた
からです。教授は超能力はあるとはいいませんでしたが、確かにトリックなしで現象は実在したことは認め
ると公言しました。確認した人はVTRで調べましょう!
53宝珠愚者:2008/12/08(月) 11:32:27 ID:Cuk8nH3s
>「600億の魂が・・」「この地球は10ある進化系のひとつで・・」「他の惑星に転生するのは一定の法則
>が・・」このようなことを釈迦は悟ったと信じておられるわけですか? ここは釈迦の輪廻思想と1さんの
>輪廻思想の接点ともいうべき重要なとこだと思いますので、ぜひともお答えいただきたく思います。

 ごめんなさい!これは分るように仏典(ゴータマの教説)の話ではありません。史実上、知られている仏陀
存在はゴータマ・シッダッタだけですが、過去七仏(そのまま受け入れているわけではない)という話もあるよ
うに、過去にもいた可能性、そして他の地域にも出現している可能性は当然あるのです。私が認める仏教
史上の仏陀はゴータマ唯一人ですが、私個人が仏陀、もしくはそれに近しい境地にあるとみている存在は
他にもいます。実在が確認されている存在ももちろんいます(ここでは述べません)。
 ただすみませんが、この「600億の魂」や「10ある進化系」という情報については、もちろん歴史的に知られ
ている存在ではなく、ここではこれ以上の言及は私は控えたいと思います。

 ここで私がいいたいことは一つです。真理に到達した聖者は互いに理解を共有し、尚且つ、その意識にお
いては個々としての分離意識が全くないということ。つまり、これはあなたでこれはわたし、という意識状態は
なくなっており、唯一なる同存在であるとして知るのです。従って、私の個人的なこの情報の話でいえば、ゴ
ータマも意識を共有するのであるから当然、分っているものと思っています。
 私には、ゴータマが説いてないから相対性理論は間違い、などというような考え方はありません。

 以上で、これらについてはテーマハズレになるので、もう終わりにして下さい(はい、私が悪いのです)。
54前スレ5:2008/12/08(月) 11:55:46 ID:vU24Pp2k
>>47 以降の宝珠愚者さんの述べられてることは、全く反証になって
ないことがおわかりになられていないみたいですね。
今は時間がありませんので、夜に詳細に実証していきます。

また、>>53 の >以上で、これらについてはテーマハズレになるので、もう終わりにして下さい

テーマはずれには、全くなりません。釈迦が輪廻に対してどのような
見解をもっていたか? これは重要なポイントです。
宝珠愚者さんは、釈迦が解脱したとき、輪廻の真理を悟り、それを
積極的に説いた  という見解をおもちなのですから当然の帰結と
して釈迦は、宝珠愚者さんが真実であると主張する、あの輪廻システム
を悟ったことにならなければ論理が破綻します。

>従って、私の個人的なこの情報の話でいえば、ゴ
ータマも意識を共有するのであるから当然、分っているものと思っています。

この記述は、「釈迦が宝珠愚者さんの輪廻システムを了解している。」
と、このように宝珠愚者さんは信じていると受け取ってよろしいのですか?

時間がありませんので、また夜に
55宝珠愚者:2008/12/08(月) 12:00:15 ID:Cuk8nH3s
>さらに、前スレ88 のときもスルーされてしまいましたが、「障害をもって生まれてきた子は、
>前世において、その子自身、またはその両親の悪業が原因であると断じるのですか?」

 ごめんなさい!無視するつもりではありません。しかし、他の方からの同様な指摘を受けた中で、これ
は繰り返し述べてきたと思います。
 では、もっと正確にいうと、すみませんがそれは100%ではない。中には前世の悪業の報いではなくて、
もっと別の理由があってそういう苦難の中に生まれる場合も在り得るからです。それは分り易くいうと「試
練」というものであり、その人が成長するために必要な体験として課せられた困難苦難という場合がそれ
に該当します。意味は分りますでしょうか?
 しかしながら、もうこのような領域の話になってくると・・仏典からの判断ではどうしても限界がある。我々
のレベルでは個々の事例に対して、つまり、その人のその過去世を見たり確認することができないからで
す。これは仏陀のような境地に達した存在にしかできないのです。
 しかし、まず基本的理解として必要なこととは、業報による因果論と輪廻転生。自分の行為は必ず自分
に返ってくるという基本的な真理についてです。それは死んで済むということではないのです。
 これが自分の行為に対する責任意識に繋がり、人と人との正しい人間関係の形成を生むものなのです。
死んで終わりという発想は、「好きなことした者勝ち!」という地獄の理論(倫理)に他ならないのです。

 「けだし何者の業も滅びることはない。それは必ずもどってきて、(業をつくった)主がそれを受ける。愚
者は罪を犯して、来世にあってはその身に苦しみを受ける。」(スッタニパータ666)
56宝珠愚者:2008/12/08(月) 12:02:14 ID:Cuk8nH3s
---これらリンク情報についての私の見解---

>>34
はい、応援ありがとうございます(リンク情報に感謝!!)。
しかし、もうかなりヘロヘロになってきました。


 「インド哲学、仏教の場合、輪廻説は、因果応報、自業自得という原則をその骨格部位に組み込んで
いる。したがって、われわれは、輪廻説を仏教から排斥しようとすると、同時に、因果論を仏教から排斥
することになる。ところが先にも見たように、因果論は仏教の根本思想にほかならない。これは危険なこ
とである。
 さらに、因果を認めるということは、因果応報、自業自得の原則を認めることであるから、倫理的な行
為を為す主体とその行為の結果を享受する主体とは同一にして不変でなければならない。この主体こそ
が自己(アッタン、アートマン、我)である。 したがって、輪廻説を認めない人々が、その根拠に(ゴータ
マ・ブッダが説かなかった)無我説を持ってくるのは、当然の成り行きといえる。すると、輪廻説を認めな
い人々は、倫理的な主体を認めないのであるから、必然的に因果論を認めないことになる。
 因果応報というと、それぞれの人の今の境涯を、過去の因によって、いわゆる宿命論的に決定づけ、
支配者、社会的強者による弱者への差別を固定化することに用いられることが、わが国の歴史にもあっ
た。しかし、倫理への動機づけであるはずの因果論は、過去の行いが現在を規定するという場面で用い
られるのはやはり誤りで、現在のわが実存が、自由に未来をみずからの力によって切り開くという文脈
で用いられるのが本来である。」(倫理的要請としての輪廻 宮元啓一)
57宝珠愚者:2008/12/08(月) 12:05:34 ID:Cuk8nH3s
 ですから私は、ゴータマはアートマン存在の否定などは説いたことがない(非我)といっているのです。
「アートマンは無い」と述べた経があるならば、それを提示しなさい!といっている。しかし誰もできない。
私は説かなかった理由についても、ここにおいて繰り返し述べてきました。因果論の排除では仏教は成
立しません。

 「しかし、倫理への動機づけであるはずの因果論は、過去の行いが現在を規定するという場面で用いら
れるのはやはり誤りで、現在のわが実存が、自由に未来をみずからの力によって切り開くという文脈で用
いられるのが本来である。」(同)

>>36
>これでは、宝珠愚者さんの輪廻思想とは矛盾してしまいますよ。

 因果論で誤解してはいけないのは、これは完全な運命決定論ではないということです。過去世の業によ
って規定される条件とは、まず生まれ先の場所と時間、肉体及び精神的な気質(遺伝子レベルでの個性
の違い)、そして幾つかの人生におけるイベント(過去世に成した行為とほぼ同等値の出来事が自分に降
りかかる)においてです。
 つまり、与えられた種条件の中で自分が今生において、どう判断して行動するかによってその後が決ま
る。その自己選択した行為によって、また新しい未来が切り開かれていくのです。
58宝珠愚者:2008/12/08(月) 12:08:46 ID:Cuk8nH3s
 「現代の学界でも、歴史を調べれば調べるほど、どのウパニシャッドも釈尊より後に製作されたことが分
かり、現在では「ウパニシャッドの最初の二本だけは釈尊より古いはず」というところまで譲歩しています。
でも、その二本もいずれ、釈尊より後に作られたと認められるでしょう。
 何よりも、初期経典を読むと、どのウパニシャッドも釈尊より新しいものであることが分かるのです。経典
の中で釈尊は、三ヴェーダの名は何度も挙げていますが(第四のアタルヴァ・ヴェーダはまだ製作されて
いませんでした)、ウパニシャッド文献のことは、何もおっしゃっていないのです。
 そんな釈尊が、バラモンたちがその当時既に製作していたなら、ウパニシャッドのことだけたまたまご存
じなかったということは、あり得ません。
 釈尊が入滅された後に、釈尊が初めて説かれた輪廻や悟りの教えを基にして、ウパニシャッドの「思想」
や文章が製作されたのです。」(悟りの階梯/輪廻は釈迦が体験した事実/藤本晃)

 ウパニシャッドの文献そのものの幾つかの成立がゴータマよりも後代としても、それは大した問題ではな
い。現在、残っている最古の文献以前にも別の木の葉に書かれていたかもしれないし、第一、口授で教え
は生きているのだから、その思想の原型はすでにあったと見なすべきです。ウパニシャッドがゴータマから
説を拝借したとは考え難く、ヴェーダ思想を継承した側から成立していったとみても何も問題はない。仮に
万が一、藤本氏やテーラワーダのような説が正しかったとしても、ゴータマが真理として輪廻転生を説いた
とする私の見解には何ら影響は受けない。
 
 この解説での第二回以降の部分、つまり須陀桓、斯陀含、阿那含、阿羅漢といった「四向四果」(四沙門
果)」のこと。これは弟子の輪廻転生の回数と解脱の段階ということで、その解説の根拠となる経典につい
てはすでに掲載し紹介しました(前スレ138-140参照のこと)。
 しかし残念ながら、「転生を説く内容はバラモン(外道)!」といった単純批判しかできないようです。
59宝珠愚者:2008/12/08(月) 12:09:47 ID:Cuk8nH3s
 「その業の創造力が自らを実現するがために---生きようとする根本意志すなわち無明は、生時の経験
すなわち業(カルマ)をその性格として刻みつけて継続する。」
(「無我と輪廻」の矛盾にかんする木村泰賢博士の解釈)

 私は、木村博士については読んだことがありませんでしたが、卵さんに教えられて検索して、このページ
はすでに目を通しています。木村博士はこの中でも霊魂というわけではありませんが、「超空間的生命」と
いういい方もしています。
 私の個人見解では、それを「超空間的生命」と呼ぶのか、何かまた「阿頼耶識」のようなものを仮定する
のか?そんなにアートマンという言葉が仏教においてナンセンスなのであれば、私は別に何でも良い・・くら
いにみています。 
 それにこの私は、「アートマンですら永久不滅とは主張していない」ので、その辺を誤解しないようにしまし
ょう!これらは輪廻する間の縁起による繋ぎ的な存在でしかないからなのです。
 私の間違いでなければ、要するに木村博士がいいたいことは、「業」そのものに輪廻として情報を伝承す
る作用があるのだということだろうと思います。これは何も変わった見解ではなく、業そのものが輪廻すると
か、業は輪廻において情報を伝達する力(作用)があり、それを業と呼ぶといった説明があることはすでに
知っています。
 私が述べた、『因縁に拠りて起生し、因-縁-果-報(因)-縁-果-報(因).....と続いていく、その展開していく
作用(力)が「業」(カルマン)であり、この関係性を「業報」という。 こうして輪廻することから「業報輪廻」と呼
んでいる。』(前スレ452)とは、このことをいっています。
 まっ、否定派には業報も関係ないそうですが・・(業報を無視して一体、どこが仏教なのか!!)。
60机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/08(月) 13:40:11 ID:/f0QfycA
>>37
面白いですね。

そもそも諸行無常からしますと、宇宙創成といふのも偶然性においてなされたのでしょうし、
またその脈絡からしても生命誕生もこの域を出ないわけで、
なにゆえ業力(カルマ)なるシステム化されたものが導入されなければならないか?
という、根本的な理由が欠如しているのが非常に残念ですね。

もしも偶然でなく、そこに必然性があるのなら、
それは形而上学的なテーマになってきますし、
システムカルマ論にも、それなりの意味付与も必要になってきます。
まあ、ここまで逝きますと論理的破綻に帰すんじゃないかと思いまふ。

というのは、理想論としてぶち上げたとしても
陽明学のよおに、至上を追求しますと結果的には自己破滅が理想だった。
ということになりますから。
61絶対神:2008/12/08(月) 13:44:59 ID:bCLVHZ3C
神や救世主は全世界に一人で良い。 (53)
真理が説かれたスレ。深く熟読せよ。
62神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 14:00:25 ID:wq8f/26j


■ 生命の源・アミノ酸、隕石衝突で簡単に合成…実験で確認 ■
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081208-00000003-yom-sci 12月8日3時5分配信 読売新聞


地球の生命に欠かせないアミノ酸などの有機物が、隕石(いんせき)が海に衝突する際の化学反応で
簡単に合成できることを、物質・材料研究機構と東北大学のグループが実験で確かめた。

現在分かっている原始地球の大気組成に基づいて、生命物質の合成に成功したのは世界で初めて。
科学誌ネイチャー・ジオサイエンスに8日発表する。

グループは、窒素ガスで満たした金属筒に水と炭素、鉄などを封入。超高速でプラスチック製弾丸を衝突
させて筒の内部を瞬間的に約6万気圧に上げ、隕石の海洋衝突を再現した。その結果、アミノ酸の一種の
グリシンや、脂肪酸、アミンといった、生物の体を構成する基本分子が生成した。

同機構の中沢弘基・名誉フェローは「現段階で考えられる合理的なシナリオだ」と話している。


63神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 14:05:46 ID:5jvXXCij
>>58
>>現代の学界でも、歴史を調べれば調べるほど、どのウパニシャッドも釈尊より後に製作されたことが分
かり、現在では「ウパニシャッドの最初の二本だけは釈尊より古いはず」というところまで譲歩しています。

藤本氏の言われる学会とはどこのなんという学会でしょうか。藤本氏の
エッセーではなくて、根拠となる論文は何で読むことができましょうか?
また、シンパの人以外でウパニシャッドの最初の2本以外は、釈尊以後だと
主張されている碩学がいたら教えて頂きたい。



64机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/08(月) 14:16:44 ID:/f0QfycA
>>59
木村博士の論だと、

業の想像力が自らを実現するために、
それ相当の男女を探して、和合させる業力があるらしい。

つまり人間がセクスができるのは浮遊?している第三者?の業による。
セクスの最中に、精子・卵子・業の「三事和合」をなす。これが托胎。

やはり、論に相当無理があるんじゃないですか?
かなり逝ってますよねw
65絶対神:2008/12/08(月) 14:19:37 ID:bCLVHZ3C
しかし、客観的に見れば、人間って無意味な議論にあつくなれる
んだな。
2chをみてるとそれがよくわかる。
66机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/08(月) 14:29:05 ID:/f0QfycA
無意味な議論にあつくなることも大事なんですよ。>>65

禅では「喫茶去」といふ。
67絶対神:2008/12/08(月) 14:36:11 ID:bCLVHZ3C
はっはっは、俺は神様なんで、禅には興味ないな。
なるほど、何も意味がないような人生の中でたとえ一時といえども
熱くなることはよいかもしれんな。
68神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 14:41:08 ID:wq8f/26j
>>23
>今の日本の現状を見ても明らかなよぉに、宗教を利用したがっている人間は沢山いますよ。
>釈尊入滅後100年を経て経典は編纂されましたけど、この約2400年の間には
そういう輩もおったわけで、書かれていても鵜呑みにはできませんですね。

☆ (釈尊が空中を飛ぶ話もある) ☆★ ・・・・┐(´ー`)┌ 


■<釈尊入滅後100年を経て> 経典は編纂されました・・・・そうなんですか。知らなかったw

確かに宗教を利用したがっている人間は、今も昔も沢山いるでしょうね。元手のいらない美味しい商売ですから(笑
特に組織になると、いろんな思惑・利害・エゴ・競争・・・・等々が出てきて今も昔も人間は同じでしょうw

経典に書かれているというだけで、全て鵜呑みにはできませんね。 本当に!!

(・∀・)ノ

69机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/08(月) 15:34:36 ID:/f0QfycA
>>68
>><釈尊入滅後100年を経て> 経典は編纂されました

100年というのは長いですよね。
それはもともとインドには口誦文化(口伝え)というのがあったから、
記録として残さなくても良かった。

まあ、アーリア人というのは記憶力が抜群で、一回聞けば記憶に残っているらしい。
(つまり日本人における「メモする」って文化がもともとない)
インドのIT分野の興隆も、こういった民族の背景がある。
(だがカースト制があるから、一部の人間しか恩恵はないけど)

アーリア人というのはヨーロッパにも進出して、
今のゲルマン民族のルーツと言われている。
(といっても、大陸だから純粋なゲルマンは殆どいなくて混血が多い)

こういう歴史があるから、
ヒトラーのユダヤ排斥、ゲルマン優位の優性思想が起こる。
ということは、
ユダヤ人も商売にかけちゃ〜優秀だった。ってことだろうね。
(まあなんとなく今の日本が、戦前のドイツみたくなってきたね)
そういった背景があって国家社会主義を歩むことになったんだろう?
(歴史は繰り返す)
70神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 17:10:13 ID:oHsXCUat
>>57
あなたがそれほど輪廻転生に「執着」するのは、忌むべきキリスト教の「罪の
概念」を、仏教に持ち込みたいからではありませんか。

人間を、「原罪」や「輪廻転生」で脅迫すること以上の、反倫理的行為はあり
ませんよ。

倫理とは、あくまで、人間同士の共生のための技術。それは、あくまで、生物と
しての人間の生存本能(生命)から派生する、共同体維持の本能、自他の死への
恐れ、他者への憐れみという、人間が生来的に有する肉体的本能に基づくもの。
1個人による「脅迫」に基づくものではありません。そのような脅迫こそ、倫理
の対極にあるものです。

現代人が、時代も異なる2500年前の釈迦を無批判に追いかけることは誤り。
若し、釈迦に誤りがあれば、それを正してあげるのが、現代の弟子たちの義務
です。

優れた教師であった釈迦が、自分に対する無批判な盲信、狂信や、自分を利用
した他者への脅迫を、喜ぶでしょうか。よーく考えてみてください。
71宝珠愚者:2008/12/08(月) 18:53:01 ID:Cuk8nH3s
>>70
>「罪の概念」を、仏教に持ち込みたいからではありませんか。
>そのような脅迫こそ、倫理の対極にあるものです。

ふざけるのは辞めて頂きたい!
私が〜ではなく、経典に繰り返し書かれていることをいっているまで。
これは脅迫ではなく、自己の行為に責任を持ち正しい行動を呼びかける、
人間同士の正しい関係について学ばせる倫理的な教えです。

>釈迦に誤りがあれば、それを正してあげるのが、現代の弟子たちの義務です。

あなたがたが一万年、修行してもゴータマの足元にも及ばない。
思い上がるのもいい加減にしなさい。
72宝珠愚者:2008/12/08(月) 19:38:03 ID:Cuk8nH3s
>>70
あなたは例の唯物主義者(非仏教/無宗教無神論)か??
ではあたなに問う?「人間、死んだらそれで断滅」という見解の一体どこから、
どのようにして他者に対する慈しみや協力の心を説けるのか?
是非、納得できるような説明をして頂きたい。
73前スレ7:2008/12/08(月) 20:07:49 ID:Cs9Ifop5
>>72
ほとほと幻滅したよ・・・w

>             「人間、死んだらそれで断滅」という見解の一体どこから、
>どのようにして他者に対する慈しみや協力の心を説けるのか?

殆どの人間(仏教に触れていない者、他宗教の者等様々だろうがw)が
そのような想いを持つことは可能だし、『現に、持って生きている』筈だ。
それを「ない」と断ずるなら、君は、あまりにも傲慢で、不遜で、
今を生きる“人間”という存在に対して失礼にも程がある!

「一回きりだからこそ大切」という価値観は、宗教的素養関係なしに
教え、養い、育てていくことは可能だ。

君がそこまで高飛車な考え方をしてるとは思わなかったよ。がっかりだ・・。
74前スレ7:2008/12/08(月) 20:10:36 ID:Cs9Ifop5
蛇足:

>>73
パセーナディ王とマッリカー妃のやりとりの、
どこに輪廻が必要だと言うんだね?w

(´ー`)y━~~
75神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 20:18:27 ID:oHsXCUat
>>71
>あなたがたが一万年、修行してもゴータマの足元にも及ばない。
>思い上がるのもいい加減にしなさい。

釈迦が、弟子や他の人間に対して、そんな暴言を吐くと思いますか。
イエスは、「自分を信じない者は裁かれる」と脅迫したが、仏陀は「自灯明」
といい、「仏灯明」とは言っていません。これは偉大なことだと思う。

>>72
ただ一度きりの人生だからこそ、より良く生きる意欲が生じるのです。

来世があれば、現世ではどんなことをしてもよい、という現世否定が生じたら、
どうしますか。

そもそも、「ありもしない来世」などを信じ込ませることは、倫理の対極にある
行為だとは思いませんか。「嘘は、泥棒の始まり」という諺もあります。

来世を信じ込まされて、自他の生命を奪い続けている自爆テロリストを見て
ください。

それに、「自分が」解脱し、「自分の」輪廻転生を免れ、「自分が」天国に行
くために行う善行は、「偽善」「エゴの行為」「煩悩の裏返し」に過ぎませんよ。
そこから「他者」への慈しみなどは、生じえません。
76前スレ7:2008/12/08(月) 20:26:46 ID:Cs9Ifop5
もう一つ蛇足を入れとくかw

>>72
幼稚園や保育園の先生は、
乱暴だったり我儘だったり、すぐに手を出す子・相手のこと(状況・思い)を考えない子等に対して、
「そういうことをしてはダメでしょ」と諭す場面が多々ある。
その時、先生たちは“前世”や“輪廻”など利用しない。(てか、頭の隅にさえ浮かんでないだろうw)
けど、それが通用するんだよ。
子供たちは、その小さな胸で受け止め、少しずつ理解していくんだよ。
仏教とか前世とか来世とか輪廻など関係ない。
「ああ、○○ちゃんも自分と同じなんだ」
「自分のこの行為によって、自分が感じることのある嫌な思いを○○ちゃんも味わうことになる」
ということを理解していくんだよ。
ここに輪廻が絡む必要は全くない。 解るか?
77宝珠愚者:2008/12/08(月) 20:35:47 ID:Cuk8nH3s
>>23
原始経典がゴータマの教説として信用できないのなら、
般若心経などの創作経典どころか、他の如何なる経典もダメではないですか?
あなたが般若心経などに洗脳されているから、原始経典を理解できないのです。

「釈尊が空中を飛ぶ話もある」って・・飛んだらそれの何がおかしいのか??
仏陀の意識状態は、人間存在としての五蘊から生じるあらゆる煩悩意識すらも変性/昇華し、
完全なるコントロール(制御)下に治めているのであり、
即ち、濃密物質界の諸法則からくる様々な制約からも解放されているのです。
従って、その気になれば空を飛ぼうが水中を潜ろうが全て意のまま。
こんな当たり前の常識すらも知らないのですか-あなたは?

それが違うというのならば、
では、あなたがいうところのニルヴァーナ意識境とはどんなものなのか?
人間が仏陀になると何がどう変われるか?その解説をしてみせて頂きたい!

それから、あなたに答えてもらった例の回答については、
今、序々に筆を走らせているところです。
あまり、「空」「空」などと威張らないで頂きたい。
大乗の徒よ!
78神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 20:40:10 ID:SAQQyIRl
>>55
> しかし、まず基本的理解として必要なこととは、業報による因果論と輪廻転生。自分の行為は必ず
自分に返ってくるという基本的な真理についてです。それは死んで済むということではないのです。
>「けだし何者の業も滅びることはない。それは必ずもどってきて、(業をつくった)主がそれを受ける。
愚者は罪を犯して、来世にあってはその身に苦しみを受ける。」(スッタニパータ666)

ここまでの宝珠愚者さんのレスの主張は、オウムの主張とよく似ています。★☆

信徒の間では、嫌なことや、不愉快なことが起きたり言われたりすると「カルマが落ちて良かったね」
と言うことがお互いの合言葉のようになっていたし、アサハラも機関誌で書いています。
これは、過去世で積んだ悪業が今生、嫌なことを経験することで落ちたということなのではないかと思います。
彼は、警察が入る前には、宗教指導者が悪を説いたら無間地獄に永久に落ちる程、罪が重く救われないような
ことを説法でも言ってましたが、結果的にはその張本人だったわけで知っていて言っていたわけですw(笑

宗教指導者とは、信じられませんが「嘘をつくな」「不殺生」・・等の「破戒」も宗教団体を守る為にはするし・・
結局、自分達は修行を積んで全てを見透せる真理の聖者=真理勝者だから、という慢があるし・・でも結果的には、
偉そうなことを言っても、罪を犯し、世俗の人達に馬鹿にされ笑われた普通の煩悩まみれの人間だったわけです。

>死んで終わりという発想は、「好きなことした者勝ち!」という地獄の理論(倫理)に他ならないのです。

残念ながら、そんな極論は、とても思いつきませんねw
人間、生まれてから、家庭で学校で地域社会で他人に迷惑をかけないように教えられ、ルールを破れば
法律で罰せられ刑に服したり賠償・罰金を払わなければなりません。オウムも賠償責任をしてる筈w
足りなければ行政が補わなければならないのです。又、勿論、道徳教育もありますね。極論でしょうw。
79神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 20:42:34 ID:X2ooef7F
法句経とスッタニパータから、
ゴーダマは輪廻が存在し、
前提として語っている事は明らかではないか。
80神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 20:50:36 ID:oHsXCUat
>>死んで終わりという発想は、「好きなことした者勝ち!」という地獄の理
>論(倫理)に他ならないのです。

キリスト教の「すべての人間は罪人」の思想と同じく、人間でありながら、人
間を悪とする、矛盾に満ちた倒錯の論理。「人間そのものに対する慈しみ」の
カケラもない。

大乗仏教では、「一切衆生悉有仏性」という。イエスが逆立ちしても、言えな
かった言葉。
81神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 20:53:16 ID:JUyoe7P6
釈尊が空を飛んで何が
おかしいのか?

本当にそんなこと信じて
るわけ?

もう無茶苦茶だね
82宝珠愚者:2008/12/08(月) 21:03:04 ID:Cuk8nH3s
>>73
>そのような想いを持つことは可能だし、『現に、持って生きている』筈だ。
>それを「ない」と断ずるなら、君は、あまりにも傲慢で、不遜で、
>今を生きる“人間”という存在に対して失礼にも程がある!

それでは倫理に対する理論的に説明になっていない。

現に、この現代社会のシステムには生まれ変わりの思想は根付いていない。
であるから、犯罪を根絶することができないのではないか。
それは社会的に厳罰を更に重くしていく・・といった方法では成し得ない。

たしかにあなたはいい。
自ら善良に生活しようという意識がある。
しかし、そうでない者には何と説くのか?
「死んだら終わりだから、私は私の好き勝手にする」という人間に対して、
その人が納得できる理論的な倫理説明ができますか?

幻滅、結構です。
理論的根拠の無い道徳は倫理性に乏しい。

では、あなたはどうその人に説明するのか?
是非、ここでそれを述べて頂きたい。

>>76
>子供たちは、その小さな胸で受け止め、少しずつ理解していくんだよ。
>仏教とか前世とか来世とか輪廻など関係ない。

それは今までも同じ。
しかし、それでは犯罪は無くならない。
83宝珠愚者:2008/12/08(月) 21:04:42 ID:Cuk8nH3s
>>75
>仏陀は「自灯明」といい、「仏灯明」とは言っていません。これは偉大なことだと思う。

都合のいい方は辞めなさい!
それはゴータマによる教えがあっての言葉です。
全ての教えを残した死に際での説法が「自灯明」なのです。
勝手なことをしろ!とはいっていない。
それを自分勝手な解釈というのです。

>来世があれば、現世ではどんなことをしてもよい、という現世否定が生じたらどうしますか。

だから、自己の行為は必ず自分に返ってくるという教えです。
どこからそういう理解がでるのか?

あなたの発想は、
まるで殺人(または何を)をしても結局は捕まらなければそれで済むという教えです。
輪廻の教えは違う。必ずその報いは自分に降りかかる。それは誰のせいでもない。
自分のした行為により次の生では自分が殺されるか?またはそれに近しい報いを受ける。
警察に捕まらなくても無理・・それは決して逃れることはできない。

逆に善行については、たとえ誰も知らず誰にも認められなくても、
今生における善行の善果は必ず、来世には受け取ることになる。

酷いことはどこにも何もない。誰のせいでもない。
全てが自己責任です。他人や環境のせいではない。

>来世を信じ込まされて、自他の生命を奪い続けている自爆テロリストを見てください。

地獄に向かうだけです。
84前スレ7:2008/12/08(月) 21:06:48 ID:Cs9Ifop5
>>82
>理論的根拠の無い道徳は倫理性に乏しい。
>では、あなたはどうその人に説明するのか?

どちらも、>>74&冷暖自知&慈悲の「悲」だよw


(´ー`)y━~~
85神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 21:08:29 ID:SAQQyIRl
>原始経典がゴータマの教説として信用できないのなら、
般若心経などの創作経典どころか、他の如何なる経典もダメではないですか?
あなたが般若心経などに洗脳されているから、原始経典を理解できないのです。

>「釈尊が空中を飛ぶ話もある」って・・飛んだらそれの何がおかしいのか??


あはは・・・(笑) 絶好調!!

この間、借してもらった「綾○○きみまろのテープ」を思い出してしまったょン〜

お先に、オチ〜

ヽ(^。^)ノ


86宝珠愚者:2008/12/08(月) 21:33:36 ID:Cuk8nH3s
>>75
>イエスは、「自分を信じない者は裁かれる」と脅迫したが、仏陀は「自灯明」

 まずとにかく・・、
 みんなが誤解するからデタラメは辞めておきなさい!
 「自分を信じなければ救われない(裁かれる)」などと、
 そんなアホタレなことを教えたのは愚かな教会による仕業です。

 イエスがいったものとはこうです。
 「自分が裁かれないために、人を裁くのを止めなさい。」(マタイ伝7章1節) 
 「他の人を裁くその事柄において、あなたは自らを罪に定めているからです。」
  (ローマ人への手紙2章1節) 
 「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい。わたしもあなたを罪に定めない。
  行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません。」(ヨハネ伝8章7.11節)
 「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者がみな天の王国に入るのではなく、 天におられるわたしの
  父のご意志を行なう者が入るのです。」(マタイ伝7章21節)
87前スレ7:2008/12/08(月) 21:37:15 ID:Cs9Ifop5
追記:

>>82
>それは今までも同じ。
>しかし、それでは犯罪は無くならない。

たとえ「輪廻を想い、前世を省み、来世への向上を抱いた」としても、
他者に対する眼差しに「優しさ、慈しみ、同情、同じ命であること」等が備わらなければ意味が無い。
それが無い時、彼は平気で他者を害するだろう。
『他者の為になる』と考え、『自身の向上になる』と考えて・・・。
そう、オウムの“ポア”という考え方のように・・。(異端)日蓮系の“折伏”のように・・・。

貴方の希望(未来予想図)を壊すつもりはありませんが、
犯罪の根絶に(「直接的に」)資すると考えてるとしたら、甘いと言わざるを得ません。
犯罪という行為に隣り合わせで寄り添っているのは、「心の在り様」です。
「ブレーキとしては限界がある」と言ってもいいでしょう。
或いは、輪廻思想もまた“動機”となり得るのです。

ブレーキは一種類ではない。
犯罪は、幾つものブレーキを重ねがけすることによって抑制されるべきではないでしょうか・・。
88神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 21:39:44 ID:yq/UiqVi
唯物論者は、せいせいどうどうとせよ。
姑息にも仏教を自家薬籠のものにしようとするなかれ。
どう考えても仏教は宗教だしオカルト(隠秘学)なのだから。
89宝珠愚者:2008/12/08(月) 21:45:39 ID:Cuk8nH3s
>>84
>慈悲の「悲」だよw

そうやって、
いい加減なところで誤魔化さないで、しっかりと説明しなさい!
「死んだら終わりならば自分は好きにする」といい、
相手に対する慈悲心もないような人間には、あなたはどう説明できるのか?
慈悲の「悲」なんて、そんな抽象的な説明は辞めて欲しい。
何故、相手に対する慈悲が必要なのか?
その理由を説明しなさい!

原因と理由が明確にできないものは真理とはいえない。
全てを説明し得るのが真理(科学が教えられない未知についても説明できる)の教え。
90前スレ7:2008/12/08(月) 22:02:13 ID:Cs9Ifop5
>>89
>>74だと言っとろうが・・・w


>相手に対する慈悲心もないような人間には、あなたはどう説明できるのか?
慈悲心が無ければ、慈悲心を起こさせるんだろ?w
それだけのことだw
91宝珠愚者:2008/12/08(月) 22:29:52 ID:Cuk8nH3s
>>90
>慈悲心が無ければ、慈悲心を起こさせるんだろ?w
>それだけのことだw

そこが重要。ちゃんと説明しなさい!
で、何をどうする?
その人には、あなたはどう説明するのかを「ここで」話して下さい。

それと例えば、
チベット(仏教)などの輪廻思想の仏教国の様子はどうですか?
日本とは違うので比較には絶好です。
人々は皆んな心からの仏教信者であり、輪廻転生の思想の中で生活している。
仏教の説く慈悲の心と実践。自己の行為に対する責任(害悪をなさないよう
意識的に暮らしている)と積極的な善行。
あのような仏教国家では盗賊や殺人が考えられますか?
92宝珠愚者:2008/12/08(月) 22:31:10 ID:Cuk8nH3s
>>78
>信徒の間では、嫌なことや、不愉快なことが起きたり言われたりすると「カルマが落ちて良かったね」
>と言うことがお互いの合言葉のようになっていたし、アサハラも機関誌で書いています。
>これは、過去世で積んだ悪業が今生、嫌なことを経験することで落ちたということなのではないかと思います。

精神的に落ち込むようなことにならないよう、そういう励ましというのはあるかもしれない。
しかしながら、辛いことの全てが単純に過去世の悪影響に拠るというものではない。


>宗教指導者とは、信じられませんが「嘘をつくな」「不殺生」・・等の「破戒」も宗教団体を守る為にはするし・・

宗教性と教団とは同じものではありません。
どこの新興宗教も教団の維持存続と教団の力の誇示が中心になっていきます。
ゴータマは違う。

>ルールを破れば法律で罰せられ刑に服したり賠償・罰金を払わなければなりません。

人間には人を正しく裁く力はない。
どっちがより悪だといった判断など、人間が正確に見定めることなどは不可能です。
人間が勝手に作った裁きではなく業(カルマ)の法が人を公正に裁くのです。

また、人間に人を死刑にする権限はない。
それは司法による殺人行為に他ならない。
殺人をしないよう教えるべき司法、自らが殺人を行うとはどういうことか!
命は(天から)与えられたものであり、誰の所有物でもない。
「死んでイイ」などいう判断と決定権は如何なる人間も持ち合わせてはいない。
これらの法律のどこに裁きの正しい真理がありますか?
93宝珠愚者:2008/12/08(月) 22:40:08 ID:Cuk8nH3s
>>82
>たとえ「輪廻を想い、前世を省み、来世への向上を抱いた」としても、
>他者に対する眼差しに「優しさ、慈しみ、同情、同じ命であること」等が備わらなければ意味が無い。

そんなの当たり前じゃないですか?
あなたは仏教に詳しいのだから知ってるでしょう?
仏教には非暴力の教えと慈悲の教えが基本にあるのは当然のことです。

>そう、オウムの“ポア”という考え方のように・・。(異端)日蓮系の“折伏”のように・・・。

ゴータマの教えはそんなことにはなっていませんよ。
知ってるでしょう?どうか捻じ曲げないで下さいね!


>貴方の希望(未来予想図)を壊すつもりはありませんが、
>犯罪の根絶に(「直接的に」)資すると考えてるとしたら、甘いと言わざるを得ません。
>犯罪という行為に隣り合わせで寄り添っているのは、「心の在り様」です。
>「ブレーキとしては限界がある」と言ってもいいでしょう。
>或いは、輪廻思想もまた“動機”となり得るのです。

>>91参照のこと

>ブレーキは一種類ではない。
>犯罪は、幾つものブレーキを重ねがけすることによって抑制されるべきではないでしょうか・・。

それは同意します。
輪廻だけ説けばいいとは思っていません。
94絶対神:2008/12/08(月) 22:41:16 ID:bCLVHZ3C
神や救世主は全世界に一人で良い。 (90)
真理が書かれたスレ。深く熟読せよ。
95神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 22:50:57 ID:0hT6bylM
>92
律では阿羅漢の般涅槃について条件付きではあるが認めている。
焼身供養、僻穀即身成仏、捨身施虎、菩薩の悪人殺し。
96宝珠愚者:2008/12/08(月) 22:54:26 ID:Cuk8nH3s
>>80
>大乗仏教では、「一切衆生悉有仏性」という。イエスが逆立ちしても、言えなかった言葉。

あなたは、己れの無知を露呈しています。
聖者を愚弄するのはやめたほうがよい。
勝手に、教会による毒とイエスを混同しないようにしましょう!

 「天の父が完全であるように(あなたがたも)完全でありなさい。」(マタイ伝5章48節) 
 「わたしは父のもとにに行くのであるから、あなたがたはわたしがなしたことよりも更に大いなるこ
  とをなすであろう。」(ヨハネ伝14章12節)
 「汝らの中に在すキリストにして栄光の望みなり。」(コロサイ書1章27節)
97宝珠愚者:2008/12/08(月) 23:18:13 ID:Cuk8nH3s
 ここで参考として、アングリマーラに関する経を紹介しておきます。
これらは、ゴータマの人となりが見えてくる伝記です。きっと犯罪者に対する見解の一考ともなる
でしょう。

 これは、99人ともいわれている連続殺人を犯した恐ろしい殺人鬼、盗賊アングリマーラ(指の首
飾り)が仏陀の弟子になった物語です。
 アングリマーラは何十人束になっても適わなかった自分のところへ、人々の制止も訊かずに平
気で向かってくる仏陀を自分の100人目の生贄として狙うことにし、その背後へと回った。仏陀に
迫ろうとして全力で進んだが、何か不思議な力を発揮していて、普通に歩いている筈の仏陀には
遂に追いつくことが出来なかった。その不思議に驚嘆したアングリマーラが、立ち止まって仏陀に
も同様に立ち止まるよういった。
 ところが仏陀から返った言葉は、「私は常に止まっている。止まっていないのはお前の方だ」とい
う奇妙なものだった。その真意について再度、訊ねた時の教えで深く感銘して弟子入りし、後に阿
羅漢に達したといわれている。
 「アングリマーラよ。如何なる時もわたしは常に、すべての生物に対して害心を捨てて、止まって
いる。しかしながら汝は、生物に対して自ら制することがない。それ故にわたしは止まっており、汝
は止まっていない」(マッジマ・ニカーヤ86/アングリマーラ経/盗賊の帰依)
 
 ある時、修行に励んで托鉢をしていたアングリマーラが人々によって石や棒を投げつけられ、血
まみれとなって仏陀の下に帰ったという。この時に仏陀は、ただジッと耐え忍ぶように彼に教え諭し
たとされている。
 「婆羅門、おん身は忍耐せねばならぬ。婆羅門、おん身は忍耐せねばならぬ。おん身が以前に
為した行為の報いとして、幾年、幾百年、幾千年、破滅の世界に生を受けたであろう筈のその行為
の報いを、婆羅門、おん身は今現に受けているのだ」(同上)
98宝珠愚者:2008/12/08(月) 23:18:46 ID:Cuk8nH3s
 またある時には仏陀は、難産に苦しむ婦人と出会ったアングリマーラが婦人を想って苦悩してい
るのに対して、[自分は生まれてからこのかた、故意に生物の命を奪った記憶がない]という、その
真実語を発することで、婦人の安産を祈念するようにと勧めた。しかし到底、そんな嘘はつけよう筈
がないと困惑するアングリマーラへ、仏陀は更に続けた。
 「アングリマーラ、それではおん身はもう一度サーヴァッティへおもむくがよい。おもむいて、その婦
人にこのように告げるがよい。──婦人よ、わたしは尊い道に志す者として生まれ変わってからこ
のかた、故意に生物の命を奪った記憶がない。このことの真実によっておん身に安らかさあらんこと
を、胎児に安らかさあらんことを、と」(同上)
 アングリマーラが仏陀がいわれた通りにしたところ、婦人は安らかに無事に胎児を出産したという。

 またある時に、コーサラ国の大王が仏陀のところで殺人鬼アングリマーラがかくまわれていると聞
いて、500人もの騎兵を従えて彼を取り押さえようとした。しかし仏陀は、現在のアングリマーラは以
前の彼ではないとして、決して引渡すことをしなかった。 
 「[大王、もしアングリマーラが髪と髭とを剃り落として、黄色に染めた衣をつけ、家から離れた家無
き生活に入り、生物の命を奪うことから遠ざかり、自らに与えられていない物を取得することから遠ざ
かり、嘘をつくことから遠ざかり、一日一食の生活をし、禁欲して異性と交わらず、身の振る舞いが正
しく、性質がよいのを見たならば、おん身は彼をどうするであろうか。]
 コーサラ国のパセーナディ王は世尊にいった。「師よ、驚いたことです。師よ、不思議なことです。師
よ、世尊は教化し難い者を教化し、鎮め難い者を鎮め、涅槃に導き難い者を涅槃に導かれます。師よ、
わたしがこん棒や剣を以て教化することができなかった者を、世尊はこん棒も用いず剣も用いずに教
化されました。師よ、しかしわたしはもう失礼致します。わたしには為さねばならないことが多く、為すべ
きことが多いのです。」(同上)
99神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 23:30:02 ID:pBJ6CA8i
>>83
>>来世を信じ込まされて、自他の生命を奪い続けている自爆テロリストを見
>てください。
>地獄に向かうだけです。

彼らは、「悪であるキリスト教徒や他宗派を殺せば、天国に行ける」と教え
込まれて、100%の善意で人を殺している訳だから、地獄ではなく、天国
に行くはずではありませんか。

輪廻転生など信じ込まされたら、全く同じことが起こりますよ。

思ったとおり、あなたは、完全にキリスト教の影響を受けた、似非仏教徒
でしたね。自分も人間でありながら、「人間は、生まれながらに悪(罪人)」
という倒錯に陥っている。「あるがままの人間」に対する慈しみは皆無。
自分の言ってることが矛盾しているとは思わないのですか。
100神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 23:30:59 ID:w+Q0T7aG
>>72
 アジタ・ケーサカンパラに聴けよ。
ブッダ当時、アジタは最も支持された自由思想家だった。
俺はブッダに次いでアジタの思想が好きだ。
生きているあいだを、悔いなく生きよ!(順世外道)
権力がこの思考を妨げるなら、打倒権力へ向かうことになる。
極めて現実的かつ革命的な思想であり、
アーリア民族侵略支配によるカースト制度絶対護持のバラモン『階級』にとっては
極めて危険な思想だった。
 この意味では、建前は四民平等=行為主義、中道を掲げてカースト制度批判の鋭さを鈍らせた
ゴータマ・ブッダの思想の本質は中途半端な中道名目の観念論であり、
ボンボン育ちの脆弱さを露呈したものと言わざるを得ない。
101神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 23:34:59 ID:w+Q0T7aG
ブッダの四民平等=行為主義はアジタ・ケーサカンパラからの
パクリであることは言うまでもない。
102神も仏も名無しさん:2008/12/08(月) 23:47:16 ID:O/z+fxMG
有部の教説が一段低く見られる原因は実体視(←→抽象化)による。
涅槃それ自体は指し示す事はできない。修行の目標として仮説された。
だがその内、涅槃という<点>に場所としての領域がある、と
誤解する人達が現れた。これが有部であり、1さんは彼等の末裔である。
多くのカルト信者は知識は増やせど根幹では有部の徒である。
彼等が次の段階である唯識に一生辿り着けないのは*のゆえ。哀れむべし。
103宝珠愚者:2008/12/08(月) 23:53:41 ID:Cuk8nH3s
>>54
ごめんなさい。
これは返答が遅れると困るようですね!

>テーマはずれには、全くなりません。
>当然の帰結として釈迦は、宝珠愚者さんが真実であると主張する、
>あの輪廻システムを悟ったことにならなければ論理が破綻します。

うーむ、そうですかぁ?
しかし、もちろん仏典のどこを探してもそういう記述はないでしょう。
お分かりとは思いますが・・。
これは私のただの個人的なものなのです。
まっ、全てが私の個人的な見解にしか過ぎないのですが・・。

>この記述は、「釈迦が宝珠愚者さんの輪廻システムを了解している。」
>と、このように宝珠愚者さんは信じていると受け取ってよろしいのですか?

私はゴータマ仏陀と会話できませんし、もちろん意識も共有していないので確認ができません。
ただ、私の個人見解としては、はい。然りです。
600億の魂という説明などは、例えば、
人口増加と転生の関係に対する疑問への回答にもなると思います。
104宝珠愚者:2008/12/09(火) 00:00:57 ID:GR+wWdYD
>>99
>彼らは、「悪であるキリスト教徒や他宗派を殺せば、天国に行ける」と教え込まれて、1
>00%の善意で人を殺している訳だから、地獄ではなく、天国に行くはずではありませんか。

悪意が無いからといって犯した行為の結果から逃れられる道理はありません。
ただおそらく、悪意が無い分だけ正確に悪果はマイナスされるでしょう。

>自分も人間でありながら、「人間は、生まれながらに悪(罪人)」という倒錯に陥っている。

どこが??
私は原罪論-反対主義者です。
105前スレ5:2008/12/09(火) 00:22:32 ID:ktQjAEUP
倫理論争が盛り上がっている流れを切りたくはないのですが、とりあえず
レスします。

>>51  >私はこれは正統な見解だと思いますが・・・では、ジャータカの内容も文字通
りに受けるべし、とするのがより正統な見解とするところはどこなのですか?教えてください!

私はジャータカの内容を真実であるなどと述べたことは一度もありませんね。
宝珠愚者は人の意見を曲解しすぎます。
以前にも書きましたが、「仏典の中から自説に都合の良い部分だけを抜き出し
これは釈迦が実際に説いたこと、  そして自説に都合の悪いとこは方便、比喩
と切り捨てる。  これで一般的客観性、普遍性があると言えますか?」
こういうことなんです。  もちろん信仰の範疇なら、それでかまわないのです。
「私は、この経典のこの記述は信じるが、これは釈迦が説いたこととは信じない。」
これでよいのです。 しかし歴史的事実に関する事柄を実証するにおいては恣意的
な主観はできるだけ排除するのが常識です。主観に基づき取捨選択するのなら
それなりの客観的合理性がなければなりません。
六道輪廻を方便とした理由に「人間は人間のみに輪廻する。」  というご自身の
信念以外に合理的理由があるのであれば、お聞かせください。
106前スレ7:2008/12/09(火) 00:25:59 ID:giCkH5MR
>>91
> その人には、あなたはどう説明するのかを「ここで」話して下さい。
その人の「具体的」情報無しには何も言えんだろ?w
とまあ、突き放しても何なんで少し補足すると、
>>32で、私が >抽象的なレスを返しやがって と書いたように、
彼と同じように抽象的レベルで(全ての事例を包括し得る形で)答えているだけさ。
唯一違うのは、私が引用して問うた事例には、かなりの「具体性」が含まれているが
貴方が問うている事柄には「具体性」が乏しい(寧ろ皆無)という点だろう。

もし、そのような場面に出会ったなら、
相手の具体的情報を探り、相手の心に届き易い(→相手が実感し易い(≒我が事と受け止め易い))喩えを用いて、
彼の心のギプスを壊そうとするだろう。具体的に返答不能である理由はここにある。

チベット? 河口慧海の旅行記読みましたか?


>>93
>そんなの当たり前じゃないですか?
でしょう?w
ならば、>>82に於ける 『 >それでは犯罪は無くならない 』という謂いは、
輪廻思想を啓蒙することで犯罪が無くなるわけではないということを意味するでしょう?
御自身で >輪廻だけ説けばいいとは思っていません と仰るように・・w

ABCDEFG・・・と様々なブレーキがあったとして、
貴方は、「A(輪廻)というブレーキが無ければ他のブレーキの効力もない」と考え、
私は「どれか一つに優位性を持たせてはいない」という立場の違いでしょうかね。


他にも、横レスしたくなる所もありますが、今夜はこの辺にしときましょうか・・・w

ノシ
107前スレ5:2008/12/09(火) 00:26:05 ID:ktQjAEUP
>>57  >過去世の業によ
って規定される条件とは、まず生まれ先の場所と時間、肉体及び精神的な気質(遺伝子レベルでの個性
の違い)、そして幾つかの人生におけるイベント(過去世に成した行為とほぼ同等値の出来事が自分に降
りかかる)においてです。
 つまり、与えられた種条件の中で自分が今生において、どう判断して行動するかによってその後が決ま
る。その自己選択した行為によって、また新しい未来が切り開かれていくのです。

過去の業によって、その肉体が規定されるのならば、重度の障害をもって生まれて
くる子は、その原因は過去世における悪行である。
このような結論になりますね。


「過去の業により、現世において起こるいくつかのイベントが決まっている?」
これは「自己選択により新しい未来を切り開く」 と明らかに矛盾しますね。
そのイベントが起こる以前に自己選択で死を選んだ場合、イベントは起こりようも
ありません。

そして、この「過去世の業によって規定される条件」 とやらが上記の
ようなものであるとする根拠は? いったい誰の説なんですか?
108前スレ5:2008/12/09(火) 00:57:50 ID:ktQjAEUP
本日、一番驚いたのは >>77 の書き込みでした。

釈迦は空中を飛行していたのですか。まして、それが常識だったとは。
解脱した人は、もう何でもありなんですね。

宝珠愚者さんは、釈迦以外にも何人か解脱した人を知っていると言って
おられましたが(ここでは言わないといってましたね)  やはり
その方々も空中を飛行したり、海底まで潜ったりしておられるのですか?
109神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 01:04:51 ID:O7verfPo
>>104
>どこが?? 私は原罪論-反対主義者です。

あなたは、「輪廻転生を信じなければ、人間は必ず悪を犯す」と主張している
ものと解します。ならば、「すべての人間は、生まれながらに、アダムの原罪
を背負った罪人である」というキリスト教の罪の思想と同じではありませんか。
そこには、善悪、清濁、正邪などのさまざまな要素を併せ備えた、あるがままの
人間に対する慈しみ(愛)は皆無です。善悪、清濁、正邪は、すべて相互に依存
関係にある、具体的状況に応じて常に変化する行為の属性であり、独立した観念
そのものとしては存在し得ず、それぞれに人間の生存において意味を持つと
いう視点が、完全に欠落している。

例えば、善だけの世界は、悪だけの世界と同様の地獄であることに、思い至って
ください。後者がなければ、前者は存在し得ないのです。

それから、どこかで「正しい人」という言葉を使われたの思うが、「正しい」
「正しくない」を判断する、すべての人間に適用できる、普遍的な基準は何
ですか。
110前スレ5:2008/12/09(火) 01:48:12 ID:ktQjAEUP
今 >>83 の書き込みを読んでいて思ったのですが

>自分のした行為により次の生では自分が殺されるか?またはそれに近しい報いを受ける。

>酷いことはどこにも何もない。誰のせいでもない。
全てが自己責任です。他人や環境のせいではない。

こういう見解からすると、先日、千葉であった女児殺害事件。
この被害者の女児などは、過去世において誰かを殺害したり
あるいは、それに近い行為をしたために現世で殺されてしまう
ことになった。   こういうわけですか。
111前スレ5:2008/12/09(火) 02:13:01 ID:ktQjAEUP
さらに疑問?

阪神淡路大震災によって、およそ5000人くらいの方々が、お亡くなりに
なられましたが、この人たちは過去世において、どのような悪業をおこ
なったのでしょうか?  まさか地震を起こして人を殺せるわけはないし。

そして何より不思議なのは、現世において大災害により死ななければ
ならない程の悪業を過去世で犯した人たちが、一部地域に密集して
暮らしていたということなんですが。 これは、やはり何らかの計らい
によるものなのですか? 

 宝珠愚者 さん  よろしく解説お願いします。
112前スレ5:2008/12/09(火) 02:29:39 ID:ktQjAEUP
すると広島もそうか。
原爆によってその生命を奪われた多くの人たちも過去世において
そうなるべく悪業を行っていたというわけですね。

なるほど。この理論からすると多くの人が亡くなる大災害というのは
過去世において悪業をつんだ人たちが密集している地域に起こるとい
うことになりますね。
113机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/09(火) 07:09:05 ID:O7Cd5+VB
>>104
>悪意が無いからといって犯した行為の結果から逃れられる道理はありません。
>ただおそらく、悪意が無い分だけ正確に悪果はマイナスされるでしょう。

これはただの貴殿のエゴでしかないですね。

阪神大震災では多くのボランティアが活躍しました。
パンを無料で配ったりする。→これは善意
しかしながら、近くの商店は全く客足が遠くなる。→これは悪意に繋がる。
(商店の復興が遅れたのは、ボランティアにも一因する)

善意という明において、その影もあります。
善意と悪意というのは視座(視点)で決定される。
つまり人間の“都合”でしかない。

こういうことも般若心経には書いてあります。
「空」→本来、善悪というもんはない。という意味。→無差別相
「色」→人間の都合で善悪が決まる。同じ行為が悪であたり、善になったりする。→差別相

         <色即是空 空即是色>
114神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 08:15:44 ID:4/XDf/O9
宝珠愚者さん、読むのが大変で混乱するから、経典の引用でレス埋めつくさないでねw
物語のような確証出来ない経典を引用するのは、聖書での<マイコン・洗脳>と同じでは?
115神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 08:52:13 ID:Cut0+kaz
>>77

 オカルト兼カルト傾向が露呈してしまって、前スレでは挫折してしまったわけだが、
こんな愚物を相手に遊んでくださる暇人が3〜4人とは酔狂なお方もあったものだ。
暇老人が公園でハトにえさをやっているのと変わらない。

 多くの世間は生きていくのに一生懸命なのに。
 
116神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 08:58:39 ID:Cut0+kaz
>>77
>仏陀の意識状態は、人間存在としての五蘊から生じるあらゆる煩悩意識すらも変性/昇華し、
完全なるコントロール(制御)下に治めているのであり、
即ち、濃密物質界の諸法則からくる様々な制約からも解放されているのです。
従って、その気になれば空を飛ぼうが水中を潜ろうが全て意のまま。
こんな当たり前の常識すらも知らないのですか-あなたは?

解脱を徹底的に実体化するオカルト信者→カルト化決定

よくこんなの相手にしてるねw
特養老人ホーム待ちの暇人には頭の体操かw
117神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 09:00:15 ID:PnjfQUtQ
イスラムの開祖ムハンマドはメッカから空中飛翔してエルサレムに一夜で着いた話がありました。
復活後のキリストがオリブ山から昇天した話は新約聖書に記載されています。
オームのビデオには浅原は瞬間移動や空中飛翔可能な驚くべき身体になった眉唾ですが宣伝しています。

釈尊が空を翔べたかさだかではありませんが大乗仏教的にはなんでもアリではないでしょうか。
118神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 09:15:39 ID:Cut0+kaz
ブッダは経験主義者だ。

実証してから語りな。

宗教者は、素人信者相手の虚仮脅しにかけては手練手管に長けているからなw
インド人の妄想力はスバラシイw
アホッケキョーなんか妄想力全開だ。
思考能力が?の連中はコロリと詐欺カルトにやられていまう。
これだけ多い振り込め詐欺と変わらん。

妄想では何でも語れる。まあ、勝手にどうぞw
119神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 09:16:17 ID:4/XDf/O9
大昔は、娯楽がなかったからなぁ〜(笑
アニメ・映画の代わり?
120神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 09:34:53 ID:6LHXk0IP
上のほうで宝珠愚者が机に対して、>>77で以下のように発言している。

「あなたが般若心経などに洗脳されているから、原始経典を理解できないのです。」と。

宝珠愚者よ、汝に「徳の賊」という言葉を教えよう。洗脳とは何か考えたことも
ないのだろう。何故か?汝が、洗脳されているからじゃよ。

121神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 09:50:27 ID:Cut0+kaz
>>120
この公園のハトにえさをやらないでください。

妄想フン害で周囲住民の迷惑です。
122神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 09:56:55 ID:Cut0+kaz
昔も1のような類型的なアフォがいたよなあ。

財布の中身をチラリと確かめた売春婦から
「愛してる」といわれて舞い上がり、
『ボクを愛してくれるなんて、彼女が処女であることはまちがいありません!』
  って叫んでいる奴。

123神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 10:19:19 ID:cY3VmwlH
>>122
全く、言いえてる!頭、いいなぁ〜

宗教者は、ホントそうですょン!(笑
124机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/09(火) 10:26:51 ID:O7Cd5+VB
>>77
>それが違うというのならば、
>では、あなたがいうところのニルヴァーナ意識境とはどんなものなのか?

貴殿が考えるのは、
@世界は不条理である。
A不条理であるのは原因があるはず。
B原因を究明しますた。それはカルマ・システムでつ。
って論法かと思います。

こういった帰納法的推論といふのが、もはや寂滅してしまいまふ。
つまり推論はせんですね。
必要がありませんから。→これがニルバーナの意識

>人間が仏陀になると何がどう変われるか?その解説をしてみせて頂きたい!

全てが虚構であり、それが見事に崩れ去ったのち
全てが明かされるのです。→これがニルバーナの意識

>それから、あなたに答えてもらった例の回答については、
>今、序々に筆を走らせているところです。

そうですか。それは楽しみでありまふ。
拙者も、貴殿とこうして逢える機縁を大事にしとう存じまふ。

          <机龍之介・花押>
125神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 10:48:51 ID:6LHXk0IP

「これがホントの仏教なのだ、元祖仏教」と私の思いで。

ブルーハーツを高校生の頃、聞いていた。ある日、バンドやってる
香具師が私にCDを貸してあげると持ってきた。それは、セックスピストルズ
であった。彼はこう言った。

「ブルーハーツなんて、パンクじゃねえんだよ。パンクっつうのはな、
これだよ。これ。これがホンモノのパンクなんだよ。」

私は彼の舎弟となり、元祖パンクの布教につとめた。日本のパンクを
バカにし、そして、ひたすら海外の初期パンと呼ばれるバンドを漁り続けては、
優越感に浸るのであった。



一週間後、「ピストルズこそが、元祖パンクなのだ。それを聞いている俺は
かっこいいんだ」と私は改心し、ブツーハーツの悪口をいうようになっていた。








126神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 10:53:59 ID:gT8Byvih
>>118
釈尊が経験主義者というのは、そうだと思います。
それは端的に子どもを亡くして半狂乱状態のキサーゴタミーへの教えに顕われていると思います。

しかし、その経験は一般人の良識のみを対象としているのではないでしょう。
むしろ、一般人が良識と考えている素朴実在論的見方こそが、我、無明、妄想であり、
それこそが苦の原因であると説かれたと思います。

ですから、実証という場合、素朴実在論を基盤とする経験主義による実証では、
全く何も分からないでしょう。
127神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 11:35:43 ID:cY3VmwlH


    ∧,,,∧
 /\(`・j・´)/\ ハッハッハー                 ゚ ,  
 ⌒⌒ wωw'"⌒⌒ ` .゚ .゚. ゚。 .  . ゚  .   ,  .     .  .   。    ゚ .      ゚ ,         ,
 .  .。   .  .。    o   .. , 

■ 【献金・布施制度廃止】 ■

美辞麗句の観念の<甘言と脅し><偽善>で人を釣る金の亡者!☆
人の懐あてにするな!社会の寄生虫!★
ボランティアでやりなさ〜いねw (笑

 。 .  . .   .   .  。 ゚。, ☆ ゚. + 。 ゚ ,。 . 。  , .。 .  .。.      . .  .
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 ゚. o * 。゚。゚.。゚。+゚ 。 。 ゚。 ゚ 。  ゚           。    .          .
゚` .゚ .゚. ゚。 .  . ゚  .   ,  .     .  .   。    ゚ .      ゚ ,         ,
 .  .。   .  .。    o   .. , 


128神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 11:45:31 ID:bpMr+URb
唯物論者が宗教を疑うのはいいんだが。
仏陀は輪廻や死後の世界を説いてない!などという虚偽はよくないな。

129神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 12:53:20 ID:kpGEviMF
>>71
>私が〜ではなく、経典に繰り返し書かれていることをいっているまで。

だから、宝珠愚者さんの主張は、聖書を神の啓示で書かれた真実で絶対
誤りがないと信じているクリ達と、発想が同じでしょう→(聖書=経典)

■ 経典を真実で絶対誤りがないと信じてるのですからw ■

☆★ まづ、それを自ら、証明しないとねン ★☆


>>70氏と同じになりますね! ↓

■ 現代人が、時代も異なる2500年前の釈迦を無批判に追いかけることは誤り。
若し、釈迦に誤りがあれば、それを正してあげるのが、現代の弟子たちの義務です。

優れた教師であった釈迦が、自分に対する無批判な盲信、狂信や、自分を利用
した他者への脅迫を、喜ぶでしょうか。よーく考えてみてください。 ■


★宝珠愚者さんにはクリの臭いが当然、プンプンしてま〜す(笑

ヽ(^。^)ノ 


130神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 12:54:35 ID:Cut0+kaz
1の背後の論理はよーするに

  『色即是色』でしかない。

>>128
俺は唯物論者ではない。
ブッダの教えは信仰を中心とするいわゆる「宗教」ではない。

>輪廻や死後の世界  などという観念は広義の「色」であって、
            世俗的俗物妄想論理に過ぎず、
           ブッダ本懐たる四聖諦コンセプト→勝義諦と矛盾する。
『色即是色』は還滅してもあくまで『色即是色』であって、
『色即是空』⇔『空即是色』にはならない。


131神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 13:09:44 ID:kpGEviMF
>>70
>これは脅迫ではなく、自己の行為に責任を持ち正しい行動を呼びかける、
人間同士の正しい関係について学ばせる倫理的な教えです。

それは、仏教団体=宗教者達の人々への<精神的な支配・独裁・・>になり
人間同士の正しい関係に果たしてなるのでしょうか? ★
キリスト教の悲惨な宗教戦争の歴史と比べましょうw
http://www.hpo.net/users/hhhptdai/kyoukaihanzai.htm


■ 一番得するのは、聖者と称する○●○を引き連れた宗教団体・宗教者達です

■ 聖者とは、何をもってそれを証明するのですか?

人々は、最終解脱者と自己申告しているアサハラとダライ・ラマ、仏陀・・
等の違いを何処で何を基準に判断したら良いのでしょうか?★☆

アングリマーラの話もオウムで同じように言ってたし、確か、そういう名前を
付けた人もいましたねw・・今は、刑に服しているんだった?
132神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 13:21:47 ID:bpMr+URb
無自覚な唯物論者が自称仏教者には多いようだ。

唯物論

「精神に対する物質の根源性を主張する立場。
従って物質から離れた霊魂・精神・意識を認めず、意識は高度に組織された物質(脳髄)の所産と考え、
認識は客観的実在の脳髄による反映であるとする。
唯物論は古くインド・中国にも見られ、西洋では古代ギリシャ初期の哲学者たち以来、
近世の機械的唯物論(特に18世紀のイギリス・フランスの唯物論)やマルクス主義の弁証法的唯物論を経て、
脳科学に基礎を置く現代の創発的唯物論に至るまでさまざまな形態をとって、哲学史上絶えず現れている。」 

広辞苑 第5版より
133神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 13:30:34 ID:kpGEviMF
>>91
>人々は皆んな心からの仏教信者であり、輪廻転生の思想の中で生活している。
仏教の説く慈悲の心と実践。・・・あのような仏教国家では盗賊や殺人が考えられますか?

確か以前、NHKで放送された記憶がありますが、仏教国では貧しい人達から
のお布施をもらい、そのままトンズラする悪い僧侶が結構いるらしい。
本末転倒でしょうw(笑
それと、お布施の徳が徹底してるので貧しいのにわずかな蓄えもすぐ捧げてしまう
から、一向に人々は貧困から抜けられないと言ってましたw

仏教団体や僧侶にとっては天国かもしれませんがw(笑
金銀・財宝・・・何でも集まり、大金持ち? 仏像も豪華みたいですねw
134神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 13:40:04 ID:kpGEviMF
>>92
>ゴータマは違う。

どこが違うのか具体的にドゾー☆★

>人間には人を正しく裁く力はない。どっちがより悪だといった判断など、人間が正確に見定めること
などは不可能です。人間が勝手に作った裁きではなく業(カルマ)の法が人を公正に裁くのです。

↑ では、司法に行って抗議してきて下さいなw 見えない力の<威力>発揮!!★

そんな大言壮語を吐くなら、サリン被害者の救済や後始末、他の沢山の宗教被害は、(天から)
からふってきた宗教団体の<お布施・献金>でど〜ぞ、まかなって下さいなw (怒

◆ 『言葉』は、誰でも簡単に作り言えるもの。迷惑ですねン、ホントにw ◆ (*^。^*)

疲れたw オチ
135神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 13:54:40 ID:Cut0+kaz
オカルト×カルト志向=宝珠愚者

 しかし特養老人ホーム待ち暇人さんたちは、遊び上手だなw
136神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 15:05:57 ID:Cut0+kaz
>>132
コラッ!俺を誤解するなって言うてるやないか。
俺は一元論はもちろん、西欧近代主義的な二元論的思考(サブジェクト/オブジェクト)を
乗り越える地平に立つことが必要だと思っている。
137神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 16:21:25 ID:gT8Byvih
>>136
では、仏教とはどのように向き合うべきと考えますか?

少なくとも、仏教は一般人の認識が根本的に誤っていて、
それが苦の原因と考えていると思いますが
138机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/09(火) 19:07:52 ID:O7Cd5+VB
(つづき)
>人間が仏陀になると何がどう変われるか?その解説をしてみせて頂きたい!

☆これは仏陀というより阿羅漢ですね。

釈尊在世当時というのは、バラモン教も殆ど形骸化してきた。
(つまり、今の日本の伝統仏教のようなもんだろう?)
そんな時代ですから、
それとは全く違った思想(宗教・哲学)を希求する動きが出てきた。
(六師外道を含む独覚者の流れ)

結論から言いますと、釈尊は自由思想を打ち立てたのです。

一休宗純は、こういうことを言ってる↓
「釈迦という いたずら者が世に出でて 多くの者を迷わするかな .... 」。

「せっかく釈尊が“自由”という流れを築いたのに、
仏教の歴史は混沌として、迷いの歴史であった」。
と、一休はメッセージを送ってるんだね。
(これは、一休の生き方にもマッチングしている)

「人は神において奴隷になる」。
これはニーチェの言葉だが、
そもそも人間は、奴隷になって悦びを感じるのかもしれんね。
(自虐嗜好といってもいい)

じつは、ロシア革命が成功したのは、
ツンドラの厳しい気候に、自由より奴隷を選んだ。
ってのが理由らしい。
(嗜好は、気候・風土に大きく左右されるらしい)
139神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 20:08:08 ID:bLAjVlMy

<お詫びと訂正> ↓

>>123は、レス内容の1氏を前スレ主の宝珠愚者と勘違いして
ましたので、意味不明となり削除をお願い致します。 m(_ _)m
140宝珠愚者:2008/12/09(火) 22:42:16 ID:GR+wWdYD
-----前5さんへ
>>105
>しかし歴史的事実に関する事柄を実証するにおいては恣意的
>な主観はできるだけ排除するのが常識です。主観に基づき取捨選択するのなら
>それなりの客観的合理性がなければなりません。

 おっしゃる意味は理解しますが、それは私の仕事(任務)ではないでしょう!
--この私はすでに道にある者です。私はジャーナリストでも科学者でもない。

>六道輪廻を方便とした理由に「人間は人間のみに輪廻する。」というご自身の
>信念以外に合理的理由があるのであれば、お聞かせください。

 輪廻転生は意識の進化のための自然法則なのです。下等生命への生まれ変わりはない。仏典に
動物への転生の話はごく少ない--それは戒め程度の方便ということです。ゴータマの輪廻に言及する
説法をみても、基本的に人間としての生まれ変わりの話で満ちていることが理解される筈です。その
他に理由はありません。


>>107
>「過去の業により、現世において起こるいくつかのイベントが決まっている?」
>これは「自己選択により新しい未来を切り開く」 と明らかに矛盾しますね。
>そのイベントが起こる以前に自己選択で死を選んだ場合、イベントは起こりようもありません。

 必要な受けるべき果報は避けられない。その前に死んで避けるということはできない。死ぬ前にイ
ベントが起きて避けられないか、もしくは仮に死んで逃げたとしても無駄であり、次の転生の機会には
再びイベントの機会が巡ってきて確実に逃げることはできない。ですから、この避けられないのが業
報の作用なのです。これはゲームではないのです。
141宝珠愚者:2008/12/09(火) 22:43:28 ID:GR+wWdYD
>過去の業によって、その肉体が規定されるのならば、重度の障害をもって生まれて
>くる子は、その原因は過去世における悪行である。 このような結論になりますね。

基本的にはそうです。
しかし、例外としては「試練」というのもある。>>55

>そして、この「過去世の業によって規定される条件」 とやらが上記の
>ようなものであるとする根拠は? いったい誰の説なんですか?

 過去世の業に拠って生を受けるということは、つまりそういうことです。過去世の業に拠って悪し
きイベントや良いイベントが起こるということはこういうこと。説明は私による言葉でしたが、過去世
の業による輪廻で転生し業果を受けるとはこういうことです。経典による直接的な記述がどこにあ
るのかは、すみませんが今は確認できません(ご存知の方が見てましたらご教示願います)。


>>108
>釈迦は空中を飛行していたのですか。まして、それが常識だったとは。
>解脱した人は、もう何でもありなんですね。

 はい。一般的には不可能といわれていることの殆ど全てが可能。こんなことは当たり前の常識
の大大常識です!(世間が無知で非常識なのです)。
142宝珠愚者:2008/12/09(火) 22:44:18 ID:GR+wWdYD
>宝珠愚者さんは、釈迦以外にも何人か解脱した人を知っていると言って
>おられましたが(ここでは言わないといってましたね)  やはり
>その方々も空中を飛行したり、海底まで潜ったりしておられるのですか?

 海底に潜った話は聞いてませんが--はい、そんなことなど全く容易いです。誤解してはいけない
のは、神秘能力=解脱者ではないということ。
 では、サービスして5さんにお話します。物質界の制約から解放された存在は、その気になれば肉
体上の不死も可能。
 私が知っている存在の一人は、この恐らくはもう3万年以上もの間、今もこうして同じ若き青年の肉
体をそのままに保持し続けています。数百年〜数千年という存在ならばもっと数名います。彼らは肉
体に執着しているわけではなく、必要に応じて保持したり或いは好きに捨てるのです。彼らが肉体死
をする場合には自ら捨てているのです。
通常の転生方法ではなく、自分の意志力で肉体を想像し、そうして創りあげた肉体に入っていく方法
をとっている方も数名います。しかし、見た目はごく普通の人生を過ごされ、一定の時期がきたら肉体
を捨てるという方は多いです。
 私はそのようなことを結婚すべき大切な女性に話していたら、その結果として破談になりました(爆)

 また、解脱した存在で輪廻転生の否定を説く方は完全に皆無です。全員、例外なしにそのことを重
要視して説かれます。否定を説いた方の存在を私は一例も知らない。


>>110-112
 個々のケースについて判定することは我々(解脱者でなければ)には不可能です。しかし、地域の大
災害の場合、その死傷者の多くは過去世の業ではない場合が多いと思います。一つは当人にとっての
試験の機会として、そこに巡り合わせられます。
 また、自然災害の場合には、人類全体としての悪しき想念が自然界に作用したものであるケースが
多いでしょう。

 重要なことは、必ず全員が理由あってそこに居合わせているということ。偶然ということは在り得ないの
です。全ての出来事の背後には必ず理由が存在します。
143宝珠愚者:2008/12/09(火) 23:22:30 ID:GR+wWdYD
>>109
>あなたは、「輪廻転生を信じなければ、人間は必ず悪を犯す」と主張している
>ものと解します。ならば、「すべての人間は、生まれながらに、アダムの原罪
>を背負った罪人である」というキリスト教の罪の思想と同じではありませんか。

必ずということではない。
犯しやすいといっているのです。ゴータマが述べた通りです。
当然のこと、死んで終わりならば得した者価値という理論を停める術はありません。
原罪思想は認めません。ただ似てるものとしては人間に内在する本能(煩悩)がそれです。

>「正しい」 「正しくない」を判断する、すべての人間に適用できる、普遍的な基準は何ですか。

人間の霊的な成長を促すものは正しく、霊的な成長を阻害するものは正しくない。


>>113
>「空」→本来、善悪というもんはない。という意味。→無差別相
>「色」→人間の都合で善悪が決まる。同じ行為が悪であたり、善になったりする。→差別相

般若心経に拠らなくても分っています。
カルマの法則が正しく作用するだけです。
我々には見た目でも簡単に何が良いことか分らない場合も多い。
しかし、善意を尽くせば道は開かれると思います。
144宝珠愚者:2008/12/09(火) 23:24:50 ID:GR+wWdYD
>>129
>だから、宝珠愚者さんの主張は、聖書を神の啓示で書かれた真実で絶対
>誤りがないと信じているクリ達と、発想が同じでしょう→(聖書=経典)
>■ 経典を真実で絶対誤りがないと信じてるのですからw ■

 聖書の記述は改ざんが多い。それは数回に渡る宗教者会議によるもの。また、聖書の記述は
象徴的な物語が多く、文字通り受けるべきではない部分が非常に多い。聖書系の原理主義は悲
惨な状況になります。
 原始経典はその書かれている内容に矛盾がなく理路整然と納得のできるものです。殆どにおい
て余計な解釈も不要なくらいストレートです。


>>134
>どこが違うのか具体的にドゾー☆★

 ゴータマには教団の長であるという意識すらなかった。また、「実はこれこれは方便でした
---真義はこうです」のような秘密の教えはない、全ては説き明かした通りであると明言しました。

 「アーナンダよ、修行僧らはわたしに何を待望するのであるか? わたくしは内外の区別なしに
(ことごとく)法を説いた。完き人の教法には、何ものかを弟子に隠すような教師の握拳[にぎりこぶ
し]は、存在しない。『わたくしは修行僧のなかまを導くであろう』とか、あるいは『修行僧のなかまは
わたくしに頼っている』とこのように思う者こそ、修行僧のつどいに関して何ごとかを語るであろう。
しかし向上につとめた人は『わたくしは修行僧のなかまを導くであろう』とか、あるいは『修行僧のな
かまはわたくしに頼っている』とか思うことがない。向上につとめた人は修行僧のつどいに関して何
を語るであろうか。」(マハーパリニッバーナ・スッタンタ/旅に病む―ベールヴァ村にて)

>↑ では、司法に行って抗議してきて下さいなw 見えない力の<威力>発揮!!★

 私なりのレベルで法務省には抗議しています。どうしても死刑を続けるなら、TVでゴールデンタイ
ムで生放送せよ!といった。私は徹底した死刑廃止論者です。
145宝珠愚者:2008/12/09(火) 23:30:24 ID:GR+wWdYD
>>142訂正
×一つは当人にとっての試験の機会として、そこに巡り合わせられます。
○一つは当人にとっての「試練」の機会として、そこに巡り合わせられます。
146宝珠愚者:2008/12/09(火) 23:41:19 ID:GR+wWdYD
>>129
>優れた教師であった釈迦が、自分に対する無批判な盲信、狂信や、自分を利用
>した他者への脅迫を、喜ぶでしょうか。よーく考えてみてください。 ■

喜ばれるわけはないでしょ!あ・な・た

一生涯、(仏を想い)五体投地して過ごす一部の人々とかは、嬉しくないでしょうね。
苦行としての本人の心の浄化には役立ってるでしょうが・・。
ゴータマは聖者に対する尊崇の念と敬意を推奨されますが、
過剰な崇拝行為は望まれていないし、それを制するでしょう!
147神も仏も名無しさん:2008/12/09(火) 23:55:38 ID:iqlujzlu
>>143
>人間の霊的な成長を促すものは正しく、霊的な成長を阻害するものは
>正しくない。

「霊的」「霊的な成長」とは、具合的にはどういうことですか。現実
に立脚して説明してください。抽象語、観念語の内容は、百人百様
ですから、説明にはなりません。

それから、「霊的」とは、英語では"spiritual"。即ち「精神的」と
いう意味です。「霊」と言う言葉は「幽霊」と混同されるから、「精神」
「精神的」という言葉を使うべきです。この世界の実在さえ否定した釈迦
が、「神や霊」の実在など語ったら、全く矛盾してしまいますね。
148神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 00:08:11 ID:iyib1J5G
>>149
>ただ似てるものとしては人間に内在する本能(煩悩)がそれです。

それはおかしい。本能は、人間の生存と種属の維持のために「創造主」
が人間に与えた「最大の恩寵」のはず。「人間」がそれを否定すること
は、「創造主」の真っ向からの否定と冒涜ではありませんか。
149前スレ5:2008/12/10(水) 00:24:16 ID:mmTh0gjV
え〜とですね、 >>140  >>141 での宝珠愚者さんの回答は自説に都合の
良いように「物語」を述べているだけで、なんの論拠も示されてはおりませんね。
すなわち「私は、このように信じている。」 というだけですね。

>>釈迦は空中を飛行していたのですか。まして、それが常識だったとは。
>解脱した人は、もう何でもありなんですね。

 はい。一般的には不可能といわれていることの殆ど全てが可能。こんなことは当たり前の常識
の大大常識です!(世間が無知で非常識なのです)。

はい、わかりました。

>私が知っている存在の一人は、この恐らくはもう3万年以上もの間、今もこうして同じ若き青年の肉
体をそのままに保持し続けています。数百年〜数千年という存在ならばもっと数名います。

3万年以上、青年のままで生き続けている方がおられるのですか。
数百年〜数千年という存在ならばもっといるわけですか。

なんと言って良いか、まさに言葉を失います。

>私はそのようなことを結婚すべき大切な女性に話していたら、その結果として破談になりました

失礼ですが、私には、その女性のかたは、極めて健全な理性の持ち主のように
思われます。
150前スレ5:2008/12/10(水) 00:25:38 ID:mmTh0gjV
>自然災害の場合には、人類全体としての悪しき想念が自然界に作用したものであるケースが
多いでしょう。

わかりました。人類が清い心をもてば自然災害は起こらないわけですね?


私の今の率直な感想は、宝珠愚者さんの言ってることは、どれも甚だしく
仏教から逸脱しているように思われます。

これは以前にも書きましたが、「輪廻肯定論者」と言う人たちは、このような
見解に賛同、もしくは近い見解をもっておられるわけですか?
このスレにも少数ながら宝珠愚者さん以外の「輪廻肯定論者」の方がおられる
ようですので、ぜひともご意見をお聞かせください。
151神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 00:49:57 ID:iyib1J5G
>>149
>>150
ずばり言って、キリスト教の影響ですね。

精神医学的には、仏陀はうつ病だったと思われるが、うつ病は「感情障害」で
あり、人格の崩壊はない。イエスは、完全な統合失調症。人格そのものが崩壊
しています。キリスト教とは、イエスの精神病の集団的一大感染以外の何物
でもありません。精神病は感染します(感応精神病)。

他の宗教でも、キリスト教の影響があると、例外なくカルト化します。信者の
嵌り込みと狂気の程度が、特に甚だしい。この板のキリスト教スレでも、信者
たちは、もはや狂乱状態です。

麻原も、キリスト教の影響がなければ、あそこまでは絶対にならなかったはず
です。
152前スレ5:2008/12/10(水) 02:02:50 ID:mmTh0gjV
改めて宝珠愚者さんのレスを読み返してみましたが「重度の障害をもって
生まれてくる子は、前世で悪業をなしたからだ。」
宝珠愚者さんは、このように言いますが御自身のこの意見は本当に正常である
と思っておられるのでしょうか?  私には、とてもひどいことを言ってるように
おもえるのですが?  我が子に、このようなことを言われたご両親は、いったい
どういう気持ちになるか  考えたことはありますか?

「大災害で命を失うことが試練?」  これも全く意味がわかりませんね。
「重要なことは、必ず全員が理由あってそこに居合わせているということ。偶然ということは在り得ないの
です。全ての出来事の背後には必ず理由が存在します。」と言っていますが

大災害で命を失った人たちは皆、そうなるべく理由があった。
広島の原爆で命を失った多くの人たち。あるいは
ヒトラーによって命を奪われた多くのユダヤの人たち。
彼らに、殺されなければならない、どのような理由があったのですか?

彼らは前世において悪業をつんだために、その命を奪われたわけですか?
153前スレ5:2008/12/10(水) 02:44:09 ID:mmTh0gjV
そして、宝珠愚者さんが、よく使われる「試練」
これがよくわかりません。 >>142 でも使っていましたが
命を奪われることが、なぜ試練なのですか?

もしかして「死後、より霊性の高い存在として来世に生まれ変わるための
試練。」  このような意味で言われているのでしたら、それは、とんでも
なく危険な思想です。  まさにオームの麻原の思想そのままです。
彼は「被害者を殺してあげることによって、その魂を救うのだ。」
と言って自己の殺人の正当化を図りました。現世の死を来世における
より良い存在への架け橋   のような解釈は絶対にしてはならないこと
です。それこそ、生命軽視へと繋がります。(まあ、そのような考えではないと思いますが)

改めて お尋ねします。
「命を奪われることが、なぜ試練なのですか?」

  
154神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 02:45:10 ID:6+HcuKOz
>>152
原爆を落したのも、ホロコーストをやったのも、クリスチャンです。彼らには、
「イエスを信じないものは、殺してもよい」という、十分な理由があったのです。

キリスト教の中心教義は、「(自分が)人にして欲しいことを、人にもなせ」
です。イエスを熱心に信じるクリスチャンたちは、「自分が人にして欲しい
こと(イエス信仰)を人にもなす」ために、他国を侵略し、異教徒に強制改宗
を迫り、従わない者は皆殺しにしたのです。

東洋では、「己の欲せざるところを、人に施すことなかれ」と否定形を用います。
ユダヤ教でも、否定形です。この肯定形と否定形との間の、巨大な意味の相違に
思い至らなければなりません。
155神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 06:52:10 ID:KtfctFJk
宝珠愚者さん。あなたは業論(因果律)をどうも他律的に
捉えているような気がします。私は「悪しき業論」と呼んでいますが。

業論(因果律)は、自分の苦の解体のために、あくまで現在より過去に
遡及して苦の因を分析し、世界と私の在り方を説明する「手だて」ですよ。

少し引用→Web上のこの連載?読んでみて。内田樹氏と釈徹宗氏のやりとり。
http://www.tatsuru.com/jibutsu/html/text.4.html




http://www.tatsuru.com/jibutsu/html/text.4.html
156神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 07:04:56 ID:KtfctFJk
155のリンク先から貼り付け。

レヴィナス先生によれば、他者を語ることがそもそも暴力(先生にはシャカに説法ですね)です。
なぜなら、理解不能だからです。

因果律や業思想を他者に<投影>することはまさに暴力です。 ←ここが肝心ね。
157机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/10(水) 08:07:27 ID:zYLPcvUx
>>143
>般若心経に拠らなくても分っています。

そうでしたか。
一連の貴殿の書込みを、興味深く読ませて頂きました。

>我々には見た目でも簡単に何が良いことか分らない場合も多い。
>しかし、善意を尽くせば道は開かれると思います。

なるほど。
結論から言いますと、>>156氏の書いたのに禿同です。
>因果律や業思想を他者に<投影>することはまさに暴力です。 ←ここが肝心ね。
これに↑尽きるのですが。
まあ、はっきり言ってリアルで貴殿と関わるとロクなことはない。
ネットの言説空間においては・・・そこは安心ですけど^m^

>私はそのようなことを結婚すべき大切な女性に話していたら、その結果として破談になりました(爆

まだ夢をみているうちはイイのですが、
そのうち夢も覚めてくる。

ちなみに、統一教会の草創期の頃は団塊の世代の青春期です。
それらの食口(信者)は今、60歳以上くらいになって、
殆どが脱退しているらしい。
(もちろん、残って統一二世もいる。という方もいますけど)
彼ら(彼女ら)が異口同音に言うのが、
「私の青春を返してほすい」。
非常に悲惨なことになってます。

どうか、今ある縁こそ大切になさってくださいませ。
                (かしこ)
158神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 09:22:40 ID:KtfctFJk
宝珠愚者さんへ。

私自身、輪廻、業報などでは混迷を窮めた時期もありましたので、あなたの
認識も理解できなくもないのです。また、因果応報を倫理の基礎付けをするものと
みる向きもありますが、まさにその逆。倫理を破壊するものです。詳しくは
リンク先をお読み下さい。


以下、156と内容は重複しますが大事なことなので書いておきます。

他者に「それは自業自得だね」などとは、仏教の因果律からは言い得ないの
です。ここを、取り違えてる者は仏教者と言われる人の中にもいるわけです。

苦を抱えているという果<現在の私>を問題としないで生きている人も、実際に
いるのですから、その人には「苦の因」などあるわけないのです。苦しみのない人に
人間とは「苦的な存在」であるから、道を求めよ云々と説いても「余計なお世話」と
なりかねません。宗教者が、気を付けなければならない点ですね。

他律的ということ

法律では、犯罪者の法の認知に無関係に、法を犯したことが露呈すれば、適用されますね。
これは、法律が他律的だからですね。他者に因果律(仏教でいうところの)は適用できません。
他者に適用させようという心象を私は「カルト的」と呼ぶことにしています。

159神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 10:28:09 ID:fAvLs6TA
仏教虚無派(フランス派)を立宗すれば良いでしょう。

あらゆる仏典において業報輪廻が説かれていることは厳然たる事実です。
160神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 10:39:01 ID:tCapn5hI
>>150
基本的に似てますが、宝珠愚者さんの説はスマナサーラさんの教えをベースに
色々な私見が入っているように思います。

根本的認識誤りである素朴実在論や自我意識といった無明によって、
行為を行うことが業といわれます。業は無明という煩悩に基づく行為と、
その結果としての潜在的エネルギーのようなものです。
その業が、縁と結びついて異なった形(異熟)で苦として縁起する。
苦が新たな煩悩を呼び、業をなし苦として縁起する。
この円環運動が輪廻と呼ばれ、始まりもなく解脱するまで終わらないと説かれます。

その意味で、どんな縁起・現象も過去の行為に基づくと考えます。
以下は、宝珠愚者さんとの違いです。

>>140
> 輪廻転生は意識の進化のための自然法則なのです。下等生命への生まれ変わりはない。仏典に
>動物への転生の話はごく少ない--それは戒め程度の方便ということです。ゴータマの輪廻に言及する
>説法をみても、基本的に人間としての生まれ変わりの話で満ちていることが理解される筈です。その
>他に理由はありません。

「輪廻転生は意識の進化のための自然法則」という説は、私が知る限り仏教に存在しないし、古典的インドの見解にもありません。
 仏教では人間に生まれることが希有とされます。
 それはジャータカでも、律でも説かれますし、
 『勧戒王頌』『入菩提行論』『往生要集』『修証義』などでも説かれます。
161神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 10:39:34 ID:tCapn5hI
>>142
> 私が知っている存在の一人は、この恐らくはもう3万年以上もの間、今もこうして同じ若き青年の肉
>体をそのままに保持し続けています。数百年〜数千年という存在ならばもっと数名います。彼らは肉
>体に執着しているわけではなく、必要に応じて保持したり或いは好きに捨てるのです。彼らが肉体死
>をする場合には自ら捨てているのです。

確かに禅定状態で何年も生き続けたという話は、よくあります。
例えば『大唐西域記』、弘法大師の入定など。
また、釈尊も懇願によって寿命を延ばされたと説かれます。
ですが、一般に解脱者も成就者も無常なので死をまぬがれない、
と説かれます。こちらの方が強調さえます。

>>145
>○一つは当人にとっての「試練」の機会として、そこに巡り合わせられます。

>>146
>一生涯、(仏を想い)五体投地して過ごす一部の人々とかは、嬉しくないでしょうね。

この二つも仏教で説かれないでしょう。
162机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/10(水) 11:02:14 ID:zYLPcvUx
>>159
死んだら終わり。ってのは世俗諦の説明だけど、
勝義諦では<全否定⇔全肯定>という意味あいになってくる。

こうなると、論理性とか考察とかの段階じゃなくて・・・
それを超克せんと意味不明なんですが、
ここで書込みしている論客においては、拙者の書込みは理解してもらえるかと思う。

つまり、仏教は虚無(ニヒリズム)ではない。
断滅論(世俗諦)であっても、
それは業報輪廻を超えて、人類を救済する。
法(ダルマ)というのは普遍である。ということが大前程でありますが、
業報論のように可変なものは法ではない。
ただ人類を迷わすもの。
163神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 11:02:39 ID:tCapn5hI
>>158

リンク先を読みました。釈さんの仏教は、どうも西洋近代思想が基盤のようです。
なぜ、ヒュームの因果論やレヴィナスが根拠となるのでしょうか。
たしかに以前ヒュームを読んだ時、縁起にかなり近い印象は持った記憶はあります。
レヴィナスは、ほとんど知りませんが、現代の倫理を考える基盤とはなっても
仏教を判定する根拠にはなりえないでしょう。

>私自身、輪廻、業報などでは混迷を窮めた時期もありましたので、あなたの
>認識も理解できなくもないのです。また、因果応報を倫理の基礎付けをするものと
>みる向きもありますが、まさにその逆。倫理を破壊するものです。

仏教とエチカ、エシックスと呼ばれるものは別のものです。
仏教の戒律は、苦を除く、意識の散乱を防ぐということを主に目指していると思います。
大乗ではここに利他が加わります。
それら全ての根拠が、業であり縁起でしょう。
業や輪廻という前提なしに仏教はありえないでしょう。

>他者に「それは自業自得だね」などとは、仏教の因果律からは言い得ないの
>です。ここを、取り違えてる者は仏教者と言われる人の中にもいるわけです。

>苦を抱えているという果<現在の私>を問題としないで生きている人も、実際に
>いるのですから、その人には「苦の因」などあるわけないのです。苦しみのない人に
>人間とは「苦的な存在」であるから、道を求めよ云々と説いても「余計なお世話」と
>なりかねません。宗教者が、気を付けなければならない点ですね。

上の二つの考えは、多分レヴィナスなどの思想に基づくもので、仏教を根拠にしたものではありませんね。
仏教では一切皆苦で、縁起しているものなら全て苦でしょう。
現在、苦を感じていないのは、無自覚な凡夫だからと説かれます。
確かに、求めていな人に無理矢理、法を説くのは釈尊の方法ではないと思います。
164神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 12:28:59 ID:KtfctFJk
>>163
釈氏はヒュームの因果論を退けているのが、仏教の因果論と言及してる
ではないですか。再読してみて下さいね。



165神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 12:43:11 ID:7GVRngt4

>>155-156-157氏のレスに納得〜! ありがd☆♪ 〜ヽ(´∇`)ノ

■ レヴィナス先生によれば、他者を語ることがそもそも <暴力> です。

なぜなら、「理解不能」 だからです。☆★

■ 因果律や業思想を他者に<投影>することはまさに<暴力>です。 ☆★


人格心理学を提唱したオルポートは、宗教的人間を「内発型」と「外発型」に分類しました。☆
彼は、「外発的に動機づけられた人は宗教を利用するが、内発的に動機づけられた人は宗教を実践する」
と述べています。「宗教を利用する人」とは、全能の神さまを簡単に信じると同じように、実に簡単に信仰を
棄ててしまう幼児たちのことだと思います。・・・・・・(ry
166神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 13:23:50 ID:7GVRngt4


■ キリスト教は、宗教戦争・紛争で沢山の残忍な殺戮を繰り返しているのに
勢力拡大して、世界最大宗教にまで発展してるではないですか?  ■


     人
    (_)
   (__)    
   (・∀・ ∩ ))   ☆★ 勿論、<カルマや輪廻>なんてあるわけないでしょw ★☆
 ((  (⊃ 丿
    (__)し'



「教会は最大の犯罪組織」 http://www.hpo.net/users/hhhptdai/kyoukaihanzai.htm
「魔女狩りの時代」 http://members.jcom.home.ne.jp/0350371001/works/works_4_i.html
「十字軍の実体」 http://members.jcom.home.ne.jp/0350371001/works/works_4_k.html
キリスト教 http://www6.plala.or.jp/fynet/2scrap147kirisutokyo.html#147y010324m6
聖バルテルミーの大虐殺 http://members.jcom.home.ne.jp/0350371001/works/works_4_b.html


167神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 13:44:38 ID:tCapn5hI
>>164
一読して仏教的でないから、あまり精読してません。なんでこんなものが根拠になるのか分かりかねます。

> そして仏教の因果論は(他のインド思想とは違って)相互依存的ですので、「因があるから果があると同時
> に果があるから因がある」といった調子です。「因果同時」などという言葉もあります。
>
> シャカが説いた瞑想法においては、自己の苦悩を解体するために、どこまでも現在に立脚して、過去の
> 原因を遡及します。「この苦しみの原因はどこにあるのか」という分析的手法です。結果をもとに原因を
> 抽出する感じですね。ですから、結果は原因を創り出しているわけです。また現在の結果は未来の原因
> でもあるわけで、原因と結果は相即として語られたりします。例えば、親という存在が子という存在を生
> み出す原因である、と考えてみてください。親は子の因でありながら、子という果が成立した瞬間に初
> めて親という概念が成立します。親という「因」と、子という「果」、概念の誕生は同時なんですね。

まず、ここら辺が問題ですね。縁起を「相互依存」とするのは宇井伯寿等の解釈ですが、
現在では月称菩薩以降の解釈とされてます。つまり、縁起に対する根本的理解がどうも怪しいです。
それは以下を読むにつれ確信に変わります。
168神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 13:45:54 ID:tCapn5hI
a > 仏教では、ヒュームがいうような因果性は、苦悩のもと(=執着や無明)であると考えます。その落とし穴
 > を避けるためにこそ仏教の因果律という認識手法はあるのです。

b > つまり「月光仮面などいない」と知るためこそ活用すべきなのです。

c > つまり、仏教で説こうとしている因果・縁起という認識は、おのれの執着・無明を相対化
> するためにこそある、と言えそうです。

a だけを読めばそう変ではありません。b が問題です。
世俗でいう妄想を断つために縁起があると、なると全ての意味が変わります。
無明も b の意味なのでしょう。これでは全く仏教ではない。

無明というのは、精神病者が見る妄想やただの思い込みといった意味ではなく。
今、自分や諸物が存在していると認識する素朴実在論のことです。
戒律によって悪い行動を断ち、意識を集中させる習慣をつける。
ある程度集中してきたら、禅定・三昧によって極めて集中させる。
その状態で、諸物が確固として存在していないことが体験できます。
これが、サマタ、シャマタ、止という状態。

この状態の中で縁起を観ずることで、自我意識がないことが体験できる。
これがヴィパサナ、ヴィパシャナー、観ということです。これが無明を断つことでしょう。
だから「因果・縁起という認識は、おのれの執着・無明を相対化するためにこそある」
のと言ってもいいですが、この意味でであって「月光仮面などいない」と知るためではなく、
他ならぬ我や諸物が実在しない、ただ縁起して仮設していることを知るためにあるんです。

つまり、凡夫の意識で論理的に縁起を理解しても決して無明はなくらなないのです。
こういった基本的な認識がないので仏教と現実とに矛盾を感じる釈さんは、
レヴィナスとかを持ち出して現代思想との折衷を図ってなんとか折り合いを付けてるのでしょうが、
それは全く苦の解放に繋がる悟りへの道ではなく、現代への阿りでしょう。
169神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 15:03:04 ID:Il1G2oH1
机さんはじめ「不落因果」ばかり・・・・

>168
おっしゃるように仏教は仏教のコンテクストで読むべきですよね。
170前スレ5:2008/12/10(水) 15:54:26 ID:mmTh0gjV
>>150  における、私の疑問にお答えくださった多くの方々に
ここでお礼を申し上げておきます。

 164さん 168さんの見解は夜にもう一度、よく吟味して私見を述べさせて
いただきます。

よろしければ、IDが変わりましても識別可能なようにコテまたは
ナンバーをふっていただけるとありがたいのですが。
171神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 15:59:20 ID:fldZXnBi
>>166
関連URLもっと紹介してくれ。
172神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 16:13:03 ID:tCapn5hI
>>169
仰る通りです。不落因果、ああこんなことでした。
http://zenken.aichi-gakuin.ac.jp/word/text/07.html

机さんは、机節ですから。

重要なことを忘れてました。 縁起も上のように定に入った観の意味もあるし、
そうでない凡夫にとって縁起は、まず因果関係を示すものです。
それを凡夫の立場で否定してはどうしようもないということを言いたかったのです。

縁起にしても仏教の概念は重層的に用いられていますから、どのような状態・境地で、
説かれているかを考えて読まないと誤読すると思います。

加えて禅で「教外別伝・不立文字」と強調されるように最も重要な部分は
覚った師から弟子へと教えなければ伝わらないのが仏教です。
これは原始仏教からずっとそうだったわけで、だから伝授・法灯が重視されるのです。

現代でもアメリカの大学では、伝統的な師と文献研究を融合した形で学ばれているそうです。
自分が変化した実感をもってから、仏教が効果的であることを確信し、
それから伝統的な師について学ぶとともに文献研究も行うと聞いています。
日本ではとりあえず本から入るのが一般的ですよね。
ずいぶん、違うしアメリカの方が正しいでしょう。
なぜなら、他の仏教国では日本人が仏教を学ぶのに本から入ると聞くと少なからず驚くからです。
なぜ、師から学ばないのか?と。
173999:2008/12/10(水) 16:25:13 ID:tCapn5hI
>>170

ご参考になれば、幸いです。
174机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/10(水) 16:31:07 ID:zYLPcvUx
>>169
拙者は「縁起と因果は別もん」ていうのは一環してまふよ。
前のスレでも書込みしましたし。

縁起は第一義(勝義諦)ですから揺るぎはない。
因果は世俗諦。
全く別もんです。
175机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/10(水) 16:47:41 ID:zYLPcvUx
【因果について再度考察】
因果といふのは、当然でありますが時系列的意味あいを含みます。
不去不来においては、こういった概念(時系列)は論理的整合性はありません。
このことは>>4を参照してください。

【不去不来とは】
これは、過去・現在・未来の否定。という意です。
176神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 17:55:20 ID:auWYPXDZ
>>160
> 仏教では人間に生まれることが希有とされます。

オウムも↑ と同じと推察してます。
人間に生まれることが希有だから、今生、出家して真理の求道者となり解脱しなさいとオウムでは説いていたようです。

↑ は、宝珠愚者さんと異なる点でしょう。キリスト教は、明確に動物と人間を区別していますから・・

やはり彼からは、クリの臭いがします。↓☆

>あなたがそれほど輪廻転生に「執着」するのは、キリスト教の「罪の概念」を、仏教に持ち込みたいからではありませんか。
177神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 18:54:03 ID:auWYPXDZ
>>142
>私が知っている存在の一人は、この恐らくはもう3万年以上もの間、今もこうして同じ若き青年の肉
体をそのままに保持し続けています。数百年〜数千年という存在ならばもっと数名います。・・・

↑ 言葉なら誰でも言えますから、知っている存在の証明をして下さい。

>また、解脱した存在で輪廻転生の否定を説く方は完全に皆無です。全員、例外なしにそのことを重
要視して説かれます。否定を説いた方の存在を私は一例も知らない。

↑ 言葉だけでなく、言われたことの証明をして下さい。

>>161
>確かに禅定状態で何年も生き続けたという話は、よくあります。例えば『大唐西域記』、弘法大師の入定など。
また、釈尊も懇願によって寿命を延ばされたと説かれます。

近い年代には、どのような人がいますか?

178神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 20:28:29 ID:HMfcJLSE
>>156
スマナサーラ長老も同じようなことを書いてたような・・・
179999:2008/12/10(水) 21:21:28 ID:tCapn5hI
>>176
オウムは困りますね。

>人間に生まれることが希有だから、今生、出家して真理の求道者となり解脱しなさい

これは仏教でも全く同じです。テーラワーダ、チベット、日本みな同じです。
最も現代日本仏教では、あまりそう言う方はいませんが。

オウムの問題は、私の理解では二点あります。
一つは、伝統を尊重しなかったこと。
もう一つは、観(ヴィパシャナー)を行わなかったこと。
以上から、無我・空を体験できなかった。
伝授なしに密教を実践したので、狂った。
と考えています。

180999:2008/12/10(水) 21:31:07 ID:tCapn5hI
>>177
つまり、物証を見せろってことですよね。
信じないなら、それでいいし、私自身はこういう物証は重要視していないので、
よく知らないのです。こういう面より縁起や無常、苦という誰でも実感できる点から
出発する方が重要だと思ってます。
それにこれを出すとドンビキする方が多いと思うのですが、出してみました。

全く同じものは知りません。
ですが、死ぬときに禅定に入って死んだ方は二人知っています。
自分の眼で観ましたが、そう言っても信じてもらえないでしょう。
ですから、眼で確認できるものをご紹介します。

成就者が、仏舎利(リンセル)を残すことも知られています。
以下の仏舎利(リンセル)展が日本でも開かれます。
http://www.fpmt-japan.org/japanese/events/relicks/Relics_ontheShow.html

ゾクチェンでは、虹身を成就すると髪と爪以外は、元素に融け入ると言われます。
そして、完全な虹身を成就できなかった方でも、途中まで元素に融け入って、
身体が小さくなることが度々あります。以下、その事例を写真入りで紹介し、
最後の部分は、近年の事例を列挙しています。
また、成就者は、物質に妨げられなくなると言われています。
その証拠として石に手型や足型を残しています。
http://namofo.com/bbs/thread-18331-1-1.html

さて、いかがでしょう? 
181宝珠愚者:2008/12/10(水) 23:28:34 ID:QE+RBZlm
>>147
>「霊的」「霊的な成長」とは、具合的にはどういうことですか。
>「霊」と言う言葉は「幽霊」と混同されるから、

はい、すみませんでした。
これは心霊関係の意味ではなく、高い精神性のことです。
しかし、そこにあるものとは唯物主義の観点でみた精神レベルではありません。
物質(への執着意識)レベルから遠ざかっていく方向性での精神性です。


>>148
>それはおかしい。本能は、人間の生存と種属の維持のために「創造主」
>が人間に与えた「最大の恩寵」のはず。「人間」がそれを否定すること
>は、「創造主」の真っ向からの否定と冒涜ではありませんか。

 もちろんそうですが(それは与えられるものです)、
 もう少し詳しく述べると、人間の脳の活動には本能・情緒活動を司る「大脳辺縁系」と、倫理的で知
性的な創造性を営むような活動を司るところの「新皮質脳」という二大活動がインプットされています。
 一方は生存本能そのものであり、他を排除してでも自己の生存を最優先する意識です。そこには慈
悲的な活動はなく、あくまでも他を排除してでも自己が勝利しようとする利己的遺伝子のような非常に
冷酷な意識です。対する新皮質脳の働きは、他との協調性と慈悲心を働かせ、よりよく生きることを考
えます。
 大脳辺縁系からくる意識活動は弱肉強食時代からの遺伝的意識であり、つまりは当時の野生的な
名残りなのです。これは食うか食われるかの生存本能です。人類もこれのお陰で生き残れてきたので
すが、弱肉強食の必要が終ったにも関わらず、この意識はそういう判断しかできないのです。

 この弱肉強食の食物連鎖から外れた人類にいまだに残るその時代からの名残り。そこからくる潜在
的な本能意識--これが仏教での悪しき煩悩と呼ばれるものになっている。ヘタな説明ですみませんが、
なんとなく分かるでしょうか?
182宝珠愚者:2008/12/10(水) 23:30:36 ID:QE+RBZlm
---5さんへ
>>149-150
>失礼ですが、私には、その女性のかたは、極めて健全な理性の持ち主のように思われます。

 別に嫌われたわけではありません。自分でいうのもなんですが、とても好かれていたと思います。
ただ、「あなたにはついていくことができない!!」と言われましたw (まっ、当然ですね--彼女は宗教も
何も知らないごく普通人のひとでしたからね)

>わかりました。人類が清い心をもてば自然災害は起こらないわけですね?

 そうです。地球それ自体の生体活動もあるので完全になくなる話ではありませんが、必要以上に発生
している分の自然災害については激減するでしょう。
 人類全体としての想念波動/想念形態は一つのエネルギーであり、この自然界とも密接に絡み合って
います。科学がそれに気付けるのはまだまだ遙か先のことでしょう。人類がそのことに気付くようになれ
ば、自然災害による悲劇の悲しみが低減できるようになるのです。

>私の今の率直な感想は、宝珠愚者さんの言ってることは、どれも甚だしく
>仏教から逸脱しているように思われます。

 経典に書かれていない話をしたからです。しかし、経典に矛盾してる内容でもありません。
183宝珠愚者:2008/12/10(水) 23:31:57 ID:QE+RBZlm
>>152
>御自身のこの意見は本当に正常であると思っておられるのでしょうか?  
>私には、とてもひどいことを言ってるようにおもえるのですが?  
>我が子に、このようなことを言われたご両親は、いったい
>どういう気持ちになるか考えたことはありますか?

 5さんがいいたいことは、もちろん分っています。
 ここの反対論者の殆ど全員があなたと同じ理由で反対しています。つまり、仏教だからではなく、また
それは経典に書かれてあるないに全く関係がないのです。「我が子に、このようなことを言われたご両
親は、いったいどういう気持ちになるか考えたことはありますか?」という、この言葉に全て集約されてい
ます。

 いいでしょうか!そのような感情論や感情的反応によっては人類が救われることはないのです(救う、
救われるという言葉は嫌いですが、ここでは便宜上として使いました)。そのことに人類が気付くまでは
この悲劇は繰り返すのです。それが無明輪廻の恐ろしさなのです。
 可哀想ということではなくて、二度とそのような生まれ(境涯)とならないように、輪廻について知り、そ
して学び、己れの行為に責任ある人生を歩んでいく・・そのことで自らが救われるのです。

>彼らに、殺されなければならない、どのような理由があったのですか?
>彼らは前世において悪業をつんだために、その命を奪われたわけですか?

 私には個別の事例を判別する力はありません。しかし、そこに居合わせる理由なくして巻き込まれる
筈がないでしょう!何故、Aさんではなくて自分だったのか?仏教(真理)には偶然という逃げはありませ
ん。全ては必ず理由があって起こるべくして必然にて起こっています。人間はそれを知らないだけです。

>あるいはヒトラーによって命を奪われた多くのユダヤの人たち。
>彼らに、殺されなければならない、どのような理由があったのですか?

 業(カルマ)には大きな民族としての業、国家としての業といった大きな流れもあります。人々は互いに
関係性の中で責任を分け合い責任を共有しています。
184宝珠愚者:2008/12/10(水) 23:32:51 ID:QE+RBZlm
>命を奪われることが、なぜ試練なのですか?

 私にもそれは分りません。本人にとって必要な、本人がより成長できる体験になるからでしょう。

>彼は「被害者を殺してあげることによって、その魂を救うのだ。」
>と言って自己の殺人の正当化を図りました。現世の死を来世における
>より良い存在への架け橋   のような解釈は絶対にしてはならないこと
>です。それこそ、生命軽視へと繋がります。(まあ、そのような考えではないと思いますが)

 もう、いい加減にして下さい!
 そういういい方は、もう子供の駄々っ子と同じレベルです。5さんは何歳ですか??ですから、1番重
要なのは他を害さないことが自己の行為/行動になる。アヒンサーが最重要な教えですよ。人を殺すく
らいなら殺されるほうがより良いに決まっている。なのにどうして相手を殺害する教えになるのです?
気が狂ったどこかの新興宗教の教祖などとは一緒にしないで下さい。もっと理性的な思考をして下さい。

 ゴータマの教えや私の説明のどこに殺人思想が在るのか?もう、あなたとの会話はこれで辞めても
いいのですよ!

>「命を奪われることが、なぜ試練なのですか?」

 肉体生命よりも重視するものを宗教は説くのです。そんなこと当たり前のことですよ。もうお願いします。
5さんはまず、「宗教」とは何か?辞書を開くことからやり直すべきです。どこかの仏教徒のそれ--断滅論
は宗教とはいいません。それは、ただの哲学レベルの範疇です。
185宝珠愚者:2008/12/10(水) 23:33:45 ID:QE+RBZlm
「最古層仏典には業に関する記述は皆無である。」
>>51
>はい、すみませんでした。
>これについては経文を再読してから意見を述べたいと思います。時間を貰います。

 はい、約束通り、疲れた意識でなんとか目を通しました。見逃しがある可能性もありますが、取り合え
ずは1経、ついに見つけ出しました。「前世に宿善を植えた」ということから、これは間違いなく業報思想
ですね。はい、しっかりとここに在りました! 尚、最古層ということで確認したのは4-5章だけです。

 「かれらはすべて、それぞれ衆徒を率い、全世界に命名があり、瞑想を行い、瞑想を楽しむ者で、しっか 
りと落ち着いていて、前世に宿善を植えた人々であった。」(スッタニパータ1009)
186宝珠愚者:2008/12/10(水) 23:35:43 ID:QE+RBZlm
>>151
仏陀が鬱病でイエスは統合失調症ね。はい、わかりました。
もう、あなたとは会話しません。別にあなたが分る必要もない--ご自由にどうぞ!


>>155-156
 読みましたが、だから何?って感じでした。こんなもの何の説明にもなっていません。相手が可哀想と
いう次元の会話だけで、何の理論もありませんでしたね。

 因果応報は真理でしょう!そうではない、というのならば、それについての納得いく説明が必要です。そ
れがないなら話にならない。期待してリンクを開いたが、何の役にも立ちませんでした。そこに何の説明
があったか??? >>152の5さんと同じだけでした(もう100万回、そんな言葉は聞かされてきています)。

>>158
>他者に適用させようという心象を私は「カルト的」と呼ぶことにしています。

 意味不明です。チベット国はカルト国家ですか?仏教的な意味では理想国の事例でしょう!チベット民
族の誰がいちいち、「私の子供は自業自得といわれました。悔しいです。酷いです」などといい、激怒し嘆
いていますか?
187宝珠愚者:2008/12/10(水) 23:36:17 ID:QE+RBZlm
>>160
>基本的に似てますが、宝珠愚者さんの説はスマナサーラさんの教えをベースに
>色々な私見が入っているように思います。

 テーラワーダの教えなど私は知りません。

>仏教では人間に生まれることが希有とされます。
>それはジャータカでも、律でも説かれますし、
>『勧戒王頌』『入菩提行論』『往生要集』『修証義』などでも説かれます。

 それは人間として生きる喜びと有難さから、より自ら精進するように仕向けさせるための倫理的な方
便です。確かにそう信じたい人はすればいいのです。私は別に止めはしません。また弊害となるべき話
でもない。

 あなたのお話は私は理解します!
188宝珠愚者:2008/12/10(水) 23:38:27 ID:QE+RBZlm
>>165
>なぜなら、「理解不能」 だからです。☆★

 だから理解して意識的に歩んで輪廻から脱しない限りは、永久にそのような苦の人生を繰り返し
続けるのです。そのためにこの輪廻転生(業報思想)の教えは説かれている。相手が気分を害する
だろうから、やっぱり悪いからいわない・・そんなレベルの教えではない!!


>>166
>■ キリスト教は、宗教戦争・紛争で沢山の残忍な殺戮を繰り返しているのに
>勢力拡大して、世界最大宗教にまで発展してるではないですか?  ■
>☆★ 勿論、<カルマや輪廻>なんてあるわけないでしょw ★☆

 酷いことをした個人が苦しみの生を受けていくのです。また、現在のキリスト教がこのまま存続できる
筈もない。いずれは反省して中身が換わるか、でなければ消滅していくだけです。その二つに一つです。


>>177
 証明などと・・そんな簡単にできる筈がないことくらい、あなたもわかってるでしょう!ただ私は、ゴータマ
以外の教えも知っており、それを学んで受け入れてきたのです。また私は、そのような驚異的な存在に直
に出会った体験を実際に1度だけ持っています(相手は肉体でした)。
189神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 23:50:10 ID:fAvLs6TA
唯物論者は必死なのです。

コピペ
ゴータマ・ブッダ考 並川孝儀  

[評者]宮崎哲弥氏 「朝日新聞・書評」2006/02/05 掲載
文献学というのは一見地味だが,実は刺戟的な学問分野だ。とくに「仏教とはどのような教えか」を考えるとき,文献学的教養は不可欠といってよい。
何故なら,あらゆる経典が,開祖ゴータマ・ブッダの著作ではないことが明らかになっているため,
ブッダ自身が一体何を説いたのかは,文献学による遡及を介して推知する他ないからだ。
本書には,文献学という世界の面白さ,楽しさが詰まっている。それはまるで考古学や探偵小説を思わせる。
著者は,まず先学に倣って初期仏典の韻文経典を最古層と古層とに分類し,それらに徹底的な批判を加え,最古層から古層への記述の変化の流れを検出する。
そして,その流れの方向性を逆に辿ることで,最古層以前の「歴史的ブッダ」の説いた思想が推定できるというのだ。
これはとても妥当な方法だ。昨今の啓蒙書のなかには,仏典成立時期の目安となる韻文,散文の区別を無視し,
語形の変化もお構いなしに,悉くブッダの真説とみなす,まったく乱暴な説述が見受けられる。
対照的に,本書の視座は客観的であり,実証性に富む。然るに,その手堅い推論の帰結は新鮮ですらある。
例えば「ブッダ」という呼称,「渡す」という語の用例の変化から,救済者の性質が開祖に付加されていったことがわかる。
また「涅槃」の語源やブッダの息子,ラーフラの命名をめぐる推理と考察などは本当に探偵小説顔負けだ。
では,ブッダは輪廻をどう捉えていたか。古層の経典では,確かに輪廻は業報と結びつけられ,積極的に説かれる。
だが著者は文献を精査し,最古層の経典には輪廻(サムサーラ)という語は見出せず,「来世」や「再生」などの表現はみえるものの,
いずれも否定的な文脈に限られている事実を突き止める。
ブッダ自身の輪廻観は飽くまで否定的であったと推すことができるのだ。
「無我なのにどうして輪廻という生死を超えた我の存続を認めるのか」との疑問が氷解するとともに,
当時から流布していた輪廻という観念の因襲を,無我の思想を立てて解体しようとしたブッダの姿を,本書は見せてくれる。
190神も仏も名無しさん:2008/12/10(水) 23:54:05 ID:Nw9MEq3d
>>181
> 一方は生存本能そのものであり、他を排除してでも自己の生存を最優先す
>る意識

君は、神が創った人間を勝手に改造して「人造人間」を造る積りなのかね。
それが、創造に対する冒涜なのだよ。

その生存本能から、自他の死への恐れや他者への憐れみが生じる。人間は、
独りでは絶対に生存できないことを、これも本能的に知ってるからだ。

「情けは人のためならず」という諺が、そのことを如実に教えているではないか。
191神も仏も名無しさん:2008/12/11(木) 00:21:50 ID:t7areZ62
愚昧で傲慢な奴は救いがたい
192前スレ5:2008/12/11(木) 00:38:08 ID:RXrRojey
宝珠愚者さん  あなたは自説を受け入れない相手に、しばしば
ヒステリックに反応しますが、その癖はお止めになったほうがよろしい
と思います。

宝珠愚者さん自身、以前、相手への誹謗、中傷などは好ましくない と
書かれておられたように記憶しておりましたが記憶違いでしたか?
>そういういい方は、もう子供の駄々っ子と同じレベルです。5さんは何歳ですか??

これは?
193前スレ5:2008/12/11(木) 00:40:09 ID:RXrRojey
>もう、あなたとの会話はこれで辞めても
いいのですよ!

この言い方は何なのでしょうか?  「私はあなたと会話してあげてる
のだ。」  という気持ちが言外に滲みでておりますね。
今まで私は宝珠愚者さん  と会話「させていただいていた」のですか?

>>命を奪われることが、なぜ試練なのですか?

 私にもそれは分りません。本人にとって必要な、本人がより成長できる体験になるからでしょう。

「本人にとって必要な、本人がより成長できる体験」 とは当然、死後に
おいてですね。 つまり明らかに、あなたは現世で命を奪われることを
死後のより良い存在と結びつけて考えておられます。

それではお聞きしましょう。地下鉄サリン事件の被害者の方々は
1.過去世において殺されなければならないほどの悪業をおこなった
2.麻原の言うように来世で救われる(より良い存在になる)ための
 試練として殺された
宝珠愚者さん  の見解からすれば、以上2つのどちらか(あるいは
両方)が その因となりますが、そのようにお考えなのですか?

194前スレ5:2008/12/11(木) 00:43:18 ID:RXrRojey
>>「命を奪われることが、なぜ試練なのですか?」

 肉体生命よりも重視するものを宗教は説くのです。そんなこと当たり前のことですよ

それでは、お聞きしますが生命よりも大切なものとは何ですか?
その宗教の教義? その宗教の説く真理? そのようなものですか?
195神も仏も名無しさん:2008/12/11(木) 00:59:07 ID:3Dq3UmTj
横スレ失礼つかまつります。

不滅のスピリットにきまっておりましょう。肉体はいつかは滅びるのです。


精神上より不滅を語るは、必ず意識以外の細微なる精神を説きて後に語るべきものたり。

 一、仏教をもって霊魂不滅説なり、というものあらば、
    その霊魂とは普通にいう(生前)意識にあらずして、
    阿頼耶識のことかまたは、業力のことならざるべからず。

 二、意識は消滅すべし、業力は不滅なり。

妻木直良「霊魂論」より
196前スレ5:2008/12/11(木) 01:20:15 ID:RXrRojey
>>わかりました。人類が清い心をもてば自然災害は起こらないわけですね?

 そうです。地球それ自体の生体活動もあるので完全になくなる話ではありませんが、必要以上に発生
している分の自然災害については激減するでしょう。
 人類全体としての想念波動/想念形態は一つのエネルギーであり、この自然界とも密接に絡み合って
います。科学がそれに気付けるのはまだまだ遙か先のことでしょう。人類がそのことに気付くようになれ
ば、自然災害による悲劇の悲しみが低減できるようになるのです。


仏教とは全く関係のないオカルト話にしか、きこえません。


>経典に書かれていない話をしたからです。しかし、経典に矛盾してる内容でもありません。

他の惑星に転生したり、3万年以上生きてる青年の話が経典と矛盾していない?
そうなんですか?

>>あるいはヒトラーによって命を奪われた多くのユダヤの人たち。
>彼らに、殺されなければならない、どのような理由があったのですか?

 業(カルマ)には大きな民族としての業、国家としての業といった大きな流れもあります

なるほど。ユダヤ民族は虐殺されるべき業を背負った民族であると言われる
わけですね。


>もっと理性的な思考をして下さい。


宝珠愚者さんよりも。理性的に思考しているつもりですが。
197宝珠愚者:2008/12/11(木) 01:49:38 ID:hAAHbxBj
>>192-194>>196

>それではお聞きしましょう。地下鉄サリン事件の被害者の方々は
>1.過去世において殺されなければならないほどの悪業をおこなった
>2.麻原の言うように来世で救われる(より良い存在になる)ための
> 試練として殺された
>宝珠愚者さん  の見解からすれば、以上2つのどちらか(あるいは
>両方)が その因となりますが、そのようにお考えなのですか?

すでに答えました!
だからといって、クソタレ麻原/自称-最終解脱者の無差別殺人テロが正当化されるわけではない。
彼は無限地獄で100万年苦しむことになる。そうでなければ彼は分らないのです--当たり前の結果です。

>それでは、お聞きしますが生命よりも大切なものとは何ですか?
>その宗教の教義? その宗教の説く真理? そのようなものですか?

辞書にちゃんと書いてあります(恐らくどんな辞書にも)。

>なるほど。ユダヤ民族は虐殺されるべき業を背負った民族であると言われるわけですね。

何度、聞いても同じことです。
そこに居合わせる原因や理由なくして、その人がそこへと巻き込まれる道理(摂理)はない。
5さんからの同じ問いにはもう答えません(5さんが認める必要はありません。)
198前スレ5:2008/12/11(木) 01:50:26 ID:RXrRojey
あと、175において 机さんの述べられていた見解、これは、
どうなんですか?  中観派における主流な考えなのでしょうか?
それとも机さん独自の見解なのですか?

私、個人としては非常にうなづけるところが、あるのですが。
999さんは、おそらく違う見解をおもちでしょうから、よろしければ
お聞かせください。
199前スレ5:2008/12/11(木) 02:11:34 ID:RXrRojey
>>197  結局、最後は自分に不利な質問には言葉を濁して、回答拒否
    ですか?

>すでに答えました!   明確な回答はもらっておりませんが、

その下の書き込みから推察しますと、2の見解でよろしいわけですね?

>>それでは、お聞きしますが生命よりも大切なものとは何ですか?
>その宗教の教義? その宗教の説く真理? そのようなものですか?

辞書にちゃんと書いてあります(恐らくどんな辞書にも)。

辞書にかいてある?いったい何という辞書ですか?

>>なるほど。ユダヤ民族は虐殺されるべき業を背負った民族であると言われるわけですね。

なぜ「そうです」  「違います」 のように答えられないのですか?
「そうです」 と答えることによって批判されることを恐れているのですか?

>(5さんが認める必要はありません。)

今までもそうでしたが、御自分の意見がいれられないと、最後には
「〜さんに信じてもらう必要はありません。」
「〜さんにわかってもらう必要はありません」 と一方的に終了させて
いましたね?  

宝珠愚者さんは、御自分の意見に賛同してくれる人たちだけ集めて
馴れ合いの場にしたいのですか?
200机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/11(木) 07:34:31 ID:T+LzvJvs
【縁起と因果について】

例えで説明してみます。
縁起といふのは、映画フィルムの一コマのようなもんです。
因果というのは、この一コマを繋ぎ合わせたような概念。

一コマを繋ぎ合わせてストーリー性を作り上げるのが、五蘊による心作用です。
ここで重要なのが、
このストーリー性を作りあげる・・・そのストーリー自体に法則的なものがあるのか?
ってことですね。

人が勝手に作りあげる心作用というのは法という訳ではない。
単なる現象に過ぎないわけです。

勝義諦といふのは、こういった“現象ならしめる理”のことです。→これが縁起(空)
現象(ストーリー)、つまり因果の概念は世俗諦ということになります。

ストーリーは定置一点の視座になりますが、
(これは単純な因果関係です)
縁起は複合的相依性において、視座は可変であります。→つまり複合である。ということ。
(複合的相依性においては、この単純性が崩壊してしまう)
どうかそこのとこを熟考してくらさい。

前者がニュートン力学の視座だとすると、
後者はアインシュタインの相対性理論の視座ということになる。
201神も仏も名無しさん:2008/12/11(木) 09:15:44 ID:0xlrJEVN
>>200
>一コマを繋ぎ合わせてストーリー性を作り上げるのが、五蘊による心作用です。

つまり、これが 「輪廻転生」説ですね →ストーリー性

■このストーリー性を作りあげる・・・そのストーリー自体に法則的なものがあるのか?■

人が勝手に作りあげる心作用というのは法という訳ではない。単なる現象に過ぎないわけです。


★ 机氏の論は、淡々としていいなぁ〜、勉強になるし、♪サンキュッ (v^-^v)♪ ★☆

前スレ>6
>どこのスレにおいても、せっかく良い議論に発展しながら
結果的に全部、途中で放置され、または議題が逸れていって中途半端に終るのです。

↑ 既にそれが<観念>であることの証明でしょう。




202神も仏も名無しさん:2008/12/11(木) 09:20:38 ID:0xlrJEVN
>>144
■ <釈尊入滅後100年を経て> 経典は編纂されたそうです。 ■

80歳で入滅した時に、20歳の直弟子ならば、120歳の時に経典が編纂されたという
ことで、アーリア人というのは記憶力が抜群で、一回聞けば記憶に残っているらしいと
言っても、口誦文化(口伝え)で記録に残さなければ、老いてボケたりすれば・・・?・・

忙しい現代でも、人間が忘れることは本能ですからねw(笑
他の理由でも、やはり、大昔の経典は盲信・狂信することなく疑う必要ありでしょう
それが科学が発達した現代人の使命・智慧→盲信をエスカレートするより真実を究明するべき

>私なりのレベルで法務省には抗議しています。どうしても死刑を続けるなら、TVでゴールデンタイ
ムで生放送せよ!といった。私は徹底した死刑廃止論者です。

どうも、レスから推察すると宗教家独特の理想・野望・エゴ・冷たさ・狂気・・・のようなものが感じ
られますが「徹底した死刑廃止論者です」とも言われる・・・・??誰でも、死刑は勿論、嫌ですがw
フセインの死刑も勿論反対だったわけですね?
203前スレ5:2008/12/11(木) 10:58:47 ID:RXrRojey
まず、机さんに詳しい解説のお礼をもうしあげます。

映画のフィルムの一コマですか。 なるほど。  すると、

フィルムの一コマを取り出し、その中の特定のものに視点をあてる。
例えばAさんとしましょうか。 このAさんは通常「個」の意識を
もって暮らしております。「自分はAであって、Bさんではない。」
このような意識ですね。しかし、これは誤認識であり、本来、単独で
存在しうるものなどない(無自性)。 全ては相互依存においてのみ
成り立つものであり、その関係性の中にのみ存在しうる。
Aさんは、このことが理解できてない(無明)

このようなことを縁起という。

そして、この一コマを時系列のなかで考え、例えば D−11 というコマと
D−12 というコマの間に原因と結果という関係性を見出し、物語を作り
あげていく。   これが因果である。

甚だ簡略ではありますが、このような理解でよろしいのでしょうか?
机さんを初め、「お前、そりゃ全く違うよ。そんなのは、中観派とは
全く違う視点だ。」  というご意見をお持ちの方は、よろしくご指導
お願いします。



204神も仏も名無しさん:2008/12/11(木) 12:02:41 ID:t7areZ62
福田康雄元首相曰く
  『私はあなたとは違うんです!』
205神も仏も名無しさん:2008/12/11(木) 12:42:21 ID:t7areZ62
〇 福田康夫
× 福田康雄 
206机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/11(木) 12:58:36 ID:T+LzvJvs
>>203
>「自分はAであって、Bさんではない。

そうですね。
A(主体)、B(客体)といふ二項における単純な関係性においての因果なら、
それはそれで成り立つのですが、
ところが、
そのフィルムには、CとかDとか複雑な相互依存の関係がありますし、
(関係性は単純ではない)
そもそもAを立脚点とするところが、既に相対概念ですね。
(論理性は相対で成り立ちますから、相対(世俗諦)を否定している訳ではない)

勝義諦ですと立脚点はないです。→主客といふ相対がそもそもない。
(ここのとこが最も重要ですね)

他は、だいたい
貴殿の書込みと、意とするところは同じです。

>コマの間に原因と結果という関係性を見出し、物語を作り
>あげていく。   これが因果である。

そのとおりです。

>>201
>既にそれが<観念>であることの証明でしょう。

そうですね。
観念論を脱した論考を希求いたしとう思ひまふ。
207前スレ5:2008/12/11(木) 15:46:48 ID:RXrRojey
机さん  レスのお礼を申し上げます。

「勝義諦」ですか。  これが難しい。


203でも書きましたが、
「お前、そりゃ全く違うよ。そんなのは、中観派とは
全く違う視点だ。」  というご意見をお持ちの方も、よろしくご指導
お願いします。
208神も仏も名無しさん:2008/12/11(木) 17:09:31 ID:D+5/WWZc
>>179
ご丁寧な返レス有難うございました。

>もう一つは、観(ヴィパシャナー)を行わなかったこと。

言われてることは、↓で宜しいのでしょうか?元々、アンチで宗教に詳しくなくって・・すみません。

『縁起観』
http://park22.wakwak.com/~kuuki/hp/1hokekyo/kensyu/engikan.html

生きるということは、客観的には我々は「生かされている」、主観的には「生きている」ということ、
本質的には「生き抜いていく」ということ。「生きる」と言うことは、我々に生活を任されている。

「阿難よ、あなた方は、ただ自らを燈明とし、自らを依りどころとするのです。他人を依りどころとしてはならない。
また法を燈明とし、法を依りどころとするのです。他(他人、神)を依りどころとしてはならない。」・・自燈明・法燈明

確かにオウムでは、「生かされている」とか言うことは、余り説いていない気がします。現世否定ばかりでw

>>180
>また、成就者は、物質に妨げられなくなると言われています。

う〜ん。不思議な体験はあるのですが、>>189氏のように、判断は、専門家に検証してもらってからですね(笑
彼らは、人々に敬われお布施をされ成仏?して、現実に生きている人達にどのようなメリットを残しているのでしょうか?
209神も仏も名無しさん:2008/12/11(木) 18:26:56 ID:3Dq3UmTj
スレの趣旨に戻りましょう。

仏陀は転生を説いたのです。これは覆すことのできない事実です。


何れの宗教も霊魂の不滅を説かざるはなし。
哲学上よりいうときは、無霊魂の意識など称して、無霊魂を説きつつ、心的作用を説明せんと企てるものあれど、宗教に於ては殆んど有霊魂説なり、霊魂不滅論なり。
印度古代の婆羅門教は、霊魂の不滅を説く。基督教も不滅説なり。仏教の殆ど全部も、また不滅論なり。されどその不滅を説くにも、説明の模様は大に異なる所あり。
婆羅門教は、死後の転生をいえども、その新に生ぜし時には、以前生活せし所の『我れ』なる自覚がありしや否や詳かならず。
基督教は、自己の意識、即ち今日の自覚を以てそのまま天堂に生まるべしと教える。
佛教には、菩薩及び佛の如き人間以上の地位に到れば、幾度その形骸を変えるとも、明かに自己の自覚的意識ありとすれど、普通の人類に在りては、
すべて形骸を変えるとき、自己前身の意識を失うものとし、名づけて隔生即忘(法華玄義)といえり、生時の苦痛により自覚を失うの意なり。

妻木直良「霊魂論」

210神も仏も名無しさん:2008/12/11(木) 18:34:31 ID:vqFXjgoB
>>208
>あなた方は、ただ自らを燈明とし、自らを依りどころとするのです

これは、釈迦でなくては言えないすごい言葉だと思う。

「自ら」とは、「現在の自分」のこと。「現在の自分」を拠りどころに
するのだから、「現在の自分」ではない輪廻転生など出てくる訳がない。
211前スレ7:2008/12/11(木) 18:38:00 ID:U8onoCnU
>>209
仏典に記述があることは事実だろう。
また、「輪廻」が前提の語りではあったろう。
が、「転生」を説いたかどうかは定かではない。(おそらく確認は不可能だろう)
また、「輪廻」自体に関しても、「【どのような説かれ方】であったか?」は考察されていいだろう。

その上で、(→結果がどうであれ)、
『自分は、このように読み、このように理解し、自身の深い頷きの上で、このように受け止める』
というスタンスを採るべきだろうし、また、それしかないだろうと思っている。
212神も仏も名無しさん:2008/12/11(木) 18:42:57 ID:vqFXjgoB
>>209
>何れの宗教も霊魂の不滅を説かざるはなし。

仏教は異なる。すべては「無」であり、「自性は無い」ことを見出した
のが釈迦の悟りであり、比類の無い偉大さである。
213神も仏も名無しさん:2008/12/11(木) 18:44:14 ID:BdCJx7hv
韓国の朝鮮日報の報道によると、韓国の成均館大学の歴史学科が中国やアフガニスタン、インド、
ネパール等の古代資料をつぶさに研究したところ、仏教を編み出した釈迦は
実は韓国の血筋を引いていたという。

成均館大学のスポークスマンが述べたところによると、韓国南端、現在の済州島付近に住んでいた
人々は紀元前700年前ころにはすでに大規模な航海活動を行なっていたという。彼らの一部は
日本へ渡り、日本文化の一つを形成したほか、もう一部分は東南アジアへ渡っていったという。
現地の発掘調査の結果、当時の韓国人たちは紀元前650年頃にはマラッカ海峡を越えていた
証拠も確認されていると話す。

さらに、スポークスマンが語ったところでは、マラッカ海峡を越えた当時の韓国人たちは現地で
季節風というものを知り、その季節風を利用してインド洋を横断、今日のバングラディッシュへ
到達したという。韓国人学者がバングラディッシュで紀元前650年頃のものと見られる、
明らかに当時朝鮮半島で栄えていた文化の特徴を有した器物を発見したとも話した。

インド北部にあった王国の貴族であるとされている釈迦だが、遺跡調査によると釈迦一族は
インド文化とは明らかに異なる、東南アジア風の生活を送っていたらしい。また、仏教が
編み出されたばかりの頃の経典の中には古朝鮮文字と見られる外来文字も記載されて
いるという。以上から釈迦が韓国血統であることが十分なほど説明できると語った。

12月8日14時14分配信 サーチナ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081208-00000044-scn-cn
http://ca.c.yimg.jp/news/20081208141439/img.news.yahoo.co.jp/images/20081208/scn/20081208-00000044-scn-cn-view-000.jpg
214某ピカ:2008/12/11(木) 18:46:52 ID:v4khWfEy
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | <  死後の世界や霊魂はあるのですか?と問われたら、
 (〇 〜  〇 |  \  @ある(と思う)
 /       |    Aない(と思う)  
 |     |_/ |     Bわからない
             のどれかで答えるのがまともな人間ではなかろうか?
             しかるに、頭のおかしい糞教祖は何と答えたか知ってる?
215神も仏も名無しさん:2008/12/11(木) 20:06:47 ID:t7areZ62
>>214
そもそも中道で調えば、そういう判断の枠組みを問題としない。

>のどれかで答えるのがまともな人間ではなかろうか?
 どうやら俺はまともな人間ではないらしいw
216宝珠愚者:2008/12/11(木) 20:26:38 ID:hAAHbxBj
>>202
>フセインの死刑も勿論反対だったわけですね?

 当たり前です---私は死刑廃止論者だといいました。それは誰それならいいというものではない!
 ただ、法務省に文句をいってもダメなのは明白ではある(苦情/意見は届けているが・・)。そのことを
支持している国民が変わらない限りは絶対に無くせないからです。

死刑とはつまり、
 『元気に生きている五体満足の人間を引きずり出して、ウンコが飛び散らないように革の褌を締め
させ、恐怖に脅えて嫌がる人の首に無理矢理、 ロープを巻き付け、高いところから足場の板をバタ
ンと落とし、数メートル墜ちて瞬間、頸骨が脱臼し、苦しみあえぎ、口、鼻や目から鮮血がほとばしり
出て、糞尿をまき散らし、数分間も苦悶の叫びをあげ続け、やがて痙攣して動かなくなる。「死刑が
執行されました、検死をお願します」と冷たい乾いた声が刑場に響き渡る。これが死刑の現実だ。』
(転載文)

 処刑というのは殺人行為それ以外の何者でもない。「人を殺してはいけない!」と教えるべき筈の司
法が自らが殺人を行うなどとはどういう論理なのか?
 恐らく皆んな、どこか遠い宇宙の彼方の出来事ような感覚でいるからこれを平気で支持するのです。
もしも死刑に犯罪抑止力があるというのなら、どうしてTV放送のゴールデンタイムで生で執行しないのか?
それができないのならば、こんな野蛮人の行為たるものは即刻、廃止すべきです。
---死刑制度を存続支持する国家に未来の繁栄はない!
217神も仏も名無しさん:2008/12/11(木) 20:53:53 ID:pPoOAnUr
>>216
決して、死刑賛成論者ではありませんが・・宝珠愚者氏のレスでは
輪廻転生では殺したらいつか必ず殺されるのでは?
今生バレナクテモ、自殺してもいつかの来世で必ず返ってくるのでしょw

言うことがバラバラみた〜い。統合されていませんね。等質ですか?

被害者達も又、人知れず無抵抗に殺されているか、理不尽に殺されているのです。

「神」・「法則」の名前なら良いのですか?・・。「人を殺してはいけない!」と教えるべき筈
の宗教が自らが殺人を行うなどとはどういう論理なのか?(笑

キリスト教も沢山、歴史上で異教徒を残虐に殺してま〜すw★☆
http://www.hpo.net/users/hhhptdai/kyoukaihanzai.htm

もう少し、詳しく説明が必要では?
218神も仏も名無しさん:2008/12/11(木) 20:58:39 ID:pPoOAnUr
>>210
>現在の自分」を拠りどころにするのだから、「現在の自分」ではない輪廻転生など出てくる訳がない。

そう言われれば確かにそうですね。言葉は、受け取り方が360度あるから、解釈がむづかしいw

イエスでも仏陀でも、意識が比類なき状態に達したのなら万人に分からせる力位持てなかったのかとオモw(笑

オウムも→「生きるということは、客観的には我々は「生かされている」、主観的には「生きている」ということ、
本質的には「生き抜いていく」ということ。「生きる」と言うことは、我々に生活を任されている。」★☆

と説いていれば、出家する必要も無く、生かされていることに感謝して現実肯定で働いて生き抜くこと=社会に
貢献することが出来、事件も起きなかった筈です。アサハラの言うこと等、鵜呑みにすることはなかったのです。

今からでも、是非、解散してほしいですねン、上祐さん!お願いしますょw

では、お先に、おやすみん〜☆♪〜
219宝珠愚者:2008/12/11(木) 21:34:02 ID:hAAHbxBj
>>217
因果の道理から、人を殺せば自分が同じ目に合うのだろうから、
殺させて(死刑にさせて)よいのだ、という話にはならない。
詳しい説明などは不要--あなたには無理なようです。

>キリスト教も沢山、歴史上で異教徒を残虐に殺してま〜すw★☆

宗教の名だろうと、神の名によってであろうと殺人行為は最大の害悪です。
全員、地獄の業火に叩き込まれるのです。
あなたは小学からやり直しです。何も学習してきてないようです。
220神も仏も名無しさん:2008/12/11(木) 21:43:22 ID:dF3CrE3S
現象に意味を見出だすな。
これが仏教です。
221前スレ7:2008/12/11(木) 22:15:35 ID:U8onoCnU
>>216
「死刑」とは、世俗の事象であり、世俗のルールであり、世俗の(=人の心の)要請だ。
それを「よくないこと」「避けるべきこと」であると表明するのは、聖なるレベルである宗教の大切な役割だろう。
だが、それはあくまで表明にとどめられねばならない。
少なくとも仏教は、それ以上の働きかけを(その本質の内に)含んではいない。
釈迦国滅亡時のエピ、アングリマーラが行政の追及を逃れ得た理由、等は吟味されていい。
だが、世俗を離れては何ものも存在し得ない。この原則を忘れてはならない。
これを忘れた時、宗教は暴走を始めるのかもしれない・・・。


貴方のような人が裁判員に選ばれたら、議論が紛糾しそうですね・・・w
222神も仏も名無しさん:2008/12/11(木) 22:31:23 ID:LClJ/yhE
「他者の生命を理由なく奪えば、自分の生命も捧げなければならない。」

これはむしろ、犯人の人間としての尊厳を認めていることである。

残りの一生を矯正施設で送らせることは、彼を人間として遇していることには
ならない。

勿論、誤判のないように細心の注意を払うべきであるが、裁判も人間の行為
だから、誤判皆無などは望めない。

万一、不幸にして誤判により死刑に処せられたとしても、それは人間の尊厳
を維持するための、尊い犠牲者、殉教者と看做すべきである。

死刑廃止論者の思考は浅薄である。
223某ピカ:2008/12/11(木) 22:39:52 ID:v4khWfEy
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | <  >>215 中道がどうのこうのというのではなく、
 (〇 〜  〇 |  \   死後生はあるのか、あんたはどう思う?という話ピカ。
 /       |      Cお前なんぞに答えたくない
 |     |_/ |     というのでもまともな人間ピカ。
              キチガイは質問に答えずに
              「毒矢を射た者のことを詳しく知りたがってどうする?
               毒矢を抜くことこそが先決である。この生を真摯に生きなさい」
               などと説教かますピカよwww
224999:2008/12/11(木) 22:46:45 ID:z5LmcDMw
前スレ、読みました。前スレ1さんと卵さんがいいですね。

前スレ #652 で優秀な名無しさんが、下の論文を引いて『勝義空性経』を説明してます。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110002706896/

上の論文で 楠本氏は、結論でこう述べています。好論文なので読んでみてください。

> 我々は、現代的な考え方から、仏教は輪廻を説くものではないと考え
> がちであるが、それは「現代的な解釈」にすぎない。我々は、例えば
> 世親が生きていた時代における「縁起説」を解釈するとき、当時彼らが
> 所持していた経典は、有部所伝とはいえ、実は阿含段階ですでに解釈
> されたものであったことを考慮する必要がある。

当然の発言ですが、逆に言うとこのような発言を要求される日本仏教学会は
情けないと思います。原因は前スレで卵さんが述べてるように木村先生が急死したことで、
和辻哲郎の「現代的な解釈」が定説となってしまったことにあります。
225999:2008/12/11(木) 22:47:53 ID:z5LmcDMw
>>198
え〜机さんは、机節でしょ。勝義はなんもない。世俗は因果で、二諦バラバラ。
私は中観と釈説はほぼ同じと見てます。次に近いのが経量部、アビダルマと唯識はかなり違う。
アビダルマにテーラワーダも入ります。そして中観と般若心経は矛盾しないと思ってます。

縁起、因果、空についての中観の見解は、難しいのですが現在は私の理解では、
まず、『中論頌』24-18でこう述べられます。

> 何か諸因に依って生成(縁起)するものは虚ろなもの(空性)と説かれる。
> それは諸因に依って仮設することであり、それこそ中道である。

 これを『明句論』は注釈して、

> 「何か空であるもの、それは諸因に依って仮設すること」とは、空
> であるものこそが諸因に依って仮設することだと定義される。
> 例えば車輪など車の部品に諸因に依って車と仮設する。
> それ自体の要素に基づいて仮設されたものである
> ... それ故、空性、依因仮設、中道というこれらは、縁起の特殊概念である。

 というように空性、仮設、中道は、縁起のある特性を強調した概念・名称だとしています。

『入中自註』対6-150偈 では、
> 「これに依ってこれが起こる」というこれだけは世俗の真偽体系を
> 断絶させないために認めるが、無因などを生起でないと[否定]
> するように、ここでも[諸質料因に基づいて形づける]依因仮設に正しく
> 依拠するなら、上述の欠点ある形相を除いて「諸蘊に依って仮設する」
> というこれだけは、世間の言語習慣を安定させるために認めるべきである。
> なぜなら「我」と言語習慣が仮設されることが見られるからである。
226999:2008/12/11(木) 22:48:28 ID:z5LmcDMw
「これに依ってこれが起こる」とは依因仮設と同じことが分かるでしょうか?
これは此縁性とも呼ばれ、縁起と同じことです。当然、因果関係です。
ですから、世俗の縁起・因果関係は日常の真偽体系を破壊しないために認めるが、
勝義の自・他・両方・無因から生起するのではない、不生と否定するように、
因果関係は日常社会の習慣を安定させるために認めるべきだということです。
その根拠となるのが『勝義空性経』と『縁経』です。
『勝義空性経』は、中観、唯識、経量部、有部では重要なところに引用される伝承ですが、
パーリ仏教には伝承されていないようです。これはパーリ仏教の限界を示しているように思われます。

以上の縁起・空と輪廻は全く矛盾しませんよ。空なる業から空なる果が縁起して、輪廻していく。
それは死をもって断絶しない。もし死をもって断絶する、来世がないとするなら断見です。
主体となるものは、識とか、自相続とか仮設されるが、もとよりそれは空です。
だから、色即是空 空即是色なんです。逆に色即是空 空即是色じゃないと破綻します。

以上で、ご理解いただけましたでしょうか?
227999:2008/12/11(木) 22:49:15 ID:z5LmcDMw
>>208
ご参考になれば嬉しいかぎりです。

http://park22.wakwak.com/~kuuki/hp/1hokekyo/kensyu/engikan.html
示していただいた上は全くいただけません。「生かされている」というのは現代への追従でしょう。
オウムが観(ヴィパシャナー)を行わなかったという意味は、
サマタや三昧といった意識を集中させる行は行ったけど、縁起や空という観行を行わなかったという意味です。
釈尊は縁起で悟ったと言われますが、縁起を論理的に理解するだけではなく、
三昧の状態で縁起を観じるから悟るのです。文献学者は凡夫の状態で縁起を考察するので凡夫のままです。
オウムは三昧は、深めましたが観行を行わなかったので色界か無色界の状態を悟りと勘違いしたのだと思います。
なので、シヴァのような唯一神、実体観を持ったので、無我も空も体験してないと思います。
これが、一つの欠点。ですが、これは悟れないだけで破壊的な問題にはなりません。

>>189 で評されている並川さんの論考も全くいただけません。
釈尊は「現世に力点を置く」としたいために意図的に最古層が輪廻に対して消極的だと解釈しているだけです。
和辻哲郎の方が並川さんより数倍うまい詭弁を弄していますよ。詳しくは以下を参照してください。
http://d.hatena.ne.jp/ajita/comment?date=20060402
228神も仏も名無しさん:2008/12/11(木) 22:53:45 ID:LClJ/yhE
>>224
現代人なら、現代的に解釈すべきのは当たり前。

社会情勢も思想も異なる大昔の解釈に固執することに、一体どんな意味がある
のかね。釈迦は、そんなことを望んだだろうか。
229前スレ7:2008/12/11(木) 22:59:44 ID:U8onoCnU
《“無時間的な”“相互依存”としての「縁起」》人気は根強いな・・・w

別にそれを(全て)否定するわけではないが、少々食傷気味だ・・。
230999:2008/12/11(木) 23:24:50 ID:z5LmcDMw
>>228
確かに習慣も無常ですから、その部分は時代に合わせて説くべき解釈すべきでしょう。
しかし、釈尊はこのように述べております。

「無明を縁として行がある」というのは諸如来が出現されても出現されなくても
これが法則(法性)で、諸物事(法)の決まった性質は定まっている。
それを如来自身がありありと理解されて現等覚されて説かれ、仮設なさり、
決定され、弁別なさり、解釈され、解明なさり、教えられ、
極めて正しく教を説かれたことである。いわく「無明を縁として行がある」である。

これが重要な『縁経』です。つまり、縁起するという法則、何を原因として何が生ずるか、
火は熱いと言った諸物の性質は決まっている。ということです。

それと文献研究、原典解読においてテクストの読みに現代的解釈を持ち込むのは研究者としていかがなものでしょう?
231神も仏も名無しさん:2008/12/11(木) 23:32:07 ID:LClJ/yhE
>>230
文献学は、あくまで学問(科学)。宗教は、現実の生に生かすべきもの。
両者は区別すべきである。
232999:2008/12/11(木) 23:48:50 ID:z5LmcDMw
>>231
学問だからこそ、読みは厳密中正であるべきではないのですか?

そして学問も現実の生に寄与すべきでしょう。
233前スレ7:2008/12/11(木) 23:53:45 ID:U8onoCnU
>>230
勿論、(翻訳は言わずもがなだが)、テキストの「読み方」と「自身がどう受け止めるか」は違っていい。
が、
或る思想(宗教・哲学・理論・人生訓等etc.)に触れた時、採るべき態度は幾つかある。
・テキスト(≒師・先人の言葉)を一言一句遵守する。
・テキストの内、自身に利用可能なものを重点的にチョイスし受け止める。(座右の銘的)
・テキストが描き出す“核(コア)”に目を向け、それを受け止める。
・テキストの時代性を考慮し、神話性(虚飾・詩的文学的表現)を削ぎ落として受け止める。
・テキストが描き出す“核(コア)”を外れないよう、恣意的に利用する。(座右の銘的)
など。(複数選択許可w)


さて、貴方は、
テキストに相対する姿勢として、これらのうち「一種類しか認めない」ということでしょうか?

(´ー`)y━~~
234神も仏も名無しさん:2008/12/11(木) 23:56:46 ID:LClJ/yhE
>>232
科学だから、厳密中正であるべきことは当然だが、その厳密中立は、時
代も異なる現代の生には直接関係ない。それでは、現代人が古代人の思想
に縛られてしまうことになる。

文献学で解明するのは、あくまで、当時の状況における、当時の人々に
とっての意味である。誤解してはならない。

時代は常に変化している。宗教は、考古学ではないはず。
235前スレ7:2008/12/12(金) 00:01:14 ID:U8onoCnU
>>234
>当時の状況における、当時の人々にとっての意味

いい台詞(適切な言い回し)ですね。頂きました。 m(_ _)m
236前スレ5:2008/12/12(金) 00:47:46 ID:WQdWYt2a
少しよくわからないところが、あるのでお聞きしますが

>>226  >主体となるものは、識とか、自相続とか仮設されるが、もとよりそれは空です。

ここのところですね。具体的に輪廻するものとは何なんですか?
霊魂という人もいるし、不滅のスピリチュアルとかいう人もいるし
スマさんは、「心」が輪廻すると言ってたし、表現は様々ですが
言ってることは皆、肉体が滅んだあとも消滅しない「何ものか」
を想定してますよね。999さんもやはり、そのような「何か」を
想定した上での話しなのですか?
また、999さんも、やはり前世における行為が現世を制約する、
すなわち、前世で人を殺したら今世において殺されることになる。
障害をもって生まれてくる子は、前世の悪業が原因であるという
説の賛同者なのでしょうか?
237前スレ5:2008/12/12(金) 01:23:57 ID:WQdWYt2a
さらに999さんが >>227 であげられていた

>並川さんの論考も全くいただけません。
釈尊は「現世に力点を置く」としたいために意図的に最古層が輪廻に対して消極的だと解釈しているだけです。
和辻哲郎の方が並川さんより数倍うまい詭弁を弄していますよ。詳しくは以下を参照してください。
http://d.hatena.ne.jp/ajita/comment?date=20060402

の部分は賛同しかねます。 このリンク先の論評も全く論点がずれていて
本当に読んでいるのかどうか、疑いたくなるような内容でした。

宮元啓一氏の著作をその論拠のひとつとして、リンクさせていましたが
かの氏の説は、中村元博士をはじめとする多くの学者による文献学を
批判し、ジャータカ以外の経典は全て釈迦の真実の言葉とし、後の
仏弟子の創作および個人的解釈などは全くないものとみなすべきである
というものです。  これは、かなり???となります。
238brown:2008/12/12(金) 02:12:25 ID:hE8uGabi
輪廻する者は誰も居ないんですね。あえて言えば,「不在者」が輪廻する
訳です。

ある生において,人とは,肉体と感覚と感情と思考とそれらを知る働きとを
持っています。持っている者は誰も居ないですけどね。でも持っています。

次の生において,人は,やはり肉体と感覚と感情と思考とそれらを知る
働きとを持ちます。それらを持つことになる者もやはり出現しませんけどね。
でも持つようになります。

前の生と,次の生を結びつけるのは何かというと,それぞれの命の根源に
いる「所有者」や「主体」ではなく,「我あり」と思うその思いですね。
その思いが,「居住者」を支持するので,その思考が「居住者」となって,
前の生から次の生へと転生することになります。つまり,転生とは思考の
ことですね。
239brown:2008/12/12(金) 02:19:53 ID:hE8uGabi
より具体的に言うと,「居住者」たる思考とは,「記憶」のことなんですね。
前から「私」が続いているという記憶です。

例えばここに私が生きていて,前の瞬間と今の瞬間で同じ人間として生きて
います。それは確かな事実ですね。
というのは,前の瞬間と今の瞬間で人を取り違えるとすると,私がお腹が
空いたときに,他人がご飯を食べると私のお腹が膨れることになってしまい
ますね。そんなことは無いですね。だから,前の私と今の私は同一人物
ですね。その同一性,それが「主体」です。

しかし,厳密に考えていくと,前の私と今の私を同一とする根拠は何も
ないことになってしまいます。その厳密な論理過程は措くとして,
その同一性はどのように根拠付けられるかというと,結局は,記憶によって
根拠付けられる訳ですね。厳密な根拠はないけれど,記憶上,前の私を
今の私が引き継いでいる訳です。昨日の私を覚えていますね。
これは他の人と会話しても,「そうそう,昨日の君はこうこうだったよ」
と,正常な意識があれば,意見が一致するので,その程度の確からしさとして
真実だと認定できるわけです。厳密じゃないけど。
240前スレ5:2008/12/12(金) 02:27:03 ID:WQdWYt2a
記憶が輪廻して引き継がれると?  こう言われるわけですか?
241brown:2008/12/12(金) 02:27:55 ID:hE8uGabi
輪廻転生がどのように,あるいは誰によって起きるかといえば,まさに
この記憶の連続によって起きる訳ですね。起きるというより,確かめられる
ということですね。

だからその範囲で,その確からしさで,真実と認定できる訳です。

ただ,普通覚えていないですね。今の命の間でも,より昔のことはより
覚えていないですね。より時間が経つとより他人ですね。
もう10年も20年も昔の自分って,完全に他人ですね。
なぜそれが同じ人物だと思うかというと,10年前の自分は他人でも,
1年前の自分なら,多少は同一性がある。記憶がある。その10倍だからですね。
同一性があるものをつないでいくと,10年でも20年でもなるから,やっぱ,
そんな昔でも,実の記憶や類似性からするとはっきり言って他人だけど,
自分の連続なんだなあ,と推測しますね。皆そう思いますね。
だから,時効でもこない限り,昔犯した罪の追及は何年経っても責められ
ますね。同一人物だからですね。厳密には,同一人物だと世間の見識ある
意見が一致するからですね。
242神も仏も名無しさん:2008/12/12(金) 02:35:10 ID:LLeHkcEv
>>235
>>当時の状況における、当時の人々にとっての意味

そこが、宗教者が一番陥りやすい陥穽ですね。大昔の開祖・教祖が、
現在の状況における、現在の人々に語りかけていると錯覚してしまう。
とんでもない過ちを犯すことになります。
243brown:2008/12/12(金) 02:35:55 ID:hE8uGabi
これは毎日,睡眠で意識の断絶があっても同様ですね。目覚めると,
記憶が戻ってきて連続していく。

前の生から,今の生でも同じですね。でも大分程度が違いますね。
はっきりいって全然覚えていない。はっきり言って他人。前生で犯した罪
といっても,そんなことは覚えていないですね。その責任を今取らされている
といわれても,そんな意識は無いですね。
また,同じ世に生きている他人も,「あなたの前生はやはり一緒に生きて
きましたが,確かにこんな罪を犯しましたね。だから,この責めを受ける
べきですね。」と見識ある意見が一致するなどということはないですね。

厳密な洞察によって同一性は全くありえず,今生の短時間の経過に見られる
ような記憶の同一性,継続性,世間の見識の一致という程度の確からしさ
でも確かめられず,それ以下の確からしさの連続だということですね。

要するに,確からしさとして,知識として,真実として,かなり程度の
低い事実だということですね。
244前スレ5:2008/12/12(金) 02:42:08 ID:WQdWYt2a
>>242  全く、そのとおりであると思いますね。
245brown:2008/12/12(金) 02:44:42 ID:hE8uGabi
実際に,生命が繰り返し,生態系の循環はもちろん,無生物系とも循環して
次々に,前の生から次の生へと引き継がれていくのは事実であって,この
「私」が死んでも,世界はなくならないですね。次の命が生まれてきますね。
中には,「私」が死んでから,49日以内に生まれる命もありますね。
それは人間かもしれないし,動物かもしれないし,あるいは天や地獄の
住民のような,私たちの直接知らない命かもしれませんね。

そのどれでもいいのですが,そのうちの一つが,実は,「私」の生まれ変わり
なんですね。後は,その生まれた命が,「ああ,私は何かの生まれ変わりだ」
「前の生ではこうだった」「こんなことをしでかしたから,今はこんな境遇
にいる」「こんないいことをしたのでこんな幸せだ」と思考したとすると,
かなり低い確からしさであるが,現にある生から,次の生に転生したこと
になりますね。

輪廻転生とは,簡単に言うとこういうことです。
それは「無い」ということはできないし,転生する「主」が有るということ
もできない。ようするに,前の生と後の生の間の関係性は,「我あり」と
いう思考,及びそれがもたらす記憶の一致,そしてそのあいまいさが
結びつけて有らしめている現象ですね。

これは,実は,今生の人つながりの時間の中の,前の瞬間の「私」と
今の瞬間の「私」との関係性と,本質的には同じものがあるんですね。
246神も仏も名無しさん:2008/12/12(金) 06:24:12 ID:MsqMpNEj
輪廻転生がはじめから、あるものと仮定すれば、そうなのかもしれません。
しかし、輪廻転生が「我あり」という思考がもたらした、
錯覚だと仮定したらどうするのですか?

求められなければいけないのは、輪廻転生が実在することを証明することです。
でも、できないのでしょう。
247神も仏も名無しさん:2008/12/12(金) 07:11:07 ID:RNXalKBw
古代人の妄想に取り憑かれるオカルトビリーバーに何を言っても無駄。
こいつらに根拠なんて必要ないから、何処まで行っても平行線。
味気ない真実より、物語の主人公になれる夢を見ていられれば満足なんだよ。
夢のためなら、輪廻転生やカルマ思想で人が差別されようが殺されようが関係無い自己中なんだよ。
248机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/12(金) 07:37:59 ID:atlTWZbq
>>227
>三昧の状態で縁起を観じるから悟るのです。
>文献学者は凡夫の状態で縁起を考察するので凡夫のままです。

白隠の見性体験といふのは、まさしく観なんでしょうけど、
(縁起との関連性は全くない)
これはあまり問題にしないのが禅ですね。
また、縁起を考察するもんでもない。
それを超える。といふことですね。直覚とかいふ。
(これは非論理です)
>>246
輪廻思想といふのは、子供が成人になるにしたがって
ある時期に植え付けられら概念ですね。
(生得的ではない。ってとこを注視すべきでしょう)→これが重要
本来無為であった。
こういふことになろうかと思ひまふ。
249神も仏も名無しさん:2008/12/12(金) 11:17:32 ID:jhDCOBcr
逆ですよ。

コピペ
今、体内記憶を覚えている子供たちが大勢いる!

生まれる前から伝えてる「ママのおなかの中は暗くてあったかかった」。
ここ数年話題になっている「胎内記憶」だが、いぶかしむ人は多いだろう。
しかし、横浜市内の産婦人科医、池川明さんが行った調査では、
約3割の子供が胎内記憶をもち、2割は誕生時の記憶をもっていたという。
さらに、「生まれる前はお空にいたよ」と、胎内に入る前の記憶について語る子供も少なくない。
池川さんは「生まれる前から赤ちゃんはさまざまなことを訴えかけている」と話す。
池川さんは平成14年から15年にかけて、長野県諏訪市内と塩尻市内の保育園、幼稚園に通う子供の親、計3600人を対象にアンケート調査を行った。
「おなかの中にいた時のことを、子供は覚えていますか」と、胎内記憶の有無を尋ねたところ、「ある」が33%にのぼった。
ちなみに「ない」は40.1%。
また生まれた時の記憶の有無についても、20.7%が「ある」と答えた。
記憶のあった年齢は、「2歳」「3歳」が圧倒的に多く、4歳になると激減した。
記憶の内容は「おなかの中は暗くてあったかかった」(二歳八ヶ月ごろ)、
「お母さんのおなかをけった。早く出たかったのになかなか出られなかった」(三歳ごろ)など。
さらに、連絡先がわかった人に話を聞いたところ、子供たちが語った、胎内に入る前の記憶についても知ることができた。
「私は女優になりたかったからママをえらんだの。ママなら女優にしてくれると思ったの」(五歳)
 「知らないおじさんと空中に浮いていたら、家の中から笑い声が聞こえてきて、そのおじさんがこの家でいいかと聞いたので、ぼくはいいですってこたえた」(三歳)
池川さんは体内記憶の内容を『おぼえているよ。ママのおなかにいたときのこと』、
胎内に入る以前の記憶を 『ママのおなかをえらんできたよ。』(いずれもリヨン社)にまとめて出版した。

産経新聞 平成17年3月22日より
250前スレ5:2008/12/12(金) 11:46:42 ID:WQdWYt2a
「胎内記憶」ですか。 確かに、脳内における記憶部位の形成後のことであれば
その可能性も僅かながらあるのかもしれませんが、現時点においては厳密な
科学的調査における実証もなされておりませんし、多分に?マークのついて
しまう分野ですね。 
子供たちの証言の多くは、親その他による心理誘導とされております。
すなわち「子供たちは、親に自分がお母さんのお腹の中に居たことを
きかされ、  『お母さん』→『あたたかい』  『お腹の中』→『狭くて暗い』
などの連想からストーリーを作り、それが真実であると自己暗示をかけていくわけです。

>「私は女優になりたかったからママをえらんだの。ママなら女優にしてくれると思ったの」(五歳)
 「知らないおじさんと空中に浮いていたら、家の中から笑い声が聞こえてきて、そのおじさんがこの家でいいかと聞いたので、ぼくはいいですってこたえた」(三歳)

このような胎内に入る前の記憶話は、ほほえましいポエムとして聞いてあげる
のが妥当でしょう。 子供たちは、楽しい物語を創る名人です。
251机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/12(金) 12:27:46 ID:atlTWZbq
離乳期ころになろますと、母は子に問いかけまふ。
「どう?おいしい?おいしくない?」。
この問いにおいて二項対立の概念をインプットされまふ。
ある意味、相当なストレス状態かと予想されますが、
人類の歴史は、このような経緯を通過しませんと、
倫理とか、あらゆる人類共有の文化に浴することが不可でありまふ。
(つまり文化とは、二項対立が基礎プログラムであります。

そして、死後の世界にまでこのプログラムは応用の段階に持ち込まれるのでふ。
「死後の世界はありや?なきや?」。
かくて人類は、
母の問いかけが既に無明の発端をなしていることに、
今、気づかねばならでしょう。

釈尊の成道とは、じつにこのような概念の破壊でありました。
それは思考システムといふ論理性の破壊を意とするものでありまふ。
思考システムを第二議諦としました。
それよりも第一義なるものを「空」としたのでありまふ。
252前スレ5:2008/12/12(金) 12:32:15 ID:WQdWYt2a
>>246  輪廻転生の実在を実証することは、現時点では不可能ですね。
「私は前世の記憶がある」と主張する、いわゆる「トンでもさん」の
話を紹介するくらいが関の山ですね。(それでさえも真実であると実証
された例は皆無ですが)

輪廻肯定論者の論拠は、ほとんど古層仏典における記述です。
すなわち、「経典にそう書いてあったから。」 というものです。
(それでさえも、真実それが釈迦の言葉であることも実証できず
後の仏弟子の創作、あるいは恣意的な解釈である可能性を排除で
きません。)

輪廻業報思想というのは、現実にくらす我々の生活に干渉する形而下の
概念を含み、単なる認識論にとどまりません。
そうであるならば、現在の我々の知見に矛盾しない説明が可能でなければ
なりません。実証が無理でも、せめて矛盾のない整合性のとれた「説明」
くらいはできなければ、それは「妄想」にすぎないでしょう。

しかし実際には「輪廻肯定論者」の主張するところは、彼らににおいて
さえも各自ばらばらです。このスレの肯定論者の主張を見ても、それが
よくわかると思います。

肯定論者の人たちは、自分の見解と異なる意見の持ち主には
「あれは仏教徒ではないから。」  
「あれは唯物論者だから。」 という表現を好んで用い
排斥しようとします。 信者たちだけが集まって「輪廻ってあるよね。」
「うん、うん絶対有るよ。」 と仲間うちだけの妄想に浸っていたいだけ
であるのならば、問題もないのですが時折オームのような危険な存在に
その思想を利用されたりもします。

せめて、オカルトや観念論に逃げることなく、客観的普遍性をもった
『説明』 くらいはできないものでしょうか?
253神も仏も名無しさん:2008/12/12(金) 12:32:19 ID:jhDCOBcr
このように、世界中にある普遍的で生得的なファンタジー、救いの物語(輪廻思想)を潰そうとするのが、成人達なのでありましたとさ。
254前スレ5:2008/12/12(金) 12:36:24 ID:WQdWYt2a
>>253  輪廻思想が救いの物語?

どこが「救い」の物語なんでしょうか?
ファンタジーというのは、同意ですが。
255神も仏も名無しさん:2008/12/12(金) 12:49:16 ID:/vQBfKJx
>>219
>因果の道理から、人を殺せば自分が同じ目に合うのだろうから、
殺させて(死刑にさせて)よいのだ、という話にはならない。

決して、死刑賛成論者ではありませんが・・・とお断りしているのが目に
入りませんでしたか?あなたのレスが言うことがバラバラみた〜いという
こと=いまだ不完全で大雑把・・・・ということを指摘したかったのですょw

そうやって異論の人を小馬鹿にし、排斥するのは君の傲慢・怠慢でしょう。
宗教者はそうやって、信徒には、盲信・狂信を促すだけですか?
オウムも確かに自分達の教義の「言葉のゴリ押し」ばかりが先・・・
これも<宗教の病理>のひとつ・・・マイコンのテクでしょうw(笑

>あなたは小学からやり直しです。何も学習してきてないようです。

残念ながら、小学校では宗教は教えません。特殊教育ですからね。
宗教の教義を少しカジッテル位で人を見下ろすのは宗教の説く本質
から道を外れ傲慢も良いところw宗教者としての優しさ・修養・・が伺えません。

君こそ、↓  が妥当でしょう!
>あなたは小学からやり直しです。何も学習してきてないようです。

仏教徒にしては、煩悩をコントロール出来ない感情的レスが多いようですしね!
はい、行ってらっしゃ〜〜い!!(笑
256神も仏も名無しさん:2008/12/12(金) 12:51:25 ID:/vQBfKJx
>>216
>当たり前です---私は死刑廃止論者だといいました。それは誰それならいいというものではない!
 ただ、法務省に文句をいってもダメなのは明白ではある(苦情/意見は届けているが・・)。
☆★ そのことを 支持している 「国民」 が変わらない限りは絶対に無くせないからです。 ☆★

やはり、あなたも無意識に、「力があるのは神仏より人間」 ということをご自分から認めておられます。☆

君が行動に移しても、君が崇めている仏も仏陀も・・何の霊力も神通力でも後押しもしてくれず「知らん顔」ですからね(笑

ということは・・・とたまには、その先を発展させて考えてはみませんか?

(前スレ>600/612/609/622/644/616・・・)

さて、現実生活より生きる所はありませんから良いお天気でオチ〜

ヽ(^。^)ノ

257神も仏も名無しさん:2008/12/12(金) 13:01:24 ID:MT6v3TZ5
どうせ平行線なんでしょ。スマ長老は業報のことは捉え切れないと書いてるよ。
仏教だってインドで衰退したでしょ。
日常レベルで悪いことをすれば悪い結果が返ってくることが経験的に分かってるなら
普通に善行を積んでればいいんだと。バカでいいんだと。
家が火事になっても笑うしかないと。単純な因果の概念に囚われても幸せじゃないでしょってことだね。
258机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/12(金) 13:13:38 ID:atlTWZbq
>>257
>どうせ平行線なんでしょ。

あらゆるものは平行線ですよ。
あらゆるものね。→(これを強調しておきます)

貴殿が平行線だと思わないのは、一遍で納得してるから。
人というのは、一遍で納得するものなんです。
(そういうふうに脳が出来てるわけです)

「相対立するは結論でるまじ」。by道元
259前スレ5:2008/12/12(金) 13:17:05 ID:WQdWYt2a
>>255  昨日の217の書き込みを読んで、これで宝珠愚者さんも
気付くかなと思いましたが、やはりだめでしたね。

この人は現世の現象は全て
1.過去世の業によるもの
2.来世への試練      のどちらかであると述べてましたが

すると、サリン事件を例にとって考えると
1の説をとるなら麻原は「被害者たちの業をとってやる、すなわち
カルマを落としてやる」 ことになりその行為を非難できず
2の説をとるなら、麻原は「被害者たちを来世へのより良い存在へ
と導く試練の手伝いをした」 ことになり、やはり非難できなくなります。

本人は「殺人などもってのほか」 と言いながら自説でそれを肯定して
しまってることに気づいてないのです。

死刑反対と言いながら、殺した者は来世で殺される と主張する
矛盾が理解できないのですね。
260215:2008/12/12(金) 13:38:07 ID:40c1YxxV
>>223
>死後生はあるのか、あんたはどう思う?という話ピカ。
問いそのものがナンセンス→だから『無記』
261神も仏も名無しさん:2008/12/12(金) 13:44:47 ID:uj/kuG7q
何人も否定できない輪廻転生とは、次のことである。

「人間が死ねば、肉体は火葬されるか、または腐敗するが、肉体を構成
する元素の原子は消滅することはないから、その原子は、地球上のさま
ざまな生物や無生物に循環し、永遠に残る。しかし、人間としての記憶
器官、感覚器官、思考器官の機能は消滅するのだから、死者にとっては、
死後の世界は、知覚・認識できず、無関係である。

また、先祖の業とは、後天的な「行為」であるから、子孫に遺伝するこ
とはない。即ち、『獲得形質は遺伝しない』というのが、生物学の大原則。

「胎内記憶」などと言っても、胎児は、記憶器官や知覚器官がまだ十分
に形成されてはいないのだから、無意味である。

「臨死体験」とは、死亡直前の身体の生理的変化によって生じる、「幻
覚」のこと。医学では、delirium(譫妄状態、精神錯乱状態)と呼ぶ。
「臨死」だから、「まだ死んではいない生体の、生理現象」である。

死者が涙を流すのは、よくあることだが、これも生理学的に説明できる。
「死後硬直」と同じく、身体の生理現象である。別に死者が悲しいから、
涙を流しているのではない。」

人間にとって、前世は全く無関係で、死ねば「無」になり、自然に帰る、
というのは、こういうことである。だからこそ、「一度きりの貴重な
現世をよりよく生きる」という意欲が生じる。

いずれにせよ、科学の発達前の「古代人の妄想」を、現代に持ち込むべき
ではない。


262神も仏も名無しさん:2008/12/12(金) 14:00:26 ID:uj/kuG7q
>>261の補足

DNAが伝えるのは、親の容貌や性格などという「先天的形質」だけである。
親の「行為(業)」は「後天的形質(獲得形質)だから、絶対に遺伝しない。

また「集合無意識」などというのも、単に「特定文化圏内の『情報』の伝達」
に過ぎない。生後まもなく、異なった文化圏内で育てられれば、その文化圏の
意識を受け継ぐ。キリスト教徒の子を、仏教圏内で育てれば、仏教徒になる。
263神も仏も名無しさん:2008/12/12(金) 14:34:35 ID:MT6v3TZ5
>>258
だから平行線なんでしょw
最初にアートマンを否定したわけではないと書いてた時点でもう
どういう傾向の人か察しが付いてたでしょ。
釈迦が輪廻転生を説いてたとしても、どうせ我々に確認できるものではないでしょう。
そんなものを実体視しても幸せとは関係ないんだし。
264神も仏も名無しさん:2008/12/12(金) 14:56:40 ID:40c1YxxV
>>262
だから、おまいの諸説は順世外道アジタ・ケーサカンパラの唯物的断滅論と実質的に同じなんだよ。

→一切の超絶的権威を拒絶し、生きている間を悔いなく生きよ!
 政治論的には一種の反階級革命思想であり、人生論的にはインド的エピキュリアニズム(快楽主義)だろう。

 おいらは結構好きだよ。 
  
265神も仏も名無しさん:2008/12/12(金) 14:58:02 ID:MT6v3TZ5
まあ輪廻転生とか天国を思わず信じたくなるのが人間なのかもしれないけど
それが実は苦しみの継続だと気付けば脱出したいって気になるんじゃないですか。
266机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/12(金) 15:21:05 ID:atlTWZbq
>>263
個々の心象なり事象なりが、変化に富んでおりまふのは自然の理でありまふ。
(この時点では平行線ではありますが)
異なるものであっても、それらには関係性は既にあるのでふ。
本質なるもの、共通なるものを導き出していきまふ。

法とは普遍性をいうのでありまふ。
その普遍を見抜くことこそ慧眼とか言いまふね。
いわゆる智慧なんですが。

普遍とは「遍することはない」という意でふ。
267神も仏も名無しさん:2008/12/12(金) 17:25:56 ID:FDd+oZOH
>>264
六師外道とは、いずれも当時の優れた思想家・哲学者。現代の視点からは、
彼らが仏陀よりも劣っていたなどとは言えない。

釈迦に弟子を殆どを奪われて自殺した外道もいる。その意味では、仏陀は大き
な罪を犯したことになる。
268某ピカ:2008/12/12(金) 17:57:10 ID:F5tDkxwq
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | < >>260 チミはキチガイ教祖の弟子になる素質があるピカよww
 (〇 〜  〇 |  \  問いそのものの価値を評価してくれって言ってないじゃん。
 /       |    死後生はあるのか、あんたはどう思う?って話じゃん。  
 |     |_/ |     「あると思うよ。その前提で業報の話をいつもしてるでしょう?
              でもそんな質問は苦を滅するには無意味なんだよ。
              この生を今生きている事実があるんだから、
               死後生のことなど気にせずに真摯に生きなさい」
              などと答えれば、あのキチガイも少しはまともなのに。
269机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/12(金) 18:06:15 ID:atlTWZbq
>>225
>え〜机さんは、机節でしょ。
>勝義はなんもない。世俗は因果で、二諦バラバラ。

いや、バラバラではありませんです。
因果に囚われてはならない。というのが勝義諦でありますから。
勝義と世俗は不可分であります。

例えていうなら、
事業に失敗した実業家の、今の所有金額が5両と、
貧乏人がセコセコ貯蓄した、今の所有金額が5両と、
金額には全く差異はありませんし、
ましてや人そのものに差異はない。→これが勝義

人生はいろんなことがありますが、
今の自分においては全くの平等である。
ってことです。

昔、強盗をやった者でも。
昔、慈善事業をやった者でも、
今においては結果としては平等。
これが勝義諦です。
270215:2008/12/12(金) 19:44:17 ID:40c1YxxV
>>268
サービスで、もういっかい繰り返す。
 ブッダの教えは「いま ここ おのれ」だけが問題。
そういう断滅・常住、生死などの二項対立を離れた空=中道という真相を悟り、
生死の迷いを捨て、還滅して世間の真っ只中で超越の眼で新しく生きなおせというのがブッダの趣旨だ。

そもそも死・生、業報、過去・未来を迷いとす。
おまいは生前、死後を知っているのかい?経験したのかい?
なぜ>『この生を今生きている事実』と断言できる?
デカルト的誤謬と変わらん。

ブッダをキチガイ教祖というなら、おいらもキチガイ弟子でかまわんw

>>267
おいおい、アカンて言うてへんてw 好きやで、って言うてるやないか。

 うなぎ論法の名手サンジャヤが弟子のサーリプッタ&モッガラーナと論争して
血反吐を吐いたことは知っているが、自殺とは知らなかった。
ブッダ側が仕掛けた謀略戦術だとは考えている。
それにしても『罪』とは誤謬だ。
271215:2008/12/12(金) 19:58:31 ID:40c1YxxV
それにしても、『無記』の元ネタ、パクリ先のサンジャヤという恩人から
エースと四番バッターのサーリプッタ&モッガラーナをスカウトするためとはいえ、
謀略戦術で事実上乗っ取ってしまうとはブッダも相当な業師だったんだな。

272某ピカ:2008/12/12(金) 22:30:37 ID:F5tDkxwq
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | < あのねえ、宗教というものは教祖のヒーロー伝説を
 (〇 〜  〇 |  \  つくり上げがちなものであって、カッコ悪い敗北・失敗談は 
 /       |     あまり書き残したりしないものピカよ。
 |     |_/ |     他宗教の教祖を打ち負かし、その弟子が師を釈迦に鞍替えするほどの魅力だ
              ということにしてあるピカよ。
273某ピカ:2008/12/12(金) 22:34:08 ID:F5tDkxwq
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | < >>270 サービスでもう一回繰り返すけど、
 (〇 〜  〇 |  \  死後生はあるのか、あなた(ブッダw)はどう思う?と問われたピカよ。
 /       |    アホみたいな屁理屈や説教をを言えといってないじゃん。  
 |     |_/ |     
274前スレ7:2008/12/12(金) 23:00:49 ID:39u/eKuS
>>223
それでも立派な答え(応え)だよw

>>214の三つしか答えが無いと考える時点で、
宗教(或いは哲学?w)の領域に踏み入る資格ないだろ・・。
百歩譲っても、223はBに該当するだろ?(それくらい推察しろよ、タコスケw)

受験用教育の弊害ってのは恐ろしいなw



>>271
布教活動に際しての、釈尊の“計算高さ”を指摘する人も結構いるよなw
(勿論、褒める意味でだが・・w)
275215:2008/12/12(金) 23:03:17 ID:40c1YxxV
>>273
回答済み。

『アホみたいな』愚問を繰り返すなって
276某ピカ:2008/12/12(金) 23:25:32 ID:F5tDkxwq
http://blogs.dion.ne.jp/bodhisattva/archives/5028068.html
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | < >>274 「毒矢のたとえ」を言う前に「私にはわからない」
 (〇 〜  〇 |  \   と言うべきだろうに、なぜ言わないピカか?
 /       |     あのキチガイ、質問を質問で返しやがってww 
 |     |_/ |     ゴータマは訪問者などに「友よ、なんでも質問しなさい。明解に答えるよ」
              みたいによく言ってたはずだけど、
              上から目線で説教たれてやり込めておしまい。
              この訓話を読んだ仏教徒は「お釈迦様の智恵は何と素晴らしい」
               などと感心したりするんだろうピカww   
277215:2008/12/12(金) 23:42:57 ID:40c1YxxV
>>276
三度、回答済み。
ひとつの相しか観ようとしない輩に、異なる相が観えないだけだ。
明解に答えている。
観えて自得できたとき、それを悟りという。
278某ピカ:2008/12/12(金) 23:55:09 ID:F5tDkxwq
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | <  洗脳もそこまで進むと、なかなか戻らないピカよ。
 (〇 〜  〇 |  \  もはや普通の人間の論理や対話が通用しないのだろうピカね。
 /       |    相がどうのこうのではなく、死後生はあると思いますか?  
 |     |_/ |     あなたはどう思いますか?と聞かれているピカ。
279前スレ7:2008/12/12(金) 23:57:08 ID:39u/eKuS
>>276
喩え話として「矢を射た者」を「“知りえない”“わからない”こと」と位置付けている。
そして、その「矢を射た者」が代入されているのは問者の問うた部分だ。
『それは不可知なことである』ということを示すには十分だと思うが?

君は
「ねえ、“愛してる”って言って! 言ってくれないと愛してくれてるかどうか判らないじゃない!」 と、
愛の言葉をねだるおなごのようだなw
280神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 01:14:31 ID:ad0o+B9B
宗教学者島田裕己の新著「平成宗教20年史」(幻冬舎新書)を読み終えたが、
宗教って、やっぱり、人間にとっては弊害ばかりのようですな。

明らかに精神医学の対象。宗教学者と精神医学者とが協力して、何とか規制する
方向に持ってゆかない限り、今後も、人間、特に若い人々の、現実と社会常識
からの離脱と、それによる家庭破壊という、オウムの悲劇は防止できないと
思う。それにしても、宗教現象を叙述するばかりで、その病理の解明と除去に
何の行動も起こさない宗教学者たちは、社会科学者としての責務を忘れている。

中東問題からも明らかなように、宗教こそは、人類最大の問題だと思われる。
そこには、「自己」だけで、「他者」が全く欠如している。
281神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 08:28:05 ID:gl8nI1zr
>>259
>本人は「殺人などもってのほか」 と言いながら自説でそれを肯定して
しまってることに気づいてないのです。

仰るとおりですね、さ〜すが宗教盲信者と違って鋭い御指摘ですね!!

(・∀・)ノ

■ 宗教が「肉体生命よりも重視するもの」が、人を無明にし、マイコン・洗脳して狂わせ

現世に沢山の不幸な宗教紛争・事件・・を起こす<張本人>であることに気づくべきです。■
282神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 08:31:52 ID:Nfj5crdI
社会学の結論は宗教は人間生活に不可欠というものだよ
心理学でも精神病の原因は宗教欠如が根底にあるとされている
283神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 10:21:52 ID:/7ruJL/C
>>282
その根拠、ソース、プリーズ
284神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 10:44:52 ID:+StBQf44
なぜオウム事件の被害者は死ななければならなかったのか?
直接的には「被害者の死」は、「被害者」と「オウムのサリン散布」の接触によって生じた。
「オウムのサリン散布」は因と呼ばれる。
間接的には「たまたま被害者はその場に居合わせた」ことが条件である。
これを縁と言う。
285神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 10:56:07 ID:6g0n5C9I
>>208
宗教学者島田裕己の新著「平成宗教20年史」(幻冬舎新書)を読み終えたが、
宗教って、やっぱり、人間にとっては弊害ばかりのようですな。

島田なにが氏は誇らしげにオウムの張りぼて仏像と週刊誌に出ていた人ですよね。
286前スレ5:2008/12/13(土) 11:00:57 ID:H+CA3Ewt
>>282 
>社会学の結論は宗教は人間生活に不可欠というものだよ

私は「宗教は人間生活に不必要」とは、いいませんが
不可欠というのも言いすぎなような気もしますが。

さらに
>心理学でも精神病の原因は宗教欠如が根底にあるとされている

これは、はっきり言って暴論でしょう。
「宗教を信じる者は精神病にならず、信じない者は精神病になる?」
282さんの書き方をみるとこれが定説のように思われてしまいますが
一学者の私見でしょう。

私自身、宗教不要論者ではありません。
我が子を亡くして悲しんでいる母親に「お子さんは天国で幸せにお暮らし
ですよ。」 と慰める人がいます。その人に向かって「天国などは妄想
だ。そんなものはない。」 などと言うつもりは毛頭ありません。
人生の色々な場面で宗教によって救われる人がいるのも事実でしょう。

しかし、その反面、間違った方向に進むと大変悲惨な結果を引き起こして
しまうことは、歴史を紐解くまでもなく、現在の世界を見渡せば明らかで
すね。 これは「妄信」が、その原因です。自己の信じる神、または
教義が絶対であり、他は間違っているという自己の信念に全く疑いをもたない。
他の価値観を認めない。  宗教に熱心な人ほど、このような穴に落ち
こんでしまい周りが見えなくなる傾向が強いと思います。

この薬は劇薬です。 用法、用量を間違えなければ大変すばらしい
効果をもたらしますが、一歩間違えると目も当てられないくらい
悲惨な結果となります。
さじ加減が肝要ですね。
287机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/13(土) 11:37:51 ID:An9h3AXx
>>280
島田裕巳といふ人は、オウム草創期の頃に若者が出家していくのを擁護した方ですね。
テレビで得意になって語ちてましたよ。

あの頃は、大川隆法とか、その他の新興宗教が華やかしい頃で、
ひとつの宗教ブームの時代でした。
「朝まで生テレビ」で教祖同士が法論など繰り広げてましたからね。

宗教学者なら、そういう時代が異常だと、
先ず気づくべきでしたね。

それよりもっと古い時代の、統一教会の草創期においても
若者が出家していくのを、宗教学者よりもマスコミが批判してました。

釈尊在世当時の出家の意味と、
現代における出家の意味が、全く分かってないのが島田裕巳です。

般若心経の「色即是空 空即是色」は、最後が「色」で終わってるんで、
これは世俗で生きねばならんことを示唆しとるわけです。
島田も晩年を迎えまして、やっと心経の意を解したものと思われはひふへほ。
288神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 12:01:11 ID:Lfxlzd9S
>>284
> 間接的には「たまたま被害者はその場に居合わせた」ことが条件である。
> これを縁と言う。

たまたまを縁とは云わない。
死ぬべくして死んだ。
289前スレ7:2008/12/13(土) 12:27:40 ID:IPSyi83L
>>288
ならば、こう言い換えたら良かろう?
≪間接的には「その場に居合わせた」ことが条件である。≫ と・・・w

(´ー`)y━~~
290神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 13:04:42 ID:Li1mU87+
>>281の訂正

■ 宗教が「肉体生命よりも重視するもの」が、人を無明にし、マイコン・洗脳して狂わせ

現世に沢山の不幸な宗教紛争・事件・・を起こす<張本人>であることに気づくべきです。■

■ 宗教団体が「肉体生命よりも重視するもの」が、人を無明にし、マイコン・洗脳して狂わせ

現世に沢山の宗教紛争・宗教犯罪・事件・・を起こしていることに気づくべきでしょう。
291神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 13:51:39 ID:j5P0y42v
>■ 宗教団体が「肉体生命よりも重視するもの」が、人を無明にし、マイコン・洗脳して狂わせ
>現世に沢山の宗教紛争・宗教犯罪・事件・・を起こしていることに気づくべきでしょう。

ということは人は元来、無垢清浄であって特定の経験学習によって無明となり、特定の思想から開放されることによって明智を会得し本来の無垢清浄な存在となる、ということか。
みんなが大好きな本有仏性を認める如来蔵思想じゃん。よかったね。
292神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 15:04:24 ID:1SiSsdny
>>287
>釈尊在世当時の出家の意味と、現代における出家の意味が、全く分かってないのが島田裕巳です。
般若心経の「色即是空 空即是色」は、最後が「色」で終わってるんで、
これは世俗で生きねばならんことを示唆しとるわけです。

もう少し、出家の意味の違いを具体的に教えて頂けますか?
293神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 15:14:46 ID:1SiSsdny

「不殺生」の戒というけれど、生まれて肉体がある以上、殺生をして食べなければ
生物は生きていくことが出来ません。

これは、アンチも宝珠愚者氏もダライ・ラマも仏陀もイエスも・・・生物は皆、同じことw

殺生が悪業だとすると、生きていくことそのものが悪業を積み重ね続けることになる?。。。。。
294神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 15:35:51 ID:+StBQf44
不殺生ならジャイナに誰もかなわない。
不殺生はジャイナの根幹に関わる問題です。
しかし仏教においてはそうでもない。
また仏教では植物は五大の一つであり無情ですから菜食は不殺生に
抵触しない。
もちろんブッダは耕作を禁じている。
295机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/13(土) 15:37:26 ID:An9h3AXx
>>292
釈尊在世当時も、世の変革期でありまして
多くの若者が出家して、そして真理を求めました。

後に釈尊が成道しまして、それで一応の結論を見たのです。
それは釈尊入滅前に言われたお言葉でありますね。
「世界はなんとスバラシイ!!」。

この経緯を辿りますと「青い鳥」といふお話に似てますね。
幸せを求めて旅に出ましたけど、
自分の求めていた「青い鳥」は、じつは自分の一番近いところ居た。

釈尊もチルチル・ミチルも、結局は旅に出たことで、それで分ったことです。
決して旅に出る(出家)が無駄ではなかったですけど、
結論が出た現代においては、全く意味はない。

今現在において出家する。というのは、
釈尊本懐よりも、違う意味(目的)があることは察しを付けるのが賢明です。
つまり、それを見抜く智慧ですね。
「出家する」という時点で、そりゃ〜もう、見抜けないよぉだと
宗教学者だと言うのもオゾマシイ。やに思いまふです。
296神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 15:42:02 ID:+StBQf44
>たまたまを縁とは云わない。
因と縁の違いを御理解下さい。
縁は必然でも宿命でもありません。
縁は「赤い糸」ではありませんよw

297神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 15:54:24 ID:IWIwJvx4
宗教も人間の営みの一つであり、人間は、現実に100%依存しない
限り生存できないのだから、すべての宗教の目的も、結局は現実に帰還
することにあるはずだが、それを理解していない宗教者や宗教学者がい
るのが問題だと思う。

岩波の講座「宗教」の最終巻(第10巻)でも、それを果たしていない。
298机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/13(土) 16:11:56 ID:An9h3AXx
>>297
同意ですね。

島田の年齢から推測しますと、
たぶん島田の青春期には「ヒッピー文化」に遭遇したかと思われ。
このヒッピーと、オウムの出家が、イメージ的に重なったんじゃ〜ないかな?

ヒッピーというのは、人間の自由・開放をそのテーゼとしてますが、
オウムはその対極にあるんですね。
人間への呪縛です。

実際、釈尊の思想といふのは、本来はヒッピーに近いわけなんですが。

イデオロギーでもなんでも、
そのバックボーンは必ずあるわけで、
それを見抜く智慧こそ肝要であると、拙者は思っておりまふ。

こういうことは全て般若心経に記してあるんですね。
299神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 16:17:07 ID:IWIwJvx4
>>298
「色即是空、空即是色」と「空即是色」を加えたことに千金の重みがあると思
いますね。「色即是空」だけだと、単なる妄想に過ぎない。
300前スレ5:2008/12/13(土) 16:23:17 ID:H+CA3Ewt
同意ですね。
301机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/13(土) 16:35:52 ID:An9h3AXx
>>299
そうですね。
どんなに時代が変遷しようと、色あせないですね。

ちなみに経済学などは時代に追いついていけないですよね。
マルクス論にしても、18世紀後半といふ時代的背景であったなら、
それだけでも有効性はあったかと思いますが、
学問よりも時代が急テンポで進んでしまいますからね。
302神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 19:12:42 ID:HyBg5znS
>>295
>今現在において出家する。というのは、結論が出た現代においては、全く意味はない。 釈尊本懐よりも、
違う意味(目的)があることは察しを付けるのが賢明です。つまり、それを見抜く智慧ですね。

ご教示、大変有難うございました。
そんな明快な回答があったとは・・・びっくり(゜o゜)ノ

オウムには、仏教大学から流れてきた大師もいたようですが・・・不可解ですねぇ〜(-.-;)
一般人はそんなに宗教に詳しい人ばかりではないし・・・オレオレ詐欺と同じで、すぐに信じないで
プロや他者に確認・相談した方が良いでしょうね。。。しかし、やはり騙す方が悪いw。。。

>「出家する」という時点で、そりゃ〜もう、見抜けないよぉだと宗教学者だと言うのもオゾマシイ。やに思いまふです。

確かに、宗教学者・宗教者にしっかり質をあげてもらって<正しい警鐘>を鳴らす役割を果たして欲しいですね

では、伝統仏教に出家した、瀬戸○○聴氏や某会長氏、他の諸氏・・・等は、どう見たら宜しいのでしょうか?
303机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/13(土) 19:36:15 ID:An9h3AXx
>>302
>では、伝統仏教に出家した、瀬戸○○聴氏や某会長氏、他の諸氏・・・等は、どう見たら宜しいのでしょうか?

伝統仏教に出家するのと、かたや新興宗教に出家するのは「出家」の意味あいが全く違いまふね。
伝統仏教といふのは文化として世俗に定着している訳ですから。

新興といふのは、それ自体がアンチを表明している訳ですね。
つまり伝統仏教を超えた教義であることは常考でありまふ。

時すでに釈尊入滅から2500年も経過してるつぅに、
何を超えねばならんものがありましょうや?

2500年の歴史は、仏教に粉飾を重ねるだけではなかったか?
(日蓮などイイ例ですね)
それでも飽き足らない。
煩悩に煩悩を重ねるだけやに思いまふ。
かよに机龍之介は考えておらんだ大統領。
304神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 20:32:07 ID:K7x/LVWk
輪廻妄想信者たちの
反撃はまだア?
305宝珠愚者:2008/12/13(土) 21:24:41 ID:d8Us78ux
ストレス発散
---独りで2時間カラオケ歌いまくってからの帰宅です^^

>>293
>殺生をして食べなければ生物は生きていくことが出来ません。
>これは、アンチも宝珠愚者氏もダライ・ラマも仏陀もイエスも・・・生物は皆、同じことw
>殺生が悪業だとすると、生きていくことそのものが悪業を積み重ね続けることになる?。。。。。

 この私を愚弄するのは構いませんが、聖者を馬鹿にするのはちょっと戴けないな!
 解答としては>>264で正しいと思いますが、あなたのために私から少しだけ個人的に付け加えてお
きます。食事はたしかに殺生に他ならないが、これは人間として生存している限りの最低限の業---
つまり動物界から進化継承してきた肉体の維持---についてなので、これは止む得ない。その中では
菜食は最善(ベジタブル思想についも私は詳しい)ということになるのです。
 更にいえば、大気中から活力(生命力)を摂取できるようになりさえすれば、食事すらも不要とする
ことも可能なのですが、あなたがたには理解できないでしょう?

 “仏陀の悟り”というのは、前スレ58で紹介した経にある神秘体験(宿命智通)に基づくものです。

 「また、心が安定し・・・堅固な不動のものとなると、比丘は過去の生存の境涯を想起する知(宿住通)
に、心を傾け、心を向けます。彼は過去の生存のさまざまな境涯を想起します。すなわち、ひとつの生
涯、二つ、三つ、四つ、五つ、十、二十、三十、四十、五十、百、千、一万の生涯を想起します。そして
それは幾多の生成の宇宙期(成劫)、幾多の壊滅の宇宙期(壊劫)、幾多の生成・壊滅を含む宇宙期を
(通して)想起します。---というように、 具体的な映像や、具体的な説明を伴って過去の生存の境涯を
想起します。」 (ディーガ・ニカーヤ2:93/出家の功徳)
306宝珠愚者:2008/12/13(土) 21:25:39 ID:d8Us78ux
 縁起、四諦、無常、無我(非我)などといった基本的な教えの全てはそこから出てきたもの。ゴータマ
の教えはこの輪廻現象の自然界の摂理を知ることから始まっているのです。ウパニシャッドにも説かれ
ているということではなく、ゴータマは自らの直知体験によってその真理を自身に体現しました。この輪
廻の姿を如実に知った人がブッダ(目覚めた人)と呼ばれるのです。

 「あらゆる宇宙時期と輪廻と(生ある者の)生と死とを二つながら思惟弁別して、塵を離れ、汚れなく、
清らかで、生を滅ぼしつくすに至った人、──彼を(目ざめた人)(ブッダ)という」(スッタニパータ517)
 「わたしのさとり得たこの法は、深遠で、理解しがたくさとりがたい。静寂であり、卓越していて思考
の領域をこえる。微妙であってただ賢者のみよくそれを知ることができる。」
(サンユッタ・ニカーヤ6:1-1/説法の要請)

 しかしながら、あなた方のように「ある筈がない」「証拠を見せろ(体験できるまでは信じない)」「自業
自得の教えはカルトだ!」という人が沢山いることをもちろん知っているから、ゴータマは説法を辞めて
しまおうかともしたのです。
 しかし何も、これは仏教による世界支配などではない。わかる人だけが自らこの教えを受け入れればそ
れでいいのです。あなたも受け入れる必要はないのです。


>>256
>やはり、あなたも無意識に、「力があるのは神仏より人間」 ということを
>ご自分から認めておられます。☆ 君が行動に移しても、君が崇めている仏も仏陀も・・
>何の霊力も神通力でも後押しもしてくれず「知らん顔」ですからね(笑

 彼らは我々のようなレベルとは異なり、決して人類の自由意志は侵害しないのです。判断及び行動
の決定権は衆生/大衆の一人一人にあるのです。神秘力を駆使して強制的に従わせる方法は独裁/
世界支配です。
 ただし無視されているわけではなく、私は祝福を頂いているのです。「輪廻転生など話すのは辞めな
さい!」などとはいわれなかったw
307宝珠愚者:2008/12/13(土) 21:29:36 ID:d8Us78ux
>>259>>281
>本人は「殺人などもってのほか」 と言いながら自説でそれを肯定して
>しまってることに気づいてないのです。
>死刑反対と言いながら、殺した者は来世で殺される と主張する
>矛盾が理解できないのですね。

 勘違いも甚だしいとはこのことです!仏教の中に殺人を肯定する教えはどこにもない。
 行為(殺人)は、それを行う側に一切の判断と行動の選択権があるのです。麻原はそれを選択する
ことができ、彼は自身の願望と狂気から自らそれを行った。その悲惨な行動による地獄の果報を彼自
身がこれから受けていくことになる。

 対する殺された側には、恐らく何らかの過去世からの理由により、その体験が必然であったとみなす
ことができる。これはオウムのサリン散布でなければ、また別の機会でそれに相応しい体験を受けるこ
とになるのです。であるから、オウムがいようがいまいが彼ら自身の体験そのものは避けることはでき
ない。これを因果応報というものです。


>>286
>我が子を亡くして悲しんでいる母親に「お子さんは天国で幸せにお暮らし
>ですよ。」 と慰める人がいます。その人に向かって「天国などは妄想
>だ。そんなものはない。」 などと言うつもりは毛頭ありません。

 私もそれは同じです!悲しみに暮れる家族に対し、わざわざ「亡くなった故人は本人が悪いからですよ」
などというわけがない。自業自得という言葉がありますが、これは、「ざまーみろ!!」という意味ではない
ので、とんでもない誤解は辞めましょう。
 輪廻転生の教えの意図は、そのような悲劇に二度と遭わないよう、そのために説かれているのです。
308宝珠愚者:2008/12/13(土) 21:31:40 ID:d8Us78ux
---前5さんへ
>>237
>かの氏の説は、中村元博士をはじめとする多くの学者による文献学を
>批判し、ジャータカ以外の経典は全て釈迦の真実の言葉とし、後の
>仏弟子の創作および個人的解釈などは全くないものとみなすべきである
>というものです。  これは、かなり???となります。

 私もジャータカは逸話(童話)、他の原始経典は全てゴータマの教えとみています。内容的な矛盾が
確認されない。


>>286
>我が子を亡くして悲しんでいる母親に「お子さんは天国で幸せにお暮らし
>ですよ。」 と慰める人がいます。その人に向かって「天国などは妄想
>だ。そんなものはない。」 などと言うつもりは毛頭ありません。

 私もそれは同じです!悲しみに暮れる家族に対し、わざわざ「亡くなった故人は本人が悪いからです
よ!」などというわけがない。自業自得という言葉がありますが、これは、「ざまーみろ!!」という意味
ではないので、とんでもない誤解は辞めましょう。
 輪廻転生の教えの意図は、そのような悲劇に二度と遭わないようにと説かれているのです。
309999:2008/12/13(土) 21:33:28 ID:icYrS6WK
常識を信仰してる人は常識を脅かす思想を排除したいということですね。
よく、分かりました。私がここで発言したのが間違ってました。

オウム信者が信じちゃうのは、プラーナや光明、前世の記憶などが麻原が言う通り体験できたからだと思います。
もっとも、それができたのは途中までで、狂ってからはできなくなったそうですが。

310宝珠愚者:2008/12/13(土) 21:35:08 ID:d8Us78ux
>>252
>輪廻転生の実在を実証することは、現時点では不可能ですね。 「私は前世の記憶がある」
>と主張する、いわゆる「トンでもさん」の 話を紹介するくらいが関の山ですね。(それでさえも
>真実であると実証された例は皆無ですが)

 ところで前5さんは、自ら調べて確認しようという気はあるのですか?あなたはわたしが話した、TVタ
ックルでの大槻教授が肯定した、透視実験でトリックなしに偶然の確率では説明し得ない成功率を示し
た事例について、過去の番組からは確認しようとはしないのですか?またダライラマ14世の生まれ変わ
り事例については、その情報を自ら摂取する気はあるのかないのか?

>輪廻肯定論者の論拠は、ほとんど古層仏典における記述です。
>すなわち、「経典にそう書いてあったから。」 というものです。

 わたしはあなたに指摘され、スッタニパータ4-5章の中から業思想の教え部分がある経を提示しまし
た。他の方からの情報でも、4章903 904 950 966 970/5章984 990 996にはあるという意見すらありま
す。これは原語を確認しないとダメかもしれませんが、あなたからは何もコメントがありません。これら
については調べてみようという意志はありますか?

 もしその気がないのなら、わたしはあなたがただの見猿聞か猿の類いではないかと見なします。つま
り、生まれ変わり現象が真実かどうかなどはどうでもよく、自業自得などは可哀想だからといい、ただ
「信じられない(認められない)」といっているだけだということになります。

-----------------------
>>305訂正
 ×解答としては>>264で正しいと思いますが、
 ○解答としては>>294で正しいと思いますが、
311神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 21:49:12 ID:2Ybq4v3M
>>303
>伝統仏教に出家するのと、かたや新興宗教に出家するのは「出家」の意味あいが全く違いまふね。
伝統仏教といふのは文化として世俗に定着している訳ですから。

ご丁寧なご教示重ねて感謝致します。
少し、時間をかけて咀嚼してみます。
312神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 22:22:04 ID:SPBd/lW/
みんな 宝珠愚者さんが好きでFA。
313前スレ7:2008/12/13(土) 22:25:22 ID:IPSyi83L
香ばし過ぎて焦臭くなってきたな・・w

(´ー`)y━~~
314宝珠愚者:2008/12/13(土) 22:28:57 ID:d8Us78ux
>>309
 残念ながら、「体験するまでは信じない」とする唯物論者たちを納得させる力は私たちにはありません。
また、彼らの意志が尊重される自由も当然あるわけですし・・。しかしながら、このスレに投稿してくるよう
な完全な唯物主義者や死後の断滅を支持/信じている人というのは、新聞社のアンケート調査でもかなり
少ないです。
 *このスレに集うような完全なる断滅論、死んだら終わり、死後の世界も来世もないと信じる人はたった
の11.8%です。少数意見が非真理を意味してはいませんが・・。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~akiyama/no13.htm


>オウム信者が信じちゃうのは、プラーナや光明、前世の記憶などが麻原が言う通り体験できたから
>だと思います。 もっとも、それができたのは途中までで、狂ってからはできなくなったそうですが。

 正統なヨーギの教えからすれば、マニプューラやムーラダーラといった下半身チャクラの諸中枢を
開発しようといった狂気は通常は指導することは在り得ないのですが。私は麻原のこれらの指導内容
ですぐに発狂するな、と分りました。
 オウム出家希望者と会話したことがあり、何故、正統なインドの伝統的なグルの指導を受けないのか?
というと、やはり身近にいて直接に指導を受けられるというところに最大の魅力があるという返答でした。
315神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 22:37:52 ID:SPBd/lW/
宝珠愚者氏は精神世界に精通しているお方ですよ。(少なくとも仏教概論[西洋学問]レベルのお方ではないでしょう)
316神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 23:06:35 ID:PkTHK+gu

あほらし

寝るわ
317神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 23:09:34 ID:E6svwywQ



□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪


■「有名だから、偉い」と勘違いしてはならない。

人間社会は、釈迦やイエスなどの「有名人」ではなく、
<無数の無名の生活者の絶え間ない努力によって支えられている>
ことを、忘れてはならない。 ☆★

(*^。^*)


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪

318神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 23:32:14 ID:SPBd/lW/
世界標準(共産主義国を除く)では、無神論者は人間扱いされないという事実を忘れてはならない。
319神も仏も名無しさん:2008/12/13(土) 23:44:24 ID:fZ8wRWjM
ライフラインが断たれたら、誰でも困るという事実を忘れてはならない。
320前スレ7:2008/12/13(土) 23:51:54 ID:IPSyi83L
パトロン無しに仏教はあり得ないという事実を忘れてはならないw
321神も仏も名無しさん:2008/12/14(日) 00:04:31 ID:7MD1ca0/
詳しくは知らないけど、初期仏教の学者も年を取って弱るとナンマイダブになるらしいじゃないの。
輪廻転生の有無どころじゃないよ。
よほど気合が入ってないと永遠不滅にすがり付いちゃうってことだろ。
322宝珠愚者:2008/12/14(日) 00:12:14 ID:NJRJrT+K
>>317
>■「有名だから、偉い」と勘違いしてはならない。 人間社会は、釈迦やイエスなどの「有名人」ではなく、
>無数の無名の生活者の絶え間ない努力によって支えられている> ことを、忘れてはならない。 ☆★

 もちろんです。だから、「行為によって」といってるでしょう!!


 ここで、ちょいと一服の余談さーびす!
 私のことをオカルトとして笑うのは一向に構わないが、このスレ(前スレ)でも名前が上がった科学の
代表、ニュートンとアインシュタインを例として上げてみましょう。
 ニュートンの本質というのは完全なオカルティストの典型そのものでした。科学の業績というのは彼の
才能と側面のほんの一部にしか過ぎない。彼はヘブライ秘教神秘哲学/カバラの傾倒者であり、錬金
術の研究者(アルケミスト)であったということは、一般には殆ど知られていない。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3%E3%81%AE%E3%82%AA%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88%E7%A0%94%E7%A9%B6
323宝珠愚者:2008/12/14(日) 00:13:16 ID:NJRJrT+K
 相対性理論のアインシュタインによれば、「科学を真剣に追究している者は誰であっても、宇宙の法
則の中に神の霊が顕在していることを確信するに至るのです。神の霊は人間の霊をはるかに凌いで
おり、神の霊を前に人間は自らの力のささやかなることを知り、謙虚にならざるを得ないのです。」とい
い、また「信仰心をもたない科学は行き先を知らない。科学知識をもたない信仰は向こう見ずである。」
といったそうな。
 アインシュタインは「宗教」を幼稚なレベルだと見なして人格神も否定したが、超絶した意識存在とし
ての「神」については信じていたらしい。
 よく科学者が信仰を持っていることを指摘すると、唯物論者たちは個人の信仰と科学は別物といって
話を誤魔化します。信仰が迷信であるとして証明する術が科学であるならば、それは全く以って矛盾す
る返答なのです。まっ、残念ながら、最近の科学者においては無神論者が大幅な比率らしいようですが・・。

 それから、アメリカで最も人気のある科学者は?というアンケートで1位に上げられた発明王エジソン
は神智学協会会員(私は非会員です)でした。彼は協会誌において「自分のアイディア(発明)はすべて
“空間”から得ている。もし自分が受け取らなければ、他の誰かがそれを受け取るのだ。」といい、人類を
指導し監督されている超存在(覚者)の仕事について理解していました。---余談おわり
324神も仏も名無しさん:2008/12/14(日) 00:16:36 ID:Ah4hmaWW
>>322
ニュートンの時代と現代では、科学の知識が桁違いだろ。時代錯誤は
みっともないよ。
325神も仏も名無しさん:2008/12/14(日) 00:22:53 ID:Ah4hmaWW
>>322
ニュートンが、現代に生きていたら、そんなアホなことをやったとでも、
思うのかね。

>>323
アインシュタインは、「私は、科学で証明される限度で、神を信じる」、
「私は、スピノザの神(即ち、自然)を信じる」と言ってるよ。
326宝珠愚者:2008/12/14(日) 00:30:52 ID:NJRJrT+K
>>324-325
そうですか?それは失礼しましたw
327前スレ5:2008/12/14(日) 02:19:13 ID:zsxRwo09
>>305  >更にいえば、大気中から活力(生命力)を摂取できるようになりさえすれば、食事すらも不要とする
ことも可能なのですが、あなたがたには理解できないでしょう?

はい、理解できません。また、お得意のオカルト話ですか。
もう、食傷ぎみなんですが。

>>306 >彼らは我々のようなレベルとは異なり、決して人類の自由意志は侵害しないのです。判断及び行動
の決定権は衆生/大衆の一人一人にあるのです。神秘力を駆使して強制的に従わせる方法は独裁/
世界支配です。
 ただし無視されているわけではなく、私は祝福を頂いているのです。「輪廻転生など話すのは辞めな
さい!」などとはいわれなかったw

「ありがたい、ありがたい」 としか言いようがありませんね。
328前スレ5:2008/12/14(日) 02:23:10 ID:zsxRwo09
>>307 >仏教の中に殺人を肯定する教えはどこにもない。

また、論点ずらしですか。「仏教の中に殺人を肯定する教えがある。」
なんて、いったい誰がいいましたか?
「殺人を肯定する思想は、あなたの思想の中にあるのです。」

>対する殺された側には、恐らく何らかの過去世からの理由により、その体験が必然であったとみなす
ことができる。これはオウムのサリン散布でなければ、また別の機会でそれに相応しい体験を受けるこ
とになるのです。であるから、オウムがいようがいまいが彼ら自身の体験そのものは避けることはでき
ない。

つまり、彼らは前世の悪業により、今世で「殺されなければならなかった。」
それは必然で、避けることのできないことである。
本当に自分で「殺されるべき」と殺人を肯定してるのが、わからないのですか?
これが「死刑反対論者」の言葉ですか?
329前スレ5:2008/12/14(日) 02:25:01 ID:zsxRwo09
また、この殺人が必然であり、避けることのできないものであれば、
麻原でなくとも誰かが、その「殺す役」をしなければいけなくなります。
すると、麻原は自ら、泥をかぶり、その汚れ役を引き受けてくれた善意者
であるという、まさに「とんでもない」見方までありえることになってし
まいます。(彼らの言う「カルマを落としてあげる」という、トンでも理論
ですね)


さらに「殺す側は、殺すか殺さないかを選択できる?」
ならば、彼らと接触する全ての人が、「殺さない」を選択するのならば
今世で必然とされていた「殺人」は、起こりませんね。来世への持ち越し
ですか? 来世でも、皆が「殺さない」を選択したら?
必然であり、避けられないとされた「彼らへの殺人」は、必然でもなんでも
ありませんね。  自己の論理矛盾が、少しは理解できますか?

もう、いいかげん自分の理論のおかしさに気付いたらいかがでしょうか?
330前スレ5:2008/12/14(日) 02:26:57 ID:zsxRwo09
>>310 >ところで前5さんは、自ら調べて確認しようという気はあるのですか?あなたはわたしが話した、TVタ
ックルでの大槻教授が肯定した、透視実験でトリックなしに偶然の確率では説明し得ない成功率を示し
た事例について、過去の番組からは確認しようとはしないのですか?

バラエティ番組の中でタレント学者が、肯定したことを自己のオカルト理論の
実証例としてあげる神経がわかりません。そもそも、大槻教授は自著の中で
全てプラズマによる説明でかたずけようとして失笑をかったことはご存知で
すか? いいですか? 科学的実証というのは、それこそ何十回、何百回と
追証を繰り返し、有意な数値データが出てからが始まりなのです。
そのTV番組に対して学会は何らかの反応を示しましたか?
その透視能力者というのが、トリックの可能性のない極めて厳密な機関に
おいて、その起こす現象が実証されたのなら、それはもう、今世紀最大の
ニュースになりますね。まさに第5の力の発見です。世界中パニックですよ。
その手の超能力番組は、これまでイヤというほど見てきました。
そして現在まで、それらの出演者の中で本当の超能力者であると実証された
人は一人もいません。
331前スレ5:2008/12/14(日) 02:42:21 ID:zsxRwo09
>またダライラマ14世の生まれ変わ
り事例については、その情報を自ら摂取する気はあるのかないのか?

ありません。以前にも書きましたが私は、生まれ変わりの実例であると
考えておりません。彼は一国(あるいは一民族)の象徴であり、その信徒
たちにとっては実証の有無など問題でなく「真実」なのです。そのような
存在に対して世界の科学機関が厳密な検証実験など行えるはずもありませ
し、行う事自体チベット仏教に対する冒涜となるでしょう。厳密な検証を
行い「彼が生まれ変わりであるというのは虚位である。」と宣言する機関
が、有るとおもいますか?


>わたしはあなたに指摘され、スッタニパータ4-5章の中から業思想の教え部分がある経を提示しまし
た。他の方からの情報でも、4章903 904 950 966 970/5章984 990 996にはあるという意見すらありま
す。これは原語を確認しないとダメかもしれませんが、あなたからは何もコメントがありません。

以前、前スレ229で答えたことも忘れているようなので、もう一度かきます。

>これがスレ主さんの輪廻業報思想を支える説であるならば
もう仏典の検証、仏教的視野にたった議論など、何の意味
も、もちません。

しかし、自分は言葉を濁して回答拒否をしておきながら、私には
回答を求める。いったい、どういうことですか?

332神も仏も名無しさん:2008/12/14(日) 02:52:48 ID:OM0B7byS
トンデモウォッチャーの巣窟になってるが、「仏陀は転生を説いた」んだからしかたがない。
333前スレ5:2008/12/14(日) 03:04:00 ID:zsxRwo09
さらに >>308
>私もジャータカは逸話(童話)、他の原始経典は全てゴータマの教えとみています。内容的な矛盾が
確認されない。

六道輪廻を自分で切り捨てたのをもうわすれたのですか?

>自業自得という言葉がありますが、これは、「ざまーみろ!!」という意味
ではないので、とんでもない誤解は辞めましょう。

いったい誰がそんなことを書きましたか?あなたは自分の妄想から
よく、人が言ってもないことを、さも人が発言したかのように書きますが
本当に大丈夫ですか?
334前スレ5:2008/12/14(日) 03:12:40 ID:zsxRwo09
>>332 
「説いちゃったんだから、仕方がない。」
いいですね、その論理。(笑)

そういうの好きです。
335前スレ5:2008/12/14(日) 03:33:08 ID:zsxRwo09
しかし本当に不思議なんですが
「私は死刑反対論者だ。殺人は絶対に良くない。」 と言いながら
「地下鉄サリン事件の被害者たちは『殺されなければならない』 
それは絶対に避けられないことだ。」
とする、小学生でもわかるような論理矛盾が、どうして、この人は
理解できないのか?  本当に不思議ですね。
336某ピカ:2008/12/14(日) 03:55:04 ID:aMz5HcP1
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | <  教祖は転生を否定しておらず、転生を前提とした話も
 (〇 〜  〇 |  \  普通に説いていたのは確かなのでは。    
 /       |    そして、わざわざ尋ねられると黙って語らなかったり 
 |     |_/ |     論点をすり替えてごまかし、言質をとられないようにしていたのでは。
              この「黙して語らず」というところがキチガイさを露呈しているピカ。
               目の前にいる相手を何だと思っているピカか。
               「ごちゃごちゃ聞いてこないで。答えたくないし、うざいよ。さがってくれる?」
                とでも言うなら、まだまともだけど。 
337神も仏も名無しさん:2008/12/14(日) 07:05:56 ID:ByKaBO0c
地獄の獄卒は死んだ後に、どうなるのかという話ですね。

地獄の獄卒は「死後に裁かれない存在」なんでしょうか?
それとも、地獄で殺した罪によって、
死んだ後は、かつての仲間たちに地獄で責められるのでしょうか。
338神も仏も名無しさん:2008/12/14(日) 07:37:02 ID:5iSdmaZQ
>>323
【Technobahn 2008/5/17 15:19】アインシュタインの通称「神」の手紙が16日、ロンドンの古書オークション業者、
ブルームズベリーによって競売にかけられ、40万4000ドル(約4200万円)の価格(落札手数料込み)で落札された。

当初の落札予定価格は1万6000ドル(約166万円)前後と見積もられていた。

 この手紙はアインシュタインが死亡する前の年となる1954年の1月3日に哲学者のエリック・グートキンド(Eric Gutkind)
宛てに送ったもので、手紙には「『神』というコトバは私にとっては単なる単語以上の意味を持たず、
人間の弱さが作り出したものに過ぎない」「聖書も崇高なコトバが書きつられているが、要は迷信を集めたものに過ぎず、
子供じみたもだ」という文章がアインシュタインの自筆で書かれているものとなる。

 ブルームズベリー社では落札した人物に関しては公表しなかったが、ブルームズベリー社では落札者は
「理論物理学に対する情熱を持った人物で、理論物理学に関連するもの全てを収集しようとしている」とだけ述べている。

引用元http://www.technobahn.com/cgi-bin/news/read2?f=200805171519
339神も仏も名無しさん:2008/12/14(日) 08:19:10 ID:acl5/WoD
>>337
まず地獄は無いから。
六道輪廻というのは人に悪を行わせないために、中有の状態を
方便で再構築したものだから。
地上で悪を行って来た奴は悪想念に捕らわれるってだけだから。
悟らない限り、また転生してくる。
340机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/14(日) 08:32:55 ID:yYgZT/Mn
相対性理論の前程になるのは、先ず「万物は静止の状態はありえない」といふことですね。
(ここで当然、時間の概念が問題になってくる)
つまり大局的観点が重要やに思いまふ。

輪廻転生があるか?ないか?の極論よりも、
その提示項目の前程となすもの・・・つまり普遍性を導きだしたのが、
いわゆる釈尊の成道なるやに思いまふ。
(これだと観念論に陥ることは先ずありえない)

まあ、それはともかくとして、
>>309氏の前世の記憶のお話でも伺いたいですね。
どんな地獄とか体験したのか?

じつは拙者も地獄には関心があります。
昔は地獄絵図など見て、もしかしたら楽しんでいたのかも知れませんね?
オゾマシイといふ半面、
なんとなくファンタジーを感じてしまいまふ。

人間というのは、そういった相反する感情を持ち合わせております。
極楽で、蓮の葉の上で座ったきりじゃ〜退屈だ。
とか、
勝手な生き者こそ人間なのかもしれまそんぐらいたー。
341宝珠愚者:2008/12/14(日) 15:26:50 ID:NJRJrT+K
---前スレ5さんへ
>>328
>本当に自分で「殺されるべき」と殺人を肯定してるのが、わからないのですか?
>これが「死刑反対論者」の言葉ですか?
>>335
>小学生でもわかるような論理矛盾が、どうして、この人は
>理解できないのか?本当に不思議ですね。

そのような悲劇に再び見舞わないようにと、この輪廻の教えは説かれているのです(再答)。


>>329
>彼らと接触する全ての人が、「殺さない」を選択するのならば今世で必然とされていた「殺人」は、
>起こりませんね。来世への持ち越しですか? 来世でも、皆が「殺さない」を選択したら?

ですから、自己に相応しい境涯へとしっかり転生していきます。心配無用です(再答)。


>>330
>バラエティ番組の中でタレント学者が、肯定したことを自己のオカルト理論の実証例としてあげる
>神経がわかりません。そもそも、大槻教授は自著の中で全てプラズマによる説明でかたずけよう
>として失笑をかったことはご存知ですか?

 学会による正式実験ではない--学会が認定してないと。つまり、どんなに良い実験であったとしても学
会に認知され公認されてないということですね。あなたの考え方についてはよくわかりました!
 プラズマ研究の世界的権威が、もし超能力があったら大学を退職すると公言して挑んだ実験でしたが。
ま〜たしかに大槻教授は「と学会」からも笑われた方ですからね・・。はい、私は「と学会」本ファンなのです。
342宝珠愚者:2008/12/14(日) 15:28:16 ID:NJRJrT+K
>>331
>以前にも書きましたが私は、生まれ変わりの実例であると考えておりません。彼は一国(あるいは一民
>族)の象徴であり、その信徒たちにとっては実証の有無など問題でなく「真実」なのです。

では一応、ここで簡単に紹介しておくと、

 当然、彼ら(高僧たち)の誰しもが納得できる法王の転生者として、そのたった一人を特定し認知する
のです。彼ら(高僧たち)は前13世が死去(1933年)してから転生者を見つけるための旅に出ます。彼ら
はまず、前13世の遺体が数日後、勝手に向きを変えていたことから、それが転生者のいる方角を指し
示しているものと判断しました。転生者した子供が住む家の周辺の風景を高僧による透視によって知り、
その方角に向かって探索へと向かうのです。
 長旅の末にやがて透視した通りの風景と家が現れて、その中には前13世が死去した年月と一致する
2歳ぐらいの少年が暮らしていた。高僧たちは自分たちが何者か悟られないよう変装して正体を隠した
が、少年には次々の見破られ、高僧たちの名前までも答えられてしまった。
 その後、少年は法王の転生者の最有力候補としての厳しい幾つもの試験を全てクリアしていったので
す。
 少年は13世が生前に使用していた数珠を見分けることができ、多くの杖の中から13世の歩行用の杖
を選び出し、また幾つもの美しい太鼓の中から、13世が使っていた小さな太鼓を選び出しては祈祷のリ
ズムでこれを打ち始めたという。そのような数々の経緯を経て、現14世が前13世の生まれ変わりとして
認定されたのです。
 法王は前13世であった当時の記憶をしっかりと保持しており、13世と一部の側近数名だけしか知らな
い筈の極秘内容についても全て覚えていたという。

 5さんは、「ただ何も知らないで否定し、知る気さえもない」ようですし・・。世界の科学機関が厳密な検証
実験で認定していないものはダメらしいので、もちろんそのままでいいです。
 これは5さんにではなく、興味有る閲覧者のために紹介したものです。

http://www.tibethouse.jp/dalai_lama/hh_reincarnation.html
http://news.livedoor.com/article/detail/3906307/
343前スレ7:2008/12/14(日) 16:16:39 ID:bTKjUPzg
>>342
一つお尋ねします。
貴方は、何事か(―この場合は“仏典の記述”や“輪廻”或いは“輪廻転生”なわけですが―)を
「信ずる」時、或いは「信じるに値すると見做す」時、どのような基準に拠っているのですか?
344机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/14(日) 16:29:24 ID:yYgZT/Mn
>>342
宝珠愚者どの

一連の貴殿の書込みにより、大体の骨格は掴めました。
して、
善行などしてステージ(レベル)を上げていくわけですよね。
その結果、どういふメリットとかがありますか?
例えばですね、
神通力とかを得て、自分の欲するものは簡単に手に入るとか、
また、病気や老いとかは全く無縁で、いつも青年であるとか、
そんな理想的なことを想像してみるのですが、

貴殿の理想とする仏陀(阿羅漢)など教えて頂けんでしょうか?
ハーレム状態を具現してみたいとか、
寿命は千年くらい生きてみたいとか、
釈尊のよぉに、自由に空を飛んでみたいとか、
そんな俗的なことで結構です。

宜しかったらお聞かせくださいませ。

                (かしこ)
345神も仏も名無しさん:2008/12/14(日) 16:42:31 ID:wwt1M0sH
>>305
>ストレス発散 ---独りで2時間カラオケ歌いまくってからの帰宅です^^

↑ ふ〜ん。。。。。求道者にもいろいろあるんですねぇ〜(笑

「ストレスが沢山あっても、エネルギーに変えて回してしまうからぜんぜん平気」
と言った修行者がいて、うわ〜っと思ったことがありました・・カラオケなんてw

>この私を愚弄するのは構いませんが、聖者を馬鹿にするのはちょっと戴けないな!

宗教板でロムしていたら<聖>という意味をどう捉えるべきか迷い始めました。
聖書も聖者も、一体誰が何を基準に命名したのか・・・?が出てきたのです。

>更にいえば、大気中から活力(生命力)を摂取できるようになりさえすれば・・・
その話は知ってますが・・あなたのように盲信はどうでしょうかね?

かつてサイババの奇跡に涙した人達をTVで見ましたが、後年、それがトリックで
あったことがカメラで証明されてしまったようです。個人的には前スレ5氏に同意。
346神も仏も名無しさん:2008/12/14(日) 16:53:13 ID:wwt1M0sH



******************************************************************************************


<実在・事実の話> ↓ ニュースにも新聞にも載らない不思議〜☆★
http://www.blinkx.com/video/monopoly-men-federal-reserve-fraud/jzToaFamvWGn2l9c2VHHtA

   _
   /〜ヽ プルルン♪      ★これ見たぁ?・・ ↑ <お金>は、全てに関与する ☆
 (((。・-・))) プルルン♪       【戦争】は儲かる商売w ☆★
   ゚し-J゚    プルルン ルン♪    ■ 一方に【銃】を売り、一方に【金】を貸すw ☆★


******************************************************************************************

347神も仏も名無しさん:2008/12/14(日) 17:49:55 ID:C0KLESYZ
>>320
>パトロン無しに仏教はあり得ないという事実を忘れてはならないw

美辞麗句をウタッテも、宗教はそこが問題点ではないかとオモw
348宝珠愚者:2008/12/14(日) 17:50:02 ID:NJRJrT+K
>>345
カラオケはとても効果的な修行です--そう!いろいろですw

>その話は知ってますが・・あなたのように盲信はどうでしょうかね?

妄信でごめんね!では追加情報です。

不食50年の女性ヨギ「ギリバラ」(生涯70年間)
 http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/bookstand-fushoku.html
 http://sweets-ukulele-sp.at.webry.info/200803/article_19.html
24年間不食だった日本女性「長南年恵」
(国の機関たる裁判所が超能力を認めた前代未聞の事例)
 http://sweets-ukulele-sp.at.webry.info/200803/article_18.html

>かつてサイババの奇跡に涙した人達をTVで見ましたが、後年、それがトリックで
>あったことがカメラで証明されてしまったようです。個人的には前スレ5氏に同意。

 ま〜確かに残念な状況ではあります。個人的には期待の想いも込めて、現在の私は中立/静観の立場
です。以前、サイババブームの特集TV番組に出演した車椅子(下半身不随)の若い女性を車の助手席
に乗せてあげたことがありました。彼女とそのご家族はサイババの力のお陰で回復に向かっていると喜
んでいました(僅かにグループと交流/接触を持ったことはありますが、私は信徒になったことはない)。
349前スレ5:2008/12/14(日) 23:01:20 ID:zsxRwo09
しかし本当にもう、どうしようもないと言うしかありませんね。

>>335 の >「私は死刑反対論者だ。殺人は絶対に良くない。」 と言いながら
「地下鉄サリン事件の被害者たちは『殺されなければならない』 
それは絶対に避けられないことだ。」
とする、小学生でもわかるような論理矛盾が、どうして、この人は
理解できないのか?

これに対するレスが
>そのような悲劇に再び見舞わないようにと、この輪廻の教えは説かれているのです(再答)。

これですか? まさか、本当にこれで回答になっていると自分は考えているのですか?
そんなこと、ありませんよね。それでは小学生以下ですからね。
やはり、回答に窮して意図的に関係のないレスをして、私があきれてスルーするのを
待っているのですか? しかし本当に何を指摘されているのか、わかっていない
ほど理解力がたりない場合も十分ありえますので、もう一度、いいますね。
いいですか?   私は「輪廻の教えが説かれている理由」など聞いていませんね。
あなたの発言の論理的矛盾点、すなわち、「死刑は殺人であると否定しておきながら、
業による殺人は 『行われなければならず、それは避けられない』」 とする
トンでも理論のことを質しているのですよ。 あなたは整合性のとれた説明により
自分の論理的矛盾を解消できますか? と、このように聞いているわけでしょ?
350神も仏も名無しさん:2008/12/14(日) 23:03:28 ID:ByKaBO0c
ふーん。ダライラマは観音菩薩の生まれ変わりなんですか。
そうすると今のダライラマは般若心経で空を説く観世音菩薩と
同一人物ということになりますね。
何かスケールが小さいなあ。
観世音菩薩でさえ共産中国の横暴には歯が立たないのか。
中国の指導者はどんな悪鬼魔神なんだろうね。
351前スレ5:2008/12/14(日) 23:03:29 ID:zsxRwo09
また、 >>329 の >さらに「殺す側は、殺すか殺さないかを選択できる?」
ならば、彼らと接触する全ての人が、「殺さない」を選択するのならば
今世で必然とされていた「殺人」は、起こりませんね。来世への持ち越し
ですか? 来世でも、皆が「殺さない」を選択したら?
必然であり、避けられないとされた「彼らへの殺人」は、必然でもなんでも
ありませんね。  自己の論理矛盾が、少しは理解できますか?

これに対する答えが
>ですから、自己に相応しい境涯へとしっかり転生していきます。心配無用です(再答)。

これですか?  誤魔化して逃げたいのかもしれませんが、いくらなんでも
これでは、納得する者はいないでしょう。
いいですか?「殺す側に自己選択の自由を認めてしまうと、あなたが過去の
業により、必ず起こり、避けることができないとする殺人が、必然でもなんでも
なくなってしまう。」 そんなもの行われなくなる可能性を認めてしまうことに
なる。  わかりますか?自説の矛盾点が。 そこを質しているのでしょう?

関係のないレスを返し、誤魔化して逃げ回るようなことはせずに、ちゃんと
答えたらいかがですか?以前、あなたが誰かに言ってたセリフです。
「みんなが、みてますよ。」
352前スレ5:2008/12/14(日) 23:04:49 ID:zsxRwo09
>学会による正式実験ではない--学会が認定してないと。つまり、どんなに良い実験であったとしても学
会に認知され公認されてないということですね。あなたの考え方についてはよくわかりました!

適正な実験であれば当然、学会は認知しますね。バラエティ番組の実験もどきが
なぜ、厳密な条件下における適正な実験であると考えるのか?その自分の思考を
まず再検討する必要がありますね。

> 5さんは、「ただ何も知らないで否定し、知る気さえもない」ようですし・・。世界の科学機関が厳密な検証
実験で認定していないものはダメらしいので、もちろんそのままでいいです。

ダライラマについての記述を読みましたが、私は>>331 でも書きましたが
「ダライラマの生まれ変わりなどウソだ。実証しろ。」 などと、決して
言いませんよ。 それは信徒たちにとっては「真実」なのであり、「信仰の
範疇において」十分、尊重されなければならないものと考えるからです。

しかし、もちろん>>342で書かれていた内容は、「科学的視野」に立った場合
生まれ変わりの実証例とは、とても言えない事は明らかですね。

>>348 の「何も食べないで数十年生きる人」ですか。
もう、これはいいでしょう。 しかし本当にオカルト板みたいになって
きましたね。
353神も仏も名無しさん:2008/12/14(日) 23:31:23 ID:Nt9RDATA
>ふーん。ダライラマは観音菩薩の生まれ変わりなんですか
「生まれ変わり」ではなくて「化身」という信仰ね。
化身の意味は自分で調べて。
354神も仏も名無しさん:2008/12/15(月) 00:13:35 ID:jO0MhfTU
>>353
「ダライ・ラマは観音菩薩の生まれ変わり」と公式ホームページで言ってますが。
ただの信仰だったら別に文句は言わないさ。
355前スレ5:2008/12/15(月) 00:17:19 ID:L6A1Qwy2
それでは以前スルーされた質問も、もう一度聞いておきましょうかね。

>>183 で >>あるいはヒトラーによって命を奪われた多くのユダヤの人たち。
>彼らに、殺されなければならない、どのような理由があったのですか?

 業(カルマ)には大きな民族としての業、国家としての業といった大きな流れもあります

といった回答でした。そこで、さらに>>196 で
>なるほど。ユダヤ民族は虐殺されるべき業を背負った民族であると言われる
わけですね。
と、聞いたら >>197 で
>何度、聞いても同じことです。
そこに居合わせる原因や理由なくして、その人がそこへと巻き込まれる道理(摂理)はない。
5さんからの同じ問いにはもう答えません(5さんが認める必要はありません。)

と回答拒否。おそらく「ユダヤ民族は虐殺されるべき業を背負った民族である」と言い切って
しまうと批判されると恐れて言葉を濁して回答拒否したのだと思いますが、
全てのことは、そうなる因が過去世にあると言い切る、この人の論によると
当然の帰結としてそういうことになってしまいますね。

さて、ふっと思ったのですが、「ユダヤ民族が虐殺されるべき過去における業」
とは、キリスト教関連のこと,すなわち「キリストを殺した民族であることの業」
のことを言ってるのでしょうかね? それとも別の業?
どうなんですか?
356神も仏も名無しさん:2008/12/15(月) 08:58:45 ID:z2fRlATE
>>351
>ならば、彼らと接触する全ての人が、「殺さない」を選択するのならば
>今世で必然とされていた「殺人」は、起こりませんね。来世への持ち越し
>ですか? 来世でも、皆が「殺さない」を選択したら?
>必然であり、避けられないとされた「彼らへの殺人」は、必然でもなんでも
>ありませんね。

もし、Aさんに於いて、過去(過去世)の業により今生での死が避けられないものであるなら、
一人残らず「殺さない」を選択するという事象にはならないのでしょう。
誰か一人はAさんを殺す行為を行ってしまうのでしょう。彼には「殺さない」という選択は生じないでしょう。
或いはAさんの生命が絶たれてしまうような「事故や災害等」何らかの事象が生じるでしょう。
そう、まるで“決定論的”に・・・w

一応理屈は通りますねw
357神も仏も名無しさん:2008/12/15(月) 09:05:46 ID:fRKRV1Yh
>354
あんた鵜呑みにして批判してたのか?
信仰に決まってるだろ、分からなかった?
信仰や神話と現実と歴史を弁別することを覚えましょう。
358神も仏も名無しさん:2008/12/15(月) 09:14:42 ID:pRLZLUdy
359前スレ5:2008/12/15(月) 10:34:40 ID:L6A1Qwy2
>>356 いえ、私の話は殺人に限定しての話です。
すなわち「過去世において殺人を犯したために、今世において殺される
業を背負った者」の話です。災害は「人間の悪しき想念が具体化したもの」
と、あの人は述べていましたので保留です。(この見解自体も、かなり
ぶっ飛んだものですが)

>誰か一人はAさんを殺す行為を行ってしまうのでしょう。彼には「殺さない」という選択は生じないでしょう。
このようにしてしまうと、あの人の「殺人は、殺すほうの自己選択、自由意志に
より行われる。」という見解と異なってしまいます。彼がこの見解を述べたのは
麻原による殺人事件に関しての議論の中ででした。「麻原は自己の選択により殺人を
犯したのであるから地獄に落ちる。」 というのが、あの人の意見でしたが、
麻原が自己の選択によったのではなく、何か別の力により「殺人を選択
せざるを得なかった」 ことにしてしまいますと、麻原に罪はなく、それどころか
被害者たちの「カルマを落としてあげた」善意者になるという、まさに
とんでもない結論もありえることになってしまいます。 しかし、殺人を行う
側に自由意志を認めると殺人は「必然」では、なくなってしまう  という
論理矛盾のループにはまり込みます。  論理は破綻していますね。
360神も仏も名無しさん:2008/12/15(月) 10:59:55 ID:2vxYW2Nt
思考停止してるからそこまで考えてないだろうね。
361神も仏も名無しさん:2008/12/15(月) 12:25:06 ID:tbHW1OZd

● サイババも「聖者」    → しかし、奇跡はトリックと判明
● マザー・テレサも「聖者」 → しかし、チョコレートが好物
● イエスも 「聖者」     → しかし、酒呑みの大食漢で等質・誇大妄想狂w
● 仏陀も 「聖者」      → しかし、苦ばかりしか見えぬうつ病で家族を捨てた問題人
362神も仏も名無しさん:2008/12/15(月) 18:44:48 ID:fyG41QQw
生きるということは、殺生を続けることだから、やはり輪廻転生して
意識状態が進化するとは思えないなぁ → ×
363神も仏も名無しさん:2008/12/15(月) 18:48:39 ID:fyG41QQw
>>348
>彼女とそのご家族はサイババの力のお陰で回復に向かっていると喜んでいました

あなたは、現実世界でそんな体験をしているのに今だ疑問も感じず盲信ですか?
まぁ、宗教団体・宗教者ばんざ〜いの説ですからねw 執着も、さもありなん(笑

>>350
>観世音菩薩でさえ共産中国の横暴には歯が立たないのか。

あははは・・・ ホント、残〜念です!!
神仏は、現実社会には何の力を持たず<無力>なことが、又、ひとつ証明されましたw★☆
364神も仏も名無しさん:2008/12/15(月) 18:56:03 ID:fyG41QQw

>そのような悲劇に再び見舞わないようにと、この輪廻の教えは説かれているのです(再答)。
>ですから、自己に相応しい境涯へとしっかり転生していきます。心配無用です(再答)。

全て、「見えない世界」〜・・・ 実証せずに何でも言える楽な商売で〜すw
見える現実世界でも政治・経済・司法・・に沢山ミスがあるのに、無責任でしょう!


   人
  (_)  ♪      >>261-262氏が既に明快に解決済みで〜す!!
  (__)  ♪まいまい   
  ( ・∀・)つ      又又、宝珠愚者氏 の<見えない世界の確信論・輪廻転生>
(( (⊃  (⌒) ))            の病気が始まったょン(笑
   (__ノ


365宝珠愚者:2008/12/15(月) 20:19:19 ID:Wr2f1jOW
---前スレ5さんへ
>>349
>私は「輪廻の教えが説かれている理由」など聞いていませんね。
>あなたの発言の論理的矛盾点、すなわち、「死刑は殺人であると否定しておきながら、
>業による殺人は 『行われなければならず、それは避けられない』」とする
>トンでも理論のことを質しているのですよ。 

 ですから私は、個々のケースについては特定はできないといったのです。
 ただ話を分り易くするために便宜上、例えば殺人を犯せば、もしも今生では何ともなく済んだとしても、
来世できつとその報いを受けることになるでしょう、と。だから、捕まらずに済んで良かったな〜とか・・
そうはいかないぞ!という意味で話したのです。
 もし不幸にも殺された人の場合においても、それが必ずしも過去世の悪業に拠るものではないかもし
れないし、またもっと別の理由に拠るものであるかもしれない。仮にも悪業の結果の場合においても、
単純に殺人行為がそのまま自己の殺される果報となるものとも限らないし、またもっと別の果報としての
出来事へと遭遇するのかもしれない。逆に殺人行為はしていないにも関わらず、他殺される果報を受け
る人もあるかもしれない。

 まず重要なことは、殺人を犯してはならないということ。そしてまた、もし可能であれば、それはできる限
り食い止めたいものです。誰それが何歳まで生き、また何歳で死去する運命にあるなどと、それは我々
には見通すことができない。命ある限り、誰であっても殺されてもいい、という論理はないのです。
 犯罪者というのは心の病者なのです。幼少時〜から育った家庭環境/生活環境の中で精神が捻じ曲が
る要因が必ず見つかるものです。もし他の人であっても同じ条件下に置かれれば、決してそうならないと
も限らないのです。私たちはただ犯罪者を責めてせせ笑うのではなく、そのような悲惨な家庭環境が無く
なっていくよう、この社会環境とシステムの改善に皆んなで取り組んでいくべきなのです。
 不幸にも殺されるかどうか・・などというのは、一つの結果(論)に過ぎない。殺されていいという論理は
ないのです。一人でも不幸な人が減るよう、そして犯罪もなくなっていくよう、私たちは最後までそう努め
るべきです。
366宝珠愚者:2008/12/15(月) 20:20:30 ID:Wr2f1jOW
>>355
>ふっと思ったのですが、「ユダヤ民族が虐殺されるべき過去における業」とは、キリスト教関連のこと,
>すなわち「キリストを殺した民族であることの業」のことを言ってるのでしょうかね? それとも別の業?

 だから、私にも判らないといっているのです。
 彼らユダヤ民族としての受難はイエス出現以前からのものです。旧約聖書の歴史/古代ローマやエジ
プトでの奴隷生活からみても、それはイエス殺害とは全く関係がないと思います。
 「カナンの地」(楽園)は自分らだけに与えられた神との契約(救われるのは自分たちだけ)とする偏狭
な意識の発祥と根底で何か関わりがあるのかも・・・。

 私はゴータマ仏陀が業報輪廻を実際に説いていた可能性と教典における記述については、すでに十
分に繰り返し紹介してきました。よって、5さんによって繰り返されたこの件に関してはこの回答を以って
終了とします。
367独白:2008/12/15(月) 21:23:39 ID:pRLZLUdy
>>366
知りえないことについて知っているかのように語られるあらゆることは物語である(池田晶子)。

ブッダの教え(仏教)は、いま ここ おのれ のみ。
この絶対的現在=空においては前後などありえない。『前後ありといえども、前後際断せり』(道元)。
ゆえにこの絶対的現在=空においては輪廻転生:過去世や来世は物語でしかありえない。

物語に真偽を問うこと自体がナンセンスなのだ。
それ以上に、物語でしかありえない輪廻転生を世俗的時間軸での事実・実体と語ることは
錯誤以外の何ものでもない。
 
ブッダは合目的的方便にせよ輪廻転生を物語ったということになっている。
しかし、ブッダ自体があるいは壮大な物語かもしれぬのだ。

語りえないことについては人は沈黙せねばならない(ウィトゲンシュタイン)

368宝珠愚者:2008/12/15(月) 22:07:54 ID:Wr2f1jOW
>>367
>ゆえにこの絶対的現在=空においては輪廻転生:過去世や来世は物語でしかありえない。

あなたの話は、半分はわたしも正しいと思いますが、
しかし、ここだけは間違えていると思いますから是非、よ〜く考えてみてください!
あなたという存在も「空」でありながら、今もこうして2CHをして、口にも肉体を維持すべく食を運んでいる。
真理についての視点というのは何処に置くのか?どこの視点からそれは述べられているのか?
あなたがいくら「空」といっても、物質レベルでは肉体生命としてこうして現存している。
縁起が続く限りはそれを維持していく・・。輪廻も同じです。縁起が続く限りは生存を繰り返す。
空である筈のあなたが今もそこにいるように。また再び生を受ける。
369宝珠愚者:2008/12/15(月) 22:18:46 ID:Wr2f1jOW
>>343
 自分自身で直接、体験したものというのが確かに確実なものでしょう。それ自体は決して間違った
判断/行動ではない。しかし、科学で確証されたものだけが真実とする偏った見解にあれば、それは
ただ、まだ確証されていないだけに過ぎない真実までも、その時点で排除してしまうことになります。
それは確実的な歩みのように見えながら、実はかなり限定された狭いものです。
 かといって、妄信がダメなことはいうまでもなく、なるべく自分自身の可能な範囲で確認する努力は
したほうが懸命です。

 ここに一つ、大好きな格言があります。
 「--仏陀は言われた--ただ言われていることだからといって、それだけで物事を信じてはならない。
昔から伝えられてきたからといってそれだけで伝統を信じてはならない。また噂がそうだからといって
それを信じてはならない。聖者が書いたからといってその著作を信じてはならない。天に霊感を与えら
れたと思い込んで(つまり霊的インスピレーションだと思い込んで)空想の類を信じてはならない。自分
が勝手につくったいいかげんな仮定から結論を引き出してもならない。また、相似の法則からみて必
然だからといってそれを信じてはならない。自分の教師や師匠の権威に基づいて物事を信じてもなら
ない。自分自身の理性と意識とによって確証されてはじめて、著作や教義や言葉を信じるべきである。」
(『シークレット・ドクトリン』H・P・ブラヴァツキー)

 なかなかこうはいきませんが、これは自戒の意味を込めて理想にはしています。
 「耳で多くのことを聞き、眼で多くのことを見る。思慮ある人は、見たこと、聞いたことをすべて信じて
はならない。」(ウダーナヴァルガ22-17)
370宝珠愚者:2008/12/15(月) 22:19:16 ID:Wr2f1jOW
 現代人における唯物論者たちの多くは、物質科学の説く話しに条件付けられて育ってしまったのでは
ないか?逆に世の信仰者たちの多くは、宗教を鵜呑みにして洗脳されてしまっている部分があるのも
確かに歪めません。
 私の場合はというと・・これはごめんなさい!私は別に誰かに教えられたのではなく、またそういう環境
にあったわけではないのに、幼少の頃から意識の不死性を確信し、物質現象界は意識が作り出す幻
影(夢)であるとしてみていました。宗教を何も知らないのに小学低学年で勝手に瞑想の真似事を習慣
とする、ちょっと変わった子供だった。とにかく私には、肉体の消滅と共に意識までもなくなるという話がと
ても理解できず、信じられないことであり、決して納得のできないことなのです。

 「輪廻転生」についてもそう。文献比較やいろいろあるでしょうが・・しかしこれは、最終的には私の心の
中の頷きに拠っているのです。つまり、たとえ誰も見ていなくても悪事をしてはならいない。たとえ誰も見
てなく誰からも褒められなくても、その人の善行は必ず報われるという、この基本的な信念です。
 輪廻転生はこの基本の延長上にあるものです。それは死んでも済まないのです。悪事をなしておきな
がら、うまいこと牢獄に入らないで生涯を済んだからといって、決してそれで済む筈がない。ひたすら続け
られた善行、虚しく途中で息絶えようとも、それで報われない筈はないと。
 物事に偶然というのは在り得ない。この地球に生物がいるなら他の星にもいるだろう。今生の生存があ
ならば来世もある。そういうことなのです。期待外れの返答で申し訳ない!
371神も仏も名無しさん:2008/12/15(月) 22:30:33 ID:sy2XSb6L
>>367
凡夫の認識、常識をブッダやアルハットに適応してもね。

ある程度、行が進むと宿命通という過世を直接知覚できるとあらゆる仏教経典は口を揃えて説いている。
パーリ、サンスクリット、チベット、漢訳などなど
それにインド、チベット、東南アジア、シナ、モンゴル、朝鮮、日本のどの地域でも
どの時代でもそのレヴェルに達する人はたくさんいる。

現代日本には少ないみたいだけど、現代でもチベット、インド、ネパール、
ビルマあたりにはたくさんいるよ。

道元禅師はもちろん輪廻も因果も認めてますよ。
『正法眼蔵』「深信因果」

0295a26: 龍樹祖師云ク。如キハ外道人ノ。破スレハ世間因果ヲ。
0295a27: 則無今世後世ヲ。破スレハ出世ノ因果ヲ。則無三寶
0295a28: 四諦四沙門果 アキラカニシルヘシ。世
0295a29: 間出世ノ因果ヲ破スルハ。外道ナルヘシ。
372神も仏も名無しさん:2008/12/15(月) 22:47:22 ID:sy2XSb6L
有名な検証された輪廻の事例、反証はあるのだろうか?
http://reincarnation.gq.nu/Shanti.html
373神も仏も名無しさん:2008/12/15(月) 23:35:49 ID:jO0MhfTU
その宿命通とやらが怪しいから輪廻転生を始めとした神話的内容を信じられないんだけどね・・・。
少なくとも、釈尊の後継者については、天眼通は持っていなかったと思う。
地球が球体であることがわからなかったのだから。
374神も仏も名無しさん:2008/12/15(月) 23:45:38 ID:Ih/9SYjB
生まれ変わり事例の研究
(メタ超心理学研究室 明治大学教授 石川幹人)
http://www.kisc.meiji.ac.jp/~metapsi/psi/7-3.htm

ヴァージニア大学の精神科医スティーヴンソンは,
1961年から生まれ変わり事例の実地調査を始め,
1997年には「生まれ変わり」の信憑性が高い
225例の調査報告を掲載した大著を出版した。
375宝珠愚者:2008/12/16(火) 00:12:51 ID:idLn7B34
 「サーリブッタよ、この五百の比丘たちのうち、六十人の比丘たちはすでに三明をえた者であり、六
十人の比丘たちはすでに六通をえた者であり、さらに六十人の比丘たちは倶解脱をえた者であり、
その他の者は慧解脱をえた者である。」(サンユッタ・ニカーヤ8-6)

 「六通=六つの通力である。神足通、天眼通、天耳通、他心通、宿命通、漏尽通。倶解脱=慧と定
との二つにおいて自在を得たるもの。慧解脱=慧においてのみ自在を得たものをいう。」(増谷文雄著
「阿含経典・第四巻」注解)
376神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 00:14:50 ID:Htw42/DI
道元さんは確かに輪廻も因果も認めているでしょうね。
というか、その時代の仏教者にとっては常識だったのではないでしょうか。
当時の人は極楽浄土や地獄の実在を信じていたでしょう。
道元さんの言葉を持って、現代の仏教者の無信心を責めるのは、酷というものです。

前スレで、卵さんが、現代の仏教者が輪廻転生に否定的な理由として、明治期の
西洋合理主義の影響といったことを言われていましたが、
私は、地球球体説が江戸期に入ってきて、仏教の須弥山を中心にした世界観が崩れたのが
大きいと思っています。
浄土真宗が特に迷信根絶に熱心な理由がわかろうというものです。
377神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 00:38:40 ID:qv/ijrjS
須弥山って霊界のことなんだよ。
378前スレ5:2008/12/16(火) 02:26:51 ID:6yV4r/hh
>>365 あなたは、今まで自分が何を主張してきたのか本当に忘れてしまって
いるのですか?

>もし不幸にも殺された人の場合においても、それが必ずしも過去世の悪業に拠るものではないかもし
れないし、

自分で>>307 において >対する殺された側には、恐らく何らかの過去世からの理由により、その体験が必然であったとみなす
ことができる。これはオウムのサリン散布でなければ、また別の機会でそれに相応しい体験を受けるこ
とになるのです。であるから、オウムがいようがいまいが彼ら自身の体験そのものは避けることはでき
ない。これを因果応報というものです。

と、書いたことをもう忘れたのですか?  また、


>仮にも悪業の結果の場合においても、
単純に殺人行為がそのまま自己の殺される果報となるものとも限らないし

これも>>83 で、>自分のした行為により次の生では自分が殺されるか?またはそれに近しい報いを受ける。

と言ってますね。
379前スレ5:2008/12/16(火) 02:28:33 ID:6yV4r/hh
>逆に殺人行為はしていないにも関わらず、他殺される果報を受け
る人もあるかもしれない。

これも、前スレ295で
> 病?殺害?では何故、死ぬのはBさんではなくて、それはAさんだったのか?遺伝による病気であれ
ば、どうして田中家ではなく佐藤家に生まれたのか?何故、この夫妻の子供として生を受けたのか?
どうして他の子ではなく自分だったのか??
 机さんは、それをただの「偶然」にしてしまうの?それがあなたの理解する因縁生起という法則なの
ですか?

 ゴータマは、総ての事象は縁起に拠るとは説かなかったか?あるときは縁起に拠り、またあるときに
は偶然なのですか??都合の悪い質問にはただ偶然とだけ答える・・

と、あくまでも人間の死を因果に結びつけて述べていますね。

さらに>>142 でも >
重要なことは、必ず全員が理由あってそこに居合わせているということ。偶然ということは在り得ないの
です。全ての出来事の背後には必ず理由が存在します。
380前スレ5:2008/12/16(火) 02:29:48 ID:6yV4r/hh
他にもありますが、もう十分でしょう。あなたは今まで、このように人間の死を
過去世の業と結びつけて論じ、それは必然であり、決して偶然ではないと主張し
てきました。それが、自説の矛盾点を指摘され、返答に窮すると途端に自説を
都合よく修正し、言い逃れようとする。これが、あなたの輪廻業報思想なのですか?
逃げ出したいのは、わかりますが、あまりに見苦しすぎますよ。
381前スレ5:2008/12/16(火) 02:40:26 ID:6yV4r/hh
論点がわかりやすいようにサリン事件にしぼって話しましょうか。
あなたは>>307で、はっきりと、あの被害者たちは過去の業により
「殺されなければ、ならなかった。たとえ麻原でなくとも、別の
誰かに殺されなければならなかった。それは必然である。」 と、
こう言ってますね。しかし、一方で「死刑は殺人である。殺人は
絶対に認められない。」 と言ってます。業によって起こる殺人
は、認めているのに死刑による殺人は認めない。わかりますか?
自説の矛盾点が。  さらに、「あなたは、殺す側にその選択権があり
『殺さない』を選択することも可能であるといいます。 これもおかしい
ですね? 全ての人が『殺さない』を選択したら、あなたが『必然』とした
殺人などは起こりませんね。」  >>307 で述べた自己の見解をもとに
反論できますか?
382前スレ5:2008/12/16(火) 02:42:52 ID:6yV4r/hh
>>366 「どのような業を背負っているか、私にはわからない。」ですか。
そうですか。   しかし、あなたの言うような「民族としての業」
「虐殺されるべき業を背負ったユダヤ民族」  みたいな認識の仕方は
大変危険ですね。 ヒトラーの思考と酷似してますね。彼は、ユダヤ民族
を劣等民族と見做し虐殺を行いました。  そもそも、現在のように混血化
が進んでいる状況において「民族としての業」などという概念自体が意味を
もつのか? ハーフやクオーターは? それぞれの血の割合に応じて業を
背負うわけですかね?
383神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 03:08:57 ID:duGIoeKb
釈迦やその他の人が輪廻転生を説いていようと、いまいと、現代人としては
そんなことを信じるべきではない。そもそも、輪廻転生は、現代においては
誰も証明できない「嘘」であるし、また、そのような嘘を信じ込ませること
により、人間に謂れ無き恐怖感を与え、さらに、悪用される恐れが大きく、
現に多くのカルト宗教で悪用されている。

その典型例が、来世の実在を信じ込まされた自爆テロリストによる、
果てしなく続く自他の生命の否定である。

人間の倫理は、「他者の生命の絶対性・唯一性の自覚」の上に築かれる
べきものであり、「脅迫」によってではない。

現代人が、時代も全く異なる古代人・原始人の妄想に固執することは、
現代人としての義務を放棄した「時代錯誤」に過ぎない。

釈迦は、この世の実在さえ否定しているのに、「来世の実在」などを
認めたら、釈迦の論理は完全に破綻してしまう。
384神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 05:33:29 ID:xDDeWOZU
不当に強者に虐げられて、他に打つ手がなくなったら自爆テロとか特攻隊のように散るのは、
美徳とはいわないが、巨悪に対抗する手段としては、ありだろう。
何でもかんでも自爆テロが悪くて兵器使用テロが善ということはないよ。
385承狂 ◆nR84EH8w52 :2008/12/16(火) 06:49:19 ID:XwXxOVoP
仏法は、善悪を不二とし、生死涅槃無二無別と説く。
薫重されたる分別心に依りて仏法を語るなかれ。
386神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 07:36:56 ID:a//dyM8k

では、仏陀以外は仏法を語るなかれ
387机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/16(火) 07:52:18 ID:o2g+2Dgb
>>376
>当時の人は極楽浄土や地獄の実在を信じていたでしょう。

「当時の人が信じていた」。といふよりも・・・
先ずはその時代背景を考えたら宜しかろうと思いまふ。

平安時代初期と末期では様相は全く違いますし、
(飢餓・疫病・大火などが集中する)
京の都の荒れ放題というたら、拙者が書くよりも平家物語を読んだ方が早い。
(平安から鎌倉への経緯における仏教の復興)
そういう時代なら、人心も荒んできますね。
民衆は、生きるのがやっとです。
来世(浄土)に心を託すなら・・・
それでどうにか生きられる。
(来世に希望を託す)
という切羽詰った状態での弥陀信仰ですから。
今の時代では想像も付きませんね。

>現代の仏教者が輪廻転生に否定的な理由として

もともと輪廻転生思想といふのは、カーストにおいて虐げられた民の思想でして。
そのバックボーンというのは、現世が非常に辛い状態です。
現世が辛ければ来世に夢を繋ぐ。
まあ、こういうことですから、
リベラルな社会になれば、自然に淘汰されるやに思ひますね。
388神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 10:10:01 ID:KWkEz3kV
>>376
シュミ山説は、インドの言語習慣をそのまま使っただけじゃないでしょうか?
原始仏教でヴィヤヴァハーラとして用いていたものが、
アビダルマでラクシャナになってしまったことが問題だと思います。

仰るように明治期にシュミ山説崩壊は大きかったと思います。
論争もありましたし。
シュミ山説はどうでもいいインドの文化的な部分だと思ってます。

>>383
要するに常識信仰を護りたいわけですね。気持ちは分かります。
常識を擁護することは、いままでの自分を擁護することですから。

ですが、輪廻は苦の事実の認定ですから、これがなければ仏教の意味はまったっくなくなるものです。

釈尊は確かに実在は一切認めなかった。この世が無我・空でありながら縁起しつづけ、
苦をもたらすように、死んでもそれは縁起しつづけ終わらない。
輪廻は、喜ばしいものではなく厭うべきものです。
一切皆苦ですから。

そして死んで終わるんだったら、一切皆苦なんだから自殺すれば済む話です。
でも、死んでも終わらない輪廻するから、そこから逃れるには、
教えにしたがって八正道など行ずるしかないと説かれたのです。

別にあなたが輪廻を信じないなら、それは一向にかまいません。
ただ、仏教を論ずるなら輪廻が不可分なのです。



389神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 11:40:37 ID:bfPcRAdg
>>388
そもそも、現代においては、「一切皆苦」という前提そのものを再考する必要
があります。文明の発達により、釈迦の時代は勿論、ほんの一昔前と比べても、
現在の社会はまさに天国と地獄の差があります。当時の社会でさえも、生活者
たちは、苦しみの中に、いや苦しみがあるからこそ喜びも見出して生きてきた
はずです。さもなければ、人類は、とっくに滅亡していたはずです。

仏教の最大の価値は、その「関係性の原理の発見」だと思います。この原理は、
万物に通用する永遠の真理です。関係性の自覚により、自分の苦も相対化して
滅することが出来るのです。

「仏教=輪廻転生」などと考えることは、仏教を単なるオカルト宗教に堕さしめる
ことになります。釈迦は、そんなことを決して望まなかったと思いますよ。
390前スレ5:2008/12/16(火) 11:47:59 ID:6yV4r/hh
>>389 
>仏教の最大の価値は、その「関係性の原理の発見」だと思います。この原理は、
万物に通用する永遠の真理です。
>「仏教=輪廻転生」などと考えることは、仏教を単なるオカルト宗教に堕さしめる
ことになります。

そうですね。そのとおりだと思います。
391神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 13:06:41 ID:GVBOONhb
>>367
>知りえないことについて知っているかのように語られるあらゆることは物語である(池田晶子)。
しかし、ブッダ自体があるいは壮大な物語かもしれぬのだ。

同感ですね。マーヤー夫人の右脇から誕生したなんて物語性充分でしょう (笑

>>388
>でも、死んでも終わらない輪廻するから、そこから逃れるには、教えにしたがって八正道など行ずるしかないと説かれたのです。

上手いですね。宗教の呪縛・執着・・から永遠に逃れられませんねw (笑
キリスト教信徒などは、一体どうするのでしょうか?
392神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 13:26:54 ID:KWkEz3kV
>>389
それはあなたの思いで、そう思うなら仏教は一切語らなければいいだけです。

>>関係性の自覚により、自分の苦も相対化して滅することが出来るのです。

仏教は、そんな慰めみたいな思想とは違います。
実践すれば、確固たる成果があるものです。
縁起の確信も、三昧の境地になければ、たいした意味はありません。

>>391
物語、寓話、神話としてのブッダの解明は、既にセナールという学者が、
かなりの精度で行っています。ですが、これに対してオルデンブルグという学者が、
脱神話という19世紀の還元主義、唯物史観的な方法で批判して以降、
そちらの流れが主流でした。日本では中村元先生が代表的です。

ところが、フランスやアメリカなどでは、伝統的な僧侶の指導で研究するスタイルが
主流になってきています。
こちらでは、ちゃんと結果がでます。苦が解消・軽減する。
もはや、19世紀の還元主義、唯物史観的なスタイルで仏教を思想・文献として研究する方法は時代遅れでしょう。
それは、水泳を実践せずに理論だけ学んで泳げないようなものです。

キリスト教などのセム系宗教は、よくしりませんが、唯一神の命令に従がわなければ救われないというものでしょう。
仏教は、釈尊を始めとする聖者方が、実践して結果を出してきた道があり、
信じるなら実践すればいいし、信じなければやらねければいいというだけのことです。
393神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 13:45:08 ID:KWkEz3kV
>>389

そもそも仏教は、全ての生物の苦・輪廻からの解放を目指しています。
仏教では生物が生きることは苦なのです。
苦の中に見いだされる喜びとはなんでしょうか?
ほとんど、生物的欲求でしょう。食欲、性欲、睡眠欲からの快楽。
次に所有欲や名声・名誉などの我意識・慢心から生じる快楽。
これらを快楽と感じることが、無明であり苦の原因の一つであると考えるのが仏教です。

現代の常識であるヒューマニズム(人間中心主義)で考えてもらっては話になりません。
生物の繁栄など目指していないのです。
最終的な苦の解消は、全ての生物が消滅することです。
ですが、それは原爆で地球を破壊したとしてもなくなりません。
また、どこかで輪廻するからです。
行をして解脱することしか最終的な楽はないのです。
涅槃寂静とはこの意味です。
394神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 13:53:24 ID:dwOoY6uw
>>393
そのとおり!よく言った!

こういう基本を捻じ曲げてる唯物論者がいかに多いか・・・
395机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/16(火) 15:00:00 ID:o2g+2Dgb
>>393
>行をして解脱することしか最終的な楽はないのです。

これでカルマ落としをされたら、たまったもんじゃないですね。
善行をする方はいいですけど、
善行をされる方は「人間のエゴの道具でしかない」。

「善行する者」⇔「善行される者」の、対立がないことを空と言いますね。
慈悲喜捨です。
396前スレ5:2008/12/16(火) 15:07:19 ID:6yV4r/hh
>>393 >全ての生物の苦・輪廻からの解放を目指しています。

ん? ん?  輪廻するのは「人間だけ」 だったはずでは?

>それは原爆で地球を破壊したとしてもなくなりません。
また、どこかで輪廻するからです。

これは、他の惑星に宇宙人として転生することですね?
それには一定の法則があったはず。 それを教えていただけませんか?
あわせて、どのようにしてそれを、お知りになったかもお願いします。
397神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 15:39:45 ID:2dd93cvI
>>396
「人間だけ」と言っていたのは宝珠さんでは?
存在=流転なら、論理的には輪廻転生は有り得ると思う。

もし今生だけとしても、やりたい放題で逃げ切れる悪人っているのかな、とは思うけど。
悪人といえども人間ですから、来世を夢見ることすら論理的にできないでしょう。
秀吉の人生の総決算が、信長に地獄へ引きずり込まれる幻覚ですからねえ。
398神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 15:42:31 ID:2dd93cvI
訂正

来世を夢見ることは論理的にできないでしょう。
399神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 16:06:54 ID:KWkEz3kV
>>396

>ん? ん?  輪廻するのは「人間だけ」 だったはずでは?

誰がそんなこと言ったのですか? 六道あるいは五道輪廻が仏教の伝統説。
そして人間に生まれるのも稀というのが伝統説です。

>これは、他の惑星に宇宙人として転生することですね?

いえ、決して宇宙とは限りません。世界も業に従って縁起するからです。
実在論ではないのです。外界に何かが自立的に存在しているとは考えません。
意識も世界も縁起するだけで、無常で無我、空なのです。

>それには一定の法則があったはず。 それを教えていただけませんか?
>あわせて、どのようにしてそれを、お知りになったかもお願いします。

過去の行為によって縁起するだけです。
その縁起説にはアビダルマ以降、いろいろな説が生まれましたが、
釈尊の説は、十二支縁起です。それはどんな基体も設定しません。
知った方法は、梵・パ・蔵・漢の経典と伝承です。


400前スレ5:2008/12/16(火) 16:25:04 ID:6yV4r/hh
>>399 >誰がそんなこと言ったのですか? 六道あるいは五道輪廻が仏教の伝統説。
そして人間に生まれるのも稀というのが伝統説です。

これは失礼しました。あなたは、全ての生物は輪廻するという説の主張者
だったのですね。私の勘違いですね。

>いえ、決して宇宙とは限りません。世界も業に従って縁起するからです。
実在論ではないのです。外界に何かが自立的に存在しているとは考えません。
意識も世界も縁起するだけで、無常で無我、空なのです。

このあたりは、実に観念的であり、把握しがたいですね。
さらに後ほど詳しくお聞きしたいとおもいます。
401神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 17:04:22 ID:bfPcRAdg
>>393
人間も生物の一種である、という自明の事実を自覚することが、悟り
の第一歩。宗教、思索、修行を初め、「すべての人間の営み」は、生物
的生命の機能。死者には、一切不可能。

「快楽は苦の原因」というのは、言語矛盾。ならば、修行や解脱による
「快楽」も、「苦の原因」となり、無意味ではないか。

生命という基盤を離れた形而上を排したのが、釈迦の比類の無い偉大さ
だと思うのだが。そして、生命は、関係性においてしか、絶対に存在
できないのである。

釈迦は冷厳な唯物論者・無神論者・科学者だと思う。万人に共通する真
理は、百人百様の「観念」からは生じ得ない。だから、キリスト教とは
全く異なり、仏教が2500年間、殆ど人を殺さなかったのである。

小乗は、原始仏典から一歩も踏み出せず、釈迦の「無」の思想を発展
させる努力を怠ったから、各地で、紛争の原因となっている。それは、
釈迦の真意ではないはずである。
402神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 17:11:45 ID:4eSkFJTV
冷厳な唯物論者・無神論者・科学者が、原爆やら化学兵器やら生物兵器やら作りましたが何か?
403神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 17:17:44 ID:bfPcRAdg
>>402
それらを発明し、製造し、使用したのは、すべて、神やイエスを信じる
クリスチャンです。

原爆を投下した乗組員は、投下前に、十字を切って、神に祈りました。
「うまく爆発して、出来るだけ多くの人間を殺せるように」祈ったこと
は、間違いありません。
404神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 17:42:42 ID:KWkEz3kV
>>401
>的生命の機能。死者には、一切不可能。
仏教では死者も意識を持つとします。

>「快楽は苦の原因」というのは、言語矛盾。ならば、修行や解脱による
>「快楽」も、「苦の原因」となり、無意味ではないか。

言語習慣上、無我なのに私というように、言語習慣上本質的に苦でも、
楽というだけです。例えば、食べ物を食べると美味いという楽がある。
その楽という感受に執着するなら、楽を再現持続させたくなる。
美食の始まりで、これが苦を生み出します。
なぜか、美味いものは慣れると普通になり美味くなくなるからです。
また、ローマなどでは吐いて食う始末。
そして、美食が病の元であることは、現代日本人なら熟知しているでしょう。

涅槃の境地は、生命活動の潜在力である業が全て静まった
尽きたから楽とされます。

>小乗は、原始仏典から一歩も踏み出せず、釈迦の「無」の思想を発展
>させる努力を怠ったから、各地で、紛争の原因となっている。それは、
>釈迦の真意ではないはずである。

小乗がアビダルマ、部派仏教、テーラワーダを意味するなら全く誤認です。
テーラワーダと釈説は明らかに違います。
テーラワーダやアビダルマは実在を想定した実体論です。原子のようなものを想定する。
それに釈説は無ではないのです。無我・無常・空・縁起はなかなか理解するのが難しいのです。

>それらを発明し、製造し、使用したのは、すべて、神やイエスを信じる
>クリスチャンです。

たしかにセム系宗教は排他的で選民的ですが、それを批判すると彼らと同じになりませんか?
宥和の道を模索するか、避けるのが仏教的でしょう。
405神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 17:51:09 ID:bfPcRAdg
>>404
人間の生物的生命は、その維持のために、「空腹になれば食べたくなる(美味しい)」
「満腹すれば食べたくなくなる(不味い)」と、ちゃんと自動制御してくれて
いますよ。

この「生命の指示」に背くと、害悪が生じます。
406神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 18:01:22 ID:KWkEz3kV
>>405
では、野生の人ならよいのでしょうか?
407神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 18:19:00 ID:NKF8Pcfv
>>403
>それらを発明し、製造し、使用したのは、すべて、神やイエスを信じるクリスチャンです。
>原爆を投下した乗組員は、投下前に、十字を切って、神に祈りました。
>「うまく爆発して、出来るだけ多くの人間を殺せるように」祈ったことは、間違いありません。


この論調なら仏教徒意外の外道は全てぶち殺せとか言い出すぞw
408神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 18:57:24 ID:bfPcRAdg
>>406
基本は、野生・自然ですが、生物は独りでは絶対に生存できませんから、人間
が長い長い年月をかけて築き上げてきた、共生の知恵としての「社会常識」が
加わります。これでようやく「人間」になります。

この共生の知恵(共同体維持本能)も、生命(生存本能)の機能として発生
します。
409神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 19:07:45 ID:2jqCF2/R


■ 輪廻転生は外道の思想? ■
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1410489639 から抜粋

釈尊(お釈迦さま)は、インド人の輪廻にとらわれている生き方を否定しました。

釈尊の根本教説は、あらゆるものごとは縁(条件)によって起こるとする「縁起の理法」です。

この考えによると、われわれ人間も <生存の条件> と言う(縁)を満たしている間のみ生存しているのであり、
ゆえに絶対永遠の霊的存在を認めることはできません。
したがって、輪廻の主体であり霊的存在である「我(アートマン)」を認めることはできず、「無我(アナートマン)」を説きました。

つまり「我」に執着しない生き方を説いたのです。

ですから、輪廻転生を求めることを外道、つまり仏教以外の思想といっても当然のことと思います。

また、輪廻はインドにおける「とらわれ」の代表格であり、釈尊はあらゆる「とらわれ」から離れるべきこと

(これを「解脱」とか「悟りを開く」などという)を説きました。
410神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 19:11:22 ID:bLe/mMIu
それにしても何の実証性もない物語・妄想を平気で吐けるものだ。

戯論そのものだなw

その凝り固まった戯論にクソ丁寧に付き合う奴もどうかとおもうぞ。
まともな議論は通じない。どうなろうと固執するだろう。

ああいえば、じょーゆーだなw
宝珠愚者およびその他の外道は言葉はどうあれオウムと同じ体質であることは明らか。



411宝珠愚者:2008/12/16(火) 19:23:30 ID:idLn7B34
>>382
>しかし、あなたの言うような「民族としての業」「虐殺されるべき業を背負ったユダヤ民族」  
>みたいな認識の仕方は大変危険ですね。ヒトラーの思考と酷似してますね。
>彼は、ユダヤ民族を劣等民族と見做し虐殺を行いました。  

まずは、
殺されても良い民族などはどこにもいない。
私が述べているのは、民族としての、或いは国家(国民)としての、そして一つなる同じ信仰者としての、
互いに責任と行動を共有する関係における集団としての繋がりについてです。

>そもそも、現在のように混血化が進んでいる状況において「民族としての業」などという概念自体が意味を
>もつのか? ハーフやクオーターは? それぞれの血の割合に応じて業を背負うわけですかね?

混血によって民族の業から逸脱できる場合があるかもしれないし、
単純にはそうではないかもしれない・・
また、あまりに血の割合が減ればその肉体には転生しないかもれない・・。


とにかく5さん、
あなたは、もう好き勝手にしなさい!
あなたには私の話を聞こうという姿勢がない。

あなたが人間の生まれ変わりをどうしても認めたくないのならば、
別にそれはそれでいいわけです。誰もそれを制しない。
あなたがもし、その可能性に心を開くのであれば、それはどのように転生するのか?
そして業報との関連性についてはどうなのか?・・それは私に聞かずに自分自身で考えなさい。
どうせわたしの話など聞く気がないのだから、もうその必要はない!
私からの投稿など読む必要もない--もう読まなくても結構です。別にこちらは何も困らない。
----以上
412神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 19:48:19 ID:KWkEz3kV
>>408
では、生命が維持されればいいのでしょうか?
413神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 19:55:34 ID:KWkEz3kV
>>410
戯論というのは、無駄話という意味ではありませんよ。
言語などを使用して想像、妄想を展開できる能力のことです。
言葉を使用する限り、 戯論の支配下にあるのです。

>>409
ですから、それは誤解です。
『勝義空性経』その他より、現在の我々が主体がなくても縁起して苦しんでいるように
主体なく縁起して輪廻するのです。

文献的に輪廻を否定したと説く学者は、無能と言って良いでしょう。
414神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 20:09:56 ID:kbWBRvk8
>>410
>それにしても何の実証性もない物語・妄想を平気で吐けるものだ。
宝珠愚者およびその他の外道は言葉はどうあれオウムと同じ体質であることは明らか。

ほんと、そうですねw ↓ は、破壊的・悪魔的・狂信的・・・な感じがします。

>仏教では生物が生きることは苦なのです。
生物の繁栄など目指していないのです。
最終的な苦の解消は、全ての生物が消滅することです。
行をして解脱することしか最終的な楽はないのです。

↑ オウムそのものw 現実否定〜
415神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 20:16:11 ID:kbWBRvk8
>>413
>戯論というのは、無駄話という意味ではありませんよ。
>言語などを使用して想像、妄想を展開できる能力のことです。

だから君の言うことは、想像、妄想の物語で「いわしの頭も信心から」って・・
自分で認めて言ってるでしょw(笑
416神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 20:24:37 ID:kbWBRvk8
>>389
>そもそも、現代においては、「一切皆苦」という前提そのものを再考する必要があります。文明の発達により、・・・
>仏教の最大の価値は、その「関係性の原理の発見」だと思います。この原理は、万物に通用する永遠の真理です。
>「仏教=輪廻転生」などと考えることは、仏教を単なるオカルト宗教に堕さしめることになります。

同意。前スレ>577

■>「(衆生は)始まりのない昔から生死を繰り返し、無明に蓋われて、愛結に繋がれ、果てしもなく
長い間、輪廻転生を繰り返し続けるだけで苦しみの根本を知らないのです。」(264頁、無知経)

↑言葉の語弊を恐れず言えば、仏陀のうつ病を見抜けなかったことと

■「楽あれば苦あり、苦あれば楽あり」というこの世をあるがままに見れず、生老病愛死の苦のみにしか
目がいかず、一切皆苦にのめり込み家族を捨ててまで出家に<執着した>仏陀を良しとしていることと、
現実社会の否定が原始・小乗仏教の問題点ではないでしょうか?

では、お先にオチ
417神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 20:25:24 ID:KWkEz3kV
>>415
私の言説は、テクストの伝承に基づいているという意味で、
古典的文献学、実証的なのですが。
418神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 20:28:14 ID:KWkEz3kV
>>416
世俗を肯定したいなら。なにも仏教を云々しなくても。

419神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 20:40:24 ID:vhd6o7js
>>417・418
ID:kbWBRvk8氏は仏典なんぞ興味ないのですよ。
先ず得体の知れない制御不能な不満があって、ソレをぶつける相手がたまたま伝統的仏教学や貴方だったというわけです。
この手の人はいかなる平和的な思想に出逢っても忽ち選民的行動の道具にするものです。
420神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 20:58:07 ID:KWkEz3kV
>>419
なるほど。

それでも、心に平和の縁が芽生えるといいですね。
421神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 21:17:56 ID:zbJ6l8Ix
>>417-420
あはは・・
支離滅裂のレスが並んでますね

反論に窮すると感情的な人格批判しか出来ないクリ達と反応がそっくり
なのが不思議ですなw (笑

「人の悪口を言わない」と言う戒が、確かオウムにはあったと思ったけれど・・
汚い言葉や悪口を言い戒を破ると、来世は醜男・醜女に生まれるとか言ってたらしいなw

もはや、君達のレスの信憑性はナシ!!
422神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 21:20:41 ID:zbJ6l8Ix


■今の日本の現状を見ても明らかなように、 宗教を利用したがっている人間は沢山いますよ。
釈尊入滅後100年を経て経典は編纂されましたけど、この約2400年の間にはそういう輩
もいたわけで、書かれていても鵜呑みにはできませんですね。(釈尊が空中を飛ぶ話もある)

  
// |ヽ\
 / / | ヽ 人
 ^Y⌒Y⌒ (__)
    ||,∧(____) 
    ||;;;;::::・∀・:;ヽ  <■ もちろん、全ての宗教は本質的には【マイコン】【洗脳】 から切り離せない。■
   ,Jl;;;::::;;;:::::::;;;:;;;:ヽ
.   /;;⊂::::▲ ▲ ▲ヽ
   i;;;::::::;;" .▲ ▲ ▲.i  
   |;;;;;:::::i        l
   .ヽ;;;;;;;      /
    .\;;;;;;;;;;;:::::::/


*仏陀の教説として最も信頼性が高いとされる原始仏典からの引用と解説は特に歓迎します。  
 しかしながらこれらのことが、全て「般若心経」に説き明かされておるんです。
 驚きました!★☆


423神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 21:25:31 ID:zbJ6l8Ix


■ 「色即是空・空即是色」 ■

「この世は、人間の目に映じただけの世界だから、空かも知れない。

しかし、その世界こそ、人間が現に生きている世界、生きるべき

世界なのだ」。大いなる 『現実肯定』 である。☆★


424神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 21:34:02 ID:KWkEz3kV
>>421
私は、誠実に答えてきたつもりですが。

 >>417>>420 がなぜ人格批判や悪口なのでしょうか?

そもそも、このスレは、ブッダは転生を説いたかであって、
輪廻や転生の科学的実証とは無関係でしょう。
つまり、仏教体系ないでの検討のはずが、常識を基準に持ってきて、
経典も読まずに云々されても。
425神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 21:37:55 ID:KWkEz3kV
>>423
そういう意味ではありません。

色などの諸法は空、実体なく無常・無我であり、
空、実体なく無常・無我だからこそ、色などの諸法は縁起できるという意味です。
426神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 21:50:20 ID:ZdPN3EX4
>>425
>そういう意味ではありません。

御釈迦さんに聞いてきたのですかw。釈迦の真筆はないのだから、真意は
結局誰にも判らないはず。

無常・無我だといっても、「現にある」のは何故?

「縁起」という以上、「縁起の始点」はあるはず。始点が「無」であれば、
そもそも縁起は始まらない。

>>423の解釈のほうが、はるかに合理的。
4275:2008/12/16(火) 21:55:06 ID:/qtBKx3j
久々に来たら前のスレはなくなったのでしょうか?
このスレ主さんは別の方ですよね。

なんか変な方向に行ってますね。
仏教と言うか宗教全般を必要としていない人もおられますが
仏教批判なら別のスレでどうぞ。

「前スレ5」さんとはまさか私のことではないでしょうね?
私の推説はあくまで「釈迦は輪廻思想の受容に積極的ではなかった。
しかし、結果的に仏教は輪廻思想を受容せざるを得なかった」
というものです。付け加えれば「仏教は輪廻思想を前提に思想的発展を遂げた」
ということ。
これは、否定できない事実です。
「仏教は輪廻思想を否定している」と主張すれば釈迦滅後の仏教の歴史を否定することになります。
まあ、そんな馬鹿のことを主張する人はいないと思いますが。
428神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 22:00:11 ID:PeqmcgZK
>>427
>「前スレ5」さんとはまさか私のことではないでしょうね?

どういうことですか??
話が良く見えません。
429神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 22:03:51 ID:Htw42/DI
え? 壮大な釣りだったということ?
430神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 22:08:32 ID:KWkEz3kV
>>426
梵蔵漢の諸伝承からです。諸『般若経』や『般若心経』の諸注釈などから。

>「縁起」という以上、「縁起の始点」はあるはず。始点が「無」であれば、
>そもそも縁起は始まらない。

その始点、基体、本質といった考え方が、アルケーやアートマンであり、
西洋ではギリシャから、インドなどでもどこでも仏教以外では行われる。
本質探求の道、実在論、還元論です。

仏教でもアビダルマや唯識では何かを設定してしまいます。
それが間違いで、始点、基体、本質を設定したとたん縁起は崩壊します。
だから「色即是空・空即是色」なのです。


>>>423の解釈のほうが、はるかに合理的。

合理的といっても、その理が常識では、ただ常識的なだけでしょう。
あくまで比喩としてですが、ニュートン物理や、物質還元主義の方が常識、
つまり、直感に合致しますが、量子力学は常識や直感に合致しませんね。
それでも、量子力学の方が正しいとするのは、なぜ合理的と信じられるのでしょうか?

431神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 22:09:12 ID:/qtBKx3j
>どういうことですか??
いや、久々に見たら「前スレ5」という方がおられたので・・
私は最初から「5」と名乗っておりましたものですから
てっきり・・・。
まあ「前スレ5」さんと私は別人ですという意味です。
432前スレ7:2008/12/16(火) 22:16:05 ID:ENr7y34E
>>431
君が、【前スレのレス番“5”を書いた人物】なのかい?w
433神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 22:17:53 ID:BdyiZ+G1
匿名掲示板だから思想さえぶつかり合えばよろしいから、本物偽者論は大した問題ではないとは言いつつも、特定のキャラクターに成りすましてまで論議を展開する所に怨念めいた業の深さを感じる。
434神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 22:29:02 ID:ZdPN3EX4
>>430
>合理的といっても、その理が常識では、ただ常識的なだけでしょう。

自然科学と思想とは違いますよ。前者は、自然という厳然たる判断基準が存在
するが、後者は、百人百様で、客観的な判断基準は存在せず、あくまで不特定
多数人の思想である「常識」が判断基準になります。常識から著しく逸脱した
のが「狂気」です。

>>423の解釈を否定すべき基準は何ですか。諸注釈が、「釈迦の真意に合致する」
ことの根拠は?

「色即是空・空即是色」は、優れた「存在論」であると思う。「物や世界が存在
するとはどういうことか」を、原理的に解明したものです。
435前スレ7:2008/12/16(火) 22:34:23 ID:ENr7y34E
はいw

そこで、>>343の問いがスレ参加者全員に関わってくるわけですw


(´ー`)y━~~
436神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 22:36:24 ID:jLKzLdjt
>>434
>あくまで不特定多数人の思想である「常識」が判断基準になります。常識から著しく逸脱したのが「狂気」です。

経典伝統的解釈並びに文献学的解釈は歴史的に多数の学者に支持選択されてきた極めて「常識的」なものである。
437神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 22:36:48 ID:ZdPN3EX4
>>430
>本質探求の道、実在論、還元論です。

本質とも、実在とも、言っていませんよ。あくまで、「実在の仮定」で
す。それを「空」と呼ぶのです。

すべて「空」なのなら、「色即是空」だけで充分で、わざわざ「空即是色」
を加える必要はありませんね。

>>423の解釈で、不都合な点を、具体的に挙げてください。
438前スレ7:2008/12/16(火) 22:43:08 ID:ENr7y34E
>>437
五感(>>423の場合「視覚(眼根・眼識)」だが)が信じるに足る理由はどこにあるのか?
という哲学的(認識論的?)問題をクリアしてないよねw

(´ー`)y━~~
439神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 22:58:54 ID:ZdPN3EX4
>>438
そのテストは簡単です。人間は、五感で知覚できる「実在物・現実界」に100%
依存しない限り、生存することが出来ず、生存できなければ、宗教も思考も、その
他如何なる営みも不可能だからです。

釈迦が「眼耳鼻舌身」と、五感を把握したのは、見事ですね。現代の生理解剖学でも、
これら以外の感覚器官はありません。第六感という感覚器官は存在しないw。
但し、最後に「意」を加えたのは、いささか誤解を招く。この「意」とは、
あくまで五感からの入力を統合する脳のことで、五感の一部。観念・思考器官と
しての脳ではない。誤解している方も多いようです。
440哲氏 ◆FVy0/WJrcA :2008/12/16(火) 22:58:59 ID:akbzEsJu
シャカの時代でもそうだが、古代インドでは伝承文化だった。
経典に関しても聞いたものを暗記して伝えていったのである。

経典がサンスクリスト語によって書かれたのは、シャカが入滅した後だったのである。
441神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 22:59:18 ID:KWkEz3kV
>>434
それはデカルト的ですね。

思想も文献や伝承に基づく限り、百人百様ではないでしょう。
文献や伝承も無常ですから、揺れ揺らぎはもちろんありますが、
ありえない解釈も当然あるわけです。

このスレにプラマーナはありますか?

>「この世は、人間の目に映じただけの世界だから、空かも知れない。
>しかし、その世界こそ、人間が現に生きている世界、生きるべき
>世界なのだ」。大いなる 『現実肯定』 である。☆★

色=諸法を「この世」と言い換えるのはありでしょう。
「空かも知れない」というのはありえません。
ruupam zuunyataa zuunyataiva rupam
というのは、断定の色と空性の一致を説いているからです。
「しかし」という接続詞は、ありえません。こういったない接続詞の付加は文意を変えるためによく付加されます。
後半は、空こそがこの世なのだとなるはずで、
「その世界こそ、人間が現に生きている世界、生きるべき世界なのだ」というように解釈できる文は全くありません。

『般若心経』にも『般若経』にも諸注釈にもです。

注釈の正当性の根拠はありませんよ。長い伝統の中で批判に耐えてきたものですから、
蓋然性が高いと思います。

>「色即是空・空即是色」は、優れた「存在論」であると思う。「物や世界が存在
>するとはどういうことか」を、原理的に解明したものです。

もちろん、私もそう思いますがあなたとその意味が一致してるかどうかわかりません。
442前スレ7:2008/12/16(火) 23:07:53 ID:ENr7y34E
>>439
甘いなw

なぜ、100%依存できるんだい?
映画「マトリックス」は洒落じゃないぜw

>五感で知覚できる「実在物・現実界」に100%
>依存しない限り、生存することが出来ず、生存できなければ、宗教も思考も、その
>他如何なる営みも不可能だからです。
これを担保するのは何?

>この「意」とは、
>あくまで五感からの入力を統合する脳のことで・・・・・・・・
その『入力』からして怪しいでしょ?w その入力の“確かさ”は何によって担保されているのでしょう?

(´ー`)y━~~



あ、ちなみに、
(仏教的には)「意」こそが「第六感」ですよ。
御間違えなくwww
443神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 23:20:56 ID:KWkEz3kV
>>439
素朴実在論の信仰表明ですね。
444神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 23:22:25 ID:ZdPN3EX4
>>442
>これを担保するのは何?
そのあなたの書き込み自体ですw。

> その入力の“確かさ”は何によって担保されているのでしょう?
現代の生理学における観察・実験が、担保している。

>(仏教的には)「意」こそが「第六感」ですよ。
御釈迦さんのミスだと思う。第六感と言う感覚器官はありません。
「眼耳鼻舌身」に付け加えているのだから、五感の一部、即ち、その統合器官
と解するのが最も自然。現代の生理学とも、完全に一致する。
445神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 23:28:58 ID:ZdPN3EX4
>>443
人間は、専ら素朴実在論で生命を維持しているのだから、信仰とは言えません。

信仰とは、「ないものを、ある」と信じ込むこと。即ち、「妄想」。精
神医学者は、「宗教的信念と妄想とを、実質的に区別するのは不可能」
と言っている。
446前スレ7:2008/12/16(火) 23:42:00 ID:ENr7y34E
>>444
だからwww
442の書き込みが、
(貴方にとっても、書き込んだ私自身にとっても!)確実であることを
担保できるもの(信じるに値すると思わせるもの)は何ですか?
と問うているのです。 貴方は何も答えていないw

>現代の生理学における観察・実験が、担保している。
その“実験”等を信頼できる理由はどこにあるんですか?
と問うているのですw

>御釈迦さんのミスだと思う。第六感と言う感覚器官はありません。
ほうw
では、貴方は、「喜び」や「悲しみ」、或いは「同情」「憐れみ」「優しさ」、
或いは「概念」「思想」「考え方」「世界観」「思い出(記憶)」「希望(未来予想図)」等等は
感じない・見ない・思考に登ってこない、ということですね。
よく解りましたwwwww
447神も仏も名無しさん:2008/12/16(火) 23:45:20 ID:KWkEz3kV
>>445
「色即是空・空即是色」がテクスト的に>>423の解釈がありえないことは
納得していただけましたか?

ちなみに私はテクストの諸伝承を自分で検証して解釈してます。
あなたは、精神医学者や生理学の説を信仰しているのではないのですか?
それとも自分で検証した結果ですか?

>信仰とは、「ないものを、ある」と信じ込むこと。即ち、「妄想」。

これは通常の言語習慣とは違う用例ですね。
言葉の意味を変えて使うのは詭弁ですよ。
私が言った意味は、自分で検証することなく無批判に信じてるという意味です。
448独白:2008/12/16(火) 23:46:08 ID:bLe/mMIu
 ブッダは、より良く生きるための方便として、世俗民衆に対し
『物語』としての輪廻転生を利用して説いたということになっている。
それは本質的にジャータカ物語と変わらない。ジャータカはおとぎ話だが他はすべて『真実説法だ』など何の根拠もない。

教育レベルとして無学文盲の当時の民衆にもおとぎ話を説くことが必要なのだ。
被征服民族のシュードラたちがまともな教育を受けていると考えることは完全な誤謬だ。
物語に真偽を問うこと自体がナンセンスであるにもかかわらず、経典にその『かたち』が説かれているということで、
輪廻転生論を真実・事実・自らの世俗『論理』的倫理的根拠と妄想するのが、宝珠愚者をはじめとするその他大勢の外道連中なのだ。

言っておくが、当時ブッダのもとに出家したほとんどが高等教育を受けた金持ちエリートの子息だったということは注意しておく必要がある。
だからブッダは彼らのためには、キチンと勝義第一義空経を説いている。

『前後ありといえども、前後際断せり』(道元) 
道元も判っているのさ。
三世両重因果『物語』と、『古仏心』の根本的な違いを。
盲目の徒には観えないだけだよ。

449前スレ7:2008/12/16(火) 23:50:37 ID:ENr7y34E
>>447
>自分で検証することなく無批判に信じてるという意味です。

素晴らしい発言ですね。
「信仰を捨てよ」という時の「信(信仰)」は、この意味で受け止めるべきなのでしょうね。
また、「未信者に信を生ぜしめ(起こさしめ)、既信者に信を増大せしめ」と言われる時は、
【自らの頷き】の上に生じる「信」を指しているのでしょうね・・・。
450神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 00:02:18 ID:1gIH897P
>>449
>>自分で検証することなく無批判に信じてるという意味です。

その検証力、批判力自体を奪うのが、まさに宗教なのです。特に、「ないもの
を、ある」「あるものを、ない」と「信じ込まされた」場合には、検証や批判
は全く不可能になります。
451神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 00:05:25 ID:CyUTm2xj
>>448

あの『律』読まれたことありますか?
『律』は出家者のみに説かれた教えです。
そこにジャータカと同じ過去の因縁が何度も説かれます。
輪廻方便説はなりたちません。

『勝義第一義空経』=『勝義空性経』は、主体がない空・無常・無我である
ことを説いたのであって輪廻を否定しているわけではありません。
何度も言うように現在、無我なのに個体として縁起しているように、
無我でも縁起して輪廻するんです。
『勝義第一義空経』は、パーリには伝承されず、有部や大乗で盛んに
引用されますが、当然、全て輪廻を前提とした論書に引用されていることが
その根拠となるでしょう。

道元禅師も輪廻を前提とされていたことも、
『正法眼蔵』「深信因果」

0295a26: 龍樹祖師云ク。如キハ外道人ノ。破スレハ世間因果ヲ。
0295a27: 則無今世後世ヲ。破スレハ出世ノ因果ヲ。則無三寶
0295a28: 四諦四沙門果 アキラカニシルヘシ。世
0295a29: 間出世ノ因果ヲ破スルハ。外道ナルヘシ。

以上で納得できなければ、こちらで「深信因果」全体をご覧ください。
http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/database.html
452前スレ5:2008/12/17(水) 00:06:28 ID:bZrYtSpi
えーと、まず少し勘違いされている方がおられるみたいですので
>>427 >>431 さん  書き込みの内容から推察しますと、あなたは
前スレで38のナンバーを付けていた方なのでは? 釈迦在世当時の状況
などを解説してくださった方なのでは? と思いますが。
おそらくナンバーを誤認されてるとおもいます。
453前スレ7:2008/12/17(水) 00:09:23 ID:CRhhSKf7
>>450
貴方はID:KWkEz3kVでしょう?w

貴方(方)が 『>現代の生理学における観察・実験』 を信じる理由と、
(宗教等の)『伝承・言い伝え・教え・知識』を 信じる理由との違いを聞いているのですw

或いは、『学校教育で教わることを信じられる理由(→「教師自身が、教えるべき事柄を信じている理由」)』とは何か?
という問いに変換してもいいですよw
454神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 00:14:36 ID:CyUTm2xj
>>449
>「信仰を捨てよ」という時の「信(信仰)」は、この意味で受け止めるべきなのでしょうね。

そうですね。仏教以外の邪見への信を捨てよという意味だと思います。

>また、「未信者に信を生ぜしめ(起こさしめ)、既信者に信を増大せしめ」と言われる時は、
>【自らの頷き】の上に生じる「信」を指しているのでしょうね・・・。

いえ、仏教では信は重要ですから。三宝に対する信という意味でしょう。
分かっていても、ツリですか?

>>450
>その検証力、批判力自体を奪うのが、まさに宗教なのです。特に、「ないもの
>を、ある」「あるものを、ない」と「信じ込まされた」場合には、検証や批判
>は全く不可能になります。

宗教もそうですが、科学や常識も同じようなものでしょう。
それが分からないと話になりませんよ。
455前スレ7:2008/12/17(水) 00:14:52 ID:CRhhSKf7
あ、IDコピペをミスったかもw

>>453は、ID:ZdPN3EX4宛であるべきかもしれない・・・。

申し訳ない・・・ orz
456前スレ7:2008/12/17(水) 00:20:23 ID:CRhhSKf7
>>454
>分かっていても、ツリですか?

いいえ。
私は、449のように考えています。
梵網経や沙門果経で述べられる「戒」や「果報」は、ここに直結するものだと考えています。
また、(随犯随制と言えど)律(或いは学処)制定の理由や長老たちが律の護持を選んだ理由とも絡めれば、
尚更449として受け止めるべきだと考えています。
457前スレ7:2008/12/17(水) 00:28:32 ID:CRhhSKf7
>>456補足:
仏典のテキスト的(原本的)読みとして「こうである」という書き方をしていない点に留意されたし。
現代に生きる我々が「どう受け止めるか」という立ち位置での449及び456と読んで下さい。

テキスト的(教義的(≒文献学的)・教団的・サンガ的)には、454のように、
「釈尊の教え及び釈尊の弟子としてのサンガに対する“信”」と読むべきだろうとは思います。
458前スレ7:2008/12/17(水) 00:37:57 ID:CRhhSKf7
>>457へ更に補足:
尤も、 >「釈尊の教え及び釈尊の弟子としてのサンガに対する“信”」 と言いながらも、
その「信」を担保するのは【頷き(納得)】であろうとは思いますが・・・。
(ここが、>>438とも微妙にリンクしてくる部分なわけですがね・・w)


おやすみなさい  ノシ
459前スレ5:2008/12/17(水) 00:57:05 ID:bZrYtSpi
>>411 結局、最後はこれですか。>>378>>381 にも、何も反論できず
切れて「あなたが理解できないでもかまわない。」  「あなたに信じて
もらう必要はない。」 と、オカルト信者が最後に言う決まり文句で一方
的に議論を打ち切って逃走。 411の回答も見れば解かるとおり、何の説明
にもなっておらず、関係のないことを書いてごまかす。
ヒステリックになるのも、わからんこともないですが、もう少し、冷静に
自分を見つめることをお勧めします。
460前スレ5:2008/12/17(水) 01:10:43 ID:bZrYtSpi
それではお尋ねします。IDが変わってしまい、解かりにくいのですが
昨日の ID:KWkEz3kV さん   最も基本的なことからお聞きしますが
あなたは、この「輪廻するもの」を何であると考えておられるのですか?
スマさんは「心」であると言い、さらに一般的、回答でいいますと
「霊魂」 「魂」  「アートマン」 などもありますね。
ここは、「無我論」などによる肯定派、否定派の論点になる重要ポイント
であると思われますので、解説よろしくお願いします。
461神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 01:59:30 ID:1gIH897P
>>447
>「色即是空・空即是色」がテクスト的に>>423の解釈がありえないことは
>納得していただけましたか?

テクストがどうあれ、意味としては全く納得できませんね。それでは、「空即
是色」を何故加えたか、その追加の持つ千金の意味が、明らかにはなりません。

般若心経は、「空」と「色」とを、「同じ比重で」取り扱っている。「色不異空」
「空不異色」。「すべて空」と言ってるわけではない。

従って、「色」としての人間からは、「現実肯定」と考えても、ちっともおかしく
ないばかりか、むしろ、そう解釈すべきだものだと考えます。

ある仏教学者は、現代では、「空即是色」がより重視される、と言っています。
462前スレ5:2008/12/17(水) 02:06:25 ID:bZrYtSpi
さらに疑問。業報思想というのは、明らかに「個」の概念を前提としてますよね。
Aが今世で行った悪業が来世において、Aとは全く関係のないCに、その報いが
降りかかることはなく、Aと何らかの同一性を確保できるB(すなわちAの生まれ
かわり)に、その結果が生じる。 ここでは『個』の概念を認めなければ、そもそも
論自体が成り立ちませんね。
しかし、仏教には「無自性」 「空」 「一如」  などの「個」を否定する思想
もあります。 果たしてこれらの思想と業報思想は両立し得るのでしょうか?
463神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 02:26:07 ID:1gIH897P
>>454
>宗教もそうですが、科学や常識も同じようなものでしょう。
>それが分からないと話になりませんよ。

宗教と、科学や常識との区別もできないのでは、それこそ話にならない。頭の良い
中学生にでも分ることです。

端的に言えば、前者は、当該宗教内部だけにしか通用しない。後者は、全人類的に
通用する。
464神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 08:45:09 ID:EeQmpUNI
>>463
>端的に言えば、前者は、当該宗教内部だけにしか通用しない。後者は、全人類的に通用する。

ほんとに・・・自分達の滑稽さに気づかないのは哀れ〜w

宗教に嵌ると確かに盲目になるなぁ、レスによく現れている
盲信とは良く言ったもの、大真面目で説くから吹く(笑
465机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/17(水) 09:13:59 ID:il2hyZLz
>>451
>道元禅師も輪廻を前提とされていたことも、
>『正法眼蔵』「深信因果」

僭越ながら、拙者が解説いたします。
(こういふことも全て般若心経に書いてあります)

因果の道理は重要である。→これが世俗諦です。
しかしながら、これに囚われておったなら悪趣に堕してカルトに嵌るだけです。
ってことが書いてありまして、
この道理を超越する。→つまり彼岸に至る。→これが深信因果です。

図式にすると解り易いです。

色即是空。
不落因果(色)→不昧因果(空)
空即是色
不昧因果(空)→深信因果(色)

ですから、あくまでも還滅した意での因果であるわけです。
          (つづく)
466机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/17(水) 09:19:34 ID:il2hyZLz
(つづき)
これは浄土門でも同じです。

阿弥陀如来に帰依して・・・いつかは彼岸に至ります。
(これが色即是空)
彼岸に到れば、筏(いかだ)である阿弥陀如来は必要がなくなりますが、
それでもなお阿弥陀如来に帰依する。
(これが空即是色)

禅門でも浄土門でも、最終的には現実に生きることの重要性を説いている。
467神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 11:48:19 ID:Sh9JPext
>>460
自我は無いが愛を因として再生ありと説くのが釈説である。
命身一異の論難は無記とするが釈説のあり方。
それを難詰した弟子に対する答えが矢の喩えである。
よって命身一異を以って問いを立てるスタンスがすでに仏弟子のあり方ではない。
よって、これは愚問である。
468独白:2008/12/17(水) 12:42:16 ID:i7t37kao
>>451
再掲
『前後ありといえども、前後際断せり』(道元) 
道元も判っているのさ。
三世両重因果『物語』と、『古仏心』の根本的な違いを。
盲目の徒には観えないだけだよ。

物語を破って、古仏心に至らせることが道元の本懐。
これを道元は以下のような奇跡的な言語表現で示している。
『このゆえに、花開の万木百草、これ古仏の道得なり。古仏の問処なり。
 世界起の九山八海、これ古仏の日面、月面なり。古仏の皮肉骨髄なり。
 さらに又古心の行仏なるあるべし。古心の証仏なるあるべし。古心の作仏なるあるべし。
 仏古の為心なるあるべし。
 古心といふは、心古なるがゆえなり。
 心仏はかならず古なるべきがゆえに、古心は椅子竹木なり。』(正法眼蔵「古仏心」)

 チンケな輪廻転生論など入る余地がない。 
469神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 14:39:11 ID:wTio8ib6


■ 輪廻転生は外道の思想? 
道元は輪廻転生を外道の思想と云っていますが、それは何故でしょうか?■

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1410489639 から抜粋

日本では輪廻を仏教の考え方とする向きがあります。
確かに経典の中には輪廻を説くものもあるのです。
どういうことかというと、輪廻を自明の理と考えているインド人にいきなり「無我」を説いても受け入れてくれません。
したがって一旦、輪廻を肯定した上で、徐々に「無我」へと導くように説いたためのことです。

しかし、多くの経典が一度に日本に伝来したわけで、当時の日本人はそのあたりの事情を理解し得なかったため、
輪廻を仏教の教説と勘違いした人も出てきたわけです。

日本人にとっての「とらわれ」は輪廻ではなく、「黄泉の国」や「冥土」だったわけですから、輪廻については日本人
には不必要だったといえるかもしれません。

また、江戸時代に出家修行を旨とする宗派においては、民衆に説くべき教えがないため、「悪いことをすれば地獄
に落ちるぞ」というような道徳的なことを説く際に利用されたのも事実かと思います。

ちなみに極楽浄土などの「浄土」という概念は、本来はあらゆるとらわれから解き放たれた状態を指すのであって、
輪廻ではありません。

470前スレ5:2008/12/17(水) 15:11:55 ID:bZrYtSpi
>>467 え〜と、まずあなたが、私が>>460 でお尋ねしたID:KWkEz3kV さん
なのかどうか、わからないのですが(IDが変わると判別が困難です)
レスを付けていただいたので、返信します。

あなたは、>>460での私の問いを「愚問」であると断定しておられましたが
そうでは、ありませんね。 問いを発する相手次第ですね。

死後の世界について、断見、常見いずれにも偏らない中道のひとに
この問いを発すれば、それは愚問でしょう。しかし、「自ら来世、生まれ変わり
業報などを主張する人」 に対しての問いであるなら十分、意味を持ちます。

Aから、その生まれ変わりであるBへと何が連鎖したのか?
AとBの同一性を確保するものは何か?
来世、生まれ変わり、業報を主張する人は、このような問いに「無記」
とするわけにはいきません。当然、説明を必要とします。
「BがAの生まれ変わりである根拠?そんなもの考える必要はない。
ただ、間違いなくBはAの生まれ変わりなんだ。」
このような主張が成り立たないのは明らかですね。
「自ら輪廻業報を肯定」するのならば、避けて通れない説明です。

「毒矢の喩え」は、『死後のことなど、現時点において、いかように
論じようとも結論の出るはずもない形而上の課題について無駄に
時間を費やすよりは、もっとするべきことがあるでしょ?修行に
励みなさい。』  これが釈迦の真意では?

よって、この場合の引用は意味がありませんね。


   
471神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 16:41:11 ID:w68sE9oW
>>468
キリスト教とは全く異なり、仏教は、そうやって、直ちに「人間と自然」に
立ち返ることが出来るのは、さすがですね。

キリスト教的な神でさえ、キリスト教より仏教のほうがよく把握している感じ。

道元は、「世界最大の思想家」であると評価する人もいます。
472神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 16:46:30 ID:CyUTm2xj
>>456
失礼しました。【頷き(納得)】を「躓き」と誤読したもので。
深い理解ですね。以下を説明していただけるとありがたいです。

>梵網経や沙門果経で述べられる「戒」や「果報」は、ここに直結するものだと考えています。
>また、(随犯随制と言えど)律(或いは学処)制定の理由や長老たちが律の護持を選んだ理由とも絡めれば、

>その「信」を担保するのは【頷き(納得)】であろうとは思いますが・・・。
>(ここが、>>438とも微妙にリンクしてくる部分なわけですがね・・w)

473神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 16:49:54 ID:CyUTm2xj
>>460
その点については何度も説明しているのですが。

現在、あなたの心身がありますよね。その主体は何ですか?

474神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 16:51:42 ID:CyUTm2xj
>>461
もう、話あっても無駄でしょう。
お互い、時間を有効に活用しましょう。
ということで、終了ということでよろ。
475神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 16:58:54 ID:w68sE9oW
>>473
「原子の塊」。人間が死んで、灰になっても、その原子は消滅しない
から、自然界を循環する。

これが、最も正確な「輪廻転生」。

反論ありますか。
476神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 17:11:13 ID:CyUTm2xj
>>475
このスレは、仏教の体系内での話でしょ?

それに量子物理学では何かに還元可能な、実在論は否定されたと聞きますが、
違いますか?


477神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 17:22:35 ID:zstLcPgK
>>475
ただの素朴実在論じゃん。仏教は唯物論じゃない。
478神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 17:27:20 ID:w68sE9oW
>>476
>このスレは、仏教の体系内での話でしょ?

仏教の体系では、肝心の自然はカバーできないのですか。仏教の「妊娠」に
ついての叙述を読んだが、驚くべきことに、それは現代の産科学と全く同じ
です。釈迦は、むしろ、優れた科学者だったと思う。「空(関係性)」の
原理は、すべての自然に適用でき、現代の科学や思想・哲学の方向でも
あります。

>それに量子物理学では何かに還元可能な、実在論は否定されたと聞き
>ますが、違いますか?

違うと思います。量子力学でも、粒子が「実在」であるからこそ、その
位置や運動の不確実性を論じることが出来るのです。「非実在」につい
ては、位置も運動も考えることはできません。

量子力学も、まさに関係性の世界です。

量子力学を、「ものから、ことへ」などと称して、宗教の分野に引き込
もうとする極く少数の科学者がいるが、それは上記の理由で誤り。
479神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 19:37:06 ID:CyUTm2xj
>>478
仏教の体系は、物理は肝心ではないのです。
物理を記述することが、まさに毒矢の喩えです。
物理を知っても解脱に役にたたない。
そして知るためには一生費やしても時間がないからでしょう。

仏教のテクストに基づかないものには私は答えようがありません。
なぜなら、常識程度しか知らないからです。
そんないい加減な知識で、推測しても無駄なだけですから。
480神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 20:16:25 ID:wE4DcxAa

輪廻転生やカルマ・天国・地獄・罪・・・等の宗教の教義に精通し勉強している
プロの宗教家達が、エゴのためにそれらを悪用し多くの犯罪を繰り返していること
を見れば、彼ら自からが、教義を全く信じてもいなく軽んじていることは明白な事実。

修行で神通力を持ったと言うならば、現実社会に於いて未解決の難事件、医療・
政治・経済・司法・・・・等、全ての面でその力を還元・発揮し役立てなければ
誰も納得させることは出来ないでしょう。日本はチベットではありませんから・・
481神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 20:23:58 ID:wE4DcxAa


■輪廻はインドにおける「とらわれ」の代表格であり、釈尊はあらゆる「とらわれ」から離れるべきこと

(これを「解脱」とか「悟りを開く」などという)を説きました。☆★☆∵※


      
        *'``・* 。
        | 人  `*
        |(__)  `*。         ※∵☆☆★☆★☆★☆☆∵※
       。∩__)  *          「永遠の生命」「極楽浄土」など求めるのは、
      + (・∀・ ) *。+゚             究極の執着と煩悩で〜す。
      `*。 ヽ、  つ *゚*
       `・+。*・' ゚⊃ +゚
       ☆   ∪~ 。*゚
        `・+。*・ ゚


■一度脳に焼きついた観念というのは、そんなに簡単に消えるものではなく、
やがてその観念において自己をコントロールされてしまう。

【宗教の恐ろしさ】とは、これに尽きますね。



482神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 20:58:56 ID:zEVSnhHu
考え方を改めたぐらいで統一的主体がもつ歪みが解消されるならば、だれも苦労はしない。
483宝珠愚者:2008/12/17(水) 22:00:44 ID:bWl7D0El
あのですね!

輪廻転生を否定した経などは一つも存在しない。
だから、在るなら「それを出せ!」と私はいってるのです。
どうぞ、それを出して下さいよ。
般若心経にもそんなことはどこにも書かれていないではありませんか。
ただ単に、読んだ側の「空」に対する理解と解釈に誤解があるだけのこと。

私たちという存在は「空」なのだが、
今もこうして肉体を有して物質レベルでも生存しており、なんと2CHまで利用していると。
これが「空即是色」ということなのでしょう!
「空」だから輪廻転生はない---などというのは全く意味が通らない。
縁起に拠って生を受け、そして死を受け、また再び生存する。
この変化して止まない状態が苦の無常たる世界。

その世界から解脱するのが仏教の説く目的です。
であるから、無常なる「色」の世界から脱した存在である仏陀というのは、もう「空」ではない。
仏陀(ニルヴァーナ意識境)という存在は「永久不滅」なのです。
再び変化して止まない状態ならば解脱とはいわない。
変化して止まない世界など仏教の目指す境地ではない。

これでも、「永久不滅」と「空」との状態の関係を理解できませんか?
まだ分らない??(これは簡単なことなんだけれど・・・)

どなたか、
もっと上手に説明して上げてもらえませんか!

*「輪廻転生など最初から無かったんだ。それはバラモン外道の思想だったんだ。」
 などと、頭の中で理解することが輪廻転生からの解脱なんかじゃないので、
 どうかくれぐれも間違わないようにしましょう!

 「それから、仏教辞典を丸暗記したら解脱--みたいな愚かな理解は辞めましょう。」
484神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 22:28:38 ID:igNgLfzE
>仏教の「妊娠」に
>ついての叙述を読んだが、驚くべきことに、それは現代の産科学と全く同じ
>です。

クルアーンでそうことをやってるのは見たことがありますが、
ttp://en.wikipedia.org/wiki/Qur%27an_and_Science
仏教では初見ですね。
出典は何ですか?
485独白:2008/12/17(水) 22:57:38 ID:i7t37kao
>>483
 それはひとえにおまえが愚かだからだ。
 これに尽きる。
 その理由は何重度も説かれている。
 それが観えない、ホントは固執し偏して観ようとしない自らの愚かさに気がつくべきなのだ。
 己自究明とはそういうことだ。
 覆われているのは認識するおのれなのだ。真相ではない。
 『法々は隠蔵せず、古今つねに顕著なリ』

 出来の悪い餓鬼にこれ以上付き合えるほど暇ではない。

 好き勝手におまいのいわゆる輪廻転生してなさい。
 永久に悟れないんだもの、そうするしかないでしょw

                    寝ます

                  
486神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 22:59:13 ID:eglSxERS
>>484
仏教関係の本は多数読んでいるので、どの本だったかは思い出せないし、手元
にもないが、お経からの出典として、書いたあったことは確かです。

妊娠の日数なども、現代の産科学と寸分も異なりません。
487宝珠愚者:2008/12/17(水) 23:27:33 ID:bWl7D0El
>>485
 これは大きな誤解なのです!
 「永久不滅はない」「一切は無常」などと頭で理解することが仏教の目的ではない。この無常なる世界か
ら実際に脱して、永久不滅の境地へと到達することが仏教の目的です。
 「色即是空」ですから、この無常なる世界から脱した境地はもう「空」でもない。これこそが求めるべき唯
一なる実在なのです。無常なる世界を空として理解し、そこから解脱していく。
 まずは、寝てから頭をすっきりしましょう!ていうか--わたしにはこれ以上の説明はできない。


 『インド人はもともと宗教的な民族であったが、・・・人間を含む生類は永久に流転輪廻の生涯を繰返
すと考え、しかもその信仰を切実に身に感じていたのである。・・・このような考えを受けて原始仏教に
おいても、人間が生まれ老い死ぬこと、そしてこの過程を無限に繰返すこと、それを「輪廻」(流転、生死)
と呼んでいた。
 この輪廻の生存は恐ろしいものである。ときには輪廻の生存を、波濤・渦巻など水の動揺のある恐ろ
しい大海に譬えていることもある。この輪廻のすがたを如実に知った人が、ブッダ、目覚めた人(buddha
 仏)である。

 《聖者には輪廻は存せず、彼はもはや生まれ変わるということがない。聖者の身体は、永遠の昔から
の永劫の輪廻の過程における最後の身体であり、これは最後の生涯である。今や再び後に生存に入る
ことがない》(テーラ・ガーター:202、スッタニパータ:502)
 一般に修行者は生存からの離脱も願っているのである。修行完成者は《生に赴かない。》(ウダーナ・
ヴァルガ:7)のである。原始仏教聖典の内には、一般に悟り終った人の心境を示すものとして、次の詩
句がしばしばあらわれている。
488宝珠愚者:2008/12/17(水) 23:28:08 ID:bWl7D0El
 《生存はすでに尽きた。清らかな行ないはすでに確立した。為すべきことは、すでに為し終えた。このよ
うなことのために、再び生を受けることはないであろう。》(サンユッタ・ニカーヤ:161、スッタニパータ:82)
 ヒンズー教によると、最高神に帰依することによって再びこの世に生まれることがないようになるという
が、最初期の仏教によると、どこまでも自らの修行と悟りによってこれが達成されると考えたのである。
 解脱した人には現世も来世も存在しないということは、インド一般に諸宗教を通じての理想であり、ジャ
イナ教や叙事詩にも説かれているが、原始仏教はそれを受けているのである。原始仏教で解脱というの
は、《この世における生と死とを捨て去ること》(スッタニパータ:1097)である。

 解脱の境地においては、生死が存在しない。修行を完成した者は《生死を明察せる者》(スッタニパー
タ:484)である。この究極の境地は、「不滅の領域」、「不滅の境地」といい、あるいは単に「不死」とも称
する。また単に「不老」ともいうのである。

 そして仏教はこのような最高目的に達することを教えているものであるから、仏教は「不死の門」、「不
死の獲得」であり、修行者は「不死の境地を見る」のである。
 生死を超越するということは、また現世も来世も超越するということである。修行者は《この世をも、彼方
の世をも希求することなし。》(スッタニパータ:779)といい、したがって現世のみならず来世にも執着しない
のである。・・・
 《人々は渇にたとえられる妄執に陥って苦悩を生じ、老いに襲われている。故につとめて妄執を捨てよ。
そして再び生存状態に戻らないようにせよ。》(スッタニパータ:1120-1123) 』
(「原始仏教-その思想と生活」中村 元著/NHKブックス)
489神も仏も名無しさん:2008/12/17(水) 23:32:21 ID:CyUTm2xj
>>484
こういったアビダルマ論書には見られますが、経典では見られるかどうか知りません。
タントラにはあるのはたしかです。



阿毘達磨集異門足論 (No. 1536) 0403c17 - 0404a21: 卵■或母胎中若羯剌藍若?部曇若
阿毘達磨法薀足論 (No. 1537) 0505c13 - 0507c24: 吐此識無間於母胎中與羯剌藍自體和合此羯剌藍自體
阿毘達磨發智論 (No. 1544) 0921b16 - 0922b29: 卵■及母胎中羯剌藍?部曇閉尸鍵
阿毘達磨大毘婆沙論 (No. 1545) 0088a16 - 0088b29: 似爲因非不相似如此身羯剌藍位與此身羯剌藍位爲同
阿毘達磨倶舍論 (No. 1558) 0047c23 - 0048a22: 謂母腹中分位有五一羯剌藍位二?部曇位三閉尸位四
阿毘達磨倶舍論 (No. 1558) 0082a23 - 0082b04: 後各有五位胎中五者一羯剌藍二?部曇三閉尸四鍵南
倶舍論實義疏 (No. 1561) 0327b13 - 0327b14: 胎者識所攝持方能成就羯剌藍也阿毘達磨順正理論 (No. 1562) 0335c13 - 0336c20: 動相無別所觀別觀所長羯剌藍等或復芽等説能長業長
490前スレ5:2008/12/18(木) 00:24:13 ID:07eOFKWe
>>473 あなたは ID:KWkEz3kV さん ですね? その前提で 
ID:KWkEz3kV さん の書き込みを再読してみました。

>その点については何度も説明しているのですが。
これに該当すると思われるのは、>>413 の「主体なく縁起して輪廻するのです。」
と >>430 の「その始点、基体、本質といった考え方が、アルケーやアートマンであり、
西洋ではギリシャから、インドなどでもどこでも仏教以外では行われる。
本質探求の道、実在論、還元論です。

仏教でもアビダルマや唯識では何かを設定してしまいます。
それが間違いで、始点、基体、本質を設定したとたん縁起は崩壊します。」

だと思われますが、要するにあなたは輪廻する「主体」を否定されていますね。
あなたが、この『主体』と言う語をどのような意味に定義しているのか、いま
ひとつはっきりしませんが、一般的な意味にとって話を進めます。

あなたは六道輪廻を肯定されておりましたが、各界へ行く「もの」は何なんで
しょうか?「主体」とは、呼べないものなのですか?さらに、
491前スレ5:2008/12/18(木) 00:25:45 ID:07eOFKWe
AがBに生まれ変わったとしましょう。Aが過去世において犯した悪業は、当然
その報いが今世においてBに降りかかり、全く関係のないCさんにおこることは
ありません。これが業報思想です。さて、この場合、AさんとBの同一性を確保
するものは何ですか? BさんとCさんの違いを識別するものは?
このように、業報思想というのは、あくまでも『個』の概念を導入しなければ
成り立ち得ないものなのです。(当たり前ですよね。Aさんの犯した悪業の報い
がCさんに降りかかったのでは、たまったもんじゃありません。)
あなたが、「主体」を否定したとしても『個』をなりたたせるもの(少なくとも
それは自他の識別可能な属性を有するものでなければ、なりませんが) を
認めなければ「業報思想」は、全く成り立ちません。

今まで議論した「肯定論者」たちの表現を借りると、輪廻するものは
「意識である」  「実体のないもの」  「物質を超えたもの」
など、様々でしたが、そのネーミングは例え何であっても、あなたの否定
する何かしらの「基体」を仮説しなければ、業報思想は崩壊します。
492神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 00:45:09 ID:LeSDfSzN
>「業報思想」は、全く成り立ちません。
「果報を享受する主体がなければ、解脱はあり得ない」とジャイナは
刹那滅を説く仏教を批判しますが、あなたならどう答えます?
刹那滅自体あり得ない?
493brown:2008/12/18(木) 00:59:56 ID:lJ9th5X4
>>491
なかなかいいポイントを突いていると思いますね。

でも,そうじゃないんですよ。
「基体」を仮設しなくても業報思想はちゃんと成り立ちます。
生まれる前とか,死んだ後とか考えるから,可笑しくなるんで,
今の自分と,少し前の自分を考えてください。

さて,今「事故」を起こしました。それは少し前の「不注意」という行為に
よって,自らに降りかかったことです。つまり自業自得。
このとき,Aさんの「不注意」という行為が,他人のCさんに降りかかって
「事故」という現在の結果を生み出したということはあり得ません。
しかし,結果を受けた人がBさんであれば,それは,過去のAさんと現在のB
さんは同一人物だということを意味します。
この時間を貫く同一性のことを「責任感」とか「因果応報」という訳です。

一方,上記AさんとBさんの間の同一性を示す存在があるか?ということに
なると,それはあり得ません。当たり前ですが。もしそれをCとすると,
AとCは等しいのか?ということになって,いずれにせよ矛盾してしまいます。
だから,Cの存在自体が棄却されます。

要するに,基体はないが,因果の過程はAからBに連絡するということです。
これはあらゆるこの自然界を通じて見られる普遍的な法則です。
494brown:2008/12/18(木) 01:11:53 ID:lJ9th5X4
>>483
>無常なる「色」の世界から脱した存在である仏陀は、もう「空」ではない。
>仏陀(ニルヴァーナ意識境)という存在は「永久不滅」なのです。
>これでも、「永久不滅」と「空」との状態の関係を理解できませんか?

それはマズイデスネ。
仏陀というのは,「存在」ではなくあえて言えば「概念」なんですよ。
それは永遠不滅です。ちょうど「三角形」という概念が永遠不滅のように。
あるいは「万有引力」という法則も。これらは具体的存在物ではなく,
それ故に無常ではなく,永遠不滅でもあり得る訳です。

一方,「三角形」の概念は,概念である故に永遠不滅であるけれども,
「三角形」を認識する知覚(あるいは体験)は永遠不変ではないですね。
それを考えている時,それを見ている時にのみ,「三角形だなあ」という
認識が生まれます。その知覚は無常。

同様に,「仏陀」という概念は永遠不滅。だけど,「ニルヴァーナ意識境」
など,どのような境地でも,経験でも,知識でも,認識でも,現実でも,
永遠不滅ということはあり得ないですね。はっきりいいます。無常です。
ええ。仏陀は無常なんですよ。
495brown:2008/12/18(木) 01:32:47 ID:lJ9th5X4
では,解脱ってなんだ?無常なら意味無いじゃん!ってことになりますね。

結論から言えば,そうなんですよ。解脱って意味ないですね。輪廻も,
それからの解脱も全く無意味です。だから,解脱なんですね。

輪廻とか,解脱とか,無常とか,無我とか,そういうことを「問題」にして
いる認識,それが根源的な「苦」ですね。人生に常時つきまとう「苦」です。
楽しく食事しているときも,歌っているときも,エッチしてるときも,
仕事に没頭しているときも,今そこで書き込みを読んでいるときも,
出鱈目言いやがってと怒っているときも,そんなこと無意味だと嘲っている
ときも,潜在的にはいつでも,どこでも付きまとっている「問題」ですね。

その「問題」からはどうしても逃れられないですね。ずっと,どこでも,
何処までも付いてきます。それをすぱっと切る。無くす。なくすと,問題
はなくなる。問題がなくなると,問題はない。無いから意味ない。意味なんて
なくていい。

無常でいい。無我で(基体がなくて)いい。因果応報していい。
人生は苦でいい。輪廻していい。解脱していなくていい。そういうことに
なります。全て問題ないからです。意味など問わなくてよいからです。
496前スレ5:2008/12/18(木) 01:39:25 ID:07eOFKWe
>>492 >「果報を享受する主体がなければ、解脱はあり得ない」
残念ながら、これには回答不能です。なぜなら、ここで言う「解脱」
というものを私は、理解していないからです。「解脱」とは「こういうものである」
と比喩などで、よく説明されますが、そもそも言葉による定義自体が
不可能な概念であり、自らの「自覚」以外にはありえません。
よって、この問いに答えることができる者は「解脱」している者だけであり
私は解脱しておりませんので「わかりません」としか答えようがありません。

「刹那滅」については、これは「生滅の同時性による、時間軸における
自己同一性の否定」  と簡単にいえば、このような理解をしてますが
あってますかね? 私の見解としては、あくまでも認識論上のこととし
てですが、十分うなづける認識論であると思いますが。
497神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 02:30:32 ID:+Vx1YVpY
>>487
>この無常なる世界か
>ら実際に脱して、永久不滅の境地へと到達することが仏教の目的です。

その「永久不滅の境地」を認識するのも、解脱という感情(思考・感覚?)も、「生」
の機能です。修行も、勿論、「生」の機能です。人間が何らかの営みをする
限り、生から「超越」することは出来ません。

「永久不滅の境地」に執着するのも、生の機能としての煩悩です。

それに、すべてが空で無常なのなら、その「永久不滅の境地」も空で無常でな
ければ、論理は全く一貫しません。

オウムは、中村氏の影響を受けたと言われるが、それがその引用のあたりなの
ですか。

要するに、すべて生の機能を語りながら、「生死の超越」などと言ってみても
無意味で、矛盾です。
498神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 03:00:26 ID:+Vx1YVpY
般若心経は、要するに、「すべては無」しかし「その無もまた無」と
言っているのではありませんか。「物事に執着するな」と言ってる。

「輪廻転生」や「解脱」や「永久不滅の境地」に拘ることは、最大の
執着ではないのでしょうか。

また、「恐怖」があっては、決して悟れません。仏教から、「輪廻転生」
などの「恐怖」の要素を一掃することが必要です。

仏陀が「厭世論者」であったのなら、現代人としては、それを真似るべき
ではない。人間は、現世以外では、生存できず、従って如何なる営みも
不可能なのですから。
499神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 05:09:03 ID:hM/9Rvjn
神も仏も名無しさん 投稿日:2008/11/27(木) 11:24:30 ID:q6WM0ESh

最近では、伝統宗教が、社会的に非難を受けた「宗教」を「カルト」という言葉で
隔離し、自己を防衛しようとしている動向が見られる。オウムと近隣の住民との
対立を、何と「感情的対立」に矮小化してしまっている。宗教そのものに対する
本質的批判は、全くできていない。激しく批判しているようでも、結局は宗教擁
護と自己正当化に落ち着く。これが宗教自体に共通して内在する「病理」である。

この「病理」は、現実上の根拠皆無な「観念」を一切廃し、「全ての人間に共
通する唯一の普遍の事実」としての、「人間の生物的生存本能(生命)と、そ
の生命を支える大自然(現実界)」に立ち帰らない限り、克服は困難である。☆★

カルトというなら、史上そして現在も、最も多くの人間を、最も残酷な方法で
殺してきたキリスト教こそ、最大最悪の超カルトであることは明らかだろう。
キリスト教に影響され、その要素を真似し、取り入れた他宗教も同様にカルト
である。
最近のチベット暴動で、ヒステリックな反応を示さなかった日本の仏教界の態
度は、仏教者らしいものであった。そもそも、独立運動をやったり、デモ行進
したり、暴動を起こしたりする仏教者がいるのかね。ダライラマが外国で、キ
リスト教やヒンドウー教の影響を受けた結果ではないかと推測する。
ガンジーも、英国留学によって、キリスト教の影響を受けたものと推測される。
彼は、インドの宗教対立を激化しただけ。彼は、インドの最下層賎民を「神の子」
と呼ぼうとしたが、彼らは、ちゃんと「最下層賎民と呼べ」と怒ったそうである。
ガンジーには、キリスト教の臭いがする。

■宗教の病理の克服は、人間や自然からは一歩も離れず、「関係性」という真理を
知る、釈尊の仏教にこそ期待したいのだが。☆★

500神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 08:17:03 ID:wC8tIUnD
>>490-491
輪廻ではなく、現在を考えてください。
例えば、様々な材料が縁起して車と仮設されるように
五蘊が縁起して私と仮設されるだけです。
主体というのは仮設されるだけです。

輪廻の主体も意識とか自相続とか呼ばれますが、
もちろん仮設されるだけで、実体なく無常なものです。
『勝義空性経』とまったく同一の見解です。
501神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 08:46:46 ID:DmlNTzuu
>>483
>輪廻転生を否定した経などは一つも存在しない。
>だから、在るなら「それを出せ!」と私はいってるのです。
>どうぞ、それを出して下さいよ。

自分で原始経典で検証するというスレの方向性を破壊しておいてよく言う。
502神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 09:12:12 ID:7QmHerHn
>>486
>妊娠の日数なども、現代の産科学と寸分も異なりません。

それもクルアーンやハディースを元にした主張として存在します。
もしかしてガチでイスラムネタだったりして。
503前スレ5:2008/12/18(木) 10:27:37 ID:07eOFKWe
>>500 レスありがとうございます。
誤解があるといけませんので、述べておきますが、私は一貫して
「業報思想」の否定派です。

>>490 >>491 の意味は、「もし業報思想を肯定するのであれば、自他の

識別を可能にする属性を有する何がしかのもの、『個』の概念を導入しな
ければ、論そのもが成り立ち得ませんよ。」  という業報思想肯定論者
の論理矛盾を指摘したにすぎません。 私自身、業報思想は全く信じて
おりません。
504神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 11:08:02 ID:wC8tIUnD
>>503
はい、了解してます。並川さんのような説を支持する方ですね。

昨日から伺っているのは、あなたは仏教が無我・空を説くことは認めますか、
ということです。それを認めるなら、現在のあなた自体が無我・空であるように
輪廻の主体も無我・空であることに何も問題ないでしょうということですが。

仏教では実体から個体が認識されるという実在論には立ちません。
「あれがあるとき、これがある」という縁起で諸法個体として仮設されると見ます。
個体を名指しする時は、世間で流通している言語習慣、そのままを用います。
だから「識別を可能にする属性を有する何がしかのもの、『個』の概念」も世間の用法のまま
因果関係に混乱なく、社会や他人とコミュニケートできるのです。
ところが、無我・空というのは世間の用法ではありません。勝義です。
勝義というのは、実在論の無明から解き放たれた本来、真実の状態とい意味です。
ですから、『勝義空性経』で「因があり果があり、主体はない」と説かれるのです。
この考え、見解は、仏教の根本概念なので、これが分からないとどうしようもないです。

あなたの言う論理矛盾は、実在論に立ったものなので仏教では受け入れられません。

505机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/18(木) 11:42:16 ID:uFOioZiw
>>504
>勝義というのは、実在論の無明から解き放たれた本来、真実の状態とい意味です。
>ですから、『勝義空性経』で「因があり果があり、主体はない」と説かれるのです。
>この考え、見解は、仏教の根本概念なので、これが分からないとどうしようもないです。

なかなかいいレスポンですよね。
506前スレ5:2008/12/18(木) 11:58:11 ID:07eOFKWe
>>504 え〜と、まず、ややこしいのですが、あなたは
ID:KWkEz3kV さん   なのですか? もし、そうであるなら
それとわかる工夫をしていただけるとありがたいのですが。

レスについて返信しますが、議論がかみあいませんね。
私が言っていることは、あくまでも「業報思想」についてです。
Aが過去世において犯した悪業が今世のBにふりかかる。
それは関係のないCさんにではなく、生まれ変わりであるBさんに
ふりかかる。

これが「業報思想」ですね。例えば、過去に殺人を犯したために
今世において同じような目にあう。
この考えは、もちろんAさん、Bさんの実在を前提として説かれて
います。Aさん、Bさん共に主体はなく、「空」であるならば、
そもそも、このような話をすること自体、まったく意味がありません。
(倫理的要請からくる方便として話すのなら意味があるということも
言えるかもしれませんが)

私は仏教における認識論に異を唱えているわけではありません。
「業報思想」は、あくまで、実在を前提としての話であるから
『識別を可能にする属性を有するもの』 を否定しては論自体
なりたちません。 「業報思想」は、現実に今、暮らしている
我々を実在のものと見做し、それに干渉する思想です。
観念論の範疇に収まる話とは、違ってきます。
507前スレ5:2008/12/18(木) 12:09:01 ID:07eOFKWe
>>504 つまり、あなたの言わんとしてることは
「業報思想は世俗の話であり、言語によるものであって、勝義においては
違う。真理は言語によらぬ勝義にある。」

このようなものですか?
それなら、全くかまいません。「業報思想」は、方便であるというのならば
私は全く異をとなえることはありません。
508机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/18(木) 12:22:40 ID:TDsnVxil
>>504
>勝義というのは、実在論の無明から解き放たれた本来、真実の状態とい意味です。
>ですから、『勝義空性経』で「因があり果があり、主体はない」と説かれるのです。
>この考え、見解は、仏教の根本概念なので、これが分からないとどうしようもないです。

主体はない。というても、感覚器官・認識器官はあるわけで、
その器官自体には主体がない。といふことですね。

縁生ありて仮設の我としての自覚を生じせしめる。
つうことやにご理解なされては如何でせうか?
即ち、縁生即我とあいなりますから、主体としての我はない。→無自性

つまり縁生が第一義でありますから【第一義空】になります。
【我は二義的】になります。→これが世俗諦。

人間が死にますと感覚器官・認識器官が機能しなくなりますから、
縁生しようがない。
つまり縁起しなくなりますから、
そこで全てが終了します。
世界と我は一如ですから。世界も寂滅します。→ここが唯物論とは違うところ。
509神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 12:27:32 ID:wC8tIUnD
>>506
現在のあなたは実在でしょうか? それとも無我・空でしょうか?

これにお答えいただけないようでしたら、無駄なのでお話は終了いたします。
510神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 14:15:40 ID:6ZNv41I4
>>509
横レスだが、人間界は徹頭徹尾共同体だから、その共同体の不特定多数の成員
がほぼ共通に知覚できる対象を「実在」と仮設し、その知覚主体は、「生命」
という相対化は不可能なもの、知覚の対象にはなり得ないものだから、無我・
空とする、でよいのではないでしょうか。

「我」は、共同体における他者が知覚してくれない限り、実在ではないのです。
この意味で、デカルトのコギトは誤り。

従って、「実在」とは、知覚に基づく仮説だが、その知覚主体は、無我・空。
よって、結局は、「実在」も空となる。

「無であるが、無ではない」というのが、「色即是空・空即是色」の意味だと
思います。

人間存在の「共同体性」を考慮しない限り、何の結論も得られないと思います。
511神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 14:51:24 ID:2tW93dPF
>>510
小利口ぶった薀蓄語りたいだけの横レスいらん。
空気読んでだまっとれ。
512神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 14:55:28 ID:6ZNv41I4
>>511
御釈迦さんは、空気読んだかねw。
513神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 14:58:52 ID:2tW93dPF
わかったわかった。
わしもだまるw
514前スレ5:2008/12/18(木) 15:49:04 ID:07eOFKWe
>>509 それは立脚点により、異なりますね。
勝義から観ずれば「無自性、無常、無我、空、すなわち非実在」
でしょう。 私は前にも書きましたが、この認識論に異を唱えるものでは
ありません。非常に優れた認識であると考えております。

しかし、世俗の視点から論ずれば話は変わってきます。あなたが、殺人を
犯し、「自分は空で、非実在である。」と言っても通りませんね。
あるいは「一如であるから、あなたの財布は私のもの。」 なんて言う人
もいませんね。 ここでは、実在を認めないわけにはいきません。

そして「業報思想」は、明らかに「世俗」における話です。
実在を前提としての話です。わかりますか?自説の矛盾点が。
「一如を認めるかぎり、業報思想の出てくる余地はありません。」

誤解のないように申しておきますが
「倫理的要請から、世俗において、そう説いた。」
これなら、私は全く異を唱えるものではありません。

515前スレ5:2008/12/18(木) 16:08:37 ID:07eOFKWe
もう一度まとめておきますね。

あなたは、「主体などない、無我であり、空である」 という『個』
の概念を否定する立場にたちながら、 『個』の概念をその前提条件
とする「業報思想」を肯定しています。 その矛盾を私は指摘している
のです。  「業報思想を肯定するならば『個』の概念を認めないわけ
には、いかないでしょ?」  と、こう言っているのです。
おわかりいただけましたか? 
516神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 16:40:48 ID:P4usWi/Q
前スレ5 >>514 発言の脆弱性。

>しかし、世俗の視点から論ずれば話は変わってきます。あなたが、殺人を
犯し、「自分は空で、非実在である。」と言っても通りませんね。
あるいは「一如であるから、あなたの財布は私のもの。」 なんて言う人
もいませんね。 ここでは、実在を認めないわけにはいきません。

「一如であるから、あなたの財布は私のもの。」という考え方は古くからあった。
むしろ「私の財布は私のもの」との主張は、
植民地時代以降の狭量な近代西洋思想に毒されすぎ。
それによって「みんなの土地はみんなのもの」だったものが、
「あなたの土地は私のもの」と変わった。
また、殺人という特異な例のみを提示して、
さも自分はそのような罪を犯していないかのように思っているようだが、
あなたもまた、日々豚や牛や鶏を食し、菜食としても植物の命を奪い
それによって自らの生命を維持し、
蚊やハエをたたき殺しながら生きてきたのではないのか。
517神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 16:47:49 ID:5tYGvEHN
>>516
今、一番いいところなんだから論点がボケル話題はとりあえず措いて下さいませんか。
いろいろ言いたいこともあるでしょうが、そこんとこ宜しくお願いします。
518神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 16:57:54 ID:wC8tIUnD
>>514
それなら、輪廻の主体は<勝義から観ずれば「無自性、無常、無我、空、すなわち非実在」>ですが
「世俗の視点から論ずれば」意識や自相続と仮設されるとあまり変わりませんね。
これは理解できますか?

「一如」を持ち出したことなどありませんが?

「業報思想」と輪廻も縁起・無我・空もなにも矛盾しませんよ。
矛盾だと思うのは、あなたが理解できてないだけのことです。


519神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 17:09:29 ID:wC8tIUnD
>>515
>>『個』の概念をその前提条件とする「業報思想」

これが誤解の元です。釈尊の「業報思想」は無我・無常の縁起による因果論なんです。
『個』という実体を認めるなら、縁起も空も無我も成り立たないというのが、
『中論』で龍樹菩薩が強調したことです。

なぜなら実体として『個』があるなら、変化せず縁起できないので因果もない。
世俗で『個』は、世間の言葉づかいどおり仮設されて用いられるだけです。

分かりますか?
520神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 17:42:53 ID:LeSDfSzN
このスレでたびたび目撃される誤謬

1.「戯論」を日本語の語感に引きずられ「無駄話」「無意味な議論」だと思いこむ誤り。
2.「世俗」を日本語の語感に引きずられ、「世間的」だとか「一般常識」とかに解釈する誤り。
3・あくまで心の内面である「智慧」についてとかれる「般若心経」の「色」を
  外界の事象と取り違える誤り。

仏教は意行を重視し、心の内面を探求する宗教です。
ですから外界に対しては基本的に言及しないか、無関心です。
業や輪廻を外界の事象ととらえること自体が大いなる誤謬です。
心の中では業も輪廻は存在します。
いくら「そんなのありはしない」と心の中で叫んでもあります。
心がなくならない限り存続します。

521机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/18(木) 18:24:27 ID:uFOioZiw
>>518
>「業報思想」と輪廻も縁起・無我・空もなにも矛盾しませんよ。

そうですね、業報思想とか輪廻は縁において生起しているわけです。
いつ生起するか?といふと今生起してますね。
つうことは、
業報とか輪廻とかは【今においてある】つうことになります。

今においてあっても、将来は先ず生起することはないですから、
今を離れた縁起はない。
つうことになる。

「前後ありとも、前後断滅せり」。by道元
ってのは、そういう意になりまふ。

          <机龍之介・花押>
522神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 18:27:51 ID:wC8tIUnD
これがヒントになると思います。

> http://www.dia.janis.or.jp/~soga/excha277.html
> サーティという比丘は、「<識は流転し、輪廻し、同一不変である>
> そのように世尊は説かれた」と主張して、皆から、「世尊を誹謗
> してはならない。世尊は<縁がなければ、識の生起はない>と述
> べておられる」と諭されます。(片山一良訳 パーリ仏典中部 
> 大蔵出版 第38大愛尽経から要約)

釈尊は輪廻を否定されたのではなく、識という実体が不変に輪廻するという説を否定されたのです。
なぜなら、それでは縁起にならないからです。
だから、<縁がなければ、識の生起はない>と説かれる。

リンク先の曾我さんは、『勝義空性経』が輪廻を否定すると解釈されるように、
上の『大愛尽経』も輪廻を否定すると解釈しています。あなたと同じ立場ですね。

本来の解釈は以下のようなものです。
これは、私がずっと説いてきた内容に近いです。
業のエネルギーとか科学等を引用しているところは、方便でしょう。
「業が輪廻する」というのは有部説に近いですね。

> http://homepage3.nifty.com/sukha/Tdeath.html
> 死ぬ瞬間の業は、その直後に、結生識を生み出します。それが新しい
> 物質(精子と卵子)と結合して、次の「生」を生み出すのです。つまり
> 結生識を主として、新しい名色(心と身体)nama-rupa が生起
> するのです。臨終直後には、このように過去の意業の果が現れるのです
> 。科学者たちは「エネルギーは不滅であり、形を変えながら保持し続
> ける」と言っています。それでは何が生存から生存へと移転
> するのでしょうか? 業ですか、業の果ですか、識ですか?
523神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 18:28:49 ID:wC8tIUnD
> いずれも答えは否です。どれも移転しません。業には計り知れない力
> があります。それが次の生存に影響を与え、新しい「生」を生み出
> すのです。このとき、距離は妨げになりません。
>
> 「識は生存から生存へと移転する」という誤った見解を持つサーティ
> 比丘に、お釈迦さまはこのように説かれました。「愚か者よ、私は多
> くの根拠をもって、縁によって生じる識について説
> いてきたではありませんか。縁がなければ、識の生起はないと」(
> 中部経典・大愛尽経)。 ウィリアム・クルックス卿(William Crooke)
> は、エディンバラ(Edinburgh)の精神科学の講義で、「意業に基づいて
> 心は物質を作り出す。このことがすでに実験で証明されている」と言
> いました。心のエネルギーが別の次元に「生」をもたらします。
> このことを表現するために、便宜上「業が輪廻する」などの言葉を使用
> しているのです。お釈迦さまは「生存から生存へと移転(輪廻)
> するものは何もない」ことを示すため、多くの比喩を用いて説明
> されました。何かが輪廻するのではなく、前の縁が、次の縁に影響を与
> えるのです。膨大な業のエネルギーが、別の世界で形態を作り、識を生
> み出しているのです。
524神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 18:36:58 ID:VHw8TAhi
輪廻転生を一言でいうなら、古代インドの特権階級のアーリア人のバラモンたちが、末代までも体制維持するために考え出された「カースト制度」の為の方便です!

そのルーツは遠く古代バビロニアのニムロデと息子タンムズによる、太陽崇拝ならびに母子崇拝と悪魔崇拝が起源であり、さらに考察するなら
エデンの園で蛇サタンが女を欺く時に言った「汝らは決して死ぬことあたわず、却って汝らの目開きて神の如くならん」の一語に尽きる。ニューエイジの惑わしもこれが起源であります。
525神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 19:46:44 ID:mP/csT7J
>>523
五連の衝突球みたいなもんか。

運動が存在の本質であると見るつうことかしらん。
個から個へと貫いていく勢いみたいなのが因果的存在として続いてゆく・・・。
これなら業報の取りこぼしもないわな。
526神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 20:44:18 ID:avVoKh9F
誰も何も分からないのに何でこんなに輪廻転生に執着するんだろ
527神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 20:53:11 ID:P4usWi/Q
いいかな、もうそろそろ口をはさんでw

つまりは世俗こそが因果と縁起と輪廻の世界であるということを
わかりやすく書いたつもりだったんだが。
おまえさんの身体は、こないだ食べた、誰かが殺した牛の肉のハンバーグと
ライスとポテトフライのつけあわせなどを材料に構成された
物質のカタマリとして存在しているにすぎないのに、
そこに「個がある」と思い込んでいるだけなのではないかと。

ところで机氏にいささか質問。

>>508 名前:机龍之介
>人間が死にますと感覚器官・認識器官が機能しなくなりますから、
>縁生しようがない。
>つまり縁起しなくなりますから、
>そこで全てが終了します。
>世界と我は一如ですから。世界も寂滅します。→ここが唯物論とは違うところ。

これでは危険な「独我論」のニオイがぷんぷんしてくるが、
「個」が死んでも世界までなくなりはしないはず。

また、道元は時間というものを「一如」として捉えていたからこそ、
「われを丈六金身にあらずとのがれんとする、またすなわち有時の片々なり」
「生も時なり、仏も時なり」
などの「有時」の発想がでてくるのでは。
丈六金身も凡夫のわれも、「時々のあらわれの分別」であって、
その本質において「一如」であるがゆえの「悉有仏性」なのでは。

ま、いちばんききたいところは
「人間(個)が死んで感覚器官・認識器官が機能しなくなったら、そこで全てが終

了」って、ホントですか、ってこと。
528神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 21:01:39 ID:VHw8TAhi
ミジンコに生まれ変わるって教えって人間性への冒とく以外の何物でもないような気がする。サタンが考えた詐り惑わしではないだろうか?
529神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 21:05:09 ID:avVoKh9F
経典に書いてある、というだけでそれが「本当のことだ」となる理由を説明したほうがいいね
530神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 21:10:20 ID:avVoKh9F
聖書に書いてある、というだけでそれが「本当のことだ」となる理由を説明したほうがいいね
531悪寛:2008/12/18(木) 21:15:27 ID:jYl5Ld9T
道元は明解そのものに説いている

たき木はひとなる。さらにかへりてたき木となるべきにあらず。
しかるを、灰はのち、薪はさきと見取すべからず。
しるべし、薪は薪の法位に住して、さきありのちあり。
前後ありといへども、前後際断せり。

灰は灰の法位にありて、のちありさきあり。
かのたき木は、ひとなりぬるのち、さらにたき木とならざるがごとく、
人のしぬるのち、さらに生とならず。

しかあるを、生の死になるといはざるは、
仏法のさだまれるならひなり。
このゆゑに不生といふ。

死の生にならざる、法輪のさだまれる仏転なり。
このゆゑに不滅といふ。

          (正法眼蔵「現成公案」より)

532某ピカ:2008/12/18(木) 21:19:18 ID:V3XOf7Ra
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | < 仏教は坊主・学者などの専門家さえ生涯に数回しか
 (〇 〜  〇 |  \  通読できない膨大な経典があるピカ。     
 /       |    骨も節操もない糞宗教と言われてもしょうがないピカ。  
 |     |_/ |                    
533机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/18(木) 21:20:42 ID:uFOioZiw
>>527
>その本質において「一如」であるがゆえの「悉有仏性」なのでは。

悉有仏性でありますら、すなわち即心即仏でありますね。
即心即仏といふのは世俗諦です。
世俗諦でも・・・勝義諦になりますと非心非仏です。

即心即仏と非心非仏は同義です。
(差別相と無差別相の違いだけ)

>「人間(個)が死んで感覚器官・認識器官が機能しなくなったら、そこで全てが終
>了」って、ホントですか、ってこと。

世界といふのは、対象化することにおいて世界といふ名称&形態が成り立つわけで、
対象化できなくば【世界といふ対立は不可ですね】。
534神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 21:23:00 ID:VHw8TAhi
釈迦が死んだのは紀元前の600年頃、小乗の教えを弟子たちが実践、紀元一世紀に妙法蓮華経はじめ多く大乗経典が没後 数世紀を経て、登場。初期の釈尊の教えとは異なり、ゴーダマを久遠実成の永遠の仏に祭り上げ、新たにミダを崇拝、はっきり言って仏教ではない
535神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 21:27:32 ID:YaD3nVdL
仏教はもう終わった宗教ですね。
だからこそニューエイジ、新宗教(HS)が生まれているのですよ。
536机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/18(木) 21:29:24 ID:uFOioZiw
× 悉有仏性でありますら、すなわち即心即仏でありますね。
○ 悉有仏性でありますから、すなわち即心即仏でありますね。

酒気がありますので・・・
寝まふ。
537某ピカ:2008/12/18(木) 21:38:30 ID:V3XOf7Ra
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | < 仏教は言葉遊び
 (〇 〜  〇 |  \       
 /       |      
 |     |_/ |
538神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 22:19:19 ID:qAh30lTz
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | < 聖書は言葉遊び
 (〇 〜  〇 |  \       
 /       |      
 |     |_/ |
539悪寛:2008/12/18(木) 22:44:26 ID:jYl5Ld9T
>>532>>537>>538

チンケ外道が来れる場ではない、散れ。
540某ピカ:2008/12/18(木) 23:01:10 ID:V3XOf7Ra
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | <  仏教は誇大妄想
 (〇 〜  〇 |  \       
 /       |       
 |     |_/ |      
541神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 23:27:03 ID:c2xHrly6
>>540
誇大妄想の典型はイエス。「私は神の子。神の座の右に座る。アブラハムより
前から居た」などという妄想の垂れ流し。完全な統合失調症患者。

御釈迦さんはうつ病だったと思われるが、うつ病は「感情障害」であり、イエス
のような「人格崩壊」には至らない。
542神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 23:32:59 ID:LpXmWSio
>>540
イエスは世界没落体験をした。
分裂病の古典的症例。
543某ピカ:2008/12/18(木) 23:35:20 ID:V3XOf7Ra
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | < 仏教は修行して人間が神より偉くなるとする傲慢宗教
 (〇 〜  〇 |  \       
 /       |       
 |     |_/ |
544某ピカ:2008/12/18(木) 23:41:17 ID:V3XOf7Ra
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | <  乞食修行者になった元王子の教祖が、
 (〇 〜  〇 |  \  世俗を否定するような教えを人々に説いて     
 /       |    厭世観を強めさせ、自分の下に集めて弟子にし、   
 |     |_/ |     真理の(w)王様として再出発したピカ。
545神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 23:42:55 ID:c2xHrly6
>>543
そもそも、仏教は、人間が、「人間を超越した、人間にあらざる空想上
の神」を信じるなどという、人間の身の程を忘れた「倒錯」には陥って
いない。

釈迦は、「神や霊など、人間が考えても無意味なものは考えるな」と
戒めた。そのため、キリスト教とは全く異なり、仏教は2500年間、
殆ど人を殺していない。釈迦の比類の無い偉大さと先見性というべきで
あろう。
546承狂 ◆nR84EH8w52 :2008/12/18(木) 23:44:20 ID:ewLiTq0K
まぁ、偽善者のエゴイストには仏教なんてのは難し過ぎるわな。(笑
547神も仏も名無しさん:2008/12/18(木) 23:52:27 ID:c2xHrly6
>>544
釈迦はれっきとした「王子」だが、イエスは、ナザレ村のしがない大工
の子倅で、まともな教育も人生経験もない、30歳そこそこの気の狂っ
た若者。医師であるシュワイツアーも、イエスを統合失調症であると
診断した(彼の博士論文)。

こんなイエスを、こともあろうに「神」として信じ、崇めたキリスト教
は、巨大な過ちを犯したことになる。

そのことは、キリスト教の「血塗られた歴史と現状」が、如実に証明し
て余りない。
548某ピカ:2008/12/18(木) 23:54:07 ID:V3XOf7Ra
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | < >>545 神というのはインドの神々でいいピカよ。
 (〇 〜  〇 |  \  原始仏典にも神霊などが出てくるじゃん。     
 /       |    『釈迦は、「神や霊など、人間が考えても   
 |     |_/ |     無意味なものは考えるな」と 戒めた。』これの根拠は?
              勝手に信徒が教祖は高い深い存在だと想像するから得ピカね。
549某ピカ:2008/12/19(金) 00:02:45 ID:V3XOf7Ra
私より厳しい苦行をした者は過去にも現在にも未来にもいないであろう
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | < こういうことを教祖は言っていたはずだけど、
 (〇 〜  〇 |  \  誇大妄想なのでは?     
 /       |    過去・現在・未来の苦行者のことを知り尽くして   
 |     |_/ |     くらべることなど出来ないピカ。
             もしかしたら、アホ弟子が「教祖様はこんなに苦労したのだ!
             その教祖様が苦行では悟りに至らず、涅槃に至らないと説いたのだ!」
              と言わんがために誇大な表現をしたのかもしれないピカ。
550神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 00:03:34 ID:c2xHrly6
原始仏典に神霊などが出てくるのは、バラモン教の影響がまだ残って
いたのだろう。そのバラモン教を結局は根底から否定したのが、釈迦で
ある。

キリスト教とは、イエスの統合失調症の集団的一大感染以外の何物でも
ない。クリスレのクリコテたちは、もはや狂乱状態。精神病は感染する
(感応精神病)。
551宝珠愚者:2008/12/19(金) 00:10:16 ID:0eKvzg5n
>>494
>だけど,「ニルヴァーナ意識境」など,どのような境地でも,経験でも,知識でも,認識でも,現実でも,
>永遠不滅ということはあり得ないですね。はっきりいいます。無常です。ええ。仏陀は無常なんですよ。
>では,解脱ってなんだ?無常なら意味無いじゃん!ってことになりますね。結論から言えば,
>そうなんですよ。解脱って意味ないですね。輪廻も,それからの解脱も全く無意味です。
>だから,解脱なんですね。人生は苦でいい。輪廻していい。解脱していなくていい。そういうことになります。
>全て問題ないからです。意味など問わなくてよいからです。

しかし、これは頂けない!
「苦でいい解脱しなくていい・・・」って、そんなこと誰がいってるのですか?
前半の解説はとても旨い説明だと思い同意できましたが。
552某ピカ:2008/12/19(金) 00:11:33 ID:4W2+Hzm/
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | <  教祖は自分の子にラーフラ(障碍・しょうがい)
 (〇 〜  〇 |  \  と名付けたらしいけど、頭がやはりおかしいピカ?     
 /       |    個人個人の人生を大切にする人物だとはとても思えないピカ。   
 |     |_/ |    
553宝珠愚者:2008/12/19(金) 00:12:45 ID:0eKvzg5n
>>497-498
>「永久不滅の境地」に執着するのも、生の機能としての煩悩です。それに、すべてが空で無常なのなら、
>その「永久不滅の境地」も空で無常でなければ、論理は全く一貫しません。
>オウムは、中村氏の影響を受けたと言われるが、それがその引用のあたりなのですか。

 「すべてが空で無常なのなら」でいう「すべて」とは?「諸行無常」での「諸行」とは?「諸法無我」での「諸
法」とは何か?「一切皆空」での「一切」とは何か?これらは解脱すべき世界における「すべて」と「一切」の
ことです。
 ですから、解脱した境地ニルヴァーナとは「永久不滅」であり、その存在である仏陀を「不死」(肉体的に
今生で死なないという意味ではない)というのです。世俗の事象のように「滅びて没することはない」のです。
古代インドの思想は全て唯一なる実在の探求を説くものであり、その方法論が違うだけなのです。「実在」
は「空」とはいわない。
 オウムが中村氏による解説の影響を受けたとか、私の説明がオウムに似ているという意見がここで何
度か出ました。それは原始経典を学び、基本部分においては同一の理解に達してるからに他なりません。

 「これは最上の究極であり、無上の静けさの境地である。一切の相が滅びてなくなり、没することなき解
脱の境地である。」(ウダーナヴァルガ26-29)

>「物事に執着するな」と言ってる。「輪廻転生」や「解脱」や「永久不滅の境地」に拘ることは、
>最大の執着ではないのでしょうか。

 執着したら何でもダメでしょうが・・しかし、修行というのはそれ自体からして、元々が拘りの行為ですよ!
その拘りがなければ、「戒律」を自身が保持することすらできないでしょう。。「輪廻転生からの解脱」と「永
久不滅の境地」の仏教の目指す目的ですから、しっかり見失わないようにすべきです。
554神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 00:22:14 ID:RaO9dvM1
原始仏典が何を言おうとも、現代人としての知性と批判力をもって考えること
が必要。そのためにこそ、釈迦は、「自灯明」を教えたのではありませんか。

開祖や原始仏典の「言葉」だけに執着すれば、神や、イエスや、聖書から一歩も
踏み出せないキリスト教と同様の、カルトになってしまいますよ。それが、原始
仏典から発生したオウムの姿です。

「自灯明」「法灯明」とは、イエスが逆立ちしても言えなかった凄い言葉だと
思う。
555某ピカ:2008/12/19(金) 00:26:21 ID:4W2+Hzm/
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | <  教祖率いる乞食修行者集団がやってきて、
 (〇 〜  〇 |  \  村の働き手の若者を洗脳して吸収して連れ去った    
 /       |    話とかが経典に美徳話として書かれていたような・・・・。   
 |     |_/ | 
556某ピカ:2008/12/19(金) 00:28:17 ID:4W2+Hzm/
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | <  何というかね、形而上学的なもののために
 (〇 〜  〇 |  \  現実生活を放棄してしまう姿がそこにあるピカよ。     
 /       |    最終解脱(w)を目指したオウムと変わらないピカ。  
 |     |_/ | 
557神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 00:54:41 ID:RaO9dvM1
>>556
キリスト教とは違って、その「形而上学的なもの」が人間と自然という基盤
から離れていないのが仏教。大日如来も曼荼羅も、あくまで「現実界・自然界」
の象徴。

オウムがああなったのは、キリスト教の影響。ハルマゲドンは、黙示録の言葉
です。

イエスの思想の基盤は終末論(神の国)。終末論を語る宗教は、すべてカルト
と思って間違いない。
558某ピカ:2008/12/19(金) 01:00:38 ID:4W2+Hzm/
凡夫が百年生きるのよりも、正覚者が一日生きるほうが優れている
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | < こういうのが仏典に載ってた気がするけど、
 (〇 〜  〇 |  \  これはポアの思想に結びつきそうな気が・・・・。     
 /       |      
 |     |_/ | 
559宝珠愚者:2008/12/19(金) 01:03:20 ID:0eKvzg5n
>>554
私は、
あなたのいうことには強く同意します。
私の主張は、「ゴータマの思想に帰れ!」なのです。
しかしこれは、原理主義ということではなく、この時代に合わせていくという意味においてです。
確かに今、もしもゴータマが日本に出現したとしたら、
たぶん、「人生とは苦」なり、という説き方はしなかったのかもしれない。
きっと現代人の苦悩に旨く合わせた話し方をしたでしょうし、
山林に入るような教えも説かなかったでしょう。

ただし、
「自灯明」は好き勝手にしていいぞ、という意味ではない。
これはゴータマが死去される間際の言葉であり、
仏陀が説き残した教え(法ダルマ)を前提にした語っているのです。

それとチラホラ見られますが・・
イエスの誤解は聖書筆者、
教会による宗教会議での改ざんなどによるものです。
560brown:2008/12/19(金) 01:06:54 ID:ktmMznDn
>>551
>人生は苦でいい。輪廻していい。解脱していなくていい。
>全て問題ないからです。意味など問わなくてよいからです

まあ,これは極端一方のことを言ってるんであって,逆に,ニルヴァーナに
留まり,苦を滅し,解脱し,輪廻を超越してもよいですね。
どっちでもいいんです。真に解脱していれば。

でも,輪廻の世界はそうではないでしょう?「彼女を作らないといけない」
「仕事やその報酬は公平にしなければならない」,「怒ってはいけない」・・・
「これはならない」,「あれでなければならない」と色々仕事がある。

これは,どういうことかと言うと,甲さんが乙さんに仕事を頼んだとしましょう。
「乙さん,丙さんにあって『ここに判子押してください』と言ってきてください」
と。

この場合,乙さんには「しなければならないこと」が生じます。伝言ですね。
「伝言しなければならない」ですね。逆に,「今日は疲れたから,もう帰ろう」
って「怠けてはならない」ですね。

しかし,乙さんが丙さんにその伝言をしたとします。
するとどうでしょう?もう,その時点で,「伝言をしなくてよい」です。
かといって,重ねて「伝言してもよい」ですし。変な顔されるかも知れませんが。
また,「疲れたんでもう帰ってもよい」です。もう終わったんで。
561宝珠愚者:2008/12/19(金) 01:17:00 ID:0eKvzg5n
>>560
>でも,輪廻の世界はそうではないでしょう?「彼女を作らないといけない」
>「仕事やその報酬は公平にしなければならない」,「怒ってはいけない」・・・
>「これはならない」,「あれでなければならない」と色々仕事がある。

仏教の道の歩みは確かに修行でしょうが・・
ごく一般の人々で特に仏道にはなくても、
この日常生活での人生経験そのものが、それも私は人々の修行のようなものだとみています。
人と人との関わりについての体験と学び、これが転生に拠る成長の過程であると理解します。
輪廻はまるで地獄のように映りがちになりますが、
しかし、輪廻による転生の繰り返しこそが人の成長を促す法則なのだと見ています。
5まで達成できたら、次の世では6からの開始です。
562brown:2008/12/19(金) 01:18:59 ID:ktmMznDn
輪廻や修行解脱も同じです。
苦や我,問題や意味,熟考といったことも同じです。無常の感覚も同じです。

要するに,解脱境において,真に,拘るものはなにもないということです。
拘らない必要もない。拘ってもよいし,こだわらなくても良い。
我にとらわれても,無我でもよい。常でも,無常でもよい。苦でもよいし,
楽でも,不苦不楽でもよい。死んでも生きてもよい。
全てのこれら相矛盾する要素は,実にどれもよい。矛盾,恐るるに足らず。

もう丙さんへの伝言は終わったので,再びする必要はないし,重ねてしても
よい。怠けて帰っても良いし,居座って仕事してる振りをしてもよい。
それと同じで,解脱(輪廻の否定)でも,輪廻(の肯定)でも良い。

しかし,未だ丙さんへの伝言をしていないならば,その仕事が残っている
ように,輪廻を否定(苦観)し,解脱を肯定(修行)しなければならない。

分かりやすく言えば,こういうことですね。
563brown:2008/12/19(金) 01:33:36 ID:ktmMznDn
>>561
そうですね。
一歩,一歩の積み重ねですね。心は輪廻をとおして徐々に向上していく
ものですね。

ただ,そうとばかりとは限らないんですよ。
私も多くの輪廻を見てきましたが,中にはどんどん下降していく者もあるし,
中にはどんどん成長していく者もある。

成長していく心というのは,結局のところ,「愛を捨てる」者ですね。
自己の拘りを捨てる。「しなければならない」を捨てる。「欲しい」を捨てる。
「なりたい」を捨てる。「過去の経験の満足」を捨てる。これです。
どっかに引っかかっちゃうんですよ。それで身を滅ぼす。というか,本人に
その自覚がない。それで心を下降させていく。輪廻から,輪廻へ。

今の輪廻より,次の輪廻へ,徐々にでも,「愛」を一つ一つ捨てていくことで,
心は成長していきます。ある程度,ぐんと成長して,振り返り,自らの心を
観察して,やっとその成長が分かる。「愛する物によって苦しみは起こる」
「それを捨てたので,心が成長した」と分かる。

でも,輪廻の心にはなかなか,そういうことが見えないみたいですね。
564宝珠愚者:2008/12/19(金) 01:36:48 ID:0eKvzg5n
>>562
いいたいことは、もちろん分りますが・・

輪廻についてや解脱について考える必要もない、心配は無用だ・・
というのであれば、
それならゴータマは、最初から輪廻からの解脱についてなど説かなければ良かった筈ですが?
輪廻についに考える必要はないとか、解脱については考えなくて良い、
などとは書かれてありません。
禅の指導本ならそうかもしれませんが・・。
565brown:2008/12/19(金) 01:42:55 ID:ktmMznDn
>>564
>輪廻についてや解脱について考える必要もない、心配は無用だ・・
そうではないですね。
まだ,伝言が終わってないでしょう?伝言をまず終わらせるべきですね。
そうしたら,心配は無用ですね。終わったので。
566前スレ5:2008/12/19(金) 02:51:41 ID:Owfh9vs/
>>523 さてと、まずレスが遅れて申し訳ありませんでした。

>>518 >「一如」を持ち出したことなどありませんが?
「無我、空、一如」、これらは視点の方向が違うだけで同じことを言ってると
理解しておりましたが違いましたか?

>>522 のリンクを読み、あなたの見解のおおよそは、理解できました。
つまりAさんの死が因となり、Bさんの生という果が生じる。
すなわち、現象の連鎖を言いたかった。こういうことでよろしいですかね?
確かに輪廻を時系列における「現象の連鎖」という捉え方をするのであれば、
「主体」を否定できる可能性はでてきますね。ただし、「行為主体」を非実在
と見做し「行為」そのものに「実在性」を付与する。この認識が、果たして
妥当であるかどうかは、疑問が残りますが
また別の哲学上のテーマとなると思いますので、ここでの
議論は差し控えることにします。
567前スレ5:2008/12/19(金) 02:53:59 ID:Owfh9vs/
さて、あなたの仰る「現象の連鎖」 (と、呼ばさせてもらいますが)
これは大変、興味深い論ですね。以前、同じ説の人と議論したことが
ありましたが、その時は核心部分まで論じることができませんでした。
(今、思えばおそらく、その人もテラワダ関係の人であったかと推察
されますが)
本題にはいりますと、 因→果 へと繋がるシステムがよくわかりません。  
「死」に際して「業のエネルギー」というものが発生し、次の「生」を
生み出す。 この「業のエネルギー」とは?
「生きたいという想い」が、次の生に繋がる。 これは「思考、想念」が
物理現象に干渉するいう意味ですか?

>ウィリアム・クルックス卿(William Crooke)
> は、エディンバラ(Edinburgh)の精神科学の講義で、「意業に基づいて
> 心は物質を作り出す。このことがすでに実験で証明されている」と言
> いました。心のエネルギーが別の次元に「生」をもたらします。

これの意味は? 「思考、想念」の具現化、物質化を意味しているのですか?

このシステム部分は、まさしく、あなたの輪廻業報思想の根幹をなす部分
であると思いますので、できるだけ詳しく解説お願い申し上げます。
568神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 04:02:26 ID:wOaB/t3Z
ウィリアム・クルックス (William Crookes)

イギリスの化学者、物理学者、心霊主義者。タリウムの発見や、真空放電管、放射線測定器などを発明し、1913年には王立協会の会長に就任した。SPRにも初期から参加し、1896年には会長に就任。
その科学者としての輝かしい実績と、スピリチュアリズムへの熱烈な支持と研究のため、心霊主義者からは権威付けとして名前をよく挙げられる。
しかし科学装置に頼りすぎたため、アメリカの霊媒アンナ・エヴァ・フェイの単純なトリックを見破れずに騙されたこともあり、科学者として有名だからといって、トリックを見破る能力が高いわけではない実例ともなっている。

ここまで引用。出典は有名サイト、「超常現象の謎解き」ね。

ひと言。安斎育郎の本でも読みなはれ。苫米地の洗脳系の本もおもろいわね。
あとは、脳科学の本も有効じゃな。


  
 
569神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 05:05:34 ID:pO+2jGsu

   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | < イエスも仏陀もお騒がせ、
 (〇 〜  〇 |  \     大昔のことで問題たくさんあるなw 
 /       |     時間の無駄、暇人の自説の陶酔・お遊び
 |     |_/ |
570神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 05:10:40 ID:pO+2jGsu
 
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | <  ラジオもTVも映画も車も冷蔵庫も・・・
 (〇 〜  〇 |  \   何もなかったから,噂が噂を呼んで
 /       |     好奇心が大きくなり人々に広まったんじゃないかい
 |     |_/ |
571机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/19(金) 09:05:01 ID:RNxw/1TN
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | < 仏教は言葉遊び
 (〇 〜  〇 |  \       
 /       |      
 |     |_/ |
赤ちゃんが離乳期ころになると、母が子に語り掛けますね。
「美味しいでつか?そうとは限らんでつか?」。などと。
こういうのを「言葉遊び」と言います。

実際、離乳食の食感をもって、それを言語表現するのは些か微妙です。
「美味しい」、または「不味い」と断定していいのか?

サイコロの目は六つあっても、丁半博打の要領でもって母に応えねばなりません。
こういうのを「言葉遊び」と言います。

お子様が小学校入学期ころになりますと、
やはり丁半博打の要領で、○×テストが強制されます。

いつか人間は、この丁半判定に慣らされて逝きますね。
これがあたかも論理的整合性の基準であるとか・・・
こういうのを「言葉遊び」と言います。

・・・・・
そしていつかは、無可無不可を言葉遊びと、
かように錯覚に陥る。
572神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 11:38:08 ID:8kZKn8DC
>時間の無駄、暇人の自説の陶酔・お遊び
まあ、ピカチュウ貼り付けてるあんたも、そうとう存在自体無駄だよなw
誰からも必要とされていない
自分の居場所はない
存在意義はない
それでいいんだよなw

しかし、無駄なやつが、時間の無駄と言う・・・何という皮肉w
俺は人生に無駄は必要だと思うがなw
573某ピカ:2008/12/19(金) 12:13:55 ID:4W2+Hzm/
   /)  /)
  /  ⌒  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  | ●_ ●  | <  名無しのはこの某ピカではなく別人ピカよ。
 (〇 〜  〇 |  \   
 /       |     
 |     |_/ |
574机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/19(金) 12:23:07 ID:RNxw/1TN
>>572
>そうとう存在自体無駄だよなw

これはニヒリズムというもんですね。
仏教は「無意味」かもしれんけど「無駄」とは全く違う。
その対極にある。

拙者の>>571レスポンは、
その既成概念の問題点を図らずも提示したものです。
        
              (かしこ)
575前スレ5:2008/12/19(金) 12:29:47 ID:Owfh9vs/
一つ、疑問なのですが、「刹那滅」について

この認識は、例えば簡略化して述べると、一瞬前の自分Aと現時点での自分
Bとの間の「同一性」を否定する。Aは瞬時に生滅しBではない。AとBの
関係は、あくまでも因果の関係性のみであり、Aの滅を因とし、Bの生という
果を生じる。 つまり因果の連鎖と捉えます。(仏教的時間論は、ややこしい
ので一般的な時間論に戻してのべています)

さて、Bの生という果の視点から観て、その因をAの滅に求める。
これはよしとしても、Aの滅という果は、必然的に次のBの生の
因と「ならなければならない」ものなのでしょうか? つまり
これは「無限連鎖」であり、連鎖が断ち切られることはない?
このような認識なのでしょうか?
「刹那滅」に詳しい方、解説よろしくお願いします。 
576机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/19(金) 12:46:59 ID:xG5SzXNS
>>575
アビダルマ哲学における三世実有論において、
仏教の無我をどう論理的整合性に絡めるか?
といふことで、
論理体系化したものと思われ。

でも、やはり論理的にも無理がありますから、
後にこの体系は唯識論へと発展していく。

古典的な見方として参考になる。
という範疇だけではないか?
といふのが拙者の感想です。

他に意見がありましたら、是非聞かせてくださいまし。
577神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 13:24:59 ID:g9x3HD/N
>>576 後にこの体系は唯識論へと発展していく。

机どの、すまぬが、昨日私が書いた>>527「独我論」と唯識は大の仲良しだが、

>>533 世界といふのは、対象化することにおいて世界といふ名称&形態が成り立つわけで、対象化できなくば【世界といふ対立は不可ですね】。

これを翻案すれば、「死んでしまえばはいそれまでよ」という、やはり唯識と大の仲良しの「独我論」以外のなにものでもないわけだが、よもや「独我論の明らかな間違い」にお気づきでないわけではあるまい?
ブッダが「死んでしまえばはいそれまでよ」と説いて回って、それを聞いた人々が、「それは素晴らしい教えだ、おかげで涅槃にいたることができてよかった」などと思ったと、よもやそのようにお考えではないでしょうな?
そのような説で、はたして机どの自身「涅槃寂静」にいたられたのだろうか?
私は「往生際が悪い」ので、到底そのような説で涅槃寂静にはなれそうもないw
578机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/19(金) 13:49:44 ID:RNxw/1TN
>>577
>これを翻案すれば、「死んでしまえばはいそれまでよ」という、

「死んでしまえば」といふよりも、
それ以前の、生きておっても・・・いわゆる死んでますね。
これを「大いなる死」とか、「大死一番」とか言ったりする。
いわゆる生死を超克した瞬間があるのです。

ですから、生きるといふ経過の結果として死がある訳ではない。
時間軸でいう「生きる」というのは、
縁起が生起している。ってことですから、
生物学的(生理学的)「生きる」とは意味が違う。

第一義空(縁起)ですから、
生物学的見解は二義になりますね。

>「独我論の明らかな間違い」にお気づきでないわけではあるまい?

貴殿にとって、生前に世界はありましたか?
ありゃ〜せんでしょ?
死後も同様でして、ありゃ〜せんのです。

貴殿において世界がありますし、また貴殿において世界は消滅する。
全く論にかなってまふ。
579神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 13:58:04 ID:Vuw26EEd
カントは『純粋理性批判』の「誤謬推理論」で、霊魂が肉体から分離して死後も実在するという、
ライプニッツ/ヴォルフ学派の合理的心理学における実体的人格性を、独断的で超越的な概念だとして斥けた。
その代わりに、人格性の超越論的概念を、「統覚による一貫した結合が存する主観の統一」と新しく定義して、
現実存在は証明されないが実践的使用のためには必要にして十分だとした。
『実践理性批判』では、叡智界と感性界の両世界に二またをかける人格と、
「自然の全メカニズムから独立した自由な自己立法者」であって叡知的な理念にとどまる人格性とを峻別した。
また、「理性的存在者の無限に持続する実在と人格性」を「霊魂の不死性」と呼んで、道徳的完成への永遠の努力のために不可欠だとして「要請」した。
580神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 14:47:50 ID:8kZKn8DC
刹那滅について有名な逸話がある。

ある罪人が捕まった。
すると、罪人は「罪を犯した自分は過去の自分であり、現在の自分ではない。
過去の自分は既に過ぎ去り、現在の自分とは別物である。
従って自分は無実である」と。
581神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 14:55:37 ID:aKW4jGH0
はじめまして、宝珠愚者さん。
ま、ここの唯物論者達にいくらいったところで、彼らは理解する以前に
理解しようとしないので、無駄な努力に終わるでしょうが、求道者が、彼らの邪険に
惑わされ、道を誤らないよう、がんばってください。
輪廻については、原始仏典を読む限り、ゴータマさんは、普通に説いてます。
ただ、ここにいるようながちがちの唯物論者にそのことを語っても仕方が無いので、
彼らのような人に対しては、無記を通しただけでしょう。他は普通に語っていますね。
それを語っていないことにするのは、この人達のエゴです。どうしてもそれを認めたくなかったら、
彼らは仏教を捨てればいいことなのですが、なぜか彼らは仏教という看板に執着して、
自分こそが正しい仏教の理解者だと、勘違いしています。普通に原始経典を読めば
釈迦は普通に輪廻を語っていますし、六師外道の話を見てもわかるように、輪廻を否定する
思想や、唯物論者ははっきりと自分の教えとは違う、外道だと言っていますのに、彼らは
そのことについてはまったくの無視です。ちなみに、涅槃経では、ゴータマさんは、
悟りを開いた者は、自分の寿命でさえ自由に決められると言い切っていますから、仏教を
信じるものなら、にわかに信じがたい話なのですが、宝珠愚者さんがあったという、
何万年も生きているという悟りを開いたという聖者の話も、はなから笑い飛ばすこともできないのです。
また、原始仏典には、悟りを開いた聖者は、体を自在に大きくしたり、小さくしたり、その他
超能力的な神通力も得るとも書いてありますので、仏教を信じるものなら、あながち
宝珠愚者さんお会った超能力的能力を持った聖者の話も、はなから笑い飛ばすこともできないのです。
実は僕もその話はとても信じられないのですが、そういう存在がいないと、創造の秘密について
どうしても矛盾点にぶつかってしまい,、私の中でどうしても受け入れがたい問題として残っています。
582神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 14:57:27 ID:aKW4jGH0
ですので、あなたが会ったその何万年も生きているというその生命体は、どういういきさつで
あなたと会ったのでしょう?またその方と会うにはどうすればいいのでしょうか?あなたはそのような存在に
今生でなれないのですか?あなたはどのような場所で、修行をしているのか?どこかの宗教団体に
属しているのか?瞑想などを実践しているのならぜひその具体的な手法を教えていただきたい。
ま、ここで回答すると、余計なちゃちゃが入りそうなので、できればメールで回答していただけたらありがたく思います。
ほかにもいろいろあなたにお尋ねしたいことがありますので、よろしくお願いします。
583神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 15:18:43 ID:jQ4wopXL
これまたイヤラシイ奴が出てきたなw
慇懃無礼と言うか何と言うか・・・w
584神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 15:31:25 ID:NEuoskt+
「刹那滅」とは、「生物の身体を構成する細胞は、常に死滅と新生を繰り返して
いる」と意味で、科学的には、極めて正しい。
585神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 15:46:02 ID:NEuoskt+
「物が実在する」とは、「人間の生命の機能としての五感で知覚できる
こと」という命題に反論できる哲学者はいないだろう。

従って、人間が死ねば、その者にとってはこの世界は消滅するが、生き
残った者に対しては存在を続ける。

死後の世界の実在など考えるほうが、忌むべき「唯物論」である。

「ニルヴァーナの境地」も、あくまで「生物的生命の機能」による認識。
死ねば、その境地の認識は不可能。「死後の境地」などと言うのは、言語
矛盾。
586神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 16:04:46 ID:kYewjO0b
われ思う、ゆえに世界ありw

587神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 16:14:02 ID:NEuoskt+
>>586
「われ思う」ではなく、「われ知覚する」である。「物の実在」の
判断基準としての「知覚」には、思考の介入を要しない。

どんなに偉い宗教者でも、飯を食うとき、「この飯は果たして実在するか」
などと思考して食うものはいない。空腹という生理的現象があれば、夢
中で食べる。

その意味で、デカルトの「われ思う、故にわれあり」は誤り。「われあり、
故にわれ思う」とすべきであった。いくら「われあり」と思っても、他者
が自分を身体を知覚してくれなければ、われはない。人間が、徹頭徹尾、
「共同体内存在」という基本的事実を、忘却している。
588前スレ5:2008/12/19(金) 16:59:18 ID:Owfh9vs/
レスくださった方々にお礼を申し上げます。
また、深夜にでも参加させていただきます。

それでは。
589神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 17:32:17 ID:kYewjO0b
>>587
 判った、判った、嫌いやてゆーてへんて。
But,アジタ・ケーサカンパラ的唯物論は、もーエエちゅうーねんw
590神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 17:37:34 ID:K6rbLnH3

初めて幽霊を見たとき、心に思うことで会話はできると感じて心で話かけたんだ。
「お前は見えるのか」という答えを期待したが「うるさい!」と言われてしまった。
まあ、本人の葬式だから話している心の余裕はなかったのでしょう。

591机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/19(金) 17:48:10 ID:xG5SzXNS
>>577
>そのような説で、はたして机どの自身「涅槃寂静」にいたられたのだろうか?
>私は「往生際が悪い」ので、到底そのような説で涅槃寂静にはなれそうもないw

【往生際について】
浅野内匠頭:辞世句
「風さそう花よりもなお我はまた春の名残をいかにとやせん」。
これは↑浅野の辞世句とされてますが、実際のところは句は残さなかったらしい。

大石内蔵助:辞世句
「あら楽し 思いは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし」。
これは↑大石の句ですが、やはり清々しさを感じますね。

死を覚悟する。というのは、
一種の悟りなんでしょうから、こういふ切羽詰ったとこで
目が開く場合が多いらしいですね。

ただ、生への執着がありますと、
現世の執着を超えまして来世まで繋げ・・・
それでも欲は断ち切れんで数万年とか生きたいとか、
空を飛んでみたいとか、
こういふ方向に行きやすいですね。

まあ、人間といふのは、生きながらにして死んでしまえば、
もう既に死ぬことはありゅらんのですから
これで不死鳥のごとく蘇りまして、涅槃に入ることが出来るのですよ。
592神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 17:48:13 ID:Zz0LMo6k
>>587
死んだ婆さんがよく言ってたな。

「ほな、みんなが死んだら、お前も死ぬんか?」
593机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/19(金) 18:14:07 ID:xG5SzXNS
>>357
>肉体的な五感は死ねば滅ぶものです。
>世界をその範囲に限定して語っているうちは真実に至るすべがないと思われます。

そうでしたか。
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1228627644/l50
往生際について、このレス番591に書いてあります。
参考にしてください。
594机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/19(金) 18:16:27 ID:xG5SzXNS
>>593は誤爆です。
595神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 18:36:51 ID:wOaB/t3Z
>>591 

机氏のカキコにはいつも勉強させて頂いておりまする。   
必ずしも仏教者や宗教者でなくても、「道の人」になれましょうね。

悟りといふ事は如何なる場合も平気で死ぬる事かと思つて
居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で
生きて居る事であつた。 正岡子規

像花にあらざる時は夷狄にひとし。
心、花にあらざる時は鳥獣に類す。夷狄を出で、鳥獣を離れて、
造化にしたがひ、造化にかへれとなり。  松尾芭蕉

  
596神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 18:46:02 ID:g9x3HD/N
>>578 貴殿にとって、生前に世界はありましたか?
ありゃ〜せんでしょ?
死後も同様でして、ありゃ〜せんのです。
貴殿において世界がありますし、また貴殿において世界は消滅する。
全く論にかなってまふ。

机殿、できればもう少々お付き合い願えればありがたい。
その、「貴殿」に該当する「私」とやらが、「仮設されたもので実体はない=無我」というのは通仏教的な前提としてよろしいですかな。
とすると、貴殿なる「私」とやらがそもそも「実体がない=無我」のに、世界が消滅するも存在するも、それには「判断のしようがない」としか言いようがない。
死後も生前も、あったかなかったか。あったともいえない、なかったともいえない。
困ったことに私には、「ありゃ〜せん」などとすっぱり断言はできんのですなあ。
ところで、インドのヴィヴェーカーナンダという聖者が、輪廻否定論者にこんなことをいって反論したらしい。
「あなたには赤ん坊の時代が存在しなかった。なぜならあなたは自分の赤ん坊の頃のことを覚えていないから(しかしたとえ覚えてなくとも赤ん坊の時代はあったのではないか)」と。
同じように、「もともと私という我が実体のないものだから、世界は存在しなかった、なぜなら仮設された私という我にはそもそも実体がないから」。
だが、「たとえ私という我が実体のないもの=無我であっても、世界は存在していた」、そういう気がしてならんのですわ。
597神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 20:00:41 ID:kYewjO0b
>たとえ私という我が実体のないもの=無我であっても、世界は存在していた

そんなもん、誰も判るかあ!
もうええかげんフィクション=物語を真実の如く説くのは止めよや。
存在の神秘の前には、どんな神秘もありえない。
だから考えることは安くて美味しいっていえるんだけどね。
存在=認識=時間=空間
598神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 20:35:00 ID:kYewjO0b
>「もともと私という我が実体のないものだから、世界は存在しなかった、
>なぜなら仮設された私という我にはそもそも実体がないから」。

インドのヴィヴェーカーナンダという聖者とかは、アッフォちゃうか?
問いに同問いで答えたって、答えにナットランw 
やっぱりパーのお人にはかないまへんなあw
599机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/19(金) 20:38:18 ID:RNxw/1TN
>「たとえ私という我が実体のないもの=無我であっても、世界は存在していた」

世界が存在していた。というのは、
「存在する客体」と、それを認識できる主体があって、
「存在」といふ【対象化】が出来るわけですね。
(これがキーワード)

宇宙が存在するか?というと、
それを対象化できなければ存在とは言えない。
(仏教では、これを無とした)
存在といふ語義は、もともとそういう意でありますね。

こういふことは、釈尊は既に悟っておられ、
無記としたのは、そいう不二(主客)であることが前程となってます。
(これを大前提にしなければ、全ての論考は戯言になる)

仏教は不二の法門でありまして、
先ずもって
>無我であっても、世界は存在していた」
といふような主客分別はありえんのです。
ただ、
世俗諦においては通用しますけど、
第一義空でありますと、これは通用せんですね。
色即是空でありまふ。
600神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 20:39:09 ID:kYewjO0b
この点ブッダのソフト及びハードのパクリ相手のサンジャヤはもっとウマかった

インドの聖者とやらのレベル落ちは激しいな。

狐狸庵閑話
601神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 21:06:22 ID:kYewjO0b
>「存在する客体」と、それを認識できる主体があって

だったら、輪廻なんて「認識」した奴は誰もいないんだから(想像は勝手にやっとけ)、
輪廻は「存在」しないということで机流FA。

602神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 21:13:30 ID:3rgmUkJT
>596
断滅論は外道ですよ。あなたまさか六師外道の話はご存知ないので?
ここで死ねば終わりの断滅論を得意気に語っている御仁は、
仏教的立場でものを言っているのか、それとも
仏教思想とは別に、今の常識と考えられている唯物論を語っているだけなのか、
立場を明確にして発言してもらいたい。
603神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 23:01:02 ID:kYewjO0b
>>602
ちゃうんやなあ。
机の>ありゃ〜せんのです・・・は、相対的二項対立の有無ではありゃ〜せんのでふw
無常=無我=縁起=空=中道の意でありゃ〜すどっせ。
存在=認識=時間=空間 (>>597)

このあたりのレトリックはホント美味しいねw
語彙を組み上げては解体し、ぶつからせてスパークさせ、組み換え、また解体して組み上げる
・・そのうちに真相を自ずから浮かび上がらせるなんて道元流ですなあ。
言語アートと申しましょうか、シュールなことこの上ない。
(このあたり遊びすぎ文言だって文句を言うなよw)

                    では寝ます
604神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 23:25:46 ID:R44j78Oe
>>602
釈迦は、すべて、「人間」の認識と心理について語っている。キリスト教の
ような「人間にあらざる神」という「化け物」についてではない。

人間の認識を超えた物や世界が実在すると考えることこそ、まさに「唯物論」
ではないのかね。
605神も仏も名無しさん:2008/12/19(金) 23:34:39 ID:Ok4mmfKR
>>489
集異門足論・法蘊足論・発智論・大毘婆沙論・倶舎論・順正理論という一連の説一切有部の
論書で触れられているのは、胎児の生長を五段階に分けた、いわゆる「胎内五位」ですね。
羯剌藍(かららん)、[安頁]部曇(あんぶどん)、閉尸(へいし)、鍵南(けんなん)、鉢羅奢[イ去]
(はらしゃきゃ)、パーリ語ではカララ、アッブダ、ペーシー、ガナ、パサーカ、です。

経典では雑阿含経(1300)、相応部経典10.1に出てきます。
岩波文庫の『ブッダ 悪魔との対話』では225ページになります。
訳者の中村博士は「当時のインド医学の観念を採り入れたものである」と注記されています。

釈尊が在世のとき、王舎城にジーヴァカ・コーマーラバッチャという名医がいましたが、
西北インドのタキシラ(現在、パキスタンの首都イスラマバードの近く)に留学しています。
仏教の信者で、釈尊や仏弟子たちも治療したということです。小児科医だったそうですから、
釈尊たちも彼から、妊娠に関する最新の医学知識を聞いていたことでしょう。

前480年にはギリシャ都市国家の連合軍がペルシャ帝国軍を破っており、紀元前327年の
アレクサンドロス大王のインド遠征前から、すでにギリシャ人がペルシャ領の各地に点在していた
そうですから、ギリシャなど西方の科学知識も西北インドに伝わっていたのでしょう。

なお、仏教で説く地水火風の四大説は、ギリシャの宗教的思想家で医師・科学者でもあった
エンペドクレス(前492〜432年頃)が説いています。また貪と瞋による世界の循環説や
輪廻転生説も述べたことが伝わっています。
「永遠の生命を約束された聖霊に数えられる身ながら…
あらゆる生類の姿に生まれ変わって、苦しみ多い生の道を転々とする」
606宝珠愚者:2008/12/20(土) 00:41:18 ID:5LoFzwjn
>>581-582
とても心暖まるメッセージに深く感謝します!

>宝珠愚者さんがあったという、 何万年も生きているという悟りを開いたという聖者の話も、
>あなたはそのような存在に今生でなれないのですか?
>あなたはどのような場所で、修行をしているのか?
 
 なれません!!w 私はそんな凄い修行者でも聖者でも何でもありませんよ。本当にごく普通の人
間です。ただし、霊性の道についてはかなり詳しい方だろうとは思うので、若い頃にはオウムと瓜二
つのヨーガカルト団体(教主)から大幹部の席を用意するなどと招待されたことが1度だけあります。
「二人で教団を運営しよう!」って(笑) 私はそこでのチャクラ一つの開発に10万円だの、1度のシャ
クティーパットで10万円、7チャクラ全部での活性化で100万円といった料金表を見て、その教主に「ア
ホ、うんこタレ!」と、いってやったのです。そんな「金持ちほど有利となる霊性の道はこの世に一つ
も存在しない」と。そしたら、「ま〜そんなに怒らずに機嫌を直して下さいよ。あんなのはただの方便な
んですよ。ちゃんと真面目に指導はしていき・・とにかく私に協力して下さい!」と。そんな金獲り詐欺
商法などは勝手に一人でやれ!!って。宗教詐欺は地獄行きですわ。
 とま〜ジョーク飛ばしもこの辺にしておいて、本当に私は指導とかそういうことはできません。そうい
うレベルでもない。ただ知ってる範囲内では道先案内人の役はきるように思ってはいます。その人が
教えを受け入れるならばですが・・。
 私が述べた3万年不老の青年とは、書籍にも出てくるヒマラヤの神仙ヨギ・ババジのことです。普通
は3千年といわれているのですが、私の得ている情報に記憶、違いがなければ真実は3万年だと思
いました。また、私が直に出会った存在というのは全く別であり、そして経典/聖典にもこの方の存在
が述べられている偉大なる方です。秘密の誓いはないのですが、名前は伏せておきます。
607宝珠愚者:2008/12/20(土) 00:43:23 ID:5LoFzwjn
 私は本当に何も秘密にしなければならないことはなく、秘密を誓わされていることも何もありません。
 この私は一切、どこからも制約や束縛も受けることなく、自由、気ままに求道してきた一人なのです。
ですから、別にここに何でも書こうと思えばそれも私には十分に可能なのですが、しかし、それはあな
たの仰る通り、間違いなく反発と罵声の嵐となって、このスレが荒れることは必須であり、それはあま
り好ましいことではないでしょう・・。
 しかしながら、かといってこの私もただ黙っているわけではない。やはり、どうしても云いたいことがあ
って、私はこのスレ(初代スレ)を思い切って建てたのです。いつか存分に2CHでこの想いの丈をぶち
まけて投稿してみたいな、と。この想いは深く、なんともう6年を経過し今回の実行に移したのです(笑)
 ですからご覧の通りに、批判を受けながらも、ある程度は存分にぶちまけているのです

 ここで、私の摂る立場を明確にしておきましょう!確かに、この私はもう「仏教徒」などといったカテゴ
リーの者ではありません。私は敢えてこういういい方をしています。つまり、ゴータマの教えに信を置く非
仏教徒である私から、仏教(界)に対する提言/苦言をここに呈したい想いなのです。


>>45
>ブッダ以前に縁起(内容)→中道を説いたのは誰か?答えてもらおう。

 はい、これも一つの中道でしょう。

 「無知な人は、知識の道(サーンキャ)と行動の道(ヨーガ)は異なると語るが、賢者はそうは語らない。
一方にでも正しく立脚した人は、その両方の成果を得る。知識の道を歩む人によって到達される状態
は、行動の道を歩む人によっても到達される。サーンキャとヨーガを一つと見る人は、真に見る人であ
る。」(バガヴァッド・ギーター5章4-5)
608宝珠愚者:2008/12/20(土) 00:43:56 ID:5LoFzwjn
 私の支持する見解とは、ゴータマはバラモン伝統の中の間違いを正し、ウパニシャッドの説く真理を
実際に体現してみせた存在だったのであり、一般大衆の前に現実に出現した大覚者であったと。
 また私は個人的に、仏教だけが唯一の真理で「他の宗教思想は全て邪説/邪教だ」という姿勢には
ありません。伝統宗教の各々が、「真理の一部分をそれぞれ説いて提示した」という見なし方をしてい
ます。つまり、「真理(神)は一つ。賢者たちはそれを様々な名で呼ぶ」(リグ・ヴェーダ)と。

 「私は、ブッダの涅槃の境地も、バラモンの哲人たちの梵我一如の境地も全く同じものなのだ、と確
信しております。インドに於いては、仏教も外道もない、真理は一つ、真実に実在する(と彼らが確信し
ている)世界は一つなのです。
 この点ではヴェーダーンタとかサーンキャとか、インド哲学の主要な体系も、すべて同じことなのです。
彼らは皆その同一の有を、ただしそれぞれの視位から、それぞれの制約に於いて見ているのです。
ブッダも同じなのです。」津田真一氏(国際仏教学大学院大学教授/東方学院講師)

 「真実は一つであって、第二のものは存在しない。その(真理)を知った人は、争うことがない。」
(スッタニパータ884)
 「ただ一部分のみを見る人々がこれを論じて互いに争うのである。」盲人が象に触れては、「象とは
こんなものだ、あんなものではない。象とはこんなものではない。あのようなものだ。」(ウダーナV1.4)
と謂い合っていると。
609宝珠愚者:2008/12/20(土) 00:52:47 ID:5LoFzwjn
 「まず第一に仏教そのものは特定の教義というものがない。ゴータマ自身は自分のさとりの内容を
定式化して説くことを欲せず、機縁に応じ、相手に応じて異なった説きかたをした。だからかれのさと
りの内容を推しはかる人々が、いろいろ異なって伝えるに至ったのである。
 第二に、特定の教義が無いということは、決して無思想ということではない。このようにさとりの内容
が種々異なって伝えられているにもかかわらず、帰するところは同一である。既成の信条や教理にと
らわれることなく、現実の人間をあるがままに見て、安心立命の境地を得ようとするのである。それは
実践的存在としての人間の理法(dharma)を体得しようとする。」(中村元『ゴータマ・ブッダ』)

 「だからゴータマ・ブッダは、西洋におけるような意味で何らかの《哲学体系》を述べているのではない。
そうではなくてただ《道》を説いているのである。」(中村元『原始仏教の思想 上』)

 ということなのです、つまり、ゴータマは直接の実際的な実践を指導する方だったので、経典には「道」が
記されてある程度です。従って、残念ながら具体的な詳細はないのです。ですから、私個人はそれに
ついてを他の教えから補完しているのです。ま〜私は閲覧者の中のたった一人が、私からの投稿で
理解へと役立ってくれればそれだけでいいのです。
610宝珠愚者:2008/12/20(土) 00:56:34 ID:5LoFzwjn
 ということで、再び本題のゴータマ(仏教)に戻りますが、

 もう少しハッキリというと、どうも原始経典に拠らない大乗経(大乗思想)を基盤に語ろうとしていると
ころに全ての間違いが発生しているように私は思います。
 大乗は根本二大分裂した以降、上座部から袂を別ったアーガマ(伝承)を所持しない弟子のグルー
プであり、彼らは自分たちの都合に合わせた内容を盛り込んだ勝手な経典を制作していった。その彼
らのテーマとは、山林の篭った小乗(上座部)グループに対するアンチテーゼなのです。つまり在家対
象をメインとした信徒の拡大であり、出家仏教に対する批判を忘れず強調し、仏陀の説く境地の困難
さに対する諦めから、より簡単容易な修行形態の構築を意図していました。要するに、アーガマもなし
出家修行もなしでは到底、仏陀の説く境地の達成は諦めざる得ない状況と判断したのです。
 何れにせよ、大乗の内容ではあまりにも原始経典とは異なる故、大乗の徒がゴータマの思想を理解
するのは容易ではないのだと思います。

 「輪廻を説いたらバラモン教」(説かないのが仏教)という主張の方には、私からこのシャンカラの言
葉を提示しておきます。

 『弟子は、「その無明とは何でしょうか。その対象とは何でしょうか。また明智によって自分の本性に
立ち帰るわけですが、その明智とは何なのでしょうか」と尋ねた。
  師は答えた。「君は最高我であって、輪廻しない。それにもかかわらず《私は輪廻しています》と言っ
て、正反対に理解している。また行為の主体ではないものにもかかわらず《(私は)経験の主体である》、
(永遠に)存在するにもかかわらず、《(私は永遠には)存在しない》(と、正反対に考えている)。-----
これが無明なのです。」』(ウパデーシャ・サーハスリー:U散文篇.第2章.49-50)
611宝珠愚者:2008/12/20(土) 00:57:26 ID:5LoFzwjn
 「我」(アートマン)という場合には、「高我/高級我/最高我」と「低我/低級我」の二つの自己について
理解する必要があります。果たして輪廻するアートマンはどれで、輪廻しないアートマンとはどれでしょ
う?尚、ゴータマが述べた言葉は「それら(五蘊)はアートマンではない」と、ただそれだけでした。これ
を「非我(我にあらず)」という。
 「アートマンは存在しない」などとは述べたことはないので、「無我」と訳することは在らぬ誤解を生む
ものです。ただし仏教の摂る姿勢はアートマン展開論ではないので、

>>451
>『勝義第一義空経』=『勝義空性経』は、主体がない空・無常・無我であることを説いたのであって
>輪廻を否定しているわけではありません。何度も言うように現在、無我なのに個体として縁起している
>ように、無我でも縁起して輪廻するんです。

 などの説明は、最も正しいものといえるかもしれません。
 この紹介する経もそうです(似たものは凄い沢山ある)。アートマンはないとは述べてない。「それらは
アートマンではない」という意味でしかないのです。だから無我ではなく「非我」が、より正しい訳語といえ
るでしょう。
612宝珠愚者:2008/12/20(土) 00:58:43 ID:5LoFzwjn
 『「大徳よ、無我、無我と仰せられますが、大徳よ、いったい、いかなることを無我というのでありましょ
うか」
 「ラーダよ、色(肉体)は無我である。受(感覚)は無我である。想(表象)は無我である。行(意志)は
無我である。識(意識)は無我である。
 ラーダよ、そのように観じて、わたしの教えを聞いた聖なる弟子たちは、色を厭い離れ、受を厭い離れ、
想を厭い離れ、行を厭い離れ、識を厭い離れる。厭い離れることによって、貪りを離れる。貪りを離れる
ことによって、解脱するのである。そして、すでに解脱するにいたれば、ああわたしは解脱したとの智が
生じて、<わが迷いの生活はすでにおわった。清浄なる行はすでに成った。作すべきことはすでに弁じた。
もはやかような迷いの生活に入ることはあるまい>と知ることができるのである。」』
(南伝-相応部経典23-17/無我)

 私も最初はバラモン教は外道であり、仏教は「無我」(アートマンといった絶対存在を否定した)を説い
てバラモン教とは異なると思っていた・・。しかし、自分自身で直接、原始経典を読み進めるうちに中村
氏の解説が最も核心を突いているものとして理解することができたのです。
613神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 02:29:18 ID:hoPT5oc1
>>607
 >何度も言うように現在、無我なのに個体として縁起しているように、無我でも縁起して輪廻するんです。
 >などの説明は、最も正しいものといえるかもしれません。

 ということは「無我でも縁起して輪廻する」のはその「固体」だというわけねw
 なにが、どういう作用で、いつから、どういうメカニズムで輪廻とをやらする?
 だれがいつそういうメカニズムを作り、改良・修正してきたのですか?
 人類の歴史はたかだか300万年ですが、6500万年まえのティラノサウルスも
 輪廻しますか?
 

>バガヴァッド・ギーター5章4-5 
 
 からの引用は単なる“両方とも”の意味で、ブッダの中道の意義とは何の関係もない。
 あんたホントは中道なんてなんのことか判っちゃいないのだろうw

 だからもうアガキはやめて、すっぱりヒンドゥへ行けよ。
 無理やりなこじつけと捻じ曲げご都合主義的引用およびオカルトに付き合うのはウンザリだ。


 
614神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 02:34:33 ID:hoPT5oc1
「無我でも縁起して輪廻する」のはその「固体」だというわけね

無我なのに輪廻するその固体とやらの関係を述べてください。

615神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 02:42:16 ID:hoPT5oc1
ブッダの所説は一切内においては「無我」であって非我ではない。
       一切外においては“無記”であって非我ではない。
非我説は完全な誤り。
616神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 03:00:00 ID:hoPT5oc1
>>610
「最高我」だの「永遠の存在」だのシャンカラの諸説が無明そのものだ。アホらし。
 
 で、原始仏典に依拠するナーガールジュナは大乗ですか、小乗ですか?w

 
617brown:2008/12/20(土) 04:55:22 ID:5G1vL6gC
>>575
>Aの滅という果は、必然的に次のBの生の因と「ならなければならない」
>ものなのでしょうか?(「刹那滅」とは?)

まず,刹那滅=空性です。そして,空性=勝義諦です。
そして,勝義において,因果は成り立ちません。だから,Aの結果がBとか,
Bの原因がAなどということは成り立たないんです。

勝義とは,厳密な思考を意味します。つまり,徹底的に厳密に分析して
いくと,因果は成り立たない訳です。なぜなら,根拠が無いからです。
この,因果に厳密には根拠が無いことを「無我」というのです。

しかし,認識の精度を落とすと,因果関係が見えてきます。
その精度では,刹那滅は認識できません。空は認識から排除され,
AとBが連絡します。

これはどういうことかというと,AとBを記憶のレベルでつなげているのです。
Aという原因からBという結果が生じたとき,その時点で既に原因Aは存在
しません。厳密には。だから,AがBの原因ということは,記憶に頼って
いるんです。そういうあいまいさがある。精度が低い認識。このレベルの
確からしさの知覚のうち,正しいと判断できることを世俗諦というんです。
そのレベルで,縁起=輪廻は成立します。
618神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 04:57:15 ID:Zq8CNls0
階層性をもたせた霊には興味ない。松竹梅じゃないんだから。
619神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 08:40:20 ID:RHiQGTDM
無我にして断滅なら、どんな阿呆にでもわかる話。
なんせ、お前らみたいなのでも理解できるのだから、誰にでも躊躇うことなく話せるだろ。
あの賢いお釈迦さんが「誰もわかんねぇだろ」なんて自問自答しないだろうが。
その当時にも断滅論者はいたんだし、わざわざヤヤコシイ言い方で断滅を説きなおさなくともよいわけだ。
世間のウケが悪いからイヤイヤ輪廻を説いたとか、御釈迦さんは大嘘つきの、賽銭狙いのお座敷芸者坊主か?
620神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 09:08:23 ID:hoPT5oc1
>>619
過去ログ読み返してから御託を並べな
621神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 09:20:03 ID:RHiQGTDM
>>620
中途半端な無我論で泣く泣く自分を慰めるのがお似合い。
622神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 09:59:51 ID:xUBKYbt8
>>619
御釈迦さんは、単なるカルト教祖だったのかね。そんな釈迦なら、信じるには
全く値しない。

そうしないために、大乗の膨大な努力があったのではないか。教祖や原始経典
の盲信・狂信をカルトという。それは「他灯明」であり、「自灯明」ではない。
623机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/20(土) 10:10:58 ID:5AkBqMA/
>>619
拙者は元々輪廻転生には関心がなかったのですが、
宝珠愚者どのがスレを立てたのを切っ掛けに、
(これは前のスレッドです)
改めて輪廻転生についてスポットを当ててみました。

第一印象としましては、みなさま輪廻転生には大変関心があるようで
少々驚いてまふ。

まあ、つまりですが・・・
輪廻転生に関心がある。ってことは
解脱してない。ってことの証左なんじゃ〜ないかと、
大変失礼な事を書きまして申し訳ありません。

解脱しますと、全くもって輪廻転生には関心が向かないのです。
これはアタリマエですね。
もう解脱しちまったんですから。

まあ、拙者の解脱がモノホンなのかは
これは皆様方に判断は委ねますけど。
まあ、いろいろと御教示くださいまし。

                 (かしこ)
624神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 10:12:36 ID:OHXDgNWY
>>605
補足、ありがとうございます。
タキシラは、文明都市だったみたいですね。

>>613
個体ではありません。ですから何が輪廻するとは言えません。
縁起で輪廻します。縁起は法則で天然にそうなっています。
釈尊は次のように説かれています。

>縁起とは何か? いわく「これあればこれ生じ、これ生ざばこれ生ず」である。
>そして、無明を縁とする行など多くの集起がある。
> 「無明を縁として行がある」というのは諸如来が出現されても出現されなくても
>これが法則(法性)で、諸物事(法)の決まった性質(要素・界)20は定まっている。
>それを如来自身がありありと理解されて現等覚されて説かれ、仮設なさり、決定され、
>弁別なさり、解釈され、解明なさり、教えられ、極めて正しく教を説かれたことである。
>いわく「無明を縁として行がある」である。[SN. 12.20; 大正2, p.84中; Tripathi, ed. 14]

生物全てが輪廻します。始まりのない時からです。
これは、宇宙成立してなくても、どこかで輪廻しています。
>>614
ずっと説いています。

>>617
タントリックな説明ですね。その説明は、体験がないと分からないと思います。

>>619
仰るとおりです。縁起は難しい。なぜなら人間の自然な認識法、素朴実在論、
見たものがそのまま実在する、自分が実在する、意識が実在するといった認識法と
逆の見方だからだと思います。もちろん、私が完全に理解しているとは思ってません。
625神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 10:16:37 ID:OHXDgNWY
>>566
一歩前進ですね、セツナ滅的理解。でもまだまだ実在論的ですね。
私の見解は、セツナ滅説ではありません。セツナ滅は、知覚の最小時間を実在とします。
ですが、釈尊と中観の縁起は、ただ縁起するとするだけで、実在は設定しません。

>つまりAさんの死が因となり、Bさんの生という果が生じる。

違います。これでは セツナ滅説にもなりません。
Aさんという実体があるわけではないのです。
諸行無常で、常に変化している。
諸縁によって諸法として縁起するというだけです。
Aさんや Bさんとして認識されるのは、ただの仮設です。


そのリンク先のテーラワータ長老の説法は、あなたの理解のために出しただけで、
あくまで「近い」内容であって私の見解・解釈と全く同一ではありませんよ。
「業のエネルギー」とか「ウィリアム・クルックス卿」とかは、私の説ではありません。
そのように問われることを心配して以下のようにクギをさしておいたのですが。

>>>522
> これは、私がずっと説いてきた内容に近いです。
> 業のエネルギーとか科学等を引用しているところは、方便でしょう。

もうちょっと、正確に読んでいただけないでしょうか?
縁起説は、確かに難解なのでしかたないとして、上のような誤読は困ります。

626神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 10:33:03 ID:OHXDgNWY
>>575
セツナ滅はそんな感じじゃないでしょうか。
セツナ滅については春秋社の講座仏教論理学の御牧先生の論文や、赤松明彦先生の論文がいいと思います。

以下、セツナ滅についてでなく中観でですが、
常に縁起している、これとかあれと個体として仮設されるだけで、実体はないという意味で理解しています。
つまり、龍樹菩薩の『因縁心論』のように「空なる因から空なる果」が縁起するだけ。
因も果も仮設されるだけです。例えば、雲が或る猫に見えた時、その猫の雲が主体であり、その前の雲が因と仮設される。
その猫の雲が、形を変えて犬の雲になる時、転生と言われるのでしょう。雲は業ですが、実体ではありません。
そして、あなたはその業が縁起する説明体系を求めているようですが、釈尊と中観では、縁起するとしかいいません。
十二縁起が最も詳しい説明です。それ以上、説明すると唯識やアビダルマのように縁起は崩壊します。

ただし、唯識やアビダルマも理解を促す方便としてはありですね。
究極的には中観も方便なわけですから、人工でないかぎり言葉で完全に記述できるものなどないでしょうから。
627前スレ5:2008/12/20(土) 10:38:09 ID:dSH53MSE
>>625 はっきり言って、よくわかりませんね。
何をおっしゃりたいのか。 それでは、質問の形式を変えてみます。

AとB  これらが実体があるとか、ないとかは関係ないとして
その同一性を確保するものは何なんですか?

>あくまで「近い」内容であって私の見解・解釈と全く同一ではありませんよ。

誰も同一とは言っておりませんが。あなたが、参照としてあげておられたので
当然それに近い見解と推察したまでです。それでは、改めてお聞きしますが
どの部分が、あなたの説に合致し、どの部分はちがうのでしょうか?
628神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 10:43:07 ID:MxrHw+sy
>>599 にて、
机どの、お答えいただき、かたじけない。

ここでちょっと私自身の「大死一番」とやらを紹介さていただきたい。大というより中、いや小死程度かなw
若い頃、手術で全身麻酔を受けた。
たいした病気でもなかったから、今、こうしてにちゃんにカキコなどしておるわけだが、
それでも手術前には「このまま目が覚めないこともあるんだな」といささかの「覚悟」はした。
その術後、麻酔から覚めていく過程で、けったいな夢を見た。
それについては言葉で説明しにくいのだが、「自己はあるのに他者という対象物がまったく存在しない」という生涯最大の悪夢で、
後にも先にもそれほど恐ろしい夢を見たことはない。
その原因は、おそらく麻酔が通常の睡眠とは異なった脳の部位を覚醒させたり眠らせたりしたせいだろうと生物学的(生理学的)には解釈しているが、
そのような経験とドラッグによるトリップ、あるいは瞑想で得られる「無の境地」とやらには、何か違いがあるのだろうか?

ところで睡眠といえば、「無我」なんぞ、皆が夜毎に夢も見ない深い眠りで体験しとりますわな。
その時のことを覚えとらんし、その時には「私である」という意識もない。つまり皆、夜毎に「無我」や「死」を体験している。
それでいて、皆平気な顔をして翌朝目覚めて「生きて」いる。
こりゃあすごい、皆悟っているではないか。これぞまさしく「悉有仏性」。
この「睡眠と覚醒」が「往生際」にまで敷衍されて「輪廻」として解釈されるのは、ほんの一歩でしょうな。
実際、『インド思想史』とやらを読むと輪廻思想はそのようにして生まれてきたらしい、と説明されている。
ま、ゼロの概念を発見するような国じゃから、それもありえるだろう。
ちなみにゼロを意味するシューニャが仏教用語の「空」であることは、ここにおられる皆さん方には「いわずもがな」だろうがw

つづく
629神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 10:45:42 ID:MxrHw+sy
(承前)

とすると、
>>578 「時間軸でいう「生きる」というのは、
縁起が生起している。ってことですから、
生物学的(生理学的)「生きる」とは意味が違う。」

という机氏の発言が、どうにも尻のすわり心地が悪いんですなあ。
つまり、何がどう「意味が違う」のか、わしにはようわからん。
「睡眠時無我」と「死亡時無我」とは、その「縁起の生起」において、生物学的(生理学的)にどう意味が違うのか。
朝、目覚めた時に「昨日の私」と「今朝の私」が連続して感じられる(縁起が生起している)ように、
死んで再び生まれ変わった時に「何も覚えていない」にしても、そこに縁起つまり輪廻が、あったかもしれん、なかったかもしれん。
くどいようだが、わしは「あったかもしれん、なかったかもしれん、そのすぱっとした決着が、ここで見つかるかもしれん」という淡い期待を抱いておるだけで、
どっちとも「答え」はまだ見つかっておらん。
630神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 10:46:57 ID:MxrHw+sy
>>598
>>「もともと私という我が実体のないものだから、世界は存在しなかった、
>>なぜなら仮設された私という我にはそもそも実体がないから」。

>インドのヴィヴェーカーナンダという聖者とかは、アッフォちゃうか?
>問いに同問いで答えたって、答えにナットランw 
>やっぱりパーのお人にはかないまへんなあw

いやいやこれは、反対論者に偽で応えたっつーことで、これはなりたたんでしょ、とそのインドの聖者とやらはいうとるんですわ、よう読みなはれw

私が前スレからちょくちょくここを覗かせていただいておるのも、
その輪廻とやらが「あったとも、なかったとも、どちらともいえない」という疑問の答えが見つかって、決着とやらがつくのを楽しみにしておるからで、
私としては、「たとえ私という我が実体のないもの=無我であっても、世界は存在していた」という気がしてならんものの、「あったとも、なかったともいえんなあー」と思うとります。
したがってそのインドの聖者とやらの言葉に、
「たとえ私という我が実体のないもの=無我であっても、世界は存在していた(かもしれない)」というのをカッコつきで補ってやれば、よろしかったかな?

>>578 「貴殿にとって、生前に世界はありましたか?
ありゃ〜せんでしょ?
死後も同様でして、ありゃ〜せんのです。
貴殿において世界がありますし、また貴殿において世界は消滅する。
全く論にかなってまふ。」

もし、私の「いまわの際」にこんな言葉を吐く坊主がおったとしたら、わしゃそいつを塩撒いて追い返しますな。
ま、それだけの元気が残っていれば、の話だがw
631前スレ5:2008/12/20(土) 10:52:35 ID:dSH53MSE
>>626 つまり、こういうことですか?
AからBへの転生は「業」というものが、その媒介をする。
しかし、その詳しいシステムは不明である。(十二縁起に述べられてる
程度)   言葉のよる記述は、不可。

「覚者」以外は、その全容の理解は不可能。
こういうことですか?
632神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 10:55:05 ID:OHXDgNWY
>>577
こちらで面白い論を展開してますよ。直リンできないので、以下サイドメニューのブログへ入ってください。
http://www.k4.dion.ne.jp/~sanskrit/
>実在論においても,他人の行為が直接に他人の心を知らしめるわけではありません.
>煙がそこに存在するだけで火を知らしめるわけではないのと同じです.
>そうではなく,煙の認識が,火の存在を知らしめるのです.
>同じように,他人の行為は認識されてこそ,他人の心を推理させます.
>この点で,実在論の推理プロセスは,
>「他人の行為→他人の心」
>という単純なものではなく,
>「他人の行為の見え→他人の行為(の存在)→他人の心」
>というプロセスを踏むことになります.
>論理的関係を因果関係から整理すると以下のようになります.
633神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 11:00:00 ID:OHXDgNWY
>>627
>AとB  これらが実体があるとか、ないとかは関係ないとして
>その同一性を確保するものは何なんですか?

世間の言語習慣にしたがって縁起仮設された認識のみです。


>誰も同一とは言っておりませんが。あなたが、参照としてあげておられたので
>当然それに近い見解と推察したまでです。それでは、改めてお聞きしますが
>どの部分が、あなたの説に合致し、どの部分はちがうのでしょうか?

これに答えても意味ないでしょ。あくまで比喩と受け取っていただければ。
634神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 11:02:17 ID:OHXDgNWY
>>631
そんなとこですね。
635机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/20(土) 11:09:46 ID:5AkBqMA/
>>629
>>629
>何がどう「意味が違う」のか、わしにはようわからん。

生物学的に生きてる。ってのは、心臓が機能してる。ってことですね。
心肺停止で人は臨終するのです。

仏教的に生きてる。ってのは、これは自己同一性でしょうね。
自己を自己と認識できる。その瞬間。つまり自覚のこと。
(簡単に言ったら)
普段は自覚はあまりないですが、五蘊において自覚が生起する。
常ならざるものですね。→諸行無常

ですから、仏教的な見解ですと、生きてるとか死んでるとかは
非常にファジーな概念であることは、まず了解願いたいもんですね。
というか、
生死とは、相対において分別しているだけのことであり、
この分別を離れるならば・・・不二にして一如である。→生死一如
と、かように悟られれば宜しいかと思ひまふ。
636前スレ5:2008/12/20(土) 11:21:16 ID:dSH53MSE
>>634 それでは、言葉による説明が不可であるなら、輪廻は
「覚者」以外の凡夫にとっては「信じるか、信じないか」の信仰
の範疇の問題となりますね。

>これに答えても意味ないでしょ。あくまで比喩と受け取っていただければ。

いえ、あなたの基本的スタンスを理解する上で、十分意味のあること
だと思うのですが。それでは、ひとつだけ。
あなたは、ウィリアム・クルックス卿の述べていた
「形而下における思考の物質化」 これを認めておられるわけですか?
御自分の参照資料ですので、ご意見をお持ちであると思いますが。
637前スレ7:2008/12/20(土) 11:21:45 ID:8i/irQ3z
仏教に触れている者は、それを(その内容を)語る時、
「(修行の)指導・助言的」に語るのか、
「法話的」に語るのか、
「学部の授業的」に語るのか、
自覚が必要だと思うんだ・・・w

(´ー`)y━~~
638前スレ7:2008/12/20(土) 11:28:36 ID:8i/irQ3z
で、このスレは“三つ目”だと思っていたんだが気のせいか・・w

(勿論、上記3種を完全に区分けすることは不可能であり、重なりはあるだろうが、
 語りの主軸をどこに通しておくか、は自覚されていていい。)
639前スレ5:2008/12/20(土) 11:34:49 ID:dSH53MSE
>>638 確かに初めは、その傾向が強かったですが、途中から
方向性が変わってしまいましたね。
640机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/20(土) 11:36:56 ID:5AkBqMA/
>>628
>そのような経験とドラッグによるトリップ、
>あるいは瞑想で得られる「無の境地」とやらには、何か違いがあるのだろうか?

「無の境地」というよりも、もっとドラッグ的な快感的な感覚ですね。
自然と自己が一体となったような感覚に襲われる。
バラモン教の「梵我一如」の思想は、こういった体験からくる世界観やに思います。

映画のスローモーションを観ている感じです。
非常に美しい。
木の葉が舞い落ちるところなんて、非常にファンタスティックです。
此の世では滅多に遭遇することはないです。
(生理学的に脳の機能が原因と思われ)→自己陶酔か?

>私の「いまわの際」にこんな言葉を吐く坊主がおったとしたら、
>わしゃそいつを塩撒いて追い返しますな。

「いまわの際」においては、どんな坊主でも極楽浄土へ逝けると
必ず約束しますね。
約束だけですけど。
「いまわの際」なら何でも言えるんですよ。
これを仏教では世俗諦と言いまして、世俗に生きる智慧も重要である。
と、かように般若心経には記してありまふ。
641神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 11:39:26 ID:OHXDgNWY
>>636
そうです。信じるか、信じないか。信仰の問題です。
ただし、仏教が輪廻を前提とした体系であることは揺るぎません。
これは、納得していただけたでしょうか?

「形而下における思考の物質化」は、認めてませんよ。
私は文献と伝承以外は、仏教に関して信じてませんから。
ですから、比喩と取っていただければよいと思います。
あなたの理解のために近い説明モデルを提供しただけです。
巧くいったじゃありませんか?
642神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 11:44:22 ID:OHXDgNWY
前スレ7さん、随分、前になってしまいましたが、これにお答えいただけるとありがたいです。

>>472
>>>456
>失礼しました。【頷き(納得)】を「躓き」と誤読したもので。
>深い理解ですね。以下を説明していただけるとありがたいです。
>
>>梵網経や沙門果経で述べられる「戒」や「果報」は、ここに直結するものだと考えています。
>>また、(随犯随制と言えど)律(或いは学処)制定の理由や長老たちが律の護持を選んだ理由とも絡めれば、
>
>>その「信」を担保するのは【頷き(納得)】であろうとは思いますが・・・。
>>(ここが、>>438とも微妙にリンクしてくる部分なわけですがね・・w)
643前スレ5:2008/12/20(土) 12:03:54 ID:dSH53MSE
>>641  >比喩と取っていただければよいと思います。
何を意図した比喩であるのか、いまひとつわかりませんが。

それでは、輪廻を信仰していない者が、もつ最も一般的な疑問のひとつ
「明日、地球が何らかの理由で消滅するとします。これを因としたとき
どこで、どのような果が縁起するのでしょうか?」
仏教は、これに答えることができるのでしょうか?

644神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 12:12:30 ID:MxrHw+sy
>>生物学的に生きてる。ってのは、心臓が機能してる。ってことですね。
心肺停止で人は臨終するのです。

これはいささか…いかに机氏が生物学にお詳しくないとはいえ、とんでもない暴論なのだが…
いや、別に「脳死」が正しいとも言わんが…
仏教を学ぶのも結構だが、もうちょっと生物学も学んで下さらんか。

>>「いまわの際」においては、どんな坊主でも極楽浄土へ逝けると
必ず約束しますね。
約束だけですけど。
「いまわの際」なら何でも言えるんですよ。
これを仏教では世俗諦と言いまして、世俗に生きる智慧も重要である。
と、かように般若心経には記してありまふ。

最小の五戒にさえ、
「不妄語戒(ふもうごかい) - うそをついてはいけない」とあるのじゃがw
「この生臭坊主めが」と、やっぱり塩撒いて追い返すがなw
645神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 12:13:16 ID:OHXDgNWY
>>643
この全宇宙が消滅したとしても、どこかへ輪廻するでしょう。
前も言いましたが、環境、器世間も実在ではなく、縁起しているだけですから。
これが仏教の見解です。これに関しては、異端説以外は一致していると思います。
なにも難しくない。難しいと思うのは、あなたが実在論的な思考に馴染みすぎているからです。

それを自覚できれば、この対話に意味があったと思います。
646前スレ7:2008/12/20(土) 12:16:24 ID:8i/irQ3z
>>642
まだ作文してませんが、ちゃんとメモパッドにコピペしてありますよ。
他の横槍も含め、今スレ中に投下したいとは思っています。
(気分が乗ってきたら今日明日から作文始められるかもしれませんw)
647神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 12:20:54 ID:OHXDgNWY
>>646
楽しみにしています。
648前スレ5:2008/12/20(土) 12:24:36 ID:dSH53MSE
>>645 >この全宇宙が消滅したとしても、どこかへ輪廻するでしょう。

つまり、あなたの輪廻業報思想は「どのようにAからBへと輪廻するか
の体系、システムは説明不可能であり」  「地球消滅に関する輪廻に
ついても『どこかに輪廻するでしょう』 」

これですか?  結局、「経典にかいてあるから」 悪いことすると
地獄におちると主張するだけのものですか?
649前スレ7:2008/12/20(土) 12:34:16 ID:8i/irQ3z
スレの流れと直接関係はないが(>>343>>449>>456との若干の絡みから)、
とりあえず1レス入れておこう。



律蔵大品初転法輪の部分に、味わい深い一節がある。
四諦に於ける三転十二行相に関してだが、それを、
 「如実に知り、見て、明らかなことであると思われない間は、
 私は(人天の世に於いて)、“悟りを得た”とは自称しなかった(自認しなかった)。
 今正に、如実に知り、見て、明らかなことであると思われたので、
 私は(人天の世に於いて)、“悟りを得た”と自称した(自認した)のである」 と。

よくよく噛みしめるべきフレーズだと思う・・・。(引用文は意訳w)
650神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 12:42:54 ID:OHXDgNWY
>>648
あ〜、無意味だった。
あなたは、理解したい人かと思ったのが間違ってました。

651神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 13:02:13 ID:RHiQGTDM
>>631
>つまり、こういうことですか?
>AからBへの転生は「業」というものが、その媒介をする。
>しかし、その詳しいシステムは不明である。(十二縁起に述べられてる程度)言葉のよる記述は、不可。
>「覚者」以外は、その全容の理解は不可能。
>こういうことですか?

だから、お主みたいに利口な弟子がギャーギャー騒ぐから、お釈迦さんが毒矢の喩えを出したんじゃないか。
しかし、お釈迦さんにとっては輪廻は如実知見の範疇だったというわけさね。
「何が?」という問いには自分の目玉を自分の目玉で直接見ることが出来ない理屈で答えようが無かったってこと。
652神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 13:16:59 ID:MxrHw+sy
「生物学的死」について簡単に説明しておこう。

生物学においても仏教と同様にw、生と死の境目つまり「いまわの際」がどこなのかはっきりしていない。
以前は心肺停止が「死」の定義とされていたが、
医療技術の発達によって心肺蘇生で心肺機能が復活するようなことが増えたため、
現在では「脳死」をもってとりあえずの「生物学的死」と定義している。
しかし、この脳死も様々な議論があっていまだに明らかな決着がついたものではない。
また、最近の実験では「16年前に死んだ」マウスからクローンを誕生させることに成功した。
653神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 13:24:33 ID:RHiQGTDM
お釈迦さんも、実在論者の為にアートマンがある説も併用して説いたほうがよかったんじゃなかろうかしらん?
あ、そのための大乗仏教か!
654前スレ7:2008/12/20(土) 13:26:53 ID:8i/irQ3z


                                                        .┃ (仏典の記述の性格)
〔実際にはどうか〕┃〔どう見做したのか〕┃〔どちらで語ったか〕┃〔どのような語り方だったか〕┃〔どのように伝承されたか〕


A1:ある  ┃B1:あると考えた  .┃C1:あるとして語った    ┃D1:素朴にそのまま語った  .┃E1:語られた通り
A2:ない  ┃B2:ないと考えた  .┃C2:ないとして語った    ┃D2:誇張して(譬喩表現として)┃E2:誇張して(譬喩表現として)
A3:不可知.┃B3:不可知と考えた┃C3:どちらとも言わなかった┃D3:詩的・文学的表現として  ┃E3:詩的・文学的表現として
                                       ┃D4:方便として「ない」と     ┃E4:語られた通りを更に粉飾して
                                       ┃D5:方便として「ある」と     ┃E5:粉飾して
                                       ┃D6:方便として「無記」とした  .┃E6:拡大解釈・異な
655前スレ7:2008/12/20(土) 13:27:47 ID:8i/irQ3z
さて、皆さんは『仏教における「輪廻」』を考察するに際し、
どれくらいのコースがあるか考えたことがありますか?
私の愚かな思い付きだけでも、>>654の項目の組み合わせにより「105通り」はあるんですが・・・w
(所詮素人の戯言ですから、コース分類の仕方に不備がある点は御寛恕下さいw)
勿論、大きく括り直して数を減らすことは可能ですが、
細部に目をやろうとすると(各論に入ろうとすると)、どれも皆重要な要素です。
「何通りあるんだろう?」という素朴な興味から作成したExcelでのファイルを挙げておきました。
tp://xtp0001.s3.x-beat.com/cgi-bin/up/source/Sonata_26509zip.html
気になる方はどうぞw

重要なことは、(逆ツリーを考えて辿ってみるとよく判りますが)、
【Eのどこからスタートしても】【A1・A2・A3全てに辿りつける】ということです。
それが何を意味するかと言うと、【AとEを繋ぐ“途中経過の部分”をどう見るか】に懸っているということです。
仏典にどう書かれているかは勿論重要ですが、それだけでは(このスレ的)答えは出ない、ということです
656前スレ7:2008/12/20(土) 13:33:23 ID:8i/irQ3z
あ、コピペミスで一部抜けました。貼り直します。


                                                        .┃ (仏典の記述の性格)
〔実際にはどうか〕┃〔どう見做したのか〕┃〔どちらで語ったか〕┃〔どのような語り方だったか〕┃〔どのように伝承されたか〕


A1:ある  ┃B1:あると考えた  .┃C1:あるとして語った    ┃D1:素朴にそのまま語った  .┃E1:語られた通り
A2:ない  ┃B2:ないと考えた  .┃C2:ないとして語った    ┃D2:誇張して(譬喩表現として)┃E2:誇張して(譬喩表現として)
A3:不可知.┃B3:不可知と考えた┃C3:どちらとも言わなかった┃D3:詩的・文学的表現として  ┃E3:詩的・文学的表現として
                                       ┃D4:方便として「ない」と     ┃E4:語られた通りを更に粉飾して
                                       ┃D5:方便として「ある」と     ┃E5:粉飾して
                                       ┃D6:方便として「無記」とした  .┃E6:拡大解釈・異なる解釈として
                                                          ┃E7:釈尊を超え、事実に回帰して
657神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 13:34:00 ID:NVzra+9F
そもそも肉体に依存しない生命存在を釈迦はみとめているよ。

生命の種類は四種で四生というが、胎生・卵生・湿生・化生である。
木村泰賢博士によると、
「第一の胎生というのは、普通の人畜のことくに母胎より生ずるのをいい、
第二の卵生とは鳥のごとく卵より生ずるをいい、
第三の湿生とは蚊・蚋のごとくに湿地より生ずるのをいい、
第四の化生とは天上界または地獄のごとく、上の三生活以外に自然に化生するのをいうのである。」
658神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 13:36:42 ID:RHiQGTDM
>>655
スバラシイ!!
こんなめんどくさい事よくやりましたね!!!
あんたすご過ぎるよ!

で。
仏典の中の何処に輪廻が無いって書いてあるんだい?

アホ?
659神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 13:37:38 ID:OHXDgNWY
>>655
経典的には、我々自身が言語習慣上あると言われるように輪廻もあると言われる。
しかし、本来は我々自身も輪廻もないと言われる。
それだけだと思います。
660前スレ7:2008/12/20(土) 13:38:07 ID:8i/irQ3z
ちなみに補足しておくと、
>>656の構造は、何も「輪廻」に限ったことでなく、他の様々な記述にも応用できます。
たとえば>>657のような記述に関しても・・・w

(´ー`)y━~~
661前スレ7:2008/12/20(土) 13:40:31 ID:8i/irQ3z
>>658
アホですか?w
誰が【仏典の中に記述が無い】と言いましたか?
どこにもそんなことは書いてないと思いますが?
662神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 13:40:55 ID:NVzra+9F
唯物論者は結局のところ、脳細胞の死滅後の自己意識(霊的実在)を認めたくないから、仏教(宗教)を曲解するしかないのだろう。
663神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 13:44:10 ID:/ifBtfA7
>>657
>そもそも肉体に依存しない生命存在を釈迦はみとめているよ。

それも、釈迦は、己の肉体に依存する生命で考えたのだがw。

人間が、そして釈迦がいくら足掻いてみても、「肉体に依存する生命」
からは逃れることはできないのです。

664神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 13:44:56 ID:RHiQGTDM
>>661
ウソツキ!

> .┃ (仏典の記述の性格)

↑って自分で書いてるじゃん
665神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 13:55:25 ID:/ifBtfA7
>>662
脳細胞の死滅後の自己意識(霊的実在)など認めるほうが、よほど唯物論
だなw。
666前スレ7:2008/12/20(土) 13:59:10 ID:8i/irQ3z
>>664
アホですか?w
どこに「仏典に“輪廻”の記述はない」と書かれているんですか?

あの部分に於いて、〔C2-D1-E1〕というコースのみが、《仏典の記述に「輪廻は無い」》ということを指すのです。
そして、私はそのコースを採用していない(図表の中に組み込んでいない)。
組み合わせパターンとして生じてしまう1コースだが、それは真っ先に却下される組み合わせだよw

私は、「仏典の記述は輪廻を前提としている」と見てますよw
667神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 14:25:55 ID:NVzra+9F
『天眼通』

心が統一され、清浄で、きよらかで、よごれなく、けがれなく、やわらかで、たくみで、確立し不動になったときに、多くの人々の死と生を知ることに心を向けた。
すなわち、わたしは清浄で超自然的な天眼によって、多くの人々が死にまた生まれるのを見た。
すなわち、卑しい人と高貴な人、美しい人と醜い人、幸福な人と不幸な人という多くの人々がそれぞれの行為に従っているのを見た。
『じつにこれらの人々は身体で悪い行為をし、ことばで悪い行為をし、心で悪い行為をし、多くの聖者を非難し、
よこしまな見解をもち、よこしまな見解にもとづいて行為をする。
かれらは身体が壊れ死んだ後、悪い所、苦しい所、地獄に生まれる。
また、他のこれらの人々は身体で善い行為をし、ことばで善い行為をし、心で善い行為をし、多くの聖者を非難せず、
正しい見解をもち、正しい見解にもとづいて行為をする。
かれらは身体が壊れ死んだ後、善い所、天界に生まれる』と。
わたしは、このように清浄で超自然的な天眼によって、多くの人々が死にまた生まれるのを見た。
すなわち、卑しい人と高貴な人、美しい人と醜い人、幸福な人と不幸な人という多くの人々がそれぞれの行為に従っているのを見た。
バーラドゥヴァージャよ、これが夜の中間の部分において得られた第二の明知である。
ここに無明が滅び明知が生じたのである。暗闇は消滅して光明が生じたのである。
それはつとめ励み、努力している人に現れるのである。

パーリ仏典中部より
668神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 14:55:47 ID:RHiQGTDM
>>666
アホ?w
キリスト教の神学者が使うその手の解釈法なら最早なんでもあり。
前すれ5氏が経典の記述によ文献の素直な解釈と文献を信じること「しか」根拠が無いことをバカにしたのより、まだ性質が悪い。
先ず己の信じるところがあって文献を恣意的な解釈によってそれに近づけることは学術的なことなのか?
669神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 14:59:31 ID:co5ueu8u
>>562
>しかし,未だ丙さんへの伝言をしていないならば,その仕事が残っている
ように,輪廻を否定(苦観)し,解脱を肯定(修行)しなければならない。

あなたは、解脱されているのですか?
それは、何をもって証明できますか?

>>563
>ただ,そうとばかりとは限らないんですよ。 私も多くの輪廻を見てきましたが,
中にはどんどん下降していく者もあるし, 中にはどんどん成長していく者もある。

どうやってそれを見られたのですか?
現天皇・美智子皇后・雅子さま・沖正弘氏個人の輪廻とキリスト教の宗教団体として
の輪廻転生が分かるならば教えて下さい。
670机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/20(土) 15:05:44 ID:LFGSAloL
>>652
>「生物学的死」について簡単に説明しておこう。

生物学的生死の境界を、重要と思う人もいれば
さして問題にしない人もいる。

その差というのは、各人の死生観に行きつくんだろうね。

ただ仏教といふのは一如の法門ですから、
一般的には「生物学的死」はあまり問題にしない。
(原則的には、こういうことで宜しいのではないか?)

しかしながら輪廻転生肯定派は、この生死境界線が非常に重要になってくる。
このスレッドにおいて、
一部の皆さんはこの境界線にだけ注目している訳なんですね。

まあ、人はいつかは死ぬんですけど、
このことに囚われるよりも、
そういった自分に疑を向けることこそが、
この命題に回答が出るやに思ひますね。
(これが釈尊本懐であります、既成概念の破壊なのでふ)
671神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 15:28:06 ID:co5ueu8u
前レス5 名前:神も仏も名無しさん 投稿日:2008/11/08(土) 11:03:12 ID:HD5yxLNL
まずはスレ主にすばらしいスレを立てていただいたことに感謝。

私も他スレにおいてこの、輪廻問題は繰り返し討論してきました。
そこで、提案なのですが、よくみられるものとして(排除すべきもの)

1. 自説を説明するとき、自己の宗派の尊奉する経中の用語をその意味の
  解説もなしに使用する。
2. 過度に形而上化、観念化する。 ☆★
3. そして、これは1. と同意ですが、西洋哲学などの他分野の専門用語
  の解説なしの多用。

これらに留意して、できるだけ基礎知識のない方にも理解できるような
実りある議論の場になることを希望します。

また、これもよくみられますが、質問者の回答に窮して、非常に観念的な
単文のレスを返し、「これでわからなければ、お前はダメだ」
「わからないのは、お前がバカだから」 と自分の理解力のなさ、説明
能力の貧困さを隠そうとする者がいますが、これらは無視していきましょう。★☆

この問題は釈迦以前のバラモン教に端を発し、いまだその解決がなされて
いないという仏教上の一大問題ですが、議論の過程において何ごとか
建設的なものが気付かれることを期待します。★☆
672神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 16:00:44 ID:jimQI67u
>>671
>この問題は釈迦以前のバラモン教に端を発し、いまだその解決がなされて
>いないという仏教上の一大問題ですが、議論の過程において何ごとか
>建設的なものが気付かれることを期待します。★☆

何がそんなに大問題なのですか。「輪廻転生」も、人間の生命の機能としての
概念作用。生命がなくなれば、その概念も当然消滅する、でよいのでは。

死ねば、知覚器官も、思考器官も灰になり、転生の知覚・認識は不可能だから、
あってもなくても、人間には無意味。

クローン人間が出来ても、母体の記憶や経験や知識などの「獲得形質」は失われ
ており、外見だけが同一の「お人形」。従って、クローン人間と母体との間には、
外見以外の同一性はない。
673神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 16:04:59 ID:ZEBrqPCq
>「何が?」という問いには自分の目玉を自分の目玉で
>直接見ることが出来ない理屈で答えようが無かったってこと。
良いこと言うねぇ
眼横鼻直だね。
直接知覚できなきゃ信じれないなら、人はみなのっぺらぼうさw
鏡が嘘ついてるかもしれないのにねw
674神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 16:12:25 ID:ZEBrqPCq
私には良くわからんのだが
形而上と形而下の概念の違いは何でしょう?
哲学、文学、美学や音楽芸術など心情に関するものはどちらの範疇?

そもそも、インド哲学や仏教にそのような概念があるのか?
あるとしたらSktでは何?
詳しい方教えて下さい。
675前スレ5:2008/12/20(土) 16:13:28 ID:dSH53MSE
>>671 それは確かに初期の私の書き込みですが、再掲の意図がよくわかりません。
私への批判であるならば、具体的に仰っていただければ、ありがたいのですが。

また、>>668 
>前すれ5氏が経典の記述によ文献の素直な解釈と文献を信じること「しか」根拠が無いことをバカにしたのより、まだ性質が悪い。

との記述がありましたが、私は「批判」はしても「バカ」にしたことはない
つもりですが。 もし、そのようにとられる表現がありましたら、ここで
お詫びもうしあげます。
676神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 16:16:36 ID:OHXDgNWY
>>671
>この問題は釈迦以前のバラモン教に端を発し、いまだその解決がなされて
>いないという仏教上の一大問題ですが、

誤解ですね。仏教は一貫して輪廻を前提としてきました。
外国に伝搬する時、輪廻は抵抗を持って論じられました。
『ミリンダパンハー』が代表的です。シナでも、輪廻に関して反論がありました。
それでも輪廻は、苦としての現状把握の大前提だから、必ず説かれています。

仏教が西洋で研究されるようになって西洋の学者の一部が輪廻を批判的に扱う人もいました。
それを受けて日本の仏教研究でも輪廻を否定的に扱う人が出ました。
その代表が和辻哲郎で、その説に従う学者がいくらかいるだけのことです。
つまり、日本仏教学での百年ぐらいの問題で、学問的にも唯の誤解であって、
大した問題ではありません。
677神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 16:23:10 ID:jimQI67u
>>676
>それでも輪廻は、苦としての現状把握の大前提だから、必ず説かれて
>います。

苦とは、「輪廻が怖い」ということですか。ならば、輪廻の観念をなく
せばよいだけ。
678神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 16:26:56 ID:ZEBrqPCq
677さんあんたはたいした解脱者だ
679神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 16:31:25 ID:OHXDgNWY
>>674
知覚可能か不可能かの違いでしょうか?
梵語だと bhaava/abhaava; vastu/ avastu が近い概念じゃないですか?
蔵語だと dngos yod / dngos med; rdzas yod / rdzas med
存在/非存在;物質/非物質といったところです。
といって私はヒンドゥーはほとんど知りませんから、仏教内の概念です。

ちなみに仏教では、聖者と凡夫では知覚領域が違いますから、
凡夫の常識で知覚不可能だからといって形而上というのは暴論と思われます。
680神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 16:35:54 ID:RHiQGTDM
>>672
何がそんなに大問題なのですか。「輪廻転生」も、人間の生命の機能としての
概念作用。生命がなくなれば、その概念も当然消滅する、でよいのでは。
>>677
苦とは、「輪廻が怖い」ということですか。ならば、輪廻の観念をなく
せばよいだけ。

個人的には、そのように理解してもなにも悪くないよ。
ただ、それを「仏説」とするのは間違い。
681神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 16:35:56 ID:OHXDgNWY
>>677
輪廻は概念ではないのです。

生き物は輪廻しているという苦の前提という意味です。

682神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 16:39:43 ID:OHXDgNWY
>>680
>ただ、それを「仏説」とするのは間違い。

私もこの立場です。
私はもちろん輪廻を信じていますが、人に強制しようとは思いません。
信じない人は信じなくてもいいのです。
でも、仏教を誤った形で喧伝するのは、止めてほしいですね。
683机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/20(土) 16:54:14 ID:5AkBqMA/
>>676
>誤解ですね。仏教は一貫して輪廻を前提としてきました。

縁起の理法から言いますと、
先ず輪廻とするその本体(心)というふのは、そもそも無くて、
(諸法無我)
縁において生起する。
応無所住而生其心(まさに住する所無くしてその心を生ずべし)。
(諸行無常)
ですから、
これを実体有でもなく、実体無でもない、中道を悟ったわけです。
この中道を核としまして四諦が成り立つわけで、
これは初転法輪で重要なとこです。

輪廻転生概念といふのは、四諦(苦集滅道)に挿入されまして、
これが大悟して無苦集滅道となり、いわゆる
(涅槃寂静)です。
684前スレ7:2008/12/20(土) 17:05:20 ID:8i/irQ3z
>>668
はあ?
私の(発言の)何について批判されているのかよく解りませんが・・・?w


よく解りませんが、一応レスを返すなら、

>その手の解釈法なら最早なんでもあり
でしょうねw
だから、>>343なんじゃないですか?

>先ず己の信じるところがあって文献を恣意的な解釈によってそれに近づけることは学術的なことなのか?
学術的ではないでしょうねw
しかし、「恣意性」を100%取り除くことは可能なんでしょうかね・・?w
というよりも、
「恣意性の無い」、或いは「恣意的な目標設定(仮説)無し」に学問研究を薦めることは可能なんでしょうかね?
「一旦仮説を立て、そこへ向けて情報整理してゆく」姿勢は学問的ではないんでしょうかね?

(´ー`)y━~~
685前スレ7:2008/12/20(土) 17:13:13 ID:8i/irQ3z
>>509
> 現在のあなたは実在でしょうか? それとも無我・空でしょうか?
> これにお答えいただけないようでしたら、無駄なのでお話は終了いたします。

「実在」するものが「無我・空」であってはならない理由とは何でしょうか?
「縁起するもの」が「実在」であってはならない理由とは何でしょうか?

そもそも「実在」という語の意味として
「我のあるもの」「空ならざるもの」「縁起しないもの」が含まれているんでしょうか?
686机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2008/12/20(土) 17:28:02 ID:5AkBqMA/
>>655
>さて、皆さんは『仏教における「輪廻」』を考察するに際し、
>どれくらいのコースがあるか考えたことがありますか?

おそれいります。
では、お題を頂戴いたしまふ。

>私の愚かな思い付きだけでも、>>654の項目の組み合わせにより「105通り」はあるんですが・・・w

そうですね。
たしかに「105通り」確認しました。
凄いですね。

で、お題の件ですが、
「105通り」の他にはないんですか?

(´ー`)y━~~
687神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 17:39:28 ID:OHXDgNWY
>>685
『中論』によっています。実在は、自立して存在し不変のものという意味です。
自立したものでも、不変のものでも縁起しませんから。

そもそも無我・空説と輪廻説は相容れないといった論調なので、
輪廻するものと、現在の我々は同じであることを気づいてもらおうと思ってのことです。
688ゴリアテ:2008/12/20(土) 17:40:12 ID:vG4OcpKH
どちらにしても、前世の記憶がないということは、仮に魂が輪廻したとしても、生まれ変わりは無いのと同じなんだよ。
今の人格は今の命しかないんだからさ。
魂が一緒だろうが、なかろうが、今の太郎君の人格は今の太郎の時しかないんだから。
前世に花子さんだったとしても、後世にポチになったとしても、太郎君としての命は 今の太郎君としての生きている今しかないってこと。当たり前だが太郎君として考えるならたった一度の人生なんだ。
次の生まれ変わったポチにとっては太郎なんて無意味なんだから
689前スレ7:2008/12/20(土) 17:55:20 ID:8i/irQ3z
>>687
ということは、「実在」という言葉(或いは概念)は、中論が初出でしたか。
勉強になりました。ありがとうございます。
690神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 18:02:13 ID:RHiQGTDM
>>684
>「一旦仮説を立て、そこへ向けて情報整理してゆく」姿勢は学問的ではないんでしょうかね?
仏教において輪廻は外道説である〜とか、解脱はない〜とか、縁起説以外は全て増広である〜とか、極端な学説にウンザリしているのですよ。
貴方の高邁な学術的姿勢に期待します。

>>688
輪廻説は、自分の行為にたいして何処まで責任感を自覚出来るか?という姿勢でもあると思うのです。
自分の
691前スレ7:2008/12/20(土) 18:02:19 ID:8i/irQ3z
>>687
そうだ。重ねて問うておきましょう。

「実在する」ということと「ある(存在する」ということとの違いはどこにあるのでしょう?
692前スレ7:2008/12/20(土) 18:14:04 ID:8i/irQ3z
>>690
>期待します。
私は学者じゃありませんので、新説発表とかはありませんよw
ただ、自身の納得(と第ニ者への語りの際の足場確認)へ向けて仏典の読み方を模索しているだけですw
受け売りでない、「私はこう読んでいます」という、
自分の言葉で語る為の裏付け(軸をぶらさず語る為の基本姿勢)を模索しているだけです。

2chのカオスぶりは勉強になりますw
693神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 18:28:39 ID:DTh6CNcT
>>667
>また、他のこれらの人々は身体で善い行為をし、ことばで善い行為をし、心で善い行為をし、多くの聖者を非難せず、
正しい見解をもち、正しい見解にもとづいて行為をする。
かれらは身体が壊れ死んだ後、善い所、天界に生まれる』と。・・・・・・・『天眼通』

↑ ような宗教団体の美辞麗句の教義を信じた真面目で純粋で品行正しい人達がオウムの信徒になり聖者の
名前をつけた大師を尊敬しお布施した結果、悲惨な事件が起こり社会に大きな災害・ショックを与え、死亡された
方・被害者も沢山出て、今もその傷は癒されてはいない「大不幸を」起こしたのです。

宗教者は、事実をつかれ返答に窮すると「信仰だから事実とは区別するもの」と言いながら、又、すぐ自分達の都合
の良い経典のコピペを貼りつけ、まるで事実のように錯覚させマイコン・洗脳に巧みに引き込んでいくのです。

<言葉の魔力>を駆使し、質が悪いので、真面目で純粋で知的好奇心が高い人がコントロールされやすいのです。
くれぐれも美しすぎる言葉を多用してくるのは、詐欺も使いますから気をつけましょう!!


《 宗教マニュアル 》 (*^。^*)

<脅しと甘言><脅しと甘言><脅しと甘言><脅しと甘言>
【飴とムチ】【飴とムチ】【飴とムチ】【飴とムチ】【飴とムチ】
≪偽善≫≪偽善≫≪偽善≫≪偽善≫≪偽善≫≪偽善≫≪偽善≫


694神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 18:28:44 ID:RHiQGTDM
>受け売りでない、「私はこう読んでいます」という、
>自分の言葉で語る為の裏付け(軸をぶらさず語る為の基本姿勢)を模索しているだけです。

悔しいけど惚れたよ。
今夜抱かれてもいいぜ。
695神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 18:48:46 ID:wWGG4dtQ
何だか「輪廻転生」が仏教の中心問題のようなスレだね。

釈迦が言ったから、仏典に書いてあるからということだけで、無批判
に信じることを、単なる「盲信」「狂信」と呼び、無意味な営み。あく
まで、現代人の立場からの、意義を考えるべき。

釈迦が輪廻転生など言ったとしても、現代人の立場からは、そんなもの
は何ら証明できないのだから、単に「釈迦の誤り」として訂正するだけ
でよい。

仏教者が、「輪廻転生に対する恐怖」から、一生懸命修行しているとした
ら、これほど浅ましく、滑稽な姿はない。

大多数の生活者たちは、もっと悟っている。悟れないのは、仏教者だけ
と言うことになるではないか。
696神も仏も名無しさん:2008/12/20(土) 18:53:03 ID:9q7NX0Ph
生まれ変わり事例の研究
(メタ超心理学研究室 明治大学教授 石川幹人)
http://www.kisc.meiji.ac.jp/~metapsi/psi/7-3.htm

ヴァージニア大学の精神科医スティーヴンソンは,
1961年から生まれ変わり事例の実地調査を始め,
1997年には「生まれ変わり」の信憑性が高い
225例の調査報告を掲載した大著を出版した。
697前スレ7:2008/12/20(土) 18:57:10 ID:8i/irQ3z
>>694
心に残っている言葉は幾つもあるが、そのうちの一つとして、
学生時代、教授が(おそらく自身の“語り”についての自省も込めてだろうが)次のような意味のことを言った。
「仏典(経典)にはこれこれこのように書かれています、
 (通仏教的或いはオーソドックスな)仏教では、これこれこのように言われます、
 と言うのは容易い。 が、(現代に於いては)その上で、
 『このように書かれていて、私はこのように受け止め、このように考えています』と語ることが大切ではないか。
 そのようであるべきではないか」 と・・・。

忘れられない台詞の一つだ・・。
698宝珠愚者:2008/12/20(土) 19:19:35 ID:5LoFzwjn
 「断滅論は外道ですよ。あなたまさか六師外道の話はご存知ないので?」>>602
 「誤解ですね。仏教は一貫して輪廻を前提としてきました。」>>676
 「無我にして断滅なら、どんな阿呆にでもわかる話。
 なんせ、お前らみたいなのでも理解できるのだから、誰にでも躊躇うことなく話せるだろ。
 あの賢いお釈迦さんが「誰もわかんねぇだろ」なんて自問自答しないだろうが。」>>619

 はい、全くその通りだと思います。
 簡潔にして名文-これは格言の域だと思います。


>>653
 確かにお気持ちは察します。ゴータマはバラモン伝統の部分における間違いを正し、尚且つ、誤解を
されるべき輪廻の主体については無記の姿勢を通したのだと思います。ただ詳細については解説を辞
めたのです。何故なら「道」に従う者には歩みに応じた結果が必然的に伴うので、誤解と余計な関心を呼
ぶことになりやすい、これらについては敢えて説かなかったのだろうと察します。
699宝珠愚者:2008/12/20(土) 19:22:42 ID:5LoFzwjn
>>613
>6500万年まえのティラノサウルスも輪廻しますか?

 輪廻転生は自然法則です(如来の出現には関係なく)。動物界と人間とは異なると以前に説明しました。
私の理解では、動物には個としての情報がそのまま伝達されるのではなく、動物界全体の情報として集
積されます。これを強いていうならば動物界の輪廻に該当します。人間の場合には個としての情報がその
まま再び再生誕において伝達されます。尚、ゴータマは詳細の解説をしませんでした。

>>616
>「最高我」だの「永遠の存在」だのシャンカラの諸説が無明そのものだ。アホらし。
>で、原始仏典に依拠するナーガールジュナは大乗ですか、小乗ですか?w

 ナーガールジュナは大乗の祖とみなされる方であり、ゴータマ仏陀が説いた「縁起」を「空」として解説し
ました。現象世界の一切は「非実在」であると説いているわけですが、つまりこれは、何に対しての非実在
といっているのでしょうか?それは当然、アートマンなどの絶対性に対する否定意なのであり、この点では
仏陀の説いた「非我」を「無我」として誤解したからではないかと私は思います。ナーガールジュナはゴータ
マ思想についての解釈家でした。もちろん小乗ではありませんが、しかし原始仏教の徒でもない。


>>622
>そうしないために、大乗の膨大な努力があったのではないか。教祖や原始経典
>の盲信・狂信をカルトという。それは「他灯明」であり、「自灯明」ではない。

 「要するに、アーガマもなし出家修行もなしでは到底、仏陀の説く境地の達成は諦めざる得ない状況と
判断したのです。」>>610 
 だからこそ、結果的に仏陀の教えから遠く離れてしまったのです。ここでもう1度、ゴータマの教えの基本
に立ち戻ろうとすることは妄信・狂信ではありません。「自灯明」はそんな好き勝手にしていい、ということ
ではない。「私の残した教え(法)を拠り所として、自分自身で修行に励みなさい。」という言葉です。
700宝珠愚者:2008/12/20(土) 19:24:08 ID:5LoFzwjn
 もちろん、大乗思想の全てが仏陀の教えと完全に異なるわけではないし、仏陀が説かなかった事柄にお
いても価値の在る部分なども確かにあります。全てが間違っているわけではありません。しかし、やはりゴ
ータマの教えを歪曲している部分というのはあり、教えからは遠く離れてしまった・・。
 末法という話も仏教世界にはあるわけですが、ゴータマはそんな未来世の弟子たちの姿なんぞはとっく
に見通されていたようです。

 「比丘らよ。未来世に比丘どもは次のようになるであろう。
 如来の説かれたこれらの諸経典は深遠であって意義が深く、出世間のものであり、空と相応しているも
のであるが、それらが説かれる時には、彼らはよく聞こうとしないし、耳を傾けようとしないし、了解しようと
いう心を起こさないであろう。それらの教えを受持すべくよく熟達すべきものであるとは考えないであろう。
 これに反して文芸人によって創られ、詩文調であり、文辞麗しい諸経典は、外道に由来するものであり、
弟子たちの説いたものであるが、それらが説かれる時には、彼らはよく聞こうとし、耳を傾けようとし、了解
しようとする心を起こすであろう。それらの教えを、受持すべくよく熟達すべきものであると考えるであろう。
 かくの如くにして、如来の説かれた、深遠にして意義が深く、出世間のものであり、空と相応している諸
経典は消滅してしまうであろう。
 比丘らよ、それ故にここでこのように学ぶべきである。―[如来の説かれた、深遠にして意義が深く、出世
間のものであり、空と相応している諸経典が説かれる時に、我らはよく聞くことにしよう。耳を傾け、了解し
ようという心を起こそう。それらの教えを、受持すべくよく熟達すべきものであると考えることにしよう]と。」
(中村 元著『原始仏教の思想・下)
701宝珠愚者:2008/12/20(土) 19:24:36 ID:5LoFzwjn
 「死んだら全ては消滅する」といった断滅論については外道(六師外道)としてゴータマは明確に戒めたの
です。ただの唯物論者たちは好き勝手にするのでしょうが、しかし、自称仏教徒たる者がこれを語るという
有様については、これだけはどうにも頂けないのです。他の人までが仏教を完全に誤解してしまいます。
 残念ながら、輪廻転生の法則からみれば、「興味、関心が全くない」という人も、「そんなものは最初から無
い」と考えている人も等しく輪廻して、再び後の世において再生します。

 「この世において或る賢者たちは、『霊の最上の清浄の境地はこれだけのものである』と語る。さらにかれ
らのうちの或る人々は断滅を説き、(精神も肉体も)残りなく消滅することのうち(最上の清浄の境地がある)と、
巧みに語っている。」(スッタニパータ876)
702ゴリアテ:2008/12/20(土) 19:29:24 ID:vG4OcpKH
馬鹿野郎 イエスキリストが再臨したら、生まれ変わりは妄想だって証明されちまうんだよ。死んで復活した身体で再び地上降誕するんだからな。赤児としてではなく栄光の出現でな
お前らの輪廻肯定論は屁みたいにふっ飛ぶんだとさww

703神も仏も名無しさん
>>675
>それは確かに初期の私の書き込みですが、再掲の意図がよくわかりません。
私への批判であるならば、具体的に仰っていただければ、ありがたいのですが。

いいえ、あなたは、常に冷静で謙虚な探究心で勿論、批判などはありません。
>>648の鋭いあなたの質問に>>650氏の↓

>あ〜、無意味だった。 あなたは、理解したい人かと思ったのが間違ってました。

↑ の言い回しが宗教者特有の傲慢さがあり、不快に感じられたので↓

>また、これもよくみられますが、質問者の回答に窮して、非常に観念的な単文のレスを
返し、「これでわからなければ、お前はダメだ」 「わからないのは、お前がバカだから」 
と自分の理解力のなさ、説明能力の貧困さを隠そうとする者がいますが、これらは無視して
いきましょう。★☆

↑ を再掲させて頂きました。負けないで突っ込んで欲しいとも思いますが、
個人的には、既に机氏とご隠居氏が修行によって仏陀のステージを理解し既に超えて
おられると思ってます。(>>680>>695・・・等多数)

他の方は、経典に頼ってるだけで体験してないのと、宗教エゴで執着してるのでしょうw