1 :
3こすり半番長 :
2008/01/21(月) 19:24:31 ID:c/5LDDBY スレの乱立申し訳ないと思っている。・・・が 天理教の言うところの「いんねん」について 何でも好きなだけ語って欲しい。 正直俺も迷っている
2 :
3こすり半番長 :2008/01/21(月) 19:34:35 ID:c/5LDDBY
救いなのか、束縛なのか? 「いんねん」についてとにかく聞かせて欲しい。
3 :
S 2027 :2008/01/21(月) 21:31:40 ID:MJmHPXX4
いんねんは自らが自覚するものだと思う。 あれこれ言われて諭されても胸に治まらなければ、それこそアナタの言うところの束縛となっていくかも知れない。 おそらくこらからいろんなレスが舞い込むことでしょう。 いんねん寄せて守護するという言葉を信じるなら、一つ一つのレスは神様からアナタに対してのメッセージとも悟れます。 そのレスをどう受け止め、どう心の糧にしていくかも味わってみるのも一考かと思います。 いんねん→自覚→たんのうに繋がらなければやっぱり勇めなくなってしまいます。 俺は「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」的ないんねんの自覚、たんのうで良いと思っています。 その内当たるようにようになってきますから・・・って無責任かなw
「因縁」という言葉で、信者を脅しているエライさんがいるのは残念だ。
猫がいんねん 犬がおんねん
6 :
本通りの顔 :2008/01/21(月) 23:43:54 ID:sBCasxfF
パンドラさん、乙です! 聞くもいんねん、見るもいんねん。今ある全ての人間関係も、いんねんの作用による親神様のお引き寄せなんでしょうね。 以前「自分のいんねん悟らずして人にいんねん説くべからず」みたいな事を、どこぞのスレに書き込みましたが、難しいですよねf^_^; それはそうと、野良天さん来ないかな…
因縁については色々話があるけど ●因縁よせて守護をする もし自分が北朝鮮に生まれたとして因縁だから仕方がない と思えますか? ●見るも因縁、聞くも因縁・・・ 毎日のように流れる凄惨なニュース。全て因縁でしょうか?
一応自分の考えを言うと・・・ ●因縁よせて守護をする 周りだけでなく環境や社会すべてが因縁ととらえるしかないのかと 思う。爺ちゃん婆ちゃん世代は多くの人が不条理に戦争で 死んでる訳で、そういうことを考え出すと節と因縁の境目も分からなくなります。 ●見るも因縁、聞くも因縁・・・ ニュースは別として考えた方がいいのかな? そうじゃないと極端に言えば日本全国というか世界が同じ因縁になってしまう。 実際自分の周りで起きたことを考えるようにしてますが難しい。
,. ´  ̄ ̄ ̄ `丶、 / \ / ./ /_! ヽ !/ , / ァ‐'''フ/ | l ', / .///ー' 〃ー' ヽ、| , i , /| '´ - - | |_| !/i l  ̄ ̄` ´ ̄ ̄ ||} . 〈| ! | .!イ __ , -―- 、 いんねん? そんなもん、 l`| | ∪ | .l.l/.:.! __,r‐、 || | r――┐ , ! !{.:.:.! /.:ノ.:.:〈 . ヽ| |\ ` ̄ ̄´ ,.イ | ||:.:.:.\ ,.-ノ:/.:.:.:/ な い な い . | .!>{::`:ーr:┬:r‐:´::: }<! .| >、:.:.:.Υノ :.:.:.:.:/ ,| |:::::\::::|:: |:::|::::_:/::::::| !{__:.!.:.:.:.!;.-'.:.:.:./ /.| |::::::::::/::∧::\:::::::::::::! |ノl:.\:.:|:.:.:.:.;.イ、 . | i \::/::/ \::\::/ | ヽ:_:ヽ.:.:/丿i . ヽ ト、 } ̄| | ̄{ ,イ 丿  ̄ ̄ | jノ. ∨ ト、__,.イ ∨ l,ハ ノ /! |:::i:::::i::::| i 〉、__ ,.イ / ,! | |:::l::::::!:::| |∨  ̄ ̄ /
10 :
3こすり半番長 :2008/01/22(火) 08:06:27 ID:ct2OpoTK
皆さま方レスありがとうございます。 もう少し掘り下げて考えて見ようと思いますので 以下の内容についてアドバイス願います。
11 :
3こすり半番長 :2008/01/22(火) 08:09:16 ID:ct2OpoTK
---3人の子供を持つ母親から。(ラジオからの人生相談引用)--- 長男・・知能に障害があり施設と家を定期的に往復している。 次男・・22歳の健常者。 長女・・16歳で高校生。そして旦那の5人家族。 問題は、22歳の次男。 彼は、高校から家に引き篭もり状態で、学校で自分が虐められるのは、 障害者の兄が居るせいだとして、無抵抗の兄を家の中で殴っていたそうです。 兄は殴られても、何をされているのか認識出来ないので、されるがままだったそうです。 これを止めさせようとしても、治まらなかったので、アパートに次男を一人暮らしをさせている様です。 費用は全部、親御さんの負担です。 そして、次男は1度も働いたことが無いままとうとう、22歳に現在なっています。 次男が現在、親に要求している事は、 「自分の人生がこんな状態に成ったのは、全部、親の責任だから 生活費をもっとよこすか、嫌なら家に一緒に同居をして、面倒を見てくれ」 という事でした。 どのようにしたらいいでしょうか?
12 :
本通りの顔 :2008/01/22(火) 10:40:59 ID:fEtWvq88
私の考え 15歳までの子供の身上は親に見せられていると、お聞かせ下さっているように、この家、両親に生まれたのが因縁であり、長男さん御自身は因縁が深いとはちょっと一概には言えないと思います。 次男さんの事情ですが、これは一人暮らしをさせて遠ざけててはダメです。家に移り住んで、長男さんへの理解を深める努力を周り共々する。 家族の協力が必要ですね。 親神様は越えれない節、壁は用意されない。因縁は通らにゃならん、通さにゃならん。 一家でこの節を乗り越えられたら、長男さんの身上も気にならなくなるぐらい、絆が深まると思います。
13 :
ふくろうおジジ :2008/01/22(火) 11:07:50 ID:Vae809cZ
周りで起こる全てのことは、心の成人の糧じゃて ホーホホホホホォ〜
いんねんを天理用語と捉えて分けて考えるところにこそ、根本的におかしいのでは?
現在、社会的に使われる因縁という単語で、最も多く使われる文章では、「因縁浅からぬ関係」かな?
最近の使われ方で、ちょっと例を挙げると、スポーツニュース関係で、こんなものがある。
gooスポーツニュース「屈辱の惨敗!朝青ぶざまに落とされた」
ttp://number.goo.ne.jp/news/kakutogi/article/kfuln20080115004001.html ・・・因縁浅からぬ稀勢の里に負けたというのに、傷心の横綱は必死になって仏頂面を繕うだけだった。・・・
横綱には申し訳ないが、有名人としての性ということで勘弁願いたい。
さて、本題に戻すと、ここで話す因縁の意味と、天理教で使われる「いんねん」に、違いがあるのだろうか?
まず、「いんねん」自体の意味としては違いはない。
過去の柵が多く、今に至る・・・結局こういう事で、それは天理教で語られるのも同じ事。
そこに、写し鏡の思案が入ってくる。
この思案が無視されると、天理教の会話で出てくる「いんねん」の話は、意味が通じなくなる。
「いんねん」の言葉が特別なのではなく、思案による悟り方が飛躍してしまうのだと思う。
15 :
本通りの顔 :2008/01/22(火) 14:50:39 ID:fEtWvq88
その写し鏡が、これまたややこしいんですよね。 どこまで写すか、ですよ。
>>10 ,11
天理教としての思案をするアドバイスなら、この場合はまず、「かしもの・かりもの」から!
次に「ようきぐらし」
まず、その話を理解してもらうことが最初です。
おいおい、自分たちで悟れるようにしてもらうことが大切だと思います。
簡単に他人の事情を想像するのは、大きな間違いを導きそうです。
視点が親の視点ですが、その親御さんの性格や暮らしぶりを見ずに迂闊なことは言えません。
単なる次男さんの行いに、叱りとばすのは簡単なことですが、根本的解決にならないでしょう。
只、因縁寄せて守護・・・の点からのみ思案させて頂ければ、少しはどうするか見えてきます。
因縁の果てが今の家庭環境・・・ここを省みて、先ずは強制的にそれぞれを離すことだと思います。
但し、これは小手先で、場合によっては拗らせることになります。
せんしよのいんねんよせてしうごふする これハまつだいしかとをさまる
因縁近き者でまとめて守護を戴くことで、末代まで収まるというならば、最終的には家族で悟っていかなくては。
17 :
本通りの顔 :2008/01/22(火) 18:14:22 ID:fEtWvq88
そうですね、迂闊でした。 やはり家族単位になりますよね。 長男さんの身上はともかく、事情は難しいですよね。 かの有名な、自他共に認めるスピリチュアル・カウンセラー、江原啓之さんも、霊視した家族をテレビ放送で失言してしまい、問題となった事件がありました。 以後気をつけます。
18 :
本通りの顔 :2008/01/22(火) 19:02:20 ID:fEtWvq88
おジジは相当パンドラさんの事気に入ってるみたいですねw 中山みき教ですか・・・んでアナタはさしずめ教祖と言うわけですね。アナタの言動に興味が有ります。ハンネ、変えてくれないですか? 質問です。 中山みき教は御本席様の事及び「天理教」が定めた三原点の一つ、おさしづ、また、歴代真柱様の事はどうお考えですか?お答え下さい。
19 :
本通りの顔 :2008/01/22(火) 19:06:18 ID:fEtWvq88
連投失礼しました! スレ違いですね、完全に。(詳しくは宗教板、天理教教会子弟は〜スレ参照)
中山みきは「いんねん」を解いていたのでしょうか?
> 周りで起こる全てのことは、心の成人の糧じゃて
エライさんは口が上手い。都合の悪いことは「いんねん」「糧」のせいにしてしまう。こういうのに騙されないこと。
本当のいんねんとはどういうのかは、ここにいるまともな信者さんなら分かるだろう。
>>14 > いんねんを天理用語と捉えて分けて考えるところにこそ、根本的におかしいのでは?
勘違いしておられるようだ。言葉どおりの「いんねん」を、世間の多くの人は信じていないのだ。
だからあなたのいう「いんねん」というのは天理教の世界でしか通用しないのだ。
試しに非信者の人に「いんねん」を使って病気や不幸ごとを説明してみたらいいだろう。相手が怒るのは当然だ。
そもそも「いんねん」があるかどうかを
>>14 さんはどうやって証明できるのですか?判断するのですか?
口先でいくらでも、「いんねん」と作り出せるのだ。こういうものに騙されてはいけない。これがエセ天理教なのだ。
>>16 > 簡単に他人の事情を想像するのは、大きな間違いを導きそうです。
よほど上手いカウンセラーや精神科医でも他人の立場に立って理解するのは難しいのだ。
しかも相手と同じ気持ちになるということは相当精神的に消耗する仕事である。容易に出来ることじゃない。
天理教だって、「おさづけを取り次ぐ」を「本当に」出来る人は相当肉体的精神的に消耗するでしょ?
家族の事情に関する思案、悟り方について。 因縁寄せて守護される。また、写し鏡でもある。 或る事情が起きても、これは家族みんなの事。 だとしたら、家族の誰か、お母さんでも子供でも、勿論お父さんでも、 真っ先にその事情に見る諭しを悟ることで、事情解決に繋がっていく・・・ 一人の悟りで、みんなの守護。 誰かが写し鏡で見せられた、納消したい因縁を悟り、心を定める。 すると、その姿が徐々に家族に見せられる。 よって、家族みんなが、切りたい因縁を納消する。 自然とその因縁にまつわる事情も解消する・・・ まず一人が気付き、思案し、悟り、心を定める・・・これが家族の事情解決の近道かと。 自分の家族の経験則から。
>>20 説いてますよ >いんねん
言葉通りの因縁を、信じていないのは、あなたを含めた少数の方々では?
例文で挙げさせて頂いたのは、極々一部で、その文節で試しに検索してみて下さい。
一般の方々の文章に、自然な使い回しで数多く出てきます。
まず、あなたが思う、信じる信じないとする意味を、あなたの言葉で書いてみて下さい。
>>14 で書いた私なりの定義を見れば、信じる信じないの類でない事は、容易に判るはずです。
失礼、
>>22 に少し加筆します。
>>20 信じる信じないという、あなたなりの因縁の定義を、あなたの言葉で書いてみて下さい。
>>21 では、具体的にどうすればいいのでしょうか?
>>22 > 言葉通りの因縁を、信じていないのは、あなたを含めた少数の方々では?
信じている人の報が少数だって。まあ、この辺は人に迷惑をかけなければ信仰の自由だからいいけど。
議論しても意味ない。
ただ、信じてない人間に、「因縁」という言葉を使って不幸ごとを説明したら怒られますよ。
天理教の常識は、世間の常識ではないことを理解しておくべきです。
天理教信者が、「お道の常識は世間とは違う」と書いているくらいですから。
それはともかく、私の質問に答えていただけますか?まずはそれからです。
>>24 >私の質問に答えていただけますか
相変わらずケムに巻いて誤魔化してるな。それならその前に、
1週間ほど前に質問したお前の考える「カルト」の意味を先に書け。
この人は自分の事はどこまでも棚に上げるね!
あと、国語辞典+Wikipediaの「因縁」の欄は読んだんだろうな。
投稿ブロックかかっていても、読むことはできるだろう。ekiqloよ。
その上で書き込んでいるのなら、懇切丁寧に解説してやる。
日本語の基礎からな。
読んでないならただの知ったかぶりなので議論する以前の問題。
筋の通らない、いい加減な批判は許さん。
27 :
ふくろうおジジ :2008/01/22(火) 22:35:15 ID:Vae809cZ
>都合の悪いことは「いんねん」「糧」のせいにしてしまう。こういうのに騙されないこと。 あほ〜おまえさんは「糧(かて)」の意味がわかっておるのか? 誤解してるところをみると理解できておらんようじゃ。 勝手に解釈するとは、良いことではないぞよ、なにしとるんじゃ?
28 :
3こすり半番長 :2008/01/22(火) 22:45:39 ID:ct2OpoTK
-----
>>11 に関してここまでのまとめ---------------
>>12 >この家、両親に生まれたのが因縁であり
>長男さん御自身は因縁が深いとはちょっと一概には言えない
>家族の協力が必要
>>16 >因縁の果てが今の家庭環境
>因縁近き者でまとめて守護を戴く
>>21 >或る事情が起きても、これは家族みんなの事
>家族みんなが、切りたい因縁を納消する。
「家族としての事情がある場合には家族として捉える事。
家としての「いんねん」と捉える事で解決へと向かう。
先ずは一人から始める事。そしてだんだんと家族に移っていくように。」
という事が大事なようですね。アドバイスありがとうございます。
-------------------------------------------------------------
では母親は何から始めるのがいいのでしょうか?
29 :
神も仏も名無しさん :2008/01/22(火) 23:26:20 ID:qo2VQXjG
天理教も所詮は「××したから●●だ」とか, 「あの時こうしなかったから因縁が追い付いて病気になった」とかいうペテン宗教。 中山みきよりも自分とこの教会の会長を真っ先に敬う辺りがアホ。 うちの爺の話によれば,爺の通う教会の初代会長様は, 事故に遭って医者も匙を投げた死ぬ間際の人の話を聞いて, 「その人は治る」と言ったら数日後に完治したんだと(笑) 臓器が潰れて骨がバキバキに折れてたのに一週間後に元気に歩いてたんだと(笑) 爺に「足を洗って助かり給え」と言ってあげたが陽気に笑ってた。 かわいそうだけど爺はもう救えそうにない。
30 :
神も仏も名無しさん :2008/01/23(水) 00:13:29 ID:xoZFP9ax
上田ナライトなんか色情因縁のかたまりw
>>28 何はともあれ、かしもの・かりものを知ること。
仮に話しづらい環境ならば、今の環境で喜べることを見つけること。
その喜べる環境に感謝する気持ちを持つこと。
・・・
因縁云々言う前に、心一つの教えをしっかり心に納めなければ、何の話もない。
かしもの・かりものの話を知るということは、その御恩を知るということ。
この身が今ある事を喜べるということ。
納まっていない者に因縁の話をしても、写し鏡一つにしても、上の空になってしまう。
身上・事情を通して、心を変える努力で見える結果をたんのうし、改めてかりものを実感し、悟っていく。
ここにしろ、何処にしろ、神様の手引きがあって話を聞く機会を与わる。
だからこそ、理屈は後からで良いから、先に心を変える努力をして貰う工夫をしていくことが大切。
>>31 取り敢えず家族のみんなが謙虚な気持ちになって反省すればいいのか?
33 :
31 :2008/01/23(水) 13:44:50 ID:HbcFRlkK
>>32 いえいえ、反省ではなくて・・・
例えば、お母さんの立場で言えば、知的障害を持つ子供が居たとしても、
結婚して、家庭を持って、子供も3人も居て、という今の環境を、
まずは有難いと思えるようにしていきましょう、という意味です。
人間独りでは生きていけない。
周りに目を向ければ、お世話になってる方々も居るはず。
知的障害の息子さんにしても、全く反応が無い訳ではないはず。
ちょっとした事に、楽しみと、それに伴う御恩を感じるセンサーを養うことです。
その姿を家族が見て通れば、お母さんの気持ちはみんなに通じます。
出来れば、神様の存在を知って貰うのが一番ですが・・・
少しずつ心を変えることで、生活が変わってくることを実感して欲しい。
喜び、感謝の心を持って暮らしていくことは、たんのうに通じる。
理屈を知らなくても、自然と因縁も切れていくというものだと思います。
34 :
3こすり半番長 :2008/01/23(水) 18:38:32 ID:nHkYiCqX
>>33 >喜び、感謝の心を持って暮らしていくこと
で母親から突破口を見出していくのは素晴らしい姿かと思います。
---------------------------------------------
ただこのような状況の母親に
「結婚して、家庭を持って、子供も3人も居て、という今の環境を、
まずは有難いと思えるようにしていきましょう」
「有難いと思えるようにしていきましょう」
と助言してすぐに母親がそれを受け入れるとは考えにくいんですよね。
-----------------------------------------------
もうすこし掘り下げさせていただきます。
(いんねん本来のことから外れておりますが・・・・)
母親が「ありがたい」と思うようになれる具体的な行動は何があるでしょうか?
>>34 そこから先は、やっぱり実際に会って、直接話をさせて貰ってからでしょw
とはいえ、
・作り笑いでも良いから、意識して笑顔を作ること!
・人に対して(家族でも)、言葉で御礼を言う癖を付けてみること!
・ため息は付かないこと!
・けして、何があっても他人のせいとは思わずに、前を向くこと!
・御長男が脳障害を持ちながらも生きていること、他の家族が健康なことを
1日1回、近くに教会があればそこで、無ければ近くの神社で参拝し、御礼を申し上げる!
なんて感じかな?
特に、御礼を言う癖を付けようとすると、感謝できる事を探す癖が出来る。
どうでしょうかね?
36 :
3こすり半番長 :2008/01/24(木) 20:13:16 ID:MhL8S5Rh
>>35 >言葉で御礼を言う
のが特にいいですね。
職場や他人に対して「ありがとうございます」って言う事はあるけど
一番世話になって迷惑かけている家族に対してなかなか言わなかったりしますもんね。
人事ではなく私自身も「感謝神経」をみがかなければいけないと思いました。
-----------------------------------------------------
いんねんの話に戻ります。
仮に「前世のいんねん」から「今世のいんねん」が事情として現れていると仮定した場合
母親は前世で解決できなかった問題を引き継いでるのか?
それとも前世に親に対してそのような行為をしたから今世で果たすために事情が発生したのか?
天理教的な解釈としてはどちらなんでしょうかねぇ。
そろそろ、上げても良いんじゃない?と、言いつつも、自分もsageてますけどw さて、微妙な問題に入ってきてますね。 あまり、他人様の、特に会っても居ない方のいんねんを勝手に思案するのは失礼だと思いますが・・・ その点をお断りしつつ、こちらも勉強のつもりで書かせて頂きます。 今回の事情は、次男さんの所謂”引きこもり”状態を指すのでしょうが、その前に御長男さんについて。 御長男に表れる、つまり、御夫婦の最初のお子さんに幼少期より、知的障害を持つ身上を見せられる、 ということは、その家の因縁の線が強いかと存じます。 一見すると、「見るも因縁、聞くも因縁、世話取りするは尚のこと」と、お聞かせ頂くので、 一番世話取りする方、つまりお母さんの方に目がいきがちです。 しかし、二つ一つの理や、他ならぬ家を継ぐべき御長男に見せられているのですから、 この場合、やはりこの家の因縁には違いないでしょう。 この家の、御先祖からの成り立ちをお伺いしないと見えてこない話ではあります。 邪推すれば、御夫婦は成らぬ中のご結婚かも知れませんし・・・ その因縁自覚から、たんのうするべきところを、不足混じり、「どうしてうちだけ」などと通っていることを 想像してしまいますし、ましてや家を、その姓を継ぐ男子が育たないことが、そう思案してしまいます。 質問の答えに戻すと、前生のいんねんと、今生の行いから、この様な事情に繋がると思います。 あくまでも、私的思案の仕方です。詳しい内情も判らないので、ちょっと想像も入ってます。 広く諸先輩方(教会長、後継者、ようぼくの皆さん)の意見を求めることを、お勧めします。
38 :
3こすり半番長 :2008/01/25(金) 21:48:39 ID:mnMLEd7D
皆様方のアドバイスを参考にさせて頂きまして -------------------------------------- 前世で縁のあった「魂」達が、前世で果たせなかった事(元のいんねんに立ち返る事)を 今世で果たす為に、お互いを必要としてこの家に集まる事になった。 そしてそれぞれの「魂」がそれぞれの役割 ・長男は、健常者であることがどれだけありがたいことか?を気づかせてくれる役割。 ・母親は、障害をもつ子を抱えながらも愛情豊かな役割。 ・次男は、問題提起を行い、皆が成人するために起爆剤となる役割。 として「魂」同士が磨きあいながら「魂」が元のいんねんに立ち返ろうとしている状態である。 天理教的な解釈でいうなら せんしよのいんねんよせてしうごふする これハまつだいしかとをさまる 状態であるのではないか。 ---------------------------------------- と私は解釈させて頂きました。
39 :
S 2027 :2008/01/25(金) 22:14:00 ID:PvCzfBIz
>>38 夫、つまり夫婦が抜けています。
更にいえば、夫婦の両親も抜けていますし、娘さんの思い、行動も抜けています。
ラジオから流れた部分を思案するだけでは、解らないことも多くあると思います。
聞こえることも一つのいんねんを寄せる形だとは思いますし、ネットから見えることも同様であろうと思います。
ですから、思案することに異論を唱えるものではありません。
より深い思案は実際にあなたが関わる中から見えてくると思います。
今回の貴重な思案は、あなたがどなたかのおたすけの上に立った時、大きなヒントとなると思います。
>「魂」同士が磨きあいながら「魂」が元のいんねんに立ち返ろうとしている状態である。
まさにその通りだと思います。
40 :
神も仏も名無しさん :2008/01/25(金) 22:35:28 ID:z0CmoTPu
天理教で云ういんねんは悪いことに使っているようです。
41 :
S 2027 :2008/01/25(金) 22:47:37 ID:PvCzfBIz
>>40 もう少しこのスレを永い目でみてあげようね。
面白いスレになっていくかもしれないよ。
出来たら見てるだけにして欲しいんだけど・・・
42 :
3こすり半番長 :2008/01/25(金) 23:26:45 ID:mnMLEd7D
>>39 >>41 思いつきでスレ立てたものでして・・・
長い目で見ていただければ幸いでございます。
>>40 そこなんですよ。
しかしながら人を苦しめるために「いんねん」という言葉を
教祖が使ったとは思えない。
だから私も迷っています。
>人を苦しめるために 逆でしょ・・・ 大難を小難、無難に通らせて頂いてる事を知るのに、どんだけ深い因縁かを知る必要があるのでしょう。 要は神様の御恩を知らずに暮らしているから、苦しめるため・・・等と思うのですよ。 しかも、その人が乗り越えられる程度に。 「おたすけ」のまねごとをしていてさえ、人の性格、行為を省みる時、今の事情の成ってくる姿が映ります。 自分の事は見えないですが、他人のことならよく分かります。 その人の自覚はなくとも、こちらからすると、 「こんな事をしでかしておいて、よくこの程度で済んでるな・・・」 と、いったかんじです。 又逆に、何をやってもうまくいく人、こちらからすると、努力無くして成功する人を見るとき、 その人の性格や、行いに、「成る程・・・」と唸らずにおれない人も居ます。 全て過去から現在に渡って、それなりに通ってきた因縁を悟れるのです。 前向きに思案すると、成功するには、それなりの因縁を作っていけば良いことになります。 因縁を理解するには、事情や身上だけでなく、立派な人、上手くいった人を観察するのも一つだと思います。 例えば、難関大学に学校の勉強だけで受かるような人を、よく観察すると、 どのような行為をすれば、受かる結果を戴く因縁を作れるか、思案できるかも知れません。
44 :
3こすり半番長 :2008/01/27(日) 07:26:34 ID:JHDWdtLd
皆様方アドバイスありがとうございます。
さて
>>11 に関してですが・・
--------------------------------------------------------
なぜ次男は高校時代から引きこもりになり、障害者の兄に暴力を振るうようにな
ったのでしょうか?
今では、「いんねん」は幹部が信者を脅すことに使われている。これは大きな間違いである。
>>45 余りにもしつこいので、少しコメントしておこう。
まずは確認。
ID:Mk32XSLU=ID:z0CmoTPu=ID:Wj9fQRVyですね?
>>44 まず、本人の普段の仕草から、性格、その時期に何が起こったかを、具体的に知らなくては、
お道を通しての思案は出来ません。
確かに「因縁寄せて守護」とは出ていますが、同時に「家族と雖も一名一人」の観点から、
次男さんの症状は、次男さんだからこそと、思案させて頂きます。
また、家族の因縁と捉えるのであれば、お互いがその姿を、どう感じるのかがポイントです。
それを見る人によって、自分の因縁で見るため、その見方で自分の因縁を悟り、
更には家族の因縁を悟ること繋がります。
>>37 天理教では、そういう解釈をするのね。でも、信者でない人に言ったら激怒される内容だ。
読んでいて気分の良い無いようではなかった。
>>48 相変わらず遅レスに定評のあるekiqloちゃん
(ID:Mk32XSLU=ID:z0CmoTPu=ID:Wj9fQRVy)だね。
遅すぎるから議論にならないし意味不明レスになるんだよ。
プリンタでスレ印刷してから鉛筆で下書きして書いてんのか?
それとも、直近の質問に答えられないから誤魔化してるつもりか?
50 :
神も仏も名無しさん :2008/01/27(日) 17:40:30 ID:Mk32XSLU
四葉のクローバー
> いんねん―【因縁】 > > 「いんえん」の連声。基本的な原因すなわち「因」と、それを助成する機縁すなわち「縁」 > (1)〔仏〕 事物を生ぜしめる内的原因である因と外的原因である縁。 > 事物・現象を生滅させる諸原因。また、そのように事物・現象が生滅すること。縁起。 > (2)前世から決まっていたとして、そのまま認めざるを得ないこと。宿命。「これも何かの―だ」 > (3)前々からの関係。縁。「浅からぬ―」 > (4)由来。来歴。いわれ。「―を語る」「いわれ―」 > (5)言いがかり。 天理教の場合、(5)が当てはまるような・・・。
52 :
3こすり半番長 :2008/01/27(日) 20:40:45 ID:UD+jrbLd
>>48 ,51
だから、注意書きをしてるのだが・・・
全て合ってるよ、辞書の意味で。この道では、(1)から(2)の事と捉えて欲しい。
でも、辞書から引用しても、意味が分からないでしょうにw
折角だから、どんな点が激怒する内容か、書いてみてくれませんか?
但し、拾い読みをして、全体を捉えない書き方はしないようにして下さいね。
信仰の中での話ですから、その点を誤解なさると、話にならなくなるのはお断りしておきます。
スレ主さん、少し誤解を招く書き方をすると、「因果応報」と同じ意味に思われていませんか? 前生や過去の悪行が、現世にその報いとなって現れる。 また、それは避けられない宿命だ、とされていますね。 教祖さまが、その親心を持って、因縁の話をして下さいました。 根本的に「因果応報」とは、違うと思案させて頂きます。 そこに、「心」があり、その心定めで変えさせて頂けるのですから。 但し、人が思案する因縁は、その思案もまた、その人の因縁で見てることを認識する必要があります。 その為に、心を澄まして見るように、注意が為されていますよね。 「何見ても、何聞いても、腹たたんようになったら、心澄んだと言う」 当事者にこんな事出来ませんよねwだから、誤解を招くのでしょう。
55 :
3こすり半番長 :2008/01/27(日) 22:07:55 ID:UD+jrbLd
>>54 私自身は「いんねん」って「救いに誘う神の働き」とイメージしてるけど。
たぶん自分の中で納まってないんだろね。
56 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/01/28(月) 05:30:00 ID:dFspcg4+
11 :3こすり半番長:2008/01/22(火) 08:09:16 ID:ct2OpoTK ---3人の子供を持つ母親から。(ラジオからの人生相談引用)--- 長男・・知能に障害があり施設と家を定期的に往復している。 次男・・22歳の健常者。 長女・・16歳で高校生。そして旦那の5人家族。 問題は、22歳の次男。 彼は、高校から家に引き篭もり状態で、学校で自分が虐められるのは、 障害者の兄が居るせいだとして、無抵抗の兄を家の中で殴っていたそうです。 兄は殴られても、何をされているのか認識出来ないので、されるがままだったそうです。 これを止めさせようとしても、治まらなかったので、アパートに次男を一人暮らしをさせている様です。 費用は全部、親御さんの負担です。 そして、次男は1度も働いたことが無いままとうとう、22歳に現在なっています。 次男が現在、親に要求している事は、 「自分の人生がこんな状態に成ったのは、全部、親の責任だから 生活費をもっとよこすか、嫌なら家に一緒に同居をして、面倒を見てくれ」 という事でした。 ・・・ 長文になるので、ここでは長く書きません。 @、母親が悪い。 A、母親の結婚事情においての悪事があり、それは、夫に秘密とされている。 ここを絞り込んだら、母親が自白します。
やはりそうなるか・・・
>>37 の思案をした者ですが、家を考え、次男の役割を考え思案すると基本氏と似た思案になる・・・
只ね、悪いということまでは、言えないですけど。
どうしても、母方になりますね、根本は。
心に傷つく物言いは、因縁を知るための写し鏡、そこを思案すると因縁成ればこそ。
58 :
3こすり半番長 :2008/01/28(月) 08:16:38 ID:3pPXk7gY
ここまでの所感 --------------------------------------------- 今回の問題は生まれ育った環境がどうであれ 「自立して働き暴力をやめる事」ができない22歳の次男へ責任能力のなさや甘えを問われてもしょうがない。 部分もあるかと思いますが、次男自体を変えていこうという意見はあまりなく 家族や特に「母親」に焦点をあわせ解決に導こうとする意見が多いのは興味深いところです。
>家族や特に「母親」に焦点をあわせ解決に導こうとする意見が多い 因縁思案は、写し鏡から。「世界は鏡」そこから悟るよう、おさしづにも度々出てきます。 そのから思案しますと、見せられて困る者こそ、その因縁の深さを感じます。 仮に、周りから見て何も感じない人に、ある人は素晴らしいと思い、果ては結婚までする人も居ます。 「夫婦皆いんねんを以て夫婦という。」というおさしづもあります。 また逆に、やはり周りから見て良い人でも、ある人とはどうしてもそりが合わない人が居ます。 世界は鏡なら、やはり因縁のものでしょう。 すると、その人本人より、その見せられてもっと困る人に何かあると悟るのは、自然の流れかと。 これはよく耳にするだけで、真実かどうか、まだまだひよっこの私には解りませんが、 長男、長女は家の因縁を強く受け、次男には母方の因縁を見せられるとお聞きします。
60 :
3こすり半番長 :2008/01/28(月) 21:31:36 ID:3pPXk7gY
>>59 いんねんの思案ってものすごい衝撃がありますね。
61 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/01/29(火) 01:05:11 ID:pfTLO3rr
先ず、「誰が誰を阿呆とみなして、馬鹿しているのか」で、一つの理が見えます。 小さい頃から、長男さんは、家族が馬鹿にしていたと言う事になりますが、 長男というのは、子供の頃は「父親の理」ですから、 馬鹿にしていた人は、誰かは、ともかくとして、 馬鹿にされていた人は、父親の理に相当する人ということになります。 ところで、この相談者さんは、働かない次男に独立した生活環境を与えていて、また、長男さんを保護して生活してますから、 お父さんは、経済力がある人ということのようです。 すると、収入がないとか、社会生活できないとかでは、 お父さんには、馬鹿にされる理由が無い。 馬鹿にされる理由というものは、他にあるということになります。 次に、働けない長男と働かない次男と、普通に暮らせるであろう長女16才。 この、図の、未来というものは、 つまり、経済力のある両親が、やがて老いて行く、 すると、もっとも大変なのは、長女16才。 長女16才さんは、お母さんの影響下と思案しますと、 問題は絞り込めます。
>>42 > しかしながら人を苦しめるために「いんねん」という言葉を
> 教祖が使ったとは思えない。
私もそう思います。天理教は、中山みき亡き後幹部の都合のよいように教理をねじ曲げられてきた経緯があります。
だから、「いんねん」が人を苦しめるようになったのだと私は思案します。
元の教えに立ち戻り、天理教は出直す必要があると思います。
63 :
神も仏も名無しさん :2008/01/29(火) 10:16:25 ID:MhSGxr1X
「いんねん」とは、天理教に「色情因縁」が色濃く有る。 だから入信などしたら、その影響を受ける、つまり色情因縁をもらってしまうのだ。 男性は女、女を欲しがり、女性も男を求め情欲の渦に巻き込まれて三股四股も平気だ。 その上に嫉妬深い。教会子弟も表面は真面目を装っているが陰では性風俗の虜になっている者も多い。 天理教の色情因縁は今に始まったことではなく、天理教の歴史そのものが色情なのだ。 色情の因縁の穴に堕ちる前に天理教から離れた人は助かった人なのだ。
>>63 また君か?
因縁の思案はまだ早いよ。
「天理教は」という書き方をする場合、「元のいんねん」しかない。
「色情因縁」とかそういうものは、人単体に使う。
下手な聞きかじりは、生兵法だから、しっかり理を考えて思案すること。
そろそろ、もう少し説明をしておくと、確かに因縁は一般的道理を指すもの。
しかし、それによっては、事情・身上という、神様から手を引かれて導かれることがある。
このような事は、全てではないが、「悪因縁」と呼んでいる。一般に出てくる「色情因縁」もそう。
ここで言う、身上を説明すると、怪我や病気など、体に関するトラブル全般を指す。
君の度々書き込む、悪い意味で使うとか、脅しているとか、そういった感想は全て、「悪因縁」のさしづ。
この天理教は、元の因縁で、ぢばに天保九年より親神様が天下り、始まった。
その教えは、人類創世の話から、「ようきぐらし」という究極の目的のためだ。
その為には、苦しい思いをしてる人に、道理を教え、苦しまないようにしていく必要がある。
その道理の一つに「いんねん」の話をして下さっている。
それまでの人は、因縁を、因果応報という教えのように、運命と思い、その理を知らなかった。
その「いんねん」によって全てが決まるが、中にはその為に苦しい思いをする人も居る。
所謂「悪因縁」に因るものだ。
ところが、その因縁を、良い方向へ変えることが出来る、というのが、この教えの素晴らしいところ。
だからこそ、体を病んでいる方にその理由として因縁の話をするか、悟れるように導く。
そこから救われて、この天理教を信仰がある。
つまり、信者にしろ、元々因縁を持って、それを変えさせて頂く信仰だ。
因縁の話は、奥が深く、今まで書いたことは入り口である。
そこを理解せずに、 >因縁の穴に堕ちる 等と意味の分からない事は、書くだけ無駄というもの。
悪因縁を白因縁に変えるための教えである天理教に、見当違いな話ということだけは、理解して貰いたい。
65 :
S 2027 :2008/01/29(火) 16:46:54 ID:OeflvIER
>>9 総長さん曰く「いんねんなんてない…。」
こう言い切れたら、それはそれで一つの考え方であるかもしれない。
ただし・・・起こってくること、現れてくることは、「全て自己責任として解決していくんだ。」という強い信念を持たねばならない。
「いんねん」と一口に言っても正直な話、自分の過去、特に前生のことなど誰も解らないし、想像でしかない。
「たぶんこうであろう・・・」という気がする程度、自覚の強弱の違いだけかもしれない。
総長さん曰く「いんねんなんて(解ら)ない…。しかし勇んで日々を喜び送れば解決していくもんだから気にするな!」
と行間を無理やり読んでみたらこうなりました。
ところが、人間は起こってくること、現れてくることに対し不安を感じ、前向きに勇み心に転化出来なくなってしまう人もいるようです。
果たして、今起こってくること、現れてくることにはなにか原因があるのだろうか?
と不安に感じ、更にこの不安感はいつまで続くのだろうか?
と心の悪循環を繰り返していくこととなる人もいることと思います。
そんな人達に勇気を与える手段が宗教であろうかと思います。
他宗教のことは余り知りませんが・・・
キリスト教は愛を伝え、仏教は慈悲を伝え、天理教では親心を伝える教えであると俺は思っています。
逆に言いますと親心を感じて初めて、天理教の信者であるとも言えます。
「いんねん」の話を語る時、「親心・・救けてやりたい一条の心」とワンセットにして話さないと勇めない。
>>56 >@、母親が悪い。
>A、母親の結婚事情においての悪事があり、それは、夫に秘密とされている。
>ここを絞り込んだら、母親が自白します。
見てきたようなことを書くな!って話。
「自白」→この言葉の発想自体に親心ある信仰者とは思えない。
「いんねん」ある者同士なら、共々にさんげさせていただき、お世話させていただくことから始まり、
その人を台として我が身の魂が救かっていくのだと思いたい。
66 :
age :2008/01/29(火) 22:55:43 ID:yLvMpzfA
いんねん寄せて守護。 地球住民は、同じいんねんだということのようだよ。 違ったかな?
67 :
S 2027 :2008/01/29(火) 23:05:58 ID:OeflvIER
>>66 その答えが元始まりの基本であり根本。
人間は陽気ぐらしをさせていただける い ん ね ん です。
>>66 S 2027さん、失礼します。折角ですのでもう少し。
「おふでさき」より
・・・
きゝたくバたつねくるならゆてきかそ よろづいさいのもとのいんねん
かみがでてなにかいさいをとくならバ せかい一れつ心いさむる
・・・
月日より三十八ねんいぜんにて あまくだりたる元のいんねん
月日よりそのいんねんがあるゆヘに なにかいさいをはなしたいから
・・・
この月日もとなるぢばや元なるの いんねんあるでちうよぢさいを
・・・
部分的ですが、この辺りは、元の因縁のお話で、
>>67 の通り。
然るに、>いんねん寄せて守護 の出典は同じく「おふでさき」の
・・・
せんしよのいんねんよせてしうごふする これハまつだいしかとをさまる
・・・
からきています。
このお歌を詠まれた時代的背景は、御子息の縁談話があり、
前生の因縁ある者同士で、夫婦になるべき、更にこの事に関して、ぢばに深い因縁のあること
と、悟らせて頂くものです。
この事だけではなく、色々な諭しから、因縁有る者同士で、世界が収まっていると思案します。
69 :
S 2027 :2008/01/30(水) 00:36:35 ID:CmeUwkIu
>>68 俺は基本なくして応用なしってスタンスだな。
最終的に勇めない思案の仕方は間違っている・・・と俺は思っています。
反対に思案が間違っていても、勇み心が沸き立てば・・・それが正しい思案だと思っています。
勇み心にホコリ散るって本がありましたが、このタイトルの感性は素晴らしいと思う。
>>69 勇めない思案ですかね・・・?
元の因縁の話と、因縁寄せて・・・の話は、分けて理解すべきとのスタンスです。
深く思案していけば、決して分けるものではないとは思いますが。
因みに、
>かみがでてなにかいさいをとくならバ せかい一れつ心いさむる
のお歌を載せたのは、同じ意味で、元の理を知る、元の因縁を知ると、心が勇むことを訴えたかったのです。
なんか、言い訳がましいですねwスミマセンm(_ _)m
何か書くときは、もう少し心を配ります。
71 :
神も仏も名無しさん :2008/01/30(水) 01:16:42 ID:vkoCzMk2
>かみがでてなにかいさいをとくならバ せかい一れつ心いさむる いさめない話は神の話では無く、上の話という事ですね。
72 :
3こすり半番長 :2008/01/30(水) 06:25:42 ID:BQ1XOJ9x
ここまでのまとめ
------------------------------------------
>>61 長男というのは、子供の頃は「父親の理」
お父さんには、馬鹿にされる理由が無い。
長女16才さんは、お母さんの影響下
>>59 長男、長女は家の因縁を強く受け、次男には母方の因縁
問題に対しての最も重要なキーパーソンは母親である。
-------------------------------------------
という事のようですね。
74 :
神も仏も名無しさん :2008/01/30(水) 10:22:54 ID:ZiBrdlwH
欲望のままにズコズコやってるのを天理教の色情いんねんのせいにしてるだけ。失恋した傷を「因縁」があるからと自分をなぐさめてるだけさw
75 :
神も仏も名無しさん :2008/01/30(水) 10:23:48 ID:ZiBrdlwH
失恋したのは、てめーにどこかいけないところがあったからなんだぜ!
>>65 因縁≒運命は逆らえるものではないが、これをどう乗り切るかはその人の自由である。
上手く乗り切る人、そうでない人がいる。
それを乗り越えるため様々な宗教や文化、知識、化学が存在する。
77 :
3こすり半番長 :2008/01/31(木) 04:07:47 ID:p3Yrj9T6
>>11 に対して
------------------------
母親が次男という「写し鏡」を通して、自らの心のあり方を振り返る事が大事なのではないか?
------------------------
というところかと思います。
さて、天理教では「いんねんを変えることが出来る」という立場になるかと思いますが
そのために母親はどうしたらいいものなんでしょうかね。
78 :
神も仏も名無しさん :2008/01/31(木) 11:09:29 ID:NniZfcJG
>因縁≒運命は逆らえるものではないが いわば、俗にいう因縁は「すべては自分自身で作ってきた結果である」 ほかの誰かが作ったのではない、あくまでも自分自身の結果であり責任なのである。
79 :
神も仏も名無しさん :2008/01/31(木) 11:14:55 ID:NniZfcJG
因縁を知れば運命は変えることができる。
>>76 ,78
>因縁≒運命は逆らえるものではないが
「おさしづ」にこんな一節があります。
M.36.12.22
前略・・・
どうなってもこうなっても、成るもいんねん成らんもいんねんなら是非は無い、と言えば、どうもならん。
身上案じる事は要ろうまい/\。
「起こってくるもの、起こらないもの、全て因縁の成せる業ならば仕方がない」、
と言ってしまったら、どうしようもない。
身上で報せても、何も思わないようになってしまう。・・・・と
親神様、教祖さまは、人間に身上・事情で印を付け、子供可愛いその想いで、導いて下さいます。
M.22.11.20
前略・・・
だん/\映しある処、人間皆神の子供、この理よう聞き分け。
いんねん事情諭し、同じ神の子供可愛い子供、いんねん事情聞き分け。
それよりたんのうという。身が不足通ってたんのう思わりゃせん。
人間始め掛けたる理から見てたんのう、世界の理を見てさんげ。
日々身に不足なって世上の理を見て、随分皆んなたんのう/\の理より受け取りは無い。
よく聞き分けくれねばならん。一時一つの理を諭し掛けよう。
「人間始め掛けたる理」とは元の理、ようきぐらし、「世界の理」とは、この場合、写し鏡と思案します。
因縁を悟ってさんげし、そのいんねんを変えさせて頂くのは「たんのう」しかない、と思案します。
たんのうの根本は、感謝の心。御恩を分かる心から。
81 :
神も仏も名無しさん :2008/01/31(木) 12:46:35 ID:NniZfcJG
そう、一切が感謝。
82 :
神も仏も名無しさん :2008/01/31(木) 12:52:38 ID:3gkXBGjc
>>たんのうの根本は、感謝の心。御恩を分かる心から。 そんなわけだから、教会に金持ってくるんだよ。 というのが、天理教。
83 :
神も仏も名無しさん :2008/01/31(木) 13:11:56 ID:NniZfcJG
>そんなわけだから、教会に金持ってくるんだよ。 というのが、天理教。 天理教のお供えについてではないが、一般人として申しますと・・ 自家用にオ〜ディオが付いていないという人がいたから、それならばわたしの物を差し上げます。と言って差し上げた。 洋服を差し上げた、家具を差し上げた、小さな冷蔵庫を差し上げた、時計を差し上げた、 お食事をおごった、おこづかいを差し上げた・・ でも今わたしには、これらすべてが身の周りにある。贅沢はしていないが困っていない。 わたしはクルマを欲しいと思っていなかった、思ったことはなかった。でも、わたしはクルマを持っている。
84 :
神も仏も名無しさん :2008/01/31(木) 13:15:11 ID:NniZfcJG
病もなく、いったって健康である。だから感謝しか湧かない、感謝しなければ申し訳ないと思う。 不平不満を言っては、申しわけない、もったいない。
85 :
3こすり半番長 :2008/01/31(木) 21:40:31 ID:p3Yrj9T6
>>3 いんねん→自覚→たんのう
>>31 身上・事情を通して、心を変える努力で見える結果をたんのう
>>33 喜び、感謝の心を持って暮らしていくことは、たんのうに通じる
>>80 たんのうの根本は、感謝の心。御恩を分かる心から。
---------------------------------------
「いんねん」と「たんのう」は共に用いられる事が多いようですね。
86 :
3こすり半番長 :2008/01/31(木) 22:00:00 ID:p3Yrj9T6
>>11 に関して私が思うのは
--------------------------------------------------------------------
問題の一つとして、次男は「兄が知的障害だという劣等感」を抱いていた事があげられる。
それは親の愛情が充分に次男に向けられていなかったのが原因かもしれない。
だから母親が次男に対して
「今まで、長男の事ばかり心が向いていて貴方に心がいってなくてごめんなさい。
辛い思いをさせましたね。貴方のお陰で気づかせてもらいましたよ。ありがとう。」
と言う気持ちで次男に接するなり言葉をかけるなりしていく事から始めたらどうかなと思います。
また、人生は自分の思い通りにならないのが当たり前なんだから
たとえ辛い事や納得がいかない事があっても、いちいち気にせず前を向いて笑顔で
「自分が感謝の気持ちや謙虚さを学ぶための材料に過ぎない事なんだから」
って明るく人生を歩んでいく姿を母親自らが示していくのもいいかなとは思います。
--------------------------------------------------------------------
いずれにしよ、ラジオからの内容を引用した事もありそれ以上は私には分かりません。
87 :
神も仏も名無しさん :2008/02/01(金) 09:03:40 ID:uU/8QlqP
あ
>>86 親神天理王の命の名を知らない、未信仰者の方についてなら、充分な悟り方ではあると思います。
しかし、仮にその方が、天理教信者であるならば、悟り方が変わってくると存じます。
因縁に絞って、もう少し、順を追って思案します。
元々、悪因縁とは、埃を積んで、この身に付いた垢のようなもの、という話も伺います。
また、因縁として、今生に身に覚えのないものは、前生いんねんとして悟るよう、伺います。
ならば、まず最初にすべきは、今生の因縁かどうか?
つまり、ほこりを積んでいないかどうかが、最初だと思います。
この点を見ると、ハッキリすることが、一つ有ります。
>これを止めさせようとしても、治まらなかったので、アパートに次男を一人暮らしをさせている
つまり、躾を仕切れていないわけです。挙げ句の果てに、一人暮らしなど・・・
この点を思案すると、八つのほこりに照らして、「かわい」のほこりに通じると判断します。
さて、この「かわい」のほこりについて、色々思案しますと・・・
スミマセン、ちょっと後にさせて頂きますが、もし良かったら、この視点で再考願います。
89 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/02/02(土) 04:17:35 ID:dnVKbSZv
人間の側からの思案と、親神様からの思案とは、まるで異なると思います。
>>88 相談者の、求めているものに対しての、理の諭しというものと、それが、基本となります。
相談者は、自分はどうしたらよいかと、質問するのが、人生相談ですから、
「おかあさん、あなたは・・・」と、回答の書き出しになります。
さて、
>> これを止めさせようとしても、治まらなかったので、アパートに次男を一人暮らしをさせている
> つまり、躾を仕切れていないわけです。
> 挙げ句の果てに、一人暮らしなど・・・
しつけの問題だとすると、いわゆる「因縁」ではないということになります。
なぜ、躾を仕切れなかったのか、という原因に、「因縁」が潜んでいると、思案するのが基本です。
「しつけ」「身」「美」で、「躾」。
つまり、お母さんの、身の上で、美しくないものを、切ること。
それが、因縁をきるという行為になるわけです。
> この点を思案すると、八つのほこりに照らして、
> 「かわい」のほこりに通じると判断します。
かわいい、場合には、親は手元に置きます。
可愛くないから、別の住まいに出しているのだと思案します。
母親自身は、わが身可愛いのかたまりでしょう。
それよりも、別居という理で思案しますと、「夫婦」というものの、有様に、起因します。
そこで、
>>61 これが、基本の思案です。
90 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/02/02(土) 04:19:56 ID:dnVKbSZv
>>65 > 見てきたようなことを書くな!って話。
「自白」→この言葉の発想自体に親心ある信仰者とは思えない。
「いんねん」ある者同士なら、共々にさんげさせていただき、お世話させていただくことから始まり、
その人を台として我が身の魂が救かっていくのだと思いたい。
>
それで。たすかるとは、お筆先にはありません。
91 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/02/02(土) 04:24:38 ID:dnVKbSZv
世間でも、悪事をしたら、正直に白状し、お詫びするのが、償いといわれています。 悪因縁ならば、まず、自白が無いと、「さんげ」は成り立ちません。 そうですよね。
92 :
神も仏も名無しさん :2008/02/02(土) 06:03:25 ID:oR2i5zcG
基本のレスて、いつも「くやしい」の自白だよね。
93 :
88 :2008/02/02(土) 06:14:44 ID:uDAH69d0
>>89-91 よくよく思案してみて下さい。ほこりから思案する因縁を。
田中喜久男先生著「ほこりといんねん」から抜粋します。
かわい
かわいというほこりは、我が身さえよくば、他人はどうでもよい。我が子の愛に引かされ
・・・中略・・・ような心遣いで、これはよろしくありません。
我が子の愛に引かされて、悪しき行いも意見せず、我が身を思うて、人を悪しく申しますのが、
かわいのほこりです。
・・・中略・・・
我が子の愛情におぼれて、身の仕込みも十分せず、心のしつけも厳しくせず、気まま勝手に育てて、
成人ののち後悔するようなことも、ままあることでしょう。
・・・中略・・・
この愛情は、子の上ばかりではありません。女の、あるいは男の愛におぼれて、大事なこともうち捨てて、
家をつぶし、身を反故にするものもあります。
これらは、ただ我が身を反故にするだけではありません。家をつぶせば、家内中の者を、
困難の淵に沈めることになり、どれだけ大きい罪ともわかりません。
こういう心を、お話の理によって、いんねん・事情も聞き分けて、親神様にもたれるという
一つの安心を定めて発散せねばなりません。
・・・・・以下略
現状の結果を見ると、正にこの結果に近いものを、お見せ頂いてます。
まずは、ものの善し悪しが分かるかどうかです。世間の常識、その常識そのものが無い方もいらっしゃいます。
何が良くて、何が悪いかは、このお道では、ハッキリと示して下さいます。
この心の使い方、ほこりを認識し、振り返り、悪因縁を自覚し、さんげする。
また、「自白」については、ものの順序として、本人に自覚無くば、意味のないものです。
自覚を促し、その心を省みて、自分で心定めできるように導く・・・
何も、こちらからどうこうするだけが、能ではないと言うことを。
勿論、常に親神様の存在、元の理、ようきぐらしに導くよう、親が手をひいてくれている事を伝えなくては。
>>65 >起こってくること、現れてくることは、「全て自己責任として解決していくんだ。」という
>強い信念を持たねばならない
それは、ごもっともだと思います。
ただ、すぐに「前世の因縁が・・・・」などと決め付けては、自分や他人をカルマの法則の一知半解な解釈のもとで曲解してしまい、
非現実的な方向に逃げてしまっては自らの努力を放棄してしまう人が、お道の人をはじめ、神道系や仏教系の信仰を持っているケースが非常に多いことは断じて頂けません。
しかも勝手に「前世ではこんなだったから現在においてそういった難儀が降りかかってきているのだ」というような決め付けをしたがる傾向性があります。
これこそが努力の放棄であり、責任逃れの口実ともなり、さらには自己限定や自己憐憫にも繋がるのですから、とんでもないことと申せましょう。
まだ、現実的範囲における因果関係を思索していったうえで、今後の身の振り方を模索することを優先的に考えるべきであって、
その”作業”をしないうちから、やれ「因縁」だ、やれ「親を立てないから」だ、やれ「理がない」んだ・・・・
そういった不合理で「非科学的」なジャンルの話を持ち出そうとしたりするのはルール違反、いや「場外プレー」。
「この世をお作り下された親神様」からしても、おそらくは「この世のルール」を無視するようなことを言い出すことを快くは思ってはおられまい。
95 :
S 2027 :2008/02/02(土) 08:47:20 ID:wnBvdHmL
>>90-91 ラジオから流れる声に対し耳を傾け思案することは悪いことではない。
しかし・・・その僅かな時間から度を過ぎた想像の仕方は危険であろう。
その上、前生まで語れるとはよほどのおたすけ名人か、宗教がらみの詐欺師であろう。
どこかの占い教会のように奈良の方向に幸せがありますと言い出すのではないか・・・
自らのいんねんは、自らがさんげ、自覚するのが基本と考えます。
自白の語感、響きには無理やりというか、強要感がつきまといます。
それとアナタのレスには気になることがあります。
>それで。たすかるとは、お筆先にはありません。
>世間でも、悪事をしたら、正直に白状し、お詫びするのが、償いといわれています。
悪因縁ならば、まず、自白が無いと、「さんげ」は成り立ちません。
ある時には原典重視かと思えば、ある時には世間の常識を持ち出す。
世間の常識を持ち出すなら天理教のいうところの「いんねん」なんて語り得ないのではないか?
俺は総長さんの意見に比較的近いように思う。
違う所は「いんねん」は自らが思案し、「たんのう」に転化していくべきだということ。
「いんねん」のある、なしに関わらず、自らに訪れる出来事に対しては、自らが解決していく努力は必要だと思います。
いんねんは自覚するものであり、人からとやかく言われ、自白していくものではない。
繰り返します。
>「いんねん」ある者同士なら、共々にさんげさせていただき、お世話させていただくことから始まり、
>その人を台として我が身の魂が救かっていくのだと思いたい。
96 :
3こすり半番長 :2008/02/02(土) 09:24:36 ID:NqR2dAqZ
もう少し「いんねん」を絞って思案してみると
>>88 >「かわい」のほこりに通じる
>>93 >かわいというほこりは
それは「かわい」のほこりであるのではないか。
-------------------------------------------------------
という事のようですね。
>いんねんは自覚するものであり、人からとやかく言われ、自白していくものではない。 この、因縁の自覚の仕方が、信仰のあるなしで変わってきます。 親神様の思いを常に念頭に置き、 「教祖さま」ならなんと説かれるだろうか? 何かほこりを積んできてはいないだろうか? の自問が出来る方でないと、自覚し、悟ることも出来ないと思います。 だからこそ、そういう、神様の思いの中に見出そうとするならば、「世界が鏡」から、おたすけに出るのでしょう。 因縁有る者ならば、必ず関係のない人は居ないはず。 自分の姿、特に自分の顔、目などは鏡を使わずに決して自分で見ることは出来ません。 自分で見ることの出来ないものを自覚するのに、他人様を通して見ることが出来るのです。 一緒にさせて頂く姿こそ、ようきぐらしに繋がるのでしょう。 そこで未信仰者に対しては、同じ土俵に立てるよう、親神様の思いを伝える努力はするべきです。 「いんねん」もその一つなら、自分から見えたことを伝えるのも、あながち間違いではないと思います。 勿論、その時、自分の事も自覚せねば、写し鏡の意味がありませんが。
98 :
S 2027 :2008/02/02(土) 11:26:46 ID:wnBvdHmL
>>97 >この、因縁の自覚の仕方が、信仰のあるなしで変わってきます。
親神様の思いを常に念頭に置き、
「教祖さま」ならなんと説かれるだろうか?
何かほこりを積んできてはいないだろうか?
の自問が出来る方でないと、自覚し、悟ることも出来ないと思います。
その意見には賛成です。
信仰に入る中にも順序があろうかと思います。
天理教教典第10章(つまりラストね)にはこのように記されています。
・・・人は、先ず、身上や事情にてびきをいただき、親神を知る。
そして、更に、身上は、これ皆、親神のかしものなることを納得し、守護のあるところを悟り、ほこりを払い、いんねんの納消につとめる。
かくして進む成人の道すがらには、雨の日も風の日もある。
しかも、その中に、日々たんのうの心を治め、また、ひのきしんに勇む。
そして、治められた誠真実は、自ら他に及び、一人の道は多くの人々の道となる。
更に・・・さづけの理を頂いて、たすけ一条にいそしみ、天の理を取り次ぎ、道の先達となる。
ここに、不思議なたすけの実が次々とあらわれ、魂は続々と更正されていく・・・
かなりアバウトな読み方をすれば・・・
人様の救かりを願い、教祖の教えを実践しようと努力していれば、知らず知らずに、いんねんは消えていくんだと読めなくもない。
実際、俺んちから関わりをもたれた信者さん方は圧倒的に家庭不和が多いんです。
これは選んでなったのではなく、それこそ「いんねんを寄せられた姿」で守護してやるよ。と言われているように思います。
ま、暴言を吐けば、親心を理解させずして、いんねんの自覚などさせられるはずがない・・・
言いすぎでしょうか?
次男を修養科に行かせるのがいいと思います。お道の人となれば次男も考え方を変えるのではないでしょうか? 次男は身上事情を抱えています。まさに旬。次男を救うためにも修養科をお勧めします。 誰が悪いという議論は無意味でしょう。むしろどうすれば解決するのかを考えましょう。 もし可能なら長男やお母さんも含めて参加されては如何でしょうか?
親心は深いですからね・・・ 理解させるにはまず自分からが大事なことですが、どうでしょう? 意外と深い思惑があるかも知れません。 本当に理解できていれば、おたすけ名人でしょうねw スミマセン、少し悪乗りしました。 理解しきれなくとも、分からないまでも、もたれて通る心持ちが肝要に思います。 分からなければ、心静かに伺う気持ちで、世界を見、原典に戻る・・・ その中で、ある時ふと分かることが、自分の因縁ではないでしょうか。
>>95 > その上、前生まで語れるとはよほどのおたすけ名人か、宗教がらみの詐欺師であろう。
悪い教会長は、前世のいんねんが悪いとうそぶいて、お供えを巻き上げる輩がいます。
こういう人は天理教の会長にはふさわしくありません。「輪廻転生」を信じる宗派でよく行われる詐欺です。
こんな輩を天理教は許しません。
> 自らのいんねんは、自らがさんげ、自覚するのが基本と考えます。
そのとおりだと思います。相談者の方も一度修養科に行き、自分を考え直すことが必要です。
> 世間の常識を持ち出すなら天理教のいうところの「いんねん」なんて語り得ないのではないか?
ないです。世間には前世や因縁を信じない人も少なくありません。科学的に考えれば馬鹿にされるでしょう。
>>99 少しスレ違いには成ると思いますが、お道の話を少しでもさせて頂き、納得の上なら。
修養科にただ行かせる事には、素直に賛成できません。
修養科は伏せ込む所。
物には順序があり、事情には事情の悟り方があります。
まず因縁を自覚すること。
自覚無くしてさんげ無く、心定めも出来ません。
心定めの後、伏せ込ませて頂くことが、結果を戴ける事に繋がる、大切な道筋かと存じます。
修養科で3ヶ月。
最近は3日講習もありますが、これでは、ぢばに伏せ込むことは適いません。
ぢばの理は、引き寄せられた旬に、種を蒔く事によって、一粒万倍の収穫を戴けるところ。
その理を思案すれば、種を蒔く、つまり心定めが大切だと思わせていただきます。
103 :
S 2027 :2008/02/02(土) 12:58:32 ID:wnBvdHmL
俺が詰所青年の時、学校の先生で8月だけの1ヶ月間、修養科に入学された人がいました。 その人は仕事の関係で丸々3ヶ月間は行けないので、せめて3回分行かせていこうと思ったそうです。 勿論、修養科の修了にはなりませんが、俺には修了者以上の真実を感じました。 この人の姿に影響を受け、仕事をしていても、道一条の心であるなら、神様はお受け取り下さるんだと俺的には確信した次第です。
修養科は困った人達を広く受け入れてきた実績がある。本来の意味では心定めをしてからの方がいいのだろうけど、 修養科に行くことは一つの道だと思う。今の荒れた状態では心定めをすることは難しいだろう。 修養科という場で、集団活動をする中で、次男が変わっていくと思う。選択肢の一つとしてです。
105 :
S 2027 :2008/02/02(土) 14:45:27 ID:wnBvdHmL
>>104 最低限の修養科、天理教に対しての理解は必要ですよね・・・
俺は6年間詰所の青年してて、修養科生のこともずっと見てました。
勿論あなたのいうように未信者状態の方もたくさん来られましたし、日に日に変化していく姿も拝見しました。
ところがです・・・
あんなに勇んで3ヶ月間を送られた方々の多くが大教会の記念行事でも会いません。
上級会長さんの運転手で部内教会の月次祭に参拝しましても、会うことは稀です。
それぞれの教会のたんせいということになるのでしょうが、これはたまたまSの系統だけの話なんでしょうか?
他系統の方、率直な意見を聞かせて下さい。
すみません・・・「いんねんを語るスレ」でしたね。
勿論、修養科で学ぶことは多く、この道の基本を学ぶに相応しいところとは思います。 今が荒れているとも思いません。 何時の時代にも、心ない方、因縁に負ける方はいますから。 しかし、本筋道を知るか否かは別物です。 一時、その因縁渦巻く家庭から離れ、修養科で人並みの生活になる事が、必ずしも悪因縁が切れた姿とは成りません。 修養科から戻り、果たしてそのまま守護を戴くかも分かりません。 根本を知る機会を得、心定めが出来るのならば、それに越したことはありません。 ・・・話は変わりますが、近くの教会のスタンスが似ています。 にをいをかけ、事情者、身上者を一時預かり、すぐに修養科に行かせます。話も無しに・・・ 結果として、その後繋がる方は少ないようです。 おぢばの助け合い精神で、素晴らしいことは認識しても、現実の社会で挫折する方が多いのです。 天理は良かった、おぢばは良かった、では、意味がないように思います。 「理」で思案できるようにならなければ。
107 :
神も仏も名無しさん :2008/02/02(土) 16:05:21 ID:o+ejZbmn
>>105 3ヶ月で覚えたことは3ヶ月で忘れる。
その後の過ごし方によってはもっと早い。
今まで通りの生活に戻れば今まで通りの自分に戻る。
修養科中はどこか非日常的な世界にいて、自分は変わったという気になるがそれは環境のおかげであり、自分が変わったわけではない。
「いんねん」を時間系列でみた時 「過去」へさかのぼると原因や反省点(ほこりなど)が見えてくる。 「現在」では人様の姿を「写し鏡」に自分の心の化粧をすることが出来る。 ようですね。
>>108 面白い思案の仕方ですが、それは今生の「ほこり」による、「いんねん」に限っての悟り方かと。
幾ら思案しても、身に覚えのないことが、起こることもあります。
それを前生いんねんの持ち越しと悟るよう、度々出てきます。
その思案を、特に写し鏡で悟るのです。
簡単な例を挙げます。
私は下戸です。父親は幼少の頃、地元でも有名な「熊」とあだ名される暴れ者で、酒乱でした。
私は幼少期に、アトピー性皮膚炎を持ち、特に、首・頭の肌の荒れ方が尋常ではありません。
両親、兄弟にこの様な症状はなく、また、今は御守護を戴いて、なんともありません。
私は酒も飲めないし、皮膚病は遺伝性ではなく、16、17歳くらいで消えていきました。
仮に過去を考えると、私には思い当たる節もなく、そのような環境にあったわけです。
ここに前生因縁を感じさせて頂くのです。
神様に印を見せて頂いたと、感じるのです。
おかげさまで、今日は結構に、何不自由なく通らせて頂いております。
そう、「いんねん」そのものの説明として、
>>93 で引用しました田中先生の本から、また少し。
先人は語ります。
「いんねんというは、前生ばかり、いんねんというやない。悪きばかりが、いんねんやない。
この世でも、十五才よりこのかた、してきたことは、よきも、あしきも、皆いんねんとなる。
又、前生よき事をしてあれば、いんねんとして、この世で現われるか、次の世で現われるか、
必ず現われんということはない。あしきこともその通りなれど、よきいんねんは、皆一れつ
よろこぶ事故すぐと現わし、すぐとかやしてくだされる」 と。
前生因縁にしても、悪因縁ばかりではありません。
但し、良い因縁は、やはり喜べる結果として返ってくるのです。気が付かずとしても。
ですから、喜ぶことが、たんのうに繋がり、ようきぐらしに繋がると、理解させて頂きます。
111 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/02/03(日) 07:02:41 ID:a6M09KVD
議論が進んでいますが、このお母さんは、次男を見るために、主人と別居してもよいという結論がほしいのだと思います。 次男と長男は、ひとつに住ませられない。 と、言う事で、相談する気持ちの中に、次男可愛いというものが、あるという事です。 と、言う事で、この、話題は、基本の結論はもういいましたので、終わりです。 自白の教理の、準拠する原典をあげておきます。 はたらきもなにの事やらしろまいな せかいの心みなあらわすで (14-68) これをはなあらハれだすとゆうのもな めゑめゑのくちでみなゆいかける (14-69) どのよふな事てもわがみくちいより ゆう事ならばぜひハあるまい (14-70) 逆に言えば、自白がないということは、神様のお働きが、出ていないという事です。
>>110 アトピー性皮膚炎ですか。大変でしたね。
でも今は状態がいいようで何よりです。
一つ質問をさせて頂きたいのですが。
あなたの家の中に「早く早くとせかす人」がいませんでしたか?
>>11 に関してちょっとまとめ。
-----------------------------------------------------------
@母親が問題意識を持つ必要がある。
(今生での心のあり方。特に「かわい」のほこりを脱却して感謝の気持ちへの移行)
A次男が問題意識を持つ必要がある。
(修養科等、自分を訓練する機会を与えていく事)
B家族全体としてそれぞれが問題意識を持つ必要がある。
(母親だけでなくお互いに協力して問題を解決に導く事)
Cスレを見ている自分の姿に問題意識を持つ必要がある。
(人事でなく自分の心に目を向ける事)
D「いんねん」として捉える必要はない。
(言いがかりをつけられているだけの事)
Eその他
-----------------------------------------------------------
などなど人によって様々な感じ方があったようですね。
>>111 おふでさきのその御詩を、そのように解釈するのは、飛躍してるように思うのですが・・・
確かに、その前からの御詩と続けてみると、たすけ一条の自由自在のお働きについて詠ってます。
しかし、御本人と会って、そのことをすぐに言わせて、それ何だと話するのは、如何なものかと。
「自白」という言葉の響き、その意味は、自分の犯した罪を述べることで、刑事用語でもあります。
天理教では、罪とか罰とか言う概念は無いはずです。
ほこりを積んでしまった過去を罪と呼ぶのではありません。
あくまでも、親の思いから外れてると、いんねんの自覚をすることです。
子供が親の思いに外れる行為を、「罪」などと呼びますか?
この御詩は、こちらのたすけ一条の誠で、相手の心が分かるようにして下さる事だと存じます。
ですからますは、こちらのたすけ一条の誠を神様に受け取って頂くことが先です。
ラジオでは、一部のほこりは見えても、そのたすけ一条の誠は有りません。
まずは会って、本当に助けたいという思いが無くては、真実は分かりません。
>>115 アンカー間違いです。
>>109 に対して。
主旨は私の周りでアトピーが発生する場合「せかす人」が関わる場合が多い気がするので
興味があり質問してみました。
>>116 いや、ID確認願います。同一人物ですw
せかす人・・・余り思い当たる節はないのですが・・・
私の場合、幼少期より、出る可能性有ったらしく、肌が黒ずんでいたのですが、
小学三年の頃、インフルエンザ予防接種が引き金で、酷い症状になりました。
少し鈍くさいところがあった為、確かに両親始め、急ぐように言われた気はしますが、
余り焦る気持ちもなく、特にそのせいとも・・・?
柔道をその頃からやっていたのですが、その関係で中学時代は殆ど出来ませんでした。
御免なさい、参考にならなくて・・・
>>117 109 :神も仏も名無しさん:2008/02/02(土) 21:23:30 ID:uDAH69d0
117 :神も仏も名無しさん:2008/02/03(日) 10:09:19 ID:8LRQySAD
日付が変りIDが変った。でも同じ人である。失礼しました。
余談ですが・・・
私の周りを見渡してみると、幼少期における子供のアトピーは
本人はスローペースで普通なのに、親のスピード感が早すぎて
親に合わせようって無理して頑張ってしまう「いい子」がなりやすい。
ような気がしたものでして。
もしそうでなければ私の妄想ですから、気になさらないで下さいませ。
> にをいをかけ、事情者、身上者を一時預かり、すぐに修養科に行かせます。話も無しに・・・ 教会にノルマが課されているからでしょうか?
120 :
神も仏も名無しさん :2008/02/03(日) 11:43:36 ID:Zv9LGNMM
>天理教の「いんねん」は救いか?束縛か? 束縛です。邪説です。 仏教では無限の因縁を説きます。 無限の因縁は原因と結果が単純に結びつきません。 何かをしたら何かが起こるという有限の因縁説は天理独特であって 邪説です。
121 :
モナ・ギコ日本の旅 :2008/02/03(日) 11:47:42 ID:Zv9LGNMM
>>118 いえいえ、
>>109 と
>>110 のIDが共にID:uDAH69d0であることの確認を・・・・とw
スミマセン、どうでも良いことですが。
そうですね、スローペースは有ってますし、確かにそれを窘められておりましたw
親にしろ、先生にしろ、兄弟にしろ・・・
こちらはマイペースで居たつもりが、無意識に合わせていましたかね。
>>119 その教会は、とある大教会長の親戚の分教会です。
その教会長さんと、とある事でお会いし、話すこともしばしばあります。
教会信者さんの若い方々とも、教会長とは別に、一時期お付き合いがありました。
その時の話で、その会長さん自身があまり教理を話すことはなく、預かることが分かりました。
ノルマ云々ではなく、自分で説明するよりも、修養科に行かせて教理を学ばせる方が早いと。
信仰の違いでしょうか?
自分で悟ることを促すのに、先に修養科へ行かせ、教祖さまのお膝元で教理を学ぶ方が早いと。
そのように思われるのですが、まずは一通りの話から、因縁自覚の上、行った方が良いように思うんですけどね。
>>120 >仏教では無限の因縁を説きます。
>無限の因縁は原因と結果が単純に結びつきません。
天理教でも同じですよ。
しかし、そこに親の心の入る点が、天理教独自といえます。
因縁を因縁のみで終わらせるのでは、わざわざ教える必要もないですしね。
124 :
モナ・ギコ日本の旅 :2008/02/03(日) 11:58:25 ID:Zv9LGNMM
>>123 >しかし、そこに親の心の入る点が、天理教独自といえます。
親の心て何ですか?それは教団幹部や教会長の意思に過ぎんでしようw
>>124 親の心とは、あくまでも親神天理王の命の想い、教祖さまの思いです。
信仰は、自分と神様の対話です。
そこに教会長が・・・と入れること自体、因縁の話とは関係ありません。
信仰を元に、どう受け止めるかは、結局本人なのですから。
126 :
モナ・ギコ日本の旅 :2008/02/03(日) 12:06:37 ID:Zv9LGNMM
>125 >親の心とは、あくまでも親神天理王の命の想い、教祖さまの思いです。 それはモナ・ギコの想いと置き換えても同じですな。 親神天理王の命の想い、教祖さまの思いとは観念に過ぎないのですからな。 >信仰は、自分と神様の対話です。 神様という観念との対話ですな。 >信仰を元に、どう受け止めるかは、結局本人なのですから。 そう思うなら天理など布教するな。自分だけで信仰しなさい。
>>126 物には順序があります。
神の存在を観念と捉える以上、その後の教えは無意味です。
そのような方に、因縁の話をすること自体、まだ無理と言えます。
128 :
モナ・ギコ日本の旅 :2008/02/03(日) 12:24:51 ID:Zv9LGNMM
>>127 >物には順序があります。
順序違いは天理でしょう。
日本は古代より天照を中心に発達した国。
天理の神は古代ではない。天理の神は観念でしょうな。
> 親の心て何ですか?それは教団幹部や教会長の意思に過ぎんでしようw そのとおり。「親の心」といいながら、結局自分の思い通りにしたいエライさん。 そういう自己中心的な輩ばかりだよ、天理教の指導者は。本当の「親の心」を見失っている。 結局ノルマを達成したい、お供えをたくさん集めたい、それが本音です。 早く本来の「親の心」「天理教」を取り戻して欲しいものです。 > 親の心とは、あくまでも親神天理王の命の想い、教祖さまの思いです。 天理教信者の中には、自分の意思を「親心」といっている人がいるけど?こういう輩がいるから天理教が衰退したのでしょう。 >>信仰を元に、どう受け止めるかは、結局本人なのですから。 >そう思うなら天理など布教するな。自分だけで信仰しなさい。 そのとおり。信者は他人に「親の心」とかを押しつける傾向が強い。毎日毎日同じ家に戸別訪問して布教活動している。 その家の人にとっては迷惑でしかない。天理教を気味悪がられるでしょう。 でも天理教では、「にをいがけ」といって奨励されている。教会も新企画篤信者のノルマを達成するために必死。 押しつけ宗教。そして、エライ人の意のままに信者を操りたい。 一人ふたりならともかく、複数いるわけだから、天理教がカルトと呼ばれても仕方のない状態。
>>127 > そのような方に、因縁の話をすること自体、まだ無理と言えます。
いつもの逃げパターン。議論に負けたら、お前には分からないといって逃げる。
これは天理教内でもよく使われています。教会長あたりなら、「不足を言うな!」と怒ってしまうのでしょうが。
131 :
神も仏も名無しさん :2008/02/03(日) 16:51:27 ID:SkyG8YiF
あ〜あ、どこの天理教カテも荒らしに荒らされてムチャクチャになったね。
132 :
S 2027 :2008/02/03(日) 17:02:07 ID:jWJVzJA8
133 :
S 2027 :2008/02/03(日) 17:06:34 ID:jWJVzJA8
完全に信仰がない方、違う信仰をしていて、天理教の元一日の話を聞いたこともない方に、
この手の話はしてはいけないと思います。
元一日、かしもの・かりもの、このあたりが収まらずと雖も、聞いて分かる方でないと。
それだけ、順序を追った上で、このお道の「いんねん」の話が出てこないと、分からないでしょう。
この匿名掲示板は、それこそどんな信仰の人、信仰そのものがない人も出入りするところ。
それどころか、鬱病の人や、ノイローゼ気味の人には、自分の殻があり、会話が成立しないことも。
それを一々荒らしてるだの書いたところで、通じないのも当然。
基本氏の
>>111 挙げられた御詩前後の認識を
>>114 に示したように、おたすけの心を持って、
教祖さまにもたれる心で通るならば、この掲示板とて例外なく、相手の方々の心の内が分かるでしょう。
喩え他人の声を勝手に引用しても、そこに心が伴わなくては、その人の心と違うことも分かります。
但し、ここではあくまで、スレ主さんのテーマを尊重し、「いんねん」の話を中心に思案しましょう。
136 :
モナ・ギコ日本の旅 :2008/02/03(日) 20:19:07 ID:Zv9LGNMM
>>135 >完全に信仰がない方、違う信仰をしていて、天理教の元一日の話を聞いたこともない方に、
>この手の話はしてはいけないと思います
修養科出てるのですがw
元天理から今は皇統派右翼の末席にいますw
元天理と言っても友達に誘われて一時席を置いただけですが。
やはり、修養科に行くだけでは、心に納めることは適わないようですね。
>>136 元と書くからには、今は信仰していない、と、捉えて宜しいのですね?
元の理をどのように理解してらっしゃるのでしょうか?
おさづけは今、どうされていますか?
138 :
モナ・ギコ日本の旅 :2008/02/03(日) 20:25:41 ID:Zv9LGNMM
>>135 このスレそのものが2ちゃんねるに不向きなのです。
こうゆうスレは天理内部のサイトに作るべきです。
2ちゃんねるに作るということは一般の議論になります。
順序云々は天理内部の話しです。
139 :
モナ・ギコ日本の旅 :2008/02/03(日) 20:27:57 ID:Zv9LGNMM
>>137 >おさづけは今、どうされていますか?
そんな呪いするわけないだろ。
140 :
モナ・ギコ日本の旅 :2008/02/03(日) 20:30:21 ID:Zv9LGNMM
>>137 >元の理
これも天理内部の観念に過ぎんでしょうな。
>>138-139 丁寧な御返事有難う御座います。
2chに関しては、「にをいがけ」に繋がる目的で書かれる方と、本部を通さずとも、
気楽に信仰者同士の交流を持てる目的で利用される方と、いらっしゃるようです。
私のここでのスタンスは後者です。
しかし、真摯に遣り取りをする中に、私自身が非信仰者含め皆様から「いんねん」を、
感じることも少なくありません。
勿論、他の方にすれば、勝手な思い込みと思われるでしょうがw
それはさておき、信仰者の中でも、一番誤解を招きやすいのが「いんねん」です。
私もこれを機に、少し見直してみましたら、意外と人に説明するのは難しいものです。
2chに於ける、それなりの意義は感じます。
ここまでのところ 様々なお立場からのご意見があっていいと思いますし さまざまな視点からの感じ方があって普通だと思います。 スレ主。
少し話の方向性を変えます。 「いんねん」の話っていうと「暗ーい感じ」になるのは私だけでしょうか?
144 :
S 2027 :2008/02/03(日) 21:23:56 ID:jWJVzJA8
>>138 >このスレそのものが2ちゃんねるに不向きなのです。
>こうゆうスレは天理内部のサイトに作るべきです。
>2ちゃんねるに作るということは一般の議論になります。
そうなんでしょうか?
2チャンネルの大きな特徴はいろんな個別、専門サイトがあるということです。
同じ趣味、同じ思想を共有する者同士が語り合う場だと思います。
自分の意思を尊重してもらいたいのら、相手の意思も尊重するのが基本姿勢かと思います。
アナタの定住地であるスレに、もし反右翼思想、或いは反天皇思想を書き込まれたら、アナタ方はどう対処されるのでしょうか?
無思想、無宗教の者が大半を占めているのが現代社会です。
そんな世の中を憂いて右翼思想に何かを感じ、アナタは一生を捧げているのではないのでしょうか?
右翼と言えば、男の中の男じゃないですか。
バカがなにやってんだ・・・と放置しておいて下さい。
かといって渦中の人に対して、思いっきり笑顔で 「それって前生のいんねんじゃないの?よかったじゃん!」 「写し鏡なんだから気にしない気にしない!」 なんてとても言えない・・・。
146 :
S 2027 :2008/02/03(日) 21:34:41 ID:jWJVzJA8
>>142 今、ちょうど読み返させて頂いたところ、
>>113 で少し引っかかる箇所があります。
ほこりによる思案で、「かわい」のほこりを中心として「いんねん」を見る場合です。
ほこりに気付いたら、まず、その心遣いの「さんげ」です。
この場合、躾もさることながら、偏愛、手前勝手など、このほこりに関する心遣い全てです。
そこから、「心定め」に移ります。
「さんげ、さんげはいらんもの、心定めが第一やで」とお聞かせ頂きます。
「かわい」に関してならば、偏愛に関して対局の平等な慈愛の心を、
手前勝手な心なら、自己犠牲にも似た、「尽くす」心を、
躾に関しては、長い時間を掛けてでも、ものの善し悪しを仕込む心定めをしなくては。
その定めた心を中心に、その中で見る変化を楽しんで通らせて頂くことが、「たんのう」に繋がります。
ポイントは「心定め」です。
心定めをした上なら、ぢばに伏せ込むのも、親神様に受け取って頂く道の一つかと。
余談です。
基本氏はあくまでも違うとお思いのようですが、結果似た因縁の思案になってます。
ラジオでなく、実際に会ってみなくては、深いところは計りかねますが。
この悟り方が、お互い似た因縁の元見える姿が似るのか、理に合ってるから似るのか、どうでしょう?w
>>143 ,145
天理教の因縁が、他の宗教と違うところ、それが親神様、教祖さまの親心が入るところ。
もう少し、教祖さまにもたれる心が必要なのかと。
仮におたすけでなら、いんねんの話をした後、
「大丈夫、教祖さまが守ってくださるから!」
と、大きな声で後押しすることで、前に進めると思います。
149 :
S 2027 :2008/02/03(日) 21:50:01 ID:jWJVzJA8
>>145 本当の笑顔で接することが実は一番大事だったりしてw
理詰めではなく理が伝わることかと・・・
俺には出来ませんけどねw
>>148 確かに教祖はご存命にてお守り頂いてますもんね。
>>148 理は伝わりますよね。自然と。
152 :
S 2027 :2008/02/03(日) 22:24:56 ID:jWJVzJA8
154 :
野良天 ◆3gxC3xwhfc :2008/02/03(日) 22:40:12 ID:YAIlqnUz
こういうところでいんねん話をするから俺みたいな半分荒しみたいなのが寄ってくる。 匿名ではなく、mixiみたいなとこでやればいいじゃん。 ついでに言わせていただければ、いんねんを否定する気はないが、いんねんを ネタに使ってお供えを強要し、進路さえ強要している事実があることをお忘れなく。 ついでに言えば、天理教が衰退しているこの現実は今までの行いによるものと 自覚しなければ、いんねん話そのものを否定することになる。
155 :
希美 ◆pLAYdeBByU :2008/02/03(日) 22:43:12 ID:Xx6BFg1r
156 :
神も仏も名無しさん :2008/02/03(日) 22:46:26 ID:QZFfWamS
半分荒らしに、本当の荒らし参上やね。
157 :
モナ・ギコ日本の旅 :2008/02/03(日) 22:49:22 ID:Zv9LGNMM
>>144 >右翼と言えば、男の中の男じゃないですか。
天理の大工衆の方が男の中の男でしょう。
>バカがなにやってんだ・・・と放置しておいて下さい。
カルト退治は右翼の仕事だよ。
158 :
神も仏も名無しさん :2008/02/03(日) 23:05:48 ID:9Lf3e5u8
全く関係ないが、 俺天理教でも無いのに「おちば帰り」に行った! お祭りみたいな感じで 普通に奈良旅行みたいに面白かった。 宗教抜きでおちば帰り行きたいな!
「ぢば」は元のいんねんのある場所。 宗教関係なく、おぢばに帰ることで喜べるのならば、大変結構かと存じます。 関係なくとは言っても、人間の親であらせる親神様は喜んで下さいます。
160 :
モナ・ギコ日本の旅 :2008/02/03(日) 23:22:04 ID:Zv9LGNMM
161 :
神も仏も名無しさん :2008/02/04(月) 00:05:42 ID:8XTbwEqm
春キャンのバンドだかアイドルだか知らないが可愛いな
>>137 > 修養科に行くだけでは、心に納めることは適わないようですね。
今の修養科が形骸になっている。心定めが出来ていない人まで、教会は修養科に行くよう勧める。
これは間違っています。修養科のノルマを各教会に課すことは止めた方がいいと思います。
そして、教理を学びたいもの、身上事情のもの、「ようぼく」となりたいもののみを受け入れ、修養科を正常化させることです。
教養掛の不倫や、修養科生の性の乱れなどはもってのほかです。
>>138 > このスレそのものが2ちゃんねるに不向きなのです。
> こうゆうスレは天理内部のサイトに作るべきです。
> 2ちゃんねるに作るということは一般の議論になります。
同意。なのに、一部の人達は、一般の投稿を排除するよう動いています。
>>144 その場合、天理教を批判する者、アンチ天理教、荒らし目的の人などが書き込んできても文句は言えません。
仲良しこよしで議論したいのならば、自分で掲示板を立ち上げた方がいいでしょう。
> 同じ趣味、同じ思想を共有する者同士が語り合う場だと思います。
残念ながら
>>144 さんのいうような場にはなりません。2ちゃんねるは他人の掲示板を利用させてもらっているに過ぎないからです。
>>145 平気でいう天理教信者いるよ。当然嫌われ者だが。
>>154 > いんねんを
> ネタに使ってお供えを強要し、進路さえ強要している事実があることをお忘れなく。
やっていることは詐欺だ。宗教法人だからそのお金を「お供え」とすることで合法化している。ひどい宗教だ。
信者の子弟が自分の希望とは違う天理大学宗教学部に進学させられている事実もある。
こんなところに行っては自分の未来が閉ざされる。高い能力があり、医師や弁護士などになりたい者もいる。
このようなことを天理教が説いているとは思えない。親や教会長、学校の見栄ではなく、子供達の意思を尊重して欲しい。
例え、天理教宗教学部に進まなくても天理教信者として生きていけることも、勘違いしている信者は理解するべきだと思う。
> 天理教が衰退しているこの現実は今までの行いによるものと
> 自覚しなければ、いんねん話そのものを否定することになる。
このような悪質な行為をやめて正常化するのが、天理教組織が生き残る道だと思う。
本部員や教会長など、信者のお供えに依存している人が困ることになります。
【ご案内】 現在天理教に関わるスレはたくさんありますので 内容にふさわしいであろうスレを選んで書き込み頂ければありがたいです。 スレ主。
さてここでは
>>11 で取り上げました
母親の「かわい」のほこりに所以したであろう問題について
------------------------------------------------------
>>147 ほこりに気付いたら、まず、その心遣いの「さんげ」です。
ポイントは「心定め」です。
--------------------------------------------------------
という指摘がありましたので
「ほこりを払う」事について少し掘り下げたいと思います。
>>155 よろず相談所を開設し、素晴らしい二代真柱様を追放するような天理教。
> 天理教教会子弟はホントにエロ教会長になりたい2? ちょ、エロってwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
>>147 にて訂正させて下さい。
偏愛に関して対局の平等な慈愛の心を、×
偏愛に関して対極の平等な慈愛の心を、○
対局してどうするのかと・・・orz
171 :
S 2027 :2008/02/04(月) 20:42:03 ID:JbBV5SLW
「百匹目の猿」というお話をご存知でしょうか?
宮崎県のこう島に1匹の猿がイモを海水で洗って食べていたそうです。
その姿を見て2匹目の猿が真似をしますと、3匹目、4匹目・・・と増えていったそうです。
そして100匹目になった時、その島の猿達は一気にイモを海水で洗って食べ始めたそうです。
山本利雄先生はこのように言われました。
「陽気ぐらし社会は人間全ての心が変わった時に訪れるのではなく、
私が100人目かも知れないし、あの人が100人目かも知れない。
もうそこまで陽気ぐらしの社会が来ているんだ!」
ドンキホーテみたいな考え方かも知れませんが・・・
俺はもしかしたらネットにその可能性があるんじゃないかと思っています。
天理教スレでマル氏も残念ではありますが、一番残念なのは天理教関係者と思われる人の下品ねののしり言葉。
まー匿名性を最大限利用したストレス発散なのかも知れませんが・・・
「自分の言葉に責任を持とう!」という思いからネームを提案したのは、そんなところからです。
俺は秘かに期待しているのです。
このスレからネームが定着し、他のスレでも同じネームをためらわず使用するようになった時、何かが変わるのではないかと・・・
今はその準備委員会の準備段階で、この先、このスレが消滅の運命にあるなら、それもまた天命w
>>39 貴重な時間をお付き合い下さいまして、どうもありがとうございました。
自由なネットですから24時間出入りはご自由に。
172 :
S 2027 :2008/02/04(月) 20:46:22 ID:JbBV5SLW
やってしまいました・・・
以前に面白そうなので購入した、天理教青年会作成「天理教問答集」成る物が手元にあります。
そこに、
>>167 の議題に関する、回答例が載っていますので、少し抜粋します。
問3 ほこりを払うにはどうすればよいのですか。
(答) ほこりは気がつかないうちに積もるもので、思いが通らぬ状況や、思いがけず迎えた困難に
直面して初めて自分を省みるのが、残念ながら私たちの現実です。
ほこりを払うには、先ずおつとめを通して、親神様の思召しにふれることです。そして教えに
照らして自分の心の歩みを点検し、教祖のひながたに添って歩む決心を固めることです。する
と澄んだ心に替わって、今まで見えなかった世界が心に映ってきて、喜べなかったことが喜べ
るようになります。
しかし、ただ心を替えただけでは、ほこりを払うことになりません。心の入れ替えと共に大切
なことは、我が身勝手や欲得を忘れ、人をたすける真実を実践することです。教えを実行する
ことが、教えの真実が身につき、ほこりの心を遣わぬ確かな生き方になるのです。「神が箒
(ほうき)」と言われるのはそのことを教えられています。
信仰を通しての悟り方だと思います。
まだこの道を知らない人には、ちょっと難しい話だと思うんですが、どうでしょう?
ストレート過ぎる気はします。もう少し、噛み砕けると良いのでしょうが・・・
>>173 信仰するものにとっては
「おつとめ」や「教えを実行する事」は大切な事だと思いますよ。
「かわい」のほこりについて様々な表現法はあると思いますが ------------------------------------------------------------ 【別席のお話】 我が身さえよくば、他人はどうでもよい、 我が子の愛に引かされ、食べ物、着物の好き嫌いを言わし、嘘を言う事まで教え、 又、今日は雨降る、寒いと言うて学校を休まし、 男の子も女の子も仕事の仕込む時分に気ままに遊ばしておくのはよろしくありません。 悪しき行為も意見せず、我が身を思うて人を悪しく申しまするは、ほこりであります。 我が身我が子が可愛いければ、人の子も可愛いがらねばなりません。 ------------------------------------------------------------ を主軸とし「かわい」についての共通認識とさせて頂きます。
>>175 「にをい」がかかった方に、ほこりの話は出来ると思います。
しかし、そのほこりの落とし方について、 >教祖のひながたに添って などと、話が通じるかどうか?
179 :
S 2027 :2008/02/04(月) 21:31:52 ID:JbBV5SLW
【質問】 「人が目標か 神が目標か」 というお言葉があります。 俺はスタートラインは100%人だと思っておりますが、 いかがでしょうか?
助けたいと思うのは、「人」に対して。 しかし、何故助けたいと思うかは、心の中に「神が目標」が有るから? イヤ、その前に人が好きだから(勿論恋愛とかじゃなく)かな〜?
182 :
181 :2008/02/04(月) 21:46:00 ID:uElVL4ny
あっ、意味が違いますね。 入信したての頃、って事ですかね? だと、そうなりますか。
>>177 たぶんですけど
天理教で聞かせて頂く所の「ほこり」の話を一生懸命
本人に話したところでムカつかれて終わりだと思います。
それが現実だと思います。
>>183 一般論としての話は聞くけど、自分の事を言われると、誰でも腹立ちますよね?
順序立てて、八つのほこりの話をさせて頂ければ、聞いて頂けると思うのですが・・・
ま、何でも順序ですよね。
>>184 人から言われるとわかっているんだけどなぜか腹が立ってしまうんだよね。
まっそれも信仰の上では「ほこり」なんだろけど。
確かに順序は大切だと思いますよ。
>人から言われるとわかっているんだけどなぜか腹が立ってしまうんだよね。 合ってるから余計ですね。 気になるところっていうのが、結局は「いんねん」でものを見る、だとか、「世界が鏡」なんでしょう。
そゆ事だと思います。 たとえ自分の事を指摘されたとしても 「見事に私のいんねんをご指摘くださいましてありがとうございます これでまた成人に近づかせて頂くきっかけになりました。お礼申し上げます」 なんて素直になれるようになったら いろんなことがきっといい方向に動き出すんだろうな。
・・・と妄想を抱きながら 2chというサーバーを無料でお借りしてスレッドを立て 不特定多数の方々のご協力を頂き ラジオからの引用を参考に学ばせて頂いていております。 ------------------------------------ ということで話がそれましたが 具体的に「かわい」のほこりを払う方法について考えて行きます。
皆さん御存知、教祖伝逸話編からのひながた 一二九 花疥癬のおたすけ 明治十六年、今川聖次郎の長女ヤス九才の時、疥癬にかかり、しか も花疥癬と言うて膿を持つものであった。親に連れられておぢばへ帰 り、教祖の御前に出さして頂いたら、 「こっちへおいで。」 と、仰っしゃった。恐る恐る御前に進むと、 「もっとこっち、もっとこっち。」 と、仰っしゃるので、とうとうお膝元まで進まして頂いたら、お口で 御自分のお手をお湿しになり、そのお手で全身を、 なむてんりわうのみこと なむてんりわうのみこと なむてんりわうのみこと と、三回お撫で下され、つづいて、又、三度、又、三度とお撫で下さ れた。ヤスは、子供心にも、勿体なくて勿体なくて、胴身に沁みた。 翌日、起きて見たら、これは不思議、さしもの疥癬も、後跡もなく 治ってしまっていた。ヤスは、子供心にも、「本当に不思議な神様や。」 と思った。 ヤスの、こんな汚ないものを、少しもおいといなさらない大きなお 慈悲に対する感激は、成長するに従い、ますます強まり、よふぼくと して御用を勤めさして頂く上に、いつも心に思い浮かべて、なんでも 教祖のお慈悲にお応えさして頂けるようにと思って、勤めさして頂い た、という。 これは、「かわい」というほこりの、真逆にある平等な愛情のひながたかと。
190 :
189 :2008/02/05(火) 00:24:58 ID:uox9WPq3
続けて、「おふでさき」より 13.020 このもよふどふしたならばよかろふぞ なんでも神のさねんあらわす 13.021 にち/\に神のむねにハたん/\と ほこりいゝばいつもりあれども 13.022 このほこりそふぢするのハむつかしい つとめなりともかゝりたるなら 13.023 心さいしんぢつ神がうけとれば どんなほこりもそふぢするなり 註釈 この方法は、どうしたならばよかろうか。それには親神のもどかしさを身上事情に現す。 人間が、日々心にほこりをつけてばかりいるから、それが山積して、遂に親神の心まで陰気になっている。 この一杯積もったほこりを一掃するのは、なかなか並大抵なことでは出来ないが、 よふきづとめに取り掛かったならば、これを緒口として次第にほこりをはらう事が出来て、 おのずと親神の心も晴れやかとなる。 人間の誠心さえ親神が受け取ったならば、どのような積もり重なった大ぼこりも掃除して、 ほこりの現れである身上事情の悩みを救ける。
191 :
神も仏も名無しさん :2008/02/05(火) 07:55:13 ID:pJWqx+n3
>>171 「百匹目の猿」現象というのは捏造です。
私の感覚で言えば
>>11 の母親が問題を乗り越えていくためのテーマは
>>189 >「かわい」というほこりの、真逆にある平等な愛情のひながた
と指摘があったように
「分け隔てのない平等な愛」 のような気がします。
今後の母親の選択肢として ------------------------------------------ @次男をアパートに住ませ、父親に頼んで生活費を上乗せする。 A家に呼び戻し、苦労を承知で次男のすべてを受け入れる。 B22才ですから、ひとり立ちするまで放っておく。 C強制的に更正してもらうよう外部の力をかりる。 Dその他 ------------------------------------------- などが考えられます。 @BCは非常に母親としては楽な選択肢ではありますが 逆恨みから放火をしたり、殺人事件に発展する可能性もあるかもしれない。 もしわが子がそのような状況になるのは母親として辛いでしょうから あえて母親自身が一番辛いであろうAを選択し母親に頑張って頂く事。 それが突破口のような気がします。
ですから
>>86 で申し上げたように母親が次男に対して
「今まで、長男の事ばかり心が向いていて貴方に心がいってなくてごめんなさい。
辛い思いをさせましたね。貴方のお陰で気づかせてもらいましたよ。ありがとう。」
と言う気持ちで次男に接するなり言葉をかけるなりしていく事から始める事
がいいような気がします。
それが母親が「かわい」のほこりを払うための具体的な方法と考えます。
最初は非常に困難な状況が予想されるかと思いますが
>>11 「家に一緒に同居をして、面倒を見てくれ」
という次男の要求を満たしているわけですから家に連れ戻す事は可能だと思います。
ひきこもりはさておき、将来犯罪者になる芽を摘む事は可能かと思います。
ところで今回は母親が辛い状況におかれるだけでなく 母親にとっての喜びも発生する可能性もあるかと思います。それは ----------------------------------------------------------- 「そういった不条理な状況下での母親の行動」を娘がみてくれている事。 ----------------------------------------------------------- 娘はいずれ母親の強い味方になって 母親を手助けしてくれる存在になる可能性があるような気がします。
ただ「人生がすべて自分の力で思い通りになる人」って
ほとんど居ないと思いますよ。
朝青龍くらいなものです。
(といっても優勝できなかったか・・)
ですから今の現状をしっかりと受け止める事。
自分は喜びを見出す可能性を求めて前向きに人生を歩む事。
日々の小さな努力を重ねていく事。
そうすれば人生がいい方向性に向かいだすのではないかと私は信じたいものです。
とりあえず
>>11 に関しての結論。 スレ主。
ん〜どうでしょう? 次男に対する愛情が欠落してるのか、他の子供達より、逆に愛情注ぎすぎているのか? もう少し思案する必要があるように感じます。
>>198 ご指摘がございましたので
>>11 に関して
私は
--------------------------------------------
母親は非常に愛情深くていい人であるにもかかわらず
「次男への愛情が欠落していた」のではないか?
--------------------------------------------
という立場を取らせて頂くいております。
理由として アパートに住むようになったのは次男が希望した事ではなく 手に負えないという理由で母親が「隔てた」点。 後に次男の要求の中で「一緒に住んで面倒を見てくれ」となっていますので 次男の意思でアパートに行く事を母親が「次男かわい」で認めたとは思えない。 そして次男の中では一緒に住みたいという気持ちはまだある。 もし仮に次男の方へ愛情が偏っていたのなら 次男を手元において長男を施設に預けるなどして「隔てる」方法もあった。 という事になります。
しかしながら 基本さんが指摘した点
------------------------------------------------
>>89 かわいい、場合には、親は手元に置きます。
可愛くないから、別の住まいに出しているのだと思案します。
母親自身は、わが身可愛いのかたまりでしょう。
-----------------------------------------------
>>111 このお母さんは、次男を見るために、主人と別居してもよいという結論がほしいのだと思います。
次男と長男は、ひとつに住ませられない。
と、言う事で、相談する気持ちの中に、次男可愛いというものが、あるという事です。
-----------------------------------------------------------
「母親が一番可愛いのは自分である。」
「その可愛いはやがて次男にも向けられている」
というのもわかるような気もします。
ですが私が基本さんの立場をとらなかった理由として ----------------------------------------------------- 長男の「魂」は自分の面倒を見てくれるであろう 愛情深い母親の「魂」のもとに神の導きがあって生まれて来たのではないか。 ----------------------------------------------------- という立場を今回はとらせて頂きましたので 「皮肉にも母親の愛情深さが長男に偏りすぎてしまった為、次男が劣等感を持つ事になった」 とひとまず結論づけたということになります。
いずれの立場をとろうとも 今後新たな問題がおこらないために信仰する立場の者からすれば 「母親のかわいのほこりを払うことが鍵でなかろうか。」 と考えるのが今のところ有力かと思い話を進めさせて頂いております。
>>193 次男にも次男の苦しみがあると思います。まずはそれを聞くことから始めましょう。
長男が障害者であったが故にいじめにあったのが原因ならその苦しみをまず聞き、理解することが大切です。
いじめはとても辛かったはずです。その反発で長男への攻撃になったのだと思います。
>>194 のいうとおりです。
206 :
神も仏も名無しさん :2008/02/05(火) 20:13:13 ID:IHVKCU2b
>修養科のノルマ 修養科て実質はポランティアだろ。 修養科無ければ本部は成り立たんだろ。 やはり天理は社会の有害だな
3こすり半番長殿 >男の子も女の子も仕事の仕込む時分に気ままに遊ばしておくのはよろしくありません。 ↑ この件に関しては如何お考えでしょう?
>>207 今後それも考えていかなきゃいけないことだね。
「心定め」が第一とお聞かせ頂きます。 ならば、 「我が身さえよくば、他人はどうでもよい」 の反対 「他人様への御奉仕」 に関する心定めは如何かと。 勿論、「かわい」のほこりを積まぬ事は誓った上で。 何でも良いと思うんですよ、道路の掃除でも、行った先々で靴を揃えるでも、 町会の仕事をさせて頂くでも、他人様の喜ぶことを自分で見つけて。 その上で、子供達に分け隔てないように向き合えば、必ず何かが変わると。 甘やかすのではなく、きちんとその子供達の行く末を見据えて、対応すれば。 今だけの愛情ではなく、将来を見据えて、大きな愛情で。
二つ一つを忘れてた! 家族内で、意思疎通が出来てるのか確認。 夫婦で相手のことを思いやる気持ちがないと、収まらないですね。 自分の事ばかりでは、思いやりが無くなってると思われます。
>>209 信仰する者が人様のたすかりを願って自ら実行するのはいいと思います。
212 :
S 2027 :2008/02/05(火) 22:42:05 ID:cJQSC8H9
楽しそうですね。 今日は遊べませんw
これまでのところ
「母親がほこりを払う事」に焦点を絞っておりましたが
>>204 次男にも次男の苦しみがあると思います。
まず聞き、理解することが大切です。
との指摘がありましたので
「どのようにしたら次男の心が晴れて行くのか」を掘り下げて行きたいと思います。
聞く姿勢、理解する姿勢をもつ事は
天理教でいうところの「たんのう」にもつながる大事な部分かと思います。
>>85 より
>>3 いんねん→自覚→たんのう
>>31 身上・事情を通して、心を変える努力で見える結果をたんのう
>>33 喜び、感謝の心を持って暮らしていくことは、たんのうに通じる
>>80 たんのうの根本は、感謝の心。御恩を分かる心から。
次男の要求の中で
-----------------------------------------------------------------
>>11 「自分の人生がこんな状態に成ったのは、全部、親の責任だから
生活費をもっとよこすか、嫌なら家に一緒に同居をして、面倒を見てくれ」
-----------------------------------------------------------------
というのがあるのですが
次男は本当はお金よりもっと何か違う物が欲しかったんじゃないか。
隔てられる事、約4〜7年間。たぶん孤独で寂しかったんじゃないか。
私はそんな気がします。
217 :
神も仏も名無しさん :2008/02/06(水) 21:52:59 ID:3gFKgvnE
15才以上なら放り出せ。 よってたかって甘やかすんじゃ無い。 その母親は、子供かわいい、我が身かわいいの埃で悩んでるだけだ。 おしまい。
>>217 あくまでも、過去のほこりの通り返しである、「いんねん」について。
15才までの「かわい」のほこりから、躾が出来ずにいた為に、今日に至ると。
放り出して何が解決するわけで無し。
3こすり半番長殿 「自分の人生がこんな状態に成ったのは、全部、親の責任だから 生活費をもっとよこすか、嫌なら家に一緒に同居をして、面倒を見てくれ」 本当に「いんねん」を思案する時、少し深く見ると変わってくると思われます。 上の言葉は、次男が要求している事とされますが、それも本当でしょうか? 相談者は母親ですよね? 母親の「いんねん」で聞いた事とも採れるのですが? よく、駄々を捏ねる子供は、言いたいことを言えずに、投げやりな態度になってしまいます。 結局、何か困らせようと、無理難題な要求をします。 その過程には、何か話しているだろうと思いますが、そこが省略されています。 母親としては、その中で、自分の困る要求、つまり、自分の因縁で聞いた要求ではないかと。 「ほこり」の思案は、事実確認に基づき行いました。 今現在の情報では、母親の情報しか手元にないも同じ事かと。 では、母親にとって何が困るのか? その要求そのものが困るので有れば、 @次男の現状は親の責任であること A次男への生活費、金銭の追加 B次男との同居 のどれか?それとも全て?
220 :
神も仏も名無しさん :2008/02/07(木) 00:18:47 ID:5nIGap37
>>218 放り出して帰ってきたら、諭して、又放り出せ
22歳。働け
221 :
神も仏も名無しさん :2008/02/07(木) 00:24:54 ID:Wt+gCR7B
どんな状況におかれてるにしろみな過去の行いや生き方が色々あったにしろみなの今の置かれている現在が何より一番幸せな今なのだと思います。
222 :
神も仏も名無しさん :2008/02/07(木) 00:27:54 ID:Wt+gCR7B
と言うのは 今はマイナスじないから。 働きがあって今があるから。 だから僕は生きて行ける。
223 :
神も仏も名無しさん :2008/02/07(木) 00:29:59 ID:Wt+gCR7B
と言う事は 間違いを正せば。 未来は明るいということ!
224 :
神も仏も名無しさん :2008/02/07(木) 00:43:37 ID:5nIGap37
怠け者 い ん ね ん だから、 放り出せば は た ら く でしょう。
>>224 >怠け者 い ん ね ん
とは、具体的にどんな因果関係?
次男の因縁だけなら、母親は困る必要ないはずですね?
226 :
神も仏も名無しさん :2008/02/07(木) 13:24:29 ID:5nIGap37
か わ い い の埃で勝手に苦しんでいるだけ。 そのお母さんは、発散して た ん の う すればいいの。 困っているつもりになっているだけです。 親子共に執着を愛情と勘違いしているだけなの。 放り出さないと子々孫々にまで怠け者いんねんは続くでしょう。 最近のアホ本部員達と一緒だな。 まとめて放り出せ。
>>220 >>224 >>226 ここまでのところ説明させて頂きます。
>>58 において
「自立して働き暴力をやめる事」ができない22歳の次男へ 責任能力のなさや甘えを問われてもしょうがない」
と私も感じておりますので、働くことに関しての貴方の意見は正しいと思います。ただ
>>58 次男自体を変えていこうという意見はあまりなく
家族や特に「母親」に焦点をあわせ解決に導こうとする意見が多いのは興味深い
と私が思いましたのでで「いんねん」思案という事を掘り下げる為に方向性をあえて
>>213 「どのようにしたら次男の心が晴れて行くのか」
に変更し議論を現在進行させて頂いております。
ですから貴方様の意見は非常に大事な点を指摘した内容が含まれており
重要かと思いますので「働く事の大切さ」に焦点をあわせた議論の時に参考にさせて頂きますね。
貴重なご意見ありがとうございました。
>>219 -----------------------------------------------------------------
>>11 「自分の人生がこんな状態に成ったのは、全部、親の責任だから
生活費をもっとよこすか、嫌なら家に一緒に同居をして、面倒を見てくれ」
-----------------------------------------------------------------
というのは母親の感情(思い)が入り込んだ表現(解釈)である可能性は充分考えられます。
また
@ 22歳で親の責任って言われても困る。
A 生活費を追加しろっていわれても困る。
B 暴力振るわないなら同居もありだけど今は困る。
全部が母親にとって困る内容だと私は想像します。
少し横道にそれます。 この度、私が天理教の信仰をなさってる方の協力を得ながら2chサーバー上にて 天理教でいうところの「いんねん」についてスレたてした理由を説明させて頂きます。 興味がある方は以下ご覧下さいませ。 ---------------------------------------------------------------- 「セイロン(スリランカ)の悪魔祓いの儀式」 つい近年までスリランカ(セイロン)の田舎の方では「悪魔払いの儀式」 といって病気になった人を取り囲み儀式を行う習慣があったそうです。 「病気」は悪魔が入り込んだもので悪魔が入るのは「孤独になるから」 と言う考えに基づいて行われる儀式のようです。 そしてその儀式には20人ばかりほどの友人が一人を取り囲み歌を歌ったり踊ったり。 時には下品な踊りを披露してみたりで皆で大笑いしたり。 また長いときには数時間続く事もあるそうです。 その儀式が終わるとクライマックスへ。 「さあ我々の元に返っていらっしゃい」と一人が20人の輪に加わり 「きみはもう孤独ではない。」「たくさんの仲間がいて見守っている」 という事になり 「孤独」から救われ「病気」からも救われると考えられているようです。
私は東洋思想的なこの儀式に触発され 天理教でいうところの「おさづけ」という行為を更に深く理解を得ました。 相手の心に働きかけて病気が回復するための儀式を行う。 それは一部のものだけでなく手順を踏んだ後にだれでも行う事が可能。 私は天理教の信仰を持つ立場ではあります。しかしながら 天理教というところの「いんねん」という考え方が消化できない未熟な者であります。 ですから天理教専門の掲示板はいくらかあるのでしょうけれど 様々な角度から天理教というところの「いんねん」について学ぶ事を目的に 2CHという掲示板をお借りして話を進めさせて頂くのが良いのではないか。 と思うようになった訳です。
また日本の総人口を1億2,776万人(2005年国勢調査)とし
天理教の信者数を約30万人として考えた場合に0.23%。
約435人に1人が天理教信者である。
つまり天理教の思想というものは、一般社会の考えを主軸にした場合には
1/435の非常に世間から外れたマニアックな思想でしかないわけです。
しかしながらその1/435の非常に世間から外れたマニアックな思想を軸とした時にしか現れない
私が予想もしなかった「お宝」な思想があるのではないかと思いましたので
>>11 において「ある家族の問題」を話題の共通認識として様々な視点からの
ご意見を皆さま方のご協力を得ながら国内最大の掲示板をお借りして
「いんねん」ということをテーマに学ばせて頂いております。
232 :
神も仏も名無しさん :2008/02/07(木) 21:44:58 ID:5nIGap37
朝起き 正直 働き 家業第一 内々孝心第一 普通に幸せになる方法はこれだけ。 いんねんとは心の道 お母さんの困り症と次男さんのタカリ病の心の癖性分が因縁の因。 悪しき結果が縁として出ない様に、これだけ諭して放り出すのが 天理の悪魔祓いなの。 拝み祈祷に興味があるなら真言密教にでもいったほうがいい。 いんねん哲学したいならインド哲学板でもこしらえるほうがいい。 天理は実用的なのね。
甘えに対して厳しい対処をするのもまた方法かもしれませんね。
・次男の気持ちを聞き理解してあげる事。 ・次男の甘えに対して厳しく対処する事。 の両面でバランス感覚を保ちながら対応する事が大事なのかもしれません。
>>229 ,230
信仰をしていると、成る因縁と為す因縁があるそうな。
或る方はその割合が、3:7とも。
成ってくる因縁は前生因縁等。為す因縁は親神の「みちおせ」。
信仰者として、成る因縁ばかり目を向けるのも、ちょっと理解しにくいかと。
例えば、その「セイロンの悪魔払いの儀式」を知るのも、為す因縁かと。
それはそれとして、「ほこり」ばかりを思案しても、本来の道を外しては何も成らない。
>>232 氏の仰る通り、当たり前の基本的な道筋を教えるのが先かも。
躾、教育が間違っているということは、基本的なことが出来ていないということ。
「かわい」のほこりでも、
>又、今日は雨降る、寒いと言うて学校を休まし、
>男の子も女の子も仕事の仕込む時分に気ままに遊ばしておくのはよろしくありません。
と、躾についても書いてあります。
天理教では躾に当たる仕込みは、朝起き 正直 働き 家業第一 内々孝心 です。
順序を大事とするならば、当然、このほこりを思案したとしても、仕込みが最初ですね。
その筋を通す為の、心定め、徳積みを陰で行うのが「理作り」でしょうか・・・
それですわ。(目からうろこ) 貴重な意見を頂きありがとうございます!
やっと見えました。 私自身が「かわい」のほこりを積んでる状況について。 人様から聞かせて頂く事でやっと理解できました。
238 :
S 2027 :2008/02/08(金) 21:45:35 ID:0wipxvtX
240 :
野良天 ◆3gxC3xwhfc :2008/02/08(金) 22:12:10 ID:vjCbPly0
まあ多数派になろうとしないで・・・ 言い方変えようかな・・・ みなさん、自分の意見をしっかり言ってね。
>>236 ,237
何がそんなに参考になったのか、書いた本人には測りかねますが・・・
でも、そんなに喜んで頂いて、こちらこそ有難う御座います。
242 :
S 2027 :2008/02/08(金) 22:37:05 ID:0wipxvtX
>>241 だから2チャンは面白いんだって。
伝え方は十人十色だけど、感じ方は無限大。
243 :
神も仏も名無しさん :2008/02/09(土) 04:20:14 ID:liG0u2bv
128 :モナ・ギコ日本の旅:2008/02/03(日) 12:24:51 ID:Zv9LGNMM
>>127 >物には順序があります。
順序違いは天理でしょう。
日本は古代より天照を中心に発達した国。
天理の神は古代ではない。天理の神は観念でしょうな。
124 :モナ・ギコ日本の旅:2008/02/03(日) 11:58:25 ID:Zv9LGNMM
>>123 >しかし、そこに親の心の入る点が、天理教独自といえます。
親の心て何ですか?それは教団幹部や教会長の意思に過ぎんでしようw
モナ・ギコさんの発言は興味深いですね。
>>243 ↓
>>43 >それを見る人によって、自分の因縁で見るため、その見方で自分の因縁を悟り、
>更には家族の因縁を悟ること繋がります。
自分にとっては、ちっとも興味深くない。
>>1 基本的には「束縛」だろうね。
ただ、信仰なら信仰をやっていくうえで「型」を作ることが先決だとは思うので、
一定時期に限り「いんねん」を中心概念とするというのなら、あながち悪くはないとも言える。
さりながら、この「いんねんの概念」というものに拘泥していると、信仰の本質を見誤るばかりか「信仰阿片中毒」ともなりかねないので、
上分別に使い分ける工夫も必要となってくることを決して忘れちゃいけない。
これ、言うなれば受験用の英語学習にあたって、ビートルズの曲で用いられる英語の歌詞を覚えることで「英語の型」を拵えるようなもので、
英語の基礎力を高めるにあたっては手短で、しかもかなり有効。
さりながら、全ての高校や大学の入試問題でビートルズの英語が万能とまではいかないので、あとは応用力は各自で臨機応変に用いることができるようにしないといけないのと同じ道理。
ちなみにテメーの場合は、ビートルズよりはローリングストーンズのほうが好きだったんだけど w やはりミックは永遠の不良だ!!
>>245 教祖伝逸話編より
一〇八 登る道は幾筋も
今川清次郎は、長年胃を病んでいた。法華を熱心に信仰し、家に僧侶を請じ、自分もまた
いつも祈祷していた。が、それによって、人の病気は救かることはあっても、自分の胃病は
少しも治らなかった。そんなある日、近所の竹屋のお内儀から、「お宅は法華に凝っているから、
話は聞かれないやろうけれども、結構な神様がありますのや。」と、言われたので、
「どういうお話か、一度聞かしてもらおう。」ということになり、お願いしたところ、お道の話を
聞かして頂き、三日三夜のお願いで、三十年来の胃病をすっかり御守護頂いた。
明治十五年頃のことである。
それで、寺はすっきり断って、一条にこの道を信心させて頂こうと、心を定め、名前も聖次郎と
改めた。こうして、おぢばへ帰らせて頂き、教祖にお目通りさせて頂いた時、教祖は、
「あんた、富士山を知っていますか。頂上は一つやけれども、登る道は幾筋もありますで。
どの道通って来るのも同じやで。」
と、結構なお言葉を頂き、温かい親心に感激した。
次に、教祖は、
「あんた方、大阪から来なはったか。」
と、仰せになり、
「大阪というところは、火事がよくいくところだすなあ。しかし、何んぼ火が燃えて来ても、
ここまで来ても、ここで止まるということがありますで。何んで止まるかと言うたら、
風が変わりますのや。風が変わるから、火が止まりますのや。」
と、御自分の指で線を引いて、お話し下された。
後に、明治二十三年九月五日(陰暦七月二十一日)新町大火の時、立売堀の真明組
講社事務所にも猛火が迫って来たが、井筒講元以下一同が、熱誠こめてお願い勤めを
していたところ、裏の板塀が焼け落ちるのをさかいに、突然風向が変わり、真明組事務所だけが
完全に焼け残った。聖次郎は、この時、教祖からお聞かせ頂いたお言葉を、感銘深く思い
出したのであった。
因縁を知ろうが知るまいが、「因縁果たし」はしていると思案すれば、意識して白因縁に変える
通り方をする人も居れば、知らずに変えている方も結構居るんです。
成ってくることに対して、経験を元に、受け取り上手な方も結構居ますしね。
>>241 今回私の中で一つの自己完結がありました。
だからありがとうございます。
>>244 無理して興味を持つ必要もないと思いますよ。
>>245 「いんねん」を四六時中考えている状態ってのも
正直しんどい事ですもんね。
249 :
神も仏も名無しさん :2008/02/10(日) 00:36:17 ID:1zCK3PRO
本席様曰く 『天理の教えとはなんぞやと問われたら、朝起き 正直 働き 以外何も知らないと言う、 そして私は神の代表者だと言う』 いたってシンプルですね。
250 :
神も仏も名無しさん :2008/02/10(日) 19:48:55 ID:1zCK3PRO
キリスト教文明の終わりが始まっている昨今において、 安岡正篤(1898〜1983)は「日本には天照大神の信仰がある。天照大神とは日本精神を以て世界を光被しようという理想である。」、 イザナミ・イザナギの「「いざな」というのはいざなう、換言すれば世界民族の先覚者、先駆者、誘導者となって行こうという理想である。」と述べている。 この、にほん精神の土壌があって、そのにほんの根が顕われたのが天理の道であって、 モナ・ギコさんは、キリスト教という観念の宗教に汚染されていることを指摘しているのではないか?
251 :
神も仏も名無しさん :2008/02/10(日) 19:54:00 ID:1zCK3PRO
日本の土壌のみならず。天理教上層部がキリスト教という観念の宗教に汚染されていることを指摘されているのではないか?? 屋敷の土そのものが汚染されていれば、入れ替えても、効力を発揮しない。 という事を感じられているのではないか??
私、修養科に行かせて頂いた事がありまして今になって思うんですが その時の同室の方と私の間に共通する事柄(性格や癖等)がとても多かった気がします。 もしかして同室の方の姿に私を見せて頂いていたのではないか。 と今更ながらに思ったりするですがそこら辺はどんなもんでしょうか。
253 :
神も仏も名無しさん :2008/02/12(火) 12:36:50 ID:sxOnlJSA
癖性分は寄り合う傾向があるらしい。 秋葉原のメイド喫茶行く人達も似てるもんな。w
>>253 そうですよね。なんか集まりますよね。
一度人生経験の一つとしてメイド喫茶も行ってみたいものです。
写し鏡で前生因縁を写してあると、世界が鏡と、お聞かせ頂く・・・ その割に見た目が似てるわけではないw やはり一名一人だね。 ・・・自分なら耳掻きの方が・・・orz
>>255 外部から見たらなんでもないですど
自分にとってみるとものすごくアンテナが反応して気になる人っているような気がします。
耳掻きって・・何何????
今回いい機会を与えて頂き少し勉強させてもらったんですが。 -------------------------------------------------- 逸話篇36【定めた心】より抜粋。 「遠い所から、ほのか理を聞いて、山坂越えて谷越えて来たのやなあ。さあさあその定めた心を受け取るで。楽しめ、楽しめ。 さあさあ着物、食い物、小遣い与えてやるのやで。長あいこと勤めるのやで。さあさあ楽しめ、楽しめ、楽しめ。」 --------------------------------------------------- なんと「楽しめの5連発」 楽しむ事も大事なのかも。
耳掻き小町って・・・・あかん。 自制心をなくしそう。 (外部からご覧の真剣な皆様には本当に申しありません。ただ今脱線中です。)
260 :
神も仏も名無しさん :2008/02/12(火) 20:37:22 ID:5TY5kYDy
天理高等学校の数学教師が、仏具店を恐喝し逮捕。
261 :
神も仏も名無しさん :2008/02/12(火) 20:52:05 ID:5X41k+HO
>>260 このよふハあくしまじりであるからに いんねんつける事ハいかんで
教え通りに行かないものです。
更に、「聞くも因縁、見るも因縁」とお聞かせ頂きます。
「コピペ」「カキコ」するのは尚のことでしょう。
お互い、気を付けましょうね。
>>261 辞書に載ってるのですから、独自の言葉ではないですよ。
天理教では、そこから悟り、変えていくことが大切なんです。
・・・
その前に、過去レスを一通り読んで下さい。
>>261 説明します。
確かに天理教だけで用いている言葉ではないと思います。あなたの言うとおりです。
仏教用語であるし「言いがかりをつける」意味で一般的に言われていたり。
カルトで用いる場合もあるでしょう。(詳しくはわかりませんが)。
ただここでは、天理教でいうところの「いんねん」についての議論としてご承知下さい。
今後、天理教以外の「いんねん」についての議論が必要と判断すれば
その意味合いを張り下げる事も視野に入れております。
ご意見ありがとうございました。
>>263 過去レスからROMって頂いたようで
スレの立てがいがあったと番長とは喜んでおります。
悟り。変える事。ほんと大事だと思います。
>>261 で指摘がありましたので
天理教でいうところの「いんねん」をより深く考察するため
「カルト」に関する事を理解する事もまた必要と判断しました。
-------------------------------------------------------------
心と宗教@2ch掲示板より
☆ 心と宗教板を利用される方はカルト問題に関心を持つようにしましょう。
------------------------------------------------------------
よってそれぞれの立場において、天理教でいうところの「いんねん」のより深い理解を目的とし
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88を参考にして 天理教でいうところの「いんねん」とカルト行為の関連性について議論再開させて頂きます。
以下「日本におけるカルト」より @マインド・コントロールを行なう宗教団体に対し「カルト」という言葉が使われるようになった。 「カルト」という呼称には「反社会的な集団」「危険な集団」「わけのわからない不気味な集団」 といった「否定的なニュアンス」が含まれるようになった。 日本では一般に新興宗教団体を指す場合が多い。 Aオウム事件によって、健全な宗教と様々な世俗的動機を持った集団とを区別するという認識や それまで「宗教の自由」「信教の自由」という名の下に見過ごされてきた、「宗教団体による 人権侵害」等を見つめ直す土壌が作られた。 B日弁連消費者問題対策委員会は「反社会的な宗教活動にかかわる消費者被害等の救済の指針」 と意見書を発表。後「日本宗教連盟」を初めとする宗教界から強い反発が出た。 よって社会的な問題を起す団体を「カルト」と呼ぶことが定着してきた。 社会が宗教を見る目は厳しくなって来ている。 C神学者 浅見定雄(東北学院大学名誉教授)はカルト問題は宗教問題ではなく、 “社会問題”だとしている。定義が曖昧な俗語として用いられているのは「カルト」に関する 発言のほとんどが「反カルト側」か、「非難される団体側」からのもので、中立的な立場からの 提言がほとんどみられない事に起因している。と。 D日本で一般に説明される「カルト」とは少数であっても熱烈な信者が存在するような宗教的団体を指す。 教祖が絶対的な権威を持つカリスマであり、その教義に「排他的」な所や「反社会的な内容」があることが多い。 また、教え自体が、教祖の宗教的な信念に基づく思想ではなく、「経済的搾取等の自己の欲望」のために 信者を利用するための表向きの看板に過ぎないことも多い。 E日本の各教団のその誘訪方法はほぼ同じで、まず美辞麗句で誘い、詳細を知らせず入信させ、 実践させていくことで精神を変えてしまう、というもの。そして「辞めたら不幸になる」と脅される。
269 :
神も仏も名無しさん :2008/02/14(木) 10:43:25 ID:yU5pHoCp
>>268 > 「カルト」という呼称には
「反社会的な集団」
「前スレさん」事件で信者が大挙して被害者の家に押しかけていた事案。
これは天理教においては珍しいことではない。
会長が幼い子供を性的虐待した時、被害者の家に信者が大挙して押しかけ、警察への被害届を出させないように脅した。
「危険な集団」
高額なお供え。
「わけのわからない不気味な集団」
見たまま。←オイ! MPを吸い取られる「ふしぎなおどり」
全ての信者がそうじゃないかも知れないけど、それを言えばオウム真理教も同じ。犯罪を犯していないひとが多数派だ。
>>269 「前スレさん」事件はリアルでイタかったですね。
>MPを吸い取られる「ふしぎなおどり」
ですか。HPが減るよりきついですな。
271 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/02/15(金) 04:28:39 ID:hO8Eow86
一度、発想を変えてみる事が大切だと思います。 > 犯罪を犯していないひとが多数派だ。 この発想を変えてみる事です。 ねずみ講の勧誘に来たホステスは、知人にこう告げたそうです。 現実に四千万もうけてばら色の人生になった人がいるのよ。 すばらしいでしょ。 今の時代に、そんな事してくれる人だれもいないは。 警察では監視されてるって、言ってたわ。 でも、これに入会して、現実に体に健康なこの下着を売るだけで、 あなたも幸福になれるのよ。 夢、見る事が出来て、しかも実現する事ができるのよ。 ・・・・ 社会が悪いのです。
272 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/02/15(金) 04:36:50 ID:hO8Eow86
天理教の説くいんねんの、最重要なものは「陽気暮らし出来る因縁」です。 それを、邪魔しているものは「富の偏在」と「支配思想の蔓延」です。 信者の大多数が、実は、金で幸福を買えると信じて加入している。 ねずみ講の、それに夢見て群がる人たちと同じなのです。 オームの浅原の、空中浮揚がインチキなんてことは信者幹部は全員知っていた。 インチキでも、夢が買えるのなら、それで幸せなのです。 なぜならば、貧しく、心貧しく、夢というものがどこにも無いからです。 その、谷底にい続けるしかない、「谷底因縁」をたくさん持っているのが天理教の信者で、 「高山因縁」にだまされては、夢を買っている。 これは、いうならば信者の犯罪です。
少し話がそれますが ----------------------------------------------- あなたがなんであり どこの国の人であろうと 金持ちであろうと 貧乏であろうと それは問題ではありません。 あなたは 同じ神さまがおつくりになった 同じ神さまのこどもです。 ----------------------------------------------- とマザーテレサさんはおしゃってます。 また信仰を求める立場の人は -------------------------------------------------------------------- 一れつのこどもハかわいばかりなり とこにへたてわさらになけれど 第十五号 69首 --------------------------------------------------------------------- と、人間は神様の子供であり、かわいばかりであると聞かせて頂くようです。
とすれば -------------------------------------------------------------------- きゝたくバたつねくるならゆてきかそ よろづいさいのもとのいんねん 一 6 人間には、陽気ぐらしをさせたいという親神の思いが込められている。 これが、人間の元のいんねんである。 (天理教教典第六章てびき) -------------------------------------------------------------------- ですから、天理教の信仰を求める立場の人にとっては「いんねん」に対して 「陽気ぐらしをさせたいという親神の思いが込められている」ものである。 と解釈するのは自然であるような気がします。
ここで
>>272 基本さんから
もともと「陽気暮らし出来る因縁」であるのに
「富の偏在」と「支配思想の蔓延」が邪魔している。
谷底にい続けるしかない、「谷底因縁」をたくさん持っているのが天理教の信者で、
「高山因縁」にだまされては、夢を買っている。
という事をご指摘頂きましたので掘り下げさせて頂きます。
276 :
神も仏も名無しさん :2008/02/15(金) 22:18:58 ID:QFVBETP5
>>268 > 以下「日本におけるカルト」より
> 「宗教団体による人権侵害」等を見つめ直す土壌が作られた。
まだ子供が出来ていない夫婦に、子供を産めという天理教信者がそれにあたる。
> 社会的な問題を起す団体を「カルト」と呼ぶことが定着してきた。
「前スレ」さん事件のように天理教のわがままのために、家庭を引き裂く行為がそれに該当する。
> 、「経済的搾取等の自己の欲望」のために
> 信者を利用するための表向きの看板に過ぎないことも多い。
これはそのまま、教会長によるお供え搾取がそれに該当する。
> そして「辞めたら不幸になる」と脅される。
これは、天理教が脱会信者を脅す台詞そのまま。
天理教はどう見てもカルトです。本当にありry)
三こすり半番長殿、少し疑問が出ましたので、ちょっと教えて下さい。 他スレで、因縁と同じように、「ほこり」について自覚し難いので、「世界は鏡」から悟るように したいものと話してましたところ、おてんば私立学院総長さん(恐らく武庫川さんw)から、 >しからば「確信犯」の場合は? (※転載御容赦下さいませ > 武庫川さん、三こすり半番長殿) なる質問が出ました。 自ら心のほこりを造る事、「確信犯」と成ることは出来るのでしょうか? 確かに、心にほこりを積まないようにしようとするわけですが、積んでしまいますよね? 教祖さまも、放っておくと溜まる埃を払うよう、御教え下さっています。 では、逆も又出来るのでしょうか?自分で積むような事が? 出来るので有れば、どんな例が考えられるでしょうか? 私の中では、心をそのように自由自在に出来る物なら、それはそれで羨ましいのですがw
>>277 >しからば「確信犯」の場合は?
質問の意図するところがわかりかねますので
・話題になった他スレアド、
・その時のあなたのID
を明記してもう一度レスお願いちまつ。
279 :
277 :2008/02/16(土) 03:27:26 ID:bRqTUJ1v
遅くにスミマセン。少し簡略化します。 「ほこり」というものは、自分自身では気付きにくいと思うのですが、 わざと意識して「ほこり」を積めるものなのかどうか?
280 :
神も仏も名無しさん :2008/02/16(土) 05:09:54 ID:87gppOtY
>>社会が悪いのです。 >>谷底因縁」をたくさん持っているのが天理教の信者で、 「高山因縁」にだまされては、夢を買っている。 これは、いうならば信者の犯罪です。 でさ、この社会の中心は歴代真柱なんだよね。
281 :
S 2027 :2008/02/16(土) 05:34:55 ID:7PoKD0JI
>>277 突然人が飛び出し、慌ててブレーキを踏むが間に合わず即死。
この場合、速度超過、前方不注意などがいわゆるホコリかと・・・
『アイツは出てきたら狙いすまして突っ込んでやれ。』
しかし、残念なことにアイツは出てこなかった。
これは間違いなく確信犯的な心使い。
誤って人を傷つけることを容認してるわけじゃないけど、
確信犯は人を傷つけることを目的としている。
この差はとてつもなく大きい。
ちなみに、今のご時世、酒を飲んで運転することは「確信犯」と言われても仕方がないと思うなあ。
一般論として、法の裁きは実害がなければ問われない。
しかし、信仰は心使いそのものを問われるのではないかな?
では皆様に今日の宿題です。
第1節の「あしきをはろうて・・・」の「あしき」と
第2節の「あしきのことはいわんでな・・・」の「あしき」は同じ意味か?否か?
週末ですので、少し掘り下げてみましょうね。
282 :
神も仏も名無しさん :2008/02/16(土) 06:19:02 ID:87gppOtY
真柱の改心が遅れれば遅れる程、この集まりはバビロニアの虜囚になってしまうぞ。 そして世界たいへんが起こってしまうぞ。
>>282 真柱を天理教から切り捨ててしまえば、どうってことはないが。
あいつ、お道にとっては無用の長物でしかないというのが一般信者の本音なんですよね。
ま、「象徴」ならばオテンコだけで充分なのさね、わが国においては。
>>281 その時の心遣いは「八つのほこり」、嘘、追従(これではないのは分かりますがw)、どれに当たります?
行動と、心のほこりは、別物のような気がするんですよ。
確信犯のように、狙い澄ました犯罪は、律の中での犯罪。
・・・こんな所で使うのもおかしいかとは思いますが、例の有名な一節
さあ/\月日がありてこの世界あり、世界ありてそれ/\あり、それ/\ありて身の内あり、身の内ありて律あり、律ありても心定めが第一やで。
心は律の及ばぬ所。
例えば、「腹立ちしてやれ」と言って、「腹立てる」振りをしても、そこには冷静な自分が居る。
嘘には繋がるけど、そのもののほこりは積めないと思うんですが?
285 :
神も仏も名無しさん :2008/02/16(土) 07:29:25 ID:87gppOtY
基本氏の言うように、埃を立てないで済む社会も必要ですね。
286 :
S 2027 :2008/02/16(土) 11:03:35 ID:7PoKD0JI
>>284 俺の事例の「確信犯的心使い」は「怨み」「腹立ち」だろうね。
毎日がアイツのことを思い、「ホコリ心満々」って感じかな。
更に言えば、上記の場合、律で罰せられるのは人を跳ねた人でしょう。
業務上過失致死ってのに該当するんじゃないかな?
状況によっては、即逮捕じゃない?
めっちゃ、「怨み」「腹立ち」状態であっても、行動に出なければ罰せられないのが→律。
今回の事例の特徴は「行動にでようとしたが、その現場に対象者が現れなかった状態」は
律では裁けないが、ホコリの状態は爆発状態じゃないのかな?・・・って屁理屈言ってみたんだ。
神様は行動に出る、出ないより、違う視点から残念に思われるんじゃないのかなあ?
>例えば、「腹立ちしてやれ」と言って、「腹立てる」振りをしても、そこには冷静な自分が居る。
いやいや、今時の子はすぐキレル子が増えた。
我慢は人生の中では必要なことが多いんだ。
自己主張も度が過ぎると、ホコリになるし、
反対に我慢さすことも度が過ぎると、やる気を失わせてしまう。
温みと水気の微妙なサジかげんは、常に導く側も意識しておかないとね。
>>286 解っていても暴走と言うことでしょうか・・・
意識的に造るのともちょっと違うとは思うのですが、仰る意味は解るつもりです。
有難う御座いました。
・・・逆に言えば、常に意識すれば、ほこりを積まずに済むのでしょうか・・・
「教祖伝逸話編 130小さな埃」にて
十日も二十日も掃除せなんだら、畳の上に字が書ける程の埃が積もるのやで。
と仰せ下さります。埃も溜まるのは道理と受け取ります。
つまり、その時の心は自分で制御しても出来ないと思ってました。
その為に、積んだほこりを払うのだと。
今回のS 2027さんの例は、「目に見えるほこり」だから自制が効くのでしょうかね?
(わざと暴走させるのを確信犯とするんでしょうけど)
・・・因みに、ほこりの心は微妙で、同じような心のように見えても、
良い方に働けば、ちょっとの差でほこりとは言えないんですよねw
本当に難しい・・・
>>279 「ほこり」は「我が身勝手の心遣い」を比喩しており
「心遣い」は、銘々に「我の理」として許されていますから
・自分で「ほこり」を積む事は可能だと思います。
逆に ・自分で神をほうきに「ほこり」を払う事も可能だと思います。
>>276 > 「前スレ」さん事件のように天理教のわがままのために
家庭を引き裂く行為がそれ(カルト)に該当する。
という指摘を頂きましたので「前スレ」さんの問題に関して、
前スレさんの実家の両親の信仰姿勢に少し着目してみました。
天理教で言うところの「いんねん」を理解する事は、親神の思いを理解し
それぞれが陽気暮らしを目標とするところに本来の目的があるような気はするのですが
全スレさんの実家の両親の「解釈の方向性」が親神の思いに向かっていなかった。
「解釈の方向性」が親神の思いに向かっていたならこのような問題は防げたのではなかろうか。
という気はしたりします。
参考までに過去ログより前スレさんのレスを抽出させて頂いております。
○実家から電話があり問題が発生。 「教会を授けるから教会長になるように」「家族で教会の近くへ引っ越して来い」 「旦那もこっちで仕事を探せ」「教会長様の面倒も一緒に見るように」 ○教会との関係 ・教会の信者は両親だけ。 現在、教会長は生活保護受給者。 ・教会長に絶縁した娘(65歳位)が1人。所在は不明。 ・父は元エンジニア (70歳位)。「ひのきしん」で、給与全額お供えしていた。 ・退職金もお供えし、10年ほど前に教会が新しく立て替えられた。 ○「解釈の方向性」について。 「お道を通らないと因縁を見せられて、後から泣きつくことになるんだ」 「身上を頂いたのだから、教会を継げ」 「天理教をしないから病気になるんだ」 「所詮、他人は他人。いざとなったら頼りになるのは実の親と理の親だけだ」 「お道を通るのが、どれほど大変なことか解ってるのか!並大抵の苦労じゃないっ!」 「今まで苦労してきたんだから、少しは楽をさせろ」 「アンタの嫁ぎ先は、一番下の子供を亡くしているから、アンタも子供を亡くす因縁だ。 だからそうならないように、神様に導かれているのだ。」 「このままではいずれ一番下の子が大人になれずに出直すだろう そうなってから後悔しても遅いんだ。」 「アンタの娘だって、いずれ子供を亡くすことになるかもしれないそれが因縁なんだから、 早く悟って神様にもたれなさい。」 ※スレDAT落ちによりその後前スレさんがどうなったかは不明。
>>290 ,291
S 2027さんの例のスレより、更に面倒なパンドラの箱に手を付けたようなw
この問題は、一方的な問題ではなく、ドロドロの絡み合った展開になり、おかしな方向に飛躍していった。
他人である、我々から見れば、かなり多くの過ちが目に付いた。
特に、「いんねん」について・・・
@「いんねん」を思案する時は、「ほこり」を祓い、心を澄ますこと。
A「世界は鏡」から、相手の因縁と同時に、自分の因縁を悟ること。
B成る因縁、為す因縁のどちらも思案する必要があること。
教会側の大きな過ちに、話しやすいからと、上の兄が居るにも関わらず、下の妹に話を持っていったこと。
このストーリーから見て、ほぼ間違いなく収まらない方向に、収束を求めている。
対してこの「前スレ」さんは、学生時代の生活を、「ぢば」でとても「ようき」とは縁遠い生活をする。
ハッキリ言えば、「家」や「教会」との因縁は、本来そんなに引き継いではいない。
しかし、「種を蒔けば一粒万倍」の「ぢば」や、その理を戴く「教会」で陰気な種を蒔いてしまった。
15才以上としても、数年、更に修養科で3ヶ月。
何にしても、泥沼になるストーリーは、見るに耐えないものだった・・・orz
293 :
S 2027 :2008/02/18(月) 21:31:02 ID:IIIQEbDe
不明と言うか、あやふやな点をいくつか・・・ @天理高校に入学する環境の信者子弟にしては、天理教の組織形態について知識がどうもあいまい。 そんな人に教会を委ねるのか疑問。 Aさらに継承するのは、果たして本当に教会なのかも疑問。 布教所を解散する位なら、前スレさんにでも・・・ではなかったのかと疑問。 B教会長の担任変更していく過程がいっさい描写されていないことに疑問。 ただ、家族の絆が皆無であることと、前スレさんの精神状態が良好でないことは想像出来ました。 疑問点につきましては俺が個人的に感じたことであり、悪意もなければ、弁解でもないことはご理解下さい。
>>292 >年の離れた兄が30年以上昔に家出をしたまま音信不通でして
・教会の一人娘(65歳くらい)
・前スレさんの兄
いずれも所在がわからないのは事実だと思います。
>>293 >実家の両親の電話があってからパニック障害になり精神科へ通院中です。
精神的に不安定な状況であったと思います。
295 :
神も仏も名無しさん :2008/02/18(月) 23:30:55 ID:oJhuhJ10
宗教が原因の家庭崩壊ですか。 罪作りですね。
>>295 ここでは宗教自体に原因を求めるのでなく
天理教に対する「解釈の方向性」をテーマにしています。
297 :
青龍 :2008/02/19(火) 00:03:22 ID:NgXLuIdR
前スレさんですか 自分の上級教会が大教会という事も知らなかったんだよね 修養科を出てるはずなのに… 別の掲示板の「何とか石」の女性と似てるんだよね。 上記は俺の一方的な推測です(別人&事実でしたら此所に謝罪致します)。又、決して天理教を擁護しての発言では御座いません。悪意も御座いません。
298 :
神も仏も名無しさん :2008/02/19(火) 13:34:19 ID:EnQO6osc
大挙して近所に押しかけ、郵便受けにパンフレットを入れて行った事。 を天理教の陽動作戦のように勘違いされているところはイタかったな。 最初は他教の工作員の作り事かと思わせるほど、彼女には被害妄想の気があったね。 大教会も上級教会長も、本人の兄、教会長の長女 教会長、御本人、実両親。 全て悪因縁の坩堝というのが、「解釈の方向性」でしょうね。 現在の天理教ではタスカラナイ。という事ですね。 「家業第一、内々孝心第一、何の変哲もナイこの日常生活を大切のする中で、 神様の人間をたすけたいという優しいお心を少しでも理解、体現できたら、家庭も周辺も社会も 優しく陽気に治まってゆくだろう」 という事が天理であって 教会という、陽気ぐらしの手段でしか無いものが、かえって目的を潰しているのなら、 それは神様から見ても害物でしょう。 もし前スレさんの事件が本当だとすれば、関係者全員がこの手段と目的を勘違いする「転倒病」 に侵されているという事ですね。 を
「前スレ」さん事件は信者でない娘に対して、両親と教会長が無理矢理脅迫して教会長を継がせた。 そのため、家族が引き離されることになった。 「前スレ」さんは家族と幸せに暮らすというささやかな幸せを求めていたに過ぎない。 それを蹂躙する行為は、明らかに異常であり、天理教の観点から見ても誤っている。
>>293 @に関しては、本当におかしい。
天理高校卒業→結婚前に修養科
にも関わらず、
>「かしものかりもの」の意味が良くわかりませんし
学校や、修養科に、何をしに行ってたのやら?
この時には目が点になってしまった・・・
親御さんや、教会関係者にしても、いつも来てる信者の娘さんについて、何にも見ていない。
理解しようとしないし、都合の良い思い込みだけ。
お互い何も見ていない同士、確かに「写し鏡」だ。
でも、こんな場合、誰が「このままじゃいけない」と気付く?本来教会側だよね?
>>291 このスレを見れば、天理教の全てが理解できる。
前スレさん問題は、(2CH投稿によるもので事実確認が出来ない点もありますが) 心痛い内容には間違いないと思っております。 その後についてはレスがありませんのでわかりません。 ただ最後のレスで >大教会は中立で話を聞いてくれるんですね。少しでも光が見えるのなら、嬉しいです。 ということ終わっていましたので上手く納まった事を祈るばかりです。 ただ今回は、このようなトラブルに巻き込まれないように このような問題に発展しないように願いを込めて、あえて指摘させて頂きました。 また、決して全ての教会がこのような状態であるとは言えませんし 素晴らしい活動をなさっている教会もたくさんあると思っております。
次は〜 はちのへ〜
次は〜 喜連瓜破(キレ、ウリワリ)
次は〜
たんのう〜
---------------------------------------------------------
少し暗ーい感じになってしまいましたので
若干流れを替えさせて頂きます。
どうしても「いんねん」の考察だけになると
「辛い」「暗い」状態におちいり凹みやすい気がしたものでして・・・・。
---------------------------------------------------------
>>85 「いんねん」と「たんのう」は共に用いられる事が多い。
-----------------------------------------------------------
ということでしたので「たんのう」について少し掘り下げさせて頂こうかと思います。
つまり「たんのう」って何?という事です。
306 :
S 2027 :2008/02/20(水) 19:30:19 ID:eLEKUdN6
方言かもしれないけど・・・ @たんのうした→もうお腹一杯だ! Aたんのうした→仕事目一杯やった! Bたんのうした→お前との付き合いはもー飽きた! @ABともかなり意味がちがいますが、 心の状態が一杯、一杯の時に用いることが多いです。 ちなみに「業が深い」の「業・・ごう」 播州地方では・・・ 「業沸くんじゃあ!ダボッ!」→「腹が立つんだ!バカッ!」 という意味とほぼ同様の使い方をします。 超ムカツク!と同じ意味ですね。 大和の方言として「たんのう」という言葉が始まったということから、 まず、スタートした方が良いかも?
>>293 > 天理高校に入学する環境の信者子弟にしては、天理教の組織形態について知識がどうもあいまい。
今は信者が少ないから、よく天理のことを分かっていない子息も天理教に入れているのだろう。
数合わせ。
>>295 天理教が原因の家庭崩壊は珍しくない。
夫婦の絆が大切としておきながら、教会長は夫婦の絆を引き裂く行為をした。
信者全員がおかしいとは思わないけど、このようなことをする人は天理教信者とは言えないだろう。
>>298 > 最初は他教の工作員の作り事かと思わせるほど、彼女には被害妄想の気があったね。
都合が悪くなれば、被害妄想という言葉を使って、彼女を攻撃する。本当だったら、このことを償いできるのか?
あの事件のリアルさを考えれば妄想で書いているとは思わない。
また自分自身も天理教信者によって被害を受けた被害者。
彼女の気持ちもよく分かるし、悪質な行為をする天理教信者がいることにも納得している。
「工作員」とか書いている時点であなたの書き込みはちゃちです。
> 前スレさん問題は本当に痛ましいものでした。天理教がこういう宗教だったのかと思いました。 被害は私だけではなかった。それを知った瞬間でした。 もちろん、正しく活動をしておられる教会もあるでしょう。そういう方達に是非、悪い人達を何とかして欲しいものだと期待しています。
310 :
S 2027 :2008/02/20(水) 20:57:08 ID:eLEKUdN6
>>307 前スレさんは家族構成から想像しますと、40歳前後推定。
ですから天理高校は20年〜25年前。
ちょうど教祖100年祭のころとなります。
>今は信者が少ないから、よく天理のことを分かっていない子息も天理教に入れているのだろう。
数合わせ。
「今は・・・」ではないんだよ。
あなたの書き込みも「ちゃち」だと言われても仕方ないね・・・
そんなことはどっちでも良いんだけど、心を倒している人がいることは事実だから、
なんとか心が明るくなってもらえたら良いですね。
311 :
神も仏も名無しさん :2008/02/20(水) 22:07:12 ID:9g57Nxbi
いんねん、 天理教が長期に渡り過ちを犯して来た、カネを善良な信者から 盗る脅しことばに使用されている。 「霊感商法」の天理教には便利な言葉。 不安をあおり、高額のカネや資産を合法的に巻き上げるには、ピッタリの言葉。 数少ない霊能者は、脅したり不安をあおる強迫は絶対に言わない。 世界基督教統一協会は、天理教のいんねんという脅しを 「死んだ先祖があの世で苦しんでいる」というデタラメな 嘘っぱちに置き換えて利用して、高額なカネや資産を天理教のように 丸裸になるまで奪い尽くす。 天理教の霊感商法を参考にしていると言われている。
>>310 何のんきなことを書いているのか?
あなたの同じ宗教の人間のために、天理教信者ではない家族が引き離されたのです。
人の批判をする前に、天理教の起こした悪質な行為を恥じるべきだ。
あなたにとっては他人事ではないのです。
所詮、天理教信者はこのレベルの奴が多いと言うことか・・・。
> 「今は・・・」ではないんだよ。
昔からでしたか。
> そんなことはどっちでも良いんだけど、心を倒している人がいることは事実だから、
> なんとか心が明るくなってもらえたら良いですね。
それは簡単なことです。天理教が前スレさんから手を引けばいいのです。
つまり悪いのは天理教側にあります。
>>311 まさにそのとおり。
> 数少ない霊能者は、脅したり不安をあおる強迫は絶対に言わない。
これが中山みきとエセ医療行為をしている今の天理教信者の違いだろう。
中山みきのような力がないのに、病気が治るなどといってひとを騙すのは犯罪行為です。
天理教信者の子供達は、親が洗脳されているため、真っ当な医療行為を受けることが出来ません。
313 :
こう :2008/02/20(水) 23:46:04 ID:J07tHeNz
会長さんって信者を怒鳴りつけるだけ 他の教会はそうじゃなくても、俺の行ってた教会はそうだった マジ殺してやろぉかと思った あいつの言った事は一生忘れない そういう奴が居る限り信者は増えない
>>313 こうさん
> 会長さんって信者を怒鳴りつけるだけ
こういう会長さんは天理教に多いです。いい会長さんもいるけど、こういう会長さんが増えてきました。
徳のない会長さんが増えました。
>>306 「足納」が語源。
民衆(百姓)言葉かなって気はします。(想像ですが)
316 :
神も仏も名無しさん :2008/02/21(木) 17:18:20 ID:EEoAlryB
甘露台世界の前に、甘露台社会ができないと無理だ。 本部はじめ内部で、ムゴイ心が蔓延していてはどうしようもないがな。
317 :
神も仏も名無しさん :2008/02/21(木) 17:25:36 ID:Tb886GZJ
やはりですね・・。ムゴイ心を持つ方というのはですね。 苦労があっても苦労によって成長できなかったり、殿様気分で世間知らずだったり、 教会長様と呼ばれることによって、特別意識が芽生えてしまって暴走なさっている方、 何かとカっと怒る人は教養の無さが原因でもありますから、学ぶ心を持つことが大切かと・・。
318 :
神も仏も名無しさん :2008/02/21(木) 17:30:29 ID:Tb886GZJ
天理教組織はピラミッド型である。しかし、今では人の心もピラミッドのように 上部の人ほど小さいのかもしれません・・
319 :
神も仏も名無しさん :2008/02/21(木) 17:53:42 ID:EEoAlryB
う〜ん もたれるべき神様がもう本部にはいないんじゃないか?
320 :
神も仏も名無しさん :2008/02/21(木) 18:04:05 ID:Tb886GZJ
しかし、暗黒面ばかりクローズアップして、「どうです皆さん。天理教はこんなに暗いですよ。こんなに悲惨ですよ。こんなに悪人たちが闊歩してるんですよ」とやっても。 悪い出来事についての情報も「人生でつまずかないための注意や警告」という意味での知恵の部分ですから一概には否定できないけど、やはり公平な取り扱いとトータルのバランスが必要ではないか。 というのも、天理教の本質というのは「世界一列陽気暮らしの実現」にあるからです。よふぼくの人たちは「積極的に世の中を明るくし素晴らしくしていく信仰とはなんなのか」を思案すべきではないだろうか。
321 :
神も仏も名無しさん :2008/02/21(木) 19:57:34 ID:EEoAlryB
というか、このピラミッド献金教は無視して、『陽気暮らし世界』の前に、 小さくても『陽気ぐらし社会』の雛形を作る方法を模索するしかないんじゃないか?
322 :
神も仏も名無しさん :2008/02/21(木) 19:59:02 ID:EEoAlryB
世の中を明るくする前に、自身の家庭を明るくするほうが先決でしょう。
323 :
神も仏も名無しさん :2008/02/21(木) 19:59:46 ID:Tb886GZJ
その案もいいですね。
皆様方レスありがとうございます。 ということで「たんのう」行かせて頂きま〜す。
んで 「たんのう」って何?ということです。
326 :
神も仏も名無しさん :2008/02/21(木) 20:56:17 ID:Tb886GZJ
自分にとって、良いことも悪いことも喜んで通らせていただくこと・・です。
うっ・・・まさにその通りだ。 では「たんのう」については結論が出ましたので終わります。 としたいところですがそうはいきまへんで。 更に掘り下げます。
328 :
神も仏も名無しさん :2008/02/21(木) 22:53:33 ID:R5sO1v2k
因縁話は、暗いし罪の意識を感じさせるのでそばくです。 生長の家のように、因縁なしの教えがいいとおもう・
329 :
神も仏も名無しさん :2008/02/21(木) 22:57:35 ID:msj3RAXj
今の組織・会長は間違っています。
一列みな兄弟姉妹。我々だけでも、親様の暮らしを実践してそう生きましょう。
>>322 まさに親様の教えと合致!基本は夫婦の絆です。そして家庭です。家庭の陽気暮らしから始めましょう。
たんのう とは あじわうこと。
331 :
S 2027 :2008/02/21(木) 23:20:26 ID:k7mUiMtW
たんのうとは→まるごと残さず、美味しくいただくこと。
>>329 より
@今の組織・会長は間違っています。
A一列みな兄弟姉妹。我々だけでも、親様の暮らしを実践してそう生きましょう。
@もAも美味しくいただくこと。
@とAをつなげるとこうなるのかな?
間違いに気がついたら、せめて自分に出来ることから解決する努力をすることが「たんのうの道」
私が思う所の「たんのう」ですが 「吾唯足知」 京都・竜安寺にある蹲踞(つくばい)に刻まれている言葉があります。 「われ ただ たるを しる」と読むようですが 「足りている事(満足)を知る人は不平不満が無く、心豊かな生活を送ることが出来るようだ」 「満足することを知っている者はたとえ貧しくても幸せかもしれない。」 「人間の欲望は際限がなくそれを追い求め続けてもきりがないであろうから、どこかで満足 することを知らなければ幸せにはたどり着けないであろう。」 など、様々な解釈があるように思います。 そして天理教においては ----------------------------------------------------------------------------- 「世界には、枕もとに食物を山ほど積んでも、食べるに食べられず、水も喉を越さんというて 苦しんでいる人もある。 そのことを思えば、わしらは結構や、水を飲めば水の味がする。 親神様が結構にお与え下されてある」 と、子達を励まされた。【天理教教典 第1章 おやさま】 ----------------------------------------------------------------------------- ということから「たんのう」について学ばせて頂けるような気もします。
333 :
卍 ◆5pUCOCFOZQ :2008/02/22(金) 15:55:48 ID:xUhC+LU2
↑おお、素晴らしい! 「たんのう」は感謝する心に通じるのじゃ。 「たんのう」できている者たちは、体が、ものすごく軽くなるのじゃ。 肩も、腰も、頭も軽くなる。自分は今までどうしてこんなに重い生活をしていたのかと思うくらい、身体が軽くて軽くて嬉しくて浮き浮きするような感じになる。 このように「心が勇んでくる」のじゃ。 そして顔に赤みがさしてくる。「たんのう」ができぬ者は、たいてい顔も青白く、人相も悪く、なんとも景気の悪い顔をしているものようのう。 黒ずんでいたり、死相が出ていたりすることもある、 「たんのう」し感謝に生きれば神からの栄養が入ってくるので、その顔にパッと赤みがさして、身体がサーッと温かくなったりするのじゃ。 すばらしいことじゃ! 天理教の教えはそれを教えているのじゃ!
たんのうとは たんのうということは、我慢することでもなければ、歯を食いしばることでもない。もちろん、やせ我慢を張って頑張ることではないのであります。 どうして日々の与えられた姿の中から、喜びを見つけようかと考えることが、私たちにとっては、内にたんのうを求める心であり、教祖の教えを守る者にとっては忘れてはならない、いろはの、いの字であると思う。 ・・・・・前真柱おことばパッセージ集より
335 :
神も仏も名無しさん :2008/02/22(金) 20:53:21 ID:uMo4pFqC
暴力的な人間が暴力団に入って、暴力に怯えながら自他の心を苦しめて行くのは、 自らの蒔いた種、自業自得として「たんのう」すべきですが、 暴力団から脱退するか、親分にまでなれば、それを解散させる事も同時に必要でしょう。 「たんのう」は過去又は過去生において「みな銘々にしてきた事」という理解と、その境遇から 身を離す事の二つが必要ではないかと思います。 そして完全な悪因縁納消の為には、離脱した後も、暴力的な事で苦しんでいる方にも 自らのサンゲと共に離脱できるよう手助けする事ができれば、尚いいんじゃないでしょうか? 真の同情は同じ苦しみを味わった人間のほうが湧きやすいものですからね。 自他共への優しさと因縁の法則への理解があって「たんのう」は成立するのではないか? たんのうは前生因縁のサンゲとして受け取って下さってすぐに返して下さるでしょうから。 「いんねんの自覚」「蒔いた悪しき種の自覚」につなげる事が必要でしょうね。 「ムゴイ心の道の自覚」ですね。
336 :
神も仏も名無しさん :2008/02/22(金) 23:32:17 ID:EHPwAy8Z
>>335 今まで他人を苦しめてきた、天理教の人間は悪い因縁が埃としてつもっています。
これまで積んだ埃をじっくり堪能してもらいたいものだ。
337 :
S 2027 :2008/02/22(金) 23:41:30 ID:umfmRKod
>>336 この場合たんのうという表現には無理があります。
むしろ思案と表現した方が胸に響きます。
もしくは、ホコリを祓い、たんのうしてもらいたいものだ。
が、適切な釣りの仕掛けかな?
338 :
神も仏も名無しさん :2008/02/23(土) 00:32:18 ID:2+N1PV74
「般若心経」に「遠離(おんり)一切顛倒(てんどう)夢想」という一説がありまして。 これは、普通の人が考える「幸福や不幸」「損や得」というものが神仏から見れば 全く逆さまに見えるという事のようです。 『人間の思っている事の反対が実は宇宙の真理である。』 もしかしたら、「強さ」って 主張を通す事でもなく・・・ 競争する事でもなく・・・ 傷つかぬように身を守る事でもなく・・・・ 馬鹿にされ、罵られ、辱められ、笑われても 笑顔でそこから這い上がってくる事。 がお釈迦様には「強さ」として見えるのかもしれません。 天理教では ------------------------------------------------------------------------------ 心のほこりも次第にぬぐわれ、いんねんの悟りもついたなら、ものの観方が変つてくる。 見えるまま、聞えるままの世界に変りはなくとも、心に映る世界が変り 今まで苦しみの世と思われたのが、ひとえに、楽しみの世と悟られて来る。 【天理教教典 第八章 道すがら】 ------------------------------------------------------------------------------ その辺りに「たんのう」へむかうヒントがあるのだと思います。
どうやら世の中は「二元性や相対性」を感じるように創られているようだ。 (例えば「暑い」に対して「寒い」など。) その中から「創造主の一元性」(人間と共に楽しみたい)に目を向ける事が もしかしたら「たんのう」の入り口なのかもしれません。 「暑い」に対して「寒い」がある。 「暑い」を感じるためには「寒い」を知る必要がある。 涼しくて気持ちのいい「秋」感じるためには暑い「夏」が必要。 暖かくて気持ちのいい「春」を感じるためには寒い「冬」が必要。 すれば神さまは、無駄なものは何一つこの世にお創りにはなっていないのではないか。 神さまは、人間と一緒に楽しみたいが為にこの世と人間を創造なさったのではないか。 と「二元性や相対性」を感じる事から始まり「創造主の一元性」に目覚める事が 天理教でいうところの「たんのう」への入り口なのかなって気もします。 あくまで私個人の仮説でしかないんですけどね。
創造主の一元性は -------------------------------------------------------------------- とのよふな事をするのも月日にわ たすけたいとの一ちよはかりで 第十二号 78首 ------------------------------------------------------------------- あたりかな。という気もします。
また「たんのう」の心が納まる事で、前生のいんねんは納消されるのですから ほこりをぬぐう事。 いんねんを悟る事。 たんのうの心を納める事。 はお互いに結びつきながら魂の更正の為に大事な心の作業なのかもしれません。 そしてその後、喜びの表現として「ひのきしん」へと移行するのではないかと思います。 ひとまず結論。番長。
344 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/02/24(日) 03:14:34 ID:usMZL8Rk
番長さん。 聞き流して置いてください。 「たんのう」とは、上手い、上手。満足。という意味です。 「あんな身ならと思ってたんのう」とは、例えば、「イチロー選手」を見て、 「あんな身ならと思って、たんのう」、上手くなろう、上手くなる、と言う意味が、基本的な解釈です。 漢字では「堪能」です。 もうひとつ「堪忍」というお言葉があります。 「堪忍」、おさしづでは、「天の理」として示されています。 上達するまでは「堪忍」、がまん辛抱耐え忍ぶという、天の理。 上達したら「堪能」、卓越した十分すぎる能力という、天の理。 この二つ一つ。 やがて、全天理教が、この基本に目覚めます。 聞き流して置いてください。 基本でした。
345 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/02/24(日) 03:28:24 ID:usMZL8Rk
聞き流しついでに、読んで忘れてください。 「たんのう」を「足納」と当て字しているのは、天理教のおさしづだけです。 「満足して」「胸に治める」と、そんな意味だったのでしょう。 当時の理解は、たんのうとは、「より悲劇の人を見て、あんな身ならと足納しましょう」と、解釈したのです。 けれど、「あんな」という原典のお言葉は、すばらしい評価の場合に使われてもいます。 「あんなにすばらしい」という「あんな」の意味が、ある。 すると、「あんな身なら」とは、すごい、すばらしいと受け取るのが、基本的と言う事になります。 『銘々あんな身ならと思うて、銘々たんのうの心を定め。 どんな事も皆世上に映してある。 何程宝ありても、身の内より病めばこれ程不自由はあろうまい。 自由自在心にある。この理をわきまえ。』 あんな身と言うのを、「すばらしい」と取るのか、「ひどい」ととるのか、心一つです。
346 :
原典を原文で ◆XE./kJ00CA :2008/02/24(日) 03:35:49 ID:usMZL8Rk
[十分一つ聞き分けば十分よし] 明治二十一年一月八日(陰暦十一月二十五日) 松村吉太郎おぢばへ参詣おさしづ さあ/\尋ねる一条々々、十分一つ聞き分けば十分よし。 神一条の道一寸難しいようなものや。 一寸も難しい事はないで。 神一条の道こういう処、一寸も聞かしてない。 天理王命というは、五十年前より誠の理である。 こゝに一つの処、天理王命という原因は、元無い人間を拵えた神一条である。 元五十年前より始まった。 元聞き分けて貰いたい。 何処其処で誰それという者でない。 ほん何でもない百姓家の者、何にも知らん女一人。 何でもない者や。 それだめの教を説くという処の理を聞き分け。 何処へ見に行ったでなし、何習うたやなし、女の処入り込んで理を弘める処、よう聞き分けてくれ。 内々へも伝え、身の内かしものや、かりものや、心通り皆世界に映してある。 世の処何遍も生れ更わり出更わり、心通り皆映してある。 銘々あんな身ならと思うて、銘々たんのうの心を定め。 どんな事も皆世上に映してある。 何程宝ありても、身の内より病めばこれ程不自由はあろうまい。 自由自在心にある。 この理をわきまえ。 又々内々の処、銘々の処にも速やかの日がある。 銘々ほんと思うた事あれば尋ねに出よ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ [十分一つ聞き分けば十分よし]、これが肝心で、 「あんな身」を「十分な身」と聞き分けたら、「十分よし」と、なります。
何ほど食べ物があっても喉をこさんという人がある。 それを思えばワシらは結構や。 水を飲めば水の味がする。・・・ というような話があったような気がするが。
>>344-346 >聞き流して置いてください。
っていわれても出来ないですよ。
基本さんのレスの内容の深さにはいつも学ばせてもらってます。
>『銘々あんな身ならと思うて、銘々たんのうの心を定め。
どんな事も皆世上に映してある。
何程宝ありても、身の内より病めばこれ程不自由はあろうまい。
自由自在心にある。この理をわきまえ。』
は今回初体験。ありがとうございます。
「たんのう」は、『成る程』の次に来る、一つ先を目指す心ですよね。
・・・規制のとばっちりで、今回(たんのう)は串を通した
>>334 のみ・・・orz
今までのテーマでは、結構匿名で参加させて頂いてましたので、少し頭を冷やすきっかけになりましたがw
次のテーマでは、また一緒に参加して、掘り下げてみたいです。
>>349 「成る程」ですか・・・なるほど。
また意見聞かせてください,。ありがとうございます。
>>333 私が仏教の教えで素晴らしいと思う点の一つに「感謝」があります。
不条理な出来事を受け入れる為の考え方はいろいろあるのでしょうが
(あきらめる。許す。認める。等)
でも一番最高な受け入れ方法って「感謝」だと思うんですよ。
またそれは神さま、仏様が動いて下さる場合が多い気がするんですよね。
言葉を拝借させて頂くと
------------------------------------------------------------------
病気との縁をいただく中で気づいたのは、
1%の可能性に感動すると奇跡を生むということでした。
1%の可能性を乗り越えた人は、皆1%の可能性に命を懸けた人。
言葉を添えさせていただくと1%にどれだけ感謝できるかだと思うんです
石川洋 (托鉢者)
------------------------------------------------------------------
ということです。
今までは ・ほこりをぬぐう事 ・いんねんを悟る事 ・たんのうの心を納める事 『いんねんを悟る事』の前後関係をクローズアップして来たのですが よくよく考えたら、その前にやる心の作業「かしもの・かりもの」の思案を抜かせていた。 ことに気づいたわけです。 ということで初心に帰って掘り下げます。 つまり「かしもの・かりもの」って何?ということです。
>>352 ま、まさか、このレス全てを使って、
事象→因縁→埃→心の自由→かしもの・かりもの→元の理
↓ (八つのほこり) (十全の守護) (ようきぐらし・つとめ)
たんのう
(おたすけ・心定め)
の全部を思案していくおつもりかw
354 :
S 2027 :2008/02/24(日) 12:11:40 ID:tlRTva0l
これは多分、歴史的名スレになるんじゃない? ただ、残念なのは、ほぼ思いつきで展開していることかな? 次回新スレからは「天理教教理○○篇」というような展開が良いかもね^^ あなたのしつこさは天理教スレの財産です。
>>353-354 ここで働かせてください!ここで働かせてください!」
「ええぃやかましいわぁああああ」 by湯婆婆(ゆば〜ば)
てな事で
このスレ1000レスまでは可能性がある限りやらせて下さい。
もちろんどう転ぶかも全く予想も出来ませんがbね。
今日は休みで暇してるのでギヤを一段あげさせて頂きます。 とりあえずここまでの所感から。 天理教の価値を決めるのは、教理も歴史もあるのだろうけれど いちばん大事なのは今日現在、それに関わる人の心のありようかもしれません。 「いんねん」の解釈についても、人それぞれによって様々な反応があるかと思います。 私の中では非常に辛い作業にも思えたりしました。 がその後に待っている「たんのう」の境地。これがまた良かったりもします。 どのような宗教であれ、神を感じ、崇め、古来の知恵を「生活に生かす」為には、 祖先が必死に歩んだ歴史を学び祖先の残した文化の意味を知り それぞれの観念を信念として今を歩んでいくことになるかと思います。 前スレさん問題も今後そうならない為の一つの教訓として もしかして必要なものだったかもしれません。 もちらろん数多くある天理教施設あるいは信者一人一人の信仰に対して ひとくくりに○○だ。とは言えないのは当然の事かと思います。
さて「生活に活かす」という点において興味深いことがありましたので少しご紹介を。
最近の調査でも利用率トップ(2位はドトール)のスタバ
http://www.starbucks.co.jp/coffeecsr/index.html のHPをお借りして私の意見を少しばかり。
■プレミアム価格での買い付け
世界で生産されるコーヒー豆のほとんどが取引市場で売買される相場
商品です。価格が常に変動するリスクがあり、相場価格によっては生
産者の生活が打撃をうけることさえあります。
スターバックスでは、こうした状況を好ましくないと考え、高品質な
コーヒーを栽培する生産者へ利益が還元されるよう、市場価格より高
い価格でコーヒー豆を購入しています。
スターバックスがプレミアム価格で買い付けることによって、生産者
は安定的な収入を得て、将来に備えた計画的な生産もできるようにな
りました。また、このプレミアム価格は、より高品質なコーヒーを生
産することへのインセンティブともなっています。
2005年度は1ポンドあたり1ドル28セントの価格で買い付けました。こ
れは市場価格より23%増しとなっています。
スタバのホームページには書いてないですが・・・
実は市場価格の23%増しで買い付けるおかげで、貧困による犯罪率を下げ
世界中の麻薬の農場をコーヒー農場に変えるように誘導している一面も伺えます。
天理教教祖伝逸話篇104【信心はな】にも非常に興味深い内容がございます。
と同時にスタバさんの姿勢に今後も応援を送りたい気持ちで掲載させて頂きました。
気合が入り過ぎて私が脱線してますね。 「かしもの・かりもの」って何?でした。
359 :
神も仏も名無しさん :2008/02/24(日) 13:44:18 ID:RMvABjvQ
ドトールよりスタバのほうが美味しいしね。 スタバってお道の関係者なの?
関係者かどうかはわかりません。
脱線ついでに、便乗させてw 自分の居る所は東京なのですが、一般商店街は安売りに行き過ぎて、店舗同士が共倒れです。 店舗だけではありません。 工場、工務店、散髪屋等々、安いもん勝ちのように成りすぎてます。 原材料は値が崩れません。投資を怠ると、人件費が嵩みます。 「高う買うて、安う売り」ましたら、潰れてしまいます。 スーパーや、大企業さんは、プレミアなどの流行で生き残りを懸けます。 さてさて、どうしたものか・・・ また、何処かのスレで、この事も掘り下げてみて欲しいです。 スミマセン、ちょっとスタバの話題に便乗し、脱線してしまいました・・・m(_ _)m
>>361 実際にあなたは商売をなさってる方でしょうか?
363 :
神も仏も名無しさん :2008/02/24(日) 19:47:12 ID:RMvABjvQ
決して脱線とは思えません。この事は大問題です。 国際的な株式市場から、小売業にいたるまで、資本の暴力とも呼べる現象が起きています。 かといって大資本の傘下に入るやコンビニのオーナー店長のように、ワーキングプア が待ち受けています。 労働と富を分かち合う社会が理想ですが、それはどうすれば実現するでしょうか? 潰し合いの世の中は、しのいでゆくには余計に疲れます。 ホント主資本、弱者にとっては、弱いもの苛めの世の中になっていますよね。 お道の人間同士でも連帯する事はできないんでしょうかね?
364 :
神も仏も名無しさん :2008/02/24(日) 19:48:57 ID:RMvABjvQ
主資本→小資本
>>362 私の方は小さく建設業(部分請負及び、総合)を。
昨今の価格叩き合いに加え、資材高騰、昨年の建基法改正(改悪)等の影響は免れませんw
下職さん、職方さんに、御迷惑の掛からない範囲で協力戴いてますが、仕事自体が少なく・・・
働けど、働けど、借金減る間がないですねw
時代が時代ですから、客:安ければ良い→業者:安かろう悪かろう の構図が出来てます。
精一杯、説明し、納得して頂く努力はしますが、結局悪くても安い方に仕事が流れます。
知り合いに頼まれ、店舗廃業に伴う解体工事も数件・・・
町内活動に参加しても、商売廃業、店舗の入れ替わり、相当なものです。
天理教信仰から、仕入れに迷惑掛けず、御客様を想い、働く場を提供するつもりで臨んでます。
>>365 私は商売で直接利潤を生み出すジャンルの人間ではないので、
利潤をもたらす仕組みについては全くの素人である事を先ずご了解下さい。
しかしながら
>働けど、働けど、借金減る間がないですねw
>天理教信仰から、仕入れに迷惑掛けず、御客様を想い、働く場を提供するつもりで臨んでます。
という事で、本当に心を悩ませておいでだとご察しいたしました。
本来はそれ相応のスレがあればそちらに誘導する事になりますが
今のところ見当たらないので、若干脱線することを住人の皆様にお断り申し上げまして。
「仕事」「お金」に関して掘り下げさせて頂きます。番長。
まずは「かしもの・かりもの」でしたねw 脱線したので罪滅ぼしに、ちょっと「おさしづ」より引用してみました。 明治二十二年十一月十五日 ・・・ どうせこうせこれは言わん言えんの理を聞き分け。何かの理も鮮やかと言う。 人間というものは、身は神のかしもの神にかりもの、心一つ我が理。 ───────────────────── たった一つの心より、日々常にどんな理も出る。 どんな理も皆受け取る中に、一つ自由という理を聞き分け。 常々誠一つの理が自由。 誠というは一寸には弱いよに思うなれども、誠より長き堅きのものは無い。 誠一つは天の理。 天の理なら直ぐと受け取る直ぐと返やす一つの理。 又一つ互いや扶け合いは内々運ぶ理。 人を救けるというは、真の心の誠一つの理が、救ける理が救かるという。 ・・・
368 :
367 :2008/02/24(日) 21:00:16 ID:UfJ97q4Q
>>365 スミマセン、リロードする前に送信しました。
自分としては、一つずつ解決していけたらと存じますので、どうぞ戻って下さい。
と、言うのも、仕事の話は総合的判断が必要ですし、出来れば最後の方でも取り上げて頂ければ・・・
>>368 おっしゃるとおり、確かに総合的判断は必要です。
リセットー!
まず「かしもの・かりもの」を掘り下げさせていただきますね。
んで何とか「お金」「仕事」の問題が上手くいくようにいい意見があれば
その時点で脱線させて頂きまーす。
370 :
神も仏も名無しさん :2008/02/24(日) 22:07:00 ID:RMvABjvQ
>>365 仕事もお金もお客も下職さんも皆神様からの借物であることは勿論ですが、
もっとダイレクトに感じられる身体の中の命の働きに耳を澄ませて、
体を大切にしないと、病気になっちゃいますね。
誠といっても自分の体にも誠でないと、自己犠牲になって過労にならない様、気をつけて下さい。
>>370 >>350 です。
お気遣い有難う御座います。
>自己犠牲になって過労にならない様
ここに来てる余裕がある内は、大丈夫かとw
たくさん仕事が入ってきて、忙しくなっても 持ちこたえることの出来る体でいられるように 先ずは「かしものかりもの」やりましょか。
>>367 より
-------------------------------------------------------------
人間というものは、身は神のかしもの神にかりもの、心一つ我が理。
------------------------------------------------------------
やっぱりスタートはこのあたりからでしょうかね。
「心」は我が理と許され、自分の力でどうにもなる。
「体」は神さまからの「かしもの・かりもの」だから自分の力ではどうにもならないようだ。
極論を言えば、人間の「心」以外は全て神さまに支配されているのがこの世である。
というところでしょうかね。
「体」は空の箱で「空霊」が語源。 「魂の入っていない箱」と聞いたことがあります。 つまり、自分の「魂」を入れてくれる容れ物でこの世で生きている間 この「体」が自分の魂をあっちこっちと運んでくれるってとこでしょうか。
Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity. 『健康とは身体的・精神的・霊的・社会的に完全に良好な動的状態であり たんに病気あるいは虚弱でないことではない。』 1999年、WHO健康定義に「dynamic state」「Spiritual」が健康の定義に加えられております。 「霊性」が「動的状態」なのが「健康」ってのもまた解釈が難しいところですが いずれにしよ世界レベルで注目されてるのは興味深い気がします。
376 :
神も仏も名無しさん :2008/02/26(火) 16:52:32 ID:trjXfL7/
病気や虚弱の定義も意味不明。 >>健康とは身体的・精神的・霊的・社会的に完全に良好な動的状態 であれば、誰も健康な人はいないようにも思えるけれど、健康な社会って、どんな社会なんだろね?
377 :
神も仏も名無しさん :2008/02/26(火) 17:19:42 ID:sXKWu8zz
↑あなたの色眼鏡でみた時の場合は、そのようなのです。 あなたと同じ疑問を抱く者もあれば、そうではなく健全な社会に生きる人もいるのです。
>>376 「社会的」をどう捉えるかで変わるかも知れません。
順応力でこちらから合わせることを意味すれば、健康な方も多くいらっしゃいますよ。
貴方のセンスからすると、「世渡り上手」な方に成るかも知れませんがw
健康と思っていても、知らぬ間に色々な病気に掛かりつつあるかも知れません。
新型インフルエンザなど、貰い事故のようなものです・・・
分かりにくい表現すいませんでした。 つまりWHO的には「健康」って言う場合に4つ条件があるってことです。 @体の調子が良い。(身体的に疾患ががない) A精神的に調子が良い。(精神的に疾患がない) B霊性が調子良い(今のところ解釈が分からない) C社会に適応して調子が良い(人間関係が良好である) だからここではBの「霊性が調子良い」って何?にスポットしました。
380 :
神も仏も名無しさん :2008/02/26(火) 18:31:32 ID:sXKWu8zz
WHOの健康の定義は深い・・・う〜ん。 霊性とは「魂の働き」のこと 天理教的にいうならば「心の働き」 霊性が調子が良い・・・とは。心の働きが良いこと、心の成人が順調だということ(天理教的に)
>>380 そうなんです。
世界レベルで「霊性」つまり「魂の状態」に着目してるのが気に
なってしょうがないんですよね。
けっして「心」の状態がいいとは定義してない。
「魂」と「心」を別物に捉えてるんですよWHOでは。
だから興味深いなって思ってます。
確かに、霊的と捉えられるかも知れないが、"spiritual"の直訳は「精神的」で、
また逆に、"mental"の直訳が「心の」に近いようです。
>身体的・精神的・霊的・社会的に完全に良好な動的状態であり
というのを、もう少し普通の日本語訳にすれば、
「健全な身体、健全な心、健全な精神、健全な付き合い」
という意味にとれるのではないでしょうか?
>霊的 という書き方が、無神論的学術用語では、意味も違って当然かと。
天理教を信仰する、こちら側の見方(因縁での見方)では、
>>381 のように私も成りますがw
>>363 >労働と富を分かち合う社会が理想
【ちょっと脱線します】
少し過去に「食品業界の日付偽造の問題」がクローズアップされてましたが
会社の体制も問題あるけど消費者にも問題あるような気はするんですね。
例えば牛乳でも陳列の手前からなんて取らない。
奥から取るから日付けの古いものが残る。
商品にならなければ大量投棄になる。
結果生産コストにどうしても無理が生じてくる。
したくないけど生き延びるためにしょうがなく、偽装してしまった会社もあるんじゃないか。
と思ったりもするんですよね。そう思うと気の毒です。
この前TVで、都会のごみ処理業者が生ごみの中で一番多いものは
「日付けが古いという理由で封も開けずに捨てられた食品」
と言っていました。実に悲しい現実です。
不正行為する会社もあるから「日付」に対しての厳しさはわかる。
でも、消費者も気をつけないといけない事もあると思います。
すれば問題も減るんじゃないかと思ったりもします。
先ず自分から始めて
「食べ物をありがたく頂く事。」
「ちょっと生産者の気持ちを汲んであげる事。」
という所から私は始めてみようとは思ってるんですがね。
便利な世の中は良いですよね? でも、人間の欲は尽きません。 需要があるから供給する・・・当たり前です。 物が余る仕組み・・・過剰供給によって、捨てられる。 では、過剰供給を止めれば良いではないか?・・・いえ、問題はそう単純ではない・・・ 消費者側として出来ることは、「たんのう」させて頂くことに尽きますね。
385 :
神も仏も名無しさん :2008/02/26(火) 21:28:26 ID:trjXfL7/
個人的には、よく噛んで、味わって食べるという事ぐらいしかできんが、 消費期限切れの食べものをホームレスの方に差し上げたら、犯罪になるの?
賞味期限ならまだ解りますが、消費期限ですか・・・怖いですね・・・ 「勿体ない、勿体ない」も欲から・・・なんて言いますしねw 「たんのう」的には「足(たる)を知る」から始まりますから、そこから思案。 1.必要な量を必要な時に買う。 2.無駄なく美味しく戴く。 3.金で買ったから当たり前ではなく、生産者への感謝の気持ちを持つ。 1.で、無駄に買うわけではないので、わざわざ新しい物に執着する必要はない。 そこから、2.にも繋がる。 最後に、最低限の量にこそ、有り難みが出て、3.に繋がる・・・ こんな感じかな?消費者的には。
387 :
S 2027 :2008/02/26(火) 23:32:49 ID:hbCt4o+J
80歳を超えてから、教会長になられた女性がこんなコメントを奉告祭でされました。 「もう私は高齢ですから、会長の賞味期限は切れてるかもしれません。 でも、賞味期限を過ぎても暫くの間は食べられます。 どうか、皆様、ご賞味下さいませ。」 会場は大爆笑! そして、拍手喝采! 所詮は目安としての賞味期限。 丈夫な胃袋を御守護いただきましょう。
>>387 賞味期限ならばね・・・
消費期限は怖いですよ・・・
因みに、最高賞味期限切れ1月半後の牛乳は平気でした!
ポイントは酸味ですね・・・って、何話してるんだか・・・orz
389 :
S 2027 :2008/02/26(火) 23:46:22 ID:hbCt4o+J
我が家では夜9時頃マックスバリューに行って半額の品を物色するのが一番の楽しみ。 ついつい買いすぎてなんのことやら・・・ ぼちぼち寝ますわw
>>382 極論をいえばWHO的に
「ニート」はC社会的に不健康かもしれません。
また「自ら命を絶つ人」はB霊性的に不健康かもしれません。
@ACは満たしているのに「生きる目的や意義」を見失う意味で。
ただ「生きる目的や意義」は人やそれぞれの信仰によって
違いますので「精神」と捉えられてもいいとは思います。
ところで
-----------------------------------------------------
「あたりまえのことも、与えられた恵と感謝できる心性」
W・キッペス博士
-----------------------------------------------------
という定義づけをされてる人もいらっしゃいます。
日本で言うなら「お陰さま」って所でしょうか。
つまり、目に見えない、表に表れない「陰からの何か」を感じる事
なのかもしれません。
それは時には「占い」「霊視」「先祖霊」「守護霊」「仏さま」「神さま」など。
さまざまな姿で人々の心に写るような気もします。
>>363 ホント主資本、弱者にとっては、弱いもの苛めの世の中になっていますよね。
【ちょっと脱線@番長】
いじめ問題が子供だけでなく大人の世界まで広がり社会現象になってしまった
のかもしれません。さすがにこればっかりは「民事」「刑事」での解決は難しい
気もします。戦後導入された資本主義経済の「負の遺産」なのかなって気もします。
中にはいじめられる方にも原因があるという方もいらっしゃいますが
いずれにしよ、権利を主張するだけでは解決にはちょっと遠い気もします。
私が思うところですけれど
子供が始めて出会う最初の社会単位って「母親」だと思うんです。
その後「家庭」へ。そしてそのあたりで「いじめの原因」を食い止めておかないと
「学校」という社会単位になってから先生一人では食い止めるのは難しい。
ましてや「一般社会」においては更に難しいかと。
ですから私は子供に
「法律に触れないように、人に迷惑をかけないように、資格や学歴を身につけて、
自分が強くなって」って教育するのもいいとは思いますが
「人間の力には限界があるかも知れないし、気づかないうちに人に迷惑かけてるかも
しれないから人さまには感謝しといたほうがいいような気がする。
そして神さまや仏さまにもね」
って「母親」「家族」の段階で子供に何度も語りかけていくのもいいような気もします。
今後「いじめ問題」が 「母親」「家庭」「学校」「一般社会」「宗教」で食い止められないなら 「総合的な人間力を学ぶ塾」みたいなものが必要になるかもしれません。 ただ。暗い一面だけでなく、明るい光もある様な気がしますよ。 現在、そういった問題を一人で抱え込み一人でやってる方がいます。 そして今日現在も、癌を抱えながら、活動や講演に活躍してらっしゃるはずです。 ------------------------------------------------------- 子供に接するのに電話もメールも言葉も要らない ほめてあげて、ひたすら抱きしめてやればいい。 水谷先生(夜回り先生) ------------------------------------------------------- ほんと頭が下がる思いです。
蛇足なんですけどね。私の学生時代は 「大変だー!西中のやつらがボンタン狩りに来たー」 って時代で、陰湿ないじめはあまりなかったような気はします。
初代ビーバップ世代? 結構「いじめ」は有りましたが、今ほど陰険かどうか・・・? 時代背景は有りますね。
学校休んで「ビーバップ」の映画見に行って 見終わったら 肩いからせて映画館から出てきたもんだよ。
ウチの中学校の不良グループ弱くてねw 廻りの中学から逃げ回ってたw 道場通いの私は、見る側でしたw 同じ道場の後輩は、結構助っ人に呼ばれたそうだが、野蛮な、殴る行為はした事がないと、未だに言う・・・ ・・・ただ投げただけだと・・・アスファルトの上で・・・orz その後輩、二十数年後の現在、腰を痛めて、背中の筋もおかしく、現在医者通い・・・ げに恐ろしきは、天の理、通り返し・・・
アスファルトはイカンって。 せめてセフティーマットぐらい使わなきゃ。
398 :
396 :2008/02/28(木) 19:21:51 ID:xrfMQVO2
>>397 あっ、そうか!
セイフティマットを持ち歩けば良いんだねw・・・って持ち歩けるかい!
そう言えば、高校の頃の恩師と一緒に、そのマットのCM紙面出たことあるわw
懐かし〜
ゴメン、そろそろ本題かな?
>>361 >一般商店街は安売りに行き過ぎて、店舗同士が共倒れです。
【ちょっと脱線@番長】
またまた脱線すいません。
私は経営については全くの素人ですがちょっと興味深い内容を。
-------------------------------------------------------------
北海道の旭山動物園。
一昔前は客が全然入らなくて廃園寸前で悩んでいたそうです。
今までの「動物の姿を見せよう」という視点をやめて
「動物の生態をどう楽しく見せようか」に発想を切り替えたそうです。
アザラシが目の前でビュンビュン泳ぐ姿がすごく楽しい。
スタッフも毎日どのように楽しく見せようかって会議するのが楽しくてしょうがないようです。
そして今は入場者数が増えすぎて悩んでいるそうです。
http://www5.city.asahikawa.hokkaido.jp/asahiyamazoo/ --------------------------------------------------------------
「タバコ」を吸う人ってのは、雨が降っていても、値段が少し高くなっても
買いに行くんだと思います。理由は「タバコが吸いたいから。」
商店街で活性化について会議をいくら重ねても
安売り合戦をしても、一時はいいかもしれませんが長い目で見れば
価格のバランスが崩れてしまい結局共倒れになっていくような気はします。
私は先ずは一店舗が抜きに出ることから始めるのがいいと思います。 「その店で購入したくなる魅力」がでれば人は流れるような気もします。 ついでに近隣の店も潤ってくるような気もします。 その「魅力」は商品自体のクオリティかもしれませんし、そこの店主の ユニークさだったりするかもしれませんが・・・。 うちの近所にも味はもう一つなんだけど、店長一人でやってる 何故かつぶれない、ユニークなラーメン店があります。
・頼んでもないのにおまけのおかずが必ずついてくるシステム。 (ラーメンばっかり食べていたら体に悪いからといって野菜料理の一品が ついてくる。もちろん注文したものしか代金の請求はありません) ・若い子であまり収入のなさそうな子が来たら厨房で好きなものを作らせて、 食べてもらい、更に片付けもさせてお金は取らないシステム。 ・若い女の子が来たら、店長は仕事をせずに女の子と楽しく喋っている。 そんな女好きな面があるが、その喋ってる若い女の子が店長のかわりに 注文の品を笑顔で客に運んだりしてたりする変ったシステム。 ・ラーメン屋でありながら「おやつ食べ放題」でカウンターに置いてあるシステム。 などなど。 あと「ラーメンばかり食べていたら体に悪い」と常連の客に説教しているラーメン屋 の店長が「うちのラーメンまずいんだけど何でお客が来るんだろう?」とか言ってる のがまた笑いを誘ったりするんですよね。 結局ラーメンを食べに行くというより、 「若い子達がラーメン屋の店長のところに遊びに行く」 って感じで客が流れてるラーメン屋です。
連投すません。(今日は暇なもんで・・) 「先ず人が流れ始める事。人が流れたらお金も一緒に流れる」って感じです。 (給与制の私が言うのも失礼な話なんですがね)
>>361 です。
商店街の店の共倒れ・・・需要と供給バランスだけではないのです。
安売りにするのも、個性を出すのも、限界の価格設定になってしまった為、無理なんです。
経費倒れです。
都内のある商店街では、地元の店舗が数年前まで95%だったのですが、今や18%程度。
大手量販店に飲み込まれて居ります。
価格競争に対抗し、個性を出しても、安い方に流れます。
店舗の職種も偏ってまいりました。
数年前・・・本屋5店舗、文房具屋4店舗、精肉屋5店舗、八百屋8店舗、魚屋7店舗、靴屋5店舗、薬屋3店舗・・・
現在 ・・・本屋1店舗、文房具屋1店舗、精肉屋0店舗、八百屋3店舗、魚屋1店舗、靴屋1店舗、薬屋10店舗・・・
他に現在は新たにスーパー4店舗、携帯電話屋7店舗
飲食店は、そば屋が1件残ってますが、他に大量にチェーン店が入ってます。
必要な物も買えなくなる、昔ながらの店は本当に少なくなりました。
利益が出る物を売る・・・これだけでは、固まってしまいますよね?
少しずつ、空き店舗が目立つようになりました・・・
405 :
361 :2008/03/01(土) 17:09:10 ID:0ucuTFBS
書きっぱなしも何なんで・・・ 安売りをする→数を捌いて利益を出す→一定数しか売れない→原料高騰→値上げ→客の買い控え 潰れる連鎖ですかね・・・ 何をするべきか? 御道の話を聞かせて頂く我々なら、値段の問題ではないのでは? 陽気暮らしへ、何処に「心を定め」るのか? その為の「誠」をどのようにするか?
めいらくグループ日比孝吉会長あたりは成功に必要なモノは何ですか?
って問われて
成功に必要なのは『 能 力 』なのではなく『 性 格 』です。
って言い切られたそうです。ほんと参りました。
ゼロから立ち上げ 創業62年 年商1,146億9,700万円
従業員数 男子2,632名 女子434名 計3,066名
経営陣はもちろん工場の作業員から事務のおばちゃんにいたるまで
90度の深いお辞儀などの心こもった最高の接客対応で評判はいいようです。
http://www.sujahta.co.jp/index.htm
>>405 >何をするべきか?
>何処に「心を定め」るのか?
>その為の「誠」をどのようにするか?
正直私もよくわからないです。
たぶん親神の導きで今日の私があるのでしょうから
今は「いんねん」に身を任せるって感じですかね。
また自分の心を磨き、与えて頂いている人や物に感謝する。
そういった日々の小さいことをコツコツとするくらいかな。
たぶん「いんねん」「たんのう」を乗り越えたところに
信仰の第2ステージが待ってるような気はするんですけどね。
「かしもの・かりもの」に戻ります。 よくよく考えたら人の「体」ってものすごい優れものなんでしょうね。 ・「目」は2つ装備され広角的な視野を確保でき、きれいなお姉ちゃんも見逃さない優れもの。 ・「耳」は2つ装備されいつでもステレオ状態可能な優れもの。 あと「手」「足」「鼻(あな)」など基本的には2つずつ装備されてるのが興味深い。 んで「口」はどうなんだろ。一つ?二つ?
409 :
S 2027 :2008/03/01(土) 22:31:42 ID:2DOYNLN7
目は二つ→良いこと、悪いことを見分けるため 耳は二つ→良いこと、悪いことを見分けるため 口は一つ→言い訳をしないためw
んで。 私も解釈迷ってるんですけど。おしりも「口」なんでしょか。
411 :
S 2027 :2008/03/01(土) 22:34:57 ID:2DOYNLN7
訂正 耳は聞き分けるためw
あと男女一の道具も微妙だったりしたりして。
413 :
S 2027 :2008/03/01(土) 22:40:27 ID:2DOYNLN7
おしりはねえ・・・ 十全の守護−九つの鳴り物=お尻 無理にこじつければ、地方の役割かな?
えぇえええ。 地方がおしり。 それはちょっと厳しい気もするんだけど。
415 :
S 2027 :2008/03/01(土) 22:44:31 ID:2DOYNLN7
あまり人にはいわないように・・・
人には言わないけど・・・・おしりかぁ。地方。 あと 昔、教養掛の先生が「小鼓」について なめるといいです。ポンポンといい音を発しますとか 締まりがいいと、打ち込みも気持ちいいです。 とかいうのが笑いを誘ったりしたな。
ってちょっとまって。 そもそも地方は9つの道具にはいってないと思うじょ。
418 :
S 2027 :2008/03/01(土) 23:00:03 ID:2DOYNLN7
十全の守護−九つの鳴り物=お尻 一つ余るんで・・・無理にお尻を仲間入りさせました。 ここまで書いて、おてふりの六人の説明が出来ないことに気付きました。 ・・・忘れて下さいw
419 :
S 2027 :2008/03/01(土) 23:03:21 ID:2DOYNLN7
おてふりはかんろだいの六 じゃあ地方はなんなんだろう? どなたか解る?
私も実はよくわからないんですわ。 はっはっは。 また「おつとめ」について掘り下げる時が あるかもしれませんしないかもしれませんが (このスレがDAT落ちするまでに) その時まで保留という事で。
421 :
神も仏も名無しさん :2008/03/02(日) 04:46:18 ID:4iWKOcuq
いんねん自体がヤクザの因縁みたいなものよ。
>>408 >・「耳」は2つ装備されいつでもステレオ状態可能な優れもの。
先日、知人が難聴になりました。
そこで改めて知ったのですが、普段、自分の聴きたい周波数の音を聞くように出来てるのですね。
その方は、補聴器を通しても、雑音まで全ての音が大きくなるそうです。
歌手をしている、浜崎あゆみさんも難聴になったそうで、片耳しか聞けないとのこと。
耳の御守護も侮れません。
改めて、素晴らしい御守護に感謝です。
視覚に関しても素晴らしいと思うんです。 ----------------------------------------------- 画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア画企マロ 画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア画企マロ ../⌒ヽ /⌒ヽ (´・ω・`) (´・ω・`) アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画 アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画 ../ ⌒\ (´・ω・`) 画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア画 ../ ⌒\ 画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア画 (´・ω・`)ざわざわ・・・ざわ・・ --------------------------------------------- なぜか斜めに見えたりして。不思議ですよね。
むむむ・・・視覚も隅に置けませんな・・・w では、三半規管はどうなんでしょ? 耳の中にあるのですが、耳の機能と捉えて良いのでしょうか?
私は、9つの道具って、人間が「楽しさ」を味わえるように 神さまが作って作って下さったような気がしてしょうがないんです。 「目」見て楽しいんです! 「耳」聞いて楽しいんです! 「口」味わって楽しいんです! 「鼻」におって楽しいんです! 「両手」触って楽しいんです! 「両足」踏みしめて楽しいんです! 「男女一の道具」感じて楽しいんです! 「三半規管」はからだのバランス感覚を支配している器官でしょうから 「道具」(楽しさを味わうもの)というよりも「心臓」や「血管」のように 「十全の守護」による体の機能の範疇かなって気はします。 だから「耳」の機能とは別かなって思ったりするんですが、どんなもんでしょか。
ということはですよ。 いわゆる「かしもの・かりもの」と聞かせて頂く「身体」は 単なる「魂」を入れて移動する貸衣装で死んだ時(出直し)に お返しするものであるだけでなく。 「十全の守護」「九つの道具」 という親神の「働き」や「思い」がいっぱい詰まっている優れもの。 という意味もあるかもしれません。
逆に もし目や耳が不自由だったら 自分はこんなに苦しまなくてすんだのでは?と思うことがあります。
一理あると思う。 だが、五体満足であるが故、苦しみを認識することに対してありがたいとは思いたくない。
五体満足が故の「苦しみ」も また素晴らしいじゃないですか。 五体満足が故の「苦しみ」を知らなければ 五体満足が故の「楽しみ」を知る事はできない訳ですから。 言葉をお借りすれば ------------------------------------------ あなたは苦しんだ分だけ、愛の深い人に育っているのですよ。 瀬戸内寂聴 ------------------------------------------ って事です。
身体については いつか奪われるものなら最初から授けないで欲しい とも思います。 人間を使わずに神様が自分の足で地上に立ったらいいと思います。 この世は苦に満ちています。 しょせん人間は神様の玩具か操り人形でしかないような気がします。
>>427 =430
>この世は苦に満ちています。
これは貴方の主観ですか?
それとも客観的見方ですか?
私には苦の割合より、喜びの方が勝ります。
溜めておくのは良くないです。
どうしてそう思うのか、許せる範囲で書いてみて下さい。
明治二十年三月二十五日 午前五時三十分 刻限御話 さあ/\あちらこちら、摘まんだような事を聞いて居た分には分からんで。 これしっかり聞き分けねば分からん。 神というものは、難儀さそう、困らそうという神は出て居んで。 今に始まった事でない。 ・・・ 「難儀さそう、困らそうという神は出て居んで。」 では何故? 「摘まんだような事を聞いて居た分には分からんで。」 三こすり半番長殿、もっと掘り下げる必要有りそうです。
先ず「道具(9つ)」に関して以下の意見が出てきました。
@「楽しみ」として与えてある。 ・・・・番長の主張
A「苦」として存在している。・・・
>>430 さんの主張
B「苦」もあり「喜び」もあり。・・
>>431 さんの主張
機能の程度は別として・・・・
「目」「耳」「鼻(あな)「口(おしりも)」「手」「足」は2つで標準装備。
(「男女一の道具」は合体時に標準装備。)
ですから「道具」は万人に共通している物であり「道具」自体に問題はない。
と思いますので「道具(9つ)」に関しての思いは個人の「心」に委ねます。
しかしながら
>>432 にて指摘がありましたので「身体」についての「神意」は掘り下げさせて頂きます。
つまり 「神さま。何で人間を作ったの?」 ということです。
これを人間同士の関係に移行すると 「お母さん。なんであたしを作ったの?」 にもなると思います。
昔、ある男が自分の意志で一人暮らしを始めた。
当然ながら、毎日の食事や風呂の準備、そしてキッチンやトイレの掃除まで当たり前にこなし、
何も苦痛を感じることなく毎日楽しく気楽に喜んで生活していた。
何年かして男は結婚し、家事はほとんどやらなくてもよくなった。
さらに何年かして男は単身赴任となり、再び自分の身の回りの世話や家事をすべて自分自身でやらなければならなくなった。
男は、毎日が面倒で苦痛の連続で、大いなる不満(不足)を抱えながら人生の時間の一部を消費した。
。。。。。。。。。。。
何が言いたいかというと、
客観的にはほぼ同じ状況にあっても、苦痛かどうかは本人次第じゃないのかなということ。
「心ひとつが我がの理」でしたかね。
しかし、苦痛に感じるようになってしまてからでは、どうにもならないんだよね、
>>430 さん
だからここで話をする。
437 :
神も仏も名無しさん :2008/03/03(月) 20:47:59 ID:95bjFFg6
九つの道具の数え方って? 「目」「耳」「鼻(あな)「口(おしりも)」「手」「足」は2つで標準装備。 が各二つづつで12 (「男女一の道具」は合体時に標準装備。) が一っこで、 合計13の道具にならないか?
>>437 目を片方隠して見てみよう!
耳に片方耳栓して聴いてみよう!
遠近の感覚が薄れるんだよね?
二つ一つで一つの役割。
じゃ、手や足は?
ドラムやる人なら解るよねw
439 :
神も仏も名無しさん :2008/03/03(月) 21:21:53 ID:95bjFFg6
じゃあ7つの道具で2つ足りなく無いか?
>>439 手や足は、ドラムやる人なら解るけど、右と左で別々な働きが出来るんだ!
441 :
神も仏も名無しさん :2008/03/03(月) 21:57:11 ID:95bjFFg6
目、耳、鼻、口+肛門、右手、左手、右足、左足、一の道具 そっか。 やっと分ったわ。なるほどそうか! いや、ありがとう。 今日から君の事を理の親と呼ばせてくれ。w
442 :
神も仏も名無しさん :2008/03/03(月) 22:05:31 ID:95bjFFg6
見る、聞く、呼吸、消化吸収排泄、労働、運動、宿し込み。 九つの道具と鳴り物との対応は?タイコは一の道具かな? 理の親さまorg
>>433 >「目」「耳」「鼻(あな)「口(おしりも)」「手」「足」は2つで標準装備。
あっホントだ。数があわないじょ。
「目」が二つ。
「耳」が二つ。
「口」が二つ。(おしりも含む)
「鼻」が二つ。(穴の数)
「手」が二つ。
「足」が二つ。
「男女いの道具」一つ(合体時に二つ)
13(14)になってる〜。ごめんちゃい。
>>441-442 とてもとても「理の親」とは恐れ多く・・・orz
九つの道具は諸説有り、どれもが正しいと思えない自分が居るw
445 :
S 2027 :2008/03/03(月) 22:37:42 ID:YWCZJUUv
おしっこする時のおちんちんが普通考える一の道具ではないのかなあ? このネタでは少年会のお泊り会では使えないw 合体時に一つではなく、男の子にも一つ、女の子にも一つと普通考えませんか?
「一の道具」か・・・。 確かに子供に教えるのには少し検討する必要があるかも。 んんん??? 混乱してきたじょ。九つの道具。 ところでなんで「あそこ」を「一の道具」って表現するんだろ?
447 :
神も仏も名無しさん :2008/03/04(火) 00:04:14 ID:fl2Ym72H
セックスの道具が一番大切って事か?
448 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/03/04(火) 04:15:44 ID:9bMcqy1N
>>445 > おしっこする時のおちんちんが普通考える一の道具ではないのかなあ?
立った時には男一の道具、月読命様の守護の理です。
立っていない時には、水気上げ下げ、雲読命様の守護の理です。
男女一の道具
立毛の一の道具
どちらも大切な一の道具です。
449 :
S 2027 :2008/03/04(火) 06:55:51 ID:pEVEeEHX
こんなことを思いました。 なぜ、排泄する時、おしっこはおちんちんで、ウンコは肛門なんだろうか? おちんちんはSEXのみ使用ではいけないのだろうか? しかし、これでは男は立ちション出来ず不便w いつも下痢状態w 摩訶不思議なる身体の機能・・・
少し巻き戻します。 「身体」を「かしもの・かりもの」として捉える上で「神意」はどこにあるのか が重要かと思いましたので。 「神さま。何で人間を作ったの?」 やりまーす。
先ずはこの辺りからかな。 ---------------------------------------------------------------------- 人間を造り、その陽気ぐらしをするのを見て、ともに楽しもうと思いつかれた。 天理教教典 第3章 元の理 ----------------------------------------------------------------------
私が着目しているのは、先ず神名の「冠」に「親」ってついている事。 たくさんの神さま、仏さまがいる中で「冠」に「親」がついている神名を あまり聞いたことがない。(もしかしたらあるのかもしれませんが) その辺りが非常に興味深い神さまだとは思います。
【ちょっと脱線@番長】 ------------------------------------------------------------- 私の周りに離婚経験者の独身男性が3人いるのですが、たまたま聞いてみた処 3人とも同じ幼児体験を持っている事がわかりました。 (全ての離婚経験者がそうだとは言えませんが) それは幼少期に母親から「あんたなんて生まなきゃ良かった」 って意味のことを言われた事があったそうです。 母親は言う事を聞かない子供に対し、無意識にでた言葉だったのかもしれませんが 子供心にとても傷ついていたようです。 そして無意識のうちに心に刻み込まれていたようでやがて大人になり結婚をする。 最初は中のいい夫婦であっても、やがて「配偶者に過剰で偏った愛情を求め」 拒否されたりする中で「他の女の人に愛情を求めてしまった」のが原因で 3人とも離婚に至った。ということになります。 夫婦問題は民事においては「夫婦の責任問題」として捉えるんでしょうけれど その問題の奥底に幼少期における母親の一言が影響していたと思うと非常に残念な気もします。
今回、天理教で言うところの「いんねん」をテーマとして頂く中で気づいたのですが
「いんねんを悟る」って事は、どうしても教理を用いて
「自分で悟る事」「自分の心の使い方の問題である。」という事になってしまう。
それはそれでいいんでしょうけど。
でもよく考えてみたら
>>454 で書いたように「民事」で当人の責任問題にして
裁いているのと同じ事ではないか?って思うようになってきた訳です。
本当は幼少期における親子関係にも影響しているのに・・・・。
「法律」を用いて裁くがごとくに、教理を用いて自分を裁くよりも前に
やっておかなきゃいけない心の作業があったんじゃないかなって今更ながら気づきました。
「いんねんを悟る」前に必ずやっておかなきゃいけない事として
・「親神が人間を創った思い」
・「神と人間という親子関係」
を明確にする事が大事だったと思います。
こういった心の作業をきちんと行わないで「いんねん」ばかりに注目していくと 「たんのう」の境地へ導かれるどころか、逆に心に大きな傷を残してしまう危険性もある。 ような気がします。 前スレさんのように・・・。 また・「親神が人間を創った思い」「神と人間という親子関係」 を学ぶ事は「いんねんを悟る」だけでなく実生活にも役立ついい教えだと思います。 そして「まなぶ」は「まねる」ですから。「神と人間という親子関係」をリアルに 「人間の親子関係」にシフトしていく事も私はいいと思っています。 もし子供に「なんであたしを生んだの?」って聞かれたときには 親神が人間に対する思いと同じように人間の親もこう答えてもいいと思いますよ。 「あなと一緒に楽しみたいから、生んじゃった。」って。
457 :
神も仏も名無しさん :2008/03/04(火) 23:03:39 ID:fl2Ym72H
あな→あなた ね。
やってしまった・・・ORZ 「あなた」でお願いします。
459 :
神も仏も名無しさん :2008/03/04(火) 23:24:31 ID:97Wp+uOX
>>419 >じゃあ地方はなんなんだろう?
先輩が思いついたという話
「地方は、神様の言葉、取次ぎの話。神様の言葉ゆえ
間違わずに伝えるように、地歌の本がある。ほかは譜本はない。」
この話から、おつとめの理をお手ふりであらわし、
地歌に神様の言葉を聞かせて頂き、それにあわせて、
九つの鳴り物(体各部位)を調和させて奏でる。
これらが芯に心合わせて一手ひとつにそろうところに
おつとめの意味合いがあるのだろうか?
14.025 月日にわにんけんはじめかけたのわ よふきゆさんがみたいゆへから 「よふきゆさん」とは?
>>454 >それは幼少期に母親から「あんたなんて生まなきゃ良かった」
>って意味のことを言われた事があったそうです。
セリフは違うけど同じ意味のことを何度も言われた記憶があるし、俺自身は存在しないことになってた。
だけど結婚相手に対して、「他の女の人に愛情を求めてしまった」ようなことはないよ。
むしろ大切な自分の家族・身内・味方として大事にしてきたんだけどね。
462 :
S 2027 :2008/03/05(水) 06:21:09 ID:cA5EE/Xm
>>460 ゆさん [遊山]
野山へ遊びに行くこと. ‖ 遠くへ遊びに行くこと. ▼物見〜
★一歩ずつ、陽気ぐらしに向かう道を楽しみながら歩くこと。
時には休憩もし、道に迷い逆戻りもしながらも、
生まれ変わりを経て、尚も歩き続ける人間の成長の姿。
神は《 人 間 が 成 長 す る 道 の り 》を見て共に楽しみたいと思い、
人間を創造された・・・かな?
因縁って何ですか? 因縁のない人なんているんですか?
464 :
S 2027 :2008/03/05(水) 09:13:35 ID:cA5EE/Xm
>>463 いらっしゃいませ。
その質問はスレ主さんがいずれ熱〜く語ってくれるでしょう。
その間、時間待ちと言うことで、このスレを最初から読んでいただき、
もっと深く掘り下げた質問をしてスレ主さんを困らせてあげて下さい。
ではその時まで失礼致します。
>>461 さま。
>>454 での出来事は、私の「魂」がたまたま見聞きしてしまった事かと思いますので・・・。
適当に聞き流して下さいませ。
失礼しました。
>>463 さま。
>因縁って何ですか?
実は私もよくわからないんです。
>>463 さま。
ですが・・・。
ここでは私がイメージしている天理教でいうところの「いんねん」について説明しますね。
親神によって人間は「身体」「心」「魂」の3要素で創造されたようだ。
そして人間の「魂」の状態を指して「いんねん」としてるのだと思います。
それは一般的な「因縁」(いいがかりをつける等)や他宗教での「因縁」とは違い、
『人間創造時に、陽気ぐらしが出来るようにプログラムされている』
のが特徴かと思います。
また生まれ変わりの回数や、現在の自分の「心」の使い方にも影響を受けているようだから
人によって大きく差がでてくるようです。
ただ天理教の教えでは「いんねんの状態」があまり良くない状態であっても「元のいんねん」
(陽気暮らしが出来る状態)に変わることは可能であるから、ネガティブに捉える事なく、
明るく前向きに「心」から変えて「魂」も変えて行きましょうよ。
という事だと思います。
>>463 さま。
>因縁のない人なんているんですか?
生まれ変わりの思想を持つか持たないかにも関係すると思います。
生まれ変わりの思想がない場合(クリスチャン等)は「ない」と考えてもいいかと思います。
また、自分の生活の状態が良好であったり無神論者、唯物論の方は別に意識しなくてもよいと思います。
ただ、生活の状態が悪かったり、自分の力ではどうにもならなくて困った事があれば
天理教の「いんねん」を信じ変える事で幸せに向かう方法もありますよ。
って、親神の思いをお伝えするのが天理教の信仰する人の標準的な思想だとは思います。
>>462 >>460 です。レス有難う御座います。
実は・・・
陽気暮らしの定義がハッキリしないんですよねw
470 :
S 2027 :2008/03/05(水) 20:04:17 ID:cA5EE/Xm
>>469 いままでも今がこのよのはじまりと
ゆうてあれどもなんの事やら 7−35
このおうただけに限定して思案してみますと・・・
今、この瞬間も人間創造時の神様の熱い思いが脈々と続いているんだ。
と言う意味になろうかと思います。
まさに今、陽気ぐらしの世界が現れるんです。
その第一歩はまず関わりあう人と友好関係でいることだと俺は思っています。
そして、その関わりあう人の輪を広げていくことだと思います。
ネットは輪を広げていくことに効果的な役割をしていると思うのです。
もしかしたら、あなたとは実際に関わりあうことはないかも知れません。
そのあなたとこうして語り合っているのですからね。
陽気ぐらしはお互いを認め合い、神様の思いを定規にして生きていくことかも知れません。
一度こちらにも遊びに来て下さい。
http://life9.2ch.net/test/read.cgi/psy/1202012056/601-700 あなたの意見をぜひ聞かせて下さい。
身上・事情の元、ほこり・いんねんを思案する。
すると、「かしもの・かりもの」が得心していなければならない、と悟る。
ではでは、その元なる神の目的は?はたまた、そこから来る思し召しは?
@神様の思召(おぼしめし)を知ろうと、人間創造の目的を思案する・・・
↓
A人間を造られた目的は
>>460 の御詩の通りで
S 2027さんの
>一歩ずつ、陽気ぐらしに向かう道を楽しみながら歩くこと。
とまでは解ります。
↓
Bでは、「陽気暮らし」とは?
前真柱御言葉パッセージ集を参照すると、
前略・・・陽気暮らしとは、一面、その言葉から来る響きは、あるいは人々にそういう、
いわゆる楽しみ的なことを響かせておるかもしれないけれども、そのことの訳を思案するならば、
陽気暮らしは、すなわち神様の思召にふさわしい暮らしなのであります。
また、この答えをS 2027さんは
>>470 のように仰る・・・?
>陽気ぐらしはお互いを認め合い、神様の思いを定規にして生きていくことかも知れません。
・・・・?神様の思召?神様の思い? →@に戻る
472 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 21:11:30 ID:kR5gjPHI
無限連鎖の末、回答になっていない。って事かな?
473 :
S 2027 :2008/03/05(水) 21:24:50 ID:cA5EE/Xm
>>471 個々においては
あしきをはらう、ホコリをはらう、と言うお言葉があります。
人との関わりあいとしましては
人さんたすけなはれとのお言葉があります。
その二つのコラボが陽気ぐらしへ向かう基本なのではないかと思います。
その姿を見て共に楽しみたいと思し召されたのが、神人和楽と言うことかと思います。
天からかんろが降り、そのかんろをいただくと、病まず、死なず、弱らないようになり、
心次第にいつまでもいよ。と言われる世界が陽気ぐらしだとと伺っておりますが、
神様はその陽気ぐらしに向かう道中、人間が一歩づつ成人していく姿を楽しんでおられるように思うのです。
それが物見遊山→陽気遊山ってことじゃないのでしょうか?
>>472 いえ、回答は有難くお受けしてます。
自分の中では、
>>471 の思案は、同道巡りで仕方のないことかと。
でも、スッキリしないんですよw
逆に言えば、この、「陽気暮らし」は、一番の悟り所(勝手に付けてますw)の気がするんですけどね?
これ書いてる内に
>>473 のお返事、有難う御座います。
>その二つのコラボが陽気ぐらしへ向かう基本なのではないかと思います。
その肝心要の「陽気ぐらし」の意味が説明し難いんですよねw
方向性は解りますが・・・
475 :
S 2027 :2008/03/05(水) 21:58:32 ID:cA5EE/Xm
堂々巡りは悪いことではないと思いますけどね。 大地に雨が降って、樹木がその恵みを受け、太陽の光で蒸発し、また雨となる。 問題はその雨をうっとおしく思うのか? 感謝するのか?ってことなんじゃないんでしょうか? 堂々巡りをあなたが心勇んで受け止めれるか? どうか?ってことなんじゃないのかなあ? 原典からの引用につきましては加藤さんと言う方がおられます。 その人の出番を待ちましょうね(笑)
476 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 21:59:59 ID:lC7L4yla
>>474 S2027さんって人は別スレで風俗情報貼り付けて喜んでいるような御仁ですから
信用なさらぬよう。
477 :
S 2027 :2008/03/05(水) 22:05:30 ID:cA5EE/Xm
478 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 22:07:42 ID:lC7L4yla
>>477 だったら偉そうに人に説教する資格おありなんですか?
479 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 22:14:31 ID:S4yi76ds
>>478 天理教のことを教えてくれたり、風俗情報を与えてくれたりするのは
男としてありがたい先輩だと思います。
>>478 さんは女性ですか?
あなたの価値観や判断基準の押しつけのほうが見苦しいです。
ところ変われば話すことも変わる、でいいんじゃないですか?
480 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 22:18:01 ID:lC7L4yla
>>479 天理信者が風俗行っちゃいかんだろ。情報流しちゃいかんだろ。
481 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 22:20:12 ID:S4yi76ds
482 :
S 2027 :2008/03/05(水) 22:23:04 ID:cA5EE/Xm
>>480 いやあ、あれは俺のミスです。
すみませんでしたw
でも俺の話説教くさいかなあ?
その方が気になりますわなあ・・・
483 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 22:23:12 ID:lC7L4yla
>>481 マジで言ってんの?冗談だよね?
あなたほんとに信者?
484 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 22:25:47 ID:S4yi76ds
>>483 もちろんです。
言った以上は答えて下さい。
何か戒律でもあるんですか?
485 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 22:25:53 ID:lC7L4yla
>>482 自分でお気づきになられてませんでしたか?
ではあえて苦言呈させてもらいます。十分説教くさいですよ。
ネットでも現実社会でもお気をつけください。
486 :
S 2027 :2008/03/05(水) 22:28:37 ID:cA5EE/Xm
>>485 ありがとう^^
でもシモネタは捨てがたい・・・
487 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 22:29:48 ID:S4yi76ds
>>482 今の流れの雰囲気での「説教」というマイナスイメージは全く感じませんよ。
ぼんやりロムできるこのスレの雰囲気が気に入ってますから。
488 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 22:30:26 ID:lC7L4yla
>>484 教義を普通に勉強すれば、お気づきになると思いますが。
あなたみたいな残念な方もいらっしゃるのですね。天理はもうおしまいでしょうか。
489 :
S 2027 :2008/03/05(水) 22:33:36 ID:cA5EE/Xm
>>487 まあ、人それぞれ言うことですわ ワッハハ!
スレ主さん連スレすみませんでした。
寝ます・・・
490 :
S 2027 :2008/03/05(水) 22:35:08 ID:cA5EE/Xm
シモネタはほどほどにするに越したことはないとおもうよ。
シモネタ風味のコテハンさんにしても、書いてる内容はまともだし。
見かけ(コテハン)や何かの一面でその人すべてを判断するべきではないと思うし。
あのひとも、一発目のレスですでに逃げてるしw
>>488 俺もあなたのほうが説教っぽいと思ったし、スレの雰囲気に明らかに水をさしたと思いませんか?
少なくとも私はとても気に障りました。
>教義を普通に勉強すれば、お気づきになると思いますが。
忘れましよ。
別席の内容でもいいから教えて下さいよ。こうやって手がかりも与えてるわけだし。
なんなら信者じゃない人に説明するつもりの内容でもいいですよ。
是非お願いします。
492 :
491 :2008/03/05(水) 22:42:24 ID:S4yi76ds
読みにくいかもしれないので訂正します 忘れましよ。→忘れましたよ。
493 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 22:44:16 ID:lC7L4yla
>>490 >>491 少なくとも私は風俗情報貼り付けてませんよ。
私は、風俗情報貼り付けるような御仁が、偉そうに人に説教すべきでない、
って言ってるんです。
494 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 22:46:47 ID:S4yi76ds
>>493 >私は、風俗情報貼り付けるような御仁が、偉そうに人に説教すべきでない、
>って言ってるんです。
それはあなたの個人的な価値観に過ぎません。
情報の価値は人によって異なります。
ロックオンするつもりはありませんが、以下よろしくどうぞ↓
480 名前:神も仏も名無しさん[] 投稿日:2008/03/05(水) 22:18:01 ID:lC7L4yla
>>479 天理信者が風俗行っちゃいかんだろ。情報流しちゃいかんだろ。
481 名前:神も仏も名無しさん[] 投稿日:2008/03/05(水) 22:20:12 ID:S4yi76ds
>>480 もっと詳しく教義として教えて下さい
素直に意見を述べてくれれば、俺も素直にロムに戻ります
496 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 22:50:35 ID:lC7L4yla
>>495 いくら説明しても、あなたじゃわからんでしょうね。
497 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 22:59:10 ID:S4yi76ds
>>496 もっとはっきり言ってくださいよ。
もしくは旦那に直接言えよ。このスレに八つ当たりはやめてください。
498 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 23:00:30 ID:lC7L4yla
>>497 何わけわかんないこと言ってんだよ。
俺男なのに旦那なんかいるわけないだろ。
だからお前みたいのに説明してもわからんって言ったんだよ。
>>498 へぇ。風俗の経験がないのか、それともいい思いをしたことがないヘタレなのか?
もっと社会勉強しろよ。天理教だけではだめだぜ。
500 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 23:07:03 ID:lC7L4yla
はいはい
501 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 23:10:53 ID:S4yi76ds
「はい」は一回でいいんだよ。 人にいちゃもん付けるときはもっと気を付けたほうがいいんじゃないかな。 別席の傍聴でも一回行ってこいよ。 俺に反論するのは簡単なはずなんだが。
あの・・・陽気暮らしについての投げかけなんですけど・・・ ・・・喧嘩は該当しないと・・・ ・・・ ・・・ ・・・ スレに即した意見としてみるならば、風俗は「ほこり」による、悪「いんねん」に成ると? 但し、風俗をどう捉えるか?どの程度の実体なのか? ここを押さえないとね!>ID:lC7L4ylaさん、ID:S4yi76dsさん 片や行ったこと無いのなら、行ったことある方から思案してみては如何?
503 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 23:15:58 ID:lC7L4yla
504 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 23:16:11 ID:S4yi76ds
>>502 こういう会話を期待してました。
「陽気暮らし」のツッコミで今回は終わると思ってましたし。
別席でも「色欲沙汰はだめだよ」と言ってますよね、言葉は忘れたけど。
こういう方向に会話を持ちたかったです。
506 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 23:19:50 ID:lC7L4yla
>>505 あなたみたいな人に鍛えてもらうほど落ちぶれちゃいないから
心配ご無用。
>>506 「風俗はダメ」と最初から決めてかかるからダメなんだよ。
それに対して俺は隙だらけのツッコミをしてると思うんだよな。
本来なら、
>>502 のようにするか、なぜダメなのかを明確に述べて人様を批判するべきだと思うんだがね。
508 :
S 2027 :2008/03/05(水) 23:25:30 ID:cA5EE/Xm
>>502 さんに座布団10枚!!
もう寝ませんか?
俺何回も謝っているやないですか・・・
シモネタもうしませんし・・・
お二方とも、突っ込みを期待されても・・・ OTL ・・・orz o....... .rz
>>508 あなたが責任を感じる必要はないんですよ。
たまたま、俺が暇だった。それだけですから(笑)
511 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 23:28:41 ID:lC7L4yla
>>508 謝ったらすむ問題ですか?
あなたの貼り付けを見て風俗に行ってしまった人、道を外した人がいたとしたら
どうします?
512 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 23:29:11 ID:kR5gjPHI
けんかをやめて〜♪ 風俗通いの青年に「わかい男はどもならんな〜」とおやさまはおしゃったそうな。 ほこりとかいんねんだとかでは無く。あきれたって事かな。
>>511 ところで、あなたはいつもこのスレにいるの?
>>512 ID:lC7L4yla君には申し訳ないかもしれないけど、
俺、とっても爆笑w
教えを忠実に守るあまり、一生独身で通したのはナライトさんだったかな? でも、「ふうふそろうてひのきしん」だしなぁ
517 :
神も仏も名無しさん :2008/03/05(水) 23:38:26 ID:kR5gjPHI
一の道具は使わなくても使い過ぎても、申し訳ない。
>>511 失礼、少し余計なことを書きました。(
>>515 )
>>502 では、善し悪しについて、まだ書いておりません。
宜しければ、貴方の見解を求めます。
>>512 一応、念のため、お断りしておきますが、
俺は風俗通いではありません。結婚以降はゼロです。
(2ちゃんねる的にはどうでもいいかもしれませんけどねw)
>>517 さんがとても上手に話題を戻そうと誘導してくれてますが、
とりあえず、ここに話題を戻させて頂きたいと思います。
↓
↓
475 名前:S 2027[] 投稿日:2008/03/05(水) 21:58:32 ID:cA5EE/Xm
堂々巡りは悪いことではないと思いますけどね。
大地に雨が降って、樹木がその恵みを受け、太陽の光で蒸発し、また雨となる。
問題はその雨をうっとおしく思うのか?
感謝するのか?ってことなんじゃないんでしょうか?
堂々巡りをあなたが心勇んで受け止めれるか?
どうか?ってことなんじゃないのかなあ?
原典からの引用につきましては加藤さんと言う方がおられます。
その人の出番を待ちましょうね(笑)
とりあえず ふざけるのはよくないですよ
ちょっと〜。男子〜。女子〜。みんな〜聞いて聞いて〜。
一回りせっとぉ〜するよ〜♪
ということで
>>451 「神さま。何で人間を作ったの?」
から行きまーす。番長。
>>460 さん
「ようきゆさん」については比喩だとは思いますが
実は私もよくわかりません。
ただ、どのような視点から切り込んでも
「陽気ぐらしって何?」に向かう気がするんですよね。
ですから先ずは「神さま。何で人間を作ったの?」からスポットさせて頂きますね。
■「神さま。何で人間を作ったの?」について「魂」の視点からスポット。 私は「魂が何かをしたがっている」のではないか?と思えたりします。 この世に生まれるという事は、「魂」が自分の人生(環境)を選び「身体」(貸衣装) をお借りしてこの世にテーマを持って学びにきている事なのかもしれませんし。 またそれは、神さまが「魂」を祝福し、命を与えて下さっている事でもあるような気がします。 例えば「あの世」で ・魂 「神さま。このようなテーマを持って人間に生まれたいのでお願いします」 ・神さま「う〜ん。今はまだちょっと・・・・保留かな。」 ・魂 「なんとか人間になりたいワン」 ・神さま「君は人間になる事を許そう。さあ好きな身体を選びなさい。」 ・魂 「神さまありがとうだワン。それでは生まれてきまーす」 と、ワイワイと神さまと人生のテーマを探している魂達がたくさんいて その中で人間として生まれる事を許された「魂」がこの世に存在しているのかな。 って思ったりもします。
また、生まれながらに、条件のきつい人生(環境)を選んだ、勇敢な「魂」もいるかもしれないし 前生でのテーマを乗り越える事が出来なかった「魂」は再び同じような条件を選んで今生に貸衣装を借りて 現れているのかもしれません。(私の妄想ですけどね) いずれにしよ、人それぞれに「魂」の状態が違い、人生のテーマは違うんじゃないかなって思います。
さて、天理教における「魂」の目標なんですが。 今生において「心」を見つめ、「ハつのほこり」をぬぐう事。「たんのう」していく事。 によって「魂」が「元のいんねん」の状態になっていく事かと思います。 ですから「神さま。何で人間を作ったの?」に対する答えの一つとして 『魂が続々と更生されていくのを、共に楽しみたいから』 by 親神さま と答えるのも「あり」かなと思ってます。以下引用しときますね。 ---------------------------------------------------------------------- 不思議なたすけの実が次々とあらわれ、 魂は続々と更生されて行く。 かくて、我も人も共に和し、一手一つの心に、楽しみづくめの陽気ぐらしの世界が守護頂ける。 それは、親神の望まれる真の平和世界であり、 これぞ、この道の目標である。 【天理教教典 第10章 陽気ぐらし】 ---------------------------------------------------------------------
527 :
神も仏も名無しさん :2008/03/06(木) 22:51:45 ID:sITINMh4
不思議なたすけの実が次々とあらわれ、ねえ。 だったらいいね。
>・魂 「なんとか人間になりたいワン」 なるほど 私も 前世は鬼畜かブリキのキコリだった気がします。
529 :
神も仏も名無しさん :2008/03/07(金) 17:31:01 ID:xNVk8i3x
> 前スレさん問題も今後そうならない為の一つの教訓として あの事件は、天理教の恐ろしさを思い知らされた者でした。 非信者にとっては、天理教の中にあのようなことをする人があるという教訓を。 信者にとっては、天理教をどのように変えなければいけないかという指針を与えたと思います。 天理教はあのようなことをする宗教では本来ありません。 なぜなら、あの事件は天理教の教理に沿うものではないからです。 > お道の人間同士でも連帯する事はできないんでしょうかね? 店舗に天理教の旗を立てて、信者は優先的にその店を使うようにすればいいw。 まずは、天理教内部での弱いものいじめをなくさなくちゃね。 大人だけでなく、子供尾ぢばが襟でもいじめが発生している。 > 「その店で購入したくなる魅力」がでれば人は流れるような気もします。 > ついでに近隣の店も潤ってくるような気もします。 > その「魅力」は商品自体のクオリティかもしれませんし、そこの店主の > ユニークさだったりするかもしれませんが・・・。 天理教の教会でも同じことがいえるかも知れません。教会や教会長の魅力があれば、信者は返ってくると思います。
>>528 私も前生が誰で、来生どうなるのか?わからないです。
いずれにしよ。
神さまに祝福されて、今。命を頂いているんじゃないかな?って気はしてるんですけどね。
人それぞれに「魂」の状態が違い、人生のテーマは違うんでしょうけれど。 ヘレン ケラーさんあたりはかなり過酷な身体的条件を選んで 非常にアグレッシブで勇敢な「魂」の持ち主にみえたりします。 たくさんの人に、良い刺激を与える為に この世に現れて下さった方なのかもしれません。 引用させて頂きます。 ------------------------------------------------------ 世界で最も哀れな人とは、目は見えてもビジョンのない人だ。 ヘレン ケラー ------------------------------------------------------
>>529 さまレスありがとうございます。番長。
次に行きま〜す♪
■「神さま。何で人間を作ったの?」について「心」からスポット・・・したいのですが。
その前にしなければいけない大事な心の作業として
----------------------------------------------------------------------------
わかるよふむねのうちよりしやんせよ 人たすけたらわがみたすかる 第三号 47首
----------------------------------------------------------------------------
から切り込みます。
つまり 「人をたすけて我が身たすかる」って何? てことです。
【ちょっと脱線@番長】
-------------------------------------------------------------
和菓子の老舗・虎屋ってのがあるのですが
室町時代から今日まで約500年事業を持続しているようです。
現在の虎屋の社長「黒川光博」さんは500年の事業秘密を以下のように
おっしゃってるようです。
「変えるものと
変えてはいけないものを
ハッキリさせてきたことが500年続いた要因だと思います。」と。
(私は「伝統の味を守る事かな?」って思っていたんですけど違ったみたいです。)
「味は時代によって変えるべきだと思います」と。
味覚は生活が変れば変化しますから時代によって変えていくそうです。
(変えちゃいけないもの・・・って?なんだろか)
それは「お客様への感謝の心です。」 by 黒川光博さん
http://www.toraya-group.co.jp/main.html おっしゃるとおりだと思います。
えっと。 他のスレで天理教組織や運営について様々な議論があるようです。 私はほとんどレスはつけてないですし、ここで取り上げたのも前スレさんくらいかな。 ただこれだけ声が上がるというのは何か問題がいろいろあるんでしょうね。 その何か?までは果たしてわかりませんが。 天理教は江戸時代から始まったもので今で171年の歴史があると思います。 「教え」についてはそのまま残す事で「今の生活に活かす」のがいいと思います。 しかしながら天理教組織や運営においては時代に応じて変えてもいい事が いろいろあるような気はするんですけどね。
536 :
神も仏も名無しさん :2008/03/09(日) 06:05:52 ID:s0OcYhhs
明治時代に政府やマスコミに抗議(弾圧)されて、二年間で教会の数が四分の一に減った時代があったんだよ。(誹謗する記事が新聞に掲載されたり、攻撃出版物が三十冊を超えて出版されたらしい) その時は八項目の教団改革案を出したんだ。 今また、教団改革をする時期が来ているのかも知れませんね。
>>536 天理教だけの問題でなく
地下鉄サリン事件1995年を境に「社会は宗教団体を警戒」する時代に入ってますから
なおさら、見直しする時期かなとも思います。
>>469-521 あたりで
「陽気ぐらし」って何?という事でレス頂いておりますが
その答えを導き出す様は非常にたのしい事だと思います。
つまり「陽気ぐらし」って何?の答えを導き出していく「プロセス」自体を楽しむ事が
「陽気ぐらし」に向かっている事なんじゃないかなと思ったりする訳です。
創価学会の魔界連鎖は何時まで続くのか?
私は現実に創価学会の悪意を体験し続けています。
私に売春を強要し、毎日毎日ウインクを繰り返し、私を苦しめて来た変態創価婆さんもいます。
私にふられた腹いせに、偽りに満ちた狂言・悪口・策略を繰り返しています。
哀れです。
また、 暴言を楽しむ狂気の婆さんもいます。
過去に、自滅して退職した狂気の池田狂信者もいました。
(一般創価学会員も多数います)
人格攻撃目的の工作員でした。
笑顔で近寄り、頃合を見て創価得意の「攻撃」の後は、「反撃」すると「被害者」を装うお決まりのパターン。
わかり易いカルト攻撃。
うんざりだが面白い。
問題の創価魔女ばあさんは地元でPTAの役員をしている模様。
創価の好きな戦術です。
地域が汚染されて行くのが悲しい・・・^^^
きりがありません。
創価学会の集団的悪意。
集団的ストーカー行為は長年の事。
バイオハザード。
狂気の新興宗教です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
http://www3.ezbbs.net/15/momo7/ 創価は「危険な組織」
フランス・チリ・ベルギー・オーストリア・ドイツ・アメリカ議会下院等がそう指定しています。
納得出来ます。
これが現実。
539 :
S 2027 :2008/03/09(日) 21:21:57 ID:bQG5dJjo
番長様へ
連レスつけて申し訳ありませんでした。
>>469-521 あたりに付きましては、途中で反論したい衝動にもかられました。
しかしながら、それを抑えることが出来たのは、「陽気ぐらしとはなにか?」について語りながら、
『自らが腹立ちを起こしていては本末転倒となるなw』という思いからでした。
人様に何かを語らせていただく上で、自分自身がその思いに届いていなければ、何を言わんや!ってことになってしまいます。
ただ一つ反論と言うか、誤解がありますので、それを語らせていただきます。
>>491 :神も仏も名無しさん:2008/03/05(水) 22:40:49 ID:S4yi76ds
>・・・シモネタ風味のコテハンさんにしても、書いてる内容はまともだし。
>見かけ(コテハン)や何かの一面でその人すべてを判断するべきではないと思うし・・・
あのう・・・俺のSはセックスのSでもないし、サゾ、マゾのSMではありません。
飾東大教会信者詰所、内線電話2027の略ですから・・・
そんな風にネームを見てる人が存在したことが悲しかったです。
一切反論は控えようと思っていましたが、このままSの意味をそう理解していかれるのは、ちょっと辛いです(笑い)
明治二十年
植田長三郎四十三才願(十市郡下村講元)
さあ/\いかなる処尋ね出るやろ。たゞ一寸利益あるやろ。
聞いて一つの内々睦まじ暮らす。一つのたんのう。
内々の処運び世界救けよ/\。誠の道を諭そ。聞いて理が分かる。
内々の、今までこうやったと伝える処、互い/\の扶け合いの心、人を救けるから、誠の処分かる。
内々の処へ順々の話伝えて、成程との心を定めて積み重ね、急えてはいかんと、天然自然の道成程との事を、内々の処へ伝え、未だ未だ知らそうと
>>460 です。
先日は御迷惑をお掛けしました。
S 2027さんには、折角教えて頂きながら、弁明することもなく、謹んでお詫び申し上げます。
三こすり半番長殿の意図は何とはなくですが、理解できたつもりです。
元々、「おふでさき」には陽気暮らしは載っていないのですよね。
「よふきゆさん」・・・
ま、何はともあれ、陽気暮らしとは?
その為の
>>532 ,533ですね?
ということで、ヒントとなる原典を挙げました。
>>539 シモネタ風味のコテハンさんって普通に考えて三こすり半番長さんのことじゃない?
思い込みが強すぎるよ。あなたのことじゃないと思う。
542 :
S 2027 :2008/03/09(日) 21:42:18 ID:bQG5dJjo
>>542 私がシモネタ風味のコテハンでごじゃりまする。
>>540 >ま、何はともあれ、陽気暮らしとは?
今しばらくお待ちくらはいまし。
私が思うところの「人をたすけて我が身たすかる」って事なんですが。 自分の為に頑張ろうと思うのもいいのですが、人様の為に頑張ろうと思う時に なぜか「発生するエネルギーがあるのではないか」と言う事です。 そして天理教的な「たすけ・たすかり」は親神さまの不思議なお力が作用しているようなので 先ずは、「たすかってもらいたいなという気持ち」からのスタートになると思います。
※ただ、ここで自分の力だけで「たすける」って頑張っちゃうと問題が発生するわけでして。 ・「物」「金」の提供(寄付など)であれば・・・ 「そんなもん。自分が借金してまで提供はできんわな。」 ・「心」の援助(やさしいまなざしや言葉など)であれば・・・ 「そんなもん。自分が暗いのに、人に明るくなりなさいなんて言えんわな。」 ・「労働力」の(奉仕活動など)であれば・・・ 「そんなもん。仕事だけでもしんどいのに奉仕する余裕なんかないわな。」 という感じに。(ただ自分の力で可能な方はOK!)
しかしながら 天理教的な「たすけ・たすかり」というのは親神さま(教祖)がして下さる事だから 「人にたすかってもらいたいな」という気持から始め、やがて自分の行動に『写す』事である。 ※例えば、天理教的な「たすけ・たすかり」の一例。 ・「おかあさんがおさづけを取り次いでくれたから・・・うれしかった。早く元気になろうっと!」 ・「おとうさんが私の為に仕事をやめてまで修養科に行ってくれたから、私も学校に行かなきゃ!」 (いじめが原因で、不登校でいた女の子が明るさを取り戻し、学校に行き始めた実話。) と親神さまが良い方向に導いて下さる場合があります。 そして 結果として、おとうさんも・おかあさんも、嬉しいわけですから、救われている。 それが天理教的な「たすけ・たすかり」の姿である。 という事かと思います。
以下引用しときます。 -------------------------------------------------------------------------- ひたすら、世の人の上に親神の守護を願いつつ、我が身を忘れて行ううちに、 親神に守られ、その胸に抱かれて、自身もいつしか心は成人して、明るく陽気に救われて行く 【天理教教典 第9章 よふぼく】 ------------------------------------------------------------------------- 連投スマソ。番長。
548 :
神も仏も名無しさん :2008/03/10(月) 17:38:11 ID:L7vHk6Hb
> めいらくグループ日比孝吉会長あたりは成功に必要なモノは何ですか? > 経営陣はもちろん工場の作業員から事務のおばちゃんにいたるまで 天理教信者です。名目上は、修養科の参加を奨励しています。 しかし、実際は天理教信者にならないと会社からは認めてもらえません。 修養科に行き、満席となったもののみ、会社から認められて昇進できます。 > 90度の深いお辞儀などの心こもった最高の接客対応で評判はいいようです。 このような礼儀の正しさは、非常に謙虚な天理教信者で固めている企業だからこそでしょう。 > 口は一つ→言い訳をしないためw エライさんには言い訳のうまいひとが多いですなw。
>>547 の続き
■「神さま。何で人間を作ったの?」について「心」からスポットしてみました。
その答えの一つとして
『たすけ・たすかる喜びや楽しみを、共に楽しみたいから』 by 親神さま
と答えるのも「あり」かなと思ってます。
>>548 さん レスありがとうございます。
>>540 >ま、何はともあれ、陽気暮らしとは?
ということでしたので「陽気ぐらしって何?」に少し触れてみますね。(お待たせいたしました)
「人間創造の意義や目的」を
>>526 『(魂が続々と更生されていくのを)共に楽しみたいから』 by 親神さま
>>549 『(たすけ・たすかる喜びや楽しみを)共に楽しみたいから』 by 親神さま
とひとまずくくらせてもらいました。(少々強引ですが)
ここで(カッコ)の中に(陽気ぐらしをするのを見て)を代入しても意味は等しいと思います。
すると「陽気ぐらしって何?」を考えた場合に
(陽気ぐらし)=(魂が続々と更生されていく事)
(陽気ぐらし)=(たすけ・たすかる喜びや楽しみを味わう事)
(陽気ぐらし)=(只今探しております。)
(陽気ぐらし)=(上に同じ)
(陽気ぐらし)=(上に同じ)
(陽気ぐらし)=(上に同じ)
と様々な答えが考えられる可能性をもっているわけです。
もっと突き詰めれば、一つの真理(天理)に到達するかもしれませんが 今の私のレベルでは到底およびませんので ・「個人の受け取り方」として答えは無数に存在するかもしれない。 ・人によって「受け取り方」は様々な表現でいいのかもしれない。 ・「心」「魂」の変化により答えも変ってくるかもしれない。 と考えます。 だから私は「陽気ぐらし」を一つに絞り定義づけて○○だと決めなくても ・もっとたくさんあるんじゃないかな? ・もしかして本当はこうなんじゃないかな? って探していくプロセスを楽しむ事のほうが実用的なんじゃないかな?と思う立場をとります。 しかしながら、もし仮に一つの真理(天理)に到達した際には教えて下さいね。
>>551 原典として、「おふでさき」から、親神様の思惑を思案したいと見てみますと、以下の御詩が挙がります。
一連の御詩として理解するべきかとも存じますので、まとめて挙げました。
尤も、「おふでさき」には、陽気暮らしではなく、「よふきづくめ」に成ってますが。
07.093 にち/\によふきづくめとゆうのわな いかなる事やたれもしろまい
07.094 なにもかもよふきとゆうハみなつとめ めづらし事をみなをしゑるで
07.095 たん/\とつとめをしへるこのもよふ むねのうちよりみなそふぢする
07.096 あとなるハにち/\心いさむでな よろづのつとめてヘをつけるで
07.097 このつとめどふゆう事にをもうかな をびやほふそのたすけ一ぢよふ
07.098 このたすけいかなる事とをもうかな ほふそせんよのつとめをしヘる
07.099 このみちをはやくをしヘるこのつとめ せかい一れつ心すまする
07.100 このはなしどふゆう事にきいている せかいたすけるもよふばかりを
07.101 どのよふなたすけするのもしんちつの をやがいるからみなひきうける
07.102 この事をこれをまことにをもうなら まことしんぢつ心したいや
07.103 心さいしんぢつすんだ事ならば どんな事でもちがう事なし
07.104 いまゝでハ月日いかほどをもふても そばの心にわかりないので
07.105 これからハどのよなつとめをしへるも にんけんなるの心でわない
07.106 月日よりどのよな事もをしゑるで このよはぢめてない事はかり
07.107 にんけんの心てをもうよふな事 月日わなにもゆうてないそや
07.108 月日にハとのよな事も一れつに みなにをしへてよふきづくめに
07.109 せかいぢうみな一れつハすみきりて よふきづくめにくらす事なら
07.110 月日にもたしか心がいさむなら にんけんなるもみなをなし事
07.111 このよふのせかいの心いさむなら 月日にんけんをなじ事やで
・・・陽気というはみな「つとめ」・・・
・・・胸の内より掃除する・・・
・・・世界助ける催合うばかりを・・・
・・・真実の親が居るからみな引き受ける・・・
・・・誠真実心次第や・・・
・・・みんなに教えて陽気ずくめに・・・
全てはつとめ、「みかぐらうた」に通じるかも知れませんね?
>>552 「おふでさき」から絞り「みかぐらうた」(み神楽うた)に通じる。
という事ですかね。
それもまたいいと思いますよ。
【ちょっと脱線@番長】
-------------------------------------------------------------
>>361 >一般商店街は安売りに行き過ぎて、店舗同士が共倒れです。
昨日のTV「明石屋さんま」さんが出てる番組の中で
「ユニークな地元商店街」について放送されていました。
ある床屋さん(80歳で現役の女性)へのインタビューで
商店街にこだわり長年床屋を続けていく秘訣は?と質問したところ
「う〜ん。死なないことかな。」by 床屋さん
また
「あたしじゃないとダメだっていうお客さんがたくさんいてね。
遠いところからも着てくれるんですよ。
一番遠いところは・・・・ドイツ。
一番近いところは・・・・向かいの○○さん」と。
なんか答えが楽しいんですよね!
この床屋さんには現役でいつまでも頑張って頂きたいと思いますし
また、こういった内容のTV放送。どんどん増えていって欲しいです。
>>552 です。
う〜ん・・・理屈っぽい性格なので、有る程度理屈付けたがります。
この道は知恵学問の道やない・・・また先輩に叱られそうですが・・・w
きちんとした陽気暮らしの定義がなければ、こんな考え方も有りかと?
@陽気暮らしに必要な物 ・・・ 必要条件
A陽気暮らしの後に見える物・・・ 十分条件
そこを求めていけば、近づけそうに思うのですが・・・?
因みに、@に「おつとめ」は欠かせませんね。
ここでは、そのものなのか、その先の澄んだ心なのか、両方か?
>>555 「陽気ぐらし」についてですが
信仰を継続していればどのような切り口からでも
いずれたどり着く境地かなと思います。
私はそこにたどり着くための「エネルギー」や「モチベーション」を重視して
それを「楽しむ」事がいいなって思ってます。
人それぞれのやり方でいいと思いますよ。
そのような境地にたどり着く方法は、人の数だけあっていいと思ってますから。
>>556 >>555 です。(ID変わりましたがw)
先日から、辿り着く道筋が大切とのお話でしたね?失礼しました。
>>557 あなたのやり方でいいんですよ。
ただ
私はきれいなお姉ちゃんにデートを申し込むのに「OK」って答えるのが
わかってから行動するなんてことはないわけで。
どうやったら?OKしてくれるかな。ってワクワクしながら
・もっと体鍛えなきゃいけないかな?
・もっと気遣いしなきゃいけないかな?
・話題はどうしようかな?
・やっぱ洋服も気をつけなきゃいけないよな。
・いきなりラーメン屋は良くないよな。
なんていろいろ考えて行動するのが楽しいタイプなだけですから。
(断られても、自分を磨きなおして再チャレンジすればいいだけですし)
【ちょっと脱線@番長】 ------------------------------------------------------------- ラジオで頻繁に流れていたのですが 2008年5月位までに「裁判員」制度が開始されるようです。 「刑事事件」について3人の裁判官と6人の裁判員で 「立会い」「評議・評決」「宣告」をするという事のようです。 「裁く」という行為は、問題に対し法律に基づいた一つの結論をだす事かと思います。 果たして人が人を裁ききれるのか?という気もしますが いずれにしよ過去の判例に従い裁判官が決めるという事になるとは思います。 今後、天理教的にも「裁く」ってことをどう解釈していくのか 考えなければいけないことかな?って思ってみたりします。
560 :
神も仏も名無しさん :2008/03/12(水) 14:26:47 ID:fiZByruJ
天理教信者の中には、「因縁をかたって人を不安にさせ入信させる人がいます。
>>560 あなたが被害者であったり、そういった人が身近にいたら
ぜひとも詳しく教えてくださいませんでしょうか?
(個人のプライバシーに触れない程度で)
貴重な意見ですから。
「刑事事件」は「行動」においての問題を裁く事だと思います。 例えば、傷害、殺人、窃盗など。(警察に厄介になる事) 「刑事事件」に至るまでの「心」の問題は裁判において若干の情状酌量に つながる可能性もあるのかもしれないですが「刑事事件」になってしまったものは 「裁く・裁かれる事」を避ける事はできない。 そういった「刑事事件」に発展しないためにも、天理教的には 「心の基準をどこにおくかを先ずしっかり定めましょう。」って事なんでしょうかね。
563 :
神も仏も名無しさん :2008/03/13(木) 16:45:42 ID:9G/Hv3xO
天理教の被害投稿を隠蔽するエネルギーがあったら、是非天理教を改革することに使って欲しいものです。 > それは幼少期に母親から「あんたなんて生まなきゃ良かった」 > って意味のことを言われた事があったそうです。 天理教にも親から「お前には生まれつき悪因縁がある」と言われて傷ついて成長した二世がいます。 子供にとっては、その意味が分からず、「自分は悪い人間なんだ」と自己をせめて大人になります。 こういうのは親が間違っています。 > セリフは違うけど同じ意味のことを何度も言われた記憶があるし、俺自身は存在しないことになってた。 やはり。心ない天理教の親にはもう一度天理教の教えに戻るべきだと思います。 > S2027さんって人は別スレで風俗情報貼り付けて喜んでいるような御仁ですから やはり。問題の多い投稿が多いと思いました。S2027さんは、のぞみさんのことをがいえませんね。 > 教えを忠実に守るあまり、一生独身で通したのはナライトさんだったかな? 天理教には貞操を守る教えがあるのですか?
564 :
神も仏も名無しさん :2008/03/13(木) 17:38:50 ID:xwxBgeir
>>563 >> 教えを忠実に守るあまり、一生独身で通したのはナライトさんだったかな?
>天理教には貞操を守る教えがあるのですか?
教えを取り次ぐ役割を続けてもらうために、本席が独身を通すようにさしずされたそうです。
おやさまの反対にもかかわらず「こかんさま」が嫁に行かされた後に、
からっこの難産で亡くなられた轍を踏まないように、との配慮らしいです。
565 :
神も仏も名無しさん :2008/03/13(木) 20:28:08 ID:W9A+sK8E
神様の言葉を出す役割は、当時の今以上の男尊女卑の暴力的な社会では、 女性が家庭との両立は無理だと神様は見越されたのではないだろうか。
>>564 そうだったんですね。
・・・んで「ナライト」って誰?外人さん?
というのは冗談です。 上田ナライトさまでございま〜す。
>>564 ナライトさんにも「色情因縁」があったからだと言いたくても言い出せないところが天理教にとって苦しいところ。
大正時代くらいかな。 「ナライト」ってカタカナの名前ってお洒落だったかも。
今までの大まかな流れを整理してみます。 ------------------------------------------------- ・『いんねんを悟る事』 「いんねん」に「魂」の状態を見る事が出来るようだ。 ・『ほこりをぬぐう事』 「心」は我がの理であるから「八つのほこり」を積みやすく 「魂」に影響を与えているようだ。 ・『たんのうの心を納める事』 「心」に影響され「魂」が「元のいんねん」に向かい始めるようだ。 ・『かしもの・かりものを知る事』 人は「身体」「心」「魂」で創造されていて 「身体」は神さまによるものだが自分の「心」にも大きく影響されるようだ。 ・『親神の思いを知る事』 人は親神によって創造されたようだ。陽気ぐらしを共に楽しみたいから。 ------------------------------------------------ まで皆様方のアドバイスを頂きながらまいりました。 この辺りまで来ると「第1ステージは修了」って感じはします。
今までは「魂」の状態が「-」から「0」状態へ移行する感じかな? って思ったりします。 今度は「0」から「+」状態へ移行する感じになったらいいなと思います。 ということで、先ずは「徳」あたりから切り込んでみます。
つまり 「徳」って何? てことです。
「徳」に関して調べてみましたが・・ 原典(おさしづは読んでない)などで明確に表記されている部分が あまり見当たらないようなので「徳」はスルーします。
・・・ってのも具合が悪いので 私の主観にて思う「徳」っていうことで 「行動の動機から魂に影響を受ける何か?」と先ず仮説を立てました。 ※例えば「働く事」(給与がある・ない共に)なんですが・・・ 「傍(はた)を楽にする事」と聞かせて頂いたりするわけです。 「傍を楽に」という「行動の動機」が「魂」に影響を受け、結果として「徳」(人徳)になるのでは? 逆の意味なら「傍に迷惑かけて、はた迷惑」かと。 「行動の動機」が「人に迷惑」をかけるのであれば「おせっかい」になってしまうかもしれません。 「魂」に影響を受けた結果として「徳」(人徳)にはならないかと。 そんな気がしたりする訳です。
他にも「徳」に関してはいろいろな考えがあるでしょうが・・・ 天理教的には以下あたりかなって気はします。 ------------------------------------------------------------------ 「朝起き、正直、働き。朝、起こされるのと、人を起こすのとでは、 大きく徳、不徳に分かれるで。蔭でよく働き、人を褒めるは正直。 聞いて行わないのはその身が嘘になるで。 もう少し、もう少しと、働いた上に働くのは、欲ではなく、真実の働きやで。」 【朝、起こされるのと】逸話篇111より ----------------------------------------------------------------
さて、前述にて「行動の動機」に触れました。 信仰をしていく中で、不思議なお働きを目の当たりに感じその「行動の動機」が 「人」からやがて「神さま」に向かっていく時があるんと思います。 つまり、神さまに対して「ありがたいから、たすけて頂いたから、嬉しいから」等々の 「行動の動機」により「何かさせてもらおっかな!」に移行していく。 「神さまに対して何かさせてもらおっかな!」という行為。 それは天理教の「ひのきしん」と呼ばれる行為に近いのではないか?と思ったりするわけです。
「みかぐらうた」、「おふでさき」には「徳」についての明記は見つかりません。 そこで、「おさしづ」より引用しますと、このような「おさしづ」があるようです。 明治二十七年九月二十六日 藤井おまさ十八才身上願 さあ/\尋ね事情/\、さあ/\内々事情無くば、何にも思う事無きもの。 こうしょうと言うて、成るものやない。 これまで治まり事情、よう聞き分け。 日々心に掛かり詰めの道を越して来た。今一時それは遁れた。 よう聞き分け。 皆んなそれ/\話を聞くであろう。 どうしてこうしてという理は無い。皆めん/\心の理にある。 一通りの理話し、理を聞いて治めるなら、自由は心の理にある。 これいんねんの為す事。いんねんの理をよう聞き分け。 どうしょうこうしょうと思うても、成らん。又、しょうまいと思ても、成りて来るがいんねん。 それ世界事情を見よ。幾重の理もあるやろ。 なれど、いんねんならばと言うて了えば、それまでなれど、世界の理を見て、心に十分たんのうの理を治めてくれ。 内々事情ありて、たんのうは出来ようまい。なれど、そうやないで。 道、道のため先々こうと精神一つの理を定めるなら、追々の理もある、と諭し置こう。 信心しても、こんな事と思うてはならんで。 それでは、何ぼ信心しても、それだけの徳は無きもの。 ※ よう聞き分けてくれるよう。 下から2行目に「徳」が出てきます。 さて、この場合の「徳」は? 因みに、この当時の方々のお名前で、「徳」の字の付く方が結構いらっしゃいます。 名は体を表す・・・等とも申しますが、徳の有る方が、大勢いらしたのでしょうかw
次いでもう一つ。 明治二十八年三月六日 檪枝の堀内与蔵小人三人の事に付願 さあ/\尋ねる処/\、皆んなこれ内に掛かる処、小人々々判然せん。 何人日々の処、どうも何程思えどどうもならん。ならんと思う、ならんやない。 前々掛かり一代にして二代、又事情小人何人ある。 又事情々々々これ思う処、よう聞き分け。 内にあるか、外にあるか。内にある外にある。 心という理一つ、一つである。この理聞き分けくれねばならん。 一寸には分かる。何も案じる事要らん。 押して、内々の事情願 さあ/\尋ねば一つ事情諭す。 どういう事である。 理は一つで一つ話し合う処、内にこれだけと思う/\。 治まる理無けにゃならん。 速くという処通るは道、十分の事なら何も言う事は無い。 なれど、よう聞き分けてたんのう。 不自由の処たんのうするはたんのう。 徳を積むという。 ・・・・・・・・・・・・・・・※ 受け取るという。 これ一つ、聞き分けにゃならん。何も案じる事要らん。 少し難しいですが、何となく見えてきます。
581 :
神も仏も名無しさん :2008/03/17(月) 17:57:51 ID:yTPq/gZk
たんのう、けっこうの心を治めることが徳である。 又、しんじんの功徳という意味でもあるようですね。
他にもありますが、少し自分で解釈し難いヶ所があり、挙げませんw 「こうのうの理」 いずれまた。
583 :
神も仏も名無しさん :2008/03/17(月) 18:19:30 ID:NyRERpB4
>>574-576 >「行動の動機から魂に影響を受ける何か?」と先ず仮説を立てました。
「魂」に「徳」が影響を与えるとすると、
「人間の平等」「同じ魂」と説いた教えに矛盾しませんか?
>>583 仮説で書いてはみたものの
実は私もよくわからなかったりするんですよね。
どうなんでしょ。その辺。
>>583 高山にくらしているもたにそこに くらしているもをなしたまひい 第十三号 45首
ですもんね。
586 :
神も仏も名無しさん :2008/03/17(月) 18:53:14 ID:NyRERpB4
>>585 そうですね。
「天理教の徳」と考えずに、一般に使われる「人徳」(あまり一般的じゃないか?)
の「徳」と考えた方が良さそうな気がします。
言葉をかえれば、
人格、性格等で、他人から好かれ、慕われるような魅力。。かな?
おっしゃる通り「徳」は天理教独自って事もないと私も思ったりするんですが ただ私のイメージ(妄想)では スタート(宿しこみ)時点での「魂」は元のいんねんによりでフラット状態ですが 生まれ変わり(出直し)を繰り返すうちに 掃除を忘れてしまい(ほこりが積もり)魂が影響を受け「おてびき」へ。 「徳」を積む積む。すると魂が影響を受け「こうのう」へ。 個人の生活の状態は変っても「魂」「親心」自体は変らない。 ってイメージになっちゃうんですよね。
>>587 私も近い考え。でも、少し違うかも?
それはさておき、更に
明治三十九年一月十二日(補遺)
梅崎梅吉五十二才身上願(釜山港西町三丁目)
さあ/\尋ねる事情、身上一条一つ事情尋ねる。
さあ/\どうでもいかんどうでもならん、思う処、どうであろうか。
又候どういう事と日々の心尋ねる事情、どうでもいかんから尋ねる。
尋ねるから一つ理諭し置く。よく聞き分けにゃ分かり難ない。
身上の処、余程大層々々なれど、この元々理を、楽しみ一つ諭し置こう。
元々一つ事情、心無くば一つ遠く所尚更の事。
長らく一つ事情一時の処名称と言う。
遠く所一寸始め掛けたる事情、この理身上から尋ねに行たら、こういうさしづあったと、よく諭してくれにゃならん。
人間という、一代切りと思うたら何の頼りも無い。
尽し切りという、何をしたんやらと思う。
なれど、そうやない。
尽した理は将来末代の理に治まり、何か日々の処皆受け取りてある。
この事楽しみ説いて置く。いついつまで。
又外に話の事情に諭して置く。
いかな事情もしっかり一つ/\諭してくれ。身上大層。
なれど、一時どうとない。
この理何でも彼でも心楽しまさにゃならん。楽しましてくれ。
右梅崎梅吉身上に付き出張する事を願
さあ/\事情々々、さあ/\急いで/\。
何かの事運んで、運んだ一つ理、こうのう陰徳々々。 ※
この事情忘れんよう。他にも一つ諭すよう。
これ一つよう聞き取ってくれるよう。
589 :
神も仏も名無しさん :2008/03/17(月) 19:32:37 ID:NyRERpB4
>>587 >スタート(宿しこみ)時点での「魂」は元のいんねんによりでフラット状態ですが
>生まれ変わり(出直し)を繰り返すうちに
スタート時点ではなく、現在の
「高山に暮らして居るも、谷底に暮らして居るも、同じ魂」ですから、
もしかしたら「魂は生まれ変わらない」のかもしれません。(笑)
(生まれ出てくる「魂」が同じであれば、「生まれ変わった」かどうか判りませんし、
「生まれ変わる」ことをあえて言う必要もないと思います。)
一般的には、輪廻転生=「魂の生まれ変わり」が親しまれてますし、
今も昔も多くの人が信じている事とは思いますけど、
みかぐらうたやおふでさきからは、はっきりと「生まれ変わり」を示唆する言葉はありません。
「出直し」という言葉も、「死んで生まれ変わり」という人が多いのですが、
一般的には、「やり直し」(顔を洗って出直してこい!)です。
子供可愛い一心のおやさまが、「心得違い」くらいで命を取るでしょうか?
疑問に感じています。
「〜の魂の生まれ変わり」というお話自体、「同じ魂」に矛盾します。
おやさまの教えは、どっちだと思いますか?
私も頭が混乱してきたじょ。 生まれ変わらないと 今度は「かしもの・かりもの」が説明できなくなっちゃうしな。
「徳」については スルーしちゃおっか?
・・・・というのは冗談で ちょっとロープブレイクしまつ。
生まれ変わりの明言されてますよw 明治四十年四月八日(陰暦二月二十六日)午前六時 ・・・前略 人間というは死すると言う。 生まれ更わり。 何年居たとて同じ事/\。 もうこれ暫くの処、どういう事も幾年間なる。 何年したらどうなる。 皆力を付けてある/\。 皆々よく差し入ってくれ/\。 略
もっとその思案に相応しいものとして。 明治二十年十二月九日 松田常蔵前の障り再願 さあ/\尋ねる。 一名一人心尋ねる理は、一名一人万人同じ事、一名聞き心にある。 何か聞いて居るであろ。 人間々々元が分かろまい。 世界中皆神の子供。 難儀さそう、困らそうという親はあるまい。 親あって子がある。 この理を聞け。 憎い可愛の隔て無い。 養育さしてもどのよな者もある。 同じ幾名の中、親の子、中に一つ隔てられる、隔てられる。 一名一人かりものによって仕られる。 多く子供隔て理は無い。 世上見て多く中の理を見れば、分からん事はない。同じかりもの、前々生まれ更わり、身に錆びる。 又生まれ更わり、同じ心通り身に現われて、見分け聞き分け。 人間同じかりもの知らす。 知らん。 世上鏡映してある。 分かる。 難儀不自由身上現われてある理を見る。 そこで長々あの身なら、たんのう無きにもあろまい。 それよりたんのう早く定め。誠心である。 身が不自由、たんのう、理はあるまい。 人間同じかりものなら、その身ならたんのう。 一寸早くいかなる理を取り直せ。
教祖としては ------------------------------------------------------------------------ 【おいしいと言うて】逸話篇132 「皆んなも、食べる時には、おいしい、おいしいと言うてやっておくれ。 人間に、おいしいと言うて食べてもろうたら、喜ばれた理で、今度は出世して、 生まれ替わる度毎に、人間の方へ近うなって来るのやで。」 ------------------------------------------------------------------------ 出直しだけでなく生まれ変わりも「あり」なんですよね。
>>593-594 いつもながらフットワークいいですね。
(おさしづの検索はやいですね。)
「徳」がある、ということは、おさしづの中では「理」の「こうのう」が鮮やかなこと。 どういうことか? 親神様のお働きが凄まじいこと? じゃ、逆に、神様に働いて頂くには? 01.007 かみがでてなにかいさいをとくならバ せかい一れつ心いさむる 01.008 いちれつにはやくたすけをいそぐから せかいの心いさめかゝりて 01.009 だん/\と心いさんてくるならバ せかいよのなかところはんじよ 01.010 このさきハかくらづとめのてをつけて みんなそろふてつとめまつなり 01.011 みなそろてはやくつとめをするならバ そばがいさめバ神もいさむる 元の理を聞かせて頂き、また、みんなに伝えること。 おたすけに出向くこと。 おつとめをすること。 兎に角勇んですること。 神様に勇んで頂くことは、徳を積む事に繋がる?なーんて思ったりもしますw
建築ひまなのか
>>598 この時間帯少し落ち着く。
どっかの大臣のせいにばかりは出来ないけど、ホント改悪法どうにかして欲しいは!
>>589 さん説明させて頂きます。
>>587 にて>「徳」を積む積む。すると魂が影響を受け「こうのう」へ。
の一文の冠に「現生で」とわたしが付け足せば良かったですね。
わかりにくい表現ですいませんでした。
えっと〜
>「〜の魂の生まれ変わり」というお話自体、「同じ魂」に矛盾します。
ですが「〜の魂(の)生まれ変わり」の文章で
(の)を(が)に変換してみてくださいませ。もしかしたら「同じ魂」になるかもしれません。
>>589 さん説明させて頂きます。
>子供可愛い一心のおやさまが、「心得違い」くらいで命を取るでしょうか?
------------------------------------------------------------------------
八ツ やつぱりしんじんせにやならん こゝろえちがひはでなほしや 六下り目
------------------------------------------------------------------------
ここでは「でなほし」=「心のリセット」と解釈してもいいと思ったりします。
天理教的には「生・死」という人生の節目を「生まれ変わり・出直し」と比喩される事が多いので
おやさまは「心得違い」なら「命をとる」
おやさまは「心得違い」なら「心をリセットするのが良い」
文章の意味は2つ発生してしまうかもしれませんね。
ただ、教祖が「心得違い」で「命をとる」のであれば
「心のほこりをはらうこと」
「いんねんを悟る事」
「たんのうの心を納める事」
等の教理を教えることはありえませんから、子供可愛い一心のおやさまは
「心得違い」くらいで命は『取らない』と考えたほうが私は自然かな?と思ったりします。
>>602 一緒にするな!っと言っておく。
比較的ウチは結構にさせて頂いてる方だ。有難いことに。(只今残業の休憩中w)
今回の法改正で、何件同業者(商売敵?)が倒産したことか・・・
ゴメン、スレ汚しましたm(_ _)m
>>601 こんな「おさしづ」も
明治二十二年八月七日(陰暦七月十一日)午前
西井徳重娘タツ三十四才身上願(京都元斯道会第一号周旋方娘)
さあ/\身上事情尋ねる/\。身上の事情尋ねる。
これよう聞いてくれねば分からん。
長らえて身上、どういう事を思やんすれど、分からん。
よう聞き分けねば分からんで。
人間生まれ更わり理を聞き分け。
そういう事はあろうかいな、と思う。
世界にある。
どんな者、親があって子があろ。
何人ある、皆可愛いが理である。
年を取る。
世界同し理である。
難儀するも不自由するも、皆心の理である。
ほんにな、理が分かるなら、速やかなものである。
何年年を経て、理が分からねば、同し日を通らねばならん。 ・・・※
これが実かいな、あたゑをやろうと言うても、嫌じゃ/\言うても、どうでも/\心の理によって与えると言う。
生まれ更わる→同し日を通らねばならん
ここから考えると、見えてくるものも。
何人ある、皆可愛いが理である ・・・とも仰ってます。
「世界同し理である。
難儀するも不自由するも、皆心の理である。
ほんにな、理が分かるなら、速やかなものである。」
また、最後の文章も何とも言えない気持ちになります。
>>604 そうですよね。
親神はみんな可愛いって事なんだと思います。
建築業者が難儀するのも倒産するのも、皆心の理である。 ほんにな、理が分かるなら、速やかなものである。 何年年を経て、理が分からねば、同し日を通らねばならん。 ・・・※ これが実かいな、あたゑをやろうと言うても、嫌じゃ/\言うても、どうでも/\心の理によって与えると言う。 味わい深いなw
>>606 茶化すなら、わざわざ書き込まなくても良いよw
「おさしづ」は、そのままが大切と思って、全文挙げてるんだから。
しかも中身は「生まれ更わり」の話
建築業者に恨みでもあるのかな?
個人的に話をしたいなら、他のスレ(初心者スレでも)に話題提供してくれれば、参加するよ?
>「おさしづ」は、そのままが大切と思って、全文挙げてるんだから。 基本の真似乙!w
建築業者も理が分からなければ、生まれ変わってもまた倒産するってことか。 なるほど。
>>608 真似のつもりはこれっぽっちも無いw
そうかい、似てるのか?
>>609 ま、それはそれで、その通りだろうけど、建築に限った事ではない。
只、他人(同業者)のことを、君みたいにそんな目で見るつもりはないよ?
自問自答で使う糧には成るだろうけど。
もし、君がそういう方に出会すなら、上手く導いてね。
勿論、今回の自分がそうだけど、世界は鏡だから、自分にもそう言い聞かせるつもり。
611 :
神も仏も名無しさん :2008/03/19(水) 11:40:44 ID:1t09CNyo
589です。
>>590-601 丁寧なご思案、ありがとうございます。
この場は、「徳」についての考察でしたね。
私が言いたかった事は、
「現世での修行(天理教なら「おつくし」「ひのきしん」等)で徳を積み、
来世は、結構な境遇に生まれ変われる。」
という思想は、
「現世で結構な暮らしをしている人は、前世での行いが良かった。」
=「現世での不幸(貧乏や障害・病気等)は、前世での行いが悪いからだ。」
という考えに帰結します。
身分社会は、支配者や富裕層(大社・高山)が自分たちに都合よく作った物ではなく、
「神様が作った物だから、修行して来世で幸せな人生を歩みなさい。」
という思想になってしまう危惧を感じています。
>>595 逸話編、、あやしい逸話(本当かな?)が多々あります。
「おやさまの着物の袖がモニターになっていて、世界中の様子が見られた。」
なんて、なんのことやら解りません(笑)
おやさまは、「ほんなんでもない百姓屋の女」なんですから。
612 :
神も仏も名無しさん :2008/03/19(水) 12:23:36 ID:1t09CNyo
589=611です。
>>593 >>594 >>604 おさしずの引用ありがとうございます。
「世間では「生まれ変わり」といわれて、身のさび(「難渋や病」と思案)が取れず、
何年経っても同じ事の繰り返しではないか、これを思案せよ。」
と、言っているように読み取れますが、いかがでしょうか?
まだまだ勉強不足の身なので、御指導頂けましたら幸いです。
611補足
おやさまの教えは、
「前世での罪を償いなさい」
という教えではなく、
「現世で皆が助け合って、生き甲斐のある楽しい社会を作りなさい」
という教えであると思案しますので、
「本人に責任のない前世や身分社会や差別思想や誤った思想を打破しなさい」
とお叱り頂いているように感じます。
>>612 「人間生まれ更わり理を聞き分け。
そういう事はあろうかいな、と思う。
世界にある。
どんな者、親があって子があろ。
何人ある、皆可愛いが理である。
年を取る。
世界同し理である。
難儀するも不自由するも、皆心の理である。
ほんにな、理が分かるなら、速やかなものである。
何年年を経て、理が分からねば、同し日を通らねばならん。
これが実かいな、あたゑをやろうと言うても、嫌じゃ/\言うても、どうでも/\心の理によって与えると言う。」
「人間生まれ更わりの道理を説明するからよく聞くように。
そんな生まれ変わりなんて(前生なんて)、あるのかな?なんて思うでしょ?
自分の廻りに表れてるよ。(※1)
どんな人でも、親が居るから子供として生まれてくる。
どんな親でも、子供は可愛いのが道理。
その親も子供も年を取っていく。
世間でも、みんな同じ道理。
苦しい想いをするのも、病んで辛いのも、みんな心から来ているというのが道理だよ。
本当にその道理が解れば、苦しい、辛い思いは、スッキリと御守護頂くのに。
どんどん年を取ろうとも、この道理が解らなければ、生まれ更わり、同じ人生を歩む。
そんなことをしてきたか、どれ、それに能う物をあげようと、嫌だと言ってもあげようと、心の道理にあげるものだ」
こんな感じかな?
※1の解釈は、「世界は鏡」から来てます。
>>594 のおさしづは、そういう「生まれ更わり」の道理を、よく考えて親心を捉え、仕方ないではなく、「たんのう」して欲しいと仰ってるのかと。
614 :
神も仏も名無しさん :2008/03/19(水) 13:52:30 ID:1t09CNyo
>>613 「人間生まれ更わりの道理を説明するからよく聞くように。
そんな生まれ変わりなんて(前生なんて)、あるのかな?なんて思うでしょ?
自分の廻りに表れてるよ。(※1)
どんな人でも、親が居るから子供として生まれてくる。
どんな親でも、子供は可愛いのが道理。
その親も子供も年を取っていく。
世間でも、みんな同じ道理。
苦しい想いをするのも、病んで辛いのも、みんな心から来ているというのが道理だよ。
本当にその道理が解れば、苦しい、辛い思いは、スッキリと御守護頂くのに。
どんどん年を取ろうとも、この道理が解らなければ、生まれ更わり、同じ人生を歩む。
そんなことをしてきたか、どれ、それに能う物をあげようと、嫌だと言ってもあげようと、心の道理にあげるものだ」
「魂」が生まれ変わるではなくて、親から子へ「命」が繋がっていく。
ということですね?
(「魂」が生まれ変わるなら、輪廻転生が信じられている時代ですから、言うまでもない)
差別や難渋や病気で苦しむのも、(人を倒して自分だけ得をしたい)心から来ている。
本心から助け合いの心になればそんな苦しみや難渋はなくなるのに、それが解らないから、
子供の時代にも同じ苦しみや難渋や病気の人生になる。
この社会の苦しみや難渋や病は、人の心が結果としてそのまま形になるものだ。
「個人救済の立場」か「社会救済の立場」かで、思案が分かれるのかな?
>>611-614 のみなさまへ
どうも私の
>>587 発言に問題があったようです。失礼しました。
いずれにしよ今の段階では「徳を積むと何かいいことがあるようだ」
と言う事で「徳」についてはひとまず保留とさせてくだちゃい。
同時進行で「ひのきしん」について掘り下げていきま〜す。
つまり 「ひのきしんって何?」 という事です。
617 :
神も仏も名無しさん :2008/03/19(水) 19:11:49 ID:rSO2LPHi
> 天理教だけの問題でなく > 地下鉄サリン事件1995年を境に「社会は宗教団体を警戒」する時代に入ってますから 仏教、神道、キリスト教は警戒されてないよ。 日本では今も寛容に掛け持ち信仰が行われている。 警戒されているのはカルト宗教と呼ばれるところですね。 当然これには天理教も含まれます。
>>614 >「魂」が生まれ変わるではなくて、親から子へ「命」が繋がっていく。
>ということですね?
答えを先に書けば、「それは違うでしょう。」となるかと。
今までの歴史で、十のうち九まで教えてきたとされ、最後の教え、元々の意味を教えるべく天降ったとされます。
ですから、素直な解釈、つまり >魂が生まれ更わる で、間違いはないかと。
「おさしづ」の前に、「みかぐらうた」、「おふでさき」があり、また、教祖さまの現身がおわす間にお教え下さってきました。
逸話編もその教えの一つです。
「おさしづ」の最初に、現身を隠される前の御言葉で、
さあ/\もう十分詰み切った。これまで何よの事も聞かせ置いたが、すっきり分からん。
と出ます。
つまり、「おさしづ」は解説みたいな位置付けでしょうか?
その後のあなたの思案は、「陽気暮らし」とは?に戻るので、もう少し掘り下げていきましょう。
>>615-616 三こすり半番長殿、少し勝手に話を進めてしまいスミマセンでした。
「徳」・「ひのきしん」の同時進行ですね?
おさしづは「こふき」 口記。 ダッヂ馬鹿とは違う。
>>619 私もしょちゅう脱線しますし。
ドンマイです。
【ちょっと脱線@番長】 ------------------------------------------------------------- 長生きペンギンの作り方。 ある水族館でとても長寿のペンギン達がいるそうです。 どのようにしたらそんなに長生きするのか? その秘密をTVでインタビューしていました。 「えさ」か「環境」か「愛情」か一体何?って感じで。 そしたら・・・ 「週に一度えさをやらない日を作ったんです。 そしたら良くわからないが みんな長生きし始めたんです。」 by 水族館の人 足し算ばかりでなく時には引き算もいいもんですね。
>>622 なんか糖尿病、生活習慣病が思い起こされますw
「腹八分目」 ってことわざがありますが これって一昔前の栄養状態と運動量でそうなんだよね。 今後このことわざも変えなきゃいけないかも。 現代の(職種によりますが)栄養状態と運動量なら 「腹七分目」かな。
ひのきしんについてですが・・ 「親神の思い」をどれだけ感じてどれだけ「行動」に『写す』かどうかであり また、個人の信仰の度合いにも大きく左右されるところかなって気もします。 果たして、考察する上でどのような切り口から入るのがいいのか と考えてたりしてます。
626 :
神も仏も名無しさん :2008/03/21(金) 11:45:31 ID:1/nErwS2
>>625 >果たして、考察する上でどのような切り口から入るのがいいのかと考えてたりしています。
こんな提案をいたします。
ひとことはなしハひのきしん
にほひばかりをかけておく 七下り目一ツ
ネットからの語りかけも「ひのきしん」であり、そして「にをいがけ」でもある。
という見解でよろしいのでしょうか?
627 :
神も仏も名無しさん :2008/03/21(金) 12:10:14 ID:2fLoVzQm
天理スレッド再生委員会のスレはどこへいっちゃったの? しばらくこれなかったら、無くなっていたから残念!
>>626 ネット配信によって興味を持つ方が出てくるという効果はあると思います。
それは良い方にも悪い方にも。
今の段階ではわかりませんが少し掘り下げてみますね。
>>626 において「みかぐらうた」(おつとめの地歌)を指摘頂きましたので
その他関係のある箇所を抽出してみました。
---------------------------------------------------------
@ (やむ)ほどつらいことハない わしもこれから「ひのきしん」
A ひとこと(はなし)ハ「ひのきしん」 にほひばかりをかけておく
B (ふうふ)そろうて「ひのきしん」 これがだいゝちものだねや
C みれバせかいがだんだんと (もつこになうて)「ひのきしん」
D (よく)をわすれて「ひのきしん」 これがだいゝちこえとなる
E なにか(めづらし)つちもちや これが「きしん」となるならバ
--------------------------------------------------------
※@〜Eは仮の整理番号
>>626 で指摘して頂いたことをAとさせて頂き掘り下げます。
仏教の教えに「無財七施」というのがあります。
つまり、人間は何ももっていなくとも、人に七つのものをあげることができるという事です。
1.眼施 (やさしいまなざし)
2.和顔悦色施 (にこやかな笑顔)
3.言辞施 (やさしい言葉)
4.身施 (自分の体を使って働く)
5.心施 (ありがとうといえる気持ち)
6.牀座施 (他人にをゆずる心)
7.房舎施 (一宿一飯の施し)
なぜ施しが必要なのか?というのは人によって解釈が分かれる所かと思いますすが
私が思うには、人間というものは上記の施しにより、結果として相手から
「ありがとう」って言われると嬉しく感じるように、最初から創られているのではないか?
と思ったりもします。またこれは他の動物と違い人間だけが持っている性質だと思います。
さて天理教的にA(はなし)は「ひのきしん」に関してですが やはり「笑顔」「まなざし」「肉声」などを含めて(はなし)がいい気がします。 ですから、ネット配信が「にをいがけ」に該当するか?に関しては やはりインパクトが弱い気もします。 また逸話編100【人を救けるのやで】において ------------------------------------------------------------------- 「あんたの救かったことを、人さんに真剣に話さして頂くのやで。」 ------------------------------------------------------------------ とありますので、この辺りからも天理教的な(はなし)は「ひのきしん」ということを 学べるのかもしれません。
631 :
神も仏も名無しさん :2008/03/21(金) 20:53:48 ID:J8WNLN9j
> ・「物」「金」の提供(寄付など)であれば・・・ > 「そんなもん。自分が借金してまで提供はできんわな。」 しかし、天理教では、教会長が要求するお供えの金額を満たすために、借金までして満たす信者がいます。 一般の人から見ればかなり奇異に見えます。
632 :
神も仏も名無しさん :2008/03/21(金) 21:11:39 ID:J8WNLN9j
股間様?
633 :
神も仏も名無しさん :2008/03/21(金) 22:51:00 ID:1/nErwS2
とある方より聞いた話。 交通事故で複雑骨折をしていた方にお見舞いに行き、その患者さんに「ひのきしん」の意義を伝えました。 以下はその時の会話の再現です。 とある人「・・・ですが、先生私はご覧のように動けません。」 先生 「動けなくても『ありがとう』と言えるじゃないですか。」 「病院の方にお礼を言ってますか?」 「家族の方に感謝をしていますか?」 「あなたの感謝の言葉が『ひのきしん』なんですよ。」 日々、感謝の気持ちからの行為、報じること。 言葉も含み、すべてが「ひのきしん」であると言えるのでしょうか? そう思いますと、日々生かされているのことに感謝することが常であるなら、 ネットで語る時も常の延長でありたいものだ・・・とは、一応思いつつもw
>>632 くにさづちのみこと。
人間身の内・・・・ w
>>628 @より
(やむ)ということは辛いことであるとされているのですが.
(やむ)事について少し掘り下げます。
風邪をひくなどして熱が出る場合。
においてこれを病気として捉えるのが普通だと思いますが
これは体の中で体に良くない物を排除している活動の状態であって
熱自体が悪いものではないと思います。
40度くらいまでは熱があっても身体部分は大丈夫だそうです。
(脳は別です。冷やしましょう。)
ここで「辛い」からといって
自分の判断で解熱剤などを用いて無理に熱を下げようとすると
せっかく健康に向かおうとしているのに
逆に歯止めをかけてしまう場合もあるようです。
結果として、熱がさがっても体内に不要なものが残ってしまう状態。
つまり、風邪をこじらせてしまう事にもなるようです。
ですから熱がでている状態は、体が健康に向かうように頑張ってくれている 「ありがたい」状態と捉える事もできるかもしれません。 ただ「辛い」ものではありますから・・ ゆっくり休んでもらったり、優しい声をかけてあげたり、心を気遣ってあげたりと してあげる事が良いと思います。 そして天理教的には 「おさづけ」を取り次がせて頂く事。がいいんだと思います。
637 :
代理人@S 2027 :2008/03/22(土) 11:12:36 ID:OA4RrGFF
番長さんへ お世話になりましたね。 また勝手に遊びにきます、とのことでしたよ。 勇んでスレを充実させて下さい^^
638 :
神も仏も名無しさん :2008/03/22(土) 13:41:36 ID:A5R8Zr/N
> 天理スレッド再生委員会のスレはどこへいっちゃったの? > しばらくこれなかったら、無くなっていたから残念! スレ主がルールを他人に押しつけてくるスレッドだったから堕スレじゃない。 スレ主は天理教の内部関係者だし。 > しかし、天理教では、教会長が要求するお供えの金額を満たすために、借金までして満たす信者がいます。 月に月の月収の100%を超えるお供えを信者に要求している。信者はどうやって生活しているのだ?
640 :
神も仏も名無しさん :2008/03/22(土) 23:11:15 ID:D85yUeta
↑ ID: A5R8Zr/N もそうなんだよね。 天理関連スレ、あちこち顔を出して憶測の批判カキコ。 まあ感心するわ。全くもって。
641 :
神も仏も名無しさん :2008/03/22(土) 23:14:46 ID:1y7b9k0o
>>640 恐らく。まあ例によって放っておく訳ですけど
最近いささか度が過ぎますね。連投とか。
>>637 代理人さんへ
濃密なスレでいろいろと学ばせて頂きました。
ありがとうです。
ちょっと脱線@番長 ------------------------------------------------------------- 時間の使い方について。 マザーテレサさんの話なんですが 「あなたが1時間アメリカやフランスの大統領と会談をすれば 多額の補助金を受けられるでしょう。 あなたはこんなところで看護をしている場合じゃなく、看護は後輩に任せて 世界の要人たちとなぜ会う事をしないんですか?」 と頻繁に言われたりしたそうです。
その時、マザーテレサさんは 「私は一人でも多くの人を看護したいんです。 時間が許されるのなら、二人目の看護がしたいんです。 もっと時間があれば三人目の看護がしたいんです。」 決して死に行く人を長生きさせるための看護でなく 「辛く、苦しい思いをした患者さんが、死を迎える時に 人間として命を与えてもらってよかった。 人の愛情や優しさに触れることが出来てよかった。 と思って死を迎えてもらいたいから、一人でも多くの人を看護したいんです。」 という内容のことをおっしゃったそうです。 命の素晴らしさ・大切さ・ありがたさについて、本当に考えさせられる 言葉だと思います。 また以下のような事もおっしゃってます。 ------------------------------------------------------------ 人間として一番不幸なことは、貧しさでも病気でもありません。 自分が誰からも必要とされてないと感じる事です。 by マザーテレサ -------------------------------------------------------------
645 :
神も仏も名無しさん :2008/03/24(月) 07:51:37 ID:dJTAyUac
天理教は誰かから必要とされてるのかね?
646 :
神も仏も名無しさん :2008/03/24(月) 11:19:13 ID:qsE1S2a7
614です。
>>618 さんから「間違っている」と言われて、思案してる間に違う話になってしまったようで(笑)
「徳」「ひのきしん」の同時進行ですか?
「ひのきしん」=「日の寄進」でよろしいでしょうか?(子供の頃からこう教えられてきました)
「寄進」=「神社や寺院に金銭や物品を寄付すること。」ですから、
「ひのきしん」=「毎日の寄付行為」と言えるのかもしれませんが、
(毎日、お小遣いの中から「ひのきしん」しなさい、と言われて育ちました)
しかし「おやさま」は「金銭や物品を寄付」することを求めていませんよね。
おやさまは、
「みんなが陽気に暮らせる社会」
「互いに助け合う社会」
「平等で生き甲斐のある社会」といった世の中の
建設に心を砕いていた(ひながたを示した)わけですから、
「そういう世の中をつくる為の気持ち、話し、行動」=「ひのきしん」
ではなかろうか、と思案しています。
647 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/03/24(月) 11:22:53 ID:XJpLRy3V
天理教というものは、人間が求めて出現したものではありません。 親神が、人間に必要だと、表に出て説いたのです。 「これからは世界の人はおかしがる」と、お筆先にあります。 「いつも笑われそしられて」と、御神楽歌にあります。 人には、要らないものと、認識されていれば、本当の天理教です。
648 :
神も仏も名無しさん :2008/03/24(月) 13:09:50 ID:2hYJGzfK
そうかねぇ、実は全部単なる妄想なんじゃないの?
649 :
神も仏も名無しさん :2008/03/24(月) 14:14:30 ID:qsE1S2a7
646 から続きます。 こういった「世の中」を建設する気持ち・話し・行為からすると、 「感謝の心」や「ご恩奉仕」は、残念ながら、その前段階の気持ちの現れと言えるのではないでしょうか。 「互いに助け合う世の中」の建設には、ややずれているような気がします。 勿論、「感謝の気持ち」や「ご恩奉仕」も人として大切な事ではありますが、 (現代人には欠けている人も多いようですが・・) 「感謝の気持ちを大切に」は天理教以外でも、以前からも言われてましたし・・ 「神様への感謝の気持ち」を「現金や物品」で寄附させるために、 「ひのきしん」という言葉が使われているのでは、、と懸念します。
650 :
神も仏も名無しさん :2008/03/24(月) 17:10:03 ID:GlZJRpf1
「ひのきしん」って、お手伝いなんかの事だよね?お金や品物の寄付じゃなくて、労働奉仕なんでしょ?
651 :
神も仏も名無しさん :2008/03/24(月) 17:19:15 ID:qsE1S2a7
649=646です。
>>650 天理教の信者さんにも、
「ひのきしん」=「日々の寄附、労働奉仕」
って考えの人が多いのが現実ですけど、
私は違うと思います。
今までの所「ひのきしん」について以下のようなご意見を頂いております。
>>633 >日々、感謝の気持ちからの行為、報じること。
>>646 >「そういう世の中をつくる為の気持ち、話し、行動」ではなかろうか
>>650 >お金や品物の寄付じゃなくて、労働奉仕なんでしょ?
これを踏まえながら更に掘り下げていきます。番長。
>>628 Bより(ふうふ)についてですが
正直なところ、非常に切り込みにくい部分だったりします。
・・・ということでスルーしたいのですが。
そうもいきませんので、私が思う(ふうふ)って事で。
結婚して3年間位は夫婦問題が発生しても愛情で納まる事も多いわけなんですが。 そのあたりを超えてくると、いろいろと難しいケースも発生するんだと思います。 その3年間の執行猶予期間(愛情で納まる期間)の間に 「あなたは私にとって必要な人だから」 って関係を作ってしまうのがいいかと思ったりもします。 あなたのお陰で私が生活できると考えたり 日常の些細な事でも「ありがとう」と口に出して気持ちを伝えてみたり 時には自分を磨くための最高の砥石を頂いていると考えたり と配偶者の欠点(足らない所)じゃなくて 長所(満たされている所)を見つけ出していく事を意識するのがいいかもしれません。 天理教的には「たんのうの心を納める事」ってところでしょうか。 そういったプロセスを経てから(ふうふ)そろうて「ひのきしん」になるとは思うんですが。
655 :
神も仏も名無しさん :2008/03/24(月) 19:50:31 ID:qsE1S2a7
>>654 「この世の地と天から型取りて、ふうふを拵えきたるでな」ですから、
(理想論かもしれませんが)互いに相手の存在がなければ成り立たない存在であって欲しいと思います。
とはいえ、番長さんが仰るように、愛情でカバーできる期間はわずか(3年でも凄いと思いますw)
ですから、残りの期間は共通の目的のために補い合う事になると思います。
(大抵は「子育て」「生活のため」、一部は共通の趣味や気が合うとか。。)
二人で協力して人生を楽しむための共通の目的
それが、「ひのきしん」ではないかと思案します。
他人に喜んでもらう、感謝される、信頼され尊敬され見本とされる「ふうふ」
そういう「ふうふ」のあり方を目指すための二人の呼吸が合うまでが「たんのう」
雄松雌松にへだてはなくても、役割は違うのですから、それを補い合って、
「ふうふ」で「ひのきしん」に励むことが第一なのではないかと。。
だから「ひのきしん」が単なる「寄附や奉仕活動」では意味がないと思案します。
皆様のご意見をお待ちしています。
私が昔「おぢばがえり」させてもらった時に 詰所(宿舎)の一室で「老夫婦」と私の3人でいた時のことなんですが その時、たまたま奥さんの体調が悪かったらしく 「おとうさん。調子が悪いからおさづけして〜♪」となったわけです。 正直私はその時迷いました。 @一緒にその場でお祈りする。 A夫婦二人っきり状態にしてあげる。 果たしてどちらが親切なのか。私はこの状況でどうふるまえばいいのか。 私はこの状況をどう乗り越えればいいのだろうか?教えて神さまって感じで。 結局・・ 私は用事があるふりをして部屋の外に出たわけなんですが。 まあいずれにしよ、そういう夫婦のあり方も天理教的には「あり」だと思いまーす。
657 :
神も仏も名無しさん :2008/03/24(月) 22:57:14 ID:6oQqvbSc
> 644 名前: 三こすり半番長 ◆HugHugKPVU [sage] 投稿日: 2008/03/23(日) 19:41:43 ID:Q+Bk9MjQ > その時、マザーテレサさんは > > 「私は一人でも多くの人を看護したいんです。 > 時間が許されるのなら、二人目の看護がしたいんです。 > もっと時間があれば三人目の看護がしたいんです。」 > > 決して死に行く人を長生きさせるための看護でなく > > 「辛く、苦しい思いをした患者さんが、死を迎える時に > 人間として命を与えてもらってよかった。 > 人の愛情や優しさに触れることが出来てよかった。 > と思って死を迎えてもらいたいから、一人でも多くの人を看護したいんです。」 > > という内容のことをおっしゃったそうです。 > > > 命の素晴らしさ・大切さ・ありがたさについて、本当に考えさせられる > 言葉だと思います。 > > > また以下のような事もおっしゃってます。 > ------------------------------------------------------------ > 人間として一番不幸なことは、貧しさでも病気でもありません。 > 自分が誰からも必要とされてないと感じる事です。 > > by マザーテレサ > ------------------------------------------------------------- マザー・テレサの話を書いても、天理教の印象はよくならない。 マザー・テレサの思想と、現代天理教の思想は相容れないものだからです。
ちょっと脱線@番長 ------------------------------------------------------------- こんな事言っていたお医者さんがいました。 「体の事ってどうしても 取り入れること(食べ物や薬)に目が行くんだけど 私は日光にあたる機会を増やして、出すこと(排泄や運動する事) に目を向けた方が効果的だと思ってるんです。 医者の私が言うのもなんですが・・・」 また 「人間にはもともと回復しようとする素晴らしい能力 (恒常性・ホメオスタシス)があるんです。 私は薬を出すことでその回復する能力を妨げたくないがために 少々の疾患では薬を出さないことにしてるんです。 でもそうすると・・・。 薬も出さないヤブ医者だ。とか言って 患者さんが怒ってこなくなっちゃう場合があったりするんですよ。」 とおっしゃっていたのが非常に興味深かったりしました。
>>628 Cより(もつこになうて)って事ですが
もつこ=「も(持)ちこ(籠)」(土砂や農産物を入れて運ぶ入れ物)。
この辺は「ひのきしん」という比喩表現の代表的なところかと思います。
つまり「体を動かして何かさせて頂こう!」というところでしょうか。
できれば
体って・・・
神さまからお借りしてるものだから
神さまからお与え頂いているものだから
やっぱ神さまに・人さまに役立つように使わせて頂こうかな。
と「自発的」に行われるものであるのが一番いいとは思いますが。
そこに至るまでのあいだに『かしもの・かりものを知る事』から始めるのが
もしかして大事なのかもしれません。
660 :
神も仏も名無しさん :2008/03/25(火) 22:07:33 ID:H5+Vf+zs
661 :
神も仏も名無しさん :2008/03/26(水) 01:51:01 ID:ZvE4UREj
何で真面目に生きてる人がドキュンに惨殺されるんですか? いきなりストーカーされて殺される人もいます。 この世は理不尽です。
662 :
神も仏も名無しさん :2008/03/26(水) 10:13:50 ID:PfkOc2uK
>>646 のいう「ひのきしん」がもっともおやさまのしそうにちかいとおもいます。
今の「ひのきしん」は天理教組織のための奉仕活動になっていると思います。
663 :
神も仏も名無しさん :2008/03/26(水) 11:01:48 ID:HnhqOPsB
社会奉仕活動の公園清掃 海岸清掃 河川敷清掃 など他にも多数、清掃ひのきしんが在るのを知らないの? 後、災害現場に行く、ひのきしん隊も在るよ。 貴方、行った事が無いでしょう?
664 :
神も仏も名無しさん :2008/03/26(水) 11:29:13 ID:HnhqOPsB
>>662 個人が行う、社会奉仕活動(ボランティア活動)、ひのきしんの一貫だと教えて貰っているはずですよ?(天理教信者は、全員、日々の生活で実行してますよ)
貴方は、そんな事も知らないの?
もしかして、天理教信者ではないんじゃ?
665 :
神も仏も名無しさん :2008/03/26(水) 12:14:35 ID:QbEB92nT
646です。
>>662 さん、ご賛同ありがとうございます。
あなたのご意見をお聞かせ頂きたいと思います。
>>663 さん、どなたに対するご質問ですか?
私は、そういった「清掃ひのきしん」には何度も参加してます。
自分で災害現場に行く事はできませんが、行かれる人の支援はしています。
これも、「皆が助け合って明るく生活できる社会」作りの一部にはなるかな?
との思案からです。
あなたは、どういう思案で行かれているのですか?
666 :
神も仏も名無しさん :2008/03/26(水) 12:33:40 ID:QbEB92nT
646=665です。
>>663 ・
>>664 さん、
失礼しました。
>個人が行う、社会奉仕活動(ボランティア活動)、ひのきしんの一貫だと教えて貰っている
とのことですね。
「一環」ではなくて「一貫」ということは、
「ひのきしんは社会奉仕活動だ」と教わっているわけですね?
それで社会奉仕活動をされることは、それはそれで素晴らしい事だと思います。
では、みかぐらうたやおふでさきにある
「難渋をすくい上げる」や「人を助ける心」等は、
どのようにお考えですか?あなたのご思案をお聞かせ下さい。
667 :
神も仏も名無しさん :2008/03/26(水) 13:11:19 ID:HnhqOPsB
>>666 一環の漢字を使ったほうが正解でしたね。
失礼しました。
真下に付けたレスは、上に対してのレスです。
アンカーの付け忘れです。
>「難渋をすくい上げる」
はお助けですね(おさづけ)。
>「人を助ける心」
は、ひのきしんですね。
お供えも、ひのきしんの一環(笑)ですが、私の通う(所属)系統では、お供え=ひのきしんとは、使いません。
668 :
神も仏も名無しさん :2008/03/26(水) 13:14:44 ID:HnhqOPsB
669 :
神も仏も名無しさん :2008/03/26(水) 14:09:05 ID:HnhqOPsB
>>665 >どういう思案で行かれているのですか?
何も考え無しで、自然に行く事も在れば、社会に役立つかな?と考えたり、感謝を態度で示そうと思ったり、区々ですね。
670 :
神も仏も名無しさん :2008/03/26(水) 16:29:13 ID:QbEB92nT
666です。
>>667-
>>669 レスありがとうございます。
あなたが教えてもらってる「ひのきしん」を纏めますと、
社会奉仕活動=ひのきしん
人を助ける心=ひのきしん
社会に役立つかな?=ひのきしん
感謝を態度で示す=ひのきしん
お供え=あまり「ひのきしん」とは使わない
ですか?
さらに、
>>662 さんが言った、
>今の「ひのきしん」は天理教組織のための奉仕活動になっていると思います。
これに対して「天理教信者ではないんじゃ?」と言うわけですから、
さらに、
天理教組織のための奉仕活動=ひのきしん
という風に教えて頂いているわけですね?
修正がありましたらご指摘下さい。
671 :
神も仏も名無しさん :2008/03/26(水) 17:27:20 ID:PfkOc2uK
>>663 > 社会奉仕活動の公園清掃
休日を公園でまったり過ごしたいのに、天理教の奴らが大量に押しかけてきて、清掃作業を始める。
空気を読んで欲しい。
672 :
神も仏も名無しさん :2008/03/26(水) 18:26:11 ID:HnhqOPsB
>>670 天理教組織への奉仕活動は神様の御用(教会や本部の御用)=ひのきしん→○
天理教教団は親神様の理念を実現するために在る。
理念を実現するための御用も、ひのきしんに該当すると思います。
でも、心の籠って無いひのきしんは、駄目ですね。
673 :
神も仏も名無しさん :2008/03/26(水) 19:43:00 ID:QbEB92nT
>>672 そうですね。
では、
「理念を実現するためじゃないご用」や
「(ひのきしんを)しなさいと言う側に心が籠もっていない」としたら、
×でよろしいでしょうか?
674 :
神も仏も名無しさん :2008/03/26(水) 22:15:41 ID:HnhqOPsB
>>673 >「理念を実現するためじゃないご用」
心に余裕がある時と、無い時では対処は違いますね。
喜べ無い時は、角の立たない様に断ります。→×
又、心に感謝や喜びが在る時は、→○
>「(ひのきしんを)しなさいと言う側に心が籠もっていない」
この場合は、神様の御用なら、問題は無いと思いますよ。→○
675 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/03/27(木) 11:31:35 ID:ujvlT53P
ひのきしんは、人に言われてするものではないし、当然人にしろというのは、理の間違いです。
676 :
神も仏も名無しさん :2008/03/27(木) 15:44:32 ID:jz6JsBKG
>>675 それ、教会本部や全国の部下や信者を持つ教会に言ってあげて下さい。
しかし、そのが、ID:HnhqOPsBさんが導こうとしていた結論と思われ(笑)
677 :
神も仏も名無しさん :2008/03/27(木) 16:08:04 ID:jz6JsBKG
>>676 訂正
しかし、それが、ID:QbEB92nT さんが〜
678 :
神も仏も名無しさん :2008/03/27(木) 20:18:05 ID:CV0LTM9k
>>674 です
喜べ無い時は、角の立たない様に断ります。→×
と書きましたが、この×は、私は、やらないの×ですから(笑)
勘違いしないでね。
ここまでのところ 「ボランティア」は単なる社会奉仕作業と考えられやすいのですが 時代と共に意味合いが変化しているのではないか?と考えます。 現代なら「自発性・無償性・利他性」に基づく活動というところでしょうか? (災害)ボランティア (清掃)ボランティア などは天理教でいうところの「ひのきしん」と共通項が多いと思います。 他にも (支援)ボランティア (有償)ボランティア (セックス)ボランティア など様々なボランティアがあるようです。 それを踏まえながら「ひのきしん」について更に掘り下げさせて頂きます。
久しぶりに書かせて頂きます。
>>628 ,635
>@(やむ)ほどつらいことハない わしもこれから「ひのきしん」
番長殿、この事をもう少し掘り下げても良いと思います。
「かしもの・かりもの」の大事なところだと存じます。
咽元過ぎれば熱さ忘れる・・・
たかが風邪だからと、単純に考えていたところが、思わぬ病気の引き金に・・・
親神の十全の御守護を忘れ、いずれは治るものと思う気持ちがある内は、同じことの繰り返し。
02.007 なにゝてもやまいいたみハさらになし 神のせきこみてびきなるそや
12.023 にんけんハあざないものであるからに 月日する事しりたものなし
解ってるつもりでも、実際にお手入れ戴いて、病気にならなければその事に心が向かないのも人間。
皆さん、風邪をひき、熱が出た経験はおありでしょう?
記憶のある最初の経験をいつしたのか、また、どんな気持ちだったか覚えてらっしゃるでしょうか?
でも、御守護戴いてるから、こうしてまた普通に暮らしていられるわけです。
病を戴いて初めて解るようでは、信仰ない方と同じだろうけど、それでも人間だから仕方ないとも言えますよねw
生かされてることへの喜び、この心が働かなければ、日の寄進は有り得ないと思います。
>>680 ひのきしんに至る動機としては最も重要なところかもしれません
>>628 Dより(よく)をわすれてって事ですが
やはり「よくのほこり」抜きでは語れない気もします。
-------------------------------------------------------------------------------------
【よくのほこり】
人の物を盗み、人の物を取り込み、人を騙して利をかすめ、人の目を盗んで枡目秤目尺目をかすめ
女に迷い、男に狂い、色に耽るは色欲、人の物をただ我が身につけるは強欲
これは皆ほこりであります。
------------------------------------------------------------------------------------
このあたりから
(よく)が「自分に取り込む事ばかり考える事」(※ほこりにならない欲もあるが)であるのなら
ひのきしんは、(よく)のほこりと真逆の意味をもつのかもしれません。
強い立場の人(成果を出した。賞賛された。組織で上位になった。物質的な成功者。) に、なぜだか芽生えてくる心の一つに「自己顕示欲」があると思います。 またそれは克服していくのが非常に困難であったりするかもしれません。 「自己顕示欲」 自分これだけすごいんだと示したい。 高い立場から物質的に支配したい。 ってところでしょうか。 過去に 人の心はお金で買える 金を持っているやつが偉い 女はお金についてくる などの発言をした人もいましたが 「自己顕示欲」が身にこびりついてしまうと せっかくの才能や立場があって物質社会の成功者であったのに やがて足元をすくわれそっぽを向かれてしまう結果になる場合がある。 と思ったりもします。 そういった事を回避する方法の一つとして 天理教的には「ひのきしん」という方法があるのかもしれません。
ちょっと脱線@番長 ---------------------------------------------- 仏教に「随喜(ずいき)功徳(くどく)」という教えがあります。 「あなたの幸せを私の幸せのように喜ぶ事で私は徳を積ませて頂ける」 という事のようです。 努力も頑張りもいらない。 ただ他の人の幸せを一緒に喜んであげるだけでいい。 (嫉妬心と逆の心の使い方というところでしょうか。) それだけで「徳」が積めるなんて ほんとありがたい教えだったりするかもしれません。
685 :
神も仏も名無しさん :2008/03/28(金) 09:54:19 ID:RPxynPQC
> ちょっと脱線@番長 > ---------------------------------------------- > 仏教に「随喜(ずいき)功徳(くどく)」という教えがあります。 > > 「あなたの幸せを私の幸せのように喜ぶ事で私は徳を積ませて頂ける」 > > という事のようです。 > > 努力も頑張りもいらない。 > ただ他の人の幸せを一緒に喜んであげるだけでいい。 > (嫉妬心と逆の心の使い方というところでしょうか。) > > それだけで「徳」が積めるなんて > ほんとありがたい教えだったりするかもしれません。 番長氏を責めるわけじゃないけど、 仏教の話であり、これによって天理教が素晴らしいわけではない。 天理教組織は、仏教を見習って人を傷つけるのをやめて欲しいものです。
686 :
神も仏も名無しさん :2008/03/28(金) 12:04:24 ID:4pDO7XwX
655です。 「ひのきしん」について多種の思案が出されているようですので、 私個人の思案を述べさせて頂きます。 「かしもの・かりもの」と結びつけた「ご恩奉仕=ひのきしん」は、 「マイナスを精算するための返済をしなさい。」という教えになります。 この考えだけが「ひのきしん」であると教えると、 人間は死ぬまでマイナスを精算するために「ひのきしん」を続け、 「皆が平等で、互いに助け合う明るく楽しい社会をつくる」という プラスの発想は陰を潜めてしまいます。 また、現実に「ご恩奉仕のひのきしん」だけを信者に強要し、 一方的にお供えやおつくしを続けさせている教会も存在します。 お助けの現場では、現実に事情身上で悩んでいる人に、 「世界助けのために働きなさい」と言っても、 「自分の事で精一杯なのに、そんな余裕はありません」 と返ってくるでしょうから、 「まずは(マイナスを精算する)ご恩奉仕のひのきしん」をしなさい。 という教えはあり得る事ではないかと思います。 (これにしても、「現金をお供えしなさい」とか「全財産を投げ打って住み込みなさい」等が間違っている事は言うまでもないでしょう) しかし、天理教を信じる者として、 「ひのきしん」は「世界助けのために働く(話す・考える・行動する)事」という認識を無くしては、 人間にとして喜びや生き甲斐はいつまで経っても見いだす事ができず、 おやさまの教えて下さった「神の望み」=「陽気暮らしの世界」に 近づく事すらできず、逆に遠ざかる一方なのではないかと愚考する次第です。
>>686 ま、そこまで気負う必要はないと思いますよ。
日常生活を通しての悟りを深めておくことで以って、「ひとことはなしはひのきしん」よろしく、周りを感化できるようになれるものです!
腹から出る言葉には強い感化力が宿されていることを実感なさった経験がおありではないでしょうか?
>自分の事で精一杯なのに、そんな余裕はありません
・・・・こういった方々であっても、日常生活を通しての悟りでもって周囲に大きな貢献を知らず知らずのうちに成せるようになれたならば、まさに一挙両得。
これぞ陽気暮らしへの最短距離にして王道だと私は考えている次第です。
「天理教って、一体どんなものなのですか?」という質問あらば、
「とにかく私を見ていてください。しからば天理教とはいかなるものかが肌で理解できるものと信じます」と即答できるようになれる信者へと成人してほしい。
これが、修養科修了にあたっての、一期講師の先生の我々に送る贐(はなむけ)の言葉でもあったものです。
さまざまなご意見ありがとうございます。
さて
>>628 Eより(めづらしつちもちや)に関連して
「何処」でひのきしんを行うのか?に着目してみます。
私は親神さま(教祖)に対し(やしき)で(つちもち)を行うというのが
そもそもの由来だと思います。またそれは(めづらしつちもち)である。
現代では「修養科」でたねを蒔く事(ひのきしんに励む事)が
方法の一つだと思います。
またそれに関連したお歌として
-------------------------------------------------
(やしき)ハかみのでんぢやで まいたるたねハみなはへる
--------------------------------------------------
というところからも
心の方向がぢばに向かっているのだと思います。
ここまでのところ
>>628 @〜Eにおいて「ひのきしん」に至る信仰的なプロセスを中心に
みかぐらうたを参考にして掘り下げてきました。
「ひのきしん」に至るプロセスは様々なものがあるとおもいます。
また人によって様々な形で「実践」されていくのだと思います。
このスレ上でも様々なご意見を頂いておりますが私としては
「信仰を続けていく中で
ありがたいから何かさせて頂こうという行動が
ひのきしんである。」
とひとまず結論づける事にいたします。以下参照
---------------------------------------------------------------------
日々常々、何事につけ、親神の恵を切に身に感じる時、感謝の喜びは、
自らその態度や行為にあらわれる。これを、ひのきしんと教えられる。
ひのきしんは、信仰に燃える喜びの現れで、その姿は、千種万態である。
必ずしも、土持だけに限らない。
【天理教教典】第八章 道すがら
--------------------------------------------------------------------
ここまでのところで おやさまは、金銭や物品を寄付することを求めていないから それはひのきしんなのかどうか? という意見がありましたが 「ありがたいからさせて頂こう」と個人が自発的に寄付行為(お金等の提供)をする のであればおやさまがお金を求めていなくても「ひのきしん」に該当すると思います。
>>689 五ッ いつ/\までもつちもちや
まだあるならバわしもゆこ
五ッ いついつまでも土持や
まだ有るならばわしも行こ
特に勇む心が大切ですね。
因みに、「おさしづ」の中で「ひのきしん」の下りでは、以下のような節があります。
・・・
事情の理によって身上に迫り切る。のっけという、最初という、掛かりという。
余儀無き事情に運んで、まあちよい/\との続き/\、事情は大抵の事やない。
一寸その理は受け取る。
たすけとても一日なりともひのきしん、一つの心を楽しみ。
たすけふしぎふしん、真実の心を受け取るためのふしぎふしん。
のっけから大層な事してはどんならん。
一寸言わば日覆してあるようなものや。
・・・
(明治二十三年六月十五日(陰暦四月二十八日)午後八時三十分)
毎日、ちょっとした事で良いから、続けられる事をやっていくのが大切と。
>>691 >毎日、ちょっとした事で良いから、続けられる事
私事ですが。
以前「物事を成し遂げるのは2つコツがある」って
ある人から教わった事があります。
↓
↓
それは
↓
↓
コツが2つで『コツコツ』すること。
毎日の生活の中で小さな事を
コツコツと続けるのは本当に大切な事だと私も思います。
693 :
神も仏も名無しさん :2008/03/29(土) 22:39:25 ID:7QtTly1+
宗教は全てアヘンと中国共産党では答える、天理教も中国へ進出してはと思う 13億人の人民が居る中国で何人の信者が出来るかな。
694 :
神も仏も名無しさん :2008/03/29(土) 23:05:50 ID:oElTLW/E
にほいがけで中国へ行くなら、もう二度と帰ってこんといて〜な。 汚染された体で、日本に毒気をまき散らすだけやさかいに。 中国も大事かもしれんが、日本のほうがよっぽど大事やで。 北京オリンピックにしても、日本人は、ただ利用されるだけ。 日本人はお金落としてくれる、中国人がっぽがっぽ儲かるだけ。 日本人が考えるような考えは持ってない。そこんところ認識しな、あかんよ〜 日本人はもうすでに騙されてるし
695 :
神も仏も名無しさん :2008/03/29(土) 23:12:17 ID:XcLIyyI+
>>686 > お助けの現場では、現実に事情身上で悩んでいる人に、
> 「世界助けのために働きなさい」と言っても、
> 「自分の事で精一杯なのに、そんな余裕はありません」
> と返ってくるでしょうから、
これが分かっていない天理教信者が多いです。こういう人は周囲から避けられています。
そしてその原因を本人が自覚することはありません。
「ひのきしん」は事情身上が解決してからでよいかと。
696 :
神も仏も名無しさん :2008/03/29(土) 23:18:35 ID:oElTLW/E
ほんでも、どうしても、中国へのにほいがけしたいゆうなら、 あなた自身が犠牲になっても 構わないというくらいでないと あかんで〜 そして日本に細菌を持ち帰るようなことはしたらあきまへんで〜 あなたは、中国の実体ほんまに理解しとるんかいな ?
697 :
神も仏も名無しさん :2008/03/29(土) 23:33:44 ID:XcLIyyI+
⊂⊃ ⊂⌒⊃ ⊂⊃ ゛~ ⊂⌒⊃ ~ ゛ /⌒\ /~⌒"'\ /⌒\/ ヾ\ /⌒⌒ヾ⌒/ " ヾ\_ "" \ " ヾ〜" ゛" " / \ ゞ / \ ノンダ゙ゴルァァ. / 天理本部温泉 \ ∫∫∬ ワ ∬∬ ぃぃゅだょぅ. | 泉質:貧脳ウイルス培養| __ .∧ ∧η".∧∧.________|効能:低脳化促進 |__ ○.(*゚Д゚*) (゚ω゚*). ゚ ヾ |______ | ( )~〜~ ゞ〜~ 。~" 〜" ⌒ヾ〜 || 〜" ⊂~〜⊃ゞ。 ゚ "〜 ヾ..〜~ ゚。ヾ〜ゞ ~~ 〜"~~〜
ここまでのところで一般的に「天理教」と表現される場合 @教祖から教えて頂いた事の全般 A宗教法人天理教という組織全般 と2つの意味合いがあると思いますので どちらの立場をとるのかにより答え方は若干変ってくる気がします。
今の「ひのきしん」は天理教組織のための奉仕活動になっている という意見がありましたが@の立場をとらせて頂きますと 自らが信仰的にありがたいからという理由で自発的に行うのであれば 天理教組織に対する行為でも 対社会的(天理教組織以外)に対する行為でも 「ひのきしん」に変りはないのではないと思ったりもします。
また
>>690 にて
ありがたいからさせて頂こう」と個人が自発的に寄付行為(お金等の提供)をする
のであればおやさまがお金を求めていなくても「ひのきしん」に該当すると思います。
に
>>698 Aを踏まえ若干付け加えさせて頂きますが
組織運営の上から(心より賛同してないが・立場上しょうがないので)金銭提供をした場合に
信仰的には「ひのきしん」に該当しないけれども法的には「寄付行為」として成立している。
わけです。
すると仮に金銭的なトラブルが発生した場合 また宗教法人は寄付金に対しての返還要求があってもその義務はない。 というのが宗教法人天理教として捉えた時の解釈になるとおもいますので、 (理由はどうであれ)提供した側が法的には弱い立場になる場合が多いと思います。 ですから「ひのきしん」にて「金銭の提供」をさせてもらう場合には そのあたりも充分にふまえ、無理のないところで気持ちよくさせてもらえるように それに至るプロセスをしっかりと学ぶ事が大事かと思ったりします。
>>699 を訂正(カッコ)はいらなかったです。失礼しました。
天理教組織に対する行為でも
対社会的(天理教組織以外)に対する行為でも
「ひのきしん」に変りはない(のではない)と思ったりもします。
703 :
神も仏も名無しさん :2008/03/30(日) 08:10:05 ID:LVjnDyVj
>>701 現在横行している詐欺まがいによるお供えの強制を受けても、残念ながら天理教に返還させることが出来ないです。
また、間違ったお供え集めを素直に認め、返還に応じる教会長も少ないでしょう。
このようなお供えの強要には、毅然として拒否する姿勢を信者が取るべきだと思います。
組織としても、このようなお供えの強要禁止やノルマの撤廃を勧めることが必要だと、三こすりさんは思いませんか?
704 :
神も仏も名無しさん :2008/03/30(日) 09:55:42 ID:bH2Pdml5
705 :
神も仏も名無しさん :2008/03/30(日) 10:53:50 ID:6El1N7uS
中国で天理教を広めようとにほいがけするなら、即政府に捕まって、 生命の危険を感じるほどのリンチに遭うことだろう。いや逝ってしまうかもしれない。 そういう中国の思想や国の体制を頭に入れていますか?
706 :
神も仏も名無しさん :2008/03/30(日) 11:28:48 ID:bH2Pdml5
>>705 >中国で天理教を広めようとにほいがけするなら、即政府に捕まって、
>生命の危険を感じるほどのリンチに遭うことだろう。いや逝ってしまうかもしれない。
それは良いことです。天理の消滅は祝いでしょう。
悪が悪を滅ぼすだけw
707 :
神も仏も名無しさん :2008/03/30(日) 11:56:35 ID:LVjnDyVj
>>704 リンクのサイトより
> <略奪の正当化に行き着く、恐るべき「自己正当化」の理論>
> ・いいことはすべて自分のおかげであり、悪いことはすべて他人のせいにするという、
中国人のすりかえ論法の例は枚挙にいとまがない。
たとえば、中国の文化人、知識人がよく主張しているのは、
「経済大国日本が今日あるのは、戦争で中国人を搾取・略奪した財産のおかげである」というもので、
日本人の戦後の努力は一切認めない。
まるで 「天 理 教」 だな。
708 :
神も仏も名無しさん :2008/03/30(日) 12:14:50 ID:6El1N7uS
日本人が中国本土のレストランで食事しようものなら、厨房では痰やツバを料理に入れたり、 ゴキブリを刻んで入れたり、ひどいときには男性の精子を入れたりする。 彼らの半日感情はハンパではない!そういうことも念頭に置いてにほいがけしたほうがいい。
709 :
神も仏も名無しさん :2008/03/30(日) 12:16:36 ID:6El1N7uS
中国へ旅行に行く人の気が知れない・・・
>>703 私は距離感を保ちながら
まったりと信仰していたいタイプなものでして・・・
組織の事は組織の人にお任せです
当スレのメインテーマの答えを導きだすために ここまでのところ以下について触れさせて頂いております。 --------------------------------------------- 『いんねんを悟る事』 「いんねん」に「魂」の状態を見る事が出来るようだ。 『ほこりをぬぐう事』 「心」は我がの理であるから「八つのほこり」を積みやすく 「魂」に影響を与えているようだ。 『たんのうの心を納める事』 「心」に影響され「魂」が「元のいんねん」に向かい始めるようだ。 『かしもの・かりものを知る事』 人は「身体」「心」「魂」で創造されていて 「身体」は神さまによるものだが自分の「心」にも大きく影響されるようだ。 『親神の思いを知る事』 人は親神によって創造されたようだ。陽気ぐらしを共に楽しみたいから。 『ひのきしんに勇む事』 ありがたいから何かさせて頂こうと行動に「写る」ようだ。 ※「徳」については少々お待ち下さいませ。 --------------------------------------------- ということで次の「お題」を模索中だったりします。
712 :
神も仏も名無しさん :2008/03/31(月) 23:47:08 ID:aFKsND5k
>>711 >「徳」については少々お待ち下さいませ。
愚説はもういらんよ。
ほんと失礼しました。 私も途中で何書いてんだか?わかんなくなってしまいまして・・・。
ということで・・・ 天理教の信仰の実践方法の一つとして「さづけ」というのがありまして その辺りを掘り下げて行こうと思いますが その前に「よふぼく」というところから切り込んでみようと思います。
つまり 「よふぼくって何?」 って事です。
716 :
神も仏も名無しさん :2008/04/01(火) 20:48:39 ID:jz32tyAe
>>715 >「よふぼくって何?」
みかぐらうたには、「だいく」「とうりょう」も出てきます。
いずれも教えの中では重要な役割を担う立場だとは思いますが、
おやさまの教えに集う人たちを
「ようぼく」「だいく」「とうりょう」と分けたのはどういうことでしょうか?
できましたら、一緒に考えていただけませんか?
717 :
神も仏も名無しさん :2008/04/01(火) 23:59:48 ID:Yf1eVpBh
幼木は神人間になる候補。 大工はそれを削ったり組立てる神人間。 棟梁はその神人文明を先導してゆく指揮者。 だったのではないかな。 今私達が体験している文明は唐人文明。 将来、世界は甘露台一条文明へと建て替わるのではないか? その時必要なのが、ようぼく、だいく、とうりょうと呼ばれる人達ではないか? 本部に、未だその人達が登場していないように思われるのは何故だか知らないが?
718 :
神も仏も名無しさん :2008/04/02(水) 10:23:24 ID:Q2LcOt+C
綺麗事を並べても無駄。 悪い因縁があると言って信者を不安にさせ、高額な寄附をさせているのだから。
719 :
神も仏も名無しさん :2008/04/02(水) 17:44:52 ID:IdEvDUgu
教会本部の解釈と中国政府の発表は大本営と同じぐらいウソッパチだという事でしょうか。
>>716 たしかに「みかぐらうた」にでてきますね。
「だいく」
「うかがい」に対して「おさしづ」を取り次がれた
飯降伊蔵さん(本席さま)を示されていたのでしょうか。
「とうりやう」
具体的に誰かというのはわかりませんが
(あらき)(こざいく)(たてまえ)(かんな)などあったのでしょうか。
なぜ役割が分けてあったかどうか?私もわからなかったりします。
721 :
神も仏も名無しさん :2008/04/02(水) 20:22:11 ID:IdEvDUgu
神様は今の構造、今のメンバーとは違ったお地場を想定しているんじゃないかな?
722 :
神も仏も名無しさん :2008/04/02(水) 21:24:17 ID:Q2LcOt+C
左様。本部の言っていることは嘘で綺麗事。
組織のあり方は私にはよくわかりませんが・・・ いずれにしよ よふきぐらし普請へ向かう為の用材・人材として 「よふぼく」という事なんだろうと思います。 またそれは 引き寄せられた(親神の)よふぼくであり さづけを取り次ぐ用材・人材である。 と思ったりする訳です。
724 :
神も仏も名無しさん :2008/04/03(木) 08:21:52 ID:f2HGDMPg
今の天理教がようきぐらしに向かってないのは事実。 内輪でやればいいのに信者でない人まで巻き込むのはやめろ!
いんねんは自らが自覚するものだと思う。 あれこれ言われて諭されても胸に治まらなければ、それこそアナタの言うところの束縛となっていくかも知れない。 おそらくこらからいろんなレスが舞い込むことでしょう。 いんねん寄せて守護するという言葉を信じるなら、一つ一つのレスは神様からアナタに対してのメッセージとも悟れます。 そのレスをどう受け止め、どう心の糧にしていくかも味わってみるのも一考かと思います。 いんねん→自覚→たんのうに繋がらなければやっぱり勇めなくなってしまいます。 俺は「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」的ないんねんの自覚、たんのうで良いと思っています。 その内当たるようにようになってきますから・・・って無責任かなw
726 :
神も仏も名無しさん :2008/04/03(木) 20:47:14 ID:XDu+pNdF
「ようぼく」「だいく」「とうりやう」と、 建築、普請を意味する言葉です。 「人」を「ようぼく」=「材料」と言っているのですから、 まさか人柱にするわけじゃなし、、 目に見える建築物や構造物を作るために集まった(神が集めた?)わけではないと思案します。 当然「互い立て合い助け合い」の「ようきぐらしの世の中」を作るためと思案します。
727 :
神も仏も名無しさん :2008/04/03(木) 21:12:40 ID:5GH4QLDz
互い立て合いたすけ合うはずの中心地に必要な人材が揃う事が先決問題ではないのか? 麻原を中心にしたら狂った助け合い集団になるが、お釈迦様の様な人間達を中心にする事ができたら、 たすけあい社会も夢ではないかもね。
728 :
神も仏も名無しさん :2008/04/03(木) 21:14:32 ID:5GH4QLDz
現在の本部は単なる事なかれツイショウ集団と言わざるをえないが。
729 :
神も仏も名無しさん :2008/04/03(木) 21:16:11 ID:XDu+pNdF
天理教で「たすけあい」ってフレーズがよく使われるようですが 解釈にもよるんでしょうけど 私はあまり肯定出来なかったりするんですよね。
731 :
神も仏も名無しさん :2008/04/03(木) 22:23:05 ID:XDu+pNdF
>>730 「たすけあい」の美名の下に上級が下の者に永久的に「おつくしやおそなえ」を要求し、
集められたお金が上級の贅沢のために使われてきたからじゃないの?
「屋敷の土をほりとりて、ところかえるばかりやで」は、
今現状の中で、困っている人の相談にのったり、お金や物を分かち合うだけで、
皆が幸せな社会が出来る。。とも解釈できますね。
陽気暮らしのキーワードとして 教会本部自らが「たすけあい」を流布しているのが正直いうとあまり好きではないでつ。
733 :
神も仏も名無しさん :2008/04/04(金) 00:02:12 ID:5GH4QLDz
魂の土壌という意味ではないか? 磨かれた魂が集まっていれば、よき波動の影響を受ける事もあるかもしれないが。
734 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/04/04(金) 06:05:35 ID:d5eteyZU
>>727 > 互い立て合いたすけ合うはずの中心地に必要な人材が揃う事が先決問題ではないのか?
こういう発想は、「天理教組織がこの世を救済する」という、「選民思想」的な匂いがします。
講元と講脇、周旋では、講元>講脇>周旋・・・>末端信者>未信者。
こういう発想で、本部>大教会>分教会>布教所>信者。
こう並べてしまうから、道が狭くなるわけです。
「元と言うは小さいもの」とお言葉にありますが、「源流というものは」、つまり元ですが、
元は小さいものであり、大河の源流も小さいものです。
本部<大教会<分教会<布教所<末端信者。
これが天然の理に言う、元は小さいものの姿であり、当然、優位な人材は、元には少なくなります。
「ここでつとめをしていれど 胸のわかりた者はないから」
それが、天理と言うものだと思います。基本です。
ちょっと脱線@番長 ------------------------------------------------- 『たすけあい』(陽気くらしのキーワードについて) 私は人が人を「救ける事」は出来ないと思ったりします。 ただし、人に救かって頂きたいと祈る事や「手助け」として「支援する事」は可能だと思います。 「救ける事」=親神さま(教祖)のなさる事。 「支援する事」=人間(よふぼくを含む)ができる事。 という役割の中で、「支え」あう人の姿に対して「救け」て下さるのが 親神さま(教祖)であるような気がします。 ですから陽気暮らしのキーワードに『たすけあい』と表記してあるわけですが しっくりこなかったりする訳です。 私の中では『支えあい』という意味で解釈させてもらってたりします。
736 :
神も仏も名無しさん :2008/04/04(金) 19:25:35 ID:hirGhFBB
>>732 たすけることをやっていないからなww。
嘘だからJAROに電話しなきゃw
もし教会本部が あえて「歳末たすけあい○○」とかいう一般的な感覚を目的として流布した事なら 別にノープロブレムであり、私の考えすぎであるという事です。
738 :
神も仏も名無しさん :2008/04/04(金) 20:22:28 ID:hirGhFBB
天理教が実際は中山みきと反対のベクトルに向かっている。 だから信者激減。 みこすりさんのような人は少なくなった。
739 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/04/05(土) 04:06:08 ID:QLYxW/2b
ベクトルとは、幾何ベクトル - 幾何学的空間における、大きさと向きを持った量 でしたっけ。 向きは、おやさまをみんな向いているとするなら、みこすりさんの言われる意味として、たすけ心の量が問題なのでしょう。 でも、本当は、おやさまを向いていないから、力が出ないのではないでしょうか。 「方向」こそ、第一だと思います。
>>738 さん、基本さんから「方向」と「力」についてご指摘頂きました。
私が思うところの「方向」と「力」なんですが。
天理教組織は教えが伝わった順番により上下関係というピラミッド組織として
認識されている観が強いと思いますが、そういった感覚よりも
水面上に広がる波紋のごとく「ぢば」を中心にした同心円上に我々が存在している。
そして上下ではなく中心点までの距離に相違があるだけである。
と考えたりしてます。
例えば○○大教会というのは中心点から距離が近い拠点の一つ。
遠くになるに従い○○分教会・○○布教所という拠点が外側に配置されていく。
そしてそれぞれの拠点において信者がつながっているということです。
中心点から発信されるものを距離の近い拠点ほどに
そのまま伝える事が大切で、それによって遠い拠点にもすんなりと伝わっていく。
もし途中で障害物があれば波紋がきれいに広がらない場合もあるわけでしょうけど。
中心点は「教祖」「ぢば」であると思います。
もし仮に波紋の広がりに陰りがあるとするならば
どこかに「障害物」があるのでは?と考えてしまう時もあったりします。
果たしてそれが何なのか?まではわからないんですが。
741 :
神も仏も名無しさん :2008/04/05(土) 08:57:40 ID:K0jwdU0+
天理教はベクトルの向きがようきぐらしと反対を向いているから、ようきぐらしになっていかない。 天理教の強要、多額のお供えを搾取など、人を苦しめる結果となっている。 しかし、ベクトルの大きさは違っていても向きがようきぐらしに向いているならいつかはたどり着けるだろう。 みこすりさんや基本。さんは悩みつつも到達に向かっている。
742 :
神も仏も名無しさん :2008/04/05(土) 20:07:46 ID:78lKcFEm
>>741 これだけ主張の違う2人のベクトルが、同じ到達点とは思えませんが?
743 :
神も仏も名無しさん :2008/04/06(日) 01:35:40 ID:DPIUWfn7
基本さん。ひとつだけ訊いていいて゜すか? わたしは見識もなにもないものです。 あなたは天理教教会本部と申しますか「お屋敷内」で勤められる 「甘露台つとめ」「神楽つとめ」について、おふでさきの枠組みにおける 「よろづたすけ」の救済手段として、今もまだ有効であるとお考えですか? それとも、すでに失効であるとお考えですか? 基本。さんのご意見を端的に訊きたいです。
>>743 さんにはレスをお待ちいただき
「つとめ」についても後ほど触れさせて頂きたいと思います。
さて
>>714 までさかのぼりまして
天理教の信仰の実践方法の一つとして「さづけ」というのがあります。
その辺りを掘り下げて行こうと思います。
つまり 「さづけ」って何? って事です。
746 :
神も仏も名無しさん :2008/04/06(日) 14:43:06 ID:fWbQHjYj
「おさづけ」って効果あるの?
747 :
神も仏も名無しさん :2008/04/06(日) 19:36:25 ID:14P+80ji
昔はあったのかも知れませんが、今はない。 おさづけで高額な金銭を要求する奴がいるので気を付けてください。 おさづけは無料だし、病気を治せる人は天理教にはいないから。
748 :
ふりこみ杉@S 2027 :2008/04/07(月) 14:14:53 ID:tV04NiDA
久しぶりに投稿します。
詰所の青年をしていた時、柔道合宿とかで中学生の団体さんがこられました。
その中の一人が熱を出されたとかで、水枕を求めに来られました。
中学生達の部屋に入ると、熱を出した彼の布団の周りには心配そうに見守る人がたくさんおられました。
水枕を手渡し、「神様にお願いしてみましょうね。」と言い、おさづけを取り次がせていただくことになりました。
「あしきはらい・・・」とやり始めると、初めて見る奇異な姿にクスクスと笑い声が聞こえてきました。
すると、その笑い声に対し、「笑うな!」と叱る少年達もいました。
その時思いましたことは、見たままの姿が奇異だからと笑う少年もいれば、
この天理教のおじさんは友達のために祈ってくれてるということを理解出来てる人もいるということです。
>>746 >「おさづけ」って効果あるの?
効果のほどは俺には解りません。
ですが、人様が熱を出して苦しんでいるのを見た時、「なんとかしてあげたい、なんとかならんかな・・・」と念ずる思い。
その一つの手段が天理教ではおさづけを取り次がせていただくことなんだと思います。
>>747 >病気を治せる人は天理教にはいないから。
その通りだと思います。
おさづけ、おつとめは祈りの行為だと思います。
その祈りを起点として、心の入れ替えをしていくのが信仰のあるべき姿だと思います。
>>748 お久です。
たぶんそういう事なんだと思います。
今回はあっさり結論も出ましたので次に行かせて頂きます。
・・と。 そう簡単に次には行きませーん。 更に掘り下げさせて貰いまーす。
751 :
神も仏も名無しさん :2008/04/07(月) 19:09:50 ID:lPkNNr1O
>>748 >>749 利くか利かないか判らない「おさずけ」が天理教のお助けですか?
昔から他の宗教や宗教以外でも「病治療」の方策は沢山ありますよね。
わざわざ天理教じゃなくてもいいって事になっちゃいますね(笑)
「昔は効果があった」という話も、私の周囲に聞いてみると、
「おさづけ」だけで「病治療」の効果を体験した人はいないんですよ。
教えを諭され、気持ちを入れ替えて「健康になった」「病気が快方に向かった」
という人がほとんどです。
劇的な効果があって、それを信じて天理教に入信した人っていますか?
752 :
ふりこみ杉@S 2027 :2008/04/07(月) 21:43:10 ID:tV04NiDA
>>751 仮にズバッ!と神様を感じることがあったとしても、それは個々の感じ方に違いがあるかもしれませんね。
「たまたま、偶然・・・」と感じる方もおられることと思いますね。
おさづけを取り次がせていただき、感激した事例を少しだけ・・・
いとこの子供が誤ってマチ針を呑み込んでしまい、明日にも手術をしようかという日にお見舞いに行きました。
おさづけを取り次ぎ終わると1分もしない間に下剤を飲んでた便と共に飛び出してきたことがあります。
廻りの人も驚きましたが、一番驚いたのは『手術が成功いたしますように・・・』と願った俺自身です。
俺やその時周りに居合わせた人は素直に大喜びしました。
冷ややかに「それは下剤の効果だよ!」と思われる方はマチ針を自ら呑み込み試してみて下さい。
確率論としてなん%でマチ針が出てくるかは専門家にお任せいたします。
それがおさづけの効果なのか、下剤の効果なのかどうかは俺には解りません。
でも、おさづけを取り次がせていただき、俺的には喜び、感謝させていただく機会が増えたことは確かです。
(Q)このことがあっていとこは天理教に入信したか?
(A)いいえ、俺のたんせいがダメで・・・NOです。
劇的な効果を感じるのも個人差があるようですね。
753 :
神も仏も名無しさん :2008/04/07(月) 22:03:28 ID:lPkNNr1O
751です。
>>752 よいお話をありがとうございます。
「手術が成功しますように。。」というおさづけなのに、
手術が必要なくなる効果が出るのは、面白いですね。
人間の自然治癒能力に疑問を持っているわけではないですし、
治癒能力を他人に分け与えることがありえない事だとは言いません。
(「おさづけ」は神のはたらきだと教えられてますけど。。)
私のおさづけでは、病気治療の目に見える効果はありませんので、
正直疑問に思っているわけです。
というのは、
「たすけでもおがみきとうでいくでなし うかがいたてていくでなけれど」
とありますが、「おさづけ」をしてる姿って、
知らない人が見たら「拝み祈祷」にしか見えないじゃないですか?
(もちろん、取り次いでいるだけだって教えてもらってますけど)
まぁ、こんな疑問を持ってるから「おさづけの効能」が無いのかも知れませんが。(笑)
754 :
神も仏も名無しさん :2008/04/08(火) 16:48:08 ID:06ddRY+W
拝み祈祷 おつとめを拝みにおさづけを祈祷にしてしまった張本人はそばな者、教会本部の面々ですね。 おつとめやおさづけは甘露台勤めへの参入を促すものでしょうし、 甘露台勤めへの参入は元の理への気付きを促すものです。 元の理への気付きは甘露台一条文明と神の望む地場屋敷の構造に気付かせてくれるでしょう。 教会本部がトウジンの巣窟になってしまっている現在、勇み心が湧いてこないのはいたしかたない事ですが、 教会本部の方々には気の毒に見える事も、神様は地場屋敷を神屋敷へと建て替えるよう働いておられるのでしょうから、神様のたすけ一条の働きを見て、たんのうしたいものです。
ちょっと連投@番長 ------------------------------------------------------- 私が思うところの「さづけ」なんですが・・・ 「死」は誰もが避けることの出来ないもので 「死」に向かい「命」を与えて頂いている状態が「生」だと思います。 我々はどうしても「生」の長短に注目しやすいのですが 長短を含めて「死」に向かうまでの時間、つまり「生」をいかに充実させるかを 考える事もまた大切なような気がします。
事故などを除き、ほとんどの人が「死」に向かう経過として @過度のストレス A疲れ B張り・痛み C内臓の疾患 D内臓の機能停止 E死 をたどると考えます。 そういった場合、お医者さんに診てもらうと同時に @AB 「ひのきしんに勇む事」で回復へ。 BCD 「おさづけを取り次いで頂く事」で回復へ。 など考えるのが天理教的で自然な発想かなと思ったりもします。
「病」というのは痛みがきつく、肉体的に非常に辛いものであると同時に 「孤独感」「不安感」を伴い精神的にも非常に辛いと思えます。 そういった場合に やさしい声をかけてあげる。 相手の気持ちを汲みとってあげる。 楽しい話をしてあげる。 手を握ってあげる。 励ましてあげる。 (まだいろいろあると思いますが・・・) など人として出来る事(支えてあげる事)があると思います。 それだけでも「孤独感」「不安感」を拭い去ってもらい 「楽」になってもらえるのではないかと考えてみたりもします。
ここで「よふぼく」だからといって、無理に使命感や義務感をもって 「おさづけ」を取り次がなければいけないって事もないと思います。 自分の気持ちに素直に、この人に救かって頂きたいというところから 自然に取り次がせて頂く事が「おさづけ」の素晴らしさだと思います。 そういったよふぼくの心と姿に対し 親神さま(教祖)は様々な形で働いて下さると思います。 それが天理教的な「たすけ・たすかり」につながっていくのだと思います。 また「おさづけ」を取り次がせて頂く事により 病状の初期なら急速に回復に向かう事が多いと思いますが 病状の後期になってくると、安らかに「死」に向かう場合もあるかと思います。 しかしながら「おさづけ」を取り次がせて頂く事で 「生」を大切にし充実させようと思う事には変わりないと思ったりもします。
私自身「おさづけ」を取り次いで頂いた事は幾度とあるのですが ものすごく心が楽になり嬉しいものだったりするわけで・・・ たとえ痛みがきつくても、体の機能が回復するまでの間 「不安感」「孤独感」を抱えながら時間を埋めていくのか 「安心感」「充実感」を抱えながら時間を埋めていくのか を考えてみた時に、後者にて「生」を充実させて行くことも また大切でありがたい事なんだと思ったりもします。
以上をふまえ「おさづけって何?」の答えとして 救かって頂きたいと取り次がせて・取り次いで頂く所に 親神さま(教祖)が働いて下さり「こうのう」を見せて頂けるようだ。 と私は思ったりしてます。
761 :
神も仏も名無しさん :2008/04/09(水) 14:31:19 ID:SuzUFO3Z
>>760 「たすかっていただきたい」と言う気持ちを持って取り次いでいるんですが、
「こうのう」を見せてもらえないんですけど。。。
>>761 あなたが人に「たすかっていただきたい」と言う気持ちを持って
取り次いでなさるなら、その時点で「あなたが」救かっているんだと思います。
ですから「こうのう」を見せて頂いていると思いますが?
763 :
神も仏も名無しさん :2008/04/09(水) 20:11:35 ID:43Q8AxNb
インネンは天理教先生と呼ばれる方々の一種のオドシ、事業に失敗したようぼくが ある日、天理教の門をくぐる、神殿の前に、鎮座する、出来の悪そうな黒い教服を きて訳のわからぬ帽子をかぶり、始めはニッコリ笑い顔、話を聞く、其の内本性が 顔に出る、お住まいは、ご職業は、家族は何人、誰々の紹介で、その時々でインネン が飛び出す、先生の黒目の動きを見ていれば分かる、左に向けばほとんどウソで 心理学を少しカジレバ分かるウソ、 おさずけは修養科を卒業すれば誰でも しかし、問題は其処にある、医師法違反になる場合が、それと、詐欺罪、 金品を要求したら即、詐欺罪と医師法違反で、懲役、初犯なら禁固六ヶ月 現実に九州の天理教、分教会で検挙されている。くれぐれも奉財箱には10円を 一個投げてください、天理本部の奉財箱でも同じです。
764 :
神も仏も名無しさん :2008/04/09(水) 21:22:20 ID:C422tAuZ
>>762 おいおい、そんな見返りタップリの気持ちで信仰してるのかい。
あなたの様な方は、とっとと辞めていってもらいたい!
765 :
神も仏も名無しさん :2008/04/09(水) 21:25:08 ID:vkI7OatP
>>763 奉財箱には札しか入れたことがないんです。
小銭は持ち歩かない主義というか、神様の前で小銭は格好悪いですよww
766 :
神も仏も名無しさん :2008/04/09(水) 22:21:54 ID:ybedV3td
>>748 まんまよくある霊感商法だな。
2ちゃんねるで天理教を情報隠蔽と美化必死ですね。
天理教は悪い因縁があると言って人を脅す。
おさづけといって法外な金銭を要求される。
これは詐欺です。
しかし天理教に病気を治す力はない。
霊感商法をやっている。
>>764 さまへ
先ずもって私の表現方法に問題があったようで失礼しました。
(私へのレスであり、アンカーミスではない事を前提に書きます)
そこで
>>764 さまへ
もしよろしければなんですが・・
2代真柱様が「人たすけに励む姿自体がたすかっている姿である」と
おっしゃって下さってますがその解釈について教示頂きたく思います。
768 :
神も仏も名無しさん :2008/04/09(水) 22:44:55 ID:PcmDJdxa
>>767 2CHでそんな質問しててどーするんだ?
直ぐに教会に来なさい。
あ、お供えを忘れないように。。。
>>768 そうですよね・・
2chですよね・・
楽しくやんなきゃいけなかったですよね。
あっ!お供え1億円ほど持っていくからまっててね。。。
1億円って言っても 「子供銀行」って書いてあるけどいいかな?
771 :
神も仏も名無しさん :2008/04/09(水) 22:57:48 ID:l+lmaYNW
>>767 > 2代真柱様が「人たすけに励む姿自体がたすかっている姿である」と
> おっしゃって下さってますがその解釈について教示頂きたく思います。
心の集中している位置が違うだけです。
一種の誤魔化しって言うんですかね。
それだけです。
>>771 ご教示ありがとうございます。
私自身まだまだ勉強(経験)が足りなかったみたいです。
「さづけ」に関しては、神さまの領域であり 人としての解釈というより、親神様のなさることでありますから それぞれにおいて「こうのう」をお見せ頂ける事をお祈りいたしまして 「さづけって何?」の答えを掘り下げる事は中止いたします。番長。 以下参照 -------------------------------------- さづけは、親神が一名一人の心の真実を見定めて たすけ一条のために渡される、こうのうの理である。 【天理教教典 第二章】 たすけ一条の道 -------------------------------------
774 :
神も仏も名無しさん :2008/04/10(木) 00:48:28 ID:mYu48FIM
奉財箱の中で金属の響きが最高です、チャリン、リン、天理教の奉財箱で、 休日の天理教本部の閑散とした風景を見れば信者数が激少しているのが解る 天理商店街の方々も最近はバッタリと人が来なくなったとボヤイテ下ります。
775 :
神も仏も名無しさん :2008/04/10(木) 13:05:10 ID:7s95JY1X
761です。
>>762 「ひとをたすけて、わがみたすかる」ですから、
「こうのう」があって、その人が助かってこそ、私が助かるのでは?
「こうのう」がない今の状態では、
「私は人助けをしている」という自己弁護の中途半端な満足感と、
「こうのうが無いけどいいのかな?」という疑問しか持てません。
>>775 私は一般信者でありますので、教会長さんや布教師さんの意見を聞いてみないと
正直わかんなかったりするのですが・・・
ただ一般信者の意見として
>「こうのう」があって、その人が助かってこそ、私が助かるのでは?
「物質世界での価値観」であればそういうことなのかもしれません。
ただ私は「物質世界での価値観」での結果がでなくてもそこに至る「気持ち」が尊いのであって
結果として相手から「ありがとうね」って言われるだけでも、それは価値があるのではないか?
神さまって数字や見た目じゃなくて「心」を受け取ってくださるのではないか?
そしてそれは一つの「こうのう」につながるものではないか?
と考えてしまうタイプなものでして・・・。
それ以上は、神さまや教会長さんや布教師さん
またあなたの感性を尊重いたします。
>>761 ,775
明治二十年
酒井佐吉三十一才身上願
さあさ、よう聞いて第一聞き分けが第一。
一つの心順序一時一つの道、一つの理があれば一つのこうのう、多くの理聞いて、人を救ける誠の心、人を救ける台。
内に十分の一つ理を、一つの心自由自在。銘々一つ踏ん張る。
又々というは、又々とは一つのこうも、銘々又々一つのこうのうを、又々言うのが誠順運べ。
明治二十年
大和国式上郡笠村講社山本藤四郎の願
さあ/\だん/\の理を伝うて、だん/\の席改めて、さあ/\又一つの席にて、さあ/\同んなし話であるけれど、さあ/\一日の人、席より一つの理を聞かそ。
真の兄弟は、誠一つの心が兄弟。
又、誠一つ理が天の理、常に誠一つの心が天の理。真の心の理が兄弟。
さあ/\これより又一つ、こうのうの理を渡し置く。あしきはらいたすけたまへ天理王命、を、これを三遍唱えて、又三遍、又三遍、三三三の理を渡そ。
しっかりと受け取れ、受け取れ/\。
後々の「おさしづ」で、こうのうとは「陰徳」からくる説明はある。
「誠の心」「誠の理」をどう理解してるのかにも因る。
実行して初めて「誠」に成る・・・これは自分を常に省みるときの言葉。
「実をもって買いに来い」とも仰る。
先日も、ある人が身上を患っていると言う。
取り敢えず、教えとしての知識は持ってる方なのだが、その方の発言に驚いた。
「『くもよみの命』のお働きを考えて、只、思えば良いんだろ?、何かやるのではなく?」
何処に実があるのか?
始めは「おさづけ」の「こうのう」をもって、助かった形を見せられるかもしれない。 しかし、本当に助かったかどうかは、その後、本当に身上や事情が解決するかで、相手の心にも因る ここで初めて、「心」だけは本人でしかどうしようもないことに気づきます。 少し当たり前のことを書けば、「かしもの・かりもの」で体は神様に借りてるが、心は本人のもの。 逆を言えば、神様でも心を換えることは出来ないのです。 神様でも出来ないことを、人である我々が、その身上・事情で苦しむ方の心を立て替えさせるよう求められるのです。 どれだけ教えを聞こうとも、心を換えるのは、本人だけだということを、最近大変痛感しております。
779 :
神も仏も名無しさん :2008/04/11(金) 00:40:34 ID:H3V4z6NL
「値をもって実を買うのやで」
780 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/04/11(金) 05:38:19 ID:9wh7SQdE
何が人を成長させるものなのか。 それは「月日」です。 > 心を換えるのは、本人だけだということを、最近大変痛感しております。 ・・・・ 心を変えるのは、歳月です。それを「月日」と教えられています。 三歳の子も、十五歳になり、と、月日が、人の精神を成長させてくださる。 人間に出来ることは、教えられた所の「修理や肥え」です。 「木」を生長させるものは、月日であり年輪です。 その月日に、もたれきって、「月日の守護」を頂くこと。 「三年を三日に」。 それは、願うしかない事です。
781 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/04/11(金) 05:46:19 ID:9wh7SQdE
> 神様でも心を換えることは出来ないのです。 > 神様でも出来ないことを、人である我々が、 > その身上・事情で苦しむ方の心を立て替えさせるよう求められるのです。 親神様が、知恵も仕込み、文字も仕込んでくださいました。 おなじように、心も立て替えてくださいます。 それは。年限の道です。 つまり、「月日」が必要です。 その月日を、三年を三日でとおれとおさしづにあります。 あなたは相手の人の心を立て替えようとされています。 私は、自分が、三日で三年を通ろうとします。 人の心は人の自由です。 私は、教えられたように、時間の密度を濃くする事で、「月日」のご守護を頂きたいと念じています。 相手の人の心を立て替えるのは、「月日」です。 自分の心を、三日で三年と通らせて頂くことのほうが自分の事です。 それを、自分に求めないで、相手に求めたら、「欲」です。
782 :
神も仏も名無しさん :2008/04/11(金) 21:35:40 ID:L6uH54J6
>「いんねん」 この言葉に強い憎悪を感じるぞ。 俺の前で使用禁止。
783 :
神も仏も名無しさん :2008/04/11(金) 21:52:10 ID:IM7ZeUh7
さずけを利用して人から高額な金を取っている信者がいることは残念だ。
784 :
神も仏も名無しさん :2008/04/12(土) 10:38:05 ID:h+96CkR2
おさづけが効かなくなってから、先生方の言葉が心とか因縁とかを使った言い訳じみたようになった。 今の天理教は自己中心的で高慢な人が多い。 「人を犠牲にして、我が身助かる」 の信者が多い。 物質的にも精神的にも。 とても残念なことだ。
785 :
神も仏も名無しさん :2008/04/13(日) 13:50:52 ID:hpS3Vwq0
>>714 > その前に「よふぼく」というところから切り込んでみようと思います。
金蔓です。
上辺だけを議論せずに、もっと天理教の腐敗を論じるべきだと思います。
このスレも終盤になってきましたが 当スレのメインテーマの議論に戻る前にもう一つ触れさせて頂きたい事がありまして。 それは「つとめ」についてということです。 突き詰めれば「親神」より教えていただいた事であり、それぞれにおける 実践を通して見えてくる事でしょうから、この場で「つとめ」とは○○だ。 と定義づけるつもりはありませんからどのような感じ方があるのかとして 若干触れさせて頂きます。 つまり「つとめ」ってどんな感じ? ということです。
788 :
神も仏も名無しさん :2008/04/13(日) 22:55:28 ID:FNje1eKg
四国の大教会会長のお話で笑った、おさずけ、だけでは病は助からない、必ず お供えを持って来て下さい、奉財箱に入れる時は必ず包み名前を記入して 下さい、オサズケが何の意味も無い只のマジナイ、完全なウソな行為で オドシ、時には脅迫も、信用が出来ないのが天理教の講師達、
「つとめ」に関していろいろと考えてみましたが 正直よくわからなかったりするわけでして ただ・・・ 人間を創造された様子や 万物を守護されている様子を神・人共に表現していく何か? という気はしたりします
790 :
神も仏も名無しさん :2008/04/18(金) 12:33:24 ID:SfUEmd83
>>789 おやさまが教えて下さったのは「かぐらつとめ」ですよね?
791 :
神も仏も名無しさん :2008/04/18(金) 23:16:45 ID:SDREyLZS
>>789 このスレ知らなかった。
孤軍奮闘、ご苦労様です。
792 :
神も仏も名無しさん :2008/04/18(金) 23:33:03 ID:CwLhKkXo
>>788 一体どこの大教会じゃ?
まさか「千人だすけ」を志しながら大教会を築いた初代会長のところじゃあるまいな?
それとも教祖に「大阪で縁談がある」と諭され、奥羽地方沖合いで大嵐で海難のところを、やはり教祖に「おーい おーい!」と心を向けられながらたすけられたエピソードの残る初代大教会長のところのことか?
だとすれば、初代に対して顔向けできない恥を晒してしまっていることになる。 情けないことだ。
794 :
神も仏も名無しさん :2008/04/19(土) 08:28:56 ID:KCJXoFgu
お前の方が情けないわ
795 :
神も仏も名無しさん :2008/04/19(土) 12:40:49 ID:XnfOOQtp
以前、においがけで向かった渥美半島の漁師の家庭で、お話を取り使わせて頂きました 帰り際に、漁師の方々からお供えを頂きました、全て私のポケットに入り帰りの レストランで布教所では絶対食べれない、リブロースのステーキを食べた、美味かった お供えのほとんどは小遣いとして頂きました、タバコも時には生ビールも
796 :
神も仏も名無しさん :2008/04/19(土) 12:54:31 ID:p9KC17rN
>>732 > 教会本部自らが「たすけあい」を流布しているのが正直いうとあまり好きではないでつ。
御意。嘘を流布しているようなものだから名。
>>734 > こういう発想で、本部>大教会>分教会>布教所>信者。
力関係を見ればこの通りです。しかしこれは間違いです。
>>735 > 『たすけあい』(陽気くらしのキーワードについて)
>
> 私は人が人を「救ける事」は出来ないと思ったりします。
> ただし、人に救かって頂きたいと祈る事や「手助け」として「支援する事」は可能だと思います。
特別に天理教の教理ではなく、日本の倫理として元々あるようなものです。
だのに、そのようなことを天理教の人達は守れていません。残念なことです。
797 :
神も仏も名無しさん :2008/04/19(土) 22:09:44 ID:p9KC17rN
> 天理教組織は教えが伝わった順番により上下関係というピラミッド組織として > 認識されている観が強いと思いますが、そういった感覚よりも > 水面上に広がる波紋のごとく「ぢば」を中心にした同心円上に我々が存在している。 > そして上下ではなく中心点までの距離に相違があるだけである。 今の天理教組織は封建的社会なので、ピラミッドを想像した方が理解しやすいです。 > 「さづけ」って何? エセ医療行為。信者からお供えを搾取する手段。
>>797 天理教よりはイスラム教のほうが平等主義的で、教えも行動も立派だね。
799 :
神も仏も名無しさん :2008/04/20(日) 09:46:32 ID:HgwEhBtp
天理教の教えに、世界は兄弟姉妹みたいな教えがあるの? 名前の下に兄弟姉妹つて敬称つけてよびあってるのは、天理?
800 :
神も仏も名無しさん :2008/04/20(日) 12:19:54 ID:hYMzbhRu
>>751 > 「おさづけ」だけで「病治療」の効果を体験した人はいないんですよ。
> 教えを諭され、気持ちを入れ替えて「健康になった」「病気が快方に向かった」
> という人がほとんどです。
これを天理教によってよくなったといって信者を勧誘しているに過ぎない。
>>752 のようにデタラメを言っていても、宗教なら許されるわけ。でも騙されてはいけない。
>>752 > でも、おさづけを取り次がせていただき、俺的には喜び、感謝させていただく機会が増えたことは確かです。
あなたの心の内にだけに留めておくことをお勧めします。
他人が聞いたら、「こいつカルトにはまっているだろ」を引いてしまいます。
本当かどうかは、その人に聞いてみてください。明らかに表情が変わるでしょうw。
残念ながらそれを持っておさづけの効果ということは出来ません。
天理教の内輪だけなら、それを言っていてもかまいませんが、これを信者以外の人に押しつける行為はやめてください。
>>761 > 「こうのう」を見せてもらえないんですけど。。。
それは、おさづけが効かないからさ。仮に親様にその力があったとしても、一般の人間である教会長達にその力はない。
騙されて高額なお供えをしないように気をつけてください。
内輪だけで怪しい儀式をやる分には誰にも迷惑をかけないですけどね。
801 :
神も仏も名無しさん :2008/04/20(日) 16:34:47 ID:hYMzbhRu
>>773 この掲示板は 三こすり半番長さんのものではありません。
スレッドの私物化はやめなさい。
802 :
神も仏も名無しさん :2008/04/20(日) 17:22:01 ID:hYMzbhRu
>>787 > つまり「つとめ」ってどんな感じ?
朝から、太鼓や鳴り物をどんどん鳴らし、近隣住民に迷惑をかけている。
>>788 まさにそのとおり。おさづけというエセ医療行為で、信者から多額のお金を取っている。
宗教を利用して、詐欺行為を違法ではなくしている。
803 :
神も仏も名無しさん :2008/04/20(日) 17:37:49 ID:HBeVXfS4
こんな、キティガイどもが自分の兄弟姉妹だと言われたら、1分も持たないな。 創価学会やパーフェクトリバティー教団の方がうんとましジャマイカ。
804 :
神も仏も名無しさん :2008/04/20(日) 18:08:58 ID:A2AExKLw
良識やモラルが相当朽ちてるって気がしますが…。
805 :
神も仏も名無しさん :2008/04/20(日) 18:17:14 ID:QBwXX0Nb
それは前々からですよw 昔の天理教信者は、握り飯を携帯し山を超え天理へ行ったなんて話しも聞いたことがあり ませうが、所詮は出来の悪い貧乏人のお縋がりピクニックですよww
806 :
神も仏も名無しさん :2008/04/20(日) 20:23:35 ID:HBeVXfS4
>>805 天理教が、信者から金を集める団体に変化したのは、いつから?
天理教とパーフェクトリバティー教団と、金光教ではどこが勝ち組なの?
807 :
神も仏も名無しさん :2008/04/20(日) 20:40:45 ID:d7YZ08T/
808 :
宮崎希美 ◆pLAYdeBByU :2008/04/20(日) 21:01:27 ID:iTIDrrOa
PL学園からはプロ野球選手出たけど、天理高校からプロ野球っていないよね?
809 :
神も仏も名無しさん :2008/04/21(月) 12:34:19 ID:frt1a4oZ
因縁は救いなどではないと思われますw 正しく束縛以外の何ものでもない。いろんな言葉や難しい言い回しがあるが あれは飾りみたいなもんじゃね?? 因縁→性格が作りだすものって誰かがいってたけどそのとうりだと思うw 教本を読み漁ったりしていても、誰も納得できませんが??
810 :
神も仏も名無しさん X :2008/04/21(月) 22:45:13 ID:RvJgW9jX
>>799 確か統一教会では、アダムさん、エバさんとも言うけど
お兄さん、お姉さんとも言っていたような・・・。
>>806 まあ、信者の獲得競争という点では、創価さんが一番の勝ち組でしょう。
集金力と言う点でもダントツだし。
PLも金光教も到底及ばないし、信者数がどんどん減っているのは天理教と同じ。
ただ、大半のご利益信仰も求めている人々が、時の流れで、あるいは流行り廃れで
AからB,BからCと言った風に民族移動しているようなもの。
本当のコアになるような信者が何人いるかが問題。
その点クリスチャンは増えもしないが底堅い。
>>808 一昔前なら南海ホークスの4番、門田博光。ホームラン400本以上打った。
同期で外山という選手もいて、三原マジックといわれた名将三原脩率いるヤクルトで
救援投手をしながら、時々ピンチヒッターにも出て決勝打を打ったりした。
稲尾のキャッチフレーズを頂戴し、神様、仏様、外山様の活字が踊った日もあった。
その後は近鉄で先発投手にもなった小山投手、ロッテの名遊撃手南淵選手、巨人の鈴木康友
南海のサード藤本博史等。現在は阪神タイガースの関本のみ。
>>809 古代ギリシャ、デルフィの神殿に「汝、自らを知れ」と言う神託が書かれていた。
哲学者ソクラテスは、それを人生の最大の課題とした。
因縁というものは自らの性向を作り出す元になるものと思われる。
その意味で、因縁を知るというのは、自らを知るということと同義になる。
それを熟知し、それをコントロールする術を手にいれるなら、
言い換えれば、短所を抑制し、長所を伸ばす方向に自らを高められるなら
結果的に救いの種になりうる。
811 :
神も仏も名無しさん :2008/04/21(月) 23:14:15 ID:frt1a4oZ
812 :
宮崎希美 ◆pLAYdeBByU :2008/04/21(月) 23:32:06 ID:igrI2sLo
>>810 天理高校からプロ野球って、たくさんいるんだ。
天理教で、プロ野球経営も出来るんじゃない?
ユニフォームはもちろん、教服に背番号を入れて。
応援団は、『天理教』、『天理球団』って文字を入れたハッピを着て。
813 :
神も仏も名無しさん :2008/04/22(火) 01:31:52 ID:6q8Kcj32
>>812 プロ野球球団経営の前に、各教会へマイクロバスの支給でもさせてあげてくださいw
814 :
宮崎希美 ◆pLAYdeBByU :2008/04/22(火) 01:48:29 ID:+71Ok3Uo
>>813 天理教教会が、おたすけに意欲を燃やし、障害を持つ人たちと共に生きる姿勢を持つなら、日本赤十字社などから、申請の上、マイクロバスをもらえる可能性があります。
815 :
宮崎希美 ◆pLAYdeBByU :2008/04/22(火) 01:50:33 ID:+71Ok3Uo
>>814 ミスった。
日本赤十字社からは、難しいね。
赤い羽根の共同募金会あたりは、可能性があると思う。
816 :
神も仏も名無しさん :2008/04/22(火) 01:53:31 ID:bQlVaw9W
>>815 天理教は自腹でマイクロバスを購入し、日本赤十字社の物は他へ回してあげてください(^^)
817 :
宮崎希美 ◆pLAYdeBByU :2008/04/22(火) 02:00:38 ID:+71Ok3Uo
>>816 お助けしない教会は、当然、自腹。
お助けする教会ならの話。
818 :
神も仏も名無しさん :2008/04/22(火) 11:49:31 ID:W0U7tAc1
819 :
神も仏も名無しさん :2008/04/22(火) 12:51:54 ID:H1tEIwPG
>>810 でもいんねんを正しく捉えることが出来るにはどうしたらいいのでしょうか?
天理教の奴らがいう因縁は口から出任せに過ぎないのです。
820 :
神も仏も名無しさん :2008/04/22(火) 17:25:40 ID:r9C6ueus
最近は天理教、の先生はインネンを余り使わなくなった2ちゃんねるを見ての判断 事業の失敗で訪ねる信者予備軍に以前は、こう言った、インネンが悪い、前世の インネンがそうさせる、だから、お供えを沢山して、ひのきしんと言う労働をすれば 神が助けてくれる、それが天理教の教えだと、しかし矛盾だらけで、さて、インネンとは いったい何を指して天理教の専セは言うのか解らん、そして先生は黙って手を出した お供えを、財奉箱へ、出来るだけ沢山入れてください、そうすれば助かりますと しかし、天理教信者予備軍の会社は半年後倒産、お供えの500万円は天理教の 先生が競艇に使ってしまった、この事案が教会長に聞え、先生は破門された、実家が 仏壇店を経営していたことで、現在は、線香や仏具を訪問販売している。
821 :
神も仏も名無しさん X :2008/04/22(火) 22:01:00 ID:Ge6j/ul5
>>811 そうです。
>>818 私もその考え方に近いです。
因縁とは内的要因としての「因」と外的要因としての「縁」から成り立っています。
内的要因としての「因」は、遺伝子として自らもって生まれてきたもの。
外的要因としての「縁」は、この親、この兄弟、この一族、この地域、この国といったような
運命的に与えられた環境をいうのでしょう。
好むと好まざると問わず、誰しもこの遺伝子と環境を自ら選ぶことなく、与えられて
この世に生を受けてきました。
優れた遺伝子、恵まれた環境を与えられた人を徳のある人という言い方をする人もいます。
私はこの考え方には組しませんが、今は不徳で、言わばハンディを持っているが、
いつか先行者に追いつくんだという意欲の源になるなら、それはそれで良しとします。
それから遺伝子に関してですが、私の親族に双子の男の子が居ます。
一卵性ですから遺伝情報としては一緒なはずですが、
成長につれて性格的な違いが鮮明になって来ています。
何故なのか考えるうちに、村上和雄先生が仰っていた、
遺伝情報のスイッチのオンとオフの話に思い至りました。
莫大な情報を持った遺伝子もひとつの固体の中に凝縮されるうち
ささいな遺伝情報の、あるものはオンになったり、あるものはオフになったりする、
そういうことが有り得るのだろうと思うのです。
オン、オフは環境にも随分影響されることでしょう。
もし一卵性双生児でも全く違った環境に置かれたら、全く別の人格にもなり得るでしょう。
そこに運命的なものを見、それも含めての「因縁」と把握される人もあるのでしょう。
それは微妙な分野です。
822 :
神も仏も名無しさん X :2008/04/22(火) 22:36:15 ID:70zvG7k5
教団では、かつて障害者に対して前生の悪因縁の結果、こうなったとかいう教説を 唱えていた時期があり、(現在でも同じようなことを言ってる一部の固陋な先生方が いるようですが)それは障害者に対する差別発言だと人権団体などから批判を受けたことを機に 公式な教説としていません。 「いんねん」とは、人間は等しく陽気暮らしをするためにこの世に生まれてきたということを 指すのだとされています。言わば良い方だけのいんねんを説こうとしてるように見えます。 が、「前生のいんねん寄せて守護する」ならば、悪い方の因縁も完全無視はできないでしょう。 それは前生の悪行が・・・などという因果論とは別の話です。 遺伝子も進化します。経験知や逆境は遺伝子の変化を促す可能性があります。 もう一つ村上先生が指摘されていた陽気暮らしの遺伝子ですが、ヒントは 近年発見された「利他遺伝子」と呼ばれるものです。 生き延びていくために、本来利己的であるはずの遺伝子の中に 自己犠牲を促したり、一見自分の得にならないような利他行為をさせようとするものがあるというので。 面白いですね。 科学的理解はここまで。 あとは皆さん方の信仰的解釈に委ねます。
823 :
神も仏も名無しさん :2008/04/23(水) 19:09:31 ID:vAwHgglq
『おかきさげ』に 「言わん言えんの理を聞き分けるなら何かの理も鮮やかと言う」←このような一節があったように記憶しています。 『元のいんねん』こそは『最後の教え』でありますが、個々の前生のいんねんは教えるものではないと思います。 諭し悟りの道なのです。
824 :
神も仏も名無しさん :2008/04/23(水) 23:04:48 ID:687rX/wz
天理教の「いんねん」は邪説。 日本は伊勢神宮、皇室を中心に発展した国。 天理教の「いんねん」は不要。 こんな邪説を布教する奴は死んで詫びろ。
825 :
神も仏も名無しさん :2008/04/23(水) 23:51:07 ID:Byfvr2c8
ヤクザの因縁と同類ですよ。
826 :
神も仏も名無しさん X :2008/04/24(木) 11:36:03 ID:FeEvC9Sj
>>821 で、
運命と言う言葉を不用意に使ってしまった。
誤解があるといけないので一言付け加えておきます。
人間は運命に差配・翻弄される。
しかし、自ら運命を切り開く力もまた与えられている。
人はこの二律背反の中に生きている、
ということです。
827 :
神も仏も名無しさん :2008/04/24(木) 12:46:30 ID:0F53mj4h
>>824 貴殿は、偽卍殿ですか?
御勤め乙です(笑)
828 :
神も仏も名無しさん :2008/04/24(木) 13:13:49 ID:KiVSFsbd
>>822 > 遺伝子も進化します。経験知や逆境は遺伝子の変化を促す可能性があります。
遺伝子自体は進化しないよ。変異するだけ。たまたま変異した個体が環境に適応できれば生き残れるだけ。
経験値や逆境によって遺伝子が変異できるわけではない。
ところで、天理教の家に障害児が生まれた時、殺していたのでしょうか?怖い宗教だと思いました。
>>825 私もそう思います。いんねんを脅しに使っています。そうやって信者を天理教につなぎ止めているのです。
829 :
神も仏も名無しさん :2008/04/24(木) 13:16:48 ID:zMLfObqz
>いんねんを脅しに使っています。そうやって信者を天理教につなぎ止めているのです。 カルト十八番のテクニックですな。
830 :
神も仏も名無しさん :2008/04/24(木) 16:54:33 ID:LLPHGv52
池田大作の孫が障害児
831 :
ふりこみ杉@S 2027 :2008/04/24(木) 20:56:19 ID:EZY8PA6x
>>828 質問します。
猿→類人猿→人と変化して行ったのは進化?それとも変異?
あるいは必要でない部分は消えていく、尻尾(尾てい骨はなごり)は退化?
結局は言い回しが違うだけで同じなんじゃないのでしょうか?
俺は素人なんでよく解りませんが・・・
生命は環境に応じて生き残る何かを持ってるようです。
もしかしたら、遺伝子そのものが、その働きを持ってるのかも知れません。
832 :
神も仏も名無しさん X :2008/04/24(木) 20:59:56 ID:FeEvC9Sj
>>828 ご指摘の通り。言葉使いが不用意でした。訂正します。
正確に言うと、遺伝子のコピーミスも含めた遺伝子の変異による個体の進化です。
「逆境」は、例えば遺伝子に放射線を浴びせ続ければ変異をおこすように
生存を脅かす環境が長期に渡った場合、生物は身体の一部を進化させるに留まらず、
種そのものものの変異を起こすという進化論があるということを指摘しただけです。
経験知云々に関しても獲得形質が遺伝すると言う学派の流れです。
>天理教の家に障害児が生まれた時、殺していたのでしょうか?
天理教の信者で障害児をもたれた方の子育て奮闘記「かるがも母さん・・」などがあります。
一時期天理寺報にも大々的に取り上げられていましたよ。
それから、信仰を取り入れながら障害児施設を運営されていた田村先生、
「あわてるからあかんのや」などの著作で有名です。
833 :
神も仏も名無しさん :2008/04/24(木) 21:44:19 ID:CG5HrWg5
馬鹿馬鹿しい、今時獲得形質の遺伝なんか完全に否定されとるわ
834 :
神も仏も名無しさん :2008/04/24(木) 22:58:04 ID:KiVSFsbd
>>831 経験知や逆境が遺伝子に影響を及ぼすことはありません。
経験知や逆境に適応した個体が生き残るだけです。詳しくは、本でも読んでください。
ま、
>>833 のいうとおり。
天理大学でも教養で生物学の授業ぐらいあっただろう。ていうか天理高校で生物習わなかったのか?
835 :
ふりこみ杉@S 2027 :2008/04/24(木) 23:38:33 ID:EZY8PA6x
>>834 レスありがとうございます。
素人なもんですみません。
つまらない質問ですみませんついでにもう少し・・・
猿と人の遺伝子は似ているけど、少し違うと聞いたことがあります。
それで合ってますか?
で、疑問なんですが・・・
>経験知や逆境に適応した個体が生き残るだけです。
生き残った猿は猿のままでも良かったんじゃないんでしょうか?
なぜ、人に変化していったのでしょうか?
それともう一つ。
この変化の途中で遺伝子も変化していくのでしょうか?
最初の猿の遺伝子と最後の人の遺伝子は違うということは、感覚としては理解出来ますが、
その途中段階(生き残った時)ではどうなんでしょうか?
重ね重ねつまらない素人のレスですみません。
836 :
神も仏も名無しさん :2008/04/24(木) 23:43:58 ID:S2B58zLv
>>824 >日本は伊勢神宮、皇室を中心に発展した国。
それまた邪説だよ?
今の北朝鮮における金日成主義に匹敵する荒唐無稽な神話の代表格として記紀がある。
ちなみに、宮崎神宮もバカ神宮。
838 :
神も仏も名無しさん :2008/04/25(金) 10:23:44 ID:qk6hnPGK
839 :
神も仏も名無しさん :2008/04/25(金) 10:30:37 ID:qk6hnPGK
>>837 >今の北朝鮮における金日成主義に匹敵する荒唐無稽な神話の代表格として記紀がある。
今の時代に金日成主義は荒唐無稽。
神話時代の神話である記紀は荒唐無稽ではない。
時代の背景を無視した君の思考こそ滑稽でしかない。
天理の神話も産業革命後の神話であってもう神話時代の神話ではない
から荒唐無稽の滑稽な物語であって神話ではないな。
もう神話は生成されないよ。生成されるのは山崎拓のような変態観だけ。
840 :
神も仏も名無しさん :2008/04/25(金) 11:01:00 ID:qk6hnPGK
神話とは神話時代から受け継いだものしか価値が無いのだよ。 善光寺は1700年の歴史とブッタの流れを受け継いでいるから 権威がある。
841 :
神も仏も名無しさん X :2008/04/25(金) 13:09:14 ID:BSnadpy3
>>834 残念ながら、天大卒ではありません。
もう少し偏差値の高い大学です。まあ、それはどうでもいいけど。
獲得形質が遺伝すると言う学説は、アイマーはじめネオラマルキズムという形で現在でも続いている。
依然、適者生存は偶然の結果とする学説の方が圧倒的だが、
RNAからDNAへ逆転写される科学的事実などから、方向性のある変異が起こり得るとする学説も
一定の理解を得てきているとされる。(詳しくは進化論の本を参照)
勿論、短いスパンで獲得した形質が簡単に遺伝することはあり得ない。
しかし、何万年というスパンならどうだろう。
また、アンモナイトの肥大化やマンモスの牙の形状の変化等は、定方向説では
説明できない。が、身近な例で恐縮だが、例えば北欧の人々に特徴的な青い目、
金髪、高い鼻等も遺伝形質であるが、彼の地の日照時間の少なさから来る色素不足の
結果としての、碧眼・金髪、あるいは寒気から呼吸器を保護する為の鼻の構造変化と
考えた方が納得されやすいのではないか。(勿論、現在の所、定説には至っていないが)
842 :
神も仏も名無しさん X :2008/04/25(金) 17:44:16 ID:BSnadpy3
↑ ごめん。偏差値云々は取り消し。 つい煽られた格好で、余計なこと書いてしまった。 深〜く、さんげ。
>>838 いやいや。
権威に溺れるのこそ邪心なんだよ。
記紀だって、天武の奴によってでっち上げられたインチキ神話。
844 :
神も仏も名無しさん :2008/04/27(日) 10:31:42 ID:AOcnjL3I
>>843 >権威に溺れるのこそ邪心なんだよ。
正義なんて権威以外に根拠なし。
>記紀だって、天武の奴によってでっち上げられたインチキ神話。
現代で作ったらインチキ神話。当時の社会状況で作れば必要な政治政策。
文脈を無視すると君は「クッションの綴じ目が外れた人」と思われるぞ。
845 :
神も仏も名無しさん :2008/04/27(日) 12:52:32 ID:yRMpljJF
↑ なんかアータ、マキャベリストみたいになってない?
846 :
神も仏も名無しさん :2008/04/27(日) 13:08:12 ID:RPrF1+Eg
【社会】「つい触ってしまった」…高校教諭(28)を痴漢で逮捕 - 奈良
奈良県警天理署は26日夜、痴漢行為をしたとして
県迷惑行為防止条例違反の現行犯で、同県天理市杣之内町、
天理教校学園高校教諭、東吉洋容疑者(28)を逮捕した。
「つい触ってしまった」と話しているという。
調べでは、東容疑者は26日午後11時10分ごろ、同市川原城町の
路上で、自転車で擦れ違いざまに奈良市の会社員の女性(20)の体を
触った疑い。飲酒して帰宅する途中だった。
一緒にいた女性の知人が取り押さえ、天理署に引き渡した。
*+*+ 産経ニュース 2008/04/27[11:25] +*+*
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080427/crm0804271126006-n1.htm
>>844 >正義なんて権威以外に根拠なし
だからアメリカ様に負けてしまった情けない「悪の皇室神道」。
そう言いたいわけだな?
>当時の社会状況で作れば必要な政治政策
それまた根拠なし。
そして、さらに悪いことには明治政府が記紀を学校で教え込んだりしていたわけだから、
「現代で作ったらインチキ神話」を地で行ってたことにもなる。
848 :
神も仏も名無しさん :2008/04/27(日) 20:28:12 ID:Kzt+iYjS
849 :
神も仏も名無しさん :2008/04/27(日) 22:48:53 ID:Kzt+iYjS
天理高教諭が痴漢…「つい触ってしまった」
奈良県警天理署は26日夜、痴漢行為をしたとして県迷惑行為防止条例違反の現行犯で、同県天理市、
天理教校学園高校教諭東吉洋容疑者(28)を逮捕した。「つい触ってしまった」と話しているという。
調べでは、東容疑者は26日午後11時10分ごろ、同市川原城町の路上で、自転車で擦れ違いざまに
奈良市の会社員女性(20)の体を触った疑い。飲酒して帰宅する途中だった。
一緒にいた女性の知人が取り押さえ、天理署に引き渡した。
(2008年4月27日12時26分 スポーツ報知)
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20080427-OHT1T00139.htm
850 :
神も仏も名無しさん :2008/04/27(日) 22:59:12 ID:Kzt+iYjS
ニュース3
高校教諭の痴漢 夜中ですが、飲酒して自転車で帰宅中、すれ違いざまに20歳の女性の体を触り逮捕された高校教諭。
東吉洋容疑者、28才。
「つい触ってしまった」
あり得ません!!
まず、自転車も飲酒運転は禁止されてます。で、つい触った。。。 どうしようもありませんね。
僕も教育関係者の知人もいるんですけど、話を聞くと、結構、変態教師が多いようです(知人はまともな人間ですよ)
机間巡視って言うんですか? 授業中グルグルと回りながら説明したりすること。
その時に、胸元を見てたりするんですって。。。生徒とメールをしている教師もいるとか。。。
何してるんですかぁ!?あきれますね。。。
「つい触っちゃった」奈良の高校教諭が痴漢
ニュース21
http://robin89.livedoor.biz/archives/50973086.html 天理教信者はよって犯罪を起こすらしい。
851 :
ふりこみ杉@S 2027 :2008/04/28(月) 22:03:49 ID:tgEF3pc9
番長さんこの頃出出て来ませんねえ・・・
作戦タイム中ですか?
ちょっと暇つぶしに「日本人ってなに?」って掘り下げてみましょう。
いんねんを思案する上で日本人として蓄積された文化、思想から起こる心使いも
少しは思案してみることも必要かもしれません。
かといって俺はその道のド素人ですのでたいした答えも持ち合わせておりません。
ま、番長さんが締めくくりを発するまでの暇つぶしと言うことです。
日本人のルーツとは?
http://www.asahi-net.or.jp/~uv6y-ysd/sex1_1_15jp.htm もしお暇でしたらみなさんご感想など^^
「奈良の高校教諭」この言い方は、間違いだ。 県立と誤解する人いるかも、奈良って言えば、奈良市と思う人が多い。 奈良県天理市の私立「天理教校学園高校」の教諭・・・ こう書かないと分かりづらい。
今北産業
854 :
ふりこみ杉@S 2027 :2008/04/29(火) 01:35:48 ID:q+Y9y5wZ
>>853 お元気でしたか?
??今来た、残業??
もー眠タイガー・・・
《今後の予定》
豪族→大和朝廷→武士→軍国主義→個人主義
★雑種民族がどうして統一されたのでしょうか?
と、しようと思ってましたが・・・
テーマが大きすぎることに気が付きました。
気が向けばシコシコやって行きます。
855 :
神も仏も名無しさん :2008/04/29(火) 13:07:27 ID:9uimeKv3
>>850 > 「つい触っちゃった」
「さわっちゃった」って恥ずかしい天理の教師。天理教の奴は酔って犯罪を犯す奴が多いらしい。
あ〜、酔ったふりも楽じゃねぇよ〜 !
857 :
ふりこみ杉@S 2027 :2008/04/30(水) 20:20:46 ID:vqugPLFv
あっちゃこっちゃと集まってきた古代日本人は次第に各地で集団を形成して行き、ケンカの強い者が後の豪族と呼ばれるようになります。
その豪族の中にヤマト朝廷の原型となる集団が九州から東征し、各地の豪族を撃破、吸収していくこととなります。
記紀に見られる神話はヤマト朝廷の正当性を誇張したものだと言えます。
http://homepage1.nifty.com/miuras-tiger/koto-b-31.html 例えば「出雲の国譲り」などがそれで、単純に言えば、侵略の言い訳にしか過ぎません。
では、なぜ「譲ってもらった。」などという表現をしたのでしょうか?
http://www2.odn.ne.jp/hideorospages/yamatai11.html それは「たたりへの恐れ」からであると思います。
出雲等を滅ぼしていないことへの証として、出雲地方を始め地方の豪族を○○の尊(命)として、記紀に盛り込んでいったのだと想像しています。
「たたり、恐れ」の思想から来る信仰は、その後の菅原道真の天神さんに代表されるかもしれません。
http://www.din.or.jp/~a-kotaro/gods/kamigami/mitizane.html さて、天理教のいんねんを語る時、「言うことを聞かないとこうなるぞ!」
「昔、お前の前生で悪事を働いたから、今こうなったんだぞ!」
的な脅しめいた用い方をしていないだろうか?と思案、反省をしなくてはなりません。
日本人はこの手の話には必要以上にビビった歴史がありますので気を付けねばなりません。
ず〜と飛んで士農工商、武士の時代。
この時代に儒教の影響もあり、上下関係の考え方が確立されたように思います。
いつでもお上の申すことが正しいんだ!と言うことに慣らされていきます。
その考え方は戦前の軍国主義、全体主義まで延々と脈づいて行くことになります。
また、身分制度の中で作られた、えた、非人等の下を見て、自分の位置を満足しなさい的な考え方も植えつけられていきます。
このことも天理教に関わる人たちの深層心理の中で大きな影響を与えていると思案しています。
盲目的に親の声を信じたり、「○○よりはましだ。」と本来のたんのうの意味とは程遠い位置での勘違いをしていることはないだろうか?
せっかく心の自由をお与えいただいてる我々は、教理を、時にいんねんを思案するには、もっと自由に自らの答えを勇み心として導きだしたいものだと思います。
858 :
ふりこみ杉@S 2027 :2008/04/30(水) 20:34:53 ID:vqugPLFv
書き込み終えたら 平野が逆転3塁打! 6回終わって、阪神5対ヤクルト4 ムフフフ どや! 今年の阪神やるやないか!
859 :
8回表 阪 神 5 - 5 ヤクルト :2008/04/30(水) 21:15:50 ID:rH3SpVgE
踊り踊るなら チョイト 東京音頭 ヨイヨイ 花の都の 花の都の真ん中で サテ ヤ〜トナ〜ソレ ヨイヨイヨイ ヤ〜トナ〜ソレ ヨイヨイヨイ
860 :
ふりこみ杉@S 2027 :2008/04/30(水) 21:35:00 ID:vqugPLFv
イカン! 別スレで能書きたれてたら同点かあ・・・
861 :
ふりこみ杉@S 2027 :2008/04/30(水) 21:38:01 ID:vqugPLFv
862 :
神も仏も名無しさん :2008/04/30(水) 21:45:35 ID:ddZIyLQ4
__,冖__ ,、 __冖__ / // ,r――――――― ,,、 `,-. -、'ヽ' └ァ --'、 〔/ / / \ ヽ_'_ノ)_ノ `r=_ノ / / ,VVVVVVVVVV __,冖__ ,、 ,へ / ,ィ / " ノ `,-. -、'ヽ' く <´ 7_// / ■■■ ■■、 ヽ_'_ノ)_ノ \> / / /●)、,.;j/●) n 「 | / | -'''" ̄ = -`ヽ、 ll || .,ヘ / | ,-、 | ,r':/ ̄''‐-〆_ノ ll ヽ二ノ__ { | / ハ `l/ i::::i _ `ヽ l| _| ゙っ  ̄フ.rソ i::l r' ,..二''ァ ,ノ |l (,・_,゙> / { ' ノ ::::::::::::l /''"´ 〈/ / ll __,冖__ ,、 > >-' ::: ;::::| ! i { l| `,-. -、'ヽ' \ l l ::::::::::;:::l | | ! |l ヽ_'_ノ)_ノ トー-. !:::::::::::;::|. | ,. -、,...、| :l ll __,冖__ ,、 |\/ l::::::::: ;::l i i | l ll `,-. -、'ヽ' iヾ l l:::::::::;: l | { j { |l ヽ_'_ノ)_ノ { |. ゝ:::::;:i' `''''ー‐-' } . n. n. n l | ::. \::ヽ、__ ノ |! |! |! l | ::. `ー-`ニ''ブ o o o ,へ l :. |
阪神のサヨナラ勝ち!
864 :
神も仏も名無しさん :2008/05/01(木) 10:43:58 ID:Iq3J5iGs
>>847 最後は宝刀が抜けるかどうかだろうな。
特攻隊を動かせたのは皇統だろうな。天理では無理と思うw
それが天理神話と記紀の違いかもな。
865 :
神も仏も名無しさん :2008/05/01(木) 13:57:50 ID:vJ1AAt3p
>>864 戦時中は、天理教も「上への孝行が神への孝行である」って教えてたんでしょ?
「積極的に戦争援助をしてきた宗教団体」ってことでGHQが天理に乗り込んできたのを、
2代真柱が「おやさま」の教えを説明して納得させたって聞いたけど。。
そのあたりの経緯は、当時を知る人から聞くしかないかな?
866 :
ふりこみ杉@S 2027 :2008/05/02(金) 19:48:37 ID:Hb19rUCH
867 :
ふりこみ杉@S 2027 :2008/05/02(金) 19:51:19 ID:Hb19rUCH
868 :
神も仏も名無しさん :2008/05/04(日) 21:48:38 ID:abhfXg4h
>>866 人は多様で大義に死を望む人もいるのです。
『一日でも命が永らえますように・・・』と思うかどうかは人それぞれ。
869 :
ふりこみ杉@S 2027 :2008/05/04(日) 22:33:19 ID:cXxDlZwl
参考までに
http://www.warbirds.jp/senri/09seisin/4-52.html 俺の文書がいつもマズイもんだから・・・勘違いしてるかも?
× 多くの人の思いは、自分が敵艦に突っ込むことにより、国に残る家族達が
『一日でも命が永らえますように・・・』と言う思いからではなかったのでしょうか?
○ 多くの特攻隊員達は、自分が敵艦に突っ込むことが、
『国に残る家族達が 一日でも命が永らえることになるんだ・・・』
と言う思いからではなかったのでしょうか?
勿論アナタの意見もあるとは思います。
多くの人の大義は『国家そのもの』へ思いではなく、
『国に住む人』への思いであったと言いたかったんですが・・・ね。
870 :
神も仏も名無しさん :2008/05/05(月) 00:54:05 ID:XQlW/Ilj
>>868 >人は多様で大義に死を望む人もいるのです。
その「大義」とやらで、戦場で人を殺したり、自分の命を絶ったり。。
そういう大義に従う事が「おやさま」の教えとは思えませんね。
99人が悪に従い、1人になっても善を主張するのが「ひながた」だと思います。
871 :
神も仏も名無しさん :2008/05/06(火) 10:37:59 ID:IryCrqVT
>>870 >そういう大義に従う事が「おやさま」の教えとは思えませんね。
「おやさま」の教えに大義などあるまい。
>99人が悪に従い、1人になっても善を主張するのが「ひながた」だと思います。
あるのは、詐欺、恫喝の類だけ。君のこの説は偽善詐欺の典型だな。
872 :
神も仏も名無しさん :2008/05/07(水) 14:26:37 ID:J+Q4Flr/
>>871 「おやさま」の教えを「大義」と言うつもりもないし、必要もない。
いくら「お上」の命令でも、人殺しや罪もない人を苦しめる行為が「おやさまのひながた」ではない、ということ。
今の天理教教会・信者が「お上」の命令で多くの人を苦しめている、としたら、
「それは間違いだ」と主張しているわけだが?
>>780 ,781
>>778 です。レス有難う御座いました。
事情があって、御返事遅くなりましたこと、お詫び申し上げます。
「おさしづ」の「明治二十二年十一月七日 午後十時四十分 刻限御話」からのお話しと存じます。
自分の心の定め方は、実に仰る通りです。
しかし、自分に求めると同時に、どうにか相手にも伝わって欲しいと思う心は、「欲」なのでしょうか・・・
「世界は鏡」ならば、自分の心の建て替えは言うに及ばず・・・
但し、本当に「ひながたの道」に照らした建て替えなのか?と仰りたいのでしょうか・・・
>>787 ,789
「今更」の遅いレスで失礼します。
「つとめ」では、些か広く、少し分けて考えたいですねw
かんろだいのつとめ
・かぐらづとめ
・陽気てをどり
特別な目的を持った「つとめ」十一通り
まなびのつとめ
・座りづとめ
・てをどり(陽気てをどり)
875 :
神も仏も名無しさん :2008/05/07(水) 22:18:35 ID:aYYsn1xn
当て逃げか
876 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/05/08(木) 03:21:25 ID:2y7yppr+
>>743 > 基本さん。ひとつだけ訊いていいて゜すか?
> 「甘露台つとめ」「神楽つとめ」について、 おふでさきの枠組みにおける
「よろづたすけ」の救済手段として、今もまだ有効であるとお考えですか?
> それとも、すでに失効であるとお考えですか?
お返事遅れましてすみませんでした。
お筆先においては、つとめとは、「どのような事をするのもみなつとめ」であり、
教えは「つとめでも、心の勤め・身の勤め」です。
つまり、
>>874 に示して頂いてありますような、
> かんろだいのつとめ ・かぐらづとめ ・陽気てをどり 特別な目的を持った「つとめ」十一通り
> まなびのつとめ ・座りづとめ ・てをどり(陽気てをどり)
こういう分類は、お筆先全体の趣旨としては無意味なわけです。
監獄で便所掃除していて、皮膚病になった鴻田忠三郎さん。
この人には、そのトイレ掃除が、おつとめなのだという認識は無かった。
それでおやさまから、質問されて、言葉にしました。
「何をさせて頂いても、神様の御用向きを勤めさせて頂くと思えば、実に結構でございます。」
上手い事答えました。神様のつとめ。と思えばと、
逸話篇144の【天に届く理】、おやさまは、こう言われています。
「そうそう、どんな辛い事や嫌なことでも、結構と思うてすれば、天に届く理、神様受け取り下さる理は、結構に変えて下さる。
なれども、えらい仕事、しんどい仕事を何んぼしても、ああ辛いなあ、ああ嫌やなあ、と、不足々々でしては、天に届く理は不足になるのやで。」
と、お諭し下された。
普通に考えてみてください。
地場で甘露台を囲んでお勤めするそのおつとめと、監獄で無実の罪で、弾圧されて、させられる便所掃除と、どちらを天はお受け取りになるか。
監獄の中にて、強要されて虐げられてつとめる方が、数千倍も天に届くということは、
誰でも分かる事です。
おやさまはきちんと、教えられてある事です。
877 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/05/08(木) 03:36:22 ID:2y7yppr+
そこには、鴻田忠三郎さんにとって一つの不合理があったわけです。 官憲に拘引されて、監獄の中で見せしめとして苦役をさせられているという、させているのは、警察であり、 おやさまがさせているのではない。 その、おやさまも、獄舎にいるわけです。 おやさまは、「呼びに来るも神・連れに来るも神」という。 それならば、便所掃除をしておれと命じたのは、「上」なのか「神」なのか。 。。。 ここに鴻田忠三郎さんの不合理があるわけです。 おやさまのお供という精神はあるけれど、おやさまが何をなされているのかということの認識が出来ていない。 おやさまが、世界のろくぢの為に、道を付けて下さっているのだという自覚が無い。 お上に対して、この宗教は良い宗教だから認めてくださいと、文書を提出した本人だから、 道は下からというおやさまの教えよりも、 お上に認めてもらう事で公認を得たいという鴻田忠三郎さんの、道の者にあるまじき不合理。 それが、どこで何をしていても「つとめ」なのだというおやさまの教えの基本に、素直になれなかった原因だと思います。
878 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/05/08(木) 03:44:32 ID:2y7yppr+
>>743 つまり、つとめというものは、救済手段です。
それは、お屋敷でもそうであり、山の中でもそうなのです。
お屋敷では、「ここでつとめをしていれど胸の分かりた者はない」。
山の中では、「山の中でもあちこちと天理王のつとめする」。
けれど、どんなつとめも、みなつとめ。
それが、おやさまの教えの、世界ろくぢのためのものであるならば、みな、天に届くつとめです。
六角の台というのは、ろくぢと言う意味です。
胸とは六つの根。六根清浄ということの意味です。
地場に立つ甘露台も六角の台ならば、睦まじいという台もあります。
世界ろくぢに、つとめること。それが葉本の使命です。
879 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/05/08(木) 10:20:36 ID:2y7yppr+
>>873 > しかし、自分に求めると同時に、どうにか相手にも伝わって欲しいと思う心は、「欲」なのでしょうか・・・
欲であり、案じ心とも言えます。
お言葉に、
明治二十六年七月十二日 夜
日々さづけの事に付願
さあ/\尋ねる処/\、皆こうして寄りて居れば皆真実ばかり。
どんなさしづした処が心まで。一寸行かん。二日三日で行こまい。
事情一寸諭したる。一日日を以て皆一つ理に理が添えんという理を聞かして受け取る。
どれだけ盛ん/\と言えど、道を抑えて盛んと言えようまい。
理に合わせる。そうやない。
どんな処にをい掛かるも神が働くから掛かる。
なか/\の働き言うまでやない。
出るや否や危なき怖わき所でも守護するで通れる。
何処其処へにをい掛かりたというは皆神の守護、どんな所通りて危なき所怖わき所でもなか/\の理無くば通られやせん。
遁れて来た所、一寸遁れる事出来やせん。
仇の中、敵の中剣の中も連れて通るも同じ事と言う。
・・・・・・・・・・・・・・
このように、知らされてあります。
『理に合わせる。そうやない。
どんな処にをい掛かるも神が働くから掛かる。』
なのです。
相手の人が聞くのも聞かないのも、神様のお働きであり、
『理にあわせる そうや無い』のです。
相手に聞いて頂きたいと自分が思っても、神様がまだだと思し召していたら、まだなのです。
相手に聞いて頂きたいと思わなくとも、聞くべきときには、自然天然に、誰が導いたといわずとも、道はつたわります。
「匂いばかり」と、限定し、中身まで食させるのは欲だという事、心得です。
880 :
神も仏も名無しさん :2008/05/08(木) 13:02:07 ID:a+Y77an7
アンチを攻撃することだけのS2027が常識外れなことを書き、 信者から攻撃されている基本の方がまともなことを書いているのはどうしてだろう? 天理教だけでなく、世間のことも学んだ方がいいと思うのだが?
>>879 >>873 です。レス有難う御座います。
成る程・・・だから
>>780 で >願うしかない と仰るわけですか・・・
「助かって頂きたい」≠「心を立て替えて頂きたい」
「助かって頂きたい」=「心を立て替えられるように神様に働いて頂きたい」
ま、実践在るのみですね。
鏡の法則とかいっといて、結局は相手に心を変えさせるわけか。
883 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/05/09(金) 01:47:31 ID:cJ9CW6rF
鏡の法則
http://coaching-m.co.jp/reportaaa.pdf 天理教の教えとは違うものです。
何が違うのか、それは、神様がいないという違いです。
虐められているお子さんがいて、母親が悩んでいる。それは、母親においての夫に対する態度が原因であると鏡の法則では、指摘していて、
夫に対する態度の原因は、父親に対する態度が原因であると、母親においての体験の問題にまで遡って指摘した話が、記載されています。
母親が先ず父親への心を吐露し、父親に侘びを告げ、夫に対する態度を変化させたとき、子供の虐めが治まったという、ストーリーです。
そこには神様はいません。
逆に言えば、いうならば、母原病として、子供の心を抑圧していたという事の、対症療法というものです。
子供が幼稚園児なのですが、言葉がうまく使えない。言語障害に近いくらいで、どうしたらよいかと相談された事があります。
そのお母さんに、夫婦の会話が無いでしょうと言いますと、その通りで・・・
それで。ご主人と会話をするように助言しますと、夫とは話にならないと、言われました。
されで、あらかじめシナリオを決めておいて、子供の前で、そのシナリオどおりに夫と会話をして見せる事を提案しました。
それなら出来るというのです。
そして、一ヶ月もしないで、子供は元気におしゃべりをするようになったと・・。
こういう事は、神様が働くまでも無く、人間の知恵で出来る事です。
法則でもなんでもないわけです。
884 :
基本。 ◆XE./kJ00CA :2008/05/09(金) 02:01:41 ID:cJ9CW6rF
>>883 鏡の法則の実話の例で言うならば、> 鏡の法則
http://coaching-m.co.jp/reportaaa.pdf 母親は毎日のように子供と会話していて、子供のほうは母親を相手にしていない、相談しないという現象が出発点にありました。
つまり回答者は、子供から信頼される母親になれという事を、示せば解決する問題でした。
それを、母親自身の親子の問題に意識を誘導し、このお母さんに欠如していた、[相手が誰であれ下に見る]という心を、向きを、子の件だけ、変化させたという事です。
安っぽい手品です。
私の示した場合にも、子供は耳で聞いて、言葉を語るようになるという、当たり前の事を、お母さんに指示しただけの事です。
> ご主人と会話をするように助言しますと、夫とは話にならないと、言われました。
そういう、[人を下に見下す態度]、それが子供の口を封じている。
「>夫とは会話にならない」という人が、→「>シナリオどおりに夫と会話をして見せる事を提案しました。
それなら出来るというのです。 」
つまり、妻は出来ないが、営業用のホステスならできるといっているようなものです。
こういうレベルの問題というものは、人間の工夫で解決できるものです。
少なくとも、どちらのお母さんも、子供が可愛いと思っているからです。
つまり鏡の法則というものは、各種宗教や倫理団体で使い古された、人間の知恵です。
それではどうにもならないときに、親神様がいると言う事です。
↑上のお母さん二人とも、実は何一つ解決していない。
それは、天理教を知らない限り解決できない問題が、やがて表れるのです。
885 :
神も仏も名無しさん :2008/05/09(金) 23:17:20 ID:0Zi9q9/S
>>880 嘘つき赤いきつねより、S.2027氏の方がよっぽどまともに思えるが。
人間界で生きられないきつねちゃんは、故郷の山に帰りんしゃい。
886 :
神も仏も名無しさん :2008/05/13(火) 13:30:36 ID:4R6rGCXH
>>885 S.2027氏を見れば、部内の人がどういう考え方をしているかが分かる。
天理教の腐敗を正すより、問題点を隠蔽するのに必死になっている。
批判されている点を是正することが、天理教の生き残る唯一の道なのに、それをしない。
まさしく中山みきの教えに逆行している、今の天理教団を表している。
887 :
神も仏も名無しさん :2008/05/13(火) 14:51:08 ID:OaZV6ZmK
天理教分教会で、前分教会長が信者の男に刺されて死亡(読売新聞) 12日午後4時ごろ、大阪府松原市天美北2、「天理教愛光分教会」 から「人が刺された」と110番通報があった。府警松原署員が駆けつ けたところ、2階の部屋で前分教会長の大野佐七さん(88)が、左胸 に刃物が刺さった状態で倒れており、そばにいた分教会手伝い北添義男 容疑者(59)が刺したことを認めたため、殺人未遂の現行犯で逮捕し た。大野さんは病院に運ばれたが、出血多量で間もなく死亡した。同署 は殺人容疑に切り替えて調べる。 調べによると、刃物はやすりを研い だもので、刃渡り約20センチ。北添容疑者はこの日午後1時から信者 に行った講話の方法や生活態度について、大野さんから注意されたとい い、「カッとなって刺した。自分も死ぬつもりだった」などと供述して いる。北添容疑者は約20年前から、同分教会で大野さんの家族と同居 していた、 北添容疑者は愛光分教会の住込み信者、天理教の悲惨な住込み信者の実態 住み込みを決定後全ての財産を天理教にお供え、北添容疑者は一戸建ちの 家を売却して愛光分教会に住込み信者として入った、北添容疑者は820 万円を愛光分教会へお供え、月々1万円を小遣いを大野分教会長から貰い 僅かな缶コーヒー代やタバコ代で生活していた、天理教も最近は運営事態が 難しい時代に来ている、お供えさえ入れば後は早く出て行って欲しいのが 本音、 お助けの中に神をみた、最後に見たのは北添と木工用ヤスリ そんなもんさ天理教は。インネン、インネンでお供えを強要する天理教
888 :
神も仏も名無しさん :2008/05/13(火) 19:28:45 ID:hBICpkuA
↑ もう5年も前の話ではあるが、これは事実だから、言い訳のしようもないだろう。 大野氏の虚像があぶりだされたって所。 いつごろから「ろくぢ」を忘れ始めたんだろな。 先日テレビで、心理学のテストとして監獄の囚人役と看守役を演じさせた実験の放映があった。 本物でもなんでもない両者が、次第にその気になり、又ならされていく経過が怖いほどだった。 状況がそれをつくる、人間は状況によって容易く変えられるという怖さだ。 救う者、救われる者という関係が、いつの間にか支配、被支配という状況を作り出していることになっていることに 気がつかない。これこそ大埃だというのに。
>>888 転向論文やロールレタリングだって、これまた洗脳手段としては有効であるため広く用いられているではないか。
890 :
神も仏も名無しさん :2008/05/14(水) 10:10:58 ID:W6Vggr2G
891 :
神も仏も名無しさん :2008/05/14(水) 10:17:00 ID:W6Vggr2G
「天理不容」は「道義上許されません」。 翻訳ソフトではこの訳になる。 天理は道義上許されません。 天理は道義上許されません。 天理は道義上許されません。 天理不容、天理不容、天理不容。
892 :
神も仏も名無しさん :2008/05/14(水) 13:24:32 ID:o+aCgipj
>>891 馬鹿だなあ。中国共産党の暴政は天理に沿ってないという意味じゃん。
理解力ゼロ。
893 :
神も仏も名無しさん :2008/05/14(水) 17:40:01 ID:o+aCgipj
も一つ。 中国共産党と天理教が並びたてられているとしたら、それこそ快挙だぜ。
894 :
神も仏も名無しさん :2008/05/15(木) 08:28:52 ID:ScJTs4yQ
↑
胡錦濤と真柱が同格か?
池田大作センセも真っ青だな。
>>891 ノータリンのこのカキコこそ、「天理不容」と台湾人に笑われるぞ。
895 :
神も仏も名無しさん :2008/05/16(金) 20:07:40 ID:YiOAuwuO
天理教は道義上許されません。 胡錦濤と真柱が同格。 これ決定。。。 カルト消えろ。
896 :
神も仏も名無しさん :2008/05/16(金) 20:12:01 ID:YiOAuwuO
胡錦濤も真柱も共に自分が最高と信じてるのだろ。 だったら同格でいいだろw 中国共産党の暴政が天理に沿ってないなら 天理教も天理に沿ってないだろ。 胡錦濤と真柱はお仲間だよ。
897 :
神も仏も名無しさん :2008/05/16(金) 23:25:17 ID:WF54sA3w
↑ 低脳アンチくん、 台湾の看板は、天理教とは無関係だっての。 意味を取り違えていてバツが悪いから、持論にすりかえか? >自分が最高・・ って信じてるの、お前じゃないのか?
898 :
神も仏も名無しさん :2008/05/17(土) 11:54:57 ID:ey/NkCFO
>>897 >台湾の看板は、天理教とは無関係だっての。
香港の看板の意味を言ってるのだろ。
極悪は共に一緒だよ。
天理不容が日本では天理教不要に見えるということだろw
899 :
神も仏も名無しさん :2008/05/17(土) 16:50:34 ID:ofHfjBQD
天理不要
900 :
神も仏も名無しさん :2008/05/17(土) 20:13:47 ID:qGs5pnhU
>>896 13億人の人民のトップと、たかだか数十万人の信者のトップと同格か?
真柱喜ぶぞ。
901 :
神も仏も名無しさん :2008/05/17(土) 21:26:17 ID:ey/NkCFO
902 :
神も仏も名無しさん :2008/05/22(木) 14:58:01 ID:u99GPwpe
武庫川女子大学総長さんの天理教批判は痛快。 過去ログ読んでいるのだけど、天理教のアホさを露呈させるのが面白すぎ。 天理教最低!!おてんば総長最高!!
903 :
神も仏も名無しさん :2008/05/22(木) 23:00:26 ID:ADldUD9+
↑ 褒めた積りかもしれないけど、総長複雑な心境かも。 感謝半分ニダ(カムサハムニダ)ってところ。
904 :
神も仏も名無しさん :2008/05/22(木) 23:03:03 ID:Oz2Jz9Gr
「因縁」は、都合悪くなった時の逃げ口上だろが!
905 :
ふりこみ杉@S 2027 :2008/05/23(金) 00:08:26 ID:3X6xjITg
人減を宿しこんだ場所にかんろだいを据え置く。 と、しますと、神様の大きさ(寸法)がなんか人間と同じ大きさに感じてしまいますね。 神様に姿、形があるのでしょうか? ミクロの中にも神様のお働きはありますし、マクロの中にも働きが満ち溢れています。 俺は地球そのものが「ぢば」であると妄想しています。 この世、元はじまりは宇宙全体を指し、地球という星の中に住む生命に、オス、メスの働きを与えられたんだんと思っています。 九十九年たって、みな出直し・・・とあります。 この地球とていつか滅んでしまうのが、一般常識でありましょう。 だから・・・ また神様は新たに別の星に生命をお与えになることと思います。 地球での失敗も神様は想定内の出来事として受け止めていることと思います。 俺たちは地球が滅びるまで間の、わずかな瞬間に一喜一憂しながら生かされています。 もちろん地球が滅んだとて、また別の星で新たな生命を受け、生かされていくのです。 そして、中山みき的な人から神様の存在を聞かされ、天理教的な信仰が始まるのです。 教会的なものも発生し、そこに矛盾も生まれてくるのかもしれません。 もちろんアンチ君も存在することでしょう。 神様は陽気ぐらしをするのを見て、共に楽しみたいと思われ、人間を想像された。 俺はこのフレーズが好きですね。 人間は幸せになれるように神様が想像された「元のいんねん」に勝る「いんねん」などありません。 組織うんぬん、枝葉のことに囚われないフリーな状態でいたいものです。 ま、願わくば石のかんろだいがこの地球上の親里ぢばに建設されたらイイなとは思いますが・・・ かんろだいにかんろが振ることが、最終目的といいつつも、それに向かうプロセスを神様は楽しんでおられるようにも思います。 番長さんそろそろ出番ですよ。
906 :
ふりこみ杉@S 2027 :2008/05/23(金) 00:11:33 ID:3X6xjITg
907 :
ふりこみ杉@S 2027 :2008/05/23(金) 00:27:42 ID:3X6xjITg
>>905 の追加訂正
×→想像
○→創造
・・・こうしてスレが消化される
すみませんです。
908 :
神も仏も名無しさん :2008/05/23(金) 08:58:37 ID:pSQMGqaq
909 :
神も仏も名無しさん :2008/05/24(土) 23:18:15 ID:QrO+Dd04
因縁の教理を説法するのは、教会長らが信者から金を搾取するための 手段(脅し)としている説もある。 因縁を見通せる方、(天理教教祖など)が言うのならまだしも、 何もわからないのに、解ったような事を言う者が天理教信者に 多いのも、相手を不快にさせ、昨今の信者減少の一因でもあろう。
910 :
神も仏も名無しさん :2008/05/25(日) 10:50:09 ID:2VOhkLxj
911 :
神も仏も名無しさん :2008/05/26(月) 17:12:16 ID:t3QfHGvN
>>909 >因縁を見通せる方、(天理教教祖など)が言うのならまだしも、
見通せるか見通せないかの判別が出来ないからねぇ。。
議論はされてたようだけど結局、誰も見通す方法を説明できなかったんでしょ?
ということは、「教祖」だって現在世間で言われてるような「因縁」を見通す事なんて出来なかったんじゃない?
ここに来て、「いんねん」の話に逆戻り、いや、振り出しに戻りますかw
「世界に写してある」という事の意味。
つまり、本人は鏡である世界から悟らなくてはならないが、廻りには「あの人はこうだから・・・」と見えているとも捉えられる。
例えば、顔にマジックが付いていても、触っても感触ないし、鏡でも見なければ本人には分からない。
ところが、他人からすれば、一目瞭然って事もありますよね。
信仰を通して見る目を持っていれば、自分の事より他人のことは解るわけです。
しかし、教祖さまは、見えていても本人に悟ってほしく、その説明だけして直接教えるようなことはしていないのです。
そこに、神様の思惑を汲み取ることも出来るかと。
信仰を通しての「見る目」について、最初の方、
>>1-240 くらいまでで少しずつ、更にそれ以降で掘り下げてきた感じですね。
最近の100レスくらいは、スレ主不在のテーマの無い、談話室のようになっていますがw
913 :
神も仏も名無しさん :2008/05/26(月) 18:34:45 ID:t3QfHGvN
>>912 >信仰を通して見る目を持っていれば、自分の事より他人のことは解るわけです。
結局、「信仰を通して見る目」をどうやって持つのか?
の説明(教理や原典の解説)が誰も出来なくて、因縁話は「嘘」だってなったんでしょ?
誰にも出来ない事をおやさまが教えるわけがないから、>911 の話しですよね?
914 :
神も仏も名無しさん :2008/05/26(月) 19:13:30 ID:p0ZficYM
>>911 他人のいんねんなんて誰にも分からない。
適当に言っているに過ぎない。
だから騙されてはいけない。嘘つきに騙されてはいけない。
出任せ言っているようじゃ、みんなから嫌われる。
>>912 のレスからも、いんねんを見る方法が分かっていない。
天理教がやっかいなのが、この「いんねん」を脅しに使っていることだ。
915 :
神も仏も名無しさん :2008/05/26(月) 21:43:14 ID:eyjhpiFD
インネンですたい、と言って置けば奉財箱には十円玉が数枚入る商売が天理王のみこと 適当にインネンが色情インネンが、ヘルス行った住み込み信者が淋病を貰った 布教所の信者の親戚の医者に紹介されて行って診る、性病科、先かか激痛と膿が 出ていた、布教所の共同風呂に入る住み込み信者、オオヒガシ、
>>913 ん〜、それはだいぶ誤解だと思う。
信仰上の基本的な内容を、原典だけでも、説明し切れていないんだよね。
例えば、教えの基本となる、陽気暮らしを妨げる心の使い方、「ほこり」についてだって、原典で詳しい説明はないよ。
ところが、みんな「八つのほこり」は習っているでしょ?
原典だけでは、分からないことが多いんだよ。
只ね、ここでは、それなりに教理を学んできた人には解るように、みんなが書いてると、自分は思うよ。
>>914 >いんねんを見る方法が分かっていない。
君と一緒にして欲しくはないねw
まだ、教理を知らない君には早いということだ。
何処で聞いたか知らないが、ここ(いんねんを語る場)に来るには早すぎるんだよ。
ものには順番があるんだから。
917 :
ふりこみ杉@S 2027 :2008/05/26(月) 22:13:33 ID:dyGZQxmg
骨粗鬆症の母が転びそうになり、支えた拍子に手首の骨にヒビが入りました。 これは『日々精進!』と言うことでしょうか? ところで、「子供が15歳までは親のさんげ」と聞かせていただきますが、 高齢者の親(例えば75歳以上)が身上、事情になった場合、 子供のさんげとなるのでしょうかね? 原典ではどのように言われているかは解りませんが、 さんげさせていただく方が、なんとなく俺には自然なように思えます。 母の手足となり、親孝行の真似事をしっかりさせていただこう・・・ 素直にそう思います。 阪神が延長11回、サヨナラ勝ちとなりました。 今日は気分良くさんげ・・・
918 :
神も仏も名無しさん :2008/05/26(月) 22:35:00 ID:p0ZficYM
信者はどうやっていんねんを知ることが出来るのか説明できないようなので、 「いんねん」は天理教の信者の妄想ということでFA?
919 :
神も仏も名無しさん :2008/05/26(月) 22:57:59 ID:p0ZficYM
>>916 結局説明できナインじゃん。
「順番・・・」とか「おまえにはわからない」とかいつもの逃げ口上ですね。
天理教の口から出任せの「いんねん」という言葉で、たくさんの人が傷ついているのだよ。
>>917 親孝行と言って、先ず思い出すのが、逸話編 十六「子供が親のために」の桝井伊三郎先生の件でしょう。
何となく、幼い子供の親を思う気持ちに感じますが、そうでもないようです。
と、言うのも「おさしづ」にこんな一節もあります。
明治二十一年
大東卯市郎父安治郎六十二才四十日前より黄疸に付伺
さあ/\/\/\/\一時一つ尋ねる処、先ず/\さあ/\一寸にはやれ/\難し。
親と思う知らせ置こ。一時ならんと言わん。未だ/\何でも一度という。成るたけ満足。
先ず/\親孝心のため満足させ。又めん/\一つの道運んで、安心をせねばならんと。
めん/\も安心して、成るたけ満足をさせ。
ご高齢の親を持つ子供へのさしづとみます。
子が親の身上を省みるとき、当たり前ながら、親孝行は基本のようです。
「親に満足させろ」とは、親に心配掛けるなと言うことでしょうか?
更には、安心させるような行いをしろという事でしょうか?
手首だとおつとめも満足に出来ないでしょうね・・・
・・・中途半端な書き方ですが、何かヒントになれば・・・
>>918 だから、まだ君には早いと書いたでしょ?
知りたいのならば、きちんと学べばいいでしょう。
大体、何処まで教理を理解してるのかすら書かないんじゃ、話のしようがないんだよ。
例えば、「ほこり」の種類と意味は分かるかい?少し書いてみてくれよ。
>天理教の口から出任せの「いんねん」という言葉で、たくさんの人が傷ついているのだよ。
何処で聞いたの?どんな「いんねん」だったの?
その辺りをきちんと書かないと、出任せかどうか分からないでしょ!
但し、他人に向かって「いんねん」を持ち出すのは、最後まで責任を持つつもりでなかったら、言わない方が良い。
自分はそう理解している。
922 :
神も仏も名無しさん :2008/05/27(火) 05:43:21 ID:FGhxHF/i
↓以下検索小僧の一人舞台スレへとかわります。
923 :
神も仏も名無しさん :2008/05/27(火) 05:43:56 ID:42Pwqwu2
925 :
神も仏も名無しさん :2008/05/27(火) 05:57:28 ID:fKLhUXAX
>>922 おさしづ持ち出すとみんな同じかw
今時ネット使ってて、持ってない方が少ないんじゃないか?
926 :
匿名希望 :2008/05/27(火) 05:58:51 ID:FGhxHF/i
出身:東京都
職業:建築業
趣味:おさしづ検索
>>925 おさしづのテキストデータ手に入れて2chで浮かれているのは一人ぐらい。
927 :
神も仏も名無しさん :2008/05/27(火) 06:42:33 ID:5HeM1rr+
>>919 前世で、身体を酷使したから、身体障害者になったとか、差別発言を平気でする。最低。
こいつらどうやって前世のことが分かるのだ?いい加減なことを言って人を傷つけるな!!!
それを言われた人の気持ちを考えろ!!!
>>923-924 わかりました。
>>926 なんか勘違いしているな、俺は建築業なんかじゃないし、場所も違う。たまたま近いけどねw
おまえ、だれかれかまわず書いてるだろ?
過去レス見れば、確かにそういう人いるみたいだけど、寂しいやっちゃなw
>>927 >前世で、身体を酷使したから、身体障害者になったとか
何処で聞いた?
とんでもないし、ほんとうにそう聞いたのか?
それと、このスレ、sage推奨のように見えるが?
>>925 ではageちゃったけどw
930 :
匿名希望 :2008/05/27(火) 07:50:54 ID:FGhxHF/i
図星すみませんでしたw
スレ主さん カムバック プリーズ !!!
932 :
神も仏も名無しさん :2008/05/27(火) 12:56:50 ID:5HeM1rr+
>>928 ひどいことをいう信者だと思いました。こんなのおかしいですよね?
933 :
神も仏も名無しさん :2008/05/27(火) 15:59:28 ID:SBDhuUNq
地球は自転も公転もしていない(メーソンの偽科学による洗脳)8 地球は1日に1回転して365日で太陽を1回りする。 水星は59日に1回転して88日で太陽を1回りする。 天王星は0.718日に1回転して30688日で太陽を1回りする。 月は28日に1回転して28日で地球を1回りする。 これらの惑星等の自転、公転速度はどの様にして決まったのか。 ビッグバンから惑星等が生まれ、その時の偶然の初速度として決まったと仮 定する。月等にクレーターがあるのは隕石の衝突の跡だと説明している。する と、月は隕石が衝突して初速度が変わって現在の自転、公転速度となったそう である。その自転と公転が同期しているとは確率的に1億分の1も有り得ない。 だから、同期していると言うのは嘘である。 月の満ち欠けが月の公転による月自身の影によるものであり、皆既月食も月 の公転による地球の影によるものなら、影の移動速度が同じにならなければな らない。 植物のつるが左巻きなのは、植物が太陽の火の気を受けている為で、若葉が 萌えると言うもえるの語源は火が燃えるから来ている。火の気(天の気)が太陽 に帰ろうと左巻きに伸びるのである。血をちと呼ぶ語源は地から来ている。土 地の土が食べ物に化けてそれを食べて消化すると血となる。日本の先人は宇宙 の真理を把握していたのである。それを毛唐(西洋人)に偽科学で騙されている のである。日本人より優れた人種はいないし、日本文明より優れた文明はない のである。日本に西洋文明の真似をした猿が自分は知能が高いと言ってのさば っている。こいつらはごみ以下の存在価値しかない。 外国が日本を欲しがって盛んに反日攻撃してくるのは、日本が神の国であり、 宇宙を作られた創造神が守護しているからである。メーソン(悪魔)は創造神に とって代わろうと悪知恵を働かせているのだ。今の世の中が悪に染まり、人間 の力ではどうする事も出来なくなっている。これが世の終りの様相である。 神の裁きによって鬼が退治され、天国の世に変わるのである。今の君達のま までは退治される鬼の運命となる。風前の灯し火である。好きなだけ人を罵倒 しているが良い。
934 :
神も仏も名無しさん :2008/05/27(火) 23:00:29 ID:X+Xp7oGA
935 :
神も仏も名無しさん :2008/05/28(水) 16:32:17 ID:FyL+sB3J
936 :
神も仏も名無しさん :2008/05/31(土) 23:01:48 ID:3vuJY9aT
937 :
神も仏も名無しさん :2008/05/31(土) 23:35:43 ID:Ql3Ss//9
その前に天理教がなくなる。
938 :
神も仏も名無しさん :2008/06/01(日) 00:05:33 ID:Ql3Ss//9
お前はいんねんが悪い お前はいらない人間だ と平気で言う。 天理教信者は人の気持ちがわからないのか
939 :
神も仏も名無しさん :2008/06/01(日) 01:15:25 ID:YBMkPg0/
940 :
神も仏も名無しさん :2008/06/01(日) 10:45:11 ID:YBMkPg0/
>>939 天理教信者以外の人間を認めない排他的なところがあるからなあ。
941 :
神も仏も名無しさん :2008/06/01(日) 10:50:27 ID:6a1ozX0F
>>940 自分で自分にレス返しwww
寝不足でうっかりパソコンを間違えたか?www
自 作 自 演 乙 w w w
942 :
神も仏も名無しさん :2008/06/01(日) 11:20:30 ID:YBMkPg0/
総務ネット対策の本部員休日もご苦労様
>>942 君ね、何でも憶測で係りを作っちゃダメだよ!
2ch常駐のおこちゃまレベルかい?
944 :
神も仏も名無しさん :2008/06/01(日) 18:53:11 ID:lhvLbVad
天理教スレって自作自演だらけだねwwカコワルイ
>>938 迷信を信じるのが信仰だと認識するので手いっぱいだから他人の気持ちを配慮するまでは手が回らないんだってさ。
946 :
神も仏も名無しさん :2008/06/02(月) 01:21:52 ID:+coYnrK6
「チベット大虐殺」
1959年の3月チベットの首都のラサで「改革解放」の名のもと「民族浄化」が開始、殺戮・破壊・強奪・強姦が行われた。
15万人の僧侶と尼僧は公開虐殺によって1400人に減らされた。
僧侶に対しては、滑車を使い仏像の重みによる絞首刑や、尼僧に対し警棒の形をした5万ボルトのスタンガン
を性器に入れて感電死させ彼女の死体は裸のまま路上に捨てられた。
一般民衆の犠牲者は120万人におよぶ。中国は「強制断種(チベット男性の生殖機能を手術によって奪う事)」
や「強制交種(チベット女性を中国男性と交わらせ民族の血統を絶つ事)」等の民族浄化に力を入れた。
生き残った証言者によると、親の死体の上で子供に泣きながらダンスをさせ、人民解放軍はそれを笑いながら銃殺した。
「ジュネーブ法律家国際委員会」が受理した供述書によると
「何万というわが国民が殺された。軍事行動においてばかりでなく、個人的に、また故意に殺されたのである。
(略)彼らは銃殺されたばかりでなく、死ぬまでむち打たれたり、磔にされたり、生きながら焼かれた。
溺死させられたり、生きたままで解剖されたり、餓死させられた者もあった。絞め殺されたり、首を吊って殺されたり、
熱湯による火傷で殺された。又、ある者は生き埋めにされたり、はらわたを取り除かれたり、
首を切られたりして殺された。こうした殺人行為はいずれも公衆の面前でなされた。
犠牲者の同じ村人、友人たち、隣人たちは、それを見物するよう強いられた。」とある。
ちなみに侵略や粛清、失政による飢餓など、歴史上その数において世界最大の虐殺者は、まぎれも無く中国で、
犠牲者は自国民、他国民含め四〜六千万人といわれる。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/news/4145/1210691064/4
947 :
神も仏も名無しさん :2008/06/02(月) 18:30:39 ID:oi+NlMdp
赤いきつねちゃん、今度はここに本部員が来てると思ってるらしい。 新しい妄想。w 本部のお高い連中が、こんなクソスレなんかに顔出すかよ。 2chで批判されること、いちいち気にする連中だったら、もっとまともになってるだろう。
948 :
神も仏も名無しさん :2008/06/02(月) 18:36:08 ID:ZAzUnmxd
顔出さなくても金の無いアホどもはやめて逝けと眺めてるよww
949 :
神も仏も名無しさん :2008/06/02(月) 19:07:41 ID:/CdTacvz
>>946 国際ひのきしん隊は中国四川の被災地に行きましたか?
もちろんいっていますよね?
950 :
神も仏も名無しさん :2008/06/02(月) 23:03:00 ID:CEnW+Juf
>>949 はあ?
国際ひのきしん隊っての、何時できたんだあ。
951 :
神も仏も名無しさん :2008/06/04(水) 12:23:14 ID:0QblDhb6
天理のあれは売名目的のもの。 強要されて行かされた。 ボランティアしたい信者は天理教のが重い腰をあげる前に、現地に赴いている。
>>949 ,951は、未だにジョークスレに書いた意味を理解していないw
問1 元のいんねんの自覚はなぜ大切ですか? 親神様は、人間が陽気ぐらしをするのを見て共に楽しみたいとの思召しから人間世界を想像され、 長い年限にわたって、守ってくだされ、これからも行く先永く御守護くださいます。 この親神様の創造の思いが私たち人間の元のいんねんとなっています。従って人間は親神様から、 陽気ぐらしをするように定められています。私たちはそのように決められている存在であるということを 自覚することが、元のいんねんを実現するために必要なことです。つまりそれは私たち人間が 目指すべき歴史の方向や、築き上げるべき理想の世界が何であるかを正しく見極めるためにも 何よりも大切なことです。 この元のいんねんを正しく自覚したとき、私たちは、親神様の人間にかけられた深い親心を 知ることができ、そして人間としてあるべき正しい生き方を全うすることができるのです。
問2 いんねんの自覚はなぜ大切ですか。 人間の一生の中には、良いこともあれば、良くないことも起こります。不幸や不運に見舞われて 絶望的な気持ちになるときもあります。たとえどのような苦しいことや悲しいことがあっても、それは、 親神様がなんとしてもたすけてやりたいとの親心から、いんねんを見せてくださっていることと受け止め、 その親心に感謝して勇んで苦難を乗り越え、不幸に打ち勝ち、幸せな未来を築いていかねばなりません。 いんねんの自覚は、たとえどのような困難や難儀なことに出遭っても、それにくじけず、悲観的にならず、 絶望することなく、それを克服して新しい人生を切り開いていくために必要なのです。 いんねんの自覚を通して初めて、人は、どんなことが起こっても喜んでその事態を受け入れることが できるようになります。そしてそこに親神様の御守護と親心を感じることができるようになり、陽気ぐらしが できるようになるのです。
問3 ほこりといんねんとはどんな関係ですか。 ほこりとは親神様の思し召しに反する心遣いのことです。このほこりが積もり重なったものを いんねんと呼び、いくら拭いても掃いても容易に元のきれいな心となりにくい状態を言います。 そして、先の世(来生)へ持ち越すようになってしまうこともあります。 従って、たえず親神様の教えを基準として、日々誤った心遣いを反省し、心のほこりの掃除を していれば、悪しきいんねんは生まれませんが、その努力を怠っていると、無意識・無自覚の うちにほこりが積もり重なり、そのあげくは、いんねんとしてお知らせいただくことになるのです。 いんねんは、身上や事情でお知らせくださいます。それは、早くたすけてやりたいという親心の 現れと悟り、その親心を感謝し、喜び勇んで、悪しきいんねんを白いんねんに替えるよう努力すれば、 御守護を頂いて、いんねんは納消されます。
問4 白いんねん、悪いんねんと言われるのは……。 親神様の思し召しにかなったよい心遣いが白いんねんとなり、反対に、親神様の思し召しに反する ほこりの心遣いが悪いんねんとなります。白いんねんを積めば、御守護によって幸せが頂けるし、 悪いんねんを積めば、さまざまな不幸や病み、患い、災難という、親神様からのてびき・ていれ・いけん ・みちをせとしてのお知らせを頂くことになります。 ……世界にもどんないんねんもある。善きいんねんもあれば、悪いいんねんもある。…… (補遺 M28・7・22) ……どれだけいんねんじゃ、いんねんと言うても、白いんねんもある、悪いんねんもある。…… (M31・9・30)
問5 ほこりを払わずにおくとどうなりますか。 ほこりというものは、知らず知らずのうちに、すなわち、自分も気がつかない内に積むものですから、 たえず自分の心遣いを反省し、掃除していかねばなりません。 それを怠ると、ほこりまみれの心となり、ついには少々のことではきれいにならなくなり、いんねんと なってその結果、親神様の親心を素直に受けとめられなくなり、陽気ぐらしから程遠い心遣いに 陥り苦しまねばならなくなります。そして、身上・事情のお知らせを頂くことになります。
問6 今生のいんねんとは何ですか。 私たちは、朝起きてから夜寝るまでの間に、仕事の上で、また対人関係や世上などについて実に さまざまな心を遣います。その中に親神様の教えに添わない間違った心遣いがあり、それがほこりと なって積もり重なり、容易に拭い切れなくなったものを、今生のいんねんと言います。それは自分の 生活の中で身上や事情でお知らせくださるものもあれば、十五歳までの我が子にしるしを見せて (前生のいんねんの場合も含みますが)心の入れ替えを急き込まれることもあります。また、来生に 持ち越すこともあります。
問7 前生のいんねんとは何ですか。 人間の魂は生き通しですから、何度も生まれ替わり、出替わりして、この世での生を繰り返します。 それぞれの一生の中で、積んだほこりの中には、払い切れず、次の生へ持ち越していくものがあります。 前生から持ち越してきた、心のほこりが、今生に現れ出たものを、前生のいんねんと言います。
問8 いんねんのさんげとは、どうすることですか。 いんねんとは、親神様の教えに反し、その思し召しに添わない、ほこりの心から生じるものですから、 その原因となったほこりの心を反省し、心の掃除をし、心を入れ替えるようにすることが、いんねんの さんげとなります。それは決して、単に親神様に、間違った心遣いの数々をお詫びすることに留まらず、 新たな決意のもとに、新しい運命を切り開くべく、積極的に勇気を持って、現実に立ち向かっていくこと でもあります。後向きの生き方でなく未来に新たな人生を築くための大切な心の働きと言えます。 いんねんをさんげするとは、何事が起こっても親神様がその人をたすけたいとの親心から知らせて くださっていると悟り、今までの生き方、考え方を根本的に改め、神にもたれて、神一条の生き方をする 大切な契機となることですから、信仰者にとって何よりも大切なことであると言えます。
問9 前生のいんねんのさんげはどのようにすればできるのでしょうか。 だれでも、みな、自分は幸せになりたいと思っていますが、思うようにならないのがいんねんと 教えられています。どうしても治らない悪い癖や性分にひきづられるときや、また何をやってみても 思い通りうまくいかないときは、まず、自分の今までの生き方や心の遣い方が間違っていなかったか、 またほこりを積んでこなかったかを反省することが必要です。そして、どうしても今の生き方、 考え方にその原因が思い当たらないときは、前生のほこりといんねんのなせる業と悟り、 たんのうすることが大事なことです。 「出けんたんのうするは、前生いんねんのさんげ」と教えられています。 たんのうは、単なるあきらめや辛抱ではありません。日々にどのようなことが現れてきても、 その中に親神様の親心を悟って、なお一層喜び勇んだ生き方をすることなのです。 また「見るもいんねん、聞くもいんねん」と言われるように、自分の周囲に現れてくる姿を通して、 自分の前生のいんねんを知ることができます。さらに「いんねんよせてしうごふする」と言われるように、 先祖・親子・孫・兄弟姉妹の姿を通して自分の前生の因縁を悟り取ることができます。このことを 「皆世界は鏡や。心通り皆映してある」と教えられています。 もっとも大切なことは、どんなことの中にも親神様の、早くたすけてやりたいという、温かい親心を 感じ取って勇み、たんのうの心を治めて通ることが大切です。それによってどんな前生の 悪いんねんも納消されて、明るい運命に替わっていくのです。
悪いんねんを深めないためにも「理の親信仰」に染まった天理教会を栄えさせる行いは慎む事が 明るい運命へと切り替えていくコツであります。 そのような教会へのつくし、運びは皆、埃となってしまうので注意しましましょう。
966 :
神も仏も名無しさん :2008/06/06(金) 06:35:26 ID:2VYiVLna
>>965 「理の親」については、色々と解釈がありますが、また後で書きます。
しかし、あなたの書かれた事は、自分のいんねんから逃げることであり、決して明るい運命にはなりません。
特に自分の「理の親」である教会は、所謂親子の関係として悟ることによって、自分の前生のいんねんを
知ることになります。逃げて通ることは、何も現状を替えることなく、更に来生へと持ち越すことになります。
親子間での事情は、特に深いいんねんがあると思案して、親神様の親心を悟ることが大切です。
968 :
神も仏も名無しさん :2008/06/06(金) 13:16:06 ID:2VYiVLna
>>967 > 特に自分の「理の親」である教会は、所謂親子の関係として悟ることによって、自分の前生のいんねんを
> 知ることになります。
教会長と親子関係になっても、自分のいんねんなんて分からない。
教会長が、適当なことをいっているに過ぎない。
いんねんとは、本来の天理教では自分で悟るものである。
矛盾しています。
あなたはどうやって自分のいんねんを知ることが出来たのですか?
具体的に教えてください。
述べられないということは、すなわち嘘ということになります。
しかし、述べられて、信者以外の方にも納得する会が得られたのであれば、あなたは悟ることが出来たと評価されるでしょう。
969
970
971
972 :
神も仏も名無しさん :2008/06/06(金) 22:30:50 ID:2VYiVLna
どうやっていんねんを知ることが出来るのかを天理教信者に質問しても、信者は答えることが出来ない。 つまり、口から出任せの嘘なのである。 それによって、他人を苦しめているのである。
>>968 ,972
遅くなりました。今は少し時間がとれそうなので、少し返答いたします。
既に書いてありますが、あなたが理解できないのは、真剣に捉えていないからでしょうし、教理を真剣に
学んでいないからでしょう。若しくは、残念ながら文章を読みとる力が不足してると判断せざるを得ません。
相手の書いてる内容を、きちんと理解してるとは、到底思えない反応です。
特に、「ほこり」になる心遣いを知らなければ、何がいけないのかが分かりかねると思います。
過去に、色々な方々が、その方法を書いていますので、最初から読み直すことをお薦めします。
今更ですし、評価を得たいとも思いませんので、過去に書いてる内容をもう一度読み直して判断して下さい。
974 :
神も仏も名無しさん :2008/06/06(金) 23:13:03 ID:af4v2M7E
天理教がエセ宗教だということが証明された。
975
問2 教会の系統組織はなぜあるのですか。 教会の系統組織は、信仰が伝えられていく順序に従って、自然にでき上がっていったものです。 すなわち、先に設置された教会が、後から設置された教会を、先達として導き、世話取りさせて いただいてるうちにできてきた理の流れです。 本来、教会はぢばと一つの信仰の生命体ですから、その「ぢばの理」を受け、心の成人をはかり、 信仰を伝え拡めていくためにも系統組織は必要です。木に例えると、ぢばという根から教会本部という 幹が、そして教会という枝葉が生命を与えられているので、どれ一つ欠かすことのできないものです。 こうしてぢばから発して地方に拡がった系統組織は、当然のこととして、ぢばの理を頂く道筋である と共に、ぢばの理を求めていく通路となっているのです。ですから系統組織は、親神天理王命・教祖 ・ぢばから発する御守護を頂くためにも、また、元のぢばに心を寄せ一手一つに世界たすけを展開する ためにも重要な役割をもっています。 ……この道元々第一の理である程に。あちらでもこちらでも治め方や。 教会名称印、これも一時に出けたものやない。それからそれ/\心に 一つの理出来たもの、心に散乱するという事は無い。思い/\に持ち、 一点の印から万事取り扱いの理を諭す。…… (M32・5・1)
問3 教会系統を「理の親子」と言うのはどういうことですか。 教会の系統は、お道の場合、導いた者と導かれた者、という関係をいんねんあって親子の縁を 結んだのと同じ関係と悟ります。 先にお道に導かれたすけられた人が、その感謝と報恩を人をたすけることで現していきます。 こうして導いたり、教えを伝える親の立場と、導かれたり、教えられる子の立場の関係ができ 上がります。しかも、その関係は人間の知恵や思惑を超えた、不思議ないんねんによって結ばれて いるのです。 親は、親神様・教祖になり代わって子供を育て、親の愛を注ぎ、一方子供の方は親を慕い、 親に孝養を尽くすことが大切です。教会の系統においても、上級と部内の関係は親子のように 深く強く温かいきずなで結ばれてこそ、親神様の大きな御守護を頂くことができます。その結果、 おたすけもますます盛んになり、教会は栄えていくことになります。 教会の系統とは、本質的には、親神様・教祖・ぢばの理が伝わる道筋であり、よふぼく、 信者が、ぢばの理を慕い求めていく道筋です。それを世間の上下とか、階層やヒエラルキーの 考え方で理解してならないことは言うまでもありません。
問4 なぜ教会を通しての信仰が必要なのですか。 私たちは、教会を通して教えを知り、正しく学ぶことが出来るからです。一人で教理を学ぶと、 どうしても一人よがりの我流信仰となり、しまいには歪んでしまいます。教会本部からの正しい 教理指導を頂かないと、正しい信仰はできません。 次に信仰の実践、すなわち教えを身に行って通ることが大切ですが、その場合も、ぢばの理を 頂いている教会を通して初めて実践ができるのです。 お道の信仰で一番大切なことは人だすけですが、これもぢばの理につながる教会を通してこそ、 その実を挙げることができるのです。また、たすけのてだてであるおつとめも、その役割に当たる 者が手を揃えて行われるのであって、決して一人ではできません。 すなわち、自分だけたすかればよい、自分だけが幸せになればよいといった信仰は、教会から 離れて自分一人でできるかもしれませんが、人をたすけ、世界をたすけるというお道の真の信仰は、 ぢばの理を頂いた教会なしにはできません。
979
天理詐欺師が講釈述べてますので、みなさん御注意願います。 これが本当の天理教の教えと思わないようにお願いいたします。
981 :
神も仏も名無しさん :2008/06/07(土) 01:58:27 ID:nD76tLe9
これは酷い。
私は「導いた者」あなたは「導かれた者」というような思案では理は頂けないのであります。 おやさまの、親神様の「世界一列たすけたい」との親心がふたつ(その時の立場として助ける側と助けられる側として)と表れた。 それは同時に一つにおさまるのであります。 互い立てあい助け合いが本筋であります。今の天理教のシステムは、先に教えを聞いた者は永遠に上に、ぢばに近い位置に 居続けるという具合になっております。 教会関係者は、私は助け続ける人だ(お供えを信者から受け取り続ける立場だ。そしてそれを自分の手柄 として、上級の教会に収める立場だ。)というプライドで生きている所があります。 現実は、信者さんのお供えに助けられているのです。 もともと、おやさまの説いた教えには「俺は先に聞いたんだ、お前は俺から伝えてもらったんだから、俺の後だ」 と言うような理はないと、おさしづに断言されています。ろくじな道に「高い低い」という事を持ち込んだ人間を叱っているようにも 感じます。 ただ、その道はいずれ続かなくなるともおっしゃっていますので、そのうち変わる事もあるかと思います。 おたすけの、その時点で「助ける立場」「助けられる立場」というものは確かに出来ます。が、それは、「おやさまの世界一列たすけたい」 との親心の中の一場面であり、「助けの主」はおやさま親神様であり、そのお助けの現場で、いかなる立場に立ったとしても 同じ月日の子供なんだ、「同じいんねん」だ、隔てのない「いんねん」でこの現場にいるんだという自覚がなされないと、 助けた人も助けられた人も、おかしな道に迷い込む事になると思います。 逸話篇には「葡萄」の話がありますが、それについて前真柱さんのこんな話がありました。 「ぶどうの実をよくみてもらえば分かると思いますが、ぶどうの実は、一つ一つが、根元から直接つながって出来ている。つまり私たち人間も ぢばから、直接守護を受けて生きている・・・」 確か、このような内容だったと思います。 葡萄の実は、実の下に実が繋がっているという状態では無いみたいなんですよね。 そして、おやさまは、「葡萄は先のほうから熟してきますなあ」ともおっしゃったと聞きます。
983 :
宮崎希美☆彡カトリック&天理教♪未所属派 ◆pLAYdeBByU :2008/06/07(土) 02:25:09 ID:2Q6Rz5U4
>>982 二代真柱さまは、人助けに励む姿が助かってる姿、と言われたとか。
助けることは、助けてあげるのでなく、自分も助けて頂いてる、と『感謝』し『慎み』の心が『助け合い』になり、陽気暮らしに繋がるのかな。
>>977 さすが「ちょんまげ宗教」だねw
見事なまでの我田引水。
>>978 >教会本部からの正しい
>教理指導を頂かないと、正しい信仰はできません。
その教会本部の見識からして正しくありません。
985 :
宮崎希美☆彡カトリック&天理教♪未所属派 ◆pLAYdeBByU :2008/06/07(土) 02:34:45 ID:2Q6Rz5U4
二代真柱さまの、助ける姿が助かる姿って、天理教を知らなかった頃やってたボランティア思い出すと、納得するな。 脳性麻痺の肢体不自由者と関わった時、一見こちらが援助してるわけだけど、とても大きな精神的豊かさを、障害者たちから頂いた。
986 :
神も仏も名無しさん :2008/06/07(土) 04:07:51 ID:nBwjm9wa
その割には精神的に未熟だなw
987 :
宮崎希美☆彡カトリック&天理教♪未所属派 ◆pLAYdeBByU :2008/06/07(土) 04:43:08 ID:2Q6Rz5U4
>>986 それしか思えないのは、あなた自身の精神性の無さが原因、と思うよ。
988 :
神も仏も名無しさん :2008/06/07(土) 05:03:27 ID:NWBS9m71
それは違う、と思うよ。 豊かさを持ってる人は、それを人に感じさせる何かがある。 未熟者はそれを感じさせる何かがある。 当たり前だよねw
989 :
宮崎希美☆彡カトリック&天理教♪未所属派 ◆pLAYdeBByU :2008/06/07(土) 05:14:08 ID:2Q6Rz5U4
>>988 豊かと未熟、比較にならないものを対比させる、あなたこそ未熟に感じる。
990 :
神も仏も名無しさん :2008/06/07(土) 05:15:50 ID:Jqwvc1dk
>>989 その発言にはチト無理があるね。
豊さと未熟を比較してるわけじゃないからねw
991 :
神も仏も名無しさん :2008/06/07(土) 05:17:31 ID:Jqwvc1dk
やはり未熟だねw
992 :
神も仏も名無しさん :2008/06/07(土) 05:18:15 ID:pftNK/Fk
お前ら埋めるなよ。 大事に使おう。
993 :
宮崎希美☆彡カトリック&天理教♪未所属派 ◆pLAYdeBByU :2008/06/07(土) 05:18:39 ID:2Q6Rz5U4
994 :
宮崎希美☆彡カトリック&天理教♪未所属派 ◆pLAYdeBByU :2008/06/07(土) 05:20:31 ID:2Q6Rz5U4
>>992 次スレ、立てたらいいんじゃない。
希美は埋まる前に、応援スレ、質問スレの次スレ、用意したよ。
995 :
神も仏も名無しさん :2008/06/07(土) 05:24:46 ID:oSmju5eG
希美が読み取れないだけ、と思うよ。 なぜなら未熟だからw
996 :
宮崎希美☆彡カトリック&天理教♪未所属派 ◆pLAYdeBByU :2008/06/07(土) 05:26:20 ID:2Q6Rz5U4
997 :
宮崎希美☆彡カトリック&天理教♪未所属派 ◆pLAYdeBByU :2008/06/07(土) 05:35:08 ID:2Q6Rz5U4
キリスト教スレでも思うけど、なんで皆、次スレ用意するの、いやがるの?
998 :
神も仏も名無しさん :2008/06/07(土) 05:36:03 ID:KRJDhqWS
大きな精神的豊かさを持った人が次ぎスレを立てます。 お楽しみに。
999 :
神も仏も名無しさん :2008/06/07(土) 05:37:22 ID:TS9y1MN+
天理教の人に質問です。 いんねんとは簡単に説明すると、どのような物なのでしょうか? できることでしたら10行前後でお願いします。
1000 :
神も仏も名無しさん :2008/06/07(土) 05:37:48 ID:4pKFSbLw
1001 :
1001 :
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