【このスレの立った経緯】
某したらばの「パロロワ妄想スレ」にて、妖怪ロワの話題が盛り上がる
→一人が突然創発板に妖怪バトルロワイヤルを立てる
【あとの流れ】
人間との絡みや、妖怪vs人間あるいは妖怪同士の戦争という
スレ立て主の思惑とは違う流れができ
→「妖怪作品をクロスオーバーさせた二次創作シェアードワールド」にしよう
もう妖怪大戦争だ! という流れに
悪魔、吸血鬼など西洋妖怪の扱いについては
妖怪がかかわる作品に登場する悪魔などは有りの方向
伝承妖怪を扱うにあたって一次創作は有り
妖怪がかぶったらどうするのか?という話題になり
例 ぬらりひょん@伝承、ゲゲゲの鬼太郎、ぬらりひょんの孫 ほか
→早いもん勝ちじゃね? 二人以上いてもいいんじゃね? 等の意見が出る
いくつかの投下のあと、戦争じゃなくても妖怪のSSならよくね?
シェアードだと整合性とるの難しい、あとの人に気を遣うし
もうパラレルでいいんじゃね?
という流れに
クロス・シェアードも自由
投下の作法としては、投下したあとなるべく出典を明らかにしましょう
例 河童@伝承妖怪
鬼太郎@ゲゲゲの鬼太郎
4 :
まもって守護紅門:2009/01/12(月) 18:53:53 ID:IiuYXMcB
斑(まだら)とは白銀の体毛を持つ
美しい獣の姿をした強大な(具体的に言うと中の上クラスの)妖怪である。
彼は今、訳あって太っちょな三毛猫(通称「ニャンコ先生」)の姿を借り、
夏目貴志という人間の少年と共に暮らしている。
その訳とは、夏目少年の祖母に関係がある。
夏目レイコは人間にして強大な霊力を持っていた。
彼女はその絶大なパワーで数多くの妖怪を屈服させ、服従の契約を交わした。
「友人帳」と呼ばれる契約の証は、今、その孫に受け継がれている。
斑は夏目のボディーガードと称し、
友人帳を狙う悪しき妖怪と戦うために、夏目の傍にいるのである。
が、彼自身、生き物である以上欲望というものはある。
時折、若くて美味そうな夏目に牙を向けてみたり、
友人帳に手を出そうとしてみたりするが、その度に、
祖母よりある程度のパワーを受け継いだ夏目少年に返り討ちに遭うのだ。
実力が拮抗しているゆえ、
現在まで斑と夏目少年との仲は良好に保たれ、
今夜も斑はへこたれずに夏目か友人帳にちょっかいを出そうとするのだった。
5 :
まもって守護紅門:2009/01/12(月) 18:54:22 ID:IiuYXMcB
その時、斑の気分は、「友人帳の方にちょっかいを出す」であった。
夏目は、最近隣のアパートに越してきた女子大生? とやらに晩酌につき合わされたそうで、
かなり遅くにこっそりと帰ってきて、すぐさま泥の様に眠っていった。
泥といっても、泥酔どころか酒の匂いは全くしていないのだが。
恐らく頑張って断ったのだろう。
(向こうで一泊しけこんでくれているかと期待していたが……
矢張り、こいつには無理な相談だったな。
まあ良い。これだけ眠りこけているなら、友人帳に手を出しても気付かれまい)
実際に、夏目のすぐそばで友人帳のページをわざと強くめくって見ても、
いつも飛んできていた強烈なパンチは全く無かった。
(素面で話を聞いていただけなのにそんなに疲れるのか……?
よほど話がつまらなかったのだろうか)
すぐ隣の貸家で行われた男女の秘密を想像しながら、
斑は友人帳をぱらぱらと捲っていた。
当面は、友人帳に連なった名前を見て、
あいつ負けたのかよしょぼいなー、と笑っているだけでも楽しかったのだが、
その日辿り着いたページを見て、楽しみは一気に戦慄へと変わった。
6 :
まもって守護紅門:2009/01/12(月) 18:54:57 ID:IiuYXMcB
(何、“すだまめ”だと)
斑の手が止まった。
(レイコはアレにまで戦いを挑んだのというのか。
そして友人に……いや、アレに関してはもしかしたら封印のために……
アレのことだ、レイコの死にとっくに気付き、活動を開始しているはず……)
斑の中で、ぐるぐると最悪の未来が浮かび始めた。
(今の夏目では……いや、修行しても奴に勝てるかどうか。
いったいどうすれば……今でさえ、
「あ奴」の扱いを考えあぐねていると言うに……
いや、寧ろ、今分かったのは好都合か。
こちらから呼び寄せて、「あ奴」とアレを……上手く同士討ちに誘い込めるなら)
平和なときは隙あらば夏目の寝込みをどうにかしてやろうと企む斑だったが、
真の危機が判明したその夜は、
友人の命を守りたいという本当の想いが彼を動かしていた。
***
彼は小さな頃から時々変なものを見た。
それはおそらく妖怪といわれているものの類。
7 :
まもって守護紅門:2009/01/12(月) 18:55:58 ID:IiuYXMcB
……かつて、変なものを見る夏目貴志は、
人間の中で「変なもの」だった。
両親を早くに亡くした彼は、
引き取り先で変なものにまつわる言動を連発して気味悪がられ、
追い出されるように幾多の親戚を廻り、彼の祖母がいた町にやって来た。
成長した彼は、目の前のものについて正直に口に出さない事を覚え、
表面上は普通の男子高校生としてうまくやって行けていた。
だが、この町の住人たちは、ひょっとしたら
そんな苦労などせずとも、カミングアウトしても
ひょっとしたら受け入れてくれるのではないか、と思ってしまう様な、
彼がそれまで会った人間とは違う、暖かさのようなものがあった。
例えば彼のクラスメイト、人間の友人である北本篤志、西村悟。
たとえ口をつぐんでいても、妖怪に対する身体的なリアクションは隠し切れない。
なので、学校の中にも彼にまつわるオカルト的な噂は
必然的に広まっていっているのだが、この二人はそんな事を意にも介せず、
ずっと夏目の(妖怪関係以外の)よき理解者でいてくれた。
彼のクラスで、彼は日常的な幸せを、常に堪能していた。
――その瞬間までは。
8 :
まもって守護紅門:2009/01/12(月) 18:56:42 ID:IiuYXMcB
「タカシサーン、ゴ両親カラ聞キマシタヨー、
今日ハオ弁当持ッテナイソウジャナイデスカー、
私オ昼イパイ作ッタカラ一緒ニ食ベマショー」
「美鈴さん!?」
教室の戸を開いてずかずかとやって来た非日常は、
妖怪の方が余程ましではないかと思うほどのものであった。
日がなチャイナドレスを着ている絶世の美女が
町に越してきた、という噂はそれなりに広まっていた。
しかし、それが教室に上がりこみ、
男子一名に名指しで手弁当を振舞うという暴挙に出るなどという事は、
誰も予想だにし得なかった。
「夏目……祝福するよ」
「ああ……だが俺たちの友情はこれまでの様だな
いつかこうなると思っていた……お前結構良い顔してるからな」
ついさっきまで和気あいあいと会話を繰り広げていた
北本と西村の表情が、光一つ射さない曇天となった。
「ちょ、二人とも! 少しずつ距離を離してどこへ行くんだよ!」
「学食だよ……」
「夏目……学食は持ち込み自由だけど、
弁当は他で食べてくれないかな……俺たちが惨めになるから……」
「た、頼む! 僕を一人にしないでくれ!」
夏目は今までにおける霊能力暴露時の様に、
絶対的に友達を失ってしまう事の心配はしていなかった
(後で説明と弁解が非常に面倒臭そうだとは思っていたが)。
ただ、今この瞬間の、あまりに不条理な状況と突き刺さる周囲の視線に対して、
誰かに助けて欲しかったのだ。
「ま、待って……ああっ、田沼、多軌……!?」
夏目の目は、去っていく友人二人を見送る途中で新たな標的を捉えた。
いつの間にか教室の外にも集まっていた野次馬の中に、
クラス外の友人を見つけたのだ。
妖怪を直接見ることが出来る田沼要(かなめ)は、
北本、西村と全く同じ目で夏目を見ていたので、夏目は再び絶望を味わった。
「ぐるるるる……」
妖怪を直接見る力は持たないが、妖怪を一般人にも可視化する
「陣」を描くことの出来る女子生徒、多軌透(たき とおる)は、
夏目と美鈴を交互に見ながら、何故か牙をむいて唸っていた。
この時、夏目はその理由が見当もつかなかったが、とりあえず駄目だという事は理解した。
夏目はきょとんとしている美鈴を連れ、逃げる様に、いや、
実際あの場から逃げる為に屋上へと駆けていった。
9 :
まもって守護紅門:2009/01/12(月) 18:57:22 ID:IiuYXMcB
昼休みの屋上は開放されていているはずだったが、
その日は夏目が望んだ通りに、閑散としていた。
追いかけてきた好奇心の強い野次馬もどこかへ消えてしまい、
安堵の気持ちで一杯の夏目はその事に何の疑問も持たなかった。
「タカシサーン、一番乗リデスヨー、気持チイイデスネー」
「ははは……しかし、美鈴さんが幾らなんでも学校にまで乗り込んでくるとはね」
「……アッ、わ、私、ひょっとしてご迷惑だったでしょうかっ」
夏目のちょっとした言動で、美鈴の態度が少しずつ変わり始めた。
(……しまった)
「いや、美鈴さんに非がある訳ではないけど……
でもまあ、少し自分の立場を分かって欲しいかな」
「立場……?」
「美鈴さんみたいな凄くきれいな人が僕なんかのところに
お弁当を届けに来たら、どういう風に思われるのか、とか……」
「う、うぇええええ!? な、な何を言っているですか貴志さんっ!
名前を呼んでくれるだけで嬉しいのに美人だ何てそんな、
それじゃ私注意されてるのに全然じゃないですか、大体今だいぶイケメンになった
ご主ぢ、あ、いやいや貴志さんにそんな言われたらじゃなくてあばばばば」
夏目のちょっとしたフォローとお世辞のつもりだった言葉に、
美鈴の態度は直ったどころか逆方向に振り切った。
紅美鈴という女性は非常に分かりやすかった。
慌てると直ぐに「地」が出た。
中国的な口調どころか、中国語を一切口に出さなくなるのだ。
本当に中国人かどうかも疑わしいくらい、まるで人の一生分日本にいたんじゃないか、
という位に、日本語が流暢になる。それが彼女の「地」だった。
通常とは正反対のその表裏からは、彼女が何かを隠し偽っていることを容易に窺い知れた。
しかし夏目はそんなたいした秘密とも思わなかったし、
自分も嘘をついて生きているようなものなのであまり気にはしなかった。
……実際に彼女の中にあったものは、夏目の想像を遥かに超えるものだったのだが。
慌てぶりが体にまで出て、猛スピードで太極拳を繰り出している美鈴を見て、
夏目はくすっ、と優しく笑った。
「美鈴さんって、本当に楽しい人だよね」
「むーっ、それって笑えるって意味ですかぁ」
「ま、まあ、挙動不審の時は誰だって変なリアクションになるけど」
(でもむっとするときに本当に頬を膨らますのは美鈴さんくらいだけど)
「……でもそれだけじゃないよ。明るくて、色々な事を知ってて、
そのお話をしてくれるのが、本当に楽しくて……」
斑の予想とは違い、夏目がどっと疲れているのは美鈴の長話がつまらなかったからではなかった。
寧ろその逆で、彼女の膨大な日本と中国の歴史に関する知識、
そしてそれを見てきたかの様な、老成した語り部の口調にぐいぐい引き込まれ、
更に彼女の非常に楽しそう、寧ろ嬉しそうな雰囲気に飲まれて、
長時間集中して聞き込んでしまう為だったのである。
「ああ、またお話聞きたいの? 嬉しい、じゃあ今日は何にしましょうか、
そうだ、日本に白澤(はくたく)って中国お化けが来たっていう日中をまたぐ怪談話を……」
すっかり地のまま美鈴は話し続ける。こうなるともう、止まらない。
もっと言うなら、夏目が雰囲気に乗せられて美鈴を止めようとしなくなるのだ。
その結果夏目は午後の授業に遅刻し、
友人たちへの弁解は想像以上に手間がかかってしまった。
いや、友情は取り戻せたものの、
あの昼休みに時間をかけて何が行われたのかについて、
誤解は今も解けていないかもしれない……
***
「友人帳の妖怪が、最近近くに来ているって?」
帰宅した夏目は、珍しく斑の方から、友人帳の妖怪探しに関して有効的な情報を聞いた。
夏目が妖怪を探し出してやろうとしている事は、
名前を縛られた可愛そうな妖怪たちにその名を返すというもので、
隙あらば一応友人帳を狙っている斑にとってはあまり都合がよろしくない行為のはずであった。
何より、親しい友のためであっても、面倒臭がりの妖怪が能動的に働くど滅多にありえないことなのだ。
「……ニャンコ先生、何を企んでいるんだ。っていうかまた友人帳を盗み見したな」
「フン、貴様の勝手な取り決めなど守ってやる道理も無いわ。
奴は諸国を移動する妖怪でな、この機を逃したら当分会えぬかも知れぬ。
と、いう言葉を餌に貴様をおびき寄せて、好戦的な奴に始末してもらおうと思ったのだが、失敗だったな」
斑は計画が遂行されるのと、やっぱり中倒れになるのとどちらが良いのか考えあぐねていた。
やや少し、やはり今の夏目に危険な賭けをやらせるのは酷か、という考えに傾きかけてはいたが……
「……食いついてやるよ、その餌ってやつに」
「は?」
「喧嘩好きで旅好きな奴だ。友人帳に縛られていて窮屈だったと思う。
だから、できるならば開放してやりたい。
その結果たとえ人を襲おうとしても、その妖怪が僕より強くても、
どうにか、名前を返した後に平等な立場で戦いたいって、そう思うんだ」
僕も男なのかな、と軽く夏目は笑った。
「フン……やはり貴様はそういう奴だな。ならばついて来い。
夜になったら近くの公園に行くぞ。
奴は物陰の移動が得意だからな、開放された場所ならば会って話もし易いだろう」
***
両手の親指と人差し指で、ヒシ型をつくる。
そのヒシ型でヘソを囲むように添えて眠る……そうすると……
「魂が体から出るんだって?」
元々やや広い公園だったが、夜に人気もなくなった頃に
砂場の真ん中で妙なポーズのまま寝そべっている夏目には、
広大な砂漠に取り残されている感覚がしていた。
「ニャンコ先生……本当にこれが妖怪を呼び寄せるのか?
……ニャンコ先生?」
物陰で見守っているらしい斑からは返事がない。
なるべく声を出すな、と指示は出ているので仕方がないが、
孤独な心はパートナーへの信頼をどんどん削いでいった。
そもそも、こんな滑稽な格好のままずっと寝かせてやろうという悪戯だったのでは、
そう思った時のことであった。
(おっ……おっ!? なんだこりゃ!? ひ……引っ張られる感覚がする!?)
夏目は未知の感覚を味わっていた。
誰もが誕生の瞬間に失うはずの器官に触れられている様な、ありもしない触覚……
(このまま続けると魂が抜けるってのか!?)
んなバカな、と思ってはいるが、実際に身にしみている感覚は不安感をあおる。
「せ……先生、この後いったいどうすれば……」
眠る、という事も儀式のうちであったが、夏目は不安をかき消すために目を開いてしまった。
すううう。
その不安の種は眼前に迫っていた。
すずうううぅぅぅぅ。
種は夏目の脳内で爆発し、恐怖、絶望その他のさまざまなマイナス感情の花を満開にした。
それは人間の手のような前足を持った巨大な百足……の身体を持つ、
落書きの顔だった。真っ白い楕円形の顔(仮面?)、両脇に付いた(書かれた?)
縦長の異様に大きな目、その間にぽっかりと明いたまん丸な穴(口?)……
その穴へ、世界から風が吹き込んでいた。ひたすら吸うだけの呼吸。
それは顔であったが、顔でなかった。
吸魂女(すだまめ)が「キューコン女」と音読みで呼ばれ、現代で活動を再開したのは
夏目レイコの友人帳が孫の手で再び開かれた時期と一致していると言われているが、真相は定かではない。
というか、実は本当に吸魂女とキューコン女がイコールで結ばれるのかすら定かではないのだ。
人間にとって妖怪が不条理であるように、妖怪にとっても、人間以外に
理解不能で不気味な存在がある。人と妖以上の上位概念がないので、それはとりあえず
妖怪にカテゴライズされてはいるのだが、実際のところバックベアード率いる世界悪役妖怪会議ですら、
その実態を把握できていないのである。
分かっている事は唯一つ、それは人間の魂を食らって生きているらしいので、
とりあえず悪玉妖怪のコミュニティに勝手に登録されている事だけなのである。
不条理なその顔と、それがやらんとしている事を目の当たりにして夏目は戦慄したが、
その表情は直ぐに悲しみにくれた。
「……ごめんな」
ぽつり、夏目がつぶやいた。……ぴたり、掃除機のような息の音が止まった。
「……顔を怖がってしまって、ごめん」
それは夏目の、自分自身への悲しみであった。
夏目は恐怖を振り切り、キューコン女の顔をきっと見据えた。
「人食い“すだまめ”、名前を返す。そして正々堂々、君の行いを止めたい」
夏目は友人帳のページを一枚剥がした。
紙をくわえ、手を強く打ち合わせ、集中し、ふっと息を吐く。
必要なのは夏目一族の唾液と息。
夏目は息と共に名前を吐き出した。
それが目の前の怪異に吸い込まれれば、いつも通り契約は解消となる。
しかし。
ずずずすううすずずずうずすううううううううっっうううぅううう。
台風のような強さで、呼吸音が再開した。
夏目は、さっきくしゃくしゃにして口に含んだ一枚の紙と同じ感覚を味わっていた。
「しまった……夏目! そいつの狙いは……」
茂みより巨大な獣が飛び出た。斑の真の姿である。
キューコン女が行為を止めたのは、夏目の言葉に何らかの感動を覚えたからではなかった。
そもそも感情があるかも分からなかった。
もっと美味なる霊力のご馳走をもらえる事を、本能で察知したのかもしれなかった。
ヘソから出てきた魂、宙に浮かんだ墨の妖怪文字、友人帳、
そして霊力を行使している夏目の肉体そのものが絡み合って吸い込まれていく。
食事はまさに完了せんとしていた。
斑は全速力で駆けてももう止められない、そう絶望した。
……そして横殴りの風が吹いた。
これから起こる全ての悲しい出来事を、無いことに出来る風だった。
夏目の心、身体、その他もろもろの肉団子が吸入される前に吹き飛ばされたのだ。
さらに、風に乗って虹がやって来た。
それは赤、黄、緑等の見たこともない花びらだった。
斑、夏目の二名とキューコン女との間に虹の壁が生まれた。
(来た、やはり来たか!
真の姿を現さず、しかし見守るように夏目の周囲にまとわり着いてきていた
強力な「気」の正体……しかし、これは想像以上だ。
いかなる剛の者が……!)
斑は花びらの一枚一枚が強大な霊力をまとっていることに気付いていた。
それは、今はキューコン女と夏目を隔てる結界として機能しているが、
ひとたび散開して敵にぶつければ、一粒一粒が低級妖怪を消滅せしめる威力を持っていた。
「“華符『セラギネラ9』”、私の世界に伝わる美しく名誉ある決闘法、『スペルカード』だ」
斑は、花びらの壁の向こうに、もう一つの影が現れたのを見た。
そして、予想と遥かに異なった若い少女の容貌、そして彼女の発した言葉に驚愕した。
(『スペルカード』だと!? ではあ奴、伝説に聞く『幻想少女』だと言うのか)
伝説の世界、幻想郷。そこにいる妖怪は、幼い少女の姿であるほどに強いという伝説。
斑はまさに、幾多の伝説が証明される瞬間に立ち会っていた。
「だがお前に名誉ある闘いなど、してやらないっ」
キューコン女の影は激しい呼吸を止めずに、少女の影に襲い掛かった。
強い妖怪だろうが、それにとってはおいしい餌でしかなかった。
少女の影が手を前に突き出した。
巨躯の突進が、止まった。
「ご主人様をこんなにした貴様に……ご主人様の意思を踏みにじった貴様に……」
斑は、影となって見えないはずの少女の表情から、
もう一つの影への突き刺すような眼光と、狂気じみた薄笑いを確かに感じた。
「名誉なんて、ねえよ」
すぶぶぶぶ、すぶぐぐぐぐっ。
息を吸う音が鈍くなっている。少女は、腕をキューコン女の口腔に突っ込んだのだろう。
ぐらり、巨大な影が宙に浮いた。少女は、キューコン女をそのまま片手で持ち上げたのだ。
そしてその腕を振り下ろすと同時に、少女はキューコン女の顎に当たるだろう部分に膝を叩き込んだ。
地面が揺れた。
「ぶぐ、ぶえっへっっ、じゅずうう……ぅう……びぎぃいぃいぃ〜!!」
ついにキューコン女が、少女の腕と共に息を吐いた。
その音はこの世のものではない響きだったが、悲鳴であることは誰の耳にも明らかだった。
「じゃ〜っじぉ〜ォッ!!」
のた打ち回りながら、キューコン女は更に、あらぬ方向へと身体を向けた。
不条理なモンスターが、食欲よりも、逃走を選んだのだ。
「逃がさない!」
少女は目にも止まらぬ速さでキューコン女の正面へ回り込み、拳を叩き込んだ。
ずしん、ずどん。衝撃は二度、響いた。
一撃を加えた後、破壊の気をその巨躯へと流し込んだのだ。
たちまち、キューコン女の身体は風船のように膨れ上がった。
気の道とは肉体練成の道。
キューコン女の様な「不条理」、
そして幻想郷に溢れる「幻想」の力は、実存の力、精神に対する肉体の力に弱いのである。
紅魔館の門番は、その実力自体は幻想郷で中級であり、
彼女の気や体術が利かないほどの精神エネルギーを持つ者たちは数多く存在していたが、
対妖怪だけでなく対実存(外界の人間、常識、科学など)のスキルを総合する場合、
彼女の実力は幻想郷でもトップクラスに入る。だから、彼女は門番を任されているのである。
ばん! 大きな破裂音がした。
意味不明の妖怪「キューコン女」は、二撃の打ち込みで夜空の藻屑と化した。
弾幕の風はいつのまにか止み、
月の明かりが、最近夏目のよき友人となった女性にして
幻想郷の住人、気を操る中国妖怪「紅美鈴」の姿を照らし出していた。
***
夏目は、目覚めかけて意識が朦朧としている中、
暖かさと柔らかさに包まれていた。
それは、ほぼ全く見に覚えのない、しかしかなり昔に知ったはずの感覚だった。
女性の腕と胸に挟まれ、その体温におぼれる感覚……
そして、彼を呼ぶ声が少しずつ、彼の意識を覚ます。
(母さん……? 母さんが……呼んでる?)
彼はその呼ぶ声へ意識を集中した。その声は、正真正銘、聴きなれない言葉だった。
夏目でも貴志でもない、母が子を呼ぶ愛称でも無い様な言葉……
「ご主人様! ご主人様っ!」
夏目の頬に雫が落ちた。見上げると、よく知った顔が、知らない泣き顔を見せていた。
「美鈴さん……でも、その呼び方……!!」
夏目は紅美鈴に抱き締められていた。そして、美鈴は彼をずっと呼び続けていたのだ。
「ご主人様」と……。
夏目は彼女の後ろにあったものを把握した。
彼はかつて、人間の中に溶け込み、周りのものを完璧に騙し通した妖怪に出会った事がある。
斑ですら、その妖怪を妖怪と見破れなかった。今回もそれと同じである。
「美鈴……さん」
「ご主人様、ああ、よかった……本当に良かった……
大丈夫、大丈夫ですからね、悪い妖怪は、もう、もう……
逃げて、行きましたから……」
「あ……貴方は、友人帳の……ああっ!」
「ど、どうしました、ご主人様!? どこか痛いですか?」
夏目が目を覚ましたというのに完全に晴れない表情、
もう全てをばらしているのに、重ねて直ぐばれる嘘を吐くような言動が、
自分の失望した表情に起因していた事に気付き、夏目は顔を覆った。
彼は一瞬、思ってしまったのだ。
自分を好いてくれた人が、また、妖怪だったのだ、と。
この気持ちが悪い事しか呼ばないのは分かっていた筈なのに……
彼は、先述した人に化けた妖怪との出来事、
彼との友情が壊れてしまった思い出を反芻し、成長しない自分に絶望した。
悲嘆にくれる男女二人を、月と、
激しい戦いの余韻に口をぽかんと開けている斑と、
『彼』が見守っていた。
ああ、めーりんかわいいよめーりん。
(ぱらぱら)
ダメだよめーりん彼じゃ君を幸せに出来ないよ
僕なら君を何でも知ってる世なんでも受け入れてあげるよめーりん
(ぼりぼり)
めーりん僕のために現世まで来てくれてありがとう
僕も準備が出来たからね気味に相応しい男になったからね
僕は凄いよ凄いものを見せてあげるよそれはあんな獣とは比べ物にならないよ
(ぱらり、ぱらり)
ほらほらもっとお米食べろお米食べろ熱くなれよふふふふ
ああめーりんかわいいよ今すぐそこに行きたいよめーりんめーりん
(ボリ……カリ……カリリ)
ああああめーりんあはははははははは
パラ……パラ……
ガリ……ゴ……
プロローグ書いた後、構想していた展開を思い返して、
致命点に色々気付いて方向性を変えようとしたけどダメだった…
夏目の優しさと弱さはどうにか書ける余地があったけど、
バトルで夏目陣営が空気になっているのはどうしようもない…
斑(ニャンコ先生)@夏目友人帳
すみません、今後のプロットでも彼はバトルであんま活躍しません…
キューコン女@不安の種
不条理や不可解をテーマにした恐怖漫画のクリーチャー…の最弱クラス。
今回もやられ役になって貰いましたが、フォローとして
何で原作で殺虫剤(現代化学)にあっさり負けたか考察してみました。
ってああああ
今気付いたけど殆どの名前にタイトルつけてねえええ
一発目がこんなんで本当にすみません…
>>4-27 で一作品です。
お目汚し失礼しました…でも後二話くらい続けたい! やる気のある限り!
投下乙!
美鈴かわいいよ美鈴
しかし、キューコン女って求婚女もしくは球根女に脳内変換してしまうなw
投下一番槍乙!二話どころか十話以上続けるがいいさ!
めーりんめーりん!!
乙ーGJです
めーりんつええ キューコン女気味わりいぃ
良スレになる予感がするぜ
せっかくスレタイが本来の形に添ったものになったんだもんね
これまでロワスレをNGスレッドにしてるとかで見てなかったとかいう人も来てくれたりしないかな
長くなってしまったので何回かに分けて投下します
関連する話は
メガネ侍対カニ仮面! ハロウィーン・パニック! 大阪狐狸秋の陣 狸大会議 眠れる森の美女!
すべてが一つになる! ……か?
山中は鳥の鳴き声もきかれず、静かで不気味だ。能力ある者には妖気が強く感じられた。
悪魔の手を思わせるような枝は葉を無くして、空へと伸びていた。
赤い着物、銀の髪に獣の耳を生やした男が、地に手をつき、しきりに鼻を動かす。一見、
粗野な若者といった顔つきだ。
風に揺れる木々のざわめきは、千の亡者のうめきに聞こえた。
「死津喪比女のにおい、する?」
セーラー服の中学生、日暮かごめがきく。長い髪で細めの体、幼さのある顔だが、歳よりは大人びて見える。
男は獣のような耳のついた頭を振った。
「地面の下だからな。よくわからねえが、この山のどっかにはいやがる」
彼は犬夜叉という。本来は過去の世界に生きる半妖だ。
「かごめちゃん、四魂のかけらの気配はどう?」
あとを歩く女がかごめに尋ねた。明るい色の髪を長く伸ばして、山登りにはとても向か
ないと思われるぴったりした服を着て、脚、肩を露出している女だ。
かごめは全身を使って、四魂のかけらの気配を探す。
「あるとは思いますけど、まだ遠いみたいです」
そう、と女らしい体付きの女はうなずいた。美神令子といって、有名な除霊事務所を構
えている。
「待ってくださいよー、俺荷物持ってんスから」
頭にバンダナを巻いて、ジーパンジージャンの元気そうな若い男が、あとから歩いた。
大きなリュックを背負っている。
この男は横島忠男といい、美神にとっては助手であり、弟子であり、それ以上といおうか
以下といおうか、そんな間柄だ。
「あんたは荷物持ちくらいの役にしか立たないんだから、黙ってついてきなさい」
美神に押さえ付けるようにいわれて、横島は口を尖らせながらも従った。
四人は舗装されていない山道を進んだ。
静かではあったが、うなりのような不吉な音が確かに響いていた。空気の振動とは別の音、
現代人が忘れた心の耳で聞こえる音、邪悪な妖怪の声だ。
東京の神社や寺が局地的な地震により被害を受けるという現象が最近、多発していた。
時を同じくして、美神除霊事務所からおキヌがいなくなった。
おキヌは数百年の間、幽霊だったが、美神に日給三十円で雇われていた。
美神たちは犬夜叉を連れ、都心から数十キロの山に訪れた。
「過去で細菌弾の実験は済んでいるしね。はっきりしてないとこも多少はあるけど、ま、楽勝
よ。ノーギャラなのが痛いけどね」
美神は楽観視して今から勝った気でいる。
美神は以前、過去へ時間移動し、死津喪比女と戦っていた。おキヌには内緒で。
いずれ復活するであろう死津喪比女対策はすでに準備していた。
死津喪比女復活が急だったので、時間移動してほかの協力者を連れてくることはできな
かった。
地震の震源がこの山周辺と見られている。地震は死津喪比女が起こしているらしい。
かつて、おキヌは妖怪死津喪比女を封じるため、地脈を止める役目を果たし、人柱となっ
て死んだ。
「じゃあさっさと終わらして、かごめちゃんデートしよーよっ! ついでに珊瑚ちゃんも
呼んで……」
明るい声を出し、かごめの手を取る横島を、美神が殴り付ける。
「このアホがっ!」
「場をなごませようという俺の心憎い演出じゃないですか……」
「あんたのは憎いだけよっ!」
相変わらずの人たちだなあ、とかごめは苦笑いした。
頭をさすりつつ、横島は不思議そうに口をきいた。。
「いっそ、過去で死津喪比女を殺しときゃよかったんじゃないですか?」
「そうしたらおキヌちゃんは解放されて、私たちと出会わないかも知れないでしょ。過去は
変えられないわ。けど、現在と未来は私のものよ。好きにさせてもらうわ」
「でも、何でおキヌちゃん、何もいわず出てっちゃったんすかね」
「責任感の強いコだから……。多分生前の記憶を取り戻して、また死津喪比女を封じるため
に地脈を止めてるんでしょ」
それにしたって一言いえばいいのに、と横島はふてくされたい気持ちになった。
犬夜叉とかごめは、四魂のかけら探しに来ていた。犬夜叉は過去の世界から骨喰いの井戸
と呼ばれる井戸を通り、この時代に来ることができる。
四魂のかけらとは、妖怪を強める力を持つものだ。
かごめは四魂のかけらの気配を感じ取ることができる。
だが、なぜこの時代に四魂のかけらがあるのか。それがわからなかった。
突如、茂みが揺れたかと思うと、地面が盛り上がった。
石や土の塊が飛んだ。何かが伸びて出てくる。あふれる妖気が辺りに広がった。
「来やがったか!」
犬夜叉はうなり、爪を向けて身を低くした。
地面を割って出てきたのは、女のような形で肌は植物、頭から長い葉をつけた妖怪。
死津喪比女だ。人型をして土から伸びる植物妖怪は、何とも異様だ。
「あの娘がまた意地悪しておるぞえ……」
「出やがったな、雑草野郎がっ!」
犬夜叉は敵意を剥き出して死津喪比女をにらみつけた。
「おまえたちあの時の……どうやって生き延びたか知らぬが、あの娘をこちらによこせ」
死津喪比女は頭の葉を伸ばして犬夜叉を捕らえようとした。
「散魂鉄爪!」
犬夜叉の爪が走って、葉を斬り落とす。
地面のあちこちが盛り上がり、土を裂いて死津喪比女は次々生えた。
同じ形の妖怪が並ぶ景色はおぞましい。
死津喪比女は本体を地中に持つ妖怪で、地上に姿を見せるのはどれも花にすぎない。
「あの娘がここしばらくいなくなってくれたおかげで、こうして地脈から力を得ることがで
きたぞえ。だが、あの娘、また戻ってきおった。娘をおよこし!」
死津喪比女の大群は顔を醜く歪めて笑い、犬夜叉たちに襲いかかった。
美神は神通棍を手にし、光の刃を造った。輝く剣が美神の顔を照らし瞳を強くひらめか
せる。
かごめは弓をとり矢をつがえ、横島は右手を変質させて霊波刀を伸ばした。
死津喪比女の群れは、見えない壁にさえぎられ、弾かれた。光が伝わり、死津喪比女は苦しんだ。
「こ、これは……?」
何者かの声が辺りに響いた。
「結界を広げたのだ。おキヌが来たからには、このくらいのことはできる」
聞き覚えのある声に、犬夜叉の耳が動いた。見ると、何かが浮かんでいる。
黒い着物で黒い帽子をかぶり、髭を生やした初老の男だ。姿はやや揺らめいていた。
犬夜叉が気付いて叫んだ。
「てめえ、おキヌを生け贄にしやがった道士!」
「人殺しーっ!」
「この外道がーっ!」
美神と横島、二人の攻撃をかわして道士は浮かび上がった。
「おのれ……、今は引き上げてやるぞえ」
死津喪比女は地面に吸い込まれるようにして、またたく間にすべていなくなった。
「あの人、感じが何だか……」
かごめは違和感を感じていた。道士は見えるが幽霊でもないらしい。
道士は首を縦に振った。。
「さよう、私は道士の影に過ぎない。本人はとっくに成仏して現世にとどまっておりません」
「ただの映像みたいなもんね」
美神は落ち着きを取り戻した。
道士は口を動かした。幽霊もそうだが、声は霊波でも生前のくせか、しゃべると口が動く
ものらしい。
「近くに私の子孫が神主をしている神社があって、この周辺は結界に守られている。もし
死津喪比女が復活する際には、道士自身の人格を装置の一部としてよみがえらせ、事態に
対応することにしたのだ。
しかし、人殺しとはあまりだ。確かに一度は死なせたが……。よい、お見せしよう。
ちょうど地震で崖崩れがあって、入れるようになった」
四人の行く手に、崖が崩れて裂け目ができていた。
上半身だけの揺らめく道士が、裂け目へと向かっていく。
美神たちはうなずき合い、ついていくことにした。
足元に気を付けながら、四人は裂け目に入る。小石がいくつか転がった。内部は薄暗い。
奥へと歩くと、氷のような結晶が壁を作っていた。
美しく透き通った結晶の中に、人間の形があった。
「お……おキヌちゃん!」
美神と横島、二人の声が響いた。
結晶の中で、巫女装束のおキヌが眠っているかのように目を閉じている。
「これは、おキヌちゃんの遺体だわ。こんなにきれいに保存されているなんて……」
美神はおキヌの死体を見つめた。ただの氷ではなく、霊的な結晶らしい。
「どういうことですか」
神秘的な光景に横島は見とれながら、美神にきいた。
「わからないけど、おキヌちゃんはただ人身御供になったってだけじゃないわね」
細いあごに指を当て、美神は思いに沈んだ。
「さよう、おキヌは生き返ることができる」
道士は低い声の霊波を聞かせた。
「ど、どういうことだ、おっさん」
横島につかまれ、揺さ振られながら道士は説明した。
「つ、つまり、一度は死なせ、地脈を断ち、死津喪比女を枯らせる作戦だったが、それが
うまく行けばその後、こうして保存した体に魂を戻し、復活させる予定だったのだ」
「じゃあ、さっさと生き返らせて! 死津喪比女なら私が細菌弾でぶっ殺してやるわ」
美神が強い声を岩に響かせた。道士はかぶりを振る。
「そうはいかん。まだ地脈を止めてもらわなければならないし、それに手遅れとなれば……」
「あんたに私の従業員を取られるわけにはいかないのよ! とにかく、まずはおキヌちゃん
に会わせて! じゃないと話にならないわ」
「まあ……会うだけならいいだろう」
道士は何かの念を、横島がいる辺りの地面に送った。
重い音とともに地面の一部が動き、暗い下り坂があらわれる。
横島は悲鳴を反響させて、坂を転がり落ちていった。
上半身だけの道士があとに続いて下りるので、美神たちもついていく。
地底の空洞に、静かな池があった。
何本かの脚で支えられた、土で作られた球体がある。大きな土の玉には締め縄が巻かれ
ていた。地脈の力をせき止めて死津喪比女に与えないための装置だ。
下で横島が顔をしかめていた。
球体の一部が光った。光から、女性が顔を出して美神たちを見下ろした。
「美神さん……。横島さん……」
「おキヌちゃん!」
横島はあわてて立ち上がる。
美神はおキヌと大がかりな装置をながめ、怒りを込めて声を道士に浴びせた。
「これはただの堰じゃないわ。あんた、おキヌちゃんを使って死津喪比女を攻撃するつもり?」
道士は目を閉じ、うなずく。
「おキヌに地脈の力を集め、地中の死津喪比女にぶつかってもらう。他に方法はない」
「そんなことしたら、おキヌちゃんは……」
かごめは恐怖して腕に鳥肌を立てた。
美神は鋭い目で道士を見据えた。
「魂が消滅するわ」
「何だとーっ! おまえ、おキヌちゃんをミサイルにする気か!」
横島が道士につかみかかろうとする。道士はまた浮かび上がった。
「あんたどういうつもり? ここまでして生き返る用意しといて神風特攻させるなんて」
美神は瞳に怒りを静かに、強く燃やす。
おキヌは沈んだ面持ちで、うすいまぶたを閉じていた。
袖に手を入れた犬夜叉は声を低くする。
「つまり、おキヌを矢にして、死津喪比女を攻撃するってわけか」
犬夜叉は毛を逆立てたようになった。
「てめえ、いい加減にしやがれ! 人を何だと思ってやがる。その娘は死津喪比女を封じる
ために、いっぺん死んでるんだろうが!」
犬夜叉は怒鳴り声を響き渡らせた。
「消滅すると決まったわけではない。少しでも魂が残れば、二百年もすれば地脈の力で生き
返ることが……」
道士は苦しそうに弁明した。
横島は道士に怒りをぶつけ、責める。
「二百年なんて……そんなの死んだのと変わらねーだろ!」
「やめてください、みなさん」
装置から体の胸から上を出しているおキヌが、横島を止めた。
「道士様は本当に苦しんだんです」
ここへ来ておキヌが道士をかばうと、一同胸を打たれ黙り込んだ。
道士は顔に影を落としてうつむいた。大きな水溜まりのどこかで、しずくの落ちる音が
した。
「いいんです、横島さん。もともとこれが私の仕事だったのに、忘れちゃってた私がいけない
んです。美神さんや横島さんには会えなくなるけど、子孫には会えるかも知れないから……
私、楽しみにします」
無理な笑顔を作ってみせるが、おキヌの目は泣いていた。
美神の強い声がまた地下に響いた。
「いいなんて言わないで。幽霊が生前のことを忘れるのはよくあることよ」
「でも……」
「おキヌちゃんには五百円貸してるでしょ? 私の取り立てはしつこいのよ」
美神が微笑んでみせると、おキヌは霊波の声を震わせた。
「美神さん……」
「だが、どうするというのだ。敵は分厚い土の下だぞ」
忠言する道士を、美神はうるさそうにして言った。
「こんなこともあろうかと呪い入りの細菌弾を作ってあるのよ。超強力な毒みたいなもん。
地上に出てる部分にこれを撃ち込めば、根を伝わって、細菌と呪いが死津喪比女を殺して
くれるわ」
美神は携帯電話を取り出した。
「通じるんですか?」
かごめがきくと、美神はうなずいて明るい色の髪を揺らした。
「私の携帯は改造してあって、いったん霊波を使って車の人工幽霊一号に送って、そこから
基地局に電波を飛ばすの。山奥の地下でも大丈夫」
そんなことをしていいんだろうか、とかごめは心配になる。
お構いなしに、美神は電話をかけた。少しして、電話がつながった。
「もしもし、西条さん? 美神よ」
「令子ちゃんか」
オカルトGメンの西条は、美神にとって兄のような存在だ。
横島にとっては憎い恋敵でもある。
西条の声に、美神は何か不吉なものを感じた。
「どうかしたの?」
「ああ、東京がまずいことになってる。毒の花粉に覆われて、霊力のない一般人は動くこと
もできない。死津喪比女の花があちこちにあらわれたとの報告もある」
「ええ?」
美神の大声に、横島たちも異変を知った。犬夜叉は頭に付いた銀の耳を携帯電話に寄せた。
「それだけじゃないんだ。ICPO研究所日本支部が襲撃されて、用意していた呪い入りの
細菌弾が奪われてしまった」
「うっ、嘘でしょ?」
「すまないが本当だよ。襲撃したのは汚い布で全身包んだ臭い男と、毒虫だそうだ。心当たり
がある」
「誰よ、そいつは!」
「以前、ねずみ男という妖怪から奈落という妖怪の情報提供があった。そのねずみ男が今度
は奈落側に寝返ったらしい。どうも信用できないとは思ってたんだ」
「奈落だと!」
携帯電話からこの名を聞くと、犬夜叉は眉の端を上げ牙を見せた。
かごめと横島も携帯電話に耳を近付けた。ついでに横島は指を美神の胸に近付ける。美神
の左拳が横島の顔面を強打した。
そうなるとわかっててよくやるなあ、とかごめは感心した。
「で、そのねずみはどこ?」
美神は話を急いだ。携帯電話から、また西条の声が出る。
「いや、そいつを追ってる時間はない。ドクター・カオスと小笠原エミさんに協力してもらって、
呪い入り細菌弾を作ってもらった」
「カオスとエミか……うーん」
美神は思わずうなる。小笠原エミは美神と同業で、呪いのエキスパートだ。
「何よおたく、私じゃ不満ってワケ?」
携帯電話からの高い声に、犬夜叉たちはのけぞった。
「あら、エミ、いたの」
あわてて美神は取り繕った。
「西条ーっ! エミさんと何してんだてめーっ、職権乱用だぞーっ!」
横島は西条に聞こえるように、大声で抗議した。美神の拳がまたうなって横島の側頭部
を打つ。
「今、西条とヘリで空飛んでそっちに向かってるとこよ」
と、いうエミの声がまた聞こえてきた。
「オカルトGメンのお上品な呪いより私のほうが強力なワケ。カオスの細菌もね。ただ本体
まで伝わる速さについては保障できないから、なるべく本体に近いところ、できれば本体
の真上で弾丸をブチ込んでほしいワケ!」
そうしないと、本体まで呪いと細菌が伝わるより先に、根を切り離されてしまう。
「簡単に言ってくれるけどねえ、本体がどこにあるかわからないのよ」
美神は髪をかきあげ、予定が狂ったことに不機嫌さを示した。
同じように不機嫌そうな声を、エミが電話の向こうから返す。
「そこはいつものおたくの反則技でなんとかすればいいでしょっ!」
エミから西条に声が変わった。
「とにかく、今ヘリコプターで向かっている。ヘリなら都心からでもすぐだ。ふもとのホテル
の駐車場にとめてもらえることになってるから、落ち合おう……あっ?」
「ちょっと、何?」
「う、うわあーっ! ……」
物音、西条の叫び声、エミの悲鳴が混ざって聞こえ、通話は途絶えた。
沈黙が訪れた。
「楽勝じゃなかったのかよ」
赤い袖に手を入れた犬夜叉が、呆れたようすで言う。
「う、うるさいわね、先が見えないから人生楽しいんでしょ?」
苦しい言い訳のあと、美神は真面目な顔になった。
美神は西条の無事を願うが、小笠原エミについては何とも思わない。
「いい、これから死津喪比女の本体を探しに行くわ。犬夜叉、かごめちゃん、私は山で捜索、
横島クンはふもとのホテルへ急いで、細菌弾と銃を受け取って」
「でも、今の感じじゃ無事届くかどうか……」
横島はエミの無事を願い、西条の死を強く願う。
「とにかく、それしかない! 早くしましょう」
美神に背を押されるようにして、横島は転がってきた坂を駆け上がった。
犬夜叉、かごめも続いて地上をめざす。
美神は出る前に、またおキヌに声をかけた。
「いい、絶対に自爆なんて考えちゃダメよ! 待ってて」
「美神さん……」
美神の気持ちは何よりうれしかったが、すでにおキヌには決意があった。
東京は謎の花粉に包まれていた。
街は花粉に覆われ、ビル群は霞んでぼんやりとしている。
煙のような花粉は視界を悪くし、また霊的毒性を持って人々をしびれさせた。
首都機能はマヒし、政治、市場は混乱。
そんな東京の上空に、プロペラを回してヘリが飛んだ。
ヘリの中では、黒い長髪にスーツ姿で、整った顔を深刻そうにした西条がいた。
西条は左腕にライフルを抱え、右手で黒い携帯電話を握っている。
「ふもとのホテルの駐車場にとめてもらえることになってるから、落ち合おう……あっ?」
ヘリが突然揺れ、急降下をはじめた。
「う、うわあーっ!」
花粉が濃くなり、ヘリの操縦者が霊的な毒にやられて制御できない。
ヘリは単なる鉄の塊と化して、地へ落下した。
大音をビルの間に反響させ、ヘリは車道で無残につぶれた。
西条とエミはアスファルトの地面に投げ出された。
小麦色の肌をしたスレンダーなエミは、頭から血を流して横たわった。
いったん中断 ここまでの出演は
犬夜叉@犬夜叉
日暮かごめ@犬夜叉
美神令子@GS美神 極楽大作戦!!
横島忠男@GS美神
おキヌ@GS美神
道士(名前不明。姓は子孫と同じ氷室かも知れない)@GS美神
死津喪比女(しずもひめ)@GS美神
西条@GS美神
小笠原エミ@GS美神
でした
投下乙!
なんか凄いことになってるな地味にねずみ男が暗躍してたのにワラタw
では再開します
たぶん25レス前後になると思う
周囲は濃い花粉で、数メートル先は何も見えない。
朦朧としつつも、花粉の向こうに、黒い人影をエミは見た。
「救護班、こっちだ」
男の声のあと、小さな二つの影がエミに近づいた。
暖かい光を感じると、エミは多少楽になった。
「おたくたちは……」
双子の能力者は西条に駆け寄り、また手をかざした。手から光が生じて、西条の傷をいやす。
「運転手もだ、すまん、急いでくれ」
また男が指示し、双子の子供は走った。
西条がわずかに体を起こす。
着物をまとってやけに大きな刀を肩にかけ、長い黒髪、メガネをかけた男が立っていた。
「大丈夫か。オカルトGメンだな。拙者、メガネ一刀流武光」
「あ、ああ、西条だ。あなたたちは、裏会か?」
また別の男が西条に近づいた。ノースリーブでマフラーを巻いた、短髪の男だ。
「裏会・夜行です。俺は行正」
「裏会には協力を依頼したが、断られたはずだが……」
花粉に濁る空気の向こうから、別の何かがやってきた。大きな影だ。
「裏会としては表向き協力できないけど、夜行は協力するよ」
妖獣にまたがる、浅黒い肌をした、波打つような黒い髪、豊かな胸の若い女だ。
妖獣は鳥のような頭で羽根を持ち、六本足の馬のような体で鎌のような尾を付けている。
「私は花島亜十羅。今、仲間たちが死津喪比女の花を刈ってるよ」
「このライフルを、細菌弾を込めたライフルを運ばなければならないんだ」
西条は立ち上がろうとしたが、苦痛に顔を歪めた。まだそこまでは治癒していない。
「無理をするな。だいたいのことは頭領から聞いている。そいつを届ければいいんだな」
メガネをかけた男が、ライフルをつかんだ。
西条が裏会に伝えた内容を、夜行の頭領が部下に知らせていた。
「た、頼む。山のふもとのホテルだ」
西条はライフルをメガネ侍に託し、我が身を地面に寝かせた。
「借りを返す時が来た」
メガネ侍は横島との一件を思い出す。行正は辺りを見回してつぶやいた。
「だが、東京をほっとくのもな」
その時、太鼓を打つような低い音が聞こえてきた。太鼓の音は無数に増えて、何かの祭り
のように打ち鳴らされる。 音が増えて強くなるのに反比例して、花粉は薄くなり、霊的毒性が弱まっていく。
太鼓の音に妖力が込められているようだ。
「狸だね」
妖獣使いの亜十羅が先に気付いた。
霧のような花粉が晴れていくと、電柱やポリバケツの影、民家の屋根やビルの窓に、目を
光らせる狸が見られた。
狸たちが腹を打つと、妖気が花粉を減らしていく。
ひときわ大きい、威厳ありそうな狸が腹を打ちつつ西条たちに近づいた。
「わしは金長じゃ」
「金長大明神か」
狸の重鎮、金長狸が以前一時的に大阪を占領したのは、西条も知るところだ。
「人間は都合のいいときだけ大明神にしおる」
古狸は口を動かして牙を見せた。
「助けてくれるのか」
行正がきくと、金長狸はまたしゃべった。
「ある妖怪に、東京を守るよう頼まれた。わしらとしても、ここまでされると迷惑だしな。
別に人間のためではないが、おまえらが恩を感じるのはいっこうに構わんぞ」
狸たちは愉快そうに腹を打った。
「じゃあ、恩に着よう」
行正は頭を下げた。
「蜈蚣(むかで)、『足』を頼むぞ」
メガネ侍が振り返って呼びかけた。
控えていた黒装束の男が、口を覆う黒い布をぐいと引き下げる。男が口から息を吐くと、
黒い何かが形をとった。まさにムカデのような黒い物体ができ上がる。
ライフルと刀を持ったメガネ侍、特殊な剣を手にする行正が黒いムカデの上に乗った。
「行くよ、月之丞」
亜十羅は自分の妖獣で空へと舞い上がる。
黒い触手を揺らし、長い体をうねらせて、蜈蚣が作った乗り物も浮かび上がった。 空に消えていく夜行のメンバーを、西条とエミは見送った。
「さあ、もうひとふんばり腹をたたくか。ついでに東京見物しよう」
金長狸は腹を打ち鳴らしながら、仲間の狸と歩いた。太い尾を引きずる屋島の禿狸が、
金長狸に問いかけた。
「恩に着ると言ってたし、そこらの売り物なんかをとって食うぐらいはいいよな?」
「それくらいいいじゃろ。大阪ほどうまいもんはなさそうだが」
「よし、新宿渋谷池袋、それから両国国技館、浅草雷門、秋葉原電気街に行こう」
楽しそうに腹を打つ狸たちは、列をなして練り歩く。
西条とエミはこれも見送るしかなかった。
「大丈夫なワケ……」
「ま、まあ文句を言える立場じゃないしな」
まだろくに動けない西条は苦い顔をした。助けてくれる狸に行儀よくしろと命じるわけ
にもいかない。
犬夜叉は茂みに分け入り、においを頼りに山の深くへと進む。
美神、かごめがあとに続いて小枝や葉を踏んだ。かごめは神経を研ぎ澄ませ、四魂のかけら
を探した。
殺気に気づいて、犬夜叉は身構えた。
木の裏から、緑色をした女の形の妖怪があらわれる。
頭から葉を伸ばして、犬夜叉を襲った。犬夜叉は爪を立てて葉を切り裂く。
長い葉が地面に落ちた。
「こんなところへ来て、何かを狙っておるのかえ?」「うるせえ、黙ってろ草野郎」
「東京がどうなったか知っておるかえ? わしの花粉で多くの人間が苦しんでいるぞえ。
あの娘をよこせ!」
「黙れっつってんだろうが、雑草!」
犬夜叉が腰の刀、鉄砕牙を抜く。妖刀の刀身は異常なまでに大きくなった。
刀が一閃するや、死津喪比女の花は断ち切られる。斬られた植物妖怪の残骸は何とも気味
悪い。
死津喪比女の花はあとからあとから生えて、三人に襲いかかった。
美神が精霊石を投げると、光が発して花は弾かれる。そこを美神の神通棍が斬り付けた。
犬夜叉はめったやたらに鉄砕牙を振り回し、死津喪比女をつぎつぎなぎ払う。
女のような死津喪比女の花が倒れて、あちこちに転がった。
かごめも弓を構え矢をつがえ、狙いを定めて弦を引く。
弓が力を貯めてきりきりしなった。
矢は放たれると浄化の力を得て一直線、死津喪比女の胸を突き刺す。
浄化の力を根の奥まで伝わらせまいと、死津喪比女の花は自ら根を断ち、地面に倒れた。
「この先だ、急げ」
赤い袖をひるがえし、犬夜叉は刀を振るう。死津喪比女を斬り、払い、犬夜叉は道を作って
駆けた。
かごめを先にやり、美神も札を投げつつ走る。ちぎれた草、葉が舞い散った。 三人はやや開けた、広い場所に出た。山の中腹辺りだ。
土があちこち盛り上がり、死津喪比女のおぞましい花が生える。
「おまえたち、何か毒の弾を撃ち込むつもりかえ?」
死津喪比女が醜い笑みを見せる。
死津喪比女が細菌弾を知っていることに、美神は内心驚くが顔には出さなかった。
過去で弾丸を試した時は、四魂のかけらで動く花一輪だったはずで、その時点で地脈を
封じられていたため、本体の根は知らないはずだ。
死津喪比女はまた笑った。
「無駄なことだぞえ、奈落という妖怪にきいておるぞえ。四魂のかけらをもらっておるから
対処できるし、あやつが弾を奪い取ったはずだぞえ」
かごめが白い顔を不安そうにし、美神に目をやった。
「美神さん……」
「大丈夫、弾丸を奪ったということは効くのよ」
美神は小さく早口で言った。
たくさんの死津喪比女の花が、犬夜叉たちを取り囲む。
「わしは生きて生きて、神族も魔族も超えたい……。あの娘を渡すがいいぞえ」
死津喪比女の目が妖しく光った。
「おキヌちゃんにこだわるってことはまだこっちが有利ね」
美神は神通棍の輝く刃を、死津喪比女に向ける。
「強情な人間だぞえ……!」
花たちがいっせいに美神たち三人に襲いかかった。
山で美神、犬夜叉、かごめが死津喪比女の本体を探している頃、横島はふもとのホテル前
にいた。
なかなか近代的で大きなホテルだ。人が多く見られる。
近隣で地震が何度か起きていて、付近の住民がホテルを避難所に使っていた。
いっこうにヘリがあらわれる様子もなく、横島は焦るばかりだ。
「西条は死んでほしいけどエミさん、無事でいてくれーっ」
などと空に願う横島に、男が駆け寄った。
「いた、おい横島」
長髪をなびかせ、メガネをかけた男が横島のそばに立った。
「あっ、メガネ侍!」
横島は以前かかわったことがある。
「何でこんなとこにいるんだ?」
「話はあと、向こうに足を用意してある。細菌弾のライフルもな」
メガネ侍は親指でホテルの外をさした。横島はメガネ侍が来た方向を探した。
「俺の亜十羅さんもかっ?」
「おまえのかよ! いや、そんなこと言ってる場合じゃないんだろ」
「そうなんだ、おキヌちゃんが……」
「あとで聞く、とにかく来い」
メガネ侍が袴を動かしたとき、特別大きい地震が起きた。
恐ろしい大音とともに地面が激しく揺さぶられる。
多くの悲鳴が飛びかった。ホテルがゆがみ、傾いて窓ガラスが次々割れる。
人々の上にガラスの破片が降り注いだ。
世界が振動して、ホテルの壁面に亀裂が入り、がれきが落ちては砕ける。
横島はパニックになって叫んだ。
「うぎゃーっ! 手抜き工事やーっ! 耐震偽造やーっ!」
「不安をあおるな! 早く逃げるぞ」
ひびが入ったアスファルトの上を、メガネ侍は横島を抱えるようにして走る。
避難していた近隣住民も我先にと駆けた。
茂みの奥にいざなわれ、横島は足を踏み入れた。木に囲まれて、大きく黒いムカデのよう
な「足」がいる。
すぐそばに豊かな胸の亜十羅が立っていた。
「久しぶりです亜十羅さーん、ちちさわらせてくださーい!」
飛びかかる横島を、妖獣月之丞が蹴り上げた。横島は宙に弧を描いて地面に落ちる。
「それしか言えないの、あんたは」
亜十羅は呆れて額に手を当てた。
月之丞は不快そうにくちばしを動かした。
「何です、この下品な男は」
メガネ侍は置いておいたライフルを取り、倒れた横島に差し出した。
「お姫さまが待っているんだろうが。急ぐぞ」
横島は鈍く光る黒いライフルを受け取った。ライフルの重みを腕に感じ、横島は緊張した
顔になった。
「そうだ、早くしないとおキヌちゃんが特攻自爆しちまう!」
「さあ、乗れ」
すでに「足」の上にいる行正が、横島をうながした。
横島は恐る恐る、黒々とした虫のような物体の上に乗った。
メガネ侍はさっそうと足に飛び乗る。亜十羅は月之丞にまたがった。
ムカデのような足は浮かび上がり、山へと飛ぶ。月之丞は主人を乗せて羽根を広げ、空を
走った。
「おおっ、すげーっ、飛んでる!」
風になでられ髪を乱し、横島は感心した。
月之丞は鳥のような頭を振った。
「なぜあんな男に皆様が一目置くのかわかりませんな。夜行にいたとしたら下の方でしょう」
「まあ普通そう思うだろうね」
亜十羅は月之丞の背で苦笑いした。
横島はだいたいの事情をメガネ侍たちに説明した。
「なるべく死津喪比女の本体近くに行かなければならないわけだな」
メガネ侍はメガネを光らせてうなずく。
「美神を探せば、たぶんそこが死津喪比女の真上近くだろう」
行正は身を乗り出して下をながめた。木々が枝を広げていて、地上はわかりにくい。
「何か来ますぞ」
月之丞は放射状の筋が入った異様な目を、周囲に向けた。
八方から耳障りな羽音を聞かせて、鳥ほどもある虫が飛んでくる。スズメバチのような
形で、いかにも毒がありそうだ。
襲いかかる毒虫に、行正はオーラをまとう剣で斬りつけた。
メガネ侍も大きな刀で、虫を二つに割った。
「わーっ、んなろーっ!」
横島は右手を変質させ、光る霊波の刀を出して振り回す。だが、縦横に飛行する虫には
かすりもしない。
虫は湧いて出るように増えて、人間たちを囲んだ。
「俺はここで死ぬのかっ! どうせ死ぬなら亜十羅さん、その胸に顔をうずめさせて死なせ
てくれーっ」
横島は重力を無視して空中を泳ぎ、月之丞にまたがる亜十羅へと向かう。
「その力を別のことに使えないの!」
亜十羅に蹴られて、横島は黒い「足」の上を転がった。
「おわーっ!」
月之丞が風のように飛び、鎌型の尾で虫を斬った。斬られた虫が落ちていく。
「下劣な上に弱い。あれでは夜行に入れもしないでしょうな」
呆れた様子で月之丞は横島を軽蔑した。
「こいつら、死津喪比女と関係あるのか?」
虫を剣で払いながら、行正は横島に尋ねた。
「そういえば、人間みてーな形の虫を死津喪比女は手下にしてた」
左腕にライフルを抱えた横島は葉虫を思い出し、毒虫の針を必死に避けながら答えた。
この毒虫は最猛勝(さいみょうしょう)といい、奈落が使うのだが、今の横島たちに知る
すべはない。
「降りるしかないな。蜈蚣、高度を下げろ」
メガネ侍が指示する。黒装束で顔の下半分を黒い布で隠した蜈蚣は、うなずいた。
足は地面へと近づいていく。
「地上は死津喪比女の花が来るじゃねーか!」
横島は怯えてメガネ侍に訴えた。
「仕方ないだろ、あの虫をやり過ごすには。蜈蚣の足は目立つからな」
メガネ侍が冷淡に口を動かした。行正も重ねる。
「どのみち、どこかで降りて、死津喪比女を撃たなきゃならない。おまえがな」
「あ、ああ」
横島はライフルを手に、身を震わせた。
地下、地脈の堰で、おキヌは力を貯めていた。
おキヌは最近、不完全ながら生前の記憶を取り戻した。
おキヌは幼い頃に親を亡くしている。親のことは思い出せない。
だが、なぜだか遠い昔に聞いた子守歌だけは、よく思い出した。
この子のかわいさ限りない
星の数よりまだかわい
ねんねやねんねやおねんねや……
過去の世界で見上げた、夜空を満たす星たちを、おキヌは思い出していた。
「おキヌ……」
道士が装置の前に浮かんだ。
「地震は感じたか」
「はい」
「今見てきたが、ふもとで大きな建物が崩れた」
「ふもと……ホテル……!」
横島が細菌弾を待つといっていた。道士はゆっくりうなずいた。
「あの若者が無事かどうかはわからないが、多くの人々が傷ついたのは確かだ」
「道士様。お願いします」
「おまえには、本当に申し訳なく思っている……。魂がなんとか残れば、二百年ほどのちには
必ず復活させよう」
「いいんです。道士様、私、復活する気はありません」
「そうか……」
「道士様も、どうかお休みください」
おキヌは道士の影にまで気づかった。
「私は、ただ人殺しと言われたくなかっただけなのかも知れん」
「いいえ、道士様は立派なかたです」
「……では、役目を果たしてくれ」
「はい!」
装置の球体から、おキヌが飛び出した。
おキヌの姿はブレて、光の筋がいくつも入っていた。もはやただの幽霊ではなく、おキヌ
は兵器であり、死津喪比女を射る矢そのものだ。
おキヌは吸い込まれるように、地中へと潜った。
土の中を光り輝いて高速で突き進むおキヌは、彗星のようだ。
(ああ、この真上、横島さんとはじめて会った所だ……)
たくさんの根が土の間に張り巡らされている。おキヌは根を避け、死津喪比女本体をめざす。
(二人に会えて、楽しかった……)
思い浮かぶのは数々の危機。いつも美神に助けられた。どんなときも横島といると元気
づけられた。
同時に、なんでもないたくさんの日常が思い浮かぶ。いつまでも続くと思っていた毎日、
美神の事務所を片付け、横島の洗濯物をする日々。たわいもない会話、退屈な時間、今は
すべてがいとおしい。
(幸せでした……ありがとうございました、美神さん……横島さん!)
大切な人たちを守るため。自分の存在を消してでも、使命をまっとうしようとする魂が、
地中で孤独に輝く。
地上で神通棍を振って戦う美神は、地中の異常な力に気づいた。
「おキヌちゃん!」
死津喪比女も装置が起動したことを悟った。
「あの娘が迫っているぞえ!」
「おキヌちゃんが……」
かごめは矢をつがえる手を震わせる。
「おまえら、止めろ!」
死津喪比女の花は、恐ろしい形相で犬夜叉たちに襲いかかる。
長い葉が伸びて犬夜叉、美神を捕らえようとした。
「そんなもん……」
こっちが頼みてえ、と犬夜叉は叫びたかった。
美神は一瞬で判断した。
「犬夜叉、私の体を支えて!」
陽光のような色の髪を乱し、美神は犬夜叉の胸に倒れ込んだ。
「こんな時に何してるんですか!」
かごめは肩を上げて高い声を出した。
「私はこっちよ。そっちは空っぽ」
肉体を離れて、美神の形をした霊が浮いていた。
「おまえ、『出た』のか」
犬夜叉は美神の体を抱え、鉄砕牙を構える。
「地面の下に潜っておキヌちゃんを止めてくるわ。私の体を守ってて!」
幽体離脱した美神は、地へと飛び込み消えていった。
(兵器になったおキヌちゃんのほうがスピードは速いだろうけど、こっちのほうが距離は近
いはず……)
捕まえてみせる、と美神の生霊は地の奥へと潜った。
「あの女が娘を止めるか。それまでにおまえたちを殺しておいてやるぞえ」
死津喪比女の花はまた増えて、犬夜叉たちに殺到する。
「くそがっ、やってみやがれ!」
鉄砕牙がうなりを上げると、植物の怪がまた斬られた。
暗い地中で輝きを放ち、おキヌは潜り進む。おキヌは、美神に呼ばれた気がした。
気のせいだ、と声を振り払うように、おキヌは敵の本体をめざした。
「おキヌちゃん!」
美神の魂の叫びが、今度はしっかりとおキヌに届いた。
「美神さん!」
おキヌの姿は強く光って、人の形を保ってはいるが、あちこち崩れていた。
「黙っていったらダメでしょ、止めてやるわ」
「美神さん、今触ったら、爆発しちゃいます!」
「大丈夫、霊波をおキヌちゃんにシンクロさせれば……」
美神は霊波をおキヌに同調させつつ、手を伸ばす。
美神の手がおキヌをつかみ、進行を止めようとした。
「止まれえーっ!」
おキヌを腕に抱き、美神は必死にブレーキをかける。が、地脈の力を集め砲弾と化した
おキヌの速度は少しも落ちない。
「美神さん、お願いします、離れてください! もう、本体にぶつかります」
おキヌは強い思いで願った。
「言ったでしょ……私の取り立てはしつこいのよ!」
「美神さん!」
二つの魂は地の底を駆け、巨大な球根に突っ込んだ。
球根は一瞬膨れると破裂し、土は裂け大地は大きく揺れた。
山が振動し、犬夜叉は足の下に強烈な波の伝わりを感じた。
「おキヌちゃん……!」
かごめもただならぬ波動を知り、青ざめて唇を震わせた。
「ぐああッ……?」
死津喪比女の花が、一斉に苦しみ、しぼんでいく。
「くそっ!」
犬夜叉は大きな刀で地を打った。
「また同じことの繰り返しかよ!」
何もできなかった、と無力感、自責の念に襲われ犬夜叉は肩を揺らした。
ではまた中断します
新たな出演
金長狸@伝承妖怪
屋島の禿狸@伝承妖怪
行正@結界師
メガネ侍@結界師
花島亜十羅@結界師
月之丞@結界師
最猛勝(さいみょうしょう)@犬夜叉
ではまたあとで
忘れてた
蜈蚣@結界師
双子@結界師
では再開……
「フフフ……ハハハ!」
気味悪い笑い声に、犬夜叉が顔を上げると、死津喪比女の花たちが恐ろしい顔で笑って
いる。
「なんとか持ちこたえたえーっ! 念のため、『株分け』しておいたのだ! 本体は無事だ、
あの娘が破壊したのは分身のほうだぞえ」
「そんな……じゃあ、おキヌちゃんは」
愕然として、かごめは弓をもつ左手を下ろした。
死津喪比女の花は大口を開けて笑う。
「無駄死にだぞえ! かなり力は削られたが、もう地脈の力は使い放題、すぐに回復して、
まずは貴様らから血祭りにしてくれるぞえ」
「てめえ……。一本残らず刈り取ってやる!」
犬夜叉は悲しみを振り払うように、鉄砕牙を振った。
「できるものかえ。最後に教えてやるぞえ、そう、ここがわしの真上だぞえ!」
犬夜叉は覚えのある匂いが近づくのを感じた。鉄、火薬の匂いも。
茂みから男が飛び出し、死津喪比女に叫んだ。
「くたばれっ! 化け物オオーッ!」
銃声とともに弾丸が放たれる。細菌弾は死津喪比女の眉間に突き刺さった。
「これは、毒の弾か」
撃たれた花が変質し、しおれていった。
「おキヌちゃんが……チクショオオオーッ!」
横島はライフルを自分の額に打ち付けた。
横島の額から血が出て、バンダナが赤く染まる。
「この程度、根を切れば……」
死津喪比女は根を断ち切り、細菌と呪いが本体まで伝わるのを避けようと必死になった。
「チクショオッ、チクショオッ!」
横島は自分を責め、ライフルで額を何度もたたいた。涙を流し、血を流した。
「何で、何で待ってくれなかったんだ! チクショオオオーッ」
「やめてください、横島さん!」
かごめが止めても、横島は自分の頭をライフルで殴り続けた。見かねて犬夜叉が赤い袖
を振り、横島の腕をつかんだ。
「おい横島! いい加減にしろ」
「だって、おキヌちゃんが、おキヌちゃんが!」
「今、美神が霊だけ飛び出して地面の下に行ってる。だから、おキヌを助けたかもしれねえ」
犬夜叉の表情は暗かった。望みは薄い。二人とも消滅している恐れすらある。
横島は呆然として、寝かされた美神の体をながめ、沈むように地にひざをついた。
あとから、メガネ侍たち夜行メンバーがやってきた。
月之丞は、不思議そうに鳥のような頭を傾けた。
「なぜ、横島はここがわかったのでしょう」
「あいつには美神の居場所がわかるんだよ」
またがる亜十羅が、当たり前のことのように答えた。
「なぜですかな」
「おまえが私の居場所がわかるのと同じじゃないの?」
主の答えにいまひとつ納得できなかったが、月之丞はしゃべるのを控えた。
横島は地に向かって大声を出した。
「そんな……、美神さんがいなくなったら、俺は毎日誰にセクハラすればいいんだーっ!」
叫びに応えるように、地面から霊が飛び出した。
「誰にもするなボケーッ!」
生霊のアッパーカットが横島の顎を強襲した。
驚いたかごめは細い肩をびくつかせた。
殴られた横島は勢いよくもんどりうつ。
「わーっ! どーせ美神さんは生きてると思いましたよ! それでおキヌちゃんは」
「ああ、ちょっと待って」
いったん地の下に潜ると、美神はおキヌの霊体を引き上げた。
「おキヌちゃん!」
横島は飛び付くようにした。
地面から出てくるおキヌの姿はところどころぼやけ、形が崩壊しかけている。
「形を保つのが精一杯ね。あいつに激突してバラバラになりそうになった時、何かが霊力を
くれて助かったのよ」
美神の言葉を聞いて、行正は顎に手をやった。
「何か? 別の妖怪がいたのかな」
「まあ、こんな山だからな、何か別の妖怪がいてもおかしくはないが」
メガネ侍は周囲を見回した。横島はそれどころではない、というように語気を強めた。
「それより、おキヌちゃんは大丈夫なんすか」
霊体の美神も真剣な顔をした。
「このままじゃ危険ね。消滅するわ」
「そんな!」
「なんとか……、そう、おキヌちゃんの体に戻れば……!」
そうしている間にも、死津喪比女の花はつぎつぎ枯れていく。いっぺんに百年も老いる
ように、花はしなびていった。
「毒が強すぎる、奈落め、話が違うぞえ……!」
苦しみ、花は死んでいく。
美神の霊は自分の肉体に戻ると、何事もなかったように起きあがった。
長い脚、くびれた腰、突き出た胸の美神は芸術品のようだ。しなやかな手で髪を整えると、
美神は花に言い放つ。
「その弾は私の仲間が作った特別強力な奴よ。現代GSの底力、よく味わうといいわ」
「バ、バカな……」
うめき声もやがて消え、死津喪比女の花はすべて崩れ去った。
「終わったの……」
かごめは安堵して胸に手を当てた。
「おキヌちゃん、やったわ」
美神はかがんで、今にも壊れそうなおキヌの霊に慎重に手を添えた。
おキヌは弱々しい霊波でしゃべった。
「ごめんなさい、美神さん……私、またドジやっちゃって、本体に当たらなくて」
「何言ってるの、おキヌちゃんが弱らせたから細菌弾も効いたのよ。私たち美神除霊事務所
の勝利よ」
「でも、私のせいで……」
突如、地面が揺れ動いた。
「おい、やべえぞ。下からなんか来やがる」
犬夜叉は鼻をひくつかせた。
「離れろ!」
行正が太い声で叫び、一同は走った。
地面は割れ、裂け、土が飛び、巨大な球根が地上へと姿を見せる。
ビルか要塞のような球根だ。
山のような球根の中央には、鈍く光る目がついていた。
「よくもわしからすべてを奪いおったな! おまえら道連れだ!」
恐ろしい声は周囲に響いて木々をざわめかせる。
「あれが本体か!」
あんな巨大な怪物におキヌは独り立ち向かったのか、と横島は胸を痛めた。
触手のような根を伸ばして大地を引き裂き、死津喪比女は目から波動を発した。
稲妻のような波動が落ちると爆発が起きて、木が吹っ飛ぶ。大音が響き、木の破片や石が
飛散した。
美神に抱かれるおキヌは、苦しそうにしながら小さな霊波を聞かせた。
「しずもひめのじゃくてんは……、めです」
「みんな、あいつの弱点は目よ!」
美神は走りながら高い声で知らせる。
「どこまでしぶてえ雑草だ」
土煙の中、犬夜叉は死津喪比女本体に刀を向けた。激しい妖気の波、その揺らぎを鉄砕牙
が斬り付けた。
「風の傷!」
妖気の波が飛んで死津喪比女の目に飛びかかる。
目に強烈な衝撃を受けるとさすがにひるむが、邪悪な球根はまた根をしならせて人間
たちを打ちにかかった。
かごめは矢をつがえ弦を引き、死津喪比女の目を狙う。
放たれる矢は浄化の力をまとい、空を飛んで球根の目に刺さった。
やったか、と思われたのも束の間、また死津喪比女は目を光らせて妖気の波動を閃かせた。
「くそっ、どうすりゃいいんだ」
犬夜叉は舌打ちして波動をかわした。木が破裂して真っ二つになり、左右に倒れる。
「あんなに暴れられたら、おキヌちゃんの体がやばいわ!」
美神は大声を出した。おキヌは何かいいたそうにするが、力が弱ってしゃべるのも難しい。
メガネ侍は蜈蚣から一人乗りの足を出してもらうと、飛び乗り刀を構えた。
宙を飛び回り、メガネ侍は大きな刀で根を斬り、死津喪比女の波動をよける。
亜十羅も月之丞を飛ばして根を斬り落とし、死津喪比女の気を引いて地上の仲間を守った。
大きな球根は怒りに任せて最後の力を放出する。
「許さん、許さんぞえ!」
「このままじゃ……どうすれば」
焦るばかりの美神の耳に、場違いな子供の声が届いた。
「めってあの目じゃないですよ。反対側についてる、ジャガイモとかの芽です」
息を呑んで美神は辺りを見回す。声の主はいない。
「どうしたんすか、美神さん」
横島の問いに答える暇もない。美神は蜈蚣につかみかかるようにした。
「あのメガネが乗ってるやつ、貸して!」
「一足、千円です」
口を覆う黒い布越しに蜈蚣が要求する。
美神は世にも恐ろしい形相を見せた。
「ああん? 聞こえなかったんだ・け・ど!」
蜈蚣は怯えて泣きそうになった。金をいただくには相手が悪すぎた。
「あの、今日はサービスデーです」
蜈蚣は黒い布を引き下げた。吐息から黒いものが生成され、ムカデの形になる。
美神は横島の襟首をひっつかみ、足に乗った。
「みんな、攻撃して! 横島クン、霊波刀!」
「は、はい」
言われるまま、横島は右手を変質させ、霊気の刀を作った。
二人の霊能者を乗せた足は、美神の意志で死津喪比女を飛び越えた。
目への攻撃に気をとられ、死津喪比女は美神を見逃した。
「横島クン、霊力を送るわ!」
「はいっ、食らえ死津喪比女ーっ!」
美神の霊力が加わり、より強く光り輝く霊波刀が、球根の新芽に飛び込む。
「し、しまった……」
死津喪比女が気付いたときには遅い。光線と化した美神・横島が芽を突き刺し貫いた。
巨大な球根はひびが入って、膨張した。発光とともに体を崩し、あちこち破裂させて破片
を飛び散らせる。
大きな音が響き渡り、爆風が起き、地が揺れた。
死津喪比女は瓦解していく。
山を満たす邪悪な妖気が、急激に減っていった。
かごめは息を深くついた。
長い、本当に長い、数百年にわたる戦いだった。
勝利の喜びもあったが、かごめには何か死津喪比女への哀れみのようなものもあった。
生きるという、ごく単純な動機のための戦いだった。
崩れていく死津喪比女の上で、美神と横島が旋回している。生を誇るように。
かごめは不思議と感動して涙ぐんだ。
あっ、と犬夜叉は声を上げた。砂埃の向こうで、最猛勝が光るものを抱えて飛んでいく。
「奈落……」
つぶやいてみても、どうしようもない。毒虫は雲に消えた。
犬夜叉は鉄砕牙を鞘に入れる。大き過ぎるような刀は、刀身より小さい鞘に滑り込んだ。
「あの野郎、やっぱりこの世界に来てやがるのか」
「それか、この時代まで生き延びたのかも……」
いずれにしても、この時代でも奈落と争うことを思い、かごめは暗い気持ちに襲われた。
美神と横島は地面に降り立った。
「美神さん……横島さん」 木の根元に寝かされていたおキヌが、わずかに頭を上げた。
「ちょっとだけ、てこずったわね」
美神は裏のない笑顔を向けた。
ちょっとだけだとよ、と行正は苦笑いした。
「よくやった。私は浅はかだった」
黒い衣に黒い帽子、髭をはやした道士が、中空に浮かんだ。
道士は頭を下げた。
「そなたたちの強い心が死津喪比女を滅ぼした。すまなかった……。では、行こう」
「おキヌちゃんを生き返らせるのか」
横島は無邪気に喜ぶ。
「やったなおキヌちゃん、生き返れるんだぜ」
おキヌはむしろ悲しそうな顔だった。
「急ぎましょう、おキヌちゃんに無理させすぎたわ」
美神が指示し、横島は形がぼやけつつあるおキヌを抱き上げた。
「横島さん……」
おキヌは横島の胸に頭を預けた。
「よかったなー、おキヌちゃん」
横島はスキップしそうな足取りで坂を下りていく。かごめたちも続いた。
東から夜が迫りつつあった。
岩壁の裂け目から、美神たちは内部へと入っていった。
あとに犬夜叉、かごめ、夜行のメンバーも入り、最後に窮屈そうにして月之丞が体をねじ
込むようにした。
奥で、巫女装束の女が結晶の中に閉じ込められている。
時間が止まったように、おキヌの遺体は数百年前と同じ姿だった。
「私の子孫が近くで神社をやっている。おキヌが復活した場合にはそこで引き取ってもらえる
ように、すでに話はつけてある」
道士が説明する。
「大丈夫だろうなー、おキヌちゃんに手を出したら許さねーぞ」
横島は疑わしそうに道士をにらんだ。道士はため息混じりに言った。
「安心しろ、近い歳の娘もいる夫婦だ」
「自分を基準にものを考えるんじゃないの」
美神がしかりつけると、はい、と横島は首を引っ込めた。
「ま、どーせ美神さんの事務所で暮らすんだろ?」
横島の問いに対して、おキヌは黙ったままでいた。
道士が話を続けた。
「では、結晶を壊してくれ。霊気で壊さなくてはならん、おまえの霊波刀がいい」
承知とばかりに横島はおキヌを立たせ、手の形を変え霊波刀を出した。
ふらつくおキヌを、美神が自分に寄りかからせた。
「あの……、私、このままじゃいけないでしょうか」 おキヌが遠慮がちに言うと、横島は目を大きくした。
「何言ってんだ? 生き返れるんだぞ」
「でも……、道士様の話だと」
おキヌは言い淀み、目を伏せた。
「記憶のことね」
美神の言葉を聞き、おキヌは顔を上げた。
「美神さん、知っていたんですか」
何のことかと、横島は口を半開きにした。
「長い間肉体が死んでいたんだもの。生前の記憶を失っていたように、生き返れば今度は幽
霊だったときのことは忘れるわ」
「ええっ?」
思いがけない美神の知らせに、横島は激しく動揺した。
「特に、幽霊の記憶なんて夢のようなものよ。手ですくい上げた水のように、こぼれ落ちて
いくわ」
「そんな、俺たちは……、夢なんですか」
呆然として横島は霊波刀を消し、手を下ろした。
おキヌが聞かせる霊波は、悲しみに震えた。
「私、美神さんと横島さんのことを忘れるくらいなら、このまま消えてしまっても……」
「なんとかならねーのか!」
横島は道士にすがりついた。
道士は目を閉じ、頭を振った。
「こればかりはどうしようもない……」
「そこをなんとかしろー!」
いくら横島が声を張り上げても、道士はただ黙っていた。
美神はおキヌの手を取った。いつにない優しい目をして、美神は言って聞かせた。
「夢はとどめようとしてもこぼれ落ちるけど、しずくは残るわ。無くなることはないの。素敵
な夢ならなおさらでしょ?」
幽霊のおキヌは涙を流した。数百年を経てもおキヌは特別なのか、感情を失わない不思議な
幽霊だった。
「私たちは夢のしずくで構わない。生きて、おキヌちゃん。また
出会って、もう一度本当の友達になりましょう」
「美神さん、でも……!」
「俺だって、別れたくないよ……」
横島は決意した。
「だから、さよならはナシだ!」
霊波刀は強く輝く。横島の刀、その名は栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)。
「待ってください、横島さん!」
叫び、おキヌは止めようとした。が、横島はもうためらわない。
「生きてくれ、おキヌちゃん!」
霊波刀が結晶を突き、亀裂を入れた。光が走り結晶は破壊され、いくつものかけらに
なった。
霊波刀の光を反射して美しくきらめく結晶は、千万の星を思わせた。
無数の光に照らされるおキヌの体は星空に浮かぶ女神のようで、この上もなく神秘的だ。
横島は別離に熱い涙を流した。同時におキヌの復活を、心から喜んだ。
「迷うことなんかないって……。俺たち三人いつも一緒だよ、何もなくさない。
また出会えばいいじゃないか!」
「横島さん……! 私、今度は絶対に思い出しますから……、絶対、すぐに思い出します……」
ムカデのような、黒いものが、暗くなっていく空を走っていた。
行正たちと蜈蚣の「足」に乗せてもらい、かごめと犬夜叉は日暮神社に帰る途中だ。
眼下に木々は減り、民家、道路が見下ろせた。人に確認されないよう、足は高く飛んだ。
「きっとすぐ思い出すよね、おキヌちゃん」
足の上に座るかごめは、犬夜叉の背に話しかけた。
「さあな。あんな連中のことなんか、忘れてたほうが身のためじゃねえのか」
犬夜叉は言葉とは裏腹に、あらぬ方を向いて鼻をすすった。
素直になれない犬夜叉に、かごめは微笑した。
「ね、月之丞」
月之丞にまたがって足の横を跳ぶ亜十羅は、妖獣の頭に手を乗せた。
くちばしを動かして、月之丞は負け惜しみのような言い方をした。
「まあ……、そうですな。弱いですが、その、見所はあるかも知れませんな」
「いいところは全部かっさらいやがった。これで借りを返せたのか……」
愚痴りながらも、頭領に無理を言って駆け付けた甲斐があった、とメガネ侍は心でうなずいた。
「美神は何か別の妖怪が霊力をくれて助かったと言ってたな。そういえば、金長狸はある
妖怪に頼まれたといってた」
行正は腕組みし、メガネ侍に相談を持ちかけた。
「誰か知らない妖怪が助けてくれていたということかか?」
「そうみたいだ。頭領にどう報告しようか……」
黒いムカデはうねって空を移動した。
特に高い一本杉の枝に、腰掛けて彼らを見送る少年がいた。
下駄をはいた足をぶらつかせ、学童服に黄と黒の縞のちゃんちゃんこを羽織り、顔の左
半分を髪で隠した少年だ。
「あの娘が消滅しなくてよかったのう、鬼太郎」
少年の髪から、目玉が飛び出してしゃべった。
「そうですねえ、父さん」
鬼太郎は高い杉の木から、空の向こうを右目で見つめた。
「金長狸も言うこと聞いてくれたし。でも、もし人間たちがあの娘を見捨てるようなら、僕
は助けませんでしたよ」
「そうじゃなあ。彼らがあの娘を助けようとしたから、結果として鬼太郎を動かしたんじゃな」
目玉の親父が小さな腕を組んで、目玉の頭をうなずかせた。
その時、木の幹をよじ登り、男が近づいた。汚い布で頭から身をつつんで、ねずみのような
髭を顔の左右に四本づつ生やし、前歯の出た男だ。
「鬼太郎、おまえはまたくだらん人類愛にうかされて、タダ働きしたな」
「ねずみ男か。正義の心が僕をつき動かすのだ」
「あいつらは妖怪を殺して喜んでいるような連中だぞ。俺はおまえが心配だよ」
「それよりおまえ、奈落の手先になって細菌弾を奪っただろ」
鬼太郎がねずみ男を責める。ねずみ男は下品に笑ってみせた。
「へへへ、いいじゃねえか。どうせあの弾は大して効かなかったんだろうよ。俺が奪ったから
奈落も油断してろくに動かなかったんだぞ」
「そうだとすると、おまえ、奈落に恨まれるんじゃないか」
目玉の親父がさほど心配もせずに言う。
「なあに、まだ取引先はあるさ。裏会とかな」
笑い声を聞かせるねずみ男に、鬼太郎は呆れてため息をついた。
「まあいいや。ねずみ男、儲けたならラーメンおごれよ」
「あん? ああ、今度な」
「なんだ、稼げなかったのかよ」
鬼太郎は笑った。嘲笑ではない。結局、ねずみ男も正義と人類愛のため、タダ働きをした
のだ。
悪事をなしてもどこか憎めない、この古い友を笑った。
「どうせ次もダメだな」
「何でそんなこと言うんだよ」
「何でもさ」
鬼太郎につられてねずみ男も笑った。
二人の妖怪は笑い合った。どういうわけか、この二人はウマが合うらしかった。
暗くなりゆく空の下、鬼太郎をたたえる虫たちの、ゲゲゲの歌がどこからともなく聞こえた。
終わりです 支援ありがとうございました!
出演
鬼太郎@ゲゲゲの鬼太郎
目玉の親父@ゲゲゲの鬼太郎
ねずみ男@ゲゲゲの鬼太郎
長々と失礼しました
これで今までの投下がすべてまとまり一つになった!
……ま、まとまったなあ よかったよかったHAHAHA…
投下乙!
実は支援に夢中で読めてないからいまから読むぜー
大作キタ!
各キャラの個性が出ててすごくいいですね
次の作品も期待してます
>>94乙!なんか入り乱れすぎな気もするがこれがシェアードってもんなのかな
しかし犬夜叉が混じると追いかけ→戦闘→逃亡を何十回も繰り返しそうな予感
これからどうなっていくか期待!
投下超GJです!
GSと結界師知らないのに面白かった
凄すぎる…
>>94がとんでもない大作になりそうな予感!
こちらも負けじと投下します。今回は短いの二話です(合計6レス使用)
「なあ、ごっさん。ここはいったい何処なんだろうな?」
「おれに聞かれても解るわけねえだろ、めっさん」
「……だよな。にしても、どうしておれら、こんなところにいるんだろうな」
「……めっさん、それさっきから何回言ってんだ? おれが知るわけねえだろ」
月明かりの下、薄暗い夜道をとぼとぼと歩く人影が二つ。
横幅の広い車道の真ん中を歩くのは、見るからに怪しげな大男が二人。
怪しいなんてものじゃない。その二人は、明らかに怪異な存在だ。
二人は肩に巨大な金棒を担いで歩いている。金棒は恐ろしく大きく、ところどころ棘のような突起がついている。
人では考えられない大きな体はぶ厚い筋肉で覆われており、まるで鋼の塊のようだ。
そして、二人の最も奇怪なところは頭部だ。一人は頭部が牛であり、もう一人は馬なのである。
首から上が人間ではない大男――二人は『牛頭馬頭(ごずめず)』と呼ばれる妖怪である。
別名『獄卒鬼』とも呼ばれ、地獄の亡者を責め苛むという鬼の一種なのであるが―――
「なぁごっさん、さっきさぁ、おれら飯食ってたよな。たまの贅沢に肉でも食おうってさ。二人で鍋つついてたよな」
「ああ、良い豚肉が手に入ったからめっさん喜んでたよな。あれまだ半分以上残ってたよな」
「あの鍋どこに消えたんだろうな。誰かに食われてたらどうしようか?」
「……めっさん、今はそれどころじゃねえだろ」
「閻魔様に見つかったら全部食われるよな。そんで内緒で食ってたの怒るんだろうな」
「あの人鍋大好きだもんな。一緒に食うと肉だけ全部食うから嫌なんだよ。除け者にされると怒るしさ」
「わがままだしなぁ。自分勝手だし怒りっぽいし、すぐ殴るし」
「地獄耳だし人をこき使うし、そのくせ自分はよくサボるよな」
ちなみに、ごっさんと呼ばれている方が牛頭であり、めっさんと呼ばれている方が馬頭である。
食事の話から、上司の悪口を話しているあたり、なんともみみっちい――いや、人間臭い。
二人は長い道をあてどなく歩いている。車道を通る車は一台もなく、それどころか人一人歩いていない。
長く続く道の両脇には大きな建物が並び、しかしその建物からは何一つ明かりがない。
人の気配のない街。生気を失った街をとぼとぼと歩きながら、二人は会話を続ける。
「ごっさん、さっきから気になってたんだけどよう、だいぶ時間が経ってんのに朝になる気配がないよな」
「そうだな、めっさん。っていうかすでに朝なんだけどな。さっき時計見たら七時半だった」
「だよなぁ。そっからかなり時間過ぎてるよな。っつうことはさ、お天道様は今日は寝坊したのかな」
「めっさん、お天道様が寝坊するわけねえだろ。あれだよ、きっと風邪かなんかで今日は休みなんだよ」
「風邪かぁ……ならしょうがねえよな。でも早く治ってくれないとお日様見れねえよな」
「だな」
とぼとぼと歩きながら、二人は大きく溜め息を吐く。
時折金棒を横にスイングしたり、ゴルフの真似事をする辺り、歩き続けるのに飽きてきたのだろう。
道の真ん中の白線をはみ出さないように歩いたり(踏んでる時点ではみ出しているが)、信号機を数えたり、
歩道のショーウィンドウの中を見ながらあーだこーだと言い合ったり、いきなり追いかけっこをしたりと、まるで
子供のようなことをしている。傍から見たら呆然とする光景である。
大通りを真っ直ぐ歩くのに飽きたのか、二人は交差点でじゃんけんを始めた。『牛頭』ことごっさんが七回目の
あいこで勝ち、進路を右に変える。
次の交差点を『馬頭』ことめっさんが、四回目のあいこで勝ち、進路を左に変える。そんなことを数回繰り返す。
「なぁごっさん。さっきからさぁ、『京都』って字を何回も見てんだけどさぁ、見間違いじゃねえよな? 昔おれらが
暴れていた京の都と全然違うんだけど。『京都』ってさ、『京の都』だから『京都』なんだよな?」
「そりゃあそうだろうよ。それに、昔って何百年前の話なんだよ。今じゃ鉄の塊が空を飛んだりさ、ものすげえ長い
鉄の塊がとんでもねえ速さで走ったりするらしいぞ。そりゃあ都も変わるんじゃねえか」
「そりゃそうだな。田んぼも畑もねえしさ、見たこともねえもんばっかだからさ、ついつい『京都』って字が見間違い
なのかなって思ったんだけどさ」
「見間違うわけねえだろ、めっさん。ほら、あそこにも京都……ってでかっ!! なにあれ!? 見てみろめっさん
、なんかすげーぞ!!」
薄暗い駅の中は二人の想像をはるかに超えたものだった。
月明かりが差し込んでいるせいか、中は思ったよりもよく見える。
駅の構内は広く、そして思ったよりも複雑で予想外の中身だった。
入ってすぐに両脇にどこまで続くのか分からないほど長い階段がある。
天井は吹き抜け上になっており、数え切れないほど無数の鉄骨で壁や天井がびっしりと覆われている。
中に進んでいくといくつもの通路があり、さらに上にも下にも進める通路が無数にある。
ちょっとした迷路のような駅の中を見て回り、二人はひたすら「すげー! すげー!」と連呼していた。
子供のようにはしゃぐ大男が二人。断っておくが、二人ともれっきとした妖怪である。
「おおぉ〜〜っ!! すげ〜よごっさん!! こんな屋敷見たことねぇよ。広い! しかも涼しい!!」
「確かにこりゃあすげぇなぁ。見てみろめっさん、天井があんなに高ぇぞ。こりゃあとんでもねえ屋敷だな」
「ごっさん、追いかけっこしようぜ! 追いかけっこ!」
とんでもない事を言いだすめっさん。とても(特)大の大人が言う台詞ではない。未だに京都駅を誰かの屋敷だと
勘違いしているのに、その中で遊ぼうという考えからしてとんでもない。
鼻息を荒くし、目を輝かせて言うめっさんに、ごっさんが諭すように言う。
「落ち着けよめっさん、誰かに見つかったらどうすんだよ。ここは探検して誰も居ないのを確認してからだろ」
どうやらごっさんも体が疼いてしょうがないらしい。冷静さを保っているそぶりをしているが、鼻息が荒くなるのを
堪えきれていない。
だがまあそれも仕方のないことである。知らない場所に突然来て、見る物は全て見たこともないものばかりなのだ。
おまけに好奇心を刺激するような広い建物の中にいれば、色々と探索したくなるのも無理はない。
何百年と地獄で変わらない毎日を過ごしていたのだ。二人にとって、これほど刺激的な場所はそうないであろう。
めっさんは相変わらず鼻息を荒くして、今にも嘶きそうな勢いである。
ごっさんの「誰も居ないのを確認してから」を聞き、一層目を輝かせる。が―――
「そうだな、ごっさ……ん? ごっさん、なんか今声が聞こえなかったか?」
どこにそのような冷静な部分があったのか、めっさんは自分達以外の小さな声を聞き逃さなかった。
「聞こえたな。しかも女の声が二つだ。……なんか言い争ってるみてぇだな」
「だな。上の方から聞こえてきたよな。あの階段の上のほうだ」
声を殺しながら二人は階段の上を見上げる。天井まで届きそうなほど長い階段の上から、確かに女の声が二つ
聞こえてきた。
「どうする、ごっさん?」
「どうする、めっさん?」
同時に二人が声を出す。質問の意味は同じく、内容は全く違う。
「ごっさん、声から察するに、かなりの美女だとおれは思うんだよ」
「めっさん、言い争いから察するに、けっこう二人とも怒ってると思うんだよ」
「二人居たら片方は間違いなく美女だと思うんだ」
「先客なのかこの屋敷の娘なのかが問題だと思うんだ」
「上の女達がどんな顔してるのか、見てみたくね?」
「ここはおとなしく出て行ったほうがよくね?」
「……」
「………」
二人は顔を合わせて沈黙する。なんとも微妙な顔のごっさんと、なんとも好奇心に満ちた顔のめっさん。
どうしてこうまで考えが違うんだろう、とごっさんは思い、どうしてここまで正反対なんだろう、とめっさんは
思う。
目を輝かせながら、行こうぜ! と親指を立て、目で訴えるめっさん。
首を振りながら右手をパタパタと横に振り、止めとこうや、ともう片方の手をめっさんの肩に置くごっさん。
「……」
「………」
「…………」
「…………じゃんけんで決めようか、ごっさん」
「…………めっさん、おれ『パー』出すからな」
「あっ、きたなっ! んじゃおれ『チョキ』出すから!」
断っておくが、この二人は妖怪である。『牛頭馬頭』という名の恐ろしい妖怪で、『獄卒鬼』とも呼ばれる鬼の一種
である。
この二人、過去に都で暴れ回った鬼の二人であり、本当に恐れられていたのだ。
真剣な顔をした牛と馬が、大きく腕を振る。丸太のような太い腕が、鋼のような筋肉が躍動する。
本当に、この二人に恐ろしい妖怪なのである。『牛頭馬頭』と呼ばれ、『獄卒鬼』とも呼ばれる恐ろしい―――
ちなみに、この勝負の結果は二人が階段を上っていることから察してほしい。
あたしの新しい人生は5年前に始まった。
妖怪の癖に新しい人生? そう疑問に思う人もいるかもしれない。だけど事実なのだからしょうがない。
「いや、無理っしょ。無理無理、ありえねーって」っていう奴は後で殴って凍らせる。
今の世の中は古臭い昔とはもう違うのだ。そりゃ妖怪だって変わるってもんよ。
薄型液晶テレビでドラマを見て、携帯で田舎のおばあちゃん(658歳)と電話して、インターネットもする。
車の免許証だってあるし(偽造だけど)マンションだって二度引っ越した。雑誌でメイクの仕方を研究して、
昼はショッピングを楽しんだり、カフェで優雅な一時を過ごす。これが現代社会に生きる、現在の妖怪の新しい
暮らしだ。
もちろん仕事だってしてる。自慢じゃないが、いや自慢だけど、あたしは六本木で有名なキャバクラのNo1ホステス
なのだ。
そりゃあ風俗なんて自慢にもならないが、綺麗なドレスを着て、綺麗に化粧をして、華やかな場所で仕事をしている
からには自然と美しさが磨かれる。
元々自分の容姿には自信があった。村で一番美人だと言われてたし、あたしは国で一番美人だという自信もある。
実際にテレビで見るそこらへんのアイドルや女優には負ける気がしない。
二重目蓋の目は大きく輪郭も良い。鼻はすっと伸びていて唇の形も良い。顔は小さいし輪郭も申し分ない。張りの
ある肌は白く透き通っている。髪の毛のお手入れも欠かさないし、お風呂(水風呂)だって毎日一時間以上入って
体のお手入れは欠かさない。線も細いし、出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいる。若干胸が足りないのは
大目に見るとして、まあ理想的なプロポーションだ。自分の事ながら鏡を見ていてまったく飽きない。毎日最低でも
三時間は見ている。うん、本当に美人だ。
そんなあたしがひっそりと田舎の村で、しかも人里からはなれた村でひっそりと暮らす? 冗談じゃない!!
これだけの美貌を持ちながら、何が悲しくてあんなド田舎で一生を終わらせなければいけないのだ。
革命だ。冒険だ。青春だ。自分の人生に刺激と潤いを!!
何もない村で終わりたくない。自分の人生は、運命は自分で切り開かなくてはいけないのだ!
そんなわけであたしは村を出た。むしろ飛び出した。そして目指した先は東京。
どれだけ憧れたことだろう。雑誌を見ては溜息を吐き、テレビを見ては爪を噛んだ。
洗練された人々。煌びやかな服を着て、楽しく優雅に暮らす人々。こりゃ行くなら東京しかない。
そりゃあ最初は驚いたよ。右も左も分からない土地に一人で来たんだからね。なんてーの、カルチャーショック
ってやつ?
お金も少ないし持ってきたものはバッグに入るだけの服と化粧道具だけ。身分証どころか住む家もない。
そんなあたしが選んだのがホステスだ。寮に住めて食べ物に困らない。周りは皆東京で洗練された人間の女達。
そしてあたしはあっという間にトップになった。六本木のホステスのトップに上り詰めたのだ。外資系の社長から
芸能関係の社長、一流企業の重役以上の人間ばかりが客として来て、あたしの気を引こうと一生懸命になる。
あたしは悟ったね。
ちょろい。こりゃ楽勝だわってね。
ホステスってのは美人がものを言う世界だからね。おしとやかな美人で通したらどんな男もイチコロってもんよ。
でもまあいろいろと問題はあった。そりゃ新人があっという間に自分達を追い越してトップになったのだ。先に
働いていた女達はいい気分じゃなかっただろうさ。だからまあ、いわゆる『イジメ』も受けた。
でも大したことなかったね。凍らせて黙らせたら翌日には平和になったし。
あっという間に生活は優雅になった。寮から出て高級マンションに住み、豪華な生活は最高ですよ。
東京で暮らしはじめて一年も経たないうちにあたしは都会の洗練された女になった。
ブランドに興味はないが、身の回りの物は全部一流ブランド物だし、化粧品も家具も一流の物を使っている。
街を歩けば男も女もあたしに目を奪われる。
最高! 東京最高! ビバ都会! 笑いが止まりませんわ!!
まさに順風満帆。あたしは間違っていなかった。東京に来たのは正解だったのだ。
店を辞めて新しい店に移っても、あたしは破竹の勢いで突き進んだ。
六本木で最高級のキャバクラに入り、そこでも半年でトップに上りつめた。まあそれだけ努力もしたし、あたし
がそこらへんの人間の女なんかに劣るわけがない。
まさに夜の街を優雅に舞う蝶。あたしはこれでもかというくらい輝いた。
芸能関係の客から「女優にならない? 君ならすぐにトップだよ」と何度も誘われたりもした。
ここまできたら「天下取ったる!」とも考えたが、よくよく考えたら芸能界は賞味期限が短い。そりゃあ自信は
あるが、顔だけでやっていけるほど芸能界は甘くはない。少しでも売れなくなったらあとは落ちるだけだ。
人気が落ちてみすぼらしい思いはしたくないし、何より大変そうで面倒そうだ。
よって、芸能界には入らず、あたしは六本木の女王として君臨し続ける事を選んだ。
だがこれには理由がある。何も面倒そうだからとか、保身のためだけが理由じゃない。
あたしはもっと幸せになりたいのだ。満ち足りた人生を歩みたいのだ。
そのためには、身が焦がれて溶けそうになるほどの恋愛がしたい。最高の恋愛をして、結婚をしたいのだ!
その相手はもちろんいる。店の常連客で、日本最大手の自動車メーカーの会長の息子である。
彼は店に二年以上来ている常連で、あたし以外とは会話もしない。
誠実で、真面目で、嘘が下手で、奥手で、そしてあたしに完璧に惚れている。
金持ちのボンボンじゃなかったらどうだっただろうかと考えるが、それを抜きにしてもあたしは彼を選んだだろう。
そんな彼から一年前についに告白を受けた。
「結婚を前提に僕とお付き合いしてください」
出たよこれ。古臭いっつーかなんつーか。しかし、まあ、悪くはない。うん。
結婚を前提にとかいまどき流行んないって突っ込みたくもなったが、誠実な彼らしいといえば彼らしい。
あたしはそれを喜んで受けた。いつの間にかあたしも彼に惚れていたらしい。
人生で最高の幸せな時間だった。死んでもいいと思ったのは初めてだった。
それから一年、あたしは幸せの絶頂だった。本当に、最高に幸せだった。
『氷女(こおりめ)』として生まれて二百年、あたしは人間の世界で人間として生きていくことを誓った。
そして、彼から「今夜、大事な話がある」と言われたのがつい一時間前。
それなのに―――
「――――なんなのよこれはッッ!!!」
どうしてあたしはこんな所に居るのだろう。本当にわけがわからない。
あーあーあー。メーデーメーデー、どうなってんのよドチクショー。
ちょっと待って、本当に何がなんだかわからないんですけど?
タクシーに乗って彼の家に向かってる最中じゃなかったっけ? で、タクシーが信号で止まったときに誰かから
着信があって――――で、なんで見知らぬ所であたしは立っているの?
「なんなのよこれ……ってか、何処なのよここ……?」
呆然と立ち尽くしながら、とりあえず呟いてみる。
辺りは明かり一つない。街灯があるのに、一つも点いていないってのはどういうことなのだろう。
場所は大通り―――周囲に並ぶ建物からここはちょっとした街だってことは理解できる。
なのに、どうして人の姿が見えないのだろう?
さっきから頭の中は『?』しか浮かばない。
お気に入りであるカルティエの腕時計(彼からのプレゼント)を見てみると、時刻は夜の十一時過ぎである。
この時間ならまだ人が居てもおかしくない。いや、居なければならないだろう。
何処を見渡しても、どこを歩いても人の姿が見当たらない。それどころか、人の気配すらしない。
まるで街から人だけが居なくなったみたいだ。
なんなのこれ? いやマジで、なんなのこれ? 冗談抜きで笑えないんですけど?
「オーケーオーケー、落ち着けあたし。いつもの冷静なあたしなら大丈夫。こういう時は素数……じゃなくて、
まずはここが何処なのかってことよね。後は人がいないか探して……タクシーとか来ないかしら?」
大きく深呼吸をして、冷静になるために脳に酸素を送る。こんな時こそ冷静に考えなければならない。
とりあえずここが何処なのかを調べよう。日本のどこかさえ分かれば後は何とかなるだろう。
そのついでに人を探す。居なかったら駅を探そう。タクシーが見つかれば楽なんだけど、人が見当たらないあたり
期待はできない。駅が見つからなかったらホテルでも探して一拍するしかないね。
これからする行動さえ決まると、なんとなく落ち着いてきた。
そりゃあ何もない田舎から東京に女一人で出てきてここまで成り上がったんだ。ちょっとやそっとで泣き出すほど
あたしはヤワな女じゃない。
どうしてこんなわけの分からないところに来てしまったのかはとりあえず保留にしておこう。分かんないことを
いくら考えてもどうしようもないもんね。来てしまったのなら帰ればいいだけの話なのだ。前向きに考えよう。
あーあーあー、メーデーメーデー。誰でもいいから説明してほしい。もうホント無理だって。
街を歩き出して10分後、あたしは前向きどころかしゃがみこんで頭を抱え、真下を向いていた。
これは現実なのだろうか? 現実にしてはこれはちょっと笑えなさすぎる。
顔を上げて、目の前にあるビルの名前をもう一度見る。
『○○生命京都ビル』
おかしくない? これ『東』が抜けてるよね? 『都』はいらないよね?
京都? だってあたしが住んでいる街は東京だよ? いつから京都になったの? なんなのこれ?
あっち見てもこっち見ても車のナンバーは『京都』『京都』『京都』『京都』。
あれなの? どこかの撮影所? ドラマのロケで町全体を京都に名前を変えてるとか?
「……落ち着け、冷静になれあたし……ヒッヒッフー、ヒッヒッフー……」
深呼吸を繰り返す。少し呼吸の仕方が違う気がするけど、それは別にどうでもいい。問題はこの現実だ。
どう考えたってここは東京じゃない。普通に考えたら認めようがないが、これはもう認めるしかない。
じゃあどうしてあたしが京都にいるんだろう。タクシーには乗ったが新幹線に乗った覚えは無い。
どうして。何故。どうやって。しかもどうして未だに人が見当たらないの?
ぺたりと地面に座り込みたいけど、高価なドレスが汚れるのが嫌だから我慢する。このドレスは今夜彼に会いに
行くために、気合いを入れて買ったドレスなのだ―――――あ。
「そうだ、携帯。彼に電話しなきゃ!」
バッグの中から携帯電話を取り出す。どうして気付かなかったのだろうか。こんな時こそ現代社会で最も頼れる
人間の発明品を使うべきなのだ。
遠くに離れた相手とも話すことができる魔法の道具。メール機能もあって写真も取れるしテレビも見れる。今じゃ
持っていない人間のほうが少ないくらい。携帯電話を開発した人間は天才だね。いやー人間ってホントスゴイ!
『こちらは、圏外です。電波のある場所に―――』
「圏外かよドチクショーーーッッ!!」
思わず地面に叩きつける。全力で投げたせいか、あっさりと携帯電話は壊れてしまった。それはもう粉々に。
……いやー、人間の文明も大したことないね。電波無いと役に立たないし壊れやすいし、困ったときに役に
立たないんだもん。人間の科学もまだまだね。
まあバッグの中に仕事用の携帯があるから問題ない。彼の番号も入ってるしね。
彼――――ああ、そうだった! 今夜は彼に会いに行く予定だったんだ。早く帰らなきゃ。何がなんだかワケが
分からないけど早く帰らなきゃいけない。ここが京都なら新幹線で帰れるはずだ。
こうなったら早く駅に行くしかない。今ならまだ間に合うかもしれない。彼に電話をするのはは駅に着いてから
―――この状況をどう説明するかはそれまでに考えよう。
そうだ、彼は「今夜、大事な話がある」って言ってたんだ。きっと結婚のプロポーズに違いない。そんな大事な
時にどうしてこんな目に遭わなきゃいけないのよ。
立ち上がって周囲を見渡す。相変わらず人は見当たらないが、そんなことはもうどうでもいい。
大通り沿いに歩けば標識に駅の方角が書いてあるはずだ。とにかく駅。さっさと帰ってしまおう。あたしは京都
なんかにこれっぽっちも用なんてないのだ。
そう、あたしにこんな街は似合わない。街灯も点いてなく、人もいない街なんかに興味はない。おばあちゃんは
「東京よりも京都のほうがあたしゃ好きだねぇ」とか言っていたが、これのどこが良いってのさ。
あたしに相応しい街は東京なんだ。優雅で豪華な生活を送り、輝かしい幸せな人生を送るのだ。
ハイヒールを鳴らし、ドレスをなびかせてあたしは歩きだす。
目的地は京都駅。そこが幸せへの出口。
そう、あたしは幸せになるのだ。誰よりも、誰よりも――――
登場人物
牛頭馬頭 @伝承妖怪
氷女 @伝承妖怪
参考文献・出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
投下終了です。あと数話で本格的に開始します。多分…
展開が遅くて申し訳ありません。登場する妖怪が増えすぎた……orz
面白かった!GJ!
ごっさんめっさんも氷女もいいキャラしてるなー
これは続きが気になってしかたない
乙です
現代に適応した妖怪もいればまったくそうではないのもいるんだな
おもしろかったです
京都に続々集まってるなー大変なことになりそうだw
面白い。がんばれー
他の作者のキャラとか出したいなあ。
主に琵琶湖周辺で。
作者様に迷惑にならんようちょい役とか。
>>110 YOUやっちゃいなYO
設定のシェアードも自由のはずだぜ、このスレは
>>110 私は一向にかまわんッ!!面白そうだからやってみたら?作者に了解とってOKならいいんじゃない
なんかおかしいなーと思ってたら
>>100と
>>101の間に抜けている部分がありました
どうやら投下前にあれこれやってた時に消してしまってたようで…
丸一日経ってから見て気付くという愚か者です。もう恥ずかしくて死にたいorz
本当に申し訳ないのですが今回のごっさんめっさんは無かったことにしてください
後日訂正したのを続きと合わせて投下し直してもよろしいでしょうか?
続きと合わせてならいいんじゃない
でもつながっているように読めるけどなあ
>>114 どうやら投下前にうっかりハチベエを召喚したらしく、うっかりごっそり消してしまってたんです
物語に支障は全くないのですが、まあ自分が納得できないだけです。本当に申し訳ありませんorz
いやね、投下したときに(なんかおかしいなー?)とか思ってたんですよ。うん、本当ですよ
とにかく、次回はリテイク+別視点+続きにする予定です。もしかしたら違うかもしれませんが…
この書き込みを不快に思う方には本当に申し訳ありません。とにかくごめんなさい
あと、面白いと言ってくれた方々、本当にありがとうございます。早く投下できるよう頑張ります
追伸
>>110 違ってたら恥ずかしいのですが、もし万が一自分の作品のキャラでしたら好きに扱ってください
使ってくれたら嬉しいです。裸で小躍りするくらい喜びます。かん違いなら川に飛び込みます
おおーシェアードっぽさがでてくるねー
ぜひいろんな妖怪を出してみて欲しい
せんせー、赤毛の雪男は妖怪に入りますか?
あれは未確認生命体の類じゃないか?w
げっげっ げげげのげー
夜は吐くまで呑んどるかい?
楽しいな楽しいな
おまけにゃ吐かない
陽気に呑んでりゃいい!
げっげっ げげげのげー
みんなで歌おうげげげのげー
静かな夜ですね
さーて、こんな時間帯に投下します!
京都比叡山――天台宗総本山であるこの霊峰の獣道を、一人の女が走っていた。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ―――」
荒れた呼吸で急な坂道を駆け上る。その走りは山道に慣れた者の走り方であり、しかし山を知る者ならけっして
夜には走らないないであろう速度である。
闇に覆われた山の獣道を走るというありえない行動――それでも女は木の根に足を引っ掛けることも、石を
踏んで倒れるような事もない安定感のある動きをしている。足元も覚束ない夜の山道を知る者なら、それは目を
疑うものであった。
その女のもう一つのおかしなところ――それは、着物姿で走っているということだ。本来走る事に適していない
着物で山道を走る。女は山の常識からかけ離れていた。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ―――――」
その女の表情は何かに怯えているかのようなものが窺える。それは何かに追われていて、追い詰められていて、
何かから逃げている必死な表情。時折立ち止まり、後ろを振り返っては追っ手が見えないか確認してるところを
見ると、何かに追われていることだけは間違いない。
暗い夜の獣道を女は走り続ける。髪を乱し、息を弾ませ、落ち葉を踏みしめ、立ち塞がる木々をすり抜けて
女は山の頂に向かって走る。
やがて、女は見晴らしの良い広い場所にきて立ち止まった。
「ハァ、ハァ、ハァ―――こ、これだけ走れば、ま、撒いたか……?」
女は震える声でそういうと、できるだけ後ろを見ないように首だけを捻らせて背後を見る。
走ってきた通り道には何も見えない。木々の奥に見えるのは真っ暗な闇しかなく、足音一つ聞こえてこない。
女はほっと安堵したのか大きく息を吐く。額からは汗が流れ出て、襟元を雨に濡れたかのように湿らせている。
どれだけの距離を走ったのか女は覚えていない。ただ必死で走って逃げていたのだ。着物の足元は土に汚れ、
木の葉が付着して、ところどころ木の枝で切れて傷ついている。
高価そうな山吹色の着物がそんなに風になっても気にしている余裕はないのか、女は休むことなく歩き出す。
呼吸がようやく整い少し冷静さを取り戻した表情になった女は、見晴らしの良い場所にいては危険だと
思ったのか、さらに山奥の闇に入ろうとして―――ふと、女は視界の隅にあったものに目を向けた。
「―――――ヒィッ!」
恐怖が肺から漏れたような悲鳴。女が見たもの―――それは『石』だった。
その石は奇妙な石だった。正確には石像といった方が正しい。そう、奇妙な石像なのだ。
それは、地蔵や仏像のような石像の類ではなく、『この世ならざる者』を象ったような石像なのだ。
その石像は目が三つあり、口からは長い舌を垂らし、足が一本しかなく手が異様に長い、見るからに
『妖怪』の石像である。それは今にも動き出しそうなほど精巧で生々しく、人間が造ったとは思えない。
女はその石像を見て、わなわなと震えだす。口元に手を当て、悲鳴を上げないように必死に堪え、辺りを
怯えた目で見渡す。
山の中は静かで何も聞こえない。虫の音すら聞こえず、風の音すらしない完全な静寂。女に聞こえるのは
自分の呼吸の音だけである。だが―――、
――――ズッ。
どこからか、小さな音が聞こえた。
――――ズッ――――ズッ。
「…………ッッ!!」
悲鳴を上げそうになるのを必死で堪える。女の顔は恐怖で引き攣り、今にも泣きそうになっている。
ズ――――ズリッ――――ズリッ――――ズリッ―――――。
その音は、何か重くて固い石が土の上を引きずられているような音だ。地蔵を引きずって歩けばこのような
音が出るだろうと思える。
その音は遠くから小さく、だが、だんだんと近づいて大きくなってくる。それと同時に、女の顔は恐怖で
歪んでくる。
「あ……ああっ……ああぁ…………」
女は動けない。恐怖で足が固まり、地面に縫い付けられたかのように一歩も動けなかった。
音はだんだんと近づいてくる。ゆっくりと、確実に女の方にゆっくりと。
ズリッ――――ズリッ――――ズリッ――――ズリッ――――ズリッ――――ズッ――――。
暗い闇からそれは女の前に現れた。
月明かりの下に『それ』はその姿を現し、女が絶叫する。
「きゃああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
女の悲鳴――――恐怖が、真っ暗な闇に消えていった。
――――ズッ。 ――――ズッ。
大きな石が引き摺られるような音。
ゆっくりと、ゆっくりと。暗闇の中を“それ”は進む。
「―――して……どうして……どうして………どうして……」
微かに、幽かに。それは小さな呟き声。
その声は絶望に満ち満ちて、今にも泣き出しそうな声に聞こえる。
「……どうして……どうして………どうして……どうして……どうして………どうして……どうして……どうして
………どうして……どうして……どうして………どうして……どうして……どうして………」
――――ズリッ。 ――――ズリッ。 ――――ズリッ。
断続的に聞こえる音と、絶え間なく続く小さな声。
それは何度も同じ言葉だけを繰り返す。呪文のように、呪詛のように。
小さな声は暗闇に生まれ、暗闇に吸い込まれていく。
――――ズリッ。 ――――ズリッ。 ――――ズリッ。 ――――ズリッ。
「……どうして……どうして………どうして……どうして……どうして………どうして……どうして……どうして
………どうして……どうして……どうして………どうして……どうして……どうして………」
繰り返し、繰り返し。
それは純粋な疑問。そして、混沌の疑問。
それは救いを求める声。『答え』を求め、救いを求める声はしかし、言葉を『呪い』そのものに変えつつある。
――――ズリッ。 ――――ズリッ。 ――――ズリッ。 ――――ズリッ。 ――――ズリッ。
ゆっくりと、ゆっくりと。繰り返し、繰り返し。断続的に、永続するように。小さく、呪うように。
目的すら定かではなく、疑問すらその意味も知れず、それは彷徨うように、しかし真っ直ぐに進む。
「……どうして……どうして………どうして……どうして……どうして………どうして……どうして……どうして
………どうして……どうして……どうして………どうして……どうして……どうして………どうして………どうして
……どうして……どうして………どうして……どうして……どうして………どうして……どうして……どうして……
どうして……どうして……どうして………死ねないの……」
ゆっくりと、ゆっくりと。
進む道はいつしか上りから下りに。
暗闇の隙間に月光が差し込み、呪詛の塊りを照らし出す。
『石ノ目(いしのめ)』それは、はるか遠い昔に何処かで生まれた妖怪。
そして、人々の記憶より消え去りし、忘れられた妖。
――――『最強』ってなんだ?
誰にも負けないのが最強なのか?
一度も負けたことがないのが最強?
それとも敵がいないのが最強?
周りの敵を全員ぶっ殺せば最強か?
最も強いから最強っていうんだろ?
ならどうやってそれを証明すればいい?
俺以外の生きているヤツを全員ぶち殺せばいいのか?
俺だけが生きていれば最強なのか?
わかんねえ。どうにも俺にゃあこの『最強』ってのがわかんねぇ……。
「―――なんなんだよ、クソッタレが……」
屍の山を作り、血の海を作っても苛立ちが治まらない。それどころか、腹の底から言い表しようのない怒りだけが
湧いてくる。
頭の中にずっと渦巻いている疑問。それが苛立ちの根源になっている。
「弱ぇ…弱すぎなんだよ、ドイツもコイツもよぅ……」
長く鋭い、曲線を描いた刃の爪から黒い血が滴り落ちる。それすらが不快で、『それ』は怒りに顔を大きく歪めた。
屍の山―――それは人外の化生の成れの果て。『妖怪』だったそれらは無残にも肉塊となり、黒い血を流すだけの
『モノ』になっている。
異臭を放つ黒い血の海の中心で、『ソレ』は怒りに震えている。
「なんなんだよ、このイライラはよぉ……殺しても殺しても治まらねぇじゃねえかよ、チクショウ……」
凶暴な怒りに辺りの大気が大きく歪む。どろりとした粘膜のような空気に、肌を突き刺すような殺気が混じる。
溶鉱炉が爆発する寸前のような怒りを抱え、『ソレ』はその怒りを静める方法も、苛立ちが消える『答え』すら
分からず、大きく顔を歪めて唸り声を上げていた。
「ほっほっ、こりゃあ随分と盛大に殺したのぉ」
ふいに、頭上から声が聞こえた。
それはしわがれた老人の声で、耳に残る不思議な声色だった。
「よほどイラついておるようじゃなぁ。お主の八つ当たりで殺されたこいつ等はなんと無残で無念なことか」
『ソレ』は、気配もなく突然現れた謎の声に、頭上を見上げる。
その声の主は、愉快そうに、愉しそうに話し続ける。
「そんなに『最強』が知りたいのか? それさえ知ればお主の『苛立ち』は治まるのか? それでその『怒り』は
消え―――」
「うるせえぞ、糞が」
その瞬間、空を切り裂く音と同時に、声と『ソレ』の姿が消えた。
一瞬で『ソレ』が消え、僅かな間をおいて、さっきまで『ソレ』が居た場所から、宙に向かい突風が吹く。
それはまるで風を置き去りにしたかのような現象で、それは『ソレ』が起こしたものである事に間違いはなく―――
「―――ほっほっほ、いきなりか。なんとも血の気が多いのぅ」
その声は、相変わらずその場から移動することなく、再び聞こえてきた。
「……テメェ、なにもんだ?」
宙から聞こえる声とは対照に、さっきより離れた場所から『ソレ』の声が聞こえる。その声には今までにない
驚きと警戒が混じっている。
『ソレ』は確かに驚いていた。自分の『爪』から逃れたものは今までにいなく、自分が標的を逃した事は過去に
一度もないからである。
確かに切り裂いた。宙に浮かぶ声の主の腹を横三つに切り裂いた手応えはあった。それなのに、その手応えは
妙にあやふやで、その爪に残る実感が信じられない。
そして、奇妙な感覚だけが残り―――宙にいる声の主は何事もなかったかのように言葉を再び紡ぎ出す。
「まあ落ち着け。わしの話を聞くくらいええじゃろ? お主にとっても悪い話じゃない。もしかしたら、お主の
その『疑問』と『苛立ち』が解消されるかもしれんのじゃからなぁ」
声の主は諭すように、そして愉しそうに『ソレ』に向かって言う。まるで師が門弟に話しかけるように、親が子に
話しかけるように。
しばらくの沈黙の後、『ソレ』はゆっくり口を開く。
「……くだらねえ話だったらぶっ殺すぞ」
「おお怖い怖い。それじゃ、殺される前に話してやるとするかの」
『ソレ』から放たれる殺気をものともせず、その声の主は嬉しそうに笑う。危機感を感じない飄々とした口調に、
『ソレ』の顔が歪になる。
大気が歪みそうな殺気が渦巻くなか、のんびりとした老人の声が宙から聞こえてきた。
老人の話は短く、あっという間に終わった。それこそ世間話にもならない短い話だったが、『ソレ』にとって、
その話の内容はずっと願っていたものだった。
ずっと考えていた疑問が解消されるかもしれない。それでこの『苛立ち』が治まるかどうかはわからないが、
それでも『ソレ』にとっては甘い果実を思わせるような内容だった。
老人の話を聞き『ソレ』は大きく表情を変えた。それは怒りに歪んだ顔がさらに歪み、どの様な感情を表して
いるのか判らない。
だが、その表情を見て、宙の声の主は満足そうに笑った。
「―――どうじゃ、お主にとって悪い話じゃなかったじゃろ?」
「……ああ、面白い話だ。クソジジイが死ぬ前に良い話を持ってきてくれやがった」
「死ぬ前に、とな?」
老人の声が『ソレ』に問いかける。『ソレ』は大きく顔を歪め、
「死ね」
目に見えぬ速度で、風を切り裂いて声の主に襲い掛かった。
「――――ちっ、逃げやがった。……初めて獲物を逃しちまったな」
悔しそうに、忌々しそうに、そして僅かばかり嬉しそうに『ソレ』は吐き捨てる。
すでに声の主の気配は跡形もなく消えている。周囲に生き物の気配は自分以外になく、辺りは血と臓物の臭い
で充満している。
爪はすでに乾いている。それまで大気に充満していた殺気は消え、僅かに空気が弛緩したように柔らかくなって
いた。
生暖かい風が吹き、『ソレ』の体毛が月光で臙脂色に鈍く光る。
臙脂色―――血の乾いた色。『ソレ』はその色が気に入っていた。
怒りで大きく歪んでいたその貌は、いつの間にか別の貌になっていた。目だけが鋭く、口元だけが歪んでいる。
それはまるで、怒りながら笑っているような歪な貌。血に飢えた獣に相応しく、獣よりも別な何か―――
「――――京都か。半日もかからねえな。クク…クカカカッ……」
『ソレ』は邪悪な笑みを浮かべ、小さく嗤った。愉しそうに、嬉しそうに。
朝日が昇るのを待たずして、旋風を起こして一匹の獣が奔り出す。
風を切り裂き、旋風を起こす獣――――『鎌鼬』は『答え』を求めに南西へ向かう。
魚の焼ける臭いと目蓋の裏側から見える灯り。パチパチという薪の燃える音を聞き、一体の獣はうっすらと目を開いた。
目の前には焚き火があり、それを囲うように魚を差した串が刺さっている。数本の火の粉が小さく舞っている。
獣はぼんやりとしながら、目の前の火をしばらく眺めていた。
「目が覚めたか。体の具合はどうだ?」
ふいに、暗闇から声が聞こえた。
突然のその声に驚き、獣は体を起こそうとして身を捩り、全身に激痛が走り悶絶した。
「急に動いて無理をするな。…いや、こちらが驚かせてお前にそうさせてしまったんだな。すまない」
男は獣の嗅覚に気づかれず、音も気配も感じさせずに暗闇から現れる。
白い山伏装束に下駄を履き、鼻の長い真っ赤な顔の面。
その姿を見て、獣はその男が『天狗』であることに気付いたが、どうして天狗が自分の前に現れたのかが理解
できないでいた。
獣は警戒してその場から離れようとするが、少し動いただけで全身を激痛が走り、苦悶の声を上げることしか
できなかった。
「だから無理をするなと。お前はあれから丸三日も寝ておったのだからな。どれ、腹が減ったろう。ちょうど
良い時に目が覚めた。魚も良い具合に焼けてきたところだ」
天狗は焚き火の前に刺さっている魚の焼き加減を見て、その中から三本引き抜くと大きな笹の葉の上に乗せ、
串を引き抜いて獣の前に置いた。
目の前に差し出された焼き魚の臭いを嗅ぐと、獣は自分が空腹である事にやっと気がついた。
しかしどうして天狗が自分に食べ物をくれるのか、そもそもどうして天狗が側にいるのかがまったく分からず、
獣は焼き魚と食べていいものかどうか迷っていた。
「毒なんぞ入っておらんから心配するな。そう警戒されていてはせっかくの魚も不味くなってしまうだろう。
なに、某のことは気にせず喰え。喰わねば治るものも治らんからな」
「…………」
そう言って天狗はもう数本の魚の焼き加減を見て、それも獣の前に差し出す。しばらく迷っていたようだが、獣は
ようやく警戒を解くと、差し出された魚にかぶり付いた。
天狗はそれを見て満足そうに頷くと、今度は山菜の入った鍋を焚き火の上に掛け、獣の向かい側に腰掛けた。
「誰かをもてなすのは数百年ぶりの事ゆえ味の保障は出来なんだが、見事にここまで喰ってくれると気持ちの良い
ものだな。腹は満たされたか?」
「ああ、美味かった。しかし、どうして俺にこんなことを……?」
焚き火の火の粉が小さく舞う。暗闇の中、その灯火を挟みながら獣は天狗に問いかける。
「―――あんな事が起きたからな。成り行き上、見捨てておけなんだ。それだけだ。某が掘り起こして無事だった
のはお前だけだった。他の二体は残念だったが……」
「あんな事……?」
獣は記憶の糸を手繰り寄せる。それは細く長く、今にも切れそうな細い糸。手繰り寄せようとすると、何故か
恐怖で躯が震える。思い出すのも躊躇われる。
暗闇の中。森を走っていた。何かから逃げていた。恐怖。巨大なもの。巨大な何か。圧倒的な恐怖。
見上げた視界の端の月。落ちてくる巨大な暗闇。押し潰される衝撃。逃げられない圧迫感。塗り潰される記憶。
そこで、獣は―――鎌鼬は全てを思い出した。
「……――――――そうだ! 兄者たちはっ!?」
「掘り起こした時は既に手遅れだった。遺体は某が埋葬しておいた。……お前は運が良かったのだ」
「……そう、か……。俺だけが生き残ったのか……」
鎌鼬はそれだけ言うと、黙って俯いた。その心中を察してか、天狗は何も言わず焚き火を見つめていた。
薪の燃える音と、鈴虫と梟の鳴く声だけが聞こえる。互いの息づかいまで聞こえそうな、シンとした空気の中、
天狗がゆっくりと立ち上がった。
「安静にしておればあと数日で動けるようになるだろう。傷に効く薬を作っておいたから使うといい。数日分の
食料もここに置いておく。某のような者がずっと側に居ては治るものも遅くなりそうだからな」
天狗はそう言うと、木に立てかけてあった錫杖を手に取り森の中に歩いていく。
鎌鼬は立ち去ろうとする天狗に慌てて呼び止めた。
「待ってくれ! どうして俺を助けてくれた? どうしてここまでしてくれる?」
天狗は少しだけ振り返ると、鎌鼬の顔が見えないように、恥ずかしそうに空を見上げた。
「少し、昔の事を思い出した。護りたいものがあった時のことだ。某の助けられるものがいたら助けたい。某が
救えるのなら救いたい。そう思っていた時のことを思い出してな……見捨てておけなんだ、それだけのことだ」
天狗は昔のことを思い出しているのか、少し懐かしそうな、そして悲しそうな目をしてそう言う。
鎌鼬はそんな天狗を見て、それ以上深く聞くことをやめた。
「……そうか。それで、あんたはこれから何処へ行く? これほどの恩を受けて返さぬほど俺は恩知らずではない」
「―――東へ。お前とはここでお別れだ。お前が恩を感じる必要など何もない」
そう言って、天狗は焚き火の光と獣を置き去りにして森の中に消えていった。
森の奥で錫杖の遊環が一度だけ鳴り、鳥の羽ばたきの音が聞こえた。
虫の音が止み、梟の声が聞こえなくなる。森は静寂に包まれて、木々の葉が擦れ合う音と、獣の息づかいだけ聞こえる。
「―――……東か。この恩は必ず返させてもらう。必ず」
静寂の中、一体の鎌鼬は天狗の消えた森の奥を見つめて、そう小さく呟いた。
登場人物
山姫(名前なし・超ワキ役) @伝承妖怪
石ノ目 @参考・乙一(石ノ目)より
鎌鼬A・B @伝承妖怪
大天狗 @伝承妖怪
投下終了です。今回はそれぞれ違う鎌鼬が登場。療養中なのがAで凶悪なのがBと考えてくれればよいかと…
ここで初の伝承妖怪以外の妖怪ですがアレンジしてオリジナル化してます。石妖でいいんじゃね?と今気付きました
しかしろくに推敲しないで投下すると投下の最中に後悔しますな。ええ、もうなんか泣きそうです
あと一本か二本で本格的に始まります。前回のリテイクと続きは次回です。多分…
乙です
投下乙です
筆が進んでるね かまいたちは前に出たなあ
石ノ目は知らないけど不気味でおもしろそうなので期待
これからが本番なのか 大作だな!
流石だ。
俺もなんか仕上げて投下させてもらうよ。
そう遠くないうちに
なんだかわくわくしてくるなあ
俺も一筆書くために響鬼見返してこようかしら
石の目こええええええええ
こてんぐハンターてん丸
一気に投下しようと思って書いてたけど連載物にしてしまおう。
時間軸としては関西の方でぽんぽこ合戦大阪城占拠が起きている頃の予定。
あの話と繋げたいと思ってるけど世界設定の相違が出る可能性も有る為、
『向こうは向こう、こっちはこっちで同じ事件が起きてるだけ』ってなるかも。
という話の投下行きます。
未知の闇は昔より狭くなった。
人類は繁栄を極め、都市を作り、夜通し町に灯りを点した。
都会の闇は野より狭く、そして都会の影は野よりも色濃くなった。
人々が都会の明かりの中で暮らすようになり、妖怪は二つの道を選んだ。
一つは今までどおり、狭くなっても未だ広い野に潜んで生きる道。
そしてもう一つは、都会の影に潜んで生きる道。
そうやって都会の影に潜んだ妖怪達は、幾つもの集まりを作り始める。
人間に対して友好な者達の互助会。
あるいは人を喰らう妖怪共が隠れる巣。
彼らはそれを、ネットワークと呼んだ。
善でも悪でも、ネットワークを作り都会に住まう妖怪達には一つ共通点が有る。
それは人間に妖怪の正体を知らせないことだ。
人間にとって善なる妖怪達は、都会の人間達が妖怪を受け入れられない事を知っている。
人間にとって悪なる妖怪達は、都会の人間達が妖怪を知らない事が有利なのを知っている。
完璧なものではない。
悪霊や妖怪を退治する霊能者は存在するし、ゴーストスイーパーの協会も存在する。
神社仏閣に頼めば御祓いもしてもらえるだろう。
それらは専門家の領域に押し込まれ、一般人では真実を知らない者も多い。
だが真実を聞かされても尚、大多数の人間はそれが本当の事だと信じない。
それは胡散臭い事であり、あるいは有り難いが非現実的な事なのだ。
その距離が都会の人間と妖怪との理想的な関係だった。
「……というわけだ。俺達はそういう風にして暮している」
「なるほど、そうなんですか」
東京にある小さな雑居ビルの五階、BAR<うさぎの穴>。
そこのカウンターで一組の男女が言葉を交していた。
一人は目つきの鋭い中年男性。服装はややだらしなく、無精髭が伸びている。
その前にある灰皿からは煙草の煙が一筋上っていた。
「少し見られた位なら夢だったと思い込んでくれる事も多いし、証拠が無ければ問題無い。
俺達は普通の機械に映らないよう出来るからな。簡単な妖力だ。
むしろ監視カメラに映るよう意識しなきゃならん位だ」
「へぇ、それは初めて聞きました。私のカメラでは特にそういう事は無かったのですが」
男と話しているもう一人は十代の中ごろか後半か、どちらにせよ若い少女だ。
白いブラウスに黒いスカートを履いて、首からはカメラを提げている。
少女は話を聞きながら、さらさらと手帳に会話をメモしていた。
「あんたが使う事でカメラが妖力を帯びているのか、
特殊な環境の妖怪には映らない方法が普及して無いのか……いや、随分と古いカメラだな。
電気信号を介さないタイプのフィルムカメラなら映るかもしれん」
「おや、そういえばこちらではカメラを持っている人を見かけませんね」
「形が変わっただけでむしろ普及しているよ。俺も人間としての顔は山岳カメラマンなんでな。
だが一般で使われている大半はデジカメだし、カメラ付き携帯電話を持ってるだけって事も多い。
最近はプロでもデジカメが多いからな。だから写真や映像を撮られても大抵は心配無い。
もし何かの間違いで映像が報道に載ってもある程度なら揉み消せる。
だがそれでも、注意はしてくれ。あくまでもある程度だ、万が一はごめんだよ」
「ええ、わかりました。郷に入っては郷に従えです」
少女は意外と素直に頷いた。彼女とて『同族』の頼みとあれば有る程度は聞くものだ。
もっとも心がけでしかない以上、実はそれほど信頼していいものでもないのだが。
「それでは本来の用件に入ります。私は現在、都会の妖怪達を取材して回っていまして。
この<うさぎの穴>がどういった方針を選ぶのか、ここの偉い方のご意見を伺いたいのです」
「父さんなら会合に出かけてるから今は居ないよ」
答えたのはカウンターの向こう側。本来はマスターが居るべき場所に、一人の少女が居た。
「会合? ここの派閥のですか?」
「ううん、違うよ。四国の方で、同族の偉いさんが会合をやってるらしいの」
その言葉を聞いてカメラを提げた少女はふむと唸り、ポケットから手帳を取り出した。
「四国ですか。そういえば阿波で連中の会議が開かれていると聞きました。
とすると伊神かなたさんでしたか、あなたとここのマスターの正体は」
伊神かなたと呼ばれた少女は少し恥ずかしげに、小さな声で答えた。
「うん。あたしと、あたしのお父さんは狸の妖怪なんだ」
大狸の一匹である伊神松五郎は<うさぎの穴>を留守にしていた。
留守番をしているのはその娘の伊神かなたである。
「でもこの<うさぎの穴>の方針なら分かりきってるよ」
「おや、そうですか。教えていただけますか?」
かなたは頷き、答えた。
「この<うさぎの穴>は人間に味方する妖怪の集まりだもん。
もちろん人間社会で暮らす妖怪の為の互助会でもあるけど、
わるい妖怪に人間が苦しめられてる事があれば、みんなしてとっちめに行くよ」
「なるほど。ご協力ありがとうございます」
カウンターの少女は手帳にさらさらとインタビューの回答を書き込んだ。
取材を続ける。
「とすると、普段からそういう事を?」
「そうだよ。妖怪の悪さに苦しむ人が事件の解決を頼みに来る事もよく有るの。
このBAR<うさぎの穴>は、ここの存在を必要とする人の前に姿を現すの。
……ほら、こんな風にね」
チーンという音を立てて、古式ゆかしいエレベーターの到着音がした。
この<うさぎの穴>が有る五階に誰かがやってきたのだ。
その場に居た三人の視線が店入り口の赤い扉へと集まる。
入り口から微かに話し声が聞こえてきた。
人間の聴覚では殆ど耳に止まらないドアの向こうの声だ。
「五階ね。外から見た時は本当に有るとは思わなかった」
「………………?」
「押し込めたなんてものじゃないよ。このエレベーターは確かに五階まで上がった。
このビルは“四階立てだっていうのに”」
一人は険の強い、鋭利な言葉。押し殺した緊張が僅かに滲み出ている。
もう一人の声はぼそぼそと小さいくて聞こえない。
「間違いないね。……ここは、異界だよ」
鋭利な声が突き放すようにそう言った。
その後に間があった。鋭利な声の主は、入ってくるのか迷っているのだろう。
「………………」
「ちょ、ちょっと」
無言の方の気配が動き、ドアノブが回った。
赤い扉の向こうから、二人の少女が姿を見せた。
「いらっしゃい。<うさぎの穴>にようこそ」
伊神かなたの声が二人の少女を出迎えた。
* * *
BAR<うさぎの穴>に入ってきたのは中学生か高校生くらいの二人の少女だった。
一人は生真面目というより刺々しい表情を浮かべ、何処か突き放す様に木戸野亜紀と名乗った。
一人は気弱な雰囲気を漂わせる寡黙な少女で、淡々と柏木楓と名乗った。
「あたしは伊神かなた。お父さん……マスターは留守にしてるから、話はあたしとそっちの」
「八環秀志だ。人間としては山岳カメラマンをやっている」
そう言って八環は名刺を差し出した。
楓という少女が手を伸ばし、名刺を受け取る。
「八環秀志……何ヶ月か前に個展を開いてました?」
「お、知ってるのか。見てくれたのかな?」
「いえ。名前を覚えていただけです」
その会話に亜紀という少女は眉を顰める。
人間社会に住まう彼の様な存在がそれなりに順応している事を怪訝に思ったのだろうか。
「フン。俺だって人に混じって生きてる身だ。
衣食住に金は必要さ。とりわけ東京って街は金がかかるからな」
「……そう。その様子じゃ、写真も別に心霊写真ってわけじゃないんだろうね」
八環は呆れた様に溜息を吐いた。
「当たり前だ。俺が撮るのは人でも妖怪でも無い、風景写真さ。
こんな都会に暮してるとみんな自然がどんなに美しい物だったか忘れちまうからな」
亜紀は、そうと応じて引いた。
内心ではまだ気になるのかもしれないが、それ以上に問う様子は無かった。
「それで相談事は何かな?
ここ、<うさぎの穴>は妖怪絡みの問題を抱えた人の前に姿を現す隠れ里だよ。
あなた達はその為にここに来たんでしょ?」
伊神かなたが快活な声で問いかけた。
亜紀は頷き、言った。
「最近、奇妙な怪談が流れているのは知っていますか?」
「都市伝説なら“あたし達”にも関係有るから、ある程度は調べてるけど……どんなの?」
亜紀は続けた。
「じゃあ、『建設途中の高速道路の先に妖怪“腐れ外道”が現れる』という噂は?」
かなたも八環も首を振った。
だが、横合いから少女が口を挟んだ。
「ああ、私は聞いた事が有りますよ」
「なに? どこでだ」
先ほどまで八環と話していた少女だ。
手に持っているメモ帳を捲り記述を探す。
「待ってください、確かこの辺に……有った。学生の間に拡がっている噂話ですね」
「そんな取材までしたのか?」
「ええ、人間側の取材もしておこうと思いまして。
ここいらの人間の、町人の怪談に絞って取材してきました」
そう言って件の怪談を話し出す。
曰く。
「主に若い人間の間で広がってるみたいですね、その噂。
建設中の高速道路の先に妖怪“腐れ外道”が現れる。
あと、建設中の高速道路は暴走族の溜まり場になってるって話も聞きました。
高速道路でないと地上を走る者は一定以上の速度を出しちゃいけなくて、
暴走族というのは決まり以上の速度で走りたい人たちなんですね。
やや、外の世界とはなかなかに窮屈です」
「……さっきから気になってたんだけど、あなたは?」
亜紀は睨むように問いかける。
少女は自己紹介をしていなかった事に気づき、それに応えた。
「やや、これは失礼。私はここの者では無いのです。
ここに取材に来ていた新聞記者で、射命丸文というものです。
以後お見知りおきを」
「記者といっても俺と同族だ。俺達の種族はそういう質の奴が多いらしくてね」
八環がそう補足した。
八環秀志と射命丸文は同じ種の妖怪なのだ。
生まれ地方はまるで違うし、同族といえど微妙な差異も見受けられるのだが、
片やカメラを片手に山岳カメラマン、片やカメラを片手に新聞記者というのは何処か似通っている。
「……そういえば、先述の怪談に混ざって他にも面白い噂が有りました。
『白ブラウスの少女が取材だといって怪談を聞いてくる。
話の後で少し目を離すと、その一瞬で少女は影も形もなくなっていた』という類の話です」
「おや、不思議な怪談ですね」
文があっけらかんと答えた。
かなたと八環が頭を抱えた。
「やや、どうかしましたかお二方」
「射命丸。おまえ、取材する前と後、どういう風に移動してる?」
「移動ですか? 質問を終えて相手が背を向けたら、普通にその場を後にしていますけど?」
妖怪的に普通に。
八環はその意味をしっかり理解した。
「今度からこういう街で何か取材をした後は徒歩で歩み去ってくれ。
人目に付かなくなるまででいいから」
「ええ、構いませんけど?」
どうやらさっぱり気づいていない様だった。
「でもその噂はまだ『よく有る怪談』です。そちらは大した事ではないと思います」
亜紀が話を再開した。
緊張も少しだけ緩んだ様子で、やや落ち着いた口調で言葉を続ける。
とはいえ場所が場所だけあってか他人行儀な様子は変わらないが。
「だけど腐れ外道の話の方は、どう考えてもおかしいんです」
「おかしい? 何がだ」
八環は首を傾げる。
腐れ外道という奇妙な妖怪名の選択こそ気になるが、それ以外は普通の怪談に思える。
もちろん彼らにとって怪談の中には重要な物が含まれている事も多いのだが、
怪談の中から特にこの話が当りだという理由が判らない。
楓が鞄から何枚かの文書を取り出した。
「これは妖怪“腐れ外道”について調べてみた物です」
「ふーん、なになに」
横からかなたが文書を手に取った。
軽く目を通して、感想。
「『悪いことばかりしてると、 妖怪腐れ外道にたべられちゃうぞ!』?
おっかないけどなんだかひょうきんな妖怪だねえ。なまはげみたい」
楓は頷き、解説する。
「この妖怪が記録に現れたのは江戸時代後期です。
元は人間でしたが、子供を喰らい罪を重ねる事により妖怪へと堕ちてしまったのだと言われています。
記録では地方を騒がしていた腐れ外道と呼ばれる妖怪が御前試合に乱入し、
その場で退治されたとも、御前試合に参加していた剣客達を皆殺しにしたとも言われています。
剣客達を皆殺しにした説では、以降腐れ外道を見た者は全て食い殺される為に記録に残らないそうです」
その口調は淡々としていて、ただ伝承を語っていた。
しかし唐突に言葉に詰まり、少し沈黙してから。
付け加えた。
「それから……全国に伝わる人食い鬼伝説の始まりで有るとする伝承も有るそうです」
「うええ、ウソでしょ!?」
かなたは吃驚仰天する。
鬼の大物にそんな奴が居るなんて聞いた事が無い。
「十中八九ガセだな」
八環があっさりと切り捨てた。
「鬼の伝承っていうのは遡ればずっと大昔から有るんだ。
鬼が純粋な恐怖の象徴から人食いの化け物になった始まりなら判らないでもないが、
それにしたって腐れ外道とやらの誕生は江戸時代後期なんだろう?
まだ三百年も経っちゃいないじゃないか。人食い鬼はもっと前から居たぞ」
八環は見てきたようにそう語る。実際、見てきたのだ。
八環の生まれは戦国時代、ざっと五百年前まで遡る。
会う機会は多くなかったが、人食い鬼は確かその時代にも居たはずだ。
「しかし意外と古典的な妖怪だな。……そうか、確かに妙だな」
そして八環はその異変に気づいた。
子供っぽい教育的標語が付いている、昔話の妖怪。
そんな物の怪談が現代において、それも学生の間で自然に流行するものだろうか?
木戸野亜紀は頷く。
「付け加えるなら、私と柏木は地方から転入してきた組です。有体に言えば人付き合いも狭い。
更に私はこの類の話が嫌いだと公言しています。
それなのにこの怪談は私達の耳に入ってきました」
「なるほどな、そいつは妙な話だ」
明らかに異常な流行だ。
そこには確かな怪異が在った。
だが、八環達にはまだ一つ疑問が残った。
「……どうしてそれをここに? 話は判ったが、おまえらとはどういう関係が有るんだ?」
確かにこの都市伝説は異常だ。何か有ると疑う事はおかしくない。
しかし亜紀達がその話をここに持ち込んできた理由が判らない。
今のところ二人はただの女学生でしかない。
怪談の現場も遠く離れた開発中高速道路の先となれば、放っておいてもいいはずだ。
亜紀は隣に座る柏木楓を横目で見た。楓は頷き、答えた。
「私がその現場を調べに行こうとしているからです」
「なに?」
「ちょ、ちょっと本気?」
八環もかなたも驚愕する。
彼女は怪談が『本物かもしれない』と考えているようだった。
それなら、もしも『本物だった時』そこに何が待ち受けているか気づいているはずだ。
そこがどれだけ危険な場所で有るかも。
「個人的にどうしても調べておきたかったんです。亜紀さんに止められはしたんですけど……」
「引き下がる様子が無かった。だからせめて、応援を求めた方が良いって言ったのよ」
少し呆れた様子で亜紀が溜息を吐いた。
八環は質問を重ねる。
「何故俺達なんだ? 確かに俺達は人間の仲間を自認している。
だがおまえ達が俺達を信用する理由は……」
「今回の場合、その方が良いと思ったからです」
再び突き放すような口調で亜紀が答えた。
人間とそうでない物の間に明確な距離を示し、しかし童子に助力を求める。
「私達には今、助力が必要です」
そう言って頭を下げた。言葉は刺々しくも適切な内容だった。
慌てて楓も頭を下げる。
「……お願いします」
ふむと八環は唸る。
ただ断るという選択肢は既に無いと言っても良い。
少なくとも人間の味方のネットワークである<うさぎの穴>の住人にとって、
人命は何よりも優先しなければいけない物だ。
断って、もし彼女達だけで調査に向かい、もしそこに危険が有ったなら目も当てられない。
それにこの腐れ外道の怪談に異常な物を感じるのも事実だ。
<うさぎの穴>として調査しなければならないのは間違い無かった。
残る選択肢は無理にでも二人を止めて、準備を整えた自分達だけで調査を行うか、
それともそこまで慎重にせず思い切って調査に向うかだ。
現時点ではそこに危険が有るという事自体可能性の低い推測にすぎない。
「かなた。他の奴らは何時戻る?」
「うーん、みんな今日は出張ってて何時来るかわからないんだよねえ。
未亜子さんは来るはずだけど、それも時間が判らないし。携帯に連絡取ろうか?」
八環は首を振った。
「いや、いい。ワーゲンは有ったな、あれで行こう。おまえは留守番していてくれ。
何、今日は様子だけ見て帰ってくるさ。そもそもその高速道路、人は居るんだろう?」
楓は頷いた。
「はい、暴走族の溜まり場になっているそうです。噂では今晩も集会だとか」
「じゃあ今晩はそいつらに取材をして終りだ。その位なら今晩中にも済ませておけるだろう」
八環はばさりと上着を羽織り席を立った。楓が質問する。
「連れて行ってもらえるんですか?」
「良いぞ。今日の所はそう危険な事も無いだろうしな。
俺達としても調べておきたいし、事前に下調べしてるおまえらが居ても邪魔にはならんだろう。
大体これはおまえ達の依頼みたいなもんだ。……ああ、なら報酬も貰わなきゃいけないか」
「報酬……ちょっと八環さん、変な下心無いでしょーね!? 未亜子さんに言いつけるよ!」
ふとその可能性に思い当たったかなたが怒りだす。
八環は苦笑いと共に否定した。
「生憎と俺のストライクゾーンはもっと上だ。その位の見境は有るさ」
「どーだか。ていうか浮気の方を否定しなさいよ。これだから男ってのは」
つまり八環はそういう男なのだ。
楓は呆気に取られた様子で、亜紀は不信感を宿した目で八環を見つめている。
かよわい少女二人とけだもの一人(かなた評価)を一緒に行かせるなど持っての他だ。
かなたは留守番をしなければならないが、せめて誰か一人くらい別の者を……。
かなたの目に、<うさぎの穴>に取材に来ていた射命丸文が目に留まった。
「あ、そうだ。文さんも取材に……」
「もちろんこちらから願い出る所です。取材とあっちゃ黙っちゃいられません」
最後まで言い切る間もなく文の方から願い出てきた。
それで調査に向うメンバーは決まった。
・射命丸文@東方Project
・八環秀志@ガープス妖魔夜行
細部は色々と違うが、妖怪としての種は同族。片方でも知ってる人なら一発である。
八環はデータの方だとなにげに[好色]持ち(誰彼構わず口説く)な困った男。
・木戸野亜紀@Missing
・柏木楓@痕
共に地方からの転入組。性格的にもクラスから浮き気味である。
人間の退魔組織ではなく妖怪に助力を求めて来るなど色々と訳有りである。
・井神かなた@ガープス妖魔夜行
子狸。まだ年若く戦いはからっきし。総合力ではその若さにしてはなかなかの物なのだが。
<うさぎの穴>のマスターの娘である。
・腐れ外道@サムライスピリッツ
「悪いことばかりしてると、 妖怪腐れ外道にたべられちゃうぞ!」
投下完了。その参くらいで一段落する予定。
これは続きにwktk
射命丸が役柄にあってすぎるw
おお 微妙なクロス!
乙です 腐れ外道楽しみ
乙です!どの作品も知らないけどこれは続きが楽しみですな
ここって、ホラーゲームありだとしたら、どこまでなら許される。
バイオはゾンビがいるがあくまで科学的なもの。
零は幽霊。
SIRENとサイレントヒルは神様と崇め祭られている、超常の存在が敵だったりする。
>>148 寒い夜に食べる鍋を想像してほしい。和気あいあいとしながら、少し殺伐とした空間を生み出す鍋を。あの日の思い出を思い出してほしい
鍋ってのはな、調和が大事なんだよ。なにぶっこんでも美味いってわけじゃねえんだ
互いの素材を引き立てあう味のハーモニー。それは調和のとれた具材どうしだからこそ可能なんだよ
なんでもぶっこんでたら闇鍋だろうが。チョコと人参とタワシの入った鍋なんて誰も食いたくないだろ?
なんでも入れてみたい気持ちはわかる。好奇心と探求心、そしてほんの少しの遊び心ってのは大事だ
でもな、何事にも調和ってのは大事なんだ。そして調和ってのは基本を守っているからこそ生まれるんだよ
隠し味程度に何か入れるならいい。だけど隠れてるから隠し味なんだ。けっして鍋の調和を乱してはいけない
長々と書いたがようするにアレだ。調和がとれて互いに味を引き出すならいいんじゃないの
つーかさ、無理矢理入れようとしてない?スレタイもう一度見たほうがいいよ
150 :
148:2009/01/24(土) 13:05:15 ID:ee8WGA+q
しっかし、投下がないとホント暇になりますな。もうちょっと盛り上がらないものですかね?
比良坂初音を知っている人は少なくなってしまったのか…
「初音のないしょ!」ですよね、もちろん知ってます
いやそれ四女……お姉さまじゃな……
知ってはいるけど把握が浅いや。小説は読んだんだけど。
配布フリーのには入ってないんだな、あれ。
この前に投下した話のキャラ設定ミスに今更気づく。
八環、好色持ちじゃなくてただの癖だった。
どう違うかと言うと浮気性じゃなくて美女が居たら目で追うだけだった。
そういう奴と一緒にバカっぽくやってる場面が有ったから勘違いしてたや。
前の話の続きを投下する時に修正も投下します。
話の内容にも微修正入れるので。
だれもいねーい 保守ってどれくらいの頻度で必要になるのかのう?
この板はスレッド数少なくて圧縮来ないから保守いらないよ
じゃあ投下いきます。
あとその前に、前の話の修正点は少しだけで済んだ為、その部分だけ直しておきます。
まとめwikiに収録された時でもなけりゃ気にしないで良いですね。
住人層的にマイナーな原作みたいだし、差も微妙だし、自分以外気にもしてないだろうなあ、これw
最後の方の、
「報酬……ちょっと八環さん、変な下心無いでしょーね!? 未亜子さんに言いつけるよ!」
ふとその可能性に思い当たったかなたが怒りだす。
八環は苦笑いと共に否定した。
「生憎と俺のストライクゾーンはもっと上だ。その位の見境は有るさ」
「どーだか。ていうか浮気の方を否定しなさいよ。これだから男ってのは」
つまり八環はそういう男なのだ。
のところを。
「報酬……ちょっと八環さん、変な下心無いでしょーね!? 未亜子さんに言いつけるよ!」
ふとその可能性に思い当たったかなたが怒りだす。
八環は苦笑いと共に否定した。
「生憎と俺のストライクゾーンはもっと上だ。そういう趣味は無いし、浮気もそんなにしない」
「どーだか。美人の女の人を見る度に目で追ってるくせに」
「目で追うくらい男としちゃ当然だろう」
つまり八環はそういう男なのだ。
と直すだけw
それでは第二編の投下行きます。
>>139-144の続きです。
<うさぎの穴>に所属する妖怪の八環秀志と、<うさぎの穴>に取材に来ていた同族の射命丸文。
そして依頼に訪れた女子高生木戸野亜紀と柏木楓は、<うさぎの穴>が有る雑居ビルから外に出た。
「で、他にはどんな都市伝説が有るんだ?」
煙草に火を点けた八環秀志が先導して歩き出す。
向う先は<うさぎの穴>近くの駐車場だ。
そこに<うさぎの穴>の足が停めてある。
「他には果ての無い道という怪談も有りました。
気づけば道がどこまでも続いているという類の怪談です。高速道路と関係するかもしれません」
亜紀は答えながら、歩き煙草に少し眉を顰める。
とはいえそんな事をわざわざ注意する人種でもない。ただ突き放すように会話を打ち切る。
「今流れている気になる怪談は、これで全部です」
「おや、確かあと一つ流れていませんでした?」
射命丸文が横槍を入れた。
亜紀の剣幕が僅かに険しくなった。
「たまたま私達の耳に入らなかったんでしょうね。どういう怪談ですか」
「えーっと、確か……
『見知らぬ番号から携帯にかかってきたら、出てはいけない。
それはもしかすると死んだ女の子の携帯番号かもしれないからだ。
その子は死んだ後も亡霊となって電話をかけ、その電話に出ると、“出る”』
……という物だったと思います。ところで携帯ってなんですか?」
「携帯ってのは電話を携帯できるサイズにしてさっき話したみたいにカメラだとか、
そういった色んな機能を詰め込んだ……いや、電話から説明しないといけないか」
八環は射命丸に携帯電話を教えながら考える。
これらは随分と“らしい”都市伝説だ。
というよりもやはり、『腐れ外道の怪談』だけが異質なのだ。
現代の高校生の間で囁かれるのは似つかわしくない。
そんな事を考えつつ射命丸に携帯電話の概要を教え終わった頃、近所の駐車場に到着した。
「……これが、足だと?」
「ああ、こいつが足だ」
八環は答えて、まるで寝ている者を起こすように車の屋根を軽く叩いた。
それは年代物のフォルクスワーゲンだった。
手入れはしてあるが随分とオンボロで、古びている。
「これは……まだ若いですね」
射命丸は奇妙な感想を呟く。それから首を傾げた。
「飛んで行くのでは無いのですか?」
「車や電車の方が疲れないからな。ただでさえ都会の空は飛ぶのに気を使う」
「なるほど」
八環は運転席に座り、煙草の火を消す。助手席には射命丸が。後部座席に亜紀と楓が乗り込んだ。
エンジンをかけられると、ワーゲンは滑るように走り出した。
夜の道へと。
「ところで、どうして引き受けてくれたんです?」
今度は亜紀から八環に質問が投げかけられた。
「私達はまだ依頼への報酬額も提示していませんよ」
「ああ、そうだな。貰える物ならもらっておきたいね」
その答えに亜紀は困惑し、警戒する。
亜紀は『<うさぎの穴>の住人達は妖怪絡みの相談を受けてくれる』という都市伝説を信じ、
彼らの助力を受けてみる事にした。
その時点では“そういうモノ”と予想していたのだ。だが彼らの姿は予想したモノではなかった。
だから分からない。
亜紀は少し考え、最も肝心な部分について質問した。
「あなた達が無条件で人間に味方してくれる理由でも有ると?」
信号が赤になり、人気の少ない交差点でワーゲンが停車した。
八環はふむと唸る。どう答えたもの考え込む。
この問い自体はそう珍しい物ではない。
妖怪がどうして人間に味方するのか。
本質的な答えは至極単純で感情的な物だ。
味方したいから味方する。
気恥ずかしくて言う気にはなれないが、要するに彼らは人間が好きなのだ。
だがそれを答えても信用してもらえる状況と、そうでない状況が有る。
八環が見るに、亜紀が求めているのは感情より更に根深いところの理屈だった。
妖怪に人間を必要とする理由が有るのかと聞いていた。
八環は少し考えて、ある話を始めた。
「妖怪がどんな風に生まれるか、考えた事は有るかい?」
その問いに車内の皆が首を捻った。
射命丸文さえも返す答えは曖昧なものだ。
「普通に子供を作って殖えている者も居ますけど、妖怪の由来なんてよく判りませんね。
同族で集団生活をおくる妖怪なんて少ない方ですし、一人で一種族な妖怪も居ますからね」
「そうだな。俺達自身でさえ妖怪が生まれる原理を解明できていない。
だが、都会で生きる妖怪達の間で一つ有力な説が流れている。
妖怪は人間の心から生まれるって説だ」
信号が青になった。
アクセルを踏み込み再びワーゲンが走り出す。
「世界には目に見えない未知のエネルギーが漂っている。それを生命エネルギーと呼ぶ。
生命を生命たらしめているエネルギーだ。
ただし生命エネルギー自体は力のみを持ち、方向性を持たない。
どれだけ漂っていようとも、どんな計器の針一本さえ動かす事は無い。
肉体に宿るまでは」
滑るように軽やかな走り。
オンボロのワーゲンが夜の道を走り抜けていく。
「生命エネルギーは生物が誕生する時、その肉体に流れ込む事で“生命”を完成させる。
それを為すのは生まれ来る命の親の、思念だという。
獣も鳥も魚も花も、そして人間も、子孫を残したいという生命の本能が、命の意志が。
空中に漂っている生命エネルギーを引き寄せて、種や受精卵に宿らせるのだという。
それが通常有るところの“生命”だ」
静かな夜だった。
軽快な走行音が響く車内で、八環の話が閑かに響いていた。
「だがそうでない生命も有る。
生まれてくるよう祈られたわけでもなく、ただそこに居ると信じられた存在がある。
川の流れる音を聞いて誰かが小豆を研いでいると。
道に迷った時に狸に化かされたのだと。
天地は神々により作られたのだと。
確かな肉の器も明確な根拠も無く、そう信じ続けられた存在がある。
何人もの人間達がそう信じ続けた。何十人も、何百人も、何千人もの人間達が信じ続けた。
やがてその想いが、本来生命を持たない物や何も無い場所にまで命を吹き込んだ。
……俺たちはそうやって生まれたのだそうだ」
生命の本能が肉体に命を吹き込むように。
人間の豊かな想像力が無に命を吹き込んだ。
それが八環達都会の妖怪ネットワークに流れる、妖怪誕生の仮説だった。
「手短に纏めるとこんなところだ。俺達は人間達が居ないと自分達も増えられないって説を信じてる」
建設中の高速道路に辿り着く。
工事は停止中で、人気は無い。
暴走族の見張り担当でも居るかと思ったが、それらしい者も見当たらない。
通行止めの看板やプラスチックのチェーンが退けられている事から、恐らく道路の中に居るのだろう。
八環達が乗ったワーゲンはそのまま開発中の高速道路に侵入した。
「……私が知っている話とは、似て非なりますね」
「ほう? そっちのはどんな話だ」
八環の話に、亜紀が応じた。
亜紀は静かに、そしてやはりどこか突き放すように話し出した。
「私の方の話でも始まりとなるのはやはり『怪談』です。
人間と、その意識と、霊感と、『怪談』。
それらが入り口となって『異界』が私達の世界に――侵略してくるのだと」
静寂の質が、変わり始めた。
静かな夜とはいえ、夜には夜の音が存在していた。
虫の音。風の音。遠くから僅かに届く喧騒。
それらが遮断され、張り詰めたような静寂が浸透し始めていた。
「『異界』は隣り合って存在しているとも、深層心理の奥から浮かび上がってくるとも言う。
重要な性質は三つ。
『異界』はそのままでは人間に理解できる物ではないこと。
『異界』はそれを理解した者にのみその影響を与えてくること。
『異界』に触れた人間は自らの存在を保つ事さえ難しいこと。
……それは怪談を媒体に伝染する、致死性の病の様なものだと」
………………。
ワーゲンの走行音が響き続ける。
耳が痛くなるほどの静寂の中、その音と亜紀の言葉だけが聞こえている。
それだけの音がしているのに、車内は異様なほど閑かだった。
耳鳴りが、聞こえる。
「『怪談』は異界を呼び込む扉のような物で、
本来は人間に理解できない存在を人間に理解できる物へと簡略化してしまう。
それを知った適性のある人間は、『怪談』を通じて『異界』を理解してしまう。
理解してしまえば、『異界』に呑み込まれる。
……例えば山では天狗が神隠しをするという物語から『異界』に触れてしまえば、
山に入れば神隠しに遭ってしまうという具合に。
適性有る者が当りの『怪談』を知ってしまえば、向こう側が押し寄せてくる。
そして大抵の人間は、『異界』の中で形を失い人間としての生を終える。
それが私の知る『異界』のルールです」
………………。
八環は二つの違和感と疑問を感じた。
片方を亜紀に投げかける。
「形を失う、か。だが俺達はそんな現象を見た事が無いな。
確かに妖怪の姿は人間にとって衝撃的なものだ。
その中でも刺激の強い奴なら、最悪の場合見ただけで精神が壊れる事も有る。
だがそれも精神的な物だ。肉体に影響を及ぼすなんて話は聞いた事が無い。
渦中である筈の俺達が知らないという事にどう説明を付ける?」
齢五百歳越え、人間社会の中でも百年以上は生きてきた八環だ。
もし妖怪が存在するだけで人間を害するなら、それを見た事が無いなどありえない。
亜紀は少し考えてから答えた。
「妖怪が生まれるには人間の思念が必要だと言いましたね。
つまり妖怪の思念では妖怪を生み出せない。違いますか?」
「……ああ、そうだ」
妖怪を生み出せるのは人間だけ。動植物の思念でも妖怪自身の思念でもいけない。
ならばと亜紀は考察する。
「それならあなた達が『異界』に出会わない理由はそういう事でしょう。
渦中は怪異ではなく、人間です」
『異界』は人間より生まれ、すぐに中心の人間を呑み込んで消え去る。
もしそうだとすれば、『妖怪』が『異界』に出くわさない理由にはなる。
「俺が人を破滅させない理由にはならんな。続きは有るか?」
「ここからは推測を重ねたものでよければ」
「話してくれ」
しかし『妖怪』が『異界』として人間を呑み込まない理由にはならない。
亜紀は続けて話し出す。
「妖怪は人間の思念により生命エネルギーが方向性を持つ事で生まれる、でしたね。
ではそれが形を為す前はどうなるんですか?」
「形を為す前? 妖怪の前段階が有るとでも……」
八環は言葉を止めた。
亜紀が言わんとしている事に気づいたからだ。
「妖怪となるはずのまだ形を持たない不安定なエネルギーが、無でも物でもなく……
例えば、生きている人間に流れ込めば?」
「……非常に稀な事だが、生きている人間が妖怪と化す事も有る。
当人に妄執じみた感情が有る場合に限ってだが」
「なら、そうなれなかった者は? 『異界』に適応する事も帰る事もできなかった者は?」
「………………」
八環はふと、伊神かなたが以前ビデオゲームで遊んでいた場面を思い出した。
かなたは妖怪だが、アニメやゲームにはまった典型的な現代っ子だ。
そのかなたが、妖怪が出ているというゲームを遊んでいる所に出くわした。
なんでもそのゲームでは世界中の神も魔物も神話の英雄もひっくるめて悪魔と扱われており、
交渉によりそれら悪魔を仲間にして戦いに協力させたり、
電子情報にして合体させる事で別の悪魔を作り出したりできるらしい。
かなたはこの合体の結果を見たら行くからちょっと待ってと良い、
ゲームの画面では二体の悪魔が混ざり合い新たな悪魔が生まれようとしていた。
が、結果は失敗。形を失った肉の塊が片言の言葉を紡ぐ。
『オレ外道スライム、コンゴトモヨロシク…』
かなたはあーあと落胆した。
(あれは単なるゲームだが……理屈としちゃあんな所か)
八環はなるほどと頷いた。
「人間の形を失わせるのは妖怪の材料になるエネルギーだと仮定します。
妖怪そのものではなく、です」
纏めるとこうだ。
怪談と人間の思念が一定の条件を満たして揃うと、人間は『異界』に呑まれる。
それは人間の思念が生命エネルギーに方向性を与えて妖怪を生み出すのと同じ原理だが、
この妖怪となるはずの生命エネルギーは人間にとって有害であり、
もしもこれが流れ込んでしまえば人間はそれに耐え切れず形を失い、
人間でも妖怪でもない“できそこない”に変じてしまう。
しかしその延長線として存在する『妖怪』自体にその効果は無い。
何故なら『妖怪』は既に一個の生命として完成し、安定しているからだ。
「あくまで仮説ですけど。あなたの話と私の話の辻褄を合わせてみただけです」
「ああ、興味深い話だった」
ここまで聞いても、八環はこの説に対して半信半疑だ。
自分で見た事が無いのに留まらず、誰かがその現象に出くわした話も聞いた事が無いのだ。
もちろん性質上、事実だったとしても拡がりにくい話だろう。
あるいは知る事が破滅に繋がる危険性から噂の伝播を抑え込む仕組が存在しているのかもしれない。
だが、それにしてもこれは現象だ。
遥か昔から起きている筈の事を聞いた事が無いのは幾らなんでも異常な事だ。
世界法則がいつの間にか増えたわけでもあるまいに。
それでも八環が亜紀の言葉を妄言と切って捨てられないのは、
内容は信じがたいにも関わらず嘘を吐いている様子には見えないからだ。
(それこそが矛盾だ。どうなってやがる?)
一番筋が通るのは、亜紀が何らかの理由で出任せを言っていると考える事だ。
亜紀が本気で今の説を信じているとすれば、亜紀の行動にも矛盾が出てくる。
この点において、亜紀の説が正しいか間違っているかは関係無い。
もし亜紀が今の説を信じていたと仮定するならば。
「異界に触れる事が危険なら、どうして君は俺達に助力を求めた?」
亜紀達が八環に接触した理由が判らない。
八環の説を聞いて妖怪と接する事自体に害は無いという仮説を立てたのは、今話してからだ。
それまで彼女は、妖怪に接する事自体が危険だと思っていたはずなのだ。
なのに亜紀は彼らの助力を求めた。
「それは……」
「それにあんたの方の理由もまだ聞いてない。柏木楓と言ったか。
あんたはどうしてこの件を調べようとしているんだ?」
それまで黙っていた楓にも話を振る。
楓は後部座席からフロントミラーに映る八環と目を合わせた。
そして口を開いた。
「待ってください。あそこ、何か有ります」
「何?」
楓が指差したのは少し先の、道路脇の遮音壁だった。
人気が少ない地域のそれとはいえ、その高さは4m程は有るだろう。
その壁の上端に、何か布切れが引っかかっていた。
八環はゆっくりとスピードを落とし、ワーゲンを近くに止めた。
「服の切れ端ですか?」
射命丸がカシャリと一枚写真を撮る。
壁面の上に引っかかっていたのはジャンバーの切れ端だった。
まるで誰かが壁を乗り越えようとして、服を引っかけてしまったような。
「こいつは……向きからして中から外に出ようとしたみたいだな。
何を足場にしたのかはわからんが」
「市街地を抜けてるなら外にも足場は有るだけど……なんで、なんの為に?」
どうして高速道路から外に出ようとしたのか。
そこまで考えたところで亜紀は気づいた。
無人の高速道路に広がっている圧倒的な静寂に。
風の音は無く。
虫の音も無く。
ただ自分達の出す音だけが、耳が痛い程の冷たい静寂の中で響いている事に。
楓が言う。
「亜紀さん。この道路、まだ20km程しか出来てなかったはずです」
今は、どの辺りなのか。
そもそも中に居ると思われた、たむろしているはずの暴走族は何処に行ったのか?
「……車、どのくらいスピード出してました?」
「高速道路に入ってからかなり飛ばして、時速120キロで十分ってとこだ」
一同は道路の先を見た。
高速道路は真っ直ぐとどこまでも続いている。
何も無い。
誰も居ない。
切れ目も無い。
ずっとずっと延々と、道路灯に照らされた道が続いている。
「そろそろ切れ目が見えてないとおかしいんだがな」
八環は背後を振り返る。そこも、果てが無い。
前を向いても後ろを向いても、まるで同じように延々と道が続いている。
対向車線に連れて行かれれば、前と後ろを見分ける方法は無いだろう。
「後ろもか。……果ての無い道の怪談だったな。隠れ里に呑まれたか」
八環はそう呟く。
緊張した様子の亜紀と楓を尻目に、八環は車から降りた。
険しい目つきで周囲を見回す。
気配は無い。だが虫の気配すら存在しないその空気は、ある種異様な気配を漂わせている。
「居るはずだった暴走族も居ない。どうやらこいつは当りの怪談だったようだ」
「という事は、出るんですね。ここ」
続いて射命丸文も車外に降りると、どこまでも続く道路の写真を撮影し始める。
それにつられる様に楓も、最後まで残っていた亜紀も車を降りる。
八環はゆっくりと道路の遮音壁に近づくと。
その上端を、軽く見上げた。
4mという高さはそれほど大層な物では無いが、遮音壁はやや内側に反り返っているのだ。
よじ登って乗り越えることは難しいだろう。
跳躍するなど持っての他だ。人間以外ならいざ知らず。
「やはり何かを足場にしたという事か? 折りたたみの梯子か何かなら……」
「で、そこに残ったはずの車は? もしそこを越えたのが暴走族なら、バイクや車で来たはずですよ」
亜紀が少し荒い言葉で指摘する。
周囲を警戒するのに気を取られたのか、あるいは取り繕う必要が薄れたと考えたのか。
八環は気にせず周囲を見回す。
楓が、道路から何かを拾い上げていた。
「なんだ、それは?」
「ネジと、プラスチックの欠片ですです」
おそらくは機械部品に使われていたであろう、ごく普通のネジだ。
バイクや自動車に使われていたのだろう。
そう考えればプラスチックの欠片も想像がつく。恐らくはバイクの外装部分だろう。
何の変哲も無い、しかしここに有る理由が想像しにくい物。
「地面、塗装が擦れた後も有ります」
「……バイクがここで転んだのか?」
言われて見れば、路面には僅かに塗装がこびり付いている。
車体にされていた塗装が、ガードレールと擦れて少量付着するように。
八環の言うとおりバイクがここで事故を起こせばそうなるかもしれない。
「足場……バイク…………いや、今の情報じゃ考えすぎか」
亜紀は少し考えこみ、しかしすぐに推測を否定した。
考えられない事ではない。
“どこまでも続く道路に閉じ込められた暴走族が、脱出する為に車体を積み重ねて壁を乗り越えた”
という推測は。
だがその場合でも、残ったはずの車体を何者が片付けたのかが判らない。
ナニカが居なければこの推論は成立しない。
唐突に、文が顔をしかめた。
「……何か臭いますね」
いつの間にか何処からともなく。
唐突な腐臭が漂い始めていた。
そして。
「うまぞうなにおいだぁ」
声がした。
まるで泥のように溶けた腐肉の泡が弾けるような、おぞましい声が。
壁の向こうから聞こえてきた。
「……人間。お前達は下がってろ」
八環は亜紀と楓を下がらせ、壁を睨む。
文はその少し後ろでカメラを構えていた。
「一応聞くが、アンタは手伝っちゃくれないんだな?」
「ええ、もちろん。妖怪退治なんて妖怪がすべき事じゃありません。
そちらの邪魔はしませんのでご心配なく」
「わかった」
短い会話の間にも壁の向こうから、音がする。
どしゃあと大きな音を立てて、壁が揺れた。
冷たい静寂に、生暖かい肉と堅い壁の当る音が響いた。
「ごのむごうだあぁあぁあぁ」
がりがりと壁を掻く音がして。
壁の上端から巨大で真っ赤な、おぞましい顔が覗いた。
「赤鬼……いや、そんな上等なもんじゃねえな」
落ち武者のようなざんばら髪が申し訳程度に残っている。
その貌はまるで髑髏のようだ。
白い眼球がぎょろりと動き、亜紀の姿を捉えた。
「おなご……わがいおなごぐいでえだあぁあぁあぁ」
食欲に煮える三白眼が少女達を見つめている。
楓は小さく呟いた。
「やっぱり鬼じゃない……また別の……」
化け物が跳躍した。
遮音壁を一息に跳び越え路面に着地する。
路面のアスファルトが砕け散り粉塵が舞い上がる。
極端に猫背のため図りにくいが、その体長は八環の二倍以上は有るだろう。
「ぐっでやるぅ、ぐっでやるうううぅ」
だらだらと紫のよだれを垂らすその表情に理性の片鱗は感じられない。
腰布と首から提げた髑髏の首飾りだけが僅かな知性を感じさせる。
その体は醜く歪み、腐り、溶け落ちていて、そこかしこから変形した骨が突き出ていた。
「こいつが腐れ外道か。人間に悪さをしないなら放っておくところだが……
どうも交渉が通じる相手じゃねえな」
頬を一筋の冷や汗が流れる。相手の巨体からその怪力は容易に想像できる。
出来るだけ捕まらないよう戦わなければならない。
八環は上着を脱ぎ捨て、シャツ一枚の姿になる。
更にネクタイも抜き取り、上着が翻った次の瞬間。
八環の姿は妖怪のそれに転じていた。
背中から生えた黒い翼がシャツを引き裂き襤褸切れに変える。
顔からは鴉に似た嘴が突き出し、黒い羽毛が上半身を覆う。
手の指には鋭い鉤爪が生え、その体は鴉と人の合いの子と化した。
鴉天狗。
それが八環秀志の妖怪としての姿だった。
「ま、なんとかなるだろうよ」
渦巻く風を伴って、鴉天狗八環秀志は腐れ外道と対峙した。
・ガープス妖魔夜行の妖怪観
人間の思念から妖怪が生まれる世界。
基本的に個人の思念から生まれる事は無く、集団の噂話から生まれてくる。
ただし『幅広い思想(例・長く愛された器物は妖となる)』×『個人が愛着を持ち長く愛用する』
という組み合わせにより妖怪が生まれる事などは普通に有る。
もちろん古い怪談だけではなく現代の都市伝説から生まれる妖怪も存在する。
高速女(高速道路で全速疾走する車やバイクを四つんばいで追いかけてくる女性)とかそういうの。
・Missingの妖怪観
作中では『怪異』や『異界』などと評される。
妖怪というより現代怪談の話なので、作品単体ではこのスレ的にグレーゾーンだろう。
キーワードは神隠しや座敷童子、犬神筋、合わせ鏡、七不思議、コックリさん、魔女、山の神様と生贄など。
決戦は次回におあずけ。
乙ですー
腐れ外道の描写がよかった
いいところで切るねえ 続きが待ち遠しいぜ
明日節分か
節分関連の投下なんてしたいけどとても無理だなー
今書いてるのもネタ固まらん
おお、投下乙!次回は腐れ外道とバトルか
どんな妖怪でも腐れ外道とはやりあいたくないだろうなぁ。なんかデロデロしてキモイし
しかし節分か…やはり鬼関係だよなあ。書いてみたいが風邪引いて頭回んねーし…
腐れ外道いいねー
なんか楓が空気wいらねーんじゃねーかってくらい空気www
四人いたら必ず一人は空気の法則ですな
しかしどうやって腐れ外道と戦うのやら
九尾の狐やら、ぬらりひょんとかボス級、作品ごとに重複してるのいるよね。
妖怪だらけで地球が危ないw
ところで幽遊白書とか、エロゲーだけどあやかしびととかも妖怪の範疇?
「違う」と言われたらどうする気?
諦めるさ
んじゃ違うってことで。だって妖怪らしくないし強さのインフレとかで(ry
ちなみに幽遊白書でいう妖怪のランクでいうとどうなるんだろうな?
鬼太郎(ゲゲゲの鬼太郎)
うしお(うしおととら)
とら(うしおととら)
八環秀志(ガープス妖魔夜行)
犬夜叉(犬夜叉)
殺生丸(犬夜叉)
確かに妖怪っぽくは無いよな、奴ら。
まあそれを言うとらしくない妖怪物も割と有るから、幽白も有りで良いんじゃないかと思うけどw
で、そいつらを幽白のランクに嵌めるなら…………
…………なんか別のランク持ってきてくれw
あのランク、格の違いというより登場時期の違いって感じで参考にしにくいよ。
ドラクエで、初期のボスより遥かに強い終盤のザコを村人が普通に倒してるみたいなw
あ、でも考えてみたらそいつらの区分なら簡単だった。
・大妖怪
鬼太郎(ゲゲゲの鬼太郎)/うしお(うしおととら)/とら(うしおととら)
(時期によっては)犬夜叉(犬夜叉)/殺生丸(犬夜叉)
・中堅
八環秀志(ガープス妖魔夜行)
こんな感じだろう、多分。
うしおは初期でも獣の槍の恐れられっぷりが半端無い。
この流れは幽白出そうと話を考えていた俺涙目ですねw
そこをあえて書けと言ってみる 俺が書いちゃおうかな
使い易い悪役とかいたかなあ
暗黒武術会編・魔界編はいいと思うけど魔界の扉編の能力者どもはなんか違う気がする
いや、鬼太郎と飛影が殺りあったら鬼太郎こま切れ瞬殺だろ
犬夜叉なんか刀捌き大降りだし戸愚呂弟に勝てると思うか?
雷禅なんか出てきたあたりにゃほぼ瞬殺だろうし強さの桁が違う
しかし
>>179にはそれでも書いてみてほしい。スレが盛り上がる大作ができるかもしれん
幽白って妖怪なんだっけ。
魔界とか言ってるから魔族って印象がこびりついてた。
つよさ議論はきりが無いから、やるんならSS中でやれよなー。
説得力のある書き方をすれば、大抵問題ない。
ここで忍者戦隊カクレンジャーとか言ってみる。
敵は紛うことなき妖怪。
懐かしいけどSS書けるほどには内容覚えてないw
鬼太郎はコマ切れにされてから逆転の目が有る気はするw
犬夜叉は……あまり勝てるイメージが無いな。
序盤しか読んでないけど、終盤だと結構インフレしてたんだろうか。
幽白は暗黒武術会より前が妖怪物してた気がする。
暗黒武術会まで行くと、昔話チームがそれっぽかった位で他はオリジナル能力者だったし。
とりあえず冨樫信者ウゼェ
鬼太郎に大ダメージ与えると死亡フラグ
くらまは狐だしひえいは雪女の子供なんだろあれ
今気づいたけどくらま、ひえいって鞍馬山、比叡山が元ネタだったのか
>>187 これぐらいで冨樫信者とかないわwwww
どろろんおどろんでろでろばあ
どろろんおどろんでろでろばあ
地獄の闇からでろでろばあ
湧いて出たのは何だらばあ
カワイ子ちゃんの枕元
ケケケと笑うの誰だらばあ
奇怪怪怪妖怪だらけ
日本は妖怪吹き溜まり
そこで煙幕
そこで煙幕
おおあバレッタら
でろでろばあ
妖魔夜行なスレかと思いきや俺の好きなキャラが強ええもん!スレとは
くそっ、俺は幽白殆ど知らないから強さ議論に反論できない!
今の俺に出来ることは全く関係ない文章で殺伐とした空気を煙に巻くことだ!
注意1:
>>4-27でも書いてる夏目×東方のエピソードが完全終了した「後の」話という設定です。
特にクライマックスのネタバレ的描写はありませんが、一応ご注意を。
先にプロットを思いついてしまったので先に書きます。すみません。
注意2:
作者はもっけの8巻以降をまだ読んでいません。
思いついた時になるべく書き終わっておこうと思ったので書きます。すみません。
「お前に呪文を授けよう……」
何の変哲も無い住宅街の一軒家に、世界を揺るがす、ある禁術が眠っていた。
その術は、大量に誰かを殺めたり、恐ろしいものを呼び出す類ではない。
(一応、封印されていた理由として
「邪悪なものが『復活する』」と伝えられてはいたが、別にそんなことは無かったぜ)
術が発動しても、この世に存在する全てのものは、あるがままに在るのみ。
また、その術はさして強力な霊力、妖力を必要とする訳でも無いし、
発動に際し凄まじいパワーを発揮する、または得られるというものでもない。
術者の血族(あるいは、その条件すら必要ないのかもしれない)が
決められた呪文を唱えるだけで、直ぐに発動するのである。
術の値打ちは、その“ギミック”にあった。
現実にも物語にも、強力な術師、異能者は数多くいたが、
この術式を構築したものは少ないと思われる。
(筆者の知る限り、限定的な状況でこのギミックを発動できる術は結構良く見られる。
そのギミックの術において非常に強力なバージョンという意味では、
強大なパワーを誇ると言えるのかもしれない)
力が強いとして、その力の使い道について
どういう発想を出来るか、というのは、強さとはまた別の問題である。
実際、細かく考えてみるとこの術はどういう仕組みなのか
(論理的にどういう術なのか)よく分からない点が多々あるのだが、
それは術のネタばらし後、後述する(術だけに)。
確実に言えるのは、この術は災厄や魔物の召喚など、
ネガティブな目的で作られたものでは断じてない、という事である。
勿論、主観とは人(または知性体全般)によって異なるもので、
この術が幸福をもたらすか、不幸をもたらすか、はっきりと答えを出す事は出来ない。
だが、ここでは敢えて、この術によって幸福となり、
心を救われた(と思しき)者たちのみにスポットを当て、その物語を著そう……
***
ナウマクサンダあっぱらぱぁ〜! ……
***
空が変色し、地球の“気”が乱れ始めたことを、
異能を持つ者達は直ぐに気がついた。
だが、動くものは殆どいなかった。
彼らの第六感は、その異変から悪意を汲み取ることが出来ず、
それを「危機である」と認識しなかったのだ。
秘境「幻想郷」を秘境たらしめる強力な結界の管理者、
妖怪「八雲紫(やくも ゆかり)」もまた、世界の異変に動じなかった。
というか、日中ずっと眠っていて、今回のことがあっても目覚めなかった。
たとえ――
「紫様! 結界が……外界との境界が崩れ去ろうとしています!
私の力ではもう止められません!」
幻想郷の妖怪がほぼ見せることの無い、鬼気迫る表情を持って
式神、九尾の狐「八雲藍(らん)」が紫の前に現れた。
「まあ、それは当然だわ」
紫は眼も開かず、眠たそうに答えた。
「アレは止められる類のものでは無い。『力』ではなく、『術』なんだもの。
発動を許してしまったが最後、逆の術を行わない限り無効は不能」
「で、では、この感じはまだ発動しきっていない、今なら止められます!
手遅れになっても、貴方様の力なら逆の術くらい……!」
「やる気なーい」
紫は一切、布団から出ようとしない。
藍の表情は、焦りから絶望に変わろうとしていた。
「な、なぜ……それでは、幻想郷は、我々の存在は……」
「大丈夫、どうともならないわ、そういう『術』なの。だから放っておくのよ。
ああ、でも、幻想郷という概念は無くなるわね。
異形を相手にした隙間産業も、もうお仕舞。
まあ、新しい暇つぶしを見つけなければならないのだから、
そこは困るかも知れないわ……まあ、寝て、から考え、ましょう……むにゃ……」
(結界が無くなっても安心な術……?
外の世界が持つ「常識」の力に、ここの住人が蹂躙されない理屈があるものか)
藍は死んだような眼をしながら空を見ていた。
彼女は、自分の世界が終わると思っていた。
無理も無い。普通、あんな術の発想など出来る訳が無いのだから……
***
あめーん、あめーん、あっドゥこてー!
アッーだぁすてぃんほぉふまん……
あ……ア……えー……
……
***
勿論、術の発動を止めようとする勢力は存在した。
しかし、術者の「家族」が健闘し、術の阻止は阻止された。
この「過程」の物語は、省略する。
***
……
………………
……あまんとす。
***
凄いパワーの術ではないが、術は術、超常的な力ではあるので、
発動した瞬間、術の中心地では、少し大地と空が揺れた。
が、それだけで、術後の世界はあるがまま、在った。
そう、あるがままだった。それまで以上に、あるがままになった。
人間にはふつう今まで見えなかったものが見えるようになったくらい、
世界は、存在するそのままの姿を現すようになったのだ。
***
「夏目君の、うそつき。
見えていないっていって、やっぱり見えていたんじゃない」
「笹田……いや、言い訳はしないよ、ごめん」
高校生の少年、夏目貴志は、妖怪が見える能力を
親しい人に知られてしまうことをずっと恐怖していた。
特に、今、彼を追及している少女、
クラス委員長の笹田純には、ひょんな事から彼女に
妖怪との直接交渉を頼まれ、その際
自分の能力を否定する様な発言をしてしまったという苦い思い出があった。
なので今回、自分の能力がばれた際に
あらゆる憎しみの言葉を覚悟していたのだが、
その「うそつき」が非常に軽い言葉だったこと、
そのせいで秘密がばれたことによる精神的ショックが
拍子抜けするほど小さかったことに対し、驚愕した。
「別に、そんな真剣に謝る必要は無いわよ。
時雨(しぐれ)様の時も、貴方に世話になったしね。
……ただ、ショックというか、心配というか、
こんなに沢山の美女・美少年妖怪に囲まれてたって言うのが
……美鈴さんもそうだったって言うじゃない……ねえ、ヒノエさん?」
笹田は怒るどころか、軽く笑いすらしながら話し、
そして夏目の隣にいる女性型の妖怪を見た。
夏目の能力が笹田にばれてしまった理由はとても簡単、
ある妖怪が彼女に、自分が夏目と旧知の仲だと言ったから。
そして、彼女がそれを認識したからである。
***
女子高生が三人、並んで歩いていた。
「……でも私、最近やっと、静流(しずる)ちゃんと本当にお友達になれた気がする。
それに、御崎さんの事も分かっていけるかも。ね、三篠(みすず)ちん」
向かって右端にいた少女が、右隣にいる、
巨大な牛頭の怪物に話しかけた。
「だから『ちん』って呼び方は無いだろうが!
小娘が調子に乗ってるとぼてくりこかすぞゴルァ」
三篠と呼ばれた怪物もまた、少女の言葉に対して怒りのリアクションを取った。
すると、真ん中の少女が怪物を睨み付けて言った。
「三篠、百瀬さんに何かしてみなさい。
どんなに貴方が強力でも、刺し違えてでも、貴方を祓ってやる……!」
「が、がお……冗談なんだからそんなに怒る事無いだろうて……
夏目殿と違って難しい奴よの」
少女の意外な気迫に押され、三篠はたじろいだ。
そのやり取りを見て、ずっと無表情だった左端の少女が口を開いた。
「三篠と言ったわね。 貴方……『した』でしょ」
三篠はもっとたじろいだ。
「なっ!? し、してないよ!? ……てないよじゃなくって!
おのれ小娘、多少力があるようだが我をあまり愚弄すると……」
「もっと言ってあげようか。 貴方、わざわざ『した』みたいだけど、
彼女、『してない』のよ。
有名税というか、インターネットで貴方の愛称に良さそうなフレーズを見つけただけみたい」
「マジで!?」
怪物と左端の少女が自分を挟んで、分からない話をしているのを聞いていて、
右端の少女は気を悪くした。
「ちょっと、御崎さん」
「何かしら?」
「あなた、さっきから『した』だの『してない』だのって
……いやらしい」
「!? い、いや、私は……」
「無口で鉄面皮なのは、冷徹とか暗いとかじゃなくて、所謂ムッツリだったのね。
……ある意味、話しかけやすくはなったと思うけど、
あんまり話題を共有したくないなあ……
ねえ静流(しずる)ちゃん、三篠(みすず)ちん、もっと女の子らしい話をしようよ」
「ちょ、百瀬さん、っていうか三篠は別に女の子の話をする必要は……」
『百瀬さん』と思しき左端の少女が真ん中の少女の手を取り歩を早め、
三篠もそれに合わせて進み、右端の『御崎さん』と思しき少女は置いていかれそうになる。
三篠は後ろを振り返り、にやりと笑った。
「にはは、どうやら墓穴を掘ったようだなこの隠れオタめが!
他者(ひと)を呪わば穴二つとはまさに此の事」
「〜〜っ! 汚いさすが妖怪きたないっ!」
ずっと他人と距離を置いてきた少女、御崎柊子はまだ、自身の変化に気付いていなかった。
自分が表情豊かになっって来ていること、
スラングを交えて普通の若者の様に喋る様になった事……
ただし、女子高生のスラングではないのが惜しいところなのだけれど。
***
……とどのつまり、それは
「誰もが、物の怪・幽霊、そのほか異形のモノ達を見ることが出来る様になる」
という内容の術であった。
この術の最大の価値、そして最も難しいところは
は対象を限定しないという一点にある。
霊感ゼロの人間にも、光学迷彩服に身を包んだ宇宙人、特殊警察、
河童などまでも見えてしまうのだ。
少しでも霊感がある人間に、「妖怪が」「幽霊が」見えるようになる、
という限定的な術とは訳が違う。
対象を限定しないということは、人間の視覚を拡張する術としか思えない。
そして、不可視のもの全てを見えるようにすると言うことは、
単純に考えれば赤外線、紫外線以降の全ての光が見えてしまい、
逆に視界が真っ暗(若しくは真っ白)になるはずである。
また、何らかの方法で空間が把握できたとして、
映画でよくある『触ったら警報が鳴るレーザー』等の
見えないトラップが全てザルになってしまい、犯罪の横行が予測される。
だが、術の発動後、人間達の生活に変化は無かった。
全てを見えるようにする、としながら、どこかで何らかの制限をかけているのだ。
恐らく、生命体、知性体のみを対象としているのだろうが、
妖怪や宇宙人を含めて、その術は生命体をどう定義しているのか?
幽霊とセキュリティレーザーの違いはどのように判断しているのか?
いったいどの様にその術がプログラムされているのか、全く想像がつかない。
確実に言えるのは、人と異形の共存を目的として作られたその術は、
光学の概念も無い時代から気の遠くなる様な試行錯誤を経て、
上記の問題をクリアする完成系に至っている、という事である。
そのお陰で、少なくとも発動後一週間は
大したパニックは起こらず、人と異形はゆるやかに距離を縮めていった。
***
舞台は大きく離れ、神々の国オリュンポスの古きコロッセウムへと移る。
そこでは、今まさに父親殺しの業が行われようとしていた。
若き戦神クレイトスの刃が、神王ゼウスに向け振り上げられたとき、甲高い声が響いた。
「アテネ!? いや、違う! 奴は死んだ! この私を止めるものは他に誰にも……」
「止めやしないよ。 とばっちりで殺されちまうからね、アテナって神(ひと)みたいに」
現れた第三の者は、赤い衣を纏った東洋人の姿をしていた。
東方の女神、八坂神奈子である。
「新たなる神王への挨拶として、応援に来たのさ。
私だけじゃない、ご覧、荒ぶる神さんよ」
加奈子は手鏡を取り出し、空に向けた。すると、空に穴が開き、映像が現れた。
それは、年端も行かない少年少女だけで構成された、異様な群衆の姿だった。
「見える様になったってのは現金だねえ。一気に信仰が増えちまった。
まあ、唯一神とか呼ばれてる輩まで近くなっちゃったから、
あんたや私みたいな漫画チックな神に心を向けるのはガキばっかだけどね」
「これが……現在の、私の信仰者……」
クレイトスは剣を止め、
純粋な気持ちで祈り続ける子ども達の姿をじっと見つめていた。
ゼウスにも、ゼウスの父クロノスにも無いものがクレイトスにはあった。
子を愛でる心、愛し、育てた経験である。
強き神クレイトスを信仰するものは子どもよりも寧ろ
力を追い求める邪悪な人間の方が多かったのだが、
策士、神奈子はクレイトスの過去と精神を把握し、
彼を父なる神と慕い、純粋な愛を向ける少年少女たちだけを萃(あつ)めたのである。
この想いがクレイトスに届かぬ筈は無かった。
クレイトスが、それを拒絶できるはずは無かった。
「さあ、信じるものたちに見せておやりよ!
父神の模範を、あんたが玉座を勝ち取る瞬間をさ」
クレイトスは未だ、空の映像を見ていた。
「こんな……やせ細った餓鬼共が信者だと……ふざけるな……」
暫くしてやっと、クレイトスは衰弱し切って動かない父の姿に眼をやった。
この老神はもう終わりだ。止めを刺すのは、今で無くても良い。
「ゼウス、命拾いしたな。 私は貴様の相手などしていられなくなった。
私はこの子らのため……豊穣の国、ジパングを頂くぞ」
クレイトスは神奈子を睨み、にやりと邪悪な笑みを浮かべた。
神奈子は、にこりと、どこか暖かい笑みで返した。
「……へえ、そう来るか! 良いだろう、
東西の戦神どっちが上か、決めようじゃないかい」
戦神二人は、コロッセウムより去ろうとした。
その背後から、息も絶え絶えにゼウスの声が響く。
「認めぬ、認めぬぞ、高貴なる我らが貴様らヤオヨロズのカミ共と同じ次元に堕するなど……
妖怪と等しき、神とも呼べぬ下郎め……」
神奈子はくすりと軽く笑い、振り返って言った。
「ねえ、世界は大きく転換するよ。
この若い神さんはそれに付いて行けるみたいね、間一髪のところでね」
これから雌雄を決しようとしているクレイトスの腕に、神奈子は恋人の様に絡みついた。
そして哀れむ様な目でゼウスに向かって、言葉を続けた。
「貴方はどうかしら? お爺ちゃん」
***
――聞いたか? リアル神の決闘(デュエル)だって!
――ギリシャと日本の覇権をかけた戦いだとさ。
何でも、日本が負けたら、今年生産された分の農作物を
みんなギリシャ産と交換しなきゃならないらしい。
……ギリシャ側の価格基準で。
――うわ、それ、地味に痛いじゃん。
こりゃあ俺の嫁、神奈子様には頑張ってもらわないとな!
――あー、俺ギリシャ派だわ。
硬派なゲームが好きだし、洋食派だしー。
――あっお前、裏切るつもりかこの非国民!
***
神々の決闘は、日本かギリシャで空を見上げればかならず眼にすることは出来たが、
幻想郷から行くことの出来る、生きた人間に解放された冥界の広場は
神の居所に近いために大スケールで戦いを見物することが出来、
また年がら年中咲いている満開〜八部咲きの桜並木を楽しめる絶好のスポットであった。
更にその空間は、幻想郷の外では妖怪にしかまだまだ知られていない穴場でもあった。
なので、その日、外から来た人間は共通する特徴を持っていた。
『術』の事件よりも前から妖怪と親しくしており、
幻想郷の冥界に関する情報がいち早く伝わった者と、その友人達である。
「夏目くん、男衆! こっち空いてたわよ!
タキちゃんとシート広げてるから早く来てー」
「ああ、ありがとう、笹田、多軌、……ってあれ、三篠!?」
夏目は自分達のシートの隣に、見慣れた顔を見つけた。
普段、中小の妖怪を従えている巨躯が女子高生と談笑していた。
「な、夏目殿!? こ、これはその、成り行きでっ」
後1レスで連投規制ってどういうことなの……
YouはShockですね
うわあとちょっと早く気づいたら支援できてたのに
さるさんは毎時0分解除だからもう投下できるはずだよー
「……夏目、君?」
「……御崎……?」
隣のシートにもう一人、見知った、という程ではない、
見たことのある顔を夏目は見つけた。
「ふん、仲良しが出来たんだ。 やっと見つけたのね、安住の地」
「御崎もそうじゃないか」
「あら、笑顔で話すのね。私、あなたの力を分かってたのに
助けようとしなかったけれど」
「……僕も同じだったんだよ、あの中学では。
君を助けられないと思っていた。でも、今はそんな必要無さそうだ」
「必要も何もあったもんじゃないわよ!
今までの悩みが全部無駄だわ、まったく……」
「……御崎さん、何で急にイケメンの人と楽しそうに……
ふーん、やっぱり貴方そういう人だったのね」
「ちょ、百瀬さん、そんなんじゃ」
「良いわよ。静流ちゃん、三篠ちん、三人で遊ぼうねー」
「ま、待ってよっ」
「夏目君、誰よその女(ひと)」
「夏目君、誰よその女(ひと)」
「夏目君、誰よその女(ひと)」
「夏目君、誰よその女(ひと)」
「……ちょ、北本と西村まで一緒に女言葉になって
どうしたんだよ一体!?」
「あら夏目君、久しぶり。 ところで、誰よその女(ひと)」
「美鈴さん! ……って美鈴さんまで!?」
――喧騒を切り裂くように、澄んだ轟音が響いた。
八坂神奈子の先制攻撃により、決闘の幕が開かれたのだ。
「すげえ……」
「花火みたい……綺麗……」
群集から感嘆の声が広がる。
夏目も御崎も天を仰ぎ、その美しさに、自然と顔をほころばせた。
かつての重圧が消え、彼らは心からの笑みを浮かべる事に、ついに成功した。
美しき決闘は、これより始まる笑顔の国の合図と言えるのかもしれない。
了
最後のオチがひどいことにw
面白い術だなーこの術が世界中にかかったのか
なんかオラwktkしてきたぞ
時間がかかってしまい、すみません。
半分くらいで規制ならまだしも…orz
キャラクターは一切出ていませんが、各作品と
ドラマ「怪奇大家族」最終話とのクロスオーバーです。
キャラ多いので解説は最小限or無しで
八雲紫@東方妖々夢
八雲藍@東方妖々夢
夏目貴志@夏目友人帳
笹田純@夏目友人帳 アニメ版(原作の漫画では本人のエピソード後に転校)
三篠@夏目友人帳
檜原静流@もっけ 主人公なのに空気
御崎柊子@もっけ 脇なのに主人公っぽくなってしまった
百瀬@もっけ
クレイトス@God of War V(未発売)
ゼウス@God of War V(台詞いっこだけ)
八坂神奈子@東方風神録
多軌透@夏目友人帳(台詞2こだけ)
北本@夏目友人帳(台詞いっこだけ)
西村@夏目友人帳(台詞いっこだけ)
紅美鈴@東方紅魔郷(台詞いっこだけ)
おおー投下乙です
何だかすごいスケールだな これプロットなのか
神とか出てきとるw
>>209 紛らわしくてごめんなさい。
夏目×東方の新作より先に、この話「の」プロットを思いついたので
それにしたがって上記の本編を書きました。
本当は夏目友人帳とのクロスなんだからニャンコ先生出すとか、
術発動後のやくもけの様子とか、
東方世界で夏目とかもっけの主人公っぽい早苗さんのエピソードとか
書いた方が良さそうなのは一杯あるけど、気が向いたら書いていこうと思います。
ギリシャ神話の人物は無理矢理、八百万の神にこじつけてますが、
本来スレ違いのボーダーラインをギリギリ突破してしまってます。すみません。
一応メインは(基本は)まったり妖怪漫画二作のクロスって事で。
>>208 /\___/ヽ
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_/((┃))_____i |_ キュッキュッ
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.| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄.| トン
_(,,) 乙 (,,)_
.. /. | | \
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クロスする場合、普通の人にも霊や妖怪が見える世界になってきた
みたいな感じになるのかな
俺も来週には投下する……予定……
投下しようかな
なんだか一日3レスくらいが読みやすいみたいなことをきいたのでそうしてみよう
タイトル決めてなかった……あ、あとでね
山地は清浄な空気が支配して、天衝く杉がならび立ち、茂る竹はたまにざわめく。
遠くに紫の山々が霞んで、見事な水墨画にも似た風景だ。妙神山はまこと神仙が住まう
にふさわしい。
こんなにも幻想的な風景だと、猫が二足歩行していてもさほどおかしくも見えない。
下駄をはき、袴に黒い羽織で、子供ほどの大きさをした猫は二股の尾を揺らして、キセルを手に
歩いていた。妖怪・猫又だ。
大自然の妙に猫が目を細める。と、何かの気配を感じてやや下がった猫のヒゲが動く。
二股の尾が揺らめいた。
鳥の鳴き声がなくなる。
猫の後ろから妖怪たちの群れがやってきた。牛車の車輪にに頭がついた輪入道、巨体で
金棒を持つ一つ目入道、体が泥でできた泥田坊、あとを餓鬼が何匹も押し寄せた。
寺の小僧といったふうの男が妖怪の群れをかきわけ、猫に近づいた。
「きみはここにいるという神族ですか?」
きかれると猫は丸い頭を左右に振った。長くのびたヒゲが揺れる。
「いえいえ。小生、そんなご大層なものではございません」
「じゃあ敵じゃないんですね。道案内してくれないかな、この先に神族がいると思うんです
けど」
ふむ、と猫はあごをさすり、少し考えてから口を動かした。
「これも何かの縁、ようございます」
猫がのんびりと歩き、そのあとを小僧が、さらにあとからあとから異様な妖怪たちが地獄
さながらについていく。
「きみ、見たところなかなかの使い手じゃないですか? 実はわけあって神族とやりあわなきゃ
ならないんですが、一緒に戦いませんか」
害のなさそうな顔をした小僧が持ちかけたが、猫は断った。
「それは遠慮します。が、せめて見届けましょう」
そう、と小僧も無理にはいわなかった。
木々は減り奇妙な岩が目立つようになる。まもなく、行く手に大きな門が立ちはだかった。
門の左右にはそれぞれ大きな鬼の顔がついている。
頭のない鬼の体が門の左右に立っていた。角を生やした顔は生きている。
「妖怪ども、何用で参った?」
左の鬼がしゃべった。これは左の鬼門といい、もう片方は右の鬼門という。
「知ってるでしょう? 魔族の使い走りですよ」
丸い目の小僧は不敵に笑む。
「戦う気ならばやめておけ。おまえたちなどかなうまいぞ」
「いいんですよ。それで神魔の戦争のきっかけになれば願ったりです」
魔族は表向き戦争を望んでいないことになっている。だが、魔族の中に永く続いた均衡状態
を好まない者もいた。
「あと、もう一つ。ここに美神令子という人間が来るときいたんだけど、その人間の身柄を
いただきたいな」
小僧がぬけぬけ言うと、右の鬼門が怒声を飛ばした。
「そんなことができるはずなかろう。早々に妙神山から立ち去れ!」
「嫌だと言ったら?」
「しょうのない奴らだ」
左右の鬼門が開いていく。門の向こう側に、人影が二つあった。
手ごろな石に腰掛けキセルをくわえていた猫又は、やってくる人物に目を光らせた。
「小竜姫のお出ましか。技をいただこう」
小僧は妖力を高める。鬼門は低い声を響かせた。
「馬鹿め、小竜姫様がおまえらなど相手にするか」
出てきたのは、頭にバンダナを巻いた若い男と、釣り目の油断なさそうな男だった。どちらも
人間だ。
「人間と戦っても戦争にならないな」
小僧は口を曲げた。
「そこが神族のお偉方の狙いってわけだ。黙って帰る気はないか?」
釣り目のやや小柄な男が、挑発的にきいた。伊達雪之丞という。
小僧もやり返した。
「ここまで来て手ぶらで帰るほどの登山愛好家じゃないんでね」
「修業の成果を試すチャンスだぜ」
雪之丞は霊力を発揮し、体を鎧で覆った。さらに鎧と一体化し、雪之丞は魔物と化す。
「これが俺の新しい魔装術か!」
魔装術は霊力を具現化し鎧をまとう術だが、使い方を誤れば魔物になってしまう。
修業の結果、雪之丞は判断力を失わず魔物でいられるようになった。
「俺は美しい! ママーッ!」
彼はナルシストでマザコンだ。
「ちょっとは楽しませてもらえるかな。おまえたちはあっちの馬鹿そうな男をやれ」
小僧は背後に控えた一つ目入道たちに指示した。一つ目入道は大きな目を動かし、金棒を
構えて太い足で地を踏んだ。
「わーっ、やっぱ無理だ、入れてくれーっ!」
バンダナの男は門を開けようとするが、すでに固く閉ざされていた。
横島忠夫といい、美神除霊事務所の従業員だ。修業などガラではない。
だが、雇い主の美神に魔族のボディーガードがついて追い出され、さすがに傷ついた
プライドを回復すべく、横島は妙神山修業場に来ていた。
「く、くそーっ、俺だって!」
横島は手を変質させ、輝く刀を形づくった。
かたや小僧はやや顔つきを変えて、手を突き出した。
「食らえ、火掌発破拳!」
小僧の手が赤く光った直後、激しく燃える火の玉が飛ぶ。
火球は雪之丞に向かって一直線、ぶち当たると破裂した。
黒煙の中から光る目をした雪之丞が飛び出し、すばやく小僧に襲いかかる。
「ガキの火遊びか? 効かねえぜ!」
雪之丞の突き、蹴りを小僧は身を反らしてかわし、腕で払う。
「人間にしてはまあまあか……」
横島も負けてられるかと霊波刀を振りかざし、一つ目入道に向かった。
「ちくしょーっ!」
大きな金棒がうなると横島は打たれて吹っ飛び、壁に激突した。
「ぎゃーっ!」
強打した頭から血が流れる。
「や、やっぱり俺はダメだ……」
痩せて腹だけ膨れた餓鬼たちが、横島に群がる。
横島の脳内に懐かしい声が反響した。
「横島さん!」
「おキヌちゃん?」
横島が顔を上げると、巫女装束で黒髪をのばした少女がいた。
「生き返って俺のこと忘れたんじゃ……」
周囲は真っ暗だ。
「そうか、これは夢か」
「はい、夢です。でも、本当なんです。魂が共鳴しているんです」
「そっか……」
「横島さん、私がいなくても頑張って美神さんを支えてくださいね」
「俺……もう俺GSやめるよ」
「何言ってるんですか! 横島さんが美神さんを守ってあげなくちゃ!」
「あの人に守りなんているかーっ!」
「よこちまー!」
突然の幼い声に横島が振り向くと、女の子が絵本を持って立っている。
「えほんよんで!」
気の強そうな目をした女の子は、間違いなく幼児化した美神だ。
「い、今忙しいから、あとでね」
「めー! いまよんで! よんで! よんで!」
「何であんたはいつもいつもわがままばっかり言って、何もさせてくれんし……俺じゃなかったら
とっくに……!」
横島の腹から胸に、熱いものが込み上げた。
続きは明日以降
超いまさらだけど俺まちがってたね
誤・横島忠男
正・横島忠夫
すみませんでした……
おキヌちゃんが、おキヌちゃんがきてくれたのに横島ったら
ありがとうです では続き
ちなみに一つ目入道、輪入道、泥田坊、餓鬼は―乱戦―で死んだ妖怪が復活させられています
「俺じゃなかったら……そうだ、美神さんのパートナーは俺じゃなきゃ」
「横島!」
聞き慣れた声に、横島は自我を取り戻した。
「は、はい! え?」
明るい色の髪、力強い瞳、突き出た胸、くびれた腰の美神がいる。
「こ、これも夢か?」
「何寝ぼけてんの!」
美神の手が横島の胸ぐらをつかむ。
「黙って修業して師匠を出し抜こうなんていい根性してんじゃないの」
「そ、そんなつもりじゃ」
空飛ぶほうきを改造したカオスフライヤーで、美神は駆けつけたのだ。
群がっていた餓鬼が数匹、彼女に倒され転がっている。
「まったく、心……させないでよ」
「え?」
「と、とにかく、私は小竜姫にききたいことがあるから、あんたたちはもうちょっと踏ん張ってて」
美神は照れ隠しか、門をこじ開け奥へと消えた。
「ああーっ、美神さん、そんなーっ! 俺も入れてーっ」
小竜姫は神族で竜の化身だ。妙神山修業場を管理している。見た目には若い娘といった
さまだ。
「小竜姫! こそこそ魔族のボディーガードつけたりして、何の真似?」
美神は小竜姫の肩をつかんで大声を出した。
「お、落ち着いてください美神さん」
「裏で勝手にやってるところが気に入らないわ」
なんとか美神を引き離すと、小竜姫は説明した。
「美神さんの前世に何かあるそうなんですが、私も詳しいところは知らされてないんですよ。
あとでヒャクメを送って調査させます」
一息つくと、小竜姫は続けた。その姿はやはりただの女に見えるが、頭に短い角がある。
「魔族の中に神魔戦争を引き起こしたい勢力がいるので、今、魔族と神族は協力して戦争を
避けることになっているんです。それで試験的に魔族の正規軍に手を貸してもらいました」
「そう……あと、私にも修業させて」
修業は主観的に数か月を過ごすが、時空の違うフィールドで行うため、外界では数秒しか
かからない。
「そこに座ればいいのね」
美神は小竜姫の腕を引いてイスに座った。
「あっ!」と小竜姫は声を上げた。
「美神さんの場合、成長性のピークを過ぎてますから数分かかるんですよ」
「え、数分?」
すでに二人は仮想空間に入ってしまった。途中ではやめられない。
一方、外では、刺客の小僧は雪之丞を攻めあぐねていた。
「しかたない。この姿を見せてやろう」
魔物化した雪之丞の前で、小僧は髪を伸ばし肌の色を変えた。
小僧の目は釣り上がり牙が生え、顔と体にまがまがしい模様が浮き出る。
「てめえもやっぱり妖怪か」
身構える雪之丞に、正体を見せた妖怪が教えてやる。
「俺は乱童」
九十九人の達人を殺し、その奥義を奪ってきた、戦闘に特化した妖怪だ。
動かした妖怪の口から、何かが垂れていた。
気づいたときは遅く、雪之丞は足を縛られた。
「妖気の糸だ。そいつは絶対切れない」
雪之丞はもがくが、糸は切れそうもない。それどころかますます増えて雪之丞の体に巻き付いた。
「くっ、くそっ!」
離れて座る猫又は、何食わぬ顔でキセルをくわえていた。
猫の視線の先で、起き上がった横島は手の中に何かを握っていた。
「なんだこれ? 俺が出したのか?」
ビー玉のようなもので、淡く光っている。
一つ目入道が大きな目でねらいを定め、太い腕で金棒を振り上げた。
「うわーっ、爆弾にでもなってくれーっ!」
横島は玉を一つ投げた。玉に「爆」の一文字が浮かび上がって光り輝く。
閃光のあとに轟音が響き渡り、一つ目入道を吹っ飛ばした。爆風が吹き荒れ、熱が辺りに
広がる。黒煙が視界をふさいだ。
「わーっ、なんやーっ!」
横島は半狂乱になりかけて逃げ惑った。
「あれはまさか、文珠!」
乱童は目を見張り、横島の手に光る玉を注視した。
文珠はキーワードを入力することで一定の効果を発揮する、霊力の結晶だ。
「あんな馬鹿そうな奴が、文珠を出したのか? くそっ、話が違うぞ」
乱童は縛り付けた雪之丞を放って、横島に向かい地を蹴った。
「おまえのほうが危険だ! 先に殺す」
「うわーん来るなーっ」
横島は叫び、また文珠を投げ付けた。横島の意志を反映して、文珠に「退」の字が輝く。
「うおおっ?」
文珠が光ると乱童は弾かれ、反発する磁石のように横島から遠ざかり後退した。
「くそ、あんな馬鹿そうな人間が……、ならば!」
乱童は妖気を高めると拳に集中させる。邪悪な気配が渦巻いて濃度を増した。
「食らえ、偽・霊光波動拳!」
霊光波動拳は幻海師範の奥義だ。乱童の偽・霊光波動拳は本家を推測し、霊気の代わり
に妖気で補って模倣した別物の技だが、それでも威力はかなりのものだ。
強烈な妖気の塊が横島に襲いかかる。
あわてふためく横島の前に、髪を振り乱して美神が飛び出した。
霊力をこめて美神が神通棍を振るうと、青い光の筋が伸びてしなり、妖気の波を打った。
霊気と妖気がぶつかり合って激しく発光する。
偽・霊光波動拳はさえぎられて消えていった。
「神通棍がムチになるのね」
自身の新しい力に美神は満足する。砂埃が晴れると、「盾」という文字を光らせる文珠が
浮いていた。
「これは……私の力だけで防いだんじゃないの?」
「ムチっすかー、ますます女王様っすね」
師に恐れる横島よりも美神は弟子に恐れた。
「横島クン……」
輪入道が赤く燃え盛る車輪を回転させ、美神に突進する。
美神の神通棍は蛇のようにうねり、輪入道を打つ。車輪は軌道を変えて岩に激突した。
砕けた岩と火が飛び散り煙が上がった。
「おい、何とかしてくれ」
縛られた雪之丞がばたついて横島に近づいた。
「こうかっ」
意外に漢字を知っている横島は「鋏」という文字を文珠に光らせ、雪之丞に投げた。
妖気の糸が切れてはらりと地面に落ちる。
「馬鹿な……あんな弱そうな奴に!」
乱童は身を震わせ、怒りに目を燃やす。
「やれ、泥田坊、餓鬼ども、そいつらを殺せ!」
乱童の指示で泥の塊がうごめき、餓鬼たちがつづく。
人間らしからぬ姿の雪之丞は飛び、泥田坊を殴って崩しにかかった。
「横島クン、援護して!」
美神はムチをしならせ餓鬼を打ちつつ、声を飛ばした。
「そんなこと言われても、おれまだこれよくわからないんですよーっ、誰か教えてくれーっ」
文珠に「教」の文字が浮かび上がって光る。思わず投げた玉は乱童に当たって威力を発揮
した。
乱童の口が本人の意識を無視して勝手に動く。
「お、俺たちは疑似的に地獄から復活させられた妖怪で、核となるカプセルを破壊すればまた
地獄に帰する」
ではここまで あと2レスくらいで終わります。
乱童は幽遊白書に出てきた技マニアみたいなやつ。幻海師範弟子入りの時幽助と戦った。
投下終わったら出演紹介します
おお、乙です!まさか泥田坊やら一つ目入道が出てくるとは驚いたわ
まさにクロスですな。個人的に乱童はお気に入りです。あれはうっかり妖怪だったw
…俺もさっさと書き上げないとなあ。出す予定の妖怪まだ二十体くらいいるし……
乱童はぎりぎり妖怪だな
幽幽白書は判断しにくいな
今ジャンプでやっている【ぬらリひょんの孫】が怖くてしょうがない
何が怖いって“書こうと思っていた妖怪を先に描かれる”ってことだ
早く書かないとあれもこれも先に描かれてここに投下するときには後出しみたいになってしまう
そう思うと焦って『早く書かないと』って思うんだが気持ちだけ早まって一向に進まないんだよな
これほど『怖い』と思った漫画は初めてだよ……
レスありがとうです
一つ目入道たちの扱いがあんまりおいしくなくていかんなあと思ってるんだけどね
>>228 別にぬら孫に出ててもいいと思うんだが……
では投下 これでおわります
230 :
ダンス・ウィズ・キャッツ!7 ◆Omi/gSp4qg :2009/02/24(火) 17:57:55 ID:EGuOp1BM
「へえ、そうなの。ついでに教えて、あんたたちのボスは誰? そいつの目的は? 何で私が
狙われるの?」
美神が問うと、とっさに乱童は自分ののどを指で突いた。みずから声を封じたのだ。
「そうまでしていいたくないのね」
つまりそれほどに恐ろしい黒幕なのか、と美神は戦慄を体の奥に感じた。
乱童が両の手をかざすと、風の刃が渦を作る。斬空烈風陣という技だ。
餓鬼たちを巻き込み斬り刻んで、風の刃は美神と横島に迫る。
とお、と叫んで雪之丞は渦の中心に飛び込んだ。ここだけが死角だが飛び込むには度胸が
いる。
霊力で武装された体が斬られながら乱童へと突っ込んだ。
雪之丞の足が乱童の胸を襲う。乱童の体は後方へと飛ばされ、地面に打ちつけられた。
カプセルらしきものが空へと放られ、どこかに落ちる。
全身斬られた雪之丞も地面にひざをつけた。
「あとは頼んだぜ」
雪之丞は地に崩れ落ち、人間の姿に戻った。
怒気を発し顔をゆがませる乱童が起き上がる。
「カプセルが核よ! どこに落ちた?」
美神は目で探すが、餓鬼の死骸や岩などばかりで、小さなカプセルを見つけるのは難し
そうだ。
「横島クン、何とかしなさい!」
「んなこと言われても」
戸惑いながら、横島は「探」の字を思い浮べてみる。文珠に文字が輝いた。投げると弾け、
強い光が地面の一点で灯った。
「そこか!」
美神が神通棍を伸ばしてうねらせる。
乱童が残る妖気を高め、最後の一撃を放とうとした。猛烈な妖気が周囲を払い圧するようだ。
「うわあっ、助けてくれーっ!」
横島はあわてて、あと一つしかない文珠をつまんだ。
美神が横島に鋭く指し図する。
「やばいっ、さっきのだわ! 横島クン、盾よ!」
「は、はい、あれ?」
すでに文珠は「助」の字を光り輝かせて、威力を発しようとしていた。
「しまったーっ、別の字入れちゃいましたー!」
「このアホー!」
美神は大声を出して成長した弟子を責めた。
傷ついた状態で二発目の偽・霊光波動拳は、乱童でも力の溜めに時間を要した。
その間に、「助」の文珠は転がって猫又の下駄に当たる。文珠は光って消えた。
「ではしかたない。やりましょうか」
他人事のようにながめていた猫又が、黒い羽織りをはためかせ、キセルを手にした。
声は出せないが乱童の目は、貴様ごときに偽・霊光波動拳は止められまい、と語っている。
猫のキセルは恐ろしく巨大な刀の幻を帯びた。
辺りにただならぬ気配が伝わり、空気が張りつめる。
――超・占事略決
巫門御霊会(ふもんごりょうえ)
長大すぎる刀に乱童も目を見開く。
剋殺
刀が刺さると乱童は形を崩していった。刀も砕けて消える。
「す、すげえ……」
元に戻っている雪之丞は、猫又の強さに寒気すらおぼえた。
猫又はなんでもないように、またキセルをくわえた。
思い出し、美神はカプセルを神通棍で打ちつけ破壊した。
転がった餓鬼や、輪入道の残骸、倒れた一つ目入道が煙のようになって消えていく。
乱童も消滅した。
「あの猫はあいつらの仲間じゃなかったのね」
美神は猫又も一味だと考えていた。
「お疲れさんでした、横島さん、美神さん。では小生、これにて」
猫又は毛に覆われた頭を軽く下げると、立ち去ろうとした。
「ん? 何で俺たちの名前知ってんだ?」
横島がきくと、猫又は振り向き、初めて笑った。
「お会いしましたよ。千年前に」
猫又の言葉に、横島はなぜか不思議と納得した。俺はずっと過去、この猫に会った、という
遠い記憶が横島の頭にうっすらとよみがえった。
「小生、猫又のマタムネ。好きなものはマタタビ。では」
メフィストと高島、美神と横島。運命の不思議、千年の因縁を思い、マタムネは心で唄った。
おまえさんを待つその人は
きっと寂しい思いなぞさせはしない
少なくとも
少なくとも
終わり 出演
猫又のマタムネ@シャーマンキング@
乱童@幽遊白書
一つ目入道、輪入道、泥田坊、餓鬼@伝承妖怪、―乱戦―より
横島忠夫、伊達雪之丞、おキヌ、美神令子、小竜姫@GS美神極楽大作戦!!
でお送りしました
うわーあげてしまった……
乙!マタムネと乱童とGS美神が絡むとは予想外すぎたw
しかしマタムネの必殺技は反則気味だよなぁ。霊丸?なにそれ美味いの?みたいなさ
マタムネは技使いすぎると消滅するみたいな設定だったような
飛影よりは弱いかもしれんw
◆ToYoImXfic氏の続きはまだなのかね。後編が気になる
期待してくれてありがとう、そしてごめんなさい。
他の方に手が行ってて続きがあまり進んでなかったりします。
近日中に次の部を投下しようとは思います。
そこからより明確に話が進みそうなので乞うご期待。
……でも空気な子の見せ場は更に先。もっと出番作っておくんだったぜ。
過疎?とりあえず保守!
このスレ見てる人は手挙げて(゚Д゚)ノ
ノ
ノ
(゚Д゚) …イタンダ
おれは
おんそくが
おそい
な
ここにもいるぞ!ノシ
>>245 そう言う君はウンコエロスなわけだがww
ノ
>>239 ,.:;'";;;;;;;;;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;;ヽ、
/:;:;:;:;:;:;:;:;:;::::;::::::i!::;::::::';::::、;:ヽ、
/:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:::l::::::|;::;:::;::;:li;;::;l;;;,}ヽ
;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;::::_ノ_,.ノ,.:::j i;.=、!';! ヽ
;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;';;;;;;;:i!" ,. ` ,. 、 ';:'i, ';
;;;;;;;;;;;;;;;;;;/;;;;;;;:i!,,== r`:、 l:::| .i
;;;;;;;;;;;;;,'"i;;;;;;;;:;"し'丿 し' l!::| }
;;;;;;;;;;;;,,、i!;;;;;;;::;. `''" ;;;;i! |
;;;;;;;;;;;;;,/;;;;;;::,ノ-、 ‐ ' ,.,;";i!:! ,| <身の程を知るのね、豚
;;;;;;;;;;;;/;;;;;;;;/、` ヽ, _,..,,;;;'";;;::;;;;i:i!/
;;;;;:::/:;:;:;:;::/>、_,.r-‐`┘r'、;;;;;;::;;;;;/:i!
;;:;:/;:;:;:;:;::/;;;::;;/⌒`ヾ、ヾ::Y`l;;;;;;/:/'
/ /ヾL/ }:
その携帯電話の持ち主は好奇心旺盛な悪戯好きで
かけてはいけないと言われる呪いの電話番号にかけてみたり、
御神木と言われる桜の大木に登ってみたりと
奇行を繰り返していた。
その罰が下ったのか、携帯電話は行方不明となってしまった。
消えた携帯電話のベルが鳴る。
RRRR…RRRRRR……
しかし、誰もそれに気付く筈はない。
それは忘れられたのだから。
月日が経っても、携帯電話は鳴動を続ける。
RRRRRRRR……RRRRRRRR……
おかしな事に、とっくに解約済みにして
電池も切れているであろう携帯電話が、まだ鳴っている。
RRRR……
「ピッ」
「んん、もしもし」
「私メリーさん。今、村に入ったところよ」
「そうか」
ついには、たった一言ずつではあるが、
その携帯電話で言葉のやり取りが交わされた。
一時間と経たぬうちに、再びその電話は鳴った。
「もしもし、私メリーさん。
今、桜並木を通って貴方の家に向かっているわ。
ここは良い所ね……のどかで、それでいて『賑やか』だわ。
ねえ……貴方はこの『賑やかさ』が分かるかしら?」
電話の向こうから聞こえてくる少女の声は、挑発的な雰囲気を持っていた。
しかも、問いかけをしておきながら、それに答える間もなく
通話はすぐさま切られてしまった。
RRRR……
「ピッ」
三度目の通話。
この手の怪談話はもう少し焦らすものだが、
よほど『のどかな』村で遮蔽物が無いからなのか、
“メリーさん”は既に目的の座標に辿り着いていた。
だが。
「もしもし、私メリーさん。
今貴方の後ろ……いえ、まだ貴方のお家の、前?
うしろ、うしろはどこなの、ねえ」
「上だ。上にいる。ここにこい、登って来れるか」
少し長い言葉を聞くと、メリーさんの対話相手は
初老の男性であるらしい、という事がわかる。
それに加え、『上』へ向かうメリーさんには、別の事が判って来ている様だった。
「……なによ、アンタも妖怪じゃない。私と同じ、元幽霊みたいだけど。
しかも大物ね……もう、最初にかけてきたのは
ものを知らなさそうな人間の若造だったっていうのに。がっかりね」
悪態をつきながらも、メリーさんは大物妖怪の元へ向かう。
桜の巨木を登りながら、淡く美しい色をその衣服に絡めながら……
メリーさんが辿り着いたのは桜並木の主とされる、最も大きな桜の樹だった。
携帯電話は、持ち主が悪戯で木登りをした際に、枝に引っかかり残ってしまったのだ。
あるいは、御神木に登ったことへの、神か、“彼”からの罰か。
メリーさんは呪いの対象が大物妖怪と分かってからも、
“それ”に会う為に樹に登った。
なぜだかそれは、会って話をすると楽しそう、そんな気がした。
少なくとも、それに邪気は感じられなかった。寧ろ、陽の気をまとってすらいた。
妖怪化した幽霊の類としては、非常に珍しいことである。
ついにメリーさんは大物妖怪の元へ辿り着いた。
それは中腹の大枝に腰掛けていた。
血の気の無い肌と人形の様な無表情を持つメリーさんの容貌も
(美人の部類ではあるけれど)そこそこ怖いタイプだが、
それは何倍も恐ろしい姿をしていた。
般若のような顔、いかつい形相、
禿頭の後頭部から長く伸びたぼさぼさの白髪は
「落ち武者」という言葉がぴったりだが、しかしその着衣は庶民的な着物だった。
「おお、来たか、来たか。もっと近くに寄れ」
かつて非常に苦労をして笑みを忘れたのか、
その眼差しは怒ったような雰囲気のままだったが、
喜びに満ち溢れた声色で、大物妖怪はメリーさんを迎え入れ、抱きしめようとした。
メリーさんも何だか抵抗する気が起きず、
元幽霊の癖して春の様に暖かい腕の中へ入っていった。
「かわいそうに、お前も色々とあったのだろう。
ここにいればもう心配ないぞ。わしが守ってやるから安心しろ。
もう外界に行くことは無いぞ。ここにおれ、安心しろ……」
「え、えっ?」
背中をぽんぽんと叩く優しい手、優しい言葉……
外見とのあまりのギャップに、悪玉妖怪のメリーさんは面食らってしまった。
「ちょっと、何なのよアンタ……おじいちゃん」
迷惑そうな物言いに、大物妖怪はいささか落ち着きを取り戻し、手を離した。
「おお、済まん。では、詰まらんかもしれんがわしの身の上から話そうか。
その代わりに、後でお前の話も聞かせておくれ」
大物妖怪、お庄屋七衛門(しちえもん)は遠くの景色を――
過去を見ながら、話し始めた。
「そう、ずっと前、わしは何も守れず、何も救えなかった。
つい、この前も、わし一人では駄目だった。
わしは、どうにか、こんなわしでも誰かの助けになれれば、そう思うのだ……」
言い伝えによるとその村では、四百年ほど前に
庄屋「山田七衛門」以下約五十人の村人が
一揆を企てたと偽りの訴人をされ、処刑されたという。
その供養として五十本の桜が植えられたとか植えられなかったとか言われており、
恐らくメリーさんが賑やかと評した、
桜並木を練り歩く大勢のお化けはその村人の霊、
もしくはそれが妖怪化した桜の精、という事なのだろう。
当の七衛門はと言えば、もうすっかり魔物化してしまって
そこから離れることができなくなっていた。
桜の樹に縛られて長き時を生き、七衛門は守り神でありながら人を守る術を忘れてしまった。
最近も、子どもの霊が七衛門の桜に迷い込んできたが、
その子の成仏に七衛門には何もしてやれず、
人間の若者の手を借りなければならなかった、という事があったのだ。
「恥ずかしい限りだ。さあ、わしの話はもうこれまでだ。
次は、お前の事だ。お前はどんな辛い事がある。どんな恨みがある。
そして……」
お前の為に自分がしてやれることは無いか。
お前を救うにはいったい何をすれば良いのか。
忘れられた携帯電話から七衛門がメリーさんを呼んだのは、
そういう事だったのである。
メリーさんは呆れた様な、困ったような、
まさに難しい顔をして黙り、暫くして口を開いた。
「あのね、私あんたの助けなんか要らないのよ。
そりゃあ『こうなった』時には恨みとかがあって
それがきっかけで人を呪う様になったんだろうけど、
今の私はこれが好きでやってんの。トラウマとか、そういう湿っぽいことは全然無いのよ。
誰もが過去を引きずって悪玉になるんじゃないの。
実際、アンタが証明しているじゃない。過去の恨み、苦しみに引きずられながらも、
それによって誰かを助けたいと思う様になった、とんでもないお人好しがね」
「そ、そうか。それなら良いのだが……すまなんだ」
残念そうな、しかし安心したような語気で七衛門は答えた。
しかし、メリーさんは語調を強めて言った。
「良くないわよ!
いい、私に悩みなんかないけれど、あんたにはあるんでしょ?
そんで、あんたの悩みは自分じゃ解決出来ないのよね?
あんたは何も出来ない、動けないんだから」
「あ、ああ……そうだが」
「だったらだれかがアンタに協力してくれなきゃ駄目じゃない! いい?」
メリーさんは一呼吸置いて、話した。
「私が協力してあげる。動けないあんたの変わりに、
私が困ってる誰かを助けてあげるの」
メリーさんの物腰は、いつのまにか七衛門の優しさが伝染したかの様に、暖かかった。
長い時を生きているかもしれないが、形質は少女の妖怪である。
大人から教わった教訓に影響を受けやすい体質を持っているのだ。
***
こうして、とある小さな農村の、大きな桜の樹に「事務所」が開設した。
根城を動かない所長と携帯電話でやり取りし、
世界中を駆け回ってよろずお悩み何でも解決するスーパーヒロイン一人という図式から、
花子さんだのリカちゃんだの似たような境遇の妖怪が集まって
大所帯の組織になったとか、
その正義の組織が凶悪な妖怪を見事に調伏した話があるとか言われているが、
如何せんマイナーな農村の土着妖怪に関る話のため、
著名な媒体での記録はあまり残っていない。
了
メリーさんかわいいよメリーさん
今回のコンセプト
・版権妖怪ばっかりだから伝承妖怪を登場させたかった
・百鬼夜行抄に感銘を受けた
メリーさん@伝承(都市伝説)妖怪
七衛門桜@百鬼夜行抄
夏目×東方のほうの続きは…
展開が全部思いついてまとまったら書きます、スマソ…
別スレで新しいシリーズ始めちゃったからあっちもやらないと…orz
乙です
おもしろかった! この話の続きも読んでみたい
けどまああんま無理せんでねw
あれから十日。規制はまだ解けない。
どうにもならないのでもうしばらくお待ちを。
これは携帯から。
保守
俺も保守
ああ…早く書いて投下したい…
じゃあ一日1レスを目標に書き貯めたぶんをちびちび投下しよかな
魔都平安京は百鬼が夜行し、魑魅魍魎が跋扈する。
夜の濃い闇に京は包まれて、力なき者は見えぬ怪におびえ、戸をかたく閉ざしていた。
丑三つ時、京の大路小路を変化たちが往来する。
羅城門には妖怪どもが棲まいて、毎夜眷属と宴に興じていた。
楽しげな笛や太鼓の音が、夜空の星に届けとばかりによく響く。
目が一つのや三つのや、角を生やしたのや、鳥獣と人のあいのこのようなのが愉快そう
に踊り歌う。
その光景はさながら地獄の饗宴だった。
目を光らせて、妖怪たちの宴を猫がながめていた。ただの猫ではなく、尾を二股にした猫又
であった。
不意に、何者かが猫又に近づく。体の線がわかる、異国の黒い服をまとう女の怪だ。
「ねえ、高島という陰陽師を知らないか?」
虎模様の猫又は、丸い頭をうなずかせた。
「存じてます」
「教えてもらえる?」
「いいですよ。案内しましょうか」
猫又は立ち上がり、二股の尾を揺らして歩きだした。
長い髪をした女の怪は、猫又のあとを歩いた。
怪の姿は完成性があって美しいが、それでいて何かが足りないような危うさを秘めて
いるようだった。
濃い闇に人魂が薄く光って、恨み嘆きをきかせる。川原、橋の下には骸骨が重なっている。
平安とは名ばかり、幅をきかせるのは貧乏神疫病神、多くの民衆にとって京はこの世の
地獄であった。
「陰陽師たちの戦いがありましてね」
先を歩く猫又が話しはじめた。
「朝倉葉王(はお)という大陰陽師がおられました。かのかたは人の心を読むことができた
のです。そのために、人々の心の闇にとらわれ、食われました」
京に満ちる多くの人々の恨みつらみ怒り憎しみ、それらを一身に浴びて葉王は闇に堕ちた。
「人類の滅亡をはかった葉王を、陰陽師たちが集まり、死力を尽くして阻止したのです」
「高島もその中に?」
女怪がきくと、猫又は悲しそうな目でうなずいた。「高島さんはつかまりました。藤原氏の女に手を出したということで。しかし、本当の理由は
恐いからですよ。偉い人は陰陽師が恐いのです」
高島が捕われているのは好都合だ、と女の怪はほくそ笑んだ。
窮地の人間はくだらないことに魂を投げ出すだろう、と。
なまぬるい夜風が二人の間を吹き抜けた。
原作をなぞる形になってしまうがこれは伏線であり、長い長い間奏のようなものというか……
そんなもんです
雰囲気でてきてるのう
続きまーだー?
「猫、おまえずいぶん詳しいね?」
「ええ。小生、葉王様の飼い猫でしたから」
闇夜に光る猫のまなこが閉じられる。まぶたの裏に浮かぶのは、飼い主葉王の最期であった。
葉王の膨大な巫力を得て猫は変化し、猫又と化してつかえていた。
闇に堕ちたあるじを、猫又は救えなかった。
優雅に舞うように散っていったあるじを思うと、猫又は悲しみに身を引き裂かれるような
痛みを覚えるのだった。
茂みの中で、猫又の目が二つ並んでいる。
木造の建物が見下ろせた。
「あれに見えるのが牢です。高島さんが入れられていますよ」
「ありがと。名前をきいとくよ、私は悪魔メフィスト」
「小生、猫又のマタムネ。好きなものはマタタビ」
メフィストは草を踏んで坂を下りていった。
マタムネは黙って見送る。
やがて、牢の一角で爆発が起きた。
怒号が飛びかう大騒ぎの中、メフィストが若い陰陽師をつれて飛び出す。
気配を感じ取り、マタムネは二股の尾を揺らめかせて振り向いた。
木の陰に男女がいる。
「何で横島クンの前世が陰陽師で、私の前世が悪魔なのよ!」
長い髪を振り乱し、女が男を無造作に殴り続ける。美神令子といい、千年後からやってきた
霊能力者だ。
「や、八つ当り……」
殴られるほうの若い男は横島忠夫といって、美神の助手だ。
「前世のことはあまり気にしないほうがいいですよ、美神さん」
忠言するのは一見人間の女に見えるが、額に目を持つ神族で、ヒャクメという。
謎に包まれた美神の前世を調べるため、美神の力を使い時を越えてやってきた。
三人は雇われ陰陽師として京に身を置き、葉王との戦いにも後方から援護として参加した。
美神は光る目に気付いた。
「あっ、マタムネ」
名を呼ばれて、マタムネは二股の尾を上げた。
「なぜ小生をご存じなのです」
「千年後に会うんだぞ。俺は横島」
おもしろがって教える横島の頭を、美神が押さえ付けるようにする。
「余計なこというんじゃないの」
「とにかく、メフィストを追いましょう。美神さんが魔族に狙われる原因がわかると思います」
ヒャクメが強くうながし、美神と横島は悪魔を追って駆けた。
レスありがとうです たまに改行変なんなってしまうな
じゃあまた明日以降 ちびちびいくよ
聞いてないのに好きなものを言うとはよほど好きだなマタタビ
一方のメフィスト、高島は廃屋の陰に隠れて役人たちをやり過ごした。
「なんか知らんが助かった、ところでおまえは……」
高島はメフィストの突き出た胸、形のよい尻をながめる。
悪魔は肌を露出して、この時代にはない格好をしていた。
「何者だ?」
「私は悪魔メフィスト。高島どの、おまえの願いを三つ叶えてやろう」
「願いだと?」
「その代わり、魂をいただくよ」
「魂ぃ?」
高島にはなんのことやらわからないが、いただけるものはいただきたい、何かをやるのは
御免。
千載一遇の機ではあるようだ、と高島は頭をひねって知恵を絞り出す。
その姿は一見軽そうな若者だったが、高島は陰陽師としての腕は一流で、その威風のような
ものは悪魔にも感じられた。
「よし、一つ目の願いは、願いの数を増やしてくれ!」
メフィストの腕がしなって拳がうなる。高島は頭を打たれて悲鳴を上げた。
「そういう願いは却下!」
「んだとー……ちょっと待て」
高島はどうにかして願いをいくらでも叶えさせよう、と考えに考えた。
虫の声がいくつも重なってあたりに満ちている。
名案を思いつき、高島は輝く瞳でメフィストを見据えた。
「俺にほれろ!」
「はあ?」
「俺を好きになれ! これが願いだ」
「おまえはさっきから私に欲情しているのか?」
「何?」
「私の体を使いたければ使ってもいいぞ?」
「本当か!」
反射的にもろはだ脱ぎ半裸になる高島。しばしメフィストの肢体を見つめる。
「……ぬおおーっ!」
その場を走り去り、山に登り岩を持ち上げ股間を打つ(マネしないでね!)。
「こらえろ高島!」
心をつなぎとめ隷従させ、願いを叶え続けさせなければ意味がない。
>>267 そーゆーキャラなんだよなー あと読書が趣味
よくわからん奴で書くの難しい
イメージ違ってたら好きな人はお許しを
「何としても俺が奴を操るのだ!」
走って戻り、息を整えると高島はメフィストに言ってきかせる。
「そうじゃねー! 愛だよ愛!」
「愛? 何それ? 発情じゃないの?」
メフィストには理解できなかった。
そのとき、一陣の風が吹いた。二人は凶悪な気配を感じ、息をひそめた。
「貴様だな……」
怨念に満ちた気配をまとって、男の霊がやってきた。初老の高貴そうな男だ。
「怨霊か」
この時代の京において、怨霊はさほどめずらしくない。だがこの霊は格がかなり上に
思われた。
「東風ふかば にほひおこせよ 梅の花
あるじなしとて 春なわすれそ」
怨霊は負の霊波を放ち、高島に浴びせかける。
メフィストが障壁を造って高島を守った。
「ちょっと、こいつは私の獲物よ」
高島は霊の正体に気付いた。
「その歌は……菅原道真か?」
かつて時平に陥れられ、悪霊と化した人物だ。
「いかにも。憎し、葉王様を滅ぼした陰陽師。邪魔するなら魔物よ、まず貴様からだ」
怨霊道真は霊力を高めると、火花を起こし雷を発する。
激しい光がメフィストに襲いかかった。メフィストはまた障壁を造る。
稲妻は力強く、メフィストは押さえるのに必死になった。青い閃光が今にも障壁を破ろう
と、闇を照らして暴れる。
「急急如律令、雷を散らしめよ!」
高島が雷よけの術を発揮した。二人の力でやっと雷はしりぞけられた。
「私を助けたのか、高島どの」
意外な思いでメフィストは高島を見つめる。
「当たり前だろ。今の俺にはおまえしかいないからな」
葉のこすれる音がきかれた。
「おおっ、すごいぞこの時代の俺!」
茂みから飛びだした横島が、自分の前世に感動して叫ぶ。
「ぬう、高島の霊波が増えた……?」
菅原道真は困惑して顔を歪めた。
「まずい、牢破りの追っ手か」
高島はメフィストの手を引き逃げ出す。
「待って!」
横島に続き美神も飛び出した。
メフィストは振り向くと、口に指を当て火を起こした。周囲を赤く照らして、火が燃え広がる。
「うぬ、よくわからぬが出直そう」
菅原道真は飛び上がり、夜の闇に消えた。
火が波のようになって煙を上げ、火の粉を巻き上げる。
横島は「冷」の文字が浮かび上がる文珠を投げた。文珠は小さな玉だが、漢字をキーワード
に効果を起こす霊気の結晶だ。
火は散って、辺りはまた夜の闇に包まれる。
「何逃げてんのあんたはっ!」
「あいつは俺じゃないっすよ! 美神さんが火ぃ吹いたんじゃないですか」
「あれは私じゃない!」
二人の言い合う声が京の夜空に響いた。
羅城門では宴もお開きが近づいて、妖怪たちの多くは酔いつぶれていた。
消えかかった火に、布をかぶった妖怪がいくらか集まっている。
どうにか意識のある琵琶の怪が、弦を震わしゆるやかな音色をきかせていた。
ほろ酔いの鐘の怪が、うるさい声で琵琶に話し掛けた。
「よう、琵琶牧牧」
「おお、鉦五郎」
この二人は仲が良く、話し好きだった。
「先頃、陰陽師どもが殺し合ったがありゃなんだろうかね」
寝ていると思われた、布の下にいる影が動いた。琵琶と鐘はそちらを見てから、気を
つかって声を小さくした。
「人には愛というものがある。わしら妖怪にそういったものはない。愛があるから憎悪が
あり、戦い殺し合うのだそうじゃ」
琵琶は気分よさそうに弦の音を響かせた。
「じゃあわしら妖怪のほうが賢いかね」
「うむ、賢いし、わしらは愛も憎悪もないせいか長生きできる。この体が滅びても、精と
なって生き延びる。人間はせいぜい百年も生きられん。体から魂が抜けて、来世へ生まれ
変わる」
「じゃあ人はいずれみな滅びるのかね?」
「それがそうもいかなそうでの。陰陽師は妖怪を使役し、山や川を造り変えようとしている
らしい。気の流れを自分らに都合良くしようとしておる。この京もそうした術が施されて
おるそうじゃ」
「はて、わしらもつかまって使役されるのかね」
「うむ、そうなればわしらも憎悪を知り、愛を知るかも知れんのう」
「するとどうなるのかね」
「鬼が生まれる。恐ろしい鬼じゃ」
「恐ろしいものかね」
「恐ろしや。人でも特に栄えておるのはヤマトン衆というてな、肌の色や顔つきなんかが違う
というて、もともとここいらにいた人どもを殺したのじゃ」
「おお、恐ろしや」
「ヤマトン衆は屍の上に京を築いた。憎悪は消えることがないからのう。先に殺された者
どもが鬼となり、恨めしや、の声がいずれ世を満たすじゃろう」
「いくさか」「いくさじゃ」「ひい、恐ろしや、恐ろしや」「朱雀大路は地獄道。恐ろしや、恐ろしや」
琵琶と鐘は震えながら、京の小路を行き闇へ消えた。
布を頭からかぶって身を隠していたメフィストが、隣の高島に顔を向けた。
「助けられたし、願いはきいてやるよ。愛って何?」
「しょうがないなー。愛ってのはな……」
言いかけて、高島はメフィストから顔をそむけた。何かと思い、メフィストは高島の顔を
覗き込む。
「なぜ泣いているんだ?」
「……よく考えたら俺、誰かから愛されたことも、誰かを愛したこともなかった」
自分がひどく孤独であったことを知り、高島は涙をこぼした。
静かに泣き、袖を濡らし肩を小刻みに揺らす高島に、メフィストはどう声をかけたら
よいかわからなかった。
鉦五郎なんかは伝承ではもっと後の時代の妖怪。まあ大目に見てちょうだい
ヤマトン衆とかの話は妖怪大戦争から。
「一緒にいてくれ、メフィスト……。俺にはおまえしかいない」
「牢破りのおたずねものじゃあね」
メフィストは照れてそんなことを口走った。
「それもあるが……」
高島はゆっくり首を振った。
「誰も、捕まった俺を助けてくれようとはしなかった。おまえだけが俺を助けてくれた」
この広い世界にただ独りだ、という孤独に高島は胸も張り裂けそうだった。
今はメフィストだけが彼の救いであった。
「高島どの……」
「頼む、俺を愛してくれ」
見つめ合う二人にとって、世界はそこだけ時間が止まったようだ。
その止まった時間を打ち壊し、怨霊が雷をまとって降りてくる。
「見つけたぞ、陰陽師!」
邪悪な気配を渦巻かせ、怨霊菅原道真が青い光を飛ばす。
何かが舞うように割って入って、稲妻をふせいだ。
目がくらみ、長いまつげを合わせてメフィストはまばたきする。開かれたその目は、マタムネ
を確認した。
「やあ、お二人さん。先ほど、あなたがたの来世に会いましたよ。今、こっちに向かっている
ようです」
道真は恐ろしい形相をして、猫又をにらみつける。
「マタムネ、おまえは葉王様の飼い猫で巫力を受けて生き長らえておるのだろう。なぜ葉王
様を殺した陰陽師に味方する」
「葉王様は自ら死んだのですよ。五百年後へ、記憶を持ったまま転生するために……」
そしておそらくは自分が葉王を殺すだろう、そこまでマタムネは予測していた。
「道真さん、あなたも哀れです。あなたは本物の菅原道真じゃありません。葉王様が怨念に
そのような姿形を与えたのは、情けですよ」
「黙れ、私こそが真の道真だ」
青い火花を散らして、道真は高島、メフィストに狙いを定めた。
そこに行方を追っていた美神、横島、ヒャクメが到着する。
「やっと見つけた!」「道真もいますよ」
「魔物ともども滅するがいい」
強力な電撃がはげしく発光し、人間たち目がけて飛び掛かる。
「こいつは守る!」
指を立て袖をひるがえし、高島は霊力を高めた。
「高島どの!」
高島の力が雷を宙に押しとどめ、弾こうとした。
「すごいぞ俺の前世!」
感心するだけで何もしない横島に、師が怒鳴りつける。
「あれはあんたじゃないでしょ!」
美神は札を使って、闇夜に咲く青い雷を制御した。
「ヒャクメ、雷を集めて私の時間移動能力を使って!」
「わ、わかりました」
稲妻に照らされるヒャクメは、ケース型の装置を開いた。電流が集められ、美神の時間を
行き来する力が発動する。
「未来へ逃げるわよ!」
時を越える場ができて、美神たちを包み込んだ。
「何だこれは、貴様が何かしているのか!」
美神とメフィスト、時間移動能力がどちらにあるのか、道真は判別できない。
怨霊道真が黒々とした体を燃え盛る炎のように広げて、メフィストを襲う。
「メフィスト!」
高島は飛び出し、霊力を発揮して道真を押しのける。
「高島どの……やめて、死なないで!」
すでに時間移動が起きて、メフィストが手を伸ばしても高島は遠くなる一方だ。
「高島どの!」
気づけば、そこは美神除霊事務所であった。資料が散乱している。
「こ、ここは」
メフィストは長い髪を乱して、辺りを見回した。
「私の事務所よ。ここは千年後の未来。で、私はあんたの来世ってわけ。不本意だけどね」
不愉快そうな美神が説明したが、メフィストにはわからない。
「帰して、高島どのが!」
「落ち着きなさいよ、私の前世のくせに。いい、時間移動できるんだから、何も急ぐことは
ないの。道真が高島を襲う少し前に戻って、様子をうかがってうまくやればいいの」
「じゃあ、もっと前に戻って道真を倒せば……」
「それじゃ私たちがこうして未来に逃げないでしょ。私たちが未来へ行ったのを見送って
から、すぐに道真をやっつけるのよ。とにかく、対策を練りましょ」
来世に説得され、メフィストは哀しげにうつむいた。
「あいつ……魂を取ろうとした私のために」
悪魔の目から涙が流れ落ちた。細い肩が小刻みに震える。
「俺にほれろ何て言っておいて……このまま死なれたら、私……」
ジンマシンを起こしたように全身にかゆみを覚えて、美神は身をよじった。
「いいぞ美神さんの前世! その気持ちを来世まで持ってけよ! 何なら今ここで高島の来世
である俺と結ばれてしまえー!」
メフィストに飛び付こうとする横島に、二つの拳が襲いかかる。
「おまえじゃない!」「あんたは違うでしょーが!」
メフィストと美神に殴られ、横島はひっくり返って机を倒した。請求書がいくつも舞う。
「ちくしょーっ、何で俺の前世がモテとるんやーっ!」
「とにかく、道真を倒す用意をするのよ。悪霊退治に役立つものを……。まだ私が魔族に
狙われる理由がわかってないしね。つきあってあげるわ」
頭をおさえつつ、美神は散らかった部屋を眺めた。
「おキヌちゃんがいないと片付かないわね……」
ここまでの出演は
マタムネ@シャーマンキング
メフィスト@GS美神 極楽大作戦!!
高島@同上
美神令子@同上
横島忠夫@同上
ヒャクメ@同上
菅原道真@同上 もちろん伝承にも
琵琶牧牧@伝承妖怪
鉦五郎@伝承妖怪
以上かな でした
学校帰りの女子高校生を遠くに見ながら、翡葉(ひば)京一は独り、ため息をついた。
ロングコートに身を包む翡葉は、鼻筋の通った鋭い目の美男と言えたが、表情は冴え
なかった。
その顔色以上に、翡葉の心中は不機嫌だった。彼は裏会・夜行の監視係だ。
裏会は主に妖(あやかし)に対処する異能力者集団で、夜行はなかでも若い者を中心にできた
下部組織だ。
翡葉はある女学生の監視を頭領に命じられていた。
頭領には何の異議もなく従う翡葉だが、この仕事は格別に不満であった。
内容自体もつまらない上に、花島亜十羅がらみの仕事だということが不満だった。
翡葉は同僚の花島が嫌いだった。花島が嫌いというより、花島のお気に入りの少年、志々尾限
が嫌いだった。
女学生が自転車を押して道路を歩く。
右手は山、左手は谷で町が一望できる。都会ではないが、不自由はなかった。
離れて翡葉は女学生のあとをつけた。
感覚のすぐれた翡葉は、数百メートル離れても目標を捕捉できる。この仕事ではそこまで
離れる必要もない。
五十メートル強の距離を保って、翡葉は歩いた。
志々尾限は翡葉と同じ妖混じりだ。能力的に志々尾は実戦向きで、直接妖と戦闘すること
が多い。
自分より年下が妖と命懸けで戦い、かたや自分は監視、偵察といった仕事に従事する。
このことに、翡葉にひがみはない。単に種類の違いだ、と割り切っている。
腹立たしいのは、志々尾限がよく規則を破ることだ。その監視を翡葉が務めなければなら
ない。
任務には誰よりも忠実な翡葉だ。命令されれば志々尾限の監視もするし、暴走を止めも
する。それは任務だからだ。翡葉は任務に忠実な自分を誇りに思っている。だが、やはり内心
おもしろくない。
女学生が立ち止まると、翡葉もさり気なく立ち止まる。やや冷たい風が、女学生の長い黒髪
を揺らす。
おとなしそうな顔の、ごく普通の少女に見える。
老人が連れる犬の頭を、女学生がなでてやっていた。
翡葉にとって、何とも退屈な仕事だった。
一度死んで生き返り、記憶をなくした女だという。念のための様子見だ。翡葉の役割は
監視、連絡。
それだけだ。異変があっても手を出すのは任務の範囲外だ。それ以上は別の者があたる。
最前線で戦う志々尾限を思うと、ひがみはないがおもしろくはなく、翡葉は悶々とした
欝屈をロングコートのうちに抱えるのだった。
家路につく女学生の名は、氷室キヌといった。
もう数分も坂を歩けば、氷室キヌは家につくはずだ。翡葉の仕事は引き続きの監視だ。
とはいえ、今日の仕事ももう終わる、と翡葉はせいせいする思いだ。
不意に、女の高い悲鳴が響いた。
油断していた翡葉が目を向けると、黒い影が女学生に襲いかかろうとしている。影の邪悪な
気配は離れた翡葉をも圧倒した。
「千年前はよくもやってくれたな……」
炎のような黒いものが、人の形をとる。
氷室キヌは恐怖に身をすくめ、動けないでいた。
翡葉はすぐに携帯電話をとり、頭領にかけた。こんな時に限ってつながらない。
仕方がないので、緊急用のメールを送る。
これで任務は完了だ。異変があれば連絡、報告。これが翡葉の仕事だし、それはもう
終わった。彼は命令に忠実だ。
「始末してくれようぞ」
邪悪な霊波の声を広げるのは、悪霊だ。青い火花が散って、氷室キヌの顔を照らす。
稲妻が発せられようというとき、植物のつたが伸びてキヌをとらえた。
雷撃が歩道に落ち、アスファルトを焦がす。煙が立ち上った。
キヌの体は数本のつたにからめられ、翡葉のそばに引き寄せられていた。
翡葉の左腕が植物に変質している。
翡葉の任務は報告、連絡。そこまでだ。
「あ、あなたは……」
氷室キヌは怯えた、すがるような目で翡葉を見上げた。
「……逃げるぞ」
翡葉はつたでからめたキヌを抱え、長い足で走った。
「うぬ、逃がさぬぞ、わしを封じた巫女……!」
悪霊がすさまじい負の霊波を伝わせて、追う。
キヌを腕に抱き、走りながら、翡葉は心の中で悪態ついた。
(くそっ、任務に逆らっちまった)
「あ、あなたは……あなたは」
氷室キヌは小さな口を震わせた。
「ん?」
「あなたは、私の知っている人ですか……?」
キヌが過去の記憶を失っていることは、翡葉もきいている。
「私、夢を見るんです。男の人と、女の人……あなたは……」
「いや、俺は違う」
翡葉は不愛想に返した。任務に反したことで、翡葉は自己嫌悪していた。志々尾と同じ
ではないか、と。
キヌを抱え山を背に、翡葉は車道から飛び降りた。二人は重力に従い、見下ろせる町に
迫る。キヌは翡葉の胸で悲鳴を上げた。
「待て、千年の恨み!」
悪霊は青い電撃を作り出す。
翡葉は左腕を数本のつるにして伸ばし、上方へと離れるガードレールに巻き付けた。落下
速度がゆるむ。
同時にナイフを何本か、悪霊に向けて翡葉は飛ばす。雷はナイフに伝わって拡散した。
民家の屋根に着地すると、今度はつたを電信柱へと伸ばす。
風を切って、キヌを抱く翡葉は電信柱に引き寄せられた。
歩道に降り立ち、翡葉は走る。振り向き、悪霊が追ってこないのを確認すると、彼はキヌ
を立たせた。
「とりあえずまいたか」
翡葉は息を整え、腕を元に戻した。キヌは胸に手をやり、体を震わせている。
「仲間に連絡はしている。助けがくるだろう」
翡葉は事務的に、安心させるような言葉をかけた。
「あ、あの」意を決した目をして、キヌは翡葉を見つめた。
「私、記憶の中に、行かなくてはいけない場所があるんです。たぶん都心の、マンション
みたいな……」
美神除霊事務所だな、とは翡葉にもすぐわかった。
「今から私、そこへ行こうと思うんですけど、もしかして知りませんか」
「あまり話せないが、人からきいてる。調べれば場所はわかる。俺はある組織の任務で、
あんたを監視してた」
「お願いします、途中まででもつれていってもらえませんか」
祈るようなキヌの目が、翡葉に注がれる。
翡葉は氷室キヌを美神除霊事務所につれていくことが、任務に反しないかどうかと考えた。
「いいか。俺はただ監視を命じられただけで、おまえを守れとかは言われてない」
「そ……、そうですか」
「いや、別につれていってやってもいい」
希望に輝くようなキヌの顔を、打つように翡葉は続けた。
「だがな。おまえがもし記憶を取り戻したら、今までの穏やかな生活とはおさらばだぞ」
キヌは目を落とした。彼女の平穏な毎日、ささやかだが幸せな日々を翡葉は見てきた。
「今より、もっとつらい目にあうかも知れない。それでもいいのか?」
「お願いします!」
翡葉には予想外に、キヌの瞳は奥に燃えるような光を放っていた。
「……ついてこい」
まぶしいような気がして、翡葉は顔をそらしてコートをひるがえす。
キヌは置いていかれないように小走りした。
翡葉とキヌが拾ったタクシーは、都心へと向かっていた。
タクシーの運転手は目深に帽子をかぶって、顔を見せない。
陸橋をタクシーが走っているとき、翡葉は悪寒に身を固くした。
振り向けば、空を黒い怨霊が邪悪な気配をまとって駆けてくる。
「千年の屈辱を晴らすときぞ」
悪霊は目を光らせ、車を追う。
このままでは一般人に危害が及ぶ、と判断した翡葉は叫んだ。
「停めろ! 釣りはいい」
翡葉は札を投げると、キヌをかっさらうようにして道路に出た。
怨霊は青白く光る稲妻を発する。
先読みして放られた翡葉のナイフ数本が、雷を拡散させて宙に電流を走らせた。
近くを走る車が急ブレーキして、ガードレールにぶつかり玉突きが起こる。
車のぶつかり合う音、クラクション、悲鳴が飛びかって場は混乱した。
「許さんぞ、小娘!」
黒い怨霊が地の底からわくような、恐ろしい霊波を響かせる。
地獄からの使者がこうかといったありさまだ。
「あのー、わ、私、あなたのこと知りません」
キヌは震える声で悪霊に話しかけた。
「とぼけるな、貴様にこの道真は破れたのだ! 千年前にな」
凶悪な空気で威圧し、怨霊道真がせまる。
突然、対向車線を猛スピードで逆走して、オープンカーが突っ込んできた。
勢いをつけて男が吹っ飛び、悪霊へと襲いかかる。
「うおおーっ!」
激しく輝く霊波の刀を振り、頭にバンダナを巻いた男は怨霊を斬りつけた。
着地に失敗し、若い男は道路に顔面を打ち付ける。
斬られた怨霊道真はすぐに体を戻し、警戒して浮かび上がった。
乱入してきた男は強打した顔をキヌに向けた。
「……おキヌちゃん!」
横島の目に涙が光るのは、痛みのせいではなかった。
キヌは恐れもあったが、奇妙な甘いような感覚にとらわれて動けない。
「てめーっ! おキヌちゃんに何してんだ、こん変態がー!」
霊力の込められた蹴りが、翡葉の頭部を強襲する。
「スケベそーな顔しとるわ、ケダモノ! おキヌちゃんから離れろっ!」
「何しやがる、俺は夜行の監視だ」
翡葉の連絡を受けた夜行が、美神の事務所に知らせたのだ。
落ち着きを取り戻すと、横島はキヌを見つめた。
「……やっぱり俺がわからないか」
「え?」
何か熱いものがキヌの体の芯に沸き起こる。
「わからなくてもいい! もう二度とおキヌちゃんは死なせねーぞ!」
横島の右手は変質し、霊波刀が光り輝く。
「貴様も千年前いたな。まとめて恨み晴らしてくれる」
黒々とした姿を空にひろげ、怨霊菅原道真は稲妻を起こさんと火花を散らした。
ページ数間違えた11ね
電撃がほとばしると同時に、横島は小さな玉を投げ付けた。
玉には「護」の字が浮かぶ。
雷はキヌたちの周りを避け、周囲を走った。横島の背が青い稲妻の光をさえぎって、黒い
影を作る。
(ああ、この背中は……)
確かにどこかで見たことのある、暖かい背中。キヌの脳が知らなくても、魂が確かに記憶
している。
「食らえっ、亡霊!」
別の方向から精霊石が飛んで、怨霊道真にぶつかった。
破裂が起き、怨霊は姿を歪める。
「おキヌちゃん、大丈夫?」
派手な色の長い髪をなびかせた美女が、長い脚でキヌのそばに立った。
「あ、あなたは……」
この人も確かに知っている、胸の奥ではわかっている。と、キヌは懐かしく、またもどかしい。
「さあ、うちの事務所にケンカ売るとどうなるか、教えてあげるわ!」
「カッコつけてるとこ恐縮なんですが」
横島が横槍入れた。「護」の文珠にひびができて割れかけている。
「千年前と同じだと思うな!」
怨霊道真はますます雷を強め、結界を破ろうと圧力を高めた。
「なんとかしなさい!」
横島にハッパかけつつ、美神は札を投げて対抗する。
「んなこと言われたってー!」
発揮したあとの、文珠の効果自体は操作しようがない。
翡葉はナイフを投げて、電撃を拡散させた。
「俺は直接霊を攻撃できません。あんたら、なんとかならないか」
「あいつは霊格が高いわ。さすが千年の怨霊ね。札じゃ切りがないし出費がかさむのよね」
美神の言葉に横島が反応する。
「ケチってる場合ですか!」
「んじゃあんたの給料から引くわね」
「引くほどもらってませんよ!」
二人のやりとりに、キヌは頭を抱える。
「ああーっ、この感じも懐かしい」
思い出せそうで思い出せないもどかしさ。
「今、夜行に頼んで霊退治のブツを運んでもらってるわ。もうそろそろ来ると思うんだけど」
美神は真面目な顔になって、翡葉に言う。
「夜行に? そうですか」
稲妻はますます威力を強めて駆け巡り、文珠は砕ける寸前だ。
「横島クン、文珠はあといくつ?」
「三個しかないです」
過去・未来を行き来するために、「雷」の文珠が最低二個は必要だ。予備の文珠を一個
はとっておきたい。文珠は一個生成するのに、二日以上かかる。もう弾切れ同然だ。
「こうなったら玉砕覚悟で突っ込むしかない!」
美神は神通棍から光をうねらせる。
ここで普段ならゴキブリのように逃げ出す横島が、おキヌに熱いまなざしを送る。
「おキヌちゃん……」
キヌの目に、自然と涙が浮かんだ。
美神と横島が飛び出そうとした瞬間、車が空を飛んで道真に激突した。
「な、何?」
美神は思わず下がって、横島の顔に後頭部をぶつけた。
車は縦に落ちて、フロントをつぶす。鈍い音が響き、ガラス片が散らばった。
空に向いた車の後部に、少年が立っている。
「裏会・夜行、志々尾限です」
鋭い目をした短髪の少年は、小さく頭を下げた。脇に細長い箱を抱えている。
「志々尾か……」
翡葉は苦々しそうな顔をした。
「なんつー怪力だ!」
夜行の人材に横島、美神は感心する。
「いろいろいるわねー、たまに貸してくれないかな。タダで」
黒い怨霊は浮かび上がって、ひときわ強烈な稲妻を発した。
車が爆発し、限の小柄な体が吹き飛ばされる。
「しまった……」
限の手から箱が宙に放られ、陸橋の下へと落ちていく。
「馬鹿が!」
毒づく翡葉の腕から伸びる数本のつたが、箱を追う。
「志々尾!」
声に打たれたようになって、限は伸びたつたの上を駆けた。
つたから飛び、空中で受けとめた箱を、すぐ美神に向かって限は投げる。
落下する限の体は、つたをからめて翡葉が吊り下げた。
空に弧を描く箱を、美神は横っ飛び、キャッチする。だが、ふたが開いて中身が飛んで
いった。
「あーっ、『ネクロマンサーの笛』が!」
細い横笛は、車がぶつかり合う中心へと落ちる。小人かネズミでもなければ、取るのは
苦労しそうだ。
「あの笛がなければこちらのもの!」
怨霊が邪悪な気配を強め、雷を発しようと火花を起こす。
「あーもーなんとかしろーっ!」
いらだつ美神が、ハイヒールで横島の尻を蹴った。
「だーっ、あんたが取りそこねたんでしょーがーっ!」
雷雲のような怨霊道真は、今にも雷を落とそうとしている。
「こうなったら死ぬ前に最低限できることをしたるー!」
毎度のように横島が美神に抱きつこうとし、これまた美神がいつものように横島の顔面
を殴り付ける。
「成長せんのかおまえはー!」
このやりとりが、キヌの魂を決定的に揺さ振った。
「よ……横島さん!」
えっ、と二人がキヌを見つめる。
「お……おキヌちゃん?」
おキヌは体を横島にもたれかけさせた。
「おキヌちゃん、そんな大胆な! 現代の風潮に毒されてしまったのか! まーでもアリかなーなんて……」
美神の腕がうなって、横島の頭を強打する。
「このアホ! おキヌちゃんはそっちよ!」
おキヌの霊体が宙に浮かんでいる。
「さっきのを取ってくればいいんですね?」
慣れたもの、車を通り抜け、落ちている笛をおキヌの霊はつかんだ。
「そうはいくか!」
菅原道真が激しい火花を散らして、周囲を明るく照らす。
すかさず翡葉は、つたで絡め取っていた限を投げ飛ばした。
限の体が飛んでいって悪霊にぶつかり、その姿を歪める。電流が志々尾限の体に伝わり
発光した。
溜め込まれた電気の力をうしない、道真は怒りに鬼神のごとくな顔をする。
「お、おのれ……」
限は煙を出して、車の上に落ちた。
「ひでーことするな、大丈夫かあいつ」
横島がめずらしく男に同情する。翡葉は涼しげな顔のままだ。
「妖混じりだ、あのぐらいで死にはしない。それより、やろうとしていることがあるんだろ」
笛を手にしたおキヌの霊が、自分の生きた体へと戻る。
「この笛、なんなんですか?」
「そいつは『ネクロマンサーの笛』よ。霊を操ることができるんだけど、一度死んだことが
ある人間にしか吹けないと言われているの」
美神がおキヌに教えてきかせる。
「死んだことがある人間……」
「そうよ、おキヌちゃん……。力を貸してくれる?」 平穏な生活をしていた生者おキヌを、戦いに放り込むことが、美神には心苦しい。
「はい!」
自分が役に立てる、その思いがおキヌの瞳を輝かせる。
横笛を口に付け、おキヌは管に息を通す。高く清らかな音が、辺りに流れた。
ねんねや ねんねや おねんねや
この子の可愛さ限りなし
星の数よりまだ可愛い
魂を寝かし付けるような、優しげな音色だ。
「おお……」
凶悪だった顔を安らかにすると、道真は姿を薄くしていく。悪霊は揺らめき、邪悪な力
を弱めた。
「これまでね道真!」
美神の投げた札に、道真が吸われる。
車道に落ちた札を拾い、美神は火をつけ燃やした。黒い煙が一筋立ち上った。
「さ、終わりよ。おキヌちゃん……」
美神はおキヌにほほえむ。
「美神さん……横島さん……私……」
おキヌは指で涙をふいた。唇がふるえ、うまくしゃべれないでいる。
「おかえり、おキヌちゃん!」
横島が快晴のような笑顔で、かつての仲間を迎えた。おキヌは涙をこぼした。
「ただいま!」
翡葉に礼を言わなくては、とおキヌは辺りを見回し、長い髪を振った。
「翡葉さん……」
翡葉の姿はなかった。
翡葉は傷ついた志々尾限の脇を抱えて、陸橋を離れていた。
「翡葉さん……、いいんですか」
限はきいたが、翡葉は黙っていた。限も口をきかないことにした。
(夜行は夜、人知らず闇を行く者……)
翡葉は語らず、限を引きずるようにして足を前へと運ぶ。
二人の先に、紫色のタクシーが停まった。
「お客さん、どうぞ」
深く帽子をかぶった運転手が誘う。
逃げなかったことを意外に思いつつ、翡葉は開いたドアから後部座席に限を突っ込んだ。
翡葉は助手席に乗る。
「大変でしたねえ」
運転手はタクシーを発進させる。
「あれ、悪霊っていうんですか?」
「知らない方がいい」
翡葉はぶっきらぼうに答え、流れる街並を眺めた。
「……ところでお客さん、のっぺらぼうっていると思いますか」
「いるわけねえだろ」
「ですよねえ」
出演
翡葉京一@結界師
氷室キヌ・おキヌ@GS美神 極楽大作戦!!
志々尾限@結界師
タクシーの運ちゃん・のっぺらぼう@伝承妖怪、奔る火炎車より
運ちゃん使わせていただきました
長くなっちゃってすまんね
保守
287 :
創る名無しに見る名無し:2009/04/12(日) 20:06:56 ID:gAF+s2yH
俺も保守!っつか住人居なくね?
ノ 呼ばれたきがした
ネタは考えているんだが……
うーん……。
比良坂初音姉様と深山奏子or深山初音と深山奏子を使ったネタが書きたいです、安西先生
290 :
創る名無しに見る名無し:2009/04/13(月) 10:05:01 ID:F2lD7hFB
左手は添えるだけ(原稿用紙に的な意味で)
騒ぎになるからと、メフィストは事務所に置いて行かれていた。
ボンデージファッションのような悪魔の格好は、何かのイベントでもなければありえない。
ヒャクメはソファで機器の調整をしていた。
メフィストは独り、想いにふける。
(菅原道真を倒したとして……そのあとどうする?)
高島の魂をいただき、あるじに献上するなどとは、もはやメフィストにはできない。
となれば。
(高島どのと二人で、愛の逃避行……)
急にメフィストが顔を真っ赤に染めるので、ヒャクメは不思議がった。
メフィストの強い魔力が、ヒャクメに心まで見透かさせない。
(だが、それは主人が許さない……)
自分の主人、父を恐れ、メフィストは顔を青くする。ヒャクメはけげんに思い三つの目で
悪魔を見つめた。
(なら先手を取って……)
にぎやかな声が部屋の外からきこえてきた。ドアが開き、美神、横島、おキヌが入る。
「うわあ、散らかってますね。あっヒャクメさんですね。初めまして、おキヌといいます」
おキヌは礼儀正しく頭を下げる。はあどうも、とヒャクメは返した。
「そちらが美神さんの前世ですか。どうも来世ではお世話になります、おキヌといいます」
「あ、ああ、どうも」
妙にマイペースなおキヌにとまどいつつ、メフィストは美神に頼んだ。
「お願いがあるんだけど……私たちが逃げる少し前にさかのぼって戻ってくれない?」
「だから言ったでしょ。過去は変えられないわ、私たちが未来へ逃げるのを止めちゃいけない
のよ」
面倒そうにする来世に、前世はまた願う。
「それはわかってるけど、持っていきたいものがあるの。魔族の本拠地からね」
悪魔を疑わしくも感じたが、いちおう自分の前世なので美神も配慮することにした。
「ふーん。わかったわ、じゃあ三十分前くらいに行くわね」
ヒャクメがケース型の機器を操作する。横島は文珠に「雷」の文字を浮かべた。
「それでは戻りましょう。過去へ」
ヒャクメはエンターキーを押した。
美神の時間移動能力が発揮され、光があふれる。時空を越え、美神たちは千年前の京へ
と駆けた。
このあとメフィストがエネルギー結晶を奪うエピソードが入るけど省略
怨霊道真が黒々とした体を燃え盛る炎のように広げて、メフィストを襲う。
「メフィスト!」
高島は飛び出し、霊力を発揮して道真を押しのける。
「高島どの……やめて、死なないで!」
高島がメフィストを守るために飛び出し、雷をとどめる。
美神たちは光に包まれ、はるか千年後へと去っていった。
「はいオーケー! いくわよっ!」
物陰に隠れていた美神が、長い髪をなびかせて飛び出す。
「な、なんだ?」
高島はわけがわからず、何度もまばたきした。
おキヌがネクロマンサーの笛を吹くと、怨霊菅原道真は力を弱める。
「こ、この笛の音は……」
電撃が見る間に小さくなっていった。
「とどめ、食らいな!」
メフィストは奪い取ってきたエネルギー結晶で力を増している。魔力をまとわせた手で
メフィストは怨霊道真を強く打つ。
道真は形を崩し、分解していった。
「おのれ笛の娘……、わしはいつか必ずまたよみがえり、この恨み晴らしてくれるぞ……」
道真は線香の煙にも似て、夜の闇にかき消えた。
「やったのか」
高島は霊力をおさめ、息をついた。
「高島どの!」
メフィストはしなやかな腕を高島の首に回す。熱い目で見つめ合う二人。
美神たちの視線に気づき、メフィストはあわてて高島を突き放した。
「き、気やすく触るんじゃないよ!」
高島はしりもちついて、顔をしかめる。
「おまえが抱きついてきたんだろーが!」
そのとき、ただ事でない気配を感じ、美神は顔を向けた。
ローブで身を包む、長身の男がやってくる。
「ア……、アシュタロス様」
メフィストの口から出るその名に、美神は背筋を冷たくした。
「あいつは……」
美神を狙う魔族たちの長、しかも美神の前世における造物主。
「何をしている、メフィスト、わが娘よ。人間の魂を刈り取らぬばかりか、わが宝を持ち
去るとは」
「高島どのの魂は差し上げられません!」
「父に逆らうか……」
アシュタロスの放つ威は桁違いで、美神たちを払うようだ。
「霊力測定不能、レベルが違いすぎる!」
機器を操作しながら、ヒャクメは泣きそうになる。
アシュタロスの指から光線が走り、闇を裂いた。
高島の眉間を光線が貫通した。
「高島どの!」
メフィストの叫びもむなしく、高島の体は落ちるように倒れた。
「殺したら魂は手に入らんな。わざわざ契約し願いを叶えなければ手に入らぬ。魂とは
厄介なものよ。だが」
ローブのすそで地をこすり、アシュタロスがメフィストに一歩ずつ近づく。
「娘をうしなうよりましだ。おまえの持ち出したエネルギー結晶もな。さあ、渡すがいい」
「よくも……」
メフィストの涙を見て、アシュタロスともあろうものが動きを止めた。
まさか、しもべであり被造物が、人間の男などにそこまでの想いを寄せていたとは、この
高等悪魔も考えていなかった。
「私を憎むのか、メフィスト」
このあまりに予想を超えた出来事がアシュタロスをわずかにうろたえさせ、結果、大悪魔
に最大の失敗をさせる。
「許さない!」
メフィストの手から魔力の波動が放出されて、アシュタロスへと飛んだ。
アシュタロスは手をかざし、難なく波動を打ち消す。
「おまえが使っているのはエネルギー結晶の不純物に過ぎん。優れた物は優れた持ち主に
よってのみ真価を発揮する。おまえには余る代物なのだ」
メフィストを殺しエネルギー結晶を破壊しない、調節された魔力をアシュタロスは練り
上げる。
「残念だが……おまえは廃棄処分だ、メフィスト!」
邪悪な力の塊がメフィストを襲う。瞬間、二股の尾をなびかせる猫が飛び込んだ。
刀のオーバーソウルが破壊の力をふせぐ。
「貴様……陰陽師の飼い猫の分際で……」
アシュタロスは凶悪な妖気を発し、マタムネを押しやろうとした。目を光らせて、マタムネ
は身を低くし圧力に耐える。
そんなやりとりのすきに、ヒャクメは機器を操作した。
「横島さん、雷の文珠を!」
「え? ああ」
言われるまま、横島は文珠に「雷」の文字を浮かべ、ヒャクメに渡す。
「美神さんの力を使って、アシュタロスを未来へ送ります!」
ヒャクメがエンターキーを押すと、光がアシュタロスを包み込んだ。
「なんだと……」
やはり娘の裏切りによる狼狽、加えて油断がアシュタロスにはあった。
時間移動能力がアシュタロスを強制的に未来へと追いやる。
「おのれ、時間移動能力者……! 許さんぞ……」
アシュタロスの姿は消えた。静かな夜が戻った。
「これで、時間移動能力者が狙われる理由はわかったわね。特に私が狙われるのは……前世
が裏切ったから? それとも……」
美神は独り、思案した。エネルギー結晶とやらが問題なのだろうか、と。
「ああ……そんな! 高島どの……」
高島のなきがらを抱き、メフィストは涙を止めない。
細い肩を震わせる女の魔族に、おキヌも涙した。
もうこの話終わらせたほうがいいか
「メフィスト」
横島がメフィストに近寄った。その目付き、表情は横島と同じようで違う。
「……高島どの?」
メフィストは顔を上げ、目を見開いた。
「霊が乗り移ったの?」
美神の問いに、横島は首を振る。
「いや、前世の記憶が今よみがえったんだ。横島には寝てもらってる。どうやら俺は死ぬ
さだめだったようだ」
「高島どの……私は、本当にあなたを……」
高島の意識を持った横島の胸に、メフィストは顔をうずめてまた泣いた。
「ありがとよ。俺の願いは叶った」
高島はメフィストの肩をやさしく抱いた。
「お二人は前世から結ばれる運命だったんですね」
おキヌは胸を熱くし、また複雑な思いをいだいて涙をぬぐった。
「やめてよーっ! 私はあいつじゃないんだってば!」
美神は全身を襲うかゆみに身をよじらせる。
山に行き、高島たちは高島の遺体を埋めた。なんとも奇妙なことだ。
西暦にして千年の山は深く、草木は生い茂って人間が立ち入るようにはできていない。
虫たちの声がいくつも重なってよくきこえる。
「いやー、自分を埋めるってのは変な気分だな」
横島の姿の高島は、わざと明るく振る舞った。
「高島どの、ずっとそのままではいられない?」
メフィストがきくと、おいおいと美神、おキヌがあわてた。
「そういうわけにもいかんだろ……さて。あと二つだったな」
「え?」
「願いだよ。三つ叶えてくれるんだろ」
「でも……あるじを裏切った今、契約自体に意味がない」
メフィストは目線を下げた。猫又のマタムネが何を思うのか、髭を揺らしている。
「アシュタロスはどのくらい未来へ行ったの?」
思い出して、美神はヒャクメにきいた。
「それが、急だったので五百年先へしか送れませんでした」
「五百年……かごめちゃんが行く時代か。あの子も時間移動能力者だわ、やばいわね」
美神はすました顔のマタムネを見下ろした。
「ねえ、マタムネ、もし覚えていたら、五百年後かごめって女の子を守ってあげてくれない?」
「五百年……」
マタムネにとって意味ある時だ。
「わかりました。そのときには、必ず」
マタムネは、丸い頭をゆっくりと縦に振った。
「おまえは俺に願いを叶えると言ったんだ。俺の魂はおまえにやる。願いはきいてもらうぞ」
高島が念を押すように言うと、メフィストは応じるしかなかった。
「わかった」
「おまえは、人間になれ」
「えっ?」
「そうすりゃ、あいつらに追われることもないだろう。知り合いに西郷ってやつがいるから
かくまってもらえ。俺は嫌いだが、信用できる」
西郷は高島と同じ陰陽師で、のちに西条として生まれ変わる。
「西郷さんなら、知っていますよ」
マタムネが口をきいた。
「そうか。じゃあ猫、案内してやってくれ」
「はい」と、マタムネはうなずいた。
「最後の願いだが……」
めまいを起こしたようなしぐさで、高島は頭を押さえた。
「横島が起きる……」
「これ以上過去にいると歴史を変えてしまうかも知れません。もう未来へ帰らなければ……」
ヒャクメはメフィストに同情し、遠慮しながら言った。
高島は文珠を探してポケットを探る。
「文珠が二つある。一つ、持っててくれ。何かあったら文字を入れて使うといい」
一つをメフィストに渡し、もう一つの文珠を高島はヒャクメに渡す。ヒャクメは「雷」の
文字を文珠に光らせた。
「待って! 最後の願いは?」
すがりつくようにするメフィストに、高島はやさしくささやく。
光があふれ、美神たちを包んで未来へと運んでいった。
夜風が木々の葉を鳴らす。そこにはメフィストとマタムネだけがいた。
盛り上がった土から、青白い光が浮かんだ。
「高島どのの魂……」
無効であっても契約が一種の『呪(しゅ)』になって、魂は中空にとどまっている。
「おまえは私のものよ。でもいいわ、今はお行き。生まれ変わったらまたつかまえて、今度は
逃がさないから……」
高島の魂は天へと飛んでいく。雲を越え、魂は千年後の来世へと輪廻の長い旅に向かった。
「さあ、行きましょうか」
マタムネは歩きだした。メフィストがあとをついていく。
ことの始まりがこうだった。すべては夢か幻だったようにも思える。
マタムネは運命の不思議さを思い、胸で唄った。
黒い千羽鶴 その人は
じっとさびしい重い謎
かかえ 夜
折れなくとも
折れなくとも
気付けば現代、美神たちは散らかった事務所にいた。
「それにしてもまさか美神さんと横島さんが……」
まだ感動を引きずるおキヌに、美神は高い声で怒鳴る。
「もーっやめてよ! あいつは私じゃ……」
この大事なときに横島は気をうしなっていた。
「だって美神さんと横島さんの前世が……前世が……あれ?」
おキヌは言おうとしたことが出なくなり、口を開けたままにした。
「だからやめてって……え?」
美神も自分が何を止めているのかがわからない。
床に転がされていた横島が起き出し、頭をさする。
「えーと、あれ? 俺何してたんでしたっけ?」
事務所のはるか上空を、ヒャクメが飛んでいた。
「掟でねー、神族が人間に前世を教えてはいけないのよ。しばらく忘れてもらいますよ」
データを持ち帰るべく、ヒャクメは妙神山へと急ぐ。
少し真面目な顔になって、ヒャクメは将来を憂い思った。
「でも、いずれは思い出すでしょうね……アシュタロス……」
アシュタロス@GS美神
あんまりそのまま書いちゃうのもどうかと思ったので、三番目の願いは原作読んでね
このあと犬夜叉と桔梗かごめ・百鬼丸多宝丸→メドーサ決戦→アシュタロス編全員集合
の予定だけど予定のまま終わるかもしれん
激しく乙!原作キャラを壊さずに上手く書いてるね。そして横島が相変わらず良い味出してるなあ
しかし犬夜叉がやら百鬼丸までまじってきたらどんだけカオスになることやら…
2ヶ月以内には投下できると思うが先が長いなぁ…それまでこのスレが残っていてほすぃ
302 :
創る名無しに見る名無し:2009/05/06(水) 19:30:43 ID:Wncr3eGg
保守!
保守
保守…
305 :
創る名無しに見る名無し:2009/05/16(土) 16:36:48 ID:CqskOu6O
保証…じゃなくて保守!
人がいなくなったな…
妖神ならいるのk
誰か来たみたいだ
保守って書くだけじゃなくてリレー企画を提案して練ったりしようぜ
ゲゲゲの鬼太郎ディケイドってどうだろう
鬼太郎が他作品のパラレル世界を行き来する
「通りすがりの幽霊族です」
パラレルだから何でもあり
リレーだけど直接つながってなくてもよし
もちろんつながっててもよし
別の投下とのクロスもありだけどその場合は多少気をつかって
てな感じのはどうだろ
308 :
創る名無しに見る名無し:2009/05/17(日) 03:19:08 ID:9B8CF0ss
性根を入れ替えてIT企業で一発当てて真面目に働くねずみ男と、その社員として働く鬼太郎
(ぬりかべは会社の壁の一部。子泣き爺は長野の山奥で隠居)
上野動物園に就職したネコ娘と歌舞伎町で暗躍するぬらりひょん(主にキャバクラ経営)
ローマ法王と死闘を繰り広げ、敗北を喫して行方をくらませたバックベアードが再び日本に現れる
行方不明になった目玉の親父は一体どこへ?そして鬼太郎と目玉の親父との間に何があったのか?
ちゃんちゃんことリモコン下駄を捨て、マルイのスーツで営業に駆けずり回る鬼太郎が涙を流す
両国でスナックを経営する砂かけ婆だけが全てを知っている…
現代社会に毒されつつ、これが時代の流れなのだと各々が自分に言い聞かせながら必死で生きていくヒューマンドラマ
『ゲゲゲの鬼太郎によろしく』
わけの分からん妄想ならいくらでもできるんだけどな。
なんやねんw
親父どこいったww
いやそこは鬼太郎が全く出てこない題名だけでやらないとwww
311 :
創る名無しに見る名無し:2009/05/17(日) 12:08:12 ID:9B8CF0ss
ん〜…それじゃせめてタイトルを変えるか
『新・愛の嵐〜2009〜』
『目玉の親父によろしく』
『砂かけ婆様が見てる』
『KITAROH〜まごころを、君に〜』
『サラリーマン鬼太郎』
現代社会をテーマにした妖怪模様を描いた群像劇。
派遣切りやIT業界の裏側、地球環境の問題から住宅問題、政治や宗教まで幅広く描いた一大巨編!
目玉の親父を追い求めるねずみ男。ライバル企業に潜むぬらりひょんの影。
ネコ娘とイケメン俳優との運命的出会い。長野の山奥で埋蔵金を掘り当てようと目論む子泣き爺。
フランスの空を飛ぶいったんもめんが見たものとは?そして鬼太郎の営業成績の行方は!?
全ての鍵を握るのは失踪した目玉の親父。そしてその行方を知るベアード様と砂かけ婆。
元・ヒロインだった夢子ちゃんと鬼太郎が夜の歌舞伎町で再び出会い、物語は加速する…。
…なんだこれ?
312 :
創る名無しに見る名無し:2009/05/17(日) 12:35:30 ID:9B8CF0ss
タイトルだけ変えようとして普通に話まで勝手に妄想してしまった件
そして
>>308と矛盾してる件。やはり素人の妄想はいかんね
↓以降
>>307のリレー企画について語る
私307だけど盛り上がるならサラリーマン鬼太郎もいいと思うよ
>>308,311の設定をもとにして書ける人は書いていったらいいんでないかな
丸の内線から日比谷線に乗り換え、六本木に出ると同時に、スーツのポケットの中に入っている携帯が振動した。
くたびれたマルイのスーツから取り出し、着信を確認する。
『社長―ねずみ男―』
一瞬だけ出ようか迷い、ボタンを押して耳に押し当てる。
「はい」
『鬼太郎、今どこにいる?』
聞き慣れた声。独特で少し耳障りな声。
「今六本木に戻ってきたところだ…です」
「そうか。で、契約はどうだった?」
声が詰まる。聞かれたくない質問。必ず聞かれる質問。自己嫌悪とストレスで胸が苦しくなる。
ほんの数秒の沈黙で、電話の相手には全てが伝わったらしい。電話越しにため息が聞こえた。
『はぁ…その様子じゃダメだったか』
「……申し訳ありません」
何度この言葉を言っただろうか。謝罪、謝罪、謝罪。申し訳ありませんでした。すみませんでした。
最初は心から謝罪した。今では心にもない謝罪が滑らかに口から出る。
言うたびに心がすり減っていく。自尊心が崩れていく。昔はこんなこと言わなかった。
『しっかりしてくれよ、今月まだ一つも契約取れてないのお前だけだぜ?』
「はい」
『今日お前が行った会社だってうちと何度も取り引きをしてるお得意様だぞ。
話も殆どまとまってたのに、どうして契約が取れないんだよ。お前の事を思って俺は任せたんだぜ?』
苛ついた声が耳に木霊する。怒りを抑えつつ叱責する声に、自己嫌悪で吐き気がする。
「…すみません」
絞り出すようにして声を出す。この一言を言うために生きているのじゃないかと思えてくる。
携帯を耳に当て、誰もいないのに頭を下げる。目の前を自分と同じ格好をした人が通り過ぎていった。
『……はぁ、もういい。で、今六本木に戻ってきてるんだろ? ちょうど時間だし、社に戻ってこいよ。
俺も今日は早めに終わる予定だから、終わったら飯でも付き合えよ』
「わかりました。では今から社に戻ります」
ぺこりと頭を下げつつ、携帯を切る。安堵感か疲労感か、大きく息を吐いている自分がいた。
昔はこんなんじゃなかった。
何度も考える。あの日々は何処へいったのか。もしかしてこれは夢なんじゃないか。
思い出す日々。自由で、気ままで、仲間がいて、温かくて、そして父がいてーー。
安物の腕時計。踵の磨り減った革靴。丈の短いマルイのスーツ。これが今の自分の一張羅だ。
現実。これが現実だ。自分は生きるために働いている。
無意識にため息を吐きながら生きている。
ジョッキに入ったビールを一気に半分まで飲み干し、テーブルに置く。目の前には数種類の摘み。
居酒屋の中は同じ格好をした者達の喧騒が聞こえる。
会社の愚痴。上司の文句。家庭の不満。冗談と笑い声。
向かい側に座っている男は、少し肩身が狭そうにテーブルに置かれた食事を見つめている。
昔の面影はそのまま。それなのにその男の発する空気は昔とは全く別のものだ。
頼りなく力ない、疲れきった顔。辛気くさい空気は昔からだったが、昔はこんなんじゃなかった。
別人のようだ。いや、もはや別人だ。
いざとなった時は頼れる男だった。お人好しで、心強い友人だった男が今じゃ見る影もない。
「ほら、好きなだけ食えよ。なんでも好きなもん頼んでいいんだぞ?」
「ありがとうございます。いただきます」
その頼りない声に、なぜか悲しくなり、怒りが沸く。
「鬼太郎、言っただろ? 会社から出たら昔みたいに話せって。就業時間はとっくに終わってるんだぜ」
「う、うん。分かったよ」
「今日の事を気にしてるのか? それだったらもう忘れろよ。次頑張ればいいさ。
まだ慣れてないのに任せちまった俺も悪い。明日にでも俺が行ってくるから安心しろよ」
できるだけ優しく、昔のように話す。責任感の強いこいつのことだから、こうでも言わないとずっと落ち込んだままだろう。
「ありがとう、ねずみ男」
鬼太郎はそう言うと少しだけ笑い、ジョッキに入った烏龍茶をちびりと飲んだ。
「おう、じゃんじゃん食って元気だせよ。鬼太郎には頑張ってもらわなきゃいけねぇんだからな」
頼りにしてるぜ、とは言わない。今の鬼太郎には余計なプレッシャーになるだろうからだ。
生ビールを飲み干しておかわりを注文する。ついでに、鬼太郎の好きなお茶漬けとお新香を頼む。
たわいのない話をして、軽い仕事の話をして、昔話に花を咲かす。
散り散りになった昔の仲間達。妖怪の少なくなった妖怪横丁に新しく入ってきた新人の話。
昔の話をしているときだけ鬼太郎の目に光が戻る。過去を懐かしむその目を見て、自分も過去を思い出す。
あの頃の自分はつまはじき者だった。そりゃそうだ。半分人間で半分妖怪。半端者はどこでだって嫌われる。
人間の世界と妖怪の世界を行ったり来たりしていた。残飯を漁る、汚く臭いだけの存在だった。
強いものに尻尾を振って、何度も周りを裏切ったり利用しようとした。
それでも、そんな自分を仲間と呼んでくれたのは鬼太郎だけだった。
そんな自分にも転機が訪れた。
今はブームも過ぎ去ったIT企業。とあるきっかけで知り合った人間に拾われて働くことになった。
もともと金儲けに目がなかった自分は、アイデアだけは山のようにあった。
金儲けの意欲がどれだけあっても、そのアイデアを活用する知識と職場、コネクションがなければ意味を成さない。
その全てがタイミングよく重なった。人生の転機が訪れたのだ。
初めて働いて得た金。それが自分の中に化学変化を起こした。生まれ変わった気持ちで心を入れ替えた。
必死に働いた。信頼を得て、成功を勝ち取り、とんとん拍子に出世して、数年後には独立した。
初めて自分の力で勝ち取った成功。半端者だった自分がようやく得た最高の幸せ。
一等地に会社を移し、社員も取引先も増え、さらに事業を拡大した。順風満帆だった。
事業が成功して一段落した頃、休暇をとって鬼太郎たちに会いに行った。
あの時の自分は自慢したかったのだろう。努力して勝ち取った成功をみんなに認めさせたかったのだ。
だが、数年ぶりに再会した鬼太郎は変わり果てていた。
ボロボロの小屋の家は今にも崩れ落ちそうになり、酷い有り様になっていた。
鬼太郎はどれだけ風呂に入っていないのか分からないほど臭く、まるで過去の自分を見ているようだった。
栄養失調とはっきり分かる細くなった手足と青白い顔。妖怪でもここまできたら死ぬ可能性がある。
どこを探しても目玉の親父は居なく、ネコ娘も子泣き爺も砂かけ婆もいったんもめんもいない。
何があったのかをいくら聞いても、鬼太郎は何も答えず、膝を抱えてうなだれるだけだった。
その時、自分は初めて後悔した。
半端者の自分は仲間の一大事すら気付かず、周りなど何も見ていなかったのだ。
自分に責任はないということは分かっている。だが、唯一の親友の一大事に気付かなかった自分が悔しかった。
今にも崩れ落ちそうな小屋から鬼太郎を引きずり出して、自分のマンションに連れていった。
風呂に入れ、食事をとらせ、柔らかいベッドに寝かせた。
方々に連絡をとり、鬼太郎の仲間達の行方を探った。
仲間達はすぐに見つかったが、返ってきた言葉は冷たいものだった。
「見損なった」「会いたくない」「二度と連絡を寄越すな」
唯一、砂かけ婆だけが一度だけ見舞いに来たが、鬼太郎と少しだけ会話をするとすぐに帰っていった。
いくら聞いても鬼太郎は何も語らず、塞ぎこんだままだった。
紆余曲折を経て、鬼太郎には会社で働いてもらうことになった。
生きたまま死んだような鬼太郎を見ていて悲しくなったのもある。腹立たしく思ったのも理由にある。
立ち直ってほしかったのだ。昔のように頼れる鬼太郎に戻ってほしかった。恩返しがしたかった。
あれから半年が経ち、いろいろと分かったことがある。
ネコ娘は上野動物園に就職していた。砂かけ婆は両国でスナックを経営している。
子泣き爺は長野の山奥に引っ越して隠居生活をしている。いったんもめんは海外に行ったらしい。
そして――目玉の親父は未だに足取りが掴めず行方不明のままだ。
鬼太郎は何があったのかを語ろうとしない。
目玉の親父さえ見つかれば何があったのかを語ってくれるかもしれない。
自分にできることは、目玉の親父の行方を探ることと、鬼太郎が一人でも生活できるように応援することだけだ。
タクシーを呼び、鬼太郎をアパートまで送ってから会社に戻る。
社長室に入り、パソコンを起動させる。やり残した仕事はどれくらいで終わりそうか。
明日の取引先。株の動き。新製品の生産。時間はいくらあっても足りない。
革張りの椅子に腰掛け、ねずみ男は眠い目を擦りながらキーボードを叩き始めた。
アパートに帰り、鍵を開ける。電気も点けずに、敷きっぱなしの布団に倒れこむ。
大きく息を吐くと、一日の疲れがどっと全身にのしかかった。
人間よりも体力があるのに、これほど疲れるのはどうしてだろうと考える。
妖怪と戦った後でもこれほど疲れることはなかったんじゃないか。
人間の生活と仕事。半年近く繰り返して未だに慣れないのは、きっと自分に向いていないのだ。
六畳一間の空間に一人きりでいると、孤独と不安に押し潰されそうになる。
疲れていて動きたくない。寝転がりながらスーツを脱ぐが、風呂に入るのは億劫だ。
『身だしなみだけはちゃんとしておけよ。人間は清潔な相手を好むからな』
ねずみ男が言っていた言葉を思い出し、つい笑ってしまう。
「あのねずみ男が『清潔』だってさ。ふふ、笑っちゃうよね、父さん…」
呟くように言う独り言――いつもなら父がいた。今はもういない。それを思い出して、孤独感が増した。
「――父さん……」
真っ暗な天井を見上げ、もう一度呟く。
いつも側に居た存在。もういない大切な父を思い出し、鬼太郎はゆっくりと目を閉じた。
動物園の仕事は、汗と動物の臭いを流すためにシャワーを浴びてようやく終わる。
シャワーを浴び、下着を替えて服を着替え、それでも臭いが残ったりもする。
軽く香水をつけ、同僚に挨拶をしてネコ娘が電車に乗ると、車窓からオレンジ色の夕焼けが差し込んで眩しかった。
椅子にもたれかかり、携帯を開くと、次の仕事までまだ時間に余裕がある。
(どうしようかしら。久しぶりに横丁に顔を出そうかな?)
携帯のディスプレイを眺めながら思案に暮れていると、目の前に杖をついた老婆が立っていた。
慌てて立ち上がり、「どうぞ座ってください」と声を掛けると、老婆は申し訳なさそうに開いたスペースに座った。
「ありがとうねぇ」
「いえいえ、どういたしまして」
老婆と二、三言葉を交わし、吊革に手をかけて窓の外を眺めていると、ふいに、ガラス越しに見知った姿が見えた。
思わずその姿を目で追いかけようとして、体が硬直する。
見知った姿。長年側に居て、ずっと見てきた顔。人に甘い性格の、困った時に頼りになる男。
本人か人違いかを確認する前に、その後ろ姿は人混みの中に消えていった。
もうどこにいるのか分からないその姿をガラス越しに追いかけて、ネコ娘はどうしていいかも分からずにいた。
「鬼太郎かい? 今どこで何をしてるかって? そんなこと聞いてくるなんて珍しいじゃないか」
「う、ううん、ちょっと気になっただけよ。あいつのことなんか本当にどうでもいいの」
言い訳めいた返答に、電話越しのしわがれた声が笑う。
「前に聞かなかったかい。鬼太郎はねずみ男のとこで働いてるって。随分と頑張ってるらしいよ」
あの鬼太郎がねずみ男の下で働いている。人間の暮らしとは無縁だった鬼太郎が、人間の仕事をして暮らしている…。
そういえば、だいぶ前にねずみ男が職場に来たことがある。別人のように変わっていて驚いたっけ。
まさか本当にねずみ男の下で働いてるとは思わなかった。
「なんの仕事をしているの? まさか汚い仕事じゃないでしょうね?」
「ひゃっひゃっ、そんなに心配かい?」
「し、心配なんかしてないわよ! ただあいつが何かしでかしたら、昔仲間だったあたし達の評判が悪くなるじゃない」
言っていて顔が熱くなる。砂かけ婆の言い方がどうにも気に入らない。
本当に、ほんの少し気になったから聞いただけなのだ。心配なんて魚の骨ほどしていない。
ただ、ねずみ男と鬼太郎の変わりように驚いただけだ。
「そうかいそうかい、そういうことにしておこうかね。ま、心配しなくても大丈夫だよ。
スーツを着てあちこち営業してるらしいよ。真っ当に働いてるらしくて良いじゃないかい」
世界がひっくり返ってもありえないと思っていた。しかし、それはどうやら真実のようだ。
噂ではいろいろと聞いていた。鬼太郎が人間として働いて暮らしている、と。
噂だと信じていなかったし、自分の目で確かめる気もなかった。
だが、今回見た姿と砂かけ婆の情報を照らし合わせるなら、この話は信用せざるをえない。
「あれから一度も会ってないんだろ? もう許してやったらどうだい。鬼太郎も反省してるだろうし、本心で――」
「嫌よ! あいつから来て謝るまで許さない。謝っても許せないかもしれないもん!」
自分の声の大きさに気づきハッとなった。
頭の中がごちゃごちゃして、苛ついてつい怒鳴ってしまった。
「…ごめんなさい」
「えぇんじゃよ。…ネコ娘や、今度うちの店においで。久しぶりに会おうじゃないか」
優しい声。つい涙が出そうになった。
「今度の休みにでも行くわ。でもあたしお酒飲めないから、ミルクでね」
「はいよ。またなんかあったら連絡しておくれよ」
「うん、わかった」
電話を切って、小さくため息を吐いて目尻を拭う。少し泣いているのが不思議だった。
「素直じゃないねぇ、あの子も」
電話を切って、砂かけ婆は誰にともなくそう呟いた。
薄暗い小さなスナックの中、ストールに腰掛けて並んだボトルを眺める。
思い出すのは過去の懐かしい日々。もう戻らないであろう温かい記憶。
横丁から離れて店を開いたのは、せめて新しい居場所を作れば、再びみんなが集まるかもしれないと思ったから。
いや、もしかしたら怖かったのかもしれない。
あの場所に一人だけ残り、誰も帰ってこないかもしれないという不安から逃げたくて、居場所を作るなんて言い訳なのかもしれない。
子泣き爺は長野の山奥に行ってしまった。
いったんもめんはふらりと飛んでいってしまって行方知れず。
そして目玉の親父は――。
「本当に、ばらばらになっちまったんだねぇ……」
力なく、か細い声が震える。
「あたしにはどうすることもできないよ。すまないねぇ、鬼太郎…」
孫を心配する祖母のように、小さな肩が、薄暗い店の中で震えた。
ここまで書いて力尽きた。ってか妖怪だけどクロスシェアードじゃないね!
おおーなんか始まってる
乙です
何やったんだ鬼太郎w
なんか悲しいww墓場鬼太郎では保険の勧誘してたけどなあ
321 :
?:2009/05/19(火) 12:21:09 ID:wsIWiOI6
長野の山奥、子泣きじじいは独り、つるはしを振るう。
「埋蔵金さえ見つかれば……」
岩が砕かれ、固い音が山に響く。
「埋蔵金さえ見つかれば、またみんな元に戻れるんじゃ……」
老いた顔を泥だらけにし、子泣きじじいはまたつるはしを持ち上げた。
「やめなよ、じいさん」
声に子泣きじじいが振り向くと、青坊主が立っていた。
「青か。どうしていたんじゃ」
「住所不定の派遣さ」
青坊主は力なく笑い、石に腰掛けた。
「埋蔵金さえ見つかりゃ、またみんなで仲良く暮らせるわい。仕事も会社もないあの日々……」
子泣きじじいが取り憑かれたような目で言う。青坊主はゆっくりと首を振った。
「俺はあれは全部、鬼太郎の夢で存在しなかったんじゃないかとおもっている。
妖怪横丁も、地獄の鍵も、妖怪四十七士も、魔女、巨乳雪女、目玉の親父さえ……
昔いたという夢子も……俺自身、鬼太郎の妄想なんじゃないのか」
「馬鹿なことを言うな。わしは西洋妖怪を倒したんじゃ。あのフランケンを、ゴーゴンを……」
過去の栄光にすがり、ありもしない埋蔵金を探して穴を掘る老人の姿は哀れそのものだった。
青坊主は思わず目をそむけた。
子泣きじじいはまたつるはしを振り下ろす。青坊主は立ち、その場を去った。
なぜこんなことになったのか。誰にもわからない。
「だが、目玉の親父さんなら、もし目玉の親父さんがいるなら、わかるかもしれねえ……」
何となく書いてみた。
323 :
創る名無しに見る名無し:2009/05/19(火) 16:42:28 ID:nJURfXq8
>>322乙!ってか何この展開の読めない話?しかも重てぇw
こんなのリレーで書いたらどんだけカオスになるんだよwww
324 :
創る名無しに見る名無し:2009/05/20(水) 04:57:02 ID:7Bd54M5F
ノーフューチャーすぎるわ
欝リレーいいかもなw
こんなゲゲゲの鬼太郎は嫌だ!な感じで
326 :
創る名無しに見る名無し:2009/05/20(水) 13:09:11 ID:7Bd54M5F
失敗の連続、そして孤独と不安に押し潰されて鬼太郎は会社とねずみ男から逃げ出してしまう。
酒に溺れ、上野で飲んだくれる鬼太郎。酔っ払いに絡まれて喧嘩になり、雨の降る路上に転がっていると、偶然にもネコ娘と再会する。
だが、ネコ娘は侮蔑の視線を向けるだけで、声もかけずにそのまま去っていってしまう。
すがりつきたいが自分にはそんな資格もなく、ネコ娘の視線が鬼太郎の心を抉り、さらに奈落に突き落とす。
心も体もボロボロになった鬼太郎は歌舞伎町に流れ着く。残り僅かな金で入った店で鬼太郎が出会ったのは、予想外の人物だった!
運命の再会…。だが、時間は二人を大きく変えてしまっていた……。
次回【酒と涙と男と女】
第一話【現実】
第二話【六本木最前線】
第三話【契約破談】
第四話【逃亡】
第五話【望まぬ再会】
第六話【酒と涙と男と女】
第七話【歌舞伎町】
327 :
創る名無しに見る名無し:2009/05/20(水) 13:12:13 ID:7Bd54M5F
ちょっと真似して考えてみたが未来が見えねえwww
タイトルだけ見たら鬼太郎とは思えんw
きっついわw
この板には日常の傷を癒しにきていたはずなのにw
330 :
創る名無しに見る名無し:2009/05/20(水) 21:08:55 ID:7Bd54M5F
誰か
>>321の続きを書いてくれ。いったん木綿とベアード様とぬらりひょんどれでもいいからさ
歌舞伎町でキャバクラを経営してるぬらりひょんとそのキャバクラで働く夢子ちゃん
日本にやってきたものの力尽きて恐山を頂上から転がり落ちるベアード様
イケメン俳優とデートしてるところをフライデーに撮られて大騒ぎになるネコ娘
ローマ法王の秘密をうっかり知ってしまったいったんもめん
フリマで300円で売られたちゃんちゃんことゴミの日に捨てられたリモコン下駄の行方
ネタだけはいくらでも出てくるよね。でも思いつくだけなんだよね
キャラ設定はうろ覚えで書いてるので注意
***
怒りを通り越して呆れるというが、では呆れを通り越した先には何があるのか、
少女河童、河城にとりは丁度その境地に至ったような胸中で、先ほど手渡された辞表を見つめていた。
「……ねえ……ミチクサ君、いったいどういうことなのか分からないよ」
ミチクサ君と呼ばれた男……道草村の河童は、おおよそ河童とは思えない風貌をしていた。
「ええ、ですから会社を辞めて、中学生になる事に、なりました」
スーツの似合いすぎる体格、七三に分けられた真っ黒な髪の毛
(勿論、頭頂部には白い皿が煌々と輝いてはいるが)
とことん無気力な雰囲気など
どこからどうみてもしがない中年のサラリーマンにしか見えなかったが、
「いや、だからさあ、私が分からないのは、
……確かに今、うちの会社はかなり苦しいよ。でも、世界中が不況というときに、
しかも働くわけでもなく中学校で教育を受けるだなんて、
まるでお先真っ暗な事を考えるその神経が分からないんだ、私は……」
「はあ……まあ……強いて言うなら、それが元来、妖怪の本分というか」
今、その企業で働く全河童の中で、彼こそが最も河童らしかった。
道草村の河童が放った何気ない一言は、
社長椅子に座るにとりに対する皮肉以上の何ものでもなかった。
(勿論、無気力・無思慮な彼に、上手い皮肉を言ったという自覚は無い)
何という事を言うのか。まるきり、自分へのあてつけではないか。
訳の分からないことをするのが妖怪だ。
何の益もなさそうな事をしながら、上手くやっていくのが妖怪だ。
それが妖怪の本分であるなら今の自分は何だ。この会社は何だ。
“分からない”だと?
分からなく……妖怪としての存在が曖昧になっているのは自分のほうだというのか。
文明の進捗に直面したとき、妖怪は様々な道を辿る。
例えば、幻想郷の様な、安心して暮らせる場所へ移り住んでいくもの。
例えば、現実をもはねつける強大な魔力、妖力であえて世界に挑戦するもの。
例えば、文明を我が物とし、世界と折り合いを付けながら表舞台で成功していくもの……
機械いじりの得意なにとりを含めた数名の河童が起業を思い立ったとき、
彼らは、自分達は三番目の、(彼らが考えるに)最もスマートな生き方をしていくのだと
信じて疑わなかった。
事実、現在に至る直前までは、小さいながらもコツコツと利益を上げ、成功への道を辿っていた。
しかし、ほんの少しの欲による事業拡大、
大博打とはとても言えないささやかなチャレンジの延長線上に出てきた
ライバル企業――ねずみ男の会社と競争の果てにコテンパンにされてからは、
会社の構成員は一人、また一人と、最も悲惨な道……
非情な現実に押し潰される妖怪の末路を辿っていき、ついに最古株はにとりたった一人になってしまった。
そして今、道草村の河童は社長室を後にした。
有能な社員が、この時期に一人減ってしまったのだ。
それも、会社や世間の苦境とは全く関係の無い理由、妖怪的に考えて生き生きとした理由で。
にとりは、机に突っ伏した。
そして、暫くして、傍らにいる秘書に呟いた。
「ねえ、ドンパ君……全てを受け入れる幻想郷は、私を受け入れてくれるかな。
一度出て行った私も……」
ドンパと呼ばれた秘書……背の低い小太りの河童の男は、
彼が生涯で見せたことの無い眼をして、言った。
「社長。あんたは……あんただけは、それだけは、許されないッパ。
ミチクサも、そしてオイラも、好きにここを去ることが出来る。
だがあんただけは駄目だッパ。一度社長椅子に座った以上、
あんたはここに居る社員達の全ての責任を負わなきゃいけないッパ……」
温泉ガッパドンパは、河童界でも五本の指に入る助平河童として有名であった。
彼の精神年齢は低めなので、にとりの様なピチピチの少女河童は
まさに彼のストライクゾーンど真ん中、と言った所だ。
そんな憧れの女性に対して、怒りと軽蔑の眼を向けるというのは
彼の人生で初めての体験であった。
彼の怒りは、彼女の経営手腕とか、現在曝け出している心の弱さでは無い。
モノ作りを主導でやっている者が前線に立てばこうなる事は、
「温泉のもと」なるアイテムで物事を解決する能力を持つ彼自身が一番良く分かっている。
彼は、自分がカワイ子ちゃんと下ネタとバカ騒ぎさえあれば良かった単純な妖怪から、
今の様な、どす黒い怒りの感情を発露させる知性体に変貌させられたこと、
つまり「自分が怒ること」そのものに怒っているのだ。
彼はにとりに対して、最早女性的な魅力を感じることは無くなっていたが、
それでも彼女の傍に居続ける、情に熱い男でもあった。
「さあ、もう仕事だッパ。零細企業の社長の仕事は、失われた人員を速やかに補充すること。
ほれ、また履歴書が来てるッパ」
にとりは、うなだれながら書類を受け取った。
「もう……もう、こんなことをしていたってどうにもならない……
しかも何だい、河童族じゃない、冷やかしじゃないか……っ……!?」
にとりはカッと眼を見開いて、勢い良く社長椅子から立ち上がった。
「これは……! 何故、こんな……!」
ドンパは落ち着いた口調でにとりに話しかけた。
「採用するもしないも、最後は社長、あんたの采配だッパ。
まあ、オイラは、どうせどん底なら、最後にもうひと博打打って
綺麗に終わらせるのが……妖怪らしい末路の様な、そんな気がするッパ」
***
新宿、歌舞伎町。
あても無く、ただこの町のただれた空気に癒されるように、
鬼太郎は街路をふらついていた。
そして、ふと、何かとすれ違った。
ぐん、と懐かしい力強さに鬼太郎は引っ張られた。
「あっ! とうさ……っ」
父さん、強い妖気です。と鬼太郎は言いかけて、止まった。
いるはずのない父親。いまだ、それにすがる自分。
そして、強い妖怪など、この世にはもういるはずも無く……
(戦う相手の幻覚まで見るようになったのだろうか)
鬼太郎はますます自分が惨めになった。
強い妖気とすれ違ったのは気のせいだ、と鬼太郎は思った。
あくまで、鬼太郎はそう思ったというだけである。
なにか、新鮮な、ギラギラとした強い意志の存在する妖気の、
幻覚であるのだと……
……黒い噂の耐えない政治家が妖怪とか、化け狸と呼ばれる事がたまにある。
現代社会にも、その世界ならではの魔物が存在するのだ。
今、経済界において、新世代の妖怪が誕生しようとしていた……のかもしれなかった。
希望の種をまいてみた。
拾うも拾わないも次の書き手様次第……
河城にとり@東方project
カッパ@トンボー
ドンパ@温泉ガッパドンパ
ドンパのキャラ、記憶だけで書いた。
今は反省している。
これは希望の種……なのか?
妙にリアルだなw
338 :
創る名無しに見る名無し:2009/05/23(土) 09:27:43 ID:noT/QD+2
おおぅ…乙ですよ。話自体がスレの趣旨と路線がズレているのにシェアードさせようとしてますな
零細企業と新鋭のIT企業か。ここで派遣業と風俗産業、不動産もうまいこと絡めて次を…次を…!
営業時間はとっくに終わって、深夜というより朝に近い。
夢子は店長に話があると言われて、居残っていた。
雇われ店長は、後頭部がやけに突き出た老人だ。かつての威厳は今やかけらもない。
「すまんが……その……夢子」
「はい……」
「おまえは客もついてないし……新人にも負けている。悪いが……」
「あの……クビでしょうか」
夢子が目に涙をためて、小さな声できく。ぬらりひょんとしてはなんとも心苦しい。
なんとかしてやりたくとも、どうにも夢子には向かない仕事だった。
接客がうまくない。客を気分よくさせる、馬鹿な女の演技がなっていない。
それでも見た目に華があるから、景気が今ほど悪くないうちは置いていた。
だが、そろそろ限界だ。
店に、大きな頭の男が入ってきた。真っ赤な顔の、短い角を生やした妖怪だ。
「ぬらりひょん様……」
「様はやめてくれ」
ぬらりひょんは無理に笑顔を作って、首を振った。
「はい。それで、返済のほうがとどこおっているようで……」
朱の盆は汗をふきつつ、借金返済の催促をする。かつてはぬらりひょんに従う立場だった。
それがいまや金融会社の非正規従業員で、ぬらりひょんから取り立てをしているのだ。
「それがのう……もう少し待ってくれんかのう」
「利息だけでもと、上から言われておりまして」
涙ながらに朱の盆は大きな頭を何度も下げた。
ぬらりひょんはむしろ朱の盆に同情し、夢子に向き直る。
「こんな状態でなあ。すまんが今月の給料は払えんのだ」
「そう……ですか」
それでは困る、と言いたくとも、言えない重さの空気だった。
「実はのう、夢子。こんな店があってなあ」
ぬらりひょんは名刺を出した。
「お歯黒べったりの店で、べったりLOVEと言うんだが……」
「はあ……」
「まあ……おっぱいパブなんだが」
つらそうな顔で、ぬらりひょんは自分の顔をなでる。
「最近繁盛しててなあ……。チップももらえるし、本番厳禁の店じゃから……」
言い訳のようなぬらりひょんの口振りに、夢子はのしかかる絶望を感じた。
「実を言うと、女を紹介すると紹介料をもらえるシステムでな。
その金でおまえの今月分の給料も上乗せして払えるし、わしもたまった借金を返せて、
朱の盆も助かる」
「ぬらりひょん様、何も夢子ちゃんをそんな店に……」
朱の盆は申し訳なさそうにし、手を振った。
「どうじゃろうか、人助けと思って、少しの間でも……。
状況が変わればこっちに戻ることもできるかも知れんし」
「……わかりました」
か細い声で応じると、夢子は名刺を受け取り、立ち上がった。
夢子は小さくなったような背中を向け、店から出ていった。
ぬらりひょんはひどい自己嫌悪にとらわれ、深いため息をついた。
自分は妖怪の王になるはずではなかったか。あの無敵の鬼太郎を何度となく追い詰めた悪の大妖怪が、今はなんだ。
なぜこんなことになったのか、誰にもわからない。
「目玉の親父よ……。どこにいるのだ? おまえならわかるのか……?」
みんな欝になってしまえばええんやーケケケ
342 :
創る名無しに見る名無し:2009/05/24(日) 05:44:07 ID:9+vTEmei
つい最近おっパブ行っただけに重てぇ…
行ったのかよw
344 :
創る名無しに見る名無し:2009/05/24(日) 22:17:30 ID:9+vTEmei
>>343 ちょっとした付き合いでな。良い経験だったよ。個人的にはキャバクラより好きだな
でも夢子ちゃんがあんなことをするということを想像すると鬱になるな
中学高校の時につき合ってた(もしくは仲良かった)子が風俗に勤めてるってのを知った時に近いね
ネタとして書いておいてなんだがまさかここまで重苦しくなるとは思わなんだわ…
346 :
再会:2009/05/26(火) 19:08:00 ID:gFLMeBm8
ネオンに彩られた夜の街を、スーツの男たちが歩いた。
たまに客引きが店に呼び込む。
鬼太郎は目的の店へと、取引先の会社の重役を案内していた。
鬼太郎はねずみ男に渡された、店までの地図の描かれたメモを手にしていた。
接待だ。
鬼太郎の顔は浮かない。ねずみ男に指定された接待に使う店が、おっぱいパブなのだ。
取引先の重役は楽しみにしているし、今から店を変えることはできない。
(正義の妖怪だった僕が、おっぱいパブで接待かあ)
こうも身を落とすものか、と鬼太郎は信じられない思いだ。
ここのところ仕事は失敗続きだ。
ここで契約を成立させないと、ねずみ男のお情けで雇われている身分としてはまずい。
加えて、鬼太郎にもまだかけらのような意地がある。
たまには仕事をうまくやらねば、自尊心を保てない。
とはいうものの、やはり気は乗らなかった。
知り合いのお歯黒べったりの店だというのも、鬼太郎はいい気がしなかった。
今のありさまを、かつての雄姿を知る仲間に見られたくない。
店はひときわきらびやかにネオンを光らせていた。
『べったりLOVE』の文字が輝いている。
「いらっしゃいませ、ごあんなーい」
黒服にいざなわれ、鬼太郎たちは店内へと足を踏み入れた。
中央の舞台で、ちょうどショーが始まった。
長い首を揺らして、ろくろ首が踊りながら服を投げる。
ろくろ首のダンスショーは店の目玉で、大人気だ。
きいてはいたが、鬼太郎は時の流れに愕然とするのだった。
(ろくろ首と付き合っていた人間の鷲尾さんはどうしているんだろう)
本心とは裏腹に、鬼太郎は愛想笑いしながら取引先の重役をソファの奥へうながす。
トップレスの女が来て、それぞれ客の隣に座る。
中年親父たちは鼻の下をのばして、ご満悦だ。
目のやり場に困りつつも、接待がうまく行きそうなことに鬼太郎は喜んだ。
347 :
再会:2009/05/26(火) 19:10:12 ID:gFLMeBm8
鬼太郎は頭を下げながら、順番に酒をつぐ。
「こちら、ねずみ男の紹介ですね。ようこそいらっしゃいました」
高そうな着物で身を飾るお歯黒べったりが、あいさつにやってきた。
どうもどうも、と薄い毛の頭たちが会釈した。
鬼太郎も頭を下げたが、お歯黒は相手にしなかった。
黒い歯が上下する。
「これからもよろしくお願いしますね。新人が何人かいるから、あいさつさせてくださいな。
ほら、あんたたち」
乳房をあらわにした若い女たちが、中年男らに近づいた。
「あっ……」
黒い髪の女が、短く声をもらした。
鬼太郎は右目をそちらに向けてしまった。
「……夢子ちゃん?」
「嫌っ!」
夢子は胸を隠し、店の奥へと走り去った。
「あっ、こら、お待ち! まったく、しょうがない子だねえ。すみませんねえお客さま」
お歯黒は黒い歯を見せて笑顔を見せ、とりつくろう。
鬼太郎は思考も停止して、ただ呆然とした。
不意に、店の出入口辺りが騒がしくなった。
「ガサ入れだ!」
「警察がきやがった、逃げろ!」
従業員が叫ぶと、女たちが顔色を変えた。
お歯黒も着物のすそをたくし上げ、客など無視して駆ける。
半裸の女たちは我先に裏手へ逃げようと押し合い、パニックになった。
ろくろ首は首を引っ掛けて逃げ遅れる。
警官たちが足音をうるさくきかせ、荒々しく入ってくる。
「妖怪はどこだ!」
「妖怪を捕まえろ!」
高い悲鳴が飛びかった。
客たちは青い顔でなすすべなく固まる。
348 :
再会:2009/05/26(火) 19:12:20 ID:gFLMeBm8
鬼太郎は一足先に、店を出ていた。
振り返ると、パトランプがいくつも光って、野次馬がたかっている。
(夢子ちゃん……あんな店で働かなくちゃならないほど困っていたのか)
鬼太郎は自分の馬鹿さ加減をうらんだ。
(なんで夢子ちゃんの名を呼んでしまったんだろう。気付かないふりでもすればよかった)
うまく逃げられただろうか、と鬼太郎はまた振り返った。
もはや昔のような力はないが、それでも助けにいこうとしたとき、呼び止める声があった。
「行くな」
建物の隙間に、老婆が立っている。
「おばば」
と、鬼太郎は口にする。砂かけ婆だ。
「行ってはいかんぞ」
「知り合いがいるんだ」
「妖怪か?」
鬼太郎は首を振る。
「いや、人間だよ」
「じゃあ、ほうっておけ」
「え?」
「似たような店はここらにいくらでもある。何であの店にだけ警察が行ったかわかるじゃろ」
「……妖怪だから?」
砂かけ婆はうなずいた。砂が何つぶか、アスファルトに落ちる。
「何で妖怪だと捕まるんだ?」
「もうすぐ、ローマ法王が来日するのじゃ。それで連中、『掃除』しとるんじゃよ」
「そんな……それだけのために?」
「オリンピック招致のためもあろうがの。じゃから、目立っちゃいかん。
わしらもあまり一緒にいないほうがいい」
「うん、わかった」
「じゃあな」
砂かけ婆はビルの間に消えた。
鬼太郎は独り、裏道を歩いた。
なぜだか、鬼太郎の右目からは涙が止まらなかった。
「父さん……どこにいるんですか?」
おっぱいパブなんて知らんからてけとーw
やるせねえな…
鬼太郎マクドナルドでバイトしてるなw
352 :
創る名無しに見る名無し:2009/06/01(月) 20:43:18 ID:4689EQbP
ん、うちの周辺だけ?
うちは千葉だけど
354 :
創る名無しに見る名無し:2009/06/01(月) 23:33:10 ID:4689EQbP
気をつけろよ。うっかり目玉の親父がハンバーガーの中に挟まってるかもしれねえからな
ねずみ男が来るかもしれないから店で食う時も注意しなきゃな
なるほど、マックエッグは目玉の…
保守ぅううああぁっ!!
……定期的に投下こないと不安になるよね。
358 :
もめんコード:2009/06/07(日) 09:08:26 ID:q25zZy11
「大変なことを知ってしまったばい」
布が雲の下を飛んでいる。白かったはずの布は灰色に薄汚れ、ところどころ破れていた。
パリの下町、さびれた街の裏通りに、布はゆっくり落ちた。
「も、もうダメばい……なんとかこのことを鬼太郎に知らせんと……」
「あんた、日本のいったんもめんじゃない?」
女の声をきき、いったん木綿は上端を浮かび上がらせた。
「お、おまえは魔女……」
「ザンビアよ」
「ま、まさかカトリックの追っ手と?」
「はあ? あんたバカ? 私がカトリックの手先なわけないでしょ?
教会に追われてんの?」
「ちょっとな……何してると?」
「見ての通りのメイドカフェ勤務よ」
フリルのついた服は、昔のザンビアならよく似合っただろう。
が、今では若造りの感は否めない。
「メイドカフェ……。フランスにもあったとね」
「そうよ、西洋妖怪のニューウェーブだったこの私が、日本人客に媚売ってるのよ!
ベアード様がローマ法王に負けてから景気が悪くてしょうがないわよ。
ワイルドはオカマバー、ドラキュラ三世は執事カフェ。もういやんなっちゃう!」
「そうか……。しかし、あの国際郵便が妖怪ポストに届けば、鬼太郎が知れば……」
いったんもめんが希望を込めていう。
ザンビアはさも軽蔑した目になった。
「あんたなんも知らないの?
日本じゃ郵政民営化のあと、郵政公社が不祥事起こしまくりで、
妖怪ポストは廃止になったのよ。
日本の客からきいたわ」
「ほ、本当ばい?」
いったんもめんはうろたえ、薄い体を揺らす。
「嘘いったってしょうがないじゃない。
だいたい、鬼太郎はちゃんちゃんこも下駄も売って、
ねずみ男の会社に就職して、そこもクビになったとかなんとか」
あまりにも唐突に、予想外の事実を立て続けに食らったいったんもめんは、
うちひしがれて地面に広がった。
「し、信じられんと……」
359 :
もめんコード:2009/06/07(日) 09:10:36 ID:q25zZy11
「じゃあね、私もう行くわ」
「ま、待ってくればい!
おいはもうダメと、こうなったらあんた、ローマ法王の秘密をきいてくればい!」
「はぁ? い、いやよ!」
「ベアードの復讐、したくなかとね?」
「冗談じゃない! 私もう子供じゃないのよ! かかわりたくないわ!」
「た、頼む、最後の頼みばい。カトリック教会は隠しているが……」
「わーわーきこえない!」
「イエス・キリストは妖怪だったとばい!」
「な、なんですって?」
「それをカトリックは必死に隠して、
知る者をみんな事故や自殺として始末しているばい。
マルコ福音書のもとになった原本が見つかったとね!
それを手に入れさえすれば、カトリックもローマ法王もおしまいと……」
口をさえぎるように、銃声が鳴り響く。
いったんもめんの真ん中に穴が開き、こげくさいにおいが漂った。
いったんもめんはぼろ布のようになって、動かなくなった。
「知りすぎたな」
「あ、あんた……」
銃を手にしているのは、カラス天狗の黒鴉だった。
「教会の殺し屋になったの?」
「世の中不景気でな。こんな仕事しかないんだよ」
かつての輝いていた黒鴉の瞳は、いまはドブ川のようによどんでいた。
黒いくちばしが無慈悲に開く。
「おまえも死んでもらう」
「アパラチャモゲータ!」
ザンビアは魔法で煙を出してめくらましをすると、ほうきを出してまたがった。
空を飛んで逃げるザンビアを、銃弾が数発かすめる。
ザンビアを乗せたほうきは降下し、川に落ちた。
黒鴉は黒い翼を広げ、飛んで探したが、川にザンビアは見えない。
「まあいい、あいつに何ができるとも思えんしな……」
川の下流で、ずぶぬれになったザンビアは風に震えていた。
「何で私がこんな目に……ちくしょう、こうなったら、鬼太郎に頼るしかないわ……」
日曜九時に投下してやったぜ!
どっかんどっかんw
前スレの投下WIKI更新したんですがページタイトル間違えてしまって
中国がちゅうごくってひらがなにしてしまいました すみません
過去スレ見られないもんで携帯べっかんこ見ながら書き写したので
どなたか過去スレの投下WIKIに載せられるかたおられませんかのー
>>360 ドッカンドッカン!続きを座してお待ち申し上げるぜ
>>361 申し訳ねぇ、申し訳ねぇ…。力になりたいがやり方がわからねぇべさ… (´;ω;`)
そしたら前スレからコピペできる人がいたら「女二人」だけこのスレに貼っといてくれないでしょうか
カニ仮面は控えてるので
暇なときにWIKIに載せてみます 来週くらいには
前スレの主な投下はその二つだと思いますんで
細かい投下で載せたほうがいいというものもあればこっちに貼っといてくだせえ
べっかんこは見るだけで写せないんだよなあ……
先日の深夜に吉祥寺で白ブリーフ網タイツに赤マント&毛蟹のマスクつけて走っていたのはもしや…
恋熊
>>363 トリ合ってるかな?
お久しぶりですこんばんわ。『女二人』を書いた者です。
前スレに投下した本人の自分がもう一度投下すればいいのですが現在パソコンがぶっ壊れてます。(数ヶ月放置)
書いたのは残ってるしSSを書くことはできるのですが携帯に書き写すのが面倒くさいです。
なわけで直り次第…というわけにはいきませんが7月中には自分がもう一度投下しようと思います。
その前に誰かが載せちゃったらそれまでですがね。
自分が投下するなら多少書き直したのと、ついでに書き溜めたのを投下していこうと思っています。
あと、本スレに投下した『ごっさんめっさん』は書き直しがあるので出来ればWikiには載せないでほしいです。
かなり時間が経ってるし皆さん忘れてると思いますが投下するときはよろしくお願いします。
最後に、
>>363さん、まとめWiki編集ありがとうございます。
私信でのスレ使用を不快に思われる方が居られましたら申し訳ございません。
367 :
363:2009/06/15(月) 15:36:20 ID:xH5QsA6h
了解です
時間があれば少しずつWIKIに書いていきます
でも自分もあんまWIKI更新慣れてないからできれば慣れた人にやってもらいたいな…
368 :
追跡:2009/06/21(日) 10:42:36 ID:FsXM5nah
香港のとある雑居ビル。一室に、老人が腰掛けていた。
部屋は乱雑に書類が散らばり、箱などが転がっていてほこりっぽい。
ドアが開くと、老人はそちらに顔を向けた。
「ん? おまえは……」
「ここにザンビアが来る予定らしいな?」
ドアを開け、部屋に入るのは、黒い顔に黒い翼、くちばしを持つ烏天狗だ。
「刺客アルか」
「まあな。死んでもらう」
黒鴉は拳銃をとり、銃口を老人に向ける。
「残念だったアルな。こんなこともあろうかと、ザンビアには南方妖怪をやって、
すでに日本へ密航に行かせたアル」
「なんだと? くそ……日本のどこだ」
「それはそいつを捨てなきゃ言えないアルな」
黒鴉は悔しそうに銃を下げた。
「中国妖怪チー様をなめるなアル」
「チー、ザンビアを助けてどうする気だ?」
黒鴉はいらだたしそうに言う。
チーは今、香港で女を日本に密航させて金を稼いでいた。
売春斡旋業だ。
そのルートを使い、ザンビアを日本に送ることを黒鴉は知り、駆けつけたのだ。
「偉大な中国妖怪チー様が、日本の金持ち相手の商売アル」
チーは情けなさそうに、たれた眉毛をいっそう下げた。
「でも、北京オリンピックのあとからはダメアル。景気は悪いし当局は厳しいし。
ワシももうすぐ捕まるアルなあ」
「で? いまさら、カトリック教会に逆らう気か」
「意地アルよ。おまえさんこそ、そんなことをしてなんになるアル?
人間社会には入れないアルよ」
「わかってるさ、そんなこと。それでも、強い奴には逆らえない」
「偉そうにする人間どもに、少し咬みつきたいアルよ。わからんアルか」
「わからんな」
「では死ぬアル」
チーは袖から鈍く光るものを出す。
銃声が雑居ビルに鳴り響いた。
369 :
追跡:2009/06/21(日) 10:43:52 ID:FsXM5nah
床に老人の死骸が倒れ、血が広がった。
硝煙を吐く拳銃を、黒鴉は胸にしまう。
(そんなことをしてなんになるアル? 人間社会には入れないアルよ)
「わかってるさ……」
独り言はやけに乾いていた。
かつて愛した女、ねこ娘を思い、すっかり変わった黒鴉はくちばしからわずかに
ため息を漏らす。
「ザンビアがどこに行ったかこれでわからなくなっちまった」
とりあえず東京に行こうか、と考えたとき、黒鴉の目に空き缶がとまる。
青森りんごジュースと書いてある。
この『青森』とは中国の会社が勝手に商標を取ったのであって、
日本の青森県とは直接関係ない。
(なぜ今これがここに? こいつはむしろ関係大有りかも知れない)
青森県にはイエス・キリストの墓があるとされる。
「行ってみる価値はありそうだな……」
黒鴉は窓から飛び立ち、東をめざした。
もめんコードの続き
ちなみにこの話の結末はまったく考えていません
行き当たりばったり
乙!なんかどいつもこいつも落ちぶれてんなぁ。マシなやつが見当たらねえww
今日初めて夏目友人帳を見たけどニャンコ先生が良い味だしてるわ
微妙に過疎?
カトリックが敵かぁ……
『月姫』がこのスレでOKなら最高なキャラがいるんだが……
どうして型月やヘルシングやブラックは物騒な神父やシスターが多いんだろうな
妖怪の敵としては申し分ないんだがスレ的にはどうなんだろうか?
ところで妖狐系は妖怪の中でも最強の部類に入るがそのせいでパワーバランスが難しい
リョウメンスクナと山本五郎左衛門は出すつもりだが九尾の狐まで出したら崩壊必至になる気が…
嗚呼、無駄に妖怪の数を増やしても風呂敷広げるだけで畳めなくなるのにどうして妄想ばかり膨らむんだろうな
また少しずつ投下
メイン犬夜叉 長いので前後編に分けてみる
霧が立ちこめて山々はかすんでいた。たまに鳥が飛び立ち、枝の揺れる音がする。
旅の一行は、木々に挟まれたせまい道を歩いた。
「この辺りは富樫勢と朝倉勢がぶつかり合う境だといいます。あまり長居したくないですな」
黒髪を後ろで結わいた青年の僧が、仲間たちに告げた。弥勒といって、真面目な僧侶では
ない。
突如、男の悲鳴が響いた。
「何だかくせえにおいがしやがるぜ」
赤い衣の袖をひるがえし、銀の髪をなびかせるのは、犬夜叉という半妖だ。人間の若い
男に見える。頭に尖った耳を立てている以外は。
彼らが駆け付けると、身分の高そうな男が馬から落ちて烏帽子を傾けていた。
おののく男の視線の先には、世にも恐ろしい鬼がいた。
大きな鬼は、いくつもの牙で人の死体を食らっている。獣のような顔はなんとも醜く、
凶悪そうだ。
血のにおいが風に運ばれると、かごめは口を手で覆った。この少女は五百年先の未来から
やってきている。
「大将!」
馬にまたがる侍が、主君を守って槍を振るう。
予知したように鬼は槍をよけ、爪で弧を描く。と、侍の首が飛んだ。
首をなくした侍は、そのまま槍を構えている。地に落ちた首の口からかすれた声が出た。
「大将、お逃げください……」
「忠臣よ、必ず報いよう」
身分の高そうな男は、馬の背によじ登る。馬の腹を蹴り、男は去っていった。
首なしの侍は、なお槍を鬼に向ける。
「首がないのに生きておる。妖怪かのう」
大きな尾を生やした子供が、口をきいた。子供に見えるが狐の妖怪で、七宝という。
「飛頭蛮の親戚かねえ」
長い髪の女が、くの字型の武器を手にした。珊瑚という妖怪退治屋で、今は村娘のような
姿だ。
「それよりあの鬼、奈落のにおいがするぞ」
犬夜叉は腰の刀を抜いた。刀の刃は反って異様に大きくなり、妖気をまとう。
鬼が爪を振り下ろすと、首の無い侍は馬から落ちた。
弥勒は右手に巻いた数珠をつかみ、周囲に目をやった。虫の羽音がする。
「鬼のほうはやはり奈落の手の者か」
弥勒は右手の風穴で何でも吸い込むことができる。が、奈落が使う毒虫・最猛勝を吸うと
風穴に傷がつき、穴が広がってしまう。風穴はやがて持ち主を吸い込むほどに広がり無に
してしまう、恐るべき諸刃の剣だ。
「やってやらあ」
犬夜叉は巨大な妖刀・鉄砕牙を構え、鬼をにらみつける。
鬼は口を開け、牙から血をしたたらせた。
鉄砕牙は大きさからは考えられない速さで空を割り、鬼に襲いかかる。
鬼は予期したように鉄砕牙をかわした。犬夜叉は体をよたつかせるが、すぐ体勢を立て
直す。
「なんだあ、こいつは」
鬼が裂けた口を動かした。
「おまえは俺が刀をよけたのを不思議に思っているな」
「何?」
「おまえは風の傷を斬ろうとしているな」
「てめえ……」
「そいつは悟心鬼。心を読めるのさ」
上から声がするので見ると、大きな羽根に乗ったきらびやかな着物の女がいた。奈落の手下、
神楽だ。
「ごちゃごちゃうるせえ!」
犬夜叉の銀の長髪が振り乱され、刀が妖気のぶつかり合う隙間を狙う。悟心鬼は身を
ずらし、妖気を動かして風の傷を起こさせない。
悟心鬼はまた、地から響くような不快にさせられる声をきかせる。
「その刀は犬の牙でできているのか」
「それがどうした」
鉄砕牙は、犬夜叉の父の牙でできた刀だ。
「犬の牙と鬼の牙、どちらが強いか試してみよう」
「やかましい!」
犬夜叉は単純に、鬼の口あたりを狙って鉄砕牙を振る。
太刀筋を読まれ、刀は悟心鬼に咬みつかれた。鬼のあごに力が入ると、上下の牙が嫌な
音を立てる。
不快な金属音の響きとともに、ついに鉄砕牙はひびを入れられ、いくつかの破片を落とした。
目を見張る犬夜叉に構わず、悟心鬼は大きな妖刀を咬み砕き、折ってしまった。
折れた刃は地面に落ちて、惨めに鈍く輝いた。
「鬼の牙が勝ったな」
獣のような顔の鬼は、裂けた口をますます裂いて醜悪な笑みを見せる。
「鉄砕牙が……折れただと……」
あまりのことに、犬夜叉は放心した。心を読める鬼はそのすきを見逃さない。
鋭い爪が襲い、犬夜叉は腹を深くえぐられて倒れた。血が噴き出して、見る間に血だまりが
できる。
「犬夜叉!」
かごめの犬夜叉を呼ぶ声は悲鳴に似た。倒れた犬夜叉に、かごめは駆け付ける。
犬夜叉は多少のケガには耐えられる。それでも今度は重傷だった。
「ちくしょうっ!」
珊瑚は飛来骨を飛ばそうと、身構えた。
そのとき、旋風のような黒い何かが悟心鬼に飛びかかった。
「くっ……おまえは……」
悟心鬼は斬り付けられた目を押さえる。
もう片方の凶悪な目が、長い髪を束ね、みすぼらしい格好をした若者をとらえた。
男はよく光る刀を手にしている。
「いようあにきぃ、さすがだぜ」
うれしそうな声とともに茂みから飛びだしたのは、汚いなりの子供だった。
「どろろと百鬼丸ではないか」
七宝は驚きを込めて言い、目を大きくした。
「いけません、百鬼丸! おまえの腕でもそいつは危険すぎます!」
弥勒は強く忠言し、右手の数珠を取ろうとした。もはや死を覚悟で悟心鬼を吸うしかない、
この僧はそこまで覚悟した。
「へん、黙ってろぃクソ坊主! あにきぃ、加勢するぜ」
どろろは弥勒の覚悟など屁とも思わず、石を拾うと投げ飛ばした。
石は一直線に飛んで鬼に向かうが、悟心鬼はすでに読んでいた。鬼が首を動かすと、石は
目標を見失って木々の向こうへと飛び去る。
「あれえ、おいら百歩先のカモだって当ててやるんだけどなあ」
「やつは心を読むのだ。おまえの石投げがどれほどでも百鬼丸が腕利きでも、心が読める
上に刀を咬み割る怪物では、勝ち目はない」
弥勒は左手を数珠にかける。毒虫・最猛勝が耳障りな羽音をきかせた。
「だめだよ、法師様!」
珊瑚は止めるが、弥勒の決意は固い。
「どきなさい、百鬼丸!」
「俺は坊主の言うことなんかきかん」
百鬼丸は言葉を吐き捨て、地を蹴って跳ねた。
「おまえは刀で俺を斬る気だな」
悟心鬼はのけぞるが、刃がわずかに鬼の胸を斬って血を飛ばした。
「お、おまえは……、おまえは」
悟心鬼は、恐ろしい顔に焦りの気配を漂わせた。
葉のこすれる音がしたので、かごめは目をやった。先程の、身分の高そうな男がいる。
すぐ脇に、別の若い男がいた。
悟心鬼がまた口を動かす。
「おまえは、百鬼丸、生まれる前に四十八の妖怪に体を取られて、作り物を寄せ集めて人間
の形をしているのだな」
悟心鬼の話に、身分の高そうな男は小さくうなった。
とりあえず今はここまでで
最初んとこトリ付け忘れちった すまんね
「ベラベラよくしゃべる鬼だ。黙らせてやる」
百鬼丸の刀が一文字にひらめく。
悟心鬼はまた斬り付けられて、血を落とした。
「どうした悟心鬼、そいつの心は読めないのかい」
いらだって、神楽が鬼に向けて声をぶつける。
「読める、読めるが」
百鬼丸はすり足で、じりじりと間合いを詰めた。
「俺も少しは心が読めるんでな。おまえが俺の心を読んでも、俺はそれを読める」
「おまえは、左手に仕込んだ刀で俺を斬る気だな」
悟心鬼の言う通り、百鬼丸は左手を外すと鋭い刀で悟心鬼に斬りかかる。
鷹のような百鬼丸に襲われ、悟心鬼はまた血しぶきを飛び散らした。
悟心鬼が爪を振るっても、動きを読んで百鬼丸は飛びのく。
心を読むことに頼る悟心鬼には、能力がかえってあだとなった。百鬼丸に対してはむしろ
本能的に何も考えず立ち向かうべきなのだが、悟心鬼は心の読み合いにほんろうされた。
「お、おまえは足に仕込んだ薬をかける気だな」
「ああ、その通りだ」
百鬼丸の足が外れ、酸が悟心鬼に噴射される。ギャア、と身もすくまされる叫びがとどろいた。
「百鬼丸、おまえは、俺の首を斬る気だな」
「ああ、そうしてやる」
酸に焼かれ前後もわからず逃げようとする鬼の首に、刀が落ちる。
鬼の太い首が、体から切り離された。鬼の頭は土の上に落ちる。大量の血が池を作り、大きな
体も崩れた。
「いやったあ、さっすがあにき!」
どろろは飛び跳ねて喜びを表現する。
「なんと、大した男だ」
弥勒は感心して、息を大きくついた。
百鬼丸は足を戻すと、どろろに言い付ける。
「どろろ、こっちへ来い! その犬公から離れろ!」
「へっ?」と、不思議がるどろろのそばで、犬夜叉が気配を変えた。
「犬夜叉?」
心配した顔をするかごめの前で、犬夜叉はケガにもかかわらず立ち上がる。
犬夜叉の目は野獣のごとしで、理性のかけらもない。牙をむき爪を伸ばして、犬夜叉は
目に入る生き物を殺そうとしだした。
うなり声を上げ、犬夜叉はどろろに襲いかかった。
「うわーっ、あにきぃーっ!」
どろろはすばやく逃げ出す。百鬼丸は白い刃で空に弧を描き、犬夜叉を斬り付けた。
「半分妖怪の犬公、正体をあらわしたな」
斬られても犬夜叉は目に凶悪な光をみなぎらせ、百鬼丸に強い敵意を浴びせる。
邪悪な妖気が周囲に広かった。
「犬夜叉!」
かごめが呼ぶと、そんな犬夜叉もわずかに体を動かした。
「おすわり」
かごめの声に反応し、犬夜叉の首にかかった念珠が輝く。
一種の封印だ。犬夜叉は押しつぶされたようになって、地面にはいつくばった。
どろろは不思議そうに犬夜叉のありようをながめる。
「どうなってんだ、こりゃあ。踏んづけられたみたいになっちまったぜ」
「首輪が呪いになっているようだな」
百鬼丸は刀をさやにおさめた。
犬夜叉の傷を心配し、かごめはかがんで犬夜叉の体をのぞく。犬夜叉はまだ正気をなくして
うなっていた。
珊瑚もかごめの隣にかがみこんだ。
「大丈夫、刀傷は浅いよ。犬夜叉ならこのくらいは平気さ。それより鬼にやられたほうが
まずいね」
かごめは息をつくと、百鬼丸に顔を向けた。
「手加減してくれたんだ、百鬼丸くん」
「斬りそこねただけだ。次は仕留める」
百鬼丸は目も合わさず、左手を戻した。
「それにしても、なぜ急に犬夜叉はこのように変化したのでしょうか」
弥勒は考え込み、あごをさする。
身分の高そうな男が、百鬼丸に近づいた。首のない侍が、守るようにつき従う。
「おまえは百鬼丸というのか。生まれる前、四十八の妖怪に体をとられたのだな」
「それがどうした」
そっけなく答えながらも、百鬼丸は男にたいして何かを感じた。
「わしは醍醐景光。おまえはなかなかの腕だ。どうだ、わしにつかえないか」
醍醐景光の誘いに、いい身なりの若い侍が反応した。
「父上、こやつ朝倉の手の者とも限りません」
「やめろ、多宝丸」
景光の息子多宝丸は、右目をつむる気取った態度の男だ。
多宝丸にも、百鬼丸は何かこれまでにないものを感じ取る。
「行ってみよう」
百鬼丸が応じると、どろろは仰天して飛び上がった。
「あにき! 侍になる気かよ! 戦争するんだぜ?」
「どろろ、俺は急におまえと別れたくなった」
百鬼丸が言うとどろろは大きな目をむき、大声を出した。
「なんだって?」
「おまえにはおまえの道がある。俺とはここまでだ」
「ああそうかい、だがなあ、おいらはあにきの刀に目をつけたんだ。刀をくんなきゃついてくぜ」
「うるさい、刀なんか死んだそこらの侍からもらっとけ」
「いいのか」
景光がきくと、百鬼丸はうなずき、たばねた灰色がかった髪を振った。
「かまわん」
「あにき!」
それでもついていこうとするどろろを、百鬼丸の刀のような鋭い声が止めた。
「来るな!」
醍醐景光、多宝丸のあとに百鬼丸がついていき、そのあとを首のない侍が歩いていった。
「なんでえ、ばかやろーっ! へそかんでくたばっちまえーっ! ちくしょーめ!」
小さくなっていく百鬼丸の背に、どろろは大声で悪態つく。百鬼丸が見えなくなると、
どろろは地に顔を埋めて泣いた。
「百鬼丸のやつ、どろろをおらたちに押しつけて行きおった」
迷惑そうに口を曲げ、七宝は大きな尾を揺らした。
弥勒が七宝をしかる。
「そんなふうに言うんじゃありません。かわいそうな子ではないですか。どろろ、百鬼丸は
人の心をある程度読めるのでしょう? 何かを感じ取ったのかも知れません」
弥勒は優しくさとすように言う。
やっぱりページ数付けてみた
ではまたこのへんで
乙!百鬼丸強いですね。
心を読めるどうしでもいろいろ経験してた方が有利ですもんね。
後、最猛勝って体に毒がまわっても風穴は広がらなかったと思います。
す、すみません
把握が甘かったです
確かに自分の手元にある資料「犬夜叉ひみつ&クイズ百科」にも
最猛勝が風穴を広げるとは書いてありませんでした
以後気を付けます
要するに風穴は便利すぎるので使いにくくしたいので
では続き
「うるせえ、クソ坊主、あんなやつぁどうでもいいや、おいらは天下の大泥棒どろろ様だい」
涙と鼻水を飛ばして、どろろはたんかを切った。そんなどろろにも、弥勒は怒らない。
「とにかく、百鬼丸はあとで探してつれてきましょう」
珊瑚と七宝は顔を見合わせた。
「法師様が女以外にあんなに優しいなんて」
「おらには信じられん」
だが、このことは弥勒の行動原理に少しも矛盾していなかった。彼だけがどろろの『正体』
に気づいていた。やはり弥勒は『男の中の男』、その眼力は並ではない。
「おい、おまえら」
声の主は大きな羽根に乗って、中空にとどまっていた。
「神楽! まだいたのかい」
珊瑚は飛来骨を構え、狙いをつける。
「何で奈落が私や悟心鬼を生み出せるかわかるか」
「何?」
「桔梗が四魂のかけらを奈落に渡しているのさ!」
言い捨てるや、神楽は浮かび上がり、その姿ははるか上空、雲の間に消えていった。
「桔梗が……?」
かごめは寒気を感じて身を固くした。
神楽と入れ違いに、空から牛が降りてきた。牛は三つ目で、老人を背に乗せている。
「わあっ、また化けもんが出やがった」
どろろは飛び上がって声を出す。
牛に乗る、柄の長い鎚をたずさえた老人は刀々斎という。鉄砕牙を造った人物だ。
「刀々斎という刀鍛冶じゃ」
七宝がどろろに教えてやる。
「なんでえ、おまえら妖怪の仲間か」
首筋にかゆみを感じ、かごめは反射的にはたいた。手でつぶれた何かが動いている。
「冥加のじっちゃん」
老人の姿をした、ノミのような小妖怪だ。
「犬夜叉様の血のにおいが変わったようなのでな、来た」
「鉄砕牙が割られちまったんだな。しょーがねえ奴だな。おい、鉄砕牙を犬夜叉に持たせて
やんな」
刀々斎の指示で、弥勒は刀を手にする。人が持つとこの刀は古びたただの刀になる。
折れた刀を犬夜叉の腰のさやにおさめると、犬夜叉は顔つきを元に戻して目を閉じた。
「犬夜叉!」
かごめは心配して呼びかける。珊瑚がかごめにわざと明るく言った。
「寝てるだけだよ。そうやって傷を治すのさ。でも手当てしたほうがいいね」
「それにしても、なぜ鉄砕牙を割られて変化したのでしょう?」
弥勒が不思議そうに、刀々斎にきいた。
「鉄砕牙は犬夜叉様の守り刀なんじゃ」
小さな冥加が尖った口を動かす。かごめが返してきく。
「守り刀?」
「さよう、鉄砕牙があれば犬夜叉様は心を保っていられる。鉄砕牙を手放せば、妖怪の血が
勝り暴走してしまう」
「犬夜叉はそのことを……」
かごめが問うと、冥加は小さな首を振る。
「知らぬ」
「じゃあ言わないほうがいいね」
珊瑚の言葉に、弥勒もうなずく。
「完全な妖怪と化して強くなれるなら、鉄砕牙などいらんと言い出すかも知れませんからな」
「完全とは言えねーしな。理性をなくした妖怪なんて、できそこないじゃねーか」
牛の背で、刀々斎が大きな目を動かして付け加える。それはそうだ、と一同納得した。
「完全な妖怪というのは、おらのような妖怪のことじゃからな」
七宝が得意げにすると、これには周囲は賛同しかねた。
犬夜叉がまぶたを開けた。
「犬夜叉! 大丈夫?」
かごめが心配そうにきく。
「ああ……。なんてことねえ」
と言いながらも、犬夜叉は痛みに顔をしかめた。
「何だか急に妖怪化したんだが、ありゃあ一体なんだったんだ」
犬夜叉は自分の身に起きた変化に、疑問と不安をいだく。
「それより、まず手当てしたほうがいいよ」
さりげなくかごめは話題を変えた。
「そうそう」と、珊瑚もうながす。
七宝は迷惑そうに口を開いた。
「神楽は桔梗が四魂のかけらを渡したと言っておったなあ。余計なことをしてくれたわい」
「桔梗は奈落の側についたのでしょうか」
弥勒が言うと、犬夜叉は頭の耳を動かし、噛み付くように否定した。
「違う!」
かごめが犬夜叉の顔を見ようとする。犬夜叉は目をそらす。桔梗のことになると犬夜叉は
いつもこうだ。
「とにかく違うんだ。桔梗は何かを狙ってんだ」
言い訳するように犬夜叉がしゃべる。
かごめは犬夜叉に背を向けた。
「帰る」
「あ、あん?」
「実家に帰るーっ!」
これはまずい、とわかっていても、犬夜叉はあとに引けない。
「お、おー帰れ帰れ、とっとと帰りやがれ!」
かごめの怒りが火のようになって、目から噴き出す。犬夜叉はひっこみつかず、といって
どうすることもできず、ただ不機嫌そうな顔でいた。
「おすわり! おすわり! おすわり! おすわり! おすわり! おすわり! おすわり!」
「ぎゃーっ!」
何度も地面に押しつけられ、犬夜叉は踏みつぶされた虫のようになる。
「犬夜叉のバカ!」
鉄槌を振り下ろすように言い残し、かごめは骨食いの井戸に向かった。
「あっ、かごめ! 待つんじゃ」
太い尾を揺らめかし、七宝はかごめのあとを追う。
腹ばいになる犬夜叉を、珊瑚がさらに責める。
「まるっきりおまえが悪いよ、犬夜叉。かごめちゃんは本当に心配してたんだよ」
「う、うるせえ……」
そんなことは、本人が一番よくわかっている。わかってはいても、桔梗を擁護しないわけ
にはいかない。これはもう犬夜叉の業であった。
奈落の奸計により、犬夜叉と桔梗は互いに憎み合い、桔梗は犬夜叉を封印し、四魂のかけら
を抱いて死んだ。
この深い負い目は決して消えない。
弥勒が呆れて首を振る。
「しかたのない奴だな。あのさまよっている桔梗は土人形で、桔梗の恨みの部分だけが形を
持ったのだろう。かごめ様こそ桔梗の生まれ変わりなのだぞ。何より若く健康的な体がある
ではないか。いい加減はっきり決めてしまいなさい」
弥勒はせつせつと説いてきかせた。
「うるせえ、どいつもこいつも。それより鉄砕牙をなんとかするのが先だろうが。おい刀々斎、
直せるんだろうな!」
犬夜叉はかごめとの問題をひとまず投げ、刀鍛冶に八つ当りした。
「直せるがよ、おまえも来い」
刀のそばにいなければ、また犬夜叉は変化してしまう。
「ん? お、おう」
居づらかったので、犬夜叉は素直に従い牛の背にまたがった。
牛は鼻息を出すと、主人と犬夜叉を乗せて浮かび上がる。牛の姿は空へと吸い込まれるよう
に飛び、黒い粒みたいになって消えた。
とりあえずここまでで
ご指摘感謝です ではまたー
犬夜叉を見送ると、弥勒は錫杖で地を突き鳴らした。
「私は百鬼丸を探してこよう。珊瑚、どろろを見てやりなさい。どろろ、やけを起こすなよ」
「へっ、うるせえや。あんな奴つれてこなくていいぜ」
どろろの態度にやれやれと呆れつつ、弥勒は歩いていった。
犬夜叉は一日で戻った。彼らは楓の家を拠点にしている。五百年後の日暮神社だ。
楓は桔梗の妹で、眼帯をした老婆だ。犬夜叉たちの、傷の手当てなどしてくれる。
犬夜叉の腰には刀が差してある。自身の牙をつなぎに修復された。牙を抜かれても半日
ほどでまた生える。妖怪だけあって、犬夜叉の生命力はかなりのものだ。
直った鉄砕牙を試したい気もあるが、犬夜叉はかごめのほうが気がかりだった。
「困ったねえ、どこにもいないよ。犬夜叉、おまえ探してきてくれない?」
弱ったようすで珊瑚は犬夜叉に求めた。
「ああ? 俺は行かねえぞ、別に悪くねえからな!」
「え? 何いってるのさ」
「ん?」
「どろろが飛び出してどっか行っちゃったんだよ。だからおまえ、鼻で探してくれよ」
「な、なんでえ……、あんなガキほっとけ」
「犬夜叉はかごめが戻ったときにすぐ会いたいんじゃ」
七宝が悟りきったような顔で言う。
「うるせえ、誰が」
犬夜叉は大口開け、打ち消した。
「犬夜叉、そんなに気になるなら迎えに行きなよ。あっちに行けるのはおまえしかいないん
だし」
珊瑚が呆れて追い立てるようにした。骨食いの井戸を通って過去と未来を行き来できる
のは、かごめと犬夜叉だけだ。
「別に気になんかなってねえ」
「じゃあどろろを探してきなよ」
珊瑚に再度言われると、渋々犬夜叉は赤いすそを動かし、家を出た。
どろろはろくに風呂にも入らないらしく、常人でもにおう。ましてや犬夜叉の鼻なら、
追うのは簡単だ。
(どうにも調子が狂いやがる)
完全な妖怪になろうとしてきたはずの犬夜叉だった。
が、気がついてみれば妙に人間じみている。
(だが俺は人間じゃない! 何なんだ俺は……)
我ながら情けない、こんなふうになりたくはなかった。と、どろろのにおいをたどりつつ、
犬夜叉は自己嫌悪してふさぎ込んだ。
草を踏み分け歩いていくと、城が見えた。
茂みに隠れて城をながめる、浮浪者のような子供がいる。
「おい」
犬夜叉が声をかけると、どろろは感電したみたいに飛び上がった。
「なんでえ犬公か」
「何してんだ」
「へん、みろよあの砦。このあたりの村から戦費調達ってことでため込んでるんだぜ」
「泥棒か」
「へへへのへ、おいら大泥棒どろろ様よ」
「いいから帰るぞ」
犬夜叉は無造作にどろろの首をつかみ、持ち上げた。
「何しやがんでー犬公、耳かみちぎってやるぞ!」
「うるせえクソガキだな。百鬼丸なら弥勒がつれてくっからおとなしく待ってろ」
「あんな奴知らねえや、はなしやがれワン公」
どろろはぶら下げられながら、手足をばたつかせる。
「じゃあ何でわざわざ百鬼丸が行った城に盗みに行くんだ」
「おいらの勝手だい」
犬夜叉は構わずどろろをつかみ上げたまま、草を踏んで来た道を戻る。
「あっ、妖怪が飛んでるぜ」
どろろが空を見上げて大きく口を開けた。
「嘘つきやがれ」
と、返してから犬夜叉は気配を感じて空に目をやった。
細長い妖怪が、おぼろげに光る玉を抱えて飛んでいる。
「死霊虫(しにだまちゅう)……」
桔梗が使役する妖怪だ。
「桔梗がいるのか……?」
死人の桔梗は、自分を維持するのに死者の魂を要する。その死霊を運ぶのが死霊虫だ。
だが、様子がおかしい。何かから逃げているようだ。
死霊虫を追う、魚のような妖怪が犬夜叉の目にとまる。死霊虫に似ているが、大きいし
気配が違う。
犬夜叉はどろろをほうり、妖怪を追った。
鉄砕牙を抜き、斬りかかろうとした犬夜叉だったが、腕を引く強い重量にはばまれる。
「な、なんだ?」
直った鉄砕牙は異様に重い。その巨大な刀身からすれば当然でもあるが、とても犬夜叉
の片腕では振るえない。
「くそっ、刀々斎の奴、俺の鉄砕牙に何しやがった」
しかたなく刀を鞘におさめ、鉄砕牙は飛び上がった。
「散魂鉄爪!」
犬夜叉の爪が魚のような妖怪を切り裂く。妖怪はうめきをきかせ、茂みに落ちていった。
死霊虫が流れるように飛んでいく。犬夜叉は死霊の光の行く先をめざした。
楓の屋敷に近い林の、大きな木に寄りかかる巫女がいた。衣と同じくらい白い顔の女だ。
「桔梗!」
「犬夜叉……」
桔梗はわずかに顔を上げる。
「奈落の奴、私に直接手を出せないと知り、死霊虫を殺そうとした」
死霊虫が桔梗にまとわりつき、光る玉を体に与える。
「奈落の野郎が……」
仇の名を犬夜叉は憎悪を込めてつぶやく。すべての悲劇、その元凶。
「私は独りで消えてしまうのかと思った……」
桔梗は死霊をうしなって力を弱めている。
「桔梗……」
「もうだめかと思った……気がついたら、私が生まれたこの村、おまえと会ったここに来て
いた」
犬夜叉は草を踏み、桔梗に近づく。
「おまえ、何か無茶してんのか。奈落と戦ってるならやめろ!」
「おまえがいてくれた……うれしかった」
死人であり、恨みの部分だけが復活したはずの桔梗だ。が、このときの穏やかな笑顔は
生前の桔梗そのままだった。
「犬夜叉、あの場所へ連れていってくれ。私がおまえを封印したあの木……」
「ああ……、わかった」
桔梗の意図はわからなかったが、犬夜叉は桔梗を支え、五十年封印されていた木のもと
へと歩いた。
桔梗のきゃしゃな体を抱いていると、犬夜叉は五十年前を昨日のことのように感じて胸
を熱くする。
死霊虫がやわらかく光る死霊を集めて、桔梗の体へと移していった。
大木の幹には傷がついている。
「奈落の中に鬼蜘蛛がいる限り、奈落は私に手を出すことはできない」
「鬼蜘蛛……」
人間の盗賊だ。五十年前、桔梗に保護された。
「奈落は鬼蜘蛛に群がった無数の妖怪が一つになったもの。鬼蜘蛛は私を自分の女にした
がっていた。奈落にもその心が残っている」
「じゃあ、奈落はおまえを……!」
好いているということだ。
とりあえずここまでで
もうちょいで前編の終わり
原作そのまま書いてもしょうがないのでちょいちょい違います……
なるべくキャラを壊さないようにはするつもりです
「その想いを打ち消そうとして、奈落は私を葬り去ろうとしたんだろう」
「おまえは一人で戦う気か?」
「奈落と四魂の玉、まとめて消し去ることができるのは私だけ……」
「そんなことより、奈落がおまえに惚れてるなんて、俺は我慢ならねえ。虫酸が走る!」
犬夜叉は思わず、桔梗を抱き寄せる。
桔梗も体を犬夜叉の胸にあずけた。
たくさんの死霊が輝いて二人を飾る。
犬夜叉が、桔梗の耳に熱い吐息をかけてささやく。
「奈落なんぞにおまえを渡してたまるか! 奈落におまえの姿を見られるのも、声をきかせる
のも許せねえ」
犬夜叉のしっかりとした肩に、桔梗は手をした。激しくなる犬夜叉の脈動を、桔梗は感じ取る。
「ましてや、おまえがまた命を渡すことにでもなったら……。もう二度と、おまえを一人で
死なせたりはしない!」
「安心しろ、犬夜叉……。おまえ以外の男には、私の髪の毛一筋も触れさせはしない……」
二人の想いは共鳴し合って一つになり、しびれのような甘い感覚に今はお互いが身を
ゆだねるのだった。
しばらくそうしたあと、桔梗は言った。
「奈落に四魂のかけらを集めさせ、四魂の玉を完成させたところで、奴を玉ごと完全に浄化
する」
「おまえはそのために、奈落に四魂のかけらを渡したんだな」
奈落の味方をしたのではなかった。
「奈落の居場所を教えろ」
桔梗は首を横に振る。
「またさっきみたいにおまえが襲われたら、誰がおまえを守る?
俺しかいねえじゃねえか!」
犬夜叉の腕の中で、桔梗が口を動かす。
「奈落は私を殺せない。だが、四魂の玉のかけらを集めさせる途中で、力をつけた奈落は
おまえたちを襲うだろう」
「奈落なんざ恐くはねえ。俺がたたっ斬ってやる」
「かごめのことはいいのか……?」
犬夜叉を見上げる桔梗の黒い瞳が、妖しく光った。
「桔梗……」
「かごめが危険な目にあうだろう」
「おまえは……」
「それすら私の望みかもしれない……犬夜叉。かごめからおまえを奪い、私のものにするため
に、私は奈落に四魂のかけらを渡し、かごめを……」
桔梗の細い肩が震える。その震えが犬夜叉に伝わった。同時に、桔梗のあまりにも苛烈な
愛が犬夜叉に伝わる。
犬夜叉はむしろ込み上げる喜びのようなものをおぼえ、とまどいながらも、この愛に応え
ねばならぬと知るのだった。
「桔梗……俺はおまえと地獄に行くつもりだ。俺だけ生きるつもりはねえ」
犬夜叉の与える熱が、土くれにすぎないはずの桔梗に生気をそそぎ込む。
「きっとだな……」
桔梗は犬夜叉から離れた。
「桔梗!」
「私はまた四魂のかけらを探す。犬夜叉、どこにいても私たちは一つ。かごめにおまえは
渡さない……」
闇に溶けるように、桔梗は茂みの向こうへと消えた。
骨食いの井戸を通り、時を越えて舞い戻ったかごめは、楓の家に向かった。
犬夜叉を心配させるために、時間をおいたのだ。
だが、大事が起きた。茂みの向こうからきこえる、桔梗と犬夜叉の話し声が耳に入って
しまった。
(私がいない間に……しかもあの場所は……!)
かごめが犬夜叉と初めて会った場所だ。桔梗がかごめに気づいていたかどうかはわから
ない。
それでも、かごめにはまだ希望があった。
木々の間から、赤い衣がやってくる。
(犬夜叉……)
かごめに気づくと、犬夜叉は真っすぐにかごめを見つめた。かごめが今さっきの桔梗との
ことを、見てきいていたであろうことは、犬夜叉にもわかる。
(どうして……?)
犬夜叉の瞳は、光の加減によって金色にも見えた。
(どうして私を見つめるの……?)
黄金色の二つの瞳は、かごめをとらえて放さない。
(どうして目をそらさないの……?)
犬夜叉が何か言おうと、口を開き息を吸う。
その息づかいに、かごめははじかれたように逃げた。
なぜ犬夜叉が、ああもかごめを見つめることができたのか。もはや明らかだ。
隠れて桔梗に会っていても、かごめに悪いと思っているうちは、まだ犬夜叉の心はかごめ
にあった。
だから目をそらすのは腹立たしくても、かごめは許してきた。
だが、今度は違う。犬夜叉が何を言おうとしたか。
(終わったんだ……)
犬夜叉の心が、かごめのもとから去った。
かごめの旅は終わった。
前編終わりです
ここまでの出演は
弥勒@犬夜叉、犬夜叉@犬夜叉、かごめ@犬夜叉、珊瑚@犬夜叉、七宝@犬夜叉、
雲母@犬夜叉、悟心鬼@犬夜叉、神楽@犬夜叉
醍醐景光@どろろ、百鬼丸@どろろ、どろろ@どろろ、多宝丸@どろろ、
刀々斎@犬夜叉、冥加@犬夜叉、死霊虫@犬夜叉、桔梗@犬夜叉
で全部かな
次の投下は週末か来週の予定です
ではまたどうもお邪魔しました
おぉ…久しぶりに来たら…こ、これはZじゃなくて乙なんだからね!
犬夜叉は本当にこのまま桔梗を選ぶのか。原作ならかごめだがこれはどうなることやら…
にしても登場人物多いな。大変だろうけど頑張ってください
どうもありがとうです
では後編投下させていただきます
川は何事もないかのようにただ流れていた。
「畜生! 畜生!」
刀が振られると、背の高い草が斬られ、葉が散らばる。
「俺に親なんかいねえ! 親なんかいてたまるか!」
灰色がかった髪を揺らし、若者は目につくものすべてが憎いと言いたげに斬り裂いた。
「どうしました、百鬼丸。荒れていますな」
声に百鬼丸が振り向くと、若い僧が立っていた。
「親がどうとか言いましたな。何かあったのですか」
「黙れクソ坊主。俺に親なんかいねえ。俺は木の股から生まれたんだ。泥沼のアブクから
生まれたのが俺だ」
「何を言う。生きるものはみな女から生まれるのです」
弥勒が一歩近づくと、悪鬼のごとき百鬼丸は刀を光らせる。
「うるせえ、クソ坊主、ブッタ斬るぞ!」
「醍醐の城で何かあったのですか」
「うるせえ、うるせえ……もし俺に親がいたらな……」
百鬼丸の体は折れるように曲がり、手は地につく。
「俺をたらいに入れて、川に流したりなんかしねえんだ……」
生まれる前に、四十八の魔物に体の部分部分を奪われた、とは弥勒もきいていた。
親が魔物と取引したのだろう。
普段どこか超然とした百鬼丸も、やはり一人の若者に過ぎないのだな、と弥勒は哀れんだ。
が、彼もまた人間らしい心を持っているのだ、と安堵もした。
「おまえの苦しみは私などには測り知れぬが……」
「黙れ、説法なんざ犬に食わせてやれ。消えろ」
今は何を言っても無駄か、と弥勒は悟る。
「では去るが、一つだけ、どろろを必ず迎えに来るのだぞ。私の見るところ、おまえには
あいつが必要だ」
「あんな奴知るか。そんなにいいものならくれてやる」
「ところが、そうはいかないのさ。おまえでなくてはいけないのだ。わかったな、必ずだぞ。
どろろはおまえを待っている。おまえも、どろろがいなくてはならないのだ」
百鬼丸は答えない。弥勒はその場を去っていった。
百鬼丸は独り、沈みゆく日に照らされる。
人間たちがどんなに苦しみ悩もうとも、世界は無関係だと言わんばかりに静かだった。
「どろろが必要だと……馬鹿らしい。俺はずっと独りだった。これからもそうだ。独りで妖怪
を殺す。それだけだ」
かごめは部屋のベッドで、小ビンに入った光るものをながめていた。
四魂のかけらだ。これを犬夜叉が取りにくるかもしれない。
そのときが、犬夜叉との最後になるだろう。
(ずっと持っていようか……)
そうもいかないだろう。犬夜叉たちにとって、四魂のかけらは何より大事なものだ。
(四魂のかけらを渡したら、もう犬夜叉に会えない……)
犬夜叉は桔梗と行くと言うだろう。かごめとはお別れだと。
(いやだ、そんなのききたくない!)
思い立ち、かごめは部屋を出て外に向かった。
境内のすみに、大木がある。太い幹にはかすかな跡があった。犬夜叉が桔梗の矢に封印
されていたのだ。
かごめは木の幹に小さな手を当てた。
(五百年前、ここで犬夜叉に逢ったんだ……)
逢わなければ良かったのに、こんなに苦しいのなら。かごめの目からは自然と涙があふれた。
(私、こんなに犬夜叉が好きだったんだ)
自分の心にとまどうとともに、かごめの胸に黒いものが沸き起こる。
(いっそ……)
矢で桔梗を浄化してしまえないか。しょせんあれは死人、土くれが妖怪の術で動いている
だけではないか。という考えが、かごめの脳を支配した。
(桔梗は強いだろうけど、珊瑚ちゃんは味方してくれるはず……)
弥勒もまさか風穴で自分を吸うことはすまい。かごめは自信を深めた。
犬夜叉は怒るかもしれないが、念珠で言うことをきかせることはできる。
桔梗も、奈落に四魂のかけらを渡してかごめに危害を加えると言った。
(だったら、私が桔梗を浄化したっていいはず。どうせこのままじゃ、犬夜叉の一番には
なれない。たとえ犬夜叉に恨まれても……!)
神社の外から、バイクの走行音がきこえた。バイクは階段の下辺りで止まったらしい。
かごめは我に返った。
恐ろしい考えにふけっていた自分に、かごめは愕然とした。
(これじゃあ、犬夜叉に好かれるはずないよね……)
石段を上る足音が近づいた。
かごめは背を向けた。参拝客なら、かごめを別の参拝者だと思うだろう。
足音は階段を上りきると、砂利を踏んでかごめに近づく。
「日暮しかごめちゃんかな?」
「え?」
振り向いてみると、そこには神父の格好をした、人のよさそうな中年男性がいた。丸メガネ
の向こうで驚いたような目をしているのは、かごめが泣いているからだろう。
「まずいときに来てしまったかな? 少し大事な用を伝えにきたんだけど」
「いえ、なんでもないです」
かごめはあわててそでで涙をふいた。
「あの……」
「ああ、私は唐巣。美神君のいちおう師匠なんだ」
「美神さんの」
神社に神父とは、異様な取り合わせだ。かごめが持つ違和感を唐巣は察した。
「ああ、私は教会に破門されてるから、神社にいてもいいんだ」
「そうなんですか」
「そう、伝えなきゃいけないことがあってね。まったく、自分の師匠をメッセンジャーに使う
弟子は彼女くらいだろうねえ。まあ噂にきいた骨食いの井戸というものを見てみたいとは
思ってたんだけどね」
かごめに気をつかい、唐巣はよくしゃべる。その穏やかな人柄にかごめも気を許した。
「アシュタロスという魔族とその一派が、時間移動能力者を狙っているそうだ。つまり、君の
ような」
「そうですか」
かごめはあまり興味を感じずに返事だけした。
かごめは傷心を隠して、大木を見上げた。
「でも、私、もう過去へは行きません」
「そうなのかい? でも君は……」
「フラれちゃいましたから」
無理な笑顔が痛々しい。
「そ、そうか」
正視できず、唐巣も木の枝を見上げる。
「失恋か。私もずっと前にそんなことがあった気がするよ」
「はあ」
「相手は美神……」
「え?」
「美神美智恵。美神令子くんの母親だよ」
「美神さんのお母さん……」
「ああ。少しの間、私の弟子でね。強い力の持ち主だった。夫の公彦くんも尊敬できる男だ」
若かった頃に思いを馳せ、唐巣は遠い目をした。
「すぐれたGSだったが、美智恵くんは令子くんが中学生のとき亡くなったんだ。ちょうど
君くらいだったなあ」
唐巣のほほ笑みはどこかさみしげだ。
とりあえずここまで
わし、うしおととらまで書きたくなってしまっとる
とら・長飛丸が封印されるのって五百年前だし
どうしよ
風が枝を揺らし、葉が音をきかせる。
「好きだった人の子供を弟子にしたんですか」
かごめは目を地面に落とした。
「私にはとても無理です。私の心は小さすぎて……」
唐巣はやさしい目をして語りかける。
「君は若いんだから、私みたいに老け込むことはないよ。思うままにすればいいのさ」
「でも、私……」
かごめは小さな唇をふるわせた。さきほどの妄念が恐ろしかった。
「私は……犬夜叉にひどいことをしてしまうかも知れません」
「いいじゃないか」
「えっ?」
かごめが見上げると、唐巣の表情は変わらず穏やかな父のようだった。
「それだけ好きということじゃないか。愛するということに決まった形はないのだから」
「でも……」
「大事なのは、後悔しないようにすることだよ。せっかく生きているんだ。君が思うままを
相手に伝えればいい」
「神父さん……」
砂利の上を歩いてくる人物に気づき、かごめはそちらを見た。
その人物には、首から上がなかった。頭のない人間が、ヘルメットを持って歩いている。
驚くかごめとは対照的に、唐巣は何事もないといったようすで手を上げた。
「やあ、待っててくれたのか。帰っても良かったのに」
「あ、あの……」
「彼は大丈夫、知り合いの警官なんだ。今日は休みというので、案内をお願いしたんだよ」
「は、はあ……」
首のない男はうなずくようにするが、他人にはよくわからない。
「先祖が首を切られても殿様を守ったのだとか」
かごめは、悟心鬼に首を切られた武士を思い出す。
「あ、それ見ました」
「へえ、そりゃすごい」
眉を上げて唐巣は感心した。
「長居しちゃったな。ついついおせっかいを出してしまって。じゃ、アシュタロスのことは
忘れないで」
唐巣は首のない男と、鳥居に向かって歩きだす。
「あ、あの、骨食いの井戸を見にきたんじゃないんですか」
「いや、君にとって大切なもののようだから、今日はやめておくよ」
唐巣は手を振ると、石段を下りていった。
かごめの耳の奥に、唐巣の言葉が繰り返される。
『それだけ好きということじゃないか。愛するということに決まった形はないのだから』
『君が思うままを相手に伝えればいい』
(犬夜叉……会いたい。会いたい!)
犬夜叉はむっつりとして、珊瑚に背を向けて座っていた。
「おまえったら、どろろを探しに行って桔梗に会って、かごめちゃんとは別れるだって?」
「うるせえなあ、もう決まったんだ」
犬夜叉は赤い袖に手を入れ、頑固親父のようにしている。
「だがな、犬夜叉。かごめ様は四魂のかけらを持っているのではないのか」
弥勒が言うと、犬夜叉は面倒そうに返事した。
「ああ……」
「あれを受け取りには行けよ。おまえしか骨食いの井戸を通れないのだからな。それで
かごめ様とは終わりだ」
「わかってらあ」
犬夜叉はふてくされたように言い、立ち上がる。
「法師様、いいの?」
珊瑚がきいた。弥勒は目を閉じ、うなずく。
「しかたがないでしょう。犬夜叉が桔梗を選ぶというのなら、かごめ様にこれ以上いて
もらうほうが酷ですからな」
七宝が口を大きく開けて抗議する。
「おらいやじゃ! なんで犬夜叉のせいでかごめと別れなくてはならんのじゃ!」
弥勒が七宝の頭を押さえ付けた。そのとき、犬夜叉が開けようとした戸が横に滑った。
「だんな、弥勒のだんな!」
八衛文狸が部屋に入った。小柄な人間ほどの大きさをした狸で、弥勒につかえている。
「大変です、富樫側の醍醐が、村人を集めて処刑するそうで。朝倉の間者だといって」
「おい、もしかしてその中に」
「へい、どろろも捕まってるんで」
八衛文狸は、弥勒に指示されてどろろを探していた。
弥勒は黙って立ち上がる。
「おい、弥勒」
犬夜叉が呼び止めると、弥勒はいつにない真剣な顔を向けた。
「おまえは早くかごめ様のところへ、四魂のかけらをいただきに行け」
「わからん、弥勒、なんでどろろにそこまでしてやるんじゃ。おまえはそんな奴じゃったか」
七宝はさも不可解といったようにした。
「七宝、すべては因縁、仏縁です。永い永い輪廻のほんの一瞬、私たち人間はこうして
関わりを持つ。だから正しいと思うことを、できる限りやるしかないのです」
錫杖をつき、弥勒は楓の屋敷を出る。
「私も行くよ。雲母!」
猫又の雲母を肩に乗せ、珊瑚は長い髪をなびかせた。
「しょうがないのう、おらも行ってやるわい。犬夜叉、あんまり時間かけるんじゃないぞ」
七宝も太い尾を揺らして、弥勒についていった。
情けない、とうなだれながら犬夜叉は骨食いの井戸へと向かう。
これで本当にかごめとは終わる。犬夜叉のかごめへの想いは強かった。
(我ながら未練たらしい……)
深い自己嫌悪に、犬夜叉は涙が出そうだった。
かごめが桔梗の生まれ変わりかどうかは関係ない。かごめといると、犬夜叉はどうしよう
もなく楽しいのだ。
(楽しいだと! 俺が楽しんだりしちゃいけねえんだ、桔梗を死なせたこの俺が……)
やはり、かごめとは別れなくてはなるまい。かごめを傷つけることになる。犬夜叉は腹
を決めた。
井戸のへりに、少女が腰かけていた。
「かごめ……」
まさかかごめが来ているとは思っていなかったので、犬夜叉はどうすべきかわからなかった。
かごめの表情は優しげだった。
「向こうでね、あの木を見たの。犬夜叉に初めて逢ったあの木……」
矢に刺され封印されていた犬夜叉は、かごめを桔梗と間違い悪態ついたのだった。
「かごめ……俺は」
「わかってる。犬夜叉の気持ちは……だから、私、もうこっちにはいられないと思った」
いよいよ別れのときが来たのだ、と犬夜叉はかごめをうしなうことを悟った。
それは、かごめに会う以前に戻るということだ。
「おまえに会う前、桔梗に裏切られたと思って、俺はやぶれかぶれになっちまってた。
やけになって、何もかもがどうでもよくなって、完全な妖怪になって全部忘れちまいた
かった」
「犬夜叉……」
「だが、おまえと旅して、俺は……捨てたかったものに……人間みてえな心に、今はしがみ
ついている。かごめといると楽しくて……」
犬夜叉の目が光っていた。
「俺はもうわからねえんだ、どうすりゃあいいのか……。人間でもねえ、妖怪でもねえ……。
心まで真っ二つになっちまった。かごめ、おまえが俺を人間みたいにする」
「私、犬夜叉に会いたかった。犬夜叉がどんな犬夜叉でも」
かごめの想いが伝わるほどに、犬夜叉は罪悪感にしめつけられる。
「俺はどうしても桔梗を見捨てることはできない……」
今日はこれで
ちなみに首無しライダーは裏話スレからお借りしました
首成 頼太
(くびなし らいた)
警視庁 妖怪・都市伝説対策本部 第零科に所属する白バイ隊員
本来はイケメンだが事故で首から上を亡くした後は都市伝説として
夜な夜な風にならんとしていた(法定速度内で)
ある日ハメを外して速度オーバーした所を目理刑事に捕まる
紆余曲折を経て白バイで風になっている
首無しライダーが出るという噂により暴走族が減った
なお、名字の首成とはかつて侍だった先祖が主君を守るために
首を落とされてなお騎上で戦ったという功績を称えられ与えられたもの
恐らくは飛頭蛮の血でも流れていたものと思われる
もとはメリーさんスレ
ありがとうございました
「うん……。わかってる。私は桔梗にかなわない。桔梗は死んだんだもの」
死ぬほど好きと言ったところで、本当に死んだ人間と比べたら重みが違う。かなうはず
もない。
「私は生きているから……桔梗と私は全然違う。生まれ変わりなんて言われても、私は私……」
かごめが何を言いだすのか、どうすればいいのか、犬夜叉にはわからない。
「でも、一つだけ、桔梗の気持ちも私と同じ」
かすかな風が、わずかにかごめと犬夜叉の髪を揺らす。
「もう一度犬夜叉に会いたい」
(俺だって会いたかった。だけど……)
強い想いを、犬夜叉は口に出せない。
「本当はね。桔梗なんていなくなってしまえばいいのにって思ったの。
でも、桔梗も私と同じ。犬夜叉と一緒にいたい……忘れるなんてできない」
(俺だってそうだ!)
「だが、かごめ……俺は……」
「それでもいいの」
犬夜叉が桔梗を見捨てるようなら、そんな男なら、かごめはこれほど好きにならなかった
だろう。
「一緒にいていい?」
かごめのほほ笑みが、犬夜叉には救いになる。
一度は全てをうしない、五十年の闇に落ちて絶望した犬夜叉。かごめは彼に光を与える。
「一緒に……いてくれるのか……」
本当はかごめを抱きしめたかった。いとおしくてならなかった。だが、その資格が自分に
あるとは、犬夜叉には思えない。
「うん」
犬夜叉と桔梗の絆は絶対に断ち切れない。これは運命だ。
だが、かごめは信じている。
(あんたが私と会ったのも、運命……)
「行こう、犬夜叉」
(楽しいと思う心をなくさないで、犬夜叉……)
かごめの小さな手が、犬夜叉の手を取った。あたたかみが犬夜叉の孤独を癒す。
なんと孤独であったことだろう。五十年、愛する者を憎み続けたのだ。
かごめと手をつないで歩く。
かごめが笑う。
犬夜叉はどんな顔をしたらよいやらわからない。が、こんな時間が楽しい。
(すまねえ、かごめ。おまえがいてくれるから、俺は心を捨てずにいられる。本当はおまえ
が俺を守ってくれている……)
丘の上に周辺の村人たち、老若男女が槍に脅されて集められた。
「お助けくだせえ」「わしら何もしとりません」
若い侍が、異様に光る刀を振りかざす。
「おまえらは朝倉の間者だ。向こうの領地から侵入した」
「そんなむたいな」「お武家様がたが土地に線をひかれたので」「わしらは代々同じところで
同じように暮らしております」
「黙れ、生意気な! せめてこの刀の試し斬りに使ってやるから、有り難く思え」
多宝丸が刀を向けると、村人たちは悲鳴を上げた。
「やいやい、そんなナマクラ刀振り回して威張ってるんじゃねえや」
恐れる人々の足の間から、子供が飛び出す。
「なんだ、汚いガキめが」
「へん、おいらと勝負しろい」
「よかろう、貴様からこの『闘鬼神』、試してくれる」
多宝丸の後ろには、しゃれこうべでできた数珠を首にかけた、人間らしからぬ男が立って
いる。
「灰刃坊(かいじんぼう)、この刀、確かなものだろうな」
「ああ、久々の自信作よ。おまえの腕にもよるがな」
灰刃坊と呼ばれた妖怪が不気味に笑みつつ言う。
「なめるな、まずは小僧、斬られよ」
多宝丸は闘鬼神という刀を振った。剣圧が地を走り、どろろを襲う。
「うわあ、お化け刀だ」
どろろは転がるようにして、飛びかかる剣圧を避けた。
「すばしこいガキめ、次は斬る」
妖しく光る刀を多宝丸が構えたとき、馬の走る音が近づいた。
「どろろーっ!」
呼び声にどろろが反応する。
「あ、あにきぃーっ!」
馬を駆り、百鬼丸は刀を振るって兵士を次々斬り倒す。
馬は多宝丸に突っ込んだ。
砂煙の中に多宝丸が立つ。馬は無残に斬り刻まれ、いくつかの肉片になっていた。
「おのれ、百鬼丸、ノライヌめ! おまえたち、そいつを殺せ!」
兵士たちが槍を向けて、百鬼丸に近づく。
「へん、おいらぁ、あにきなんかに助けてもらわなくってよかったんだ」
どろろが百鬼丸の背中に向かって強がる。
百鬼丸は迫る兵士に向かって、刀を構えた。
「俺だっておまえなんか助けたくはない。ただ、妖怪が俺を呼ぶんだ」
なんか今日アクセスちょっと悪いっぽいからここまでで
ではまたー
不意に、青い火が周囲にいくつか浮かび、妙な球体が宙に浮かんだ。
球には落書きのような顔がある。
「おーばーけーじゃー……」
ひい、と兵士たちは恐怖しあとずさった。
すぐあとに、人よりも大きな猫が空から舞い降りて、毛を逆立て威嚇する。
兵士はたまらず逃げ惑う。村人たちも怖がり、我先と走る。
「ひるむな、これしき! ノライヌめ、妖怪を呼んだか?」
羅刹のごとき多宝丸が闘鬼神を振って剣圧を飛ばす。浮かぶ球が割れて落ちた。
「ぎゃーっ、痛い!」
七宝が地面に転がる。
「なんだあ、化け狐かよ」
どろろは正体を知って一息ついた。
もう一振りして多宝丸が雲母を斬り付けようとしたとき、飛来骨が飛んではばむ。
「こんなもの!」
多宝丸の妖刀は、飛来骨も二つにしてしまった。斬られた飛来骨が多宝丸の左右に落ちる。
珊瑚、弥勒が駆けつけた。帰ってこない飛来骨に珊瑚は驚きを隠せない。
「飛来骨が斬られるなんて……」
百鬼丸はどろろをかばって刀を構えた。
「ノライヌなどと言いやがって、許さねえ」
「何度でも言ってやる、ノライヌノライヌ」
多宝丸の妖刀がぎらつく。百鬼丸は刀からの妖気を、全身で感じ取る。
「その刀はなんだ」
「そこにいる妖怪の刀鍛冶、灰刃坊が造った闘鬼神だ。使えと言ってきたから使ってやってる」
多宝丸があごで灰刃坊をさす。
「久しぶりだなあ、灰刃坊」
空飛ぶ三つ目の牛に乗る、刀々斎が呼びかけた。
「ふん、生きていやがったかジジイ」
灰刃坊は毒づく。
牛は弥勒の後ろに降り立った。弥勒は右手の数珠に手をかける。
「あいつを知っているのですか」
「元弟子よ。人間の子供を殺して刀の素材にしようとしやがったから、追い出した」
刀々斎は、大きな目をかつての弟子に向けた。
「強い武器を造るためよ。そんな武器があるじゃねえか。……獣の槍!」
灰刃坊が口にした言葉に、刀々斎は身ぶるいする。
妖怪退治屋の珊瑚は、耳にしたことがあった。
「あの、邪を裂き鬼を突く霊槍っていうあれかい?」
「あんなもんがこの世にいくつもあってたまるか」
刀々斎が強く言い放つ。
獣の槍は、数千年にわたりひたすら妖怪を貫き殺し続ける、妖怪の天敵だ。
「獣の槍も超えてやる。俺の造る武器こそ最強だ。刀々斎、てめえの鉄砕牙や天生牙なんか
出来損ないよ」
灰刃坊は、かつての師に対抗心を燃やしているらしい。
「弥勒、あんな奴吸ってしまえ」
かすり傷を受けた七宝が、泣きながら大声を出す。
弥勒は風穴の封印を解けないでいた。
「あれではあの侍まで吸ってしまう」
多宝丸と対峙する百鬼丸の瞳には、憎しみ以外の何かがあった。
弥勒はそれを察知する。
「あれは百鬼丸となにかあるのではないか?」
『百鬼丸……百鬼丸……』
百鬼丸の頭に不快な声が響く。
「おまえは、あの鬼か」
悟心鬼の声は刀から発せられる。
『百鬼丸……この多宝丸はおまえの弟だぞ』
「なんだと!」
『多宝丸はおまえの血を分けた弟だ。殺せるか』
刀からのあざける笑い声が、百鬼丸の脳内に響いてやまない。
「やかましいっ! クソ鬼!」
怒鳴る百鬼丸に、多宝丸が剣圧を飛ばす。百鬼丸は跳ねてかわすが、多宝丸に反撃しない。
多宝丸の目は妖しげに赤く輝く。
「ありゃあ妖刀の邪気に当てられて操られてるな」
刀々斎が教える。
多宝丸が剣を下に横に振ると、衝撃が空を走り百鬼丸を襲う。
『弟に殺されるか、百鬼丸……』
「うるさい、黙れクソ鬼ーっ!」
百鬼丸が何に苦しんでいるのか、周りにはわからない。
「あにき! ちくしょう!」
どろろが石を拾って投げる。石は空を切り、多宝丸の右手を強く打った。
刀は回転して弧を描き、地面に突き立つ。
多宝丸は意識をうしなってその場に倒れた。
「やはり人間に使うのは無理か。この刀は、殺生丸という妖怪が持ってきた鬼の生首の牙で
造ったのよ」
灰刃坊は恍惚とも取れる表情で、突き立った刀を引き抜いた。
「殺生丸だと……」
弥勒はすぐにでも風穴を使おうと身構える。
「鬼の生首って、悟心鬼か」
珊瑚は理解した。鉄砕牙を咬み砕く悟心鬼の牙で造った刀なら、飛来骨を斬ることも
できよう。
闘鬼神を手にした灰刃坊は目を赤くし、刀を振った。その姿はまさに悪鬼のようだ。
剣圧がいくつも走り、弥勒らを襲撃する。
弥勒、珊瑚は伏せて剣圧をやり過ごす。
「あの馬鹿、自分で造った剣に取り憑かれてやんの」
牛を浮かばせてとばっちりを避けつつ、刀々斎はため息ついた。
「弥勒! なぜさっさと風穴で吸ってしまわんのじゃ!」
七宝がわめくので、弥勒は数珠をはずそうとする。そのとき、高い声が近づいた。
「珊瑚ちゃん! 弥勒様!」
犬夜叉に背負われて、髪を風にこするかごめだ。
「かごめ!」
七宝は歓喜の声を上げる。弥勒は安堵して数珠から手を放した。
「どうやら風穴の出番はなさそうですな」
「もう会えないかと思ったぞ! かごめ、おら一番に敵と戦ったんじゃ」
飛びつく七宝の頭を、かごめはなでてやる。
「ごめんね、七宝ちゃん。えらいえらい」
「おい、犬夜叉。結局どうすることにしたんだい」
珊瑚は厳しい目線を、犬夜叉に突き刺した。
「う……とりあえず後にしろよ」
鉄砕牙は抜かれると刀身を大きくする。犬夜叉は重さによたついた。
「くそっ、重くてしょうがねえ。刀々斎、こりゃあどういうことだ」
「重いのはおめーの牙の分よ。自分の牙を使いこなせっつーことだな」
刀々斎は中空の牛の上から言う。
正気をうしなった灰刃坊が、再び剣を振り下ろす。剣圧が増えて犬夜叉に飛びかかった。
犬夜叉はなんとか鉄砕牙を持ち上げ、剣圧を防ぐ。
「あれじゃあ勝負にならないよ。なんとかならないかい?」
珊瑚は宙にとどまる刀々斎にすがった。
「龍骨精っつー妖怪の心臓を鉄砕牙で貫けば、刀を使いこなすことができる。龍骨精は
犬夜叉の親父がやっと封印した奴でな」
刀々斎は大きな丸い目で、木々の茂る向こうをながめた。
「噂をすればよ。刀が折れたのをききつけたどこのどいつかが、復活させやがったな」
森の木をなぎ倒し、太く長い龍が姿を現す。
龍の頭には人に似た顔がついている。龍骨精は龍が邪心を持ち変化した、高等妖怪だ。
うろこに覆われたその巨体は、見る者を圧倒する。
「い、犬夜叉! なんかでっかいのが来た!」
空を隠さんばかりの龍骨精には、かごめも恐怖する。
「なんでえ、次から次へと」
犬夜叉は重い刀を支えつつ、灰刃坊と龍骨精を警戒しなければならない。
長くてすみません……計算より長くなってしまった
また週末まで忙しいので空きます
ほんとにすみません ではー
丘の上を太い体が這いずって、犬夜叉たちを圧するように近づいた。
そのありようは、小ネズミを狙う大まむしといった風。
「おまえらの中に、時間移動能力者とやらはおるか」
龍骨精の人のような顔が、低い声でしゃべった。人のようでもやはり人ではなく、奇妙
な模様が顔を飾っている。
長い銀髪を振り乱し、犬夜叉は大声で返す。
「ああ? 何だてめーは!」
「わしの封印を解いた、なんぞ芦太郎とかなんとかいう、ややこしい名の者の使いに頼まれ
てな。時間移動能力者というのを殺しにきた」
かごめは唐巣の忠告を思い出した。
「ア……アシュタロス!」
「そう、そんな名じゃったわ。おまえがそうか。封印を解くのと引き換えに殺せと言われて
な、食ろうてやるわ」
太い体をうねらせ、龍骨精がかごめに迫る。
「くそ、こうなりゃ……」
犬夜叉が刀を捨てようとすると、かごめは強く止めた。
「だめ、犬夜叉! 鉄砕牙を放したら、また変化しちゃう!」
「な、なんだと?」
「鉄砕牙は、犬夜叉のお父さんがあんたにあげた守り刀なんだって」
そこへ牛を寄せ、ひょうひょうとした刀々斎が告げた。
「おーい、犬夜叉。あいつは龍骨精っつってな。おまえの親父があれ、心臓を牙で刺して
封印してたのよ」
刀々斎が柄の長い鎚でさす先には、龍骨精の古傷がある。
「あいつの心臓を鉄砕牙で斬れば、おまえはそいつを使いこなせる」
「けっ、そうかよ。わざわざ来てくれて、願ったりじゃねえか」
犬夜叉は苦労して鉄砕牙のみねを肩にかけ、龍骨精に向かって駆け出した。
「それは闘牙王の牙か? 折れたときいたが、話が違うではないか」
龍の頭にある、人のような顔が歪む。
後ろから闘鬼神で灰刃坊が剣圧を飛ばそうとすると、百鬼丸が刀をひらめかせた。
すばやく空を走る闘鬼神が、百鬼丸の左腕をはね飛ばした。
百鬼丸の腕には、抜き身の刃がまぶしく光る。仕込まれた刀だ。
作り物の左手が落ちる。
同時に百鬼丸が飛ぶ、さながら獲物を狙う一羽のはやぶさ。
右手の刀、左の仕込み刀で百鬼丸は灰刃坊に斬りかかる。
灰刃坊も闘鬼神で受けてかわす。青い火花が飛び散り、百鬼丸の瞳が輝く。
「俺の刀こそ最強、最強だ……!」
ついに灰刃坊の頭は、百鬼丸の左腕から伸びる刃に割られ、裂けて血しぶきを上げた。
それでも灰刃坊は闘鬼神を振り、剣圧は百鬼丸に飛びかかる。
「なんだあいつ、頭ァ斬られても動いてるぜ」
どろろは加勢しようと石を拾うが、どこを狙うべきかがわからない。
頭を斬られてなお動く灰刃坊のさまは、地獄の亡者がこうかといった姿だ。
「もうこいつは死んでるが、刀が取り憑いていやがるんだ」
百鬼丸は刀で剣圧を受け、払い、すきをうかがう。
龍骨精の巨大な体がのた打ち、犬夜叉をつぶそうとする。大地が揺れ、大音が響き渡った。
龍骨精の恐ろしさといったら、地獄からの使いだときけばそうだと信じずにはいられない
ほど。
犬夜叉は飛び上がり、龍骨精の体を鉄砕牙で打った。鈍い音が、犬夜叉の頭に生える
尖った耳を打つ。
犬夜叉の手、腕にしびれが伝わった。
「か、かてえ」
「わしの体は鋼より硬いのだ」
神話のおろちを思わせる龍骨精が、太い尾を犬夜叉の上から落とす。
よける犬夜叉に土、砕けた岩が降り注いだ。
「ちくしょう、ラチがあかねえ」
「犬夜叉の親父はよ、龍骨精にやられたケガが元で死んだんだ」
牛の上で刀々斎が、重大なことをのんびりと言う。
「ええっ! そんな」
かごめは驚き、目を見張った。刀々斎はどこかのんきだ。
「だから、もう少し重いままの鉄砕牙を使って鍛えりゃいーかと思ったんだが。あの古傷を
斬りつけられりゃあなあ」
大きな龍は身をうねらせ、かごめに向けて牙が並ぶ口を開けた。
「犬の小僧、貴様に闘牙王ほどの力は無いようだな。まずそちらの小娘から殺してやろう」
鋭い牙がかごめに向かうと、犬夜叉は重さも忘れて龍骨精の体を駆け上がる。
次の投下分の一部間違えて消してしまったのでまた今度
「させねえーっ!」
鉄砕牙が龍骨精の硬い体を強く打った。
さすがの龍骨精も衝撃に動きを止める。
「犬の小僧めが……」
直後、長大な刀が龍骨精の頭に落ちた。斬られはしないが、龍骨精は打ち付けられ、長い
体がのたうち回る。
かごめの目の前で、黒い羽織がはためいた。
丸い顔に尖った耳、髭を生やした虎縞の猫が下駄をはいて立っている。
「あ、あなたは……」
「小生、猫又のマタムネ。好きなものはマタタビ」
マタムネはキセルを手に、二またの尾を揺らした。
「知っているのですか」
弥勒がきくと、かごめは頭を振る。
「小生、五百年前、美神さんに頼まれました。かごめさん、あなたを守れと」
「五百年前、美神さん……?」
かごめには何のことやらわからない。
「おのれぇ、猫!」
龍骨精は憎しみの気配を振りまき、身を持ち上げた。
その太い体に、犬夜叉がしがみついている。
「食らいやがれ!」
鉄砕牙が龍骨精の古傷に差し込まれる。
痛みに苦しむ龍骨精の叫びは、天も引き裂かんばかり。
暴れ狂う龍骨精に、犬夜叉の体は跳ね飛ばされる。
空中で、犬夜叉は刀が軽くなっていくのを感じた。
「これは……」
鉄砕牙が妖気の風を帯びる。着地するや、犬夜叉が刀を振ると風が飛んで龍骨精を襲った。
「いつでも風の傷を出せるようになったのか!」
砂煙の向こうに、巨大な影が浮かび上がる。
「わしの体は鋼よりも硬いのだ」
変わらぬ姿で、龍骨精は犬夜叉を見下ろした。
「効かねえだと……」
喜んだのもつかのま、犬夜叉は途方に暮れた。
「犬夜叉……」
犬夜叉の後ろにはかごめがいる。
「かごめ、離れるな!」
「うん!」
迫りくる龍の化け物に、犬夜叉は魂を燃やして鉄砕牙を振る。
妖気の風が龍骨精の妖気を巻き込み、竜巻のようになった。
「これは……わしの妖気が!」
すさまじい流れが龍骨精の妖気を加えて、膨大な破壊の力と化す。
「馬鹿な、またしても犬などに……」
鋼より硬い龍骨精のうろこは妖気のうずに斬り刻まれ、大河を思わせる体は崩れていった。
身も凍るような叫びは天に刺さるようだったが、それも妖気とともに消える。
「やったか……」
鉄砕牙を下ろす犬夜叉の肩に、かごめが手を置く。
「あれが奥義・爆流破。相手の妖気を巻き込んで返す技だ」
刀々斎が教えてやった。
百鬼丸のほうでも決着はついた。灰刃坊の手は斬られ、刀は地に落ちる。
「やったぜ、さすがあにき!」
どろろは飛び上がって喜んだ。
百鬼丸は黙って刀をさやにおさめ、作り物の左腕をつける。
倒れた多宝丸のもとへ百鬼丸が行こうとしたとき、馬が近づいた。侍を乗せた馬たちは
多宝丸を囲んだ。
「多宝丸! 大丈夫か!」
馬を下りた醍醐景光が、我が子を抱き上げる。
「ち、父上……」
「百鬼丸、貴様! 多宝丸に何ということを」
目を憎悪に満たして、景光は百鬼丸をにらむ。
「なんでえ青大将! そいつは妖怪ガタナに取り憑かれたのを、あにきが助けてやったんだぜ」
頭に血をのぼらせたどろろが、景光を怒鳴りつけた。
「黙れガキ! 覚えておれ、百鬼丸」
家来に多宝丸を担がせると、醍醐景光は城へと向かう。
土を蹴り上げ、騎馬は去った。
百鬼丸は何も言わずにいた。
「犬夜叉さん、あなたは強い。小生はお邪魔のようです」
マタムネは袖から小さな玉を取り出すと、かごめに差し出す。
「五百年前、高島さんが葛の葉さんに託した文珠です。結局、葛の葉さんは使わなかった
ので小生が預かっていました。何かの時にお使いください」
「もんじゅ? う、うん、ありがと」
玉をもらうも、かごめには使い方がわからない。まさか横島が造ったものだとは思わず、
かごめは文珠を空にかざした。
「きれいね」
「では、小生はまた旅に出ます」
下駄を動かし、二またの尾を揺らめかせ、マタムネは歩いていった。
「なんだったんだありゃあ」
犬夜叉は不思議そうに、マタムネの小さな背中を見送った。
「美神さんが結構気にかけてくれてるみたい。私の世界でも、美神さんの師匠の唐巣神父が
来てくれたの」
「美神の師匠のカラス? そいつは相当がめついんだろうな」
犬夜叉は鳥のカラスを思い浮べる。かごめは首を振った。
「ううん、それが全然似てないの」
「師弟は似ないものなのですよ。私と夢心和尚とか」 弥勒がうなずく。珊瑚は頭をかたむけた。
「そうかな。似てると思うけど」
「俺の弟子は似てねーぞ」
長い鎚を肩にかけ、刀々斎は灰刃坊のなきがらをながめた。
「馬鹿が……」
強い妖気を感じ、犬夜叉はまた鉄砕牙を構える。
「この感じは……」
うずまく妖気の奥から、小柄で尖った口の妖怪がやってきた。
「犬夜叉! 貴様、お父上からいただいた刀を折ったな」
杖を持つ妖怪は、邪見という。貴族めいた格好だが、どこか笑いを誘うようでもある。
そのあとから、毛皮をまとう長身の男が歩いてくる。犬夜叉と同じ銀髪で、鋭い目を
光らせていた。
「殺生丸!」
犬夜叉は兄に、油断なく刀を向けた。
冷たく静かな殺気をともなう殺生丸は、よく磨がれた刃にも似た美しさを備える。
「あっ、殺生丸様の言うとおりだ。刀があるよ」
場違いな少女の声がきこえる。殺生丸がなぜか連れている人間の子供で、りんという。
「当たり前じゃ、殺生丸様の言われることに間違いはない。まったく、犬夜叉よ、おまえの
ごときいやしき半妖に、仕方なく鉄砕牙を持たせてやっているというのに! おまえの
せいで殺生丸様のご苦労は絶えぬわ」
殺生丸は構わず、落ちた闘鬼神を拾い上げた。
「おい、やめろ殺生丸。邪気に当てられるぞ」
刀々斎が忠言するが、殺生丸は鼻で笑う。
「私を誰だと思っている」
殺生丸が持つと、闘鬼神は力を制御されていった。
「邪気を押さえやがったか……。もーやだこいつ」
刀々斎でさえ、内心殺生丸を恐れていた。
「殺生丸、おまえが悟心鬼の首を灰刃坊に渡したそうだな」
弥勒が錫杖を手にきいた。怒りに犬夜叉は牙をむき、かみつくように言う。
「なんだと! おかげでこっちはいい迷惑だぜ」
「身のほど知らずが……」
殺生丸は闘鬼神の鋭い切っ先を、犬夜叉に向けた。それだけで無数の剣圧が犬夜叉を斬り
刻んで、血を飛び散らせる。
「犬夜叉!」
白い顔で叫び、かごめは犬夜叉に寄り添った。
「犬夜叉。いずれは殺す。だが今は」
殺生丸は毛皮をなびかせ、去っていく。
邪見、りんも殺生丸のあとについていった。
「ま、待ちやがれ……」
全身斬られても、犬夜叉は殺生丸に追いすがろうとする。
「犬夜叉、無理しないで」
かごめが犬夜叉の腕を引いて引き止めた。
殺生丸の妖気は遠ざかり、やがて消えた。
殺生丸が消えた森の先を、弥勒は見つめた。
「あれで、あいつも犬夜叉を気にかけているのかも知れませんな」
「兄弟だからね」
悲しい目をして、珊瑚が言う。珊瑚にも琥珀という弟がいるが、奈落に捕われ操られて
いる。
百鬼丸はつぶやいた。
「兄弟か……」
百鬼丸、醍醐景光、多宝丸。彼らのつながりを、弥勒はなんとなく察した。
「百鬼丸、おまえ私たちと来たらどうです。妖怪を退治して回るなら目的は近いし」
「断る。俺は犬公やら、どギツネやらと旅するほど酔狂じゃない」
誘いをはねつけると、百鬼丸は束ねた灰色の髪を振り歩きだす。
どろろが引かれるようについていく。
「おまえは来るな」
「おいら、あにきに未練はねえ」
「じゃあ来るな」
「だけど、その刀がほしいんだ」
「じゃあやる」
「そっちじゃなくて、腕にくっついてるほうさ」
「これは当分取れないぞ」
「だから、おいらもあにきと当分離れられねえ」
「勝手にしろ」
「勝手にすらあ」
日は傾いて、百鬼丸とどろろの影を長くしていた。
百鬼丸の影を踏むようにして、どろろがあとを追う。二人は丘を下り、道とも言えぬ道を
歩き去った。
「ああやって、結局二人でいるのでしょうな」
日の沈む向こうへと消える二人に、弥勒は微笑を送った。
七宝は不満げだ。
「どギツネじゃと! 弥勒、あんなやつ誘うな」
「いやあ、なかなか可愛げのある奴らですよ」
弥勒は灰刃坊の死体に歩み寄る。
「いちおう、とむらってやりましょう。七宝、穴を掘るのを手伝いなさい」
「仕方ないのう。化けて出られても困るしのう。おらってえらいのう」
ぶつぶつ言いながら、七宝は小さな手で穴を掘る。
牛を降り、刀々斎は二つになった飛来骨の片方を拾った。
「そっちを持って来い。直してやる。ついでに鍛えてやろう」
「本当かい? 助かるよ」
珊瑚は飛来骨のもう片方を取る。雲母が小さくなって、珊瑚の肩に乗った。
「なーに、弟子の不始末だからな。これも縁だし、それに」
刀々斎は、大きな目を犬夜叉とかごめに向ける。
二人は何やら言い合っていた。
「何で止めんだよ! 今なら殺生丸に勝てたのに!」
「勝てないよ、あんた傷だらけじゃない」
「こんなのなんでもねえ! せっかく刀が軽くなったのによ」
「それだってあの猫のおかげでしょ」
「あんなやつの助けはいらなかったんだ。そうだ、おまえ知ってて黙ってたな」
「何を?」
「鉄砕牙を放すと俺が化けるってことだよ」
「だって、言ったらあんた鉄砕牙を捨てて、妖怪になっちゃうと思ったんだもん」
「そうやって隠しているのが気に入らねえ」
「何よ」
「何だよ」
「じゃあ、犬夜叉は何でも隠さないで言うの?」
うむっ、と犬夜叉は黙り込む。
「おすわり」
念珠が光り、犬夜叉は地べたに押しつぶされた。
「ぐわっ!」
「帰る」
「あ、あん?」
「バカもう知らない! 実家に帰るーっ!」
「お、おー帰れ帰れ! とっとと帰りやがれ!」
またか、と弥勒、七宝は肩を落とした。
刀々斎は大きく口を開けて笑う。
「おまえらはおもしれーから、つい助けちまうよ」
「おすわり! おすわり! おすわり! おすわり! おすわり! おすわり! おすわり!」
「ぎゃーっ!」
暗くなっていく空に声が響く。
「犬夜叉のバカーっ!」
「七宝、行ってあげなさい」
ため息混じりに弥勒がうながす。
「しょうがないのう……おーい、かごめ、待つんじゃ」
七宝は尾を振りかごめを追った。
「ほら、珊瑚」
弥勒が珊瑚を見てうなずく。
「しょうがないね……」
珊瑚は、腹ばいになる犬夜叉のそばにかがんだ。
「犬夜叉、まるっきり全部おまえが悪いよ」
「う、うるせえ……」
灰刃坊のために合掌しつつ、弥勒は毎度のことに安心して息をついた。
だが、同じことの繰り返しのようでいて、まったく同じではない。
少しずつ全てが変わっていて、同じものなど一つもないのだ。
「願わくば、こんな毎日が少しでも長く続いてほしいものですな」
少しずつ広がる右手の風穴を憂いながらも、弥勒は願うのだった。
終わり 長くなってすみませんでした
唐巣神父@GS美神 極楽大作戦!!、首成頼太@メリーさんスレ
灰刃坊@犬夜叉、龍骨精@犬夜叉、邪見@犬夜叉、殺生丸@犬夜叉、りん@犬夜叉、
マタムネ@シャーマンキング
次はもっと短くしてオリジナリティを出していきたいです……
失礼しました
ありがとうございます
レスがあると生きていけます^^
乙!久しぶりに来てまとめて読ませてもらいました。原作キャラを崩壊させないで上手く書いてますな
なんか犬夜叉ってよく考えるとなんだかなぁ…って主人公ですな
どっちつかず、半妖、強いのか弱いのかも微妙。半妖だけにどれも中途半端な気がする。考えたら嫌いなタイプだな…
しかし桔梗とはどうなるんだろうねぇ。かごめと一緒にいるのを目撃→修羅場は確定なんだがな
百鬼丸もこれから先また絡んでくるんだろうけど、体の一部を持った敵と四魂のかけら持った敵がどう絡むかだろうな
しかしよくこれだけシェアードできるもんだ。とにかくもう一度乙!
少女は疲弊しきっていた。着物から覗く素肌は汗に濡れ、髪は乱れて肌にへばりついている。
紅色の上等な着物は遊女のそれよりも花魁の纏う艶やかなものだが、所々傷つき汚れている。
細い道を縫うように少女は走る。大きく口を開き、大きく肩を揺らし。
必死な顔は恐怖に歪み、助けを求める者のそれである。だが、この闇深い街中にて救いなどあるはずもなく、
浅い呼吸音のみが細い路地を通り抜けるだけだった。
少女は時折振り返りながら、指先を振るう。その指先からは細く白い糸が吐き出される。
糸は通り過ぎた通りの壁と壁を繋ぎ、道を遮るように張られる。
走る速度は緩めずに糸は幾重にも張り、時折振り返りつつ少女は走る。己のしている事が気休めにもならないと
知りつつも、そうしなければならないという妄執に捕らわれたかのようだ。
走る、走る、走る。躓きそうな足を前に出し、挫けそうになる心を奮い立たせて。
心臓が口から飛び出しそうだ。喘ぐ呼吸からふとした拍子に飛び出てくる心臓の様を思い描き、自分は走りながら
死ぬのかもしれないと少女は考える。
視界は狭まり、脳は酸欠で思考もままならない。それでも走り続けるのは、それを止めた時は己が
死ぬ時ということが理解できているから。
何処をどう走ったのか、何処から何処まで走っているのかなんて考えるだけ無意味。それよりも、少しでも
気を抜けば立ち止まって座り込んでしまいそうな体を奮い立たせて走り続ける事の方が重要だ。
狭い道を右に曲がり、再び腕を振るう。頼りない糸が指先から走り、背後から迫り来る敵を邪魔せんと道を阻む。
背後から来る敵――少女に逃げ切れる自信はなかった。
何処から来たのか、どうして此処にいるのかはわからない。
少女――女郎蜘蛛はそれすら考える間もなく敵に襲われた。
混乱したままながら、目の前の危機からなんとか脱したのが数刻前。それからもう一度敵襲に遭い、三度目の敵襲が現在。
二度まではなんとか凌げた。敵が己を過小評価していたことと、相性が良かったことが幸いした。
一対一の状況で不利がなければ逃げ切れた。だが、三度目は最悪だった。
三体の妖怪。疲れきった体に三体の相手。あまりにも運の巡りが悪すぎる。
一対一でも勝つことはできないのだ。自身の力を理解しているだけにそれは絶望的な現実である。
最悪な事に、相手は三体で、躊躇なく襲ってきたこと。
狭い道を抜けて大きな道に出る。月明かりはなく、道標もない。
少し迷った末に左に曲がる。そして、広い道に出た事を少女はすぐに後悔した。
目につきやすく、隠れる場所がない。糸で遮蔽するにも壁と壁の間隔は広すぎる。
背後からの気配は先ほどよりも近くなっている。迫り来る者の笑い声が近付き、恐怖が肥大する。
助けて。助けて。助けて――
救いを求める声も出せず、悲鳴を上げる事もできない。
薄い雲が月の光を遮り、自身の願いさえ覆い隠してしまう気がした。
何処をどう走ってきたのか、気が付くと目の前に古い寺が見えた。赤い鳥居のような入り口。門は開かれている。
奥の境内は暗く、まるで黄泉平坂に繋がっているようだ。
目の前の不安と恐怖よりも、背後の絶望を恐れて少女は門をくぐり抜ける。石畳を走り抜けて境内に入る。
幸か不幸か、寺の本堂はうっすら隙間がある。急いで中に入って、そのままの勢いで戸を閉める。
鍵をかけ、両手で押さえるように入り口戸を支え、外の気配を探る。外からは先ほどまで迫っていた
気配はなくなっており、少女はその場にズルズルと座り込んで大きく息を吐いた。
荒い呼吸を半ばまで静めつつ、少女は真っ暗な本堂の中を見渡す。
光の差し込まない本堂の中は真っ暗な闇に支配されている。
古い木に線香の染み付いた独特の匂いのする本堂。暗闇の中、誰かに見られてる錯覚。
両肩を抱き、少女震えながらうずくまる。
「……けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて……誰か…助けて……」
哀願するように、懇願するように、少女は涙を流しながら繰り返し呟く。
誰にも伝わらない願い。この世界に味方は自分ただ一人。それは無意味な、救いのない願いだ。
だが言葉に出さずにはいられない。祈らずにはいられない。地獄に垂らされた蜘蛛の糸を求める亡者のように。
直ぐにでもこの入り口は破られ、自身は追ってきた者達に殺されるだろう。それでも――
「――さっきからうるせぇなぁ」
不意に、気だるげな声が聞こえた。
それは苛立ちの混じった眠そうな声で、遠くからか近くからか、距離感の掴めない場所からの声だった。
「やっと気持ち良く寝れそうだって時に邪魔しやがって…」
「……え?」
疑問に声を漏らしたのと、入り口が破壊されたのはほぼ同時だった。
大きな音と共に砕けた木片が飛び散り、埃が舞い上がる。入り口の間近にいた女郎蜘蛛は、衝撃で
本堂の奥に弾き飛ばされた。疲労と衝撃による痛みで、意識が朦朧としかける。
先ほど聴こえた声は幻聴だったのだろうか。そんなことを考えながら、これでもう自分は終わりだと他人事のように
考える。手足は痺れ、逃げ場はない。出来るのは念仏を唱えることくらい。
真っ暗な本堂の中に、外の暗闇が入り交じる。ついで、三つの気配が入ってきた。
それは異質な姿だった。暗闇に溶け込みながら、僅かに見える影は凡そ人の形を為していない。
子供程度の背丈ながら、頭が異常に大きな姿。
両手が巨大な鋏のような形をした、老人のように腰を曲げた痩躯。
人の頭ほどのものが宙に浮いたもの。
それらは奇怪な笑い声を発しながら、床を軋ませて本堂にゆっくりと上がり込んでくる。
だが、その動きは小さな音と共に止まる。小さな擦れる音――それは女郎蜘蛛の背後から聴こえた。
「――ふぅ〜。…お前ら、俺の寝ている場所と知らずに来たのはしょうがねえ。だがな、俺が寝るのを
邪魔した事が許されるわけでもねえ」
その声は低く、眠たげで抑揚がない。
辺りに煙の臭いが漂い、それが煙草の臭いだと気付くのに女郎蜘蛛は数秒を要した。
声の主は言葉を繋げる。
「どうせお前らも俺の事を知らないんだろうよ。まあいいけど。俺は今、機嫌が悪い。だから――」
女郎蜘蛛が声の主の姿を見ようと背後に目を凝らす。それと同じく、三体のうち一体が襲いかかって――
「――死ね」
次の瞬間、肉が潰れる音と骨が砕ける音が本堂に響き渡った。
暗闇の中、蛙が潰れた時のようなうめき声が聞こえ、何かが床に落ちる鈍い音が聞こえる。
次いで、今度は入り口の方から同じく嫌な音が聞こえた。今度は悲鳴が聞こえ、その悲鳴も途中で途切れた。
女郎蜘蛛はわけが分からずに呆然と入口の方を見ていた。自分は夢を見ているのだと錯覚していた。
だが、微かに漂う煙草の臭いと手足の痛みが、目の前の出来事が現実であることを認識させた。
最後の一体は頭部を掴まれて宙に浮いていた。いや、頭部だけの存在だけに頭をわし掴みされていただけだが。
だがそれも、トマトを握り潰すように、ぐしゃりと音を立てて簡単に握り潰された。悲鳴など上げることさえできず。
辺りは血と臓物の臭いで充満しはじめ、女郎蜘蛛は臭いに当てられて嘔吐しそうになった。
暗闇で起きた凶悪なまでの暴。それは月明かりがなくて見えずに幸いしたが、同時にその凶悪さが
理解の範疇を超える恐怖を更に肥大させた。
小さな火種が床に落ち、じゅっと音を小さくたてる。それは聞こえない距離での小さな音だったが
、女郎蜘蛛の過敏になった耳にはっきりと聞こえた。
「…ふう〜…。おい、お前ら。喰いたきゃさっさと喰え。じゃないと臭くてかなわん」
「……?」
どういう意味なのだろうかと疑問に思っていると、何処からともなく小さな奇声が無数に聞こえてくる。
「ひっ…!」
いつの間に現れたのか、本堂の中には無数の『何か』が蠢いていた。
手足は細く、そのくせ腹だけが膨れている奇妙な姿。子供の大きさながら、無数の異様な姿に女郎蜘蛛は
恐怖で小さく悲鳴を上げた。
「…ああ、そいつは喰うなよ。三匹で十分だろ。いや、餓鬼に限度はないんだっけか。
まあいい、とにかく残すなよ。臭いが残ったら寝つきが悪いから」
「ギィ、ギィィッ!」
男の声に反応して、餓鬼達は嬉しそうに耳障りな歓声をあげると、床に転がっている三つの残骸に踊りかかった。
本堂に肉を喰らう咀嚼音が響き渡る。その音はやけに女郎蜘蛛の鼓膜に響き、己が運命がこうなる
はずだったということをうっすらと理解させた。
「で、お前は?」
「ひっ…!」
「ひっじゃねえよ。助けてやったってのにお礼の一言もなしか」
暗がりの中、本堂に明かりが灯る。男が蝋燭に火をつけ、その姿が露わになる。
その男は予想外にも細く、整った顔をしていた。目鼻立ちから顔の輪郭まで、眉の形から唇の形まで
見事なまでに整っている。透き通るような顔の造りはまるで一流の彫刻師が作り上げた完成された作品のようだ。
この優男が先ほどの殺戮を起こしたのかと疑問に思うほどの美青年に、女郎蜘蛛は惚けたまま見とれていた。
血塗れの右手――それが男が先ほどの殺戮を行った証であり、それがまた酷く信じられなかった。
「…おい、俺の話を聞いてんのか? なにこっち見たまま固まってんだよ」
「……あっ、す、すすみません。助けてくれてありがとうございました…」
男の声で我にかえり、女郎蜘蛛は慌てて頭を下げる。
「わたしは女郎蜘蛛といいます。先ほどの者達に追われて命からがらここに逃げて」
「じゃなくて、出ていけ」
「……え?」
「いや、寝るから。お前邪魔だからさっさと出ていけ」
男は懐から煙草を取り出し、蝋燭で火をつけるとゆっくりと紫煙を吐き出した。
「助けてやった。お礼は聞いた。はいさよなら。別にお前の名前なんか興味ねえよ。
ただよ、助けてやったからにはお礼の一つも聞かないと気分悪いだけだ。わかったらさっさと消えろ」
「そ、そんな…」
煩わしそうにしっしっと手を振って出ていけと言う男に、女郎蜘蛛は失意で泣きそうになった。
死ぬところを助けてくれたのが嬉しかった。
心細く、絶望の淵にいた自分を救ってくれた男に、言いようのない気持ちが溢れた。
それなのに、男は自分のことをどうでもいいとその手を翻した。
不意に、涙が溢れてきた。我慢してきた緊張が緩んだのもある。それよりも、悲しみが大きかった。
「…うっ、うぐ、ひぐっ、うぅぅ……」
一度決壊した涙は止まらない。泣き止もうにも、止める術すらわからず、感情が渦巻いてさらに涙が溢れる。
「お、おいおい、なんで泣くんだよ。泣き止めって」
「ひぐ、うぐっ…追いかけられで、死ぬがもわからないっで…うっ、恐くて、助げでぐれで…嬉じくで、話、
話聞いてほしぐで…な゛のに、ででげっで……うぇぇ…」
嗚咽混じりに女郎蜘蛛はそこまで言うと、いよいよ止まらなくなった。
顔をくしゃくしゃにして、両手の甲ででいくら涙を拭っても次から次へと溢れ出てくる。
涙と同時に鼻水まで出てきて、啜っても啜っても出てくる。
着物に小さな染みがいくつもできて、両手はべったりと濡れている。このままどこまでもいくらでも
涙は止まりそうになかった。
すすり泣く声が本堂に響き渡るなか、男の溜め息が小さく聞こえた。
「ああ、だからガキは嫌いなんだよ…。どうにも調子が狂いやがる」
「うぐっ、うぅ、ひっぐ……」
男は煙草を揉み消し、どこからか一升瓶を取り出すとそれをそのまま呷るように飲み出した。
「っぷぅ……わかったよ、話を聞いてやる。ここに居てもいい。だから泣き止め…」
「ひっぐ…う、本当でずが……?」
「あ〜ほんとだホント、ばっちいからさっさと顔を拭け。俺が虐めたみたいで気分が悪くなる」
男は手拭いを女郎蜘蛛に投げつけると、むすっとした顔で再び酒を呷るようにして飲んだ。
「――で、命からがらここまで辿り着いたところを貴方様に助けられたんです」
「ふ〜ん、そうですかぁ。そりゃあ大変でしたねぇ〜」
「もうっ! 真面目に聞いてください! わたしがどれだけ心細く、どれだけ必死だったか。
そんな時にわたしは貴方様に助けられたんです。生きた心地のしないなか、私がどれだけ救われたか……」
男の横で女郎蜘蛛が身振り手振りを交え、必死に話す。それを男は聞き流しながら酒をちびちびと
飲みながら、後悔したような顔でイカの燻製をかじっていた。
先ほどまでの号泣はどこへやら、女郎蜘蛛は嬉々としている。
男が一升瓶のまま飲むのを止めてお猪口で飲み始めると、進んで酒を注ぐようになり、側について離れない。
(これだからガキは嫌なんだ…。特に女のガキは手がつけられねぇしよ)
もう少し成長すれば抱くこともできるだろう。幼いながらも女郎蜘蛛は将来性のある美貌だ。
だが、幼子に興味はない。幼子に懐かれても扱いが困るだけだ。
女郎蜘蛛は十五にも満たない外見をしている。仮に十五だろうと男にとって女郎蜘蛛は幼子も同じである。
(そういや昔からガキによく懐かれてたよなぁ…。餓鬼は…餓鬼だけになぁ……)
男は深く溜め息を吐くと、つまみの柿の種をバラバラと放り投げる。すると、どこからともなく
餓鬼の群れが現れて、我先にと飛びついて奪い合いを始める。
「はぁ…どこまでついてくんだろうね、こいつらも…」
「あのぅ、貴方様はその…この者達の長なのですか?」
女郎蜘蛛は餓鬼の群れを恐る恐る見ながら尋ねる。
目の前の美青年がどうして醜悪な餓鬼の群れを率いているのか、疑問に思うのも無理はない。
「…その『貴方様』ってのはもうやめろ。俺には『酒呑童子』って名前がある。
それとな、あいつらは勝手についてきてるだけだ。俺についてくれば食い物に困らないって理由だろ」
「そ、そうなんですか……」
もう一度、今度は遠くに柿の種を撒く。餓鬼達はあっという間に投げられた場所に走っていく。
まるで餌付けしているみたいだ、と女郎蜘蛛は思った。
「お前も名前くらいあるだろ? 女郎蜘蛛って呼び名じゃない名前がよ。
お前らみたいな類の妖怪はもう一つ名前があるだろ」
「いいえ、名前は女郎蜘蛛だけです。それよりも、わたしはこれまでの記憶がないんです」
そういうと、女郎蜘蛛は悲そうに目を伏せた。酒呑童子は別にどうでもよかった。
「気がついたら見知らぬ場所にいました。ふらふらと歩いていると、見知らぬ妖怪に襲われて、逃げ
惑っているうちに、自分が女郎蜘蛛という妖怪であることを思い出しただけで、それ以外は…」
「ふぅん、なんか面倒なことになってんなぁ。結構苦労したんだな、お前」
「だから先ほども話したじゃないですか。ここに来るまでのこれまでの話を。あっ、やっぱり聞いて
なかったんですね!?」
一升瓶を抱きかかえて頬を膨らませながら女郎蜘蛛は怒っているが、そんなことはどうでもよさそうに
酒呑童子が一升瓶を奪い取る。事実、酒呑童子にとって女郎蜘蛛のことなどどうでもよかった。
それよりも、いつの間にか懐かれてることのほうが問題だった。もしかしたらこのままくっついて
離れないつもりかもしれない。そうなる前に釘を刺しておかなければならない。
「あのな、俺は一晩ここに居るのを許しただけだ。お前に興味はないし、これから先も世話をする
つもりもない。寝て目が覚めたらお別れだ。そこんところを忘れるな」
そう冷たく言い放つと、女郎蜘蛛は信じられないとばかりに目を瞬かせた。
「最初に言っただろ。話を聞いてやる、ここに居てもいい、と。それだけだ。
お前の面倒を見てやるなんて一言も言ってない。そうだろ?」
「そ、そんな…」
「わかったらこれからの自分の事を考えろ。俺はたまたま助けたが、二度目はないからな」
酒呑童子は残り少なくなった一升瓶を飲み干すと、床の上でごろりと横になった。
無慈悲ではない。命を助けてやった。一晩寝れるだけの寝床を貸してやった。話も聞いてやった。
ここまでしてやってさらに都合良くこれからの面倒を見てやる必要など、そんなのどこにもない。
むしろ、感謝されてこそ当然である。一晩だけの一期一会にそこまでの義理はない。
酒呑童子は腕を枕にして目を閉じたまま、また泣き出したら今度は容赦なく叩き出そうと思った。
だが、しばらくして聞こえてきたのは――絹の擦れる音だった。
帯を解く音。着物が床に落ちる音。それらを音だけで判断して、酒呑童子はうっすらと目を開いて振り返った。
そこには、真っ白な肢体が小さな明かりに照らされていた。
ほっそりとした白い手足は成熟していない少女のそれで、胸は膨らみはじめたばかりの果実にも満たない。
うっすらとあばらが浮き出るほどの体に、肉付きのなさがはっきりと窺える。
良SS支援
別にどうでもよかったって酒呑童子面白いなw
結んでいた長い黒髪を解き、生まれたままの姿になった女郎蜘蛛は、顔を赤らめながら酒呑童子の膝元まで近づいてくる。
「――酒呑童子様、わたしの全てを捧げます。ですから、どうかお側においてください」
女郎蜘蛛なりの決意の表れなのだろう。肩は震え、頬は赤くなっている。それでも、その瞳だけは
真っ直ぐに酒呑童子の眼を見ていた。
自らの体を差し出す代わりに側においてくれ。それはつまり、自分のものになるということ。
自身の身を贄にして、自身の身の安全を得る。差し出す物がないなら自分自身の体しかない。
古来よりか弱き女が自身の安全を得るためにしてきた手段。それは自分自身を犠牲にする交渉。
だが、女郎蜘蛛は恐らくそのような駆け引きなど考えてもないだろう。むしろ、安心を得るためと
いうよりも、孤独を恐れ、側にいたいという動機から。
蝋燭の明かりが揺れる。互いに視線を交えたまま、時間が過ぎていく。
やがて、
「ガキに用はねえ。ガキの体にも興味はねえし、面倒は嫌いだ」
「……そ、それでも…!」
「だが使えるなら話は別だ。使えないガキに興味はねえが、面倒がなくて使えるならガキでもいい」
その言葉に、沈みかけていた瞳が明るさを取り戻す。
酒呑童子は面倒そうに溜め息を一つ吐くと、再び体を横にして、
「牡丹、だ。名前がないなら今からその名で呼ぶ。着物を着てさっさと寝ろ」
牡丹――ふと、蝋燭に照らされた着物の模様を見て納得する。紅色の牡丹がいくつも彩られた着物。
自分の着物の模様を見たのは今が初めてだった。
名前をつけてくれたということは、側に置いてくれるということ。
名前をつけられた。名前を呼ばれた。それが無性に嬉しくて、女郎蜘蛛――牡丹は、
「はい、お側に置いてください。きっと、必ずお役にたちます!」
花のような笑顔で返事をした。
蜘蛛の糸を探して探して、手繰り寄せてようやく見つけて。
それは頼りない細い糸だけれど。その糸の先にいた人はとても恐い人だけれど。
確かな強さと、その優しさでわたしを地獄から救い出してくれた。
ならばわたしはこの糸を切らないように、この糸を太く強くしていこう。
――――願わくば、この糸がずっと切れませんように。
鬼と蜘蛛〜牡丹〜終
投下終了です。久しぶりの投下が携帯なもんで見苦しいかもしれませんが勘弁してください。
参考文献・Wikipedia(参考になってない)
登場人物
・酒呑童子
・女郎蜘蛛
・餓鬼
酒呑童子にやられた謎の妖怪三体
・岸涯小僧(がんぎこぞう)
・網切(あみきり)
・飛頭蛮(ひとうばん)
女二人、氷女、ごっさんめっさんは後日携帯に書き写して投下します。それ以外も携帯に全部書き写して…orz
さて、妖怪総数50超えをどうやってまとめようか…
そして何故だかトリップが変わっている…orz投下中見ないから気付かなかった。
最後にトリップ試して終了です。違ってたら携帯トリップとしてこのままにしときます
誰か僕のために
地獄が舞台で釜茹
でされている亡者
助けてあげている
優しい雪女の話書いて下さいね
おおー乙です 待ってました
妖怪の気味悪い表現がうまいです
酒呑童子のキャラもイイ!
女郎蜘蛛は男を魅了して食い物にする妖怪のイメージだったけど結果的にそうなってるのかw
だんだん話がつながってきたな
真っ昼間っから投下します。携帯でレス回数の制限があるため二回に分けます。
「――あぁ……」
顔のない妖怪――のっぺらぼうは呟きながら川沿いの道をふらふらと歩いていた。
まるで夢遊病を患った人間のように、砂漠で水を求める人間のように歩く。
過去何度も通った京都の道は、数百年前のように真っ暗な闇に染まっている。
月は雲に隠れ、水面すら底無し沼のように光を照らさない。
亡霊のように、ふらりふらり。心個々に在らず、ふらりふらり。
「あぁ……なんでこうなっちまったんだ……」
のっぺらぼうは川沿いにしゃがみこんで、溜め息を吐きながら呟く。肩を落として水面を眺めるが、月の
光のない川は真っ暗で何も映しださない。
傍らに居たはずの存在を探るように、誰もいない隣を見る。
つい先ほどまで居たはずの者――ろくろ首。ずっと側に居た者。
数百年来の旧友の顔を思い出して涙が出そうになるが、そもそも顔がないので泣くに泣けない。
口のない顔のどこから声が出るのか、のっぺらぼうはもう一度、絶望に満ちた声で「嗚呼…」と嘆いた。
腰には一振りの刀が差されている。黒塗りの鞘が肘に触れ、のっぺらぼうはびくりと肩を震わせた。
宙から落ちてきた刀――捨てるのも怖ろしい。
「逃げるんだよ、のっぺらぼう! 早く!!」
急かすように叫ぶろくろ首の声が背後から聞こえた。のっぺらぼうは転びそうになりながら必死で走る。
砂利を弾かせながら走り、のっぺらぼうは己の無力さを嘆いた。
恐らく背後ではろくろ首が足止めをしてくれているのだろう。少なくとも、ろくろ首はのっぺらぼうより
戦力的に上である。
だがそれもほんの少し上というだけ。足止めといえども長くは保たない。
人間を驚かせることしかできない妖怪であるのっぺらぼうは、戦いにおいては戦力外と言ってもいい。
武器を持った人間にすら負けるほど、その存在は妖怪として弱い。古来より人を驚かし、化けるだけに
特化した妖怪とはそもそもが戦闘に向いていない。
長い年月を闇に生きようとも、その性質は変えられない。 顔が無いだけ――ただそれだけの妖怪である。故に、己の無力さが今は口惜しい。
どれだけ走っただろうか、砂利道はすでに通り過ぎ、舗装されたアスファルトの上でのっぺらぼうは立ち止まる。
しゃがみこみ、震える全身を抑えるように両肩を抱きしめる。
(あいつを見捨てて逃げてしまった…。我が身可愛さで、弱いことを言い訳にして……)
後悔と恐怖、悔しさと恥ずかしさが入り混じり、頭の中はぐしゃぐしゃに混乱している。
全身の震えは止まらない。両肩を強く抑えこんでも震えは増すばかりだった。
(ろくろ首は上手く逃げ切れただろうか……?)
それだけが気がかりだった。出来ることはろくろ首の無事を必死に祈ることだけ。
何時だって側に居た。数百年の間で最も古く、仲の良い妖怪なのだ。
人間を驚かせた話に興じ、次はどうやって驚かせようかを語り、時には喧嘩もした。
弱い自分によく付き合ってくれた。顔のない自分の喜怒哀楽がわかる、唯一の友人。
失いたくない。心からそう願った。
自分のために命を賭して逃がしてくれた。その恩に、気持ちに報いたい。
だが――自分に何ができる?
弱い自分をろくろ首は命がけで逃がしてくれた。それなのにむざむざ引き返してどうなる?
戻っても殺されに行くようなものだ。それはろくろ首の努力が無駄に終わるだけ。
ろくろ首が逃げ延びてるとするなら、戻るだけ無駄死にになる。
だからといって手をこまねいているのは嫌だ。
結局、どうすれば良いのかもわからずに、のっぺらぼうはしゃがみこみながら震えることしかできなかった。
――がしゃん。
突然、すぐ側から何か硬いものが地面に落ちたような音が聞こえ、のっぺらぼうは驚愕した。
慌ててその場から逃げようとして、体勢を崩して尻餅をつく。そのままわたわたと後ずさり、音の
聞こえた方向を見るが、そこには誰も居ない。
しかし、注意深く見てみると(目は無いが)そこには長い棒のような物が落ちていた。
恐る恐る近寄って見てみると、それは一振りの刀だった。
黒い漆塗りの鞘に納められた刀。どこから落ちてきたのか、最初から落ちていたのか。
先ほどの音は恐らくこの刀が地面に落ちた音なのだろう。だが、空から刀が降ってくるというのも
妙な話である。
どこぞの妖が落としたのか。それなら拾いに来て当然のはず。
宙と刀を交互に見るが、一向に誰かが現れる気配はない。
どうしたものかとしばらく迷っていると、不意にある考えが閃いた。
(この刀さえあれば、ろくろ首を助けられるかも)
そう考えたら、迷っている時間さえ惜しい。誰かが拾いにくる前に拾わねば。
決心して刀を拾う。それは手にとってみるとずっしりと重く感じた。だが、鞘から刀身を抜いて見ると、
意外にも羽のように軽く感じた。
暗闇の中、光を放たないはずの刃が妖しく光り、波打つような刃紋が銀色に輝く。
「こ、これさえあれば、これなら……」
刀を鞘に戻し、落とさないように腰に差すと、のっぺらぼうは元来た道を走り出した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…しつこいね、いい加減諦めておくれよ!」
息を切らせながら、ろくろ首が襲いかかる敵から大きく避ける。
ろくろ首が立っていた場所の木に大きな爪痕が刻まれる。それは鉈で刻んだものよりも大きく抉れ、その
凶悪な破壊力が己にとって致命的なものだと窺える。
体勢を崩さずにそのまま距離を取る。一足飛びでは届かない間合いまで離れ、更に距離を取る。
敵はゆっくりと振り返り、醜悪な笑みを浮かべて再びにじり寄ってくる。
「いたぶり殺そうって腹かい? おあいにく様、そう簡単には殺されてやんないよっ!」
威勢よく啖呵を切るが、強がりなのは明らかだ。
ろくろ首の着物の肩と太ももは裂けて、そこから血が流れている。
掠っただけで裂ける程の威力。見た目より軽傷ではあるが、まともに受けてはまずい。
目の前の敵――くびれ鬼を前に、ろくろ首は冷や汗を流して状況の最悪さを呪った。
くびれ鬼――その名の通り、相手を絞め殺す鬼。
くびり殺す―ー捕まえて、掴み、殺す。殺される者は皆、苦悶の表情で死ぬ。
首を女の手首ほどの細さまで縮め、背中まで捻り殺す残忍さは人外の成せる業。
妖怪の中でも『鬼』は最強、最悪の部類である。
強靭な肉体、並外れた体力、そして全てを畏怖させる異能。戦いに向いていないとはいえ、ろくろ首が
ここまで持ったのは賞賛に値すると言っていい。それが 片や時間稼ぎが目的で、片やなぶり殺しが
目的と言えど。
正面から真っ向に戦えば既にろくろ首は殺されていただろう。鬼とまともに戦える妖怪は少ない。
距離を保ち、ろくろ首は逃走経路を考える。
(こっちはのっぺらぼうが逃げた方角だから無理として、反対の道はあいつが塞いでいる…。
右は進めば行き止まり、左は道が細くて追いつかれたら逃げ場はない…参ったわね、こりゃ……)
のっぺらぼうの逃げた方角に逃げる手は残されているが、それは最後の手段。
(あいつどんくさいからね…追いつかれたら時間稼ぎした意味がないし)
のっぺらぼうが十分に離れているだけの時間は稼いだが、それでも余力を残した鬼に追いつかれる
可能性は捨てきれない。逃げるなら別々の方角が最良の選択だ。
別々に逃げれば二人とも生き延びる可能性はある。故に、逃げるならば方角は敵をすり抜けて反対
の道。
だが――相手は最悪の敵。上手く攻撃を切り抜けて逃げれる可能性は絶望的である。
攻撃を避けるだけで必死なのに、無事に逃げ切ろうなんて都合良く出来るわけがない。
再び攻撃をかわし、できるだけ距離を取って考える。
(やっぱり、死ぬかもね…)
後悔がないと言えば嘘になる。
一緒に逃げていれば良かったという後悔ではなく、囮になったことに対する後悔でもない。
――それは長年積み重ねたものに対しての後悔。側に居続けた故に放棄したもの。
それは何度も考えて、そして何度も諦めたこと。
それは長く緩やかで、これからも続くと思っていたからこそ。
後悔――このような状況になったからこんなことを考えている。
それは無意味なものかもしれない。だが、それに意味を求めることが間違いなのかもしれない。
くびれ鬼が体勢を低く構える。そろそろ仕留めようという気なのか、その表情は獲物を睨む猛獣の貌に近い。
ぎりぎりの距離を取り、覚悟を決める。
後悔――無事に逃げきればすることもない。
ろくろ首は、目の前の敵に全ての神経を集中させた。
間合いを出来るだけ詰める。飛びかかってきたのを最小限の動きで避けつつ、隠し持った小石を鬼の顔に当てる。
ほんの僅かに隙ができたところをすり抜けて、そのまま全力で走る。
くびれ鬼が追いかけてくるまでの僅かな時間で出来るだけ距離を稼ぎ――後は運任せ。ずさんすぎる計画だった。
――緊張で呼吸が浅くなる。心臓の動悸が激しくなり、気を抜いたら吐きそうだ。
足の指先をじわりと前に進め、限界まで詰める。首の裏側がちりちりとする。
くびれ鬼が襲いかかろうと跳ねる。今までで一番速い。
それを斜め前に飛びながら小石を顔に向けて投げる。
ここまでは予定通り。だが――信じられない動きでくびれ鬼が小石を手で弾く。
意表を突かれて動きが僅かに止まった。そこをくびれ鬼の右手が襲いかかってくる。
すんでのところを転がるようにして避ける。頭の上を強風が通り過ぎる。
なんとか体勢を立て直して走ろうとした時、ろくろ首は背中に強い衝撃を受けた。
背後からの衝撃で前に吹き飛ばされ、ろくろ首の体が大きく宙に舞った。
一呼吸を十分にできるほど弾き飛ばされ、そして全身を地面に打ちつけられるように落ちる。
だがその勢いは止められず、何度も打ちつけられて転がったところを石垣にぶつかりようやく止まった。
ろくろ首は仰向けに倒れ、ぴくりとも動かない。妖怪とはいえ、鬼の一撃をまともに受けたのだ。
体がバラバラに千切れ飛ばなかったのは、前に走り出したところに一撃を受けたのが幸いした。
衝撃が殺されたのは運が良かったのか。それともほんの僅か寿命が延びたのを運が良かったと言えるのか。
いずれにせよ、ろくろ首は全身を強く打ちつけて動く事ができない。ただ殺されるのを待つ身だ。
死を招く鬼がゆっくりと近づいてくる。一歩近づく度に、死が歩み寄ってくる。
死神の足音をろくろ首は妙に落ち着いて聞いていた。
(あぁ…やっぱり上手くいかないもんだねぇ……)
そこに悔しいという感情はない。ただ、のっぺらぼうのことだけが気がかりだった。
(あいつはちゃんと逃げ延びてくれてるかしら? きっと心配してどこかで待ってるんだろうね…)
のっぺらぼうの心配する顔が目に浮かび、ついくすりと笑ってしまう。
顔がなくてもわかる。いや、顔がないなんて嘘だ。自分にはのっぺらぼうの顔がわかる。
笑った顔、嬉しそうな顔、怒った顔、困った顔、泣きそうな顔、驚いた顔、悲しそうな顔――
つるりとしているが、ちゃんと見ていればわかる。だって、数百年も見てきたのだから。
不意に、改めて気付く。
――あぁ、あたしはやっぱり、あいつのことが好きなんだ……。
数百年の歳月を共にしたのは、ずっと側にいたのは離れたくないから。
いつからそう思ってたのかは思い出せない。気がついたら、としか説明できない。
自分の気持ちを理解したときは妙に落ち着いて納得していた。
別に伝える必要はない。ずっと側にいたのだし、これからも側にいるのだから。
だから、別にそういうのは自然と伝わるだろう。いつか、自然と。
でも、それでも――
目頭が熱くなる。こみ上げるものが苦しく、悲しく、辛い。
こんな時だからこそ考える。口ではっきり言って伝えたいと。伝えておけばよかったと。
(言ったらあいつはどんな顔をしただろうね? 驚いたかしら? それとも喜んだかしら?)
喜んでほしい。今はそう心から願う。
くびれ鬼の足音が近づいてくる。随分ゆっくりと近づいてくるもんだと、ろくろ首はぼんやりと思った。
体は動かない。
心臓の音が聞こえる。足音が聞こえる。くびれ鬼の荒い呼吸音が聞こえる。
(きっと獲物を捕まえる寸前の獣のような顔をしてるんだろうさ。でもね、大人しく殺されたりはしないよ。
お前をあいつのところに行かせたりはしない。せめて――)
死神の手――くびれ鬼の手が、ゆっくりとろくろ首の細い首に近づいてくる。
そして、ゆっくりとくびれ鬼が首に両手をかける寸前――ろくろ首の『首』が蛇に変わった。
「――せめてあんたも道連れになってもらうよ!」
勢い良く伸びた首が、蛇のようにうねり、くびれ鬼の胴体に巻きつき、その首に巻きつく。
それはろくろ首の最後の切り札にして、ろくろ首がその名を持つ所以。
首を自在に伸ばすのがろくろ首の特性であり、その首で相手を絞め殺す。
ろくろ首の長い首が大蛇のようにくびれ鬼を絞め上げる。
くびれ鬼は驚いて外そうとするが、想像以上の力で巻き
ついて外せない。
巻きついた首はじわじわと食い込み、くびれ鬼は苦悶の声をあげた。
「あいつは殺させないよ。お前はここで死ぬんだ!」
どこにそのような力が残っていたのか、絞め上げる度にくびれ鬼の骨が軋む音が聞こえる。
だが、それでも鬼が畏れられる鬼たる所以。如何にろくろ首が全力を以てしても、鬼の力は超えられない。
「なっ……!?」
くびれ鬼の体が鋼のように硬くなり、締め上げる首は徐々に矧がされていく。
それでもろくろ首は必死で食らいつく。首を外され、くびれ鬼の手が自由になった時は全てが終わる。
しかしそれも時間の問題。いずれその首はほどけ、鬼の手がその首をくびるだろう。
死を待つ束縛。だが、そこに予想外の者が現れる。
暗夜行路をのっぺらぼうが走る。逃げた道を戻るその足は逃げた時よりも速く、必死さが窺える。
腰には一振りの刀。それがのっぺらぼうを勇気づけていた。
砂利道を通り、ろくろ首の姿を探す。暗闇の中、聴覚に神経を集中させる。
くびれ鬼の姿もろくろ首の姿も見えない。だが、遠くから二つの気配をうっすらと感じた。
走りながら刀を抜く。刀を握りしめると、手に不思議としっかり馴染んだ。
――――やる。
突然、声が聞こえたような気がした。
どこからともなく聞こえた声に立ち止まり、辺りを見渡すがどこにも人の気配はない。
―――してやる。
また声が聞こえた。
その声は小さく、だが頭の中に直接聞こえた。
「だ、誰だ? どこにいる!?」
のっぺらぼうは思わず声を上げた。声は静かな夜道に吸い込まれるだけで、返事は返ってこない。
だが――三度、声が聞こえた。
―――腕を貸してやる。
今度ははっきりと聞こえた。頭の中に直接話しかけられてるような声は、不思議な声だった。
ふと、右手に持った刀が熱く感じた。慌てて視線を刀に向けると、『それ』は鈍い光を放っていた。
瞬時に、その声はこの刀から発せられているということをのっぺらぼうは理解する。
――腕を貸してやる。お前は今より最強の剣豪になる。だが、その代わり――
右手が焼けるように熱い。だが、刀を放すことができない。
頭が真っ白になる。意識が薄れ、脳と肉体がずれる。
体の底から湧き上がる何かに恐怖して、叫び声を上げそうになる。
助けに行かねば――
誰を?
――助けてくれ。
何から?
怖い――
何が怖い?
嫌だ。恐い。熱い。助けて。熱い。許して。熱い。熱い。熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い――――
ろくろ首――名前を大声で叫ぶ。声は出ない。変わりに、頭の中が真っ白になった。
「のっぺらぼう! あんた、なんでここに!?」
ろくろ首は驚き、目を見開いて叫んだ。
驚くのも無理はない。遠くに逃げたとばかり思っていたのっぺらぼうが突然戻ってきたのだから。
「馬鹿! どうして戻ってきたんだい!? あたしの苦労を無駄にする気かい!」
ろくろ首が怒鳴りつける。だが、すぐに異変に気がついた。
顔がない。
どんな感情であろうと一目でわかるその顔が、まるで何もわからない。
――そこに佇んでいるのは、顔の無い一体の幽鬼だった。
ここらで投下終了です。続きは夜に投下します。
「あんた、いったいどうしちまったのさ!?」
狼狽した声でろくろ首が呼び掛ける。だが、のっぺらぼうは返事を返さない。
異様なのっぺらぼうを見て、何かがのっぺらぼうの身に起きたことをろくろ首はすぐさま察した。
ろくろ首がのっぺらぼうに気を取られた僅かな隙をついて、くびれ鬼がその身に巻きついた首を解く。
全力で絞めていた首を無意識の内に緩めてしまっていた。それは致命的な過ち。
死ぬ――そう覚悟してろくろ首は目を閉じた。
だが、訪れるであろうはずの死はその身をすり抜ける。
うっすらと片目を開くと、そこには――右腕の肘から先を失ったくびれ鬼がいた。
のっぺらぼうが神速と言っていい速度で目の前の敵との間合いを詰める。
大きく踏み込み、低い体勢から鞘に納めていた刀を振り抜く。それは見えない速度で振られ、剣の軌跡はおろか、鞘から
抜いた瞬間すら見えなかった。
居合い――溜め込んだ力を爆発させるように振るう、剣術において一撃必殺、二の太刀要らずの秘技。
神速の抜刀を得るためには、長年の血の滲む修練が必要だ。
技を得ても、動く者を相手に使うとなれば、それは達人の領域に入る。
達人の居合い――刀を握ったことのないのっぺらぼうにできるはずがない。ましてや、遠く離れた距離を
一瞬にして縮める身体能力など持ち合わせてもいない。
強靭な肉体を誇る鬼の腕を軽々と斬った。それはつまり、妖怪の中でも最上級のものと互角以上ということ。
ろくろ首はくびれ鬼の腕を見ても、それがのっぺらぼうが斬ったという事実であることを信じられなかった。
右腕を抑えて絶叫するくびれ鬼を前に、顔の無い幽鬼が刀を構える。
型のない、剣先すら相手に向けずにだらりと持っただけの構え。
肩に力は入っておらず、無防備な構え。そのくせ、ろくろ首が遠目から見ても隙が全く見当たらない。
刀をだらりと持ったまま――のっぺらぼうが再びくびれ鬼の間合いに入る。
それは本能なのか、くびれ鬼が尋常ならざる跳躍で後方に飛び退く。
大きく距離を取ったのは、警戒しているからだろう。並の刀では鬼にかすり傷程度しかつけること
ができない。並の腕前では赤子を捻るかのように返り討ちにあう。それを、己の腕を簡単に斬り落
とす技と刀は、十二分に警戒すべきものだ。
まさか逃げた獲物に腕を斬られるとは、くびれ鬼も想像すらしなかった。
ゆっくりとのっぺらぼうが歩む。暗闇に溶け込むかのような足取りは、不思議と砂利を踏む音が聞こえない。
のっぺらぼうが近付くにつれて、くびれ鬼が後退する。まるで先ほどまでのろくろ首のようだ。
だが、片腕を断たれても未だ戦意は失っていない。
くびれ鬼が大勢を低く構える。獲物を狩る猛獣の如き構えは、先ほどろくろ首を相手に使ったもの。
力を溜めて、瞬発力を爆発させるための前傾姿勢。両脚に力を込め、のっぺらぼうを睨みつける。
くびれ鬼の構えを見て、ろくろ首はその危険に気付いた。
自身がその身をもって味わっただけにはっきりとわかる。まともに正面から迎え撃っては危険だ。
左腕の爪で引き裂くか、捕まえて絞め殺すか。刀の一撃を凌いでしまえばそこで決着がつく。
避けるべきだ。そう伝えようとするが、何故か声が出ない。
別人のようなのっぺらぼうを見ると、言い知れぬ不安を感じるのだ。そう、声をかけるのも躊躇うほどに。
何者かに取り憑かれているのか、操られているのかは判断がつかない。一つだけわかっているのは
のっぺらぼうの持つ刀の妖しさ。どこで手に入れたのか知らないが、それに異様なものを感じる。
固唾をのんで見守っていると、のっぺらぼうが立ち止まり、構えをとった。
刀を肩の上に掲げ、切っ先を正面に向ける半身の構え。右半身を前に出し、刀は水平に向いている。
それが如何なる意味を持つのかはわからない。しかし、その構えかたはくびれ鬼の攻撃に正面から
対峙するということ。
(何を考えてるんだい、避ければいいじゃないか)
鬼の攻撃など恐ろしくもないというのか。その悠然と構える姿が、鬼の怒りに触れた。
空気が凝縮され、濃密になる。重苦しい雰囲気が一帯を包み込んで、呼吸さえ難しい。
腹の中に重石が入ってるかのような感覚に、ろくろ首の息が詰まる。瞬きすらできない濃密な時間が過ぎる。
喉が渇き、唾を飲みこもうとした瞬間――凝縮された空気が弾けた。
もの凄い速さでの襲撃。その凶爪で獲物を仕留めんと、くびれ鬼が疾走する。
瞼を閉じる間もない速さで接近し、凶爪が獲物の首に延びる。
――しかし、すでにのっぺらぼうの右足も半歩出ている。それは刀を振るうための半歩であり、攻撃動作の一つ。
鈍い光が軌跡を描く。それは目にも止まらぬ速さで目の前の敵に吸い込まれる。
横一線に閃光が走り、くびれ鬼の太い腕が肘の先から斬り落とされる。くびれ鬼は気付いていない。
腕を斬り落とすだけでは終わらない。返す刀でくびれ鬼の胴体を袈裟斬りに斬り裂く。
そして、三撃目が放たれる。振り下ろした刀を切り返し、振り上げて首に滑りこませる。
振り抜いたと同時に、互いの体が交差する。
くびれ鬼が一拍を置いて着地する。
そして更に一拍を置いて、首が遅れて落ちてきた。
それは瞬きをする間もなかった。互いが交差した時には全てが終わり、のっぺらぼうの勝利が決まっていた。
ろくろ首は呆然とするしかなかった。あれほど強く恐ろしい鬼を、のっぺらぼうは最初から最後まで圧倒したのだ。
のっぺらぼうの背後には、両腕と頭を失った鬼の骸が倒れている。その切断された頭部は、悪鬼の形相のまま虚空を睨んでいる。
どうやってのけたのか、ろくろ首にはまるで見えなかった。
刹那の瞬間に見たのは腕を斬ったところと、そして首に当てた刀を振り抜くところだけだ。
まさに神速。未だに信じられない。
砂利を踏む音が聞こえ、ろくろ首はようやく我に返る。気がつくと、いつの間にかのっぺらぼうが
目の前まで来ていた。
「お、驚いたよ。まさかあんたが鬼を倒すなんてさ。凄かったよ、あんた」
つるりとした顔の、表情の無いのっぺらぼうにろくろ首は話しかける。
「戻ってきた時はどうなることかと思ったけどさ、おかげで助けてもらっちまったね。ありがとうよ」
返事はない。顔の無い顔が、ろくろ首を見下ろしている。
「そ、その刀はどこで手に入れたんだい? あんた、刀使えたんだね」
沈黙。顔が無いから喋る事ができないというわけではない。
「な、なんとか言っておくれよ! どうしちまったんだい、あんた!?」
ろくろ首は立ち上がろうとして、苦悶の表情で倒れ込む。忘れていた激痛が全身を苛む。
「あぐっ…! ううぅっ……」
数ヶ所に裂傷を負い、背中は大きく裂かれ、全身を地面に打ちつけて打撲と擦り傷だらけ。骨折も
しているかもしれない。すでに止まって固まっているが、全身あちこちから血を流して着物は血塗れだ。
全身に傷を負い、生傷と血と泥にまみれて目を覆いたくなる惨状。いつもののっぺらぼうならば慌
てて駆け寄ってきて心配してくれるだろう。
だが、目の前に立つのっぺらぼうは何も言わずにただ無言で見下ろしている。
「痛つっ……な、なんか言った――」
何かが胸に突き刺さる。冷たく硬い感触――胸の中に冷気が宿る。
胸を見下ろすと、細い何かが突き刺さっている。銀色に光る刃――のっぺらぼうが握っているもの。
「あ…れ…。ど、どうして…?」
刀が更に深く突き刺さる。激痛が痺れを起こし、寒気を感じる。
吐血。咳き込むと、口から溢れ出てくる。
苦しくて思考は靄がかかり、呼吸も出来ない。 頭に浮かぶのは疑問。どうして? ただそれだけだ。
のっぺらぼうの意志でやったのじゃない。それだけははっきりわかっていた。
しかし何故のっぺらぼうが自分を刺しただろう。いくら考えても理由がわからない。
寒気と痺れが全身を覆う。体から力が抜けていく。
心臓を貫いた刀が引き抜かれる。銀色の刃は血に濡れ、その雫が地面に染みを作る。
地面に倒れたろくろ首が、首だけを動かしてのっぺらぼうの顔を見上げる。
顔が見たい。せめて最期くらいは、いつも見ていた顔を見たい。
のっぺらぼうの顔――歪んで見える。
「なんて顔、してんだい…あんた……」
ろくろ首はそう言うと、目を閉じて動かなくなった。
「―――あぁ…」
水面を覗きこみ、のっぺらぼうは何度目になるかわからない溜め息を吐いた。
ろくろ首の死体を思い出し、悲しみで胸が裂けそうになる。
間に合わなかった。助けられなかった。
気がついたらろくろ首の死体が目の前にあった。意識がなかった。いつの間にか目的地に着いていた。
近くにはバラバラになったくびれ鬼の骸があった。誰かにやられたのか、骸は両腕と首が無かった。
ろくろ首は全身を傷だらけにして、血塗れで倒れていた。いくら揺すっても、目を覚まさなかった。
恐怖で狂いそうだった。何が起きたのかわからず、混乱して叫んだ。
せっかく刀を手に入れたのに、それさえも無駄だった。
いつから意識を失っていたのかもわからない。助けに戻ろうと走っていたのは覚えている。
そこから先が思い出せない。突然理解できない状況が目の前にあり、それが最悪の状況だった。
必死でろくろ首を起こそうと揺すり続けて、ようやく死んでいる事を理解した。
誰がくびれ鬼を殺した?
誰がろくろ首を殺した?
自分はどうして意識を失っていた?
考えても考えてもわからなかった。悲しみと悔しさ、そして恐怖で気が狂いそうだった。
どこをどう歩いたのか、気がついたら横は川が流れていた。
肉体的にも精神的にも疲れ果て、歩く気力さえ果たしていた。
しゃがみこんで、死んでしまったろくろ首の事を考える。
大切な友人だった。いつも側に居た。優しくて、頼りがいがあって、怒ると少し怖い。
顔は美人というわけではない。十人並みだが、笑うと自分も気持ち良かった。
仲の良いかけがえのない友人。ずっとそう思っていた。淡い気持ちを押し殺し、そう思い込んでいた。
夫婦のように付き添っていた。だから、それだけで良かった。それだけで十分満足だった。
いつしか気持ちを伝えようと考えた事がある。だが、怖くて言えなかった。ろくろ首の気持ちが自分とは
別だったら、二人の関係は崩れてしまう。それがとてつもなく怖かった。
失って初めて気付く。伝えておけば良かったと。だが、その相手はもうこの世にはいない。
涙を流す目の無い自分が恨めしい。人に化けなければ好いた女を失っても泣くことすらできない。
いや、助けることの出来なかった自分には、泣く資格すらない。
ろくろ首の死に顔を思い出す。
穏やかな、少し笑った顔で死んでいた。
どうして笑っていたのだろうか。それがとても知りたかった。
あれはどういう意味の微笑みなのか。知りたくてたまらない。
二度と見ることは出来ない。知ることは出来ない。
「……なあ、どうしてあんな顔で死んだんだ、ろくろ首?」
水面を見つめながら、のっぺらぼうはもう居ないろくろ首に問う。
暗い水面は何も映さず、返事も返さない。
「これから俺はどうすればいいんだよ…。独りきりじゃわかんねえよ……」
いっそのこと、自分も後を追おうか考える。
あの世に行けばまた会えるかもしれない。この苦しみと悲しみから逃れたい。
刀を鞘から引き抜く。銀色の刃をじっと見つめ、ろくろ首の顔を思い出す。
「――お主の願い、叶える方法があるぞ」
突然、声がかけられた。
「…っ、誰だ!?」
声のした方を振り向くと、そこには、闇に紛れて一人の老人が立っていた。
髪の毛のない頭は大きく、高価そうな着物を身に纏っている。背は低く、杖を持っているが背筋は
しっかりしている。
老人は闇に半ば溶け込んだまま立っている。存在感はどこか希薄で、不安を駆り立てる。
のっぺらぼうはその老人に言いようのない不気味さを感じた。
「お主の願いを叶える方法、知りたくはないか?」
老人は妖しい笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。しわがれた声なのに、やけに耳に残る。
突然現れた老人にのっぺらぼうは警戒した。
だが同時に、願いを叶えるという響きがのっぺらぼうの心を揺るがせて掴んだ。
「……願いって、どんな願いでもか?」
恐る恐る聞くのっぺらぼうに、老人は皺を深く刻みながら笑みを浮かべる。
「そうじゃ。例えば無敵の力を手に入れるとか、巨万の富を得るとかの。あとは――そう、例えば」
老人は笑みを浮かべたまま、のっぺらぼうの最も知りたい事を口にする。
「死者を生き返らせることも出来る。もちろん、人間だろうが妖怪だろうが関係なくな」
その言葉に、のっぺらぼうの鼓動が大きく高鳴った。
死者を蘇らせる事が出来る。それは本当に可能なのか。
「そ、それは本当か? 本当に出来る方法があるのか!?」
「ああ、本当じゃ。しかしそれは難しく危険でもある。それでもやるか?」
「教えてくれ! どうすれば願いを叶えられる!?」
考える間もなく、縋るようにのっぺらぼうが叫んだ。
ろくろ首を生き返らせることが出来る。それしか頭の中になかった。
「ほっほ、そうかそうか、それならば教えてやる。その方法はの――――」
老人の教えてくれた方法とは、難しすぎる内容だった。自分一人では到底不可能な方法を聞いて、
のっぺらぼうは喜びから一転して失意に打ちひしがれた。
方法は、京都に集まった妖怪達の中で殺し合い、最後の一体になるまで生き残ること。
別に率先して殺し合いに参加する必要はない。最後まで生き残る事が条件だと老人は言った。
殺し合いに最後まで生き残れ――無理な話だ。非力な自分が刀一本でどうやって生き残ることができよう?
もし生き残る事ができても、最後の一体になるためには生き残った者と戦わなくてはならない。
万に一つも可能性はない。それに、生き残るその方法でどうやって願いを叶えられるのだろう。
だが、それでも。
願いを叶えるためにはやらなければならない。方法がそれならば、やるしかないのだ。
いつの間にか老人は居なくなっていた。僅かな気配すら残さず、まるで最初からいなかったかのように。
だがのっぺらぼうはすでに老人の事すら忘れていた。
今度こそ助ける。生き返らせてやる。
のっぺらぼうは闇の中、刀を強く握りしめた。
闇の中を老人が歩く。杖の立てる音を闇に響かせて、その存在を闇に溶け込ませながら。
老人は楽しそうに笑っていた。嬉しそうに、可笑しそうに、まるで子供のように無邪気な笑みで笑っていた。
「まさかあれほどとはの。あの刀、のっぺらぼうですらあの変貌とは…おかげで楽しめたわ」
のっぺらぼうが手にした刀――既に二体の妖怪の血を吸っている。
刀を振るうのっぺらぼうの様を思い出し、老人は喉を鳴らした。
妖刀村正――人の生き血を啜り、魔を断ち、持ち手に災いを為すと恐れられた伝説の刀。
村正はのっぺらぼうの手に余る。意識を奪い、体を奪ってその凶刃を振るわせた。
くびれ鬼を殺し、助けようとした仲間のろくろ首すら殺してしまったことすらのっぺらぼうは覚えていない。
弱いのっぺらぼうを鬼神に変える妖刀――その凶刃はいずれのっぺらぼう自身を破滅に導くだろう。
のっぺらぼうは気付いていない。己の持つ刀が最悪のものであることを。
のっぺらぼうの手に余る。だが、それ故に――
「いや、楽しむのはこれからよ。のっぺらぼうよ、お主はどこまでいけるかの…?」
老人が笑う。その笑みは子供の様に無邪気で、邪悪な笑みだった。
投下終了です。無事に投下できてよかった…。
ネタ的に犬夜叉の闘鬼神と若干被ってしまって申し訳ないです。
お蔵入りしようか考えたけど、どうしてもろくろ首を殺したくて投下。
登場人物
のっぺらぼう・参考文献・Wikipedia
ろくろ首・参考文献・Wikipedia
くびれ鬼・参考文献・Wikipedia
老人・不明
武器・村正・参考文献・Wikipedia
最近気付いたけど自分の作品はやたら逃げ回ってるやつばかりです。
追記・前回支援してくれた方、レスくださった方に感謝してます。あざーす!
乙です!
いつも密度が濃くてすごいです
迫力あってよかったです
語彙も豊富でうらやましい
いよいよ京都に集まる理由も見えてきたな
のっぺらぼうと他の連中がどう絡むか楽しみ
ろくろ首というとどうしてもゲゲゲの鬼太郎のを思い浮べてしまうな……
>>460 画像が大きいせいか携帯から見られない…
でも絵描きさんが来てくれてよかった
俺は◆.7EVb32OnUさんじゃないよ、念のため
いや、俺も携帯だから見れないという…。パソコン未だ直してないです。
一体何の画像なのか漫画喫茶に行ってパソコンで見ようかと思ってます。はっ、もしやエロい!?
餓鬼でエロってどんなだよw
そりゃあもう餓鬼でエロっていったら…腹ペコキャラな可愛い見た目小さな鬼とか?(18歳以上)
あれだよ、鬼のパンツでパンチラとかラムちゃん的な餓鬼なんだよきっと!
>>460 餓鬼ちっこくてかわいい!
酒呑童子の雰囲気もいいです
WIKIに飾りたいね やりかたがわからんなあ…
467 :
創る名無しに見る名無し:2009/08/04(火) 19:30:24 ID:tAy1Yvue
スレ下がりすぎで目立たないからage
>>423氏の作品に期待!GSと犬夜叉が目立つけど、個人的にはどろろが活躍してほしい
体を奪った妖怪と絡むGS面子とか四魂の玉と絡むとかで妄想が膨らみすぎるwww
でもシェアードは難しいね。書こうと思って妄想しても上手く考えつかないからさ
頑張ってください!ひっそりと応援しています!
っていうかこのスレ下がりすぎが原因で過疎って気がするのは自分だけ?
投下します
その化け物は奇怪な姿をしていた。女性の顔立ちだが、顔はおろか、闇から覗く素肌は鱗に被われている。
上半身は人間だが、下半身が蛇で下半身のその先は川の中に入っているため全長はわからない。
長い黒髪は濡れて水滴を垂らし、べたりと肌に張りついている。濡れてうねった髪が、その不気味さを増している。
半人半蛇――濡女(ぬれおんな)という妖怪である。河川に潜み、人を襲い殺す残忍な妖怪。
その妖怪が潜む高野川に、一体の妖怪が空から舞い降りてきた。
それは赤い顔に白い眉と髭の、異様に鼻の長い、目つきの恐ろしい妖怪であった。
修験者のような山伏装束で鍛鉄製の金剛杵を持ち、下駄を履いている。背中には大きな白い翼が生えている。
どっしりとした体は威厳のある風格を漂わせ、相手を畏怖させる濃密な空気を纏っている。
人外の化生の名は鞍馬天狗――鞍馬山に棲む、千年の伝説をもった天狗である。
鞍馬天狗が川岸に降り立つと、濡女は目を細くして、体をうねらせて川から上半身だけ現れた。
「鞍馬山の主(ぬし)様がこのような場所に来るとは珍しい。しかもあたしが棲む場所にわざわざ来るなんてねぇ」
「お前に会うのも久しぶりだな、濡女。相変わらずそうでなによりだ」
「主様も相変わらずそうで。それで、ここに来たのはどうしてで? まさか昔を懐かしんで来たわけじゃないでしょう」
妖怪と妖怪が会うことは珍しくないし、珍しい場合もある。互いに棲む場所が違えば会わない者もいる。
京都に何百年と棲む妖怪でも、まったく会わない妖怪は少なくない。
互いに領域が交わらなければ会わないのは当然である。山に棲む妖怪は特に顕著だ。山から山に
行く事はあれど、山から出るのを嫌う。せいぜいが麓の人里に下りるくらいである。
山から下りない妖怪が、山から離れた川にやってくる。これはつまり珍しいことだ。
「我等に禍いをもたらす妖怪が現れた。比叡山の妖怪が石にされた。儂も知らぬ妖怪だ」
「石にされた? 人間じゃなくて妖怪が?」
「ああ、比叡山の結界を正面から破って堂々と侵入してな。儂が行った時には既に比叡山から消えていた」
「それは穏やかじゃないねぇ。でも、それでなんであたしのとこれにそんな事を教えに?」
濡女が眉をひそめて問う。山で起きた事に、川に棲む濡女は関係ない。疑問に思うのは当然とも言える。
「つい先ほど見てきたからな。山だけの事で済まないかもしれん。それに…」
「それに?」
「都にも異変が起きている。山に現れた奴が何か関係あるかもしれん」
都――また古臭い言い方をすると濡女は心中で笑った。
街も変わって人も変わった。それなのに鞍馬天狗は変わらず昔と変わらない。山に棲む妖怪は昔から変わらない。
しかし異変が起きていると言った内容は笑えない。それは自分にも何かしら害があるかもしれないからだ。
空気がおかしい事には気付いていた。妖気が集まっている気配、それは数百年前よりも多いかもしれない。
確かに天狗が下界にまで下りてくるだけの理由にはなる。
「なるほどね。それで忠告しに来てくれたわけだね」
「そういうことだ。杞憂かもしれんが、もし妙な事が起きたり何者かが現れても相手をするなよ」
「あいよ、ありがとうね、教えに来てくれて感謝するよ」
「儂は山に現れた者を捜しに行く。さらばだ、縁があればまた会いにくるかもしれん」
「次はまた数百年後か、それともあの世かね。楽しみにしてるよ」
濡女がそう答えると、鞍馬天狗は少しだけ笑って羽を羽ばたかせ、山とは別の方角へと飛んで行った。
「……あの畏れられた鞍馬天狗も老いて弱くなったのかねぇ。何をあんなに心配してるんだか」
飛んでいった方角を眺めながら、濡女は嘲るように言う。
かつて京の都に現れた様々な妖怪。その中でも鞍馬天狗は人間に封印されることなく同じ場所で
ずっと棲み続けている妖怪だ。千年以上生きていて、未だに健在する大妖怪。
それが今では格下の自分にすら畏れられていない。これがどうして笑わずにいられようか。
「妖怪を石にする妖怪ねぇ……。天狗に貸しを作るのも悪くないか」
高野川と比叡山は近い。だから自分のところに忠告しに来たのだろう。わざわざ鞍馬山から離れた
山の心配をするとはご苦労なことだ。
街まで行く気はないが、もし件の妖怪が現れたら自分が始末してもいいだろう。
どんな妖怪で、どうやって石に変えるかは知らないが川で戦うならこちらが圧倒的に有利だ。背後から
襲って川に沈め、絞め殺してしまえば問題ない。昔はともかく、今の鞍馬天狗なら不意を突けば勝てるかもしれない。
川に沈んでいる一体の妖怪を川岸に引き揚げる。
小豆磨き――鞍馬天狗が現れる前に殺した妖怪。鞍馬天狗は気付かなかった。
どうして小豆磨きを殺したのか、理由は自分でもよくわからない。
しいて理由があるとするなら、自分の棲処で小豆を洗っていたから。
気が高揚して好戦的になっている。殺意が湧いて、血が飲みたくなっている。
小豆磨きを河原に捨てて、濡女は川に潜る。鞍馬天狗は上流の方から来た。恐らく川の流れに沿って
自分に会いに来たのだろう。ならば、
(下の方に行けばもしかしたら遭うかもね。まぁ遭わないならそれまでさ)
そう考えながらも、直感では別の事を考えている。
鞍馬天狗がいなくなってからしばらくして、下流の方角から何か妙な感じがする。妖気はないが、
本能的に何かを感じてるのだ。
危険――普段なら警戒して近寄らない。川に潜み、息をひそめてやりすごすほどの危機。
このまま行けば間違いなく遭遇する。半ば確信的なものがあり、口元に笑みが浮かぶ。
(殺したいねぇ。どんな顔をしてるんだろうねぇ。絞め殺したらどんな顔になるだろうねぇ…)
喉を鳴らして濡女は考える。小豆磨きは断末魔の形相で死んでいった。なら、件の妖怪はどんな顔で死ぬだろう。
濡女は川の流れに従い、ゆっくりと下流に進む。獲物を探す蛇のような顔で。
――ズッ。――ズッ。――ズッ。
それは、小さく奇妙な音だった。何か堅い物を引き摺っているような音。そう、例えば石のような物。
――ズッ。――ズッ。――ズッ。
重たい物を引き摺るような音は、一定のリズムで、途切れることなく聞こえる。
――ズッ。――ズッ。――ズッ。――ズッ。――ズッ。――ズッ。
音は鈍く、川沿いの道を進む。ゆっくりと、ゆっくりと。
通り過ぎた道には大きな石像が一つ残されている。おぞましい姿をした石像。
牙を剥き、何かに襲いかかろうとしている半人半蛇の石像。誰もいない場所に手を伸ばし、今にも動き出しそうだ。
――ズッ。――ズッ。――ズッ。――ズッ。――ズッ。――ズッ。
「――して、どうして死ねないの。どうして、どうして、どうして、どうして……」
朦朧と呟く声が音と重なる。その声はさ迷うように、同じ言葉を繰り返している。
「どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして……」
月が雲に隠れる。淡い光は消え、暗い夜の帳が誰もいなくなった河原に沈んだ。
天狗の忠告を聞かなかった者の末路が、何もない宙に向かって襲いかかろうとしている。
空に厚く重たい暗雲が広がり、雲はあっという間に空を覆い隠す。
京都上空から下界一帯に地響きのような轟音が鳴り響き、雲が光を放った。
雷雲――今にも落ちてきそうな黒い雲。自然の神秘と驚異が空を包みこんでいる。
その中心に、一つの渦が発生した。まるで空に沈んでいくような、深く濃い渦だ。
渦は中心から広がるように大きくなり、その大渦は見る者に不吉さを感じさせた。
雷雲が何本もの光を放ち、雷がいくつも地上に落ちる。
割れるような轟音が一際大きく響き、大気が震える。空にひび割れたような光が走り、そして眩い光が地上に落ちた。
渦の真下、地上は京都。そこに現れたのは、一体の獣だった。
その獣は全身に雷を纏い、光り輝いている。
黄金色に輝く毛並みは激しく逆立ち、獅子と虎を併せ持ったような姿をしている。
鋭く大きな爪と牙、しなやかで力強そうな躯は野生よりも神秘さを感じさせる。
雷獣(らいじゅう)――空に棲む、霊獣と呼ばれた妖怪である。
「グオオオオオオオオオァァァァァァァァァッ!!!」
咆哮は大地から空に響き渡り、呼応するかのように大きな雷が地上に落ちる。
周囲の大気が震え、眩い光に大地が照らされる。
自然を操る能力。それは妖怪の中でも特異とも言える。
自然の中でも最も強大なエネルギーである雷を操る妖怪。古より霊獣とも呼ばれる所以である。
空を見上げ、雷獣が再び咆哮する。聞く者を畏怖させる咆哮をあげると、雷獣は大地を蹴り、空を駆けるように飛んだ。
空中を羽でも生えているかのように翔るその速さはまるで雷の如く、あっという間に降り立った場所から
遥か遠くまで駆け去っていった。
「――ほおぅ、まさか雷獣まで現れるとはな……。あやつめ、とんでもないものを喚び起こしおったな」
雷獣が降り立った場所の上を、巨大な赤い反物が浮いている。
紫色の袈裟姿で反物に座る妖怪――隠神形部は雷獣が走り去った方角を眺めている。
「欲しいのぅ。あの力、野放しにしておくのは勿体無いわ。しかし……」
ふぅ〜、と溜め息を吐き、残念そうに首を振る。
「無理じゃな。下手に手を出そうとすれば消し炭にされかねんしの。勿体無い、実に勿体無いのぉ……」
うなだれながら、隠神形部は心底残念そうにそう言った。
戦ったら勝てるかという問題とは別だ。隠神形部にとって、無駄な争いは愚鈍のすることだ。
使えるか使えないか――隠神形部の他者に対する判断はこの一点のみと言っても過言ではない。
勝てるか勝てないかという考えではない。戦いに関しては、誰にも負けない自負がある。
それよりも、その勝負にメリットがあるかどうかだ。隠神形部は常に戦いに価値を求める。
戦いに損得があるなら、隠神形部はその損得を天秤に掛け、量りが傾いた方向で判断する。それは
つまり、戦い自体には価値が無く、それよりもその先の事に価値があるかで考えてるのだ。
雷獣は手に余る。例えるならば、いつ爆発するかわからない爆弾を懐に入れておくようなものだ。
「まあええわい、他に使えそうなやつはまだおるしの」
そう言って、含むような笑いを浮かべると、隠神形部が懐に手を潜り込ませる。
懐から取り出したのは一つの巻物。それを開いて延ばしていくと、様々な名前が書いてある。
名前は隙間がなく書かれていて、その中には隠神形部の名も書かれている。幾つか名前に×印が書かれている。
さらに延ばしていくと、新しく雷獣と名前が浮かんできた。
京都に現在集まっている妖怪――その名前が書かれている巻物。名前は六十を越えているが、×印
の数も増えつつある。その×印は、殺されて消えた名前に書かれている。最初に比べ、少しずつだが
×印が増えてきていた。
じっと見ていると、新たに二つの名前に×印が追加された。
『濡女』
『小豆磨ぎ』
「ほぅ、順調に進んでおるのう。この調子ならすぐにでも――なにっ!?」
隠神形部が空白の部分に浮かんできた名前を凝視する。その視線は驚愕に近いものだ。
「――まさか、あの方まで参加されるのか……!?」
隠神形部の手が僅かに震えている。その声には微かな畏れが混じっていた。
新しく浮かんだ名前を見て、ギリッと歯を食いしばる。その顔は先程とは打って変わって焦りが浮かんでいる。
「まさかこんな事態になるとは……。これは悠長にしていられんな。早く対策を考えねば……」
反物が上昇し、やがて見晴らしの良い高さまで上がると、反物は空を泳ぐように動き出した。
闇夜の空を隠神形部が見据える。その表情からは既に余裕が消えていた。
山ン本五郎左衛門――新しく浮かんだ名前。
別名、魔王。
砂利を踏む音が響く足音は一つ。暗い夜道に影が混ざる。
京都の夜は闇が深い。月は雲に隠れて淡い光すらない。それでもその足音は迷うことなく進む。
しっかりとした足音は闇を怖れぬ音。同じリズムを規則正しく刻み続けている。
どれほど進んだだろうか。足音が急に止まる。
「ウェイウェイウェイッ! なんなんだっつーの! 暗いって! ノーマイウェイだっつーの!」
夜の闇に叫び声がこだまする。その声は若い男の声で、どこか馬鹿っぽさを感じさせる。
「ブルシッ! ガッデムファッキン! マジどこだっつーのここわ! っつうかなんで歩いてんの俺!?」
ギャーギャーと喚きながら、男は地団太を踏んで、さらに横に立っていた地蔵の頭を蹴り飛ばした。
「ふぅうおああぁぁぁ!! ノーフューチャーすぎんぞコルァアアアァァァ!! あっ、でも今なら
大声で歌っても恥ずかしくない気がする!! これはもう歌うか!? 俺のお気に入りソング歌っちゃう!!?
やべーどーしようどーしよう。ってか誰かー!! 誰かいませんかー!! …………良し!!」
神が生んだバカの化身か悪魔が生んだアホか、男はガッツポーズをとると、大声で歌い出した。
「あいにーきづいてくだーさーい ぼくがーだきしめてあーげーるぅぅ!」
音程がズレてるのすら可愛らしいほどの音痴ぶりを発揮して、男が懐かしい曲を熱唱する。
腰に差した刀の柄をマイクに見立てて、鞘の部分をマイクスタンドにして男が歌う。
首の折れた地蔵に片足を乗せ、男はもうノリノリである。
「うまれーかーわるメロディー! ……ふううぅぅぅぅ〜〜。やっぱ俺サイコー! これもうメジャー
行けるね! 美声すぎる自分が恐ぇ! ジーニアス! 良し、ノッてきたし次は氷室京介の――」
京都の人気のない道で、男はジャイアンリサイタルを繰り返す。男の前には観客が見えるのだろう。
氷室京介の歌う真似をしながら男が熱唱する。背後に現れた気配に気付いていないのか、男は汗を
流しながら誰もいない方向を向いて歌っている。
「kissmeそのくちーびーる そのむねー にがさなぁい kissmeこどくなぁよぉるー いーまーすぐーけしてくぅれぇー!!」
「……どうする? しょうけら?」
「……どうするったって…なんかタイミング的になぁ……」
男の背後で、二体の妖怪が小声で相談している。男は未だにノリノリで気付いていない。
「(下手すぎるのになんか輝いてるよな。いっそ清々しささえ感じるわ……)」
「(こんなとこであそこまで夢中になって歌えないよな…。なんか格好良く思えてきた)」
「ひーとーつにーなれるのぅさぁ えぇいえんにーなれるのぉさぁー! ……センキュー!!」
誰もいない場所に向かって手を振る男を見て、二人は痛々しい目で男をそっと見守っている。
二人の目は可哀相な子を見る目になっているが、男は相変わらずマイワールド(自分の世界)に入っている。
「次はEXILE…いや、福山雅治で『桜坂』だな。EXILEはもうちょっとテンション上がってからだなー」
「(EXILE聞いてみたくない? なに歌うつもりだったんだろ?)」
「(それよりもまだテンション上がるらしいぞ。っていうかまだ歌う気らしいし…)」
ぼそぼそと小声で話しつつ、二人はそっと男の背中を見守っている。
男はゆっくりと足でリズムを取ると、静かに歌い出した。
明後日の方向に向かって歌う男と、後ろから見守る観客が二名。
一人ジャイアンリサイタルは小さなコンサートに変わり、男の歌声が夜の闇に響き渡った。
「センキュー! センキュー! ……いやーやっぱCHEMISTRYは高いなぁおい! んじゃあ次はちょっと
方向変えて嵐でも歌っちゃうかー!! やべーチョー気持ちィー!!」
爽やかな笑顔で男が一人で喋るのを、背後の観客二名はずっと眺めていた。
桜坂から都合4曲、次こそはEXILEだろうと待ち続け、何故かCHEMISTRYを聞く羽目になっていた。
最初は声をかけようか迷っていたが、なんとなくEXILEが聞きたいという理由で、ずっと男の歌を聴いていたのだ。
「(ねぇ、もう疲れたんだけど…)」
「(ああ、正直俺ももういいかなーと。それにアイツEXILE忘れてないか?)」
二人はしゃがみこんでボケーッと男を眺めている。頬杖をついて、なんでこんなことになってんだろうという顔だ。
「(ねぇ、しょうけら。この歌終わったらどうする? 話しかける?)」
「(……夜雀よ、お前があの男だとしてさ、これだけ熱唱してたのをずっと後ろで聞かれてたって
場合だったら、お前どうする?)」
「(……恥ずかしくて死にたくなるわね)」
「(だろ? だからさ、ここはそっと帰ろう)」
二人は頷きあうと、そっと立ち上がって――振り付けで後ろを向いた男と目があった。
「……」
「……」
「……」
沈黙が三人の間を支配する。さっきまで騒々しかった歌声が止み、そのせいか恐ろしく静かに感じる。
男は上体を捻らせ、首だけ後ろを向いている。夜雀としょうけらは、そんな男と向き合っていた。
痛いくらいの沈黙。男は頭の中が処理しきれていないのか、口を開いたまま硬直している。二人は
そんな男を見て、気まずさと申し訳なさで、つい目を逸らしてしまった。
二人が目を逸らしたのを見てか、男の顔に表情がもどる。
「え、えっと……い、いつから、そこに?」
正直に答えて良いものかどうか迷ったが、早いか遅いかに大して差はないだろうと二人は判断した。
「えぇっと……二曲目の最初辺りから、かな?」
ぽく、ぽく、ぽく、ちーん。そんな音が聞こえた気がした。
「ああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
男は顔を両手で抑えると、絶叫しながらバタバタと道の上を転がり回った。
「ご、ごめんなさい! なんか気持ちよさそうに歌ってたからつい」
「ついじゃねーよついじゃよおおぉぉぉッ!! うわあぁぁぁぁ死にてええぇぇぇぇ!!」
「だ、大丈夫だって! 福山の桜坂は上手かったから!」
じたばたもがいていた男がピタリッ、と止まった。
しょうけらが褒めたのが良しと判断したのか、夜雀も口を合わせる。
「そ、そうよ、すごく上手かったわ! その次のミスチルも良かったわよ!」
「……マジで?」
「マジマジ! だから黙って聞いてたんだって」
慌てて二人が褒める。途中歌詞を忘れたらしく鼻歌で誤魔化していたのは言わなかった。
男はしばらく黙っていると、すくっと立ち上がって、
「途中歌詞忘れてたけどな……」
と、ぼそりと呟いた。
「……」
「……」
「……」
痛々しい沈黙が、再び三人の間を流れた。
三人から離れた場所から、ひっそりと隠れている影が一つ。その影は木の上から気配を殺し、その場を静観している。
三人を見つめる視線は鋭く、鋭利な刃物のようだが殺意は感じられない。
影は静かに男の顔を見ている。
「――あれは大嶽丸じゃねぇか。それにあっちは夜雀にしょうけら。なんで生きてるんだ?」
大嶽丸(おおたけまる)――かつて京で暴れまわった鬼の姿を見つめたまま、影――朱の盆(しゅのぼん)
は静かに三人を眺めていた。
「相変わらず歌が下手だなぁ…」
投下終了です。なんか一斉に登場人物増えてきました
登場人物・参考文献・Wikipedia
鞍馬天狗
濡女
小豆磨ぎ
石ノ目(乙一)
雷獣
隠神形部
山ン本五郎左衛門(名前だけ)
大嶽丸
夜雀
しょうけら
朱の盆
当初の設定とは全てが大きく変わって登場。
・雷獣は鵺と出る予定だった
・大嶽丸は当初色物じゃなく格好良かった
・夜雀、しょうけらはもっとおどろおどろしいキャラだった
・朱の盆はまだ登場する予定じゃなかった
なんで大嶽丸がこんなキャラに……
次回は大嶽丸は放っておいて再び酒呑童子と女郎蜘蛛が登場です
…この二人とも当初の設定とは違うんだよなぁ…
投下乙ー
>>491 支援感謝です。あざーす!
あと酒呑童子と餓鬼の絵あざーす!まだ見れてないけど超嬉しいです!
なぜ特定されてしまったのかわからないんだがw
どういたしまして、毎度楽しみに読ませていただいてますです
マジで!?絵を書いてくれた人だったとは思わなんだですw
偶然かw
乙です!
シリアスとギャグのギャップがたまらんw
これからの展開に期待
そろそろ容量が気になってきたね
ウィキに載せたほうがいいんだが
あざっす!あざーっす!
(翻訳)ありがとうございます!自分が書いた物のキャラの絵を描いてもらってとても嬉しいです!
あざーす!あざーっす!
(翻訳)一言御礼申し上げたく書き込みをさせていただきました。ありがとうございます。
保守!
>>497 髪の濡れた感じとか質感出てていいです!
ちょっと胸大きめ!?
上手い絵描けてうらやましいです
文に絵に乙乙です
そろそろ次スレの話などしつつ、このスレは落とさないでしばらく残しておいたらどうでしょ
WIKIにまだ守って守護紅門しか載せられてないので
女二人は次スレに貼ってもらえんでしょうか
まだ半分も残ってるけど次スレか。容量はどれくらい残ってるんだろ?
今457
480越えて少しすると落ちるっぽい
そろそろやね
過疎っぽいがなんだかんだで500で次スレまで行くってのは凄いよな
そんだけ投下が多い証拠でもあるしこの板で3スレ目まで続くのは少ないだろ
もう少し書き手が増えればもっと活気づくんだろうな
そういえば「外へと続く道の怪談」の続きまだかな・・・・
>>505 俺も続き気になってた
もしかしたら作者妖怪に喰われてるかもしれんな。こう、モニュリと頭から丸ごと・・・
これでよければ依頼してきていいでしょうか
あ、参のじゃなくて参ノか
そこだけ直します
俺はいいと思う
うん、賛成
私は一向にかまわんッ!!
お願いしてきますた
立ててもらえんね…… 依頼スレ上げてこようか
全て他人任せの現代っ子なんでお任せします
っつうかスレ立てるやり方知ってれば自分で立てるんだけどね…
>>515 一般ブラウザなら「創作発表板」のトップから立てられるよ
専用ブラウザなら板を開いて、「新規スレッド投稿」とかそういうのがあるはず。
俺は最近別のスレを立てたので立てられないんだな……
>>514は結局上げてないようなので上げてきます
ご、ごめ おんそく
なんかアクセス悪いようで…
遅れてageてしまった俺カコワルイ
リロードしてなかっただけか…orz
それはそうと立ったとしてもこの後40kbを消費しないと移れないけど
>>517 いえいえ申し訳ない
リロード忘れが最近激しいもので
なんかレスがかぶってしまうねw
このスレの投下まだWIKIに全部載せられてないので
できたら残しといてほしいんですが
把握です
とりあえず後20KB近くは余裕があるので即落ちることはないと思います
>>520 乙です!
>>520 乙です!
新規の書き手さん、長めの投下は次スレでお願いしたい
岩手の海岸、ザンビアたちは潮風に髪を乱していた。
南方妖怪のアササボンサンたちが歌い踊る。
「ウッハウッハー! ウッハウッハー! ウッハウッハー! ハー!」
「ポー!」
妖怪アカマタは哀しげなため息をもらした。
彼ら南方妖怪は今、大麻の栽培・密輸で生計をたてている。
「麻薬中毒であいつらはずっとあの調子だ。
俺だけは大麻はやらないから、まともでいるが……」
だが、アカマタは長い間、悪夢の中にいる気がしていた。
「岩手には雪女郎たちの売春宿がある。地図と紹介状だ。そこから青森に行くといい。
じゃあな」
アカマタはザンビアに紙を差しだした。
「……ありがと」
ザンビアは複雑な表情で受け取ると、ドラキュラ三世、
ワイルドとともに目的地をめざした。
アカマタは西洋妖怪の背を見送り、売人のもとへと蛇の尾を動かした。
「今度の商売相手は芸能関係か。面倒なことにならなきゃいいが……」
未来を憂い、また鬼太郎と運動会で競った過去を思い、アカマタは首を振る。
「どうしてこんなことになっちまったんだろうなあ。鬼太郎……」
自嘲の笑みすら作れず、アカマタは曇った空を見上げるしかなかった。
526 :
絶滅:2009/08/30(日) 15:36:28 ID:GOxmghsq
動物園の隅にあるプレハブの展示場は流行らず、ねこ娘は退屈していた。
「どうしてこんなことになっちゃったのかしら」
剥製や骨格標本を見渡し、ねこ娘は小さくため息をつく。
ニホンオオカミ、ドードー鳥などと書かれたプレートが置かれている。
あるアイドルが先日、公園で裸になって逮捕され、大麻所持で再逮捕された。
つきあいのあったねこ娘はとばっちりで、動物園に設置された
絶滅動物記念館の担当に飛ばされてしまった。
おかげで獣臭さからは解放されたが、退屈で仕方がない。
ローマ法王来日にあわせた、動物愛護団体向けの施設だが、
いかにも間に合わせだった。
要するに、ねこ娘は左遷されたのだ。
昼前に、新しい剥製が搬入された。
ハンコを押し、業者を見送ると、ねこ娘は箱を開け緩衝材を取りのぞく。
「何の動物かしら……」
つぶやいてみたあと、剥製を見てねこ娘は気をうしないそうになった。
「そんな……うそよ……ああ……」
ねこ娘はその場に座り込んだ。プレートには、
『ニホンカワウソ』
とだけ書かれてあった。
「ああ……かわうそ!」
間違いなく、その剥製はかつての友、かわうそであった。
「どうして、どうしてこんなことに……」
ねこ娘の目から床に涙が落ちる。
「鬼太郎……どうしてこうなったの? あんた何してるの……?」
はじめのやつタイトルつけわすれちった
こんくらいの投下なら容量大丈夫だよね
今465kb
余裕余裕
いつも読んでます。
これまでも良かったけど、最近好きな作品が更にクロスして
どんどん展開が素敵になるのでここで私も久々の支援投下です。
が、最後まで書き終わらなかった……
***
次の作品にはほぼオリキャラが登場するので注意。
ラスボスと主人公をめぐり合わせる展開で
うまく原作を使えなかった……
一応、出展で無理矢理原作と紐付けてるけど9割9分オリ設定です。
***
だいぶブランクがあったのであらすじ
(一年以上経ってたのかよ!
まあ、他にいくつか短編は投下してたけど……orz)
吸血鬼の館で門番をしている妖怪
紅美鈴@東方project、主に紅魔郷や非想天則 は、
自分が現職に就く前の遠い昔に
人間の夏目レイコ@夏目友人帳 と主従の契約を結んでいた事を思い出し、
妖怪である事を偽ってレイコの孫、夏目貴志と接触する。
親しくなっていく二人だったが、
ある日、
貴志が東方project・夏目友人帳どちらの世界観にもそぐわない
正体不明の凶悪妖怪、キューコン女@不安の種 に襲われ、
命を奪われる寸前まで追い込まれてしまう。
主人を救うため、美鈴は貴志の目の前で妖怪の力を発揮し、
キューコン女を葬り去った。
だが、やはり二作品には存在しないような、
強い悪意の眼差しがその光景を捉えていたのだった……
530 :
創る名無しに見る名無し:2010/06/07(月) 00:16:46 ID:1h27udo2
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