■■■■古田武彦の多元的古代史観 01

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1古田武彦
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E7%94%B0%E6%AD%A6%E5%BD%A6
中小路駿逸(元追手門学院大学教授)によれば、「大和なる天皇家の王権が7世紀より前から日本列島の唯一の中心権力者であった」とする日本古代史の「一元通念」を否定した点が最も大きな貢献とされる。
一元通念が論証を経たものではなく、日中の文献や考古学的な遺物も多元的古代史観によって無理なく理解できると主張している。
2日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:02:35
3日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:04:01
政・[心hen宗]・満の法則
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/jsss.html
4日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:05:11
5日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:05:41
6日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:09:21
九州王朝説とツガル以外は、一応評価できる。
7日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:09:57
8日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:10:41
9日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:14:52
古田ファンサイト:よみがえる九州王朝
http://www.sysken.or.jp/Ushijima/voyage2.htm#よみがえる九州王朝
10日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:16:46
古田ファンサイト:科学の目で見えてきた日本の古代
http://home.b06.itscom.net/kodaishi/index.html
11日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:18:09
太国が作ったんだねwww
わらかす議論すんなよw
がんばってね(^^)/
12日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:24:57
太国氏は来てないでしょ>11
13日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:26:13
誰がやっても、
こちらが盛り上がる事期待しています。

がんばってね(^^)/
14日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:26:50
中小路駿逸氏:古田武彦ノート
http://classic.music.coocan.jp/book/furuta/note.htm
15日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:29:17
16日本@名無史さん:2007/01/20(土) 01:58:07
パラレルワールド、砂上の楼閣、
論理の赴くところと言いながら、
途中で風が吹けば桶屋が儲かる式の論理の飛躍があることに
目をつむる、そんな古田史学。
17あっくん:2007/01/20(土) 02:55:55
九州王朝説
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E5%B7%9E%E7%8E%8B%E6%9C%9D%E8%AA%AC#_note-gengou2
問題点
九州王朝説は現在のところ、日本古代史の学界からは「批判・検証を受ける段階に無い」と見られ黙殺されている。それは以下のような理由による。
九州王朝の歴史を記録した一次資料は存在しない[11]。したがって記紀や中国や韓国の歴史書等に散見される間接的な記事、九州年号や大宰府など僅かに残された資料をつなぎ合わせて王朝の歴史を推測するしかない。
この直接的記録が無いことが、九州王朝否定論の論拠となっており、また多くの亜流を生む原因ともなっている。また、資料の扱いが恣意的である[12]点も、九州王朝説の弱点である(九州王朝説からすると通説が資料の扱いが恣意的であるとなる[13] )。
同じ九州王朝説の支持研究者でも、白村江の戦いまでを九州王朝の歴史と見る、壬申の乱までを九州王朝の歴史と見る、大化の改新まで九州王朝の歴史と見る[1] 等考え方は様々であり定まっていない。
九州王朝説の中にも仮定に仮定を積み重ねたトンデモ説としか思えないものもあり、初めて読んだ本がこれらの場合に九州王朝説全体をトンデモ説だと思ってしまう事がある。
18あっくん:2007/01/20(土) 03:02:49
>>16
ただ、多元的古代史観を打ち出したのは古田がはじめて、ってことはないんですか?
19日本@名無史さん:2007/01/20(土) 13:59:15
論理がまったく赴かないところに行くのが、
畿内説クオリティー>16
20日本@名無史さん:2007/01/20(土) 15:01:13
>>1
ここは
古田さんの肯定するの否定するの?
21日本@名無史さん:2007/01/20(土) 21:26:26
皇帝
22日本@名無史さん:2007/01/20(土) 23:32:53
だれも皇帝してないねwww
23日本@名無史さん:2007/01/21(日) 01:28:57
表向きは「古田説に反対「古田説を無視」

  なのに内心、「やっぱり古田説が真実」
24あっくん:2007/01/21(日) 02:38:03
>>20
>古田さんの肯定するの否定するの?
僕にわかるように説明してくれればどっちでもいいですw
25日本@名無史さん:2007/01/24(水) 23:00:55
語るに落ちる!
史コテによる自虐ワザ!
www
26日本@名無史さん:2007/01/25(木) 00:24:09
この人、東日流外三郡誌でも安本美典と対決してるよね。

27日本@名無史さん:2007/01/25(木) 13:10:16
>>26
対決というか、安本が古田潰しに必死。
古田によれば、共闘wを申し込まれたので断ったところネガティブキャンペーンを展開されるようになった、らしい。
元々安本は科学的手法による古代史分析を売りにしていたから、古田の邪馬壱国説が自然科学者に支持されたことは死活問題だったんだろうな。
「犯罪心理」学者の自称も怪しさたっぷりだし。
28日本@名無史さん:2007/01/25(木) 13:33:28
結婚後、昭和薬科大学で古田教授の助手契約を更新できると
思い込んでいた原田実は、あえなく契約解消。
安本のネガティブキャンペーンに意気投合、東奥日報とも結託
三郡誌所有者の孫のいじめに成功、今日の古田潰し網が完成。
29日本@名無史さん:2007/01/25(木) 18:08:12

結局古田さんの否定スレになるみたいだなw
低俗な書き込み頑張れよw

30日本@名無史さん:2007/01/25(木) 23:56:54
一時は考古学者らの多くが(消極的支持も含めて)古田説を支持したこともあったが、
少し後になると、考古学者の主流派から批判されるようになり、
いつしか、古田説を支持する考古学者は皆無になってしまった。

ここにいたって、古田説支持者らが、考古学を誹謗中傷するようになっていった。
31日本@名無史さん:2007/01/26(金) 00:15:46
九州と畿内で、同系の土器が出れば、畿内の編年に九州を合わせるといった
考古学者のヤバイ行為が明るみに出てしまった。
そりゃ、誰も支持しなくなるわさ・・・
32日本@名無史さん:2007/01/26(金) 01:48:58
>>27
古田潰しっていうか、あれを偽書を見抜けないってどいうことだよ?
そもそも持ち主の和田とか言う人自体が全て怪しげだし…

あと、縄文人が太平洋を渡って中米まで行ってたとかいう説。
どう考えても狂人としか言いようが無い。
とてもじゃないけど学者とは言えないよな…
歴史ロマン小説とか書いた方が良いかもね。
33日本@名無史さん:2007/01/26(金) 01:53:31
ていうか、初めから人物も本もメチャクチャ胡散臭かったのを、
古田が三郡誌にまじめに向かい合った。
裸国・黒歯国なんて誰も真剣に探さなかったが、古田はマジに
なって探した。
・・・それだけのこと
34日本@名無史さん:2007/01/26(金) 02:28:49
胡散臭いどころか、内容も何もかもメチャクチャだろうがw
しかも筆跡鑑定したら所有者の和田サン本人だしw

そのだーれが見てもコテコテの偽書の解析に真剣に取り組んだのはむしろ安本美典のほうだろがw
だーれも相手にしてくれず放置されていた和田サンのロマン小説を安本がマジで調べてやっただけのこと。

内容以前に全てが否定されているのに「裸国・黒歯国」がどうしたというのか?
そんな事をしているから古田は誰にも相手にされないんだよw

まさに奇人だな古田は…
35一応九州王朝説:2007/01/26(金) 05:34:11
>あと、縄文人が太平洋を渡って中米まで行ってたとかいう説。

十分あり得るわけだが。実際に実験もしてるし。和田家文章についてと
他の問題とは分けて考えないといけませんね。第三者が、感情的に過ぎ
る安本氏と同じ事をいうべきでもなければ古田氏のような排撃手法を取
る必要もない。学問における批判と、シロウト雀のスタンスとは違いま
すから。>>33の言うとおりです。それまでやりこめられるばかりだった
既存勢力がここぞとばかりに無視・嘲笑するための便法に使っただけで、
言ってみれば安本氏は猿回しの猿だったと言うことです。その後氏が支
持されたというわけでもないですから。むしろ既存勢力からは同じ扱い
ですよね。それなりに各方面で文献の扱いや科学的方法論で支持されて
いる古田氏と、初歩の統計的手法だけで勝負してる安本氏とでは格も違
い過ぎる。でも、それを彼はがんじえなかった。そう言うことです。

まあおたくの言い方からは、いろんな臭いはしますがね。
36日本@名無史さん:2007/01/26(金) 15:48:48
>>35
渡洋実験や小型ヨットの実績に加えて、DNAやウィルス含む寄生生物の面からも
直接的太平洋横断が数千年〜1万数千年?前にあったらしいことが分かってきてるからね。

>あと、縄文人が太平洋を渡って中米まで行ってたとかいう説。
>どう考えても狂人としか言いようが無い。
↑こういう反応する人間の蔵書リストをぜひ見てみたい。

ところで津軽外三郡誌が怪しいとされる第一の理由って何だ?(故人の怪しさは別としてw)
よく知らないが、幕末にオリジナルが作られて明治?に写本されてんじゃなかったっけ?
元々博物学的内容みたいだし、写本の段階でデータがアップデートされていても不思議じゃないのだが、
昭和に書かれたことが確実な部分ってどんなの?
>しかも筆跡鑑定したら所有者の和田サン本人だしw
↑捏造記事を鵜呑みにしてるこういうのは別にして。
37日本@名無史さん:2007/01/26(金) 16:57:22
倭人や日本人が太平洋を横断したというのは本当です。とはいっても漂流ですが。その数はかなりの数にのぼるようです。
幕末にアメリカの船が漂流者をつれてきていますし、ヨーロッパ人がアメリカを横断して西海岸に到達したとき、インデアンが日本人の漂流民を奴隷として使役しているのを発見しました。
インデアンにとって、漂流民は拾得物であり、奴隷として使役したのです。
そのため、旧大陸の進んだ文明を取り入れることもなく、結果コロンブスの
アメリカ発見以来の怒涛のごときヨーロッパ人の侵入に対抗できなかったのです。
38:2007/01/27(土) 02:03:42
古田教に脳を冒されるとこういう症状になるんですね。納得。


>倭人や日本人が太平洋を横断したというのは本当です。
>とはいっても漂流ですが。その数はかなりの数にのぼるようです。

ソースだせやw
もちろん古田と和田家文書以外でねw
あと竹内文献や富士文献とかもNGねw

>幕末にアメリカの船が漂流者をつれてきていますし

その頃って、アメリカの捕鯨船が日本のすぐ近海で操業していたしねw

>インデアンが日本人の漂流民を奴隷として使役しているのを発見しました。

初耳だなあw
とにかく古田関連の資料以外のソースだせやw
そもそも、12000キロ以上も漂流するなんて、なんと素晴らしい造船技術だろうw

>そのため、旧大陸の進んだ文明を取り入れることもなく

それが本当なら旧大陸の文明よりも先に、
日本人の持ち込んだ旧大陸固有の病原体でインディアン絶滅してるなw
現に、コルテス軍やピサロ軍の持ち込んだ天然痘で南北アメリカの原住民の9割以上は死んだのだからなw
39日本@名無史さん:2007/01/27(土) 02:18:24
>>36
>ところで津軽外三郡誌が怪しいとされる第一の理由って何だ?

怪しいのではなく、あれは偽書そのものだからねw

>よく知らないが、幕末にオリジナルが作られて
>明治?に写本されてんじゃなかったっけ?

すべて戦後に和田サンが執筆したものなんだがねw
そもそも幕末のオリジナルなんて無いのよw

>元々博物学的内容みたいだし、
>写本の段階でデータがアップデートされていても不思議じゃないのだが、

いや全然違うしw
てか、アップデートされたら資料的意味ないじゃんw
それこそ和田サンの趣味の世界でしょうにw
俺でも出来るよw

>昭和に書かれたことが確実な部分ってどんなの?

全部だよw ぜ・ん・ぶw
ていうか、和田サンは古田にすら例の「江戸時代のオリジナル」なる物を死ぬまで見せなかったっていうしw
言うなれば「全部が戦後に書かれたオリジナル」なんだよ、「江戸時代のオリジナル」なんて最初から無かったんだよw
40日本@名無史さん:2007/01/27(土) 02:28:42
>>38
バルディビアの土器は縄文土器にそっくりだが
現地の土で焼かれたもので「影響を受けた可能性がある」
というのが妥当なところだろう
バヌアツからは本物の縄文土器が出てるぞ
41日本@名無史さん:2007/01/27(土) 02:36:05
>>40
>バルディビアの土器は縄文土器にそっくりだが
>現地の土で焼かれたもので「影響を受けた可能性がある」
>というのが妥当なところだろう

似てるってだけが唯一の根拠w
こりゃ、すげーやw
てか、それは科学でも学問でもなく単なる「浪漫小説」の世界w

>バヌアツからは本物の縄文土器が出てるぞ

バヌアツは中米じゃないだろw
てか、バヌアツは物々交換で伝わった可能性が高い。
そもそも、西太平洋地域は紀元前から人間の行き来が確実にあった地域だし。
42一応九州王朝説:2007/01/27(土) 11:02:06
これはまた軽薄な粘着だね。

土器なんて簡単に言うなよ。縄文土器は世界最高(当時)の技術なんだぞ。
せめて土器の歴史ぐらい調べてからこいや。

>そもそも、西太平洋地域は紀元前から人間の行き来が確実にあった地域だし。

よくわかってるやんかw なら、バヌアツとの距離も知ってて言ってるんやね。
実は太平洋渡るのは、海流に乗れば簡単なんやが、そんな事も知らんとようカキコ
して人をこき下ろしたりできるな。ジョン万次郎知らんのかw
43日本@名無史さん:2007/01/27(土) 13:01:25
一応さんに同意。
ここのところ、ひどい書き込みが目立つなあ。
文系の学問の世界なのに「証拠は?」の一言で
万人が理解できる「ひとこと証明」が返ってくるはずがないのに
したり顔で聞いてくるその知的レベルの低さに呆れる。
和田家文書だって、ホテルに陳列した展示用作品を
安本氏が鑑定した事件があったが(当然近所の文房具屋で売っている紙)
そんなこと何にも知らないで言ってるんだろうなあ。

あ、言っとくけどそのときの筆跡は、地元五所川原の書家が書いたから
和田さんより字が上手だったよ。学者が和田さんの筆跡だって鑑定したら
和田さん、さぞかし喜ぶだろうな、俺の字はこんなの上手かったんだって。
44日本@名無史さん:2007/01/27(土) 14:04:46
>>昭和に書かれたことが確実な部分ってどんなの?

>全部だよw ぜ・ん・ぶw
>ていうか、和田サンは古田にすら例の「江戸時代のオリジナル」なる物を死ぬまで見せなかったっていうしw
>言うなれば「全部が戦後に書かれたオリジナル」なんだよ、「江戸時代のオリジナル」なんて最初から無かったんだよw

こういう低脳丸出しな「根拠」しかないわけね。
オリジナルが和田の主張と相違して存在しなかったとして、即捏造の証拠になるわけなかろうに。
45日本@名無史さん:2007/01/27(土) 14:12:14
>和田家文書だって、ホテルに陳列した展示用作品を
安本氏が鑑定した事件があったが(当然近所の文房具屋で売っている紙)
そんなこと何にも知らないで言ってるんだろうなあ。 <

サンルート五所川原で展示された「古文書」が
和田喜八郎の筆跡と判明した際、
いきなりレプリカだといいだしたのは
古田氏の方。
レプリカを作ったといわれた書家はその頃すでに故人、
遺族はレプリカ作成を否定、そもそも展示された「古文書」は
その書家の筆跡とは似ても似つかない。
レプリカならホテルもわざわざ展示しない。

何も知らないで言っているのは43の方です
(もしくは知っていても今ならウソが通ると開き直っている)

46日本@名無史さん:2007/01/27(土) 23:36:48
あはは、東奥日報+安本のネガティブキャンペーンの布教活動ごくろうさん。
原田君も一緒かな?嘘ばかり並べてもしょうがないね。
いきなりレプリカと言い出したのではなく、初めから知っていたんだけど。
わざわざ展示じゃなくて、ホテル側が借りたいといってきたんだけど。
君の言ってる書家・遺族って誰だろ?
結局、大勢で大量に嘘をつき続けるのが、勝利するってわけか.
そりゃご苦労なこったwww
47一応九州王朝説:2007/01/27(土) 23:49:53
なんかもの凄い一部しか知らない話になってますね。ついてけないw

でも、縁もゆかりも無いけど(本は結構持ってる)、安本さんとその
支持者の人の粘着ぶりが凄いことだけは感心する。原田って人も本は
つまらんかったよなあ・・・。
48日本@名無史さん:2007/01/28(日) 00:59:10
>結局、大勢で大量に嘘をつき続けるのが、勝利するってわけか.

どっちが詐欺師なんだよw
というか、実は古田は最初からアレが偽書であることを知っていて、あえて行動しているんだろうな。
でなけりゃ、単なるのバカだろw

まー、誰も古田のことなんて相手にしてないからイイけどねwww
49日本@名無史さん:2007/01/28(日) 01:30:36
しかし、安本と原田はマスコミ使うのがうまかったな。
田舎者で飲兵衛のオッサンを、マスコミ総攻撃で叩けば、そりゃ勝つわなwww
50日本@名無史さん:2007/01/28(日) 01:50:24
叩くも何も、他人の論文や写真の盗用罪で訴えられたんだから当然だろ?
そもそも古物関連の商売で散々な詐欺師なわけだし、詐欺で捕まっても当然な人なんだから。
その片棒を率先して担いだ古田も共謀罪に等しいよ。
51日本@名無史さん:2007/01/28(日) 02:02:10
裁判で実質的に勝訴したのは、田舎のおっさんのほうなんだがwww
52日本@名無史さん:2007/01/28(日) 02:31:05
では例の写真は盗用ではないとw
論文の丸写しも盗用ではないとw

かなり笑わせるねキミwww
53日本@名無史さん:2007/01/28(日) 02:49:32
ああいう人間のことを信じてる時点で古田史学はもう終わってる。
それ以前に九州王朝とか有り得ないし。
54日本@名無史さん:2007/01/28(日) 03:00:19
もう放っておけよ。
どうせ古田教の連中の思考は前世紀で停止してるんだし。
このスレに隔離しとけよ。

マジで。
55日本@名無史さん:2007/01/28(日) 03:00:30
おやおや、マスコミがよってたかって、外三郡誌を偽書判定させようとしたが、
裁判所はあえなく「非認定」。田舎のオッサンがあっさり勝利。オマヌケだったねwww
56日本@名無史さん:2007/01/28(日) 03:36:56
>>55
まさかアンタはアレを真作だと信じてるのか?

だとしたら、早めに精神科行った方がいいぞ、いやマジで。
57日本@名無史さん:2007/01/28(日) 09:46:28
裁判所に聞いてくれ。なんで偽作って認定できなかったんだよwww
58一応九州王朝説:2007/01/28(日) 09:53:08
こういうのを権威を傘にきて偉そうにする犬というんやねw

自分が社会の木鐸を気取っちゃって。なら、ムーなんかにくだらないこと書いてる
原田とかどうなんよ?あの雑誌だって、お遊びと笑い飛ばせるほど社会的影響力は
軽くないんやで。カルト宗教団体の巣で、わけのわからんパワーストーンとかの悪
徳商法に手を貸してるって意味じゃ、遥かに悪質やろうが。
右翼団体に利用されまくった安本だってどうよ?畿内説の最も悪質な層は、「万世
一系だからそれ以外にあり得ない。戦前のが正しい」って狂信的カルトを学問に押
しつけて未だに健全な自国の歴史の解明を阻害しとる。それで愛国心もないやろ?
安本は九州説に革新性を持たせる可能性をみずから政治的に封じて、でもその代償
に学会から認められたかといえばやっぱり無視されてるだけ。冷ややかに見てるだ
け。
幾ら安本が古田を糾弾しようと内輪もめとしか見てないって。学者馬鹿なんやね。
その点、学問的スタンスに徹することで逆にいろんな事に意味を読みとっている古
田氏の方が人間的に遥かに上やと思うな。親鸞研究とか、戦争に対する認識とか、
哲学者の域に達してると思うよ。辛辣な所が日本の学問の特殊な土壌では嫌われる
けど、それは欧米じゃ常識だし、理系でさえ遥かに珍説奇説でも堂々と発表されと
る。そういうのでも、極論から照射することで学説をより客観的で堅固なものにす
るという評価はされる。
日本の学者は、なんか親分子分の関係もきついし、違うこと言ったら馬鹿にされる
ところが嫌やね。それも文系ほどきついらしいそうやし。まあ同じ学問でも理系と
違って一見責任なさそうに見えるからやろうけど、そんなこと無いはず。
いや、どっちもしらん人やけどなw
59日本@名無史さん:2007/01/28(日) 13:48:59
いやはや、正論!同意!!>58
60日本@名無史さん:2007/01/28(日) 14:56:14
確かにファンタジー小説として見れば、古田は素晴らしい小説家だろうね。
でも、学者としてのスタンスは論外どころか狂気じみている…
学術的証拠を出さずに自分の推論だけで、仮説を立証できるはずがない。

61日本@名無史さん:2007/01/28(日) 15:08:52
大和王権一元論のほうが、よっぽど夢物語だと思うぞww
62日本@名無史さん:2007/01/28(日) 15:20:31
大仙古墳や誉田山古墳を見てみろ、
畿内にはあれを築造できるだけの政治経済基盤があったんだよ。
地方にもあれを凌駕する古墳があったか?無かろう?
箸墓古墳にはじまった古墳時代は畿内勢力の圧倒的な権威の時代だったんだよ。
一方、その頃の地方は畿内の大王に仕える国造が委任統治する自治体に過ぎない。
埼玉の稲荷山鉄剣や熊本の江田船山鉄剣の銘文を見れば分かる通り。
63日本@名無史さん:2007/01/28(日) 15:26:13
>>61
まず、古田の説(多元論)を裏付ける学術的証拠(遺物、遺跡)を出しなさい、話はそれからだよ。
津軽の時みたいに「鯨の骨の化石=安倍氏の骨」とかダメだよ(笑)
64日本@名無史さん:2007/01/28(日) 15:38:16
やっぱり自作でつか
いつものひとでつね
やれやれ
65日本@名無史さん:2007/01/28(日) 15:44:22
>62
二古墳が列島最大の政治経済基盤を示している証拠はないな。
中国では薄葬の風だった時代もあったから、劣等国家だった証拠かもね。
>63
馬鹿だなあ。いまゼロからここで何年越しの膨大な議論を展開するわけ?
授業料を払ってから懇願したほうがいいぞ。
66日本@名無史さん:2007/01/28(日) 16:17:39
>>65
>二古墳が列島最大の政治経済基盤を示している証拠はないな。
>中国では薄葬の風だった時代もあったから

日本の巨大古墳の大半は畿内に集中してますが何か?
地方は古墳時代全盛期に薄葬してたのか?初耳だな?
で、その証拠は?
ハイ、また出せませんねw

そもそも薄葬令は日本では大和の朝廷が律令時代になってから始めたもの、
それが証拠に薄葬の時代でも地方はまだ規模の大きな古墳造り続けてるしw

>いまゼロから

認めましたね、証拠は何も無いのに説だけ展開してたってw
素直に病院行きなさい。
67日本@名無史さん:2007/01/28(日) 19:28:23
>そもそも薄葬令は日本では大和の朝廷が律令時代になってから始めたもの
古田説の当否以前にこういう妄想に近い想像に基づかなければならない「歴史学」って何なんだ?
客観的事実として、日本の最古律令として確認できているのは大宝律令のはずだがねえ。
>>66は他人に対して
>認めましたね、証拠は何も無いのに説だけ展開してたって
↑こういうことを書けるんだから、日本の律令に古墳の薄葬令がどう絡むのか、年表だせよ。
68一応九州王朝説:2007/01/28(日) 20:52:46
中国では魏の曹操からだよね>薄葬
九州の装飾古墳の位置づけは、畿内説の人はスルーしますね。何故か。年代評価も
未だに土器編年至上主義で、無理矢理畿内中心に全部結びつけちゃってるからきっ
ちりしてないし。
でも、ずっと下った時代に高松塚とか出てくるけど、その頃の方が国力としては大
仙古墳の時代より遥かに強大ですから、必ずしも墓のでかさは国の大きさ強さの証
明にはならない。吉備や日向も関東にもでかい古墳はあるわけで。

そもそも古墳の巨大化の意味すらまだわかってないんだし。
69日本@名無史さん:2007/01/28(日) 22:33:40
>>67
>妄想に近い想像に基づかなければならない「歴史学」って何なんだ?

それこそが古田狂の真髄です、さすがによくお分かりですね。

>客観的事実として、日本の最古律令として確認できているのは大宝律令のはずだがねえ。

だから、そう言ってるだろうが、よく読め。

>日本の律令に古墳の薄葬令がどう絡むのか、年表だせよ。

それをオマエに言ってるんだよ、よく読め。
薄葬令云々を言い始めたのはオマエだろうが、ボケ。

70日本@名無史さん:2007/01/28(日) 22:35:11
>>68
>中国では魏の曹操からだよね>薄葬

なんで魏の話なんだ?
日本の古墳時代の話してんだよ?認知証?

>ずっと下った時代に高松塚とか出てくるけど、その頃の方が国力としては大
>仙古墳の時代より遥かに強大ですから、必ずしも墓のでかさは国の大きさ強さの証
>明にはならない。

それ以外でこの時代(古墳時代)の経済的な豊かさの指標に成り得るものってなんだよ?出せよ。
墳丘のみならず、古墳の副葬品の質や石室の巨大さにおいても畿内は同時代の地方(九州・関東など)を圧倒していたワケだがな。

>吉備や日向も関東にもでかい古墳はあるわけで。

例えば、全国の200m超の巨大古墳で言えば、全37の古墳の内34の古墳は畿内だけどな。
吉備は岡山の造山と作山、関東は群馬の太田天神山のみ。
この結果をどう見る?
それとも、地方は薄葬で畿内は巨大古墳がデフォですかw
それなら、岡山の2古墳と群馬の1古墳はどうなのって矛盾が発生するね。

>そもそも古墳の巨大化の意味すらまだわかってないんだし。

権威の象徴以外の何があると言うのか?
仮にエジプトのピラミッドのように農閑期の公共事業だったとしても、
その大半が畿内にのみ集中しているのは国力の中枢が畿内にあった証。

ともかく、地方に大和王権に匹敵する政権なんて無かったんだよ。
そもそも、前方後円墳自体が地方勢力が大和王権に屈服した証でわないかwww
71日本@名無史さん:2007/01/28(日) 23:33:25
畿内王権一元史観の妄想爆発ごくろうさん
72日本@名無史さん:2007/01/28(日) 23:50:09
いよいよ2ch崩壊。過疎から切り捨て開始だ
73安本:2007/01/28(日) 23:54:06
>>71
だったら、地方にも畿内に匹敵する巨大王権があった証拠だしなよw
無理だろうけどねw
古田の頭の中だけにしかないんだからねw
74日本@名無史さん:2007/01/29(月) 00:08:56
中国の文化を慕った倭国。
畿内の古墳は畿内が倭国じゃなかった証拠だわな。
75日本@名無史さん:2007/01/29(月) 00:10:44
「イ妥国に阿蘇山あり」
こりゃ、畿内は邪馬台国のワケないな。
「金印」
こりゃ、畿内は邪馬台国のワケないな。
76日本@名無史さん:2007/01/29(月) 00:44:09
岡山により大きな古墳があれば、そっちが都かwww
77日本@名無史さん:2007/01/29(月) 00:48:10
どう考えても、畿内が中心となるのは、壬申の乱以降。
78日本@名無史さん:2007/01/29(月) 00:58:24
>>74
>>75
言ってることが、支離滅裂で意味不明なんだがw

>>76
そうだね。
岡山に200m以上の古墳が50基ぐらいあればね。
でも現実は質・量ともに畿内だよ、畿内。
悔しいかいwww

>>77
5世紀後期の稲荷山鉄剣とか江田船山鉄剣の銘文にある[ワカタケル大王]って
どこの人か知ってるかい?
畿内の人だよ、雄略天皇だよ。
79日本@名無史さん:2007/01/29(月) 08:25:28
>78
だから、畿内地方が「薄葬の風」を身に付けてられなかった
野蛮人だったって証拠にはなる。
ワカタケルと読むかどうかは別として、地元の人でしょ。
80日本@名無史さん:2007/01/29(月) 08:27:59
あそうそう、薄葬の風=薄葬令と感違いしないでね。
野蛮人畿内王とは異なり、中国じゃ漢代から薄葬の風はあるからね。
81日本@名無史さん:2007/01/29(月) 08:30:41
阿蘇山の記載は九州王朝の証拠にはならないと思います。
私が東京から大阪に旅行した日記に、「富士山がくっきりとみえた。」とかいたら、富士山は大阪にあることになるのでしょうか?
82日本@名無史さん:2007/01/29(月) 08:33:37
その国家の特徴として、富士山で祈祷を行なうことが特筆されているなら
そりゃ富士山のふもとの国でしょうなあ。
83日本@名無史さん:2007/01/29(月) 08:34:56
大阪府の特徴として、知事が富士山で祈祷する習慣なんかあったっけ?
84太国:2007/01/29(月) 09:18:39
金印は九州王朝の証拠。『漢委奴國王』

こういう国王が畿内の国王とは非常に考えにくい。
国王というからには王朝があったことは認容される。
「委奴國」は当然九州しか考えられない。まさか漢にはあるまい。w
85日本@名無史さん:2007/01/29(月) 16:26:45
>>そもそも古墳の巨大化の意味すらまだわかってないんだし。

>権威の象徴以外の何があると言うのか?
>仮にエジプトのピラミッドのように農閑期の公共事業だったとしても、
>その大半が畿内にのみ集中しているのは国力の中枢が畿内にあった証。

>ともかく、地方に大和王権に匹敵する政権なんて無かったんだよ。
>そもそも、前方後円墳自体が地方勢力が大和王権に屈服した証でわないかwww

なるほどねえ。
で、その大和王権の版図はどのあたりまで広がっていたんだい?
大和周辺の巨大古墳に匹敵する同時代王墓って世界にどのくらいあんの?

というか嵐でこういうこと書いてんならいいが、本気だとすると…
86日本@名無史さん:2007/01/29(月) 16:36:55
稲荷山や江田船山鉄剣の銘文を「権威」の解説抜きに「ワカタケル」と読めてしまう脳ってある意味すごいよな。
87日本@名無史さん:2007/01/30(火) 00:45:51
>>79
>だから、畿内地方が「薄葬の風」を身に付けてられなかった
>野蛮人だったって証拠にはなる。

畿内は元々、巨大古墳や豪勢な副葬品という爛熟した埋葬習慣があったからこそ、
仏教の伝来などとも相まって、薄葬に至ったのであって、決して野蛮とか未開という意味ではないだろ。

そもそも、野蛮人が巨大墳墓を築造するというなら、世界各地の文明先進地域になぜ巨大墳墓があるのだろうか?
明や清の時代の皇帝の陵墓がどれだけ壮大な規模かご存知ないのだろうか?

そういう点ひとつをとって見ても「薄葬=先進的」という仮説が妄想的だと分かる。
これだと、風葬・水葬・散骨だって一種の薄葬だと主張することさえ可能になってしまう。
88日本@名無史さん:2007/01/30(火) 00:56:45
>>85
>で、その大和王権の版図はどのあたりまで広がっていたんだい?

雄略天皇の時代だと西は熊本から、東は埼玉までは明らかでしょうね。

>大和周辺の巨大古墳に匹敵する同時代王墓って世界にどのくらいあんの?

世界的に同時代でみる意味があるだろうか?
日本国内で限定してみれば、もちろん畿内がダントツだろうね。
国力の中枢だからね、地方からも労働力が駆り出されたのかも知れない。

>>86
>稲荷山や江田船山鉄剣の銘文を
>「権威」の解説抜きに「ワカタケル」と読めてしまう脳ってある意味すごいよな。

じゃあ、古田狂的には何と読むのかな?
89日本@名無史さん:2007/01/30(火) 01:54:06
>88
馬鹿を言え。6世紀ですら大和国にとって、播磨国ですら外国だったから、矮小国家。
かたや九州王朝は、極東諸国を支配した大将軍号を許されていた。
90日本@名無史さん:2007/01/30(火) 02:02:11
まず信者は「ワカタケル」の説明をしろっつーの
91日本@名無史さん:2007/01/30(火) 02:16:29
>>89
>馬鹿を言え。6世紀ですら大和国にとって、播磨国ですら外国だったから、矮小国家。

それにしては物凄い国力があったのね、古代の畿内は。
大仙古墳とかのべ何十万人動員して築造したのかとw
あの当時、あれを作るだけでも相当の国力が必要だよ。
それでも畿内は矮小国家だったのか?
いやー、なかなか笑わせてくれるなあキミwww
92日本@名無史さん:2007/01/30(火) 09:04:17
はあ?極東を支配した大将軍のほうが、何倍も国力があると思うぞwww
93日本@名無史さん:2007/01/30(火) 09:12:50
エジプトのピラミッドと違い、古墳は土で出来てるから造営は容易だな。
天然自然の山を利用しちゃえば、なんちゃって土木工事でOK。
94日本@名無史さん:2007/01/30(火) 11:06:38
>>89
>馬鹿を言え。6世紀ですら大和国にとって、播磨国ですら外国だったから、矮小国家。

同意。もっと矮小な国家。しかも九州の属国。
大和国にとって、
6世紀の欽明以降は淀川河内潟(湖)北岸の摂津すら外国、
支配地域は浪速・河内・奈良盆地南部のみ。
95日本@名無史さん:2007/01/30(火) 14:39:49
>日本国内で限定してみれば、もちろん畿内がダントツだろうね。

なんで近代〜現代の国境を古代に遡らせて考えてんの?
「王墓の巨大性をもって権威の象徴としていた、大和を中心とする文化圏」を
文献なり遺物なりの客観的証拠を示して説明してくれよ>>88
96日本@名無史さん:2007/02/02(金) 22:04:54
>>95
1人ボケ突っ込みなら
もちっとマトモに書いたらw
97日本@名無史さん:2007/02/02(金) 22:59:43
だははは、盲点突かれると、わびしい逆襲か。
畿内一元信者の論拠って弱いな>96

>95さん、荒らしはスルーね。
98五条さん:2007/02/03(土) 00:09:59
95さんへ

古代世界において、基本的に文明の先進地域の王墓が巨大なのがデフォでは?
もちろんそれ付随して王宮などのも巨大。
ある段階まで文明が進むまでは「王の権威=王墓や王宮の巨大性」で示されるのでは?

次の段階として、宗教が発展すると寺院などの巨大化に傾倒する。
これも世界共通の認識、日本だと奈良の七大寺や京の五山などはその顕著な例。

更に次の段階として、市民権が生まれると、市民が利用する公共施設が巨大化する。
古代ローマの競技場や大沐浴場や水道橋など顕著な例。
これは現代社会にも共通の文明の発展形態と言える。
99日本@名無史さん:2007/02/03(土) 01:56:57
漢の皇帝の墓が、日本列島の古墳より大きいとは知らなかったな。
日本列島の古代が、いつから先進文明になったんだろ。
漢の時代には、薄葬の習慣が先進的な時代になっていたんだよ。
100日本@名無史さん:2007/02/03(土) 02:28:01
>漢の皇帝の墓が、日本列島の古墳より大きいとは知らなかったな。

そりゃ、勉強不足ってヤツだな。ハハハ

>日本列島の古代が、いつから先進文明になったんだろ。

古墳時代、九州より畿内の方が遥かに先進地域だろ?
中国にも倭の五王が遣使を送ってるし。ハハハ

>漢の時代には、薄葬の習慣が先進的な時代になっていたんだよ。

何をもって薄葬と言ってるのか、今一不明だが、
要は国力が乏しい時代や地域だと秦の始皇帝陵や百舌鳥の大仙陵みたいな巨大なものは造れなかったろうね。ハハハ
そもそも穴掘って埋めるだけでも薄葬と言えるしな。ハハハ
101日本@名無史さん:2007/02/03(土) 03:12:17
>100は全部間違いなのに、自信満々だな。
狂信的な畿内一元史観信者なんだろ。
こりゃつける薬がないなwww
102日本@名無史さん:2007/02/05(月) 17:35:56
>>98
>基本的に文明の先進地域の王墓が巨大なのがデフォでは?
仮にデフォだったとして、王墓の規模が同じなら支配領域は同じ程度といえるのか?
地勢が同等な隣接地域ならばそういう可能性は高いだろうが、たとえば関東と近畿で同様な比較は可能なのか?
逆にその政治的限界が日本列島に留まるのは自明なのか?(経済活動は縄文時代すでに列島外に及んでいたにも関わらず?)
103日本@名無史さん:2007/02/05(月) 18:37:00
アレキサンダー大王
チンギス・ハン

・・・別に巨大な墓じゃないな。
104九州王朝大好き ◆I.THkUKc4Y :2007/02/05(月) 18:49:59

質問です。教えて下さい。

古田氏は福岡県の「京都」の地名をどの様に位置づけされているのでしょうか?
もしくは、九州王朝説を支持されている方のご自身の自説でもお聞かせ下さい。
105日本@名無史さん:2007/02/06(火) 22:11:41
◆ 我が将来に無防備宣言。将来の日本をも無防備にする存在。ニート・引きこもり・フリーター ◆

      |ミ/  ー◎-◎-)  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     (6     (_ _) )< ボキュは金持ちなんだ!もっと優しくしろよ!
      |/ ∴ ノ  3 ノ  \_______________________
      \_____ノ,,    ∩_
     /,|┌-[]─┐| \  (  ノ 付き合いは金だけだけど・・・お先真っ暗って言うな!
      / ヽ| |賊 国 | '、/\ / / 


106日本@名無史さん:2007/02/07(水) 02:26:23
秦の始皇帝
クフ王

・・・やっぱり巨大な墓だな。 ハハハ
107日本@名無史さん:2007/02/07(水) 03:18:09
クフ王より伝仁徳天皇陵のほうが大きいわけだが。
いつから畿内王のほうが、エジプト王より強大になったんだ?

さて、アレキサンダー大王とチンギス・ハンの墓の大きさを
語ってもらおうかwww
108一応九州王朝説:2007/02/08(木) 20:54:25
クフ王がエジプト最強の王様でもないですし。

始皇帝が曹操や李世民や朱元璋より強大だったかどうかも
意見が分かれる所ですね。
墓がでかいのはむしろ原始的というか。費用対効果も最悪
ですし。
109日本@名無史さん:2007/02/08(木) 22:36:33
墓がデカいのは、低レベル文化圏の証拠。
110日本@名無史さん:2007/02/08(木) 23:11:39
吉村TBS説によると、
クフ王のピラミッドは墓ではなく、
公共事業によって造られた神殿
111日本@名無史さん:2007/02/09(金) 00:46:46
仁徳天皇の御陵のあの優美にして整然とした形状こそ、古代日本の中心が正に畿内にあった証だね。
それこそ数十年の歳月をかけて、のべ数十万人が動員された国家的プロジェクト。
これはその後の時代、巨大寺院建立や都城の造営にも繋がる中央集権的公共事業の萌芽なのだよ。


まあ、九州の小豪族には巨大墳墓築造なんて夢のまた夢なワケだが。ハハハ
112日本@名無史さん:2007/02/09(金) 04:23:21
>>103
チンギス・ハンの時代蒙古王侯は
むしろ誰にもわからないように埋葬された

オルドスにあるチンギス廟は墓じゃなくて記念堂だし
113日本@名無史さん:2007/02/09(金) 09:09:03
>111
仁徳が最高権力者だったわけね。珍説だな。
文化レベルが低いから、土盛りなんか必死にやっちゃうだけのことでしょ。
チンギス・ハンの墓は未だに見つかってないわけ。
彼は文化レベルの高い、大権力者だったからね。

君はもうマトモな反論できなくなっちゃったね。残念だな〜。
114日本@名無史さん:2007/02/09(金) 09:38:38
彼は文化レベルの高い  えーっ。
115太国:2007/02/09(金) 10:09:59
>>113
仁徳は天皇だから、言い回しは高尚ではないかもだが、最高権力者
と言っても間違いではないよ。珍説というより通説でいい。
天皇以上の最高はないんだからね。最高ということはウソではない。

それとも、天皇以上の最高が当時あったのかいな?w
116九州王朝大好き:2007/02/09(金) 11:02:49
仁徳は畿内だけの最高権力者。
畿内崇神朝を討伐した応神隊長の後継者にしか過ぎない。
畿内人民の信任を得るために治水土木工事等色々苦労したようだ。
畿内の野蛮な風習も取り入れて無駄な大古墳も作らざるを得なかった。
117太国:2007/02/09(金) 11:06:24
まぁおおむねそのとおりでしょう。無駄ではないと思います。
118日本@名無史さん:2007/02/09(金) 11:52:17
>天皇以上の最高が当時あったのかいな?
あえて釣られるが、古代極東において天皇は明らかにその他大勢のひとつでしかなかった。
119日本@名無史さん:2007/02/09(金) 12:39:49
>>118

『彌』
天皇も平伏す
120太国:2007/02/09(金) 15:22:04
>>118
神武即位から仁徳崩御まで、倍暦での実年代で400年ばかり経過
しているから、九州と蝦夷はまだだが畿内周辺ではもう完全天下と
言ってよく、その点では仁徳より以上の最高っていうのはまぁ無い
と観て間違いなかろう。それがあるんなら、仁徳陵と同等あるいは
それ以上の大陵となり、なおさら世界最大の墓っていうことに
なり、クフも始皇帝も顔負けでそんなものはどうやらありっこない。
121唐松山:2007/02/09(金) 20:44:28
 神功に対立した畿内政権は、神功、武内により徹底的に叩き潰される
神功死亡後 神功の子 応神をもってやっと天皇の座を継ぐ事が出来た
この間に 九州や吉備など各国の実力は、畿内天皇家以上だと思います。
ただ 治世のノウハウの欠如 
仁徳稜は、復活のシンボル 
122唐松山:2007/02/09(金) 20:48:17
 神功に対立した畿内政権は、神功、武内により徹底的に叩き潰される
神功死亡後 神功の子 応神をもってやっと天皇の座を継ぐ事が出来た
この間に 九州や吉備など各国の実力は、畿内天皇家以上だと思います。
ただ 治世のノウハウの欠如 
仁徳稜は、復活のシンボル 
123日本@名無史さん:2007/02/09(金) 20:57:04
唐松山さん、たまには自己紹介をお願いします。
124日本@名無史さん:2007/02/09(金) 21:01:42
応神皇后仲ツ姫およびその父品陀真若王の系譜と政治的立場、ぜひ解説キボンヌ
125唐松山:2007/02/09(金) 21:20:55
唐松山です。
ただの オッサンデス
埼玉古墳の鉄剣に書かれた年号が本当に雄略で良いのか?を持ちまして
深入りしてしまった。

それより
崇神から現在景行まで、日の干支のみで そこそこの暦が出来てしまった。が 発表のページが無い
干支と太陽と月(新月)を一致させた 暦
126グルタン:2007/02/10(土) 01:08:07
巨大墳墓云々というよりも、古代にあれだけの大土木事業をした痕跡が九州にあるんでしょうかね?ハハハ

仁徳陵ぐらいの巨大公共事業の場合、豊富な「金・技術・労働力」があり、
尚且つ、被葬者に対する絶対的な尊崇の念が無ければ、到達できない極みなのです。ハハハ
しかも、畿内には200m超の国内屈指の巨大墳墓が何十基あることか!

これはその後の時代に至るまで畿内と天皇家が政治の中枢であった、紛れも無い証。
127日本@名無史さん:2007/02/10(土) 01:12:51
文化レベルが高いから、九州じゃ作らなかったんだよ。

 お わ か り ?
128日本@名無史さん:2007/02/10(土) 01:42:11
ハア?

文化レベル高いと、大土木事業ナシですか?

答えになってねーw


文化レベルの高さを示す遺跡とか遺物も無いのに良く言いますことw
129日本@名無史さん:2007/02/10(土) 02:12:42
もう上で、畿内は劣等だって、結論出ちゃってるんだよ。

  残 念 だ っ た ね
130グルタン:2007/02/10(土) 02:18:26
畿内のどこら辺が劣等なのかなあw
具体的に答えてもらおうか?
さあ、さあ、さあ早く〜www

まず九州が高尚という証拠の遺物と遺跡を出してもらおうかw
無いね、無いよね、ある筈がないねwww


  非 常 に 残 念 だ っ た ね
131日本@名無史さん:2007/02/10(土) 02:20:12
極東の大将軍号をもらったのは九州だけ。以上証明終わりwww
132一応九州王朝説:2007/02/10(土) 13:14:16
それ以前に仁徳の墓って言ってる時点でダメポなわけだが。

学問的には「大仙古墳」。
133日本@名無史さん:2007/02/10(土) 13:27:49
巨大古墳より、法隆寺建立みたいな文化水準の高いものを
九州は好んだわけだ。移築されちゃったけどね。
134太国:2007/02/10(土) 15:36:42
>>132
大仙古墳の名では未来の馬鹿が大山守命の墓だとか言い出す可能性
あるから、この呼び名はうまくない。
世界最大の墓が畿内の巷の豪族とは考えられぬほどデカ過ぎるから、
天皇の墓以外の墓との論は間違いである。

いくら天皇だって畿内の一豪族だろうと反論しても、神武即位から
400年ばかり経過していて16代も代数学wを重ねているんだから、
九州蝦夷はまだまだだが、畿内周辺の勢力は凄かった筈であり、その
他の豪族の墓ということはありえない。だから仁徳陵の名でいい。
135日本@名無史さん:2007/02/10(土) 23:16:56
まあ、仁徳天皇の墓かどうか、学問的には確定していないのは事実。
埋葬者が誰だったのか、たった二〜三百年で忘れられるのが一般的。
136太国:2007/02/10(土) 23:28:18
>>135
忘れられたって、世界最大ならば、もう某天皇の陵までは間違い
はない。単なる豪族で世界最大はオーバーだろうが。
137日本@名無史さん:2007/02/10(土) 23:38:07
九州王朝が勢力のあった時代は、畿内の「おおきみ」はたいした存在じゃありませんでしたね。
岡山に最大級の巨大古墳があったら、それは天皇陵なんですか?

太国さんは、若者でもあるまいに、日本人の死後の世界観に疎そうですので申します。
死後の霊魂は供養期間を経たのちに、浄化されて山に内在する祖先霊となります。
祖先霊となったら、もう具体的な個人の霊魂ではありません。
古墳に葬られた人物が「祖先霊」に成り変った後は、もう個人名はないのです。
138一応九州王朝説:2007/02/10(土) 23:40:43
太国さん(笑)

センセイにレスをつけるつもりはさらさらないが、おじいちゃん飛躍が
多すぎだよ。天皇陵だからなんで仁徳なの?


別に返答は不要だけどね。晒し上げてるだけだからw
139太国:2007/02/10(土) 23:45:59
>>137
岡山ったら出雲に近い、さらに九州にも近い。少しは天皇も岡山あたり
を行幸してるんだろうが、こと大仙とかいう大山守命と間違いやすい
この陵は畿内にあるし、世界最大だから単なる豪族の墓にしては大きすぎ
ることから天皇の墓であることは疑いない。

出雲と九州に近くなれば、それは神武以前活躍した名と力ある者の墓
だろう。zzzzzzzzzzzzz・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
140日本@名無史さん:2007/02/11(日) 00:01:14
太国さん!!
そういった発想が、日本の古代史を非常にダメにしてきたのですよ。
埼玉県で鉄剣が出れば、「これは天皇の下賜品に違いない」と決め付けて
その文字を解読してしまう。何でもかんでも、これは第何代天皇が××に
××されたものに違いない、と考えるのは、まったく根拠のない似非学問です。
141グルタン:2007/02/11(日) 01:53:44
>>131
>極東の大将軍号をもらったのは九州だけ。

それは倭の五王である「讃、珍、済、興、武」を中国南朝の皇帝が武勇を讃えて呼んだ称号。
すなわち、かの大墳墓を築造した「履中、反正、允恭、安康、雄略」の各歴代天皇のこと。
勝手に九州の小豪族が名乗って良いものではありません!プンプン!

>>133
>巨大古墳より、法隆寺建立みたいな文化水準の高いものを
>九州は好んだわけだ。移築されちゃったけどね。

良い子は意味不明なこと言うのは止めようね。
法隆寺は大和の斑鳩に建立されたお寺だよ。
ていうか、巨大古墳より200年以上も後(7世紀後半)に造られたものだよ。

>>135
>埋葬者が誰だったのか、たった二〜三百年で忘れられるのが一般的。

なんでやねん?
じゃあ、今から二〜三百年に造られた墓はもう誰のものか分からないのか?
「日光東照宮は誰の墓か不明です、おそらく栃木の土豪の墓です」ってか?

>>140
>埼玉県で鉄剣が出れば、「これは天皇の下賜品に違いない」と決め付けて

ワカタケルってハッキリ書いてあるんだけど。
あと熊本の江田船山の鉄剣にもね。
あと、下賜品ではなくそこの豪族が被葬者の武勲を讃える意味で、仕えた天皇の名を刻んだです。
そもそも古墳からの出土品(剣、玉、鏡)や前方後円墳という形状自体が畿内を中心に同心円状に地方に伝播している事実を見ても、
畿内の天皇家の勢力が着実に地方に及んでいた証なんですよね。
142日本@名無史さん:2007/02/11(日) 02:04:21
>141

将軍号をもらった前身国は、「金印」をもらっており、
その後継国には「阿蘇山」があったわけだ。畿内じゃないよね。

法隆寺は九州にあったものを移築して、そう名づけただけ。
同一時代の話じゃなくて文化水準のはなし。

古墳の埋葬者を100人挙げてください。全国に古墳なんて
100万以上あるよね。さあ言えるかな?

ワカタケルなんて妄想で読んだだけでしょ?無理です。
143グルタン:2007/02/11(日) 02:47:18
>>142
>将軍号をもらった前身国は、「金印」をもらっており

宋書のどこにそんな記述があるんでしょうかね?

>その後継国には「阿蘇山」があったわけだ。畿内じゃないよね。

当時の隋の使者は九州経由で畿内に来るわけだから途中で阿蘇山見たんでしょうね。
船の場合、風待ちとかで1ヶ月とか普通に筑紫館(つくしのむろつみ)に滞在しますからね。
それとも阿蘇山の麓に朝廷の宮殿があったとでも記述されてますか?

>法隆寺は九州にあったものを移築して、そう名づけただけ。

移築ということは以前は何処にあったのでしょう?
もちろんその遺跡は発見されてますね?どこですか?
法隆寺と同じ伽藍形状の遺構が出ていますか?
どこですか?何処なんですか?さあ、教えて?教えて?

>古墳の埋葬者を100人挙げてください。

畿内だけでも歴代の天皇をはじめ、皇族や貴族など含め、100以上は確認されています(奈良、大坂、京都)。
神武とかはさすがに怪しいですが、古墳〜飛鳥時代まで有に100は超えるでしょう。
地方の有力豪族は記録が残ってない場合が多いので磐井など除き、あまり知られていないでしょうね。

>ワカタケルなんて妄想で読んだだけでしょ?無理です。

雄略天皇=ワカタケル

これ常識です、他に居ましたかねw
居ましたか?誰ですか?記録ありますかw
144日本@名無史さん:2007/02/11(日) 07:15:33
>>143は化石でメチャクチャだな。
まるで老衰死待ち畿内論者だな。

館→むろつみ 頭固まっているね。
「むろつみ」なら「湊」。

筑紫→つくし(尽し) 差別用語だろ。
「筑紫」なら「ちくし」。

内海航路でだれも一ヶ月も風待ちせんよ。
一ヶ月風待ちは、九州薩摩→シナの航路の場合だけだよ。
それも特殊事情があったからね。

145太国:2007/02/11(日) 07:48:48
>>140
剣と陵とでは大きさが違う。論のいっしょくたではうまくない。
あの剣の文字は、あれだけでは可能性は相当程度あるもなんとも?
だ。陵と違い搬送が可能であるから、畿内の雄略から何らかの賜与
をされた者が関東に行き、そこで果てて一緒に埋葬されれば雄略の
文字の意味にもなりうる。陵が岡山に飛ばせるのは出来っこない。
ハハ! 無理に出来るのは西遊記の銀角大王だヨ。www

>>141
倭の五王は天皇ではない。
146九州王朝大好き:2007/02/11(日) 13:12:40
>>141
巨大前方後円墳が貴説の論理で成り立つなら、
装飾古墳はどうなるんだ?
7世紀には、九州が畿内のみならず全国殆ど・福島・宮城まで支配したことになるね。
お解かりですね。
147日本@名無史さん:2007/02/11(日) 14:55:05
畿内王朝が阿蘇凝灰岩を手に入れたルートは?
148九州王朝大好き:2007/02/11(日) 17:06:21
>>147
九州王朝の出先王権である応神王統と欽明王統の
其々4代目と5代目の墓ですから、
大阪の凝灰岩を使わないで
わざわざ阿蘇から取り寄せた。
4・5代目ともなれば阿蘇凝灰岩を使うことにより、
九州王朝への忠誠を示さざるをえなかったのでしょう。
149一応九州王朝説:2007/02/11(日) 18:55:11
>>141
初心者さんだね。高校で何習ったかしらんけど、それが実は誤りだらけ
だったらどうする?理系ではあり得ないことが、日本の歴史学では沢山
あるんだよ。

例えば、
>じゃあ、今から二〜三百年に造られた墓はもう誰のものか分からない
のか?

高野山奥の院に沢山墓があるよね。でも、あの有名人オンパレードの墓
でさえ由来や所在がよくわからないのが沢山あるんだよ。
ましてや、当時山ほど作られた古墳や倍塚、全部どれが誰のものか、大
勢が認知していたわけじゃない。逆に隠されたケースもあるし。曹操でさえ
墓は分からない。モーツァルトは死後200年あまりだけど未だに墓がわか
らない。あまり常識で物事を見ない方がいいよ。
150日本@名無史さん:2007/02/11(日) 23:34:14
古墳時代に大和朝廷って用語を使うのは、不適切なんじゃないかと思う。
実体は、大和連合程度なんじゃないかな。
151日本@名無史さん:2007/02/11(日) 23:36:45
>>150
同意。「天皇」っていう語も変で、おおきみ=大王だと思う。
152九州王朝大好き:2007/02/12(月) 00:24:54
大和朝廷と呼べるのは持統から
大嘗祭をしてこそ朝廷
153グルタン:2007/02/12(月) 00:52:47
>>144
反論できないからって言葉弄りかw
まあ、ともかく、

>内海航路でだれも一ヶ月も風待ちせんよ。

時代は下るが、奈良時代に来日した新羅の王子が鴻臚館で一ヶ月以上待たされた事実もあるんだよw
つまり、風待ち以外でも、何らかの政治的意図で外国の使者を滞在させる事は珍しいことではないのだよw
まして、数百年ぶりに中国から使者が来たわけだから、飛鳥の宮でも盛大もてなす準備が必要だったのだろうよw


あと、法隆寺が九州から移築したということは以前は何処にあったのでしょう?
もちろんその遺跡は発見されてますね?どこですか?
ちゃんと答えてねwww


>>146
>装飾古墳はどうなるんだ?
>7世紀には、九州が畿内のみならず全国殆ど・福島・宮城まで支配したことになるね。

装飾古墳は九州に集中しており、東北南部や茨城などにも若干あるが、
後者とは様式的にも確認されている数的にも関連性がハッキリしていないだろうが!
むしろ、後者は九州から影響を受けたものではなく、自然発生した可能性が大きい。
そもそも「全国殆ど」と言うが、九州と同形式の装飾古墳が畿内ありますか?
どこにありますか?無いですね?畿内に九州と同じ様式の装飾古墳なんて無いですね?
高松塚とか全く別形式ですからね、ていうか高松塚に比べたら九州の装飾古墳なんて土人級の稚拙さですしwww



154日本@名無史さん:2007/02/12(月) 00:59:00
まず自分から答えたらどうだwww >153
155グルタン:2007/02/12(月) 01:05:02
>>148
>大阪の凝灰岩を使わないでわざわざ阿蘇から取り寄せた。
>4・5代目ともなれば阿蘇凝灰岩を使うことにより、
>九州王朝への忠誠を示さざるをえなかったのでしょう。

逆でしょうがwww
大和朝廷への絶対的服従の証として、阿蘇から畿内まで運ばせたんでしょうよw
いや、むしろ進んで九州の豪族が貢物として差し出した可能性もあるね。
その見返りとして大和朝廷から、九州では製作不可能な金象嵌の鉄剣や神獣鏡など下賜したのでしょうねw
そして前方後円墳という大和様式の墳墓の作成も許可したわけですwww
156日本@名無史さん:2007/02/12(月) 01:06:19
>>153
別な地域の装飾古墳の関連性がはっきりしない?
偶発的にはありえない、装飾古墳の特徴知らないでしょ。
全然駄目な奴だなあ〜。
157日本@名無史さん:2007/02/12(月) 01:10:04
6世紀になっても、大和国は播磨国や河内国を領有していないんだから、
むちゃくちゃだな。そのうち、畿内は世界を支配してましたなんて
トチ狂ったこと言い出すんだろ。
158グルタン:2007/02/12(月) 01:17:23
>>149
>高野山奥の院に沢山墓があるよね。

あのー、私は天皇墓の話をしているのですよ
誰が高野山の沢山ある墓石の話をしろと言いましたかww?
高野山に葬られた幾多の人の名が伝わってないからって、それを歴代の天皇や将軍と
同列の置き、話を論じるのはナンセンスこの上ないwww
大墳墓の埋葬者と高野山の小さな墓石の埋葬者を比べる意味など無いwww

>当時山ほど作られた古墳や倍塚、
>全部どれが誰のものか、大勢が認知していたわけじゃない

何度も言うが主要なのは天皇陵のことであり、陪塚など不明でも何ら問題はない。

>モーツァルトは死後200年あまりだけど未だに墓がわからない。

仮にモーツアルトも400m級の大墳墓に埋葬されていれば、墓の所在は分かっただろうねwww
159日本@名無史さん:2007/02/12(月) 01:19:01
早く古墳の埋葬者100人言ってみろ。
160日本@名無史さん:2007/02/12(月) 01:23:23
グルタンよ、
まず、墓が大きければ大きいほど、巨大権力だった証明を出してもらおうか?
話はそれからだ。
161グルタン:2007/02/12(月) 01:31:56
>>154
だから何を?
こっちが聞いているんだろ?
移築前の法隆寺伽藍は九州のどこにあったのって?
ねえどこどこどこ?

>>156
東北と九州の装飾古墳て、全然似てないじゃないwww
まして高松塚とか比較対象にもならないほど似て無いwww
「石障」や「ケバケバしい色彩」など見ても九州の装飾古墳は一種独特。
こんな特徴は他に類が無い。
「全然駄目な奴」なのは貴方の目ん玉でしょうw

>>157
>6世紀になっても、大和国は播磨国や河内国を領有していないんだから

どこにそんな根拠があるの?
大和朝廷は6世紀どころか5世紀には九州〜東北南部まで支配下に置いてましたよ。
埼玉稲荷山鉄剣や熊本江田船山鉄剣という有力な物証が何よりもの証拠www
162グルタン:2007/02/12(月) 01:38:28
>>159
皇室関係者だけでも100人ぐらい居るだろ?
例えば箸墓から始まって飛鳥時代まで、天皇だけでも30人以上いるし、
皇子や皇女、蘇我氏や藤原氏など有力豪族など100人以上居る。
答えは出ているのだから自分で調べろ、馬鹿馬鹿しい面倒だ!
163日本@名無史さん:2007/02/12(月) 01:43:54
グルタンよ、
古墳の埋葬者は明治時代に急遽応急的・暫定的に決めたものだ。
おまえ、そんなことも知らないのか?候補者は途中ころころ変わったわけだがw
真の埋葬者なんてぜんぜんわからないんだよ。

  失 格 !!
164グルタン:2007/02/12(月) 01:57:02
>>160
墳墓築造を巨大公共事業として見た場合、あれだけの規模を造るには相当な権力が無ければ無理だろう。
なぜなら、のべ数万人以上の労働者を何年間も働かせるために食べさせなければならないし(もちろんその妻子も含め)、
更に労働者用の宿泊施設も完備し、作業用の道路や運河、臨時の港湾施設や大量の埴輪製造用のプラント設備も建設し、
また葺石や石室用の巨石運搬用の巨大船舶や巨大修羅も造り、それらを造るための大量の木材も確保しなければならない。
しかも、設計や測量、適した土壌の選定のための専門技術者なども雇わねばならない。
これらの物的および人的にも膨大な出費と時間を費やす事業は古今東西において、巨大な権力がなければ成し得ないのである。
とても河内摂津大和のみを領有していただけでは賄えない、まさに国家的プロジェクトである。
165一応九州王朝説:2007/02/12(月) 01:59:01
>高野山に葬られた幾多の人の名が伝わってないからって、それを歴代の天皇や将軍と
 同列の置き、話を論じるのはナンセンスこの上ないwww

それクラスでも怪しいのは沢山あるんだけどな。

まあいいよ。お前はイタすぎる。歴史=天皇、将軍なんだろ?
166グルタン:2007/02/12(月) 02:08:34
>>163
>古墳の埋葬者は明治時代に急遽応急的・暫定的に決めたものだ。

違うよw
日本書紀や続日本記や平安時代の記録にも天皇陵の記載はある。
仁徳陵など江戸時代にすでに陵墓管理小屋が常設されていたぐらい有名だった。
ころころ変わったのではなく、様々な記録に分散されていて、誤記などもあった為。
そして明治になって宮内庁が管理下に置くべく、それらをしっかり再調査して認定しただけ。

>>165
>まあいいよ。お前はイタすぎる。歴史=天皇、将軍なんだろ?

いや、ここで論じてるのは古代の天皇のことが中心だからだ。
だれが庶民の墓の話をしろなんて言いましたかねwww
庶民の墓の在処が分からないからって、天皇墓の埋葬者も不明とは言えないと言っているのだよ。
167日本@名無史さん:2007/02/12(月) 02:50:22
はっきりしてるのは、多摩御陵しかないだろw
168日本@名無史さん:2007/02/12(月) 02:53:25
>それらをしっかり再調査して認定しただけ。

もう、この時点で電波。
169グルタン:2007/02/12(月) 03:03:55
>>167
オイオイwww
貴方の説だと、それも誰が埋葬されているか不明なんじゃないのwww

>>168
電波は九州王朝説支持者でしょうがwww
何の物証もない机上の論理だしwww


さて、そろそろグルタンは夜食の時間だよ。
温かい肉まんとレモンティーだ。ハフハフ。
170日本@名無史さん:2007/02/12(月) 03:33:04
古墳作るより、極東支配のほうが、はるかに巨大権力なんだがな。
播磨国も支配できなかった大和国が、極東を支配した九州王朝より
はるかに巨大かよwww
171グルタン:2007/02/12(月) 04:03:06
>>170
>古墳作るより、極東支配のほうが、はるかに巨大権力なんだがな。

まず九州王朝とやらが極東を支配した物証を示して頂戴ネwww
遺跡とか遺物とか、そらもう極東の富を満載してるモノが出て来るんだろうね?
でも、無いね、無いんだよねwww

悲しいねwww
架空の九州王朝www
というか、古田脳内王朝www

グルタンもとても悲しいよwwwうははwww
172太国:2007/02/12(月) 07:52:44
>>170 >>171
九州王朝の確固たる証拠はありますよ。ただし畿内まで勢力は
及んでいないことは確かです。
志賀島の金印には【漢倭奴國王】と、ちゃんと國王とあります。
まさか貴殿がニセ物とは言わんでしょうし、漢や畿内の國王とは
言わんでしょうが?
それともどっかの國王ですかな?w
173一応九州王朝説:2007/02/12(月) 08:38:24
太国さん、スルーですよそいつは
174九州王朝大好き:2007/02/12(月) 10:03:09
グルタンは、話のすり替えばかりで、論理的思考ができていないね。
彼を見ていると、かっての瀕死の化石的畿内論者を見ているようだ。
30年ほど前に古田氏に挑んだ畿内論者達(以後だんまりを続けている)を思い出す。
彼にとって論証は別のギャラクシーでの出来事なんだろうな。
175日本@名無史さん:2007/02/12(月) 10:54:27
化石説

「墓が大きいほど、巨大権力だった」

・・・もっとよく考えましょう!
176グルタン:2007/02/12(月) 12:11:40
>>172
>志賀島の金印には【漢倭奴國王】と、ちゃんと國王とあります。

ハイ確かに。
しかし、この金印を授かった奴国とは1世紀に博多湾岸にあった国家であり、
その後、3世紀には既に衰退し筑紫平野にあった邪馬台国に吸収された邪馬台国連合の片鱗に過ぎないのです。
すなわち、4世紀以降に成立したであろう大和朝廷とは時代的にも300年以上の隔たりがあり、
この時代には単なる一地方としての立場であったのでしょう。

ちなみに邪馬台国は魏より「親魏倭王」の金印を授けられ、その後の大和朝廷と発展していったわけですから、
中国から見れば既に3世紀初頭には「奴国」から「邪馬台国=大和朝廷」へ政権が委譲したと見ていたのでしょう。

ですので、九州王朝などというものが生まれる余地などなかったのです。


>>174
>グルタンは、話のすり替えばかりで、論理的思考ができていないね。

それは「一応九州王朝説さん」です。


>>175
何度も言うようだけど、墓というより一つの「巨大公共事業の物証」と言おうかね。
そういうものに匹敵する物的証拠が九州には無いねと言っているだけのこと。
すぐに薄葬云々とかに逃げないで、ちゃんと物証を出そうねwどうせ無いんだろうけどw
177太国:2007/02/12(月) 13:20:39
>>176
時代は関係ないですね。1世紀であろうとズレていようと、
國王ですよこれは。國王ということは 単なる一地方としての立場
であろうとなかろうと九州である限り九州王朝の國王であり、これは
臣下がいたんですよ。中堅階級よりちょっと上の多少の権力を保持
するものでは國王ではない。はぐらかしても駄目です。

金印がニセ物だというのなら、委奴国が九州でないのならば別ですが
ね。金印は紙ッペラでないから恵也のような言い逃れは全く効かないし、貴殿がケチをつけようがこの証拠は動かないです。
178グルタン:2007/02/12(月) 14:47:38
まあ、落着いて下さい、日本史板の重鎮の誉れ高き太国先生。
ちょっと此処で金印の事をお話を今少し深く致しましょうかね♪

ご存知とは思われますが、あの金印(漢委奴国王印)は志賀島から18世紀に出土したものです。
それは農民が偶然にも田んぼの用水路の整備中に発見したものでした。
発見の状況から見て、どうやら支石墓のような大きな石の下から出たようです。
つまり「意図的に埋められていた」わけですね。
ここで疑問が生まれます「なぜ大切な金印が埋められたかという事」です。

ここで仮説を立てるなら以下のことが考えられます。

@この金印を授かった時の奴国王がその価値が分からず単なる宝物として自らの墓に副葬した。
Aこの金印は何代もの間、世襲されたが、後代に至り、奴国の権威を揺るがす外部勢力の影響で
 金印を隠さざる負えなくなり、人知れず埋められ、いつしか誰からも忘れ去られた。

私は仮説Aだと思います。
そしてその外部勢力こそが邪馬台国です。
卑弥呼は魏から「親魏倭王印」を下賜され、名実ともに倭の王と認められました。
この状況に至って、奴国の金印は無用なものになり、卑弥呼は奴国王から没収しようとしたでしょう。
しかし奴国王も馬鹿ではありません、かつての栄光の証をむざむざと新興勢力に手渡すなんてことはしないかったでしょう。
そこで、邪馬台国には偽物の印を差し出し、本物は密かに隠したのです、それも志賀島という離れた場所に…
こうして、かつての大国奴国は邪馬台国に淘汰され、歴史からその名を消したのです。
筑紫平野に本拠地を置く邪馬台国は後に東遷し、大和朝廷になったのです。

余談ですが、神武天皇は大和に入った時、土着民を「金鵄」の力を持って封じたと言われていますね。
この「金鵄」とはもしかすると、卑弥呼が魏から下賜された倭の王の証「親魏倭王印」ではなかったのでしょうか。
というのは妄想ですけど(笑)
179太国:2007/02/12(月) 15:17:48
>>178
はは、物凄い妄想だな。ww
まるで探偵小説の物語だ。

>しかし奴国王も馬鹿ではありません。
これは君が国王を認めた語ではないか。ということは遠回しに
王朝をこれまた認めたことになり、自語相違的であるが。ww

さらに旗色が悪くなれば

 「いったん見つけた二十面相が再度そこへ埋めたんだ。」

とか言い出すんではないのか?wwwww PuPu!!
180グルタン:2007/02/12(月) 15:31:03
太国先生こんにちは♪

国王と言っても、大小色々あります。
中華王朝から見れば、沖縄という小国でさえ一国であり、そこを統べるものは国王なのです。
だから博多湾岸周辺という土地を治めていても一国は一国です、国王なのです。
無論、1世紀の奴国はもっと広い版図を有していたかも知れませんけどね…

ちなみに私は奴国の九州における最盛期は1世紀中葉前後だと考えます。
その後、邪馬台国に権力の中枢が移った為に奴国は淘汰されたと考えます。

私の中では奴国と邪馬台国は別物です。
間違っても「委奴国」なんて存在しません。
そしての印は「漢の倭の奴の国王」と読みます
181太国:2007/02/12(月) 15:35:49
>>180
そんなことは二の次の議題ではないか。国王を認めたグル探先生は
九州王朝を認めているのではないか。大小はこれとは筋離れの副次的
話でしょうが。
182グルタン:2007/02/12(月) 17:51:14
九州王朝は認めていません、これは世の中の大半の学識者および一般人と共通です。
弥生時代に一時期、北九州に覇を称えた国があったことは認めますが、それが数百年も持続して
王朝とよべるようのなったなんて、とてもじゃないけど認められません。

そもそも、九州王朝なんて学会から完全に無視されてる説ですよ。
当の九州の人でさえ知らないんじゃないですか?
183日本@名無史さん:2007/02/12(月) 19:30:44
>182
「墓が大きければ大権力」の証拠を出せ。
世界中にそんな法則はないがな。
184太国:2007/02/12(月) 20:11:39
>>182
こっちも認めないよ。金印の国王の刻印を見ればどう否定しても
現実に逆らうだけのことであり、当時委奴国王と漢との交流が
あった物証であり、当然九州の国王さ。君のは否定のための否定を
して、権威筋の虎の威を借りる狐で自己保全をしているだけさ。w

卑弥呼だって九州の女王なんだよ。畿内に卑弥呼がいれば、当然
地図上では朝廷と女王国とは目と鼻の先だ。となれば天皇と卑弥呼
の交流記事が遥か彼方の大陸にて女王の詳細を知悉してる倭人伝
より、天皇の隣の卑弥呼のなりふりがそれ以上に詳しく記紀に載る。
これが無いということは九州にあったためで、この位置だと大陸
には対馬を経由して近くなり、女王国の情報が大陸に行きやすく、
反面畿内から遠ざかるので、記紀に書くべき情報が伝達しにくく
なるから載っていない合理性が出る。卑弥呼の墓は後からでも出れば
いいことで、見つからぬ所にあるわけだ。だから矛盾はない。まさか
君はクラーク・ケントのように、九州全域を透視したわけでも
あるまいがね。ww
185日本@名無史さん:2007/02/12(月) 20:41:56
>>182
あなたは、「出雲には何も無かった」と逝っていた学会に
まだ権威があると思っているのですか?
186日本@名無史さん:2007/02/12(月) 22:43:53
「国」「国王」という言葉だけで、
その国の規模、その国の勢力、その国が盛んだった期間、
などまで、なんで決め付けられるの?

金印によって、あの時期九州に、ある規模の国家があったというのは分かるが、、
「九州王朝」があったことの何ら証明にはならないよ。飛躍がありすぎる。
187日本@名無史さん:2007/02/12(月) 22:51:44
まあ、王朝は別な論証だけどね。
太国さんはお酒がお好きのようだ。
188日本@名無史さん:2007/02/12(月) 22:54:33
磐井律令と九州元号があったのは九州に王朝があった証拠。
189日本@名無史さん:2007/02/12(月) 23:10:35
私感なんだけど、初期大和政権の支配とは、宗教的な支配だと思うんだよね。
つまり、古墳時代初期の政権は、大王家が日ノ神子であることを認めるという物。
現代風に言うと、倭国の氏子総代として認めるという物。
190189:2007/02/12(月) 23:17:50
ですから私は、巨大古墳を作った人々、特に初期の畿内古墳が、
権力によって強制されてきていたとは、思っていないんです。
今で言えば、皇居の勤労奉仕に近かったのじゃないかと思えるのです。
191日本@名無史さん:2007/02/12(月) 23:23:23
私もちょっと似たことを思ってます。
航海術・海戦などが苦手な勢力や、大陸・半島戦争を避けた勢力が
畿内を頼って集まってきたのではないかと。
192日本@名無史さん:2007/02/13(火) 06:45:59
>今で言えば、皇居の勤労奉仕に近かったのじゃないかと思えるのです。

例えが飛躍し過ぎ。
何十万人が数十年もかけてやるレベルの話だ。
193189:2007/02/13(火) 07:49:08
>>192
だからなんです。万単位の人間を、十年間にわたって動員できる権力が有れば、
ワカタケルや天智天武が、中央集権化を図る必要なんて無いじゃないですか。
194九州王朝大好き:2007/02/13(火) 11:14:57
>>191
>航海術・海戦などが苦手な勢力や、大陸・半島戦争を避けた勢力が畿内を頼って集まってきたのではないかと。

海洋航行が不要な畿内に移住すると航海術・海戦の能力がなくなります。
小船航海術が発達するのは九州北西部と半島南西部の多島海地域。
瀬戸内は外洋に面していないので季節風・海流の影響を克服できる荒海航行・長距離航行等の高度な航海術は発達しない。
195九州王朝大好き ◆I.THkUKc4Y :2007/02/13(火) 11:36:39
>to グルタン
大仙山古墳は仁徳の墓ではない。

仁徳は2回も大土木治水工事をしている。そして住民を思いやる政策をした。
100m級古墳の100倍以上の労力を要する大仙山古墳を作るのは無理。
治水工事か古墳造営か少なくともどちらかは嘘。両方嘘かも。
196日本@名無史さん:2007/02/13(火) 18:12:41
やれやれだな。

近年の研究じゃ、
飢饉時に造成工事とかを行って、労賃として食料などを給付する風習が世界的規模で広く存在したらしい。
中世日本で、富者を「有徳人」と呼ぶ理由でもある。

大規模な造成工事を行う国が急速に滅ぶとかいわれる理由も、
実はその辺、飢饉連発にあるんじゃないかとさえ言える。

仁徳紀の記述は、まさに飢饉が深刻であった状況を描写するものであるからして、
大規模工事が行われる必然性に満ちている。

もっとも、仁徳陵=大仙山古墳である必然性は、まったくないんだがな。
むしろ時代が合わん気がするので、仁徳陵≠大仙山古墳とは思うのだが。
197九州王朝大好き:2007/02/14(水) 00:41:38
>>196
不況になると公共工事を増やす、
すると益々借金が増え、
最後に国が崩壊する。

現代風に訳すと上記の意味になるな。
198日本@名無史さん:2007/02/14(水) 01:32:28
>>196
現代の実例

石炭がだめになると、
観光施設を作る、
負債が益々増大する、
最後は財政倒産し、国の管理下になる。

夕張市だけではないな、
大阪市の箱物行政も仁徳以来か?
199横山ノック・アウト:2007/02/14(水) 01:36:34
同意。
200グルタン:2007/02/14(水) 03:44:35
>>184
太国先生、まず>>186さんのレスを熟読して下さい。

私も卑弥呼は九州の人だと思いますよ、甘木の人だと思います。
そして、天皇家の皇祖神だと思います。
ここは邪馬台国専用スレではないので、詳細は端折りますけどね。

>>188
>磐井律令と九州元号があったのは九州に王朝があった証拠。

まず、その証拠となる一次資料を示して下さい。
無いですね?無いんですよ、そんなものは。

>>189
>私感なんだけど、初期大和政権の支配とは、宗教的な支配だと思うんだよね。

いや、それは寧ろ、後代では?
天皇家の実権が貴族や武家に移ってからのことでは?
古代の天皇は武人の棟梁ですから。

>>190
>今で言えば、皇居の勤労奉仕に近かったのじゃないかと思えるのです。

すごい勤労奉仕ですね。
まさに国家的レベルの奉仕、北朝鮮みたいw

>>193
>万単位の人間を、十年間にわたって動員できる権力が有れば、
>ワカタケルや天智天武が、中央集権化を図る必要なんて無いじゃないですか。

逆でしょう、中央集権化していたから成し得たのです。
でなければ、アイヌ人にも同じものが造れますよw
201日本@名無史さん:2007/02/14(水) 04:04:48
お金足りなきゃ国債ならいくらでも発行出来るけど、飢饉で食料は前借り出来ませんよ。
202グルタン:2007/02/14(水) 04:07:22
>>194
>海洋航行が不要な畿内に移住すると航海術・海戦の能力がなくなります。

戦国時代、紀州の九鬼水軍についてどう思われますか?
堺や根来寺の衆が海洋航海で富を蓄積した件についてもお答え頂きたいw

>>195
>仁徳は2回も大土木治水工事をしている。そして住民を思いやる政策をした。
>100m級古墳の100倍以上の労力を要する大仙山古墳を作るのは無理。

無理かどうかではなく、墳墓という明らかな証拠があるのですうが?
例え大仙古墳ではないにしても、5世紀の古墳はみな巨大ですので、どれかが仁徳の古墳でしょう。

>>196
>飢饉時に造成工事とかを行って、労賃として食料などを給付する風習が世界的規模で広く存在したらしい。

畿内で巨大古墳は特に3世紀末〜6世紀ぐらいまで継続的に造られてますけど、
もしそれらが飢饉対策なら300年も飢饉が続いたとでも仰るのでしょうかw

>むしろ時代が合わん気がするので、仁徳陵≠大仙山古墳とは思うのだが。

最近の研究では履中陵が仁徳帝で、仁徳陵が履中帝とする説もありますが、
どちらにしろ、年代的には大きな開きではありません。
それとも、もっと時代がずれる(5世紀築造ではないor5世紀の天皇ではない)
という説でもあるのでしょうか?

>>198
>大阪市の箱物行政も仁徳以来か?

仁徳天皇の時代に皇室が滅びていたら、今上天皇につながる系譜は無いと思われますw
もちろん、継体朝は血筋的には別系統ですけどね。
203太国:2007/02/14(水) 07:38:36
>>200
先生なんて言わなくていいよ。日本史の重鎮とか言っていたよう
だが、このへんは、紀の記述の天皇までの古代史しか論を張らない
よ。特別なことがあれば、稀にそうでないスレへも書きこむがね。

単独王と、どうのこうの言いたいのか? だから言わんでもない
だろう? 君が九州に卑弥呼がいたことを抜かしているんだから、
九州王朝があったことは確かなわけだよ。卑弥呼が甘木とか認容
してるんだから、それでもう決着だ。

さらに倭の五王朝もあったし、問題ない。五王は当時の各天皇
だとかの主張は大間違いだぞ。たかが「武」の一字があったくらい
で方法がイコールにはならない。別人の判別のために名や号が
あるんだから、イコールなんかは滅多に怒りえない。
一般に、武藤さんと武蔵さんは別人なんだよ。当人が改名なら特別
な場合でありうるがね。そんなことは稀なんだよ。
204189:2007/02/14(水) 09:08:52
>>200
>いや、それは寧ろ、後代では?

古墳の副葬品の変遷を見れば、やはり初期王権で重視されていたのは祠祭でしょう。

>すごい勤労奉仕ですね。
>まさに国家的レベルの奉仕、北朝鮮みたいw

古代ローマでは、富裕な個人が、劇場や神殿など公共施設を寄進することが、
名誉とされていた。こうしたことと同様に、古墳の造営に参加したり、
物資を供出することが名誉なことと考えられていたんじゃないか、と言うことです。
もちろん、日本では文献資料がないので推測ですが。
205日本@名無史さん:2007/02/14(水) 11:25:29
宗教的な支配というより、行政が宗教がかっていただけだと思います。

それにしてもグルタンの話はメチャクチャだね。
「墓が大きければ大権力」なんて法則はありません。
極東を支配した国のほうが、大和地方しか支配していない国より
権力が小さいわけがありません。また、畿内の国が王朝になったのは
文武天皇あたりからです。持統天皇時代は行政体制がまだ未確立だし、
「元号」もしっかりしていなかった。
206日本@名無史さん:2007/02/14(水) 12:34:24
その「極東を支配した国」があったというのは、
文献的にも考古学的にも解決してない単なる仮説、
それもきわめて妄想に近い仮説でしかないのに、
そこまで信じ込めるんだい?
207日本@名無史さん:2007/02/14(水) 13:00:45
はあ?漢籍に再三書いてあるでしょ?
君は読んだことないの?
読んだほうがいいぞ。
http://www.ceres.dti.ne.jp/~alex-x/kanseki/menu01.html
208日本@名無史さん:2007/02/14(水) 13:05:08
恣意的な読み方だとか、ある箇所を拡大解釈して
都合の悪い部分には目をつぶる。

で、考古学は?
209日本@名無史さん:2007/02/14(水) 13:09:34
金印
210日本@名無史さん:2007/02/14(水) 13:11:01
>208
で、漢籍読んだの?
なんて書いてあった?
211日本@名無史さん:2007/02/14(水) 13:14:25
九州王朝の存在など
どこにも書かれてないが?
212日本@名無史さん:2007/02/14(水) 13:15:59
そりゃ読み直しだな。
大将軍・将軍って書いてあるだろ。
213日本@名無史さん:2007/02/14(水) 13:19:50
畿内に王朝があったという漢籍の記述はどこにあるんだい?>211
214日本@名無史さん:2007/02/14(水) 13:55:22
つか、196番目の名無しだが
>202 グルタン氏、

2世紀中葉から激しい寒冷化があって、全世界規模で戦乱の世になった。
ローマは混乱期に入ったし、中国では反乱多発時代、倭国でも大乱があった。
いったん、氷期が緩和されたため、小規模ながらの統一状態が現出し、
ローマでは五賢帝の時代に、中国は三国時代・西晋時代に入ったが、
その後も、やや寒い時代が長く続き、日本列島の場合には「古墳寒冷期」と呼ばれている。
寒冷期が完全に終結したのが、唐の初期ぐらい。

飢饉が多発する危機的状況が、数百年も続いたわけよ。300じゃなく、500年前後だな。
その中でも、倭国乱時期を含めて3回ばかり、特に厳しい時期がある。
最末期には、中央集権化の進展もあったんだろうが、古墳じゃなく都城を造成するように変わっていったようだ。

>201
弥生時代や古墳時代だって、貧富の差はある。
人並みに税を納めても飢えない人も居りゃ、飢える人もいる。
また、常時、全国各地が等しく飢饉になるわけじゃなく、
厳しい年もあればマシな年もあり、激しい凶作の土地も、それなりに収穫がある土地もある。

造成工事で給金(てか食料)を払うのは、結局、富の再配分のようなものなんだよ。
215日本@名無史さん:2007/02/14(水) 14:17:33
>>180
>そしての印は「漢の倭の奴の国王」と読みます
釣りですか?三段読みは否定されてますよ。それとも考古学の人ですか?
????

216日本@名無史さん:2007/02/14(水) 14:25:44
>>188
磐井律令は風土記で存在が確認されています。
否定するならソースを
217日本@名無史さん:2007/02/14(水) 14:33:27
>>206
倭王倭武の上表文は知ってるよね
218日本@名無史さん:2007/02/14(水) 15:32:04
>>216

磐井律令の存在を定説として認めてもらってから言う台詞だね。
219日本@名無史さん:2007/02/14(水) 15:35:54
っていうことは、九州元号の存在には反論できなかったワケね>218
そりゃ九州王朝を認めたのとおなじだわなw
220日本@名無史さん:2007/02/14(水) 15:51:08
磐井律令は定説じゃないのか。
教科書に載ってたが。最近学説が変わったの?
221日本@名無史さん:2007/02/14(水) 15:56:46
つか、こいつ文献史学は全然しらんのだろう。
ちょっと邪魔だな。
222日本@名無史さん:2007/02/14(水) 19:27:56
>>202:グルタン
大型船も建造できる造船技術のある近世と比べても意味ないでしょう。
日本の古代と近世では船の構造が違いますよ。
223九州王朝大好き ◆I.THkUKc4Y :2007/02/14(水) 19:31:44
>>222↑はme。
224日本@名無史さん:2007/02/14(水) 22:39:59
google検索結果

"大宝律令"    検索結果 約 66,200 件
"養老律令"    検索結果 約 15,200 件
"飛鳥浄御原令"  検索結果 約 638 件
"近江令"     検索結果 約 752 件
"弘仁格式"    検索結果 約 1,210 件
"貞観格式"    検索結果 約 490 件
"延喜格式"    検索結果 約 1,010 件
"三代格式"    検索結果 約 10,100 件
"類聚三代格"   検索結果 約 842 件中

"磐井律令"    検索結果 約 6 件
           古田絡みのwebページが3件、残りは全て2ch関係

ちなみに、これらの中で、"磐井律令"だけが、Wikipedia に載っていない。


これで、どうして"磐井律令"は定説と言えるの?
225日本@名無史さん:2007/02/14(水) 22:44:51
どうして言えないの?
226グルタン:2007/02/15(木) 03:39:03
>>203
>五王は当時の各天皇だとかの主張は大間違いだぞ。
>たかが「武」の一字があったくらいで方法がイコールにはならない。

その理論だと、倭の五王は九州の王だったとも言い切れませんよね?
なのにどうして太国師は倭の五王が九州の王だと言い切るのでしょうか?

>>204
>古墳の副葬品の変遷を見れば、やはり初期王権で重視されていたのは祠祭でしょう。

馬具や武具や生活用具も大量に出ていますけど。
特に馬具に関しては前方後円墳の時代に出現していますけど?
馬具と祠祭の関連は何なんでしょうか?

>>205
>「墓が大きければ大権力」なんて法則はありません。

では逆に「墓が小さければ大権力」という法則があるのでしょうか?
ありませんね?
大きな墓を造るために大権力があったと考えるのは至極自然です。
いや、ある程度の権力がないと造れないでしょう?
古今東西「経済力=権力」は比例しますよ。

227グルタン:2007/02/15(木) 03:40:16
>>212
>大将軍・将軍って書いてあるだろ

それの何処に九州王朝の文字が読み取れますかw

>>214
>古墳じゃなく都城を造成するように変わっていったようだ。

九州の何処に都城がありましたか?
ないですね。ないんですよ、そんなものは何処にも。

>>220
>磐井律令は定説じゃないのか。

定説どころか、誰からも相手にされてないよw

>>222
>大型船も建造できる造船技術のある近世と比べても意味ないでしょう。
>日本の古代と近世では船の構造が違いますよ。

航海術の話をしているのですが、大型船があると航海術が発達でもするのでしょうか?
ちなみに古代でも馬や生口が大勢乗れる大型船は存在したでしょう
228太国:2007/02/15(木) 07:26:55
>>226
言い切れないなら、他に五王は半島、大陸の王だというのか?
それとも蝦夷か?ww 君は五王がどこそこの王だと言ってから
そういうことを言えよ。そうでないと、お前さんの論理で倭の五王
は火星にあったか否かも考えろと聴こえることになる。
笑わせるな。www
229日本@名無史さん:2007/02/15(木) 09:11:19
畿内で金印が出たっていう定説もないけどね。
阿蘇山で祈祷したのは実は畿内でした、なんて定説もないけどね。
230九州王朝大好き:2007/02/15(木) 11:44:34
>>227:グルタン
>航海術の話をしているのですが、大型船があると航海術が発達でもするのでしょうか?
>ちなみに古代でも馬や生口が大勢乗れる大型船は存在したでしょう

検討はずれです。
船の構造が航海能力と深く関わります。
船の構造についてその歴史を勉強してください。
竜骨・帆・艪が船の構造上の大きな違いです。
近世の船は低い航海技術で高度な操船航海能力が発揮できます。
航海技術のソフトよりも、造船技術のハードが上まわります。

231日本@名無史さん:2007/02/15(木) 16:34:09
196 ・ 214より
>227
オレ畿内説側だから、「都城」と書いたけど、
九州説なら「城郭」でもいいんじゃね?
たしか、向後石だか金剛石だかしらんが、変な城郭がいっぱいあるのが
九州に王朝があった証拠だ、とかいうヤカラも多いらしいしな。
232日本@名無史さん:2007/02/15(木) 18:07:34
笑わせるのがグルタンの使命です。
233日本史@名無しさん:2007/02/15(木) 20:31:34
グルタンうざい


さっさと消えろ
234日本@名無史さん:2007/02/15(木) 21:27:15
【ワイ族の居住地域】

 天日矛命の国=志羅紀と、ワイ族(朝鮮人)の国である新羅は、3世紀の中頃から戦争していた。
戦争の原因は、ワイ族の志羅紀侵略である。ワイ族は、もともとはカラ半島・東北部に住んでいたが、
ワイ族の一部が、3世紀の前半頃に志羅紀領の北部地方に侵入し、そのまま住みついたため、先住民である
志羅紀人(倭人)とワイ族(朝鮮人)の間で領土紛争が起きたのである。
 
 下の図は、ワイ族(朝鮮人)が居住していた地域を簡単に図形化したものである。
△部分が、ワイ族が住んでいた地域だ。黒い▲は新羅であり、ここもワイ族の居住地だった。
◆部分は倭人が住んでいる志羅紀。■部分は同じく倭人国の任那。
 
      ○←←高句麗(フヨ族が建てた国)
      ↓
○○○○○○○○○○○△▽△▽△
○○○○○○○○○○○▽△▽△▽
○○○○○○○○○▽△▽△
○○○○○○▽△▽△▽△▽
○○○○○○△▽△▽△▽
○○○○○△▽△
○○○○○▽△▽
■■■■■▲▼▲←新羅(ワイ族国。元は志羅紀領)
■■■■■▼▲▼
■■■■■◆◆◆
■■■■■◆◆◆    【日本海】
■■■■■◆◆◆
■■■■■◆◆◆←志羅紀(倭人国。天日矛命の国)
■■■■■◆◆◆
   ↑
  任那(馬韓。任那領=北部に百済があった)
235グルタン:2007/02/15(木) 23:02:53
>>228
>君は五王がどこそこの王だと言ってからそういうことを言えよ。

何度も言いまくっていますが、畿内の天皇が倭の五王です。
倭と言ったら、日本すなわち大和、イコール畿内です。
これは学会の定説、いや世の中の常識中の常識です。
小学生でも知ってる日本人の基礎的社会通念です。
広辞苑でも大言海でも何でも字引きで調べて下さい。

太国師、今夜も晩酌がの勢いが宜しいようで、ちと心配です(切実)

>>230
>船の構造が航海能力と深く関わります。
>竜骨・帆・艪が船の構造上の大きな違いです。

では、貴方が主張する「九州王朝の高い航海技術」とやらは当時はまだ無かったということですね。
ちなみに当時の船は中国も倭国(九州も畿内)も「沙船」でしょうから、陸伝いや島伝いに航海したことでしょうから、
後世のような高度な航海術は必要なかったのです。
中国の記録にも「沙船は唯よく北洋を走り、南洋を走るに便ならず」とありますから。
南洋を行くには福船でしょうが、古代倭国で福船が使われたことはありませんからね。

>近世の船は低い航海技術で高度な操船航海能力が発揮できます。
>船の構造についてその歴史を勉強してください。

勉強するのは貴方です。
羅針盤や六分儀やクロノメーターや海図、貿易風や海流の知識など、
寧ろ後代になればなるほど、航海技術はソフト面で発達します。
大航海時代に西欧が遠大な外洋探検を成功させた鍵はこの航海技術の発達があったからこそです。
「低い航海技術で高度な操船航海能力」など有り得ない話です。
236グルタン:2007/02/15(木) 23:03:20
>>231
なるほど。
神籠石は7世紀以降に築かれた朝鮮式山城というのが定説ですね。
白村江の戦い以降に防衛ラインとして朝廷が築いたのかも知れませんが記録がないので、
何とも言えませんね。
ちなみに、その内側からは何も出ていないので
単なる聖域を区別するための境界だったのかも知れませんね。

>>232
>笑わせるのがグルタンの使命です。

いいえ、九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
笑わせるのはあなた方でしょうwww
早く「九州王朝の出てる一次資料」出してねwww無いかwww
大和朝廷が全て燃やした、溶かしたっていうんでしょwww腹痛いwww
天皇は九州王朝の墓まで暴いて、証拠を隠滅したんでしょうかwww
237橿原一派 ◆6Zok7FAjsY :2007/02/15(木) 23:08:17
倭の五王は、現時点ではわからないとするのが正しい。
ソースが「定説だから」の連呼では荒らしにしか見えませんよ。
238日本@名無史さん:2007/02/15(木) 23:15:35
グルタンは、どこかの教祖みたいだな。

       「定説です」

ヒント:ライフスペース 高橋弘二
239グルタン:2007/02/15(木) 23:23:25
>>237
当時の倭国で中国大陸に遣使を派遣できたのは
畿内の大和王権であったとするのがもっとも適切でしょう。
それ以外に該当する勢力があったなら話は別ですけど(架空の王朝は除く)。

>>238
>どこかの教祖みたいだな。

では貴方のような古田説を妄信する人は信者ですねwww
240橿原一派 ◆6Zok7FAjsY :2007/02/15(木) 23:27:24
>>239
蓋然性は高いと考えられますが、男王か女王かの問題などで正史と漢籍に齟齬が生じますよね。
未だ完全に解決されてはいない問題です。
241グルタン:2007/02/15(木) 23:30:20
>>237
こんばんは橿原様。

古墳時代において、対外的に「倭=畿内を中心とした王権」
ということが定説と言ったまでのことです。
九州王朝論者は「倭=九州王朝」と思っているようですので。
242太国:2007/02/15(木) 23:43:29
>>235
「幼武」の武が「武王」の武と一致するから双方はイコールだと
いうのがお前と臥海の噴出す発想だ。www

じゃぁこれはどうなんだ?

「42」の 2 と「20」の 2 が一致するから

 42=20

になるのか?wwwwwwwwwww

42≠20

が正解なんだよ。つまり五王は天皇ではない。
お前は古代史界の迷探偵だな。wwwwwwwwwwwww
243日本@名無史さん:2007/02/15(木) 23:44:08

  妄 信   ・・・グルタンのために捧げられた言葉
244日本史@名無しさん:2007/02/15(木) 23:49:25
>広辞苑でも大言海でも何でも字引きで調べて下さい

小学生は漢字の勉強してろよぼけが
245日本@名無史さん:2007/02/15(木) 23:53:05
小麦蛋白だかグルタンか知らないが、腐ってますね。すごい悪臭。
246グルタン:2007/02/15(木) 23:57:19
>>242
>「幼武」の武が「武王」の武と一致するから双方はイコールだと
>いうのがお前と臥海の噴出す発想だ。www

私はそんな事は一言も書いてませんが???
ただ、当時(5世紀)の倭とは諸外国から見て「畿内を中心とした王権」だったと言っているのです。

>「42」の 2 と「20」の 2 が一致するから
>42=20
>になるのか?wwwwwwwwwww
>42≠20

よく分かりませんが、以前、太国師は
「舟渡神のフナとは2と7で2×7=14」で当時は一月が14日であり、
これこそが2倍暦の証拠だと仰ってましたね?
また、イザナミとイザナギの黄泉の国の問答「千五百人の産室と千人殺し」にちなみ、
3対2の比率から、当時は3倍暦と2倍暦が使われていたとも仰いましたね?
あれは何だったんでしょう?

今宵もお酒をお召しでしょうか?お酒は程々に。
247橿原一派 ◆6Zok7FAjsY :2007/02/16(金) 00:00:26
>>241
こんばんわグルタン殿
>古墳時代において、対外的に「倭=畿内を中心とした王権」
ということが定説
同意。
>九州王朝論者は「倭=九州王朝」と思っている
同意。
これには九州王朝論者も異論はないでしょう。

私は正史だけで説明しきれない部分の解明に、いろいろなアプローチがあった方がいいという考えです。
その理由としては、正史には恣意がふくまれてしかるべし、だから。
考古学もしかり、正史と反する伝承しかり、もちろん漢籍しかり、です。
定説を理解したうえで、その矛盾点を追求するという意味で、九州王朝説は応援しております。
ただし、古田氏の素人を丸め込もうとする手法には憤りをかんじます。
(例えば新唐書の引用で「天皇は筑紫城に居る。」などと紹介する点)
248日本@名無史さん:2007/02/16(金) 00:04:18
  ∧_∧ パーン
 ( ・∀・)
   ⊂彡☆))Д´)>グルタン
249グルタン:2007/02/16(金) 00:04:49
>>243
いいえ、2ちゃんねるで言う妄信とは「古田信者」を蔑む言葉です。

>>245
古田信者の脳は腐ってるどころが空っぽですからね、非常に心配です。
250橿原一派 ◆6Zok7FAjsY :2007/02/16(金) 00:09:48
双方とも煽り、アラシはスルーでお願いしますね。
251グルタン:2007/02/16(金) 00:15:49
>>247
はい、こんばんは橿原様。

>私は正史だけで説明しきれない部分の解明に、
>いろいろなアプローチがあった方がいいという考えです。

確かにその通りです。
もちろん私も正史を単純に直視すべきではないという考え方です。
ただ九州王朝や東北王朝を称える古田氏やその珍説を鵜呑みにした信者が、
「これこそが正史」だと主張することに疑問を抱きます。
的確な物証があってこそ真の考古学・歴史学と言えます。
252日本@名無史さん:2007/02/16(金) 00:17:32
鵜呑みにしてるのは、君だけだが?
253日本@名無史さん:2007/02/16(金) 00:19:52
しかし、レスをわざわざ、全部

  a g e

にしてる馬鹿もいるんだなあ〜〜
254日本@名無史さん:2007/02/16(金) 00:21:28
アンチ古田信仰に生きるってのも楽じゃないだろ?>グルタン
255橿原一派 ◆6Zok7FAjsY :2007/02/16(金) 01:25:07
>>251
正史は恣意に満ちていると感じるのと同様に
>「これこそが正史」だと主張することに疑問を
感じるべきでしょうね。

>的確な物証
現状ではまだまだ足りませんよね。発掘成果で証明できることは限られています。
これは夢物語ですが、蘇我氏が焼いたとされる国記、天皇記がどこかから発掘されませんかねw


おやすみなさい。
256日本@名無史さん:2007/02/16(金) 09:37:48
>242
そうか。倭の武王とはつまり、倭武=ヤマトタケルだったんだ!
257太国:2007/02/16(金) 11:12:58
>>246
言ってないとか云うが、どうせ臥海の虎の威を借りる狐のお前さん
のことだから、遠回しに肯定してるようなものではないか?w
なぜあの等号にした説のおかしな論理に、不審を抱かないのだ?
それにお前さんは卑弥呼の居所を甘木とか肯定しながら、なんで
九州王朝を否定するのか?

>1ヶ月が14日であり

だから欠史八代間の紀の記述はすべてが1日〜14日までだから倍暦
を主張してるわけだ。当時はこんな暦のようだぞ。
以下ならば ↓ そう考えたくなるだろうが。

日 月 火 水 木 金 土

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12 
13 14

当時の古代人の頭は今でいうデムパだとは云える位、彼らは
迷信深い。現代人のように高等教育を受けてるわけではないから、
彼らの発想において この前のように 42=20 などということ
は古代人の頭にとっては相当程度ありうるといってよい。

だから連中の頭に程度を落として論を迷信のように解説することは、
彼らの生態をストレートに表現した事になる。お前の支持者の臥海
のように、現代人が 42=20 としてたんではこれはまずいのだ。
しかしお前はそれを支持してるらしく、遠回しに 42=20 を認容
してると言われても仕方あるまい。なんで
 幼武=武王 になるのか?お前の話は論無しの狐の生態だな?w
258九州王朝大好き:2007/02/16(金) 12:20:27
>>235:グルタン
君は、論理的思考も出来ない、科学技術に疎い一般的機内論者のようだ。
失望した。
橿原一派氏の爪の垢でも煎じて飲み自己改革を望む。

端折った説明では理解できないようだからもう少し説明しよう。
7世紀には、倭は東シナ海対馬海峡を自在に横断できた。
ところが8世紀に入ると畿内朝廷は遣唐使の派遣もままならぬようになった。(空海の渡唐以降)
倭には低性能船でも高度航海技術があったから東シナ海を横断できたのである。
一方畿内朝廷は低性能船に低い航海技術であったから失敗が多かったのである。

明は西欧に先駆けること100年前に大航海時代に入っている。(鄭和)
竜骨・優れた帆・優れた艪(舵)を持った船である。(福船系統)
この優れた構造の船が室町時代には日本にも入ってきていたので、
(九州には室町以前に福船が導入されていたと推察される。中国密交易)
低い航海技術でも400年ぶりに安全に唐と交易できたのである。
(元寇の頃には竜骨船は未だ日本にはなかったと推察される)

室町末期にはこの高度技術竜骨船が普及してきたからこそ、
大内氏に遅れはしたが、高度技術竜骨船を導入できれば、
堺・根来・九鬼でも低い航海技術で安全に海に乗り出すことができたのである。
259日本@名無史さん:2007/02/16(金) 12:53:58
間違い修正
×安全に唐と交易→○安全に明と交易
260九州王朝大好き:2007/02/16(金) 13:11:02
グルタン氏の曲解を避けるための一言

竜骨船は福船が最も古い訳ではない。
インド洋を駆け巡ったアラビア船もある。
最初に竜骨船もしくはそれに近い機能持った船を発明したのはどこよくわからない。
最も高度な非動力船は西欧人が発明したヨット。
261日本@名無史さん:2007/02/16(金) 13:50:08
古田を攻撃する奴って盲信・過信・妄想・我田引水・でむぱの他にはいないのか?
古田説にもいろいろな欠陥があるのに、正しく突っ込むのはそんなに難しいのか?
262日本@名無史さん:2007/02/16(金) 13:51:31
>251
>的確な物証があってこそ真の考古学・歴史学と言えます。

だから君は全面否定されちゃったわけですが。
263日本@名無史さん:2007/02/16(金) 13:59:39
古田攻撃をする奴って、古田氏がいつも

 「師の説を鵜呑みにするな」
 「権威者の祖述をするな」
 「反論があれば喜んで手弁当で駆けつけます」

と言い続けてる事をまったく知らないらしい。

264日本@名無史さん:2007/02/16(金) 14:29:01
「あの金印」=「後漢書のブツ」と断定するのは

「三角縁神獣鏡」=「卑弥呼の鏡」と断定するようなもんだろ


どちらか一方を肯定するなら、もう一方も肯定しなければならない
どちらか一方を否定するなら、もう一方も否定しなければならない
265日本@名無史さん:2007/02/16(金) 14:34:16
金印は世に1個だけ。
三角縁神獣鏡は無数にある。

 まったく違うんですが。
266太国:2007/02/16(金) 14:37:48
>>256
倭の武王は倭武(ヤマトタケル)にあらず。
同じ数字でも10進法と10以外のn進法では違ってくることがある。
だいたい時代が違う。
267九州王朝大好き:2007/02/16(金) 14:37:53
もうひとつ追加
ここで書いてきた高度な航海術とは、
天候海流地形等の蓄積した豊富なデーターベースを利用して航海をする方法のこと。
268日本@名無史さん:2007/02/16(金) 15:14:44
>>266

片手で数える五進法。両手で数える十進法。


頭で数えるn進法


どっちが古いか言うまでもなし!
269日本@名無史さん:2007/02/16(金) 15:17:44
>>261

全然。

韓国陸行しているだけでOUTで、試合終了してますので
270日本@名無史さん:2007/02/16(金) 15:28:18
陸地にも河ってものがあるんだよ。知らなかったの?
271日本@名無史さん:2007/02/16(金) 15:38:17
そんな屁理屈でごまかすのは古田説ぐらい
272日本@名無史さん:2007/02/16(金) 18:25:38
部分の総計が全体にならない、算数もできないズタズタな変態説がいいワケね?
そりゃ、小学生でも「まちがい」だって知ってるよw
273日本@名無史さん:2007/02/16(金) 18:43:18
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) グルタン
274日本@名無史さん:2007/02/16(金) 18:59:19
ある「史料A1」の「通説B1」に対して、いくつかの「疑問点C1」をまず出す。
その「C1」に矛盾が生じない「仮説D1」を持ち出す。
また別の「史料A2」の「通説B2」に対して、いくつかの「疑問点C1」をまず出す。
その「C2」に矛盾が生じない「仮説D2」を持ち出す。
同様に、たくさんの「仮説Dk」が出される。

当然ながら、「仮説Dk」を立証するためには、
該当「史料Ak」以外に、それを裏づけるものを提出する必要がある。
しかし、その立証史料に「史料Al」を出してくるが、
その史料は「仮説Dl」という解釈が入ってしまっている。
そしてその「仮説Dl」の裏付けに「仮説Dm」が、
その「仮説Dm」の裏付けに「仮説Dn」が、みたいに互いが連鎖しており、
その連鎖のなかに、「仮説Dk」を根拠にしたものさえ含まれる。


この連鎖の輪が、結構複雑なので手が込んでいて分りづらいが、
結局は、ある一つの連鎖が否定される毎に、一気に崩壊していくのが古田の主張。

 (注) 「C1」に矛盾が生じない「仮説D1」というとき、
     他の「史料α」に矛盾しないことを保証しない。
     実際には、「A1」を「D1」と読む可能性もありえる、という程度の話が
     上記の連鎖を駆使して、「D1」と読むべきと話がでかくなっていることが大半
275太国:2007/02/16(金) 19:33:29
>>268
だから、古いのは武王よりヤマトタケルのほうだよ。
276日本@名無史さん:2007/02/16(金) 19:34:57
という誤解をしちゃったのが、古田氏のアンチ。

実際に真実探求方法はまったく違う。
少ない仮設で、より多くのことを、より深く説明できるものが、
最も真実に近いという、当たり前のしくみで生き残ったのが古田説。

「邪馬台国は大和に決まってる」
「後進地域九州に邪馬台国などあるはずがない」
・・・などなど、思い込みから突入しちゃった連中が、アンチ古田説。
277276:2007/02/16(金) 19:35:45
>>276>>274へのレスです。
278日本@名無史さん:2007/02/16(金) 20:06:10
>>276
> 少ない仮設で、より多くのことを、より深く説明できるものが、
> 最も真実に近いという、当たり前のしくみで

意味不明です。
仮説は、その裏付けが取れて初めて意味をなします。

しかも、
裏付けのない仮説で、仮にうまく説明できたように思えても、
その説明に矛盾する内容を指摘されたときに、
また別の仮説から導かれたもので反論という手を出してくる。

ここには論理性は全くない。


> 「邪馬台国は大和に決まってる」
> 「後進地域九州に邪馬台国などあるはずがない」

これも典型的な手口ですね。
架空の極論に反論して、自説を補強したつもりになる。



279日本@名無史さん:2007/02/16(金) 21:47:07
>278

君の言っている分野は、理科系の証明問題なんだよ。
そんなレベルの問題なら、100年前でもに結論が出ちゃうわけ。
幼稚な感性で古代史の解き方を観念化しても通用しない。
280サガミハラハラ:2007/02/16(金) 22:02:16
韓国内陸行について
郡よりとは、郡の役所のあるところからという意味です。
海岸に従いて水行し、であるが、海岸とは郡の海岸です。そして、韓国を経由してとなります。
つまり、郡より邪馬台国にいたるには、まず郡の海岸に沿って海上を進み、次に韓国を通りその北岸のクヤ韓国に着くということです。
クヤ韓国につくには韓国を経由しなければならないということです。
この分からは陸行説を否定できるものではありません。
281サガミハラハラ:2007/02/16(金) 22:03:04
韓国内陸行について
郡よりとは、郡の役所のあるところからという意味です。
海岸に従いて水行し、であるが、海岸とは郡の海岸です。そして、韓国を経由してとなります。
つまり、郡より邪馬台国にいたるには、まず郡の海岸に沿って海上を進み、次に韓国を通りその
北岸のクヤ韓国に着くということです。
クヤ韓国につくには韓国を経由しなければならないということです。
この分からは陸行説を否定できるものではありません。
282太国:2007/02/16(金) 22:09:36
サガミハラハラさん
とっぴょうしもないことを言っちゃいますが、「水行十日陸行一月」
が倍暦だと仮定すると、中国も倍暦をやってたのか?と考えてしまい
ますが、貴殿はどう考えますか?
283サガミハラハラ:2007/02/16(金) 22:17:17
水行十日陸行一月は倍暦ではありません。中国ではもはや倍暦はありません。
陸行のほとんどは韓国内陸行です。
水行のうち、松浦から半島までは五日です。残りの五日で金海から仁川まで西海岸水行は
無理です。
284太国:2007/02/16(金) 22:19:23
>>283
わかりましたが、それで年代の逆算が好都合に運ぶんですか?
285サガミハラハラ:2007/02/16(金) 22:20:57
韓国の入り口の群山から仁川まで五日で合計十日となります。
286日本@名無史さん:2007/02/16(金) 22:21:24
>>281

>海岸に従いて水行し、であるが、海岸とは郡の海岸です。そして、韓国を経由してとなります。
つまり、郡より邪馬台国にいたるには、まず郡の海岸に沿って海上を進み、次に韓国を通りその
北岸のクヤ韓国に着くということです。
クヤ韓国につくには韓国を経由しなければならないということです。
この分からは陸行説を否定できるものではありません。


お見事な和訳です。 絶句

循海岸水行歴韓国(韓国の海岸に沿って水行しへる) 
287太国:2007/02/16(金) 22:24:32
>>285
その考えは可能性ありますね。

倍暦の年代の件で苦労なさっているようですな?
拙者の同じです。さらに研究しますわ。サガミハラハラさんも
がんばってください。
288日本@名無史さん:2007/02/16(金) 22:27:59
サガミハラハラさん。倍暦の前に漢籍和訳どうにかしないと
かなり滅茶苦茶ですから
289日本@名無史さん:2007/02/16(金) 22:29:59
>>279

仮説の検証を求めるのが幼稚とはね・・・

そんなこと言ってるから、
いつまでたっても学会で相手にされないんだよ。
290日本@名無史さん:2007/02/16(金) 22:31:26
                 |;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;|
                   |;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:|   
                    |;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;|
                 |_;:_;:_;:_;:_;:_;:_;:_;:_!
                 |;:_;:_;:_;:_|_;:_;:_;:_;:」
                 fT 、_ `"'''"´ _,.゙!}
    r―、-、          tj、 t苙、 ,ィ苙ア lノ
    ',  ヽ ヽ         ',':,   ,! l、  ,イ
    l   !"´!         ヾ! ,.ィ竺t:、 リ
    l   l  l         人.'´三`' /l          f'^i-、__
    |   |  |,. ―- 、_r≦´、、 `'ー' " ト、       {゙ヽ丶ヽヽ
    |   |_|_::::::::::::::::::::::::::::::::::`ヾミ丶、、ヽヽー-、_  ヽヽ丶ヽヽ
    |  /   i\::::::::::::::::::::::::::::::::::::::`丶.`'=┘::}:::::::`,==、! ,l_.l,..ヽヽ、
    ト、_.|    l / ̄`ヽ:::::::::::::::::::::::::::::::::`'ー-一'::::〈::ヽ ゙',   、_ ',
    ノ  `'ー‐(⌒ヽ ノ l::ヽ:::::::::::i::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ:ヽ ゝ -‐ァ
   ,! __,,.. -r-、`'ーr'´ ノ、:::ヽ::::::::l!:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヾヽ   ;'
    l       ヽ_,.ノ  /::ヽ}::::'i,::::::|l:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ丶、_,. -‐
   {  -‐' ´ ̄ソ  /::::::::::::::::|l:::::||::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::l!:::::::::::ト-

ttp://www.nicovideo.jp/watch/ut49jki2kpq7c

東方軍 VS 陰陽軍 の戦い 琴姫の役
291サガミハラハラ:2007/02/16(金) 22:32:05
すいません。少しアルコールがはいっていて、文書も見ずにレスしているものですから。
292日本@名無史さん:2007/02/16(金) 22:35:28
>289
早く学校で算数習ってね。
293日本@名無史さん:2007/02/16(金) 22:42:07
>291
健康にはご注意を。あ、太国さんも。
294グルタン:2007/02/17(土) 02:14:40
>>254
>アンチ古田信仰に生きるってのも楽じゃないだろ?>グルタン

全くです、楽じゃないですね、狂人を相手にしなきゃならないんだからw
まあ、でもそういう狂人を釣るという楽しみはありますねw

>>257
>それにお前さんは卑弥呼の居所を甘木とか肯定しながら、
>なんで九州王朝を否定するのか?

単に九州王朝を認めるに足る資料が無いからです。
そもそも古田氏の説は「自分自身の仮説が最大の根拠」というおかしな構図です。
これは卑しくも学者という立場の人間が執るべきスタンスではないです。
あの人、実は小説家なんでしょう?それも架空史ファンタジー部門。

>欠史八代間の紀の記述はすべてが1日〜14日までだから倍暦を主張してるわけだ。

ところで太国師、「舟渡神=フナ=2×7=14(一月14日の根拠)」の話はどうなんですかね?
私にはさっぱり分かりません。
295グルタン:2007/02/17(土) 02:15:38
>>258
>君は、論理的思考も出来ない

古田信者の口から「論理的思考」という言葉が出てきたことに驚きです。
猿的脊髄反射思考の古田信者からこんな高尚な単語が出てくるなんて。。。
信じられないw

>7世紀には、倭は東シナ海対馬海峡を自在に横断できた。

対馬海峡は島伝いですので極めて容易な航海です。
東シナ海の横断は白村江の戦い以後です。

>ところが8世紀に入ると畿内朝廷は遣唐使の派遣もままならぬようになった。(空海の渡唐以降)

空海の入唐は9世紀ですけど。。。

>この優れた構造の船が室町時代には日本にも入ってきていたので、

遣明船は軽量な室町期の和船ですが???


>低い航海技術でも400年ぶりに安全に明と交易できたのである。

遣明船は春と秋に吹く北東風を使って大陸に渡り、5月に吹く南西風に乗って日本に帰還しました。
これは今までの日本では未熟だった偏西風を利用した高度航海術です。
どこが「低い航海技術」なのでしょうか??
そもそも「400年ぶりに安全に」というのは変です。
私貿易レベルでは古代から中世にかけて、絶え間なく大陸と日本を貿易船が行き来してました。
それが証拠に平安〜鎌倉〜室町の各時代の遺跡からは中国大陸からもたらされた青磁白磁の破片が多量に出土します。
むしろ民間レベルの貿易にシフトしたので国家レベルの公的派遣が無くなったというのが正解でしょう。
296グルタン:2007/02/17(土) 02:32:07
>>261
>古田を攻撃する奴って盲信・過信・妄想・我田引水・でむぱの他にはいないのか?
>古田説にもいろいろな欠陥があるのに、正しく突っ込むのはそんなに難しいのか?

自ら古田説が欠陥だと認めた上でまだ反論ですかwww
「盲信・過信・妄想・我田引水・でむぱ」その全てが古田及び古田信者のあなた方そのものじゃないですかwww
またの名を基地害集団とも言いますwww

>>262
>だから君は全面否定されちゃったわけですが。

いいえ、それは学会からも世間からも全否定されている九州王朝肯定派の皆様のことでしょう??
そもそも提唱した人物の仮説が最大の根拠という全く奇特な説ですからね。
証拠となる一次資料も遺跡も遺物も無いのによくもまあ信じますね、こんな説www
こういうのを信じる人って詐欺や勧誘に弱いんじゃないですか?家中に幸福の壷とか掛け軸が有ったりしてwww

>>263
>古田攻撃をする奴って

攻撃なんてしてません!
腹を抱えて笑ってるんです!
だって狂ってるんだものwww

>「師の説を鵜呑みにするな」

そのまま古田信者に捧げる名言ですねwww

>「反論があれば喜んで手弁当で駆けつけます」

暇人という意味ですねwww
それともピクニックかなwww
297グルタン:2007/02/17(土) 02:37:53
>>276
>少ない仮説で、より多くのことを、より深く説明できるものが、
>最も真実に近いという、当たり前のしくみで生き残ったのが古田説。

いわゆる「想像の産物」って奴ですね?
基地害かwwww
298日本@名無史さん:2007/02/17(土) 03:27:36
通報しました。
299太国:2007/02/17(土) 07:44:40
>>294
資料はそろっている。
まず金印、帥升の古文献、倭人伝の内容。倭の五王は天皇ではない
からこれは九州の短期王朝、年号も多数出ている。
当時九州には邪馬壼国と邪馬臺国の二国があり、前者は女王国、後者
はこの短期王朝である。さらには古史古伝には九州王朝を見られる
ウガヤ朝70数代の記録まで残っている。

お前の論は 資料がない などと言って、上のように資料があるもの
を、言葉で無いと否定のための否定をしていて、否定論の根拠が貧弱
まるで無く、論理に具体性がまるで出てこない。
有る資料を無いと言い、否定の論拠は他に聴いてみれば、臥海が
そういうからそうであるなどと自論の具体性がまるでない。狐とは
誤魔化しに終始してw具体性のない「ゼロ論」では肯定派を納得させ
ることはできない。こちらのように無いのを根拠で書きこむんだな。
できないんだろう?www 反論は資料根拠等を出して言うこと。

倭の五王は九州にいたのだからして、今後いくら應神〜雄略あたりの
天皇の、紀の年数と合わせようとしても、いつになってもピッタリ
当てはまらない。今後1000年経とうが、別人同士だから未来永劫に
合うはずがな〜い。そりゃぁそうだよ、別人だからな。www
お前が合わせようとしたところで 42=20 からの出発では〜w
お前が死ぬまで五王と天皇の年数は一致してるようで、一致しない
箇所が必ず残存する。狐のシッポが残るように、この化け物理論は
天皇に完璧に化けられない。www

船戸神は当時の古代人の頭の中はこうだろうという自説だよ。これで
正解とまでは言ってはいない。あくまで迷信深い古代人の考えは
こうではないのかとの説だ。
300太国:2007/02/17(土) 07:54:14
>>299 訂正

× 邪馬壺国    ○邪馬壹国
301一応九州王朝説:2007/02/17(土) 08:49:12
太国氏へ

スレの健全化のために透明アボーン推奨
302グルタン:2007/02/17(土) 09:08:24
おはようございます、太国様。
昨日はよく眠れましたか?

>>299
>資料はそろっている。まず金印、帥升の古文献、倭人伝の内容。

どれもこれも、さまざまな解釈が説かれ、決定的とは言えません。
金印自体は貴重な遺物ですが、奴国一国の存在のみが証明されたに過ぎません。つまり、金印が古代九州の広範囲にまで用いられた形跡が出ていないのです。
金印の捺印がある粘土版などが各地の遺跡から出ていないのです。これは当時の奴国が「博多湾岸および福岡平野」でのみ展開していた王国だったからではないでしょうか?

>倭の五王は天皇ではないからこれは九州の短期王朝

そう言い切れる根拠は何なのでしょう?宋書に九州までの里程や方角が記されているのでしょうか?
或いは五王の名前を刻んだ金石文などが九州に存在しているのでしょうか?

>年号も多数出ている

それは本当に当時使われていた年号なのでしょうか?単なる後代の私年号の可能性はないのでしょうか?
九州年号が記された金石文や中国の歴史書が存在するのでしょうか?一体何をもって九州年号の存在を肯定すれば良いのでしょうか?
教えて下さい!九州年号と私年号の区別の仕方があるのでしょうか?

>さらには古史古伝には九州王朝を見られるウガヤ朝70数代の記録まで残っている。

その古史古伝とは一体何のことでしょうか?それらの古史古伝にどこまで信憑性はあるのでしょうか?
大体、古史古伝は一次資料ではないです、というか後世の創作でしょう?
そして、ウガヤ朝とやらの実在を証明する遺跡・遺物は発見されていますか?

>船戸神は当時の古代人の頭の中はこうだろうという自説だよ。

ああなるほど、太国様の頭の中の空想ですね。
303日本@名無史さん:2007/02/17(土) 09:34:11
>>281
そしてサガミハラハラさん。
「循海岸」(海岸に沿って)
→この場合、『海岸』とは(海と陸との境部分で、陸地側の事です。)
『沿う』とは
その海岸の両サイドにあたる@陸地域とA海水域の二通りに別けられ、「循海岸」だけでは判断出来ません。
その二通りの選択の内どちらかを指定する為、次の『水行』の文字が用意されているのですよ。
要するに、海岸に沿って移動する場所は(海水域)だと
『循海岸水行』(海岸に沿って海水域を進む)と

これではまだ、どの海水域を進むか位置が特定されないので、次に『歴韓国』の文が
304日本@名無史さん:2007/02/17(土) 09:47:40
サガミハラハラさん>>303の続き書きますね。

『歴韓国』の文章は、韓国を徒歩にて横断したり、川を遡る為に用意された文言ではなく、『循海岸水行』の進行航路の位置を知らしめる為に用意されたものです。
『歴韓国』(韓国をへる)と
『循海岸水行歴韓国』
(韓国の海岸水域に沿って航行する)と

『歴』は、韓国の海岸水域を航行すれば、自然と様々な地域を通過するので (歴)なのです。
沿岸の馬韓にしろ弁辰にしろ、その中には様々な国があることは韓伝に書いてありましたね
『経韓国』ではなく『歴韓国』と書いてあるのは
そのため
305日本@名無史さん:2007/02/17(土) 09:53:50
古田さんの説かれる韓国陸行伝説は、古田さんの頭の中だけのお伽話で
あった事の、文献史料を元にした状況証拠です。
後は物証にてひっくり返す以外 残された方法は無いのです。

こんな単純ミスを
平然と唱える古田説。一体なんなんでしょう。
根底からミスしてるのに
306太国:2007/02/17(土) 10:14:26
>>302
どうのこうの言ったってお前の不利になるものばかりで、お前は
有利なものはありゃぁしないではないか?ただむりやり掴んだウナギ
のすりぬけばかりで、お前のほうが空想的否定を増幅させているに
すぎない。そんなことならば、お前の見方の臥海連に 42=20 の
不審点の追究もせねばあかんだろうが。w

んじゃぁ、お前のほうも存在しないというブツや文献を出したら
どうだ? こっちはあるというブツと文献を出しているではないか。
それをお前は利用して宋書がどうのこうのと批判しているに
すぎない。こっちのブツと文献がどうのこうのは分かったから、今度
はお前も出してくれや。しかし、えらい自信だな。その自信はお前の
頭の中の一人免許的ものになる。そろそろ精神科へ行ったら?ww

九州王朝は決定的。まぁあきらめが肝心だよ、グル綻サン。ww
307日本@名無史さん:2007/02/17(土) 10:15:53
かといって他のデタラメ説よりはマシかと。
308307:2007/02/17(土) 10:16:31
307は>305へのレス
309太国:2007/02/17(土) 10:18:42
>>307
あいつは卑弥呼は九州説を主張してるからな。そういう意味では畿内説
よりはマシだが、あいつをつけ上がらせないように、可愛がるマネは
やめたほうがいいんではないの?w
310河童:2007/02/17(土) 10:28:20
>>303-304>>305
は 河童のレスです。

名無しで 失礼しました。
311日本@名無史さん:2007/02/17(土) 10:36:07
>>310
あんた、誰?
312太国:2007/02/17(土) 10:39:02
>>302 いいから、以下をどう説明するんだい?こっちはお前と違いちゃん
と文証をもって来ている、(お前は何でもいつも、無い文証がないねw)

【紀の欠史八代間の立太子、即位、立后、崩御、葬儀の日数統計表】

1日 4   15日 0        日 月 火 水 木 金 土
2日 2   16日 0             1 2 3 4 5
3日 3   17日 0        6 7 8 9  10 11 12
4日 1   18日 0        13 14
5日 3   19日 0
6日 3   20日 0          ↑
7日 2   21日 0        ←これで1日〜14日が空想か?
8日 3   22日 0         よ〜く考えるんだな。ww
9日 4   23日 0        
10日 1   24日 0         
11日 3   25日 0
12日 4   26日 0
13日 2   27日 0
14日 7   28日 0
        29日 0
        30日 0
313サガミハラハラ:2007/02/17(土) 10:42:47
物証にてひっくり返すといいますが、韓国陸行説は物証によりなりたっているのです。
314河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/17(土) 10:43:52
>>311さん河童です。
315太国:2007/02/17(土) 10:44:24
>>312 訂正 カッコ書き

○  (お前はいつも、文証が無いねw)
316日本@名無史さん:2007/02/17(土) 10:49:08
>314
説明になっていない。他人にわかるように。
317日本@名無史さん:2007/02/17(土) 11:06:39
>>299

根拠が仮説ばかり。
その仮説から導かれた結論には意味がない。

しかも、その仮説同士がリンクしてるから、
一つ仮説が崩れると全体が崩れる。
318日本@名無史さん:2007/02/17(土) 11:10:14
>317
古代史に単純な

 仮設→証拠→真実

なんてものはほとんどない。
だからその反論自体、古代史の否定になっちゃうんだよ。
319唐松山:2007/02/17(土) 11:11:05
歴年  年度  誤差  閏   歴日  月齢 景行天皇
253年目 1年度 24日 94回 92646日 7.02月 元年秋七月,己巳朔
254年目 2年度 25日 94回 92883日 3.04月 二年春三月,丙寅朔
255年目 3年度 25日 94回 93207日 2.01月 三年春二月,庚寅朔
256年目 4年度 25日 95回 93591日 2.02月 四年春二月,甲寅朔
256年目 4年度 25日 95回 93857日 11.03月 冬十一月,庚辰朔
259年目 7年度 27日 95回 94832日 8.04月 十二年八月乙未,朔
259年目 7年度 26日 95回 94861日 9.02月 九月,甲子朔
259年目 7年度 27日 95回 94950日 12.04月 十二月,癸巳朔
264年目 12年度 27日 97回 96515日 3.03月 十七年春三月,戊戌朔
265年目 13年度 28日 97回 96899日 4.04月 十八年夏四月,壬戌朔
毎年 日数は、相応にある
320唐松山:2007/02/17(土) 11:13:01
265年目 13年度 28日 97回 96929日 5.05月 五月,壬辰朔
265年目 13年度 28日 97回 96958日 6.04月 六月,辛酉朔癸亥
265年目 13年度 28日 97回 96988日 7.05月 秋七月,辛卯朔
266年目 14年度 28日 97回 97401日 9.04月 十九年秋九月,甲申朔
267年目 15年度 28日 98回 97578日 2.03月 廿年春二月,辛巳朔
267年目 20年度 29日 99回 97757日 7.09月 廿五年秋七月,庚辰朔
269年目 22年度 30日 99回 98318日 2.09月 廿七年春二月,辛丑朔
269年目 22年度 30日 99回 98554日 10.08月 冬十月,丁酉朔
270年目 23年度 30日 100回 98702日 2.09月 廿八年春二月,乙丑朔
271年目 24年度 26日 100回 99200日 6.96月 四十年秋七月,癸未朔
271年目 24年度 27日 100回 99289日 9.97月 冬十月,壬子朔
272年目 25年度 28日 100回 99379日 1.02月 五十一年春正月,壬午朔
272年目 25年度 29日 100回 99586日 8.03月 秋八月,己酉朔
273年目 26年度 28日 101回 99881日 5.02月 五十二年夏五月,甲辰朔
321唐松山:2007/02/17(土) 11:14:12
273年目 26年度 29日 101回 99940日 7.02月 秋七月,癸卯朔
274年目 27年度 29日 101回 100324日 8.02月 五十三年秋八月,丁卯朔
275年目 28年度 29日 101回 100708日 9.02月 五十四年秋九月,辛卯朔
276年目 29年度 29日 102回 100885日 2.02月 五十五年春二月,戊子朔
279年目 ‘0000 30日 103回 101978日 2.03月 五十八年春二月,辛丑朔
281年目 ‘0000 30日 104回 102982日 11.03月 六十年冬十一月,乙酉朔
322唐松山:2007/02/17(土) 11:32:16
私の 暦 の仮説 増しがある 
証拠 上記掲載
真実 に最も近いのでは、 
暦日 を 365.25で割る 等 万全です

323日本@名無史さん:2007/02/17(土) 11:42:44
誤差が気に成ります。
以前の説と一世代以上分程度は修正されたようですが

以前の場合は誤差は数日程度ではなかったですか?
324太国:2007/02/17(土) 11:44:30
>>317
仮説がどうのこうのより、あれだけ揃ってればもうひっくり返らん
よ。無いという論はそれなりの資料、根拠を持って来てくれよ。

そういう言い方じゃ全く具体的論には至っていない。つまり理論的、
抽象的、頭脳明晰的に言ってケムにまいてごまかしてるようなもの。
325河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/17(土) 12:27:03
>>316さん

>他人にわかるように

名前を名乗っただけじゃだめなんですか?他に何を話せばいいのかな?
326唐松山:2007/02/17(土) 13:13:17
歴年  年度  誤差  閏   歴日  月齢   陽差     垂仁
221年目 1年度 18日 81回 80774日 1.99月 -5.2日差 元年春正月,丁丑朔
221年目 1年度 18日 82回 81040日 10.00月 -4.7日差 冬十月,癸卯朔癸丑
221年目 1年度 17日 82回 81069日 10.98月 24.2日差 十一月,壬申朔癸酉
222年目 2年度 18日 82回 81188日 3.01月 14.0日差 二年春二月,辛未朔
224年目 4年度 18日 83回 82103日 9.00月 21.5日差 四年秋九月,丙戌朔
225年目 5年度 18日 84回 82516日 9.98月 39.7日差 五年冬十月,己卯朔
227年目 7年度 18日 84回 83166日 7.99月 18.3日差 七年秋七月,己巳朔
230年目 10年度 20日 86回 84112日 2.03月 45.5日差 十五年春二月,乙卯朔
230年目 10年度 20日 86回 84319日 9.04月 46.0日差 秋八月,壬午朔
233年目 13年度 22日 86回 85383日 9.07月 14.3日差 二十三年秋九月,丙寅朔
233年目 13年度 22日 87回 85442日 10.07月 43.8日差 冬十月,乙丑朔壬申
235年目 15年度 22日 87回 85914日 2.05月 21.2日差 二十五年春二月,丁巳朔
235年目 15年度 22日 87回 85944日 3.07月 21.8日差 三月,丁亥朔丙申
236年目 16年度 22日 88回 86475日 8.05月 40.0日差 二十六年秋八月,戊寅朔
237年目 17年度 23日 88回 86830日 8.07月 29.7日差 二十七年秋八月,癸酉朔
327日本@名無史さん:2007/02/17(土) 13:13:54
>325
「河童です」では、誰もわからないでしょう。
このスレでの思想的立場や、古田思想に対する見方、
差し障りがなければ、人となりが洞察できる説明、があればと思います。
328唐松山:2007/02/17(土) 13:14:16
238年目 18年度 23日 88回 87243日 10.05月 18.5日差 二十八年冬十月,丙寅朔
238年目 18年度 23日 88回 87273日 11.07月 19.0日差 十一月,丙申朔
240年目 20年度 23日 89回 87716日 1.07月 26.5日差 三十年春正月,己未朔
242年目 22年度 23日 90回 88631日 7.06月 34.0日差 三十二年秋七月,甲戌朔
329唐松山:2007/02/17(土) 13:15:57
244年目 24年度 24日 90回 89222日 3.07月 12.5日差 三十四年春三月,乙丑朔
247年目 27年度 24日 91回 90255日 1.05月 8.8日差 三十七年春正月,戊寅朔
250年目 30年度 22日 93回 91404日 1.96月 32.5日差 八十七年春二月,丁亥朔
250年目 30年度 22日 94回 91582日 6.99月 63.0日差 八十八年秋七月,己酉朔
253年目 33年度 23日 94回 92497日 1.97月 29.7日差 九十年春二月,庚子朔
255年目 `000 25日 94回 93355日 7.03月 9.8日差 九十九年秋七月,戊午朔
255年目 `000 22日 95回 93529日 11.92月 36.3日差 冬十二月,癸卯朔壬子
256年目 `000 23日 95回 93620日 3.00月 27.5日差 明年春三月,辛未朔壬午
330唐松山:2007/02/17(土) 13:26:40
前回は、 垂仁 の途中で 誤差をクリヤー(閏を1回使う)でごまかし?
今回はストレートで(閏が1回多いまま)やや苦しい
誤差 は干支と暦日の問題ですので あまりきにしない(100年後の今月今夜の干支が
幾つズレたか?ということ)太陽暦との差を載せました。
331日本@名無史さん:2007/02/17(土) 13:32:24
崇神紀でなく垂仁紀で魏志倭人伝と合わせようとするアプローチは
唐松山さんの書紀の誤読であり、ホツマの誤読でしょう
332太国:2007/02/17(土) 13:34:52
女王国は、神功の時代前後あたりで合わせないと間違いです。
333日本@名無史さん:2007/02/17(土) 13:40:16
三国志成立年代以降の、4世紀後半であろう神功の実年代部分に対して
魏志倭人伝の側が同期してるなんてのは、太国さんの三国志の誤読でしょう
334太国:2007/02/17(土) 13:43:28
>>333
ピッタリ的ではないと思いますが、時代の前後のズレはありえます。
しかし崇神、垂仁世までも遡りませんね。
335河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/17(土) 13:57:19
>>327

>古田思想に対し


単に、古田氏唱える『韓国陸行説』に誤りが有るので指摘しているまでで
別に古田説に興味は有りません。
ただ一つだけ言えることは、最初のスタートで躓いたものが土台になり、組み立てられた全体像かな?と感じています。
336日本@名無史さん:2007/02/17(土) 13:58:13
「魏志倭人伝に小泉内閣の事が書いてるから、小泉内閣成立は3世紀だ!」とか、
「日本書紀に安倍内閣の事が書いてるから、日本書紀成立は21世紀だ!」なんて言ったら
それは誤読による誤った結論でしょう>>太国さん


蜀は〜263
魏は〜265
呉は〜280

陳寿が〜297

でしょう?

帯方太守の劉夏や弓遵は何時の時代の人ですか?
神功紀の実年代と同時代の人ですか?
337唐松山:2007/02/17(土) 14:11:03
私の作成中の暦の 歴年は、 西暦では、有りません 
倭国大乱の収束は、景行 是が、私の見解
338太国:2007/02/17(土) 14:12:29
>>336
よくぞそこまでおっしゃいました。
グルタン、恵也にはわるいが、こちらは古神道の機密の隠し玉が
ありますので・・・。貴殿の言うのはそのとおりなんですが〜〜
卑弥呼は神功の時代の前後ころです。但し仲哀統治は短かったので
成務世まではありえます。
あの倉西の婆さんは卑弥呼を成務だとか言っていましたが、これは
間違いです。が、しかしその時代の可能性は残ってます。
339日本@名無史さん:2007/02/17(土) 14:13:35
九州王朝説の古田さんは知っているんですよ。
九州王朝説のコアに邪馬台国を措くなら帯方郡から、その比定地が萬二千餘里でなければならない事を。

しかしそれでは陸行一月が如何にも消化出来そうにないと思っているんですよ、彼自身が。
それで彼としては韓国陸行説等々を展開して、陸行一月分を消化しなければならないのです。

つまり陸行一月を追及すると吉田説は簡単に引っ繰り返せます。

萬二千餘里を根拠にして九州に比定している「だけ」の軽薄な論者も、
陸行一月を追及するだけで殆ど一層出来そうですよね。
340太国:2007/02/17(土) 14:13:59
>>336 続き
いまのところ、その中国の年代を検討中であります。
341太国:2007/02/17(土) 14:17:04
>>339
倍暦の可能性はありえます。プラムさんは否定のようです。
今後も検討すべき箇所です。
342太国:2007/02/17(土) 15:01:30
>>336 続き
それじゃぁ納得しないと言い張るかな?w

以下 ↓ で2倍暦なら年代の数字を取替えるべきじゃありませんか?
            1年が今の半年なら年代がズレてきますが?

【紀の繼體天皇の記事の日数統計表】

1日 3   15日 0
2日 0   16日 0
3日 2   17日 0
4日 2   18日 0
5日 3   19日 0
6日 1   20日 0
7日 2   21日 0
8日 1   22日 0
9日 2   23日 0
10日 1   24日 1←即位直前(元年1/24)にて先帝武烈の通常暦
11日 1   25日 0
12日 0   26日 1←百済武寧王の子死亡(7年8/26)の百済通常暦
13日 1   27日 0
14日 2   28日 0
        29日 0
        30日 0
343日本@名無史さん:2007/02/17(土) 15:05:43
太国さんは書紀の実年代算出に措いて、
実年代での崇神紀が魏志倭人伝の年代と近接、または重複してしまった事に慄いたのか、

九州王朝説の障害としてそれを廃除しようとして、卑弥呼と百襲姫を遠ざける為に、
日本書紀の崇紀の復元年代の側を卑弥呼の年代から遠ざけるよう算出し直すのではなく、
魏志倭人伝の側の年代を百襲姫の年代から遠ざけると云う、超アクロバティックな業に打って出てしまった。

と云うのが事の顛末なんでしょう。心境は解りますけどね。
此処が吉田さんやその取り巻きとは決定的に違う所ですよね。


太国さんの、書紀の研究自体は見るべきものが在りますけど、
三国志の年代を移動させるのは無理筋でしょう。

この5C以前の漢籍の日付は1〜14日までに集中してるとか、a月b月c月の記録が存在しない、
とかなら大発見ですけど、そう云う事じゃない訳でしょ?

ま、私も統計取った訳じゃないですが。
344日本@名無史さん:2007/02/17(土) 15:23:21
九州説に限定するなら、吉田さんは陸行一月の移動距離換算の側を短く解釈すべきだったですし、
太国さんは、卑弥呼の年代の側に崇神紀の側が合わせていたと解釈すべきだったんですよ


自説の防衛ラインが何処であるか定めて、そこから如何に飛躍しないかですよ
矛盾がありそうな時に飛躍した議論を展開して解消し様としていると、
崩す側に取っては容易い事です
345日本@名無史さん:2007/02/17(土) 15:31:56
それから河童さんはプラムさんのお知り合いの人じゃないでしょうか?
346河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/17(土) 15:48:18
>>345さん

それはそれは大変よく存じ上げております。



もう それ以上の事はアンタッチャブルで
347征東大将軍 ◆pRDe3lEVnE :2007/02/17(土) 15:49:29
くすくす
348太国:2007/02/17(土) 16:18:19
>>343
全然違いますね、慄いたり遠ざけるとかそんなんではありません。
まぁ二次的には遠ざけていることになりますがね。
それに実年代の確定はまだまだ証拠が固まっていないし、今後も
当分はその資料根拠も出てくる気配もありまぜんから、今のところ
自説として言ってるわけです。

>>342のとおり、どうやら繼體世は2倍暦と観るのが相当だと思います。特殊なのは下旬の記述として寡少にありますが、通常の記録は
総てが1日〜14日までの2週間になっています。

つまり当時の ↓ カレンダーは以下のようですな。

日 月 火 水 木 金 土
    1 2  3 4 5
6  7 8  9 10 11 12
13 14 
349太国:2007/02/17(土) 16:26:02
>344
貴殿が何と言おうと、卑弥呼は崇神や神武のころの人物説の採用は
ないです。こちらは隠し玉がありますので・・・。
そうならずに崇神世に卑弥呼の年代が行くなら、どこかに間違いが
ありますな。
350サガミハラハラ:2007/02/17(土) 16:38:33
>>339
陸行一月を追及するだけで殆ど一層できそうですね。

陸行一月は最も合理的であるから提唱しておるわけです。
西及び南海岸を諸国を歴訪しながらの航海は困難をともないます。いかに困難かは以前2,3の例を挙げて
説明しました。
はっきり言うと、字面からでは水行とも陸行ともとれる。
しかし、総距離や行程からみると韓国内陸行が正しいのです。
351日本@名無史さん:2007/02/17(土) 16:49:20
太国さん

>倉西の婆さんは
こりゃひどい。倉西さんは、太国さんより30歳以上若いと思いますよ。
352征東大将軍 ◆pRDe3lEVnE :2007/02/17(土) 16:57:26
研究家さんもそろそろ一度戻ってきて欲しいですね。
たまにはお話ししたいです
353太国:2007/02/17(土) 17:02:59
>>351
あの女は拙者に何もよくないことを書きこんでいないのに
「出て行け。」と叫んだんですよ。ひどいのはあの女ですよ。あの
女の研究書まで買ってやったんですよ。おそらく
拙者について行けなかったのかも知れません。

しかしあの女の書の書き始めの一定部分は、当人の説の正誤は別と
して非常に学的でgoodですよ。ずいぶん教えられましたし、今でも
役に立ってます。いったんは捨ててしまおうと思った位ですが。

あの女は 卑弥呼=成務 説を言い出したので、臥海で笑われるから
やめたほうがいいと、みどもがアドバイスしてあげたんです。w

しかしあの時、なんでこんな珍説を言い出したのか、もしや〜?
ですが分かってきたような気がします。あの女は時代上限の可能性を
考えて成務世の人物か?と卑弥呼を観ていたんではないでしょうか?
卑弥呼の時代が成務にかかる可能性はあるかも知れません? それ
だけ、深くあの女は研究していたのです。間違っていても大したもん
ですよ。
354日本@名無史さん:2007/02/17(土) 17:06:48
実名出しちゃった以上、抑え目に
×倉西の婆さんは
○倉西の姐さんは   ・・・ぐらいでよろしく。
355河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/17(土) 17:51:47
>>350 サガミハラハラさん

>陸行一月は最も合理的であるから提唱しておるわけです。

→全然合理的じゃないから>>303>>304で、異議を唱えたのです。

> 西及び南海岸を諸国を『歴訪』しながらの航海は困難をともないます。

→『歴訪』って、史料まで改竄しての自説とは・・・・・・トホホですよ

>はっきり言うと、字面からでは水行とも陸行ともとれる。
しかし、総距離や行程からみると韓国内陸行が正しいのです。

→字面からは水域としか取れないから303,304で説明したのです。
「総距離や行程からみると」って、最初から間違っているのに?
356日本@名無史さん:2007/02/17(土) 18:35:35
で、河童の結論は無いわけね。
357河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/17(土) 18:47:14
>>306
>で、河童の結論はないわけね


結論書いたでしょう>>303>>304
358河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/17(土) 18:52:49
>>306
ここは話し広げちゃだめだよ サガミハラハラさんの回答待ちなんだから
それとも 貴方が代弁しますか?

このポイント以外の話には耳無し法師
359日本@名無史さん:2007/02/17(土) 19:25:51
河童が誰に話しかけてるのか不明。河童の結論も不明。
360サガミハラハラ:2007/02/17(土) 19:55:04
歴訪はどなたかが、韓国の沿岸の諸国によりながらと書いたからです。

水行にこだわるから、というか水行しかないとこだわるから、正しい陸行説が理解できないのです。
361河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/17(土) 19:57:54
>>356は誤爆でした

306 は >>356に訂正します。


ゴメン
362サガミハラハラ:2007/02/17(土) 20:08:02
>>358
私への質問、ほかになにかありましたでしょうか?
ひと大杉で前みれないものですから。
363河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/17(土) 21:03:51
>>360>>362 サガミハラハラさん

>水行しかないとこだわるから、正しい陸行説が理解できないのです。

→303:02/17(土) 09:34
>>281
そしてサガミハラハラさん。
「循海岸」(海岸に沿って)
→この場合、『海岸』とは(海と陸との境部分で、陸地側の事です。)
『沿う』とは
その海岸の両サイドにあたる@陸地域とA海水域の二通りに別けられ、「循海岸」だけでは判断出来ません。
その二通りの選択の内どちらかを指定する為、次の『水行』の文字が用意されているのですよ。
要するに、海岸に沿って移動する場所は(海水域)だと
『循海岸水行』(海岸に沿って海水域を進む)と

これではまだ、どの海水域を進むか位置が特定されないので、次に『歴韓国』の文が

→『歴韓国』の文章は、韓国を徒歩にて横断したり、川を遡る為に用意された文言ではなく、『循海岸水行』の進行航路の位置を知らしめる為に用意されたものです。
『歴韓国』(韓国をへる)と
『循海岸水行歴韓国』
(韓国の海岸水域に沿って航行する)と

『歴』は、韓国の海岸水域を航行すれば、自然と様々な地域を通過するので (歴)なのです。
沿岸の馬韓にしろ弁辰にしろ、その中には様々な国があることは韓伝に書いてありましたね
『経韓国』ではなく『歴韓国』と書いてあるのは
そのため


この文の何処に「水行だけ」等と言う偏った意見があるのです?
364日本@名無史さん:2007/02/17(土) 21:31:34
で、距離は符合しないから不合格と。
365河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/17(土) 21:51:44
>>364
>で、距離は符合しないから不合格と。

まだ距離まで進んでいないので、距離の話は後で

『循海岸水行歴韓国』段階でペケなんだから、その先に進みたかったらここをクリアー
しなくちゃ  それに、七千余里と書いてあれば七千余里の何者でもないよ
366橿原一派 ◆6Zok7FAjsY :2007/02/17(土) 22:16:14
>>353
倉西先生の著作は私も持っています。
ネットに不慣れなせいもありましょうが、結果として彼女は匿名ではありません。
対して太国氏も私も匿名です。

特に太国氏は、私ども若輩者と比べれば人生の大先輩でもあるご様子。
>あの女
呼ばわりは、不適切に存じます。古神道の権威であると同時に、人生の先輩としても振る舞っていただくことを希望します。

スレ違い失礼しました。
367太国:2007/02/17(土) 22:20:26
はいはい。
368日本@名無史さん:2007/02/17(土) 22:31:49
数年前、橿原一派さんは、このような人格者じゃなかったような気が・・・
369日本@名無史さん:2007/02/17(土) 22:49:34
韓国内陸行より酷いのは、
対馬と壱岐の「半周説」だろう。

でも、考えてみれば、これも「韓国内陸行」同様、
始めに結論ありきで、その結論にすり合わせるために
編み出された強引な言い訳なんだよね。

史料を、自分に都合良く誤読(曲解)しておいて、
「合理性」も何もあったものじゃないよ。
370太国:2007/02/17(土) 23:06:05
>>343さん >>344さん
両者は同一の方ですか? 先ほど念のために古神道の秘儀『卜字』
を実施し、西検討、吟味した結果、訂正します。

>>349で崇神、神武世の採用が無い旨回答しましたが、これは撤回
します。間違いならばグルタン氏や恵也氏のように固執せず、その
説を廃棄します。

古代史の疑問は唯今氷解しました。以前、江戸川乱歩の「一寸法師」
という探偵小説の終章で、明智小五郎が土壇場での犯人変更を
やったのと同じ心境です。「一」→「壹」の字は女王国名を想い起こ
しますわ。

拙者の倍暦説に則って計算結果を調べ直した結果、実年代の神功39
年は驚くなかれ、崇神天皇即位元年と一致しました。つまり魏の
景初3年は 崇神元年=237年 となります。九州において女王国と
魏が通交したのがこの年(実年代)です。全等倍単純計算での239年
が神功39年になるわけですが、神功世は3倍暦の時代の為、237年と
238年と239年は同一の一年ということになり、初っ端は全等倍計算
237年になりますが、実年代の移動で実際の神功39年の事実は崇神世
の元年=237年に当たるということになるものです。紀の編者はここ
を等倍暦計算をして記録したもようになります。

そして神功世のほうはどうなるのかと問われれば、この時代にも
九州に女王がおり、その名が宇佐神宮に祀られている「比売大神」
です。だから卑弥呼と比売大神とは同一人物でなく、前者が崇神世、
後者が神功世の女性と観ることとなり、古代史の謎は解けました。
371橿原一派 ◆6Zok7FAjsY :2007/02/18(日) 00:00:21
>>368
ありがとうございます。
しかし残念ながら、今でも人格者ではありません。
説は変わりましたが性格の歪みは変わりません。

>>370太国氏
倉西先生の件、恐縮です。

>古神道の秘儀『卜字』
秘儀ですから、詳しくは明かせないとは思いますが
それは神託のようなものですか?占いのようなものでしょうか?
それとも古史古伝の解釈を行うという類でしょうか。
貴説を検証する際の参考としたいので、答えられる範囲でお教えください。
372グルタン:2007/02/18(日) 05:42:25
おはようございます太国様、
昨晩もアルコールの摂取量が過剰なようで非常に心配です。

>仮説がどうのこうのより、あれだけ揃ってればもうひっくり返らんよ。

と言って提示した資料が
「奴国の金印」「倭人伝」「ウガヤ朝の古史古伝」「古神道の機密の隠し玉」
ですね。
これをもって九州王朝の絶対的実在性を主張する太国様、ある意味スゴイです。
前者2つは既に世間一般に認められた第一級の資料ですが、解釈自体は様々です。
後者2つについては学会はもちろんのこと世間一般からも決して認められた代物ではありませんよね?
さらに磐井律令やら九州元号など一次資料すら欠く代物までその論拠に上げていらっしゃる。
太国様がどんなに「九州王朝の根拠となる資料だ!」と提示されましても、それら一つ一つが眉唾物である以上は
何ら説得力を発揮しないということをご理解頂きたいです。
373グルタン:2007/02/18(日) 05:58:58
おはようございます太国様
その2

>こっちのブツと文献がどうのこうのは分かったから、
>今度はお前も出してくれや。

出せと言われましても、出せませんね。
そもそも実在しなかった九州王朝のことを記録した資料など存在しないのですからね。
「実在しない=証拠となる資料がない」これに勝る根拠がどこにあるというのでしょうか?
これは考古学・歴史学以前の一般社会通念上の絶対法則でしょう?

それに比べ、古墳〜飛鳥時代に畿内中心部に一大勢力が存在した証拠は
その膨大な遺跡(古墳・宮殿・祭祀跡・高度技術工房跡・初期仏教寺院)や
遺物(副葬品・編年土器・金石文・炭素同位体年代測定資料)、記紀の記録(古事記・日本書紀・続日本記)など
その全てにおいて一次資料が揃っています。
374太国:2007/02/18(日) 08:22:13
>>372 >>373
資料がなけりゃぁそんなでかい口はたたけんだろうが。w
刑事事件だって、犯人を決めるのにアリバイの有無が重要である。
グルタン氏はアリバイの立証において、「反稿言譲」に居なかった事
を、資料無いのでいなかったでは無実の立証にはならない。
いないから証拠資料がないのは当然だでは君の論理こそデタラメと
言われてもしようがあるまい。www

なかったアリバイの立証は、当時の九州は、例えば畿内の者が九州
全土を旅行した記録があり王朝などないから国王、臣下、兵隊にも
遭遇しなかったとか、外人が日本に来ることができて、国王の謁見
をしようとして九州をくまなく探し回ったが王国は見つからなかっ
たとかの古文書等の資料があれば、九州王朝はなかったとの
アリバイの有無の証拠になるんだ。君はそれを出せないんだから
もう君の負けだよ。wwwww 君は資料とかが無いことを自認
したわけだから、もう誤魔化せないね。wwwww
このスレの皆さん、グルタン氏はアリバイの立証が「無い」と口言
していま〜す。wwwww

>眉唾
検事の出す証拠資料がマユツバならば、一つ一つそれをデタラメ
証拠だと崩してくれ。口先でマユツバだけじゃぁ、だれでも言える。
どうしてマユツバなのか、具体的に君が論述で崩すべきだろう。
例えば 1 として、金印がマユツバなのか? 具体的に君は立証
せねばなるまい。これの新スレも立ったそうな・・・。

眉唾の証拠が出せないなら、君の勝手な糊塗になるわけで、どんなん
でもた〜だマユツバだと言う、立証のない反論は君のお家芸。www

2 として云々・・・・・と聴きたいねぇ。
375太国:2007/02/18(日) 08:38:58
全国の皆さん。

グルタン氏は王朝さんが九州の「反稿言罵」に居なかったことの
証拠資料が無いことを自認していま〜〜す。wwwww 
王さんがいないというアリバイの有無の立証がグルタン氏は「全く
証拠資料が無いのは当然で、出来ないんだ。」(Pu!) と自信満々
「稿判定」で、叫び、たじろいでおりま〜〜す。www

wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
376サガミハラハラ:2007/02/18(日) 08:41:32
古代史において、(ほかの学問においてもそうであるが、)文献にのみよりかかっていては
古代の解明には不十分な場合がある。そのために、他の科学の分野の研究も取り入れる必要があります。
特に邪馬台国のように、現地を探りあてるためには、実証性ということが大事です。
陳寿は魏志倭人伝を著わす際に、魏使の報告書をはじめとして、多くの資料を使用しています。
魏使の報告書の丸写しだけではありません。漢の時代からの古文書類に目をとおしまとめたのです。
倭人伝の行程距離は周尺がつかわれています(魏使の報告書ではない)。周代の1里は67.5mです。
ソウルから群山まで海岸に沿って水行し、232.0km進みます。
群山からは陸行し、参礼まで34.5km、南へ参礼から求礼まで113.5km、東へ求礼から河東まで33.7km、
河東からサ川まで49.3km、サ川から固城まで28.7km、ここまで491.5kmとなる。
491.5km÷67.5m=7284.4里で7千余里になります。
私はこのようなこともふまえた上で韓国内陸行説を唱えているわけです。
377グルタン:2007/02/18(日) 09:03:11
おはようございます太国様、今朝は生憎の雨模様ですね。
東京マラソンの動向が気になりますね。

>資料がなけりゃぁそんなでかい口はたたけんだろうが。w

私は「九州王朝の実在を示す史料がない」と言っているのですが。。。

>資料無いのでいなかったでは無実の立証にはならない。

例えば裁判でも「証拠」が無ければ被告人は無罪です。
もちろん史学においても同じです。
証拠がないので九州王朝は立証されないのです。
証拠とは何度も言ってますが「一次史料」のことです。
「九州王朝史」とか「九州古事記」とかあるんでしょうか?無いでしょう?
あるいは九州王朝で造られた金象嵌銘文入りの鉄剣とか、石碑とかあるんですか?無いでしょう?
唯一あるのが「奴国の金印」ですが、あれひとつで九州にあった王国の範囲や治世や王の権威がどこまで示せるのでしょうか?
金印一個で「極東の大将軍号を冠したという」九州王朝の実在が示せるなら、
同じく漢代に蛇の金印を下賜された雲南に在ったという「テン王国」は広大な中国南部地域一帯を金印の名の下に支配していたのでしょうか?

>例えば畿内の者が九州全土を旅行した記録があり王朝などないから国王、
>臣下、兵隊にも遭遇しなかったとか

記紀による記述でもそうですが、北九州付近に畿内に対抗する勢力があったなどという記載はないです。
九州全土で見れば「熊襲」や「隼人」が唯一それに相当しますが、いわゆる九州王朝説でいう勢力とは南九州のそれらとは別種ですよね?
仮に九州王朝があったなら、何故わざわざヤマトタケルは九州王朝を素通りして熊襲の長を討たなければならなかったのでしょうか?
何故なら九州王朝など無く、筑紫の地は邪馬台国以来ずっと畿内王権の支配地域だったからです。
もちろん、私が主張する邪馬台国(ヤマト国)とは福岡県の甘木付近に存在した国です。
378日本@名無史さん:2007/02/18(日) 09:08:02
「九州王朝があった」「九州王朝がなかった」の2つに分類している時点で、
太国の論理性は、はなから破綻している。

正しくは、
A:九州王朝があった
B:A説は正しくない
の2つであって、自らが正しいことを証明するために必要なことは、
Aは、裏付けになる根拠になる、文献史料・考古学史料を提出すること。
Bは、Aの挙げた根拠の不備を指摘すること。



ついでだが、

> なかったアリバイの立証は、当時の九州は、例えば畿内の者が九州
> 全土を旅行した記録があり王朝などないから国王、臣下、兵隊にも
> 遭遇しなかったとか、外人が日本に来ることができて、国王の謁見
> をしようとして九州をくまなく探し回ったが王国は見つからなかっ
> たとかの古文書等の資料があれば、九州王朝はなかったとの
> アリバイの有無の証拠になるんだ。

で言ってるのは、「悪魔の証明」であって、アリバイでもなんでもない。
379グルタン:2007/02/18(日) 09:18:05
太国様、朝から酔ってますね、心配です。

>>375
証拠も自供もなければ被告人は無罪放免です。
一次史料も遺物も無いので九州王朝は根拠無しのため非実在です。
とても簡単な理屈です。
これ以上何の説明が必要でしょうか?
380グルタン:2007/02/18(日) 09:27:08
>>378さん、こんにちは。

>>九州をくまなく探し回ったが王国は見つからなかっ
>>たとかの古文書等の資料があれば、九州王朝はなかったとの
>>アリバイの有無の証拠になるんだ。

>で言ってるのは、「悪魔の証明」であって、アリバイでもなんでもない。

正にその通りです。
九州に王朝が無かったら記録に「無かったのです」って書くはずがないですね。
そもそも初めから無いのだから書かないだけのことです。
居なかった人間をわざわざ「居ないです」とは書かないのと同じです。
381太国:2007/02/18(日) 12:51:58
全国の皆さん

グルタン氏は>>377 >>379 >>380で、こちらの提出した証拠史料
を眉唾だとか叫びなが3回の書きこみを見るに、眉唾の詳細
な論証を怠り、視点を別方向に向けさせてくらましていま〜す。w

こういうことは彼の得意中の得意技で、こちらの出してる資料が
あるものをことさら無いの言葉で強調し、実際は眉唾の立証をしな
いで逃げています〜〜〜〜。
できないわけださ本物だからな。www  言葉だけは眉唾
だとか言ってラッパを吹き鳴らしてはいるが〜〜おやおや?具体的
反論になると金印だけは誤魔化せないらしくしぶしぶ認めて、あとは
しないで他の関係ありそうな雑論を出して撹乱させ、マユツバの論証
のできない自分を虎さんとともにケムに巻いている。ww

朝廷ではない倭の五王朝を無理にでも 42=20 にしないと九州王朝
が成立してしまうから、グルタン氏は必死になっています。www
こういう理屈に賛同している彼は、まさに噴飯物だろう。pupupu!!

君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!

382日本@名無史さん:2007/02/18(日) 13:29:47
>>236 名前:グルタン 投稿日:2007/02/15(木) 23:03
>笑わせるのがグルタンの使命です。

いいえ、九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
笑わせるのはあなた方でしょうwww

>>296 名前:グルタン 投稿日:2007/02/17(土) 02:32

>古田攻撃をする奴って

攻撃なんてしてません!
腹を抱えて笑ってるんです!
だって狂ってるんだものwww

いいえ、九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
いいえ、九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
いいえ、九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
いいえ、九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
いいえ、九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
いいえ、九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
383太国:2007/02/18(日) 13:53:03
どっちみちウナギのようにすり抜けてばかりいても、いずれは
奴は鰻丼の運命だから、いまのように威勢のいいほうが上の鰻丼に
なるからねぇ、まぁ言わせるだけ鰯ておこうやないのぉ〜。www
384河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/18(日) 14:05:56
太国さんも、グルタンさんも

九州王朝が在っただの無かっただの主張していても結果はでません。

まずはお互い『王朝』の定義の確認が先でしょう?
『王朝』に対する認識が相違していての議論ほど空しいものはありませんから。
で、
『王朝』とは?
@ 天子が政治を行う場所(朝廷)

A 天子の行う政治

B 同一王家の血統の者が同一国名で統治している時期

他にも定義としては考えられると思いますが、とにかく不毛の議論よりも認識の統一と確認が先決でしょう。
385日本@名無史さん:2007/02/18(日) 16:19:50
王朝の定義は、王位継承が連続的になされ、行政組織も継承された統治体制だと思います。
大体、話を定義論に持って行こうとする人は、相手をけなそうとしているわけだが。
386征東大将軍 ◆pRDe3lEVnE :2007/02/18(日) 20:04:39
>>370
両者は同一の方ですよ。
名探偵の私が言うんですから間違い有りません><

くすくす
387日本@名無史さん:2007/02/18(日) 20:12:27
古田氏を「吉田さん」と間違えているので
>>343>>344は明らか。

その他、還暦以上の年齢を示す用語の数々。
「云う」「無理筋」「訳」「何処」「如何」「し様としている」「容易い事」
388太国:2007/02/18(日) 20:26:34
>>386
比売大神は宇佐神宮では應神天皇と神功皇后とくっついて祀られ
ており、崇神天皇、御間城姫とともに祭られていませんので、
両者は同一ではないでしょう。

これをも検討し卑弥呼の記事の神功39年を実年代崇神元年(237年)
と特定しました。

結論は卑弥呼は崇神の時代の人物と求まりましたが、比売大神は
神功〜應神、場合にとっては3倍歴の短縮の関係で仁徳世までも
入りこむ可能性があります。それに仁徳世の(実年代で)407年には
日女島(←比売島)の雁の卵の話があります。

そういうことで両者は別人と観ています。
389グルタン:2007/02/18(日) 21:37:52
こんばんは太国様、今宵も大分泥酔しきってるご様子、かなり心配です。

>>381
>こちらの提出した証拠史料を眉唾だとか叫びながら
>こちらの出してる資料があるものをことさら無いの言葉で強調し

「ウガヤ朝の古史古伝」「古神道の秘密の隠し玉」
これのどこが眉唾物でないと言うのでしょうか?
そもそも存在自体が怪しさ100%です。

>実際は眉唾の立証をしないで逃げています〜〜〜〜。
>できないわけださ本物だからな。www 

立証だの本物だの言われましても、それらは聞いたことも見たことも無い物ですからね。
自分じゃなくても誰にもできないと思いますよ、もっと普通の史料を出して下さい。
何かもう東日流外三郡史みたいですよ、貴方は和田さんですか?

>反論になると金印だけは誤魔化せないらしくしぶしぶ認めて

金印ひとつで九州王朝の実在性を認めてなんていません。
寧ろ、あの金印ひとつで何故その王朝の範囲・国力・継続性などまでが
どうして分かるのでしょうかと問うているのですけど…
390グルタン:2007/02/18(日) 21:46:56
>>388
>これをも検討し卑弥呼の記事の神功39年を実年代崇神元年(237年)
>と特定しました。

特定しましたか…
そもそも「崇神元年(237年)」自体がどういう根拠なのでしょう?
西暦237年に崇神天皇が実在したことを示す考古資料とかあるのでしょうか?
まだ弥生時代なんですけど…
391グルタン:2007/02/18(日) 21:49:45
>>382
それはグルタンを名乗る別人の騙りでしょう。
もしかして貴方ですか?
392グルタン:2007/02/18(日) 21:56:44
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
393太国:2007/02/18(日) 21:59:01
>>389 グルタン殿
た〜だ怪しいじゃぁしようがないではないか?
お前がはっきりと眉唾だということを根拠を出して具体的に
言わなくてはお話にならない。どんなんでも「怪しい」だけの語は
糊塗できる。まったく具体性の進展がなく「怪しい」でお史舞では
こっちの資料は崩れていない。

こんどそれをやる段になると、お前は虎の威を借りて「だれそれが
こう威ってます」とか言い出して、お前の自論は000000の
0の無の連続の気配ばかりで、崩してみせてるようでちっとも
崩したことにはなっていない。

それに今度は『比売大神』が加わるから、さらに九州王朝の一員が
増えてお前の念貢の収め時は近い。www

お前は安本氏の説に酔ってるんだろう? 酒で酔うのは車を運転など
をしない限りいいだろうが、あの人の説が崩れることのない信念に
お前が増幅オーバーとなってるから王朝を認めるとお前の考えが崩壊
に至るからありえないと強力に思っているみたいだな。
その心酔は大失敗なんだよ。→10年説を信じているのか?ww
394唐松山:2007/02/18(日) 21:59:48
私も 崇神 237年の 根拠が見たい。

395グルタン:2007/02/18(日) 22:02:35
>君は、論理的思考も出来ない
古田信者の口から「論理的思考」という言葉が出てきたことに驚きです。
猿的脊髄反射思考の古田信者からこんな高尚な単語が出てくるなんて。。。
信じられないw

「盲信・過信・妄想・我田引水・でむぱ」その全てが
古田及び古田信者のあなた方そのものじゃないですかwww
またの名を基地害集団とも言いますwww

>古田攻撃をする奴って
攻撃なんてしてません!
腹を抱えて笑ってるんです!
だって狂ってるんだものwww

いわゆる「想像の産物」って奴ですね?
基地害かwwww

九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。

396唐松山:2007/02/18(日) 22:07:57
私が作成中の こよみでは、
崇神元年を 西暦180年として
景行12年  西暦247年
397太国:2007/02/18(日) 22:11:47
>>390
それはいいよ、お前は。それより、
お前は早く怪しい理由を書きこむのに狂奔してればいいわけだよ。
話をすぐに他の視点に移させて、撹乱ケムにまいて終わらせるのが
おまえのいつものやり口だからな。その質問はお前が紀年法をよく
勉強してまとものようなら回答に乗ろう。それまではさっきの眉唾
の具体的内容を書きこめ。できないそらしの論を繰り返すんなら、
お前は精神科へ行って診ててもらえ。w
398日本@名無史さん:2007/02/18(日) 22:14:51
>>381
> グルタン氏は>>377 >>379 >>380で、こちらの提出した証拠史料
> を眉唾だとか叫びなが3回の書きこみを見るに、眉唾の詳細
> な論証を怠り、視点を別方向に向けさせてくらましていま〜す。w

グルタン氏じゃないですが一言。

定説と違うある説を提出する側が論証しなければないのであって、
「眉唾」であることは、いちいち論証する義務などない。

ある説を出すにあたって根拠として提出されたものを、
「説明不測」「根拠として不十分」「方法論がそもそも間違っている」
のように一挙両断して構わないレベルというのは、残念ながら存在する。
要するに、「論外」で取り上げるのも馬鹿馬鹿しいというレベルです。

その種のレベルをクリアできた場合、
つまり初歩的なことでは叩きようのない根拠が挙げられて初めて、
その根拠の是非を、詳細に論証をする段階にようやくなるのである。
399太国:2007/02/18(日) 22:15:11
同じ書きこみをマルチしてるのは、本物のグルタン氏なのかな?
400グルタン:2007/02/18(日) 22:23:18
酔っ払いの太国さん、要するに私の申し上げたいのは

九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。

ということだけなのです。おわかり?
401太国:2007/02/18(日) 22:24:53
>>398
定説っていうのは、臥海の力関係で決まってるものが古代史には
つきものだから、義務がどうのは関係ない。
あっちとこっちとは対等で充分。
まるで横綱が稽古をつけてやるんだのような考えは捨てな。w
402太国:2007/02/18(日) 22:27:50
>>400
この人は本物のグルタン氏かね?
マルチさんは去ってくれないかい?
403太国:2007/02/18(日) 22:30:29
本物なら、今度何をつっこまれるかとビクビクしているようだな?www
404グルタン ◆LehujNtwkA :2007/02/18(日) 22:32:16
本物グルタンです。

>>395
>>400

これは別人です。
405グルタン ◆LehujNtwkA :2007/02/18(日) 22:33:26
偽者グルタン防止の為、
今度から、トリップ付けます。
406太国:2007/02/18(日) 22:34:38
>>396 唐松山さん
ここはよくないスレ人が粘着してるようだから、後日「2倍念暦」の
ほうで説明とかしましょう。
407太国:2007/02/18(日) 22:37:37
本物らしいグルタン氏
こういう新入りが来て荒れるみたいだから、保留だ。
408日本史@名無しさん:2007/02/18(日) 22:52:41
偽物も本物もやってることおんなじだしw

太国も、てめえが相手するからグル馬鹿が調子こいてるだけなのが、
わからねえのかよ。
本物だって茶化しに来てるだけだろうがよ。
409グルタン ◆2bGURU5966 :2007/02/18(日) 23:33:49
いやだなあ。
私の偽者がトリップつけて成りすまししています。

>>404

こいつは偽者です。
410日本@名無史さん:2007/02/18(日) 23:41:09
>>401
> 定説っていうのは、臥海の力関係で決まってるものが古代史には
> つきものだから、義務がどうのは関係ない。
> あっちとこっちとは対等で充分。
> まるで横綱が稽古をつけてやるんだのような考えは捨てな。w

こういうこと言ってるから、内輪以外相手にされないんだよ。

現実に、ここ20〜30年だけで、
どれだけ古代史の「定説」が覆ったかを考えてご覧。

結局は、面倒くさいとか、相手の土俵で戦うのはちゃらんくせぇなんて思わず、
あるいは場合によってはハンデありの不利な戦いだと思っても、
決まった手続きに則ってやっていくしかないんだよ。
411日本@名無史さん:2007/02/18(日) 23:43:54
>>299で出された根拠は次の7つ

1.金印
2.帥升の古文献
3.倭人伝の内容
4.倭の五王は天皇ではないからこれは九州の短期王朝、
5.年号も多数出ている。
6.当時九州には邪馬壼国と邪馬臺国の二国があり、前者は女王国、後者はこの短期王朝である。
7.古史古伝には九州王朝を見られるウガヤ朝70数代の記録まで残っている。


1〜3は、「自らの仮説が合理的に説明出来る」からという噴飯物の理由以外に
根拠らしい根拠がないまま、その「独特の解釈」を安易に自明のこととして扱っているという間違い。

4は、「倭の五王は天皇ではない」⇒「これは九州の短期王朝」は「偽」であるので論外。
「倭の五王は天皇ではない」の証明が出来ていないことも言うまでもない。

5〜6は、1〜3、特に3が成立を前提にしたものであって、
3の系にすぎないものを、独立した根拠として提出してくるのは論外。

7は言うまでもなく論外。



結局は、一次史料がなく、「解釈」という名の「詭弁」でしかない。

こう書くと、「否定する根拠もなく」とまた怒りだす姿が目に浮かぶが、
個々の事項を否定する以前に、due process を経ていないものを
根拠としているそのこと自体が、否定される原因となっていることを、
そろそろ自覚しましょう。
412グルタン ◆29hJwTl1oY :2007/02/18(日) 23:45:16
いやだなあ。
私の偽者がトリップつけて成りすまししています。

>>409

こいつは偽者です。
413太国:2007/02/18(日) 23:48:17
>>410
お前がそれでやりゃぁいいねでないの? お前は臥海に平伏するのが
大好きなようだから、それでやってけばいい。w
ハンデもクソもない。別にこっちは不利でもあるまい。それはそういう
ときもたまにはないとは言わんがね?

決まった手続きはあるにはあろうが、お前がその道を進めばいいだけの
こと。そんなんでこっちを呼ぶな。zzzzzz・・・・・
414太国:2007/02/18(日) 23:50:35
zzzzz・・・・・・
おや起きたよ。双方で眉唾(nise者)を立証すりゃぁいい。wwwwww
zzzzzz・・・・・・
415グルタン ◆zLZm4FTpRU :2007/02/19(月) 01:52:08
いやだなあ。
私の偽者がトリップつけて成りすまししています。

>>412

こいつは偽者です。
416グルタン ◆J0JpeEYsvI :2007/02/19(月) 02:30:23
いやだなあ。
私の偽者がトリップつけて成りすまししています。

>>415

こいつは偽者です。
417グルタン ◆2bGURU5966 :2007/02/19(月) 02:37:01
いやだなあ。
私の偽者がトリップつけて成りすまししています。

>>416

こいつは偽者です。
418日本@名無史さん:2007/02/19(月) 07:41:22
こんなことやってるようじゃ2ちゃんの古代史もおわりだな。
419日本@名無史さん:2007/02/19(月) 07:50:09
何時もこんな調子だから!ほぼ話題に乗れない連中の腹いせじゃん
420太国:2007/02/19(月) 08:28:46
>>411
お前のは、こちらの提出したものの本質的崩しが無いねぇ。
その提出の根拠をさもお前も書きこんで論じているようだが、結局
は抽象的、〜いかにも俺は教授クラスの学がある虚勢を見せ付けて
正当な学問からの論理的説明をしてるように化けてるもので何の事
はない、お前の高度の論理に見せかけただけの私的な文にすぎない。

俺とグルタン氏は九州王朝存否の論の応酬をしているものであり、
こちらが亀田氏のように論のアッパー、ジャブ、あるいはフックと
いろいろ混ぜ説明のパンチをグルタン選手にあびせているわけで、
彼はその防備のため、かような種々のパンチ(←提出資料の
具体的本質的つき崩しの論)をするヒマもなく、頭突きをしながら
スルリスルリと鰻丼になる前のウナギをやりたく、有効パンチを受け
ながらも、一見攻めてるようで、やることは頭を下げたり体をぶつ
けたり唾を飛ばして逃げの僕震愚に終始して得点をかせいだように
表明画策しているだけのことである。こういうんでは正論(←提出
された具体的つき崩しと自らも資料提出での論述)の仮想であり、
単に路上の暴れをリング上でやっているにすぎない。

こういう状況が続き、つき崩しを怠っているので、ストレートを
俺が食わしたところ、あいつはおびえ出したというわけだ。
ということでグルタン氏の敗北が濃厚になって来たところ、お前が
奴側の選手として現れてバトンタッチし、こちらに僕震愚の攻撃を
やりに来たようだが、な〜に選手のように見せかけて、ひとつも
ストレートとかジャブとかの正規の攻撃をせず、選手兼(奴ひいき
の)審判をして、こっちの減点ばかりを宣言している。こういうん
では双方の正当な史論への不公平イカサマのジャッジとなり、それで
こちらを負けにさせ極めてコスイ手段であって全く許容できない。

お前は選手でくればいいわけで、審判までやるのは卑怯である、相手
ひいきの兼審判選手ではずるい戦法である。兼任せず純粋に選手だけでやって来い。www
421太国:2007/02/19(月) 10:27:55
まぁ>>411のように、選手として登場してるようで、その化けの皮
をはがせば、ジャブ、アッパーなる選手の武器の行使が、「採点」
を武器とする選手であったわけで、選手のようで相手側が勝つように
したいための審判兼選手なわけである。wwwwwww

こういう奴が出てくるということは、グルタン氏の否定論が危機的
状況にあり、その背水の陣的情勢の時に敗色をぬぐい去りたい同調
論者が加勢に加わりやすくなようで、いろいろな奇手を使ってなし
崩しを図って来るのが事の成り行きなのであろう?

以前も神代文字の存否の論争でこういう奴が現れ、高度の学術的
抽象論を連発して、神代文字の選手と選手の討論中に、旗色が悪く
なりかけたことを察知してが現れ出て、どれとどれとどれが詭弁
であると箇条書きの格式ばった教授のふりの論述をし、選手のようで
その実態は、最初から勝ちを無側に決めこんだエコ贔屓の審判で
兼選手という二役をやり、孫悟空を銀角大王が三山圧頂の法で汚史
潰させようとした話とよく似ている。

選手のふりして自分の試合の審判で採点をやる奴がこのようにいる
から、用心するに越したことはない。ww
422日本@名無史さん:2007/02/19(月) 12:58:52
>>420

「本質的な反論」をされているのに、
そのことさえ気付けてないようだね。
423太国:2007/02/19(月) 14:18:03
やはりお前も具体的に提出した根拠の云々は言っていない。
上っ面言って、あとはお史舞じゃないか?ww
やることが似通ってるな。まぁあきらめが肝心だぞ。
九州王朝は厳然としてあることが、金印以下の資料で決まり。
424日本@名無史さん:2007/02/19(月) 15:19:21
だから、その金印以下が根拠として成立していない
って言ってるんだが?
425太国:2007/02/19(月) 15:26:22
>>424
外出するが、どういうわけだかその理由が書きこんでないから、
具体的に出してある各資料をこういうわけだと説明しておけ。
そう言うからには自信があるんだな?
ついでにコテをつければ正々堂々だぞ。
426日本@名無史さん:2007/02/19(月) 15:42:47
>>425
>>424じゃないが、同趣旨のレスが上にあったと思うが「三角縁神獣鏡伝世説」と同次元じゃないの?
倭国の領域内ならいつどこで出土しても倭国のもの、ってやつ。
427太国:2007/02/19(月) 17:51:53
はいはい。
428日本@名無史さん:2007/02/19(月) 19:00:07
アーア、
グルタンの様な者が出てくるとは、
畿内朝廷一元論も終末状況か。
429日本@名無史さん:2007/02/19(月) 20:43:12
だよね。
430日本@名無史さん:2007/02/20(火) 00:41:36
>太国
>九州王朝は厳然としてあることが、金印以下の資料で決まり。
>具体的に出してある各資料

↓金印以下の資料、具体的に出してある各資料↓


「ウガヤ朝の古史古伝」「古神道の秘密の隠し玉」
431ボビィちゃん:2007/02/20(火) 01:51:19
>太国 「ウガヤ朝の古史古伝」「古神道の秘密の隠し玉」
>太国 「ウガヤ朝の古史古伝」「古神道の秘密の隠し玉」
>太国 「ウガヤ朝の古史古伝」「古神道の秘密の隠し玉」
>太国 「ウガヤ朝の古史古伝」「古神道の秘密の隠し玉」
>太国 「ウガヤ朝の古史古伝」「古神道の秘密の隠し玉」
>太国 「ウガヤ朝の古史古伝」「古神道の秘密の隠し玉」

ハァ?…
432ボビィちゃん:2007/02/20(火) 01:53:31
>太国 以前も神代文字の存否の論争
>太国 以前も神代文字の存否の論争
>太国 以前も神代文字の存否の論争
>太国 以前も神代文字の存否の論争
>太国 以前も神代文字の存否の論争
>太国 以前も神代文字の存否の論争

ハァ?…
433ボビィちゃん:2007/02/20(火) 02:00:40
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!

鏡を見て言っているのか?…

434ボビィちゃん:2007/02/20(火) 02:06:08
もうグルタンていう名前を捨てたぞ。
これからは当分、ボビィちゃんでいくからな。
太国よ、わかったか?
435ボビィちゃん:2007/02/20(火) 02:09:00
名前が変わっても、あくまで九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
436グルタン ◆LehujNtwkA :2007/02/20(火) 02:44:41
頭大丈夫か?
437グルタン ◆2bGURU5966 :2007/02/20(火) 03:21:04
偽者注意!!
438グルタン ◆J0JpeEYsvI :2007/02/20(火) 14:48:08
偽者は来るな
439太国:2007/02/20(火) 17:13:03
>>370
説明中に間違いがありました。以下のように訂正します。

紀の記述の神功39年=実年代239年

景初元年=崇神即位元年=237年
440グルタン ◆zLZm4FTpRU :2007/02/20(火) 18:23:13
ひどい。偽者だらけ!!
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
442グルタン ◆LehujNtwkA :2007/02/20(火) 21:48:53
ひどい。偽者だらけ!!
443グルタン ◆29hJwTl1oY :2007/02/20(火) 21:50:01
ひどい。偽者だらけ!!
444グルタン ◆LehujNtwkA :2007/02/20(火) 21:51:20
>>439 頭大丈夫か?
445グルタン ◆29hJwTl1oY :2007/02/20(火) 21:52:07
>>439 頭大丈夫か?
446グルタン ◆LehujNtwkA :2007/02/20(火) 21:53:49
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
447太国:2007/02/20(火) 21:55:24
グルタン精神ハ星辰火ヘ行ッタカナアー?
448グルタン ◆29hJwTl1oY :2007/02/20(火) 21:57:12
太国のうんこ食べたい
449グルタン ◆29hJwTl1oY :2007/02/20(火) 21:58:13
>>447 頭大丈夫か?
450日本@名無史さん:2007/02/20(火) 21:59:54
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>442-446=連続投稿犯グルタン
451日本@名無史さん:2007/02/20(火) 22:00:35
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>448-449=連続投稿犯グルタン
452グルタン=太国 ◆UEAIvUWq8k :2007/02/20(火) 22:01:36
畿内王朝論者を茶化すのが私の使命です。
畿内王朝論者を茶化すのが私の使命です。
畿内王朝論者を茶化すのが私の使命です。
畿内王朝論者を茶化すのが私の使命です。
畿内王朝論者を茶化すのが私の使命です。
畿内王朝論者を茶化すのが私の使命です。
453太国:2007/02/20(火) 22:03:20
拙者は偽物です
454日本@名無史さん:2007/02/20(火) 22:03:30
  _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>450-451=連続投稿犯グルタン
455太国火面:2007/02/20(火) 22:04:08
グルタン成人
456日本@名無史さん:2007/02/20(火) 22:04:49
  _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>453=グルタン
457太国:2007/02/20(火) 22:07:35
拙者は太国の偽物です。
グルタンではない。
458太国:2007/02/20(火) 22:07:49
太国のうんこ食べたい
459日本@名無史さん:2007/02/20(火) 22:08:49
グルタンのAAって、ずれるんですね。
パソコンの使い方、知らないんですね。>>454>>456
460グルタン ◆29hJwTl1oY :2007/02/20(火) 22:33:42
太国のAAって、ずれるんですね。
パソコンの使い方、知らないんですね。>>454>>456
また偽者が出た>460
462グルタン ◆LehujNtwkA :2007/02/20(火) 22:36:06
  _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>453=グルタン
463太国:2007/02/20(火) 22:37:05
拙者は本物の偽物です。
464太国:2007/02/20(火) 22:37:15
下らん成人!
465日本@名無史さん:2007/02/20(火) 22:37:21
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>462 グルタン
466太国:2007/02/20(火) 22:37:36
拙者は偽物の本物です。
467ボビィちゃん :2007/02/20(火) 22:37:47
  _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>461=グルタン
468日本@名無史さん:2007/02/20(火) 22:40:23
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>465 グルタン
469太国:2007/02/20(火) 22:42:35
偽物などくだらんことは止めよ。
470グルタン ◆zLZm4FTpRU :2007/02/20(火) 22:42:39
偽者のオンパレードだなwww
471火面太国:2007/02/20(火) 22:43:50
グラタン朝  食
472太国▲kosintou:2007/02/20(火) 22:46:01
拙者も島とかいうのを付けた。
これで偽物封じができた。
もう成済ましはできまい。
473グータン ◆LehujNtwkA :2007/02/20(火) 22:46:10
偽者のオンパレードだなwww
474太国 ◆mn3XtcDepY :2007/02/20(火) 22:48:15
>>472
気を付けろ
こいつ拙者の偽者だ。
475太国▲kosintou :2007/02/20(火) 22:49:18
>>474
気を付けろ
こいつこそ拙者の偽者だ。
476プフム:2007/02/20(火) 22:51:20
で、九州王朝は在ったの無かったの?どち?
477日本@名無史さん:2007/02/20(火) 22:52:43
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>476 グルタン
478プフム:2007/02/20(火) 22:55:54
西大寺会陽といえば、六尺褌一丁の男達がぶつかり合う勇壮な奇祭
として、全国に知られている。祭のあと、男達は集会所に集まり、
普段着に着替え飲み合う。 六尺は、激しい祭でドロドロボロボロに
なるから、使い捨てで、ゴミとして出される。俺はいつもそれが狙いだ。
捨てられている六尺の、できるだけ汚れてる奴を10数本ほど、こっそり
さらっ て家に持ち帰る。 そして、深夜、俺一人の祭が始まる。
俺はもう一度汚れた六尺のみ身に付け、部屋中にかっさらってきた六尺
をばら撒き、ウォーッと叫びながら、六尺の海の中を転げ回る。
汚れた六尺は、雄の臭いがムンムン強烈で、俺の性感を刺激する。
前袋の中のマラは、もうすでに痛いほど勃起している。 六尺の中に顔を
埋める。臭ぇ。 汗臭、アンモニア臭や、股ぐら独特の酸っぱい臭を、胸
一杯に吸い込む。
溜まんねえ。 臭ぇぜ、ワッショイ! 雄野郎ワッショイ!と叫びながら、
前袋ごとマラを扱く。 嗅ぎ比べ、一番雄臭がキツイやつを主食に選ぶ。
その六尺には、我慢汁の染みまでくっきりとあり、ツーンと臭って臭って
堪らない。 その六尺を締めてた奴は、祭で一番威勢が良かった、五分刈り
で髭の、40代の、ガチムチ野郎だろうと、勝手に想像して、鼻と口に一番
臭い部分を押し当て、思いきり嗅ぎながら、ガチムチ野郎臭ぇぜ!俺が行
かせてやるぜ!と絶叫し、マラをいっそう激しく扱く。
他の六尺は、ミイラのように頭や身体に巻き付け、
ガチムチ野郎の六尺を口に銜えながら、ウオッ!ウオッ!と唸りながらマ
ラを扱きまくる。 そろそろ限界だ。
俺は前袋からマラを引き出し、ガチムチ野郎の六尺の中に、思いっきり種
付けする。 どうだ!気持良いか!俺も良いぜ!と叫びながら発射し続ける。
本当にガチムチ野郎を犯してる気分で、ムチャクチャ気持ち良い。
ガチムチ野郎の六尺は、俺の雄汁でベトベトに汚される。
ガチムチ野郎、貴様はもう俺のもんだぜ!
俺の祭が済んだあと、他の六尺とまとめて、ビニール袋に入れ押し入れに
しまい込む。また来年、祭で六尺を手に入れるまで、オカズに使う。
押し入れにはそんなビニール袋がいくつも仕舞ってあるんだぜ。
479プフム:2007/02/20(火) 22:58:04
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>477 グルタン
480太国▲kosintou:2007/02/20(火) 23:06:01
プラムさんの成済ましまでするとは、卑怯至極。
481日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:07:53
>>474
鳥というのは、誰にも分からない暗証を伴ってるのが条件だよ。
そんな分かりやすいのは公開トリップも同じだ。
482日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:16:55
>>481=グルタン

鳥というのは、誰にも分からない暗証を伴ってるのが条件だよ。
そんな分かりやすいのは公開トリップも同じだ。
483太国▲kosintou :2007/02/20(火) 23:18:42
プラムさんの成済ましまでするとは、卑怯至極。
484日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:20:00
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>480 グルタン
485太国▲ugayahukiaszu:2007/02/20(火) 23:22:50
>>481
かたじけない。秘儀に関する島にした。
486太国▲ugayahukiaszu:2007/02/20(火) 23:25:48
ガチムチ野郎の六尺は、俺の雄汁でベトベトに汚される。
487犬国▲unkotabetai:2007/02/20(火) 23:27:41
>>481
かたじけない。秘儀に関する島にした。
488日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:27:46
トリップに失敗し続けている太国さんへ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%97_(2%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%AD%E3%82%8B)#.E3.83.88.E3.83.AA.E3.83.83.E3.83.97.E8.A1.A8.E7.A4.BA.E6.96.B9.E6.B3.95
489日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:29:10

気をつけて!太国さん>>488は危険サイトへの誘導だよ!
490日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:31:51

みなさん、楽しそうですね〜♪  §*^o^*§

491日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:32:03
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>489 グルタン
492日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:32:44
>>488
コンピュータウィルス
493日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:36:46
グルタンよ、危険サイトのURLなど貼るなヴォケが
494日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:37:13
495日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:38:04
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>492−493 グルタン
496日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:38:35
>>488
ノーd、ぶっ壊れた
497日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:39:09
>>494
グルタンよ、危険サイトのURLなど貼るなヴォケが

通報しました!
498グルタン ◆zLZm4FTpRU :2007/02/20(火) 23:39:22
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
499日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:43:20
今度、本が出るらしいな。2ちゃんの書き込みだけど
古事記、日本書紀を二倍年暦で換算して
西暦に直しているやつらしい。

自分もいろいろ調べてみたら、日本書紀、古事記は共に二倍年暦で
即位期間、干支没年だけじゃなくて、
各天皇の寿命や年齢など全部、総合的に見たら
仁徳天皇だけ在位期間(日本書紀)が不自然なんだなw

古事記の応神天皇、仁徳天皇の寿命から考えたら
日本書紀の仁徳天皇の在位期間だと、
仁徳天皇はもっと長生きしないと無理w

仁徳天皇の在位期間だけ二倍にして、神功皇后を卑弥呼の近くにしようとしているw
しかも、記紀の編纂者は、最初のほうは二倍年暦だと計算していない間抜けさw
だから、年代が大混乱してしまった。
しかし、日本書記の唯一の年代誤魔化しは
古事記の発見によって、訂正されそうだわな。

あと、古事記は古い天皇の年齢は正確なのに、新しい天皇の年齢は?
これって、不自然だってサイトを見つけたけど
何のこと無い、新しい天皇の頃は、二倍年暦→通常暦へ移行したから混乱しただけ。
500太国:2007/02/20(火) 23:49:49
>>499
著者はどなたですか?

今宵は荒れてましたね。
zzzzzzzzzzzzzzzzz・・・・・・・・・
501日本@名無史さん:2007/02/21(水) 01:07:15
>>500
島(しま)ではなく鳥(とり)ですよ。
トリップのトリからきているのです。
なりすましを防ぐ唯一の手段です。

名前欄に
▲abcd
ではなく
♯abcd
と打ち込むのです。(abcdは任意の英数字)
すると◆がでます。

不安なら別板ででも試して下さい。
このままではあんまり気の毒です。

502日本@名無史さん:2007/02/21(水) 01:16:07
以下、ウェブサイトからの引用:

名前の由来は『1人用(ひとりよう)キャップ』を略して『トリップ』。

トリップ表示方法
(1)名前欄に任意の文字を入力。続いて#の後に「#bgrty2」など
 好きな文字を入力する(全角・半角や文字種は無関係。
 よって漢字や記号でも出来る)。この文字列(パスワード)を
 特にトリップキーと呼ぶ。
(2)書込む。
(3)名前欄に「◆QWcajfuhO.」と出てきた。この“◆”以降が
 トリップである。なお、このパスワードは名前と同様にクッキー
 を消去しない限り自動的に名前欄に入力されるため、(名前欄の
 パスワードを消さなければ)次回以降も表示される。
503日本@名無史さん:2007/02/21(水) 01:45:33
>>501
>>502

グル馬鹿に注意!

太国さん注意して!
その方法でやると、IP抜かれます!
IP抜かれると住所指名までバラされますよ!
504日本@名無史さん:2007/02/21(水) 01:52:43
>503
嘘ついてんじゃねえヨ、どアホ!
505日本@名無史さん:2007/02/21(水) 17:54:04
>>502
好きな文字=既存の単語の鳥はほぼ解析されている
506日本@名無史さん:2007/02/21(水) 18:59:53
>505
誰が太国氏の好きな単語の鳥を抜いたりするんだ?アホか?
507日本@名無史さん:2007/02/21(水) 23:59:23
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。

  ・・・まで読んだ。
508日本@名無史さん:2007/02/22(木) 00:41:59
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>504->>505 グルタン
509日本@名無史さん:2007/02/23(金) 08:17:26
ざっと素人目で流し見た感じじゃ、九州王朝はなんとも言えないが、
外三郡史誌を引きずってるのがなんとも・・・

古田支持者って今でも本気でアレが真作だって思ってるの?
510日本@名無史さん:2007/02/23(金) 12:52:45
>>509
だから偽書の証拠はなに?具体的に上げてみ?
俺は古田信者じゃないが、外三郡史の偽書の証明なるものもアンチ古田の脳内証明しか見たことがない。
511日本@名無史さん:2007/02/23(金) 13:27:35
同意。
寛政原本以外の昭和写本を見て、偽書呼ばわりしてるアンチ古田は
原点批判の基礎が足りないと思うぞ。昭和の知識入れちゃってるし。
今は亡き保管者の人格攻撃など、いくらやっても無意味。
512日本@名無史さん:2007/02/23(金) 14:40:14
その寛政原本ってのは、
誰が保管してきて、
誰がどこで発見して、
今は誰の手元にあり、
誰がいつ、その原本を学術的に
調査したの?

現状では、偽書と受けとるのが自然だよ。
513日本@名無史さん:2007/02/23(金) 17:46:50
アンチ古田には、何でも偽書なんだな。
そう受け取るのが自然だよ。
514サガミハラハラ:2007/02/23(金) 19:06:17
アンチ古田でなくとも、東日流外三郡誌は偽書とみていますよ。
515サガミハラハラ:2007/02/23(金) 23:55:38
>>500
著者は後藤幸彦という方ですよ。
今日1回目の校正がおくられてきたが、赤ペンだらけでがっくりしているらしいです。
516日本@名無史さん:2007/02/24(土) 00:10:00
>>515
後藤幸彦氏とやらの本を、もし多くの古代史ファンが購入して読むとするなら
後藤氏は喜ぶと思いますか? どうでしょうか、サガミハラハラさん。  §*^o^*§
517日本@名無史さん:2007/02/24(土) 01:04:01
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>509-512-514
518日本@名無史さん:2007/02/24(土) 01:05:18
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>509-512-514 グルタン
519サガミハラハラ:2007/02/24(土) 07:40:16
彼の説がひろまるのですからよろこぶでしょう。
共同出版という自費出版なので全部うれても利益はでません。出費はすくなくなりますが。
520征東大将軍 ◆pRDe3lEVnE :2007/02/25(日) 00:55:58
くすくす
521日本@名無史さん:2007/02/25(日) 01:14:43
そもそも、三郡誌を「真書」と信じる根拠は何なの?
522征東大将軍 ◆pRDe3lEVnE :2007/02/25(日) 01:50:43
とある高名な芸道の流派の歴史では、
公の場で宗家が間違ってやってしまった作法が、その流派の新しい作法になったそうです><
523日本@名無史さん:2007/02/25(日) 08:19:09
偽書真書、両方のパターンから和田一族のことを考えてみると、

偽書の場合、実のところ大騒ぎするほどのことでもなかったりするんだな。
偽の書物をこしらえて金儲けのネタにするなんざ、古今東西ありふれた話しだし,
三郡誌が世に浸透してないだけに、世間に間違った影響を与えたってほどでもない。

ところが、真書だと考えた場合、とんでもないろくでなしなんだよな。
東北王朝の存在を示す稀少にして決定的な書物を持ちながら、
リアルタイム知識を盛り込んだトンデモ写本を一族でこしらえて、
さらに、写本があるから原本イラネとばかりに、捨てたか無くしたか原本を行方不明にしてしまう。
もし、マトモな人間が持っていて、きちんとした写本をこしらえた上で原本も大事に保管するとかしていれば、
こんな論争が起こるまでもなかったはずなのに。

どうして三郡誌を真書と看做す人が東北の歴史を闇に葬った和田一族を糾弾しないのか不思議でしょうがないよ。
524日本@名無史さん:2007/02/25(日) 09:41:33
525日本@名無史さん:2007/02/25(日) 10:19:20
>>525
誤りてこれを改めず。これを過ちという。
526日本@名無史さん:2007/02/25(日) 10:26:14
上記は>>522のあやまりでした。
527日本@名無史さん:2007/02/25(日) 10:27:25
このように素直に改めなければいけないのです。はい。
528日本史@名無しさん:2007/02/25(日) 10:31:49
>>523
それも古田はわかってるよ。
おまいのは正論だが、それは和田氏の置かれた特殊な状況を
知らないからだ。

それに、歴史文献をそれと知らずに廃棄・消却してしまう例なん
てそれほど腐るほどある。残っただけでもマシというのが古文書
を扱う人間のスタンス。

安本がやったことは、いわば火に油を注いだんだよ。子どもが
学校でイジメにあったり、そんなことに責任もってないだろ、あの
エセ学者は。正義の剣を振りかざしたつもりなんだろうが、裁判
にも負けたし、なにやってんだかって感じ。
529太国:2007/02/25(日) 11:03:42
安本氏の10年すし詰め説は非常に芳しくない。この論に酔ってしまっ
たのが恵也とグルタンであり、脳の髄まで沁みこんで容易にその副作用
から彼らは抜け出ることが出来ない。

恵也は干支が仏伝あたりだからそれ以前の紀の記述は信用おけないなど
と決めこんでいるが、日本出土の、仏伝より古い鉄剣鉄等類にはちゃん
と干支が書かれているので、宣化よりかなり古い古代にすでに日本に干支
が流布していたと観るべきであろう。その当時刀剣をもらった日本人が、
大陸側の連中とかにこれはどういう意味か尋ねるに違いないから、その中
の研究心旺盛な者は勉強してその意味の理解と使用が出来るようになる
に違いないのだ。イタヅラに紀の宣化以前の干支をデタラメとする論は
鉄剣鉄刀の銘文からもハッキリ否定すべきである。

グルタンは九州に墓とかが出ないから九州王朝を否定しているが、彼は
卑弥呼の国を九州甘木と論じているんだから、甘木に墓が出た話はなく、
これは彼の論を彼自身が不成立と認めたこととなり、自語相違である。
さらに九州に王朝はなくとも金印の刻印から漢委奴国王の存在は肯定して
るそうで、これも墓が見当たらないで王の存在を肯定しているわけで、
グルタンは自語相違王ということになって来る。wwwww
もしこの金印が未だに出土していなかったならば、グルタンは漢委奴国王
の存在も、嘲笑の上に「ありっこない」などと大言否定しているだろう。
530sage:2007/02/25(日) 16:02:53
>>528

おれは>>523じゃないが、

“和田氏の置かれた特殊な状況”って何だ?
だいたい和田家文書は和田一族が伝えたんじゃなくて、喜八郎が一人で作っただけじゃないか。
まあ、喜八郎の所業のせいで、他の家族が迷惑を蒙ってしまったということなら、確かに「特殊な家族状況」とも言えるがな。

子どもがいじめられたのだって、元をただせば喜八郎の行いが生み出したものだ。
「行い」ってのは、古文書のことだけじゃないぞ。
喜八郎の数々の詐欺行為は、もう誰も否定できない事実なんだからな。
なんで安本がその責任を取らにゃいかんのだ。

安本のやり口は、おれも好きじゃないが、それ以上に安易に和田家の家族を持ち出す古田のこういった手口も気に食わん。

ついでに古田派は、すぐに裁判の結果を持ち出すが、確かに原告は訴訟の目的を完遂できなかった。
だからといって、喜八郎氏が「正義」と認められたわけじゃない。

いまだにHPなどで、「裁判で喜八郎氏の偽作じゃないことが認められた」などとのうのうと書いている馬鹿を見るとほんとうにむかつく。
531530:2007/02/25(日) 16:05:24
熱くなってsage損ねた・・・
532日本@名無史さん:2007/02/25(日) 18:23:55
全くだな。

「古文書の真贋なんて問題は、裁判で決着を付けるようなシロモノじゃない」
といわれて門前払いにあっただけで、
心証としては「ツガルは偽書だが、こっち来んな」だろ。
533日本@名無史さん:2007/02/25(日) 21:25:03
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>530 グルタン
534日本史@名無しさん:2007/02/25(日) 23:15:38
>>530

なんでそんなに正義派ぶってるのか理解に苦しむわけだがw

世に偽書の類は山ほどあるんだが、和田家文章だけにそこまで
ヒステリックになるのは、何故なんですかね?もっと破天荒なの
もあるわけだが。

原田がムーに何か書いたりするのはいいの?そんな偽書の類を
もとに「超古代文明」とか特集したり、それが更にカルトの温床に
なったりしてるんだよ?
俺の知人も、ムーに広告出してた某カルト団体にはまって酷いこ
とになったんだけど、それはいいのかい?
535日本@名無史さん:2007/02/26(月) 00:05:33
>534
「和田はチャーチワードの同類」でいいんじゃね?

って、そりゃ、「ムー違い」だな。スマン、忘れてくれ。
536日本@名無史さん:2007/02/26(月) 01:56:35
>>528
それはちょいと話が違うと思うよ。

話の流れで真作とした上で話を進めるけど、
それと知らずに破棄する、ってのは三郡誌の場合には当てはまらない。
原本から写本に入れ替わったのは明治のうちだそうだけど、
明治八年に福沢諭吉が三郡誌を借りた礼状が書いている以上、
すくなくとも明治の早い時期には重要文書だと判った筈。

それからイジメのことだけど、これはもう完全に別の話。
もし逆に偽書派の子供がいじめられたら、真書派は偽書説を受け入れるか?
俺は受け入れるべきではないと思う。
イジメの存在と学問の主張はまったく別の話なんだから。

といったとこで、>>524なんてネタが出てきたわけだけど、
本気でに真書と主張するなら一般公開なんかより鑑定するほうが先だろうに・・・
537日本@名無史さん:2007/02/26(月) 11:09:19
>>510だけど早く偽書の証拠上げてくれよ。できるだけ決定的なやつな。
538太国▲kosintou:2007/02/27(火) 01:18:11
グルタンや恵也は余に勝てぬから逃亡したのか〜www
539日本@名無史さん:2007/02/27(火) 01:59:38
ここも豚小屋か…
540日本@名無史さん:2007/02/27(火) 08:09:58
>>537
出てきた寛政原本とやらを学術的にきっちり鑑定してもらえばいいじゃん。
写本もどきにどうこう言うよりそっちがはるかに決定的だし。
真書だったら臆することなく出すとこ出せるでしょ。
541太国▲kosintou:2007/02/27(火) 11:18:44

[10]サガミハラハラ<>  
2006/11/11(土) 19:13:27
皇国史観にもとずく、研究活動を行っている学者をあげてみましょう。
・安本美典 記紀の内容は実在するとして精力的に活動をつづけている。
      彼の薫陶を受けた人物に後藤幸彦がいる。安本氏は記紀を歴史書として見直すことにより、
      日本歴史界において多大なる貢献をしたといえる。
542太国  ↑:2007/02/27(火) 14:30:17
ニセ者です。
543太国▲:2007/02/27(火) 16:42:55
>>542 はニセ者です。

544日本@名無史さん:2007/02/28(水) 12:02:29
関連スレ?

【福沢諭吉】安川寿之輔・平山洋論争【の真実】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1172623911/
545太国 :2007/02/28(水) 23:08:34
グルタン逃亡!!
546太国:2007/02/28(水) 23:32:27
>>545は拙者のニセモノです。
547太国  ↑:2007/02/28(水) 23:39:11
ニセやろう!
548日本@名無史さん:2007/03/01(木) 21:38:40
dat落ち阻止
549日本@名無史さん:2007/03/02(金) 13:11:10
      ☆ チン     マチクタビレタ〜
                        マチクタビレタ〜
       ☆ チン  〃  ∧_∧   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
        ヽ ___\(\・∀・) < 偽書の証拠まだ〜?
            \_/⊂ ⊂_ )   \_____________
          / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ /|
       | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  |
       |  青森りんご  |/
550唐松山:2007/03/03(土) 13:47:34
歴年    誤差 閏   歴日 陽日差  月齢
12年目 -22日 4回 4674日 -4.0日 10.01月齢 神武天皇 十月丁巳朔辛酉。舟師東征
19年目 -22日 7回 6977日 7.8日 0.99月齢 神武天皇 春正月庚辰朔。天皇即帝位
38年目 -16日 13回 13889日 -20.0日 1.05月齢 綏靖天皇 元年春正月壬申朔己卯
59年目 -11日 22回 21863日 18.2日 10.08月齢 安寧天皇 元年冬十月丙戌朔丙申
66年目 -10日 24回 24166日 0.5日 2.07月齢 懿徳天皇 元年二月己酉朔壬子
80年目 -10日 29回 29243日 -6.5日 0.99月齢 孝昭天皇 元年春正月丙戌朔甲午。
106年目 -5日 38回 38722日 -24.0日 0.98月齢 孝安天皇 元年春正月乙酉朔辛卯
136年目 2日 50回 49709日 5.5日 1.03月齢 孝霊天皇 元年春正月壬辰朔癸卯
155年目 5日 57回 56648日 4.8日 1.01月齢 孝元  元年正月辛未朔甲申
176年目 10日 65回 64327日 13.5日 1.05月齢 開化天皇 元年 正月庚午朔癸酉、
195年目 16日 71回 71239日 -14.2日 1.11月齢 崇神元年 正月壬午朔
225年目 18日 83回 82545日 9.8日 11.97月齢    六十八年十二月戊申朔
226年目 18日 83回 82574日 -2.0日 0.95月齢  垂仁元年 春正月,丁丑朔
258年目 23日 95回 94297日 3.5日 1.93月齢  九十年春二月,庚子朔
258年目 24日 96回 94446日 5.0日 5.97月齢 景行天皇 元年秋七月,己巳朔
286年目 29日 104回 104485日 -35.5日 1.92月齢  五十五年春二月,戊子朔
551唐松山:2007/03/03(土) 13:48:45
287年目 30日 105回 104841日 -15.3日 0.98月齢 成 務 天 皇 元年春正月,甲申朔戊子
320年目 36日 118回 117066日 9.0日 5.96月齢  六十年夏六月,己巳朔己卯
317年目 36日 115回 115767日 -46.8日 0.97月齢 仲哀天皇 元年春正月庚寅朔庚子
317年目 36日 116回 116092日 -16.7日 10.97月齢  閏十一月乙卯朔戊午
325年目 37日 118回 118749日 -45.8日 2.95月齢 神功皇 后三月,壬申朔
363年目 45日 132回 132658日 -45.7日 3.95月齢  六十九年夏四月,辛酉朔丁丑,皇太后崩
364年目 45日 132回 132924日 -56.5日 0.96月齢 応神天皇 元年春正月,丁亥朔
403年目 53日 146回 147158日 -67.3日 0.97月齢  四十年春正月,辛丑朔戊甲
404年目 53日 147回 147571日 -49.0日 1.95月齢  四十一年春二月,甲午朔
402年目 53日 147回 146834日 -26.0日 1.00月齢 仁徳天皇 元年春正月,丁丑
432年目 59日 158回 157790日 -27.5日 1.00月齢  三十一年春正月,癸丑朔
438年目 61日 160回 160271日 -33.0日 11.01月齢  三十七年冬十一月,甲戌朔
432年目 59日 158回 157819日 -28.0日 1.98月齢 履中天皇 元年春二月,壬午朔
437年目 59日 160回 159620日 -23.8日 0.97月齢  六年春正月,癸未
438年目 59日 160回 159974日 -35.0日 0.96月齢 反正天皇 元年春正月,丁丑朔
442年目 60日 161回 161421日 -49.0日 0.96月齢  六年春正月,甲申朔
440年目 61日 160回 160713日 -56.0日 1.98月齢 允恭天皇 二年春二月,丙申朔
454年目 63日 167回 165852日 -1.0日 1.01月齢  四十二年春正月,乙亥
552日本@名無史さん:2007/03/03(土) 17:43:42
>>541
皇国史観論者が仲哀天皇は神宮皇后に殺された、応神天皇は神功皇后と武内宿禰と
の間の私生児だなんて論考書くかな?
553太国 :2007/03/03(土) 19:42:57
>>552
奴(>>541)はニセ者です。
554日本@名無史さん:2007/03/03(土) 20:16:38
>>いちいちニセモノ認定をやめるか、トリップつけるかどっちかにしてくれ。
ウザイ
555サガミハラハラ:2007/03/03(土) 20:24:04
われわれが目指しているのは、新しい皇国史観です。
皇室に単におもねるような史観ではないのです。真実を追究することが大事です。
556日本@名無史さん:2007/03/05(月) 10:56:19
チン      ☆  チン       ☆
       チン    マチクタビレタ〜   チン     ♪
           ♪
    ♪          ☆チン    .☆   ジャーン!   マチクタビレタ〜!
        ☆ チン   〃  ∧_∧  ヽ         / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
          ヽ  ___\(・∀・ #) /\_/ <  偽書の証拠まだ〜?
        チン    \_/⊂    つ    ‖     \__________
           / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/|     ‖        マチクタビレタ〜!
        |  ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:| :|   /|\
        |   青森りんご   |/
557日本@名無史さん:2007/03/05(月) 17:23:13
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
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古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
http://www.hibari.ed.jp/club/ki/ki.html
558日本@名無史さん:2007/03/13(火) 01:16:21
チン      ☆  チン       ☆
       チン    マチクタビレタ〜   チン     ♪
           ♪
    ♪          ☆チン    .☆   ジャーン!   マチクタビレタ〜!
        ☆ チン   〃  ∧_∧  ヽ         / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
          ヽ  ___\(・∀・ #) /\_/ <  偽書の証拠まだ〜?
        チン    \_/⊂    つ    ‖     \__________
           / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/|     ‖        マチクタビレタ〜!
        |  ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:| :|   /|\
        |   青森りんご   |/
559日本@名無史さん:2007/03/13(火) 02:31:34
古文書を鑑定→現代の作品と判明→レプリカレプリカレプリカと大合唱

 単なる馬鹿ですか?
560日本@名無史さん:2007/03/13(火) 03:24:11
見本再現作品を鑑定→現代の作品と判明→偽作偽作偽作と大合唱

 単なる馬鹿ですか?
561日本@名無史さん:2007/03/13(火) 11:55:55
誰がどんな鑑定をしたのか、詳しい経緯をかいてごらん>古文書を鑑定→現代の作品と判明
562日本@名無史さん:2007/03/13(火) 11:56:45
お前が書いてみたら?www
563日本@名無史さん:2007/03/13(火) 23:38:51
チン      ☆  チン       ☆
       チン    マチクタビレタ〜   チン     ♪
           ♪
    ♪          ☆チン    .☆   ジャーン!   マチクタビレタ〜!
        ☆ チン   〃  ∧_∧  ヽ         / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
          ヽ  ___\(・∀・ #) /\_/ <  本物の証拠まだ〜?
        チン    \_/⊂    つ    ‖     \__________
           / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/|     ‖        マチクタビレタ〜!
        |  ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:| :|   /|\
        |   青森りんご   |/
564日本@名無史さん:2007/03/13(火) 23:40:25
バカジャネ〜ノ。
偽書だと言いがかりつけたほうが、証拠出す義務があるだろ。
565日本@名無史さん:2007/03/14(水) 00:05:47
証拠ないなら偽者じゃないかw
566日本@名無史さん:2007/03/14(水) 00:39:17
バカジャネ〜ノ
古事記・日本書紀は証拠がないから偽書だってか?
567日本@名無史さん:2007/03/14(水) 10:30:41
                _∧_∧_∧_∧_∧_∧_∧_∧_
     デケデケ      |                        |
        ドコドコ   < 偽書の証拠まだーーーーーー!!? >
   ☆      ドムドム |_ _  _ _ _ _ _ _ _ _|
        ☆   ダダダダ! ∨  ∨ ∨ ∨ ∨ ∨ ∨ ∨ ∨
  ドシャーン!  ヽ         オラオラッ!!    ♪
         =≡= ∧_∧     ☆
      ♪   / 〃(・∀・ #)    / シャンシャン
    ♪   〆  ┌\と\と.ヾ∈≡∋ゞ
         ||  γ ⌒ヽヽコ ノ  ||
         || ΣΣ  .|:::|∪〓  ||   ♪
        ./|\人 _.ノノ _||_. /|\
         ドチドチ!
568日本@名無史さん:2007/03/15(木) 01:49:45
>566
古事記や日本書紀は、(内容の全部についてではないにせよ)
その信憑性は確認されてるだろ。

研究によって確認されたからこそ、
一時は偽書説さえ出た古事記が復権したわけ。
日本書紀もな。(こっちは偽書説が出たわけじゃないが)

対するに、ツガルのように、その信憑性を明らかにする研究が絶無な文献は、
誰かが信憑性を確かめるまでは偽書扱いのまま放置されざるを得ない。
569日本@名無史さん:2007/03/15(木) 02:19:12
また変なやつが出たな。
偽書じゃない証拠が無ければ、この世のすべては偽書だとさ。
570日本@名無史さん:2007/03/15(木) 05:40:32
>>569
当たり前じゃない。
偽書じゃない証拠がないものは相手にされない。普通じゃないか。
持ってるやつが証明すれば良いだけ。
571日本史@名無しさん:2007/03/15(木) 06:36:18
だからといって古事記を偽書扱いした「学者」の方法論を
擁護する必要はないな。

本当か分からない=偽書 というのは学問的態度とは言えない。
572日本@名無史さん:2007/03/15(木) 10:58:01
>>570の家にある書籍は、全部偽書だそうだw

どう考えても>>571が正解だな。
573日本@名無史さん:2007/03/15(木) 13:09:58
>>571
よく覚えてないが古事記偽書説ってこんな感じだったっけ?
・日本書紀に出現しない
・内容が日本書紀と合致しない部分がある
・日本書紀のものより改変の度合いの進んだ神話説話がある
・初期の写本が確認できず、中世に至って突然のごとく出現する

・・・あれ、どっかで聞いたことあるな・・・
574日本@名無史さん:2007/03/15(木) 15:00:20
う〜ん、>>573の例では、偽書にならないでしょ。
かといって、非偽書の証明にもならない。
単なる普通の原点批判。
575日本@名無史さん:2007/03/15(木) 18:21:57
>573-574
もうひとつあるぞ。
序文に出てくる語句・かな遣いか何か忘れたが、
明らかに平安期の特徴が見つかったって事。

序文は平安期に作られた→本文も平安期?

って流れだったんじゃなかったか。

ツガルの場合、明治以降の名詞や用語、概念等が出てくるってのは、
ものすごく致命傷だったんじゃないかね。
それが序文とか一部にだけだったらまだしも、本文中に散見されるんだから、
古文書ではありえないって事になっても当然かと。
576日本@名無史さん:2007/03/15(木) 18:55:59
何の目的か知らんがデタラメだぞ>>575
以下wikiから抜粋
『古事記』偽書説
『古事記』には、近世以降偽書の疑いが持たれてきた。
-中略-
民間では一定の支持を得続けているが、現在に到るも上代文学界・歴史学界には受け入れられていない。
上記の上代特殊仮名遣のなかで、『万葉集』・『日本書紀』の中ではすでに消失している2種類の「モ」の表記上の区別(発音上の相違と言い換えても差し支えない)
が残存していることが、偽書説を否定する重要な論拠として立ちはだかっているからである。
-中略-
序文偽書説では、『古事記』の序文(上表文)において『古事記』の成立事情が語られているが、
それを証する外部の有力な証拠がないことなどをもって偽書の可能性を指摘している。

それはいいとして、
>ツガルの場合、明治以降の名詞や用語、概念等が出てくる

だからさ、明 ら か に 明 治 以 後 ( 偽 作 派 に 言 わ せ れ ば 昭 和 以 後 ) と 断 言 で き る 部 分 を 『  具  体  的  』 に 指 摘 し ろ よ。
577日本@名無史さん:2007/03/18(日) 16:21:38
>>576
いまさら何言ってんだかw
とりあえずここでも読んでみ
http://members.at.infoseek.co.jp/Accord/BIGLOBE/WADA/wada4.htm
578:2007/03/18(日) 23:48:34
本文が無いサイトじゃ、何の指摘にもなっていないな。
579日本@名無史さん:2007/03/19(月) 00:11:53
>>578
ちゃんとそれぞれ本文のリンクがあるだろ
おまいはそれすらわからんのか?
580日本@名無史さん:2007/03/19(月) 00:14:23
>>579

>576
581日本@名無史さん:2007/03/19(月) 13:38:10
                _∧_∧_∧_∧_∧_∧_∧_∧_
     デケデケ      |                        |
        ドコドコ   < 偽書の証拠まだーーーーーー!!? >
   ☆      ドムドム |_ _  _ _ _ _ _ _ _ _|
        ☆   ダダダダ! ∨  ∨ ∨ ∨ ∨ ∨ ∨ ∨ ∨
  ドシャーン!  ヽ         オラオラッ!!    ♪
         =≡= ∧_∧     ☆
      ♪   / 〃(・∀・ #)    / シャンシャン
    ♪   〆  ┌\と\と.ヾ∈≡∋ゞ
         ||  γ ⌒ヽヽコ ノ  ||
         || ΣΣ  .|:::|∪〓  ||   ♪
        ./|\人 _.ノノ _||_. /|\
         ドチドチ!
582日本@名無史さん:2007/03/19(月) 13:42:55
和田さんがおなくなりになってから、新しい文献がでてこないのが、証拠です。
583日本@名無史さん:2007/03/19(月) 14:47:13
新しいも何も、ほとんど未見なんだが。
584日本@名無史さん:2007/03/19(月) 20:58:28
ウンコ人大林君の部屋
http://www1.ocn.ne.jp/~gengoman/MyPage/menu0.html
うんこ脳の垂れ流しHPだよW

ウンコ人の部屋にもし行けなければ
別のウインドウにアドレス貼り付ければ行けるよ
どっかで見たようなウンコ臭いHPだよ
明らかに大林君とブラ国と同じ人のようだけど・・・
585↑マルチポスト荒らし:2007/03/19(月) 22:15:39
 
586日本@名無史さん:2007/04/03(火) 18:41:40
へぇ、偽書の証明だってさ。
で、要するに、真書論者の言う「偽書である客観的な証拠」とは例えばどういうものを指すんだい? 「何」を以てすれば偽書であると証明されたとするんだい?
他の偽書の例でいいから挙げてみ。
その文書はこれこれこういう「客観的な証拠」があるから偽書であると証明されるってさ。
で三郡誌には「それ」がないから偽書じゃないってことで、
まぁ間接証明にはなるだろ。簡単だろ。
587日本史@名無しさん:2007/04/03(火) 19:33:45
なんだかなー。どうでもいいやりとりいつまでやってんだかw

要するに、真実をどれだけ含んでるかだろ?枕草子だって伝聞部分は
歴史的には無価値なものもあるわけで。
90%偽書でも、残りの部分に有用な部分があればその価値はある。
まあその分離には多大な困難が伴うがw
古事記だって、100%古代から書き写されたかどうかはわからない。
588日本@名無史さん:2007/04/03(火) 20:26:10
●A氏がまったく貯金を持っていない証明を出せ
●和田家文書が偽書ではない証明を出せ       → そんな証拠の提出自体が不可能

○A氏が1円でも貯金を持っている証明を出せ
○和田家文書が偽書である証明を出せ         → 証拠を出すだけで簡単



 【結論】

●真書の証明など存在しませんし、出す必要すらありません。
○偽書の証明だけは必ず出す必要があります。
589日本@名無史さん:2007/04/08(日) 22:18:19
●A氏がまったく貯金を持っていない証明を出せ
●和田家文書が真書ではない証明を出せ       → そんな証拠の提出自体が不可能

○A氏が1円でも貯金を持っている証明を出せ
○和田家文書が真書である証明を出せ         → 証拠を出すだけで簡単



 【結論】

●偽書の証明など存在しませんし、出す必要すらありません。
○真書の証明だけは必ず出す必要があります。
 90年初期に明治写本さえだしていれば結論は出たんだよw

590日本@名無史さん:2007/04/08(日) 22:29:18
●A氏がまったく貯金を持っていない証明を出せ
●和田家文書が偽書ではない証明を出せ       → そんな証拠の提出自体が不可能

○A氏が1円でも貯金を持っている証明を出せ
○和田家文書が偽書である証明を出せ         → 証拠を出すだけで簡単



 【結論】

●真書の証明など存在しませんし、出す必要すらありません。
○偽書の証明だけは必ず出す必要があります。
90年初期に明治写本さえ見せてもらっていれば結論は出たんだよw
安本も原田も馬鹿だなあ、明治写本見ないでトンデモ日報のお先棒担いで、
デタラメ発言ばっかり。偽書発言って、トンデモ学者ばかりが喚くんだねwww
591日本@名無史さん:2007/04/09(月) 00:08:34
>>588-590
何が言いたいの?
592日本@名無史さん:2007/04/09(月) 01:32:18
 【結論】

●真書の証明など存在しませんし、出す必要すらありません。
○偽書の証明だけは必ず出す必要があります。

 【感想】

安本も原田も原本見ないで偽書判定とは馬鹿だなあ、
トンデモ学者ばかりが喚くんだねwww
593日本@名無史さん:2007/04/09(月) 01:55:09
だれか古田さんを助けてやれよ。このままあの人死んじゃったら、「邪馬台国
論争に民間人の立場から一石を投じ、○○○はベストセラーとなった。多くの歴史
愛好家から支持され、読者を獲得したが、後年、九州王朝や東北王朝などの存在を
主張するにいたり、アカデミズムとは一線を画した(画された?)。さらに
東日流三郡誌と呼ばれる出所不明の文献を自説の補強に利用したことから
各方面から強い批判を受けた。さらに同文献は偽書であるとの批判が高まり、
論争を巻き起こした。論争の一方の当事者である古田氏は、偽書の作成や流布に
関与していたとの疑いももたれ、学会からは距離を置く存在となってしまった。
その一方、最後まで熱烈な愛読者によって支持され、閉じられた世界の中では
幸せな研究者生活だったと証言する関係者もいる」
な〜んて書かれちゃうぜ。
ちょっとやさしく書きすぎたかな?
594日本@名無史さん:2007/04/09(月) 01:58:14
>>591
何を言いたいかは判んないけど、何を考えてるかは大体判る。

http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1170810887/

「↑のスレに顔を出すと虐められるから逃げてきました。もう虐めないで TT」ってところかと。
595日本@名無史さん:2007/04/09(月) 03:24:01
尿ボトル偽書の証拠です。
596日本@名無史さん:2007/04/09(月) 17:19:21
597日本@名無史さん:2007/04/09(月) 17:22:37
古田武彦氏ご本人が和田家文書偽書説に反論されているのですから、

古田氏を批判されている方は、熟読玩味されて古田説批判を展開してください。

まともに反論できないなら、際物とか清算ずみとか言われた方は無責任ですね。
ご自分の力では反論できないのなら、だれかの力を借りてでも古田氏にぶつかってみてください。

http://3w.to/yas
ここの掲示板にも古田信奉者がいる。
598日本@名無史さん:2007/04/09(月) 17:48:51
>596
>597
このサイトの主催者って、マルクスの唯物弁証法と
フロイトの精神分析にもとづき、イエスの遺体を弟子たちが
盗みだし、解体して皆で食ってしまったということを
考証された方ですよね。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4784514104/sr=1-1/qid=1176108332/ref=olp_product_details/503-3905458-1663950?ie=UTF8&qid=1176108332&sr=1-1&seller=
599日本@名無史さん:2007/04/10(火) 18:23:52
600日本@名無史さん:2007/04/11(水) 00:58:48
>>599
既出も何も住民がほとんどそっちに引っ越しちゃってる状態。
601日本@名無史さん:2007/05/02(水) 18:21:24
引っ越し先がなくなりそうなので
新スレに備え、とりあえずデータ確保
「『東日流外三郡誌』幻の寛政原本ついに発見!!」全文
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1170810887/
『東日流外三郡誌 寛政原本 写真版』(2007年5月出版予定)
http://www.onbook.jp/bookd.html?bid=0069
発見の経緯(肥さんの夢ブログより)
http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2006/11/post_7e4c.html
http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2007/01/post_df9d.html
http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2007/02/post_6320.html
http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2007/03/post_b638.html
http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2007/04/post_ec9b.html
レポート「「寛政原本」の正体―『東日流外三郡誌』擁護論の自爆―」
(原田 実)
http://www8.ocn.ne.jp/~douji/kanseigenpon.htm
602日本@名無史さん:2007/05/03(木) 06:16:15
私はキリストの生まれ変わりだ。
そう主張する私自身が証拠だ。
ウソだと思うなら、わたしがキリストの生まれ変わりではないと言う
証拠を出せ。

出せないなら、ホンモノ勝利宣言!!



orz
603日本@名無史さん:2007/05/03(木) 09:33:43
ま、とりあえず寛政原本の写真版が出れば
原田以外の人に鑑定してもらうことができるよね。
古田先生が目の前で書いてもらったとかいう和田の筆跡がなくとも
丑寅原稿とか明治写本と比較して同じだったら
少なくとも「寛政」原本じゃない、ということになるわけで。
604日本@名無史さん:2007/05/03(木) 12:39:07
偽書派を黙らせるには寛政原本の追加が必要。
そろそろ作り始めたほうがいいんじゃね?
605日本@名無史さん:2007/05/03(木) 13:16:43
原田と安本が現在執筆中。
606日本@名無史さん:2007/05/03(木) 14:04:52
>605
で、古田先生があっさり寛政原本認定・・・
あんた、内心、古田先生のことバカにしてるだろ?
607日本@名無史さん:2007/05/03(木) 14:12:01
いま原田と安本は一生懸命、和田喜八郎の筆跡を習得しているところだから
静かにしてあげようよ>606
ペットボトル集めて尿もたっぷり溜めたそうだ。2人の努力、泣けるじゃないか!
608日本@名無史さん:2007/05/03(木) 18:44:02
西村先生、ここまでたどりつけるかなァ・・・
609日本@名無史さん:2007/05/04(金) 01:28:58
どうせたどりついても、相変わらず現物を見ればいいとしか言えないだろうから意味ないと思う。
610日本@名無史さん:2007/05/08(火) 11:31:01
真書派にとっては真書である「証拠」は必要ないだろうが、
それでは、信者以外の誰にも(普通の人でも権威ある学者でも)
信じてもらえないという現状は甘受しなければならない。
言論の自由があるから自分たちの閉じたサークルの中で歴史学ごっこをするのは自由。
611日本@名無史さん:2007/05/08(火) 11:44:19
×言論の自由
○信教の自由
612日本@名無史さん:2007/05/08(火) 12:17:45
偽書派の言うことがちゃんちゃらおかしいだけで、特に信者なんかいないでしょ。
613日本@名無史さん:2007/05/08(火) 12:30:39
偽書派なんて存在はないんだよね。
原田安本あたりが以前キャンペーン的にやっただけで。
普通の人は常識で、専門学者はさらに専門の学識でもって、
三郡誌のデタラメぶりが分かっているから、相手にしてない、ただそれだけのこと。
614日本@名無史さん:2007/05/08(火) 13:18:59
偽書偽書と大合唱しちゃって、松本サリン事件とおんなじ手口だなw
615日本@名無史さん:2007/05/08(火) 18:24:42
>専門学者はさらに専門の学識でもって、
>三郡誌のデタラメぶりが分かっているから、相手にしてない

相手にしないでなぜデタラメと分かるんだろ・・・

マジレスすると、真書かどうかは学界保守派にとってはあまり意味がないから相手にする必要がない。
真書だったとしても江戸中期の北東北にそのような伝承があった「かもしれない」というだけ。
真偽が死活問題なのは古田安本原田くらいなもんだろ。
616日本@名無史さん:2007/05/08(火) 18:47:40
骨董品とか宝物を売る場合だって、
これは貴重で高価な宝物です、
と言われて商人に見せられた品物が素人目にも胡散臭く見えた。
で、これが本物である根拠はと聞くと、商人は自分がそう言ったから、
または、もとの所有者がそう言ったからだったり、
当てにならなそうな鑑定書一枚ついてるだけで、
さらに問いただすと、
これが本物じゃないというならあなたが自腹切って証拠集めてきなさい、
なんて商人がいたら「アホか、とっと帰れ」で追い出されて終わり。
617日本@名無史さん:2007/05/08(火) 19:14:23
別に販売してるわけじゃないんだよ。残念だったね。
618日本@名無史さん:2007/05/08(火) 19:19:25
たんなる金銭のやり取りだけが「販売」ではないのだよ。
619日本@名無史さん:2007/05/08(火) 19:28:47
この比喩をもう少し分かりやすく説明しようか。
学者なり研究者なりが、世に自説を世に問うこと、
ある品物を貴重な史料として世に出すことを、
「売り出す」という表現をもちいるね。
つまり、疑似商行為と見做されるわけなのだよ。
620日本@名無史さん:2007/05/08(火) 19:44:11
616が語ってるのは、普通の「販売」だよ。変な抽象論でごまかさないように。
621日本@名無史さん:2007/05/08(火) 19:52:36
そうそう、具体的な販売というと田沢湖町の遮光器土偶御神体とか安倍貞任の骨とか・・・
622日本@名無史さん:2007/05/08(火) 19:54:10
623日本@名無史さん:2007/05/08(火) 20:01:24
621は代表的なデマだったわけだが
624日本@名無史さん:2007/05/08(火) 22:41:12
>>621
×安倍貞任
○安倍頼時
625日本@名無史さん:2007/05/09(水) 04:38:56
熱心な支持者(あえて信者とは言わない)も
うちわで盛り上がってる分には別にかまわない。

東日流でも九鬼文書でもムー史観でも。
記者会見やったり、公的機関に認めさせようとしたりするから、
なにかと迷惑がかかる。

いやなことだけど、東日流支持者の一部は、
判ってて詐欺の片棒担いでるようにも思える。

ただし古田氏は多分、本気で「原本」とやらを信じてるか、
信じようとしているみたい。
626日本@名無史さん:2007/05/09(水) 05:33:46
古田氏が信じてる、ないしはそのふりを続けているのには、
自分のメンツの他に故和田氏への義理みたいなものがあるのだろう。
古田が過ちを認めてしまったら、和田氏はイカサマ師のとんでもない奴と確定する。
もはや故人の和田氏には反論も出来ない。
だから古田氏は和田氏に対する一種の友情から、
せめて自分が生きているうちは本物だということにしておこうと覚悟決めてるんだと思う。
627日本@名無史さん:2007/05/09(水) 06:13:01
学生がレポートやら論文を提出するのにだって、
常軌を逸した説が結論だけ、○○は××である、のみ書いてあって、
教授に、その説の根拠は何かね?と聞かれ、
自分がそう思ってそう言うのが根拠です、これは正しいですからA下さい、
もしこの説が誤りだというなら先生が自分で調べて証拠を提示してください、
なんて言う学生がいたら、落第だわな。
628日本@名無史さん:2007/05/09(水) 07:30:10
偽書派が相手しないのも問題かもしれんぞ。
ゴッドハンド藤村の時の考古学界は
石器が出たら出たで出た周辺だけで話をつくって
学界全体で吟味する行為がないまま「学者のお墨付き」となることが
病巣のひとつとされていた。古田に振り回された地元民と同じ構造。

ところで、古田が寛政原本をまともな筋に鑑定に出さないのは
「まともな」鑑定をしてくれっこないと思い込んでるんだろうが
その古田を納得させうるだけの鑑定の方法論って確立されてるんだろうか。
つーかやつらはどういう反証をもってくれば納得するんだろ?
629日本@名無史さん:2007/05/09(水) 07:55:07
結局堂々めぐりじゃないの。
原田実の話だと寛政原本なるものも和田の筆跡だそうだし、
寛政時代にはあり得ないような記述があっても、
紙質検査で寛政のものじゃないことが判明しても、
また「写本」ということにして逃げる。
630日本@名無史さん:2007/05/09(水) 08:55:12
何度か話題になってる鑑定後のレプリカ宣言だけど、
あれってホテル展示の時だけじゃないんだよな。
だから、これから鑑定することがあっても、きっとまた後出しレプリカ宣言して受け入れないだろうよ。
631日本@名無史さん:2007/05/09(水) 13:26:54
ついに三内丸山遺跡の謎が解明された!

     驚愕の日本史の真実
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/?blog_id=2098137
632日本@名無史さん:2007/05/09(水) 18:54:32
>>622
このじいさん、自分が書き込むたびにどんどん理論破綻してるのに気がついていないんだな。
真書派の誰か、やふーに逝ってこのじいさん助けてやれよw
633日本@名無史さん:2007/05/09(水) 20:41:41
和田氏への友情か……

なんかこのまま古田氏が、「野史の黒歴史」として終わるの、気の毒だな。

狂信的な支持者に担ぎ上げられた犠牲者、と言う形にできんか?
はじめは信者こそ犠牲者かとも思ってたけど、
どうも信者こそが元凶、って気がしてきた。
634日本@名無史さん:2007/05/09(水) 21:48:37
>>633
そのことに古田氏も信者自身もまたっく気がついていないのが最大の不幸。
635日本@名無史さん:2007/05/09(水) 22:35:05
師の説を丸呑みにするな、と言っている古田のとりまきに
そもそも信者なんかいないわけだが
636日本@名無史さん:2007/05/09(水) 22:42:49
古田史学について語るなら、親鸞研究とか村岡典嗣との関係の話をするほうが建設的だよ
637日本@名無史さん:2007/05/09(水) 22:51:44
古田武彦を囲む会が自爆した後
古田史学会が出来た時は応援しようかとも思ったが
会則の中に古田氏を「顕彰」するとあったのでやめた
638日本@名無史さん:2007/05/09(水) 23:23:01
投下しておくかな・・・去年のネタだし、知ってる日本史板住民もいるだ
ろうが・・・
http://uranews4vip.blog61.fc2.com/blog-entry-146.html

639日本@名無史さん:2007/05/10(木) 00:10:35
>636
それを言い出すと古田史学について語るより
村岡典嗣の話をする方が建設的ということになるのでは。
640日本@名無史さん:2007/05/10(木) 00:32:10
「ヤマト」音地名探しに100年明け暮れた
超低レベルな学会に、爆弾投下したのが古田武彦。
誰にも達成できなかった偉業だと思うぞ。
641日本@名無史さん:2007/05/10(木) 01:22:27
>>640
外三郡誌関係を否定してる奴でも
古田自体は嫌いじゃない人は多いと思うよ。
"定説"に惑わされず、自分の無知から再出発する
なんて言葉には共感も覚える。
ただ、無知から再出発してどう歩いたか。
学者として最低の原則である反証可能を全く無視したから
おもしろい説を出しても相手されない。
しまいに明らかにインチキにしか見えないこと始めるが
味方しようにも古田説というのは吟味するだけの材料を提供していない。
その時点で学説としてはアウトだから相手しようにもこっちは「できない」わけ。
とりまきが「信者」と呼ばれるのも、そういう自明なことに目をつぶってるから。
642日本@名無史さん:2007/05/10(木) 01:29:46
ウィキペディアの記述だから事実とは言い切れんが、

>読者の会の分裂騒動などでは、『東日流外三郡誌』真書説を支持することを踏み絵とするなど、

こんなことやってたなら、残った人間は信者としか言いようがないな。
むしろ自信を持って自ら信者と名乗ったほうがカコイイよ。
643日本@名無史さん:2007/05/10(木) 01:51:34
うがって考えれば、九州王朝説を葬りたい勢力が謀って古田を陥れたのかもしれないな。
古田はまんまと嵌まってしまい気付いても後の祭り。
644日本@名無史さん:2007/05/10(木) 01:56:32
踏み絵論はウソだと思うが、分裂騒ぎは古田説に内心反対していた
天皇家一元史観派が起こしたゲリラ活動が表面化したもの。
一元史観に固執するなら、古田の取り巻きなどやるな、といいたい。
645太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/10(木) 07:33:32
グルタンはいまだ逃走中。
646日本@名無史さん:2007/05/10(木) 10:19:04
踏み絵論の根拠でウェブ上にあるというとこの辺かな。
>、『新・古代学』第三集で新たに編集責任者となった水野孝夫氏は、
一九九二年の時点でいち早く『和田家文書』の偽作性・盗作性を指摘した人物である
(「昭和二八年以後に『岩波文庫から盗作した『古代ギリシャ祭文』」
『季刊邪馬台国』五二号、拙著『幻想の津軽王国』批評社、一九九五、参照)。
水野氏は古田氏の支援組織の一つ、古田史学の会の発足(一九九四年五月)以来、
その代表に就任している(九八年十月現在も継続中)。
同じく支援組織の一つである多元的古代研究会(関東)では、
代表の高田かつ子氏が、会発足時の挨拶で、「(和田家文書偽書説などに)動揺する人は古田先生を信じていないのです」
「古田先生の悪口をいう人は入会させません」などの迷言を並べ、
また、古田史学研究会を設立した不二井伸平氏は会則案の文面に
「古田先生に加えられるあらゆる謀略・妨害の排除に取り組む」
「ドロケチ研究に対するドロ落とし、ケチはがしを古田先生にさせることなく、
会員がドロ落とし、ケチはがしに取り組む」「古田ファン、結構!古田史学、なお結構!古田学派、ますます結構!」などと明記して、共に失笑をかった。
しかし、それとほぼ同時期、水野氏は、古田史学の会発足時の代表者挨拶で、
自らが偽書説論者であることを強調し、会内部にも言論の自由が保証されていることを示そうとしたのである。
ところが、それ以降、水野氏は和田家文書問題については表向き、
沈黙を保っている(もしくは沈黙を強いられている)。
http://www.mars.dti.ne.jp/~techno/hihan/tugaru1.htm

647日本@名無史さん:2007/05/10(木) 10:54:49
>644
支持者が自分で「取り巻き」という言葉を使った時点で
学問研究としてはどうか、と思う。
648日本@名無史さん:2007/05/10(木) 15:10:28
>636
>古田史学について語るなら、親鸞研究とか
現在の古田史学において親鸞と和田家文書はもはや不可分のテーマ
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/sinkodai1/furuta03.html
http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/cat6963771/index.html
649日本@名無史さん:2007/05/10(木) 19:18:14
>>647のような、どうでもよい論議から成り立っているのが、古田攻撃の特徴です。
650日本@名無史さん:2007/05/10(木) 20:19:45
そうか。
東日流まで信じてしまう狂信者。
九州王朝は信じるけど、さすがに東日流はと言う、通常信者
多元史観と言う発想はいいけど、九州に王朝かよ、
と言う「エセ信者」

がいるわけね。

まあ近畿天皇家一元史観を打破したのは認めるな。
651日本@名無史さん:2007/05/10(木) 20:23:31
[東日流まで信じてしまう狂信者]
・・・一冊だけみたいなお子ちゃま議論にはもううんざり。
652日本@名無史さん:2007/05/10(木) 23:03:20
筑紫帝国の征夷大将軍カムヤマトイワレヒコの開いたヤマト幕府の将軍家、なんでしょ?
んで公武合体で系図ごちゃまぜにして新しい歴史教科書を作ったって聞いたよ。不比等が。
653日本@名無史さん:2007/05/10(木) 23:45:55
>>650
おらぁ、通常信者だべ。
654日本@名無史さん:2007/05/11(金) 07:23:09
>>651
いっぱいあるから本物だよって論法にはもっとうんざりだがな。
本物主張したきゃ偽物と本物の選別くらいしてからのほうがいいんじゃない?
655日本@名無史さん:2007/05/11(金) 13:01:40
>>654みたいな「脳内信者」叩きが多いのがアンチ古田の特徴だな。
いっぱいあるから本物だなどと誰も言ってない。
量からして一人二人で偽造するのは困難だから、「詐欺師」が関わってるからとか内容が胡散臭いから
というだけで偽書認定するのはまずいだろ、と言っている。
何の論証もなく「詐欺師の筆跡とまったく同じ」とか公言してる狂人のほうがよほどうんざりだ。

656日本@名無史さん:2007/05/11(金) 13:24:18
だって筆跡がおんなじなんだもん。
真書派の言い分を逆手にとれば、筆跡が同じじゃない客観的証拠を出してよ、ということになる。
657日本@名無史さん:2007/05/11(金) 13:35:06
>>655
だから論証させてくれと。
なーんで公開できねえんだ?と。
学説なんてものはこの前提が成立しないなら
この説も成立しない、という因果を理解した上で立てるわけだが
古田説っていうのは前提丸呑みから始まる。まともに相手してくれって方が無理
658日本@名無史さん:2007/05/11(金) 14:30:22
そのままいっぱいあるから本物とは言わなくても、
本物をピックアップできないのに、これだけあるから本物も混ざってるって言ってるんだから同じことだろw

昔、ミステリーサークルの作成者が名乗ったときも同じようなこと言ってた信者がいたっけな。
「一部は人間が作ったかもしれないが、
 これだけのサークルのすべてを人間が作ったとは考えられない。
 だから、中にはきっと宇宙人が作ったものもあるはずだ!」ってね。
流石に最近は見かけないけど、三郡誌信者も同じような運命をたどるのかな。
659日本@名無史さん:2007/05/11(金) 17:33:42
はずだじゃなくて、「全部偽書だと断定するのは無理だ」といってるんだが。
論理のすり替えで成り立っている偽書論はもう秋田。
660日本@名無史さん:2007/05/11(金) 18:14:37
>>656
筆跡が一致するから偽書。証拠は>>656が確認したから、または真書派が不一致の証拠を出さないから。
>>657
古田が原本を隠し持っているから論証不能。

・・・どうして両立するのか、誰か説明してくれないか?
661日本@名無史さん:2007/05/11(金) 18:37:56
筆跡が同じだというのは原田が言ってることで、
電子出版されれば自ずと分かるよ。
真書派ももう自暴自棄なんだろうね。
筆跡なんて水掛け論的な所もあるから、
似てるが違う、で押し通しちゃえってことだろうな。
662日本@名無史さん:2007/05/11(金) 19:41:47
>660
「偽書派」などというものがあると思うな。
信者の考え方は一枚板かも知れないが
それ以外の人の考え方は千差万別なんだ。
663日本@名無史さん:2007/05/11(金) 20:17:07
『日韓同祖論』という妄説がある。
学問的な根拠がまったくない、まさに妄説であり、狂説である。
 日本人と韓国人が、何の関係もない別種の民族であることは、両民族の言語を分析すれば
すぐに理解できる。

 【日本語】 【韓国語】
 空(そら)→ ハヌル
 稲(いね)→ ビョ
 米(こめ)→ サル
 家(いえ)→ チプ

★米について
 韓国人は、「古代韓国(そんな国は存在しないが)から弥生人(韓国人は古代韓国人だと主張)が日本列島に移住して、
古代ヤマトを建国した。稲作も韓国人が日本列島の原住民(日本人の意味)に教えた」と主張するのだが、
そんなことはありえないのである。
 なぜなら、日本語と韓国語では、『稲』『米』の呼称がまったく違うからである。
 日本語では、稲は「いね」であるが、韓国語では「ビョ」である。日本語では、米は「こめ」であるが、韓国語では「サル」である。
本当に、古代日本列島に韓国人が移住し、稲作を伝えたのなら、日本語と韓国語で『稲』『米』が同じ呼称でないのはおかしいのである。

日本語と韓国語◆その違い
http://cgi.members.interq.or.jp/asia/showashi/cgi-bin/trees.cgi?tw=&log=&search=&mode=&v=1542&e=res&lp=1488&st=0

井沢はバカ。古代史を知らない。
http://www.kase-hideaki.co.jp/k005/trees.cgi?log=&v=1056&e=res&lp=1056&st=0
664日本@名無史さん:2007/05/11(金) 20:21:48
信頼度が月刊ムー以下の原田実が
「完全に同じ筆跡です」と断定してること自体が
まったく信用できないんですが。
665日本@名無史さん:2007/05/11(金) 21:00:52
反対意見の人が信用できないからといって、史料の信頼性が高まるわけじゃないんだけどな。
666日本@名無史さん:2007/05/11(金) 22:16:29
東日流が下手な詐欺の産物はいいとして、
問題は古田さんが詐欺と気づいているのか
それとも本物のトンデモさんなのか、だ。
出来れば後者であって欲しい。
667日本@名無史さん:2007/05/12(土) 00:02:55
ところで電子出版される寛政原本って、無論、影印版の画像データなんだろうな。
活字に起こしたもののみなら、お話にならないよ。
668日本@名無史さん:2007/05/12(土) 02:09:18
>>659
はずでなないけど無理って、
すり替えの代わりに小学生の言葉遊びのレベルに落ちてどうする。

本物として出せるものを抽出できない限り、資料として扱われるレベルには決して達しない。
偽書でなければ落書きか雑文ってところがせいぜいだな。
669日本@名無史さん:2007/05/12(土) 08:07:50
>659
>668
15年もの間、信者を待たせ、批判者にせっつかれ続けて
ようやく「本物」として抽出した寛政原本が
あっさり玉砕するようでは他は推して知るべし。

670日本@名無史さん:2007/05/12(土) 13:49:54
あっさり玉砕・・・原田がいくらワメいても、信用できないだろw
671日本@名無史さん:2007/05/12(土) 15:54:36
原本、完全偽書って証明されたら
「それはレプリカだ、原本の写本だ」とかいろいろ言うんだろなあ。

一番怖いのが「原本」とやらが
和田某の筆跡ではないことのほうだ。

つまり和田が主犯ではない原本のほうが、嫌だ。
672日本@名無史さん:2007/05/12(土) 21:51:37
レプリカは、安本がホテルから理由も告げず強奪したからだろ。
事情を考えてしゃべったらどうだ?
673日本@名無史さん:2007/05/12(土) 22:08:17
>672
皆、事情がわかっているからレプリカ云々の話をしているんですが。
630でもう指摘済みでしょ。
674日本@名無史さん:2007/05/12(土) 22:10:14
未だにホテルのは本物だったと安本が言っている件について
675日本@名無史さん:2007/05/12(土) 22:19:31
>>674
だから“レプリカ”なんぞじゃなくて、『本物のニセモノ(偽古文書)』だったってことだ。
676日本@名無史さん:2007/05/12(土) 22:35:13
安本が未だに、自分がレプリカを鑑定したことを否定している件について
677日本@名無史さん:2007/05/13(日) 03:40:21
>>676

そりゃレプリカの作成方法についての和田喜八郎の説明がデタラメだったからだ。
「レプリカなんぞと苦し紛れの言い訳はやめて、最初から『偽物』を作成したことを
認めろ」ということだよ。
678元ファンだったのに:2007/05/13(日) 07:04:43
何度でもくりかえす。

本物の原本なんてない。
「偽物のレプリカ」と「偽原本」ならいくらでもある。

原本が出たなら、写真でも
「レプリカ」でもなく、その「原本」自体を昭和薬科ではなく、
しかるべき機関に預けて調べてもらえばいい。

紙と墨の質、筆跡、用語その他で
「作者不明だが、寛政時代に書かれたもの」と証明してくれたら、
全面降伏してやるよ。
それこそ重要文化財に指定してもらえばいい。

実に簡単なことだ。
679日本@名無史さん:2007/05/13(日) 07:29:55
和田が「書写」した「昭和原本」には虫食いによる欠字が一切なかったそうだね。
「原本」は寛政の古文書なんだから、いくらかは虫食いがあってしかるべきなんだが。
680日本@名無史さん:2007/05/13(日) 07:48:48
>>679
それは気づかなかったw
確かに他の古文書とかが発見されたケースだと、欠損のために判読不可って箇所がチョコチョコあるしな。
681日本@名無史さん:2007/05/13(日) 08:03:31
正確には、原本は虫食いでボロボロだったそうだが、
それを和田が「書写」した「昭和原本」にも、活字にして出版されたものにも、
虫食い欠字はなかったということです。
682日本@名無史さん:2007/05/14(月) 01:09:25
福沢諭吉の手紙の現物は末吉の時代ですでに虫食い被害にあっていたってことになってるくらい、
虫が大暴れしてるにも拘らず、
多数の原本を書写されるまでは虫食いの被害にあわなかったってのは実に不思議だな。
683日本@名無史さん:2007/05/14(月) 01:29:14
スゲーな。
虫食い=ボロボロ=判読不可能・・・妄想で勝手に判断しちゃったワケね。
684日本@名無史さん:2007/05/14(月) 02:25:45
どんな無理やりな理屈で説明してくれるか楽しみにしてるのに、
必死で強がってるだけじゃ面白くないな。

やり直し!
685日本@名無史さん:2007/05/14(月) 15:19:11
「原本」とかいって複数の写本をひとくくりにする。
  ↓
その中で比較的新しい写本を「古いものではない」と(当たり前の)鑑定?をする。
  ↓
写本は古書を写したものだから、論証せずとも内容は同一のはずだ。(同一でなかったら偽作)
  ↓
よって寛政原本=平成原本であることは明らかである

この手法って誰かさんが三国志と後漢書のどちらが古いか?の論証?のときに使った手だね。やっぱりお気楽な「学問」だなあ。
686日本@名無史さん:2007/05/14(月) 17:32:42
そういう、全てを調べ了えてからじゃないと物事を言っちゃならぬ、
のようなのは一見「学問的」なようでも、実は学問とはほど遠い態度というか方法論。
「トンデモさん」が反駁できなくなるとその論法を持ち出すケースが多い。
687日本@名無史さん:2007/05/14(月) 17:46:09
と、何も調べない人が論理のすり替えをしております
688日本@名無史さん:2007/05/14(月) 20:26:22
おまいら冷たすぎ!

今は解脱しても一時は多少は古田ファンだったんだろ?

もう信者は放置、つうか自業自得なんだから勝手に社会的に自滅させて、
古田老だけでも、救えないかなあ。
このままじゃ、あまりにも哀れだ。

狂信的な信者の犠牲者と言う形で納める、とか。
689日本@名無史さん:2007/05/15(火) 10:38:15
気持ちは判るがいまさら手遅れだろ。

仮に古田が三郡誌を捨てたとしても、
過去の支持者が戻るわけでもないし、今の信者が去って取り残されるだけ。
今じゃ教授の肩書きもないし、
新しい研究に取り組むには年をとりすぎているし、
過去の研究を継続するには三郡誌のトンデモイメージが強く付きすぎた。
そして何より、当の本人が和田と添い遂げることを望んでるんだし。

このまま信者にマンセーされたまま逝くのが一番幸せなんじゃないかな。
690日本@名無史さん:2007/05/15(火) 11:03:59
結局、古田氏の研究方法の欠点がこーゆー結果になったんだろ。
その欠点を内在してる限り、いずれはこんな事態になる運命だったと思うぞ(ミッドウェーみたいなモン)。

で、欠点てのは安本氏とかも指摘してるように、
古田氏の論法は既存の説の矛盾点をつき、その矛盾点を解消するような新説を立てる方法。
しかし、その新説を「積極的」に立証できるような文献とかはほとんど無い。
数学じゃないんだから「背理法」なんて使えんよ。

んで「三郡誌」は自説を立証できるような希少な文献だから、思わず飛び付いちゃった・・・
691日本@名無史さん:2007/05/15(火) 11:47:16
思わず飛び付いちゃっても、真書は真書、偽書は偽書で区別するだけ。
古田にとって簡単な話。
692日本@名無史さん:2007/05/15(火) 11:58:40
信者に囲まれて物事を客観視できなっちゃったんで、
その簡単な話も出来なくなったってのが落としどころかな。

確かにそう考えると哀れだよなぁ。
693日本@名無史さん:2007/05/15(火) 14:38:51
>んで「三郡誌」は自説を立証できるような希少な文献だから、思わず飛び付いちゃった

今時こんなことをいうのは安本の取り巻きにもいないのに…
694日本@名無史さん:2007/05/15(火) 22:09:36
しかしまあ、なんだな。
一元史観のアカデミズムに反旗を翻すことを掲げながら、学界に認めてもらうことを渇望していた古田氏と、
抑圧され続けてきた東北の歴史を前面に出しながら偽書を作り続けたくせに、自分は中野学校出身だの
皇宮警察出身だのとほらを吹き続け、マスコミには嬉々として露出していた喜八郎。

なんか“似たもの同士”だよな。
695日本@名無史さん:2007/05/15(火) 22:20:55
学会になんとか潜り込みたいのは、原田と安田だろw
696日本@名無史さん:2007/05/15(火) 22:48:56
> 皇宮警察出身だのとほらを吹き続け、

それで警察OB会に潜り込んだはいいけど、
その会合でかつて詐欺罪で逮捕されたときの
刑事に出くわしちゃって、すごすご逃げ帰った
てんだから、この人の行動ってほんとマンガだよな。
697日本@名無史さん:2007/05/15(火) 22:57:47
和田・原田・安本・・・

         どいつもゴミだな
698日本@名無史さん:2007/05/15(火) 23:34:10
>>696
ほんとほんと。
「史上最大の偽書事件」の中心人物なのにな(笑)
699日本@名無史さん:2007/05/16(水) 08:47:43
>>698
史上最大と言うほどでもなかった気ガス。
今騒いでるのは古田周辺と自称「トンデモウォッチャー」たちだけで
社会に与えた影響力でいえば竹内文書の足下にも及ばない。

>>686
>そういう、全てを調べ了えてからじゃないと物事を言っちゃならぬ、
>のようなのは一見「学問的」なようでも、実は学問とはほど遠い態度というか方法論。
史学を科学として位置づける気がないならそう思っててもいいけどな。
似非社会科学として名高い民俗学さえ今や柳田国男の方法論から非客観的なところを
捨て去る方向で動いている。そもそも客観という言葉は西洋科学の概念。
「学問的」なる言葉がそれを指すならおまいはアフォだ。

今のままだともし万が一三郡誌の正当性が後世認められるようなことがあったとして
その研究が進まなかったA級戦犯は間違いなく古田ということになる。
700日本@名無史さん:2007/05/16(水) 11:29:14
>>699
誰にとって「史上最大」なのか、騒動が一般人に浸透することによって誰が得するのか、よく考えてみよう。

>その研究が進まなかったA級戦犯は間違いなく古田ということになる
意味不明。kwsk
701日本@名無史さん:2007/05/16(水) 11:47:56
>>700
釣りでもなんでもなく、素直に言わせてもらう。

つ「とりあえずベンキョしてきな。」
702日本@名無史さん:2007/05/16(水) 12:33:00
ヤクルトも最下位だしな。
703日本@名無史さん:2007/05/16(水) 12:58:30
古田のコバンザメを決め込んだ

 和田・原田・安本は ゴミ
704日本@名無史さん:2007/05/16(水) 14:14:45
>703
>和田・原田・安本は ゴミ
いや、それをいうならゴミにたかるハエというべきでしょ。
705日本@名無史さん:2007/05/16(水) 14:18:37
古田は業界の肥やしになってるな。それにたかったハエか、なるほど。
706日本@名無史さん:2007/05/16(水) 14:30:28
>>699
戦前「竹内文献」の批判論文を書いた加納亨吉がその中で曰く
「わずかしか見ないで何が分かるかという批判は甘受するが、
命を取るには一個の致命傷で事足りる」(大意)
707日本@名無史さん:2007/05/16(水) 14:32:01

訂正
加納亨吉→狩野亨吉
708日本@名無史さん:2007/05/16(水) 15:49:27
>>706
反証なら矛盾点ひとつ挙げればことたりるのは当然。
反証なら、だぞオイ
709日本@名無史さん:2007/05/16(水) 15:55:52
>>706
人によっては妄想致命傷だったりするわけだが。
例えば安本美典。
710日本@名無史さん:2007/05/16(水) 16:42:51
711日本@名無史さん:2007/05/16(水) 17:47:36
致命傷受けて死んでるのに、自分が気付いてない場合も時としてある。
それはもはや亡霊であって、現実のものとしては扱われなくなる。
712日本@名無史さん:2007/05/16(水) 19:39:42
>このまま信者にマンセーされたまま逝くのが一番幸せなんじゃないかな

批判を続けている安本先生、原田氏は
相手にしているだけまだ「同情派」と言うことか。
他のマトモな研究者は、口に出すのも汚らわしい、てな態度だからな。

まあ、確かにご本人は信者と妄想の中で、一生をまっとうするのが幸せか。
でも氏なきあと、きっと信者の一部がクソミソに貶しはじめるぞ。
713日本@名無史さん:2007/05/16(水) 20:48:28
『日本の謎と不思議大全』
http://www.amazon.co.jp/gp/reader/4795919860/
http://www.amazon.co.jp/gp/reader/4795919879/
古田史学リスペクトの項目多数。
まだまだ需要はあるぞ!!
714日本@名無史さん:2007/05/17(木) 05:39:13
「古田だから信じる」「原田だからダメ」と
言ってる時点で終わってるわけだが。
古田が大嫌いだった学閥そのものじゃん。
715日本@名無史さん:2007/05/17(木) 12:35:22
ていうか、古田ファンは常に古田批判をし続けてるわけだが
716日本@名無史さん:2007/05/17(木) 13:02:19
>古田ファンは常に古田批判をし続けてるわけだが

なるほど、そうすると原田は古田ファンの筆頭だな。
717日本@名無史さん:2007/05/17(木) 13:07:21
いや、古田否定の筆頭安本から買収された似非学者だから、ファンじゃない。
718日本@名無史さん:2007/05/17(木) 13:38:47
>>715
古田史学の会の精神としてそういうお題目があることは承知なんだが
その結果がこれかい?
三郡誌の正当性を証明する、なんて論文を
古田史学サイドの人間がいくつか書いてたが
三郡誌の正当性を前提にした上で論を展開して
ケツロンに三郡誌は正しい、とする正しくエセばかりだった。

古田のナニを批判してきたの?具体例を挙げて欲しいもんだわ
719日本@名無史さん:2007/05/17(木) 13:59:49
ていうか、718も古田ファン。
720718:2007/05/17(木) 14:07:40
とーぜん。だから似非ファンにゃ腹が立つ。
で、どうなのよ?
721日本@名無史さん:2007/05/17(木) 14:29:09
古田の思いつき論に整合性・検証性が弱すぎる点は、ファンから非難ごうごうだ。
言素論なんか相当批判があるだろ。俺も何回となく、食って掛かったぞ。
722日本@名無史さん:2007/05/17(木) 16:57:24
古田批判をし続けた挙句が>>646ってんじゃ悪い冗談にもならんわけだが。
723日本@名無史さん:2007/05/17(木) 17:56:48
ところでこの間の講演会で古田先生が爆弾発表!!
今年の秋の東本願寺法要で古田先生が
記念講演会を行うことが決定したそうだ。
そこで和田家文書の中の親鸞史料について発表される予定とのこと。
どうだ、和田家文書は東本願寺と大谷大学のお墨付きをいただいたんだぞ
724日本@名無史さん:2007/05/17(木) 18:01:36
どうでもいいけど、原田実氏の母校は龍谷大学(大谷大学と同じく真宗系)ですね。
因縁めいたものを感じますね。
725日本@名無史さん:2007/05/17(木) 18:34:03
 そりゃまあ、昔から大きな法要には怪しげな見世物は付き物だから。
726日本@名無史さん:2007/05/17(木) 21:21:10
>>723
そりゃマジか?
またひと波乱ありそうな悪寒だな
727日本@名無史さん:2007/05/18(金) 00:42:41
>>726
そうかな?大谷大学と東本願寺教学研究所には恥をかかされたと
思う人も出るかもしれんが、もともとお東さんは実証性よりも
イデオロギー優先の近代就学だから宗門的には無問題で
スルーってことになるんじゃないかな。
728日本@名無史さん:2007/05/18(金) 01:05:24
お東さんは実証性でも近代就学でもどうでもいいから
まず明治以来4代続くDQNの家系をどうにかしろよと
729日本@名無史さん:2007/05/18(金) 01:12:08
>>723
>どうだ、和田家文書は東本願寺と大谷大学のお墨付きをいただいたんだぞ

こういうこと言ってるから信者とか宗教とか言われるんであってだな…
730日本@名無史さん:2007/05/18(金) 02:35:40
原田実が龍谷大学を出て、まず就職したのはDQN出版社だった件について
731日本@名無史さん:2007/05/18(金) 02:47:59
相変わらず、どうでもいいことにしか噛み付けないなw
732日本@名無史さん:2007/05/18(金) 03:15:02
東本願寺と西本願寺って、昔から仲が悪いからなあ。
(主導権争いで割れて東西分裂と思っても大きな間違いじゃない)

本願寺派と大谷派の争い。
それぞれの系列の大学どうしも、それなりに仲が悪いのかね? ←これは知らんな。
が、龍谷出の原田と、その批判相手である古田を大谷大学で支援となりゃ、
「代理戦争の様相」とも言えそうだな。
733日本@名無史さん:2007/05/18(金) 03:38:51
原田実が龍谷大学を出て、まず就職した出版社から『東日流外三郡誌』が発行され
その出版社を原田実が退職している利害関係について
734日本@名無史さん:2007/05/18(金) 04:10:43
三郡誌問題はともかく、多元史観はもっと検討されなきゃならない。
たとえば、稲荷山古墳鉄剣銘文を雄略天皇に無理やりこじつける通説よりも、
大和王朝とは別に関東地方に独立して存在していた王朝の王のことだ、
とした古田説の方が自然な解釈に思われる。
735日本@名無史さん:2007/05/18(金) 06:07:20
>古田ファンは常に古田批判をし続けてるわけだが


原田氏も同じだと思うけど、
最初はユニークな研究に憧れてた。
「九州王朝」とか言い出した頃から、なんかアヤしいもの感じ出して
「東日流」で完全に見放す。
一時は反動で憎らしかったけどね
今の情況見てると、哀れと言うか気の毒と言うか。

せめて生きているうちに、「東日流」だけでも否定して欲しい。

神話再評価とか多元史観とか、いいこともやってるのだし。
736太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/18(金) 07:19:07
系譜の数が合理的にしてオオビコにたどり着くから、無理なるこじつけではない。
737日本@名無史さん:2007/05/18(金) 10:24:09
原田実のミクシイでのニックネーム(自称)における開き直りについて
738日本@名無史さん:2007/05/18(金) 15:24:12
>>734
そういうことをもっと「きちんとした方法論で」やってくれれば
なーんも問題なかったんだがな。
こっちの解釈の方が自然、てだけでは弱いわけ。
弱いと言われて逆ギレすっからいけねえんだ。
739日本@名無史さん:2007/05/18(金) 15:45:27
>>738
弱いのはあの銘文見て「ワカタケル」と書いてある、と断言してはばからないアタマの中身
740日本@名無史さん:2007/05/18(金) 16:07:24
>>739

同意。
味噌も糞も天皇に当てはめちぇえば解決という、
超低レベルな大馬鹿学会には、素人も大爆笑。
741日本@名無史さん:2007/05/18(金) 16:11:33
>>739みたいな子供の喧嘩レベルに話が堕さないためにこその
根拠であり前提であり論理であるわけだが…。
「お話にならない」状況をつくってるのは古田サイドのやり方だという
いい事例だな。
742太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/18(金) 20:40:19
大彦からの系譜の代は合理性がある。雄略天皇よ。
743日本@名無史さん:2007/05/18(金) 21:23:27
古田先生は騙された被害者。
信者は和田某の共同正犯でおっけぇ?
744九州王朝説批判者:2007/05/18(金) 22:53:17
 こんにちは。「九州王朝説批判」の著者です。
 そんな私でも稲荷山古墳鉄剣銘文の解読についていえば、古田氏の解読の方がはるかにマシだと思います。
 それでもこの件に関して古田氏の主張がトンデモ扱いされるのは、おそらく考古学的な状況に反するからでしょう、多分。
 私はこのあたりの考古学的な知識が無いので、どっちが正当かわかりませんが、考古学は棚上げして、こと稲荷山古墳鉄剣銘文の解読だけに議論を限定すれば、通説の解読は論理的に学説の体を成していないと思います。
745日本@名無史さん:2007/05/18(金) 23:41:22
>>744さんに同意。
(古田九州王朝説に私はほぼ賛成しているが)

太国さんが、ここで独自の神学持ち出しても、対話にならないでしょう。
746日本@名無史さん:2007/05/19(土) 00:53:53
>>743
教祖が信者に罪をおっかぶせてどうする。それこそ○ウ○真理教じゃねーか。
747日本@名無史さん:2007/05/19(土) 05:58:19
九州王朝を信じるものこそ、和田某を大いに非難すべきだろう。
九州王朝説の最大のガンが、「東日流外道三郡史」なのに。
748太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/19(土) 06:43:33
>>745

>>742の件は神学とはあまり関係ないでしょう。

あえて佛学で行けば

[文証] 記紀にワカタケルの御名がある。
[現証] 現物たる稲荷山鉄剣が出土してその銘文に同名と言える文字がある。
[理証] 鉄剣のワカタケルのから遡っての系譜で、数代前の位置にオオビコ
    の御名があり、その代数学は合理性ある数字で記紀とほぼ一致する。

さらに編者ら「略」したかっただろうワカタケルの横暴の不名誉が記紀に略さず
勇断を試みたかキチンと不利と観られる記述を隠匿せずに記述しているおり、
記紀の雄略の内容はイカサマとは考えにくい。

これら三証具足していることから、稲荷山鉄剣の銘文の文字は雄略天皇と観て
間違いないとするのが相当である。
749日本@名無史さん:2007/05/19(土) 09:10:23
太国さん、[現証]だけは思い込みですよ。
どうひっくり返しても「ワカタケル」は無理やりです。
太国さんを「すずきさん」「たなかさん」と読むようなもの。

>[現証] 現物たる稲荷山鉄剣が出土してその銘文に同名と言える文字がある。
750太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/19(土) 09:24:39
オオビコへの系譜の件がなければ君のいうとおりで、関西に雄略がいて
関東に同名の大王がいたことは一応考えられるが、オオビコまで関東に
いたと仮定でのワカタケルの系譜が代数までほぼ一致するということは
考えにくい。確かに鈴木さんはたくさんいるが、銘文特出のオオビコの
系譜の代までも合致しているとすれば、この名は雄略と考えていい。

君の主張に順ずると、倭の五王の武王が幼武尊だとは言うまい。それは
当然だ。ほかの四王はこのような名の一致がなく違えているんだだし、
五王は当時の天皇ではないし武王は雄略ではない。

それでも稲荷山鉄剣の銘文を雄略でないと主張するんなら、それは君の
説の崩壊がどこかにあって困るから防御のため否定ための否定に傾くもの
で、君の古代史の論説に間違いがあるのに強いて改めたくない、君の希望
での強い吐露にすぎない。
751日本@名無史さん:2007/05/19(土) 09:54:53
弥生式土器に、ある文字が書いてあったとして、
それをアレキサンダー大王と読むひとはいない。
同じ意味で、ワカタケルと読むわけにはいかない。
752太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/19(土) 09:59:02
じゃぁなんと読むのか? バカダマロ か〜?www PUPU !
753日本@名無史さん:2007/05/19(土) 10:12:21
それより「太国」さんって何て読むんですか?
ワカタケルですか、デブクニですか?
754太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/19(土) 10:18:47
もっとましな質問をしろ。君は無地名か?ww
755日本@名無史さん:2007/05/19(土) 10:19:54
熊本県の江田船山古墳から発掘された大刀の銘に「獲□□□鹵大王」と読める
文字が記されていて、これもワカタケル=雄略天皇のことだとされているが、
決定打には欠けるな。
756日本@名無史さん:2007/05/19(土) 10:21:12
やっぱりデブクニですか、ブタクニですか?
757日本@名無史さん:2007/05/19(土) 10:35:02
たった数日で一気にスレが腐ったな・・・
758太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/19(土) 10:53:48
>>756
無字名くんも狐手版つけろや。w
759日本@名無史さん:2007/05/19(土) 16:00:19
前にも書いたが、古田説の最大の弱点。
通説の矛盾点を突っつくだけで、自説を積極的に支持する文献に乏しい。

関東にワカタケルでもカタシロでもどっちでもいいが、
そんな名前の大王が居たという他の記録があるんかい?
478年に上表文送ってる雄略が、471年に大王なってたかと言う疑問もあるが、
他になーんの記録にも載ってない関東の大王サンを持ち出すより、30倍はマシ。
760日本@名無史さん:2007/05/19(土) 16:18:35
記録ってたら雄略だって記紀と宋書(倭王の上奏文)にしかなく、
そして、九州王朝説でいけば倭王武は九州の王。
記紀には捏造があるというのも常識だし。
だから、その程度の「記録」をもって雄略天皇だとは
断定できないのですよ。
761太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/19(土) 16:34:03
武王は雄略天皇にあらず。
762日本@名無史さん:2007/05/19(土) 16:49:12
もちろん雄略天皇と「断定」はできない事に、異存は無い。
でも関東の大王サンには、「その程度の記録」のカケラも無いと言ってるの。
763日本@名無史さん:2007/05/19(土) 16:51:26
>>761
あれっ?太国さん、正解です。
武王は熊本県菊池の九州王朝の王。
764太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/19(土) 18:44:59
>>762
雄略天皇は狭義では関西の大王だろうが。ただ鉄剣が関東に来てても可動性の
ものだからその位の移動はあるだろうが。それに何と言ってもオオビコまでの
系譜の合理性が雄略天皇であると観ておかしくはない。

単に名だけなら同名で別人との論も言えるが、ここまで理証がそろえば
雄略と観るべきである。
765九州王朝説批判者:2007/05/19(土) 18:53:56
 「オホヒコ」とか「ワカタケル」という人名は、王家の人名としてはありふれたものであり、これが記紀のいう「オホヒコ」と「ワカタケ」だというのは弱い気がします。
 それより、古田氏が指摘する、鉄剣の持ち主が「佐治天下」と、名目上の王であることを意味する文面を書いている、という事実の指摘は通説批判として無視できない説得力を感じます。
 やはり、文献上だけの話としては、通説は「無理やり記紀に合わせている」というニオイがして私は説得力を感じません。
 それよりも、考古学的に、この、「北関東文化圏」を成している(?)地域が、倭王武の上表文のいう「東征毛人、五十五國」の中に入っているかどうか、その考古学的見解をきちんと説明することの方が学問的な態度であると思います。
766九州王朝説批判者:2007/05/19(土) 18:54:57
誤)名目上の王
正)実質的な王
767太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/19(土) 19:05:05
>>765
名前だけじゃないだろう。代数も合理的になっている。そこが理証だよ。
雄略の名前が合っていてしかもオオビコの名も記紀にある。そしてここで大事
なのは、遡る代数もほぼ合っているという点だ。別人ならそんなところまでは
合うなんて滅多に起こりにくいだろうが。

それでも否定するんならば、君の論が崩れるから都合悪いんで否定のための
否定なわけさ。それを無理にやっていても、結局間違いということは変化
しない。早急に論の誤りを探しやりなおしをしたほうがいいぜ。
768日本@名無史さん:2007/05/19(土) 22:05:22
誰か太国さんに、長久手で立て篭もらないよう、説得してください。
769九州王朝説批判者:2007/05/19(土) 22:35:44
>それでも否定するんならば

 いや、私は否定なんかしてないです。ただ、証明になってないなぁ、と思ってるだけです。「佐治天下」の説明もできてないですし。
 記紀の系譜自体が色々な観点から疑われているわけですし。
 そんな論法でよしとするからこそ、九州王朝説論者に付け込まれるんだけどなあ、と思うだけです。

 私が納得する古田説批判というのは、この場合で言えば、例えば「稲荷山古墳は、考古学的に倭王武の時点で畿内政権の版図に取り込まれていたはずなので、稲荷山古墳近辺に独立王権が存在したはうがない」といったような論法です。
770太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/19(土) 23:20:07
>>769
証明になってるよ。君のいうのは完全パーフェクトな証明なん
だろう? そこまで要求するんならどんな古代史の説でも否定
は可能だよ。君は競馬でいえば万馬券を強調してるだけのことでは
ないか?刑事裁判なら確かにもっと完璧でなければ駄目だろうが、
古代史の証明ならば自論の展開に自信をもてるくらい確かであれば
それでいい。民事と刑事では証拠云々も前者がうるさい。君はそれ
だろ?w

それ以上厳格な証明を要求する奴は、先のとおり奴の
論説がそれでお陀仏になるから厳格さをうるさく君のよう
に言って来るわけだ。そいつらの論は競馬の万勝を得るように困難
なのに、なかなかどうして改めようとはしないわけさ。
だがもう破綻は見え見えだよ、あの銘文はどう転んでも慢馬剣を
当てられないほど少数の文字だが合理性が揺らぎそうもない。
そんな確率の低くなった可能性を君はえらく強調してるが、無駄な
労力だな。それでだ、左治天下がどうした?

明日聴いてやる。zzzzzzzzzzzzzzzzz・・・・・・・・・
771太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/19(土) 23:24:27
>>770 訂正

○ 後者(刑事)がうるさい
772日本@名無史さん:2007/05/19(土) 23:26:37
>>769
証明?5世紀の話に絶対を求めてるわけ?どの程度妥当かを追求するしか無いと思うが。

>記紀の系譜自体が色々な観点から疑われているわけですし
だから関東の大王の名前とかが書いてある「文献の破片」でもあるの?
存在しない物は、そりゃ疑われんわな。

>「佐治天下」
別にフツーに、天下を治めるのを佐ける、と考えても不都合あるの?

自分が納得する通説批判というのは、「稲荷山古墳は、考古学的に5世紀の時点で独立王権が存在していたはずなので、
その近辺が機内政権の版図に取り込まれていたはずがない」と言ったような論法です。
773日本@名無史さん:2007/05/19(土) 23:27:46
>>768
太国は知らんが、そういう不謹慎な煽りはやめれ
774日本@名無史さん:2007/05/20(日) 00:54:32
鉄剣以外にも、様々な文物の往来・交流の跡が考古学的に確認できているからこそ、
鉄剣の銘文の人物がワカタケルではないかと提案され、多くの賛同があったんだろ。

そういう交流の痕跡が乏しかったら、ワカタケルという読みが提案されても、
一笑に付されるだけで終わってたよ。

ちなみに、関東地方で特にヤマト地方との交流が密だったのは、
伊豆半島や房総半島(後の安房国)と、少し遅れて、上野の一部ぐらいだったはず。
775九州王朝説批判者:2007/05/20(日) 06:45:59
>>772さんの

>だから関東の大王の名前とかが書いてある「文献の破片」でもあるの?

のような反論は、「九州王朝説」に対する通説側の批判でよく目にしました。
「九州王朝について書かれた文献があるの?」ってヤツです。
 でも、そういう批判は批判として説得性を欠きます。
 なぜなら九州王朝側の主張は「記紀には九州王朝の存在は書かれていない。
九州王朝自身が書いた記録も現存しない。でも中国史書を良く見ろ。倭と日
本は別国だとか(旧唐書)、倭がずっと同一国であるように書かれていると
か(津軽海峡の論証)、記紀と中国史書の倭が全然合わないとかを見たら、
九州王朝の存在は明らかではないか。だから、九州王朝の記録が無いのは、
証拠隠滅されたからだ、という論理的帰結になるではないか。」というもの
だからです。
 だから私も、古田氏の九州王朝説が登場したとき、それに対する批判も十
分読んだ上で、やはり古田氏に軍配を上げていたのです。ただし自分で中国
の原典を調べ始めるまでは。
 で、九州王朝説がなぜダメだと思うに至ったかというと、その最大の根拠
が中国史書なんだから、中国史書をもっと立ち入って調べれば白黒はっきり
するわけで、実際色々調べてみると(専門家からすると調べるなんて書き方
は大げさでしょうが)、『通典』あり、『唐暦』あり、『唐会要』あり、更
には古田さんが引用していた同じ中国文献の中の別の箇所を読んだりすると、
明らかに九州王朝説を齟齬する記述がある。
 更に考古学的にも(鉄テイ問題、水城問題など)、九州が中心であったこ
とを否定する事実が明らかになってきている。
 ここに及んで私はやっと九州王朝説を捨てました。
 通説を主張する人は笑うかもしれませんが、ハッキリ言わせてもらうと、
この業界では、通説を主張する人でもツメが甘い人が多すぎる(「でも」と
書いたのは、今でも九州王朝説を主張する人についてはツメの甘さは言わず
もがなだからです)って感じです。
776九州王朝説批判者:2007/05/20(日) 06:58:22
>>「佐治天下」
>別にフツーに、天下を治めるのを佐ける、と考えても不都合あるの?

 ですから、「佐治天下」と言えば、名目上の王が幼少だったり女性だ
ったりして「実質的な」治天下ができないときの摂政関白のような立場
であることを意味する、っていう古田氏の指摘がありますので。
 それから「杖刀人主」もね。


>自分が納得する通説批判というのは、「稲荷山古墳は、考古学的に5世紀の時点で独立王権が存在していたはずなので、
その近辺が機内政権の版図に取り込まれていたはずがない」と言ったような論法です。

 私も全く同意見です。だから私も通説を別に批判なんかしていない。
通説も古田説もどっちも根拠不足だから、どちらも支持するには至らな
い、ってことです。


>774

>鉄剣以外にも、様々な文物の往来・交流の跡が考古学的に確認できているからこそ、
鉄剣の銘文の人物がワカタケルではないかと提案され、多くの賛同があったんだろ。

 私が期待するのは、まさにそういう観点からの説明ですね。ただ、「様
々な文物の往来・交流の跡」というだけじゃ、北関東における独立王権
の否定までは至らない(もちろん独立王権の存在証明もないでしょうが)。
もう少し突っ込んだ根拠が欲しい。
 例えば九州王朝説に反する考古学事実の指摘で言うならば、「5世紀
に倭王権が半島で戦争をしている最中に、当事者でないはずの畿内で鉄
を膨大に蓄積できている事実があり、畿内が戦争の当事者でなかったら
こんな膨大な鉄を入手できたはずがない、というような論法ですね。
777太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/20(日) 07:45:16
>>775
だって君はそのワカタケルが雄略だと思っていないんだから倭の五王も当時の
各天皇でない立場をとるんだろう? ほら、武の一文字しか雄略と合わない。
当然君ならば証拠不十分の典型で否定だな。イコールだとは言わんだろう?

ならばもう分かり切ったことではないか。畿内の天皇じゃなければ、倭の五王
は九州の各王だよ。となれば五人いたんだからもうこれは九州王朝の王だよ。
そうでないというなら天皇でもない、九州の王でもない、ならば関東の大王
だと主張するのか?ww もう自滅だぜ。

稲荷山鉄剣のワカタケルはオオビコへの系譜の代数の合理性からもう雄略天皇
だということは、よっぽどの反論資料がなければ成立は困難だよ。
それでも否定ならば、君の持ってる論のどこかがおかしいからで直そうとしない。
直さなくても君の自己満足の防衛に留まり、真ではないよ。早急に
変更すべきで、もう確定デタラメ論で、それこそ危険な慢馬剣の選択だぜ。
778日本@名無史さん:2007/05/20(日) 10:13:12
話の腰を折っちゃうけど、九州王朝説批判者さんの九州王朝否定論は、
ちょっと違うと思います。
ある時期、中国側が列島畿内政権側の政治的立場を呑んで「政治決着」したわけです。
つまり、畿内政権は九州王朝から連続した政体であって不可分のものである、という
畿内政権の大義名分を中国側が承認したわけです。しかしこれは事実ではない。
そのことがわからないと、旧唐書と新唐書の矛盾が解けないし、その後の中国側の
史書から九州王朝の片鱗が消えていく(倭寇にすりかえられていく)のがわからないのです。
779日本@名無史さん:2007/05/20(日) 10:55:41
結局「こういう流れとすればうまく説明がつく」と
「この文献にこう書いてある」だけで
みなが納得する結論を導き出すのは不可能、つーことだな。
前者は推理の域を出ないし
後者は出自を疑い出せばきりがないものばかり。

結局古代史は永遠にトンデモたちのなぐさみものだよ諦めな
780日本@名無史さん:2007/05/20(日) 11:30:07
>>779
まーぶっちゃけ、そうなるんだが

>後者(文献)は出自を疑い出せばきりがないものばかり。
疑いはあっても確として存在する「文献」の方が
「脳内産物」より30倍はマシ。
歴史学ってそんなもんだろ?高校の参考書の初めのあたりに書いてるじゃん。

>「こういう流れとすればうまく説明がつく」
古田説だと「一見」うまく説明が付くように見えるが、
それは自説に都合の悪い事は書いてないから(通説の都合の悪いトコだけ書く)。
「九州王朝の記録が無いのは証拠隠滅されたからだ」と言うが
九州あたりの一知識人がプライベートに記録するのまで、逐一チェックできるのか?
ある日、どっかの家の天井裏から落っこちてきても不思議はあるまい(笑)。
781日本@名無史さん:2007/05/20(日) 11:56:23
九州年号の問題があるな。
否定論者は、後世の偽作、で片づけて、あえて深く考えようとしない。
782日本@名無史さん:2007/05/20(日) 12:13:32
九州年号ねぇ・・・
九州王朝が「有ったとしたら」、確かにそう言うのも使ってたかもな。
でも、
日本各地に散らばる正体不明の年号を、九州王朝の物だとするのは、
イギリス各地に散らばる正体不明のサークルを、宇宙人の仕業と考えるような物。
まず初めに、宇宙人がいて地球に来てる事を証明しなければ、ただのおとぎ話。
783太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/20(日) 13:46:06
ミステリー・サークルと同一視すべきではないね。
784日本@名無史さん:2007/05/20(日) 14:21:20
ミステリーサークルとの比較なら、UFOやらプラズマやらに原因をを求めるより、
人為によるものとした方が自然な解釈であり、実際そうだった。
九州年号もこの考え方でいけば、わざわざ後世に偽作(何のために?)された
ものとするより、実際に九州王朝で使用されていたもの、と解釈するのが自然。
785日本@名無史さん:2007/05/20(日) 14:24:13
「九州王朝の記録が無いのは証拠隠滅されたからだ」

→もうこの時点で違うんだよ。
 畿内王権が九州王朝を引き継いだと勝手に言っただけ。
786日本@名無史さん:2007/05/20(日) 16:32:14
我が家が本当の天皇家なんだが、証拠が無い
抹消されたからな
787日本@名無史さん:2007/05/20(日) 17:34:24
いや、あなたは原田実が捏造した実在しない偽人だ。
だから天皇家じゃない。
788日本@名無史さん:2007/05/20(日) 20:39:19
んじゃ自分も。
北海道・樺太にはアイヌ王朝があった。鎌倉幕府でも手こずった元と
果敢に戦いを繰り広げることが出来たのは、強力な王権があったから。
でも記録が無いのは後に幕府に証拠隠滅されたからだ。

あとは四国か。確か伊予王朝説ってあるよな。
789日本@名無史さん:2007/05/20(日) 20:44:12
ダメだね。

少ない仮設で多くの事象を矛盾少なく説明できる仮説が真理に近いのだ。
790日本@名無史さん:2007/05/20(日) 21:25:35
東北王朝と五十歩百歩、目くそ鼻くそじゃん。
まあアイヌ王朝の方が、百歩or鼻くそなのは認めるが。
791太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/20(日) 21:26:08
>>781
都合の悪い資料とかはすぐ偽作との宣言で片付けて逃げてしまう。
なぜ偽作なのかはいい加減でその場限りの出まかせを言いながら
単に信用おけないとかいろいろ糊塗をしながら葬り去ろうとして、
合理性があっても受け入れようとしない。

かような典型としては逃亡中のグルタンなんかそれだな。
792太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/20(日) 21:43:16
なぜ偽作なのかということを具体的論拠をあげず、また他人の出ま
かせの偽作の語に追随して理由不十分で葬り去ろうとする。

なぜか勝手に「信用おけない」とかを言い出してその理由を問えば、
抽象的なその場限りの抽象的即興の言動を出してトボケながら自説
を強調していい加減にあしらい受け入れようとはしない。

それの得意なのがグルタン。
793日本@名無史さん:2007/05/20(日) 23:09:12
>>791-792

う〜ん太国さん、なかなか冴えてますね。まったく同感!
794太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/20(日) 23:09:14
稲荷山鉄剣の銘文の辛亥年は471年だそうであるが、余もこれを
肯定している。倍暦計算から471年は雄略天皇の即位した翌年に
相当しており、470年が雄略即位、471年が雄略元年である。
この鉄刀はワカタケルが天皇に即位したことに遠回しに因んで
造作した品だということが云える。
なお安康と雄略の世は等倍暦の時代であり、後代には2倍暦の時代
がまだ控えているのだ。
795日本@名無史さん:2007/05/21(月) 01:11:53
>>791

>なぜ偽作なのかということを具体的論拠をあげず、また他人の出ま
>かせの偽作の語に追随して理由不十分で葬り去ろうとする。

誰を見回しても五十歩百歩でな、
ところが自分の説だけは違うと信じ込んでしまえる
勘違いくんと粘着くんが、まあ2chでは無敵なわけだよ。

自分の考えの整合性にうぬぼれ
その整合性が通用する範囲を際限なく拡げちまうみたいだな、君を見る限り。
796日本@名無史さん:2007/05/21(月) 02:13:30
>>779
古い時代は資料の隙間がいっぱいあるから、いくらでもトンデモが入り込めるんだよな。
ところが時代が下がるとそんな隙間も少なくなってきて、なかなか入り込みにくくなくなる。
三郡誌も江戸時代を取り入れずに、
十三湊全盛期に書かれたものを明治に筆写したって設定にしておけば、偽書がばれずに済んだかもしれない。
797日本@名無史さん:2007/05/21(月) 02:23:27
古田以前の古代史では、微細な事実関係ではなくて、
古代日本の大枠構造が間違ってるだろ。
798九州王朝説批判者:2007/05/21(月) 06:41:34
>>777

>だって君はそのワカタケルが雄略だと思っていないんだから倭の五王も当時の
各天皇でない立場をとるんだろう?

 どうしてそう論理の飛躍をするの?
 「北関東の古墳で見つかった鉄剣のワカタケルが畿内の王だとは限らない」と言ってるだけで、それが何でここから「倭の五王は雄略でない」という結論が出るの?
 私は倭の五王の上表文の「東征毛人、五十五、西服衆夷、六十六國、渡平海北、九十五國」の記事の整合性や、考古学的証拠から、倭の五王は畿内又は吉備の王権だと思ってるけど?
 記紀は系譜に疑義があるんで、いわゆるオオハツセノワカタケという王が実際に畿内の王としていたのかどうかは知らんが。
799日本@名無史さん:2007/05/21(月) 06:52:28
>>798
>「東征毛人、五十五、西服衆夷、六十六國、渡平海北、九十五國」
自分は九州王朝説支持者だが、これはいつ見ても吹かし過ぎだよな。
これは国って言うかせいぜい集落のことだよな。
まあ当時はそれが国だったとも言えるけど。
800太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/21(月) 07:19:38
>>798
倭の五王は当時の各天皇にあらず。
何で五十五と六十六の上表文が五王が天皇に結びつくのか?

鉄剣の銘文は雄略天皇よ。
801太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/21(月) 08:01:31
>>798
君は銘文のワカタケルの名と雄略のワカタケルの名が一致するくらいじゃ
同名はある程度いるからその銘文は雄略でないという立場のはずだろう?
そのとおりだよ、同名はいるに違いないからな。堅実で適正な考えだ。

ならば云わずと分かるはずだろうが、幼武尊の『武』の字が一致する位で雄略
天皇だとはならない。他の讃、珍、済、興は全く合わないから、これも同一
人物だとするにはまるっきり肯定するに至らない。ほかの考古学的論がどうの
というならそれがどんなものか具体的につっこんで論を張るべきだろうが、
その書きこみもない。かいつまんででもいいから説明するべきだそこを
ひっこませて書かずに五王を当時の各天皇を肯定してるんでは駄目だ。

吉備の王権なら当時畿内に朝廷があるんだから、日本版シルクロード上に位置
する吉備の情勢はロードである大陸半島、対馬等、北九州・・・→畿内の順序
路線上で畿内人の耳に入りやすく、倭の五王の記述が具体的に一定の紙面
を持って記紀に記述される筈だ。が、それが無いから吉備には五王朝はない。

女王国と似ていて北九州のロードあたりから外れたあたりに五王の国があったと
観るべきだ。つまり五王は天皇にあらず。
802日本@名無史さん:2007/05/21(月) 08:33:39
鉄剣の銘文は無数にいた王の一人でしょ。
どう見てもワカタケルとは読めないし。
803太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/21(月) 09:46:39
>>802
何と読むんだい? バカダマルか〜?ww
804日本@名無史さん:2007/05/21(月) 14:55:37
稲荷山鉄剣に関する保守説の問題点
1.大王名が不明瞭で客観的には判読不能
2.関東と近畿の政治的関係を証明する画期的物証、と喧伝されたが、
 現実には近畿サイドにそのような記録はなく(だから画期的とされた)、いわゆる循環論法に陥っている

はっきり書いておくが「保守説の問題点」を指摘しているのであって、
勝手にに古田信者とかレッテル貼ってわけの分からん中傷レスしないでくれな。
805日本@名無史さん:2007/05/21(月) 15:04:07
当時の漢字の発音だと、あの字面でワカタケルと読めるものなの?
傍証となるようなものはないのか?
806日本@名無史さん:2007/05/21(月) 17:52:30
>799
そのあたりの時代、先・古代社会の「国」っつーのは、
「中心集落」と、そのは以下に属する複数の集落でできた、
後の時代の「評」「郡」ぐらいの規模。

面積的に言って、現代の市町村役場と中心集落の分布密度が同じぐらいだと思っていいだろう。
九州全部を攻め落としたら、それだけで100国ぐらいになるんじゃないかね。
さすがに200国とかそれ以上になることはないだろうけどな。
807日本@名無史さん:2007/05/21(月) 18:32:26
日本の市町村数推移

 年    数
1888   71,314
1947   10,505
1956   4,668
2006   1,820
808太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/21(月) 19:27:47
>>804
X線まで使ってやってるんだから心配はな〜い。銘文の写真を再確認したが
よく読める。君は、金融機関で金の下ろせる位の印鑑の朱肉のついた鮮明度
が薄くて金をもらえないとか文句を云ってるようなもので、それは銀行とかは
朱肉どころか印の文字の形状までもピタリと合致しなければ、金は出しては
くれないよ。それはそのとおりだがねぇ。あれは印鑑じゃないんだからあの
くらいで充分だよ。

君は自説がゆらぐから否定したいんだろう?w
もう君の説は改めたほうがいいね。はっきり言ってどこか間違っているんだよ。
809太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/21(月) 20:33:50
>>795
いつでもお相手してあげるよ。
ただグルタンのような言い草は馬鹿馬鹿しいからやめてけれ。まぁ君はそんな
真似はしないだろうがね。w
うぬぼれがどうのこうのより、不整合とやらを具体的に反論したほうが君の身
が立つんじゃないの?
810日本@名無史さん:2007/05/21(月) 21:57:34
>>808
方法論を過信しない方が良い。
○○法を使ったから正しいというのはとても危ない。
811太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/21(月) 22:06:03
>>810
じゃぁどんな漢字だというのか? そんなことはお前が具体的に
文字を出して反論できてから言え。

お前の持論が鉄剣のことで雄略となれば、生きていけないから
そんなことを言うんだろう? お前の論は足元に火がついてるん
だよ。お前のほうこそ自論を省みておかしくないか調べるんだな。
812日本@名無史さん:2007/05/21(月) 23:24:41
太国さんのいうとおり、仮に稲荷山鉄剣が雄略と同時代だったにせよ、
同時代の王様は何十人〜何百人いるだろうから、
この鉄剣が二ケーア公会議でキリスト教徒に配布された可能性と同様に、
雄略の可能性は低い。
813太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/21(月) 23:47:25
>>812
そうじゃないんだよ。お前の脳内の持論が破綻をきたしている危機
だから、いろいろと無理なはぐらかしをやってお前のが自論の保全を
している発露の行動なわけさ。

名だけではなく、オオビコまでの代数の合理性までほぼ合致
するなどざらにはない。これが大きい。

おまけに余の倍暦計上でも当辛亥の471年が雄略元年に相当して
いるわけで、余の倍暦論の正解にはずみをつけている。銘文の
辛亥とはこの年だよ。

お前の論は風前のともし火だ。まぁお前の論の修正をしたほうが
身のためだな。ww   zzzzzzzzzzzzzzzz・・・・・・・・・
814日本@名無史さん:2007/05/22(火) 00:05:19
だから、あの文字列をワカタケルと読むことの当否は?
一番根本のこれが裏付けられない限り、
始めからワカタケルありきの推論をしても砂上の楼閣に過ぎない。
815日本@名無史さん:2007/05/22(火) 00:30:31
>>814に同意。

[警察の発表]
容疑者太国氏は意味不明なことを口走っている:
>名だけではなく、オオビコまでの代数の合理性までほぼ合致
>するなどざらにはない。これが大きい。
816太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/22(火) 07:03:22
>>814
君の言ってることは少し骨がある。ただ大王だから天皇で崩れないよ。
5世紀に関東に天皇と同級の奴はまぁいないしな。いるんだったら話は
振り出しの可能性はちいとある。しかし系譜の代数の遡りは合致してるから、
そこまで合うのは関東にはいないとみてよい。

>>815
意味不明? 銘文の系譜とそれにかかった年代を考えろ。
817太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/22(火) 07:42:45
>>812
何十、何百とワカタケルと同名の大王がいりゃぁ、畿内はおろか外国まで
名がとどろく、畿内を大幅に越える大天皇朝が関東にあったことになる。ww

まるで孫悟空が腕の毛を多数抜いてフッと息を吹いて数十、数百の分身の
孫悟空が観唐近郊に出現してるようで、最低級なる反論だな。ww
818日本@名無史さん:2007/05/22(火) 13:17:17
敏達天皇当時ですら(6世紀後半)播磨国や河内国は、ヤマトにとって外国だったんだから、
雄略天皇が列島唯一の最高権力者じゃないわけ。日本列島に王や大王がゾロゾロいた。
だからその論理は成り立たない。
819日本@名無史さん:2007/05/22(火) 13:39:14
そういう王は地方豪族ってことにされてるんだよね
820太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/22(火) 13:58:22
PUPU! 王はいても大王は本州には天皇くらいだよ。www

数歩譲って、数人いても系譜の遡りの代数合致でのオオビコまで合うわけ
がない。お前は一人数役の得意な二十面相の出る探偵小説の見過ぎ。
821日本@名無史さん:2007/05/22(火) 14:17:14
>王はいても大王は本州には天皇くらいだよ。www

>5世紀に関東に天皇と同級の奴はまぁいないしな。

と、前提として扱うにはまだまだ危うい話を持ち出す根拠は結局
代数一致の一本槍なんだな。 > 太国
コテで回りをひたすら小馬鹿にできるだけの話し方ではない。
なんか大暴れする古田信者を見た時のような感想を持ったぞ
822太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/22(火) 14:21:31
余の倍暦の計算もしり上がりに堅固になって来ている。
その剣の辛亥471年は、計上により真の雄略元年だ。天皇即位がその
前年の470年で、鉄剣造作の最初の理由は即位の因む。
823日本@名無史さん:2007/05/22(火) 14:34:09
その頃すでに近畿の大王が東国まで支配を及ぼしていたとするなら、
どういう統治機構になってたの?
どういういきさつで大和の支配下に入ったのかも分からない。
824太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/22(火) 14:58:14
統治機構まで分かれば相当のもんだ。そこまでは至っていない。
「意富比垝」までの時代の遡り代数がほぼ合致している合理性の記述がなければ
同名別人は可能性があることは云えるが、ここまで関東の大王とやらとの
ソックリさんは考えにくい。
825日本@名無史さん:2007/05/22(火) 15:31:09
一般には「獲加多支鹵大王」と判読されているわけだが、□カタ□□まではいいとして、現代では
獲:エ・カク
支:シ(カ・サ・エダ・サエ)
鹵:ロ
としか読まないこの3文字をそれぞれワ・ケ・ルと読むことが確実な例を挙げてくれ。
826日本@名無史さん:2007/05/22(火) 17:03:05
獲はファク(ワク)
加はカァ(ケ)
多はタァ(タ)
支はキェク(シ)
鹵はラク(ル)

古代の発音は上の通り。カタカナ表記なので厳密ではない。
()内は日本での漢字の一番古い読み方である呉音読み。
ワカタケルともカタシロともどっちにでもとれる。
あるいはまた他に読ませたかったのかもしれない。
827太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/22(火) 17:40:26
>>825
そういう例まで把握はしていない。鉄剣の銘文を入れる者が故意に雄略の名
を方言のようにいささか変えてその名としたのが本筋だと思う。

「獲」はカクと読んで和久産巣日(ワクむすび 稚産霊)の対応を示唆
したらしく、>>826の方に先を越されたようだが、ワクとカクの各々先頭の
文字により、間接的にワカタケルの「ワカ」を示唆したようなのだ。

「鹵」のロはワカタケルの「ル」の変化であり、ロとルの合字「四」を隠匿
しているものであるが、一方「支」は分枝の意味にて本名のワカタケルの
別名的変化として銘文の文字に訛らせたものらしい。

上述したが、「獲」字のみはワの変化となれば飛躍しており、単一では「ワ」
とは離脱しすぎでそう読むことはかなわない。この【一字】のみは訛って変化が
やれるとはいい難いから、銘文の名はワカタケルとは厳格には読めず、通常なら
ば雄略とは別人と解するのが至当なのでである。

ところが「獲」とは狩猟の意味であり、これはその名の合わない逸脱を知って
いる者がいたようで、雄略四年に一字不合の神人たる【一言主神】と雄略天皇
の狩猟の記事が紀に物語られている。

記には「言離の神、葛城の一言主神」とあるのがこれである。
828日本@名無史さん:2007/05/22(火) 23:48:21
要するに、ワカタケルじゃないので、雄略説は崩壊しますた。
829日本@名無史さん:2007/05/23(水) 02:25:16
>>827
>鉄剣の銘文を入れる者が故意に雄略の名
>を方言のようにいささか変えてその名とした

何でそんなことをしなきゃならないのか、説得力無さ過ぎ。
830日本@名無史さん:2007/05/23(水) 02:32:22
遂に誰にも説得力のない説・・・「代数合致」
これってオカルトですか?
831太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/23(水) 06:44:40
それはオカルトではないですな。それとは別に、朝廷とは古神道とかで現代人
からすれば迷信の溜まり場的とされる場であるからして、それがオカルトとか
言いたければは否定までには至らないが、ただそれなしでやってるんでは、
古代にお前のように新幹線を走らせてないと言いたそうなのと似たり寄ったり
の注文とあいなるわけだ。ww
832太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/23(水) 09:59:49
関東に王クラスの勢力者は多くいただろうが、大王などと天下を取ったような
天皇級の人物がいたなどとはとても考えられない。それがいたとなるなら関東
とは下記日本版シルクロード上の延長の場所にあり、逆流で畿内に「関東天皇」
ありの情報が入りこみ、少ない感じながら記紀にその名が書かれて然るべきだ。

大陸 半島
     ↓
   対馬等
     ↓
   北九州−−−−−−−−→畿内←−−−−−−−→関東

女王国の存在も紀の神功39年とかで、九州の卑弥呼の情報が少々は記紀に載っ
ているわけである。かようなことから、関東に「獲加多支鹵大王」なんぞは
いるわけはなく、ロードによる可動性の鉄剣が関東に流れたということである。
そのいい例が半島からロードを通って畿内にもたらされた七支刀である。

稲荷山からこの銘文の鉄剣が出たことで、関東に大王が存在したと思って
いる奴が>>829>>830のようにうんといるんだろうが、wwそれは剣の造作者ら
にお前たちが一杯喰わされたものであり、そんな大王なんか畿内にはいなかっ
たということである。銘文のこの大王は雄略天皇その人だね。「国家安康」の
鐘文字で家康が猪っ戒をいれたそうだが、「獲」なんぞの名の書き換えでの
鉄剣を雄略が見たら烈火のごとく怒り、作者は首でも切られているだろう。
833太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/23(水) 10:03:39
>>832 訂正

× そんな大王なんか畿内にいなかった

○ そんな大王なんか関東にいなかった
834太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/23(水) 10:16:41
家康は安康天皇の殺害を想起したのが猪っ戒の始まりなのであろうか?
まぁそれはいいとして、雄略の目に止まりにくい関東にこの鉄剣を埋めたのは
自己の生命保全のためがあったのであろう?
835日本@名無史さん:2007/05/23(水) 10:25:32
>>825
弖已加利獲居もテイカリカクキョじゃなくて、
トヨカリワケなんだな、これが。(豊韓別)
まあ、そおゆうことだ。
836日本@名無史さん:2007/05/23(水) 14:45:34
>>835
それは循環論法だと言ってるのにw
獲居=ワケ が確実な資料を外部から見つけてきなよ。
>>826も文例を挙げてくれればよかったのに。
「獲居」で具具ると稲荷山鉄剣銘文関連しか出てこないようだが。
837太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/23(水) 15:18:19
>>836
君は刑事裁判や数学の証明のように、極めて厳格性を要求してるようだが、
この態度は立派であり片面的には賞賛されるべきものであって、石橋を叩いて
渡らねば気がすまないもののようだ。ただ古代史の世界でそこまで要求するん
なら、逆にどんな横柄な論もまかり通れる。

先の二例では厳格性は必要であろうが、古代史までもそれでも要求するなら
君は雄略と認容しないわけだから、今度は君のほうから資料多数を持って来て
雄略ではないと論法を重ねて崩せばいいではないか? >>836の要求をする位
ならこちらも要求したく、君も色々とそうでないとの資料提出での証明論を多々
やるべきだろう。

つまりだ論と論とのぶつかりあいでやるべきで、ボクシングでのフック、ジャブ
などを攻撃武器としてやってもらいたい。君のは審判の採点減点、規則をその
ボクシングでの武器そのものとして攻撃をやって来てるようで、フックとか
ジャブとかの武器があまりない。採点減点、規則とかを自分自信でつける
武器のボクサーでは、そんなのは駄目。
838日本@名無史さん:2007/05/23(水) 17:53:04
>>837
>刑事裁判や数学の証明のように、極めて厳格性を要求してる
って・・・読みの分からない文字があったら辞書引くだろ?
だから辞書の代わりになる=鉄剣と同時代で読み方に疑問のない 文例を示せ、ってだけなんだけど。
それとも市販の辞書を引くのは文盲の理系だけで、知的な文系人は自作の辞書を使っておkてこと?

>君は雄略と認容しないわけだから、今度は君のほうから資料多数を持って来て
>雄略ではないと論法を重ねて崩せばいいではないか?
・・・あんたが教師だったとして、生徒に「どうして獲加多支鹵を『ワカタケル』と読むのか?」と質問されたら、
「君が獲加多支鹵が雄略と認めないのなら自分で証明して見せろ」と答え?るの?
獲加多支鹵をワカタケルと読むか否か、と獲加多支鹵が雄略かどうかは言うまでもなく別問題なのだが、
こういう絡み方すると、獲加多支鹵=雄略を証明するに当たって、読み以外に根拠がないことを自分で告白してるに等しいよ。
839太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/23(水) 18:19:39
>>838
だからお前も資料を持って論じろ。お前は採点と減点の点数つけばかりじゃ
ないか。お前もストレートとかアッパーとかで応戦をすればいいことだ。
お前のは採点用紙に減点記載の宣言とかが武器になっているんではないか。
辞書はお前がやればいい。いつも全部こちらにおんぶすることはない。

>>835氏などは適正な論述である。
お前も採点判定の審判兼選手はしないでいいから、パンチで応酬して来い。
840日本@名無史さん:2007/05/23(水) 20:10:39
要するに、「獲加多支鹵大王」はワカタケルじゃないし、
ワカタケル≠雄略なので、雄略説は崩壊しますた。
841太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/23(水) 20:52:48
>>840
あれはもう雄略天皇だよ。お前はまるっきり論のフックとかアッパーの武器が
ないじゃないか。要するに、採点用紙での減点がお前の武器なわけよ。

>>838の最下段3行がお前の武器の恣意的減点の武器使用だよ。つまりお前
は選手のようで審判兼選手なわけだよ。だから勝手恣意的に自分が勝つ採点
を書きこんだわけよ。そんな偽装にこちらは騙されないねぇ〜。

お前がいくら否定しても銘文は雄略天皇だよ。チャンと資料を出して論の
パンチをするんだな。審判が武器ならばだれにでも勝てるからな。お前の巧妙
なやり口には応じないぜ。それよりお前の防御している自論は風前の灯火だと
いうことだよ。なぜかって、論のパンチがないからお前の手の内が自製の採点表
以外何もない、持ち駒ゼロなのが見え見えだからな。www
自論を変更したほうが身のためだぜ。
842日本@名無史さん:2007/05/23(水) 21:48:40
「獲加多支鹵大王」はアレキサンダー大王って読むんだよ。
俺さまが数えれば、代数も合致してる。
843日本@名無史さん:2007/05/23(水) 21:53:55
揚げ足取りでなくボクは自分で考えたものがあるもん
ていう主張だけは分かった。

んが、論としての厳格さを求められると否定する>>837わりに
回りの意見への揚げ足取りは厳しい>>839んだな > 太国

ここで延々持論の発表してりゃ揚げ足取りくらいされるぜ。
持論の裏付けはおのおのやった上で発表なら別の場があろうに
雑談場で発表会しなきゃならん事情でもあんのかおまいは
844太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/23(水) 22:04:17
>>843
外国王がどうのこうのとかいうのはお前か〜?

お前のはさらに厳しいではないか。ハハーン、お前は揚げ足取りが
イヤでこっちがキックボクサーはダメだが、自分がキックボクサー
での揚げ足取りはやるわけだ〜。w
845日本@名無史さん:2007/05/23(水) 22:11:54
敏達天皇ですら(6世紀後半)播磨国や河内国を領有していなかった。
それだけ大和国は矮小国だったわけだ。
雄略天皇など、ちょっとした小領主にすぎないから、無理だな。
846太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/23(水) 22:45:30
雄略天皇世から名代が西より東に多くなってるという話だぞ。
847日本@名無史さん:2007/05/23(水) 22:48:24
雄略天皇≠大王
雄略天皇=極小王≠ワカタケル
848太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/23(水) 22:51:15
>>847
その理由を具体的資料等で説明を願う。
849日本@名無史さん:2007/05/23(水) 23:04:29
>>844
俺おまいには >>821しかレスしてない。証明はできんけど、
なぜそういう推論したのかその調子で語ってもらえる笑えるかもな。
なんにせよそうやって脳内で事実をでっちあげて
それをもとに話をつくるわけね。確かに全般そういう感じだな。

つーかいいかげん「太国大いに語る」みたいなスレ立てて
そこで語っててくれねーかな。うざいし、おまいにはそっちの方が本望だと思うが、どうよ?
850太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/23(水) 23:31:08
>>849
な〜んだ? お前全く論拠が書かれていないではないか。
証明できればなお可だが、それまで至らなくても資料等を持って
来ての妥当な論をすればいいことだ。

それがからきし無いボクサーで、採点表で減点のみの審判兼選手
じゃぁフックもジャブも出まい。お前こそ砂上の『鹵雨獲』では
ないか?ww

これじゃぁ役にたたない。他スレへ逐電しろ。

zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz・・・・・・・・・・・
851日本@名無史さん:2007/05/23(水) 23:44:27
もちろん「代数合致」もオカルトです。
「獲加多支鹵=ワカタケル=雄略天皇」もオカルトです。
852日本@名無史さん:2007/05/23(水) 23:45:42
ああ、自分がナニ言われたかも理解できん人だったのね。
言うとおり、おまいが消えるまではもうレスやめるわ。
853日本@名無史さん:2007/05/23(水) 23:50:00
6世紀、大和国は播磨国を領有していませんでした。
http://members.at.infoseek.co.jp/Accord/BIGLOBE/BUKKYOU/nip04955.htm
大和国って超ローカルな国だったんですね。
854日本@名無史さん:2007/05/23(水) 23:56:42
斯鬼宮≠朝倉宮

・・・雄略天皇≠鉄剣の大王
855日本@名無史さん:2007/05/24(木) 00:00:15
856日本@名無史さん:2007/05/24(木) 02:21:22
ボクシングのたとえはなかなかマヌケで
言い気になってつづけてるところは見ものなんだけどな。
もっとやってくれんかしら。
857太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/24(木) 07:26:31
>>856
お前、論なしの頭じゃないか。消えろ。>>856にも何も論がない。マヌケなどの
中傷しか言えないのか。ちゃんと資料でもって、キチンと論じることがからきし
ないぞ。
858太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/24(木) 08:08:19
>>854
お前も本当に知能がどのくらいなのかと考えてしまう。
「斯鬼宮」は崇神天皇の宮で、孝元の皇子意富比垝(大彦)が天皇配下の
四道将軍の一人であるところからそういう宮名で書かれているわけだ。

彼は会津に行ったそうだから埼玉県あたりを通過しただろうが。w
お前これまで記紀と合っていて否定するんなら、競馬の万勝を得るより難しく、
お前の論は風前の灯火だよ。ザマァ見ろ。ww
859日本@名無史さん:2007/05/24(木) 08:23:01
>>857
>>837
テキトーな「論」ってむしろ害悪だと思われ。
てか整合性が崩れているのを指摘された時点で
あなたのはもう「論」ではないですがなにか?
860日本@名無史さん:2007/05/24(木) 08:27:29
>849
じゃ、太国さんスルーしてまた寛政原本の話始めます?
西村俊一先生また来るかもしれないし。
861日本@名無史さん:2007/05/24(木) 09:13:33
北方アジアは一切抜きの偏向調査で作為的に中国・朝鮮に誘致していた
スットボケ遺伝学者(嘲笑)


宝来センセイによると、韓国や中国にはそれぞれドミナントなミトコンドリアDNAがあるのに、
日本本土では、とくにドミナントなものがない。つまり系統的にさまざまな人たちから成り立って
いるのである。また、これまで、大陸から渡来した弥生人によって分断され、北に追いやられたのが
アイヌ、南に追いやられたのが琉球人といわれてきた。しかし、アイヌと琉球は少なくとも1万2000年
以上まえに分岐しており、紀元前3世紀以降に渡来してきた弥生人によって分断されたんではないという。
1万2000年前にそれぞれ日本に住み着いたアイヌと琉球人。そこへ紀元前3世紀以降になって渡来し、
稲作をはじめた中国・朝鮮系の人びと。こうした人たちの子孫がわたしたちなのだ。
それにしても紀元前3世紀以降の大陸からの渡来って、それ、秦の始皇帝のころの、徐福たちじゃない?
http://home.att.ne.jp/apple/tamaco/Yutenji/000115DNA.htm
http://youtube.com/watch?v=iRD3k2j9BeA
862日本@名無史さん:2007/05/24(木) 09:14:13


宝来mtDNAデータのトリックとその欠陥を簡単に説明してやると、

朝鮮半島にしろ中国大陸にしろ、古代より北方アジア人の侵入定着が絶え間ない
地域であったのにもかかわらず、データの中に北方アジア人に関するタイプの
データが一切出てこない。

しかも、調査サンプルにも北方アジア人のサンプルが一つも無い。

つまり、宝来mtDNAデータは、北方アジア抜きの偏向調査で出された単なる
偏向データなのであって、ただひたすら中国や朝鮮からやって来たと
錯覚させるだけの非常に悪質極まりない欠陥データに過ぎないのである。

863太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/24(木) 09:52:26
>>859
相変わらず無論の男だな、お前は!
何も論がない、資料も出せない。強がりだけは泰山だ。もう退散しろ。
どうせ今後も論拠が 0 だろう。

斯鬼宮は崇神のシキノミズガキ宮のことさ。オオビコが書かれてるのはその
ためだ。四道将軍じゃぁ銘文に崇神の宮が出てくるのは当たり前。
くやしけりゃぁ資料を出して崩して来い。何もないんじゃぁお前の負けだな。
864太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/24(木) 11:13:27
>>859
その文はお前の古代史ボクシングにおける武器の採点表の恣意的減点の通告で
の攻めあって、なんら論戦のアッパーとかフックではないから無効であ〜る。

お前はまだ選手のようで審判兼選手という小ズルイ一見巧妙な二重の攻めで、
未熟な選手のお前のゼロの腕前をカモフラージュしている。

論のパンチがないから 太国一勝 ! お前はパンチが出ないから明確に負け。
865日本@名無史さん:2007/05/24(木) 13:21:12
代数合致」もオカルトです。
「獲加多支鹵=ワカタケル=雄略天皇」もオカルトです。
866太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/24(木) 14:00:33
>>865
オカルトにあらず。お前の脳内の論無しの無資料短絡的宣言がその言葉で
 効力=0 であ〜〜る。
867日本@名無史さん:2007/05/24(木) 14:09:52
>>858
万勝って何だよ
マンシューのことか?
だったら語源は万舟だぞ
868日本@名無史さん:2007/05/24(木) 15:09:42
 〃〃∩  _, ,_
  ⊂⌒( つД´) < 獲加多支鹵大王は雄略天皇だからワカタケルって読むんだ読むんだ
    `ヽ_ ノ ⊂ノ
           ジタバタ

て奴はほっといて、「獲加多支鹵」の読みに関係する文例はないの?
奇しくも倭人伝に「弥馬獲支」という官名が出てくるが、この読みも確定してないみたいだし。
869太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/24(木) 16:09:31
う〜ん、「鹵」は百済の『蓋鹵王』があるね。
870日本@名無史さん:2007/05/25(金) 13:13:13
蓋婁王(がいるおう、生年未詳 - 166年)は百済の第4代の王(在位:128年 - 166年)
蓋鹵王(がいろおう、生年不詳 - 475年)は百済の第21代の王(在位:455年 - 475年)

・・・「鹵」の読みは「ロ」で確定だね・・・
871太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/25(金) 13:34:38
>>870
稲荷山鉄剣の銘文で、「鹵」のロはル音に変化でき。ロとルの合字『四』を
示唆するもの。銘文の作者は何らかの意図があってやったものらしく、『四』は
四道将軍を指しており、雄略四年の狩猟は現実の人物で神を名乗る一言主神
なる者からの後年の示唆である。そして崇神天皇の「斯鬼宮」の文字が見られ、
意冨比垝(大彦)が関わるからこの宮名があるのは当然であるわけで、遠回しに
崇神天皇の実在の証たるものである。

なお倍暦計上から銘文の辛亥年は 雄略元年=471年 となる。
872日本@名無史さん:2007/05/25(金) 13:37:55
フ〜ン、オカルトではその程度の結論か。
873太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/25(金) 13:49:55
>>872
オカルトはお前の頭だよ。オオビコ〜・・・〜オワケの系譜による代数が
ほぼ合致することは、そこまでは滅多にない。そんなにあるものではない。

言い換えればそこまで合って雄略の名まで酷似する大王なんてお前の頭等の空想
小説以外あるわけがない。つまり雄略に狭まり論理が順当であるわけだ。
お前は代数まで合致する大天皇が関東にいたと思っているようだが、それは
もう心配停止のオソマツカルト。ハッハッハwwwww

採点付けの審判兼選手よりも、卑怯な真似はせず選手で来い。来ないとなれば
お前の負け。
874太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/25(金) 13:58:56
>>872
お前はこうじゃないのか〜?wwwww
      ↓
オオビコ〜・・・〜オカルト〜・・・〜ヲワケ
875日本@名無史さん:2007/05/25(金) 14:05:18
獲加多支鹵大王→オカルト脳内変換→雄略天皇→オカルト脳内変換→ワカタケルと読むべし
876太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/25(金) 14:08:49
>>875
それじゃぁ論理になるまい。
お前早く雄略でないということをだ、何らかの文献資料等を持ってきて説明
してみろ。
まぁあきらめるんだな。それはもう雄略天皇だよ。
877日本@名無史さん:2007/05/26(土) 02:45:34
獲加多支鹵が雄略の確率 ・・・・・・・・・0%
獲加多支鹵がクマーラグプタ1世の確率・・・1%
878太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/26(土) 07:24:59
      ↑
いつもの得意技、選手がパンチにに偽装した審判の採点が武器とする選手。
879日本@名無史さん:2007/05/26(土) 13:29:05
>>871
>「鹵」のロはル音に変化でき。ロとルの合字『四』を
>示唆するもの。銘文の作者は何らかの意図があってやったものらしく

本気で書いてんの?「鹵」を強いて「ル」と読んでるのは作者じゃなくて自分でしょ。
読み以外に雄略説を証明できるのならそれを書けばいいだけなのに
>雄略でないということをだ、何らかの文献資料等を持ってきて説明してみろ
だからな。話にならん。
上で外三郡誌がネタになってたときは自称「非安本原田支持者」が
古田(信者)はまず自説を受け入れろ話はそれからだ、的な主張を繰り返している、みたいなこと書いてたが、
学界定説を支持してる奴は太国に助け舟出さないと同類になるぞ。
880日本@名無史さん:2007/05/26(土) 14:00:54
連書きだが、>>871を整理すると
・ロ→ル→四→四道将軍(崇神代)
・「獲」字で雄略4年の一言主神との会合を暗示している
・「斯鬼宮」は崇神天皇の宮
・意冨比?=大彦→四道将軍
となって崇神の存在は強く意識されるものの、肝心の雄略に関しては極めて曖昧。
881日本@名無史さん:2007/05/26(土) 14:06:57
何の根拠も無く、大王と書いてあったら、近畿の大王(天皇)であると解し、
それに合わせてワカタケルと読んでるわけで、仮定に基づく仮説でしかない。
882日本@名無史さん:2007/05/26(土) 14:37:33
播磨国や河内国を征服できなかった弱小国大和国でも、
「大王」と自称できるなら、日本列島津々浦々、
大王だらけですね。
883太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/26(土) 15:04:01
>>879
余は説明しろと言ってるので、証明しろとまでは言ってないぞ。その位は
お前はやらないんじゃぁ公平ではない。以下のとおりだ〜
さもないとお前のは論のパンチを行使せず審判の採点がお前がする論の武器で、
パンチ力がゼロの審判兼選手のやり口の繰り返しではないか? 採点用紙は
お前が持って攻めてくるのではなく、ちゃんと論述のボクサーでなければ勝っ
たとは言えない。それをしないんではパンチが無く、柔道では『四道』wwを
取られ、時間経過でお前の負け。〜技ありの論を持って来い。
884日本@名無史さん:2007/05/26(土) 15:18:15
獲加多支鹵が雄略の確率 ・・・・・・・・・ほぼ0%
獲加多支鹵の読みがワカタケルの確率・・・・ほぼ0%

もう結論は出ています。
885太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/26(土) 15:22:41
>>884
採点用紙がパンチの無いお前の代わりの武器。
つまり選手のようで審判がお前のフック、ジャブ。審判兼選手がお前の正体。

それは雄略と結論が出ている。www
886日本@名無史さん:2007/05/26(土) 15:43:30
だれも通訳ができない、太国氏の説明・根拠。
何回読んでも意味が通じないし、論拠が不明・・・

  残念だがこのスレでは、トンデモ扱いしかなさそうだ・・・
887太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/26(土) 16:15:46
>>886
またお前は論拠が無い。こちらの論拠を崩していな〜い。つまりこれもアッパー
の出せない恣意的審判兼選手のボクシングのお前の能書きさ。wwwwwww

デタラメの虚勢は相変わらずだな。
おまけに PU! 銘文を外国の王らしいのに当てて可能性を見出している。
         ↓
ハハッ、お前は精神科へ行くんだな。診療しなけりゃぁあかん。www
888日本@名無史さん:2007/05/26(土) 16:23:17
>>881に追加すると、ワカタケルと読んでそれを雄略天皇と解し、
だから東国も近畿の大王の勢力下に入っていた、という完全な循環論法。
889太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/26(土) 16:35:26
『名代』の数が安康以前の各天皇世では殆ど 西国>東国 だったのが、雄略世
から逆転して 西国<東国 になる統計が出ていることから、東国が雄略の支配
下に入ったと云えるとのこと。その割合は

西国:東国=1:9

雄略当時、これだけ東国に力を入れていたそうだ。だからおかしくはない。
890太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/26(土) 20:38:04
>>879
ロの「鹵」をルと読むのは、論者の他の方々も主張してるよ。なにも余の
専売特許ではない。訛りとかでかような変化は可能である。

それに広開土王碑の文面に百済新羅を「百残新羅」とか書かれているから、
ものによっては字の変化はあることが予想できる。百残は百済のことである。
単なる倭の五王の武王の「武」からくらいの天皇名との無理な付会ではない。

銘文の系譜等でのかような字の変化はこれだけではなく、
さらに「上宮記曰一云・・・」を見ても、(ホムダワケ)應神天皇のことを
ホムツワケ(凡牟都和希)と系譜を記し、『都』によって「ダ」を
「ツ」音n置き換えて記していることから、ワカタケルの ロ→ル への
変化は可能であり、まるでおかしくはないのである。
891日本@名無史さん:2007/05/26(土) 20:52:04
誰か、太国さんの通訳してください。
892太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/26(土) 20:56:00
>>891
論無しのひやかしか〜? 論で来い。
まぁこんなことをこいつが言うところをみるとお前、論の持ち駒が
まるで無いな。

太国 二勝!!
893日本@名無史さん:2007/05/26(土) 21:59:52
被疑者太国氏について:

本人は落ち着きなく、わけのわからないことを口走っており、
警察としても手が出せない状態である。
894太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/26(土) 22:23:51
>>893
お前口を慎め。犯罪者に使う被疑者などの語は最大侮辱の部類だぞ。
おい、気をつけろ。
895日本@名無史さん:2007/05/26(土) 23:34:30
>>794以来、しどろもどろの太国氏。
遂に通訳は現れないのだろうか・・・・
896日本@名無史さん:2007/05/26(土) 23:57:02
>882
それは大嘘。
河内中部〜泉州北部・摂津南部は、かなり早い段階からヤマト朝廷の直轄下だぞ。は
ヤマト北部や摂津北部がヤマトの直轄下にはいるのは継体天皇ごろと、大きく遅れるけどな。

摂津でこれだから、播磨は直轄地になる機会がなかったんじゃないかな。
諸国の大半は、直轄ではなく藩領(という感じ)だったしな。
897日本@名無史さん:2007/05/27(日) 00:31:03
「しろしめす」「うしはく」
898日本@名無史さん:2007/05/27(日) 00:57:49
大嘘という割には、さしてかわらぬ狭小国だな。
899日本@名無史さん:2007/05/27(日) 07:32:30
そろそろ900ってことで、前にも言われた太国スレと古田スレ分け考えないか。
ここしばらく完全に太国スレだし。

スレタイにコテ名使うと都合悪いからコテ名入らないスレタイも考える必要あるけど。
900太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/27(日) 07:50:36
刑法の名誉毀損をやるとなれば、そいつがケーサツから手の届く奴になる。
いつぞやも某評論家に対してやったらしい奴がいて、後日お札をもったケーサツ
が自宅に来て即刻通常逮捕状を執行されていたことがあった。
それにアメリカあたりでこれをやると、相手から目ん玉飛び出るほどの超高額
の損害賠償うを命ぜられて、コテンコテンにやられてるからねぇ〜。
だいぶプラム氏とか九州ですがさんも無コテからいやがらせをやられ
たことがあるようで、相当怒っていたことがあったな。

まぁそれはさて置いて、被疑者などと言ってきたやつがいた。こいつの
精神状態が論に負けてすごくギラギラしていることが手に取るように分かる。
通常はそのようなヒドイ言葉は吐かないからな。ハハ! よっぽど悔し
かったとみえるな。wwwww だからあんな吐露をするだわけよ。

論たるパンチの武器のない古代史ボクサーだから、審判の採点を恣意的に
つける審判兼選手のボクサーで攻めて来たわけだが、毎回のこの行為を咎め
られて負けが分かって来ると、こんどは暴言とかのからかいの大撹乱で
そのギリギリした悔しさを涙を流しながら晴らそうとやって来るわけだな。

何を言おうと、古代史のまっとうな論を点数用紙の減点を勝手につけて頑張
ってる奴は日本史のスレから叩き懲らしめるほかはない。wwwww

あの銘文の名が外国の大王だと主張するあいつのお脳の程度が知れる。www
901日本@名無史さん:2007/05/27(日) 07:56:12
こう言う人が麻原みたくなるのかなあ
902太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/27(日) 07:59:35
>>901
お前はまだ懲りないのか? 軽率な名誉毀損はやるなよ。
それよりキチンと正規の論述でやって来い。もしくはお前の持論を考え治す
ほうが身のためだ。なにせ間違っているようだからな。
903日本@名無史さん:2007/05/27(日) 09:21:02
掲示板サイトの架空名に対して「名誉毀損」とは笑えます。
支離滅裂な意味不明の議論をご自身からまず直すべきでしょう。
話はそれからだ。
904太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/27(日) 09:50:58
>>903
まず犯罪をおこさぬことだよ。みんな見てるからな。
それを後回しにするお前のお脳が互い違いにガタが来てりるわけだ。www
905太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/27(日) 09:54:33
>>903
お前ももうしどろもどろだろう? くやしいか〜?www
えんえ〜んと泣いてやるよ〜。 そうだねぇ〜泣き屋になってやるよ〜。
906日本@名無史さん:2007/05/27(日) 12:11:16
>>880にレスないよ>コテハン殿
コピペするので貴殿の「古代史のまっとうな論」で補足・修正してください。
>>871を整理すると
・ロ→ル→四→四道将軍(崇神代)
・「獲」字で雄略4年の一言主神との会合を暗示している
・「斯鬼宮」は崇神天皇の宮
・意冨比?=大彦→四道将軍
となって崇神の存在は強く意識されるものの、肝心の雄略に関しては極めて曖昧。
907太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/27(日) 12:31:51
>>906 無コテさん
まっとうというのは通常の論説で話をすすめることさ。今んところ反論者に
はそれが殆どいないじゃないか。
今度はお前がまっとうに反論しろ。それが客観的に通ればこっちも撤回して
お前の論者になるぞ。余だって相手の論が正しいと承認して自説を捨てて当人
の支持に鞍替えしたことが数回ある。何も恥ずかしいことではない。さて、
もうかなり論説をやってるんだ。注文ばかりしないで
お前もまっとうな古代史ボクシングの反論パンチ論ををしてみろ、そういうのが
まっとうというんだ。なんなら有コテだとこちらは疲れにくいんで尚可だぞ。

言っておくが、パンチを出さない審判兼選手での古代史ボクシンゲはまっとう
とは認め難く恣意的ひいきが露骨であるから、そういうのはダーメ。
908日本@名無史さん:2007/05/27(日) 13:56:05
解読不能、理解不能の太国説には、転向のしようがないです、はあ。
909太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/27(日) 14:42:01
はぁ? そうでつか? 論無しでは尚こちらも転向のしようがないねぇ。
お前はまぁ外国の大王説だそうだから、それで出版でもしてみたらいいだろう?
ただ、こちらより支持者があつまるかどうかねぇ?w
910太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/27(日) 14:51:46
お勧めのお前の出版題名だ。これでどうだ?
      ↓
『無論 鉄剣銘文名は外国大王なり』
911日本@名無史さん:2007/05/27(日) 18:47:12
>>907にレスないよ>コテハン殿
コピペするので貴殿の「古代史のまっとうな論」で補足・修正してください。
>>871を整理すると
・ロ→ル→四→四道将軍(崇神代)
・「獲」字で雄略4年の一言主神との会合を暗示している
・「斯鬼宮」は崇神天皇の宮
・意冨比?=大彦→四道将軍
となって崇神の存在は強く意識されるものの、肝心の雄略に関しては極めて曖昧。
912日本@名無史さん:2007/05/27(日) 18:55:03
う、アンカー違ってるorz
×>>907
>>906
自説が正しいと主張してんだから、自分の記述の不足あるいは他人の誤解があるなら補足訂正すんのは当然だろ。
>>871のような主張は一般には獲加多支鹵=崇神説を支持するとされているものだから、
雄略であることの証拠は「『獲』字で雄略4年の一言主神との会合を暗示している」だけという理解でいいの?
そうでないなら補足してくれ、って言ってるだけなんだが。
913太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/27(日) 19:28:19
まあ何が何だかわかりにくいなぁ? 何だろう??

ところで反対論のパンチはいくらでもドウゾだな。
914日本@名無史さん:2007/05/27(日) 21:46:34
太国氏以外に誰も理解できない妄説

  >>478 をご覧ください

意味不明のオカルト説としか理解できません。
これは神憑り説でしょうか?

915訂正:2007/05/27(日) 21:47:38
太国氏以外に誰も理解できない妄説

  >>748 をご覧ください

意味不明のオカルト説としか理解できません。
これは神憑り説でしょうか?
916太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/27(日) 22:54:06
プラム氏のことは自分にもわからんことは多々ある。
彼が帰ってきたら彼に聴いてくれ。なんでも今は大事な所要が
あるとのことで、書きこみしてないそうだ。
917日本@名無史さん:2007/05/27(日) 23:33:24
この太国ってのハタから見ると本当にウザイな・・
918日本@名無史さん:2007/05/28(月) 22:49:38
親しみを込めて「でぶくに」さんと呼んであげてください。
919日本@名無史さん:2007/05/30(水) 14:26:03
>899
>917
じゃそろそろこの話題に戻りましょうか。
http://www.onbook.jp/bookd.html?bid=0069
この間まで「5月刊行」と予告していたのが
いつのまにか「近日刊行予定」になっている謎とか。
920日本@名無史さん:2007/05/30(水) 14:50:45
外三軍氏は煽りあいだけで実りないから、古代関東にこだわらせてもらう。
獲加多支鹵が在地の大王ならば毛野の君の可能性が高い?と思うが、
乎獲居臣の古墳が利根川の南岸にあるのはどういうことなのだろう?
行田付近は古代も今と同じ流れだったみたいだし。
921太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/30(水) 15:10:13
在地? 江田山の獲□□□鹵とは同一人物だろう?
922日本@名無史さん:2007/05/30(水) 16:29:49
>>921
字が一部一致してるけど、それゆえ逆に別人なんじゃないかな。
記紀や万葉仮名でも、この音は必ずこの漢字のみで表す、という正書法は決まってない。
まして5世紀にそんな表記法が定まっていたとは考えづらい。
923920:2007/05/30(水) 18:14:30
関東に土地勘のない人のために(仕事サボって)関係図作ってみた。
ttp://aploda.org/dl_looking.php?file_id=0000013989
大前神社(磯城宮)と埼玉古墳群(鉄剣出土)と天神山古墳(東日本最大の前方後円墳)ね。
924太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/30(水) 18:24:43
□□□があるので厳格には断定できないかも知れぬが、同名大王が雄略の他
にも稲荷山のほうと江田山のほうにも各々いたとは考えにくい。

一般人とかならそういうことはありうるが、大王(オオキミ)なんぞが同名で
幾人もいたとは考えにくい。

それはエジプトのラメシスU世とかは世襲的名だろうからあるわけだが、
地域が外れていて同名の大王がそんなに沢山はいないだろう。
925日本@名無史さん:2007/05/30(水) 18:36:43
>>924
>同名大王が雄略の他にも稲荷山のほうと江田山のほうにも各々いたとは考えにくい
主観的な心証なんかどうでもいい。
心証で語っていいなら俺はこう↓
×地域が外れていて同名の大王がそんなに沢山はいないだろう
○地域が近接しているなら同名の大王がそんなに沢山はいないだろうが、
 数100kmもの遠隔地に名前の一部が被る大王がいても不思議ではない。
926太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/30(水) 18:43:52
それは可能性はあるだろう。だが抽象的なるも確率的にまずないなぁ。
大王(オオキミ)はそんなにいないぜ。
チョッとは君のいうとおりだがね。ワカサザキは武烈と崇峻といるからすこし
はあろう? この場合は同じ大和朝廷でラメシスさんの如きだよな。
だが地域外れて3人もいるのかね?
927日本@名無史さん:2007/05/30(水) 18:52:56
>主観的な心証

日本全国、大王だらけだったと思うが、雄略はかなり小王だ。
中国でも「兵法を説いた孫子」が2人いたことが判明したし、
いわゆる「やまたい」国の語呂合わせ候補地も全国に無数にある。
類似名などありふれている。
こじつければ、古田武彦=古田敦也=古舘伊知郎 になるだろう。
928太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/30(水) 19:48:07
>>927
そういうことは一般人なら云えるとさきほど言ったとおりで、その名前は
大王ではないぞ。通常人なら君のいうとおりを支持して当然だ。
ただ云えることは、熊本は畿内から海を隔てての場所だから、別人だとの
可能性は少ないとは思うがありうることは否定できないな。
そうなると熊本のは九州王朝の王ということになるか? 何ともだ?

ただ埼玉のほうは雄略世からで関東に非常に多く名代を作っているし、さらに
オオビコとシキ宮たるオオビコ有関係の崇神の宮名があるところから、こっち
のほうは雄略天皇だな。そこまでオオビコとシキの関連が強く可能性を高める。
こっちのは杖部造の関係銘文でもあろう。造はオオビコの後裔だそうだからな。
929太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/30(水) 20:59:34
江田船山のは銘文に【治天下】とあるから単なる豪族ではないし、さらに大王と
なればそんなにザラには日本にいない身分だしな。
ただ熊本となれば畿内より相当の遠方だし、別人の可能性は少しながらあろう?
そうなれば九州王朝の王というしかなくなって来る。

しかしながら雄略の可能性もまだまだあるわけで、とにかく小領主だとは言って
いたようだが、崇神世にシキの瑞垣宮からオオビコらによる四道将軍の派遣を
考えればその勢力は数代前の先帝から強力であり、彼の論は雄略への狭小評価の
しすぎであろう。

それも鉄剣というものは建物と大岩石とかの重量物とは異なり、【可動性】が
利くものだから、畿内の雄略の関わりある者が遠い熊本に引越しをやれば、
鉄剣は容易に移動が出来るものであるわけで、あちらで葬儀をやって雄略名の
鉄剣を古墳に一緒に埋めたということは充分考えられるのだ。
930日本@名無史さん:2007/05/31(木) 03:14:48
もっと後の6世紀後半に、播磨国すら異国の地だった大和国。
大和国王=雄略は狭い領土しか領有していなかったのだ。
西日本全部支配なんてトンデモだし、熊本へ鉄剣下賜なんか、無茶でしょ。
931日本@名無史さん:2007/05/31(木) 03:20:07
九州では、福岡の呪術政権から、熊本の軍事政権に移行していた。
熊本の軍事政権の協力関係が関東の国まで及んだというのが真相。
932太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/31(木) 07:15:20
景行天皇は九州行幸しているから少ないだろうが、刀くらい目じゃない。
鏡だって大陸から九州某所の女王国までえんえんと来ている。百枚もな。
たかが1個の刀ならあるあるだね。
933歴史修正委員会:2007/05/31(木) 07:35:20
景行天皇は九州王朝の王だから九州行幸というか九州各地の征服を
やっていたのだろう。
南九州には熊襲がいて抵抗を続けていたからヤマトタケルが再征した。
これを畿内の天皇が自らの歴史として盗んだ。
畿内の王だったら熊襲の反乱ごときに自らわざわざ九州まで行かないだろう。
ずっと後の東北の蝦夷征服にだって天皇自らは行ってない。
934太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/05/31(木) 07:47:22
そうなると目的は別物かも知れんね。九州の王なら巻向宮が畿内にはないだろう。

まさか丸腰で景行が九州行幸したではあるまい。
たかが刀一個くらい畿内から九州へ届く。ただ大量ではないと思う。少しだ。
935日本@名無史さん:2007/05/31(木) 23:52:19
>930
直轄地が室町幕府なみに少ないってだけで、
諸国の地方領主たちをケライにしてたんなら充分だろ。

ま。
播磨は畿内じゃなくて山陽地方だから、
朝廷の直轄地にならないまま続いたんだろ。

播磨の地域は、明治維新後に、ようやく近畿地方に統合されたが、
すでに首都が東京になった後の話だからな。

いわゆる「首都圏」の意味であった「畿内」には、一度も含まれたことがないわけだよな。
丹波、丹後、但馬、淡路島も同様。

これに対し、紀伊・近江・伊勢などは、畿内に近い位置付けの時期もあった希ガス。
936日本@名無史さん:2007/06/01(金) 00:01:48
大和国に初めて仏教が伝来したのは、播磨国から坊さんが来たことによる。
これが敏達天皇の6世紀後半の事件。いろいろ言い訳しても外国だったんだよ。
全国を支配していたけど、播磨国だけは直轄じゃなかったなんて、言い訳が苦しすぎるな。
937日本@名無史さん:2007/06/02(土) 00:24:05
タモリ倶楽部のオープニングが「三篠」の前だった!
東京古田会と多元の会(関東の会)が分裂するきっかけになった店だ
938日本@名無史さん:2007/06/02(土) 23:29:13
このスレもうすぐ終わるけど、これからも続ける?
それともこのどちらかに合流するか。
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1105834872/l50
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1170616745/l50
穴場でここへの合流という手もあり。
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1167465329/l50
939日本@名無史さん:2007/06/03(日) 09:15:36
このまま太国が跳梁するようなら、無駄にスレ消費するだけだし、終わらせていいかな。
急がなくても、いずれほとぼりが冷めて新ネタが出るころに新たに建ててもいいし。
940日本@名無史さん:2007/06/03(日) 11:28:44
940
941日本@名無史さん:2007/06/08(金) 04:18:05
倭王「武」=ワカ「武(タケ)」ル=雄略天皇
だとすると、5世紀にすでに訓読みが行われていたことになり、
それなら、訓読みで記せばよく、獲加多支鹵などと当て字をする必要もないのでは?
942太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/06/08(金) 07:40:16
古事記の冒頭あたりは当て字大いんではないの。いわゆる

「久羅下那州多陀用弊龍之時」
943日本@名無史さん:2007/06/08(金) 08:10:11
だから、後に、雄略天皇の名前に「武」の字が用いられたことを根拠に、
倭王武=雄略天皇とされているわけだけど、その部分が曖昧だとすると、
雄略天皇の実在さえ疑わしくなってくる。
倭王武は大和地方とは無関係の九州王朝の王だったのかもしれない。

944太国 ◆yVAs7uaYlY :2007/06/08(金) 08:33:27
五王の武王は雄略天皇ではない。一グループがあれば田中さんと中村さん
とか山本、山田さんとかがいて、前者の「中」と後者の「山」とか一字の
一致はいくらでもある。雄略でない裏づけ的なものとして、他の四王は
天皇の名とか号とかが全く合わない。むりに近似性を見つけて他の四王
と天皇とを付会している。こういうことから天皇と五王とは別人だという
ことが妥当な考えである。

しかしながら稲荷山も銘文の五文字の名はほぼ雄略の名と一致があり、
これだけならワカサザキの同名をもつ武烈と崇峻のように雄略とは断定
できないが、銘文の系譜の遡りの代数の合理性での大彦と、斯鬼宮の
文字からの崇神のシキの瑞垣宮の名との合致、さらに杖刀人からは
大彦の後裔の杖部造の関係の文字と推察でき、五文字の名は雄略天皇と
考察するのが相当であると観る。鉄剣は可動性のものだから関東出土は
ありうることで、なおかつ雄略の世の前は名代は西方が多かったそうだが
雄略世になって逆転して、名代は関東のほうが極めて多く増加している
そうだから、関東に雄略の影響力があるのはおかしくはない。名代の比は
 関東:関西= 9:1    が雄略の時代の統計だそうだ。
945日本@名無史さん:2007/06/14(木) 11:18:24
いつの間にか「なかった」の3巻でるな。
誰か「寛政原本」と喜八郎と古田の筆跡を並べて偽作認定してくれよ。
原田はすぐ分かるっていってるからそれこそ「一目瞭然」なんだろ。
946日本@名無史さん:2007/06/15(金) 01:27:27
>945
出てたからパラパラ立ち読みしたよ(買ってない)。
なんか筆ペンで書いたみたいな妙ちきりんな「古文書」だったなw。
947日本@名無史さん:2007/06/17(日) 09:47:43
聖武天皇が豊作を喜んで、民衆と共に豊作を祝うために播磨に行幸した。
948日本@名無史さん:2007/06/18(月) 14:10:03
>945
>946
『なかった』3号、カラー口絵に寛政原本、
15ページに和田末吉の大正写本と
和田喜八郎署名入りの昭和写本の写真が出ている。
ならべてみていると結構楽しいよ。
949日本@名無史さん:2007/06/18(月) 14:37:24
古田=ペテン
950日本@名無史さん:2007/06/18(月) 14:42:02
播磨から僧侶が来ただけで外国扱いか。
脳内回路が腐ってるな
951日本@名無史さん:2007/06/18(月) 18:08:14
国内からの仏教初伝などありえない。

952日本@名無史さん:2007/06/18(月) 21:39:48
>>950
おとっつぁん・・・それは言わない約束でしょ
953日本@名無史さん:2007/06/27(水) 21:21:07
俺には寛政原本、大正写本、昭和写本皆筆跡一緒に見えた。
特に大変特徴的な(変な)「流」が完全に一致する。
954日本@名無史さん:2007/06/27(水) 22:40:49
>953
おまえが無能だという証明など、どうでもよし。
955日本@名無史さん:2007/06/28(木) 10:10:44
>>953
きちんと論文にまとめればドクターになれるぞ、ガンガレ!
956日本@名無史さん:2007/06/28(木) 21:41:43
無理。

古田論は議論にも批判にも値しないというのが学会の総意だから論文にするだけ無駄。
957:2007/06/28(木) 22:30:24
でたらめ。

学会は「古田」の名前を出すと波風にさらされるので、他人ごとのふりをしている。
958日本@名無史さん:2007/06/28(木) 22:51:19
どっちにしても古田論なんざ論文に書いてもドクターはおろかマスターも取れんよw
959日本@名無史さん:2007/06/28(木) 22:54:04
古田論は完璧だろ
九州王朝の華麗なる歴史

委奴国王

卑弥呼

神武→ヤマト王朝作る(分家)

継体天皇

倭の五王

磐井

目多利思比孤(用明天皇)

筑紫君薩夜麻

大海人皇子(天武天皇)

蘇我氏←大和朝廷によって滅ぶ
960:2007/06/28(木) 23:03:16
>>958
いや、学会の爺連中が昇天したら、古田説が跋扈するのが分かっちゃってるわけ。
いまは、爺がうるさいし、飯の食いっぱぐれがないように、おとなしくしてるわけ。
961日本@名無史さん:2007/06/29(金) 01:06:02
都合のいい解釈だな・・・
まさに古田信者のスタンスを示している
962日本@名無史さん:2007/06/29(金) 01:14:03
まさに漫画に書いたような陰謀論だw
963日本@名無史さん:2007/06/29(金) 02:37:36
学会は古田が怖いわけ。
盲点をズバズバ指摘されちゃって、反論もろくにできないまま
無視するのが精いっぱいだった。>>961の論調など、学会そのままだ。
964日本@名無史さん:2007/06/29(金) 02:42:19
このスレいいなw
965日本@名無史さん:2007/06/29(金) 02:56:16
皆さん、最高ですか?
966日本@名無史さん:2007/06/29(金) 03:15:40
最高でーす
967日本@名無史さん:2007/06/29(金) 03:47:05
みんなー なかった 真実の歴史学 第3号 もちろん買っているよな
ちゃんと親兄弟や友人にも勧めるんだぞー
968日本@名無史さん:2007/06/29(金) 06:14:26
ありゃ、すっかり荒らされて次スレの必要ないと思ってたらまだ見てる人居たんだ。

かといって、次スレ立ててもまた電波降臨したら同じことだろうし、
次スレを太国専用スレとして立てて、
それとは別に前の原本発見スレの続きも立てて、古田話の続きはそっちでやらない?
もともと2スレ並行で、旧に復するだけなんだし。
969日本@名無史さん:2007/06/29(金) 09:24:09
 
970日本@名無史さん:2007/06/29(金) 11:43:07
>>968
おまえが仕切るな。
971日本@名無史さん:2007/06/29(金) 12:50:52
お前らまとめてばかだな。
>>953が筆跡鑑定によって完全に捏造だと言うから、外三郡誌の偽書証明論文書いて古田を葬りされ、と言ってんだ。
972日本@名無史さん:2007/06/29(金) 12:55:02
たかだか偽書にそんな手間隙かける価値もなし
つか、寛政原本が存在しても偽書の反証にならんし
973日本@名無史さん:2007/06/29(金) 13:02:10
仮に偽書がみつかっても、古田説は揺るがないし
974日本@名無史さん:2007/06/29(金) 16:43:09
偽書であっても「先生は悪質な取り巻きに騙されただけ」と
別の取り巻きが擁護してくれるし、何やっても大丈夫だね。
擁護する取り巻きも、いずれは自分が犯人扱いされる番が
来るのも知らずに・・・。
975日本@名無史さん:2007/06/29(金) 18:05:31
コヴァ信者くらい気持ち悪い連中だなw
976日本@名無史さん:2007/06/29(金) 22:03:51
>>974
バカじゃん。
もし偽書があったら、その犯人だけが犯人でしょ。
977日本@名無史さん:2007/06/29(金) 22:08:41
 
978日本@名無史さん:2007/06/29(金) 22:13:30
 
979日本@名無史さん:2007/06/29(金) 22:14:59
 
980日本@名無史さん:2007/06/29(金) 22:18:02
 
981日本@名無史さん:2007/06/30(土) 05:27:06
>>976
事件となると違うんじゃないか。
犯人は犯人でそれが史書だと工作したが
その工作に「学者のお墨付き」を与えつづけたのが古田。
世間一般に与えた悪影響は計り知れない。
偽書の件と古田自身の評価を分けろというのに同意する俺でも
そこをごまかされちゃ気持悪い。
982日本@名無史さん:2007/06/30(土) 11:27:32
古田は「和田家文書に一切偽書なし」とは言ってないな。
偽書が見つかったら、その犯人が犯人だということだ。
なんで古田が犯人?頭おかしいぞ。
983日本@名無史さん:2007/06/30(土) 18:50:00
>>982
日本語読めないみたいだなw
>>981のどこに古田が犯人って書いてるの?w
984日本@名無史さん:2007/06/30(土) 19:01:08
しかし、東日流のはなしになると、脳みそ生煮えの信者がすぐに現れるな。
どうせ同一人物だろうけど。
985日本@名無史さん:2007/06/30(土) 19:08:26
古田のとりまきが犯人?池沼じゃん。
偽書を制作した奴以外に、犯人なんかいる訳ないだろ。
986日本@名無史さん:2007/06/30(土) 19:09:47
ああ、安田とか原田なら、犯人かもな。
偽書が出回ると、商売繁盛するからな。
987日本@名無史さん:2007/06/30(土) 22:57:26
 
988日本@名無史さん:2007/06/30(土) 22:58:15
 
989日本@名無史さん:2007/06/30(土) 23:33:27
 
990日本@名無史さん:2007/06/30(土) 23:34:19
 
991日本@名無史さん:2007/06/30(土) 23:35:27
 
992日本@名無史さん:2007/06/30(土) 23:43:48
 
993日本@名無史さん:2007/06/30(土) 23:48:45
 
994日本@名無史さん:2007/06/30(土) 23:52:08
 
995日本@名無史さん:2007/06/30(土) 23:58:04
 
996日本@名無史さん:2007/07/01(日) 00:07:58
 
997日本@名無史さん:2007/07/01(日) 00:08:46
 
998日本@名無史さん:2007/07/01(日) 00:09:11
 
999日本@名無史さん:2007/07/01(日) 00:09:38
ああ、安田とか原田なら、犯人かもな。
偽書が出回ると、商売繁盛するからな。
1000日本@名無史さん:2007/07/01(日) 00:10:01
ああ、安田とか原田なら、犯人かもな。
偽書が出回ると、商売繁盛するからな。
10011001
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