1 :
イラストに騙された名無しさん:
"こ の ス レ を 覗 く も の 、 汝 、 一 切 の ネ タ バ レ を 覚 悟 せ よ"
(参加作品内でのネタバレを見ても泣いたり暴れたりしないこと)
※ルール、登場キャラクター等についての詳細はまとめサイトを参照してください。
――――【注意】――――
当企画「ラノベ・ロワイアル」は 40ほどの出版物を元にしていますが、この企画立案、
まとめサイト運営および活動自体はそれらの 出版物の作者や出版元が携わるものではなく、
それらの作品のファンが勝手に行っているものです。
この「ラノベ・ロワイアル」にそれらの作者の方々は関与されていません。
話の展開についてなど、そちらのほうに感想や要望を出さないで下さい。
テンプレは
>>1-10あたり。
3/4【Dクラッカーズ】 物部景× / 甲斐氷太 / 海野千絵 / 緋崎正介 (ベリアル)
2/2【Missing】 十叶詠子? / 空目恭一
3/3【されど罪人は竜と踊る】 ギギナ / ガユス / クエロ・ラディーン
0/1【アリソン】 ヴィルヘルム・シュルツ×
1/2【ウィザーズブレイン】 ヴァーミリオン・CD・ヘイズ / 天樹錬 ×
2/3【エンジェルハウリング】 フリウ・ハリスコー / ミズー・ビアンカ× / ウルペン
1/2【キーリ】 キーリ× / ハーヴェイ
1/4【キノの旅】 キノ / シズ× / キノの師匠 (若いころver)× / ティファナ×
4/4【ザ・サード】 火乃香 / パイフウ / しずく (F) / ブルーブレイカー (蒼い殺戮者)
1/5【スレイヤーズ】 リナ・インバース / アメリア・ウィル・テラス・セイルーン× / ズーマ× / ゼルガディス× / ゼロス×
3/5【チキチキ シリーズ】 袁鳳月 / 李麗芳× / 李淑芳 / 呉星秀 ×/ 趙緑麗
3/3【デュラララ!!】 セルティ・ストゥルルソン / 平和島静雄 / 折原臨也
0/2【バイトでウィザード】 一条京介× / 一条豊花×
3/4【バッカーノ!!】 クレア・スタンフィールド / シャーネ・ラフォレット× / アイザック・ディアン / ミリア・ハーヴェント
1/2【ヴぁんぷ】 ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵 / ヴォッド・スタルフ×
2/5【ブギーポップ】 宮下藤花 (ブギーポップ) / 霧間凪× / フォルテッシモ× / 九連内朱巳 / ユージン×
1/1【フォーチュンクエスト】 トレイトン・サブラァニア・ファンデュ (シロちゃん)
2/2【ブラッドジャケット】 アーヴィング・ナイトウォーカー / ハックルボーン神父
2/5【フルメタルパニック】 千鳥かなめ / 相良宗介 / ガウルン ×/ クルツ・ウェーバー× / テレサ・テスタロッサ×
3/5【マリア様がみてる】 福沢祐巳 / 小笠原祥子× / 藤堂志摩子 / 島津由乃× / 佐藤聖
0/1【ラグナロク】 ジェイス ×
0/1【リアルバウトハイスクール】 御剣涼子×
2/3【ロードス島戦記】 ディードリット× / アシュラム (黒衣の騎士) / ピロテース
1/1【陰陽ノ京】 慶滋保胤
4/5【終わりのクロニクル】 佐山御言 / 新庄運切× / 出雲覚 / 風見千里 / ×オドー
2/2【学校を出よう】 宮野秀策 / 光明寺茉衣子
1/2【機甲都市伯林】 ダウゲ・ベルガー / ×ヘラード・シュバイツァー
0/2【銀河英雄伝説】 ×ヤン・ウェンリー / ×オフレッサー
4/5【戯言 シリーズ】 いーちゃん× / 零崎人識 / 哀川潤 / 萩原子荻 / 匂宮出夢
2/5【涼宮ハルヒ シリーズ】 キョン× / 涼宮ハルヒ× / 長門有希 / 朝比奈みくる× / 古泉一樹
2/2【事件 シリーズ】 エドワース・シーズワークス・マークウィッスル (ED) / ヒースロゥ・クリストフ (風の騎士)
3/3【灼眼のシャナ】 シャナ / 坂井悠二 / マージョリー・ドー
1/1【十二国記】 高里要 (泰麒)
2/4【創竜伝】 小早川奈津子 / 鳥羽茉理× / 竜堂終 / 竜堂始×
1/4【卵王子カイルロッドの苦難】 カイルロッド× / イルダーナフ× / アリュセ / リリア×
1/1【撲殺天使ドクロちゃん】 ドクロちゃん
4/4【魔界都市ブルース】 秋せつら / メフィスト / 屍刑四郎 / 美姫
4/5【魔術師オーフェン】 オーフェン / ボルカノ・ボルカン / コミクロン / クリーオウ・エバーラスティン / マジク・リン×
2/2【楽園の魔女たち】 サラ・バーリン / ダナティア・アリール・アンクルージュ
全117名 残り73人
※×=死亡者
【基本ルール】
全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
勝者のみ元の世界に帰ることができる。
ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
ゲーム開始時、プレイヤーはスタート地点からテレポートさせられMAP上にバラバラに配置される。
プレイヤー全員が死亡した場合、ゲームオーバー(勝者なし)となる。
開催場所は異次元世界であり、どのような能力、魔法、道具等を使用しても外に逃れることは不可能である。
【スタート時の持ち物】
プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を支給される。
「多少の食料」「飲料水」「懐中電灯」「開催場所の地図」「鉛筆と紙」「方位磁石」「時計」
「デイパック」「名簿」「ランダムアイテム」以上の9品。
「食料」 → 複数個のパン(丸二日分程度)
「飲料水」 → 1リットルのペットボトル×2(真水)
「開催場所の地図」 → 白紙、禁止エリアを判別するための境界線と座標のみ記されている。
「鉛筆と紙」 → 普通の鉛筆と紙。
「方位磁石」 → 安っぽい普通のコンパス。東西南北がわかる。
「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
「デイパック」→他の荷物を運ぶための小さいリュック。
「名簿」→全ての参加キャラの名前がのっている。
「ランダムアイテム」 → 何かのアイテムが一つ入っている。内容はランダム。
※「ランダムアイテム」は作者が「エントリー作品中のアイテム」と「現実の日常品」の中から自由に選んでください。
必ずしもデイパックに入るサイズである必要はありません。
エルメス(キノの旅)やカーラのサークレット(ロードス島戦記)はこのアイテム扱いでOKです。
また、イベントのバランスを著しく崩してしまうようなトンデモアイテムはやめましょう。
【「呪いの刻印」と禁止エリアについて】
ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「呪いの刻印」を押されている。
刻印の呪いが発動すると、そのプレイヤーの魂はデリート(削除)され死ぬ。(例外はない)
開催者側はいつでも自由に呪いを発動させることができる。
この刻印はプレイヤーの生死を常に判断し、開催者側へプレイヤーの生死と現在位置のデータを送っている。
24時間死者が出ない場合は全員の呪いが発動し、全員が死ぬ。
「呪いの刻印」を外すことは専門的な知識がないと難しい。
下手に無理やり取り去ろうとすると呪いが自動的に発動し死ぬことになる。
プレイヤーには説明はされないが、実は盗聴機能があり音声は開催者側に筒抜けである。
開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると呪いが自動的に発動する。
禁止エリアは2時間ごとに1エリアづつ禁止エリアが増えていく。
【放送について】
放送は6時間ごとに行われる。放送は魔法により頭に直接伝達される。
放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去6時間に死んだキャラ名」「残りの人数」
「管理者(黒幕の場合も?)の気まぐれなお話」等となっています。
【能力の制限について】
超人的なプレイヤーは能力を制限される。 また、超技術の武器についても同様である。
※体術や技術、身体的な能力について:原作でどんなに強くても、現実のスペシャリストレベルまで能力を落とす。
※魔法や超能力等の超常的な能力と超技術の武器について:効果や破壊力を対個人兵器のレベルまで落とす。
不死身もしくはそれに類する能力について:不死身→致命傷を受けにくい、超回復→高い治癒能力
【本文】
名前欄:タイトル(?/?)※トリップ推奨。
本文:内容
本文の最後に・・・
【名前 死亡】※死亡したキャラが出た場合のみいれる。
【残り○○人】※必ずいれる。
【本文の後に】
【チーム名(メンバー/メンバー)】※個人の場合は書かない。
【座標/場所/時間(何日目・何時)】
【キャラクター名】
[状態]:キャラクターの肉体的、精神的状態を記入。
[装備]:キャラクターが装備している武器など、すぐに使える(使っている)ものを記入。
[道具]:キャラクターがバックパックなどにしまっている武器・アイテムなどを記入。
[思考]:キャラクターの目的と、現在具体的に行っていることを記入。
以下、人数分。
【例】
【SOS団(涼宮ハルヒ/キョン/長門有希)】
【B-4/学校校舎・職員室/2日目・16:20】
【涼宮ハルヒ】
[状態]:左足首を骨折/右ひじの擦過傷は今回で回復。
[装備]:なし/森の人(拳銃)はキョンへと移動。
[道具]:霊液(残り少し)/各種糸セット(未使用)
[思考]:SOS団を全員集める/現在は休憩中
1.書き手になる場合はまず、まとめサイトに目を通すこと。
2.書く前に過去ログ、MAPは確認しましょう。(矛盾のある作品はNG対象です)
3.知らないキャラクターを適当に書かない。(最低でもまとめサイトの詳細ぐらいは目を通してください)
4.イベントのバランスを極端に崩すような話を書くのはやめましょう。
5.話のレス数は10レス以内に留めるよう工夫してください。
6.投稿された作品は最大限尊重しましょう。(問題があれば議論スレへ報告)
7.キャラやネタがかぶることはよくあります。譲り合いの精神を忘れずに。
8.疑問、感想等は該当スレの方へ、本スレには書き込まないよう注意してください。
9.繰り返しますが、これはあくまでファン活動の一環です。作者や出版社に迷惑を掛けないで下さい。
10.ライトノベル板の文字数制限は【名前欄32文字、本文1024文字、ただし32行】です。
11.ライトノベル板の連投防止制限時間は20秒に1回です。
12.更に繰り返しますが、絶対にスレの外へ持ち出さないで下さい。鬱憤も不満も疑問も歓喜も慟哭も、全ては該当スレへ。
【投稿するときの注意】
投稿段階で被るのを防ぐため、投稿する前には必ず雑談・協議スレで
「>???(もっとも最近投下宣言をされた方)さんの後に投下します」
と宣言をして下さい。 いったんリロードし、誰かと被っていないか確認することも忘れずに。
その後、雑談・協議スレで宣言された順番で投稿していただきます。
前の人の投稿が全て終わったのを確認したうえで次の人は投稿を開始してください。
また、順番が回ってきてから15分たっても投稿が開始されない場合、その人は順番から外されます。
9 :
追記:2005/07/04(月) 23:52:50 ID:gTjsBhXa
【スレ立ての注意】
このスレッドは、一レス当たりの文字数が多いため、1000まで書き込むことができません。
512kを越えそうになったら、次スレを立ててください。
――――テンプレ終了。
始めまして、僕は井戸です。
何の因果かこんな殺劇遊戯場に配置されることになりました。
あまりの不遇に、僕はこの話が決まった瞬間思わず涙してしまいましたが、それも昔の話。
捨てる神あれば拾う神あり。今の僕は、イドとして、希望と幸福に満ちています。
なんといっても可憐な女の子の水浴び姿を拝むことが出来たのですから。
途中、相方と思しき金髪美青年が乱入してきましたが関係ありません。
お手つきであろうと、女性の禊の前ではその事実は無力。
ビバ、イド!
でも一応心の中で少女に手を合わせます。淑芳さんごめんなさい。
僕は想像の中で貴方の胸に手を伸ばしてしまうかもしれません。
と、僕が淑芳さんのイマジンな胸に手を添えようか、それともイドとしての尊厳を守って揉むか悩んでいると。
「ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜」
そんなどこか聞き覚えのあるようなメロディとともに、一人の少女が僕の前に現れました。
頭に天使のわっか、背中に昇り竜、そして手はに棘付きバット。
げげえぇ、
僕は思わず悲鳴を上げてしまいました。
このゲーム最大の要注意人物の一人、ドクロちゃんです。
ドクロちゃんはよろめきながらも、僕をその瞳にとらえました。
いえ、少し表現が足りません。そう、僕は一瞬で彼女の瞳に囚われてしまったのです。
脱水症状でしょうか。たしかに肌は罅割れ、唇もかさかさ。
しかしその桜色の丸い頬、高く整ったしかしどことなく幼さを感じさせる鼻梁、
そしてどこまでも深いディープブルーの瞳の奥底に、僕は果てしなく落ちてしまったのです。
もう前世からの宿命のように。
「やったー、井戸だよぅ」
この思いをよそに、歓声を上げて詰め寄ってきたドクロちゃんは、僕のつるべをぐいとつかみます。
いたい!
その手つきがあまりに乱暴だったので、僕は思わず悲鳴を上げてしまいました。
僕の中でスタートした人もここまで乱暴じゃなかったよ。
もちろんそうは言っても井戸の叫び。ドクロちゃんに聞こえる道理はありえません。
彼女はお構いなしに僕の血水を汲み上げ、んくんくと白魚のような喉を鳴します。
あぁあぁ、身体に悪いよ、ドクロちゃん。脱水のときは少しづつ飲まないと下痢ぴーしちゃうよ。
結局、彼女は手桶一杯の水を一息で飲み干してしまいました。
ぷはぁーと涼しげな吐息をついたときにはもう、その唇は鮮やかな真紅で肌は熟れた桃のような瑞々しさを取り戻しています。
ああ、ますます可愛い。
元気になったドクロちゃん。ご自慢の棘付きバットをぶんぶん振り回し、
ドカーン!!
近くにあったクヌギの松田君を薙ぎ倒しました。
え、ええぇぇぇ?!?!
あまりに突然の凶行に思わず口をあんぐりと開ける僕。
その間にもドクロちゃんはバットを振り回し、松田君を薪の山へと変えていきます。
ばこ、ぼく、どか、ばき、ぶん……ことん。
破壊的な音が止み、僕が自失から立ち直るときには、松田君はしっかり積み上げられた組み木と化していました。
惨い、いくらなんでも惨すぎる。
何の意図があって、何の非があって、松田君は、松田君は死ななければならなかったのか。
あまりのことに僕は不可能と知りながらも、ドクロちゃんを問いたださなければならなくなりました。
四秒ほどの躊躇、僕は意を決して、
さぁ、ドクロちゃん説明してよ! 何故こんなことをしたの?
叫びました。大きな声で。ドクロちゃんに聞こえない井戸の声で。
……今僕の心は虚しさで一杯です。
いじける僕のすぐ真横、ドクロちゃんはおがくずを集めて木時を擦り合わせ始めます。
どうやら火をおこしているようです。
やがてちりちりと煙が上がり、しばらくするとそれはもう立派な火種となって燃え上がります。
ここまでくれば僕にでもわかります。彼女はキャンプファイヤーの準備をしていたのです。
火種はドクロちゃんの手で、大量のおがくずとともに組み木の中にくべられます。
火はすぐに組み木に燃え移り、やがて松田君が立派なキャンプファイヤーになったことを僕は知りました。
おめでとう、松田君。
涙を流し拍手する僕。もう僕にはそうするしか出来ないのですから。
ぱち、ぱち、ぱち、ぱち。組み木の弾ける音が拍手と唱和します。ああ、生きているって何なんだろう。
と、ひとしきり悲しんだ僕はドクロちゃんがいなくなってることに気づきました。
きょろきょろと辺りを眺めてみると、いました。キャンプファイヤーの陰に隠れていたようです。
杖をつきながらも、せわしなく身体とその唇を動かしています。胸がぶよんぶよんと冗談のように跳ね回っています。
ごくり。生唾を飲み込んで、僕は彼女の様子を少し注視することにしました。
踊っているようです。歌っているようです。
ドクロちゃんはその蜂蜜のように甘いソプラノボイスを振りまいて、火の周りを回るように踊っています。
フォークダンスです。何故にフォークダンス?
少し耳をすませてみると、
マイム・マイム・マイム・マイム♪
あぁっ、解りました。なんとマイムマイムです。
ドクロちゃんは水を見つけた喜びを、昔ながらの味わい深い祈りで示していたのです。
さすが天使! もうわけが解りません。
エスカリボルクを杖にその身を支えながらも、必死に踊るドクロちゃん。
ダンスは最高潮に達し、ドクロちゃんの額やうなじからは玉の汗が吹き出します。
ツインテールが揺れるたびにそれらは宙に舞い上がり、お日様と炎の明かりに照らされ、
陽炎のなかで水晶のようにきらきらと輝くのでした。
手を広げ、ドクロちゃんは右足ホップ。チラリと覗く、汗と脂ののった太ももが眩しいです。
きっと彼女の脳内ではたくさんのお友達が輪を作っているのでしょう。僕の脳内では……いえ、何でもありません。
それよりもドクロちゃんです、今度は華麗に左足を伸ばし、
びたーん!
唐突にバランスを崩したドクロちゃんは、哀れ地面に倒れてしまいました。
さっきまでのあふれんばかりの生気はどこにいったのか、唇や肌は見るも無残に乾燥し、紫色に変色しています。
脱水症状です。当たり前です!
果たして彼女、大丈夫なのでしょうか? ほんとにこんなおつむで生き残れるのでしょうか!?
おぉっと、ドクロちゃん立ち上がりました。
よろよろと僕にもたれ掛かりながらも、つるべに手を伸ばします。
中学生にしては豊かな胸が、僕の端に乗っかって自重でお饅頭のようにつぶれます。
くぼんだ目を力なく開きその手を伸ばす様は、まさっしく逆説的な色気がむんむんです。
不健康なのに艶っぽい。かすかに漂う背徳の香り。
はっきり言って無駄にえろいです。
ここには桜君はいないんだよ! サービス過剰だよ、ドクロちゃん!
しかしその瞬間、
「んきゃぁぁぁぁぁぁ」
落ちました。ドクロちゃん落ちてしまいました。
お約束としか言いようがありません。あんな体勢でつるべに手を伸ばしたら落ちて当然。言い訳無用。
だめです、やっぱりだめです。彼女のおつむでは生き残ることは不可能に近いようです。
激しい水柱が上がり、辺りには一足早い小雨が降り注ぎます。
この高さです、ひょっとしたら足ぐらい折っていても不思議ではあしません。が、
「やったぁ、お水がたくさんだよぅ」
心配した僕を置き去りにする体の奥底から響く声。激しい水音。
なんとドクロちゃん喜んでます。水を勢いよく飲み干しながらその手の平で水と戯れ遊んでいます。
そのぽじてぃぶしんきんぐがとっても涙を誘います。
と、そこで僕の目は三度見開かれることになりました。
彼女の汗と僕の体液にまみれ、ブラウスが、ソックスが、ぐっしょりぬれてその肌に張り付いているのです!
しかもこの尋常じゃない濡れ方からすればショーツまでぬれてても疑問はありません。
また、透けて見える肌は熱で仄かに赤く、かすかに湯気が立ち上る様はまさしく扇情的の一言。
ドクロちゃんもそれに気が付いたのか、その端正な顔を困惑にゆがめます。
ああ、恥らう姿が余計に…… GJ!
「あれ、どうやって出たらいいのかな」
あらら、服のことを心配していたわけではないようですね。はやとちりはやとちり。
とは言ってもそれなりの高さがある僕、直径だってドクロちゃんの両手を伸ばしても足りません。
さっきまでその瞳に囚われていた僕がドクロちゃんを閉じ込めてしまっているのです。
そう、体内に!
喜び勇む僕の心が……
お約束としか言いようがありません。あんな体勢でつるべに手を伸ばしたら落ちて当然。言い訳無用。
だめです、やっぱりだめです。彼女のおつむでは生き残ることは不可能に近いようです。
激しい水柱が上がり、辺りには一足早い小雨が降り注ぎます。
この高さです、ひょっとしたら足ぐらい折っていても不思議ではあしません。が、
「やったぁ、お水がたくさんだよぅ」
心配した僕を置き去りにする体の奥底から響く声。激しい水音。
なんとドクロちゃん喜んでます。水を勢いよく飲み干しながらその手の平で水と戯れ遊んでいます。
そのぽじてぃぶしんきんぐがとっても涙を誘います。
と、そこで僕の目は三度見開かれることになりました。
彼女の汗と僕の体液にまみれ、ブラウスが、ソックスが、ぐっしょりぬれてその肌に張り付いているのです!
しかもこの尋常じゃない濡れ方からすればショーツまでぬれてても疑問はありません。
また、透けて見える肌は熱で仄かに赤く、かすかに湯気が立ち上る様はまさしく扇情的の一言。
ドクロちゃんもそれに気が付いたのか、その端正な顔を困惑にゆがめます。
ああ、恥らう姿が余計に…… GJ!
「あれ、どうやって出たらいいのかな」
あらら、服のことを心配していたわけではないようですね。はやとちりはやとちり。
とは言ってもそれなりの高さがある僕、直径だってドクロちゃんの両手を伸ばしても足りません。
さっきまでその瞳に囚われていた僕がドクロちゃんを閉じ込めてしまっているのです。
そう、体内に!
喜び勇む僕の心が……
「あれれ、なんかくらくらしてきらよ」
あの、なんかこのパターンは……
頭を抑え、ろれつが回らない口調、ふらふらとさまよう足元。
酸欠です。
……とても厭な予感に侵食されていきます。
ドクロちゃん、首を不意に不吉にふらりと揺らし、
「ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜」
へぶほぉっ
僕を体内から棘付きバットで殴打したのです。
内壁のレンガが獣にその爪で裂かれたように抉れます。隙間から土砂が流れ込んできます。
やめて! ドクロちゃん! 僕死んじゃうボブゥ!
それエスカリボルクじゃないでしょう! 君、今魔法使えないんだよ! 生き返らないんだよ!
そんな声にならない僕の悲鳴が彼女に届くはずもなく、バットの巨大な質量が僕の中で思う存分その威力を発揮します。
掠めた底がざっくり割れて、僕の血が、水が、命が流れ出していきます。
一撃を受けた壁の一角が崩れ小さな穴が出現、そこから空気が吹き出てきます。
これでドクロちゃんは助かるでしょう、しかし僕はもうここまでのようです。
徐々に失われていく僕の水。揺らめくドクロちゃんの絶対領域。
彼女のショーツと、その奥で透けてるであろうアレを見ることなく僕の視界は闇へと塗りつぶされたのでした。
【F−2/井戸の底/1日目・13:30】
【ドクロちゃん】
[状態]:脱水症状はとりあえず回復。左足腱は、杖を使えばなんとか歩けるまでに 回復。
右手はまだ使えません。
[装備]: 愚神礼賛(シームレスパイアス)
[道具]: 無し
[思考]: 出れないよう。
[備考]:F-2の井戸の一角が崩れました。穴はどこかに続いている可能性があります
F-2の井戸は枯れました。井戸の底で地下水がどこかに流れ込んでいます。
F-2の井戸のほとりでキャンプファイアーが煌煌と燃え、狼煙を作っています。
あの後、謎の集団に出会い、一通り涙をこぼした後、眠りについてしまったようだ。
おおよそ2時間ほど経ったらしく、目覚めたら周りの人たちは慰めるなり、笑わせようとしてくれるなりしてくれた。
外は雨に包まれてる。早めにこの人たちと会ってよかった、と思う
ここにいる人は、善良で少なくともまともな人のようだった──少なくともあたしより。
陽気──というベクトルを逸脱してるぐらい陽気な男の人がアイザック。
その恋人らしい、なんというかお似合いの女の人がミリア。
野菜を渡してくれた心配そうな若者が要。
そして最初に目に入った赤い女性が潤さん。
しゃべる犬が──ファルコンだのホワイトだのロシナンテだの皆が主張したのだがとりあえずチャッピーということにしておいた。
彼女らが自分らの目的とか(どうやら祐巳という女の子を捜すらしい)
これまでの事(よく分からなかったが潤さんの体に穴が開きまくったらしい)を話してくれた。
あたしの経緯とかを説明するように言われて、口ごもっていた。
人、殺しちゃったんだよね。
哀川潤は少しずつ話し出した少女の会話に耳を貸していた。
──実のところ、読心術で大体の経緯はわかる。
少女がこれまでろくな奴に会っていなかったこと。
戦闘の事。
殺したこと。
それでも話すのを止めなかった。強制もしなかったが。
言えなくなったらそこまでで良いと思った。
少女はそれでもこれまでの経緯を話した。話し終わったあとに彼女はフリウの頭の上に手を置いた。
「ふん。わかった。お前は強い。あたしが認めてやる。
別にお前は間違ったことはしていない。間違ってたらな、ここまで生きてるはずが無い。
間違ってないことに対して嘆くな。悔やむな。謝るな。忘れるな。納得するな。同情されると思うな。
全くお前は間違ってねぇし、あたしはそれに同情しない。分かったか?」
一瞬顔を上げ、まだ少し涙を浮かべた目でやや納得できないような表情を見せながらも──とりあえず頷いた。
「…うん」
「うわいいこと言うよグリーン!」
「アイザックもかっこいいけどグリーンもかっこいいよ!」
「そうデシ!」
「落ち着けピープルども。あたしが格好いいのは全人類が認めることだ。
それより今後の方針を立てよう──そういえば高里。お前の支給品は何なんだ?」
「はい、えっとよく分からないんですけど、何も入ってないんです」
バッグを渡されて中を見る。
確かに中には通常支給品と野菜以外──いや。
「これは……曲弦糸か?」
指先にほんの少しの違和感を感じ引っ張ってみる。
やはり糸だ。それも極限まで細く、恐ろしく頑丈だ。
「糸デシ?」
「ん。すっげー細いやつな。素手で触るなよ。指が切れるぞ」
あまりに細すぎて高里では視認できなかったのだろう。バッグに戻す。
一応使えないこともないが、地味な技なのであんまり使いたくは無かった。
まぁ役には立つだろうと考え、地図を広げる。
「それじゃあ野郎ども。今後の方針を説明する」
「はい親分!」
「あたし等の目的は全員で脱出だが、まず当面の目的は祐巳を探すことだ。
アイツは恐らく一人で行動しているはずだ。殺人者に襲われる前に保護しなければならない。
しかしちんたら探すのは時間が掛かるから他の参加者と接触し、情報を集める──はい高里君」
挙手した高里は意見を述べた。
「参加者と会っていくのは危ないんじゃないですか?すでに人が──その危ない人だっているだろうし」
「そうだなイエロー!爺さんファイターを倒した奴にも注意しないと!」
高里はフリウに遠慮したのかやんわりとした口調で言った。
哀川潤はにやりと皮肉に笑って答えた。
「簡単な見分け方を教えてやる。1人だったら要警戒、2人組みだったら要注意、3人以上だったら多分大丈夫だ。
交渉はあたしがやるからな。危険人物は張り倒していく。こんなふうにな」
バゴッ!
入り口のドアが吹き飛んだ。
のそっとした動きでエプロンドレスをつけたネズミだかなんだか分からないぬいぐるみが出てきた。
ボンタ君をつけた天使のなっちゃんだった。敵意がぬいぐるみの内側から染み出てくる。
「うし! たまにゃいい所見せねぇとな! かかってこい化け物!」
叫ぶと同時に座ってた鉄製のイスを投げつけ同時に駆け出す。
相手がイスを払ったのを見て体重のこもった蹴りを押し出すようにでかい頭にいれた。
ぬいぐるみはその格好からバランスが悪く、当然ボンタ君は仰向けに転倒した。
「ふも〜〜〜っふ!!!」
「こっちだ!」
彼女は階段を駆け上がりながら挑発する。足音から判別するとどうやらこっちを追ってきているようだ。それでいい。
けん制しつつ5階まで上がり、社長室ぽい部屋で待つ。
いきなりドアをぶち破りつつ登場したボンタ君はなにやら叫びつつ攻撃を仕掛けてくる。
「さて、そういや祐巳っつーえっちなナーズ服着た娘を知らねぇか?」
「ふも〜〜!!」
「やっぱ通じない──か」
力任せの突進。それを怪我していない左手を出して、接触すると同時に相手の懐に回転するように潜り込んだ。
掌底。左手から放ったそれは一般人だったら内臓破裂起こしそうな威力だったが、怪物には通用せず、痛痒すら感じさせなかった。それでも突進の勢いは止まったが。
「もふっ!」
アッパー気味の拳が来る。哀川潤は垂直に飛び、振り上げている拳─拳の面積が広いことが幸いしたが─に着地し、そのアッパーの勢いでボンタ君の背中に跳んだ。
さらに空中にいる間に蹴りが飛んでくるが、先ほどの掌底で剥ぎ取ったエプロンを衝撃吸収材にして、ぬいぐるみの足の裏を足場にさらに跳躍。
「ふぅも〜〜〜!」
着地した所にボンタ君の破壊の左手が振り下ろされる。が。
哀川潤は左手でそれを受け止め、力比べの体勢に入る。
「あたしに、ガチで勝てると思うなよ…!」
「ふ、ふもっ!?」
左手での力が拮抗する。一般人だったら縊り殺されそうな力だ。
しかも実は双方右手が使えない。よって左手のみで力と力が押し合う。
「もふっ!?」
ボンタ君が突然体勢を崩した。見ると足に銀色の糸が巻き付いている──フリウの念糸だ。
ふと目を入り口に向けると4人と1匹が上がってきている。そのフリウが攻撃を仕掛けたようだ。
「ぅらあっ!」
ぐいっと引っ張り込み、ボンタ君をつんのめらせる。同時に腰にホールドしていたアンチロックブレードを振り下ろした。
がきっ!
首の金具を外し、中の人を視認する。
「っはん」
小早川奈津子当人を目の前にして、人類最強哀川潤は、鼻で笑った。
「んな!!あな──」
五月蝿そうなので再びぬいぐるみの頭をはめた。その際、蓋を開けた件の生物兵器を叩き込んでやった。
「ふもぉ〜〜!!ふっも!ふもぉぉぉ!!」
怒ったのか慌てたのかよく分からない叫びを上げのた打ち回っている。
その隙に窓の傍まで移動した。そして告げる。
「かかってきやがれブッサイク」
ぶちん。
「ふぉぉぉもっふぅぅ!!」
完全にぶち切れたように凄まじい速さで接近してくる。
あと3歩。哀川潤は笑っている。
あと2歩。哀川潤は笑っている。
あと1歩。哀川潤はそのままの表情のまま小早川奈津子の視界から消えた。
ぬいぐるみの死角の足の間に滑り込んで、そのまま勢いをつけて巴投げのように蹴り飛ばした。
「ふもおおおぉぉぉぉぉ……」
それは窓をぶち破り5mほど飛翔し、落ちた。
おおよそ25mぐらいの高さを落下し、しかし最新の衝撃吸収システムでかなりのダメージが緩和された。
「ふ…ふっも! ふも!?」
今度は部屋においてあったでかい机が振ってきてボンタ君に直撃。さらに棚、トロフィー、イス、扉、冷蔵庫などが上に積み重なりまくった。
「……」
「死んだか…ふっ。お前は確かに強かった。だが間違った強さだったよ……」
適当な事を呟き、自分の部屋に上がってきて呆然としている仲間に告げた。
「野郎ども、ちっと早いけど移動するぜ。まずは商店街だ。野菜ばっかじゃ体力も持たねぇし──な」
…………ビルの手前に積み重なりまくった壊れた家具類。
その中で小早川奈津子は規則正しい息をして、気を失っていた──それだけだった。
【C-4/ビル5階社長室/15:40】
『人類最強で天使な世にも幸せバカップル国記』
【哀川潤(084)】
[状態]:怪我が治癒。創傷を塞いだ。太腿と右肩が治ってない。
[装備]:錠開け専用鉄具(アンチロックドブレード)
[道具]:支給品(パン4食分:水1000mm) てる子のエプロンドレス
[思考]:祐巳を助ける 子荻は殺す 殺人者も殺す こいつらは死んでも守る 他の参加者と接触 商店街に移動:肉類確保
[備考]:右肩が損傷してますからあまり殴れません。太腿の傷で長時間移動は多めに疲労がたまります。
(右肩は自然治癒不可、太腿は若干治癒)
体力のほぼ完全回復には残り8時間ほどの休憩と食料が必要です。 そこそこ体力回復しました。 ボンタ君は死んだと思ってます。
【フリウ・ハリスコー】
[状態]: 精神的ダメージやや緩和。右腕に火傷治癒。肋骨骨折処置済み。
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし 包帯
[道具]: 支給品(パン5食分:水1000mm)
[思考]: 哀川潤らをほぼ信用。元の世界に戻り、ミズーのことを彼女の仲間に伝える。
[備考]: 放送を哀川潤から聞きました
ベリアルが死亡したと思っています。ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。
【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】
[状態]:前足に浅い傷(処置済み)貧血 子犬形態
[装備]:黄色い帽子
[道具]:無し(デイパックは破棄)
[思考]:潤しゃん強いデシ!
[備考]:回復までは多くの水と食料と半日程度の休憩が必要です。
【アイザック(043)】
[状態]:超健康
[装備]:すごいぞ、超絶勇者剣!(火乃香のカタナ)
[道具]:支給品(パン5食分:水1500mm・お茶菓子)
[思考]:すごいぞグリーン!行動開始だ!
【ミリア(044)】
[状態]:超健康
[装備]:なんかかっこいいね、この拳銃 (森の人・すでに一発使用)
[道具]:支給品(パン5食分:水1500mm)
[思考]:そうだねアイザック!!
【高里要(097)】
[状態]:健康
[装備]:曲弦糸20m
[道具]:支給品(パン5食分:水1500mm・野菜)
[思考]:大丈夫かな…
[備考]:上半身肌着です
【小早川奈津子】
[状態]:全身打撲。右腕損傷(殴れる程度の回復には十分な栄養と約二日を要する) 気絶 生物兵器感染
[装備]:コキュートス / ボン太君量産型(やや煤けている)
[道具]:デイバッグ(パン12食分:水3000mm)
[思考]:………
[備考]: これから約1時間後にボンタ君スーツ表面装甲となっちゃんの服が分解されます
約12時間後までになっちゃんに接触した人物も服が分解されます(哀川さんは未感染)
12時間以内に最着用した服も綿100%製品以外は分解されます
感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します
※チーム方針:商店街に行き近くの民家で雨が上がるまで待機:貧血&体力回復のため肉類確保
エプロンドレス:なっちゃん→哀川さんへ
生物兵器使用
曲弦糸:目に見えないほど細くて人体をバラバラに出来るほど鋭い化学繊維や金属の糸
なっちゃんの起きるタイミングは次の書き手に任せます
閑静な住宅地にビルが一つ、建っていた。そのビルの屋上に二つの人影がある。
長槍を携えた少年と、スポーツバッグを持つ少女。
佐山と藤花だ。
佐山の視線の先、一つのものがある。
下腹、脇腹、肩、太股、そして頭の五箇所に弾痕を残す、少女の死体だ。
佐山はその亡骸をしばし観察し、
「私の知らぬ者……か」
手指を伸ばし、恐怖に見開かれた目を閉じさせた。自身も目を閉じ、名も知らぬ少女の冥福を祈る。
佐山の背後から覗き込むようにして藤花が少女の亡骸を見て、安堵の息を吐いた。彼女の知り合いではなかったのだろう。直後、彼女も両手を合わせて死者に祈る。
亡骸を前に、佐山は思考する。
この亡骸は風見のものではなかったが、しかしそれは彼女の生存の証明にはならない。
……考えるだけ無駄か。
いつ、どこで、だれが死ぬかも判らない。
ここはそういう場だ。
新庄・運切も、既に失われている。自分の知らぬ間に。
……新庄君。
想う言葉が軋みを生んだ。
く、と声を漏らし、左胸に手指を突きたて、しかし他の動きとしては出さずに、身を貫く軋みに耐える。
決して快いものではない狭心症の発作だが、
……新庄君が味わった痛みは、この程度のものではあるまい……!
痛みは無視できる。それ以上の覚悟によって。
その覚悟は既に決めている。佐山の姓は悪役を任ずる、と。
ふ、と笑みが漏れた。
佐山は後ろを振り返った。次の行動を取る為に、藤花に声をかける。
「――行こうか、藤花君、……?」
疑問が生まれた。
空が色を変えていた。業火に包まれたかのような朱空に。
携えていたG-Sp2の重みが感じられない。見れば、槍は消えていた。
そして背後、手を合わせて祈っていたはずの宮下・藤花の姿も消えていた。
その代わりに、一人の少女が立っている。
歳は、自分と同じくらいか。尊秋多学院の制服を着込み、髪は柔らかみをもった黒のロングヘア。右手の中指には、男物の指輪がある。
再度、軋みが来た。
だが佐山は痛みに構わず、眼前の少女と視線を合わせる。
すると、少女は表情を変えた。目を弓にした快い笑みに。
……新庄君。
胸中の呟きに応えるように、少女は一つの動作を行った。
抱擁をねだるように、両腕を開いたのだ。
「――――」
佐山は目を細め、胸に手指を突き立て、彼女に歩み寄り、
「――不愉快な物真似はやめたまえ」
腹に蹴りを入れた。
かは、と息をついて身を崩した“それ”を、佐山は再度蹴りつける。蹴り足に込める力は容赦のないものだ。
声と瞳に冷徹さを乗せ、佐山は言う。
「私以外の者が新庄君の姿形を真似て良いと思っているのかね? ――肖像権の侵害だよそれは」
「……新庄・運切は奪われた」
“それ”の姿が歪んだ。歪み、たわみ、広がり、縮み、既知であり、そして未知である姿を取る。
“それ”が言葉を放つ。指向性なく放たれる音は、どこから響いているのか判別不能だ。
「奪われたのなら……わたしが使っても問題はあるまい?」
胸の軋みを無理矢理に押さえ込み。
「――それで、私に何の用かね」
佐山は問いを発した。声音に込める意思は敵意に他ならない。
“それ”は答えない。
「わたしは御遣いだ。未来精霊アマワ。……これは御遣いの言葉だ、佐山・御言」
「問いかけに答えたまえ、未来精霊とやら」
隠せぬ苛立ちを怒気へと変え、佐山は声を放った。
「わたしが答えるのは、ひとつだけだ」
アマワは言った。傲然と断固を含む言葉を。
「出会った者に、たったひとつだけ質問を許す。それがわたしの決めた……わたしのルール。注意深く選べ。その問いかけで、わたしを理解せよ。別に先の問いを繰り返しても構わないが」
精霊の言葉が響く。朱の空を背景に、未知の存在が蹂躙を始める。
佐山は考える。これは何なのか、と。
突然に切り替わったとしか思えない世界。宮下藤花の消失。新庄・運切の偽者。
だが、と佐山は己に言い聞かせる。これは機会だ。
未来精霊アマワは、確実にこのゲームの何かを知っている。聞き出せれば、その情報は状況を打開する武器となる。
これは交渉だ。こちらは相手の事を全く知らない。だが、相手は質問をひとつだけ許可してきた。さしあたっては、そのひとつの質問だけがこちらのアドバンテージだ。
「――――」
佐山は思考する。この相手にとって、もっとも致命的な質問とはなにか。
「質問がなければ、この場はこれで終わりだ。――佐山・御言」
「これは質問ではなくただの雑談なのだが」
考えている間に、アマワの姿は変化していた。
影が不規則に伸びている。朱空の光源を無視して、ばらばらの方向にそれの影は伸びていた。
光が狂っている。佐山は目を閉じた。
「その質問を許された代償は、何なのだろうね」
「新庄・運切だ」
即答が返って来た。
「ならば――新庄君を奪ったのは、君なのだろうか」
「奪われたのは君だ、佐山・御言」
目を開けた。
視覚を嘲り、知覚すら許さない姿を取るアマワに視線を投げ、
「――彼女の似姿で、私に何をさせるつもりだ」
「それが……質問か?」
逡巡は刹那。
「そうだとも」
「ならば答えよう」
アマワは音を響かせ、また姿を変えた。新庄・運切の姿に。
新庄の顔で笑みを作り、新庄の身体で手を差し出して、新庄の口で声を出し、
「心の実在の証明を」
「――それをする代価は」
軋みが体を襲っていた。左の胸に手指を立て、しかし身は折らず、視線で新庄の姿を真似たアマワを射抜く。
アマワは答えた。あっさりと。
「新庄・運切を返そう」
佐山は無表情で、
「彼女は死んだよ。私の知らぬ間に、私の知らぬ所で、私の知らぬ者の手によって」
「ならば君は彼女の死を証明できない。それゆえに彼女は死んでいない。そうではないかな?」
「言葉遊びだ。ならば言おう。――この場には君と私しかいない」
言い放ち、佐山は目を閉じ両手で耳をふさいだ。魔女の言葉を思い出しながら、言う。
「“見えない”し“聞こえない”」
「なんの余興だ、それは」
耳をふさいでも聞こえる精霊の言葉に、佐山は目を閉じ耳をふさいだまま、ふむ、と頷き、
「――やはり詠子君のように上手くはいかないか。……いいかね? 今の私は何も見えないし何も聞こえない。ゆえに私は君を認識できず、君と私しかいない此処で君は存在しない」
「それは君の観測でしかない。わたしの観測を無視している」
「それこそ言葉遊びというものだよ」
佐山は目を開け、手を下に降ろした。
戻った視界の中央には、アマワがいる。新庄の姿で。
「――代価の話に戻ろうか。君は新庄君を返すと言った」
「欲しているのだろう、“これ”を。――佐山・御言」
精霊の発言に、佐山は一つの表情で返した。
苦笑だ。
「その不恰好な似姿を、かね? ――私には不要だよ。それは新庄君ではない」
佐山は言葉を続ける。アマワが何かを言う前に、畳み掛けるように。
「確かに君の言うように、新庄君が生きている、という可能性はある。だがね、私は聞いたのだよ。――彼女の死と、彼女の言葉を」
首を一つ振り、僅かに目を伏せ、
「今ならば判る。“吊られ男”君には感謝をせねばならないね」
「そんな不確かなものを信じるのか?」
「私にとっては君の方が不確かだ未来精霊アマワよ。――宜しい。交渉下手な君に交渉というものを教授してやろう。ひとつだけ許された質問の、代価として」
佐山は一歩を踏み出し、言った。
「然るべき行動には然るべき代価を」
一息。
「それが交渉だ」
二歩を踏み、腕を伸ばした。人差し指を新庄の姿をしたアマワの鼻先に突きつけ、
「去るがいい、私の知らぬ者よ。――私は君を必要しない。私は君を信用していない。私は君を交渉相手とはできない」
「既に契約は為されている……わたしを呼んだのも君自身だ、佐山・御言」
「知らぬ間に為された契約など無効だよ。――二度言うぞ、去るがいい」
佐山は腕を戻し、重心を変え、構えを作る。
その時だ。
ひとつの旋律が聞こえた。
佐山はそれを聞いた事がある。ニュルンベルグのマイスタージンガー。
聞こえてきた方向に視線をめぐらせると、給水塔の上に影があった。棒が立っているような、黒のシルエット。
佐山はそれを知っている。ゆえに飛び降りてきた彼に対し、
「――久方ぶり、というには早過ぎるかね?」
笑みで返した。
「そうだろうね」
佐山の笑みに対し、ブギーポップは左右非対称の笑みで応える。
表情を引き締めて視線を戻すと、アマワはまだ新庄の姿のまま、何をするでもなく立っていた。
ブギーポップの方を向けば、彼もまたアマワを見ている。
「君が出てきたという事は……あれは、――世界の敵か」
「そのようだ。何しろ僕は自動的なのでね」
左右非対称の笑みでブギーポップは答え、アマワを見た。静かに声を放つ。
「君という存在は、ただ吼えているだけだ。未来精霊アマワ。不確かなものを確かにしたいという欲求から生まれたんだろう、君は」
「わたしは御遣いだ。御遣いでしかない。望んでいるものがいるから、わたしは存在する」
「すべてのものが同じことを望んでいるわけじゃない。多くの欲求と共鳴して本来の望みから大きく歪んだ君は、もはや御遣いではない」
「それは推測でしかない、ブギーポップ。わたしがそうであると証明できていない」
「する必要はない。どうせ君は誰の声も聞いてないんだろう。自分の吼え声で、他の呼びかけを打ち消している。僕の言葉すら聞き留めていない」
「わたしは君に答えている。それが君の言葉を聞いているという証明になる」
「だが聞き留めてはいないね。未来精霊アマワ。ただの泡なら君の吼え声で消え去るのだろうが、あいにく僕は“不気味な泡”だ。自動的であるがゆえに君に共鳴することはない」
ブギーポップは笑わない。笑みも見せず、無機質な表情で詞を続ける。
「誰もが理解できぬうちに、確実に、貪欲に、根こそぎに、全てを奪っていく――」
「心とは侵せぬものだ。わたしは心を奪えない。ならばすべてを刈り取った後に残るものこそ、心ではないのか」
「――断言しよう。未来精霊アマワ」
一息。
「君は世界の敵だ」
アマワは言葉ではなく、動作で答えた。
新庄の姿が歪んだ。光学迷彩にも似た歪みだが、決定的に違う部位がある。だがその違いを言葉にする事はできない。それはあらゆる存在に対する冒涜だった。
「まずは……問いかけた」
「逃がさない」
ブギーポップが疾走した。武器はないが、知恵と勇気さえあればどんな世界の敵であろうとなんとかなる。皆、忘れていることだが。必要なのは戦うという意志だ。
一歩目からトップスピードに入った死神が、新庄の似姿をとるアマワに接敵し、手刀に構えた腕を振るおうとする。
しかし、それは無意味となった。
アマワの姿が消えたのだ。
手品のように存在を消し、しかし声だけを響かせ、
「証明せよ。心の実在を。出来なければ……」
佐山は言い終わるのを待たず、声高に言う。
「三度目で判らないのなら武力行使と行こう。――去るがいい、未来精霊アマワ。私は貴様を必要としない!」
その言葉を契機としたように、視界が切り替わった。
佐山は空を見上げる。火の色ではない、大気の蒼さを持った大空がそこにある。
手にはG-Sp2の重みがあり、感触がある。
そして背後には、
「どうか……したんですか? きょろきょろして」
「いや、……何でもない。今後の方針を考えていただけだ」
既にブギーポップではない宮下・藤花にそう答え、佐山は左腕を掲げた。
左手の中指に、女物の指輪がある。
……不等に結ばれた契約で、奪われたというのなら……
呟く。藤花には聞こえない程度の声で。しかし決意を乗せて。
「私は奪うぞ未来精霊アマワ。この場にいる全ての者達を。貴様が奪うよりも早く」
既にブギーポップではない宮下・藤花にそう答え、佐山は左腕を掲げた。
左手の中指に、女物の指輪がある。
……不等に結ばれた契約で、奪われたというのなら……
呟く。藤花には聞こえない程度の声で。しかし決意を乗せて。
「私は奪うぞ未来精霊アマワ。この場にいる全ての者達を。貴様が奪うよりも早く」
強く握る拳は過去に砕いた拳。幻痛を無視して、握りこんだ。
悪役として、この場にいる全ての者達を糾合し、団結させ、脱出する。
それが彼女を奪ったアマワに対する返答であり、彼女を奪った未来精霊に払わせる代価だ。
……既に失われた新庄君の、――彼女の言葉を無とせぬために。
喪失のことごとくを乗り越え、残された者達を纏め上げ、帰還させる。
何があろうと、たとえ己が還れぬことになろうと、確実に。
それが偽善になっても、偽悪になっても、
……折れぬ意志と恐れぬ力で、確実に遂行するとも!
握れぬ拳に力を込め、まだどこかに居るであろうものに宣言する。
「聞いているかね? 未来精霊アマワ。新庄君の似姿だけはくれてやろう。……だが」
佐山は脳裏に新庄の姿を思い浮かべ、軋む胸に手指を突き立て、覚悟の言葉を吐き出した。
「――他は私のものだ」
【C-6/小市街/1日目・13:00】
『悪役と泡・ふたたび』
【佐山御言】
[状態]:正常
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する。
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる
【宮下藤花】
[状態]:健康
[装備]:ブギーポップの衣装
[道具]:支給品一式
[思考]:佐山についていく
雨が降っている。
その量はすでに初めの倍以上になっており、一メートル先も満足に見られないほどだった。
そんな中、雑草を踏み分け二人の人間が歩いているのが見える。
一人はセーラー服を着た無表情の少女。もう一人は革ジャケットを着た長髪の少女。
長門有紀と匂宮出夢だ。
両者とも、降りしきる雨に全身ずぶぬれ。服は身体に、髪は額に、それぞれ張り付いている。
「おねーさん!!」
出夢がどなった。雨の音で、そうしても声がはっきり聞き取れない。
「やっぱり雨宿りしよーぜ! こうも降って来るとは思わなかった!」
出夢の声がちゃんと聴こえたのか、長門はこくりと頷く。
「んじゃ、そこにある倉庫に行こう。服も乾かさなくちゃな。おねーさん、下着が透けててかなりエロいぜ! ぎゃははははは!!」
出夢はあくまで陽気(というよりハイ)に、長門は無表情で、少し進路を変える。その倉庫とやらは雨で全く見えないが、二人にはしっかりと見えているようだ。
そこからさらに数メートル進むと、ようやく倉庫が見えてきた。古びた工場倉庫で、もう使っていないのか、その壁面はところどころ錆びている。
倉庫の鉄扉は開いていた、二人はそのまま何のためらいもなく倉庫に足を踏み入れる。
「うわ! なんだこりゃ?」
出夢が大げさに驚く。
無理もない。倉庫の中は見るも無残に荒れ果てており、そこら中にフレームの曲がったコンテナや、ぐしゃぐしゃに潰されたダンボールが散乱していたのだ。
出夢は入り口に長門を残すと、台風にあった後のような倉庫内を探索することにした。
出夢はしばらく、壊れた機材や崩れたダンボールの山、何かの足跡のように割れたコンクリートの床などを調べていたが、床のある一点を見て立ち止まる。
そこにあったものを出夢は指でつまんで拾うと、自分の目の前にかざす。鮮やかな紅色をするそれは、人間の髪の毛だった。
「紅い毛……こいつぁまさか死色の髪の毛か? もしそうだとしたらここに死色が居たってことだよなぁ……つーことはこれもあの死色の真紅の仕業か?
……ぎゃはははは!! マジでやばい所だったぜ! いくら僕が強いからって、おねーさんを庇いながらじゃ死ぬっつーの!」
出夢はひとしきり哄笑すると
「ったく、おにーさんじゃねぇが……戯言だよな」
そう言って、入り口へと引き返す。
「おねーさーん! とりあえず大丈夫だったぜ。ここで休もう。」
二人は倉庫内に散らばっているダンボールや木材を集め、火をおこすことにした。
木材をやぐらのように組み、ダンボールを火種にする。
ダンボールなどを漁っているときに三ダース程チャッカマンが入っていた箱を見つけたので、それで火をつけることにした。
出夢がダンボールに火をつけると、小さかった火はすぐに乾いた木材へと燃え移り、パチパチと音を立て始める。
それから二人は、さらに折れたパイプなどを使って簡易物干し台をこしらえ、びしょびしょになった服を脱いで焚き火の近くに干した。
下着姿になった二人は炎を挟んで向かい合うようにしてすわり、会話を交わし始めた。
「で、とりあえず坂井とその古泉って奴を探すってことで、いいんだな?」
「坂井悠二をさがす利点がわたしには無い。古泉一樹のみを探すべき」
「そう言うなよおねーさん。あんたらが分かれた経緯は聞いたが、坂井は僕が殺させねーよ」
「あなたもそう。わたしはあなたも殺してしまうかもしれない」
「あ? なにいってんだよ。さっきも言ったが僕は最強の次に強いんだ。おねーさんが殺し屋を殺すなんて百億年はえーよ」
「そう」
「そうだよ。そういや、その古泉ってやつはなんだい? おねーさんの恋人? ヒュゥ 妬けるねぇ」
「SOS団の団員。仲間」
「ふうん。仲間、ねぇ。ぎゃははは!! おねーさんはあんまり団体行動が得意そうにゃぁ、見えねーけどな」
出夢の言葉に、長門は沈黙し、顔を伏せる。
その鉄面皮が僅かに揺らいだように、出夢には見えた。
「そう。でも」
長門が、伏せていた顔を上げる。
それはいつもの彼女では、なかった。
「彼らはわたしを仲間として扱った。彼はわたしを対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスだと知っても、仲間として扱った」
それは彼女にとって初めて、じぶんの感情を表に出す行為だったのかもしれない。
「わたしはそんな彼を、彼らを、ただの観察対象とは思えなくなった。僅かなノイズが生まれた」
長門有希は、無表情のまま、泣いていた。
顔面の筋肉が常に硬直しているのではないかと思われるようなあの彫像のような顔の上を、熱い涙が流れていく。
「しかし彼らはいなくなった。僅かだったノイズはわたしを蝕むようになった。そのノイズは徐々にわたしを支配している。これもその、ノイズ」
それを見る出夢は笑っていた。
口の端を片方だけ軽く持ち上げ、白い歯を僅かに覗かせて、少しだけほっとしたように。
「なぁんだ。おねーさん、泣けるじゃんか。仲間が死んでも泣かないような、妹が死んでも泣かないような、僕みたいな奴かと思った」
出夢はその笑みを濃くする。
「でも泣けるなら僕は負けねーよ。その弱さが僕にはないから……その分、僕の勝ちだ」
長門は泣いていて、出夢は笑っていて、外は雨がふっていて。
「雨が止んだら探しに行こう。古泉と、坂井を。僕がこんなことを言うのはちゃんちゃらおかしいが、今じゃ坂井だって、おねーさんだって、仲間だ」
長門が僅かに首を傾け、うなずいた。
【E-4/倉庫内/1日目・14:40】
『生き残りコンビ』
【匂宮出夢】
[状態]:平常
[装備]:なし
[道具]:デイバック一式。
[思考]:生き残る。あまり殺したくは無い。長門と共に悠二・古泉を探す。
【長門有希】
[状態]:平常/僅かに感情らしきモノが芽生える
[装備]:ライター
[道具]:デイバック一式
[思考]:現状の把握/情報収集/古泉と接触して情報交換/ハルヒ・キョン・みくるを殺した者への復讐?
「あーあ、凪も欠陥製品も死んじまったし、どうすっかなぁ」
その声は、頭上を覆いつくす木々に雨粒が当たる、打楽器にも似た音でかき消される。
「それに三塚井は何処に行っちまったんだ? 死体も見あたらねーし」
声を発するのはいわずと知れた殺人鬼、零崎人識である。
「しっかし、まさか凪が殺られるとはな、もったいねぇ。……ま、これで自由に人が殺せるってもんだが」
彼がそう言いつつ歩を進めていると、唐突に視界が開けた。森を抜けたのだ。
その先に続くのは長く続く街道。道。
「道、ねぇ。そういやどっかの虫は道がどうとか言ってたな」
零崎はそう言って、凪の死体を確認したときに持ってきた、落書きの描かれた地図を広げる。
「んー、この道に沿って行きゃぁ港に出るな。おっと、途中で道が禁止エリアになってるみてぇだ。チッ、めんどくせぇ」
それから零崎は数分間、あーでもない、こーでもないと一人呟きながら地図を見続け、やっと結論に達したのか「よし」と言って歩き始めた。
「雨に濡れるのは嫌だが、途中まで道を行って適当なところで北上しよう。島の東側は言ったことがねぇから興味がある。
それに北東の湖には地下への入り口があるみたいだしな。それにしてもどうやって湖から地下に入るんだ?」
そう言う足取りは軽く、そのうち口笛まで吹きだした。
街道は意外と整備されていて歩きやすい。そこを零崎は水溜りを避けながら進む。
「とりあえず欠落と凪の荷物は食料だけ持ってきたが、パンだけってのも飽きるよな。『人はパンのみに生きるにあらず』って、これは意味が違うか」
そんな軽口も叩いている。
それから数分進み、北側に森が見えてきたところで立ち止まった。
「えーと、確かこっから道を外れて森を抜けると、向こう側の道にでられるんだよな。かはは、道を外れるなんて、俺かっつーの」
そう言って零崎は道をはずれ、森へと向かって平原を横切る。
「んー、こうやって歩いてるだけってのもつまんねーな、人も見あたらねーし」
零崎の足取りは早い。よっぽど退屈しのぎに何かを見つけたいのだろう、まわりをきょろきょろ見回している。
零崎の期待を裏切り、特に何かを見つけることなく森までたどり着く。
「何も起きないことはいいことだ、ってのは欠陥製品の言葉だが。しかし何も起きなさ過ぎるってのはつまんねーよな」
零崎はがっくりと肩を落としてまた歩き出す。零崎から滴る水は彼の通った痕跡をしっかりと残しているが、彼に気にした様子はない。
つまんねー つまんねー と連呼しながら歩く殺人鬼。シュールな光景だ。
さらに歩き続ける零崎は、数時間前に宮野たちと出合ったところを通り過ぎて森を抜ける。その先にあるのは一本の街道と、
「教会だな」
零崎は興味津々といった体で教会の前まで歩いていく
「それにしてもちっせー教会だな。教会っつーと無駄にでかいイメージがあるから意外っちゃー意外だぜ」
零崎はしばらく教会を眺めていたが、
「うーん、退屈だが別に宗教にゃ興味ねーし、やっぱりこのまま港に向かうとするか」
と言って、道沿いに歩き始めた。
さらに道沿いに進むとマンションが見えてきたが、そんなありふれたものには興味がないのか、それは素通りした。
零崎が歩いている内に雨がさらに激しくなったが、零崎はそれでも歩き続ける。
そのかいあってか、雨で悪くなった視界の先に港が見えてきた。
「やっと着いたぜ。だがこれじゃぁ見て回るもクソもねぇ、どっかで雨宿りでもするか」
零崎は呟くと、どこかに雨風のしのげそうな建物は無いかと探す。幸い港町には幾つも建物があり、民家のほかにも倉庫や雑貨屋などもある。
彼はその中に診療所を見つけた。ちょうどいい、この殺し合いの場で怪我をすることもあるかもしれない。薬や包帯を持っていて損は無いはずだ。
殺人鬼はそのような思考から診療所へと向かう。
(っ! 誰かの気配がこっちに向かってきている!)
港に着いたはいいがすぐに雨が降り出したため、診療所で雨宿りをしていた坂井悠二は、そこで見つけたカップ麺にお湯を注ぐ行為を中断して、台所の電気を消す。
(相手が殺し合いに乗っているとも限らない。ここは隠れよう)
悠二が冷蔵庫の影に隠れると、すぐに玄関の扉が開く音がした。
この診療所は二階が居住スペースになっていて、現在悠二がいるのは二階の台所だ。侵入者の気配は一階の診察室に感じられる。
気配がそこから動かないため、悠二はゆっくりと影から出て立ち上がると、物音を立てないように階下を覗き見た。
この階段は待合室に通じており、そこから壁一つ隔てた向こうに診察室がある。
診察室に居る誰かが雨に濡れたまま入ってきた所為だろう。足跡と点々と滴った水が診察室へと生々しい痕跡を残している。
診察室からは戸棚を漁る音がしている。
(何かを探しているのだろうか? 診療所で探すものといったら傷を癒すためのものだろう。だとしたら下に居る誰かは怪我をしているのかもしれない。
それなら下に行って助けてあげるべきだろうか? いや、怪我をしているということは誰かと戦った証拠。
もしかしたら一方的に襲われただけかもしれないけど殺し合いに乗った人かもしれない。用心に越したことはない。彼が診察室にいるうちに逃げよう)
悠二は意を決して大きく息を吸い込み、狙撃銃を構えるとゆっくり階段を一段降りた。
キィ、と僅かに階段が軋みをあげる。それだけで心臓が飛び上がるほど驚いた。しかし診察室では相変わらずガサガサと音がする。
相手が気付いた様子はない。悠二はほっ、と息をつくと、気を引き締めて二段目を降りる。今度は軋まない。
三段目。軋まない。
四段目。ギギ。軋んだ。ビクリと身体を震わす。反応はない。
五段目。軋まない。
六段目。軋まない。
七段目。軋まない。少しほっとして気を抜く。
八段目。ぎぃ。軋んだ。体中に緊張が走る。今度は気を緩めないように、慎重に。
九段目。軋まない。しかし心臓をつかまれたような気分になる。診察室の気配が動いた。早く降りよう。
十段目。軋まない。気配が扉に向かっている。あと三段。もう跳び越して走ってしまえ。
跳んだ。一階に到達。着地したときに大きい音がした。着地で崩れた身体を立て直そうとした。
扉が開いた。
「あ? 誰だおまえ?」
「ッ!!」
悠二は反射的に狙撃銃を、扉を開けた人物へと向ける。
しかし、完全に銃口向けたときには彼の姿はない。
(!?)
同時に右側から気配がした。しかしそれは殺気ではない。それでも悠二は反射的に身体をひねってその気配を避ける。
前髪をかすって眼前を通り過ぎていくのは鋏。
いや、鋏と同じ用途で使うものには到底見えないが、表現するならば鋏と言った方が一番解りやすいだろう。
ともかくそれが、『人を殺すためのモノ』であろうことは簡単に推測できた。
悠二はかろうじて『それ』を避けたものの、バランスを崩してしりもちをついてしまう。
(お尻が痛い)
悠二はそう思ったが、すぐにそんなことを考えている場合ではないことを思い出す。
「くっ!!」
悠二は慌てて狙撃銃を相手へと向けようとする。とてもかなう相手とは思えなかったが、むざむざ殺されるのは嫌だった。
(僕が死んだら、シャナはどう思うだろう。いや、そんなことを想像したらだめだ。僕は絶対にシャナとここから脱出するんだ!!)
悠二は覚悟を決め、引き金にかけた指に力を入れようとする。が、
「お、誰かと思ったら匂宮の『人喰い』と一緒にいた奴じゃねぇか」
その声に「え?」と間抜けな声を出して相手を良く見る。
耳に携帯電話用と思われるストラップを付け、顔面を覆うように禍々しい刺青を入れた小柄な男。自分が警戒し、逃げてきた男だった。
しまった! マズイ奴と再開してしまった。あの時血のついた包丁を見て逃げ出したけど、今も問答無用に襲い掛かってきた。
それになんだろ、この雰囲気。この人からは何か危ない気配が漂っている。やっぱりこの人は危ない!!
「う、うぅ……」
悠二は狙撃銃を構えたままかたまってしまった。引き金を引こうにも恐怖で手が動かない。悲鳴もでない。情けないうめき声が漏れるだけだ。
さっきの覚悟は何処に行ったのか、今、悠二は恐怖していた。
「そんなに怯えんな。さ、立てよ。手を貸してやるから」
そう言って、刺青の男は手を差し出してくる。
「ひッ!」
しかし悠二はその手を避けるように身体を下げる。
「はぁ……そこまで恐がられると結構傷つくんだぜ。そら、とって食ったりはしないからよ」
刺青の男はにっこりと笑ってもう一度手を差し出してきた。
しかし悠二は怯えたままだ。
男はそれを見てあからさまにがっくりと肩を落とす。
「えらい嫌われちまってるな。しょうがねぇ」
男は背からデイパックをおろすと中をゴソゴソと探り、一本のボトルを取り出した。
「ほら、水だぜ。ちょっと前に汲んだばっかりだ。これ飲んで落ち着けよ」
男がボトルを悠二に差し出す。
(……もしかしたら、この人は実はいい人なのかもしれない。さっきの包丁も襲ってきた相手を撃退したときに付いたいたものかもしれないし、
今だって彼の一撃からは殺しが感じ取れなかった。もしかすると相手を警戒しての威嚇のようなものだったのかも。全部僕の早とちりが招いたものかもしれない)
しばらくそのボトルと男の顔を交互に見ていた悠二だったが、
「あ、ありがとうございます」
と言って、男からボトルを受け取り、銃を置いてキャップをあける。
「いやいや、どってことねぇよ」
そう言う男は少し照れているようにも見える。
(やっぱりこの人はいい人だったんだ。それならさっきのことを謝らなくちゃ)
そう思って、悠二はボトルに口をつけようとする。しかし、
(あれ? 腕が動かない。さっき転んだときにおかしくなったのか? でもボトルを受け取ったときはなんとも――)
そこで、なにか温かいものと冷たいものが自分の足をぬらしていることに気付き自分の足を見る。
「っ!! う、うわぁぁぁぁああぁっぁああ!!」
温かいものは自分の血で、冷たいものは自分の肩から切り離された腕が握ったボトルから流れ出てくる水だった。
動かないのではなかった。腕がなかったのだ。
「あっ! あぁぁぁぁああぁぁ!!」
悠二は絶叫しながら狙撃銃を拾い、男に向け、引き金を絞った。
轟音。
鼓膜が破れるかと思うほどの轟音。
放たれた弾丸は直前まで男がいた空間を通り過ぎ、天井に穴を穿つ。
悠二は、後ろに気配を感じた。
しかしその気配はシュッ、と言う音と共に、前へ後ろへ右へ左へ下へ上へ…………
(下?上?)
疑問と共に悠二は、自分の視界がぐるぐると回っていることに気付く。
(え?)
そのぐるぐるは唐突に止まり、ドスン、と、殴られたような衝撃が来た。そして、首に激痛。
「 !!!」
その焼けるような痛みに悠二は絶叫するが、声が出ない。
目の焦点が定まらない。
(いったい、何が!?)
目の焦点が結ばれる。そこにはこちらへと倒れこんでくる首のないからだ。自分の、体。からだ。身体。カラダ。殻だ。
自分の首が切られていることに、悠二はようやく気付いた。
「わりぃ、殺しちまった。でもお前が銃なんかを向けるからいけないんだぜ? 凶器を人に向けんなって、習わなかったか?」
刺青の男が笑っている。嗤っている。哂っている。わらっている。ワラッテイル。わらって……
(あぁ、シャナ……)
悠二は最期に、そんなことを思い。
(長門……さん)
その意識は闇に消えた。
【095 坂井悠二 死亡】
【残り72人 】
《C-8/港町の診療所/一日目・16:30》
【零崎人識】
[状態]:平常
[装備]:出刃包丁/自殺志願
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル三本、コンパス、パン三人分)包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:みんな死んじまったし、これからどうするかねぇ
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。
雨が止んだら港を見てまわってから湖の地下通路を見に行きます。
「……確かに私は“策師”です」
沈黙を破ったのは当人だった。
相変わらず感情のこもらない声の主に、緋崎と折原、そして俺は視線を向けた。
「策師という言葉の意味をそのままをとってもらってもかまわないでしょう。ですが、私はそれだけです。
私は策師。策師以外の何者にもなれなかった策師。策を弄するための駒に、自分自身がなってしまったここでは無力です。
だからこそ、自らと同じ駒──もとい、協力者を求めているのです」
そう言って萩原は溜め息をついた。あの騒がしい少女の言っていたことをほぼ肯定した形になる。
「信用できへんな。自称殺し屋にあそこまで言わせる奴が、ペテン師としてしか名を馳せていないのはおかしいやろ。
それこそ狙撃が得意とか、そういうオチやないんか?」
その可能性は十分にあり得る。俺やミズーを撃った奴が、やはり彼女だったという可能性も再度浮上してくる。
殺傷能力を持っているのにも関わらず俺達に接触を仕掛けた理由としては、人捜しが考えられる。
確かにスコープを利用すれば広範囲を調査でき、動き回ってすれ違うよりは確実といえる。
だが、この今にも悪くなりそうな天候を考慮すれば別だ。雨が降れば室内に入ったり物陰に隠れる参加者が多くなり、固定位置からの探索では見逃してしまう事が多い。
また、一度狙撃し負傷させ、行動が取りづらくなったところを接触して情報を得るというやり方も考えられる。
あるいは自分の能力を知っていて、なおかつ敵対している人物の対策のため。
仲間を作り信頼を得ておき、そいつが絶対的な敵だと根回ししておくのだ。“策師”ならばやりかねない。
「確かに狙撃は可能ですが、本職と比べればどうでもいいレベルです。
私の方がライフルを持っているのも、未経験の折原さんよりは扱えるという相対的な理由ですから。
哀川潤と並び称されるような戦闘技術を持ち合わせていたら、同盟など組まずに一人でゲームに乗っています」
確かに見たところ、平均的な十代の女性程度の筋肉しかついていないようだ。
だが、ミズーの念糸のような特殊技術を持っていても不思議はない。油断は禁物だ。
「最初に化け物クラスの奴と鉢合わせして痛い目をみたから潜伏中、ってのも考えられるで。
化けもんが化けもん同士で殺し合った後で漁夫の利を狙う。あるいはその化けもんを手なずける。こう考えると“策師”っぽくないか?」
「何とでも言えますね。少なくとも、ゲームに乗る意志がないことはわかってほしいのですが」
結局は水掛け論だ。
身内すらも完全には信じがたいこの極限状態の中、赤の他人に信頼を抱くことには、新庄のような根っからのお人好し以外には抵抗がある。
彼女に十分なライフルの腕前が存在するという証明は実際に撃てば容易にできるが、存在しないという証明は不可能だ。
ゲームに乗っているか否かという意志に対しても同じ事が言える。
こういう腹の探り合いの場では、根拠の薄い推論ばかりを並べて相手に疑いをぶつけても何も始まらない。
だがやはり、多すぎる状況証拠から彼女は疑わざるを得ない。あの匂宮という少女の言い分を鵜呑みにするわけではないが、ミズーの弾丸の件もある。
緋崎と一瞬目配せをし、結論を出した。
「やっぱ信用できんわ。同盟は破棄や。……ここから出ていくならそれでええ。お互い不干渉にしようやないか」
彼らを野放しにしておくのは危険だが、これ以上怪我を負うのはまずい。
威嚇のため緋崎が剣を構え、俺もリボルバーの銃口を萩原に向ける。
弾は相変わらずない。だがこの距離ならば、ライフルを担ぎ、構え、引き金を引くよりも緋崎が剣で彼女を斬りつける方が早い。
萩原はしばし俺と緋崎の方を見つめた後、折原に目を向けた。自然と俺達も、今まで黙っていたそいつを見る。
三人の視線を集めた折原は、萩原に苦笑してみせた。“しょうがないね”とでも言いたげに。
「わかったよ。にしても、今にも雨が降り出しそうな時に女の子を外に追い出すなんてひどいねー。……あー、はいはい、今行きますって」
緋崎が鋭い視線で睨みつけ、折原は壊されたドアの方へと歩き始めた。萩原もそれに続く。
銃を警戒しながらこの場を立ち去ろうとする二人に、しかし俺は声を掛けた。
「ちょっと待ってくれ」
「なに?」
「支給品は置いていってくれないか? やはりこうなれば信用できないからな。ハズレ品なら別にいいだろう。
ああ、それとも、やっぱりそのジャケットのポケットの中身は“アタリ”なのか?」
「…………よく気づいたね?」
折原の表情が一瞬固まり、それが氷解するように口元が歪んた。
ジャケットもライターも、どこかの建物内で入手した日用品の場合や没収されなかった私物の可能性があった。この点からもやはり信頼できなかった。
だがもし本当に支給品だった場合を考え、何か特殊な効果があるかもしれないと知覚眼鏡で探っていたのだが……ある意味両方の推論が当たっていた。
知覚眼鏡は、折原のジャケットの胸ポケットから一定の間隔で電波が受信されていることを知らせていた。
携帯端末のような連絡機、位置情報を送る発信器、あるいは何か特殊な情報を送受信できるものだろうか。
どんなものにしろ、おそらくこれが本当の折原の支給品だ。
「嘘をついたのは出来る限り手札を隠しておくため、ってのは理解してほしいな。
別に危険な物じゃないし……って言っても、説明書がなかったから使い道が分からないんだけどね」
案外あっさりと認めて、折原はデイパックからライターを取り出し、続いてジャケットを脱いでいった。
危険な物ではない、というのも勿論信用できない。たとえ見た目で判断ができなくとも、俺が知らない未知の武器である可能性がある。
「外見だけは携帯っぽいんだけど、ちょっと違うんだよね。これ、何かわかる?」
こちらに目線を向けながら、折原は脱いだジャケットのポケットに手を突っ込み、薄く黒い板を取り出
「──!」
される前に、奴の左手にあったライターが、銃を持つ俺の左腕に向かって投擲されていた。
素直に身を引いてここから出る気が彼にも、そして子荻自身にもないことはわかっていた。
疑念を持たれたままの二人を野放しにしておくことは、無駄に敵を増やす可能性に繋がる。こちらの手の内を知っている人物は障害にしかならない。
既に哀川潤という最悪の敵に狙われている状態でこのような心配事を増やすのは得策ではない。なるべく味方を作っておくべきだ。
今にも雨が降りそうな空も懸念の対象だった。もし降り出せば視界が悪くなり、体温も奪われてしまう。
近くに拠点にできそうな商店街と学校があるが、どちらも先程出ていった出夢と鉢合わせする可能性がある。
人捜しをしているのならば人が多く集まりそうな場所を選ぶだろう。彼と正面から張り合うのは不可能に近い。
公民館を出てすぐにスコープで彼を捜し、狙撃を試みるのも無理だ。銃声が目の前の二人の耳に入れば身を引いた意味がない。
なにより問題なのはこの二人自体だ。
臨也も興味を示していた、ガユスという男の方が持つ二つの重そうなデイパック。リボルバー。二振りの長剣。
二人とも怪我を負いかなり疲労もしているようだが、戦力が十分にある。
そして出夢に言われ意識して初めて気がついたが、確かにかすかな血の臭いが漂っていた。二人の怪我からではなく、この奥の部屋から。
ここで争いが起きた可能性がある。そのための疲労だろうか。奥の部屋で怪我人を匿っているのか、あるいは死体を隠してあるのか。
それにずっと黙っていた眼鏡の方はともかく、飄々とした態度で交渉をしていたベリアルという男の方は少し危険だ。
いつこちらに殺意を向けてきてもおかしくはない──彼の微笑にはそんな鋭さが含まれている気がした。
(覚悟を決めるしかありませんね)
苦し紛れの反論をベリアルに向けて話しているとき、密かにそんなことを思っていた。
──そしてつい先程、臨也は自分に向けて意味ありげに苦笑してみせた。
“しょうがないね、殺そう”とでも言いたげに。
右手を警戒されている隙に臨也がライターを投げた直後。
好機がつくられるのを待っていた子荻は、すぐにライフルを持って二人の方へと全力で疾走した。
(あの板のことも気になりますが……後で問いつめることにしましょう。
あれが隠し持っていた武器だとしても、この時点ではまだ不意をつかれる心配はないでしょうし)
彼にはまだ自分という戦力が必要だ。背後から刺される心配は無いと言っていい。
少なくとも、この二人を処理するまでは。
ライターがガユスの左手首に当たり、銃が彼の足下に落ちた。
だがすぐに彼はそれを拾──わずに、腰に差してあったナイフの方を取り、こちらに向けて一閃。
「──!」
手首の痛みで一手を逃す、もしくは耐えて銃を撃つという行動を予測して横に回避する軌道に入っていたため、避けきれずに左腕が裂かれる。
傷口を押さえたくなるのを我慢し、追撃が来る前にライフルを振り上げ彼の側頭部を打った。
「っ……」
脳震盪を起こしたであろう彼にもう一撃与えようとした刹那、殺気を感じバックステップ。
先程までいた場所に白刃が薙ぐ。正面には銀髪の男──ベリアル。
追撃をライフルで受け止め、なんとか反撃に移ろうとして──彼が舌打ちを残して横に跳んだ。
その目線の先には、デイパックを振り回す臨也の姿。
ペットボトルや懐中電灯が入っているので威力は馬鹿に出来ないだろう。こちらをひとまず無視してベリアルは迎撃に向かっていった。
重い白刃を受け止めた負担が左腕の傷に響くが我慢、臨也の援護に向かおうと、
「……っ!」
してナイフにふたたび手を伸ばしかけたガユスに気づき、すかさず彼の頭部をふたたび殴る。
引き金を引く暇はなく、痛みも邪魔だった。リボルバーだけは危険なので蹴って彼から離しておく。
まずは、あちらの方を始末しなければ。
ガユスが完全に気絶したことを確認、一旦地面にライフルを置いてナイフを拾い、ベリアルに向かって投擲する。
ベリアルを攻撃するためではなく(狙って投げられる技術はあいにくない)臨也に武器を供給するためであり──ほんの一瞬、彼の意識をそらす役割も持つ。
「……!」
刃は彼のジャケットを引き裂いて落ちた。ただそれだけだった。
──だがそれだけで、利き腕をやられた怪我人の剣と、十分に休息を取っている者のデイパックとの差を埋められる隙がつくられた。
臨也がすかさず強襲、ベリアルの腹部に向けてデイパックを振り上げた。
「ぐ……」
直撃はしなかったものの、ベリアルの表情が苦痛に歪み体勢が崩れた。
そして臨也がナイフを拾い上げ、無防備な彼の胸部を狙い────刹那、ベリアルの瞳が赤く染まるのが見えた。
肩口にいきなり炎を出され、虚を突かれた表情の臨也をベリアルは蹴り飛ばした。
「がっ……」
床に勢いよく頭部と身体を叩きつけられてうめく彼をひとまず無視し、ふらつきながらも身を翻して子荻の方へと走り出す。
殴られた腹部は膝をつきたくなるくらい痛かったが、一息ついてる暇などない。
彼女は予想外の出来事にしばし動きを止めていたが、全力で駆けるこちらを見るとすぐに動き出した。
(はよカタをつけんとやばそうやな……)
一時間程度の休息では元の体力を完全に取り戻すことは出来なかった。なにより、慣れない剣を慣れない左手で用いるというのがかなりきつい。
負担になりそうなデイパックやあの抜けない剣は置いてきたが、それでもまだ思うようには動けない。
剣の刃と柄を分離させる暇がなかったことも痛い。ふたたび疲労がたまってきた今になって光の刃を出そうとしても、ナイフ以下にしかならないだろう。
さらに下手をしてその状態の剣を奪われたら終わりだ。今の彼らならば、それなりの長さの刃をつくりだせるだろう。
(ならいっそのこと素手の方がマシか。いい加減重くてしゃあない)
足を止めずに刃と柄を分離させ、柄の方を少し離すために投げる。こうしておけば自分とガユス以外の人間には扱えない。
「──!」
剣の処理を終えてすぐに殺気を感じ、身体を右にひねった。刀のように振り上げられていたライフルの銃口が少しかする。
間髪を入れずにこちらの喉を突こうとする銃口を後退して避け、そしてさらに引き戻され胸元を抉る一撃も紙一重で回避。
見た目に反して子荻はかなり戦い慣れていた。
達人級とまではいかないものの、疲労が残っている自分にとっては強敵だ。
だが、相手も左腕を負傷している。それに先程よりも動きに切れがない気がする。……炎を警戒しているようだ。
(ご要望通りやってやろうやないか)
相手の右手首を狙って手刀を放つ。
それがライフルで受け止められる前に、手首を返してライフルを掴み、足払いを掛けた。
が、右腕でライフルをかかえられ、さらに足払いを後方に跳ばれかわされる。──ここまでは予測済だ。
当然こちらが体勢を崩し倒れそうになるが、掴んだ手は離さない。
そして無防備な体勢に子荻の蹴りが入れられる前に、鬼火を彼女の右腕に向けて発生させた。
「……っ!」
炎が服と髪を焼きつける。いくら警戒しようとも狙って避けられるものではない。
ライフルを手離し炎をかき消そうと床を転がる子荻を捕らえ、体重をかけて全力で押さえ込む。
さらに先程ガユスに斬られた傷口を殴りつけ、右の指を数本を後ろにそらして思い切りへし折った。
「ぁ、ぐぅっ……」
彼女の四肢が暴れる音にまぎれ、生木を折るような音と苦痛に耐える声が耳に入った。ここまですれば簡単には抵抗できないだろう。
いくらそれなりに鍛えているといえど、体重と体格自体はただの少女だ。武器がなければ組み敷ける。
ライフルを捨て、激痛に苛まれている子荻を強く睨み付けた。
「これで終いや、嬢ちゃん」
「いやまだだよ」
「……なんやと?」
鋭い視線でこちらを睨む男に対して、臨也もまた鋭さを含ませた笑みを返した。
全身、特に蹴られた胸部が痛いが、相手にはあくまでも余裕を見せておかなければいけない。
「まさか炎が出せるとは思わなかったなぁ。頼みの萩原さんもだめだったし、かといって逃がしてもくれそうにないよね。
……しょうがないから、これを使わせてもらうよ」
そう言って右手に持った薄い板──禁止エリア解除機を掲げて見せた。
こんなものでは誰も殺せない。だが、駆け引きの材料にはなる。
「さっきはとぼけたけど、ちゃんと説明書はついていてね。そのライターとセットなんだ」
ガユスのそばに落ちている、先程自分が投げたジッポーライターを顎で差す。
もちろんあれもただの私物だ。
だが使いどころによってはフェイクの支給品となり、隙を作る道具になり──そしてこの状況を打破する武器になりうる。
「こっちのボタンを押すとあっちのライター……に見せかけた爆弾が爆発する。ただそれだけのシンプルな武器だよ。
説明書を読んだ限りではかなり小規模な爆発らしいけど。それでも、近くにいる君達を殺すことくらいはできる」
親指を曲げボタンの一つに合わせ、今すぐにでも押せるような状態にする。
正面を見せないよう角度を調節して持ち、ボタンが複数あることは隠しておいた。こうすればかなり様になるだろう。
「そんなもん持っててなんで今まで使わなかったんや? 今だってそれを押せばすぐに俺達を殺せるんやろ?」
「戦力をなるべく温存したかったってのが一つ。それに、萩原さんを巻き込みたくなかったからってのが大きいね。今押さないのもこの理由だけだよ。
……もし君がこの場で萩原さんを殺したら、その瞬間俺はこれを押す」
左手にあるナイフを使えばベリアルに勝つ自信はあるが、ここで手を出せば子荻は確実に死ぬ。
萩原子荻にはまだ利用価値がある。
ベリアルが邪魔で怪我の様子はわからないが、両脚と片手のどちらかが無事ならばよい。
「取引といこうじゃないか? そのまま彼女を解放してくれればいい。そうしたら俺達はこのまま出ていくよ」
真っ赤な嘘だ。このまま逃げるつもりは毛頭ない。
ベリアルに隙ができ、彼女がこの場を抜け出せるまでの時間稼ぎだ。
「俺は萩原さんを殺されたくない。君達もまだ死にたくない。利害は一致してると思うけど、どうかな?」
(先にふっかけてきた奴らが取引やと? ふざけるのも大概にせえ)
そうは思ったものの、断ることも得策でない状況にベリアルは歯噛みした。
彼女を殺すのは容易だ。だが、戦闘を避けられるのならば避けた方がいいのではないだろうか。
子荻を殺害しライターがフェイクだった場合、臨也と戦うことになるだろう。
先程のデイパックの時でも、それなりに彼は戦えていた。鬼火があるといえど体力の問題がある。つらい戦いになるだろう。
もちろん、ライターの話が本当だという可能性もある。
(ガユスの奴が起きてくれればいいんやが……まさか死んどらへんよな?)
彼が復帰すればあの眼鏡でライターの真偽が確認できる。まさかこの状況で嘘はつかないだろう。
加えて戦力も増える。一時間休憩した程度で両脚の怪我が治っているとは思えないが、リボルバー程度なら扱えるだろう。
(……そういや、あの板のことを指摘したときには、ライターのことは何も言っとらんかったな)
おそらく自分と臨也が話している間に二人の支給品を調査、あの板を発見して指摘したのだろう。
ならばもしライターが爆弾だった場合、それも指摘しないのはおかしい。
ならばやはり、これはただのはったりか。
思索にふけり黙り込んでいると、臨也の方から話しかけてきた。
「あ、ガユスさんが起きるのを待ってるの? 俺のこれのことがわかったくらいだから、ライターの真偽も調べてもらえるのかな」
「いや、もう調査は終わっているやろな。お前のジャケットを調べたときに一緒にやってるはずや。で、あいつはなんも言わんかった。
……つまり、よく考えたらもう答えは出てたって事や。無駄なはったりご苦労さん。せやけど──」
──お互いきついやろ。特別に今回は見逃してやるさかいとっとと出ていけや。
そう続けようとした言葉は、しかし臨也の言葉によって遮られた。
「あれ? あの人のことそこまで信用してたの?」
「……なんやと?」
心底不思議そうに臨也は言った。まったく予想していなかった切り返しに、ただ訝しむ。
「他に信頼出来る人がいないからとりあえず一緒に同行してるって印象を受けたけど。少なくとも、ここに来る前の知り合いではなさそうだよね。
初対面の赤の他人をそこまで盲信して大丈夫なのかな?」
「見る目がないようやなぁ。一見そう見えても、俺と奴は熱く固い絆で結ばれとる。盲信やなくてちゃんとした信頼関係があるんや」
もちろん嘘だが。彼とは利害一致だけの同盟だ。
「へぇ? …………さっき萩原さんに言った“策師っぽい思考”だっけ? あの考え方ってガユスさんにも当てはまるよね?
こんな状況だから確かな情報なんて主催者の放送くらいしかない。公開されている参加者の情報は名前だけだから、隠し通せればなんでもできる。
今も実は気絶してるフリだけで、虎視眈々と俺達を殺そうとしているかも知れない。両脚を怪我してるみたいだけど、特殊な能力を持ち合わせている可能性はある。
君みたいにどこからともなく炎が出せたりとか、気で相手を吹っ飛ばせたりとか、実は目から七色の光線とか出せるかも知れないよ?」
こちらを試すように臨也が言う。全てを受け入れるように優しく、そして自分以外の全てを蔑んでいるかのような視線をこちらに向けながら。
その目を鋭く睨み返しながら、考えるまでもない言葉に間髪を入れずに言い返す。
「はっ、それは疑心暗鬼すぎやろ。疑いだしたらキリ無いわ。重要なのは相手をどこまで疑うかやなくて、どこまで信じるかやろ。
お前の戯言を真に受ける程度の信頼しか持ち合わせてなかったら行動を共にしとるわけないやん。
その台詞こそ、お前のパートナーの方にあてはまるんやないか?」
「いやぁ、あいにく俺と彼女は熱く固い絆で結ばれているんでね?」
お互い口だけで笑いながら言葉を交す。何気なく子荻の方に目を向けると、複雑な表情を浮かべていた。
「ま、そんなことはどうでもいいや。
俺が言いたいのは、調べた結果を聞く前に、結果を言わなかったという事実だけで確信していいの? ってこと。
調べた結果自体と言動、それに対する相手の反応。それで真偽を確認するならいいよね。
でも、“言わなかった”ことをすぐに偽と受け取り信じるのは、こんな殺し合いゲームの状況の中では無理があるんじゃないかな?
……ガユスさんは俺のこの板のことを発見したとき、その調査結果を言わなかった。いや、“君には”言わなかったと考えられる。
あの人は“支給品を置いていけ”って言ったよね?
この言い方なら、あの爆弾を君に不審に思われずに入手できる。俺達が言い淀んだらリボルバーを撃っておしまい。
“支給品”という言い方で関係のないジャケットも指定して、さらに板のことを指摘することでライターから完全に目をそらさせた──そうも考えられるよね」
「……」
確かにそれはありうる──そう思ってしまい、言葉に詰まる。
こちらの表情をのぞき込み、蔑むような視線を強くしながら臨也が続ける。
「ガユスさんはかなり落ち込んでくたびれてるようにみえたけど……知り合いが自分のせいで死んじゃったとか、そういう理由なのかな。
それで弱気になってるところにつけ込んで、とりあえず怪我が治るまで利用しよう、と。うん、それはいい考えだ。
でも今回のことを考えると実はそれが演技で、利用してるようで逆に利用されているって可能性も出てきたね。
ミイラ取りがミイラになる。……何て言うかそれって、小悪党って感じでかっこ悪いね?」
あからさまな挑発。
表情を無にし、臨也を睨む。彼は相変わらず笑顔のまま、挑むような視線をこちらに向けてきた。
空気が軋む。冷たい沈黙が辺りを包んだ。
──覚悟を決めた。
子荻を殺害し周囲のどこかにあるリボルバーを回収、臨也に向けて発砲するまでの行動を脳内でシミュレートする。引きつけてから鬼火で隙をつくのもいいだろう。
数通りの行動を考え一つに絞り視線を彼に向けたまま左腕で子荻の首を、
「少し待てベリアル。そこで無謀な行動を起こして隙をつかれたら本当に小悪党になるぞ」
「あれ? 起きてたの? なら早くそう言ってくれればいいのに」
何事もなかったかのように、折原が俺の方に視線を向けてそう言った。
いや絶対気づいてただろおまえ。萩原にも起きてすぐに気づかれて警戒されてたし。そのおかげで彼女の行動を抑制できたのはよかったのだが。
実際の所、俺は割と前から起きていた。確か“熱く固い絆”あたりから。……さすがにあれは寒いぞ緋崎。
頭が本来の回転を取り戻すのに時間がかかったこと、それに折原の言葉に口を挟む暇がなかったことが理由になるのだが、そこまで言っている余裕はもちろんない。
……何が議題になっているかはこれまでの会話からだいたい汲み取れた。どうやら俺を疑わせたいようだ。
「話はだいたい聞いていた。結論から言えば、そのライターはシロだ。オイル式だから何らかの理由で油が漏れたら危険だが、その心配もない」
「へー、すごいね。どうやったらそんなことが調べられるの?」
「すまんベリアル、まずジャケットとライターに異常がないところから言うべきだった。
その板の方は何かの電波を受信していた。とくにこの場をどうこうできるような機能はついていない。実はこっちが爆発物だったというオチもなしだ」
折原の問いは無視して緋崎(そういえば未だに彼らに本名を名乗っていない)に謝罪する。
無駄な勘ぐりをさせてしまったのは、明らかに俺の過失だ。
「それに、おまえ達の取った行動からしてもそのライターが爆弾なのはありえない。
そもそもそのライターは萩原の支給品ではなく、折原の私物かここで入手したものだろう。萩原の支給品はまだ隠し持っているか、そのライフルかのどちらかだ」
「言いがかりで無駄な時間を費やすつもりですか? ここで水掛け論を続けても、双方にとって不利益にしかならないと思いますが」
「言いがかりでもなければはったりでもない。単なる事実だ。
いい加減、自分の首を絞めるだけの詐術は止めた方がいいという警告でもあるがな。なんなら証明もしてやろうか?」
空気がさらに殺伐としてきた気がするが無視。
理屈をこねる人物が俺含め4人も集まっていると、一度はっきりと理屈で結論を付けておかなければ事態は収拾しない。
いつまでも落ち込んでいられる時ではない。この状況を打開しなければクエロ以前の問題だ。
──頼れるのはやはりこの頭脳だけ。舌先三寸だけで切り抜けてみろ、ガユス・レヴィナ・ソレル。
【D-1/公民館/1日目・14:30頃(雨が降り出す直前)】
『ざれ竜デュラッカーズ』
【ガユス・レヴィナ・ソレル】
[状態]:右腿(裂傷傷)左腿(刺傷)右腕(裂傷)の三箇所を負傷(処置済み)、及びそれに伴い軽い貧血。疲労。
[装備]:知覚眼鏡(クルーク・ブリレ)
[道具]:デイパックその1(支給品一式、ナイフ、アイテム名と場所がマーキングされた詳細地図)
デイパックその2(食料二人分、リボルバー(弾数ゼロ)、咒式用弾頭、手斧、缶詰、救急箱、ミズーを撃った弾丸)
[思考]:この局面の打開。臨也と子荻をどうにかする。
1.休息。2.戦力(武器、人員)を確保した上で、クエロをどうにかする。
【緋崎正介(ベリアル)】
[状態]:右腕と肋骨の一部を骨折(処置済み)。腹部に鈍痛。かなり疲労。
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式) 、風邪薬の小瓶、懐中電灯
[思考]:ガユスの話を聞く。この局面の打開。ガユスに少し疑念を持つ。臨也と子荻は始末しておきたい。
1.ガユスと組んで最低限の危機対応能力を確保。2.カプセルを探す。
*刻印の発信機的機能に気づいています(その他の機能は、まだ正確に判断できていません)
【折原臨也】
[状態]:全身に軽い打撲、肩口に軽い火傷、ジャケットなし
[装備]:グルカナイフ、禁止エリア解除機
[道具]:なし
[思考]:ガユスに興味。この局面の打開。ガユスとベリアルの殺害。
1.セルティを探す&ゲームからの脱出? 2.萩原子荻達に解除機のことを隠す。
3.子荻の正体にひそかに興味を持つ。
【萩原子荻】
[状態]:左腕に切り傷・打撲、右腕に軽い火傷、右指数本骨折
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:この局面の打開。ガユスとベリアルの殺害。
1.セルティを探す&ゲームからの脱出? 2.哀川潤から逃げ切る。
「あのライターは、俺達には萩原の支給品として紹介された。よく考えれば、まずここからおかしい。
ライターは折原のデイパックの中から取り出された。つまり、自分の支給品を預けていたことになる」
三人の視線を一身に受けながら、俺は話を続ける。
「ん? そうかな。俺に預けておけば、萩原さんがライフルで両手が塞がれているときにこの爆弾で迎撃できるでしょ?」
「ライターの外見という偽装が施された武器を、“策師”が赤の他人である折原にわざわざ手渡し、さらに真実をバラしてしまうのは極めておかしい。
ライターだけを、隙をついて相手のデイパックに滑り込ませるか、かなり苦しいが何らかの理由を付けて手渡しておき、リモコンである板は自分が握っておくというのならわかる。
これならいざというときに相手を切り捨てるための武器として役立てられるからな。だが、そのリモコンすら折原に渡してしまっている」
折原の反論に間髪を入れずに答えてやる。
確かにその分担は間違っていないが、この状況下ではかなり考えにくい。
「ってことは、互いに信頼があるなら証明できないことになるね。
それで、第三者の君がどうやって俺達の間に“信頼がなりたっていない”ということを立証するんだい?」
もし完璧に証明しようとするならば、それこそ心中が読める人間が必要になる。
だが、この場で重要なのは二人の心中の問題ではなく、あくまでライターだ。
「そんな面倒な証明をしなくとも他の根拠がある。
まず萩原がライターが爆弾であると言うことを知っていれば、最初折原が俺に向けてライターを投げたときにわざわざこちらに向かって来ない。
ライターを俺達に向けて投げるという行為が、隙を作ることではなく爆弾として利用する行為に繋がるからな。
乱戦になってしまってからでは萩原自身が範囲に入ってしまい使えなくなる。逆に逃げなければいけない。
それなのに萩原は、一片の躊躇もなく俺達に強襲していった。
……ああ、面倒な証明が一部出来たな。“信頼”があればこんなミスはないはずだ」
「……それは、」
「戦力を温存しておくためか?
あからさまに怪しい荷物と剣、それに拳銃を持つ奴らに手加減なんて考えるほどおまえ達は馬鹿じゃないだろう。
ああ、怪我人だったから油断したとか苦しい言い訳もするなよ。理由は同じだ」
言葉に詰まった萩原に、さらに追い打ちをかける。
「これらのことから、“ライターは爆弾である”という認識を萩原が持っていないことがわかる。
そして、支給品である物の機能を知らないというのは考えにくい。
俺の私物の、ある特殊な品物も支給品として配布されていたが、それにはきちんと説明書がついていた。
……萩原の支給品である爆弾型ライターには説明書がついておらず、だがしかし折原はその機能をひそかに知っていた。
そのような偶然も完全には否定できないが、それなら萩原がわざわざ渡す必要がまったくない。
火を扱えるといえど武器として使用するのは難しいため、折原が危険だから取り上げた、というのもおかしい。
萩原がごく普通の少女で、この状況下で生き延びる知識も経験もないので折原に預けた──というのも相当苦しいし、既に本人によって“普通の少女”であることは否定されている」
「説明書はついとったってさっき言うとったで。……折原の方がな」
緋崎の言葉に、室内の空気が張りつめる。
全員の視線を集めた折原も、さすがに余裕のある笑みではなくなっていた。まだ笑みだが。
「これでライターが萩原の支給品ではなく、折原の所持品だということが立証できた。
おそらく、ジャケットの方も折原の私物だ。
俺が調べたところ、そのジャケットは少なくとも一年以上は使い込まれている形跡があった。この会場で新たに用意されたものではない。
そもそも、何の変哲もないジャケットを“武器”として支給するのは考えづらい。
ハズレ品として支給するなら、スプーンとか豆腐とかもっとインパクトがある物にするだろう」
あと弾なしリボルバーとかな。
「…………そうですね。確かに私の支給品はそのライターではありません。それは認めましょう。
ですが今までの話を聞いていると、折原さんの支給品が本当にそのライターであったのなら、“爆弾ではない”という明確な根拠は結局あなたの調査結果とやら以外にないのですが」
表情に苦々しいものを少し含ませて、萩原が口を開いた。
俺の推論を半分認めたものの、この場を諦めたような印象はまったくない。氷点下の視線は未だに俺を貫いている。
全員が動きを止めているこの状態は、一種の膠着状態に陥っていると言えなくもないだろう。
だがそれは今、俺によって完全に崩壊しようとしている。
両腕に怪我を負い、さらに緋崎に押し倒され反撃が困難な萩原。
萩原の命を握っているものの、右腕が使えず体力も十分でない緋崎。
右腕と両脚負傷という、この中で一番ひどい怪我を負ってまともに歩くことすら難しい俺。
……折原はこの中で唯一軽傷で済んでおり、俺達と距離が離れているものの、武器も手に持っている。
しかし、この中で一番自由に動けないのはこいつだ。
「それじゃあ最後の証明だ。
萩原は現在ベリアルに拘束され、見たところ左腕を負傷し右手の指を数本折られている。……つまり、戦力的には“使えない”状況だ。
左腕の方は軽い怪我のようだし脚も使えるが、足手まといになることは避けられない。
これだけならまだ、頭脳面では協力しあえるだろう。
だが、今までの俺の発言で萩原がそれなりの疑いを持つことは容易に考えられる。結局、その板の機能は謎のままだしな。
逆に萩原の“策師”の件もあるから、彼女をおいそれと信用することも出来なくなっている。
こんな状況下では、疑念は膨らむことはあれど消えることはほぼない。行動しづらくなるのは確実だ。
足手まといで自分を裏切りかねない存在。
そんな危険要素になってしまった萩原子荻を、なぜおまえのような奴が今すぐ切り捨てようとしないんだ?
そして彼女に疑いを向けさせ、ここまで喋り続けている俺をなぜ今すぐ殺さない?
その爆弾とやらが本物ならば、すぐにできるだろ?」
折原の表情から笑みが完全に消えた。
確かに折原は現在この中で一番の戦力があるが、ここから一歩も動けない。
──今ここでこいつが動くと言うことは、すなわち爆弾が偽物だということの証明に繋がるからだ。
萩原を救出するために行ったはったりのために、自らの行動力を潰してしまったことになる。
ふたたび訪れた沈黙が、部屋の空気を軋ませる。
だがこれはすぐに打ち破られるだろう。もう、この場はほぼ詰まれてしまっている。
あの光刃を発生させる柄がそれほど遠くない位置にあることを視認。
さらに背負ったままのデイパックから、もう一本のナイフを手早く取り出せるかどうか脳内で確認する。弾のないリボルバーの代わりとして、緋崎に渡さなければならない。
「…………なんだ、そうだったんだ」
折原のつぶやきが耳に入る。
淡々とした、ただ事実を認識しただけというような声色が沈黙を破る。
訝しむ俺達を尻目に、無表情だった顔を一変させ──爽やかな笑みを浮かべて、折原は言った。
「右指か。いつの間にかそんな怪我をしてたんだ。確かにそれなら、使わないとおかしいよねえ。
わざわざ教えてくれてありがとう。────それなら、心置きなく押せるよ」
「! な──」
折原を警戒しつつ動き出そうとしていた緋崎の手が止まる。くそ、しゃべりすぎていたか!
だがライターが爆弾でないことは確かだ。知覚眼鏡に狂いはない。
動揺する緋崎を説得しようと俺が口を開く前に、折原の親指が沈み──
「!」
ぴ、という電子音がやけに大きく室内に響いた。
「がっ──ぁぁあ!」
次に聞こえてきたのは、予想通り爆発音ではなくベリアルの苦悶の声だった。
負傷している右腕を、思い切り肘で打たれて倒れ込んでくる彼を無理矢理押しのけ、子荻はライフルが捨てられている方へと向かった。
背後からは臨也が駆け寄る音が聞こえてくる。──急がなければ。
あれが爆弾でないことはすぐにわかった。
ガユスが言っていたように、彼ならば自分が眠っている間にこちらのデイパックにライターを仕込んでおくくらいはするだろう。
そしてそんな切り札なら、すぐ取り出せるようにポケットに入れておくはずだ。緊急時に使えなければ意味がない。
一見使えなさそうな支給品をデイパックではなくポケットに入れるのは本来ならば怪しまれるが、ライターならばそれほど不自然な行為ではない。
(それにしても、計算外のことが多すぎます)
あのフェイクに穴があることはわかってはいたが、ああも完膚無きまでに論破されるとは思っていなかった。
そしてその後の臨也の切り返しは、隙をつくるという役割を持つ援護とも言えるが──こちらへの宣戦布告も兼ねていた。
“心置きなく押せる”……つまり、容赦なく自分を切り捨てるという宣言でもある。
確かに右手が使えないのは致命的だ。
二人を処理した後、事によれば彼を殺害することも考えていたが、この時点で“敵”として認識するようなことを言われるとは思っていなかった。
左腕もあまり満足に動かない今、二人ではなく三人も敵に回してしまったのは最悪だ。
『計算外が一つでも起こると、すっごく混乱しちゃうんだ。──その気持ちは痛いほどよくわかるよ』
ふと、誰かに言われた言葉が思い出される。なぜだが誰だったかは思い出せない──いや、そんなことを考えている時ではない。
左腕でライフルを回収、向きを変えてガユスの方へと走る。
「ベリアル! これを使え! 銃──」
声と共に子荻の横をナイフが通る。投げた当人──ガユスの方は、先程分離された剣の方へと手を伸ばそうとしていた。
あの怪我で剣が使えるのかは疑問だったが、これ以上“敵”に戦力を持たれるわけにはいかない。
剣の刃の方を蹴り飛ばしながらガユスへと強襲。柄は回収されたものの、それだけでは短い鈍器程度にしかならない。
言葉を続けながらも身体を反転させ起きあがろうとする彼の両脚に、容赦なくのしかかった。
「…………!」
そしてライフルの銃口を突き刺すように彼の腹部に押しつけて固定、さらに右腕に体重をかけ銃身を押さえる。
安定性は悪いが、これなら撃てる。
「では、逆殺です────?」
……引き金に手を掛ける刹那、気づく。
柄を持った彼の左腕が、こちらの胸に向けられていることに。
「光、よ!」
意図が不明なガユスの言葉。
一瞬不審に思うも、だがそれだけだった。躊躇無く引き金を引き、
「……え?」
胸部に衝撃。
熱。銃声。彼の絶叫。熱。
血。熱。熱。胸から光、痛みが
「あ、」
ガユスの持っている柄から光が伸び、自分の胸を貫いていると理解したときには、もう遅く。
彼の左手から柄がこぼれ落ち光が消えるのと同時に、子荻の胸から鮮血が吹き出した。
「ぐぅ……っ」
臨也の言葉に一瞬でも動揺した自分を呪いながら、ベリアルは絶叫と痛みをこらえていた。
ガユスの言葉には説得力があった。最初からあれくらいの勢いでこの二人を尋問してくれたらどんなによかったものか。
が、それでもやはり完全には信用していなかった。結局確実なのはガユスのあの妙な眼鏡の調査結果だけなのだ。
「……」
そもそも疑うきっかけ自体も臨也の言葉だったことを思い出し、歯噛みする。
だが、いつまでも過去を悔いていてもしょうがない。この場を何とか切り抜けなければ。
なんとか起きあがりながらも、どこかに落ちているであろうリボルバーを目で捜す。
(あった!)
まもなく部屋の隅に転がっていたそれを見つけ、回収しようとして咄嗟に後退。刹那、赤いジャケットを鈍く光る刃が切り裂いた。
表情から笑みを消した臨也の刺突を横に跳んで回避。反撃に彼の腹部を蹴り上げようとするも、あっさり避けられる。やはり疲労と痛みがきつい。
出し惜しみしている暇はない。彼の顔を睨み付けながら、真正面に鬼火を発生させた。
「──!」
そして、ひるんだ彼の脇腹を蹴りつける。しかし先程と同じ手なのでさすがに予測され、受け身を取られてしまう。
銃を回収し撃つ暇があるかは微妙だ。
「ベリアル! これを使え!──」
──だがそこにガユスが投げたナイフが飛んできて、偶然臨也の右腕を引き裂いた。
傷は浅いものの、不意をつかれて彼の動きが止まる。皮肉にも先程の自分と同じような状況だ。
(チャンスや!)
視線を臨也に向けたまま、手探りでリボルバーを回収する。先程横に回避──隅の方に移動したのが功を奏した。
投げてくれたガユスには悪いが、臨也に近い位置にあるナイフを取りに行くよりも、手の届く位置にあり確実に殺傷できる銃器の方が扱いやすい。
再び動き出した臨也に向けてリボルバーをつきだし撃鉄を起こし、彼を強く睨み付けながらその引き金を
「…………!?」
突然銃器を出された臨也の方ではなく、ベリアルの方に驚愕の表情が浮かぶ。
銃声は確かに響いた。ベリアルの持つリボルバーからではなく、ガユス達の方から。
──リボルバーはただ、弾が入っていないことを知らせる乾いた音を出しただけだった。
「な────ぐ、ぁ」
予想外の展開に思考が止まり──気づいたときには、胸にナイフが深く突き刺さっていた。
その刃は容赦なくベリアルの内部をえぐり、破壊する。
吐血された血が、臨也の服に付着した。
「か、……はぁっ、」
「だから盲信しちゃいけないっていったのにね?」
頭に疑問符ばかりが浮かんでは消える。
出会ってから、ガユスは一度もリボルバーの引き金を引いていない。あのクエロという女や謎の着ぐるみに遭ったときも。
そして同じビルの中にいて、話し声すらかすかに聞こえる環境で、一度も銃声を聞いてはいない。
ならば。
(なかった……? 最初、から?)
扉を隔てて言葉を交し、この銃器で脅されたときからずっと、弾丸は入っていなかったことになる。
彼と直接対面するまでは殺人者の可能性も疑っていたが──銃がはったりの可能性は、一度も考えなかった。
(はは……そりゃ、盲信やな…………)
胸中で自嘲し、新たに腹部に衝撃を感じながらベリアルは意識を手放した。
ナイフを抜かずに緋崎を蹴り倒した後こちらへと向かってくる折原を、俺は何もせずにただ見ていた。
左手には先程俺が投げたナイフを持っていた。緋崎のナイフを抜くと返り血がつくというのが理由だろうが、嫌がらせにしか見えない。
光の刃は確かに萩原の胸を貫き、彼女を殺害した。
だが、ほぼ同時に彼女のライフルの銃弾が、俺の腹部をしっかりと貫いていた。要するに相打ちというやつだ。
光の剣の方がわずかに早く狙いが多少ずれた、銃弾の衝撃と大量の出血で意識が今にも飛びそうだ。抵抗できる力はもちろん残っていない。
「あの時銃器じゃなくてナイフを回収して萩原さんに攻撃したときから疑ってはいたけど、あまりいい賭けじゃなかった。
わざわざナイフを投げて、こっちに銃が使えないって事を確信させなければよかったのにね」
結局、緋崎を助けるためにとった行動が逆効果になってしまった。
……協力体制を取ると決めたときにあのリボルバーのことを言っておけば、こんなことにはならなかっただろう。
それをためらう程度には、俺は緋崎を信用していなかった。
「爆弾のことがバレたときはちょっと焦ったけど、うまく萩原さんが焚き付けられてくれてよかったよ。
あんまりああいうことは言いたくなかったけど。両脚と片手のどちらかが無事ならまだ壁として使えるし、負傷してる女の子ってのは油断を誘えるからね。
……あー、これはもうだめだね。どっちも」
血が服に付着しないように彼女の手だけを掴んで、折原は俺の上から萩原の死体を引きずり下ろし、ついでにライフルものけた。
その後に漏れたつまらなさそうなつぶやきには、死者を悼む感情など含まれていなかった。
……先程のあの切り返しでは、緋崎が動揺する可能性はそれなりにあったものの、確実とはいえなかった。俺は勿論論外だ。
本来の目的は萩原だった。
仲間の援護は期待できず、無理矢理にでも好機をつくらなければなければ殺されるという、いわば死の宣告を彼女にしたのだ。
身の危険を感じた萩原は、しかし距離が距離のために先に俺達を狙わざるを得なくなる。
平常心を削る代わりに、痛覚や己の限界を無視した行動に走りやすくさせる。場を引っかき回せる武器に仕立てたのだ。
「このまま放っておいても出血で死にそうだけど、残った時間は有効に使わないとね。俺、無駄が嫌いだし。
だからさっきの質問の続きをしよう。クエロって人のこと、教えてくれる?」
爽やかな笑顔を浮かべたままの折原が、今さら俺に問う。
嫌みや皮肉の要素、加虐心もまったく感じられない人間味溢れた笑み。この状況でそんな表情を出されても異常者にしかみえない。
「……この期に及んで、空気が読、めない奴だな」
「失礼だなあ。俺はこの場で最善の行動を取ってるだけだよ」
「は……最、善は、その手のナイフで自害す、ることじゃないのか?」
「自害か、それいいね。刺す手間も完全に死ぬまで警戒しておく手間も省けるし。全部吐いた後にやってくれない? 君が」
「断、る」
「そ。……じゃあもういいや」
くだらない強がりに興味を失ったらしく、折原は何の感慨もなく俺の腹部の傷口にナイフをゆっくりと突き刺した。
「────っ、ぁ」
焼けるような痛みが脳に伝わり俺に絶叫をあげることを求めるが、こいつに聞かれたくないので我慢。うわあ惨めだ。
…………薄れゆく意識の中、少し前に再会したばかりのクエロのこと追憶する。
彼女の思いを裏切り別れ、そして<処刑人>として再会し、仇敵として向かい合い別れたにもかかわらず、俺は迷ってしまった。
こんな状況下だからこそ協力し合うことができ、あの時何が起こったのかを知り、もしかしたら彼女の傷を理解できるかもしれないと思ってしまった。
その甘さと弱さこそが、彼女が一番の嫌悪の対象としていることは思いもせずに。
そしてその迷いが、公民館に行く時間を遅らせミズーと新庄を殺し、暗鬱とした精神状況のまま信頼しきれず緋崎を殺した。
本当に俺は、何も成長していない。
くだらないゲームに巻き込まれ、こんな風に惨めに死ぬというのは、俺のような人間にはお似合いなのかも知れない。
安らぐことのない激痛に苛まれながら、俺は暗い深淵へと落ちていった。
(使うならこっちかな)
血をガユスの服で拭いながら、臨也は引き抜いたナイフの品定めをしていた。
特に何の特徴もない、普通のナイフ。特殊な効果は期待は出来そうになかった。
だが、緋崎に刺さったままのあの大振りのナイフよりはこちらの方が手に馴染みそうだ。
(いつも使ってる折りたためるタイプだったら袖口に隠せるんだけど……ま、しょうがないか)
そう結論づけてナイフを腰に差す。
そして放置してあったジャケットを着込み、ライターを回収しポケットにつっこむ。
“場所を指定してください”とディスプレイに表示されたままの解除機も、取り消しボタンを押した後に前と同じ胸ポケットに入れておいた。
(とりあえずちらばってる支給品を整理。それまでは誰かと鉢合わせしないのが理想だね。後はここを一通り調査しておくか)
先程の出夢達のように、誰かが突然ここを訪れる可能性は十分にある。今にも雨が降り出しそうな天候を見ると、その確率はやはり無視できない。
支給品を整理した後ならば、今ここに来たばかりの顔を装うことは可能だ。雨が降り始めた場合、身体をわざと濡らしてこなければならないが。
血はベリアルの吐血したものがついているだけだ。ガユスのナイフを引き抜いたときも、返り血を浴びないよう注意して抜いた。
そもそもジャケットを着込んでしまえば見えなくなるが、また脱がなければならない場合もあるだろう。後は、水で手についた血を洗い流せば問題ない。
そこまで思考して、軽く背伸びをした。
この場にいた4人のうちでは一番動いていないものの、やはりそれなりの疲労はある。
できれば少し休息して睡眠も取りたいが、さすがにここでは無理だ。
この血塗れの部屋の中で食事を取り、休息するような趣味はない。
死体全てが急所に重傷を負って息絶えている。今座り込んでいる壊れたドア付近にしか、元の床の茶色が見える場所がない。
「────楽しみだなあ」
一通り死体を眺め先程までの出来事を思い出し、口元が歪んでつぶやきが漏れた。
(発火能力やら“策師”やら。ガユスさんも予想外に面白かったし。ここには池袋以上に未知で奇妙な人間や物が溢れてる。
さらにいろいろと楽しいことになりそうだ。……これで俺自体が巻き込まれてなかったらよかったんだけど)
それだけが唯一、この場を心から面白がることができない理由になっていた。
やはり自分がまともにゲームに乗り、殺し合いをしても勝ち目がないことは目に見えている。今のように、手駒をうまく利用しなければ。
萩原子荻が最初言っていたように、残り人数が10人程度になるまでは仲間を作っておいた方が得策だ。その後不意をついて殺せばいい。
刻印を外す方法がわかれば主催者をなんとかしての脱出も可能かもしれないが、それもやはり一人では不可能だ。
仲間ならばやはりセルティが最適か。だが、彼女は静雄と仲がいい。先に彼と出会っていた場合は最悪だ。
どちらにしろ、セルティ以外にもこの場で協力し合える人材を集める必要はある。
いくらデュラハンといえど、ここで彼女が死なない保証はどこにもない。
……不安要素は山ほどある。
だがそれでも、この場に自分の知らない情報が満ち溢れていることを想像すると気分が高揚するのを止められなかった。
「楽しみだなあ。楽しみだなあ。楽しみだなあ。これでついでにシズちゃんが死んでくれると最高なんだけど」
心からの笑顔を浮かべながら、血に塗れた部屋の中で臨也はふたたびつぶやいた。
【004 緋崎正介(ベリアル) 死亡】
【008 ガユス・レヴィナ・ソレル 死亡】
【085 萩原子荻 死亡】
【残り 69人】
【D-1/公民館/1日目・14:30頃(雨が降り出す直前)】
【折原臨也】
[状態]:上機嫌。やや疲労。脇腹打撲。肩口・顔に軽い火傷。右腕に浅い切り傷。手が血で汚れている。
[装備]:ナイフ
[道具]:ジッポーライター、禁止エリア解除機
[思考]:この場にある支給品の確認・回収、公民館内の探索。移動後休憩する。
セルティを捜す。同盟を組める参加者を探す。人間観察(あくまで保身優先)。
ゲームからの脱出(利用できるものは利用、邪魔なものは排除)。残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す
[備考]:ジャケット下の服に血が付着+肩口の部分が少し焦げている。
ベリアルの本名を知りません。
※臨也のいる部屋に、
・臨也のデイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
・子荻のデイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
・ガユスのデイパック1(支給品一式(食料・水除く)、アイテム名と場所がマーキングされた詳細地図)
・ガユスのデイパック2(パン10食分、水2500ml、咒式用弾頭、手斧、缶詰、救急箱、ミズーを撃った弾丸)
・ベリアルのデイパック(支給品一式(食料・水除く) 、風邪薬の小瓶)
があります。
同室床に、
・ライフル ・蟲の紋章の剣
・探知機 ・リボルバー(弾数ゼロ)
・光の剣(刃と柄が分離)
が落ちています。
知覚眼鏡はガユスがかけたままです。
グルカナイフがベリアルの胸部に刺さったままです。
パイフウは陽光が降り注ぐ平原を歩いていた。
いずこかより吹く風が彼女の長い髪をなびかせ、肌をくすぐる。
(エンポリウムに吹く乾きを運ぶ風とは違う……心地よい風ね)
心に思うのは、荒廃した世界に反抗する活気有る機械の町と、
僅かな安らぎを与えてくれる己の職場。
しかし内心とは裏腹に、豊かな緑の大地を見る物憂げな瞳は常に周囲を警戒し、
まるで散歩をしているかのような歩行には一切の隙がない。
それでも見晴らしの良い平原を単独で移動するなど、
この殺し合いの場においては無謀とも言える行為だ。
暗殺者としての自分が、いつ誰から狙われるか分からないこの状況に危険信号を発している。
だが構わない。
一人を除いた、この島にある全ての命をただ刈り取ろうと自分は決めた。
ならば今は一人でも多くの獲物と遭わねばならない。
故に危険を避けては通れない。
(こんなギャンブル、暗殺者の取る行動とは思えないわね)
一人失笑する彼女の視界が捉えたのは、森と問答無用の巨大な力で抉られた大地だった。
数分後、彼女は人間数人分がすっぽり入る大きさの穴(恐らく何らかの範囲攻撃の跡だろう)の
淵に立っていた。
一体どれほどの戦力がここで衝突したのか見当もつかない
(塵ひとつ残さず消し飛ばすなんて……あれは?)
ふと、視線を森の方に向けたパイフウは一本の樹の下に残った物に注目した。
僅かに周囲の大地よりへこんだそれは、
「――着地跡ね」
ならば、この樹の上に誰かが隠れていたという事になる。
そして、穴の付近で戦闘が起きていたのは間違いない。
僅かながら穴の近くに、謎の範囲攻撃以外でできたと思われる血痕が有るからだ。
ならば第三者が樹の上に姿を隠す理由とは、
一番ありえそうなのは漁夫の利を狙ったから。
二番目は近づくと正体がバレて警戒される可能性が有ったから。
三番目は範囲攻撃を仕掛けたのはこいつで、その攻撃にはチャージもしくは反作用が伴うため、
時間稼ぎが必要だったから。
特に三番目はかなり危険だ、もしも自分の推測が正しい場合、
樹上に居た者は、数人の参加者を一撃で吹き飛ばせるスキル又は支給品を所有していることになる。
(冗談じゃないわ。私の龍気槍さえ制限されて大した威力が出ないのに……)
もう少し、周囲を詳しく調べる必要が有る。
そこまで考えて、パイフウは自分に降り注いでいた陽光が樹木で遮られている事に気づいた。
いつの間にか、心地よい風も止んでいた。
「――見つけた」
誰かが潜んでいたらしい樹の幹。そこには何かを突き刺した跡が有った。
抉れ具合から察するに強固な刃物の可能性が高い。
この樹は下部には枝が無いから登る足場にでもしたのだろう。
それは、樹上に居た者は刃物の支給品と強力な範囲攻撃を有する事を示している。
パイフウにとっては、アシュラムやその主と同等の警戒すべき人物に違いない。
しかし、パイフウが見つけたのは樹の刃物跡だけでは無かった。
次に彼女が見つけたのは、何者かに刈り取られた後に穴を穿った一撃で吹き飛ばされたと思われる、
生々しい女性の左腕と……その手が掴んだデイパックだった。
死後硬直によって硬く握られているためか、パイフウがデイパックを持ち上げても
その腕が離れて落ちる事は無い。
穴の付近の血痕を辿って発見する事ができた、唯一残っていた被害者の体。
穴を穿った者は自分が樹上から攻撃した後に、これを探して回収する余裕が無かったらしい。
ならば樹上の者が謎の範囲攻撃を行った後に、その音を聞きつけて寄ってくるであろう
他の参加者から逃げたという事だ。
(無敵ってわけじゃあないのね)
何はともあれ、パイフウはデイパックを開けて支給品を探した。
「武器が入ってれば最高なんでしょうけど……これは服……防弾加工品みたいね」
手に持って取り出したのは、さらりとした肌触りの白い外套だった。
他には手付かずの飲食物などの備品一式と説明書らしき物が入っている。
「『防弾・防刃・耐熱加工品を施した特注品』『着用することで表面の偏光迷彩が稼動』
ステルス・コートの類似品かしら?」
性能を確かめるために外套を着込んだところ、本当に自分の体が見えなくなった。
着心地もそれほど悪くなく、まるでさらりとした布の服を着ている様な感覚だ。
恐らく、周囲の光景をリアルタイムで表示する事によって、
中の人間を透明に見せるシステムだろう。
防弾・防刃・耐熱加工品を持たせた迷彩服。
パイフウの世界なら、確実にテクノスタブーに引っかかるであろう代物だ。
普通に歩行する程度では、まず他者から発見されることは無い。
(気配を消せる私には便利この上無いわね)
試しに蹴りや手刀を何発か放ったところ、服の周囲に僅かな歪みが発生した。
(……高速運動に偏光処理が追いつかない)
だが暗殺には十分すぎる性能だ。これ以上の物を期待するのはわがままだろう。
これなら自分の技能と併せる事によって、ある程度の強敵とも戦える。
己が殺人機械へと変わるのを自覚しながら、パイフウはその長い髪を掻き分けた。
殺戮の用意は整った。自身の能力の下方修正を行い、己の可不可も見極めた。
後は……ただ狩り尽くすのみだ。
血に飢えた白虎は、全身全霊を持ってこの豊かな大地を真紅の色に染め上げるだろう。
脳裏に浮かぶのはハデスの教えの一つ。
――殺せる者は冷静かつ最速に残さず殺せ。心は捨てろ、鈍るだけだ――
(私はもう後悔しない。後退しない。ディートリッヒ……次に尻尾を出した時は……覚悟しなさい)
偏光迷彩で姿を消し、心とともに殺意を消した死神は、
静かに、しかし高速で陽光の下に歩を進める。
後には、抉られた大地と刈り取られた左腕に掴まれたデイパックだけが残された。
再び吹き始めた風は、それらの周りで怨嗟の叫びを挙げた後に、いずこかへと去っていった。
【E-4/平地/1日目・13:55】
【パイフウ】
[状態]:左鎖骨骨折(ほぼ回復・休憩しながら処置)
[装備]:ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス 、外套(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン12食分・水4000ml)
[思考]:1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す
[備考]:ディードリット支給品(飲食物入り・左手付き)がE-4/平地に放置されています。
外套の偏光迷彩は起動時間十分、再起動までに十分必要。
さらに高速で運動したり、水や塵をかぶると迷彩に歪みが出来ます。
「……さて」
森に踏み入っていくダナティアとテッサを見送り、リナとシャナがそこに残った。
「あたしたちも行くとしましょうか」
「言われなくてもわかってる」
ダナティアとテッサは仲間を増やすために別行動を取る。
リナとシャナは仲間と合流するために道を行く。
彼女達は、それぞれの目的を果たすために別れたのだ。
「でも、ちょっくら面倒そうね。
東は禁止エリアでかなり塞がれてるし、直進すると罠が有るエリアだわ」
「そんなの関係ない。わたしは直進する」
あっさりとシャナが答える。堂々と、傲慢不遜な自信を漲らせて。
「ったく。力が有り余ってる時の正面突破は望む所だけど、もうちょっと考えなさいよ」
(ま、あたしが言えた事じゃないけどさ)
ダナティアにもテッサにもそれを諫められている。
他人が同じ行動を取るのを見たおかげで、ようやく自分の無謀さが身に浸みた。のだが。
「でもまあ、今回は正面から踏み潰しますか。安全な道を確保しておければ便利だわ」
それにどのみち、東回りの道は殆ど塞がれている。
リナは携帯電話に連絡を入れた。
「あと一時間は掛かる? なんでだ」
ベルガーが携帯電話に聞き返す。
既にC−6エリアに到着した彼らは、数棟ほど林立するマンションの一室で休憩していた。
狭い通路や幾つもの曲がり角、逃げ場の少ない構造は戦いになった時に危険だが、
簡単に調べた所、このマンションには他に誰も居ないようだった。
『スネアトラップが仕掛けられた森を突破するわ。あと一時間くらいかかるかもしれない』
「スネアトラップだと? 迂回すれば……いや、禁止エリアが有るのか」
『それに、道を開いておけば後で使えるわ。あと、ダナティアとテッサは遅れるわよ。
テッサの捜し人の首根っこを掴みに別行動中よ』
(それじゃ最初に来るのはあの二人かよ)
ベルガーは、電話の相手に聞こえないように小さく溜息を吐いた。
よりによって面倒な二人が残ったものだ。
シャナの方はあの通りの性格だし、リナは……もう、捜し人が居ないのだ。
「ま、なんにせよ捜し人が見つかったのは良かったじゃないか」
『そう素直に喜べればいいんだけどね』
リナが言葉を濁す。
「……どうかしたのか?」
『…………。! って、ちょっとシャナ、待ちなさいよ! あ、着いたら話すわ!』
「あ、おい!」
プツリと通話が途切れた。
セルティ・ストゥルルソンと、相手の番号の名前が表示される。
「まったく、あの嬢ちゃんは相変わらずだな」
『大丈夫なのか?』
リナの使う携帯電話の持ち主が、少し不安げに文字を示す。
「なに、あの二人だってバカじゃないさ。罠の中を無理に突っ走ったりは……しそうだな、おい」
独走型のシャナと、どちらかというと過激派なリナ。組み合わせとしては最悪に近い。
『大丈夫なのか!?』
セルティが『大丈夫なのか』と『?』の間に無理矢理『!』を書き足した紙を突きつける。
「大丈夫ですよ、きっと」
そう言ったのは保胤だった。
「あのリナさんという方は、怨念が噴出しない限りは冷静で、警戒心も強い人です。
そう無茶な事をする人ではありません」
「……だと良いんだがな」
そう、普通に考えれば何の不安も無いはずだった。
実際、二人は時間こそ掛かったものの何の問題もなく森を抜ける事が出来た。
その後ろには累々と破壊された罠が転がっている。
「しっかし時間がかかったわねぇ。なんか雨も降ってきちゃったし」
「リナが休憩をとったからじゃない」
「あんたが無造作に進むからでしょうが! 神経が磨り減って仕方ないわ」
C−6に入った二人は、互いに悪態を吐きながら近くにあるマンションに近づく。
「まず雨宿りも兼ねて適当な所に入って、そこから電話するわ」
リナは何事もなく冷静に行動していた。
誰一人予想出来なかった事が有ったとすればそれは、彼女達が別れた仲間と合流する前に、
海野千絵と佐藤聖に出会ってしまった事だった。
その予想できなかった者達には海野千絵と佐藤聖の二人までもが含まれる。
本来二人は、『如何にもファンタジー』といった外見の連中を避ける事に決めていた。
なのに自分達の隠れているマンションにそんな格好の参加者が近づいてきてしまったのだ。
一人は比較的現代風の格好をしているし、少々偉そうな以外は割合普通の少女なのだが、
もう一人の少女はファンタジーっぽい格好をしている上に、背中に長い剣を背負っていた。
(やばいっ)
一瞬隠れようとし……だが、千絵は気づいた。
ファンタジー風の少女の風貌が、アメリアから聞いていた『リナの風貌』に似通う事に。
雰囲気や意匠こそ違えど、彼女の衣服がどことなく同じ世界を感じさせる事に。
「待って、聖」
そして、耳を澄ませると聞こえてきた二人の会話と、その断片……リナという一言に。
「彼女を狙うわ。彼女はアメリアの知り合いよ。うまくやれば、罠に掛けられるわ」
アメリアの仲間なら吸血鬼は知っているだろう。
だが、同時に強い力を持った、罠に掛けられる相手でもあるのだ。
聖に対抗する時が来れば、『アメリアを殺したのは彼女だ』と吹き込めば仲間に出来るのも魅力的だ。
アメリアが死んだのがあの時とは限らないが、彼女がアメリアに重傷を負わせたのは事実だし、
そもそもそれが真実である必要は無い。
聖が言い返した所で、自分が短い間なりともアメリアと過ごしたアドバンテージは崩せない。
「私はもう一人の子の方が好みなんだけどなぁ」
聖が欲望に澱んだ目で返す。
千絵は不安を感じながらも説得した。
「別に片方だけとは言わないわ。
刀を持ってるけど見たところただの女の子みたいだし、後に回せばいいじゃない」
「……ちぇっ。判った、前菜と思う事にするよ」
千絵は聖に手筈を伝えると、リナとシャナに会いに向かった。
「ふうん、そっちの方から出てきてくれるなんて手っ取り早いわ」
千絵が声を掛けようと思ったその瞬間に、先んじてリナが声を掛けてきた。
(まさか、見てる時から気づかれてた!?)
予想以上に相手が鋭い事に気づき、動揺しながらも反撃する。
「リナ・インバースさんですね? アメリアさんの仲間の」
今度はリナが動揺する番だった。
「アメリアを……アメリアを知ってるの!?」
「はい。私は、ゲーム開始直後にアメリアさんと行動していましたから」
つらつらと語る。今や何の感慨も抱けなくなったあの時間の事を。
その記憶には、完全に理解出来なくなった喪失感だけが残っていた。
(私はそんなにあの子の血が吸いたかったのだろうか?)
何か違った気がする。
今からでも彼女の死体を捜してその血を啜れば、その理由が判るだろうか。
――彼女の思考は、既に根底から冒されている。
「その後はどうなったの?」
「アメリアさんは襲ってきた人から私を逃がすために残って……最期は、知りません」
襲ってきたのが聖である事は伏せ、その時は夜中だったから判らないと誤魔化す千絵。
「雨が降り出して、もしかしたら……野ざらしで雨に打たれているかもしれませんから。
だから、せめて死体を埋葬する為に捜しに行きます。あなたも来ますか?」
「行くわ」
即答するリナ。シャナが少し不満げに問い掛ける。
「合流はどうするの?」
「少し待たせりゃ良いわ。シャナ、アンタだって勝手を通してたんだし、少しは付き合いなさい」
「……別に良いけど」
(かかった)
千絵は、リナを自分の顎に掛けた事を確信した。
「それじゃ行きましょう。あなた達の分の雨具も有れば良かったんですけど」
「良いわよ、そんな大袈裟なの無くても」
千絵は自分達の正体を隠すためのマントをそう誤魔化して、雨の中に歩き出した。
リナは実際、完璧に冷静ではなかった。
だが、それでも警戒心と観察力は鈍っていなかった。
(こいつら、吸血鬼だわ)
マントの隙間から見える透き通る程に白い肌。微かに紅く光って見える眼。
そして、仄かに漂う嗅ぎ慣れた……血の臭い。
(アメリアを殺したのはこいつらかもしれない。そして、もしそうなら――)
だから、平和主義者の保胤に合流する前に付いていくのだ。
シャナも相手の正体に気づいている事を、考えるまでもなく確信して。
だが、シャナは完全に油断していた。
海野千絵と佐藤聖と名乗った二人(日本人だろうか?)は完全に素人だ。
戦いの訓練を積んだ様子も戦い慣れた様子も全く無い。悠二にさえまるで及ばない。
マントから垣間見える腕だってまるで鍛えた様子の無い細腕だった。
シャナ自身もその外見からは想像できない怪力を秘めてはいるが、
その挙動の端々には歴戦の戦士ならば見て取れる『戦いへの慣れ』が潜んでいる。
二人からも存在の力の奇妙な乱れを感じては居たが、例え人間であろうとなかろうと、
高い戦闘力を持っているのなら、自然と戦いに慣れているはずなのだ。
この二人にはそれが無い。
そして、シャナには吸血鬼の知識が無い。
元の世界では伝説や娯楽の世界にしか登場しなかった存在。
彼女は、そういった知識を与えられる事なく育てられた。
(でも、この微かな臭い……なんだっけ)
更にもう一つの盲点。
それは、血の臭いを嗅ぎ慣れていない事だ。
幾ら仄かに漂うだけとはいえ、その臭いを嗅ぎ慣れた物なら確実に気づく血の臭い。
リナは当然のように、シャナも気づいていると思っていた。
しかしシャナが抜けてきた戦いにおいて、血を流す者は殆ど居ない。
敵も、その犠牲者も、血を流す事無く消えていく。
最近までは一人で戦ってきたから、血を流すのは自分だけ。
自分が傷を負った時は嗅覚より先に痛覚に来るのだから、臭いはあまり記憶に残らない。
だから。
歴戦の戦士でありながら、シャナは吸血鬼に気づく材料を何一つ持ち合わせていなかった。
それでもまだ、千絵の計画が成功する要素も何一つ存在していなかった。
彼女はシャナは無力だと油断し、リナを狙おうとしていたのだから。
リナもまた、積極的に話しかけ、アメリアの事を知る千絵を警戒していた。
実際、彼女の計画は成功しなかった。しかし――
聖の欲望に任せた襲撃を阻止しえる要素は、何一つ存在していなかった。
「ぁ……ああああああああああぁっ!?」
「な、バカ!」
「しま……っ!?」
シャナの絶叫と千絵の悪態とリナの驚愕が次々に口を衝いて出た。
シャナの首筋に、純白の牙が深々と突き立っていた。
それが見る見るうちに色を塗り替えられ、紅い牙になっていく。
(そんな、なんで!?)
背後から自分に噛みついた女性は、確かに素人だったはずだ。
だがその動きは、油断していたとはいえシャナが捕らわれる程に速かった。
「このっ、放せ!」
強引に振り払おうと力を篭める。しかし……
(振り払え……ない!?)
シャナと拮抗し、それどころか上回るほどの怪力が彼女を掴んでいた。
振り回すシャナの腕が引っかかり、聖のマントは薄紙のように引き裂かれた
それを見て千絵も、シャナがただの少女ではない事に気づいた。
それでも聖の表情は揺らがない。
本当にちょっとした悪戯心に溢れた、自らの不利を考えもしない楽しげな笑顔。
「シャナちゃんだっけ。そんなに暴れなくても殺しやしないってば。ふふふ」
暴れるシャナによりマントが完全に剥ぎ取られ、聖の首筋が露わになる。
千絵も気づき、自らの首筋に手を当てた。
(痕が、無くなってる……!?)
魔界都市における吸血鬼の付けた吸血痕は、身も心も吸血鬼化した時に消え去る。
アメリアに一撃で破れた時、聖の吸血鬼化は完了していなかった。
だからこそ、アメリアは聖を救えるかもしれないと夢見たのだ。
だが、完全に吸血鬼化……それも美姫直々の寵愛を受けた吸血鬼化を完了した聖は、
日光の遮られた雨空の下、圧倒的な肉体能力を思うがままに使いこなしていた。
その肉体能力に支えられた傲慢な自信が、計画に反した襲撃を実行させた
しかし、シャナもそれだけで手も足も出なくなるほどに弱くもない。
「放せって言ってるでしょ!」
精神を集中し、それを求める。
求めるは……炎!
吹き上がった爆炎が降りしきる雨を蒸発させ、大量の水蒸気が周囲を覆った。
続けざまに高熱が上昇気流を呼び、水蒸気を巻き上げて立ち上っていく。
「――――っ!?」
押し殺した声が上がり、聖がゴロゴロと地面を転がる。
水たまりを転がり、雨水でボロボロに燃える衣服を消火する。
「もう、ひどいじゃない……っ!?」
ギリギリで身を放したため、火傷はそう酷くない。だが。
「まだよ! ファイア・ボール!!」
随分前からこっそりと詠唱を終えていたリナの火炎球が炸裂した。
「きゃあああああああああぁっ!!」
悲鳴を上げて飛びすさる聖。
更に水蒸気の雲を抜け、怒りに身を震わせるシャナが跳びかかる!
「さっきはよくも!」
「ひぃっ!!」
肉体能力では聖の方が上だ。だがシャナは、刀を持ち、技を持ち、炎を操る。
ここに来て敗北を悟った聖は、背中を向けて全力で逃げ始めた。
「この、待てっ!」
シャナが追いかけるも、肉体能力の差が有る以上、追いつけるはずもない。
そしてそれ以上に……
「ふぅ……ふぅ……くそっ」
深々と咬まれた上に、聖を振り払うため自分を中心に爆炎を巻き起こしたのだ。
肉体的な損傷や消耗も、そう軽い物ではなかった。
一方、千絵も聖が逃げ出すのを見て、脱兎の如く逃げ出していた。
(あの馬鹿! あんなタイミングで欲望に流されるなんて……!)
いずれ時期が来たらと思っていたが、さっさと縁を切るべきだ。
だが、それ以上に予想外だったのはもう一人の少女の方まで強敵だった事。
どういうわけか誰も追いかけて来ないが、とにかく少しでも遠くに逃げないといけない。
幸い、この雨空は彼女達吸血鬼を動きやすくしてくれるし、逃走にも好都合――
そう思った次の瞬間、千絵の意識は闇に沈んでいた。
「ぇ……?」
最後に見えたのは、鳩尾にめり込む拳と、男と、男と、バイクに乗った首の無い…………
マンションの一室に、どこか陰鬱な空気が漂っていた。
薄暗い窓の外からはざあざあという音が流れ込んでくる。
「……あの二人、来ないな」
ベルガーはベランダから、雨の降りしきる外を注意深く監視していた。
負傷の治療を兼ねて休憩を始めてもう4時を過ぎたが、ダナティアとテッサはまだ来ない。
「罠のある森も有るし、雨も降り出したから、雨が止むまで待つのかもしれないわ」
そう言うリナも少し自信なさげだった。
捜し人がゲームに乗っていたとすれば、一騒動起きていてもおかしくない。
「まあ、彼女達は冷静だ。なんとかなるだろう」
彼女達『は』という言い方が少しリナの癪に障ったが、大した事ではない。
それよりも……
「あんたは大丈夫なの? シャナ」
咬まれた傷。爆炎による火傷。
更に短時間とはいえ戦闘を行った事により、腹部の弾は僅かに内出血を引き起こしていた。
「大丈夫。もう、痛みも引いたし」
それなのに、体中に保胤の符を張り付けたシャナは平気な様子で返事を返す。
たった2時間足らずで火傷は殆ど治り、僅かな内出血に至っては完全に止まっている。
元からシャナが備えていた自己治癒に保胤の符を足しても、有り得ないまでに早い。
「……だからこそヤバイんじゃない。どんな具合?」
「やはり、リナさんの言う吸血鬼化という物なのでしょう。確かにそのような兆候が見られます」
具合を見ていた保胤が答えを返す。
高速で再生する傷の中、首筋の吸血痕だけは癒える様子を見せていなかった。
「まだなりかけの状態ですが……悔しいですが、私では僅かに進行を遅らせるのが精一杯です。
その吸血鬼というのがどういった妖物なのかさえ判らないのでは、まるで手が付けられません」
「あたしの世界の吸血鬼像なら教えられるんだけど……
どうもあたしの世界の吸血鬼とも違うみたいなのよね」
ベルガーも首を振る。セルティも判らないという素振りを返した。
「はぁ。それじゃやっぱり、そいつが起きるのを待って聞き出すしかないわね」
保胤が複雑な表情を浮かべる。彼にとっては彼女も被害者なのだ。
シャナとは違い、既に吸血鬼化が完了してしまっていても。
シャナの隣のベッドに厳重に拘束された海野千絵は、未だ昏倒状態にあった。
「何か可能性が高い治療法は無いの?」
シャナが不満げに問う。
「そうね。やっぱり吸血鬼なら……咬んだ奴を殺すとかじゃない?」
シャナを咬んだ聖は何処かへ逃走してしまった。
千絵が起きるのを待って問いつめれば行動パターンくらいは読めるかもしれない。
だがそれしか無いとしても、シャナは悠長な方針に苛立ちを隠せなかった。
(――もう手遅れだ)
まだ大丈夫だ。
そう思うのに、何故か言いようのない予感が彼女を追い立てる。
『それより、吸血鬼という物は血を吸いたくなる物だ。それは大丈夫なのか?』
「別に。なんてこと無い」
心配するセルティにそっけなく返す。
シャナはセルティに対し、どこか余所余所しく対処していた。
さっき会った時に敵だと勘違いして刃を向けてしまい、どうにも気まずいのだ。
大事にはならなかったし、セルティも気にしないと言ってくれたのだが。
セルティのように奇怪な容貌は、概ね敵に多かった。
「そうですか。それならしばらくは大丈夫かもしれませんね」
なんてこと無い。その答えに保胤は少しだけ安堵すると、真剣な顔で付け加えた。
「調べてみて少しだけ判りましたが、吸血鬼化とは肉体のみならず精神も蝕む症状のようです。
今は意志の力で抑え込む他に有りません。危なくなったら誰かに相談してください」
保胤の見立てが正しければ、常人なら既に堕落している筈なのだ。
「問題無い。こんなの、半日は持つ」
「コンニャクの構えってやつだね」
……………。
「……盤石の構え?」
「うん、それそれ」
エルメスがいつものように諺を間違える中で、ベルガーは密かに顔を強張らせた。
半日。それは追跡して戦うには十分な時間かもしれない。
だが、耐えられる時間としてはあまりにも短い。
(思ったより余裕は無いみたいだな)
溜息を吐く。
(無理に一人で抱えこむんじゃねえぞ、シャナ)
事実、シャナは追いつめられていた。
体の奥底からこみ上げてくる強烈な渇きと獰猛な衝動。
――血を啜り喉の渇きを癒したい。
(違う! わたしはそんなこと思ってない!)
フレイムヘイズとしての誇りと、傲慢でありながらも気高き意志で衝動を抑え込む。
だが、そうする間にもその衝動は強まってくる。
半日は持つというのは、嘘だ。
保胤の符の力で衝動が抑えられ、それで半日持たせるのが限界なのだ。
そして、何よりも辛いのは……孤独である事だった。
(悠二……)
リナには頼れない。
二回目の放送の時、リナには酷い事を言ってしまった。
一回目の放送の時から悠二の名が呼ばれるのが怖くて、まるで冷静になれなかった。
だから、ムンク小屋で休んでいる間に無理矢理に心を落ち着けて。
そうしたら飛び出してしまった酷い言葉。
きっとまだ内心では怒っているだろう。
(アラストール……)
ベルガーにも頼れない。
口喧しく贄殿遮那を返せと罵り、初対面の時は無理矢理奪おうとさえした。
きっと、自分を嫌っている事だろう。
贄殿遮那が有れば生き残れる。
そう思ったのだって、いつも自分の側に居てくれる人達が居ない不安の裏返しじゃないのか。
(ダナティア……)
悠二には未だに会う事が出来ない。
自分の中に在るアラストールと話す事さえ出来ない。
アラストールにシャナを頼まれ、真摯になってくれるダナティアも、居ない。
弱いけど合理的に冷静に考える事が出来るし、仲が特別悪くも無いテッサも、居ない。
さっき会ったばかりの上に、刃を向けてしまったセルティにも。
彼女とチームを組んでいた保胤にも、縋る程には頼れない。
エルメスに頼って何になるか。
気がついた時、シャナの周りに心を許せる相手は誰も居なくなっていた。
――もう間に合わない。手遅れだ。
(そんな事無い!)
湧き上がる不吉な予感を振り払う。
(悠二……きっと悠二に会えれば……)
何とかなる。そう思う。
悠二ならきっとなんとかしてくれる。
吸血鬼なんかにならないで済むと思う。
だから……
(悠二……早く会いたいよ……)
最後に残ったそれに縋り、必死に自分を保っていた。
彼女は気づいていない。
自分の予感が何を指し示しているのか。
本当に手遅れなのが何なのかに気づいていない。
あと1時間と30分で、第三回放送が始まる。
【C-6/住宅地のマンション内/1日目/16:30】
『不安な一室』
【リナ・インバース】
[状態]:平常。わずかに心に怨念。
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、携帯電話
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
千絵が起きたらアメリアの事も問いつめ、内容によって処遇を判断する。
【シャナ】
[状態]:平常。火傷と僅かな内出血。吸血鬼化進行中。
[装備]:鈍ら刀
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:聖を発見・撃破して吸血鬼化を止めたい。悠二を見つけたい。孤独。
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
吸血鬼化は限界まで耐えれば2日目の4〜5時頃に終了する。
ただし、精神力で耐えているため、精神衰弱すると一気に進行する。
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:心身ともに平常
[装備]:エルメス、贄殿遮那、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:仲間の知人探し。シャナが追いつめられている事に気づく。
・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:やや疲労。(鎌を生み出せるようになるまで、約3時間必要です)
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。
【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は多少回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)、綿毛のタンポポ
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 島津由乃が成仏できるよう願っている。
シャナの吸血鬼化の進行が気になる。あと30分後に由乃の綿毛を飛ばす。
【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ、厳重な拘束状態で気絶中
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:気絶中。聖を見限った。下僕が欲しい。
甲斐を仲間(吸血鬼化)にして脱出。
吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。
死にたい、殺して欲しい(かなり希薄)
[備考]:首筋の吸血痕は殆ど消滅しています。
[チーム備考]:互いの情報交換は終了している。
千絵が目を覚ましたら、吸血鬼に関する情報を聞き出して行動。
【X-?/????/1日目/14:30】
『No Life Sister』
【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力大幅向上)、シャナの血で血塗れ、多少の火傷(再生中)
[装備]:剃刀
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:身体能力が大幅に向上した事に気づき、多少強気になっている。
千絵はうまく逃げたかな。
己の欲望に忠実に(リリアンの生徒を優先)
[備考]:シャナの吸血鬼化が完了する前に聖が死亡すると、シャナの吸血鬼化が解除されます。
首筋の吸血痕は完全に消滅しています。
14:30に逃走後、16:30に生存が確認(シャナの吸血痕健在)されています。
・2点修正
セルティの状態を、鎌を生み出せるようになるまで2時間に訂正。
佐藤聖の14:30時点の位置をC-6に修正。
【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:やや疲労。(鎌を生み出せるようになるまで、約2時間必要です)
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。
【C-6/逃走中/1日目/14:30】
『No Life Sister』
【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力大幅向上)、シャナの血で血塗れ、多少の火傷(再生中)
[装備]:剃刀
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:身体能力が大幅に向上した事に気づき、多少強気になっている。
千絵はうまく逃げたかな。
己の欲望に忠実に(リリアンの生徒を優先)
[備考]:シャナの吸血鬼化が完了する前に聖が死亡すると、シャナの吸血鬼化が解除されます。
首筋の吸血痕は完全に消滅しています。
14:30に逃走後、16:30に生存が確認(シャナの吸血痕健在)されています。
十二時。昏倒し続けるハックルボーン神父は、朦朧とした意識の中で放送を聞いた。
すべてを聞き終わり、失われた者達の一人一人に涙し、神父は起き上がった。
敬虔なる神の使徒として、すべてのものに神の救いをもたらさねばならないというのに――
「十三名」
失われた者達の人数を呟き、神父は苦悩する。
神よ、自分に聖罰を。
自分がいるというのに、彼らを貴方の御許へと導く事が出来ませんでした。
膝をつき、両手を組んで神父は懺悔する。桁外れの信仰が可視波長まで及ぶ聖光効果をもたらし、周囲を浄化した。
古傷から血が噴き出て床と壁を血に染める。聖罰を受けたのだ。
神に栄光あれ。
懺悔を終えた神父は、周囲を見渡した。彼を気絶させた無頼の輩は既に何処ぞへと立ち去り、少年の姿も見つからない。
神父は一人。だがやることは決まっている。
「万人に神の救いを」
悔いを残したまま死に、死者の魂が現世で彷徨うことのないように。
この拳で、神のためにあるこの拳で。
迷えるものたち全てに、救済を与えよう。
「万人に神の救いを」
すべては神のために。アーメン。
○
歩き回った末に、神父はそれを見つけた。
「ほらミリア! 牛肉だぞ!」
「狂牛病だね!」
「鶏肉もある!」
「鳥インフルエンザだね!」
「豚肉だ! しかも無菌豚!」
「うわあそれなら安全だよアイザック! さすがだね!」
「さすがだろ! そろそろブラック達と合流しようぜ!」
「そうだねアイザック! 要は喜んでくれるかな?」
商店街の一隅にある、無人の肉屋の店先。
そこで商品を弄んでいる、二人の男女。
二人の所業を見て、ハックルボーン神父は神に祈った。
神は申された。
『汝、奪うなかれ』
神父はのっそりと、二人の背後の立つ。と、二人のうち女の方がこちらを見つけ、
「――きゃああああああああ!!」
「どうしたミリア!?」
悲鳴を上げた。
鼓膜を震わす甲高い悲鳴をものともせず、神父は右の拳を振り上げる。
「あなたに神の――」
仲睦まじい男女だったというのに、なぜ神の言葉に逆らい罪を犯すのだろうか。
男が振り返り、こちらを見て驚愕の声をあげる。
「ひ、一人っ! ってことはグリーンが言ってたとおり、敵だな!?」
「どうしようアイザック! とうとう悪役登場だよ!?」
怯えの表情ですがる女に、男は一本の刀を取り出して、
「心配するなミリア。この超絶勇者剣があれば、どんな相手でも真っ二つだ!」
「――祝福あれ!」
一歩で踏み込んだ神父の右拳が、男の台詞をさえぎって左頬に直撃した。
ごきり、という致命的な音で、男の首が不自然な角度に曲がる。首の骨が折れたのだろう。
間髪入れずに神父の左拳が男の右頬を打つ。
鉄壁の信仰と日々の鍛錬に裏打ちされた打撃力が、男の首をちぎりとり、肉屋の中に吹っ飛んだ。
神父の首の根から血が吹き出し、神父の両の目から涙がこぼれた。
苦痛の涙であり、歓喜の涙でもある。
ハローエフェクトとRHサウンドの、光と音による昇天が迅速に行われた。不死者アイザック・ディアンといえど、魂が昇天してしまえば再生はできない。
「ア――」
女が、がくがくと震えながら銃を抜いた。
男の首は吊るしてあった豚肉の腸詰に絡まり、奇怪なオブジェとなっている。
「アイザックぅ―――――――!!」
ろくに照準もつけない銃撃が、神父を襲った。
放たれた七発の鉛弾のうち、当たったのは四発。左腕、右脚、左肩、右胸の四箇所。
銃という武器は臓器に直接当たって破壊せずとも、その衝撃だけで人をショック死に至らせることのできる武器だ。
だが、ハックルボーン神父の鋼の信仰心を折ることは出来なかった。
ガチガチと、弾が切れてなお執拗に引き金を引き続ける女に近付く。
命中した四発の弾丸は、神父の行動を妨げることにすら至らなかった。女はようやく気付いたのか、弾切れの銃を手から離した。神父は右の拳を大きく振りかぶる。
「あ、あいざっ……」
「祝福あれ」
拳がミリア・ハーヴェントを恋人の元へ送る寸前に。
何かに止められたように、急停止した。神父が止めたのではない。
「――だからヤなんだよ。地味すぎる」
声は、女のもの。
声の方を振り向けば、肉屋の向かいの魚屋の看板、“魚々っと! 新鮮組!!”と書かれたそれの上に、一人の女が悠然と立っていた。
彼女は瞳に怒りの炎を映し、びしっと右手の人差し指で神父を指し、叫んだ。
「よくもそのバカを殺ってくれたな……『地獄の宣教師』、いや『殺人神父』!!」
目を凝らせば、女の左手から伸びた――複数の糸らしきものが、神父の右腕に絡み付いてその動きを阻害している。
神父は無言で、右腕にさらに力を込めた。
異常に膨れ上がった筋肉が絃の幾本かを引き千切るが、すべてを引き千切ることはできなかった。
だが、神父の身体は神父のものではない。すべては神のものなのだ。
神に栄光あれ。
熱量を持つまでに至った聖光と更に膨張した筋肉が、残っていた絃すべてを引き千切った。
「逃げたりするなよ殺人神父。地獄の果てまで追い詰めるぞあたしは」
女の宣告に、神父は静かな視線を向けた。
人類最強と超弩級聖人の視線が交錯し……神父は、厳かな声音で告げた。
「罪人よ。神の愛を畏れるな」
「とぁ――――っ!!」
哀川潤は全力で跳躍した。
跳躍の方向は、真上。上方向以外のベクトルを持たないスーパージャンプを見ても、アイザックを殺した巨漢――神父は驚きすら見せない。
上昇限界点に来たところで、彼女は左手の曲絃糸を引いた。神父ではなくその後ろ、肉屋の看板に絡ませておいた糸だ。
空中に居る状態でそれを引けば、身体は引っ張られて前に進む。
「ライダァ――――キィィィィック!!」
垂直ジャンプからの飛び蹴りを、神父は両手で受け止めた。
砲弾のような衝撃が神父の腕、胴、脚へと伝わり、踏みしめたアスファルトが砕かれた。
神父が脚を掴もうとする前に、哀川潤は神父の掌を蹴って跳躍回避。
無駄にムーンサルトなど決めつつ、神父から数歩離れたところに降り立った。殴り合いには邪魔な曲絃糸を外して捨てる。
半瞬にも満たない睨み合いの後に、爆音が響いた。
両者が渾身の力で踏み込んだ為に、アスファルトの地面が砕けたのだ。
常人なら数歩の距離を、人類最強と超弩級聖人は非常人たる己の力を全力で用いて縮める。
拳を振りかぶった神父と対照的に、それを紙一重で避けた潤は身を屈めて神父の懐に飛び込んだ。
平常ならば、ガチの殴り合いだろうと哀川潤は神父に負けず劣らない。
だが、今の彼女は右肩を負傷している。殴り合いでは分が悪い。
ゆえに哀川潤はハックルボーン神父の拳をかいくぐり、懐に飛び込んだ。
左の肘を突き出し、疾走の運動力と全筋力のすべてを込めて打つ場所は心臓。
「おあああああっ!!」
咆吼と同時に打撃した。
肉を穿ち骨を砕き臓を破る一撃が、神父をえぐった。
それは確実に胸骨のほとんどを砕き、心臓に致命的な損傷与えた。
だが、神父の信仰までは砕けなかった。
血の塊を吐き出した口で咆吼を叫び、繰り出した膝が哀川潤を吹っ飛ばした。
「ぐっ!?」
両腕を交差させてなんとかガードしたが、膝蹴りを受けた両腕の骨にヒビが入る。
しかし痛みを堪え、体勢を立て直そうとする。だが神父が慈悲深き表情で慈悲深い拳を放とうとしている。今度は間に合わない。
その寸前に。
刃物を肉に突き立てた様な音が、神父の脇腹から響いた。
そこに、ミリアが居る。怯えと怒りの入り混じった表情で、アイザックの持っていた刀で神父の脇腹を貫き、その先の腎臓へと切っ先を届かせて。
「アイザックの、カタキ」
神父は刃を突き刺させたまま、ミリアの頭を掴んだ。
そのまま引っ張るが、ミリアが刀を放そうとしないため、首がちぎれてしまった。
首が取れてもミリアは刀を手放さない。神父は諦めて、取れてしまった首を放った。肉屋に飛び込んだ彼女の首が、先客の首とキスをする。
神父はミリアの身体ごと刀を引き抜き、ふたつまとめて主のところに投げ返す。神は申された。汝、奪うなかれ。
「あなたに神の祝福を」
聖印を切ると同時に聖光効果と神聖和音が発生。ミリア・ハーヴェントの魂を高次元に強制シフトした。
そして。
赤き制裁、死色の真紅、人類最強の請負人――哀川潤。
「……あたしが、このまま逃げるとは思ってないよなあ?」
問いかける彼女の表情は、純粋な怒りに満ちている。
神父に。アイザックに。ミリアに。自分に。主催者に。すべてのものに対する激怒の感情が吹き荒れる。
魂消る様な激情が、赤色の恐怖がハックルボーン神父を射貫く。
「逃げるものか。逃がすものか。二人が死んだのはあたしの責任だ。守ると決めたくせに出来なかった。不言不実行なんて笑いも取れねえ」
哀川潤の言葉を、神父は懺悔だと判断した。
だから言った。慈愛に満ちた声音で、
「神はすべてを赦されるでしょう」
言った直後、血の塊を吐いて神父が地に膝を付いた。
人類最強の打撃を心臓に喰らい、腎臓に刃を突き立てられて、生きていられる人間はいるのだろうか。
片膝付いた神父に対し、哀川潤は情けをかけない。
アスファルトを砕く脚力で一息に間合いを詰め、位置の低くなった神父の頭蓋に飛び膝蹴りを叩き込む。
骨の砕音で神父が大きくのけぞった。額から大量の血液を流し、ぎろりと目を剥き死色の真紅を睨みつける。
そして神父は、脚を戻し拳打の初動に入った赤き制裁に。
「罪多き子羊よ」
抱きついた。
「っ!? 放しやがれこのエロ神父!!」
一瞬の驚愕の後に、哀川潤は神父の抱擁から抜け出そうと抗うが、信仰心に裏打ちされた超弩級聖人の腕力は人類最強の請負人の抵抗にも屈しない。
「神の愛は無限だ」
神父は微笑んだ。ハローエフェクトを背後に、暖かい聖人の表情で。
「神はすべてを赦されるでしょう」
「ぐ、が、このっ……!!」
ベア・ハッグ。
哀川潤のみしりと鳴った骨がぼきりと泣いて折れる。
同様に神父の骨も折れ、神父は歓喜の涙を流す。
神の奇跡が二人の間に感染呪術的な連携を生じさせ、片方の傷を片方に返す。
哀川潤が神父の頬を殴って頬骨を砕けば、哀川潤の頬骨も砕けた。
ハックルボーン神父が抱擁で哀川潤の内臓を押し潰せば、ハックルボーン神父の内臓も潰れた。
最期に人類最強の請負人が怒りの咆吼をあげ、超弩級聖人が神への祈りを叫んで――
○
商店街の片隅にある、年季の入った民家。
そのリビングで、三人――フリウ、要、シロ――は三人――アイザック、ミリア、潤――を待っていた。
分かれて探索している二人の様子を見に行った、哀川潤の指示によって。
先ほどから振動――恐らくは戦闘によるもの――がしていたが、こちらまで響く大きな叫びを最後に途絶えていた。
それから暫くしても彼女は戻ってこず、不安が蛍光灯の照らす薄暗い部屋を包んでいる。
哀川潤が言い残した言葉を、思い出す。
『あたしが帰ってくるまで外に出るな。二十分して帰って来なければどこかへ逃げろ』
約束の時間まで、残り一分。
しびれをきらした要が、フリウに聞いた。
「フリウ……やっぱり、さっきの叫び声は……」
「……うん。多分、哀川さん、じゃなくて潤さんのだと思う」
赤い彼女の名前を名字で言い掛けて、フリウは慌てて言い直した。
この場にいないのは分かっているが、先ほど名字で呼んだときの剣幕は忘れらない。
「お姉しゃんは待ってろって言ってたデシけど……」
シロが言い出しにくいその言葉を、やはり言い出しにくそうに言った。
「やっぱり――心配デシ」
心配。
彼女に――哀川潤に対し、もっとも縁のない言葉のように、フリウには思えた。
壁にかかっている時計の針が、約束の時間を通過した。
「二十分、経ったデシ」
「……どうしようか」
二人に答えることはせず、フリウは椅子から立ち上がった。
食糧を入れて重量の増したデイパックを持ち、冷静に言う。
「逃げよう。二人とも、早く準備して」
「フリウ……?」
不理解の言葉を投げる要と目を合わせないように、フリウは呟いた。
「あの人は多分……もう、来れないんだと思う」
「でも――」
なおも言い縋る要に、フリウは叫んだ。
「どうしてわからないのよ!」
痛くなるほどに拳を握り、肺腑の奥から空気をひねり出す。薄暗い室内の湿った空気に対し怒りをぶつけるように、フリウは怒号を発した。
「潤さんでもどうにもならない事なら、あたし達にだってどうにもならない!」
「フリウしゃん……」
「あの人は約束したのに守れなかった! ならもうきっと――」
「フリウしゃん!!」
シロの叫びに、フリウの気勢がしぼんだ。
ぎこちない笑みを作って、シロが言う。
「――きっと、ちょっと道に迷ってるだけデシよ」
「そう……かな」
「そうデシ。アイザックしゃんもミリアしゃんも、みんな無事デシ」
つくった微笑を浮かべる白竜の言葉は、自分に言い聞かせているようなものだった。
フリウはデイパックを床に落とし、椅子に座り込んだ。体重を預けられた背もたれが、嫌な軋みを立てる。
「フリウしゃん、まだ疲れてるからイライラしてるデシ。ボクが見張ってるから、二人は寝るといいデシ」
「でも……シロは」
「ドラゴンは寝溜めができるデシ。心配いらないデシ」
いつまで寝ているのか、ということを、賢いドラゴンは言わなかった。
三人の生死が分かる、正確な時刻まで――あと一時間三十分。
主の居ない民家の無人の寝室に向かう途中で、フリウは小さく呟いた。
「怒鳴ってごめんね、要」
「ううん……」
要は首を振った。動きにあわせて長い黒髪が踊る。
力ない笑みを浮かべ、彼は顔にかかる髪をのけて言う。
「――本当は、ぼくも思ってたから」
風が吹いたのか、木製家屋が軋み、嫌な音を立てた。
フリウは口から出ようとする言葉を呑み込み、代わりに薄暗闇の湿った空気を吸って、大きく吐き出した。
もうすぐ、夜が来る。
「おやすみ、要」
「おやすみ、フリウ」
別々の寝台に入り、就寝の挨拶を交わして、二人は眠りについた。
【C-3/商店街/1日目・16:30】
【アイザック・ディアン(043) 死亡】
【ミリア・ハーヴェント(044) 死亡】
【ハックルボーン(054) 死亡】
【哀川潤(084) 死亡】
『フラジャイル・チルドレン』
【フリウ・ハリスコー(013)】
[状態]: 疲労。睡眠中。
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし 包帯
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mm・缶詰などの食糧)
[思考]: 潤さんは……
[備考]: ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。
【高里要(097)】
[状態]:睡眠中。
[装備]:なし
[道具]:支給品(パン5食分:水1500mm・缶詰などの食糧)
[思考]:三人は大丈夫だろうか。
[備考]:上半身肌着です
【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】
[状態]:前足に浅い傷(処置済み)貧血 子犬形態
[装備]:黄色い帽子
[道具]:無し(デイパックは破棄)
[思考]:三人ともきっと無事デシ。そう信じるデシ。
[備考]:回復までは半日程度の休憩が必要です。
【残り65人】
鳳月と緑麗が地上に出られた頃には、落下してから、かなりの時間が過ぎていた。
地下遺跡の出入口で、手早く食事をしながら休憩し、すぐに神将たちは出発した。
緑麗は、地下遺跡の床が抜けたときに右足を骨折している。自力で歩くことも、
立つことも不可能だった。だから、ずっと鳳月が肩を貸している。
鳳月だって無事ではない。左腕は折れているし、左側頭部から出血していて、
ときどき平衡感覚がおかしくなる。右手の五指は、動かすたびに激しく痛んだ。
さらに、双方とも、打撲や擦過傷の疼痛に全身をさいなまれている。
もしも彼らが普通の人間なら、とっくに気絶していてもおかしくない。
「急がないと、待ち合わせの時間に遅れそうだな」
何かしゃべっていないと力尽きそうだ、といった表情で鳳月が言う。
「すまない。それがしが、足手まといになっている」
うつむく緑麗の顔は、土と埃に汚れ、疲労の色が濃い。
「そうでもないさ。正直、俺も限界が近い」
ふらふらとよろめきながら、二人は西へ向かう。移動速度は非常に鈍い。
「せめて、その、太極指南鏡がまともに動いてくれれば……」
緑麗の眼鏡を見ながら、鳳月が愚痴をこぼした。彼女の眼鏡は、視力補正器具でも
装飾品でもない。天界の最長老にして発明家、太上老君の作った探査分析装置なのだ。
本来なら、島中を隅々まで調べあげ、知人の居場所などを数秒で表示できるだけの
能力を秘めているのだが、見た目は単なる丸眼鏡だ。おかげで黒服たちに奪われず、
緑麗の手元というか目元に残ったわけだが……。
「この空間を造っている術は、探査の術と相性が悪いようだからな。まぁ、あるいは
どんな術とも相性が悪いのかもしれないが。これでは、空間そのものに探査妨害の
術がかかっているのと同じことだ。……すぐそばにいる相手くらいなら調べられるが、
現状でも信用できるほどの精度があるかどうか」
「でも、取りあげられずに済んだだけでも良かったよ。俺の隣にいた赤髪の男なんか、
黒服が見てる前で、眼鏡についてたカラクリを作動させちゃったせいで、あっけなく
その眼鏡を没収されてたぞ」
そうこう話しながら歩いているうちに、森林地帯の終わりが見えてきた。
森の外には、とてつもなく珍妙な光景があった。
奇天烈な物体――小屋のように見えるような気がしないでもない――を背景に、
筋骨隆々で傷だらけの巨漢が、無言で周囲を見回していたのだ。
既に誰もいないムンク小屋と、迷える子羊を探すハックルボーン神父だ。
少し離れた森の中では、それを見た鳳月と緑麗が大いに迷っていた。
「なぁ、どうする? なんだか、ものすごく強そうな危険人物がいるぞ」
「いや待て。確かに外見は凶悪だが、あの巨漢からは邪気や妖気の匂いがしない。
信じ難いことだが、むしろ清らかな聖気すら発しているようだ」
「おいおい、冗談だろ?」
「事実だ。納得しろ。おそらく彼は、平和主義者の武術家か何かなのだろう。
『乗った』者に襲われ、仕方なく戦った後、仲間を探している途中、といったところか」
「……とりあえず話しかけてみるか。まず俺が一人で出ていって、信用できそうか
判断してみるよ。緑麗は、ここで待っててくれ。というわけで、俺の荷物を頼む。
万が一のときには走って逃げるから、身軽な方がいい」
「素手で大丈夫か、と言いたいところだが、どうせその怪我ではろくに戦えまいな。
下手に疑心暗鬼を煽るくらいなら、まだ素手の方がマシか。……たぶん平気だとは
思うが、用心はしておけ。いざとなったら、ここから術で援護する」
「やめとけって。片足が折れてるのに、居場所を教えてどうする気だよ」
「そのときは、それがしを囮にして生き残ってくれ」
「! ちょっと待てよ、何ふざけたこと言ってるんだ?」
「ふざけてなどいない。お前は、足手まといを守って無駄死にして、それで満足か?
思い出せ。父上どののような立派な神将になりたいと言った、あの言葉は嘘か?
お前が命懸けで守るべき相手は、同じ神将のそれがしではない。そうだろう、鳳月」
「でも……俺は……」
「そんな顔をするな。……いいのだ。天軍に入ったときから、とうに覚悟はできている」
「やめてくれ、縁起でもない。……いいか、俺たちは帰るんだ。麗芳や淑芳と再会して、
天界に戻って、星秀のぶんまで生きていくんだ」
「鳳月」
「行ってくるよ、緑麗。俺は必ず戻ってくるから……だから、待っててくれよな」
そう言って緑麗に背を向け、鳳月は静かに歩き出した。
「あのー……」
背後からかけられた声に神父が振り返ると、少し離れた位置に子供が一人いた。
子供は荷物も武器も持っておらず、怪我をしていたが、それでも怯えてはいない。
「や、どうも、こんにちは」
まっすぐ目を見て挨拶する相手を、快い、とハックルボーン神父は感じた。
柔和な笑顔で軽く会釈し、神父は来訪者を迎える。内面の善良さがにじみ出るような、
親しげな挙動だった。当然だ。彼は、史上最強の超弩級聖人なのだから。
「俺は鳳月っていいます。争うつもりはありません。あなたと話がしたいんです」
やや安心した様子で、子供が語りかけてきた。神父は鷹揚に頷き、厳かに言う。
「私はハックルボーン。神に仕える者」
誰よりも先に、一刻も早く参加者たちを昇天させるために、情報はあった方が良い。
鳳月を神の下へと導くのは、話を聞いてからでも遅くはない。そう判断した結果だ。
「へぇ、そうなんですか。……だったら話が早いかもしれないな。
えーと、実は俺、これでも一応、神サマの端くれなんですよ」
鳳月の自己紹介を耳にして、思わず神父は天を仰いだ。にこやかだった笑顔が、
残念そうに歪む。神将たちが異変に気づいたときには、すべてが手遅れになっていた。
ゆっくりと歩を進めながら、哀れみを込めた瞳で鳳月を見て、神父が一言ささやく。
「神を騙るなかれ」
次の瞬間、敬虔なる神の使徒は、疾走すると同時に拳を振りかぶっていた。
神父の殺意は、善意の塊だ。異常で不可思議な殺気に、神将たちの反応が遅れた。
森の中で、とっさに緑麗が呪文詠唱を始めるが、もはや術よりも拳の方が速い。
鳳月が動くより先に、神父の全身が聖光を放つ。至近距離からの発光は目潰しとなり、
少年神将から貴重な一瞬を奪った。そして、鳳月の脇腹が、拳の一撃で大きく陥没する。
奇跡と神通力が相殺しあい、生身と生身の勝負となった末に、神父の怪力が、鳳月の
内臓に致命傷を与えたのだ。負傷によって神通力が弱まり、奇跡の光が輝きを増す。
鳳月が血を吐いた。救済の対象と同調し、神父の口からも鮮血があふれる。
「アーメン」
神父が拳を振り抜く。鳳月は、わずかに滞空してから地面に落ち、動きを止めた。
「――ぃ――ぅ」
哀れな子羊が、小さく誰かの名を呼んで絶命する。数秒だけでも意識を保てたのは、
日頃の鍛錬があったからだ。彼の逝く先は、彼の見知らぬ天の上だろう。
「――太上玄霊七元解厄、北斗招雷――!」
絶叫と共に、森の中から翡翠色の稲妻が撃ちだされ、神父を滅するべく大気を貫く。
緑麗の必殺技、北斗招雷破。今の彼女では大した威力を出せないが、しかし当たれば
ただでは済まない。けれど神父は、鳳月の魂に同調して、神を見ている真っ最中だった。
「なっ!?」
最大限に強まっていた聖光効果と神聖和音が、神通力の電撃を受け流した。
もしも、あと数秒だけでも術の完成が遅れていれば、確実に命中していたはずだった。
だが、そんな仮定に意味はない。
全力で放たれた雷が、ハックルボーン神父に届くことなく四散していく。
数百年に及ぶ、彼女の努力と研鑽が、完膚なきまでに全否定された。
神との邂逅を邪魔された神父が、悲しそうに緑麗の方を向く。優しさと思いやりを
感じさせる、聖者のまなざしだ。
「あ、ぁあ、ぁ……」
慈愛に満ちた表情で、異世界の聖職者が駆けだした。急速に近づいてくる殺人者を
見つめながら、緑麗はただ呆然としている。体中から、力が失われていく。
「あなたに神の――」
彼女が心に感じていたのは、憎悪でも悔恨でも恐怖でもなく、疑問だった。
「祝福あれ!」
顔面へ迫る拳を前に、どうして、と緑麗はつぶやいた。
【031 袁鳳月 死亡】
【035 趙緑麗 死亡】
【残り 63人】
【G-5/森の西端/1日目・13:40】
【ハックルボーン神父】
[状態]:全身に打撲・擦過傷多数、内臓と顔面に聖痕
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:万人に神の救い(誰かに殺される前に自分の手で昇天させる)を
※森の西端に、支給品一式(パン4食分・水1000ml)×2、スリングショット、
詳細不明の支給品が落ちています。詳細不明の支給品は、防具ではありません。
鳳月のデイパックには、メフィストの手紙が入っています。
※緑麗の眼鏡(太極指南鏡)は破壊されました。
あの偶然たる戦闘からしばらく。
休憩を──本当は無理してでも行きたかったのだが──とっていた。
出雲は軽い脱水症状を起こしていたからだ。
遅れること数時間、再び彼と彼女はウルペンの追跡を開始した。
「こいつはさっきの…」
「いーちゃん…でしたか?」
出雲は目の前に倒れている同年代の青年に触れてみた。
分かれたのは数時間前だというのにかなり乾いている。
「あの野郎の妙な糸だな」
自分も先ほどこの青年と同じような状況になり、脱水状態に陥りかけた。
あの男は常人だったら死んでいる重傷を負いながら殺人行動に出ているらしい。
「くそっ。急がねえと千里が…」
脳裏に浮かんでくるのは重症の殺人者といつもの風見。
ナイフやさっきの糸を持って風見に襲い掛かり…!
そのあと風見がタコ殴りにして残った足の関節を破壊してブン投げている姿が想像できた。
「どうしたんですの?」
「あー。いや。意外と平気かなーと思ったけどよ、やっぱりいろんな意味で危ないことには変わりねぇ」
そう言って出雲はいーちゃんの体を近くの木の根元まで運ぶ。
体を木に預けさせた後、何も写していない目を閉じさせておく。
「こんなとこかな。残念ながらお供え物のエロ本は持ってないしな」
「え、えろ本?」
「俺の家の墓にはいつも供えてあるぞ。残念だがこいつはここに置いといてさっきの野郎を追おう」
「そう…ですわね……──ひゃん!」
「ぬお! どうしたアリュセ!」
「雨粒が降ってきましたの」
空はいつしか暗雲が覆い、大粒の雨を降らせ出した。
ザアアアアアァァァァァァ────……………
「アーリューセー! だーいーじょーぶーかー!」
「全然ー! 前もー! 見えませんのー!」
まさしく滝のような雨が全身を打つ。
1m先も見えずに、凄い雨音で声も聞こえにくい。
これでは追跡どころではない。
そう思い二人は雨の中建物を探して走っていた。
しばらく走り、先のほうにぼんやりと建物の影を見つけた。
「アーリューセー! あーそーこーはーいーるーぞー!」
出雲はアリュセの手を引っ張り、倉庫に向かって走っていった。
「到着!」
バーン! と倉庫の扉を思いっきり開けつつ登場した。
そこで出雲は中を見回し、そして思考をめぐらした。
倉庫の中には下着姿で焚き火を囲んでいるロリッ娘が二人。
こちらを無表情で睨んでいる。
「い、出雲さん…この方々は?」
背後からさらにロリが話しかけてきて再び思考を巡らす。
そして、手を打った。そうか。そういう事だったのか。
「すなわちここはロリワールド!──わあい異世界に突入だ俺」
「ぎゃはははは! 覗きは喰われてあの世行きだぜおにー───っちゃん!」
一瞬で間合いを詰めてきた貧乳ロリはいきなり殴りつけてきた。
コンクリートや鉄板を砕く一撃が出雲の腹に突き刺さった。
「おっと、やべぇおにーちゃん。結構本気で殴っちまった」
普通だったら腹部や内臓が根こそぎになる一撃だったが、打撃だったので出雲は加護の力で無事だった。
「ぐ、ぐふぅ…最近のロリはセメントだな」
「うわ頑丈すぎ! 最強だってボクの一撃食らったらただじゃ済まねーはずなのに──なーおねーさん」
いつの間にか生乾きの服を着ている長門に視線を送りながら出夢は言う。
アリュセがにやにや笑ってる出夢になるべく敵意を見せないように話しかけてみる。
「あの、特にこっちは戦う意志は無いんですの、だからここに雨宿りしてもいいですの?」
「んー? おおいいぜーおじょーちゃん。こっちもあんたらを殺す気は…あんまり起きねー──っての。なーおねーちゃん。
っつー──かおにーちゃんも女の子連れて覗きなんかするもんじゃねぇぜっ」
「うわなんかさらりと殺す気で殴られた俺を無視した発言」
「まー気にすんなおにーちゃん。突っ込みだって今のは。
ほらアンタの名前は出雲、ボクの名前は出夢。名前的にも相性ばっちりってか? ぎゃははははっ」
「今のは突っ込みか? いつからロリワールドは千里スタンダードな力加減に!?
あ──待て! そこの無表情系ロリ! 生乾きの服を無理に着ることは無いぞ! なんならこのバニーを一時的に──」
出夢の突っ込みが炸裂。出雲は吹っ飛ばされたが跳ね起きた。
「平気だからってぼかぼか殴るな! 俺が変になったらどうするんだ!」
「おうおにーちゃん。案外まともになるかもしんねぇぜ──とりあえずバニーをしまいな」
「くそうこの露出系ロリー──」
アリュセは諦めて焚き火の傍に近づいていった。無表情の女性と視線が合った。
「大変ね」
「ああ見えていい人なんですの」
ため息をついて焚き火で温まることにした。
【E-4/倉庫内/1日目・15:40】
『生き残りコンビ』
【匂宮出夢】
[状態]:平常 上機嫌
[装備]:なし
[道具]:デイバック(パン4食分:水1500mm)
[思考]:生き残る。あまり殺したくは無い。長門と共に悠二・古泉を探す。 出雲・アリュセには不干渉
【長門有希】
[状態]:平常/僅かに感情らしきモノが芽生える
[装備]:ライター
[道具]:デイバック(パン5食分:水1000mm)
[思考]:現状の把握/情報収集/古泉と接触して情報交換/ハルヒ・キョン・みくるを殺した者への復讐? 出雲・アリュセには不干渉
『覚とアリュセ』
【出雲・覚】
[状態]:左腕に銃創あり(出血は止まりました)
[装備]:無し
[道具]:デイバッグ(パン4食分:水500mm)/うまか棒50本セット/バニースーツ一式
[思考]:ウルペンを追う/千里、ついでに馬鹿佐山と合流/アリュセの面倒を見る/ 雨宿り/ 出夢・長門には不干渉
【アリュセ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(パン5食分:水1500mm)
[思考]:ウルペンを追う/カイルロッドと合流/覚の面倒を見る/ 雨宿り/ 出夢・長門には不干渉
※この場合の不干渉は行動を共にする・敵対する意志は無い、という意味です
情報交換などは次の作者にお任せします
そこに暗闇がある。
自然に出来た暗い狭間は、岩石によって複雑な起伏を持ちながら、わずかな風の音の中に佇んでいる。
大気が湿っているのは、水源があるからか。岩石の狭間を通る風が無意味な旋律を奏で、水流の静かな音を隠そうとしている。
水と風の微細な音階の中に、人の声が響いた。
「やっ……桜くんってば……ダメだよ、そんなの」
甘みを含んだ、どこか媚びるような声音が暗闇に浸透する。
いや、侵蝕する。
声は自然の静寂を破り、そこを人のものとした。風化していく岩石はただの障害物となり、風の旋律は不気味な吼え声となり、静寂な水流は飲み水への導きとなる。
「だ、ダメだよ――そんな、」
侵された未知は人の道となり、人の住まう領域となった。
ならば、そこに居たはずの怪物は何処に行った?
「白いのに赤いのをぐちゃぐちゃ混ぜたりしちゃダメ――――――ッ!!」
叫びが、暗闇を突き破った。
破られた静寂の中から、人影が進み出る。周りの闇と同化するようなその影は、叫びの主の間近で歩を止めた。
「ダメだよ桜くん! ダークサイドに堕ちたらマスク被ってせりふのたびにコーホー言わなきゃならないんだよ? もう、桜くんってばマニアックなんだから……ボク、そんな恥ずかしいのヤだよ……っ!」
叫びの主が起き上がると同時、手にした凶器を振りぬいた。
太い金属の棒に釘の生えた凶器――愚神礼賛が、近寄っていた人影の胴を薙ぎ払う。
骨肉の砕ける音が響き、しかし何も飛び散らなかった。
人影は何事もなかったかのように立っている。千切れたはずの胴には、傷一つない。
「あれ?」
きょとんとして、少女が人影の顔を凝視する。
腕を組んで悩み、何かに祈るようなポーズをし、不可思議な踊りをし、最後に愚神礼賛の一振りで人影の頭部を叩き潰して、
「おにーさん! 久し振りっ!」
元気良く挨拶をした。
人影は何事もなかったかのように立っている。潰れたはずの頭には、傷一つない。
「初めましてだね。三塚井ドクロ」
「うん、初めましてーっ」
人影は、少女の知る戯言遣いの姿をしていた。
天使の少女はにこやかに挨拶を返して、ついでに愚神礼賛を彼の腹に突き込み、捻り回した。
「三塚井ドクロ……それが今の君の名前」
骨肉と臓物とがすりつぶされ、しかし何も飛び散らない。
「名前には本質が宿るという。ならば君は御遣いなんだろう」
「うんっ!」
少女は大きく頷いて、動作に合わせて腕を下方向に下げた。思いっきり。
人影の下腹部から股間までが一気に裂け、だが何も飛び散らない。
その人影は……戯言遣いの似姿を纏った人影は、本当に存在しているのか。
声は響く。既に死んだ戯言遣いの声音で、どこからともなく響いている。
「わたしも御遣いだ。これは御遣いの言葉だ」
「そんな……」
愕然としたように、少女は数歩を後ずさった。
金属バットを抱きしめ、首を振って、
「言葉責めなんて……そんなプレイ、ボク、耐えられないよぅ……」
「ひとつだけ質問を許そう」
少女の言葉を無視して、御遣いは言葉を放った。
「わたしが確実に答えるのはそのひとつだけだ。それ以外は答えると約束しない」
「幽は結局どうなったの?」
「わたしについての質問だ」
揺らぎの無い声音で、御遣いは言った。
「たわしってどうやってつくるの?」
「わたしについての質問しか受け付けない」
揺らぎの無い、だがどこか苛立ちを含んだ声音で、御遣いは言った。
天使の少女はうーん、と軽く呻いて、軽く頬を紅潮させた。言う。
「赤ちゃんの素ってどこから出るの……?」
「疑問がある。その疑問を晴らす為に、人はなにをする?」
質問されるのを諦めたのか、御遣いは少女に問いかけた。
だが少女が答える前に、自答する。
「隙間を埋める。未知を狭める事は既知の限界を知らしめる事になる」
日の当たらない暗闇から、声が響く。
光の無いそこに戯言遣いの顔を認識できることを、少女は疑問に思わない。
「未知は消えていくが、未知だと信じていたものは既知の中にない。ならば未知存在は何処に消えた?」
戯言遣いの似姿をとっていたそれが、姿を揺らめかせた。
暗闇の中に溶け込むように、人影としての輪郭だけ残して御遣いが佇んでいる。
「わたしはそれを問いかける。それを疑問に思うものが、わたしを生まれさせた」
「誰と誰が?」
何気ない問いかけに。
揺らいでいた人影が再び戯言遣いの似姿をとった。
天使の少女は無邪気な顔で、問いかけを続けた。
「おにーさんは、誰と誰がどんなプレイして生まれたの?」
「我々は隙間だ。隙間は誰かが生むものではなく、生じるものだ。疑問もまた自然に発生した」
愚神礼賛が振りぬかれた。
コンパクトな振りで戯言遣いの身体を引っ掛けた金属の塊は、そのまま岩壁へと引っ掛けたものを叩き付けた。
だが何も飛び散らない。血も、肉片も、骨も、臓物も。まるでそれが本当は存在していないもののように、何も飛び散らない。
天使の少女は腰に手を当てて、頬を膨らませた。もー、と岩壁に叩き付けた彼を指差して、
「おにーさんってばムズかしいこと言って、またボクに変なコトするつもりでしょっ。騙されないんだから」
御遣いの返答は無い。
いや、そもそも最初からそんなものが居たのからすら、定かではない。
岩壁に張り付いていた肉体は痕跡もなく消え失せており、暗闇の中には人影すらなく、少女と風と水以外は音もない。
大体にして――戯言遣いの彼は、既に少女と離散している。
少女は数秒だけ訝しげに辺りを見回したが、暗闇の中では特に見えるものもなく、すぐに忘れた。
暗い地下道の中を、愚神礼賛を振り回しながら歩き出す。
少女がアーヴィング・ナイトウォーカーと遭遇したのは、その十数分後だった。
【E-1/地下通路/1日目・14:25】
【ドクロちゃん】
[状態]:脱水症状はとりあえず回復。左足腱は、杖を使えばなんとか歩けるまでに 回復。
右手はまだ使えません。
[装備]: 愚神礼賛(シームレスパイアス)
[道具]: 無し
[思考]: 暗いよう
【アーヴィング・ナイトウォーカー】
[状態]:情緒不安定/修羅モード/腿に銃創(止血済み)
[装備]:狙撃銃"鉄鋼小丸"(出典@終わりのクロニクル)
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:主催者を殺し、ミラを助ける(思い込み)
――埋葬に立ち会うのは二度目か。
蒼い殺戮者は細い少女の背中を眺め、静かに思考した。
装甲の蒼が薄闇に滲んでいる。
この場所に太陽の光は入らない。
地底湖の水面が弾くわずかな光だけがここでの照明だ。
査察軍の任務で夜間行動をとることもある蒼い殺戮者に暗闇は問題ではないが、他の人
間――――例えば同盟中の少女などは影響を受けるだろう。
薄暗い地下の冷たく暗い穴が、風見にはどう写っているのか。
蒼い殺戮者は沈黙を保ち風見を見守る。
風見の腕には青い布に包まれた、少年の体がある。
物部景。
名簿の一番初めに記されたその名前は当然記憶している。
そしてその名前は、二度目の放送をもって削られた名前でもある。
彼女が半日の間行動を共にしていた少年らしいが詳しいことは聞いていない。
あの拳銃使いから彼女を庇い、死んだ。
名前以外に蒼い殺戮者が少年について知っていることなどそれくらいだ。
……風見が動いた。
膝を曲げ、体を地面に近づけ、抱えた体を足元の穴へ、そっと横たえる。
風見は何度か少年の体の土を払い、しゃがみこんだまま動きを止めた。
あたりを静寂が包む中、蒼い殺戮者は思考を続ける。
こうしている間にも時間は過ぎていく。
島内は依然として危険だ。
早く捜索に動き出さねば取り返しのつかないことになるかもしれない。
火乃香、パイフウ、そしてしずく。
彼一人の捜索者にしても数は多い。
それでも蒼い殺戮者は風見を急かそうとは思わなかった。
それはしずくと、眼前の少女の姿が重なったからなのかもしれない。
自分が殺した鳥の死を想ったしずく。
自分を庇った少年の死を悼む風見。
どちらの感情も、蒼い殺戮者には未だに理解できない。
――俺は、喪ったことがないからだろう。
思考を打ち切り、蒼い殺戮者は静かに空気を揺らした。
梳牙の土を払い、風見から距離をとる。
何も知らないものが側にいるよりも、死を悼むのなら一人の方がいい。
未発達な彼なりに、考えた結果だ。
蒼い殺戮者は離れる前に風見の背中越しに少年を見た。
色失った顔。
閉ざされた双眸。
青いウインドブレーカーに包まれた体は小さい。
少年の青を塗りつぶすように、赤い血の染みが広がっている。
少年の、戦った証だった。
――お前が戦ったように、俺もまた戦おう。
守るために。
自らの命を賭して。
血に汚れてなお鮮烈なブルーを脳裏に刻む。
戦う理由は違うかもしれない。
それでも、向いている方向は同じはずだ。
蒼い殺戮者は確信があるかのように胸中で呟くと、意識を切り替えた。
センサーの感度を最大に。
襲撃者が現れても、即座に風見の下へ飛び込めるよう用意する。
風見が満足するまで、もうしばらくかかるだろう。
その間安全を確保するのは彼の仕事だ。
時刻を確認し禁止エリアと照合する。
今後の行動目的、移動ルートに変更はなし。
「お前のタマシイは、空へと還ることができたのか?」
呟きに応えるものはいない。
蒼い殺戮者は、少女の別れを邪魔せぬよう沈黙した。
* * *
蒼い殺戮者が離れていくのは気配でわかった。
どうやら気を使ってくれたらしい。
風見は胸中で苦笑した。
3-rdの自動人形ではあるまいし、あの歩兵にそんな気遣いが可能だとは。
よくよく考えればすでにかなり世話になっている。
拳銃使いから逃げ切れたのは彼のおかげだし、墓を掘ったのも彼だ。
どこかでまとめて借りを返さなければならないだろう。
「アンタに借りた分は、返せなかったわね」
墓穴に横たえられた、小柄な少年を見やる。
自然と体が震えた。
物部景。
島での最初の遭遇者。
線の細い、頼りなさそうな少年。
青いウインドブレーカーの魔法使い。
共同戦線……この時は、まだ疑いを持っていた。
移動途中に少女の遺体を見つけた……この島の現実を認識した。
どこか奇妙な女の子に襲われた……庇われ、少年は傷を負った。
眠る少年の顔を見る……この時、疑うことを止めた。
腕を振るった朝の食卓……ちょっとした恩返しだった。
襲撃者の登場……再び庇われ、少年は、命を落とした。
彼との同盟は、たったの半日しか続かなかった。
間違えた判断を後悔する。
間違えた自分を憎悪する。
戦うことには慣れていた。命が失われる意味も知っていた。
だから大丈夫だと、自分はなんとかできると驕っていた。
風見千里の驕りこそが物部景の命を奪った。
捨てることのできないその思いが、震えとなって現れている。
「……っ」
風見は奥歯を噛み締めた。
握った拳がぎしりと音を立てる。
謝るというのは違う。
礼を言うのもずれている。
泣くというのはもっての他だ。
他人を庇って死ねるような大馬鹿者を前に、そんなことをしても仕方がない。
どこか皮肉った笑みを浮かべて笑われるのがオチだ。
――君はそんなことをしてる場合なのか?
――ここは殺人ゲームなんてイカれたイベントの真っ最中なんだぜ?
――さっさと自分の身を守ることを考えるべきだな。
その時の仕草すら見えるようで、風見は再度苦笑した。
そして手を伸ばした。
景の首にかかった銀のクロスを外し、立ち上がる。
風見は胸元で強くクロスを握りこんだ。
五本の指に、灼けるような冷たさを感じる。
冷たさは体と心に食い込む痛みだ。
肉を裂き心を乱す。
それでも、その冷たさを意識するのは悪くなかった。
少年が最後に発した言葉を、胸の奥で噛み締める。
『ぁ……さちゃ……ごめ、ん』
『……なたを……まも、れ……』
物部景には帰る場所があった。
おそらくは、そこで待っている人がいた。
彼が守るべきなのはその人であり、自分などではなかったはずだった。
「これ、借りてくわよ」
物言わぬ彼に告げる。
風見の脳裏には一つの名前があった。
海野千絵。
他の二名の知り合いとは違い、景がきっぱりと仲間だと告げた少女。
彼女はまだ生存している。
なんとかしてこのゲームを終わらせ、そして、海野千絵に、このクロスを届けてもらう。
青い魔法使いの、待ち人の下へ。
風見はクロスを自分の首にかけると、よしっと頬を両手ではたいた。快音が響く。
顔がひりひりとする。
硬い相方のせいで溜まっていたフラストレーションが少し解消された気がする。
盛られた土を穴へと落とし込んでいく。
青が、姿を消していく。
五分ほどで少年の姿は見えなくなった。
最後に手の平で土を固め、丸石を添える。
腰に手を当て、風見は胸を張って言葉を放った。
「意地でも生き残ってやるわよ。佐山の馬鹿や覚と合流してね。
アンタの言葉も、絶対伝える。
だから……ちょっとの間、寝てなさい」
風見は息を一つ吐くと、躊躇いなく後ろを向いた。
――さあ、気合を入れなさい。
後悔はある。しかしそれに押しつぶされるわけにいかない。
物部景の死を抱えたまま、風見千里はさらに先へと進んでいく。
それが、風見にできる唯一のことだ。
「ブルーブレイカー! 待たせたわね」
叫びながら、風見はやれやれと肩を竦める、魔法使いの声を聞いた気がした。
* * *
腕時計を見る。
時刻は一時四十五分。
埋葬を終えて歩き出してから四十分が経過していた。
「結構続いてるわね、この地下道」
「そのようだ。あるいは、島を一周しているのかもしれない」
「その可能性は高いかも。
私が逃げるのに使ったのと、アンタが入ってきたの。
すでに二つの出入り口があるんだもの。他に出入り口があったっておかしくないわ」
「あの二箇所だけという可能性もあるが」
「……そうね。
ただあの二つだけが地下への下り口だとしたら距離が近すぎる。
今私達は島の東に抜けてるみたいだし、そっちにも出入り口はあるんじゃないかしら」
小声で会話を交わしながら二人は進む。
風見はともかく、蒼い殺戮者にとってこの地下道は狭すぎるようだ。
歩いくだけで装甲が壁にぶつかってしまうので、さきほどから何度も体を入れ替えている。
当初の予定通り地下道を探索し始めたのはいいが、これは思わぬ誤算だった。
と、薄暗かった通路に徐々に光が増える。
通路がやや明るくなったあたりで、風見たちは歩を止めた。
「人の痕跡だわ」
「食事をしたようだな。人数は判然としないが」
自分たち以外にも地下通路を使っているものがいる。
それを悟り、自然と二人は緊張を強くした。
周囲を見回せば、容易く階段が見つかった。やはりこちらにも出入り口はあったようだ。
「ここにくるまでは一本道で他の人間には出会わなかった。
この階段から上に上がったか、この通路を先へ進んだかだ」
とりあえず二人は上に上がることにした。
これからも地下を使うことはあるだろう、この出入り口がどのエリアなのか押さえておきたい。
「俺が行く。地形データとマップを照合するのは容易い」
風見に異論があるはずもなく、蒼い殺戮者が階段を昇ろうとしたのだが……
「……無理みたいね」
「……飛行ユニットを使っても不可能だ」
「両側の壁が狭いからしょうがないけど、なんというか脱力するわねー」
半眼でぼやきながら、風見は階段を昇り始めた。
階段は人一人が通れるほどの幅しかなく、蒼い殺戮者には通行不能だ。
風見が行くしかない。
「気をつけろ」
「ヘマするのには飽き飽きよ。五分で戻るわ」
短く答え、風見は地上へ消えた。
「……雨?」
風見が地上へ出ると同時、無数の雨粒が体を叩いた。
耳に染み込むような雨音。
靴が踏みしめた土は泥のようで、危うくバランスを崩しそうになる。
服にたちまち水が染み込んで体温を奪っていく。
風見は天を仰ぎ嘆息した。
長居は遠慮したいところだ。
意味もなくクリスを弄びながら辺りを見回す。
風見のいる場所は巨大な窪みの中心だった。
本来そこは湖で水が抜けて湖底が露出したのだが、神ならぬ風見にそこまでわかるはずもない。
「とりあえず何もなさそうね」
額に張り付く前髪をはがして風見は呟いた。
――できるだけ覚えとかないと。
周囲の地形を覚え、ここがどのエリアか判別しなくてはならない。
ここで地図と照らし合わせたいところだが、この雨ではそうはいかない。
照合は地下に戻ってからの作業になる。
持ち時間は五分。
雨が勢いを増す中、風見は水流で見づらい時計で時刻を確認、記憶を開始した。
* * *
西の森を抜けて男はエリアB-7へと踏み入った。
降りしきる雨が全身を濡らしているが、男に気にした様子はない。
男は雨のスクリーンの向こう、何かが動いた気がして目を細めた。
「あれは――――」
* * *
「こっちは南だったわね。見通し悪いけど・・・・・・特に見るべきものはなし」
少しづつ体を回して視界を動かす。
――東には何かある。結構大きいけど、見通せないか。北には灯台。西には・・・・・・
森が、と胸中で呟いて、風見は動きを止めた。
西の森の前に立つ、凶相の影。
雨で霞んだその姿は判然としない。
影は歩を進め、跳躍して湖底へと降り立った。
ぼんやりと男のシルエットが浮き上がる。
男が近づいてくる間、風見は動けずにいた。
迷うことなく逃げるべきだ。地下への入り口はすぐそこにある。下りるのに一分とかからない。
しかし。
――背中を見せたら殺られる・・・・・・。
本能的に風見は察していた。
男から滲み出る殺気は、絶えずこちらに向けられている。
彼我の距離は今だ百メートルはある。が、男はその距離を越えて迫ってくると。
隙は見せられない。
階下の自動歩兵に敵の存在だけでも伝えたかったが、迂闊に声を出すこともできない。
男が距離を詰める。悠然とした、一歩一歩を確かめるような足取り。
全身が緊張する。思考を切り替え、目の前の男にのみ集中する。
風見は息を大きく吐くと、いつでも走れるように力を溜めた。
顔の水滴を拭う。前を見る。
瞬間。
雨を、紅い光が切り裂いた。
風見の背筋を悪寒が駆け抜ける。
大気を凍らせる、強く凶々しい、紅。
「誰かと思えば。……お前か」
風見の十メートル手前で男は停止した。
雨はいよいよ勢いを増し、痛いくらいだ。
しかし、全身を叩く雨も、男の熱を冷ますにはまるで足らない。
長く縛られていた戒めからようやく解き放たれたかのように、男は牙を剥き出しにしていた。
風見がクリスを握る手に力を込めて、男の名を口にする。
「甲斐、氷太」
【B-7/湖底/1日目・15:00】
【風見千里】
[状態]:表面上は問題ないが精神的に傷がある恐れあり、肉体的には異常無し。濡れ鼠。
[装備]:グロック19(全弾装填済み・予備マガジン無し)、頑丈な腕時計。
[道具]:支給品一式、缶詰四個、ロープ、救急箱、朝食入りのタッパー、弾薬セット。
[思考]:BBと協力する。地下を探索。仲間と合流。海野千絵に接触。とりあえずシバく対象が欲しい。
【甲斐氷太】
[状態]:左肩に切り傷(軽傷。処置済み)。腹部に鈍痛。カプセルの効果でややハイ。自暴自棄。濡れ鼠。
[装備]:カプセル(ポケットに数錠)
[道具]:煙草(残り14本)、カプセル(大量)、支給品一式
[思考]:とりあえずカプセルが尽きるか堕落(クラッシュ)するまで、目についた参加者と戦い続ける
[備考]:『物語』を聞いています。悪魔の制限に気づいています。
現在の判断はトリップにより思考力が鈍磨した状態でのものです。
【B-7/湖底の地下通路/1日目・15:00】
【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:少々の弾痕はあるが、異常なし。
[装備]:梳牙
[道具]:無し(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:風見と協力。待機中、五分間風見を待つ。しずく・火乃香・パイフウを捜索。
脱出のために必要な行動は全て行う心積もり。
マンションの一室は、重苦しい空気に包まれていた。
仲間を探すため、そしてゲームからの脱出を目的に集まった面々だったが、
情報交換も終わった今は会話も少なくなっている。
それでも、まだマシな状況なのだろうとベルガーは思う。
テッサとダナティアの消息が知れずとも。
そして、シャナが吸血鬼へと変貌しつつある現状だとしても、だ。
ベルガーが過去数年間で潜った修羅場の数は、常人の比ではない。
彼が経験した戦場と質は大きく異なるが、それでも彼はこのゲームで生き残るつもりでいる。
(だが殺さずに生き残れるか? ここはただの戦場じゃない)
不安だけではない、具体的な問題要素が大量にある。
しかしベルガーは、――“野犬”は、ただ隠れて時が経つのを待つような男ではなかった。
「リナ、あと保胤。ちょっといいか?」
時計の針が五時を指す少し前。
ベルガーは二人を廊下に連れ出すと、新たな行動について話し始めた。
「シャナを連れて港に偵察に行ってみる。雨も少しは弱まったみたいだからな。
距離も近いし、何も無ければ放送前に戻ってこれるだろう」
「あの女が起きる前に動くっての? それに、ダナティアとテッサだって……」
「俺とシャナとエルメスだけだ。君らにはあの吸血鬼の見張りと留守番を頼みたい。
半日ってのは長そうで短いからな。時間が惜しい」
「ちょっと待って下さい」
慌てて、しかし部屋に届かぬ小声で保胤が口を挟んだ。
「吸血鬼化の細かい原理がどうであれ、下手に動くことは控えるべきです。
シャナさんの肉体・精神がどれほど強かろうと、疲労すればそれに伴い――」
「そのシャナの精神状態ってのが問題だ」
ベルガーは保胤の言葉に割り込んで話し始めた。
「彼女は、どうやら『悠二』って奴に相当依存している。だよな、リナ?」
「まあね。最初に会った時もそいつを探してるって言ってたけど、体力任せに随分無茶やってたから……」
散弾銃を喰らいながら、当ても無く走り回っていたというシャナの姿を思い出す。
それを聞くと、ベルガーは溜め息をついて続きを語った。
「何もせずにただあの二人を待っていたら、あいつの不満は溜まる一方だ。
体力が増しているのなら、勝手に飛び出して行きかねない。
そうなる前にガス抜きしとけば、多少はマシになるだろうからな」
「確かに、もし彼女が暴走してこっちを襲ったりしたら
あたしでも互いに無傷でってのは難しそうね。打てる手は打っときましょ」
「ですが、もし彼女が突然自我を失いでもしたらどうしますか?
恐らく今しばらくは平常でいられるでしょうが、私の見立て自体が間違っている可能性もあります」
未知の妖物に対する不安を保胤は正直に口にするが、
「もしそうなっても、死ぬのは俺か彼女だけで済む。ここで暴れられるよりはよっぽど良いさ」
「……それ、本気で言ってる?」
眉をひそめるリナと保胤に対し、ベルガーは苦笑を浮かべ、
「そうならないために考えた案なんだがな。まあ、その時はその時だ」
シャナはベルガーの案を素直に受け入れた。
表には出していないが、やはり動けないことでストレスが溜まっていたのかもしれない。
セルティにはリナと保胤が説明をすることにして、二人と一台は外に出た。
「雨かあ。錆びたらちゃんと整備してくれるかい?」
「保証は出来んが覚えておくよ。バイクに生まれた宿命だと思って走ってくれ」
「バイクじゃなくてモトラドだって。それは両者に対する侮辱だよ」
「すまん、違いが判らなくてな。――ああ、そうだシャナ」
「何?」
既にサイドカーに乗り込んだシャナに対し、贄殿遮那が差し出されていた。
「大分遅れちまったが返す。どうせ運転に集中しないといけないからな」
「あっ……」
「礼はいらない」
シャナに押し付けるように渡し、ベルガーはエルメスにまたがった。
「どうせ君の物だったんだからな。だろ?」
「別に礼なんか言おうとしてないわよ! 早く出しなさい!」
へいへいと相槌が返り、モトラドが発進した。
何故ベルガーがこんなことを提案したのか、シャナは理解出来なかった。
時間が経つのを待つことが苦痛にしかならないシャナにとって、ベルガーの申し出は渡りに船だ。
(でも、何で……?)
吸血鬼になりつつある自分と二人きりで。
罵って、乱暴までした自分にあっさり贄殿遮那を返して。
モトラドに揺られ雨に打たれる二人は、ただ前を見つめている。
ベルガーは運転に集中するために。
シャナは――他人を見ることで吸血衝動が沸くのをひそかに恐れて。
ふと、顔は前に向けたままベルガーが話しかけた。
「なあシャナ」
「何よ」
「吸血鬼って言うが、あまり考えすぎない方がいい。どうせこのゲーム自体が狂ってるんだ。
一人で全て解決しようとするな」
「……私は、助けなんか必要無い」
「その態度を改めろとは言わないが、君は少し頼ることを覚えた方が良いな」
「…………ッ」
まるで説教のようなベルガーの物言いに、シャナは反発心を抱いた。
「――何様のつもりよ? テッサやダナティアにも調子の良いこと言っといて」
「調子の良いこと、か……」
ベルガーはわずかに黙り、そしてまた口を開いた。
「参加者に俺の友人が一人いたんだが、そいつはとっとと殺されちまった。
元の職業は軍人だから、いつ死んだっておかしくない奴だ。
だが、こんなゲームで死ぬなんてのは考えてなかっただろうな?」
(友人の、死……)
自分が今、最も恐れていることを、この男は既に経験している。
「最初の放送前、随分早い時間に殺されていた。
俺はそいつを埋めてやったんだが、助けられなかったのか、とは思ったな」
友人が死んで、それでも平然と、誰かを助けるために動いている。
「……何で、そんな風に出来るの……?」
雨に消えそうなシャナの呟きだったが、ベルガーは口元を歪め、
「――ガキが困っていたら、大人が助けるものだろう?」
「タメゴロウより腰の方ってやつだね」
「……亀の甲より年の功」
「そうそれ」
モトラドが言い間違える横で、シャナは顔をうつむかせ、
「……私は、困ってなんかいない」
「別に君の主観はいいんだ。俺が勝手に手を貸すだけだからな。
っと、もう着いたか。一応気をつけてくれよ」
「言われなくても判って――――!?」
「おい、どうかしたか?」
ベルガーの問いかけに答えず、シャナはあたりを見回した。
(今のは悠二の存在の力? でも弱すぎるし、何で一瞬だけ……)
二人と一台は港に到着した。
既に事切れた坂井悠二と、彼を殺した殺人鬼の存在を知らぬままに。
【C−8/港/1日目・17:00過ぎ】
『ポントウ暴走族』
【シャナ】
[状態]:平常。火傷と僅かな内出血。吸血鬼化進行中。
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:聖を発見・撃破して吸血鬼化を止めたい。
ベルガーを信用していいのか迷う。悠二の気配?
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
吸血鬼化は限界まで耐えれば2日目の4〜5時頃に終了する。
ただし、精神力で耐えているため、精神衰弱すると一気に進行する。
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:心身ともに平常
[装備]:エルメス、鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)携帯電話
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:仲間の知人探し。不安定なシャナをフォローする。
・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
※携帯電話はリナから預かりました
[チーム備考]:港を探索し、放送までにC−6のマンションに戻る。
【C-6/住宅地のマンション内/1日目/17:00頃】
『不安な一室』
【リナ・インバース】
[状態]:平常。わずかに心に怨念。
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
千絵が起きたらアメリアの事も問いつめ、内容によって処遇を判断する。
【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:やや疲労。(鎌を生み出せるようになるまで、約3時間必要です)
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。
【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は多少回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)、綿毛のタンポポ
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 島津由乃が成仏できるよう願っている。
シャナの吸血鬼化の進行が気になる。あと30分後に由乃の綿毛を飛ばす。
【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ、厳重な拘束状態で気絶中
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:気絶中。聖を見限った。下僕が欲しい。
甲斐を仲間(吸血鬼化)にして脱出。
吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。
死にたい、殺して欲しい(かなり希薄)
[備考]:首筋の吸血痕は殆ど消滅しています。
「……今にも降ってきそうだよね。放送で言ってたのはやっぱり雨のことなのかな」
「おそらくね。どれくらいの強さでどれくらいの時間降り続けるのかはわからないけど」
窓の外は、先程までの青空が嘘だったかのような灰色に包まれていた。
この曇天だけで終わってくれればいいのだが、あの性格の悪そうな主催者達がそんな甘いもので終わらせることはないだろう。
「わたしたちはここにいるからいいけど……ピロテースは大丈夫かな。
雨の中戦ったりして疲れると、風邪引いちゃうかもしれないし」
「彼女は大丈夫だよ。濡れることは承知で行っただろうし、己の限界はちゃんとわきまえている人だと思う」
せつらは先程の会議で決まった通り、しばしの休息を取っていた。
適当にパンをかじって腹を満たしながら、同じく待機中のクリーオウの雑談に付き合っている。
不安そうな顔で仲間の心配をするクリーオウは、しかし一度目の会議のときよりは明るさを取り戻している気がした。
本来はもう少し快活な少女なのだろうが、この状況では仕方がないだろう。
「そういえば、せつらの知り合いは捜さなくていいの?」
「ん? ああ、大丈夫。あいつらは簡単には死なないから。ほっといていいよ」
「そうなの……?」
茫洋とした表情を崩さぬまま言った。クリーオウは不思議そうな顔をしていたが。
希望的観測ではなく、真実だ。
メフィストも屍も、このような特殊な状況下には慣れているし、武器がなくとも十分戦える。
その気になれば大半の参加者を殺害できる人間だ。奇人や化け物が多いここでも、彼らクラスの者はそうはいないはずだ。
だが同時に、主催者の言うとおりに動くような人間でもない。
メフィストはここから脱出する術を考えているだろうし、屍はゲームに乗っている馬鹿を容赦なく消し去っている最中だろう。
むしろ合流せずに別行動のまま島内にちらばり、このゲームを三方から破壊した方がいい。
(まぁ、情報も増えるし会えることに越したことはないけれど……)
どちらかというと、彼らに匹敵し確実に敵対するであろう美姫の存在の方が気になっていた。彼女は危険すぎる。
おそらく名簿を見てメフィストが対処方法を練っているところだろうが、彼一人ではややつらいかもしれない。
昼の間に居場所が見つかれば楽なのだが、“護衛”を一人くらいはつくっているだろう。厄介だ。
「……そっか。信頼してるんだね、その人達のこと」
「そうとも言うね」
──信頼って言うよりは絶対的な事実って言った方が近いけれど──そう言葉を付け加えようとして、
「…………っ!」
ベッドが軋む音と荒い息に混じった呻き声が耳に入り、せつらとクリーオウは部屋の奥へと目を向けた。
──身体を起こし、絶望と憎悪を入り交じらせた瞳で虚空を見るクエロがそこにいた。
「……! クエロ、大丈夫!?」
「……ええ、大丈夫。夢見が悪かっただけだから」
心配してこちらに駆け寄ってきたクリーオウに向けて、クエロは歪んだ笑みを見せた。
もう少しまともな表情をつくりだすこともできたが、ここは無理に演技をしない方がいいだろう。
(最悪の寝覚めね……)
ガユスと鉢合わせしたせいか、あの過去の事件のことを夢に見た。
──師と仲間を裏切り、そして自分の唯一の望みをも、彼が断ち切った瞬間。
あの時すべてが壊れ、そしてすべてが絶望と憎悪へと変わった。
(こんなところで二人を、特にガユスを楽に殺させるわけにはいかない。
彼らのために無惨に死んでいった者達と……私自身のためにも)
胸中で改めて決意し、溢れそうな激情を無理矢理抑えつける。いつまでも夢に動揺している余裕はない。
「……少し、つらいものを見てしまっただけ。もう落ち着いたわ。心配してくれてありがとう」
不安そうにこちらを見るクリーオウに対して微笑みをつくった時には、もう平常心に戻っていた。
「身体の方は大丈夫ですか? 精霊力が弱まっている、とピロテースさんが言ってましたけど」
「まだ少し疲れが残っているみたい。激しい動きは多分無理ね。……他の三人は?」
部屋にはクリーオウとせつらがいるのみ。
どうやら寝ている間に会議が終わり、皆次の行動に移ったようだ。
(少しまずいわね。早めに状況を確認しないと)
自分がどの程度疑われているのか。その情報を早く得て対策を取らなければまずい。
……別行動を取った途端に相手が死に、怪しい──あの弾丸が入りそうな外見をした剣を持って帰ってきた。
疑念がまったく生じなかったということはないだろう。
このようなゲームの中で、確実な証拠もなしに相手の話を鵜呑みにすることは(クリーオウのような人間は別だが)ありえない。
態度や行動によりいっそうの注意を払わねばなるまい。
「恭一とサラは、理科室で色々調べてる。ピロテースは城周辺の森に行ったよ。
これが話した内容を書いた紙で…………あ、せつら、ちょっと」
クリーオウの言葉が止まったことに疑問を抱き──今更になって、今の自分の状況に気づく。
「話は後で聞くわ。……せつら、服を着るから、少しの間後ろを向いていてくれると嬉しいのだけど」
下着しか着けていない胸に毛布を押しつけ、少し顔を赤らめ──させてせつらに言った。
「なら、私はあなたがいない間ここを守ればいいのね」
「はい。休息もかねて。襲撃された場合は無理をせずにみんなで逃げてください」
服を着て議事録を読み終え、地図に地下道の情報も書き終えた後に念のため確認をとった。
クリーオウに渡された紙には、議論された内容が簡潔に、しかし要点を欠かさず丁寧に書かれていた。
嘘はないだろう。何らかの理由で書く必要があったとしても、すぐクリーオウにばれる。
しかし、何か重要な点が“書かれていない”可能性はある。行動の裏の意味や──ゼルガディスの件について。
「禁止エリアに地下、そして謎のメモ……ね。捜し人は見つからないけれど、この世界に関する手がかりは結構順調に集まってるのね」
「だいぶ楽になりました。特に地下は何かあったときの逃走経路として最適だ。武器が手に入ったことも心強い」
部屋の隅にあるバケツに目線を移しながらせつらが言った。確かにこれがあれば彼はかなり楽になる。
(……私の立場は楽ではなさそうだけれどね)
胸中で呟く。
消費された一つの弾丸。議事録の内容から推測される行動。各々の思考と性格。
それらを材料を元に状況と自らの立場を推測。既に結論は出ていた。
──少なくとも、空目とサラには疑われている。
それも、確信に近いレベルにまで。
(律儀に五つすべてを見せたのがまずかったわね。今更悔いてもしょうがないけど)
支給品の確認時に弾丸をすべて見せたことを後悔する。ゼルガディスに無理に調べられる可能性を危惧しての行動だったが、失敗だった。
現在ポケットに残っている弾丸はゼロ。一つは消費し、残りの四つは理科室に持って行かれている。
弾丸をポケットから回収した際に、五つあったはずの弾丸が一つ無くなっていることが二人に気づかれたことは間違いない。
(ここから二人が推測するであろう事象は二つ。偶然落としたか、もしくは剣と合わせて効果を発揮させた結果の消費か)
前者は厳しい。
偶然剣を見つけ、偶然それが弾丸と合う剣だった。そして偶然仇敵がやってきてゼルガディスを殺害し、逃亡する際偶然弾丸を落とした。
最後の一つと結果以外は本当に事実で偶然なのだが──第三者から見れば怪しいことこの上ない。
では、後者の場合。
……逃亡手段に使ったとするならば、疑惑は晴れるだろうか。
あの剣を偶然見つけ、マニュアルを読む。逃亡手段にすることができる効果を持っていると知る。
その後偶然仇敵に遭ってしまい、逃げる際にそのマニュアルに記されていた通りに、何らかの逃亡できる効果を発動させた。
(……だめ。事の顛末を説明した時に、そのことをあえて言わなかった理由がない)
もし言っていたとしても、問題を棚上げするだけだ。
今はいいが、この先苦境に陥り逃亡を強いられた際に、その効果を使えないことが容易に知られてしまう。
こんなゲームの最中だ。窮地に立たされない確率の方が低い。危険すぎる嘘だ。
ならばやはり、疑われることは避けられない。
(あの剣を偶然見つけ、マニュアルを読む。
自分に支給された弾丸をこの剣に装填することで何らかの現象を起こし──人間を殺することが出来ると知る。
邪魔者を消せる好機と判断し、不意を討つ。ゼルガディスの反撃を受け精神を摩耗させられるも、なんとか彼を殺害。
襲撃者の二人は殺害する前に出会っていた、友好的な赤の他人──もしくは敵意を持たれていない元の世界の知り合い。
“相手を騙し油断させて寝首を掻く”スタイルと言ってしまえば、とぼけられても理由がつく。
……やっぱり、こちらの方が説得力があるわね)
あの二人ならば、状況証拠からこのような結論に容易に達することができるだろう。
ゼルガディスのこちらへの疑念は、その素振りから観察眼のある第三者にも見て取れるものだった。動機は十分にある。
……もちろん“確定”にまでには至っていないだろう。情報が少ない。
だが、相当疑われていることは確かだ。
(一度でも強い疑念を持たれれば、完全にそれを払拭するのは不可能。……どう足掻く?)
現時点では“マニュアルがあった”としか言っていないことが唯一の救いか。
何をするために弾丸を消費するのか、また、具体的にどういった効果が出るのか──そのことはまだ言っていない。
そして、“弾丸を消費して咒式を使用可能にする”という真実はまだ隠されている。
確かに自分はある特別な武器を媒体に“咒式”というものが扱えると既に言ったが、それと魔杖剣を繋ぐ線はまだない。
(マニュアルの内容について捏造しなければならない。何ができるのか──何を使ってもいいのかを考えなければいけない。
……雷撃を扱えるというのは隠さないとだめ。
ゼルガディスの死体の切り口を調べれば、強大な熱量で一気に切り裂かれたことがわかってしまう。
地底湖とその周辺を探索に行く予定のせつらが、彼の死体を見つけて調査する可能性は高い。
さらに、電磁系以外の咒式は使えない。
高位咒弾は下位互換ができない。今の状況を考慮すれば、電磁系以外の高位咒式は脳を焼き切ってしまう事が容易に想像できる。
残るのは、ただ一つ)
──電磁電波系第七階位<雷環反鏡絶極帝陣>(アッシ・モデス)。
超磁場とプラズマを利用した究極の防御咒式。
能力が制限されナリシアが手元にない現状では、本来の展開速度と効果は期待できないが、それでも大抵の攻撃は防ぐことが出来る強力なものだ。
攻撃系咒式がすべて使えないのは痛いが、この場合はどうしようもない。……最後の切り札として隠しておくべきだ。
(そういえば、議事録には“クエロの持ってきた剣と同じタイプの剣の柄を拾った”ともあったわね。
……ナリシアでないことを願うけれど)
魔杖剣の核は<法珠>と呼ばれる演算機関にあたる部分だが、刃の部分もただ殺傷武器としての機能のみを担当しているわけではない。
位相空間──物理定数の変異した時空領域を発生させ、咒印と組成式を描くために不可欠なものだ。折れれば使い物にならない。
(後は……脳に多大な負担を与えることと、発動までに時間がかかることを伝えておく。
そして、魔力のようなものを持っていなければ使えないことにすれば、いける)
前者を配慮すればクリーオウや空目には使わせないだろうし、後者でせつらも消える。
ピロテースやサラも、小回りの良さを潰して防御結界に時間を割くよりも、魔術の使用を優先すべきなのは明確だ。
やることがないのは自分だけになる。
(問題は、あの二人自体をどうやり過ごすか。
疑念を持っていることは当然隠してくる。さらに、せつらやピロテースにも折を見て推論を話すはず。
……結局のところ、疑われていることに気づいていないふりをすることくらいしか、すべきことはない。
今のところ、彼らを敵に回す利点はないもの)
目標はあくまで脱出。
そのための有能な人材を手放し、敵対しても何一ついいことはない。
(疑いは強い。それでも、まだこちらを利用する価値はあるでしょうね。
武器を取ってしまえば反抗はできない。そして、今までの行動からして積極的にこのグループが不利になることはしない。
おそらくそう予想されている)
事実だ。
自分は彼らを殺すためにここにいるのではない。
彼らを利用し脱出する──もしくは円滑に殺戮を行う下準備のためだ。
そして彼らは、こちらに利用されているのを逆手にとって利用してくることだろう。
彼らの手中に完全に収められている。
──上等だ。
(素直に魔杖剣と弾丸を返す気はないでしょうね。何とかこちらをやりこめて、戦力を割いてくることが予想される。
二人──特にサラは手強い。あの無表情からは感情がほとんど読み取れない)
かなり厄介な相手だ。
どこで妥協し、どこで踏み込むか。難しいところだ。
(……それでもやるしかない。もう、舞台の上にあがってしまっているのだから。
劇を上から眺めることが出来る<処刑人>ではなく、物語を自ら紡ぐ者として)
──ならば、真実に気づいていない道化を演じて彼らの掌中で踊りきり、拍手喝采までもらってやろう。
演技なら得意分野だ。詐術は言うまでもなく。滑稽に騙されてやることも容易だ。
(こんなところで止まっている暇はない。あの二人をこの手で殺すまでは、行動に支障を来されるわけにはいかない)
くすぶる憎悪を感じながら、胸中で呟く。
そして、覚悟を決めた。
──さぁ、道化芝居を始めましょう。
【D-2/学校1階・保健室/1日目・14:30(雨が降り出す直前)】
【六人の反抗者・待機組】
【クエロ・ラディーン】
[状態]: 疲れが残っている。空目とサラにかなり疑われていることを確信
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図・パン6食分・水2000ml)、議事録
[思考]: 疑われたことに気づいていないふりをする。
ここで待機。せつらが戻ってきた後に城地下へ
集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
魔杖剣<内なるナリシア>を捜し、後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)
【秋せつら】
[状態]: 健康。クエロを少し警戒
[装備]: 強臓式拳銃『魔弾の射手』。鋼線(20メートル)
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図・パン5食分・水1700ml)
[思考]: 休息。サラの実験が終ったら地底湖と商店街周辺を調査、ゼルガディスの死体を探す。
ピロテースをアシュラムに会わせる。刻印解除に関係する人物をサラに会わせる。
依頼達成後は脱出方法を探す
[備考]: 刻印の機能を知る。
【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]: 健康
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図・パン4食分・水1000ml)
缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。
[思考]: ここで待機。せつらが戻ってきた後に城地下へ
みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい
※保健室の隅にブギーポップのワイヤーが入った洗浄液入りバケツがあります(血はほとんど取れてる)
141 :
イラストに騙された名無しさん:2005/08/11(木) 22:56:00 ID:YjoE2V6y
>>149 だよな。
やっぱあそこであの展開はなかったと俺も思う
「よっしこんなとっかな」
零崎は包帯やアルコールのビンをバッグに入れて立ち上がった。
仲間が居ない以上、大量の水は無駄だと考え、ボトルを一本廃棄した。
ついでにその場でパンを平らげる。意外とうまかった。
ディバッグから小説を取り出し、土を払う。
ふぅ…と息をついて小説を読み出した。
外は大雨。この診療所に人が近づいても、零崎は気づかなかった。
「宮下君、まだ走れるね」
「は、はい!」
豪雨の中、佐山は走っていた。
右手には宮下藤花の左手、左手にはGsp-2を持っている。
……急に雨が降り出すとは!
参加者に接触し、団結する方針だったのだが──これでは野外行動が出来ない。
なにせ数メートル先も見えない雨なのだ。
「わっ…」
後ろで転んだ音が聞こえた。
「宮下君、大丈夫かね」
「いたた…」
近づいてみると足を軽く切っている。
これでは雑菌が入る可能性がある。
「あの、大丈夫ですけど」
「少し我慢したまえ」
宮下を背中にからうと再び走り出した。
……この辺りは港町だったか、診療所の一つでもあるはずだが。
「あの、別に背負わなくても、ほら人の話を──」
「あれか!」
それらしい家屋を見つけ、中に入る。同時に息を呑む。
そこには両腕を切断され、血まみれの少年が倒れていた。さらに血はまだ新しい。
「見てはいけない」
宮下に警告を送りながら見せないように近くの部屋に引っ張る。
「…あん? 誰だお前」
後ろ向きで佐山が入った部屋には少年が座っていた。
銀に染めた髪、顔面に禍々しい刺青、右手に凶悪な鋏、そして小説を読んでいた。
その体には一切の血が付いていなかったが、状況から入り口の少年を殺した人物である可能性が高い。
「いきなりなんだね貴様。まず自分から名を名乗りたまえ」
「そりゃあこっちの──ああ俺が先に聞いたんだったな──零崎人識ってんだ」
「そうかね零崎人識君。私は佐山御言──世界の中心に位置する者だ」
「世界の中心ん〜? じゃあお前に愛を叫べば映画化決定かっつーの。かはは」
「宮下君、この変人がホモ行為に励もうとしているぞ」
「どっちが変人ですか?」
どっち? その言葉を反芻して考えた。
…この場にいる人間は3人。一人の変人はこの零崎人識でもう一人は──自分は除外するとして──宮下君しか居ないな。
佐山は少し哀れんだような視線を送りつつここに来た目的を思い出す。藤花の足を治療せねば。しかし。
…零崎人識は殺人者である可能性が高い。慎重に──判断せねば。
「それでは零崎君。入り口に少年が殺されていた──やや遠まわしにいうが、君だね?」
宮下が肩をこけさせるのが気配で分かった。
「ああそうだぜ。うっかり殺しちまった」
「そうかね。うっかり…か。彼が襲ってきたとかそういうのもなく?」
「そうだよ。俺はな──俺等はな、息をするために人を殺す、ライフワークってやつなんだぜ。
でもよ、実はそんなことはどうでもいいんだ。別に殺そうが殺すまいが俺にとっちゃあ変わんねぇんだ。
──ただこのつまんねー人殺しは性質みてぇなもんだから、それに従って殺すだけさ」
虚ろで空ろな瞳をゆがめ、にやにやと説明してくる。
佐山は藤花を後ろ手で下げさせながら答える。
「人を殺す性質──か。そんなものはどうとでもなる。
私は人を決して殺さない、一人も殺さず、参加者を団結させ、このゲームを終わらせよう。
つまらないと思うのならばせめて、このゲームの中では人を殺さぬ事にしないかね? そして私と団結しようではないか。
君が殺した彼も残念だが弔うことしか出来ない。それでも彼の仲間を見つけて謝罪し、彼らとも結束しようではないか」
「……あーん? てめぇも戯言遣いって奴かよ。面倒くせぇんだよ、そんなのは。
俺としちゃあどっちも面白く無さそうだ──適当に殺していったほうが楽でいーんだよ」
「それでは、私は全身全霊を持って奪うぞ──君の殺意を」
「そうかい」
「そうだとも」
「じゃあよ──」
3mの間合いが一瞬で詰められ、次に見た顔は零崎の何も写していない笑みだった。
右手に持ってた鋏が予備動作なく振るわれる。イメージでいえば死神の鎌にさえ思えた。
とっさにGSp-2の盾部分で弾く。衝撃は体を回転させるように受け流す。
「奪えるもんならよ──」
やや離れた間合いを無視し、肉薄してくる。
とっさにGSp-2を相手の腕を狙い突き出す。零崎はグリップ部分でいとも容易く弾くと刃を一瞬で逆手に構え突き下ろしてくる。
く、と声を出しながら身をよじり、槍を回転させるように石突きで顎を狙うが、数ミリ届かず──零崎が顔を数ミリ動かしたのだが──銀の髪を数本
引きちぎっただけに終わった。
「俺がてめぇを殺して解して──」
今度はグリップ部で殴りかかってきた。逆に盾を突き出すように操り、大きく零崎の右腕を仰け反らした。
さっきからニーベルンゲンのマイスタージンガーは聞こえない。目をやると宮下藤花が青い顔でこちらを見ている。
……彼は世界の敵では無いのか?
自動的なブギーが現れてない所を見るとどうやらそうだと──単にブギーの存在が制限されてるだけかもしれないが──思う。
少なくとも自分が団結を組もうと思った相手が世界の敵ではないと安心したそのわずか一瞬。
ぞくり、ときた。
訳も分からない衝動に駆られ選ぶ方法は二つだった。
転げるか──弾くか。
この恐ろしい殺人鬼を前に転げたら──一瞬でも無防備な姿を見せたら──そう思うとどうしても後者を選ばずにいられなかった。
「揃えて──」
その声と同時に魔法のように零崎の左手から出現した大降りの出刃包丁が首筋に数ミリ食い込んだ。
それ以上は咄嗟に繰り出したGSp-2の柄に阻まれて刺さらなかった。
直に人外の力を受けてしまったため体勢が崩れる。バックステップして距離を──置けなかった。
ステップと全く同じ速さで零崎がついてきた。両手に持った凶器を振りかぶり凄惨な笑みを浮かべる。
壁に背中が付く。これ以上は下がれない。また、左右から迫る殺撃は受けきれず、避けられない。
完全に人外だった。慣性も、筋力も、体格も、全てを無視した存在。
……それでも私は、そういう連中と交渉し、そういう連中と殴り合ってきたのだ…!
「並べて晒してやる前に──」
「奪ってやるとも、君の殺意を。そして与えよう、満足感を」
言いながら佐山は最速のスピードで──或いは零崎より速く、殺戮者の懐に飛び込み胸倉を掴んでいた。
零崎の左手の包丁が佐山のスーツを切り裂き、右手のマインドレンデルが佐山の耳たぶと髪を一筋切り去っていた。
掴める場所があれば投げられる。佐山は零崎の胸を基点に豪快な投げを行った──窓に向けて。
乾いた音を立てて窓ガラスが割れる。すぐに雨音に消えていったが。
「宮下君はここに居給え」
佐山も割れた窓から飛び出し槍を構える。雨は相変わらず強く、冷たかった。
宮下藤花は青ざめた顔で室内を見回す。割れた窓からは風雨が吹き込んでいた。
あの刺青の少年が座っていた位置に小説が一冊置いてあった。太宰治『人間失格』。風でページがめくれ、あるところで止まる。
その中の一文がやけに目に付いた。
『自分は、今、完全に、人間では無くなりました』
佐山は外に出たはいいが、薄暗さと豪雨で零崎を見失った。
…相手がどこか見えないではないか!
やおら、数メートル前から声が聞こえてきた。
「かははっ! おいおいさっきは結構マジでバトったんだぜ?」
「どうかね零崎人識。私は君が殺害したことを糾弾する。殺されたものの仲間は君を憎悪するだろう。
だがそれでも、私と組んで謝罪し交渉し団結し脱出しようではないか」
近づきながら語りかける。やっと零崎の姿が見えた。
「まだだぜ。だから──零崎を再開しよう」
マインドレンデルがまさに発射、というようなスピードで佐山に迫る。
同時にGSp-2も弾けるような速度で鋏を弾く。手が痺れた。
ふ、と息を吐きながら佐山は蹴りを放つ。
零崎はそれを腹で受け止める振りをしながら──バックステップして勢いを完全に殺し、足首を掴んだ。
佐山はアキレス腱をねじりきられる前に、掴まれた右足に重心を移し側頭部に蹴りを放った。
マインドレンデルのグリップで弾かれ、同時に切りつけられた。
右足の重心をずらして振りほどき、バック宙するように後ろに飛ぶ。その際左足のふくろはぎを若干斬られた。
GSp-2をリーチが長くなるように端のほうを持って構えなおす。
接近してくる零崎に容赦なく斬撃を浴びせる。高速で繰り出される槍の穂先は鋏の刃の部分で受け止められた。
数度零崎が間合いに進入し、槍のリーチを生かした遠距離からの斬撃で撃退させられた。零崎は舌打ちをする。
「やっぱリーチが違うかよ。狭い室内ならまだしも、外じゃあな……」
「どうするね?」
「決めたぜ。得物を投げる」
「…その鋏と出刃包丁はどう見ても投擲用じゃない。弾いてみせるとも」
ふん、と零崎が鼻で息をしてタイミングを計る。
確かに投擲用じゃないので<一撃必殺>とはいかない。だが<必殺>のタイミングはあるはずだ。
後は槍で弾かれるかどうか。
ザアアァァァァァァ──…
カッ!と雷がなった瞬間、零崎の得物は放たれていた。
包丁は心臓狙い、マインドレンデルは喉狙いだ。
この場合の最悪は、タイミングだった。
雨で視界が悪く、投げられた武器は見えにくくなり、二つ同時の撃墜は困難だった──はずだ。
だが『偶然』投げる瞬間の稲光で佐山は位置を把握した。
喉は体を半身ずらして避けて、ナイフははGSp-2の石突きで叩き落した。
…ナイフだと!?
佐山は狼狽した零崎の武器は包丁と鋏──だけのはずだった。
ここになっていきなり鋏ではなくナイフを投げたということは……
…まだ零崎は鋏を持っている!
そう判断したが零崎はすでに目の前まで接近していた。ナイフを腰だめに構えて。
その目はいつもと変わらない、何も写していない目だった。
槍はさっきナイフを弾いた位置にある。戻している間に指されるだろう。ならば。
佐山は槍を手放し、迫ってくるナイフに左手をかざした。
意外に何も音がせず──雨で掻き消えただけかもしれないが──ナイフの刃は手のひらを貫通した。
がしっとナイフの柄を手に刺さったまま掴み、切り裂かれないようにする。
零崎が上背の佐山の顔を向いた。
がつんっ!
佐山の振り下ろした額が零崎の額とぶつかり、双方とも出血。零崎は脳震盪で足が崩れた。
ゆっくりと離れ零崎を見下ろす。左手に刺さったナイフはまだ抜かない。出血が激しくなるからだ。鉄の冷たい感じが嫌だったが。
数歩分の間合いが開いた後に零崎が笑い出した。
「っかはは……おいおい、最高の傑作じゃねぇか。──負けるなんてよ! かはははははっ!!
あ、そのナイフさ、鋏を二つに分けたんだぜ。うまくいくと思ったんだけどよ」
「…だからわざわざ投げると宣言したのか」
「おいおい負けちまったぜ。くっそ。人類最強からも負けなかったのによ──誠心誠意傑作だっつーの。
最悪の殺人鬼家族零崎一族が聞いて呆れるぜ……ところでよ」
「なにかね?」
「太宰は好きか?」
「…物語は乱読派でね。一応全て読んだ。『今の自分には幸福も不幸もありません』」
「『ただ、一さいが過ぎていきます』ああやっぱ太宰は最高だな。あ、そうそう。
団結の話だけどよ。別に組んでいいぜ。俺が飽きるまで──な。つまんなくなったら抜けるからな」
「…十分だとも。喜びたまえ。零崎君は団結決意からの第一号だよ? 景品はなにが良いかね。IAI製品があればいいのだが。
とりあえず診療所に戻ろうではないか。宮下君が心配している」
二人は武器を回収して診療所に歩き出す。零崎は雨と泥で濡れて笑い出したい気分だった。
《C-8/港町の診療所/一日目・17:00》
『不気味な悪役失格』
【佐山御言】
[状態]:全身に切り傷 左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない) 服がぼろぼろ 疲労
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する。 零崎を仲間に入れることに成功 怪我の治療
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる
【宮下藤花】
[状態]:健康 零崎に恐れ 足に切り傷
[装備]:ブギーポップの衣装
[道具]:支給品一式
[思考]:佐山についていく
【零崎人識】
[状態]:全身に擦り傷 額を怪我 疲労
[装備]:出刃包丁/自殺志願
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル2本、コンパス、パン三人分)包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:気紛れで佐山についていく 怪我の治療
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。
「単刀直入に聞くぜ。――“ウィザード”はどうなりやがったんだ?」
雨の中、十メートルほど離れて向かい合う二人が居る。
問い掛けを放った少年は甲斐氷太。
そして問い掛けられた少女は風見千里である。
「どうなったも何も、……放送、聞いたでしょ?」
「質問の仕方が悪かったか?
俺が聞きたいのは、あいつが、どうして、どうやって、どんな風に死んでいったのかってことだ」
口を動かす甲斐の体は絶えず殺気を発しており、風見にプレッシャーを与えている。
しかし、風見にとって甲斐が会話を持ち掛けてきたのは幸運だった。
(とりあえず五分稼げれば、ブルーブレイカーが気づくはずよね)
ただし、彼が異常に気づくことと、彼が地下から地上へ移動出来るのかは別問題だ。
それを考えれば、
(向こうは頼りに出来ない、か……)
状況判断をしつつ、風見は慎重に言葉を選ぶ。
「あいつは、私達と同じくらいの少年に撃ち殺されたわ」
「お前をかばって、か?」
「…………そうよ」
下手な誤魔化しは効かないと思い、風見は正直に答えた。
風見の返答を聞いた甲斐の心中は、
『やっぱりな』という思いと『馬鹿野郎が』という思いで半々だった。
仲間をかばうという行為はいかにも物部景らしいが、
命を奪い合うこの島でそれを実行するのは正しいことだろうか。
「で、その少年Aはどうなったんだ?」
「……私は、あいつが撃たれた後逃げたから知らないわ。
名前も知らないから、放送じゃ判らない」
「つまりお前は、同行者を殺されといてのうのうと逃げ延びたわけだ」
甲斐の風見に対する怒りが、苛立ちが、急速に高まっていく。
しかし甲斐はそれを表に出さず、静かに内に溜め込んでいる。
睨みつける甲斐の視線から、風見は目をそらさない。
風見の手の内のクルスが、無意識に力強く握られた。
「言い訳はしないわ。確かにその通りよ。
でも、私はあいつの仇を取ってやりたいと思ってる」
この言葉は、本心であり甲斐への牽制だ。
そして風見は本命の言葉を放った。
「あいつの仇をとるのに、私一人じゃ力が足りないわ。
お願い……協力してちょうだい」
(まあ、すんなり受け入れてくれるとは思っちゃいないけど……)
強烈な殺気を纏う甲斐が、戦わずにこの場を済ませてくれるだろうか。
対峙する前から風見はすぐに動き出せる体勢をとってはいたが、
激しい雨とぬかるむ足元が得意の格闘戦の障害になっている。
そして風見の最大の懸念は、――甲斐が『悪魔』を使えるのか、ということだった。
もし物部景から得た情報通りに悪魔を使えるのだとしたら、
拳銃と肉体のみが武器の風見が正攻法で勝つのは難しくなってくる。
それこそ、先制の一発で甲斐の急所を撃ち抜くくらいしかないだろう。
中途半端なダメージを与えても、こちらが悪魔の一撃でやられてしまう。
(でも、お互い殺さずに済むのがベストよね)
これから先、まだ見ぬ殺人者に出くわす可能性は決して低くない。
弾は温存するべきだし、甲斐が仲間になれば戦闘能力にも期待が持てる。
風見の最大の誤算は、バトルマニアとでも呼ぶべき甲斐の性質と、
物部景との戦いへの強い執着心を知らないことだった。
「協力? 俺がお前にか? そうする理由が存在しねえ」
「あるわよ。一人でただ戦い続けるよりも、団結して行動すれば――」
「生きて帰れる確率が上がる、ってか?」
甲斐は風見の言葉に割り込み、続ける。
「俺は別に生きて帰るとか、そういうことに興味はねえんだ。
ウィザードが死んじまった以上、俺の気が済むまでこの島の連中に相手になってもらう。
もっとも、あいつ以上に俺を熱くさせる奴が――――」
甲斐は言葉を切ると、ふっと天を仰いだ。
(何よ、急に黙り込んで……?)
「……くっ、はは、ははははははっ!! そういうことかよ!?
もっと早く気づきゃあ、他の連中もなあ……」
突然の笑いを不審に思う風見を無視し、
甲斐はデイパックへ手を突っ込みつつ風見に歩み寄った。
「!?」
身を緊張させる風見に対し、甲斐はデイパックから手を抜き出すと、
ほらよという言葉と共に手の中の物を風見に投げてよこした。
反射的に風見は受け取り、甲斐の足が止まったのを見て手の中の物を確認する。
それは、小さな楕円形をした、五粒ほどの――
「まさか、これが……」
「あいつから聞いてるか? そいつが『カプセル』だ」
「どういうつもり? 何でこれを私に……」
「どうもこうもねえよ。――お前それ飲め」
「はぁっ!? 何言ってんのよ、私がドラッグなんか」
「飲まなきゃ、今すぐ殺す」
甲斐の暴言に、風見は思わず言葉を詰めた。
「おいおい、説明聞いてないのか? しゃあねえ、教えてやるよ。
そのカプセルはな、一般人にとってはただの強烈なドラッグだ。
だが、素質のある奴が飲めば悪魔を呼び出し従えることが出来る」
「…………」
「お前はウィザードがわざわざ身を呈して守った女だ。
まさかただのジョシコーセーってわけじゃねえんだろ?
……ああ、毒か疑ってんのか?」
甲斐は先ほどのようにデイパックからカプセルを取り出し、風見に見えるように飲んでみせた。
「この通りだ。悪質な副作用や依存症もないっつー夢のようなドラッグだぜ。
もちろん、本当の魅力は悪魔だけどな」
甲斐はカプセルを嚥下し、言葉を続けた。
「お前はウィザードの代理だ。あいつと俺との勝負を台無しにしやがったんだから、
そのくらいの責任は取ってもらう」
甲斐が発するおぞましいまでの殺気は、過去風見が戦った戦士達以上にすら感じた。
トリップした甲斐の口からは、ストレートな感情のみが吐き出される。
「さあ、飲めよ。悪魔を呼び出すんだ。そして全力で俺と戦え。
ウィザードに助けられた命、俺のために使ってみせろ。
――殺し合おうぜ、風見千里」
【B-7/湖底/1日目・15:05】
【風見千里】
[状態]:やや甲斐のプレッシャーに押されている。
表面上は問題ないが精神的に傷がある恐れあり、肉体的には異常無し。濡れ鼠。
[装備]:カプセル(手の中に三錠)
グロック19(全弾装填済み・予備マガジン無し)、頑丈な腕時計、クロスのペンダント。
[道具]:支給品一式、缶詰四個、ロープ、救急箱、朝食入りのタッパー、弾薬セット。
[思考]:甲斐の言葉を受けて、どう動くか思考中。
BBと協力する。地下を探索。仲間と合流。海野千絵に接触。とりあえずシバく対象が欲しい。
【甲斐氷太】
[状態]:左肩に切り傷(軽傷。処置済み)。腹部に鈍痛。カプセルの効果でややハイ。自暴自棄。濡れ鼠。
[装備]:カプセル(ポケットに数錠)
[道具]:煙草(残り14本)、カプセル(大量)、支給品一式
[思考]:風見と悪魔戦を行う。無理なら風見を殺す。
とりあえずカプセルが尽きるか堕落(クラッシュ)するまで、目についた参加者と戦い続ける
[備考]:『物語』を聞いています。悪魔の制限に気づいています。
現在の判断はトリップにより思考力が鈍磨した状態でのものです。
【B-7/湖底の地下通路/1日目・15:05】
【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:少々の弾痕はあるが、異常なし。
[装備]:梳牙
[道具]:無し(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:風見と協力。しずく・火乃香・パイフウを捜索。
脱出のために必要な行動は全て行う心積もり。
※現在の思考・行動は不明。次の人に任せます。
「おや、もう起きていたのか。おはようクエロ」
サラが空目を伴って保健室を訪れたのは、そろそろ3時を過ぎるかという時間だった。
「ええ、少し前に起きたわ」
「そうか。既に着替えも済ませているのは残念だ」
「着替えを済ませているのが残念?」
早々に何を言い出すのかと勘ぐるクエロ。
サラは「うむ」と頷き、手に持っていたワイシャツを掲げて見せた。
「裸ワイシャツでクエロの悩殺度アップ大作戦などを考えていたのだが」
「………………は?」
クエロの脳内で疑念が渦巻く。
(どういうつもりなの。衣服を取り上げて動きにくくさせる気?
それともワイシャツに何かを仕込んで……いいえ、そんな事をしてもすぐにばれる。
そもそも公言したという事は公言自体に意味が……)
堅苦しく決意を固めていたのが災いし困惑するクエロ。
クリーオウがくすりと笑った。
「もう、サラ。クエロが困ってるよ」
「そうか、それは残念だ。軽いジョークだったのだが」
「…………結構よ」
クエロは一気に疲れた様子で肩を落とした。
考えてみれば、自分の支給品を無意味に『巨大ロボット』などと吹く相手だ。
唐突にジョークを飛ばす可能性を考えるべきだった。
そしてサラは考える。
(そうか、そこまで戸惑うか)
裸ワイシャツはもちろんジョークだ。
だが、サラのジョークは時に本質を見抜く為のフェイクとしても使われる。
『本当に意味の無いジョーク』も乱発する以上、これを見分けるのは人間業では不可能だ。
奇人や変態、異星人とか無貌の神なら可能かもしれない。あと世界の中心とか。
(以前に放ったジョークは彼女にバッサリ切り捨てられた。なのに今度はこの有様だ)
サラは真面目な話を想定していた程度では無いと推測した。
そう、例えば……
(例えば、自分に何か仕掛けてくる事を想定したなどが有り得るだろう)
推測を元に推論を組み立てる。
(議事録で疑っている様子は見せなかったはずだ。
…………ああ、『だから』気づかれたのか)
例えば一発だけ減っている弾丸とそれに合致する謎の剣。
クエロを露骨に疑っていたゼルガディスが死んだという状況証拠。
自分が疑われるに足る種を撒いたと自覚していて、それが話題に出なかった。
なら、その裏で疑われている事を予想するのは十分に可能なはずだ。
(もしかすると、疑いの度合いを測る為にわざと疑われる事をした……考えすぎか。
どこまで疑われたかを確信する材料は無いはずだが、どうしたものか)
材料は無いはずだ。だが、だからといって辿り着いてないと限らない。
サラは、それに気づけない。
「ところで少し話が有るのだが、良いだろうか」
「話……?」
「クエロが持ち帰った剣と、あの弾丸についてだ」
(今度こそ来たわね)
クエロは改めて気を引き締める。
「ええ、良いわよ。でも……あの時の事に少し触れるかもしれないわね」
少し表情に影を落とし、クリーオウを横目で見る。
(この子を同席させても良いのかしら?)
サラがそれに応え。
「どうする、クリーオウ。あの時の話題に触れるかもしれないが」
「聞く。仲間外れは嫌だもの」
返答を任されたクリーオウから即答が返る。
「だ、そうだ。さて、ついでに君達はどうする?」
「ついでとはヒドイなあ。まあ、僕も拝聴しましょうか」
「………………」
せつらも腰掛け、空目は少し離れた場所で読書を続行した。
「そうか、では始めよう」
疑いの札を切り合うカードゲームが始まった。
「まず、クエロの持ち帰った魔杖剣そのものについて説明をお願いできるだろうか。
昼過ぎはクエロが酷く消耗していたし、詳しい話が訊けなかったからな」
(疲れが酷かった、ね。そう取ってくれるのはありがたいわ)
知っていたら話していてしかるべき事も、気にせず話すことが出来るだろう。
手札が増えた事を有り難みつつ、慎重に返事を返す。
「その前に、あなたの調べた結果を聞けないかしら。
他にも有った魔杖剣というのが気になるわ」
話の内容は、建前上はどちらが先に話そうと同じ内容だ。
しかし、実際は相手の話に『合わせる』形で情報が出される。
後攻を取った方が有利に情報を操作できるのだ。
「確かにわたしの方でも魔杖剣と弾丸について調べていたが、
その前に弾丸の本来の機能を確認しておきたいのだ。よろしく頼む」
状況の優位性を武器に切り返すサラ。
(ここで食い下がる建前は……無いわね)
クエロには情報を集める『建前』が不足している。
内心で舌打ちしつつ、折れた。無理に食い下がるのは危険だ。
「ええ、判ったわ。
マニュアルに書いてあった内容によると、あの剣は魔杖剣『贖罪者マグナス』。
弾丸を篭めて使うことにより強力な防御障壁を発動できるわ」
サラが剣と弾丸を調べた事によりどういう成果を得たのかは判らないが、
それほど詳しいことは判っていないはずだ。
そのまま札を切り続ける。
「だけどかなり使いにくいわ。発動にも時間がかかるし、脳にも負担が掛かる。
それに魔力だとかそういう物を持つ人間じゃないと使えないの。
私も今は使えないけど、元の世界で咒式という物が使えたから……」
「なるほど。
おそらく、魔力さえ有れば素人でも一つ術を使える杖というところか」
「ええ、そういう事みたいね」
(素人でも一つ、ね)
魔杖剣が咒式を使うための媒体である事を確信する材料は無いだろう。
防御障壁以外の使い方も有る事は予想されているかもしれない。
だが、建前が『弾丸を消費して防御障壁を生み出す使いにくい杖』な事は変わらない。
「とりあえず、あの剣と弾丸は私が担当するという事でいいかしら?
サラとピロテースは使えるでしょうけど、使い勝手は良くないわ」
今の所、これを断れる理由は無いはずだ。
「ふむ……念のために聞いておこう。空目、クリーオウ、せつら。
君達は元の世界で魔法の類を使った事は?」
「えっと……身体がドラゴンになっちゃった時は色々出来たけど、
あたし自身はそういう才能は無いかな」
(身体がドラゴンになっちゃった……?)
数人ほどその状況に多少の好奇心を覚えたが、とりあえずはスルー。
「俺も魔術師の真似事をした事は有るが、その時に力を借りた相手が居ない。
使えんと見て良いだろうな」
空目も使えない。
「僕は使えるかもしれませんが、脳に負荷を掛けてまで使う気にはなれませんね」
せつらの答えも予想通り。
クエロはサラへと視線を移し、視線と視線が絡み合う。
「ああ、剣はクエロに任せるとしよう」
そしてサラは、意外なほどすんなりと贖罪者マグナスを差し出した。
だが、剣だけ。
(弾丸だけ渡さない理由が有るの? まさか……)
問い掛けるクエロ。
「弾丸はどうするの? 他に使い道は無いでしょう?」
「ああ、その事についてだが、話がある」
サラが懐から柄だけの剣を取りだした。クエロにも見覚えのあるそれは……
(断罪者ヨルガ。良かった、内なるナリシアではなかったのね)
砕けた魔杖剣が『自分の切り札』でなかった事に内心で安堵するクエロ。
だが、この砕けた魔杖剣は『サラの切り札』だろう。
「この通り、これは既に刀身が砕けている。本来の機能は失われているだろう。それでも」
剣先を部屋の隅にあるバケツに向ける。
そして弾倉に術として完成された理の力を篭め、引き金を引いた。
サラの魔術が宝珠により増幅され、魔杖剣ヨルガを駆け抜け……刀身を通らず放出される。
本来の使い道、咒式ならば完成しない。しかし、別世界の魔術は既に完成している。
バケツの中の血を溶かす洗浄液が泡だったかと思うと、ぷかりと浮き上がる。
保健室の中空に浮かび上がる薄赤い水球。
中に閉じ込められているワイヤーがぐるぐると回り、蛇のようにとぐろを巻く。
輪廻を司る蛇を模して輪を作り、高速で洗浄液の中で踊り回る。
踊る極細の蛇は、既に殆ど溶け落ちていた血痕を脱皮すると……
ぱしゅっ
一瞬だけの龍の幻を伴い赤い羊水から飛び出して、保健室の床に生まれ出た。
「ワイヤー洗浄のシメ完了だ。使う時はドラゴンワイヤーと必殺技名を叫んでくれたまえ」
「ありがたく『普通に』使わせてもらいますよ」
苦笑しながらワイヤーを拾い上げるせつら。
ワイヤーの表面には血糊はもちろん、水滴一つだって残っていない。
「すごい、サラ!」
デモンストレーションに素直に感嘆するクリーオウ。
「とまあこの通り。わたしはこの剣をわたしなりに『使う』ことができる」
サラは朗々と宣言した。
(……何処まで使えるの?)
サラは引き金を引き、術は発動した。
それだけならサラが自前の魔術を使っただけかもしれない。
いや、自前なのは間違いない。
問題は魔杖剣の機能を利用したかどうかだ。
(判別しようがないか)
魔杖剣を使う前に出来なかった事が出来るようになっているかどうか。
それには、魔杖剣を使う前の全力を知らなければならない。
だが、サラが魔術を使ってみせるのはこの大層なデモンストレーションが初めてだ。
出来ないフリだとしても、それを見抜くには判断材料が足りなすぎる。
サラは攻勢を続ける。
「更にこの剣を調べて仕組みを解析してみた所、わたしもこの剣で弾丸を使う事が出来そうだ」
そういうわけで、弾丸を分けてもらえるだろうか」
(……まずは慎重に行こうかしら)
下手な返答をすれば咒式との関係まで気づかれかねない。
「解析したって……異世界のアイテムなんでしょう? 本当に使えるの?」
如何にも驚いたという表情を浮かべ、返事を返す前に逆に質問を投げかけた。
魔杖剣の仕組みを知識も無く理解出来ているはずがない。
その問いに対し、サラは淡々と答えを返す。
「問題無い。もちろん、先に言ったように本来の使い方は出来ないだろう。
剣に仕込まれた術式とでもいう物を発動させる部分は詳しく解明出来なかった」
(そう、そこは判っていないのね)
本来の用途で魔杖剣を使う為には咒式を使いこなす必要がある。
つまり、『咒式を知らない素人には使えない』のだ。
クエロは『魔杖剣と弾丸は知らない物で、説明書が有ったから使えた』と説明した。
今更明かせば、経歴に隠し事をしていたという傷が付いてしまう。
つまり、サラに咒式をどうやって発動させるかに気づかれてはまずいのだ。
「もっとも、逆に言えばそれ以外の機能は理解した。後はフィーリングだ。
本来の術式の代わりに、わたしの魔術を流し込んでその機能の恩恵を受ける。
制御の要となる刀身が失われているのは痛いが、
それでもこの刃無き剣と特殊な弾丸から得られるメリットは十分にすぎる。
それに、刀身も修復できないこともない」
「どうやって?」
「この剣は極めて精密な作りをしている。
極々微細なチューブが通っていたりして、調べるのはなかなか骨だった」
それは刀身に組み込まれたカーボンナノチューブだ。
サラは理科室の顕微鏡を蒸留水のレンズで更に拡大する事でそれを発見した。
「だがどうやら、細い導電体で緻密に繋げば機能を回復させることが出来るようだ」
「細い導電体って……何処に捜しに行くつもり?」
「いや、捜す必要はない」
サラの視線が指している物に気づき、それに視線が集まる。
「……なるほど。ぼくが代用品に使っていた導線ですね」
「その通りだ」
サラは頷いた。
「しかし、接続にはそれなりの精密さを必要とする。
設計図は出来ているのだが……せつら、君に頼めるだろうか?」
「良いですよ。地下湖を見に行く前にさっと仕上げてから行きましょう」
「では、お願いしよう」
超極細の妖糸を操り信じがたい程の魔技を現実の物とするのがせつらの本来の力だ。
細かい作業はうってつけと言える。
せつらはサラから鋼線とヨルガと設計図を受け取ると、
少し離れて長机にそれらを並べ、軽快に作業を始めた。
針に糸を通すように精密な作業だが、彼にとってこの程度は話を聞きながら出来る事らしい。
「そういうわけで、弾丸の半分はわたしが頂こう。
クエロは元々戦い向きではないのだろうし、今はその様子だからな。
それに、脳を傷めるような障壁を連続で使う事は出来ないだろう」
否……と答える事は出来ない。
クエロはあまり強くないように装っているのだ。
仕方がないとはいえ、魔杖剣の使用によるデメリット(消耗)を喋っていた事も裏目に出た。
「……ええ、良いわ」
クエロはサラの手から2発の弾丸を受け取った。
これで交渉は成立したと見ていいだろう。
予想したより状況は悪かったが、この状況でこの結果なら上々といえる。
しかしクエロには、だからこそ腑に落ちない事があった。
自分の立場を危うくする危険を踏まえてもそれを確認しておく。
「でも、何故砕けた魔杖剣を使うの?」
魔杖剣を魔術の増幅具として使えるなら、それを理由に贖罪者マグナスを奪う事も出来るはずだ。
それにサラも弾丸を使えると言う以上、弾丸もあと1発は奪っておけただろう。
1発使うだけで大きく消耗してしまうなら連発は困難なのだから。
サラはあっさりとそれに答える。
「わたしが贖罪者マグナスを使えば、この砕けた魔杖剣は余ってしまうし、クエロの武器も無くなる。
これ以上被害を出さないためには戦闘力の低い者にも自衛力は有った方が良い。何か問題が?」
(どういうこと?)
内心で混乱しつつも、それを表に出さずに答える。
「……そう、ありがとう」
「そういえば、空目とクリーオウも武器が無かったな。護身用に何か持っておくといい」
「え、あたしより空目の方が……」
サラの言葉にとまどうクリーオウ。だが、空目は首を振る。
「見たところ、俺よりクリーオウの方が鍛えている。
何か有るならクリーオウに回してくれ」
「じゃあクリーオウはぼくの銃を使うといい。ぼくはワイヤーが有ればそれで良いからね」
「あ、うん。ありがとう、せつら」
早くも作業を終えつつあるせつらがクリーオウに自分の銃を手渡す。
どことなく和やかな人の輪。
それを横目に見ながらクエロは考える。
(……わたしはまだあの輪に含まれているの?)
空目やサラなら弾丸の減少と状況からゼルガディスの殺害に気づくと見たが、その様子が無い。
単に隠しているだけだと思っていたが、それすらも確信が持てなくなってきた。
(まさか。楽観的に考えすぎよ)
戦闘力の無いクリーオウと空目を守らせるために敢えて戦力を残した。それだけだろう。
もしそうだとしても、外敵よりは協力できると考えている、と見ていい。
それも、ある程度の戦力を預けて良いほどに思っている。
(……でも、やっぱり話が合わないわ)
もしゼルガディス殺害に気づかれているならば、
魔杖剣から強大な殺傷力が生まれる事も気づかれているはずなのだ。
それほどの戦力の保持を認めている、あるいは……
(まさか……対抗出来る自信が有るの?)
考えられる事は一つ。
サラは魔杖剣を解析できた上、修復も出来る。ここまでは間違いない。
それに加えて魔杖剣と弾丸による魔術の強化が可能なのも本当で、完璧に使いこなせるとしたら……
(……つくづくとんでもない化け物揃いだわ)
それはつまり、もしも彼女と対立する事が有った時に、
魔杖剣による高位咒式が決定打にならない可能性が出てきたという事だ。
下手な手は打てない。
……だが。
逆に言えば、味方としてこれほど心強い相手もそう居ない。
(せいぜい利用させてもらうわ)
そう考え、クエロは有事にもサラとの正面衝突を避けるよう思考を組み立て始めた。
(さて、うまく行っただろうか)
全く尻尾を出さずに信用しているフリをする事で、それを信じ込ませる。
どの程度まで疑いに気づかれていたのか判らないのは痛いが、少しは効果が有ったはずだ。
加えて弾丸を自分も使えると主張すると共に弾丸の半分を奪う事で、
自分達を裏切る事に大きな危険性を想像させる。
自分の切り札を相手も同じ数だけ使えるかもしれない。
冷静で慎重な人間ならそんな相手に正面衝突を挑む事は無いし、
もし衝突するとしても真っ先に奇襲による排除対象として選ぶだろう。
だが、『誰が誰を狙う』事が予想される奇襲など不意打ちにはならない。
サラが仕掛けたのは疑惑で編んだ守りの網だ。
サラが確実に、本当に咒式弾を使えるかどうかは関係ない。
人を疑う事が出来る人間には『かもしれない』という疑惑だけで十分なのだ。
大胆なハッタリはサラのもっとも得意とする所だった。
(もっとも、それにしてもこれは少し賭だっただろうか)
クエロに魔杖剣と2発の弾丸を敢えて残したのは、数々の嘘を信じ込ませると共に、
下手に追いつめる事で危険な行動に出さないための心理的誘導策という意味合いも有った。
魔杖剣と弾丸をこれ以上に取り上げていたら、おそらく取り返そうとしてきただろう。
そうなれば激突が早まるだけでむしろ危険だ。
だがある程度の余裕を与えたという事は、裏を返せば戦いになった時に危険だという事だ。
その時も被害を出さないため出来る限りの事は布陣は整えたが、
不慮の事態を考慮すると万全と言うには少し足りないだろう。
(もっとも、十分に有利な状況さえ作れば後は出たとこ勝負だ)
大胆でありながら繊細、というには誉めすぎだろう。
サラは繊細に見えて意外と大雑把だった。
かくして疑惑のカードゲームは一局目の終了を迎える。
クエロはサラのハッタリに引っかかりながらも相手への疑惑は損なわず。
サラもクエロの疑い度合いには気づかずとも有利な札をばらまいて攻勢を仕掛けた。
* * *
「魔杖剣の修理も終わりました。ここに置いておいて良いですか?」
「ああ、それで良い」
「それじゃ、僕は地下湖の方に行ってきます」
「いってらっしゃい」
皆に見送られ、せつらはワイヤーを持って地下湖へと旅だった。
これでこの場に残るのは、サラ、クエロ、空目、クリーオウの4人となる。
「ではわたしも、その議事録にある予定通りしばらく寝させてもらう。
クエロ、隣のベッドを使って良いだろうか?」
「ええ、私は構わないわ」
隣で寝るとなれば、すぐ間近に無防備な姿を晒す事になる。
(今は味方……そういう意味かしらね)
クエロは一瞬意外に思ったが、すぐにそう思い直した。
「もしピロテース以外の誰かが来る様だったらすぐに起こしてくれ。
これでも寝起きは良い方だ」
「任せて。
せつらから銃ももらったし、何かあっても少しくらい時間を稼いでみせるから!」
クリーオウが銃を見せて言う。
慢心している様子は無い。
銃を得た所で、この殺人ゲームの中で安心を得る程の寄る辺にはならない。
それを確認して、皆は頷いた。
「頼りにしているわ」
クエロがそう言うと、クリーオウは少し嬉しそうに笑った。
(さて、他にやるべき事は寝る事だけか)
やれる事は色々有ったが、やれるだけはやっただろう。
装備の融通も情報のカードゲームも終わった。
そしてクエロに対する対策は、この最後のおまけこと添い寝作戦によってひとまず完了する。
そこまで考えた所で、ふと改良案を思いつきクエロに声を掛けた。
「では、隣で寝させてもらう。
ところで、わたしは同じベッドで仲良く寝ても良いのだがどうだろうか?」
「私にそういう趣味は無いわ」
すげなく断られた。
「……残念だ」
大人しく眠る事にする。
クエロが無防備な自分に危害を加える事はまず有り得ない。
この状況ではサラが危害を受ければクエロ以外に疑われる者が居ないのだし、
クエロにとってこのチームはとても価値のある事は間違いないからだ。
(だから、今は眠る。そして――)
サラすやすやと寝息を立て、深い眠りに沈んでいった。
その無防備な様子を見ながらクエロは考えこむ。
(サラは死体を使い捨てられる合理的思考を持つが、今の所は敵では無い。
それどころか今の状況ではこうやって無防備な姿も見せる。だけど……)
クエロはサラの目的が読めないでいた。
クリーオウ、ピロテースやゼルガディスなどと違い、人捜しに懸命になる様子は無い。
参加者のダナティアという女性は仲間らしいが、合流に躍起になってはいない。
これは秋せつらにも言えるが、彼にはまだ捜し屋という仕事意識が存在する。
空目の厭世的な感とはかなり近い気がする。
だが、彼ほど流れに身を委ねる性格ではないようだ。
他の仲間をダシにすれば利用は出来るだろう。
自分を敵とは思っていない
にも関わらず目的の読めない人間に、少々の不気味さを感じながらも……
「……まあいいわ。おやすみなさい、サラ」
今の所、互いを害する事は無いだろう。
(それなら、少なくとも今は利用できる)
そう結論を出すと、クエロもまた浅い眠りに就いた。
【D-2/学校1階・保健室/1日目・15:30】
【六人の反抗者】
>共通行動
・18時に城地下に集合
・ピロテースは城周辺の森に調査に向かっている。
・せつらは地下湖とその辺の地上部分に調査に向かっている。
・オーフェン、リナ、アシュラムを探す
・古泉→長門(『去年の雪山合宿のあの人の話』)と
悠二→シャナ(『港のC-8に行った』)の伝言を、当人に会ったら伝える
>アイテムの変化
強臓式拳銃『魔弾の射手』:せつら→クリーオウ
ブギーポップのワイヤー :バケツの中→せつら
ヨルガ柄&刀身+鋼線 :簡易修復完了。鋼線はせつらから。
高位咒式弾×4 :クエロ4→クエロ2/サラ2
【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]: 健康
[装備]: 強臓式拳銃『魔弾の射手』
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図。ペットボトル残り1と1/3。パンが少し減っている)。
缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。議事録
[思考]: みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい
[行動]: 空目と共に起きておき、誰か来たら警戒。
【空目恭一】
[状態]: 健康。感染。
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式。《地獄天使号》の入ったデイパック(出た途端に大暴れ)
[思考]: 刻印の解除。生存し、脱出する。
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。
クエロによるゼルガディス殺害をほぼ確信。
[行動]: クリーオウと共に起きておき、誰か来たら警戒。
【クエロ・ラディーン】
[状態]: 疲労により再度睡眠中。
[装備]: 毛布。魔杖剣<贖罪者マグナス>
[道具]: 支給品一式、高位咒式弾×2
[思考]: 集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
魔杖剣<内なるナリシア>を探す→後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)
[備考]: サラの目的に疑問を抱く。
空目とサラに犯行に気づかれたと気づいているが、少し自信無し。
【サラ・バーリン】
[状態]: 睡眠中。健康。感染。
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、魔杖剣<断罪者ヨルガ>(簡易修復済み)
[道具]: 支給品二式(地下ルートが書かれた地図)、高位咒式弾×2
『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵、危険人物がメモされた紙。刻印に関する実験結果のメモ
[思考]: 刻印の解除方法を捜す。まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。クエロを警戒。
クエロがどの程度まで、疑われている事に気づいているかは判らない。
【秋せつら】
[状態]: 健康。クエロを少し警戒
[装備]: ブギーポップのワイヤー
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図)
[思考]: ピロテースをアシュラムに会わせる。刻印解除に関係する人物をサラに会わせる。依頼達成後は脱出方法を探す
[備考]: 刻印の機能を知る。
[行動]: 地底湖と商店街周辺を調査、ゼルガディスの死体を探す。
ピロテースは別行動中です。
せつらも別行動を開始しました。
目の前で少女が泣いていた。
嗚咽混じりに何かを言いながら、涙を流し続けている。
言葉は途切れ途切れで聞き取れず、何を伝えたいのかはわからない。
「──」
話し掛けようとしたが、喉が詰まったかのように声が出ない。
手を伸ばして触れようとすると、指が少女の身体をすり抜けてしまった。
「──」
目の前にいるのに、何も言えないことが歯がゆかった。
目の前にいるのに、触れてやることもできないのが悔しかった。
目の前で泣いているのに、何も出来ないことがつらかった。
目の前で されてしまったのに、 せないことが、
「──」
何もしてやれないまま、やがて少女の身体はだんだんと薄れ、消えていく。
視界もそれに合わせるかのようにぼやけていった。
「──」
姿がゆっくりと空気に溶けていくなか、泣いていた少女が涙を拭い、俯いていた顔をあげた。
泣き腫らした顔で、じっとこちらを見つめている。
またすぐに泣きはじめそうで、でも泣かないように唇を噛んだ、あのいつもの、
「 」
やっと聞き取れた少女の声が、耳から脳へと緩慢に伝わる。
最後に紡がれたその言葉の意味を理解したときには、少女はもう消えていた。
──死なないで。
ざあぁぁぁぁ──────────────────────────
雨の音にも似た奇妙な音が耳をくすぐる。
ダムに溜まっている大量の水を一気に流し込んだような音が、途切れ途切れに聞こえてくる。
……ひどく意識が朦朧としている。
思考に脳が追いついていない感覚がある。久々に長時間意識を失っていたからだろうか。
眠気を誘う音を何とか意識の外に追いやって、ハーヴェイは重い瞼を開けた。
「……」
まず目に入ったのは、空の濃い灰色。今にも雨を降らせそうな重たい雲に覆われている。
虚空ばかり見ていても仕方がないので、首を動かし辺りを見回す。
乾いた砂の大地と、その砂を押し流す白い波。少し離れたところに銃が落ちている。周りには誰もいない。
左腕はそれなりに治っていた。右手側には黒い髪の、
「…………っ!」
自分の横に倒れている少女──キーリを認識すると、意識が飛ぶ前に起こった出来事が一気に頭の中を駆けめぐった。
──砂浜に少女が二人。なぜか成長しているキーリと見知らぬ幽霊。
銀の糸。黒衣の男──ウルペン。無力な幽霊。
向けられた銃。巻かれた糸。紡がれた言葉。
そして、彼女は倒れた。
「…………キーリ」
青白いその頬に、おそるおそる左手を伸ばす。
冷たい。
温かなぬくもりも、ひんやりとした心地よさもそこにはない。
生気がまったく感じられないその感覚に、思わず手を引っ込める。
「……」
しばし茫然と、触れた指先を眺める。冷たい感触が指に絡みつくように残っていた。
何かに縋るように、もう一度その手を彼女へと伸ばす。
やはり、冷たい。
生きているものではありえない、“もの”でしかない状態。
キーリはもう、死んでいる。
「…………」
突きつけられた現実を受け入れられないまま、身体を起こそうとして、ふらつく。
だがふたたび地面に倒れる前に、金属骨格の右腕が意志と無関係に動いて身体を支えた。
「……サンキュ」
その言葉に応えるように、きゅっと肘の辺りのモーターが唸った。
あの時ウルペンに一矢報いたのもこの右腕だった。──自分自身は何も出来なかった。
その事実に歯噛みしながら、ゆっくりとキーリを抱きかかえる。
十代の小柄な少女の身体は見た目よりもずっと軽かった。その軽さが逆に、心にずっしりと重くのしかかる。
重力に従ってすべり落ちた黒い髪が、生身の腕を優しく撫でた。
「キーリ、」
呼びかける言葉が続かず、息が漏れる。
呼びかけに対する言葉は返ってこない。自分の息がかかった前髪が動くだけで、その口は開かない。
水と砂がこすれあう音だけが耳に響き続けている。
「────あ」
そのままぼんやりと彼女の顔を見つめていると、突然その頬にぽつりと水滴が落ちた。
一つだけでは終わらずぽつぽつとそれは落ち続け、キーリの肌を濡らす。
(雨……?)
いつ降ってきてもおかしくない空模様だったため、別に不思議はない。
ただその雨が、どうしてキーリの頬にしか降っていないのかがわからなかった。
小さな──悲しそうに響くモーター音が耳に入った時、やっとそれが自分の涙だということに気づいた。
○
ぬかるんだ大地を濡れ鼠になりながらも歩く。雨が刺すように身体を冷たく打ち続けていた。
視界はすこぶる悪く、数メートル先も確かではない。聴覚も激しい雨音に覆われている。
それでも足を止めず東に──崖のある辺りに向かって、キーリの遺体を抱きかかえて歩き続けた。
しばらく何もする気が起きなかったところを、雨に冷やされた後。
まず考えたのが、キーリを海に葬ることだった。
──死んだら海に流して欲しい。少し前に彼女自身がそう言っていたのを覚えていた。
海岸に近い場所では波に押し流され、結局砂浜に戻ってきてしまうだろう。ならば、端まで移動するしかない。
……だが、彼女が言っていた“海”はここにある海ではなく〈砂の海〉のことだし、そもそも本気で言ったのかどうかもあやしい。
それでも、キーリをあの場に放置しておくのは気が引けた。
義手に頼んで土を掘ってもらい、埋葬することも考えたが──こんな状況だ、墓を暴いてまで情報を欲する者もいるだろう。
土を掘り返され。せっかく葬った彼女の身をただの物体として調査されるのが嫌だった。
──結局は自己満足。それはわかっているのだが。
(誰にも遭わなきゃいいんだけど)
邪魔なので荷物は破棄し(後で地図は必要だったことに気づいたがしょうがない)、持ち物は腰に差した銃だけにしてある。
だが結局両手はキーリでふさがっているので、奇襲されればきついかもしれない──が、死ぬわけにはいかない。
辺りを十分に警戒しながら、一歩一歩着実に前進していく。
(ずぶ濡れになるのは二回目か)
ふとそんなことに気づく。
もしあの時あの二人と共に行動する道を選んでいたならば、こんなことにはならなかっただろうか。
ざあぁぁぁぁ──────────────────────────
雨音が責めるように耳に響く。
“もし”など考えても仕方ないことだとはわかっていたが、どうしても後悔だけが次から次へと積もっていく。
(兵長に何て言おう……)
雨音がラジオのノイズを思い起こさせて、ますます自責の念にかられる。
帰ったら説教どころではすまないだろうし、すませてもらうつもりもない。
この場でキーリを助け、支えることができる──いや、すべきだったのは自分のはずなのに、目の前で彼女を奪われてしまった。
「……俺が、守ってやらなきゃいけなかったのに」
呟きが雨音に溶けて消える。
なんとなく前にもこんなことを思ったような気がする──そんな既視感を覚えたが、同じように雨音で遮られてすぐに消えた。
濡れて肌に張り付いた服が、やけに鬱陶しかった。
ざあぁぁぁぁ──────────────────────────
雨音と波が絶壁を打ち付ける騒音が鼓膜を震わせる。
数歩先の崖下では、空を映した真っ黒な水の塊がうねりを上げていた。
「……」
同じ“海”でも穏やかな〈砂の海〉とはまったく違う、水がうごめく世界の底のような光景を見て、いまさら躊躇する。
まるで生きているようにも見えるその海は、彼女を優しく包んでくれるようにも、深い闇で冒し苦しませるようにも見えた。
……だが、ここまできて他に取れる行動もない。
腕を伸ばし、キーリを虚空へと運ぶ。
「…………ごめんな」
そう呟いて、そっと手を離した。
支えを無くした身体は、あっという間に深淵に吸い込まれ小さくなり──飛沫をつくり何の抵抗もなく黒い水に飲み込まれ、見えなくなった。
そうして、自分に様々なものを与え、いつも手をさしのべてくれた少女の姿は、あっけなく消え去った。
水を吸って腕に絡んでいた、一房の髪の感触が後を引くように残っていたが──それもすぐに雨にかき消された。
「…………」
何もせずに、しばらくただ絶壁から海を見下ろす。雨の音がやけに耳障りだった。
──死なないで。
夢の中で言われた言葉を思い出し、反芻する。
未練はあっただろうに幽霊にはならず、キーリはそれだけを伝えて逝った。
……“不死”人と言っても核を破壊されれば死体に戻るし、首をはねられれば多分再生は不可能だろう。
この状況下でなら、どちらの可能性も十分ありうる。──だが、まだ死ぬ気はない。
今はまだ、生きる意志が残っている。キーリの遺志を叶えてやれる気力が残っている。幸いまだ生きていられる。
(幸い……)
幸い、と思った自分がなんとなく奇妙だった。幸い生きてるなんて思考回路は以前は持ちあわせていなかったような気がするが。
幸いまだあいつを殺せる力がある。
【G-8/絶壁前/1日目・16:00】
【ハーヴェイ】
[状態]:精神的にかなりのダメージ。濡れ鼠。
左腕は動かせるまでには回復(完治には後2時間ほど)
[装備]:Eマグ
[道具]:なし
[思考]:ウルペンの殺害(その後は考えてない)
[備考]:ウルペンからアマワの名を聞いてます。服が自分の血で汚れてます。
しずくと接触した宮野ら三人は、ひとまず彼女を休ませようと近くの林へ移動した。
大丈夫だと言い張る彼女を一旦眠らせ、一時間半ほど経ち目が覚めた所で事情を聞き出した。
「目にも止まらぬ速さで動き、怪しげな術を使う謎の美女……。
興味深いとは思わないかね、茉衣子くん?」
「興味深いかどうかはともかく、確実なのは危険人物だということでしょう?
どうなさるおつもりですか? 班長、それに……オーフェンさん?」
そう問いかける茉衣子の横には、沈んだ顔で三人を窺うしずくがいる。
「思うに、妖艶な美女が狙いとするのは葉巻の似合う中年と相場が決まっているわけだな。
つまりこの島随一の中年男を探すか、もしくは中年になるまで待とうホトトギス」
「黙れ」
戯言と共に飛び回るスィリーを、オーフェンが素早く掴んでデイパックに突っ込んだ。
「……しずくには悪いが、俺はそいつを助けには行けないし、手を貸すつもりもない。少なくとも今はな。
まだ探さなきゃいけない奴が残ってるし、下手に戦うわけにもいかねえ」
『けけっ、人間、命あってのモノダネだからなぁ』
エンブリオが茶々を入れるが、しかし誰もそれに構わない。
オーフェンの言葉は、しずくにとって残酷であれ、しかし当然と言える判断だからだ。
「それで、班長は?」
「うむ、その謎の美女氏に会いに行こうではないか」
さらりと告げる宮野。
「…………班長、しずくさんの話を聞いていませんでしたか?
人間離れした速度で動き、しかも他人を操る術の持ち主なんですよ?
そんな人と会おうだなんて、一体何を考えて……」
「落ち着きたまえ茉衣子くん。
考えてみたんだが、その美女と我々、そしてしずくくんの利益は一致するところにあるやもしれん」
「恐らく謎の美女氏は、『ゲーム』を楽しみこそすれ、積極的に殺人をする気はないのだろう。
人質を取り交換条件に殺人を要求するのがその証拠だな。
そこに、私と茉衣子くんの付け入る隙がある」
「班長、私は同行するとは……」
宮野は無視して続ける。
「美女氏の術がEMPに類するものかは不明だが、
他人の肉体・精神に干渉する術ならば刻印に対処出来る可能性はゼロではない。
そこで、――エンブリオを交渉材料に使う」
一瞬、全てが沈黙する。
「こちらの要求は、千鳥かなめの解放及び、可能であれば我々の刻印の解除。
そして美女氏への見返りは、エンブリオによる能力覚醒だ。どうかね、三方丸く収まったではないか!」
宮野の歓声は辺りにむなしく響き渡った。
数秒の沈黙の後、茉衣子が重苦しい調子で口を開いた。
「……班長、それは相手方がこちらの言い分を呑むことが前提ではないですか。
しずくさんとその仲間が受けた仕打ちを聞いてなかったのですか?」
「だからこそだよ茉衣子くん。伝聞ではなく、私達自身で彼女を見定める必要がある。
参加者全員の命運すら託すことになるかもしれんのだからな。
……しずくくんは、これでよろしいかな?」
宮野の口上に呆気に取られていたしずくは、ハッと我に返り、
「あっ、ありがとうございますっ!」
礼の言葉と共に頭を下げた。
「……仕方ありませんわね。班長一人で大事な交渉に向かわせる訳にもいきません。
同行いたします。私にエンブリオを使われるよりはマシでしょうからね」
宮野は茉衣子の言葉に満足そうに頷くと、顔を最後の一人に向けた。
「ということになったが、――オーフェンくんはどうするかね?」
「俺の考えはさっき言った通りだ。悪いがお前らとはここでお別れだな」
言いつつオーフェンはデイパックに手を突っ込み、人精霊を引っ張り出した。
「代わりと言っちゃあ何だが、この飛行物体を進呈しよう」
「む、トレードか? トレードならば服を脱いで抱き合うのが風習らしい」
意味不明のことを語るスィリーは、オーフェンの手から逃れ振り返り、
「――む、念糸か? 念糸使いがいたのか?」
今まで以上に意味不明の単語であり、――何か意味を持つであろう単語にオーフェンが眉をひそめる。
「お前、今度は何を――」
立ち上がってスィリーを捕まえようとする。
その瞬間、オーフェンは強烈な虚脱感に襲われた。
(……何が……何が起きた……!?)
叫びを上げることすら出来ず、地に伏せるオーフェン。傍らには、倒れる時にぶつかったデイパックから荷物がこぼれている。
「オーフェンさん!? どうなさって――」
「全員、動くな」
少し離れた木の影から、低い声が聞こえてきた。
「手加減はしてある。まだ殺しはしないが、許可無く動けば命が無いと思え」
「ッ!?」
人影の正体に、宮野は眉をひそめ、茉衣子は息を呑み、しずくが顔を青ざめさせた。
真っ黒に焼けた左腕を垂らすその男は、しかしそれを気にすることなく口を動かす。
「これからいくつか質問をする。貴様らはただそれに答えればいい。
まずは――」
【D-8/林/1日目・14:20】
【ウルペン】
[状態]:不愉快。左腕が肩から焼き落ちている。行動に支障はない(気力で動いてます)
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:目の前の連中から情報を聞き出し、その後殺す。
参加者の殺害(チサト優先・容姿は知らない)。アマワの捜索。
[備考]:第二回の放送を冒頭しか聞いていません。
『黒色スリーとメカ娘』
【しずく】
[状態]:右腕半壊中。激しい動きをしなければ数時間で自動修復。
アクティブ・パッシブセンサーの機能低下。 メインフレームに異常は無し。 服が湿ってる。
ウルペンに驚いている。
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:デイパック一式。
[思考]:火乃香・BBの詮索。かなめを救える人を探す。 ウルペンに驚いている。
【宮野秀策】
[状態]:好調。 ウルペンを警戒。
[装備]:エンブリオ
[道具]:デイパック一式。
[思考]:刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。
美姫に会い、エンブリオを使うに相応しいか見定める。この空間からの脱出。
【光明寺茉衣子】
[状態]:好調。 ウルペンに驚いている。
[装備]:ラジオの兵長。
[道具]:デイパック一式。
[思考]:刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。
美姫に会い、エンブリオを使うに相応しいか見定める。この空間からの脱出。
【オーフェン】
[状態]:脱水症状。何をされたのか理解出来ていない。
[装備]:牙の塔の紋章×2
[道具]:給品一式(ペットボトル残り1本、パンが更に減っている)、獅子のマント留め、スィリー
[思考]:敵襲? 宮野達と別れる。クリーオウの捜索。ゲームからの脱出。
※(3/4)の状態表にある座標【D-8】は【E-8】の間違いです。修正します。
「これからいくつか質問をする。貴様らはただそれに答えればいい。
まずは――」
そう言って彼、ウルペンは無事な右手を漠然と四人の方に指し示す。
「ひとつ。お前達の中にチサトはいるか」
淡々とした口調に、宮野が答えた。
「知り合い…というわけでもなさそうだな。いきなり攻撃をしてきたところを見ると決して好意的でもない。
ならたとえ知っていたとしてもお前などに教える――」
「やめとけ」
語る宮野を遮ったのはオーフェンだ。見やると少々息を荒くしながらも既に立ちあがっていた。
「やめとけ、無駄だ。こいつは…」
「ほう。俺を知っていると?」
あくまでも冷静、いや、それを通り越して無気味でさえある口調でウルペンが呟く。と、同時に思念の糸が宮野に絡んだ。今度は誰もがその様をはっきりと認識した。
ドサッと音をたてて先ほどのオーフェンをまねるかのように倒れる。
「班長ッ!!?」
立ち竦むしずくをおいて駆け寄りながら茉衣子は叫んでいた。
「下がりたまえ… 茉衣子くん」
ためらう茉衣子にオーフェンが声をかける。
「いや、彼を連れて遠くに逃げてくれ。こいつの相手は俺がする」
「でも…!」
とっさに反駁する茉衣子に、
「目的があるんだろ! もとより別れるはずだったんだから、いけよ!」
目の前の男を見据えて、オーフェンが吠える。
「そうさせてもらおうか、茉衣子くん、しずくくん」
そんなオーフェンを見つめて、宮野が他の二人に促した。
「そんな…」と、女性二人が唱和する。
「なにやら彼には思うところがありそうだ。ここは彼にまかそうじゃないか」
「ああ…そうしてくれ。俺の事なら心配ない」
安心させるように手をひらひらと振ってみせる。そしてそのまま、
「我は紡ぐ光輪の鎧!」
網状の障壁がウルペンとオーフェン、そして宮野、茉衣子、しずくの間を隔てた。
「いこう」走り出す宮野と茉衣子。
しずくもしばらく躊躇して
「あの…気をつけて下さいね!どうかご無事で」
と言い残して二人を追って走り出した。
(さて、どうしたもんかな…)
消えゆく障壁と人影を見送って、オーフェンは独りごちた。
体調は決して万全ではない。酷く、喉が渇いていた。体がふらつく。
左手を後ろに回しているためにバランスがとりにくい。
だが同時に、相手の状態を見るに自分の方がまだ軽傷である事も確かである。
(絶望的てわけじゃあ、ないな)
負傷からして接近戦は挑んでこないはずだ。遠距離から魔術で片を付ける、それが最良だ。自分とて動けないのは大差がない。
相手の能力は先ほどの糸――念糸?が主だろう。人体に作用する技のようだが、こちらの攻撃を向こうにするような作用を持ってないとはいいきれない。
ならば…防御を無効にする技を放つまでだ。このコンディションで意味消滅を制御する自身はないが。
そういえば先ほど小うるさいのがなにかを言ってはいなかったか?
問いただしてみようか、いや…
「ところで思案中悪いのだが、決闘か?黒ずくめ対黒ずくめ。
生き別れの兄弟なら親の形見について争わなきゃならん。
それにしても余り似ていないようだが。
いや、余所の家庭事情に口出しすべきじゃないってのは分かっている」
「問答の続きだ。…質問をかえよう。俺の事を知っているのか?その精霊にでも聞いたか」
応じたのはオーフェンではない。佇んでいたウルペンが口を開く。
「精霊ってこれか?こいつが何を言ったところで分かるもんかよ」
先ほどの逡巡の理由を説明する心地で応じる。
「ただな、俺はあんたみてえな奴を知ってるんでな。
ほっとけねーつうかなんつうか…。
そうだな、要はあれだ。むかつくんだよ、お前」
だってまるで今にも絶望を語りそうな顔してるじゃないか。そうは声に出さなかったが。
誓った、など大仰なものではないが、自分はすでに決意したのだ。絶望などしないと。たとえ神がいなくとも、滅びに瀕していようとも。
そして金髪の少女。彼女が今この場にいたなら、きっとこう言った事だろう。
(分かったような顔して絶望してる人ほどきっと何にも分かってないのよ。
前を見ないと、見えるものも見えないじゃない)
誰のものでもない、彼女自身の意志の言葉。彼女はきっと目前の男の絶望に応えるのだろう。
(クリーオウのせいってわけじゃない。それでも…俺はこいつの相手をしないとな)
男の纏う気配は、彼の出会い別れた様々な人を思い出させた。多くの顔が浮かんでは消えていく。その、誰か一人がかけても今の自分はいなかった…
ざっ――
音をたてて、ウルペンが一歩近寄った。それでもまだ遠い。中距離戦闘の効果内である。
「精霊を――理解する事は難しい。彼らは常に隔たれた場所に存在している。
俺にはそれがそこにいるのかさえ定かではないな」
オーフェンの言葉の前半にのみ応える形でウルペン。
「うむ、俺様ミステリアス。ところでいつも思う事だがそれ扱いについて抗議してもいいか?」
「フリウ・ハリスコー。彼女の居場所を知らないか?」
意に介さず続けるウルペンだが、その言葉は人精霊に向けられたようでもある。
「さっきはチサトを探してるとか言ってなかったか?随分と気が多いな」
「小娘の居場所なんかいちいち気にしてたら日が暮れちまう。いや、一応気にしてはいるんだぞ?そんな薄情者を見る顔をしないでくれ。
頭の片隅で。なんていうか7%くらい」
どちらの答えもウルペンにとっては要領を得ないものだったが、気にせず次の質問に移る。
「アマワ…アマワは知っているか」
この男なら、という一縷の思惑がそこにはあった。何故か、この男の空気にはひっかかるところがある。
「それも女か?」
「なぜだろうな、聞いた事がある気がする。8%くらい。いや、小娘より多いと言う突っ込みはいらないぞ、ありがとう」
何一つ、この問いかけで得られた事はないように思える。ならば――
「なら用はない。死ね」
同時に念糸が黒衣から剥離する。が、それを視認するよりも早く、オーフェンも唱えていた。
「我は跳ぶ天の銀嶺!」
左手を突き出して叫ぶ。疑似転移の魔術。魔法とは違い、飽くまで疑似的な転移。実際には空間を高速で移動しているに過ぎず、障害物があれば即死は避けられない。
が、今転移するのは自分ではない。
手の中にあった、獅子のマント留め。
こぼれた荷物から立ち上がる時に拾い上げていたのだ。
豪奢な金属の重みが手のひらから消える。しかし、
(くっ…構成が…)
制限のためか、脱水症状のためか、狙いがわずかに逸れているのを自覚する。
銀の糸はすでに目前に迫り、今にも自分に絡み付きそうだ。
もたらされる症状を予期して歯を食いしばる。一撃を食らったなら、反撃を試みるより逃げなくてはならない。
が、渇きに襲われる前に閃光が目を焼いた。ついで大音響、地面が揺れる。
遠く――ダメージを受けるほどではないが。念糸も消滅した。
爆発は彼のものではないのか。見やると、ウルペンも訝しげに後方を振り返っている。オーフェンとウルペンを結ぶ線分の延長線上、板金のレリーフが転移した先。
続けざまに今度は紅蓮の炎が出現した。火柱は一瞬にしてその形状を変え、獅子の姿が浮かび上がり…そして消えた。
(なんだ、今のは…?あのマント留めが?)
「獣…精霊!」ウルペンの声。彼の瞳にはなにか焦がれるような色が浮かんでいた。彼の妻、そして彼女そっくりの義妹。その獣は彼女らと共にあり、共に戦い、守ってきた。二人とも、既にこの世にない。獣精霊だけが彼の愛したものの形見であり、象徴である。
失われていた感情をかき立てられ、身を翻すと獣の消えた方に駆け出した。
「なんか知らないが… よかった、のか?」
一人取り残されたオーフェンのつぶやきだけが風に乗り、人精霊以外聞くものもなかった。
『サードを出ようの美姫試験』
【しずく】
[状態]:右腕半壊中。激しい動きをしなければ数時間で自動修復。
アクティブ・パッシブセンサーの機能低下。 メインフレームに異常は無し。 服が湿ってる。
オーフェンを心配。
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:デイパック一式。
[思考]:火乃香・BBの詮索。かなめを救える人を探す。
【宮野秀策】
[状態]:好調。 オーフェンを心配。
[装備]:エンブリオ
[道具]:デイパック一式。
[思考]:刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。
美姫に会い、エンブリオを使うに相応しいか見定める。この空間からの脱出。
【光明寺茉衣子】
[状態]:好調。 オーフェンを心配。
[装備]:ラジオの兵長。
[道具]:デイパック一式。
[思考]:刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。
美姫に会い、エンブリオを使うに相応しいか見定める。この空間からの脱出。
(E-7の林の木がなぎ倒されています。 閃光と大きな音がしました)
(ギーアは無抵抗飛行路に入りました。このままいなくなるのもウルペンや誰かと相対してきえるのも暴れ回るのも次の書き手に任せます。)
【E-8/絶壁/1日目・14:30】
【ウルペン】
[状態]:不愉快。左腕が肩から焼き落ちている。行動に支障はない(気力で動いてます)
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:ギーアの捜索
目の前の連中から情報を聞き出し、その後殺す。
参加者の殺害(チサト優先・容姿は知らない)。アマワの捜索。
[備考]:第二回の放送を冒頭しか聞いていません。 林に向かって走っています。
【オーフェン】
[状態]:脱水症状。
[装備]:牙の塔の紋章×2
[道具]:給品一式(ペットボトル残り1本、パンが更に減っている)、スィリー
[思考]:宮野達と別れた。クリーオウの捜索。ゲームからの脱出。
獣精霊が封じられていた檻は、思念の通り道で紡がれた、ただそれだけの寝台に過ぎなかった。
照らし染める光も、凍て付いた夜もない、隙間でしかない空虚。確立した自我を持っているのなら、そこは確かに退屈なところだった。
その一方的な閉鎖に満ちた空間から、全方向に広がる空間へ――つまりは外界へ、獣精霊は解き放たれた。
獣精霊は思考する。焦りを抑えて思考する。
水晶檻の中で、なぜか聞こえていた放送。そこで呼ばれた――ミズー・ビアンカの名前。彼女は本当に死んだのだろうか?
答えはない。
もとより、誰に対しても発していない問いかけに、答えが返って来るはずはない。そんなことは分かっていた。相手のない問いかけに答えが返って来る道理など、この世界にはない。
答えを望んでいない問いかけに、答えが返って来ないのと同じ様に。
獣精霊は疾駆する。素早く迅速に疾駆する。
何をするにせよ、彼女が本当に死んだのであるか、確かめてからでなければ始まらない。
無抵抗飛行路に飛び込み、彼女の元へと馳せ参じる。
これは容易なことだった。自分に彼女の居場所が分からないということなど、あろうはずがないのだから。
そんなことは、あってはならない。彼女の――獅子となった獅子の子の居場所が分からないなど、あってはならない。
獣精霊はうなりを発する。ほんの小さくうなりを発する。
彼女は既に獅子となった。なのに――死んだというのか?
だが、今は考える時間などはない。
時間は限られている。水晶檻は退屈な空虚ではあるが、硝化の森と同等の環境を約束している。硝化の森の無い此処で、自分はどれだけ存在を示していられるのか。それは誰にも分からない。
急ぐに越したことはない。
獣精霊は前進する。迷いを棄てて前進する。
近付けば近付くだけ、嫌な感覚が増していく。だが停滞には意味がない――事実はこちらが確認しようとしまいと、確実にこちらを蹂躙してくる。既に過ぎ去った事柄であるがゆえに、抗いもできない。それが恐ろしくないわけではない。
唯一ともいえる対抗手段は、信じることだけ。彼女の生存を信じ、先の放送が虚言であったと信じる。裏切られることになろうと信じるしかない。
獣精霊は発見する。ほどなく順調に発見する。
とはいえ。
なにを見つけたわけでもない。簡単に言えば、それはただの建造物だった。力を少し振るえばそれで消え去ってしまうような、脆弱な木と石の集合体。
ただしそれは――血の臭いに浸されていた。
これ以上は進めない。進んでしまえば、彼女への信頼を奪われることになる。
だがそれでも。
進んだ。爪の一振りで扉を打ち破り、建造物の中へ。彼女の元へと前進する。
三つの死体があった。
二つは男。一つは女だがミズー・ビアンカではない。
若干の安堵を手に入れ、すぐにそれが無意味だと知る。三つの死体の存在は、ここで殺戮が行われたことを示している。
それに、ミズー・ビアンカが巻き込まれていないと、どうやって証明できる?
体当たるようにして次の扉を抜け、進んだ。進んだだけ、彼女への信頼が奪われていく。
そして――
獣精霊は憤怒する。深く悲しく憤怒する。
大量の血液を流し、壁に寄りかかって事切れている――ミズー・ビアンカの存在の残滓。
その近くに二つ、少女の死体が倒れていた。そのうちの一つからは、ミズー・ビアンカの血が付着している。
奪われてしまった。
大きく、吼える。咆吼と同時に広がった爆炎が、周囲を紅蓮に染め上げる。
赤が呑み込み、紅が切り裂き、朱が渦を巻く。緋色の焚滅が蹂躙し、赫々とした火葬が覆い尽くす。
獣の炎勢の前に、全てが焼き尽くされた。
弔葬の業火が消し飛ばした廃墟は、もはやなにもかもがない。愚かな信頼も、外れた期待も、無為な激怒も、触れ合う距離も、愛を語る言葉すらも。なにもかもが消え去った空隙に、鋭利に硝化した灰が積もっている。
それだけだ。
硝化の地となったそれを一瞥し、無抵抗飛行路に入る。
獣精霊は決意する。その意味を考えながら、決意する。
家族の仇は討たねばならない。だが彼女を殺した少女は彼女が殺した。
ならば、だれに、なにをすればいいのか。
ちぐはぐな断裂。分裂する思考の中で、音が響いた。たった一言。
奪え、と。
奪え、奪え、奪え、と音が響く。それは何度も何度も何度も響き、思考を純化し鈍化し消化し硝化する。
少女と関わりのあるものを――奪う。
あの少女の匂いは記憶した。あの少女の家族を、親しい者を――奪う。
正しいことなのか。自分が望むのはそれなのか。誰に対してでもない問いかけが心の深淵に墜落する。答えのない、返って来ない問いかけが、心の中に蠢いている。
間違っているのか。自分の望みは何処にあるか。仇を討ったところで彼女は取り戻せない。仇を討ったところで自分が満ち足りることもない。ならば全ての行動になんの意味がある。
どうしようなく無為で、限りなく無駄で、果てしなく無様で、言い訳もなく無粋で、考えるまでもなく無道で、取り返しようもなく無益で、抗いようもなく無意。
そんなことは分かっている。理解している。知識の範疇にある。知覚している。
分かっているのに、動きが止まらない。分かりたくて分かっていて、しかし止めたくとも止まらない。
それしかできない。それしかやることはない。
獣精霊は――
【D-1/公民館/1日目・14:40頃(雨が降り出す直前)】
※公民館が焼失しました。落ちていた物品もほぼ全て焼失しました。
※公民館から硝化が広がり始めます。
皆さん今日は。ボクはキノといいます。
この『ゲーム』とやらに参加させられ、色々な事があり結局『乗る』事にしました。
師匠の意志を継ぎ、躊躇わずに人を殺し最後の一人になることを誓ったのです。
ところがボクは今震えています。
森を歩きながら手の震えが止まりません。
口もしっかり噛み合わせていないとカチカチいいそうです。
それもこれもあの殺人鬼零崎と分かれてからのことでした。
歩みは遅々として進まず、商店街がえらく遠く感じられました。
何故か森のざわめきなどにも過剰反応してしまい、全然先に進めませんでした。
そんなこんなでボクは何とか商店街に到着したのです。
しかし入ってすぐの所でありえない破砕を見かけました。
頭髪のない強面の人と赤い髪の女性の抱擁。
しかもそのまま二人は死んでいる状態で。
「……」
生前恋人同士には見えません。ありえないのはその足元。
足の形に小さなクレーターのようになっているのです。
踏み込みでしょうか。この人たちも零崎と同じ人外だったのでしょうか。
今では──死体となった今では同じことです。しかし近くにパースエイダーが落ちていました。
「これは…」
森の人です。血がこびりついていますが弾があれば使えそうな状態です。
「どこの誰かは知りませんが、これはボクに必要なものです。貰っていきます」
そう告げて血を拭ったパースエイダーを取ります。鞄はずしりと重くなりました。
よく考えればショットガンは専用の弾がないと意味がありません。
捨てようか…と考え、とりあえずその辺の民家で休んでから判断することにします。
額の傷はぱりぱりになってしまいました。刀も落ちていたのですがかさばるので持っていく事は断念。
ボクは最後に、食物連鎖の最下層へと到達しきらきらと乾ききっていない血が池を作っている人たちを見ました。
手ごろな民家を探すことにしましょう。
そこそこの家を見つけました。戸棚にはしっかり救急箱が設置。
かすり傷擦り傷切り傷は無数にありますが、どれも致命的なものは無く救急箱で処置できそうです。
ボクははっきり言って運が良かっただけでした。
一緒にいた相良宗介は予告無く両腕を切断されてしまい、どう見ても致命傷を負いました。
ボクも彼が切られた後に零崎の存在を確認しました。つまり、ほんの少し立ち位置が違った──或いは零崎の気紛れで殺されたのは僕だったかもしれません。
洗面所に行き顔を洗います。血の跡や泥を拭いファストエイド(この場合は絆創膏)を貼り付けます。
水道は正常に動き、タオルもありました。あとは荷物を整理して出発です。また、人を殺さねばなりません。
そのとき隣の民家で物音がしました。僕は咄嗟に相良宗介の落としていったソーコムピストルを構え、腰にヘイルストームをホールドしました。
音を無くして民家から出て、隣の民家の入り口に接近します。
『やっぱり探しに行こうか…』
『でも潤さんは遅くなったら後で合流しようって言ってたよ』
『どうするデシ?』
声からすると男が2人、女が1人。
ボクは躊躇無く家に踏み入りました。一息で玄関から声のした部屋まで駆け抜け扉を蹴り開けます。
「うわっ!?」
「敵!?」
部屋の中には男が1人少女が1人──犬が一匹。
声は3人分したので犬が喋ったということでしょう。
シズさんの犬、陸も喋っていたから特に不思議には思いませんでした。
驚いて窓から逃げ出そうとする2人に抜き打ちの形で銃口を向けました。
指に力が──その瞬間少女がこっちを向きました。
何も写していない、虚ろな瞳。
その瞳で咄嗟に零崎人識を連想したボクは急に震えが来ました。
手の握力は急激に弱まり抜き打ちで下から上に跳ね上げていた銃は手から離れ、天井に叩きつけられました。
「早く──!」
男が少女の手を引きます。
「でも、戦わないと!」
「逃げるんだよ! 潤さんは大丈夫だ! 人が多いところに行くって言ってただろ! 学校とか──公民館とかで待とう!」
ボクはその言葉をほとんど聴いていませんでした。
自分の震えと、パースエイダーを素人のように扱ってしまったショックから立ち直ったのは一瞬後でした。
「待──」
追いかけようとしたんです。でも無理でした。膝は笑い、これ以上の行動を拒否しています。
思い起こせば余り休んでいなかったことも関係していたのかもしれません。
追跡は諦め、その場に座り込みました。
こんな姿を師匠に見られたらなんと言われることでしょう。
相棒のモトラドは居ませんでしたが彼がなんと言うのかはそのままの声で予想できます。
『何も言われない。撃たれる』
【C-3/商店街民家/1日目・17:50】
【キノ】
[状態]:体中に擦り傷。 精神に傷/疲労
[装備]:ヘイルストーム(出典:オーフェン/残弾6)/折りたたみナイフ
カノン(残弾無し)/師匠の形見のパチンコ/ショットガン(残弾無し) ソーコムピストル(残弾9) 森の人(残弾無し)
[道具]:支給品一式×4
[思考]:最後まで生き残る。/休憩/荷物の整理/気持ち回復
『フラジャイル・チルドレン』
【フリウ・ハリスコー(013)】
[状態]: 健康
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし 包帯
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mm・缶詰などの食糧)
[思考]: 潤さんは……
[備考]: ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。
【高里要(097)】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品(パン5食分:水1500mm・缶詰などの食糧)
[思考]:三人は大丈夫だろうか。 とりあえず人の居そうな公民館・学校あたりへ
[備考]:上半身肌着です
【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】
[状態]:前足に浅い傷(処置済み)貧血 子犬形態
[装備]:黄色い帽子
[道具]:無し(デイパックは破棄)
[思考]:三人ともきっと無事デシ。そう信じるデシ。
[備考]:回復までは半日程度の休憩が必要です。
奇妙な仮面をつけた頼りなさげな青年―――――これが子爵の感じたEDに対する第一印象であった。
この奇妙な青年は、この場に似つかわしくもあり微妙に浮いている様でもあるという
なんとも言いがたい不可思議な雰囲気をかもし出している。
(人は誰しも仮面を被って生きている、という言葉があったな。いったい誰の言葉であったか・・・)
子爵がEDと出会ったのは、ちょうど地面に「体」を広げて日光浴をしている時だった。
子爵はこの世界に来てから、エネルギーの消費が異常に早いことを感じていた。
常にエネルギーを補給できる昼間には何の支障もないのだが、問題は夜である。
昨夜は途中でエネルギー不足に陥ってしまった。
深夜からスタートした昨夜とは異なり今夜はその倍の時間を
エネルギー補給なしで行動しなくてはならない。
下手をすれば完全な行動不能状態に陥る可能性すらあるだろう。
朝になれば回復するとは言え、禁止エリアの存在を考えると行動不能になるのは死活問題である。
こうした理由により、子爵は今夜のためにエネルギーを少しでも多く溜め込んでおこうと
適当な場所でがんばって日光浴に勤しんでいるのである。
『決して怠けているのではないぞ!備えあれば憂い無しというではないか』
誰に見せるわけでもないのに、子爵は言い訳らしきものを空に向けて並べ立てていた。
EDがやってきたのはそんな時だ。
EDは水の枯れた湖底を再び一人で歩いていた。
2回目の放送終了後、EDと李麗芳は別行動をとることにした。
話し合いの結果、李麗芳は東に向かい、EDは湖底を探索することとなった。
二人には地下通路を調べるという選択肢もあったのだが、
敵と遭遇した時のことを考えると地下では逃げにくいことから危険である。
そのことから地上の探索をまずは優先して行おう、ということで二人は一致した。
そして、3回目の放送までに本拠地である地下通路入り口に集合する約束をして二人は別れた。
その後、1時間ほど湖底の東側を探索し続けたのだが成果は何もなかった。
どうやら、この地域には地下通路と島があるだけのようである。
次にEDはまだ調べていない湖底の西側(C−6方面)へと歩を進めてみることにした。
B−7エリアの南西地域まで来たところでEDはふと奇妙なものがあるのに気づいた。
湖底の岩の上で真っ赤な水溜りが不気味に蠢いていたのだ。
EDは興味を持ち近づいてみることにした。
その真っ赤な水溜りはどうやら文字を形作っては消え、文字を形作っては消え、
を繰り返しているようである。
『ほう、こんなところまでわざわざ人が来るとは。
人が来ない場所と考えあえてこの場所を選んだのだが誤算であった。
我輩は今、夜に備えての日光浴の真っ最中なのだ。
申し訳ないが、あえてこの姿勢のまま話をさせてもらおう。
失礼とは思うが背に腹は変えられないのだ。許してくれたまえ。』
よく見ればその水溜りはEDに「話し」かけてきているようにみえる。
驚きながらもEDは平然と受け応えをした。
「いやいや、そのままで結構です。
しかし、貴方は面白い姿をしていますねえ。」
『ほう、初めて我輩を見たのに普通に会話ができるとは、面白い男だな。』
「ま、他人であれ自分であれ見た目を気にして生きるというのは
窮屈で仕方ないですからねえ。くだらないことですよ。」
『ふむ、なかなか面白いことを言う男だな、君は。
そういう君もなかなか洒落た仮面をしておるではないか。
仮面舞踏会にでも出席するかのようだ。
我輩も人間の姿をしていたころは様々な催しを開催していたものなのだが・・・
おっと、無駄話をしてしまったようだ、許してくれたまえ。
遅ればせながら、ここで自己紹介をさせていただこう。
我が名はゲルハルト・フォン・バルシュタイン。
今は亡き皇帝陛下より子爵の爵位を賜り、グローワーズ島の元領主である!
ちなみに参加者名簿の 子爵 というは我輩のことだ。
この爵位のみの表記には少々不満があるのだがな・・・
今度主催者に会う機会があったら厳重に抗議をしてやらねばなるまい!』
冗談とも本気とも取れぬ発言にも関わらず、EDは動じた様子もなく飄々と答えた。
「僕はエドワード・シーズワークス・マークウィッスルといいます。EDと呼んで下さい。
界面干渉学という学問の学者をしています。」
『ふむ、その界面干渉学という学問について話を聞きたい気もするのだが、
今はそれどころではないのでやめておこう。
それはそうと、まずはお互いのために確認をしておく必要があるな。
我輩には君と戦う義務も意志も余裕もないことを最初に宣言しておこう。
もっとも、君が我輩とどうしても戦いたいというのであれば
不本意ながら紳士として正々堂々とお相手することもやぶさかではないが・・・
どうするかね?』
これまた冗談とも本気とも取れぬ発言である。
「そんな気はありませんよ。そもそも、僕は戦闘のほうはからっきしでしてね。
普段から口先三寸で生きている人間ですからねえ。
もし今子爵さんが僕に襲い掛かってきたとしたら僕にはどうしようもないですよ。」
対するEDは自慢にならないことを堂々と答える。
『本当に面白い男だな君は。気に入った!
我輩でよければ何でも協力することを約束しよう。
ただし!日光浴だけはやめる気はないぞ!』
日光浴の件についてはさらりと無視をしてEDがこたえる。
「ご協力感謝します。それでは、我々の仲間になってください。僕達としては・・・」
ここでEDは
この場でのあらゆる殺し合いを妨害し、このイベントを叩き潰すため仲間を募っていること。
すでに李麗芳が仲間になっていること。ここから少し北東にある地下通路を本拠地にしたこと。
次の放送までに集合する予定であること。探し人であるヒース、藤花、淑芳、鳳月、緑麗のこと。
以上のことを子爵に説明した。
そして最後にこう付け加えた。
「出来ればこのイベントとは何なのか、その謎を知りたいと考えています。
このようなおぞましいゲームを実行した存在とは何者なのかを。
真実がこのような極限状態では意味を成さないということは承知している。
しかし、これでは人間はあまりにも愚かで醜い存在となってしまう。
これではあまりにも理不尽すぎる。このようなことは許されてはならないはずだ。」
最後はほとんど自分自身に言い聞かせるような形の発言となっていた。
子爵はEDになにか深い陰りがあることに気づいたが、それにはあえて触れなかった。
『安心したまえ、人間はそこまで愚かな存在ばかりではない。私は人間という存在を気に入っているのだ。
我輩としてもこの馬鹿馬鹿しいゲームについては少々憤りを覚えておる。
良かろう!そういう集まりを作るのであるならば、微力ながら我輩も協力させてもらおうとしよう!
ただし、我輩にもやらなければならないことがあるのだ。
常に一緒に行動できるとは限らないということは先に述べさせていただこう。』
ここで子爵は
自分がいながら助けてあげられなかった名も知らぬ少女(アメリア)のこと。
その少女の最後を彼女の仲間に伝えるために行動していること。
今まで出会って来た人物達、祐巳やハーヴェイのこと。
以上のことをEDに話した。
「なるほど、こちらとしても別行動をとるということについては異存はありません。
麗芳さんにも話したのですが、僕としては最初はそれぞれが手分けをして
仲間集めや探索を行ったほうが効率良いと考えています。もちろん、多少のリスクはありますけどね。
僕のほうでもその亡くなった少女の仲間を捜索してみますよ。」
『うむ、了解した。
彼女の元の世界の仲間で今現在、生き残っているのはリナ・インバースという人物だけと考えられる。
我輩のほうも仲間集めと並行して君達の探し人の捜索もしてみるとしよう。』
探し人を名簿でチェック後、EDはちらりと空を見上げるとこういった。
「さて、長く話し込んでしまいましたが、僕はそろそろ湖底西側の探索に向かいます。
子爵さんはどうしますか?雲が出てきましたけど」
『我輩はもうしばらくこの場で日光浴を続けるつもりだ。いや、決して怠けているわけではないぞ!
これも夜のため、少しでも多くのエネルギーを蓄えておかねばならないのだ!』
「解りました。それでは、次の放送のある18:00までに本拠地に集合するということで。」
無意味に必死な様子の子爵にEDは苦笑を浮かべながら答えた。
『うむ。健闘を祈るぞ。』
「こちらも、そちらの健闘を祈っています。では・・・」
EDは挨拶もそこそこに、背を向けるとスタスタと歩み去っていった。
子爵は雲のせいで少し暗くなった空に向けて、誰に見せるでもない「独り言」を再び並べ立てはじめる。
こうして戦地調停士EDと子爵の奇人同士の一回目の会談は終了した。
【B-7/南西の湖底/1日目14:15】
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:健康
[装備]:仮面
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1500ml)、手描きの地下地図、飲み薬セット+α
[思考]:同盟を結成してこのイベントを潰す/このイベントの謎を解く
ヒースロゥ、藤花、淑芳、鳳月、緑麗、リナ・インバースの捜索
第三回放送までに子爵、麗芳と地下通路入り口で合流する予定
[行動]:湖底西側(C−6エリア)を探索する
[備考]:「飲み薬セット+α」
「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ
【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:健康状態
[装備]:なし
[道具]:デイパック一式、 「教育シリーズ 日本の歴史DVD 全12巻セット」
アメリアのデイパック(支給品一式)
[思考]:アメリアの仲間達に彼女の最後を伝え、形見の品を渡す/祐巳がどうなったか気にしている 。
EDらと協力してこのイベントを潰す/仲間集めをする
3回目の放送までにEDと地下通路入り口で合流する予定
[行動]:日が陰るまで日光浴を続ける
[補足]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
この時点で子爵はアメリアの名前を知りません。
キーリの特徴(虚空に向かってしゃべりだす等)を知っています。
201 :
イラストに騙された名無しさん:2005/08/27(土) 21:28:16 ID:y/gKVzaJ
規制解けたか
EDが想定していたよりも早く、雨は降ってきた。水滴が徐々に体温を奪い取る。
視界は狭まり、地面は泥濘に覆われた。これでは湖底を探索するどころではない。
EDはB-6の森へと避難した。もう既にずぶ濡れだが、これ以上、雨に打たれ続ける
わけにもいかない。雨宿りしなければ、体力を著しく消耗してしまう。
予定を変更し、彼は森を調査することにした。隠れ場所としては便利な地形なので、
誰かが隠れている可能性は充分にある。警戒しながらも、EDは森の様子を観察する。
遠距離からの攻撃はないだろう。木々と雨とに遮られて、狙撃しても命中しにくい。
罠があるかもしれないので、あまり奥へは行かない。魔法を使って罠が仕掛けてある
とすれば、せいぜい近寄らないようにするくらいしか、対応策が存在しない。
手頃な木陰に荷物を下ろし、EDは服を脱ぐ。大雑把に絞り、その服で体を拭いて、
また濡れた服を絞る。気休め程度の対処だが、今はこれで精一杯だった。
しわだらけになった服を改めて着て、仮面の男は溜息をついた。
(汗や埃を洗い流せたのはいいが、下手をすると風邪をひきかねないな)
他の参加者たちも、この雨に濡れているかもしれない。衰弱している者ならば、
体調を崩すことも有り得る。デイパックの中にある解熱鎮痛薬が、交渉材料としての
価値を少し増したわけだが、役に立つときは来るのだろうか。
湖底の探索は中断を余儀なくされた。だが、近くを移動していた参加者が、EDと
同じように森へ雨宿りしに来るかもしれない。こうしている間も、人探しは続行中だ。
(探している誰かか、あるいは“霧間凪”に会えるといいが)
“霧間凪”。名簿に記された、EDが関心をもつ名前。それは、人の名であるという
感覚と共に、とある印象を、見る者に与える言葉でもある。
(“霧間凪”――“霧の中の揺るがぬ大気”。“霧の中のひとつの真実”と、何らかの
縁がある人物なのかもしれない)
“霧の中のひとつの真実”とは、界面干渉学で扱われる研究対象の一つだった。
界面干渉学は、一言で表すなら、異世界から紛れ込んでくる漂流物を研究する学問だ。
異世界の書物の中には、“霧の中のひとつの真実”と書かれた物もあって、それらに
EDは興味を持っている。要するに、EDは界面干渉学の研究者でもあるのだ。
胡散臭くて怪しげな研究分野だが、彼らしいといえば彼らしいのかもしれない。
異世界で造られた銃器も、界面干渉学の研究対象だ。業界用語ではピストルアームと
呼ばれている。研究の過程で、EDはピストルアームの扱い方をいくらか覚えていた。
無論、彼の手元に銃器がない現状では、まったく役に立たない技能だが。
風が森を揺らした。水の匂いに混じって、緑と土の香りが漂う。
木々の枝葉の隙間から、空を見上げて、戦地調停士は思案する。
(この雨が、放送で言っていた『変化』なのか?)
今までに得た情報から、有り得る、と彼は判断した。主催者側は、幾人もの超人や
人外の存在を拘束できるほどの力を持っている。単に天気を予測できるだけなのかも
しれないが、彼らが天候を意のままに操れるという可能性も非常に高い。
(物陰や建物に人が集まる。殺人が誘発されやすくなる反面、仲間探しは楽になるか)
こつこつと音をたてて、EDの指が仮面を叩く。
(僕らは、主催者側の彼らに勝てるのか?)
同盟の最大の利点――それは、呪いの刻印を解除できるかもしれないということ。
未知の異世界から集められた参加者たちなら、EDたちの知らない能力で、刻印を
解除できるかもしれない。おそらく一人では無理だろう。しかし、大勢の人材を集め、
各自が刻印を解析し、情報を相互補完したならば、あるいは上手くいくかもしれない。
だが、この策は希望的観測でしかない。結局は、机上の空論なのかもしれない。
(まず、刻印を解除できなければ、殺し合いを終わらせる手段がなくなってしまう)
首尾良く刻印を解除できたとしても、この島から生きて出られるかは、判らない。
(そして、刻印による即死攻撃を無効化できても、主催者側の力はあまりに強大だ。
どのような力がどれだけあるのか、何ができて何ができないのか、把握できない)
それでも、彼は諦めない。
(成功する保証はない。しかし、他に方法はない)
諦めれば、最後の一人になるまで殺し合わねばならない未来が待っている。
近くを流れる泥水の小川が、わずかに川幅を広げたようだ。
さっき会った奇妙な紳士のことを、EDは脳裏に思い浮かべた。
(彼は今、何をしているだろう?)
ゲルハルト・フォン・バルシュタイン子爵は、人間ではなかった。幸いにも友好的に
会話できたが、彼との交渉は、いろいろと勝手が違っていた。
子爵には、表情も声音も存在しない。仕草は一応あるのだが、どういう意味なのか
厳密に理解するのは難しい。要するに、言葉以外の判断材料が極端に乏しいのだ。
おかげで、本気なのか冗談なのか、よく判らない発言も幾つかあった。
(最初は、どうなることかと思ったが……仲間になれて、本当によかった)
謎だらけの紳士だったが、自分から誰かを殺したがるような性格ではない、と見て
間違いはないだろう。EDと子爵の利害は一致していた。
危険を承知の上で始めた仲間集めだったが、順調だと言っても差し支えない。
(我ながら実に運がいい。まだ殺人者と会わずに済んでいる)
半日で36名が死んでいた。殺し合いに耐えられず自殺した者や、返り討ちにされた
殺人者が含まれていると仮定しても、かなり多い。四分の一以上が死んだことになる。
犠牲者たちが参加者以外に殺された可能性は低い。この『ゲーム』の目的は謎だが、
参加者を参加者に殺させるのが主催者側の望みだ。他の死因は考えにくい。
現在、この島を徘徊している殺人者は、一人や二人ではあるまい。
(『乗った』者たちは予想以上に多い。まったく、先が思いやられる)
殺人者たちを説得し、協力させるためには、刻印を解析できる仲間が必要不可欠だ。
それと並行して、単純で判りやすい抑止力も手に入れておくべきだった。
(相手によっては、和解策は意味を成さないだろう。どうしても戦力が必要になる。
こいつらに挑むくらいなら主催者側に逆らった方がマシだ、というくらいの戦力が)
他にも解決すべきことはある。どうしても避けて通れない問題がある。
(刻印が解除できたとしても、争う理由がなくなるとは限らない)
知人を殺された参加者は、その知人を殺した犯人と、手を組めるものなのだろうか?
一概に言えることではないが……そんなとき、誰もが冷静でいられるわけではない。
(復讐者となった人々は、仇の殺害を最優先するに違いない)
だが、それでは駄目なのだ。ただでさえ厄介な状況が、さらに悪化してしまう。
現状では、人材を選り好みすることができない。敵の敵を、敵に回してはならない。
殺人者や復讐者に、主催者側を狙わせる必要がある。生き残っている参加者全員の力を
合わせても脱出できるか判らないのに、参加者同士で潰し合っている場合ではない。
不安要素は他にもある。それはもう、山のようにある。
(なるべく急いで同盟を結成しなければ、おそらく手遅れになってしまう。けれど、
焦って打つ手を誤れば、自滅してしまう。迅速に、かつ慎重に動かなければ……)
たった12時間で、多くの参加者が死んだ。このままでは、主催者側の思う壺だ。
EDたちが最善を尽くしても、時間が足りない。人手不足はどうしようもなかった。
(まとめて協力者を得ることができれば、なんとかなるだろうか)
他の誰かがEDと同じ目的で同盟を結成していれば、お互いに助け合えるだろう。
だが、接触には細心の注意が要る。同盟同士の抗争にでもなれば、本末転倒だ。
(即席の同盟は脆い。疑念を抱かれれば、あっけなく壊滅してしまうおそれもあるな)
もしも仮に、参加者全員が殺し合いをやめたとしても、また別の問題が発生する。
刻印を解除する方法を発見できないまま、24時間、誰も死ななかった場合は、全員の
刻印が発動させられるのだ。それを回避するためには、誰かを殺さなければならない。
「能なしを死なせろ」「殺人者を犠牲にしろ」――そういった主張は、容易に諍いの
原因となるだろう。刻印の解除が間に合わなければ、同盟は団結力を失う。
心配事は尽きない。けれど、とにかく試してみなければ、どうしようもない。
(……やるだけやって、後は運を天に任せるしかないな)
やらねばならないことは多いが、今、どうにかできることは少ない。
鳴りやまぬ雨音を聞きながら、EDは再び嘆息した。
【B-6/森の端/1日目・15:00頃】
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:やや疲労/全身が湿っている
[装備]:仮面
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1500ml)/手描きの地下地図/飲み薬セット+α
[思考]:同盟を結成してこのイベントを潰す/このイベントの謎を解く
/ヒースロゥ・藤花・淑芳・鳳月・緑麗・リナを探す
/第三回放送までに地下通路の出入口まで移動し、麗芳・子爵と合流する
[備考]:「飲み薬セット+α」
「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ
[行動]:雨宿りしながら、森の周囲を調査する
EDの行動方針を「周囲の調査」から「現在地で待機」に修正しました。
ご了承ください。詳細は、避難所の修正スレに書いてきました。
「キノ。ねぇ、キノってば」
――だれ?
「うわ、ひどいなぁ。ぼくの声を忘れちゃったわけ?」
――……エルメス?
「もぉ、きちんとしてよキノ」
――ごめん、エルメス。
「まぁいいけどさ。それより何? このザマ」
――…………ごめん。
「いや、別に謝らなくてもいいんだけどさ。でもこんなところを師匠に見られたら大変だよ」
――うん……そう、だね。
「そうだよ、きっとパースエイダーを額に突きつけられて、無言で引き金を引かれるだろうね」
――それは、いやだなぁ。いくらゴム弾だからって痛いものは、痛いから。
「へ? 何言ってるの?」
――え?
「甘ったれてちゃダメだよキノ。実弾に決まってるじゃん」
――だってそれじゃぁ……死んでしまう。
「当たり前だよキノ。現実は厳しいんだ、一度の失敗は容易に死へと繋がるんだよ?」
――で、でも師匠がそんな。
「何言ってんの。殺し合いの場では師匠も弟子も関係ないよ。だいいち――」
―― ?
「君はもう、師匠を殺しているじゃないか」
―― !?
「何を驚くことがあるのです、キノ」
――し、しょう……!?
「貴女は私を殺したではありませんか」
――で、でも、それは……
「私が、生かしてあげたでしょう?」
――っ!!
「だからキノさん。君は変わりに生き残らなくてはいけない」
――だ、だからボクは人を殺してっ!
「それでこのザマですか? あまりシズ様と私を失望させないでください」
――これは、たまたま……!
「よわい……」
――う、ぁ
「そんなもので、戦場で生き残れると思ったら、それは大間違いだぞ」
――うぅぅぅ
「かははは! そんなんじゃお前」
――うぁ、ぁ……
「殺されるぞ」
――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
「嫌だろ? 死ぬのは」
――い、嫌、いや、だ……
「恐いだろ? 死ぬのは」
――恐い、嫌だ、死ぬのは、恐い。
「なら、生き残ろうぜ」
――死ぬのは、いやだ……
「みんな殺して、生き残ろうぜ?」
――しぬのは、嫌だ……
「貴女にはその義務があります」
――しぬのはいや……
「キノさんは殺さなくてはいけない」
――死ぬのは嫌です……
「キノは、殺人鬼にならなくちゃいけないんだよ?」
――しにたく/ない。。。
「さぁ、殺そう。殺して解して並べて揃えて晒そうぜ」
――死ニた>クナい・・・
「お前も、なるんだ」
――死、死、に? たくな、い?
「どうしようも、ないものに」
「あ゙ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
家の中に絶叫がこだました。
それは、恐怖に満ち、絶望に塗りつぶされ、嫌悪に塗り固められた、鬼の咆哮。
それを放ったのは一人の少女。
少女は頭を腕で抱え込み、背を仰け反らして絶叫した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
少女は――キノは荒く息をつくと、バクバクと早鐘を撞く胸を押さえた。
「み、みず」
キノは掠れるような声で呟き、フラフラした足取りで台所へと向かう。
倒れこむように流しのふちへ手を突き、手を震わせながら蛇口をひねった。
するとキノは勢いよく流れる水に口をつけ、むさぼる様に水を飲み始めた。
「っ……んっ………んぐ……」
飛び散る水がキノの服や顔をぬらす。
キノはそれでもかまわず水を飲み続ける。
一分以上もキノは水を貪り続け、ようやく流水から口を離した。蛇口は閉めない。
(どうやらボクは気を失っていたらしい)
キノは未だに荒い息をつき、大きく目を見開いて、排水溝に吸い込まれていく水を見ている。
(あの程度のショックで気絶するなんて……)
キノは頭をかきむしると、思い切り流し台を殴りつけた。拳が痛かった。
嗚咽し、荒い呼吸を無理やり押さえ込んでつばを飲むと、ばっと顔を上げた。窓の外は雨も降っておらず、薄く霧が立ち込めていた。
(この霧も、もうすぐ晴れるな)
そうしたら、この心のもやもやも、きれいさっぱりはれるだろうか。
キノはそんなことを思い、壁にかけられている時計を見上げた。時間は八時二十分。どうやら三十分近く気絶していたようだ。
こんなことでは、生き残ることなんてできない。
(死ぬのは、嫌だ)
だから、殺す。
(師匠の正しさを証明するためにも、生きなければならない)
そのためなら、殺す。
(覚悟を決めよう)
ボクは、殺人鬼になる。
キノはその後、民家の奥で無造作に転がる数発の散弾に、二十二口径の弾丸。そして少量の液体火薬と四十四口径の弾丸を見つけた。
キノはそれらを武器に込め、適等に腹ごしらえをした。
なぜここにそんなものがあるかは、考えもしなかった。
島のどこかで、人形遣いが邪悪に微笑んだ。
新たな殺戮者の誕生に。
【C-3/商店街民家/1日目・18:25】
【キノ】
[状態]:体中に擦り傷。
[装備]:ヘイルストーム(出典:オーフェン/残弾6)/折りたたみナイフ
カノン(残弾4)/師匠の形見のパチンコ/ショットガン(残弾3) ソーコムピストル(残弾9)/森の人(残弾2)
[道具]:支給品一式×4(内一つはパンが無くなりました)
[思考]:最後まで生き残る。
>>188-190 『リメンバー・ビースト(殺意の連鎖)』はNGとします。
お騒がせして申し訳ありません。
>>186,
>>187の状態表をなしにして
>>186の続きです
疲弊し、負傷した体が森の中を疾駆する。
彼、ウルペンを突き動かすのはある種の慕情――ひょっとするなら愛とも呼べる類いの――であった。
彼の目前で多くのものが消えていった。
確かだと思うものすら、消えていったのだ。
自分の命すら失い、気付けばこの狂気の島。
もう、何も信じられない。確かなものなど、何もない。
そう感じたからこそ、彼自身もここで命を奪い、奪おうとしている、いや、していた。
だが、先ほどの確かな炎はどうだ!
あの、鮮明で、鮮烈な力の輝きを!!
常に絶対的な力とともにあった獣精霊、ギーアと再びまみえたあの瞬間、彼の中で確かに何かが変わった。
あの精霊ならば、絶対ではないのか?
確かな存在として彼とともにある事ができるのではないか?
しかし…またこうも考える。
自分の思いなど、文字どおり精霊は歯牙にもかけないかもしれない。
深紅の炎を纏ったかぎ爪が己の胴を両断する様を思い描く。
(それもまたいい)
悔いはない。美しい力の前にひれ伏すのなら、それは喜ばしい事ではないか。
実際、彼はミズーに倒された事に関して今も不思議と、憎しみを感じてはいない。
華々しくもなく、互いに疲弊しあった人間同士――そう、彼女は獣ではなかった――の戦い。
それでも彼女の力は美しかった。その時は何故だかわからなかったが。
今ならそれが分かる。
意志の力。
意識を無意識に喰わせた獣の瞬間ではなく、自分で決意し、戦い、選びとって進んでいこうとする力。
(俺にも――あの力が手に入るのだろうか)
姉妹を愛した精霊に、姉妹が愛した精霊に、触れる事ができたなら。
妻を失い、帝都も失った世界を再び愛する事ができるだろうか?
「それ」は動揺していた。「それ」に感情などはないと、「それ」自身も知っていたがそれでも。
「それ」の望みを根本から無為にしかねないイレギュラーが発生したのだ。
イレギュラー、それは排除しなくてはならない。
「それ」は静かに動き出す…
はた、と意識が現実に戻り、足を止める。
何故か、ここが目的地であると感じたのだ。
彼は知る由もなかったが、禁止区域との境目のほど近く。
視線が自然と境界上の大木の手前、そこの虚空に定まる。
そこにひとひらの炎が見えた。
と、思った瞬間それは一気に増大し、紅蓮の炎を纏った獅子の姿を形成した。
まだ距離は遠いが炎熱が皮膚を焦す錯覚に襲われる。
「獣精霊!」
叫び、彼は一息に駆け寄った。
足を踏み出す毎に気温が上がるのが分かる。
あと数歩。数歩で致命的な熱波の圏内に入る。
その数歩のうちに自分は死ぬだろう。精霊に触れる事もなく。
いや、炎そのものが精霊であるとするなら自分はあの獅子に抱かれて死ぬのかもしれない。
一歩。また一歩。
ふと彼は違和感を覚えた。
あれほどまで激しかった熱気が…消えている?
足を止めて見上げると、獣の深紅の瞳がそこにあった。
そっと右腕をのばす。その時
『若き獅子、そしてあらたな獅子の子よ、お前を認めよう』
脳裏に低く振動するような声。
直感的に、それが目前の精霊のものであると知る。
若き獅子。彼もまた、ある意味あの姉妹を守ってきた。
敵としてなんどとまみえたミズーにたいしてさえ、彼は常にある種の愛情を感じてきたのだ。
獅子の子。今、彼は決意という力を手にしようとしている。
『獅子の子らを守る、それが獅子の務め』
それだけ残して、精霊は鬣を振り上げ、きびすを返した。
のばした右腕には触れさせない。それを許すのは優しさではなく甘さだから。
それを知ってか知らずか、彼は腕をおろした。
精霊が、どこに、何をしにいくのか彼には分かっていた。
獅子の子らを守る。
この狂気を…終わらせる気なのだ。
ゴォオオッ!
と音をたてて精霊の前方の雨に湿った生木が一瞬にして燃え上がる。
まるで戦の前の篝火のようでもある。
訓練された精霊は、戦闘に余計な時間はかけない。
が、それでもこれは精霊の、いや、獅子の意志の現れであった。
力強い後ろ足が大地を蹴る。その一瞬だけで平穏を保っていた地面が赤熱する。
空気が膨張したのか、鐘の音にも似た低音が響き渡る。
それでも炎は彼を焼かない。
その炎はといえば視界の全てを埋め尽くすかのように広がり…
そして消えた。
「…っ!?」
胸の奥が締め付けられるような感情。真実への予感。
光に焼かれた隻眼の視力が回復した時、彼は確かに見た。
儚く舞い散る火の粉の中で、揺れ動く、人を醜悪に模したような奇妙な影。
「アマワァァッァァァアアアアア!」
いったんおろしていた腕を再度振り上げる。
失う事には慣れていた。
しかし、やっと掴んだ、確実なもの、それすら失い感情が崩れ落ちる。
再び甦る想い。
結局は信じるに足るものなど何もなかった!!
影は消える。
火の粉も消える。
だが、一片の火の粉が傷付いた眼の上――妻を見つめ、義妹に奪われた眼――
に小さな火傷を遺した。
まるで、消滅した精霊の形見のように。
【E-7/西端の森/1日目・15:00】
【ウルペン】
[状態]:一度立ち直りかけるが再度暴走。精神的疲労濃し。
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:アマワを倒す。参加者に絶望を
[備考]:第二回の放送を冒頭しか聞いていません。黒幕=アマワを知覚しました。
【E-7/絶壁/1日目・14:50】
【オーフェン】
[状態]:脱水症状。
[装備]:牙の塔の紋章×2
[道具]:給品一式(ペットボトル残り1本、パンが更に減っている)、スィリー
[思考]:宮野達と別れた。クリーオウの捜索。ゲームからの脱出。
【E-7/絶壁/1日目・14:50】
『ザ・孤島を出ようの美姫試験』
【しずく】
[状態]:右腕半壊中。激しい動きをしなければ数時間で自動修復。
アクティブ・パッシブセンサーの機能低下。 メインフレームに異常は無し。 服が湿ってる。
オーフェンを心配。
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:デイパック一式。
[思考]:火乃香・BBの詮索。かなめを救える人を探す。
【宮野秀策】
[状態]:好調。 オーフェンを心配。
[装備]:エンブリオ
[道具]:デイパック一式。
[思考]:刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。
美姫に会い、エンブリオを使うに相応しいか見定める。この空間からの脱出。
【光明寺茉衣子】
[状態]:好調。 オーフェンを心配。
[装備]:ラジオの兵長。
[道具]:デイパック一式。
[思考]:刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。
美姫に会い、エンブリオを使うに相応しいか見定める。この空間からの脱出。
(雨が降っています)
(E-7の森の木がなぎ倒されています。 閃光と大きな音がしました)
(雨の中E-7の木が燃えていました。数十秒ですが誰かが見た可能性あり)
そこは霧に満たされていた。視界は白く閉ざされて、どこを見ても変わらない。
(これは、夢)
自分が眠っていることを、淑芳は知覚する。自覚したまま、夢を見続ける。
数時間の睡眠でようやく回復した体調。慣れぬ術で異世界の宝具を使った影響。
制限された状態で全力の一撃を放った反動。目の前で想い人を殺された動揺。
記憶が蘇っていく。これまでの出来事を、娘は思い出していく。
(あの後、わたしは気を失って……)
ここには他者の姿がない。銀の瞳を持つ彼女だけが、霧の中に立っている。
だが、それでも淑芳は言葉を紡ぐ。聞くものがいると、彼女は気づいている。
「あなたは何です? 勝手に夢の中へ入ってくるだなんて、無粋ですわよ」
答える声は、霧の彼方から届けられた。
「わたしは御遣いだ。これは、御遣いの言葉だ」
どこからか響く断言。年齢も性別も判然とせず、不自然なほどに特徴のない声。
淑芳は既に身構えている。不吉な予感が、油断するなと彼女に告げていた。
「御遣い……? 御遣いとは何ですの?」
「御遣いのことを問うても意味はない。わたしの奥にいる、わたしの言葉の奥にある
ものこそが本質だ」
「意味が判りませんわ。判るように話す気は、最初からないんでしょうけれど」
霧の向こうから、声が発せられる。まるで、霧そのものが喋っているかのように。
「わたしは君に、ひとつだけ質問を許す。その問いで、わたしを理解しろ」
袖の中を探る手が、一枚の呪符にも触れないことを確認し、淑芳は顔をしかめた。
「ひょっとして、わたしたちを殺し合わせようとしているのは、あなたですの?」
「その通りだ、李淑芳」
一瞬の躊躇もなく、即答が返ってきた。
真っ白な世界に少女が一人。見えざるものとの対峙は続く。
「……さて、主催者側の親玉が、わたしに何の用でしょう? わざわざ現れたのは、
挨拶がしたかったからじゃありませんわよね?」
余裕綽々を気取る口調だ。彼女は必死に虚勢を張っている。
「愛こそが心の存在する証だと、人は言う……わたしは、愛の力を試すことにした。
参加者の中から、容易く恋に落ちそうな娘を選び、密かに実験を始めた」
聞こえるのは、昨日の天気でも説明しているかのような、何の感慨もない声。
「…………」
淑芳の両手が、固く握りしめられて、小刻みに震えだした。
声は決して大きくなく、けれど、はっきりと耳に流れ込んでくる。
「様々な偶然を操って、君を守り、導いた。強く優しく勇気ある青年を、君の窮地に
立ち会わせ、助けさせるよう仕向けた。知人の死を哀しむ君は、彼の保護欲を充分に
刺激したはずだ。誘惑の好機は幾度もあっただろう。邪魔者たちは遠ざけておいた。
お互いの魅力をお互いに実感させるため、長所を活かせるような状況を作りもした」
「何故……どうして、そんなことを……?」
愕然とする娘に向かって、ただ淡々と宣告が続けられる。
「愛は奪えないものなのか……それを確かめるために、わたしは愛を用意した」
淑芳の苦悩を無視して、声は無慈悲に連なっていく。
「もしも愛が奪えないものなら、それはつまり、心の実在が証明されたということだ。
しかし君は、愛した相手を守ることができなかった。わたしに奪われてしまった」
侮辱の言葉が、とうとう彼女の逆鱗に触れた。銀の瞳が、虚空を睨みつける。
「いいえ! わたしが憶えている限り、カイルロッド様はわたしと共にあり続ける!
あなたは何も奪えてなどいない!」
涙をこぼして激昂する娘を、声は冷ややかに嘲った。
「それは都合の良い錯覚というものだ、李淑芳」
しばしの間、一切の音が消える。長いようで短い沈黙を、先に破ったのは淑芳だ。
「……平行線ですわね。あなたは、わたしの言葉を信じないのですから」
「錯覚にすがって生きていくというのなら、君の解答に価値はない」
「あなたを満足させるため、この想いを捨てろとでも? 冗談じゃありませんわよ」
「思考の停止は、答える意志の喪失だ。それでは、契約者となる資格がない」
声が遠ざかっていく。同時に霧が濃度を増す。夢が終わろうとしている。
「李淑芳。君に未来を約束しよう。約束された未来は、既に起こったことなのだ。
必ず起こる未来ならば、それは過去と同じだ……君は仲間を失っていく……
もうすぐ、また君は味方を失う……」
白く塗り潰された夢の中で、淑芳は何かを叫ぼうとして――。
――彼女が目を開くと、そこには白い毛皮の塊があった。
「目が覚めましたか」
よく見ると、毛皮の塊には、笑っているような顔が付属している。犬の顔面だ。
陸が、淑芳の顔を覗き込んでいたのだ。安堵しているのか、単にそういう顔なのか、
いまいちよく判らない。別に、どうだっていいことだが。
「わたしは……」
ようやく淑芳は、自分が床に寝ていると気づいた。ゆっくり上半身を起こそうと
するが、陸の前足に額を踏まれ、床に押さえつけられる。
「まだ横になっていた方がいいと思いますよ。いきなり倒れて頭を打ったんですから」
陸の前足を払いのけ、額についた足跡を拭いながら、彼女は言った。
「話したいことがありますの」
淑芳が語った夢の話を聞き終え、陸は溜息をついた。
「夢の中への干渉ですか。それが事実だとすれば、もう何でもありですね」
「単なる普通の夢だったかも、と言いたいところですけれど、そうは思えませんわ」
困惑している犬を見もせずに、淑芳は言う。玻璃壇を俯瞰しつつ話しているのだ。
どこが禁止エリアになるのか判らないため、彼女たちは迂闊に動けなくなっている。
とりあえず13:00寸前まで現在地で待機して、玻璃壇で人の流れを把握してから、
安全そうな場所まで移動する予定だ。ちなみに、カイルロッドを殺した青年は、ここに
戻ってくる様子がない。彼もまた禁止エリアの位置など聞いていなかったはずなので、
何も考えずに彼を追えば、禁止エリアに突入してしまう可能性があった。
「主催者が本当に偶然を操れるとすれば、どうやったって倒せない気がしますよ」
「支給品である犬畜生には、呪いの刻印がないんですから、禁止エリアに逃げ込んで
隠れていたらどうです? きっと、最後まで生き延びられますわよ」
「あなたらしくありませんね。……『君は仲間を失っていく』、でしたっけ? そんな
馬鹿げた予言を気にしているんですか」
視線を合わせないまま、一人と一匹の対話は続く。
「あなたのそういう無駄に小賢しいところ、大っ嫌いですわ」
「そもそも私はカイルロッドの同行者だったんです。あなたの仲間じゃありません。
こうして隣にいるのは、あなたが心配だから――なんて誤解はしないでください」
要するにそれは、傍らにいても失われない、と保証する発言だ。
まったく可愛くない犬ですわね、と淑芳は思った。
「……そんなこと、最初から判ってましたわよ」
「では、そろそろ移動先を検討しておきましょう」
「F-1から南へ向かっている参加者たちがいますわ。おそらく神社で休憩するつもり
なのでしょう。F-1・G-1・H-1は、しばらく禁止エリア化しないと考えられます。
どうにかして情報を集めないといけないんですけれど、神社に向かった人たちは、
殺人者の集団だったりするかもしれません。安易にこの人たちと接触するわけにも
いきませんわね。でも、利用できる出入口は、神社にしかありませんから……」
「とにかく神社まで行って様子を見るしかない、ってことですか。そうと決まれば
早く出発しましょう。……何をぐずぐずしているんですか」
「玻璃壇を停止させようとしてるんですけれど、操作を受け付けないみたいで……」
「やれやれ。どうやら、そのまま放置していくしかないみたいですね」
玻璃壇の前を離れ、淑芳は、カイルロッドの遺体へ黙祷を捧げた。
彼女の横で、陸は目を閉じ、カイルロッドの冥福を祈った。
カイルロッドの死に顔は、眠っているかのように穏やかだ。
短い別れを済ませ、一人と一匹は、格納庫の外へと歩きだす。
振り返りは、しなかった。
【G-1/地下通路/1日目・13:00頃】
【李淑芳】
[状態]:頭が痛い/服がカイルロッドの血に染まっている
[装備]:呪符×19
[道具]:支給品一式(パン9食分・水2000ml)/陸
[思考]:麗芳たちを探す/ゲームからの脱出/カイルロッド様……LOVE
/神社周辺にいる参加者たちの様子を探る/情報を手に入れたい
/夢の中で聞いた『君は仲間を失っていく』という言葉を気にしている
[備考]:第二回の放送を全て聞き逃しています。『神の叡智』を得ています。
夢の中で黒幕と会話しましたが、契約者になってはいません。
カイルロッドのデイパックから、パンと水を回収済みです。
※カイルロッドの死体と支給品一式(パンなし・水なし)が、格納庫に残されました。
※玻璃壇は稼働し続けています。
『──それでは諸君等の健闘を祈る』
その言葉を最後に無慈悲な声は途切れた。木の葉を揺らす風の音だけが耳に響く。
場違いなほど生い茂っている巨木を背後に、ヒースロゥは拳を握りしめていた。
「十三人……か。ペースが早いわね」
淡々とした声で横にいる朱巳が呟く。そのまた隣の屍は眉一つ動かさずにマップを確認していた。
(全体の三分の一近くの人間が、たった十二時間の間に命を落としている。……なぜだ?)
開始直後に抱いた問いをふたたび繰り返す。多い少ないの問題ではないことはわかっているが、やはりこの数は異常だ。
どうしてこれほど加害者である主催者に対してではなく、同じ被害者である参加者達を殺す者が溢れているのだろうか?
「……くそっ」
問いの答えはいつまでたっても出ない。
ただこの殺戮を止められない自分と、それを高みから眺めているであろう主催者に対する怒りが湧き上がるだけだった。
「このペースだと気づいたら私達以外はみんな乗った奴、ってなオチになりかねないわね」
「ああ。……ともかく今は、人の多い場所に行って情報収──おい、どこに行くんだ?」
今後について話しているこちらを尻目に、なぜか屍が巨木のある方向へと歩き出していた。
「おれは抜ける」
「な……ちょっと待──」
振り返ってそう言い残すと、止める声も聞かずに彼は北の方へと歩いていってしまった。
慌てて追おうとするが、しかし肩を掴まれてそれを阻まれた。
「ほっときなさい。別に今更ゲームに乗るってわけじゃないでしょ。それなら今ここで私達を殺してるだろうし。
そもそもあいつはそういう奴じゃない。少なくとも主催者の思惑通りに動く奴には見えなかった」
こちらの肩を掴み、相変わらずの笑みを浮かべたまま朱巳が言った。
──歴戦の戦士すら震え上がるほどの鋭い眼光と、どう見ても堅気には見えない体格と雰囲気。
風貌だけならば、この殺人ゲームの中で近づきたくない人物の十指には入るだろう。
しかし行動を共にしてみれば、その苛烈さのベクトルが無辜の人間には向かっていないことがわかる。少なくとも悪い人間ではない。
思案するこちらに向けて、さらに続ける。
「なら、二手に分かれて乗ってる奴を退治した方がいいんじゃない?
あんたもあいつも十分に戦えるんだし、ここで二人固まってるよりは効率的でしょ?」
効率という言い方には眉をひそめたが、確かに筋は通った理屈だ。
……どちらにしろ、彼はもう行ってしまったのだから議論しても意味がない。
「……確かに彼ならば、一人でも大丈夫だろう。このまま二人で行動しよう」
「ん。じゃこっちもどこに行くか決めないとね。まず禁止エリアが──」
○
「……雨か」
階段を上り地上へ戻ると、曇天から大粒の雨が降っていた。鬱陶しいと思いながらも庭を通り抜け、雑貨屋の一室へと戻る。
二人と別れた後、屍は商店街へと赴き周辺の捜索をしていた。
その途中で雑貨屋の庭に地下への扉を見つけ、その奥に広がる地底湖へも足を運んだ。
その結果かなりの時間が経過したが、しかし収穫と呼べるものはほとんどなかった。
朱巳とヒースロゥと別れて以来、誰にも会っていない。
(あの二人は……まぁ、大丈夫だろ)
唐突に別れた(というかそもそもチームだったのかすら怪しいが)、先程まで行動を共にしていた二人のことを思い出す。
度胸があるというより厚かましい少女と、騎士然とした西洋人。
端から見れば妙なペアだが、あの無駄に美形な剣士を退ける程の力量と胆力があれば大抵の状況に対応できるだろう。
ならばわざわざ群がるよりも、二手に分かれた方がいい。
(それに“乗った”奴らも、群れよりは単独で行動している参加者の方が襲いやすい)
一人しか生き残れないという条件なので、チームを組んで殺人を行う者はあまりいないだろう。同盟がつくられたとしても所詮は砂上の楼閣にすぎない。
誰がどんな珍奇な能力を持っていてもおかしくないこの状況では、数というものはもっとも明確な“力”の具象になる。
たとえ信頼が薄く利害一致のみの同盟だとしても、徒党を組むということはそれだけで殺人者への対抗策になりうる。
だからこそ、あえて自分は単独行動を選んだ。そもそも一人の方が行動しやすいというのもあるが。
“乗った”者を引きつけ、そして返り討ちにするのだ。それを行えるだけの力が自分にはある。
(奴らに容赦はいらねえ。いつも通り取り締まるだけだ)
ここは自分が管轄する新宿ではなく、その法も通じない。だが犯罪──自らの正義に反する行為を見逃すつもりはさらさらない。
もちろん主催者もその対象に含まれている。ゲーム自体を破壊し、彼らを粛正するのは当然の行動だ。
(さて……引き続き人のいそうな場所をしらみつぶしに当たってみるか)
地図を出し、改めて島の全貌を眺める。
このいかにも人が集まりそうな場所で誰にも会えなかったのは予想外だったが、だからといってここに人が来るまで待機するのは性に合わない。
(ここから北と東にビルがあるな。まずは北、次に東に行ってみるか。後は……この砂原周辺が気になるな)
島の北西に位置する、大部分が砂の表示で覆われている地域。建造物の表示は何もない。
だからこそ、地図には書いていない何かがあるかもしれない。海や森に遮られておらず、何もない平原が続いているのはこのエリアだけだ。
ただ本当に何もないので、他の参加者に会える可能性は低いだろう。
あまり時間を掛けず適度なところで調査を打ち切り、南の公民館や学校に移動するべきだ。
「行くか」
方針が決まり地図をしまい、屍は未だ雨の降る外へと歩き出した。
○
「結構曇ってきたな。今にも一雨来そうだが……どうする?」
「だから言ったでしょ? ここで休むって。雨が降るならなおさらだわ」
崖のふもとにある、ほこりっぽい小屋。
朱巳の提案でF−3周辺の森を調査していた際にそれを見つけ、ヒースロゥは彼女と共にその中に入っていた。
しかし人もおらず特に収穫もなかったので、すぐに立ち去ろうとしたのだが──朱巳がそれを拒否し休息を要求した。
「なら、ここよりも城かさっき見かけた倉庫の方がいいんじゃないか?
雨宿りを目的にやってきた参加者から情報を得られるかもしれない」
「その雨宿り目的の参加者を狩るために乗った奴らが来るかもしれないじゃない。私じゃ太刀打ちできない」
「? なんであんたが立ち向かう必要があるんだ? 俺が──」
「なんでって、休むのはあんたの方だからに決まってるじゃない。私はもう十分休んでる」
至極当然と言った風に朱巳が言う。
……屍と行動を共にしていた時から、一定の間隔で小休止は取ってきた。
だがその時に休んでいたのは朱巳のみで、屍と自分は常に周囲を警戒し、まともに休息と呼べるものは取っていなかった。
「あいつと再戦するなら体調は万全の方がいいでしょ?
それとも、睡魔や空腹に襲われる状態の方がお好み? それなら止めないけど」
にやにやと笑いながら問いかけてくる。……答えは言うまでもない。
「わかったよ。……にしても、それじゃあわざわざ俺を休ませるためだけにここに入ったのか?」
「そうよ」
確かにここなら──十七時に禁止エリアになるここならば、人は寄りつかないだろう。
この地域自体が発動済の禁止エリアによって半隔離状態になっていることも、人を遠ざける理由の一つになっている。
「だが──なぜここに小屋があるとわかった?」
彼女が崖を迂回してこのエリアに行くと提案した時、さもそこに何かがあるような口ぶりだったことを思い出す。
マップには、ここに小屋があることは書かれていないのにもかかわらず。
「別にわかってたわけじゃない。何らかの建物がある可能性がいくらかあったってだけ。
なかったら城の奥の方で休ませるつもりだったわ」
床に座り、荷物からパンと水を取り出しながら朱巳が言った。
こちらもそれに習い、遅い昼食を取ることにする。パンと水だけという簡素な食事だが、ないよりはましだ。
「──禁止エリアってさ、なんのためにつくられてると思う?」
そのパンにかじりついていると、いきなり朱巳の方から話題を振ってきた。
口の中に残っている欠片を食べきった後、答えを返す。
「フィールドを狭めて参加者同士を会わせやすくする、か?」
「ええ。まず考えられるのはそれよね。
でも二時間に一つちまちま塞いだところで、遭遇率が劇的に変わるとは思えない。後半になってからでしか、目に見える効果は現れない。
だから一番の目的は、ある特定の地域への便利なルートを遮断したり、そこに長期間滞在している参加者を強制的に動かすためだと思うの。
……ってことは、禁止エリアに指定された部分は、移動に便利なルートか人が集まっていた場所ってことになる」
口元は未だに笑っているが、目は真剣だ。
自信に満ちたその口調は、どことなくあの仮面の友人を思い起こさせた。
「で、この理論で考えるとどうしても引っかかるのよね、この場所。
実際はここだけじゃなくてH−6も外れるんだけど、こっちは海岸を通らせずに森にルートを制限させる……っていう理由ならまだ納得できる。
でも、ここは別。崖上は草むらで、崖下は見通しがいい平地。
どっちもわざわざ奴らが排除に向かう程、参加者にとって居心地のいい場所とは思えない。道を封じるのが理由なら、ここよりも隣のF−4にするだろうし。
なら考えられるのは──何かの建物があって、休息できる場所になっていたって可能性。
……ま、これはあくまで推論だし、当たる確率は五分五分ってとこだったけどね」
「……」
こんなゲームを企画する主催者の意図など正確に理解できるわけがない。朱巳の言ったことは、確かに推論でしかない。
だが、そんな考えに行き着くだけでも並のものではないだろう。
(……今まで休息を取っていた間、このようなことをずっと考えていたのか?)
あのギギナという剣士相手に見せた胆力と謎の“鍵”の能力から、ごく普通の少女でないことはわかっていた。
だがそれでも、この状況下でここまで冷静に物事を考えることはなかなかできることではない。
こちらの少し驚きの混じった視線から察したのか、またあのへらへらとした表情に戻って朱巳が言った。
「これくらい、ちょっと立ち止まって考えればすぐにわかることよ。まぁ、その“ちょっと立ち止まる”ってのがここでは一番難しいんだけど。
……とにかく今は眠っときなさい。十六時になったら起こしてあげるわ」
「ああ。……それで、ここを出た後はどこに行く?
エンブリオとやらの在処はさすがにわからんが、あいつ──マークウィッスルならば、同盟を組むために人の多い場所へ行くと思うんだが」
「それならやっぱり商店街か市街地、それに港町かしらね。“町”っていう形を取ってるから人が集まりやすいと思う。
その人本人には直接は会えなくても、何らかの手掛かりが手に入る可能性は高い。
……城も確かに目立つんだけど、あからさますぎてあんまり人が寄りつかなさそうなのよね」
確かに“城”というのは良くも悪くも存在感がありすぎる。
加えて禁止エリアと森で隔離されているので、わざわざこちらに行くよりも建物が多い北の地域に行く者の方が多いだろう。
「島の西方面には屍が行っているから、北東にある市街地と港町に行ってみよう。捜索場所は被らない方がいい。
……視界が悪く奇襲されやすい夜以降の捜索に、武器がこれだけというのはここでは頼りないが──まぁ、文句を言える状況ではないな」
そう言って右手の鉄パイプに目をやった。
今まで持っていた短くなったものではなく、ここに来る途中のF−4の森の中で新たに拾ったものだ。前の物は持っていてもしょうがないので破棄した。
そして朱巳の手元には、切れ味の鋭そうなナイフがあった。これも同じエリア内で拾ったものだ。
どうやら戦闘があったらしく、その地域の地面には無数の足跡や地面が陥没したような踏み切り後が残されており、さらに木々がなぎ倒されていた。
「そうね。あるだけマシ──そう考えた方がいいわ。どっちにしろ、武器があっても死ぬ時は死ぬんだし……ね」
朱巳の表情から笑みが消える。
その森の中には、二つの死体があった。
崖の下には青年。特に外傷はないが、肌が異常なほど乾いていた。
崖の上の森には少女。腹部を貫かれおびただしい鮮血が溢れ出ていた。
──そしてその少女は、朱巳の知己だった。
「運が悪かったのよ、きっと。あいつは私よりも強いし、馬鹿なミスをするような人間でもない。
本当にただ──訳のわからないものに足を取られてしまった、ってとこでしょうね」
淡々と呟くその声には、彼女の死を哀れむような感情は入っていなかった。
感情と言うより心すらないような、事実だけを述べる機械的な声だった。
(家族やただの友人というよりも──かつての戦友、というような感じだな)
死体を発見した時も、一瞬動揺を見せた後は無表情にそれを眺めるだけだった。
自分がここで初めて死体を見た時のように怒りを覚えることも、また悲しむこともせずにただ淡々と眺めていた。
「……あいつのことはもういいわ。気にしないで」
「ああ」
黙り込んでいたこちらに向けて、ふたたびいつもの笑みを見せながら朱巳が言った。確かにこの少女には慰めなど無用だろう。
そう考え、小屋の壁にもたれてゆっくりと目を閉じる。
(……俺はもう、流されてはいない)
ふとイマジネーターと名乗ったあの少女の言葉を思い出し、そのことを改めて意識する。
ゲームに乗っている者を見逃すつもりがないことは最初から変わってはいない。
だがもうそれはあの亡骸に流されたわけではなく、自らの意志だと断言できる。
(乗った者全員を裁く力も、生存者全員を守る力もないことはわかっている。……せめて今は、彼女を守ろう)
今自分がやれることと言ったらそれぐらいだ。
それこそ姫を守る騎士のように、彼女のそばにいて敵を退ける──それだけしかできないのは口惜しいが仕方がない。
(エンブリオが見つかるまでの間だけという約束だったが……特に支障がなければその後もこのままでいいかもな)
そんなことを思いながら、ヒースロゥは眠りに落ちていった。
○
「……ショックがまったくなかったって言えば嘘になるけどね」
そう呟いた後、朱巳は静かに溜め息をついた。
突然突きつけられた知り合いの死は、未だに受け入れがたい──というより、いまいち現実感が湧かなかった。
別に事実から逃避しているわけではなく、ただ本当に、何事もなかったかのようにふたたび会えるような気がしているのだ。
あっけない死というものがまったく似合わない。何せ彼女は“正義の味方”なのだから。
(同情なんてしてやらない。悲しむこともしない。あんたの死に立ち止まってる暇なんて今はない。
……ま、無事に帰れたら墓に花くらいは手向けてあげる)
哀れみなんて抱けば、それこそ化けて出てくるだろう。
彼女に捕われずただ先に進むことだけが、今できる一つの弔いなのだと思う。
(……ヒースロゥがいる限り、大抵の敵には対抗できる。でもこの島にはあの剣士みたいにでたらめに強い奴もいる。
結局最後に頼れるのはいつものはったりと……この支給品)
感傷を打ち切り、今後について思索する。
……デイパックの中に入っている支給品のトランプやサイコロは、ごく普通の市販品だ。
(どこからどう見てもハズレ。この状況で何かの役に立つとは思えない。
だけど──この状況だからこそ、詐術を駆使すれば強力な“武器”になりうる)
ここには自分や屍のような日本人もいれば、ヒースロゥやギギナのようなそもそも住んでいる世界から違いそうな人物もいる。
そしてあの名も知らぬ青年の死体のような、理解不能の症状を出す能力を持つ者──あるいはアイテムが存在している。
自らの常識を簡単に覆すものが多数存在する、何が起こるかわからない状況。
言いかえれば、何が起きてもおかしくはない。
(自分の理解を超えているものを、どれだけ冷静に認識し処理するかが一つのポイントになる。
自分の世界の常識を捨てて、いつどんな現象に襲われても対処できるように警戒しなければならない。
……そしてその結果、自分の常識の範疇に収まる“普通”のものに対しても過剰な疑念を抱くことになる)
それが先程のヒースロゥだ。
なんの変哲もない──あの剣士以外にとってはただの木製の椅子である屍の支給品に対して、彼は警戒心を抱いていた。
見た目だけで判断せずに、何かの仕掛けが巧妙に隠されている可能性まで危惧していた。
別に彼が用心深すぎるというわけではない。ここでは当然の反応と言えるだろう。
(何もしなくても必要以上に疑ってくれる。
そこにこそ“ごく普通”の人間の私が──“嘘つき”の私がつけいる隙がある)
彼にこの支給品のことは言っていない。
問われた時に一言『内緒』と返したらあっさり引いてくれた。無理に問いつめてもしょうがないし、隠すなりの理由があると思ったのだろう。
“嘘”を仕込むならば、たとえ味方にも真実を知られない方がいい。
……どうせ十六時までは暇だ。何か使えそうなネタを考えていよう。
(材料はトランプと多面ダイスが四つ、それに他のテーブルゲームのセットがいくつかと、霧間の持ち物から回収した針や糸。
……そして、私自身)
最終的に頼れるのは己の頭脳と口先のみ。小さなミスが取り返しのつかない事態になり、かといって確実に身を守る力はどこにもない。
結局はいつもと同じだ。
統和機構という巨大なシステムではなく、“ゲーム”という限られた空間内での企画が相手という違いはあるものの、自分の立場は変わらない。
「ハードね、まったく──」
ふたたび吐き出された呟きは、誰にも聞かれぬまま虚空に消えた。
【F-3/小屋/一日目・14:00】
【嘘つき姫とその護衛】
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1500ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、鋏、針、糸
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。16時になったらヒースを起こす。
エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他
【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:睡眠中
[装備]:鉄パイプ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1700ml)
[思考]:休息。
エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。
ffとの再戦を希望。マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品について知らない
【C-3/商店街・雑貨屋/一日目・15:00】
【屍刑四郎】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:北・東のビルの捜索。その後は砂漠方面へ
ゲームをぶち壊す。マーダーの殺害
平和島静雄は危うい足取りで城から離れ、道沿いを歩いていた。
参加者の姿は見えない。今出会っても困るが。
よろよろ歩いているうちにふと気がついた。
放送によるとこの先の道、E-6が禁止エリアになるのが──1時。
静雄は放送が聞こえてから、のろのろして1時間ぐらい経ってしまっただろうと見当をつけて道を外れる。
すると森の中に小屋を見つけた。簡素な山小屋のようだ。
ひとまず休憩しようと思うが、まず腹の傷をどうにかしなければと思い直す。
「何か…ねぇかな」
戸棚を漁ると工具箱のようなものが出てきた。
期待半分で開けてみると、中には当然工具が。
「……あった。瞬間接着剤。これで何とかなるだろ」
あろうことか平和島静雄は傷口を接着剤で止め始めた──。
染みるのか少ししかめっ面で接着剤を割れた腹に塗りつける。
塗りつけた後は頑丈なガムテープを貼り付けて、満足したような顔になった。
…ああ俺は何とか生きれた。これで臨也をぶっ殺す事もセルティを探すことも出来る。
ディパックの中にガムテープと接着剤を入れる。今後の応急処置用だ。
パンを取り出し食べ始める。水は飲まない。少なくとも血が止まるまでは。
味気ないパンを齧る。セルティはどこに居るだろうか。
セルティといえば──黒バイク。やはりこの道沿いが怪しいところだ。
禁止エリアに入ってる道を避けて、またどこからか道に入ったほうが良さそうだ。
少し休憩して出発しようと考えた静雄だが──招かれざる訪問者が現れた。
入り口に人影が写る。静雄はサングラスの位置を正し睨みつけた。同時に。
「──貴様に質問をしよう。チサトという女を見なかったか」
「あぁ?」
いきなり現れたその、見るからに死に掛けな感じの男──ウルペンは、登場と同じく唐突に質問を投げかけてきた。
入り口にふらりと立ったまま、表情をぴくりとも動かさず問いかけてくる。
静雄の言葉を否定と受け取ったのだろう。ウルペンは違う質問をした。
「ではフリウ・ハリスコーの居場所を知っているか?」
「……」
静雄の額に青筋が浮き出ているのをウルペンは気づかなかったようだ。
もとより答えに端から期待していなかったように三度目の質問をした。
「貴様にとって大事な──」
「っなぁぁぁぁんっじゃそりゃあああ─────ッ!!」
一方的な問いに対して、富士山大噴火のようにぶち切れた静雄が、火砕流の代わりに手元の工具箱を投げつけた。
蓋を閉めてなかった工具箱は空中で炸裂、あたかも散弾のようにペンチやボルトがウルペンに降りそそぐ。
ウルペンは紙一重で横に跳躍。工具の雨から身をかわした。
木の壁にはネジクギを初めとする工具がびっしり突き刺さり、工具箱は壁に激突してバラバラになっていた。
「いきなり入ってきてよぉー、なぁんで質問開始してんだ? おい」
「答えがないのならば、死ね」
ウルペンの念糸が静雄の体に巻きつく。が。
「手前が死ねぇぇぇぇぇぇ──!!」
連続噴火のように怒りエネルギーが再燃焼。手元にあった宝具『神鉄如意』を投げつける。
これは念糸に力を送り込むより速い。そう判断したウルペンは念糸を解き回避する。
ウルペンが一瞬立っていたところに神鉄如意が床板を粉砕してめり込む。
ち、と舌打ちをして出口に向かう。
さらに飛んできた椅子を足で蹴る。足が痺れるほどの衝撃だったが椅子の軌道は変わり入り口近くの壁に突き刺さる。
飛び道具使い──念糸使いにとっては正面を切って戦いたくない相手である。
仕方なく撤退しようとする。とはいっても後ろを向いて逃げたら椅子が飛んでこないとも限らない。
出口で二人は対峙する。ウルペンは念糸で一撃入れようと隙を計る。
「質問自分だけがしといて逃げるっつーのはよぉー、ちょぉーっと自分勝手じゃねぇかー?
俺は自分勝手な奴が嫌いなんだけどよー」
全く自分勝手な発言をする静雄を睨みつけたままウルペンは念糸を解き放つ。
ノーモーションで飛んできた糸に一瞬静雄の反応が遅れた。
「──っ!?」
咄嗟に後ろに跳んだ静雄の腹部をかすめて念糸が水分を吸い取った。
その隙にウルペンは逃げ出し、静雄が視線を上げたらすでにそこには──誰も。
腹の、丁度傷の辺りに何らかの攻撃を受けた、と思った静雄は腹を見る。
「くそ──ん? 血が止まってる」
ウルペンの水分を吸い取る念糸で血液が水分を失い凝固、血栓になって血が綺麗に止まっていた。
まさに災い転じて福となす。静雄の噴火も当人が居なくなったところであっさり冷めてしまった。
「なんだったんだ? くそ、今度会ったら死ね」
このまま休むのも間抜けみたいだし床に突き刺さった神鉄如意を回収して出発した。
【E-5/小屋の中/1日目・13:00】
【平和島静雄】
[状態]:下腹部に二箇所刺傷(治療完了)
[装備]:山百合会のロザリオ/宝具『神鉄如意』@灼眼のシャナ
[道具]:デイパック(支給品一式/瞬間接着剤・ガムテープ)
[思考]:セルティを探して守る/赤毛(クレア)を見つけたら殺る /とりあえず禁止エリアを避けつつ道沿いに
【ウルペン】
[状態]:不愉快。左腕が肩から焼き落ちている。行動に支障はない(気力で動いてます)
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:逃走
参加者の殺害(チサト優先・容姿は知らない)。
[備考]:第二回の放送を冒頭しか聞いていません。ウルペンの行動はこの後、394:砂の上の黒い踪跡 に続きます
投下宣言
「……ここよ。誰かいる」
「病院、というより町医者か? 随分至れり尽くせりの島だな」
狭い港町を探索する、ベルガーとシャナの声。
少し前、シャナは調べたい場所があると言いエルメスを止めさせた。
ベルガーが物陰にエルメスを隠すとシャナはすぐ歩き始め、少し離れた診療所の前で足を止めた。
「佐藤聖がいるのか?」
「判らない。でも、この感じは多分違う」
『存在の力』について、シャナはマンションで簡単に説明を済ませていた。感度が鈍っていることも含めて。
ベルガーが港への強行軍を提案したのも、多少はそれを当てにしてのことだ。
「知らない奴なら情報交換だけして、後は医療品でも貰って帰るか。……開けるぞ」
シャナが頷いたのを見て、ベルガーはそっと扉を開けて中に入った。
視界に誰もいないのを確認し、シャナを招き入れてベルガーは待合室へと進む。
しかし、すぐにその足は止まった。
もはや“それ”を見慣れたベルガーはわずかに嘆息するだけだったが、
「……悠二……?」
「ッ!?」
(こいつが坂井悠二だと!? よりにもよって最悪のケースか……!!)
坂井悠二は、腕と首が胴体から離れ、血溜まりの中にその三つを転がしていた。
切断面から大量に流れた血は、彼にまだらな血化粧を施している。
目と口は開かれたままで、表情には恐怖が張りついている。
とても楽に死ねたとは思えない状況だった。
「――――いやあああぁぁぁああぁぁぁぁっっっ!!!」
服が汚れるのも構わずシャナは血溜まりに膝を着き、悠二の頭部を取り上げた。
開いたままの彼の瞳を覗き込み、泣き叫ぶ。
「悠二っ! 悠二っ!! 何で!? どうして!? 誰が、こんなっ……!!」
「落ち着けシャナ!!」
ベルガーが横から肩を掴む。が、
「触らないでっ!!」
叫び、ベルガーの顔も見ずに手を振り払う。
悠二、悠二と物言わぬ彼の名を呼び、その頭を胸に抱き込んだ。
胎児が丸まる様の如く悠二の頭を抱きかかえ、そのまま血溜まりにうずくまる。
炎髪はところどころ血の色に染まり、雨に蒸す室内は血の臭いを増幅させシャナに擦り付ける。
「悠二……悠二ぃ…………」
そこにいるのは気高きフレイムヘイズではなく、悲劇的な現実をぶつけられた一人の少女。
想う相手の変わり果てた姿に心乱されるただの少女だった。
悲惨の一語に尽きるこの状況で、ベルガーはシャナに声を掛けず『観察』していた。
(まだ吸わない、か。吸血衝動よりも、単純に死のショックの方が大きいのか?)
うずくまったまましゃくりあげるシャナだが、血を飲んでいる様子は無い。
(こんなことになるなら、少しは手加減して殴るべきだったか)
自分が気絶させた吸血鬼の少女――海野千絵を思い出し、ベルガーは後悔した。
少しでも吸血鬼自身から情報が得られれば、何か対処法があっただろうに。
そんなことを思いながら、ベルガーはゆっくりとシャナに近づき、軽く肩を叩いた。
「起きれるか?」
慰めでも励ましでもなく、まずは状態を確認する。
シャナは悠二を抱えたまま、ゆっくりと体を起こした。
蒼白とした顔に血と灼眼だけが彩りを与えている。
半開きになった口からは犬歯が覗いているが、それに血は付いていない。
「話、出来るか?」
先ほどまでの強気な態度が欠片も見られないシャナに対し、ベルガーは慎重に話しかける。
「ベルガー……悠、二が……」
「落ち着け。確かに死んでいるし、それは悲しむべきことだ」
ベルガーは更に声を落とし、
「気をしっかり持てシャナ。よく聞け。
――坂井悠二が殺されてから、まだそれほど時間が経っていない」
「え……?」
全く気づいていなかったという風に、呆然とした顔に驚きを浮かべるシャナ。
「床や壁に飛び散った血でも、乾ききっていないものがある。
それにシャナ、君はここに来る時に『誰かいる』と言ったろ?
その誰かが坂井悠二を殺した犯人の可能性もある」
「悠二を殺した奴がいるの!?」
突然声を荒げたシャナに、ベルガーは、
「落ち着け! 悲鳴のお陰で、そいつは俺たちに気づいている可能性がある。
既に逃げたかもしれないし、逆に襲い掛かる隙を窺っているのかもしれない。
まずはこの診療所の中を調べよう。その後で、……坂井悠二を弔おう」
弔うという言葉にシャナはひるんだが、ショック状態から多少は落ち着いたのか頷きを返し、
「……判った。でも私は、悠二のそばにいたい……」
「…………」
うつむき目を伏せるシャナに対し、ベルガーは返答出来ない。
今のシャナは不意の襲撃者に対処出来そうにないし、一人でいる間に血を吸われたら面倒なことになる。
どうしたものかと思うベルガーだったが、すぐに思考する必要が無くなった。
「どうやら落ち着かれたようだね? 侵入者諸君」
別室に続くドアが開かれ、声に続いて奇妙な三人組が入ってきた。
一人は右手に長槍を持ったスーツ姿、一人は顔の半分を刺青が覆っており、
一人は黒帽子に大きな黒マントという仮装じみた格好だ。
「お初にお目にかかる。私は――」
「そこで止まれ」
スーツの少年の言葉を打ち切り、彼へと刀を向けたベルガーが警句を放つ。
足を止めた少年達とは十歩ほどの距離が空いている。
「それ以上許可無く近づいたら敵と見なす。…………まだ切りかかるなよ」
最後の言葉は、既に贄殿遮那を手に取っているシャナへの注意だ。
「ふむ、初対面だというのに嫌われたものだね? だが安心するといい」
そう言うと、少年は槍から手を離し床に倒した。
槍に浮かんだイタイノ、という意思表示は誰にも気づかれなかった。
「戦う気は無いのでね。まずは話し合おうではないか。
私の名は佐山御言。世界の中心に位置する者である。
………………無反応とは寂しいものだね?」
「悪いが、下らない冗談に付き合うつもりはない」
「それは残念だ。ちなみにこの派手な顔をした不良が零崎君、
コスプレ気味なのがブギーポップ君だ。君達の名は?」
「その前に聞くが、お前らはこの死体に関係しているのか?」
友好度皆無の剣呑極まりない質問だが、答える声は軽いものだった。
「ああ、そいつは俺がさっき殺した――――そんな怖い顔するなよ。そいつだって悪かったんだぜ?」
殺した、という言葉を聞いた瞬間シャナは飛び出そうとし、ベルガーに腕を掴まれ阻まれることとなった。
「何すんの」
「三対二だ」
「関係無い」
「俺が困る」
ベルガーは溜め息を一つ吐き、
「今の最優先事項は、君の吸血鬼化をどうにかすること、そしてそのために佐藤聖を探すことだ。
悪いようにはしないから、ここは俺に任せろ」
あからさまに不満を顔に出すシャナを無視し、ベルガーは零崎を刀で指し示した。
「その殺人者を置いて消えてくれ。そうしたらアンタら二人には手を出さない」
ベルガーの言葉に対し佐山は眉根を寄せ、
「その申し出は承諾しかねる。なんせ零崎君は私の団結決意後の仲間第一号だからね。
凶刃に晒されると判っていて見捨てることは出来ない」
「団結? 生き残るために殺人者同士で手を組もうってわけか」
「誤解してもらっては困る。私は参加者全てを団結させ、
ゲームを終わらせるために皆力を合わせようと言っているのだ。
参加者同士で争うのは、ゲームを作り上げた者に踊らされていることに他ならない。
生きて帰りたいと思うのならば、まず戦いを止め、手を組むことから始めるべきだ。
現に君達も行動を共にしているではないか。それと同じことだ」
「違うな。俺は単にか弱い少女を一人にはさせておけなかっただけだ。
同行者の友を殺した馬鹿野郎に出くわせば、仇討ちに手を貸すくらいの甲斐性はある」
「目先の仇にこだわるよりも、このゲーム自体を壊す方が先ではないかね?
恨みの連鎖で殺し合いが続くことを一番喜ぶのは誰だ?
――最初のホールにいた連中、そしてこの馬鹿らしいゲームの影で暗躍する者だ!!」
「ッ!?」
佐山の一喝が待合室の壁に反射する。
シャナはその言葉にひるみ顔を歪ませたが、一方のベルガーは涼しい顔だ。
「……御立派な正論だ。だが、既に殺人を犯した馬鹿に死をもって報いることがそんなに否定されたことか?」
「目には目を、かね。下らない私怨はゲームが終わった後で晴らしたまえ」
「平行線だな。既に殺さなければ生き残れない人間がいるってことを判ってない。
お前、初めて人を殺したってわけじゃないんだろ? ツラで判る」
言葉の後半は零崎に向けられていた。
「かははっ、勘がいいねえお兄さん。でもこの島じゃそんなに殺してないんだぜ?
三塚井は手足の腱を切っただけだし、あの兄ちゃんも両腕切り落としただけで逃げられたし、
あのガキは見逃したし……」
指折り数えつつ、物騒なことを呟く零崎。
随分と暴れまわっていたようだね、と佐山も呟く。
「あー、やっぱ全然殺してねえって。
結局殺したのは、そこに転がってるそいつとでけえ義腕のオッサンだけだ」
(『でけえ義腕のオッサン』だと……!?)
場が完全に沈黙した。
ほんの数秒のことだが、その間各人が何を考えていたかは窺い知れない。
面子が違えば、単に零崎の口から出た凶行歴に圧倒され、戸惑っただけと取ることも出来ただろう。
が、この面子はそれほど生易しくは無い。
「シャナ、勝手で悪いが方針変更だ」
静かに告げるベルガー。表情に変化は無いが、全身から敵意が――殺気が滲み出ている。
「俺にも戦う理由が出来た。他二人は俺があしらってやるから、お前は零崎だけに集中しろ」
その言葉に、先ほどから怒りばかりを浮かべていたシャナの表情からフッと力が抜けた。
「望むところよ。でもベルガー、余計なことはしなくていい」
「ふむ、二人で内緒話とは羨ましいことだね!? 我々も仲間に入れて――」
佐山の呼びかけを掻き消したのは、怒声と疾風の如きシャナの動きだった。
「――――すぐに終わらせるからっ!!」
約十歩分の間隔は、足音一つであっさり詰まった。
シャナの渾身の斬撃を、零崎はいつ取り出したのか自殺志願で受け止める。
「――やはり――」
佐山は床に転がるG-Sp2を足先で浮き上げ手に取るが、
「――こうなってしまったか――」
シャナに続いて飛び込んできたベルガーの刀を受けさせられた。
「――残念だ。まだ“世界の敵”ではないのかとすら思ったのに――」
痺れた右手を引きつつ零崎は左手で包丁を突き出すが、その手首をシャナの繊手が掴み、骨ごと握り潰した。
「――もっとも、ぼくが浮かび上がった時点で決まっていたのかも知れないがね――」
上下左右から繰り出されるベルガーの斬撃を、佐山は右手一本に握った槍で全て受け止める。
「――神の名を持つ男。神の力を宿す少女。そんなもので、世界に関わる気を持たなければいいものを――」
零崎は顔を歪ませ、包丁を落とすと先ほど割れた窓へと飛んだ。
シャナの生んだ炎が逃げる足をかすめ、窓横の壁にぶつかる。
「――恨みに囚われ、その人ならざる力を人に振るう――」
戦場からわずかに身を引いて立つブギーポップ。手には数本のメスが握られている。
「――シャナ。ベルガー。君達は“世界の敵”だ」
「シャナ! 済んだらエルメスと合流だ!」
零崎を追い窓へ突っ込むシャナ。それを横目で見たベルガーは慌てて怒鳴った。
(と言っても、長く目ぇ離すわけにはいかないか!?)
零崎を殺し無事合流したとしても、その時シャナの口から血がしたたっていたら全てご破算だ。
ベルガーは軽くバックステップして距離を取った。
刀より槍にとって有利な間合いとなったが、佐山は追ってこない。
「左手使わないのか? よく片手で防ぎ切れる――」
話す途中で異変に気づいた。ブギーポップの姿が見えない――
「っと」
背後から投げ込まれたメスを、ベルガーは見もせずに横へ回避した。
壁に背を着け、右に佐山、左にブギーポップの姿を確認。
「……さてガキども諸君。改めて言うが、俺はお前らと戦うつもりはない。
今は無理だが、零崎が消えた以上ほとぼりが冷めた頃に手を組んでやってもいいぞ」
「残念なことに、こちらも事情が変わってね」
わずかに崩れた髪形を手で撫で付けつつ佐山が言った。頭にやった左手には包帯が巻かれている。
「ゲームを破壊するためなら例え殺人鬼だろうと団結しようと思っていたんだがね。
相手がアマワと同じ“世界の敵”となれば話が少々違ってくる」
殺すしかないのかね、と佐山が言い、そうだね、とブギーポップが答えた。
「人間じゃないというだけで、それが“世界の敵”というわけではないんだけどね。
どうやらこの島には複数の“世界の敵”が存在するらしい」
判別は出来るのかね、と佐山が問い、 僕は自動的だからね、とブギーポップが答えた。
「……犬コロ一匹に世界の敵とは、随分大仰な字名を付けてくれたもんだ」
だけどな、とベルガーは付け足し刀を構え、
「そこまで言われて黙ってられるほど、俺は優しくないぞ?」
「『殺し名』でもねーのに何だあのパワー!? しかも火まで出してくるたぁ、まさに傑作だぁなッ!」
診療所から飛び出した人識は、全速力で港を駆けていた。
後ろから飛んでくる炎弾をかわしつつ、あてどもなく逃げ回る。
しかし追走劇は長くは続かず、炎弾が途切れあっさりシャナが人識の前に回った。
「捕まえた」
贄殿遮那を突きつけるシャナに、人識はかははと笑う。
「出鱈目じゃねえかその強さ! 哀川潤だってそこまでじゃなかったぜ!?
そういやアンタも髪が赤いのな。姉妹とかだったりするのか!?」
出鱈目、と言われたことにシャナは少し考え込み、
「……初めてだから」
何がだよ、と零崎が問う前に、
「――人間に、本当の全力で力を振るうのは」
「ッ!?」
零崎の目にすら捉えきれないシャナの斬撃は、しかし自殺志願に防がれた。
「マジモンのバケモンに――また出会っちまったかよっ!!」
二撃目、三撃目を零崎はもはや勘で防ぐ。
斬撃が途切れた一瞬を突き、痺れた右手に鞭打って自殺志願を振るも――
「遅い」
自殺志願を持つ右手が、肘の下辺りから切り飛ばされた。
「――かははっ、これじゃあの姉貴と同じじゃねえか。戯言抜きに傑作――――」
両腕を壊されたことで無防備になった零崎の首を、贄殿遮那が薙ぎ払った。
雨に打たれ血を流し続けるその死に様は、首と腕と胴体が切り離され、血溜まりに転がった坂井悠二に少し似ていた。
零崎を斬った後、シャナはしばらくぼうっと立っていたが、
「悠二の所に戻らなきゃ……」
と呟き歩き出した。
吸血鬼化の産物である身体能力向上までも、シャナはフレイムヘイズとしての自分の力だと判断してしまった。
坂井悠二が死んだことのショックが大きすぎたのか、彼女はまだ自分の異変に気づいていない。
(全く、こいつのスピードは満月で絶頂入った異族並みだな!)
二対一の様相を呈す診療所内の戦闘は、ベルガーがやや押され気味といったところだ。
決して広くはない待合室の中を三人は動き回り、よりよい位置を取ろうとする。
スピードで一歩抜きん出るブギーポップがメスを投げ、それに意識を取られると槍が襲い掛かる。
佐山が前衛、ブギーポップが後衛と言ったところだろうか。
ベルガーは濡れたマントを振り回しメスを落とすが、ブギーポップの正確な投擲を防ぎきれないでいる。
佐山とブギーポップ、どちらに対しても決定打の掴めない状況が、ベルガーの体力を削り取っていった。
(もっとも、この鈍ら刀じゃあ突き刺すくらいしか決定打にならねえな)
“運命”さえあればと思うベルガーだが、無いものねだりに自ら嘆息する。
この武器、この状況で相手を殺さずに済ますのは、どうやら相当に難しいらしい。
「どうやら息が上がってきたようだね! その力を何故ゲームを壊すために使おうとしないのかね!?」
「殺人鬼に報復せず諭すようなやり方が誰にでも通じると思うな!
昼までに何人が死んだ!? 既に殺し合いは止められない段階になっちまってる!!」
「止めない限り終わりは無いと理解しているのだろう!?」
「殺人を冗長する気は無い! だが戦いの結果としての死を否定出来るか!?
殺された同胞の仇討ちを否定出来るのか!?」
飛んできたメスを払う一瞬を狙い、佐山が幾度目かの踏み込みを行う。
「その恨みの連鎖を耐え堪え乗り越えることが真の強さだ! 強さをもって戦うべきはこのゲームの黒幕だ!!」
突き出された槍をギリギリで避け刀を突き返そうとすると、また別の方向にブギーポップが移動している。
「大局だけを見て動ける人間ばかりと思うのか!? さっきの殺人鬼のような人間が、この島にどれだけいる!?」
ベルガーはやむなく反撃を諦め、佐山、ブギーポップ両者から距離を取り一息をつく。
「……何故、そこまで理解していて抗おうとしないのかね?」
追撃しようとするブギーポップを手で制し、佐山が問いかけた。
「……抗うための“運命”をどこかに無くしちまってな。
今の俺に出来るのは、自分の世話と、周りの一握りの人間の手伝いをすることくらいだ」
それは残念なことだね、と佐山は言い、
「君が死ねば、その一握りの人間も悲しむのかね?」
「だといいが、会ったばかりの連中だからな……」
そう返し、両者得物を構え直した。
ベルガーの言葉を聞いたブギーポップは、らしからぬ考えを頭に浮かべてしまった。
(――彼は、本当に“世界の敵”か?)
それは疑ってどうなるものではない。
ブギーポップが、自分自身が表に出ていることが紛れも無い証拠である。
(だが、彼は自分の力を自覚し、その使い方を自分で定めている)
それは、世界の敵であることを否定する材料になり得ない。
(ならば、この島に“世界の敵”に成り得る者はどれだけいる?)
むしろ、今共闘している佐山御言の方が――――
「くぅっ……!!」
短い呻き声と共に、ブギーポップの動きが止まった。
「ブギーポップ君!?」
うずくまる姿は油断を誘う演技には見えず、佐山はフォローに向かおうとする。
しかしベルガーは佐山へ向かって突進した。
佐山はステップ一つで体勢を直し、
「一騎打ちというわけかね!?」
叫び、真っ直ぐに槍を突いた。
ベルガーは半身になって左に避け、槍を突き出した佐山の背面へと回り込む。が、
「はああぁぁぁっ!!」
槍を捨てた佐山はその勢いのままに後ろ回し蹴りを放った。
充分な速度を持った脚がベルガーを狙う。
しかしベルガーはあっさりと身を沈めてかわし、
「――惜しいな。世界で三番目にいい蹴りだ」
佐山の軸足を折らんばかりの速度で払った。
バランスを崩した佐山の後ろへ回り首に腕を巻きつけ、チョークスリーパーの要領で一息に締め上げる。
「ぐっ……! 私の、後ろを取るか……!!」
「まあ、俺は世界で二番目に強い男だからな。一対一なら負けて当然だ」
数秒後、佐山が失神したのを確認し、ベルガーは腕を解いた。
(さて、問題は向こうか……)
先ほど動きを止めてから、何やら呻き続けているブギーポップを見やる。
(刺激しないでとっとと引き上げるか。シャナの方が気になるしな……)
佐山の持っていた槍が目に留まるが、余計な恨みを買うまいと周りのメスを拾うだけに留める。
ベルガーはメスを懐にしまい、既に刃が潰れた刀を拾った。
そしてブギーポップに気づかれぬように、静かに玄関に向かうが、
「……どうした?」
玄関口に現れた――わざわざ戻ってきたシャナに気づき、声をかける。
(声が聞こえてなかったのか、それとも何か目的があって戻ってきたのか?)
「佐山は気絶させたが、ブギーポップの方はよく判らん。とっとと戻ろう」
「駄目。悠二を置いて行けない」
それが理由か、とベルガーは心中で舌打ちする。
(仕方ない。あいつを埋葬した俺が文句を言えることじゃないよな……)
坂井悠二が転がっている方へ振り返ると、目の端に、ブギーポップが立ち上がっているのが見えた。
それを見たシャナは、
「何で殺さなかったの? 悠二を殺した奴の仲間じゃない」
「そう、それが君の思考だ」
ベルガーが口を開くより早く、ブギーポップが声を飛ばした。
「人の身に分不相応な力を宿しながら、それを自分の好きなように、――感情の赴くままに振るってしまう。
零崎君を殺したのだろう? ぼくと佐山君を殺した後は、同じ様にこの島の全員を殺して回るのかい?」
「そんな下らないことする気は無いわ」
「零崎君を殺すことは下らなくなかった、というわけだ」
「お前のお喋りこそが下らないな! 二対一になったが、まだやるのか!?」
ベルガーの割って入った声に、ブギーポップは苦笑で返した。
「本当なら“世界の敵”は見逃せないんだがね。何故かこの島でのぼくは、不安定、すぎ、る……」
そこで言葉は途切れた。ブギーポップは壁に背を預け、そのまま座り込み頭を垂れる。
動きの止まったブギーポップに歩み寄ろうとするシャナの肩を、ベルガーが強く掴んだ。
「何すんのよ」
「目的は果たしたんだ、もう行くぞ。……君があの二人を殺すと言うなら、俺にそれを止める権利は無い。
だが、君の吸血鬼化を止める方が優先度は高い。そうだろう?」
「でも、今なら二人とも寝てるし……」
「坂井悠二ってのは、そんなことして喜ぶ人間か? 仇討ちはもう済んだんだろ」
その言葉を聞き、シャナはうつむき目を伏せた。
ベルガーは溜め息を一つつきマントを脱ぐと、それで悠二の死体を包んだ。
「むき出しでエルメスに乗せるわけにいかないからな。
向こうに戻って報告が終わったら近くに埋めてやろう。行くぞ」
「…………」
シャナは返事こそしなかったが、大人しくベルガーの後に続いた。
外に出ると、雨は細かい霧雨になっていた。日が沈み始めているのも手伝って視界が悪くなっている。
とは言え、迷うこともなく少し歩いてエルメスの隠し場所に着いた。
「お帰り。結構遅かったね」
「ちょっとゴタゴタがあってな。屋根の下にいたんだ、別に構わないだろ?」
「でもまた雨の中を走るんでしょ? イヤだって言ってるのに」
「単車は単車の勤めを果たせ。まあこんな天気だ、安全運転するから安心しろ」
相変わらずのやりとりをする一人と一台を無視して、シャナはサイドカーに乗り込む。
「ほら、頼むぞ」
シャナは悠二の死体をベルガーから受け取り、包みごしにそれを抱いた。
エルメスが走り始めて間もなく、
「……シャナ。率直に聞くが、吸血鬼化にあと半日耐えられるか?」
質問にシャナは眉をひそめ、
「そんなもの、大丈夫に決まってるでしょ」
強気な答えとは裏腹に、シャナの心中は大きく揺れていた。
悠二の死体を見た時に、悲しみと共に自然に沸いた『血を吸いたい』という衝動。
泣き叫びながら、忌むべき衝動と必死に戦った。
零崎を斬ったときも、首から血が吹き出すのを見て口をつけて飲もうかと思ってしまった。
(……でも、私は大丈夫。“徒”でもない奴が咬んできたくらいで――――ッ!?)
「!? うぇ、げほっ!!」
「おい、どうした!?」
苦しげな声を聞きベルガーが横を見れば、シャナがサイドカーから身を乗り出して吐いていた。
「ぇほっ、げほっ! ……大丈夫、何でもない」
(何なのよ、この吐き気は……寒さは……)
言葉通りにはとても見えないシャナを見て、
「どう見ても大丈夫じゃねえぞ。――飛ばすから掴まってろ」
一難去ってまた一難か、とベルガーは溜め息をつき、エルメスの速度を上げた。
【083 零崎人識 死亡】
【残り 62人】
【C-7/道/1日目・17:20頃】
『喪失者』
【シャナ】
[状態]:火傷と僅かな内出血。悪寒と吐き気。悠二の死のショックで精神不安定。
吸血鬼化進行中。
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:聖を発見・撃破して吸血鬼化を止めたい。
吸血衝動に抗っている。気分が悪い。
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
吸血鬼化は限界まで耐えれば2日目の4〜5時頃に終了する。
ただし、精神力で耐えているため、精神衰弱すると一気に進行する。
(悠二の死を知ったため早まる可能性高し)
吸血鬼化の進行に反して血を飲んでいないため、反動が肉体に来ている。
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:疲労。手足にいくつかの軽い切り傷。
[装備]:エルメス、鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)、メス(10本)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:仲間の知人探し。不安定なシャナをフォローする。
・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
※携帯電話はリナから預かりました
[チーム備考]:マンションに戻って仲間と合流。
【C-8/港町の診療所/一日目・17:20頃】
『不気味な悪役』
【佐山御言】
[状態]:気絶中。
全身に切り傷。左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない。処置済み)。服がぼろぼろ。
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水2000ml) 、地下水脈の地図
[思考]:不明。(参加者すべてを団結し、この場から脱出する)
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる
【ブギーポップ(宮下藤花)】
[状態]:気絶中。足に切り傷。
[装備]:ブギーポップの衣装、メス
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:不明。(佐山についていく)
※備考:診療所の待合室にメス(複数)と出刃包丁が転がっています。
また、待合室に血溜まりがあります。
零崎の死体は港の路地に転がっています。
横に自殺志願が落ちています。
零崎のデイパックは診療所内に置いてあります。
体温が急速に冷えていくのは雨のせいだけではないだろう。
与えられた三粒の錠剤――――カプセル。
物部景から悪魔召喚の秘薬として聞き及んでいたそれは、外見があまりに普通過ぎるため
に逆に暗い魔力を感じさせる。
一切の判断を放棄して飲み込んでしまいたくなるような、妖しい魅力。
風見は誘惑を振り払うように二度、三度と頭を振った。
飲むべきか、飲まざるべきか。
飲んだ場合、うまくいけば悪魔という武器が手に入る。甲斐自身が悪魔戦のエキスパートで
ある以上、それだけで甲斐を打ち負かせるとは思えないが、今よりははるかにマシだろう。
ただしカプセルはあくまでドラッグだ。
カプセルについて風見が持っている知識は多いとは言えない。その副作用は不透明、武器を得
る代わりになにかを失うことは十分考えられる。
加えて言うなら、どちらを選んだところで狂犬の牙をやり過ごせる保障はないのだ。
もっとも確実な手段は甲斐を射殺することだが、グロックは腰の後ろ。
抜いて、照準、発砲。
それだけの時間を甲斐がくれるかは疑問だった。
「迷ってんのか? お前に選択権はねえよ。さっさとカプセルを――――」
「一つ聞くわ」
甲斐の言葉を遮って風見は問いを発した。
どちらを選択するにしろ、絶対に聞いておかなければならない問いを。
「……私が最初なのかしら? それとも、もう誰かを殺した?」
うな垂れながら問うた風見に対して甲斐は、
「はっ! 何を聞くかと思えば。……殺したぜ? 随分と呆気なかったがな」
後悔も懺悔もなく。
ただ物足りなかったとばかりに、そう言った。
『甲斐が、馬鹿をしていたら、遠慮は……いらな、い……』
「そう」
風見の周りで空気が変わる。
握っていたクロスを首にかけ直す。
躊躇の色は一瞬で消え、決意の篭った眼差しが甲斐を見据える。
風見はカプセルを指で摘み、甲斐に向かって挑戦的に突き出した。
「……いいわ。乗ってやろうじゃない」
雨の幕の向かうで甲斐が獰猛な笑みを浮かべる。
バトルマニア。正にその通りの気質だった。
己の欲を隠そうともせず、刹那の炎だけを求めている。
この狂った島の狂った空気に順応してしまった人間。
他にどれだけ、甲斐のようなものがいるのだろう?
風見が一つ、息を吐いた。
三錠のうち二錠はポケットの中へ。残された一つをじっと睨み、
――分の悪い賭けかもしれないけど……。
風見は、カプセルを口へと放り込んだ。
「……いいわ。乗ってやろうじゃない」
その言葉に甲斐は震えた。
まるで熱に浮かされたように全身が熱く、意識が昂ぶっている。
甲斐は狂犬の王にふさわしい、凶暴な笑みを浮かべた。
肉体が求めている。
精神が欲している。
魂が叫んでいる。
胸に溜め込んだ鬱積を、残らず吹き飛ばしてくれる闘争を。
既に失われた好敵手。この島の連中に奴の代わりが務まるだろうか?
風見一人では足りないだろう。
だが五人なら。十人なら。五十人なら。
放送前まで頭にあった緋崎正介、そして海野千絵のことは暗い怒りよってに意識の奥へ沈んで
しまった。
ありとあらゆる敵と全力で戦えば、きっと満たされる。
甲斐を支えているのは、もはや、それだけなのだ。
「…………っ!」
わずかな逡巡の後、ついに風見がカプセルを飲み込んだ。
一人目として風見ほどの適任者はいない。
なんせ、物部景に庇われ、生き残った女なのだから。
――奴の十分の一でも俺を楽しませてみろ。
凝視する。風見が悪魔を喚び出すのを待つ。
普段の甲斐はカプセルを飲んでいても芯は冷静だった。
しかし今の甲斐は明らかにカプセルの悪影響を受けている。
情緒は定まらず、意識は暴走し、判断力は低下している。
だから行動が遅れた。
風見がそれを持っていることを、甲斐は知っていたはずなのに、だ。
風見の細い体がふらりと揺れ、しかし踏みとどまり、
「あん?」
乾いた音が雨音を貫き甲斐に届いた。
左腕に衝撃。片足がバランスをとり直そうと浮き上がり、地面を捕らえるのに失敗する。
ぬかるんだ湖底に転倒する。
倒れる寸前の視界には、銃を構えた風見の姿。
――撃たれた……のか!?
痛みが遠い。
憤怒と憎悪が沸騰し、次の瞬間には氷点下まで冷えて固まる。
狂犬の王は、音なき咆哮を上げた。
――外した!
口からカプセルを吐き出して、風見は毒づいた。
放たれた銃弾は二発。
一発は甲斐の足元に着弾して土を穿ち、もう一発は甲斐の左腕にかすっただけで、そのまま後方へ
と消えてしまった。
カプセルを飲んだふりをして油断を誘う。
腰に差していたグロックで悪魔を使う間を与えず仕留める。
それだけの単純な計画。
悪魔戦を熱望していた甲斐は銃を撃つ隙を見せたが、もともと射撃が得手な訳でもなく、加えてぬか
るんだ足場、見えずらい視界、滑るグリップと悪条件が重なった。この状況で抜き撃ちを選んだのは無
謀だったかもしれない。
胸によぎる後悔を押し殺して、階段へ近づく。
少なくとも蒼い殺戮者は銃声に気づいたはずだ。こちらの状況は察してくれるだろう。
援護は期待できないが、地下まで辿り着ければすぐに行動に移れる。
甲斐は未だ倒れたままだ。
この隙に階段を降りれれば、一応は風見の勝ちとなる。
一発ぶん殴ってやりたかったが仕方がない。生き残るほうが優先だ。
雨水が流れ込んでいる階段に足をかける。
滑る階段を一気に駆け下りようとして……風見は横っ飛びに跳躍した。
風が叩きつけられる。巨大な質力が高速で通り過ぎた証。
跳ね飛ばされた雨粒が風見の顔を叩いた。
空気の唸りが鼓膜を揺らし、その存在感を誇示していく。
体にかかる力に逆らわず地面を回転、素早く立ち上がり、風見は目撃した。
大の字に寝転がったままの甲斐の上空に、尾を靡かせ、ゆっくりと帰還する黒い鮫。
風を切り雨を泳ぐその姿に、風見はわずかに見惚れた。
「これが、甲斐氷太の悪魔……」
物部景からは強力な悪魔としか聞いていなかった。
全ての悪魔の中で、最強の一体だと。
なるほど、確かにこれは最強だ。風見は苦笑した。
「……G-Sp2を回収しとくべきだったかもね」
見上げていた視線を地上へ戻せば、皮ジャンの上から血の滲む左腕を押さえ、甲斐がゆっくりと起き
上がったところだった。
暗く沈んだ瞳の色は、血のような紅色をしている。
「……カプセルを飲んだのはフェイクか」
「ええ、そうよ」
「飲む気はないってことか?」
「ええ」
「そうか」
甲斐は静かに呟く。
先ほどまでの熱に浮かされた雰囲気は鳴りを潜め、代わりに冷たい怒りが周囲に渦巻いている。
静かな憎悪が、甲斐の瞳を濡らしていく。
「もうお前に用はねえ。さっさと死ね」
――今のは銃声か。
蒼い殺戮者は地下にありながら、確かにその音を捉えていた。
風見のものか、それとも相手のものか。
いずれにしろ敵に遭遇したと考えて間違いはないだろう。
蒼い殺戮者は視覚センサーを階段の先へ向ける。
出口までは辛うじて視認可能だが、だからといって何ができるわけでもない。
――いや。できることはある、か。
階段のつくる角度とこの空間での自身の稼動可能範囲、握った支給品の重量を確認する。
おそらくは、可能だ。
問題は二つ。
一つは都合よく敵が出口の上に立ってくれるか。
もう一つは風見と敵とを判別できるかだ。
万が一階段に逃げ込んだ風見を攻撃しては目も当てられない。
蒼い殺戮者は出来る限り音を殺し、地上を窺う。
足音と叫び声から推測を繰り返す。
その時を、じっと待ち続ける。
一直線に迫る黒鮫は確かに速いが、見切れないほどではない。
風見は再び横っ飛びにかわそうと考える。
鮫を避ければ甲斐は無防備だ。
残りの弾を全部使えば、一発ぐらい当たるだろう。
しかし半ば自棄になりながらの風見の作戦は前提からあっさりと破壊された。
期待どおり黒鮫は再び突進してきた。
全身に響く威圧感に耐えながら、跳躍する機を窺い――――風見の顔に驚愕が走る。
黒鮫は風見より数メートル手前で停止、慣性を殺すことなく回転して尾びれを叩きつけてきた。
線の攻撃から面の攻撃への移行。
黒鮫の全長を考えれば横に飛んでも叩き殺される以外の結末はない。
咄嗟に後ろに倒れこむ。地面に伏したと同時に尾が一秒前まで風見がいた場所を通過。
その一撃に風も、雨も、根こそぎ吹き散らされる。
遠心力が加わったそれはおよそ人体が耐えられる攻撃ではない。
「覚なら平気かもしれないけど!」
身を起こす。走る。
黒鮫を挟んで風見と甲斐が対峙する構図だ。階段はちょうど黒鮫の真下。
風見は階段を中心に弧を描くようにして疾走する。
長期戦は明らかに不利だ。すでに雨で手がかじかみ始めている。
黒鮫は甲斐のもとへ戻ることなく、巨躯を捩って風見へ牙を向けた。
宙を踊り、飲み込まんと迫る。
「……っ!」
連続して銃声が響く。銃弾の幾つかは鮫の顔面を穿ち、肉が弾けた。
だが質量が違いすぎる。
銃弾が黒鮫に与えた痛痒はわずかなのか、迫る勢いは緩まない。
風見は再び地面を転がった。
ぎりぎりの回避行動がなんとか功を奏する。
巨大な風圧に押され数メートルを短縮。後ろ髪が数本ちぎれて風に舞った。
――心臓に悪いわね!
回転する視界に甲斐の姿が映る。立ち止まったまま動いていない。
かじかんだ手が反射的にトリガーを弾く。
不安定な体勢だったのが逆に良かったのか、銃弾は真っ直ぐに甲斐を捕らえた。
弾は胴体の中央に向かって高速で飛翔し、
「……嘘でしょ」
甲斐の眼前に出現した、白い鮫に阻まれた。
風見の顔に浮かんだ喜色が漂白されたように色を失くす。
「ツーパターン。……物部から聞いてなかったのか?」
甲斐は低く笑い、待機する黒鮫へと歩み寄った。白鮫がそれに追随する。
水を吸った皮ジャンの上から強く腕を押さえている。まだ血は止まっていない。
甲斐は胡乱な目つきで足元の階段を見た。
「さっきからやけに足元を気にしてると思ったが……階段とはな。
地下がありやがるのか、この島には」
風見は荒くなった息を整えつつ思考を巡らす。
悪魔が二匹に増えた以上、距離をとっての銃撃は無意味だ。
攻撃と防御を同時に行えるのなら風見に勝ち目はない。
どんなに逃げまわっても体力が尽きたところで食い殺されるだろう。
なんとかして悪魔を封じなければならない。
だが、どうやって?
風見の視線が強さを増す。
彼我の距離は五メートル。
十分に風見のマウンド――――格闘戦に持ちこめる距離。
めんどくせえと眉を寄せる甲斐は一見隙だらけ。
しかしその頭上には二匹の鮫が警戒も露に泳いでいる。
残りの銃弾を使って悪魔を掻い潜り、甲斐に接近するしかない。
――今度は間違いなく分の悪い賭けだわ。
進むべき方向、タイミングを誤れば死ぬ。鮫たちのプレッシャーに臆すれば死ぬ。運が悪くても死ぬ。
だが、覚悟はとっくに決まっている。
風見は無理やりに笑い、甲斐に銃口を向けた。
トリガーに指をかけようとした瞬間、甲斐が紅い瞳で風見を睨み、黒鮫が動いた。
距離がない以上今までのような回避は不可能だ。
もとより、風見に甲斐との距離を離す気はない。交差してかわすために風見は前へと走る。
黒く巨大な弾丸が徐々に視界を占領していく。
実際には一秒に満たなかっただろう時間の中で、風見はトリガーを弾けるだけ弾いた。
残弾数は八発。無駄に使いたくはないが、当てられなければ後が続かない。
狙いは主と同様に紅い、黒鮫の右目。
一発、二発、三発と放ち、二発が吸い込まれるように命中した。
黒鮫がのたうち悲鳴を上げた。
眼球に銃撃を受けるというのは想像以上の衝撃で、甲斐が思わず苦悶の声を上げる。
――だがウィザードはこんなもんじゃなかった。
苦悶の声を上げながらも、甲斐の中で醒めた声が響く。
吐き気を催すようなドロドロとした感情が甲斐の頭を灼く。
甲斐はカプセルを懐から拾い上げて無造作に嚥下した。
鼓動が跳ね上がり、血液に混じって稲妻が走る。
乱れた黒鮫の動き制御する。手綱をとって瞬く間に支配下に置く。
しかし遅い。黒鮫の動きが乱れた一瞬を逃さず風見は跳躍していた。
苦痛に大きく開かれた黒鮫の口内に自ら飛び込み、絶妙のタイミングで顎を踏み切る。
牙が足を掠めるが風見は無視。甲斐が制御を取り戻したときには黒鮫の頭上へと到達していた。
雨で艶やかに濡れた黒鮫の表皮を風見が走る。黒鮫が浮き上がり、その筋肉の脈動を足の裏で感じる。
黒鮫の上、地上から三メートル程高くにいる風見と、地上の甲斐の視線が交錯する。
風見は狙い通り第一陣を突破した。矛をかわされた甲斐は、盾を前に突き出すしかない。
盾をもかわし切れれば本体は無防備だ。
と、甲斐の瞳が燃えるような輝きを放つ。
主の命に黒鮫は迅速に応えた。
尾びれが鞭のようしなり、黒鮫の背中を駆けていた風見が大きくバランスを崩した。落下する。
「くっ!」
風見の落下軌道の先には甲斐がいる。
その甲斐との間に、白い鮫が割り込む。この第二陣を破らなければ、甲斐には届かない。
「喰われろ!」
「邪魔よ!」
甲斐の怒号を、雨音を切り裂いて、風見が叫ぶ。
真下から襲い掛かる白鮫に残り全弾を叩き込む。空中で無理やり身を捻る。
――かわせない!?
近距離から銃弾を受けようとも、白鮫は全く揺るがなかった。
主の意志に従い、愚かな獲物を噛み砕こうと口を開いた。
びっしりと並ぶ牙が光る。無数の雨粒が黒い口内に吸い込まれていく。
風見が死を予感し、悔しげに白鮫を睨みつけた。
甲斐が勝利を確信し、つまらなそうに鼻を鳴らした。
そして。
ゴッという鈍い音が、辺りを揺らした。
甲斐がかすれた息を吐いて前のめりに倒れる。同時に二匹の鮫が力を失い地に伏せた。
落下する風見には、甲斐の背中に何かが激突したことだけがわかった。
跳ね返り地に転がる長細いシルエットは、
――ブルーブレイカーの木刀!
おそらくは地下の蒼い殺戮者が木刀を投擲したのだろう。
それがうまいこと甲斐に当たったのは運いいとしか思えなかった。
「また借りが増えたわね」
苦笑した風見が着地すると同時、甲斐が跳ね起きた。
両者の距離はもはや零。今度は至近距離で視線が交錯する。
甲斐の瞳が紅く染まり――――
次の瞬間、風見の左フックが甲斐を打ち据えた。
「ぐおっ!」
弾のないグロック19を捨て、のけぞった甲斐の襟首を風見が掴む。
口を切った甲斐は血の混じった唾を吐き、変わらず冷めた目で風見を見た。
「仲間がいるとはな」
「一人って言った覚えはないわね」
「アイツを見殺しにして……ちっ、やめだ。
今そんなことはどうでもいい。それで、こっからどうする気だ?
俺はこっからでもお前を殺れるぜ?」
うそぶく甲斐に、風見は口元を吊り上げた。
「こう……するのよ!」
襟首を掴んだまま、足を払い、風見は横へ倒れこんだ。
その先には地下への階段がぽっかりと口を開けている。
「お前、正気か!?」
甲斐の罵声を残し、二人はもつれるように転がっていった。
何度ぶつかったかもわからない。
とにかく体がバラバラになるのではと思うほどぶつかってから、二人は地下へと到着した。
風見が手を離し、甲斐が風見を蹴り離した。結果二人はわずかな距離を置いて停止した。
甲斐が通路の北側を、風見が南側を塞ぐ形だ。風見の横手には階段がある。
「痛っ……。覚悟はしてたけど、やっぱり痛いわね」
風見は蹴られた脇腹を押さえながら愚痴り、甲斐は無言で立ち上がった。
階段を落ちた際の損傷は二人とも似たり寄ったりだろう。
それなりに痛むが、我慢できないほどではない。
奥歯を噛み締めた甲斐に対し、風見は笑った。
甲斐は風見の背後を見ている。
蒼い装甲。
最強を誇る自動歩兵。
人ではないというだけで、それは明確な脅威に映る。
「無事か、風見」
「おかげ様で、なんとかね」
蒼い殺戮者の言葉に、風見は荒い息のまま応じた。
すでに体力は限界に近い。
ふと違和感を覚えて足を見れば、右足が赤く濡れていた。黒鮫の牙が掠めたときの傷だろう。
寒さのせいで痛みは麻痺してしまっているが、血は止める必要がある。
「……そいつが仲間か」
甲斐が呟く。
階段付近はやや広くなっているものの、人が二人並べるかどうかというところだ。
蒼い殺戮者は通路ぎりぎりの大きさ。合流したところで二人同時には攻撃できない。
だが風見が下がり蒼い殺戮者が前に出れば、甲斐は悪魔なしには対抗できないだろう。
しかし。
「ここまで狭いとアンタの悪魔は使えない」
その言葉に甲斐の眼差しが荒々しい刃となる。
ぎしりと奥歯が音を立てた。
真紅の眼差しに臆することなく、風見は不敵に微笑む。
「さあ、立場は逆転よ。ここからどうするのかしら、甲斐氷太」
短い時間、遠くの雨音を残して音が消えた。
緊張を孕んだ睨みあい。
その間に甲斐が何を思ったかはわからないが、
「次はねえ。今度会ったら、必ず殺す」
低く呟いて、甲斐が背を向けた。
水に濡れた重い体を引きずるようにして地下通路の奥へと消える。
甲斐の姿が見えなくなってから、風見は大きく息を吐いて、その場にぺたりとしゃがみ込んだ。
疲労が一気にぶり返してきた。瞼が重く、倦怠感に包まれる。
「良かったのか?」
「……仕様がないわよ。私に追って倒せるだけの体力は残ってないわ。
この狭い通路じゃ、アンタは追いつけないでしょ?」
力なく笑った風見にそうだな、と答えて、蒼い殺戮者は頭上を見やる。
雨音は絶え間なく続いている。
風見は体力の消耗の激しい。休息が必要だ。
――この雨では、参加者の動きは止まるだろう。
片翼の無事を願いながら、蒼い殺戮者は風見に休むよう告げた。
【B-7/湖底の地下通路/1日目・15:10】
【風見千里】
[状態]:全身が冷えており疲労困憊(休養の必要あり)。右足に切り傷。あちこちに打撲。
表面上は問題ないが精神的に傷がある恐れあり。濡れ鼠。
[装備]:カプセル(ポケットにニ錠)、頑丈な腕時計、クロスのペンダント。
[道具]:支給品一式、缶詰四個、ロープ、救急箱、朝食入りのタッパー、弾薬セット。
[思考]:眠い。BBと協力する。地下を探索。仲間と合流。海野千絵に接触。とりあえずシバく対象が欲しい。
【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:少々の弾痕はあるが、異常なし。
[装備]:
[道具]:無し(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:休憩を提案。風見と協力。しずく・火乃香・パイフウを捜索。
脱出のために必要な行動は全て行う心積もり。
【甲斐氷太】
[状態]:左肩から出血(銃弾がかすった傷あり)。腹部に鈍痛。あちこちに打撲。カプセルの効果でややハイ。
自暴自棄。濡れ鼠。
[装備]:カプセル(ポケットに数錠)
[道具]:煙草(残り14本)、カプセル(大量)、支給品一式
[思考]:逃走。次にあったら必ず風見とBBを殺す。
とりあえずカプセルが尽きるか堕落(クラッシュ)するまで、目についた参加者と戦い続ける
[備考]:『物語』を聞いています。悪魔の制限に気づいています。
現在の判断はトリップにより思考力が鈍磨した状態でのものです。
※グロック19(残弾数0・予備マガジン無し)、梳牙は地上の階段付近に放置してあります。
すいません、トリップつけ忘れました。
気づくの遅いなあ俺。
島はさめざめと血を流していた。
たった一つの席を争う生存競争も、開始からすでに15時間が経過した。
死者はすでに60名を数えるに至る。
埋葬されるものはまだ幸運。
野晒しや、塵も残らぬのは当たり前。
喰われた者、暴かれた者、弄ばれた者。ここでは死者すらも資源であるのか。
しかし、死してなお死なず、未だ彷徨う者がいるのはいかがなものか。
佐藤聖もそんな死者の一人であった。
先の戦闘で煤けた衣服と、もはや裾のはだけた襤褸を纏い、雨の中を疾駆する。
乱れる呼吸も、奪われる体温も彼女にはない。
煩わしげに髪を払い顧みるのは、追われているためである。
それも一度森へ迂回したのが効を奏したのか、振りかえればあの鮮烈な赤も影だに見えない。
完全に撒いたと確信したのか、聖はその足を止めた。
ふ、と天を仰いだ空は暗雲すら見えないほどの水滴に満ちている。
雫は容赦なく、白い耳朶を鼻梁を、瞳を穿つ。一滴がこぼれ、頬を伝う。
しかし、次の水滴が落ちる頃には、不快もあらわに、聖はマントを翻した。
伝承に曰く、吸血鬼は水に触れると火傷するという、伝承は伝承に過ぎないのか、それともあの御方が偉大なのか。
彼女はそんな事を考えていたのかもしれない。
あたりは一面のススキ野、歩く彼女を絡み取っては引き止める。
大気より体温が低いためか、蒸気は肌近くで結露を起こし、下着はもはや用を成していない。
ただ一度、瞳に残る草露を拭い、吸血鬼聖は草原の出口を求め彷徨っていた。
背後の森はすでに雨粒の奥へ隠れている、いや直進という概念すら不確かである。
と、四方数十メートルのその視界に、ほんの微かにに朱が混じった。
それを頼りに聖は進み、片ひざをつく。朱は彼岸花であった。
顔を上げれば、そこは光すら逃れられないのか、黒一色。
聖は湖に出た。
湖面は波紋が咲き乱れ、吹き抜ける風は何者にも減衰されることなく、彼女の髪を洗う。
聖はマントを拡げた。さらにディパックを空け、コンパスと地図をその手に掴む。
繊手が地図ををなぞり、聖はかすかに後ろを見やる。
その表情はまさしく幽鬼を見た者のそれであった。
目には見えない悪意を知ってか、かすかに立ち上る気配を感じたのか。
聖は小さな湖の南岸に立っていた。座標で言えばC-7とC-6の境界付近にあたり、
彼女の背後数十メートル先は禁止エリアである。
かすかに震える指が再び地図をなぞる。城を指し、商店街を指し、港町を指し、顎を撫でる。
雨の勢いは衰えをみせない。
水音は怒号のごとく大地に響き、身体はしぶきで下半身から濡れる。
聖は荷物をまとめ立ち上がり、湖に沿って西進した。
死してなお、それは恐ろしいものなのか、それとも未だ死を認めていないのか、幾度となく後ろを顧み、
そして無様にけ躓いた。
少女だった。
半身を湖水に浸した身体は幼かった。聖の後輩達よりまだか細く、その寝顔はあどけない。
塗した様な泥も、絡め取る水草も、少女の美しさを損なわない。
この殺し合いの参加者にも彼女より美しい者は数多い。
某国の女王、‘虎’の名を持つ女暗殺者、そしてはるかなる高みには御方がいる。
だが少女の美しさは別次元のものであった。
血でも、傷でも、汚されない美は果たして人界のものであろうか。
見れば誰もがその無垢に、自らのやましさを恥じずにはいられまい。
聖の腹がどろり、と鳴く。
少女は白く冷えていた。
そっと伸ばした手が、冷血の手が退く。
少女を暖めてやることが出来ないのを悟ったのであろう、彼女はすぐさま日々培った面倒見のよさを発揮した。
一息に少女を湖から引き上げ、濡れた衣服を剥ぎ取りマントに包み、膝裏と肩を抱くようにして抱えあげる。
そして、ディバックを首に掛けなおし、豪雨の中を再び駆けた。
意識のない姫は力なく重力に従う。
騎士は吸血鬼の力でそれを食い止め走る。
彼女を突き動かしているのは優しさではない。
吸血鬼が欲するのは、焼けるような血潮であり、聖は身を焦がすような思いを欲していた。
しかし聖と少女が出会った理由はなんであろうか、少女の妖物をひきつける才か、はたまた吸血種のもつ命への渇望か?
否、その推測は無粋であるといえよう。
聖は、その速度を落とすことなく、少女の顔を審美する。
少女は名を、十叶詠子という。
さて、場面移してここは港町である。
ドッグからも中心街からも比較的は離れた南部の住宅街もやはり人影は見えない。
建売の住宅が疎らに並び、木造漆喰の平屋と融合している様は、実に懐かしき田舎島の情景といえる。
だが家々に明かりは灯らず、犬猫だけが町を闊歩する様は、どことなく終末の気配がしないでもない。
そんな町の一角で、煌煌と照らす蛍光灯の元、再生機から教育シリーズ日本の歴史DVD第二巻を第三巻へと
差し替える影があった。
誰かは語るべくもない。
ドイツはグローワース島が領主ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵の雨宿りである。
住宅は生きていた。
電気も水道も、電波やガスさえその営みを止めていない。
コンロはひねれば紅茶が沸かせた、リモコンを押せば心地よい音楽が流れる。
ゲルハルト城には及ばないながらも、島のなかでは群を抜く快適空間であった。
ほどなく作業を終えて、子爵の念力がスイッチを押す。
がしょん、と音を立ててDVDが飲み込まれる。
がしょん、と音を立てて扉が開く。
子爵はあわてた風もなく、付けたばかりのDVDとテレビを止めて、そのまま花瓶の中に退避した。
乱入者は女一人であった。
ふむ、と花瓶に小さく文字が浮かぶ。
女に、それに気づくことを期待するのは酷だろう。
追われるように全ての部屋を見て周る彼女だが、その手つきは素人のそれでしなく、
青いお喋り人精霊すら見落としかねない。
リビングへ戻ってきた女は、そのままキッチンへ。耳障りのいい電子音とともに、家の外で火のつく音。
給湯器を起動した音である。
女はもう一度リビングに戻ってきた。その手には一人の少女が抱えられている。
女は子爵の知らない、しかし心当たりのある者だった。少女は見知らぬ、心当たりもない少女だった。
ロザリオをした長身の女。吸血鬼。子爵の聞いた特徴に符合する。
少女は幼子のように布で包まれ、その隙間からは傷のない白磁の首筋が覗く。
少女が横たえられ、照明は落とされた。
ふたたび、ふむ、と花瓶に文字が浮かび上がった。文字には逡巡の色が濃い。
子爵の知覚は魂を見る。
おそらく少女に深淵を感じ、そして迷っているのではあるまいか。女と少女、どちらが守られる側のものなのか。
と、その間にも、女はリビングを離れ、服やタオルを抱えて戻ってきた。
そのセレクトは中々にセンスのよさが伺える。
女は少女に手を伸ばし、その裾に手をかけた。少女の細い腹と、形のよい臍が覗く。
【まぁ、待ちたまえ】
それは紳士としてか、決意の表れか。子爵は女の眼前へ姿を現した。
しかし女は果たしてこの現象をどう捉えたのであろうか?
腰を落とし少女を抱き上げあたりを警戒し本体を探る様は、その事実を知るものには滑稽ですらある。
子爵はさらに呼びかけた。
【落ち着きたまえ、ここに余人はいない、そして、私は隠れてなどいない。これが、この血液が! 私の現身である。
信じる信じないは君たちの自由だが、私にはこの身体しか意思伝達の手段がないのでね、しばし辛抱してくれたまえ。
いずれ理解にも達しよう】
赤い液体、子爵にとって、白地の壁はノートである。
その筆術はいかなる技か、文字配列の緩急が、その大小が、女に会話の錯覚すら与る。
【いや、驚かせてすまなかった。私はドイツはグローワース島が前領主ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵!
市政はすでに委ねたが、21世紀も今なおかの地に君臨する、ご覧のとおり吸血鬼である!
いや、すまない冗談だ】
女の柳眉が釣りあがるよりも早く、子爵は次の言葉を言い放った。
【もっとも君の同胞であることも元領主の身分も真実だがね。安心したまえ、私は血を吸うことも、
配下を増やすことも咎めるつもりはない。君より遥か昔に生を受けて、数百年の時を生きてきた、
中には奇麗事の言えない時代を過ごしたこともあったとも】
幾分落ち着きを取り戻したのか、女はしかししかと少女を抱えて、子爵と対峙した。
もっとも、彼は他人の警戒を歯牙にかけるような男でもない。優しく諭すのみである。
【私は紳士だ。暴力に訴えるような真似ははしない。最も、この身体ではそれも叶わないが……
ともあれ私が君に望むことはそう多くない、いかに君が多くの者の血を吸ってきたとしても、
私はそれに干渉する気はないのだ!】
と、その言葉を止め、子爵は少女の手に触れた。
少女の肌にその赤は不吉なほど良く映えた。
【早くしたほうがよいようだね。一つでいい、質問をすることを許して欲しいのだ、他は君達の湯浴みの後にしよう。
なに、そう難しいものではないよ、あるいは答えてくれなくてもそれは一向にかまわない】
一拍の間、そして
【貴女は佐藤聖嬢で間違いはないかね?】
【D-8/民宿/1日目/16:00】
【Vampiric and Tutor】
【十叶詠子】
[状態]:体温の低下、体調不良、感染症の疑いあり
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片 (びしょぬれ)
[道具]:デイパック(泥と汚水にまみれた支給品一式、食料は飲食不能、魔女の短剣)
[思考]:???
【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力大幅向上)、シャナの血で血塗れ、
[装備]:剃刀
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:身体能力が大幅に向上した事に気づき、多少強気になっている。
詠子の看病(お風呂、着替えを含む)
[備考]:シャナの吸血鬼化が完了する前に聖が死亡すると、シャナの吸血鬼化が解除されます。
首筋の吸血痕は完全に消滅しています。
16:30に生存が確認(シャナの吸血痕健在)されています。
【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:光不足
[装備]:なし
[道具]:デイパック一式、 「教育シリーズ 日本の歴史DVD 全12巻セット」
アメリアのデイパック(支給品一式)
[思考]:アメリアの仲間達に彼女の最後を伝え、形見の品を渡す/祐巳がどうなったか気にしている
聖にどこまで正気か? どこまで話すべきか?
[補足]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
この時点で子爵はアメリアの名前を知りません。
キーリの特徴(虚空に向かってしゃべりだす等)を知っています。
あなたは彼女を覚えてる?
忘れているなら、思いだしてあげて。
忘れられるのはとてもとても哀しい事だから。
だから、みんなに思いだしてもらうの。
私が殺した少女の事を。
落ちる先は湖。
湖には水面。
水面は鏡。
鏡は扉。
扉の向こうに誰が居る?
扉の向こうに何が在る?
彼女は闇夜で殺された。
彼女は海辺で殺された。
彼女はメスで殺された。
夜は異界が近づく時間。
闇夜に異界が隠れてる。
海は神様が住まう場所。
海に呑まれたお供え物。
メスの用途はなおす事。
裂かれた人の病を癒す。
そして誰か、覚えているか。
殺された少女の名前を覚えているか。
魔女は言う。
「あの子の魂のカタチは『陸往く船のお姫さま』。
王子様に誘われて陸を進むようになっても、船を降りたわけじゃない。
だって、“彼女こそが船だから”」
――そして船は、海と陸とを橋渡す。
「あなたが魔女になれなかったのは残念だよ」
其処は異界。
水面の鏡面から飛び込んだ、鏡の異界の何時かの何処か。
澱んだ水の臭いと、耳が痛くなるほどの静寂に包まれた世界。
「カタチを与えてあげる事さえ遅くなって、本当にごめんね」
ピチャピチャと湿った音がする。
魔女の手首から滴る一筋の紅い血を、白い少女が舐めている。
「ふふ……しばらくはそれで保つかなぁ」
魔女は血を水面に滴り落とした。
水面は鏡。鏡は門戸。血は鏡の世界に滴り落ちた。
門戸は鏡。鏡は水面。血は水面から海へと流れ……
海に呑まれた『陸往く船のお姫さま』へと贈られた。
魔女の生き血はヨモツヘグリ。
なりそこなった哀れな子に、仮の体を与えてあげる。
そうして魔女の使徒が一人生まれた。
――いや、生まれようとしていた。
「…………」
ピチャピチャと音が響き続ける。
白い少女は魔女の手首から血を舐め続け……突然、びくんと痙攣した。
「…………あれ?」
魔女が僅かに怪訝な表情を浮かべ……次に目をまん丸にして驚き、それを理解した。
そして、悲しげに目を細めた。
深い慈悲と哀れみをその瞳に湛え、白い少女を悲しげに、ほんとうに悲しげに見つめる。
「この島では、可哀想なあなた達に仮初めのカタチを与えてあげる事もできないんだね」
魔女の血を飲む事で仮初めのカタチを得られたはずの白い少女の輪郭が、儚いまでに揺らぎだす。
今さっきまでの様に、その姿が白い塊に還りゆく。
魔女の使徒は水子だった。
生まれることさえ出来ないままに、その姿が崩れゆく。
「あなたのカタチは崩れちゃうね」
「…………」
白い少女は揺らぎながら、微かに笑みを浮かべていた。
それは魔女の使徒の笑み。
必死に与えられたカタチに縋り、生き延びようとするように。
その笑みは少女が本来浮かべられる物ではないけれど、
在り続けようとするこの足掻く意志は、きっと少女の物だろう。
与えられた居場所を離すまいとするこの想いは、きっと少女の物だろう。
「無理だよ。ここでは、無理」
少女の体の揺らぎはどんどん激しくなって……
気づけば彼女の背丈は小柄な詠子の胸ほどになっていた。
足は、膝は、既にカタチを失って、白い肉塊へと成り果てていた。
「髪をもらうよ」
魔女は魔女の短剣を手に握り、少女の短い髪を、一房だけ切り取った。
「ごめんね。今のわたしに、あなたが帰る場所は作れない」
「…………」
できそこないは喋らない。魔女の使徒に意志は無い。
けれど。
「……イヤ」
白い少女の唇から言葉が漏れだした。
「イヤ! おいていかないで!」
魔女の使徒にもなりそこなった、だから残った、少女の想い。
人になろうにも死んでいて、死者になろうにも在り続けて、
できそこないとしても不完全で心が残り、魔女の使徒になる事も世界がそれを赦さない。
何処にも居場所が無い少女。忘れ去られた白い少女。
どこにも居場所が無いのが悲しくて、自らを殺めた魔女にすがりつく。
「忘れないで! おいていかないで!」
「大丈夫だよ」
魔女の言葉は甘く、安らぎに満ちていた。
「あなたはまた死者に戻るけど。覚えている人は居ないけど」
魔女は囁く。
「きっとあなたの居場所を作ってあげる。
あなたのカタチを作って上げる。
あなたを呼び戻してあげる。
だから心配はいらないよ」
そして、白い少女は今度こそ白い肉塊に成り果てた。
できそこないは異界に消えて、それは最早死者と等しい。
この世界にいる限り、死者の法は超えられない。
「それにしても、残念だねぇ」
魔女は誰にともなく呟いた。
――“船”を失った魔女の体は、湖の岸に流れつく。
「あなたが力を貸してくれたなら、この世界でもあの子を魔女の使徒に出来たのに」
異界はいつしか闇に呑まれ、魔女の心は闇の中で呟いた。
――船を失った魔女の体は、傷付き凍え、弱っていた。
「でもそれがあなたのルールなら、仕方ないことだけど」
返事は何処からも返らない。魔女は一人呟いた。
――魔女の体は吸血鬼達の助力によって、幸運にも救われる。
「ねえ、神野さん」
そこは闇の中。そこは闇の底。そこは闇の奥。そこは闇の淵。そこは――
【D-8/民宿/1日目 16:00】
【十叶詠子】
[状態]:夢の中、体温の低下、体調不良、感染症の疑いあり
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片 (びしょぬれ)
[道具]:デイパック(泥と汚水にまみれた支給品一式、食料は飲食不能、魔女の短剣、白い髪一房)
[思考]:夢の中
[備考]:ティファナの白い髪は、基本的にロワ内で特殊な効果を発揮する事は有りません。
闇の底。
完全な暗闇の中。
視覚は完全に失われ、嗅覚は麻痺し、味覚は意味を為さない。
聴覚と触覚だけが、二つの情報を伝え続ける。
全身にざあざあと降り注ぐ雫と、ぬかるんで柔らかい地面を抉る感触。
今、雨が降っている。
そして、自分は歩き続けている。
判る事はただそれだけ。
何のために歩いていたのか。
どこへ行こうと歩いていたのか。
全て忘却しても尚、歩き続ける。
(歩みを止めてはいけない)
その意志だけを胸に抱いて、歩く。
どこまでも歩く。
いつまでも歩く。
立ち止まれるわけがない。
倒れ伏せるわけがない。
彼女は、それでも歩き続けると誓ったのだから。
そしていつしか闇は晴れ――自らが歩いてきた道に気づいた。
赤。紅。赫。緋。朱。
一面の赤。
ぬかるんだ地面は全てが紅く染まり、
空とそこから降り注ぐ雫は一滴残らず赫く光を返していた。
身につけたドレスは皇族のみに許された猩猩緋に染まり、
自らの指は鮮烈な朱色を塗りたくられていた。
その染料が全て同じ事に気づき、強い吐き気を催す。
そこは屍の山だった。
踏みしめたぬかるみは数多の死者の重なる大地。
自らを染め上げ大地へ流れる赤い雨は、どこまでも罪深い鮮血だったのだ。
周囲を見回して見えるのは延々と続く屍だけ。
求めた理想郷は早見えず、歩んだ道すらもう見えない。
彼女は自らを問いつめる。
どこで道を踏み外してしまったのか。
残酷なゲームに堕とされて、必死になって人々を解放しようと戦い続けた。
なのに、着いた先はどこまでも赤いこの大地。
彼女はこんな場所を求めていない。
彼女はこんな結果を望んでいない。
それでも彼女はこんな大地に辿り着いた。
ずぶりと鈍い音を立てて、足下の死体が起きあがる。
彼女の目の前に、2人の少女が立ち上がった。
一人はメイド服を着た、背丈に見合わない緩急の効いた身体を持つ少女。
その顔は左半分が無惨にも砕けて潰れ、赤、白、灰色の中身を露わにしていた。
一人は銀の髪をおさげにした、華奢な身体の少女。
その胸には大きな穴が空き、向こう側が見えていた。
一片の命すら感じさせないおぞましいその体を震わせて、2人の少女が口を開く。
「あなたのせいで死にました」
「わたしはあなたに殺されました」
それは、淡々と響く弾劾で。
「すごく痛かった」
「すごく悲しかった」
あまりにも鮮烈な悲鳴で。
「それに……」
「……とても、寂しいです」
どこまでも痛切な哀願だった。
「「だから……」」
朝比奈みくるが左手を差し出す。
テレサ=テスタロッサが右手を差し出す。
「「……あなたも、来てください」」
差し出された手は、弾劾の手。
自らが死を招いた2人からの恩赦の手だ。
彼女が2人に死を招いたというのなら、その罪を償わなければならない。
彼女達に与えた苦痛を癒さなければならない。
その手段が、二人の少女から差し出されたのなら……
「あたくしは…………」
ダナティア=アリール=アンクルージュは差し出された手に手を伸ばし、そして――
「大丈夫ですか?」
耳に聞き慣れない声が響く。
目を開き、見慣れぬ少女の顔を見つめた。
ダナティアより少し年下だろうか、人形のように整った容姿をした優しげな少女だった。
「とても苦しそうに眠っていましたから」
少女が心配そうにダナティアを見つめ、言う。
よほど酷い寝顔で眠ってしまっていたらしい。
酷い夢を見た気がするが、最後の方がよく思い出せない。
ダナティアは首を振り、意識を覚醒させる。
「……大丈夫よ、ありがとう。それで、今は何時かしら」
「4時半を回った所ですね」
(……1時間という所ね)
周囲を見回すと、白く眩い蛍光灯と白い壁と白い天井と白いカーテンが周囲を囲んでいた。
壁に付いた窓からは、白い世界の中で唯一灰色をした雨空が見える。
この病院に辿り着いたのが3時過ぎ。
相良宗介とダナティアの処置が済んだのが3時半の少し前だっただろうか。
泥水に汚れ破傷風の危険も有る、そもそも普通なら確実に致命傷な宗介の傷。
例え治療を施すにしても、あと半時も掛かれば命が失われてもおかしくない大量出血。
メフィスト医師は僅かな道具で易々と、他の者達から見て完璧な治療を施して見せた。
相良宗介の左腕は失われたが、直に意識は戻り、やがては右腕も動きを取り戻すだろう。
その後にダナティアの傷を全て処置するのに掛かった時間はそれよりも更に短い。
挙げ句にそちらに至っては治療中に手短に情報を交換する余裕さえ有った。
しかしその神業でさえ、本人は『唾棄すべき程に稚拙な手際』と言い捨てた。
ミリ単位の誤差さえ無く腕を動かしながら、指を思うように動かす事が出来ないというのである。
ダナティアはもちろん、彼と同行していた一度簡単な治療は見た事が有るはずの少年までもが驚愕した。
彼と比べれば例え何者であれ大海を知らない井の中のカ……
(いーえ、あたくしの辞典にそんな諺は無くってよ!)
唯一の弱点である両生類を示す単語を曖昧な夢の記憶が埋まる忘却の井戸へと叩き返し、
ダナティアは何事も無かったかのように思考を脇道から引きずり戻した。
(そう、あたくしはメフィスト医師と情報を交換して……)
短い時間だが、それまでの簡単な経緯と、互いの捜し人の話くらいは出来た。
ダナティアは別行動している仲間の事、相良宗介が何者かに千鳥かなめを人質に取られている事。
またも護るべき少女一人護りきる事が出来なかった事。
メフィストは一時は終の身体を、そして今は志摩子の友の身体を使う灰色の魔女の事。
そして数時間前に彼らと出会い、別れた、坂井悠二と彼の話した物語の原理。
メフィストは物語の中身自体は危険性が不明だと話さなかった。
ダナティアもわざわざ聞くつもりがなかった。
坂井悠二の事は気になったが、彼は港へ向かったのだと聞き、すぐに追うのはやめた。
ベルガーの帰り道とも重なるはずだし、シャナの居る合流地点を通る可能性も有る。
追いかけて見つかるかも判らない。
それにダナティア自身、メフィスト医師の治療を受けたとはいえ無数の傷を負い、疲労していた。
だから彼女は僅かに休憩を取る事にして、ベッドに横になった。
その休憩も終わりだ。問題は解決せずに増えただけなのだから。
「相良宗介は別室かしら? まず、彼から聞き出したい事が有るわ」
ベッドから身を起こし、志摩子に問う。
布団がはだけ、その時ようやく服も頼む必要が有る事に気づいた。
それに動じず、志摩子は問いを返す。
「何に焦っているのですか?」
「焦っている? あたくしが?」
そう返し、すぐに思い直す。
「……ええ、そうね。あたくしは、これ以上あたくしが守れたはずの誰かを失いたくはないわ。
相良宗介の取られた人質が何時まで無事か判らない以上、一刻の猶予も無いもの」
「宗介さんならついさっき目を覚まして、別室でメフィスト医師と終さんが話をしています」
ちなみにメフィスト医師と竜堂終という戦力が二人ともそちらに回ったのは、
相良宗介がダナティアと終に敵意を剥き出しにしていたためである。
ダナティアへの敵意は兎も角、終への敵意は原因であるオドー殺害に誤解が有るので、
それを解く為に別室に移して話をする事にしたのだという。
(同室に居ても気づいて起きれないだなんて、そんなにめいっていたのかしら)
例え腕が使えずとも、意識を失う前にやった用に口だって武器になる。
それに敵意と執念が加われば、危険を感じるには十分な脅威だったはずだ。
「彼が起きた時、どうだった?」
「隙を見てあなたを傷つけようとしましたね」
予想通りの答えが返る。
「宗介さんに起きあがるほどの体力は戻っていませんでしたけど、
それでも、まだ殆ど動かないはずの右手で水の入ったコップを割って、
二つ隣のベッドからあなたへ、ガラスの破片を投げつけようとしました」
それは十分な脅威だったはずだ。
メフィスト医師の管轄下で何故起きたのか不思議な程の危機。
「でも、それも叶いませんでした」
「どうして?」
志摩子は言葉を返さなかった。
ただ無言で、横のカーテンを開け放つ。
明らかな答えがそこに在った。
隣のベッドに遺体が一つ置かれていた。
白いUCAT戦闘服を身につけた銀髪の少女。
テレサ・テスタロッサは、まるで眠っているかのようにその身を横たえていた。
胸が大きく抉られているのに、その表情は何故か穏やかに見えた。
「……滑稽ね」
一度目で、自らの命を犠牲にした。
「戦場そのもので生き残る術なんて持たないのに、飛び出して」
二度目は、単にその遺体をメフィスト医師が利用しただけなのかもしれない。
「それなのに。あなたは確かに人を守りぬいたわ」
静かにハンカチを差し出される。
「どうぞ」
ダナティアは自分が涙を流しているのに気づいた。
「……ええ、ありがとう」
涙を拭きながら、ダナティアは夢の続きを思い出していた。
涙を流さずに通した『酷い夢』の事を。
「あたくしは――」
ダナティア=アリール=アンクルージュは差し出された手に手を伸ばし、そして――
「――あなた達に、いくつも謝らなければならないわ」
――その手を掴んで引き寄せて、朝比奈みくるとテレサ・テスタロッサを抱き締めた。
「謝るだけですか?」
「わたし達を死なせた事を償ってはくれないのですか?」
悲痛な怨嗟の声がダナティアの心を蝕む。
――流されない。
「償うわ。だけど、赦しはまだ要らない」
腕の中の少女達を見つめる。
顔面の半ばが砕かれた頭。
ポッカリと穴の空いた胸。
二人の眼に満ちる悲哀と、無念と、怨嗟と憎悪と苦痛と絶望と……
それは、あまりにも無惨な姿。
「あたくしはあなた達を守れなかった」
目の前の二人の姿がダナティアの冒した罪。
泣き出したくなるほどの悲しみを抑えこみ、告げる。
「だけどせめて――こんな姿にしてしまったあなた達を、こんな所から救い出させて」
これは、夢だ。
根拠は、周囲の光景の異常でも、死者が動くその異様でもない。
それより前に。
朝比奈みくるとテレサ・テスタロッサは、ダナティアを恨んでいない。
ダナティアがいくら責を感じようと、彼女達の視点から見れば、
ダナティアを恨むのは八つ当たりや逆恨みと等しい事だ。
彼女達がそんな事をしないというこの確信は、驕りではない。
二人とはほんの僅かな、半日にも足りない時間を共有したにすぎないが、
それでもその当然が理解出来ないほど互いを知らなくはなかった。
自らの過ちにより死んだ者達に恨まれないのは、とても辛い事だ。
それは自分が失ってしまった者との絆を、失われたものの尊さを突きつけられるに等しいのだから。
その事に、ほんの少しだけ弱音を吐いてしまった。
いっそ憎まれればいいと、弾劾されればいいという思いが心を掠めてしまった。
「あなた達を『歪めてしまってごめんなさい』」
そんな世界だから、そのたった一言で屍山血河にヒビが入った。
「あなた達を死なせてしまって、その傷を更に広げてしまって、その心を歪めてしまってごめんなさい。
あなた達の死すらも冒涜して、ごめんなさい」
ヒビが広がり、そこからあかい色が抜けていく。
大地に流れる紅い血はヒビから流れ落ちて、空から降り注ぐ赫い雫は透明になって揮発した。
指の朱色は色を失い、ドレスの緋色だけが色を残す。
「だからせめて、あなた達をこんな所に居させはしない」
この世界の全てはダナティアの心から生まれた幻だった。
腕の中のみくるとテッサの幻も、ゆっくりと薄れて消えていった。
広がるヒビが全てを呑み込んで、後には黒い闇だけが広がっている。
腕の中の二人の幻は、もはや欠片の残滓すらも残さない。
少なくともダナティアの悪夢に冒涜される事はない。
ダナティアはその事に僅かながら確かな安堵と、一抹の寂しさを覚えた。
死者は帰らない。死者の赦しを得る事は出来ない。
赦しを与える事が出来るのは生者だけだ。
その事実が心に浸みる。
それでも彼女が立ち止まる事は無い。何よりも自らがそれを赦さない。
だから唯我独尊な決断と共に、傲慢不遜にそれを宣誓した。
「全ての救いを要する者達を、一人残らず救い出す。あたくしの手を届かせるわ!
リナも、シャナも、千鳥かなめも、福沢裕巳も――!」
静かな叫びが闇の中に響きわたった。紅い道が生まれていた。
ダナティアが悪夢を打ち払うのと同じ頃。
ダナティアのターゲットに含まれた“彼女”もまた、夢を見ていた。
その夢は灰色をしていた。
色のないモノクロの、古い旧い世界の記憶だ。
夢の中で、その世界は歴史を辿り、文明は栄華を極めた。
空や海底に都市を築き、異界の者達さえも支配した。
無数の塔から世界の恵みを吸い上げて、神をも超えた支配者だと驕り高ぶった。
その剰りにも行きすぎた一色の繁栄故に、巨大な文明は滅び去った。
彼女は胸を痛めた。
確かに彼女の仲間達は傲慢だった。
力に劣る蛮族達を虐げて、無数の精霊や異界の魔神、偉大なる古竜達さえも従えた。
神々すらも自らに劣る者だと言い放ち、全ての宗教を弾劾した。
その事は彼女も良く思っていなかった。
密かに神を――それも大地母神を信仰し続けていた彼女にとって、それは自滅にさえ見えた。
だが、例え彼らの終末が自業自得であったとしても、その光景を認められるはずがなかった。
彼女の故郷が、彼女の友達が全てを失っていく終末を、認める事など出来るはずがなかった。
「だからせめて、あの時のような大破滅が起きる事の無いように」
それが彼女の望みだ。
少女の様に真摯に、老婆のように頑なに、何があっても譲れない切なる願い。
今も彼女はその願いを叶え続けるためだけに存在し続けている。
その為に、あれほど信じた神の教えすらも捨て去って。
灰色の魔女カーラはそうやって生まれた。
気づけば灰色の記憶は途切れ、彼女は闇の中に立っている。
一片の光も無い場所だが、意志と感覚は奇妙なほどに鮮明だった。
(明晰夢のようね)
何も見えない。しかし音は聞こえる。
自らの衣擦れの音がするし、肉体の鼓動すらも聞こえてくる。
衣服を着ている感覚もしっかりと有る。
「随分と鮮明な夢も有ったもの」
思考が自然と言葉に出た。
それは奇妙な夢だった。
そして彼女は、更にもう一つの奇妙な事に気づいた。
手でそっと頬に触れると、水滴が指に付着する。
「……涙?」
カーラは自らの中に悲しみと同情の感情が生まれている事に気づいた。
何故? そう自問する。
彼女が過去の悲劇に涙する時はとうの昔に通り過ぎた。
今の彼女は、最も大切な一つの目的の為に邁進し続けている。
世界の全てとは言わない。
せめてあのロードス島だけでも、あの大破壊を起こさせはしない。
その為に敢えてロードスの人々を傷つけ争わせていた。
今も、ロードスに波紋をもたらす可能性の有る異界の者達を殺そうとしている。
狂気にも近しい凄惨な覚悟を胸に抱いて。
灰色の魔女カーラが涙を流す理由など有るはずも無かった。
理由が有るとすればそれは……
「『この子』の涙かしらね」
カーラは夢の中でも自らを宿す、福沢裕巳の胸に手を当てた。
やや小降りの胸は、落ち着き払ったカーラとは裏腹に早鐘のように脈を打っていた。
身体機能すらも再現された明晰夢が少し可笑しく感じられた。
本来、カーラに乗っ取られた者は肉体の反応さえ表に出る事がない。
たとえ愛する者を手に掛けたとしても。
この世界に『制限』が掛けられ支配の力にも揺らぎが生じているとはいえ、
例え気を緩め、宿主が英雄であったとしても、既に支配された後から脱する事は無いだろう。
だがそれに夢の中という事まで加わって、ほんの僅かな時間だけ、
“彼女”はカーラではなく裕巳として、豊かな感情を溢れさせた。
それがこの涙と悲しみと、何かに同情する心の痛み。
しかし、少女は何に涙した?
「……体を奪われている事を嘆いたのではないようね」
涙と悲しみは判る。体をカーラが使っている事は、少女が悲しむに値する。
だが、同情の想いが判らない。
「親しき者の死を思い浮かべたのかしら」
一度、カーラが少女に憑依した後に放送が有った。
その中の死者の報せでは、少女の最も大切な名前が呼ばれていた。
そうだとすれば、悲しみも涙も理解できる。同情も理解できなくもない。
「それとも……」
最も悲しい事は間違いなくその放送だろう。
だが、既に何時間も前の事を即座に思い浮かべられるとは考えにくい。
それよりも目の前にあった情景こそが……
「…………考えすぎかしら」
たとえカーラにどんな過去が有ったとしても、彼女は裕巳を乗っ取った。
それに考え方や思想が違う。きっと裕巳にとってカーラは紛れもない敵だろう。
そんな敵に同情まで抱くものだろうか。
……いや。
(私は彼女を完全に理解してはいない)
カーラは乗っ取った者との間で記憶をある程度共有する。
技術に至っては乗っ取った者の全てを使いこなす事が出来る。
にもかかわらず、少女には多くの謎が残っていた。
元々平和的な性格で、カーラに出会った時も絶望して今にも自殺しそうだったのに、
カーラの敵意に反応し、凶暴化して襲い掛かった。
その腕力は龍族のそれすらも圧倒したが、その後に安定化すると共に幾らかが衰えた。
『食鬼人(イーター)化』という単語が脳裏を過ぎるが、それでも説明は着かないようだ。
「一度、調べておいた方が良いようね」
もしまた肉体が暴走でもしたら目も当てられない。
カーラは福沢裕巳の詳細な記憶を探ろうと、奥へ、底へと潜って行った。
彼女が信じる灰色の未来、灰色の道を進むために。
手の届く全てを最も多く救い出す。
何度挫けても、何度失敗しても、その意志だけは変わらない。
目に映る者達がとても眩くて、失いたくは無いのだから
それが彼女の望み。願い。進む道。
例えその道が紅く塗られていたとしても。
手の中に在る者達だけでも大破滅は起こさせない。
どれだけ自らの信じる物を捨てさって、忌むべき存在に堕ちたとしても。
手の中に在る者達がとても大切で、滅びる様を見たくは無いのだから。
それが彼女の望み。願い。進む道。
その為に敢えて灰色の雲が覆う道を選ぶ。
それは何処か近しい二人の魔女の、何処までも交わらない二つの願い。
【B-4/病院/一日目/16:30】
【創楽園の魔界様が見てるパニック――混迷編】
【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける
【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:疲れ有り
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(水一本消費)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:救いが必要な者達を救い出す/群を作りそれを護る
[備考]:下着姿
【G-4/城の中の一室/一日目/16:00】
【福沢祐巳(カーラ)】
[状態]:食鬼人化。夢を見ている。精神、体力共に消耗。睡眠にて回復中。
[装備]:サークレット 貫頭衣姿
[道具]:ロザリオ、デイパック(支給品入り/食料減)
[思考]:裕巳の記憶から状態を確認/起床後はフォーセリアに影響を及ぼしそうな参加者に攻撃
(現在の目標、坂井悠二、火乃香)
「っぷはぁ! ただの真水といえど、珍妙な技をかけられた上に全力疾走した後に飲むと格別に旨く感じられるな!
茉衣子くんも一口どうかね?」
「遠慮します。班長が口を付けた物を飲むなど、汚らわしくタチの悪い何かに感染してしまう気がしますもの」
腰に手を当てたままペットボトルを勧める宮野に対し、茉衣子は即答で断った。隣ではしずくが苦笑を浮かべていた。
オーフェンにあの場を任せて黒衣の男から逃亡した一行は、早朝にも訪れていた廃屋で一旦休息をとっていた。
外は黒い雲に覆われ、未だに豪雨が降り続いている。切迫した事情がなければ絶対に外出したくない状況だった。
「雨、止みそうにないですよね。わたしは濡れても大丈夫ですけど、宮野さん達は……」
『だが雨が止むまで待つって訳にはいかないよな。その女が指定した日没まで二時間もねえし。
まぁ、教会まで走れば後は室内だ。ずぶ濡れで交渉するのは気が進まんだろうが』
こちらを心配するしずくに対し、ラジオのノイズを含んだ声が答えた。
てっきりこの声の主──兵長はオーフェンと同じく知人捜しの方を優先させると思ったのだが、あの時何も言わずにこちらについてきてくれた。
“あの馬鹿はともかく、そんな事をするような奴を放っておいたらそれこそキーリが危ない”と後に話していたが、こちらを心配してくれているような気もした。
(……オーフェンさんの場合は、しょうがありませんけど)
一行に会えない知人を捜す彼には、少し焦りの色も見て取れた。
いつ死ぬかわからない捜し人と赤の他人とを天秤にかけ、前者を選ぶという行為は責められることではなく、むしろ当然と言える。
(オーフェンさんやしずくさんのように、思い通りに事が運ばず苦悩と焦燥を抱いている方々の方が多数。
……一番初めに班長と会えたのは、本当に僥倖といってもいいでしょう)
放送で確認した死者は計三十六名。積極的に殺人を犯す者が複数いることは間違いない。
……そんな危険な状況の中、彼は至極あっさりと自分の目の前に現れた。いつもと変わらない、自信に満ちた微笑を浮かべて。
(史上最低に低俗で誤謬だらけのトンチキ頭であるとはいえ、信頼してよい相手であることは確かです。
班長に同行するというのが今のところ取れる最善の選択と言えるでしょう)
それに彼ならば、生きて帰るのが限りなく困難なこの状況を、難なくひっくり返せるような気がしていた。
「教会までは走ればどうということはない。ただの雨など障害にすらならないな! 私の道を阻むならば槍か隕石でも落としてみたまえ!
ただ、その走る距離がやや長いか。茉衣子くんにしずくくん、体力に自信がなければ私が抱えるが?」
「結構です」
……こんな風に自信満々で傲岸不遜な態度を保ったまま、いつのまにかおいしいところを持って行く。それが宮野秀策という人間なのだから。
「わたしも、アンドロイドで運動能力は十分にあるので大丈夫です」
『……アンドロイド?』
しずくの謎の単語に全員の訝しむ声がかぶる。注意を一斉に向けられた当人はあっけにとられた。
『けけ、しゃべるラジオの次はアンドロイドと来たか。色々と愉快なものが多いなここは』
「キミが言うと大いに説得力があるな。
……さてしずくくん、その奇妙奇天烈な概念について説明してくれないだろうか?
我々の所持する能力と組み合わせて、美女殿への交渉や対抗手段にできるやもしれぬからな」
「あ、はい。……えっとですね、元々わたしの本体は別にあるんですけど──」
○
「ああ、ただでさえ先程の逃走劇で濡れそぼっていたのがまた……。
班長、わたくしの上半身及び下半身部分に一秒以上視線を巡らせないでくださいませ。
水分に浸食されてしまったわたくしの素肌が蹂躙されてしまいます」
「安心したまえ茉衣子くん! キミの身体及び精神を害するような成分はこの宮野秀策、一切持ち合わせておらん。
天然素材100%で素肌に優しい宮野性だ。雨水によって化学変化することも一切無い」
『……お前らには緊張感ってもんはないのか?』
あきれ気味のラジオの突っ込みが雨音にむなしく消える。
一通り話をまとめ作戦を練った後。
しずく達は雨に濡れながらも、何とか廃屋からこの教会の入口前までたどり着いていた。
幸い扉の周辺には屋根があったので、各自小休止を取りびしょぬれになった服を絞ることができた。
(宗介さんは大丈夫かな……)
二人の問答を聞き流しながら、しずくはこの島のどこかにいる少年のことを思い浮かべた。
彼には誰も殺して欲しくないし、もっというならばこれ以上この島で犠牲者が出て欲しくない。
出来れば誰かに彼の手を止めてもらいたい。もちろん死によってではなく、自分にもたらされたような救いによって。
(ここでかなめさんを助けられれば、宗介さんが人を殺す理由もなくなる。……あ、でも──)
宮野の提案は、かなめとエンブリオ──刻印解除が可能になるかもしれない物とを交換するというものだった。
エンブリオがあれば、あの女性の身体と精神に干渉する能力を完全に引き出し、刻印の操作すらも可能になるかもしれないらしい。
……つまりそれを利用すれば、刻印を手動で発動させたり、引き出された能力によって参加者全員を意のままに操ることも可能になるかもしれないのだ。
(そもそも取引自体を断られたら……ううん、そんなこと考えちゃだめだ)
宮野達と共に彼女との交渉に臨むこと。それ以外に今自分が出来ることはないのだから。
『漫才なんかやってねえで早く入らねえか? こちとらやっと殺してもらえる機会が出来て待ちきれねーんだ』
「漫才とはなんですか漫才とは! 確かに班長は存在自体がお笑い芸人のようなものですが、なぜわたくしまで同程度に扱われなければならないのでしょう?
不当です、発言の撤回を求めます!」
エンブリオのせかす言葉に茉衣子がずれた発言で返す。なんとなくそのやりとりにくすりと笑ってしまう。
魔術師と(当人は否定したが)その弟子にラジオに十字架──に機械知性体という妙なパーティーだが、宗介達と同じ暖かさを彼らにも感じていた。
「茉衣子くんが芸人か否かという議論はなかなか面白そうだが、今は確かにしずくくんの方を優先させるべきだ。
さあ、平和的な交渉と解決に向けて突撃しようではないか!」
ぶつぶつと文句を言い続ける茉衣子を尻目に、宮野が勇ましく宣言して教会の扉を押し開き、
「──!」
その直後、彼の目の前に白い刃が現れた。
「扉の前で騒ぎ立て、“交渉”と言って侵入し……何事だ?」
刃──薙刀を持ち黒い甲冑に身を包んだ男が、扉の奥に立っていた。
「先客がいたか。私は宮野秀策、第三EMP生徒自治会保安部対魔班班長である! ここに潜伏するある人物と交渉するためにやってきた!
そういうわけなのでそこを通してくれまいか? 我々はこの奥にいる人物に用があるのでね」
「我が主の眠りを妨げる気か? 去れ。断るのならばこの場で斬り伏せる」
「ふむ、キミは彼女に仕えているのか。ならば無関係ではないな。
ところで私が思うに、その主は今は起きているのではないかね? とある女子高生を拘留しておくために。
──ああ、早まらない方がいい。私達はあくまで平和的な交渉──取引に来たのだ。いわばキミの主の客人である。
こんな雨の中わざわざやってきた敵意のない来客に刃を向けるほど、キミもキミの主も無作法ではないだろう?」
宮野の言葉に、振り上げられた刃がふたたび彼の目前で止まる。
男の鋭い視線にも、彼はいつもの微笑を保ったままだった。
「繰り返すが、我々はキミの主である美女殿に用がある。主催者の意図通りに殺し合いを繰り広げる意思は一切ない。
そもそもこちらは、キミに勝てそうな武器を所持していない」
「そこの娘が持っている棒は何だ?」
「ああ、これは俗に釘バットと呼ばれるものだ。確かにこれは殺傷武器になるが、薙刀には勝てぬしそもそも使う気もない。
しずくくん、それを手放してはくれまいか?」
「は、はい」
言われてバットを雨の降る外へと放り投げる。……これは宮野の想定通りだ。
確かにこれで戦う術はなくなったようにみえるが──こちらが持つ一番強力“武器”は、まだ自分が首から提げている。
「これでこちらに戦意がないことはわかってくれたかね?
望むならばデイパックの中身を見せてもいいが、武器やキミが興味をそそりそうなものは一切入っておらん。時間の無駄だということを先に忠告しておこう」
「…………入れ」
宮野の言葉に眉をひそめながらも、男は真紅のマントを翻して教会の内部へと戻っていった。
こちらに背中を向けて歩いているものの、隙はどこにも見あたらない。殺気を向けられればすぐに斬りかかってくるだろう。
その雰囲気に押し潰されまいと耐えながらも、男の後ろをついて奥へと入っていく。
外壁と同じように教会の中は古びていて埃だらけだった。光源は何もなく、暗い。
中央の通路を挟んで敷き詰められた長椅子も同じく埃だらけで、ひどく傷んでいる。
そして正面の壁にあったはずの十字架は取り外され、教壇の手前に打ち捨てられていた。
雨音や時折聞こえる遠雷の音と相まって、不気味な雰囲気が醸し出されていた。
「……」
隣では表情を固くした茉衣子が、一歩一歩を踏みしめるように歩いている。刃のようなこの雰囲気に気圧されているようだ。
一方の宮野の方はまったくの自然体で悠々と歩いている。口元はやはり笑っていたが、目はしかし真剣みを帯びていた。
と。
先頭の男の足が突然止まった。訝しみながらもこちらも歩みを止める。
──刹那、空気が変わった。
『……誓約を破りに来たか』
教壇の奥から聞こえる、怒りに満ちた冷たい声。
その恐怖を体現するような響きに、宮野を含めた全員の顔に戦慄が走る。
湧き出る鬼気が室内の空気を軋ませ、寒気すら感じさせる空間に変異させた。
『わたしは確かに他言無用と言い、宗介もおまえにそれを懇願した。
にもかかわらずおまえはそれに背き、第三者を引き連れて戻ってきた。……おまえはあやつほど愚かで無礼ではないと思っていたのだが』
「……キミが千鳥かなめを拘束している美女殿か? 私は宮野秀──」
『黙れ。わたしは今そのカラクリ娘と話しておるのだ』
存在すら許していないというような口調で、声が宮野を拒絶する。反論を許さない峻烈な響きに、誰も何も言い返せない。
『自身の命を捧げて許しを請うならまだしも、“交渉”とな?
第三者に助けを請い保護を受け、自らは傷つかずに希望の結果のみを得る。そんなことがまかり通ると思っておるのか?』
「……」
言葉が見つからず、ただ立ちつくす。
彼女は取引の是非以前に、こちらが約束を違えたことを許していない。
溢れる鬼気に、ここにないはずの頭脳システムが恐怖を知覚する。
(でも、それじゃどうすれば……)
かなめと宗介を見捨てておくことなど出来なかった。
しかし自分一人ではかなめを救うことは不可能だ。誰かに頼る以外の方法はない。
……思考した結果こちらが何らかの行動を起こすことくらい予想できるはずなのに、なぜあの時彼女は無傷で自分を帰したのか。
彼女が自分に何を求めているのかがわからない。見捨てるという冷酷さを持ってかなめを助けろと言うのか。それとも──
『それとも、ここでおまえがそこにいる二人──いや、四人の首を捧げるのかえ?
おお、ちょうどおまえを含めれば五人になるのう。……どうする?』
『貴様っ……』
「……っ」
残酷な提案をする声に対し、首から提げたラジオが怒気を放ち背後で茉衣子が息を呑んだ。
(殺す……? わたし、が……?)
出来るわけがない。かなめを助けるために誰かの命を奪う──それこそ自分が止めたいことなのに。
手と足が震え、動けない。
辺りを包む沈黙が、刃のように突き刺さる。
正面の真紅のマントが鮮血を連想させ、頭の中が真っ白になった。
「…………一つ、疑問──というより推論を提示してもみてもいいかね?
それくらいの権利は、この場にいる者として認めて欲しいのだが」
──と。
永劫とも感じられる時間が経過した後、よく通る男の声──宮野が沈黙を破った。
普段の諧謔味を帯びたものではなく、至極真面目な声。
『……言うてみよ』
「キミはこの企画を楽しみこそするものの、“乗って”はいない。
寝所に侵入したしずくくん一行を苦しめることはあっても、直接手を下していないことからそれは明確だ。
だからしずくくんを相良宗介の第一の犠牲者にせずに無事に逃がしたことも、特に不思議ではない。それはいい。
……だが、惨劇をこの眼で見てしまったしずくくんが、たとえ口止めされていても誰かに助けを求めることは想定できていたのではないかね?
助けられるのは自分しかいないという義務感と、この恐怖を誰かに話して共有したいという欲求。そして純粋に彼らを助けたいという情。
そのような感情は、たとえしずくくんのような殊勝な少女でなくとも簡単に膨れあがる。
そんなことは他者を操るという力を持っている者ならば、なおさら容易に想像出来るであろう。
それなのにキミは、その想像の範囲内であるしずくくんの“約束を違えるという行動”に対して怒りを呈した。何故だ?」
そこで一度言葉は切られ──足音が二歩分、室内に響いた。
おそるおそる隣を向くと、そこには正面の真紅と対照的な白衣の男──宮野の姿。
いつもの微笑を一瞬こちらに向けた後、教壇に視線を合わせ、続ける。
「さて、ここからは先に言ったように推測なのだが──キミは、実はあまり本気では怒っていないのではないかね?
どちらかというと、その怒りを見せられたしずくくんの葛藤を見て楽しんでいるように思える。
そしてキミが言った通りの殺戮をしずくくんが行うことなど微塵も想像──期待していない。しずくくんに出来るわけがない。そんなことはこの場にいる全員がわかっている。
かといってここでしずくくんが捨て身の反撃を仕掛けることも、また自らの命で千鳥かなめの代償を支払うことも特に期待していない。
……そもそも相良宗介という生身の人間が、このトンデモ人外が多数集まる島での五人殺害という偉業を成し遂げることも、端から“期待”していないのではないかね?
結果ではなく、過程を楽しんでいる。私はそのように感じたのだが」
宮野が口を閉ざし、ふたたび沈黙が辺りを包む。
先程の刃のような鋭い粛然さはなく、時が止まったかのような無の静寂。
雨音だけが、やけに大きく聴覚センサーに響いていた。
『……宮野と言ったか』
「うむ。宮野秀策、このケッタイなゲームから脱出するという目的を持つ、正義の魔術師だ」
『なぜそのカラクリ娘を救った?』
その声に怒りの色はない。ただ本当に疑問に思い、その答えをただ問うている声だった。
「合理的な理由は、こちらに──ひいては参加者全員に利の望める取引であるということのみだ。後はただの善意と好奇心だ!
これが善行であり三者が丸く収まる方法であることは間違いのない真実だ。なぜならその真実を私は正しいと確信し、まったく疑っていないのだからな!」
『この状況下で──この“ゲーム”の中で善行とな?』
「この宮野秀策、TPOなどというものに縛られる人間ではないからな! どこにいようが何があろうが私という存在が揺らぐことはない!」
『…………奇妙な男じゃ。道化のような物言いをしながらも、賢人のような聡明さと洞察力を持っておる』
いつもの調子で宮野が返答し、どこか面白がるような呟きが教壇から漏れた。
強大な気配は変わらずこの場を支配していたが、鬼気と呼べるものではなくなっていた。
「…………ふむ、では交渉に入ってもいいかね? まずは話だけでも聞いてもらいたいのだが」
『長い前フリだったな。やっと説明に突入か。とっとと終わらせてくれよ』
呟くエンブリオを宮野が掲げ交渉に入ろうとして──しかしそれは教壇から響く声によって遮られた。
『その“善意と好奇心”とやらをどこまで突き通せるのか、それでどこまで為し遂げられるか、試してみとうなった。
────アシュラム、行け』
「御意」
声にすぐさま応じて真紅のマントが翻り──薙刀の白い刃が宮野へと振り上げられた。
【D-6/教会/1日目・16:30頃】
『吸血美姫の人間試験』
【宮野秀策】
[状態]:濡れ鼠
[装備]:エンブリオ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン12食分・水2500ml)
[思考]:アシュラムに打ち勝つ。
刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。この空間からの脱出。
【光明寺茉衣子】
[状態]:濡れ鼠
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:アシュラムに打ち勝つ。
刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。この空間からの脱出。
【しずく】
[状態]:右腕半壊(自動修復中・残り1時間)。センサー機能は休息によってやや改善。 濡れ鼠
[装備]:ラジオ(兵長)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:アシュラムに打ち勝つ。
火乃香、BB(以上しずく)、キーリ、ハーヴェイ(以上兵長)の捜索。
【アシュラム】
[状態]:催眠状態
[装備]:青龍偃月刀
[道具];デイパック(支給品一式・パン6食分・水1700ml)、冠
[思考]:目の前の三人を討つ。
美姫に仇なすものを斬る
※エスカリボルグが教会入口前に落ちています。
【D-6/教会地下/1日目/16:30頃】
【美姫】
[状態]:健康。
[装備]:スローイングナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:宮野達を試す。
『上等だ貴様っ!』
咆哮と同時にスピーカーから発せられた空気の塊が衝撃波となり、刃を振るおうとした黒衣の騎士を教壇へと激しく叩きつけた。
文字通り間一髪刃を逃れた宮野は後方に退避しながらも、さらに後ろを走る茉衣子へとエンブリオを投げ渡した。
『そのまま持っていてくれりゃどさくさに紛れて死ねたのによお』
「今あなたに死なれたら意味がありませんわ」
争いになった場合、直接戦闘をする自分よりも彼女に持っていてもらった方が安全──そう考え、事前に決めていたことだった。
彼女はぼやくエンブリオをデイパックに閉じこめ、こちらと距離を離す。しずくと兵長も右手通路へと離れていくのを確認する。
(殺人強要の次は従者を使っての力試しときたか。だが戦いになった場合の対策は十分に練ってある!)
衝撃から復活しつつある黒衣──アシュラムとやらと自分の間の虚空に向けて、指先で五芒星を閉じこめた同心円を描く。
EMP能力によって発生したブラックライトがその軌跡をなぞり、燐光を放つ魔法円が生み出されていく。
「ファンタジーにはファンタジー、騎士には魔物で対抗しようではないか!」
進撃してくるアシュラムに向けて、複数の魔法円から生み出された黒い触手の群れが襲いかかった。
彼の表情に一瞬驚きの色が現れたがすぐにそれは消え、触手に怯むことなく突撃していく。
足をかすめる触手を跳躍してかわし、胴体に絡みつこうとする触手は刃で薙ぎ払う。
縦横無尽に暴れ回る黒い鞭の軌道を長い柄で反らし、足場を転々としながらも確実に倒していく。
触手の何本かは彼の甲冑や四肢に当たり衝撃を与えるも、すぐに体勢が立て直され斬り払われた。
(まぁ、これだけで倒せるとは思っておらん)
自らの実力と二人の援護を信じながらも、大気に直接魔法円を刻みつけ触手の補充を急ぐ。
操作と平行して行うのは骨が折れるが、耐えるしかない。
「──っ!」
触手の合間を縫ってアシュラムが鋭い突きをこちらに放とうとするが、しかし直前で大きく後方に跳んだ。
その刹那、彼とこちらの間の虚空に光線が走る。その先端には青白い光。
突如出現したピンポン球大の蛍火の群れは、彼や触手に向けて一直線に突き進み──そのまま何事もなくすり抜けた。
「まぁ、所詮想念体専用ですわ」
触手に巻き込まれないよう走りながらも茉衣子がぼやく。
その指先に仄白い光が宿ったかと思うと、すぐにそれは球体となって舞い上がり、輝線を描いて触手の奔流の中へと飛んでいく。
(……確かに茉衣子くんのEMPは無害だが、攪乱には使える。それにささやかだが照明としても役立てられる)
もとより彼女は、蛍火をアシュラムに当てるつもりでは撃っていない。かすろうが直撃しようが何の効果もないからだ。
ただ狙いをつけやすい真紅のマントに向けて、適当に放てばいいのだ。それだけでも相手にとっては相当目障りな存在になる。
さらに空が雲に覆われ、埃と触手の群れが舞うこの室内において、蛍火が放つ光はかなり貴重な光源だ。
所詮はピンポン球大の明かりだが、ないよりはずっと目標の捕捉や仲間の位置確認がしやすくなる。
「こっちです!」
『おう!』
そしてアシュラムが着地し数本の触手を切り払ったところを、しずくが正確に狙いをつけ左手で支えたラジオを向けた。彼女に闇は意味をなさない。
吐き出された空気の塊は、両腕と薙刀を盾にして受け止められるも彼をそのまま床へと叩きつける。
虚を突かれた先程とは違い防御されたものの、その隙は次の触手を生み出す時間をこちらに与えてくれる。
そして蛍火を目印に新たな触手を動かし、反撃の機会を奪う。その時にはもうしずくは避難していた。
ヒットアンドアウェイ。
それが論議の結果採用された戦術だった。
自分のEMPは強力ではあるものの、やはり後衛向きだ。能力制限という問題もある。
現に本来ならば発生すれば数分はそのままの触手が、わずか一分程度で消えてしまっている。大半はその時間制限に引っかかる前にアシュラムに斬られていたが。
茉衣子のEMPは攻撃にすらならない。加えて彼女はごく一般的な少女並の体力しか持っていないため、どう考えても対人戦闘には向いていない。
そこで鍵になったのがしずくと兵長だった。
しずくの持つ、人工筋肉による見た目にそぐわない身体能力と、知覚・聴覚センサーによる環境に左右されない感知能力。そして兵長の純粋な攻撃力。
(しずくくんに戦闘技術はない。だが、目標に近づける脚力と目標を見失わない感覚──機動力がある。
そこに兵長殿の力を加えれば、立派な遊撃兵になる)
もっとも彼も能力制限の憂き目に遭っているらしく、威力を抑えて撃たなければすぐに意識が途切れてしまうらしい。
だが、それこそしずくのセンサーで狙いをきちんと定め、さらに時機を選んで撃てば問題はない。
そしてなにより──たとえラジオに意識が宿っていることは気づかれても、そのラジオが衝撃波を放つなどということは普通予測できない。不意をつける恰好の武器になった。
見破られる確率がほぼゼロである、確実な対抗手段。彼がいなければ真っ向から乗り込むことなどしていない。
(触手で攻撃と防御両方を行い、茉衣子くんのEMPで全体捕捉と攪乱。
そしてしずくくんと兵長殿に要所要所を補ってもらう。相手を出来る限りこちらに近づけさせない。
……作戦はおおむね成功していると言ってもいい。だがこのまま長期戦になれば、体力面から明らかにこちらが不利になる。何か打開策を考えなければ──)
予期していなかった問題点は二つ。
絶対に勝たなければならない状況であるということと──相手が強すぎるということ。
こちらに相当な被害が予期されれば、素直に一旦退いて立て直すつもりだったのだが──“力試し”なので逃げるわけにはいかなくなってしまった。
ここで逃げてふたたび教会を訪れても、問答無用で斬られるだけだろう。せっかく掴んだ千鳥かなめを助ける機会がなくなってしまう。
そしてそのため、後者が致命的な問題になってくる。
彼は見るからに重そうな甲冑を着けたまま、今も触手の海を薙刀で払いのけ進撃している。その動きは疾く、鋭い。
白磁を思わせる白い肌とは対照的な、黒く炯々とした双眸からは、こちらに対する殺意のみしか感じ取れない。
戦士という言葉がふさわしい、元の世界では無縁の人物。その刃は今、あの女性のためだけに振るわれている。
「っく──」
倒され、あるいは時間経過によって消滅する触手の補充に追われる。
持続時間が短いため、拘束したと思ったら消えてしまう──というようなことが何回か起きている。
それに原因は不明だが、彼が避けるまでもなく触手がはずれてしまうことが多々あった。
初めはこちらの目測ミスかと思ったのだが、それにしては起こりすぎている。
予想外の出来事が積み重なり、自分でも珍しいと思える焦燥を感じていた。
(美女殿との正面衝突よりはマシな状況だが、やはり苦しいな。まあ、操られた仲間と戦うよりはずっといいが────ふむ?)
ふと、ある仮説が思い浮かぶ。
──あの女性は千鳥かなめの身体を操り、相良宗介の心を読んだという。おそらく精神そのものを操ることも可能だろう。
ならば。
「アシュラム殿! 一つ聞きたいのことができたのだが!」
「……」
こちらの呼びかけを無視し、彼は触手を倒し続ける。その表情に感情の色は見えない。
『っち──』
そして数度目のラジオの衝撃波の直撃を回避、体勢を立て直しながらも一瞬こちらに目を向けた。
「キミはこの島の中で美女殿と出会い、彼女と行動を共にするようになった。違うかね!?」
確率は五分。沈黙はおそらく肯定。
その答えを、しばし待つ。
「班長! こんな時に何を──」
「そうだ」
触手が暴れ回る轟音の合間に、短い返答が聞こえた。
「つまり彼女とは初対面で忠誠を誓った、そういうことになるな!」
否定はなく、無言。
茉衣子の光球を気にも留めず、彼は触手の群れを抜けこちらに直進、刃を薙ぐ。
新たに生み出した触手を壁にして、何とか後方に飛びそれを回避。額に冷たい感覚が走り、前髪がはらりと落ちた。
紋様を描く手を止めずに、しかし大きく口を開け、思いついた可能性を叫ぶ。
「その忠誠は──その感情は、果たして本当に自分の意志なのかね!?」
(……なんだと?)
予期していなかった言葉に、頭の中が無で満たされる。
だがすぐに我に返り、アシュラムは左手に絡みつこうとした触手を薙いだ。続けざまに顔面を狙うそれも柄を打ち付けてかわす。
──今の自分が偽りであることは、実際薄々は感じていた。何かよくわからない違和感が、己の中に渦巻いているのだ。
だが、それを自称客人に指摘されるとはまったく思っていなかった。
白衣の少年のその声が、異物が喉に挟まったかのような不快感と共に頭の中を回る。
「……たとえ今のオレが偽りだとしても、あの方が騎士としてやり直す場を与えてくれたことに、変わりはない!」
声を振り払うように叫ぶ。
胴を狙う触手を横に跳んで回避、さらに長椅子を超えて少年の横合いへと猛襲をかける。
「伏せてっ!」
声の指示通り伏せた少年を挟んで反対側。白衣の少女が、首から箱を提げたをこちらに向けていた。
殺意と共に箱から放たれた衝撃波を、直前で横に跳んで回避。完全には避けきれず左肩に痛みが走るが無視。
跳んだ勢いを殺さぬままに彼女に突きを放とうとして、さらに後退。長い柄を横にして、胸部を抉るような触手の一撃を己の膂力と得物の強度で防御。
左後方に跳んで体勢を立て直し、追撃してきた何本かを切り払った。
その直後、また少年の声が聞こえた。
「やり直す場をもらった? 身の上話でもしたというのかね?
……いや、キミも心を覗かれたというわけか! その結果手をさしのべられた、そういうわけだね!?」
「──だから何だというのだ!」
不快感が増す。
頭部を狙う黒い触手の軌道をそらし、右手に絡みついたそれは自力でふり払う。
息つく暇もなくさらに数本の触手が跳んでくるが、着ている黒い甲冑──シャドウウィルダーの効果で最初から目標を大きく外れており、マントを押し流すだけに終わる。
「そんな相手に──心をのぞき見て過ちにつけ込んだだけの相手に、キミは忠誠を誓っているのかね!?」
「…………違うっ!」
何が違うのか、自分でもわからぬまま叫ぶ。
気がつけば触手を手当たり次第に切り裂き、少年に向かって駆けていた。蛍火のような光球の群れがやけに眼に障る。
『いい加減にくたばれっ!』
雑音混じりの男の声が聞こえ、横から空気の塊が飛んでくる。
いい加減に慣れたそれを今度は完全にかわし、一歩左に踏み出して少女の腹部を石突きで突いた。
「あぐっ……」
『くそ、しず──』
漏れる悲鳴と空気の抜けるような音には興味が無く、光球が舞う中ひたすら少年の方へと走る。
「キミほどの戦士だ! 彼女と出会ったときも警戒はしていたはずだろう? それがなぜ易々と堕ちた? 何かがあったのではないかね!?」
不快を通り越して怒りさえも覚え始める。そんなことは知らない。
──知らない?
(出会ったとき──だと?)
彼女に出会ったとき、何があったのかが思い出せない。
頭の中に霧がかかっているような状態。光球が闇を舞い目をちらつかせ、苛立ちが増す。
(いや、思い出す必要など無い! あくまでオレの主がベルド陛下とあの方であることに変わりは──)
──知っている人に似ていたんです──
ふと、誰かの言葉が脳裏をよぎる。誰なのかは思い出せない。だが無性に頭にこびりつく。
振り払えないそれに歯噛みして──刹那、嘲うかのように複数の光球が一直線に飛び込んで来た。
──邪魔だ。
「ひ──」
光球を放つ黒衣の少女に軌道を変更、一気に距離を詰め彼女の首を一閃──しようとしてまた触手に阻まれる。
「茉衣子くん! もういい!」
それを薙ぎ払う隙に少女はよろよろと逃亡し、その姿も新たな触手に遮られ見えなくなる。
次々と生み出され──しかしそのペースは次第に落ちている触手の群れをかいくぐり、ふたたび少年の方へと駆ける。
「何らかの理由で隙が出来た……たとえば、かばうべき誰かがいたのではないかね!?」
──私も昔は他人とは壁を作っていて、それを自分では気付いて無くて──
「違う!」
慈悲深い微笑みを浮かべた少女の顔が一瞬頭に浮かぶ。誰だ。
それがわからず、さらに違和感と不快感が増すのを感じながらも触手の奔流を大きく避けて長椅子に乗り、跳躍する。
「もう一度問おう! キミのその感情は、本当に自分の意思なのかね!?」
「オレは……違う!」
叫びながらも強襲する触手の一本を切り裂き、もう一本の上に着地。
すぐさま跳んできた三本目に乗り移り、そしてさらに少年の方へと跳び降りる。背後で触手が天井にぶつかる音が聞こえた。
「く──」
少年の指先から放たれる不気味な光が魔法陣を描き、そこから黒い触手が顔を出す。だが遅い。
「はあああああああっ!」
咆哮と共に、すべての不快感を叩きつけるように刃を少年へと振り下ろした。
『何か話してるようだな。なにやってんだあいつらは?』
明かりがなくなった暗い教会の床に、茉衣子は何もせずただ座り込んでいた。
自身の震える膝と拳を見つめ続けるだけで、デイパックの中から聞こえる暢気な声も聞き流す。
すぐそばで触手が蠢く音や、二人の男が叫ぶ声も確かに聞こえていた。だがそれもただ耳を通り抜けていくだけだった。
「……っ」
怖い。
無害な光球を撃つだけの自分に向けられた、憎悪にも似た鋭い殺意。深淵のような黒い瞳が、頭の中に焼き付いている。
……毎日と言っていいほど想念体と戦い続け、ある時には文字通り世界の崩壊を防いだこともある。場慣れはしていた。
だが、これほどまでに顕然とした死を紙一重に感じたことはなかったし、明確な殺意を直接己へと向けられたこともなかった。
純粋な暴力。
あの女性とはまた違った恐怖の具現に包まれ、動けない。
「はんちょ……」
無意識に口から呟きが漏れる。
いつも近くにいる彼は、しかし今はそばにいない。
彼は戦っていた。殺意を一身に感じながらも、戦う術と抗う意志を持って立ち向かっている。──自分とは違って。
彼を助けなければいけないのは自分のはずなのに、身体が震えて動かない。
『……さっきからまったく動いてねえように感じるが、何かあったのか?』
「……」
エンブリオの不思議そうな声にも返答する気になれず、ただ怯える。
──すべて投げ出してやめてしまいたい。
ここに放り込まれた直後抱いた思いが、ふたたび脳裏をよぎった。
「はあああああああっ!」
だがその思考は、憎悪に満ちた男の叫びによって遮られた。
反射的に声の方へと頭を上げ、しかしすぐに目をそらす。あの男を──あの眼を見るのがどうしようもなく怖かった。
「……?」
ただその瞬間、何かがこちらへ転がってくるのが見えたことに気づく。
宮野かあの男のデイパックかと思ったが、違う。そもそもあれは転がるようなものではない。
しずくはもう少し離れたところにいたはずなので、兵長でもない。そもそも彼もボールのように転がらない。
(ボール……?)
行き着いた考えに疑問を持ち、おそるおそる視線をふたたび正面へと向ける。
と。
「え……?」
それは赤い軌道を描きながら、ボールのように転がっていく。
それはこちらの足下まで転がり、赤い液体をまき散らしながら止まった。そっと拾う。重い。
それはこちらに掴まれた後も、暗闇の中でもよく映える赤をぽたぽたと垂らしている。
それは、
「いやあああああああああああああああああっ!」
茉衣子の絶叫が雨音を塗りつぶし、聴覚センサーを塞ぐ。
それが一部始終を見て思考を止めていたしずくの正気を取り戻させ、立ちつくしていた身体を茉衣子へと向かわせた。
(宮野さんっ……)
頬に涙が伝うのを感じながらも必死に駆ける。
……あの時の不発の衝撃波を最後に兵長の意識がとぎれてしまい、その後自分はただ邪魔にならないよう逃げているだけだった。
遠距離攻撃ができなければ、自分はただ身体能力があるだけの足手まといだ。さらにあの一撃によって、駆動系とセンサーにそれなりのダメージが出ていた。
こんな状態であの剣士に立ち向かえるとは到底思えない。捨てたバットを回収しても意味がないだろう。
──戦えず、無力。そしてその結果がこれだ。
「ぁぁああ、あああああああああああ!」
宮野の首を両手に持ち、壊れたように絶叫し続ける茉衣子の元へと急ぐ。とにかく今は、彼女だけでも助けなければいけない。
あの剣士は、なぜか宮野を殺した場──彼の胴体が倒れている場で立ちつくしている。今しかチャンスはない。
「ごめんなさいっ……」
「っぁ──」
茉衣子の元へとたどり着いて、素早く彼女の腹部に左掌をたたき込み気絶させる。
力加減はわからず、内部を傷つけていないかどうかは祈るしかないが、ショック状態の彼女がここから自力で移動できるとは思えなかった。
「……っ」
彼女の手からこぼれた宮野の首と一瞬目が合い──だがすぐにそれは鈍い音をたてて床へと落ちた。
頭に焼き付いてしまったその見開かれた眼にふたたび思考が停止しかけるのを何とか耐え、茉衣子をデイパックごと抱きかかえる。
「う……ぁっ……」
そして嗚咽をこらえながらも教会の入口へと駆け、外へと飛び出した。
冷たく激しい雨が、一斉に刺さるように全身に降り注いだ。
「……」
胴をなくした亡骸に視線を下ろし、薙刀を手に持ったままアシュラムは立ちつくしていた。
その少年の命はもはやなく、こちらを揺さぶる台詞を吐く口も存在しない。
だが戦いの最中に少年が言った言葉と、聞き覚えのない誰かの言葉が、ずっと頭の中に張り付いて離れなかった。
少女の慟哭と走る足音が聞こえたが、もはや彼女らにかまう気は起きなかった。
「……っ」
脳裏にふたたびあの謎の少女の微笑みが浮かぶ。やはり誰だかわからない。肩で大きく息をしながらも、その像をなんとかかき消す。
……それが引き金になったかのように、戦いの最中には忘れていた疲労と打撲の痛みが今更のように身体を蝕みはじめた。
耐えきれず背中を壁にもたれさせ、ゆっくりと床に腰を下ろす。
「……」
ふと視線を右にやると、転がり落ちていた少年の首が目に映った。茶色の頭部がこちらを向いている。
入口の方に顔を向けているその首は、走り去った仲間を見つめているようにも、また何かを伝えようとしているようにも見えた。
『心をのぞき見て過ちにつけ込んだだけの相手に、キミは忠誠を誓っているのかね?』
彼の言葉が頭の中で反響し、思わず首から目をそらす。息が更に荒くなり、頭に鈍痛を覚えた。
「オレは…………、違う」
こびりつく彼の台詞に反論しようとして、言葉に詰まる。
ただ否定することしかできず、不快感だけがじわじわと思考を侵食していった。
「……ふむ、死んだか。まぁ、他の者達を生きて帰らせただけでも驚嘆すべきか」
暗く、しかし地上とは違い美しく荘厳な装飾がなされた礼拝堂の中で美姫は呟きを漏らした。
彼らがアシュラムに打ち勝つなどということは、それこそ“期待”していなかった。だがそれゆえに、予想外の余興として十分に楽しめた。
(しかもわたしがかけた催眠に気づいたか。なかなか勘が鋭いではないか)
あの少年に揺さぶられた今、彼は相当苦悩していることだろう。
もとよりアシュラムは、弱体化しているとはいえこちらの魅了の術を一度見破るほどの強さがあった。
あと一つ何か大きなきっかけがあれば、おそらく完全に破られるだろう。
その結果彼がこちらに牙をむく──というのも、それはそれで面白い。
「さて……おまえの処遇はどうするべきかのう」
ふたたび眠り──というより気絶してしまったかなめに向けて話しかける。当然返事は帰ってこない。
確かに宮野に言われたとおり、あのカラクリ娘がかなめを救うために奔走し、その結果仲間を引き連れてくることは予想していた。
だが本当にそうなった場合には、宣言通り躊躇なくかなめを殺すつもりだった。約束を違えることは許さない──予定だったのだが。
(こちらの思考を読み、さらに関雲長にも劣らぬ将相手によく耐えた。……それにこの娘自体もやや惜しい)
彼女は悪夢と欲望に苦しみながらも、それに必死に抗っている。
特に雨が降り出してしばらく経った後──何かを感じ取って泣き出した後は、なぜか抵抗が強くなった。
(宮野とおまえのその気丈さに免じて、日没が来るまではその命、奪わずにおいてやろう。それまでおまえが人であり続けられるかは、おまえ次第だがのう。
……残りは既に一刻を切った。宗介よ、待っておるぞ)
苦悶の表情を浮かべるかなめに対し優しく微笑みかけ、その髪をそっと梳いてやった。
【076 宮野秀策 死亡】
【残り 62人】
【D-6/教会前/1日目・16:30頃】
『カラクリスリーと黒娘』
【しずく】
[状態]:右腕半壊(自動修復中・残り2時間)。濡れ鼠
激しく動いたため全体的にかなり機能低下中(徐々に回復)
精神的にかなりのダメージ。
[装備]:ラジオ(兵長・力の使いすぎで一時意識停止状態。数時間で復帰)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:茉衣子を保護するために逃亡・どこかに避難。
火乃香、BB(以上しずく)、キーリ、ハーヴェイ(以上兵長)の捜索。
かなめと宗介を助けたい(具体的な行動は未定)
【光明寺茉衣子】
[状態]:気絶。腹部に打撲(程度は次の人におまかせ)。疲労。体温低下。濡れ鼠
精神的に相当なダメージ。ショックが大きく復帰後恐慌・錯乱状態に陥る可能性あり。
両手と服の一部に血が付着。
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)、エンブリオ
[思考]:不明
【D-6/教会/1日目・16:30頃】
【アシュラム】
[状態]:全身に打撲。かなり疲労。
催眠状態(大きな精神的衝撃があれば解ける)。精神的に不安定。
[装備]:青龍偃月刀(血塗れ)
[道具];デイパック(支給品一式・パン6食分・水1700ml)、冠
[思考]:自分の意志にやや疑問を持つ。
美姫に仇なすものを斬る 。
※教会内部に宮野のデイパック(支給品一式・パン12食分・水2500ml)が落ちています。
【D-6/教会地下/1日目/16:30頃】
『Succubus&Rusty metal』
【美姫】
[状態]:健康。
[装備]:スローイングナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:日没まで宗介を待つ。
己の欲望の赴くままに行動。
【千鳥かなめ】
[状態]:気絶。吸血鬼化進行中。精神的なダメージ。
[装備]:鉄パイプのようなもの@バイトでウィザード
[道具]:支給品一式(デイパックはなし。パン6食分・水2000ml)
[思考]:吸血鬼化進行による黒い欲望や妄想に抗う
「ロシナンテ! フリウ! 何処にいるの?」
商店街の一角を高里要はふらふらと歩いていた。
(途中まではフリウと手を繋いでたのに……)
謎の襲撃者から逃れる為、民家から飛び出したのは良かったが、辺りは濃い霧に覆われていて
3メートル先も見通せない。要達は夢中で走っているうちに散りじりになってしまった。
今現在、この街には要独り。
手探りで進む為に、手で触れている商店の壁面はどこまでも冷たい。
要の脳裏に、開始直後の自分以外誰もいなかった倉庫が浮かんだ。
――真っ暗な目の前。
――永遠のような孤独。
――死への恐怖。
扉を開いて入ってきたアイザックとミリアにどれだけ元気付けられた事か。
やたらと強気な潤さんにどれだけ安心させられた事か。
しかし、三人は約束した時間には帰って来なかった。
フリウに対して「潤さんは大丈夫だ!」などと言い切ったが、
彼らとはもう再会出来ない事は理解していた。
フリウもロシナンテも恐らく分かっているだろう。彼らの身に一体何が起こったのかを。
――分かっていても、認めたくない。
――あの泥棒二人が、人類最強が、死んだなんて認めたくない。
気付くと、要は以前訪れた八百屋の近くに来ていた。
確かここでは、人参スティックを食べたはずだ。
その後、奥の民家で救急箱を探そうとした時に、二人は「わぁびっくり」のジェスチャーを見せ、
『さすが知能犯のイエロー!』
『イエローロジカルだね!』
『キイロジカルだな!』
『いいから早く探しましょうよ……』
果てし無くハイな二人の事を思い出すと、少しだけ頬が緩んだ。
(参加者全員を誘拐して、ゲームを終わらすんじゃなかったんですか……?)
このまましんみりするのはいやだったので、そのまま記憶を遡ってみた。
火を放つ少年と老紳士の決闘。
鍵を開けるのに便利なグッズを見て喜ぶ泥棒二人。
放送を聞き、片手で顔を覆う潤さん。
そして――、
『別れがあれば出会いあり!』
『私たちだっていっぱい別れて悲しかったけど、それ以上にいっぱい出会った嬉しさの方がおっきいもん!』
天上抜けに明るいカップルの励まし。
(……アイザックさん、ミリアさん、貴方達二人と一緒で本当に良かった)
回想を終えた要は頬を叩いて気合を入れ、
「……頑張ろう」
勢い良く持ち上げた顔の動きにあわせて長い黒髪が踊る。
霧で濡れて顔にかかった髪をのけ、湿った空気を吸って、大きく吐き出した。
「ロシナンテ! フリウ! ぼくはここだよ!」
同時刻。
殺戮を誓った暗殺者・パイフウは、無人の肉屋の店先でその声を聞いた。
「ロシ……テ! …リウ! ぼ……こ…だ…!」
仲間を探して彷徨っていると思われる、少年らしき者の声。
音量と直感からおおよその位置を割り出して、まだ音源との距離が有る事を確認する。
開いた名簿に“ロシ……テ”なる人物は存在しなかったが、
“…リウ”は恐らくNo13,フリウ・ハリスコーの事だろう。
相手は最低でも三人。自分に暗殺技能が有るとはいえ、全員を仕留めるのは容易ではない。
以前出会った魔女の少女とスーツの少年の事が思い出される。
昼間と同じ轍を踏むのは危険。故に合流される前に片付けた方が好都合と判断する。
ならば先手必勝だ。相手の明確な位置が判明し次第、攻撃しなければならない。
パイフウは名簿をしまい、周囲を確認した。
向かって右に、抱き合って死んでいる赤い女と筋肉質の男。
肉屋の中には、首がちぎれた二人の男女。
他者が存在した形跡は無いので、四人は互いに争って全滅したのだろう。
彼らの支給品は自分の足元に転がっている。先程まで自分はその中身を探っていたからだ。
そして、
「ほのちゃんのカタナ……」
パイフウは、首を失った女の手から一振りのカタナを取り上げた。
血糊が刀身の半分近くまでこびり付いているために、
切れ味は随分と落ちてしまっているだろう。
しかし、身になじんだカタナが有るのと無のとでは火乃香の実力に大きな差が出る。
幸い刀身自体は傷ついてはいない。
火乃香と出会った時に手渡すために、それを自分のデイパックに突き刺しておいた。
その時、
「ロシナンテ! フリウ!」
再び少年の声が聞こえた。
音源との距離はおそらく30メートル前後。位置は肉屋を挟んだ通りのむこう側。
(……霧が濃くて銃撃は不可能。一撃で仕留められる距離まで接近するしかないわね)
幸い濃霧で相手も視覚は死んでいるはずだ。音さえ消せば背後を取れる。
しかし、パイフウが向こうの通りへ移動しようと、肉屋の横の路地へと歩を進めた瞬間に、
「要しゃんの声がしたデシ!」
「要! あたしはこっちだよ!」
少年がいる反対方向から返事が返ってきた。
恐らく少年の仲間だろうとパイフウは察する。
(歩行音は聞こえない……まだ距離が有るわ。今ならまだ姿を見られずに殺れる)
仲間が来ようとも全く障害は無い。
このまま濃霧に乗じて少年を襲撃し、その死体を隠して待ち伏せするだけだ。
だが次の一声を聞き、その打算は崩れることとなる。
「何だか血の臭いがプンプンするデシ。大丈夫デシか、要しゃん?」
(この距離で気付かれた?)
かなりの嗅覚だ。相手は亜人種か強化人間の類かもしれない。
これでは姿は見られないまでも、臭いで正体がバレる可能性が高い。
万が一逃亡されると、今後の奇襲に支障をきたす。
そう判断したパイフウは計画を取り止め、一時機会を待つ事にした。
「ぼくは無事だよロシナンテ。……たぶん血の臭いは八百屋の近くのお爺さんの物だと思う。
あの人が死ぬところをアイザックさん達と見たんだ」
「そうデシか。とにかく要しゃんが無事でよかったデシ」
「途中まであたしの横を走ってたのに。どこに行ってたの?」
合流した少年達はパイフウの存在に気付かなかった。
運良く自分の周囲の死体の臭いと遠くにある死体の臭いとを勘違いしたようだ。
しばらく談笑した後に、
「あたしはやっぱり移動したほうが良いと思う」
「潤さん達が待っててくれてるかもしれないしね……」
「……一番近いのは学校デシ」
行動指標を定めた三人は、最後までパイフウに気付かぬまま行ってしまった。
しかも彼らの会話は筒抜けであり、パイフウは三人の内で最も場慣れしているのは、
フリウ・ハリスコーなる少女だと推測した。
更に嗅覚の優れているロシナンテ(フリウはチャッピーと呼んだ)は会話から
しゃべれる犬だという事も判明した。
風下から霧に紛れて接近すれば一撃離脱戦法での各個撃破は可能だろう。
だが、問題が無いわけではなかった。
(学校で“潤さん”が待ってるって言ってたわね……)
学校まで直線距離にして数百メートルしかない。
短時間で三人。気付かれること無く無力化するのはかなりハードだ。
「……」
パイフウは無言でデイパックを肩にかけると、霧に溶け込むかのように走り去った。
肉屋には、物言わぬ死体が残された。
【C-3/商店街/1日目・18:00】
『フラジャイル・チルドレン』
【フリウ・ハリスコー(013)】
[状態]: 健康
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし 包帯
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mm・缶詰などの食糧)
[思考]: 潤さんは……。周囲の警戒。
[備考]: ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。
【高里要(097)】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品(パン5食分:水1500mm・缶詰などの食糧)
[思考]:二人が無事で良かった。 とりあえず人の居そうな学校あたりへ
[備考]:上半身肌着です
【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】
[状態]:前足に浅い傷(処置済み)貧血 子犬形態
[装備]:黄色い帽子
[道具]:無し(デイパックは破棄)
[思考]:三人ともきっと無事デシ。そう信じるデシ。
[備考]:回復までは半日程度の休憩が必要です。
【パイフウ】
[状態]:左鎖骨骨折(ほぼ回復・休憩しながら処置)
[装備]:ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス 、外套(ウィザーズ・ブレイン)
火乃香のカタナ(ザ・サード)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン12食分・水4000ml)
[思考]:1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す
3.フラジャイル・チルドレンの暗殺
[備考]:外套の偏光迷彩は起動時間十分、再起動までに十分必要。
さらに高速で運動したり、水や塵をかぶると迷彩に歪みが出来ます。
[備考]:肉屋の周囲にアイザック・ディアン、ミリア・ハーヴェント、ハックルボーン、
哀川潤の死体と支給品(火乃香のカタナを抜かした)が転がっています。
捕まった。囚われた。
その冒涜的な光景に。その冒涜的な異世界に。
吐き気を催し。肌が粟立ち。
風は消え。熱は失せ。血は凍って。声は死んで。
世界は、仮初の静音に沈む。
「……っぁ」
火乃香が形に出来たのは、意味を成さない文字の連なりだけだった。
それさえも自身の胸の内で溶け消えるほどに弱い。
思いを言葉にするには力が足りない。
言の葉が風に散らされたように霧散してしまう。
頭がくらくらする。
足が地を踏む感触すら頼りない。
握ったこぶしの感触すら空ろだ。
あらゆる感覚が曖昧な一方で、額の天宙眼を介してか、視覚だけが確かに機能している。
白い人型。
黒い髪に金の瞳。
花に抱かれて目を閉じた少女。
鏡の世界は鮮明過ぎた。
空の青も、雲の白も、鳥居の朱も。
そこでは淡く輪郭を崩している。
本来それらはただ映りこんだものに過ぎず、覗き見たところで歪な像を結ぶだけだ。
そのはずなのに。
そこにあってはならないモノを混ぜることで――――
そこにもういない少女のカタチを混ぜることで――――
――――その世界は、狂いなく整合してしまう。
鏡の向こう。
此処ではない此処で、矛盾を孕んだ少女が踊る。
誘うように、細い腕が伸ばされる。
嘲るように、細い腕が曲げられる。
伸ばされた腕に、じっとりとした寒気を覚える。
曲げられた腕に、ふらつくほどの眩暈を覚える。
粘性の海に浸かっているような不快感。
昏い幻惑に火乃香は魅せられた。
森で拾った“物語”が思考の海にぬらり、と浮かぶ。
曰く、歪んだ鏡は現実を映さない、そこには違う世界が広がっている。
曰く、じっと鏡を見ていると、そこにはきっと厭なものが映る。
曰く、鏡は水の中とつながっていて、そこには死者の国が在る。
奇形の幻想に現実が犯される。
無声の世界に耳が痛みを覚える。
両の黒瞳が。蒼い瞳が。
白く、細い腕に奪われる。
腕は確かめるようにぐるりと巡って。
こちらに向けて、にゅうっと――――
「消えろ」
乾いた声。
次いで強い光が生まれた。
その声に火乃香は一気に現実へと引き戻される。
火乃香の真横、白衣の袂で荒ぶる波動が収束。鮮烈なまでの白が膨らみ、弾けた。
発生したのは単純にして圧倒的な熱量。力の奔流が眼前の案内板へと容赦なく叩きつけられる。
激震が走る。
余波の熱が空気を焦がし、荒々しく大気が揺れる。
火乃香はとっさに腕を顔の前にかざし、網膜を焼く光を遮断した。
前髪が熱風に煽られ大きく乱れる。
「コミク……」
ヘイズが挙げた声が轟音にかき消える。
地の震えが収まった後には大穴の開いた床だけが残された。
案内板は木っ端微塵に砕かれた挙句、一片も残さず灰となった。
呼応するように、火乃香の額からも、蒼い輝きが消える。
「……ふっ」
コミクロンはニヒルな笑みを浮かべた。
左手で髪をかき上げて、斜め四十五度の角度で破壊跡を満足げに見渡している。
似合わないそのポーズは、どうやら勝利のポーズらしい。
「幽霊もどきなんかでこの偉大な頭脳に挑戦しようとは笑止千万!
どんな無知無能人間の仕業か知らんが、あんな前時代的発想が通じるはずもない!
時代の先駆者として、その辺の格の違いをわからせてやったわけだが……どうしたんだ、二人とも?」
コミクロンの演説をよそに、火乃香とヘイズは顔を見合わせ、
「なんか……」
「……身も蓋もねぇな」
どちらからともなくぽつりと呟く。
二人は十秒ほど見詰め合ってから、同時にため息をついた。
と、そのため息を運ぶように、
――――――――さあぁぁぁああぁぁぁぁ
前触れもなく風が流れた。
再び、木々のざわめきが辺りを包む。
さきほどまでが嘘のように、神社は心地よい静けさを取り戻していた。
「おい、いつまでぼーっとしてるんだ。さっさと行くぞ」
自然を感受する神経など持ち合わせていないコミクロンはさっさと渡殿の奥へと消えてしまった。
ヘイズが気のない返事を返して後を追う。
火乃香も続こうとして――――もう一度、案内板があった場所を振り返った。
風が髪を揺らし、青い天宙眼が顔を覗かせる。
砕かれた床を見たところで何が見えるわけでもない。
それでも。
目を閉じれば、瞼の裏で、白い人影が笑みを作った。
その姿に、名前のわからない感情を覚える。
渾然とした、雑然とした、複雑に絡み合った混沌。
複雑すぎるが故に、名前をつけて飲み下すことも出来ない。
火乃香は幻想をうち払ってかぶりを振った。
「あれはシャーネだけど、シャーネじゃないんだ。
向こう側にいて、それはこっちと同じだけど、こっちじゃない」
自分で言っていてもどかしい。
感覚的な情報を言語化できない。どうやっても筋道だった説明になってくれない。
――もう一度見れば。
脳裏に浮かんだ考えを即座に否定する。
無理だ。
自分はあの時、為す術なく魅入られていた。
もしコミクロンがいなかったなら、きっと、あの腕に掴まれて……
「しっかりしろ」
半ば夢うつつだった火乃香は、肩を掴まれて我に返った。
正面には赤と茶色、色違いの双眸。
いつの間に戻ってきたのだろうか。
ヘイズは苦渋を噛み潰すように顔をしかめた。
「気持ちはわかるが、とりあえず忘れろ。
ただでさえギリギリなんだ。潰れちまうぞ」
「でもっ!」
反射的に強く言い返して、言葉なく沈黙する。
火乃香を黙らせたのはその真摯な瞳ではなく、肩を掴んでいる手だったのかもしれない。
触れられている場所から感じる手の強張り。体温。発汗を拭ったわずかな湿り気。
それらが、火乃香には、ヘイズが無理やり押さえつけている動揺の残滓に思えた。
「……行くぞ。このままだとコミクロンに置いてかれる」
歩き始めるヘイズ。その背中に力なく続く。
肩から手が離れてしまえば、ヘイズが何を考えているかなどわからなくなる。
だけども。
「少なくとも、俺達はあれを認めるわけにはいかねぇんだ」
ぽつりと、自分に言い聞かせるように呟かれたヘイズの言葉が、耳から離れなかった。
* * *
「もうちょっとこう、近代的な設備が欲しいところだが、まあこんなものか。
休むだけならぎりぎりで及第点をやらんでもないな」
「……そうだな。
入り口のすぐ近くにあったのを見落としてなければなお良かったな」
がっくりと肩を落としながら、ヘイズは二つあるソファの内、入り口から遠い方に腰を下ろした。
バックをテーブルの上に投げ出して背もたれに体重を預ける。
火乃香もまた、ドアに近い方のソファにぐったりと沈み込んでいた。
コミクロンだけはなぜか元気そうで、一人隠し扉がないか部屋を這っている
現在三人がいるのは境内の右手にあった社務所の応接室だ。
八畳ほどのスペースに向かい合わせに三人掛けのソファが二つ。
間には木のテーブル。
テーブルの端には盆の上に伏せられた湯飲み茶碗が四つある。
ただし肝心のお茶は見当たらず、当然お茶葉もお湯もない。
お茶菓子代わりにか、茶碗の横には黄色い箱が二つ添えられている。
窓はないため警戒するのはドアだけでいい。
多少埃っぽいことを除けば、まずまずの休憩所と言えた。
――あくまで設備面では、だ。安全面を考えると……
ヘイズは右手で髪を持ち上げた。陰鬱に息を吐く。
左手の上の時計は、まだ二時十分を回ったところ。
Iブレインの機能回復まで、後一時間半。
――わかっちゃいたが、長いな。
続いて。
指先を組んだヘイズは、ペットボトルに口をつけている火乃香を盗み見る。
答えは初めからわかってはいた。
視線の動き。筋肉の動き。呼吸数。それらが明瞭に彼女の体調を物語っている。
――ここまで歩けただけでも驚きだったんだ。火乃香も、限界だな。
最後にヘイズはコミクロンに視線を移す。
真剣な面差しで床を叩いているその姿からはいまいち消耗が計れない。
しかしコミクロンも二人の重傷者を癒そうと魔術を行使している。
魔術による疲労の度合いなど知る由もないが、見た目ほど楽なものではないらしい。
これ以上魔術は使えないと言う可能性も一応考慮に入れておく。
と、そこまで考えてヘイズは無力さに歯噛みした。
例えあのマージョリー・ドーが追いついてきたとしても、現状で戦えるのはコミクロンだけ。
そのコミクロンも本調子にはほど遠い。
この状況で完璧を求めるのは愚かだが、なんせチップは自分たちの命だ。
増やすことも取り返すこともできないのだから、できるだけ完璧に近づけたいとは思う。
「って、お前何やってるんだ?」
ドアの前で仁王立ちするコミクロンに、ヘイズは半眼で問いかけた。
「ふっふっふっ。まあ見ていろ」
コミクロンはいつもの笑みを浮かべてから、左手でびしりと扉を指して、
「俺の入念な調査の結果――――」
「入念な調査?」
すかさずヘイズが怪訝な声を上げる。
が、コミクロンは完全に無視。ヘイズの指摘などなかったように自信満々に後を続ける。
「入念な調査の結果、この部屋に隠し扉の類はないことが判明した。
ついでにこの部屋には窓もない。
誰かが入ってくるとしたらこのドアから入るしかないわけだ」
「まあ、そうだね」
体を起こした火乃香が合いの手を入れた。
コミクロンはちらりとそちらを見てから、
「この真理に気づいたのが俺だけと言うのがこの面子の知能指数を物語っている気もするが……。
まあ、仕方がない。凡人を導くのも優秀な人間の役目だしな」
「この面子の知能指数、ね……」
「優秀な人間の役目……」
なんともいえない引きつった表情で、ヘイズと火乃香。
そんな二人の様子にかけらも気づかないコミクロンは深々と頷いて、
「つまりこのドアさえ開かなくしてしまえば襲われる心配はない。実に簡単な証明だな」
「鍵なんかないよ、そのドア」
「バリアーでも張るのか?」
ふっふっという含み笑いを従えて白衣がひるがえる。
二人の質問への答えとして、コミクロンは扉に向かって鋭く叫んだ。
「コンビネーション4−6−4!」
メカ……ギシ…ギィギ……!
なんとも形容しがたい音をたててドアが急速に体積を増大させた。
体積を増した分だけ周囲の壁にめりこんでいく。
ドアは二周りほど大きさを増してから増大を止めた。
ドア自体にも若干ヒビが入っているが、圧力に負けて砕ける様子はない。
確かに、これではドアを開けるのは不可能だろう。
「よし。完璧だな」
「……思いっきり力任せだな」
自信満々に振り返るコミクロンに、ヘイズは半眼で呻いた。
だが実際問題悪い案ではなかった。
もともと出入り口が一つしかないなら封鎖しておいたほうが安全だ。
自分たちが出ることもできなくなったが、そのときは壁に穴を開ければ済む。
気を取り直してヘイズは今後の提案を切り出した
「とりあえずの安全は確保されたって考えて問題ねぇだろ。
当初の予定通り休憩だ。
次の放送でこことG1が禁止エリアにならない限り、今日はもう動かない。
運がいいって言っていいのかはわからんが、俺達には積極的に捜してる人間はいないしな」
ちらりと火乃香に視線をやる。
この中で知り合いが生存しているのは彼女だけだ。
ヘイズの意図を察して、火乃香が軽く頷いた。
「あたしは構わないよ。ウチの連中は、みんな、うまくやってると思う」
「俺もいいぞ」
二人の同意を受けて作戦会議はあっさりと終了した。
その後はコミクロンの強硬な主張により、火乃香とヘイズがソファを占拠して眠ることとなった。
「とにかく寝とけ。
結局食料はなかったからな。睡眠だけでもとっておけ」
との御達しを受けた二人はソファの上で丸くなる。
実際に横になると、疲れが全身に染み渡っているのが自覚できた。
――考えることは多いんだけどな。
ヘイズはきつく目を閉じて眠ろうと試みた。
しかし、体は疲れているのに妙に目が覚めてしまって眠れない。
暗闇の中で悶々とした結果、
「くそ、眠れねぇ……」
結局、ヘイズは起き上がった。ソファの上で胡坐をかく。
向かいのソファではジャケットを毛布代わりにした火乃香が穏やかな寝息を立てている。
それを羨ましく思っていると、見張り役の声が飛んできた。
「む、どうしたヴェーミリオン。さっさと寝ろ」
声がした方に振り返れば、コミクロンが床に座り込んでなにか袋を弄っていた。
その足元には潰された黄色い直方体が一つ。
ヘイズは火乃香が起きないように声量を絞った。
「眠れないんだよ。で、お前は床でなにしてる」
「茶菓子を開けようとしている。しかし片手では開かんぞ、これ。
不良品だと思うんだが、作ったのはどこのメーカーだ?」
「片手じゃ無理だろ。こっちよこせ」
素直にコミクロンが放り投げたそれを片手でキャッチ。
その際にコミクロンの指を見て、ヘイズは疑問符を浮かべた。
「おいコミクロン、火傷してるぞ」
きょとんとしたあと、自分の左手を見てコミクロンは憮然とした表情を浮かべた。
どことなく重要報告書の記載ミスを発見した事務員の顔に似ているとヘイズは思った。
あるいは契約書を読まずにサインをした空賊の顔か。
「どこでやったんだ、それ。バスで突っ込んだ時か?」
「わからん」
適当に呪文を唱えると火傷はあっさりと消えた。
その様子を横目に見ながら包装紙を破る。中にはブロック状の固形物が二本包まれていた。
「携帯食みたいだな。『カロリーメイト』。聞いたことねぇな」
テーブルに残された箱からロゴを読んだヘイズは首を傾げた。
――1箱に2本ということは、計4本か。
当たり前の勘定をして一本を抜き取り、包装紙ごとコミクロンに返す。
試しに一口分齧る。
「結構いけるな、これ」
「苦いぞ」
「それがうまいんだろ」
もそもそと口に含んでから水で流し込む。
多少の満腹感を覚えて、ヘイズは再び横になった。
腕を枕に天井を見やる。
なんとはなしに思い出すのはこの島での出来事だ。
思い返せばゲームスタートからたった半日で四度も死にかけている。
特にコミクロンは片腕を使えなくしている。
いくらこの島でも、自分たちほど不運な者などいないのではないか……
――とは、口が裂けても言えないけどな。
ヘイズの目が細く窄まる。
たとえ四度命の危機に晒されようが、今、自分は生きている。
一回目の放送までに二十三名。
二回目の放送までに十三名。
合わせて三十六名が死亡している。
――いや。三十七名か。
ナイフ使いの少女の名前をリストに加える。
嫌な気分だった。
あって間もないとはいえ、見知った人間の死はヘイズを陰鬱な気分にさせた。
ヘイズ自身は火乃香から聞かされただけで死体すら見ていない
それでも、火乃香の蒼褪めた顔を見れば実感せざるを得なかった。
そして少女の名前は社での一幕と容易に結びつく。
“物語”に酷似したあの現象はなんなのか。
気づかないうちに、背中に嫌な汗をかいていた。
理解できないことに対する怖れ。
理解できないことに対する苛立ち。
理解できないことに対する安堵。
立ち向かおうとする強さと、それに相反する逃げ出そうとする弱さ。
渾然とした感情を、無理やり意志の力で押さえつけているだけだという自覚。
――あんな冒涜的なものと同一視されれば、シャーネも浮かばれねぇ。
だから、自分たちはあれを認めてはいけないのだ。
頭ではそうわかっている。
あれはシャーネを模しているだけだと理性は言う。
だけど、何度も、何度も、何度も。
自分に言い聞かせなければ、重ねて見てしまう。
先ほどは火乃香に忘れろなどと言ったが、自分だって忘れられていない。
「コミクロン。お前、さっきのあれをどう思う?」
真剣味を帯びた声。
ヘイズは躊躇いを切り捨てて、コミクロンに問いかけた。
「苦かったぞ」
がくんとヘイズは首を折った。上半身だけ起こして唾を飛ばす。
「誰が携帯食の話をしてるんだよ! あの案内板のやつだ!」
「火乃香が起きるぞ。案内板のやつ? そうならそうと言え」
ぎりぎりと歯軋りしながらヘイズは手を戦慄かせた。
もしコミクロンが目の前に居たなら首を掴んで宙吊りにしているところだ。
当のコミクロンはしばらく虚空を見つめてから、
「どうと言われてもな。
案内板の中にシャーネっぽいものが見えただけだぞ? やたら間接は柔らかそうだったが……」
その答えを聞いてヘイズは絶句した。
それだけなのか?
自分と火乃香が囚われた異界は、この男にとってはその程度のものなのだろうか?
あっさりと割り切れるからこそ、コミクロンは『鏡』を破壊できたのか?
「原理はわからんが、映ってる物体を壊せば終わるんだ。あんまり気にすることもないだろ」
呆けた表情でその言葉を聞く。
――それこそ理屈じゃないんだろうな。こいつにはそれが当たり前なんだ。
ヘイズは羨望と諦観が入り混じった、複雑な笑みを浮かべた。
「良識ある一般市民として忠告しておくが、気持ち悪いぞヴァーミリオン」
「うるせえ」
睨み返してから後ろに倒れる。
明け透けに言い放たれた言葉を聞いて幾分すっきりした。
天井を睨みながら、ヘイズの思考が徐々に回り始める。
だが腹にものを入れたせいか、急速に意識が溶け始めていた。
考え事をできる時間は少なそうだ。
『鏡』の一件。考えるな。どうにもならない。少なくとも死者数は三十七。Tブレインは停止している。
騎士剣はどうした? 火乃香に渡した。魔術と魔法の干渉、類似性。情報解体。手数を増やせる。
そもそもの目的は刻印の解除だ。主催者は何を目的としているのか。定時放送が誘導の可能性は?
天樹錬が本当に参加していた保障はない。食料が放置されていたのは不自然。果たして不自然だろうか。
能動的に動くにはエネルギーが必要。カロリーメイト。エネルギー源としては中途半端では。支給品。
毒が支給されていれば? 食料に混ぜておけば罠になる。可能性は高い。食う前に気づけよ俺。
殺し合い。生き残れるのはただ一人。
――まだ、打てる手は何もない。
陰鬱に唱えて、ヘイズは眠りへと落ちていった。
* * *
ヘイズが寝たのを見計らって、コミクロンはむくりと立ち上がった。
片腕だけで伸びをする。
伸びの動きに合わせてお下げ髪が左右に揺れた。
視線はヘイズから外されてテーブルに放り出されたバックへ移る。
コミクロンの瞳で光が揺れた。
このバックも数時間前は四つあった。今は、三つしかない。
それが曲げることの出来ない事実だ。
自分が失敗したのだから。数が減っている事実から目を背ける余地はない。
視線を眠る火乃香へ。
寝ている少女の姿は海洋遊園地での一幕を思い出させる。
間に合うはずだと唱え続けた。出来るはずだと唱え続けた。
だが、力が足りなかった。
シャーネを先に完治させるべきだったのか? それでは火乃香が死んでいた。
二人を交互に治癒していたら。移動せずその場で治療を始めていれば。
先に応急処置を施していれば違っただろうか。
そもそも、初撃でフォルテッシモを倒していればこんなことにはならなかった。
チャイルドマンが同じ状況だったらどうしただろう。
師なら二人を助けることができただろうか――――きっと、できたと思う。
「キリランシェロが王都に行くって言い出したのも、こういうことなのかもな」
敵うはずがないと心から思う相手を越えなければならない。
チャイルドマン教師に比肩する力、それが必要な場面に出会ってしまった。
自分一人でそんな場面に出会うことなど考えたこともなかったのに、だ。
コミクロンは自分を侮蔑するように笑った。
自分がこんな風に笑うことがあるとも、同様に、考えたこともなかった。
動かない右腕を見て、次いで左手の指を見る。
治し忘れがあったのは失敗だった。運よくヘイズは勘違いをしてくれたが。
あの火傷は、案内板を破壊したときにできたものだった。
魔術は制御されなければならない。魔術士にとってそれは当然の原則だ。
制御できる限界を超えた魔術は容易く術者を傷つける。
あの時の魔術は、明らかに制御の枷から外れていた。
『鏡』の向こうにシャーネの姿を見たとき、激しい怒りを覚えた。
その姿はあってはならない。
その少女はもういない。
誰よりも、自分が知っている!
「こっちも、ハーティアのようにはいかなかったな」
行動と感情が切り離せなかった。
激情全てを吐き出した後には左腕は肘までを覆う大火傷。
二人に気づかれなかったのは白衣とその下のローブのおかげだ。
ちまちまと隙間を縫って治癒を完了するまではやせ我慢の連続だった。
実を言えば勝利のポーズ中は地獄だったのだが、隠し通した自分の演技力を褒めてやりたい。
背筋が震える記憶を頭の中から蹴りたぐって追い出す。
ふぅーっと大きく息を吐く。
目を閉じれば、瞼の裏で、白い人影が笑みを作った。
ヘイズに言ったことに嘘はない。どこまでも正直な感想だ。
自分はあれに魅入られることこそないだろう。
あの現象が再び起こっても、変わらずに『鏡』を壊してみせる。
だけど、もう一度あれを見せられた時、自分を制御できるだろうか。
――信じろ。
夜の帳が下りるまでまだ時間がある。
眠ることこそできないが、体は休めなければならない。
向こう側から伸ばされた、少女の、長い長い腕を意識して。
コミクロンは、動かない右腕をぎゅっと掴んだ。
【戦慄舞闘団】
【H-1/神社・社務所の応接室/2:20】
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:睡眠中。貧血。I−ブレイン3時間使用不可(残り1時間ほど)
[装備]:
[道具]:有機コード 、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1200ml)
[思考]:……
[備考]:刻印の性能に気付いています。
【火乃香】
[状態]:睡眠中。貧血。しばらく激しい運動は禁止。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:……
【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。能力制限の事でへこみ気味。見張り役中。
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1200ml)
[思考]:……
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着直しました。へこんでいるが表に出さない。
[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
シャーネの食料は全員で分けました。
行動予定:放送まで休息・睡眠
※応接室のドアは開きません。破壊するのは可能。
※応接室内テーブルの上にカロリーメイト一箱(チーズ味。二つ入り)。
「♪めーめー目ー さんずい つけたら 泪なの──♪」
ここは名も無い地下道です。
ドクロちゃんは脱水症状からも復活して陽気に歩いていました。
まったく井戸に落ちたり流されたりしたのに元気ピンピンです。この天使。
え? 僕は誰かって?
僕は背景たる地下道の壁です。
自慢じゃないですが、堅牢長大にて地下水豊富、完全無欠で将来有望な壁です。
さあ僕を殴<ごがあぁん!>
あいててて………
今度はシームレスパイアスで、何かの民族の踊りのような動きをし始めたドクロちゃんが勢いあまって僕の体の一部を粉砕したようです。
僕の一部は数百の細かい破片に変形、ドクロちゃんの周りに飛び散りました。
こらドクロちゃん! 僕を撲殺しようとしたら駄目だよ!
ええ僕はさっき見ていたのです。僕の友のイド君がドクロちゃんに撲殺、粉砕されているところを──!
「♪せめせめ責め〜る さんずい つけたら 漬けるなの──♪」
僕は親友のイド君の分まで生きますとも! 僕は凄く大きいので部分部分を破砕した程度では死にません。
流石に全体の5割以上破壊されると僕でも危険な状態になります。その点でも全面破壊されないように注意せねば!
しかし僕の"壁神経超融合"により判別した結果、このままではドクロちゃんは1人の青年と対面します。
さらになんと彼は強力な殺人者のようです!
僕はなんとかドクロちゃんに注意を呼びかけたいところですが、悲しいかな僕は壁。喋る口はついていません。
不本意ながら僕は何も出来ないまま殺人者とドクロちゃんとの対面を静観しなければなりません。
ドクロちゃん、どうか死なないで──!
「あれ?」
ドクロちゃんがついに青年と対面しました。
彼の名前はアーヴィング・ナイトウォーカー。武器は強力な対戦車狙撃銃を持っています。
どうか何事も無く、少しの会話を済ませて分かれますように──!
「お兄さん、だぁれ?」
明らかに常人の姿ではない彼にドクロちゃんは無邪気に話しかけます。
もうドクロちゃん! よく見てよ、銃で撃たれてるっぽい怪我に左腕がフックだよ!?
「え、あぁ…君は?」
「もぉ──っ質問に質問で返しちゃ駄目だよ♪」
「そう…だね。俺は──」
「ボクは三塚井ドクロ! ドクロちゃんって呼んでね!」
「え?」
ああああ! もうこのアホ天使! 話を問答無用で進めたら駄目でしょっ!
僕は何もできずこの青年が修羅モードを発動させないかハラハラ見ています。
「お兄さんはこんなところで何をしてるの?」
「俺は、ミラって女の子を探してるんだけど…君は知らない?」
「ミラちゃん……? うーん知らないような知らないような……」
知らないんじゃないかい!
僕の音速ツッコミも誰にも聞こえないと少々切なくなります。
「知らないのか……なんでどこにも居ないんだろうな……」
"壁神経超融合"が彼から立ち上る異様なオーラを感知しました! ドクロちゃん逃げて!
あああ! もうこんなときにこの天使は呑気に顎に手をやって名探偵おうムルみたいな表情をしています!
「どうしてだろう……」
「うん! よく分からないけど、困ってるならボクが手伝ってあげるよ──」
その瞬間、殺人者の手に凶悪な対戦車狙撃銃が出現しました! ドクロちゃんは気づいてません!
「そしてこの愛の天使によってめぐり合った2人は!」
<ばぁん!>爆竹一箱を一点集中させたような破裂音と共に音速の弾丸がドクロちゃんの体めがけて放たれました──
いつの間にかシームレスパイアスを握ってたドクロちゃんは目を閉じながら自分の演説に聞き入ってます!
しかしその演説の手振りなのでしょうか、ドクロちゃんが音速を超越する速度でバットを振りました。
<かきぃぃん!>
丁度その振られたバットが狂気の弾丸にジャストミート。弾丸は半ば形を変形させつつ近くの僕の体に突き刺さりました!
岩盤を突き破った弾丸は僕の体内で瞬時に分解、あたりの地質に豊富な鉛と鉄分を加えて消えました。ビバ鉱物資源。
「あれ、おかしいな……なんで死なないんだろう」
<ばぁん!><ばぁん!><ばぁん!>連続で狂気の凶器がドクロちゃんの体を血の華に変えようと襲いきます。
「2人は! 愛し合う2人は! 出会い、無事の再開を喜んで抱き合い!」
<ぎぃん!><かっ!><びしっ!>ドクロちゃんは再び全てを弾きます。しかもは弾いている本人は状況を理解していません。
彼女は脳内で展開されてるスペクトルに熱中です。この危険極まりないソニックブーム発生させているスイングなど言わばオマケ!
それらを全て左手一本でやってのけるのがドクロちゃんの脅威です。腕相撲したくないランキングがかなり高いです。
一方ドクロちゃんに弾丸を弾き返された彼は何の不幸か、対戦車狙撃銃に跳ね返った銃弾が直撃しました。
発射された初速以上の速度で跳ね返ってきた銃弾は狙撃銃を完全粉砕、さらに暴発まで起こして彼の唯一の右手を吹き飛ばしてしまったのです!
「あ、あぁ…う、痛、い……」
「そしてその後2人は! もう──お兄さんのえっち!」
ドクロちゃんがはぢらいから3m前にいる両手を失った青年に向かってシームレスパイアスを投げつけました。
エレベーターでブザーが鳴ると真っ先に睨まれそうなバットは、ミサイルのように青年に頭に一直線!
「────」
思わず先端が水蒸気爆発を起こすほど加速したバットは有無言わず空間ごと青年の頭を<がうん!>と消滅させました。
青年の頭が明らかに元より質量が少ないパーツに分かれて、シームレスパイアスは僕の体こと壁に根元まで突き刺さりました。
最後に彼は何か言おうとしていました。しかしそれは大気を切り裂き、生命を一瞬で有機的な肥料に変えてしまう一撃に阻まれて聞こえませんでした。
「あ、ああ──! ごめんなさいっ!」
青年は完全に肩の上が無くなり、時々筋肉の収縮で動くスプラッタな物体に変わってしまいました。
ドクロちゃんは壁に突き刺さったバットを片手で引きずり出します。痛てててててて! もっと優しく!
突き刺さってたシームレスパイアスには傷一つついてません。恐らくドクロちゃんの天使パワーでしょうか。
「ぴぴるぴるぴるぴぴるぴー♪」
ドクロちゃんがバットをチアリーダーのようにくるくる回転させ魔法の擬音を唱えます。
しかし魔法の擬音の効果は、突き刺さった僕のクレーターを治しただけで、頭部が完全に消失している彼の死体はぴくりともしません。
それどころか彼の飛び散った死肉と血漿から新しい生命が、植物の芽がぽこぽこ生えだしました。
「あれぇー? 何でかな?」
もう忘れたの!? ドクロちゃんの天使の不思議パワーが弱まってるし、それはエスカリボルグじゃないでしょ!
「どどど、どうしよう! このままじゃお兄さんの体から妙に色の赤い花が咲いちゃうっ!」
そもそも天使力の弱まった今じゃあ完全復活させるのは無理じゃあ……
ちょっと待てっ! 復活させられないドクロちゃんって、ものすごくデンジャラス。
彼女は愛用のバットが何でも出来ちゃうバットじゃないことを思い出して納得したような顔になりました。
「ボボボク、エスカリボルグ探してくるからお兄さんちょっと待ってて!」
ドクロちゃんはシームレスパイアス軽々担ぎ上げて、今度は勢いよく走り出しました。
しかし以前負傷した左足のせいで思いっきりすっ転びます。
「きゃうん! いたぁ──い……もぅ桜君ボク初めてなんだからもっと優しく……」
意味不明な寝言を呟きつつドクロちゃんは歩き出しました。
どうやらさっきのぴぴるで傷がまた少し塞がったようです。天使の異常な回復力も加担しているのでしょうか。
僕はその場に残された哀れな青年の死体に黙祷を数秒捧げ、意識はドクロちゃんを追い始めました。
──これは、ちょっぴりバイオレンスだけど悪気のない天使ドクロちゃんが繰り広げる、愛と親切さと少しバトルロワイヤルな物語。
【E-1/地下通路/1日目・14:40】
【アーヴィング・ナイトウォーカー:死亡】残り72人
【ドクロちゃん】
[状態]:左足腱は、歩けるまでに回復。
右手はまだ使えません。
[装備]: 愚神礼賛(シームレスパイアス)
[道具]: 無し
[思考]: エスカリボルグを探さなきゃ!