いくら2ちゃんねるとはいえ、 まじめに話を効いてもらいたいなら草を生やしまくるのはやめとけ。 言葉遣いもきたなすぎる。 解釈信者の大半は、英語のことも受験のことも真面目に考えていないというふうに受け取られる。 You should not use any bad words such as 'Wwww', when you want others to listen to you attentively, even if you use such words on web sites such as Chanel 2. On top of that, you are rough in your speech. It seems to me that most people who believe the method of translation in learning a foreign language is extraordinarily useful don't seriously think of English and the entrance examination.
(2) "even if you use such words on web sites such as Chanel 2" をそのまま 訳すと、「2チャンネルなどのウェブサイトでそのような言葉を使うとしても(wwwwなどの悪い言葉を 使わない方がいい)」となります。ちょっと変です。「たとえ2チャンネル上であっても www などの 悪い言葉を使わない方がいい」と書くべきなので、"you should not use such bad words as www even on such a casual website as 2-channel" とでもすればいいと思います。 なお、本来のテレビの「2チャンネル」は "Channel 2" と書きますが、ネット上の悪口サイトで ある「2チャンネル」は "2-channel" と訳してあるのを見たのですが、どれが一番適切であるか 私は知りません。
(4) don't seriously think of English AND the entrance examination" と 書いてありますが、これなら「英語のことと入学試験のこととの両方を真剣に考えているわけではない」 という意味になり、すなわち「両方を真剣には考えていないけど、片方なら真剣に考えている」 という意味になってしまいます。
「どちらのことも真剣には考えてない」のであれば、think seriously neither of English nor the entrance examination" にしないといけません。
>>507 think seriously neither of English nor the entrance examination
これについては、おっしゃる通りです。間違えてしまってすみません。正しくは
think seriously of neither English nor the entrance examination
です。
the translation method については、名詞 + 名詞という形は、確かにある程度は 慣れてからの方がよいかもしれません。最初の少なくとも5年くらいは、 すでに見たことのある名詞と名詞との合成語だけを使うようにした方がいいと私は思います。
ただ、the method of translation in learning a foreign language is extraordinarily useful という言葉で解説されているこの「解釈信者」という言葉の意味をまだ私は完全には理解していないので、 そもそも "the method of translation" という表現がこの場合に適切かどうかもわかりません。
>>504 [添削] ・be eager to do「熱心に〜したがる」よりはbe willing[ready] to do「喜んで〜したがる」の方が文意に合っている。 ・provide A with B「AにBを与える」という熟語ならば、withがfoodの前に必要。ただし、provideは「あらかじめ準備して 用意しておく」感じだから、supply A with Bを使った方がいい。 ・「そこに行くことはできないだろう」の部分を前半で仮定法過去を使って表したなら、後半もそれの影響を受ける。 「金はないが助ける気持ちはある」という微妙な使い分けをしようとすると面倒だし長くなるので、「〜するための大金」と つなげば、ご質問のような些末な点でひっかかることは避けられる。
[添削後] I couldn't go there even if I had enough money to supply them with food and medical care.
[添削後] You should not overuse such silly signs as www even on an anonymous billboard like 2-channel in the virtual community if you want to draw a serious attention. I must also point out that your wording is too bad. [If you stick to it,] most of the believers in the "translation method " including yourself will not be seen as serious in talking about English or entrance exams.
私は、この場合は He reads a lot. が正解だと思っています。そして He reads well. というのは、たくさん読むのではなく、よい読み方をする、深く読み込む、いい加減に読まない、 一つ一つの単語や表現を正確に理解して、きちんとあらすじを理解し、できれば感動するまでに 至るような読み方をすることを read well と言うのではないかと思います。
Book Description: Hodder Paperbacks. Book Condition: Good. 2011. Paperback. Well read, but remains good. . Book Description: Hodder Paperbacks. Book Condition: Good. 2011. Paperback. Well read, but remains good. Book Description: Macmillan Education, Oxford, 2012. Book Condition: New. Bookseller Inventory # 21604583 Book Description: Vintage, 2010. Book Condition: Fair.N/A. 発行年記入無し Former Library book. Shows definite wear, and pe
If you want the talk to be effective seriously, you must not grow grasses and say dirty words , although at "2Channel". Otherwise , most of "kaishaku" believers are teken in by the notion that they are consider nether English nor entrance examination.
507 :大学への名無しさん:2012/07/04(水) 21:17:21.67 ID:s+XmeCSq0 ID:BrWzJQjt0は “Perhaps the zoo keeper's worst crime against animals was the stamp-collecting approach to zoo management ; keeping one or two of as many species as possible. ” という英文を「動物園を維持する者にとって、動物に相対するうえで最悪の罪は恐らく、 判で押したような管理方法をとること―1種類や2種類の方法をできるだけ多くの種に 適用しつづけようとする―ことである」というトンデモ和訳をした人。
691 :大学への名無しさん:2012/07/13(金) 18:10:55.61 ID:yIOIiCfT0 >>690 The sign that what a man does is of social value is that he is paid money to do it. これを訳して、訳すときにどのようなプロセスで訳したか説明してみてくれ。
>>541 「血液表現」というのは、これだけでは医学の教科書みたいなので理解不能だが、 「血なまぐさい表現・場面」などのことを婉曲に表現しているのだとすれば、 Caution: many bloody[violent] scenes and expressions are included in this book. あたりが良いと思う。 最初の「警告」はcautionはwarningでもいいのだが、前者は「あなたに被害(ショック、 パニック)が生じる恐れがある」という警告であるのに対し、後者は「あなたが加害者、 犯罪者になりかねない(違法駐車とか違法ドラッグ売買とか)」という警告になる。 ここではcautionがあった方が、親切だろう。
だから、不定(不貞?)冠詞を使ったI want you to be a wife. は最悪。 「たくさん妻を抱えているけど、その内の一人に加わってくれ」という事に他ならないからね。 この場合は>みなさんが答えてくれたようにmyを使うのが正解。 (所有格のmyも僕の「たった一つ」のもの、」というニュアンスがある)
だから、逆に He is my friend. はおかしいわけ。 僕にとってたった一人しかいない友人という意味になるからね。
であるなら、映画の終わりで、AN END と言われたら、観客は困ってしまう。 たくさんある結末の内の一つです、と言ってるに等しいから。 いつ席を立っていいものやらわからないよね。
つまり、THE END というのは、This is THE END of the movie. (これがこの映画の結末です)のTHE ENDの部分だけを抜き出している表現なわけ。
THE END of the movie のmovieの前がtheになることもわかるよね。 「この映画」=今まであなたが見ていた映画、という特定されたものだから
It better to be a human being dissatisfied than a pig satisfied ; better to be Socrates dissatisfied than a fool satisfied. ってことか ソクラテスほどの向上心は欲しいが持ててないなあ
[添削] ・increasing world populationだと、increasingは「増加する」という形容詞の機能を果たし、全体 では「増加する世界人口」という意味になる。これでも構わないように思うが、原題の日本語の流れ に沿うならば、the world population increase(この連語は少々苦しいが)とするか、the increase of world populationの方が良い。 ・may lead to「〜につながるかもしれない」はこれで良い。 ・crisis food lackは意味不明。食糧不足「food shortage」という決まり文句が使えるとよい。lackを 使いたいならばlack of foodとすべきだろう。580氏はcritical food hungerという代案を示しているが、 ここでhunger「飢え」を使うのはおかしい(食べ物自体が飢えを感じるわけではないから)。 critical food shortageなら構わないと思う。
That's exactly what I have been trying to tell you! I had no idea of what you meant by those sentence: >ここでhunger「飢え」を使うのはおかしい(食べ物自体が飢えを感じるわけではないから)。 >hungerを感じるのは生物である。foodは無生物であるから飢えは感じない。 主述の関係という以前の問題である。
抽象的な議論ばかりじゃなくて、今回の場合は、どうなの? 全世界のことでも、聞き手がその情報を共有してなかったら、 やっぱり a でしょ? 今回の英作の課題文にある crisis を聞き手が共有する 情報だと解釈している人は the にするけど、 そういうふうに解釈しない人は a にするってことで いいのかな?
>>610 The increase of world population may lead to the crisis of food shortage in the future. The increase of world population may lead to a crisis of food shortage in the future.
It should not be possible to understand completely other people because men's personarity is more complicated than their apperance.Though,only with a short conversation,I often feel as if I had known the other person for a long time. Such a misunderstanding sometimes makes a friendship.
んじゃあ めんどいけど久しぶりに添削してやんよ >>676 1文:should not beは冗長だが間違いではない。completelyの位置が不適当。men'sは男女差別的なので用いない。their→its 2文:初対面の人と、の欠如。ことがある→oftenとはならない。theがなにを指しているのか。 丁寧に英訳するように。点数は知らん。
とりあえず私の英訳を所望しているひとがいるので載せて終わる。 It is not possible to completely understand what someone is really like. However, as soon as you talk for a while with someone you have just met, you can begin to feel as if you have known the person for a long time. This false impression can be make it possible to form good friendship with that person.
ああ”人間の中身は見かけ以上に複雑であるので”を完全にすっとばしてたな It is not possible to completely understand what someone is really like because the human character is more complicated than it appears. あと最後ももう一個間違いあったa good friendshipだな・・・
>676 [添削] ・It should not be possibleとshouldにする必然性はない。possibleとto不定詞の間には意味上の主語for usとかfor meが必要になる。 ・understand completelyよりもcompleletely understandの方が語呂がよい。 ・apperance→appearance ・「中身」とか「見かけ」を名詞で表そうとして、personalityとかcharacterとか、あるいはlookとかappearanceといった解答が出てくる ことは出題者の方で織り込み済みのはずである。大学受験当時の現場であれば、そう書ければ御の字かも知れないが、おそらく実作例の ような英語の方が、ビッグワードを使わずに、しかし原文の言わんとすることを素直に表せるような気がする。 ・文頭にthoughを持ってきてもbutやhoweverとは同じ意味にはならない。thoughの用法を再確認されたい。基本事項。 ・「初対面の相手」の部分が欠けている。a person you have met for the first timeとで言えばいいのだろうが、実作例ではあえて a strangerとしてみた。 ・often feelというと、そんなことが「しばしば」起こる、ということになるのだが、原文はそうは読めない。 ・the other personはone personに対応するのが普通。つまり「あの人」対「この人」という感じになる。「初対面の相手」が抜けている せいで、ここが浮いている。 ・suchの後のasを読み手に補うように強いる文章よりは、「この種類の誤解」とした方がすっきりする。 ・この英語は「I=私」の個人的経験の色合いが強いが、原文はもう少し普遍的なことを語っているようなのでIは少しおかしい。
[実作例] We can't expect to completely understand other people, for what they actually are is more complicated than how they look. However, we sometimes feel as if we had known a person for a long time, although he is a stranger with whom we have had a small talk for a while. Misunderstanding of this sort may sometimes lead to the birth of a friendship.
>>679 [添削] ・possibleとto不定詞の間には意味上の主語for usとかfor meが必要になる。1行目と3行目の両方。基本事項。 ・as soon asというのは「〜するやいなや」ということで、間髪を入れず、という感じなのだが、原文はそうなっていない。 そもそもas soon asという副詞とfor a while「しばらくの間」という副詞がこのように並列されるのは矛盾しないだろうか。 「しばらくの間おしゃべりをするやいなや」という表現に679氏は違和感を覚えないのか、ということを問うているのである。 after you have talked for a while with someone you have just metとするならまだしもかも知れないが、それでも未消化感は残る。 ・you can begin to feelと書くと「感じ始める可能性がある」のか「感じ始めることができる」なのか不明確。さらに、これだと 「〜することがある」というニュアンスにはならない。ここでの問題は頻度なのであって可能性ではない。mayにすれば少しましかも知れない。 ・as ifの後には一般的に仮定法(過去あるいは過去完了)が来る。基本事項。 ・後から訂正された英文では1行目はbecause the human character is more complicated than it appears. となっているが、このitは human characterを指すことになるから、「その人の性格は、その人の性格の見かけよりも複雑である」という意味不明な文章になる。 慌てて書くと優秀な方でもこの種の間違いはするものであるが、やはり苦手な部分は無意識のうちに忌避したい(だから初めは忘れていた のであろう)からか、十分な見直しができていないように思う。
お返しとして君の私の英文に対する添削の間違いを指摘してやろう まず1個目possible云々→そんな決まりはない。2個目for a whileの意味を分かっていない。3個目可能性のcan→〜することがある。 4個目仮定法のところ→これは何を言ってるのか。5個目”その”人の性格?正しく和訳できていない。
>>687続き 私が行った添削の間違いを指摘してやろう、とのご発言だが、もう既に他の方からもご指摘があったように、 いささか見苦しいとも思えるご指摘がある。as if「あたかも〜のように」の後には仮定法が来るというのは、 現在でも普通に学校文法で教えられていることであるし、for a while「しばらくの間」の意味が分かっていない というなら、ご自分なりの訳語なり説明を示すべきだろうし、the human characterを普遍的な意味での「人格」 と意味で使っていたとしても、それがthe human character is more complicated than it appears. という英文 の本質的な違和感(「人格は人格の見かけよりも複雑である」)を減らすものではなく、幼稚な論点ずらしである。 ここでcanを使うと複数の解釈が可能になるので、別の表現を実作例ではお示ししている。あと、 It is easy to ride a bicycle.と It is possible to ride a bicycle. という英語は上の場合は正規の英文であるが、下の場合は意味上の主語が必要になるということも、実際にこの 英語を音読すればすぐに実感されると思う。どうして、このような明白かつ言い逃れのできないようなことにまで 逐一反論を試みようとしないと気が済まないのか、いささか腑に落ちない。かなり英語ができる人であるという ことが書かれた英文からは判断できるだけに、何か病的なものを687氏には感じてしまう。
>>691 添削者さんに質問があります。 It is possible to ride a bicycle. には for me など、意味上の主語を入れないといけないとおっしゃいましたが、 僕にとっては初耳です。手元の文法書や辞書を見ても、それらしきことははっきりとは書いてありません。 それどころか、「ジーニアス英和中辞典」には、次のような例文があるくらいです。
>>691 as ifが仮定法→これは仮定法じゃない。初心者にありがちなのがif節特にas ifともなれば必ず仮定法と思うこと。ここでは仮定法を使う必要がない。 for a while→少々の間 私の英文だと少しの間話すとすぐに〜と感じはじめる、となる 全くもって自然 the human characterの部分→人間の本性はその外観でも見て取れる本性より複雑である どこがおかしいか possible云々→必ず意味上の主語が必要と考えるのは初心者としか考えられない。一般的に誰でもそうであることを表現するときには意味上の主語を置かない。
it is not possible to go there→そこには(誰もが)行く事ができない it is not possible for you to go there→あなたはそこには行く事ができない
以下は、引用。 It is not possible to completely understand what someone is really like. However, as soon as you talk for a while with someone you have just met, you can begin to feel as if you have known the person for a long time. This false impression can be make it possible to form good friendship with that person.
>>693 Is it possible to ride a bicycle?は無理だが Is it possible to ride a bicycle here?は可能。 その理由を考えてみると、上の英文は「技術、能力」という「乗る側の問題であるのに対し、 下の英文は「この場所が自転車を乗ることを許される場所であるかどうか」ということを問うている。 同様に、チケットを買うことができるかどうかは、「売る側」の問題である。したがって、意味上の 主語を立ててもしようがない、というか、自分たちに可能、不可能を決める権限がないので不要。 大学入試の現場では、減点されにくい答案を書くように指導するのが普通である。
>>694 ・as ifについて、文法書などをもとに、具体的な英文を示さないと説得力がないので、お願いしたい。 ご自分だけが理解していても、それを他人に分かりやすく伝えないと受験生は特に混乱する一方である。 ・「しばらくの間」と「少々の間」がどう違うのか説明をお願いする。694氏の英文よりも、私の提案した after you have talked for a while with someone you have just metの方が、「少しの間話すとすぐに 〜と感じ始める」における「時間経過」が出ると思う。というか、「〜するとすぐに」とは原文には書か れていない。「初対面の相手と少し話しただけで」となっていることをどう考えられるか。 ・the human character is more complicated than it appears. 「人間の本性はその外観でも見て取れる 本性より複雑である」というときの「その外観」に出てくる「その」とは何であろうか。添削者にはこの文は the human character is more complicated than the human character's appearance.としか取れないのだが。 it=the human character以外にどのような解釈があるのかご説明願いたい。人間の外見the human's appearance という解釈にはならない、念のため。
1個目:ぱっと浮かんだ一文 It looks as if it is going to rain 雨になりそうだ 適当な例文かは知らんが 2個目:しばらくと少々の違いなんて無い。あんたが日本語の意味を知らないのかと思っただけ。話をしただいぶ後になって〜と感じる人なんて普通いないわけで、 話をした(し始めた)直後に〜と感じるのは自然な流れ。”少し話をしただけで”にはそういった流れがあるものと考えたに説明は尽きるな 3個目:その外観→人間の本性の外観 本性は内にあると言えども振る舞い、言動などから表面ににじみ出てくるものだろう それ(にじみ出ているもの)よりも実際は複雑であると言いたいわけだな
as if の後ろは添削者さんのおっしゃるように、事実でなければ仮定法ですよ あと原文と照らし合わせて、as soon as は工夫すれば使えるかもだが、 talk for a while のもつ継続感とはやっぱり合わないと自分も感じる as soon as you start talking with など瞬時に終わる動作しか思い浮かばん ちなみに自分なら after a few exchanges of words with とかにする
>>706 じゃあ最後に仮定法ではなく直接法を用いいる場合について参考文献も提示しつつ具体例を挙げておこう 発話者が確信を持っている、 又は本当にそんな気になっているとき: You look as if you've been running. (Practical English Usage) It looks as if it's going to rain. (Practical English Usage) It sounds as if the situation will get worse. (ロングマン アレクサンダー英文法)
現実には存在しないが、発話者が本当にそんな気になっているとき: I feel as if I'm floating on air. (ロングマン アレクサンダー英文法)
[tenses] We can use a past tense with a present tense meaning after as if /as though. This shows that a comparison is 'unreal'. Compare: ---She looks as if she's rich. (Perhaps she is rich.) ---He talks as if he was rich. (But he is not.) ---You look as though you knew each other. ---Why is she looking at me as though she knew me? I've never seen her before in my life.
However, we do not use a past perfect for a past unreal comparison. ---He talked as if he was rich, but he wasn't. (NOT...as if he had been rich...)
In a formal style, were can be used instead of was in an 'unreal' coparison. This is normal in American English. ---He talks as if he were rich.
(Michael Swan, Practical English Usage, 2nd edition, Oxford University Press, 1995)
>>711 Michael Swan の本を引用してくれてありがとう。 なるほど、他の文法家はともかく、少なくとも Michael Swan は 現実に反することを言うときには as if のあとは今でもちゃんと 過去形にしないといけない、と言ってるんだね。 そこらへんを考えると、受験生や一般の外国人はよけいのこと、 「現実でないことを "まるで〜であるかのように" って言いたいときには as if のあとは 過去形にする」 というルールを守った方がいい、ってことになるね。
We主語 We can't expect to completely understand other people, for what they actually are is more complicated than how they look. However, we sometimes feel as if we had known a person for a long time, although he is a stranger with whom we have had a small talk for a while. Misunderstanding of this sort may sometimes lead to the birth of a friendship.
You主語 You can't expect to completely understand other people, for what they actually are is more complicated than how they look. However, you sometimes feel as if you had known a person for a long time, although he is a stranger with whom you have had a small talk for a while. Misunderstanding of this sort may sometimes lead to the birth of a friendship.
People主語 People can't expect to completely understand other people, for what they actually are is more complicated than how they look. However, people sometimes feel as if they had known a person for a long time, although he is a stranger with whom they have had a small talk for a while. Misunderstanding of this sort may sometimes lead to the birth of a friendship.
>>723-724 興味深いご質問を感謝。一般論のyouは“anyone, anytime”すなわち「誰でも、どこでも」当てはまる例であることが前提である。 You can get a fine view of Mt. Fuji from here.「ここからは富士山がよく見えますよ」という時に、曇天や夜間や視覚障害のある 人のことなど(いわゆる特殊な例外)は前提になっていない。つまり、特別な事情がない限り、誰でも富士山を見ることができる。
なお、strangerという言葉を本人に向かって直接使えば「よそ者」という排他的なニュアンス になるように感じられるが、本来はa person that one does not know or who is not familiar to oneあたりであろうし、その直後にyou have just metという補足もつけたので、それほど 否定的にはなっていないと思うのだが、どうであろうか。いずれにせよ、久しぶりに実りある ご意見を頂戴し、感謝申し上げる。
もちろん、単語の意味は文脈によって変わりますし、必ずstrangerがそういう含みを持つわけではありません。 ですが、その文章では、「彼がstrangerである」ことが成立した上で、 you have just metという補足を加えた、という解釈が自然だと思われます。 そして、それだけの文脈ではstrangerの排他的なニュアンスが打ち消されているかは微妙なところではないでしょうか。 ですので、stranger to me として意味を限定的にすることによって「初対面」を演出するほうがよいのではないか、と私は考えます。
自分の解答:When you write letters, you spend a lot of time to think content. But I think you make content casual when you send e-mails. You tend to think casual about express of content because e-mails are more convenient than letters, and easy to send and to write.
>>745 原文の第一文を思い切って2文に分けて書いているのは良いと思う 第一文はそのままだと断定的すぎるからperhapsから始めてyou spend〜when〜.にすると良いかな a lot ofはenogh, sufficientに、contentは普通はcontentsと複数にするとなお良い 第二文は第一文との比較だと思うから、かける時間について書けばいいと思うんだけどどうかな you may spend not enogh time to write Emailsみたいな そして原文は疑問文だから付加疑問文にすればいいと思う あとButをhoweverに、I thinkはいらない 第三文は「文章表現までお手軽に」の部分は悩んだようだけど you may tend to underestimate the expression in writing when you use Emailとかunderestimateがでなかったらnot to take it seriouslyみたいに・・・ あと最後の比較の部分は列挙したほうがいいと思うな emails are more convenient, save you more time, and easier to send and write than lettersのように・・・
[添削] ・write letters→一度に書く手紙は一通だからwrite a letterでよい。 ・spend a lot of time to do→spend much time ---ingとする。 ・think content→think of its contentsとする。itはa letterを受けている。think of「〜について考える」 ・I thinkよりもI suspect, I guessあたりの方が、相手の事情を推測する含みが出る。実作例では文字通り否定疑問文にしてみた。 ・you make content casual→you tend to make its contents too casualとしないと、casual自体は悪い事ではないので分かりにくい。 ・send e-mails→これだと、いつも複数のメールを送信するかのように読めてしまう。write an e-mail, send an e-mailでよい。 ・You tend to think casual about express of content→You tend to take it too easy expressing yourself in an e-mailあたりにする。 「メールでの自己表現において気楽に考えすぎる傾向がある」ということ。 ・e-mails are more convenient than letters, and easy to send and to write→どちらも比較級にする必要がある。e-mails are more convenient and easier both to write and send.あたりにまとめてみる。
[実作例] Don't you spend less time and energy writing an e-mail, although in writing a letter you may spend more time on how to express yourself? An e-mail is a more convenient and easier tool than a letter both for writing and sending. Eventually you end up using more casual or less considerate expressions for it.
>>748 「手紙を書く」を英訳するのにwrite a letterと単数形を使ったために、それとのバランスを取って an e-mailとしたに過ぎない。現実にはsend e-mailもsend an e-mailもsend e-mailsも見かけるよう になっている。同様に、Don't write a long emailなどというハイフン抜きの表記も頻繁に目にする ようになった。mail自体は不可算名詞として「郵便、郵便制度」、集合名詞として「郵便物」であるが、 中世英語では手紙などを入れる「ずだ袋」を指していた(write a mailと書かないのはそのせいである)。
問2 0/8 ・「何ができるのかということを考えると同時に、何がわからなくて、何ができないのかということを考える」ことが「謙虚さ」と読むのが自然。 最初の「考えること」と「謙虚さ」を並列にとってしまうと意味が不明。 二つの「考えること」を同時に持つことが「謙虚さ」である。 和文の解釈の重大な誤り。(−4) ・時制を過去形にしているが、そこで過去形だと「現在はそうではない」、「現在とは無関係」ということになる。 その文脈の限りでは完了形を使うべき。 日本語の「〜ていた」に引っ張られないように。 全体の時制に関わる誤り。(−4) 以下、訂正だけ ・「何が分かっていて、何ができるのか」はwhat we know and what we can doとすべき。 分かっていることと、できることが同じとは限らない。 ・were losing は進行形にすべきではない。 日本語の「している」「していた」を安易に進行形に結び付けないこと。 ・「謙虚さ」はmodestなどを使う。 considerするためのemotionsでは意味が不明瞭。 considerすること自体が謙虚さのはず。
問3 3/7 ・about以下は、howの中に入れる。about themの位置に。(−1) ・energy and water , airのandの使い方は誤り。正しくはenergy,water and airとする。 さらに、andではなくorを使うべき。(−1) ・「どのようにして〜できるのか。」のhowの反語は最後にクエスチョンが必要。(−1) ・「損得」はdamageを使っても間違いではないが、loss and gainまたはprofit and lossという決まり文句を覚えておくこと。 ・「経済効率」はeconomic efficiency economy pointsという名詞の連語は意味不明。(−1)
>>752 [添削と評価] 既に他の方からの指摘もあるので手短に。問2の文全体の時制については、その方とは少し見解が異なる。 問1 5点満点の2点 ・問2でも使っている関係代名詞whatを使ってwhat we can't imagineを主語にする手もある。 ・occurは過去形のoccurred、名詞形のoccurence、アクセントの位置(真ん中のuの上に来る)など、単語問題の常連である。 ・in our worldを文頭に持ってくる必要はない。we can never imagineが本来の語順である。 ・「われわれが想像できないような出来事」が日本語の発想のままであるし、せめてthere can be some occurrencesにしてほしい。 問2 8点満点の2点 ・謙虚さを欠く→〜するだけの謙虚さを持たなかった、と考える。be 形容詞enough to doの構文を使う。 ・「何が分かっていて、何ができるのか」という名詞節の中身は時制の一致を受けない。 ・「〜と同時に」を見ると、ただちにat the same timeを発想するが、おなじみの熟語both A and Bと同じ意味でat the same time A and Bともいう。 ここでは「同時に」という言葉に引きずられないほうが良い。対立することを同時並行的に考える、ということでよい。 both A and Bが長すぎるときは途中にカンマが入ることもある。 ・emotionsの使い方やin[→at] the same timeなどは減点対象となる。原文が過去形なので、進行形にする必要はないが、この文自体は過去形で構わない。 問3 7点満点の3点 ・反語疑問の疑問符を忘れないこと。語順も当然how can weであるべき。 ・「エネルギーや水や空気」を論じる、と考えるからthemを使いたくなるが、「〜の問題」とまとめてしまうと処理がしやすい。
[実作例] 問1 What is unimaginable to us can[couldも可] happen in our world. 問2 We weren't modest enough to think of both what we know and what we can do, and what we don't know and what we can't do. 問3 How can we discuss the matter of energy, water or air without thinking of its loss and gain or economic efficiency?
>>757 問2は違うと思うな その英文だと「何がわかっていて、何ができるのかということを考える」事が謙虚であることになってしまう 原文を見ると、同時に謙虚に考えることをできないと言っているのであって 〜at the same time that we thought of what we know and what we can do. とでもすべきだと考える