ラノベ・ロワイアル Part7

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319魔剣の行方 ◆685WtsbdmY :2006/02/03(金) 22:51:06 ID:LGENxA6r
 回想を続ける。
 F4の森の崖から南は調べず、その後は時折草原の監視も行いながら、F5の森の外縁近くを探索した。
 ここで行き逢った参加者は、大地の妖精族らしい(髭は無かったが)小男と、筋骨たくましい大男。交渉できるような相手とは思えず、いずれも樹上でやり過ごした。
 また、墓を一つ見つけたが、これには以前に見たものと違い、木の皮で簡単な墓碑が作ってあった。皮をはがされた幹の状態と、周囲の状況から日の出よりだいぶ前に作られたものであることは間違いなく、わざわざ調べるような手間はかけていない。
 他には特に収穫もなく、予想していたとおりに雨が降り出した。雨を避けて城へ向かう者がいることも考えられたが、思いのほか雨脚は強く、視界が悪化したために草原の監視は切り上げることにし、G5の森の探索に移ることにした。
 その場所は南の海岸から城へ向かう者が通る可能性が高く、また、自分自身、城に近づくには西側の森に移動する必要があるためだった。

                   ○

320魔剣の行方 ◆685WtsbdmY :2006/02/03(金) 22:52:32 ID:LGENxA6r
 G5の、島の南部の二つの森が互いに最も接近する地点。組み合ったまま動かず、不気味な沈黙を守る数体の石人形(ストーンゴーレム)の近くに転がっていた一組の男女の死体は、そのどちらもが凄まじい力で破壊されていた。
 二人とも似通った服装をしており、死因も共通することから、何があったのか大体の察しはつく。この二人は元の世界からの仲間で、下手人はおそらく一人。死体の新しさから考えると、F5で見かけた大男である可能性が極めて高い。
 男は武器を持っているようには見えなかったが、つまりは素手でもこれほどの破壊を引き起こせるということだ。いずれにしろ、この人物には今後も近づかないほうが良いだろう。
 女の死体のすぐ傍には鞄が二つ。外から見れば荒らされた形跡は無く、この分なら参加者共通でない支給品も入ったままかもしれない。
 軽い武器がいい、とピロテースは思った。所持していた者のことを考えると、細剣(レイピア)や槍(スピア)であることは期待できないかもしれないが、弓矢や毒の可能性は十分にある。
 鞄を開き、雨にぬれないように注意しながら中身をさぐった。期待通り、食料も含め、中のものには一切手がつけられていなかったが……
「これは……」
 ピロテースが取り出したのは、弾力のある弦を持つ小型の弓に、取っ手を取り付けたような武器だった。おそらく、石弾を発射するのに用いるのだろう。
 使えないこともなさそうだが、両手がふさがってしまうことと、相手の武器を受ける役に立たないことが気に入らず、数回、空打ちしてから鞄の中に再び放り込んだ。
 何から何まで期待通りといくはずもないが、水や食料は入手できたし、鞄はもう一個ある。
321魔剣の行方 ◆685WtsbdmY :2006/02/03(金) 22:54:15 ID:LGENxA6r
 そのもう一つの鞄を開いた。見れば、中で何かが鈍く輝いている。ピロテースは、それらを取り出して目の前で眺めてみた。長大な刃と、おそらくその柄となるのだろう金属棒が一対。
 組み立てれば大鉈になるのだろうが、重量がありすぎて自分には扱えないのは無論のこと、協力者たちの中にもこのような武器を好むものはいないだろう。いっそ、柄だけを杖代わりに使ったほうが良いように思える。
 そこまで考えたところで、ある部品の存在がピロテースの目に留まった。
 「これも、“魔杖剣”とやらなのか?」
 その部品はサラが“弾倉”と呼んだものによく似ている。考えてみれば、大きさこそまるで違うものの、この刀のつくりや意匠には、サラやクエロが手に入れてきた魔杖剣と共通する部分があるようにピロテースには思えた。
 ならば、説明書があるかもしれない。そう考えて差し入れた手が硬いものに触れた。鞄の中から紙箱を引っ張り出し、その蓋を開ける。
「なるほど。弾丸か」
 中には、クエロが持っていたものとよく似た形状の弾丸がぎっしりと詰まっていた。

                   ○

322魔剣の行方 ◆685WtsbdmY :2006/02/03(金) 22:55:53 ID:LGENxA6r
 結局、説明書は見つからなかった。
 無論、そのこと自体はクエロの嘘を立証するものとはならない。例えば、説明書が無い代わりに大量の弾丸を同梱したのだという話も考えられないことは無いからだ。
 だが、今頃サラあたりがクエロから聞き出しているだろう魔杖剣の用法の説明が裏付けられるということも無い。一方で、クエロの所持していた弾丸が、魔杖剣とともに使用するものであることはほぼ間違いない。
 また、クエロが元の世界から知る者の名としてあげたのはガユスとギギナの二名で、クエロ自身と合わせて三名。これまでに見つかった魔杖剣も合わせて三振り。疑い出せばきりは無いが、ここまで揃うとすべてを偶然と考えるのは難しい。
 空目たちの言うようにするにせよ、この魔杖剣をクエロに見せるのは得策ではない、とピロテースは判断した。荷物を重くしていざというときに行動が制限されるのは避ける意味でも、鞄ごとこのまま放置し、合流後にせつらかサラに回収を任せればいいだろう。
 他の参加者に奪われてしまう恐れがあるのが少々気がかりだが、天候の推移や、城や洞窟との位置関係から考えればその可能性はそう高いものではない。
 説明書の代わりに見つけた、この鞄の持ち主へとメフィストなる人物が当てたと思しき手紙(意図しない誰かに読まれる危険を考慮してか、肝心のところが欠けていた)と魔杖剣を元の鞄に戻し、ピロテースは西の森へと向かった。

                   ○

323魔剣の行方 ◆685WtsbdmY :2006/02/03(金) 23:00:27 ID:LGENxA6r
 麺麭の最後の一かけらを嚥下し、ボトルからもう一口だけ水を飲んだ。まだ水は残っているが、ボトルはふたをはずしたまま、邪魔にならない場所においておく。建物の中では自然の精霊力はほとんど働かない。
 だが、こうしておくことで、危急の際には水の精霊の助力を受けることもできるのだ。

 その後のことで役に立ちそうな情報はほとんど無い。
 G4で城の外観を観察し、北向きの門以外にも、城壁の穴が出入り口として使われる可能性があることと、G4とH4の境界付近で墓を一つ見つけたくらいだろうか。いつ作られたものかの確証が無かったためにやむなく暴いたが、幸いなことに探し人のいずれでもなかった。
 また、洞窟周辺の森と、洞窟内部、そして地下通路については、不審な点が無いか念入りに調べたが、特に異常はない。洞窟内部では大地の精霊力が働いていたから、いざとなれば封鎖も可能だ。
 そうこうしているうちに小屋まで赴く時間はなくなってしまったが、こればかりは仕方が無い。

 回想は終わった。食事を摂っている間も警戒は緩めたつもりはないが、念のためにもう一度周囲の様子を確かめ、それから持ち物の確認に移ることにした。森を探索中に手に入れたものがいくつかあるのだ。
 まず一つはすぐそばに置いてある木の枝。比較的堅く、長さと太さがちょうど良い。強度に劣る武器の扱いなら手馴れているし、相手の武器を受け流すだけなら、こんなものでも使えないわけではない。
 もっとも、これに比べれば、椅子の脚などのほうがよほど丈夫だろうから、後で城内を探してみるのもいいかもしれない。
324魔剣の行方 ◆685WtsbdmY :2006/02/03(金) 23:01:45 ID:LGENxA6r
 そして二つ目が、
「“蠱蛻衫(コセイサン)”か……」
 鞄の中から取り出した、このヴェールのような薄布だ。墓標のつもりだろうか、G4で見つけた墓の上に置いてあった鞄も中身が残ったままで、これはその中に入っていた。
 武器ではなく、とりたてて防御効果があるわけでもないようなので今までしまいこんでいたのだが、興味深い能力を秘めている。
 説明書にいわく。これをかぶっている者は見ている者とって好ましいように見えるのだという。地味だが、情報を得るために他の参加者と接触する機会があれば、それなりに有用となることだろう。
 今回は洞窟に距離が近かったので、他の支給品も鞄ごと持ってきてある。
 身軽にならなければならないような事態に備え、必要最低限のものだけを元から持っていた鞄にまとめると、付近の警戒以外にすることはなくなった。あとは、皆が来るのを待つばかりだ。


 彼女は知らない。知る由も無い。魔剣の行方も、これから起こる出来事も。


325魔剣の行方 ◆685WtsbdmY :2006/02/03(金) 23:02:22 ID:LGENxA6r
【G-4/城の地下/1日目・16:40】

【ピロテース】
[状態]: 多少の疲労と体温の低下。クエロを警戒。
[装備]: 木の枝(長さ50cm程)
[道具]: 蠱蛻衫(出典@十二国記)
支給品2セット(地下ルートが書かれた地図、パン10食分、水3000ml+300ml)
アメリアの腕輪とアクセサリー
[思考]: アシュラムに会う。邪魔する者は殺す。再会後の行動はアシュラムに依存。
    武器が欲しい。せつらかサラに、G-5に落ちている支給品の回収依頼。
(中身のうち、食料品と咒式具はデイパックの片方とともに17:00頃にギギナにより回収)

[備考]: 蠱蛻衫の形状・機能
・頭にかぶる薄い紗。視界、行動などに制限は無い。
・かぶっている者は、(自分以外の)見る者にとって好ましい容貌に見える(美しくとは限らない)。
・肌の色、髪の色、顔立ちが変化するが、背格好や性別は変化しない。
・見る者にとって大事な(好みの)誰かがいれば、それとよく似た印象を与えるが、「そっくり」にはならない。

※G4の竜堂始の墓のそばにあったデイパックはなくなりました。
※ピロテースが遭遇した参加者(死者含む)は順に霧間凪、朝比奈みくる、ボルカノ・ボルカン、ハックルボーン、袁鳳月、趙緑麗、竜堂始です。
326シスコン兄貴の憂鬱 ◆B.KZUEhlgg :2006/02/04(土) 23:37:50 ID:pLkL/PJb
出夢たちとアリュセたちが遭遇してから、既に二時間弱が経過していた。
お互い干渉する気はなかったのだが、外の雨がやむまでは倉庫に留まることにしたのだ。
二組とも目的はあったが、この大雨の中では困難だと判断し、火を囲みながら適当に雑談していた。
「なあ、危険人物の情報交換でもしないか?」
出雲は、たわいない雑談の合間に急にこう切り出した。
「ああ?いいぜ、そっちから言ってくれよ」
出夢は軽く答えると、出雲のほうに向き直った。現在、アリュセと長門は仮眠を取っている。
「わかった。・・・・・・実はよ、アリュセが起きてるときは話したくなかったんだ」
「・・・・・・へえ。そいつの身内でも殺されたのかい?」
出雲は驚いて出夢に詰問する。
「何でわかったんだ?」
「ぎゃはは、職業柄、ってかぁ!?僕、殺し屋なんだよ。元だけどな」
出雲は殺し屋、と聞いて愕然とする。
「こ、殺し屋?」
(っと、やべえやべえ。せっかくの情報交換が台無しになっちまう)
出夢は、すぐさま冗談だよ、と言おうとした。しかし・・・・・・。
「おおおおおお!殺人という退廃的な宿命を背負ったロリ!これこそ、これこそ萌だ!ぜひこれを着て真・殺し屋バニーにっ!」
「よし、一時間中二分程使うかな」
バニーを片手に今にも突貫しようとする出雲にすごむ出夢。
「いや、すいませんでした」
「本題に入れよ、危険人物」
外の雨は、既に止んでいる。
327シスコン兄貴の憂鬱 ◆B.KZUEhlgg :2006/02/04(土) 23:39:17 ID:pLkL/PJb
「―――――俺たちが遭遇したのは、まあそんなとこかな」
出雲が話し終わった。危険人物は二人。
一人は、ゲーム開始直後に襲ってきた銃を持つ男。こちらについては何の情報も無い。
そして、もう一人。
「名前はわからねえが、こいつはやばい。黒衣を着てて、妙な糸を使いやがる」
「糸?曲絃糸か?」
出夢はいつぞや出会った糸遣いを思い出す。彼女は子供で女だったし、このゲームには参加していないが。
「その曲絃糸がどんなものかはしらないが、俺はあの糸を食らって脱水症状になった。たぶん、いーちゃんって奴もな。それで――――――」
「ちょーーーーーッと待て、おにーさん。今なんて言った。」
出夢が、急に真面目な顔つきになる。
「ん?その糸を食らうと脱水―――」
「おにーさんはどっかの警部補か?その後だよその後」
「【いーちゃん】と知り合いだったのか」
出雲は、複雑そうな表情をして、言った。
「・・・ぎゃは、死んじまったみてーだな、戯言使いのおにーさん」
「職業柄、か?」
「まあな。続きを話せよ、おにーさん」
大して動じずに淡々と話す出夢に感心しつつ、出雲は言葉を繋いだ。
「で、アリュセの身内を殺したのもそいつだ」
「身内、ねえ。まさか双子の片割れ?ぎゃははははははっ!んな偶然ねーよなあ!」
「・・・・・・当たりだ」
出夢の笑い声が止まった。
見ると、かなり不機嫌そうな顔をしている。さっきまでへらへらしていたのに、殺気すら感じられる。
「双子の片割れが死んだ、ねぇ。あああーーーーーなんか苛々してきた」
理解不能なことを言いながら俯いた出夢に声をかけられない出雲。
(何で知り合いが死んだことには動じないのに、赤の他人の死にここまで動じる?)
328シスコン兄貴の憂鬱 ◆B.KZUEhlgg :2006/02/04(土) 23:40:01 ID:pLkL/PJb
「―――――あなたにも」
突然倉庫の隅から声が聞こえた。アリュセが、起き上がっていた。
「双子の姉妹が、いるんですか?」
一瞬の沈黙。
「―――――ああ、いたよ」
「自慢の、可愛い妹がな」
次の瞬間、耳障りな声が倉庫の中に、そして島内全域に響く。
三回目の放送が、始まった。



【E-4/倉庫内/1日目・18:00】
『生き残りコンビ』
【匂宮出夢】
[状態]:平常 やや不機嫌
[装備]:なし
[道具]:デイバック(パン4食分:水1500mm)
[思考]:生き残る。あまり殺したくは無い。長門と共に悠二・古泉を探す。 出雲・アリュセには不干渉


【長門有希】
[状態]:平常/僅かに感情らしきモノが芽生える/仮眠中
[装備]:ライター
[道具]:デイバック(パン5食分:水1000mm)
[思考]:現状の把握/情報収集/古泉と接触して情報交換/ハルヒ・キョン・みくるを殺した者への復讐? 出雲・アリュセには不干渉

329シスコン兄貴の憂鬱 ◆B.KZUEhlgg :2006/02/04(土) 23:40:31 ID:pLkL/PJb

『覚とアリュセ』
【出雲・覚】
[状態]:左腕に銃創あり(出血は止まりました)
[装備]:スペツナズナイフ
[道具]:デイバッグ(パン4食分:水500mm)/うまか棒50本セット/バニースーツ一式 /炭化銃
[思考]:ウルペンを追う/千里、ついでに馬鹿佐山と合流/アリュセの面倒を見る/ 雨宿り/ 出夢・長門には不干渉


【アリュセ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(パン5食分:水1500mm)
[思考]:ウルペンを追う/カイルロッドと合流/覚の面倒を見る/ 雨宿り/ 出夢・長門には不干渉
330互い違い(1/10) ◆eUaeu3dols :2006/02/14(火) 23:49:37 ID:thnTO+Ik
それは唐突な電話から始まった。
リナの携帯電話に掛かってきたベルガーからの連絡。
「どうしたの、ベルガー? 今さっき、エルメスの音がしたけど……」
『エルメスは盗られた!』
「……それで?」
冷静に先を促す。
電話の向こうから高速で駆ける音と粗い息、ベルガーの声が聞こえてくる。
『乗ってるのは零崎という男だ。坂井悠二を殺したと自己申告してきやがった』
息を呑む。
「どういう事?」
『詳しくは後で話す。とにかく零崎は今は良い!
 今はシャナを止めてくれ。追いつけっこないのに零崎を追いかけてる。
 怒りと吸血衝動が混ざっているみたいで、放っておくとヤバイかもしれん』
「判ったわ。で、坂井悠二の死は確認したの?」
『今、背中に背負ってるよ』
「……そう。それじゃ、急ぐわ」
リナは携帯電話を切ると振り返った。
「話、聞こえた?」
「はい、急ぎましょう。全員で行くんですね?」
保胤が頷き、セルティはもう動き始めている。
「ちょっと待った。あいつを放っておく気?」
リナが示したのは海野千絵だ。
今は大人しく、疲れからかまた眠りについているようだが、それもいつまでか。
「両手両足を縛っているんです。5分やそこらでは逃げられないでしょう」
「……それもそうだけど」
セルティが紙にペンを走らせ突きつける。
『迷うヒマもおしい』
確かにその通りだ。
リナはもう一度だけ千絵を振り返ると、2人と共にマンションの一室を後にした。
ガタンと音を立てて玄関のドアが閉まり――暗闇の中、赤い光点が二つ灯った。
千絵の瞳だった。
331互い違い(2/10) ◆eUaeu3dols :2006/02/14(火) 23:50:33 ID:thnTO+Ik
     * * *

ベルガーは走っていた。
シャナに追いつかなければならないし、もう一つ、佐山が尾行しているかもしれなかった。
後者はさして重要では無いが、とにかく手っ取り早い手段は走る事だった。
濃密な霧の中、姿はすぐに白に溶けて見えなくなる。
足跡とて舗装された道を通れば残るわけがない。
ならば追う手段はただ一つ、音を聞く事だけだ。
走れば音がする。これはそれだけを取れば追いやすく思える。
しかし追いかけるには同じく走らなければならない。
そうなれば水音を立てるのは避けられず、尾行はあっさりとばれてしまう
更にそもそも、悠二の遺体を背負ってもなおベルガーの走力は常人以上だ。
追いつくのは至難だと言えた。

もっとも、繰り返すが尾行を撒く事はさして重要ではなかった。
佐山は危険な人物とは言えない。
その思想が結果的に皆を危険に追いやる可能性は無いとはいえないが、それだけだ。
今は情緒不安定で不安なシャナに追いつく事が何より肝要だった。
(待て。待てよ、シャナ……!)
ベルガーはただ走り続けた。

     * * *

そして再び視点は戻る。
マンションを後にしたリナ達ではなく、そのマンションの一室へと。
電気を消された暗闇の部屋の中、千絵は布団を振り落とした。
寒いからと布団を掛けて貰った足の縄は、既に解けていた。
残るは腕の縄だけだ。
千絵は足が自由になった分だけ上体を上にずらし、縛られた腕まで頭を引き寄せる。
そして目の前に来た縄の結び目に、大口を開けて噛みついた。
332互い違い(3/10) ◆eUaeu3dols :2006/02/14(火) 23:52:15 ID:thnTO+Ik
「何とかなるものなのね」
ホッと一息を吐く。
一時はどうなる事かと思ったが、どうやらあのシャナという少女が暴走したらしい。
誰だか知らないが、その恋人を殺した奴には感謝してやっても良いくらいだ。
千絵は窓際に近寄り、そのロックに掛けてある物を見て吹き出した。
「聖じゃないんだから」
それは先ほど千絵を尋問する時に使われた、割り箸を組み合わせた十字架だった。
見ると玄関のドアノブにも同じ物が掛けてある。
聖はロザリオで火傷するようだが、何故か千絵は十字架が何ともなかった。
それが(不真面目な物であれ)個々の信仰から来た物だとは知らない。
ただ、とにかく千絵に十字架は何ともないのだ。
わざわざこんな物を更に一つ追加で作った事はご苦労様としか言い様がない。
「でも、誤解させておいた方が得になるでしょうね」
ドアノブにもロックにも十字架が有って触れないとすれば、どう動くか?
千絵は椅子を掴むと、窓ガラスに叩きつけた。


当然ながらリナ達もその音を耳にした。
ガラスが割れる音。椅子がコンクリートのベランダに転がる音。
何処か高いところから重く柔らかいものが濡れた大地に着陸する音!
「しまった!」
濃密な霧の中、方向は大まかにしか判らない。
だがそれでもそちらに向かおうとした時、別の音が聞こえ始める。
微かに聞こえるシャナを呼ぶ声、そして濡れた道を走る足音。
シャナが来たのだ。
「どうします?」
保胤が少し焦った様子で問う。
今、千絵の方にかまえばシャナを見失うかもしれない。
かといってシャナにかまえば千絵を逃すのは確実だ。
「あの吸血鬼はあたしが捕まえるわ! セルティと保胤はシャナを止めて!」
「この霧の中で一人では無理です!」
セルティも同じ意見だった。
333互い違い(4/10) ◆eUaeu3dols :2006/02/14(火) 23:53:22 ID:thnTO+Ik
その懸念をリナは鼻で笑う。
「要はこの霧を払えば良いんでしょ。
 この天才美少女魔道士リナ・インバースを甘く見るんじゃないわ!
 魔風(ディム・ウィン)!」
ごうっと音を鳴らして風が吹いた。

「……嘘でしょ?」
強風で吹き散らされた数十mの霧の奥から千絵の焦る表情が露わになる。
この霧の中なら音を立てた所で簡単に逃げきれると思ったのに大きな誤算だ。
(でも、まだ逃げ切れるはずよ!)
脚力では吸血鬼になった彼女のそれはかなりの物だ。
それにリナ達は仲間を止めるために人を残さなければならない。
千絵は再び霧の向こうへと駆け出した。

「それじゃ2人ともシャナを頼むわ!」
「待ってください、足の速いセルティさんが行った方が……」
「シャナを止める方が難しいんだから、残って。血が流れてないなら好都合でしょ」
リナは続けてもう一つ風の魔法の詠唱を始める。
風の魔法はむしろダナティアの得意技だが、リナとてバリエーションなら負けていない。
その一つがこの……
「翔封界(レイ・ウイング)」
風の結界を身に纏い高速飛行を可能にする魔法!

(いつもより結界の強度も速度も高度も比べ物にならないか。だけど、十分よ!)
リナは親指を立てて見せる。
「え?」
その意味が分からず戸惑う保胤の横で。
「………………」
セルティがいつものように声は無く、ただ親指を立てた。
リナは頷くと、千絵が去った霧の向こうを向き、そして……加速する。
追撃が始まった。
334互い違い(5/10) ◆eUaeu3dols :2006/02/14(火) 23:55:05 ID:thnTO+Ik
「そ、そんな事まで出来るの!?」
千絵は驚愕の声を上げていた。
背後から迫るのは薄い風の障壁を身に纏い地上スレスレを低空飛行で追撃するリナの姿。
そういえば確かにアメリアが空を飛んだりできる魔法も有ると言っていた。
リナさんは魔法のレパートリーがとても多いとかも聞いた気がする。
だからといっていざはっきり目にすると思う。
(こんなの相手に出来るわけがないじゃない!)
「――――!!」
風の結界の向こうで聞き取れない叫びと共にリナが突撃してくる!
「きゃあっ!!」
必死になって横に跳んで避けると、そのまま全速力で林に向かって駆け込んだ!
(小回りは効かないみたいだし、林の中なら振り切れる)
木々の間を駆け抜け、林の中を走り続ける。
これなら…………

「よっし、掛かった!」
リナは快哉を上げた。
リナとて何も考えずに林の中に追い込んだわけではない。
合流地点に向かう途中に遠目に通り過ぎたが、林を真っ直ぐ進んだ先にはアレが有る。
千絵は見た所、山歩きにはそれほど慣れていない様子だった。
ならば術を解除して走って林の中を追いかければ、アレで立ち止まった所に追いつける!

果たして千絵はリナの目論見通りのルートを通っていた。
林の中を真っ直ぐに駆け抜け、そして林の出口にある――
――巨大な十字架の架けられた教会の横を難なく走り抜けて逃げ切った。
偽装は意外な所で効果が出ていた。

「…………あれ?」
林を抜けて教会に着いた時、リナは見事に引き離されていた。
物陰に潜んでいた零崎に気づくことも無く、慌てて千絵を追いかける。
見事な裏目っぷりであった。
335互い違い(6/10) ◆eUaeu3dols :2006/02/14(火) 23:55:57 ID:thnTO+Ik
     * * *

「ハァ……ハァ……な、なんとか逃げきれたみたいね?」
不安げに振り返りつつもホッと一息を吐く。
千絵は幸運にもリナからの逃亡に成功していた。
林から出た道の向かいの林を、道沿いにそっと歩く。
歩き慣れない林の奥で方向を失うのを警戒しての事だ。
「頭は切れるが早合点で自信過剰、それに頭に血が上りやすい、か。
 助かったわ、馬鹿な奴で」
頭は切れるようだが苦手なフィールドに相手が逃げ込むのを許すようでは油断が過ぎる。
千絵はその後に通り過ぎた教会がリナの作戦だった事までは気づいていなかった。
「でも、そのおかげで面倒事も増えたのよね。
 アメリアを殺したのは聖だろうに、マリア様とやらを元凶にする羽目になったし。
 嘘では無いんだろうけど、聖を切り捨てるのはまた今度かしら」
先ほどまで追われた恐怖と不安を紛らわせる為に独り言を呟き紛らわせる。
それは予想だにしない結果を生んだ。
「まあ、罪をなすりつける相手が居なかったら殺されていたかもしれないんだから、
 マリア様には感謝しないといけないかしら」

「そうか、ならば礼の一つでも言ったらどうだ?」

凍り付いた。

「学生服を着た女で、吸血鬼。血の匂いもする上、ここに現れた。
 ふむ、さっきの男を追っていたのはおまえか? どうも迫力が無いが」
ガチガチと歯が鳴る。
圧倒的存在感が心を圧迫する。
「もう少し遠くから気配が有った気がするが……気配は無いな。
 状況としてはおまえとしか考えられんのう。どうなのだ?」
思考は恐怖に白濁していた。
「まあ、どうでも良いか」
336互い違い(7/10) ◆eUaeu3dols :2006/02/14(火) 23:56:53 ID:thnTO+Ik
「どうでも良いとは? さっきの男に引き渡すのではないのか?」
宗介が怪訝そうに尋ねる。
「そう思っていたが、やめだ」
美姫は恐怖に凍り付く千絵を見下ろす。
「私は私のものが私に盾突く事を赦さぬ」
千絵は動けない。
間に一人を通したとはいえ血の呪縛と、何より死の恐怖が彼女を縛る。
「別に止めはせぬがな。
 だが、もし盾突いた時は……それなりの代償を払ってもらわねばなるまい」
美姫がゆっくりと手を伸ばす。
千絵は動けない。
その手が千絵の胸へと伸びる。
千絵は動けない。
その指が千絵の胸に食い込み……
「待って!」
横合いから掛かる声がそれを制した。

「かなめ!?」
かなめは動揺する宗介を無視する。
恐怖は有る。目の前の美姫はそれだけの存在だし、何より一度は殺されかけた。
今の千絵と同じように、ゆっくりと。
そして、その危機から救ってくれた少女の名も……放送で呼ばれた。
(…………しずく……)
胸が悲しみで満たされる。だが。
だからこそ、必死に震える足を抑えこんで制止の言葉を投げかける。
「この人、あなたの物じゃないわ」

「ほう。何をもって私の物ではないという?」
「だってこの人、あなたが直接血を吸った人じゃないんでしょ!?」
「私のしもべの物も、やはり私の物じゃ」
傲然と言い放つ美姫にかなめは尚も食い下がる。
「だけどこの人、血を吸った人の物である事も否定してたじゃない」
337互い違い(8/10) ◆eUaeu3dols :2006/02/14(火) 23:58:16 ID:thnTO+Ik
美姫は笑った。
「ふふ、なるほど。確かにその通りじゃ。
 聖を切り捨てるやらなにやら、聖の僕でもないようじゃな。
 このような輩の血を吸った聖の咎ではあれ、この娘の責任ではないか」
安堵するかなめ。
張りつめた殺気が途切れた事により解放された千絵は膝をつく。
まだ言葉は出ない。思考は白濁している。だが。
「……しかし、ならばこの娘が億分の欠片なりとも私の力を持つのは気に障る」
その言葉の意味を理解し、千絵の思考は恐慌した。
「い、いや! 取らないで……!」
「ふむ、痕が見えなくなったのは数分前という所じゃな。毛穴のような大きさで残っておるわ」
それは最早見えない吸血痕だ。
メフィスト医師すらこの島では治せるかどうか。だが。
「貴様に私のそれは上等すぎる。返してもらうぞ」
主人のそのまた主人である彼女なら話は別だった。

     * * *

美姫と一行は道を歩いていた。
アシュラムは無言で主人の先に立ち、その後に美姫、かなめ、しんがりに宗介が続く。
辿り着いた吸血鬼が聖ではなく期待外れだった事に幻滅したのか、
零崎にもう一度会うつもりはないらしく、約束など無視して好きな方向に歩いていた。
いや、おそらく美姫は零崎が教会で待ってなどいない事にも気づいているのだろう。
「市街地の方にはまだ行っておらなんだな。何か愉快な奴に会えると良いが」
からからと笑い道を往く。
「あの……ありがと」
「何がじゃ?」
かなめの声に美姫は疑問の声を返す。
「さっきの人を助けてくれたじゃない」
「助けた? 私がか?」
戸惑いが沈黙となり場に溜まり。
「くくく、面白い奴だ。あれを助けたと思うたか?」
338互い違い(9/10) ◆eUaeu3dols :2006/02/14(火) 23:59:04 ID:thnTO+Ik
「……違うの?」
「大間違いじゃ」
美姫は笑いながら答える。
「あの娘はな、吸血鬼として人を殺し、血も何度か啜っておる」
「――っ」
言われてみれば当然の事実だ。
外傷も無いのに彼女に付着していた血は返り血に違いない。
「私はその記憶をわざわざ消してはおらぬ。どうなるか判るか?」
「そんな……それじゃ……」
「あの娘がそれを乗り越えられるかは見物じゃな。
 まあ、気分が良く寛大な処置をしてやったのも事実じゃ。
 なにせあの娘には希望も与えてやったのだから」

     * * *

美姫の与えた希望。それは二つの文から構成されていた。
「『次に私に会った時、記憶を失っていれば殺す』」
千絵は呟く。別れ際に美姫に申し渡されたその処遇を。
「『だが、おまえが私を見つけだして望んだならば、再び吸血鬼にしてやろう』」
美姫の与えた希望とは再び吸血鬼になるという道。
「『私の気分を損ねぬよう貢ぎ物を用意するのも効果的やもしれんな』……ですって」
それは本来なら希望になどなりうる筈が無い道だ。だが。
「冗談じゃないわ。あんな……あんな……っ!!」
血の渇きに従い瀕死の男を殺した事。
その血を啜った事。
アメリアに食欲を感じ、更に彼女の大切な仲間をその死をダシに毒牙に掛けようとした事。
「う……お、おえええぇっ!」
酸っぱい物がこみ上げ、たまらず地面にぶちまけた。
その中に有るのはほんの僅かな血だけで、ただ胃液だけが吐き出される。
「うぐ、げえええぇっ」
げほげほと胃液を吐き出す。
自らの行為のおぞましさと罪深さに怯え、この悪夢が醒めて欲しいと切に願って。
339互い違い(10/10) ◆eUaeu3dols :2006/02/14(火) 23:59:42 ID:thnTO+Ik
だが悪夢が醒める事は無い。これは夢が醒めた後の現実なのだから。
再び吸血鬼になるという選択肢は再び至福の夢へと帰る片道切符……
「イヤ。イヤ、イヤ、イヤ、イヤァッ!!」
どうして良いのか判らず、ただ悲鳴を霧の中に響かせる。
(ごめんなさい……)
罪悪感から謝罪の言葉を浮かべる。
だが、誰に謝っているのだろう? あのトドメを刺して血を啜った青年か?
違う、そうではない。彼にも謝らなければならない。
だが彼女が謝っているのはそれ以上に……
「…………ごめんなさい、アメリア」
一緒にゲームを打倒しようと誓いながら何も出来ず死なせてしまった、
挙げ句に彼女の親友をよりによってその死を餌に毒牙に掛けようとした仲間。
その言葉を最後に千絵の意識は途切れ……

「…………ったく、どうしろっていうのよ」
辿り着いたリナの腕に受け止められた。
「シャナの事も心配だっていうのに、これ以上に問題事を増やせっていうの?
 まあ、吸血鬼の親玉が吸血鬼化を治せるみたいってだけでも儲け物だけど」
しかし結局吸血鬼の親玉にはタッチの差で逃してしまった。
先ほどの放送であげられた死者の名前も悩み事だ。
坂井悠二の事は放送の直前に電話を受けたが、
それに加えてテレサ・テスタロッサ。更にダナティアの親友だというサラ・バーリン。
ダナティアの名は上がらなかったが、ただ事でないのは間違いない。
更にそれらを抜いても……上げられた死者の数がなんと多かった事か。
「……はぁ」
リナは溜息を吐くと、千絵を担ぎ、マンションに向けて足を向けた。

しばらくしてひょっこりと、茂みから零崎が顔を出した。
「…………あの娘、来ねえなあ」
説得してくれるかもしれなかった美姫も居なくなった事だし、居る意味も無いだろうか。
「医師の机にも三年だね!」
これからどうするか考える零崎を、エルメスが茶化した。
340互い違い(報告1/3) ◆eUaeu3dols :2006/02/15(水) 00:01:27 ID:thnTO+Ik
【C-6/道/1日目・18:00頃】
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:平常。少し焦っている。
[装備]:鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
     PSG−1(残弾ゼロ)、マントに包んだ坂井悠二の死体
[思考]:シャナを追いかけて合流、危なそうなら止める。その後は仲間と合流。
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました


【C-6/住宅地のマンション前/1日目/18:00過ぎ】
【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:平常
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。
     すぐ近くに来ているシャナの様子を見て、止める。

【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は多少回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 シャナの吸血鬼化の進行が気になる。
     すぐ近くに来ているシャナの様子を見て、止める。
341互い違い(報告2/3) ◆eUaeu3dols :2006/02/15(水) 00:02:32 ID:m1wji1az
【D-6/道/1日目/18:10】
【リナ・インバース】
[状態]:平常
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
     吸血鬼の親玉(美姫)と接触を試みたい。
     まずはシャナ対応組と合流する。

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、血まみれ、気絶、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:………………。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。


【D-6/道沿いの森/1日目/18:10】
【零崎人識】
[状態]:全身に擦り傷 疲労
[装備]:自殺志願  エルメス
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル2本、コンパス、パン三人分)包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:これからどうするか考えている。
     事がどう運んでも一旦は佐山たちと合流しようと思っている。
     一応もう一度シャナを説得しようとは思っている。
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。
342互い違い(報告3/3) ◆eUaeu3dols :2006/02/15(水) 00:03:36 ID:icn3g49A
【D-5/道路/1日目/18:10】
『夜叉姫夜行』
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:零崎に興味。島を遊び歩いてみる。

【アシュラム】
[状態]:健康/催眠状態
[装備]:青龍堰月刀
[道具]:冠
[思考]:美姫に仇なすものを斬る/現在の状況に迷いあり

【相良宗介】
[状態]:健康。
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:どんな手段をとっても生き残る、かなめを死守する

【千鳥かなめ】
[状態]:通常
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:荷物一式、食料の材料。鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[思考]:宗介と共にどこまでも
343互い違い(報告3/3)修正 ◆eUaeu3dols :2006/02/15(水) 23:08:12 ID:uXGrtRLw
主に宗介の状態について修正。

【D-5/道路/1日目/18:10】
『夜叉姫夜行』
【美姫】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:零崎に興味。島を遊び歩いてみる。

【アシュラム】
[状態]:健康/催眠状態(揺らぎ有り)
[装備]:青龍堰月刀
[道具]:冠
[思考]:美姫に仇なすものを斬る/現在の状況に迷いあり

【相良宗介】
[状態]:左腕喪失、それ以外は健康
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:どんな手段をとっても生き残る、かなめを死守する

【千鳥かなめ】
[状態]:健康
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:荷物一式、食料の材料。鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[思考]:宗介と共にどこまでも
344まったりとした時間(1/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:15:50 ID:1Csz2Qdx
【貴女は佐藤聖嬢で間違いはないかね?】

「その通りだけど、なんで知ってるのさ?」
子爵と名乗った謎の血文字に即答しつつ、佐藤聖は首を傾げた。
この島で会った者達にはヘンテコな奴や異様な奴も居たが、目の前の血文字はそれの極みだ。
見た感じ敵ではないようだし、もし敵だったとしても“マリア様”に頂いた吸血鬼の力をもってすれば――
(まあ、さっきはちょっと痛い、じゃない熱い目にあったけど)
――たとえ勝てずとも、逃げるくらいは大して難しい事ではないはずだ。
だから驚きはしても怯まずに言葉を続ける。
「血のおばけなんかと知り合った覚えはないんだけどな」
【それについては後で話そう。湯浴みの後で】
その言葉で聖は腕の中の少女の冷たさを思い出す。
「あ、そうだね。じゃ、後で」
手をひらひらさせて脱衣所に足を向け……ふと気づき、悪戯げな笑みを浮かべて念を押す。
「ピチピチの女の子2人がお風呂に入ってるからって覗いたりしちゃダメだからね。
 ……って、その様子だとその心配も無いかな?」
【もちろんだ! 紳士は淑女の湯浴みを覗いたりなどしない】
なんだか微妙にずれていた。

     * * *
345まったりとした時間(2/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:16:40 ID:1Csz2Qdx
ちゃぷ。
湯船に波紋が広がる。
この宿の風呂は少し豪華で、個人部屋の物まで檜風呂だ。
檜の香りに包まれた湯船に浸かっているのは、吸血鬼と眠れる魔女。
「ふー、温まるねえ」
魔女を後ろから抱き締めたまま吸血鬼は独り言つ。
心の底から心地よさそうな言葉に相槌は返らない。
今にも目覚めそうな呻きが返るだけ。
「……まだ起きないんだ?」
魔女の体の汚れはシャワーで大雑把に落とされ、冷えた体は湯船の中で温もりつつある。
血流の通った首筋はほんのりと桜色がかった綺麗な肌で、キメも細かくすべすべとしていた。
指で柔らかいほっぺたをふにふにとつつく。
「ん…………」
微かな呻きが返った。
(さっきのあの熱いけど純情そうなあの子も可愛くて美味しかったけどこの子もまた……)
残念ながら眠っているので、からかったりいたずらしても反応は無い。
しかしそれを抜きにしても可愛いし、今の聖の本能的欲望も大変刺激される。
なんといおうか、こう、たまらないのである。
「うーん、ちょっと摘み食いしちゃおうかなぁ」
佐藤聖の理性は色んな意味で危うかった。
346まったりとした時間(3/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:17:28 ID:1Csz2Qdx
やはり眠れる魔女からの返答は無い。
聖はごくりと唾を呑み込むと、大きく開いた口をゆっくりと首筋に近づけていく。
ぴちゃりと舌先が首筋に触れて、白い牙が白い肌に……

「摘み食いはダメだよ、『カルンシュタイン』さん」
「わあ!?」
いきなり掛けられた声に驚き顔を離す。
目の前の少女はくすくすと笑いながら聖を見つめていた。
「あ、起きたんだ、えーっと……」
「十叶詠子だよ、『カルンシュタイン』さん」
「カルンシュタイン?」
「そう、あなたの魂のカタチ」
聖はふと気づいた。
どうやらヘンテコなのは血のおばけだけではなく、この少女もそうらしい
「うーん、変なのを拾っちゃったかな」
「それはあなたもだと思うなぁ」
言われてみればその通りかもしれない。
そう思う聖に、しかし詠子は魔女の眼に映ったものを言葉に紡ぐ。
「あなたの魂のカタチは凄いね。
 元からそうだったわけじゃないはずなのに、あなたは違う世界に適応してる」
「そう見える?」
確かに彼女はこのゲームの中で与えられ、手にした物を否定はできない。
だが魔女の言葉はそれともまたズレていた。
「うん、だってあなたは与えられた吸血鬼というカタチを自分のモノにしているもの。
 あなたの元の名前は別なのに、同時にとても有名な吸血鬼さんによく似てるの。
 でも、あなたはその吸血鬼さん本人じゃないもんね。
 だからその吸血鬼さんの名字だけをとって、『カルンシュタイン』さん」
「ふーん。…………そのカルンシュタインっていうのはどんな子なの?」
「ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュって人の書いた小説の登場人物だよ。
 聞いたことないかなぁ? ――吸血鬼カーミラっていうんだけど」
347まったりとした時間(4/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:18:24 ID:1Csz2Qdx
吸血鬼カーミラ。
吸血鬼ドラキュラより27年先に世に出た、事実上吸血鬼を題材とした最初の小説であり、
その中に登場する吸血鬼がカーミラ=カルンシュタイン伯爵夫人である。
彼女は標的の少女の前に同じく美しい人間の少女として現れ、
洗練された淑やかさで接し、奔放に振り回し、そして愛を囁くのだ。
それが単なる偽装や演技ではなく紛れもない愛情表現である事は言うまでもない。
ちなみにこの小説を下敷きに、レズビアン色の濃い吸血鬼映画が作られ好評を博した。
その吸血鬼映画のタイトルを『血とバラ』という。

「あなたの吸血もやっぱり愛情表現だものね。ちょっと愛の数が多いだけで」
「世の中に可愛い子がたくさん居るのがいけないんだ。私のせいじゃないよん」
「だからって節操が無いのはあなたのせいじゃないかなぁ?」
「あれ、そう言われてみれば私が悪い気もするかな」
くすくすと笑う。温かなお風呂の中で、緊張も理性もすっかり溶けて……
「じゃあそういうわけで、悪い吸血鬼は可愛い詠子ちゃんをいただこうかな♪」
「うーん、どうしよう。それは困るんだけどねぇ」
聖の両手は詠子の体をしっかりと捕らえて離さない。
さりげなく胸とか触っている辺りはセクハラ根性の為す技か。
詠子の危機は色んな意味で増大していた。
それを止める者は誰も居ない。
【待ちたまえ! 血を吸い仲間を増やすのは良い。しかし慎重にすべきだ!
 何故なら吸血鬼が仲間を増やすという行為は重大な意味を……】
子爵もしばらくして、お風呂の外からでは文章を読んでもらえない事に気がついた。
【……これは困った】

「でも、私の血を吸うなら注意してね」
「何に?」
笑う聖に詠子が笑う。
「私は魔女だもの。魔女の血には色んな意味が有るんだよ」
魔女・十叶詠子はそれだけを告げて、吸血鬼・佐藤聖に背中を預けた。
佐藤聖はそれを単なる出任せだと思えなかった。
348まったりとした時間(5/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:19:12 ID:1Csz2Qdx
古来から血が魔術的に様々な意味を持っている事は言うまでもない。
例えばその一つが他人に血を与える事によるイニシエーションの儀式であり、
坂井悠二に使命……ある種の意志を宿らせた物だ。
だが今回のそれはそこまで大層な物ではない。
佐藤聖は魔女の言葉を聞き、幾らかはそれを信じた。
魔女の言葉は物語に等しく、それを信じれば物語を信じるのに等しい。
それはある種の暗示だ。
後は条件さえ揃えば、詠子は聖の感情を自在に操る事が出来るだろう。が。
「うーん、じゃあ出来るだけ我慢しようかなぁ。なんだか怖いし」
「諦めてはくれないのかなぁ?」
「やだ。こんなに可愛い子もその血も諦められるわけないじゃない」
ぎゅーっ。
聖の腕は詠子の裸体をしかと抱き締め、離す様子は一向になかった。
詠子が掛けた暗示の条件は聖が詠子の血を吸う事だ。
吸い尽くされて死んだり、血の呪縛で支配されたり、
そういった吸血の後に来る困った事柄に対する保険にはなるのだが、
吸血そのものやその他の危機を防ぐ手だてとしては些か不十分だったようだ。
「まあ安心しなさいって。
 ちょっと前に可愛い子から、美味しく“おやつ”を頂いたばかりだからね。
血の方はそうすぐに欲しくなったりしないよ。
 それに体はまだ弱ってるみたいだから、吸血鬼にする以外の乱暴したら壊れちゃうでしょ」
「でもちょっとしたら欲しくなりそうだねぇ、『カルンシュタイン』さんは」
「……晩御飯の時間までは持つってば」
あと3〜4時間しか持たないらしい。
「それじゃあ、私はそれまで囚われのお姫様かな?」
「そういう事になるね。それじゃあ詠子ちゃん」
聖はざばりと湯船から立ち上がり、椅子の方へと詠子に手招きした。
片手にタオル、片手に石鹸、言うまでもなくこの態勢は――
「お姫様のお体を磨いてあげるから、どうぞいらっしゃい」
「それはいいけど、あんまりくすぐったい洗い方しちゃダメだよ?」
――これでも結構危機なんです。
349まったりとした時間(6/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:20:32 ID:1Csz2Qdx
      * * *

【さて、では改めて話をさせてもらって良いだろうか?】
「うん、いいよ」
佐藤聖は詠子を背後から軽く抱き締めたまま返答した。
どうやら逃走防止という実益を兼ねたごく軽いセクハラらしい。
ちなみに、2人とも浴衣を着ている。
「私も、なんで血液のおばけなんかに名前知られてるのか気になったし」
【血液のおばけなどではないとは既に“書いた”はずだ。
 我が名はドイツはグローワース島が前領主ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵!
 このような姿だが吸血鬼であり、そして紳士なのだよ】
「そうだね、『紳士』さんは紳士だよ」
詠子は子爵の言葉を証明した。
「子爵さんか。……なんでそんな姿なのに吸血鬼なのかとか、
 魂のカタチとかいうのが割と普通なのかとか訊いていい?」
【うむ、話せば長くなるのだが】
「手短にしてほしいな」
【吸血鬼の弱点を無くす研究の結果だよ。ちなみに吸血ではなく光合成が栄養源だ!】
(それは本当に吸血鬼なのだろうか?)
聖は激しく疑問に思ったが、長くなりそうなので訊かない事にした。
続けて詠子が疑問に答える。
「『紳士』さんの魂のカタチが紳士なのは……うーん、そう見えるんだよね、本当に。
 多分、『紳士』さんにとって姿形の変化は大した事じゃないんじゃないかな?」
【その通りだ!
 もちろん、この姿になった事により得た利点、得た不便は数多い。
 だがしかし、そんな事は私が紳士である事には何の関係も無い事なのだよ】
子爵は誇らしげな筆跡でその宣言を書き出す。
聖はそういう物だと納得する事にした。そうしないと話が進まない。
【さて、それはそうと話に移ろう。何故私が君を知っているのかだったね】
子爵の血文字が床に滑らかに文字を書き出していく。
続いた文章に聖は息を呑んだ。
【実は福沢祐巳という少女に出会ってだね】
350まったりとした時間(7/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:21:22 ID:1Csz2Qdx
「祐巳ちゃんに会ったの!?」
【そう、そして……】
子爵の体が次々に文章となりその出来事を綴っていく。
【私が彼女に出会ったのは、怪我をした少女を治療出来る者を捜している時だった】
そこに何が起き、何が何に繋がったのか。
【彼女は自らの無力に嘆き、苦悩していると見えた君を止めたいと願った】
どのような事が起きたか。
【その為に力を欲したのだ。それに伴う苦難や苦痛すらも覚悟した上でね!】
どのような結果を招いたのか。
【私は彼女に希望を見たのだよ。
 この残酷かつ無慈悲なゲームの中で、伴う苦痛すらも受け容れ前進を選んだ少女に】
それをつらつらと綴り終えた。
【私の話はこれで終わりだ】

読み終えた時、聖はむっすりと黙り込んでいた。
先ほどの上機嫌は消え失せ、不機嫌がその顔に満ちている。
だが、その不機嫌やいらいらを目の前の子爵にぶつける事は出来ない。
なぜなら。
「その怪我してた少女、多分アメリアって名前だよ」
【知っているのかね?】
「だって、その子に怪我させたのは私だもん」
【なんと?】
理性も有る今なら、全て自分が発端という事が判っているからだ。
聖は深い溜息を吐いた。
「『こう』なったすぐ後は凄く渇いてたんだ。
 だから襲ったんだけど、あっさり返り討ちにされちゃって……
 でも目が覚めたら、アメリアは手を光らして私に何かしてたの。
 今から思えば元に戻そうとしてたのかな?」
その後、聖は混乱と恐怖、そしてそれと同量以上の渇きに押され反撃に出た。
「で、ザックリ」
聖は手で顔を縦に切るジェスチャーをする。
その切り方は、確かにアメリアに付いていた傷と一致していた。
351まったりとした時間(8/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:22:18 ID:1Csz2Qdx

「もう一方の祐巳ちゃんに決意させた事なんて間違いなく私のせいだし。
 最初の時は渇いててほんと苦しかったからね」
人間としての自分の意志と吸血鬼としての自分の意志の葛藤も有った。
その結果、苦しみを訴えながら祐巳を逃がし……祐巳に人の体を捨てさせてしまった。
【ふむ、君は何も苦しんでいないのかね?】
「渇いてる時はどうにかして欲しいと思うよ。
 生活リズムが夜行性になるのも、ロザリオに触れないのも困るかな。
 あ、こう上げると割と不便も有るんだね」
しかし、血を吸わないと生きていけない事自体は数えない。
それは血だけで生きていけるという利点と、血を飲む事で得られる快感が付属するからだ。
「でも、救ってもらう必要はないんだよね。
 この生き方もなんか気に入ってきちゃったし。
 ……祐巳ちゃんには悪い事したかな?」
【いや、勘違いしないでくれたまえ。
 もちろん君の一件は大きな原因だっただろう。
 しかし彼女はあくまで、君の一件も含んだ大きな悲劇に抗う為に力を望んだのだよ】
「そっか。……由乃ちゃんに、祥子ちゃんまで死んじゃったもんねぇ」
聖は再び深々と溜息を吐く。
吸血鬼と人の情動が釣り合う今では、その溜息は失われた甘美な血への悔やみだけではなく、
本来の佐藤聖としての心底から死者を悼む気持ちも多分に含まれた物だった。
吸血鬼・佐藤聖は、吸血鬼であると同時に佐藤聖でもあるのだ。
もっとも、その逆もまた真だった。
殺人などに対する抵抗も薄くなっている聖は、大切な後輩達の死を悼みはしても、
それにより全てを失ったような喪失感や傷みに苦しむ事はない。
(まあ、私はそんなだけど……)
ふと心配に思う。
「志摩子や祐巳ちゃんはどうしてるのかな。生きてると良いんだけど。
 ……祐巳ちゃん、祥子ちゃんが死んだのを聞いても大丈夫で居られたかな」
「福沢祐巳さんなら、お昼の放送の前に『悪神祭祀』さんに乗っ取られてるよ」
「【…………え?】」
沈黙を守っていた魔女・十叶詠子の唐突な言葉に、聖の声と子爵の文字が驚愕を交えた。
352まったりとした時間(9/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:23:06 ID:1Csz2Qdx
「夢の中で会ったんだけどね、『悪神祭祀』さんはその福沢祐巳さんを乗っ取ってるの。
 名前はカーラっていうんだけど、名簿には載ってないよ。
 『悪神祭祀』さんは支給品のサークレットだから」
驚愕の内容。だが、聖も子爵も気づいている。
彼女の言葉に嘘は無い。
「祐巳さんがもっとも掛け替えのない人の死を聞いたのは正午の放送。
 だけど、その時にはもう『悪神祭祀』さんは福沢祐巳さんを乗っ取ってたの」
「だから祐巳さんは放送を“まだ”知らない。
 『悪神祭祀』さんが祐巳さんから外れるまでね」
「でも、祐巳さんは『悪神祭祀』さんが会った時にはもう絶望してたって言ってたな。
 多分、嘘じゃないと思うけど」

【あれだけの決意をした彼女さえもが絶望に呑まれてしまったと?】
「そう言ってたよ。『悪神祭祀』さんは嘘を吐いてはいなかったと思うな。
 あ、でも私が見たわけじゃあないよ?
 祐巳さんの魂のカタチは『悪神祭祀』さんに隠れて見えなかったもの」
それは確定ではないが極めて確定に近い答えだ。
子爵の血文字は少し、萎びる。
【……一体、何が有ったというのだ】

聖はなんとなく、何があったか予想がついた。
親しかった友達が死に、親しかった先輩(聖の事だ)が吸血鬼になった事以上の苦痛。
吸血鬼とはいえ人の死体の血を飲み干してまで進もうとした心を折る出来事。
それは自らの誓いを踏みにじってしまう行為ではなかろうか。
そう、例えば……
「……誰か、殺しちゃったのかな」
血だまりにぶるりと波紋が浮かんだ。

聖は吸血鬼である事にうまく適応したとはいえ、やはり吸血鬼だ。
倫理観は薄れ、アメリアを抜きにしても一人を殺している事に罪悪感を抱かない。
だが、祐巳がなった食鬼人とやらは吸血鬼とは違い心に影響をもたらさないらしい。
もし祐巳が完全に過ちで人を殺してしまったら、祐巳の心はその事に耐えられるだろうか?
353まったりとした時間(10/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:23:54 ID:1Csz2Qdx
「もしかすると乗っ取られたのも単純に悪いとは言えないのかもね」
もし祐巳自身の心では耐えきれない苦難の時間が乗っ取られるという形で過ぎたなら。
カーラは結果的には祐巳の心を守ったと言える。
「『悪神祭祀』さんもそう言ってたね。そんなカタチって不自然なのにな」
詠子は少し不満げだ。
詠子は“自らの目に映る有るがままの世界”がねじ曲げられているのを放置出来ない。
無邪気な善意と慈悲の心でその歪みを正そうとする。
例えその結果がその人自身の破滅に繋がるとしても、偽りの生より真実の死を求むのだ。
「不自然でもなんでも、死んじゃうよりは良いよ。
 けど一回は会いたいかな。一時的にでも祐巳ちゃんの体を預けておいて大丈夫かどうか」
【ふむ、私も確かめてみたいね。
 彼女の決意が本当に折れてしまったのか。
 彼女が本当に自らの意志でそれを選んだのか】
そして、祐巳を思う者は多かった。
例えその目的が皆で僅かずつ違っていたとしても。

【さて、そろそろ私は行かなくてはならない】
子爵にとって、会話により得られた成果は上々と言える。
聖の現状や祐巳について異変が起きている事などは重要な情報だ。
特に聖が予想したよりも理性的だった事は朗報だと言えたが……
【最後に伝えておこう。私は今、主催者と戦う為の仲間集めをしていてね。
 本当なら出会った皆に協力してもらいたい所だが……】
「可愛い子の血を貰えるなら一緒してもいいよん」
軽やかな笑顔に乗って返った返事は困ったものだ。
【残念ながらそれは約束出来ないのだよ。よって君に仲間になってもらう事も難しいようだ。
 ただ、EDや麗芳という人物に出会ったら、出来るだけ襲わないでもらえるとありがたい】
血文字が続き、2人の容姿を解説する。
「EDに麗芳ちゃんね。麗芳ちゃんは渇いてる時に会ったらごめんって事で」
微妙な返答だが、それでも御の字と言える。更に。
「ふふ、『法典』君や『女帝』さんの他にもそんな人が居るんだね」
【『法典』に『女帝』? その2人についても教えてもらえるかね?】
詠子の呟きにより、子爵の成果はおまけが付いた。
354まったりとした時間(11/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:24:56 ID:1Csz2Qdx

【おっとこうしてはいられない。そろそろ急がねば間に合わないようだ】
成果が増えるのは良い事だが、それにより時間が切羽詰まるのは困った事だ。
残念ながらデイパックとDVDは隣の家に置いて行く事になるだろう。
(なに、後で取りにくればいい)
【ではまた会おう、少女達よ!】
子爵は速やかに文字を並べると、霧の中へ飛び出していった。
急ぎ、しかしあくまで典雅な動きを忘れずに。
紳士の嗜みは例え液体になっても残る物なのであった。



「ねえ、『カルンシュタイン』さん。四つ聞いてもいいかなぁ?」
「ん、なに?」
魔女は吸血鬼と宿に残っていた。
「『紳士』さんと話してる時、隠し事してたよね?」
「うん、リナって子に会った事を隠してたよ。これでも追われる身だもん。
 子爵さんがリナに会いに行って、もしも私の居場所に気づかれたら大変だからね」
「悪い吸血鬼だねぇ」
「うん、悪い吸血鬼さんだよ」
吸血鬼は魔女に頬ずりをした。
愛情と欲情の情をたっぷり篭めて。

「あと、この紐って要らないんじゃないかなぁ?
 『カルンシュタイン』さんなら無しでも逃さないと思うよ」
「念には念を入れただけだから気にしないで良いよ。
 あと、詠子ちゃんは囚われのお姫様なんだからこのくらいしないとね」
魔女の右手は吸血鬼の左手と丈夫な革紐で繋がれていた。
宿の中を調べて偶然見つけた物だ。
余裕は十二分、血流を阻害するほどきつく縛ってもないものの、そう簡単には逃げられまい。
魔女の短剣は取り上げられていないが、革紐の丈夫さは断ち切る前に聖に脱出を報せるだろう。
冗談めかしているものの、詠子は囚われの身となっていた。
355まったりとした時間(12/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:25:56 ID:1Csz2Qdx

「三つ。気になってて言ってない事がまだ有るよね?」
「うん。さっき血を吸ったシャナちゃん、今頃どうしてるかなって思ってね」
自分の事を話していて気づいたが、最初の頃の吸血衝動はとても苦しい。
なりかけのシャナはおそらく一番苦しい時間だろう。
聖としてはそれは可哀想なので……
「血を吸って吸血鬼化を早めてあげたいんだけどね。
 見つかったら殺されちゃうし、そもそもさっきの所に居るかも判らないし」
逃げる事ならできそうだが、勝って血を吸う自信は流石に無い。
吸血鬼は吸血鬼らしく悩んでいた。

「最後。『カルンシュタイン』さんはこれからどうするのかなあ?」
「どうしようかな。
 夜は吸血鬼の時間だから、遊び歩こうとは思ってるんだけど」
シャナは気になるが、見つかると殺されかねず、手が出せない。
子爵の仲間とやらは、まあ、吸血の対象としては後回しにしよう。
祐巳とカーラの事はとても気になるが、何処に居るか見当が付かない。
「やっぱり吸血鬼らしく、可愛い子の血を求めて彷徨おうかな」
緊急食に詠子を連れて。
詠子の体調はまだ万全とは言えないが、抱いても背負っても良いだろう。
「霧が晴れたら夜に明かりは目立つだろうし、この宿で待ち受けるのも良いよね。
 ま、何にしても」
聖は自分のデイパックからパンを取りだすと、詠子に手渡した。
「詠子ちゃんのデイパックはダメになったし、お腹も減ってるでしょ。
 後でもっと体に良い物を作ってあげるから、まずはこれでも食べててね。
 放送の時間だし」


そして、時計は午後6時を指した。

356まったりとした時間(報告) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:27:01 ID:1Csz2Qdx
【D-8/民宿/1日目/18:00】
【吸血鬼と魔女】
【十叶詠子】
[状態]:やや体調不良、感染症の疑いあり。
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片 (びしょぬれ)
[道具]:新デイパック(パン6食分、水1000ml、魔女の短剣)
[思考]:まずは放送を聞く。しばらくは無理せず大人しく。
[備考]:右手と聖の左手を数mの革紐で繋がれています。

【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼(身体能力大幅向上)
[装備]:剃刀
[道具]:デイパック(支給品一式、シズの血1000ml)
[思考]:身体能力が大幅に向上した事に気づき、多少強気になっている。
    詠子は連れ歩いて保存食兼色々、他に美味しそうな血にありつければそちら優先
    詠子には様々な欲望を抱いているが、だからこそ壊さないように慎重に。
    祐巳(カーラ)の事が気になるが、状況によってはしばらくはそのままでも良いと考えている
    まずは放送を聞く
[備考]:シャナの吸血鬼化が完了する前に聖が死亡すると、シャナの吸血鬼化が解除されます。
    詠子に暗示をかけられた為、詠子の血を吸うと従えられる危険有り(一応、吸血鬼感染は起きる)。
    詠子の右手と自身の左手を数mの革紐で繋いでいます。半ば雰囲気。

【D-8/港/1日目/17:50】
【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:ややエネルギー不足、戦闘や行軍が多ければ、朝までにEが不足する可能性がある。
[装備]:なし
[道具]:なし(荷物はD-8の宿の隣の家に放置)
[思考]:放送までに地下通路入り口に急ぎ、EDと合流する
    アメリアの仲間達に彼女の最後を伝え、形見の品を渡す/祐巳(カーラ)が気になる
    EDらと協力してこのイベントを潰す/仲間集めをする
[備考]:祐巳がアメリアを殺したことには思い当たっていません。
 湖のほとり、男女が息を切らして佇んでいた。
 いや、正確には息を切らしているのは女のほうだけだったが。
 佐山御言と宮下藤花だ。
 二人は港町から立ち去ったベルガーを追跡していたのだが。
「……撒かれたね」
 佐山はぽつりと呟く。
 追跡していたベルガーは充満した霧と素早い逃げ足で見事に佐山と宮下を撒いたのだ。
 ベルガーは悠二の死体を持っていたので、佐山が本気で追うなら或いは尾行しきれたかもしれないが。
 宮下を疲労で倒れさせるわけにもいかなかったため、結局彼女を気遣い追跡は断念せざる終えなかった。
「……私のせい、だね。ごめん」
「──いや、私の責任だ。申し訳が無いよ」
 息を切らした宮下の言葉に佐山は口をつぐんだ。
 以前なら、新庄と知り合う前なら「分かってくれて嬉しい」などと答えただろう。
 しかし、そう答えようとしたなら、途中で新庄が口を塞いでくることが想像できた。具体的には首を絞めて。
 胸が僅かに軋む。
 自分を変えてくれた人は奪われた。何者かによって失われた。
 男は言った。
──友人が一人こっちに連れて来られていたが、あっさり殺された。

──この狭い島の中だろうと、そのことに例外は無い。

──どうやってこの島の人間全員を仲間にするのか、よく考えておけ。

 島の人全員を仲間にするということは、或いは新庄を殺したものをも仲間にするということだ。
 或いは今この瞬間、風見を殺したものを、出雲を殺したものを仲間にするということ。
 目の前で宮下藤花を殺戮し、「僕も仲間になるよ! 一緒に頑張ろう!」などと言った者を仲間に出来るか。
 自分はそのときどうなるだろうか。それでも仲間にするのだろうか。
 彼女ならどう答えるか。自分とは逆とはどっちだろうか。
 最大の目標は失わせないことと失わないことだ。だが。
 先ほどのシャナも、男も大事なものを失った。すでに失った者はどうすればいい?
 しかし絶対に言えるのは、泣いてるものの頼みを聞き殺人幇助することでは決して無い。
 だが、どうすれば……
「あれ?」
 突然宮下が呟く。遠くを何か巨大なものが通り過ぎていくのが見えた。
「船…だね」
 それは船だった。全長300M程度の船がゆっくりと海岸沿いを移動していた。
 B-8の難破船が何らかの理由により動き出したものだろうか。船は明かりを灯して移動している。
「まさかアレに乗り込んだんじゃあ…」
 確かにあのサイズの船ならば大人数移動できるだろう。
 しかし佐山は否定した。
「それはどうだろうね。考えてみたまえ宮下君。
先ほどの男は尾行に気づいていただろう。だから我々を撒くような移動をしたのだ。
尾行されていると気づいているものが、わざわざ露骨に怪しいアジトで移動するかね? それなら沖でそっとしていたほうがいいだろう。
海岸を走る理由も無いだろうし。それに移動速度が遅すぎないかね? 以上をもってこれは連中のアジトでは無いと判断するが、どうだね?」
「……すごいね」
「ふふふ尊敬してもらっても構わんよ。──ところで、彼の移動先のことだが」
 地図を取り出す。ここはD-6か7ぐらいのはずだが。湖の側なのは間違いない。
 この辺りから建物というと、小屋、教会、マンション、海を渡って櫓、先ほど否定した船、あとは港町ぐらいだろう。
「ふむ……」
 とりあえず船と港町は除外する。港町はありえないし、船は先ほど否定したので考えないことにする。
 次、小屋はどうだろうか。あの小屋には佐山の名が書いたメモが置いてある。
……あのメモを見ているなら佐山の姓を聞いたときに尊敬や感謝などの反応が返ってきてもいいはずだが……
 よって保留。次は櫓だ。
……櫓に行くならば彼の移動経路はその方角だ。だが行くには海を渡るか、この道だと禁止エリアに引っ掛かる。
 またもや除外。消去法で残ったのはマンションと教会。幸い二つはほぼ同じエリアに位置している。
 調べに行くならまず近場の山小屋と其処だと判断し、地図を閉じる。
「宮下君。決まったよ。まず山小屋に行こう。次は教会かマンション、どちらかだが、とにかくC-6へ向かおう──宮下君?」
「いや、なんだろあの石と思って」
 宮下が指差したそこには、石で出来た簡素な墓があった。
「──宮下君退きたまえ」
 佐山は目聡く岩の陰にある少年の死体を見つけた。
 近づいていく。見るからに死人だ。片腕は無く、胸を突かれている。そしてその格好は──
──オーフェン君を劣化させたような衣装に金髪……マジク少年か……?
 ふむ、と呟き手を合わせた。宮下も死体から目を背けつつ黙祷する。
 ふと佐山は湖の岸を見る。マジクのと思しきデイパックが流れ着いていた。
 開けるとバッグの中は浸水していて、支給品一式と割り箸が入っている。
「マジク少年の遺品、ということになるのかね」

      『 さやま 』

 突然男とも女とも判別できない声が響いた。
 声の発信源は目の前とも思え、そうでないとも思えた。
「……これは、ムキチ君ではないか」
 佐山は湖に向かって話しかけた。
 それは4th-Gの概念核であり、世界そのものの竜だ。
 湖の水の一部が渦を巻き竜の姿となる。後ろから声がした。
「──ふむ。世界の敵ではなく世界そのものか。その少年から世界の敵の残滓が感じられたのだがね」
 気づけば宮下はいつの間にか黒衣装を着込みブギーポップになっていた。
 ブギーは左右非対称の表情を作り佐山を見る。Gsp-2はムキチにコンソールをむけ『ヒサシブリダネッ』と文字が出ている。
「どうもここに来てから暴発が多い。これは明らかな弊害だ」
「一応言っておくがムキチ君は敵ではない。むしろ癒し系だ。──ムキチ君。君はその少年の支給品かね? 何があったか教えてくれたまえ」
 佐山はムキチに問いかける。ムキチはゆっくりと、連続して言を紡いだ。

『わたしは その わりばしに はいってました』
『その しょうねんは まじくと よばれていました』
『まじくは わたしに きづきませんでした』
『そして まじくは うばわれました』
『まじくを くろい めつきのわるい やんきーのひとが とむらいました』
『かれも うばわれた かおを していました』

「オーフェン君か……?」
 佐山は考える。彼はチンピラのようだが常識人で、結局説明できないまま分かれてしまったが。
 そしてムキチは再びさやま、と呼ぶ。

『しんじょうは どこですか?』

 く、と胸が軋む。その痛みも回復の概念で消えるはずだが、痛みは退かず──

『ここには しんじょうの けはいが あります』
『でも しんじょうは ここには いません』
『ここいがいで しんじょうの けはいは しません』
『ここにいて ここにいないのならば』
『しんじょうは どこですか?』

「気配はすれどここには居ない……新庄君は──!」
 胸が張り裂けそうになる。実際張り裂けてしまったほうが楽だろう。
 あ、と声を上げ足が崩れる。地面に跪き脂汗をたらす。
 強制的に空気が漏れていく喉から声を絞り出す。
「──奪われてしまったよ」
 粘度の有る吐息を吐き出し、苦痛に声を震わせる。
 狭心症の所為か、或いは別の何かか。
 頭を掻き毟る。髪の毛が数本千切れた。その痛みが逆に心地よかったが。
 顔を上げる。目の前に、自分とムキチの間にブギーポップが立っていた。

「何かを成そうとするには、まず涙を止めることだ」

 実際には涙は出ていなかったが。
 佐山は無理やり笑みを作った。ブギーも左右非対称の奇妙な表情で返して、後ろに下がる。
 僅かに体を動かすことで全身に力を供給していく。
「もちろん、分かっているとも」
 胸の痛みはだんだん退いていき、佐山は起き上がる。
 脂汗で張り付いた髪を正し、泥のついたスーツを払う。
「ここで泣き叫び、動きを止めては新庄君に対する…新庄君が私にくれた想いに対する冒涜だ」
……胸は痛めど心は悼めど、新庄君の加護があれば耐えていける……!
「ムキチ君。新庄君は奪われた。多くの明日の友人も失った。
 私は奪ったものに償いの打撃を、失ったものに抗う力を与えるために君が、必要だ」
 自分独りで何とかするのは困難で。
 自分独りで仲間を集めるのは厳しい。
 それでも新庄君が居るならば。
 新庄君が私を護ってくれるならば。
 何故それが出来ないことだろうか。
 どうして出来ないことがあろうか……!
『やくそく しましょう ひとつは さやまのなかに しんじょうが ずっと いること』
 マジクのデイパックの中の割り箸を取り出しムキチに向けた。
「佐山御言は新庄の意志と永遠にともにあることを──」
 自分は人を泣かせず、泣いてる者に説こう。君を泣かした状況を作ったものの事を。
 自分は失くさせた者を奪おう。彼の理由を。そして本当に失くさせるべきは何かを問う。
 未知精霊?
 これまで私は新庄君と仲間と未だ知らぬことを見つけてきたのだ。精霊すら知らぬことも見つけよう。
 心の実在?
 心はここにある。新庄君はここにいる。これだけは、誰にも奪えぬ……!

テスタメント!
「契約す!」
 ムキチが割り箸の中に殺到する。割り箸にあいている無数の気孔にムキチの水分が含まれた。
 それでも重さはそう変わらなかったが。と、足元に。
「草の獣……」
 4th-Gの一部、六本足の、犬に似た草の獣が足元に一匹。ぼふっと酸素を吐き出しつつ現れた。
 お手元の割り箸からムキチが告げる。
『もうひとつは うばわれたものは とりかえしましょう』
 Gsp-2のコンソールに『シンプルニネッ』と文字が生まれた。
 同時に耳元でブギーの、ぞっとするような声がした。
「君は世界の力を二つも手に入れた。君は世界の敵に為り得るのか──?」
 それは確認するように、自分では分からず、困惑しているような声だった。
 振り向くとそこには学生服を来た宮下が居た。既にブギーではない。
「佐山君どうしたの?」
「いや……この獣は宮下君が持っていたまえ」
「うわ。これって?」
「ジ・癒し系&和み系アニマルだ。なんと会話機能もついているぞ!」
『みやした?』
「かわいい……」
「それを持っておくと見事に疲れが取れるステキアニマルでもある。さて、それそろ出発しようか」
「あの、佐山君」
 宮下がおずおずと告げる。前々からの疑問だったように。
 佐山はなにかね、と返した。
「どうして佐山君はこんな状況でも冷静に、無理と言われたことをやろうとするのかな?」
 佐山は宮下にまだ詳しくは説明していない事を思い出した。
……そう言えば有耶無耶になったが、詠子君と宮下君がいつの間にか入れ替わってたのだったな。
 説明したところで通じるとも思えないが。佐山は苦笑して言う。
「腐ってなどいられないよ。大事な人が私を見ま」

「うひょー」

「………」
「………」
「腐敗すると発酵するの違いは人間に役に立つか立たないかであり人生は常に発酵している。
うむ。今にも酸っぱい香りが……うぷ。この話は今度の食事のときにでも」
『さやま みやした むし?』
 いつの間にか宮下の手から降りていた草の獣がどこかで見た虫を銜えていた。ちなみに消化器官は無いので銜えてるだけだ。
 佐山はごほんと咳払いをして着衣を正し息を吸う。そして指を刺しつつ一息で叫ぶ。
「オーフェン君改めサッシー二号の友人、元サッシー二号君ではないか……!」
「俺の名前を勝手に改めるなっ! あと誰がそいつの友人だ!」
 後ろの森からオーフェンが飛び出してきた。全力否定しながら。
「真の友情とは耳掻きの綿の部分を噛まない猫と生まれる。By俺の親父の一人息子。
つまり俺を既に甘噛みしているこの生物と友情は生まれるかということだ」
 オーフェンが肩を落とし、半目になる。まあいいやと前置きし彼は佐山を見た。
「また会ったな佐山…だっけか。ここでなにし」
                          放送が鳴った。
【D-6/湖南の岬/1日目・18:00】
『不気味な悪役』
【佐山御言】
[状態]:左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない。処置済み)。服がぼろぼろ。 疲労回復中。
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水2000ml) 、 マジクのデイパック
    PSG−1の弾丸(数量不明)、地下水脈の地図  木竜ムキチの割り箸
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する。とりあえずオーフェンと会話。
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる (若干克服)

【宮下藤花】
[状態]:足に切り傷(処置済み) 疲労回復中。
[装備]:草の獣
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml) ブギーポップの衣装
[思考]:佐山についていく

※チーム方針:E-5の小屋に行き、その後マンション、教会へ。
【オーフェン】
[状態]:疲労。身体のあちこちに切り傷。
[装備]:牙の塔の紋章×2、スィリー
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1000ml)
[思考]:クリーオウの捜索。ゲームからの脱出。 佐山と会話。
    0時にE-5小屋に移動。
    (禁止エリアになっていた場合はC-5石段前、それもだめならB-5石段終点)

※ムキチ&草の獣:出展:終わりのクロニクル
・それぞれ装備者及びその周囲の人物の疲労を回復させます
・ムキチ(疲労回復大)、草の獣(疲労回復中)ぐらい
・草の獣はこれ以上分裂、生成できません
・ムキチは消滅、草の獣は破壊されたら再生不可です
・草の獣とムキチとの間で意思疎通が出来ます
・ムキチは他の木製道具に乗り移れます
・ムキチの冷却攻撃は[周囲の温度を徐々に0度まで下げれる]です