【シェア】みんなで世界を創るスレ【クロス】

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1創る名無しに見る名無し
このスレは皆でシェアードワールドを創るスレです

※シェアードワールドとは※
世界観を共通させ、それ以外のキャラ達を様々な作者がクロスさせる形で物語を進める事です。
要するに自らが考えたキャラが他作者のSSに出たり、また気に入ったキャラを自らのSSにも出せる、
という訳です。

現在すでに複数のシェアードワールドが展開されています。それぞれの世界で楽しんでみたり、新しい
世界設定を提案してみてはどうでしょう。
分からないことはどんどん質問レスしよう、優しいお兄さんやお姉さんが答えてくれるかもしれないよ。
さぁ、貴方も一緒にシェアードワールドを楽しみませんか?

前スレ:シェアードワールドを創るスレ
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1256567178/
2創る名無しに見る名無し:2010/02/11(木) 23:56:21 ID:5AqqBNG8
スレ立て乙!
3創る名無しに見る名無し:2010/02/12(金) 00:00:57 ID:QEqgkRKp
>>1乙です!
4創る名無しに見る名無し:2010/02/12(金) 09:35:47 ID:SxQZisdJ
新スレおめ!!
5創る名無しに見る名無し:2010/02/12(金) 10:42:39 ID:3GFTZpD2
>>1

前スレはあのまま残しておきたいっていうことだけど、容量があそこまでいってると、完全に埋めてしまわなくてもいずれ落ちるよ
正確な期間は忘れたけど、一週間か二週間くらいレスが無かったら落ちるはずだから、残すなら適当なところで保守しといた方がいい
6創る名無しに見る名無し:2010/02/12(金) 20:13:40 ID:2mWiMS32
>>5
なるほど把握しました。
取り急ぎ創発まとめwikiに過去作をまとめてみようと思いますが、
みなさんいかがでしょう。
7代理:2010/02/12(金) 21:38:12 ID:3GFTZpD2
新スレ早々規制…書き込める人、時々避難所も覗いてやって下さい…
8創る名無しに見る名無し:2010/02/12(金) 21:46:49 ID:2mWiMS32
立ててきたw

みんなで世界を創るスレin避難所
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1265978742/
9創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 00:56:59 ID:AdQo8nDQ
ということで、創作発表板@wiki内に間借りして
一応全作品見れる状態のまとめを作りました。
また、規制で本スレに書き込めない方のために避難所を立てました。


まとめwiki:
http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/286.html

みんなで世界を創るスレin避難所
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1265978742/


ぜひぜひご活用くださいませ。
wikiに関しましてはとりあえず版でありますので、体裁その他、
感じることがあれば変えてしまっていいと思います。

ではおやすみなさい。
10創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 07:35:03 ID:Dg0bqe0K
激 し く G J !
11創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 13:45:39 ID:AjUDzqbK
おおご苦労様です!!
過去作も読みやすい!!
12避難所より代行:2010/02/14(日) 08:25:09 ID:JJ4FBkEa
14 :アンジュ書いた人 ◆Omi/gSp4qg :sage sage :2010/02/14(日) 00:17:08 ID:S.U8ENIMO
大変申し訳ありません
続きを書いたがあんまりおもしろくない、リアルの問題、規制
といった事情でアンジュの続きを書くのを残念ですが断念いたします
まさかWIKIに載せていただけるとは思わず 本当に済みません
もともと世界支援のつもりでしたのでご容赦ください
キャラや設定などはいくらでもご自由にお使いください
今後もロム中心で書き込めたら感想も付けたいと思います
書かせていただけてとても有り難く思っています
本当にありがとうございました



ということで、アンジュ作者様が断筆宣言をなされました。
改めてここに敬意を表しまして、敬礼!
お疲れ様でした!

なんつって俺も実は数スレで無言断筆しているわけだがw
13ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/02/20(土) 14:15:23 ID:Z2ZxarHs
1-1/3

 夕日が都市を閉ざす高い壁の向こうへ沈み、赤く染まっていた空に夜の闇が降り始める。等間隔に
並んだ電灯が重い腰を上げて照らし始めた狭い路地を、1台のワンボックスバンが道幅の殆どを占領して
ゆっくりと走っていた。その窓の無いバンの中で、ゲオルグはイヤホンから流れる無線連絡を聞いていた。
 監視班の報告によると、目標のバーには店主と店員それぞれ1人、客が5人。客のうち1人がこの廃民街
に手を広げつつあるマフィアの大物で確保対象だ。1人はその連れでついでに確保しろとのお達しがつい
先ほどあった。残り3人はただの飲んだくれかゴロツキで確保対象外。
 ゲオルグの装具点検はすでに終了していた。手袋にずれなし。履き古した長靴の具合は良好。拘束用の
結束バンドは両腕に巻いてある。タクティカルベストに収めた閃光弾2個、予備の弾倉2本に不足なし。

「あと60秒」

 ゲオルグの言葉に運転手は、了解、とはっきり返事をし、車の速度を僅かに早める。変化した
速度に揺られながらゲオルグは車内を見渡した。
 運転席と助手席を除き全ての座席が取り払われているため車内は広々としている。そこに
共に任務を遂行する5人の部下が各々装具を確認していた。

「アレックス、点検完了しました」

 一番若い部下のアレックスが準備完了を告げた。時計回りに次々と部下が点検終了の旨を告げる。
 順調だ。ゲオルグは思った。監視班からの新しい報告も無い。後は開始を待つだけだ。
 途端、背が冷えた。ジェットコースターがガタゴトと音を立てて上っていくときのような、機械的に強制
される恐怖を予測しまた恐怖する。
「戦闘用意っ」
 沸き起こる怖れを部下への号令で押しつぶした。足元に置いていた短機関銃を持ち上げる。コッキング
レバーを引き弾丸を薬室に送り込む。セレクターレバーを切り替えて安全装置を解除する。訓練で反射
レベルで刷り込まれた動作に感情が霞んだ。
 だが、それもつかの間、緩やかに掛かり始めたブレーキで我に帰る。目標が視察しているバーに到着
したらしい。仄かな望みと共に時計を確認すると時間丁度だった。
 時計を巻いている腕が震えていた。
 ゲオルグは笑った。俺はどうしようもない臆病者だ、と自分を罵り、下卑し、嘲笑った。嘲笑って身体
の震えをこらえようとした。

「状況開始っ」

 大声を張り上げた。もう戻れない。後は訓練通りに任務をこなすだけだ。
 開け放たれた後部ドアから降りると、銃を構えながらバーへの僅か数メートルを駆ける。閃光弾の
安全ピンを引き抜きバーの中へ放り込む。訓練と何ら違わぬ動作にゲオルグの意思が介在する余地
は無かった。
14ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/02/20(土) 14:17:37 ID:Z2ZxarHs
1-2/3

 バーの制圧はいらぬ思慮を生むまもなく終わった。突如発生した轟音と閃光に怯んだ店員と客を
引き倒し、結束バンドで後ろ手を組ませる。7名全員の拘束を終えると時間を確認した。60秒経過。
 すでに部下は目標人物を取り囲んでいた。部下に命じ、髪を掴んで頭を上げさせると、ベストの
胸ポケットに入れておいた写真と改めて照らし合わせる。写真の男はラテンを思わせる浅黒の肌に
鳶色の目。無理やり向かせた男の顔も浅黒く、不服そうにこちらを睨む目は鳶色だ。

「"偉大な父"がお前に話があるそうだ。光栄に思え」

 男にかけた言葉と共に部下に合図する。部下が男の髪を掴んでいた手を腕に回し引き起こした。
途端、男が吼えた。

「ふざけんじゃねぇっ!」

 男は大きく身体を揺さぶり部下の手を振りほどくと、出口へ向かって駆け出した。止める。そう考えたときには
すでに身体を男の前に割り込ませていた。
 全体重が掛かけた男の突進。無理やりねじ込んだ体制では受け止めきれない。だが、男を脇へ押し出す
ことは出来た。結果男の身体は大きく傾げられる。足だけではどうしようもならない傾斜に本来バランスを
とるべき手は後ろ手を組まされ機能していなかった。果たして男は脇のテーブルに身体をぶつけながら床へ
崩れた。
 男の健気な試みは失敗に終わった。だが、それでも尚、糞ったれが、畜生が、と男は悪態を叫ぶ。その
気丈さ、されど手を縛られ身動きままならぬ哀れな姿に嗜虐心がくすぐられた。
 銃を構え、引き金を引いた。撃針が叩かれ雷管が発火する。発射薬の燃焼ガスにより亜音速で放たれた
弾頭は男のふくらはぎに命中した。着弾の衝撃に形状を大きく歪ませた鉛塊は自身が持つ回転にあわせて
筋線維を絡め取り、引き裂いていく。血飛沫と共に弾丸を吐き出した射出口は射入口より一回り大きかった。
足に穿たれた大穴に男は悲鳴を上げた。

「2人で担げ。車で手当てしろ」

 呻き声を上げる男を2人の部下がそれぞれ肩と足を持って担ぎ上げる。すっかり大人しくなり、車へ運ばれる
男を背景に腕時計を確認した。120秒経過。
 店内に向き直ると、拘束している連れの男に目をやった。
 皺が浮かび始めた初老の男。黒斑眼鏡の奥は人のよさそうな細い目をしている。マフィアというより会計士
のような印象を受けた。

「お前も来るんだ」

 銃を向けると眼鏡の男は何度も首を縦に振り恭順の姿勢を見せた。部下に合図し引き起こすと、哀れなまでに
素直に歩き出す。時間を確認する。150秒経過。

「残りはどうしますか?」

 床に転がっている店長に銃を向けたままアレックスが訪ねた。
 ゲオルグが答える前に店長が哀願する。自分はただの雇われ者だ、と。それを皮切りに他の人間も口々に叫び
始めた。俺はただのバイトだ、俺は酒を飲みに来ただけだ、関係ない、無関係だ。嫌だ。やめてくれ。
 銃を持った男達に襲撃され、組み伏せられた彼らに同情せずにはいられなかった。だが、あらかじめ確保対象外を
どうするかは決まっていた。"偉大な父"からの命令があったのだ。

「撃て」

 自分の声と思えないほどにその音は低い。背筋を走る冷たさが、自分が指揮官であることを忘れさせる。されど、
一度放たれた号令は覆らない。指揮官の命令に部下は意思を持たぬ射撃機械と成り下がる。反射に近い動作
ゆえに躊躇することなく部下達は引き金を引いた。
 慈悲を欠いた銃弾は身動きできない哀れな虜囚達の頭を穿ち、その生を確実に奪っていく。やがて銃声が止み、
硝煙の臭いに、血と、肉と、それらが焦げた香りが混じったころには、つい先ほどまで哀願していた彼らは物言わぬ
骸と成り果てていた。
 全員死んでいるな。床に転がっている全員の頭に風穴が開いていることを確認すると、ゲオルグは手信号と声の
両方で撤収を下令した。
15ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/02/20(土) 14:19:01 ID:Z2ZxarHs
1-3/3

 後部ドアが閉ると同時に車が加速を開始する。加速度に身を任せ後部ドアにもたれかかると、最終的な所要時間を
確認した。
 180秒。何をするにも腰が重い民警が駆けつけてくるには充分な余裕がある。だが、贅沢を言えば2分を切りたかった。
問題点はやはり引き立てるところだろうか。最初から手足を縛った方が早かったか。
 改めて開始から現在までの状況を思い浮かべ、悔いではなく反省として If を並べていく。自分が班長として最下級で
あるが指揮官を任される程の信頼を"偉大な父"から得た原動力の総括の思考。これまで幾度と無く繰り返してきたそれは
部下の能天気な声によって遮られた。

「あんた、俺たち"子供達"に出会って生きてるなんてツいてるよな。バーの連中なんて皆殺しだぜ」

 声の主は一番若く、実戦経験の少ないアレックスだった。揚々とした彼はつま先で男を小突いている。対する男は黒頭巾を
被せられ――車に乗せられたときに被せられたのだろう――猿轡もされているのだろうか、ぐもった呻き声を上げるだけだ。

「そこ、状況はまだ終わっていない。私語は慎め」

 ゲオルグの注意にアレックスは渋々といった様子で足を戻した。
 そうだ、まだ任務は終わっていない。俺たちは"子供達"。"偉大な父"直属の実行部隊だ。父のために、家族のために、
立ちふさがる障害はすべて排除する。その障害たる黒頭巾を被せられた男はまだそこにいる。移送は完了していない。
 ゲオルグは大きく深呼吸をし、改めて身を引き締めた。
16創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 16:42:54 ID:ckACIOVn
投下乙です! 犯罪者視点とはまた興味深い……
ここまで訓練された犯罪集団がいるなんて、閉鎖都市の雲行きもまた怪しくなってきましたな。
17創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 18:25:26 ID:o2jyzA85
新スレ初投下乙です!!
閉鎖都市の犯罪結社か…
次回大いに期待。
18創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 19:59:40 ID:9wP6M5ZX
乙です
銃弾が人を貫いた時の描写に感動しました!
細く描けててすごいな
リーダーの葛藤も話の続きに関わりそうでwktkです!
19創る名無しに見る名無し:2010/02/21(日) 15:30:19 ID:R3JiWRED
異形世界で質問

地震以前も異形というか魔物は(認知はともかく)存在していた。
という設定にした場合、何か問題あるだろうか。

例えばその土地に古くから住む守り神的なものとか、そういう感じの。
20創る名無しに見る名無し:2010/02/21(日) 16:25:09 ID:eNL/hCGv
いいでしょう当然。信太主なんか、平安の昔からいたほうが自然。
21 ◆mGG62PYCNk :2010/02/21(日) 17:04:34 ID:jHaOR4ON
え、いけなかった!? ドキドキ

べらべら人語を話しちゃうタイプの異形は災害でどっかから来たか生み出されたか昔からいたのが災害以前は眠ってたけど目覚めたとか災害あったから重い腰上げたとかそこら辺を妄想してたんだが
22創る名無しに見る名無し:2010/02/21(日) 17:12:52 ID:8LL1051K
要改行
2319:2010/02/21(日) 17:21:04 ID:R3JiWRED
あ、いやいや。
自分もてっきり自然にそう捉えてたんだけど、白狐と青年を読み返してみると
そういったことは明記されておらず、そこを自分が壊してしまうのもあれかなと。

本人から聞けてよかったです。
現在信太主の旧友をメインにした話を書き始めました。
一応信太主の今後を見てから矛盾を直して投下していきたいと思います。

ありがとうございました。
24創る名無しに見る名無し:2010/02/21(日) 18:13:50 ID:jHaOR4ON
こちらこそ一月近く続きを滞らせてしまって申し訳ないです。
後少しでいろいろと片が付くので3月から本気出す。
25創る名無しに見る名無し:2010/02/21(日) 18:15:43 ID:jHaOR4ON
途中で送ってしまったああああ!

(〜本気出す。)という状態なので、
なにか質問があればおっしゃってくださればありがたいです。
26創る名無しに見る名無し:2010/02/21(日) 18:27:04 ID:CIPNqTJO
問題になりそうだったのはその部分だけですかね。
一読者として続き楽しみにしております。
27創る名無しに見る名無し:2010/02/21(日) 19:28:44 ID:CIPNqTJO
あれ、IDかわっちゃったけど↑は19です。
28創る名無しに見る名無し:2010/02/22(月) 19:28:01 ID:LX65IVra
※現在このスレでは3つのシェアードワールドが展開されています。
 この世界、俺が盛り上げてやろうじゃん!てな方はお気軽にご参加を!

前スレ:シェアードワールドを創るスレ
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1256567178/

まとめ:創作発表板@wiki内
http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/286.html

避難所:みんなで世界を創るスレin避難所
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1265978742/

○今週の更新
・閉鎖都市
 >>13-15 「ゴミ箱の中の子供達」



なにげに投下作品数の多い閉鎖都市へさらに新作が追加!
犯罪組織から見た閉鎖都市を描く、異質の物語「ゴミ箱の中の子供達」
今後の世界観に大きく影響を及ぼしそうな予感!
29創る名無しに見る名無し:2010/02/22(月) 19:33:06 ID:LX65IVra
ああ、前スレは別に入れなくてもいいか。
wikiにも追加してくる。
30創る名無しに見る名無し:2010/02/24(水) 22:25:39 ID:0a3H3Pqe
やばい、盛り上がってるあっちのシェアに気が向いてしまった
こっちも頑張ろうぜ皆さん
31創る名無しに見る名無し:2010/02/24(水) 22:35:08 ID:m/hWiaBt
頑張ってるよ!
32創る名無しに見る名無し:2010/02/26(金) 01:37:01 ID:aTdm1Q6k
地獄にズシくんをお招きしようかな。
あっちのシェアで死んでしまった、天野翔太くんをご招待するのも楽しいかもしれない。
というか、ゲヘナゲート経由で地獄キャラをあっちこっちのシェアワに乱入させるのもありか。

妄想は膨らんでも筆は進まない状態ですけどね
33創る名無しに見る名無し:2010/02/26(金) 07:32:32 ID:LS8Froa5
超カオス化するのを恐れてか、いまのところ世界同士のクロスは探り探りな感じだよね
ハナちゃんとデュラハンあたりは怪しいw
天野翔太くんて誰だろう?
34創る名無しに見る名無し:2010/02/26(金) 08:12:31 ID:sUlfWz/G
>>32
天野君はかわいそうな人なので使ってやってください
35創る名無しに見る名無し:2010/02/26(金) 16:37:16 ID:7gz0AQ+C
>>32
クロスワールド同士のクロス、実に楽しそうだ
死ねば皆平等に直行する地獄は混沌の極みに達しそうだが

そんなの面白ければいいんだよ

ぜひやれ
もっとやれ
36代理:2010/02/26(金) 22:06:11 ID:cPbZhKSa

「いやああああっ!?」

鬼として失格である情けない悲鳴を上げた怜角は、膝を抱えてペタリと床に座り込んだ。昨今頻発する大事件に神経を尖らせている鬼たちが、我先にと彼女の元に殺到する。

「何事だ怜角!!」「動くな!! そこの亡者!!」

ここは賽の河原を少し離れた亡者の待機所。三途の川を越え、冥府への第一歩を記した死者たちが集められ、諸々の登録や簡単な質疑を行う場所だ。
各々恐ろしげな戦闘体に変化し、じりじりと包囲を詰める鬼たちの輪の中、座り込んだ怜角の前には、平凡な…きわめて平凡な一人の青年が、怯えきった表情で佇んでいた。

「…な、なんなんすか!? お、俺、何にも…」

亡者として、彼の態度にとくに不審な点は無かった。つい先ほどまでごった返す待機所のなか、怜角も他の鬼と同じように忙しく亡者を案内し、名簿と照らし合わせて働いていた筈だ…

「…怜角?」

顔を見合わせる同僚たちの足元で、わなわなと唇を震わせ、制服の胸元をぎゅっと押さえた怜角は、彼女らしからぬ甲高い叫び声を上げた。

「…こ、この亡者、『誤爆霊』かも…」

「な、なんだとお!?」
37代理:2010/02/26(金) 22:07:51 ID:cPbZhKSa
『誤爆霊』。それは魔物たる鬼たちにも窺う術のない、幾多の平行世界から迷い込んだ死者の霊だ。確認されている希有な事例を思い起こしながら、分隊長である馬頭の鬼は半信半疑の声で怜角に確認した。

「…落ち着け怜角。なにか証拠が?」

「…私の…身体を透視したんです…まったく魔素の波動も無しに…」

怜角たち鬼の知る世界の超常能力は、全て『魔素』を基にして発動するものだ。比較的強力な魔物である地獄の鬼たちは、個人差はあるもののあらゆる魔素を感知し、その不本意な影響を遮断することができる。

「…い、いや…やっぱりトラのパンツ穿いてるな…って…つい、言っちゃって…ブラも…」

…先ほどまで忙しさにかまけ、大胆で無造作な立ち振る舞いで仕事に没頭していた怜角がきゅう、と呻く。その透視能力を当然のごとく釈明する青年に、鬼の一人が慎重な問いを発した。

「…君、名前は?」

「あ、天野翔太です…」

「…それじゃ、地球を初めて宇宙から見たガガーリン少佐の言葉は?」

「…はぁ?」

迫力ある鬼たちの真剣で珍妙な質問に首を傾げながらも、天野青年は当然の答えを返した。全く、地獄に堕ちてまで、また、意味不明な質問とは…
38代理:2010/02/26(金) 22:08:38 ID:cPbZhKSa
「…『地球は丸かった』でしょ?」

ゴクリ、と馬頭の分隊長が生唾を呑んだ。彼の震える声が、天野青年に次の質問を投げかける。

「…じ、人生で一番驚いたことは?」

「そりゃ、『チェンジリング』…」

「わああああ!! だ、『第二類』だあっ!!」

ぴょんと後ずさり、激しく取り乱す鬼たち。まだ数例しか記録のない、別宇宙からの招かれざる客だ。魔素を基本とする比較的近い平行世界から来る『第一類』。そして検知不可能な未知の力をふたつ備え、閻魔庁すら脅かしかねない危険な『第二類』…

「…ちょ、ちょっと!! 鬼がビビる程の力じゃないでしょ!? これから気をつけますから…」

「お、俺は紫角隊長に報告してくる!! お前らは『第二類』を逃がすな!!」

「ぶ、分隊長!!」

顔を赤らめた逞しい馬頭の鬼は、しっかりと股間を隠しながら閻魔庁の方角に走り去った。周囲の亡者たちが怪訝そうに見つめるなか、鬼たちは照れた表情で、来るべき地獄を間違えた『第二類』を包囲し続けていた。



地獄豆知識

怜角は古式ゆかしい官給品の下着を愛用しているぞ!!
39代理:2010/02/26(金) 22:09:20 ID:cPbZhKSa
ああ、天野くんてあっちのスレのひとだったのかwww
流れが早くて追いきれてなかったけど、これであっちに興味がわいちゃったら
あなたのせいなんだからね!

てことでとらパンツの怜角たんにハァハァちつつ乙でちた!
40創る名無しに見る名無し:2010/02/26(金) 22:11:10 ID:cPbZhKSa
何か最後のレスだけ間違えて投下しまった! すみません!
地獄楽しそうだなぁ……虎柄か
41創る名無しに見る名無し:2010/02/26(金) 22:25:04 ID:xovlU2O1
投下乙です!
スレ内クロスより先に他スレとクロスしてしまうとはwww
42創る名無しに見る名無し:2010/02/26(金) 22:44:39 ID:sUlfWz/G
おつです

天野くんが危険人物にww
43創る名無しに見る名無し:2010/02/26(金) 22:45:38 ID:aTdm1Q6k
投下乙そしてGJ!
怜角たそと牛頭鬼の分隊長に萌えつつ、速攻のジョバンニに感激です
44白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/02/27(土) 00:57:45 ID:DswFh4fQ


            ●


 ≪魔素≫が匠の周囲の地面に集中し、魔法が編まれようとする。
匠は地面を棒の端に形成した≪魔素≫の刃で砕き、魔法を成すために集中していた≪魔素≫を霧散させた。
 クズハが手を掲げると、彼女の頭上に人の胴体程もある氷柱が現れ、浮かぶ。
 手の一振りで氷柱が宙を疾った。
 匠は棒に≪魔素≫を注ぎ込み、握りこんでいる部分以外から幅数メートルの太く厚い刃を形成、地面に突き刺し盾にした。
 氷の砕ける砕音をやり過ごし、呼びかける。
「クズハ!」
 匠の声無視するように再びクズハは頭上に氷柱を現した。
「やはり、人は器用なものよ」
 クズハの背後から信太主は複雑に編まれては様々な効果を生み出す魔法を見、感心したような声を上げた。
 更に魔法を現していくクズハとそれを防ぎながらクズハを止める機会を計っている匠、先程から、この構図に動きは無かった。
 ……何をやっているんだろう。
 クズハは勝手に動作する身体に全てを任せながらそんなことを思っていた。
 今匠さんに攻撃を加えている魔法、この力を扱えるようになるために努力したのは何のためだったろうか?
 それは、
 武装隊として戦う事を生業にしている匠さんに置いて行かれないように、戦う時でも役に立つようになって傍に置いてもらえるように。そのために私は魔法を習った。
 そして私は今何をしているんだろう?
 力があっても、私はいつもあなたの傍には居させてもらえなかったから。
だから、力づくで匠さんを傍にとどめ置いておこうと、それがいいと私の身体を操ってるひとも言っていて……。
「ち、が……う」
「……うん?」
 クズハの発した小さな声に、信太主はちらりと視線を向けた。
 見ると、信太主が命じるままにクズハが放っている魔法、その≪魔素≫の集中に乱れが生じていた。
45白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/02/27(土) 00:58:49 ID:DswFh4fQ
「ほう」
 信太主はそれを見て愉しげに笑う。
「そう、身体の制御を我などに取られるな……抗え」
 そう言った信太主の視線の先、間断なく襲ってくる魔法を防いでいる匠は、それをしながらも信太主を見返していた。
 狙いはクズハではなくその背後でクズハを操り、戦いを見ているお前だと、その目が言っている。
「操られていたことを見抜いたことといい、クズハに一切刃を向けようとしないことといい、まあ及第点かのう……」
 呟き、
「のう、若造」
「……なんだ?」
 刃を振るいながら答える匠に信太主はうむ、と頷き、言葉を作る。
「クズハは不安だったのだそうだ」
 匠は怪訝な顔で信太主を見た。
「どういう……?」
「いつ捨てられるのかと、不安だったのだそうだぞ」
 重ねるように信太主は言葉を作る。
「何故、そんなことをクズハが思うのかと言う顔だの」
 呆れたようなため息が信太主の口から零れる。
「若造、お前はクズハが何故魔法なぞ身に付けたのか、分かっておるか?」


            ●


 私は傍に居続けたくて、平賀さんに頼んで魔法を教えてもらった。
匠さんは「そんな力、クズハにはいらないと思うけどな」と言ってくれていたけど、それでも魔法を学んで、
これで役に立てるんだと思っていたら、匠さんは相変わらず私を戦闘から遠ざけた。
46白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/02/27(土) 00:59:38 ID:DswFh4fQ
 それは魔法を扱えるようになった異形を危険だと判断したからで、匠さんは私に襲われるのを警戒して……。
「違う……ううん」
 違えば良い。とかぶりを振る。
 私は、魔法を学んだ理由を言わなかった。「傍に置いてもらいたい」からと、そのことを言えなかった。
 私のせいで匠さんが居場所を追い出されてしまったのにこれ以上迷惑をかけるかもしれない私が傍に居てもいいかなどと、訊けるわけがなかった。
 戦いを生業にしている匠さんの傍に居るには力が必要だと思ったから。ただそう思って私は魔法を身に付けた。必要な時に使われる匠さんの力であれば良かった。
 けど、
 あの時に、何の力も持たない私が傍に居たいと言ったらどうなったんだろう? 平賀さんの所に預けられただろうか? それとも……。
 答えは今となっては分かりはしない。
 しかし、
 ――その問いかけを今クズハがすることはできるのう。
 身体を操っている声が言う。そう、問いかけは今でもできる。ただ訊くことならば、今のクズハでもできる。
 今更、ですよね……。
 思い、しかしクズハは言葉を放った。
「――――匠さん」
 上擦った声が口をついて出た。操られていた身体がクズハの意思のままに動く。そのことに少しの戸惑いを感じていると、自分の声に匠が顔を上げるのが視界に映った。
 無視をされていない。そのことにほっとして、
「……私は」
 周囲で身体が勝手に組み上げていた魔法を解き、魔法を編もうとしていた≪魔素≫を体内へと還元していく。
「おお、成った! 我の肉を凌駕しおったわ!」
 クズハを操っていた信太主の声が、愉快そうな色を含んで背後で笑う。
 その言葉の意味もよく分からぬまま、クズハはただ匠にのみ集中した。
47白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/02/27(土) 01:01:23 ID:DswFh4fQ
「私は、匠さんの傍に居たいんです!」
 叫ぶと同時、還元された≪魔素≫が爆発した。
 制御を失って暴走した≪魔素≫が強烈な衝撃波となって信太の森の一角を駆け抜けて行く。
 土埃が舞いあがり、周囲の木々が根元から倒される。
 それら数瞬の爆発が収まった時、クズハは立ちすくんでいた。
 もう身体は自由に動かすことができる。操っていた者の声も聞こえない。
ただ、自分が引き起こした爆発による土埃の向こうに目を凝らし、立っていた。
 土埃が静まり始める。その向こうから、手に分厚い刃を形成した棒を提げた匠が歩いてきた。
 匠はクズハの目の前に立つと、クズハの様子を見て、爆発を防ぎきった刃を分解し、≪魔素≫へと戻しながら周囲を見回した。
「信太主は、逃げたか」
 悔しそうに言った匠は次いでクズハに視線を移す。眉を浅く立て、
「家出娘め、迎えに来たぞ」
 軽くチョップを振り下ろした。
「…………ぁ」
 弱いその一撃に、しかしクズハはその場にへたり込んだ。
「ご、ごめんなさ――」
 匠を刺したことか、居場所を奪ってしまったことか、先程の出過ぎた願いか、一体何に対する謝罪なのかクズハ本人にも分からないまま発されようとした謝罪は、
「お仕置きはまあ後でするとして」
 困ったような顔でクズハの頭に乗せられた匠の掌に遮られた。
「不安にさせるようなことをして悪かった。……ごめんな、俺が上手く接せないせいで」
 そのまま頭を撫でられる。その感触を心地良いと思いながらクズハは首を振った。
「い、いえ……わた、私が……悪くて……」
 涙が出て来て言葉にならない。もどかしく思っていると「あーあー無理するな」と匠が声をかけた。
48白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/02/27(土) 01:02:03 ID:DswFh4fQ
「それに悪いのは信太のクソ狐だ」
 苛立たしげに第二次掃討作戦時の呼称で信太主を呼ぶ匠に、
「あの人はそんなに悪くないと、思い……ます…………」
 自信なさげにクズハが信太主の弁護をした。匠は目を丸くし、髪を掻きつつ、 
「まあ、森に現れた異形は信太主と組んでいたわけでもないようだったし、アレの言葉を全て信じるわけじゃないが、
クズハが俺の傍に居たいとかそんなことの為にわざわざ魔法まで習った事を教えてくれたしなあ」
 ぶつぶつと呟いた後、
「まあいいや、異形の封印が解けてるわけでもないようだし、帰ろう」
 クズハに手を差し出した。
「……え?」
 その手を、匠を、クズハは思わず見上げた。
「どうした?」
「いいんですか?」
「何が?」
 首を傾げる匠。
「あの、自治街に帰っても、いいんですか?」
 あんなことをしたのに。そう発される言葉は匠に笑い飛ばされた。
「クズハは何もしてない。そういうことになってるから問題ない。
 ってか連れて帰んないと反抗期で家出な設定上捜索隊とか組まれそうなんだ」
 だから急いで帰ろう。そう言って差し出された手におずおずと手を伸ばし、クズハは涙に掠れる声で言った。
「ありがとう、ございます」
49白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/02/27(土) 01:02:45 ID:DswFh4fQ


            ●


 人の身よりも巨大な金毛の狐が、遠くに青年と、それと手を繋いだ銀髪の少女を見て満足気に言った。
「成ったぞ。流石といった所か。まあ、あれで完全だろうて」
 年若い女性の声音で流暢に飛びだす人語は落ち着いていつつも妙に偉そうだ。
 その声に応える声があった。
「御苦労様。少しやり過ぎな感は否めないけどな」
 男の声、年の頃は二十代後半だろうか。こちらも満足げに言って大狐――信太主をたしなめていた。
「うるさい。我自身が手を出さぬのならば個人的な怨みも少しは晴らしても良いと言うのが約束だっただろう」
 まあそうだが、と男は言って二人から信太主へと視線を移した。
「じゃあ、平賀博士の所に行って治療を頼もうか。彼らに会う時に所々怪我してたんじゃあ格好がつかないからな」
 そう言って男が指摘する信太主の体は数カ所が爆発の余波で傷付いていた。
「まさかあそこまで感情を爆発させた上に本当に爆発がおこるなどとは考えなかったのだ」
「けっ」と吐き出された言葉に男は「はいはい」と頷き、懐から一枚の符を取りだした。
「じゃあとりあえず休んでおけ」
「む、式というのはいまいち慣れんものなのだがの」
 そう言いつつ信太主が符に触れると、符から≪魔素≫が放出され、いくつかの円陣を描いた。
 円陣は信太主を何重かに囲み、その身体は符の中へと吸い込まれる。
 それらが終わった後、男は符を懐に戻し、一仕事終えたため息を吐いた。
「世話が焼ける」
 笑みと共に呟かれた言葉は森に溶けて消えた。
50白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/02/27(土) 01:05:55 ID:DswFh4fQ
深夜にこっそりと

はい、一月近く放置で見捨てられてなければ良いなとか思ってますよ!
51創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 08:03:25 ID:9MNCphfl
続きキテター!
大事に至らずに済んでよかったよかった。
しかし信太主側の目的も気になるところ。
男ってのはもしや……
52創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 09:41:40 ID:Qys1J5uQ
久々の投下乙! 待ってましたぜ!
炎土氷とクズハたん意外と色んな魔法が使えるのね。
さらにラヴエクスプロージョンとは!
俺もクズハたんに爆破されたい。
53避難所より感想レス代行:2010/02/27(土) 09:42:26 ID:Qys1J5uQ
異形世界も乙でした
信太主にはなんか狙いがあったんかな
クズハもいい子で一件落着……とはいかんのだろうか?
54避難所より感想レス代行:2010/02/27(土) 09:44:28 ID:Qys1J5uQ
クズハのお仕置きハァハァ…
55創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 11:46:27 ID:JEEGRNtt
つ創発でエロパロ
56ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/02/27(土) 14:19:13 ID:75Q3dz7G
2-1/3

 夕暮れのバーで突如発生した銃撃事件。それがマフィア同士の抗争であることは誰しもが想像できた。
だが、目撃者も生存者もいないこの事件に自警団は有効な捜査を続けることは出来ず、そしてよりも
それが避民地区――高い壁で自らを隔離し自己完結する都市の全ての不平不満、吐き出すことの
叶わぬ閉鎖都市の歪を一手に引き受ける通称廃民街と呼ばれる所で発生したがために、その街で
日常のように発生する強盗殺人や通り魔の騒乱の中に埋もれ、事件はあっという間に忘れ去られた。
 かくして、昼の廃民街を歩くゲオルグに後ろめたさは見当たらない。同時に、ここが毎日のように強盗
が発生するスラム街だという恐れも無かった。ゲオルグにとってこの街は勝手知ったる土地であるからだ。
 人がいるのなら、その営みもあり、そこには必ずある種の秩序が存在する。各所に地雷の如く屯する、
理性の爛れた薬物中毒者や、職を煩い手っ取り早く物取りで稼ぐゴロツキなどさえ回避できれば、廃民街
といえども平穏に暮らすことが出来るのだ。右の歩道を見やれば腹が突き出た中年男性が露天理髪師の
剃刀に身を委ねているし、左の商店に耳を澄ませば金物屋が鍋を叩く小気味いいリズムが聞こえる。そして
何よりも――

「アレックス、足元注意だ。転んで袋を落としたら可愛い弟妹が泣くぞ」
「分かってるよ兄サン」

 ゲオルグと、彼に付き従うアレックスが大事そうに両手に提げている合計四つの袋。中身はホールケーキを
収めた箱が何段か重なって入っている。このケーキを作った洋菓子店もまた廃民街の中に存在するのだ。
 白を基調とした壁紙は比較的強めの照明と相まって、明るく清潔な印象を与える。店内の壁面に飾られた
テディベアと吊り下げ形のプランターも小洒落ている。ピンクと白のチェック柄のバンダナとエプロンを身に
着けた店員はまた可愛らしい。店内だけ閑静な住宅街にワープしていると言われてもゲオルグに疑問は湧か
ないだろう。ただ、ショーウィンドウを武骨に守る鉄格子だけが、ここが廃民街の中であると無言で主張していた。
 初めて入店したときのことをゲオルグは良く覚えている。まるで異次元に踏み込んだような眩暈を感じたのだ。
ともあれ、味も極めて上々のケーキに、店が"家"に近いことも相まって、ゲオルグはたちまち常連となったの
だった。
 店側も定期的に大量のケーキを注文する客の顔を覚えないはずがない。この間など、注文されてなかった
んですがよろしかったんですか、とおずおずと訪ねられたのは、いつも通りの調子で会計を終えた後だった。
 店のサービスに不満など一切無かった。ケーキに異物が混入していたという自体も経験していない。されど、
訪れる度にゲオルグを憂鬱とさせることが一つだけあった。
57ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/02/27(土) 14:20:08 ID:75Q3dz7G
2-2/3

 予め電話で注文するのはゲオルグだ。多額のケーキ代を払っているのもゲオルグだ。なのに、とゲオルグ
は思う。何故店員の婦女子達は、アレックスさんが来た、と言うのだろうか。あまつさえ入店の際俺の背から
ひょっこりと顔を覗かせるアレックスに手を振り笑顔を見せ合っているのだろうか。
 初めてこの事実気づいた際のゲオルグの衝撃は筆舌に尽くしがたいものがあった。歳は5つも違うのに、
身長だって頭1つ分俺のほうが上だというのに、と自らの優位点をゲオルグはあげつらう。だが、お声が掛か
らぬという歴々たる事実が男としての敗北をいたって冷酷に突きつけていた。
 最早堪えることすら出来ぬ鬱屈に、内心でみっともないと感じながらも、時のゲオルグはつい愚痴を溢して
しまった。俺ってそんなに魅力無いのか、と。
 班長として、責任ある地位に任官し、公私共に忙殺されることも多いながらも、そこは齢20半ばの男。彼とて
曲がりなりにも身嗜みは気をつけているつもりだった。
 染み1つ無い純白のYシャツに、白い水玉模様が胴回りに入った茶色いチョッキ。程よくプレスされ、折り目の
ラインが入った濃灰色のスラックス。奮発して購入した牛革の靴のツヤは磨いたゲオルグ自身ですら惚れ惚れ
するものがあった。自らの美意識に従い、落ち着きとスマートさを求めた組み合わせ。奇しくも今日着ているもの
と全く同じ服装を、当時のアレックスは一蹴した。
 おっさんくさい。
 それはゲオルグの尊厳を根底から覆す一言だった。
 コペルニクス的転回を求める言葉にゲオルグの思考は強制終了する。程なく再起動に成功した彼の脳は激昂と
共に反駁した。売り言葉に買い言葉。ゲオルグの強い口調にアレックスは声を荒くする。
 第1ボタンまで締めるとかありえねーよ。そっちこそシャツにプリントされた文字が何て書いてあるか分かって
いるのか。つーかチョッキってのがまず無い。ジャケットのボタンを締めもせず開けっ放しにするなんてだらしない。
灰色のスラックスってリーマンじゃないんだから。ズボンのすそをひざまで捲り上げて、スネ毛が丸出しじゃないか。
 かくして始まったオシャレ論争。究極的には個々のセンスに依存するそれは、ある種の宗教紛争の様相を呈して
いた。1つ間違えばただの侮蔑合戦と成り下がり、今後の任務に大きな影響を及ぼしそうだった争いを終わらせた
のは、またもやアレックスだった。
 実際モテて無いじゃん。
 完敗だった。実績の有無をあげつらう冷酷極まりない言葉だった。持たざる者のゲオルグにはぐうの音すら出せな
かった。
 こうして、無益極まりない争いは、ゲオルグの謝罪の言葉で終わった。だが、その裏で今後の兄弟仲のために、
決して服装の話題はしない、という協定が暗黙のうちに結ばれたのだった。
 あの日の敗北を思い出しゲオルグの憂鬱はさらに深まるばかりだ。
 そもそもだ、とゲオルグは思うところがあり振り返る。そして後ろをついてきていたアレックスの顔をゲオルグはじろじろ
と眺めた。
 シャープな輪郭に骨格の目立たぬ中性的な顔立ち。二重の瞳は大きく愛らしい。いわゆる愛嬌のあるハニーフェイス
だ。小柄な体躯も、むしろ親しみやすさを感じさせる。とどのつまりコイツはカッコイイしカワイイしで、何を着ても似合うのだ。
 ため息を押し隠し、ゲオルグは向き直る。突如顔を見つめられたアレックスはどぎまぎして兄に聞いた。

「兄サン、いったいなんだよ」
「なんでもない。ただお前は自慢の弟だ、と思っただけだ」
「な、なんだよ、それ」

 思っても見なかった賛辞の台詞に顔を赤くしたアレックスの追求を、ゲオルグは気だるげにあしらう。アレックと争う気
など微塵も無いゲオルグはただぼんやりと考えてた。
 たまにはアレックス以外と呑むのもいいかもしれない。そういえば別班に光、國哲、クモハという名の3人組みがいたな。
女性関係をすでに諦めた彼らは、その有り余るエネルギーを自らの趣味に費やしている。彼らと共にパブで飲み明かし、
ひたすら閉鎖都市の地下鉄について論じ合うのも悪くないかもしれぬ。パンタグラフ、ダイヤグラム、Hゲージ。適当に並べ
ただけだ。意味は知らない。
 ゲオルグが任務ローテーションの異なる彼らと都合をあわせる算段を考えていると、よく磨かれた白塗りの壁からの反射光
が目を刺した。
58ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/02/27(土) 14:21:41 ID:75Q3dz7G
2-3/3

 2人を出迎えた建物は、無秩序の結晶である廃民街の内にあって、聖域じみた清潔感に溢れていた。事実、レンガ敷き
の歩道には煙草1つ落ちておらず、日差しを浴びて白亜に輝く塀に落書きなどどこにも見当たらない。塀の足元に並ぶ
花壇は色とりどりのパンジーが並び、肥料と水でよく肥えた土を黒々と覗かせていた。
 聖ニコライ孤児院、と施設の意味を示す銘板を脇に下げた門を潜り抜け、アレックスは嬉しそうに呼びかけた。

「ただいまーっ」

 運動場も兼ねた孤児院の前庭には幼児前後の子供達が滑り台や砂場などで思い思いに遊んでいた。だが、アレックス
の挨拶を耳にすると、嬉々とした様子で2人へ向かって駆け出した。2人を取り囲み足りない舌で、オカエリ、と口にする
子供達の真の目的がケーキであろうことは明白だった。だが、こうして歓待されて出迎えられるのは悪くない。ここまで
喜んでくれるなら大枚を叩いた甲斐があったのだ、とゲオルグは笑っていた。
 甘い匂いに惹かれ、ケーキが入った袋を揺らそうとしたいがぐり頭の子供を、崩れてしまう、とゲオルグは優しく嗜める。
分かったと素直に頭を下げるその少年は、売春婦が少しでも身の入りを増やそうと避妊具を使わず事に及んだ末に
生まれた。売春宿の店長の手で孤児院に預けられたときはまだ目すら開いていなかった。

 「大きくなったな」

 ついつい漏らしてしまったゲオルグの呟きに、その少年は、6歳、と左掌に人差し指をくっつけて笑った。少年の笑顔に
ゲオルグも笑顔がこぼれる。笑顔のままゲオルグは他の子供たちにも目をやった。どの子も記憶より一回り二回りも背
を伸ばしている。皆を嬰児の時から知っているゲオルグには、こうして声を上げてはしゃいでいるだけで感慨深いものが
あった。
 ある程度の年齢になってから親の急死によってここに来る子はいない。そういう子供たちは生前に付き合いのあった
親の親戚友人達のつてを借り、第2の両親や、廃民街の外にあるより清潔な養護施設へ預けられる。ここにいる子供たち
は皆、生まれた段階で両親にすら見放されたと言ってもいい存在だった。そしてそれは、ゲオルグも変わらない。だからこそ、
ゲオルグにとって彼らは何よりも愛しかった。
 これでは歩けない。足元にまとわり着く子供たちにゲオルグが苦笑していると、孤児院の玄関がそっと開き、若い女性が姿
を見せた。外用のスリッパをつっかけた彼女は、地味な色合いのロングスカートにエプロンと、いたって化粧っ気が無い。一つ
にまとめた髪を揺らし玄関から進み出た彼女はゲオルグたちを見つけると微笑んだ。

「お帰りなさい」

 どこまでも優しげな彼女の声に、ゲオルグは脱力したように微笑んで言った。

「ただいま、イレアナ姉さん」
59ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/02/27(土) 14:44:57 ID:75Q3dz7G
作者より残念なお知らせ
しばらくの間、"子供達"の内情を描写するため、日常四コマ的ほのぼの落ち無しな話が続きます。
私なりに世界観を掘り下げようとして行っておりますので、ご理解の程、誠にお願いいたします。

ってことで本スレ含め、皆さんレスありがとうございます。
気に入っていただけたようで光栄の極みです。
しばらくつまらない話が続きますが、それが終わればバイオレンスアクション路線に戻りますので、
今しばらくのご辛抱をお願いいたします。

追伸
避難所にてレスしてくださった方ありがとうございます。
本スレとの分断を避けるため、あとがきも以後は本スレに投稿いたします。
申し訳ありませんが、ご理解をお願いいたします。
60創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 14:57:39 ID:Qys1J5uQ
投下乙でっす!
前回あれだけのことをやっておいてからに、なんという気の良い連中なんだw
でも思えば閉鎖都市の法律なんてあってないようなもんなんだろうね、
犯罪者には犯罪者なりの正義があると、深い何かを感じざるをえないw

しばらくは日常ほのぼの展開だと!? どんときやがれ!
61避難所よりちょっと遅めの感想レス代行:2010/02/27(土) 14:59:47 ID:Qys1J5uQ
投下きたー!
>>54
全年齢なのが惜しまれますなぁwww

こっちも盛り上がるとうれしいなー
62創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 15:51:42 ID:9MNCphfl
廃民街の退廃した感じが伝わってくるなあ。
閉鎖都市はまだ主軸となる物語がない分、いろいろと想像しながら読ませてもらってます。
続きも楽しみだー
63白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/02/27(土) 18:59:01 ID:DswFh4fQ
ああ、見捨てられてなくてよかったとメチャクチャ安堵してます。
あがたい感想に対して出来るだけ返して行きたい意気込みです!(くじけるかもしれない)
>>51
「男の人」はシェアワ全体に関わるような、五人の派閥のどっかの長とかでは無いです。
と言っておかなくちゃ誰かの邪魔をしかねないことに気付いてしまった。
安易に平賀の長を出したのは拙かったかもしれない……

>>52
魔法が上手いのには一応わけがある設定……書ければいいな

>>53
物語の落ちがつくには少し遠いかもです。

>>54>>61
そこに反応されるとは思わなんだwww

>>55
あるのか……!
64創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 19:02:50 ID:DswFh4fQ
ゴミ箱の中の子供たち投下乙でした!
リーダーが普通な感じのもてたい男で驚いたぜw そしてモテない部分に大きな親近感がww
日常四コマにwktkしてる!
65避難所より感想レス代行:2010/02/27(土) 19:03:40 ID:DswFh4fQ
閉鎖都市投下おつ!
ほのぼのしくていいなあww
日常生活どんと来い!

諦めの中に喜びを見出すというのは、まこと容易なことではない。
今まさに感謝の辞こそ述べるべき場面であるにも関わらず、私は思わずついたため息と共
に小さく言葉を漏らした。

――なぜ、よりによって私の代で。

曇った格子窓から差し込む月光が、目の前で眠る一人の少女を照らしている。
やがてベッドから白い腕が伸び、小煩く鳴り続けるベル音の源――目覚まし時計を掴む。
それは古文書に記された通りの兆候だった。

我が主が目覚めんとしている。
永きに亘り代々受け継がれてきた我が一族の使命。とはいえ私たちの寿命を遥かに上回る
周期で訪れるその瞬間に、胸の内では少なからず複雑な感情が絡み合っていた。

――我等の使命は主に仕え、尽くすことにあり。そこにこそ、そこにのみ幸せがある。

数年前、病で亡くした母親から聞かされていた(無責任な)言葉に、首をかしげて見せる。
私が世に生を受けてこれまで、未だ言葉を交わしたこともない主。その主とやらが眠って
いる間、私は伝えられてきたまま常に身の回りの世話をしてきた。汗をかいていればふき
取り、伸び続ける髪をさっぱりしてあげたり、古くなった寝間着を替えてやったりもした。

果たして私はそこに幸せを感じていただろうか?
感じてなどいない。私自身は主から何かしらの恩を受けたわけではないのだから。
食事を摂るが如く、眠りに就くが如く、日々の常として世話をしていただけ。母親や祖母
にこそ感謝の気持ちはあれど、顔も知らぬ先祖が受けた恩など、私にとっては関係がない
ことも同然だった。

不意にベルが止む。
凍りつく時間。輝く月光にふちどられたシルエットがのそりと起き上がり、冷たい空気を
大きく飲み込む。長い、長い間を持ってゆっくりと吐き出される目覚めの息吹。
私を覆った影はついにその口を開き、かすれた声を漏らした。

「……すっごい寝たかも」

初めて耳にする、主の声。
言う通り、確かにそれは長い時間だったであろう。しかし「かも」などという言葉を語尾
につけているあたり、長かろうが短かろうがどうでもいいような口ぶりでもある。
身に纏っていたシーツをずるずるとはだけながら、細い腕と指先がぴんと上に伸びる。
やがて傍らで見守る私に気づき、欠伸で険しくしていた表情を緩め、優しい笑顔を作った。

「久しぶり、外の様子はどう?」

その言葉は私に向けられつつも、すぐに自分に対してのものではないと悟る。
恐らくは十数代前の私の先祖。遥か昔に主が目覚めていた時分に居合わせた、もう一人の
不幸な従者へ向けてのものだろう。
黙って立ち尽くす私を細めた目で見回し、主は状況を把握したのか寂しそうに目を伏せた。

思えば私が主に仕えることに対しここまでも喜びを感じ得ないのは、そうした前従者たち
によって残された古文書によるところが大きい。
それには主によって日々翻弄される従者の心情が克明に記されており、私にも同じような
ことが降りかかってくるのかと考えると戦慄さえ禁じ得ない。

言葉を紡ぐことの出来ない私を横目に、主はベッドから起き上がると鏡台にかかった布を
めくり、自分の姿を映しながら感嘆の声を上げた。

「ねえこれ、あなたが髪切ってくれたの? このパジャマもすごく素敵ね!」

それは数年ほど前、ダメになってしまった寝間着の替わりに入手してきたものなのだが、
私自身そういうセンスといったものには非常に疎く、単に「女の子らしい」という理由で
選んだ、淡いストライプピンクのパジャマだった。
散髪に関しても私はハサミというものの取扱いがどうも苦手で、私がこうする前は綺麗な
ひさし髪になっていたのに、今は見る影もなく毛先は乱れ、鳥の巣のようになっている。

そんな私の不慣れな部分を「素敵」だと、そう言ってくれたことに胸を撫で下ろす。
満面の笑みが鏡に覗き、その背中に生えた黒い翼――私のものより数倍はあろうかという
ほどの――を機嫌よくばたばたと羽ばたかせる。

「じゃ、これからよろしくね。私は――」

今、人界を騒がす「異形」が一人、タイプ・ヴァンパイア。
蛇の目エリカ。それが私の、主の名だった。


† † †


エリカ様の朝は一杯の紅茶から始まる。

朝といっても、朝日の昇る時刻といった意味ではなく、単にエリカ様が目覚めた時と表現
するほうが正しいだろうか。元来西洋の吸血鬼は陽の光に弱いと聞いてはいるが、純国産
の吸血鬼であるエリカ様がなぜ、と質問してみたところ「そのほうが吸血鬼っぽいってね、
みんな言うから」との答えが返ってきた。

どうやら意外と流されやすい性格らしく、そういう部分には親しみが持てる。
エリカ様は静かにティーカップを置くと、遠い月に柔らかい眼差しを向けた。

古文書によれば、エリカ様が目覚める時には必ず目的があるということらしく、その時に
居合わせた従者――つまり私は、目的を達するまで命に従うことになる。

その目的にも様々なものがあるようで、世界中の動物の血を飲み比べてみたいという気の
遠くなるようなものから、クワガタとカブトムシはどちらが強いか知りたいなどといった
くだらないものまであったらしい。

どちらにせよエリカ様が満足さえすれば再び長い眠り(これは通常の睡眠と区別するため
に久眠と呼ばれる)に就くことになるわけで、もしも今回の目的が簡単なものであれば、
私もまたすぐにこの従事から逃れ、再び久眠に就いたエリカ様のお世話をするだけで済む。
そんな淡い期待を抱きながら、未だ月を見上げているエリカ様に目を動かした。

「……私、恋がしてみたい」

恋――それは曰く甘いもの、曰く切ないもの。
エリカ様は情熱的な手振りを交え、月にも負けぬほどの煌めきを瞳にたたえながら、切々
と語りだす。
しかしそれもどこか聞いたような形容詞を並べるばかりで、具体的な例を明示するものは
何ひとつなく、私はそれを聞きながら込み上げる笑いを堪えるのに精一杯だった。

エリカ様は恋を知らないのだ。

その美貌を有してさえも高貴な育ちが故なのか、恋の一つ二つも知らぬものが私の主とは
笑わせるではないか。何を隠そう私は「恋」を知っているのだから――

ここ「蛇の目邸」の書庫には先に挙げた古文書を始め、ありとあらゆる書物が揃っており、
私は空いた時間よくそこへと赴き、気まぐれに本を読むことがあった。
中でも特にギリシア神話を読むのが好きで、そこには「恋愛の神エロス」なるものが登場
するのだが、難しい漢字の読めない私はそのエロスなるものが如何なる人物なのか詳しく
は分からず、しかしその名を冠するいくつかの参考書には、雌雄による子孫を残すための
行為が描かれているのだ。

――つまるところ恋とは、子種保存本能に基づく「生殖行為」に他ならない。

雄の突起物で雌の身体を貫くという少々野蛮な行為であるものの、子孫を残すために必要
なものであることを一通り伝えると、エリカ様は目を丸くして「物知りなのね」と褒めて
くださった。私はちょっと得意になり、えへんとばかりに鼻を鳴らし、それでは早速恋を
しに行きましょうと促してみる。

その辺でうろうろしている雄の一匹でもあてがえば、それで今回の目的は達成するのだ。
私はエリカ様の着替えを手伝いながら、ひょっとしてこれは過去の最短記録を塗り替える
ことができるのではないかと、自らを奮い起こした。

「どう?」

言いながら振り返る淡い花柄の着物と紺袴。
その姿は純潔な明治女学生を思わせる気品が漂っており、私が切った髪型だけが不釣合に
乱れているのを見て、思わず苦笑いが漏れる。
最後にエリカ様は大きなリボンを付けようと苦戦していたが、やや短くなりすぎた髪の毛
にそれも諦めたのか「あなたにあげるわ」と私の首に回してくれた。

俗事に疎い主人と学殖豊かな従者。なるほどこうした主従関係なら悪い気はしない。
私は授かった最初の勲章(同時にこれが最後となるのだろうが)を誇らしげになびかせ、
エリカ様と共に恋を探すため、月光輝く夜空へと飛び立った。



つづく
69 ◆zavx8O1glQ :2010/02/28(日) 00:34:06 ID:xWao6G4X
異形世界へ参加させて頂きたく、テーマは「迷走」

こんな奴らに絡まれたくない、という作者様がおられましたら
是非ご返答のほど。
70創る名無しに見る名無し:2010/02/28(日) 01:01:37 ID:xYLlwRlm
おお、異形に新作来た!

って従者オイwwwww
71避難所より代行:2010/02/28(日) 11:12:07 ID:TXNXeUz7
これはまた趣の違う異形エリカ様…超期待です!!
いや今週は賑やかだった…
72創る名無しに見る名無し:2010/02/28(日) 11:14:06 ID:TXNXeUz7
乙でした!
これは、アレですね!
従者の考えが間違っているせいで吸血鬼でなくサキュバスとして周囲から認識うわなにをするやめ――
73創る名無しに見る名無し:2010/02/28(日) 11:35:10 ID:xWao6G4X
>淫魔に誤認されるような展開

把握しました。
74創る名無しに見る名無し:2010/02/28(日) 12:28:15 ID:xYLlwRlm
ちょwww

まあ、エリカ様になら犯されてもいいが。
75創る名無しに見る名無し:2010/02/28(日) 15:59:27 ID:yElVtbwt
エロパロで活躍しそうな人員が増えて来たなw
吸血鬼でエリカって名だとロッテのオモチャ思いだすぜ
76今週のまとめ:2010/02/28(日) 22:01:27 ID:xYLlwRlm
※現在このスレでは3つのシェアードワールドが展開されています。
 この世界、俺が盛り上げてやろうじゃん!てな方はお気軽にご参加を!

○各世界観や過去作品はこちら → 創作発表板@wiki内まとめ
 http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/286.html

○規制時にしたいレスがあれば → みんなで世界を創るスレin避難所
 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1265978742/

○今週の更新
・閉鎖都市
 >>56-58 「ゴミ箱の中の子供達」第2話
・異形世界
 >>44-49 「白狐と青年」第7話
 >>66-68 「異形純情浪漫譚 ハイカラみっくす!」(新作)
・地獄世界
 >>36-38 「地獄百景:番外編」

※今週の投下作品紹介
「ゴミ箱の中の子供達」もはや犯罪者の一言では片付けられないその日常。一体誰が彼らを憎めようか!
「地獄百景:番外編」地獄世界ではなんと他スレキャラ「天野翔太くん」が乱入! 一体どうなる!?
「白狐と青年」異形世界の主軸物語も一つの山場を終え、しかし見え隠れする背後の力にwktkは増すばかり!
新作「ハイカラみっくす!」は、ありそうでなかった異形視点。純情吸血鬼「エリカ様」の恋を探す旅が今始まる!

全くどいつもこいつも俺の週末を充実させてくれやがるぜ!
77 ◆zavx8O1glQ :2010/02/28(日) 22:15:47 ID:xWao6G4X
まとめ乙ですー

ところで◆mGG62PYCNkさん
エリカ一行と匠くんクズハちゃんをカチ合わせてもいいものでしょうか。
時系列はぼかすつもりですが、本編進行中であられるので。
78 ◆mGG62PYCNk :2010/02/28(日) 23:06:51 ID:TXNXeUz7
まとめの方乙です!
>>72で不純な方への道を出してしまったので名乗り出づらいですorz

>>77
むしろ歓迎!
えー、これから彼らはすぐに平賀の研究所がある町の方へと出向くので
出会うならその移動中に出会ったりすることになると思います。
あと、次回の投下で匠のクズハに対する気持ちを少し書いたり(ここにきてやっと)するので
その後の方が都合良ければそれまで待ってもらってという形になるかと思います。
79 ◆zavx8O1glQ :2010/02/28(日) 23:41:51 ID:xWao6G4X
了解、把握しました。
どうやらデリケートな流れになられそうなので、少し様子見してみます。
といっても決して焦らせる意味ではありませんので
お気になさらずにー
80創る名無しに見る名無し:2010/03/02(火) 19:55:38 ID:Q7mN6N3G
復活した喜びを、今ここで!
81創る名無しに見る名無し:2010/03/02(火) 21:17:36 ID:Ip8ctR+F
閉鎖都市に近々新作を投下したいと思っております。現在構想を練っている最中です。
82創る名無しに見る名無し:2010/03/02(火) 21:19:26 ID:Q7mN6N3G
なんだとおおお、こいつは楽しみだぜ!
83創る名無しに見る名無し:2010/03/02(火) 21:45:16 ID:5IdsUG1r
祝、鯖復活!!
>>81
期待してます!!
84創る名無しに見る名無し:2010/03/02(火) 22:00:02 ID:Q7mN6N3G
避難所にてお祭りイベント的な何かをしたらどうかという意見があったので
実施自体の可否も含めて、ご意見いただければと。


舞台はゲートのある地獄シェアで、各作品の時系列はあまり考えず、
他世界、他スレからのキャラ(生死問わず)も参加可能。

どんなイベントにするか
・運動会とか料理大会みたいなワイワイイベント
・なんか敵とか出てきてみんなで共闘
・色んな人達がどこかに閉じ込められて脱出
・お色気温泉旅行記
85創る名無しに見る名無し:2010/03/02(火) 22:55:48 ID:mTWLwU/c
温泉旅行を熱望。
86創る名無しに見る名無し:2010/03/02(火) 23:14:21 ID:5IdsUG1r
>>84
桃花なんかも絡めば面白そう。路線的にも相性良さそうだし。
87創る名無しに見る名無し:2010/03/02(火) 23:17:31 ID:sLhUmG7W
温泉旅行を希望
俺のスレのキャラmウボァ
88創る名無しに見る名無し:2010/03/02(火) 23:22:20 ID:Q7mN6N3G
自分で案にくわえてみたものの、温泉旅行って何すればいいんだ
89創る名無しに見る名無し:2010/03/02(火) 23:58:31 ID:YMrpqgYK

クズハ「一緒に居たいって言いました」
匠「しかしな、ここは男湯で……」
鬼寒梅「おお、坂上の、『名菓 鬼寒梅』、今なら安くしとくぞ。買わんか?」
匠「(おお、話が逸らせれる)じゃあ一個ちょうだい。 ほら、クズハ〜、お菓子だぞー」
リリベル「犯し……デスカ」
ゲオルグ「たぶん漢字表記が間違ってるぞ、キワドイ格好の姐さん……」

『戦雲東におさまりて 昇る朝日ともろともに〜♪
かがやく仁義の名も高く 知らるる亜細亜の日の出国〜♪
光めでたく仰がるる 時こそ来ぬれいざ励め〜♪』

聡角「これは……」
殿下「古い軍歌だな。どうせ風呂ん中で軍人どもが歌ってるんだろ」
匠「高瀬さんも大変だ」






\______  ______________
           ○
           O  モワモワ
         ∧∧ !  ガバッ! / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    ___(;゚Д゚)___   < っていう俺の妄想だ!
    |  〃( つ つ   |    \_________
    |\ ⌒⌒⌒⌒⌒⌒\


    ∧ ∧         / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| ̄ ̄( ゚Д゚) ̄ ̄|   <  お休み!
|\⌒⌒⌒⌒⌒⌒\   \
|  \           \    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
\  |⌒⌒⌒⌒⌒⌒|
  \ |_______|


皆さんに平身低頭謝罪しつつ寝る!
90創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 00:05:14 ID:OKxYl8Vl
これはよいコラボwww
91創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 00:11:21 ID:UEIR2WXc
俺の温泉旅行SSのイメージ把握度 70%まで上昇
92NEMESIS ◆p3cfrD3I7w :2010/03/03(水) 00:18:17 ID:aIW/oaQg
投下します。

閉鎖都市。東西南北を高い壁で囲まれその壁の向こうに存在するはずの世界と完全に交流を断絶した一つの都市があった。
いや、都市というにはあまりにも広大なその広さから国と表現したほうが適当なのかもしれない。とにかく、その都市では何千・何万もの人々が思い思いの暮らしを送っていた。
ただ、いつの時代・国にもどうしようもなく「格差」というものは存在するものだ。過去の世界ではこの格差をなくし、全ての人々が平等に暮らせる社会を作るという「社会主義」という概念が存在したが、次第に廃れていった。

それからどれくらいの時が過ぎたのか。この閉鎖社会でもやはり格差は存在していた。中心部に行けば雲にも届きそうな超高層ビルが立ち並び、まさに「摩天楼」という言葉がピタリと当てはまり、
そしてそのビルでは多くの人々がこの世界で精一杯に生きるために働いている。その労働によって生まれる利益を一手に受けるのがこの世界にほんの数人しかいない、俗に「貴族
」と呼ばれる人々だ。
そして、トランプのゲームにもあるようにそんな大富豪がいれば当然大貧民も存在する。――避難地区。スラムとでも表現すればいいだろうか。
この世界で職にあぶれ行き場を失った人たちがたどり着くこの世界の最底辺だ。治安などこの場所には存在しない。
毎日のように略奪や強盗、ひどい時には殺人までもが日常的に発生する、人間の欲望や醜さが剥ぎ出しにされる最低の場所だった。
ただ、そんな場所でもやはり己の手を汚さず精一杯に生きている人々も少数ではあるが確実に存在している。

この物語の主人公、クラウスとセフィリアもその中の2人だった。彼らは双子の兄妹で今年20歳になる。彼らを生んだ母親はその直後に亡くなってしまったから、二人とも母親の顔は写真でしか見たことがない。
そんな彼らは父親の手で育てられた。彼らの父親はこの町の酒場でマスターをやっている。この楽しみも何もない生きるだけで精一杯な人々の身体を癒し英気を養うためにかなりの低価格で酒を提供している。
なぜそんな価格で提供できるかというと、やはり盗んできたものだからだ。その事実を知らず兄妹はこの20年間生きてきた。そして今日は2人の20回目の誕生日であると同時に
2人の母親の命日でもある。物語はここから始まる。

夕日が街を黄昏に染め、窓というよりは壁に穴があいていると表現したほうが適当な、そんな窓から彼方に佇む繁華街の摩天楼を眺めていたのは今日20歳になるセフィリアだ。
母親譲りの美しいブロンドの髪を膝の裏あたりまで伸ばし、スタイルは抜群。顔もとてもきれいに整っていた。そんな彼女だからいつ強姦の被害にあってもおかしくはなく、実際1年ほど前に
3人がかりでその被害に遭いかけたのだがすんでのところで双子の兄、クラウスが駆け付け3人を完膚無きまでに叩きのめした。その後その3人の姿を見たものはなく、以来
「命が惜しければセフィリアにだけは手を出すな」と街中のならず者の間で暗黙の掟が出来上がっていた。
そして、そんな掟が生まれる要因となった兄、クラウスが彼女に声をかける。

「セフィリア、母さんに会いに行こう。20になったよって言いに行かなきゃ」
「ええ、兄さん」
93NEMESIS ◆p3cfrD3I7w :2010/03/03(水) 00:19:55 ID:aIW/oaQg
兄・クラウスはセフィリアとは対照的に闇のような黒髪を肩まで流し、3人を叩きのめしたとはとても思えない細い身体をし、顔はというと常にモナリザのごとき微笑みを浮かべている。
この世界にずっと昔から伝わることわざ「笑う門には福来る」を信じ、常に笑っているのだ。いつか、父、セフィリアと3人で幸せな生活を送りたいと願っているのだった。
そんな兄妹はにこやかに笑う母の遺影に手を合わせながら母親に語りかける。

「母さん、僕たちは今日20歳になったよ。母さんの愛を受けられなかったのは悲しいけど父さんが僕たちのことを育ててくれたから今日まで生きてこれた。母さん、僕らを生んでくれてありがとう」
「ええ。兄さんの言うとおり。だから母さん、心配しないでね。そしてこれからも私たちを見守っていてね」

20歳になった報告を終え、2人は夕食の準備に取り掛かる。今日は誕生日なので、普段の食事よりも少しだけ贅沢なものを用意する。
父も今日は2人の誕生日を祝うために早く帰ってくると言っていた。準備も終わり、料理を半径30cmほどの小さなテーブルに並べる。普段の食事はこの小さなテーブルにも収まるような
極めて質素なものだ。今回の食事もその質素な食事に1,2品付け足した程度で、テーブルの上にきれいに収まった。
後は父の帰りを待つだけだが…2時間待っても父親が帰ってこない。2人に対してとても誠実な父が約束を破ったことなどこれまで一回もなかったのに。
どうしようもぬぐい去れない不安を抱えながら2人は仕方なくすっかり冷めてしまった食事に手をつけた。
普段は明るいはずの、特に誕生日である今日はいつも以上に明るくなければならないはずの食卓はまるで精進落としのように暗い空気に包まれていた。
そんな暗い空気が最後まで続き、クラウスが父の分を台所に運びセフィリアの元に戻る。

「父さん、遅いね…なにかあったのかな」
「もう遅いから兄さんは寝てていいよ?疲れてるでしょう。父さんは私が待ってるから」
「セフィリアだって家事で疲れてるんじゃないのかい?夜更かしは君の美容にもよくないし、おやすみなよ」

その後も2人はお互いを気遣い、結局2人で父を待つことになったものの結局朝になっても父は帰ってこなかった。
日の出から2時間ほど経った頃、ドアを叩く音が聞こえた。父が帰ってきたと思い、セフィリアがドアを開けるがその眼前にいたのは果たして父親ではなく、この町の自警団員だった。

「セフィリアさん、クラウスさん、お二人に大変残念なお知らせがあります。昨日の6時半ごろお二人のお父さんがマフィア同士の抗争に巻き込まれ、射殺されました…ご遺体をお引き渡しいたします」

自警団員が棺を部屋へと運び込み、最後に2人に一礼してドアを閉め、去って行った。ドアが閉まると同時にセフィリアは泣き崩れた。

「なぜ…なぜ父さんがそんな…関係ないマフィア同士の喧嘩なんかのために…殺されなきゃならないの…ううぅ…」

その傍らでクラウスは必死に涙をこらえて棺の中を確かめる。その刹那一瞬だけ顔をしかめるがすぐに蓋を閉じ、セフィリアに語りかける。

「ねえ、セフィリア。父さんが最後に君に見せた表情を覚えているかい?」
「…いつもと同じように…笑顔で…行ってくるよって…」
「じゃあ、君はこの棺の中を見ないほうがいい。君には残酷すぎる。父さんもきっと君の記憶にあの優しかった笑顔を留めておきたいって願っていると思うから…」
「…ええ、ありがとう…兄さん…」
「セフィリア、僕は父さんの命を奪った奴らを絶対に許さない。どこのマフィアだろうが必ず見つけ出して、この手で…」
「私もよ、兄さん。二人で復讐しましょう…」

そして手を取り合い、父親を奪ったマフィアに復讐を誓った。かくして、この若い兄妹の長く壮絶な復讐劇は今ここに幕を開けるのだった。
94創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:49:37 ID:sAmoTCvv
投下乙です!!
『子供たち』や自警団、重厚な閉鎖都市にまた新しい顔が…
95創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 04:25:30 ID:tEwXf2S8
>>89
おおwwなんか面白そうだww

投下乙です!
復讐する兄妹の話とはまたヘビーな予感!
続きを待ってます!
96創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 07:37:48 ID:UEIR2WXc
閉鎖都市始まったなw
クラウス兄ちゃんの側面が気になる!
97はだかでGO!!【温泉】:2010/03/03(水) 21:36:45 ID:sAmoTCvv

…ここは温泉界。宇宙のどこかにある不思議な異界。地水火風全てのエレメントが融和し生まれた、摩訶不思議で眺望絶佳、そしてシャワー完備の世界。
常に適温に保たれた大河のごとき湯船の周囲、地平線まで敷き詰められたタイルの上を今、ショートの髪に青いシャンプーハットを被った少女が滑走してくる。
彼女の名は湯乃香(ゆのか)、彼女こそ温泉界の管理者兼番台、そしてこの世界のたった一人の住人だ。

「…退屈だな…退屈…」

湯気と石鹸の香りに包まれた、軽やかな彼女の滑走。しかしその詳しい描写は割愛せざるを得ない。洗面器にすっぽりと小さな尻を収め、磨き抜かれたタイルの上を颯爽と滑る彼女はシャンプーハットと、足首に巻いた下駄箱の鍵以外に何も身に付けていないのだ。

「…よおし、久しぶりに誰か召還して、『異世界交流♀裸のお付き合い』だ!!」

巧みに体重を移動させて洗面器の進路を変え、彼女は果てしない壁面に並ぶ鏡のひとつひとつを覗き込む。すべての異世界と繋がる鏡。その飛ぶように流れる一枚の前で、俄かに目を輝かせた湯乃香は、急停止した洗面器からひらりと飛び降りる。

「はぁい一名さま、ごあんなぁ〜い!!」

歓声を上げて鏡に手を伸ばし、彼女は『あちら側』でもがく人影をしっかりと捕まえた…


98創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 21:38:07 ID:sAmoTCvv
…とまあ、こんな調子で何人か集めてキャッキャウフフとか。
99創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 22:10:02 ID:UEIR2WXc
温泉界www
イベント用に世界まるごと一つ創るとは!
100創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 22:11:42 ID:um4IDiWe
設定は?設定はまだか!
101創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 22:17:44 ID:UEIR2WXc
よし、俺が早速追加設定を

温泉界の通貨は衣服
102創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 23:27:00 ID:um4IDiWe
設定が出てこないなら俺が創るぞ!いいんだな?
103創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 23:29:10 ID:UEIR2WXc
やっちまいな!
104NEMESIS ◆p3cfrD3I7w :2010/03/04(木) 00:15:05 ID:8qkhRWtI
第二話 天使と悪魔

復讐を誓ったものの父を殺したマフィアの手掛かりは何ひとつとしてつかめてはいない。部屋の時計は間もなく午前9時を指そうとしている。
二人がいきなり途方に暮れているとき、クラウスが何かを思い出したように口を開いた。

「こういう時に頼りになる人が一人いるんだ。その人を当たってみよう」

彼女のことは誰もが知っていても彼女自身はほとんど他人のことを知らないセフィリアは皆目見当がつかなかったが、
兄の自身に満ちた言葉にセフィリアも無言で頷いた。そして、父の亡骸が納められている棺に歩み寄り、頭側のほうを持ちあげるクラウス。

「そっちを持ちあげてくれないかなセフィリア。父さんを埋葬しに行かなきゃ」

この避難地区には共同墓地というものが存在する。いかにこの場所がこの世界の最底辺だと言っても死者を蔑ろにするのはタブーであり、
何らかの事件で死者が出た時はその遺族が、遺族がいないときは自警団が共同墓地に埋葬することが義務付けられている。
果たして、このスラムの中心部にその墓地はあった。この墓地の入口に立てかけられている錆びついたスコップを手に取り、
まだ棺が埋められてない更地を見つけ出してその傍らに棺をそっと置き、二人は墓穴を張り始める。
もともと体の小さい父を納めるための棺はやはり小さく、掘り終えるのには10分もかからなかった。
墓穴の底にやはりそっと棺を置き、二人は棺を埋める。その作業の最中クラウスは何度もセフィリアのほうを見やった。
彼女の碧い瞳は今は見る影もなく真っ赤に腫れている。涙も枯れ果て泣きたくても泣けないのだろう。
クラウスはそんな彼女が不憫で仕方なかった。やがて埋葬も終わり、簡単な墓石を用意する。そしてその墓石の前で二人は父の冥福を祈るのだった。

「あらゆる者の創造主、かつ贖い主に召します天主、主の僕、カルロス・ブライトの御霊に全ての罪の赦しを与え給え。願わくば――
 彼が絶えず望み奉りし赦しをば我らの切なる祈りによってこうむらしめ給え。主よ、永遠の安息を彼に与え給え。
 絶えざる光を彼の上に照らし給え。彼の御霊が安らかに憩わんことを。神の御名に(アーメン)」

祈りを捧げ、二人はその場を後にした。錆びたスコップを元の場所に戻し、二人は一度自宅に戻る。
クラウスはおもむろに部屋の隅に佇んでいた洋服箪笥の扉を開く。そして、一着の服をとりだした。

「まさかもう一度この服に袖を通すことになるなんてね…」

どこか自嘲気味に呟き、クラウスは今まで来ていたぼろぼろのシャツを脱ぎ捨てその服に袖を通す。その服は彼の髪と同じように闇のように黒い、
そうたとえるならば悪魔を想起させるようなデザインの服だった。クラウスは完璧にその服を着こなしていたが
セフィリアは見慣れぬ服に身を包む兄の姿に内心少し怯えていた。そんな彼女のほうを振りかえるクラウス。その手にはもう一着の服が握られていた。

「一日遅れてしまったけど君へのバースデープレゼントだよ。受け取ってくれるかな」

そう言ってクラウスはその服をセフィリアに手渡す。その服はクラウスが身に纏う服とは正反対で純白であり、着るものに天使のような神々しさをもたらす。
並大抵の人間ではこの服を着こなすことなどできないだろう。突然のプレゼントに驚きのあまりハトが豆鉄砲を食らったような
顔をしたセフィリアだったが、やがてニコっとほほ笑んで、その服を受け取り自室へと向かった。
相手が全幅の信頼を寄せる双子の兄であろうとやはり裸を見られるのは恥ずかしい。5分ほど経った頃、セフィリアが戻ってきた。
セフィリアのもともとの美貌に加えてこの天使のようなデザインの服を身に纏うことでより一層その美しさが強調されている。
正反対の趣の服に身を包む2人はまるで「天使と悪魔」だった。

「とてもよく似合ってるよセフィリア。本当に天使に逢ったみたいだ」
「ありがとう、兄さん」
「それじゃ、さっき話した人の元へ行こう。きっと力になってくれるはずだから」

そして、兄妹は果てしない復讐の旅路へとその歩みを進み始めるのだった。

第二話 完
105 ◆p3cfrD3I7w :2010/03/04(木) 00:16:27 ID:8qkhRWtI
>96
彼の側面は次回明らかになります。
106創る名無しに見る名無し:2010/03/04(木) 01:27:31 ID:h1CB/4iw
>>105
投下乙です!!…セフィリア嬢、今んとこ清楚系ヒロインNo.1のような…

>>102
また合流しますので、乱暴にやっちゃって下さいw

107創る名無しに見る名無し:2010/03/04(木) 15:38:04 ID:ULsCs9FK
>>97
なんとww百合の園かwwww

>>104
投下乙です!
これからどうなるのか楽しみです
108創る名無しに見る名無し:2010/03/04(木) 17:38:47 ID:SWo+pCl+
投下乙でした!
これはゴミ箱とどう絡んでいくのか見物だww
109創る名無しに見る名無し:2010/03/04(木) 19:07:18 ID:duLXpqhe
よっしゃあ、出来た、今更ながら投下だ!
110温泉界へご招待 〜天野翔太の場合〜:2010/03/04(木) 19:09:30 ID:duLXpqhe
参考URL
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1265197091/200

「くそ、放せよ」

この何日か、全く訳の分からない事態が続いている。
三日前は変なおっさんに殺された
二日前は気づいたら地獄にいた
で、昨日なぜか鬼に追いかけられるハメになり、
今日は逃げている途中で何者かに腕を掴まれた。

「くっそ、なんなんだよ、一体」

掴んだ手のの主を見る。いなかった。
虚空に浮かんだ鏡から、手だけが伸びて俺の腕を掴んでいた。

「ひっ」

一気にパニックになりかける。
しかし寸前で思いとどまった。
そう、そうだ。力だ。
俺の力を使えばいい。
抵抗を続けながら集中。鏡の、その先を視る!

先には、少女がいた。
向こう側へ必死になって引っ張ろうとしている少女。彼女、シャンプーハット以外は何も身につけていない。

俺は抵抗を続けながら考えた。すぐに結論は出る。
彼女は悪い人間には見えない。少なくともここにいる鬼よりは。

俺は抵抗をやめた。途端、勢いを付けて鏡の向こう側へ引っ張られて行った。
111温泉界へご招待 〜天野翔太の場合〜:2010/03/04(木) 19:10:14 ID:duLXpqhe
どんがらがっしゃん

勢いが付きすぎて俺は倒れこんだ。少女が下敷きになる。ktkr

「うわぁ、だ、大丈夫ですか?」

とりあえず心配してやる。体は密着させたままで。

「うぐ、ちょっと、苦しいんだけど」
「おおっと、ごめんごめん」

わざとらしく立ち上がる。名残惜しい。
少女も立ち上がった。裸のままこちらに向き直し、すぐさま腰を折る。そして叫んだ

「ようこそ!温泉界へ」
112温泉界へご招待 〜天野翔太の場合〜:2010/03/04(木) 19:10:55 ID:duLXpqhe
「温泉、界?」
「そうだよ」
「温泉ってことは……」
「みんなで温泉に入るよ!」

裸の少女と話す。俺からしてみれば、こういうのは見慣れているので、今更ドギマギはしない。
それにしたって、これはまたおかしな世界に迷い込んだもんだ。だが少なくとも地獄よりは数千倍マシだろう。

「ああ、でも、俺金持ってねえわ」
「大丈夫!ここの通貨は服だから」
「服?」
「そう!キミは服を売る。私はそれと交換で温泉に入らせる。OK?」
「お、おーけい」

特に愛着のある服でもなかったので、即答した。服が通貨って。増しておかしな世界だ。

「じゃあ一名さま、ごあんなーい」

そうして俺は温泉界とやらに足を踏み入れる事になった。
113温泉界へご招待 〜天野翔太の場合〜:2010/03/04(木) 19:11:35 ID:duLXpqhe
「はい、じゃあ台帳に記入お願いね」
「ほいほい。天野翔太、男、23歳、っと」
「ショータ君だね。ゆっくりつかっていってね!」
「はあ、」

テンション高いな。

「それにしても、湯乃香ちゃんって言ったっけ?裸だけど恥ずかしくないのか?」
「う゛、ぐ。それを聞いちゃう?」
「あ、いや、気になって」
「……実はね、女の子を喚ぶつもりだったんだ」
「はあ」
「でも間違って男の人を喚んじゃって……でも番頭として、今更裸を恥ずかしがるわけにはいかない!ってがまんしてたんだけど……
やっぱごめんなさい、ムリです、服着てもいい?」

ほぼ全裸の少女から半泣きで迫られては、頷く以外の選択肢はない。

「うぅ、じゃあ着替えて来る。お風呂はそっちだからねー」

そう言って行ってしまった。

「じゃ、ま、一風呂浴びてくるか」

目の前の選択肢は三つ。男湯と、女湯と、混浴。俺は躊躇することなく男湯を選んだ。そう、俺に混浴は必要ない。
114温泉界へご招待 〜天野翔太の場合〜:2010/03/04(木) 19:12:57 ID:duLXpqhe
何日ぶりの風呂だろう。生きていた頃も不精で三日ほど風呂に入っていなかったから、一週間は風呂に入っていなかった計算になる。

「それにしても、死んだんだよな、俺」

確かに俺は、自分の上半身と下半身がサヨウナラする光景を見た。そしてその後は地獄行き、その時は魂だけの存在になってしまったのかと思っていたのだが、今お湯の感触をしっかりと感じているし、さっきは湯乃香とかいう番頭の子に触れることもできた。
今の俺はどういう状態なんだ?
湯乃香が何かを知っているかも知れない。聞いてみるべきだ。

が、今はこの素晴らしい温泉を満喫する方が先だろう。
残念ながら、まだ女湯には誰も来ていないようだが、そちらの方も楽しみだ。

「ふぅーーー」

俺は感嘆の息を漏らし、温泉の湯に身を委ねた。
115創る名無しに見る名無し:2010/03/04(木) 19:13:37 ID:duLXpqhe
ここまで

ああ、男だ、ごめんなさい
116創る名無しに見る名無し:2010/03/04(木) 19:20:52 ID:tiKbYFtb
投下乙でっすん!

ゆのちんも「間違えた」って言ってるんだから男でもありありでしょう!
しかし天野くんはある意味達観してていやらしさを感じないなあ(良い意味で)

あともしよかったらだけど、参考ウラルじゃなくて簡単な紹介なんかあると助かるかも。
117創る名無しに見る名無し:2010/03/04(木) 20:14:40 ID:duLXpqhe
>>116
一話というか、一レスで死んだちょいキャラだから、実は設定というようなものはなかったり……一応↓とか?
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1265197091/371

達観してるのは一回死んだせいだろうね、きっと
118創る名無しに見る名無し:2010/03/04(木) 20:42:46 ID:h1CB/4iw
天野くんwww没後のほうが幸せwwww
119創る名無しに見る名無し:2010/03/04(木) 22:49:27 ID:X9CNb8Xp
温泉界へご招待。勝手に続けて見る。
駄目だったら見なかったことにして下さい。
がらがらがら……

男湯の扉が開く音がする。

「また男が来たのかな? 湯乃香ちゃんっておっちょこちょいなのかな?」

はぁ、それにしてもこの湯は気持ちいい……

「ざぶーん!」

ぷあっ。今波を被ったぞ! ってちょっと待て。今の声は女の声だったよな?!

振り向くとそこには一人の少女が湯に浸かっていた。
その黒髪の少女がこちらに気付いたと思ったら、おもむろに立ち上がりこちらにやってくる。
ちょっとまて、全く隠す気ないだろ。全て丸見えなんだが。

「君が一番のりかー。残念。私が一番のりだとおもったんだけどなぁ。私はティリアスっていうの。君は?」

その少女はなんの気もなく俺に話しかける。
俺もその余りの自然体っぷりに戸惑いつつも答えることにする。

「俺は天野翔太」
「ショータ君かー。よろしくね」
「ああ、それはいいんだが……君、恥ずかしくないのか?」
「だってここお風呂でしょ。裸なのが普通じゃない? それとも私見たいな子供体型に欲情する性癖の持ち主?」
「……うーん、確かにそう言われるとそうだな」

確かに目の前の少女が可愛いが……そういう対象に見るには体つきが子供すぎるな

「でしょ。だから問題ないね」
「そういうものか……?」

なにか違和感を感じるがまあいいか。
そう思っているとティリアスはいったん湯から出ると何かを持ってきた。
ああ、とっくりか……と、いうことは?

「せっかくだからお酒のもーよ」
「ああ、いいねぇ……って君未成年じゃないの?!」
「ふふふ、女性に年齢なんてきいちゃだめなのです」

そして、とっくりを俺に渡すと今度は何かビンを持ち出し、中身を開けた。

「気分がいいからさらにサービスですよ」

そしてビンの中身が光ったと思うと中身が消えた。

「……?」

ふと空を見上げると空から雪が降ってくる。

「おおーいいねぇ。これティリアスがやったの?」
「ふっふっふ、ティリアス特製の魔法薬ならこんなこと朝飯前です。それじゃ雪見酒といきましょうか」
「いいねぇ、風流で。……おう、この酒旨いな」
「おお、いける口だねぇ。ささ、どうぞどうぞ」
「おお、ありがとう」

雪見酒とはいいねぇ。ああー極楽極楽。
しかし何か根本的な事を忘れている気がするが、ま、些細なことだろうな。

ここまでです。勝手に続けてごめんなさい。
ちなみに今回勝手にだした新キャラは、
シェアード・ワールドを作ってみよう のアリス=ティリアス です。
キャラ的には
ttp://sites.google.com/site/nelearthproject/kyarakutarisuto/arisu-tiriasu
ここらへん参照?
123創る名無しに見る名無し:2010/03/04(木) 23:03:58 ID:gcpQZudq
なんかスゲーな…
どちらもGJ
124創る名無しに見る名無し:2010/03/04(木) 23:07:05 ID:duLXpqhe
わっほい!

しかしなぜ男湯に来たしww
125創る名無しに見る名無し:2010/03/04(木) 23:36:45 ID:h1CB/4iw
>>122
投下乙!
…シェアに歴史ありだな。アリスもネラースからここに定住すれば?
126創る名無しに見る名無し:2010/03/04(木) 23:48:57 ID:SWo+pCl+
1日くらい意見を募ろうと思ってたら既に投下されてたw
世界設定はともかく、他スレからの移住も認めてるんで
ある程度ルールは作ろうかと思ったんだけどw

ええい、とにかく感想だ!

>>110
天野くんて>>36読んで初めて知ったんだけど23歳だったんだ。
達観してるのは女性の裸体を見慣れすぎてるためかと思うw

>>120
ネラースって存在を知ってはいたんだが、今までずっと読めてなかった……
温泉界を機に、色んなスレの交流がはかれたら良いなあ。
127温泉界へご招待〜千丈髪怜角の場合〜:2010/03/05(金) 00:18:41 ID:G/mXP4yy

『千丈髪』を侮ってはいけない…一瞬だけ凄みのある笑みを浮かべた怜角は亡者の逃亡先、おそらく遥か異界と繋がる細く強靭な髪を、『向こう側』へしっかりと絡みつかせた。

「…山茶角さん、分隊長たちに伝えて下さい。私はこのまま、『天野翔太』を追います!!」

「お、おう…」

戸惑う仲間の前から、ふっ、と怜角の姿が消える。獄卒として彼を逃がす訳にはいかなかった。自分が担当する亡者にして、恐るべき『第二類』の誤爆霊。そのうえ面妖なその能力を駆使して、卑劣な覗きまがいの行為まで…

(…べ、別にいつも官給の虎縞下着のわけじゃない…今日は、本当にたまたま…)

地獄の鬼たちに律儀な閻魔庁が支給する虎縞の下着。獄卒隊の入隊式に授与される金棒と同じで、今ではほぼ形式的な獄卒の証だ。
同期の胡蝶角は額縁に入れて祖母に贈ったらしい。あの衣服に無頓着な慈仙洞の嵐角でさえ、赤ん坊のおむつカバーに使用しているという。
そんなある意味滑稽な下着を、仮にも同期入隊筆頭のクールビューティー、千丈髪怜角が愛用している、などと噂になったら…

(…いやいや、下着などはどうでもいい…)

128温泉界へご招待〜千丈髪怜角の場合〜:2010/03/05(金) 00:20:06 ID:G/mXP4yy
しかし歪んだ空間に潜り込み、渦巻く色彩のなかを駆け抜けながらも、怜角の思考は待ち受ける危険より恥ずかしい虎縞パンツから離れなかった。

(…もし、宮殿侍女たちなんかの耳に入ったら…)

『…怜角はケチだニャ!!それとも、もしかしたら男に貢いでパンツを買う金も無いのかニャ!?』などと嬉しそうににゃあにゃあと根も葉もなく騒ぎ立てるに違いないのだ。

(…ああ…高瀬さま…)

怜角の懸念はさらに加速してゆく。妖しい空間の彼方、伸ばした黒髪が導く異世界が現れたが、彼女の脳裏には高瀬陸軍中尉の険しい顔しか映っていなかった。

『…怜角さん。自分は女性たるべき者、その貞潔を示す純白の下着を着用すべきと考えるのであります。仮にも虎縞などという破廉恥極まりない柄は、全く言語道断であります!!』

(わああああああ!!)

…彼女の耳には、すでに高瀬小隊が高々と唄う『嗚呼、虎縞下着』(作詞/作曲・千丈髪怜角)の旋律さえ高く響いていた。
その自分勝手な怒りの全てを天野青年ののほほん、とした顔にぶつけながら、千丈髪怜角は鼻息も荒く彼の逃げ込んだ異空間、なにやら石鹸の香り漂う未知の世界へと跳び込んだ。

129創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 00:23:01 ID:G/mXP4yy
投下終了。ええと、どうすんの…これ…
130NEMESIS ◆p3cfrD3I7w :2010/03/05(金) 01:01:41 ID:iYrjpQh5
第3話 クラウスの正体

漆黒の衣装を身に纏う兄に連れられ、セフィリアはスラムを闊歩していた。兄は一体どこに行こうというのか。
兄が頼りになるというほどだから信頼のおける人物なのは間違いないのだが、目的地もなく出歩いたこともないセフィリアは
正直不安で胸がいっぱいだった。それに何より謎なのは…先ほどからすれ違う人々が悉く脇にそれ、兄の姿を拝んでいて
その一人一人にクラウスは立ち止り「頭をあげてください」とにこやかにほほ笑みかけるのでなかなか目的地にたどり着かない。
家を出て30分ほど歩いただろうか。目的地にたどり着いたらしく、クラウスが一軒の家の前で立ち止まる。
一軒といっても独立しているわけではなく、両隣は壁を隔てた向こう側、その隣もまた…という具合に長屋のような構造をした
住宅が何十軒も軒を連ねてこのスラムは形作られているのだ。

「着いたよセフィリア。ここが例の人の事務所だよ」

そう言ってクラウスはドアの上の看板を指さす。兄の指さすほうを見上げると、そこには『神谷探偵事務所』と書かれていた。
兄は話し出す。この町には神谷さんという凄腕の探偵がいて、その実力の片鱗としてこの町の全住民の素性を把握しているそうだ。
そのため、少なからずこの町のごろつきやならず者から恨みを買っており、命を狙われることも少なくはないのだが
そのたびに彼は持ち前の危機察知能力で事前準備を施し、そいつらを撃退しているというのだ。
なるほど、確かにそれほどの実力の持ち主なら父を殺したマフィアを探し出すのに一役買ってくれそうだ。納得して一人頷くセフィリア。
クラウスが事務所のドアをノックしようとしたまさにその時、唐突に子供の声が聞こえた。セフィリアが驚いて振り返ると
そこにはまだ10歳ほどの子供が4人立っていた。子供たちはクラウスの元へと駆け寄り、口々にまくし立てる。

「天使様、戻ってきてくれたんだね!わーい!」
「ママに教えてあげなくちゃ!天使様が戻ってきたって!」
「あれ、でも…戻ってきたってことはまたこの町が危ないってことじゃ…?」
「大丈夫だよ!きっと天使様が救ってくれるよ!」

そしてクラウスの周りではしゃぐ子供たち。セフィリアはその光景がまるで理解できずにいた。なぜ兄が子供たちに慕われているのか。
そして何より、なぜ「天使様」などと呼ばれているのかを。そんな彼女の疑問をよそにクラウスは子供たちをなだめ、優しく語りかける。

「うん、戻ってきたよ。でもね、あの時のようなことじゃないから安心していいよ。実は昨日、僕とセフィリアにとても悲しい出来事があってね…
 その悲しみに打ち勝つためにまた戻ってきたんだよ」

子供たちはクラウスの話を聞き、少し不思議そうな顔をしていたが、やがて「またね、天使様!といってその場を去って行った。
そして、今度こそ事務所のドアをノックしようとした兄を今度はセフィリアが呼び止める。

「兄さん、今あの子たちに天使様って呼ばれていたけど、それってどういう意味なの?」

クラウスはその答えに一瞬躊躇したようだったが、すぐにふっとため息をつき、セフィリアに切り返した。

「…まずは神谷さんに逢うのが先だ。今君が聴きたいことはそれから話すよ」
「…約束よ」

妹の言葉にただ小さく頷き、クラウスは今度こそ事務所のドアをノックした。10秒ほど間隔が空き、その後「ギイィ」といかにもぼろそうな
音を立ててドアが開いた。まず最初に応対したのは神谷ではなく、助手のステファンであった。
131NEMESIS ◆p3cfrD3I7w :2010/03/05(金) 01:02:54 ID:iYrjpQh5
金髪のショートカットがこの町の雰囲気とよくマッチしている年頃の少年である。神谷は彼のことを「生意気なガキ」と
表現していたがクラウスは少なくともこれまで彼と接してきて一度もそう思ったことはない。

「ああ、クラウスさん。それに…今日はセフィリアさんも一緒ですか?珍しいですね。それにその格好も…」
「ああステファン君。いつもならここで君とゆっくり雑談に興じていたいところなんだけど…今日は事情が事情でね。神谷さん、いる?」
「いるにはいますけど…今日はちょっと立て込んでて…取り合ってくれないと思いますけどねぇ…」
「先客かい?それは困ったなぁ…こっちもぜひ神谷さんの力を借りたいんだけれども…」

かくして、クラウスとステファンが事務所と玄関先で話し込んでいるのが気になったのだろう。神谷が玄関先へと現れた。

「ステファンがグダグダしゃべってるから誰かと思えばクラウスか。あれ、今日は妹さんも一緒か。しかしお前、その格好…」
「ご無沙汰してます神谷さん。今日は正式な仕事の依頼をしに来ました。僕たちの父親を殺したマフィアを探して欲しいんです」

クラウスのその言葉を聞いた刹那、ステファンと神谷は顔を見合わせる。そしてハァ…とため息をつき、彼に返す。

「さっきステファンが立て込んでるって言ってたろ?先客がいるんだよ。お前さんと全く同じ依頼を吹っかけてきたお嬢ちゃんが」

今度はクラウスとセフィリアが顔を見合わせる番だった。そして、なんともやるせない表情を浮かべるのだった。
それを見て神谷は苦笑いを浮かべ、心の中で思った。神様、あんた何考えてんだ。なんだって一日に3人も父親を殺された不幸な
ガキどもを生みださなきゃならねえんだよ。まあ尤も、あんたの考えてることなんて一介の人間に過ぎないこの俺に理解できるわけもないか…
理解できないのなら仕方ない、俺ができることは奴らの不幸を奴ら自身が乗り越えるための手助けくらいだろうしな。

「とりあえず上がれ。話はそれからだ。ステファン、お前はコーヒーを用意しろ。5人分だ」
「はいはい、わかりましたよ」

そうぶっきらぼうに言ってステファンはキッチンのほうへと向かっていった。神谷に連れられ、クラウスとセフィリアは事務所の中に入る。
生活習慣は家主の性格と正比例するらしく、事務所の中はきれいに片付いていた。ただ、シャツが一枚脱ぎ捨ててあったので、
こっそりとセフィリアがそれを拾い上げて洗濯機の中に放り込んだ。いつ壊れてもおかしくないぼろぼろの洗濯機だったが。
もともと狭い事務所だったから気づかれずにそれを行うのはたやすかった。そして、事務所中央のボロいソファに腰を下ろすクラウスとセフィリア。
その隣にはこの町にはおよそ似つかわしくない上品な服に身を包み、長髪をツインテールできれいにまとめた15歳くらいの少女の姿があった。
おそらくはこの少女が父親を殺されたという先客だろう。兄弟姉妹もなく、15歳で父親を奪われた彼女はこれからどのように生きていくのだろう。
クラウスとセフィリアがともにそんなことを考えていた時、真向かいのソファに神谷が腰を下ろす。そして、ステファンがコーヒーを5人分
運び、ソファとソファの間のテーブルにそれを並べる。ご丁寧に角砂糖とミルク、マドラーまで付いていた。
このあたり、ステファン少年は気が利いている。ただし、この少年が淹れるコーヒーは味が薄い。彼は「オリジナルアメリカンブレンド」と
表現しているが、アメリカンコーヒーとは浅煎りの豆で淹れたコーヒーのことであって薄いコーヒーのことではない。
角砂糖とミルクをコーヒーに入れ、マドラーでかき回すクラウス。口をつけようとしたその時、神谷の隣にステファンが腰をおろし
いよいよ話が始まろうとしているところだったので、テーブルに戻した。そして、神谷が話を切り出すのだった。

「さて、当たり前だとは思うがそちらの兄妹とヒカリは初対面だよな。まずは自己紹介から始めてもらえないか?」
「クラウス・ブライトだよ。歳は昨日20歳になったばかりさ。そしてこっちが…」
「セフィリア・ブライトです。クラウス兄さんの双子の妹。よろしくお願いします、ヒカリさん」

自己紹介をすると同時に兄妹はそれぞれ右手と左手をヒカリのほうへと差し伸べる。
132NEMESIS ◆p3cfrD3I7w :2010/03/05(金) 01:03:54 ID:iYrjpQh5
。握手である。これまでの彼女であれば見知らぬ人間の手を握るなど考えられなかっただろうが、
先ほど耳に入ってきた玄関先の会話だと、この兄妹も自分と同じように父親を殺されたのだという。そこに共通点を見出し、妙な親近感を覚えるヒカリ。

「ヒカリ・E・ケールズ。CIケールズのCEO(最高経営責任者)、ジョセフ・J・ケールズの娘よ。歳は16歳。お二人ともよろしく」

と、自己紹介し、ヒカリはクラウス・セフィリアの手を両手で握る。クラウスが右手、セフィリアが左手を差し出しているので、一度に握手ができるのだ。

「さて、クラウス。あんたの親父さんが殺された状況をできるだけ詳しく聞かせてくれないか?」

詳しくといわれても自分だって父の遺体を搬送してきた自警団員から断片的にしか聞いたに過ぎず、仕方なくクラウスはそれをそのまま神谷に話した。

「なるほど…マフィアの抗争に巻き込まれてな…俺としては両方の依頼をかなえてやりたいところだが生憎俺は一人しかいない。
 ステファンはまだ未熟だから単独では行動させられない。となると…まずはヒカリの案件を解決させてからクラウスたちの案件に
取り掛かるのがベターだ。2人とも目的は復讐だろう?それも、相当な長丁場になることを覚悟している」

その神谷の言葉に無言で頷くクラウスとセフィリア。と、ここでクラウスが唐突に神谷に切り出した。

「ヒカリさんの敵探し、僕たちも手伝いますよ。親を殺された者の気持ちは誰よりも理解していますし、それでより早く解決に向かうのなら
僕たちとしても都合がいいですから。どうでしょうか、神谷さん」
「俺としては一向に構わないが、妹さんはどうなんだ?」
「私も兄さんと全く同じ思いです」

即答した。全くどこまでも仲のいい兄妹だ。神谷はやはり苦笑いを浮かべ、心の中で呟くのだった。

「なら、俺たち5人は今この瞬間から運命共同体だ。何があろうと決して断たれることのない絆を誓うものはこの手の甲に手を重ねろ」

そう言って神谷は左手の甲を表に向けて斜め下に差し出す。5秒もたたずに残りの4人もその手に自らの手を重ね、絆を誓い合った。

「さて兄さん、約束よ。天使様について話して」
「ああ、そうだったね…」
「何だクラウス。まだ話してなかったのか。…まあいい機会だ。ヒカリもいることだし、話してくれ」

そしてクラウスは語り出す。時は2年前にさかのぼる。当時の貴族たちの間である計画が持ち上がっていた。――『治安維持計画』。
その内容はというと、閉鎖都市全体の治安を保つために最低レベルの治安も持たないこのスラムに毒ガスを散布して住民を根絶やしにする、
という計画だった。ところが、この計画は途中で頓挫する。その理由というのが、貴族たち全員の突然死だった。
そしてその死には『告死天使』という小さな組織が深く関わっている。彼らの亡骸の傍らにこんなメモが残されていた。
『無意味な死をもたらそうとした金と権力に溺れた愚者に、今ここに死を告げん――告死天使』
次の日の朝刊では、貴族たちの計画の全貌を含めた今回の事件が明らかになり、スラムの人々は『告死天使』を文字通り『天使様』ともてはやした。
その告死天使の全メンバー8人のうちの1人が、他ならぬクラウスなのである。これがクラウスが子供たちから『天使様』と呼ばれていた理由である。
そして、クラウスは次に『告死天使』について語り始める。その起源はある人物がこの町でも特に身体能力の高かった8人の少年少女を集め
あらゆる格闘技・体術・果ては暗殺技術までをも教え込み、プロの暗殺者に育て上げたものだという。
さらに、主に夜に活動するために闇のように黒い装束を用意したのだ。それこそが、今クラウスが身につけている黒装束である。

「…そうだったの…兄さん…」
「セフィリア。今まで黙っていて悪かった。でも、そんな黒い部分を君に見せたくなかったんだ」
「…白い部分も黒い部分も全部含めてクラウス兄さんは私の兄。それはこれからも変わることはないよ…」
「セフィリア。ありがとう…」

兄妹の絆を再確認し、二人は抱きしめあうのだった。そして決意する。この無垢な少女の父親の命を奪った奴らを必ず見つけ出してみせると…
133 ◆p3cfrD3I7w :2010/03/05(金) 01:07:23 ID:iYrjpQh5
投下終了です。ゴミ箱のほうが日常系に移行するそうなので、
時間稼ぎの意味も含めてこちらは先に廃民街の名探偵ルートを
進めさせていただきます。

温泉界は面白そうですねw僕も参加しようかな…
134創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 12:24:50 ID:rwDnH2S2
乙乙

温泉界がにわかに賑やかになってるww
そして死んでからの方が優遇されている天野君www
そしてなにやら乙女な怜角さんがかわいいぜwww

>>133
ヒカリを通して閉鎖都市の裕福層も垣間見れるかなと思いつつ続きをwktkしてます!
135創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 13:52:21 ID:oPYqwIm3
これはいいコラボ。
136温泉界へご招待〜千丈髪怜角の場合〜:2010/03/05(金) 17:41:31 ID:G/mXP4yy

「な…何、これ!?」

派手な飛沫を立てて怜角が飛び込んだ別世界、そこはなぜか、鮮烈な香気を放ちながらぐらぐらと沸き立つ深い浴槽の中だった。

「い…いたい、痛い!!」

『菖蒲湯』。古来より鬼を祓い、子供の健やかな成長を祈る為、端午の節句に用意される薬湯だ。その爽やかに香り立つ熱湯は、怜角たち鬼にとって致命的な劇薬なのだ。
「うわあ!! し、死ぬ…」

ひりひりと容赦なく全身を襲うその痛みは、魔物の戦意を奪う強い力を持っている。最近少し自信過剰気味の怜角には丁度よい薬なのだが、ぐっしょりと冬制服に染み込む退魔の湯に、彼女は任務も忘れ悲鳴を上げた。

「…たた、助けて…誰か…」

あまりに理不尽な状況下、ひたすらもがき続ける怜角が薄蒼い湯の中でゲホゲホと咳き込み始めたとき、湯煙の彼方から二人の少女が、大きな金盥に乗って軽やかに滑走してきた。

「…桃の節句が終わったら、すぐ菖蒲湯の準備なの。なかなか大変なのよ…」

「で、男湯のほうはショータくんひとりで大丈夫なの? もう一人くらい男手を召喚したら?」

137温泉界へご招待〜千丈髪怜角の場合〜:2010/03/05(金) 17:43:11 ID:G/mXP4yy
この『温泉界』の主である湯乃香と、先客の長命族アリス=ティリアスだった。菖蒲の束を満載した盥にちょこんと乗った小柄な二人は、湯船で悶え苦しむ黒髪の鬼をすぐに発見した。

「ああっ…無賃入浴!!!…しかも、洋服のまんま…」

にわかに怒りの形相を浮かべ、湯乃香はひらりと盥から飛び降りた。

「…地獄の鬼ね…入浴料と罰金ですっ!! 早く服を脱ぎなさい!!」


眉間に皺を寄せてぺたぺたと湯船に駆け寄った湯乃香は、半死半生の怜角に厳しく詰め寄る。力なく漂ってきたこの可哀想な鬼を、彼女はタイル掃除用のデッキブラシで再び湯船中央に押しやった。

「た、助けて…私は…」

「さ、早く脱ぎなさい!! でないともっと菖蒲を増量するわよ!!」

「…ああ、魔物ね…この薬草に含まれてるイリジンに弱いんだ…」

玄人じみたアリスの呟き。よいしょ、と菖蒲の束を盥から降ろす彼女の傍らで、湯乃香はデッキブラシの柄で容赦なく怜角の頭をぐいぐい湯に沈める。ついに観念した怜角は、溺れつつ重い制服を脱ぎ始めた。

「…げほ…わ、判りまひたっ!! 勘弁して下さいっ…」

138温泉界へご招待〜千丈髪怜角の場合〜:2010/03/05(金) 17:44:40 ID:G/mXP4yy
「…そのトラ縞も脱ぐのよっ!! パンツ履いてお風呂なんておかしいでしょ!?」

「う…うう…」

湯乃香に次々と衣服を取り上げられた怜角は、最後の一枚に泣きべそをかきながら手をかける。先刻まであれほど憎かった虎縞パンツだったが、別れの今はたまらなく愛しかった…

「…なんか、趣味の悪い下着ね…」

そんなアリスの言葉に重なって、高いタイル壁の彼方から男の声が木霊してきた。怜角には忘れられない『天野翔太』のとぼけた声だった。

「…おおい!! 浅い湯船にも菖蒲放り込んだらいいんだなぁ!?」

「ええ!! 次は岩風呂のほうね!!」

…やはり天野翔太はこの妙な世界に潜伏していた。二人のへんてこりんな小娘たちにも厳しいお仕置きが必要だが、あの男だけは絶対に許しておけない…

「…こ、殺す。絶対にくびり…殺…す…」

しかし霊験あらたかな薬湯の効力には、怨念には自信のある千丈髪怜角もついにかなわかった。黒髪を藻のように漂わせ、虎縞パンツ一丁の彼女はぶくぶくと菖蒲の湯に沈んでいった。

「…あれ? 沈んじゃった…」

「入浴マナー悪い癖にヤワな鬼ね…いいわアリス、引っ張り上げてボイラー室にでも干しときましょう…」

139創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 17:47:12 ID:G/mXP4yy
以上です。このまま放置なり、適当に苛めて地獄に送り返すなり誰かお願いします。
140創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 17:50:38 ID:G/mXP4yy
>>133
投下乙です!!
セフィリアIN温泉界は激しくハァハァですが…
141創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 19:07:28 ID:rwDnH2S2
乙です!
ああ、菖蒲はやっぱりだめなのかww
142創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 19:09:37 ID:REqu+Qpf
よし、感想のかわりに続き書いてくる。
143創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 19:58:21 ID:REqu+Qpf
と、思ったんだけどここで報告。
温泉界に参加のみなさん、または参加してみたいという方。
避難所にて若干ルールを決めたいとおもいますので、お越し願えればと。

流れの腰を折るようですまんこ。
144 ◆p3cfrD3I7w :2010/03/05(金) 20:21:39 ID:iYrjpQh5
挙手いたします。
ところで、最後に「こ」があるせいでかなり卑猥な単語に見えてしまう僕は
どうすればいいのでしょうか?
145創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 20:51:36 ID:REqu+Qpf
そしてぽつりと感想を書いてみたりする。

>>130
実は1話あたり、結構色の違う話なのかなあとも思ってたんだけど
なにげな超自然クロスに身悶えたw
今後の展開に超期待してます!
146 ◆p3cfrD3I7w :2010/03/05(金) 22:57:50 ID:iYrjpQh5
温泉界編が書きあがったのですが、投下してもOKですか?
147創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 22:58:57 ID:YtO+Bgul
どうぞ
148創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 22:59:48 ID:REqu+Qpf
どうぞなりー
149 ◆p3cfrD3I7w :2010/03/05(金) 23:00:07 ID:iYrjpQh5
投下します。

番外編 温泉界へご招待〜クラウス・セフィリア兄妹の場合〜

「兄さん、お風呂に入りに行かない?」

唐突にセフィリアが切り出す。ヒカリの敵探しに奔走するものの手掛かりは一向につかめず、クラウスもセフィリアもこの広い避難地区を走り回り、汗まみれになっていたのだ。
ちなみにクラウスとセフィリアも例の衣装を今は着ていない。クラウスは、あの恰好で街を歩くと聞きこむたびに相手が自分を拝むものだから
効率が悪いという理由で、ステファンの服を借りている。無地のTシャツとぼろぼろのジーンズである。
セフィリアはというと、「兄さんのプレゼントを汗で汚したくない」という理由である。しかしセフィリアの場合その強調された胸のせいで
ステファンの服を着ようとしても臍のあたりからズボンまでが丸出しになり、おなかを冷やすだろうという理由で
仕方なく当分戻らないと誓った自宅まで戻り、兄と自分の着替えを何着かとってきた。という訳で二人の衣装は今、神谷探偵事務所のクローゼットの中である。

「そうだね、汗でべとべとだし、そうしようか。公衆浴場はここからだと…歩いて五分くらいでいけるね」

このスラムには各世帯に風呂はなく、この町の東西南北にひとつずつ公衆浴場という風呂屋があり、これまた金のない住民のためにタダ同然の
料金で入浴することができるのだ。しかも、ご丁寧に石鹸やシャンプー・リンス、髭剃り、果てはバスタオルまで用意されていて、これらは無料で貸し出している。
ここから一番近い北の公衆浴場は歩いて5分程度で行ける距離にあり、神谷とステファンは毎日のように利用している。

「じゃあ、神谷さん。ちょっとお風呂に行ってきます。多分一時間半くらいで戻るとおもいますので」
「ああ、疲れてるだろうからゆっくり湯に浸かって落としてこい」


そして、探偵事務所の玄関を出て、彼らは風呂屋へと向かうのであった。その頃、温泉界では…

「うーん、やっぱり男の子がショータ君だけっていうのは寂しいね。よーし、ここらで一つもう一人男の子を呼んじゃおう!」

といって温泉界の主、湯乃香はまた例の鏡を覗き込む。その鏡に映っていたのは、他ならぬクラウスとセフィリアであった。

「ラッキー!今回は一気に二人も招待できるよ!」

やや興奮気味の湯乃香はすかさずその鏡に手を突っ込む。異なる時空の先に延びた湯乃香の手は二人の手をしっかりとつかんでいた。
そしてそのまま抵抗する間も与えずに一瞬のうちにこちら側へと引きずり込んだのだった…
気がつくと、クラウスとセフィリアは全く見覚えのない場所にいた。そしてその眼前にはこれまた全く見覚えのない少女の姿。
一体何がどうなっているのか。二人で公衆浴場に向かっていたら突然誰かに後ろから手を握られ、気がついたら全く違う場所にいた。
そして目の前には見知らぬ女の子。おそらくはこの少女こそが、クラウスとセフィリアをこの訳のわからない場所に連れ込んだ張本人だろう。
まだ混乱しつつも、クラウスは少しでもこの状況を理解しようと目の前の少女に問うた。

「あの、2点ほど聞いてもいいかな?ここはどこで、君は何者なのか」

そんなクラウスの問いに少女はにこっと笑ってそれに答えた。

「ここは温泉界!そして私はこの温泉界の管理人兼番台の湯乃香!よろしくね!」

…駄目だ。聞いても全く理解できない。温泉界?そんな場所閉鎖都市のどこにもなかったはずだ。とするとここは…壁の外の世界なのだろうか。
そうして考え込むクラウスにセフィリアがほほ笑んで話しかける。

「ちょうどよかったじゃない兄さん。私たちお風呂に入りに行く途中だったんだし、スラムなんかにいると温泉に入る機会もないし」
150 ◆p3cfrD3I7w :2010/03/05(金) 23:00:53 ID:iYrjpQh5
そして湯乃香のほうを向き、話しかける。

「という訳でお世話になりますね、湯乃香さん。入浴料はおいくらでしょうか?」
「入浴料は服だよ!私はみんなの服を貰って、それで私がみんなをお風呂に入らせるの!」
「服って…私たちが着てるこの服ですか?こんなにぼろぼろですが…大丈夫でしょうか」
「大丈夫だよ!入るならこの台帳に名前を書いて私に服を渡してね!」

そう言って湯乃香はセフィリアに台帳とペンを手渡す。それを受け取り、セフィリアは空欄に自分の名前と性別、年齢を書き込む。
彼女が見たところすでに先客が2名いるようだった。天野翔太とアリス・ティリアス。同じ世界にいるのだから近く顔を合わせることになるだろう。
台帳に書き終え、湯乃香に返すセフィリア。

「セフィリア・ブライト…セフィリアさんだね!じゃあ、服をいただきます!」

そしてセフィリアは身につけていた服を湯乃香に手渡す。下着まで全て渡し、20秒ほどで彼女は生まれたままの姿となった。
その姿の詳しい描写はここでは割愛せざるを得ないだろう。
そしてその姿のまま兄のほうへと向かう。その兄・クラウスというと…きつく目をつむっている。クスッと笑い、セフィリアは兄に話しかける。

「兄さんも早く台帳に書いて。ほら、混浴もあるみたいだし、久しぶりに兄妹水入らずでお風呂に入ろうよ」
「…僕があの服をプレゼントした時に裸を見られるのは恥ずかしいっていったのはどこの誰だったっけ?」
「それはそれ、これはこれ。一緒にお風呂に入るんだし、裸になるのも見られるのも当然でしょう?ほら、兄さんも早く服を脱いで。じゃないと…」
「じゃないと?」
「私が脱がしちゃうから!」

といってセフィリアは兄の服を引っぺがしにかかる。告死天使の黒装束ならばとても無理だっただろうが今クラウスが身につけているのは
薄いTシャツとジーンズだけである。なおも恥ずかしがって目を頑なに開けようとしないクラウスから衣服を脱がすのは容易かった。
ついにトランクス一枚になり、セフィリアがそれを剥がそうとした時、ついにクラウスが観念したように眼を開き、叫んだ。
「わかった!台帳に書いてくるから!だからこれはもうちょっと待っててもらえないかな?」

と、クラウスも湯乃香から台帳を受け取り、自分の名前と性別、年齢を書き込み、湯乃香に返す。

「クラウス・ブライト…クラウス君だね!じゃあ、クラウス君も書いたことだし、それ脱いで!」
「…ねえ、これは猥褻行為には当たらないのかな?僕の…その…あれを…こんな幼い子に見せることになってしまうけれど」
「大丈夫だよ!全然気にしないから!はい、さっさと脱いだ脱いだ!」

湯乃香の言葉に後押しされ、クラウスも生まれたままの姿になる。そしてひどく躊躇ったのち、クラウスは彼女に自分の衣服を手渡した。

「はい確かに!それじゃお二人ともゆっくりしていってね!」

湯乃香の言葉を背にし混浴のドアを開くと、そこにはなんとも表現しがたい見事な風呂が一面に広がっていた。さすがは温泉界。
一番手前の黄金色に濁る湯船に浸かり、二人はようやく息をつく。

「こうやって二人でお風呂に入るの、何年ぶりだったかな?」
「1年ぶりじゃなかった?兄さんが私を助けてくれた時。あの時も兄さんははずがしがっていたよね」
「うん、そうだったね…」

その後も二人は雑談を続け、温泉を満喫した。元の世界に帰る方法は分からないがしばらくはこの温泉界を満喫するのも悪くない。二人はそう思っていた。
151創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 23:06:11 ID:REqu+Qpf
ちょwwwクラウス兄妹がwww
期待せざるをえないwwww

しかしなんという裸ワールド……
152創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 23:20:25 ID:rwDnH2S2
なんとw
着替えは駄目でもお風呂はおーけーとな!?
ああこんな妹欲しい! 義理なら尚よし! 更に貧ny(告死天使が降臨されました)
153創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 23:32:32 ID:G/mXP4yy
…乙です!! しかし昨夜の今ごろ、一人で妄想したSSマジキタ-www

154創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 23:37:21 ID:j4Qeq+Et
投下おつだよー
あの清純派のセフィリアたんが、まさか……ゴクリ。

湯乃香に呼ばれなくても、ゲヘナゲートから温泉界に行くのはアリ?
怜角さんを拾いに行きたいw
155創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 23:53:46 ID:REqu+Qpf
《温泉界使用上のご注意》
 他シェア・他スレからの参加自由! 故にカオス!
 参加させるキャラは作者様の許可を取りましょう。
 また、他スレからの参加は出展元をリンクしてね!

 それでは引き続き「世界を創るスレ」をお楽しみください。
156創る名無しに見る名無し:2010/03/06(土) 03:35:38 ID:7GnPaGKM
なんかファミコンジャンプみたいになってってるなw
157創る名無しに見る名無し:2010/03/06(土) 10:42:25 ID:7GnPaGKM
あ、ゲヘナゲートは通行無料です
ご自由にお通りくださいまし
158 ◆GudqKUm.ok :2010/03/06(土) 21:52:26 ID:dYcimXvU
温泉投下です
シェアードワールドで青春物語『森を賭けて』より

http://www26.atwiki.jp/sw_takamori/m/pages/136.html?guid=on
159温泉界へご招待〜ショウヤとユズキの場合〜:2010/03/06(土) 21:54:19 ID:dYcimXvU

「…ユズキを返せ!! 俺たちは『紫の国』へ帰るんだ!!」

甲高い怒声。しかし湯乃香は、突きつけられた鋭い山刀に怯むことなく、獣皮を纏った古代の少年を怒鳴り返した。

「…こら!! 危ないでしょ!! ショウヤくん、だったよね? 手当てしなきゃ彼女このままじゃ死んじゃうかもよ? いまアリスが容態を診てるから…」

低く身構え、湯乃香を威嚇する泥だらけの少年は、先ほどからかたくなに元の世界に帰せと要求し続けていた。戦に敗れ、滅びゆく原始国家から来た彼は、どうみてもまだあどけない子供だ。

「…あのね、お城が焼け落ちるとこ見たでしょ? 敗残兵の掃討も始まってたし、帰っても二人して殺されるだけだよ?」

湯乃香が彼らを拾い上げたのは全くの偶然だった。彼女はその特濃スープで名高い『高杜ラーメン』を入浴客たちに振る舞おうと、温泉界の不思議な鏡から『高杜市』を覗き込んだ筈だったのだが…

(…なぜか千年以上、ずれてちゃったんだよね…)

意識をなくした少女ユズキを背負い、ショウヤは燃えさかる森を駆けていた。…二人には休息と暖かいお風呂が必要、それだけの理由で湯乃香はこの若い狩人の民を温泉界へと導いたのだった。

160温泉界へご招待〜ショウヤとユズキの場合〜:2010/03/06(土) 21:56:42 ID:dYcimXvU
「…ほら、入浴料はいいから早くお風呂に入って大人しくユズキちゃんを待ってなさい。私、あんたほど不潔な男の子見たことないよ…」

ショウヤは薄汚れてはいるものの、端正な顔立ちの少年だった。ユズキもまた短い髪の凛々しく愛らしい少女だ。だが激しい疲労と体調不良が、彼女の溌剌とした笑顔を奪って久しい…

「…俺たちの国は…『紫の国』はどうなったんだ!? おまえら、呪い師か…神様なんだろ? 教えてくれ!!」

その答えは、湯乃香の持つ『たかもり観光マップ』にそっけなく記されてある。現在の高杜市、高見山山腹にある紫阿遺跡の調査結果として。
…遥か古えの『紫阿国』は僅か一回の交戦で時の中央政権に滅ぼされた。『婚姻の誓い』で結ばれているという幼なじみの二人に、もう帰る国はどこにも無いのだ。

「…タカヤさまの軍勢は!? リョウとミサは!?…女王は…」

そして利発なショウヤは自らの悲痛な問いの答えを、湯乃香の表情から既に汲み取っていた。薄く残っていた戦化粧が、溢れ出る涙に滲んで流れる。

「…ユズキはどんどん弱ってきて…何を食わせても吐いちまうんだ…ちくしょう…俺はやっと『村の弓』を貰ったのに…誰も…何も守れない…」
161温泉界へご招待〜ショウヤとユズキの場合〜:2010/03/06(土) 21:57:51 ID:dYcimXvU
初めてその年齢に相応しい弱さを見せて泣き崩れる少年に、湯乃香が与えられる助言は僅かだった。父祖伝来の営みを捨て、ひっそりと新しい文化に溶け込むこと。そのために、戦化粧と誇り高い狩人の血を、温泉界の熱い湯で全て洗い流すこと…

「…ショウヤ君、君は一番大事なものをちゃんと守れたのよ…」

いつの間にか戻ってきたアリス=ティリアスの声だった。蒸気渦巻く異界からやって来たこの不思議な薬師は、傍らに伴った野生の少女とそう変わらない年格好をしている。
しかし湯乃香はいつもその黒い瞳に、果てしなく年経た深い思慮の光を見るのだ。

「…驚かないでね、ショウヤくん…」

診察を終え入浴したらしいユズキは、見違えるように艶やかな女の香りを放っていた。その額には、ショウヤには見覚えのある紋様が描かれていた。確か、あの模様は…

「…ユズキちゃんのお腹には、ショウヤくんの赤ちゃんがいるの…」

「え!?」

アリスの言葉にショウヤは涙を拭い、恥ずかしげに俯くユズキにあたふたと駆け寄った。彼女の額を彩るしるしは、ショウヤの母と同じもの。産み、育て、やがて紫の国が『高杜』の名を冠する遥か未来まで、脈々と繋がる命の証だった。
162温泉界へご招待〜ショウヤとユズキの場合〜:2010/03/06(土) 22:00:50 ID:dYcimXvU
「…ほら、大猪キドゥを倒したあと…」

顔を赤らめたユズキの囁きに、ショウヤが素っ頓狂な大声を上げた。

「あ…あんな事で、赤ん坊って出来るのか!?」

「…もしかしてショウヤ、知らなかったの!?」

無邪気に言い争いながらも嬉しげに手を取り合った二人は、額を寄せてひそひそ囁きを交わす。やがて怪訝そうに彼らを見守るアリスに、ショウヤとユズキは神妙な顔で近づいた。

「…あの…私たち、赤ちゃんが鬼神に狙われないように、祖先に祈る儀式をしなきゃいけないんです…」

「…あなたは俺たちの女王と、どこか似てるんです…どうか、儀式の見届け人になってもらえませんか?」

湯乃香と顔を見合わせ肩をすくめたアリスは、取り出した小瓶をユズキに渡しながら、少し大人びた表情でこの若い妊婦に答えた。

「…引き受けるわ。その代わり、私の作った薬を必ずきちんと飲むのよ。それからもう少し暖かい服を着て…」

知恵深い祖母のようなアリスの言葉にユズキはひたむきに頷いていた。…人も、国も、一瞬の閃光のように生まれ、そして消えてゆく。
旅人である友人アリスの瞳に、一瞬だけその叡知と同じだけの深い悲しみを垣間見た湯乃香は、少し無理をして弾んだ声を上げた。

「…ショウヤ君は儀式の前にお風呂に入るのよ!!そんで儀式が済んだら、今度こそみんなを呼んで高杜ラーメンよ!!」


おわり

163 ◆GudqKUm.ok :2010/03/06(土) 22:05:22 ID:dYcimXvU
投下終了
二人はシェアード内自作のパロディ番外編から、という妙なキャラクターですw
164創る名無しに見る名無し:2010/03/06(土) 22:10:08 ID:NfL4sOax
投下乙です!
なにか並々ならぬ事情がおありのようで、温泉界でのんびりしていって貰いたいものですな
のちほど元スレの方も読ませてもらいますー
165創る名無しに見る名無し:2010/03/06(土) 22:12:25 ID:d09TVBlJ
乙です!
おお、生き残ったのですね!
って……妊娠、だと? ちょ、赤いご飯! 誰ぞ赤いご飯を!
166創る名無しに見る名無し:2010/03/06(土) 23:20:56 ID:NIcajDn4
乙です!!

シェアード青春からも来た! 二人にはこの世界では幸せになって欲しいな

本当に創発出典キャラ大集合になってきたw
167温泉界へご招待 〜大賀美夜々重の場合〜:2010/03/06(土) 23:40:32 ID:NfL4sOax

「……こ、殺す。絶対にくびり……殺す……」

強い意志を持ち、しかし力なく菖蒲湯に沈んでいく怜角。
そこには湯船を取り囲み立ちはだかる裸身の少女二人に加え、陰から一部始終を覗き見て
いた一人の少女、いや幽霊の姿があった。

大賀美夜々重。
最近地獄の殿下宮殿に高待遇の女中として雇われた幽霊である。
壮麗な宮殿にて怠惰かつ奔放な暮らしを送っていた夜々重であったが、つい先ほど知人の
高瀬中尉より「怜角さんを助けて欲しい」と涙ながらに頼まれ、ゲヘナゲートを利用して、
ここ温泉界へとやって来たところだった。

「ふふ。怜角さんたら、あんなに取り乱しちゃって」

しかし助けに来たはずの夜々重が、そのような台詞をつぶやくのには訳がある。
夜々重は以前に、自分の想い人と怜角が親しそうに話している現場を目撃し、嫉妬心から
怜角を攻撃するも、見事返り討ちにあったことがあるのだ。

当時地獄へ不法侵入していた夜々重たちに対し、宮殿の警護にあたっていた怜角の行動に
全く非はなく、夜々重もそれを了知はしている。だが理屈を立てても気持ちは立たぬのが
女の性。夜々重はしばし苦しむ怜角を堪能した後、ようやく「やれやれ」と重い腰を上げ、
真打ち登場とばかりに颯爽と姿を現した。

「そこの破廉恥娘ども! 我が親愛なる友人、怜角さんを苦しめるのもそこまでよ!」

二人の少女が振り返る。相手がこの二人だけならば怜角を救出することも容易いだろう。
そう考えた時、湯けむりの奥からさらに一人の青年が走り込んで来た。

「なんだよ、こっち賑やかだなあ。男湯にも人増やしてくれよ」

――こいつが天野翔太か。
夜々重の表情に緊張が走る。地獄においては既に「視姦獣」と仇される穢れた霊。男湯も
女湯もないとは、まさに外道。
その張り詰めた空気は、湯に沈みゆく怜角にもしっかりと伝わっていた。

「や……夜々重さん……」

怜角の伸ばした手の先に、突如現れた太い縄が触れる。
それは夜々重の力によるものだった。
幽霊の呪力はその死因を具現化したもので、首を吊って死んだ夜々重は縄を召喚し自由に
操ることができるのだ。
168温泉界へご招待 〜大賀美夜々重の場合〜:2010/03/06(土) 23:41:45 ID:NfL4sOax

怜角は薄れた意識の中にあってもそれを把握したのか、安堵に力を緩める。しかし――

「ぐえっ」

夜々重の縄が掴めるのは首だけなのだ。
苦しそうに宙に釣り上げられる怜角。しなやかな脚からしたたる湯が水面に波紋を広げる。
あられもない格好を魅せつけるようにして、その身体はついに湯船から床へと脱した。
果たしてこれを救出と呼んで良いかのかどうか疑問ではあるが、夜々重にはこうすること
しかできないのであるからして、この部分に関してのみ悪意は無かったと断っておきたい。

「さあ怜角さん、これを!」

愛用の巾着袋からおもむろにスペアの死装束を取り出し、震える肩にそっと掛ける。

「あ、ありがとう……ごめんなさい」
「気にしないで!」

唇を噛み締め、胸元を隠す怜角を前に「これでひとつ貸しが出来た」と、見えないように
ほくそ笑む。
夜々重はこの温泉界に来る前、すでに「第二類 天野翔太(視姦獣)」の情報を得ていた。
透視能力――頼りない縄と適当な頭脳を武器にする夜々重も、相手にそのような目で見ら
れたとあっては存分に力を発揮することはできない。
しかし夜々重の持つ死装束には、よこしまな力をある程度防ぐという取って付けたような
性能が備わっているのだ。
その事実にいち早く気付いたのか、天野が声を漏らす。

「な、なんだ……透視できねえ」

険しく歪んだその目は、夜々重と怜角に向けられていた。
驚愕に怯える天野。それは正確に言うと「見えない」のではない。天野の目は確かに装束
越しの素肌を捉えてはいたのだ。しかし女性の命とも呼べる局部数カ所には――

「モザイクが掛かってやがる……」

夜々重はその反応を確かめると口元をにやりと曲げ、指を差した。

「一旦引かせて貰うけど、いずれ決着を付けに戻るわ、視姦獣」
「いやだからそんな、視姦獣て……」

ふん、と言い捨て怜角を背負い、ふわふわと飛び立つ夜々重。
天野翔太――彼の無実が証明されるのは、一体いつになるのだろうか。
169 ◆zavx8O1glQ :2010/03/06(土) 23:43:01 ID:NfL4sOax
>>136-138の続きを書かせて頂きました。

何故か対立していく地獄面子。
もし続いてくださる方がいますれば是非。
170創る名無しに見る名無し:2010/03/06(土) 23:55:49 ID:d09TVBlJ
怜角さんがwww
天野君は自分が行くべき地獄に帰れる時は来るのだろうかww
171創る名無しに見る名無し:2010/03/06(土) 23:56:31 ID:dYcimXvU
救出乙です!!
…あえて…挙手してしまいますw リリベルも早くお返しせにゃいけませんがw
172白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/03/07(日) 02:47:18 ID:9LwcH/4j


            ●


 匠の両親は第一次掃討作戦において死んだ。両親と親交のあった平賀が一人となった匠を引き取り、養父として後見してくれた。
 その後、匠は18になる頃には当時第二次掃討作戦への気運を高めていた武装隊に入隊し、20になった時、第二次掃討作戦が開始された。
 複数の戦場で異形との戦いをしていた匠はある時、信太の森にて行われる封印戦で副長兼遊撃手として参戦した。
 封印戦は異形を生みだす亀裂の封印も完了し、全行程の八割以上を順調に進めていた。
 しかし、信太主が現れ、それまでの異形との戦いで疲弊していた部隊は危うく壊滅させられる所にまで追い込まれた。
 封印の為に≪魔素≫を使い果たした者たちと、異形との戦闘で負傷した者たちを門谷の指示の下に撤退させ、匠は他の数名の仲間と共に殿を務めていた。
 その仲間も、半ばが斃れ、残りは撤退している。
 他の異形の姿も人影も見えなくなった火の放たれた森の中、信太主は吠えた。
「お前たちが異形と呼ぶモノにも守りたいものの一つや二つ、あるものなのだ――行くぞ!」
 言葉と共に信太主は≪魔素≫によって質量を得た炎を吐き出し、匠の持つ金属棒から伸びる刃がそれを叩き斬る。
「守りたいもの……?」
 発した疑問の声は突撃してきた信太主の爪と刃のぶつかる音にかき消された。
 巨体を弾き返し、金属棒を構え直した匠は刃に亀裂が走っているのを見てとった。
 戦闘が長引き過ぎた。≪魔素≫の量が足りずに刃が脆くなっている。
 そう匠が焦りを得た瞬間、再度突撃してきた信太主の巨体に強度が甘くなった刃が割れ砕かれ、
続いて放たれた身を回転させながら振るわれる尾の一撃に弾き飛ばされた。
 巨木の根元に叩きつけられる。
「……っ」
 衝撃に肺から強制的に空気を吐き出し、それでも五体がまだ無事であることをどこぞの神様に感謝しながら匠は起きあがった。
金属棒にありったけの≪魔素≫を込めて構える。
 と、巨木の根、その陰の部分に何か人工物が転がっているのが視界の端に映った。
不審に思い目を向けると、そこには人が一人入る程の大きさのカプセルがまるで隠されるようにして転がっていた。
 武装隊の流れ弾でも喰らったのか、一部が破損したカプセル。そのガラス面でできた蓋の中には人影が見えた。
「これは……?」
 驚きと共に疑問を抱く。しかし目の前には信太主が追撃に放った炎が迫ってきていた。
173白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/03/07(日) 02:48:05 ID:9LwcH/4j
 匠は避けようとし、避ければカプセルごと中身が焼きつくされることに思い至る。
「っ!」
 咄嗟にカプセルの前まで移動し、残りの≪魔素≫を総動員して形成した幅広の刃を盾にした。
 衝撃と共に熱が襲う。刃は無事に炎を防ぎきった。炎が晴れると即座に匠は金属棒を引き抜き、形成されたままの幅広の刃を叩き込もうとして、
「信太主が、いない……?」
 すぐ直前までその場に居た筈の信太主の姿は忽然と消えてなくなっていた。
 荒れた息で周囲を確認する。完全に信太主の気配は無い。
 なんなんだ、一体?
 そう思いながらもカプセルへと近づき、カプセルのガラス面から中を覗いた。中には長い銀髪の小柄な、
「子供……?」
 少女が入っていた。
 なぜ? と思う。なにより異様なのはこの少女が入っているこのカプセルだ。これは明らかに、
「人工物、だよな」
 封印対象地区に指定される程の異形の巣窟であった筈のこの森に何故こんなものがあるのだろうか?
 そう思いながらもカプセルの様子を確認していく。
破損のせいでどうやら機能を失っているらしいカプセルを破壊し、中の少女を取り出すことにした。
「大丈夫か?」
 閉鎖状態から解放された少女へと声をかけるが、意識が無いのか反応は無い。
 武装隊に連れて行くか。
 そう思い、少女をカプセルの中から抱き上げた瞬間、匠は目を見張った。
 弱々しく呼吸をしているその少女。その整った顔立ちを飾る銀髪の中からは獣の耳が覗き、
何も纏う物の無い白磁のように白く綺麗な小さな体の、その腰の辺りからは髪と同じくきれいな銀毛に覆われた尻尾が生えていた。
 ――少女は異形だった。
174白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/03/07(日) 02:48:54 ID:9LwcH/4j
 どうしたものか。匠は思わず宙を仰いだ。
 常ならば孤児のような状態であっても共存を求める異形に対して比較的友好的な、
京の都の辺りにまで行くかいっそ東北の方にまで行けば何とか住む場所位はあるものだが、
 見つかった状況が良くない。
 ここは狐の異形が治める森であるし、その狐、信太主は自治政府から討伐対象にされている。
そんなところで拾ってきた狐に縁のある容姿の異形などよくて追放、悪くすれば問答無用で銃殺だろう。
 匠は腕の中の異形の少女を見る。顔には何の感情も宿してはおらず、力なく閉じられた瞼は何も語らない。
ただ、弱々しい呼吸を続ける唇がそこだけ青くなっているのが視界に入った。
 こんな仰々しいカプセルに入っていたということはどこか体に不調があるんだろうか?
 そう思っていると、少女の手が伸ばされた。
 無意識のうちに伸ばされた手はゆっくりと何かを求めるように宙をさまよい――匠の頬に触れた。
 少女の顔に薄らと安心したような笑みが浮かぶ。
 匠はかつて両親を失った自分が平賀へと伸ばした手を思い出し、
「……参ったな」
 さて、どうやってこの子を助けようか。
 思考はそのことで占められていた。
175白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/03/07(日) 02:50:19 ID:9LwcH/4j


            *


 信太の森での戦闘が信太主の消失によって終了を告げ、生還した匠はその日の内に傷付いた身を押して平賀の研究所へと行っていた。
「匠君! 信太の森の封印戦では大活躍だったそうじゃが怪我は大丈夫か……その子は?」
 いつものように煙管をふかしながら匠を出迎えた平賀は人目につかないように布でグルグル巻きにされて運ばれてきた少女を見て唖然とし、次いで、
「ケモッ娘属性に目覚めたのか! ワシは養父として嬉し――」
「信太の森で拾いました。戦災孤児ってことで一つまかりませんか」
 何故かハグを求めてきた平賀を金属棒の先で押しのけながら匠。 
「……フム」
 平賀は明らかに異形の一種である少女を見て目を細め、しかし特にそのことについて訊いて来ることもなく、
「その子にはちと特殊な治療が必要じゃな」
 そう言って少女を病院へと連れて行った。
 しばらくして病院から出てきた少女はその記憶をほとんど失っており、己の行く場所も無く、名前さえも記憶から抜け落ちていた。
 少女は匠によってクズハと名付けられ、そのまま治療と称して武装隊を傷病休暇した匠と共に平賀の研究区で住むことになった。
 家族というものと縁が薄かった匠には唐突にできたこの新しい家族とどう過ごせばよいのか、いまいちわからなかった。
 そしてどう接したらいいのかわからなかった俺は……。
 半ば腫れものに触るように暮らしていたように今となっては思う。
 それでも大切には思っていた。だからこそ戦いに身を置く自分から遠ざけて少女には、
クズハには安全な所で暮らしていてもらいたいと思い……それが今回どうやら裏目に出たようだった。
176白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/03/07(日) 02:51:52 ID:9LwcH/4j


            ●


 目を覚ましたてのぼんやりとした視界に最初に映ったのは救護室の白い天井だった。
 天井の染みの形を目でなぞりながら匠は呟く。
「……うーん、デジャブだ」
 思いのほか掠れた声が出た。
 のどが渇いた。そう思いながら身を起こすと、みぞおちの辺りに衝撃が来た。
「――っ!?」
 息を吐き出し、衝撃を与えてきたものの正体を見る。
「クズハ?」
 クズハのタックルを腹に喰らっていた。
「匠さん、よかった……」
 そう呟きながら頭をしきりに擦りつけてくるクズハの頭を撫で、匠は何故ベッドで目覚めたのか記憶を辿る。
「……ん?」
 記憶が森の中から途切れていた。
 どうしてだろうかと思っていると、
「お目覚めか」
 門谷が半目で腕組みをしてベッド脇のパイプ椅子に座っていた。
「あ、門谷さん……ちーっす?」
 慣れない言葉使いで場を和まそうとしてみた。
「じゃあいろいろと話してもらおうか?」
 駄目だった。
177白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/03/07(日) 02:52:32 ID:9LwcH/4j


            ●


 森の中であったことを大まかに話させられた匠はその後の記憶が無く、気がついたらベッドの上だったことを告げた。
 そりゃそうだ。と答えた門谷は匠が目覚めて緊張が解けたのかそのまま眠りこんだクズハを指さし、
「お前が傷口を盛大に開いて青い顔でクズハちゃんに運ばれてきてだな――」
 指摘されて初めて腹に新しい包帯が巻かれていることに気付いた。どうも激しい運動をし過ぎたらしい。
「クズハちゃんが坂上の傍から離れようとしねえから俺たちもついでに一緒させてもらってたぜ」
 そう言って門谷が指し示す先、床には敷物や水筒が転がっている。番兵全員、遠足気分で宿直でもしていたのだろう。
 おそらくは、クズハに掛かっていた嫌疑を晴らさせることを目的に。
 ありがたい。そう思いつつ門谷に訊ねる。
「あれから何日経ってます?」
「お前が運び込まれてから二日目だ。信太のクソ狐がまた悪さしたと言ったら皆信じたからな。
これでクズハちゃんが討伐対象にされることはねえだろ」
 笑って言う門谷に匠は頭を下げる。
「ありがとうございます」
 で、と気まずそうに言う。
「もう一つ、わがままいいですかね?」
「なんだ?」
「平賀のじいさんに会いに行くんで用心棒業務を廃業したいんだけど」
「おう、坂上のわがままならここは一つ聞かんわけにはいかねえな」
 上への言い訳はまあ任せろ。と自信満々に胸を叩く門谷。
「元々用心棒なんてのはお前を武装隊から追い出すために渡辺あたりが画策した適当な役職だろ」
 出てきた名前に匠は苦く笑った。
 渡辺、第二次掃討作戦時一時期指揮下に居た隊長の名前だ。
通り名は確か鬼切り、岩のような大男で、彼は異形を毛嫌いしていた。
 クズハを保護したのが一年越しでばれた時に匠を武装隊から追放するのに一役買っていた人物だ。
178白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/03/07(日) 02:53:34 ID:9LwcH/4j
「で、このニ年間自発的に帰ったことが一度もない平賀の爺さんの所に戻るって言い出すからには、なにか理由でもあるのか?」
「理由は……あります」
 匠は記憶に中にあるクズハが入っていたカプセルを思い出す。そして今回信太主から聞いた言葉も。

『娘――クズハを調整した者から聞いてはおらぬのか?』

 調整云々はよく分からないが、おそらくは平賀が言っていた「特殊な治療」の事を言っているのだろう。
 信太主とクズハの関係、クズハの出生、失われたクズハの記憶、今回いきなり操られたクズハの事、それら今まで知らなかった事を知ることができるチャンスかもしれない。
 なら知りに行くべきだよな。
 自分などの傍にずっと居たいと訴えてくれたクズハとずっといる為に。そう匠は思い、
 しかしそれを門谷に言うことはできない。クズハは出生不明な上に狐の異形が治めていた森から保護した異形だ。
ただでさえ平賀の名を振りかざすなどの無理を通して人里での生活の認可を取っている。
 しかし、真実いかんによってはその認可を取り消されることにも繋がりかねない。
 門谷はそれでも匠やクズハの擁護に回ってくれるだろうが、だからこそ武装隊内での彼の立場をこれ以上危うくさせるこの件は伝えるべきではなかった。
 匠が黙っていると門谷はため息と共に頷き、
「言いたくなけりゃあ言わなきゃいいさ。それよりも」
 そう言って顔にニヤけた笑みを浮かべた。
「なんだお前、クズハちゃんに対する接し方が変わったか?」
「?」
 首を傾げる匠にいやそれそれ、と門谷は匠の腕の中で眠っているクズハを指さす。
「前はもっと微妙な距離をとっていたような気がするんだが」
 確かに、言われてみればそうかもしれない。
 なぜいきなり接し方が変わったのだろうかと考え、そのきっかけを思い出す。
 クズハからの訴えも確かに大きな変化の原因ではあったがなによりも大きな要因は……。
「……信太主に諭されたから?」
「は?」
 信太主が言うには、戦いから遠ざけようとしてクズハと距離を置いていたのを、
クズハ自身はいつ自分が捨てられるのかと不安に思っていたらしい。
 あの狐の言うことを丸っきり信じるわけではないが、それでもこの言葉にはクズハの言葉と相まって真実味があった。
「どうも失望されていたっぽいですよ」
「なんじゃそら」
「さあ?」
 平賀のじいさんに会えば少しは何か分かるんだろうか?
 匠は腕の中の温もりを大事に抱き、見舞いにやってきた武装隊の連中のたわごとを聞き流しながら思った。
179白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/03/07(日) 02:57:29 ID:9LwcH/4j
温泉の流れをガン無視しやがりましたよこの作者!

なんか申し訳ない。
だけどまだウチのキャラじゃあ変態博士以外温泉に突っ込めるような子がいないのですよ。
おとなしく本編すすめよう、うん。
そして渡辺さんの名前拝借しました。アンジュの作者さんには土下座を敢行です!
180創る名無しに見る名無し:2010/03/07(日) 06:50:08 ID:vEUzVZ6T
作者さん方投下乙です!! そして保管人さん、今週は大変そうなまとめさんも乙!!
181創る名無しに見る名無し:2010/03/07(日) 07:51:27 ID:jc2q69WP
ちょっとクズハたんカプセルをクンカクンカしにいってくる!
182創る名無しに見る名無し:2010/03/07(日) 08:53:25 ID:2k8xnZG+
もう天野くんは疑問とか捨て去って温泉に居着くべきだと思うの!

・・・え? クズハ、全裸? 全裸!?
183創る名無しに見る名無し:2010/03/07(日) 09:58:53 ID:PCHH4maQ
>>167
視姦獣フイタwww
しかしさすがややえちゃんだ、モザイクのおかげでなんともないぜ!

>>172
信太主の真意が気になる俺にクズハタックルをかましてくれ!
べ、べつに温泉界に来てもいいんだからね?


創作発表板@wikiの各作品に作者さんのトリをいれました。
間違っている、もしくは「この名無しオレオレ」というかたはご連絡を。
温泉界はどうまとめていいか分からなかったので、とりあえず並べてあるだけ。
184温泉界へご招待〜鬼と幽霊が消えた後〜:2010/03/07(日) 19:21:58 ID:rbu+aFun
ちょこっと投下します
185温泉界へご招待〜鬼と幽霊が消えた後〜:2010/03/07(日) 19:23:31 ID:rbu+aFun

「あー行っちゃったねぇ」
「そうだねー」

少女二人はのんきに言い合いながら、菖蒲を入れる作業を再開する。
そこには緊張感のかけらもない。決着とか言われたのにもかかわらず。

「何だったんだろうな。一体」

さりげなくその中に入って菖蒲を入れる作業を再開した天野翔太はふとした疑問を漏らした。

「ショータ君が悪いんですよ。女性とみると透視能力つかってたら怒られるに決まってます。
さっきも透視したのに見えなくて動揺してたよね。つまり使ったってことだよね?」
「う……いや、すいません」

アリスは振り向き様に天野翔太に向けて言い放つ。
その言葉に翔太の方も素直に謝る。しかしアリスの追撃はやむことはない。

「そもそも透視能力を気軽に使うからこうなるんです。どんな力でも使い所があるんです。
私も、材料探すときにはあると便利かなと思いますが、便利なものは時に自重が必要です。
あ、それから今、混浴の方に男女二名が入ってますが覗かないように。告死天使が降臨しますよ。
死んだ人が死んだらどこに行くのか、ちょっと興味がありますが、やっちゃだめですからね」
「はいっ。分りました!」

仁王立ちの外見14才の少女に怒られる23歳男、全裸で。

その様子にくすくすと笑った湯乃香は二人に声を掛けた。

「はいはい。説教はここまで。皆でやって早くご飯食べましょう」
「OK!」
「わかったよ」

こうして、鬼と幽霊を完全に忘れたように再び働き始める三人だった。


終わり。
186温泉界へご招待〜鬼と幽霊が消えた後〜:2010/03/07(日) 19:24:49 ID:rbu+aFun

おまけ


「湯乃香ちゃん。そういえば、あの鬼たち、また来たらどうするの?」
「お客様を勝手に連れていくのは地獄の使者でも越権行為です。断固反対しますよー」
「なるほど……安心した」

心底安堵した表情を見せるアリスに、湯乃香はふとあることを思いつき、にやけ顔で話しかける。

「アリスちゃん……そんなにショータ君のこと心配してたの?」

その言葉にアリスは反応しない。ただ、言葉には続きがあった。

「なら全力で狩っても問題ないわね。鬼の角は強力な地属性だからドン○ルハイトの代わりになるわね。
 幽霊の方は魂を結晶化して精○のなみだにするのもいいかも。アロ○マテリアと火蜥蜴の舌はあるから……。
あー久しぶりに賢者の石作りたくなっちゃったわねー」
「……アリスちゃん?」

湯乃香の呼び声に我に返ったのかアリスは慌てて笑う。

「え……あ、あはははは……。冗談よ冗談。もちろん決まってるじゃない。純粋にショータ君が心配だったのよ。
 大丈夫。そんな酷いことはしないから!? 話し合いが第一だよね。
 それに戦ったら私が負ける可能性の方が高いじゃない? 相手は鬼なんだから」
(冗談……? いえ、あれは本気の目だった……)

冗談に聞こえない、と湯乃香はじーっと見つめるがアリスはプイッと外を向いてしまう。

「……まあ、昔はよく――」
「……え?」
「ん、なんでもないよー」

そのぼそっと呟いたアリスの声はどこにも届かず消えていった。


終われ!
187温泉界へご招待〜鬼と幽霊が消えた後〜:2010/03/07(日) 19:25:38 ID:rbu+aFun

>>167-168の続きを勝手に書きました。
……いーんかな。こんな続き方で。駄目だったらごめんなさいです。
188創る名無しに見る名無し:2010/03/07(日) 19:55:43 ID:jc2q69WP
投下乙です!
温泉組にはスルーされちまったか……そんなことで挫ける地獄組じゃねえんだぜ?
てなわけで続かせていただきますが、温泉方面は気にせずどんどん広がってくださいまし。
189 ◆GudqKUm.ok :2010/03/07(日) 20:49:58 ID:vEUzVZ6T
投下乙です!なんかツボのアリスが可愛い。
夜々重&怜角の逃避行は一応任せて貰って良かったのでしょうか?
190創る名無しに見る名無し:2010/03/07(日) 20:52:06 ID:jc2q69WP
あ、両方続かってたのかw
これは失敬、>>189 OKです。
191創る名無しに見る名無し:2010/03/07(日) 21:16:04 ID:9LwcH/4j
>>182
全裸です!(いや、この頃完全に子供だから欲情もクソもないけど)

>>183
温泉界……ムサイ男しか行かせるアテが……
192創る名無しに見る名無し:2010/03/07(日) 21:16:48 ID:9LwcH/4j
投下乙です
アリスつえぇww
193創る名無しに見る名無し:2010/03/07(日) 21:17:49 ID:jc2q69WP
>>完全に子供だから欲情もクソもない

え、なにが
194創る名無しに見る名無し:2010/03/07(日) 21:40:21 ID:2k8xnZG+
>>187
でも透視を気軽に使ってしまうのは男としてしかた無い事と思うのです。
つまり、翔太君は悪くないと!

>>191
全裸・・・だと?
尻尾の確認をしてるということは(ry

>>193
まったくだ。
195創る名無しに見る名無し:2010/03/07(日) 22:20:55 ID:PCHH4maQ
※現在このスレでは4つのシェアードワールドが展開されています。
 この世界、俺が盛り上げてやろうじゃん!てな方はお気軽にご参加を!

○各世界観や過去作品はこちら → 創作発表板@wiki内まとめ
 http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/286.html

○規制時にしたいレスがあれば → みんなで世界を創るスレin避難所
 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1265978742/

○今週の更新
・閉鎖都市
 >>92-93 「NEMESIS」第1話
 >>104 「NEMESIS」第2話:天使と悪魔
 >>130-132 「NEMESIS」第3話:クラウスの正体

・異形世界
 >>172-178 「白狐と青年」第8話

・温泉界(新世界) 注意事項>>155
 >>89 「就寝前の妄想」
 >>97 「温泉界へご招待(はだかでGO!!)」
 >>110-114 「温泉界へご招待 〜天野翔太の場合〜」
 >>120-122 「温泉界へご招待 〜アリス=ティリアスの場合〜」
 >>127-128 「温泉界へご招待 〜千丈髪怜角の場合 前編〜」
 >>136-138 「温泉界へご招待 〜千丈髪怜角の場合 後編〜」
 >>149-150 「温泉界へご招待 〜クラウス・セフィリア兄妹の場合〜」
 >>158-162 「温泉界へご招待 〜ショウヤとユズキの場合〜」
 >>167-168 「温泉界へご招待 〜大賀美夜々重の場合〜」
 >>185-186 「温泉界へご招待 〜鬼と幽霊が消えた後〜」

※今週の投下作品紹介
 閉鎖都市には期待の新作、悲運な兄妹の復讐劇「NEMESIS」が参戦。
 異形「白狐と青年」は過去に触れつつ、さらに深みを増していく!
 そしてついに来た新世界!「温泉界」は、なんと他世界、他スレからの参加可能。
 作品紹介無理www大杉www ってことでこの祭りに乗り遅れるな!
196創る名無しに見る名無し:2010/03/07(日) 22:25:34 ID:jc2q69WP
まとめ乙です。
いやほんとに今週はw
197『温泉界からの帰還』 ◆AyG/lK6p3AZ6 :2010/03/07(日) 23:31:59 ID:vEUzVZ6T

「…あれえ…おかしいなあ…」

湯煙のなかを低く飛ぶ夜々重の呟きに、力なくその背におぶさっていた怜角は憔悴した顔を上げた。

「どう…したの? 夜々重さん…」

「たしか、この辺で待ってる筈なんだけどな…」

薬湯の匂いが充満するこの温泉界。どうやら危険を顧みずこの異界まで救援に来てくれたのは、大賀美夜々重だけではないようだ。

「…誰か、まだ仲間が?」

「うん、もう一人ね…」

かなり回復した思考力で、怜角はありがたい救援隊のメンバーを想像した。もしかしたら高瀬中尉…夜々重とは切っても切れない少年、桐嶋祐樹。それとも極卒隊の同期たち、上司である『移魂』の達人…

「…え!! 夜々重さん、そういえばあなた、どうやってここへ!?」

考えてみれば、誤爆霊天野翔太に辛うじて髪を絡みつかせ、怜角はかなり強引にこの異世界へと侵入したのだ。帰還の為にと繋いでおいた一筋の髪は、先ほどの恐ろしい『菖蒲湯』に残してきてしまった。

「へ!? ええと…」

柔らかな背中から伝わる困惑した気配は、やはり彼女らしい呑気なものだった。怜角の知る限り、未知の異界に転移する方法など地獄界には存在しない。堅く繋がった人界とのゲヘナゲートですら、霊位や虚標の安定には細心の注意が必要なのだ。

「…えへへ、ま、難しい事はズシに聞いて!!」

「…ズシ…さん!?」

怜角には聞き覚えのない名だった。別世界の間を自由に出入り出来る人物ズシとは一体何者なのか…

「あっ、いたいた!! またやってるね…」

果てしなく続く浴場の一角、積み上げられた『お風呂椅子』の下に、『ズシ』なる男は座り込んでいた。奇妙な白衣を着た彼はタイルの床にびっしりと紙片を広げ、なにやらブツブツと呟いている。

「ズシ、任務完了。撤収だよ!!」

「…からして…魔素濃度の差によるものであるからして…機械的な調整はほぼ完全であるからして…」

198『温泉界からの帰還』 ◆GudqKUm.ok :2010/03/07(日) 23:34:36 ID:vEUzVZ6T
戸惑う怜角を床に下ろすと、夜々重は無造作に散乱した紙片を蹴散らし始めた。「ああっ!?」という情けない声を漏らしながら、ようやく『ズシ』は顔を上げた。

「…せ、千丈髪怜角と申します。ご迷惑をおかけしました…」

「…このとき発する誤差が問題なのであるからして…」

ズシは蓬髪を掻きながらちらりと怜角を窺ったきり、再び独り言に没頭し始める。見事な無視だった。華麗、とさえ呼んでもいいだろう。

「…ズゥ〜シィ〜!!」

どうやら夜々重は、この怪人物の扱いには慣れているらしい。彼女が掴んだ紙の束を丸め、ポンポンと湯船に投げ込み始めると、ズシは再び「あああ」と呻いて、ようやく二人に向き直って尋ねた。

「…まだ、帰れないのだろうか?」

「…だ・か・ら、『撤収』って言ってるでしょ!? こちらは怜角さんよ。」

ズシはまた怪訝そうな目を怜角に向けたが、挨拶らしき言葉を発することはなかった。どうやらいわゆる『変人』のようだ…

「…怜角さんは『ダメ』な方らしいわね…ズシ的に。」

「はあ…」

ガサゴソと呪符の束を取り出し、壁に貼り付けたたズシは、珍妙な仕草でゲートの誘導らしき作業を始めた。ゲヘナゲートのオペレーション経験のある怜角にも、全く理解出来ない術式だ。

「早く早く!! 追っ手がこないうちに逃げなきゃ!!」

もちろんズシは応えない。団扇と虫取り網のようなものを振り回し、耳慣れぬ呪文を詠唱する彼から、怜角は少し気味悪げに距離を取った。

『…彼も『誤爆霊』なんだけどね。由希ちゃんて子供がペタペタ橋の下で見つけたんだって。』

『誤爆霊』という夜々重の単語に、怜角がピクリと反応した。濡れた着物がぴたりと張り付いた身体を慌てて隠す。

『大丈夫だって。ズシは無害な『第一種』だから。けど高瀬さんが言うにはある種の『天才』らしいの…』
199『温泉界からの帰還』 ◆GudqKUm.ok :2010/03/07(日) 23:36:43 ID:vEUzVZ6T
やがてブンブンと低い唸りを立て始めた呪符を眺めなから、夜々重はズシについて話し続ける。幸いに、『視姦獣』天野翔太とその仲間らしいヌード少女たちが追ってくる気配はなかった。


『稀にみる無垢な魂』。それが誤爆霊ズシに、閻魔大帝が与えた評価だ。
いつからか浮浪者まがいの姿で地獄界を放浪していた彼は、空腹で失神しているところを小学生に助けられ、運び込まれた治療所で招かれざる異界の魂であると判明した。
小さな子供以外、ごく限られた人間としか会話せず、ひたすら温和で無害な彼はすぐ閻魔庁に地獄への居住を許された。怜角が彼を知らなかったのは、件の『閻魔庁爆破未遂事件』にかかりきりだったからだ。
故障した道具を修理したり、慈泉洞で子守りのアルバイトをしたりしてその日暮らしをしていた彼が、『怜角失踪』の知らせに途方に暮れていた高瀬剛中尉の元に現れたのは、まさに『地獄に仏』だったのかも知れない。

『…仕事』

ズシが無断侵入した高瀬中尉のバス整備工場で最初に発した言葉だ。
乱雑に散らばった工具や機械のなか、高瀬剛と大賀美夜々重は深刻な顔を上げた。獄卒隊総力を上げての捜索でも、怜角の行方すら掴めてはいない。
持ち前の正義感と旺盛な好奇心で協力を申し出た夜々重と二人、必死に救出の方策を思案していた高瀬は、この怪しい訪問者を咎める余裕もなく情けない声を出した。

『…理論的には、理論的にはゲヘナゲートを使えば異空間への移動は可能なんだ!!』

『…仕事を』

『…怜角さんが失踪した位置の時空虚標の乱れ、これを解析出来れば…』

『…仕事をください』

ようやく高瀬は、人の顔も見ないで勝手に呟いている痩せたボサボサ頭の男を認識した。生来温厚な高瀬だが、この緊急事態に彼はあまりに迷惑すぎる人物だった。

『…貴様ァ!! 誰の許可を得て此処に居るかァ!!』
200『温泉界からの帰還』 ◆GudqKUm.ok :2010/03/07(日) 23:41:10 ID:vEUzVZ6T
『…あ、高瀬さん、この人なら知ってるよ。ズシって言うヘンな誤爆霊だけど、日雇いの仕事探してるだけだからほっといたらいいよ。』

地獄の噂にはやたら詳しい夜々重が、ちんぷんかんぷんな『空間転移二関スル考察』をペラペラと捲りながら言う。
ため息をついてズシから離れた高瀬は、混乱する思考のなか舌打ちしながら壁際の作業台に向った。そこには彼が趣味で造り上げたフラフープほどのゲヘナゲートが置かれてあった。

『…虚標さえ特定出来りゃ、この模型でも助けにいけるんだ…ああ…『風車の方程式』…』

『…正しくは『風車の軸の方程式』。答えは…』

背後でぼそりと聞こえたズシの声に、高瀬はゆっくりと振り返る。すると夜々重の横に座り込んだズシの手は、すでに散らばったチラシの裏へ、奇想天外な魔法公式を書き殴っていた。


『…いける…いけるぞ…』

それから二時間、茫然とする夜々重の前で、ズシと高瀬は異界に目指せるミニチュアゲートを完成させた。あとは怜角の失踪現場までゲートを運べば、彼女の救出に出発できる。

『…あんた、一体何者なんだ…』

深い賛嘆のこもった高瀬の問いに、ズシは何故か夜々重の方を向いて答えた。

『…この仕事は時給制かな? それとも日給なのかな?』

『知らないよそんな事。 高瀬さんに聞いてみなさいよ?』

やはり重度の変わり者だというのは本当らしい。ズシが噂通り話す相手を選り好みするのだとすれば、高瀬は『ダメ』な相手なのだ。

『…とにかく、ゲートを運んで怜角さんを捜すには人手がいる。それに…』

高瀬『中尉』はあくまであだ名に過ぎない。とどのつまり民間の幽霊である高瀬がゲヘナゲートを、しかも異世界に跳躍できる特注品を所持しているのは地獄では違法行為だった。

201『温泉界からの帰還』 ◆GudqKUm.ok :2010/03/07(日) 23:43:46 ID:vEUzVZ6T
獄卒隊に事情を説明し、この試作機をいざ本稼動するまでには途方もない時間が掛かるだろう。だが相手は危険な『視姦獣』なのだ。
その間にも不埒な誤爆霊に、舐め廻すように、なおかつ穴が開くほど眺め回される艶めかしい怜角の肉体を想像し、高瀬は狂おしい怒りに震えた。
一刻も早く彼女を奪還するためにはこの『スーパーゲート』の使用法を熟知し、なおかつ改造の共犯者であるズシに、是非とも同行してもらわなくてはならない…

『…イヤだ。あの人は怒鳴ったり、命令したりしそうだ。』

相変わらずズシは夜々重の方を向いたまま、異界への探索行を拒否した。どうやら夜々重との会話は支障なく出来るようで、苛立つ高瀬はもどかしい忍耐を続けながら、夜々重を挟んだ辛抱強い交渉を進めた。

『…結局、私となら、怜角さん探しに行ってくれる、ってことね? それから報酬は日給計算、ってことで…』

ようやく出た結論。考えてみればゲートがこちら側で壊されたり、持ち去られたりする心配もある。誰かがこちらに残らなくてはならない。
巻き込んでしまった夜々重にひたすら平身低頭しながら、高瀬中尉は泣く泣く怜角救出を二人に任せ、愛車『フクロウ』に改造ゲヘナゲートを積み込んだのだった。


202『温泉界からの帰還』 ◆GudqKUm.ok :2010/03/07(日) 23:46:56 ID:vEUzVZ6T
『…じゃ、行ってきまぁす!! あ、朱天ショップ寄って、『視姦防死装束』買わなきゃ…』

…かくして怜角に劣らず自信過剰気味の幽霊、大賀美夜々重は、羞恥にヒイヒイと泣き喚く怜角を見てみたい、という些かサディスティックな願望も胸に、ズシと共に遥か温泉界へとやってきたのだった…


…淡い菫色の光を放ち、ズシの呪符は帰還への通路を穿ち始めた。無愛想なズシに促され怜角は異界の門をくぐる。元はといえば自分の虎縞パンツが引き起こした騒動だったが、ちらりとだけ再会した『誤爆霊』天野翔太はのんびりと楽しそうだった。
本来怜角のいる地獄にくるべきではなかった彼。ひょっとしたら死後の彼を待っていた世界は、この果てしない温泉の世界ではなかっただろうか?
その天野翔太と同じ誤爆霊の非凡な魔道師ズシ、そしてふとした縁で知り合ったばかりにも拘わらず、遥々救出に駆けつけてくれた夜々重とぴったり寄り添って、千丈髪怜角は彼女を待つ賑やかな冥府へと帰っていった。


おわり

203 ◆GudqKUm.ok :2010/03/07(日) 23:49:03 ID:vEUzVZ6T
投下終了
異形からも一人くらい、ね…
まとめ様乙でした!!
204創る名無しに見る名無し:2010/03/08(月) 02:39:38 ID:5nsMFHmV
ズシが来ちゃったww
205創る名無しに見る名無し:2010/03/08(月) 07:27:17 ID:rrfswtj7
投下乙!
地獄ではこんな流れになってたのねw
しかしズシとはまた渋いところを……
って夜々重と怜角さん帰っちゃったー!?
206 ◆GudqKUm.ok :2010/03/08(月) 08:41:48 ID:IDid1dsO
>>205
おおう…やっぱりラスト一節は保管時に削除して貰って、全員で大円団がいいですよね…
207創る名無しに見る名無し:2010/03/08(月) 12:12:07 ID:rrfswtj7
いやいやw
ここはまた新たな刺客を送り込むのみ!
208創る名無しに見る名無し:2010/03/08(月) 22:29:55 ID:w/PpifdA
天野翔太の作者ですけど。
避難所でも言いましたが、キャラは自由に使ってくださいという事なので、↓の文を消しときますね

http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/425.html
209避難所よりレス代行:2010/03/08(月) 22:43:04 ID:Z3KuSwik
ご丁寧に有難うございます!!
210創る名無しに見る名無し:2010/03/08(月) 22:44:41 ID:w/PpifdA
こちらこそ、ご丁寧にありがとうございました ペコリ
211創る名無しに見る名無し:2010/03/08(月) 22:45:53 ID:Z3KuSwik
しかし天野くんはとんだハーレム主人公だよなw
212創る名無しに見る名無し:2010/03/09(火) 12:57:21 ID:fgWxHJOG
乙!
異形世界からはズシが行ってたかー
視姦防止死に装束wwwwwwコンセプトが素敵だ
213創る名無しに見る名無し:2010/03/09(火) 21:44:51 ID:0evxQ5Up
一見ハーレム。しかし天野くん的には湯乃香は対象内でアリスは対象外っぽい。
この差は一体どこからくるのか・・・
214創る名無しに見る名無し:2010/03/09(火) 21:51:07 ID:vpIivkFK
シャンプー……ハット?
215創る名無しに見る名無し:2010/03/09(火) 21:53:17 ID:fgWxHJOG
ラッキー、スケベ?
216避難所代行:2010/03/09(火) 22:00:17 ID:fgWxHJOG
天野翔太まとめ

・透視能力がある
・既に死んでいる
・23歳
・シャンプーハットフェチ ← NEW!!
217創る名無しに見る名無し:2010/03/09(火) 22:02:35 ID:0evxQ5Up
へ、変態だーwww
218創る名無しに見る名無し:2010/03/09(火) 22:10:56 ID:314eT1Ze
そろそろ夜の能力も考えないと……
219創る名無しに見る名無し:2010/03/09(火) 22:31:19 ID:314eT1Ze
まあ、俺なんだけど、作者
220避難所より代行:2010/03/09(火) 22:31:49 ID:vpIivkFK
それだけは本スレ>>208氏に依頼してはw
221創る名無しに見る名無し:2010/03/09(火) 22:32:49 ID:314eT1Ze
ごめん、もうなんかいろいろやっちゃった雰囲気だw

避難所を読んでこっちにレス返してその後代行……
222創る名無しに見る名無し:2010/03/09(火) 22:35:27 ID:vpIivkFK
全ては俺の代行速度が足りないせいだ!

しかし夜の能力もそうだが、ややえちゃんによると幽霊は死因にまつわる呪いの力がまつわるそうで。
身体を引き裂かれて死んだ彼は、何かを引き裂く力が備わっているのではないかと予想してみる。
それは、つまり……
223創る名無しに見る名無し:2010/03/09(火) 22:39:23 ID:vpIivkFK
呪いの力がまつわるそうで

呪いの力が身につくそうで


いや、伝わればいいとは思ったけどw
224白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/03/09(火) 23:36:48 ID:fgWxHJOG


            ●


 匠とクズハはひび割れたアスファルトが続く旧街道を歩いていた。
 視界には彼らと同じように道を歩いて行く人間がそこここに見受けられる。
車が走っていないわけでもないがその数はまばらだ。
大阪圏の都市を車で回るのならば前時代に高速道路として使われていた道を使う方が効率が良い為だろう。
 外部からの燃料供給を絶たれた日本は代替物として≪魔素≫を研究、使用し始めた。
最近では太陽光と≪魔素≫からエネルギーを取りだして走る車も作成され、以前ほど燃料問題にも悩まされなくなっている。
「いっぱい頼まれてしまいましたね」
 クズハが金属棒の両端に大量の荷物をぶら下げ、担い運んでいる匠を見て言う。
「くそ、皆チャンスだとばかりに……」
 渋い顔で匠。彼が今運んでいる大量の荷物は平賀の研究区へと家族が行っている者の頼みで運んでいる品物だ。
 救護室を目覚めたその日の内にさっさと出た匠は和泉の自治街で居候させてもらっている道場へと赴いた。
 そこでクズハは家出したという情報が浸透しているのか確認しようとして、
実は今回の家出騒動は匠の光源氏計画の一端であったという妙な噂がまことしやかに囁かれているという事実を突きつけられた。
「なんかその途中で信太の狐と遭遇して丁々発止の大決戦だったんだってな?」
 師範のその言葉に門谷は一体どのような偽情報を流したのだろうと匠は頭を抱えたものだった。
 その噂の妙な部分を否定するのに無駄に時間を使い、本題である用心棒業務廃業と平賀の研究区へと行く旨を告げた時には日が暮れていた。
 翌日、借りていた部屋の掃除を終え、出発するに際して道場主夫妻にも頼まれごとをされた。
 曰く、
「『息子に会ったらよろしく殴っておいてくれ』、か」
 師範たちの息子は匠の友人でもある。第二次掃討作戦で匠が信太の森封印戦へと参加してから音信不通だったのだがどうやら平賀の研究区で現在暮らしているらしい。
パシリの憂さ晴らしにこれで殴って良いものだろうかと荷物を運ぶ天秤棒と化している金属棒を少し強く握り込む。
 と、隣を歩くクズハが居心地悪げにしているのに気づいた。
225白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/03/09(火) 23:38:31 ID:fgWxHJOG
 彼女は身を心なし縮こませ、匠の背後に回り、心持ち周囲から体を隠すようにしている。
 匠は周りの人間に視線を向けた。先程までは特に反応を示していなかった周囲の人々だが、少し反応の違う人が散見されるようになっていた。
 クズハの耳や尾を指さす人間や、彼女を遠巻きに眺め、警戒する人間が現れ始めたのだ。
 ……しょうがないか。匠はそう思いながら周囲の人間に軽くガンをくれる。
 ここは大阪圏の中心部に入りかける道中だ。人里で暮らす異形がそろそろ珍しくもなる。
 第一次掃討作戦が行われる前までは大都市にも異形たちが跋扈していた。現在では大阪圏の中心部などの大都市ではほとんど異形を見る事もない。
しかし稀に人の社会へと侵入している異形を見た時、当時の恐怖が蘇ったかのように皆警戒しだす。
 これが京の方にまで行けば都会でも普通に異形が居るんだけどな。
 京の中心付近では安倍の勢力が強く、異形との共存を標榜しているためかクズハくらい人間に外見が近い異形やそれ以外の異形もよく街中で見かけた。
中央政府が正常に機能しなくなってからこっち、各都市で様々な特徴が出来ている。異形への対応の違いもその特徴の一つだろう。
「クズハ」
 匠はひと通りガンをくれ終わると荷物の中から雨避け用のフード付きの長衣を渡す。
「あ、ありがとうございます」
 クズハは耳と尻尾を目立たぬようにその中へと収めると、ほっとしたように小さく息を吐いた。
 それを見て苦笑していると、「そこの二人」と拡声器で男の声に呼びかけられた。
 声の方向へと視線を向ける。異形が街道に現れないかを監視している関門の番兵が匠たちの所へ向かって小走りに寄って来ているのが見えた。
彼の腕には大阪中央政府所属の武装隊であることを示す腕章が巻きつけられている。
「どうかしましたか?」
 足を止めて返事をすると武装隊の男は手に持った端末でなにやら確認しながらクズハを見て、
「クズハ、だな。平賀博士のお墨付きならば大丈夫だろうが信太の森で第二次掃討作戦の折に行方が知れなくなった狐の異形がまた確認されたという話があった。現在狐型の異形に皆敏感だ」
 情報はもう回っているらしい。流石だと思うがこれで通交禁止にでもされたらどうしたものか。
「制度でな。悪いがお前がそっちの異形を監視しているという事を周囲に知らせてもらう」
 武装隊の男の言葉に取りえず通交は出来そうだと匠は内心胸を撫で下ろす。
「監視している事を知らせると言うと?」
「これを着けてもらう」
 そう言って武装隊の男が取り出したのは首輪、そしてそれに繋がった鎖だった。
 ……趣味的だ。
 一応は着けられる側の事も考えられてはいるようで腕輪も手錠のようなものよりもう少しソフトなイメージを抱かせる造りだ。具体的には輪の部分が花輪のようになっている。
 なんとなく思う。これを作ったのは自分の養父である平賀だと。
「平賀博士が作った物だ。なんでも異形を徒に冷遇してはならんということで作られたスタイリッシュ首輪だそうだ」
 ああ、やっぱり……。
 制度自体は嫌いだけどもう決まってしまったのならということで出来るだけ身に着ける者に害が無いような代物を開発したんだろうな。
 平賀はそう言う人間だ。ただそこに己の奇態な趣味を持ちこむせいで奇人扱いされるのだが。
 ここでごねてもしょうがない。匠は首輪を受け取るとクズハの首へと繋いだ。
「すまん」
 正直このような、あたかもクズハを奴隷のように見せる首輪をつけるのには抵抗がある。
「いえ、私はこういうのも嫌いじゃないですから」
 フードの下のクズハの顔はあっけらかんとしたものだった。
226白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/03/09(火) 23:41:54 ID:fgWxHJOG

世界観の掘り下げ中心で、今まで他の作者様が書かれたものと矛盾が発生しているようなら御指摘頂けるとありがたいかもです。

首輪と腕輪で迷っ(ry

>>193-194
待てwwwww
227 ◆p3cfrD3I7w :2010/03/10(水) 00:15:53 ID:OeteRdRv
温泉界から戻ってきたという設定で本編を投下するというのはOKですか?
228避難所から代行:2010/03/10(水) 02:01:39 ID:7IdtvnNq
>>226
投下乙です。クビワか…なにやら、良いものが出てきたw

>>227
そこは作者さま自由かと。特に温泉界での時系列も矛盾出てないし。
229創る名無しに見る名無し:2010/03/10(水) 02:11:51 ID:7IdtvnNq
以上代行でした
230創る名無しに見る名無し:2010/03/10(水) 07:47:14 ID:sTYKFc32
投下乙でした
道場夫妻の息子とはまた気になる人物が……
どう関わっていくのか楽しみだ!
231避難所から代行:2010/03/10(水) 20:20:13 ID:7IdtvnNq
投下乙!
異形世界も広がっていきますね!
あと迷ったのなら両方という手もあったと思います!

>>227
>>228さんもおっしゃってますがそこら辺は作者さんの自由でいいかと。
スターシステムとかパラレルワールドという概念もありますし
232 ◆EROIxc6GrA :2010/03/10(水) 21:23:42 ID:7IdtvnNq
天野くん桃花します
233温泉界へご招待 〜三島柚子の場合〜:2010/03/10(水) 21:24:42 ID:7IdtvnNq
「さて、私を襲った理由を聞かせてもらおうか?」

無様に転がる男。それを見下す柚子と彼女を後ろから照らす月。
シチュエーション的に見ても、勝敗は既に決していたかに見えた。

「クヒヒッ、カカ、勝ったつもりで、いいいいるうううう??」

男は狂ったように声を上げる。柚子は一瞬気圧された。その隙を男が付く

「ダ、ダバラボァエァゲヘエエエエェェェェ」

最早人のそれとは思えぬほど醜い声を上げて突き出された醜い腕。それが柚子の額に触れた瞬間、

彼女は消えた。
234温泉界へご招待 〜三島柚子の場合〜:2010/03/10(水) 21:25:22 ID:7IdtvnNq

「ふう。いくらなんでも疲れた」

左手でコーヒー牛乳を煽りながら、右手で左肩を叩く。

「にしても、なんで客の俺が手伝わないといけないんだ」
「どーせすることも、行くとこもないんだし、いいじゃんさ」

アリス(あの後でフルネームを聞いた)の言い分は正しい。元居た世界への戻り方は分からない。というより、曲がりなりにも死んでいるため(ここでは全くそんな意識はないが)、もう戻れない気がする。
さっきまでいた地獄にはもちろん戻りたくない。大体、戻りたがる人などいるんだろうか。

「なあ」
「んー?」

フルーツ牛乳をチビチビ飲んでいる少女に恐る恐る尋ねる。

「ここってまさか、死人が来るところ、なのか?」
「私はちゃんと生きてますけど」

「うーむ、そうなるとますます分からんな。俺は一体どうなってるんだ?」
「謎だねえ」

アリスは脳天気に言いながらフルーツ牛乳をちゅーと飲み干し、元気に立ち上がった。

「さて!」

そしてそのまま固まる。

「…………?」

そして座った。

「どうしたんだ?」
「……良く考えたら別にすることなかったよ」
「あー」
235温泉界へご招待 〜三島柚子の場合〜:2010/03/10(水) 21:27:12 ID:7IdtvnNq
二人でナニをするでもなくただぼーっと座る。そういえば二人とも裸だが、既に見るのも、見られるのも別になんとも思わなくなっていた。

「平和だなー」
「そーだねー」

湯乃香の姿は先程から見えないし、視えない。離れたところにいるようだ。

「そういやさ、」

俺が話題を振ろうとしたとろで

ドッパーン!

平穏は唐突にどこかへ行ってしまった。

「な、なんだなんだ?」
「混浴のほうだね、行くよ!」

アリスの声につられて浴場へ走る。
236温泉界へご招待 〜三島柚子の場合〜:2010/03/10(水) 21:27:58 ID:7IdtvnNq
「くっ、奴の能力を知っておくべきだった」
「ユーコはその反省を次に生かすことが出来る。それはとても素晴らしいことだ」

浴場にいたのは女と男。二人とも服を着ている。

「あー、ええっと、大丈夫、かい?」
「っ!それ以上近づいたら捻り潰すぞ」

え、なんか初対面の時点でものすんごい嫌われちゃってるんですけど……

「あ」

気づいた。俺裸じゃん。丸出しじゃん。

「ごめんアリス、着るものと湯乃香ちゃん探してくるから後はよろしく」
「はいな、行っといで」

アリスなら上手くやってくれるだろう。俺は駆け出した。

「わぶ」
「きゃわ」

どうやら捜し物の片方はすぐに見つかったようだ。この感触は湯乃香だ。

「ああ湯乃香ちゃん。大変なんだ」
「すごい音がしたから来たんだけど……あなた達は?」

湯乃香が喚んだ客ではなかったのか?

「わ、私にも何がなんだか……」

女は困惑していた。このままでは場が混乱してしまうと思われた最中、後ろに控えていた男が口を開いた。
237温泉界へご招待 〜三島柚子の場合〜:2010/03/10(水) 21:28:40 ID:7IdtvnNq
「さて、ここにいる生者死者の内、双方の事情に一定の了解を得ている者はアグゼスを除いていない。ならばその者がこの場を支配する任に就くべきか。
しかし彼がそれを嫌がっているとしたら?若しくはあの老いぼれた悪魔のように人を騙すための最も低俗な方法を取ろうとしていたら?
だがそのような心配は杞憂に終わった。なぜならおれはここに存在する知恵を持つかも知れないものに教えることを不快に思っていないからだ」

とても分かりづらかったが、日本語に要訳すると、きっとこうだ。「俺が説明するわ」と。
たったそれだけのために3行以上も使いやがった、こいつ。

「ええと、どうぞ」

みんなが呆気に取られているようだったので、代わりに承諾した。

「その了承には喜びを感じる。では紡ごうか」

彼は独特な雰囲気のまま話し始めた。

「まず初めに語るべくは、我々の座標だ。それは礼儀だ。
そこの女は三島柚子という。おれはその女にアグゼスと呼ばせている。
そして絶対時間で言う今夜、ユーコは謎の男の襲撃にあい、彼が保持することを余儀なくされた次元転移能力によってこの全く違う次元へと到達した。
この世界の符号はなんだ?」

余りにも唐突に話を振られる。湯乃香が応じた。

「温泉界だよ!みんなで温泉に入るよ!」

アグゼスと名乗った(?)男は頷いたように見えた。

「これで話は終わったとおれは感じている。だがそのことに不満を持つものはいるか?」

これはつまり「質問はあるか?」と聞いているのだろう。言い回し以外は常識人のようだ。
238温泉界へご招待 〜三島柚子の場合〜:2010/03/10(水) 21:29:30 ID:7IdtvnNq
場にいるほとんどの人間は、男の言ったことを日本語訳するのに必死だった。

「次元転移能力だったのか……」

三島柚子が呟く。って知らなかったのかよオイ。
いや、それよりも重要なことがある。

「柚子ちゃん、だったっけ?あんたも【チェンジリング・デイ】の世界から来たのか?」

彼女はキッと俺を一睨みした後、半ば諦めたようにため息をついて続けた。
そういえば猥褻物陳列罪続行中だったの忘れてた。

「……そうだ。ということは、キミもそうなのか」
「ああ」
「私の能力は、アグゼスだ。夜の内は彼を召喚することができる。
キミの名前と能力も聞いておこうか」
「俺は天野翔太だが……ちょっと待て。俺は昼の力、透視能力が使えるぞ?」
「確かにそこはおかしいと思っていた。なぜ空は明るいのにアグゼスは顕現出来るのかと」
「彼なら、分かるか?そのへん」
「おそらくな」

アグゼスはアリスたちと話していた。
柚子が呼ぶとこちらに近づいてきた。

(危険はなさそうだが、一応視ておくか)

それとなく柚子を透視する。
危険な物品は隠し持っていないようだった。綺麗な若々しい肢体しか視えない。

「アグゼス、今は昼か?」
「空を仰げ。青天は輝いている」
「昼なんだな。ならなぜお前が出て来れる?」

アグゼスは少し間を開けてから答えた。

「両方の虫がいるからだ。ここでは太陽と月が友人だ」
「……?」
「な……!」

今回は分かりづらかったが、大体察することができた。つまり、昼と夜両方の力が使える?ますますこの世界が分からなくなってきたぞ。

「つまり、俺が今まで分からずじまいだった、夜の能力も使えるってことか?」

アグゼスに詰めよって聞く。
これは生前から知りたかったことだ。柄にもなくワクワクしていた。

「その考えは正答を内包している」
「つまり使えるんだな?!」
「おしいって事だよ」

柚子が苦笑していた。

「ああ、ごめんな。つい熱くなりすぎた」
「いや、いい。能力を知ることは、人生の楽しみの内の一つだからなあ。まずその問題から解決しても……いや、もっと優先させるべきものがあった」
「何?」
「服を着ろ」
239温泉界へご招待 〜三島柚子の場合〜:2010/03/10(水) 21:30:13 ID:7IdtvnNq
湯乃香を除く四人は浴衣を着た。湯乃香にも勧めたが、彼女、服を着ると目を回すという新設定があるらしく、断念した。

「んぉぉ、楽しみだー」

子どものようにはしゃぐ俺。

「だが鑑定士もいない今ではどうにも……
アグゼス、分かるか?」
「知っている」

マジかよ、この兄ちゃんすげえ。改めてそう思った。

「それで、どんな能力なんだ?」
「……簡単に知りたいか?」
「早く知りたい」

こういうのは自分で試行錯誤して分かるのが楽しいんだ、と言う人もいるが、俺はとにかく早く知りたくて仕方がなかった。

「意は取った。教えると、」
「うんうん」
「“無生物の遠隔操作”だ」

“無生物の遠隔操作”!やべえカッコいい。

「あれ?でもそんなわかりやすい力なら、どうして今まで発動しなかったんだ?」
「……なるほど、難意識性、もしくは限定条件か」
「難意識……何だそれ?」

ギャグではない。真剣だ。
柚子は続けた。

「難意識性というのは発動にそれ専用の集中を用するタイプの能力を言う。例えば私なら、アグゼスの存在を強く意識しなければ喚ぶことは出来ない。
限定条件はそのまま限定された条件下でしか発動出来ないという意味だ」
「俺のにもそういうのはあるのか?アグゼス」
「ある」

即答された。そうそううまい話はないということか。

「どういう条件なんだ?」
「ふむ。ユーコ、Bタイプだ」

うわ、多分説明が面倒になって投げたな、この兄ちゃん。

「Bか」
「Bってなんだ?」
「うん。これは私とアグゼスの個人的な区別なんだが。限定条件をさらに種類別に分けたんだ。
その中でBタイプの制限は同程度。
遠隔操作という話だから多分、自分が動かせるよりも重たい物は動かせないし、力が及ぶ範囲もそう遠くはない。これで合っているか?アグゼス」

アグゼスは頷いたように見えた。さっきは湯気のせいでよく見えないのかと思っていたが、違う。
なんというか、上手くは言い表せないが、ぼんやりしている。目では見えているが、脳では上手く認識出来ない感じ?
とにかく、何から何までよく分からない奴だ。

「的を持ち帰った。分身という考えに至れば要領を得やすい」

なるほど、分身か。

「早速試してもいいか?」
240温泉界へご招待 〜三島柚子の場合〜:2010/03/10(水) 21:30:54 ID:7IdtvnNq
「というわけで実験台になってくれ」
「いいけど。痛いのはやあよ」

湯乃香は二人を引き連れて番台に行ってしまった。ここに残ったのは俺とアリスだ。二人は少し距離を取っている。

「じゃあ、行くぞ」

ムン!自分の分身がアリスの元へ飛ばすイメージ。到達したら今度は浴衣の帯を掴み、引っ張る!

「あ〜れ〜おだいかんさま〜
……ってゆうふうにはならなかったね」
「帯が短いからな」

俺の初体験は、あまりにも呆気なかった。もっとこう、集中力のトレーニングとかが必要かと思ってたんだけど。

「なんにせよ、成功おめでとー。それにしてもすごいねえ、それがチェジグの能力かー」

チェジグって略し方初めて聞いたぞ。

「ありがとうアリス。とにかくこれで使い方は分かったよ。よし、じゃあ」

イタズラだ!
241温泉界へご招待 〜三島柚子の場合〜:2010/03/10(水) 21:31:36 ID:7IdtvnNq
番台へ向かう。三人を見つけた。標的はその内の一人、湯乃香。の頭。

(くっくっくーその最後の砦をひん剥いてやるぜぇ)

既に剥けるところは剥けてしまっているため、別にシャンプーハットを取ったところでどうにもならないのだが、これは気分の問題だ。気にしない。

(それっ!)

先程と同じように意識を走らせ、シャンプーハットを奪い取る。

「痛い痛い!な、何?」

取れないだと……?どういうことだ。

「アグゼス!」
「心得ている」

柚子の叫びが聞こえたと思うが早いか、俺は髪の毛を引っ張られて引きずられていた。アグゼスに。

「痛い痛い!痛いって」

そしてドサリと、二人の前に突き出される。

「天野翔太。彼女に謝るんだ」

ここは素直に従う以外の選択肢はない。

「くっ……分かったよ。
ごめん、湯乃香ちゃん」
「それにしても、どうやって遠くから髪を引っ張ったの?」
「それは……こうやって」

もう一度同じことをする。すると今度は簡単にシャンプーハットが取れた。
なるほど、さっきのは間違って髪を引っ張ってしまっていたわけか。

奪い取った獲物をを観察する。

「見たところ普通のシャンプーハットだな」
「あ、あの、そろそろ、返してよ……」
「ああ、ごめん」

返そうと思い顔をあげると、そこには顔を赤らめてモジモジしている湯乃香がいた。そこにいつもの元気はない。
これってまさかあれですか?パンツを取っても恥ずかしくないけど、ネクタイを取ると極度に恥ずかしがる人と同じ人種ですか?

「うぅ、早くぅ……」
「どうしよっかなー」

そこで俺を睨む鋭い視線に気づく。

「オーケーオーケー、これはちゃんと返すから、その振り上げた拳は下ろしてくれたまえ」

それからは柚子に5分ほど、能力者はかくあるべし、と説教された。
242創る名無しに見る名無し:2010/03/10(水) 21:41:32 ID:jCb9iF1P
しえ
243温泉界へご招待 〜三島柚子の場合〜:2010/03/10(水) 22:00:10 ID:7IdtvnNq
「それで、柚子ちゃんたちは今からどうすんの?」
「せっかくの機会だから、少しゆっくりして行こうと思う」
「帰りは私が責任をもって送るから安心してね!」

どうやら話はまとまったようだ。

「じゃあお湯を借ります。天野クンとは、出てきてから話そう。まだいるんだろう?」
「ああ、俺は多分ずっといるから、ゆっくりと入ってきてくれ」

アグゼスたちとは、まだ話すことがある。主には、生きている人間と死んだ人間とが、それも同じ世界の人間同士が、どうして同じ空間に共存出来るのか、など。
244温泉界へご招待 〜三島柚子の場合〜:2010/03/10(水) 22:00:53 ID:7IdtvnNq
「天野っち、ちょっといい?」

俺も掃除に行こうかと思ったところで、湯乃香に呼び止められた。

「ん、何?」
「さっきの力は、いつでもどんなときでも使えるの?」
「俺のいた世界だと夜だけしか使えないが、ここだといつでも使えるみたいだな」
「それで、天野っちは、これから特に行くところとか?」
湯乃香の目が期待に輝く。
「まあ、実感ないけど死んでるみたいだから、帰れないだろうし、かといって地獄は行きたくないなあ」
「……よし!じゃあ決めた!」
「決めたって……」
「天野っちを、正式に温泉界に招待するよ!」
「!!本当か?」

実は内心、いつ追い出されるのかとヒヤヒヤしてたんだが、こうなったら願ったり叶ったりだ。

「うん、正直言うと一人だとちょっと大変だったんだよね。あとさっきの力で服とかも脱がせられる訳でしょ?」
「まあ、そういう使い方も出来るだろうな」
「うんうん。だから天野っちの役割は、嫌がる人の服脱がせ係と、危険な物を持って来てないか透視能力でチェックする係、あと雑用ね」

再就職のにしては、なかなか割のいい仕事じゃないか。役得も多いし。

「分かった。じゃあこれからよろしくな、湯乃香」
「うん、よろしくね、天野っち」



こうして俺の人生(?)は再スタートを迎えた。
だが俺は、まだ全てから開放されていた訳ではなかったのだ。



続く……?
245創る名無しに見る名無し:2010/03/10(水) 22:06:44 ID:7IdtvnNq
ここまでです

やっちまった……先にキャラ紹介しとくべきだったのに……

三島柚子は「シェアードワールドやりたいなあなんて」の
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1265197091/88-90
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1265197091/355-360
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1265197091/371
より

あとwikiの方も自分の分まとめときますね
246創る名無しに見る名無し:2010/03/10(水) 22:10:11 ID:jCb9iF1P
乙!
天野君は永住決定かw
247NEMESIS ◆p3cfrD3I7w :2010/03/11(木) 00:46:52 ID:3jT3aKPj
>228,>231
お返事ありがとうございます。それでは第4話、投下いたします。

第4話 疑惑

温泉界で起きた様々な騒動にも決着がつき、二人は湯乃香と再会を約束し、再び元の世界へと帰還した。湯乃香が時間軸をうまくいじってくれたので
ぴったり1時間半経ったところで戻って来ることができた。そのまま神谷探偵事務所へと戻ると、そこにいたのは…

「アリーヤ、ベルクト!久しぶりだね。それにしても、二人はどうしてここに?」
「ん?クラウスか。久しいな。再会できて嬉しいよ。だがそういう貴様こそなぜここに来ることがあるのだ?」
「よせよアリーヤ。クラウスにだって悩み事の一つや二つあるだろう。それにどうやらその悩みには妹君も絡んでいると見える」

ベルクトの言葉に苦笑いを浮かべるクラウス。彼らはアリーヤとベルクトと言い、2年前に貴族たちの陰謀を未然に防いだ告死天使のうちの二人だった。
アリーヤは8人の中では最年長で今年25歳になる。腰のあたりまで伸ばした漆黒の髪が美しい、大人の気品を兼ね備えた美女なのだが、
性格は完全に武人そのもので、それを台無しにしていると言えなくもない。
一方のベルクトは今年で18歳になり、ウェーブがかった緋色の髪にをオールバックにし、常に冷静沈着にふるまう男だ。
さて、そんな元・告死天使がなぜこの探偵事務所にいるかというと、それにはもちろん理由がある。その理由を神谷が説明してくれた。

「実はこのお二方。先日殺害されたジョセフ・J・ケールズ氏のSPを務めていたんだ。それで、そのジョセフ氏を守れなかったということで
 遺族のヒカリに謝罪に来たところに、お前らが戻ってきたっていう訳だ」

神谷のその言葉に、二人はここにきた当初の目的を思い出し、ヒカリに向かって深々と頭を下げて言った。

「ヒカリお嬢様。今回は私たちの大変な失態でお父上をお守りすることができませんでした。いかようにも罰は受ける所存です。何なりとお与えください」

その様子を見てクラウスは驚愕した。告死天使の中でも特にプライドが強かったのがこの二人だったからである。
そのふたりが、最敬礼よりもなお深い角度で頭を垂れ、誰かに謝る姿などクラウスには想像もできなかった。
一方、いまだに頭を垂れ続ける二人にヒカリは意外な言葉を投げかけるのだった。

「…テレビのニュースで見たわ。お父様はものすごく遠い距離から狙撃銃で頭を撃ち抜かれたって。だからあなたたちのせいじゃない。お願いだから頭をあげてくれない?」

ヒカリの言うとおり、ジョセフ氏はスナイパーライフルの超遠距離射撃によって側面から頭を撃ち抜かれ、そのまま死亡した。
248NEMESIS ◆p3cfrD3I7w :2010/03/11(木) 00:47:33 ID:3jT3aKPj
超音速で向かってくる銃弾を阻むことなど、いかに告死天使であっても不可能であり、ヒカリもそれを承知しているから
誰かに向けることで少しでも発散させたいこの胸の中の怒り・憎しみを抑えられるのだ。そして、そのヒカリの言葉を受けて頭を上げる二人。

「まあまずはそこに座れ。話はそれからだ。ステファン、お前はコーヒーを用意しろ。今日は……7人分か」

来客があるたびにこの事務所内の人数分のコーヒーを用意させる神谷。実のところこれは口実で、本当は自分がコーヒーを飲みたいだけなのである。
ステファンもそれは薄々承知しているが、文句を言ってもその先に自分が取る行動には何の変化もないので、
指示されたら黙ってやることにしたらしい。そのまま無言でキッチンへと向かっていった。
例のソファに腰を下ろす6人。左側にヒカリ、アリーヤ、ベルクトが座り、テーブルをはさんだ向かい側には神谷・クラウス・セフィリア、そしてコーヒーを運んできたステファンが座る。
もっとも、もともと三人掛けにソファに四人が座っているのでキツキツの状態だったが。

「さて、ジョセフ氏が射殺された状況だがニュースだけじゃわからないこともある。ここは当事者に話を聞くのがスジだろう。話してもらえるか。事件当時の状況を」

アリーヤとベルクトは一瞬顔を見合わせ、語り出したのはベルクトだった。
事の発端は事件からひと月ほどのことである。ジョセフ氏に毎日のように脅迫文書が送り付けられるようになったのだ。
尤も、先代が起こした会社を引き継ぎ、様々な紆余曲折を経てここまで大きくさせた彼が脅迫文書程度でひるむはずもなく、
ライターで燃やしてそれを灰皿に投げ捨てていたから内容は分からないのだが。そのようにして無視し続け、ひと月が経ったある日のこと。
取引先との商談を無事に成立させ、アリーヤの運転する車でCIケールズ本社に戻る途中の車の最中、彼は狙撃されその命を落としてしまったのだ。

「かなり凄腕のスナイパーだな…そんな技術を持っている狙撃手がいるなんて信じられないな…」

神谷が呟く。彼は信じられないと言っているが、こうして実際にジョセフ氏は狙撃されているのだから信じざるを得ないだろう。

「それに、問題はそれだけじゃありませんよ。狙撃されて暗殺されたのならジョセフ氏が死ぬことによって得をする誰かがいるってことですよね。
 となると、その誰かにとってジョセフ氏の忘れ形見であるヒカリさんは邪魔者以外の何物でもない。
 ヒカリさんが生きてここにいるなんてことが知れたら絶対にその命を狙いにやってくるに決まっています」

と、次に口を開いたのはセフィリアだ。確かに彼女の言うように、犯人の目的はCIケールズの乗っ取り、あるいは吸収だろう。
だがもしそこにヒカリがいたらどうなるだろうか?犯人の思惑通りにことは進むだろうか?答えは否である。
会社役員たちはヒカリの存在を盾として徹底抗戦するだろう。さらにセフィリアの言葉を裏付けるようにベルクトが懐からあるものを取り出す。
遺言書である。生前ジョセフ氏が弁護士立会いのもと直筆にて記した正式なもので完璧な法的効力を発揮する。
その内容とは、もし自分が何らかの事件事故に巻き込まれその命を落とした際には、CIケールズ社を含めた全財産をヒカリに相続させるというものだった。
決定的だった。もしヒカリがこれを世間に公表すれば犯人の計画は完全に崩壊する。つまり、ここにヒカリがいるということは第3者には一切知られてはならないということだ。
予想を遥かに超越した深刻な事態に7人は黙り込んでしまった。天井に目を向け、何かを考え込む神谷。そして、徐にその口を開いた。

「なあ、ジョセフ氏を狙撃したスナイパーについてなんだが……クラウス・アリーヤ・ベルクト、どうか気を悪くしないでくれ。
 告死天使のうちの誰かっていう可能性がある。少なくとも、高速で移動する車の中のジョセフ氏を正確に狙撃するなんていう神業じみたことが
 できる技術を持っている人間を俺はお前たち以外に知らない」

そんな神谷の言葉に3人は一瞬面食らうが、すぐにフンと鼻で笑い飛ばしてアリーヤが答える。

「面白いことをいうな。私たちのうちのだれかがジョセフ様を殺したと言いたいわけだな。でも残念ながらそれはありえん。なぜなら…」
249NEMESIS ◆p3cfrD3I7w :2010/03/11(木) 00:49:14 ID:3jT3aKPj
アリーヤはその理由を語る。それは告死天使誕生にまでさかのぼる。ヒカリとの初対面時にクラウスが語った内容をさらに詳しくしたものだ。
クラウスの語ったある人物、その名は「ケビン・F・ケールズ」。ジョセフ氏の父親に当たる人物であり、CIケールズの創始者でもある。
すでに会社を息子に譲渡し、暇を持て余していた彼はスラムであることを始める。10歳〜19歳の少年少女たちを集めて、体力テストと称した
先天的な身体能力のチェックを行ったのだ。そのテストに合格した8人に、自分が若かりし頃に培った格闘技・体術などを教え込むことに
彼は余生を費やし、2年前、貴族たちの陰謀を告死天使たちが阻止したのを見届けた後病室のベッドで静かに息を引き取った。
しかも、告死天使がこの計画を事前につかむことができたのはジョセフ氏が様々な情報をリークしてくれたことが大きい。
ジョセフ氏が市場の動向をチェックし、貴族たちが支配する大企業がその展開する事業とはおよそ関係のない化学物質を
大量に発注していたのだ。硫黄と水素である。これだけ聞けば無害と思うだろう。しかし、この硫黄に水素を添加することによって起こる熱反応、
触媒反応の2つの過程を経ることによってあるガスが発生するのだ。「硫化水素」である。その毒性は極めて強く、
高濃度のガスを散布された場合には数回呼吸するだけで呼吸困難に陥り、やがて死亡する。

貴族たちにかかった疑惑の真偽を確かめるべく、清掃員に扮したベルクトが貴族たちが会議に使用する部屋を突き止め、盗聴器を仕掛けたのだ。
貴族たちの計画が発覚したのはその日の夜のことだった。そして、その翌日に告死天使は貴族たちに死の制裁を与えたのである。
その直後、ジョセフ氏自身がこれまで集めた情報、盗聴器の録音などといった証拠をマスコミに公表、翌朝の朝刊やテレビニュースで
今回の計画が白日のもとにさらされることになったのだ。つまり、ジョセフ氏の存在なくして告死天使はこの計画を阻止できなかったわけで、
ジョセフ氏は告死天使にとって大恩人なのである。その告死天使が大恩人を殺すわけがないというのがアリーヤの主張である。

「なるほどな…義理がたいお前たちがジョセフ氏を殺すことなんてないだろうな。だが所詮それは感情論だ。
 俺はジョセフ氏を殺したのがお前たち告死天使じゃないという確固たる証明が欲しいんだ」

神谷だって疑いたくて疑っているわけではないだろう。それは残りの6人も重々承知していた。さらに告死天使の3人はその疑いを晴らす方法も知っていた。

「なら…会いに行きますか?残りの告死天使たちに」

クラウスが提案する。嫌疑を晴らす方法。それは残りの5人に会いに行き、事件当時のアリバイ(現場不在証明)を確かめることだった。
ただ、それにはひとつ問題がある。ヒカリを表に連れ出すことになるのだ。一人留守番をさせるわけにもいかないだろう。
さらに遺族の感情を考慮すれば自分の父親を殺したかも知れない相手の嫌疑を確かめたいと思うのは至極当然であろう。
と、言うことで7人全員で残りの5人のもとに向かうことになった。さて、ヒカリを人目につけないように向かうには…
クラウスはクローゼットから告死天使の黒装束を取り出し、それを身に纏う。セフィリアは初めてここに来る道中のことを思い出した。
あの時、この装束に身を包む兄の姿を道行く人々はただ拝むばかりだった。つまり、この格好なら人々の目をヒカリからそらせるという訳だ。
それならば、とセフィリアもあの純白の服を取り出し、奥の部屋へと消えていった。温泉界ではあられもない姿を披露していたというのに…
5分ほどでセフィリアは戻ってきた。純白の衣装に身を包む彼女の姿を初めて目の当たりにするアリーヤとベルクトはただ息をのむだけだった。

「じゃあ行くぞ。俺としてはこの胸の不快感を一刻も早く払拭したいんだ。仕事以外で使う気もステファン以外の誰かを乗せる気も
 なかったんだが仕方ない。車でいくぞ。外に出ろ」

神谷探偵事務所の右手には普段はシャッターが下ろされているのだがガレージがあり、そこには神谷が探偵業務のほかにもう一つの仕事で
使う車が2台収容されている。今回は大人数なので、大型のバンであった。マイクロバスと表現してもいいかもしれない。
それに乗り込み、7人は疑惑の当事者たちの元へと向かうのだった。

第4話 完
250代行:2010/03/11(木) 12:33:21 ID:78QUMhR2
投下乙!! やはり湯乃香の羞恥ポイントはそこかw それからネメシスの二人はおかえりなさいです。
251創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 12:34:09 ID:78QUMhR2
乙!
残りの天使がどんな奴なのか気になる所……
252代行:2010/03/11(木) 18:51:04 ID:78QUMhR2
投下乙!! やはり湯乃香の羞恥ポイントはそこかw それからネメシスの二人はおかえりなさいです。
253代行:2010/03/11(木) 18:51:50 ID:78QUMhR2
投下乙!!やっと両方読み終わった・・
254 ◆p3cfrD3I7w :2010/03/11(木) 19:54:20 ID:3jT3aKPj
今日はずっと一人の方が代行なされているようですが、みなさん直接書き込めない事情でも
あるのでしょうか?
255創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 20:05:59 ID:78QUMhR2
規制が復活したんじゃないかな?
256創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 21:12:18 ID:Q/Dl+yl5
P2なので規制の影響はないが、帰りが遅いので代行が間に合わない……

という俺もいる
257創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 21:17:21 ID:Q/Dl+yl5
>>233
またおかしな力を身につけやがって……
ドタバタ日常系に期待できそうな感じだw

>>248
選りすぐられた少年少女ってのはそそられるものがあるなあ
どんなことができるのか期待!
258 ◆zavx8O1glQ :2010/03/12(金) 22:53:37 ID:0E+XV9r6

☆異形純情浪漫譚ハイカラみっくす! 閲覧上のご注意☆

この物語には、あなたにとって「知ってる人」と思わしき人物が登場します。
しかしそれが真実であるかは確かめようもありませんので、適度な矛盾を感じられたとき
は、すぐに脳内とご相談の上「きっと違う人だ」と結論することをおすすめします。
また、本文中やむを得ず不適切な表現を使用している箇所があります。吐き気やだるさを
感じた場合、すぐに閲覧を中止し「ハイカラみっくす!」をあぼんしましょう。

異形純情浪漫譚ハイカラみっくす!
第二話「月と私とエリカ様」



私たちが住まう「蛇の目邸」は、人界において「シノダ森」と呼ばれ疎まれる森の奥深く
にある。
この森は強大な力を持つ一匹の妖狐によって支配されており、蛇の目邸が人界にあっても
人目に付かないのは、その妖狐によって張られた結界のおかげでもあった。

「キッコちゃん元気にしてるかなあ」

キッコ様。というのがその妖狐の名であり、しかしご自身は呼称になど興味がないようで、
エリカ様も勝手に狐っ娘――転じてキッコ様とお呼びになられているらしい。
私も幼少の折、蛇の目邸に来訪されたキッコ様を拝見したことがあるのだが、それは見事
な気品と優雅さを兼ね揃えたお方で、動作の一つひとつに合わせて揺れる金毛の尾は幼心
にも大変美麗だったことを記憶している。

エリカ様とキッコ様は仲が良いらしく、久眠から醒めた際はよくキッコ様の住処へと赴き、
眠っている間に起こった世事を教わったりするようだ。
しかし最近ではこの森も物騒になっていると聞いていたので、さすれば早々に雄の生物を
探し出すのが先決ではないか、と申し出たところ「まあまあ、いいじゃない」とのお言葉
が返ってきた。

「今日は雲が少ないね」

向けられた笑顔の後ろ、月のまぶしさに目を細めた私を気遣ってか、エリカ様は愛用の傘
「邪の眼」を開いてそれを遮ってくれた。
私も少々古文書に脅かされ過ぎていたのだろうか。目的を果たすのも大事だが、その前に
自分はエリカ様の従者なのだからと胸に刻み、キッコ様の住処へと羽を向けた。



シノダ森中央にある一本の巨木。他の木々さえも避けるようにして開けた場所こそ、かの
キッコ様が住処と聞く。私はその場所と様子を知ってはいたが実際に訪れるのは初めてで
あり、それが故に異変を察したのは、エリカ様が驚くのを見てからだった。

まるで戦でもあったかのように荒れていたキッコ様の住処。巨木の幹も所々に焼け焦げた
跡や切り傷が残されている。キッコ様の姿もそこになく、ただ荒れた芝生の上に見覚えの
ある幾本かの金毛が散らばっていた。

エリカ様はしばらくの間キッコ様の名前をお呼びになっていたが、戻らぬ返事にようやく
諦めたのか、頬に手をあてて何やら思いを巡らせ始めた。
私はキッコ様の身にただならぬことが起きたように思えてならなかったので、それとなく
エリカ様に伝えてみたところ、難しい顔で頭を捻ったあげく「あなたがやったの?」など
と、とんちんかんなことを仰られる。

私はエリカ様に負けぬほどの難しい顔を作って見せたのだが、どうやらその紅い瞳は私に
ではなく、その後ろへと向けられているようだった。

「さあなー、誰がやったんだか」

聞き覚えの無い声に振り返ると、果たしてそこには人間が――自身の丈を越すほどの長い
棒を携える青年の姿があった。
白いTシャツに汚れたジーンズという大変見窄らしい身なりの青年は、その見てくれとは
裏腹に何か穏やかでない気概を放っている。近頃噂に聞く武装隊とやらだろうか、青年は
棒を構えると、その先を私たちへと向けた。

「しっかしまだお前みたいなのが居るとはなー、この森も平和にゃ程遠いか」

ため息混じりに言い捨て、肩をすくめる。
シノダ森が平和かどうかは、異形と呼ばれる私たち妖魔とその外で暮らす人間とでは見解
が異なる。そもそも人間が踏み入ってこなければ、ここは私たちにとって平和な森なのだ。
勝手に土地を踏み荒らし、安全だ危険だなどという人間の気持ちは私には分からなかった。

「この子の言う通りここは本来平和な森よ。異形なんてひどい言われようだけど、私たち
にとってはあなたたち人間こそが異形だわ」

静かながらも刺が効いたエリカ様の返答に、青年は目を丸くしたあと、ぷっと吹き出した。
やがて構えていた武器を脇に納めると、大きな深呼吸からひとつ間を置いて返す。

「いや、ごめんごめん。あんたは『古い方』か、これでも違いは分かる方なんだがなー」

うら若き雌である我等に対し「古い方」は如何なものかと憤慨するも、それを聞いて私も
合点が行った。近頃シノダ森では低級な妖魔がどこぞより湧き出しては、ところ構わず人
を襲っていると聞き及んでいたからだ。
私自身滅多に外へ出ることがなかったので、そうした者たちを目にしたことはないのだが、
せめて私のように理性を持っていなければ、妖魔の本能による破壊行為は人間にとっても
脅威だったであろう。
それを討伐する役目とあっては、あのように武器を向けたのも致し方のないことか。そう
エリカ様に耳打ちすると「へえ、そうなの」と納得し、邪の眼を握る手の力を緩めた。

人間と問題を起こす妖魔も数多くいるが、元より同じ世界に生きるもの同士がやみくもに
争ってはならない。私はそんな言葉を頭の中で反芻しながらも、目の前にある一つの事実
に気がついた。

――こやつ、雄ではないか。

ハンサムというには程遠いが、なかなかに愛嬌のある顔立ちと溢れんばかりの若さ。
これなら激しく情熱的な生殖行為が期待できるだろう。エリカ様初恋の相手としては申し
分ない。
果たして相手が人間でいいかどうかなどという些細な問題は放っておいて、私はエリカ様
を少し離れたところまで連れ出し、事の次第を伝えた。

「え、裸になるの?」

当然でしょう、と呆れて見せる。
エリカ様は困惑した顔つきで青年に振り返るも、すぐに向き直り「そんなの無理だよ」と
小声で眉をひそめた。
しかしここを譲るわけにはいかない。恋に関しては膨大な知識を持つ私に口答えするなど
言語道断。これまでに見てきたエロスの資料によればそうした行為は裸で行われることが
常であり、つまりはそれが正しい「恋」なのだから。

それもこれも全てはエリカ様の為。
そう説き伏せると、エリカ様はしぶしぶといった表情で服をお脱ぎになりはじめ、やがて
みずみずしいその肌を月光に晒した。
さすがに初めてとあって恥じらいがあるのか胸などを隠しているが、いずれそうした恥辱
も愛欲の渦に消えてなくなるであろう。次はどうするのかとの問いに私はゆっくりと頷き、
答える。

「私を抱いてっ!」

教えたままの台詞を叫びながら飛び立ったエリカ様は、瞬きもせぬうちに青年の持つ棒で
もって叩き落とされた。

「な、なんだ? 色ボケ異形か!」

距離を置き再び棒を構える青年。その手にある棒はやたらと破壊力があるらしく、エリカ
様は裸のまま地面で目を回している。
意外――いや、なんの馴れ初めもなくいきなりこれでは少々強引過ぎたか。
しかしこうなってしまえば後には退けない。私は直ちに「邪の眼」を喰わえてエリカ様の
元へと飛び寄った。

「……よ、よく分かんないけど、やっつければいいのね!」

そう。あわよくば青年の命がどうなろうと、エリカ様の想いを遂げらるならそれでよし。
これは決して争いではなく、恋という崇高な目的を持つ、雄と雌のせめぎ合いなのだ。
斜に構えられた邪の目を見て、青年はぎらりと狼のような眼差しを返してきた。
逆らわずば命ぐらいは取らずにおくものの、恨みたくば我等に刃向かう若さを恨むがよい。

――さあ青年よ、若き雄よ、その身体をエリカ様へ捧げるのだ!



つづく
262創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 22:57:33 ID:0E+XV9r6
投下終わり。
冒頭にも書きましたが、矛盾がありましたら(以下略
263避難所より代行:2010/03/13(土) 06:55:09 ID:Ml87+3ln
投下乙!! なんというか…もう、感動した!!
264創る名無しに見る名無し:2010/03/13(土) 07:20:49 ID:Ml87+3ln
おもしれえwww



俺もエリカ様に裸で特攻されたい。
265創る名無しに見る名無し:2010/03/13(土) 08:45:06 ID:JuWckQmI
モデルはクズハたんとクラウス兄ちゃんかな?俺の推測だけど
266創る名無しに見る名無し:2010/03/13(土) 10:08:51 ID:ycrlzgNA
なにやらギミック満載の予感・・次回を楽しみにしています!!
267ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/03/13(土) 15:52:03 ID:h4LjHE2J
3-1/8

 一仕事あるゲオルグは玄関でアレックスと別れた。両手に下げていたケーキはアレックスの指揮の
下、児童達の兵団により食堂へと輸送されていった。走るな、転ぶだろう、と素っ頓狂な声を上げていた
アレックスが、今度はどのように食堂で幼い弟妹に振り回されているのだろうか。小さい手には大きすぎる
包丁を持ち上げた弟妹に顔を青くして注意している姿がありありと思い浮かび、ゲオルグは姉と笑い合った。
 姉と他愛もない近状報告をしながらゲオルグは応接室に案内された。院長室を兼ねたその部屋は孤児院
といえどもそれなりの調度品が揃えられている。レースで彩られたテーブルを挟んで、2人掛けのソファと2脚
の1人掛けアームチェアが並んでいる。その奥は、窓から差し込む日差しを背に木工製のビジネスデスクが
院長のために設置してある。壁際には書棚や金庫の他に、観葉植物がひっそりと佇んでいた。
 一番近いアームチェアに腰を下ろしながら、ゲオルグはこの部屋の主がいないことを訝しんだ。机の
向こうには革張りの椅子の背もたれが覗いている。自分達の母同然の存在であったエリナ・ペトロワ
院長の姿はそこにはない。椅子に座った弟をそのままに院長の机へと向かう
イレアナに、ゲオルグはその所在を尋ねた。

 「今お医者さんのところに行ってるわ」
 「なに?」

 思っても見なかったイレアナの言葉に、ゲオルグは驚いて腰を浮かべた。
エリナ院長は記憶をどこまで巻き戻しても白髪の老婆だった。流石にもう歳だ。来るべきものが来たとでも
言うのだろうか。
 半ば立ちありかけたゲオルグをデスクの引き出しに手を掛けたイレアナは笑顔で押しとどめる。

「そこまで心配することじゃないわ。歯医者さんよ。入れ歯の調子が悪いから見てもらうみたいなの」

 大切は母が危篤でもなんでもないことを知り、ゲオルグは安堵のため息を深くと、再度アームチェア
に身を委ねた。デスクから書面を取り出し、パタパタ、とスリッパを鳴らす姉は相も変わらず、うふふ、
と微笑んでいる。

「だから今日は私が変わりに受け付けるわ。いつものだよね。はい、これに記入してくださいな」

 イレアナはゲオルグ正面のソファーに腰を下ろすと、もって来た書面をゲオルグに芝居かかった
様子で差し出した。勝手知ったる風に頷いたゲオルグは共に差し出されたペンを受け取ると、書面
に目を落とした。
 記入事項は団体名、責任者名、連絡先、団体又は責任者の住所、そして寄付金額。
 差し出された書面は孤児院への寄付申請書類だった。金額記入欄まで筆を進めたところで、ゲオルグ
は一旦ペンを下ろす。手をYシャツの胸ポケットに伸ばすと、チョッキの下から封筒を取り出した。中身が
詰まっているのか、外観からでも厚みが見て取れる。ゲオルグは手に持ったその封筒を裏返し、裏面に
メモした金額を確認した。
 "子供達"のメンバーは全員がその故郷である孤児院へ寄付を行っている。されど、整備、医療、通信、
兵站等、後備部隊まで整備された"子供達"は大所帯極まりない。皆がバラバラに詰め掛ければ、母
たるエリナ院長は喜べど、大混乱となることは必死だった。そこでゲオルグを含む生真面目な兄弟達が
皆に呼びかけ、取り纏めを行っていると言う訳だった。
 記入を終えると、ゲオルグは漏れや間違いが無いか申し込み用紙を見直した。団体名は出身者一同。
責任者名と連絡先は自分のものだ。住所も"子供達"が所有し、格安で入居している自分のアパートだ。
再度封筒と金額を確認するが、同一だ。見落とした箇所も無い。
 確認が終わると、ゲオルグは封筒とペンを書面に揃えて姉へ差し出した。イレアナはやうやうしくそれを
受け取ると、謝辞の言葉を述べる。

 「お疲れ様」

 続けて述べられた姉からの労いの言葉に、ゲオルグは、別に疲れるようなことは、と言葉尻を濁らせて
はにかんだ。
268ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/03/13(土) 15:52:44 ID:h4LjHE2J
3-2/8

 一仕事終えた2人は持ち込んだケーキを賞味すべく子供たちが集まっている食堂へ向かった。
 食堂の戸を開けると2人の少女がゲオルグ達を出迎えた。

「ゲオルグお兄ちゃん、ケーキありがとう。一緒に食べよう」
「たべよー」

 謝礼の言葉と共に、同伴の願いを言う二人の名をゲオルグはすぐに思い出す。ローゼとクララの姉妹だ。
もっとも、姉妹といえども2人が血縁関係にあるわけではない。天真爛漫だがいささか間の抜けたところの
ある妹のクララを、しっかり者の姉であるローゼがフォーローに回っているうちに、自然と2人1組で行動する
ようになったのだ。
 快く頷いたゲオルグの手を引き丁寧にエスコートする姉のローゼに問題は無い。一方、その先をとてとてと
走るクララの手には切り分けられたケーキの皿。感激のあまりゲオルグに見せびらかしたかったことは容易く
理解できる。でも、それでは落としてしまう。
 ゲオルグが注意使用としたところで、彼女は足を滑らした。転んだ少女の小さな掌を離れたケーキと皿は重力
の法則に従い見事な放物線を描くと――がしゃん。リノリウムの床の上で白磁の皿は四散し、白いクリームを
表面に塗った黄色いスポンジケーキは、衝撃に耐え切れず圧壊する。トッピングに乗せられた赤い苺が健気に
主から離れず抱きついていたが、悲しいかな主が実を潰した今とあっては無駄な努力であった。
 念願だったケーキが、目の前で生ゴミへと移り行く姿に、クララはしばし呆然とした。ゲオルグとイレアナは2人
ともこの対処法を高速で演算する。計算結果と彼女の涙はほぼ同時であった。
 
 「うわあああん」

 大声を上げて泣き始めたクララをゲオルグは優しく抱き上げる。イレアナは指示を出すまもなく食堂の隅の掃除
用具入れに向かった。
 怪我はして無いみたいだな、とクララの頭を撫でてなだめながら彼女の無事にゲオルグは安堵した。小さな身体を
抱きかかえ、なだめる様に頭をなでてやる。
ふとクララが嗚咽の中で何か呟いていることに気がついた。

 「ごめんなさい……ケーキ、せっかく買ってきてくれたのに」

 涙と共にもらすのは謝罪の言葉。ケーキを台無しにした悔しさではなく、ゲオルグの好意を台無しにしたことに対する
贖罪の言葉だった。そんなクララの健気さにゲオルグの胸は痛んだ。彼はクララのひたすら頭を撫でながら、傷が
無かったほうが重要だ、となだめつけるしかできなかった。ケーキだったものの残骸はイレアナとローゼの手により
黙々と撤去されていった。
 清掃が終わり、一同は取りあえず席に着いた。ゲオルグとイレアナ、クララとローゼがそれぞれ対面になって長机
に座る。当然というべきか、悲しげに俯くクララの眼前にケーキは無い。
 とりあえず俺のケーキをあげるか、と考えてゲオルグは自分のケーキが切り分けられた皿に手を添える。ゲオルグ
にとってみればこのケーキはクララ達可愛い妹弟に買ったものである。落としてしまったのはクララの責であっても、
こうして悲しげな顔をされるのは不本意でしかなかった。
269ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/03/13(土) 15:53:25 ID:h4LjHE2J
3-3/8

 皿の縁にかけた手に力を込めいざ声をかけようとしたところで、出し抜けにゲオルグの視界の端から現れた腕が
ケーキを伴ってクララの前に進み出た。

「お姉ちゃんのケーキをあげるよ」

 そういったのはゲオルグの対面に座るイレアナではなく、クララの保護者役たるローゼだった。いいの、と上目遣いで
訊ねるクララにローゼはぎこちないながらも笑顔で勧める。

「ありがとう、お姉ちゃん」

 花が咲いたように笑って感謝するクララにローゼもつられたように柔らかい笑顔を見せた。
 そんな2人のやり取りを先手を取られたゲオルグは唖然としながら見つめていた。やがていくらかの間を開けて我に
返ったゲオルグの胸中にふつふつと感動が沸き起こる。
 かつてローゼはクララを引き連れてわがままを繰り返していた。クララが遊んでいた人形を取り上げて泣かせたことも
あった。そんなローゼが、いまや姉として妹のために身を尽くしている。僅かながら寂しくもあったが、思いやりののある
優しい子に育ったことにゲオルグは胸が熱くなった。

「殊勝な子だ。そういう子にはご褒美を上げないとな」

 そう言うとゲオルグはケーキを乗せた皿をローゼの前に滑らした。驚いた表情で一度固まったローゼは、遠慮した
ように皿をつき返そうとする。しかしゲオルグは穏やかな笑顔をたたえたまま断った。

「ローゼたちのために買ったんだ。気にしなくていい」

 ゲオルグの言葉にローゼはようやく皿を受け入れた。ありがとう、とほんのりと頬を赤くしながらもローゼは感謝の
言葉を述べる。その台詞にゲオルグが満足気に頷いたところで、出し抜けに横から声がかかった。

「シュショーナ子ダ、ソーイウ子ニハゴ褒美ヲアゲナイト、ね」

 つい先ほど発したばかりの言動をトレースし、ゲオルグの眼前にケーキが、ずい、と差し出される。その主は対面に
座っているイレアナだった。うふふと笑う彼女にゲオルグは虚をつかれた思いだった。
 しまった。だが時すでに遅し。目の前には扇状に切り分けられたケーキが鎮座している。ちらりと姉の顔を見やれば
穏やかに微笑んでいる。完全な善意でケーキを譲ったのは間違いなさそうだ。だが、俺は姉の物を奪ってまでケーキを
食べたいわけではないのだ。
 頭を回転させながらゲオルグは慎重に言葉を選んだ。イレアナの言葉はゲオルグの台詞と同じものだ。下手に返せば
自己の発言の否定につながり、ローゼからケーキを奪い返すことにつながるからだ。

「いや、でもこのケーキは俺が食べたくて買ったものではないから」
「あらあら、ゲオルグが買ってきたんだからゲオルグも一緒に食べないと」

 ゲオルグの必死の反論をイレアナはあっさりとつき返す。

「いやいや、でも……」
「あらあら、うふふ」

 もはやゲオルグに論理はなかった。言葉尻を濁らせてケーキを姉へ滑らせる。そんなゲオルグをからかう様に
イレアナは笑ってケーキをつき返した。

「いやいや」
「あらあら」

 1度、2度、3度、……、幾度となくケーキを載せた皿が二人の間を行き来する。つき返されたケーキは、その度に
生クリームの上に乗せた苺を不安げに揺らした。
270ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/03/13(土) 15:54:09 ID:h4LjHE2J
3-4/8

「あら?」

 そろそろうんざりしかけていたゲオルグに対し、未だ笑顔をたたえていたイレアナが突如ケーキを滑らした状態で
固まった。怪訝なものに変化した視線はゲオルグの脇に注がれている。そこになにやら不穏な気配を感じたゲオルグは
ちらりと隣を見やって、驚いた。
 いつの間にやらクララが包丁を手にしていたのだ。小さな手で柄を握り、ゆらゆらと刃先を揺らす姿はなんとも頼りない。
突然の出来事に、注意する余裕もなくゲオルグは目を見開いて固まる。そんな彼を意に介さぬクララは、なにやら決心した
様に包丁を高々と振り上げた。
 そのままゆっくりと降ろされた刃はケーキの上の苺の局面を滑りながら生クリームの上に落ちると――ぐしゃり。不均一な
力にスポンジは形を保てずその身を潰す。がちりと音を立てて皿に達した刃はクララの手によってぐいぐいと身を捻り、
スポンジケーキを分断する。
 いささか不恰好に分割されたケーキにクララは眉を曇らす。だがすぐに思い出したようにゲオルグとイレアナを
見上げると言った。

「はんぶんこ、だよ」

 唖然としているゲオルグ達をクララは自慢げに見つめる。ゲオルグがその眼差しと言葉を理解するには少し時間が
必要だった。
 そうだ、始めからこうすればよかったのだ。始めから2つに分ければ2人共に美味しいケーキを味わうことができる。
つまらぬ譲り合いなど必要なかったのだ。
 途端、今までの行為が馬鹿らしく思えた。つまらぬ意地を張ってケーキを押し付けあっていたことが可笑しかった。
こんな簡単な方法にたどり着かなかった自分達が滑稽でならなかった。
 緩み行く頬を隠すように掌で覆いながら姉を伺うと、イレアナは揃えた指先で唇を押さえいた。
 そのまま2人はどちらともなく笑い出したのだった。
271ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/03/13(土) 15:56:10 ID:h4LjHE2J
3-5/8

 楽しいひと時は終わりを告げ、ローゼとクララは絵本を読むために食堂を出て行った。ケーキに舌鼓を打っていた
他の子供たちもそれぞれ思い思いに遊ぶために食堂を後にしている。
 がらんとした食堂でゲオルグはイレアナとぼんやり外を眺めていた。ガラス戸を隔てた前庭では腕白な少年たちが
アレックスと共に蹴り球に興じている。つま先で器用にボールを操り、攻撃を軽々とかわすアレックスに対し、悔しそう
に地団駄を踏む者、脇で羨望の眼差しを送る者、諦めることなくボールに飛び掛る者、様々な表情を子供達は見せる。

「ねえ、ゲオルグ」

 子供の喧騒ががらんと響く食堂にイレアナの声が木霊した。いつにもないその真剣な声色にゲオルグは顔を向ける。

「あの子達も、いつかは連れて行くの?」

 どこに、とはイレアナは言わなかった。だが、ゲオルグは分かった。"子供達"だ。無邪気な笑顔でボールに飛びつく
彼らを、血肉で汚れた日陰の世界へと誘うのか。どこまでも落ち着いたイレアナの言葉にゲオルグは諦観に近いもの
を感じた。
 姉からの追求にゲオルグは答えられず喉を詰まらす。元をただせばこの孤児院は"子供達"のために存在している
のだから。
 "子供達"の始まりは"偉大な父"が孤児を集めたことに発する。その理由はただの鉄砲玉要員を確保するためで
あった。親子の絆すら断ち切られた彼らは、生死まで自由にできる存在として"偉大な父"にとって都合がよかったのだ。
事実、初期の作戦は至近距離まで接近して拳銃を撃ったり、靴磨きを装って爆破を試みたりと自殺的なものが殆どだった。
当時は"偉大な父"も孤児の命など歯牙にもかけていなかった。
 だが孤児の方は違った。孤児にとって"偉大な父"は唯一の庇護者だった。仮初でも衣食住を提供する、彼らが焦がれて
やまなかった保護者だった。そして、廃民街という掃き溜めで捨てられていた彼らを拾い上げ必要としてくれた初めての存在
だった。
 かくして彼らは自らの血を持ってその恩威に報いた。持たざる者が故に、多くの英雄的戦果を打ち立てたのだった。幾重
にも重ねられた躯を前に"偉大な父"は彼らを信頼していく。権謀渦巻く闇の世界で"偉大な父"が信頼を寄せることができる
のは彼ら以外なかったからだ。
 こうして孤児達には"子供達"という名が与られ、マフィアの世界に堕ちた自警団OBにより訓練が施された。かけられた期待に
"子供達"は任務成功率と生還率の上昇で答える。車輪が回るように、正のフィードバックが双方を廻る。幾度となく繰り返す
果てに、"偉大な父"は閉鎖都市の影の世界で"王朝"という名の一大勢力を築きあげるに至った。一方"子供達"も"偉大な父"
の私兵として極めて高い士気と錬度そして何より閉鎖都市有数の福利厚生を得るに至った。
 ゲオルグがかつて住まい、現在も姉イレアナや多くの弟妹が暮らす聖ニコライ孤児院は、"子供達"の福利厚生の一環として
設立された。人材確保のためという真意は建前上隠されているが、暮らしていくうちにいつかは気づくものだ。ゲオルグもそうで
あったように。
 "偉大なる父"への忠義、それしか俺たちにはない。それ以外に俺たちは何もない。それに気づいたときの事を思い出しゲオルグは
奥歯をかみ締めた。
272ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/03/13(土) 15:56:54 ID:h4LjHE2J
3-6/8

 思春期を向かえ当時のゲオルグは古今の若者と同じように、自らの存在に思いを悩ませていた。孤児院を護るように取り囲む白亜
の壁の向こうは、閉鎖都市の悪徳を濃縮したスラム廃民街が広がっている。他者を踏みにじる事を恥じもせず語り合う悪漢共ばかり
が屯している。でも、自分はそんな人間の屑にはならない。自分は才気に満ち溢れており、栄光の将来が約束されているのだ。それは
同年代の子供なら誰しもが思う根拠なき自信であった。
 だが、消灯時間に達し、ベッドの上で兄弟との他愛もない話から隔離されたゲオルグは自分の生い立ちについてはたと思い出した。
 ゲオルグの生は極めて薄い幸運の結果であった。それはある晴れた朝、閉鎖都市の清掃業者が住民のゴミ捨て場で己の職務
に励んでいたときに起きた。地区指定の収集場所でゴミ袋を圧縮車に放り込んでいた彼は、次に持ち上げた袋が微かに動いた
ことに気がついた。本能的な危機感を感じた彼は、硬く縛られたゴミ袋の破り中を暴いた。20余年もの年月を罪を犯すことなく
慎ましく暮らしていた誠実な彼は、想像外のものを目にして悲鳴を上げて尻餅をついた。中に入っていたのは未だ胎盤と繋がった
ままの赤子であった。黒いビニール袋の中で酸欠に陥り、もはや泣き声を上げることも叶わぬほど衰弱していたこの赤子がゲオルグ
であった。
 まだ物心つかなかったゲオルグが、足りない頭ながらも自分のルーツが気になり院長エリナに問うた答え。衝撃がなかったわけ
ではなかったが、孤児院という特異な環境の中では当たり前だった自らの生い立ち。そのまま忘却の彼方へ落としてしまっていた
自らの始まりは、当時15に満たぬゲオルグに残酷なまでの現実を突きつけた。
 自分たちか暮らす街、廃民街はとどのつまりゴミ箱だ。塀に阻まれどこにも捨てることのできぬ下衆達を詰め込んだゴミ箱だ。
ではその奥底でゴミたちが交わり、ゴミが産み、ゴミですら投げ捨てた自分はいったい何なのか?かつて蔑み続けた者達ですら
その所持を望まなかった自分はいったい何なのか?
 要らない。
 思索の果てに得た結論は自らの薄弱な存在価値の根底を打ち砕くものだった。夢見がちな少年のゲオルグにはあまりにも無常な
現実だった。
 己の根本を否定され、時のゲオルグは心臓が潰れるような思いだった。布団を頭までかぶり、存在を確かめるように体を丸めて
自分を抱く。それでもその体すら砕けて消えていくような、枯れ葉が音を立てて潰れそのまま風に吹かれて散っていくような、自分
の存在の些末さ。カーストの最底辺にすら組み込むことを拒絶されたようなどうしようもない疎外感。足場を砕かれたような落下感。
焦燥に駆られ自信を取り戻そうと己の根幹を探る。されど、そんなものは砕け散り残っていなかった。交錯する思考は暗澹たる空虚
を掴むばかりだった。
 幾多もの感情が混じり合い、渾然たる恐怖となって少年のゲオルグに襲い掛かる。自らの心を飲み込んだ恐怖に、ゲオルグは悲鳴
を上げることすらできず、ただベッドの上で震えるしかなかった。
273ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/03/13(土) 15:58:05 ID:h4LjHE2J
3-7/8

 不意に手を伝ったぬくもりに、ゲオルグははっとなり現実に戻った。見ればゲオルグの手をイレアナが握っていた。

「どうしたの?」

 心配そうに問いかけるイレアナは、まるで奥底を覗き込むようにゲオルグの瞳を見つめる。その真剣な眼差しにゲオルグ
は自分の恥部を覗かれた気がして視線を脇へそらした。

「いや、なんでもない」
「嘘、怖い顔してた」

 ゲオルグの取り繕いをイレアナはいとも容易く見破る。もはや言い訳も放棄し押し黙っていると、イレアナは包むように
両手でゲオルグの掌をそっと持ち上げた。何をするつもりなのか、感情を押し隠した視線でゲオルグは姉の行動を無言
で眺める。イレアナはゲオルグの掌を抱き寄せると言った。

「お姉ちゃんがいるからね」

 祈るようなイレアナの言葉。その言葉にゲオルグは彼女に救われた過去を思い出し、急に凍てついた身を融かされる
様な安堵を感じた。
 自らの無価値感に苛まれ眠ることのできなかった少年のゲオルグは物心つく前から支えてくれていた姉のイレアナを
頼った。1人が怖いと漏らし夜な夜な枕元に現れるゲオルグを、先んじて思春期を迎えていたはずのイレアナはその度
に笑顔で布団を持ち上げて受け入れた。
 姉の布団の中にもぐりこみ、その胸に抱かれながらゲオルグは思った。赤子になれればいいのに。赤子になれれば、
何も考えずにそのまま胸に抱かれることができるのに。されど曲がりなりにも15に近い彼の精神は否応もなく羞恥の心
を芽生えさせた。
 ごめんなさい、と情けなさに負けたゲオルグは謝罪の言葉を呟いて首をすぼめる。しかし少しでも距離を開けようと
するゲオルグの頭をイレアナは掌で包むと、そのままあやす様に撫でるのだった。

――いいのよ。みんな1人は怖いもの。

 でもね、そうイレアナは付け足して、ガラス細工を操るようにそっとゲオルグを抱き寄せる。頬に押し付けられる胸の
膨らみをゲオルグは意識せずにはいられなかった。だが、耳元に口を寄せて、言い聞かせるように囁く姉の言葉に、
思春期ゆえの下心はたちまち溶かされてゆく。

――ゲオルグには、お姉ちゃんがいるからね。

 それはゲオルグの空虚な心を満たす言葉だった。ゴミ袋に詰め込まれ、全てを否定されたゲオルグには与えられる
はずもなかった存在受容の言葉だった。
 身体を包む温もりに、鼻腔をくすぐる甘い匂い。姉の優しさの中で砕け散ったはずの存在理由が再構築される。
 俺はここにいていいんだ。要らない人間ではないんだ。
 己の居場所を見つけたゲオルグは、ようやく身体を弛緩させる。夜の孤独を恐怖した多感な少年は、ここでやっと
安らかな睡眠を得られたのだった。

――ありがとう。

 姉の胸の中で当時のゲオルグは感謝の言葉を伝えようとした。しかし、身を浸す睡魔によって急速に失われていく
意識に、その台詞が最後まで言えたか確証はもてなかった。それでも、伝わっていると信じて、少年は夢の世界へと
旅立つのだった。
 十余年も昔、閑散としていた心を温もりで満たした言葉に、ゲオルグの視界は滲んでいく。熱を帯びる目頭に
青年となったゲオルグは慢心の力をこめて瞼で蓋をすると、イレアナから顔を隠すように俯いた。
 強くありたかった。全てを受けれてくれた姉を護れる存在でありたかった。その胸に抱かれ、ただただ安寧に
溺れる子供でなく、1人前の大人として認められたかった。だから、安堵に緩む頬が恥ずかしくて、感謝の涙が
みっともなくて、ゲオルグは顔を伏せる。
 でも、自制できない。ならばせめて、あの時言えたかどうか終ぞ分からなかったあの言葉をもう一度――
 ゲオルグは口を開いた。力を振り絞り、震える喉で言葉を紡いでいく。

「ありがとう」

 返答の代わりとでもいうように、ゲオルグの手の甲をイレアナは優しく撫で続けた。
274ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/03/13(土) 15:59:01 ID:h4LjHE2J
3-8/8

 気持ちを落ち着かせ、顔を上げたゲオルグはイレアナに目配せすると、外で喚声をあげる弟たちを見やった。

「俺は連れて行こうとは思っていない、でも――」

 ゲオルグは生まれたときから孤児院で生活した新しい世代だ。路上生活を直接体験してないがために、孤児院
という安寧を与えてくれた"偉大な父"への感謝の気持ちは漠然としたものに過ぎない。かつて"子供達"が示した
万骨の忠誠心をゲオルグは持っていなかった。
 自分に存在しない忠義を彼らに強制つもりなどさらさらなかった。愛する弟妹達が憎欲に塗れた日陰の世界に
身を落とさずにいてくれるのは、むしろ願ってもないことだった。
 しかし誰しもが太陽の下に出られるわけではない。むしろ一度見捨てられた彼らで堅気になれるものは少数派だ。
多くは見捨てられた絶望にもがくこともできず暗澹の底へ身を落としていく。
 だからこそ、ゲオルグは手をさし伸ばさずに入られなかった。たとえこの手が血糊で汚れていようとも。欲望の腐肉
で穢れていようとも。自分が――"子供達"が必要としなければ、彼らは本当に不必要なゴミになってしまうのだから。
 自らに強いられる覇道にゲオルグは幾度となく己を蔑み、血塗られた道しか拓けぬ自分にゲオルグは幾度となく己を
呪った。己が心を焼き尽くし諦観の灰で満たしてもゲオルグが"子供達"に身をおく理由は、彼らがゲオルグを必要とする
からであった。自らを産み落とした親にすら見捨てられた自分を"子供達"となった兄達は必要としてくれた。
 罪業に溢れた道だとゲオルグは思う。それでもそれが自らを必要としてくれた兄達を、自らを慕う弟達を、そして自らを
優しく抱いてくれた姉を守るただ1つの道筋だとゲオルグは信じんじていた。"偉大な父"の下、無慈悲な戦闘機械である
ことも、全ては愛すべき兄弟のためだからであった。
 
「俺はあいつらを見捨てない」

 前庭で遊ぶ子供をゲオルグは覚悟をこめて見つめる。ゲオルグの真意を理解しているイレアナは、そう、と呟くと同じ様に
瞳を前庭に向けた。
 2人の視線をよそに、前庭では1人の少年がアレックスからボールを奪い、誇らしげに胸を張って笑っていた。
275ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/03/13(土) 16:08:08 ID:h4LjHE2J
ごめんね、筆が遅くてごめんね。
遅くなりましたが子供達の第3話です。
閉鎖都市に組み込みたかった"子供達"の説明は以上になります。
まだまだ物語は続くけども、タイムスケジュールをぎっちり組んでいるわけではありませんので、
殺しさえしなければ当キャラを如何様に使用していただいてもかまいません。
温泉とかも問題ありません。
次回あたりからバイオレンスアクション路線に行きたいと思いますので
よろしくお願いいたします。
276創る名無しに見る名無し:2010/03/13(土) 18:28:16 ID:JuWckQmI
神がかった文章と表現力には舌を巻くばかりです。真に崇められるべきは告死天使よりも
ゲオルグのような優しい人たちなのかもしれませんね。
277避難所より代行:2010/03/13(土) 20:13:41 ID:Ml87+3ln
投下乙です。精緻な描写で浮き彫りにされてゆくゲオルグという男の姿、
そして閉鎖都市の悲哀にみちた秩序。血なまぐさくなるであろう展開に込められる
重厚な街と人の姿に激しく期待しています!!
278創る名無しに見る名無し:2010/03/13(土) 21:00:33 ID:Ml87+3ln
投下乙!
なんという濃密な内面描写。
複雑な人間関係というか組織関係というか、いろいろ想像してしまう。

そしてケーキが落ちる描写になぜここまで力を入れたw
279 ◆p3cfrD3I7w :2010/03/14(日) 14:50:50 ID:zKb+/vKf
ゴミ箱の作者さん、プロの作家なんじゃないですかねぇ…
280創る名無しに見る名無し:2010/03/14(日) 21:15:58 ID:W6mvj96m
乙です!
文章上手くてうらやましい
281代行:2010/03/14(日) 22:21:36 ID:hnK1Vd/O
※現在このスレでは4つのシェアードワールドが展開されています。
 この世界、俺が盛り上げてやろうじゃん!てな方はお気軽にご参加を!

○各世界観や過去作品はこちら → 創作発表板@wiki内まとめ
 http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/286.html

○規制時にしたいレスがあれば → みんなで世界を創るスレin避難所
 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1265978742/

○今週の更新
・閉鎖都市
 >>247-249 「NEMESIS」第4話:疑惑
 >>267-275 「ゴミ箱の中の子供達」第3話

・異形世界
 >>224-225 「白狐と青年」第9話
 >>259-261 「異形純情浪漫譚ハイカラみっくす!」第2話:月と私とエリカ様

・地獄世界
 >>197-202 「地獄百景」温泉界からの帰還

・温泉界 注意事項>>155
 >>233-244 「温泉界へご招待 〜三島柚子の場合〜」
282創る名無しに見る名無し:2010/03/15(月) 10:22:36 ID:5e+TAX/q
まとめの方乙です!
283代行:2010/03/16(火) 23:12:47 ID:XLzGHjkO
すいません投下代行お願いします。

『報復の断章4』


『…外宮に言魂堂、朱天楼…ファウスト、この行程は無意味デス。本当に地獄巡りツアーを行う必要はありマセン。』

『…最後の旅ですから、ゆっくり地獄見物も宜しいかと?』

『…もう地獄に母さんは居マセン…二人で充分調べたでショウ?…』



…リリベルの脳裏を駆け巡る、これまでの長く虚しい喪失の旅路。父が遺してくれた老僕ファウスト…あの怪我では、恐らく助からなかったのだろう…

「…ワタシの負けデス…殺して…クダサイ。」

『顎』の亡骸の傍ら、凍てついたように佇むリリベルの手からスルリと太刀が滑り落ちた。無理をして保っていた戦闘体も、抜け殻のような今の彼女には維持出来ない。
陰鬱な塔の落とす影の中、力なく座り込んだ彼女の禍々しい角が消える。細い尾も…蝙蝠の翼も…瞳に宿っていたどす黒い復讐への執念さえ、亡き『顎』と共にリリベルの身体から去ってしまった。

「…ごめんなさい母さん。無念は、晴らせませんデシタ…」

もう、全てを終わらせたい。目を閉じ、大帝の太刀の前に華奢な首を差し出した赤毛の少女は、まるで遺言のように力なく呟いた。顔さえ朧げな母の魂は、一体いま何処にいるのだろう…

「…この…たわけ者めがっ!!」

しかし速やかな死を覚悟したリリベルに襲いかかったのは処刑の白刃ではなく、耳を聾する閻魔大帝の怒声だった。地鳴りのごとき凄まじい咆哮が周囲の陣幕をビリビリと震わせる。

「…母の無念だと!! 儂の知る限り、貴様の母は『無念』などとは程遠い、誇り高い女であったわ!!」

ビクリと身を竦ませたリリベルは、仇敵の意外な言葉…真実の持つ強さで溢れた怒号に、思わず憔悴した顔を上げた。

「…貴様に似た口の悪い女だった。此処に来たときも、やかましく未練の鈴を鳴らして大暴れしたものだ…」
284代行:2010/03/16(火) 23:13:28 ID:XLzGHjkO
ずっと恐ろしい地獄に繋がれ、悲嘆に暮れるか弱く儚げな母を胸に描いていたリリベルの瞳が、初めて聞く母の姿に少しだけ生気を取り戻す。
不思議と大帝の言葉への猜疑心は芽生えなかった。この魔神は母を知っている。決して玉座に反り返り、規則だけを盾に書面上で両親の愛を踏みにじったのではなかったのだ…
画家の卵だったリリベルの母は絵の勉強のため渡欧し、そこで魔王ベリアルと年の離れた恋に落ちた。彼の最後の妻としてリリベルを産んだ後、身辺整理の為単身帰国した彼女は、故郷の川で溺れた幼児を助けようとして命を落とした…
ここまでがリリベルの知る母の生涯だ。そしてその悲報に触れた父、老いた魔王は…

「…魔王ベリアルの要求は地獄の規範に背くものだった。しかし彼はあらゆる魔界法典を紐解き、幾つかの抜け道を見つけ出したのだ。『死後の魂であっても、本人の意志で悪魔の下僕となった前例はある』とな…」

かっては比類なき実力者だった大悪魔ベリアル。だが彼は妻を取り戻す為、ついには腹黒いライバルたちにまで助力を請った。アモンに、ベール…彼らが窮状の老魔王につけ込み、ついには彼を追い落としたのは、魔界では別段珍しくない下刻上に過ぎない。

「…もちろん悪魔どもの都合のいい解釈に過ぎん。しかし儂は貴様の母に、きちんと契約の意志だけは確認したぞ…」

「…母は…なんと?」

初めてリリベルが小さく尋ねた。声を出した途端、不意に芽生えた羞恥心に彼女はそっとその胸を隠す。

「…『否』だ。残してきた娘への想いで、我が臣下たちが眠れぬ程痛ましく『未練の鈴』を鳴らしながらも、あの女はついに夫の求めに応じなかった。」

「な、何故デスカ!!」

母は父を、そして自分を捨てたのか? これまでとは違う、まるで別種の憤りがリリベルの心に湧き上がる。

「…自分たち夫婦は契約によって仕え、仕えられるものではなく、対等の愛によって結ばれていたもの、これがひとつ目の理由だ。そして…」
285代行:2010/03/16(火) 23:14:52 ID:XLzGHjkO
「そ、そんな…」

リリベルにはまだ解らぬ、男女の愛というもの。未だ彼女の肌に触れたものは、性別すら定かではなかった『顎』の不器用な鉤爪だけだ。
母が守った女の誇りを恨む気にはならなかった。しかし、消えてゆく怒りに代わってリリベルを襲ったのは、深い…深い悲しみだった。

「うっ…うう…」

こみ上げる嗚咽に身を委せ、初めて人目も憚らずリリベルは泣いた。恐れられる『悪魔の子』、蔑まれる『人間の子』…そんな自分を庇い抱きしめてくれたファウストも、『顎』も今はいない。
幻でもいい、ただ愛娘の為に黄泉で嘆き続けた母の姿を、そのまま胸に描いて死んでいきたかった…

「…最後まで話を聞かぬか!! これが、二つ目の理由だ!!」

白い背を震わせ泣くリリベルの背後で、大帝の大音声と共に空間がバリバリと裂けた。その亀裂から大帝の太い腕に籠もる魔力が、重い軋みを上げる巨大な物体を掴み出した。

「へ、陛下!! 危険ですっ!!」

にわかに湧き上がる悲鳴のなか、獄卒たちが血相を変えて居並ぶ王族や貴賓の前に立ち塞がる。涙を拭いながら振り向いたリリベルの眼前に出現したもの、それは彼女の特攻兵器、あの古ぼけたバスの残骸だった。

「…見よ!! これが天の与えた試練から逃げ、僅かな代償で己の魂を他者に委ねた者たちの末路だ!! 貴様の母は知っておった。『悪魔に魂を売る』意味をな!!」

…鬼たちによる迎撃の跡が生々しく残る車体。それは、悶えながら沸騰する苦痛の集合体。ベリアル・コンツェルンが買い集めた666人の魂から造り上げ、リリベルに与えた恐るべき破壊兵器だ。
途方もない魔力を秘めて車両に染み込んだ呪われの魂たちは、永遠の激痛のなかで絡み合い、血も凍る悲鳴を上げ続けていた。

「…契約に縛られている限り、不憫だがこの儂にもなす術はない…」
286代行:2010/03/16(火) 23:15:51 ID:XLzGHjkO
リリベルは自らと共にこの冥府を焼き尽くす筈だった自爆兵器を、青ざめた顔でじっと見つめる。かつては泣き、笑い、真摯に生と向き合っていた筈の夥しい魂たち。
彼らは、果たしてどんな理由で悪魔の所有物になり下がったのだろうか? 太刀を収め、リリベルの傍らへ並んだ冥府の元首は厳かに続けた。

「…生命の理を裏切って地上に舞い戻った母親が、娘に何を誇れるのか? たとえ千年の命を与えられても、別離の苦しみから逃げた『クソッタレ』に、愛する娘を抱く資格はない…泣き疲れた貴様の母の言葉だ。聡明な女だった、と儂は思うぞ…」

リリベルの悪魔である部分が無情に使い捨てようとした不幸な魂たち。か弱き人間の心は、ともすればたやすく暗闇に堕ちる。富のため、名声のため、そして…狂おしい愛のために。
その闇を振り払って凛々しく地獄の空を睨み、涙声で悪態をつく母の姿をリリベルは想像した。彼女が命を捨てて贈ろうとした虚栄の宝冠など必要としない、強く、誇り高い母の姿を…

「…此処で為すべきことを終え、貴様の母は次なる生へと旅立った。この地獄の西方、遥か命の還る地へとな…」

淡い黄金色の光射すその地平を見つめ、唇を震わせるリリベルの前で、バスに囚われた魂たちは哭き続ける。
その幾重にも重なる嘆きのなかに、ふとリリベルの耳は、馴染み深い嗄れ声を聞きとった。

(…嬢さま…リ…リベルお嬢さま…)

「ファウスト!?」

両親の死後、たちまち人間界に放り出された幼いリリベルを育て上げ、最後まで彼女と行動を共にした恩人。リリベルの悲しい憶測通り、やはり彼は自爆失敗の折に、その命を落としていたのだ。

「ファウスト!! ファウスト!!」

(…リリベルお嬢様…爺めはもう、お嬢様にお仕え出来なくなってしまいました…どうか…どうかお幸せに…)
287代行:2010/03/16(火) 23:16:43 ID:XLzGHjkO
黒ずんだ硝子に浮かぶ老人の寂しげな微笑は、すぐに渦巻く混沌にかき消された。窓を叩き叫び続けるリリベルの悲痛な声に、縛られた667番目の魂が再び応えることはなかった。

「ファウ…スト…」

父の忠実な執事だったファウスト。彼もまたベリアル一族の財産、哀れな囚われの魂だったのだ。大魔王ベリアル亡きあと、その遺産を相続した義兄たちの非情さを思い、リリベルは冷たい拳をギュッと握りしめる。

「…ベリアル・コンツェルンはバスと魂の返還を要求しておる。どちらも貴様に盗まれた自分たちの私有財産である、とな…」

悪魔の宇宙には、曖昧で苦悩に満ちた『天命』など存在しない。ただ幾千の悪意と混沌に覆われた彼らの歩む道では、無情で打算的な『契約』だけがその秩序の全てだ。

その昏い道を痛々しく歩き続けた少女は、最後かも知れぬ選択の岐路に立っていた。そして今、彼女が選んだ道。それは『顎』が、そして亡き母が、抉るような永訣の痛みで教えた道だった。

「…閻魔大帝陛下に、申し上げマス…」

…まだ悪魔の力に目覚める前、村はずれの荒れ果てた屋敷に住み、自分は大魔王の娘だと言い張る『ウソつきリリベル』は、よく村の悪童たちに虐められた。
いつも泥にまみれて帰宅し、泣きじゃくる幼い彼女を慰め、床に就くまで優しく見守ったファウスト。
やがて月日は流れ、狡猾なベリアルの正嫡たちに操られたリリベルが、狂気じみた復讐の虜に成り果ててしまっても、ファウストは悲しげな笑顔のままで彼女に尽くし続けた。
亡き両親に授かり、『顎』に救われたリリベルの生命は、他ならぬ育ての親ファウストのひたむきな慈しみに包まれ、今日までこうして育ってきたのだ。

「…ワタシは…義兄たちに唆され、閻魔庁の爆破を目論みまシタ…このバスはそのとき、間違いなく義兄たちが与えた、ワタシの所有物デス…」
288代行:2010/03/16(火) 23:17:24 ID:XLzGHjkO
たとえ一族の裏切り者として抹殺されようと、恩人ファウストを救いたい。母が魂の誇りを貫いたように。そして『顎』が、ただリリベルとの絆に殉じたように。
淀みないリリベルの告白に、決闘立会人たちがざわめく。何処かへ連絡を取る為か、こそこそと姿を消す者もあった。…でも、これでいい。父の遺産としては妥当な取り分だ。
埃だらけの裸身を恥じることなく跪いたベリアルの娘は、大きな瞳をまっすぐ閻魔大帝に向けた。濃い眉の下で彼女の眼差しを受け止めた冥界の王は、ややあって一人の側近の名を呼んだ。

「…茨木は居るか…」

「…お側に控えております。」

リリベルには聞き覚えのある冷静な声。恭しく進み出た鬼は人質解放交渉に現れた茨木という文官だった。彼の妹に加えた酷い暴行も、リリベルが償わなければならない罪のひとつだ。

「…茨木よ、今の証言でこの物騒なバスの所有権を、ベリアルの小倅どもから取り上げる事が出来るか?」

閻魔大帝のぶっきらぼうな問いは、リリベルの胸に溢れる願い、ファウストたち囚われた魂の救済を告げていた。湧き上がる深い安堵がまたリリベルの黒い瞳を濡らす。

「…ありがとう、ございマス…」

大帝の慈悲に感謝しながらもリリベルは首をすくめ、深く自分を憎んでいるに違いない茨木童子の返答を待った。だが水を打ったような沈黙のなか、発せられた彼の答えは短く、微塵の迷いもないものだった。

「…お任せを。」

大帝に一礼するとすぐに踵を返し、きびきびと歩み去る若い茨木童子の背中はリリベルに何も語らない。まるで与えられた任務以外は、全て取るに足りぬ些末な雑音であるかように。
しかしリリベルは、自らの悔悟がいつか彼ら兄妹に届くことを願って、その後ろ姿に深々と頭を下げた。
289代行:2010/03/16(火) 23:18:06 ID:XLzGHjkO
「…哀悼を。」

閻魔大帝の声に獄卒たちは静かに剣を捧げ、この長い決闘を見届けた者全てが低く頭を垂れて付喪神『顎』を悼む。
リリベルが歩き出した贖罪の道、それは辛く険しいものに違いない。しかし、誇り高い二つの魂に支えられた彼女の歩みもまた、毅然たる新しい名誉に溢れていた。


…疾風のように閻魔庁の長い廊下を駆ける、ひとりの幽霊。小間使いのお仕着せに身を包み、胸に書類の束を抱えた彼女は長い髪をなびかせ、幾重にも守護された大帝玉座を目指していた。

(…ええっと…どっちだっけ…)

若々しく豊かな胸にギュッと押しつけられた分厚い『減刑嘆願書』は、少女が一応の主である『殿下』から地獄の支配者、閻魔大帝へと託されたものだ。
今やベリアルの支配から解放された667人の魂が、恩人リリベルの為に綴った667の署名。熱い言霊に溢れた文字たちは、今日、地獄の法廷が下す彼女への判決を大きく左右するだろう。
行き交う獄卒たちに道を尋ねつつ、やがて巨大な謁見室の扉に行き当たった彼女は、こほんと咳払いをして襟を正し、おもむろに扉をノックしようと小さな拳を上げた。

(…でも、ここまで来れたの、あのヘンなバスツアーのおかげだもんね…)

振り上げた手をゆっくりと下ろし、頬に人差し指を当ててしばし考え込んだ彼女は、ぺたりと扉の前に腰を降ろす。そして署名の束をバサバサと床に広げると、にっこりと微笑んで末尾の空欄に力強く『大賀美夜々重』と署名した。


おわり
290創る名無しに見る名無し:2010/03/16(火) 23:21:00 ID:XLzGHjkO
以上、避難所より ◆GudqKUm.ok氏の投稿分を代行させていただきました

リリべルさんの罪が減ると良いなぁ
夜々重ちゃんもあのバスに乗ってたなーそういえば……以外な所で二人がまた微妙に絡みましたな!
291創る名無しに見る名無し:2010/03/17(水) 04:42:47 ID:k3UIYguK
やばい、この感情を表す言葉が思い浮かばん。
とにかく大好きです。
感動しました。
GJ
292創る名無しに見る名無し:2010/03/17(水) 07:32:48 ID:9jiIgv/3
投下および報復の断章締め乙です!
バカキャラで出したリリベルが、よもやここまで成長するとは思わなんだ……
力で屈するのではなく、あくまでも納得させるという閻魔庁の正義の通し方もカッコ良いw
リリベルVS怜角あたりのしがらみは今後も色々使えそうだなあ。
293避難所より代行:2010/03/17(水) 18:25:08 ID:D5V7Bnj4
乙!!
顎は亡くなってしまいましたか・・・
リリベルの今後に何気に期待してます!
294『温泉界へご招待〜満員御礼!!〜』 ◇GudqKUm.ok:2010/03/19(金) 22:32:44 ID:jxMALboX
これから先避難所より代行です。
295『温泉界へご招待〜満員御礼!!〜』 ◇GudqKUm.ok:2010/03/19(金) 22:34:00 ID:jxMALboX



「…ああ、もう…許して…」

静まり返った温泉界の小宴会場『亀の間』。力なく畳に横たわった湯乃香は潤んだ瞳で仁王立ちの天野翔太を見上げた。

「…何を言ってるんだ湯乃香ちゃん、お楽しみはこれからだ…」

三島柚子、そして『アグゼス』の導きで開眼した天野翔太の新たな力。温泉界の金庫とも言える『衣装室』から瞬時に奪った真珠色のランジェリーは、すでに湯乃香の滑らかな肌を包んでいる。
翔太によって無理やり装着された蒼い光沢を帯びるその下着は、すでに湯乃香から抵抗の力をあっさりと奪っていた。

「…いや…恥ずかしい…」

しかしシャンプーハットを目深に被り、懸命に火照った顔を隠す彼女は、翔太が用意した更なる責めに気付いていない。やがて淫靡な衣擦れの音に恐る恐る顔を上げた湯乃香は、翔太が手にした一式の衣服に絶望的な呻きを洩らした。

「ひい…そ、それ…」

「ふふふ…名門私立高の制服だよ…ブラウスも靴下も、ちゃあんとある…」

異次元から来た異能を持つ男は、赤褐色のブレザーを愛おしげに眺め回す。校章が刻まれた釦、チェックのスカートに赤いネクタイ。完璧だ…



「…私立仁科学園高等科の制服…正真正銘の本物だ…」

「い、嫌ぁ…」

あらゆる衣服を苦手とする湯乃香が、想像するだけで気絶しそうになる『制服』。彼女は震える手足を必死で操り、四つん這いで逃げようしたが、無情な翔太の手は、がっちりとその足首を捕らえていた。

「…まずは靴下だ。タイツも捨てがたいが、いきなり気絶なんかしちまうと興醒めだからな…」

低い囁きと共に、純白のソックスが湯乃香の足を呑み込んでゆく。右足…左足…恐怖に丸まった彼女の爪先は、やがてすっぽりと学校指定の校章入り靴下の中に収まった。

「う…うぅ…」

「…清楚だ…たまらなく清楚だ…」

入念に踵と校章の位置まで調整しながら、翔太はちらちらとメインディッシュたるブレザーを横目で窺う。焦ってはいけない、さて、次なる魅惑のアイテムは…

「さあ湯乃香ちゃん、次はブラウスだぞ…少し大きめを選んである。」

ぐい、と引き起こされた湯乃香の肩に、糊の効いたブラウスがふわりと乗った。脱力した腕がなすすべもなくスルリと袖をくぐり、意地悪な翔太の手が、強張った湯乃香の指を胸のボタンへと導いた。
296『温泉界へご招待〜満員御礼!!〜』 ◇GudqKUm.ok:2010/03/19(金) 22:34:59 ID:jxMALboX

「…さあ、自分で留めるんだ。きちんと上から、順番にな…」

「ああ…天野っちのヘンタイ…」

普段なら卒倒しそうな、破廉恥極まりない指示だった。しかし朦朧とする湯乃香に救いの手を差し伸べる者はいない。二人に気を利かせたアリスたちは今、客人全員を集めた卓球大会に興じているのだ。

「…ふう…ん…」

観念した湯乃香は、荒い吐息をつきながら不器用に白いブラウスのボタンを留め始める。誰にも見せられない恥ずかしい行為。そう、たった一人の男を除いては…

「…よおし…上手いぞ…全部留めるんだ…」

激しい動悸と闘いながらボタンを掛け終えたブラウスの胸ポケットには、翔太がさり気なく仕込んだであろう、小さな手鏡とリップスティック、それに清潔なハンカチが見え隠れしていた。『清楚の鬼』…頭に浮かぶそんな単語に、湯乃香はまたガクガクと四肢を震わせた。

「…天野…っち…」

湯乃香がたった一人で守ってきた温泉界の良識。その一糸纏わぬ美徳は、軽い気持ちで召還したこの天野翔太という男の手で簡単に破られた。しかし…湯乃香の心に不思議と後悔はない。


果たして全ての着衣を整えたとき、一体自分はどうなってしまうのか?そんな不安とも期待ともつかぬ戦慄に喘ぐ彼女の脚を、ゆっくりと上着に良く合う格子縞のスカートが覆ってゆく。

「ああっ!! ああ…」

スカートと共に這い上る甘い疼きは、頑なに浴衣すら拒んできた湯乃香の身体にはあまりに強烈な刺激だった。抑えきれぬ叫びのなか、翔太の手でウエストのホックが静かに留められた。

「ふわ…あ…も、もう…」

「…すごい…すごいぞ湯乃香ちゃん…あと一枚だ…」

237 名前:名無しさん@避難中[] 投稿日:2010/03/19(金) 22:17:36 ID:a42DI0WMO
涙を滲ませ、振り返った湯乃香の背後にはすでに赤褐色のブレザーがあった。もう、戻れない。彼を…超常の視力を持つ彼を温泉界に迎え入れたときから、こうなることは既に決まっていたのだ。
次元を越えた深く、強い運命の糸を信じながら、湯乃香は自ら腕を伸ばし、翔太の差し出したブレザーに袖を通した。

「ああああっ!! 翔…太…」

感極まった二人に、もう言葉は要らなかった。湯乃香の最後の慎み、うっすらと汗ばんだ額に乗ったシャンプーハットに翔太が躊躇いがちな目を向けると、湯乃香は照れた笑みを浮かべて、小さくコクリと頷く。

「湯乃香…」

「翔太…」

おずおずと伸びた翔太の手が、優しく青いシャンプーハットに触れた。

「湯乃香…愛し…」

身悶える湯乃香の最後の砦が落ちようとした瞬間、襖を破って飛び込んだ一本の鋭い矢が、危うく翔太の頭をかすめ、びいいいん、と空気を震わせて宴会場の柱に突き刺さった。

「…このバケモノヤロー!! インチキしやがって!!」

唖然と寄り添う湯乃香たちの傍らに、『アグゼス』の影が俊敏に駆け抜ける。彼を追って来たらしい蛮族の少年ショウヤは荒っぽく罵りながら、次々と狩人の正確さで部屋中に矢を放った。
297『温泉界へご招待〜満員御礼!!〜』 ◇GudqKUm.ok:2010/03/19(金) 22:35:45 ID:jxMALboX

「さあ、賞品のコシヒカリを寄越せ!! ユズキとお腹の子には滋養が要るんだ!!」

「…狡猾さはひとつの技術と呼べなくもない。そしてその技術の前で、敗者の動揺はしばし滑稽にすら他者の目には映る。」

瞬時に宴会場を戦場へと変えたアグゼスとショウヤの会話からして、どうやら卓球大会の勝敗を巡るトラブルらしい。着衣の姿を恥じらう湯乃香をよそに、ドタバタと浴衣姿の客たちも『亀の間』に乗り込んで来た。

「…大変よ!! 温泉界に忍者軍団が入り込んだみたいなの!!」

アリスの大声に一同が沈黙する。

「…そんなシェア、あったっけ?」

「…とにかく助っ人になりそうな連中を沢山召還するのよ!! みんなすぐ服を脱いで大浴場に集合!!」

…ここは温泉界。宇宙のどこかにある不思議な異界。地水火風全てのエレメントが融和し生まれた、摩訶不思議で眺望絶佳、そしてシャワー完備の世界。
果たして鏡を覗く湯乃香たちの手が次はどの世界に伸びるのかは、誰にも判らない。

おしまい

【招待客の皆さん】

天野翔太
千丈髪怜角
アリス=ティリアス
ショウヤ
ユズキ
クラウス・ブライト
セフィリア・ブライト
三島柚子
アグゼス
大賀美夜々重
ズシ

敬称略・順不同です。
お疲れ様でした!!
298避難所より代行:2010/03/19(金) 22:36:37 ID:jxMALboX
カオスwww
だが温泉界らしくていいw

それにしてもここまでエロい着衣はみたことがないぜ……
299創る名無しに見る名無し:2010/03/19(金) 22:37:25 ID:jxMALboX
代行終了です。
300創る名無しに見る名無し:2010/03/19(金) 23:11:20 ID:4pYbCAdM
投下乙です!
仁科の制服をここまでいやらしく着こなすとは……
てか忍者シェアてなんだw想像してわらたw
301創る名無しに見る名無し:2010/03/20(土) 07:32:08 ID:7XFlQUEp
甚だしくけしからん!!
だが、それがいい・・
302 ◆p3cfrD3I7w :2010/03/20(土) 21:47:38 ID:Y3GPb3Ra
忍者シェアですかw忍者軍団VS告死天使というのもありですか?
303創る名無しに見る名無し:2010/03/20(土) 21:53:42 ID:p/I2/Brx
     X
  ∠ ̄\∩
  |/゚U゚Lノ かかってこい
 〜( ニ⊃
  ( 丶/
  ノ>ノ
  UU
304創る名無しに見る名無し:2010/03/21(日) 15:56:31 ID:gbb0CgQH
タイホから判決に至るまで留置場、拘置所生活を
描くバラエティー小説

小説家になろう連載中 
 第7話 魔女4 更新しました
タイ○ホ日記で検索してください
 
新作 200文字小説 70文字小説 20文字小説
 同時 連載中




305創る名無しに見る名無し:2010/03/22(月) 19:10:30 ID:6aF6Inrt
※現在このスレでは4つのシェアードワールドが展開されています。
 この世界、俺が盛り上げてやろうじゃん!てな方はお気軽にご参加を!

○各世界観や過去作品はこちら → 創作発表板@wiki内まとめ
 http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/286.html

○規制時にしたいレスがあれば → みんなで世界を創るスレin避難所
 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1265978742/

○今週の更新
・閉鎖都市

・異形世界

・地獄世界
 >>283-289 「地獄百景」報復の断章4

・温泉界 注意事項>>155
 >>295-297 「温泉界へご招待 〜満員御礼!!〜」
306創る名無しに見る名無し:2010/03/22(月) 19:11:19 ID:6aF6Inrt
俺……今日が日曜日だと思ってたんだ……
307わんこ ◆TC02kfS2Q2 :2010/03/22(月) 19:23:42 ID:ANT3Bvfr
昨夜のラジオ(「ねとらじ」でここを紹介してました)で知ってここを覗いてみました。
獣人スレの自キャラを『温泉界』シリーズに参加させてみます。ウサギっ娘です。

・プロフィール(上から20番目)
http://www19.atwiki.jp/jujin/pages/225.html
・初登場作のSS
http://www19.atwiki.jp/jujin/pages/286.html
「ふぅ……」
「これまた珍しいお客さんね。ゆっくりしてってね!」
湯船の遠くで月夜のように明るい声がする。見えぬ遠い視線の先は白い湯気にかすみ、温かい不思議な空間が二人を包む。
箸が転んでも笑う年頃の少女が一人ぽつんと湯船に浸かり、耳を温泉界の番台・湯乃香の声に傾けた。
その耳は長く、おおよそ湯乃香のものとは似つきもしない。それどころか、お客の少女の体は雪のように白く柔らかい毛並みに覆われている。
ただ、湯から覗かせる彼女の肢体は、お年頃のオンナノコの母性を匂わす曲線を伺わせていた。

「ねえ、湯乃香ちゃん。聞いてくれるかな」
「ふふふ。ここに来たら文字通り丸裸に胸のうちを打ち明けるのがジャスティスなのよ!」
シャンプーハットに真っ裸という、温泉界だからこそ許されるいでたちの少女は、湯の中で明るく返事する。
湯乃香の言葉に軽く頷いた少女は、短く揃えたボブショートの髪を湯気に包み込ませていた。その度に、鼻をひくひくと動かしている。
「リオちゃんは、学園では真面目な風紀委員長なんだから、ここではもっとぐうたらするべき!」
「ぐうたらかあ。いいなあ、ソレ」
「学園のみんなはここのことを知らないはず。だって、わたしの琴線に触れた子しかここに呼ばないからね!」
湯のしぶきがリオの目前をかすめる。たぷんと温泉の香り立つ波がリオの小さな胸を洗う。
湯乃香は風呂桶から飛び出すとシャンプーハットのつばを摘んで、つーっとタイルを滑走してみせた。
風呂場で走っちゃいけません。そんなルールはここでは無用。佳望学園・風紀委員長の因幡リオも口をつぐむだけ。

因幡リオは、佳望(けもう)学園に通うウサギ獣人の女子高生。ケモノと人間が共に集い、共に学ぶ、小中高一貫の学園だ。
誰もが憧れる女子高生だって言うのに、『委員長』という肩書きと、メタルフレームのメガネが
彼女を『真面目のまー子』に仕立て上げ、思ったよりチヤホヤされずに学園生活を過ごしていた。
「ふん。わたしだって……JKよ!ジョシコウセイなんだからね!」
クラスの男子から文句を言われ、クラスの女子との話に必死に追いつこうと愛敬を振りまき、
そして委員長故に誰からも聞かれないよう、ぼそぼそと愚痴をこぼしながら帰宅していたときのこと。
……リオはいつの間にか『温泉界』の番台の側に立っていたのだった。
「ふぁー?ここは?そうだ。昨晩、リアルタイムで今春スタートのアニメの初回をネットで実況してたから、
悪い夢を見ているんだ!初回特典の『ヒロインのアレな姿を見せちゃうぞカット』のキャプ画がうpされてるのを見たからなんだ!
あーん!ついったーで呟いてやる!!って……ここ圏外?きゃーっ。ここはどこ?あたしは誰?」
おそらく、PC画面の前でしか通用しない用語をつらつらと並べながらリオは、スカートを翻していると、
暖簾の奥から少女の声を耳にする。暖簾が捲れ、人がたのシルエットが薄暗い奥から浮かび上がると、
声の主と思われる少女の姿が、輝いて見えた気がした。洞窟に隠れた女神が再び現れたような、神々しさを持ち合わせていた。
部屋の中だというのに、身に付けているのはシャンプーハットと足首のバンドに付いたカギだけ。
どう見てもほぼ全裸の少女は、深夜の太陽のような笑みでリオを迎え入れた。
「女の子のお客さんだぁ!やったー。いらっしゃーーーい」
「はあ」
「くんくんくん。『佳望学園』の制服ね。いいなあ、お湯代としていただきっ。入湯税は免税でね!」
「??????」
シャンプーハット以外は裸の少女がリオの二の腕をぐるりと掴むと、少女の胸がリオに触れた。
リオは同性ながら、少し頬を白い毛並みを通して赤らめた。

―――備え付けの大理石の岩盤にうつ伏せで伸びるリオは、歳に似合わぬ恍惚な表情を見せていた。
学園ではまずお目にかかれない、きっちり風紀委員長のぐうたら姿。短い尻尾がぴくりと動く。
そして、湯乃香はホースで床に残った石鹸の泡を流し落としながら、力を抜ききったリオをからかう。
「いま、わたしの姿を見て『お茶碗3杯はいける!』って思ったでしょ?」
「お、思いません!」
リオは明らかに動揺している。自分のことを見透かす子がいる。けっして『オンナノコ』しか好きになれないわけではないが、
どうして同性としてこんなにドキリと胸を打ちぬく仕草が出来るのだろう、と羨望の眼差しで見ていたのだったから無理は無い。

「炭酸泉も気持ちいいよ」
一仕事終えた湯乃香は、思いきって新設したコーナーをさりげなくリオに自慢する。
ソーダ色の湯を湛える湯船からは小さな無数の泡が立ち上る。リオは言われるがまま炭酸泉の湯船に入ると、
脚にまとわり付く炭酸の泡がやけにくすぐったく感じていた。温度はさほど高くは無い。
湯乃香はかぽーんと洗面器を床に並べながら、リオの後姿をにまにまと眺める。

「はあぁ……。なんだか、体に優しいね。この温泉は」
いたずら心に火がついた湯乃香は、骨抜きのリオの長い耳にぱしゃりと静かにお湯をかけた。
ウサギの耳は反射的にくるりと回り、湯乃香の笑いを誘った。

その頃、隣の男湯では一人の青年が湯船に浸かって、一人ほくそえんでいた。
「うおおおお?女湯に誰かと思ったら、なんだ?ウサギ?」
青年はクレヤボヤンス、いわゆる『透視』の能力を持つ。彼の力を無駄遣いして、女湯を覗いたとろ、リオの後姿を目の当たりにした。
ウサギが湯船に入る所などは初めて目の当たりにする。無理も無い。あらゆる世界から召還された者がここ温泉界にやって来る。
ここでの「誰なんだお前」は、外国に行って「今日はガイジンさんばかりだね」と言うぐらいマヌケだ。

想像力の限界を超えて振り切れ。妄想を味方に付けろ。不可侵な己の脳領域を桃色に染めろ。
相手がウサギ獣人なのはともかく、お年頃のオンナノコが湯浴みをする姿を目の当たりにした青年は、
「ここもなかなか捨てたもんじゃない」と、のぼせながら、ゆっくりと力なく湯船の中に沈んでいった。
天野翔太、23歳。未だ抜け出せぬ温泉界での一こま。

―――リオが学園でのことをとめどなく湯乃香に話し続けると、彼女はうんうんとリオを拒むことなく話を聞き続けた。
取り留めの無いことから、委員長ならではの悩みごと。そして、オンナノコ同士のお話。
リオは湯加減に上機嫌になりながらも、学園のことは忘れて居なかった。だって、あの子は委員長。
「そうだ!あしたは……早く学校に行かなきゃ」
「どうしたの」
リオの突然の言葉に炭酸泉をかき回す湯乃香は手を止めた。
隣の男湯で翔太が湯船からマッコウクジラのように飛び出した。
リオは風紀委員長。あしたは朝早くから校門での服装チェックを実施する日であった。風紀委員長が欠席、遅刻することは許されない。
いつまでもここに居たい気もするが、学園の風紀の為、委員のみんなの為、自分の為に早く戻らなければならない。
湯船から飛び出したリオは、濡れた白い毛並みをバスタオルで拭き、脱衣場へと向かう。
その姿と、リオの瞳を見て湯乃香はリオを止める気にはならなかった。
体にバスタオルを巻きつけ、毛並みに残った水滴を丁寧にふき取る。バスタオルの端からは、濡れたウサギの尻尾が顔を出していた。
ドライヤーをMAXの勢いで吹かし、体中の水滴を飛ばす。毛並みを持つ獣人は風呂上りこそ丁寧に仕上げらなければならない。
ボブショートの髪の毛はドライヤーの風に煽られ、次第に乾いたいつもの髪の毛に戻ってゆく。
いつもとは違うシャンプーを使ったから、いつもとはちょっと違う髪の香りがふわりと落ちる。
それだけなのに、曇った鏡を見つめているリオには、いつもと違うような自分を確かめた。

脱衣場で扇風機が真面目に廻る中、全ての水分を服取ったリオは思い出した。湯乃香の屈託の無い言葉。

「『佳望学園』の制服ね。いいなあ、お湯代としていただきっ」

世の中タダで済むことほど甘い話は無い。だけど、規則は規則。まして、わたしは『風紀委員長』。
いばりん坊屋さんが自己の権威のために作ったわけでもなく、みんなが納得するように出来ているのが規則。
それを守れないはぐれたウサギはオオカミに捕まって食べられてしまえ。多分、みんな許しはしないよ。
だって、「規則」をインチキしちゃったもんね。あーあ、わたしの噂が背後でざわざわ揺れる。長い耳はイヤでも反応するから。

しかし、どうやってもとの世界に帰ろうか。制服はお代として湯乃香が持っている。このままの姿で帰るわけにはいかない。
温泉界との別れに胸を痛めながら、リオはうっすらと人影を見た。聞いたことのある声が長い耳に反応した。
何のことは無い、湯乃香がリオの側にいたのだ。メガネを湯乃香に差し出してしまい、姿がはっきりと見えないリオは、声で湯乃香のことに気が付いた。

湯乃香はかごを持っていた。籐で編まれたかごのなかには、甘い女の子の香りがするリオの制服がきちんと揃えられて入っている。
「あの……。お代は今度でいいです」
リオは耳を疑うが、湯乃香の声を読み取れば、それがまやかしでもことはすぐにでも察知できた。
はにかみながらすっと湯乃香はかごを差し出すと、ぼんやりとだが目を合わせることを躊躇うように、リオはバスタオルをぎゅっと摘む。
「わたしの気まぐれで呼んじゃったようなものだし、リオちゃんもお仕事だろうし。それに」
「……」
「また来てもらう口実が出来たってこと!!」
「ありがとう。でも、きまりはきまりだから……ぜったいまた来るよ」
かごを受け取ったリオは、髪を揺らしてお辞儀をいつまでもしていた。

「リオちゃん、忘れ物。メガネがないと、見えないんでしょ?」
リオが盾に首を静かに振ると、いつもとは違うシャンプーの香りが扇風機の風にのって揺れた。
使い慣れたメタルフレームのメガネ。ちょっと外していただけなのに、すごく久しぶりの気がする。

「……」
「どうしたの」
「湯乃香ちゃん、かわいい」
リオの髪の先からぽたりと拭き残した水滴が垂れて、バスタオルに吸い込まれていった。
バスタオルをゆっくりと捲り、かごを床に置いて自分の制服に着替え始めるリオは、着替え終えてしまうことが少し寂しかった。
湯乃香はウサギの少女が自分の世界に変える姿をじっと見守りながら、リオの言葉を何度もかみ締めていた。
温泉のおかげで、今夜はきっと心地よい眠りに付くことが出来るだろう。外界はひんやりと風が吹いていた。


おしまい。
311わんこ ◆TC02kfS2Q2 :2010/03/22(月) 19:27:08 ID:ANT3Bvfr
こんなんで、よろしゅうございましょうか。
投下終了っス。
312創る名無しに見る名無し:2010/03/22(月) 19:40:19 ID:7TGD+s5d
よろしゅうございますよ

よくよく考えたらただのんびりと温泉に入るのはこれが初めてかもしれん
313創る名無しに見る名無し:2010/03/22(月) 20:01:17 ID:6aF6Inrt
投下乙!
うさぎメガネ委員長とな!?
これは彼女が普段どんな委員長ぶりをしているのか調べる必要があるな……

温泉、それは日頃の疲れを癒しに訪れる場所。
ともすればこうして一話きりで帰ってしまっても、全然問題ないもんだねえ。
またいつでもいらっしゃいな!
314避難所より代行:2010/03/22(月) 20:55:44 ID:6aF6Inrt
投下乙でした!!
そしてもっと因幡さんの素性を知りたくなるのが人情。愛すべきオタライフも堪能させて貰いましたよ!!
…しかし恐るべきラジオ効果。そしてわんこ氏の速筆…
315創る名無しに見る名無し:2010/03/22(月) 21:51:27 ID:/EIoPj6r
おお! 温泉界に因幡さん来たー!
ラジオか……聞きたかったな
316避難所より代行:2010/03/22(月) 23:54:44 ID:/EIoPj6r
これは意外、リオ来たw
相変わらずまったりした雰囲気が良いねえ
何よりもケモスレはどういうわけか「脱ぐ」系の話がほとんどないから新鮮だったわ
しかし速筆半端ないなw
317 ◆p3cfrD3I7w :2010/03/23(火) 23:10:34 ID:wEQP8AXw
もうすぐ投下できるのですがかなり長くなるので、支援のほどよろしくお願いします。
318 ◆p3cfrD3I7w :2010/03/23(火) 23:22:11 ID:wEQP8AXw
第5話 告死天使

残る五人の告死天使たちの元へと向かう車の中。その空気は重いものに包まれていた。5人に対して疑惑を持ち続ける神谷。
助手席に腰かけ、その様子をうかがうステファン。犯人かも知れない人物に会いに行くという緊張感を抱き、すっかり無口になってしまったヒカリ。
アリーヤの自信満々のセリフとは裏腹に一抹の不安を抱くクラウス。なにも話題もなくただ車窓の外を眺め続けるセフィリア。
そして、そうしているうちに車はスラム街のうちのある場所へと止まっていた。助手席の窓を開き、ステファンがその建物の看板を見やる。
どうやらライブハウスのようだった。ここに一人目がいるのだろうか。

「一人目はセオドールだね。彼は確かここでミュージシャンをやっているんだったね」

クラウスが語る。ベルクトとアリーヤがその言葉にただ頷いたのだが、ライブハウスのドアには準備中の札がかかっていた。
おそらくはリハーサルかないしは清掃中であろう。しかし神谷はその札を完全無視し、ドアノブに手をかける。鍵はかかっていなかった。
神谷を先頭として7人はライブハウスの中になだれ込む。ライブ中は大勢の観客の歓声とスポットライトなどの照明、そして何より
ステージの上で奏でられるミュージシャンたちの演奏に大いに盛り上がる会場も今は無人で静まり返っている。
どうやら清掃中ではないようだ。明りはついているから誰かがいるはずなのだが30坪ほどのライブ会場には人の影が7人を除いて一人も見受けられない。
ただ、ステージ上にはギターやドラム、マイクと言った楽器類がセッティングされいつでも演奏が始められる環境が整っていた。

「おーい、誰かいないか!」

神谷が大声で叫ぶ。広い会場に彼の声がこだまし、そしてまた静寂が訪れる。だが、10秒ほどで彼らの真横の『関係者以外立ち入り禁止』
という張り紙がなされたドアが開き、一人の青年が現れた。

「誰だい?表に準備中の札がかかってたと思うんだけど………ってクラウスとベルクトと…それにアリーヤ!久しぶりじゃん!どうしたのよ?」
「やあセオドール。久しぶりだね。実は…」

7人の前の金髪ロングの青年、彼の名はセオドール。歳は21。このスラムの大人気ロックバンド『ブルー・スカイハイ』のメインボーカルである。
お金のないスラムの住民の数少ない娯楽として1週間に一度のペースで彼らはここでライブを無料で開催するのだ。
なぜ無料で維持できるのかというと、様々な諸経費をCIケールズ社が負担しているからである。
積もる話は後ということで、クラウスが彼に事情を説明する。そして、事件当時どこで何をしていたかを問いただした。

「あー…その時間は確かまさにこのライブ会場でライブの真っ最中だった。証明するものはマネージャーが撮ったビデオがあるけど、再生してみる?」
「お願いできるかな?」
「あいよ、ちょっち待っててな」

といってセオドールは足早に戻って行った。3分もたたないうちに彼は片手にビデオカメラを持ち、戻ってきた。
そのカメラを操作して再生モードにし、テープを再生する。ビデオカメラに取り付けられている液晶画面を覗き込む7人。
その映像には、ブルー・スカイハイのライブの様子が鮮明に記録されていた。右下に表示されている記録日時を見てみると、
セオドールの言葉通り確かに事件が起きた時間帯と合致する。これは文句なしの完全な現場不在証明であった。

「ありがとうセオドール。君のアリバイは完璧だ。あ、紹介が遅れたけど君にとって初対面の人たちをここで紹介するよ」

クラウスは告死天使以外の4人をセオドールに紹介し、セオドールは4人と握手を交わした。セフィリアの時だけやけに長かったが
それはきっと気のせいだろうということで解決した。

「それにしてもジョセフさんが殺されるなんてな…意趣返ししてえってところだな。俺も手伝うよ」

セオドールからの突然の申し出に顔を見合わせる7人。しかし考えてみれば彼もまた恩人を殺された被害者なのである。

「そう言ってくれると助かるよ。それじゃあそうだね…これからの計画をみんなで練りたいから…アスナのところに集合しよう」
319創る名無しに見る名無し:2010/03/23(火) 23:24:26 ID:SNaNO8kT
 
320NEMESIS ◆p3cfrD3I7w :2010/03/23(火) 23:25:09 ID:wEQP8AXw
それに頷き、セオドールはまた後で、とライブハウスを後にする7人を見送った。再び車に乗り込み、次の告死天使の元へ向かう。

「軽めの男だがいい奴じゃないか。たまにはライブも見に行ってやったらどうだ?」
「そうしたいんですが生憎遠いんですよね…」

さて、次は誰のところに行くか?この場所はスラムでも外れのほうに位置している。スラムの外に出ようと思えば簡単に出られるのである。
だが、ここの住民はよほどのことがない限りは外に出ようとはしない。スラムの人間は総じて身なりが水簿らしい。
そのため、その格好で都市部などをぶらつこうものなら、街ゆく人々から蔑みの目で見られることになるのだ。
それに反抗して暴力に打って出ようものならたちまち自警団のお出ましである。それゆえ、外に出てもいいことなどなにもないということで
人々はスラムというゴミ溜めの中で暮らしているのだ。もっともスラムの中でもいいことなど何もないのだが。
と、ここで自警団が話題に出たところで何かを思い出したようにアリーヤが口を開いた。


「フィオのところへ行ってみてはどうだ?自警団第一課長である彼女ならば今回の事件についても何か掴んでいるに違いあるまい」

フィオとは、自警団総本部第一課課長・フィオラートのことであり、歳はなんと17歳で告死天使最年少でありながら
その優秀な頭脳と正義感と行動力から第一課の中でもメキメキと頭角を現し、自警団長・アンドリュー・ヒースクリフの推薦の元
第一課長の座に就任したのである。一方で告死天使の中でもその愛らしい顔や性格から『フィオ』という愛称で呼ばれるようになったのだ。
その彼女の元へ行き、今回の事件で自警団の捜査で掴んだ情報を提供してもらおうという魂胆だ。
さて、その自警団総本部だが、この閉鎖都市の中心部・つまり摩天楼に位置している。といっても貴族たちが住まう超高層ビルではなく、
一見するとそれが総本部だとはとても思えないわずか3階建てのぼろぼろのビルである。塗装は剥がれおち、ところどころ内部の鉄骨までがその顔を
のぞかせている始末だ。しかし、建物はぼろぼろでも自警団員たちはこの閉鎖都市の平和と治安を維持するために日夜戦っているのだ。
さて、積もる話で時間も潰れ神谷のバンは自警団総本部前の駐車場に止まっていた。5台ほどのパトカーのほかに、
来客用に設けられた駐車スペースに車を止め、7人はそのぼろぼろの建物の中へはいってゆく。内装がぼろぼろであれば中身も…と思ったが
見事なまでに反比例しており、白を基調とした壁紙に白螢色の蛍光灯、さらにところどころに飾られている観葉植物とその内装はさながら病院のようですらあった。
入口をはいってすぐのところにある受付の係員に神谷が要件を切り出す。

「先日殺害されたジョセフ氏のことで話がある。第一課長のフィオラートを頼む」

突然現れた謎の男に係員の女性は訝しげな表情を向けるが、ため息をひとつついたのち電話をかける。

「第一課ですか?課長にお客様がお見えです。人数は7人。先日のジョセフ氏の事件についてお話があるそうです」

そして受話器を置き、7人の背後に設置されているソファを案内し、お掛けになってお待ち下さいとだけ言うとまた自分の業務に戻るのだった。
係員の愛想の悪さにむっとする神谷だったがここは自警団総本部であり、コンビニでもなければスーパーでもない。
係員がやってきた人間に対して愛想よく応対しなければならない理由は存在しないのだ。不愉快な思いを胸に抑えて神谷はソファに腰掛ける。
傍らには自販機が設置されていたがそのラインナップに神谷の食指を動かすものはなかった。
そして5分ほど待っただろうか。ベンチから見える各課のオフィスへつながる廊下へ伸びる階段を下りてきたのは…
身長150cmほどの緑髪の少女だった。階段を降りた後きょろきょろとあたりを見渡し、神谷たちの姿を確認するとこちらへ向かってきた。

「ボクに用事っていうから誰かと思えばクラウス君とベルクト君、それにアリーヤちゃんだったんだね。久しぶり!」
「確かに久しいが…8歳も年上の相手に『ちゃん』はどうかと思うのだが。まあ、それも告死天使の好として目をつぶろう」
321創る名無しに見る名無し:2010/03/23(火) 23:26:06 ID:SNaNO8kT
 
322NEMESIS ◆p3cfrD3I7w :2010/03/23(火) 23:26:21 ID:wEQP8AXw
先ほどの係員とは正反対に満面の笑顔で7人を出迎えたこの少女こそ、自警団総本部第一課長・フィオラート、通称フィオである。
緑かかったショートカット。群青色の瞳、愛らしいその顔だちからおよそ警察関係者だとは思えないが、2年前。つまり彼女が15歳のときには
もう自警団に入団していたのだ。当初はスラム出身ということで周りの人間から散々疎まれたフィオだったが、
それを何ら気にかけることもなくただマイペースに日々の仕事をこなし、さらに告死天使の能力を最大限に活用して
日々起こる事件を解決に導いてゆくうちに次第に周囲も彼女を見る目が変わっていった。そして2年たった今では彼女をスラム出身者などと見下す人間は自警団にただ一人も存在しなくなっていた告死天使一番の出世頭である。
ただ、少女であるのにも関わらず自分のことを『ボク』と呼称するなど少々変わった一面も持ち合わせているのだが。

「実はフィオ。そこの係員のお姉さんから聞いたとは思うが俺たちは今先日殺害されたジョセフ氏の事件についての情報を集めていてな。
 何か捜査で掴んでいることがあれば俺たちに提供してもらいたいんだ。もちろんタダでとは言わない。俺たちが掴んだ手掛かりとトレードってことでどうだ?」

ベルクトの言葉にフィオは5秒ほど顎に手を当てて考え込むが、やがてニコっと笑ってベルクトに切り返した。

「うん、いいよ。それに自警団の立場としても現場にいた二人の証言を聞きたいところだったし。手掛かりはその証言と交換ってところだね」
「よし、交渉成立。ああ、本題の前に初対面が4人いるだろう。紹介しておく。まずこのブロンド髪の別嬪さんがセフィリアさん。クラウスの妹君だ。
続いてこの坊主頭のナイスガイが神谷さん。あのスラムで探偵をやってる。で、この金髪ボーイがステファン君。神谷さんの助手だ。
そして最後に、ヒカリお嬢様。ジョセフ氏の実の娘で、ケビン爺様の孫に当たる方だ」

彼に紹介された4人と握手を交わすフィオ。ステファンとは同い年であり、彼と手を交わしたときはニコっと彼に笑いかけた。
挨拶も終わり、フィオは7人をある部屋へと案内する。『取調室』と記されたその部屋にはこの都市でもよく放送されている刑事ドラマに
登場するようなものとよく似ていた。殺風景な部屋の中心に置かれた2つの机と椅子。鉄格子が填められた窓。
だが、ただ一つ違う点があった。ドアを背にして部屋の両端になぜか三人掛けほどのソファが設置してある。
フィオによると、取り調べの最中たまに暴れ出す被疑者がいて、それを拘束するために常に6人の刑事が立ち会うことになっているのだとか。
7人の相談の結果面と向かってフィオと話すのは神谷ということになり、クラウス、アリーヤ、ベルクトら告死天使のメンバーが右側、
残りの3人が左側に座ることになった。そして、いよいよ話が始まった。

「さて、まずは俺たちがこれまで集めた情報を提示しよう。あんたはそれ以外の手掛かりを俺たちに提供してくれればいい。被ってる情報をもらっても意味がないからな」

神谷の語る情報は、ベルクトが語った情報と、さらに犯行に使われた凶器が338ラプアマグナムであること。そして神谷がもっとも知りたい情報、
犯人は告死天使のメンバーである可能性をフィオに告げた。フィオはそれを即座に否定し、誰に聞かれるわけでもなく事件当時のアリバイを説明する。

「事件の時ボクは署長さんや各課の課長さんたちと会議だったよ。せっかくだからそれを証明してくれる人を呼んであるんだ。入ってきてくれるかな?」

その声とともに取調室に入ってきた2人の若者。いかにも硬そうな身なりの少女とそれとは対照的ないかにも怠惰そうな青年。
アシュリー・ヒースクリフとハーヴィーといい、フィオや彼女の父親で自警団長アンドリュー・ヒースクリフ、各課の課長らとともに会議に出席していたメンバーのうちの2人であった。

「CIケールズのCEO、ジョセフ・J・ケールズ氏が殺害された事件。君たち2人も知ってるね?
その事件が起きた時、ボクたちは会議だったっていうことを証明してもらいたいんだ」

フィオのその言葉に頷き、アシュリーはあるものを机の上に並べる、会議の際書記が記入する議事録である。
会議が終わるとこれをコピーし各課に配布し、課長がそれを保管するのだ。当然、フィオもこれを持っているのだからなにも2人を呼びださずとも
よかったのではないかと神谷が言うが、自分の分を見せると改ざんをしているのではないかと突っ込まれたときに否定できない、そこで
『たまたま』暇だった第4課課長、アシュリーとその部下であるハーヴィーを呼びだしたのである。
323創る名無しに見る名無し:2010/03/23(火) 23:27:04 ID:SNaNO8kT
 
324NEMESIS ◆p3cfrD3I7w :2010/03/23(火) 23:27:15 ID:wEQP8AXw
神谷ら7人は机の上に広げられた議事録に目を通す。みると、確かに犯行が行われた時間フィオはこの自警団総本部にて会議中であった。
その議事録にも改ざんされた様子もなくまた、アシュリーに改ざんする理由もない。

「付け加えていえばフィオラート課長は会議中2時間の間一度も会議を抜けておりません。またたとえ抜け出したとしても
 会議終了までに現場を狙撃できる場所に行きそこから戻ってくるなど不可能です。さらに武器庫から狙撃銃が無断で持ち出された形跡も発見されませんでした」

アシュリーが補足説明をしてくれる。つまり、セオドールに引き続きフィオにも完璧な現場不在証明、どころかそもそも彼女は犯行が不可能という状況だったのである。

「ありがとうフィオ。君のアリバイも完璧だ。さて、次は君の番だよ。捜査で得られた情報を提供してくれないかな?」

クラウスが礼と同時に情報を催促する。そうだったねと笑い、フィオはこれまで捜査の結果を話す。
フィオによるとすでに犯人および犯行グループの目星は付いているのだとか。おそらくは「CWジェネシス社」の仕業と見ている。
この会社はCIケールズ社と様々な面でかちあい、対立していたのだ。そして、いよいよジョセフ氏が邪魔になってきたということで、
今回の事件を起こしたのだろうと第一課は見ている。さらに、2年前の告死天使による貴族たちの大粛清の際、当時の会長もその犠牲者のうちの一人だったのだ。
告死天使の素性はスラムの住民以外はほとんど知られていないので、その意趣返しの矛先を告死天使に肩入れしたジョセフ氏に向けたという訳でもある。
さらにこのCWジェネシスはマフィアとの癒着も噂されていて、あまりクリーンなイメージの会社ではなかった。。
しかも、スラム方面に駐屯する自警団からの報告によれば、最近街の外から新手のマフィアが頻繁に街に出入りするようになったそうだ。
おそらくは、スラムに本社を置くCIケールズ社の事業の妨害、マフィアの勢力拡大の面で利害が一致したのだろう。
このマフィアの正体、およびマフィアと企業との癒着関係の証拠をつかむことができればそれをもとに関係者の一斉摘発が行えるのだが、
それは自警団の仕事でありまた、これからの捜査次第だった。と、ここでフィオが第4課の2人組にあることを告げる。

「アシュリー・ヒースクリフ、ならびにハーヴィー捜査官。私、フィオラート・S・レストレンジは第一課課長として2人の捜査協力を要請します」

この言葉にアシュリーの顔は一気に晴れやかになる。ジョセフ氏の事件に捜査員として介入する大義名分が手に入ったのだ。
彼女の父、アンドリュー団長は第一課が担当するからお前の出る幕はないと言っていたが今回その第一課の課長から直々の要請があったとなれば
さすがの父親も認めざるを得ないであろう。このことを報告するため、アシュリーは意気揚々と団長室へと向かっていき、
その後ものすごくだるそうな顔をしてハーヴィーが出て行った。苦笑いを浮かべ、二人を見送るフィオ。そしてまた話を元に戻す。

「ボクがみんなに提供できる情報はこれくらいかな。ところでクラウス君たちは告死天使みんなのアリバイを確かめるんだったね。
 みんなのアリバイが取れたら、ボクに連絡をくれるかな?久しぶりにみんなに会いたくなってきちゃったから」
「ああ、それなんだけど、アスナのところに集まることになってるんだ。もうセオドールには伝えてあるし」
「うん、わかった。頃合いをみてボクもアスナちゃんのところに行くよ。じゃあ、そろそろ時間だね。入口のところまで送るよ」

そして、笑顔で手を振るフィオに送られ、一行は自警団総本部を後にする。そしてまた次のメンバーの元へと向かう。

「しかし、あんなかわいいお嬢さんが軍のトップだとは知らなかったな。勤まるものなのか?」
「軍だけではなく自警団そのものが完全実力至上主義だ。有能であれば出身、性別、年齢など一切問わずさ」

そこへ行くとフィオは告死天使の中でも特に頭もよく行動力もあったのでリーダーであるアリーヤも彼女に大きな信頼を寄せているのだ。
そして、告死天使で最大限に生かされたその能力を自警団という巨大組織の中においても遺憾なく発揮しているという訳だ。

「それにしても、あのCWジェネシスが絡んでいるとなるとこれはかなり難航しそうだな…弱音などは吐きたくはないが」
325NEMESIS ◆p3cfrD3I7w :2010/03/23(火) 23:28:03 ID:wEQP8AXw
神谷が思わず弱音を漏らす。しかしそれも無理はなかった。CWジェネシスとはこの閉鎖都市でも最大の企業なのである。
製造・サービス・製薬などあらゆる方面に規模を拡大させて事業を成功させ、今では摩天楼の中心に本社を構えその本社ビル『ジェネティックビル』は
摩天楼の中でも一番の高さを誇り、その高さはなんと300mにも達する。それはまるで自身の巨大さを誇示しているかのようでもあった。
当然のことながらそれほどの大企業がそうやすやすと尻尾を出してくれるわけもない。だからこそ神谷も難航するというのだ。

「せめてジェネシスのメインコンピューターにハッキングすることができればいけるかもしれないが…そんな凄腕のハッカーなんて…」
「いますよ。神谷さん」

唐突にクラウスが口を出す。そして語り出す。彼の話によるとその男もまた告死天使のメンバーなのだとか。
アリバイを確かめに行くついでに協力を頼みに行くという訳だ。彼は今もスラムで株の取引にて生計を立てて暮らしているという。
そして一行はまたスラムへと戻ることになる。高速道路に乗り、窓の外に広がる摩天楼を眺めるヒカリ。
父親を殺した奴らを見つけることができた。それもこんなに早く。本当なら今すぐにでも奴らのビルに乗り込んでいって追及したかったが
門前払いにされるのがオチだということは彼女も十分に理解していた。だから今は我慢するのだ。
確固たる証拠をつかみそれをもとに奴らを破滅に追い込む。社会的抹殺という極限の苦しみをじっくりと味わせてから殺してやる。
そのためにもうすでに10人もの仲間が集まっているではないか。告死天使のクラウス、アリーヤ、ベルクト、セオドール、フィオラート。
探偵の神谷とその助手のステファン。クラウスの双子の妹で自分と同じ境遇を持つセフィリア。
自警団第4課のメンバーであるアシュリーとハーヴィー。さらにまだ見ぬ3人の告死天使。 総勢13人もの人間が集まった。
ここでヒカリはちょうど一年前のことを思い出す。15歳。中学3年生の時だ。CIケールズの令嬢であるヒカリに教員をはじめとして
級友たち周囲は非常に仰々しく接してきた。なぜ周囲が自分に対してそのように接するのかを理解していたヒカリは周囲に完全に心を閉ざした。
そしていつからか彼女は他人に対してどう接していいのかがわからなくなっていたのだ。それは彼女が神谷の事務所に初めて上がった時に神谷に対してどう接したかにも表れているといえた。
しかし、神谷をはじめとしてここにいる人間はみなヒカリのことをCIケールズ令嬢としてではなく一人の人間として見てくれた。
父親を殺されることもなければ彼らと出会うこともなかったであろう。父親を亡くし、天涯孤独の身になったはずが気がつけば
多くの仲間たちができていた。気がつくと、ヒカリの両目から涙が滴り落ちていた。それに気付いて目頭を押さえようとするが、
それを制するものがあった。彼女の両隣に座っていたクラウスとセフィリアだ。

「泣いていいんだよヒカリちゃん。今までずっと泣かずに耐えてきたんだから。悲しければ思い切り泣いていいんだよ。どんな時にも僕たちは君の味方だよ」

そしてセフィリアは彼女を胸元に引き寄せて、抱きしめた。その胸の中でヒカリはこれまで抱え続けてきた感情を一気に吐き出した。
その感情が涙となり、嗚咽となりヒカリの溶けた心から流れ出す。それを受け止めるセフィリア。ヒカリの涙に自らの純白の服が
汚れるがそれを気にも留めることもなくセフィリアはヒカリの頭をなでる。気がつけば車は止まっていた。窓の外へ広がるのは
クラウスにとって見慣れた光景。スラムだった。セフィリアはヒカリにハンカチを手渡し、ヒカリはそれでようやく涙をぬぐう。
そして一同は車を降りた。中心の共同墓地を中心としてグランドクロスを描くかのごとくに東西南北に延びたメインストリートの外れに
車を止め、一行は一本の路地へと入ってゆく。クラウスに案内され、5分ほど歩いたところで一軒の家の前にたどり着く。
スラムに似つかわしくないきれいな鉄製ドアに提げられた札には『シュヴァルツ・ゾンダーク』の文字があった。
そのドアを札のすぐ上に設置された天使を模ったノッカーを用いて叩く。ガンガンと金属と金属がぶつかり合う音を立てる。それから10秒ほどだろうか。ドアが開く。
ただし、そのドアにはチェーンが掛かっていて、ドアと住居の隙間から身長190cmほどの長身の男がこちらを窺っていた。
彼こそがこの家の主、シュヴァルツ・ゾンダークであり、歳は23になる。赤みがかかったセミロングの髪はぼさぼさだったものの、
ひげなどはきれいに剃られており服もきれいに着こなし、清潔感が垣間見える男だった。
326創る名無しに見る名無し:2010/03/23(火) 23:28:07 ID:SNaNO8kT
 
327創る名無しに見る名無し:2010/03/23(火) 23:28:19 ID:vO44pnZ4
328創る名無しに見る名無し:2010/03/23(火) 23:29:03 ID:vO44pnZ4
329創る名無しに見る名無し:2010/03/23(火) 23:34:41 ID:vO44pnZ4
330NEMESIS ◆p3cfrD3I7w :2010/03/24(水) 00:03:11 ID:DVSjw9/w
「おや、久しぶりのお客様かと思えばクラウスさんじゃないですか。それにアリーヤさん、ベルクトさん。さらには初対面の方が4人ほど。
 さて、クラウスさんのその格好は…なにやら訳ありのようですね。立ち話もなんですから上がってください。今チェーンを外しますから」

一度ドアが閉まり、カチャカチャという金属音がした後に再びドアが開かれる。180度の角度までドアを開き、シュヴァルツは7人を招き入れた。

「さあ、どうぞ。少々散らかっていますがお寛ぎください。コーヒーと紅茶、どちらがよろしいですか?」

彼のその言葉に神谷、ステファン、クラウス、ベルクトがコーヒーを、ヒカリ、セフィリア、アリーヤが紅茶を頼む。
コクリと頷いてシュヴァルツは7人をリビングへと案内する。一人暮らしをやっているとは思えないほど大きなテーブルは10人はかけられるだろう。
部屋の様子もシュヴァルツの先ほどの言葉とは裏腹にとてもきれいに片付いていた。彼の仕事道具であるパソコンもその周りの書類もデスクにきれいに収まっていた。
テーブルに備え付けの椅子は10台用意されていてそれぞれ思い思いの場所に腰掛ける。3分ほどでシュヴァルツが戻ってきた。
彼が両手に握るトレーの上には8つのティーカップが湯気を立てていた。頼まれたとおりにコーヒーを4つ、紅茶を4つ持って各自に渡す。
そしてシュヴァルツは7人を全て見渡せる端の席に腰掛けた。

「さて、ご用件を窺いましょう。クラウスさんのその懐かしい格好を見る限り告死天使が再び必要とされるような事件が起こったと推測しますが」
「いやシュヴァルツ。そういうことじゃないんだ。実は…」

クラウスが彼に今回の事件を説明する。手元の紅茶にミルクと砂糖を入れてマドラーでかき回しつつ彼はクラウスの話を聞いた。

「そして、この神谷さんが今回の事件の犯人が告死天使なんじゃないかって疑惑を持って、みんなのところを回って一人ずつ確かめてるっていう訳なんだ」
「なるほど…それではその時のアリバイを証明すればいいわけですね。その時は確か近くのコンビニで夕食を買いに行っていましたが。証拠はこのレシートです」

と言ってシュヴァルツはポケットの財布からそのレシートを取り出し、クラウスに手渡す。通常レシートの上部には会計時の時間が記されており、
今回のレシートもその例に漏れずしっかりと時刻が記されていた。その時刻は犯行時刻の5分前だった。買ったものも弁当と飲料と
彼の言うように夕食であり、彼のアリバイもまた完璧であった。これで3人目である。

「実はシュヴァルツ。君にもう一つ頼みたいことがあるんだ。今回の事件、フィオによるとCWジェネシスが関わっていて証拠がつかめそうにないんだ。
 そこで君にハッキングしてもらえれば…と思うんだけど、どうかな?」
「…そうですね。では一つ約束して下さい。今回の件で私のことを捕まえたりしないと。フィオラートさんは約束を反故にする方ではないので」
「ああ、それならこれからみんなでアスナのところに集まることになってるんだ。フィオも来るからその時に話すといいよ」
「わかりました。では今回の件、承諾しましょう。何か進展があれば逐一連絡いたしますので。ではまた後でアスナさんのもとで」

そして一行はシュヴァルツの元を後にする。路肩に止めてあった車にも奇跡的に何の異常もなく再び車は発進した。後二人。

「なあ、今のあいつ。仲間に対してなんであんなに他人行儀なんだ?」
「アハハ…彼は昔からああなんですよ」

神谷が車の時計を確かめるとデジタル時計は午後3時を示していた。最初に出発したのが午前10時であり、実に5時間が経過していた。
だが残すところあと二人。二人ともこのスラムで暮らしている。これなら日没までにはこの聞き込みも終わらせられるだろう。
しかし、ここで神谷は信じられないものを目の当たりにする。車を急停車させ、慣性の法則に則って後部座席に座っていた5人が前のめりになる。

「ちょっとどうしたんですか?神谷さん」

先ほどのブレーキでぶつけた額をさすりながら問うたクラウスの言葉を完全に無視して神谷は運転席を降りて路肩へと走り出す。
そして何かを拾い上げてそれを抱えて再び運転席へと戻ってくる。隣のステファンがそれを見て思わず声をあげてしまう。
見ると神谷のその腕には生まれて間もないまだ臍帯がついたままの赤ちゃんが抱えられているではないか。
331NEMESIS ◆p3cfrD3I7w :2010/03/24(水) 00:03:50 ID:DVSjw9/w
しかも衰弱が激しい。このままでは死は免れなかった。赤ちゃんを後部座席のセフィリアに手渡し、神谷は半ば叫ぶように問うた。

「ここから一番近い病院はどこだ!」
「シオンのところなら10分で着きます。それ以外だと最低でも30分以上は…」

クラウスがいい終わるよりも早く神谷は車を急発進させる。やはり慣性の法則に基づき、今度は後頭部を座席にぶつける。
車に搭載されたGPSを目印に神谷は病院へと向かう。クラウスは10分だと言っていたが
彼は5分でたどり着くつもりであった。
いかにメインストリートといってもここはスラムである。車などほとんど通ってはおらず、神谷はガラガラの通りを爆走する。
次の交差点を右に曲がった先が病院だ。しかし、ここで非常事態が発生する。神谷たちのバンが交差点に進入しようとしたまさにその時、
左側から大型トラックが進入してきたのだ。絶望的な表情を浮かべる助手席のステファン。だが神谷はその表情を眉ひとつ動かすことはなかった。
全力でブレーキを踏み、ハンドルを全力で右に切る。バンはテールスライドを起こし、ドリフト状態で交差点に進入する。
その遠心力で後部座席の5人が左のめりになるがそんな状態でもセフィリアは腕の中の赤ちゃんを必死で抱え続けた。

「お願い…死なないで…」

セフィリアが涙を両目にたたえて祈る。その隣でヒカリもまた祈る。

「天国のお父様、力を貸して…!」

そして、ドリフトで交差点に進入した車は間一髪トラックの前に踊りでることができた。ドリフトから直線運動に戻すためにまたハンドルを調整し、
ステアリングを整える神谷。それから20秒で、ついに目的地の病院が見えた。駐車場に車を滑り込ませ、病院の入口にぴたりとつける。
車が止まると同時にセフィリアはバンの扉を開け放ち、病院に向けて全力で走りだす。自動ドアをくぐり、彼女は韋駄天のごとく病院内に
走りこんだ。残りの6人もさながら雪崩のように病院に突入した。神谷が病院に突入すると受付のところでサラサラの銀髪を肩まで伸ばした
クールビューティー風の女医がセフィリアの説明を聞き終えて、看護師たちに緊急手術の用意を促していた。
セフィリアから赤ちゃんをその女医に預け、彼女は赤ちゃんを抱えて手術室へと入って行った。そのドアが閉じ、ドアの上の『手術中』のランプが赤く点灯する。
手術室前に用意された背もたれのないソファに腰掛けて手術の成功を祈る7人。廊下を少ない蛍光灯と自動販売機から漏れる光が照らしているが
ひどく薄暗かった。7人の間に重い沈黙が流れる。両手を組み肘を腿の上に乗せて額をその組み合わせた両手に預けて両目を閉じるクラウス。
半ば放心状態で頭を隣のクラウスの肩に預けるセフィリア。無表情で天井を見上げるベルクト。両腕を組んで廊下に目を落とすアリーヤ。
そしてそんな重い沈黙に耐えかね、ついに神谷が口を開いた。

「クラウス、あの医者の腕は確かなんだろうな?お前が一番近いっていったからここに来たんだ」
「大丈夫です。シオンなら必ずあの赤ちゃんを助けてくれます」

シオン・エスタルク。彼女もまた告死天使のメンバーであり、歳は24。20歳のときに医師免許を取り2年前からこのスラムで
CIケールズの支援の元、病院を運営してこのスラムで毎日のように起きる事件によってでるけが人の手当てに追われているのだった。
時には瀕死の重傷を負った患者が搬送されてくることもあるがその蘇生率は実に93%を誇り、『スラムの神の手』という名で
告死天使8人の中で最も尊敬されている人物であった。そんな彼女だから大丈夫だというのがクラウスの根拠であった。
だが、神谷の表情は硬い。93%ということは残りの7%は救えなかったということだ。今回の赤ちゃんがその7%のほうに当てはまってしまうのではないかという
不安を神谷は捨てきれなかったのだ。
そしておもむろに左手首の腕時計を確認する。午後7時、手術開始から実に4時間がたっていた。
長い手術に耐えきれる体力があの赤ちゃんにあるとは思えなかったが、今は『スラムの神の手』が奇跡を起こすことを祈るしかなかった。
と、ここで看護師の一人が受付のほうから電話の子機をもって7人の元へとやってきた。

「あの、フィオラートさんと申される方からお電話がかかっているのですが…クラウスさんはどなたでしょうか?」
「ああ、僕ですが」
332NEMESIS ◆p3cfrD3I7w :2010/03/24(水) 00:07:31 ID:DVSjw9/w
看護師から電話機を受け取り、クラウスは電話をつなぐ。その相手はやはり看護師の言うようにフィオだった。

「もしもしクラウス君?ボクたちみんなアスナちゃんのところに集まったんだけどいつまでたってもクラウス君たちが来ないから…シオンちゃんの
ところに電話したら手術中だっていうから、ここにいるっていうクラウス君に電話を繋いでもらったんだけど…一体どうしたのかな?」
「ああ、フィオ。実はね…」
「ええ!?それは酷いね…わかった。アスナちゃんがもうすぐ店を閉めるからそうしたらみんなでそっちに行くよ。シオンちゃんのところだね」
「うん、待ってるよ」

それからさらに2時間。時刻は午後9時を指していた。と、ここで『手術中』の赤いランプが消えて、扉からシオンがマスクと帽子を外して現れた。
そのシオンのもとに駆け寄り、手術の成否を確かめる7人。そんな7人をシオンはまずはなだめすかして落ち着かせる。

「まずは落ち着いてください。結論から申し上げましょう。手術は無事に成功しました。おそらくあと5分搬送が遅かったら間に合わなかったでしょう」

シオンのその言葉に一同の顔がパッと明るくなる。そしてまるでタイミングを示し合わせたかのようにフィオたちが病院へとやってくる。
この一日で会ってきたセオドール、フィオ、シュヴァルツ、そして会いに行く予定だったアスナ。さらには見覚えのない男が二人、一緒だった。

「おや、これはみなさんお揃いで。こうして8人全員が一堂に会するのは2年ぶりか。積もる話もあるだろうから休憩室に案内しよう。こっちだ」

途端に口調が変わるシオンに戸惑う神谷たち。しかし、告死天使のメンバーたちは何ら気にとめることもなく彼女のあとをついてゆく。
『関係者以外立入禁止』と表示されたドアを通りぬけ、その先が休憩室だった。病院らしい真っ白な壁紙にはカレンダーがかけられ、
蛍光灯も白い壁紙に会わせるように明るく光っていた。8畳ほどの休憩室の右奥にはシンクと冷蔵庫が備え付けられており、
シオンはそこで一同を休憩室備え付けのテーブルとパイプいすを案内し、グラスを人数分用意して冷蔵庫から取り出したお茶を注いでゆく。
長時間の手術で疲れているはずなのにそれを感じさせないきびきびとした動きでお茶を各自に配り、自分の席へと着く。

「さて、みなが一堂に会したということはなにか特別なことが起こったのだろう。クラウス君のその格好も久しいし。それに私にとって初対面の人間が
 3人ほどいるようだ。まずは自己紹介してくれないか?話はそれからでも遅くはないだろう」

初対面の人間というのはどうやらセフィリア、神谷、ステファン、ヒカリのようでありこの見慣れない二人の男とシオンはどうやら面識があるようだった。
釈然としないものを感じながら4人はシオンに自己紹介する。グラスに注がれたお茶を少しずつ飲みながらその自己紹介を聞き終えるシオン。

「君が噂のクラウス君の妹か。君の兄には随分と世話になったよ。そしてこちらが探偵の神谷さんとその助手のステファン君。
 探偵というと、旧暦にはいろんな小説家がいろんな推理小説を書いていたものだ。アーサー・コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』
 シリーズくらい読んだことがあるだろう?私は女性としてP・D・ジェイムズの『コーデリア・グレイ』のほうが好きなんだが」
「シオン。話がまた逸れてるよ」

話が途中で脱線するというのはシオンの特徴であり、そのたびにそのレールをクラウスが修正する役目を担っているのだ。

「ああ、すまないな。さて、次は私の番か…名前はシオン・エスタルク。見ての通り医者だ。『スラムの神の手』だなんて呼ばれているが私は人間だ。神ではない。
さて…アスナさん。君もこの4人とは初対面だったな。自己紹介を頼もうか」
「え、あたし?うん、あたしの名前はアスナ・オブライエン。歳は22。このスラムでケーキ屋をやってるんだ。3人ともよろしくね」

さて、これで全員の自己紹介が終わったかに思われた。しかし、ここでベルクトが口をはさむ。

「おいまだだ。あっちの2人だ。アスナとシオンは知っているようだが俺たち5人は初対面だ。身元を詮索する訳じゃないが最低限名前くらい教えて…」
333NEMESIS ◆p3cfrD3I7w :2010/03/24(水) 00:10:24 ID:DVSjw9/w
ベルクトがいい終わるよりも早くにその男が口を開く。

「ゲオルグだ。このスラムの孤児院で職員をやってる。子供たちのおやつのケーキを買いに店にいったらこの3人が店長と話していて
 何かと思って事情を聞いたら…あとはこの有り様だ。子供たちにケーキを届けてまた店に戻りあんたたちについてきたってわけだ。
 そしてこっちがアレックス。俺の弟分だ。よろしく頼む。」

納得した様子で頷くベルクト。その後、ベルクト、アリーヤ、フィオ、セオドール、クラウス、シュヴァルツの順に自己紹介を2人にし、
ようやく全員の自己紹介が終わった。そして話はついに本題へと移り、まずは今回の小旅行の目的であった告死天使のアリバイから聞くことにした。

「なるほどな…神谷さんの言い分にも一理ある。だが生憎私も犯人ではない。その時間は診察中でな。証明するものは…カルテを取ってこよう」

いったん休憩室を後にし、3分ほどでシオンは一枚の紙を手に再び休憩室へと戻ってきた。

「医者という職業は患者との信頼関係で成り立っている。故に軽々しく他人に見せられるものではないが仕方ない。特別に見せよう」

と前置きしたうえでシオンはそのカルテを神谷へと手渡した。シオンはそう言っていたがカルテというのは一般人から見ても何が書いてあるのか
さっぱりわからないものであり、このカルテもその例に漏れていなかったが、診察時間だけはしっかりと数字にて記されていて、その時間はまさに事件が起きた当時だった。
ただ、このカルテが医療関係者以外に読めないことをいいことに誰かが書いたものを持ってきたのではという可能性を指摘したが、
この病院にシオン以外の医師はおらず、あとは彼女を補佐する看護師が6人いるだけだ。しかもその看護師はカルテを読むことはできても書くことはできない。
『憂鬱』をゆううつと読むことはできても書くことはできないのと同じ理屈である。医師学校にてきちんとした指導を受け、
医師免許を取得するための勉強の中でようやく書き方を覚えることができるのだ。これで4人目。シオンのアリバイも固まった。残るは…アスナだ。

「あたしは…次の日の分のケーキを作るために生地を仕込んでたかな。混ぜたり、焼いたりするのはスタッフのみんなでもできるんだけど
材料の調合は生憎あたししかできないんだ。その時間あたしがいなかったりすると次の日にお店にケーキがならべられなくなっちゃうんだ。
確かゲオルグさんたちがケーキを買っていったのはその翌日だったよね?」

ゲオルグはなにも言わずに財布の中から領収書を取り出した。みるとその時間は確かに犯行時刻と重なっていた。
つまり、アスナが犯人だとしたら翌日店頭にケーキは並ばず、故にこの領収書も存在しえないということだ。これで5人全員に完璧なアリバイがあることが分かった。
しかし、神谷の表情はいまだ硬いままだ。この小旅行の目的は達せられたはずなのに。それを不思議に思ったステファンが神谷に尋ねた。

「ああ、告死天使は本当に8人だけなのかと思ってな。もしかかしたら9人目のメンバーがいてお前たち全員が共犯で匿っている可能性もなくはない。
 馬鹿げていると笑ってくれて構わない。だが最初にも言ったろう。俺はお前たちが犯人だという確固たる証拠が欲しいと。
 そのためにはあらゆる可能性をつぶして懐疑的に物事を見なければならないんだ。お前たちを愚弄しているつもりは毛頭ない。どうかわかってくれ」

神谷のその言葉にクラウスは徐に懐から一枚のきれいに折りたたまれた紙を取り出してそれをテーブル上に広げた。
それは2年前、告死天使が貴族たちの陰謀をせん滅するために結束力を高める意味合いでケビンが書かせたものだった。その内容はこうだ。

『どんな困難や危機にぶつかろうとも決して切れることのない絆を誓うものはこれに自らの名前を記し、血判を押すべし』
と記されており、その下には告死天使のメンバーの名前と血判が存在していた。

ベルクトがいい終わるよりも早くにその男が口を開く。

「ゲオルグだ。このスラムの孤児院で職員をやってる。子供たちのおやつのケーキを買いに店にいったらこの3人が店長と話していて
 何かと思って事情を聞いたら…あとはこの有り様だ。子供たちにケーキを届けてまた店に戻りあんたたちについてきたってわけだ。
 そしてこっちがアレックス。俺の弟分だ。よろしく頼む。」
334NEMESIS ◆p3cfrD3I7w :2010/03/24(水) 00:15:44 ID:DVSjw9/w
すいません、誤爆しました。↑の下4行は無視してください。

アリーヤ・シュトラッサー
シオン・エスタルク
アスナ・オブライエン
シュヴァルツ・ゾンダーク
セオドール・バロウズ
クラウス・ブライト
ベルクト・ニコラヴィッチ
フィオラート・S・レストレンジ

これは、ケビンの死後リーダーであるアリーヤが元本を保管し、残りのメンバーがコピーされたものを持っているという訳だ。
つまり、この書留こそが告死天使がここにいる8人だけだということを証明しているのだ。
これを見てようやく神谷は安堵の表情を浮かべる。そして8人に「疑って悪かった」と頭を下げる。
しかし、8人は疑われたことに対する怒りよりも素直に疑惑が晴れたことをただ喜んでいた。ここで、セフィリアが不安そうな表情でシオンに尋ねる。

「あの、シオンさん。あの赤ちゃんはこれから先どうなるのでしょうか…?」

それを聞いてシオンはゲオルグに目くばせをし、彼は無言で頷いた。そしてシオンは彼女に切り返した。

「ああ、それなんだが…ゲオルグさんの孤児院に預かってもらおうと思うんだ。彼は信頼できる人物だ。安心していい」

それを聞いてセフィリアが一気に安心した表情を浮かべ、ゲオルグの元へ駆け寄る。クラウスも彼女に並んで頭を下げ、口をそろえて言った。

「どうかあの赤ちゃんをよろしくお願いいたします」

そしてセフィリアは願う。あの赤ちゃんがこれから先幸せに暮らせることを…

第5話 完

投下終了です。ゴミ箱の中の子供たちよりゲオルグさんとアレックスさんをお借りいたしました。
アシュリー少尉の活躍にもご期待ください。
335創る名無しに見る名無し:2010/03/24(水) 10:10:29 ID:aL0gtZs4
乙です!
登場人物も増え、敵対者らしきものも出て来て物語がこれからどう進んでいくのか楽しみです
意外なところで意外なキャラが出て来て驚いたりしましたwwwwwww
336避難所より代行:2010/03/24(水) 10:11:10 ID:aL0gtZs4
投下乙です!!
膨大な新キャラクターとゲオルグキターw
仕事終わったらメモ片手に精読するぜ!!
337 ◆p3cfrD3I7w :2010/03/26(金) 23:57:54 ID:+X7MloKx
番外編 温泉界へご招待〜天使と忍者〜

CWジェネシス(クローズド・ワールド・オブ・ジェネシス)が今回の事件の黒幕にいることは分かったが、その調査はやはり難航していた。
凄腕のハッカー、シュヴァルツの能力を持ってしてもCWジェネシスのサイバープロテクトを破ることができずにいた。
フィオ率いる自警団第一課も捜査はかなり難航しているとのことだ。さらにこのスラムに勢力を拡大せんとしているマフィアの正体も不明であり、
告死天使のメンバーたちはそれに対して常に神経を尖らせていた。ただ、自警団によると今のところは目立った動きはない。
調べによるとそのマフィアの幹部の一人がどうやら拉致されたらしく、しかもその拉致された日というのがクラウスとセフィリアの父・カルロスが
殺された日と一致するのだ。父はマフィアの抗争の巻き添えをくってその命を落とした。ということは件のマフィアに抗する組織もまた存在するということだ。
どちらの組織が父を殺したのかはわからない。ただ、確実に復讐してやろうという思いは今も毛の先ほども変わることはなかった。
さて、告死天使のメンバー8人とセフィリアは今、シオンの病院の休憩室に集まっていた。神谷たちはいない。
神谷とステファンは生計を立てるために他の仕事も並行してこなさなければならず、今はその仕事を進行中のため不在である。
ヒカリはというと、これまで精神や体力をすり減らしてきた反動が一気に襲いかかり、倒れてしまい現在はシオンの病院にて療養中である。
ゲオルグとアレックスに関しては、そもそも今回の事件に彼らは関係なくまた一般人を巻き込めないという理由で初めから協力を要請しなかった。
アシュリーとハーヴィーはCWジェネシス本社ビルに潜入捜査を行っている。警備員としてビルに忍び込んで決定的な証拠を握ろうという算段である。

「シュヴァルツ、ハッキングのほうはうまくいってるかい?」
「いいえ、全然だめですね。コンピューターウイルスの投入も検討しなくてはならなくなってきましたがそうするといよいよ…」
「ボクが黙ってないからね!」

と、一同はそれぞれの捜査の進行状況を報告し合った。しかし捜査は難航というよりも完全に停滞していた。こうなるとアシュリーとハーヴィーが
証拠をつかむか、シュヴァルツがコンピューターウイルスを投入してシステムダウンを起こさせてその隙にメインコンピューターにハッキングという
2通りの方法しかないのだが、彼はフィオに『コンピューターウイルス』を使わないという条件付きでハッキングに目をつむってもらっているのだ。
そんなことを言っている状況ではないのだがフィオが一度掲げた信念をなにがあろうと曲げないことは残りの7人が一番よく知っていた。

「とりあえずヒカリさんのところへ行こう。そろそろ回診の時間だしな」

シオンが発言する。ヒカリは今は目覚めて一週間ほど病院のベッドで横になる生活を余儀なくされているのだった。彼女が倒れた時、一同はかなり憔悴した。
ヒカリはこのチームならびにCIケールズの最後の希望であり、彼女がいなくなったとなれば何もかもCWジェネシスの思い通りに進んでしまうのだ。
過労によるホルモン分泌のアンバランスが原因だとわかった時には全身から力が抜けるのを感じたものだった。
そしてシオンは今から行う回診にて回復が認められれば退院を許可するつもりでいた。シオンが先陣を切り、一行は席を立ちヒカリの病室へと向かうのであった。

一方その頃、湯乃香たち温泉界は大変なことになっていたのだ。突如として謎の忍者軍団が襲撃。その数と忍者特有の身体能力や
なにより忍術を駆使して温泉界のメンバーを着々と追い詰めていたのである。しかし、湯乃香はこの温泉界の主であり故にこの世界のことを知りつくしている。
忍者たちの執拗な追撃を退けつつ天野翔太、アリス・ティリアスら客人たちを匿っているのだが正直いつまで持つかわからない。
今湯乃香が匿っている客人は全部で6人。天野翔太、アリス・ティリアス、ショウヤ、ユズキ、三島柚子、アグゼス。
ユズキのおなかの中の赤ちゃんを頭数に入れれば7人である。しかも湯乃香を含めみな忍者たちとの戦いで負傷し、もはや戦える状態ではなかった。
クラウスとセフィリアは元の世界でやるべきことがあると言って帰ってしまった。湯乃香はクラウスとの話の中で
彼が告死天使という暗殺集団のメンバーだということを知っていた。
338 ◆p3cfrD3I7w :2010/03/26(金) 23:58:57 ID:+X7MloKx
「せめてクラウス君がいてくれれば………そうだ!」

ここで湯乃香は思いついたように最後の賭けに出る。6人を匿う部屋の奥には大きな鏡があるのだが、この鏡は普段彼女が他世界から人々を召喚するときに
使う鏡とは少し違う。他世界に干渉するという点では共通しているのだが、この扉は扉に仕掛けることでその扉をくぐった人間を
何人でも温泉界に召喚できるのだ。ただしその効力は10秒間しか持たない。この部屋にはその鏡以外には湯乃香の手鏡しかなく、それでは
召喚できない。外はおそらく忍者軍団がうようよしていて外に出ることもままならない。まさに最後の賭けだった。
手鏡をもとにクラウスとセフィリアが暮らす閉鎖都市のスラムを覗き込む。しかし、スラムは広くなかなか見つからない。
こうしている間にも忍者軍団に見つかる可能性は高まるというのに。だが開始から30分、
ついにクラウスの姿を見つけることができた。
手鏡であるために彼の顔しかわからずに周囲の様子など一切不明だが、その手鏡をもとに位置情報を割り出し、例の大鏡を彼に一番近い扉に仕掛ける。

「ごめんねクラウス君。やるべきことをやっている最中なんだろうけど私もこのままあの人たちに温泉界を渡すわけにはいかないから…だからお願い、力を貸して…!」

しかし、ここでついに忍者たちに見つかってしまう。その数は5人。この部屋の扉は経った今忍者たちが入ってきた扉以外にはなく、
故に逃げ場はない。しかも仲間を呼んだらしい。直にさらに集まってくるであろう。ついに進退きわまった。
だがその中でもショウヤはユズキを守ろうと彼女の前に仁王立ちになる。そして、黒い忍装束に身を包む忍者たちに向かって叫んだ。

「お前ら、ユズキに指一本触れてみろ。叩きのめしてやるからな!」
「ふん、そんな手負いの状態で我々に勝てるとでも思っているのか。もはや滑稽を通り越して哀れだな」

忍者はそんなショウヤの姿を笑い飛ばした。だが、忍者の言う通りであった。今のショウヤにこの忍者を倒す力は残されていなかった。
状況は絶望的。窮鼠猫をかむということわざがあるがもはやここまでくるとその噛みつくための歯すら抜き取られてしまったようなものである。
そして、忍者5人のリーダー格なのであろう。一人だけ赤い忍装束を纏っているその忍者が7人に最後通牒を行う。

「我々に降伏してこの世界を明け渡すというのなら命だけは助けてやってもいいぞ?」

しかし、一方的に宣告してきた忍者に対してもこの世界の主、湯乃香は少しも臆することなく、こう切り返した。

「断るよ。ここが、私たちの世界。最後に残った、私たちの誇り。それを汚させはしないよ!」
「そうか…ならばその誇りとやらを踏みにじってやろう!」

その忍者の号令とともに、5人の忍者は7人に襲いかかった。もはやこれまでか…諦めて目を閉じる。しかし、10秒たっても彼らの刀に切りつけられた
感覚も激痛もない。不思議に思い湯乃香が目を開くと、なんと例の忍者が突然現れた8人組の手によって制圧されていた。
しかも、その中のうちの一人には湯乃香も見知った顔であった。クラウス・ブライトである。そして彼女の肩に触れるものがあった。
驚いて振り返ると、あのセフィリア・ブライトが湯乃香を見つめてほほ笑んでいた。そして、湯乃香に優しく語りかける。

「こんなに早く再会できるとは思いませんでした。私たちが帰った後に大変なことになっていたみたいですがもう大丈夫です。兄さんたちがきてくれましたから」

赤い忍者を取り押さえているアリーヤがその忍者に向けて極めて高圧的に言う。

「いいか。貴様らの首領に伝えろ。手負いの女子供たちに手をかけようとする卑怯者は我ら告死天使が必ずや排してやるとな」

アリーヤは残りの7人に目を配る。無言で頷き、開け放たれたままの扉の外に忍者5人を蹴飛ばして追放する。
刀は没収されており、彼らに再び襲いかかる余力はなく、またあったとしても圧倒的な実力差を見せつけられもはやその気力も残ってはいまい。
覚えていろ!とお決まりのセリフを残し尻尾を巻いて逃げて行った。
そして、8人は湯乃香たちに向き直る。その一人、クラウスは湯乃香にニコっとほほ笑みかけた。
339 ◆p3cfrD3I7w :2010/03/26(金) 23:59:56 ID:+X7MloKx
「あれ、クラウス君この人たちと知り合いなのかな?」
「うん、以前お世話になったことがあってね」

そんなクラウスの様子を不思議に思ったフィオとクラウスのやり取り。クラウス以外の7人はこの世界のこともまた湯乃香たちのことも
なにもわからない。初めてクラウスがここに来た時と同様、彼らは自分がなぜここにいるのか飲み込めずにいた。
だがこの世界にやってきた直後、謎の忍者たちに7人が今まさに襲われているところだった。状況はまるで理解できていなかったが
そこで自分たちがなすべきことは十分に理解していた8人は湯乃香たちを助けたのである。
危機も去り、ようやく落ち着いて話ができる状態になりアリーヤが湯乃香に説明を求め、湯乃香はお決まりのセリフを吐いた。

「ここは温泉界!そして私は番台兼管理人の湯乃香!よろしくね!さっきは助けてくれてありがとう。クラウス君とは久しぶり!」
「うん、久しぶりだね。元気そう…ではないみたいだけど」

クラウスの言葉通り、湯乃香たちは傷を少しでも癒すために傷に包帯や絆創膏を貼っており、見た目に非常に痛々しかった。
するとシオンが7人に歩み寄って傷の程度を確認する。初対面の人間に身体を任せるほど彼らはお人よしではなかったが
シオンは白衣を着ているうえ胸のネームプレートには医師としっかり明記されていたため、彼らは身体を任せることにした。

「湯乃香さん、と言ったね。この包帯を巻いたのは誰になる?少し冷たい言い方をするがこんな処置では治る傷も治らない。
 包帯と消毒薬を貸してくれ。私が処置をやり直そう」

この包帯を巻いたのはアリスなのだが、湯乃香はなにも言わずに部屋の救急箱をシオンに手渡した。
そこからまずは消毒薬を取り出して、7人に巻かれている包帯を剥がしていく。先ほどの湯乃香の説明ではこの世界では裸でいるのが
ノーマルなスタイルのようだがこの非常事態でヌードなど自殺行為以外の何物でもなく、今は全員服を身に纏っていた。6人は最初この世界に来た時の服、
湯乃香はなぜかどこかの学校の制服を身に纏っていた。包帯を剥がし、コットンに消毒薬を染み込ませて傷口へと添付してゆく。
シオンが治療にあたっている間、7人は湯乃香たちに自己紹介を行う。湯乃香たちも7人に自己紹介を行い、互いの身元が分かったところで
話は今後の対策へと移る。しかし忍者たちがなぜこの世界に入り込むことができたのか、またその目的など一切不明であり迂闊な行動は危険であった。
ひとまず負傷した湯乃香たちの傷が癒えるのを待ち行動に移るということになる。果たして、忍者たちの目的とは…?
340避難所より代行:2010/03/27(土) 03:25:05 ID:t1ol0dqb
うわあネタかと思ったらホントに来たwwwww
赤忍者とか番外テイスト満点でGJ!!
341創る名無しに見る名無し:2010/03/27(土) 03:25:59 ID:t1ol0dqb
まさかの忍者集団www

赤い人がどうしても赤影に脳内変換されてしまうのですwww
342避難所より代行:2010/03/27(土) 22:12:54 ID:t1ol0dqb
温泉投下乙!
そしてラジオ楽しみ…
343代行:2010/03/28(日) 14:21:59 ID:FqWttdV2
地獄百景
『汝、平和を欲さば』


完成した『リヒター』を散らかった作業台へ立たせた半角は、うっとりと精魂込めた自らの作品を眺めた。

(…よおし…完璧だ…)

人気ロボットアニメ『パラベラム!』の主役機『リヒターver'prologue』。1/10スケールのガレージキットをベースに半角が徹底改修を施した自信作だ。
結局、満足出来る可動域を得る為と、電飾を仕込む為にキットを使用したのは頭部と上半身の装甲部だけ。
敢えて過度のディテールアップは行わず、入念な表面処理と塗装でオートマタ独特の不思議な質感を表現している。
製作日数約二十日。この為に人間界から調達した新しいエアブラシは期待以上の働きを見せてくれた。

(…へへん、こりゃ殿下、驚くぞ…)

納品日の今日はちょうど非番だった。技術とセンスの結晶を閻魔殿下のもと、閻魔庁外宮へと運ぶ為に半角はいそいそ段ボール箱に緩衝材を詰める。ジオラマベースと片手間にキットを素組みした『野良』も梱包すると、結構な大荷物だ。

「…汝、平和を欲さば、戦への備えをせよ…」

嬉しげに呟く彼の名は酒呑半角。ふざけた名前だが地獄界の経済を支える財閥、酒呑一族の鬼だ。今年獄卒隊に入隊したばかりの新人獄卒なのだが、人間界のあらゆるアニメ、ゲームその他インドア趣味に深く傾倒し、その知識と技術は地獄界では他者の追随を許さない。
長らくその経済力にものを言わせ、道楽三昧の日々を送っていた彼だったが、ある日ついに朱天グループの重鎮である父の逆鱗に触れ、文字通り鬼も泣くという獄卒訓練所に放り込まれた。
しかしなんとか過酷な試験をくぐり抜け、第八百壱期隊員として閻魔庁獄卒隊に奉職した今も、その行いは全く変わっていない。
344代行:2010/03/28(日) 14:22:56 ID:FqWttdV2
しかし、そんな半角の意外な理解者が次なる閻魔大帝、まだ地獄の小学校に通う皇太子殿下だった。
ゲームやプラモデルに関する深い知識と情熱を殿下に認められた半角は、こうしてしょっちゅう獄卒の仕事をおろそかにしながら、日々殿下に依頼された模型製作に勤しんでいるのだった。

(…さて…今日は殿下、何分くらい黙り込むかな…)

殿下の審美眼は素晴らしい。的確な視点から半角の作品を黙って睨み続け、終いに『凄ぇ…』と短く呟く。その後に続く賛辞は全て、半角の意図を的確に見抜いたものだ。
…まるで『パラべラム!』のアニメ第一話から抉り抜いたような緻密さで躍動するリヒターと、黒い装甲の下に溢れるマナ。殿下は必ずこの傑作からその息吹きを汲み取る筈だ…

(…え!?)

突然、半角の懐で『パラベラム!』のOP曲が鳴り始めた。しまった。仕事用の通信機の電源を切り忘れていたのだ。舌打ちをしつつも出ない訳にはいかない。もちろん発信者は、厳しい上司の蒼燈鬼聡角だった…



(くそっ!! なんで非番の日に俺が子守りなんか…)

険悪な表情で肩を怒らせて地獄の大通りを歩く半角を、道行く亡者や魔物たちが慌てて避ける。
魁偉な長身に逆立つ赤い髪、剃り落とした眉に無数のピアスという彼の容貌では当然だ…もっとも、このコーディネートは月末のコスプレイベント用のものなのだが。

『…慈仙洞の子供たちが遠足に行くんだが、一人だけどうしても行きたくない、という子がいるらしい。非番の日に済まないが、嵐角と子供たちが戻るまでその子を見てやってくれ…』

殿下との約束を台無しにした、いまいましい上司の命令だ。幼い子供の亡者など、とっとと転生して人間界に戻れば良いのに、と半角はいつも思うが、『天命』というものはとかく面倒くさく出来ている。
345代行:2010/03/28(日) 14:23:37 ID:FqWttdV2
『…この地獄で成すべき事のある魂は、たとえ赤子でも慈仙洞に留まるのだ。鬼は彼らの使命を、渾身の力で支えてやらねばならん…』

これも口うるさい青鬼上司の言葉。半角とて大江山酒呑の家系に生まれた鬼だ。恥ずかしくない程度の正義感と天命を尊ぶ心は持っている。しかし地獄に迎え、教え諭して導かねばならぬ人間たちはどうだろうか?
たやすく道を踏み外して悪に染まり、また背負いきれぬ業を土産に地獄に堕ちてくる。賽の河原に果てしなく石を積んでいるのは自分たち鬼ではないか、とさえ半角には思えてならない。

(…まったく、協調性のないガキ一匹のせいで…)

不機嫌に慈仙洞の門をくぐり、半角は広大な育児施設に足を踏み入れた。いつもは子供の泣き声と歓声に満ちた鍾乳洞なのだが、どこへ遠足に行ったのやら、全ての部屋は寂しく静まり返っている。

「…おい子供。どこだ?」

反響する半角の声に混じり、かすかな音楽が『てれびのへや』と、扉に下手くそな文字の書かれた一室から聞こえてきた。仏頂面で歩み寄った彼は部屋に入る前、すでに室内で放送されている番組のタイトルを諳んじていた。

(…『ソルフォースX』か…)

『ソルフォースX』は、半角が一応毎週チェックはしているものの、彼が全く評価していないヒーローアニメ番組だ。テンプレ通りの捻りのない展開に野暮ったいメカデザイン。行き当たりばったりの脚本…

(…ま、子供には面白いのかな…)

そっと部屋のドアを開けるとたった一人、まだ四、五歳くらいの男の子がテレビに張り付いていた。おそらくこの番組見たさに遠足に行かなかったのだろう。

「…あ、お前…」

どこか見覚えのある、痩せた背中と伸び放題の髪。びくりと振り返った不安げな眼差しは、間違いなくあのときの子供だった。
346代行:2010/03/28(日) 14:24:26 ID:FqWttdV2
数日前、半角が三途の河原で亡者の受け入れ任務に当たっていたとき、たまたま担当した痣だらけの無口な男の子だ。たしか『希くん』と名乗っていた。
禄な食事も摂らせないひどい両親に暴行を受け、あっけなく命を落とした可哀想な幼児。冥土から迎えにゆく親族も居らず、彼は居合わせた亡者に痩せ細った手を引かれ、無表情にこの地獄へとやってきたのだ。

(…やっぱり、一番酷いのは人間だ…)

あのとき肩を竦めてそう考えた半角は、ただ事務的に彼を嵐角たちの待つ慈仙洞送りにしたのだった。まあ、仲間の鬼には人間の亡者と懇意にしている者も多い。中にはあろうことか恋仲にまで発展している者までいる。
しかし半角は人間の深い業に巻き込まれたり、いつかは別の道を歩む魂と縁を持つのは嫌だった。鬼だってその無限ではない命を自分の為、有意義に使って何が悪いのか…

「…面白いか? 希くん?」

「…うん。」

なんとなく発した半角の問いに、希はむっつりと頷いて答えた。しかし相変わらずその視線は、『ソルフォースX』に釘付けになったままだ。

『…作戦は失敗しました…でも、次こそは必ずや…』

戦闘シーンが終わり、満身創痍の女幹部が悪のアジトに帰ってきた。彼女に背を向けた組織の首領格は、先週得た新たな闇の力で赤くその瞳を光らせている。

(…死亡フラグ、だな。かなり強引だけどな…)

組織への忠誠を失ってはいない女幹部の粛清など不合理だ。彼女と正義のヒロインの因縁も初期には描かれていた筈だった。しかし、敵組織の内紛はこの時期の決め事なのだ。

『はうっ!?』

案の定、マントを翻し振り向いた首領の剣は、女幹部の胸を深く刺し貫いた。狂気めいた笑みを黒い唇に浮かべた彼は囁く。

『…フェオレよ、貴様はもう必要ない。役立たずは消えるのが我らの掟だ…』

(…おいおい、人員整理にしても唐突だろ…例の伏線はどうすんだ?)
347代行:2010/03/28(日) 14:25:13 ID:FqWttdV2
敵組織の非情さを強調し、強敵のパワーアップを披露する陳腐な演出だ。どこか華のないキャラクターデザインも、幹部フェオレ中途退場の理由かもしれない…

(…この辺が、老舗作品との力量差なんだよな…)

ふと自分が残忍な悪の首領とそっくりないでたちである事に気付き、乾いた笑みを漏らして希を覗き込んだ半角は、青ざめた彼の頬にとめどなく流れる涙を見た。

「お、おい!? どうした!!」

「…仲間なのに…殺した…」

舌足らずの涙声に、半角は一瞬言葉を失う。作り事が判らぬ年齢の子供の相手など、半角には全く経験がなかった。

「…フェオレ、怪我…してたのに…」

膝を抱え嗚咽する希の背中を曖昧に撫でながら、半角は記録にあった彼の人生を思い出す。アパートの一室から殆ど外出もせず、スナック菓子で命を繋ぎながら酔った父親に蹴り殺されるまで、僅か四年半の素っ気ない記録だった。

(…脇キャラに同情出来る人生かよ…手前のほうがよっぽど悲惨じゃねえか…)

希の恐ろしい日々の生活のなかで、僅かな外界への窓であった筈のテレビ。そしてその世界に生きる不遇なキャラクターは、この自らの死も理解してはいない幼児の大切な友人だったのだろう。
無秩序な宇宙で気まぐれな創造者に翻弄され、たやすく奪われる命。現世で同じ理不尽な仕打ちに耐えてきた彼は、また理解出来ぬ不条理な悲劇に直面したのだ。

(…確かにこいつにゃ、少し惨い展開かもな…)

いつの間にか、休日出勤の苛立ちは消えていた。希に掛ける言葉も思いつかぬまま、半角はとりあえず震える小さな背中を撫で続ける。だが心に浮かぶ慰めの台詞は、どれもどこか空虚で寒々としたものばかりだった。

(…畜生、結局どこでも一番悪いのは、無責任な『作り手』ってことだ…)
348代行:2010/03/28(日) 14:25:53 ID:FqWttdV2
天の意志を疑うことは鬼の道に外れたことだ。だが半角は柄にもない憤りを覚えていた。運命は希の短い生涯に二次元の友人たち以外、一体何を与えたのか。家族の愛から瑞々しい喜怒哀楽を育むこともなかった小さな魂に…

(…いや…違う…)

半角は希の傍らに座り、その悲しげな横顔をもう一度見つめる。今、彼の頬を濡らし、その薄い胸を締め付けているもの。それは紛れもなく虚構に生み出され、そして裏切られた『妖将フェオレ』への深い憐れみだった。
…獄卒の長たちは言う。『全ての魂は善を持って生まれ、苦悩の生のみがそれを磨き上げる』と。希は天に授かった善き魂を、虹のように儚い人生の間、過酷過ぎた『惨事』から、しっかりと守り抜いたのだ…

「…フェオレはもうすぐ此処に来るんだ。今度こそ、幸せになる為にな…」

ぼそりと呟いた半角は、その自分らしくない言葉に少しはにかんだ。そして涙を拭って自分を見上げる希の軽い体をふわり、と抱き上げる。

「…俺の部屋へ来い。本物の『名作』ってやつをたっぷり観せてやる。」

「あ…」

慣れない抱擁に身体を堅くする希が自分の脚で駆け出すには、熱く全身を巡る強く優しい『マナ』が必要だ。そしてその為に鑑賞すべき作品を最もよく知っている鬼が、この地獄界で半角以外にいるだろうか?

「…汝、平和を欲さば、戦いへの備えをせよ、だ」

こつん、と額を合わせ囁いた半角の言葉に小首を傾げた希は、初めて小さな微笑みをその頬に浮かべた。


終わり

(【ロボット物総合スレ】よりPBMの人氏作『パラべラム!』の設定を一部お借りしました。)
349ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/03/28(日) 17:29:54 ID:FqWttdV2
4-1/5

 廃民街の奥、うらびれた路地にぽつんと看板が佇んでいる。その看板の汚れた表面にはすす切れた
文字で"会員制射撃場カルパチアシューティングクラブ"と書かれている。看板の脇の階段を下り地下
の扉を開くと、コンクリートを打ちっ放しにした狭い受付に突き当たる。カウンターの奥で気だるげに
新聞紙を広げる係員は会員制を盾に決して部外者を通さない。この一見寂れた施設こそ、"偉大な父"
の戦闘機械"子供達"の訓練拠点であった。
 防音扉を抜ければ長大な25m射撃場が存在する。兆弾防止用の特殊ブロックが敷き詰められた
壁によって囲まれた地下空間では、区切られた各射撃ボックスから放たれる銃の発砲音と人間の
怒号が響いていた。

「大外れだ、この間抜け」

 すぐ背後からの怒声にゲオルグの身は竦む。銃床に頬付けした射撃姿勢は崩さないものの、銃身
を支える左腕を始め、全身の筋肉が緊張していることはゲオルグも理解できていた。アイアンサイトを
覗き、標的につけられた弾痕にあわせ照準を修正すると、強張った指でゲオルグは引き金に力をこめ
る。
 絞られる引き金が閾値を超え、ハンマーを解き放つ。バネの力でハンマーを叩き付けられた撃針は
雷管を潰し薬莢内の装薬を発火させる。瞬時に生じた多量の燃焼ガスは爆発となって弾丸を押し出す
と同時に、反動を作り銃自身を暴れさせる。緊張で固まったゲオルグの上体は支えきれない。銃身を
支える腕は大きくぶれて照準を狂わせる。果たしてゲオルグが放った銃弾は、僅か10メートル先の
標的の中心点から大きくずれたところを貫いた。

「何度いったら分かるんだ、馬鹿者が」

 ゲオルグの背に立つ鷲鼻の老人テオナール・ジョルジュは、その語気をさらに荒くした。
 この老人は"子供達"の訓練教官を務める自警団第2課強制執行部隊出身の元精鋭だ。
 強制執行部隊は収賄問題等を担当する自警団第2課が保有する戦闘部隊である。証人の保護や
企業傭兵による捜査妨害の排除を主任務とする彼らは自警団有数の実力を有しており、凶悪犯対策
のため重装備を有する第1課に対するカウンターウェイトとして自警団の天秤を水平に保っている。
 "子供達"が単なる鉄砲玉の集まりから"偉大な父"の戦闘機械へと高度に組織化されたのは彼の
功績が大きい。
 もっとも、性格は傲慢で独善的。孤児ではないアウトサイダーであることも相まってゲオルグは彼を
好いていなかった。だが――。
 
「照準が甘い。いいか――」

 テオナールがゲオルグの身体に覆いかぶさるようにして銃の構えを改める。ゲオルグと顔を並べて
照準を修正すると、囁くように撃てと号令する。
 教官の支えを受けながらゲオルグは引き金を絞る。放たれた弾丸は見事に的の中心を穿った。

「この感覚を覚えておけ」

 ――さらりと言い放つ老人のこの実力は認めざるを得なかった。
350ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/03/28(日) 17:30:35 ID:FqWttdV2
4-2/5

 自習という号令と共に教官テオナールは射撃場を退出する。防音扉が閉まると同時に隣の射撃
ボックスからアレックスが顔を出した。

「だいぶ絞られたね兄サン」
「なに、いつものことだ」

 アレックスの言葉にゲオルグは事も無げに返す。射撃の才がないことは自覚し、皆も認めていることだ。
だが、弟の前でいい成績が見せられないのは、やはりかっこ悪い。ゲオルグは恥ずかしくなってついつい
顔をそらす。
 
「ポープ兄サンに教えてもらったら?」

 そう言ってアレックスは別の射撃ボックスを指差す。短機関銃の短い銃身が並ぶ中、そこだけは
違った。長く伸びるバレルに木製のハンドガード。狙撃銃だ。この銃手こそポープだ。班随一の射撃
技術を持つ彼に教えを請うのは、確かに悪くないかも知れぬ。
 ゲオルグはアレックスと連れ立ってポープが入っている射撃ボックスへ向かった。ボックスを仕切る
敷居をくぐりポープの様子を伺う。銃を構え射撃姿勢を保持した彼はゲオルグ達に気付いていない
ようだった。ただ静かにスコープを覗き、この射撃場で最も遠い25m先に設置した標的に狙いを定めて
いる。その姿を見てゲオルグは毎度のことながら思った。スケールが狂うと。
 ポープが構えている銃はゲオルグ達が普段使用している短機関銃ではなく狙撃銃だ。木と鉄でできた
古きよき重厚長大な銃なのだが、2m近い巨躯のポープが持つと1回り小さく感じられる。ポープの黒い
肌特有の重量感では、ニスの利いた木製の銃床が玩具みたいだ。
 出し抜けに銃口から放たれる轟音。銃を撃ったようだ。標的の様子は射撃ボックスの脇に設置してある
モニタで観測できる。ど真ん中に命中。流石、狙撃銃を持たされるだけある。
 スコープから目を離しモニタを確認しようとしたらしいポープはここでようやくゲオルグ達に気づいた。

「オゥ、ビッグブラザァ ニ リトルブラザァ」

 低く掠れたような独特の声質。黒く高い巨体と相まってある種の威圧感さえ感じさせる。
 だが、ゲオルグは物怖じなどしない。する必要もない。ポープの厳しいことこの上ない外見とは裏腹に、
その性格はウサギ好きの極めて心優しい青年であると知っているからだ。
 ある雨が降る寒い朝に孤児院の前に捨てられた彼は、孤児院院長エリナに見つかったときは重い
肺炎にかかっていた。奇跡的に命はとどめたものの、炎症を起こした彼の喉は終ぞ治らなかった。
障害は肺にまで達し、本来なら大事を見て整備班などの後方部隊に配属されるはずだった彼を前衛
部隊へ置いた理由は、類まれなる射撃センスだった。
 潰れた喉による独特のしわがれた声をコンプレックスに持った彼は口数を少なくして年と共に内向性
を深めていった。吐き出すことを自ら拒絶し、内部で先鋭を進めた彼の思考は、卓越した集中力という
形で昇華された。標的の動きや風の流れといった外的要因はおろか、己の呼吸や脈拍すら計算の
範疇に入れた彼は、かつて自警団第2課の精鋭だった教官テオナールですら驚愕せしめる程の射撃
の腕を見せたのだった。
 射撃を教えてほしいというゲオルグの願いにポープは顔をほころばせた。

「オーケイ。ビッグブラザァ ノ タメニ ヒトハダ 脱ギマショウ」
351ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/03/28(日) 17:31:16 ID:FqWttdV2
4-3/5

 標的を10mに設定し、ゲオルグは短機関銃を構えた。右ひじを水平張って、いつもの射撃姿勢だ。

「オーゥ、素晴ラシイ。教科書通リノ構エダ」

 褒めているのだろうか。訝しむゲオルグにポープは続ける。

「ダカラ当ラナインダヨ」
「は?」
「教育ナンテ全部最小公約数ニ過ギナインダヨ。重要ナノハ自分ニアッタ構エ方ダヨ」

 目から鱗だった。そうだ、教えられたことをそのまましてもだめなのだ。個人差を理解し、自分なりの
ものに咀嚼しなければいけなかったのだ。

「で、それを見つけるにはどうすればいい」
「リラックス。肩ノ力ヲ抜イテ、トイレデ オシッコ スルトキ ミタイニ リラックス。リラァックス」

 下世話なたとえだ。だが、想像しやすいだけに悔しさがこみ上げてくる。
 ともあれ、脇や肘の力を抜く。するとどうだろう、いくらか照準しやすくなった気になれたのだ。これなら
いけるだろう、とゲオルグは改めて標的に狙いを定めた。

「引キ金ノ絞リ方ニモ コツ ガ アルヨ」
「"闇夜に降る霜の如く"だったか。知っているがよくわからん」
「ノン ノン」

指を振り、大げさなそぶりでポープはゲオルグの言葉を否定する。いったいなんだと訝しむゲオルグの
耳元に口を近づけたポープは、囁く様に言った。

「女ノ子ノ胸ヲ撫デルヨウニ、デス」
「なっ、なにを馬鹿なことをっ」
「ホラホラー、想像シテー。女ノ子ノ胸ヲー。ホラー。サアー」

 あまりの破廉恥な言葉にゲオルグは憤慨の声を上げる。だが、ポープの誘いに理性とは別の思考が
想像を開始してしまう。
 首元から始まる柔らかな膨らみの上を指先がなぞっていく。ふと、指が硬い突起に引っかかる。それ
は桜色の乳頭だ。硬く尖った隆起を乗り越えようと指先に力をこめて――限界だった。
352ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/03/28(日) 17:32:57 ID:FqWttdV2
4-4/5

 恥辱が身体を緊張させ、引き金にこめた力を爆発させる。強く握りすぎたグリップは、ハンマーが
振り下ろされるよりのわずかに早く銃身を揺らした。典型的なガク引きだ。果たして銃口から放たれた
弾丸は標的を大きくそれて、背後の壁面に敷き詰められた停弾ブロックへ命中した。

「オーゥ」

 ポープの感嘆の声を上げる。次いで背後から鼻にかかった艶っぽい声がゲオルグの背筋をぞくりと
刺激した。

「お兄ちゃんてば、意外と、ダ・イ・タ・ン」
「その声はミシェルか」
「当ったりー」

 嫌な予感と共に首を向ければ、"子供達"の前衛部隊では数少ない女性であるミシェルの顔がすぐ
そばにあった。ヒスパニック系の浅黒い肌に艶っぽいピンクの唇。黒い髪の毛はさっぱりとしたショート
カットだ。猫を思わせる瞳は愉快そうに細めている。ゲオルグは覚悟を決めて唾を飲んだ。

「だめじゃないお兄ちゃん、ここ、こんなに硬くなってる」

 やたら艶っぽい声を出しながらミシェルはゲオルグの強張った身体に覆いかぶさる。緊張で固まった
両腕を撫で上げられ、耳元に吐息がかかる。何よりも背中に押し付けられる豊満な乳房。もう我慢
できない。

「いい加減にしろーっ。銃を持ってるんだぞ、銃を。危ないだろうが」
「いやーん、お兄ちゃん怖ーい」

 ゲオルグは怒鳴り声を上げてミシェルを振り払う。引き剥がされたミシェルはそれでもなお媚びた声を
止めなかった。
 畜生、いつもこうだ、とゲオルグは心の中で愚痴る。人をからかうことが大好きなミシェルに過去どれ
だけ煮え湯を飲まされたことか。
 いまだ可笑しそうに笑うミシェルに、ゲオルグは今日こそはと鼻息を荒くしていると、出し抜けに響いた
声が2人の間を割った。

「楽しそうだな、お前ら」
「ダニエル兄さん」

 防音扉に背を預ける男はゲオルグ達の兄ダニエルだった。現在は別班の班長として光、國哲、クモハ
というアクの強い弟達に頭を悩ます苦労人だ。だが、班が異なるのになんなのだろうか。
 何事かとゲオルグがたずねると、彼は上を指差した。

「おやっさんから招集命令だ。1430に3階の小会議室だ」
353ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/03/28(日) 17:33:38 ID:FqWttdV2
4-5/5

 おやっさんことニークは時間丁度に小会議室に姿を現した。頭頂部まで禿げ上がった頭を斜めに
横切る黒いアイパッチ。残っている右目は今日も不機嫌そうに顰めている。この隻眼の男こそ"子供達"
最高指揮官であり、かつて"子供達"がただの鉄砲玉の集まりだったころの生き残りだ。
 ゲオルグの礼の号令に着席を促した彼は、副官にホワイトボードに掲示させた地図を指揮棒で指し
示した。場所は閉鎖都市避民地区通称廃民街のサウスストリートの一角だ。示された部分を中心に
赤いシールが固まって張られている。

「概略を説明する。場所は避民地区サウスストリート。"ホームランド"に根を張るマフィア"アンク"が
 この周辺ビルのテナントをごっそりと切り取っていった。一応"王朝"の手の者が脅しをかけたが、
 まとまった数が集まっているため効果がなかった」

 "ホームランド"とは閉鎖都市南西部に位置する地区の通称だ。もともとは南部工業地区労働者の
住宅として開発された広大な公団アパート郡だった。だがおりしもかつて閉鎖都市を覆った不況により
労働者の多くが解雇される。家賃が払えなくなった彼らに、閉鎖都市政庁が代わりの住居を与えなかった
ことが仇となった。しかたなく彼らは住み慣れたアパート周辺にバラックを建て始めた。結果"ホームランド"
は廃民街ほどではないにせよ荒廃してしまい、今に至る。

「そこで、我々の出番だ。我々は本日1700にこの一角を襲撃、敵の反撃を誘う。敵があわてて暴れて
 くれればこっちのものだ。我々は適当なところで引き上げ、駆けつけた自警団の治安維持部隊に
 消毒させる。以上が簡単な流れだ」

 一呼吸をおいてニークは副官に合図する。ホワイトボードに引き伸ばされた男の写真が掲示された。
たれ目がちな黒人の中年男性の写真だ。

「この男はスティーブ・ビコ。避民地区進出を取り仕切る"アンク"の幹部だ。今回の襲撃ではこいつの
 首を挙げろ。いいな」

 了解、というゲオルグ達の返事にニークは感慨深げに頷く。
 ニークからの説明は以上らしく、入れ替わるように副官が壇上に上がった。ノートを片手に状況開始
地点、襲撃方法、撤収地点、使用装備などをつらつらと並べ挙げていく。
 副官の説明を聞きながら、ゲオルグの中では現実感が乖離しつつあった。いつものことだ、とゲオルグ
は思う。作戦の骨組みが出来上がるにつれて、現実味が薄れていくのだ。
 ブリーフィングと並行には知らせた思考でゲオルグはそれがなぜなのかぼんやりと考える。恐らく自分
に決定権がないからだろう。自分の任務について、そして抹殺対象である哀れな写真の男についてとても
重要なことを話しているというのに、自分の意思を残せる場所がどこにもない。ただ命令として与えられ、
機械的な実行するだけだ。
 途端、ぞくりと背筋が冷えた。自分が機械と変わらぬことへの恐怖が身体の奥から沸き起こる。副官
の説明を真剣に聞く風を装いながら、ゲオルグは心の奥でその感情を押さえつけた。ああ、俺は機械だ、
"偉大な父"の下、無慈悲に死を振りまく戦闘機械だ、と。
 副官が下がり、ニークが再度壇上に上がる。終了の合図だ。最後はいつもニークの音頭の下、スローガン
の唱和で終わるのだ。
 ニークが発した起立の号令にゲオルグは部下と共に立ち上がる。

「父のために、家族のために」
「父のために、家族のために」

 腹から張り上げたスローガンに、ゲオルグはここにいる理由を思い出した。
 そうだ、すべては家族のためだ。
 身を侵す恐怖がいくらか和らいだ。
354ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/03/28(日) 17:34:29 ID:FqWttdV2
やあ (´・ω・`)

うん、また「説明回」なんだ。済まない。
部下のプロフィールとかを考えていたら思いのほか膨らんじゃったんだ。
でも、ここまで書いたから、次回こそは激しい戦いが繰り広げられるよ。
待っていてほしい。

>>318-334
ゲオルグお兄ちゃん登場ですか。感激です。
多分銃火を交えるんでしょうね。
いいでしょう。かかってこい、です。
でも、ゲオルグお兄ちゃんはよく訓練された凡人の域を超えないから、
単独だとこちらが勝利するのは難しいでしょうね。
続きを期待しております。
355代理:2010/03/29(月) 00:51:15 ID:pQMERTIO
相変わらず魅力的なキャラクターの陰影。長い感想に代えてどこか子供たちの隙間で一編書きたいな、などと思ってしまいます。次回も楽しみです。
356創る名無しに見る名無し:2010/03/29(月) 02:49:24 ID:fwghhZyU
地獄百景並びにゴミ箱の中の子供たち乙です!
まさかのロボスレからのクロスに驚きましたwww
半角もなんだかんだで面倒見がよさそうだ

説明回全然楽しみですよ!
ゲオルグの悩みはこの先どうなるのか楽しみです
357創る名無しに見る名無し:2010/03/29(月) 20:24:21 ID:tOBgc7IR
※現在このスレでは4つのシェアードワールドが展開されています。
 この世界、俺が盛り上げてやろうじゃん!てな方はお気軽にご参加を!

○各世界観や過去作品はこちら → 創作発表板@wiki内まとめ
 http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/286.html

○規制時にしたいレスがあれば → みんなで世界を創るスレin避難所
 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1265978742/

○今週の更新
・閉鎖都市
 >>318-334 「NEMESYS」第5話 告死天使
 >>349-353 「ゴミ箱の中の子供達」第4話
・地獄世界
 >>343-348 「地獄百景」汝、平和を欲さば
・温泉界 注意事項>>155
 >>308-310 「温泉界へご招待 〜因幡リオの場合〜」
 >>337-339 「温泉界へご招待 〜天使と忍者〜」
358創る名無しに見る名無し:2010/03/29(月) 20:26:18 ID:tOBgc7IR
NEMESYS→NEMESIS
今週の更新→先週の更新

だめぽwww
359創る名無しに見る名無し:2010/03/30(火) 00:44:18 ID:Rfzt/z5k
>>358
ドンマイww
そしてまとめ乙です
360創る名無しに見る名無し:2010/03/31(水) 01:17:06 ID:+OA/ElUm
みんage
361創る名無しに見る名無し:2010/04/01(木) 21:13:15 ID:NsI5hqUt

唐突に繋がった『閉鎖都市』『地獄世界』『異形世界』『温泉界』



――各世界は他の世界に対して非常態勢を敷く――



地獄世界の住人を異形と認識する異形世界、魔素に興味を示す閉鎖都市、衣服が欲しい温泉界!



世界同士の邂逅は各世界の住人に一体どのような影響を与えるのだろうか!?



============当然エイプリルフールネタです=================
362創る名無しに見る名無し:2010/04/01(木) 21:20:58 ID:qD5NR1zN
面白そうだwww
363 ◆p3cfrD3I7w :2010/04/01(木) 22:17:49 ID:g+aK2uau
>361
忍者が入ってこれた理由がこれで説明できるんですよねw
364白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/04/02(金) 03:24:16 ID:JGFO2qF0


            ●


 大阪圏の中心部をかすめるように通過して北上、しばらく大阪圏の外れの方へ進んでいくとクズハを気にする人間の姿も見られなくなっていった。
平賀の研究区への入り口を示す大きな門を前にする頃になると、むしろ首輪をクズハにつけさせているように見える匠の方に目を向ける人の方が多い。
「そろそろ外そうか」
「あ……はい」
 周囲の視線にクズハが感じているものとは別種の居心地の悪さを感じながら言う匠、クズハは花柄の首輪を指でなぞりながらどこか残念そうに答えた。
「なんでそう名残惜しそうなんだ?」
 苦笑と共に花柄の首輪に手をかけると、クズハは花の柄に指を這わせ、面映ゆ気に笑う。
「いえ、平賀さんが作った物だと思うと……少し愛着が」
「本人が聞いたら喜びのあまり昇天しそうだな」
 苦笑を濃くし、首輪を外す。
 異形が出現し、一般に認知されてからもう二十年が過ぎようとしている。皆が異形をただ敵と認識している時代ではなくなった。
未だに蛇蠍の如く異形を敵視する者がいれば、他方で彼らと共存しようと考える者たちもいる。
 そしてここ、平賀の研究区は区全体を挙げて比較的異形に対して友好的な区画だった。
 大きな門をくぐり抜けるとその中は中規模程の町の様相を呈していた。
 平賀研究区、中央に平賀の住まい兼研究所を据え、その周りに門弟やその家族、それを当て込んだ各種業者や好き者などが集まって出来た、
一応は大阪圏の自治都市連合に組み込まれてはいるが半ば治外法権を認められている特殊な地区だった。
「久しぶりですね」
「ここを出てから二年……あまり変わらないな」
 そして、この平賀研究区は匠やクズハにとっても長い時間を過ごし、故郷とも言える地であった。
 武装隊を追い出される形になった都合上、各所に迷惑がかかることを危惧して今まではここに帰ってくる事を匠たちはしなかったのだが、
 平賀のじいさんが今回の件に関わっているんならいろいろと聞かなきゃならないからな。
365白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/04/02(金) 03:26:52 ID:JGFO2qF0
 そう思いながら匠はクズハを伴い研究区の中央、平賀の住居も兼ね、匠やクズハも以前住んでいた巨大な研究施設へと向かって行った。
 町の入り口付近にある商店は二年前から全く変わった様子が無い。人の流れも相変わらずだ。
そのことに少しだけ懐かしさを感じていると、「匠?」と不意に声をかけられた。
 声の方向へと振り向くと、染めた茶髪にピアスやネックレスを身に着け、ラフな格好にジャケットを羽織った匠と同じ年程の青年の姿があった。
 一瞬驚いたような顔をした匠は笑みを浮かべて茶髪の青年の名を呼ぶ。
「彰彦」
 茶髪の青年は「おお、やっぱり匠だ」と呟き、片手を勢いよく振り上げながらこちらも嬉しげに声をかけてくる。
「いやぁ、久しぶりだなおい……てなんだその趣味の悪い首輪――」
 そう言って匠の手に握られている首輪を見た茶髪の青年の視線がクズハに行き、止まる。
「は、はじめまし……て?」
「……」
 身動きが停止した茶髪の青年にクズハがおずおずと挨拶をする。
更に沈黙が数秒あり、茶髪の青年の視線は彼を窺うようにしているクズハの、時折ピクリと動く耳と尻尾の間を数往復する。
やがて目を細め、何かを納得したように頷いた茶髪の青年は「……そうか、やっぱり平賀のじいさんの息子だけはあるな」としみじみと言い、握り拳を突き出し、親指をグッ、と上げ、歯を見せた笑顔で言う。
「――最高だぜ兄弟!」
「最低だよバカ!」
 匠は荷物を吊った金属棒を茶髪の青年に勢いよくぶつけた。
 荷物がガサリと音を立て、鈍い打音が響いて茶髪の青年の身体が傾ぐ。
「っ痛ぇじゃねえか!」
 茶髪の青年は受けた打撃の勢いから考えれば驚くほどの程の早さで復帰し、匠へと抗議した。
 相変わらず頑丈だな。
 匠は若干毒気を含んだ思考でそう思い、そう言えば。と依頼されていた事を思い出した。再び笑みを浮かべ、
「これは俺の分。で、――次は師範たちの分いってみようか?」
 そう言って金属棒を振りかぶると、焦ったように両手を突き出して茶髪の青年が叫んだ。
「ちょ、待て待て! 俺が悪いということにしとこう。だから待てっ!」
 そう言って両手を突き出した姿勢をキープしたまま茶髪の青年はクズハへと視線を投げかけた。
「俺にそっちの異形のかわいい子ちゃんを紹介しろって」
「匠さん、こちらの方は?」
 茶髪の青年の言葉に続くようにして目の前の状況に唖然としていたクズハが匠を見上げて声をかけた。
366白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/04/02(金) 03:28:36 ID:JGFO2qF0
「ほらほら両方知ってんのはお前だけなんだから紹介しろって!」
 茶髪の青年の言葉に匠はため息を吐くと、「仕方ない」と言って金属棒を担い直す。クズハの方を手で示して、
「この子はクズハ。第二次掃討作戦の時にお前と部隊分けで別れた後に参加した信太の森の封印戦で保護した子。これでも魔法の手練だよ」
 簡単な紹介の言葉を述べ、続いて匠は金属棒を少し傾けて先端を茶髪の青年へと向けた。
「で、これは」
 棒で示し、ぞんざいに言う。
「和泉の道場んとこの息子だ」
「師範さんたちが殴っておいてくれって言ってらっしゃった人ですか?」
 クズハの言葉に匠はうん、と頷く。
「そう、その人」
「うわ、紹介が適当だなおい! 屋号じゃなくてせめて本名で紹介してくれよ! ってか親父もお袋もひどくねえか!?」
 無視しようとも思ったがクズハが求めるような視線を向けてきていた。
 しょうがない。
 昔のノリでついつい扱いがぞんざいになったがいつまでもそれでは話が進まない。そう思い、茶髪の青年を改めて示すと紹介を始めた。
「今井彰彦(いまいあきひこ)、武装隊の同期で学生時代に俺に格闘の基礎を仕込んだ奴だよ。
和泉の道場んとこの息子で≪魔素≫を体に流したトンデモ格闘を主体にしていたんだけど……」
 匠は青年――彰彦が羽織っているジャケットへと視線を向けた。胸元にある不自然な膨らみを確認し、
「彰彦お前、銃を使うようになったのか?」
「目敏いな」
 彰彦は目を細めてそう言うとジャケットの中に手を突き入れ、鈍く光る拳銃を取り出した。
「≪魔素≫をぶち込んだ弾丸をぶっ放せるやつでな」
 そう言って彰彦が取り出した拳銃を匠も見たことがある。
 確か蘆屋が作成した汎用魔素兵器の一種だったっけか。
 魔法を扱えなくても銃弾の種類によって様々な付与効果を得ることが出来る武器だったはずだ。
「これがなかなか使い勝手がよくてよ」
 手で拳銃を弄びながら言う彰彦。
367白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/04/02(金) 03:30:23 ID:JGFO2qF0
 流派の本流を無視して、武装隊に入隊した時に支給される銃を組み込んだ戦い方でも身に付けたのだろうと匠は懐に拳銃を収める彰彦を見て考えた。
 元々彼はそういう破天荒なことを好んでするタイプの人間だ。好奇心が強いとでも言うのだろうか。
学校に通うまでの間道場で年下の門下生の面倒を見てきたためか面倒見がよくて彼を慕う友人が多く、学生時代には匠も他の学友と共にエライ目に巻き込まれた記憶がある。
 ん? そういえば……。
「彰彦、なんでまた平賀の研究区なんかに居るんだ?」
 彰彦とは第二次掃討作戦の半ばで部隊の入れ替えで会わなくなってしまった。
しかしこうして無事に生きているのならそのまま大阪圏の武装隊に所属しているはずだ。それがなぜ平賀の研究区で暮らしているのだろうか?
 平賀の研究区はその異形に対する姿勢の違いから大阪圏の武装隊からは疎まれることもままある。
そんな所にわざわざ平賀の養子である匠の友人の彰彦を派遣するという事はないと思うのだが。
「いやぁ、気に入らねえ上官殴り飛ばしたら武装隊クビになっちまってさ、平賀のじいさんに拾ってもらわなきゃ今も職無しだったんだぜ?」
 悪戯を自慢する子供のような彰彦に匠は目を丸くし、
「あー、そりゃ……らしいな」
 小気味よく笑った。
「だろ?」
 そう言ってウインクをかます彰彦にクズハが「思い切りがよろしいんですね」と感動したように言う。
 彰彦はいやいやそれほどでも。と笑い、
「じゃあとりあえず匠との再会とクズハちゃんとの出会いを祝して、メシでも食いに行くか」
 いい店に案内してやるよと言う彰彦へ匠は断りを入れる。
「いや、今回は平賀のじいさんに用事があって来たから――」
「いいからいいから」
 そう言うと彰彦はやや強引に匠とクズハの手を取った。
「――え?」
「おい、彰彦――」
「さ、行こうぜ?」
 そのまま二人は彰彦の為すがままに、腕を引っ張られていった。
368白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/04/02(金) 03:35:30 ID:JGFO2qF0


            ●


 彰彦は匠とクズハの手を掴んだまま早足で手近な路地へと入りこんだ。
 居酒屋や店の裏門を通り過ぎ、更に細い路地に入り、どんどん町の活気から離れていく。
 なんだ一体?
 彰彦の行動に不審感を得つつ、匠は話しかける。
「なんか食いに行くにしても表通りの方でよくないか?」
「いやいや、この奥に知る人ぞ知る名店があるんだよ」
 そう早口に言って更に歩を進める彰彦。
「この奥に、ですか?」
 クズハが道のあちこちへと視線を走らせながら不思議そうに言った。
 今彼らが歩いている路地はまともな道とは言い難い小路であり、周囲にあるのは飲食店などの裏口くらいのものだ。
 抜け道を通ってるのか?
 それにしてもこんなに早足で行く意味も無い。おかしな話だ。匠はそう思い、再度口を開こうとして、
「彰彦よ、どこへ行く?」
 落ち着いた雰囲気の若い女性の声がした。
 げ、と声を上げて彰彦が硬直し、ぎこちなく首を声の方へと振り向かせる。
匠とクズハがそれぞれ怪訝な表情で彼と同じ方向へと首を巡らせると、そこにはクズハのそれと同じほど長く伸びた艶やかな金髪の女性が立っていた。
背は匠と同じくらい、年は十代後半から二十代くらいだろうか。女性は気の強そうな笑みで匠たちを見ている。
 知り合いか? と匠は彰彦に訊こうとして――
「二人とも、逃げるぞっ!」
 彰彦に手をまた強く引かれて手近な路地に侵入した。そのままメチャクチャに小路を駆けて行く。
369白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/04/02(金) 03:36:15 ID:JGFO2qF0
「おいっ! あの人、彰彦の知り合いじゃないのか!?」
 走りながら問いかけると、
「今は会いたくねえ知り合いだよ! ついでに言うとお前らとも知り合いだぞ!」
 彰彦の言葉に匠は首を傾げた。
 あんな金髪の姉ちゃんに知り合いは居ないはずだけど……。
「私はあの方を知らないのですけど」
「俺も見覚えが無いんだが」
 クズハに同意する。彰彦は「あの格好のに会った事がねえってだけだろ!」と叫んで寄越した。
 あの格好?
 そう言えば。と匠は思う。
 確かにあの声には聞き覚えがあるような気がする。……どこで聞いたんだったか?
 そう思いながら彰彦の先導に任せるがままに角を曲がると――
「どこへ行くのだ? と訊いておるのだがの」
 進行方向には先程の金髪の女性が居た。
「マジっすか……」
 彰彦が女性を見て観念したようにため息を吐いた。
 女性は「甘いわ」と言うと、匠たちの方へと歩いて来る。
「……もう少し後でもいいと俺ゃあ思うんだけどな」
「そう焦る事もないとは思うが、知りたいと思うてこ奴らも来ておるのだぞ?」
 なら隠し立てすることもなかろう? そう言って女性は三人の前まで来ると、匠とクズハを見て満足そうに笑った。
 女性のその態度もやはりどこか憶えがあるものだ。匠が隣を見るとクズハも記憶を辿るような表情で女性を見つめている。
「彰彦、この人は一体?」
 困惑気味に言った匠へと女性は髪と同じ、金色の瞳を向けた。
「……ふむ、なかなか分からないものなのだの」
「……ん?」
 女性の喋り方に匠は強烈な既視感を得る。隣ではクズハが「あ」と驚いたような声を上げた。それを合図にするように女性の口端が弓なりに吊りあがる。
「のう? ――若造?」
370白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/04/02(金) 03:37:21 ID:JGFO2qF0
 そう言って女性は老獪な笑みを浮かべた。
 その声、仕草、身に纏う雰囲気すら匠の記憶の中のそれと重なる。
 まさかという思いと共に、探るように問いかけた。
「お前……信太主か?」
 女性は愉快げに笑むと、んむ、と頷いた。
「その通りよ。だがその名で呼んでくれるな。これでも我はお尋ね者ぞ? キッコ……そう、キッコと呼ぶがいい」
 古い友がつけた名よ。そう言ってキッコは笑った。
 クズハがキッコへと問いを放つ。
「あの……キッコさん、一体、何を?」
「下がれクズハ。――どういうつもりだ? 信太主」
 匠は警戒も露わにキッコを睨むと、金属棒から荷物を振り落とし、先端を突きつける。
 その様子を見た彰彦が慌てたように匠とキッコの間へと割って入った。
「匠、落ち着け」
「まあそう警戒するな。ここまで来たということは平賀に会いに、知りに来たのだろう?」
 二人の言葉に匠の動きが止まる。
 信太主が彰彦と平賀のじいさんと、知り合い……?
「思ったよりも早く来おったのう。くっくく……我も待っていたかいがあるというものだの」
 キッコはそう言うと匠たちへと背を向けた。
「研究所に行こうか。知りたいことを教えてやろうぞ」
 そう言って勝手に歩き始める。
「ついて来るがいい。――ああ、それと無用な騒動を起こしたく無いのならキッコと呼ぶことを勧めておくぞ?」
 そのまま後ろを確認もせずに歩を進めるキッコに匠はクズハと顔を見合わせる。
「キッコさんに見つかっちまったんじゃあな、諦めて付いて行こうぜ?」
 彰彦は振り落とされた匠の荷物を拾うとやれやれと言わんばかりにため息を吐き、歩き出した。
「待てよ明彦、信太主――キッコと知り合いってどういうことだ?」
「それも、まあ追々わかるさ」
 後ろ手にぷらぷら手を振りながら言う彰彦。匠とクズハは互いに困惑の表情を見合い、
「え、と……どうしたらいいんでしょうか?」
「なにか知らないが、付いてくしかなさそうではあるな」
 黙って付いて行くことにした。
371白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/04/02(金) 03:39:12 ID:JGFO2qF0
研究区への到着と金髪姉ちゃん、あとついでに道場の息子登場回でした
もうちょい早く書けるようになりたいものです

キッコの呼称を使用させていただきましたぁ! 
『異形純情浪漫譚 ハイカラみっくす!』の作者さんに五体倒置を敢行!
372避難所より代行:2010/04/02(金) 18:34:33 ID:ylFTemme
まとめて感想だ!

>NEMESIS
告死天使はこれで全員かー、この集団が今後どう活躍するのか楽しみだぜ!
それにしても毎回他作品と絡んでるところがシェアらしくてい良いw

>>地獄百景 汝〜
これはまた新しい。殿下と趣味が同じだとオトク感があるね。
結構だらしない鬼もいて安心。リヒターはどんだけカッコ良いんだw

>>ゴミ箱
ポープ、なかなか濃ゆいw ここだけ見てると本当みんな悪役(?)とは思えない。
むしろ愛着が湧くw

>>温泉 天使と忍者
ちょwww他キャラが引き立て役にしかなってねえww
しかし告死天使はそれぞれどんな風に戦うのか見てみたいな。
まさか忍者展開はこれを狙っていたのか!?

>>白狐と青年
久々にキタ! そして新キャラもキタ! 彰彦期待www 銃より肉弾戦が見たい俺は異端か!?
信太主も相変わらずミステリアスな魅力。思ってたより若い外見で安心した!
なのに名前はキッコ……たまんねえぜ……
373創る名無しに見る名無し:2010/04/02(金) 18:46:29 ID:ylFTemme
てことで俺からも!

>343
まさかこんな鬼がいるとは想像だにしなかったw
とはいえ、こういう話に弱い俺はちょっぴり目が潤んでしまうのです。
それにしても毎回想像をかきたてられるキャラを投入しますねえ……


>364
投下乙です!
じつはハイカラみっくす投下してから、やりづらくさせちゃったかなあと思ってた俺は心配性。
こっちも五体倒置で対抗だ!
ていうかキッコでいいのw


最近の閉鎖都市は盛り上がってるなあ、まとめwikiで把握せねば!
374避難所より代行:2010/04/02(金) 22:25:45 ID:ylFTemme
>>373
やりづらくさせるなんてとんでも無いです。
ハイカラみっくすの続きまっとりますよ!
>>372 でもありましたが
誰がどう見ても喋り方とかにじみ出る雰囲気的に考えて外見は若作りなので
キッコという名前で問題な――――
375創る名無しに見る名無し:2010/04/02(金) 22:30:48 ID:ylFTemme
※374はこの後キッコ様が美味しくいただきました。
376ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/04/03(土) 19:02:31 ID:YnFU+L1W
5-1/6

 廃民街サウスストリートの一角にあるクラブ"ロッベナイランド"の特等席で"アンク"幹部スティーブ・ビコは
ご機嫌だった。それもそのはず、開いたばかりのこの店の客足が上々だったからだ。まだ夕方といった按配
のこの時間こそ客はちらほらとしか入っていないが、これから夜が更けるにしたがって次々と人がやってくる
のだ。"ホームランド"の本部の人間から不安されていた廃民街進出の出だしがこうも順調だと酒も進むものだ。
 それにだ、と付け加えてビコはハイボールを呷ると、数日前におきたことを思い出した。数日前、"王朝"の
関係者を名乗る人間が店に現れるとオーナーであるビコと話をしたいと言い出した。特等席に通されビコと
目を合わせた男は顔を凄ませて言った。ここは俺達の縄張りだ、お前達はとっとと出て行け、と。あからさまな
脅迫をする男に、ビコは脅迫で返した。男を2階の事務所へ連れ込み、そこで待機している兵隊達に自動小銃を
突きつけさせた。ビコは言った。やなこった、お前が出て行け。
 ライフル銃を向けられ真っ青になった男の顔を思い出し、ビコの酒は進む。こちらの威圧の結果が出たらしく
新たな脅迫や嫌がらせは皆無だ。むしろ近くに残っていた"王朝"系列の事務所が逃げ出すように姿を消し、
周辺での仕事が独占できるようになった。
 所詮マフィアなんてこの程度だ。俺達革命戦士とは大違いなのだ。ガハハと太鼓腹を突き出したビコは
さらにハイボールを呷る。俺達は"ホームランド"でバラック強制撤去や、アパートの強制立ち退きを迫る
閉鎖都市政庁に火炎瓶で闘争を続けた人民の雄だ。威張り散らすしか脳のないチンピラヤクザとは格
からして異なるのだ。
 幾度となく杯を傾けていると、ここでようやく杯が空になった。ビコは脇にはべらせていたホステスに
グラスを渡し、新たなハイボールを要求する。ホステスがグラスにウィスキーを注いでいる横で上機嫌で
待っていると、突如外から爆発音が轟いた。
 騒然とする店内でビコは堂々と立ち上がった。いざというときにいい格好を見せてこそ男なのだ。慌てる
ボーイや怯えるホステスに自制を促すと、ビコは外の様子を伺うべく入り口の戸を押し開いた。
 夕闇が降りようとしていた外では悲鳴が錯綜していた。道路を挟んで斜め向かいのビルで火の手が
上がっている。あのビルには"アンク"系列の事務所があるはずでは。大丈夫だろうか。
 配下の事務所の心配をしていると、火の粉をあげるビルの下に異様な一団が佇んでいることにビコは
気づいた。黒いつなぎに黒いベスト、そして同じく黒いヘルメットと全身黒一色だ。ワンボックスバンの
傍らに佇み、大きな筒状の物体を担いでいる。一団の一人がこちらに向き直ると、筒状の物体を肩で
構えた。なんだ、と言葉を漏らそうとしたところで合点がいった。あれはロケット砲だ。

「伏せろーっ」

 張り上げた声と同時にロケット砲が火を噴いた。
 巨大なバックブラストと共に発射機から射出されたロケットはすぐさま X字の制御フィンを展開する。発射
からやや間を空けてから尾部に付けられたロケットモータが唸りをあげた。固形燃料の化学エネルギーを
推力に変換したロケット弾は、空を切る甲高い雄たけびを上げながらビコの直上、クラブ"ロッベナイランド"の
看板に命中した。
 倒れこむように地に伏したビコの頭に、破片が降りかかる。幸いにも怪我にはならなかったようだ。安堵
しながら自らの頭をかいて立ち上がるビコに黒装束の一団が指を差す。自らを指差され戸惑うビコに一団は
短機関銃の銃口を向けた。
 狙われている。
 ビコは慌てて踵を返した。背後で銃声が鳴り響き、翻ったスーツの裾を銃弾が掠めていく。転がり込んだ
店内からボーイが驚いた様子で駆け寄ってきた。
 
「どうしたんですか」
「戦争だ。兵隊をもってこい」

 詳しいことは分からないが、攻撃を受けた。ならば反撃しなければ。

377ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/04/03(土) 19:03:15 ID:YnFU+L1W
5-2/6

 ホステス達をバックヤードに避難させると、ビコはボーイと共にテーブルを横倒して即席のバリケードを
作った。その合間に上階の事務所から"アンク"の若い兵達が自動小銃抱えて降りてくる。彼らは幾重もの
銃口を入り口にむけて並べていく。ビコもまた部下に持ってこさせた自動小銃を受け取ると入り口に向けて
構えた。
 さあ、いつでもこい。引き金にかけた指に力をこめる。緊張の汗を目に入れないように目を瞬かせながら
ビコは入り口をにらんだ。
 張り詰めた沈黙が店内に停滞する。その最中、出し抜けに拳大の物体が入り口から放り込まれた。

「手榴弾だ」

 ビコは叫んで、兵と共に床に伏せた。だが、しゅーという噴出音がするばかりで、いつまでたっても予期
した爆発は来ない。一体どうしたのか。気になり顔を上げたビコは、白いもやが辺りを覆っていることに
気づいた。りんの様なつんとする臭いの白煙が店内に立ち込めていく。白い霧の中で兵達の動揺の声が
上がった。
 恐らく先ほど投げ込まれたものは発煙弾だったのだろう。俺達の視界をこれで奪ったつもりなのだろうが、
これでは相手も見えないのではないか。
 ビコが訝しんでいると、突如銃声が走り、どさりと兵が倒れる音がした。驚いて身を伏せると、続けざまに
銃声が響き、各所から悲鳴や呻き声が上がった。
 見えている。冷や汗がどっと吹き出た。どういうわけか分からないが、黒装束の一団はこの白煙の中でも
問題なく見通すことができるのだ。放射線のような不可視不可避の殺意を塊を浴びせされたようで、途端に
ビコは恐ろしくなった。
 やけっぱちとでもいうような自動小銃の音が断続的に響いたが、すぐさま轟く短機関銃の連射音に次々と
沈黙させられていく。店内を包み込む白煙はビコ達の健気な抵抗を極めて冷酷に踏み潰していった。
 鮮烈な死の恐怖にビコの肩は震えた。死の恐怖は今までに幾度も経験していた。警官隊に滅多打ちに
されて、文字通り死にかけたこともあった。だが、そのときの相手の武器は警棒で、ここまで一方的な状況
ではなかった。
 ビコは自分がねずみにでもなったかのように思った。煙の向こうから襲い掛かる暴力は、自分が獅子に
襲われる矮小なねずみなったかのような錯覚をさせる。反抗をねじ伏せる圧倒的な力量差に、ビコの戦意
は急速に萎んでいった。入れ替わりに恐怖がとめどなく溢れていく。
 とうとうビコは自動小銃を放り出して逃げ出した。銃声とうめき声が錯綜する白煙の中をビコは手探りで
奥へと逃げる。運よく指先がバックヤードに通じる扉に触れた。扉を開けると避難していたホステスが甲高い
悲鳴を上げた。大口を挙げて声を張り上げるホステスの顔が明確に見えて、ビコの口からは安堵の息が
漏れた。

「あそこだ」

 背後で声が起こった。兵隊達の聞きなれた声ではない。黒装束の襲撃者達だ。慌てて閉めたドアが弾丸で
激しく殴打される。恐ろしさに身をすくませたビコはホステス達を顔を見合わせようやく我に返った。気恥ずかしさ
からビコは乱暴にホステスを押しのける。そのままビコは奥にある、事務所へ通じる階段へ向かった。
 階段で上からやってきた若い兵とすれ違った。わけも分からないといった風の彼にビコは、死守しろ、と
凄んでバックヤードに送り出す。階段を上っているとホステス達の悲鳴が響き、次いで自動小銃の射撃音が
轟いた。だが、明らかに音色の異なる短機関銃の発射音を最後に沈黙する。圧し掛かる静寂に、役立たず、
と心の中で毒づきながらビコは事務所の戸を開いた。

378ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/04/03(土) 19:04:01 ID:YnFU+L1W
5-3/6

「ボス、下で何があったんですか」
「黙ってここを死守しろ」

 急いで事務所の鍵を閉めていると、待機していたらしい兵達が心配そうな顔でたずねてきた。ビコは顔を
赤くして死守を命じる。
 とにかく時間を稼ぐんだ。時間を稼いで、他のビルから増援を呼んで、挟み撃ちだ。
 焦りに駆られながら手近な電話を引っつかむとビコは別のビルの事務所の番号を押した。

「ボスですか。とつぜん爆発が起きて、火の手が上がって、こっちはひどい有様です。さっきから銃声が
 してますけど、ボス、大丈夫ですか」
「こっちも攻撃を受けている、とにかくこっちに――」

 電話に向かって怒鳴り散らしていると、背後から爆発音が轟いた。振り向いたビコの顔に熱風と細かい
ドアの破片が降り注ぐ。
 ドアを爆破しやがった。
 濛々と立ち込める煙の向こうで連続して閃光が走る。腹部に衝撃が走り、ビコは電話を放り出して床に
転げ落ちた。
 撃たれた。喉の奥に血の味が混じり、あまりの激痛に意識が明滅する。
 霞むビコの視界が室内に侵入する黒装束の人間を捕らえた。2人1組で互いの死角を補いながら室内を
制圧していく様はダンスでもしているかのように滑らかだ。
 そのうちの一人がビコの顔を覗いた。ビコの顔を見つめるその瞳は、小型の双眼鏡のような、冷たい
カメラのレンズだった。恐らく熱源感知スコープだろう。道理で煙幕の中でも攻撃ができるわけだ。
 黒装束の人間が銃をこちらに向ける。ビコは重い両腕を上げて降伏を示した。

「助けてくれ、頼む」
「貴様がスティーブ・ビコか」

 ビコの嘆願を黒装束の男の声が遮った。その問いにビコは2度、3度繰り返して頷く。死にたくない一心で、
相手の情に働きかけるように、何度も何度も。
 
「そうか」

 返ってきた言葉はあまりにも平滑だった。その冷たさにビコは処刑台の床が開いたような浮遊感を感じた。
 続けて響く3点射撃。その何処までも乾いた音が"アンク"幹部スティーブ・ビコの認識した最後の音だった。

379ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/04/03(土) 19:04:46 ID:YnFU+L1W
5-4/6

 サーマルスコープを押し上げ、ゲオルグは瞳を外界に晒した。視界が熱の有無という白黒の世界から
色彩を取り戻した。
 胸を撃たれ白目を向いて倒れる哀れな男スティーブ・ビコを無感情に見下ろしながらゲオルグは無線に
報告を入れた。ノイズ交じりのイヤホンから"子供達"最高指揮官ニークの声が返ってくる。

「黄色より白へ、目標排除完了」
「こちら白、了解した。赤からの報告があった。敵勢力がそちらのビルに移動中だ、注意しろ」
「こちら黄色、了解」

 黄色は自分達の班の符号、白は本部の符号、そして赤が監視班の符号だ。監視班は今もこの通りの
何処かから、静かにこちらの様子を伺っているのだろうか。
 返答を終えると、ゲオルグは窓にそっと近づき、外の様子を伺った。ロケット砲を打ち込まれ立ち上った
炎に照らされながら、別のビルから銃を持った集団がこちらに向かってくる様が確認できた。

「ポープは窓から狙撃し、敵勢力集中を阻害しろ」
「アイアイサー」
「ミシェルはチューダー、ウラジミールと出入り口の確保だ」
「りょーかいっ」
「アレックスは俺と来い」
「うん、分かった」

 矢継ぎ早にゲオルグは部下に指示を飛ばす。ポープが窓辺につき、ミシェルが部下と共に出入り口に
張り付いたことを確認すると、ゲオルグはアレックスと共にビコの死体の傍らでしゃがみこんだ。

「アレックス、クーラーボックスを下ろせ」
「うん、でもどうするのさ兄サン」
「どうって――」

 背負っていたクーラーボックスを下ろしながらアレックスが訊ねた。意外そうにアレックスを見つめ返した
ゲオルグは、肩に装備したナイフに手を伸ばしながら、さも当たり前のように答えた。

「挙げるんだよ、首を」

380ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/04/03(土) 19:05:39 ID:YnFU+L1W
5-5/6

 横倒しにたビコの首筋にゲオルグはナイフを突き立てた。骨と動脈の間を意識して、ゲオルグはその刃を
刺し込んでいく。適当なところでゲオルグはてこの原理を利用するように刃を持ち上げ、頚動脈を裂いた。
切断された頚動脈から溢れた血がゲオルグの手袋と床を汚していく。

「うえぇ」

 血に触られないように2歩3歩と後ろに下がったアレックスが呻いた。そんな彼を無視してゲオルグは
ナイフの刃を逆側の首筋に突き立てる。同じ要領で頚動脈、そして気管を切断していく。

「でも兄サン、生首なんかどうするのさ」
「さあな、大方封筒代わりにでもするんじゃないか」

 口の中にメモを押し込んで、クール便で送りつける。よくある話だ。ゲオルグには興味の無い話だった。
だから要らぬことは考えず、ただただ事務的にゲオルグは首を捌く。
 骨だけになったところで、ゲオルグはビコの首を一気にひねった。ゴキリ、と小気味いい音と共に頚椎の
間接が外される。後はこびり付いた肉を断ち切って、終了だった。
 あっけなく分離された生首を持ち上げると同時にゲオルグの耳が銃声の中から聞きなれない音を捉えた。
だんだん大きくなる、抑揚のついた甲高い電子音。パトカーのサイレンだ。
 あとはまかせた、とゲオルグは生首をアレックスに投げ渡す。慌てるアレックスを無視し、ゲオルグは
イヤホンを押さえながら立ち上がった。本部から丁度連絡が入る。

「白より黄色へ、赤から報告だ。東から自警団車両接近。警ら車両2、装甲輸送車両2だ」
「こちら黄色、了解」

 ここまでは予定通りだ。落ち着き払ったゲオルグは時計を確認しながら窓辺に向かう。8分。治安部隊
付きにしてはやや早いか。先日の襲撃で即応体制に入っていたか。取り留めの無いことを考えながら
ゲオルグは窓から外を伺った。
 通りを封鎖するようにパトカーが停車し、その背後に輸送車両が停車する。警ら車両の一般自警団員の
援護の下、輸送車両が治安部隊を吐き出した。ライオットシールドと機関拳銃を構えた隊員の背後に短
機関銃を構えた隊員が続く。全員がセラミックプレートで増強されたボディーアーマーに身を包み、頭には
フェイスカバーつきのヘルメットを装備していた。横隊となって道を占拠する様はさながら現代の重装歩兵だ。
ゲオルグ達の銃ではその装甲を貫くことはできないだろう。自警団とマフィアとの間の絶望的なまでの鉄量
の差がそこには存在していた。
 道路を閉鎖した彼らはたった今からこの騒乱の鎮圧にかかるだろう。小銃を持った"アンク"の兵隊達は
一人残らず逮捕されるか射殺され、破壊された事務所からは"アンク"に不利な資料がついでに押収される
はずだ。巻き添えを受ける前にさっさと脱出しなくては。
 アレックス、とゲオルグは大声で叫ぶ。呼ばれたアレックスはクーラーボックスを背負うと親指を突きたてて
返事をした。オーケイ、と。

「黄色より白へ、目標確保完了、これより脱出を開始する」

 インカムに向かって報告すると、ゲオルグはポープ、アレックスと共に入り口に向かった。

381ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/04/03(土) 19:06:23 ID:YnFU+L1W
5-6/6

 入り口は激しい銃撃を受けており、ミシェルが壁に張り付いて様子を伺っていた。ゲオルグは躊躇せずに
胸から閃光弾をもぎ取ると、通路に向かって放り込んだ。閃光と轟音に銃撃がピタリと止む。

「行くぞ」

 大声で前進の命令を下しながら、ゲオルグは先頭に立って通路に飛び出した。ひるんでいる敵に的確な
射撃を浴びせると、通路の奥にある非常階段に向かう。

「クリア」

 非常階段に敵影無し。早々にクリアリングを終えると、スチール製の階段を急いで駆け下りた。降りた先の
裏路地は暗い。上面にわずかに覗く夕空の薄明かりを頼りに人1人がやっとの幅の裏路地をゲオルグ達は
走った。
 ほどなく灰色の壁に突き当たった。狭い丁字路で、左からはサイレンの音が聞こえる。ブリーフィングで
聞いていた地図を思い出す。右だ。駆ける抜けると街路灯の明かりが差し込み、急に視界が開けた。
 通りに出るとゲオルグはすぐさま左右を確認した。ゲオルグ達が飛び出た通りは黄色と黒のストライプの
衝立で三面を目隠された工事現場といったようなところだった。正面のマンホールの蓋が開いており、脇に
作業つなぎに安全ヘルメットを被った男が立っている。男の細い狐目とアジア風の彫りの浅い顔には見覚えが
あった。別班の國哲だ。

「急いで、向こうでダニエル兄さんが自警団と押し問答してる」
「分かった」

 話しかけてきた國哲はゲオルグ達にマンホールに入るように急かした。この地下へと続く竪穴こそ、
ブリーフィングで指示された脱出地点だった。工事を装い別班のダニエル達が確保していたのだ。
 念のためにゲオルグはマンホールの脇で銃を構え、部下が脱出するまで周囲を警戒した。マンホールに
飛び込むアレックス達は、その合図にゲオルグの肩をたたいていく。テンポ良く1回、2回、3回、4回、5回。
全員だ。
 國哲に目礼するとゲオルグも続いてマンホールに飛び込んだ。

382ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/04/03(土) 19:09:53 ID:YnFU+L1W
規制だわ、コテを忘れるわで、
今日はどうもついてないです。

ともあれ、お待たせいたしました。"子供達"大暴れです。
閉鎖都市でちょっと大きな騒ぎをおこしちゃったけど、
フルアーマー自警団ならたやすく片付けてくれるでしょう。

どうも皆さん感想ありがとうございます。
当キャラクターを端役でも使っていただけたなら、
私は泣いて喜ぶでしょう。

保管庫の人、まとめの人、そして何よりスレの皆様に五体倒置を敢行、です
383避難所より代行でした:2010/04/03(土) 19:11:20 ID:YnFU+L1W
ということで避難所より代行終了です。

昔なんかの勢いでみてトラウマになった、報復処刑動画を思い出しちまった……
いや、そんなことよりも投下乙でした!
五体倒置流行らすなw
384創る名無しに見る名無し:2010/04/03(土) 19:28:12 ID:YnFU+L1W
最近また書き込み規制が増えているようですので、寂しがり屋さんは↓へGOだよ!

みんなで世界を創るスレin避難所
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1265978742/
385『或る朝の風景』 ◇GudqKUm.ok :2010/04/04(日) 07:26:15 ID:cG7sgF0e
代行願います。少し陰惨注意。
386『或る朝の風景』 ◇GudqKUm.ok :2010/04/04(日) 07:28:35 ID:cG7sgF0e

「…パパ、どこへ行くの? もうお店開ける時間?」

「いいから、早く着替えるんだ!!」

眠たげな瞳で自分を見上げるまだ幼い娘を急かしながら、マグレブは泣き疲れた妻の肩を抱いた。まだ薄暗い寝室に差す弱々しい朝日が、憔悴しきったマグレブの髭顔にさらに幽霊じみた彩りを与える。

「…ねえマグレブ、やっぱり逃げらっこなんかないわ。今からでもなんとかクモハに頼めば…」

「もう遅いんだ。『ロッベナイランド』の有り様を見ただろう? 俺たちが…馬鹿だったんだ…」

いつもと何も変わらぬ朝。この十数年、マグレブと妻はこうして暗いうちに起床し、階下の小さなコーヒースタンドで夫婦揃って仕事に汗を流してきた。
表向きは堅実で、なにも変わり映えのない毎日。先日、店の持ち主であったメルクリン老人が『不運な事故』で亡くなり、彼の老いた未亡人から、長年の夢であった店の所有権を破格値で買い取るまで…
それまでマグレブの暮らしは、ずっと『王朝』に守られてきた。クモハや光、國哲。まだ所帯を持つ前、皿洗いの青二才だった頃の悪友たちはコーヒースタンドの常連で、先代店主のメルクリン老人も『王朝』への友情の証を欠かした事はなかった。
387『或る朝の風景』 ◇GudqKUm.ok :2010/04/04(日) 07:30:12 ID:cG7sgF0e
カーニバルの日、聖ニコライ孤児院に届ける山盛りのサンドイッチにレモネード…そう、マグレブは確かにかつて『子供たち』の兄弟だったのだ…

「… ビコは…死んだのかしら…」

スカーフを目深に被り、娘の身仕度を手伝う妻がポツリと呟く。あの凄惨な制圧戦で彼が生き延びている筈がない。『アンク』は壊滅し…そしてスティーブ・ビコは死んだ。

「…ねえパパ、今日はピアノの先生がみえる日よ? お出掛けするんなら先生に知らせなきゃ…」

娘の才能を惜しみつつ、高嶺の花と諦めていたピアノ。ふらりと来店し、むっつりとコーヒーを啜っていたビコに少し愚痴を漏らしただけで、次の日中古のピアノと若い音楽教師がマグレブのもとに現れた。
しばらくの間、階上から響くたどたどしい旋律にクモハは不審な瞳を上げたが、そのうちすぐ古い仲間たちの質問は止んだ。マグレブが『友情の証』を婉曲に拒み始め、クモハたちは朝のコーヒーを飲みに来なくなったからだ。
長年の付き合いを邪険に絶った店子の行動を、店の所有者であるメルクリン老人は厳しく咎めたのは当然だろう。マグレブ夫婦の解雇すらほのめかした老人は『アンク』への嫌悪まで、露骨に口にしたものだ。
388『或る朝の風景』 ◇GudqKUm.ok :2010/04/04(日) 07:31:35 ID:cG7sgF0e
そして、『賎しい浮浪児』どもが来なくなった祝いを是非したい、とビコがマグレブ夫妻に持ちかけたとき、大恩あるメルクリン老人の顔は、マグレブにはもう厄介な『王朝』の回し者としか映らなくなっていた。

『…君が薄汚れた孤児を追い出したのは店の為だろう? 耄碌すると…人間は扱いにくくなる。店の権利の件も含めて、メルクリンさんには俺が…話してやるよ…』

下町に不動産を沢山持っているメルクリンが、そろそろ長年仕えてきた自分たち夫婦に店を譲るのは当然のことだ。そんなマグレブの憤慨にどす黒く笑って答え、配下を伴って店を出たビコ。
その笑みの意味を鼻歌でごまかしながら、マグレブは古ぼけたカウンターを懸命に磨き続けた。そして、メルクリン老人が階段で足を滑らせ、不可解な転落死を遂げたのは、それからすぐの事だった…

「…一体、どこへ逃げるの? この街には逃げ場所なんてないのに…」

妻の言う通り、『王朝』の情報力の前には安全な場所などどこにも無い。『子供たち』の友であったメルクリンの死の真相。マグレブの忘恩。全ては彼らに筒抜けであり、この閉ざされた街には脱出の道は存在しない。ここは『閉鎖都市』なのだから。
389『或る朝の風景』 ◇GudqKUm.ok :2010/04/04(日) 07:32:28 ID:cG7sgF0e
「…あ、クモハの足音…久しぶりだね!!」

突然、娘の鋭い聴覚が、階下に恐ろしい来訪者の接近を聴きとった。ひしと抱き合う妻と娘を残し、マグレブは震える脚で部屋を後にした。
もし、噂に過ぎぬ告死天使が舞い降り、自分たち家族をこの陰鬱な都市から飛び立たせてくれたら… そんな夢想を嘲笑うように、店舗へと続く階段がギシギシと鳴る。
清潔に片付いた店の扉を開けると、コートのポケットに手を入れたクモハが薄明の通りを背に立っていた。

「…やあ、マグレブ。」

『アンク』と共に清算されるマグレブの運命は、クモハの悲しげな瞳にしっかり刻まれている。寡黙にクモハを招き入れたマグレブの手は、気付かぬ間に習慣通りコーヒーを淹れ始めていた。

「…クモハ、女房と娘だけは、助けて貰えないか…」

目を伏せていつもの席に座ったクモハは、肩を震わせて長い間黙り込んでいたが、やがてコーヒーの薫りが狭い店に立ち込めてくると、絞り出すような声で、短く友であったマグレブに告げた。

「…それが出来れば…光も國哲も一緒に来たんだよ。マグレブ…」


おわり
390『或る朝の風景』 ◇GudqKUm.ok :2010/04/04(日) 07:33:30 ID:cG7sgF0e
以上です。@閉鎖都市でした。それから、流行ってるみたいなのでゴミ箱様に五体投地!!
391避難所より代行でした:2010/04/04(日) 07:36:28 ID:cG7sgF0e
この後やっぱりマグレブは……ビコもイイ奴だったんだなあ。
かといって子供達も憎めない、何このモヤモヤ感!

閉鎖都市すげえw
392避難所より代行:2010/04/04(日) 11:00:10 ID:cG7sgF0e
投下乙です。

裏社会の陰惨さが伝わってきて実に感動です。

キャラクターの名前に細やかな気配りが見えて
私、超歓喜。

これはもう五点接地するしかない。
393避難所より代行:2010/04/04(日) 12:36:59 ID:cG7sgF0e
ゴミ箱の中の子供達
『或る朝の風景』

乙です!
首ィッ!! 首があああ!
いいなあ、このようなゾクリとする文章を書いてみたいです。

『或る朝の風景』はもうなんか悲しいな……一家はもう……

異形純情浪漫譚 ハイカラみっくす!
第三話「人と魔≒棒と傘」


「やめるって言うなら、今のうちなんだが」

青年はそう言うと面倒そうに一度頭を掻き、棒を構えて見せた。
まぐれとはいえ、エリカ様を一撃で叩き伏せたところを見るにただの棒ではないようだが、
それは「邪の目」とて同じこと。いかに優秀な武器を有していても、所詮使い手が人間で
あってはたかが知れている。

もちろんそんな威嚇に屈するはずも無く、露をたたえた芝生の上を静かに一歩、また一歩
と踏み寄るエリカ様。互いの間合いに入るか入らないかのところで一度足を止め、ぽつり
と何か一言交わす。それをきっかけにいよいよ戦いが始まるのかと思いきや、エリカ様は
突然踵を返し、私の元へと戻ってらした。

「ふ、服着てくれって!」

言いながらそそくさと着物を抱え、慌てて袖を通し始めるエリカ様。どうやら先程の一撃
で自分が裸であることを忘れていたらしい。
私はそれと分かるように微妙な表情を作って、裸では戦えないのかと詰問してみたのだが
「むりむり」の一点張りで一向に譲る気配がない。

まあどちらにせよ青年を倒せるなら良しと着替えを手伝うも、どうも身体が強ばっている
せいで上手くいかない。結局ところどころ裾をはみ出したまま一応それらしく形を成すと、
エリカ様はようやく邪の目を構え、ふたたび青年の方へと戻って行かれた。
その乱れた着こなしと私の切った髪の毛は妙に似合っているように思える。

「……どうもやりずれえな」

紅潮したエリカ様が間合いを踏み抜く。それと同時に青年が棒を抜いた。
ぶん、と風を切る音。高い金属音と白い火花が闇に散る。
打ち合された武器と武器。拮抗する力の軋みを境に、二人の顔が近寄った。

「速いわね、言うだけあるじゃない」
「そっちこそ、やっぱそのへんの奴らとは訳がちげえ……なっ!」

言葉と同時に蹴りを返す青年。しかしエリカ様もそれを見越していたのか、後ろへと跳ね
退く。武器を握り直し、構える二人。

単純な腕力だけならば恐らくは青年の方が上であろう。妖魔といえどエリカ様は馬鹿力を
有するような、そういった類の妖魔ではない。
それでも今一度の打合にて互角なところを見ると、武器においてはやはりこちらが有利か。
雨を凌ぐが如く「力を散らす」邪の目、単純な打撃だけならほぼ全てを無効にできるはず。
青年もそれに気づいてか、怪訝な視線を邪の目に向けた。

「おかしいな、本気で打ったが手応えがねえ」
「この傘は女の子用にできてるのよ」

言いながら笑顔で邪の目の先を軽く振る。と、青年はその動作を見逃さず膠着を破った。
人とは思えぬ速度で距離を詰め、気付いたときには二度目の火花が散る。
続けざま、雄叫びと共に雨のような攻撃を加えてくる青年とは対象的に、華麗にそれらを
いなすエリカ様。

こと世事に疎いとはいえ、戦いに関しての身のこなしはさすが蛇の目家当主というところ。
暗いシノダ森を明滅させながら何度も何度も金属音を響かせ、やがて幾十度目にして一際
強い火花が青年の顔を照らした。
攻防の合間をぬって打ち入れていた裂傷により滲む血と汗。しかし未だ不敵な笑みは消え
ていない。そのような猪まがいの攻撃を続けていて本気で勝てると思っているのだろうか。

「大分お疲れのようだけど、そろそろ諦めて私を抱いたら?」

青年は応えず唾を吐き、ただ大きく肩を上下させていたが、不意に動きを止めると覚悟を
決めたのか武器を上段に構えた。エリカ様はそれを見てから私に視線をよこし「言っても
聞かないみたい」と言いたげに肩をすくめる。
黙ってエリカ様を抱きさえすれば良いものを、なまじ力があるものだから抵抗するとは
愚か、いや哀れとしか言い様がない。
さすればその死後にでも、エリカ様の身体の中で快楽とともに果てるが良い――

「でやああああ!」

猛々しい叫びとともに繰り出される渾身のひと振り。当然エリカ様は合わせるように邪の
目を斜めに構え、受ける。
――と、聞きなれた金属音の中に信じられない音を拾った。
びきん、という鈍い軋み。その音が何なのか私が答えを出すよりも早く、エリカ様本人が
気づいたのだろう、攻撃を受けきらずにそのまま横へと流し、焦燥した顔を上げる。

「そんな……邪の目にヒビを入れるなんて」
「生憎こっちの武器は男の子用なんでね」

青年がにやと口元を曲げる。構え直されたその棒は不思議な青白い光を帯びていた。
こっからが本番だぜ――青年の言葉通り、再び始まった戦いは見た目先ほどと同じような
ものではあるのだが、明らかにエリカ様が押されている。
嵐のような猛攻を受け、しかし受けきれずに下がる。守り一辺倒で攻撃を入れる隙もない
のか、時折散る火花の中に浮かぶエリカ様の表情からも、既に余裕は消え失せていた。

「どうした、色ボケ姉ちゃん」

迫合の中、余裕を見せ始めた青年が足払いを放つ。
ほんの小技ではあったが、力で押されていたためかエリカ様は見事にそれ受けて転倒して
しまった。間をおかず突き下ろされる棒をなんとか避けるも、青白い光がエリカ様の腰を
僅かに掠め、地面を穿つ。

これはどうしたことなのか、青年の持つ棒が光を帯びてから全く形勢は逆転している。
かつて幾匹もの妖魔が人の理を超えた武器によって討たれた例は少なくないが、私の豊富
な学識の中にもあのような棒の資料はなく、ただ目の前で繰り広げられる信じがたい戦局
に胸の鼓動だけが早まっていく。
接近戦は不利。エリカ様も思い至ったのだろうか、黒い翼を広げて上空へと飛び立った。

「あっ!」

しかし、地面ごと貫かれていた袴が下に残ってしまったことはエリカ様にとって予想外で
あったらしく、白い足を月光にさらしながら前裾を抑えている。
なんとも情けない主の姿に溜息混じりの苦笑いを作ると、ここで初めて青年と目が合った。
そんな彼もまた同じように苦笑いを浮かべていた。
今この場では敵とはいえ、同じ感情を共有してしまうと中々憎めないものである。

「お前、あいつの使い魔だろ? こりゃあどうしたらいいんだ」

その問いかけに対し、言葉を話すことの出来ない私はなんとか身振り手振りで「そのへん
に放っておいてください」といったことを伝えると、青年も頷きながら意図を汲みとって
くれたらしく、汚いものでもつまむようにして袴を棒から外し、ぽいと投げ捨てた。

「ちょっと、投げることないじゃない!」

程なくして降りてきたエリカ様に対し、青年は棒を下段に構えると、そのまま地面へ突き
刺す。

「あんたじゃ俺には勝てねえ。悪いがおとなしく去ってくれ」
「あら、まだ分から――」

続きを言いかけたところで、一陣の強い風がエリカ様の衣を吹き上げる。
ひらひらと逃げようとする着物を必死に抑えながらも、淡い桃色の下着だけはエリカ様を
守る唯一の味方であるように見えた。
私と青年は再び顔を見合わせ、苦笑いを通り越した和み笑いをたたえあうより他はない。

「手加減はするが、殺しちまったらすまん」

振り返りざま、青年の口元がそう動いたように見えた。



つづく
397 ◆zavx8O1glQ :2010/04/04(日) 20:05:22 ID:cG7sgF0e
大分間があいてしまいましたが、続き投下終わりです。
戦闘シーンは難しいものだとしみじみ。
398避難所より代行:2010/04/04(日) 23:20:09 ID:cG7sgF0e
来ましたなエリカ様w
是非とも温泉界に迎えたいキャラwww
399避難所より代行:2010/04/05(月) 20:26:43 ID:I3XaD0Th
エリカ様は一般的な羞恥心をお持ちでいらっしゃるのですね!?
これは剥ぎたくなるというものですな!
400避難所より代行:2010/04/05(月) 20:27:52 ID:I3XaD0Th
くそう、戦闘に油断してたら脱げやがったwww
なんという絶対衝撃エリカ様www

しかし従者たん、君は一体何者なんだ。
401避難所より代行:2010/04/05(月) 20:28:58 ID:I3XaD0Th
※現在このスレでは4つのシェアードワールドが展開されています。
 この世界、俺が盛り上げてやろうじゃん!てな方はお気軽にご参加を!

○ 各世界観や過去作品はこちら → 創作発表板@wiki内まとめ
 http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/286.html

○ 規制時にしたいレスがあれば → みんなで世界を創るスレin避難所
 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1265978742/

○今週の更新
・閉鎖都市
 >>376-381 ゴミ箱の中の子供達 第5話
 >>386-389 或る朝の風景
・異形世界
 >>364-370 白狐と青年 第10話
 >>394-396 異形純情浪漫譚ハイカラみっくす! 第3話「人と魔≒棒と傘」
402創る名無しに見る名無し:2010/04/07(水) 11:36:36 ID:uH8NroE2
まとめさん&代行さん乙です!
403創る名無しに見る名無し:2010/04/08(木) 19:41:40 ID:LSM6VMNt
規制解除記念に保管人さん、まとめさん、代行さんに感謝!!
404創る名無しに見る名無し:2010/04/08(木) 21:06:12 ID:Rjpy6rav
もしや俺も解除されてたり……
405創る名無しに見る名無し:2010/04/08(木) 21:09:10 ID:Rjpy6rav
おうふwwww
403と俺おめwwww
406創る名無しに見る名無し:2010/04/10(土) 22:28:32 ID:XZtnbrY2
投下待ちにage
407 ◆p3cfrD3I7w :2010/04/10(土) 23:13:57 ID:ki7ZKxxh
もう少しで投下できるかと。少々お待ちください。温泉界verです。
408 ◆p3cfrD3I7w :2010/04/11(日) 00:37:08 ID:RHQonDjH
番外編 温泉界へご招待〜忍者軍団〜

忍者5人組を撃退した告死天使8人だったが、彼らが応援を呼んで再度攻めてくる可能性は十分に孕んでいた。そうなった場合いくら告死天使と
いえども手負いの6人を守りながら忍者の大軍団と戦うのは難しい。故にシオンはできるだけ早く6人の傷が癒えるように特別な処置を施した。
忍者の大軍団と戦うためにはまず武器が必要だということで、8人はいったん閉鎖都市へと戻り、各々が愛用する武器を持ってきていたのだが、
シオンはそれと同時に自分の仕事道具、つまり救急セットも一緒に持ってきていたのだ。薬剤を調合し、それを患部に添付して包帯を巻き安静にすれば
3日で完治するシオンお手製の傷薬だった。ただ、天野翔太にそれを施しているときにあることに気付いたシオンは彼に話しかける。

「天野君、と言ったね。先ほどから私のことを何やらいやらしい目つきで見ているが…君は白衣に対して性的興奮を覚える性癖の持ち主なのか?」
「え、い、いやそういう訳じゃ…」
「ショータくん?あれほど使いどころに注意が必要って言ったのに…」

アリスが酷く暗い表情と声で翔太に話しかけ、翔太は酷く狼狽している。その眼前の光景を理解できないシオンは二人に説明を求めた。
アリスによると、翔太は『透視能力』なるものを保持していて、それを使用してシオンの白衣越しの素肌を眺めていたのである。
しかもシオンは着やせするタイプであり本来は告死天使の女性陣のなかで最もプロポーションがいいのである。
ちなみにその順番はと言うと、シオン>アスナ>フィオ>アリーヤである。スリーサイズのうちバストだけをみてみると95、89、85、70。
実に25センチもの開きがあるのだ。そんなプロポーションのシオンに透視能力を用いたのだから彼がいやらしい目つきになるのも仕方がないのかもしれないが
相手は告死天使であり、故に死を覚悟しなければならなかったが、当のシオンはと言うと笑って翔太に切り返すのだった。

「そんなに私の身体は魅力的か?そうか…ならば透視能力など使わずとも見られるようにしてあげよう」

と言ってシオンは自らが身に纏う白衣に手をかける。そう、ストリップである。告死天使の残りの7人は彼女の取った突飛な行動に唖然としていたが
シオンが自分のブラジャーを外そうとしたところで一気に7人がかりで止めに入るのだった。

「シオン、あんたいつから痴女になったのよ!?」
「私はそんなものになった覚えはないが…ただ天野君が見たいというものだからその希望に沿おうとしただけだ」

アスナとシオンのやり取り。シオンの主張では患者の希望には最大限応えるというのが医者としての務めと言うが、
物事には限度と言うものがあるという残りの7人の説得により、なんとか全裸になるのは抑えられた。
が、先ほどの押し問答で床に散らばっていたシオンの白衣がしわだらけになってしまっていた。医者として不衛生ということで、洗濯に出すことにしたのだが
そうすると着替えがないかと思いきや、しっかりと持ってきていた。ただしそれは果たして医者の白衣ではなく、黒装束。告死天使のみが身に纏うことを許された
あの漆黒の衣装である。それにまずは右腕を通し、次に左腕を通す。次にファスナーを首のところまで上げてピタリと閉める。
最後にこれまた漆黒のズボンを穿いて着替えは完了である。シオンの普段着である白衣とこの漆黒の衣装は正反対であり、医者としての顔しか知らない
人間が見たらきっとそれがあのシオン・エスタルクだとは分からないであろう。着る服によってここまで印象に違いが出るということだ。

「アグゼス、あのシオンって女のことどう思う?告死天使とかいう集団も普通じゃないがあの女はその中でも特に…」
「危険な匂いがする、ということか。柚子、天使と言えば聞こえはいいが告死天使とは要するに死神のことだ」
「死神?タロットなんかで大鎌をもった骸骨のことか?」
「そうだ。あの大鎌はデスサイズと言ってな。それによって生命を刈り取るのが死神の役割と言う訳だ」
「なるほど…だがそんな彼らが味方についてくれれば心強い限りだ。期待しよう」
409 ◆p3cfrD3I7w :2010/04/11(日) 00:38:18 ID:RHQonDjH
柚子とアグゼスが声をひそめて会話を交わす。二人はあの黒装束から放たれる異様な雰囲気を差し引いてもシオン・エスタルクという女性が
どこか危険な部分があると敏感に察知していた。ただ彼女が先刻医者として完璧な処置を自分たちに施してくれたのもまた事実。
ここはチームの和を乱さないようにその点においてはしばらく静観しようというのが柚子とアグゼスの共通の見解であった。
と、ここでショウヤとユズキがシオンのもとに駆け寄る。そして、ショウヤがすがるように言った。

「なああんた医者なんだろ?ユズキは妊娠してるんだ。あんたは腕のいい医者みたいだし、ユズキの赤ちゃんを取り上げてやって欲しいんだ」
「…医者として最大限患者の希望にこたえるのが私の至上命題だが…私も私たちの世界でやるべきことがあるんだ。いつまでもこの世界にとどまるわけにはいかないな」
「そんな、命よりもそのやるべきことのほうが大切だっていうのかよ!それでも医者か!?この偽善者!」

そんな怒りに任せたショウヤの心ない言葉を浴びてもシオンは眉ひとつ動かすことはなかったが、奇妙な表情を浮かべる男が一人いた。
クラウスである。彼は常に笑っているのだがいつものような微笑みではなくどこか邪悪さを漂わせた笑みなのだ。そしてその邪悪な雰囲気は
ショウヤがシオンに暴言を浴びせるたびどんどん強くなってゆく。その雰囲気をただちに察知したのは告死天使の残りのメンバーたちであった。
アリーヤがクラウスの横に立ち、ほかに聞こえないように耳打ちをする。

「気持ちは非常にわかるが今は抑えろ。ここで貴様があの時のようになれば忍者を排するどころではなくなるのだ。だから今は抑えろ」
「わかってるよ。僕だってセフィリアにあんな姿は見せられない。だから彼を止めてくれないかな?本当に耐えられなくなってきたよ…」
「…わかった。フィオ!」

アリーヤがフィオを呼ぶと、彼女はなにも言わずにただアリーヤに頷きショウヤのもとに歩み寄り、ニコっと笑って彼に語りかけるのだった。

「ねえショウヤ君。命ってさっきいったね?確かに命は全てのことに優先されなきゃいけないけど、シオンちゃんもボクたちもまた守らなきゃいけない命があるんだ。
 だからこうしないかな?ユズキちゃんがもう産まれるってところになったら湯乃香ちゃんにまたこっちにシオンちゃんを呼んでもらえばいい。
 それまではユズキちゃんをシオンちゃんが書いた『妊婦さんの出産までの過ごし方(仮)』をもとに君やアリスちゃんたちに看護してもらうってことでどうかな?」

はたから見れば暴力、武力行使が必要に見える状況でも完璧な解決策を見出しそれを提案し、事態を収拾するという能力にかけてフィオは神の領域に
達しているといってもよく、それが自警団第一課課長に就任する上での大きな原動力になったのは言うまでもない。

「…わかった。その代わりユズキが産まれそうになったら必ず来てくれよ!」
「ああ、約束しよう。では私は『妊婦さんの出産までの過ごし方』を執筆するとしよう。おそらくは3日ほどで書きあがるだろう」

3日と言うとちょうど湯乃香たち7人の傷が癒える期間とイコールである。つまり、湯乃香たちは傷をいやし、シオンは執筆に勤しみ残りは忍者たちに警戒すれば
いいということだ。とここでいままでずっと沈黙を守ってきた湯乃香がついに口を開いた。

「告死天使のみんなは武器を取ってきたんだよね?どんな武器か見せてもらってもいいかな?」

彼女の唐突な言葉に顔を見合わせる8人。気がつけばクラウスが発していた邪悪な雰囲気も立ち消え、もとのほほ笑みへと戻っていた。
まずはリーダーであるアリーヤからということになり、彼女は背中にかけていた鞘に包まれた細身の刀を取り出した。
鞘から刀を引き抜くと、その剣の美しさに湯乃香たち7人はただ息をのむばかりだった。その刀は刀身が薄ら青に輝き、その長さは1mに及ぶ。

「この刀の銘は鬼焔(おにほむら)と言ってな。2年前ケビン様から譲り受けた刀だ。ケビン様によればこの刀は持つ者の心を試すということだったが…」

次はアリーヤの指名によりベルクトの番ということになった。彼はその手に非常に長い棒状の武器を手にしていて、
それは先端に鋭利な刃物が装着されていた。そう、ベルクトの武器は槍なのである。その長さは実に4mにも及んだ。
410 ◆p3cfrD3I7w :2010/04/11(日) 00:39:33 ID:RHQonDjH
「ヴォルケンクラッツァー。異国の言葉で『摩天楼』を意味する。槍は本来長いものだがこいつは群を抜いているだろう?それがさながら摩天楼のようだと
 ケビン爺様が名付けたのさ。それに俺自身、結構気に入っているからな。さてと次は…シオン。お前の番だ」

シオンは無言で黒装束の懐から2対のナイフを取り出す。その刃渡りは20cm。グリップの部分は漆黒に染められていて、刃の部分は
銀色に妖しく光っていた。そのナイフはサバイバルナイフのように実用性ではなくただ純粋に切れ味、つまりは殺傷能力のみを追求した作りになっていた。

「右手に握っているのがグランシェ。左手に握っているのがルシェイメア。神話に登場する狼と蛇の怪物の名からその名がつけられたそうだ。さて、次はアスナさん」

しかしアスナはシオンに指名されたのにもかかわらず先の3人のように武器を取り出すでもなくただファイティングポーズを取るだけであった。
しかし、その意図はすぐにわかった。彼女の両手にはメリケンサックが備え付けられたグローブがはめられていたからだ。

「あたしとクラウス君の武器はみんなと違って名前なんかないんだけど、あたしのスタイルはとにかく肉弾戦で相手をボコボコにすること。
 だからあの忍者たちが刀持って襲いかかってきても、こう『真剣白羽取り!』なんかやっちゃってさ。そのあと顔面に強烈な右を打ち込むわけ。じゃあ次、フィオ」

指名されると同時に彼女は懐から2丁拳銃を取り出す。忍者相手に拳銃は卑怯じゃないのかという翔太の指摘が出たが、忍者も手裏剣やクナイと言った
飛び道具は当然保持しているはずで、それならこちらも一人くらいは飛び道具の使い手がいないと不利という回答に至るのであった。

「右手がグレイス。左手がグローリー。神話に出てくる双子の天使からつけたってお爺ちゃんは言ってたよ。弾数はそれぞれ18発で、9mmパラべラム弾を使うんだ。
じゃあそうだね…次は、シュヴァルツ君…は武器を使わないんだったね。じゃあ、セオドール君、いってみよう!」

彼の手にはもうすでに武器が握られていた。セオドールの武器は…2本のネイルハンマーだった。大工が工事で用いる釘抜き付きの鉄槌である。
ただ、通常のネイルハンマーとは大きく違う点が一つあった。グリップの部分が拳銃のようにしっかりとしているのだ。通常、ハンマーなどの大工道具の
グリップ部分は大量生産を可能とするため木製で作るものだが、彼は武器としてそのネイルハンマーを所持しているのだ。故にものすごく握りやすい構造になっており
2年前ケビンからこれを譲り受けて以来彼は完璧にこの2対のハンマーをつかいこなしているのである。
セオドールの武器はかなり異質ではあったが、『裁きの鉄槌』という言葉があるようにハンマーこそ最も告死天使らしい武器という見方もできる。

「右手がボルドー。左手がブルゴーニュ。名前の由来は確かワインの産地からなんだよ。ハンマーの何の関係があるってんだろうな?じゃあ最後!クラウスいってみよう」

すると彼はぼろぼろのジーンズの裾をたくし上げ、靴を見せる。それは一見スニーカーのようであったがよくみるとジーンズにはおよそ似付かない
鈍い銀色の金属で足の甲の部分や踵の部分が覆われているのである。

「普通人間は腕の筋力よりも脚の筋力のほうが遥かに強いだろ?僕はここに注目したんだ。そこで僕が師匠から教わったのは…カポエイラだよ」

カポエイラとはキックを主体とした格闘技のことである。8人の師、ケビンは若かりし頃にこの格闘技を極めそれをクラウスに伝授したのだ。
クラウスの戦闘力は極めて高く純粋な格闘戦ならば告死天使の中で彼の右に出るものはない。だが、キックの威力を最大限に高めるために脚の筋力を
徹底的に鍛え上げたため、華奢な下半身とは反対に下半身はさながらトップアスリートのようになっておりアンバランスな肉体構造になってしまっているのだが。

「さてシュヴァルツ。君は武器を使わないとは言えそのスタイルくらいは披露してもいいんじゃないかな?」
「ええ、そのようですね。私のスタイルは幻術や催眠術。要するに相手の脳に直接干渉して意のままに操る能力だと思ってください」

さて、これで全員の武器ならびに戦闘スタイルの紹介が終わり、あとは湯乃香たちの傷が癒えるのを待つだけだが…
その頃、敗走した忍者たちはというとこの温泉界に湯乃香の許可なく勝手に構えたアジトにいた。5人のリーダー格である赤装束の忍者が跪き
正面の玉座のごとき豪華絢爛な椅子に腰かける年老いた男に必死に許しを乞うていた。
411 ◆p3cfrD3I7w :2010/04/11(日) 00:41:00 ID:RHQonDjH
「申しわけございません長老様。後もう一息でこの世界を制圧できたのですがすんでのところで告死天使なる集団に邪魔だてされ…」
「…もうよい暁(あかつき)。下がれ…刀を持ったそちたちを素手で追い払うような手練れが相手とあらば仕方あるまい…今回のそちの敗走については不問としよう…」
「ありがとうございます!次こそは必ずご期待に沿うて見せます!」

そして赤装束の忍者、もとい暁はその場を後にした。その背中を見送り、彼の姿が見えなくなったところで長老は一人の忍者を呼びだす。

「朝霧(あさぎり)、おるか…?」
「はっ、ご用はなんでしょうか?長老様」

玉座の裏、朝霧と呼ばれた忍者が長老に即座に返答する。

「そちに斥候を頼みたい。わしの右腕であるそちならば赤子の手をひねるようなものだが…暁らを追い払うような奴らが相手だ…油断せぬようにな…」
「はっ、かしこまりました。必ずや有益な情報を持って帰ってまいります」

と言って彼女は煙のごとくに一瞬で消えていった。朝霧はくの一であり、その実力は忍者軍団で頂点を極め長老から絶大な信頼を得ているのだった。
そんな人物がこちらに向かってくるとも知らず、ただ3日間傷を癒すのをのんきに待っている温泉界メンバーたち。果たして、彼らの運命はいかに…?

投下終了です。忍者の名前は、旧日本海軍の駆逐艦の名前がそれらしいものばかりなので
そこから引用したいと思います。
412或る老人の往生@地獄世界:2010/04/11(日) 15:57:17 ID:3TBm/1Fw
1/6

 其れは闇であり、光であった。病魔に侵され混濁する私の思考は、矛盾の中を当て所も無く
漂い、其れを成すが侭に受け容れさせた。時として壊れて久しい私の時計は過去の時間を
指し示し、鮮烈な映像を呼び起こすこともあった。それは幾度と無く繰り返した走馬燈であった。

 私は或る小作農家の三男坊としてこの世に誕生した。身体ばかりが無闇に大きかった私は、
度々乱暴騒ぎを起こしては父の怒りを買った。傍若無人な性分の矯正も兼ねて、父が徴兵適齢に
為った私を軍門に放り出したのは当然の帰結であった。苛烈を極めた軍隊の修練でも私の生来の
気質は直る事など無く、幾度となく問題騒ぎを起こしては、遂に昇進する事の無い万年一等卒に身を
落ち着かせるに至ったのだった。
 上官には疎まれ、同年兵からは蔑まれ、それでも軍内で食べた飯の数に物を言わせ、新兵達に
威張り散らしていた私を変えたのは、高瀬小隊長殿との邂逅であった。
 士官学校を出たばかりの新任少尉に私は随分な無礼を繰り返していた。だが小隊長殿は決して
誇りを失わず、凄然としておられた。そして幾度と無く繰り返された私への叱責に、部下への慮りを
欠く事も無かった。
 私は小隊長殿の叱咤の中に、励ましが含まれている事を感じた。それは私への期待であった。
万年一等卒に甘んじるのではなく、ゆくゆくは下士官として責任のある地位になってほしいと言う
願いの表れであった。
 小隊長の言葉の中で、私は始めて自分の姿を見つけた気がした。問題児という烙印ではなく、
一人の人間としての自分がその叱咤の中に垣間見えたのだ。だから私は始めて頑張ってみようと
言う気になれたのだった。
 一念発起して下士官の道を私は目指した。されど尋常小学校卒の無学な私には、上等兵への
門すら難しすぎた。私に頼れるのは小隊長殿しかいなかった。士官として多忙な日々を送っていた
筈の小隊長殿は、勉強を教えて欲しいと言う私の願いを快く引き受けてくれたのだ。
 一日二日と二人の勉強会が始まった。軍隊内の多忙な日々の中から爪に火を燈すような思いで
勉学に励んだ。そして遂に私は遠かった上等兵に任官したのだった。
 酒保で買った羊羹などで小さな祝宴を開き、よくやった、と私の肩を叩きながら我が身の様に
喜ぶ小隊長殿に、私は一生ついていこうと決心したのであった
413或る老人の往生@地獄世界:2010/04/11(日) 15:57:59 ID:3TBm/1Fw
2/6

 思えば高瀬小隊長殿は何時如何なる時も威風堂々としておられた。小隊長殿の凛然たる様は、
小隊の沈鬱な空気を幾度と無く吹飛ばしてくれた。

 其れは南太平洋の地下壕の中であった。
 海を埋め尽くした米軍の艦砲射撃の轟が鳴り響く地下壕の中で、着弾の衝撃と共にぱらぱらと
砂が舞い落ちる天井を皆が黙って見上げているときであった。
 此の壕を作った者は誰か、と小隊長殿は言われた。
 私達は小隊長殿の言っている言葉の意図が分からなかった。此の地下壕は我々が猿臂と鶴嘴で
作ったものであり、その中には小隊長殿もおられた。小隊長殿に限って其れを忘れた訳ではあるまい。
なのに何故そんな事を言うのかと。
 私達は何度か顔を見合わせ、遂に私がおずおずと言った。此の壕は我々が作った物であります、
と。
 途端小隊長殿は破顔されて言われた。そうだ、此処は我等が魂を込めて作り上げた陣地ぞ、
なれば此処は旅順に匹敵する大要塞なり、この程度の砲撃などおそるるに足りず、と。
 小隊長殿の言葉は自分達が作り上げた物に対する絶対的な信頼の塊であった。その信頼を
自分達にも持て、という小隊長の弁に我々ははっとなった。
 私達はもう一度顔を見上げ、振動に揺れる天井を見やった。木材の梁が渡された天井は、表面の
砂埃こそ振動で落としはすれど、崩壊の兆しは微塵も見当たらなかった。
 我々は遂に安堵の顔を作ると口々に言い合った。そうだ、おそるるに足りないぞ、と。

 其れは南十字が寒々と輝く闇夜であった。
 機関銃の銃声がばりばりと鳴り響く戦闘の一幕であった。
 島に上陸したアメリカ軍を撃退すべく我々は夜襲を敢行したのであった。だが最後の瞬間で敵に
察知され、機関銃の応射を受けたのであった。
 びゅんびゅんと頭を掠める弾丸に皆が震えながら伏せていると、小隊長殿は銃声の僅かな切れ目
をついて立ち上がって言われた。此の戦いこそ帝国男児の華ぞ、我に続け、と。
 白刃を煌かせ真っ先に飛び出す小隊長殿の勇猛さに勇気付けられ、私たちも立ち上がると、
敵陣地に向かって突貫したのであった。
414或る老人の往生@地獄世界:2010/04/11(日) 15:58:40 ID:3TBm/1Fw
3/6

 そして最期も瞬間も又、小隊長殿は立派であった。
 小隊長殿は決して無闇な突撃を命じはしなかった。機関銃の応射が再開すれば、皆に伏せを命じ、
銃弾から身を隠させた。
 砲弾痕の僅かな窪地に私達は身を隠した。闘志を熱くたぎらせ、銃声の切れ目を今か今かと
待っていると、突如目の前にごろりと手榴弾が転がってきたではないか。あまりの恐ろしさに私は、
ひい、と声を上げて固まるしかなかった。だが次の瞬間、隣から堂々と
した声が上がった。

「冥土で逢おう」

 それは隣にいた高瀬小隊長殿の言葉であった。
 途端小隊長殿は身を翻すと、手榴弾の上に覆いかぶさったのである。そしていくらか篭った
爆発音が轟いた。後に残るのは、四散した小隊長殿だった物の欠片であった。
 部下のため、戦友のため、手榴弾に身を投げる。堂々とした最期であった。

 小隊長殿を失った我々に去来した物は怒りであった。大切なものを奪った者への憤怒の感情で
あった。
 激情に駆られた私達は最早銃声など構うことなく果敢に敵陣地に飛び出していった。死をも怖れぬ
突貫は敵陣地に達し、遂に此の陣地を奪い取ることに成功したのであった。太平洋の広大な戦場に
あっては其れはとても小さな、されど珠玉の如く貴重な勝利であった。
 陣地に日の丸を掲げ、勝利の雄たけびを上げた我々は、隠し持っていた金平糖や羊羹を持ち合い、
ささやかな祝宴を開いた。そして軍神となった小隊長殿に即興の歌を作って捧げたのであった。
415或る老人の往生@地獄世界:2010/04/11(日) 15:59:21 ID:3TBm/1Fw
4/6

 思えば此の瞬間が人生の頂点であったと私は思う。
 小隊残余の凱歌の後は地獄の様な耐乏の日々であった。南太平洋の端で孤立した島への補給は
潜水艦を用いたささやかな物に過ぎず、食料物資は瞬く間に欠乏した。
 米の配給は小隊全体で一握りを下回り、その僅かな米を湯で膨らしたいと願っても炊事は無理な
相談であった。竈の火のほんの小さな煙でも敵はたちどころに発見し、唸りを上げる航空機が爆弾
を降らしたのだ。我々は泣く泣く飯盒を放棄し、米を生で齧る他無かった。
 更に追い討ちを掛けたのがマラリアだった。度々降りしきる南国特有のスコールは、壕の中を水で
浸し、各所で出来上がった水溜りは蚊の絶好の繁殖場所となった。薬が絶えて久しい此の病に一人
二人と戦友は倒れて行き、遂には私も又倒れる事となった。じめじめとし、むっとした熱気が渦巻く
地下壕で身動きすら叶わなくなった私は、自らの汚物に塗れながら、只じっと体力の消耗を抑制する
しかなかった。
 高熱にうなされ、度々失いかけた私の意識を繋ぎ止めたのは矢張り高瀬小隊長殿であった。
 出征し内地を離れ、此の南太平洋の孤島に着いた時から死は覚悟していた。だが、此の様に地の
底で汚穢に塗れ、情けなく死ぬのは真っ平御免だった。死ぬのならば高瀬小隊長殿の様に立派に
華々しく死にたかった。高瀬小隊長殿に救われた此の命、だからこそ同じ様に自慢できる使い方を
したかったのだ。
 高瀬小隊長殿という確固とした支柱をもった私の精神は、私に一夜二夜と夜を越えさせ、そして遂に
陛下の御聖断まで命を繋ぎ止めるに至ったのだった。
 かくして死地から生還し、二度と踏まぬと思った祖国の地を踏み締めた私に去来したものは虚脱感
だった。死に場所を失い、東京の焼け野原の如く空虚で閑散とした思いであった。
 圧倒的な脱力感の中で、其れでも私は此の侭野垂れ死んでは小隊長殿に申し訳が立たぬと自分を
奮い立たせた。生計を立てる為、軍隊時代では裁縫が得意だった事、南太平洋では擦り切れた軍服
の修繕で戦友から感謝された事を思い出し、足漕ぎミシンを買って小さな小さな縫製工場を開いた。
416或る老人の往生@地獄世界:2010/04/11(日) 16:00:01 ID:3TBm/1Fw
5/6

 其れからの半世紀は我武者羅に生きた半世紀であり、過ぎて見ればあっと言う間であった。
 東京の焼け野原には雨後の筍の如く建造物が林立し、最期には目も眩む様な高さの東京タワーの
完成に至った。そして誉れ高い東京オリンピックが開催し、瞬く間に終了する。高度経済成長を脇目も
振らず駆け抜けたがために、大阪万博の目玉、月の石を見る事は終ぞ叶わなかった。
 二度に渡るオイルショックを切り抜け、身体の節々が痛み出し、そろそろ引退を考え始めた時に世は
バブルの熱に浮かされていた。大学から帰ってきた息子達に縫製の基礎を叩き込み、隠居の準備を
していた所で不運にもバブルが弾けた。
 転がり落ちる工場の業績に歯止めを掛けようと、私は老体に鞭を打って日本全土のみならず、
東南アジアや懐かしの南太平洋まで駆けずり回った。その果てに待ち受けていたものは、階段を
上っている時に起きた突然の意識喪失であった。混濁した意識の中で私は医師の声を確かに聞いた。
脳卒中だと。そして全ての感覚を失い、追憶の世界に身を落として、私は時を忘れた。

 唐突に終わりを告げた私の半生は、思えば思う程に悔しかった。
 家庭は決して温かではなかった。家族を蔑ろにし、ひたすら仕事に明け暮れた私を、きっと妻も子も
恨んでいるだろう。
 今頃妻は清々したと私を哂い、息子達は傾いた会社を潰し、余った金で旅行でもしているのではないか。
 小隊長殿に救われた命は終ぞ誰も救わぬ侭終わりを告げようとしている。
 病室のベッドに横たわり、屎尿の世話すら自分では叶わぬ今の私は、南太平洋の地の底で死を拒み
続けたあのときと如何程の違いがあろうか。結局自分はあの時と変わらぬまま、何も残すこともできず
に死ぬしかないのだ。
 もし高瀬小隊長殿が生きていたなら、と私は繰り返し考える。どんな時でも凛然とした眼差しを無くさず、
部下の危機には自らの命を躊躇無く投げ出した高潔な精神を持った小隊長殿が生きていたならば、
あの時手榴弾に身を挺したのが自分であったならば、きっと私よりも多くの人を幸せにできたであろうに。
 蘇る高瀬小隊長殿の最期の姿に私は後悔と憤りを込めて自分に叫ぶ。何故あの時自分が飛び込まな
かった。何故自分が身代わりにならなかった。
 悔しさに歯噛みしたくとも顎は動かず、激情に駆られ拳を振り上げ様とも、腕は全く持ち上がらない。
嗚咽の涙すら奪われ、吐き出す事の叶わぬ私の慙愧は自身に対する極寒の失望となって私の意識を
飲み込んでいく。
 やがて寒い暗澹の底で意識は混濁を始める。くるくると回る走馬燈はこうして最初に戻るのであった。
417或る老人の往生@地獄世界:2010/04/11(日) 16:00:42 ID:3TBm/1Fw
6/6

 私の目が唐突に光を捉えた。それは死期を悟った私の身体が蝋燭の最期の瞬間のように身を燃え
上がらせて作った最後の奇跡なのかもしれない。霞んでいた視界が少しずつ晴れ上がっていき、遂に
私は久方ぶりに外の世界を見たのだった。
 最初に見たものは心配そうに私の顔を覗き込む妻の顔であった。私と目を合わせた妻は皺だらけの
顔をさらに皺くちゃにして喚起の涙を流す。その後ろでは記憶よりも随分と頭が禿げ上がった息子の
姿があった。その隣では今風のけばけばしい格好をした孫が立っている。その胸には見たこともない
赤子の姿があった。恐らく私の曾孫なのだろう。
 間違っていた、と私は反省した。同時に私は感激に満ち溢れていた。
 今私を囲む家族達は私が生きた証であった。そして同時にそれは高瀬小隊長殿が生きた証でもあった。
高瀬小隊長殿から受け継いだ命は、確かに受け継がれて此処にいる。そして繋いだその命、その家族
に看取られて死ぬ。歴史書に残る多くの英傑が望み、そして叶わなかった夢。此れ程の大往生が何処に
あろうか。
 私は決して惨めな最期を送ってはいなかったのだ。高瀬小隊長のように、堂々とした誉れ高い死を今
迎えようとしているのだ。
 失っていた筈の涙に、視界が滲んでぼやけていく。同時に白く霞んで消えて行く。最早二度と見る事が
無いだろうと悟りながら、私は終始満足感で一杯だった。

 白い光に包まれながら私は懐かしい声を聞いた。其れは今は亡き戦友の声であった。光の向こうで
私を呼んでいるのだ。
 中村上等兵の姿がそこにはあった。田中上等兵もいる。戦後靴べら工場を興した岡野伍長がいる。
ガラス工場の工場長だった高橋軍曹もいる。他にも、他にも。そしてその中心には、あの高瀬小隊長の
姿もあった。
 私は自然と敬礼していた。右腕は驚くほど軽やかに上がった。
 小隊長殿には言いたい言葉が沢山あった。だけどそれは感激の渦に飲み込まれ思い出せない。
 ならばせめて、堂々と、有りの侭のことを言おう。

「高瀬小隊長殿、自分は立派に死にました」
418或る老人の往生@地獄世界:2010/04/11(日) 16:02:55 ID:3TBm/1Fw
無断ながら地獄百景より高瀬中尉をお借りいたしました。
申し訳ありません。
気に入らなければこの話無かったことにされて構いません。
419 ◆p3cfrD3I7w :2010/04/11(日) 17:14:49 ID:ksS4/66r
楽しく拝見させていただきました。シェアードワールドなんですし、
無断がどうとかいいっこなしにしませんか?
僕も廃民街の名探偵、アシュリー少尉の憂鬱、ゴミ箱の中の子供たちと本編中で3作品も
クロスしていますがそれがシェアらしくていいという感想を貰っていますし。
今後も楽しみに投下お待ちしております。
420創る名無しに見る名無し:2010/04/11(日) 18:00:48 ID:aR1qTz8y
>>419
シェアードワールドだからこそ気遣いはあってもいいと思うんだけどね。
シェアワ=なんでもかんでもすき放題じゃないわけだし。
421創る名無しに見る名無し:2010/04/11(日) 18:47:39 ID:87KEglh8
>>419-420
とりあえず、基本的にはせっかくのシェアワですから基本は自由で結構だと思いますね。
ただ、私のキャラがパッと出の変なキャラに説明も無くむごたらしく殺されたら哀しいわけで、
そのあたりは互いに敬意を持てばいいと、私は思いますね。

ともあれ、卑屈すぎる私の性分のせいで妙な流れになって、誠に申し訳……あ、これもか。
422創る名無しに見る名無し:2010/04/11(日) 19:04:44 ID:aR1qTz8y
とりあえず細けぇことは気にすんなの精神でw

こちらこそ本当にごめ……あ……
423 ◆p3cfrD3I7w :2010/04/11(日) 19:23:55 ID:ksS4/66r
もとはと言えば僕が変な横槍を入れなければこんな流れにはならなかったわけで…
大変失礼致しました
424創る名無しに見る名無し:2010/04/11(日) 20:05:43 ID:XXvjaNN0
ではここらで感想をば
告死天使は皆戦闘スタイルが違うのか。
この後どうなるのかに期待です!

軍人さんの死に際に泣いた。
上手いなぁと感心することしきりで、自分も書くならこういう文章を書きたいものだなあ
425 ◆GudqKUm.ok :2010/04/11(日) 23:31:59 ID:I42NdlX+
どちらも投下乙です!!

しかし、忍者暁→告死天使たち→湯乃香たち→怜角→高瀬中尉→或る老人(是非最終階級と氏名が知りたい…)、としっかり繋がりが有るのはなんとも感慨深いところです…

426創る名無しに見る名無し:2010/04/12(月) 08:31:08 ID:ntVazK28
投下乙!!なんとも重厚な・・
427創る名無しに見る名無し:2010/04/12(月) 19:19:38 ID:+gZ1BP1d
※現在このスレでは4つのシェアードワールドが展開されています。
 この世界、俺が盛り上げてやろうじゃん!てな方はお気軽にご参加を!

○まとめ http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/286.html
○避難所 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1265978742/
○今週の更新
・地獄世界
 >>412-417 或る老人の往生
・温泉界
 >>408-411 温泉界へご招待 〜忍者軍団〜
428創る名無しに見る名無し:2010/04/12(月) 21:53:07 ID:AhCQAB/p
まとめ乙です!!
誰か次のイベントの面白いアイデアない?
429創る名無しに見る名無し:2010/04/12(月) 21:58:50 ID:+gZ1BP1d
舞台はやっぱり温泉界かな?
季節感があるものがいいなあ、なんてw
430創る名無しに見る名無し:2010/04/12(月) 22:27:41 ID:AhCQAB/p
一編投下があれば、ネタは膨らむんだけどねw
まあ天野くん&湯乃香は番外編メインキャラになりそうw
431創る名無しに見る名無し:2010/04/12(月) 22:31:05 ID:+gZ1BP1d
天湯は同意w
司会ポジションとかでもアリだなw
432創る名無しに見る名無し:2010/04/13(火) 15:35:18 ID:bagfxS1B
しかしデフォで全裸(一応シャンプーハット)ってのは文章媒体だからこそのキャラクターだよな
イラスト化できねえ…
433創る名無しに見る名無し:2010/04/13(火) 16:23:22 ID:GotLSEum
彼女にとっての衣服とは、僅かな湿気と暖かみを帯びる
「湯けむり」そのものなのではないだろうか。
434創る名無しに見る名無し:2010/04/13(火) 16:27:27 ID:CkXSfczb
逃走中in温泉界
忍者軍団が去った後、温泉界に今度は謎の黒スーツの男たちがあらわれる。その中の一人によると
制限時間90分以内に我々から逃げ切ることができれば、生き残った者全員に賞金を与えるというものだった。
この男たちからの挑戦に名乗りを上げた湯乃香たち温泉界メンバーは過酷な鬼ごっこにその身を投じるのであった。

っていうのはどうだろう。
435創る名無しに見る名無し:2010/04/13(火) 17:47:56 ID:kVkBFfyr
その前にサウナ我慢大会を開くべきでは
436創る名無しに見る名無し:2010/04/13(火) 19:06:09 ID:d+cVeNFZ
花見も捨てがたい……
437創る名無しに見る名無し:2010/04/13(火) 20:44:47 ID:kVkBFfyr
>>432->>433
つまり湯煙で局部をぼかして描けばイラスト化できる!
438避難所より代理(同意見1名含):2010/04/13(火) 20:55:31 ID:d+cVeNFZ
湯乃香ちゃんのイラスト化キボン
439 ◆p3cfrD3I7w :2010/04/13(火) 21:45:14 ID:CkXSfczb
僕もぜひ湯乃香ちゃんのイラストを希望したいです。それで新たなアイデアが生まれるかもしれませんし。
440創る名無しに見る名無し:2010/04/14(水) 02:19:25 ID:v2KTaIbW
亜人スレのプリンの妖精もシェアに巻き込むか?w
441創る名無しに見る名無し:2010/04/14(水) 18:30:28 ID:v2KTaIbW
スレストだと!
第四話「春宵の 月満ち充ちて 恋焦がる」



――殺しちまったらすまん。

それは人間が吐いたとは思えぬほどの、自惚れと傲慢に満ちた言葉だった。
だというのに、私は胸の内に湧き起こる得体の知れない焦燥感を抑えきれずにいる。

青年は明らかに間合いの外であるにも関わらず、地面に刺さした棒を力強く滑らせ、裂帛
の声を上げた。瞬間、接地点から褐色の飛沫が上がり、稲妻のような斬撃が地を走る。

想像を絶したその技を目の当たりに、エリカ様は受けることすら危険と察したのか、直撃
寸前で上空へと退避する。しかし青年はそんな事お構いなしとばかりに地面から棒を振り
抜いた。
目標を失ってもなお地を裂き続ける驀進。そこで私はその正体に気づき、驚愕する。

走る斬撃――否、それは地面を抉り上げる長大な刃であった。

息をつく間も与えず、二十尺を越える蒼刃がエリカ様へと襲いかかる。一瞬早く邪の目を
開いてそれを防ぐも、眩い閃光と共に弾き飛ばされてしまった。
よもや人間がここまでの術を身につけているとは思わなんだ。いや、あの青白い光は人の
持つ力ではない、むしろ我々妖魔の気に近いものに思える。

「もう、あったまきた!」

とはいえそれも巨大さゆえ取り回しが大雑把になるのか、完全に振り抜かれた巨刃は次の
太刀までに時間がかかるはず。
今この場に限ればこちらが有利、加えてこれが最期の駆け引きになるだろう。エリカ様も
そこを逃さず空中で体勢を整えると青年に向き直り、邪の目を先端に高速の矢と化す。

一時はどうなることかと思いきや、これで勝ったか、と胸をなでおろした時、青白い刃が
ふっと姿を消した。
刹那取り戻される暗闇。青年へ目を移せば軽々と棒を取り回し、真っ直ぐエリカ様に向け
直している。それはもはや棒とは呼べぬ、蒼い輝きを槍頭に付した退魔の槍。

「悪く思うなよ」

鍛え抜かれているのだろう、細身ながらも引き締まった青年の腕が光る槍を打ち出した。
絶叫――。
輝く満月の中、まるで番えた弓のように、胸を貫かれ仰け反るエリカ様の姿が。
夢とも現実ともつかないその光景に、私はただ呆然とすることしか出来なかった。

やがて力なく地に落ちる我が主。巻き上がっていた土煙と芝生が收まったころ、ようやく
自身を取り戻した私は、硬直の解けた身体を走らせ、倒れるエリカ様の元へと駆け寄る。

――エリカ様!

私は大変なことをしてしまった。己が知識に溺れるが故、主の力を過信するが故、とんで
もない計り違いをしてしまったのだ。
なぜ途中で気づかなかったのだろう、なぜこんなことになるまで見惚れていたのだろう、
私は一体、どこまで愚かな従者なのだろうか!

「心配すんな。そんぐらいで死ぬようなタマじゃねえよ」

傍らに立つ青年の言葉を受け、恐るおそるエリカ様へ前足を伸ばすと、はだけてあらわに
なっていた胸が僅かに上下していることに気がつく。
私は夢中で身体を揺らした。するとエリカ様は「茶箪笥のビスケットが……」などと意味
不明のうわ言を漏らされた。

――よかった!

ビスケットをどうされたいのかは分からないが、とにかく全身の力が抜け、溶けるような
安堵が胸を満たしていく。ほどなくして溢れた安堵は涙となって視界を滲ませた。

「これに懲りたらあんまり人襲うなよ。お前もな」

青年は棒を肩に乗せると私の頭を二度ほど撫で、ごろごろと鳴る喉を確認すると森の奥へ
姿を消していった。



† † †



それから何時間か過ぎ、エリカ様は湿った芝の上でようやく意識を取り戻して、弱々しく
上体を起こした。一度腰を上げてしおらしく座りなおすと、どこか気落ちした風に小さな
ため息をつく。
やがて何か言いかけ、しかし苦しげに胸の傷を押さえる。そこから滲むのだろう悔しさに
唇を噛み、強く閉じられた瞼から一筋の涙が零れた。

久眠から醒めたばかりとはいえ、たかが人間ごときにあのような失態を晒したとあっては、
相当な屈辱であろう。
私はそんなエリカ様の姿に胸をほころばせ、浮かんだ微笑みと共にそっと声をかけた。

――エリカ様、その胸の痛みこそが「恋わずらい」に違いありません、と。

はっと向き直るエリカ様。私は月へ目を移し、自信をもって諭す。
恋に落ちた乙女というのは、まるでぽっかりと胸に穴が空いたような心持ちになると云う。

「……ほんとだ、穴が開いてるわ!」

人間ごとき下等生物ならともかく、格式高き蛇の目家の当主であるエリカ様ともあれば、
実際胸に穴が開いてしまってもなんら不思議はない。それは後ろの景色がはっきり見える
ほど見事なものであった。
青年の棒(おそらくあれが彼の「男根」なのだろう)により貫かれ、月光を浴びて迎えた
絶頂。人間以上の力をもった青年と、妖魔であるエリカ様にとっては、今ここで行われて
いた戦いそのものが性行為、つまり「恋愛」だったのではないだろうか。

「なるほど!

私の知り得ていた知識など、所詮は書庫にある本で得たものばかりで、恋の知識に関して
は人間同士のものしか持ち合わせていなかったのだ。
目を丸くして頷くエリカ様を「どうです、今すぐにでもあの青年に逢いたいでしょう」と
小突いてみると、頬に手をあててしばし考えたあと、こくりと小さくうなずいた。

「逢いたい……」

胸に開いた「恋の穴」を優しくさすりながら、薄く目を閉じ、空を見上げる。
その紅い瞳に映る月には、きっとあの青年が微笑んでいるに違いない。

「逢って、滅茶苦茶にしてやりたい……」

私はくすりと一つ笑い、お盛んですね、と言葉を添えた。
今日は一旦屋敷へ引き上げて、明日また青年を探し出し、存分に行為に励みましょう。
そう締めくくるとエリカ様は「そうね!」と立ち上がり、大きな翼を羽ばたかせた。

「これが――この気持ちが恋なのね!」

恋とはそれ即ち性行為を示し、また妖魔にとっての性行為とは、戦いを示すのだ(と思う)
当初の予定よりも少々時間はかかりそうだが、主の成長を見守る従者の気持ちというのは
中々悪いものではない。
全ては順調、気分は上々。私も首に回されていた大きなリボンを翻し、主の後を追った。



つづく
445創る名無しに見る名無し:2010/04/15(木) 21:53:10 ID:SvMgRiPB
投下終わりです。
間が開いてしまいましたが感想など。

>温泉界へご招待 〜忍者軍団〜
忍者にも組織があるのかw
そっち側にキャラを加担させるのも楽しそう。
告死天使はシュヴァルツが一番やばい感じがする。

>或る老人の往生
なんともこれぞ地獄世界という感じが良いですなー
辛い思い出も、悲しい別れも優しく(?)包んでくれる。
地獄世界のツボをついている感じますた(って大げさですか)
446避難所より代行:2010/04/16(金) 00:11:13 ID:MP2WD8gc
本スレ>>444
投下乙!! なんか凄惨な『恋』の行方はwww
447創る名無しに見る名無し:2010/04/16(金) 00:19:58 ID:MP2WD8gc
青年のって長くて逞しいのね!?
そしてなんかもう猟奇的な恋だなあwwむしろ濃いwww

そしてこの青年、匠で合ってるのだろうか? 別人だろうか?
448創る名無しに見る名無し:2010/04/16(金) 07:24:40 ID:vIIstGP7
最初はキャラ壊してたら申し訳ないなあと、ぼかしてはいたんですが
キッコという名称を使って頂けたので、これはもう匠くんですと断言せざるおえない
449 ◆mGG62PYCNk :2010/04/16(金) 09:50:45 ID:MP2WD8gc
断言されたので俺は狂喜乱舞せざるをえない
――全裸でだぞ?
450創る名無しに見る名無し:2010/04/16(金) 18:13:06 ID:i/g5hybq
エリカ様と従者のどっちを突っ込めばいいんだwww
451「正義の定義〜英雄/十二使徒〜」代行:2010/04/16(金) 23:56:11 ID:MP2WD8gc
遅れましたが投下いくよー

魑魅魍魎が跋扈するこの日本…未知の驚異に晒されながらも、人々は何とか今日も生きている…。
英雄などは存在しない。そこにあるのは壮絶な現実である。英雄などは幻想の中の存在である。

 しかし、その幻想を現実にしようとしている者達がいた…

 これは…正義を知らない英雄達の物語である…


――――…


 「あーもー、この車もっとスピードでないの〜?もっとこーさー!」
 宵の刻。夜の闇が大地を支配する。そんな暗闇の中を一台の車が走る。
 「夜ですからね…燃費相性の悪い魔素だけで走っているのですから、当然ですわ」
 後部座席の右側。金髪でポニーテール。大きなリボンが良く目立つ少女はそう語る。そこはかとなく気品が感じられる…お嬢様と言ったところか。
 「だから、あまり無駄遣いはしないように!」
 「わーってる」
 前部座席に座る二人。運転している方はチリチリ頭の天然パーマの男。右の座席はサイドテールで右にその艶やかな黒髪をまとめたおっとりとした少女が座っていた。
 「ホントにわかっていますの?」
 「……二人とも、静かにして欲しいのですが」
 後部左座席の少年が呟く。とまぁ、若い男女が4人…他愛もない会話が車内で交わされ、年相応の若者達といった仲睦まじい光景ではないか。
 しかしながらここは日本。絶対的な平和など保証されていない…無法地帯。今宵も良い月が出ているのだ、こんな日には特別豪華な夕飯を頂きたいものである。夕飯には少し遅すぎる気がしないでもないが…

 異形達が肉を求め、疼きだす。

 「…青島先輩、あれ…」
 一人の少年が車両前方に見える何かに気がつく。こんな夜中に人影…なんて事はある訳が無かった。

 「ほぇー、敵さんですかい?」
 「えぇ!?なんだよ早く帰りたいってのに…」
 車は徐々に速度を落とし、人影の正体が肉眼でわかるかわからないか…といった距離のところで停止した。

 「獣型って所だべ?」
 「上位種かもしれませんし、気を抜かないに越したことはありませんわ」

 オ…オオー…

 「ん…一匹じゃなかったのか?」
 まるで車が止まるのを確認したかのように暗闇からぞろぞろと現れる異形達。数分も経たずに男女4人を取り囲んだ。闇に紛れるは魔の物の得意分野。やっぱり怪物っていうのは、夜の闇が好きなものなのだろうか?陳腐な一般論であるが。

 「あちゃー、囲まれちゃったねぇ〜」
 「青島ちゃんのせいだわよーこれは」
 「何で俺の…」
 「何無駄口叩いていますの?いきますわよ!」
 「……さて、と」

 男女4人ははそれぞれ黒くて四角い物体を取り出す。

 「システム『大裳』…展開!」

 一人の少年がそう叫び、四角い物体を手のひらに合わせる。と思ったら、頭上それを高く放り投げた。

 そうして最高点に到達した瞬間、発光。黒かった四角い物体が青白く輝き出し…

 辺り一面はその青白い光りに包まれた…
452「正義の定義〜英雄/十二使徒〜」代行:2010/04/16(金) 23:57:05 ID:MP2WD8gc
 「第十英雄、…裳杖 洋介(もうじょう ようすけ)」

 光が収束する。するとそこには夥しい数の武装に身を包み、機械的で大きな鎌を担ぐ先程の少年の姿があった。少年の名は裳杖 洋介。第十英雄と名乗っていたが、どういう意味かは分からない。

 「あなた達もさっさと作動させてくださいよ」
 「相変わらず厨二クール(笑)だねぇ洋介くんは〜」
 「うるさいですよ…」
 「じゃ、ぼちぼちいくとしますかァ」

 「システム…『白虎』…解凍開始…」ベーンベンベンベンヘ-゙ンヘ-゙ン
 「刮目なさい、私の『貴人』を!」
 「システムダウンロード…『青龍』…!!」

 他の三人も高虎と同様に四角い物体を放り投げる。

 「第十一英雄、白石 幸(しらいし ゆき)けん………………ざぁぁぁーん!」
 「第六英雄、北条院佐貴子(ほうじょういんさきこ)正義の名の下、悪を成敗します!」
 「第五英雄、青島竜太(あおしまりゅうた)…オレって、かっこいいぃ〜!」

 三人ともそれぞれ違った装備に身を包む。それは今の日本には不自然すぎる程の先進科学的な装備。かつて人々が夢見た近未来の科学を思わせるそのフォルムは人工物でありながら偶然的に芸術性を醸し出している。


 「さあ、英雄様の活躍…とくとその目に焼き付けるんだなァ!!」 


 異形に突っ込んで行く青島。それに他三人も続いていった…


――――


近代、日本政府は異型の出現を発端に縮小、無力化していった。今や見る影もないのは周知の事。そんな事態を科学省の人間の内何人かは読んでいたのか、早い段階で省内の有志を集い、早々と政府から独立した…そんな機関があった。国の再興を目的とする「再生機関」である。
 世の中は魔素研究に多くの学者達が流れ、魔素を取り入れない機械工学などは瞬く間に姿を消すこととなった…表向きでは。
 しかしそこはかつて技術大国であった意地である。再生機関は極力魔素を使わない機械工学を存命させるべく細々と研究と開発を進めていた。全ては目的のため。日本が再び技術大国になれる未来を信じて。


〜再生機関地下本拠地〜


 「おいィ…裳杖達はまだ帰ってこないのか…」
 目つきの悪い男が一人、ソファーを独り占め。そこには物という物がなく、ある物といえばソファーだけという、質素な部屋だった。
 「もしかしたら…何か良くないことにでも巻き込まれているんじゃないかしら…」
 「どーせ異形どもの相手だろーが…あー、誰かポックリ逝ってるかもな?」
 「炎堂君!いって良い事と悪い事があるでしょう!!」
 一人の女性が声を荒らげる。炎堂と呼ばれた男は苦笑いをし「悪かったって、冗談だよ、冗談」と本意ではない旨を伝えるが、彼女…冴島六槻(さえじまむつき)の機嫌は治らない。
 重い空気が流れる中、ガチャリと部屋の扉を開く音がする。
453「正義の定義〜英雄/十二使徒〜」代行:2010/04/16(金) 23:58:40 ID:MP2WD8gc

 「…ただいま帰還しました」
 「疲れたー。飯にすんべ〜」

 部屋に入ってきたのは、丁度話題に上がっていた裳杖達。仏頂面だった冴島の顔が緩む。
 「おかえりなさい。大丈夫?怪我はなかった?」
 「私達は子供じゃありませんわ」
 「本来ならお前ら学生だろーがガキ共…」
 「…やーれやれ、相変わらず炎堂さんってば、感じワリーや」
 炎堂虻芳(えんどうあぶよし)。感じの悪いおっさんらしい。偉そうに足を組んで高圧的な態度を見せる。少なくとも人が良さそうには見えない。
 「なんか言ったか青島ァ…」
 「ヒィ!?何でも無いです」
 …ヤクザも真っ青の睨みを利かせる炎堂。睨まれた青島の心境は専ら蛇に睨まれた蛙。
 「ん?虻芳だけに…蛇睨み?」
 「全然うまくねぇんだよぉぉぉぉッ!」
 「さ、サーセン!!」

 
――――

 再生機関…地下に本拠地を構えるこの組織。裳杖達が属す世直し的機関である。目的は国を復興する事。活動内容は主に異形の討伐と他自治体との連携構築。有志の勧誘である。
一見、途方もない計画に思える…しかし再生機関には苦労して培った科学力がある。それが唯一の強みであり、頼みの綱だ。
当時の日本の科学力を受け継ぎ、今も尚発展させているのはこの機関ぐらいのものだろうと思われる。現にこの国は既に旧時代の文明から離れ始めている。これも時代の流れか…。

 「さー飯だ飯だぁべよ〜」
 夕食…時間的には朝食か。食堂に一番乗りしたのは白石。機関と言っても人はそう沢山居る訳ではない。元々人手不足であり、今も常に人手が足りていない。時刻は午前4時。食堂に全く人がいないのも仕方ないことかな…
 「あら、白石さん。あなたもお食事?」
 同じくして北条院が食堂に訪れる。チャームポイントの大きなリボンは外し、髪を下ろしてるようだ。
 「裳杖ちゃんは?」
 「寝たようですわよ…まあ、お疲れになっていたようですから…」
 「貧弱だなぁ…」
 「白石さんは元気ですわねぇ…」
 「そんなことないよぉ〜?今にも死にそうだよ〜」
 その割には随分と元気である。その手にはいつの間にか大量のおかずを乗せたお皿が…


 「ところで、十二番目の話…白石さんは聞きました?」
 「ああー、何かそんな話してたねぇ…うまうま」
 おかずを口に運ぶ白石。食べながら喋るのは行儀がよろしくない。そんな彼女の横を「隣、よろしいかしら?」と、北条院が座る。小食なのか、白石のご飯と比べるとささやかな量が余計に目立つ。
 「十二番目の英雄…どんな方なのでしょう…?」

 英雄…現在、再生機関には11人の英雄が在籍している。
もっとも、英雄とはそのままの意味ではなく『対異形戦闘英雄武装システム』の装着者の事を指す訳で。機関の技術のすべてを注ぎ込んだ兵器…科学者達は魔法にも負けないと自負しているようだ。
 炎堂を始めとした11人の英雄。その中には裳杖や白石達も含まれている。彼らは皆、当時の科学省の関係者やその子供という人間で構成されている。

 「でも、仲間が増えるんだから…楽しみな事には変りないべさ〜」
 「乱暴な方じゃない事を祈るばかりですわ…」
454「正義の定義〜英雄/十二使徒〜」代行:2010/04/16(金) 23:59:20 ID:MP2WD8gc
 「ふぅ〜…いい湯だった…こんな時代でも暖かいお湯につかれるってのは、ありがたい事だよなぁ〜…」
 風呂上りの青島。どうやら彼は帰還して真っ先に風呂に入ったようだ。施設はオール電化。最近は魔素を電気に変換する事も可能になったようで、そうそう電気切れになることはない。
 「あ…青島くん…帰ってたんだ…」
 反対方向から歩いてくるおとなしめの雰囲気を放っている少年。
 「おおー辰興君、そっちも仕事終わったの?」
 名は陣 辰興(じん たつおき)。彼もまた英雄であり、第四英雄冠する。
 「仕事じゃなくて…、再生活動だよ。僕らは英雄なんだから…」
 「おーそうだった!俺達英雄だもんなぁ〜!」
 わざと照れくさそうに言い、自慢げに語る。そんな青島を陣は無表情で見つめていた。まるでマネキンのように、ピクリともせず。それは若干の不可解な悍ましさにも似た何かを感じさせた。青島が視線を陣に移した時にそれはすっかり消えていたが。
 「…ん?なんか俺の顔についてる?」
 「別に、何も…」
 
 「今回の件はどうだった?」
 「異形の討伐と…そのサンプルの採集だって…陰伊さんと…あと、武藤玄太も一緒だった…」
 「武藤って…あいつかよ…災難だったな…」
 「別に…」
 「はーん…」
 会話が弾まない。ほどなくして二人は何も話さなくなった。陣はあまり積極的に会話するタイプではない。それを青島は知っていた…だから無理に話を振ろうとはしないのだ。なんとも微妙な関係であった。

――――

 「…」
 自室に戻った裳杖は何をする訳でもなく、ベッドで横になっていた。まっさらな天井。ただただ閉鎖的で、冷たい空間。暖かい日の光は、ここには届かない。
 「寝るか…」
 瞳を閉じようとしたその時、ドンドンと部屋の扉を叩く音がやかましく裳杖の耳へと侵入する。次に聞こえてきたのは、うるさい中年の声。
 「おーい、裳杖ォ!おきてるかァ!!」
 「…全く」
 のそのそと立ち上がり、部屋の扉へと移動する裳杖。扉を開けると、そこにはむさいおっさんの顔…炎堂の顔が…
 「よお、悪いな寝るとこだったんだろ?」
 「…わかっているならもっと静かにしてくださいよ」
 「馬鹿か。起こそうとしてんのに静かにしてどうすんだ?あ?」
 「はぁ…」
 瞼を擦り、もう寝たいという雰囲気を醸し出すも炎堂は無視である。必死のアッピルも無駄か。
 「それで、何の用ですか…」
 「あー明日よ、いや今日か。十二番目のお披露目があるからよ。10時には起きろよ」
 「十二番目…ですか。炎堂さんは知っているんですか?十二番目の事」
 「さーな。大和局長聞いても教えてくんねーから…ま、楽しみにしておくんだな…」
 「…で、用はそれだけですか?」
 「そうだけどよ?」
 「もう寝ていいですか…?」
455「正義の定義〜英雄/十二使徒〜」代行:2010/04/17(土) 00:00:02 ID:MP2WD8gc

 「えー、皆集まったかな…?」

 日が登り、時刻は丁度10時。予定通り十二番目の英雄を歓迎するべく、講堂へ集まった一同。そこで待っていたのは機関の最高責任者、大和局長であった。
 「集まったのはこれだけか…王鎖君と天草君は外用で居ないのはわかるが…武藤の奴はどうした?」
 「あー、大和局長。あいつなら…来やせんよ」
 そういって事を詳しく話す炎堂の報告を聞いて「またアイツは…」と呆れる大和局長。何でも「どうでもいい事で…俺を呼び出すな…」とのことらしい。
どうやらこの武藤という男は極めて協調性の低い人物のようだ。コホン、と気を取り直し話を続ける大和局長。武藤と言う男が無断欠勤するのは珍しいことではないようで。
 「皆聞いていると思うが、とうとうずっと欠番だった十二番目の英雄が皆の仲間に加わることとなった!」
 英雄武装システムは全部合わせて十二セットしか作られていない。量産向きでない事はわかっていたが、そもそも量産できそうな施設・設備などあるはずもなく…現状ではこれだけ作るので精一杯だったようだ。
と言うわけで今のところ定員は12…と言うことなのである。
 「十二番目かぁ…どんな人なんだろ…な、仲良くしてくれるかなっ…」
 この、おさげが似合う小柄な少女の名は陰伊 三(かげい みつ)。少し引っ込み思案なシャイガール。第八英雄を冠す。
 「友達になれるといいねぇ〜…」
 「う、うんっ」
 陰伊も白石も北条院も新たな仲間に胸膨らませる。そんな二人を微笑ましく見守る冴島。一方男性陣はと言うと…
 「なぁ裳杖。どんな奴が来ると思う?」
 「まともな人間であれば誰でも構いませんよ、俺は」
 「…どんな人間…なのかなぁ…?」
 三者三様のリアクション。炎堂はというと、至極どうでもいいといった様子だ。
 一通り個々の反応を楽しんだところでいよいよ十二番目の登場だと大和局長は張り切る。
 「ふふふ…では、官兵研究員、"あの子"を呼んで来てくれたまえ」
 「はは!」
 官兵研究員は講堂裏へと消えていく。つまり、十二番目は講堂のすぐ向こう側にいるということだ。張り詰める空気、緊張。そわそわしだす女性陣達。
 「用意できましたひひひ」
 「よし、では登場していただこうか!」
 満を持して、十二番目がその姿を現す。その全貌は…



 「ふぇ!はじめまして、HR-500、0さいです。だいじゅうにばんえいゆうです。きかいです。ようじょです。そのたいろいろとくてんもついてきます。ふぇ!ふぇぇ!」



 場の空気が凍った。

 「え…?ちょ…どっから突っ込めばいいかわからないんだけど!?」
 軽い沈黙を青島が破る。続いて食いついたのは北条院だった。
 「機械って何!?幼女って…色々特典って何ですの!?」
 「北条院ちゃん落ち着いて!」
 「えっと、しょかいとくてんはもうしゅうりょうしました!ふえぇぇぇ!」
 「…お前、ふえぇって言えば何でも幼女になると思ってないか…?」
 混乱渦巻く中、冷静な裳杖のツッコミ。尤も、突っ込みどころがずれていた。
 「この子はHR-500。機械…つまり、ロボットだ」
 「ロボット…?見た目殆ど人間じゃねぇか…」
 「我々の科学はついにここまで来たということだよ。この子は体こそ機械だが、人間と何ら変りない…我々はもはや神域に足を踏み入れたのだ!」
 その立派に伸びた長いヒゲを揺らし、得意げに語る大和局長。人間は神の子。神が無から人間を創り出したのであれば、人と何ら変わりないモノを0から創り出した人間は神に等しい存在となるのだろうか?
その考えは少し傲慢すぎるか?ってそれどころじゃないよねっていう。
 「お、おどろいたなっ…機械だって、白石さんっ!」
 「オーバテクノロジーだべさ…」
 「まぁとにかくだ、これからこの子が諸君らの一員となる!仲良くしてやってくれ!」
 「なにいってんだこのヒゲ〜」
 「HR-500!局長になんてことを!」
 「ふぇ!ファッキンメガネ!ふぇ!ふぇ!」
 官兵研究員も手を焼いてるこのHR-500。果たしてこの先どうなるか…波乱の予感しかしない。
456「正義の定義〜英雄/十二使徒〜」代行:2010/04/17(土) 00:00:45 ID:8YlJlz0f

 「…で、帰ってきたのも束の間早々に機関活動ですか」
 「ごめんね裳杖君…でもね、十二番目の子の演習も兼ねているのよ」
 どんよりとした曇り空。ロール状の層積雲が空を覆い尽くす下で、鋪装のされていない凸凹路をワゴン車が進む。
車内には前二席、運転席に冴島。その隣に裳杖が座り、その後ろの三つの座席に例の十二番目『HR-500』を真ん中に挟むように陰伊と白石が座る。最後部席には陣が座っていた。他のメンバーはどうやらお留守番。
 「大丈夫よ、あの子にいきなり戦わせる訳じゃないみたいだし、他地域の自治体とコンタクトを取るだけだし…」
 「はぁ、だったらこんな大勢で来る必要無かったんじゃ…」
 「ホントは裳杖君と陣君だけで良かったんだけど…あの子たちが…」
 視線を後部座席の三人へと向ける。そこには…
 「ねぇー、君の名前は何にしましょうかぁー?」
 「ふぇ?わたしのなまえはHR-500ですよぅ」
 「そ、それじゃあなんか呼びにくいし…もっとちゃんとした名前じゃないとあなたかわいそうだよっ…!」
 「ふえぇ」
 ツインテールの機械幼女と自分の妹ができたかのように夢中で話しかける白石と陰伊の姿があった。なるほど、そういう訳かと納得した裳杖。心なしか冴島も参加したそうにしている。こういうコミュニティー形成は女性の方が積極的である。
 「好きですねぇ・・皆」
 「私あれくらいの娘が欲しかったのよねぇ〜…裳杖君は仲良くしないの?」
 「まぁ、これから仲良くしようとは思いますけど…機械なんですよね、あの子」
 「信じられないわよねぇ…ウチの研究員達もたいしたもんだわ。流石東鳩のマ○チに憧れていた世代…」
 「?…なんですかそれ」
 「oh…ジェネレーションギャップ…」

 数時間後、冴島が運転するワゴン車は、無事目的地へと到着した。


〜廃退都市/とある自治体拠点〜

 「それじゃ、私はお偉いさんとお話してくるから、皆はここで待っててね」
 今回の目的は周囲の自治体の連携強化の為の話し合い。あまり他と関わりを持たない自治体同士のパイプ役となることで機関との連携も取りやすくなる。消極的な地方組織をまとめるのに一役買っているという訳だ。
 「ふえぇ!しっかりにんをこなしたまえ」
 「うふふ…かわいいからお姉さん頑張っちゃうぞ☆」
 仮にも古参のメンバーが新入りに偉そうに遣われるのは少々複雑な気がしないでもない。でも、幼女だと許される、不思議!
 「じゃ、私達はこの子に機関活動教えないとだねぇー」
 「じゃあ、えっと…組織の勧誘でもしよっかっ…」
 「え○ばのしょうにんーふぇふぇ」
 そうして、白石と陰伊の二人は十二番目を連れて何処かへと行ってしまう。残ったのは裳杖と陣だけであった。
 「…やれやれ、困ったな…何をしよう」
 「……………」
 「……………」
 (何も話さないなら人の事を凝視しないで欲しい)
 裳杖は何も話さないのにじっと見つめてくる陣を気色悪いなと思いながら、どこか休める場所を探すことにした。
457「正義の定義〜英雄/十二使徒〜」代行:2010/04/17(土) 00:01:26 ID:8YlJlz0f
 前世紀の幻。夢の跡。朽ち果てた建物が立ち並び、気配はすれど、人の影はなし。灰くさい焦げた匂いが辺りに蔓延している。
かつては人々で溢れかえっていたであろう事を思わせる娯楽施設の数々が、余計に町の寂れを物語っていた。廃墟は不安を増長する。廃退した、今にも壊れそうな雰囲気が町全体に漂う。活気がないのは寂しいものだ。
例の討伐から数年、復興を遂げた都市もあるようだが、やはりこういった手付かずの無法地帯は未だ数多く存在する。
白石達は町を徘徊していたが人に全く会うことが無い。その事からも町の崩壊の酷さが伺えた。
 「全然人が居ねーべさぁ」
 白石は溜息混じりにボソリと呟く。人が居なければ勧誘も何もない。
 「ふぇ!あやしいしゅうきょうかんゆうできないー」
 「再生機関は怪しい宗教団体じゃないよ?」
 「でもここまで人と会わないとぉー…逆に笑っちゃうよねぇ」
 とはいえ、する事など特に無いので町を徘徊する他無い。仕方なく歩いていると…突然十二番目の様子がおかしくなった。
 「ふえぇ…ふえぇぇ!!」
 「!?…どうしたの?」
 「こどものひめいがふえぇ!!ちかくのもりでふえぇぇぇ!!」
 「悲鳴!?」
 説明するより先に足が動く。どこかへと走り出してしまう十二番目を白石と陰伊が追う。十二番目はどんどん町の外れへと駆けて行く。
青々とした木々が視界にちらつき始めたところで子供の悲鳴が聞こえ始める。事を理解した二人は目を合わせ、うんと頷くとより一層足を速めるのだった。急がなくては、危険にさらされている人がいる。


 「ふぇ!みつけた!」
 「!!」
 森の奥。悲鳴のした場所に駆けつけてみると少女が一人、4mはあるのではないかという二足歩行の狼型異形に今にも襲われそうになっている。
考えるより間などなく、事は一刻を争った。白石と陰伊は懐から黒い箱…オープンデバイス(いわゆる武装展開に必要なアレ)を取り出す。
 「システム『白虎』…解凍開始!!」ヘ-゙ンベンベンベ-ンヘ-゙ン
 「英雄『大陰』…で、で出ますっ!!」

 放り投げたデバイスは発光し、二人の体を包む。光に気がついた狼の異形が振り向くとそこには…強固な武装に身を包んだ二人の英雄がいた。

 「そこまでだべさ!狼たん!」
 白石の主要武器である左手の鉤爪を異形に向ける。
 「第八英雄、陰伊 三…あなたに恨みはありませんが…倒させていただきます!!」
 陰伊は得物の双剣をちらつかせる。柄の上下から伸びる鋭い刃に異形が映る。
 「ぎゃおぉぉぉぉぉぉおお!!」
 二人に気づいた狼の異形は矛先を英雄二人に変える。武器を構える二人。互いに間合いを徐々に詰め…、睨み合いの末、先に飛び掛ったのは異形の方だった。巨体が宙を舞う。互いの得物を強く握り締め二人はそれを迎えうつ。
 「グアァ!!」
 ギィン!!
 「おっと、血気盛んだねぇ狼たん!!」
 狸の異形は黒光りする爪を振り下ろし、白石は鉤爪でそれを受けた。火花散り、傷ひとつ付かないその爪の頑丈さが少々厄介か。
 頃合を見て後方へと飛び退く白石。替るように異形に斬りかかる陰伊。瞬速の刃が敵を捉えた。
 「ギャオァァァァ!?」
 刃が異形の腕を斬り。少しの間を開けておびただしい量の黒く獣臭い血が異形の腕噴から出する。
 「グ…オガァァァッ!!!」
 だが異形は全く怯まない。尚も向かってくる。やむを得ないと白石は右腕のデバイスに手をかけた。
 「痛いだろうけど、恨みっこなしだべさ!!」
 『"バースト""クロウ"』
 何やらコードを入力する白石。機械音が鳴り、鉤爪に変化が現れる。刃先が震える。どうやら鉤爪は微振動を起こしているようだ。
458「正義の定義〜英雄/十二使徒〜」代行:2010/04/17(土) 00:02:25 ID:8YlJlz0f

 "説明しよう!!英雄達は腕に装着されている入力デバイスを駆使して様々な攻撃法を用いる事ができるらしい。機械音前半部が効果、後半部が作用する対象を表している!ロマンあふれるギミックである!解説終わり。"

 痺れを切らした異形は負傷した腕とは逆の手で襲いかかった。早く重い一撃、白井に到達する寸前で陰伊の刃がそれを遮る。
 『"ガード""セイバー"』
 キイィン!
 「大丈夫!?幸ちゃん!?」
 「あんがと陰伊ちゃん!それじゃあ…いくよ!!!」
 振動する鉤爪を振り切り異形の懐へと飛び込む白石。異形が反応する間もなく爪撃を叩き込み、息つく暇もなく、白石は異形をこれでもかと蹴り飛ばした。
 「そりゃ!どうだ!おもいしったかぁー!」
 「…まだ倒れないの…?」
 白石の攻撃は確実に命中していた。その証に異形の胸には痛々しい爪の跡が残っている。皮膚は裂け、肉は抉れ、濁流のように血液が滴る。
だが異形は膝を曲げようとはしない。白濁した唾液を口から吹きながらも懸命に二人を睨みつける。鬼気迫る異形の気迫に、少し後ずさってしまう二人。
 「どうして…?何があの異形をそこまで…」
 「なんかわからないけど…辛いよ…なんでだろ…倒さないといけないのにっ…!」
 陰伊は双剣を落としてしまいそうになるが「陰伊ちゃん!」と、白石の呼び声にはっと我を取り戻し剣を握り直す。
そう、ここで逃がしてしまったらまた誰かに危害が及ぶかもしれない…尤も、ここまで負傷しているのであれば、そのうち勝手にくたばるかもしれないが…そんな極限状態の異形が何をするかわかったものではない。
 殺す以外の選択肢は…"二人の中には"なかった。

 「これで決めよう!」『"ゲール""クロウ"』
 「うん…」『"ブレイカー""ダブルセイバー"』
 「ガ…ガァァァァ…ッ!!」
 「また、来世で……、さようなら!!」
 風のように異形の前を過ぎ去る白石。若干の時差で無数の切り傷が異形の体中に刻みつけられる。
 「ごめんね…!!」
 金色に輝く刃が仁王立ちしている異形を斬りつける。踊るように一閃、くるりと回り二撃、最後は腰を入れた振り下ろしが異形を切り倒した。
 「があぁ…あ…ぁ…」


 ドシャ…
459「正義の定義〜英雄/十二使徒〜」代行:2010/04/17(土) 00:03:21 ID:8YlJlz0f
 「あのね、いちごを摘みに来てたらね、いきなりがおぉって現れてね、怖かったよおおおっ!!」
 「よーしよし…怖かったねぇ…」
 「なんであの異形は…あんなに必死になって…?」
 何とか狼の異形を撃退した二人。襲われていた子供に事情を聞き、町へと帰るように注意した。
 「ありがとーお姉ちゃん達ー」
 町へと駆けて行く少女を見送りながらも、陰伊は何かに引っかかっていた。勿論、先程の異形の事である。何度斬りつけても退こうとしない異常なまでの意思。あの異形の様は普通では無かった。
 「ふぇ!いけいいっぴきとうばつふぇ!ほうこくふぇ!」
 「ほぇー、そういう情報をすぐ送れるのは便利だねぇ…ん?陰伊ちゃんどうしたの?」
 「あのね…なにか聞こえない…?」
 耳をすます。吹いてた風が徐々に収まり、木々のざわめく音が小さくなり…ふと聞こえてきたのは…動物の声?

 「こっちだよ!」
 「ああ、待ってよぉ〜」

 「これは…?」
 「ギャオー、ギャオー」
 「犬…?いやこれは…」
 「もしかして…」
 微かな声を頼りに辿り着いた場所にいたのは…子犬と見間違える程小さな…狼の異形だった。その小さな体からわかるようにまだ生まれたての子供といったところか。
 「ふぇ!さきほどのいけーのこどもですねこれはふぇ!」
 「やっぱり…そうなんだ…」
 陰伊はうすうす感づいていたのかもしれない。先の異形は何かを守っているような素振りを見せていた。その行動の理由がこれ…あの異形は、彼らの母親だったのだ。
 「あの子は子供たちを守るために…きっと、巣に近づいたから襲ってきたんだろうね…」
 「だろうねぇ…」
 「だったら…殺す必要なんて…無かったんじゃないかな…」
 「どうだろ…?」
 「…?」
 十二番目は話の内容がよく理解出来なかった。敵を倒して万々歳ではないかと思った。にもかかわらず二人は落ちた表情をしている。
 「お墓…作ってあげようか…」
 「まぁ…これくらいの気遣いは…」
 その時、微かに二人の後ろの茂みが揺れる。
 「ギャオオォォォォォォ!!」
 「!?」
 「危な…」


 バシュン!
460「正義の定義〜英雄/十二使徒〜」代行:2010/04/17(土) 00:04:02 ID:8YlJlz0f
 「!?」
 一瞬であった。後ろの茂みから先程倒したはずの異形が襲いかかってきた…がしかし、それはコンマ一秒を待たずして討ち取られる。
 「……」
 「な…何…今の?」
 赤褐色の光線が異形の眉間を打ち抜く。今度こそ狼の異形は絶命した。何が起きたか、どういう事なのかあまりに急すぎて頭がついていかなかったが、光線の飛んできた方向に十二番目がいることは確かだった。
 「あなたが…やったの?」
 「ふえぇ…なんかてからかってに…」
 「…ふう…何はともあれ、無事でよかったべさ〜…」


 
 「こんなもんかなぁ〜…」
 狼の異形を土に埋め、申し訳程度に木の枝を挿す。簡易的なお墓だ。罪の意識はあるのだろう…二人は作ったお墓の前で手を合わせる。
 「…この子達、どうしようか…」
 「ふぇぇ…いけいはやっつけないと…おこられるう…」
 「でも…」

 「何をやっているんだ…全く」

 心底呆れたと言わんばかりの男の声。いつの間にか白石達の後ろに立っている白髪の少年…声の正体は裳杖だった。
 「ひゃあ!裳杖ちゃん驚かさないでよ〜…」
 「気づかない方が悪い…それより、その異形…早く殺さないんですか?」
 裳杖の言葉にぴくりと反応する陰伊。
 「この子達には…生まれたばかりのこの子達には、罪はないよっ…」
 「成長したら、いずれ人を襲い喰らうでしょう。そうなる前に殺しておいた方がいいんだ」
 「そうならないかもしれない…っ!」
 陰伊はぐっと拳を握り締める。先程の異形を倒してしまった罪の意識からか、それともよっぽどお人好しなのか…彼女から強い思いが感じられる。
 「…甘いよ」
 「えっ…?」
 「いいか、陰伊さん。俺達は何だ?英雄だろう?英雄とは多くを助けるものだ。一人でも多くの人々を救わなくちゃいけないんだ…あなたのやっていることは…危険を増長させる行為以外の何物でも無い!」
 「うっ…」
 「ふぇ…なんかけんかがはじまったんですけど」
 「ちょっと、言い過ぎ…じゃないかぁ〜?」
 「うるさい!外野は黙っていてくれ!…なぁ、正義って何かわかるか?誰かを守ることだ…だがそれは裏を返せば、誰かを守る為に相手を倒すって事だ…この意味がわかるか?」

 「何かを守るって事は、他の誰かを犠牲にするって事なんだよ!」
461「正義の定義〜英雄/十二使徒〜」代行:2010/04/17(土) 00:04:42 ID:8YlJlz0f

 半ば強引に捲くし立てる裳杖。訪れる沈黙。静寂が場を支配する。
 重い空気の中、陰伊が口を開いた。

 「それでも私は…人間も…この子達も…どちらも守りたい!」
 「…はぁ、陰伊さん…そんなご都合主義が成り立つと思うか?今は良いかもしれない…でもいずれ絶対に破錠する。綺麗事ならいくらでも言える。
あなたのその安っぽい正義のせいで誰かが死んだらどうする?守りきれなくちゃ意味が無いんだ…後悔する時が必ず来る」
 「もし…この子達が人を襲うようになったら私がこの子達を始末する…だから今は…裳杖君…!」
 本来、異形の見逃しなんてものは機関的に許されてはいない。言わば違法行為を見逃して欲しいと頼みこんでいるのだ。裳杖は基本、機関のルールは守る人間だ…しかし、陰伊のあまりの必死さに…頷かずにはいられなかった。
 「わかった…好きにしてくれ…俺はもう知らん…」
 「ありがと…ありがとう…裳杖君…」

 かくして、異形の子供たちはそのままにして陰伊達はその場から立ち去ることになった…

 「じゃあね…」
 「ピギャー!」






 …ようであった…が。






 「だめじゃないか…異形はみぃんな…殺さなくっちゃ…」





 「ピギャ?…ギャオー!!」
 「…あ、でも…この異形…殺したらあの子…悲しむかなぁ…?」
 「じゃあ…優しく…痛みも感じる間もなく…綺麗に殺してあげれば…大丈夫だ…はは…は…」
 「ピギャ…ッ!!」
462「正義の定義〜英雄/十二使徒〜」代行:2010/04/17(土) 00:05:36 ID:8YlJlz0f

 「どうだったかな…?はじめての機関活動は?」
 「そとにでるのもきょうがはじめて!なにもかもがはじめてでたのしかった!ふぇ!」
 色々あったが、何とか無事事を終えれたようである。むしろこれくらい粗つなくこなせぬようでは困るのだが。
 「そいえば、名前…どしよっか〜?」
 「あ…そうだったね…」
 「ふぇ?ふえぇぇぇぇぇぇ!!」
 突然奇声を上げる十二番目何事かと彼女が指さす先を見てみると…
 「…太陽…」
 先程まで雲に覆われていた空が今は快晴、透き通るような青空が空一面に広がる。
 「晴れたんだ…」
 「ふえ。くうきがおいしいくなったきがする」
 「ん?空気…くうき…くう…空たん!!」
 「え?」
 なにか閃いた!…と言わなくとも白石の顔がそれを物語る。何を?それはもちろん…
 「名前!君の名前は空(くう)!空たん!」
 「わたしのなまえ…ふえぇ…」
 「えぇ、それはないとおもうなっ…」
 「…じゃあ陰伊ちゃんはなんだったらいいのさぁー」
 「えっと…ジャスティスクリムゾンスコイトビッチry」
 「長いよぉ」
 「…ひとついいですか?」
 「何?」

 「 ぶ っ ち ゃ け セ ン ス ひ ど す ぎ ワ ロ タ 」

 名前は『トエル』になったそうです。


 こうして新たな仲間が加わった我らが再生機関!!果たして国家復興を成し遂げることは出来るのか!未知なる敵とまだ見ぬ驚異!次の話は書かれるのか!?
幼女とロボとか安直な組み合わせじゃないかというツッコミはエロ画像にまみれたHDDの中にでもぶち込んどけ!
なにはともあれ次回へ続くッ!!駄文御免ッ!!
463代行:2010/04/17(土) 01:00:16 ID:8YlJlz0f

おまけ

陰伊「で、名前どっちがいいの?」
12「ええ…えっと…ふえぇ…」
白石「そのふえぇふえぇいうのやめなさいって言ってるでしょうッ!」
12「ふえぇぇぇぇっ!もうどうにでもしてエェェ…」
裳杖「何やってんだお前ら…」
陰伊「あ、裳杖くん」
白石「いやね、この子の名前を決めていたところだべさ」
裳杖「十二番目…12…Twelve…トゥエルブ…トエルブ…」
裳杖「トエルだな」
12(ホワイトストーンとおなじはっそうワロタ)
陰伊「絶対ロイヤルボヘミヤンジェットソンの方がいいと思うなっ」
12「なんかさっきとちがいますし」
白石「くーちゃんで良いべさ、呼びやすいし」
12「ふえ!よびやすさだけできめるとはあさはかなり!」
12「もうトエルでいいよ!いちばんましだし!ふぇ!」


と言うわけで投下終了です…自己反省する点多すぎですね…誤字脱字無かったかな?
駄文長文失礼いたしましたぁぁ
464感想代行:2010/04/17(土) 01:00:56 ID:8YlJlz0f
異形っていけいなのか?
いぎょうだと思ってた

機械幼女とはまたあざといwwww
だがなぜか「ふぇ」が老人の「ふぇ、ふぇ、ふぇ……」
に聞こえうわなにをするやめ・・・
465感想転載:2010/04/17(土) 01:01:41 ID:8YlJlz0f
乙でした!
>>464
「ふぇ、ふぇ、ふぇ」でねるねるねるねのおばあさんが出て来てくそ吹いたww
俺はイギョウ派ですが、そこら辺は自由だと思うのですよ
12人の内まだ出て来ていない方達も居ますし続きをまっとります!

466代行:2010/04/17(土) 14:50:41 ID:8YlJlz0f
6-0/7

今回は少々汚い話になります。
食事中の方は注意してください。
467代行:2010/04/17(土) 14:51:27 ID:8YlJlz0f
6-1/7

 白磁のポットが傾けられ、注ぎ口から褐色の液体が流れ出す。ほんのりと湯気を立ち上らせながら
カップを満たしていくそれは、リンゴの爽やかな香りを辺りに広げていた。

「どうぞ召し上がれ」

 柔らかな笑みをたたえたイレアナがゲオルグの前にカップを滑らす。軽い謝辞を述べたゲオルグは
早速カップを持ち上げると姉が煎れたお茶に口をつけた。
 口腔を満たしていく紅茶にゲオルグが最初に気づいたのは溢れんばかりのリンゴの芳香だった。鼻
で嗅ぐよりも口の中に入れた方がその香りはより鮮烈に伝わってくるものなのだ。ゲオルグが息と共に
その余韻を楽しんでいると、ようやく舌が紅茶の味を感知する。ストレートで飲んでいるため大抵気に
なってしまう筈の紅茶独特の渋みは、添加されたリンゴフレーバーの柔らかな酸味に包まれてまったく
気にならない。リンゴと紅茶の2つの風味が見事に調和し、実に爽やかで優しい味を楽しませてくれる。
嚥下すると、喉を流れ落ちる熱と共に言葉にできない多幸感が湧き上がってきた。その恍惚にゲオルグ
はため息を漏らすと、ポツリと呟いた。

「美味い」

 ある休日、ゲオルグは姉イレアナとひょんなことで手に入れたアップルティーを楽しんでいた。廃民街
の奥、聖ニコライ孤児院の食堂で開かれたささやかなお茶会に他の参加者はいない。子供にとっては
渋みのあるお茶よりも甘くて美味しいジュースの方がいいのだ。ゲオルグがいつも通り持ってきたケーキ
を平らげた彼らは、紅茶など無視して思い思いの遊びに興じている。悲しくはあったが、仕方ない。だが
に耳を澄ませば前庭から子供達の笑い声が聞こえてくる。そのどこまでも楽しげな笑い声を聞いていると、
こちらまで楽しくなってしまう。やっぱり無理に大人の都合につき合わせるより、あのように楽しく騒いで
もらったほうがいいのだ。子供達の喚声に耳を傾けながらゲオルグはしみじみと思うのだった。

「本当に美味しいわね。でもアレックスより先に頂いてよかったのかしら」

 アップルティーに口をつけたイレアナはそう呟いて、少しだけ眉を曇らせた。姉の弟を慮る気持ちは
ゲオルグにもひしひしと伝わってくる。だがゲオルグはアップルティーを手に入れた経緯を思い出して
少し憂鬱になるのだった。
468代行:2010/04/17(土) 14:52:08 ID:8YlJlz0f
6-2/7

 このアップルティーはいつもなじみのケーキ屋で貰った物だった。いつものように大量のケーキを前に
ゲオルグが会計を済ませていると、店員の女の子のうちの1人が見慣れぬ缶を持ち出したのだ。美味しい
アップルティーなんです、よろしければどうぞ、という店員はゲオルグの隣のアレックスに向けて紅茶缶を
突き出したのだ。謝辞の言葉を述べて軽く頭をかきながら紅茶缶を受け取るアレックス。一方でクレジット
カードを事務的に返されたゲオルグは己の威信に掛けて無表情を装った。全身全霊をかけて隠し通した
ゲオルグの心中は敗北感で一杯であった。
 なんでアレックスばかりがモテるんだ。歳は5つも違うのに、身長だって頭1つ分違うのに。
 ともあれアップルティーを手に入れたアレックスは孤児院の皆で飲むことを提案した。だが当のアレックス
が諸事情によって参加が遅れることとなり、当面の間、こうしてゲオルグとイレアナ2人だけの茶会となった
のである。

「構わんだろう。あいつが先に飲んでくれと言ったんだ。それに――」

 アップルティーの芳香を楽しみながらゲオルグはそっけなく返答する。その冷淡さの内にアレックス
に対する嫉妬の念があることはゲオルグ自身も理解していた。かつて起きたお洒落論争で完膚無き
にまで叩きのめされた恨みもあるかもしれない。
 恐らく今頃額に汗を浮かべて働いているであろうアレックスに対する優越感に、僅かに頬を緩めながら
ゲオルグは言葉を続けた。

「こういうのは、美味しい、の一言が一番なんだ。お預けをして我慢させてるとこっちも悲しくなる」

 自らもまた可愛い弟妹達のためにケーキを持ってきているがために思う言葉だった。たとえそこに
自分がいなくとも、笑顔を見せてくれたなら、それでいいのだ。
 そうね、と笑うイレアナに満足気に頷いたゲオルグはカップを傾けて、ほう、とため息をついた。リンゴ
の芳香はゲオルグの嫉妬すらも柔らかく弛緩させる。アレックスに張っていたつまらぬ意地もそろそろ
収めていいのかもしれない。
469代行:2010/04/17(土) 14:53:25 ID:8YlJlz0f
6-3/7

 ゲオルグがアップルティーのリンゴの香りを楽しんでいるころ、アレックスは鼻につんと来るアンモニア
の悪臭と戦っていた。
 アレックスの手には四角いプラスチック製の桶が抱えられていた。底の浅い桶の中は異臭発生源
である黒いヘドロ状の物体で満たされている。トイレ砂がウサギの屎尿によって固められた物体だ。

「くせぇ」
「ソーネ」

 アレックスの言葉に打たれるそっけない相槌は、低く掠れた独特の声だ。ゲオルグ班の狙撃手ポープ
だった。アレックスに背を向けた彼はウサギの糞がこびり付いた金網をブラシでこすっている。
 事の発端はおよそ1時間程前。いつものようにゲオルグと共に両手にケーキをぶら下げて孤児院に
向かっていたアレックスは、角を曲がったところで見知った後姿を見かけたのだった。青いポロシャツ
とジーンズに包んだ2m近い巨体。筋骨逞しい肩に、黒い地肌をそのまま見せるスキンヘッド。ポープだ。

「オゥ、ビッグブラザァ ニ リトルブラザァ」

 後ろからのアレックスの呼びかけに大げさな身振りで、されど平滑な声色でポープは振り返る。どうした
のかと問いかけるアレックスにポープは大事そうに抱えていたキャリーケースを見せた。透明な樹脂製
の蓋の向こうに純白の毛並みをしたウサギがアレックス達を伺っている。

「コマネチヲ 他ノ姉妹ト 遊バセヨウト 思ッテネ」

 不安げに鼻を引くつかせていた白いウサギは、コマネチという己の名前に気づいたように耳をぴんと
張り立てた。
 孤児院では子供の情操教育をかねて、庭の片隅でウサギを飼っていた。合板の壁にトタン屋根と
粗末なつくりの小屋の中では、数羽のウサギが野菜くずなどを糧に暮らしている。
 ウサギ達の世話係は動物好きな者達により自然発生的に決められており、関心の薄いアレックスは
自分には無縁のことだと思っていた。だからこそ続けて放たれたポープの提案は虚を突かれる思いだった。

「一緒ニ ウサギ小屋ノ 掃除ヲ シヨウ、リトルブラザァ」
470代行:2010/04/17(土) 14:54:19 ID:8YlJlz0f
6-3/7

 ゲオルグがアップルティーのリンゴの香りを楽しんでいるころ、アレックスは鼻につんと来るアンモニア
の悪臭と戦っていた。
 アレックスの手には四角いプラスチック製の桶が抱えられていた。底の浅い桶の中は異臭発生源
である黒いヘドロ状の物体で満たされている。トイレ砂がウサギの屎尿によって固められた物体だ。

「くせぇ」
「ソーネ」

 アレックスの言葉に打たれるそっけない相槌は、低く掠れた独特の声だ。ゲオルグ班の狙撃手ポープ
だった。アレックスに背を向けた彼はウサギの糞がこびり付いた金網をブラシでこすっている。
 事の発端はおよそ1時間程前。いつものようにゲオルグと共に両手にケーキをぶら下げて孤児院に
向かっていたアレックスは、角を曲がったところで見知った後姿を見かけたのだった。青いポロシャツ
とジーンズに包んだ2m近い巨体。筋骨逞しい肩に、黒い地肌をそのまま見せるスキンヘッド。ポープだ。

「オゥ、ビッグブラザァ ニ リトルブラザァ」

 後ろからのアレックスの呼びかけに大げさな身振りで、されど平滑な声色でポープは振り返る。どうした
のかと問いかけるアレックスにポープは大事そうに抱えていたキャリーケースを見せた。透明な樹脂製
の蓋の向こうに純白の毛並みをしたウサギがアレックス達を伺っている。

「コマネチヲ 他ノ姉妹ト 遊バセヨウト 思ッテネ」

 不安げに鼻を引くつかせていた白いウサギは、コマネチという己の名前に気づいたように耳をぴんと
張り立てた。
 孤児院では子供の情操教育をかねて、庭の片隅でウサギを飼っていた。合板の壁にトタン屋根と
粗末なつくりの小屋の中では、数羽のウサギが野菜くずなどを糧に暮らしている。
 ウサギ達の世話係は動物好きな者達により自然発生的に決められており、関心の薄いアレックスは
自分には無縁のことだと思っていた。だからこそ続けて放たれたポープの提案は虚を突かれる思いだった。

「一緒ニ ウサギ小屋ノ 掃除ヲ シヨウ、リトルブラザァ」
471代行:2010/04/17(土) 14:55:17 ID:8YlJlz0f
6-4/7

「は?」
「コマネチ達ヲ 庭ニ 放シテイル間、ウサギ小屋ヲ 掃除スル。戻ッテキタ ウサギサンハ 小屋ガ 綺麗ニ
 ナッテイテ 大喜ビ」

 手を横に広げて、たいそう自慢げにポープは掃除の意義を説明した。だが、アレックスの戸惑いの元
の説明にはなっていなかった。

「いや、それは分かるけど何で俺なのさ。当番の奴がいるじゃん」

 当惑が自らに迫る不条理への憤りにようやく変化したアレックスは、その感情に任せるがままにポープ
に問うた。だが背伸びして詰問するアレックスにポープはまるで分かってないとでも言いたげに指を振った。

「ノン ノン。彼ラニハ 庭ニ 放シテイル間 コマネチ達ヲ 見テイル トイウ 重要ナ 任務ガ アリマス」
「ゲオルグ兄サンもいるじゃん」

 そういってアレックスは脇で話を眺めているゲオルグに話を振った。己の存在にようやく気づいた風な
彼は、俺は構わないぞ、とアレックスに同調する。しかしアレックスよりも奉仕活動に肯定的なゲオルグ
にポープはびしっと指を突き立てた。

「ノォッ。ビッグブラザァハ 働キスギデス。休日グライ ユックリ シテクダサイ」

 俺も休みなんだけど。ポツリと吐き出したアレックスの呟きは、そうか?、ソウデス、という兄達のやり取り
の中にかき消された。

「サア 一緒ニ ウサギサンノ タメニ ゴ奉仕シヨウ」

 そう言ってポープは逞しい腕をアレックスの肩に回す。がっちりと捕まえられたアレックスは、救いを
求めるようにゲオルグを横目で伺った。視線に気づいたゲオルグは悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

「まあ、がんばれ」
472代行:2010/04/17(土) 14:56:00 ID:8YlJlz0f
6-5/7

 かくしてアレックスはポープと共にウサギ小屋の掃除に励むこととなったのだ。
 アレックス受け持ちの作業はウサギのトイレの中身をゴミ袋に流し込む作業だった。四角い桶上の
トイレはゴミ袋の口にすっぽりと収まる。傾ければ内容物を流し込むことができるかもしれない。案外
楽そうだと思ったアレックスは、推論通りにトイレを傾けてみる。果たして結果は表面に堆積している
ペレット状の糞こそ想像通りに流れたが、その下で固化した屎尿はまったく動かなかった。2度3度
底を叩いてみるがびくともしない。

「ポープ兄サン、ウサギのおしっこが固まってるんだけど」
「オーケイ コレヲ 使ッテ」

 パパラパー、と妙な言葉を口ずさみながらポープは園芸スコップをアレックスに差し出した。どうやら
これでほじくり返せと言いたい様だ。

「マジ?」
「マジ」

 アレックスの言葉にポープは真剣な面持ちで返す。一縷の望みを掛けてアレックスは他の方法を考えるが、
当然ながら見つからない。観念したアレックスは大人しくスコップを受け取った。
 固まった屎尿にスコップを突き立てて打ち砕く。トイレの底の浅さ、トイレ砂の層の薄さを鑑みると、
その行為は掘り進むというより剥がしていくと表現したほうが正しいのかもしれない。ともあれ、掘り返
され、表面積を増した屎尿は容赦なくアレックスの鼻を刺激する。あまりの悪臭にアレックスは呻いた。

「くっせえっ」

 開始数分でアレックスは辟易していた。ウサギの屎尿の臭いを一生分嗅いだかもしれない。しかし
愚痴ったところで何も変わらない。覚悟を決めるしかないようだ。一度トイレから身を離したアレックスは
新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込むと、息を止めて作業を再開した。
 ようやく半分程進み、いったんトイレから離れ息をついていたところで、トイレに乗せていた金網を洗って
いたポープが振り返った。

「サンクス リトルブラザァ。 後ハ 僕ガ スルカラ リトルブラザァハ 小屋ノ 掃キ掃除ヲ オ願イ」

 どうやらこれ以上は悪臭の元をいじらなくていいらしい。アレックスは喜びのため息をつきながらポープ
にスコップを渡した。干しておいて、入れ替わりにと渡された金網を日当たりの良さそうなところに立て
かけると、アレックスはほうきとちりとりを手にウサギ小屋の中に入った。
 ウサギ小屋の中は悪臭の大元であるトイレが無いため、さほど臭いは気にならなかった。鼻腔を満たす
のは干草とウサギのどことなく優しい臭いだ。打って変わって楽になった仕事に、解放感に似た爽快さ
を感じながらアレックスはウサギ小屋の床を掃いていった。
473ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市(代行):2010/04/17(土) 14:56:40 ID:8YlJlz0f
6-6/7

 床に散らばる糞や野菜切れを箒で集めながらアレックスはふと外のポープを見た。彼はホースからの
流水とブラシで懸命にトイレをこすって洗っている。臭くないのだろうか、汚くないのだろうか、とアレックス
は思った。いいや、臭いはずだ。じゃあなぜあんなことができるのだろうか。ありていに言えば、好きだから、
で済まされるのだろう。だが、あの小動物のどこにここまで奉仕させる魅力があるのだろうか。
 アレックスは始めてポープのウサギ好きの理由が気になった。たずねてみるいい機会かもしれない。
 ゴミをちりとりにかきこむと、アレックスはウサギ小屋を後にし、ポープの方に向かった。彼の隣に放置
してあるゴミ袋にちりとりの中身を流し込みながら、アレックスはポープに自然な流れでたずねてみた。

「ウサギのトイレ掃除とか良くできるね。ねえ、ポープ兄サン、何でそんなにウサギが好きなの? やっぱ
 可愛いから?」

 アレックスの問いかけに、しゃかしゃかと小気味良い音を立てていたブラシの音がぴたりと止まった。
いきなりの静寂に、変な質問だった、とアレックスが戸惑っていると、いくらかの間を空けてポープが
ぼそりと呟いた。

「僕ハ ウサギニ ナリタカッタ」

 それはあまりにも突飛な言葉だった。予期してなかった台詞に固まるアレックスをそのままにポープは
続ける。

「ウサギハ 鳴カナイ。ウサギハ 何モ 言ワナイ。デモ、皆 仲良ク 暮ラシテル。僕ノ声 コノ通リ ダカラネ、
 ダカラ ウサギニ ナリタカッタ」

 ポープは振り返ると、自分の喉を指差して仕方なさそうに笑った。その笑みの中に底の見えぬ孤独の
深淵を垣間見たアレックスははたと昔の兄を思い出した。
 記憶の中の兄はいつも独りだった。孤児院の仲間達の輪から外れて、静かに他の子供達の喧騒を
見つめる寂しげな彼の眼差しが記憶の中の風景であってもアレックスの胸を打った。当時アレックスは
ポープに輪を掛けて子供であったため、その目が気にはならなかったのだろう。だが、今にして思えば
そのポープの眼差しは見ているこちらが悲しくなるほどにさびしく、冷たい。今のポープもそんな目をしている。
 物悲しい眼差しに記憶と現実両面から射竦められ、当惑するアレックスは記憶の中の違和感に気づいた。
 声がない。ポープの声が思い出せない。
 記憶の中のどこを見ても兄は常に冷たい視線を向けるばかりで、決してその心のうちを吐き出そうとは
していなかった。その唇はまるで縫い付けたかのように硬く閉ざされており、記憶の中は不気味なまでに
無音だった。
 しわがれた独特の声のコンプレックスの深さを垣間見たアレックスは、そのあまりの重さに気が抜けそう
だった。
474ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市(代行):2010/04/17(土) 14:57:51 ID:8YlJlz0f
6-7/7

「リトルブラザァ」

 かすれて平滑な、されどどこか優しい声に揺さぶられ、アレックスは現実に戻った。見ればポープは、
ふっ、と優しげに笑っている。それは孤独など感じさせないいつもの笑顔だった。

「心配 シナイデ、今ノ 僕ハ 大丈夫ダカラ、ネ」
「うん」

 ポープの暖かい笑みにアレックスの身体は解凍されていく。されど芯のほうに残る凍傷に、アレックスは
あいまいな返事しか返すことができなかった。
 未だ不安定なままのアレックスをそのままにポープは話を再開した。

「デモ アル日 気ヅイタンダ。ウサギハ チャント 言イタイコトヲ 言ッテイル、伝エタイコトヲ 伝エテイルッテ」

 そういうとポープはブラシを放り出して、両手をそろえて頭の上に並べた。まるでウサギの耳のようだ。

「嬉シイトキハ 耳ヲ 寝カセテ 目ヲ 細メテ、怒ッタトキハ 後ロ足デ 床ヲ 叩イテ、怖イトキハ 耳ヲ ピント
立テテ、身体全体デ 思ッテイルコトヲ 表シテ イルンダ」

 掌を後ろに倒して耳を寝かせるジェスチャー。空を叩いて床を踏み鳴らすジェスチャー。手を頭の上で
立てて耳を立てるジェスチャー。手が、腕が、身体全体がポープのかすれた聞き取りにくい言葉を補足
する。普段の芝居がかったような大げさなジェスチャーの意味が分かり、アレックスははっとなった。

「言葉ナンテ 気持チヲ 伝エル 道具ノ 一ツニ 過ギナインダヨ。重要ナノハ 伝エヨウトスル 思イ、ハート
 ナンダ」

 ばしばしと自分の胸を叩いてポープは心を強調する。
 アレックスは沸き起こる熱い思いを抑えつつ、心の中で同意した。そうだ、すべては伝えようとする気持ち
なんだ、と。

「ウサギサンハ ソレヲ 教エテクレタ 大切ナ 存在ナンダ。ダカラ 大好キナンダヨ」

 最後に、にこりとポープは笑った。顔全体を使った優しい笑顔だった。
 ポープはもう救われたのだ。ポープの底のない孤独をウサギ達が癒し、声と思いを伝える喜びを与え
たのだ。
 改めて聞くポープの声はアレックスにとって嬉しくもあり、悔しくもあった。兄が救われ、声を取り戻した
ことが嬉しかったが、救いの大役を自分が勤められなかったことが悔しかった。
 二つの感情はせめぎあい混じりあい最後には労働意欲となってアレックスを急かしたてた。ウサギの
ために、兄のために、どんな小さなことでも良いからしたかった。どんな些細なことでも自分の功績を
残したかったのだ。
 焦れる思いに突き動かされて、アレックスは仕事を考えるが、分からない。ウサギ小屋の掃除などした
ことがないのだから当然ではあった。思えば、あれほど嫌だったトイレ掃除も、今は恋しかった。
 仕方なくアレックスはポープに聞いた。

「兄サン、掃き掃除終わったけど、次は何をすればいい?」
「ジャア、干草ノ 入レ替エヲ シヨウ」
「分かった」

 ウサギ小屋の掃除は続く。二人がお茶会に参加するにはまだまだ時間がかかりそうだった。
475ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市(代行):2010/04/17(土) 14:58:32 ID:8YlJlz0f
>>425
"或る老人の往生"は高瀬中尉を慕う老兵士達の思いを一般化したかったため、
強く個人を意識する名前はあえて設定しておりません。
期待にこたえられず申し訳ないです。

まあ、設定してないって事は何でもありって事でもありますので、
名前を勝手に決めてもらっても構わないんですけどね。
476創る名無しに見る名無し:2010/04/17(土) 15:27:15 ID:8YlJlz0f
乙でした
紅茶に入れる砂糖も貴重品なんだろうなと思いつつアップルティーとかって砂糖入れないんだっけ? と無知を暴露してみる
兎小屋の掃除がまた丁寧でリアルに小学生のころを思い出させてきて胸に来るものがあります
アレックスが子供なのかポープやゲオルグが大人なのか、そんなことを読後なんとなく思ってみたり
477白狐と青年 ◆nkXuE9RtL570 :2010/04/17(土) 15:38:37 ID:8YlJlz0f


            ●


 匠の警戒を余所に、キッコと彰彦は平賀研究区中央にある平賀の住まい兼研究所である巨大な建物へと何の気負いも無く歩いて行った。
 元はどこかの大学の学舎であったものを改造した研究所は、建設当初から変わらないであろう四角く巨大でどこか機能一辺倒に見え、
そのクセ長く住んでいたためかどこか懐かしさを抱かせる姿で匠達を迎え入れた。
入口付近には煙管を吹かした白衣の平賀と、匠よりも多少年嵩らしき男が彼らを迎えるようにして立っている。
「おお、匠君にクズハ君、よく来たのう、キッコ君も彰彦君も案内御苦労様じゃな」
「おー、俺としてはもう少し時間を置いてやりたいところだったんだけどな」
 そう言いながら彰彦は匠が持ってきていた荷物を研究所の入り口付近にあるカウンターへと置いた。
女性の職員がカウンターの向こう、笑みで対応する。あとは職員がそれぞれの場所に荷物を運んでくれることだろう。
 一行は研究施設内の平賀の研究室へと歩いて行った。そうしながら匠はキッコを普通に受け入れている平賀を観察する。
その様子はどこか親しげで、どうやらキッコと平賀は知り合いということで間違いが無いようだった。
 だとしたら、
 クズハがキッコに操られたことも知ってるってことか?
 もしそうだとしたら、金属棒の調整が終わって手元に戻ってきたのとタイミングを合わせたように行動を起こしたキッコの行動も平賀は知っていた事になるのだろうか。
 匠が思案していると、平賀が「おおそうじゃそうじゃ」といつもの飄々として好々爺めいた様子で自身の横に居る男を紹介した。
「彼は安倍明日名君といってな、わしの助手じゃ」
 明日名と呼ばれた男は紹介に応じるように匠とクズハへと軽く頭を下げ、「よろしく」とにこやかに握手を求めた。
478白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/04/17(土) 15:40:20 ID:8YlJlz0f
 それに応えて手を握った時に腕に覗いた傷痕を見て、掃討作戦の参加者だろうかと匠は考える。
 戦闘職よりも研究職とかそっち側の人間に見えるが。
 明日名はどちらかというと戦闘用の衣服よりも白衣の方が似合いそうな風体をしている。と、そこまでぼんやりと思った所で彼の名字がよく知ったものであることに疑問を持った。
「安倍?」
 安倍といえば魔法体系を確立した五人の内の一人と同じ名字だ。関係者だろうか? それともただ同じ名字なだけだろうか? 匠がそう疑問に思っていると、キッコが明日名を手で示した。
「明日名は魔法の型を作りおった安倍とかいう家の分家筋の生まれだの。魔法の型を作りおった安倍とは会ったことも無いそうだぞ? 隅っこの下っ端だの。そして、我の相棒ぞ」
 匠が「はい?」と声を漏らし、クズハが首を傾げた。
「相棒……ですか?」
「坂上君とクズハは、式神というものを知っているかい?」
 明日名の言葉に匠とクズハは頷いた。
 式神。安倍の長が創り上げた魔法の形式で、魔法で限定的な異空間を作り上げて符を門にし、捕らえたり契約を結んだ異形をその空間を通して喚ぶ魔法。確か基本的にはそう定義されていたはずだ。
「第二次掃討作戦の時、ひどい怪我を負っていた彼女を見つけてね。とりあえずどこかで治療をしてもらおうと思って契約を結んだんだよ」
「我の小間使いにしたのだの」
「キッコさん、ついさっき相棒って言ったばっかなのに舌の根も乾かねえうちに明日名兄さんを小間使い扱いかよ」
「む、つい本音が出てしもうた」
 呆れたような彰彦の様子もまたキッコに対して親しげだ。
 あの時確かにある程度ダメージ与えたけどそこまで効いていたのか……?
 匠はそう思いながら、明日名を見た。彼は応えるように一つ頷く。
「彼女の治療をした事に不満があるかい? 本人から聞いたと思うけど、キッコはそもそも人を襲う類の異形ではなかったんだ。それが人のせいで他の異形とまとめて討たれるのはあまりいい気がしなくてね」
 だから治療に尽くさせてもらった。そう言う明日名に匠は小さく反論する。
「……それでもあの作戦に参加した人間を殺した」
「殺されとうはないからの」
 キッコが「仕方なしにやったのだ」と言うのに匠としても反論のしようがない。
 確かにキッコは人を襲ってはいなかったのかもしれない。
キッコを、信太主を討伐対象にしたのは信太の森から異形が溢れてきたからであって、信太主が人を襲いに森から出てきたなどという話は聞いた事が無かった。
しかし、森の主然としていた信太主は人の目には異形を繰り出してくる親玉に見えていたのだ。だがそれも以前キッコが語ったところでは、
 キッコはただ自分の縄張りに突如現れた邪魔なものを外に排除していただけだっていう……。
 いわばキッコも突然現れた異形の被害者という事になる。それで更に人にも討伐対象にされ、森を追われるのを無抵抗に受け入れろ。というのは彼女に対してあんまりな話だろう。
479白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/04/17(土) 15:42:18 ID:8YlJlz0f
 しかし、
 分かってはいてもどこか納得できない部分があるな。
 小さくため息を吐く。
 匠が居た部隊の人間がキッコに殺された。その部分がわだかまりになっているのは明らかだ。
「そこは悲しいすれ違いだってことでさ。――それに、人間も異形も悪い奴は悪いし、良い奴は良い。そこは同じだぜ?」
 まあクズハちゃん連れてるお前にゃ言う必要も無いか。彰彦はそう言って匠の肩を叩いて笑った。
 そのもの言いに少し変な感じを受けながらも「分かったよ」と匠は頷いた。
 いつまでもそこにこだわってるわけにもいかないしな。
 思い、平賀へと目を向ける。
「……キッコが言っていたことだけど」
 いつもの癖で信太主と言おうとして言葉に一瞬詰まった。慣れるのに少しかかるかもしれない。そう思いながら匠は言葉を続ける。
「クズハの事を訊いたらクズハを調整した者から何も聞いてはいないのか? と言われた。
あの時カプセルから出したクズハを預けたのは平賀のじいさんだ。しかもじいさん、クズハには特殊な治療が必要だって言ってたよな。それが調整って奴じゃないのか?」
 そう言って平賀を見据える。
「何を知ってるのか教えてもらえないか?」
「教えてください」
 クズハが匠の言葉に合わせて頭を下げた。その様子には必死な感じが漂っている。もしかしたらまた自分の体が操られることになるかも知れないのだ。必死になるのも分かる。
「うむ、今ならば……君達が望むのなら、話そうかの」
 そう言った平賀からはいつの間にかいつものオチャラケた雰囲気が消えていた。
 平賀が煙管を振ると煙がゆったりとその場の全員を囲むように広がった。その煙には≪魔素≫の気配が薄くある。
「防音と、盗聴対策じゃよ」と言って平賀は笑う。どうやら他人にはあまり聞かれたくない話らしい。
「俺は出て行こうか?」
 そう言った彰彦に対してキッコが首を振った。
「この話を全く知らんわけでもないだろうて、どうせならば詳しく聞いてゆけ。ただし、他言無用ぞ?」
 そう言って匠もクズハも異論はないな? と問うキッコ。
「そもそも何の話かわからないんだから異論もクソもない」
「クッククク、それもそうだの。まあおそらく聞かれても問題無いと我等は思うておる。匠もクズハもそれで良しとせい」
 キッコが自分を名前で呼んでくることに違和感を覚えながら、まあいいか。と匠は頷く。
 どんな話しになるのか知らないが、少なくとも彰彦は匠やクズハに不利になるようなことはしないだろう。今までの友誼を根拠にそう思う。
 皆が話を聞く、あるいは話を始める姿勢になったのを確認したところで平賀が口を開いた。
 開口一番の言葉は匠とクズハにはいきなり衝撃的な一言であった。

「クズハ君はの、元は人間だったんじゃよ」
480白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/04/17(土) 15:44:41 ID:8YlJlz0f
ここまでとなっとります。
投下が多くて活気があってテンションあがりますねえ
481創る名無しに見る名無し:2010/04/17(土) 18:09:13 ID:NXnyTKjQ
投下ラッシュ…

『正義の定義〜』
新作参入、超乙です!!
なんかウけてる『ふぇっ ふぇっ』ですが、マジ婆さん型のプロトタイプ『HR-50』(動作が緩慢なため、外装もそれに準じた)なんつう妄想をしてしまったw 是非連載で!!

『ゴミ箱の中の〜』
紅茶の芳香と、兎の悪臭。身近な対比で『子供たち』の切ない匂いまで伝わって来ました。
繰り返す閉鎖都市の動と静。次回も楽しみです!!
…よくお言葉を噛みしめ、或る老人には是非登場願おうと思っています。

『白狐と青年』
なんかえらい所で終わってますが…
さりげなく機密漏洩を防ぐ紫煙、っうのがやたら格好いいw クズハの過去、楽しみにしています!!
482創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 18:50:11 ID:DAekaoPj
やはりこのスレの週末は一味違った

>正義の定義
国家再生機関とは新しい
しかし「ふえぇ」については俺も他の方に同意、ふぇ、ふえぇぇぇ

>ゴミ箱の中の子供達
前回とまた打って変わって、しかしなんともタイトル通りな様子に微笑
ポープの台詞をボビー・オロゴンで再生してしまう自分が不安で仕方ない。
ほんと読み進む度に感情移入が深まっていくなあ……

>白狐と青年
ついにというかやはり、安倍でましたな。
クズハたん操り事件の真相は一体何だったのか気になる。
ていうか人間……? こんなところで引っ張るとはなんという罪作り



そして皆さんにまとめて、投下乙&続き期待!
ていうか代理投下さん乙!
483創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 19:03:18 ID:DAekaoPj
そして450kを超えていることに気がついた
あと二週くらいはもつかしら?
484創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 21:55:04 ID:VU5KyQr7
※現在このスレでは4つのシェアードワールドが展開されています。
 この世界、俺が盛り上げてやろうじゃん!てな方はお気軽にご参加を!

○まとめ http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/286.html
○避難所 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1265978742/

○今週の更新
・閉鎖都市
 >>451-463 正義の定義 〜英雄/十二使徒〜(NEW!!)
・異形世界
 >>442-444 異形純情浪漫譚ハイカラみっくす! 第4話「春宵の 月満ち充ちて 恋焦がる」
 >>467-474 ゴミ箱の中の子供達 第6話
 >>477-479 白狐と青年 第11話
485創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 22:01:42 ID:Lm1h9gvq
思うんだけどキャラ設定みたいなのwikiとかにあった方がクロスしやすくなるんじゃないかな
486創る名無しに見る名無し:2010/04/19(月) 04:19:29 ID:BIuxqAgv
>>484
週刊まとめ乙!
だがしかし『正義の定義』は異形世界
ゴミ箱の中の子供達は閉鎖都市です!

キャラ設定あった方がやっぱり楽だろうなとは思うな
皆の意見を聞いてここに投下するかwikiに書くかしてみようかしら
487創る名無しに見る名無し:2010/04/19(月) 10:54:36 ID:Z7uKU4YE
各世界の概要は是非読んどきたいです。
488白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/04/19(月) 14:16:46 ID:BIuxqAgv
>>487
こんな感じ?

・和泉:大阪圏と呼ばれる自治都市圏の辺境、≪魔素≫の扱いを指導する道場あり。
 鎖国以降、日本の食糧事情は決して良くはなく、この自治街ではどこの家でも小さな菜園が見られ、本格的な畑や水田もそれなりの面積で営まれている。
 住民の気質としては、異形との接触が割と多いため、言葉が通じる異形に対しては割とおおらかな対応をする。

・信太の森:第二次掃討作戦にて封印地区に指定。大狐の異形が縄張りとしていた。

・武装隊:各自治都市の保有する公的な戦力の名称。地域によっていろんな呼び方あり。(番兵とか)

・平賀の研究区:平賀の研究所を中心に周りに門弟やその家族、それを当て込んだ各種業者や好き者などが集まって出来た地区。一応は大阪圏の自治都市連合に組み込まれてはいるが半ば治外法権を認められている特殊な地区。
 平賀の異形に対する姿勢の違いから大阪圏の武装隊の過激派からは疎まれることもままある。
489創る名無しに見る名無し:2010/04/19(月) 19:05:05 ID:d9ucPytE
平賀研究区いいなw

キャラの説明はどんなことが書いてあればいいんだろ
490創る名無しに見る名無し:2010/04/19(月) 19:44:43 ID:BIuxqAgv
自分の設定欄から問題無さげな所をコピって来ればいいんだよ! きっと!

坂上・匠(さかがみ・たくみ) 男 24歳
日本人 人間

・黒髪の青年、体は彰彦や武装隊での訓練によってそれなりに鍛えられている。
≪魔素≫保有量はそれなり。魔法使いへの道を考えることが出来る程度にはある。
・恩や義理のある人間には敬語を使うが基本的には砕けた口調。
・比較的真面目な性格をしているが他人、特に女性の心の機微は言葉にしてもらわない限りはっきりと感じ取ることはできない。
・一般的に良い人ではあるが、第二次掃討作戦への参加や第一次掃討作戦時による両親の死亡などによって死を身近に感じている。
また、養父の事を一応尊敬はしているが普段の行動がアレなので扱いはひどい事が多い。
・平賀が養父をしており、そのためか≪魔素≫や異形、前文明の知識多し。
・好き嫌いは特になく、食えるならば異形でも食べる。
・鎖国となる前に広く普及していた世界共通語を使用。


金属棒:二メートル程の金属製の棒。≪魔素≫を効率的に運用する機能有り。
≪魔素≫を一定の式で流すと棒に紋様が浮かび、刃を形成したりする。強度は流し込む≪魔素≫の量に比例。
式を崩す事によって形成物の分解も容易に出来るが使用した≪魔素≫はほとんど還元されない。ご利用は計画的に。

略歴:
 両親が第一次掃討作戦にて死亡→その後平賀に引き取られ、彼が養父となる
→18になるまでは学校に通い、その後自警団へ、20で最前線にて第二次掃討作戦に参加
→戦場からクズハを拾って来る→平賀の研究区にて匿うも自治政府に存在がばれる
→武装隊を除隊され、和泉へと名目上用心棒として飛ばされる
491創る名無しに見る名無し:2010/04/19(月) 19:45:39 ID:BIuxqAgv
こんな感じでどうだろ?
略歴要らんな、たぶん
492創る名無しに見る名無し:2010/04/19(月) 19:51:00 ID:d9ucPytE
設定見直したら2行ぐらいしかなかった俺は頑張って書かざるを得ない

てか食用の異形がいるとは盲点すぎたw
493創る名無しに見る名無し:2010/04/19(月) 20:24:43 ID:BIuxqAgv
クズハ 女 10代前半くらいの見た目
日本……人(?)
異形 狐っ娘(白狐) 子じゃなくて、娘。

・普段は特製の(尻尾とかへの配慮)白狩衣を着ている事が多い。
そして、長い銀髪! 耳! 尻尾!(耳と鼻は普通の人のそれより良い)
・ですます調で喋る。
・おっとりしていて天然……というよりもどこかズレている。
・良い人。しかし自分のせいで匠が居場所を追われたことを理解しており、共にいていいものかと迷っている。
・知性、知識はそれなり。魔法を勉強する折、人間社会の事もだいたい理解。

魔法:第二次掃討作戦の戦場を知っている匠をして魔法の達人と言わしめる程に魔法の腕は立つ。
 ≪魔素≫保有量も一般の人間や異形のそれより遥かに多く、様々な魔法を使用可。接近戦でも使える程に魔法の組み上げは早い。
 ひとえに匠を慕い、努力した結果。
 クズハの使用する魔法は発動前に陣が組まれ、そこから力が発現するため、陣自体を砕けば発動前に魔法を沈黙させる事が可能。


今度は略歴無し、うちのはとりあえずこの二人があればいいんでないかと思った。

>>492
まあ毒持ちでもない限りは鎖国状態の日本では食料確保は急務でしょうし
「まずコイツらは食えるのか?」 
「食えんじゃね?」
「おい、お前食ってみろよ」
「え、ちょっ! じゃ、じゃんけんで決めようぜ!」
的な展開がどこかであったに違いない。
494創る名無しに見る名無し:2010/04/19(月) 20:55:07 ID:0a6JbQ8Z
設定読むのも面白いもんだなあw

>493
魔法五体系のうち一つは、異形食から始まった――的なのがあってもいいかもねw

>486
ブフオォ、ほんとだすまねええええ、脳内変換しておいてくれ……
495創る名無しに見る名無し:2010/04/20(火) 01:22:59 ID:g+pbVzCB
新しい世界を提案したいのですが、地獄があってそこに閻魔陛下や鬼がいるなら魔界があって
そこに魔王や悪魔たちがいる世界もありかなぁ…とふと思いまして。近々参考までにその世界で
一遍投下してもよろしいでしょうか?
496創る名無しに見る名無し:2010/04/20(火) 01:57:16 ID:a7Jhc8zj
リリベルちゃんの実家(ベリアル領魔界?)が存在した訳だから全然ありでしょう
497創る名無しに見る名無し:2010/04/20(火) 07:17:06 ID:EpXOcel3
避難所にもあったけど、俺も地獄世界の拡張的にやるのがいいと思うなあ
498正義の定義(避難所より代行):2010/04/20(火) 21:54:38 ID:y/6/g6hi
―拝啓、父上様。
あなたの娘の佐貴子です。お元気でいらっしゃいますでしょうか?
私の体調は非常に良好、毎日快便過ぎて全国の便秘を患う方たちに申し訳ないくらいですわ。
早いもので、機関に配属されてからもう三年が経ちますが、こちらは慣れぬことばかりでございます。寝る時間も起きる時間も疎らバラバラまちまち不規則。
そのうち昼夜逆転の生活習慣になってしまうと父上様は危惧なされるでしょうが大丈夫です。一周回って元の生活リズムに戻りましたわ。
最近は大体二ヶ月の周期で昼と夜が逆転しますの。面白いでしょう?四季で日照時間が異なるに等く、私の睡眠時間は常に推移しますの。
それをグラフにしたものを一度見てみたいと気まぐれに思い、毎日日記帳をつけようと思いましたが二日目、異形討伐の際、意識重体に陥ってしまったのでそれきりですわ。
異形と戦うべく機関に入った私ですが、やはり異形といえど相手を傷つけるのは気持ちが良くありませんし慣れません。この先も慣れることはないのでしょう。
慣れたら最後、あの武藤玄太のようになってしまいます。ああ、すみません父上様。武藤とは私の同僚であり、けっして父上様がご想像するような
間柄ではないと言うことを断っておきます。寧ろ、私はあの男苦手な口でして…というのもあの男、気が触れているのでございます。ええ、そりゃぁもう。
ですが不運にも今日はあの男と共に異形どもの討伐をしなくてはなりませんの。陣という同僚も一緒ですが、こちらも少し情緒不安定なことがあり、
実質今回の討伐メンバーでまともなのは私だけです。今もこうやって異形達相手に…


 「ふむ…30、40…いや50か」
 「数なんて…問題じゃ…ないよ。英雄が…負けるわけ…ないんだからさぁ…!」

 「って、囲まれているではありませんことッッ!?」


絶体絶命の危機に追い詰められているところです。
499正義の定義(避難所より代行):2010/04/20(火) 21:55:19 ID:y/6/g6hi
 「ふん…コイツらの中で一番強いのは…アレか…?」
 夜。何処かは定かではないが、草木覆い繁る森林の丁度中心部に当たるであろうその場所。そこだけは木が立ってはおらず、
円を描くようにポッカリと穴が開いている。いや、よく見るとそこには物見遊山するには程よい平野が広がっているではないか。
 … そういえば、世間様ではもう開花前線の足音を聞いているとか?
ならば彼らは花見に来ているのでしょうかと。彼ら…平野に並び立つ三の人影と五十もの邪な影は仲良く酒盛りでも始めるつもりだろうか?
もうすぐ桜が咲く季節ですねと?いやまあそりゃ花見もいいですけど、彼らを見るからにそんな風には見えません。
勿論です。彼らは殺し合いを始めるのですから。異形達のぎらついた目が人間達を舐め回すように見、その口からだらし無く垂れた舌を這いずり回している。

ああ、人間の一人は北条院ですね。目印のリボンが暗闇でも映える。おやおや、陣までいます。もう一人の男は…
 「貴様…名はなんという?」
 五十もの異形…それも猪なんだか、熊なんだかわからなような異形の中でもとびきり顎に携える牙が鋭い者が陣でも北条院でも無いもう一人の、蓬髪の男に言います。
 男は言った「名など聞いてどうする」と。するとその異形はふっ…、と不敵な笑みを浮かべ、こう答えた。
 「俺は今まで倒した奴の名前をこの手帳に記録するようにしている…そして今回刻まれるのが…貴様だあ!!」
 案の定下衆た、つまらない理由。対して、男はニィ、と口元を吊り上げます。
 「そうか…それは残念だったな…」
 「なにぃ…?」
 「この武藤…武藤玄太…貴様のような下種に負けてやる義理はないんでな」
 男の名は武藤 玄太(たけふじ げんた)。第九英雄の問題児。三十代の問題児と言うのもなかなか滑稽な気がしないでもない。
 「何を巫山戯た事を…おいお前ら、いちもうだじんだぁぁぁーー!!」
 どうやらこの異形はリーダー格と見ても良いようだ。周りの雑魚共がリーダー格の異形に呼応して雄叫びを上げる。五十もの雄叫びが空気を震わせ、
その轟声は月まで届いてしまいそう。
 「おい貴様ら。周りのクズ共を殺っておけ。この武藤は一番骨がありそうなアレの相手をする」
 そう言ったかと思うと、武藤は二人の返事も聞かずに異形の軍団へ突っ走る。走る。いくら異形が詰め寄ってこようとも構わない。周りの雑魚は既に武藤の眼中になかった。
 「装着…『玄武』…さぁ、戦え!!」
 武藤はオープンデバイスを投げ、一瞬にして武装に身を包む。腰周りに装備された複数の武器。腕の入力デバイス。耳から眉間中頃まで伸びた
銀と赤の色彩が特徴的なゴーグル。ここまでが基本的な武装であるが、ここで更に個々の武器が付き、武装一式となるのだ。
 「全く…これだから嫌ですわ殿方は…女性もいるというのに…だいたいですよ…」
 「システムオープン『勾陣』!」
 愚痴る北条院を尻目に陣も武装を展開する。彼の主要武器は…その長く鋭く尖った槍。それも二本。
引き裂いたトマトから零れた出た果汁のような赤と稲妻ように躍動感のある青…二色の鬼を彷彿させる傾いたデザインである。
 「早く…君も…武装展開したら?こいつら…一撃でくたばるような…雑魚…だよ?」
 陣は急かすように言った。全然急かしていないように思えるが。
彼はあまり激情を表に出す事はない為非常に伝わりにくい…が、つまるところ自分の身くらい守れるよう早く戦闘出来る状態にしろ…ということである。
 「言われなくてもッ…言われなくてもわかっていますわ…」



 「ハァッ!やぁッ!」
 「ギャヒー!?」
 ズバ!肉の裂ける音。陣の二槍が異形達を引き裂いていく。薙ぎ倒しながら異形達の真っ只中直進して行く。
もっと多く、もっとたくさん、敵を倒した分だけ英雄になれる。陣はそう信じて止まなかった。
 「なんだこいつ!?なんと妖面な得物を…」
 「妖面なのは…君達の…顔だよ」
 『"フレイム""ランス"』
 『"ライトニング""スピア"』
 コードを入力。後に機械音が鳴る。陣の右手の槍が赤く発光してきたのに対し、左手の槍は電流を帯びている。
 「まずい!逃げ…!」
 「はは…遅いよ、君達」
 振り下ろされる二本の槍。そこに一瞬の躊躇いさえもなく、為す術も無く異形達は炎と稲妻に飲まれていく。炎は肉を燃やし、稲妻は骨を砕いた。
後に残ったものは…塵のみ。
500正義の定義(避難所より代行):2010/04/20(火) 21:57:05 ID:y/6/g6hi
 「数が多いですわ…やぶさかではありませんが…」
 そうして北条院はのデバイスにコードを入力する。彼女の得物はその身の丈ほどある大きな剣。北条院はそれを振り回す…というより振り回されるようにして戦う。
 『"エナジー""ソード"』
 「正義の名の下に、倒させていただきます!!」
 少しキメ台詞じみたチープな台詞を北条院は吐く。時と場面を違えれば赤っ恥間違い無しの台詞も、今はさして気にはならない。
 振り切った剣先から放たれるは光の斬撃。異形達の体を横に割るように通った後、後ろの木を薙ぎ倒す。ワンテンポ置いて異形達の上半身と下半身が
ずれ、ぼとりと地に落ちた。
 「いたた…」
 一方、北条院は剣の重心に耐えきれず前のべりにコケていた。彼女曰く、この技を使うと二回に一回はコケるのだと言う。何と不憫な。
隙ができると言うレベルではないだろうに。予てより炎堂にその事を指摘されていたが、全くと言って治る様子がない。だって女の子だもん。
 「ど、どうです、私の力は!」
 全く決まっていないと言わざるを得なかった。



 「どうした?立て、立てよほら、まだ準備運動も終わってないぞ?ん?この俺、この武藤をよもやこの程度で満足できるような器だと思ってか?
全くもって遺憾。」
 武藤の体には傷ひとつ付いていなかった。傷が付いていないと言うことは攻撃を受けていない…つまり圧倒的優位で戦闘を進めていたと言うこと。
ならば武藤と対峙する異形がボロボロになっていることもごく自然な状況と言えよう。
 「うぐ…く…」
 異形のほうは立っているのがやっとであった。股がガクガクと悲鳴をあげる。もう限界だと体が警告している。だがそんな異形を見ても武藤は
「まだできるだろう?」
 だなんて、もはや鬼畜の所業である。ああ、周りの仲間たちのように一瞬で逝けたらどんなに楽だったことだろう、異形は武藤と対立する中で思った。
しかしである。彼も異形。プライドが有る。人間に舐められては名が廃る。汚名を被ったままでは終われなかった。
 「そうだ、その目だ。まだやれる。そうだな?ははッ!誠に結構、そうこなくてはな殺し合いは。さあ行くぞ、今武藤が行くぞ。せいぜい俺を愉しませろ!
さあさあ!ほらどうした、来ないのか?棒立ちているだけでは話にならんぞ?さあさあさあ!」
 武藤のその言葉に、異形は確かに恐怖と言うものを感じた。目にうつるのは絶望そのもの、絶望が向こうから向かってくる…恐怖するのも無理はない。
 他の異形達を一掃した二人は、最も早く決着が着いたのにも関わらず未だに戦い続ける武藤を見て口々に呟く。
 「また…始まったよ。武藤玄太の…悪い癖」
 「これじゃあどっちが悪者かわからないですわね…」
 武藤には困った癖があった。もう決着がついた相手でも武藤が満足しない限り戦闘をやめようとはしないという容赦ない癖である。
 「う…うわああぁぁぁぁぁぁっ!!」
 いよいよやけになって突撃する、異形はもう止めをさしてくれと懇願しているよう。口で語らずとも雰囲気がそれを示していた。
 「それでいい…」
 『"グラビティ""フット"』
 「!?」
 武藤は異形を一瞥した後、トンッ、と軽く飛び上がる。その身のこなしは軽く、スライドするように異形へと飛んでいく。
 「はあぁッ!!」
 武藤の蹴りが入る。異形の松風のツボ、胸板の辺り。
 「ッッッ!?!?!??!?」
 みしっと、
 異形の胸がへこんだ。武藤が蹴りを当てた部分を中心に。まるで惑星のクレーターのようだ。まもなく異形の体は原型を保てなくなった。
瓦解したそれを見て武藤はふと呟く。
 「まぁ、準備運動にはなったぞ…?」
501正義の定義(避難所より代行):2010/04/20(火) 21:58:03 ID:y/6/g6hi
 「先程の… あそこまでやる必要がありましたの?」
 「英雄は異形を倒すのが仕事なんだろう?この武藤はその通りやっただけだ」
 異形達をひとり残らず討伐した一行…帰還の路につく。いつもは会話など皆無な組み合わせであるが、この日は珍しく北条院が武藤に話しかけていた。
 「それにしてもやり過ぎではない事?見ていて気分が悪かったですわよ」
 「やりすぎ…か。ならば今度は質ではなく量でいくか?」
 「そういう意味じゃありません!」
 全くもって常識が通じない男である。この男の深層に何があるのか…非常に気になるところある。
一体この男は何を考え、何を以てこのような発言をしているのか?常人には理解不能である、と北条院は思った。
 「じゃあどういう意味か簡潔に述べるといい」
 武藤は北条院に訪ねる。返ってきた答えはこうだ。
 「異形相手といえど、ただ私欲のために殺戮を尽くしていては快楽殺人者となんら変わりがなくってよ」
 道徳的だ。モラルも糞もないこの時代では蔑ろにされがちな、ごく当たり前の事。
 「一般論だな。面白味のない答えだ。一人殺せばただの殺人犯でも、千人殺せば英雄になるんだろう?奴等を殺すのに、過程は問題じゃない」
 武藤はそんな言葉で北条院の答えを一蹴する。むっと北条院が眉間にシワを寄せるも武藤の知る所ではない。
 「人の根本には常に闘争本能が渦巻いている…人は他者を蹴落とし奪い辱めることで自己の存在価値を噛み締め、それが進化につながる訳だ
あぁ、英雄が他者より優れているのはそういう訳だからか。他人を守ると言いながら、その手で守る対象の何倍も犠牲を作っている。
滑稽だな、だが筋は通っているだろ?千人殺せば英雄と言う言葉も、案外間違えではない。」
 「…そんなの、違います!」
 北条院は否定した。武藤は…肯定も否定もしなかった。ただ黙って前へと歩き続けるだけ。最早話の論点に興味が失せたといった具合に。
 「…あの男に…何を言っても…無駄だよ。考えが君とは…根本的に…違うんだから」
 黙っていた陣が急にしゃべりだす。
 「でもある意味…正義を貫いているとも…とらえられないかな…?彼の中の…正義があれなんだろうから…ふふ…」
 「理解できません…」
 北条院は心底このメンバーとはもう一緒になりたくないと思った。


第二話
    ―【コンビニ妖怪24時/前編】―


―前回までのあらすじ
異形の、読みを(作者が)、間違えた。
レジェンドロリータ幼女、トエル。

やあやあ、いぎょうといけいを間違えたようだね、よくそんな恥ずかしいミスを…どう責任をとってくれるのかね?とシマさんに言われたら
「私の責任です…私が未熟だから…弱いから…」とマジ凹みの753に徹するしか無いじゃないかって。神に命返すしか無いじゃないかって。滑稽だわ。
Gフ○ン読む奴がR○X読む奴を馬鹿にするぐらい滑稽である。滑稽でおじゃる。だってさキル○ン見のがしたから腹立っちゃってさ…クソ、カノンちゃん
…リコ…ポチ姉…リムは要らぬ…んああ!ほああ!ちくしょー!何とかしてくれケーン!キル○ンフォーゼしてくれポチ姉ー!ちっくしょ俺はド○ラなんて
みたかねえんだよよよよおよおおおお!!うわあああああああ!!

…それでは今回のお話。


 「ふえぇ!」
 十二英雄トエルの伝家の宝刀「ふえぇ」。その完成されたふえぇはこの地球上のどのふえぇよりも深く、親しみのあるふえぇと言える。
 「ふえー!」
 対してこちらはどうだろう?白石のふえぇはふえぇそのものを愚弄するふえぇであった。何だこの中途半端なふえぇは。語尾を伸ばしきっているではないか。
何と愚かな。後ろは小さい「え」で終わるのがふえぇの美学であり、基礎である。それを伸ばし棒などと言うふざけた真似をされた日にはもう…
 「何やってるの…二人とも…?」
 ふと、陰伊が二人、トエルと白石のそばを通りかかると何やらおかしな光景が繰り広げられたいたので問いかけてみる…
 「ふえぇだけで会話出来るか確かめてたんだべさぁ〜」
 なんとも馬鹿な遊びをしていることがわかった。
 「ふぇ!ふぅふえふえええふえっぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 トエルは真剣に陰伊に話しかけた。ふえぇだけで。陰伊はトエルの頭のネジはどこに落ちているのかと辺りを見回した。
502正義の定義(避難所より代行):2010/04/20(火) 22:02:39 ID:y/6/g6hi
 「あー…何でオフの日に働かなきゃいけねえんだよ!」
 炎堂はイラついていた。今日の彼は非番である。機関に非番なんてあるのかと甚だ疑問ではあるが、この炎堂に限っては有無を言わずに休みをとっている。
働けと言っても彼は強引に休むだろう。今頃は自室で爆睡している筈。公私は混同しない主義なのである。そんな彼が何故施設内を歩いているかと
言うと、話は数分前に遡る。
 その日、炎堂はベッドで熟睡していた。娯楽が少ないご時世だ、この歳にもなって今更没頭できることも無い。
従って、日またぎ寝るというのが炎堂のスタイルになる。
子供の頃、父親が休みの日。自分が朝起きると決まってソファーでパンツ一丁になって爆睡している父親がいた。
その光景を子幼き日々幾度となく見てきた…と言う方も多いだろう。前日の仕事で疲れて休日は誰にも邪魔されずずっと寝ていたいという
不況を戦うリーマンならば誰しも持っている願望だろう。炎堂もそんなおっさんのように、誰にも邪魔されずに眠っていたかった。
 しかしそうは問屋が許しません。炎堂の部屋に鳴り響く内線のアラーム。ビービーウルサイ音に睡眠を邪魔されただけでも許せないのに
内線の内容が局長からの臨時の機関活動ときたものだからたまったものではない。炎堂はどうにかならないかとあの手この手を考えそして現在に至る。
 「誰か適当な奴いねぇかな…」
 言葉の内容から察するに炎堂は他人に面倒事を押し付ける気満々である。ふと、炎堂の目に丁度いいカモが映った。
 「おい、北条院。お前丁度いいところに…」
 「炎堂…あなた…」
 言いかけたところで北条院の様子がおかしいことに気がつく。彼女の体中から溢れる負のオーラ。炎堂は慄然した。この威圧感は何だ?
果たしてこれは北条院なのか?まさか異形なのではないか…?と、炎堂は思わずにはいられなかった。それと同時に背筋も凍るような嫌な感じがした。
 「いや…はは、どうしたお前。顔色ワリィぞおい〜…」
 とりあえず一緒に居たくなかった炎堂は話しかけたことを後悔しつつ何とか適当に話を切り上げられないか、みたいな事をそのずる賢い頭で考えていた。
 すると、北条院は抑揚のない声で話し始めた。
 「あなたが勝手に休まなかったら…一週間もあの方達と一緒になることも無かったのに…!」
 「あ…?もしかして怒ってる…?」
 「あったりまえですわ!このサボリ魔!!」
 感情を爆発させる北条院。彼女はかれこれ一週間"問題児"と一緒に活動してきたのである。しかももう一人のメンバーは何を考えているか分からない
陣だ。それはそれは酷いものだった。いくら小心者でヘタレな本性を表に出さぬよう務める北条院でも、今回ばかりは泣きたくもなる。
 「いやー、あまり組まない仲間同士の交流も大切だと…」
 「嘘おっしゃい!」
 「あーわるかったわるかった。ごめんなさいねー」
 「心が全く籠っていない!!」
 「うっせ!ばーかばーか!」
 責任を逃れる良い年こいたおっさんがそこにいた。
503正義の定義(避難所より代行):2010/04/20(火) 22:04:27 ID:y/6/g6hi
 結局、あの後北条院にボロクソ言われておっさんの僻心が持ちそうに無かったので逃げるように炎堂はその場を後にした。この年にもなると、若い連中に
酷く言われるのは余計に堪えるのだ。完全に自業自得ではあるが。そんな目にあってもおっさんは懲りずに押し付ける相手を探す。
皆はこんな大人になってはいけないよ。しかしこんなのが英雄であるという事実。現実って怖い。
 「ここがトイレットだべさ。シャワートイレは男女1つづつしか無いから気を付けるよーに」
 「ふえー」
 ふと、トイレの前を通りかかると某の女子供達が何かを話していた。女ってのはどうして連れションが好きなのかと炎堂はつくづく思った。
トイレくらいどう考えても一人で落ち着きたいものだろうに。おっさんの身である炎堂にはどうも理解し難かった。
そもそもトイレ前に集まる女子達を凝視するのは色々と誤解が生じそうな気もしないでも無い。女の子に道を教えただけで逮捕される時代もありましたから。
よく見ると、トイレ前にいるのは陰伊、白石、トエルの三人であった。これはチャンスと炎堂は彼女達に近づいていく。
 「よぉーお前ら、何してんだオイ」
 「炎堂さん…私たちはそのっ…」
 「トイレの場所をトエルちゃんに教えてたんでしょや〜、緊急時にトイレだけは知っておかないと困るしねぇー」
 「ふぇ!」
 ロボなんだからトイレは必要ないだろうが、と炎堂は白石の説明にツっコんだ。
 「シャワートイレの強さを強にすると簡易浣腸ができるよ」
 「強にしてるの幸ちゃんだったの?いっつも水出るとき威力強いなあって思ってたんだけど…」
 「大丈夫、お尻が徐々に開発されていくだけだべさ」
 これまたどうでもいい事を話し始めた白石。話が変な方向に行きそうなので炎堂は二人の会話を無視して喋る。
 「んで、お前ら暇かー?」
 さり気なく三人の予定を聞き出す炎堂。三人とも少し悩んだ(ホントは予定など全く無いが何も予定がないのも恥ずかしいので悩む振り)後、
「まぁ…別に急ぎの用事は…」といった曖昧な返事を呈す。あぁ、暇なんだなと炎堂は確信し、ニヤリと目を光らせた。
 「よーし、じゃあお前ら、ちょっとここまで調査に行ってこい」
 「調査…?外ロケ?」
 「ふえ…」
 「お前はふぇ以外何か言え…」
504正義の定義(避難所より代行):2010/04/20(火) 22:05:43 ID:y/6/g6hi
「はっはっは、ひひひ…それはまたぁー炎堂君にうまく押し付けられたねー」
 官兵研究員は気色の悪い笑い声を漏らしつつ語る。
 「あのMはげー」
 「まぁまぁ、君達は英雄なんだからそう細かいことでカッカしないで」
 炎堂に嵌められ煮え湯を飲まされた思いをする三人。ともあれ、こうして官兵の運転する車で目的地へ向かっているのだからどうしようもない。
 「トエルちゃん、Mハゲなんて言っちゃだめだよっ…炎堂さん気にしてるんだから…」
 「ところで、HR-500にトエルという名前をつけてくれたのは君達かい?」
 目の前に気を配りつつ、官兵は陰伊に尋ねた。はい、とその隣に座る白石は答えたが正確には裳杖が考えたので、あ、やっぱり違いましたと訂正する。
 「へえ…裳杖君がねぇ…いや、感謝してるよ… シリアルナンバーで呼ぶのは少しかわいそうだと思っていたからね」
 「勝手につけていいものかと思ってたんですが…良かったです、喜んでもらえて」
 「ところでさぁ、トエルちゃんってなんにも知らないよねぇ?機械なんだからインプットで何とかなんなかったん?不便そうだべさ〜」
 白石は朝の出来事を思い出し、官兵に聞く。もう数日は経つというのに全く施設内部の道を覚えていないトエル。機械なのにこれはどういう事かと
白石は思っていた。その疑問に官兵はこう答えた。
 「このトエルは…体こそ機械で出来ているが…CPUのコア…つまりAIの核の部分だね。それが生きてた人間の精神をデータ化して直接搭載しているんだ」
 「人間の…精神?」
 ああ、もちろん既に亡くなった方の物だよ…と、官兵は付け加える。
 「我々は神域に達したと言うが、その実精神なんてものはとても人間の手に作れるものではなかったんだ。だから即存の精神を使うほかなかったのさ…
だから情報入力は無闇にできない」
 「じゃあ…トエルちゃんは…別の誰かだったんですか?」
 陰伊は恐る恐る聞く。
 「はひひ…大丈夫、記憶はない。トエルが自身が誰かだったなんてわからないさ」
 「はあ…そなんですか」
 陰伊はひと安心した。だが心境は複雑であった。いきなりロボにされて戦わされるなんて…普通の人間であれば絶対に勘弁したいところだろう。
しかし記憶がない状態であればそれが普通なんだと事を受け入れる。それは記憶をなくして、利用しているに過ぎないのではないか?と。
もしそうだとしたら酷い話だ。既に死んでいるものを再び使うなんてあんまりである。いや、再び生を受けたことは喜ぶべきことではあるのだが…
トエルの人間の頃の記憶がなければ、これがよかったのかどうかもわからない。


 さて、目的地に着いた一行は「人が行方不明になった」との報告があった集落へと立ち寄った。その集落の長が言うに、入った人間が消える森
があるという。それだけでも気持ちが悪いものであったが今回は長の娘がその森で行方不明になったものだから一大事である。
 今回、長の娘を探すついでに、森で人が消える原因も調べて欲しいとのことだ。
 人が消える森…異形絡みである可能性は高い。そんな危ないものは機関としても放っておく訳にはいかない。
 「それでは頼みましたぞ」
 老人…集落の長は真剣な面持ちで三人(と一機) に頼んだ。正義の為人の為とあらばやるしかない。
 「はひひ、あなたの娘さんは…必ずや私どもが見つけて見せましょう!」
 気持ちの悪い、だがそれでいて爽やかな笑みで答える官兵のなんとたのもしいことか。長の顔に安堵の色が戻る。

 …なんて大見栄はったのは良いが、一体どうやって娘一人を探すというのか?
505創る名無しに見る名無し:2010/04/20(火) 22:07:21 ID:y/6/g6hi
 「ふぇ!ここがもんだいのもりです」
 「如何にもって感じでしょや」
 「何か魔女とか住んでそうだよっ…」
 人が消えるという森へやってきた一行は、口々に感想を述べた。なんだか葉の色が禍々しい木だとか、気色の悪い植物だとか、十中八九毒であろう
山菜がごった返す…そんな絵に書いたような森だった。これも日本が変わってしまった影響だろうか?日本の美しい針葉樹を官兵は恋しく思った。
 「さて、では早速捜索を開始するとしよう…トエル」
 伊達に大見栄張った訳ではないようで、官兵には何か手があるようだった。
 「なんだよクソメガネ」
 「…ネコミミmodeになりなさい!!」
 官兵に冷ややかな視線が集まる。 
 「え、いや違うって!!レーダー!ネコミミmodeはレーダー探知をする機能があるの!そっち趣味があるとかそういうんやないし!」
 そんな官兵の言い訳を一通り聞いた後、その"ネコミミmode"とやらになってもらう事になった。
 「コード入力ネコミミmodeだ。やってみなさいトエル」
 「ネコミミmodeでーす」
 昔、こんな歌が OPのアニメがあったような記憶がある。このアニメを作っていた頃はよもやあんな有名な制作会社になるとは夢にも思わなかった…
と、メタな話はこのくらいにして、トエルはネコミミmodeへとチェンジが完了したようだ。その頭には勿論ネコミミがあった。か、かわいい…と思わず
陰伊が無意識に口に出してしまう程愛らしい姿である。 
 「ふえ!やっぱりこれおまえのしゅみだろクソメガネ!」
 「ちゃ、ちゃうわ!趣味ちゃうわ!犬耳のほうが好きだわ!」
 それにしてもロボネコミミ幼女とかなんか属性がヤバイ。


 「ふえー、ふえー、」
 猫耳をピコピコ動かし、辺りを捜索するトエル。それに続く一行は彼女のかわいらしい姿に癒されていた。
 「…ドゥフフ…やべぇなこれ…」
 ボソリと呟く官兵。よく見ると官兵は非常にステレオタイプのオタクの雰囲気を纏っていた。今や絶滅したと思われたオタクはこうしてしぶとく生き残っていたのだ!
 「官兵研究員、なぜトエルちゃんのおしりばかり見ているんだべさ!?」
 「ふ…ムラムラするからさ…!」
 きもやかに言う官兵。その顔はいつになくいきいきと輝いていた。ぶっちゃけキモイ…だが二人には何故か彼がかっこよく見えた。顔はキモイけど。
 「ふえ!?なんかはんのうが!」
 と、ここで進展があったようだ。
 「なにぃ!?それはどこだねトエル」
 「こっちこっち!」
 「いこ、陰伊ちゃん!」
 「う、うんっ」
 何者かの反応をキャッチしたというトエル。走る彼女を追いかける官兵と陰伊達。広い広い森の中、ようじょとメガネと少女達は駆け抜ける。途中木の根に足をとられながらも、大きなムカデを踏みつぶしてしまっても、今はトエルを追うのが第一だった。
 

 「ギャース!!」
 「た…助け…」
 少女は絶体絶命の淵に立たされていた。周りは異形に囲まれ、森の中ただ一人…誰が助けにくるわけでもない。
 ああ、もうすぐこの異形共の胃袋に入ってしまうのかと思うとどうしようもない絶望にかられた。恐怖のあまり、顔には倒錯した笑みが張り付いていた。
 異形の一つがぐあっと口を開け、もう駄目かと思われたその時!!その大口を蹴飛ばす影が一つ。
 「やめなぁ…私に触ると…ケガするぜ…?」
 メガネがきらりと光る。少女を救う影の正体は官兵だった。七三分けをふわっとかき分けるその姿は、何時にも増してキモやかだった。
そして無駄に髪がさらさらだった。
 「ってアンタかい!!」
 「官兵さんは戦えないんだから下がっていてくださいっ」
 後から現れた陰伊達。何故かやりきったような表情を浮かべる官兵を尻目に陰伊達はオープンデバイスを取り出した。
 少女はあまりに事が急すぎて混乱していたが、自分が助かったのかと思うと気を失ってしまった。異形達はと言うと、食事を邪魔されたにも関わらず
黙っているはずがなく、すぐに陰伊達に牙を向く。

 「英雄『大陰』…で、出ます!」
 「さあ…いくべさ!!システム『白虎』…解凍開始!」ベーンベンベンベンベーンベーン
506正義の定義(避難所より代行):2010/04/20(火) 22:08:07 ID:y/6/g6hi
 「!?」
 異形達は突然の光に視界を奪われる。光が収まった時に異形達の目に映ったものは、全身武装に固めた人間二人であった。
 「第八英雄陰伊三!あなた方に恨みはありませんが…倒させていただきまひゅッ!?」
 「あ、かんだ」
 「倒させていただきますぅッ!」
 いまいちカッコの付かなかった陰伊は、その失態をとり戻すかのように積極的に敵に向かっていく。
 その頃、官兵は襲われていた少女を抱き抱えトエルの元まで戻ってきていた。
 「はぁ、はぁ…ふいー…最近ペンチよりも重いもの持ってなかったからしんどいわー」
 「ふえ!たいりょくないなクソメガネ!」
 「うっさいわほっとけ…あ、ほらトエル。お前も戦闘に参加しなさい」
 「ふぇ?」
 なんだかんだで、トエルは今まで戦闘をしたことは無かった。機械といえど何も知らない素人だ、強要するだけ酷というもの。だがトエルは第十二英雄。
戦う為に生まれてきたのだ、戦闘ができなければ意味がない。
 「どうやってするかわからないよお!」
 「戦闘の補助はサブコンピューターがしてくれる!チェンジコードを入力するんだ!」
 「ふ、ふえぇぇ…」
 言われるがままにコードを腰のデバイスに入力する。すると変化はすぐに起きた…トエルの体が発光し、その姿を変える。
 それは他の英雄達のような武装を装備するという事ではなく、変身と形容するのが適切に思われるものだった。
 「いいぞ…これがトエル…お前の真の姿だ…!」



 「いきます!てやあッ!」
 陰伊は踊るように、這うように異形達の間を抜ける。次々と襲いかかる異形達をその双剣で受け流し切り刻む。「ぐえあ!」致命傷を負った異形の一匹が地に伏す。
 「ギシャアー!」
 死角から襲いかかる一匹の異形。鋭い牙が口から何本も伸びているその異形は陰伊の腕を噛みちぎろうとしているようだ。気配を感じた陰伊は
振り向いて回避を試みるも完全に避けきることは不可能で僅かに腕の肉が削られた。
 「…ッ!」
 「大丈夫!?陰伊ちゃん!」
 白石の心配する声。もっとも、彼女も異形達の相手に追われているため支援に行くことが出来ない。ジワリと血が滲む陰伊の腕。
痛みはあったが動かせぬ程ではなかった。陰伊はデバイスにコードを打ち込み、異形達を一掃しようと考える。
 『"ブレイブ""ダブルセイバー"』
 陰伊は双剣をブンブンと振り回し出す。すると双剣の刀身は空圧の刃を纏いだした。みるみるそれは大きくなっていき、刀身の倍程度になったところで
陰伊はそれを振り下ろした。
 「はぁぁぁぁぁ!!」
 ズンっと、二つの刃が大地を削り取る。そこにいた異形達は跡形もなく消え去った。
 「ふう…」
 異形達を倒し、一息つく陰伊。しかしそれがいけなかった。そろそろ白石に加勢しようかと思ったその時、茂みから黒い影が飛び出す。討ち漏らした異形である。
 しまったと体制を整えようとするも遅い。やられるかと覚悟を決める陰伊。しかし異形の攻撃が彼女に当たることは無かった。
 「…?」
 「ふえぇぇぇ…!」
 「と、トエルちゃん!?」
 現在ネコミミツインテ幼女のトエル。
 「だいじょうぶ!?ふえ!」
 「…その姿は…何?」
 「あのクソメガネのしゅみだよ!ふえ!」
 そこにメイド服と言う属性も追加されて登場した。もう何なのこの子、収集付かないんですけど!
 そんな中、トエルに弾き飛ばされた異形は尚も飛び掛ってくる。
 「ふぇ!ムッコロ!ムッコロ!」
 『"ジャンクション""ガトリング"』
507正義の定義(避難所より代行):2010/04/20(火) 22:10:22 ID:y/6/g6hi
 「ふえぇぇぇええ!!」
 機械音の後、突然現れた大身のガトリング砲。それを軽々と持ち上げ、飛び掛った異形を射抜くトエル。サブPCがサポートしているせいか狙いは正確
一寸の無駄もない射撃動作。その事から、やっぱり機械なんだな…と陰伊は思った。
 「ギャオオッ…」
 「ふえ!や、やっつけたよお…」
 「ありがとう…トエルちゃん…助かったよ」
 危機一髪の所を助けられたことを感謝する陰伊。それにしてもトエルのこの武装…本来は第三英雄冴島 六槻の物である。
 「それって、冴島さんの…」
 「ふっふっふ、その質問には私が答えよう!!」
 湧いて出てきたキモやかな笑顔。官兵はこう説明する。
 「聞いて驚け!このHR-500、トエルは第七を除く全ての英雄武装を使うことができるのだ!わーっはっは!すごいぞー!かっこいいぞー!」
 と、満足げに笑う官兵のキモやかな顔がただのキモイ顔になる。そんな官兵を見て、若干引き気味に陰伊は官兵にこう尋ねた。
 「…ところで、何でメイドなんですか?」
 すると官兵は即座に
 「メイドは男のロマン!」
 と答えるのだった。陰伊は、ああ…この人はこういう人なんだと官兵の見解を改めることとなった。
 「つか、こっちまだ戦ってるでしょや!助けてよ!」
 はっとする陰伊達。そういえばまだ戦闘中だったと言わんばかりのリアクションである。ぺろっと舌を見せる官兵に怒りを覚える白石だったが今は
それどころではない。その光景を見た陰伊は支援に向かおうとするが、トエルがそれを止める。
 「みつはけがしてるからここでやすんでて!ふぇ!」
 「でも…」
 「ふぇ!いいから!いいからふぇ!ふえぇぇぇ!」
 『"ジャンクション""クロウ"』
 トエルの持っていたガトリング砲が鉤爪に変化する。トエルはそれを腕に装着すると、白石が戦っている場所へトテトテと走っていった。


 「トエルちゃん…それ、私の…」
 「ふえ!」
 「まねしたのかなぁ〜?」
 「ふえぇ…」
 白石が奮戦していたので、異形の数は五匹程度にまで減っていた。五匹の異形は白石達の周りをぐるぐると回り奇襲の機会を狙っているようだったが。
 ここで白石がアイコンタクトで何かを伝える。それに気がついたトエルはコクンと頷き、二人はコードを入力した。
 『"ゲール""クロウ"』
 『"ゲール""クロウ"』
 以前白石が見せた疾速の爪撃。それをトエルは記憶していた。
 そして今。二人の呼吸が合わさった時、互いに逆方向へと疾走するのだった。速く、疾く。最早肉眼では
「異形の間を何かやけに早いものが動いている」
程度のレベルでしか認識出来ないほどに速かった。風のように軽やかに、嵐のように力強く、異形達を切り刻んでいく。
そうして二人が一直線上で互いに背を向け静止した時、二人の間にいた異形はどす黒い血しぶきを上げ飛散した。
辺りに黒い雨が降る。獣臭い匂いがそこら中から沸き上がってくる。白石はこれは帰ったら洗濯しないとなぁなんて思いながらこう呟くのだった。

 「また来世…」
508正義の定義(避難所より代行):2010/04/20(火) 22:12:24 ID:y/6/g6hi
 「ううん… あら…ここは…?」
 少女は自分が気を失っていたことに気がついた…だがどうも気絶する前の記憶が曖昧だ。たしか自分は異形に襲われていて…
そういえばなんだかやけに獣臭い。まさか!自分は食べられてしまったのでは!?気が動転した少女は突然何かにとり憑かれたかのように暴れだした。
 「ふぇ!お、おちつけ!ふぇ!ふえ!」
 「はて?ここは胃袋の中なのでは?」
 「ふぇ!なにねぼけたこといってんだこいつ!」
 「あ、目がさめたんですか?」
 おさげの少女が彼女を介抱する。人の温かみを感じたことで、ようやく自分は助かったんだという実感を得た少女は同性とはいえこんなに
長い時間抱きしめられていることを少し恥ずかしく思った。その顔はりんごのようにほのかに赤く染まっていた。

 「あの…、ありがとうございます。危ないところを助けていただいて…」
 おさげの少女、陰伊が介抱を解くと少女は丁寧に御礼をした。まあ、英雄にとって人助けは当然の義務なのでどうということはないが、
やはり感謝されるのは嬉しいものがあった。
 「いいよぉー。私たちは英雄だし〜」
 「あの…もしかして君…集落の長の娘さんの『サキ』さんだったりしない?」
 そう官兵は少女に尋ねた。
 「あ…はい!そうです!私サキです!」
 いきなりビンゴであった。
 「いきなり依頼の一つは片付いたねっ」
 「…あの…、ちょっとよろしいですか?」
 小さいが芯の通ったよく聞き取れる声でサキは言った。何か面倒事じゃなきゃいいなと思いつつも「なんだい?」と官兵が答えると…
 「実は…探して欲しい人がいるんです」
 サキは非常に切羽詰った顔で官兵に迫った。ずんずんと、思わず官兵が二歩三歩後退するもぴったりとくっついてきた。
 「い、いったい誰なんだい…その…探して欲しい人っていうのは…?」
 顔が引き攣りつつも冷静にサキの話を聞く官兵。先は一瞬ためらったような表情をし、そして意を決して話した。


 「…兄です」
 「兄…?」


 森の中で襲われていた少女を助けた英雄達!しかしこの後…予想だにしない展開が待っている事を…彼らは知らない…

                                              ―続く―


《次回予告》
森の中で少女の救出に成功したのも束の間、今度はお兄ちゃん探しときたもんだ!
「ふえー!お兄ちゃんふえぇ!」
森をさ迷う中、一軒の建物を発見する英雄達…その建物は何と!あの有名なファミファミいうコンビニエンスストアだった!!
「ファミ○キください!」
しかしそのコンビニ…何かがおかしい。そもそもこんな森の中にコンビニ…?一体どんな秘密が隠されているというのか…ッ!
次回「妖怪コンビニ24時/後編」乞うご期待!!
「ふえぇ!はやくほかのひとのきゃらとからませたいふぇ!」
509避難所より代行:2010/04/20(火) 22:13:08 ID:y/6/g6hi
以上で終了です。
二話書いてみたけど…文章とか見苦しいところもあると思いますが、
最期まで読んでいただいたら…と思っております。駄文失礼。
510避難所より感想レス代行:2010/04/20(火) 22:13:52 ID:y/6/g6hi
よ、妖怪コンビニだと!
侍女コンビニ以来のコンビニチェーン新規参入じゃないかw
期待して待とうw
511避難所より代行:2010/04/20(火) 22:14:39 ID:y/6/g6hi
本スレ>>495
地獄世界にベリアル等、魔王と悪魔に言及している部分があったから
新たに世界を作らなくても地獄世界でやれるんじゃないかと思うんだがどうだろう?
512◇GudqKUm.ok(避難所より代行):2010/04/20(火) 23:00:39 ID:y/6/g6hi
参考までに、地獄シェアに於ける『悪魔界』への言及を…

・リリベル

大魔王ベリアルを父に、人間女性を母に生まれた半悪魔。父王の消滅後は正嫡である兄弟から冷遇され、ベリアル家の老僕ファウストに人間界で養育されていた。
その後狡猾な兄たちに利用され、仇敵である閻魔庁爆破を企むが失敗。現在は『我蛾妃の塔』に収監され判決を待っている。
『ややえちゃんはお化けだぞ!』では、主人公大賀美夜々重は彼女の特攻兵器『リリベルバス』にツアー客として乗り込み地獄界にたどり着いた。
外見は十六〜七歳のハーフ美少女で、赤みがかった髪を持つ。悪魔体では側頭部に巻いた角、蝙蝠の羽根と細く長い尻尾を備える。
習った相手が悪かったのか、『〜デス』というカタコト日本語で話し、口癖は『クソッタレ』。しかし最後まで忠節を尽くしたファウストや、獄中で出逢った付喪神『顎』への愛情は深い。
二人の献身により不遇な幼少期の屈折を克服したものの、なぜか『地獄百景』一応の主人公千丈髪怜角との相性は最悪。再登場時には激しい衝突が予想される。
513◇GudqKUm.ok(避難所より代行):2010/04/20(火) 23:02:28 ID:y/6/g6hi
ベリアル・コンツェルン

老魔王ベリアル晩年の失政により魔界での権勢を失い、遺された魔王子たちが人間界に興した企業。魔力を悪用した悪辣な商法により、欧州の経済界で勢力を伸ばしている。『地獄百景』次々回に少し登場の予定。

ファウスト

『リリベルバス』の運転手を務めていた、リリベリの忠実な老僕。もとは老ベリアル王の執事であったが、彼の魂もまたベリアル一族の『私有財産』であった。

『グリモワール』
リリベル主従が携えていた、魔界の人物録。地獄の鬼に関する記載もある。

その他、ベリアル一族のライバルとして、『アモン』『ベール・シンジケート』等の名が出ていますが、今のところヨーロッパを群雄割拠する一族単位の魔物、程度の描写のみです。
…宇宙や運命というものを閻魔庁のように尊ばず、優雅に、冷酷にその版図拡大を目論む貴族たち…といったところでしょうか。


>>『正義の定義』

NHKの人形劇に出てきた『バケビニ』なる奇怪なお化けコンビニを思い出して吹いたw
514避難所より代行:2010/04/20(火) 23:03:57 ID:y/6/g6hi
しかし本当リリベルは Gudqさんに渡ってから深みが増したなあw
515◇GudqKUm.ok(避難所より代行):2010/04/20(火) 23:05:25 ID:y/6/g6hi
そして投下

地獄百景『胡蝶の夢』


…ベッドに臥せた茨木胡蝶角は眠りの淵を彷徨いながら旧友との会話を続けていた。全身の痛みはかなり和らいだもののまだ片目は開けられず、上半身を起こすことも出来ない。

(…無理しないで胡蝶。すぐ帰るから…)

見舞いに来た同期の獄卒、無限桃角は胡蝶角と同じく『念』での会話が出来る鬼だ。まだ喋るとリリベルに折られた肋骨が疼く胡蝶角にはありがたい。

(…ううん、大丈夫。ひどい顔でしょ? 私…)

腫れて塞がった胡蝶角の瞼の裏には、まだお互い訓練生だった頃の桃角の姿が映っていた。鬼として『桃角』を名乗る前、無限桃花、と呼ばれていた頃の小柄な彼女の姿だ。
共に厳しい行を積んだ、内気な胡蝶角の古い友人。彼女の支えが無ければ、あの幾多の過酷な試練は、とても乗り越えられなかっただろう。

(…そういえば桃角、あなた配属どこだったっけ?)

くふふっ、と笑った桃角は答えなかった。現在の『鬼手不足』の地獄で、無任所に近い状態で飛び回るのは新人獄卒の宿命だ。きっと有能な彼女のこと、こんな機会でもないと会えないくらい忙しいに違いない。

(…ま、あなたが早く復帰してくれなきゃ大変。私もたまには寝込みたい位よ…)

桃角らしくない愚痴だ。しかし長い安静で鋭敏になっている胡蝶角の知覚力は、友人の意識から確かに激しい戦闘による疲労と苦痛を感じ取っていた。相手はベリアル・コンツェルンか…それとも…綺星…機精?

(…『寄生』よ。知ってるでしょ?)

(え…)

脈略のない想念、夢とも現実ともつかぬ朧げな虚空で、確かに胡蝶角は桃角と共に恐るべき敵と闘い続けていた。あれは一体、いつの事だったか…

(…黒い太陽…血塗られた空…)

冥界の鬼姫として生を享けるずっと前から、胡蝶角が振るい続けてきた黒い太刀は桃花の持つ太刀と同じものだ。もどかしく錯綜する記憶のなかで、あらゆる時間、あらゆる場所に桃花と胡蝶角はいた。
516◇GudqKUm.ok(避難所より代行):2010/04/20(火) 23:06:36 ID:y/6/g6hi
(…私…『地獄界』から出たことあったっけ…)

『異形』として人間に追われ、燃え上がる楼閣から星空を睨む胡蝶角。閉ざされた街の一角に佇み、物欲しげな瞳を道行く人々に向ける薄汚れた胡蝶角…

(…あれ…わたし…)

(…あなたは変わり種だからね…気配が弱まってたから様子を見にきたの。大した怪我じゃなくて良かったわ…)

すぐ傍らに寛ぐ友の気配は、まるで無数のゲヘナ・ゲートの如く全ての世界に重なって存った。彼女は一緒に厳しい訓練を耐え抜いた親友、誇り高い獄卒隊第八百壱期の仲間。その名は…

(…じゃ…また来るわ。お見舞いのお饅頭、ひとつ戴いたからね…)

(ま、待って!! あなたは…)

悪戯っぽい笑い声がベッドから遠ざかってゆき、思わず伸ばした胡蝶角の腕に鈍い痛みが走る。

「痛っ…」

「…角…胡蝶角!!」

…包帯の上から腕を撫でる手と優しい声は、未だ確かに友人のものだった。しかし奇妙な違和感を覚えた胡蝶角は熱っぽい眼を無理やりに開いた。

「…怜…角?」

「大丈夫? 先生呼びましょうか?」

癖の無い黒髪に鋭い眼光。心配げに胡蝶角を覗き込む女鬼は千丈髪怜角。彼女もまた訓練生同期の獄卒だった。だとすれば桃角は先に帰隊したのだろうか?

「…桃角は…帰ったの?」

「…桃角、って?」

怪訝そうに首を傾げ、怜角は胡蝶角の腕をそっと布団へと戻す。普段から冗談とは縁のない怜角の顔に、当然悪ふざけの色は微塵もなかった。

「…や、やだなあ怜角、ほら、後ろでこう髪を結って、黒い刀を持った…」
517◇GudqKUm.ok(避難所より代行):2010/04/20(火) 23:07:47 ID:y/6/g6hi
無理に微笑んで話す胡蝶角の頬が次第に強張ってゆく。先ほどまで、ほんの一瞬前まで心に溢れていた桃角との日々の記憶全てが、まるで儚い霞のように…消えてゆく。

「… よく眠ってたから、変な夢を見たのね…私ずっとここにいたよ? それに…」

空しく唇を閉じた胡蝶角は、旧友の名残を求めて懸命に病室を見回した。甘党だった旧友に勧めた見舞い品の『銘菓・鬼寒梅』の化粧箱は、給湯棚の上に置かれたままだった。


「…それに、ポニーテールで黒い刀…って、まるで訓練生だった頃のあなたじゃない…」

無限桃角…いや…無限桃花。胡蝶角が懸命に掬い上げた、自らの影法師にも似た夢の残滓は、もう黄昏の病室から跡形もなく消え失せていた。


おわり
518創る名無しに見る名無し:2010/04/20(火) 23:11:58 ID:y/6/g6hi
>正義の定義
この言い様のない読後感(というか読中感?)は一体何なんだろう……

>胡蝶の夢
無限桃角はあまりに予想外www
夢だったのがよかったやら残念やら複雑w

リリベルちゃんはあの後また塔に幽閉されてるんだ?
何故か俺の中では夜々重ちゃんと一緒に女中をしてる妄想が進んでたw
519創る名無しに見る名無し:2010/04/20(火) 23:57:16 ID:EpXOcel3
>509
ここはもしや信太の森!? ふえ!

>515
胡蝶は昔黒髪ポニテだったのか……
しかし随分こっ酷くやられたもんだなあ、早く元気になって欲しいw

※侍女コンビニはお店ではありません。誤字です!
520創る名無しに見る名無し:2010/04/21(水) 00:03:06 ID:Z+GMOWhZ
新スレの季節ですか〜?

>正義の定義
こうなると唯一使えない第七がどんな武装なのか気になるところ

>胡蝶の夢
まさかの無限桃花さんにおいらびっくりダww
521代行

悪魔編書けたのでこちらに投下します。

序章 7つの大罪

7つの大罪。現世の中世以降の魔術書の多くはこの7つの大罪のそれぞれに悪魔を割り当てている。
傲慢を司るルシフェル、嫉妬を司るベルゼブブ、憤怒を司るサタン、怠惰を司るアスタロト、強欲を司るマモン、大食を司るモロク、色欲を司るアスモデウス。
これも人間の勝手なイメージかと思いきやあながちそうではない。なんとこの通りなのである。というのも500年ほど前の中世ヨーロッパの時代、
ファウスト博士と契約した大悪魔・メフィストフェレスが現世に召喚されたときにこの魔術書を読む機会があり、『人間風情にしてはなかなか面白いものを書く』と
気に入り、契約満了時にそれを魔界に持って帰ったのだ。悪魔は現世から何かを持ち帰ってきたときに必ずそれを全ての悪魔の頂点、
サタンの目に入れなくてはならないという決まりがあり、メフィストフェレスもその例に漏れず魔術書をサタンの目にかけた。
すると、大魔王サタンもメフィストフェレスと同様にそれを気に入り、この7つの大罪にそれぞれあてがわれている悪魔により一種の議会のようなものを作り
悪魔たちにとっての地獄の在り方や今後の政治(?)方針などを決定しようといいだしたのであった。それまではサタンによる実質的な独裁政権であったが
何万年もの時を経てそれが少々面倒になってきていたのだ。自分を含めた7人の悪魔でいろいろ話し合えばこれまでよりもさらに地獄は悪魔たちにとって暮らしやすく
なるだろうと考えたのである。ただ、この地獄は悪魔たちのものだけではない。閻魔陛下を頂点とした鬼たちと共存しているのだ。
互いに我々こそが地獄の覇者だといがみ合い壮絶な死闘を繰り広げた時代も過去にはあったが、今では和平し共存の道を歩んでいるのだ。
その過程で悪魔たちはサタンを、鬼たちは閻魔陛下をそれぞれ頂点とし、それぞれが決めた法をもとにこの地獄を営んでいくことになったのである。
つまり、悪魔が決めたルールは悪魔にしか適用されず、その逆もまた然りということだ。
こうして、地獄は戦史以来悪魔と鬼は大した衝突もなくそれなりに仲良くやってきて、今に至る。
さて、今日は金曜日、『大罪議会』が開かれる日であった。なぜ金曜日であるかと言うと、イエス・キリストがゴルゴタの丘に磔にされたのが金曜日だからである。
大魔王サタンが悪魔神殿・パンデモニウム内部の会議室へと入ると、そこには他の6悪魔のほかに書記を務めるリリス、メフィストフェレス、バエル、ベルフェゴール、
さらには全ての亡者たちを支配する冥府の女王・ヘルがすでに円卓のテーブルへとついていた。その円卓を時計にあてはめ、12時の位置に議長のサタン、
1時にルシフェル、2時にリリス、3時にベルゼブブ、4時にアスタロト、5時にメフィストフェレス、6時にヘル、7時にモロク、8時にアスモデウス、
9時にバエル、10時にマモン、11時にベルフェゴール、である。
サタンが議長席へと就き、ついに第23465回大罪議会は開かれた。

「さて諸君、早速だが今日の議題である『鬼たちとのさらなる交流の強化』について
 話し合いたい。意見のあるものはどんどん発言せよ」

サタンがいい終わると同時に彼の隣のルシフェルが挙手をする。彼の名はラテン語で『光をもたらすもの』を意味しておりその姿は12枚の翼をもった天使の姿を取る。

「鬼たちの間では閻魔陛下の影響からか最近現世のアニメや漫画の文化が浸透しつつあるみたいだよ。ボクたちもこれにならってみたらいいんじゃない?」

そのルシフェルの言葉にすかさず反論したのはベルゼブブであった。彼はサタン、ルシフェルに次ぐ地位をもつ最高位の悪魔であり、その姿は
羽根に髑髏を浮かばせた巨大な蠅と人とを融合させたような姿である。