1 :
考える名無しさん :
2008/10/28(火) 02:36:54 0 すまない。不徳と致すところだが、いつのなにかナノ理論。 永劫回帰もなんのその。 いくぜ、はりけんポリマーっ>< あとは勝手に。
2 :
(泥酔) ◆TANPanX3xc :2008/10/28(火) 02:41:05 0
えっ。解禁されたの?w 参った。 まさかと思っていたから「?」マーク付けてしまいましたよ? 正規で上げたいヒトあれば、こちらは総てを放棄する。 だから、その代わりにちゃんと立てて軌道に乗るまでは見守るように。 それが条件だ。 2げt。
3 :
考える名無しさん :2008/10/28(火) 02:44:27 0
もちろん、今回本気で立てようと思っていなかったから、
>>1 らしい行動ちっとも取れていないし・・・。
なので以下。
リンクよろすく♪
4 :
◆TANPanX3xc :2008/10/28(火) 02:47:13 0
さすがに虚をつかれました。
5 :
◆TANPanX3xc :2008/10/28(火) 02:49:25 0
・・・あっそ。 やらんなら、以降は短パンの日記帳にしちゃうからね☆
6 :
◆TANPanX3xc :2008/10/28(火) 02:53:05 0
閻「神は死んだ!><」 短「たまに此処で聞くけど、それファゥストだよねw」 魔「よくわからんが・・・」 短「それともオイディプス?」 魔「さてね。」 短「う〜ん。」
7 :
考える名無しさん :2008/10/28(火) 02:56:23 0
本スレの「ニーチョ」があるのに重複スレたてるなよw
8 :
◆TANPanX3xc :2008/10/28(火) 03:00:50 0
物理がありんまら。 別に、心理学系あったっていいじゃんよ。 ユング? フロイト? あー 頭遺体 魔王「頭痛いってw」 ユングが反面教師的に見えるのはまぁ(不徳だが)いい。 でも、理論崇高が此処の常ならば、 ユングは確かに大地に足を付けていた。 そぅ思うがな・・・
9 :
◆TANPanX3xc :2008/10/28(火) 03:05:45 0
「無意識の中にこそ君がある・・・のかもしれんよい♪」 多分、ユングはこう言いたかったと思うのだがどうだろう。。。
10 :
◆TANPanX3xc :2008/10/28(火) 03:07:57 0
>>7 ゴラw
それを本スレとのたまうとは
さては貴様。スレ建て職人?www
悪い子だ
め。
11 :
◆TANPanX3xc :2008/10/28(火) 04:23:42 0
にせ「そんなこといわれてもなぁ。」 短「だから言ってんだよ!解るか?ニーセ。」 にせ「さきっちょだけ?」 短「そうそうそうだってw」 にせ「www」 短「別に、いいけど。」
12 :
◆TANPanX3xc :2008/10/28(火) 04:27:48 0
にせ「マジで?」 短「いや、そうあやなくてwwっわ。あぅ。」 にせ「ひやぁ。プチ支配完了w」 短「あぁ。」 にせ「なんだよ。」 短「いや
こいつだけとなら別によい。 またこいつとだけなら、まあ別によい。 ただし、こいつとあいつが2人揃うとたちが悪いという人間、あるいはそういう組み合わせが あまたいるもで、どんな社会やあるいは人間関係において出くわす。 例えばこのスレで言えば・・ ・短+にせ=・・・ 「・・・」これが厄介になる場合というのはある一点がかみ合い、そのお互いの部分が化学反応を起す場合においてである。 しかーし! 化学反応における「摩擦」のようなものがあるなら、 それはどちらかの因子あるいはその両方の相互作用に問題があるのだろうかw ただ、ひとつだけ面白いことがあって、 短殿は「にせ」との関係を憎みあうかどうか?の両極端で考える癖があるみたいだ。 そこだけは解せないな。 にせ「出ましたww」 短「それはこっちの台詞だ! ボケがっ!」 にせ「廃墟化したこのスレを再生かい??ww 寺ワロスw」 短「んまあ、、、ぼちぼち。。。理由はお前が知っているはず、、、そうだろ?おい、この糞二セ!」 にせ「ラーイ、ラーイ、ララーイ!ライ。 ご希望に沿う"たまふ"」 短「"たまふ"、、、、ふん、『あははは、私の恩師』というやつでつかwww」 にせ「ご想像にまかせるw」
そこで「舞台」を短パンさんは用意した。自ら。 ニーチェスレに巣くう"二セ"を釣るために。 短「釣られたっ うしししっ」 にせ「釣られたw」 とまあ、コントみたいですね。 いやはや、最近の歯医者の治療も大分変わりましたね。あまり痛くなかった。 ワーゲンハイム先生顔負けですな。これなる青二才目! これよりチェルケス女をたぶらかしに参りますとさ!
以上、今日は閉廷! ではでは。
カンケーないぜ?
論点も吐きすてづ、 ただ、 僕とよく似た方法しか取らない君。 一体誰が君を見て、レスると思っているの+ アホかと。」
18 :
◆TANPanX3xc :2008/10/29(水) 17:54:08 0
堕ちた方が正しい。 三島的にもそうらしいw ダイスケ的にはもちっと走れみたいw ・・・・・いくぜ。友よ。
19 :
◆TANPanX3xc :2008/10/29(水) 18:00:45 0
論は論を重ねるしかないと言われるが、 それは嘘だね。
20 :
海燕の巣 :2008/10/30(木) 21:02:19 0
すまない。不徳と致すところだが、いつのなにかナノ理論。 永劫回帰もなんのその。 いくぜ、はりけんポリマーっ>< あとは勝手に。
21 :
◆TANPanX3xc :2008/10/30(木) 21:06:48 0
な なんだってーーーーーー☆
22 :
考える名無しさん :2008/10/30(木) 22:33:26 0
このスレは短パンさんの私物と化した。 気の向くままに描いてくれ。この無限に広がるフィールドに! (しかし、二セよ、君はなんて奴だ・・・)
23 :
考える名無しさん :2008/10/30(木) 22:42:16 0
トリップは言わば、鶏冠のようなものだ。 ただでさえ、たちの悪い二セが鶏冠を着けてこのスレにいると、 その鶏冠目掛けて突進してくる闘牛がいる。 そこで透明な"月桂冠"に変更した。
24 :
魔王 ◆TANPanX3xc :2008/10/30(木) 23:33:56 0
ご覧 最期の虹が出たよ、 空を駆けてゆく。
25 :
考える名無しさん :2008/10/31(金) 00:28:57 0
闘牛達も呆れたらしく、ここには寄りつかないようだ。 まるで廃墟のようだ。 ご覧 このスレの過疎ぶりを。
26 :
◆TANPanX3xc :2008/10/31(金) 09:01:47 0
理に没頭したいのならば、 ニーセを呼ぶように。 私は 書いてやんねw
27 :
考える名無しさん :2008/10/31(金) 11:42:09 0
この静寂ぶりがなんとも気分がいい。 二セ「闘牛達、ついに呆れたらしい。このスレ(の会話)に・・・」 「望むところだ。」 二セ「てっきりこのまま滅んでくれると予想していた。」 「一ニーチョ好きなお方が立てたんだ。」 二セ「どちらでもよい。糞会話がなければ!」 ふむ、あんな論を現実で語った場合、俺は殴るぜ。 深みに沈倫しない精神なんぞ、人間に値しない。所詮、中学校の学級委員を運営するのにふさわしい頭だw
28 :
考える名無しさん :2008/10/31(金) 12:04:02 0
二セ「ギャンブルをしない奴は魅力がない」 「いきなりww」 二セ「魅力がないんだ・・・」 「何に魅せられた?」 二セ「『ハスラー』のP・ニューマンだw」 「www こないだ死んだな」 二セ「うむ、残念だ。古い時代は終わりを告げた」 「マージャンもネットできますぜ?」 二セ「金掛けれるならば! 門を叩くぜww」
29 :
考える名無しさん :2008/11/02(日) 21:05:10 O
「神は死んだ」と教会に…
30 :
◆TANPanX3xc :2008/11/02(日) 21:30:06 0
抱きしめて しじまの中で 貴方の声を聞かせて。 こびりつく涙を溶かせて冬はもうすぐ終わるよ。 いくつもの哀しみを潜り抜けたその後で、 繋いだ手の暖かさが総てを知っている、
31 :
考える名無しさん :2008/11/03(月) 05:53:12 0
ハイデガー「ニーチェ」Vを読んでいます。その分析は精神分析のようでようわからんです。 むずかしいっす。
32 :
考える名無しさん :2008/11/03(月) 23:44:55 0
あんな馬鹿の本は読まない方がいいと思う。 (たぶんwww)
お前らにわかがニーチェを語ってると殺したくなるよな
無限ループって怖くね?(ニーチェ)
T、 ツァラトゥストラ、彼が最初に語り出したのは民衆の集う場であった。 当然の如く彼は罵声や野次の真っ只中に晒されたわけであるが、彼がその後 改悛するように、その行動は必然であった。 彼は人間を相手に行動を起こさねばならない訳だから、大衆を相手にせざるを えないわけだ。それに伴った大衆の無理解をも彼は引き受けねばならないのだ。 民衆の中に埋もれて違和感を感ずる者たちを、その“アウトサイダー”の志向性こそを 炙り出すのが彼の目的であって、博愛的宣教師の役を引き受けるのは彼の荷では無いのだ。 なるほど此処2chも便所の落書きと呼ばれるほどに大衆的ではあるが、ツァラトゥストラが 振舞ったように、大衆の中にこそ巨大な釣り針は振り下ろされなければならないのだろう。 腐った輩の落書きと腑抜けた女々しい戯言に埋もれ、それが永劫回帰の如く繰り返されようとも、 ニーチェの描いた課題は今もなお孤独を担う人その個人の胸を打つ。 それで十分ではないか。その他の同意をいったい必要とするのだろうか? 他が非とすれば、貴方の感性をも否定されるのだろうか? 個人の感性とは、それほどまでに脆弱なものなのであろうか? 勿論、それは貴方自身が判断すればよいことだ。 合わなければ何時ものありふれたナンセンス(生活)に埋没すればいいだけの話なのだから… そう、これは「趣味」の問題だ。
U、 私は「趣味」という言い方をしたが、趣味という言い方が悪ければ「流儀」でもよく、 結局は志向性なのだ。何に対して意欲するか、ということが此処では問題となる。 ツァラトゥストラを読み耽っていけば判ると思うのだが、彼が語る相手はただ “アウトサイダー”に対してのみである。インサイダーに対してはまったく問題外である。 このIN/OUTはコリン・ウィルソンのそれと同義であると私は考えている。 インサイダーとは大衆人以上の意味を持っている。その端的比喩が【末人】である。 (くどくど説明はしない。読むべき本を列挙するのみである) ニーチェは哲学者ではない。これは初めに断言すべきことである。 彼は“人類”そのものを課題として遡上に挙げた啓蒙家なのである。 そこを取り違えると永井均ばりの駄文を書かざるをえなくなるのだ。 危急はそこかしこに散逸している。 今こそが末人の時代なのだから…
>>33 ニーチェはニーチェである
ニーチェの思想を語れ
とは言ってみても、かく語ってるがな
V、 【超人】とは何か? 初めに言っておくと目からビームを出したり空を飛んだりする“超”人間のことではない。 簡単に言えば“超”末人のことであり、残念ながら君や貴方もその踏み越えられるべき範疇に 入っている。つまり“超”大衆的志向性を持った個人のことである。 これはスキゾキッズ的に単に最先端(他者先行優位性)好きや迎合嫌いとかいう範疇では なく、まったく別派生的な生存圏に自分が生まれついたような感覚を持った個人に向けて 発信されているものである。あえて比喩するならば「猿の惑星」に降り立った宇宙飛行士の 立場の人間に対して諭されるべき処方である。 漫画でいえば『20世紀少年』のような社会の中で違和感を発しているような人間に対して 語られるべき言葉なのである。なぜならば今こそが末人の時代なのだから…
久し振りにフルーチェ食いたくなった
ニーチェってプライベートではどんな感じの人だったの? ワーグナーは嘘つきで性悪だったらしいけど
41 :
考える名無しさん :2008/11/08(土) 23:08:16 0
私は「殺される?」らしい にわか ニーチェ読み人ですが、 私も 超人 に 乗り越えられる 橋 にすぎません。 通り抜けされる 門 のようなものです。とりあえず・・・フルーチェ食いたい。
フルーチェ 乳製品はアレルギーなので豆乳で作って下さい そんな他力本願を嫌ったのがニーチェです おっぱい(乳)を吸えない、女を語れない。
43 :
考える名無しさん :2008/11/09(日) 07:28:28 0
他力本願 女 と ニーチェ
44 :
41 :2008/11/09(日) 12:08:31 0
ニーチェを意識して書いたつもりであったが、あるいはキリストも。 自力本願と他力、 超人と橋、 来るべき者と 私、 性起と前(非)ー性起 これらに共通することは?
女の股座(深淵)
彼岸か
47 :
考える名無しさん :2008/11/11(火) 06:07:15 0
彼岸をどうとらえるか? 生成変化し、ノマドロジックな私。 その共通点は と である。
48 :
阿修羅 ◆TANPanX3xc :2008/11/11(火) 14:10:20 0
言う。 「彼岸というのは、遥かな時間軸」だよ。 僕等が望んでどぅなるという、そんな所に居ない。だろ? そこいら、ニーチェ学派はどう回答するのかね? 魔王「ふん。」
49 :
魔王 ◆TANPanX3xc :2008/11/11(火) 14:16:53 0
・・・。 大体においてだ。 我という自由運動素子を決め事のように定義しようとしている貴様等が あさましいだろう! ・・・。死にたけりゃ、介錯位は受け持つが? ・・・・・ふざけるのもたいがいにせぇよ?
50 :
魔王 ◆TANPanX3xc :2008/11/11(火) 14:19:25 0
乞う事だ、せいぜい。。。 はははははははは 蝋人形にしてやろう!!!!
51 :
魔王 ◆TANPanX3xc :2008/11/11(火) 14:25:22 0
なぁにが、永劫回帰w おまえ、なめとるだろ・・・・ ・・・一体いつまでお子様のつもりなんだか・・・。 おぃ。 大丈夫?
52 :
考える名無しさん :2008/11/11(火) 15:47:38 0
魔王さん 深淵に向かったあいつが帰って来ません。
53 :
魔王 ◆TANPanX3xc :2008/11/11(火) 16:33:50 0
>>52 祈るしかないか。。。
代行ならば幾らでも立ててやれるが、無理だろ?
だから、祈るか。
帰ってくるさ。
とりあえずとはいえ、信じてみようや?
どうか!
54 :
考える名無しさん :2008/11/11(火) 16:41:28 0
55 :
魔王 ◆TANPanX3xc :2008/11/11(火) 16:41:50 0
あんまり待ち過ぎんのも身体に悪いが。 ま。 程々に、 よろしく♪
56 :
魔王 ◆TANPanX3xc :2008/11/11(火) 16:46:47 0
(別に、このスレ。人生相談じゃないしw) 〜〜〜んん。 ニーチェスレだよね?
57 :
考える名無しさん :2008/11/12(水) 02:56:01 0
うお〜ん、うお〜ん。
58 :
◆TANPanX3xc :2008/11/12(水) 13:38:30 0
鳴くでない。
>>57 まだ、大丈夫だから。
魔王「やっとけばw」
デデン、デデデデ。
うおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!
俺のこの手が光って唸る!
いくぞ!!!!
愛と情熱の〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
ゴットぅ。
シャァイニング。
フィンガーーーーーーーーーーーーー
キィイイイイイイイイイイイイーーーーーーーーーーーー!
59 :
◆TANPanX3xc :2008/11/12(水) 13:47:33 0
ニセ「甘いわw」 キュアーーーん! 短「おぉぉおおおおおおおおおおおおお?」 ニセ「何故!」 短「ザンスw」 にせ「むかっ!」 短「・・・・次、どうする?w」 にせ「聞くのかよw」
60 :
◆TANPanX3xc :2008/11/12(水) 13:54:46 0
神は死んだ。 魔王「マジ?」 閻魔「鯵?」 短「鯵の叩きは旨いと言わねばならない。」 魔王「納得。」 閻魔「ここいらが落し所なのかw」 短「知らんけどw」
はやさんのサイトアドレスとパスおしえてください おねがいします。ぜったいたのみます。
はっはやくはやちゃんを… はやちゃんせいぶんがふそくしています
63 :
考える名無しさん :2008/11/12(水) 18:34:38 0
>>61 URL知っているし、本人も晒していたとはいえ、貼り付けるのは気がすすまない。
(漠然とだが特に彼が公開したURLを他人が勝手に晒すってのは、やれない。彼に対する『良心』でね。)
ということで、
「ニーチェ」、「○○法」をセットのキーワードあたりで、彼の論文がヒットする。
独自の視点だからトップで表示される。(ついでに、ここにいる(た)馬鹿どものような客観的思思考でないから、面白い。)そこのページから本店へ飛べる。
さて「○○」は?
>短「・・・・次、どうする?w」
二セ「続けてくれw 読んでるのでね。」
ありがてぇさばくにおあしすだぜぇ… でっかれってなに?うそだろ?かわいいのに?うそだなぜだ??まさか
65 :
考える名無しさん :2008/11/12(水) 19:01:35 0
あえて言う 永劫回帰 よりも 正午の思想
66 :
考える名無しさん :2008/11/12(水) 19:50:00 0
あえて言う 正午の思想 よりも 午後の紅茶
あえて言う 午後の紅茶 よりも 偶像の黄昏
あえて言う 偶像の黄昏 よりも 神々の黄昏
69 :
考える名無しさん :2008/11/12(水) 20:34:05 O
…転生中… One moment, please. 画面がかわるまでしばらくおまちください
早君ブログ最近全く更新していないみたいね 大丈夫かな
72 :
◆TANPanX3xc :2008/11/13(木) 03:16:18 0
転生なんてそう易々とヤズヤのケフィア。 いういえ。ケフィアです。 魔プ「意味判らんのだがw」 短「腹筋壊れるwwwwww」
73 :
◆TANPanX3xc :2008/11/13(木) 03:23:14 0
魔王「筋肉が一度壊れるのはある意味正しい。。。」 短「マジメな話です?」 魔王「あぁ。」 短「うん、正しい。」
74 :
考える名無しさん :2008/11/13(木) 11:16:56 0
馬王「汝を呼べ!」 汝「・・・ってなかんじで、あたしは、あなたに何をつぶやこうか!」 二セ「何を?馬鹿かww それを俺に言わせる?」 汝「だってあたしはあなたの寄生虫であり、云わば伝書鳩よ うふ☆」 二セ「伝書鳩なら、汝も含めて全てを運べるぜいw」 馬王「お前が汝であり、汝が聞き役だw」 二セ「うるさい。」 汝「この辺でやめとけ。俺との喧嘩はw」 それって唯の自意識だろ。
やっぱ短パンさんスタイルは難しいと悟った二セであった。 一番己を伝達できる型ってのが人にはある。 ま、私には私の型があるが。 汝「それって、悪役かw」 二セ「"役"じゃない。悪人だw」 汝「行き過ぎればそうだろ?」 二セ「いや俳優だ。」 汝「俺もか?」 二セ「お前もだ。お前が本質でも、虚偽でもない。」 汝「けけけっ」
76 :
考える名無しさん :2008/11/13(木) 11:42:43 0
うむ、色々な人間がいて正直くたくたになるなw
77 :
◆TANPanX3xc :2008/11/13(木) 12:57:38 0
>>74 意識と無意識に境界線を張ったのが、
例えば、ユングだったね?
「無意識にこそ、君の本質が在る」
とも。。。
ははは。
まったく馬鹿げた理論ではある。
が、
跨げない・・・・
なぜだ。。。。
78 :
魔王 ◆TANPanX3xc :2008/11/13(木) 13:13:25 0
ニーセ。 君の奇行は君の胸の中でしか習熟しないだろう。 知っている。 それは、私が私を書く事となんら変わらないからね? 羽ばたかせられなくてゴメン。 出来れば、君を押したいのだけど、 私には私の意地もあって、なかなかそういう訳にもいかんとですよ。。。 というわけで、 私に囲われるのは無駄です。 自分で羽ばたけ! 解るよね?
79 :
考える名無しさん :2008/11/13(木) 18:16:16 O
もう少しなんだ いつももう少しのところで 邪魔が入るんだ 同じ邪魔が… 過程が粗すぎるんだろ 分かってるさ
80 :
考える名無しさん :2008/11/13(木) 18:19:52 0
「純一」の自演リスト 機械的唯物論者・爆乳大佐・哲学者最高位・哲学者次席 飛べないカラス・弁証法的唯物論者・福原の雄猫・匿名係長 デアルカ・うあああ・ハルカ・唯識 小さなヨハネ・りくーつ・こねりー・虫に聞け・処刑ライダー VEGAN・比ヤング・ふま・プギャオ・絵里万・第三の波平
81 :
考える名無しさん :2008/11/13(木) 20:28:12 0
このスレは雑談化してきて幸いだ。ま、私は望んだことでもるが。
>>77 ま、唯の自意識といっても、唯では済まされないのだけれどもね。
>>78 >羽ばたかせられなくてゴメン。
いや、別に短パンさんが謝ることでもないべさ。
そもそも「羽ばたく」とは「開放される」ってことを意味しているみたいですが、(何かに自分では制御できないものからの・・・)
私は羽を閉じているのよw
むしろ、その中で安らいでいるので、とくに何か鎖を破って飛びたいと飢えている日常ってわけではない。
私は、羽が重くなることを知っているので、羽ばたくことをあえて休んでいる。
その方が、いざ!の時にきっと羽もうきうき我と伴にしてくれるだろう。
羽とは云わば「汝」では?
>解るよね?
上の解釈でいいのなら。
それ以上の細かいことは語らせるべきではない。
なぜなら、『羞恥の井戸』を覗かなければいけなくなるだろうから。と思う。
無論、それは私は推奨したいくらいだが。そちらの方が云わば中身のある会話だ。永劫回帰よりもw
汝「ニーチェ自身が観たものに触れたいなら、ニーチェを読まないことだ。」
ニーセ「学問の麻酔で益々空虚になる!」ってことだ。幾度も言うが。
但し、私はニーチェの言葉に多分ここにいる数多のポストモダン頼りに能無しどもよりは、はるかに鍛えられた方だと思う。
でもニーチェは興奮しすぎていてね、私は最近ラ・ロシュフーコーとずっと会話をしている(た)。
彼も好きだね。ニーチェも影響受けたがそれはわかる。彼のあの意地の悪そうな観察が、如何に有益かを。
汝「お前の悪役ぶりも・・・」
二セ「それはお前だろw この魔族目!」
汝「汝というあたくしを説明はできる?」
二セ「お前を説明するのは簡単だが、お前を知ることは永遠に不可能だ。」
長いな、相変わらずw
いいの見つけたので、張っとくで。 __-- 、,. -‐;z.__ `> ` ′ < 押さなければ押される‥‥ ∠.. ヽ 押さなければ押される‥‥ ∠,. , ./`ヘ. i. 、 l 押さなければ押される‥‥ / ,ィ_l/ u ヽl>,ゝ、 :| イ ィ.‐-ニjl l'∠-‐; |n | 押さなければ押される‥‥‥! . j fl|`u゚‐/ v゙ゝ゚〜'u|fリ | / lj| v / _ 、 U v lレ' ゝ ‥‥‥‥ / .ハ にニニ二} ,イ ハ.、_\ _∠イ |0ヽ. ー u/│ l ヽ `T!'ー- 、._ けど‥‥‥‥‥‥ , -‐'''´ || / │ |::\./ O .|. j \|| `ゝ、 ハ |レ' lル'::::: u ,.イルi /o > / i 押さないっ‥‥‥! / l ∠o_o_/c| `::ー-‐0´:::::lyト、<o ,.イ! ,' l 〉 | ||. 〈ヽ| :::::::::::::::::::::::l0| ` ´ .|| i l 押さない‥‥‥‥ . / l__o_.||__,∨:::::::::::::::::::::::::|. L___」|_o___」 /| 押さない‥‥‥‥ ハ. |T¨「 ̄|. ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | ̄「 ̄「| ./ | ! ヽ. | | | | , ‐┐ , ──‐ 、 | | │| ハ 押さないんだっ‥‥! ∧ | L⊥._| ┐│ l ┌┐ | L.⊥._」 | / l
84 :
考える名無しさん :2008/11/14(金) 01:34:29 0
>長いな、相変わらずw うん。いつも長くなるな。 私は日常、相当な寡黙だが、内心は沸騰せんばかりに話したい要求があるからだろう。 短「だから!自己紹介はいらんww それが長いのだw」 二セ「私という樽の中を汲み取ると・・・色々と!! ほらこの具たくさん!」 というわけだ。 後は、自称かなり綿密である。 以上 休廷 短「休廷ってwww」 馬王「続くのかよw」 二セ「寝るのだ。」
はやはせいせんしだった だったのだったのだったのだったのだ
86 :
独白 :2008/11/14(金) 18:43:13 0
聖泉さ それを少しでも飲んだ人間は彼の影響を受けたということさ 見飽きた。夢は、どんな風にでも在る。 持ち飽きた。明けても暮れても、いつ見ても、街々の喧騒だ。 知り飽きた。差押さえをくらった命。――ああ、『戯言』と『幻』の群れ。 出発だ、新しい情と響きとへ。 ランボー/出発
87 :
考える名無しさん :2008/11/14(金) 22:44:49 O
2ちゃん常駐ニートことニーセ。 今や哲板を潰そうとしているらしい。 その活動が彼あるいは彼女が劣化させていくにつれて、それは成功を収めていくはずである。 どこまで劣化できるのか知りたいがために己の身を実験台にしておられるに違いない。 反聖者の見本になるべく日々努力し、その身をもって啓蒙しておられる。 反面教師の鏡である。
あんたうまいね。あんゆがきいてるきっくー うまれるこどものなまえはあんゆがいいなあんゆ
89 :
考える名無しさん :2008/11/15(土) 12:00:54 0
>2ちゃん常駐ニートことニーセ。 まさか、"本物"のニートから「ニート」と言われるとは・・・orz (本物よりもさらに本物的表現を使えば、"生粋の純血種の"ニート) ニートでも、中身のあること言えば、別にニートでもいいけど、 根っこから駄目人間のニートが言うと呆れるw 理由は当然、精魂から、性根から、駄目人間だから。 41才でニーチェ板以外の表現場所がない携帯only所持者。 給付金12000円でパソコン買ってくれ。それか女抱いて来い。 汝「どちらも無理。経済的に」 二セ「いや、地下の住人よりも醜悪そうだから、女もよりつかないw パソコンも組み立て途中で壊れるw」 汝「チンポがないのかもww パーツもやられてる。特にメモリとCPUがww」 二セ「女を抱いたこともないのかも@@」 汝「醜悪的な、あまりにも醜悪的な。」 お前、まず働けよ。 携帯君。 それも厳しそうだから、障害者年金でも貰え。 精神障害もあるだろうが、それは別に蔑視しない。 それよりも、重度なのが「文献阿片による言語障害」だよ。 こちらの方が人類に害だ。 汝「認定されるのかw」 二セ「知らない。」 汝「診断名は?」 二セ「文献阿片障害1級」
90 :
考える名無しさん :2008/11/15(土) 12:09:21 0
>その活動が彼あるいは彼女が劣化させていくにつれて、それは成功を収めていくはずである。 未だに彼を恨んでいるようだ。 情けない。お前より数段精神的にも知性も上だよ。 >反面教師の鏡である そうしてくれ。俺も君を反面教師どころか、人間の屑の典型としか見てない。 終了。
KONEC
主観:頭が良い→天才、超越者→神 現実:頭が悪い→奇形、退廃者→糞 まあこれはごく一般的な傾向ではある。老化だ。 老化を志す人を弁護するなら、生命力が高い方が老化が早く、寿命が短いといえるかもしれないということだ。 微生物こそ生命の元祖だろうし、最後の生物もまた微生物だろう。 個体の長寿化、複雑化は生命力の退廃を意味するのかもしれない。 生の哲学者ニーチェを好む短パン、ニセが浪費や短命化や言語などの複雑な形態の破壊、即ち「退化」を「進化」として、また一種のルネサンスとして志向するのは、決して偶然ではないのだ。 彼らは生命力という観点によってたつ価値転倒の試みをしておられるのである。 人間は考える葦であってはならない、 そんな退廃した人間は克服されねばならないということなのだろう。
如何なる場合も、反論などせぬがよい。 賢者も、無知の者と口論をすると、 愚者になってしまう。 (ゲーテ/西東詩集)
ああ、このスレ住人の人達のことですね。。 確かに、無知の者と口論をすると、愚者になりまするわな。。。。。 貴方、今頃になってゲーテに感動してるの? 貴方って何歳?
農業ってマジ楽しいぜ! 貧乏なら、貧乏なりの楽しみや幸福なる生き方があるものさ! 哲学科の学生よ! そんなに人生を深く考えるものか? 考えすぎて、自分を不幸にしてないか? 結局は人生から逃げてるだけが哲学生だと、陰口叩かれてるのが現実! これマジ。
人間は皆、多かれ少なかれ哲学者じゃないかな。 言葉を、多く持っているか持っていないかの違いだけでね。
あ、思考や経験もか。
農業にも哲学はあるはずだからね
99 :
考える名無しさん :2008/11/16(日) 02:15:09 O
そう、生命力に関しては人間より犬、犬よりネズミ、ネズミよりゴキブリ、ゴキブリより微生物の方が強いと思われる。 亀田が納豆を欠かせば納得できへんのも納豆菌様の力を崇拝しているからだろう。 微生物はバッチイとされる。 しかしそれは全く失礼な話であって、実際には微生物様は汚物を浄化することのできる清き者なのである。 全ての生物に仕えながら、全ての生物に上に君臨している。 まさに聖者ともいえるのだ。 律法学者は手を洗ってから食べるが、キリスト及びその兄弟は手を洗わないで食べていたのも当然であったし、 インド人が箸やスプーンを使わないのもまた当然なのだろう。 生命力を如実に体現する微生物万歳! 微生物化を志すいと清きニーチェの使徒たちよ、汝らに幸あれ! アーメン…。
深夜にラーメン食いたくなったぢゃねーか! ほんとは季節外れのレーメンを食いたいんだけどね… もちろん、わたくしは箸でいただきます。
101 :
考える名無しさん :2008/11/16(日) 02:47:48 O
主観:根元的一者万歳! 現実:微生物万歳!単細胞万歳! なるほど。一理ある。 これは加速する少子高齢化、そして増加の一途をたどる外人の帰化によりインディアン化が危惧される日本人としては、 深刻に受け止めざるをえないことだ。 生命力が落ちれば、いくら文明を発展させようともまさに元も子もないわけである。 そこで人々の贖いのために立ち上がり、身を粉にしようとする有志が現れたということだろう。 「一者そのものへ!」、「 単細胞万歳!」 をスローガンとして。 確かに元も子もなくしてしまうような文明は高度なようで、 実学と思いきや実は役にたたない虚学に基づいた砂上の楼閣であり、 思いのほか馬鹿なものなのかもわからない。
102 :
考える名無しさん :2008/11/16(日) 10:53:58 0
>>93 >如何なる場合も、反論などせぬがよい。
>賢者も、無知の者と口論をすると、
>愚者になってしまう。
これはゲーテ格言集からの引用ですね。
@この内容に関しては"場合に"よって言えていると思う。
言い合っているお互い(君と私)が他人から見れば醜いということでもある。
A賢者=こちとらさん。無知の者=二セ という当てはめをしているのだね。
Bこの格言を引用すること自体が既に「二セ」へ"反論"であるらしい。
(反論するのは無駄だと言う主張自体が反論であり、そうすることで傷つけられた自負心の煮え切らない沸騰の制御を、
偉人を持ち出すことでの盾としての防御を、偉人をもち出すことでの矛として攻撃を・・その他複合。上げればきりがない。)
そこが君の弱い部分だよ。自分の主観性に自信がない。
本音を言えば、君がニートだろうとなんだろうとどうでもよいのさ。
そんなのは関係ないことです。ニートという標語で括りつけること自体が、既に情けない時代だし、
彼らのような人が存在するのは別に彼らが出来損ないってことだけではないだろう。
103 :
考える名無しさん :2008/11/16(日) 10:55:35 0
俺は何を軽蔑してあんたにいつも言っているかわかるか? あんたなりに、精神的に求めているモノや、それを満たす方法がある。 文献漁りもその一つだろうが、その取り組姿勢自体が、既に精神的充溢の正反対からくる劣等感や、その焦燥感、自分の力不足の埋め合わせの詰め物のように求めていること。 これこそやばいことだ。その批判に対して、さらに文献漁りの拘りから、根詰めて復讐しようとする点。 天皇が国の象徴だというなら、君こそ衰退した人間の象徴だ。 まあ、孤独だから、そこは立派だとは思うが、集団でこんなことやったら、ほんと「毒グモタランテラ」なみの復讐魔だ。 (平等を背後に行う復讐だが、あなたの場合は自分の非力を感じたらその劣等感を文献で補うと同時に反論者に怒りをぶつける排他行為による復讐。) 言われたくないだろうが 君は「弱者」の典型。 だから、君にかまっている私も強者じゃない。(『道徳の系譜』に軽く"のっとれば"の話だがね?) 軽蔑すべき人間とは本当は議論すべきじゃないんだ。 そこが我欠点だろう。でも実は快感もある。失礼だが、攻撃の快感好きだし、喧嘩も大好きだからね。 血だ!血! 決闘の血! 俺が求めるのはそれだ! 議論も決闘だ! 血!血!血! 殴り合いの血に飢えている! 汝「やばいww ゆがんでいるw」 二セ「これでも、古代ローマ人に憧れているんだ。」 汝「それは、もしかしたら二セの頭の【誇大】ローマ人かもw」 二セ「ふん!」
104 :
考える名無しさん :2008/11/16(日) 11:07:51 0
>>92 >主観:頭が良い→天才、超越者→神
>現実:頭が悪い→奇形、退廃者→糞
これは主観を強調する人間は天才であり、神がかっていて、現実社会では奇形で、糞にしかならないという意味かい?
哲学や文学やその他芸術に没頭する行為自体が、無私で大人しい機械のようで、物質にしか価値を置かないゴミ屑的現代の人々から見れば、
それは奇形で、糞にしかならないだろうな。そういう意味でいいのか?
>まあこれはごく一般的な傾向ではある。老化だ。 老化とは恐らく、感情の退廃を意味するものらしいですね。 つまり、情緒の海の深みの奥に拡大された宇宙に酔いしれすぎると、破綻して荒廃者のような状態になるということだ。 しかし、それは私的な見解を言えば、個性もあるが、時代によるものだ。 衰退が起こるのが、膿のように自我の己以外のものとの軋轢によって生じる重荷を開放する段階で、 それまでの蓄積されたものが陶酔と同時に爆発する場合だろう。 これは、恐らく、現代の感性と知性を合わせ持った芸術的人間に起りうることかもしれないし、 そういう人は2〜3人見ている。但し、快癒すれば問題ない。 退廃するとは一概に言えない。 但し、『こちとら的には退廃してほしい』から、一時退廃=老化なんだろう。
>老化を志す人を弁護するなら、生命力が高い方が老化が早く、寿命が短いといえるかもしれないということだ。 寿命が短い危険性はある。でもそれを例外的に踏みとどまるような工夫をする。 物凄い手探りで城塞を築き上げ、自分の求める感情でいられる状態を作り、 活動の際に破綻しないようなその人間固有の行動秩序の元でなんとかすれば、 ゲーテのように生命力も長生きする。彼の場合は、ニーチェが指摘するように、 「生を理想化する」ことを心得ている。それは消極的過ぎると、静観的人間に、凡庸に、俗物になる危険も併せ持つだろう。
匿名だから誰が誰に言っているのかが意味不明 ネットでは事務的なダイアログとモノローグ以外は困難
>微生物こそ生命の元祖だろうし、最後の生物もまた微生物だろう。 生物学的分野における小動物はそうなのだろうが、 ここでは人間を話題にしているんだろ?つまり生命力の浪費による退廃が、 君の云うパトス・カオスに身を委ねる主観・直感・感性に忠実な人間の老化あるいは寿命の短さのことを。 生物分野における小生物=微生物=こちとらと自分で理解し、自分を微生物という比喩にした上で、 自己保存の詭弁のために、生物の始原からみた寿命を言っているみたいだね。 じゃ、微生物よりでかい亀はどうなんだ? 出現が遅いか早いかの生物学的歴史上での早い・遅いはあっても、 デカイ固体・強い固体の生命の寿命と、人間の寿命はあまり比較にならないと思うが。 >個体の長寿化、複雑化は生命力の退廃を意味するのかもしれない。 これは固体の長寿化というより、生命の哄笑感の追求という意味での強化志向のことだね。 だから、幾度も言うように、退廃する危険はあるが、それはそれが満たされない場合だろう。 君がそれを否定するのは、傷口をほじくったカオスの膿の黒い海に埋没する己の恐怖だろう。 それは、回するのが孤独を選んで隠れることで思想家や芸術家は生きているんだよ。 必ずしもじゃない。 >生の哲学者ニーチェを好む短パン、ニセが浪費や短命化や言語などの複雑な形態の破壊、即ち「退化」を「進化」として、また一種のルネサンスとして志向するのは、決して偶然ではないのだ。 >彼らは生命力という観点によってたつ価値転倒の試みをしておられるのである。 別に転等など考えてないw
ということで、こちとらさん自体がカオスの海に彷徨っているのだが、 それが自分を隷属化してしまう恐怖感情のような負のモノであるので、 それに順ずる恐怖から、「カオスの重視は衰退」と思っておられるみたいです。 多分ですがね。それは違う。それはこちとらさんが自分のバランスを取れない状態なんだよ。 無理しすぎのように思う。 以上、閉廷!
甲「こんな感じです」 乙「はい」
111 :
考える名無しさん :2008/11/16(日) 22:05:52 O
ロゴス、秩序、体系、論理重視は文法書と辞書を命として外国語を学ぶようなものである。 この「アンチバベルの塔」的なやり方にはなぜだかよくわからないが何か致命的な欠陥があるようだ。 生命の息吹きが吹き込まれないのだ。 せいぜい生気のない抜け殻の構築にしかならないからだ。 苦労して形成されるのは砂上の楼閣であり、氷の彫刻であり、死体である。 生気を込めるためには道具に頼らない糞勉強、単細胞で「そんな無茶くちゃめちゃくちゃな…ふむ、どうみても阿呆である」糞勉強が必要なんではないかと思われる。 破壊的で破滅的なやり方が、生産的で創造的でもあるのだろう。 修行や苦行は、差異を本質とする多様性あるいは差異自体ともいえる根元的一者への漸次的接近に違いない。 「糞勉強」を良しとする短パンは実際に何らかの分野で既に「本物」であるかもしれないし、 ニセ物さえ「本物」になるかもしれない。 醜いアヒルの子のように。 裁きの日には子供のように後の者が先になるのだろうか。 天の御国は小さな子供のような者たちのものだという。
>>111 きみははやちっくだね。すきよ。
げいじゅつからはずれるものはせいきがないんだよね。
>>111 こちとら君
何かを語る時にこれほどわかりずらい文章で書く奴もめずらしいw
君の書いているの読むより、偉人の方が圧倒的に分かりやすい。
>ロゴス、秩序、体系、論理重視は文法書と辞書を命として外国語を学ぶようなものである。
それは、自分の求めるモノにそぐわないものをやるから、その拷問が苦痛なだけじゃない?
君が本を骨を折るように、身を捩じらせているように接していること自体が、既に分相応外のことをしているのでは?
少なくとも本を読む際に「文法書」なんて感じたことはない。私はだけどね。
(続き) >この「アンチバベルの塔」的なやり方にはなぜだかよくわからないが何か致命的な欠陥があるようだ。 そりゃあ、自分の内面にあるものを自分で秩序付けないで、書物の乱用でそれを取り消そうと思っても、 その活動の報いは虚しいものではないだろうか? その徒労に終結する虚しさがこちとら的に「バベルの塔」なんだろう。 それは君にとっての「バベルの塔」だ。 >生命の息吹きが吹き込まれないのだ。 これも、バベルの塔に上がっているからだ。 >せいぜい生気のない抜け殻の構築にしかならないからだ。 これも同上、抜け殻がいくら文献あさっても、抜け殻しか感じない。
(続き) >破壊的で破滅的なやり方が、生産的で創造的でもあるのだろう。 破壊的で破滅的というのは、君のように文献に自分をはめ込むやり方の正反対の姿勢のことだろうが、 それを創造的だとか、生産的だとか別に気にかけて読んでいない。 >修行や苦行は、差異を本質とする多様性あるいは差異自体ともいえる根元的一者への漸次的接近に違いない。 それは君が自分の本当に求めるものが、活字では得られないということじゃないの? じゃなっきゃ「修行や苦行」なんて感じない。感じるのは、分相応以上のことに熱心になりすぎて、 自己虐待をしている君だけだ。 「差異と本質」? なんの差異となんの本質? ドゥルーズ的概念での意味か? わけわからん><
(続き) >「糞勉強」を良しとする短パンは実際に何らかの分野で既に「本物」であるかもしれないし、 >ニセ物さえ「本物」になるかもしれない。 君の言う、アンチバベルの塔的な云々よりも、自分の忠実な直感や閃きに任せて、 自分の肉体に染み込まない言葉をただ詰め込むだけの作業が君にとっては「糞勉強」に思えるってことね。 それは、糞が何を真剣に読もうが、偉人の詰め物で精神の溝を埋めているので、 そのやり方は君には糞なんだろう。 でも、私から見れば君の心が現在糞であり、このままで続けても味噌になることはないと断言できる。
しまいに・・・ >醜いアヒルの子のように。 そう感じたままでいいんじゃない?ま、こちらから見れば、醜いねずみ=こちとら >裁きの日には子供のように後の者が先になるのだろうか。 裁きの日とは終末のことか?それとも裁きたいのか? それとも、自分の存在や主張をする人間が淘汰されていくことへの願望が「裁き」? もうちょい詳しくw 君の言うように文盲だからさ。ご丁寧に頼む? >天の御国は小さな子供のような者たちのものだという。 何を主張したいのかこの辺でわからなくなるなw 文盲だから、その辺詳しく頼む。 希望としては3日以内で回答してもらいたい。
118 :
考える名無しさん :2008/11/17(月) 00:58:53 O
概念の弁証法的解釈の試み: ・必然的な自由(自由⇔法、掟…) ・フリーター(自由主義⇔奴隷) ・歌うソクラテス(ソクラテス⇔歌) ・プラトン(ソクラテス⇔歌) ・プラトン(疑⇔信) ・プラトン(現実⇔理想) ・プラトニックラブ(現実⇔理想) ・二次元オタ(現実⇔理想) ・結婚(現実⇔理想) ・妥協(現実⇔理想) ・和解(現実⇔理想) ・嫁さん(現実⇔理想) ・旦那(現実⇔理想) ・反復(Soll⇔Wollen) ・反復(服従⇔命令) ・差異(Soll⇔Wollen) ・差異(服従⇔命令) ・差異(自己同一性⇔自己矛盾) ・音楽(遵法精神⇔自由な精神) ・悲劇(苦⇔快) ・創造(現実⇔夢)
119 :
考える名無しさん :2008/11/17(月) 01:00:46 O
・ニーチェ(文献学⇔芸術) ・ニーチェ(北風⇔南風) ・イエス=キリスト(剣⇔慈愛) ・イエス=キリスト(サタン⇔神様) ・神(悪魔⇔神様) ・自然(魔界⇔天国) ・地上(地獄⇔天国) ・お釈迦様(王子⇔乞食) ・お釈迦様(放逸⇔諦観) ・オウム真理教(科学⇔宗教) ・東大生(俗⇔非俗) ・貴族(作法⇔自由) ・慈善家(強欲⇔諦観) ・先生(知⇔無知) ・エロス(自愛⇔隣人愛) ・生(無⇔存在) ・コスモス(ロゴス⇔カオス)
アンチバベルの塔はやはりバベルの塔であり「律法学者」の住処である。
律法学者は「いのち」を得られない。
詩の領域を物理学者たちに譲り渡しさえしなければ
六法全書ではなくて、ランボー詩集持ち歩いてるよ、私は。
こちとら的恐怖心とは、予想するに、自己を否定されたら、その部位の吟味はなされず、 悪意・苛め・殺害などの暴力的なものだとしか考えられない恐怖心に至り、 その自分を支配してしまう恐怖心が、強情を作り上げているように思える。 その恐怖の混沌に浸ることが恐ろしいみたいです。 それは、云わば「被害妄想」の強度のものであるらしい。それだけ、被害妄想に感じるくらい、 人間達に蹂躙され・虐待された経緯から、自分の不甲斐なさの深さから、ひっと飛びにそれを消す、 あるいは消したいがゆえに偉人の書物にしがみ付き、さらにその言葉に自分を隷属化させて、 もう全てが自己虐待になり、癒えていないまま、今に至っているみたいだ。と推測してみた。 君、幾らそれが不幸な状態だろうと、その不甲斐ない自分を一般化させて、文献魔的に書物を、偉人を、人間精神一般を堕落させることは俺は許さんよ? 強度の自意識病もその一つだろうが、住人はその感情が危険で、結局何もできないというニヒルに至って手を上げているくらい、 実は自己批評が出来ている。 それに比べて・・・・ >律法学者は「いのち」を得られない。 これは創造的読書は「生命」が退廃するというわけだ。 でも、そこまで恐怖に苛まれている君は、退廃する危機のあの深淵が常にまじかにあるのだ! ここまで言ってわからないなら、好んで蹂躙されるためにここにきてわめいているのだろうと思うから、 いっそのこと、その"レベル4"を呼び覚まそう!いやレベル6まで!自己拷問が好きなら! お望みにしてやるか!
125 :
考える名無しさん :2008/11/17(月) 21:16:41 O
あなたはまず「アンチバベルの塔」をググりなさい。
>あなたはまず「アンチバベルの塔」をググりなさい。
なんでよ? それを調べさせたい理由を述べよ。
逃げるなアホ。まず、
>>117 の回答してもらいたいのだよ。
汝「ニーセ!熱くなりすぎw」
ニーセ「これだけ"強情な"復讐魔も見たことないよw」
汝「ここしか存在のぬくもりが見出せないんだ。復讐も恐怖心ゆえの一過性のもだろう。だから、それはわかってやれw」
ニーセ「追い出すつもりなどない。嫌らしく姑息な攻撃をしてくるから、気分によって叩きたくなるw」
汝「君が探すべき敵は、こちとら"ごとき"ではないだろう?」
ニーセ「そうだ。でも、議論をこのスレで繰り返すことで、何か血を求める自分を感じれる。」
汝「喧嘩してこいw」
ニーセ「いや、運悪いと捕まるw」
汝「そりゃ、そうだw」
ニーセ「でも、こないだ鳩にふんをかけられたぜ!」
汝「じゃ"ふん"がついたから、運もいいぞ!」
ニーセ「やってくるか!」
汝「おちつけww」
呪われるべきアンチ小児よ。律法学者よりいのちから遠ざかりし者よ。 賢くなろうとしないように。賢くなりたくば。 素直であれ。
まことにあなたがたに言いますが、 己を高くする者は低くされ、己を低くする者は高くされます。 水のように己を低くする者が高くされるのです。 出来ることなら己を低くして雨粒のようにして舞い落ちる試練に耐えなさい。 大洪水を生き延びたノアのようでありなさい。 そうする者たちは雷と神の国の到来を告げる選ばれし人です。 選ばれなかった者たちは雷が放った炎に焼かれて滅びます。
>まことにあなたがたに言いますが、 いや、口調だけ聖書のパロディで言ってもイエスよりも、ニーチェよりもお前はダサいから、 口調だけ真似るなw >己を高くする者は低くされ、己を低くする者は高くされます。 自分の高めてく上での危険が存在するが、その危険に晒されたままの自分に耐えれないため、 あるいは、その方法を試みないため、その危険状態を誤魔化すことで「危険は"一時的に"回避できるが、克服はできない」 という状態のままで生存を営めば(己を低くすれば)、生命力の充溢や、快感はえられないが、 傷の膿が自分を支配する奴隷状態には至らず、その線で行けば、死亡もせず、人生が保たれます。 >出来ることなら己を低くして雨粒のようにして舞い落ちる試練に耐えなさい。 雨粒のように舞い落ちる自分を鏡に映す高めようとする誘惑の恐怖を偲びなさい。 二セ「これがこちとら的『苦行』」だ。忘却されてないだから!
続き >大洪水を生き延びたノアのようでありなさい。 別に世界が滅びるのではなく、自分を高めようとする誘惑的教えが、君の今には危険であるだけで、 それを一般化しなくてよい。それは、君だけの問題。ノアとは関係ない。 古代のユダヤ人達の深さに失礼だ。 >そうする者たちは雷と神の国の到来を告げる選ばれし人です。 お前が滅びる危険を回避してれば、デカダン的に生き延びるから、生存の寿命は保たれるかもしれないが、 選ばし人ではない。大げさなw それは、「こちとら的には生き延びれるという考え」です。にしろ。 >選ばれなかった者たちは雷が放った炎に焼かれて滅びます。 混沌の膿を必死で回避して、傷を癒してきた者からすれば、必ず滅びがあるわけではない。 そんなのは誰も知らない。 ただ、君のレベル4が危険で自分を焼く炎なんだろうが、それは氷の炎のように君を切り裂く。 それは君の場合だw 以上 寝るw
忘れた。
>>129 の
「自分の高めてく上での危険が存在するが、その危険に晒されたままの自分に耐えれないため、
あるいは、その方法を試みないため、その危険状態を誤魔化すことで「危険は"一時的に"回避できるが、克服はできない」
という状態のままで生存を営めば(己を低くすれば)、生命力の充溢や、快感はえられないが、
傷の膿が自分を支配する奴隷状態には至らず、その線で行けば、死亡もせず、人生が保たれます。 」
これが、こちとら的『己を高くする者は低くされ、己を低くする者は高くされます。』の略だ。
恭順や謙虚ともまた意味合いが若干違うかもしれない。
翻訳するのが難しい奴だから。まあ、私はもちろん正反対です。
以上 今度こそ閉廷。
132 :
考える名無しさん :2008/11/18(火) 01:45:53 O
君のしったか糞勉強ぶりには私はおろか短パンでさえ驚くだろう。 万が一のことだが、いつか目が開かれるかもわからない。
素直であれとはいったが小さな子供はわがままなものだっけか。 まさか超人に一番近いのはニセか…
イエス自身パリサイ派といえるようだ。 バラモン的なサドカイ派とは違ってパリサイ派は実力主義的あるいは民主主義的な点において釈迦と似ている。 新約聖書におけるパリサイ派がイエスに対して歪んでいるのは、 学のないはずのイエスが優秀であるはずの自分たちより優秀であり正に天才だからだったのだろうか。 文法でも律法でも、いくら研究してみたところでネイティブの足元にも及ばず、血と肉にはならないということだろう。 ユダヤ教のパリサイ派から派生したキリスト教は民主主義的であるにしろ非凡すぎる天才によってたつものであるから、 半ば庶民向きではないのかもしれない。 今も残るパリサイ派のユダヤ教の方が庶民向きで有効なんではなかろうか。 ニーチェがキリスト教に反逆するのは彼が文献学者あるいは律法学者でありながら、 ショーペンハウアー的な天才主義あるいはネイティブ主義であり、 また秘伝によって己の家系の優秀さを保守しようとする貴族主義であるような中途半端な人であるためではなかろうか。 自らデカダンであるとはいうが。 彼はヘーゲルも嫌ってるようだが、 彼を突き動かしていたのはそんな弁証法的な自己矛盾、それ自身における差異だったのではなかろうか。
ニセはキリストや釈迦やニーチェのような学者以上の実力がないのに学者を馬鹿にするのだから、 どうみても阿呆であり、糞勉強をしているといわざるをえないだろう。 まあ糞勉強でもしなければ、血で学ぶことはできずネイティブを遠くから吟味するばかりで近づけないには違いないのだが。
>君のしったか糞勉強ぶりには私はおろか短パンでさえ驚くだろう。 「糞勉強」 これは、書物を道具と見做さず、人間の"声"として捉える読書態度のことを『糞勉強』という意味で使ってらっしゃるらしい。 あるいは、人間やその他の物事を直接、内的に感じたまま、忠実に思考する志向性。 (内面の空虚な状況で読んでも、精神の対話にならない読書になると、その成分を調査したくなる。 ドイツ語・フランス語あさり、あるいはその思想家の日常、それへの数多の批評文への耳。これぞ、行き過ぎると空虚を避ける【道具】としての読書だ。) ここでちょいと気にかかるのが、【勉強】という言葉である。 私的な意味合いで【勉強】とは、小・中・高教育に見られる、お受験のための(めんどくさい)行動という印象があるが、 仮にこちとら的に、小説や哲学を読むことが、上記の【勉強】と捉えているならば、 強制臭が漂い、読書行為自体が虚しいものになる気がする。これこそ「バベルの塔だ」。 それでも、読書しているならば、きっと、知識をただ漠然と詰め込む衝動か、 あるいは、虚栄心によるか、あるいは、精神的な頼りの行き過ぎによる偉人の言葉に自分を嵌め込み、括りつける"苦行"になっているのだろう。 そもそも私はなんで読書するかなんて考えてない。読みたいから読むだけだ。精神の栄養のために。 それによって、会話を交わすためでもある。君の文章も当然そのように捕らえている。君という人間を理解するため・・・ それと、君より【勉強】の範囲ずっと少ないだろう。 例えば、東大が5教科だが、慶応・早稲田に入学すには3教科。その程度の違いであって、内的成熟度の違いが、 知識の吸収量に左右されるとは限らない。範囲・量だけ詰め込むとろくなことがない。 むしろ、吸収する個人の受容の"質"によるだろう。 質の悪いものこそ「糞勉強」である。
>万が一のことだが、いつか目が開かれるかもわからない。 んん、意味深だな。 これは良い意味で言っているのか悪い意味で言っているのか。 「二セは盲目だが、やがては見える。」(ヨハネの福音書にもこんなのあったな)になってほしいのか? 「二セは盲目ゆえに、滅びる」になってほしいのか? "万一"・・・・ふむ!
>ニセはキリストや釈迦やニーチェのような学者以上の実力がないのに学者を馬鹿にするのだから、 学者の本を読んだが、つまらない。 つまらない奴は、何も影響を与えず、ただ腹立たしいだけである。 つまり、ただ知識だけ詰め込んで、内面に浸透しないことをいくら専門用語で語ろうが、 糞であり、君も糞である。 それに、君のことはわかりすぎるくらい、わかっている。 そんなに学者的に知識を詰めん込んでいるのに、どうして怯える?w 否定されるとどうして慌てる?憎む? 真の偉大な精神なら、その点も自分で考えるだろう。 イエスもニーチェも「人間として彼らから」学ぼうとしているだけで、彼らに関する本を読むことが、 あるいは膨大に彼らに"関して"調べたり、するのは何故なのか聞かせろ? 聞かせられられないのは、自己分析もないからだ。 そんな状況で書物を無数に読んでも、誰もお前に靡かないし、お前を凄いと思わない。 "レベル4"の恐怖も克服できずに、なぁにがニーチェだ、パリサイ派だ、ショーペンハウアーだよ? 馬鹿かw
そもそもお前は学者でもない。 ただ、大学にいた、学者風の教え方に似ているし、 大学に入って、虚栄心や、単なる知識欲から、哲学をやってみよう!ってな感じで、 本を読んであれこれ言っている馬鹿共とそっくりだよ。 それでも、君なりのレベル4の拷問から来る死への恐怖を克服できない理由は知っている? 全部書いてやれば、相当な長文になる。 いいか? どうする?
レベル4の恐怖って何ですか?先生!
階差、差別なんてのは、勝ち組負け組というような五十歩百歩の同類間の争いであり、 自己矛盾であり、それ自身における差異であり、 同一性における創造/捏造/生殖的な差異である。 生殖、差異化は非凡なる者への志向、力への意志であるといえるだろう。 だが非凡なる者は水の如し、誰をも見下しつつ誰をも見上げるのであろう。 そこに力への意志は既にない。
>>140 それはどうもさんま大先生などが秘めてそうな恐さであり、決して恐れるべきものではない。
恐れるから恐くなるのである。
信じて愛するものは救われる。
143 :
考える名無しさん :2008/11/18(火) 23:09:35 O
>>142 >恐れるから恐くなるのである。
これがレベル4の前触れだろう。
>信じて愛するものは救われる。
それはない。
わかった。もうやめとくよ。というか、こんなのをしたくない。
但し、君の恐怖は君だけの力で回復すべきだろう。
本当に癒える・愛することの困難さを理解するまで生きることだ。
決して、退廃的自己を見まいとする自己欺瞞で人間を堕落させないで貰いたい。
以上 閉廷。
145 :
考える名無しさん :2008/11/18(火) 23:46:26 O
>退廃的自己を見まいとする自己欺瞞で人間を堕落させないで貰いたい。 つ鏡
糞勉強とはどうみても質の悪い野蛮な勉強のことである。 しかし異常な結果が生まれる可能性のあるむちゃくちゃな勉強の事でもある。 糞から花を咲かすような神秘的な力への信仰ともいえるかもしれない。 芽がでて花が咲くことは極稀なことである。 通常エジソンのいう1パーセントの才能がないからだろう。
力への意志はそれ自身における差異であり、 理想的な自信が現実的な自己不信を敵として繰り広げる己との闘争であるといえるのではないだろうか。 すると敵を愛せというのは当然のように「理想を現実にせよ」あるいは「現実を理想とせよ」ということだろう。 差異とは理想と現実の間の克服されるべき差異であり、 捏造/創造された差異であり価値であろう。 キリストにおいては現実が神の御心のままであり理想である。 十字架に張り付けられるのもまた想定内であり理想であった。 恐るべき現実の肯定である。ここに差異はないし力への意志もない。 だが生死の彼岸にある「いのち」があるのだ。 力への意志は生死の此岸に吹く欲望の風である。
びかぁ、クニ、ニセw
149 :
考える名無しさん :2008/11/19(水) 07:44:42 O
インターネットというのは役に立つけども、気をつけねばならないのは優れた道具ほど人の持つ能力を無用にし、 人を無能化する傾向があるということだ。 道具によるパワーアップが使用者の退化によって相殺されていく。 そうなれば機械はライフラインと化し、もはや手放せなくなる。 しかし2ちゃん哲板は現在糞勉強部屋といえ、勉強の障害になるので、 逆説的に有用かもわからない。 敢えてこの闇と混乱のスラム街に身を投じれば、 人は能力を上げる必要に迫られるのである。
ニーチェってなんか胡散臭いんだよねぇ 反ユダヤ主義に利用されたのは本当に不快だったと思うが ユダヤ人をかばった発言もそれまでの本見る限りおかしいんだよね なんかかっこいい批判者にはなりたいが汚れ役にはなりたくないみたいな ニーチェ信者もヒトラーの思考とニーチェの思考には何の類似点もないとかもうアホかと
金持ちほど人も含め優秀な道具を使えるがために、 自ら働かなくてすむ。 そのために人一倍劣化する危険性に立たされている。 金持ちが自滅しないためには何より自分自身に対する権力を養わねばならない。 ただでさえ自分を制することは非常に難しいのに、誘惑が多いからである。
便利だからといって道具を買い求め装備してみても、 楽すんなといわんばかりに神の手によって退化させられてはかなわんな。 経済の発展にはそんな神の手が役立つんだろうが。
近代化に神は存在しないと思う しかしサタンは居そう
宇宙飛行士が宇宙で筋肉と骨が退化するように道具で負荷を小さくするとそれだけ人間自身退化する罠。 逆に負荷を徐々に上げれば発達するわけである。常識である。 己を高くする者は低くされ、己を低くされるものは高くされるのである。 格差社会というのは転倒しがちである。
155 :
考える名無しさん :2008/11/20(木) 04:29:45 0
携帯ちゃん張るねー すごいすごい マゾちっくなとこあるんだね
>>153 神はかなり昔から「居なかった。」
それは、作り物と称される「映画」の表現においてであれ、読み物であってであれ、彼=神が発現したためしは殆ど見る事がない。。。
そのくせ、魔族はすぐにでもひょいひょいと実体化されて暴れまくるwww
魔王「大体、アッチが間接攻撃でちまちま突っついてくるような姑息な手段で来ているというのに、我々のなんて実直な攻撃方法か!」
・・・まったくであるw
閻魔「大体やねぇ。。。わしかて、どう考えても(嫌な部分は全部閻魔に任せて桶)的な?的なw・・・ってか、ふざけんな!」
まったくです。
阿修羅「わたしなんて、神なんだか魔族なんだかw」
wwwwwww
>>146 というか、これはわざと振っているのか?
・・・乗るぞ?
>糞から花を咲かすような神秘的な力への信仰ともいえるかもしれない。
>芽がでて花が咲くことは極稀なことである。
もし、これが反論の意味だとするならば・・・う〜ん。何故「植物」に例えたのだ?
もし、其処がカラッカラに乾いた砂漠で。ただただ種だけをばら撒いて 水も与えず、
「さぁ、咲け咲くのだっ!キエェェエエエーーーー!!!」と、まるで糞祈祷師みたいな事しているのだったら、
そりゃ糞だw
だけど、糞というのは燃えカスとはいえ、まだまだアホの子のような養分を含んでいるのが普通であろう?
(しかも、なんでもバクバクと、それこそアホ丸出しで食いまくっていれば、糞の養分もそれだけ豊かになるという逆説w)
結果。「糞の中に種を押し込んだ場合。」
花が咲く確率は、非常に高い。(常識的に考えると・・・)
ただし、糞側の私から申し上げるにw(プ〜ン♪)
(要は、咲くであろうその花々達の。養分の摂取能力如何で決まる。)とも思える。
「利用」という言葉に抵抗があるのならば「活用」でもいいのではないだろうか。
別に、人間関係は。その全てが「仲間になれるかなれぬか」だけで構成されている訳でもないだろう。
それは、例えば、「共有」ではなく。「協力」というカタチもある。これならば。仲間ではなくとも力は貸して貰えるし貸せもする。
例えば、明日にはまた敵対する者同士へ帰るとしても。だ。
(んー・・・。流石、糞魔王だ・・・)
我を糞って言うなーーーーーーーーーー!!!!
(どっちだよwwwww)
お・し・ま・い
日本語に宜しく言っとけ
芽は極稀にしか出ないな。 糞勉強は自分は頭がいい、あるいは天才だというような信仰に基づいているので、主観的には満開だが。
情報機器の発達によって不用となる機能は退化していくだろうから、 金持ち、小金持ちの脳は劣化していくので、 生涯貧乏だと相対的に頭がよくなっていく可能性が高いな。 これはありうる。進行形の現実だろうよ。
ゲーム脳とかいうがゲームによるけどもむしろゲームは有効っぽいけどな。 役に立つ、生活を補助する質の高い道具ほど人間の退化を促進する罠。 文明のための文明か… ほどほどにすべきだな。 現代人が古代人より優秀とは到底いえまい。 文明の発達につれて、文明の恩恵に与るにつれて、人類自身は退化する傾向にある。 ホームレスとして生存できる自信のない生命力の低い人、文字通り出家できそうもない人は、デカダンであるいわざるをえない。 そんな生物は他の生物、例えば葦にいわせればどうみても足萎えである。 格差によって文明の恩恵に与れない人間が増えるのは、悪くないことではないかとも思う。 どうも道具を装備するほどに弱体化するからな。 道具を装備すれば虎にも勝てるとはいえ、基本的にノーメイクでいたほうがお肌に良いに違いない。 一般的におっさんのほうがおばちゃんよりましなのも当然なのだろう。 文明の助けを借りるほどに人間、おばちゃん化するのである。
162 :
考える名無しさん :2008/11/21(金) 00:18:27 O
日本人が絶滅危惧種になってきたのも生活に役に立つ学問を実学として選択尊重し、 残りを虚学として蔑視してきたからではないか。 福澤諭吉の実学という概念はどこ由来なんだろうか。 実のところ、実学は人間自身の劣化に貢献する虚学でもある。 逆に虚学が実学でもあるとはいえないかもしれないが。 しかし生活のための学問、実学が逆に、人間自身のためになるどころか、 文明のための文明、 学のための学、文明のための人間、 機械の進歩のための人間の退歩、 機械の必要性向上のための人間の機能低下、 機械、インフラの存在価値の向上のための人間の存在価値の低下を後押ししているのが現実ではなかろうか。
現実というこのRPGにおいては、道具を装備するとレベルダウンするに違いない。 ステータスにかなり恒常性があるといえるのである。 高価で有力な道具を装備するほどに、著しくレベルダウンする傾向にあるのだ。 レベルアップするというのは難しい。 努力で経験値は溜まりはするが、 基本的に老化していく、経験値が減っていく、レベルダウンしていくという厄介な呪いにかかっているからだ。 しかもアイテムも大概呪いにかかってる。 こんなどうみても糞ゲーみたいなRPGは売れないだろう。 しかし不思議なことに誰もが日々プレイしているのが、現実というRPGなのである。
BOTだらけ
ここの人は、まるでブランド物でも身につけるかのように 虚栄心を満たすために哲学好きな振りをしているのかい?
糞勉強をしているのだよ。
ふ〜ん。
>>157 なんら書き示す事もなく、ただ、
>芽は極稀にしか出ないな。
と、否定するだけ?
だったら、一体どちらが糞なのかって話にもなるが?
168 :
◆TANPanX3xc :2008/11/21(金) 02:54:11 0
人を否定するのならば、理由位書きなよ、
いらつくから。
OK?
ん?
>>157 君が何様だか知らんが。
あ〜〜〜なんっか、夜な夜な気分悪いぜ。 ただぶった斬るだけでいいならばなにも言葉なんて必要ねぇじゃねぇか。 なんなんだおまえ? >糞勉強は自分は頭がいい、あるいは天才だというような信仰に基づいているので、主観的には満開だが。 この文は、誰にも当てはまっていないし、あえて言うならこれはおまえ自身の事じゃねぇのwバカ?死ぬの? はっきり言っておくが、概して言葉(文字)というのは、自分の今在る心境を映すものだぜ? 自分が万能で天才だと思ってるんだろ?君。バカだからw 自分じゃ、(さあ、俺様の理論を崇めるがいい。)とか、思ってんだろうね?バカだからw 実は凡庸で、よくある考え方だけど、気付いて書いてる? 読んでくれて、アリガトウ。だぜ? 普通の発想ならば。だけど・・・ ふぅ。 でもやっぱ辞めた。 ニーセみたいにズッポシ引っかかって、プンスカすんのもなんだし・・・w ・・・いや、でも、端から見てると(なんで、そんなに腹立ててんだろぅ。)と思っていたけど、 そぅか。 こいつ、確かにイラッとくるわ。 でも、 いいや。 あげます。w んじゃ。ノシ
なぜなら私のいう「糞勉強」とはどうみてもアホな勉強、思考、研究のことをいうからだ。 例えば聖書を読まずにキリスト教について得体の知れない感覚、直観によってわかったつもりになって語ったり、 「差異と反復」という書名あるいは目次だけ読んで「差異と反復」について語ったりすることなのである。 こういった糞からは芽は出ないものである。
しかしこのような書名だけ読んで解釈に挑戦するというような極めて無謀なる取り組みこそが、 人間の潜在能力を啓発し、小児のように血で学ぶ能力を取り戻させるかもしれないものなのだ。 凡人にはなかなか真似できたことではなかろう。あまりにも馬鹿らしい。 しかしきっとこれぞいわば大穴なのだなこれが。
172 :
考える名無しさん :2008/11/21(金) 15:33:55 0
ムシン
173 :
考える名無しさん :2008/11/21(金) 22:18:08 0
ツァラトゥストラの邦訳はどの出版社から出てるのがお勧めですか?
174 :
考える名無しさん :2008/11/21(金) 22:26:34 0
175 :
考える名無しさん :2008/11/21(金) 23:11:33 0
というのも、↓の塾で使われていたのが気になったので・・・。
http://gido.ph/ >ほとんどの哲学書は自分勝手に読んでも、じつは何もわからないものです。
>哲学書を正確に読み解くには独特の技術が必要で、
>いい加減なわかり方ほど危険なことはありません。
とかいてありますが、やはりツァラトゥストラもそうなんでしょうか?
>>176 ちくまは読んだことないです。
新潮文庫と岩波文庫のみです。
断然、岩波がよかったですので、岩波お勧めです。
それと、主要なニーチェ全般を読むには白水社のニーチェ全集がいいかと思います。
高いけど、図書館でも借りれますよ。
自分を信じろ! 主観に自信を持て。 直観的馬鹿で上等なのだ。
>>169 >ニーセみたいにズッポシ引っかかって、プンスカすんのもなんだし・・・w
w。傍目から見て、そう思うだろう。でも私は真剣だった。
>あげます。w
では、続けよう。
>自分を信じろ! 主観に自信を持て。
『俺の今までやってきた哲学書の思想群を構成する言葉・概念を自分流に
解釈した結果、非力な自分を消化する、あるいはそれいよってさらに倫理的・人間的に自分を成長させることが徒労に終わった。
多分、自分流解釈の途上で行われた言葉に肉体を強引に押し付けるという行為自体が、己の精神を益々豊饒な方向に方向付けていくことと正反対になったらしく、
益々空虚、非力、憔悴、悲しみ・憂鬱などの自己憤懣の怒りが、憤怒が、さらに原文解釈作業に向かわせた。
それも虚しかった。なぜか、旧約聖書のバベルの塔を構築するような抜け殻的な己しか見出せなかった。
今でも、俺はそんなやり方が良かったのか、悪かったのか解らないくらい、自分に自信が持てない。
本当に自分の遠近法だけしか信頼できるものはないと言うが、俺の今の感情はそれが疑わしい。
でも、ふむ! そんな不安も俺に込み上げてきて、別人格が入り込んで、自分でありながら、自分でないような感覚だ。
でもまあいい。俺は俺の見解に自信がないが、それを通す。ゆえに「自分を信じろ!」(本当はわからないんだ・・。)さらに、
「主観に自信を持て!」(とはいっても、今否定された不信感が占めているこの我こそ主観なのか?! わからない。わからない!)』
>直観的馬鹿で上等なのだ。
『多分、奴らの直感や閃きというのは得たいの知れないものだが、俺の今の直感と言われるものは、
「精神的荒廃を打破するためだけの道具としてやってきた読書による抜け殻的自己状態であることであり、
これこそ我が本音であり、これこそニヒリズムであり、【直感】なのだ。だから、お前らが何を言おうが、そりゃイラつくし、自己不信になるし、
恐怖しになるし、レベル4が己に宿りはじめる。なぁに!かまうものか、俺なりの【直感】で偉人に嵌め込んだ作業の報いで花を咲かせてやる。ええ!」
従って、「(こちとら流)直感馬鹿で上等なのだ! ふむ!」』
読書休んだ方がいいと思うよ。毒書になっている。失礼だが。
>>179 私は自分の肉体が包み「精神」とやらが内包する事象・宇宙というもの以外、何も頼りにしない。
哲学者で言えば、ニーチェ・ショーペンハウアー・スピノザを読んでも、理解できる部分は理解できるが、
理解できない部分は理解(共感)できない。しようとも思わない。
読書ばかりしていない。
もし、仮に人間の思想というものが流動的なら、それは思想が流動的なのではなく、
個々人の肉体の諸器官が精神を通じて求め・要求するものによって、別の状態の己が出現し、
それが何か探求するように仕向けるのだろう。そういった意味で、この世に固定したものは何もないし、
「なすべし」絶対的価値すらない。
そんな観点を抱きながら、毎日生きていますが、月日と伴に人間は変化するものだと思うので、
そんな時は自分以外の己に支配されたものに再び突き進むかもしれない。それすら誰も知らないのだ。
但し、私は思想家でもないし、哲学者でもない、一般人。それ相応のやるべき方向を現在しなければいけない。
その途上で思想家と対話することがあっても、基本は人間との会話や考察が一番だと感じている。
読書を栄養に例えるなら、消化不良だと摂取が悪いと心身が糞になる。
そんな例をたくさん見ています。
これは間違いない!
貴方は読書を休んで、自分で考えるべきだと思うんですよ。
以上、夜も更けたので閉廷します。
ではでは。
てか
>>179 は短ぱんとニセ、クニの哲学の解釈だぜ?
彼らのは「自己権威主義」と呼ぶべきか。 ジコケンイシュギだなんていまいちしっくりこないが、 この間抜けらしいのが適切である。 自己が権威を持つには自己が自己に反して客観的なものでなければならないのだ。 いわゆる弁証法的な主客の一致が必要である。 ネイティブのお喋りのように文法に無知でありながら文法に従っているというような小さな子供の住まう必然的自由の園が。 一般的に大人はそのエデンの園から追放されてしまっている。 追放されてしまっているのにあたかも追放されていないかの如く振る舞うのが自己権威主義であり、糞勉強である。 一般的にこのようなことをする人間の主客の剥離は大きく、その糞勉強は無効であろう。 有効な糞勉強ができる大人もいる。 シュリーマンはその見本である。
ロゴスがカオスと共に男女のようにしてコスモスを生むのである。 名文家ニーチェにおける混沌や自由は、独女ではないのだ。 それは詩的、音楽的混沌であり、ロゴスと恋に落ちているのである。 そこには闘争としての愛、エロスがある。 ロゴスと密接な関係にないカオスは糞である。 なぜだか有効で芽のでる種入りの糞勉強というのは自然のように解明しがたいけども、ロゴスと密接に関係しているはずである。 生成文法やら自己組織化というように、ロゴスの種が内包されているのである。 一般的に大人には種がもうなくなっているのであって、糞勉強だけでは無効どころか有害だろう。 しかし糞勉強という肥料なしでは、生ける構造は生まれない。 しかし記述され形骸化した構造に強引に糞をまぶしたところで、糞まみれの構造になるだけかもわからない。
資本主義は生きていない構造の肥大化と生体の退廃を促すばかりなのかもわからない。 売りさばけるような役に立つ道具、生気のない構造が生ける構造を置換していく。 これが生体の機能低下、退廃を必然的に招くわけだ。 苦はいらないという普遍的な志向性が生を退けていくのだろう。 苦痛を抑制するのは麻酔であり麻薬であり、生は苦であるという認識が証明されていくのだろう。 そして生を退廃させずに苦を退けることが課題になると。 「生は苦である」を反駁することが理想であるが、 できないにしろ激痛を避けつつしかも生を退廃させないようにすることが課題になる。 そのような努力を軽蔑し、ドゥルーズが肯定できないような苦をすら肯定すべきだという自殺反対者あるいはニーチェ主義者のほぼ全員は、 苦の本領を知らないのである。
苦痛の強度×時間−快楽の強度×時間=生命力 というような方程式が成り立つならいいが。 ならば「産みの苦しみ」というような激痛は無用であり、 体力トレーニングのようにできる範囲で生命力をコントロールできるわけだから。
ふあ〜。ちと異常に早く寝たから、こんな時間に目を覚ました。 ま、けっこう低血圧で目覚め筋肉が自ずと活動するまでは時間がくうもので、 何分、まだ寝ぼけぎみであります。それでも、目覚めのトレーニングのために、こちとら君のいわんとしていることを 翻訳することをやってみようと思っている、、、、 が、駄目だw頭が働きそうにないなw こちとら君の主張(思想)の内容を把握し、その思想の背後を、つまりこちとら精神を理解するのは けっこう、いや相当骨が折れます。スピノザを読むのは、彼が言う概念をこちらが自分の内で想起できるにくい部分があり、 けっこうショーペンハウアーやニーチェを読むよりも、私は大変だった。 でもエチカの2〜3以降はそうでもない。 話を戻すと、こちとらという人間を理解するのは困難。 それは、思想が深いとか、表現している内容が未曾有だからというものではなく、 思想(とよべるものでもない、単なる主張・考え)があまりにもハチャメチャで、 知性が欠落し、拷問的苦痛状態の怯えた感情に浸りきったまま、書いているから、 普通ならば本当に「翻訳してありがとう」なんだけど、このスレを見ている誰もこちとらの文章から 何かを理解するのは困難。言語障害者に取り組むように困難wでも、私はその劣化日本語を翻訳できると自負しているので、 頭のトレーニングのために、これからこの板では「こちとら翻訳」を行いたいと思うw もちろん、困難だからといって、主張が深いわけでない。むしろ浅い。 浅い部分を如何にも深くみせようとする意図が、意識的・無意識的にあるので、 そこを見抜くのも、いい遊びにはなるとも思う。 それだけではない。 それをやることで益々、彼は現状の苦悶に拍車をかけて、 このスレに連投するだろう!(間違いなく) だから、真面目に議論しても平行線を辿るので、ここは翻訳してこちとらの内面を知ると伴に、 このスレの自称「聖者」こちとらの本質を暴き、その愚昧さを喝破し、苛めることに徹したいと思います。 「聖者」ではなく、「正邪」な人間の醸造釜から生産される悪臭の成分をしかと見たまえ! そこでニーチェやその他の引用を交えていくのもよいかも?
(とはいっても、まだなにかだるいなw でもこういうの好きだからw)
まず
>>159 >芽は極稀にしか出ないな。
>糞勉強は自分は頭がいい、あるいは天才だというような信仰に基づいているので、主観的には満開だが。
「芽」というのは、自分が自分に望む理想の開花・生命力の充溢、あるいは世間的な成功のどれかのようだ。
ここで逆説的に「こちとら的恐怖」が露呈されている。
それはつまり『芽がでるか出ないか私(こちとら)は心配である』ということです。まあ、単純な人間の弱さでしょうか・・・
「糞勉強は自分は頭がいい、あるいは天才だというような信仰に基づいているので、主観的には満開だが。」
これは、主観・直感をよしとする読書(例を挙げれば、ショーペンハウアー著『読書について』のようなものと言って良い)
のことを糞勉強と言っている、まあそれを糞とするのはこちとらの自由だから譲歩するけれど、、、
馬王「けれど、、、?」
こちとら翻訳者「天才だというような信仰に基づいているので、主観的には満開だが。」
この(自分の内で燃焼させる事象に接する態度)姿勢の人間は、こちとら的に「短パンさん」「二セ」「クニ」に
になるらしいが、「クニ」ってまず誰だか知らないし〜、短パンさんも二セも自分が、
天才だと思っていないので、
多分、こちとら自信が現在の状況の無意識に、
「天才だというような信仰に基づいているので、主観的には満開だが。」という声なんだろうww
うむ、寝るちょっと前の夜あたりはよりはすらすら回らないw
ふ〜。
わかるところから行こうか。
>>171 >しかしきっとこれぞいわば大穴なのだなこれが。
「こんちきしょうめが!早も短パンも二セも直感に由来した、事象観察、あるいは読書をしているのだろう、
それは確かに、根源的で、有益なようにも思えるが、こちとら、その方法で読書してもてんでわからず、
逆に自分の思考がはちゃめちゃになったもんだから、それを整理するために、いやはちゃめちゃ的自己を麻痺させるために、
その苛立ちに付随する負けず嫌いの衝動が偉人やそれに関する本をしこたま読み、さらに原文を苦労して読んで、独逸語の勉強をしたのだ。
それでも俺は何も得られないが、少なくとも、俺は俺なりにロゴスに従事した。原文解釈や、その他の思想家に意見を漁り、
いわば組み立て部品の構造を調べるかのごとく、ニーチェに接した。
例えば、俺はニーチェというものが女だとしたら、恋人だとしたら、
直接彼女を知るためには、彼女に好奇心を抱き、その人と接するのだが、俺は度胸がないために、
彼女の"評判"から彼女の情報を寄せ集め、彼女の偶像を作り上げて、その苦労もあり、その苦労・苦行的に
恋した対象を恋している。でもやつらときたら、そんな俺の努力も知らずに、
恋人に近づいていこうとしている!なあに!俺の方が彼女を知るためのあらゆる方法を試してきているんだ。
恋人(偉人)達をよりよく知っていて、彼女らが歩んだ内面を知っているのは俺の方だよ!
それなのに、やつらときたら、そのまま近づいて自分達の判断で、恋人にアポローチする始末じゃないか、
ま、あいつらよりは俺が長い道を踏みながら恋人を恋して、接近する道を選んできたのだ!
これこそ"苦行"なのだ、それでも万一あいつらが恋人を少しでもふれてゲットできるなら、
芽がでるなら(本質にふれれたなら)、俺の今までの苦行は何になるか?許さん!ええ!
そんなのはあってはならない!ええ! 有馬記念で3連単100円買いして、1000万万馬券をあてるくらいの、大穴、
いや無謀なギャンブルだな! ええ!」
だめだこりゃ。
>>170 >例えば聖書を読まずにキリスト教について得体の知れない感覚、直観によってわかったつもりになって語ったり、
>「差異と反復」という書名あるいは目次だけ読んで「差異と反復」について語ったりすることなのである。
これは恐らく
>>115 で私が「差異の本質」という表現の意味するとことが不明だったが、
「差異"と"本質」と読み違えてドゥルーズという哲学者?の「差異と反復」か何かと勘違いして、
「差異と本質」と指定したことを誤解したんだろう。
まあ、それは私の誤解であったとしても、ドゥルーズの概念を用いているようだったから、
その意味で使用したなら、ドゥルーズを読まないと、君の言わんとしていることはわからないね。
それは自分で当然しっているが、
「「差異と反復」という書名あるいは目次だけ読んで「差異と反復」について語ったりすることなのである。」
誰も語っていませんwww
(ここで私が「差異と本質」?の意味が不明であるから、ドゥルーズのことか?と聞きたかったのだけど、
それに答えもしないで、ドゥルーズを読んでないのにわかったふりをしているとい妄想に浸っているとこが、
何かドゥルーズに拘りがあるみたいだ。、、くらいはわかった。ま、ドゥルーズは興味ないので読まないし、
彼の内容はは一切語ってないw)
知らないことについては語っていません。もし、ドゥルーズの意味合いで用いているなら、
「ドゥルーズ的な概念で」と前置きしてほしいし、そうでないと君の言うことを誰も理解できない。
ま、ドゥルーズやハイデカーを読まないとニーチェは理解できないと思っているなら、その根拠を言ってもらいたい。
何度も言うが、ニーチェはニーチェの声、スピノザはスピノザの声、ゲーテはゲーテの声としてしか読書はしない。
君の吐き気の太宰も当然そうですよ。
君の嫌いな父親が愛読していた小林秀雄を読むときもそうするだろう。
ふう、大分目が覚めてきた。
何分、こちとらは小難しい馬鹿なので、彼の心を文章から見抜くのは大変です。
>>182 >てか
>>179 は短ぱんとニセ、クニの哲学の解釈だぜ
だったら、その3人の解釈が、
『自分を信じろ! 主観に自信を持て。
直観的馬鹿で上等なのだ。』と思っているみたいです、と言えば良いわけだ。
でも、その人称が欠落し、直接つぶやいたところを見ると、半ばやけくそで、
自分に言い聞かせている部分が君にはあるので、そこを見抜いて一応書いた。
あれは君の声としてけっこう当っているだろう。
では〜
(しかし、夜中起きて何しているの? 寝ろ!)
ああ、すまん、すまんw 「差異の本質」ね。 でも何の差異の本質なのか、 前提としてある対象・状態とそれと対峙するある対象・状態のことを「差異」と言いたいのか? そこがわからん。 ま、またくるね。
差異を本質www あ、やっぱり私はある意味文盲なのかも、 "差異を本質とする多様性" んん? ある状態とその心情が持つ対象と比較した別の状態それが内包する対象という葛藤=差異? の多様性? "多様性"というより複合的な混沌的な自己状態? って意味かな? ああ、これほど分かりにくい奴もめずらしい! 「馬鹿は低いものを難解に表現するなら、偉人は複雑なものを単純に表現する。」 みたいなことをある詩人だが思想家が言っていたけど、 まさにこちとらは「馬鹿」なんだな。ただ感受性や恐怖心は人一倍強いみたいだけれど、 何分「ロゴス」というか、内面そのもを総合的に把握していき、秩序付ける力=私の意味では知性力が 随分弱い。弱いというより齢? 君こそ老化? こちとら的「ロゴス」とは、お勉強のことだろうというのはなんとなく見えてきた。 以上、閉廷
>>187-193 も結局、相手を罵倒してるだけで、およそ哲学的な営みからは程遠くないですか?
こういう議論になると、往々にして単なる人格攻撃に陥りがちですが、
この人も見事にその罠に嵌っちゃってるというか・・・。
>>194 >こういう議論になると、往々にして単なる人格攻撃に陥りがちですが、
>この人も見事にその罠に嵌っちゃってるというか・・・。
これこそ、君が露骨な批判をしていないだけで、私に対するささやかな「人格攻撃」になっているのが自覚できてないのではと思いますが?
(あ〜、まったくこの人達は・・・という冷ややかさにしか映らないけど?)
でも内容そのもの一理あるのは認めます。
彼(こちとらさん)の文章を過去スレ8から見てきて、正直怒りを感じるし、
その姑息な魂胆を気づいているので、それに対して議論しているうちに、批判と罵倒が入り混じり、
罵倒だけのようにしか映らない。こちらもそのムカつき度が行き過ぎると危険なことくらい自覚しています。
相手が罠をしかけているか、しかけていないか知らないが、真剣に読んだ上での感想。
>およそ哲学的な営みからは程遠くないですか?
別に遠いと思わないけど?
その君の「哲学的」営みを具体的に書いてもらいたい。
どういうものか?例ぐらいでいいですよ。
そうなるには、あなたの私的な見解を示してくれればいいと思います。
「ニーチェの〜について私は〜考えている」でもよろしいですし、
もちろん、モノローグ的なものでも良いと思います。
別段、「運命愛」「正午の思想」「永劫回帰」が入らなくても、私はそれを真剣に読みます。
単に、自分の気分から横槍入れるなら、恥を知るべきです。
誰が何していようが、貴方はあなたの意見を展開すれば、誰かが応答してくれと思いますよ。
以上 このことに関しては終わりにしましょう。
あなたこそ「罠」に嵌る前触れかもよw
(罠と彼のことを思うなら、それこそ失礼では?もちろん、怒らしてやろうってのもある人だけどw)
ではでは。
196 :
考える名無しさん :2008/11/23(日) 16:33:16 0
>>195 >>194 ですが、自分の意見も結局あなたへの嘲笑になってるという指摘はもっともだと思います。
内容そのものへの批判ではなくて、批判する行為自体を咎めているというか。
書くほうも読む方も、注意深くならなければ、簡単にそういう堂々巡りに陥ってしまうのだと思います。
私が考える哲学的営みというのは、単に相手を言い負かすことに終始するのではなくて、
冷静に、あくまでも相手の話す内容そのものについてのみ、同意したり、疑問を呈したりする
やり取りの繰り返しです。
>>197 真摯な意見どうもありがとう。
>私が考える哲学的営みというのは、単に相手を言い負かすことに終始するのではなくて、
これは本当に自分の今を言い当てていると思います。
あるものを批判すると、その批判に耽溺し、それが若干快感になる。
それが行き過ぎると、単なる愚昧で醜悪な罵倒になります。
今回は相当行き過ぎました。(ただ、相当熟読した上で批判しているが、その部位に対する誇りが、驕りに変化してしまっていた。)
私は、このスレに来てから、興味深い意見というのはあまり耳にしていません。
もし、誰かが自分の内面から真摯にニーチェその他に関する感想や、自分の哲学(日常の断層でもよい)、
あるいはニーチェその他なんでも書物に関しての意見を聞ければ、それに対して、真剣に答えます。
私が嫌いなのは、脇から嘲弄のように、あるいは含みを込めて批判するような嫌らしい人です。
それがなければ幸いですし、そういう途上で営まれる議論や意見なら歓迎です。
では、少しこちらも反省します。まあ、見ていて気分が悪い人はたくさんいたと思いますから。
資金と知識がすべて
良心だの倫理だの役立たずの御荷物
後は心身の健康があれば充分
そんなクニ(ぴかぁ)
金が全てだといわれるけども、 それはMONEY ONLY or EVERYTHING EXCEPT MONEYという二択になりかねないほど金が排他性を持つからである。
金に浸食されていくのが老いともいえる。 物も含めた他者の有用性が「私」を扶養しつつ不要にしていき、その有用性を奪い、廃棄処分にしていくのである。 因果応報というのはこの自然のメカニズムの道徳的解釈だろう。 何故に他者に代替されたりして不要になった生体の機能はなくなっていくのだろうか。 一種の最適化、カイゼン、無駄遣い反対運動が自然となされてしまう。 必要とされない生体の機能、余分な機能が快楽になるともいえるが、それは快楽とともに消費されていくのである。 生体の機能の維持向上には、労苦を伴う大きな負荷が必要であると考えられている。 生体の能力の維持向上、カイゼンに関して殆ど古代から禄な進歩がないのではないかと思う。 いまだに楽な方法はあまり効果がないようだ。 未だに何千年も前の人が優れているのもそのためではないか。 まったく生体の能力は生命力(=苦の強度×時間−快の強度×時間)に比例するのではないかとも思える。 とっとと成長と老化のメカニズムを解明して、楽な方法を開発するがいい! そうせねば文明の利器の進歩につれて生体は退廃し元も子もなくなっていくのだから。 道具を改善することに熱を入れるあまり、肉体を疎かにしすぎている。
ハイデガー読むとニーチェがなんか霞むよな
甲より乙が凄いとか言ってるウチは子供
207 :
考える名無しさん :2008/11/25(火) 03:37:05 O
ニーチェ的には宇宙は生態系だといえるが、その原理原則としての「力への意志」とは「闘争としての愛」とも呼べるものだろう。 根拠としてはニーチェがキリスト教の存続を望むこと、 そして闘いを愛する戦闘民族の悟空が止めをささないこと、 また「殺すなかれ」という法律の基本にも合っていることが挙げられる。 「敵を愛せ」というのはキリストにおいては慈愛によるといえるが、 パウロを通すとそれはせいぜい「家畜に餌をやれ」というような反感、怨みつらみが剥き出しになってるといえそうな印象があるので、その根拠には挙げがたくなる。 パウロはキリスト教を弾圧していた人間であり、キリストの敵だったのだ。 キリストによって改心させられたパウロはキリスト教の生ける証拠、布教の広告塔として利用されたともいえる。 では食物連鎖という日常的殺し合いは何だというのか? すなわち「闘争としての愛」はキリスト、あるいは自然の優しい情け深い一面であるにすぎないといえるだろう。 ニーチェはベジータというよりはむしろ悟空なのである。 だが悟空の態度をとることは生を育むためには重要ではないかと思う。
208 :
考える名無しさん :2008/11/25(火) 03:38:18 O
ショーペンハウアーやニーチェのように罵倒してもいいかもしれないが(彼らは敵を殺そうとしていなかった)、 「パンツ」は勘違いしているのであって、全く洒落になってないのだ。 昨今の日本人のような潔癖症もマズいものであると思う。 キリストは外から汚れは入ってこないと極端なことをいうが、的を射た見解だろう。 潔癖症というのは、内なる汚れあるいは弱さの投影なのかもわからない。 特に微生物とは闘いつつも共存せねばならないのだ。 恐らく人間は彼ら微生物と共存するより生きる手だてがないのである。 プロバイオティクスもまた「闘争としての愛」といえるだろう。 善玉菌、悪玉菌とかいって区別するが、異物であるからにはそのいずれとも闘争があるに違いない。 闘争という負荷がなければ生体は退廃するに違いない。 それ故に生は闘争を愛さずにはいられないのであり、 「闘争としての愛」が生の本質なのである。 これが「悟空」の哲学であるということ、即ち生は存在ではなく動的な「空」であるという「悟」りであることは興味深いことである。
209 :
考える名無しさん :2008/11/26(水) 07:31:30 O
ニーチェとキリスト教の関係のようにニーチェにおける混沌は、 月が地球から常々離れようとしながらも引き止められつつ立ち向かっていくように、 秩序との距離、差異を常々広げようと欲しながらもそれに引き止められつつ立ち向かっていくのである。 このような関係が芸術には不可欠だろう。 敵においてこそ己が赤裸々に現れるからである。 恐らく感じるのは差異ばかりであるがために、汝自身を知らんと欲する者は差異の最大化を欲して、対照的なるものに立ち向かっていくのである。 それはあたかも美少女がブスをアクセサリーとして好みがちなのと同様に、 対照的なるものに己を反映させて喜々とするのである。 歓喜は苦悩を愛する。 苦境においてこそ充溢せる生はその力を存分に発揮し、己自身に陶酔する喜びは感極まるのだ。 力は熾烈な闘争によってこそ最大限に発揮され、苦悩しつつ己自身を祝福するのである。 悲劇は充実せる生にとっては賛歌なのである。 対照的なるものを愛するということ、敵を愛するというこのことこそが汝自身を愛することなのだ。 これは差異を最大化することで反照的に己自身を反復しようとする自己愛としての反復である。
金が全て。金が権力への意志である。
211 :
考える名無しさん :2008/11/26(水) 17:16:56 O
ニイチェの「ツァラトゥストラ」の中には日本のことをかいているような気のするところもありますね。 そして超人の思想の根本なぞどうも私にはインド、又ひろく東洋全体の思想への接近より、ニイチェが自ら意識するせぬに不拘(かかわらず)、日本への大きな意味があるように思われてなりません。 平岡公威(三島由紀夫) 18歳の書簡から
明治維新に始まった奴隷及び商人の価値観を持ち上げるという価値の転倒工作は非常なる成功を収め、今日に至っているが、 他方、「働いたら負けかな」、「格差があって何が悪い」という言葉を皮切りにして貴族道徳の復権が試みられるようになってきてもいる。
摂取形態は遺憾
何かの切っ掛けで全体主義に向うのかな
日本では社会の底が抜けているといわれる。 これは底上げされた社会だからである。 特に敗戦後はどん底生活がスタンダードになっていた。 底しかなかったので底が抜けているように思われるのだ。 格差社会になるということは格上げされていた底が本来の卑しい位置に戻されるということである。 格差なき社会というのはどん底生活がスタンダードの貧しい社会である。
「回帰は生成するものの存在である。」(ドゥルーズ ニーチェと哲学 江川隆夫訳) 永遠にそれ自身を反復する動きは存在する… 「回帰は生成そのものの存在、生成のうちで肯定される存在である。」(同書) 反復は肯定である。自己愛である。 永遠にそれ自身を反復する動きは生存する。 回帰のために静的な記録や鋳型がないとすれば回帰は創造的存在である。 音楽でいえば回帰は記録に基づいて機械的に再生することではなく作曲そのものの生存である。
搾取する階級の存在を許さない社会は、奴隷がスタンダードの貧しい社会なんではないか。 常々インフレ気味であり、奴隷のように働き続ける限りやっと生存できるような貧しい社会ではないのか。 負け組だとか、ワーキングプアというのは対照的な人々の出現による遅ればせの自覚でありむしろ豊かさの兆候だろう。 労働より価値の記号である空虚な金が有効になるということは、 生産性の向上や価値あるものの蓄積を意味する。 そんな兆しも見えてきたわけだが、依然として日本は奴隷がスタンダードの社会である。 たとえ豊かな社会になってみても、搾取、管理階級が欲望のままに行動すると、 文明の発達により肥大した他者の有用性によって無能化する危険性がかつてないほど高くなっているので、 ダイエットというようなストイックな徳が必要である。 さもなければ、階級闘争に敗れるだろう。 高められた道具の有用性が奴隷をスタンダードな位置に保持するのである。
人々を労働から解放していくはずの道具が人々を無能化し、奴隷化していくのである。 人々はもはや文明を主とする奴隷である。 強力な文明がスタンダード、規律であるから、その奴隷がスタンダードになる。
人間が文明に敗れ去っていく… 近代に入り使われるものと使うものの立場の転倒が生じてきたのだ。 主語と目的語の置換がである。 人が道具を支配し、使っていたのが、 次第に道具が人を支配し使うようになってきたのである。 道具がか弱い人類と力強い動物たちとの関係を逆転させたように、 道具には関係を逆転させる力がある。 その道具が道具の父たる人間様にも牙を剥いてきたのである。 道具自体が権力への意思ではないかと思われるぐらいである。
人間の運命はいかに? 精肉工場で処理される肉塊… 馬力のある機械が人間の筋力を低下させたように、 知的な機械が人間の知的能力を低下させていけば、 人間は肉塊となっていく。
222 :
考える名無しさん :2008/11/27(木) 12:39:22 O
道具が主役になるのは仕方ないのかもしれない。 自業自得なのだろう。
自然の中で生きられない人間は生物として退廃した障害者である。 生体の機能が道具により補助され肩代わりされ代行されていくことによって、 一般的に障害の度合いは酷くなっていく。 単なる肉塊になっていく。 どうも「器官なき身体」という概念があるようだがこれはそんな肉塊のことかもしれない。 そんな堕落した身体をもつ人間、特に有閑階級がその肉体を軽蔑してきたのは当然だろう。 そしてこれからは精神をも軽蔑されるようになっていくのである。 知的な能力が知的な機械によって無用とされていき退化していくからである。 そうなるともはやスライムである。
224 :
シレノスの哲理 :2008/11/27(木) 20:19:49 0
コンピュータは一度、入力されるといつまでも確実にしかも 速やかに呼び出せる知的な機械である。 ちょうど下等生物の本能に相当する。 我々人間も下等生物と同じ本能を持ち合わせているが、PCに よりそれをさらに肥大化させることに成功した。その基盤の元に、 我々はより高度な難問、そう”不安定な抽象性(無限数)”を巧みに 使いこなす夢を実現し、あらゆる比較を可能とし、そして前進することであろう。
225 :
シレノスの哲理 :2008/11/27(木) 20:23:32 0
我々の記憶が元来曖昧なのは、未来が不定であるとに対処 するためである。
226 :
考える名無しさん :2008/11/27(木) 22:03:33 O
ぴかぁ
・我々は記憶に刻まれた内容を何度も話すのに、話した回数を記憶できないのはどうしてだろう? 『ロシュフーコー』 ・我々が自然にいて気楽なのは、自然は我々に対してなんの意見ももたないからである。 ・苦行僧は徳から困苦を作り上げる 『ニーチェ 人間的な、あまりにも人間的な』 明日までの命と思えば 残された日々は 予期せぬご褒美 『ホラティウス』 PCは人間の知能によって構成された奴隷的下僕である。 ある実用を処理するためにだのコンピューターは、奴隷として有能であったので、 その奴隷に隷属していくことで感情を脱皮した人間が発育され、人間が機械にだっした。 すなわち、奴隷の乱用は奴隷になるのである。親指族はその象徴であり、没落の彼岸からの電話機である。 (ほんとかww)
聖書によれば神は自分に似せて人間を作ったが、哲学者によれば自分に似せて神を作る。 聖書によれば神は自分に似せて人間を作ったが、最近では人間は自分に似せて神を作る。 神は男根を持つなら、恐らく神自身が罪を犯しているだろう。 ダビデ像には男根が彫刻されている。なぜに彫刻家や画家は女性器を描かなかったのか? 女性器は女性の美しさを際出たせるために自然が作った矛盾だからだ。矛盾こそ、女性という宇宙の引力に生き寄せられる男性の宿命である。
アマテラス大身神は死んだ。 最初からいなかったのだ!
彼はつい先日、東京私鉄○○線の地下鉄電車を待っていた。彼はラインのすぐ手前に立って、 いつものように帰路の途上で一息しているのだった。 と、その時! 彼の後ろにいた浮浪者風の男が、次発の電車が彼の停車場所30メートルにさしかかった頃、 いきなり、ホームからレールに飛び乗り、レールの中に身を横たえた。 さながら、病弱な人間が横たわるように、横を向いてレールに横たわった。 彼は驚いて逃げ出そうとした。が、彼は逃げ出さなかった。 逃げ出そうとしたのは、ぐちゃぐちゃになるのを見るのが怖かったからであり、 逃げなかったのは群衆の目を意識したからである。 群衆の中から、悲鳴が聞こえ、一人の男が手を振りながら電車に合図ををした。 駅員もかけつけ、停車目前の速度の電車はストップした。 浮浪者は手をわなわなさせながら、レールに身を横たえていた。 と、その時私が目にしたものは!男が身を横たえて自分の胸にあつく抱えていた本を眼にした。 それは『○○○○』だったのだ! 以上、閉廷。
ニーチェも何かトラウマみたいなものがあったのかな ヒトラーは父親に虐待されていたという話を聞いたことがあるが…
232 :
考える名無しさん :2008/11/28(金) 03:47:07 O
復讐の精神は失われた力、機能への怨恨である。 復讐の精神は自己を奪った非自己の有用性に対する怨恨である。 美輪明宏は正しかった。 すなわち得ただけ失うのである。 ゼロサムゲームである。
怨念がジョイントはキーワードです
憎悪から慈愛へ
雷と慈愛から怨恨と偽善へ 虎からアメーバへ 男から女へ
○ドゥルーズ↑ ×ニーチェ↑
237 :
考える名無しさん :2008/11/28(金) 08:21:14 O
(キリスト パウロ)≒(ニーチェ ドゥルーズ )
キリストですら悪魔と問答したんだ
239 :
てすと ◆2lZL.15SIs :2008/11/28(金) 18:00:44 0
きょうのごはんはなにかなあ
↑sageるのわすれたごめん。
トリップこんなんだったっけ。忘れちゃった。まあいいや。
>>70 生きてますよ〜。お久しぶりです。
1月ごろからだいぶ調子変になってたのですが、合う薬見つかって最近は安定してきてます。
ブログ更新なかったのは何ヶ月か前にパソコン壊れたからです。今年2回目です。
最近、DELLの法人・公共機関向けモデルのパソコンを5万円台で買いました。
性能的には10万ちょっとだけれど法人向けなので格安価格。
明らかに私用なのですが色々工夫して、買えました。余りにも関係ない話ごめん。
熱は急に冷めたし、むずかしい本読んだりするのが嫌になったので、
何ヶ月もニーチェ読んでません。でも最近ちょっとずつ哲学とか読み始めてて、
またニーチェ読んでみようと思って、ここ覗いてみました。
もしまたニーチェにはまったらここきたいと思ったのですが、
でも12月から数ヶ月ネット繋がってない家に住むので、たぶんいっぱい書き込んだり
荒らしたりはしません御安心ください。
>>240 早さんじゃないか!
待っていたぜ!
あなたは本物の早さんですね。
間違いない。わかります。
242 :
考える名無しさん :2008/11/28(金) 20:49:27 0
真央ちゃんが踊りだしたぞ。
>>61 http://beatriceuplift.blog122.fc2.com/ >>ALL
あからさまな宣伝ごめん!!!!!!
>>241 お待たせしました!
でも今何も書きたいことないかも〜だから傍観('Д')
>>100-
>>200 精神の苦行僧さんとこちとら翻訳者さんの議論がみたいな〜まだいるかな。
議論というか、苦行僧さんが投稿したモノローグを、翻訳者さんが、
ニーチェや哲学一般に絡ませながら批判していくの、みたいな。絶対邪魔しないから。
人格攻撃はできるかぎりなしで。相手を余計に感情的にするだけ。
って勝手な要望書いちゃってごめんなさい。
とても眠い。おやすみ。
うわあ、はやちん。きた あたまのよいはやちんはそっこーでにーちぇをのりこえているでしょうよ
早君おはよう! オケ板で尾崎豊の弾き語りのうp待ってるお〜
246 :
考える名無しさん:ニーセ :2008/11/28(金) 22:31:26 0
好きな女優は?と聞かれたら私は答える。
香川京子だ!
(私は黒澤映画が好きであり、仲代達也と香川京子が好きなのだ。)
>>243 早さん、こんにちは。
私は「ニーセ」と申します。
>人格攻撃はできるかぎりなしで。相手を余計に感情的にするだけ。
意地悪二セ短のイケナイ部分が出た。自分で行き過ぎたのはわかっていた・・・orz
>精神の苦行僧さんとこちとら翻訳者さんの議論がみたいな〜まだいるかな。
どちらもいますよ〜。
ただ、議論を見れば分かるように、平行線を辿るのみですよ。
もっとも、私自身が、侮蔑と怒りが顕著に出る文章・口調で翻訳や反論しているそのことを苦行僧さんが
かぎつけ、それが嫌で故意に悪意を含めつつ含み的に反論するので、尚更平行線を辿るのみです。
苦行僧さんとはやさんの比喩合戦も過去スレで拝見してみました。
ああいうの、みたいなあ。
以上、閉廷。
>>245 おっはよ〜ございます。ほんとにさっき寝て今起きました。
そして睡眠中途半端なのでこれ書き込んだらまた寝ます。
よし風邪なおったら練習して録音しよう。
結構歌の練習してたので前よりは上手くなってるかも!
色々くぐってたら2chVewerやモリタポつかわず過去ログ見れるページあったので、
http://mobile.seisyun.net/cgi/agate/academy6/philo/1216049566/a 前すれの過去ログちらっとみてたのですが、僕は前スレには一度も書き込んでなく、
早=偽短ではありません。
(敬称略)
ニーセ=偽短=エスターク◆TF〜=こちとら翻訳者=
>>246 こちとら=苦行僧=以前の「ええ。」=暗喩の多い名無し長文の多く
でおkですか??
>>246 そうですね。詳しくじゃないけどここ読んで見てそう感じました。
僕はニーチェ読書ブランクあるから今そんなに良いことも面白いことも書けないだろうし、
なにが一番いいだろう。ここで六六六さんの登場とか!?
せっかくのニーチェスレなんだから、まともなのでも面白いのでも、
色々意義のある書き込み交わされるといいですね。
寝付けないので過去ログちょっと読んでた。 ニーセさんは、僕と電話したことある(ひかるさん以外の人で)○○○○さんですか?? 違ったらお二人ともごめんなさい....とにかく思考が似てます。 ニーセさんいい文章書きますね〜。ちゃんと脈が通ってるね。たまに乱れ気味のときもあるけど、 思考と人間性・感性が浸透しあってるから、感覚的には読みやすいです。 知識や思考がいっぱいつまってるというか体の一部のように自由に使いこなせるみたいで、 色々忘れちゃった今の僕だったらしっかり相手できないと思います。 短パンさんも酔ったりふざけたりしてないときは、調子こそおどけ気味だけど、 ちゃんとしたこと書くんですね。 短パンさんか苦行僧さんとニーセさんの議論(掲示板の性質上モノローグにしかなりえないだろうけど) 見てみたいな〜よろしく!勝手に住人の評論したり仕切ろうとしたりしてごめん。何か刺激を求めてるだけ。 他の人書き込みにくいね。誰でも、ニーチェや哲学に関することなら何でも書き込みましょう。
249 :
質問 :2008/11/29(土) 08:52:22 0
現代日本人にとっての「神」とは? あるいはあなたがた・家族・周囲の人たちに共通していそうな「神」とは? もし「神」はいないとして、んじゃ信仰形態は? 「金(数字)じゃ説明しきれない何か」があると思うわけだけど、 思考の延々ループに陥りました。ご意見拝聴。 (別に小難しいことを聞いてるわけじゃないです。 「二次元」でも「セックス(恋愛)」でも「ゲーム」でも何でもいいので。)
250 :
考える名無しさん :2008/11/29(土) 18:44:47 O
ヨッシーの内面は男なのか、それとも女なのか? カバちゃんの一種なのか? ともかく彼女は何か不自然であり不協和音を奏でているのであって、 見る者に微妙な不安を掻き立てるのは確かであろう。 これは石川梨華のぶりっこぶりにおける不自然さとは異質なものである。 なぜならぶりっこというのは、よく知られた人工的な不自然さだからである。 何より実際に可愛いので問題なしなのだ。 しかし、よっし〜には、非人工的な不自然さが感じられるといわざるをえない。 すなわちナチュラルでもなくフィクションでもないという得体の知れなさがあるのだ。 とはいえ無論のこと美人であるかぎりそんなことは問題ではないのである。 このように美しさ故に多目に見るというような肯定の仕方はやはりデカダンであるといわれる。 最も醜いものまでも喜々として肯定するのが強者なのであると。 強者は例えば中島義道氏をからかって彼に地獄を見せた小児たちのように排泄に関することでも多いに楽しむものだ。 これは無垢な者は己の無垢さを対照的な排泄関連物において享受するからなのだ。 一般的に言えば当たり前の話だが、人は己の優越性をそれに反した劣等なる事物において反照的に享楽するということである。
251 :
ニーセ :2008/11/29(土) 19:08:19 0
>>248 >ニーセさんは、僕と電話したことある(ひかるさん以外の人で)○○○○さんですか??
私は、ニーセという人物であり、その○○○○さん?というのではありません。
(というか、○○○○さんは早さんと電話できた人?羨ましいw)
去年の9月頃と今年の1月頃にこの板で少し私と早さんは会話しているのみ。
>ニーセさんいい文章書きますね〜。ちゃんと脈が通ってるね。たまに乱れ気味のときもあるけど、
>思考と人間性・感性が浸透しあってるから、感覚的には読みやすいです。
私は早さんの文章を相当に高く評価しています。そんな人から言われると、、、
「うほほほ〜! 虚栄心を擽られちゃうなぁ〜」です。
たまに乱れ気味とか、すぐ気づくんですね。さすが!私は自分で読み返して気づいていますが、
何分、なまけものでしてその訂正あるいは訂正志向を有していないのが欠点。
>知識や思考がいっぱいつまってるというか体の一部のように自由に使いこなせるみたいで、
>色々忘れちゃった今の僕だったらしっかり相手できないと思います。
こんな評価を頂けるとは、真に受けます。例えお世辞だったとしても、あなたような人に言われたら嬉しい。
>短パンさんも酔ったりふざけたりしてないときは、調子こそおどけ気味だけど、
>ちゃんとしたこと書くんですね。
短パンさんの調子・モノローグ形式・考えが好きです。また、おちゃたけぶりも相当面白い。でも彼は私が嫌いみたいで・・・orz
>短パンさんか苦行僧さんとニーセさんの議論(掲示板の性質上モノローグにしかなりえないだろうけど)
>見てみたいな〜よろしく!
「ねえねえ、あの人の物真似やってよ!」と突然、その気分でもない時に言われると意識しちゃうから、意外とできないものです。
自然な流れに任せましょう。
以上、休廷
252 :
ニーセ :2008/11/29(土) 19:27:24 0
>>249 >現代日本人にとっての「神」とは?
>あるいはあなたがた・家族・周囲の人たちに共通していそうな「神」とは?
返答にならないかもしれませんが、
人間は理解不能や説明しがたいものに出会うと、『神』で処理します。
理論的に説明しようとしても、その説明の因果関係などが、"案出されていない"場合などに、
『神』で処理するとい癖。
という程度の『神』しか日本人は有していないように思えます。(多分。)
例えば、女性の性器が男性の勃起時に非常にいい位置にあるというこの驚きに、
競馬の馬が本能で走るその無邪気さと自然さに驚く時に、
あるいは、鮭が自分の川に上る時の必死さを見た時に想うあの自然の摂理の凄さ、
このある種、科学的・生物学的「説明」を加えることはできても、そのもの自体が自然の摂理によるということ以外でしか、
納得できないような感情の閾値を越えた疑問符の沈静としての『神』、これが一番日本人に多いと感じます。
253 :
ニーセ :2008/11/29(土) 19:46:34 0
>もし「神」はいないとして、んじゃ信仰形態は? これは、信仰形態というより、感情の拠所的価値感情のことだろうと考えますが、 日本人は、その信仰形態と言われるもの、つまり感情が何に価値を置いているかというと、 現代の大多数の実体は"物質・金"になるんじゃないでしょうか? (無論、キリスト教徒もいるし、日本は仏教的宗教風習の名残が強いですが、 そういった形態自体に対する依存はほぼ薄れ、どちらかというと習慣、つまり 習慣に付随する人間の利害思惑が孕まれているゆえの習慣としての信仰形態らしきものはあるといえる。 四十九日などは、やらないとまずいだろいう漠然としたものですし、酒飲みの機会、人並みの威厳、人並みの行動などの人間の思惑であり、 ある種、惰性化した感情という意味あいでは、宗教形態とは行かないまでも、ある種残存がある。) 世間が言う『宗教』と、"宗教的感覚"は違うものだと、私は考えています。 ニーチェ板なのでニーチェにちょいと触れますが、 ニーチェが殺そうとした神は、前者の神であったような気がします。 日本人の『神』は後者ではないし、後者も前者も持ち合わせていないように感じます。 まあ私が常に感じるのはこんな程度です。
254 :
ニーセ :2008/11/29(土) 19:55:04 0
では、真央ちゃんが踊り出す頃です。閉廷!
何より己と対照的なるものにおいて人は己を最も感受するものだろう。 ならば己を愛する者は、己の反対物、己と対照的な事物を愛するはずである。 しかしこれは特に思春期以前の子供に見受けられるのだが概して大人には見受けられない性質である。 思春期以前には大いなる好奇心があり、世界と自分が未だ分化しきっておらず、 世界において自分を発見する日々だったのではなかろうか。 汝自身を知れとはいうが、いわれなくともそうしている知への愛の持続だったろう。 時間が愛のようだったのだ。 この知への愛、哲学は自己愛であった。 世界を知ることが自分を知ることであった。 世界と一体化していたのである。 そこには世界が広がっていただけである。 小さな子供は概して大人が芸術を通してやっと垣間見れるような世界に住んでいるのだ。 ちなみに「概して」というのは中島氏を考慮してのことである。
256 :
シレノスの哲理 :2008/11/29(土) 22:40:50 0
神とは、 原因である。ただし、その原因は 他の原因によって説明されてはならない。
他の原因 それは悪魔
神は心
259 :
シレノスの哲理 :2008/11/29(土) 22:48:41 0
説明できるものは、説明されるものである。 奴隷。
どれどれルサンチマン
昨日我らが西尾先生が頑張ってたな
>>255 貴方はカラヤン、アバド、ムーテイー、を理解してる人? 昨日はクレンペラーのハイドン『軍隊』を聴きながら農作業していた小生は異状なのか? マジでモーツアルトを聞かせているモウちゃん、頑張ってお乳をだしてね(チーズ/バター/ヨ ーグルト) このスレ住人の方達に農業と酪農の違いがわかる? 終わりなき哲学的ギッロンが大好きな、このスレ住人の方達からの意見も聞いてみたいな。 小生としては。。。。。。。。
べートーヴェンならカラヤンが好き。あの一人の世界で独断的に指揮するのが、
ベートヴェンの孤独な情熱に合うのかなあ。あんま指揮とか詳しくないけど。
ひかるさんによると、ワーグナーはフルトヴェングラーがダントツでいいらしいです。
>>262 一週間後くらいから何ヶ月か遠くいくんだけど、そのうちの一ヶ月くらい
石垣島で農業関係の仕事やってる親類の家に泊めてもらう予定で、
もしかしたら農場で働かせてくれるかもしれないんです。牛も飼ってるし、色んな野菜も栽培してる。
だから一ヵ月後くらいなったら農業について詳しくなってるかも!
でもさすがに農業とニーチェはどうがんばっても結びつかないから、
スレ違いになってしまいそうよねえ(´・ω・`)強引にニーチェ絡ませるのも面白いけどねえ。
あるいは、ある事柄を哲学的に問題にするとき、その事柄を説明する際に農業の何かを比喩として使うとか。
ニーチェのような比喩のプロって、思いもよらないようなものを比喩につかう。
ある事象がありきたりに説明されると、人はその事柄をありきたりな見方でしか見ないけど、
上手な比喩で表現されると、まったく違う視点からその事柄を見ることができて、理解が深くなる。
ニーチェの場合、普段哲学者が抽象的な言語で説明するような、一般人にとっては抽象的な事柄を、
具体的な事物で喩えることが多く、そういう文章を読むことによって、
今まで抽象的だと思っていたようなことが具体的に実感として理解させてくれる。
>>253 >世間が言う『宗教』と、"宗教的感覚"は違うものだと、私は考えています。
に関連したこと↓
宗教的感覚を提供しない宗教になってしまったことが、神は死んだということなんだと思います。
長く書いてみると
言葉も価値観も明らかに近代とは大きく違う大昔、聖書の表現を生んだ預言者の時代の宗教的形式が、
そのままキリスト教として近代に残り、それが人の生活や人間性を形式付けてしまう、
そこが問題であり、だからキリスト教の神は殺されるべきだった。
比喩ってみると、
宗教的感覚の元=真の神を地中深くの源泉に喩えると、いわば宗教上の儀式や宗教的表現は
それを地上へ汲み出す水路のようなものであるといえるかもしれない。
大昔の人はそのときの宗教を通じて、宗教的感覚=生きた神を体験していたと思う。
でもが時間が経ち近代化が進むと、地下の地層が隆起して地下のものは化石として
地表に出るのと同じように、昔役割を成していた水路=生きた宗教も、化石として地表に出てしまう。
その化石をさらに近代以降の価値観・言葉・思考を通して見たものが、世間のいう宗教。
地下の生きた神と無縁の宗教こそニーチェが断罪したものであり、
そういうただの形骸を宗教として表面的に崇めることによって、真の宗教的感覚が享受されず、
ニーチェのよくいう生、を空虚なものにしている。
連投ごめんなさい。
あと一週間しかネットできないもの。
>>255 >世界を知ることが自分を知ることであった。
>世界と一体化していたのである。
そういえば過去すれで、
幹爺によるとニーチェの理解の仕方は主客合一である
みたいなレスあったような。
>>251 あらごめんなさい
高く買ってくれる人がそんな何人もいるとは思ってなかったもんで
そしてあんまり買い被らないでくださいねえ( ̄ー ̄)
リアルタイムで実物のレスみると期待外れかもしれないし、
高評価を公言すると僕のこと嫌いな人には不快だろうしw
FF11の辞書データIMEに登録したら、いっぱい顔文字でるようなった。
だからつかってみたくなっちゃった('Д')
だれかShivaで一緒にFFやろう。(何ヶ月かできないけど楽しいから再開する予定)
ニーチェに詳しい人なんてゲーム内どこさがしてもいない(´・ω・`)
ああもうそろそろ飽きちゃった顔文字。哲学板でつかうもんじゃないなあ。
666さんいるのかな〜
いたらツァラトゥストラの好きな章についてとかでも何でも、なんか書いて下さい!
思春期以前における時間は愛である。 それ以後は概してそれからますます遠ざかっていくといえるだろう。 時間は永遠の愛ともいえそうなものなのであり、過ぎ去っていくものではないのだ。 時間が過ぎ去っていくように見えるのは、逆に人間が時間に対して過ぎ去っていくからである。 両者の間には、風にたなびく雲と光の織りなす天空と都市の喧騒、 そのきらめきとぎらつきの間にあるような対照的な差異がある。 なるほど無秩序な光景にあまり反感を覚えないような現代日本人は、自然を愛しているがために、 無意識にその美しさを引き立てようとして大地を汚してきたのかもしれない。 いわば泥んこ遊びに興じでいるのだといえるのかもしれない。 概して天の御国に住んでいる少年少女はそんな泥んこ遊びを好むものであるが、 同様に主客の一致する創造主たる神にとっての人類の活動というのは、 その芸術品でさえ美少女に対するキモオタのように好対照をなす泥んこ遊びであるにすぎないはずである。 それは喫煙者の肺と非喫煙者の肺との比較写真のように、 生成の無垢を引き立て享楽するための汚れなのだ。
267 :
ニーセ :2008/11/30(日) 09:51:49 0
>>256 スピノザの『自己原因』と何処となく似ているように感じました。
ついでに「精神は胃である、胃は精神である。」が!
精神が胃の原因でもないし、胃が精神の原因でもない。
>>263 石垣島はサメがいるよ!(ってことは聞いたことがある)
>>264 補足するまでもなく説明してくれたので、
>>253 の最後の方で言いたかったのは
前者=世間の「宗教」
後者=「宗教的感覚」
形式化されると、その具体を感じることを言葉(早君的用語では"抽象")[形式による肉体の根源への軋轢]によって押しやり具体から遠ざかる。
ニーチェはその具体・具象を感じさせるために比喩を用いている。
(具体を感じれる強烈な感性の人物でしか、比喩は噴出せず、抽象の破壊を行えない。)
従って、比喩によって具象に接近できない場合には、言葉の成分だけを"言葉"で追うようになる。
これが具象から尚更遠ざかる。
私は、社会生活でその危険とその具象を感じるという感覚を無駄にした。
主客の合一といっても、自然に赴いて「うわ〜なんて綺麗、きゃあきゃあ! 自然て綺麗〜。一体になった気分♪」なんて感覚が、
宗教的感覚などとは程遠いと感じている。上手くいえないが、もっと自然の中に自分が解けて吸い込まれていくような、
その大地に嵌っていくような感覚を"宗教的感覚"と定義しています。
私見ですがニーチェは『人間的な、あまりにも人間的な』あたりで、この感覚に浸りはじめた。
>>265 >そしてあんまり買い被らないでくださいねえ( ̄ー ̄)
もちろん。
>リアルタイムで実物のレスみると期待外れかもしれないし、
>高評価を公言すると僕のこと嫌いな人には不快だろうしw
これはいけないと気づいてます。
268 :
ニーセ :2008/11/30(日) 10:01:47 0
明日また歯医者だ。いやだな! 歯痛が快楽だって!冗談じゃない! 歯痛は歯痛だ! (最近の歯科医はワーゲンハイム先生よりも、すぐれていますよ。) 以上 休廷
十字架はキリストの象徴である。 十字架は救いの象徴である。 十字架は不条理にも生きたまま釘付けにされることは神の子に対する愛ゆえなのであり、 人の子に救いをもたらすためであるということの象徴である。 キリスト教における救いというのはしたがって苦痛や束縛からの解放としての自由を意味するものではない。 むしろ監禁され拷問を受けながらも幸福であり自由だと感じるような神聖なる光と愛で結ばれることを意味する。 光は闇の中でこそ己を知り、己を享楽することがでかる。 光は闇を愛し、闇の中でこそ生き生きと光輝く。 光の必要不可欠な舞台として底知れぬ暗黒の空間があり雲があるのである。 正義のヒーローが活躍しその真価を享楽するためには互角以上の力を持つ大魔王が必要なのだ。
270 :
考える名無しさん :2008/11/30(日) 11:18:42 O
人が十字架を信じざるをえなくなるということ、 また信じ続けざるをえないということ、そして愛さざるをえないということは、 その人の憎めない無邪気な運命である。
なんでも大魔王の方は死んで神は生きているというわけらしいですよ。
>>269 >キリスト教における救いというのはしたがって苦痛や束縛からの解放としての自由を意味するものではない。
>むしろ監禁され拷問を受けながらも幸福であり自由だと感じるような神聖なる光と愛で結ばれることを意味する。
これはある意味では正しいと思います。
実際、この世のものとは思えないような神聖な愛とかを生身で感じ始めるときというのは、
極度の精神的苦痛に悶えているときだったりするもの。
ある意味では、といったのは、キリスト教の開祖や殉教者はそういう愛を知っていたんだろうけれど、
キリスト教一般ではそうではないと思ったからです。
知り合いの女の人に、異様な感受性もっててそれはもう苦しみぬき、
統合失調症と診断された、自分でコップ一杯分くらいの血を平気で流すような不幸な人がいて、
その人は教会に通って改心して洗礼を受けてから救われはじめたのだけど、
そういう人なら、キリスト教の救済力や開祖の愛を本当に知っているかもしれない。
太宰治だって、激しいノイローゼやうつ病に苦しんだ境地で、キリスト教を研究してた。
でも、キリスト教徒一般はそうではなく、ただイエス一人の自己犠牲によって救われるとされ、
その救いの教えにしがみつきながら、隣人愛などを説いたりする、そこに空洞が生じるんだと思います。
イエス一人に全部苦しみを背負わせといて、彼のおかげで人類は救われたというのは、明らかにおかしい。
真のキリスト教への接近は、自分自身が十字架を心理的体験として経験することだ思います。
十字架を背負わない人ばかりになると、少数の人が重い十字架を背負うことになり、
ニーチェのような人が現れることになるのかなあ。
273 :
考える名無しさん :2008/11/30(日) 16:24:13 0
>>266 >思春期以前における時間は愛である。
>それ以後は概してそれからますます遠ざかっていくといえるだろう。
青春である状態の時期というのは、希望に溢れ、人間や物事に盲目であるのが誰でもか?とは言えないまでも、
それ相応に、同じように感じることや感じたことはあるだろうと思っています。
人間は無意識的・意識的に時間を限定しているのですが、それは生命が、この"身"こそが、一回限りのものだと、意識しているからに他ならない。
"時間に限りがある"というのは、結局は"この身・この生命"に限りがあるということの同義なわです。
誰でも、自分が自分の内に望む漠然及び明確な自己像であれ、それを望む。
しかしながら、時間が経過すると、"それ"に十分に達していない自分の歯がゆさに気づくこともある。
そんな瞬間に、「時間」から「時を忘れる戯れ」から「人々」から「愛」から、遠ざかっているように想う瞬間があるだろう。
それでも、この身しかない。そういう意味では、時は"時折"、残酷でしょう。
「遅すぎた!」の嘆き、しかし・・・・
>時間は永遠の愛ともいえそうなものなのであり、過ぎ去っていくものではないのだ。
>時間が過ぎ去っていくように見えるのは、逆に人間が時間に対して過ぎ去っていくからである。
時間そのものよりも、時間軸のある期間に刻まれた己が愛に溢れているかいないかで、
時間そのものよりも、時間軸で遡った青春期の己から自分が遠ざかっているんだろう。
それが差異だとしても・・・・私は。
ささっ!
>>266 さんはいつもの人だよねぇ。
暗喩多様したり抽象的な言葉をたくさんつかったりして、ある程度の長文かくと、
人によって色んな解釈ができるから、面白いね。
その文章から自分の感じたことと、その文章を他の人が解釈したものを、
比べてみるのも、結構いろんな発見につながるし。
メタファーって、表現者と解釈者の相互作用から、いっぱい言葉や思考を生み出すんだねえ。
275 :
ニーセ :2008/11/30(日) 16:58:04 0
「時間」そのものは外界には絶対存在していないとしか私は思えない。 時間観念は存在するが、時間があたかも物理的に存在しているなどとは、断じて 私は信じられない。「時計」「カレンダー」が存在しているにすぎない。 アインシュタインは『時間は存在しない』と言った。 恐らく、私の見解とは違う意味なのかもしれないが、私はこの言葉で救われた。 これは誰でも意識したことある単純な見解ですが、"時間に追われる"という焦りというのを、 拷問所から送られた鞭を持った強制労働監視人のごとく意識に出現する。 宝くじを買おうと考えたニーセは、 「どれどれあと2日ある。明日でいいかあ〜」なんて思いながら、 ネットでサマージャンボを確認し、そのページの締め切りまで"あと何時間何分何秒○○"の細かい単位で、 数字が刻まれるフラッシュを見たとき、気分が悪かった。 あれぞ買わせる戦略なのは分かっているが、時間を物理化した測定器で、あたかも「外的に」進んでいる様に、思わせるあの"監視人の鞭"! 都会の満員電車に我急ぐサラリーマン。1分後に次発が来るのに、ぎゅうぎゅう寿司詰めで入ろうとする輩。 チャップリンの映画の題名忘れたが、工場で無機的に黙々と働く労働者を映し出して、高度合理化社会を皮肉っているのがった。 あんな感じで、共同的・抽象的な価値感にまっしぐらに進む人達が今日も耐えない。
時間に機械的に縛られると、逆に時間を体験できなくなりますね。 子供は時間を長く感じるというけれど、それは時間を外的なものとしてではなく内的なものとして 純粋に感じ取ってるのも関係しているのかな。 あと子供が時間を長く感じるのはたぶん、意識体験が(時間に関してに限らず)具体的だからだと思います。 ある事柄にたいして、大人の意識は常識的なひとつの見方しかしない。 でも子供は、ひとつのことが起こるだけで、独自の見方で色んなことを感じる。 言葉にできる能力は大人のほうがすぐれてるけど、感じてること自体は子供のほうが圧倒的に多いにちがいない。 つまり意識が盛んに活動している。だから意識裡の時間体験は長くなる。 ショーペンハウアーや中期あたりのニーチェは、時間を、 混沌の上に人がかぶせたフィクションのように看做してましたね。 後期のニーチェによると力への意志の解釈作用の一環として時間が生まれるみたいな感じだったかな。 詳しくは覚えてないので間違ってるかもしれない。 ハイデガーの時間と存在、ってどんなだろう。 ハイデガーに関しての文章で、存在=時間、ていうのをどっかで見たことあるから、 ということは時間を外界に絶対的に存在する物理的単位とは捕らえてないのは確かだろうけど。 ていうか時間と存在数ページしか読んでないけど難解すぎるね。簡単に説明してくれる詳しい人いないかな。
277 :
ニーセ :2008/11/30(日) 17:31:17 0
>>276 >子供は時間を長く感じるというけれど、それは時間を外的なものとしてではなく内的なものとして
>純粋に感じ取ってるのも関係しているのかな。
>あと子供が時間を長く感じるのはたぶん、意識体験が(時間に関してに限らず)具体的だからだと思います。
外的時間(客体の一人歩き)が進入しない意識の『瞬間』に埋没し、楽しむ子供はやはりそうなるよね。
>後期のニーチェによると力への意志の解釈作用の一環として時間が生まれるみたいな感じだったかな。
力への意志は断片的にちらっと読んだだけなので不明だけど、
「内外」「主客」の【外】【客】としての時間 なので、解釈作用の結果でしかないだろうと思います。
>ハイデガーに関しての文章で、存在=時間、ていうのをどっかで見たことあるから、
>ということは時間を外界に絶対的に存在する物理的単位とは捕らえてないのは確かだろうけど。
ハイデガーの書物を読まないとわからないですが、ハイデガー主義者の知り合いは、完全に外界的時間として捉えていた。
全てをその固定的枠組みで説明する癖があって、私はあまり好きになれない考え(文章)だった。
あと、あのハイデガーの顔も嫌いですw
279 :
ニーセ :2008/11/30(日) 17:56:43 0
http://jp.youtube.com/watch?v=q9XoRUwI02A ハイデガーの散歩の仕方みたらなんか腹立ってきたw
あかんなあ。この感覚的嫌悪。
まず、デカイ!ど・で・か・い!
二セ「我がいけめんとは大違いだw」
汝「本当か?w」
ニーチェの写真はいっぱい見てけっこう脳裏に刻んだ。
なんていえばいいのか、妥協を知らない顔。意志の力で厳格そうだけど、
それでも遊戯心を深く秘めている顔。笑っている顔が一つもないのが不思議。
ニーチェって思ったこと表には出さなかったんだろうね。
文章では仮面道化師だったけど、実際の場では大人しいポーカーフェイスだったのかな。
もし考え表に出してたら、人間的な余りに人間的な言葉が対人関係の場で出ていたら、
大変なことになるものね。ドストエフスキーは結構出してたみたみたいだし、日記にも悪口書きまくってるけど。
とにかく、神経の鋭い人は、人間と触れ合うのが大変です。
>>275 >アインシュタインは『時間は存在しない』と言った。
一般相対論は難しすぎて特殊相対論しか理解してないけど、
観察者が速く(速度のパラメータは時間と空間)なると、観察者にとっての空間(パラメータはもちろん空間のみ)はゆがむ、
(ゆがんでいるようにみえるのではなく、実際に観察者の空間はゆがんでいる)
ってことは要するに、時間と空間はそれぞれ他方から独立してるのではなく相対的な関係にある、
しかも観察者の状態によって時空は変化する、ってことだよね。
もし相対論が正しければ、つまり物理学的に見ても時空は主体と相互作用関係にあることになる。
同時に物理学的にも哲学的心理学的にも主体と時空の関係を考察した論文は面白そう、だけど大抵難解すぎて無理。
うわあ。久しぶりにきてみたら早がいる。 死んだかと思ってたy そして相変わらず長い。 ていうかネトゲやってたのかy
はやかわいいよ。かわいいよ。 おんなのこでしょ。でしょ
ニーチェの読者に「神」という用語を使って問いかけるのは大袈裟というか、 誤解を招く表現だったかもしれない。 ごく身近な「偶像」と読みかえてもらった方がいいかもです。 (「神(偶像)」の具体例・・親鸞、寺山修司、最新の携帯電話、小林秀雄、ベートーベン、池田大作、 ボブディラン、あむろなみえ、GUCCI、手塚治虫、etc.. 抽象的な例・・三島由紀夫にとっての「日本」、靖国の「英霊」、「モテ」、「何々主義」、 「つながる」、「安心安全」、「世間」、最近では小泉毅などに代表される、アンチヒーロー的なもの、etc..) 「至るところ偶像だらけ!」というのが個人的な印象。 ・・ぼくの場合、ブランキーがかつて信仰の対象でした。 ライブでの(おそらくはマスゲームや宗教儀式に通じる)高揚感・陶酔感。 歌詞はご託宣そのもの。「ブランキーを認めないやつは認めない」という排他性。関連グッズ収集。 今では思い出したくもないけれど「偶像崇拝」の妄信者だったと考えています。 「ブランキー」を「アラー」と読みかえてもらうと分かりやすいかも?(イスラムは偶像否定の宗教らしいけど。)
・「ハレ」と「ケ」の習性は残存していると思う。クリスマス、正月、バレンタインなどが典型例。 飲み会での「カンパイ」の掛け声は「ケ」から「ハレ」への転換を暗に目的とした「儀式」に映る。 ・「モノ」について。かつてあった「三種の神器」(何てネーミング!) という言葉が消えて以来、モノへの崇拝は弱まっているように思える。 ・「金」について。金への執着(「幸福は金で買える」的思想)は、 近年では80年代のバブル期が最高潮で、ホリエモンの登場などもあったけれど、 80年代に比べれば、モノ(物質)の場合と同様薄れてきているのではないかと感じる。 ・キリスト(教)について・・「アンチキリスト」は読みましたが、新約はおろか 旧約聖書すらマトモに読んでいないぼくには、まだキリストについて云々することができない。 ・現代人には「モノ」「金」では満たされない何かがあるように思うのです。 ぎぼあいこ〜細木かずこ〜江原なんとか、に通じる奇妙なテレビ番組はなぜ存続するのか? 無宗教だから?でも日本人に神はいないかもしれないが、「無宗教」ではないと思う。 ・日本人という民族の特異性。 新宿駅でもどこでも、でかい駅を行き交う仕事学校帰りの様子(特に歩くスピードと「目」)をじっと観察していると、 「この人たちは一体何をやってるんだ??」という疑問が出てくるのです。 あのゾッとするような人波を包んでいるものは何なのか。その正体が気になる。 それにしてもみなさん頭の回転が早いなあ。 メールの返信作るのに30分はかかるぼくはなんという鈍行列車。SL並みです。 最近読んでないけど、ニーチェにはどこかユーモラスなところがある。そこがいい。 ではしばらく冬眠します。。
たしかに偶像は多いですね。今も昔も。キリスト教やイスラム教は偶像崇拝禁止といっても、 ギリシャとかの偶像崇拝と違うのは多神じゃなくて一神というとこぐらいで、 精神的な意味では偶像崇拝とかわらないだろうし。 現代の偶像を挙げてみようとも、人それぞれだし、いっぱいあり過ぎますね。 昔の神や偶像と現代の偶像やアイドルの違いは、 その偶像が人の心の内側に強く作用しているかどうかというのがあるかもしれない。 強い精神を持ったアーティストや作家に対する熱狂的なファンなら、 結構内側から宗教的に感化されてるかもしれないけれど、それは一部であって、 たいていの場合、現代の偶像は、表面的に見られているだけで、感化力を失っている。 キリスト教の神は、神がもつ本来の役割を成していないのに、大衆に崇められ、 そういう空虚な宗教儀式やそれを土台として成り立っている道徳が人の生活を規定付けていた。 ニーチェが破壊したかった偶像は、人の生の奥深くに直接的に感化しない、空虚な偶像のことだと思います。
286 :
ニーセ :2008/11/30(日) 18:31:21 0
>>280 >ドストエフスキーは結構出してたみたみたいだし、日記にも悪口書きまくってるけど。
「日記」は『地下室(地下生活者)の手記』のことかな?
もし、ドストエフスキー自身の小説以外の日記を知っているなら、教えて欲しい。
>とにかく、神経の鋭い人は、人間と触れ合うのが大変です。
神経が鋭い分抽象を嫌悪する。抽象的会話でも内心は、満たされないが、
同時にその場に身を置いて、抽象が内心を痛めつける分だけ、芸術家はその血を吸うことで、
人間を描き暴くわけです。その暴きが我々の抽象で固められた意識の無意識領域を掘り起こすわけで、その過程を提供するのが芸術家の魅力。
>観察者が速く(速度のパラメータは時間と空間)なると、観察者にとっての空間(パラメータはもちろん空間のみ)はゆがむ、
>(ゆがんでいるようにみえるのではなく、実際に観察者の空間はゆがんでいる)
まずこれを想定するまでに私はかなり思考を捻るw
時間あったら、あらためて考えてみます。
(ってか物理学って・・・凄い。)
>>283 心的愛情の対象=偶像ってことですね。
かなり返答にならなくて失礼しました。
>>284 >ぎぼあいこ〜細木かずこ〜江原なんとか、に通じる奇妙なテレビ番組はなぜ存続するのか?
>無宗教だから?でも日本人に神はいないかもしれないが、「無宗教」ではないと思う。
偶像崇拝への欲求や、神秘的なものに対する関心というのは、
どれだけ宗教が社会的にはなくなろうとも、ひそかに人の心にわきあがってくるものだと思います。
その宗教的欲求が正しい形で導かれると、創造的な心理的体験につながるかもしれないけれど、
怪しい新興宗教とかデタラメな神秘学に依ってしまうと、ただの迷信家や社会に害を与える存在になってしまう。
>>286 だいぶまえに図書館で読んだだけでメモもしてないのですが、
「作家の日記」という、エッセイ集のような新聞に投稿していたような文章を集めたような、
とにかく創作ではなくリアル関連のこと書いた本があります。
日常の毒もたくさんあったし、特に多かったのが実名出しての新聞記者や評論家に対する攻撃とか。
288 :
ニーセ :2008/11/30(日) 19:29:24 0
>>284 さん
こうやって羅列して頂くと、少しだけ疑問なるものが見えてくるので助かります。
自分の考えを書きますね。
>・「モノ」について。かつてあった「三種の神器」(何てネーミング!)
>という言葉が消えて以来、モノへの崇拝は弱まっているように思える。
「三種の神器」とは確か、本来は天皇家の大事な必需品から由来している。
それが、高度成長期頃に、人間の幸福(らしきもの)に必要としての「三種の神器」というネームングに
転移して、皆が一生懸命働いて、お金稼いで、それらを満たすことに皆必死だったんだと感じます。
その成長期の象徴(こんなものに"象徴"という言葉と使いたくないのだが!)の三種の神器は、
時代軸で三種の内容が変化してきたみたいですが、私の生まれる前の団塊世代のお方の方が詳しい。
でも、モノ(物質)=元は金への価値の重視は弱まっているどころが、益々進んでいるように感じます。
恐らく、弱まっていると感じるのは、その"三種の神器"と言われるネーミング・流行をメディアや世間が取り上げなくなっただけで、
その取り上げなくなったこと自体が、物質に満たされすぎた証拠ではないでしょうか?
>・「金」について。金への執着(「幸福は金で買える」的思想)は、
>近年では80年代のバブル期が最高潮で、ホリエモンの登場などもあったけれど、
>80年代に比べれば、モノ(物質)の場合と同様薄れてきているのではないかと感じる。
「結局は金よ!」という言葉よく聞くと思いますが、
「結局は金で買える色々な物質に満たされた生活よ。病気に掛からないような保険に入るための金よなど等」ってことなんだと思います。
堀衛門は「愛は金で買える」とノタマッタw
それは「金にとびつくまんこを開く女を買える」に等しい。これが馬鹿衛門的「愛」。
こんな虫けらに「愛」という言葉を語ってほしくないですよね?
だから同様に、物質=金で買えるものに対する価値は薄れていない。
むしろ、その物質以外の人間との内心を分け合う交流の深さや人間信頼が薄れているので、
物質に価値を置くことでそれらを紛らわしているだけのようにしか思えないです。
あくまで、私の感想ですが・・・
289 :
ニーセ :2008/11/30(日) 19:43:22 0
>・日本人という民族の特異性。 >新宿駅でもどこでも、でかい駅を行き交う仕事学校帰りの様子(特に歩くスピードと「目」)をじっと観察していると、 >「この人たちは一体何をやってるんだ??」という疑問が出てくるのです。 >あのゾッとするような人波を包んでいるものは何なのか。その正体が気になる。 これは私もよく感じました。今は、もう人間ではなく、圏外の人々としか考えないので、 凝視することもあまりなくなりました。 渋谷の交差点で待っているときに、赤信号でも私は渡っていました。 で、外人さんも一緒に何事もなかったように渡っていた。 日本民族は全体一致的性質が根強いですよね。 ビートたけしが「赤信号みんなで渡れば怖くない」的なものです。 これは、文明開化後に鎖国解禁して、(独逸)文化を輸入したこと、 その後、敗戦を終えて、アメリカの奴隷になり、完全に拝金主義に移行したこと、 文化の習得が、内側ではなく、外側のきらびやかさだけを盗んで、それを真似て、 世界との背伸びを計ろうとしている姿勢、領土的に狭い土地に1億3千もの人が住んで、 メディア支配による嘘が地方分権的ではなく、日本全体に浸透している特性もあり、 全体一致をめざして(特に歩くスピードと「目」)で物質を追いかけているんだと思います。 渋谷109に入った時、私はここはキチ外どもの住処だと想った! プエルトリコ系日本人みたいな黒いのが、みんな同じ面で、バーゲンに並んでいた!
290 :
考える名無しさん :2008/11/30(日) 20:15:01 O
酷い文だな。
291 :
ニーセ :2008/11/30(日) 20:19:44 0
>>287 >だいぶまえに図書館で読んだだけでメモもしてないのですが、
>「作家の日記」という、エッセイ集のような新聞に投稿していたような文章を集めたような、
ありがとう。凄い興味あるので読んで見ます。
では、休廷。
(TVであつひめやってるよw これで文明開化したんだな おい!)
>>265 久しぶり、だが俺はお題を振るために此処に立ち寄るわけではないのだよ。
敬意を抱く著者が有名税としてハエどものくだらない“非”理解と卑小な解釈で
落書きされているのを見てみぬ振りが出来ないだけなのさ。
仕事が忙しくて昼勤だけで終わることを有り難いと感じるくらいだから
なかなか書き込み出来んのだ。
>>292 お久しぶりです。ごめんなさい勝手に書いて欲しいとか。
たしかにニーチェに対する解釈は人それぞれすぎるし、
(たとえ他人の解釈が正しかったり優れていたりしても)自分の解釈あるいはニーチェ像と明らかに違うと、
怒りたくなったりする気持ちはわかるけれど、一言でハエどもと片付けるのは良くないと思います。
マナー的な意味だけでなく、たとえばニーチェが一般的な学者を軽蔑しながらも、
細かく批判しながら自分の考えを展開していったように、吟味・批判することによって、
ニーチェに対する新しい発見になったりすることも多いし。
僕のニーチェに対する考えと666さんのとは明らかに方向性違うけれど、全然嫌いじゃないですよ。
考えるための刺激になっていいと思ってます。人の解釈がくだらないと思うなら、最初から排他的にならずに、
どこがいけないか批判する文章書いて欲しいです。余りに勝手な要望ごめん。忙しそうなのに。
もし物凄く暇なときとかあったら是非。
真央ちゃんがさっきエキシビジョンで踊ってたときの音楽よかったなあ。
ボル・ウナ・カベーサていうタンゴだったかなあ。
真央ちゃん少し大人っぽくなったね。
>一言でハエどもと片付けるのは良くないと思います。 書いてる内容が考察に値するならの話だろ。 それと気軽な自分語りの雑談がこんなに増えたのは誰のせいだと思ってるんだ?
>>294 書いてる内容が考察に値するかの尺度は、書く側よりも考察者自身にあると思う。
ギャル文字の羅列みただけで、それを色々社会的問題に絡ませたりして長い文章かく人だっているし。
そうね。666さんは気軽なノリで書かれるのが嫌いだものね。癪に障るんでしょう。
ニーセさんはどんな気持ちで書いてるか知らないし、仮に分かってたしても知ってるとかいわないけど、
でも僕はお道化ることあっても気軽な気持ちで書いてるわけじゃないですよ。
自分の考えを訴えたくなるときというのは、たいてい自分で制御できないくらい興奮してるときだし。
まあ僕は余りに勝手な書き込みは自重しようと思ってるけど、
あと一週間しかこここれないからつい…ごめんなさい。あと僕の長文のせいでスレが過去よりくだらないもの
になってるんだったらごめん。ニーチェ6以前はどんなだったか知らないけど。
>>290 ひどい文だと感じるのは、実際に文が酷いからではなく、
価値観が違ってたりするからなのではないかなあ。
少しニーチェから反れるけど
>>288 >でも、モノ(物質)=元は金への価値の重視は弱まっているどころが、益々進んでいるように感じます。
>恐らく、弱まっていると感じるのは、その"三種の神器"と言われるネーミング・流行をメディアや世間が取り上げな
くなっただけで、
>その取り上げなくなったこと自体が、物質に満たされすぎた証拠ではないでしょうか?
そのとおりですね。バブルの頃なんて実質的には今と比べて可愛かったほうなんでしょうね。
お金に関していうなら、
昔だったら、天災で食料の供給源が絶やされたとか疫病が充満したとかでしか社会が恐慌状態にならなかっただろうけ
ど、
現代は、ひとつの金融会社が破綻しただけで世界全部大騒ぎだものね。しかもその会社が潰れた理由が、
転売目的で利息後払いの住宅ローン借りる人が大量発生したせいだったとか。
原油高も石油の枯渇よりも石油原産国の富豪わがままだったり世界の金融不安が原因だったり。
社会が当たり前のように金で動いちゃってますね。
物質に関していうと、
まず昔の人なら大事な物質といえば食べ物という生存に直結したものだったのに、
今じゃあ、金銭的価値のあるものが物質としての価値も高くなっちゃってるね。
そうやって物質を変に価値付けてしまってるから、物質が無駄遣いされ、あと何百年後とかになると、
石油が枯渇して最低限の生活資源が高騰せざるをえなくなったり、世界的な食糧不足、環境の荒廃になったりして、
物質に対する愚かしい価値付けの反作用をまさに物質側から食らうことになっちゃうんでしょうねえ。
これは物質的価値と精神的価値の対立以前に、譲歩して物質の方に価値を認めたとしても、
あきらかにその物質に対する価値付けが間違ってるとしかいえない。
二ーチェは価値的問題を、実際的側面においてもメタ的な意味でも、
哲学に強烈な力で持ち込んだ人だと思うけど、ほんと価値について考えることは大事ですね。
寝る前にもう少し付き合おうか。 >書いてる内容が考察に値するかの尺度は、書く側よりも考察者自身にあると思う。 >ギャル文字の羅列みただけで、それを色々社会的問題に絡ませたりして長い文章かく人だっているし 考察者の感受性無くして評価は成立しないわけだが、危急な内容に対しておちゃらけた感受性しか 持ち合わせが無い場合、あるいはサブカル知識人的な盛り上がりを好む暇人しか居ない場合、 その感想に何の意味があるか。
たしかに、考察者の感受性が関係あるといっても、対象の内容と考察者の関心がかけ離れていたら、 どうにもなりませんね。 つまり六六六さんにとっては最近のニーチェスレは、 余りにもご自身の感受性の趣向からはかけ離れてるってことだと思います。 (真剣にニーチェに取り組みたい六六六さんにとって最近のここの雰囲気お嫌いみたいですが、 過去ログとかみて、第三者の勝手な意見だけど、短パンさんはともかくとして、ニーセさんは、 「」使って会話風におかしく書くこととか、大げさに気の効いた文章[あるいはそれですべっちゃったとか!?ごめん!] とかあっても、それはふざけてるのではなく、サービスみたいなものだと思いますよ。 ニーチェだって、道化の口調で語ることはあっても、いいたいことは真剣だし、 ニーセさんだって、そういう意味で真剣に書いてるのではないかな〜。) だからといって、くだらないとか万人にとって考察に値しないとはかぎらない。 (このスレみてる9割の人がそう判断したなら仕方ないけど。)
299 :
ニーセ :2008/12/01(月) 00:11:56 0
>>295 早君は優しすぎる。
私を弁護する必要はない。
>>297 例えば、この板に来ている人の要請のように(それが多数なのか知らないが)、
「ツァラトゥストラ」を引用して語ることを原則にすべきだとしても、私はそれを無視してあくまで、自分の口語調で内面を語る。
原則としたいのはあくまで私ではない。
(超人が何者が極めいという欲望だけを持ってニーチェに挑む姿勢の動機が知りたい。こういう疑問はあってはならない?)
例えば、
>>296 の見解は凄く的を得ている。私は趣味で株をしていたが、その観点からでも物質の過剰信仰を垣間見る。
「今日、支配と呼ぶものは、賤民を相手取っての商売取引にすぎない!」
ニーチェはこう「ツァラトゥストラ」に語らせたが、その具体的な例を自分なりの体験から述べたいという排出行為でこの板に来ている。
例えば『曙光』でニーチェは投機筋の人間の内面というものを糾弾しているが、それが現在の状況となんら変わらない。
おちゃらけ的口調が苛立つなら、その自分の苛立ちが何ゆえか考えてみるのも良いのではと?
私は、六六六さんのニーチェに関する感想・解釈も真剣に読んでいる。
(同意できる部分とそうでない部分があるが、それを聞きたいと望むなら、過去スレからあなたの意見をもう一度見ます。)
それに応じて、返答を望むなら、多分「口語調」で語るだろうと思います。
"どかしたい!" それだけなら、それをはっきり言えば良いわけです。
私はあなたのある部分を尊敬している。
「語りたいが、こいつらじゃ駄目だな・・ってだけでは、その時点で何かを手から滑らせる」と思います。
では寝ます。
300 :
考える名無しさん :2008/12/01(月) 00:12:30 0
ニーチェの凄いと思うのは、神から離れて、否、神は死んだ、とまで言い切って 哲学をしたところだ。それこそ人間の本来を見つめた自由な哲学を彼はできた。 プラトンなどは自由に大空を羽ばたくように哲学をしている。それもとっても人類に有意義な哲学を。 「国家」は最高の書だと思う。ニーチェから離れてすまそ。
悪貨は良貨を駆逐する、だよ。 今更読むに値しない。 現状は挨拶の場でしかないじゃないか。
異常に長い挨拶書きまくってごめん;; そんなこと言われると本気出すよ?
どうせ早が暴走するか道化になるかしたら最近のニーチェスレの流れも糞もなくなるね!ニヤり横やり☆ ふざけたこと書いてすまない。特に六氏へ。
論議するというのはもっと殺伐としていていいんだ。 それは剣を交えて初めて相手を認め合うようなもんでね。 つまりはそれだけ真摯に思考するということなんだから。 温さをむしろ排除しているからこそ例外として価値が出るようであるべきなんだ。 ところが前スレとかの惨状はどうだ。 これでは関心のある人も離れていくよ。
305 :
ニーセ :2008/12/01(月) 00:41:47 0
口調が「真剣さの欠落」と映るなら、それは「考察の欠落」と言えなくもない。 666さん。 もし、何か意見があるなら、あなたの真剣な姿勢と私の"おちゃらけながら真剣なことを語る"ことで剣を交えよう。 剣といっても、言い負かすのではなく、弛緩しない心地よい緊張のある議論。 道化がおちゃらけるのは、弛緩だけではないのです。 なるほど、私が来たことによって、真剣な議論らしきものが減ったが、 過去スレ読んだ自分の感想は、真剣に値するものばかりではない。 ここは公の場だが、個人の主張の場でもある。例えば、短パンさんは真剣な人だ。 おちゃらけ口調かもしれないが、私は貴方の見解と同じように真剣に読んでいる。 それは"どちらも"私には読むに値する文章だからです。 ところが、一方が他方を受容する体勢にあり、その他方が聞き入れる側にないなら、 会話・議論は成立しえない。 こんなことで早君の神経をすり減らしたくないです。 すり減らすのは、私と貴方にしましょう。 気になってみていたが、やはり寝ます。明日歯科医ワーゲンハイム先生が待っているので・・・
神経が磨り減ることも一種の快感かもね。
ニーチェまじめに読むには対人関係以上に磨り減ることあるし。
神経は重度の場合除いて磨り減ってもなくなるもではないし。鍛えられる。
でももうあまり磨り減らないようになった。
誰かもっと激しく擦ってほしい…強引にでもニーチェに関連した言葉でふざけないで真剣に返すから…
画面埋まるくらい書いちゃったけどやっぱ自重。
さっきからおしゃべり、過ぎちゃいましたね。こういうの嫌いですよね…
>>304 とにかく(←前も言ったし小林秀雄が書いてたことだけど、これほんと便利な言葉…)、
今日は遅くまでわずらわしい思いさせちゃってほんとごめんなさい、明日お仕事あるだろうに。
もう寝ないといけない時間ですね。おやすみなさい。
おやすみ
何か知らないけどみんながんばれー
ニーチャ ニーチィ ニーチュ ニーチェ ニーチョ
ニーチャン
モバゲーの友達検索で ニーチェ 検索したら、 プロフの職業欄に「ニーチェ」って書いてるやつ多くて吹いた。 ニーチェってニートの代名詞なのか?
ニーチョス
十字架とは、生が苦によって育まれ救われるということの象徴である。 主は真の愛の鞭を振るう。 主に最も似ている人種は外科医である。
内科医は想像し、外科医から権力を奪う。
315 :
考える名無しさん :2008/12/01(月) 18:51:11 O
糞味噌… 子供は糞の存在を肯定し、享楽しはするが、味噌だとは感じてはいないのだ。 やはり糞は汚ないものである。 糞を味噌だと感じてしまうのは一部の華麗なるおフランス人の特技でしかないだろう。 ニーチェにおける混沌、ディオニュソス的なるものとは糞味噌なるもののことではない。 苦を快楽で紛らわしたようなものでもないし、 特殊な性的能力により苦と快楽を混ぜ合わせてしまうようなおフランス流の混沌でもないのだ。 規格外の文章を書かせるようなものでもない。 ディオニュソス的なるものの表現は規格外の文章にはならないし馬鹿騒ぎにもならず、 詩的あるいは音楽的に秩序だち整然とした反ディオニュソス的なるものになるのである。 それは対照的なるもの、反対物として反照的に表現されるのである。 それは調和でも和解でも平和でもなく闘争を楽しむために敵の前にやってくるものなのである。 キリストのように剣をもたらすためにやってくるものなのである。 とはいえキリストの場合、敵を滅ぼすか改心させるのであり、敵の存在を肯定しないわけだが。 キリストが魔神ブウだとすればニーチェは悟空であるといえるだろう。
私は悟空は好きではない。 かといって魔神ブウも気にくわないので、 自称罪人のかしらになった使徒パウロのように、 魔神ブウをぶっ殺そうとしつつ嘘から出た誠で魔神と友達になってしまうようなサタンでもないだろう。 私はいざという時に役立つヤジロベーなのである。
>>315 >ディオニュソス的なるものの表現は規格外の文章にはならないし馬鹿騒ぎにもならず、
>詩的あるいは音楽的に秩序だち整然とした反ディオニュソス的なるものになるのである。
>それは対照的なるもの、反対物として反照的に表現されるのである。
>それは調和でも和解でも平和でもなく闘争を楽しむために敵の前にやってくるものなのである。
ニーチェは、アポロンを無視したギリシャ的ではないディオニュソス性を、野蛮なものだとして否定していましたね。
『悲劇の誕生』第二章
「ディオニュソス的ギリシャ人をディオニュソス的野蛮人と隔てている大きな裂け目をあらわにしようとするなら、
推測だけでものを言う必要はない。 …略…
山羊からその名前と属性を借りたサテュロス(野蛮人)とディオニュソス自身(ギリシャ人)の関係に似ている。
…略…、ディオニュソス的な威力がどのような表れ方をしたかを見るとき、例のバビロンのサケーア際や
その祭典において人間が虎や猿に退化したのにひきくらべ、ギリシャ人のディオニュソス秘祭のうちには、
今や、世界救済の祝祭と聖化の祝日といった意味合いがみとめられるのである。 …… 」
>>317 誤字。下から三行目。
>サケーア際×
→サケーア祭○
>>317 の続き。
ニーチェはこの辺の文章で、ディオニュソスとアポロンの関係を「和解」「調和」とは言ってますが、
それは歴史的事実のレベルからみたら「和解」であるという意味であり、この二項の関係を内容的にみると、
>>315 の>調和でも和解でも平和でもなく、というのは正しいと思われます。ギリシャ的なディオニュソス性は、
アポロンとは無縁の野蛮なディオニュソスでもなく、アポロンとただ仲良くしているディオニュソス性でもなく、
絶えずアポロンと力動的緊張関係にありながら相互作用していくディオニュソスだということです。
>ディオニュソス的なるものの表現は、…、詩的あるいは音楽的に秩序だち整然とした…
というのは、まさに芸術家が創造的インスピレーションによって名文を書いたときの状態に近いと思われます。
激しい生命感情に取り憑かれて忘我で書いたのに、奇跡か魔法が起こったかのように、
比喩的にも韻的にも美しい文章が書けたというのを、詩人の伝記か何かで何度か見たことがあります。
こういうのがドラッグと芸術の一番の違いでしょうね。もしニーチェがシュールレアリズムやドラッグカルチャーの時代やその後に
生まれていたら、間違いなく罵倒していたように思われます。
319 :
ニーセ :2008/12/01(月) 20:29:23 0
>>315 >ディオニュソス的なるものの表現は規格外の文章にはならないし馬鹿騒ぎにもならず、
>詩的あるいは音楽的に秩序だち整然とした反ディオニュソス的なるものになるのである。
ディオニュソス的なる状態における文章とは、踊る文章であり、高らかに笑う文章である。
アポロン的なものを無視することでは、文章も内面も規格から外れる。
肉体が哄笑高らかに笑う生への賛歌に伴う宇宙に酔いしれる際に、アポロンが破綻すれば、
それは規格外になる。だが、ディオニュソスの無秩序よる噴出する内的泉から滴るものを、
アポロン的に秩序付けるという調和で強烈な文章(象形文字)は成立するだろうと感じる。
主題をアポロンにすれば、デオニュソス的なものが、既存の形式に押しやられ、
アポロンに執着した歪んだ混沌"らしき"ものになるのでは?無論、貴方も私もアポロン的でもディオニュソス的にも程遠いが。
>それは対照的なるもの、反対物として反照的に表現されるのである。
反ディオニュソス的にディオニュソスを照らそうとすると、単なる羊の糞になる気がする。
キリストの愛はメスとして表現される。 それは殺すための刃ではなく生かすための刃として、 外科医のように患者相手に怜悧な腕を振るう。 患者は治療を受けることによって救われるだろうが余計苦しむことになりがちである。 致命傷を負っている場合に救われれば間違いなくそんな羽目になるだろう。 真の癒やしは一種の産みの苦しみをもたらすのである。
321 :
249 :2008/12/01(月) 20:45:04 0
おかげさんで手がかりつかめそうです。
ニーセさんの造語(?)、「圏外の人々」いいね!
>>311 なんかの新書でどっかの学者が「マルクスの復活はあり得るがニーチェの復活はない」みたいなことを
断言してたけど、もしかしたらもしかすると面白いね。
平成生まれの不登校児、引きこもってニーチェ耽読。飽き足らず「存在と苦悩」に手を伸ばす!
ではぼくはおさらばします。ニーヘ
>>319 「規格外の文章」だな。
君は感情的になると文が規格外になりがちになる。
反芸術家的なる者といわざるをえないな。
>>320 >キリストの愛はメスとして表現される。
>それは殺すための刃ではなく生かすための刃として、
>外科医のように患者相手に怜悧な腕を振るう。
これは確かにいえるかもしれませんね。上手い表現だと思います。
ただ反キリスト教のニーチェは、キリスト教を劇的に断罪するためのレトリックのためなのかもしれませんが、
イエスキリストのことを、実際のイエスに近いルナンが描いたような不屈の精神をもった愛憎の天才としてではなく、
白痴だとか羊飼いだとかと非難することが多く(実際にはイエス自身のことを尊敬していたかもしれませんが)、
その場合の文脈では、キリスト教の愛はひ弱な人間達の空想だと嘲られています。
だからニーチェの文脈やキリスト教徒一般を考えるときのキリスト教の愛と、はっきり区別しておくべきだと思います。
実際には、(キリスト教の愛の教えではない)キリストの愛そのものは、
キリスト教に大きな愛を背負って苦しむ殉教者が何人も出ることを考えると、
ニーチェが罵倒した隣人愛のようなものではなく、貴方のいうような、
人の心に突き刺さるような恐ろしいものなのかもしれません。
324 :
ニーセ :2008/12/01(月) 21:29:23 0
>>323 >実際には、(キリスト教の愛の教えではない)キリストの愛そのものは、
>キリスト教に大きな愛を背負って苦しむ殉教者が何人も出ることを考えると、
>ニーチェが罵倒した隣人愛のようなものではなく、貴方のいうような、
>人の心に突き刺さるような恐ろしいものなのかもしれません。
イエス像やキリスト教に関する印象の強さは早君ほど強烈でしないし、知識もない。
ですが、人間の根本を考えれば「自分が好きだ」という"自己愛"では処分できない何か大きな原始的なるものを有しているからこそ、
他人から「あなたを好きだ」と言われれば嬉しいはずです。
そうでなければ「使徒」なるものは成立しないし、そういった現象も起きない。
「キリストの愛そのもの」が強くなかければ、使徒は成立しない。
つまり、イエス自身が愛されていた証拠である。
ニーチェはキリスト教徒は本質的には一人しかいないと言っていたが、これは無論「イエス」のことだろう。
教義への愛着とキリストへそのものへ愛着は区別しないといけないと常々感じる。
ついでに私はアンチキリストは未読。
325 :
考える名無しさん :2008/12/01(月) 22:23:55 O
>>323 キリストが外科医のようにヤバいのは明らかである。
しかし悟空のように相手を激しく痛めつけておきながら止めをささないというのは極めて残酷なことなのである。
そんな悪者でさえビックリするような残酷さを持つ悟空似のニーチェからみればキリストは甘い奴だということに違いないね。
326 :
ニーセ :2008/12/01(月) 22:36:27 0
>>186 >苦痛の強度×時間−快楽の強度×時間=生命力
これが凄い気になります。
>というような方程式が成り立つならいいが。
>ならば「産みの苦しみ」というような激痛は無用であり、
拷問は「産みの苦しみ」よりも辛いように感じる。
「産みの苦しみ」は赤ん坊を産む際の《価値の展望》があるゆえに耐え切れるわけで、
その展望に変わる何者もない、ただそれが自然と沈静するという体の作用や、なんらかの制御を必要とする。
あえてその試行錯誤しか"かろうじて"展望になりえない。
ショーペンハウアーが論じていた気がするが、インド人が天国を望んで、馬車に身を投げる行為、
あるいは100数年前の日本における即身仏も、結局は苦しみや拷問に置換される別の価値を望むから、
拷問に耐えるわけで、別の価値の展望がなければ、それは無用な苦しみになる。
ぞっとするような・・・
拷問状態が沈静されない耐えている時間という無用な激痛に快楽が混じるなら、
それは歯痛の快楽のうめき声のようなもので、苦の刃に切り裂かれることで快楽と感じざるを得ない状態による拷問耐久になる。
私が最近わめいているワーゲンハイム先生にも頼れない状態です。
ですが、生命力は強いもので、死へ直結しない拷問をもたらす事で、いわば生命力に随伴する苦の快癒の糸口を見つけさせようとする。
『ここで苦痛を感じなさい!』そうすれば、どうすれば苦しまずにすむか考えるようになる。
精神という目は内臓(肉体)の派遣者によって思考を提供するというこの生命というやつは!
327 :
ニーセ :2008/12/02(火) 01:01:11 0
『内的宇宙は、感情の深さと伴に、次第に鮮明さを増していくものである。』by ニーセ 寝ます。
>>315 >>320 いつもいつも貴方の文章を読むと怖くなります。
最近、頑張って哲学的に素っ気無くレスしてる風で、実は前のこととか思い出して気になって眠れなくもなってます。
たとえば自分が今はじめてここにきて
>>325 を読むとこの人ふざけたこと書いてるなとただ笑うだけでしょうけど、
なにせ一年くらい前(もうそんな経ったのね。長い付き合いです。これを付き合いと呼ぶなら。)から、
何度も貴方の文章をよんでるもの。ぱっと見ふざけたことかいてるのに、怖いほど本気で書いてるように思える。
今の貴方にふざけてるも本気もないだろうけれど。演技と本気が一致する瞬間自分にもよくありますが、
もしかしたらずっとそうなっちゃたりしてるのかもしれません。
とにかく表現の危うさがましになったとはいえ怖い感じもします。
前スレ過去ログ読むと早はロゴスを蔑視しすぎたせいで衰退したとかありましたが、実際のところ、
自分は好奇心から意識や感覚を攪乱させたくなることはあっても、危機を感じるとまともな言語を徹底的に重視します。
言語を敵に回す言説が主張したいことに伴うことは多いのですが、流石に狂人にはなりたくないし、
言語を敵に回す主張をするにも本人が狂ってたら主張にならないので、内心では狡猾に、いけない言葉で考えよう、
イメージの無制限な連想をストップさせよう、て自戒してます。
(でも昔から毎年毎年冬〜春にかけて精神状態悪化するので自戒などでは止められず、10ヶ月前のあの有様です。
どうでもいいことだけど、だからもうすぐ長期間遠くへでも行って気を紛らわそうと思ってるわけです。)
あと読むのも大事だと思います。読んでばかりで書いたり考えたりしなければつまらん文章しか書けないだろうけど、
読む量より書いたり想像したりする量のほうが圧倒的に多くなっちゃったりすると日本語じゃなくなる。
今は前よりだいぶ良くなった印象をうけますが危なくなったら気をつけて…
人のこと言えませんが荒らしすぎてしまうと良くないしね…
勝手な予想でいくつかのレスを同一のいつもの人だと思ってるけど間違ってたらごめんね…
>>328 の続き。
おそらく貴方は、一年ほど前、何かに衝撃を受けたかニーチェに爆発的に感化されたのかして、
心理学的にいうなら今まで無意識にあった内容(最初は毒や憤懣くることあるけど後からいいものついてくる)が、
一気に意識裡に溢れかえったのだと思われます。
普通の創造的な感化の仕方は、徐々に無意識が意識化され人格や思考の領域が広がっているような感じだろうけど、
貴方の場合、前の自分とくらべて今の自分は別になってるという違和感すら出てきてるはず。
大事なのは、連想に身を委ねて言葉を放出し続けることではなく、また連想を止めようとすることでもなく、
湧き上がってくる連想を、適切に意味づけ、なるべく人に理解できるような表現を探すことだと思います。
狂人と詩人や思想家の違いの一つとして、狂人はあっちの世界に一人ぼっちになっているのに対し、
(一応断っておきますが、貴方のことを狂人と思っているわけではもちろんありません。読めます。)
詩人や思想家はあっちとこっちを架け橋するような言葉を生むことがあげられるかもしれません。
そうすることによって自分も助かるし人を未知の世界に誘い込む力をもつことができる。でも狂人は笑われるだけ。
心の奥から湧き上がってくる感情やそれに伴う連想は、詩的表現の源泉でもありますが、
下手すると同時に本人を狂気へ吸い込む渦でもあります。どうかお気をつけてください。
そろそろここ居れなるので言っときたかった…明日くらい最後かも…生意気で余計なお世話な意見失礼しました。
あといつもスレ違いほんとごめん…>>ALL
>>329 君はせいぜい聖書を斜め読みしただけであり、
ドラゴンボールに織り込まれた思想も読めてないということだろうよ。
スーパーサイヤ人とは超人のことだったのかー しかし尻尾は…
漫画は身体で学びやすいように設計された童話、寓話であり、思想書であるともいえる。 意識は「学門」であり壁としても機能する出入り口であるから、 営業でいい成績を上げるためには突破すべきものである。 ツァラトゥストラも身体向きに設計されているのである。 というより身体で語っているというべきかもしれないが。
哲学者(人間)たるもん身体を持って範をたれてこそ初めて尊敬に値すると
精神にとっての滋養は知覚から引き出され 精神は自由を刻印された運動の形をとって知覚を物質に送り返す 身体と魂は混ざり合っているので互いに変質させ合っている それぞれをよく知る為には身体と魂は分離させなくてはならない 社会では、身体は実際のそれ以上の何かに見えるように存在していて 魂は実際のそれ以下の何かに見えるように存在している しかし、それぞれを分離してみる時 身体は地上へ、魂は天上へと送り返され、 私たちは、それぞれを純粋な形で見る ヤハウェは生者を地上から連れ出した 己の内のエデンの園を養う事とは 己の歓喜を引き受けるという事だ 己の内のエデンの園を守る事とは そこで得られた富を失わないようにし 人に伝えるという事だ エデンの園ではすべての木々は天与のものだった しかしエデンの園からの追放の直後以来 最初の禁止が人に到来した 死の痛みのもとでの「否定」だ
精神(意識)は外界をシャットアウトしようとする排他的=排自的(視点を変えれば排他的であることはすなわち自閉であり鎖国である)な皮膚、境界、国境である。 突破すべきものでありながら、突破されてはならないものでもある外交の場である。 身体(無意識)は野蛮でありながら極めて理性的で無邪気な音楽的精神である。 この子供のごとき身体は、価値ある己を危険に晒すことを好む有能な冒険家であり、遅かれ早かれ自滅することを欲する運命である。
336 :
ニーセ :2008/12/02(火) 10:25:24 0
>>330 ということで、私は早さんでもないし、早さんは私でもない。
ということはご証明頂けたと存じます。
時折貴方の何かに苛立ちを感じますが、こちとらさんの隠喩は私も好きです。
だからといって、早さんと私は違うのです。
早さんは貴方の暗喩や比喩に恐怖を掻きたてられる(ほど鋭敏)。しかし、私は鈍感なのでその無意識裡の領域の部分を刺激するとしても、
それは未開の自分か、未開ではなく既に一瞬意識化・比喩化しようとしても体験に刻まれたある過去の苦痛を思い出させてくる。
そういった意味で、想像を働かせながら読んでいます。(早さんが具象から入りざるをえないだろうが、私は印象の蓄積で入ります。)
「暗喩や比喩に隠された火が己を点火する」場合というのは、その暗喩や比喩に鎮火しやすい状態か、鎮火しやすく鋭敏な内臓が関与する。
早さんの言うように、特に冬は誰でもそうだろうと感じます。
そうです。こちとらさんの言うように、私は反芸術的なるもだし、芸術家を意識していないし、芸術家にもなれないと知っています。
私はそういった意味で自称「謙虚」です。
(ってこのレスは緊張状態になる2人には非常にふざけたものでしょうが、少しだけ冷水になればと感じます。)
連鎖宇宙に入り込むと、人間は狂人になるということは真実。
そんな時は、聖人君子エマーソン!の顔写真でも見て落ち着くのです。
↓
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b1/RWEmerson.jpg 2人とも暗喩的な部分は適わないという意味で大好きです。
ではでは!
337 :
ニーセ :2008/12/02(火) 17:00:28 0
またもや、誤字です。
>>336 の
>「暗喩や比喩に隠された火が己を点火する」場合というのは、その暗喩や比喩に鎮火しやすい状態か、鎮火しやすく鋭敏な内臓が関与する。
「鎮火」ではなく、「点火」です。
これぞ、こちとらさんの言う「規格外の文章」であり、
早さんの言う『大げさに気の効いた文章[あるいはそれですべっちゃったとか!?』です。
毎度、失礼いたします。乱れ気味が・・・
338 :
ニーセ :2008/12/02(火) 17:06:20 0
陶酔に伴う激痛はある閾値を越えると、心臓をドライアイスで焼くことになる。 苦痛の快楽。少なくとも、苦痛から快楽を得ることはニヒリズム状態に対する処方箋であるとしても、 ドライアイスは、空気中に舞う二酸化炭素が身近になるように、我々の内部で凝固化し心臓をの火傷を犯す危険を伴う・・・
>>330 >ドラゴンボールに織り込まれた思想も読めてないということだろうよ。
あなたが別の人か本人かどうかしらないけど本人だったら、おせっかいだとはいえ心配して書いたので悲しいね…
それはともかく初めて
>>325 を見たら読めないでしょうね。
今は、織り込まれた思想うんぬんより本人の心理状態のほうを感じてしまいます…
とにかく本人さん気をつけてね…。ドゥルーズは今は読まないほうがいいと思います。
このまえ、差異・反復て言葉使ってたときに一番乱れてたから。
>>336 ニーセさんは鈍感ではないと思いますよ。
感受性の性質、繊細か荒削りかでいうと荒削りな方だと思いますが、敏感か鈍感かでいうと、かなり敏感だと思います。
たぶん、怖い絵みたら、心臓つかまれたような感覚になりそうですね。勝手な予想。
自分の場合の絵に対する恐怖感は、心臓より、全身の血管がピアノ線になるような擬似的な痛みです。
ニーセさんも暴走しそうになったら気をつけて。
少数の人で占めるときはあっても第三者が哲学的な意見を入れる余地のある文章を投稿するべきですね。
哲学的でない妙なレスできなくて失礼しました。
↑レスできなくて× →レスしかできなくて○ それではさようなら。数ヵ月後にくるかもです。いっぱい書き込んじゃって失礼しました。 あまり中傷しないでくださいね…携帯で見てるかもしれないから…批判なら歓迎です。
341 :
ニーセ :2008/12/02(火) 21:28:19 0
>>339 >受性の性質、繊細か荒削りかでいうと荒削りな方だと思いますが、
凄いわかってるね。自分でも思います。
>ニーセさんも暴走しそうになったら気をつけて
了解。
>>340 早くんが来て、かなりここを見る時間が増えて、反弛緩的情緒で書き込みすることができましたよ。
謝らなくて良いです。あなたに感謝します。
*石垣島で海を見ているうちに梵我一如になって、気づいたらイタチザメにかまちゃったなんてだめだよ!
ではでは。またご来店を!
どいつもこいつもいい加減な印象を書くだけで、これでは議論にもならないぜ。
↑ ではしっかりした印象の議論振ってください
そもそも印象を元にして議論すること自体が不毛だ
345 :
ニーセ :2008/12/02(火) 23:20:28 0
>>344 >そもそも印象を元にして議論すること自体が不毛だ
私からすれば印象や私的見解を含めない議論こそ不毛です。
「印象を元にした議論」が具体的に何を言っているかわかりませんが、
(多分、ニーチェの著作に関する著作の声が吟味されず己に入り込んだ反響としての"軍隊用語的議論"のことのように感じます。)
既存の命題に則った議論をしたい場合でも、印象が個人の主観なら、議論は印象が含まれる。
会社の会議を例に上げるとする。
仕事の進捗にしろ、新しい企画を吟味する議論にしろ、「あれがいい?これがいい?」という繰り替えし・反復しながら、
最後に決定を下して、進める。そこには、"ある決定すべき何か"を主題としている上で進められるが、
芸術家・哲学者の場合は、読んだ人間だけの印象の分かち合いになる。哲学書から受ける恩恵は、会社の企画決定ではない。あくまで、個人の受容によるものです。
その分かち合いで共鳴・否定はあったとしても、全体共通決定なるものはないのです。
感想(印象)の交換を交えながら、相手と自分と比較することで、別の何かを得られることも多い。そういう議論こそ価値がある。
ニーチェの主張した○○は、最終的に○○になるであろう、という姿勢はあっても不思議ではないが、その○○を固定する必要があるのだろうか?
もし、何か数学的回答を求めるように芸術や哲学が語られるなら、それはもう芸術や哲学がもたらす、人類への貢献がないがしろになる。
ニーチェのような人なら尚更印象が増える。それだけ、独自の言葉と独自の感受性の人々が集まるように思います。
346 :
ニーセ :2008/12/02(火) 23:24:07 0
では、寝る。 ここ数日はいい議論ができた。
347 :
考える名無しさん :2008/12/03(水) 00:46:21 O
?
「わが子よ。 主の懲らしめを軽んじてはならない。 主に責められて弱り果ててはならない。 主はその愛する者を懲らしめ、 受け入れるすべての子に、 むちを加えられるからである。」 (ヘブル人への手紙12章) これが「愛の鞭」の出典かもな。 十字架に釘付けにされたキリスト像に愛の鞭たる蛇が巻きついているイマージュはキリスト教における救いの象徴として相応しいようだ。
効果的な治療は痛いものであり、 また成長どころか維持するためにだけでもなかなか苦しい作業が必要になるものである。 神が愛の鞭を振るうというのはどういうわけか現実的な話である。 このような生まれた時点で命運は尽きているともいえる生は端から有罪なのだと解釈するのは決して間違いとはいえない。 これは価値観の問題であり認識の問題ではない。
350 :
考える名無しさん :2008/12/03(水) 12:45:17 O
痛みとは愛である。 愛ちゃんの涙とは神聖なる愛の鞭の象徴である。 あの子猫のような愛ちゃんの涙に喜ぶ視聴者の愛情は、神聖なる愛情なのである。
351 :
考える名無しさん :2008/12/03(水) 12:53:19 O
駄目なのまだ森の話しちゃ。早い。今は今川問題。四国も同じだが話聞いてみい。これから大変なんだから
愛ちゃんは愛ちゃんでも皆藤愛子ね
ニーチェも、かわいい女性に愛されていたら人生変わっていただろうな。
354 :
ニーセ :2008/12/03(水) 16:39:13 0
>>345 の訂正(文章吟味してからの方がよいな)
>(多分、ニーチェの著作に関する著作の声が吟味されず己に入り込んだ反響としての"軍隊用語的議論"のことのように感じます。)
多分、"印象のない議論とは、"が抜けた。
軍隊一律挨拶程度のニーチェ用語で語られるべきだけが、よい議論ではない。
映画「フルメタルジャケット」のあの少年のように狂気に至る。
私情を出して鋭く吟味してこそ良い議論です。剣は一方を駆逐するただけにあるのではない。
>>350 痛みを癒す愛は香川京子である。
京子ちゃんの涙は我が神聖なる女性の象徴である。
(永遠に女性的なるもの?だったりして)
彼女の性器を想像できないところが、危険な猫の魅力である。
彼女こそ、日本の国宝だ。
ニーセも、かわいい女性に愛されていたら人生変わっていただろうな。
神聖なる愛は心身に痛みをもたらすものである。 西洋や近東辺りの人間は比較的勇敢らしいな。 弱いといわれる聖職者まで東洋人から見れば戦士のように勇敢であるともいえる。 無駄に体がでかいだけのことはあるわな。
やつらは戦闘民族だな…。 彼らサイヤ人の神は愛の鞭を象徴する神龍なのである。 彼らは死の淵から蘇ったときに飛躍的にパワーアップする性質があるので気をつけねばならない。 第二のヒトラーの出現とユダヤ人の独走を阻止するために彼らは迫害や制裁を自粛せねばならないのだ。
358 :
ニーセ :2008/12/03(水) 23:45:56 0
>>355 (20代〜40代頃の)香川京子ちゃんなら、ありえなくもないw
(って、彼女は我が両親より15以上も上なのだが。)
>>357 >やつらは戦闘民族だな…。
早君が心臓から語るなら、私は筋肉から語る。
鋭敏なのは心臓であり、筋肉は鈍感である。
(解剖学的・物理的に身体を平面に置いて深度を計れば深く、中心なのは心臓だ。筋肉は表面である。)
心筋梗塞可能性は青春にありがちな残酷さである。それがやがて脊柱起立筋の腕力になりもする。
根本的戦闘力はマッチョ的なる筋肉よりも、心臓の方が強い。
心臓は純粋である。心臓は筋肉を心臓により純化する。そこが彼の尊敬できる部分です。
ヒトラーに近い危険を持つのは、マッチョ的なる筋肉的ニーセだろう。
ブルマに魅力を感じる筋肉は、ヴァーグナー的自演による「ハイホー!」爆弾をやらかす可能性もある・・・・
(と自己分析できているのですが・・)
聊か、プーアル的早君はそういう危険はない。安心してください。
(これもあくまで予想ですが。)
恐怖心を引き起こす対象なるものが訪れる・・・
その対象が、恐怖感情そのものよりも小さい反動による道化的弛緩による笑いを呼び起こす。
「人間失格」に向かう太宰の前触れである、「浪漫灯篭」のある短編がそれを示した。
"笑いながら真剣なことを語ることがどれだけ恐ろしいことか"
359 :
ニーセ :2008/12/03(水) 23:47:12 0
寝る。
きもっ
その、きもっ、ていう気持ちを、鋭く分析できたらいいと思うけど。 どこがどうきもいのか。きもい、という感情を、知性でしっかり探って。 ニーチェの『人間的』にはよく、人の感情の嫌な面を、細かく分析してるのがありますね。 普通に表に出してしまったらただ不快なだけな人間性の側面でも、ああやって知的に暴露することで、 読者はしっかり考えさせられる。どこがどうきもいか精確に分析できたら、ニーチェ的でスレ違いにならないと思う。 でも、最近の、きもい、は、ニーチェの頃にはなかったものなのではないかな。 あのころのドイツの小説だほとんど読んだことないからあまりよくわからないけど。 たとえばドストエフスキーの小説なら、病的に神経質な人間ばっか出てきて、悪口の言い合いしたりよくあるけど、 陰質なとこないし、誰々が誰々の陰口してたとしても読んでて不快じゃない人間味があるし。 地下室の人だって酷く病んでるのに妙なほど面白いし。 今はだめだね。耐えられない。過敏な人が都会に生まれると神経潰れる。 それかひかるさんの場合みたいに家がつぶれる。壁壊しすぎてリフォームしたんだって。 >>ニーセさん。 しばらく、ごきげんようです。おやすみなさい。あと数分で出発なので最後のレスです。 石垣島といば、ニーチェの文で連想するのが、『曙光』の314とか。 海といえば、すばらしい文章があったから『この人を見よ』(の「曙光」の章)から引用しときます。 「ほうとうにこの書(曙光)は、岩塊のあいだで日向ぼっこをしている海獣のように、身をまるめて、 幸福そうに、たっぷり日をあびて寝転んでいるのだ。つまるところわたし自身がその海獣だったのだ。 この本の一文一文が、ジェノヴァ付近のあの岩がごろごろしてるところで、考え出され、 生け捕り(←付点)にされたものである、そのとき私は一人で海と秘め事をしていたのだった。」
ドストエフスキーは悪霊がいい。 きんもーっ☆なくらいに主要人物が死に至る。10人も。 自殺は行為自体、それ以前に精神病が世間で言う「キモイ」に合致するね。
早君、親戚のうちに住み込みか 頑張ってくれ てかあっちでネット環境あるならたまにはカキコしておくれ〜
364 :
考える名無しさん :2008/12/04(木) 19:50:39 O
戦闘民族を見るかぎり超回復は筋肉だけの特殊能力とはいえないということだろう。 この希望的観測は、頭髪を超回復させるにはどうしたらよいかという死活問題に関わっているがために、 哲学的考察を加えるに十分値するものである。 また私の直観的占いによると、ぴかぁはそろそろ後退しつつあるので、 これは哲板の最重要問題であるともいえる。 頭髪を超回復させようと世界中で数千年に渡りこれ以上ないというぐらいの真剣なる努力が払わてきた。 しかしこれまでのところ、禿たちの努力は甲斐のものであったことを現代の禿たちが赤裸々に証明している。 禿たちのあまりに無駄な努力から「不毛」という言葉が作られたのは知る人ぞ知ることである。 筋肉は超回復するわけだが、これは逆説的に破壊によって発達するということである。 そこで、ある白人の禿は、半ば亡くなった頭髪を破壊したというか剃り落とせば生えてくると考えて実行したらしいが、 やはり不毛であったらしい…。 「超回復」が筋肉だけのものではないということは「リバウンド」があることからして、明白ともいえそうではあるのだが。 ともかく「超回復」という自己破壊的に成長する機能の研究は、死活問題であることは確かである。
___从 ,r' `ヽ、 从从 ,i"(=・=) (=・=) 从 / ;;;;;; ・・ ;;;; ) 从从 i 'ー三-' i l < プキ? 哲学の力じゃよ。 ノ从ヽ._!___!_/ 从 `コ´`‐ 、__,.ト、__ 从 _,./‐' 、_ ヽ、_ ' ヽ、 ,r'´ `''‐ ニ= '´,..-‐' ``ー、 / ', ', ヽ l l l ', | 、 l l l ./ ヽ、 ● 人 ● ノ l i | `ー ---‐''''´l `ー─‐i' l ', l ! / l
366 :
考える名無しさん :2008/12/04(木) 20:53:21 0
>>364 毛根がしっかりしてれば禿げないんでしょ?
知り合いにいるよ、フサ毛なんだけど頭皮をじっくり見ると毛穴が一個しかない。
レントゲン撮ったら毛根が胃袋の下辺りにあるんだよ。で、
頭からニュルーッと出てきた毛を毎朝、裂けるチーズみたいに裂いてるんだって。
二億本の毛の太さがバラバラになると大変だから、毎朝めんどくさいって言ってた。
毛の話はどうでもいいけど、脳の超回復もあるよね。
これにはプラス思考とご都合主義、忘れっぽさが必須
ダイエットを繰り返すいわば「脂肪トレーニング」によって、 我々は脂肪組織の能力を超回復させることができる。 薬や道具の効能が下がっていくのは生体が変化するからである。 無用な機能は退化するし、必要な機能は維持され、足りないな機能は付け足される傾向があるわけだ。 だから超回復させるには、無理をする必要があるだろう。 私はマッチョでもデブでもないのでよくわからないが、 他人の証言を見るかぎり筋肉と脂肪を超回復させるには、 継続的に地道に少しずつ無理をするよりは、 定期的にかなりの無理をした方がよさそうだと思われる…。 選民は人一倍愛の鞭を加えられるらしいけども、 もし超回復するにほんの一瞬とはいえ拷問が必要だとすれば普通は進化よりも退化を選ぶのではないだろうか。 まあしかし生殖は一種の超回復であり、 そのためには激痛をも辞さないのが普通なのかもわからない。
368 :
考える名無しさん :2008/12/04(木) 21:31:03 0
>継続的に地道に少しずつ無理をするよりは、 >定期的にかなりの無理をした方がよさそうだと思われる…。 マジレスすると、トレーニング法としてはどちらでもおk
>>364 >戦闘民族を見るかぎり超回復は筋肉だけの特殊能力とはいえないということだろう。
>この希望的観測は、頭髪を超回復させるにはどうしたらよいかという死活問題に関わっているがために、
頭髪の"髪"は過剰な情緒の強烈なナイフによる自我に刺す心痛よって"抜ける"という危険があります。
当然、毛が抜けるのですから、それは【地球から皮膚と自然が撲滅する】に等しいように、人間精神という"頭髪"には重要ごとです。
>頭髪を超回復させようと世界中で数千年に渡りこれ以上ないというぐらいの真剣なる努力が払わてきた。
"一時衰退"という抜け毛現象は、それは、情緒の頓馬でしかなく生命が生きている以上、つまり頭髪の毛根を癒すという『城塞』をきづけば、
自然回復する方向性が『各人が各人に最も遠い存在である』(道徳の系譜の序より)、内奥性を凝視する苛烈な自己分析によって、 "髪"も出現する。
所謂、アデランス的救済思考では生えないと感じます。散々通って、生えなくて徒労に終わる「不毛」の絶望が!
>>364 (続き)
>しかしこれまでのところ、禿たちの努力は甲斐のものであったことを現代の禿たちが赤裸々に証明している。
>禿たちのあまりに無駄な努力から「不毛」という言葉が作られたのは知る人ぞ知ることである。
禿達は場合には生まれつき「不毛」かもしれないとも言える。
>筋肉は超回復するわけだが、これは逆説的に破壊によって発達するということである。
ロゴスとカオスの調和が乱れると"毛根"を破壊すると思います。
>そこで、ある白人の禿は、半ば亡くなった頭髪を破壊したというか剃り落とせば生えてくると考えて実行したらしいが、
>やはり不毛であったらしい…。
とわかっているなら、やはり強烈な破壊は、外科医のナイフを心臓に突き刺し、ドライアイスで心臓を焼きます。
>「超回復」が筋肉だけのものではないということは「リバウンド」があることからして、明白ともいえそうではあるのだが。
リバウンドは筋肉が心臓に浸透する「心筋」の筋から心に浸透する場合で、筋が心を呼ぶし、心が筋も呼びます。
>ともかく「超回復」という自己破壊的に成長する機能の研究は、死活問題であることは確かである。
「戦闘民族」を研究するのも、外科医的ナイフを想像する"時"が減るいい機会になっていいかもです。
マッチョの方でよろしいでしょうか?
>>371 >マッチョの方でよろしいでしょうか?
よろしいです。
>>361 >しばらく、ごきげんようです。おやすみなさい。あと数分で出発なので最後のレスです。
寂しくなるねえ。(本当です><)
また戻ってくるだよ〜!
ニーセごときが生意気にもマッチョだと… 信用できんな。 定期的にトレーニングするのがスタンダードのようなんだがね。
マッチョはマッチョでも痩せマッチョいいよ
>>367 、
>他人の証言を見るかぎり筋肉と脂肪を超回復させるには、
>継続的に地道に少しずつ無理をするよりは、
>定期的にかなりの無理をした方がよさそうだと思われる…。
定期的な無理というのは、氷の刃を自分に突き刺すことによる出血作用によるレベル4の再現になるように感じます。
レベル4でも、氷だけではなく、温かい温もりからくる愛なるものもあるので、
定期定期自己啓発の反復は、(あの深淵)にはまり込んでしまう危険があると思います。
少なくとも、恐怖心の宇宙なるものが、心臓に抉るドライアイスは、身体に傷の膿を残したまま生きること、
あるいは、その膿にばい菌付きの針を『ぐじゅぐじゅ』刺すくらいに、危険かつ徒労かつ、思想へ自分を嵌め込むジハードになりかねない。
これは危険だと思います。
プーアル早君が指摘するように、一度ドゥルーズは読まないほうがいいと思うんです。
私は読んだことないので詳しくないのですが、あの哲学者は異常に危険臭いです。人によりますが。
>選民は人一倍愛の鞭を加えられるらしいけども、
愛の鞭は刺激であるが、ドライアイスが心臓に突き刺さった状態なら、それは、愛の鞭ではなく、
自己虐待の鞭であると感じます。自分の恐れるすぎる"あの地獄"に身を焼くことは、
恐怖心が恐怖心であると感じる限りは、それはこちとらさん的感覚の正しさだと思うのです。
>もし超回復するにほんの一瞬とはいえ拷問が必要だとすれば普通は進化よりも退化を選ぶのではないだろうか。
いえいえ、人はそれ相応の状態固有の感覚とそれに付随する思考性を有していると思います。
従って、自分が恐れている状態である限りは、拷問は氷の火傷でしかなくなる。
体にドライアイス直径3センチを嵌め込みながら呼吸することは、二酸化炭素中毒状態に等しいのです。
そうなれば、自分を愛せなくなり、ニーチェの
>>361 の早君の引用「海と秘め事を交わす」感覚を持つ人間性に最も遠くなるように感じます。
>まあしかし生殖は一種の超回復であり、
>そのためには激痛をも辞さないのが普通なのかもわからない。
激痛だけが身体の大半を占めると、10%の自愛では、回復もできないと感じます。危険です。
身体に適度な緊張を与えるのはいいけど 精神にはよくない
マッチョに見えるのは体重の倍ぐらい持ち上げられるぐらいからであり、 片手懸垂できるくらいからだろう。 ニーセがアジア人ならそこまで訓練することができるとは思えないが。
>>378 私は「アイヌ」の血を引いていることに関係してるかもしれない。
こちとらさんの言う筋肉は、氷の刃を自分に突き刺さないことを夢見る筋肉であると思います。
筋肉にドライアイスの気化を体内に残しているうちは、それを除去ように時に、書物を離れるべきなんです。
書物は人間の声。声と自分の感覚を強引にあわせると、他者の目に自分を嵌め込む牢獄になる。
感覚が感覚でる以上は、感覚が正しいと感じます。嫌なことは逃げるべきなんです。
牢獄に嵌め込むと、地下室の住人のわめきのような、あの深淵に浸ってしまう。
もちろん、私マッチョにもその危険は常にあります。だから、逃げるのです。
できるだけ、感覚に忠実に。そもそも、この世には私しかいないし、こちとらさんしかいないという意味で、
一人だと思います。でも、共通感情なる感覚をこうやって有している以上は、孤独ではないのかもしれない。
短パンさんも666さんも早さんもこちとらさんも私も孤独だとわかっています。人間達といるだけが孤独ではなく、
満たされない熱望を大なり小なり、抱えているのが伝わる。
私は二酸化炭素を溜め込まないように、感覚的に感じることに忠実なんです。
こちとらさんと早さんは全然違うようで、ある部分が似ていますが、
私と早さんが違うように、私とこちとらさんも違うと思います。
では、寝ます。
ニーセはマッチョの意味を勘違いしてるだけってオチか。
生体を思惑通りにコントロールすることは極めて難しい。 努力嫌いの快楽主義者には到底無理な話である。 筋トレでさえ不可思議な生体を相手にする以上、ダイエットのように案外難しいのである。 アジア人は白人や黒人に比べると女みたいなものであるから、 単なる根性主義でマッチョになれるアジア人は殆どいないだろう。 毛髪の超回復の可能性を探るためにもまずもって筋肉の超回復や、 実験台になる人が桁違いに多い「リバウンド」の仕組み、条件の解明をすべきである。 分子レベルでのメカニズムの解明は一般人にはできないが、 ダイエット経験に関する解釈、経験則、教説、都市伝説ならば腐るほど存在する。 その玉石混交の情報の海を参考にしつつ、試行錯誤しながら超回復の条件をじっくりと探っていきたい。
生体を向上させようとする実践的な話はスレ違いかもな。
ニーセはもっと文章短くしろ
>>361 >その、きもっ、ていう気持ちを、鋭く分析できたらいいと思うけど。
例え、それを君が鋭く分析出来たとしても。
それで弾き出された答えの全ては「不正解」にしかならない。。。
『なぜ?』
なぜ?・・・・
例えば、唄は、理知で現すものだとは思わない。
「心」とか、「気持ち」と言えば、伝わり易いが。
そんな既成の文字で現す事が可能ならば、誰も唄なんて作らないだろうからさ・・・
衝動の、衝撃の、驚愕の、失意の、ずんどこの。 「若者は、キレやすい。」大人(面)なヤツほどよく使うセリフだが、 実は、「若者程、キレ難い。」と、思っている。 感性で、包みきってしまおうとするし、一部の者はそれを達成してしまう。 ただ、その方法はあまりにも無謀。 矛盾は、一気に自分へとなだれ込んでくるし、はっきりいって、単独で持ち堪えるには大き過ぎる。 ・・・多分、いつも「どこまでを内包し(出来て)どこからを排出するか(出来ないと割り切るか。)」に、悩んでいたような気もする。 そういう現実に横たわっている矛盾というものと、キリキリと音を立てながら対面していると。 唄は、やにわに色を持ち。 立ち向かう事と、捨てる事。 立塞がる事と、逃げ出す事との境界線の上で、ギターを背負って歌っていたのではなかったか。。。 「情熱」というものが一体どこから訪れ、何処へと帰るのかは分からないんけれど。 そうであったあの頃の自分を思い出す時。 (自分は終わったんだな。)という、ある種、区切りのようなものにも至れる。
死者再生。 「・・・思いは無いが、今までの流れから、うわべだけは同じようにやれる。」 今のこの国の音楽シーンを一言で表現するならば、そんなセリフだろうと思っている。 だけど、そりゃ本人が歌ってはいるが既に贋物だ。 ネームバリューで歌っているだけの嘘っこ。 もぅとっくに隠居生活がお似合いだというのに、一線級だとまくられて。 その気でやればそら今までやってきてたのりしろで、誰よりもその曲を本人らしく歌えるに決まっている。 なんせ、本人だしw でも、もぅクルージング状態なんだよね。 F1でキヤァァアアアーーーーーーン、ボボボボ。って戦って、チェッカーが振られて、一周余計に回るでしょ? で、観客にサービスする。丁度あんな感じなんだよ。 (今は、それを何十週もさせている感じ。下手すりゃ本レースよりも週回数長くなるの?ねぇ。馬鹿なの?死ぬの?w) それをアリガタク聴いている客に、他意が無いのは解るのだけど、ただひとつ気がかりなのは、 (これが、この曲の本当の意味だと若いヤツ羅が勘違いしないだろうか・・・)という事くらい。 なんだか、世の中便利になったのはいいんだけれど、何かよく似た贋物で満足しようとしている自分も少しイヤかも。。。 というか、トンデモなく脱線しまくっている事に気づいたw今気付いたwww
というか、コッチは愛を持って。 断空光牙件ーーーーーーw だった。(つもりだった・・・) が、どうもそれには本人全くツッコんでいないようなので、(なげぇからいちいち読みきれんわ!) もしかすると、多少ショックだったの。かなぁ・・・ (オサーンのくせにw) ・・・ってか、名無しでやっちゃったから。 「完全な第三者からの意見」だったと感じたならば、ショックだったのかもしれん・・・? (へんなポイントを気にするよな?ニーセって・・・。) んま。 いっか? それとも詫びて欲しい? いや、詫びない。 半分正解だから。 と。いうわけで あたしも
寝る。
愛のむち… 超回復というのは生の一時的な退廃を通して生を躍進させる力への意志の働きである。 キリスト教は救いにつながる善い行いをしてむしろ苦しめられることになるということを試練やら愛のむちとして肯定し、甘受すべきことを説く。 力への意志である。 反キリスト者が没落や闘争や浪費を欲するのもまた力への意志である。 生命は一時身を低くすることによってのみ、力を溜め飛躍を遂げ、より高く、より遠くへジャンプできようになるという大いなる可能性を備えているのだろう。 週刊ジャンプにドラゴンボールが連載されていたということは単なる偶然でもないといえる。 愛の説教部屋…
キリスト教徒はダイエットに励む女の子のようでありなさい。 彼女たちのように肉の汚れを削ぎ落とす苦しみを忍びなさい。 やせ細った身を薄手の布で軽く覆って、己を富む者と信じていなさい。 父なる主は貧しい者を愛し、富む者にしてくださるからです。
↑漢字は美しい。
>>387 お久しぶりどす!(でもちゃんと読んでくれていると思っていました。)
>というか、コッチは愛を持って。
>断空光牙件ーーーーーーw
>だった。(つもりだった・・・)
短パンさんは愛着を持ってきてくれたのが、後からわかりましたよ。
(短パンさんは恥ずかしがりやなとことがあるので、直球ではないので、ちょっとわかりにくい部分があった。)
ただ、2ch自体になれてないというのもあって、言葉の奥を見るのに苦労します。
他の人の文章も目に入るわけで見落とすんです。
だから、過去スレから(このスレ全体の雰囲気やコテさんの性格などを)読み直したんですよ!
そこで、短パンさんが(二セを)傷つけたのかな?という猜疑を抱いてしまったように感じました。
(それで扉制圧に来たとこれまた誤解を抱いたように感じました。ぜんぜん! 短パンさんのモノローグは深いし、面白い。)
>が、どうもそれには本人全くツッコんでいないようなので、(なげぇからいちいち読みきれんわ!)
そんなとはないですよ。
私は正直ここに着てから、困惑していて、酔いながら話す短パンさんに憧れたのは本当です。
>もしかすると、多少ショックだったの。かなぁ・・・
いえいえ。ただ、扉を叩いたことは短パンさんという個性の持ち主に対する愛嬌だと思っていただければと思っています。
(その後、お互い誤解してしまっているw)
我々(ここで議論する全員が)は友でもあり、敵でもあるでしょうが、何分、敵意なるものはいいものではないと常に感じる。
あとは、私は暴力的性格があって(実際に男女関わらず、ふるってきましたw)、自分で嫌になります。粗暴な言い草で前スレで傷つけたことは、
こちらも疚しいです。
PS(短パンさんが酔って投稿しても私は咎めない。そんなのは残酷です。)
>>387 >と。いうわけで
>あたしも
>>388 >寝る。
汝「真似ましたねw」
二セ「爆笑しますた。」
この文体はアヴァンギャルドってやつですか?
>>385 >「情熱」というものが一体どこから訪れ、何処へと帰るのかは分からないんけれど。
>そうであったあの頃の自分を思い出す時。
>(自分は終わったんだな。)という、ある種、区切りのようなものにも至れる。
いや〜、ちょっとこれは本音でありながら、本音ではないように思いますが。
(お気持ちわかります。)
ニーチェスレだから引用(しょうがないw)します。
ニーチェの『善悪の彼岸』の「自由なる精神」の31を読んで見ては?
「青春は崇拝し、軽蔑する。・・・・(略)人間と物事を肯定と否定をもって強襲したことを、
当然のことながら、後になって厳しく償わねばならない・・・(略)青年に特有の激情と崇拝は、人間と物事をことごとく贋造し、それによって己の激情をそそぎつくした後にいたって、初めて落ち着くものであるらしい。
青春とはそれ自体が贋造し、欺くものである・・・(略)猜疑によって感激を拷問する・・・(略)」
395 :
考える名無しさん :2008/12/05(金) 18:10:43 0
トリックスターは超人ですよね。
そうなん?
397 :
考える名無しさん :2008/12/05(金) 23:29:10 O
キリスト教徒であるあなた方に告げますが、 あなた方は肉に富んでいるからといって思い高ぶることのないようにしなさい。 かえって太った女の子のように身を低くし、肉の貧しさに憧れていなさい。 種は果実に比べて10倍、100倍、1000倍も富んでいるからです。 信仰に曲がるところのない、食べる口と胃を持つ者たちならば、 一斤のパンを1000人で分け合っても空腹を満たすことができます。 それですからあなた方はダイエット中の女の子のように、 自分にあてがわれたパンを隣人に喜んで譲り与え、 恋敵に与えつつ己の貧しさを心から祝福するようにしなさい。
>>390 >彼女たちのように肉の汚れを削ぎ落とす苦しみを忍びなさい。
《肉の汚れ》を《削ぎ落とす》・・・
女性の愛情というのは強烈だとこのようなものだと思うのです。
彼女達の内面を強烈に想像すると、女性の恐怖心の海は異常なほど苛烈であって男性のそれとは比較にならない。
「待つのは辛いなぁ〜」と何気なく言われる時にも、多分樹海に埋没することを想像しているのだろう。
>やせ細った身を薄手の布で軽く覆って、己を富む者と信じていなさい。
骸骨のように噛み砕かれた肉体という道具を常に布で隠すという祈り・・・
かなり痛そうです。漠然とですがわかります。
『毛根』の殺害は発狂か死へ。外科医のナイフを想像しないためには、その傷を掘り返すことを避ける布は必要です。恐怖を感じるものを避ける。
以上の解釈であっているならばの話ですが、
『キリスト教徒はダイエットに励む女の子のようでありなさい。
彼女たちのように肉の汚れを削ぎ落とす苦しみを忍びなさい。
やせ細った身を薄手の布で軽く覆って、己を富む者と信じていなさい。
父なる主は貧しい者を愛し、富む者にしてくださるからです。』
というモノローグによって、傷を布で被うことは大切だと本当に感じます。
書物は客体でありながら、ぱらぱらめくることで氷の刃が刃を喉に刺す。
本当に大変な時は、全書物を避けて漫画を読むのもいいかもしれません。
トリックスターって人間だよね 結局俗物には馴染めないから今で言うニートってオチだ
仏教=自分は殺生(牛、豚、鳥)せずにいられないないとて、牛、豚、鳥に対して感謝する。 キリスト教=私達に食べ物(牛、豚、鳥)を与えてくださった神に感謝。 このスレ住人達にこの違いが理解できる?
日本語でたのむ
つまり、神は死んだってことでしょ。
>>400 >この違いが理解できる?
かと言われれば、出来るだろうが。
だからなんだとも言いたくなるな?
(理解は出来るがその差異の一番大きな部分を抽出セヨ。とかか?)
設問者の趣旨が解り切れないが、
例えば、仏教=個
キリスト教=集
という言い方でいいのかなぁ・・・
でっていうw
いただきます ごちそうさまでした 誰に言ってる
いただきます ごちそうさまでした アホなようだけど、それって大切なこと
大切だよね 食事によって精神も充足させなきゃいけない
カントだっけ? 雑談食事会をたびたび開いてたのは
408 :
考える名無しさん :2008/12/06(土) 11:35:48 O
「ダイエット」とはフーコーの哲学を応用したキリスト教の見事な布教活動かもわからんな。 なんといっても主は盗人のようにこられるものだしよ。
太りやすい体質は道徳的であり経済的である。 ダイエットを繰り返すことにより、我々はウンコ製造機を脱し、 効率的で環境と生物に優しい良い体に進化していくのである。
無駄な循環をしない しかし、合理的なものがあろうか…?
ニーチェの友人のパウル・ドイセンってゴンダのいう「自らウパニシャッドをサンスクリット語から翻訳し、厳密なインド哲学研究の基礎を固めた最初のヨーロッパ人である。」(インド思想史 岩波文庫)なんだぜ? しかも、ニーチェがドイセンにウパニシャッドに心酔していたショーペンハウアーを勧めたのであり、 「ドイセンこそほかでもない、後年のショーペンハウアー全集の編集者であり、思想の注解者であった。」(幹爺 ニーチェ)のだよ。 実に「へえ〜」である。
なにコレ
キリスト教やアンチキリスト教は、生を育むことにつながる。 それは受動的にしろ積極的にしろ、意識的にしろ無意識的にしろ、 生を試練に立たせ、疲弊させ傷つけ、耐性をつけ復活させるいわばワクチンであり、 苦い薬、毒としての薬、酒であり、 抗生物質としての育成物質であり力への意志である。 それは超回復、自己超克を促す危険な賭けであり、危険な遊びであり、冒険である。 下がらせて進ませるのがキリスト教ならば、進ませて下がらせるのがアンチキリスト教であり、要するに同類なんだと思われる。 さて、ゴンダのインド思想史に次の記述があるのだが、 これによると仏教こそニーチェの思想に正面から反逆するものではないかと思うがいかがだろうか… 「…仏陀は思い直し、この世では二つの極端を避けねばならないと説いたのである。 一つは感覚器官の活動・享楽の道・この世への執着であり、他はタパス(tapas)、すなわち、世を捨てた人々が行う苦行である。 …仏陀は自らの教えを中道と呼んだ。ただこれのみが人を解脱に導くのである。 …涅槃は現象界(天井界も、これに属している)におけるあらゆる体験の停止である。あらゆる不安・動揺・変化の止?、一切の生成の止滅である。」
生体にも作用・反作用の法則というものが考えられるというべきだな。 生体は作用を打ち消す反作用をすると。 しかもそれだけでなく反作用>作用というように反作用の方が強くなるんではないかと。 まあホームレスにだね、禿がいないという都市伝説があるわけだが、 これは髪に栄養を与えれば、逆に髪は栄養を捨ててしまうからに違いないんだよ 。 ダイエットによって栄養を制限すれば、栄養を余計吸収するようになるわけだから、 ダイエットによって髪が酷く抜けたりするらしいけども、 ダイエットを中止すれば以前よりフッサフッサになるのかもわからんよ。 希望は見えてきたな。 まずもって禿はダイエットをして消化吸収能力を高めるべきなんだよ。 そりゃダイエット中は一時恐ろしいほど抜けまくるかもわからないが、 頃合いを見計らって中止すれば余計生えてくるかもしれないと… 実に危険な賭けだがな。 ちなみに「不食」の著者が禿であるから望みはかなりウスイといえるがね。
ニーチェの思想や宗教というのはまだまだ学問的に明らかになってない未知の生の領域を扱っている。 生を退廃させるとみるものを彼は批判するが、 生はそういった困難にぶつかっておいてハイ、ソウデスカ、ワカリマシタと退廃していくほど素直ではない。 天才であるフーコー、ジダンの見事なハゲっぷりに背筋の凍るようなショックを受けてないからなのかもわからないが、 彼は天才の洞察力をさえ容易に退けてしまうほどに生がひねくれ者であることがよくわかってないようだ。 しかし、嘘や捏造を評価する彼のことだからそれも道化芝居なのかもわからない。 まずは簡単そうなところから生の性格を大まかに大衆心理学的にでも把握していくべきだろう。 生の性格を表現する重要な概念として、 すでに「リバウンド」、「超回復」があるわけだ。 他にも「耐性」、「ワクチン」、「適応」、「免疫」、「愛の鞭」などがあり、ことわざや格言にもよくあるようだが、 これらからすでに、生が天才をさえ嘲笑してやまない一筋縄ではいかない恐るべき悪戯小僧であることがわかると思う。 恐らく鳥山明氏の意見では、生はゴテンクスのようなとんでもない奴だということだと思われる。
ハゲの闘争はゴテンクスの闘いのようにものすごい闘いだがどこかくだらない闘いである。 生きることは深刻でありながら馬鹿げている。 生はハゲである。 というのは生がハゲのように言語を絶する深刻さと可笑しさとくだらなさを兼ね備えているからである。 非常に深刻で馬鹿げたことをいい加減止めようとする仏教徒は疲弊した大人である。
>>416 >生はハゲである。
断定する必要はないですが、ある意味(というのはある生存の状態として)当っていると云える。
生・精神という頭髪は根源に毛根を含んでいます。
毛根なるものが根源的な生の内奥だと仮定すれば、
髪が長く伸びたり、禿のごとく衰退したりもするが、
その強烈な苦痛と陶酔の繰り返しを人生で経験するかもしれない。
『快苦は随伴現象にすぎない』とニーチェは言った。
これは相当深いことです。生存そのものが快苦を友として・・・
ではでは!
(織田信成は顔、なんか嫌いだw ハイデガーよりも嫌いだ)
あ
419 :
考える名無しさん :2008/12/07(日) 16:28:21 O
大金持ちや天才が不本意にもハゲているような人類の知性と知識は未熟かつ非力なものであるといわざるをえない。 ハゲに気付いた瞬間に我々は仏教徒に忽ちの内に変化する。 ハゲの気付きは一切は空であることを悟らせる大いなる契機である。 生体は大いなる疑問符である。 生体は流動的なものであり、定まることがない。 生体実験をするにしろ、厳密には二度と同じ条件というものを設定することができないので、再実験が不可能であり検証ができないといえる。 こんなことではなかなか生体を科学的に研究するということはできない。 実験データが一つ一つ異なる条件の下で得たものでしかないために、 それぞれを比較し、法則らしきものを考えだしても、やはり法則らしきものにとどまる。 生体のとりうる状態が有限だとしても、 極めて多数であり、ある生体が今どの状態にあるか測定することができない。 大体、測定中にも絶えず変わっていく。 これは読書でもデジタル化された音楽の鑑賞でも二度と同じ体験はできないということと同じ様なことである。 生体は無常である。 したがって、生体には一切が相対的なものになり、善悪というのはあくまで傾向にすぎない。 場合により、健康にいいものも毒になるのだ。
>生体は流動的なものであり、定まることがない。 これは同意します。 生体(=生存)自体が、生の根源的な力によって絶えず、解釈していると思うのです。 例えば、現在の私の心情とこちとらさんの心情の音色は違うものです。 生体の根源力の土壌の上に湧き上がる《感情》なるものは、陶酔・歓喜・恐怖・陶酔・憂鬱 なるなど、あらゆる混沌による動的作用によって、意味付けを絶えず行っています。 生存は目を開けて、耳を開いて、鼻で嗅いで、口を開けて、肌で感じるという(このわが身)が、 出現した時には、既にこの世が解釈されているといえます。 それがこちとらさんのように強烈な恐怖感情から来る疑問符による意味づけモノローグによろうが、 私がこうやって答えることによろうが、全てが一瞬の解釈の連続であるわけです。 ある動的な音色が「こう考えるか」「ああ考えるか」であって、「こう」なるもの、「ああ」なるものなどこの世には 一切ないわけです。従って、こちとらさんが「こう」か「ああ」かも、どうなるか知らないわけです。 但し、「こう」なるか「ああ」なるかの予感や熱望を持っていることによる「私」なるものが、わたしの苦しみなるものをどうやって、 乗り越えさせようかと"根源"が言ってくる。ゆえに考えさせられることで『私』が出現しているのかも知れない。 私は静観的人間であるが、やはり憤怒のマグマの野人のような感情が眠っているのがよくわかる。 但し、静観的であるのは、『生体が流動的であることの"ある途上"に留まっている』にすぎないように感じます。 このような感覚・流動的生体作用なる我を保持しているのは、単に、『羽を休めている』にすぎない。 [限定すること自体が、]「生体を解釈していること、あるいは、解釈させようとしている・・・」
>したがって、生体には一切が相対的なものになり、善悪というのはあくまで傾向にすぎない。 これも同意です。相対的でしかないわけです。 >場合により、健康にいいものも毒になるのだ。 生存は、私が、こちとらさんがこうやって話していること自体が、既に解釈作用の副産物である客体である、 ネットであり、ネットの窓ガラスに刻まれた言葉であるわけです。 それが、こうやって話すことで、考えて、「ああだ、こうだ?」をさらに繰り返す。 万一、このことが『危険である』!と感じるならば、私もこちとらさんもここを避けるであろうし、 そうでなければ、こうやって会話するわけです。 「ああ!あの地獄が!無限の地獄が! 肉体を誘惑するナイフが!」と叫ぶ時にも、 私なりに、想像し、情緒を持っている・・・ この世は、残酷すぎると感じる瞬間というのは、我々をこの大地に産み落としておいて、 こんな狭い電脳空間で会話せざるをえないことを強いた事でもあると感じますね。 これこそ現代の家畜社会の最も元凶だろう。 ところで、ジダンは禿であるが、彼のスーツ姿は優雅であると感じる。 彼こそ現代サッカーに必要なあらゆる要素を備えた天才であるだろうと感じます。 フーコーもジダンも『毛根』が破壊されてない所謂、はげw
禿は『ニヒリズム』でもあるといえます。 但し、ニヒリズムだろうがなんだろうが、それすらも、動的生体のある状態としかいえない。 やれ『徹底的ニヒリズム』だろうが『能動・受動ニヒリズム』だろうが、 そんなものは今の私には関係のないことだと思っています。 いずれ・・・マグマが噴火する時は必ず来るだろう。 私は超剛直なる希望の持ち主であり、ショーシャンクの「アンディ」のような情熱を忘れない。 我が幼子は今日もどこかで騒ぐ・・ (まいったね〜)
仏教の苦行は苦を増やすだけだというような苦に否定的な態度は、生に否定的な態度である。 生体は運動を必要とし、運動が快や苦をもたらし、しかもその運動が体育になる以上、 苦に否定的な態度は生体を退廃させ死を早めるだろう。 止まったら死ぬというのは深刻な冗談である。 生は無常でなければならない。 常に動いてなければ死ぬという生は「存在」ではないといえる。 生体はBEINGではなくBECOMINGであり、自己同一性は成り立たない。 こうゆう無常性を本質とするものを空であるとしたり、 儚き価値なきものとみる見方が支配的であったといえる。 しかし逆にそれを肯定的にとらえようとしたのがドゥルーズの「差異」という概念である。 これは脇役として軽んじられていた非同一性、差異を主役に抜擢したものである。 不変の真理などを追い求めるのは帰依すべきものを求める保守的な活動のようで運動なき死の追求なのかもわからない。 特に生に関連する不変の法則の追求はそうかもわからない。 生が差異を本質とするならば、生の不変の法則はないのである。生は無法者なのである。 龍樹は諸法も空だという。 生に不変性を押し付けようとするような活動が生の息の根を止めていくのかもな。
モノローグを会話というのは不気味だ。 ストーカー的なるものだな。
>>423 >生に不変性を押し付けようとするような活動が生の息の根を止めていくのかもな。
これこれ!これが危ないわけ!漠然とわかっているなら、はなれなきゃ!逃げなきゃ!
これですよ。世の元凶はw
一見、みんな読んでも不可思議なように見える文章でも、修辞用語(漫画系比喩・暗喩)の裏を垣間見る。
例えば、私は長い文章をまともに書いたことがない。それでも、瞬時に出てくるものを書き滑らせているだけってわけ。
『想念』の蓄積でしかものを語らない。
(そもそも、ヴァーグー的俳優性を備えている私はこの社会を操作するために、
文学や音楽や哲学を必要としたのだw)
でもこちとらさんは、『ニヒリズム状態の強烈性による意味づけ衝動』が強すぎるように感じます。
あまり無理なさらないでください。
早君も心配していたじゃないですか?優しい人だよ。
(『差異と反復』は本当にに危ない書物ですよ。こないだ、こちとらさんのことが心配で、
出かけ先の本屋で実はちらっと見たいんです。臭う臭う!危ない臭気が。もおもおと!
あれは多分、書物による原子爆弾に等しい・・・感性が鋭い人ならなおさら危ないよ〜)
では。
>>425 そこに君なら反応するはずだとは思ってたがね。
しかし私にもいえるが君には秩序が薬である。
そしてニーチェもドゥルーズも毒である。
君は君自身に何が薬になり毒になるかよく認識できてないので、
このままでは比較的速く崩壊していくだろう。
君には当分の間、整然としたものが薬になるだろう。
ニーセは学者を愛しなさいw 私は自分のために上手いこと毒と薬を調合し処方しているので、 経験値を貯めることができ、レベルアップしていくんだがね。
>>427 >私は自分のために上手いこと毒と薬を調合し処方しているので、
>経験値を貯めることができ、レベルアップしていくんだがね。
それをこちとらさんが望むなら私も何も言えないですよ・・・
では、この件は閉廷です。
大乗仏教で「空」というのは、無ではなく、事物の依存関係、相対性、本質の不在を意味するらしい。 まあ毒というのも関係である。 そりゃ毒性を本質とするものはない。 キリストはあらゆる食物は聖いというが。 逆にあらゆる食物は汚れているともいえる。 食物の毒性、栄養は、実際的には、 食べる者の状態や性、食べた量、一緒に食べたものなどによって変化する。 水でさえ、毒性を持つともいえる。 しかも毒として作用し、たとえ生体を傷つけても、 生体は怒るのかしらないが、 今度は傷つけられないように強くならねばと変化しようとする意向をもっているといえるだろう。 食物だけに限らず、相対的に一時的に決まるにすぎない、せいぜい傾向をもつにすぎない「栄養」と「毒」の微妙なバランスをとることで生は強化されるのだろう。 このバランスをとることは実に難解である。 天才ジダンは天才になるまでにその不可解な肉体を非常に上手いこと進化させてきたに違いない。 つまり肉体を指導し、操ることにかけては飛び抜けた能力、技術をもつ天才ジダンがハゲということは、絶望的なことなのである。 ハゲ始めたらもはや観念するしかないということだからだ。
そんなことばかり言ってないで、外に出て身体動かして人とコミュニケーションしたり仕事した方がいい。
431 :
てすと :2008/12/08(月) 00:45:08 O
あ
>>431 寝ます。
(
>>430 は私じゃないです。特定の相手のとの連続議論の際は、コテをつけますよ。気にしないでください。)
んま、トチくるって無s別殺人とか、くそアホなマネしないで済むってんなら、 別に、どぅ考えたっていいんじゃないのかね・・・? っつか、無理して(させてまで)理解してもらおうとかいうんなら、 そら、どこぞの宗教と大して変わらん。 結局、おつむで作り上げた答えなんてな、たったひとつの現実だけで、ぶっ飛ぶ。 そういうもんなんじゃねんのかね・・・? よく解らんがな・・・。 っつか、ねむ。
う
435 :
早 :2008/12/08(月) 11:40:08 O
okotowarisimasun
437 :
考える名無しさん :2008/12/08(月) 15:44:23 0
クルッ . ハ,,ハ ミ _ ドスッ . ( ゚ω゚ )彡―─┴┴─― * * * \ / つ お断りし / ハ,,ハ * * \ 〜′ /´ └―─┬/ ( ゚ω゚ ) お断りします * ハ,,ハ * \ ∪ ∪ / / \ * ( ゚ω゚ ) * .\ / ((⊂ ) ノ\つ)) * お断りします * . \∧∧∧∧/ (_⌒ヽ * * < お > ヽ ヘ } * * * < の し 断 > ε≡Ξ ノノ `J ────────────< 予 ま わ >──────────── . オコトワリ < 感 す り > ハ,,ハ ハ,,ハ .ハ,,ハ <. !! > ハ,,ハ . .( ゚ω゚ ) . ( ゚ω゚ ) ( ゚ω゚ ) /∨∨∨∨\ ( ゚ω゚ )<お断り .ハ,,ハ │ │ │ / .\ します>( ゚ω゚ ) ,(\│/)(\│/)(\│ /. \ / ♪お断りします♪ \ / ハ,,ハ ハ,,ハ .ハ,,ハ ハ,,ハ\ . ( ゚ω゚ ) ( ゚ω゚ ) ( ゚ω゚ ) ( ゚ω゚ )
438 :
考える名無しさん :2008/12/08(月) 15:47:16 0
ハ,,ハ __O)二)))(ω゚ ) 0二━━)____)┐ノヽ A ||ミ|\ くく ハ,,ハ __O)二)))(゚ω゚ )! 0二━━)____)┐ノヽ A ||ミ|\ くく ハ,,ハ .○ω゚ ) 個人的な要望はお断りします。 (●)┐ノ) 自分のHPで主張してください。 A くく
439 :
考える名無しさん :2008/12/08(月) 15:47:48 0
.○ω゚ ) ┌(●)┐ノ) /ヽ くく ハ,,ハ .○ (゚ω゚ ) └(●)┐ ノ( ノ) く└,,,,,,,, く く ハ,,ハ < お断りします (ω゚ ) ノ( ノ) く く
440 :
考える名無しさん :2008/12/08(月) 15:51:40 0
, - , -─ - 、 /:::::::::::::::::::::::::::::::::`‐、 /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\ /::::::::::;:ィ::::::::';:::::::::::`ヽ::::::::::::::ヽ ,'::::::;':::/ l:::i::::::ヽ:::\:::::::';:::::::::::::::', i:::l::::i:/ ';:::';:::::::',\::ヽ:::::::::::☆::: l::l::;イ__, ヽ、ト、::::ヽ、\:',ヽ〃l:::::: ';l l::l ` ‐- l:::::l:::::: 434さん。こ、ここ、これ読んで下さいっ! l::::l == 、 ,.ィ== l:::::l::::::::: l:::::li //////////// l:::::l:::::::::: , -ーl::::lヽ、 r....::´`ヽ /l:::;'> 、::::: , -ー 、'´`ヽl::::l// ` ‐-r‐ァ' ´ ,':/ー、 '; / , ノ ` l::::l li /ニく /⌒ヽ \.i , └ '´  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ / ノ__ ', ,イ: / \ (⌒⌒) , └ '´ / i/ / ヽ / ー ' / /,.イ ∠ __ / / /  ̄ ̄ ̄プ ー r── -------/-‐'´ /
441 :
考える名無しさん :2008/12/08(月) 15:53:09 0
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| | | | | /  ̄ ̄ ̄ ̄ /_____ / お断りします / // / ハ,,ハ / / / / ( ゚ω゚ ) / / / / ____ / / / / / / / / / / /  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/ / /
442 :
考える名無しさん :2008/12/08(月) 15:54:54 0
__ / \l',)  ̄ヽ / ̄ | / | ( / ̄) ' ̄) 田 ↓ ┴┴  ̄ ̄) b ‐┼‐ | | ┴|.ヽ|/.|  ̄| ̄ × 口 ∠ 白 ‐┼‐ ‐┼‐ | | ] / フ|ヽ| ヽ‐┼‐ ‐┼‐ ─ l └─┘ll└─‐ / / ̄| \ | / | | | ( ̄人 ̄) | | __ __ | \ \・/ \・/ / \ /
443 :
考える名無しさん :2008/12/08(月) 15:56:24 0
/| ̄ ̄ ̄| | | | | | | ______|_| |_____ /| ハ,,ハ | | | ミ ( ゚ω゚) | | |_______ / (ヽ /)、____| おーほほのほ〜〜〜〜〜〜♪ |/____ __/|( \\i | 彡 / | | ヽ、,/\_,,i  ̄ ̄ ̄ | | / " | | | i , | | | | | | | | | | | | | | i ノ| | | / イ/ | | | | // | | | | |/ | | |( i | ____ | |i し |__ |\ | |し' | \ | \ \|_____| \ | \__________\ | |
実に深刻な話だが我々は何故に未だにハゲうるのだろうか? 一体21世紀のハゲとは何なのだろうか… 発達した文明と禿という矛盾は随一の醜男で賢者であったソクラテスという矛盾と同様である。 世界をリードするアメリカではホモたちが結婚を認めろと活動しているが、ソクラテスもまたホモでもあった…。 日本でも痴漢の魔の手は少年たちにも伸ばされてきている。 ホモ芸人や起業家が活躍中である。 我々はこのままソクラテス化していってよいものなのだろうか…
私はそうは思わない。 生物としてのプライドが私に出世したハゲより、 フサフサのハゲの方がましではあるまいかと思わせるからである。 我々はハゲになってフサのホームレスを見たときに、 勝ち組だと心底思えるのだろうか? そうではあるまい。 生物としてのプライドが少しでも残っているならば。 宝石で身飾ったクサンチッペになってはならないのだ。
ずっこけた。 ×フサフサのハゲの方がましではあるまいかと思わせるからである。 ○フサフサの囚人の方がましではあるまいかと思わせるからである。
三島は生物としてのプライドを持っていたな。 彼はニーチェより男らしかった。 そう、ニーチェより強く、そして弱かったといえるだろう。
彼はニーチェと問題を共有していたのである。 逞しい男、美しい男に焦がれるような退廃的な肉体と対照的に過剰なまでに発達した知性と感性を備えた自分、 その滑稽で奇妙な自分を意識していたのだ。 そしてそんな己を克服しようとしていたに違いない。
生体が状態S1にあるとき環境Eと関係させると必ずや状態S2になるというような決定論が生体には成り立つのだろうか。 この問いに答えようとしても、 生体の状態の測定が厳密には不可能であり、 しかも生体が老化という不可逆性をもつと考えられている変化をしつづけているとすれば、 生体の状態は一回限りのものであり、同じ実験を繰り返すことができないので、答えられないはずである。 生体に自由があれば、生体の研究というのはどうしたって不毛といえるが、 ないとしても、生体の不常性ととんでもない複雑性からして、 生体の研究というのは極めて困難であり、無謀ともいえる試みといえる。 一見素晴らしく発達した文明をもつ現代人が生体に関しては不毛な成果に悩んでいるのも不思議なことではない。 とはいえ、クールなモバイル機器を装備したハゲ頭が、 なんとも滑稽であるのはどうにも致し方ないことではある。
同じ生体実験は不可能…(((゜д゜;))) 経験しかできんのだよY(>_<、)Y さすがに世界で一つだけの花だけのことはあるよ。 唯一無二であるがために不毛なのだ。 可哀想な花よ。汝の散る運命を愛せ。
同じ生体実験は不可能…(((゜д゜;))) 確かにこれは痛いな。 なかなか生体の制御ができないのは生体が同一性に縁がないからだな。 不常だからだ。 同じことができない。 同じことができないから、法則があっても、法則を確認できないし、適用できないともいえるな。 厳密にはね。 ただ法則らしきもの、経験則で我慢せねばならない。 もちろん法則らしきもの通りにいかないことはあり得るのであり、事故は起きると覚悟せねばならない。 例えば麻酔が効かないとかね…
452 :
考える名無しさん :2008/12/09(火) 00:41:56 0
こんにちは。私は現在19歳のニートです。 「ツァラトゥストラ」読んだら私の思考そのものだったのでびっくりしました。 こんな私は、現代に適応出来ないでしょうか? 高校時代、思考が難解で理解不能だとよく言われました。
453 :
考える名無しさん :2008/12/09(火) 00:45:20 0
454 :
考える名無しさん :2008/12/09(火) 00:51:12 0
ウィトはニーチェ読んでたらしいね
455 :
考える名無しさん :2008/12/09(火) 01:05:23 0
>>453 神経衰弱気味です。
勉強とか運動とか人間のやることが全部虚飾に見えてしまいます。
自分が前向きに生きるのも傲慢な気がして・・・。
何もできません。
456 :
考える名無しさん :2008/12/09(火) 01:25:22 0
人生論的にアドバイスをします マクロ的に人間の行為を観察すると非常にちっぽけですが ミクロ的に人間の行為を観察すると非常に人間味を感じます。 だから、明日も生き抜いて。
457 :
考える名無しさん :2008/12/09(火) 01:31:38 0
アドバイスありがとうございます。 ニーチェは私に、超人になるように勧めています。 新しい価値観を築くようにと(誤読ならすみません) 生き抜くとしたら、超人であるべきでしょうか? 普通の人であることが何か、分からなくなってしまいました。
458 :
考える名無しさん :2008/12/09(火) 01:35:17 0
そういう価値観を築くのも素敵なことだと思います。 ただ、超人になると社会生活に支障をきたしちゃうかもしれませんね。 それでもいいのかもしれませんが。 普通の人は、普通に家族をもって 普通に親の死を見送って、普通にご飯を食べて 普通に寝ます。 そんな生活もマクロ的に見れば退屈かもしれませんが、 そこに日常の醍醐味がある気がします
>>455 私の思考とも同じでびっくりしたことを覚えていますよw
知らないだけで、同じような思考の人は多いですよ。
思考と現代への適応は別物だということを知っておくと便利ですよ。
思考と行為は別ということです。
ツラトストラの思考を持っている人達でも行為となると、てんでバラバラ
あくどい事やったり、おべっか使ったり、引きこもったり、十人十色
の行動をしています。
だから、455もたいていの環境でやっていけるとおもいますね。
460 :
考える名無しさん :2008/12/09(火) 01:44:13 0
普通の人はなぜ普通なのか、私には分かりません。 私はなぜ普通でないのか、私には分かりません。 全ての日常生活の営みは、私には暗記教科の気がして、こなすのが凄く辛いのです。 決して退屈だなんて傲慢な思いはありません。 みんなが普通だと思うことが、私にとって何ら必然性がなく、かえって苦痛で、 みんなの価値観は超克されねばならないというニーチェの囁きに抵抗できないのです。 どうしたら普通になれるんでしょうか? 友達もいませんし・・・
>>460 ニーチェはその後「力への意志」ってことを言っているよ。
そこんとこ書いてる本読んでみれば?
463 :
考える名無しさん :2008/12/09(火) 02:00:11 0
>>459 貴重なアドバイスありがとうございます。
同じような思考の人はポストモダンの現状ではいるはずだという思いは、
誤っていなかったようで安心しました。
高校時代、そんな奴はいないって言われてしょげてましたから・・・
そうですよね。ニーチェって21世紀の我々のために本を書いてくれたんですよね。
現代への適応は、時間をかけてみます。
>>461 現代への適応ができるように頑張ってみます。
今やりたいことは自分以外と会話することですが(悲)
ニートのまま一生を終えるのかという問題もありますし・・・
アドバイスありがとうございました。
464 :
考える名無しさん :2008/12/09(火) 02:06:17 0
>>462 ありがとうございます。理解が不十分だったかもしれないですね。
第一編で動揺してしまったから・・・。
もう一度読んでみます。
ありがとうございました。
知識は同一性と不変性に依存しているので我々がそれぞれ世界に一つだけの儚い花であるなら、知識らしきものしか得られそうもない。 遺伝子や指紋は変わらないというがね… ところで、生体の状態変化の法則がどんなものかといえば、 生体が状態S1にあるとき、何らかの作用を加えると状態S2になるというものである。 もし状態S2にしたければ、状態S1にすればいいわけだ。 すると現在の状態をS0とするとS0からS1にするための法則を知っていなければならないということになる。 問題はS0が常々変化することである。 ある瞬間においてS0からS2にするための法則を全て知り尽くしていても、 次の瞬間には必要な法則の知識の集合は変わってしまうのだ。 つまりたとえ知識を得ても利用しがたいのである。 しかも生体のとりうる状態は限りないために知識は実に得がたい。 たとえばハゲているか否かは生体の状態のパラメータの一つにすぎない。 ハゲも色々なのだ。 しかもハゲの進行の程度もある。 スカやらMハゲやらつるっぱげやら色々ある。 生体のとんでもない多様性と落ちつきのない不常性が、知性を嘲り、人為的な制御を阻みまくるのである。 実にわがままな困ったやつである。
そもそも生体はまるでニーセのように規則性に抵抗する気がするけどな。 それは同じ作用を加えても、同じ反応を示さなくなるのは前回の作用によって生体の状態が変わっているからか…。 法則らしきものを見つけても、その法則性は次第に崩れていく。 次から次へとダイエット法が登場するのもそのためだな。 繰り返してる内に通用しなくなる。 体が変わってしまうからね。 恐らくあまり変なことばかりしてると一般人との差異が大きくなってくるがために、医者が役立たなくなるどころか危険な人々になる可能性がある。 医者に責任のない医者も驚く医療事故で死ぬかねない。 市販薬が効かないとか逆効果になってきたらヤバい兆候だろうな。
>>463 自分の内なるものを他人なみにしようとすることは危険です。
そのことで、孤独を感じるくらいの状態なのですから、
何か内面にあるものを日記なりに書き殴ってみてはいかがでしょうか?
>>463 さんは私と大体10年くらいの年齢の差があるけど、
貴方の年代の方が、よほど孤独を感じる世代だと思うんですよ。
その孤独を抱えている人は多分、他にもいると思うのですが、みんな仮面をかぶっちゃって、
内心から感情が燃え上がって人と交流することができないくらい閉塞的な時代です。
ニーチェに惹かれたのはその点だと感じます。無理に自分を世間に嵌め込まないで、
内面を吐き出す行為か、小説などを読んでみるのもいいかもしれない。
ここに来て、吐き出すのも問題ないですよ。特に私は・・・
(ツァラトゥストラを引用しながらでも。)
>>466 おはよっす。
>そもそも生体はまるでニーセのように規則性に抵抗する気がするけどな。
生体つまり、何かに安住することのありえない内的衝動は当然規則性や法則性や抽象的価値感に抵抗します。
私も一切の規則性なるものはこの外界にないと思っています。
外界にないのは、内界にないのと同じようなものかもしれない。
自分の肉体(それが内包する精神)の衝動に、既存の偉人なり、他の人の言葉なりを自分を法則的に、嵌め込んで行くのも、
場合に毒になるのではないかな?と感じます。
>それは同じ作用を加えても、同じ反応を示さなくなるのは前回の作用によって生体の状態が変わっているからか…。
これも同意ですね。
こちとらさんのいう「生体は流動的」です。
>恐らくあまり変なことばかりしてると一般人との差異が大きくなってくるがために、医者が役立たなくなるどころか危険な人々になる可能性がある。
もし、医者が偉人(書物)のことを比喩で言っているならばの話ですが、同意します。
『人は医者を必要とするが、医者に頼ると医者が敵になる』 という危険を持つと思うんですよ。
敵になるというのは、自分を苦しめることになる。と感じます。
(つか、朝起きて煙草吸おうと思ったら、ない。超近所の自販機あるけどタスポ持ってないから、コンビニまでいかにゃあかん。
ばかくさいw)
>>435 早君じゃないか!
私は登録するぜ!
(今頃、自然と戯れてるのかな〜?)
解釈しかないということ、つまり一切が相互関係によって成り立っているにすぎず、実体、本質はないということ、 これを仏教では空やら、縁起といい、その立場を仏教では中観派、 西洋では虚無主義だとか相対主義、唯名論、不可知論、懐疑主義などというようだ。 ニーチェは原子論を批判するが、 知は「原子」という概念のように不生不滅で変わることのない立脚すべき点を必要とする。 知はいわば「原子」との関係によって成立する解釈であるといえる。 この解釈に正しさがあるのは、原子が不動の性、本質、実質をもち、存在している限りである。 そのような「原子」がない場合、知も成り立たない。 知の正しさを判定する基準がないならば、知はないのである。 原子論の批判というのは知の批判である。 ところで二度と同じ生体実験を繰り返せないということは、 生体に関する知だと疑われつつ信じられている命題の自然を裁判官とする裁判ができないということである。 ということは生体に関する知識はその正当性を証明することのできない土台不安定な知識だということである。
>>435 早君、赤色きついわw
背景色なんとかならん?
そもそも生体が不安定な構造であり、「原子」に程遠いものであるから、 経験から知識らしきものを考え出しても想定似非知識なのだが。 たとえば栄養学は人間とその食物との関係の不動性によって立つべきものである。 栄養というのは、人間と独立して存在する実体ではなく、 人間と食物との良い関係、相性だからだ。 人間は不動ではないので、相性の良い食物も変わる。 つまり栄養となる食物は人間が移り変わるにつれて移り変わっていくのだ。 だから栄養学は人々の同一性、不動性やその食物との関係の不動性を仮定している不安定な知識だろう。 ところで「自己」という概念もニーチェはその相対主義的な立場から批判するが、 自己がないならば孤独というのはないはずである。 自己は他者との関係によって成り立っているもので、人間関係を完全に排除すると自己は消失するだろう。そこに孤独はない。 孤独というのは人間関係の消失過程における自己の損傷による不安である。 ニーセが不気味にもほぼ関係のないモノローグを会話というのは、 恐らく私との関係の消失の過程に伴う孤独感を、私との関係、縁の捏造によって癒やしているのである。 こうして私が大人としてニーセという名前を敢えて出すのもニーセを「心配している」からさ。
自己などの固定的なものを批判するニーチェのいう孤独は、 一人ぼっちという意味合いのある孤独ではなく、 自由を意味すると解釈したほうがいいだろう。
自由は山巓の空気に似ている。どちらも弱い者には堪えることは出来ない。 ニーチェ自身もツァラトゥストラの様には自由になれなかった、と思う。
何ものにも無関心でこそ自由になれる
子供を見よ
>>469 >解釈しかないということ、つまり一切が相互関係によって成り立っているにすぎず、実体、本質はないということ、
流動的生体における感情なるものが、常に解釈をしているのですから、
それが私のように、静観的であろうと、他の人のように強烈であろうと、
やはり、固定なるものはない意味で相互関係で成り立ち、"実体"もなければ、[物自体]もなく、本質的で固定的な生を完全に沈める
絶対的価値は存在しないと思いますね。同意です。
>これを仏教では空やら、縁起といい、その立場を仏教では中観派、
>西洋では虚無主義だとか相対主義、唯名論、不可知論、懐疑主義などというようだ
「空」の概念は聴いた事ないですが、反応しちゃう比喩です。
仏教系はさっばり知らない。ただ「空」で思い浮かぶものは、
笑えるに笑えない、精神の虚無状態のようなものか、あるいは、人間精神という地球生命体の皮膚の上に生えた自然や人類や生物
などが危機に瀕死、地球(人間精神)の世界恐慌に等しいくらいに、虚しいくかつ恐怖感に感じになる。
これを私は『世界恐慌的ニヒリズム』と名づけています。
でも、世界恐慌ですから、恐怖による損傷は相当なものでしょうけど、
快癒の道に向かえば、地球体であるに等しい人間の『生産性』や『能動性』も増して長い時間で増してくる。
>>469 (続き)
>ニーチェは原子論を批判するが、
よく知りませんが、思い浮かべるのが「オイゲン・デューリング」の「原子」批判です。
デューリングを知らないので不明です。
>知は「原子」という概念のように不生不滅で変わることのない立脚すべき点を必要とする。
原子は(解釈)の副産物たる外界の物理学的不正不滅生であって、
その観点(外界を対象とした)に立脚した、不滅生でり、内界の生体流動性は、固定なるものに安住しても、
固定なるものは一時的な誤魔化しに過ぎないように感じます。
但し、ニヒリズム的世界恐慌状態は、必ず、動性的な状態における安住価値を一時的に自分に置くことで、
沈静作用をもたらすので、ニーチェの云う様に「我々は『虚構』なしでは生きていけない」。
>知はいわば「原子」との関係によって成立する解釈であるといえる。
う〜ん、ちょっとこの辺は不明です。
>この解釈に正しさがあるのは、原子が不動の性、本質、実質をもち、存在している限りである。
>そのような「原子」がない場合、知も成り立たない。
そもそも、私は「原子」を外界における法則性の構成要素としてしか捉えていません。
ちょいと忙しいので、ここまでです。
どうやらニーチェは認識的には龍樹とよく似ているようだ。 しかし尚、危険なお遊びをしたいと欲するのか否か、 そもそも生まれてきて良かったのかどうかという評価、価値観において両者は対照的に袂を分かつのである。 両者の中間的な態度を示すキリスト教における使徒、預言者、選民は、その信仰のために、神の愛のために、 国代表に選ばれたスポーツ選手のように余計苦しむはめになることを甘受すべきだとされる。 龍樹が一切を縁起によって生じる空とみたことは、 ソクラテスの無知の知とも似ているし、 あるいは「原子」を発見できてない土台不安定な精密科学の恩恵によってたつ21世紀のハゲのようでもある。 現状では危険な遊びである生存に対して如何なる態度をとるべきかというのは正解のない問いである。
一切皆空というのは、ものとそれを司る法則によって、ことが成立しているという二元論を否定するものである。 ものと法のいずれもが、縁起としての「こと」であり、一切が本質的にいって本質、実在性、実体を持たないので空というわけである。 すべては解釈である、すべては力への意志であるという発言のように、現象の裏に主体、存在、実体、実質、根元、理想的なるものを認めないのだ。 強いていえば無常なる現象そのものが本質であり、一切はいわば底なしの表面なのだというわけだ。 物質とエネルギーの等価性も似たような認識である。 質量、存在そのものが力であり、力が質量であり存在であり、存在は無ではないにしろ実体を持たぬ空なのである。 あるのは夢物語だけだというような話である。
中道だな。 縁起、空なるものとは「解釈」のように存在と無の中間にある概念である。 物語、夢などの概念と同類である。 それは、過去と未来の境にあるとされる現在のような既定と未定の中間にある仮定である。 一切皆空というのは言語のように仮定されたものしかないということだ。 キリスト教では初めにロゴスありきというが。 これもこの世が仮定的に創造された世界であることを意味しているのかもしれない。 キリストや使徒によって数々の奇跡が行われるわけだし、 神は気にくわないものを滅ぼしてしまうのだから、 キリスト教的には言語のような仮定的な秩序しかこの世にはないということである。
夢物語、夢オチの世 時に悪夢、どんな悲惨な出来事でもメシウマとして受け取らないと生活出来ない 我が身の傷後もいつか塞がる、傷跡に塩を塗り込んでどうする、赤チンだ、偽者の血 キリスト教の言う受難か、死に至らなかった受難、自己陶酔だけだ 言語に絶した苦痛を忍んで 中道、バランス、自転車は走り続けなければ倒れる。
多元論、不可能性の可能性は無限にある。
空観といわれるものは、世界はロゴスであるというような唯名論的な見方と似ているのだ。 それはいわば現象も法則もロゴスによって成り立っているロゴスであり、 ロゴス自体変化していくという常に一切が仮定的に存在するにすぎないという世界観だろう。
しかしね医療の現場が人体の研究の本場にならざるをえないと思うね。 人体実験の刑とかないのだから。 研究のための人体の需要は常にあるが、人体実験やクローン人間は駄目ってんだから生ける人体の研究は現場でやるしかないだろう。 ところでクローン技術というのは生体実験の精度を上げるのに極めて役立つ。 同じ個体がないというのは、生体実験を殆ど不可能にしてしまう非常に大きな障害だからだ。 厳密にクローンたちを管理して、できるだけ同じ個体を生産管理すれば、 殆ど不可能だった科学的な生体実験が半ばできるようになる。 しかし我々に個体差がある限り、やはり医学は科学にはならないに違いない。 医学が科学として発展し、生体を科学的にコントロールできるようになるためには、生体の個体差をできるだけなくさなければならないのかもしれない。 クローン技術を利用した究極の排他主義によって医学は飛躍的な進歩を遂げるに違いないな。 あらゆる人間が「アダム」と「イブ」のどちらか一方のクローンとか。 そうなれば医学は科学になる。 しかし多様性を失うと、基本的に病気に無縁な生活になるかもしれないが、絶滅しやすいだろう。 まあつまらなそうなSFにはなる。
同一性がないと、ある種のある個体の研究の成果がその種に属すあらゆる個体に応用できる普遍性のあるものにはならない。 類似性があるだけならば、通用可能性があるだけであり、実際に他の個体にも通用するかいなかは試してみないとわからない。 その試行を繰り返す内に通用する確率は定まってくるが、確実なところはわからない。 まったく多様性が管理、制御を困難にするのである。 画一的な教育は、人為的制御を容易にするものだ。 クローン技術を利用した画一的な生育もまた、人為的制御を容易にすることになるのである。 画一的な生育に画一的な教育、画一的な生活、画一的な食生活などによって、 人々の個体差を可能な限り小さくしていくことで、 一切皆苦などといって解脱を試みる哀れな元快楽主義者もいなくなるのかもしれないな。
ピアノなら「私はチェルニーとハノンのおかげでピアニストになれました」という人もいれば、 「私はチェルニーとハノンのおかげでピアノをやめましたもう嫌」という人もいるわけだ。 個体差のせいで、人間の人為的制御に関しては特殊な経験、普遍性のない知見が蓄積されていくばかりであり、 それは各個体との相性にしたがって有益だったり有害だったりするものであるがゆえに、 人間は進歩してないんだろう。
もう何を信じればいいのか分からんね。理性的過ぎる懐疑野郎は悲惨。 自分を?自分の考えを?自分の良心を?キリスト教を?仏教を? 何も誰も信じていない自分も信じてない、なんて言ったらシャレ者よ。 軍隊に入れば楽になれるね。思考なき集団。 さて、そろそろ神を信じるしかないかな…
多元論で見なきゃ体制も滅びる。 人間的な余りに人間的なものの大抵は動物的。
>>455 わたしゃ>453でわないが、
19〜20才頃が一番キツかった。そんな事を思い出した。
「大人」というが、20才になると自分はいきなりチェ〜ンジするんか?とか、いや、ありえへんわwwwwとか。
今だからこそ、こんなんなって冗談まじりに書けるけれど、
実は、(20才になったら俺、死ぬんじゃないかな。。。)と、案外本気で考えていたよ。
イヤだったな。
「大人なんて嫌いだ!」という意識が強かったからなのか、自分がそれになってゆく事に酷い抵抗があって、
かなり長い間、精神的にはもんどりうっていたよ。
また、マズイ事に、自分のキャラが「明るいヤツで、悩みもねーだろw」的な事よく言われていたので、
逆に、誰にも内面的な問題を打ち明けられなかったというのも、尾を引きまくった原因のひとつだったのかも、と。
今にしては思っている。。。
んま、今在る者の中で。「よ〜し、パパ大人になっちゃうぞー☆」なんてでさえ思って大人になったヤツなど、
一人もおらんはずなんだよねw
正直言って、ただの「流れ」とか、「いきさつ上w」とかが、せいぜいでwww
ホント本当は、んなもん初めから何処にもありゃしなかった訳なんだけど、
それでも、それまではそれが在ると思って(信じて)生きて来た訳だから、「実は無い。」という事を頭の中では理解出来ているのに、
無いとした場合の歩き方、というか、
ぶっちゃけ生き方が解らないから、暫くはそれがあるとして生きるはめにもならざるを得なかった。。。
ただ、その間。凄い矛盾を自分に内包し続ける事にもなる・・・ 「無い」と解っていながら「在る」と思わせる。しかも他人をそうやって誤魔化すんじゃなくて、 手の内を知り尽くしている、「自分」を騙すわけだから、 そりゃ、普通。内部分解起こさない方が異常だというくらい・・・。 それが、自分の糧になるかどうかなんて誰にも解らんけど、 それでも、 がんばって。 (多分、それしか言えない。) 多分、逃げようとしても逃げられないはずだし、 なんとか踏ん張れば、どぅにか生きていけるぞ?
「あんな時代もあったね。と、いつか、笑える、日が来るわ♪」 その頃はしがみつく様にこの唄をよく歌ってた。 来るとはあまり思えなかった、いや、考えられなかったが。。。 でも、 今ではいい思い出です。もとい 忌まわしい黒歴史ですw 寝る。
>>491 >忌まわしい黒歴史ですw
私は現在そう感じないんですよね。なぜか知らないですが・・・
確かに、苦悩の自己を隠蔽して仮面を背負ったあの時期というのは、
人固有の情熱と苦痛の繰り返しになる。
その途上で、はっきり言えば、これはなんたる大バカなことをしていたのだ?
という思いにもなるが、所詮その大バカな自分も当時の自分であるので、
その過程を通過して今現在の自分がいるから、その黒歴史なるものを時折、思い出すけど、
黒歴史には思えない。何度か過去を葬ることを考える青春時の呪いというのもなくはないが、
その黒歴史が未だに記憶にあるけど、そんな時を時折思い出して、自分を分析することもある。
それは、ああすればよかったとか、こうすればよかったとかではなく、
あの時の心情から行った数々の行動を秩序付けた・・・
結果、その黒歴史というものに愛着を、いや黒歴史に回顧に忌まわしさを持つこと自体を消化していった。
これは相当大変なことでるが、『完全な孤独を何度か必要とする城塞』でもって、黒歴史の回想に伴う苦痛の表象に何も哀しさや
悔しさを覚えない。むしろ、その頃の情熱の自分に郷愁を感じるくらいに懐かしいのですよ。
良心の疚しさとは「過去の表象に伴う哀しみ」とスピノザは言っているが、
これは「過去を思い出すことで忌まわしいことをした自分を思い出してけっこう哀しくなる、でもそれだけ」って奴です。
ニーチェの言うような「あんなことはすべきじゃなかった!」ではない。
私は黒歴史といわれるものを持っているが、それが忌まわしいと感じる状態というのは、
まだ短パンさんのどこかで、青春があるからではないかと推測している。
それでこの前、善悪の彼岸を例に出したんですよ。
さて、どうするのか我々は?w
何処に言っても、年齢に合わない不気味な落ち着きと人に言われる私は、
完全時青春期を食いつぶしてしまったらしいが、内心は、「ふんまだまだ私は休んでいるのさ。」と内心笑いながら、
未来に備えているのだ・・・
では
ソクラテスのあっさりした死に方をみても彼は執着なき涅槃に入ってたいえるのかもしれない。 そんな何か龍樹と似ているソクラテスを非難するニーチェが、生に執着する者だとはいえないが。 彼は綱渡りとしての危険な生存を欲するからだ。 稲妻というかウサギの如く、ランボーの如く駆け抜けることを、亀の如く歩むことよりも高貴だとし、 キリギリスのように歌って今を生きることを蟻のように今を明日のために犠牲にすることよりも高貴だとするのだ。 永遠回帰は仏教のヨーロッパ的形態だというし、 涅槃は執着のない立場からみた輪廻と同じのものだともいうので、 生存に執着しているとはいえないニーチェの永遠回帰の肯定は涅槃と近いものだと思われる。 まあ、執着の極が無執着と同様になるということかもしれない。
執着の極が無執着と同様になるということは、 毒が薬になったり、あるいは薬が毒になったりすることと同様である。 人間は綱渡り師である。 とくに肉体労働者は生きるために死ぬ危険を犯し続けねばならないという綱渡り師であり兵士である。
生存のために生存そのものを賭さねばならなくなるというこの設定は神聖ではないか? 薬の毒性、毒の薬効などは実に神聖である。
『黒歴史』・・・いい表現です。 スピノザ風に言えば「過去の表象に伴う苦しみ」 強引にニーチェ風に言えば「力へ意志の解釈作用の土台である混沌の膿が内心に沸き起こる瞬間そのものに苦味を覚える状態」 ってやつですw 私も黒歴史なるものがあるので、うーん思い出している時は、ほろ苦いといえばほろ苦い。 この黒歴史を作らざるをえなかった自分というものがどんな動機から来ていたか、 どんな心情がそうさせたか、又はその心情になってしまったのは何故かまで考えたわけです。 でも「黒歴史」そのものがそう考えさせるだけであってのに、気づいたので、その黒歴史を内包する精神の消化に一生懸命になった。 それを中心とする計画で人生を進めざるを得なかった。 黒歴史は一種の"ルサンチマン"だと言える。 これは本当に辛いことだったので、その動機を探っても、動機になるような心情に発生を探っても、文字通り意味がない。 黒歴史そのものに決別をつけるには、その心情で"そう"あらざるを得なかったとしか言えない。 ニーチェがツァラトゥストラの『救済』でも類似する考えを示している。 『そうあったのではなく、そう欲した!』(私は手元にニーチェがないので、引用は全てうろ覚えです。ご注意!) これを突きつけられるのはかなり辛いと思う。 でも自分の過去に復讐するのは、これまた辛いと思ったので、過去の表象そのものを減らすにはどうしたらいいか、考えたら、 孤独、完全なる孤独しかなかった。 女とかいると、縋られて益々こちらを浪費させるし、黒歴史そのものが内包されている段階では、 黒歴史をあらためて作らざるを得ないのですからね。これに気づいたのはつい2年前。 でも気づいた後は意外と快癒が早かったかもしれない。完全に歴史の呪縛がとれたとは私も胸を張っていえるほどではないが、 やはり黒歴史を作り出した情熱と誤謬や青春は、甘美だといえます。 短パンさんにはなんとなく同意です。(解釈があっていればの話ですが・・・) [黒歴史]「ヒステリス係数」借用しますw では、今日は閉廷。
神聖とはいえ蛇は堕天使の象徴である。
虎穴に入らずんば、虎児を得ず。 ソクラテスは危険を省みずに興味本位で入るし、 キリストは神の御心のままに危険を犯すことの正しさを確信して、 ニーチェは危険を楽しむために入るんだろう。 動機は違ってもやってることは似てる。 ニーチェの他者批判は自己批判であり、自己超克の試みなんだろう。 批判の対象とやってることは割と似てるんであり、認識的にはかなり似てるんであるから、 まさに価値転倒の試みなんだな。 価値観というのはそんなに重要な問題なんだろうか。 行為や認識に比べると些細な問題なんではないか?
蛇が脱皮するように古臭くなった自分の皮を脱ぎさるべく自分と似たり寄ったりの他人を批判している。 脱皮しても蛇は蛇のままである。 オマエモナというしかない。
自分の欠点や下手くそさがわからないようでは成長する余地がないといえるので、 ニーチェは、成長の著しい蛇が脱皮を頻繁に繰り返さねばならないように、 自己批判の鬼になって自己超克し続けねばならなかったのかもしれないな。
主体は行為や認識の主語となる原因であるが、 原因は結果に先んじて存在していなければならない。 されど認識行為なくして主体はない。 したがって、原因としての主体は存在しない。 しかし主体は定義上原因だからこそ主体である。 よって主体は存在しない。 主体なき行為はない。 主体がないので行為はない。 主体がないので執着もない。 僕はこのように悟り、涅槃に入りました。
ニーチェ、悟空、「龍」樹、ドラゴンボール…。
503 :
◆TANPanX3xc :2008/12/12(金) 13:24:31 0
504 :
◆TANPanX3xc :2008/12/12(金) 13:28:41 0
携帯捜査官7wの主張はこう? 「蛇は絡み付くから嫌われるが、とある文化の中では神の化身とされた。」 「虎は絡み付くことは無いが、私を瞬時にあやめる力を持つ。」 イメージの話なんだけどね。
505 :
◆TANPanX3xc :2008/12/12(金) 13:32:19 0
何かの足がかりになればいいんだけど、 んま。 ならなくても別にいいやw
506 :
◆TANPanX3xc :2008/12/12(金) 13:42:11 0
(一体何処まで?) ん? 例えば、裁判員制度の是非について。とか、OKです? いや。 別に、そんなにややこしい話でなくて、ただ。自分に問えば答えは出る。 否。 赤紙と同じだな。コレは。 どれだけ、TVで俳優使ってプロパガンダ敷いても、受け付ける訳にはいかない。 と。 いうのが、短パンの趣旨であるし、変える腹ずもりもなし。 「・・・そんなことしたら、刑に服されかねないが?」 ・・・・。全くお話になりませんよ。 誰かを裁くべく者がそれを拒否すれば、その当人が裁かれ罪人として立つだなどと、 一体、誰が考えた? アホでも解る拒否権の適応にまで立ち入って、個人の人格までを潰そうとは。 ・・・・。バカだろ? 誰も彼もが、無能なまんま。 ただ、世の中を流しているだけって訳でもねぇってのによ?
507 :
◆TANPanX3xc :2008/12/12(金) 14:04:29 0
ははは。 俺が、此処で囲われたように見えて 「処刑ライダー。」 失望した? ・・・。残念w 「ハンニバル。」 絶望した?wwww 知らんがなw っつかk、 このまま名無しでおk? 込み入るんで、ややこしいから本当はイヤなんだけど・・・・ ラ・イ。ダーーーーーーーーーーーーーーーーーーー! おまえ。
508 :
◆TANPanX3xc :2008/12/12(金) 14:07:07 0
「勝ち逃げ」は無しだろうw 酷いね。
509 :
考える名無しさん :2008/12/12(金) 14:08:34 O
芳しくも人類の怠る初期症状所以を必ずしも狡猾させうる事が鶻じみた髱蠡かつ靆麕釐の根幹を気負おうと黝擽的感覚に陥るのだ!!!!!!!
510 :
◆TANPanX3xc :2008/12/12(金) 14:50:42 0
>>509 貴方はスッスコンマンナーラの陰謀に、巻かれるがよろし。
生体を制御する物質は猛毒である… やはり生体は綱渡り師である。
猛毒は死に至る深淵。 それでも危ない橋を渡るのかい。 毒蛇や毒蜘蛛や毒サソリなんかに遭遇する可能性の橋なんだぜ? これが不可能性の可能性というやつか。 死については二つの考え方がある。 死とはありうることが起こらないのではなく、むしろありえないことが起こることなのだ。
人間は死んだ蜂に刺されても死ぬ生体だ
>別に、どちらが本線とかは無い。 >どっちもリアルだってだけの話なんだけど、 >この「短パン」 >ニーセ。 >おまえ。 >囲えると思う? >wwwww >へへへ。 >スタコラサッサッサーの陰謀ですよ君w >(無論泥酔ですが、気にスンナ。) これ読んで、短パンさんの真意を汲み取れる人いたらお目にかかりたいです。 正直、何を問うているか、何を願っているか、こっちはさっぱりわからない。 (私は、自分で言うのもなんですが、相当相手の言葉を熟読し、返答しています。日本語は乱れるがw)
変な長文は止めて、短く濃く言ってもらいたい。一冊の本を書いてる訳じゃないのだから。 一つの文章に様々な意味合いや解釈が持てるような。 特にコテハンの方々。馴れ合いストップ。 まあ理解できないのは俺が阿呆なだけなのだろうけどね。
それでも、ちょいと頑張ろう。
>別に、どちらが本線とかは無い。
*まず『別に、』に注目したい。『別に』が出現したということは、無意識に、「〜(A)なんだけど、別に〜(B)」ってことだ。
注目すべきは、(A)をという考えを主張したいか、(B)という考えを主張したいかのどちらからしいことは推測できました。
『どちら』「
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/pav/1214399165/l50 」
その反対は『こちら』=「
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1225129014/l50 」←このスレ
『本線』これは、本線とべき真意が『こちら』なのか『あちら』なのか、
それとも『本線』というものが、あるなら『本線外』があるので、恐らく、『本線外』が『こちら』で、『本線』が「あちら」になる。
これでよろしいですね?
>どっちもリアルだってだけの話なんだけど、
"『こちら』も『あちら』も現実って話だけど"、ってことは、
本線も本線外も境目がないという意味でありますね。それは自分の人格の外的表象か、自己内の混沌から出現する人格がどちらも短パンさんであるってことですね。
>この「短パン」
この『本線も本線外も不在』の私短パンを、
>ニーセ。
ニーセよ、
>おまえ。
お前は、
>囲えると思う?
囲えると思う?
ここで疑問。『囲える』なんだけど、"囲ってあげる"のか"囲いこむ"のか、つまり、弁護するか、非難するかって感じですかね?う〜ん、どちらだろう・・・
>wwwww
>へへへ。
笑いが出たところ見ると、笑うに値する何か感情の運動があったわけで、その運動の元が不明です。
>スタコラサッサッサーの陰謀ですよ君w
『陰謀』、何かが何かに対する"陰謀"って意味らしいですが、何が何に対する陰謀なのだろうか?不明です。
>(無論泥酔ですが、気にスンナ。)
私は真剣に読んでますよ〜。
517 :
ひかる ◆bodgOoQOHA :2008/12/12(金) 20:31:09 0
早くん。久しぶりだ。メール出したんだが届いてない? この前はごめんね。メール。半年前になるかな。 僕のサイトを紹介してくれありがとうね。 僕は詩人およびアフォリストだが、早くんは詩よりアフォリズムを評価してくれている。いくつか載せる。 509 ・ 一期は夢よ、ただ狂へ。混沌の中で遊び狂う、遊ぶなら徹底的にやってやろう。 彼は陰鬱なまでに権力を求める。しかし彼が本当にはその原理を信じていなかったことは、生涯にわたり何度も見せたその破滅的な態度に表れている。 織田信長は超人である。彼が基本的には真理を信じ、真理の生成流転を起こさなかったのは、彼が生きたその時代によるものだろう。
518 :
ひかる ◆bodgOoQOHA :2008/12/12(金) 20:34:16 0
317 ・ 偶像崇拝について ---キリスト教徒やイスラム教徒のいう偶像崇拝は本当は存在しない。 どの宗教も、仏教も多神教も聖母マリア崇拝も、それをいわば象徴としているだけだ。 その像を見てその教祖なり、神なりを思い起こし、修行に励んだり勇気をつけたり、またはその物質を見て何かを連想したりするわけだ。 偶像崇拝は一つだけ存在する。 それは彫刻においてそれを人間の模範とし、神と崇めたギリシアの芸術だ。
519 :
ひかる ◆bodgOoQOHA :2008/12/12(金) 20:39:44 0
458 ・ 思考、行為は原始の時代から非常に重んじられていたものだと思われる。 人が産まれ、成長し、世界を認識するに至った時、人は度々死んでいたものと思われる。 偶然の中で生まれた思考や行為が何らかの方向へたまたま偏った時、本能が生まれ、人は生き続ける事を選んだ。 真理は錯覚であり、世界は積み重ねられた錯覚の妄想である。 それに援助することで人は世界を成り立たせ、カオスの中で破滅することを避けてきた。 ゲルマン神話の、神々の黄昏、ラグナレク。ディオニュソス。 人類はそれを避け、真理、本能を維持し、美の頂点に達しなければらならない。
520 :
考える名無しさん :2008/12/12(金) 20:44:38 0
アフォリズムといえば芥川の侏儒の言葉もいい 阿呆主義といえば或阿呆の一生
521 :
考える名無しさん :2008/12/12(金) 20:46:54 0
キリスト教なら西方の人も
522 :
考える名無しさん :2008/12/12(金) 21:12:44 0
君たちは虫や猿だ
523 :
考える名無しさん :2008/12/12(金) 21:17:59 0
人ですよ
525 :
◆TANPanX3xc :2008/12/12(金) 22:02:46 0
>>516 にせ。
非国民。
これなら起きるか?
おぅ?
526 :
◆TANPanX3xc :2008/12/12(金) 22:04:49 0
さらさら今にしてとっておきのジョーカーを此処に出す訳にはいかない。 なぜならば、僕。 「もぅ暫くいきていくつもり」だからだ。 コレでは不足か?
527 :
◆TANPanX3xc :2008/12/12(金) 22:07:33 0
「強」の「弱」の、のたまうヤツに限って「弱者」を決め込もうとする。 ふ。 さんざか、ほざくだけほざいておいて、今更「弱者」かよw 許せないな。俺は・・・
528 :
◆TANPanX3xc :2008/12/12(金) 22:12:51 0
「真実」をもし、求めるのならば。。。 我々の出来る事なんてそんなに多くも無い。 そ。 まずは、「イメージの突破」から、だ。・・・ だから、俺を囲おうと目論むと怪我するが、 別に、こちらは一切構わん。 おまえが傷付かないのならば、俺は一切構わんのだ。 お? 真実は深遠の淵に横たわっている。 そこに在る。 ただ、見失っているだけだろうさ・・・
529 :
考える名無しさん :2008/12/12(金) 22:15:55 0
海底にタッチして戻ってきたいんだ・・・
530 :
◆TANPanX3xc :2008/12/12(金) 22:19:12 0
短「あると思います!!!」 魔王「・・・。ねぇよw」 短「ダメ?」 魔王「まるでダメ。」 短「くぅううう、すまない。出直す。」 魔王「素直だな?」 短「まぁ、おまえの本体でもあるしな?」 魔王「・・・・・・ち。」
531 :
魔王 ◆TANPanX3xc :2008/12/12(金) 22:25:42 0
>>529 深入りは禁ずるが、見るだけならば連れて行ってやれるぞ・・・
532 :
魔王 ◆TANPanX3xc :2008/12/12(金) 22:27:45 0
そこに在るのは、ただの「まくろ」な闇だけだが・・・・。 ふ。
533 :
魔王 ◆TANPanX3xc :2008/12/12(金) 22:39:40 0
例えば、荒れ果てた大地の真っ只中に放り投げ込まれたら、 「何が出来る?」 金? うはははは! 糞拭くだけのただの「紙切れ」だろうよwww ふん。 なめるなよ?
>>524 他者という橋を渡る為には処世術の知識が必要だ。
女と交わるなら性病に気をつけなきゃならんから避妊する訳だ。特にエイズ。
ニーチェは梅毒にやられたらしいが。
自分の種を仕込むなら話は別か。 遺伝子は恐ろしいな。 男性性の攻撃性や性衝動は本能だから。 その時、母性とは無縁になる。
母性じゃなくて理性だった
>>533 まず何に怒ったかこちらで考えます。
どこの言葉でどうというのは後日にしますが、
短パンさんは猜疑心が強すぎるし、何か私に異常なほどの期待があるみたいだとわかった。
でも私はない。
はっきり言えば、短パンさんがここから消えても、別に悲しくもない。
なるほど、私は短パンさんの面白いところも好きだし、考えも好きです。
でもそれは短パンさんの一面の評価であり、別の部分、例えば、早君の宣伝にAA撒き散らす
淫蕩さや、強烈な思い込みや、苛立ちや、ぶっきらぼうに呼び捨てしたりして、
快感にふけるような不潔さは軽蔑しています。
短パンさんでは待ちきれないほどだろうけど、寝ますよ。
私にとっては、あなたの怒りはそれほどとるに足るものではない。
短パンさんにとっては、もう殺害もの寸前そうですけれど・・・
これで何度目???
いい加減にしもらいたいです。煩わしいんだよ!
では、寝る
お、これはいい例 宣伝(遺伝子)に対する宣伝 このスレや観覧者をめぐって?ん? 女を取り合いする男たちみたいなものかも
539 :
魔王 ◆TANPanX3xc :2008/12/13(土) 00:39:44 0
>>538 だったら、それは
くだらないだろうよ・・・・
嫌いだ。
そういうの。。。
540 :
魔王 ◆TANPanX3xc :2008/12/13(土) 00:46:05 0
にーせ。 お前の文章は長洲ぐるんだよ・・・ 『読んでいるはずだ!』 ・・・。はっきり言って置くが、俺は「読んでいない。」 それでも書くならば、どうぞ、お勝手に。 という事です。 OKか? 不満ならば、書いとけば? いつか読むかもだぜ・・・。
541 :
魔王 ◆TANPanX3xc :2008/12/13(土) 00:50:22 0
13日の金曜日よ。 来いやーーーーーー!
542 :
魔王 ◆TANPanX3xc :2008/12/13(土) 01:02:05 0
別に、ドイツ語絶対主義だとしても、 俺は、かませるが? どぅかね。 『第一級祈祷師w』 OK、Ok。 シャーマン「短パン」に、後は任せるんだぜ?
543 :
魔王 ◆TANPanX3xc :2008/12/13(土) 01:03:27 0
寝るけどな。 じゃぁね。
ニーチェ曰く宗教は「衛生学」
545 :
◆TANPanX3xc :2008/12/13(土) 02:45:24 0
尾崎に飽きる事があるのならば。 「早」 フライング・キッズ で、おk。 止まらぬ涙見せてくれたね。 最近じゃそんな事が少し大切な出来事になったね? 知り過ぎた欲望の世界は見せ掛けのバランスを取り合い内側で崩れかけてるまま。 奇麗事じゃ物足りず、悪ぶっても見透かされ。 退廃の快楽がもてはやされているけどーーーーーーーーー☆ アイシテルって言葉だけじゃ、伝えきれないっ>< 気持ち唄うよ、君にシャラララ。
546 :
◆TANPanX3xc :2008/12/13(土) 02:52:57 0
あの・・・ 俺。 リアルストッパー特性SSなんだけどな。。。 いい加減ンした方が身の為っすよ? 大丈夫>< にーせさん。。。。
547 :
百姓 :2008/12/13(土) 04:23:26 0
ふぅ おいニーチェ、これがお前さんの残した煩悩人達だよ ふぅ おいニーチェ、どうする? こんなに人生を迷わせてばかりの羊を生んでしまっって 罪人ニーチェょ どうすんのさ 罪人ニーチェへ
バタイユとかも生んだから
制御できないものは我ではない。また我のものではない。 己自身を制御できないものは、我ではないしなおさら主体ではない。 また己自身を制御できないものは、それ自身がそれ自身のものではない。
550 :
考える名無しさん :2008/12/13(土) 16:07:56 0
評価しろ。千差万別の事柄に
「常識」という共通(だと思っている)意識。 完全に失われれば、かなりドキドキするが、 普段、常識って意識されていない場合がほとんどなんでわないんだろうか、 なので、そういう意味では「常識はない。」 短「短パンもそうだが、にーせも名無しもそういう意味では大きく変わらないと思っている。」 ただ、本当に「無い」とすれば、生きていてイライラする事が多くなるような気もする。 (例えばレジに並んでたら、いきなり誰かが割り込んできてぺちゃくちゃされたら衝動的にそいつのど頭ハイキックしたくならない?) 魔王「足上がらなくて、コケそうであるがw」 だから、規則であれ、常識であれ、多少は必要なんだろうとは思う。 短「ってか、魔王うっせーw」 一方。 「常識」というのは、使い方によっては武器ともなる。 ・・・例えば「気に入らないから通報する」とかの類。 残念な事には、手順を踏んで書き方(ディベートの仕方)のコツを掴めば、案外アッサリとそれが通る、という部分もある。 阿修羅「それは2chであれ、一般社会であれ、それほど大きな差はないと考えている。」 で 少なくとも、それに(自分の意のままに状況を変えられると思い込んでしまった事に)味を占めてしまった者達を総じて此処では、 「自治房」なんて揶揄するんだろう。 恐らくは、それを使わない。真性の者も在るのだとは思う。 ただ、どうしてもそれを力だと思い込み。自分のフェイバリットアイテムwだとし、乱用するヤツの方が目立ってしまうので、 基本。 「自治房」は、糞だと言う事で合意しているんだろう・・・。
>>550 リアルじゃないから糞
って書いておけば、大体通るwww
553 :
考える名無しさん :2008/12/13(土) 16:37:52 0
スリップした途端寝技をかけられてミルコクロコップの足がねじりん棒になったの思い出した。 あれはトラウマ。
見るからに痛そうだったな。。。 最近ゆるくなったが、 2000年辺りからの格闘技は「公開人殺し」にしか見えなかった時期があった。 (壊れてやがる・・・)と、思っていたよ。
お客様(観客)のご要望にお答えしたカタチです。 とか、のたまわっていたが。 いや、俺こんなの望んでないが? なに勝手に決め付けてんの? って、思っていたよ・・・
556 :
◆TANPanX3xc :2008/12/13(土) 18:59:35 0
大体 「短パン」をさん付けする野郎なんざ 信用する訳ないのだよ。 ひっひっひ
ニーチェスレなのに全くニーチェと関連性が無いレスってのも ある意味奇跡に近いがなw 短「www」
タンパンは和田アキコに似ている (((゜д゜;)))
559 :
考える名無しさん :2008/12/14(日) 00:15:11 0
ゲルマン人とユダヤ人諸共
560 :
似伊勢 ◆TFnqGXDHBQ :2008/12/14(日) 11:03:05 0
age
561 :
考える名無しさん :2008/12/14(日) 11:38:09 0
>>555 なんか口調が固かった?w 練習してるんだよ。
ところでネト麻で対戦したいなら天鳳で部屋作れるよ?
作ってくれれば入るよ〜(^ー^)
>>558 はのころっはー!( ゚д゚ )ハッ
>>559 なんていうか。
まぁ、がんがれ。
>>560 少しは効きました?w
(あっちの板なんて、もぅ完全に見透かされてwなに書いたってスルーだよw)
というか、あっちのほうがデフォかもしれんですよ?
2ch的にはですがね。。。
>>561 なかなかタイミングが合わないけど、
うまく盛り上がった時は、いっちょやりましょうぜ?
(というか、レス番ミスってるだけかもしれんがw一応。)
それでは引き続き「ニーチェ」スレをお楽しみ下さい。
↓
昔の神学者は『神は地球を人間の処刑台にした』というのが口癖だったらしい。 (これは一考に値する言葉です。) さて、以下はギャグ。 短パンさん的(人間みんな的に)には「紙はお尻をうんこの処刑台にした」って感じですか?
神は地球を人間のエデンの園にした
>>563 はいはいそこ!
バカの書いた事なんて、いちいち気にしない!
はい、次池!
それでは引き続き「ニーチェ」スレをお楽しみ下さい。
↓
では次いきます! 『或る時代が悪と感ずるところのものは、通常、かつて善と感ぜられたものの季節はずれの反響である。-----古き理想の隔世遺伝』 ふむ。昔(もちろん古典の話の時代)は男と女が結ばれる前は、男が女の着替え姿を見て、女は「きゃ!」と内心思いながらも、 見られることがひとつのステータスになり、そこから手紙を交わし、夜這いをしたわけですが、 現代は・・・ワイドショーにのります。 どうですか?短パンさん的には、このわかりやすい箴言。 内容は総じて凡庸だが、"隔世遺伝"という比喩が上手いです。
といわけで あたしも
寝る
ここよりも文学板の「道徳の系譜」読書スレのほうが まだまともにニーチェを語ってるな
だったらそっちに入り浸ってりゃいんじゃね?
痴呆老人は長生きするらしい。ボケてストレスを感じなくなるから。
『その人は言った。「あなたの名は、もうヤコブとは呼ばれない。イスラエルだ。 あなたは神と戦い、人と戦って、勝ったからだ。」』 訳註 「イスラ」は「戦う」意の語根「サラ」の派生語(創世記 32-28 新改訳) 戦闘民族…(((゜д゜;)))
573 :
早 ◆2lZL.15SIs :2008/12/16(火) 20:11:50 O
書き込めるかな
旧約聖書のイスラエルの民の話凄いですよね。
イエスの父・慈悲深い愛の神は、昔は放浪する最強の戦闘民族の荒々しい神だった、
ってなんか面白い。興味深いという意味で。interesting.
やっぱあんな真摯なヨブをいじめる神はやっぱ強い戦闘神でも精神的には未熟だったと言いたいな。
神がイエスキリストを遣わしたというより、イエスが神(の像)を正しい方に導いたんかもね。
パウロによって変わっちゃってニーチェの嫌いな神になっちゃったのかもしれないけど。
>>569 ここの人は仮にまともにニーチェ語れてなかったとしても、
ニーチェから色んなこと強く感じてると思うな。
感じやすい人はニーチェ読むと興奮するから、まともぬ語れなくても仕方ないよ。
>>574 ミス。まともぬ→まともに
>>517 ひかるさん
お久しぶりです。
今ネット繋げなくて届いてるかわからないので、なにかあれば携帯か、
携帯に送って届かないみたいだったら僕のブログの右下の〒MAIL〒てとこからなら確実に届きます。
もちろん詩も曲も好きですよ。詩は雰囲気色々あるからなんて紹介すればいいかわからなかった。
メルマガ読んでくれてありがとうです。
>>545 短パンさん
精神的には尾崎豊とあと二人(ジョンレノンとカート・コバーン)にしか興味ないけど、
音楽・アートとしてはなんでも色々聴いてみる方なので、興味でて、
フライングキッズwikiだけ見ました、家帰ったら聴いてみます。
携帯だから500ぐらいまでしか見てないレスできてなかったらごめん
576 :
考える名無しさん :2008/12/16(火) 22:47:08 0
なんなのよ、ここ。
なにかひどく汚らしい大人になりましたね。
579 :
考える名無しさん :2008/12/17(水) 03:06:30 O
なんだこの呪われてるスレは…。
砂糖でコーティングしたウンコが浮かんでますね。
営業ワロタwwww
>>577 過去スレに時折「処刑ライダー」さんもいましたね。
『むかい酒だこらっ!』
>>581 君も常連ですよね?
過去スレで何度か目撃してます。
無論、投稿している内容は"ないよう"なものですが。
では、活動するか・・・
活動。内用か。
ハンドルに踊らされたマヌケの図
585 :
考える名無しさん :2008/12/17(水) 10:03:08 0
>>576 「我ここにあり。」スレじゃろw
哲板も堕ちたもんだ
ウンコと砂糖でコーティングしたウンコ、短ぱんを履いた和田アキ子的なる者の二人三脚により崩壊するところですかね。
ういっしゅ☆
ういっしゅ☆
ういっしゅ☆
j| ノハ }}`ヽ }}ヘ ハ />‐ '´ レ'´ ノ_ル 1 う 永 〃 \ // 彡´ ̄ 」 ト、 {{ 〃 〃 / / ̄``ヾ===彡ト い 劫 | `ー'⌒ヾ ii jj ,ィ ,イ∠∠ __r-イイフ ハ ト、 ` ̄ミへ从Yルソ / 〈\ヽ二フ ___ノ⌒!< っ 回 ヾ一⌒Y 、,,/_,, ,- 、,, > `=ゞ=〈〈 、_爪ミY -=・=- 〈ヾ.-=・=-ミ ヽ \\ 、、、 し 帰 iiソ Yーii ̄´/`┬へ ` ` 〈 L.. `┴イ || rン"" ノ `ー'^ ``ヽ ∧|ァ ヽ、 / ゅ `=ッ7ハ、 , _--‐_¬、 ! ,イ Y^! | y'′ { { ! i 〃´ ̄ ̄`ヾj ! 〈一 ン′ ☆ | ヽ| ! Y´ ̄`ヾ, i ト-rr1! `Y| } / iヽ、、 |iii L川ハ | ヽj ,xii|ィi1从iト、| 、__, ル''″j| ハ | i `ヾ{| || ll llトトx!, -‐'"/ ヽ
591 :
考える名無しさん :2008/12/19(金) 21:34:43 0
ここはクロマティ学園だ。
592 :
考える名無しさん :2008/12/19(金) 21:35:59 0
勝者のメンタリティーって、ニーチェがいいそうだよな
593 :
考える名無しさん :2008/12/19(金) 21:43:38 0
虚無僧になるニーチェ。シティグループのまえでひとっ吹き。
ニーチェってプライベートではジョークとか言ってたのかな? ちょっと想像できない
595 :
百姓 :2008/12/20(土) 03:59:31 0
>>574 「早」くんというのかな? 小生、死海文書をこの目で見たよ。 そして死海を眺めながら黄昏れていたら、 「キミはここから見えるイスラエルに行くのか」 とやたらに声をかけられたよ。 理解できるかな? 彼らは我々外国人がスパイでないかと監視していただけ。 あと感想を述べるけど、死海ってたいしたことないですね。(金槌が浮かぶだけ) 某国からイスラエルを眺めながら、これが死海かと、、、、、、、、、、、、、、。 ニーチェを崇拝するあまり、ガッカリしてしまうのと同じですよ。 理解できる? 早朝にすみませんねw w w
>>594 んまぁ、DAIGO君の話によれば。
「おじいちゃん、そうりーそうりー僕総理ぃ〜♪」と
言っていたというぃっしゅ☆
598 :
考える名無しさん :2008/12/20(土) 13:46:39 O
汝の足下を深く掘れ、そこに泉あり これの原文か英訳探してます。ご存じの方いらっしゃいましたらよろしくお願いします。
>>598 「汝の足下を深く掘れ、そこに泉あり 」
これがニーチェのどの書物の言葉かは覚えてませんが、
もし覚えているなら、その書名の独逸語・英語訳サイトにあるかも。
↓
http://www.geocities.com/thenietzschechannel/ 全部の書物は載ってないかもしれないですよ。
(私はニーチェの写真と音楽をここからDLしたました。一通り「日本語で」読んで心に残った言葉を英語で読んで、
英語の勉強にもなっていいかも?)
*携帯では見れないのではないでしょうか?よく知りませんが・・・
では休廷。
600 :
考える名無しさん :2008/12/20(土) 14:23:09 O
ありがとうございます。zarathustraです。探してみますね!
ヘンなのが居ついておるな
602 :
考える名無しさん :2008/12/20(土) 18:52:32 0
>>595 海外旅行したのを自慢したかったのか・・・?
(何ら役にも立っていないのだが、メーワクだけは掛けにきたのか?)
文面から滲み出てるよね
そして、きもい。
いや、百升なんてヤツ知らんけどw
>>599 あ
ストーカー君だ。
よっ、ひさしぶりぶりお☆(ピキピキ
ささっ
よし!黒澤映画があるぞ!
録画だ録画。
>>602 >海外旅行したのを自慢したかったのか・・・?
そうじゃないように感じますよ。ニーチェを『偶像崇拝』のように取り扱うことへの警告じゃないでしょうか?
無論、偶像のように扱っている人はいないと思いますが。私は無論、一人の人間としてニーチェを尊敬しています。
>いや、百升なんてヤツ知らんけどw
百"姓"ではなく百"升"←ちょいとつっこみ入れたくなりましたw
>ストーカー君だ。
ん。まさか扉のことですか?
まあ、私は自称ある部分において頭働く方なので、ネット上でも誰だかわかるんですよ。
(それに心理に土足で入り込む癖もあるから、迷惑かもね。欠点でしょう。)
>よっ、ひさしぶりぶりお☆(ピキピキ
おひさしぶりです。
というわけで、黒澤映画観るので、
寝ない。
>>603 ・・・君は、コッチに来なくてよろしいよ
sage
>>867 お前に他人の指摘をするくらいの国語力があるんなら、
つまんねぇ揚げ足取りして勝ち誇ってないで例え拙い文でも
余裕で意味くらい汲んでやれ(笑)国語力が無い云々よりも
人間的な器が小さい方がハズカシい年齢なんじゃないのか?
私物化ワロタw マジで最近のこの板、 馴れ合いキツすぎて困るよ・・・ 別に、特定の誰かに読んで頂くが為にもの書いてる訳でもねぇんだが・・・ なんか、勘違いはなはだしいのが居るしw 知ったこっちゃないが
ん、また遠吠えしている短パン犬がいます。 近所に吠えまくる犬がいたんだが、近づくと小屋に逃げる。 怖がったふりするとさらに吠える。吠えることが快感みたいな犬であり、 それでいて誰もかまわないと、かまうまで吠えてかまってくるのをひたすら待つという感じの犬。 それとそっくりです。二セを懲らしめたくて、「わぐわぐ!!」吠えて、でもあまり怖がって居ないことに さらにむかついて、懲らしめるまで、傷つくまで何度も何度も絡んでこようとする粘着犬。 その犬とそっくりなのが短パンさんだと感じる。 穢れた道化犬。 さあ、どんどん吠えて、傷つけたいと頑張りたまえ。そのよだれの分だけ、 あなたは私に全てを見抜かれているのだよ。 短パンなど内臓がみえるメダカのごとく考えていることがわかるよ。 後は「シャーマン短パン」に投稿を任せます。 では、寝る。
ふひひひ 心狭いおヘ(`ω´)/
610 :
考える名無しさん :2008/12/21(日) 20:04:53 0
今日図書館で、ルサンチマンについて学んできた。
読み書きという基礎を体得していない義務教育すらサボっていたような不良は、2ちゃんでもやはり不良である。
612 :
考える名無しさん :2008/12/21(日) 22:30:47 0
以前哲学の先生と超人思想関連の話をしてる時に、「でもやっぱり赤ちゃんには 戻れないよ」と割と唐突に仰ったんだ。そのときはローマ的万能感と言うか、 そんな感じでまあそうですねえーと聞いてたんだけど、道徳の系譜読んでると その意味がしみじみとわかってくる。ニーチェはそれ、に立ち返ろうとしてるんだな。 朝に。でもやっぱり戻れないし、もはやそこにはユダヤが混じっている
613 :
考える名無しさん :2008/12/21(日) 22:40:37 0
ルサンチマンは、現実社会での負け組を受け入れずに、 現実をひっくり返して考える思想と聞いた。合ってるか?
経済的な視点でいったらそれで合ってる
615 :
考える名無しさん :2008/12/21(日) 23:00:34 0
他の視点もあるの?経済的視点以外に。
616 :
考える名無しさん :2008/12/21(日) 23:02:19 0
>>614 でもさあ、精神進化の3態様(ラクダ、ライヨン、赤子)とか梅原猛あたりが
小学生によく語っているが、あれも適当なこと言い過ぎだよな。
今は我慢して努力せよ、的な。
617 :
考える名無しさん :2008/12/21(日) 23:12:28 0
ルサンチマンは我慢して努力とはちょっと違う気がするわな。 我慢、と言うか耐える。その耐えるってのも努力とか目的のあるものでなく 妄信的な儀式、慣習、神が自分を通して行くもの。だからその間は負けた 自分を意識せずとも良く、あとは審判の日が来るのを待つ。 とにかく「自分」を自覚しない、認めない、保てない、そして肯定できない。
弱さや脆さを認めず他者に原因や責任を押し付けるような人ってな感じでオレは定義してる>るさんちまん
619 :
考える名無しさん :2008/12/21(日) 23:19:43 0
自己肯定の連続で生きている俺は、 どうも周囲から敵と認定されやすい。 だから今日、ルサンチマンを調べてみたが、 周囲を軽視して自己防衛している自分の方が ルサンチマンに陥っていないか疑問に思った。 俺って、哲学者かな。
傍観するのが一番に決まってる
621 :
考える名無しさん :2008/12/21(日) 23:31:33 0
読んでるとさ、ルサンチマンて言葉を使う事であくまで象徴的にニーチェは注意を向けたかったんだと思う。
精神分析で言えばエロスとタナトス、ニーチェならローマ、ユダヤ、あるいは弁証法的対立、一者と関係論...
そういう根の深い人間を作ってきた歴史を言いたいんだと思う。だからそう簡単に縁取れない
>>618 それは現在で言う妄想型パーソナリティ障害だな。あるいは重度の自己愛性。
ニーチェが言うような転換、転倒にあるルサンチマンで言えば
「他人に押し付ける」とはちょっと違うと思う。まず弱さを、劣悪を善なる事
と価値を転倒させて(明日起きたら金持ちになってないかと言うレベルで)、
そのどうあっても現実に求められない根拠を、神というかメタへ、現実でないところへ
と押し付ける。
622 :
考える名無しさん :2008/12/21(日) 23:37:01 0
>>619 軽視している相手に、何故防衛を行わなければならないのか。という
623 :
考える名無しさん :2008/12/21(日) 23:44:59 0
社会常識を全く無視し、自分の価値観で周囲を軽視することで 自己を相対的に持ち上げる、それが極端まで行くとルサンチマンだ。 俺は、社会常識から(見た目も)少しはずれた人間だからね。
アウトロー?w
625 :
考える名無しさん :2008/12/21(日) 23:48:59 0
内面は、むしろモラリストだよw 外見が派手で反発招く。w
626 :
考える名無しさん :2008/12/21(日) 23:54:55 0
あー...いやそれはルサンチマンとはちょっと違う。 アナーキーなところで自慰にふける弱さはニーチェも否定してたけどね。 その、623さんがどうとかじゃなくて。 ルサンチマンは無視からは始まれないんだよ。反動であり、ルサンチマン(怨恨) て繋がりから始まるんだ。 多分語られたとは思うけど、2ちゃんだとざまあwwwとかメシウマとかがもう、 まさにルサンチマンて感じ。
627 :
考える名無しさん :2008/12/21(日) 23:58:46 0
>>626 そうなんだ。。やっぱり自己肯定をある程度できる俺には、
ルサンチマンを抱く資格はなさそうだな。。
偉そうですまん!
628 :
考える名無しさん :2008/12/22(月) 00:19:26 0
いや、哲学者は偉そうじゃないとw ルサンチマンを抱く資格って組み合わせの言葉はなんか新鮮だわ。 人生論的なとこで語られるルサンチマンは避けるべき、って文脈が 普通だけど、本当に考えたいなら抱かなければならないからね。 それをも肯定しなければならない。あるいはローマ的健忘
このスレはきよい。 ハゲのようにきよい。
630 :
考える名無しさん :2008/12/22(月) 10:42:44 O
何でニーチェ信者はニーチェ哲学とナチスの行為を別離したがるの? ニーチェ哲学を反キリストだけで語れないのと同様 ナチスにとってのユダヤ虐殺はヨーロッパ征服における邪魔なものを排除しただけ ニーチェが反ユダヤじゃないからってナチスとの関係を切り離すことはできまい
631 :
シレノスの哲理 :2008/12/22(月) 13:09:08 0
強者は強者故に、弱者を殺しても殺さなくてもどちらでもよい ほど強者である。これが自らを肯定する者の状態である。 ナチスはユダヤ人をすべて抹殺しようとした。 よってナチスは強者ではない。むしろ弱者である。 つまりニーチェとは真逆なのである。
632 :
考える名無しさん :2008/12/22(月) 21:20:30 0
ニーチェはユダヤのキリストに 似るところを批判したわけだが
634 :
考える名無しさん :2008/12/22(月) 22:48:35 0
俺、超人思想の持ち主です。 いじめられてもびくともしません。 自己肯定の連続で生きてます。 いじめてくるやつらは哀れだと信じてます。
635 :
公家流し目 :2008/12/22(月) 22:53:41 O
前頭葉のないものよ帰るところがないのであろう
636 :
考える名無しさん :2008/12/22(月) 23:12:05 0
強者は強者故に、弱者を殺しても殺さなくてもどちらでもよい ほど強者である。これが自らを肯定する者の状態である。 ↑ これ、今の俺の状態。
637 :
考える名無しさん :2008/12/22(月) 23:20:18 O
はっきりと言えることは俺は君とは相容れないということだけだ。どうころんでも君は最後までいかないと死ぬことができないということだ。僕は下の下までを知っている
638 :
考える名無しさん :2008/12/22(月) 23:21:34 0
>>637 超人な僕は、君の攻撃を屁とも思わないよ。
639 :
荒れ野 :2008/12/22(月) 23:34:36 O
まあ1999年のことは謝っておくよ。認識が遅れていたのは我々の他家の問題だ。謝ってはおくがやめておけ
640 :
考える名無しさん :2008/12/23(火) 10:43:28 O
強者は弱者を殺せる状態にある。 ナチスはユダヤ人をすべて殺そうとした。 よってナチスは強者である。 これが正しい。
641 :
考える名無しさん :2008/12/23(火) 11:00:12 O
弱者が集まれば強者になるので分離して散らばらせる。
642 :
考える名無しさん :2008/12/23(火) 11:42:56 O
その作業は弱者に自信を持たせる洗脳の一環としてやらせる。 すると弱者は下しか見なくなる。
643 :
シレノスの哲理 :2008/12/23(火) 13:33:36 0
羊は群れると、羊の群れになるが、いくら群れても羊の群れだ。 犬一匹に逃げ回る。そのまま増えて、逃げ場が無くなっても 逃げ回り、たぶん圧死する。 弱者は恐怖故に、手加減をしない。または知らない。
644 :
考える名無しさん :2008/12/23(火) 13:44:11 O
羊飼いを殺す羊の群れは、もし有り得るとすればそれは強者である。
645 :
考える名無しさん :2008/12/23(火) 13:47:44 O
弱者は恐怖ゆえに工作をする。 強者は自然に人が従うゆえに工作しない。
646 :
シレノスの哲理 :2008/12/23(火) 13:51:22 0
その通り。 ウィルスは増殖し、宿主も殺し、自らも殺す。 それがニヒリズム。 そして究極のニヒリズムは、当のニヒリズムをニヒリズム。 裏の裏は表となる。
647 :
考える名無しさん :2008/12/23(火) 14:43:37 O
ニヒリズムはウィルスだったか
ニヒリストはブルース・ウィルスか
649 :
考える名無しさん :2008/12/23(火) 15:18:21 O
今のヨーロッパの支配者はユダヤじゃないんだな
650 :
考える名無しさん :2008/12/23(火) 17:44:31 O
ルサンチマンは理想像に対する嫉妬だから綺麗過ぎても不細工過ぎてもルサンチマンは起こる。 全く平均的な者はルサンチマンが作動し難い。
イスラム教、ユダヤ教、キリスト教に共通する恐るべき神様が世界の支配者であられる。 自称ねたむ神様に逆らう驕り高ぶる者は、拷問さえも肯定しておくべきである。 ハゲを軽蔑してはならない。 ハゲを笑ってはならない。 ハゲを直そうという不毛な努力をしてはならない。 あまりにも偉大なるねたむ神様がハゲをきよいとされているからだ。 神に反したあらゆる努力は不毛である。 そんな努力をするものは天才といえども阿呆同然となる。 思い悩むハゲたちはハゲをきよいとされるねたむ神様を信じなさい。 信じるハゲは救われるからだ。
652 :
↑ :2008/12/23(火) 19:22:55 O
君もブス女と醜男の集まりであるエホバに入信なされなさい。 幸せになれるぞ((笑))
653 :
考える名無しさん :2008/12/23(火) 19:35:00 O
銀縁メガネ女達のアイドルになれるぞ((((笑))))
ハゲをきよいとされる神を私は信じよう。 そこに救いを認めたからである。 ハゲは生の退廃の徴候ではないのだ。 赤子とジダンとフーコーがそのしるしである。 逆にニーチェを慕う者は拷問さえ肯定せねばならない。 監禁と拷問を肯定できない者、肯定できずに安楽死を望む者、自殺する者は自由ではない。 ニーチェに反する者である。 ニーチェを慕う強情な者は、怒りに燃える神の手が引き起こす各種の洒落にならない災いを笑って甘受する強くて勇ましくて無邪気な戦士で遊び人でなければならない。
各種の毒を利用しようとする者、蛇の知恵の恩恵に与ろうとする狡猾な者は、のろわれる。 神は神を侮り、己の主人たろうとするあなた方の言葉をかき乱され、あなた方の間に越えられない壁を築かれる。 支配者たろうとするあなた方の不遜な心を打ち砕き、 あなた方が誤解の海の荒波に飲まれ、散らされ、苦しみ、悩み、涙するためである。
ハゲはきよい。
658 :
考える名無しさん :2008/12/23(火) 21:47:45 0
ナチに利用されたニーチェさん
お前って脳みそ腐ってんじゃね〜か? はやく病院いきなさいね。
660 :
考える名無しさん :2008/12/23(火) 22:37:07 0
みんなどうしたの? ヌーちぇの話しようお
髪は死んでも神は死なない。
髪は死せり 髪が散らかっていた。掃除したばかりの部屋であった。 心の奥底に一抹の不安がよぎり、男は立ち止まった。 まだ高校生である。 「あれ? おかしいな…昨日掃除したばかりなのに…」 そうつぶやくと彼は階下に向かい、母を見つけてガムテープを手に入れ、階段を登っていった。 足取りはいささか重く厳かでさえあった。 部屋に戻ると、散らばっている髪を窺いながら、ガムテープを切り取り、ペタペタと床を叩き始めた。 黙々と作業を進めている内にペタペタ感が失われてくると、 彼は作業を中止し、床全体に不信感を湛えた目を配ると、 「あ…」という言葉にもならない声を漏らして硬直した。呼吸も止まった。 死んでしまったような彼の中では次第に鳴り響き始めた鼓動の圧迫に共鳴するかのように恐怖が募っていった。 かつてないあまりの恐怖に彼の中で何かがはじけると、 彼は手にしていたガムテープの粘着質の面を見たくないとばかりに、拳を握り締め、思い切り投げ飛ばした。 さらにガムテープの本体を掴むと壁に本気で投げつけた。 本体には便利なカッターがついていたために壁は傷つけられてしまった。
破れた壁紙に目をつけた彼は猛然と壁に向かい壁紙を掴むと容赦なく引き千切って丸めて投げ飛ばしてしまった。 そして、壁を拳で殴りつけると、彼の目は潤みだし、その体から力が抜けていったので、彼はゆっくりとベッドに向かい死んだように倒れ込んだ。 しばらくして突如ピクッと動き出した手はあてどなくベッドの上をさまよっていたが、枕にぶつかるとそれを強く掴んだ。 続いて頭が枕に突っ込んだかと思うと、枕の辺りから野獣のような唸り声が漏れだし始めたのだった。 その時にはすでに彼の母が妙な物音にいらついて、 彼の部屋にドシドシと向かってきているところであった。 「もうクリスマスだっていうのに何やらかしてるのかしらあの子ったらもう…」 このように母は苛立っていた。 この日彼女はクリスマスを前にして忙しくしていた。 彼女はいつも「あなたたちのため」に頑張っている良妻賢母なのだった。そしてまだまだ美人なのであった。 この美しいお母さんが彼の部屋に到着した。
彼女は息子の鍵つきの部屋のドアを勢いよく開け放ちながらいった。 「あんたさっきから何やってるの! うるさいでしょ!」 彼女はベッドに倒れこんでいる息子を見つけてまた口を開こうとしたが息子の方が早かった。 「っるせえな! 勝手に入ってくんなっていってんだろ!」 彼はむくっと立ち上がり「親に向かって…」などと云々する彼女を追い出し、ドアを乱暴に閉め、ガチャリと鍵をかけでしまった。 まだ何かいってる「うるさい母親」を外に残したまま、彼は再びベッドに倒れ込んだ。 その枕は涙に濡れ重くなっていった。 その時には枕だけが知っていた。 重くなってきたのは涙のためばかりではないということを。
廊下では母の苛立ちが悲しみに変わっていた。彼女は息子に嫌われたんではないかと気が気でなくなっていった。 そしてドアをノックして、語りかけた。 「あきちゃん、ごめんなさい。ノックしないで入っちゃって…。 ねえ、ドア開けてくれない、あきちゃん? ねえ、聞こえてるんでしょ? 黙ってないで何かいったらどうなの? ねえ。開けて。」 耳を覆っても聞こえてくる甲高い声にベッドの上のあきちゃんこと水口明(あきら)の悲しみは苛立ちに変わってきた。 彼はじっと悲しんでいたかった。 彼は溜め息を鼻から勢いよく出すと立ち上がって、ドアに近づいていった。 「何?」 「開けてくれる?」 「だから何?」 「開けて」 彼は開けてやった。 「何?」 「勝手に開けちゃっててごめんね。ママね、あきちゃんの部屋から変な音が聞こえたから心配になっただけなの。 もう勝手なことしないから…」 「…」 「許してくれるでしょ?」 彼が頷くと、彼女は微笑みながら息子を抱きしめ「愛してるわよ」と囁いた。彼は「俺も愛してるよ、ママ」と囁いた。 息子を離すと彼女は安心して苛立ちを思い出した。 喜びと入り混ざった苛立ちが彼女の頬を膨らませてプンプンさせている。
彼女は愛情を込めてしゃべりだした。 「もう〜あきちゃんったら何してたの? なんかすっごい音してたけど」 「ああ、あれはあれだよ。なんだたっけ。あそうだ。 椅子に座って椅子を傾けて揺らしてたら、こけたんだよ。」 「え! 大丈夫なの、怪我しなかった?」「大丈夫だから心配しないで」 「ほんとお? それにしては何か変な音してたんだけど。」 「気のせいじゃない?」 彼女はまたプンプンしたがもう気が済んだらしく「ところでさあ、後で飾り付け手伝ってよね」といって息子の承諾を得ると鼻歌まじりに引き上げていった。 すると明は疲れて陽気な溜め息を漏らした。 何かと面倒な母ではあったが、彼は確かに母を愛しているのを実感していた。 それから彼はラジカセのスイッチを入れるとベッドに潜り込み、目をつぶりながら歌を口ずさんでいたが、 曲の合間に訪れる沈黙に彼は徐々に不安を感じ始めた。 しばらくすると目を開き大の字になって天井を見つめ始めた。 音楽は彼から遠ざかっていった。 彼の口は動きを止めた。 今、彼はただ天井を見つめているだけである。 彼は母親のことで忘れていた衝撃の前に再び屈しているのだった。
彼はこれまで挫折を知らずに暮らしてきた。 スポーツでも勉学でも努力らしい努力もせずに比較的優秀な成績を納めてきたのだ。 しかも彼は母親似でハンサムであり、家も割と裕福な方だった。 この申し分のないはずだった少年を襲いつつある、有り得ない事態、晴天の霹靂たる事態が、彼を心の底から揺さぶり始めたのである。 彼は今、大地が真っ二つに割れて生じた深い闇の中に落ちていくような途方もない恐怖を感じている。 ふと彼は「ありえない…ありえない…」と念じるようにつぶやき始めた。 「呪うように」といったほうが適切かもしれない。 次第にその声はより大きく、より速く、よりリズミカルになっていった。 そして彼は爆発的に身を翻すと、枕に顔を突っ込み「ありえない!!」と雄叫びをあげた。そのつもりで一生懸命叫んだ。 それから彼は枕にひきちぎらんばかりに噛みついたが、枕は無事であった。 そこで、今度は枕を投げ飛ばそうとしたが、彼はこれこそ無駄じゃないかと気付いて止めた。 彼は憎らし気に枕を睨みつつ鋏で切り刻んでやろうと思ったが、彼は絶句し、絶望しでしまった。 気持ち悪いほどに彼の髪の毛がそこに付着していたからである。
668 :
考える名無しさん :2008/12/24(水) 10:45:39 O
ニーチェの要望に答えたナチス
ハゲという試練、それはすべての価値の転倒を課すものである。 ハゲはニーチェに対する「抗生物質」のようなものだといえるだろう。 例えば「髪は死せり」における明のもつ価値はハゲ化に伴い負(−)の記号がついていき、転倒していくことになる。 福転じて災いとなるのだ。 己の価値の低さに耐性のない価値ある人間が、ハゲという負の記号に直面すれば、一転して、誰よりも悲惨になってしまうといえる。 例えばハゲ化し始めた明にとっては「若さ」が災いとなるのだ。 彼は単なるハゲになるのではない。若禿になるのだ。 全ての価値が悲惨なまでに滑稽に負の価値にずっこけ、転倒していく。 これは価値観の問題でしかないのだが、社会的動物としての人間にとって価値観というのは人生の指針、方位磁針であり、 目標と理想を設定するものであり、実に重要である。 価値観に沿って人は人生を歩んでいく。 ハゲ化などによってこの価値観が転倒し始めると、それまでの歩み、努力、蓄積に価値がなくなるだけでなく、負の価値をさえ帯び始めるのである。 カミュのいう転落というのも、ハゲ化などによる価値観の転倒と人生の転覆をテーマにしたものだろう。 ともかく、ニーチェが問題とする価値観は確かに重要である。
価値観というものは、重要ではあるが空であり、転倒し、転覆し、沈没する可能性のある不安定な船であるといえる。 価値ある人間になるということは、価値観の転倒という事故によって、失う価値の大きい人間になるということである。 価値ある人間の転倒というのはいわばタイタニック号の氷山への激突と沈没なんであり、 悲惨で見ごたえのある悲劇になる。 周囲の人間がいわば豪華な葬式という一種のお祭りを開催し、同情しつつ楽しむことになるので、 人災も追加されることになり、大いなる災いとなる。 どんな価値観の追求でも、どの価値観も揺らぎ、沈没する可能性がある限り、非絶対的なものである限り、それは危険なものなのである。 よく普通がいいというが、確かにそうだともいえる。 価値ある人間になるということ、それは普通の人間の生け贄になるようなことだろうから。
母の葬式で泣かなければ死刑です。ムルソーの様に。
普通がいいというのは仏教的な価値観である。 極端を排斥しようとする沈静志向。 しかし負荷を回避しようとする安全、安心志向は、 食物連鎖などという恐るべき秩序をもつ自然への反抗であり、神の手による人間の貧弱化を招くものであり、 危険を欲する質の人間によって侵略され虐げられるという大いなる危険志向でもある。 熱い血の持ち主は少なくない。 というか普通、暴力を受けながら非暴力に徹するということは、できないのであって、熱い人間が熱い人間を生んでしまうものである。 それで大抵の人間は活火山なのである。
673 :
◆TFnqGXDHBQ :2008/12/24(水) 23:05:28 0
大学の講義でニーチェを学んでニーチェに興味を持った奴はほとんど信用しない。 (3流以下の頭脳である。) そもそも、強烈な書物との出会いは偶然であるだろう。 その書物の派生で別な哲学に派生することはあっても・・・
674 :
◆TFnqGXDHBQ :2008/12/24(水) 23:07:41 0
精神の禿を経験したことのない人間にニヒリズムの恐ろしさの何がわかるというのか!
675 :
◆TFnqGXDHBQ :2008/12/24(水) 23:11:55 0
大体において、「ニーチェはあなたのニーチェであり、私のニーチェなのだ」 それ以上でもそれ以下でもない。 彼は思想解説をやらない。思考の産出過程あるいは産出されたそのものを書く行為と同時に滴らせるゆにえ、 読者に思考を促す刺激剤的な部分がある。無意識に意図的でなく、彼の衝動がそうなのだろうが、そこが独特なのだ。 時折『さまざまな意見と箴言』や『漂泊者とその影』の声と交わる。 ニーチェは恐ろしい人だ。
676 :
◆TFnqGXDHBQ :2008/12/24(水) 23:17:45 0
言葉は自然の記号である。これは的を得ているといえる。 自然に対する心情の没入や美によって、生産的で輝かしい言葉をその精神性が生み出す。 ちなみち、私は人間としてはドストエフスキーや太宰に親近感を覚える。 ニーチェはもう接近しがたい空気を出すときがある。「人間的な以後」 そこがまた惹き付けられるだ。 彼は完全に孤独の自由を味わっているが、その反面「話すことはするが、 できれば内部までは接近しないで欲しいと言っている」から。
677 :
◆TFnqGXDHBQ :2008/12/24(水) 23:24:44 0
忘我宇宙の絶頂感にある前触れは、あの『悦ばしき知識』だろう。 ツァラトゥストラとニーチェの現実を混同することなかれ。 しかし、ニーチェはツァラトゥストラに自分の内面を語らせている。 『人間達といるのがむずかしいのは、口を聞かずにすむのがむずかしいからだ。』 本当だよ。できれば口を聞かずに人間達と居たいものだが、そうもいかない現実。 何?今日はクリスマス? イブ? そか、それではイブ。 寝る
678 :
考える名無しさん :2008/12/24(水) 23:36:54 0
ちっ、ハゲうぜえ。そのコンプしまえ。
>>678 そんなおまえに・・・
(U (し (U (し
(し (し/ (し (し/ \ Merry Xmas /
c )し/っ c )し/っ
/ ・ ヽ / ・ ヽ ミ"""\
●__ノ::::ヽ ●__ノ::::ヽ (゚ー゚*)..>o i〜し、
(゚Д゚,,)=i---(゚Д゚,,)=i-----と.⌒ |)/⌒´''☆く
とヾ υ:/ とヾ υ:/ / ,ノ_i_____i__
ヽ.__::ν ヽ.__::ν しし______ノ
U"U U"U ━┷┷━┷┷━
o o
照れなくてもいいぞw
サンタさんからツァラトゥストラをいただきました 例の付け髭もセットです
死者の葬送は生き行く者が行うのだ。 飯島愛 緒方拳という俳優が死去したと伝えられた時も、驚いた。 日を追う毎に実は殆どが今の自分(彼)が直面していた脚本の「ドラマ」を、演じていたと言う事にも驚いた。 知っている者、知っていた者、我々は少しづつ奪われてゆく。それは時に象徴であたし、そして時に身内であったはずだ。 不思議な表現だ。(今日はもぅ、酒入っていてかなり酔ってます。By tanpan) ある者の「死」を我々は時に「奪われた」と言う。 死は別に誰からを(物質的には)何をも奪いはしない。 なのに、ヒトは時として「奪われた」と、漏らす。 なぜ飯島愛を此処で言うのか。 はっきり言わせて戴くが。 「AVからエイズ撲滅(?)」まで。 (その中には文化人としての立場も当然含まれる。) それは、相当の矛盾を具現されたカタチであったし、無茶のゴリ押しの連続だった事は想像が付く。 「TVショー」に、新聞風に言えば「全段ぶち抜き」で、彼女は出てきていた。 だからよもや彼女がAV女優であった事など当の昔の勿忘草。(わすれな草) の・・・はずだった。(以降の功績からも) ・・・ 雑草は、雑草か。。。 僕は、初めからこの道を選んでいて、他がなんといっても「ゆがみはない。」ので、此処でなら。 結構平気で、 ちんちんしゅっしゅ、ちんすこうw とか、書いてしまうが、リアルでは死んでも言えそうに無いw ・・・話を戻します。
今現在。各誌、各ニュースは彼女の訃報に色めいているさなかですが。 やはり一瞬のもので、かなり早い段階で失われるに違いないです。 ・・・今だから考えられる事! ・・・・付き合って戴けないでしょうか?大事な事だと考えているんです。 ニーチェでもアインシュタインでもホルスタインでも構いません! 魔王「おぃ。。。。いっくらなんでもホルスタインに日本語しゃべらせれとか無茶が過ぎるぞ!」 阿修羅「申し訳ありません。。。w」 魔王「ちっ・・・なぜ貴様が謝罪する!」 阿修羅「だって。」 魔王「・・・うざいから、端折れよw」 阿修羅「・・・私って基本は神方だと。」 魔王「本線と全く関係ないな。」 阿修羅「はい。」 魔王「・・・・・・・・・・いやいやwだ・か・らwwwww」
683 :
考える名無しさん :2008/12/25(木) 13:27:11 0
深淵に向かった彼らは何を目指しているのでしょうか?
卵子?
恒久的な「何か」を求めている事からして、君達は まず。 短パンの振るいにシャッフルされて死ぬ。 そう思って、もいちど再構築してみな? 魔王「付き合うつもりか・・・・」 まぁな。
686 :
◆TANPanX3xc :2008/12/25(木) 14:23:57 0
どうせ君達の解りたい事なんて知れているから、 語っても、まんまな回答・・・ 本気かね? 死んでも構わん。と言う位のフィールドを誰か展開出来得るとでmぽ? バカバカしいな。
687 :
◆TANPanX3xc :2008/12/25(木) 14:31:56 0
-----以上、呑んだ暮れの戯言でした。−−−−−− ちょwwwww
688 :
◆TANPanX3xc :2008/12/25(木) 14:36:29 0
>>863 >深淵に向かった
のは、誰でも無く、君だよな・・・
「彼ら」が目指した目的も。
今の君には虚ろであると\\\
ふふふん。
トリックスター、
なめんなよ☆
689 :
◆TANPanX3xc :2008/12/25(木) 14:43:41 0
だぁ!!! うっせぇんだよ!孔子とか!!!!! 死ね。
690 :
◆TANPanX3xc :2008/12/25(木) 14:47:35 0
阿修羅「すみません。とっくに死んでますけど孔子w」
691 :
◆TANPanX3xc :2008/12/25(木) 16:51:35 0
あははは♪ 三鷹w 別に誰かの上に立つ事が最終理念でもないんだよ。にーせ・・・・ 短パンは軽いがそこそこ考えながら生きているで_
692 :
◆TANPanX3xc :2008/12/25(木) 16:53:44 0
どうせウィルス決め込んでいるのだから、 せいぜい本体を生かすように立ち振る舞えよ・・・ 解るよな? うっしっしwwww
〜約一年後〜 明は消耗していた。 彼は出来るかぎりありとあらゆる手段を使って、ハゲの恐るべき侵略を食い止めようとしてきたのだ。 ハゲに聞くというサプリメントや育毛剤などを購入するためにバイトも始めていた。 これは彼にとってみれば、初めての努力であり、孤軍奮闘なのであった。 しかし彼がぶち当たってしまった壁はあまりにも厚く、そして、高かった。 無敗を誇る敵が彼の初戦の相手となってしまったのだ。 これでは彼が己の無力さを痛感したのも無理はないだろう。 彼が時々、焦りと恐ろしさから、気も狂わんばかりなっていたこと、このこともまた仕方のないことだろう。 この一年間、彼の髪の毛は、日々着実に異様なほど抜け落ちていったのだ。 その静かで安定した脱毛の進行ぶり、その忍び寄る魔の手から、彼は必死で逃げようとした。本当に必死に…。 しかし彼の意志と行動はまったく無意味だった。まさに不毛だったのだ。 それどころか有害でさえあった。 ある育毛剤を振りかけ一息ついていたら、次の日には余計抜けていたりしたのだ。 彼は枕元に抜け落ちる髪の毛を数え、表を作って、抜け毛を見守っていたのである。
そんなこんなで彼はもう死のうかと考えるようになってきていた。 このままハゲてしまうくらいなら、いっそのこと死んでしまおうと。 自殺願望の芽生え始めた彼の外見は、いまだイケメンではあった。
病的に見えるとはいっても、健康診断ではいつものように別状はなかった。 他人には気付かれない彼のスカではあったが、母の亜希子にはもう気付かれてしまっていた。 ある日の晩、風呂上がりの明がうかつにも食卓につき座って食べているところに、 亜希子がグラスに入れた牛乳を盆に載せてやってきたのだ。 そこで彼女はうっかり盆を落としてしまった。 すると明は冷ややかな視線を彼女と絨毯に染み込んでいく牛乳に送ると「あ〜あ」と微笑みながら母に向かって言い、 次いで立ち上がって、やたら慌てふためく彼女の手伝いをした。 大分片付け終わったころ、彼女はふと静かになり動きを止めた。 彼女はトイレットペーパーで絨毯から牛乳を吸い取ろうと身をかがめている息子を見据えているのである。 その焦点は息子の頭頂部、うなじがあるところに定まっていた。 息子に「このくらいでいいよね? これ以上とれないし」といわれると、亜希子はハッとして笑顔を作り、「うん。ありがと、あきちゃん」と対応した。 彼女は表情を強張らせがちになりながらも、いつものように振る舞おうと努力しながら、夕食を済ませようとしていた。 明は彼女の皿の残りを見て言った。
「あれ、今日はあんまり食欲ないんだね」 「え…うん…そうなの」 「ふ〜ん。なんだ、またダイエットでも始めたのかと思ったよ」 このように息子にからかわれた彼女はいつものようにプンプンしたが、 その後、いつもと違って妙にシュンとしてしまった。 彼は母の調子に違和感をもった。 部屋の明かりが消された深夜の闇の中、明と亜希子、息子と母は両者共に寝付けないでいた。 母はその夫が丁度出張でいなかったので、頭の上まで布団をかぶって身を縮込ませ、すすり泣いていた。 息子の方は、もしかしたらママにバレたかもしれないと考えて、 改めて己に失望し、美人ママに哀れまれ、不憫な目で見られる自分の不甲斐なさに苦悶し、己の運命と、己の問題の解決に役に立たない文明を呪い、蔑み、冷笑さえしていた。 溢れる感情に押しつぶされそうになりながらも「くだらない」と彼は呟くと、食べる物を探しに部屋を出ていった。 彼は親の寝室の前で立ち止まり、耳をすませた。 そして、食べ物も取らずに彼は静かに部屋に戻っていった。 ベットに入ると彼は母と同じように布団をかぶった。
彼は込み上げてくる強烈な衝動をこらえる苦悶の中で、鼻息を荒たげ始めた。 拳を強く握り締めたり、身を捩らせたりして、全身の筋肉を緊張させ、疲労していった。 彼は己の中でうごめくものと戦っていた。 結局、彼は一言も発することなく、眠りについたのだった。 この日以来、亜希子は息子の明に対して何かよそよそしい態度を取るようになった。 そして、しょっちゅう呆然とするようになり、ひどく落ち込んでいった。 これは彼女の意志とは逆の事態であり、これじゃいけないと思いながらも彼女にはどうすることもできないことだった。 彼女は流されていた。 明は自分のせいで抜け殻のようになっていく母親のために、苦しみが倍増しているような気がしていた。 彼は母を避けるようになった。
698 :
考える名無しさん :2008/12/25(木) 17:57:29 0
善悪の彼岸より、道徳の系譜のが必死というか剥き身でかっこいいな。ニーチェ
頭頂部の渦は「うなじ」じゃなかったな。 忘れた…。
あいうえお かきくけこ さしすせそ たち「つむじ」
701 :
◆TANPanX3xc :2008/12/25(木) 18:57:36 0
イヤンw スケベwww
702 :
◆TANPanX3xc :2008/12/25(木) 19:16:15 0
「アイシテル」って言葉だけじゃ伝えきれない>< つむじが右でも左でも。
ふぉっふぉっふぉっ!
704 :
◆TANPanX3xc :2008/12/25(木) 21:46:55 0
,ィ、 ィヽ //=、//=l / ヘ三ヽ/三/ レ_、ヽ = = ,ィ ィ(( )。ヽ/ィヽ /`ヾ/ ゞく゚ヘr' !-ィ´ヽ、〔:〕ノlj l´ <yトヽミヽリイ!i ! ーヽ、ー{l/l!) r ‐{`ィ´ /.l`l llrトi)_ / レ,ゝーヽ,-lく!、ト、 ヽ ! ノi, -=-く;'l`'´lゝレ' '、 r'-、ィ'`!i´ ヾ、{l Y‐=l、 i`` ヾ l!ゝー=ヽ〈lゝ=〈! _,r' r'-、 /´ ヾ、_、_ムレ.__人 l、 /, -ー'、 /n_n_n_n.ハ r,ヽt‐' ー、 リ ヽ !_n_n_n_./ _ヾ 'iゝr-( ヽ、 l i_n_n_n/^^^^ヾ ト、ヽ ` `ヽ、 ト、 ,.ィ!n_n/、 _^^^_`'i ! ヽ \ l、 `` lin/_ ^^^_^^ ! ! lヽ ヽ . !ヽ ノ1_^^_ ハ ^^_ l ! ヽ\ ', ヽ,`` ノ`!^^__.^^l !_^^^.! ヽ ヽ \ l `´ .! ^^_レ'1^^ _ ! ヽ ヽ. ヽ ! l_ ^^.! l__ ^^^ l \ ヽ l\ノ l^^ | l^ l `ー'
705 :
◆TANPanX3xc :2008/12/25(木) 21:47:49 0
拾うだけなら誰でも出来るね・・・
恐らくは、誰だって埋没しかける自分を奮起させて思い起こすんじゃないのかw ホントはどーでもいい事なはずなのに、 なぜかそんな不具合に愛おしさを感じるというんだから、 ヒトっていうのは ややこしい。
707 :
考える名無しさん :2008/12/25(木) 21:54:56 0
ヒトっていうのは ややこしい。 いや、俺だったらこう言うねえ。 「知性こそ、すばらしい」と・
だから、グレーゾーンはそのグレーっぷりを描き出せばいいんであって、 別に、「あからさまな白か黒を言えばいい!」というわけでもないのだと思っています。 ね。 そうだろう、心の中の君・・・
709 :
考える名無しさん :2008/12/25(木) 22:02:31 0
>>707 「知」とか「理」はスキです。
ただ、冷徹な感が拭えないだけの話っすよ・・・・
コレに走ると見誤るから、
冗談なんかじゃ付き合えない。
8レスしばりに4989な短パンより打診中ですぅ。
710 :
考える名無しさん :2008/12/25(木) 22:04:14 0
>>709 知が冷徹だとお!
知は人間性を深める!
知は感情を豊かにする!
知こそ人間なり。
711 :
考える名無しさん :2008/12/25(木) 22:07:11 0
俺はそう思って大学に13年間通ってるんだよお。 俺の人生を否定するでない。 知こそ人間なり。
712 :
似伊勢 :2008/12/25(木) 22:20:57 0
「我」という自由素子運動を定義しようとすること自体が自由阻止運動になりかねない! ということですな。短パンさんよ・・・そして闇へ埋没する我ら。 短「おぃ こらっ!」 荷「見つかったw」 魔「やめろ!」 荷「ふぉふぉふぉっ」
713 :
考える名無しさん :2008/12/25(木) 22:23:49 0
どぅ考えても博士号は取ったみたいだが、 所詮は「体内曼荼羅」だなw そこから先が問題なんだぜ?君・・・・ でもね。 そんなおまえにだって・・・ (U (し (U (し (し (し/ (し (し/ \ Merry Xmas / c )し/っ c )し/っ / ・ ヽ / ・ ヽ ミ"""\ ●__ノ::::ヽ ●__ノ::::ヽ (゚ー゚*)..>o i〜し、 (゚Д゚,,)=i---(゚Д゚,,)=i-----と.⌒ |)/⌒´''☆く とヾ υ:/ とヾ υ:/ / ,ノ_i_____i__ ヽ.__::ν ヽ.__::ν しし______ノ U"U U"U ━┷┷━┷┷━ o o 照れなくてもいいケロw
714 :
考える名無しさん :2008/12/25(木) 22:26:09 0
ニーチェの超人思想にあこがえるう。。。
715 :
考える名無しさん :2008/12/25(木) 22:28:31 0
>>710 「知」を「知」とすると、エロエロ勘違いする輩が急増するじゃない?
だから、ダメですわ・・・
僕等は別に死ぬ為に存在している訳じゃない。と。思っているし、
そう思いながら、生きているし、生きていたい。
魔王的には負のカテゴリーも・・・
716 :
考える名無しさん :2008/12/25(木) 22:32:46 0
我ら日本人達・・・
717 :
考える名無しさん :2008/12/25(木) 22:34:37 0
自分=全て自己肯定の超人(王様) 自分以外=自分の足を引っ張るルサンチマンのそくつ
レスしないと気が済まなくてごめん。
>>578 いつまでも…無垢な少年です 少なくとも自称は…
>>585 永遠の青春 手に入れるためなら、道化でも自己主張でも何でもやってやりたい…
道化染みたコテハンになるのは 叩かれるし勇気いるけど
ここの人みんな結構いいものも得てるよきっと
やればわかる
自分の言葉で自分を創る感覚
書くことは意味創造
2chなら他人の言葉も栄養に…
602
>>603 それは過剰解釈。実際に百姓やってる人に会ってみるとわかる。
何年も毎日太陽光浴びて汗長してる人は、遠回しに変な主張なんてしない。
そういえばうちの農場の社長、昨日キャバ嬢3人に電話かけてた。イブで店閉まってたから。
電話横で聞いてると楽しい。農家の人はいい意味で単純だよ。
でも、何年もニーチェ読んでたら過剰解釈だらけになって、それはそれでいいことだと思います。
>>595 百姓さん
イスラエルとか本当に行ってみたいです。内戦とか怖いけど。
機会があれば詳しく話して欲しいです…ここでなくてもどこででも。
なんか聖地いってみたら、宗教への畏敬の念が強くなりそう。
宗教理解するには本よむよりそういうのや自分の心的体験が大事ですね。
このスレ賑やかになってるぅ(^ω^) 今は週一が限界だけど、家帰ったらきっと長文たくさん書き込みに来ますね、望まれなくても。 似伊勢さんや短パンさんが色々な意味で好きなのです… あと、「髪」の小説なかなか面白い。 そういえばドゥルーズの「ニーチェと哲学」読み始めた。 文体面白くないけど上手くまとまってていい。 非体型的な、一発勝負の言葉の芸術の群れを、 無理矢理体系的に整えてるような感じで、違和感あるし、勢いがなくなっちゃってるけど。 まとめるのは上手すぎ。さすが。頭いいんだきっと。 独り言ごめん。
720 :
似伊勢 ◆TFnqGXDHBQ :2008/12/26(金) 00:08:38 0
早君じゃないか! 早君、キャバクラ面白いっしょ? (欲望、発散、女観察、色々と面白い。カラオケもだ) 私も大好きだよ。 できれば、尾崎で! そうだな〜「ロザーナ」でぜひ。
721 :
◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 00:20:33 0
・・・ 俺と闘うと火傷するって解ってるんだろうな・・・ 「はや」 ・・・。そ、そ・。 君が見たかった象徴かもよ? 見ればwww アミバwwwwww
722 :
◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 00:23:19 0
「早」グルーピー約2名だそうだw まったく個人的には面倒な野郎なんだが・・・
ともあれ、狂うのは時に喜ばしいことだ・・・
724 :
◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 00:28:58 0
早「例えばどぅいうまとめかたw」 そうだね たとえば・・・・・・・-
725 :
◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 00:34:19 0
>>723 あーーーーーーw
解ったからえwwww
(うざいがw)
ばkだろ?大体w
別に「早」の関心得る事が俺の目的でないんだが・・・・
おめぇが考えているよりも「短パン」も忙しいんだよ!はげてんの?
726 :
◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 00:37:32 0
【なぜそう言い切れる!】 x自分を保身もするな。。。 それは悪い事か?
>>718 [やればわかる
自分の言葉で自分を創る感覚
書くことは意味創造
2chなら他人の言葉も栄養に…]
そんな姿勢を自然に持てる早君に時に私自身ちょっと負い目を感じるよ。
私より全然弛緩していないのは間違いない。
>>719 >このスレ賑やかになってるぅ(^ω^)
クリスマスパーティーだよ(^ω^)
短編小説の記載もあれば、バッカス神の投稿催しもあるし、
ニーセもそれを見物するのだよ。
>今は週一が限界だけど、家帰ったらきっと長文たくさん書き込みに来ますね、望まれなくても。
ぜひきてください。休みの日に、ネットカフェからでも。
私だって来るの誰も望んでない。
でも実はここが好きなんだよ。この板はなんとお気に入りに入ってるんだからね〜
>>725 バッカス神にモオス・・・
荷「コニャックはどうだい?」
短パンさんごめんなさい…うまく乗れない
どうレスしていいかわからなくて、あと携帯だとペース追いつけなくて、
家帰ってパソコン使えれば、うまくいけるかもです。とりあえず早に「」つけるときの気持とか興味津々(*´д`*)
>>720 >>727 I LOVE YOU 歌いましたよ〜
あとglobeデュエットした
楽しいけどね、
なんか、キャバ嬢やホステスって、あともっと娼婦さんって、
離婚シンクルマザーとか生活がわけありだったり、何より接客が精神的に色々大変そうで、
そのときは楽しかったけど、二日酔いのとき悲しくて暗い気持になっちゃった。
或る人やソーニャが、心の中に強く残りすぎて、複雑なのです。
あと、高校の時好きだった人が、元ホステスで、疲れて3ヶ月もたなかった
て言ってたのも。
ああ、変なお喋りごめん>>ALL悪い癖。
自分は今日は寝ないといけないので、どうぞパーティーの続きを。
ニーチェはたしか若い頃、売春宿いったんだよね。
それについての記録や日記ってないのかな…かなり気になる。
729 :
◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 01:07:03 0
>>728 ちが・・・・
そうじゃなくt4え、
違くてOKなんだけど・・・・・
皆、思い思いが在るって位は解るはずだ!
おぃ。
別に俺的には全然大丈夫なんだけど、早・・・。
おkかな?
久々に! うたうぞ。 彷徨うように家路を辿り冷たい部屋に転がり込む 脱ぎ捨てたコートを押しのけヒーターにしがみついた この部屋にいることすら、おれをいらつかせたけど 疲れをまという床にへばりつき眠った。 ・・・・・ 街迄のハーフマイル! ア〜クセル踏み込む〜〜 スピードに目をやられ、退屈が見えなくなるまで 少しぐらいの時を〜〜 無駄にしても いいさ〜〜 色褪せた日常につぶやく 俺にとって俺だけが== すべてというわけじゃないけど〜〜 今夜おれ誰のために〜〜 生きてるわけじゃないだろ おおおおお〜〜〜00000〜〜 ゆくあてのない ・・・ というwけで あたしも、 寝る
731 :
◆TFnqGXDHBQ :2008/12/26(金) 01:19:29 0
どれだけ言葉費やし 君にはなしたろ〜〜 どんな言葉でも いいいつくせなかったことの答えも〜〜 ひとつしか〜〜 ないはずと〜〜 時の流れに心は かわあってしまううからああ そしていったいなにがあ 大切なことだったのかすら〜〜 忘れ去られてしまううう 刹那に追われながら〜〜 気づつくこと恐れる僕は 今度こそは本当にひとりぼっちいにいあああてええしまうよ〜〜 何も〜〜〜〜〜 言わないで〜〜 僕を睨む! 君の瞳のひかりは〜〜 忘れたけてた あの頃 教えてくれた この胸に 今 刻もう〜 君の涙の美しさにありがとうと〜^^ (まじめにこれかいていながら歌ったぞ!) あらいざわいを〜〜捨てちまって〜〜何もかもはじめから〜〜 さあ!踊れ!飲め!歌え! 誰かのように「祈れ、働け!」などとは私は言わない。 では、このまま歌いそうなのでこの辺で本当にやめとく。 尾崎〜〜〜! 今度こそ、寝る。
732 :
◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 01:31:35 0
俺は何も信じてはいない。 ネットだからと いいきになるなよ? ハゲ。 メリクリ
733 :
考える名無しさん :2008/12/26(金) 02:11:11 O
えっ!?今、誰か俺のことニートってゆっただろ!!!
734 :
◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 02:39:32 0
>>733 別にいってねぇから、そうてんぱるな?
Ok?
735 :
考える名無しさん :2008/12/26(金) 02:45:29 O
>>734 ok。最近ナーバスになっててさ。年末だし・・・。
736 :
考える名無しさん :2008/12/26(金) 04:47:42 O
スレタイを『ニーチェ【猿】』にしろ。
------------------このスレは『ニーチェ【猿】』になりますた----------------------------- というか、最近変な事件ばっかりだよな・・・ あんまりマトモに考えるとコッチもやられるから、あんまり言わないようにしているけれど・・・
A/Hマスローとkさいうヤツはこの世の中の欲求をを階層化したらしい。 んで、 一番下が食う事寝る事という無くてはならない欲求で、 一番上が芸術を愛でる気持ちなんだと言っていた。 っつか、寒いんだけど「暖をとる」という欲求は考えていなかったのか? マスローのバカw
で ヒトってのは下層の安全が確保されると上へ上へとシフトするんだっても 言っていたっつか寒いんで「暖をとる」という欲求は? ったくこれの何処が温暖化なんだろうという
っというか 年末ジャンプつーのがあるんだそうだが、 今年、気が向いたらやってみようと思うんだけど、 ニーチェ的にはダメっすかね?
なんか空元気しすぎて死にたくなってきた。 ちょっと死んでもいい?
742 :
考える名無しさん :2008/12/26(金) 07:25:25 O
死んでいいよ。 だが、賭けてもいいが、お前は死なない。
アルゴリズム的に頂点があると仮定すれば、
アルゴリズム的な最下降のポイントもあるはずで。
丁度、死にたくなってしまった。。。
でも、投げると答えてくれるんだな?
嘘だと解っていても
>>742 嬉しかった。
君は、この世界の中で、見ず知らずのハゲっかけ野郎ひとりを救った。
誰も評価してくれないだろうけど、ほこりに思っていいと思うよ。
アリガトウ。
744 :
◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 13:31:04 0
というか ほっこりしてんじゃねーよwwwww 年末特番!
745 :
◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 13:39:01 0
『結局何がしたいんだ』 と、問われれば。 「僕は、最も何もしない」という事を表そうともがいている、はず。 だから、一瞬奇異に見えるんだと思うけど、 この奇異な感覚を例えば、此処の誰をもが叱咤も出来ないだろ?
746 :
◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 13:43:48 0
バーカ ざまぁw ニーチェなんてリアルじゃないから糞。
747 :
◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 13:53:44 0
魔王「というか、よくもこの外乱から此処だけは特待生レベルでほかんされたものだと常々思う・・・」 短「ですね・・・」 魔王「なにゆえw」 短「わからない・・・」 閻「あちらの板でもそうだったけど、多分・・・」 短「?」 閻「読み手に回せられる位の打ち方なんでわないかと。。。」 短「それって、」 魔「ふ・・・・図に乗るな。」 短「乗っていいんじゃね?」 魔「違うと思う。」 短「ホエ?」 魔「ってか、貴様は機械のように成りたくて此処に在位しえいると?」 短「ノットサンキューだね。」 魔「天才君のパターンでも?」 短「望んでいない。」
748 :
魔王 ◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 13:56:20 0
だったら何だ!!!!!
749 :
魔王 ◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 13:59:46 0
そーゆーてめえはなんだ!!!魔王!!!!!!! ってか 正直俺にもよくワカンネんだ・・・・
あ〜ん。 つまんねーよぅ。。。 自由も場合によるっての!
751 :
考える名無しさん :2008/12/26(金) 15:38:31 O
ニートは自由。
>>743 「生存よ!、お前はおれを死に至らせず、われを生かす!止めを刺さない悟空のように・・それはあさましいことだ!」
>>747 >魔王「というか、よくもこの外乱から此処だけは特待生レベルでほかんされたものだと常々思う・・・」
荷「本当だ。何か特殊な餌が絶えずこのスレからこんこんと沸き出ているかのようだ!」
>短「ですね・・・」
>魔王「なにゆえw」
荷「なぜだろう?」
>短「わからない・・・」
>閻「あちらの板でもそうだったけど、多分・・・」
>短「?」
>閻「読み手に回せられる位の打ち方なんでわないかと。。。」
荷「つまりは! その読み手が存在しているという・・・それは表明にせよ、そうでないにせよ・・」
短「こらっ お前もか?」
荷「もちろん」
>>747 の続編
>短「それって、」
>魔「ふ・・・・図に乗るな。」
荷「そこで・・」
>短「乗っていいんじゃね?」
荷「いいんじゃね? そのためのスレであるわけで・・」
ニーチェ「見よ! この憎らしいニーセこそ、あさましいくらいに。」
>魔「違うと思う。」
荷「いや、認めても問題ないという!」
>短「ホエ?」
>魔「ってか、貴様は機械のように成りたくて此処に在位しえいると?」
荷「自由素子運動が此処で騒がせるという・・」
>短「ノットサンキューだね。」
荷「同意。なぜにここにくるのか。我らはw」
>魔「天才君のパターンでも?」
荷「そのターンを望む人がいるという現実があるならいざ! 戯れに放出するという、自由素子運動の下僕であるわれら日本民族が・・」
荷2「別に日本民族に限った事ではあるまいw」
>短「望んでいない。」
なるほど静かな視線の向かう先が「うなじ」であるか「つむじ」であるか… このどちらに視線が向かうかというちょっとした差異によって、 物語のテーマをガラリと変えねばならなくなるようだ。 そう、一般的に本来恋愛に発展しかねないような状況であっても、日本では、ただただただただハゲというだけ、それだけで、たったそれだけで、なんとも可哀想なことに、運命の赤い糸が、絶ち切れてしまいがちになってしまう、そんなものなのだろう…(ノ_・。) なんとも薄っぺらく安っぽい縁であり愛である。 したがって髪が薄っぺらくなるにつれ、それは髪と共に散っていってしまうのだ。 実に空虚である。 まあねハゲたらおしまいだというハゲに対する否定的な見方は、 力士や武士に髷が不可欠とされ、「ハゲたですと!あなたは失格です、ご愁傷様です。」というような伝統によるのかもしれない。
ハゲの系譜学… 誰かハゲの系譜学を創始してくれ、 一般的にはもう髷を結う必要はないんだ、 た、たのむ、ハゲの地位を卑しめる価値観を、その名残を、ぶっ潰してくれ… ハ、ハゲの手で…orz…o>‐<…
いっちょめいっちょめ わ〜お♪ (ゲロ酔い中w)
でもよ・・・・ このまま、おまえの流れに染まっていいものか・・・・ 短「ダメに決まってます。」 やるからには覇権を望むのが王道というものだろう? 短「興味ねぇ。」 マジ? 短「ちとうんこしてくるわ、、、ついでにそんなクリスマス中w」
禿の系譜学 つまり禿状態の発生と起源。 及び、禿が増殖される過程のそものの考察、あるいはその水面下で何が起きているか・・ 毛根から生える髪と髪の集合による髪の祭典が逆に髪を退化させ、毛根の衰弱を起こすという現象の背後。 つまり、アデランス的偶像の破壊ではないだろうか? あるいはアデランス的広告!の詰め物の喧噪!からの逃避! とんでもない禿を生産してるのだ。アデランス的偶像は!この怪獣は!
うんこはしてきたが手は洗っていない!!  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ∩ ∩ 〜| ∪ | (´´ ヘノ ノ (´⌒(´ ((つ ノ⊃≡≡≡(´⌒;;;≡≡≡  ̄ ̄ ̄(´⌒(´⌒;; ズコーーーーーッ
760 :
◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 20:08:02 0
ところで、マージャン知っている輩は此処に今いるですか? 出来るヒトは挙手 ノシ ちと酒も買い足してくる。
761 :
◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 20:19:54 0
wktk って、こういう事にはイマイチ乗ってこないんだよな、 哲板の悪い所だぜ? だぜ? 酒も買い足したし、今宵のクリスマスは俺にくれないか?☆ ってかw
762 :
◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 20:31:37 0
もー こういうのはノリが命なのに。。。
763 :
◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 20:36:21 0
魔「此処の事だから、どうせ深読みして、(マージャンだけじゃ済まないw)だなどと思うのだろうな」 短「(バレたw)」 魔「wwwwっうぇw」 閻「今なら通常価格35マソの恒久羽毛布団が、永劫回帰セール中だったのに。。。」 短「マジ?」
764 :
考える名無しさん :2008/12/26(金) 20:39:19 O
月曜日まで仕事なのよ ノリ悪くてすまないね
765 :
◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 20:42:49 0
早とかニセとかマージャンしないんだろうか? おもろいんだし、ネット上では競技マージャンにしかならないから、 「ツバメ返し!」とか見せてやれないのがザンネンだけど。。。
以前「金かけれるなら門を叩くぜ」と私は書いたのだが、短パンさんの反応はなかったのだ。 それで、麻雀?(実はニーセ知らないしwww) 短「このはったりめがwww ごらっ」 4人必要では?ネットでできるのは知っているが、 どこのゲームサイトかな? ならばルールを覚えてもよいと本気で思っている。 この正月で・・・ もし、短「このにせめが、麻雀で叩きのめすぞww」という姿勢なら、 こりゃ将棋でもオセロでもいいわけですyo- 仮に麻雀で勝負するなら、 短氏、こち氏、早氏、ニセ様←様だぞw あたりがいいのじゃないか? しかし、各々生活習慣が夜中型と普通型に分かれている現実があるわけだ。 でも、短パンさんの酔いには可能な限り付き合う予定である。 ちなみに、現在は年賀状作成中というのがニーセの現実であり、 あとからまたそのこと(ゲームのこと)を考慮する。 どうでしょう? 短パンさん 将棋でニセをやっつけるというのも・・・ 短「こやつ強気だw」 荷「いや、負けると思うが\\\\」
短パンさん、でも麻雀が面白そうです。 哲学者たるものは身を持って麻雀で勝負し範をたれるべきだとニーチェも言っている。 荷「言ってない。そんなことはw」 大体、ああいうゲームやると夜中までやりそうだから怖いんだよ・・・ やるというより、夜中まで続かざるを得ない、いや己が抜けれないという・・・w 予想がつくw
768 :
◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 23:10:12 0
将棋かぁ・・・・・
アレって一対一だから、めっさ困るんだよ・・・
接待将棋してもモロバレんなっちゃうし、
マジモードでやるのも・・・・う〜ん。。。
ってか、穴熊だっけ?高飛車ってそーいや将棋の戦法から来てるんだなーと
今思ったが、別にこんなヒラメキはあまり役に立たない事は皆様ご存知の通りですw
>>764 嘘の下手なやつは女にも嫌われっぞwなんてw
・・・・んじゃ、ハンゲにでも立ててみようかね?
部屋名は「神は芯だ0.5mm」でいいかな?
pass
何がいいかね。。。
pokopen
よし、これでいきます。
んじゃ、作ってみる☆
魔王「言うからには、強いんだよな?本体・・・」
短「基本がなってなけりゃ、業もかすれる。」
閻魔「よくいった!」
短「感動した?」
魔王「おまえなんか勘当だ!」
http://www.hangame.co.jp/ 麻雀3って所にいる。今すぐ大戦wにはいないが、交流にいる、多分12か13部屋だから、後は各自索敵後殲滅セヨ。
短「やらせはしない!!!!!」
769 :
◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 23:18:13 0
俺? [dentya] と、言っているが
770 :
◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 23:20:09 0
来いやオラー!!!
771 :
◆TANPanX3xc :2008/12/26(金) 23:27:30 0
『パス作ったら絶対此処見てたって解るじゃんかw』 だめなの?(全然誰も来ないし・・・) あくまで不特定多数ってことか・・・・ わかったよ。
>>771 とりあえず、麻雀のルールをおぼえにゃあかんですな。
それでもおそらく、ぼこぼこにやられて、
短「話にならん!! ニセごとき!」になるだろうけど、
ま、私も勝負ことは好きな方で、地道に覚えていきます。
はんげーむ自体がもう6年ぶりくらいなので、
・まずサイト登録
・麻雀のルール覚え(ながら)短パンさんを探し参加する
(それとも単に最初は観客だけになれるのかな?)
・その後勝負。 よし年末年始中に"必ず"行く
>>770 >来いやオラー!!!
行くぜおらーー!!!待っていたまえ!短パンさんよw
(ってかルールも覚えるの時間かかるのかな?・・)
では、ちょいと年賀状の宛先登録の残りをやります・・
荷「魔王じゃなくて、"筆王"使ってるんだよw」
こいやーーーー!!
773 :
◆TANPanX3xc :2008/12/27(土) 00:17:48 0
なんかニーセって布団買えオラ!ッて言うと 本当に布団買いそうだ・・・・。 いぁ、張ったりっていっているのだが・・・・
登録完了しました。 でも、これじゃ麻雀のルールの前にサイトになれなければいけないですねw ずいぶん、さまがわりだ おい。 なぁにがアバター、なぁにがショップww
>>773 ではお先寝ます。やはりこの時間はつらい。
では、近いうち(年末か年始あたりに・・・)、覚えて、 行きますぜ!
短パンさんよ!
恋やーーーーーー!!!!!!
いくぞやーーーーーーーーー!!!
というわkで
あたしは
寝る
777 :
◆TANPanX3xc :2008/12/27(土) 04:58:32 0
むしろしね。
778 :
◆TANPanX3xc :2008/12/27(土) 05:02:14 0
浪々とあえぐのは誰の為でもねぇよ。 というか、 ネットなんだぞこーこ!!!! (冗談じゃねーよw) もぅ、しんでぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
779 :
◆TANPanX3xc :2008/12/27(土) 05:14:16 0
というか、 殺されたいらしいな・・・・ 要求を飲んでやろうか? 依頼料によって梅・竹・松と在るが どれがいいのか・・・・・ 「短パンとの真剣勝負」ならば、勿論「松」なんだけど。 (一番考えられない行動だから。。。) 金額によってはやらないわけでもない。 ちなみに「梅」だと ブロック足に括り付けて東京湾に沈める。 南無とも言ってやらん。 まさに 鬼畜w
780 :
◆TANPanX3xc :2008/12/27(土) 05:39:09 0
常に諸兄ライダーのようにはいかんが、 ナムコ位は言ってやるかもしれない。。。 瞬間最大風速でよけりゃ、瞬間越えるで? 一寸の虫にもなんとやら、、、 というわけだし いい加減「短パン支持」が出る前に控えた方がいいと思う。
781 :
◆TANPanX3xc :2008/12/27(土) 05:43:58 0
(っつか俺って大体トリックスターかシャーマンかwなんだけど・・・) ベ、別に持ち上げてもなぁんも出ないでw
782 :
◆TANPanX3xc :2008/12/27(土) 06:11:01 0
ニーチェか抜けられないのならば、此処にいるといい。 でも、他を、他に当たるなよ? 俺は、勝手に運動しちゃうけどw 『ずりー』 べ、 べべべべ、別にズルではないだろうw
783 :
◆TANPanX3xc :2008/12/27(土) 07:20:05 0
「なぜ出せる!」 見ていないんだよ、ニセ。 そこは目的ではあっても答えじゃないんだ。
784 :
◆TANPanX3xc :2008/12/27(土) 07:27:27 0
「かわえぇ」 うん。 悪いんだけど俺、同性愛にはあまり興味がないので、勘弁してな? で。 もちっと語ってもいいんだろうか?
785 :
考える名無しさん :2008/12/27(土) 07:34:05 0
麻雀やんの? 半荘3回くらいまで、よるならおっけ〜 Σb( `・ω・´)ビシッ
786 :
◆TANPanX3xc :2008/12/27(土) 13:04:21 0
ハンゲでいい?
787 :
◆TANPanX3xc :2008/12/27(土) 13:47:55 0
788 :
◆TANPanX3xc :2008/12/27(土) 13:50:08 0
眠いのでちょっと寝るけど・・・
人体ヤバいよ。 このね超複雑な人体を作ったメーカーもなければ、使用前に必ず読むべき取り扱い説明書もないんだぜ? そんな得体の知れない謎の機械に生活がかかってるんだからヤバいよ。 しかも脆くて故障するし。これヤバい。 ま限定的ではあれ、自己修復機能つきだから、ちょっとはましだけどね。 でも修復とか痛いからヤバい。ヤバいよ時に痛すぎるもん。ほんとヤバい。 そんなのが60億体とかあるとかもうヤバい。
>>787 サーバーが合わないからハンゲ無理。
天鳳ならおk
ヤバいよ。脆い人体ヤバいよ。 脆すぎるために、ある価値観からみて、最も価値ある人間の生存も、同じ価値観からみて、最も価値の低い人間の生存にも依存してるんだからヤバいよ。 後者の気まぐれによっては、前者は地獄に落とされかねないんだからヤバいよ。 誰もが生存を許されてるだけなんだからヤバいよ。
792 :
◆TANPanX3xc :2008/12/27(土) 20:43:26 0
>>790 あと2名集まるなら、そっちでもえぇで。
金のように輝きを失わない物、安定した物が価値が高いとするのが普通だろうが、それならば、人体や生存は価値の低いものだということになる。 だから多くの人はいわば自分がハゲているということに気付いてないのかもしれない。
794 :
考える名無しさん :2008/12/27(土) 20:49:58 0
じゃあ〜、やりたい人はこのスレに何か書くとかしてもらおう♪
795 :
◆TANPanX3xc :2008/12/27(土) 20:52:53 0
一応インストしてみたが、 なんか部屋作れなさそうだし、 金掛かる? めんどくせー気がしたので やっぱ辞めとく。 ごめん
796 :
◆TANPanX3xc :2008/12/27(土) 20:56:29 0
魔王「いいだしっぺがケツまくるかよ!!!」 短「す・・・・すまんwだだだだってめんどくさそーだったんだもん!」
ニヒリズムというのは、金や宝石のように輝き続けるものを価値あるものとする価値観によって、 自己欺瞞することなく、自分自身や生存を評価することで、必然的に陥るイズムなのだろう。
もう7ならべで遊んでくる ノシ
ほー 何処がいいかな らんらんるーーーーー
>>789 >このね超複雑な人体を作ったメーカーもなければ、使用前に必ず読むべき取り扱い説明書もないんだぜ?
>そんな得体の知れない謎の機械に生活がかかってるんだからヤバいよ
本当に人体の奴はやばいです。取扱説明書を製造元が書いてくれないどころか製造元すらいないですから!
製造元を神にしてきたのも理解できなくないわけです。
バッファオーバーフローによる発狂フリーズしても因果関係を把握し治療してくれるサポートセンターすらない。
時に本当に人体から幽体離脱して、己の人体をコンピューターのごとく扱えればとも思う。
そうすれば、人体コンピューターを解剖学的につまりハード的に、精神を生理学的・哲学的につまりソフト的に把握して操作もできる。
時に、CPUの強化も図れれば、時に耐久性に耐えうる記憶力とマッチョ的なる筋肉の増強も行える。
そもそも、人体を禿させておいて、お前のCPUもメモリもハードもサウンドカードも全部治癒せよと、
ハードつまり人体に求めること自体が・・・ちくしょうが、ってやつですよ。
結局覇権ねらいなので読まないけどな
∩___∩ / ノ \ ヽ | ● ● | なにほとんど一人で書いてんの? 彡 (_●_) ミ /、 |∪| ,\ この鮭の切り身やるから帰れよ /.| ヽノ | ヽ ,,/-―ー-、, --、 .|_,| r-、,'''";;:;;:;::;;;;:;;::;:;:;;::;:;`'- /_,l,,__ ) |,,ノ;;:;r'" ̄ ゙̄^"`Y'-、;;;::;:;::;:;:;:;::;:| .ヽ,′ ; `"";;;;;⌒゙') ´`゙'''''''''''‐-‐'"`‐-‐'"゛ `゙´ | .‖ / ("___|_`つ 俺がw
確かに人体は、金銀財宝、土地などを高く評価する人体によって、常々虐げられ、積極的に破壊されてきたわけだな。 それは今も同様である。
>>783 >見ていないんだよ、ニセ。
短パンさんには残念だが(というのは、ニーセに既に悟られているというのは年齢的にも気に入らないことだろうし?)盲目ゆえの見えないのと、既に見えるゆえの崖の回避は別だと感じます。
>そこは目的ではあっても答えじゃないんだ。
答えを求めている「=目的に向かっている」と推測していること自体が、短パンさんが答えを探しても見つからなかった・・
だから答えを探す人たちに対する軽蔑に変化する。つまり、高見の見物的人間軽蔑へ。それは畢竟、自分への憤りでしかない。
それに、私は答え自体に興味がない。最終目的なるものは既に興味のないものであり、蜃気楼だ。
自由素子運動の(ある状態)の復帰による戯れにのみ興味がある、と言った方がよいかな。
ヤバい。安定した輝きをもつものを高く買う価値観ヤバい。 人体がゴミ扱いされがちになるからヤバいよね。 すげーヤバいし。
>>728 >そのときは楽しかったけど、二日酔いのとき悲しくて暗い気持になっちゃった。
>或る人やソーニャが、心の中に強く残りすぎて、複雑なのです。
ソーニャで思い出したが、以前キャバクラでドストエフスキーが好きでオペラ好きというめずらしい子がいたよ!
(つうかこのような子が見栄えは悪くないとしても、精神がついていけないだろう。)
でもすごく大変そうですぐにやめてちゃったよ。
ヘルプでついたくせに、遊ぼう!連呼してすぐ外で会えたくらいだから、まずこういう子はキャバには向かないような・・
>あと、高校の時好きだった人が、元ホステスで、疲れて3ヶ月もたなかった
>て言ってたのも。
大体において、「客は所詮客」としか思えないくらいの開き直りないと、
色々疲れちゃう職業なんじゃないかなあと思うよね。
>>728 >それについての記録や日記ってないのかな…かなり気になる。
さすがにないんじゃないかなあ。確かに読んでみたいけど、
残っててもペーターガストあたりが捨てたとかw
ニーチェは人格的イメージを壊す通常言われる行動だけに気を配るだけじゃなく、
過去の罪の告白?に関わることを自分がもし後世に残した場合の正直さの危険を
確かバイロン(ベートーベンだったかな?)とショーペンはアーを例にとって論じてた貴重な部分があった。
(記録を彼らの伝記作者が消したという例を挙げていたような・・)
『曙光』だったかな。それか『人間的な、あまりにも人間的な』のどちらかだった。
だから、あっても残ってないだろうね。
有馬記念スタートだぞ。 私は、 枠4−7 500円 馬単7−11 100円だ。 こいやーーーーー!!!!!
自分と正反対の不朽の輝きを持つものに高い価値を置き、追求するのはエロスだな。 争い、苦労して所有するにいたったところで、たとえ金閣寺を建立し住んだところで、自分自身朽ち果て腐っていく価値の低い身の上であることには変わりはない。 冷笑家などに出会うこともなく、目が眩み、自己忘却してる内に死ねればいいがね。 不朽のものを高く評価するのは自己否定的な価値観であり、ニヒリズムである。 しかし逆に腐っていくもの、生まれては滅びていくものを高く評価したところで何になるのか?
京都のお公家。 冷泉家に恨みでもあるの? 冷泉家は天皇一家についていかず、京都に残ったんだよ。 一般民衆に対するこの律儀さが理解できますかな? 君なら新しい政治の流れと共に、新しい未来に希望を抱きつつ江戸へと流れるだろうね。 日本政府が在日朝鮮人の人達に希望を与えて、彼等彼女達が大きな夢を抱きつつ流れて行ったのと同じなんだよ。 理解できますかな?
悪霊が増えたようだ。
812 :
考える名無しさん :2008/12/28(日) 20:41:00 O
三島さんのエロスは死の中心に向かう。 最後はヘルプレスで理不尽な死に方をするが 観客がいる限り麗しき悲愴が生き続けるという意味において、 三島さんは不滅であり、逆に金など最初から無い。無いから不滅のような錯覚を生む。
なぜ人間は不滅のものを有り難がるのか? 無い物ねだりをしているのか? 無い物ねだりを続けてきた人間の体が、滑稽にも一般的に他の生物に比べて、余計安定性を欠いた弱いもの、退廃したもの、絵にならないものになっているのは何故か? まあねニーチェはなかなかいい指摘をしたよ。うん。まあまあかな。
週刊現代に載っている藤原紀香の写真をみて、 う〜んこれは…などと唸ってるようでは認識が甘いと思うね。
>>814 そいつは確かに甘い奴です。
だが真央ちゃんの耳だけを付け、伊藤みどりの足をつけた安藤美姫を見るよりはましかもw
不動のものを有り難がる価値観からみて、 人間の価値が低いというだけでなく、 その価値観にそった人為によって、 例えばエアコンなどによって、逆に肉体の制御能力が低下し、不安定になり、 価値が下がってきているとすれば、これはまずいことである。 まずいことに、人間自身がより不安定で不完全な価値なきものになっていくことで、 必要とするものが増えていくということは、 需要が増えて、経済発展に繋がるということである。 このままでは人間はウンコ製造機、ゴミ製造機というような負の価値をさえ帯びた評価を人間から頂戴することが普通になるのかもしれない。 そのニヒリズムの果て… ニヒリズムの極限…個 人的には病苦などで達するその冬を人類は凌ぐことができるのか… 永遠回帰というような生成としての存在、生存を、花や音楽に対するように、有り難がるようになるのか…
藤原紀香の価値は40代まで持ちそうだ。 つい先日25歳だった藤原紀香が今何歳なのかと。 確か1971年生まれとあったので、(((゜д゜;)))これはおかしい。 まさか37とか38とかか? (((゜д゜;)))
このまえ日テレの番組でモー娘。の市井に藤原紀香は「女は25歳過ぎたら終わり」とか言われて、 「女は25歳からよ」と返していたんだが、どうも有言実行だったようだ。 藤原紀香も美貌の維持は難しいのに上手いことやったもんだ。うむ。
819 :
考える名無しさん :2008/12/29(月) 19:27:29 0
結果にすぎない女性問題ではなくて原因としての男性問題なんだな。
820 :
考える名無しさん :2008/12/29(月) 20:22:42 O
紀香が綺麗とは思わんがそもそも骨格は一生変わらない。 若い時は多少骨格がだめでも肌のはりでカバーできるが はりがなくなり誤魔化せなくなってくると骨格勝負になる。 対処法は太ることであり多少張る。
821 :
考える名無しさん :2008/12/30(火) 15:00:36 0
このスレ、いかがわしき輝きあり。
疑わしきは罰せず
ハゲという致命的問題を真剣に考察し、究明せんとする歴史学徒や文献学徒、社会学徒などの登場が期待されてやまない。 まずは応急処置としてハゲに関する価値観の修正が今すぐにも必要だからである。 というのも恐らくは、自殺の理由の5パーセントをハゲ苦が占めているからだ。 虚無主義に傾いていたヨーロッパではカツラが笑いの種どころか権威の象徴だったのに対し、 日本では、立派なちょんまげには、立派で豊かな自毛が不可欠であった。 自毛に不足し、ちょんまげに欠けていれば、武士は武士として形無しだったことだろう。 それは笑えないことであったはずだ。 現に力士のハゲが笑えない深刻な事態であるようにだ。 笑えば斬り殺されても切り捨て御免ということになったろう。 いまだにこの自毛という実学的観念が深刻さを帯びているのは、近代的ではない。 だからこそ、ハゲは笑いを誘ってしまうのだ。 ハゲがより一層深刻な問題になる女性たちは、 すでにカツラをファッション化し始めており、スーパーの化粧品コーナーにカツラコーナーが設けられるようになっている。 眉毛を抜きさえして、眉毛をハゲ化する女性もいる。眉毛は書くがいいのだ。 男性陣も女性の柔軟性を見習うべきなのだと思われる。
キムタクの長髪すなわち挑発に反逆してか、スキンヘッドというハゲのファッション化の試み、価値転倒の試みがなされてきてはいる。 ダウンタウンの松本氏の長年に渡る努力も虚しく、 経済界に、スーツにファッションとしてのつるっぱげを認めさせるまでには未だいたっていない。 ここはやはりカツラの方が自毛よりかっこいいという価値の転倒を目指すべきなのではなかろうか。
825 :
百姓 :2008/12/30(火) 23:13:28 0
京都のお公家さん(白足袋族には逆らえないな) 西陣*室町商人*お寺さん*祇園*茶道(真の意味である、闇の権力者) 真の雅がこのスレ住人に理解できますかな。 決して表ざたになることはない。
我々は、未だ解明にはほど遠い人体という恐るべきもの、この無慈悲なもの、 脆いもの、朽ちるもの、この滅びゆくものに対して、 暫定的にではあれ、価値をねつ造することによって、いな、価値を創造することによって、我々の心を高め、お互いに鼓舞していこうではないか! 肉体の不備とその不完全性を価値と商品の源泉として敬おうではないか! そうだ自由に生きよう! たとえ、たとえ肉体が腐り千切れようとも、希望を失うことなく、己を卑下せず、安楽死を望むことなく、 誇りを持って、八つ裂きになるまで腐りきってやろうではないか! 価値を創造する我々自由な精神は至福である!
ニーチェに最も影響を与えたやつ3人挙げるなら?
バタイユ
ドゥルーズ
ハイデガー?
ヘッセも小林秀雄もフロントもユングもゲオルゲもデキリコも誰も彼もが
ニーチェに影響受けてますね。
>>823 髪や容姿で悩んでるなんて人生勿体無すぎる。
哲学者でそういう悩みを論じる人がいないのは、そういう悩みが都会の狭苦しい価値観に縛られてるからであって、
本質的には何ら生命や生きる意味とは関係ないからだと思います。
哲学者は、もっと自由でないと。
自由な精神は、街で生きるにあたってのコンプレックスなんかより、死の恐怖とか生の虚無とかの方に関心が行くと思う。
坊主かスキンヘッドにでもして、ちょっと金稼いでアフリカとか西アジアでも放浪してみたらきっと変わるよ。
今円高だからチャンス。
「生きるのが苦しいとか言うやつらは、ここに来てみればいいんだ。哲学のためにね。」
ランボーの手紙。砂漠にて。
でも、そういう悩みが、孤独へのきっかけになったり自分の存在を強く感じる糸口になったりしたら、
いいことだと思う。ニーチェ読むのは精神の合わせ鏡を眺め続けるようなものだし、
女や悩んでる男なら、実際の鏡も自分の生命を深く直観するための道具かもしれない。
今日から3日休み〜やった
名前入れるの忘れてた。 ニーセさんや短パンさんいるかな?
>>827 >>828 ああ間違えた
与えたやつか
ショーペンハウアー
ワーグナー
ドストエフスキー?
あと
プラトン
スタンダール
ボードレール
イエスや仏陀
ナポレオン
他にいっぱいいそう
ゲーテやハイネ忘れてた。詩人といえば、あとニーチェはたしか、 当時無名だった、ヘルダーリンを、本物の詩人として高く評価していた。
有名な名前羅列しやがって 見栄厨か
あら、わたくし、 ブランドもののアクセサリーをちゃらつかせて下品な顔をしてる安っぽい女の内面のような、 そんな陳腐な虚栄心など、持ちあわせていないですわよ 心に溢れるほど宝石を持っていますの そのいくつかを、ここに紹介したまでです 見くびってもらっては困りますの 彼らの名前の横に 将来 「早」と「ひかる」 並べるつもりですので よろしくお願いしておきますわ 嗚呼、こんな大仰なこと言える軽躁が続けば、それも夢じゃないんだけどな、 って言ってみたところでこの一文には意味がない。当の軽躁だから、夢じゃない、なんて大仰なこと言ってる故。 ルイスキャロル的ナンセンス。 そして嗚呼、不思議の国のアリスを読みたい。あれ何回読んでも途中笑うし最後泣くし読後いい夢見るんだ。 次猫産まれたら、名前、アリスと、あとドロシーにしよう。 アリス LOVE …… さて忘年会をしましょう 六さんや金さんもしいたら真面目な忘年会をして来年の哲学的抱負を語らいましょう ニーセさんや短パンさんがいたらおちゃらけた忘年会になりましょう ……今誰もいないのかな…とりあえずageとこ 寂しく、虚しく、独り言。
834 :
荷伊勢 ◆TFnqGXDHBQ :2008/12/31(水) 12:20:52 0
>>833 ささっ
ちょいと寝すぎたぜ。
忘年会! いいねえ。
昨日、二度目の忘年会をして、二次会の飲み屋、この前一緒にglobeを歌ったお姉さんいたんだけれど、 僕のとなりにはまゆみちゃんが座ってたから、好きなお姉さん隣には来てくれなかった。 そして社長のこそこそ話によると、僕の兄貴、まゆみちゃんを振ったんだって! ニーチェスレ誰もこなかったら 好きなお姉さんとの淡い夜のラヴロマンスか 自分と兄貴とまゆみちゃんのどろどろ三角関係(結末は男色近親相姦!)か 妄想して小説書こうとしてたとこだった。 真面目な人ごめんなさい……今日くらいはぱあっと 真面目な人の書き込みあったら調子変えます
>>802 それにしても麻雀の役を覚えるということだけで面倒であり、
やりながら覚えた方が良いと思った、だが・・・ちょうど実家に麻雀牌があり!、うちの家族はギャンブル好きが多いこともあり、
麻雀の相手をしてもらうことになったわけです。
これもいい機会だ!つまり、短パンさんと麻雀をハンゲームで楽しむための予備授業を
実家でやれるってことです。恐らく年明け以降にハンゲーいくことになるであろうと感じる。
まずは完成形とリーチをかけまくれ ということだった。
>>833 >ニーセさんや短パンさんがいたらおちゃらけた忘年会になりましょう
そもそも私は騒ぐのが好きである。おちゃらけるのも好きである。
私のおちゃらけは、おちゃらけ的演技も含めれているし、実際のおちゃらけも含まれていると自分でわかる。
自演と本気に境界線などは存在しないというのはもはや自明であり、いや人間の人格などは固定も糞もないだろうと常に感じている。
ところで、私は寡黙なくせに、その寡黙な日常の仮面ぶりを幼稚な内面で爆発させるという性質を有しているようで、
それでいてけっこうな静観的目と暴力的憤怒も併せ持つという無限人格であるらしいw
ちょいと私事になるが、私は依然ある仕事をしている時に「スパイ」を頼まれるほどのぺてんぶりを有してもいて、
ところがそのぺてんぶりもこれまた真剣ゆえの映る"あるなにか"なんだろうと感じていて、恐らくそんなスパイなどやれるもんじゃないと
漠然と感じて怖くて逃げた・・
でも「スパイ」という言葉には、ドストエフスキーが住人で「悪漢」という言葉が好きだというように、
「スパイ」という言葉が好きだ。
「スパイ」をしていたらしいサマセット・モームに親近感を覚えている。
ちなみに彼の小説の強烈な皮肉に微笑むのです。
ほほほ〜
>>835 ん、早君は携帯から投稿ですね。
石垣島にはネットカフェもあるだろうし(予想)、携帯だと大変だろうから、
ささっ、漫画喫茶に行っておちゃらけ・真剣、日常・哲学語りましょう。
テーマは決めずに、投稿された言葉から派生・連想させて色々記述することで
『自由素子運動』(←短パンさん用語)のある状態・情念が真剣になるということで真剣な議論もしうる。
このスレには恐らく、そのくらいの多重人格者が複数いるはずであり、そこがニーチェスレの醍醐味だろうと感じてます。
("多重人格"という言葉に抵抗があるなら、『情念の海の祭典による己の捏造』としておきましょう。
そもそもにおいて「人格障害」という言葉があるが、人格を障害と付与する軋轢こそ、科学的客観主義に毒された均一化・平均化・愚鈍化・民主主義的愚昧の精神性としての
人間の薄弱化の兆候であり、間抜けな用語である。つまり、KYや中二病並にどうでもいい用語である。)
名無し「中二病 乙」
荷「に〜やに〜やw」
ちょいと風呂とお出かけ。
ではまた!
838 :
はや :2008/12/31(水) 13:34:02 O
>>836 魅力的な人格です。スパイ以外では、なんとなく、
伝統工芸とかではなく自分で何か創る(だからといって芸術家というより)職人(って感じの職)とか向いてそう。
遊び心を感じさせてくれそうな。
結構人柄似てるかもしれない、
自分小学校以下のときは散髪屋のおじさんに性別間違われるくらい雰囲気女の子みたいだったし
今もあまり男性的でない(だからといって女性的でもない)(見た目は男だけど。雰囲気の話)けど、
それ以外、結構似てるかもしれないです。
モームってたしかニーチェより後でしたよね?モームはニーチェについて何か言及してるのかな。
モームの皮肉は、ニーチェみたいにあからさまに攻撃的でなく、小林秀雄みたいにどぎついようなでも神経を逆撫でするような嫌味でもなく、
たしかに微笑ましくなりますね。まだ短編二つ読んだだけだけど。好き。
ニーセさんは、今ニーチェで読んでる本ありますか?
今のうちネカフェいこうかな。歩いて2時間かタクシー1350円。歩こう。山の自然公園通るの好き。それでは後で。
ネットカフェついたー
>>837 今の精神医学ぼろくそに毒突きたい。
ああでも今は気分が変だ。キーボードの音にもとなりの人の物音にも異常に反応する。
躁のときコーヒーのんでロック聴くとこうなる。神経が普段の3倍くらいの感度になって興奮する。
こういうときは精神医学に頼って薬飲むしかない…リーマス(炭酸リチウム)
カートの曲の「リチウム」はこの抗躁剤から名前とったんだって。
1時間くらい書き込まない。また後でニーセさん。
荒らされたくなかったら誰かまじめなこと書き込んで。
調子や内容合わせるから。
>>839 >今の精神医学ぼろくそに毒突きたい。
今の精神医学は本当に出来の悪い知識です。つまり知識ですらない。新聞やニュースで流れる情報のような薄っぺらな言葉による人間精神の"説明"もどき!であり、
人間の生理学的・神経学的・脳科学的解釈を強引に詰め込んでことたれりとする。
概略的に言えば、人間の精神・感情の動きが準備されうる不可解な力の土台を考慮せず、
それが動き出したある状態として、またその感情の色合いの考察によって獲得した現象、
人間の身体の物理的考察における脳(脳下垂体・視床下部云々)、神経又は伝達物質(ニューロン・アドレナリン・ドーパミン)、云々が「このように」働いていた・・・
ってだけの話であり、それが脳科学や神経病理(医学)学の解釈でしかないものを、
そのような動きの因果関係を人間の操作による介入『ここで人間がその人間を見る途上での根源的土台でなく、一覧表的精神医学用語で制御しようとする』
処せ術あるいは、この世の人間への蹂躙・神話や原初への蹂躙さらに言えば、
このような解釈を盛んに必要としている早急な姿勢の背後、この姿勢でこの種の科学を探求する背後には、
恐ろしいまでの科学的解釈の因果論的説明のうわっつらで処理する残忍と非情が働いていると思うんだ。
まさにそのとおりですね。 少し付け足します。 米国精神医学会のDSM(診断基準)が駄目。とくに第三版から。 フロイトやユングの、無数の患者に対する計り知れない努力、膨大な博学や芸術体験、卓越した知性、全部無駄にされてる。 「カタカタ音をたてる計算機械」どもに!! (「」の言葉ニーチェの言葉だったかな。それとも自分のだったかな。忘れてしまいました。) もちろんフロイトやユングは個性が強すぎて主張に偏りがあるけれど、 無意識を定義して、具体的に心の構造を解き明かそうとした、そのことは二人とも共通であり、 心理学のあるべき姿だと思う。今なんて、心については何も語らず、患者にシール貼って薬渡すだけ。 二人ともニーチェからすごい影響受けてた。 精神医学、あいつらの言葉読んでると、なんかいろいろ取り違えている。抽象と具体が何か分かってないから読んでるとイライラ。 あと、なんていうか、比喩ってみれば、魚を捕まえて解剖しろといってるのに遠くから写真とってる、みたいなくらい、 滑稽なことしてる。写真で内部構造予想したってどうしようもない。 病んだ女たちのサイトに書いてある独り言のほうがどれだけ正しいことを書いてることか! いろいろな心の性質を普遍化して記述するには、独り言やニーチェの文章のようなではなく、 抽象的な言語や概念その定義付けがもちろん必要だけれど、 理想的な心理学的概念は、心の流動に沿って動くような概念であって、今の精神医学はその心の流れにまったく接触していない。 ユングの使う心理学的概念はちゃんと「動く」。 根本的な基本概念が水路の役割をして、そこを心が流れ、諸々の概念は流れにあわせて動き、正しい方向へ心の流れを導こうとする。 まあ唯一の現代精神医学の貢献といえば薬くらい。でも統合失調症の薬は怖い。2ヶ月でやめた。 まだ現代の患者は毒味してるようなもの。それにもし天才が現れたら才能潰されるかもしれない。 現代で精神的な天才生まれても、20くらいで死んでると思うけど…
>>839 その知識を必要とする人間がいる、つまりその知識で治療しようとする人間とその発見らしき知識で裁く人間=医者
その知識が必要とされている現状があるのは、そのような解釈で持って処理しようとされる対象=患者
が存在しているのは現今を見れば明確だが、そもそもこのような要求が何処から、その要求が必要とさせる(そもそも医学的解釈の探求自体が人間に対する蹂躙!なのだが・・)
人間は発生せざるを得なかったのは何か?と言えば、この現代の人間の平等化・機械化・民主主義化などの政治・社会的風潮であり、
そういったものを根こそぎぶち壊して地響きのような革新的言葉や比喩でその土砂に埋もれた自我の内奥を揺さぶる言葉を発するのがニーチェみたいな人。
まず言葉が駄目になってますね。街で聞く若い人らの言葉だけでなく、 新聞はもちろん本に書いてある言葉とかも。みんな言葉に洗脳されていく。 どうしようもない変な言葉ばかりが幾何級数的に増えていくから、 このどうしようもない風潮は加速していってしまう。 言葉から革命を起こさないと。ニーチェやランボーがしたかったように。 あのころから比べてもう比じゃないくらい言葉の劣化機械化は進んでるから、 複数の人間の結束による相当大きな革命的文筆運動が起こらないと駄目かもしれない。 鮮烈な比喩の爆発的連鎖反応で、新聞やほとんどの本など灰にしてやりたい。 ああ夢、いつか結成したい。 ひかるさんが言ってたことだけどネットあるからそういう文壇つくりやすいかも。
>>841 >あと、なんていうか、比喩ってみれば、魚を捕まえて解剖しろといってるのに遠くから写真とってる、みたいなくらい、
>滑稽なことしてる。写真で内部構造予想したってどうしようもない。
こりゃ上手い表現だ。まさにそのとおり。
人間精神の動きそれ自体への具象的接近ではなく、表層的知識の概念蓄積を膨大に準備して、
ある現象・症状・状態にレッテルを貼る ことしかできない出来の悪い人種であり、
天才狩りの主人共だ!
>現代で精神的な天才生まれても、20くらいで死んでると思うけど…
ニーチェや太宰やドストエフスキーが現代に生まれていたら、即効死亡してたかもしれない。
大体、現代の内面から吐き出されるものは、100年前の精神を持っていたニーチェ達とも
内向性の残虐さにおいて微妙に違いがあると感じる。
人間の根源性は変わらないとしても、外界からの影響と人格形成やいわゆる病んだ状態というのは、
別に芸術的体質の人間だけなく、人間全般に歯向かっている・・・
怖いくらいに。
そして精神的な不調和を、都合よく薬で誤魔化そうとして、精神医学はすごい薬を開発した、 って自己満足してる。投薬しかできない腑抜けどもめ!! (通院してる精神科の先生は大好き…作家に向いてるって言ってくれたもん) 変な言葉自分の目に貼り付けて、隠しした状態で変な踊り踊って、自分たちはすごいパフォーマンスしてるんだ、 って勘違いしてる。目隠しない純粋な人間からしたら滑稽にしか見えないよう。
>>843 抑えずにせっかく遠いところきたんだから、たくさん書いていってください。
毒はいても私は全然平気です。
私はけっこうTVを罵倒して日常毒づいてます。
昨日も、ひさびさに父親とあつひめ関連や現代TV全般や用語・芸人の能無しどもの糞ごきぶり共!を罵倒して、家族が逃げ出した・・・
よおし メンタルサイトはいろいろ象徴してるんだ。 精神科医精神医学者どもの駄目な知性からみると、個々の病理にしかみえない、 でもスケールの大きな知性から見ると、全体的な人間性そのものの病理が見える。 自分らへの警鐘、自分らが病んでることの象徴だと受け取らずに、 メンヘラを見下す精神医学者の愚昧。 窮屈な教育小屋での、変な言葉食わされて嫌に太った家畜どもの、 見るも無残な押し合いで、首筋違えて脳髄爛れてんだよ。
ああ言葉だけじゃない 歌声が駄目になっていくよう 紅白みたくない ポニョの子とミスチルだけ見よう ニーチェみたいに目悪くて耳が優れてる人だったら生きていけないだろうな。 そんな上手いわけじゃないからこんなこと言う権利ないけど、(5年後上手くなってやるさ……という前提で) 躁のときにコンビニで流れる音楽聴いてるとイライラして、商品蹴りたくなるんだ。 躁のとき音楽に過敏に反応しやすいから。さっきモーツァルトのピアノ8番に陶酔した。 フルトヴェングラーのワーグナーipodに入れてくるべきだった。 日本人なら尾崎豊とか井上陽水とか、上手い人の歌声をしっかり感じないと。 耳と感性が駄目になっていってる。下手でも、感性があれば伝わってくるものがある。 上手い下手以前に、それが陳腐だから嫌なんだ。 言葉だけでなく、声、口調、表情、雰囲気、すべてが病気を感染させていく。 (中学のときは教室の空気に耐えられず死にそうだったから、高校では髪伸ばしてイヤホンつけてた) 風潮、の怖さ。その風や潮くらいふきとばしてやれ表現者たち。 ゼウスになって雷電の暴雨風を吹かせましょう。 オーディンになって幻覚の嵐を呼びましょう。 ディオニュソスになって風に生命の精気を与えましょう。 神々を、忘れてはいけない。人類の動脈なのに。血が枯れている。心は色を失う。 小学校の教育にギリシャ神話入れたらいいのに… ニーチェの「悲劇の誕生」はいろんな神々が比喩として出てきてわくわくするね。 アポロンーディオニュソスはもとより、「音楽のヘラクレス的怪力」とか。
849 :
はや :2008/12/31(水) 20:25:39 O
あげ 刺戟、起爆剤を、頂戴
連投拒否られるから携帯からも参戦しませうか。 無数のかみ合った歯車。ぎすぎす煩い。 ある歯車に、悪い油がついた。油は感染しついく。歯は溶けていく。 だから、独立して、自分が動力になりましょう。 口にモーターつけて言葉大放出しようか。 年末だからすっきりしたい…ニーセさんもみんなもすっきりしましょう。
>>848 >ああ言葉だけじゃない 歌声が駄目になっていくよう
現代の音楽の歌声は駄目です。
私は親に頼んで美空ひばりの声が聞きたいんだ。彼女は顔がデカイが、
ものすごい歌声が潤う。凄い。
>ニーチェみたいに目悪くて耳が優れてる人だったら生きていけないだろうな。
早君はゲーテは「目」の人、ニーチェは「耳」の人。
って過去スレに書いてたけど、本当にそう感じる。ニーチェは耳という器官・五感の一部から
あらゆる言葉に付随する音、もしくは音による言葉を生む衝動が強いように感じます。
例えば、私が墓場まで持って生きたい本である『人間的な、』のあの比喩をつけた後の思考の記述や描写。
"・・・"-----仮に、〜〜〜だとしても、 とか
"にもかかわらず"----、〜〜〜〜。
という風に、音を鳴らすように語るあの口調!
>そんな上手いわけじゃないからこんなこと言う権利ないけど、(5年後上手くなってやるさ……という前提で) 歌声ってのは感情の状態によってかなり変わる。喉の調整だけでなく、 いわば、筋肉の状態・感情の状態によって変化するというのが経験上いえるので、 その具合を見て歌うか歌わないか決めることにしてるんですw >躁のときにコンビニで流れる音楽聴いてるとイライラして、商品蹴りたくなるんだ。 >躁のとき音楽に過敏に反応しやすいから。さっきモーツァルトのピアノ8番に陶酔した。 モーツァルト。絶対この世から消してはいけない名曲ぞろい。彼のあの無邪気さ・何かしょぼんとした黒くない憂鬱や 子供らしさが好きです。最近は音沙汰ないけど、フィガロの結婚とかも大好きです。 >ゼウスになって雷電の暴雨風を吹かせましょう。 サティロス"集団"になって、一度この腐った世の中を獣のように荒らすべきなのだ。 腐った抽象的価値の生産工場を木っ端微塵に破壊し、腐って腑抜けた俗物が運営するものは滅びれば良いのだ! 現代は物質至上主義であり、抽象という毒物で呼吸すらできない風潮を作り出す下種った芸能人・政治家・企業家・ジャーナリスト(に影響を受けた)の屑のお祭りを 永遠と垂れ流し、根底にふれたと勘違いしている大馬鹿共であり、死んでしかるべき出来損ないの集いであり、くだらねえ質しか生み出さない屑を囲い込まれた柵から追い出して、 自由に遊ばせ、その量産人間どもに餌をやり、経済を回転させて(あげくに物質そのものからしっぺ返しをくらい騒いでいる有様だ)、一流大国と称して内面を殺し、 病人を量産し、人間に残忍的内面化を促し、我が物顔で素通りする国家という人間の思念や欲望の複合体でしかない制度が、主人として君臨している有様だ。 ぶっこわれちまえばいいのだ!
アリアドネの結婚相手であったニーチェは、アルテミスを理解しなかった。
悲劇の誕生で、
セム人(イスラエル)の罪悪感を女性的な弱い罪悪感と言い、
プロメテウスの罪を男性的で能動的な強い罪だといっている。
でも女は男よりずっと怖いんだ。
月の引力で動く、すべてを呑み込む黒い渦、波は月光に照らされて、
とにかく、女の罪はもっともっと恐ろしい、がくぶる。
アルテミスとディオニュソスこそが、結婚してはならない禁断のカップルに違いない。
>>851 >>852 そう、美空ひばり、って歌上手いですよね。
天童よしみや石川さゆりが、もちろん最近の若いのよりずっと上手いけど、
美空ひばりをカバーすると、やっぱり下がっちゃいますね。
日本人で上手いのは男なら、尾崎豊、女なら、美空ひばり、ってひかるさんが言っていた。
越路吹雪もかなり上手い。本物。
宇多田好きの兄さん(おじさん?)今いないかな。
宇多田の歌声は結構好き。二日前、何年か振りにFirstLove聴いたら泣いちゃった。
結構上手いほうだよ宇多田は。
>彼のあの無邪気さ・何かしょぼんとした黒くない憂鬱
的確ですごいです。感激。しょぼんとした黒くない憂鬱。肖像画にたまにありますね。
小林秀雄が溺愛してる肖像画。あの目は、犯罪級の魅力です。
2年前の例の狂った高校生は、2chだけでなく世界を呪うつもりで書き込みにきてましたね!!
>>853 ショパンの作品23番を何度も何度も聞いて、涙・汗を流して麻薬のように吸引していた。ショパンこそ私の麻薬である。
尾崎はマジに上手い。尾崎は破綻寸前でも尚前向きな愛情を保とうとするギリギリ感があり、
それが酷く痛みとしてこちらに響く時があって・・・
高校の時に、「白紙の散乱」を部活の後輩に借りて読んだけど、
何か氷で頭を刺されているような状態で世界を眺めているような感じで、ちょっときつかった。
抒情詩とか叙事詩というより、歌詞(の裏側にあるさらに鋭利な尾崎の内面)の内面の表現のような詩という印象を受けた。
彼は、あまりにも人が優しすぎるし、仮面をかぶらない赤裸々さが、唐突すぎて、
かなり危ない。(このへんを本能的に感じる大人といわれる人は、ガキのわめきとしか聞こえないだろう)
彼の感性と知性でもっと文学的・哲学的なものを吸収できていたら、破滅しなかったかもしれないのだ。
>小林秀雄が溺愛してる肖像画。あの目は、犯罪級の魅力です。
小林秀雄は読んだことないが、確かに神経を逆撫でする表現使いそうな顔してます。
ショパンなら、何番か忘れたけど夜想曲が好き。静かなやつ。 僕も借りて読んだのですが「白紙の散乱」は危険ですね。 日本の中で最高のクラスに入る詩集だと思います。 深みを見つめ、単純な言葉だけで、鋭く表現する、詩人としてのセンス。 深みを見てるつもりで、抽象的な言葉をこねくり回し、無意味な表現を量産する精神医学者… 尾崎豊はまっすぐで優しすぎるんだ。もう今だってネットカフェで号泣。 ああ、僕のようにむやみに嘲罵せず、社会の負も人間性の病気もすべて独りでためこみ抱え込んで、 それでも純粋に愛を歌う、あの姿、本当に、涙です。 見習いたいけど、見習えない。普通の人間があれやると潰れちゃう… 小林の文章はすごいよ。毒舌のきつさはニーチェよりはるかに上で。 なんかニーチェって攻撃するときもまっすぐで人間への愛情がある。 小林はもっともっと神経質で意地悪。 でもそこも魅力。比喩のセンスもすごい。言語が破綻しかけの危なっかしい表現が多い。 知性の明晰さは能力は日本の文学者では森鴎外や三島由紀夫に並ぶくらい高いかも。
小林秀雄は類まれな毒舌家皮肉家逆説家であるし、若いころは情熱で加熱された虚栄心や自己主張、 大げさな表現、露骨なくらいの天才コンプレックスがちょっとあれだけど、根はかなり人情家です。 坂口安吾が麻薬で死に掛けたとき、病院にお見舞いにきて「馬鹿野郎!!」と泣き叫んだそうな。 彼はニーチェのことはかなり尊敬しています。ニーチェ、ボードレール、ランボー、ヴァレリーあたりの影響が強そう。 「考えるヒント」収録の「悲劇について」という文章がいいニーチェ理解だった。 あと、どこかで、「ニーチェの思想は、思想というより思想の源泉だ」と書いてた。 最初に読むならお勧めは、「Xへの手紙」や「様々なる意匠」、あとランボー読んだことあるなら「ランボオ(1〜3)」 はっきりいってはじめて秀雄ちゃんの文章読むと異常なくらい難解というか晦渋だけれど、 一度慣れるとかなり魅力的になってくる。でも好き嫌い分かれそう。 カラヤンの指揮と同じ。自分の美学を強く持ちすぎていている。
『しかし、あなたは深い人間だ、あなたは小さな傷にも、あまりに深く悩む。
そして、あなたの傷がなおりきらないうちに、同じ毒虫があなたの手の上を這いまわった。』
市場の蝿
ちょうど早君くらいの年齢の頃、この《毒虫》という比喩が《這いまわる》というので、
悶えた記憶がある。早君の現状なら具象で感じざるをえないから、
こういうあまりにも、、、な引用はやめるべき場合はやめよう。
尾崎は
http://jp.youtube.com/watch?v=skeqh5oZ61k ろざーな!
>>856 >小林秀雄は類まれな毒舌家皮肉家逆説家であるし、若いころは情熱で加熱された虚栄心や自己主張、
>大げさな表現、露骨なくらいの天才コンプレックスがちょっとあれだけど、根はかなり人情家です。
>坂口安吾が麻薬で死に掛けたとき、病院にお見舞いにきて「馬鹿野郎!!」と泣き叫んだそうな。
んん、かなり読んでみたい人だ。「類まれな毒舌」・・・
「悪漢」という言葉が好きなドストエフスキーほどでもないが。
「悪漢」「悪漢」「悪漢」
「スパイ」「スパイ」「スパイ」
きっと何処かでスパイになりたかったけど、なれなかった。できなかったんだよ
861 :
はや :2008/12/31(水) 22:23:56 O
ごめんなさい、もうお店出て帰るとこです 忘年会、とか言っといて、ちよつと毒舌吐いちゃった。 繊細で感じやすい人ROMってたら、ごめんなさい。 「必ず暖かいレスが帰ってくるスレ」の読者さんいそうなのに… (帰って→返って) 新年は毒舌なしにしよう。 携帯からなら見れます。
862 :
はや :2008/12/31(水) 22:26:06 O
ニーセさんありがとう 楽しかったです
>>855 >なんかニーチェって攻撃するときもまっすぐで人間への愛情がある。
ニーチェはショーパンハウアーやワーグナーを攻撃する時も、
全人格を全否定するような口調だし、その勢いに飲まれそうになるけど、
実は彼らの人格・思想のある部分(がもたらす生を惑わす・蝕むもの)を攻撃しているだけだと感じる。
それが全面的なように思えるのは、ニーチェの憤怒の火山噴出があまりにも激しいからでしかない。
例えば、スピノザを批判するのも同様だけど、スピノザの引用符の振り方とか、
ある部分を強調する徹底さとか凄くニーチェと似ていると感じる。
スピノザはニーチェほどの激情形ではないけど、何か強烈な明晰性(すぎる)幾何的定義が特徴で、
実はスピノザと思考することは私にとっては意外と楽しい。
ただ直感的にわかりやすいのはずっとニーチェ。スピノザは骨が折れる部分がある。
早君の年齢の頃に一度、定理的に断片を書いたことがあって、その時スピノザの整理の仕方がかっこよくて、
冷静・冷徹な感じがして、完全に読破できなかったけど、実はスピノザを掘り下げたい気分がある。
ちなみにスピノザの影響を受けと言われているフランスの哲学者「アラン」も私のお気に入りの本です。
>>862 >ニーセさんありがとう
>楽しかったです
いえいえ。こちらこそです。
また来るんだよ〜!
>>865 そうだ!
良いお年を!
帰りはなるべくタクシーで帰ってください。何かわざわざきたのに、申し訳ない。
こっちは、あったかい部屋でぴこぴこしてるから・・・
867 :
考える名無しさん :2008/12/31(水) 23:42:30 O
今年も終わりかけ 私も腐りかけ ほうれん草のゴマ和え もう健康のおまかせ そう絵を描くなら 口からでまかせ
短パンさんもこちとらさんも良いお年を! (何?初詣?このニーセが行くわけないだろ。 ただ、こんにゃくは食べに行く予定だ。明日。そしてこんにゃくにからしをたくさん塗って、 悶えるのが私の年始の微々たる事業だw。悶えながら・苦しみながら快感を感じる。 歯痛が快楽とおなじようにだ!) 私はニーチェが大好きなのだ。人間としてだ。 だから、来年、あと3分? まあ明日以降も来るだろう!!! はははははは。 蝋人形にしてやろうw(←この短パンさんの借用。好きなんですよこれ) では、閉廷。
test
あけまして、おめでとう、ございます。
今年も、よろしく、お願いします。
読点たくさん打つの好き。太宰治の文体が好きだから。
母が高校時代、太宰治全集読破した。僕は血をしゃぶるように同じの何度も読む。親子揃って太宰ファン。
>>866 さっき、歩いて帰ってたら、山道や農道で迷って、牛小屋の放し飼い番犬に、吠えられ、
逃げて、車道に出て、兄貴に電話したら、偶然近くを車で走ってたので、拾ってもらった。そんな、年越しでした。
歩くの大好きーどんどんゆーこーう♪だからいいの。
トトロが森のバス停で傘代わりに使う葉っぱあったー
>>867 その詩文大好き。
ここ2年近くいて、こちとらさん以外の名無しの書き込みで、3本指に入るくらい好き。
宇多田LOVEさんの、CDケースに缶ジュース置く散文詩も好きだった。
871 :
はや :2009/01/01(木) 02:19:21 O
短パンさんだー(д)
ちょっと書き残した真面目な引用だけしとくから後はご自由に!
>>863 ベルクソンの「哲学的直観」から引用しときます。
……とはいえ、「エティカ」のような本に見られる形式と基礎との間の著しい違いほど、教えるところの多いものは他に知りません。
一方には実体、属性、様態などのものものしい概念、錯綜した定義、系、注を伴う定理群があります。
その複雑な機構と強大な破壊力は、初めてエティカを読む人を、
ドレッドノート級戦艦の前に立った時のような畏敬と恐怖で圧倒します。
ところで他方、そこには何か微妙な、きわめて軽やかでほとんど空気のようなものがあります。
それは私たちが近づけば退きます。しかし遠くからでもそれを目にするとき、他のものはもはや問題にならなくなります。
それに比べれば、実体と属性の区別とか、思考の二元性のような最重要とされる問題さえどうでもよくなります。
デカルト哲学やアリストテレス哲学のそれに似た概念の重々しい集積の背後にある、
スピノザ独自の直観がそれです。どんなに単純な表現も、この直観を表現できるほど単純ではありません。
近似的な言い方で満足すれば、次のようになりましょう。
続
872 :
はや :2009/01/01(木) 02:21:56 O
スピノザの直観とは、 私達が真理を完全に認識する働きが、神を真理を生み出す作用と合致するとの感情であり、 アレクサンドリア学派の言う「回帰」が完全なものとなって「出現」と一つになるとの考えであり、 さらには、神から出た人間が神へ帰る時、初めは行きと帰りの相反する二つの運動に見えたものが、 もはや一つの運動に見られる、との考えです。そこでは、道徳的経験が論理的矛盾を解く約をするのであって、 時間を一挙に廃止することにより、帰りの道をそのまま行きの道としているのです。 かのような直観へ遡るにつれ、私たちは次のようなことを理解します。 すなわち、もしスピノザがデカルトに先立って生まれたとすると、 スピノザの書いたものは別の形になったでしょうが、スピノザが行き、かつ書く限り、同じスピノザ哲学が出てくることは確実だということです。 ベルクソン「哲学的直観」 おやすみなさい。
ふぅ。 やっとdion規制が解除されたかよ。。。。 こちとらおかげで親とボーリングしにまで行ってしまったし、 ついでにリアル喧嘩とおおわらわでてぇへんでんですぜ旦那!!!! でした・・・・ んま、結果。お袋と一緒に初詣に行ってきたんだけど、 それなりにいい思い出になったか・・・・ そんなわけで、 新年明けましておめでとうございます。 今年こそ、放っておいてほしいぞ!w ほんじゃ、今年もよろくだぞ☆ (ところで此処は今年何番目の書き込みだ?) 聞きたいか? もちろんだが、こう振るわけなので言うしかないわめ。 ここが筆おろしだぞ。 ありがとうって言うがいい。 ・・・でもないが。
「はや」はやはりコテ通りに「はやかった」ナンツテw まぁまぁ苦しゅうないぞぇw もそっとちこうへ・・・・ うっへっへっへっへ そりゃーーーーーーーーー☆ 『あ〜〜〜れ〜〜〜〜〜〜☆』 バカw
875 :
◆TANPanX3xc :2009/01/01(木) 02:51:53 0
ちと「ぴゅあオー板」っちゅう板に行ってくるんで、暫く留守にするで。 『ホントに2009年は此処が筆おろしだったんだ・・・』 あたりまえじゃん。 『短パン信じてよかったWブワっ』 アホですか? まぁまぁ、とりあえず。 また来るンだけど、それが少し先だけなのか1年後か10年後かはたまた100年後かは 誰にも解らないんだね☆ ま、スピノザの憂いでも、その時には語り合えるようになっていたいとおもってはいるぜ? はや では、とりあえず。 です ノシ
876 :
ひかる ◆bodgOoQOHA :2009/01/01(木) 03:05:30 0
はやくん、カラヤンはくずよ。もっとまともなの聞こう。僕は1993年か1994年くらいに、 尾崎の白紙の散乱の凄さを知った。読むたびに新しい感動がある。感動なんて言葉安っぽい。
877 :
ひかる ◆bodgOoQOHA :2009/01/01(木) 03:09:23 0
[2002/10/1] 277 ・ 書いてはならない種類の作品、というものがある。 その様なものを書いた者は人間としての失格の烙印を押されるであろう。 『白紙の散乱』の幾つかの作品は人間が書いてはならない種類のものだった。 この様な作品は愛に殉教している者、愛に殉教した者、もしくは愛を超克した者にしか理解出来ないであろう。 この様な作品を書いた者は存在を許されない。社会から徹底的に排除され、存在の資格を剥奪されるであろう。
カラヤンは自己陶酔してるような気がする。 聴いてて苛々することもあったのですがベームやバーンスタインよりは好きだったんだけど、やっぱ駄目なのかな。 まだ指揮はわからないです。まず音が悪いから…音響を良くしたい… 前紹介してくれたオーディオショップのサイト見てたら、わくわくするけど、なかなか手が届きません。 やはり障害年金もらっちゃおうか! 白色の散乱 今手元になくて あれまた読みたくて でも正直買うのが怖いです 愛 はまだ克服してなくて今保留してるんです…苦しい。 あと、ひかるさんは、尾崎豊が書いた未完の小説読んだことありますか? あれ読みたいのですが、どうやって入手すればいいかわからない。 ごめんなさい?つけて。最近は2chはあまり書き込みたくないんでしたね、メールででも。 >>短パンさん 今度よかったら麻雀教えて下さい'д' また会いましょうノシ 返事なかったら寝てるかもです。
879 :
◆TANPanX3xc :2009/01/01(木) 07:45:25 0
カラヤンの指揮は「早い」とか「あっさりしている」という評価はたまにきくけど、 「聴いててイライラする」って、結構はじめて聞いたかもしれない。 でも、此処哲板だから多少は深読みしておkなんだと思うんだけど、 (レスを返しているヒトの考え方の方向性や深度も考えるのですが) 多分、 カラヤンというとうへんぼくの指揮にもたつきのようなものを聞いているとするのならば、 それはカラヤンというとうへんぼくも(ここはちょっとしくじったかなw)と思っているだろう部分なんだろうと思う。 それは凄く内面的な部分なんだと思えるから、 こういう聞き方されると、どんな指揮者だったとしても とりあえず ^^; ってしか言えないかもしれません・・・・・^^; いや、短パンは別に指揮者でメシ食べているわけでもないんだけど・・・・・・^^; 指揮者って、集団の中での孤独ものだとは思う。 ある意味、オーケストラの中では一番なぁんも出来てないヤツwだしw その分「象徴」としてこうして語られる場面も多いんだとは思うんだけどね? (短パン的には指揮者という存在は基本的にみ〜んな自己陶酔野郎w) 早 ◆2lZL.15SIs おはよ 俺も今起きた所っすよん♪ スピノザまだ語れていませんけんどw(スマン、ちょーっと待っててね?) というかマージャンっすか? またノリが合ったら、やりたいっすね。
880 :
◆TANPanX3xc :2009/01/01(木) 08:27:53 0
早「ところで短パンは僕の事スキですか?」 短「問答形式でイクわけでw」 早「ところで 短「ふ・・・・いちいち聞くとかw」 早「どんな部分が?」 短「それを言い始めると崩れるんだが、色々と。」 早「それでも聞きたい。短パンから。」 短「って言うんだったら書くけれど、その要求に短パンは本当は答えたくないんだって事を解っててな。」 なんにしても 新年あけましてオメデト♪
尾崎、太宰、カラヤン。。。。。。
882 :
短パン ◆TANPanX3xc :2009/01/01(木) 09:06:37 0
愛すると愛されて、 僕等も、胎内曼荼羅に取り込まれてゆくんだよね。 それはとっても居心地がいいからついつい長居したくもなるのも(ヒト)としては正しいさ。 でも、一方。 此処だって公開処刑場でもあり 僕等だって別にその部分では特別でもなんでもないんだと思っている。 (誰かを本当は求めたくて仕方が無いんだよ短パンだって・・・) ただ、それに落ち着くと こうして書き込む(打ち込む)言葉の節々に甘えが出て来てしまって、 がさつな書き方をすれば 「精彩を欠く」んだとも思うんだ。はや・・・ 君を認識出来たのは、なにもこのスレッドだからじゃなかったから。 色々放っておかれてもなお(何か)を書き続けていた。 俺にとっての「はや」ってやつは、そぅなんだよ。。。 で やっぱり君は君だ。 と 思えるし、「思いたい」わけでもあるんです。 でも、ひとつだけは言える「早と短パンの相性は凄くいい」と・・・♪ (それは、ここで持ち上げられる以前の君を見ていて感じた事だった。) これでいいかな? マジ特別お年玉なんだからね><
883 :
に-せ ◆TFnqGXDHBQ :2009/01/01(木) 09:17:58 0
>>867 こちとらさん
>>877 はやさん
>>878 ひかるさん
>>879 短パンさん
>>883 ニーセ様ww
そしてみなさん、あけましておめでとうございます。
丑(牛)年。 "人は牛にならなければいけない・・・"
ニーチェは動物がよく例えとして出てくる。鉄槌とかも。
カラヤンに詳しい3人が投稿してくれているので、ぜひ参考にします。指揮者に関して、オーディオに関してはかなりの無知なので。
ところで、
仁「今年の抱負?」
荷「そんなものない。 人と楽しむ、永劫"会期"だ!」
仁「どんな夢を見た?」
荷「何も見てないな・・・寝ただけだwいつもと変わらないな。若干、朝立ちぎみだがw」
ははは!
今年もニーチェスレを我が饒舌で蝋人形にしてやろう!
「いや、君の駄文は読みたくないw」
弐「ふん!」
我ら、自由素子運動の下僕は常にこうなのだよ。
万一、人間が人間に関する興味だけでなく、人間という生身の人達との会話や唄や
喜びや悲しみの共有を忘れたら、私達は生きていけないだろうと感じるのだ!
そうだろ?諸君! 21世紀の哲学者よ!
弐「偉そうなw」
でも、このスレ楽しいっす。
884 :
◆TANPanX3xc :2009/01/01(木) 09:23:45 0
でも、ひとつだけは言える「ニセと短パンの相性は凄くわりぃ」と・・・w あけましてオメデト。 今年も色々やろうな?にせw
>でも、ひとつだけは言える「ニセと短パンの相性は凄くわりぃ」と・・・w おそらく、そうみたいですがw(そうでもないようだけど、そうらしいが、そうでもなく、、そうであるみたいな?) >あけましてオメデト。 おめでとうございます。麻雀、覚えますよん。楽しみです。ゲームは楽しいものです! >今年も色々やろうな?にせw 色々やりましょう。なるべく喧嘩はなしで><
↑ 書いてるそばから即茶ですかw どどどどど・・・ ) ) ( ( ∧_,∧ ) )) (( (´・ω・)っ□ (( (っ r i_ノ┘ どどどどど・・・ ( ( ∧_,∧ ) )) (( ⊂(´・ω・`) )) ( ヽ日⊂ ) )) ) (( (⌒) | 三 `J ∧_,∧ ⊂(´・ω・`)⊃旦 ☆ ノ 丿 キキーッ ヽ ノ (⌒) 彡 と_丿=⌒ みなさんお茶ドゾー ∧_,∧ ゼェゼェ (´・ω・;) ( o旦o))) `u-u´ 魔王「まったくw」
多分、 「宇宙」とお題目すると、「はや」は理論でなくて 概要を語ろうとすると思う。 ふいんき←何故か変換できないw っていうのは物理にもあるらしいんだけれど、 その数式化がなにより難しい事位は俺にでも解るよ。 ところで「にせ」はなにw もぅ。 新年明けましておめでとうw
>「宇宙」とお題目すると、「はや」は理論でなくて >概要を語ろうとすると思う。 「理論と概要」、細かく言えば「規定理論と即興感想」 でも、そんな概要を語る早君が素晴らしいと本当に思うんですよ。 概要が説明ではなく、概要を越えた内面声だからだろう。 つまり、或る物事から起る叙情のような、溢れる衝動というものではないかなあと・・ 短パンさんの表現がしっくりくるのでかなり借用しているのも、 恐らく自由素子運動によって見る我らが世界とそれに付随する感情が一致したからに他ならないという。 >新年明けましておめでとうw 新年明けましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いします。 短さん「いやだww」 に「そんなこといわれてもなあw」 今朝はいい天気だ。太陽が私を軽くだけど祝福してくれているようでw 「なァにが、感傷にひたっちょるw」 弐「気分のいい朝だ!」 2009年。ニーチェが死んでから109年たった・・・
ところで、私ごとになるが、今晩は恒例のこんにゃくのからし悶えを行いたい。 ちょいと今日の夜に詣でて、からしをたくさん塗ったたまこんにゃくを食べて、 吐き出す寸前まで悶えて、げほげほいいながら一度戻そうとするんだが、 それをさらにもう一度飲み込む・・・この苦痛・悶えが快感と感じるんですよ。 苦痛は快感だ!といったドストエフスキー。 もう、涙、涙で苦しむ、顔もまっかでげほげほw それでも絶対やるし、やらねば始まらない。 「理由のない習慣的原則を「信仰」と呼ぶ」とニーチェは言っているが、 私は理由のある習慣原則としの悶えたまこんにゃく食いこそ、"信仰"といえるかもしれない・・ (信仰対象はない。つまりちょっとした儀式、いやただの変態だなw) みんなも試してみてください。
890 :
◆TANPanX3xc :2009/01/01(木) 11:12:12 0
↑ ・・・・w しかたねぇから相手してやんよ!!!! 短「いやだww」 に「そんなこといわれてもなあw」 短「でもいやと言っているのだが?」 に「そんなこといわれてもなあw」 短「あ ふぅ 新年早々コレかよ・・・・orz
891 :
◆TANPanX3xc :2009/01/01(木) 11:17:43 0
というか、リアルじじ臭くてタマランわけなんだが にせさん。
>というか、リアルじじ臭くてタマランわけなんだが ふぉっふぉっふぉっ バルタン星人はきっと私や短パンさん世代はTVで見ただろうけれど、 早君世代はどうなのだろうか? (って年齢実は誰のも知らないしw)
バルタン星人は名前しか聞いたことないです。 ウルトラマン? 年齢今21です。小学校のときドラゴンボールや幽遊白書が流行ってたような。 短パンさんお年玉ありがとう♪ 僕も、初めて短パンさんがニーチェスレきたその日は変な荒らしかなと思ったけれど3日目くらいには、(*´д`*)でした! 嗚呼、僕もお年玉貰えない年頃になっちゃった、だから嬉しい。 宇宙の理論と概要(→語感的に次から 概観 にしとこう)の話。 理論は、ピンセットでカエルを解剖するみたいに、部分を個別的にしか見ることしかできない。 概観は、小高い丘から街の夜景見るみたいに、宇宙をぱっと一望することなんだ。 校舎のそういう見方こそ、哲学者に必要な世界に対する態度だと思います。 概観を語るには、この宇宙で得た自分のあらゆり記憶を同時に想起しなければならない。 溢れる生命感情や深みから来る哲学的直観に乗せた、あらゆる事象の記憶や自分の見識を、 ぱっと脳裏に描く。そういうとき、宇宙との一体感のようなものを感じる、 あるいは少なくとも宇宙を自分の命で強く感じている。
続き たぶん哲学者だけでなく、有能な物理学者も同じ。 僕は高校理系までの物理得意で勝手に微積分使った大学の物理勉強してたくらい好きだったのですが、 大学の参考書(高校物理の参考書は、駿台の「物理入門」以外は窓の外に蹴り飛ばすべきさ! 「物理入門」はおすすめ。大学物理の入門みたいな感じ。高校生にしては難解だけど数Vの式理解してたら読める。)の理学系とくに力学を たまに読んでいると、宇宙の現象の仕組みがぱっと描かれてるような気がして感動する。 化学はどちらかというとピンセット的(才能ある人は宇宙の化学的現象を同時に想起できるかも)なんだけども、 物理は夜景的(工学はピンセットに近く、理学の方が夜景)。 大学で履修してない素人にもそう感じるんだから、優れた学者の脳裏には美しい世界が広がっているに違いない。
895 :
考える名無しさん :2009/01/01(木) 11:46:42 0
こういう会話って、どうみてもニーチェ的じゃないよ。 おまえらは、きっと何か勘違いしている。。。
896 :
はや :2009/01/01(木) 11:50:56 O
2年前に狂った高校生が現れてここをこういうスレにしちゃったんだ… 彼と同じくらいかそれ以上の感性や知性、そしてニーチェへの愛をもった人が現れ、 ストップかけてくれたらきっと治る。名無しの書き込みには動じない血まみれの道化師ばかりだから…
今小説書きはじめて、2月半ばくらいまで欠席気味になるかも。 今までは、女が人魚になって挙句にオトコオンナになって自分の乳揉みながら射精する話のような 遊び程度のしか書いたことなかったけど、次のは愛を込めて (殉教者や尾崎豊の愛ではなく、…好きな人がいるの) しっかりした小説を書きたい! だからしばらくこの公開処刑は欠席。居ない間に、実際は死亡しない程度に悲劇的な、でも表明は喜劇的な、吐血の仕方を練習しといて! まあここに居付く人は根性あるから死んでも死んでもゾンビのように蘇生する。 こちとらさんほんと死ぬかと思って怖かったけど生命力ありますね。 20才前後で、死にかけたり悪魔になったり神になったりしなかった人には、ニーチェの 悲劇 は理解できないさ。 僕だって18や19の頃は、酒一瓶飲まないと眠れないほど苦痛にうなされてたし、リアルに手首血だらけで、 だからニーチェスレで血吐きながら道化をしてみて、救われたんだ。ああもうすぐ2年か。今年の2月は大丈夫荒らさない。 ニーチェを愛する血まみれの道化師たち、派手に血を流せ!! 短パンさん、 ふいんき(TдT) ふんいき(´∀`)
>名無しの書き込みには動じない血まみれの道化師 こういうセンスって、尾崎なのかな?w ニーチェじゃあない。。。
尾崎的ニーチェ解読。 それも悪くないかもしれないw
あなたのニーチェを語ってみてよ〜、もし、気が向いたら。
でもここ、名無しさん書き込みにくいね…ごめんなさい。
僕は、ニーチェ自身、もちろん凄い知性を持った人だけど、血まみれな道化師だと思いますよ。真剣な意味で。
これ一年前に興奮しながら書いたんだ。
http://beatriceuplift.blog122.fc2.com/blog-entry-142.html これはなるべく論理的に書こうと思ったけど頭ぐちゃぐちゃになってちょっと失敗した。
http://hp.kutikomi.net/beatrice/?n=column11 ドゥルーズの「ニーチェと哲学」読んでから書くべきだった。
ニーチェへの解釈は無限だから人の個性が出て面白いです。化学反応みたい。
自分が持ってるものと、ニーチェの言葉が反応して、新しい解釈が生まれる。
ニーチェの言葉が硫酸でも、読むほうが鉄か銅かトリニトロベンゼンかサリチル酸メチルかによって、
起こる反応、出来るものが、全く違う。
自分の心のフラスコに、
ニーチェの言葉も尾崎豊の歌声も、音楽も絵も酒も麻薬も、好きな女との想い出も
何もかも注ぎ込み、情火で沸騰させ、未知の解釈や表現を錬金しよう!
それではしばらくさようなら
>自分の心のフラスコに、 >ニーチェの言葉も尾崎豊の歌声も 混ぜるのokだったら、なんでもありになっちゃうぞww
902 :
◆TANPanX3xc :2009/01/01(木) 12:39:33 0
短パンさん、 ふいんき(TдT) ふんいき(´∀`) ばか!ばかばかばか(TдT) そーゆーお遊びなの! っつか、 君が居てニセも居るのか? ・・・・あと一名来ればマージャンできるんだけど・・・・・
903 :
◆TANPanX3xc :2009/01/01(木) 12:49:13 0
http://www.hangame.co.jp/ 此処の「麻雀3」という所が待ち合わせ場所ね。
簡単なチャットがあるから、
「短パンいる?」とか書いてくれれば認識出来ます。
4名集まったらなんか部屋作って遊ぼうと思う。
「名無しでもおkなの?」
全然おkっす。
その中に早とかにせが含まれていれば短パン的にはおもしろいなぁとは思うけど、
それはそれなので。
ま、正月麻雀しよーぜ☆
なんでもありさ そうなんでもあり この世界には 探せば探すほど どんな意味でもある。 探す、というより、創る、と言ったほうがいい。 ニーチェの多元論は、世界に意味はないかもしれない、しかし解釈さえ行えばどんな意味でも生まれる、ってことだよう。 嵐が渦巻く広大な闘技場で、色んな神々が、 火を吹き、氷の柱を立て、津波を起こし、酒に泥酔して、暴れ回れば、 色んな意味が生まれるってことさきっと。 一人の神様に決められるより、神々のなんでもありの激しい遊びほうがいい。 分かってたよう短パンさん雰囲気 突っ込まれて欲しそうに書くんだもん だから、真面目に指摘せず顔文字使っといたー 今携帯だから麻雀できないんです。2月から参戦できるきっと。 ハンゲアカウント持ってるかも。暇つぶしに登録だけして何もやってなかったような。 とにかく2月くらいから。楽しみにしてる。 僕とニーセさんが上手くなってきたら、金賭けようか(゚∀゚)!
>なんでもありさ そうなんでもあり だったらニーチェスレの意味がないなぁ。。 (まあいいや ほっとこう
>>904 そっか
・・・ちょっと残念だけど
解った。
>僕とニーセさんが上手くなってきたら、金賭けようか(゚∀゚)!
ノルねぇ〜(´∀`)
というか、ネットじゃ言えない手がいくつもあるから、
どぅせだったらお互いの顔色見ながら、って方が俺も面白いと思っているで?
んま
楽しみにしてるさ。はや
ははは
『期待はしていないがドキドキしながら待ってますぅ』
By
拝啓おふくろさん
より
もちろんだけどだけどそれは「早」を鴨ねぎ状態にする為じゃなくて、 教えてみたいからこう言うんだよ? 難しいけど、、、、んま あれだけギター弾ければどうにかなるっしょ☆ なんてね☆
ニーチェは、なんでも考えてた人だから、なににでもニーチェの思考は対応できる… ニーチェの認識論、人間論、アフォリズムやツァラトゥストラの言葉、 それらの適応範囲は無限。 だからどうしても話題、なんでもありになっちゃうんだ それに精読やら体系的理解やらより、ニーチェの思考をなんでもに適応してみる方がいい。生きる意味を創るため。 短パンさん ああ、麻雀って、身の削り合い、って感じ、してきた、面白そう。 ああでも金は、実力差ある勝負ではなく、運のみのほうがいいかもな。 運のみにみえて実は神経の鋭さによって強さが違うトランプとかも。パチンコの魅力はわからない。 同じ人・同じ金額の場合、半丁賭け(倍率2倍)が一番ドーパミンやノルアドレナリンが放出されるんだって。 お金持ちになったら財産の半分くらいギャンブルに使って洸惚や恐怖をたくさん味わいたい… ニーチェは、目が悪くなかったらブラックジャックやポーカー強そうなんだけどな。 もし名無しさんからの苦情が多かったら、短パンさん、馴れ合い用の別館スレ立てといて。 ヤユなら気にする必要ないけど、真面目な人の苦情が多いとさすがにね。 さあ今度こそしばらくさようなら
>ニーチェは、なんでも考えてた人だから、なににでもニーチェの思考は対応できる… あまいなw ニーチェなんて哲学者の中じゃあ、幅せまいよ。 ヘーゲルでも読んでみな。
きゃははは♪ 君は根っからの勝負師かなw 結構こちらも孔明の罠しているわけで、 言葉、酔っ払っていても曇らせてはいる・・・ 『ホントはどこにいるんだ?』 と問われれば、音楽が真剣抜ける唯一の世界で だから、ギターの話で食って掛かってくるかとか少しは思っていたけれど、 此処 音楽系の板っでもなかったしw 別に君を悪いとは短パンも 思っておりませぬ。 ひとつ いいかな? >生きる意味を創るため。 言葉はおkなんだけど、それの具現化は実体験によってでしか拾えない とも言える。 俺は 「・・・・・やってみるしかないんじゃねぇの?」 と もし、君が僕の友人だとすればそう言うと思う。 へへへw モンのズゴック酔っ払いなんだけどこんな事書いちゃって大丈夫なんか? んんw
>>908 俺は別に普通の荒らしだから、気が向いたらまたやろうよな?
魔王「荒らし自己認定w」
うっせぇよ魔王・・・・
魔王「う・・・・スマン。」
いや、別に・・・・
>言葉はおkなんだけど、それの具現化は実体験によってでしか拾えない >とも言える。 へー、短パンって、こういうまともなことも言うんだw ちょいまともすぎるけどな。ほほほ。
腹痛い・・・もだえたせいだ・・・恒例の練りからし。
>>910 短パンさんは唄う・歌うことに関してのこだわりがありそうで・・・
もちろん、二セ「私も唄うの好きです」が。
オーディオ板にいるくらいだから、相当の音響マニアであり、
音楽というものに対する真剣な意見をお持ちのようで、実はそれが聞きたいと思うこともなくはないのです。
でも、
短「そういわれてもなあw」
に「そういわれてもなあw」
実際に短パンさんはギタリストだと聞いているし、
唄うことへ、唄う人への目は厳しいものを持っていると信じています。
>>386 の
>「・・・思いは無いが、今までの流れから、うわべだけは同じようにやれる。」
>今のこの国の音楽シーンを一言で表現するならば、そんなセリフだろうと思っている。
>だけど、そりゃ本人が歌ってはいるが既に贋物だ。
>ネームバリューで歌っているだけの嘘っこ。
実際にそうなんですよね。現代の音楽、歌声、彼らは"筋肉で歌っている"ので、
歌声もメロディも凡庸であり、失望するしかない。
それなら、お風呂に入って美空ひばりを鼻歌ってたほうがよいのでありまする。
ちょうど10代終わりくらいの頃「くだらねえとつぶやいて〜」エレファントカシマシなんてのがいたが、
『いや、お前もくだらない』って思いましたよw
914 :
ひかる ◆bodgOoQOHA :2009/01/01(木) 20:47:50 0
はやくん、ドゥルーズなんてくだらないよ。読みやすいところ鋭いところは一応ある。 だけどね。彼にも英雄主義は抜けてるんだよ。永井均はちらりとみたが、同情してはいけない理由だとか、 他のどこかでよくある変な事を書いていたので、書店で本に火をつけて燃やしちゃった。 警察駆けつけたけど逃げたよ。チャッカマンであんなの焚書だ。
実際に燃やしてしまうほど、ひかるさんはニーチェ関係のものに激しく反応するんですね…さすがです。 ドゥルーズは、精神的にはそんなに魅力感じない。でもいい知性を持っている。 だから、そこのとこ、割り切って読んでます。 ドゥルーズは、明晰なだけでなく創造的で前に進んで成長していくタイプの有機的な知性を持ってるけど、 たしかに精神や意志とかは、やはり英雄主義や神々しさが全く感じられず、学者って感じから抜けきってないですね。 ニーチェに対して極めて精神的に接しているひかるさんが好きになれないのわかります。
>>913 ミスチル、スピッツ、ラルクの全盛期の頃はまだよかったんだ。
感動する曲があった。
歌、そりゃ美空ひばりみたいに上手くないし、声も、尾崎豊みたいな精神的な深さや純粋さはない。
でも。ラルクのギターやベースはアートとしては最高峰(日本では。ギター、ビーズの人の方がロックかもしれないけど、アートとしては断然KENちゃん)だし、
hydeの歌詞は恐いくらい耽美な鮮やかすぎるメタファーが脈打ってた。
ミスチルの桜井さんもなかなか反逆的な意志や深く強い自意識を持ってる。
スピッツ演奏は平凡だけど、メロディが良く、マサムネさん歌詞にナンセンス上手くいれて、やわらかな謎めいた雰囲気つくってる。
宇多田も歌うまかった。
なぜだろう。2000年あたりから邦楽のメジャーになってる部分のレベルが急落した。
ビートルズやストーンズを聴いた世代と聴いたことない世代の境目なのかな。
ビートルズの影響力は半端ないもん。
ポールは音楽家として凄く、ジョンレノン歌上手くないのにあの声はやばく教祖。歌詞も。音のポールと精神のジョン。
そういえば、
ポールとジョン
名前の紀元
パウロとヨハネ
だっけ。デイヴィッドはダビデ。
短パンさん!バンド組んで音楽界に革命起こしましょう! 自分はギター、ベース、歌、どれでもいいよ! なんだかんだいって尾崎豊とビートルズが好き。 ニーセさんはドラムで! 嗚呼、短パンさんがギタリストだと知ったら興奮しちゃってつい。是非いつか音源聴かせて下さい。 ちなみに、ミスチルはエルビス・コステロにかなり影響受けてて、ニーセさんは、たぶんミスチルにはあまり感動しないけれど (資本主義〜に のっとり〜 こっころを〜 ほっぽり〜 虚栄〜の我が日っ本で〜す♪ ていう曲とか好きそうだけど笑)、 コステロには結構共感するものありそう。なかなか攻撃的な皮肉家で、大衆に媚びない精神持ってる。
918 :
酔い準備中 ◆TFnqGXDHBQ :2009/01/01(木) 21:37:27 0
なァにが酒だw
919 :
酔い過程 ◆TFnqGXDHBQ :2009/01/01(木) 21:39:17 0
そもそも酒を飲むたびに、思うのだ。 ニーセは酒が肌に合わないことに腹立つのだ!
920 :
はや :2009/01/01(木) 21:49:07 O
ニーセさんて、坂口安吾、読むのかな。 安吾さん 酒が美味いなんて感じたことはねえ、酔って全部忘れて魔法にかかるために、飲むんだ、 みたいなことどこかで書いてたよう。たしか、太宰論「不良少年とキリスト」だったかな。 "フツカヨイ的" 凄い個性的な太宰論だったよ。読んでないなら読むべき。 弱虫な不良少年はキリストを持ち出して色々語る、ところが腕っ節のあるドストエフスキーとなると自らキリストになっちゃうのだ、みたいなとこあった。 安吾さんのあのアウトローで反抗的でデカタンなとこ、太宰理解のために大分影響受けた記憶がある。 小説面白くないけどエッセイがいいの。 安吾さんは、アリョーシャをキリストといってたけど、個人的にはムイシュキンの方が好き。 アリョーシャは人間的に素晴らしいんだけど、ムイシュキンはなんかもっと凄いとこまでいってもはや人間から遠のいてるんだ。
921 :
酔い過程 ◆TFnqGXDHBQ :2009/01/01(木) 21:50:20 0
だいたいがだね、 酒が脳に廻らないことを呪ってさえいるんだ!! 羨ましいんだよ! 嫉妬だよ。嫉妬。ちくしょうめが、俺の親父は大酒のみ、母親は・・・ おふくろのやろうめがw 遺伝で済ませる? あほうが!
エリシャはそこからベテルへ上って行った。彼が道を上って行くと、 この町から小さい子どもたちが出て来て、彼をからかって、 「上って来い、はげ頭、上って来い、はげ頭。」と言ったので、 彼は振り向いて、彼らをにらみ、主の名によって彼らをのろった。 すると、森の中から二頭の雌熊が出て来て、彼らのうち、四十二人の子どもをかき裂いた。(列王記U2-23,24) 神の人エリシャ、そして、偉大なる万軍の神を、畏敬の念をもって讃えます。 神の比類なき御力の前でニーチェなど一体何になるでしょう。
923 :
ちょっと酔い ◆TFnqGXDHBQ :2009/01/01(木) 22:03:38 0
>>916 >ミスチル、スピッツ、ラルクの全盛期の頃はまだよかったんだ。
>感動する曲があった。
早君、私は現代音楽に排他的!と思われるし、実際にそういう面があるのは否定できないけれど、、、
はやちゃん「けれど?」
にせ君「実は、ミスチルもスピッツ(←色々)も歌えるのだよ!」
スピッツは通俗的なものと、そうでない曲があって、当然通俗的でないメロディの方をよく唄う。
ロビンソンとかは好き。
私の現代音楽に関して相対的に歌声やメロディの質にもちろん不満はあるが、現代の中でそれなりに
選別して「これはいい声の部類」という感想程度ですがございます。
例えば、grobeをキャバクラで唄ったみたいですが、
朋美ちゃんとけいこちゃんででどっちがうまい?
けいこ>朋美
です。
私は高校時代に小室ファミリーが台頭したし、その時勢に乗ったw
カラオケで、grobeを唄ったのさ
ははは!
蝋人形にしてやろう!
って感じに思うのは、やはり凄い声を聞けばこそ・・・
相対的憎悪みたいなものだあるんだろうとね。
でもでも、きっと一度旅行に行って食べた八条島の寿司と、チェーン店の寿司を食べたときの、
美味しい舌、"ニュアンスの舌"=耳を媒体として潤すもの に満たされたものでのその場の直感的感想なんだ。
924 :
酔い ◆TFnqGXDHBQ :2009/01/01(木) 22:11:38 0
>>920 >安吾さん
>酒が美味いなんて感じたことはねえ、酔って全部忘れて魔法にかかるために、飲むんだ、
坂口安吾は読んだことないですね。
でもこりゃ、坂口安吾が酒弱いだけじゃなかったのかって思うw
酒弱いことがどれだけ辛いことか・・・orz
どうやったら記憶なくせるのだ!!!
聞かせておくれ!
飲めばいいのかな?
なんで頭痛するんだよ・・・
俺がどれだけ短パンさんを羨ましいかわからないだろう!
何度も真似てこの板で飲んだんださ・・・そりゃ酔えたけど。。。
何かどうも酒を拒否する体質にあるらしいんですよ。
こんちきしょうめが!
これなる青二才目!これよりチェルケス女をたぶらかしに参りますとさ!
925 :
はや :2009/01/01(木) 22:23:41 O
ロビンソンいいですよね。歌詞も。ルララ宇宙の風に乗る。あれに昔体震えた。 スピッツなら、「運命の人」もいいね。 「チェリー」はあまり好きじゃない。 ミスチルならどれが好きですか? 自分は恋愛ソング好き嫌い分かれるのですが、ミスチルのは好きなの多いです。 「ボレロ」がミスチル最高の恋愛感情。メロディもコードも曲想とぴったり。 「and I love you」の、「どうしようもなく急に、一人になりたい時があり、屋上で月を眺めてた」ってとこもいい。あのメロディは、洋楽邦楽どこにもない。 「OVER」は17才前後の男を泣かす歌。 「隔たり」の、「君は美しきスパイダー、羽虫は僕」でいつも泣く。 KEIKOさんは凄いね。味わいとか深みとかあまりはないけど、魅力感じる。 faces placesとか、Anytime smokin'とかは、小室さんの曲の中で一番いい。 高校のとき付き合ってた元ホステスの人が好きな曲だったから、好きになってるのかもしれないけど。 彼女、KEIKOさんと音域同じくらいで、「頭から声を出す」んだって。 とりあえずミスチルで好きな曲教えて!
人にはある精神的地獄を消化する方法というのがあって、 それに代表されるのが酒だってのはこりゃ一般に知れ渡った認識であるが、 その地獄に落ちた時に酒に酔えないというのはどうやってその地獄を消化すればいいか、 困る。そこでその破壊衝動らしきものが私の場合何に転移されたか、 バルザック並みの大食と豪遊である。(65キロ→90キロまでいった時あるのさw) そのおかげでこれは誇張もない事実ですが、20歳代で既に「破産宣告」を済ませているw しかも、そのために調べたのが「2ch」との出会いだった。 弁護士を介入せずに、破産させる。免責。 私のことを知りたいなら、(いや誰もしりたくない、君が語りたいだけだろww)破産名簿のどれかに私の名前があるだろう。 それを打開する莫大な金銭を必要として、私は日夜デイトレードの修行に励み、 70万→300万まで8ヶ月で貯めた。 だが、ギャンブルと同じなのは油断すると、痛い目にあうということであり、 さらにその油断がエステ豪遊という無駄遣いを行った。 そうだよ?俺は大バカや労だよ!
927 :
はや :2009/01/01(木) 22:29:28 O
安吾さん読むべきだよ!ニーセさん! 彼の文章も、太宰みたいな、文体。なんか太宰よりも、乱れが激しい。 知性はそりゃニーチェと比べたら話にならないけど、愛情も反骨青春も大きな人。 尾崎豊と坂口安吾、同時にファンっていうアウトローな人結構いるかも。 太宰より男性的。 絶対ニーセさんに似合う。まず「不良少年とキリスト」次に、「堕落論」「青春論」や「教祖の文学」 「堕落論」の表紙タイトルの本に全部収録されてます。
反骨青春→反骨精神
堕落論。知ってます。 一度勧められたときがある。その時は、ラ・ロシュフーコーだか、 ラ・ブリュイエールに嵌っていて、後回しのまま今に至っているなあ。 早君が勧める本も当然視野に入れて読んでみます。 だいたい、私の堕落の仕方ときたらどうだ!!! 膨大な金がかかる。
>>926 ドストエフスキーの小説の登場人物みたい!
あのカラマーゾフ兄弟の長男を連想しました。
ただね、話変わるけど、 破産宣告にも穴があってね、 自分名義の口座は存在しないかぎり、存在しないで通る。 別にね、銀行がネットワークで口座別の残高を監視してないからね。 ははは! それで破産の分際で何をして株をしたか予想つくだろうよ! 蝋人形にしてやろう!だよ。 そこで、単なる投資だけでなく、投機筋の人間がどう動いているかというのを 肌で感じたし、この物質によるしっぺ返しも予想していた。 そんなことをしている野郎がニーチェだと?って思うだろうけど、 ニーチェは投機筋の内面についての考察も鋭い。いや鋭すぎる。 痛いほどあの人種のことを知り尽くしているといえる。曙光を読んでみると良い。 彼がどれだけ怪物的視野で色々考察したかを、 「意志が知性を恥じる時!」これは人間的なの、さまざまな意見と箴言に出てくる、 人間の計画と実行時の羞恥・怒りなるものの考察「ニーチェの自己考察でもあるだろう」なんだけど、 この言葉、デイトレードやっていて、どれだけ痛い言葉だったか! つまり、皮算用と実際の株価の動きに遊ばれた時の犬ちゃん同様の愚弄だよ。 意思が知性を恥じる機会を減らすこと・・・これが投資およびギャンブルの本質なのかもしれない。
932 :
てすと :2009/01/01(木) 23:01:41 O
おい
デイトレードは画面の奥にある株価との勝負だから、人間が絡まない。 つまり隣人がだよ。 でもね、ポーカーや麻雀はそうはいかないだろう。 隣人の神経の高ぶりも察知せずにはいられないし、かっても負けても、抜け出せないというのが 金銭的ギャンブルの怖いとこだろう。 その点、株は実に、、、自分のやめれる、やすめる意志に従えればけっこううまくいく。 で、ニーセはどうだったか? 意思が弱いから・・・結局へっちゃったww ぼこぼこにやられてね・・・・ 分析とセンスはあったと思っていたけど、、、でも結局残高は残り少ないのだし、 もうやってないから、むいてなかったのかもね。 でも、誤解しないでほしい。僕は金の亡者になりたいわけではなかった。 もしね、僕の必要なものをくれるなら金はいらない。 飯、煙草、本、オーディオ、服、家、米5年分!、オペラ招待券?あるならww カラオケ無料券、なんでもいいから、金以外で得れるならそれでいい。 貝殻でもいいんだよ、だろ? キャバクラ招待券(ワンセット+ドリンク3 指名券は別途必要) あとはあんだ? 知らんw
>>912 hahahahaha
まともでわるかったなw
>>917 うほっ☆
>>924 アッーーーーーーーー
っつか、酒は無理してまでして呑むもんじゃないと思うぞ?
というか、そやつには常用性という麻薬効果の側面があって、それは怖いから
取り扱いには気おつけて。
>>920 >弱虫な不良少年はキリストを持ち出して色々語る、ところが腕っ節のあるドストエフスキーとなると自らキリストになっちゃうのだ、みたいなとこあった。
ん。
イメージを作るとでも言うのか、そーゆー役に徹するとでもいうのか、
「みんな、答えを探している」として、
辿り着く先っていうのは、はたから見ればとある役に落ち着いた。という事でもあるんだろうと思っている。
だけど、ヒトっつーのはその役を疎ましいとさえ思ったりして、
時として折角見つけたその答えを自らの手によって、
なななな、なんと「ぶっ壊して」しまう事もあるんじゃないかな、と・・・
それをどう受け取るかには個人差があって、
とはいえ通常は(もったいねw)という印象は共通くさいんだけど。
なんだか
タハー・゚・(ノД`)ノ・゚・
なんて感じかもしれない・・・?
>>930 あのドミートリー?
彼は何か勇ましくていいね。
ドストエフスキーの小説の舞台と言えば「センナヤ広場」
この「センナヤ広場」を口に出すたびに、何か嬉しい気分になる。
でもドストエフスキー自身は「悪漢」が好きだったんだ。
フョードルもいいキャラだった。
確か、ゾシマ長老の修道院の食事会だったね?
『ウグイで、一日ずつウグイを食って神様が買えると思ってやがるんだ!』
『あんたら百姓が手に豆作って働いた農作物を国家のなんたらとかで巻き上げて民衆を食い物のしているんだぜ、尊い神父さん!』
この毒舌w
っていうか、 早であれニーセであれ、短パン構ってくれちゃうんでなんだかチョーシぶっこいてエロエロ書いてしまっている自分が居るですが、 本来、「哲学の基本は対話」というスレに単独爆撃とかしたりするヤツなので、 第三者から見れば、矛盾しているんじゃないかな〜。なんてはちょびっと感じてはいるんすよ・・・ いや、これは(哲学は)「対話が基本」とは出来ない。 書くことによって伝達とかはあるけれど、だって哲学って他者は基本居なくって(いや、実際には居るのだけれど) その呪縛はまずはずしてからが基本だと考えるわけなので、 なんだか、ダメなんだ。 うまく言えないが、「対話は対話であって哲学ではないだろう。しかもそれが基本とかヴァカですかw」 なんて思ってしまうんだよね・・¥・・・ んま、短パンだってこうやって好き勝手書いちゃっているんだから、 『そーゆーテメーの行いはどーよw』的なツッコミ入れられちゃえば、 もぅ。 gdgdwwwww なんすけど・・・w ういっしゅ☆
てか、ごらんください。 私はすぐ酔いが覚めます。 さっきまでけっこうまっかっかだったのだけど、すぐに戻ってくるんですよ。 私はある強烈な失恋を体験したときは、豪遊どころ、大食どころでなかったのだ。 御飯はずっと喉を通らない。 コーヒーとくだもの少しと煙草とリポビタンDしか口に入らなかった。 だから失恋のような絶望地獄は豪遊などでは済まされない。 眠れない日々。 酒飲んでも駄目だった・・・何度のんでも・・・・ 飲めたら楽だったんだろうと・・・思うんですよ。真面目に、短パンさん。
バンドやるなら是非オレをボーカルで頼むよ
「思い出さぬように 手紙も燃やして 思い浮かべぬように夢すら消して 費やした二人の時と同じだけ 忘れるための涙を二人は溢すのだろう」 尾崎豊、ロザーナ ゲーテはロッテ夫人のモデルになった人と失恋したとき、短剣を毎晩、胸に当ててたんだって。 僕は初めて詩を書くようになったの、失恋がきっかけだった。 それまで歌詞しか読んだことなかったくらい詩とは疎遠だったのに。 酒飲みまくれば眠れたのですが、毎晩、 手首や腕からは血、涙は止まらない、あの頃から、表現することでしか自分を保てなかった。 そして作家やミュージシャンになりたいと初めて思ったのは、連絡の取れなくなった人に、想いを伝えたかったから。 失恋。 絶望、孤独、航海、自己嫌悪。 行き場を失った愛、命の海を独り航海。 女の声、想い出、写真、メールボックス。 溢れるメール草稿、一歩手前で押せない送信ボタン。 心臓に突き刺さる悲しみ。 ニーチェは、きっとルーサロメへの恋愛感情は引きずってたかもしれない。傷口癒せてない。 あの強烈な女性嫌悪は、問題を抱えてる証拠。
>>938 そりゃ、酒の投入量によって持続性も違うに決まってんじゃんw
(一概には言えない。っつか、その人の酒への耐性と消化能力ってのもあるはず。)
別に、酒なんて呑めないに越した事はないと思っているし、
俺にとっては下戸は、真面目に、羨ましいんだけどな・・・
>酒飲んでも駄目だった・
薬剤師でもないくせに、あまりこーゆー事書くのは個人的にはどーかと思っているんだが、
例えば、睡眠薬系とかはどうなんだろう・・・
でも
ヤケ起こされて大量摂取なんて洒落で済まされん!
・・・やっぱ、手を出さないで済むのならば何も使わない(酒も。)のが一番いいのは
間違いないんだぜ。
失恋か・・・・
あれは痛いよなぁ〜・・・・・・
(もぅ、二度とゴメンだ!って、よく思う。。。)
人間って、どぅしてこういう余計な痛みを感じるように出来ているんだ?
と
ホント
痛感するよ・・・・
(バカなんでまたやろうとするんだがw)
>失恋。 >絶望、孤独、航海、自己嫌悪。 >行き場を失った愛、命の海を独り航海。 >女の声、想い出、写真、メールボックス。 >溢れるメール草稿、一歩手前で押せない送信ボタン。 さらに・・・もうならない電話・・・ 違う電話が来ると・・・なんだよ>< >ニーチェは、きっとルーサロメへの恋愛感情は引きずってたかもしれない。傷口癒せてない。 >あの強烈な女性嫌悪は、問題を抱えてる証拠。 同意します。強烈な失望を癒す方向性を何か創造的行為消化するために ツァラトゥストラはできたのかもしれない。 永劫回帰説は既にサロメと会っているときに懐妊し終った思想。 あの失恋がニーチェのあの作品を生み出した動機の一部、いや動機のほぼ全部だったといえるかもしれない。
>>939 ボーカルは一番目立つからな〜。
ポジション的に一番人気なのも当然だな?
んま、その分メンバーを納得させ続けられる能力が必要になると思うんだけどさ。。。
>>941 >(一概には言えない。っつか、その人の酒への耐性と消化能力ってのもあるはず。)
そうだと感じます。下戸の私はまさにそうです。
一度吐いた時あるんですが、酔いではなかった。唯の頭痛地獄・寒気・・・
やっぱり合わないだなあと感じます。
というわけで、ドミートリー的豪遊しか発散方法ないのかな?
それかコーヒーとリポビタンDのみまくって、
恋(失恋なども)が強烈すぎると女の香水が脳にやきついて、
なにか別な匂いが女の香水のにおいになるくらい混乱するんだよ。
一度、強烈な恋愛中にそうなった・・・
頭狂うよ。本当に。
945 :
はや :2009/01/02(金) 00:07:19 O
>>939 とりあえず歌声うpして!
ここ嫌だったら、僕のブログのリンクこのスレから探して、ブログに来て下さい!
僕は曲つくるときジェットコースターみたいな高低差主旋律にたまに入れたくなるから、
(ラルクの 瞳の住人 とかジェットコースター、ああいうの胸にくる、あれ、上のラまで上がるね…女でもなかなか出せない声)
ラまでは裏声使わずしっかり歌えて、上のミくらいまで綺麗な裏声で歌えてくれたら幸いです。
ニーチェの失恋の痛みは相当だったはずだよ。
なんかニーチェの女性嫌悪、痛々しすぎて読んでると苦しくなる。
ボードレールの女性嫌悪は、どちらかというと恐くなる。
946 :
◆TANPanX3xc :2009/01/02(金) 00:11:21 0
>>944 あのーーーー
どー考えても
コーヒー(眠気覚まし効果)とリポD(滋養強壮w)が
失恋に効くとか解らないんだが、
っつか、やっぱアホだろ
オ マ エ
恋ではないが、小学校の頃にいとこのおねえさんがお盆に遊びに来たときがあって、 そうだ、ちょうど小学校3年くらいの時です。 私は自分でいうのもなんですが、幼少の頃からかわいいらしいw子供だったので、 おねんさん達に兄弟でも特にちょっかいかけられるほうで、 そのいとこのねんさんが遊んでくれたんだが、2人とも疲れて畳の部屋で寝ちゃったわけ。 目を覚ましたら、おねんさが私の隣で寝てたんだが、ミニスカートはいて、膝立ててた。 そこで当然かなり気になり、脳に異常な興奮が湧き上がり、その膝のたてている奥を覗いた・・・ 細くて綺麗な足。開いて、白いパンツ見えて、かなり興奮したなあw 汗かいてて、少し密着してるんだけど、食い込んでいるわけじゃなくて、 ぴったり ついているって感じ。 もう おっきおっきw これが私の「リビドー」です。 いやいやこんな板でこんな話はもちろんしたくなかったのですがw でもここからフロイトに話をずらしてもいいかも?w おねえさん今は42歳。今でも細くて綺麗で、香川京子みたいだよw
948 :
◆TANPanX3xc :2009/01/02(金) 00:18:40 0
さて 話 を ニ ー チ ェ に 戻 そ う か 。
>>948 すいません。つい思い出してしまった。
でも、これかいてて興奮してました。
(でも短パンさんもそういうリビドー体験をお持ちのはずですww)
じゃ、卑猥な話やめてニーチェしましょう。
というか、寝ます。麻雀もうちょいまってください。がんばります♪
早君もおやすみ!
ああ、正月早々、断食して、意識朦朧、
そして今、ビール飲んだら、変な酔い方で、倒れそう。
リビドー。
5歳。保育園のトイレ。続きは、
次スレの
>>1 に…
うそうそ。(〜トイレ。までは本当)
誰か他の人立てて下さい(僕のブログのURL入れてくれたら顔晒してやってもいいくらい狂喜する…けどさすがにそれは削除依頼級?)。
携帯からだと立てにくい。
丁度、僕も断食ビールで気失いそう。
おやすみなさい。
951 :
はや :2009/01/02(金) 00:42:33 O
>>948 短パンさんがニーチェやニーチェの哲学について語っといてよ!
短パンさんがニーチェについて語るのみたことほとんどなくて。
どんな文章になるか気になる。
明日レスします。おやすみなさい。
>>949 コテ貼る正の部分の事か?
・・・・正直それは感じているよ?
もちろん酔狂に「我こそが絶対!」なんて思ってしまう瞬間を否定はしないが、
それに酔いまくって仕舞にホントに「自分が神だ!」なんて思ったら、
その瞬間に負けが決まって、
恐らく、
此処だって淘汰されるんじゃないかね?
「おまんじゃろ軍w」とか此処
白血球が、わさわさおるんだし、
ペチペチくっつかれて、消化されると思うよ。
それでもいいと思っているけどな。
(想定はしているよ。)
(対策は考えていないんだがw)
>>951 hahahaha・・・・
痛い所を突かれましたw
というか
みんな
アリガト。
おやすみ
953 :
ひかる ◆bodgOoQOHA :2009/01/02(金) 01:28:54 0
はやくん。ドゥルーズは内容がおかしいのだよ。完全に勘違いしたニーチェ理解だ。 残忍な信長的な原理を認めてないってことだよ。現代人のニーチェ解釈の典型。 ちなみに現代思想はすべてといっていいほど屑。ニーチェも一役買っている。彼にも独我論や、認識論のくだらなさを感じてしまう。 そう断罪するにはまだ早いけど、たぶん彼の認識論はむちゃくちゃだと思う。
ニーチェの認識論は、全くまとまりがなく、整理されず、時期によってちがうし、同時期でも矛盾したことが書かれている。 でも、実際に価値創造者、芸術家になれる素質があるのならニーチェの認識論はいい。 芸術家はニーチェの認識論を、精神的に、人間的にさえも、理解でき、具体的に言語表現や生きる意味の創造に応用できる。自分の心の血管にさえなり、比喩が流れる。 いけないのは、ニーチェの認識論を無理に学問的に理解しようとしたり、 ポストモダンみたいに変に悪用して無意味な言語を増産したり。 ニーチェの認識論は、精神的に理解して自分の心の血管としたなら、まず比喩の能力が上がるはずだけど、 下手すると空疎な抽象的思弁のきっかけにもなってしまう。 ポストモダンは、ニーチェの認識論に馬鹿みたいに影響受けてますね。ニーチェの人格、精神、感性には全く影響うけず。 ああいう影響の受け方するとニーチェの認識論は無意味どころか負に働くってことだと思います。
ニーチェの残忍性。 初めてニーチェを読んだ18の頃、自分は神々や悪魔というよりは、愛の殉教者・神の子って感じだったから、 ニーチェの精神に対してはとてつもない恐怖感を抱いていた。 キリスト教リストカッターとメールしてて自分もキリスト教徒になって洗礼うけようか迷っていた頃。 ツァラトゥストラを、恐怖した。でも全くといっていいほど、嫌悪感は生まれない。 ニーチェは根本的には、大きな愛をもった人だとわかったから。 ニーチェを愛したから、あの残忍な貴族主義が、愛に苦しんでいた自分の中にも芽生え、 愛と憎悪が渦巻いて、心が引き裂かれそうになった。 18歳、ニーチェとの出会い。 あと、「ディオニュソス的な、余りにディオニュソス的な彼は、もはや芸術を創るのではなく、芸術作品になるのである!」 てのを、ランボーの「地獄の季節」の「俺は架空のオペラになった」てとこの感想文として書いたあと、 何ヶ月か後、ニーチェ「悲劇の誕生」を読むと、同じようなことが書かれていて、 このやばい偶然あるいは思考の類似に、運命を感じてしまった… 僕は平成のニーチェになるんだ!という18才の熱い青春的自負心。
ひかるさんのニーチェとの出会いはどんなんだったのでしょう。 ここに書き込みにくかったら、いつかメールででもお願いします。 ニーチェの認識論ば、言語で表現しえない世界を無理やり表現してるから、矛盾だらけになっている、 あるいはニーチェの認識論が矛盾してないと仮定すると、演繹される事柄やそれに対する言語表現が矛盾だらけになる。 だから、非言語的な世界を体験しにくい、詩人としての能力の薄い学者には、変な影響を与えてしまう。 芸術家にはもともと非言語の領域にダイブしているから、ニーチェの認識論に変な影響を受けず、 具体的に理解して具体的に応用することができる。ということかもしれないです。
ツァラトゥストラの恐ろしい処は、ニーチェ自身あるいは、ある力動を持った個人の声が そのまま神託か、鶴の一声のように感じさせてしまうという危険があると感じる。 読者自身が芸術家的にニーチェに接近するのと、受動者として接近するのは別であって、 後者のような接近が多くの学者に見られると感じる。 認識の(触発)ための言語ではなく、言語抽象による抽象現象の解釈の迷路に迷い込ませる危険があって 言葉自体に固定化姿勢や求道的探求像や自分の倫理感の鏡としての偶像らしきものに成り果てる危険。 ニーチェ『信者』など存在しないのだし、存在してほしくないのです。 例えば、私のような比喩が噴出されない頓馬的情緒の人間でも、それくらいの危険は察知できる。 芸術創造者と受動者というのはかなり裂け目が生じうる。 飛躍の危険の誘惑は現代を見ると、いい影響ばかりとはいえないです。 むしろ、悪い影響の方が多すぎるかもしれない。 そんなことに漠然と気づいてから、ニーチェに接する感覚が変化した。
ニーチェの言葉は得体の知れない油。自分の火で燃やさないと。
既存の実験器具で分析できないからって、学者はへんな試薬やらを開発することばかりに集中して、
結局ニーチェ溶液は謎のまま、下らない試薬や実験器具ばかりが大量に生まれる。
自分の火で燃やせば、一瞬の化学反応で新しいもの創れるのに。
勇気いるけど。ツァラトゥストラの言葉は恐い。自分が灰になる。
「自分自身を焼き殺して灰になったことのない者が、どうして新しい存在になれようか!」
みたいなツァラトゥストラの言葉があった。
今日は欠席します
小説。昨日ニーチェのことが気になって前書きも完全しなかつた。
そろそろ
>>1000 か500kbなので、どなたかスレ立てよろしくお願いします。
ニーチェスレって、500kb(512だったかな?)によくいくよね…
あの例の狂った高校(卒業ちょうどくらい)生は、たしか書き込み数756でニーチェ7を埋めてました!
半分近く一人で!馬鹿だよ!次スレの
>>1 に「少年よ神話になれ」っとか書き込んじゃってさ!
嗚呼、懐かしい…
このスレも
>>1000 行くまえに500kbを目指しましょう、どんどん長文どうぞニーセさん達!
個人的体験を例に取れば、ニーチェの声に鼓舞されたというのは他の著者に比べれば強烈で仮に早君が『悲劇の誕生』ならば、私の場合は『反時代的考察』になる。 今でもあの青春期(18才時期)に手に取った男らしい攻撃的で・情熱的・温もりもある書物で魅了された残存や印象というのは小さくないし、 又あの書物のニーチェと後期のニーチェは別ものであると感じてもいる。 ショーペンハウアーへの熱烈な賛美にしても、ショーペンハウアーを賛美しうることによる自己礼賛も含まれているし、 その背後でニーチェ自身がいかに違う認識をしていたかも解っているが、あの書物の熱い言葉は現在でも生のままで受け取るし、受け取らざるを得ない。 ニーチェ自身にも誰でもいえることだが、ある物事を語ろうとする場合やある人を賛美する場合や回顧する場合というのは、 それが現在の己との相違があるとしても、回顧したりした時に湧き上がる強烈な印象がいかにも現在形のごとく語る。 (以上は反時代的考察に関しての感想。ヴァーグナー分析にも最適の本。) サロメも指摘するように、『人間的な、あまりにも人間的な』から革新的に(思想や生み出す土壌や生活態度も)変化したし、 前期とその変化期に比較すれば矛盾も存在する。(それ以後も当然存在している。彼は新しい認識をしまくっては脱ぎ捨てている) 矛盾であるから、矛盾であるだけで処分できないところもニーチェの魅力です。 多くのニーチェ読者には「ニーチェの言葉が何を意味するか?極めたい・・・」という姿勢しか読み取れない。 何故?これは不可解なのです。 ニーチェを極めるのではなく、自分を極めることでの、言ってしまえば唯の他人(の言葉)として・刺激剤としのニーチェでしかない。 こんな言い方をすればいい加減に聞こえるがニーチェの人格的な部分・感受性を肌で感じれるように、 言葉から人間を見るようにすれば別に芸術家を志望しなくてもニーチェの認識論はかなり有益です。 ちょいと、掃除の続き。正月は掃除が面倒なんだよ! 大体がさ、掃除苦手だしw
960 :
考える名無しさん :2009/01/02(金) 21:35:59 0
>>960 (1と2を読んだ)印象としては、ニーチェの言葉の集合によってニーチェ全体像をゆがめて固めているだけの批判って感じです。
批判する動機のひとつに、ある言葉がその人間の保持したい感情や思考の部分に食い込んだゆえであり、
その食い込みの反動による、刺激による反論になるのが誰でもだろうけれど、
その自己思念の正当性だけのために、一見自分の思考の保持に都合よく響くニーチェの言説の歪曲的解釈の寄せ集め的批判にしか聞こえないです。
部分的に同じ感想を抱くというのもちょっとだけあるけど、断罪すべき姿勢がまず最初に固定してあって、
その姿勢を固めるためのニーチェの言葉の寄せ集めって感じで興味は感じない。
結論:妥当性も感じないですね。
何処がどうかという詳細を語ればもっと長くなるけれど、個人的にはそんなことするに値しない批判文です。
それよりも、麻雀覚えるのが今は重要w
テンパイから"てんぱってる"ってきてるんだろうね
>>952 短パンさん
短パンさんがテンパイして、でもあがれなくて本当にてんぱらせたいw
まあ、まだまだ先の話か・・・
「のーてん」なニーセでしたw
というわけで、私は
寝る
962 :
考える名無しさん :2009/01/03(土) 00:03:00 0
>>961 どうすればあなたのように、自分の考えをうまくまとめて表現できるようになりますか?
>>961 そういう印象だけの批判はあんまり意味ないから、書かないほうがましだw
この人の批判は、結構本質を突いているよ。
【「強者」と「弱者」、「高貴なもの」と「奴隷」――これらとその制度は古来脈々と流れている価値観のひとつだ。
ニーチェさんはその価値潮流に依拠し、それを基底に据えて、論評を展開しているにすぎない。
つまり「あらゆる価値の価値転換」と自称するのは、とんでもない僭称であって、古来の価値基準に依拠した論にすぎない。】
ただ、こういう批判は既にハイデガーがやってる。
ニーチェによる価値転換は、プラトニズムの逆転である限り、プラトニズムの枠内に留まる、とハイデガーは批判してる。
964 :
考える名無しさん :2009/01/03(土) 01:35:12 0
>>963 いかに超越している風を装っても、既存の価値観に対する批判である以上、
結局これまでの価値観と同じ土俵の上で、あれこれ捏ね繰り回しているに過ぎないってことかな?
例えば、西洋かぶれの日本人が、傍観者的に日本を批判しようとしても、
彼自身も批判の対象に含まれることだったり、逆に、日本を賛美したとしても、
批判のしかた自体が、西洋発祥の思考様式に浸っていることに似てるような。
>>963 その意見も
>>961 と同じ文章に批判されうると思います。
でもぶっちゃけ
>>961 はせこい文章だ!何言い返してもその主張には勝てない(笑)
> 【「強者」と「弱者」、「高貴なもの」と「奴隷」――これらとその制度は古来脈々と流れている価値観のひとつだ。
> ニーチェさんはその価値潮流に依拠し、それを基底に据えて、論評を展開しているにすぎない。
> つまり「あらゆる価値の価値転換」と自称するのは、とんでもない僭称であって、古来の価値基準に依拠した論にすぎない。】
> ニーチェによる価値転換は、プラトニズムの逆転である限り、プラトニズムの枠内に留まる、とハイデガーは批判してる。
>
みんな、ニーチェを哲学史の中に位置付けたがるからおかしくなる。
ニーチェは哲学史や哲学用語をあくまで利用して、自分の思想を語っただけなのに。
プラトニズム"の"価値転換、プラトニズムの"枠内"、そんなことはない。
プラトニズムから派生した色んな下らない観念の郡れに縛られた人たちに、憤りを感じ、
もっと価値のある生き方ことを示したかったんだから、
プラトニズムから抜け出せと言っている。
""のところはおかしいと思います。
966 :
考える名無しさん :2009/01/03(土) 01:40:58 0
でも、もうとっくに死んじゃった人に対して文句言っても、単なるひとり相撲じゃない? それとも、ニーチェに肯定的なイメージを抱いている者一般への当てつけか?
>>964 ニーチェが既存の価値観を批判したのは、新しい価値を示したかったからであって、
昔の価値観の土壌には乗っていないと思います。
とにかく、ニーチェが主に論じたいのは既存の価値観のうんぬんではなく、
新しい価値を創るための生の在り方が趣旨なのであって、既存の価値は邪魔だから壊したかっただけのこと。
思惟形態も、西洋式を批判することによって、西洋式から脱し、主語なんて幻想に過ぎないことを悟っている。
>>964 まあそういうことだよね。
例えば道徳の系譜でも、従来の道徳を奴隷道徳と君主道徳に二分して、
今まで幅を利かせてきたキリスト教の奴隷道徳よりも君主道徳がいいとしている、
みたいな価値転換がいたるところにある。
>>965 プラトニズムの逆転っていうのは、ニーチェ自身の言葉だよ。
>みんな、ニーチェを哲学史の中に位置付けたがるからおかしくなる。
ニーチェ自身が自分を哲学史の中に位置づけているんだよ。
ニーチェが書いたものの7〜8割ぐらいは、
キリスト教とプラトニズムに対する批判なんだから。
哲学史を批判するってことは、自らを哲学史の中に位置づけることに他ならない。
>>968 とにかく、ニーチェのような強烈な精神にとっては、
歴史もキリスト教も哲学史も、自分に宿った思想を語るための道具でしかない。
だから、ニーチェを読むときは、そんな道具でしかない事実関係そのものなんてほっといて、
ニーチェがその道具をどう使ったか、そのニーチェの精神の動きが重要だと思う。
>>960 のリンクの文章について。
>>961 と被るけれど、言葉かえて簡単に言うなら、そしてもっと嫌らしくいうなら、
このニーチェ批判者は、自分にとって嫌な感情をニーチェの文章が呼び起こすので、
それに過剰反応し、それを覆い隠すために、ニーチェの言葉を批判しながら自分の意見を述べている。
だから自分にとって嫌そうな言葉だけがニーチェの膨大な言葉の数々から都合よく引き抜かれている。
ニーチェの他の言葉によって、この人の批判が、批判し返され得る余地は十分あると思います。
あと、ニーチェにとって「賤民」が比喩か実体かどうだったか、述べているけれど、
これはナンセンス。
ニーチェには比喩も実体もそんな区別は最初からない。
ニーチェにとって、カエルを見てそれを蝶々と呼んでみたところで、別にカエルをカエルと呼ぶのとは何ら変わりない。
>>969 >>961 と同じで、そういうのは話に具体性がないから説得力もない。
相手が具体的に書いているんだから、それに反論するなら、具体的に書かないと。
じゃあ例えば
>>968 の「奴隷道徳」と「君主道徳」についてはどう思う?
「奴隷道徳」と「君主道徳」の区別が『道徳の系譜』の主軸になってるんだから、
これは自分の思想を述べるための道具に過ぎないなんて言っても、説得力ないよ。
>>971 >
>>961 と同じで、そういうのは話に具体性がないから説得力もない。
> 相手が具体的に書いているんだから、それに反論するなら、具体的に書かないと。
思想に対する具体的な接触とは、決してニーチェの術語を具体的に並べることではなく、
語るときのニーチェの精神の動きを感じること。
だから
> じゃあ例えば
>>968 の「奴隷道徳」と「君主道徳」についてはどう思う?
> 「奴隷道徳」と「君主道徳」の区別が『道徳の系譜』の主軸になってるんだから、
こういう接し方は、具体的にニーチェの言葉を並べているだけであって、
ニーチェの精神に対しては抽象的。
たとえばニーセさんや僕がやったみたいな、例の批判者の心を直接読み取ろうとするのは、
抽象的な人間からみると抽象的に思えるだけで、むしろ、ニーチェの術語について述べるよりはるかに具体的なことをしている。
言葉に甘えてる人の文章は、言葉をそのまま受け取って批判なり評価なりしたらいいけど
ニーチェほど言葉から遠のいてしまった人は滅多にいない。
> これは自分の思想を述べるための道具に過ぎないなんて言っても、説得力ないよ。
>
〜に過ぎない、と思ってます…
>>972 ん。。。具体的には書けないということなのかな。
もう一度質問すると、
ニーチェが、既存の価値の枠組みを否定して、それを乗り越えたところに
新たな価値を定立しているとするなら、そのことと、ニーチェが「君主道徳」を高く
評価していることは矛盾してるんじゃないですか?
【道徳は今日のようにヨーロッパにおいては畜群の道徳である──したがって、われわれがこの事柄を理解するかぎりでは、
それは単に人間的な道徳の一種であるにすぎず、これとならんで、これのまえに、これのまえに、多くの道徳、
とりわけより高い道徳が可能であり、あるいはあるべきであろう。】(善悪の彼岸202)
そしてニーチェは「君主道徳」を高く評価してるわけだ。
【これまで地上に支配してきたし、いまもなお支配している多くの精粗さまざまな道徳を遍歴してみて、
私はそこに一定の特質が規則正しく共に回帰し互いに結ばれあっているのを見いだした。
とどのつまりに私にはそこに二つの基本型があるのが明らかになったし、一つの基本的差別があらわれているのも分かった。
すなわち、君主道徳と奴隷道徳とが存する。】(善悪の彼岸206)
ニーチェのいう「君主道徳」は、過去にあった道徳の在り方を示しているのではなく、 (過去にそういう道徳があったとしても) ニーチェの精神に起こっている力動を示している、 ということです。 ニーチェは、過去に君主道徳があったのなら、そういう事実を利用して、 自分の精神的力動を語っている。 だから、君主道徳が既存のものであれ、既存の価値を否定したことと君主道徳を評価したことは矛盾しない。 「君主道徳」と発するニーチェの精神には未知の運動が起こっていたら。
ちょっと最後日本語おかしかった。 精神には→精神に ニーチェは歪曲しないと物事に接っせないほど盛んな情熱をもっているから、 たとえばニーチェが述べたプラトニズムについてキリスト教については、 普通の感覚からするとむしろ誤りが多いといえるかもしれない。 ところがニーチェの考えによると、そもそも歪曲や誤りと正しい理解に境界はない。 むしろ価値創造のためなら何でも歪曲してやれ!みたいな。 そんなニーチェの文章を読むには、普通の感覚(この言葉は何を指してるか、や、哲学史や事実や術語の整理)ではなく、 (なぜなら普通の感覚によると、ニーチェは何でも歪曲していると言わざるをえないから) 特殊な読み方が必要になると思います。 特殊、というより、本来はこういう読み方が勧められるべきだと個人的には思う… その読み方は、ベルクソンの比喩を借りるなら「聴診器を当てる」ような読み方。 具体的にいうなら、書き手の、言葉を生む段階にある心情や、言語で表し得ない直観の動き、 を直接感じとること。 普通の読み方をするとニーチェの哲学は矛盾だらけになってしまい、批判者が出るのかもです. 他スレにもいたので そろそろ2chに連投拒否られます…
>>974 >だから、君主道徳が既存のものであれ、既存の価値を否定したことと君主道徳を評価したことは矛盾しない。
ん。。。もう一度まとめるとw
ニーチェのプラトニズムの逆転が、既存の価値の二分法の枠内にあるというのがハイデガーの批判で、
実際、ニーチェは既存の道徳を君主道徳と奴隷道徳に二分して君主道徳を評価している。
もし既存の枠組みを超えているというなら、君主道徳とも奴隷道徳とも違う新たな道徳を示さなければだめだよね。
これは当然のことだと思うよ。
>>975 >特殊な読み方が必要になると思います。
特殊な読み方でもいいから、具体的に示してくれないと説得力ないし、話になりません。
> ニーチェのプラトニズムの逆転が、既存の価値の二分法の枠内にあるというのがハイデガーの批判で、 > 実際、ニーチェは既存の道徳を君主道徳と奴隷道徳に二分して君主道徳を評価している。 > もし既存の枠組みを超えているというなら、君主道徳とも奴隷道徳とも違う新たな道徳を示さなければだめだよね。 だから、何度もいうけど、ニーチェは既存の道徳についてなんて述べているのではなく、 既存の道徳に対する自分の精神の動きについて述べている。 誰でもそういう傾向あるけどニーチェの場合とくに激しいということです。 昔の「君主道徳」がどうであれ、問題はニーチェが「君主道徳」と発するときの心情。 それが未知のものならニーチェは過去の君主道徳については語っていない。 あと、ハイデガーがどういおうがニーチェにも他人にもなんも関係ない。 > 特殊な読み方でもいいから、具体的に示してくれないと説得力ないし、話になりません。 いま携帯しかないので、ここにはなかなか書けません。だから前書いたやつ貼りたいのですが、今日自分のブログ宣伝しすぎたねでURL貼り付け規制されてる…。 時間たったあとか貼れるか、ニーセさんが貼ってくれます。
フーコーは何故にハゲの系譜学を基礎付けてくれなかったのか。 彼ほどの適任者は先にも後にもいないだろうに。 性の問題の方が重要だったのだろうか。
>>977 >だから、何度もいうけど、ニーチェは既存の道徳についてなんて述べているのではなく、
ん。。。 だからわざわざ
>>973 で引用したんだけど。
ニーチェは既存の道徳の「二つの基本型」と書いている。その一つが君主道徳。
奴隷道徳がルサンチマンに基づくのに対して、君主道徳は自己肯定に基づく。
なんで自己肯定できるかというと、そこに強さがあるから。
だから奴隷道徳と君主道徳の区別は、そのまま弱者と強者の区別につながる。
その、強さと弱さの区別はニーチェ哲学の基本思想でしょう?
自己肯定できる強さをニーチェは求めたんであって、
超人が永劫回帰を欲することができるのも、結局はそこに強さがあるからだよね。
そういう強さをニーチェは君主道徳の中に見た。
ニーチェが強さっていうことにあれほどこだわったのも、
キリスト教の中に弱さを見たからだよね。
キリスト教についてニーチェは「道徳の奴隷一揆」と言ってるように、
今まで弱者が価値を支配してきたとニーチェは考えているわけで、
今まで弱者によって支配されてきた価値を、ニーチェは強者の流儀で価値定立しようとしたわけ。
だから根本的にはそれは既存の道徳の「二つの基本型」に基づいているんだよ。
おはようございます。なんか凄いことなってます。
まさか、私の意見の
>>961 がここまで賛否両論を起すとは・・・
>>962 >どうすればあなたのように、自分の考えをうまくまとめて表現できるようになりますか?
上手くまとまっているかどうかは自分ではわからないです。
上手くまとまっていると映るならそれは嬉しい。
私は思考と声にあまり相違がない方で、考えていることをただ素直に書いているだけです。
本当に思ったことを・・
だから精度をかく場合もあると思います。思った通りに忠実ならまとまるように感じます。
>>963 >そういう印象だけの批判はあんまり意味ないから、書かないほうがましだw
この一文自体が私には意味ないから言っても無駄です。
>この人の批判は、結構本質を突いているよ。
>【「強者」と「弱者」、「高貴なもの」と「奴隷」――これらとその制度は古来脈々と流れている価値観のひとつだ。
古代に残存した人間の生活形態として、あるいは歴史上の事実としては流れていたと認識されているとは思うけど、
>ニーチェさんはその価値潮流に依拠し、それを基底に据えて、論評を展開しているにすぎない。
そうとは思わない。なぜなら、歴史上の残存としての価値感を新たに生命感情の本質として認識し、
古代人の精神をニーチェが追体験したからであり、その追体験、生の根源を歴史的な価値感の残存らしきものから、
新たに言葉を生み出して生命の躍動感を得ているからであり、それを人間に伝えたかったからだ。
>つまり「あらゆる価値の価値転換」と自称するのは、とんでもない僭称であって、古来の価値基準に依拠した論にすぎない。】
既存に存在する言葉や認識を用いている意味では、"古来の価値基準"を参照しておしゃべりしているように思えるかもしれないが、
私は違うと感じる。自己や人間全般を強烈に分析した結果に出たニーチェの価値感情であり、僭称ではない。
なぜなら、それだけの興味を惹くように人間に何かを疑うようなものを提供しているのだから、それだけで既に価値感情へのメスが働く。
>>963 の続き
>ただ、こういう批判は既にハイデガーがやってる。
それはハイデガーのニーチェ見解であり、さらにそれに依存したあなたの見解ではないかな?
ハイデガーを盾にしているように感じます。
あなたがコップなら、たまにコップになって滝に落ちて水を得て欲しい。
誰かの意見という水を簡単に己というコップに流すような思考態度がまず疑問です。
>ニーチェによる価値転換は、プラトニズムの逆転である限り、プラトニズムの枠内に留まる、とハイデガーは批判してる。
同上。
>>965 >でもぶっちゃけ
>>961 はせこい文章だ!何言い返してもその主張には勝てない(笑)
早君にせこいと言われると気になってしまうなぁ。
でも、何か、かわしかたが軽々しい批判の仕方に映ったのは振り返ってみると否定できない・・・
私も欠点あるのを自認しています。
>>982 >それはハイデガーのニーチェ見解であり、さらにそれに依存したあなたの見解ではないかな?
>ハイデガーを盾にしているように感じます。
>979はハイデガーの見解ではないよ。私の見解だ。
で>979への反論は?
あなたも、具体的なことを何も書かない人だね。
そういう印象批判なら、なんとでも言えるのだよ。
過去スレで、短パンさんと早君と私が3人揃ったら、口語の連続になるなんてことを書いていた記憶があるけど、 本当だった。 ぶつかり合うのはいいことです。 でも消耗も激しくなる。私もとしだ。 「齢長じ、夢は去った」 善悪の彼岸のカント批判でこんな表現がありましたが、夢は私からは去らせないのだ。 仮に、夢が鳥であり、私が箱なら捕まえる! では、続きを。
ニーチェはあらゆる価値の転換のための「方法」を、それを実際に適用してみせることで示したのではないか? フーコーがその方法をハゲという死活問題に適用しなかったことは甚だ遺憾ではあるが、 彼の著作物の題名を読む限り、彼は淀んだ固定観念や価値観を流動化させるためのニーチェの方法を学び、同性愛問題に適用したに違いないと思われる。
988 :
はや :2009/01/03(土) 09:01:35 O
>>985 あなたには何を言っても無駄だとわかりました。
私の主張を理解してくれないというより理解しようとしていない。
私の主張に何一つ触れないで、勝手に抽象的だときめつけ、それで反論したつもりになっている。
だから、こちらも何度も何度も同じことを書かなければならないから疲れるしそろそろ書く気なくなりました。
印象的?。そう印象が大事。印象的でないニーチェ理解や芸術評論はクズだと言っておきましょう。
小林秀雄以外の芸術評論、バタイユ以外の哲学者のニーチェ理解、あまり意味がない。
全く意味がないというわけではないけど、生の意味は感情やイメージのレベルからしか生まれてこない。
今日は忙しいので夜まで書き込めません。それに今ニーセさんがいて、二人で攻めるのは気がひけます。
よかったら2月頃パソコンがあるので議論しましょう。
何日でも相手します。
989 :
はや :2009/01/03(土) 09:12:52 O
>>982 > >でもぶっちゃけ
>>961 はせこい文章だ!何言い返してもその主張には勝てない(笑)
> 早君にせこいと言われると気になってしまうなぁ。
その(
>>961 )批判は、
>>960 に関わらず、ほぼ全てのニーチェ批判者(逆にニーチェ賞賛者も)に当てはまるくらい、
普遍的な妥当性があるから、どうやっても言い返し得ないということです。
でも決して普遍的=抽象的ではない。普遍的なことを具体的にわかるように表現するのが哲学者の技であり、
>>961 はもう少し整理すればかなりいい文章になりそうです。
>>987 >彼は淀んだ固定観念や価値観を流動化させるためのニーチェの方法を学び・・
少しまともな意見が出てきましたね。
しかし本当に観念や価値観が淀んで固定化していたんだろうかと考えると、その意見も問題ある。
プラトン、キリスト教、カント、そして実証主義までを十把一絡げに「プラトニズム」としたのは、ニーチェ自身なんだよ。
批判されている側は、ニーチェのそんないいぶんを誰も認めないと思うw
だからニーチェは自分で勝手に固定化したものと闘っていたともいえる。
>>988 >勝手に抽象的だときめつけ
勝手にじゃないでしょう。
私が具体的に書いていることについてあなたは全く触れない(触れられない)んだから。
991 :
はや :2009/01/03(土) 09:25:27 O
>>990 > プラトン、キリスト教、カント、そして実証主義までを十把一絡げに「プラトニズム」としたのは、ニーチェ自身なんだよ。
> 批判されている側は、ニーチェのそんないいぶんを誰も認めないと思うw
>>975 と
>>983 のリンクを読んで下さい。
とにかくニーチェは、哲学史であれ歴史であれ、他人には歪曲とうつる方法で理解してます。
つまり、ニーチェにとってプラトニズムとかキリスト教は、
実際のそれらである必要はない。
何度も何度もいうけれど、大事なのはプラトニズムうんぬんではなく、プラトニズムを批判するときの、
ニーチェの精神の力動、ニーチェの「文体」、語られる調子やテンポ。
>
>>988 > >勝手に抽象的だときめつけ
>
> 勝手にじゃないでしょう。
> 私が具体的に書いていることについてあなたは全く触れない(触れられない)んだから。
ニーチェの哲学以前に、あなたの思考をメタレベルで批判したかったんです。
(´・ω・`)
992 :
考える名無しさん :2009/01/03(土) 09:29:54 0
そもそも、相手側が学ぼうとしない議論/話し合いに実りはないからね。
993 :
はや :2009/01/03(土) 09:30:20 O
夜まで書きこめないよう。
誰か
次スレにここの
>>960 以降の必要そうなの貼ってくれると嬉しいです。
それとも一時中断かな?自分は疲れたし今から疲れることするし…
>>991 >ニーチェの精神の力動、ニーチェの「文体」、語られる調子やテンポ。
それが大事でないとは誰も言っていないんだ。
でもそれは前置きであって、その先を話さなければ哲学にはならないことぐらい分かるだろうに。
そこから
>>979 に対してどういう具体的な反論が出てくるのか、というところから哲学になるわけでしょう。
995 :
はや :2009/01/03(土) 09:43:08 O
> そこから
>>979 に対してどういう具体的な反論が出てくるのか、というところから哲学になるわけでしょう。
じゃあ
>>979 は、
>>977 の
> 昔の「君主道徳」がどうであれ、問題はニーチェが「君主道徳」と発するときの心情。
> それが未知のものならニーチェは過去の君主道徳については語っていない。
に対して反論できているのでしょうか?
いつも大事なとこスルーされてるような気がして…
あと、哲学はメタレベルで物事や人の思考を吟味する営みでもあるので、
具体レベル(というか言葉の表)より、言葉の裏にあるものを思考していく方が優先されると思いますが。
メタレベルで間違っていたら、具体的事実や術語やらについて正しい評価ができない。
ニーセさん、とりあえず
>>960 以降、次すれに貼らなくていいけど、ワードか何かに保存よろしくお願いします。
996 :
はや :2009/01/03(土) 09:47:28 O
牛小屋いってくるぅ(^ω^)/~~
>>995 >に対して反論できているのでしょうか?
>973の引用文を読めば、従来の道徳を二つのタイプに類型化したとしか読みようがないと思うけど?
>メタレベルで間違っていたら、具体的事実や術語やらについて正しい評価ができない。
だから、【ニーチェの精神の力動、ニーチェの「文体」、語られる調子やテンポ】が大事でないとは誰も言っていない。
だからどうした?という話なんだよ…
ハゲの同士たちよ、ニーチェの方法を学べ。 そしてハゲの地位向上にはげもう。 いつまでもガキに「あっ、ハゲだ」などと言わせておいてはならないからだ。 ニーチェに学んだらしいフーコーの著作は、かなり参考になるだろう。 彼はニーチェの方法をいわば蒸留し、精製して、利用したといえるだろうからだ。 しかも彼は表向きにはホモの地位向上のために研究していたのかもしれないが、 実はハゲの地位向上のために研究していたに違いないのである。
999 :
考える名無しさん :2009/01/03(土) 14:14:08 0
|Д`)・・イマノウチ ♪
1000 :
考える名無しさん :2009/01/03(土) 14:14:29 0
___ ./ \ .| ^ ^ | | .>ノ(、_, )ヽ、.| <そろそろ新スレに急いだ方がいい __! ! -=ニ=- ノ!__ そしてあまり私を怒らせない方がいい /´ ̄ ̄ .|\`ニニ´/ `ヽ { .|__  ̄ ̄ヾ } i;;',,, r---イ /|,、_,, ,',;:',i .l;';',;,, } /;\ / ヽ / ,;,;;',;l .|;;',;, } ./;;;,, \ / ;;;;;;ヽ ,,;;','i i;',, / /;;,',';; ノ--, ',',;;::',',゙i ,,';';i i;,'; /./,',',';;" / \ ',',',;;,'i ,;',i / / i 、 / ヽ ',;::'、| \ ヽヽヽヾ丿 〈 ヽ'' {//// ```` ト, i | 、 i´´´ |',',;; } ! ',',;;i |,','、 / ヽ',',','| !;;', / !,',;,;'| !'' { }'' !. / i, 〉 ヽ.、 彡、,,,-‐┘ └ュュュュ
1001 :
1001 :
Over 1000 Thread このスレッドは1000を超えました。 もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。