天皇家て何処から来たの?

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1ベンゼン中尉 ◆DYfZNhP6fc
語れw
2日本@名無史さん:2005/06/06(月) 01:09:20
高天原
3日本@名無史さん:2005/06/06(月) 02:30:41
結論が出てしまったので


         終         了         


4日本@名無史さん:2005/06/09(木) 20:30:06
ブリアート
5日本@名無史さん:2005/06/09(木) 21:58:24
キャベツ畑
6日本@名無史さん:2005/06/09(木) 22:04:08
↓知恵おそき子
7日本@名無史さん:2005/06/09(木) 22:08:44
朝鮮半島からの征服王朝です
8日本@名無史さん:2005/06/09(木) 22:08:47
乞食嫁
9日本@名無史さん:2005/06/09(木) 22:20:07

◎ B52-DR15(B52-DR2)の頻度

西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%

日本人最多であり、且つ、北九州、山陽、近畿で更に高頻度である
朝鮮人≠西日本人≒モンゴル人≠朝鮮人≠西日本人≒モンゴル人
日本人最多であり、且つ、北九州、山陽、近畿で更に高頻度である
朝鮮人≠西日本人≒モンゴル人≠朝鮮人≠西日本人≒モンゴル人
10日本@名無史さん:2005/06/09(木) 22:25:32
弥生人の末裔、皇族を含む西日本人は、

gm遺伝子で見ると、ブリアート、エヴェンキ、ヤクートと酷似。
HLAで見ると、飛びぬけて高頻度のハプロタイプがモンゴルと一致。
Y染色体で見ると、先住民を除いた朱と紫がブリアートとエヴェンキに近い。

遺伝学で見ると、ブリアートとエヴェンキが最有力。

http://www3.mahoroba.ne.jp/~npa/narayaku/image/dna_map.jpg
http://www.scs.uiuc.edu/~mcdonald/WorldHaplogroupsMaps.pdf
11日本@名無史さん:2005/06/09(木) 23:31:38
馬鹿ダナー

子宮にきまってるだろう
12日本@名無史さん:2005/06/09(木) 23:39:01
三つ目の信号を右折すると右側にドンキがある
そのドンキの脇の細い路地を入り、一階が中華料理店になっている 雑居ビルの四階から来ました。
13日本@名無史さん:2005/06/12(日) 17:53:49
宮崎県
14日本@名無史さん:2005/06/12(日) 17:57:31
京都府
15日本@名無史さん:2005/07/10(日) 14:25:02
朝鮮半島じゃないの?
16日本@名無史さん:2005/07/12(火) 23:00:49
皇居
17日本@名無史さん:2005/07/13(水) 01:14:46
天孫降臨to日向
つまりUFOさ!
18日本@名無史さん:2005/07/13(水) 09:31:14
半島から来たテロリスト
19日本@名無史さん:2005/07/13(水) 11:57:32
天皇家だけでなくそもそも日本人は列島が陸続きだった頃、北と南から流入した人々の混血だろ
だからDNA(見た目も)が北アジア系の人々と似ているのは、かつて彼らが北から流入してきたのだろう
また南からは華南辺りや東南アジア系の人々が流入してきたのだろう

完全な島国となってからは朝鮮半島が一番近いからそこから人々が移ってきたのだろう
実際に古代の墳墓(山陰地方)は朝鮮半島と全く同じ形だし

その中で先進的な技術(農作・軍事)を持つ大陸系の人々がこの島の権力を握って王朝としたという筋書きには無理が無い。

大元はみんな大陸から来たんだから
更にたどると、すべての人類はアフリカのルーシーの子孫なんだから
20日本@名無史さん:2005/07/13(水) 12:07:08
パンキョーレベルの基本的史学知識ですが、
百済王族というのは朝鮮民族じゃあ、ありませんよ。
ある種の方々は誤解してるか目を塞いでらっしゃるけど。
百済王家というのは、現地の朝鮮人を征服して奴隷化した征服王朝であって、
その起源は中国東北部のツングース系騎馬民族の扶余族。
また、高句麗も扶余系。
百済王家が朝鮮人なら、フビライ・ハーンは中華民族になってしまうよ。
また百済王家は対新羅上、日本とずっと親交を結んでおり、
武寧王に至っては日本生まれ。新羅王も、日本列島出身なのは、朝鮮の史書にも書かれてます。
桓武天皇の生母が百済系だという表現は正確だとは言えない。
ましてそれをもって天皇を百済人(笑い)であるとするなら、上記のような事実を踏まえて天皇は満州人です。
さらにそのロジックを用いればロックフェラー家は日本系です。
21日本@名無史さん:2005/07/13(水) 17:10:59
海外
22:2005/07/13(水) 17:57:31
太古,日本列島には馬はゐなかった(魏志倭人伝に「其地無牛馬虎豹羊鵲」).
「うま」といふ音も,元来,漢字の音読み「ま」から生じた.
日本神話で馬が登場する場面は,高天原でスサノヲが暴れるくだり.
アメノブチコマ(天斑駒)をスサノヲが「逆剥ぎ」にして,ハタヤの屋根をぶち破って
投げ落とす.驚いた機織り女はマムコを傷つけて絶命する.
高天原の所在地には諸説あるが,かりに朝鮮半島南部であれば
日本列島にはゐなかった馬が神話に登場しても不思議ではないのだらう.
23日本@名無史さん:2005/07/14(木) 07:46:02
加羅は天皇家のノルマンディー
24:2005/07/18(月) 19:25:50
最新の考古学の成果は従来の天皇家朝鮮系の説を覆しつつある。
丸ノミ型石斧が九州、沖縄、フィリピンに分布する
ことから
列島の南方系の人々はレムリア大陸の水没により
フィリピンから黒潮に乗り南九州にたどりついた
人々と判明された。
25日本@名無史さん:2005/07/18(月) 19:33:49
黒潮の流れは鹿児島の手前で日本海側に別れている
ものがある。こちらに流れた一族は朝鮮半島南部から北九州にたどり着いた。
一方、南の黒潮に乗った人々人々は
この時代もっとも裕福な地であった南九州にたどりついた。
鹿児島上ノ原遺跡は当時のこの地域の繁栄を伝えるとともに
縄文時代の遺跡である同遺跡で弥生式土器が発見されたことは
学会にとってもセンセーショナルな出来事であり
当時の南九州の文明の高さを証明するものである。
26日本@名無史さん:2005/07/18(月) 19:36:25
天皇家ゆかりの地が黒潮ルート沿いに
展開するのは偶然ではない。
27日本@名無史さん:2005/07/19(火) 02:59:32
天皇家のハプロタイプを調べてくれ
28日本@名無史さん:2005/07/19(火) 03:34:38
あっち
29日本@名無史さん:2005/07/20(水) 18:29:41
従来の学説は天孫降臨の地が
南九州なのは権威づけのためという
無理矢理な説明をしてきていたが、
最新の考古学は南九州であることは事実に基づくものであることを示している。
30日本@名無史さん:2005/07/20(水) 18:41:40
欧米の学者が言うコメと一緒で半島から南九州な。

米のトマフォークと中のぼろ核を一緒に喰らいたかないだろw
31日本@名無史さん:2005/07/20(水) 19:27:23
天孫自体がツングース系でそれまでの古代王朝とは異なる。
古代王朝は九州が中心だがツングース征服王朝は出雲畿内関東本州。
ヒムカの地は元ヤマトの地名だったが彼らに征服された。
32日本@名無史さん:2005/07/21(木) 11:03:05
はっきり言って別に何処からきても良いんだよね
大陸からだって何だって
宇宙から来たんだったら一大事だよ
33日本@名無史さん:2005/07/21(木) 12:43:46
俺が必死に書いた天空の城ラピュータ説は削除されたのか?
34日本@名無史さん:2005/07/21(木) 13:24:05
じゃあ、この話はミステリーってことで。

   終了


次行ってみよう ↓
35日本@名無史さん:2005/07/21(木) 23:34:16
みんなお母さんから来たんだよ。お母産。
36日本@名無史さん:2005/07/21(木) 23:55:52
B52-DR15星雲
37日本@名無史さん:2005/07/22(金) 00:07:08
天皇は畝傍山から!
38日本@名無史さん:2005/07/23(土) 00:44:07
天皇は皆剛毛
3933:2005/07/23(土) 02:29:24
天空の城ラピュータ説また書いて良いのか?
削除された理由を述べてくれ。
リアリティがあったのか?
まさかあれを信じる奴が出てくる危険性があるというのか???
40日本@名無史さん:2005/07/23(土) 02:39:34
韓国人なんて天皇家の血を濃くしたようなものだから
朝鮮人は皆天皇みたいなもんだろ
41日本@名無史さん:2005/07/23(土) 03:58:42
天から降臨した。
42日本@名無史さん:2005/07/23(土) 04:28:27
おかぁのおめこやねーけ
43日本@名無史さん:2005/07/23(土) 04:48:01
>>40
今時、騎馬民族説なんて信じちゃってる人ですか?
何十年も前に廃れた珍説なのに。
44日本@名無史さん:2005/07/23(土) 05:25:45
天皇家の名字は無いのではなく、隠されているだけである。
1915年6月29日、ときの「朝鮮総督府」により、金官伽耶の金海金氏の族譜(家系図)の族譜の発行を禁止した。
何故か。
また、嘗て宮家には賀陽宮(かやのみや)があった。
天皇家は百済系では無い。
45日本@名無史さん:2005/07/23(土) 05:54:00
また電波が現れたww
46日本@名無史さん:2005/07/23(土) 06:56:46
弥生時代の倭人の族長とかそのあたりだろ
その弥生人のルーツまでさかのぼる気ならシラネ。
天皇が百済とか新羅とかはナンセンスってか最近そんなスレばっかだな。
47日本@名無史さん:2005/07/23(土) 07:00:39
金官伽耶の金海金氏
48日本@名無史さん:2005/07/23(土) 07:03:52
天皇家が3世紀以後の朝鮮半島渡来の可能性で言えば
有り得そうなのは伽耶出身説くらいか
新羅・高句麗・百済はないだろう
49日本@名無史さん:2005/07/23(土) 11:55:49
てか、邪馬台国の倭人と大和政権の支配者層が
同一の文化的背景を持っていたのは明らかでしょ。

何で出自を外国に求める珍説を信じちゃうのかねえ。
50日本@名無史さん:2005/07/23(土) 13:26:10
>>45
バカガキか。
>1915年6月29日、ときの「朝鮮総督府」により、金官伽耶の金海金氏の族譜(家系図)の族譜の発行を禁止した
理由を説明してみろ。これは歴史的事実だ。
今上天皇は自分の祖先が朝鮮半島から来たと言ったよな。じゃあ、それは何と言う国だ?え?
51日本@名無史さん:2005/07/23(土) 13:29:24
>>49
出雲とは何かを考えてみよ。
52日本@名無史さん:2005/07/23(土) 13:56:11
>>51
畿内か九州にあった邪馬台国に滅ぼされた国でしょ。
53日本@名無史さん:2005/07/23(土) 17:16:09
>>50 今上天皇が「自分の先祖が朝鮮半島から来た」と言った…。天皇は一切そのような事は言っていませんが?
54日本@名無史さん:2005/07/23(土) 17:23:56
>>52
出雲が滅ぼされたはずはない、大和朝廷の中核になっているのは
宗教、官吏の出自、文化背景からも明らか。
むしろ、大和朝廷と名を借りた出雲朝廷とさえ言っていいくらい。
九州の王朝は大和の朝敵だ。
55日本@名無史さん:2005/07/23(土) 21:23:31
>>53
ここを参考にされていると思うけどw
http://blogs.dion.ne.jp/amabegoro/archives/996580.html
金海金氏の系図の発行を停止しただけで、何故天皇家が任那人になるの
でしょうか?第一金海金氏の系図と日本神話が符合するの部分はごく一部分。
日本神話は世界中の神話の影響を受けており、貴方の理論だと天皇は
中国人やペルシア人になってしまいますよ?
ちなみに「賀陽宮」の語源は宮邸の榧(かや)の老木に由来します。
第一明治時代に創設された宮家。とんだ電波ですねぇ。。。w
56日本@名無史さん:2005/07/23(土) 21:43:19
そもそも金海金氏って日本人が始祖なんだろ?
57日本@名無史さん:2005/07/23(土) 21:46:18
応神大王は金官加羅からやってきた傭兵隊長。
58日本@名無史さん:2005/07/23(土) 21:51:27
ショック!!!
59日本@名無史さん:2005/07/23(土) 22:08:02
なるほど納得
60日本@名無史さん:2005/07/23(土) 22:48:33
甕墓だっけ?北九州と挑戦南部に共通する墓。
しかも甕墓の量は九州のほうが全然多いとか。
61日本@名無史さん:2005/07/23(土) 22:57:17
>>55
ウガヤとアラカヤって知ってるか?
出雲大社の次の駅の名を知っているか?
自分の無知を棚に上げて人を電波扱いかいwww
>金海金氏の系図の発行を停止しただけで
だけで?
それがどんなに重要なことかわからないバカのようだな。
その発行の停止の理由を聞いているんだよ。
お前はどこにその答えを書いたんだ?
62日本@名無史さん:2005/07/23(土) 22:57:25
121 :日本@名無史さん :2005/06/05(日) 16:51:04
金海は今の韓国南部、慶尚道釜山市の一体にある地名で、金海郡が置かれています。
韓国で出版されている「倍達民族の始祖と官職通覧辞典」には金海金氏は唯一、
同じ本貫に別系統の同姓が2つある氏族です。

一つ目の金海金氏は始祖が金首露といい、駕洛国(伽耶)の初代国王で9人の息子がいました。
内、7人が金姓を、残りの2人が母の姓である許氏と河氏を継いだのが金海金氏の始まりです。
実はこの初代国王・金首露は海を渡ってきた渡来人と伝えられています。
韓国の資料には国王が渡来人であるとし、日本の記録で同じ時期に任那・伽耶諸国は日本の領土であった
ことからこの金海金氏は日本人である可能性が濃厚です。
よって、>>119にある発禁処置とやらをうけたのはこの氏族ではないでしょう。

もう一つの金海金氏は初代は金忠善といい壬申倭乱のときに3000人の兵を率いて帰化した
沙也可(サヤカ)という日本人です。王から姓を賜り金海金氏になったとあり、
もともとは加藤清正の部将であったとされています。
こちらの方は植民地時代に自分は日本人の末裔だと役所に名乗ったところ
「我が帝国にそのような裏切り者などいるはずが無い」と相手にしてもらえなかったという話を
を僕もどこかの本で読んだ記憶があります。なので
>>119の話はこちらの金氏かもしれません。いづれにせよ、記録されたという官報を見てみないことには判断がつきませんが・・。
63日本@名無史さん:2005/07/23(土) 23:32:42
>>60
甕墓については越前からも出土しているらしい、
ベトナムにもあるらしいが、元はインド方面の埋葬形態らしい。
64日本@名無史さん:2005/07/23(土) 23:54:38
>>60>>63
素戔嗚尊と牛頭(ソシモリ)の関係を考察せよ。
65日本@名無史さん:2005/07/24(日) 00:23:25
少なくとも天皇のスピーチの内容をねつ造し、賀陽宮と伽那を強引に結びつけてマンセーしている方は電波という方向でw
66日本@名無史さん:2005/07/24(日) 00:56:27
>>65
「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています」
という発言の意味するものは何だ? おまえ、捏造って言葉の意味わかってんのか?
宮家の名前と言うのはな、簡単に付けられるものではないんだよ。
さんざん由来を吟味されて付けられるもんだ。賀陽宮と聞いて伽耶を思わない方がよほどのアホーだ。
栢や萱ですら伽耶を由来とされているのに、賀陽宮と伽耶が強引に結び付けられているだと?
お前、日本書紀なんか読めんぞ。その程度の頭では。
67日本@名無史さん:2005/07/24(日) 01:44:23
桓武天皇の母(光仁天皇の側室)は、日本に人質として来ていた百済の武寧王の
200年後の子孫。天皇家の出自とは関係ないじゃん。

ちなみに「ゆかり」発言は韓国のマスコミに歪曲されて
「日王、王室の根、百済王室から起こると是認」と捏造報道されたらしい。
68日本@名無史さん:2005/07/24(日) 03:14:28
>>44
「1915年6月29日、ときの「朝鮮総督府」により、金官伽耶の金海金氏の族譜(家系図)の族譜の発行を禁止した」
これのソース教えて。まさか戦国時代の日本人の沙也可(サヤカ)の子孫の金海金氏のことじゃないよな。
69日本@名無史さん:2005/07/24(日) 08:28:45
>>66

貴方>>50
「今上天皇は自分の祖先が朝鮮半島から来たと
言ったよな。じゃあ、それは何と言う国だ?え?」

という書き込みをなさっていますよね?

「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると
続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています」

この言葉が何故「自分の祖先が朝鮮半島から来た」と捏造されて
いるのでしょうか?実際は1200年前の49代光仁天皇の側室で、
50代桓武天皇の生母が百済の武寧王8代孫だというだけw
70日本@名無史さん:2005/07/24(日) 08:31:35
第一宮家の名前、即ち宮号の命名方法も非常に簡単です。
三笠宮や高円宮は山の名前から、秋篠宮、常陸宮、秩父宮は地名から、
賀陽宮と同じ久邇宮から枝分かれした東久邇宮は、文字通り東の
方向に邸宅があったから。賀陽宮は邸宅の榧の老木から。

第一「賀陽」の意味が「伽耶」だとして、何故明治時代に作られた
新しい宮家に態々「伽耶」と名づけるんでしょうか?説明してくださいw

71日本@名無史さん:2005/07/24(日) 12:52:19
>生母が百済の武寧王8代孫
平成天皇が桓武天皇の子孫である以上、武寧王は立派な「祖先」のひとりですが、何か。
72日本@名無史さん:2005/07/24(日) 14:33:17
>>66って頭悪いよね〜
本当に知識があるのなら、理路整然とした論を繰り広げて俺を納得させて欲しいもんだ。
73日本@名無史さん:2005/07/24(日) 15:13:19
たしかに武寧王は天皇家の祖先の一人だよな。
でも天皇発言を曲解して「天皇家の男系祖先は朝鮮人」なんて電波を
飛ばしたのが当時の韓国マスコミ。さすがに韓国の歴史学会でも批判を浴びて
トーンダウン。韓国人はコンプレックス強すぎ。
それより自分たちの直接の祖先の国新羅の初期の国王や宰相の出自が
自国の正史にどうかかれているか調べてほしい。
74金試腹:2005/07/24(日) 15:28:50
>>73
さらに古くは神功皇后も新羅王の子孫だしね。

6世紀初の新羅王は百済の亡命貴族なんだから
現在「金(キム)」を名のっている輩は百済王の末裔でもあるんだろ?
そこんとこどうなのよ?っ感じだ。
75金試腹:2005/07/24(日) 15:48:51
・吉備氏は5世紀後半に任那に派遣されいてた。
・舒明天皇の皇子に「蚊屋皇子」つー人がいる。
・嵯峨天皇の周辺にも「カヤ」と訓む名称は多い。
76日本@名無史さん:2005/07/24(日) 18:31:31
カヤのような弱小氏族が、どうして巨大な古墳を造れる王族を破れたのでしょうか?
巨大古墳を造った大和一族がその勢いで朝鮮南部まで攻め込んだ方が自然に思う。
当時の朝鮮は群小国家時代だった筈。
77日本@名無史さん:2005/07/24(日) 19:09:20
>>70
他に木の名前を取った例が一つでもあるのか?
ただの地名? バカを言うな。どんな地名でも付けられるとでも思っているのか?
バカ過ぎやしないか?
78日本@名無史さん:2005/07/24(日) 19:14:53
じゃあどんな地名だったらいいんだよ?
79日本@名無史さん:2005/07/24(日) 21:09:27
>>76
電波君たちには、そういった当たり前の解釈ができないんだよ。
こじつけと捏造で構成されている自称歴史家の書いたインチキ古代史本を
読んで、真に受けちゃってる人たちだから。
80日本@名無史さん:2005/07/24(日) 21:21:27
中国新朝の王族の生き残りが
日本に渡り、神武天皇になったんだよ。
81日本@名無史さん:2005/07/24(日) 21:26:37
日本人には中国人に多い遺伝子が全く出てこない。
中国人にも日本人に多い遺伝子がわずかしか出てこない。

日本人から出てくるのはモンゴルあたりに多い遺伝子と
土着系の遺伝子ばかり。
82日本@名無史さん:2005/07/24(日) 21:26:42
卑弥呼さんの遣使は帯方郡にご挨拶
三国の影も形もないじゃん。
83日本@名無史さん:2005/07/24(日) 21:43:10
>>1

中東であることが判明している
84日本@名無史さん:2005/07/24(日) 21:57:11
まあ、高天原の所在地は北九州か畿内が有力だから、
そのどちらかでしょう。
85日本@名無史さん:2005/07/24(日) 22:00:06
天皇=古代ユダヤ
86日本@名無史さん:2005/07/24(日) 22:01:50
天王星
87日本@名無史さん:2005/07/24(日) 22:02:02
>高天原

筑豊盆地
88日本@名無史さん:2005/07/24(日) 22:05:17
天皇はどうか知らんが、その前身のオオキミは
支那の殷代の人々じゃなかろうか?
89日本@名無史さん:2005/07/24(日) 22:05:59
1番考えられるのは
4世紀後半までは畿内土着の政権があり、
それを神武=応神が東征により奪ったという可能性。
神武東征神話は応神東征を正当化するための
でっちあげ。2代目から崇神王朝までの系譜は
畿内土着の連合国家体制の系譜。
そして九州邪馬台国勢力の応神がそれをのっとった。
卑弥呼の時代は畿内・九州それぞれ同盟関係にあった。
90日本@名無史さん:2005/07/24(日) 22:10:20
>>89
中々良い感じだと思う、それで、出雲政権は?
91日本@名無史さん:2005/07/24(日) 22:41:37
>4世紀後半までは畿内土着の政権があり、


弥生人研究家として一言。

弥生人はBC2C末には既に船を操り中国地方まで東進している。
BC1C末頃には東北地方まで進出していた事が分かっている。
それよりずっと後の4C後半ではもう西日本一帯が弥生系勢力下のはず。
弥生人が九州北部より東進していったのは南部や西部に縄文系勢力が
あったからだと考えられ、人口増加とともに、当時、縄文人過疎地
だった中国〜近畿地方に流れていくしかなかった。

むしろ本来の土着系(縄文系)勢力が九州南部より東進して
弥生系に奪われた領土を奪回したのではないか?
92日本@名無史さん:2005/07/24(日) 22:45:59
弥生、縄文そう簡単に分けれるもんじゃない、
有明海周辺はすでに縄文の混血種が開拓してるし
(DNAや遺跡調査等から)
縄文だの弥生だのという概念自体が当時の倭人
中国人にはないことからも明らか。
93日本@名無史さん:2005/07/24(日) 22:47:29
卑弥呼と天照の符号があまりにも多すぎる。しかも時代も一致するし、邪馬台国と大和国の国名の合致も気になる。邪馬台国の一派が建てたのが大和政権ではないだろうか?
94日本@名無史さん:2005/07/24(日) 22:47:44
ただ、新参者(出雲系=天孫族=土井が浜タイプ)
については渡来系、外来種という
意識が倭人側、天孫族側双方にあったようである。
95日本@名無史さん:2005/07/24(日) 22:53:06
出雲系と天皇家の違いを具体的に教えて下さい。今一解らないもので…
96日本@名無史さん:2005/07/24(日) 22:58:52
天孫は日本語を話す北九州の勢力です。
天皇家の出自を海外に求めるのは電波。
97日本@名無史さん:2005/07/24(日) 23:01:40
弥生人は縄文人と居住区を異にしていた事も分かっている。
全体に混血が浸透したのはそうとう後の事だと思われ。

縄文、弥生という概念というより、異種異族としての認識は
当時の縄文、弥生、両倭人には当然あったと思う。

でも中国人には無いだろうね。

中国古書に最初に倭人という言葉が出てきたのは1Cの後漢書だったか?
倭人が楽浪を訪れ、漢人は初めて倭人の存在を知る事になる。
98日本@名無史さん:2005/07/24(日) 23:02:20
天孫は出雲勢力です。
アマテラス系の神社はそれです。
99日本@名無史さん:2005/07/24(日) 23:07:50
>>97
出雲系はかなり異種で大規模に渡来したと言われているので
そういった棲み分けがあったかもしれない。
身長からして違っていたらしい。
http://www5d.biglobe.ne.jp/~tosikenn/4sumi1.html

しかしこの国(日本)の民は元々縄文も含め国津神を祀っていた。


【人種論】
日本神話では、いわゆる「天孫{てんそん}民族」が新しくきて、
国土を統一したように伝えている。それを歴史に読み替えて、
天孫民族が日本人、先住民族がエゾですなわちアイヌという理論に
発展した。『類聚国史{るいじゆうこくし}』では、エゾを「風俗部」
に数え、これを一種の「国内殊俗{しゆぞく}」すなわち「国内異民族」
扱いしている。歴史的経過に照らせば、北東日本に拠った「国内異民族」
にあたるものがアイヌであることは、まことに自然である。だから、
エゾをアイヌと考えることは、十分理由のあることである。しかし、
これは、蝦夷をエゾと読むようになった平安中期以降では無条件に正しい
のであるが、蝦夷をエミシ(エビス)とよんでいた古代においては、
これをすぐにアイヌと置き換えるだけの十分な理由がない。古代エゾ観念
は人種観念でないからである。それを、エミシ時代の古代エゾをも含めて、
通して、アイヌか日本人かという二者択一の人種論でとらえようとしてきた
ところに、この議論の誤りがあった。
100日本@名無史さん:2005/07/24(日) 23:12:47
天皇は渡来人であるのは自明
古墳の絵見てこいや
101日本@名無史さん:2005/07/24(日) 23:18:07
>>100
古墳の絵て、まさか飛鳥時代の古墳のことですか?www

天皇家の出自が日本語を話す民族であったのは自明。
102日本@名無史さん:2005/07/24(日) 23:20:49
>>99
おめーはただのビビンバじゃねえか。

こんなところまで出てくんな。
こんなところで日本人に対して洗脳工作やらかしてないで、


と っ と と ビ ビ ン バ ラ ン ド に 帰 れ !


103日本@名無史さん:2005/07/24(日) 23:37:38
でもまあ漏れが習った日本の古代史は、縄文人と弥生人が文明人の半島人や中国人の
渡来人に文明をさずかり、それ以前の石器時代に毛が生えたような生活から立ち直りました
っていう風に習ったよ。
104日本@名無史さん:2005/07/24(日) 23:43:13
>>103
素人はロムに徹しなさい
105日本@名無史さん:2005/07/24(日) 23:46:16
半島人こそ中国人からシナ文明を授かった。

BC2C末、漢に侵略されて楽浪を擱かれて400年以上支配された。

ビビンバ人の血には中国人の遺伝子がたっぷり出てくるが、
日本人種にはほとんど出てこない。

日本には弥生系が北方アジアの文化をもたらした。
106日本@名無史さん:2005/07/24(日) 23:50:25
弥生系ってチョソなんじゃないの?骨格とか顔つきが似てるって・・・
107日本@名無史さん:2005/07/24(日) 23:57:37
とぼけすぎてて、わざとらしい。

弥生人が半島をすり抜けてきた北方人種という事など
日本史板の常識中の常識だろが。

寄り目にビビンバ入れるぞw
108日本@名無史さん:2005/07/25(月) 00:02:12
土井が浜タイプ(天孫族)は違う、すり抜けてきていない。
すり抜けたタイプはほぼ無意識?に倭人の中に混じっている。
109日本@名無史さん:2005/07/25(月) 00:04:36
土井が浜タイプはただ単純に吉野ヶ里タイプの100年以上後のタイプ。
110日本@名無史さん:2005/07/25(月) 00:11:54
土井が浜タイプ(天孫族)は組織的渡来であったことや大陸文化の
シャーマン邪術使いであったことから土着倭人勢力との
間に衝突があったと思われる。天孫系の渡来が日本での戦争文化の
始まり。
111日本@名無史さん:2005/07/25(月) 00:16:47
土着系と衝突があったから、吉野ヶ里タイプは1Cほどして
その一部が船を操り東進をし始めた。

まず最初にその足場になったのが土井が浜。
112日本@名無史さん:2005/07/25(月) 00:18:31
天孫族=日本語を話す民族=倭人
高天原=北九州
113日本@名無史さん:2005/07/25(月) 00:22:13
>>111
なんも知らないな、書き込むなよ。。
土井が浜や出雲のタイプは半島むいて
埋葬してるんだぞ、適当な事書くな。
114日本@名無史さん:2005/07/25(月) 00:23:17
日本語=アルタイ系
タカマガハラ=モンゴル方面
115日本@名無史さん:2005/07/25(月) 00:27:52
政治家や官僚は大卒だから、不正はしないよ。
政治家や官僚を叩くのは高卒の妬みだよ!

lヽ
l 」∧_∧       
‖ ( ゜∀゜)アヒャーヒャヒャ
⊂    つ
  人  Y
 し(_)
116日本@名無史さん:2005/07/25(月) 00:28:04
>>114
いくらなんでも電波すぎ
117日本@名無史さん:2005/07/25(月) 00:30:45
>>113
馬鹿。

それはただ単純に太陽信仰。
海に沈む太陽に首を向けて埋葬してるだけ。

日本人には華北人に多い遺伝子がほとんど無いのだ。
華北人にも日本人に多い遺伝子がわずかしかない。

大陸(華北)に向けて埋葬したなんて三国志狂者の妄想妄想。
118日本@名無史さん:2005/07/25(月) 00:36:11
>それはただ単純に太陽信仰。

どっちにしても金、白系
http://www5d.biglobe.ne.jp/~tosikenn/4sumi1.html
119日本@名無史さん:2005/07/25(月) 00:38:24
朝鮮人には華北人に多い遺伝子がたーっぷりあるがな。

せいぜい君は大陸を向いて土葬されてくれたまえよw
120日本@名無史さん:2005/07/25(月) 00:46:01
倭人(縄文の後裔)の神
1,大国主(倭)魂 2,国津神

征服者天孫族(出雲、土井が浜タイプ)以降
1,天照大神 2,大国主(倭)魂 3,国津神
121日本@名無史さん:2005/07/25(月) 00:56:32
てかマジで漏れは弥生人は半島から来た渡来人って習ったよ。
みんなそうじゃないの?ちなみにS50年代生まれです。
122日本@名無史さん:2005/07/25(月) 00:59:12
天孫が倭人(日本語を話す民族)なのは明らか。

また、伊勢神宮や出雲大社が南方系の高床式の建造物であり、
その神社形式の巨大家型埴輪が今城塚古墳などから出土していることから、
天孫=倭人は南方系。
123日本@名無史さん:2005/07/25(月) 00:59:36
アマテラスは♀?
124日本@名無史さん:2005/07/25(月) 01:08:56
日本人からは南方系の遺伝子もハプロタイプもほとんど出てこない。

朝鮮人にはたーーーーーっぷりと出てくるがな。


華北人に国ごと犯されたからwwwww
125日本@名無史さん:2005/07/25(月) 01:12:40
http://www5d.biglobe.ne.jp/~tosikenn/4sumi1.html
↑これが倭系とは違う別文化圏であったことは明らか。
126日本@名無史さん:2005/07/25(月) 01:14:49
>>122
彼らは靴を履き8母音(外国語)を使いこなす渡来の人々。
倭語とは違っていた。
127日本@名無史さん:2005/07/25(月) 01:27:05
>>126
もともと日本語は8母音だったのが後世に5母音に変わっただけでしょ。
靴を履いていたなんて古墳時代後期以降の話。
128日本@名無史さん:2005/07/25(月) 01:30:07
古墳時代中期以降だった。
129日本@名無史さん:2005/07/25(月) 01:37:06
>>125
古墳の形が違うことが何で民族まで違うことになっちゃうんだよwww

君はそのホームページをあちこちに貼り付けてるけど何の意図があるんだ。
130日本@名無史さん:2005/07/25(月) 01:45:06
倭種とは違いそうではあるな
131日本@名無史さん:2005/07/25(月) 01:48:34
125=出雲を朝鮮誘致しているビビンバ
132日本@名無史さん:2005/07/25(月) 01:52:42
ほら、出雲天孫族(外国人)と倭(やまと)族の戦争はタブー視されてるからね。
しかも、倭族が悪者、侵略者であるというような皇国史観で
歴史がねつ造されてるから。これは戦後も変わらない。
133日本@名無史さん:2005/07/25(月) 01:55:06
やっぱり電波かwww
134日本@名無史さん:2005/07/25(月) 01:56:42
新参者の足跡。。。
出雲族は関東へ

出雲の姓は関東の地名へ. 出雲古代史に詳しい朴(パクビョンシク)氏は、東部出雲の
人の姓を電話帳で調べ、最も多い姓を次の3群 ... まさに、出雲人の関東への移住は、
県名にまで及んでいたのである。 明治天皇が東京へ遷幸されたのち、最初に詣でたのは ...
www003.upp.so-net.ne.jp/kodaisi/kantou.htm - 12k - キャッシュ - 関連ページ

数々の朝鮮系神社、朝鮮由来の地名、高麗山、高麗川、高句麗国(神奈川、埼玉)、新羅国、朝鮮人の国

関西と関東の昔の関係は大和と新参朝鮮人か、、、、、
関西と関東の昔の関係は大和と新参朝鮮人か、、、、、
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関西と関東の昔の関係は大和と新参朝鮮人か、、、、、
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関西と関東の昔の関係は大和と新参朝鮮人か、、、、、
135日本@名無史さん:2005/07/25(月) 01:57:17
92 :通りすがりの医者ですが :03/02/21 14:02
平たく言うと血液型をABOとかRHだけでなく、もっとこう徹底的に分類しまくった
というその世界では有名な調査があります。それによれば糸魚川あたりで関西人と
関東人がくっきり二分できたんですが、その際、関西圏中で出雲だけが完璧な関東
人型を示したんですね。

93 :通りすがりの医者ですが :03/02/21 14:07
中途半端に京都あたりでなく、神の国出雲が関東の飛び地であった
事実に、当時医学生だった私は太古のロマンに夢を馳せ、しばしうっとり
したものでした。

「東日本と西日本 」というスレが立ってますが、二度書くほどの中身でもないので
一応、こちらでご披露させていただきます。
失礼致しました。

94 :通りすがりの医者ですが :03/02/21 14:10
あ、自分の文章ながら、ひとつだけ
つっこませていただければ「関東が出雲の飛び地」なのかもね。

99 :通りすがりの医者ですが :03/02/24 09:41
でも今日はいいことありそうだから気を取り直して教えてあげよう。

オリジナルは北海道大学現第三内科(血液)の業績だけど、
ヒューマンヒストコンパーティビリティを語る上で学生の食いつきの
良い話なので、どこの医学部の授業でも必ず取り上げられてる話なんですね。
まわりで医者でも医学生でも捕まえてヒューマンヒストコンパーティビリティ
ってなに?って訊ねてみ。まともなやつなら先ず出雲の話、し始めるから。
136日本@名無史さん:2005/07/25(月) 02:00:17
>>134
>出雲古代史に詳しい朴(パクビョンシク)氏
この人、万葉集が韓国語で書かれているっていってる人だよねwww
137日本@名無史さん:2005/07/25(月) 02:13:56
http://www5d.biglobe.ne.jp/~tosikenn/4sumi2.html
倭征服の拠点・・
http://www5d.biglobe.ne.jp/~tosikenn/tripizumo9.html
朝鮮半島の新羅の古都・慶州を中心に分布しているとされ、新羅系のものとみられている。
http://www5d.biglobe.ne.jp/~tosikenn/tripizumo.html
出雲新羅政権の野望・・初めてつくった国なので小さくつくったが、よその土地を縫いつけて大きくしよう。。。。

138日本@名無史さん:2005/07/25(月) 02:18:04
このスレおもろしろいw
139日本@名無史さん:2005/07/25(月) 23:04:23
>>122
伊勢神宮と出雲大社じゃ、天と地(国かw)ほど違うだろ。何一緒にしてんだよ。
140日本@名無史さん:2005/07/25(月) 23:18:17
>>70
秩父宮の由来がhttp//www003.upp.so-net.ne.jp/kodaisi/kantou.htmにあるぞ。
141日本@名無史さん:2005/07/25(月) 23:44:01
電波君(別名ツングース厨)の元ネタは、万葉集が韓国語で
書かれているっていっちゃってる歴史愛好家の朴さんの珍説。

電波君が珍説の布教に必死なのは何故?
142日本@名無史さん:2005/07/25(月) 23:57:14
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/geo/1114177067/
下戸遺伝子工作、半島帰化人大量渡来工作、出雲朝鮮工作を
やっている香具師は同一人物の朝鮮人と完全に判明した。


642 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2005/07/25(月) 22:40:55 ID:byInSV8g
酒の強さは遺伝子で決まる

643 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2005/07/25(月) 22:41:25 ID:byInSV8g
関東・武蔵国の住民の大半か、ほとんどが朝鮮半島人だったのではないか?

646 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2005/07/25(月) 22:44:22 ID:byInSV8g
出雲族は関東へ
143日本@名無史さん:2005/07/26(火) 00:16:05
>>81
>日本人から出てくるのはモンゴルあたりに多い遺伝子と
>土着系の遺伝子ばかり。
中原の漢族とのことを言ってるのかな。
内モンゴルや華北に住むのも中華人民共和国民。
台湾省や福建省の高山族も中国人。
YAP+遺伝子、バンバン出てるよー。
144日本@名無史さん:2005/07/26(火) 00:30:16
>台湾省や福建省の高山族も中国人。YAP+遺伝子、バンバン出てるよー。

で、そのソースは?で、そのソースは?で、そのソースは?で、そのソースは?
で、そのソースは?で、そのソースは?で、そのソースは?で、そのソースは?
で、そのソースは?で、そのソースは?で、そのソースは?で、そのソースは?
で、そのソースは?で、そのソースは?で、そのソースは?で、そのソースは?
で、そのソースは?で、そのソースは?で、そのソースは?で、そのソースは?
で、そのソースは?で、そのソースは?で、そのソースは?で、そのソースは?
145日本@名無史さん:2005/07/26(火) 11:52:47
出雲族は関東へ、は事実。
ルートはタケミナカタに準ずる。
越の国を経て信州へ、それから常陸の国、会津へ。また一方は越の国から日本海側をあがり津軽へ。
出雲弁と福井弁が似ていることは言語学上も言われている。
また、茨城県沿岸には宗像系、出雲系の地名が多く残されている。
146日本@名無史さん:2005/07/26(火) 11:55:24
ここだけの話だが
最終島からお越しになられた
とういう説が有力
147日本@名無史さん:2005/07/26(火) 12:06:45
199 名前:日本@名無史さん 投稿日:2005/03/09(水) 01:23
神道が古代宗教とすると、新しい宗教はもちろん大陸からもたらされた仏教で
蘇我氏など渡来系貴族は仏教を中心に結束していた。
物部・中臣などは神道をまつり、仏教をはげしく排斥した。

蘇我氏は渡来人として血縁はもちろん、大陸の言葉もつかえたであろうから
海外との交易・交流で財をなし、朝廷での発言力も財務担当の大臣として
じょじょに強まっていった。
だが物部は朝廷の軍事を司るというから、これは容易な敵ではない。
じじつ、さいしょは蘇我は物部より小さく、婚姻関係をむすぶことで機嫌を
うかがってきた。

蘇我氏は馬子の時代に物部氏を滅ぼしたが、数万の軍勢の戦いであったというから
古代の大戦争であった。
物部氏は本国を攻め取られ、男は殺され女は犯しつくされたという。
このとき、おそらく何十万が女奴隷となり朝鮮人の子を産まされたはずだ。


だから、天皇家がまちがいなく弥生系で、関西人の祖先も弥生系だとしても、
物部の敗北で犯しつくされ、全員朝鮮人に生まれ変わったというのが真実。


蘇我氏なんてしらね、全員滅亡しただろ?とDQNは思ってそうなので1つ。
奈良盆地南部には蘇我川が流れてます。そう曽我川です。
ようするに蘇我さんは、曽我さんになったのですね。そう、日本全国にいる曽我さんです。
四国に長曽我部なんて大名もいましたよね。そんな調子で子孫はいっぱいいます。
もし大化の改新がなければ「曽」は「蘇」でしょう。

蘇我川を支配してたから蘇我氏。つまり奈良盆地は蘇我の領地ですw
奈良といえば、幼女誘拐の小林薫さんですね。
ああいう顔の人がいっぱい住んでます。
148日本@名無史さん:2005/07/26(火) 13:43:18
プレアデス星団から来たんでしょ。
14916歳中卒ヒッキー:2005/07/26(火) 13:47:11
出雲は邪馬台国に滅ぼされた狗奴国です。
そして天皇は卑弥呼の末裔です。
150日本@名無史さん:2005/07/26(火) 14:10:23
出雲が滅ぼされたわけねーだろ、
大和朝廷の中核だよ。
151日本@名無史さん:2005/07/26(火) 14:11:26
大王(倭=ヤマト王)
天皇(天孫族王=出雲王)
15216歳中卒ヒッキー:2005/07/26(火) 14:17:03
国を譲る代わりに
朝廷内での重職を任されたということでは?
153日本@名無史さん:2005/07/26(火) 14:20:06
普通そう考えるよな。
それに対抗して、東に逃げた諏訪氏って何か伝説とか残ってないの?
15416歳中卒ヒッキー:2005/07/26(火) 14:20:53
天皇はどこからきたというよりも
ただ単に部族間で話し合い共立しただけでは?
155日本@名無史さん:2005/07/26(火) 14:21:05
その可能性が高いと漏れはみてる、そう考えると
いろんな史実が合理的に説明できる。
156日本@名無史さん:2005/07/26(火) 14:24:18
155は152に対するレス
15716歳中卒ヒッキー:2005/07/26(火) 14:25:02
つまり万世一系の天皇家が
国を統治するという不文律を作り
これを破るのはこの国ではタブーだという
精神風土を構築することで
中国やヨーロッパのような
強いものが王に取って代わるというような
争いが避けれるわけです。
158日本@名無史さん:2005/07/26(火) 14:27:58
天降りしてきた天孫族(出雲族)の首長(天皇)は絶対神であるから
これ神聖にして侵すべからず
15916歳中卒ヒッキー:2005/07/26(火) 14:29:24
卑弥呼=アマテラスだとすると
やはり出雲=狗奴国だと素人の僕からすると
そう考えてしまいますね。倭人伝にも
邪馬台国と狗奴国の戦いが記述されてるし
これを大和と出雲の戦いだと考えれば
記紀にも符合するところがある気がします。
でも狗奴国は熊襲かもしれないwわからない素人の僕には・・
160日本@名無史さん:2005/07/26(火) 14:34:15
アマテラスは後世に作られた神か、あるいは伝統的な出雲系
シャーマニズムの象徴的な存在。
だからそもそもアマテラスが卑弥呼だと結論つける必要はない。
16116歳中卒ヒッキー:2005/07/26(火) 14:40:07
神道をつかさどる物部氏はたしか
出雲系だったので初期朝廷内での
実権は出雲にあったのかもしれません
162日本@名無史さん:2005/07/26(火) 14:41:15
天降り族、アマテラスを認めない、卑弥呼を認めない
大王派倭ウヨ保守的な勢力が狗奴国だな。
163日本@名無史さん:2005/07/26(火) 14:48:32
卑弥呼って、卑弥(ひめ)って名前だったかもしれないんでしょ
卑弥呼は「卑弥と呼ばれていた」って意味だとかなんとか・・・
164日本@名無史さん:2005/07/26(火) 15:08:18
>卑弥呼=アマテラスだとすると

九州説だろうと畿内説だろうといずれにしてもこの勢力は新参だよ
165日本@名無史さん:2005/07/26(火) 18:43:33

朝鮮半島
166日本@名無史さん:2005/07/26(火) 19:21:04
天照にも卑弥呼の弟と全く同じ役割を持つ男神が使えていたよね。
167日本@名無史さん:2005/07/26(火) 19:24:45
>>151 天武天皇が最初に「天皇」と制定したのが始まりで、それ以前は天皇も「大王」なのだか…
168日本@名無史さん:2005/07/26(火) 22:21:53
文献のみを自分勝手に解釈するなら
何か根拠を示せ。

俺は紀記の記すとおり天皇は南方系だと思う。
169日本@名無史さん:2005/07/26(火) 22:37:05
とりあえず半島はおいて考えないと
ごちゃごちゃになるぞ。

原日本人は南九州に上陸した南方系と
そして北方系は半島からでなくシベリアから地続きだった樺太経由でやってきた。
半島から人が来たのはその後。

それが最新の考古学の成果。
170日本@名無史さん:2005/07/26(火) 22:39:10
テンコロ一族は朝鮮系(w

171日本@名無史さん:2005/07/26(火) 22:42:53
天皇家が南方系なのは紀記にはっきり書いあること。
天孫降臨の地が南九州なのも隼人族と
兄弟関係なのも
後から権威づけのために付け加えた(この説明のがおかしい)
のでなく、事実を反映した記事であると
少なくとも最新の考古学の発見はその可能性を高めている。
172日本@名無史さん:2005/07/26(火) 23:11:35
天孫自体は征服者、隼人と呼ばれた南九州の先住民を
支配したのが始まりだろ、畿内の勢力と同盟結び倭と天孫との
中間的な民族が大和政権を立てたのだろう。
173日本@名無史さん:2005/07/26(火) 23:15:43
仮にテンコロが隼人直系であるなら隼人を警護職にはしない。
彼らテンコロ一族(朝鮮人)の支配システムは支配した奴らを
警備や武人にして戦わせる
のが一つのやり方だからな。これは古代から現代までかわっておらん。
174日本@名無史さん:2005/07/26(火) 23:30:39
天皇家が海外からの征服者ってデムパ信じちゃってる人って頭悪過ぎないか。
175日本@名無史さん:2005/07/27(水) 00:15:45
頭が悪いのは174。

64 名前: 日本@名無史さん [sage] 投稿日: 2005/07/23(土) 23:54:38
>>60>>63
素戔嗚尊と牛頭(ソシモリ)の関係を考察せよ。
176日本@名無史さん:2005/07/27(水) 01:45:38

自称 天孫族はいろんな呼び名があるらしいね。

天下り族、天振り族、テンコロ族・・

実態は新羅から出雲の方に渡来してきた新モンゴロイドらしい・・

土井が浜タイプの侵略者だとか・・
177日本@名無史さん:2005/07/27(水) 01:50:09
これがその天孫族、天下り族、天振り族、テンコロ族らしい

弥生人復元胸像
1世紀
土井ヶ浜遺跡出土人骨に基づく
国立科学博物館蔵

http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/5/img/5_09_01.jpg
http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/5/img/5_07_02.jpg
178日本@名無史さん:2005/07/27(水) 02:03:15
牛頭天王
(ごずてんのう)
素戔嗚尊{すさのおのみこと}の化身とされ、薬師如来{やくしにょらい}
を本地仏とする。武塔天神{むとうてんじん}、あるいは京都八坂{やさか}
神社(祇園{ぎおん}社)の祭神として祇園天神ともいう。平安時代から
行疫神として崇信され、祇園祭はこの神を祀{まつ}って疫病を鎮める
年中行事である。牛頭天王は、インドでは祇園精舎{しようじや}の守護神
であったが、わが国では、最初は播磨{はりま}国(兵庫県)明石{あかし}
浦に垂迹{すいじやく}、ついで広峰に移り、その後、京都東山瓜生
{うりゆう}山北白川東光寺へ、さらに清和{せいわ}天皇869年(貞観11)
東山の感神院に移ったとされ、それが現在の八坂神社である。
『蔵王陀羅尼経{ざおうだらにきよう}』には、この神が
「癘鬼{れいき}を縛撃{ばくげき}して疫難を禳除{じょうじょ}す」
とみえる。また『備後国風土記{びんごのくにふどき}』逸文には、
武塔天神が蘇民将来{そみんしょうらい}から受けた一宿一飯の恩に
報いるため除難の法を教えたとあり、これにちなみ、社寺では正月
に疫病除{よ}けの護符として蘇民将来札が出される。牛王{ごおう}
宝印も牛頭天王の護符で、祇園社から出ていた。→牛王宝印 <菟田俊彦>

牛頭馬頭ごずめず
ni■ t■u m■ t■u
⇒関連項目
牛頭は,梵語 go■■r■a,馬頭は a■va■■r■a の漢訳語。
地獄にいる牛頭人身,馬頭人身の獄卒をいう。牛頭馬面という
ことも多い。手に鉄叉を持って罪人を突いたり焼いたりする最下級
の冥卒である。また地獄に落ちて,牛あるいは馬の頭の形をしている
罪人をいうとする文献(《阿毘曇論》第八)もある。⇒牛頭天王          稲畑 耕一郎
179日本@名無史さん:2005/07/27(水) 02:17:10
吊り目人種、天孫族、天下り族、天振り族、テンコロ族
はどうみても悪魔の化身ですな

瓊瓊杵尊
(ににぎのみこと)
天照大神{あまてらすおおみかみ}の子の天忍穂耳尊{あめのおしほみみ
のみこと}が高皇産霊神{たかみむすびのかみ}の女{むすめ}である
栲幡千千姫{たくはたちぢひめ}(記、萬幡豊秋津師比売命{よろず
はたとよあきづしひめのみこと})をめとって生まれた子で、
稲穂の豊饒{ほうじよう}を示す穀霊神。天孫降臨神話、木花開耶姫
{このはなさくやひめ}の神話、火中出産神話の主人公だが、このうちで
木花開耶姫の神話は、降臨した尊を笠狭崎{かささのみさき}で迎えた
鹿葦津{かしつ}姫(吾田津姫{あたつひめ}ともいう)との聖婚のあと
に挿入した別話である。火中出産神話は、聖婚によってはらんだ
御子{みこ}を国神{くにつかみ}の子と疑われた鹿葦津姫が、
天神{あまつかみ}の子ならば災いなしと誓約{うけい}をたてて、
彦火火出見尊{ひこほほでみのみこと}(海幸{うみさち}・山幸{やまさち}
神話の主人公)以下の子を無戸室{うつむろ}の産屋{うぶや}を焼き火中
で出産する神話である。→天孫降臨 →木花開耶姫
180日本@名無史さん:2005/07/27(水) 02:18:49
瓊瓊杵尊
ににぎのみこと
⇒関連項目
日本神話にみえる神の名。《古事記》では邇邇芸命と記す。
種々の異なった名称をもつが基本はホノニニギノミコト。〈ホ〉
は稲穂,ニニギはニギヤカ,ニギワウの〈ニギ〉を重ねた語で,
稲穂が豊かに実ることを予祝してつけた名称。《古事記》によると,
大国主の国譲りを受けた天照大神(あまてらすおおかみ)は天忍穂耳
(あめのおしほみみ)命を高天原(たかまがはら)から降臨させよう
とするが,オシホミミがその用意をしているうちに子が生まれる。
いわゆる〈天孫〉の誕生で,これがニニギノミコトである。そこで
アマテラスはこのニニギを天降(あまくだ)らせることになる
(天孫降臨神話)。《日本書紀》の一書では,ニニギはオシホミミが天降る
途中の天空で生まれ,オシホミミに代わって降ったとある。ニニギが
降臨することになったのは,王たる者は新たに生まれる者でなくては
ならないという観念の表れであった。このことと関連するのが《日本書紀》
本文にある,高皇産霊(たかみむすひ)尊がニニギを真床追衾
(まどこおうふすま)なるもので覆って天降らせたという記述である。
真床追衾は大嘗祭(だいじようさい)の儀式で天皇がふす衾と関係する。
宮廷では11月の卯の日に大嘗殿で新しい天子となるための秘儀がとり
行われるが,その際に新王は〈天の羽衣〉なるものを着て湯浴みした後に,
悠紀(ゆき)・主基(すき)正殿で新穀を食して神座に設けた衾(寝具)に
ふすという(《西宮記》《江家次第》)。
181日本@名無史さん:2005/07/27(水) 02:19:34
続き

これは天の羽衣を着て天上の身分となった王が羊膜に包まれた嬰児として
再誕し地上に来臨することの模擬行為と考えられる。ニニギが生まれたて
の子として,また衾にくるまって降臨したのはこうした儀礼の神話的表現
であった。ニニギは新しい王たるものの神話的原型であり,この新王の誕生
とともに,それまで未開の地であった葦原中国(あしはらのなかつくに)
は天孫の統治する地にふさわしい五穀豊穣の〈水穂国(みずほのくに)〉
へと呪的に転化される。ホノニニギノミコトとは,穀霊を体現して水穂国
を支配する王としての名称であり,その降臨した地は日向(ひむか)の
〈高千穂〉であったとされる。  
182日本@名無史さん:2005/07/27(水) 02:25:48
新羅出雲族が最初に九州にアマフリしたのは
日向、豊前中津です。
神武というのはニニギそのものかニニギの子孫です。
狗奴国の場所もある程度分かっている。
183日本@名無史さん:2005/07/27(水) 02:26:34
この先天的キチガイ人種によって倭は征服されたわけですな。
184日本@名無史さん:2005/07/27(水) 02:34:29
朝鮮からのアマ振り、新しい朝鮮(テンコロ)の血、万世一系により
列島全土をこのテンコロ人種で埋め尽くそうという魂胆なわけです。
半島については既にこのキチガイ人種で埋め尽くされております。
185日本@名無史さん:2005/07/27(水) 02:48:47
本州はほぼテンコロ人種によって制圧された後
辺境地日向から九州(葦原中津国)を制圧する
つもりが狗奴国の抵抗にあって畿内に退散したのだろう。
畿内に帰っても抵抗勢力はあったみたいだけど。
186日本@名無史さん:2005/07/27(水) 03:06:32
国津神、倭大王廃止して全部朝鮮から降ってくる
テンコロ人種が赴任するわけで
そら、テンコロで埋まるわ・・
187日本@名無史さん:2005/07/27(水) 03:08:32
中世以降はそれがテンコロの本家(源氏)になるわけですな
188日本@名無史さん:2005/07/27(水) 03:24:06
テンコロ一味のねつ造日本史
189日本@名無史さん:2005/07/27(水) 03:32:50
荒れるなぁ
190日本@名無史さん:2005/07/27(水) 03:44:59
古代から半島と列島、満州(金)で行われている
組織的、計画的な征服なんだろう。
誤算は民主主義だったんだろうか、
情報・政治工作できるから問題ないか。。
馬鹿共も少しずつ朝鮮人に征服されていることに
気づいてはいるようだが本質が分かってない・・
191日本@名無史さん:2005/07/27(水) 03:45:55
テンコロ、テンコロ征服民族テンコロ
192日本@名無史さん:2005/07/27(水) 08:46:47
すげー妄想狂が暴れてるw

それとも洗脳活動ですか?
工作員必死すぎw
193日本@名無史さん:2005/07/27(水) 12:44:18
>>178
牛頭がソシモリであるという考察がどこにも見当たらないのだが?
ただの狭見な史学会のコップの中の定義を書いてどうする?
194日本@名無史さん:2005/07/27(水) 14:51:27
朝鮮の王族に大和民族の血は入ってないの?
195日本@名無史さん:2005/07/27(水) 15:03:46
曽尸茂梨
(そしもり)
古代朝鮮、新羅{しらぎ}の地名。『日本書紀』第四の一書に、
高天原{たかまがはら}追放後、素戔嗚尊{すさのおのみこと}が天降
{くだ}った土地とある。曽は金の朝鮮古音?{そい}の音借字、尸は連辞
(格助詞ノ)、茂梨は山(鷲益嶺{すりもり}――黄海道鳳山{こうかい
どうほうさん})。すなわち金の山、輝く山の意。神降臨にふさわしい
聖所である。皇孫が降臨する高千穂{たかちほ}の添山{そほりのやま}
(一書六)の「添」も、金の梵{ぼん}称スバルナの漢訳「蘇伐羅
{すばるな}」に由来をもつ語であり、添山は曽尸茂梨と同意である。
神降臨の地に韓名をもつのは、わが国の垂直降臨伝承と韓土との関連
を示唆する。

>>194白が好きなら朝鮮ミンジョクの末裔だ。
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/min/1004784053/l50
日本人ってなぜ白色が好き?
196日本@名無史さん:2005/07/27(水) 15:08:15
そしまり【蘇志摩利】
雅楽。高麗楽(こまがく)。高麗双調の中曲。舞は四人舞。舞人は蓑笠
(みのかさ)をつけ、高天原(たかまがはら)を追われた素戔嗚尊
(すさのおのみこと)の苦難を写すという。長久楽。
蘇尸茂利(そしもり)。

そしもり【曾尸茂梨・蘇尸茂利】
■素戔嗚尊(すさのおのみこと)が高天原(たかまがはら)を追われて行った
という古代朝鮮の地名。■■蘇志摩利(そしまり)

そ‐しゃ【素車】
白木(しらき)づくりの車。葬送や罪人の護送に用いる。
197日本@名無史さん:2005/07/27(水) 15:38:58
>>194
まず無いと考えるね、あっても朝鮮→出雲→朝鮮の
Uターン組。朝鮮人にとって倭人は対局にある存在。
198日本@名無史さん:2005/07/27(水) 15:47:49
ニニギというのは日本各地に赴任した
天津神(倭国津神から支配権を奪った朝鮮人)
を象徴しているのでしょうね。
倭国津神の血を根絶やしにすることも一つの
目的であったようである。
199日本@名無史さん:2005/07/27(水) 16:24:34
白が好きならって・・・それは笑うところなんだよな?
200日本@名無史さん:2005/07/27(水) 19:48:05
朝鮮の人は可哀想・・・・
嘘を教え込まれて、疑わずに日本批判しか出来ないで・・・
もっと、自由に歴史も世界史も学べば良いのに。

どうして、他所の人の住む国に行って仲良く出来ないの?
世界に出た時に、真実を学んでショックを受けちゃうよ。
今から、ホントの世界史と朝鮮半島の事を外から客観的に
学ばなければ、朝鮮人に未来はなくなるよ。

目と心を開いて朝鮮の人。
201日本@名無史さん:2005/07/27(水) 19:58:31
>>200
おまえがその朝鮮人そのものだから真実がみえないんだよ
顔も朝鮮顔だろ、どうせ
202日本@名無史さん:2005/07/27(水) 20:00:14
>>200
古代史関連のスレをみて古代史の外観を頭にたたき込め。
203日本@名無史さん:2005/07/27(水) 20:09:37
皇国史観
こうこくしかん
近代日本史学史上の一潮流。日本の歴史を〈国体〉の顕現・発展としてとらえる歴史観
で,1930年代半ばから敗戦に至る時期に確立,全盛期をもつ。この史観は次の三つの内
容をその特徴としている。(1)日本は神国であり,皇祖天照大神の神勅(〈天壌無窮の神
勅〉)を奉じ,〈三種の神器〉を受け継いできた万世一系の天皇が統治してきたとする,
天皇の神性とその統治の正当性,永遠性の主張。(2)日本国民は臣民として,古来より忠
孝の美徳をもって天皇に仕え,国運の発展に努めてきた,とする主張。(3)こうした国柄
(〈国体〉)の精華は,日本だけにとどめておくのではなく,全世界にあまねく及ぼされ
なければならない(〈八紘一宇〉),という主張である。
204日本@名無史さん:2005/07/27(水) 20:12:12
流れぶった切ってスマン

鬼女板のババァどもが粘着して雅子さんや愛子ちゃんを基地外扱いして
ネチネチと叩いてます。
俺も少し前から煽ってんですが一人ではなかなかキツイもんがあります。
ここの皆さんは皇室に詳しそうなのでぼすけて。俺自身は皇室関係ヨワスw
煽りの上手いヤシに是非頑張ってもらいたい。
ババァどもは一日中張り付いてるんで、うまく煽れば面白いくらい食いついて
きますw

皇室御一行様★アンチ編★part246

http://human5.2ch.net/test/read.cgi/ms/1122424716/l50
205日本@名無史さん:2005/07/27(水) 20:13:29
しかし征服した民(倭)を征服者認定して、自ら先住民族を名乗るのだから
本当にこの出雲朝鮮人(朴、パク、白、金、キム)
って奴は悪魔の化身だな・・
206日本@名無史さん:2005/07/27(水) 20:15:28
>>204
そういう個人的なことには一切興味ない。
207日本@名無史さん:2005/07/27(水) 20:29:54
>>157
最初の頃は高天原(朝鮮)から天下りしてきた朝鮮人しか
国津神としてみとめてなかったらしいぞ。
だから、その頃は天皇テンコロ?(大王)万世一系とはいえんよな。
目的が日本を朝鮮人の土地に変えることなんだからw
208日本@名無史さん:2005/07/27(水) 22:03:45
で大室って誰よ??
209日本@名無史さん:2005/07/27(水) 22:34:51
天孫降臨 壇君伝説 黄帝伝説

・・・・・東アジアの古代史はカルトがデフォですから


210日本@名無史さん:2005/07/27(水) 22:37:23
最近の考古学、遺跡調査からほぼ真実が明らかになりつつある。
誤魔化すな。カルトじゃねーぞ
211日本@名無史さん:2005/07/27(水) 22:40:01
映画「王になろうとした男」より、
「お前はどこから来た?」
「天から来た。」

 「天孫降臨」って、まあこんなところだろ。
212日本@名無史さん:2005/07/27(水) 22:43:29
天が朝鮮なことは明々白々。
213日本@名無史さん:2005/07/27(水) 22:48:04
檀君神話
(だんくんしんわ)
古朝鮮の建国神話。天孫の檀君が古朝鮮を開き、その始祖になったというもの。『三国
遺事{さんごくいじ}』(紀異巻1)によると、天帝桓因{かんいん}の子桓雄{かんゆう}は、
天符印{てんぷいん}3個を父より授けられ、徒3000を率いて太伯{たいはく}山頂の神檀樹
{しんだんじゅ}という神木の下に降臨した。そして洞穴にいた虎{とら}と熊{くま}が人
間に化すことを祈っていたので、蓬{よもぎ}と蒜{にんにく}を食べて忌籠{いみごも}る
よう告げると、熊だけが女となり(熊女{ゆうじょ})、桓雄と婚して檀君を生んだ。檀
君は平城に都を開き、1500年の間国を統治したという。この神話の前半の部分は、日本
の天孫降臨神話に対応するものである。また、この神話のおもな登場人物である桓雄、
虎、熊はそれぞれ主権、軍事、豊穣{ほうじょう}の機能を代表するもので、東アジアに
おけるインド・ヨーロッパ諸族神話的な社会的三機能体系の一例である。他方、檀君神
話でことに興味深いのは熊と虎の問題であり、熊女の忌籠りは巫女{みこ}の成巫{せい
ふ}過程に比例するものである。さらにこの神話は、北方ユーラシアの熊信仰と深い関係
があり、ツングース系諸族、ことにアムールランドのツングース人の間に普遍的に分布
している熊祖神話や、熊や虎と人間の女との交婚譚{たん}ときわめて深い親縁関係を示
し、その一異伝と考えられる。したがって、これは朝鮮文化とツングース文化との密接
な関係を物語っている。また歴史的にみると、支配者層に支持された箕子{きし}神話に
対し、檀君神話は13世紀以降モンゴルなどの侵入に対する民衆の義兵闘争を契機として
広まった、朝鮮の被支配階級の民族主義的神話である。
214日本@名無史さん:2005/07/27(水) 23:20:39
朝鮮は蛮土じゃん。
215日本@名無史さん:2005/07/27(水) 23:34:28
諸塚山
もろつかやま
宮崎県北西部,諸塚村と高千穂町との境界にある山。標高1342m。
七ッ山または太伯山(たいはくやま)ともいう。地質は古生代の石灰岩,
粘板岩,砂岩などからなる。山上には諸塚神社(1925年七ッ山神社から改称)
があり,中国の呉から太伯という人物がこの山に来て参籠したという伝説が
ある。北麓にはフクジュソウの自生地がある。

太白山脈
たいはくさんみゃく
T‘aebaek‐sanmaek
⇒関連項目
北部の狼林山脈とともに朝鮮半島の脊梁をなす山脈。東朝鮮湾の元山の南に
発し,日本海沿いにまっすぐ南下して釜山市の多大浦に達する。長さは
約600km。基盤が古期の花コウ片麻岩類から成り,山脈全体が白く見え
るところから命名されたと思われる。
216日本@名無史さん:2005/07/27(水) 23:38:31
少なくとも記紀編纂時には、わが国の人たちは半島を
「素晴らしい土地」とする感覚が濃厚だったんだろうなとは思う。

「スサノヲノミコトのたまわく、韓郷の嶋は是金銀有り…」(書紀神代八段)
「此地は韓國向かい(中略)いとよきところ…」(古事記上巻)
「西の方に國あり。金銀をはじめとして、目のかがやく種々の珍しき宝、
多にその國にあり」(仲哀記)
217日本@名無史さん:2005/07/27(水) 23:43:51
>>194
朝鮮の正史『三国史記』新羅本紀よると、
新羅の第4代国王は倭人。
また、初代から第四代までの王に仕えた事実上のNo.2である瓠公も倭人。

三国史記の記述が正確かどうか分らないが、考古学上の発見などから、
朝鮮半島南部で倭人が一定の政治力を持っていたのは事実と考えられている。
218日本@名無史さん:2005/07/27(水) 23:48:51
?朝鮮の山は雪の白からのハク、日本の神社名は人名からのハク。で、太白と太伯が日本語音ではタイハクという同音になると・・・で?
219日本@名無史さん:2005/07/27(水) 23:49:20
>>210
でも出雲新羅厨がカルトなのは誰の目にも明らか。
220日本@名無史さん:2005/07/27(水) 23:54:48
宮崎の太伯山は呉の人っていってるからね、これが本当なら
まったく無関係とも考えられるよね。
韓国の伯、白、パク、朴は基本的に同じなんじゃないの
221日本@名無史さん:2005/07/27(水) 23:55:54
222日本@名無史さん:2005/07/28(木) 00:12:27
>>200
何をバカなこと言ってんだ。今やアメリカ中韓国からの移民で一杯だぞ。
奴らは上昇志向が強いからよく勉強もする。
大学の奨学金を取る奴らが韓国人ばかりで占められるので問題になったりしている。
クラシックのコンペでは露骨な韓国人落としも見られるようになった。
島国根性で国際的になれないのは日本人の方だ。
223日本@名無史さん:2005/07/28(木) 00:39:17
今の話をするスレなのか、ここは?
224日本@名無史さん:2005/07/28(木) 02:47:25
韓国人は凄い、日本も古来から韓国系(源氏)が支配してるから
いずれアメリカも韓国人で一杯になるんじゃねーの
225日本@名無史さん:2005/07/28(木) 10:53:02
>>223
このスレは電波カルト(出雲新羅厨)の落書き帳です。
電波カルト隔離スレとも言います。


226日本@名無史さん:2005/07/28(木) 13:24:05
結局このスレもこうなったか・・・
227日本@名無史さん:2005/07/28(木) 17:19:25
天皇ゆかりの地は南九州
228日本@名無史さん:2005/07/28(木) 17:32:34
紀記に記されたとおり
天皇家は南方系だったわけだが
その後の半島の影響を強調して
天皇を半島系とのたまう勢力がいる。彼等の狙いは天皇は半島から来て現地の
人間を虐殺征服した
残虐な支配者だという
イメージを植え付けることにある。

しかし、さも原住民の子孫かのように
天皇を半島系と強調する彼等の大部分が
じつは半島人の子孫なのである。

逆に天皇家は数少ない本来の原住民の子孫であると
確認できる家系である。
229日本@名無史さん:2005/07/28(木) 17:45:07
紀記神話の天孫降臨以前の話しはかなりイヅモ色が濃いので天皇家の起源とは少し離して
考える必要があるのでは。
230日本@名無史さん:2005/07/28(木) 17:56:12
半島→出雲→各地の国津神として天下りさせていたが、
数世代経って土着化すると新しい半島人を天下りさせてたんだろ。
その内、天津神というようになったみたい。
231日本@名無史さん:2005/07/28(木) 17:57:10
>>228
宗像とは何か調べよ。
232日本@名無史さん:2005/07/28(木) 17:57:37
面白いのが海の向こうからきた小人。
天皇も半島だから海を渡ってきてるのだが、
こっちは天下りと呼ぶらしいね。
233日本@名無史さん:2005/07/28(木) 17:59:44
え?
最近じゃ南方説の方が有力なんだろ?

稲作も南方渡来だったって話じゃん。
234日本@名無史さん:2005/07/28(木) 18:01:57
>>228
天皇の本家本流源氏が新羅神なんか祀って
朝鮮の白を尊ぶ時点で半島系決定!
倭は古来から朱の国。
235日本@名無史さん:2005/07/28(木) 18:09:40
新羅神って何?
236日本@名無史さん:2005/07/28(木) 18:13:49
日本:朱
朝鮮:白
中国は?
237日本@名無史さん:2005/07/28(木) 21:18:46
>>217
確かに新羅の初期の宰相や第4代国王脱解は倭人であり、また
半島南部から明らかに倭系と思われる遺跡がいっぱい発見されている。
しかし、だからといって新羅が倭人勢力に征服されたというわけではない。
新羅の王女の婿であり、優秀な人物であったから脱解が新羅国王に推挙されただけ。

どうして、倭人による半島征服がなかったと考えるかというと、
日本語と朝鮮語が違いすぎるから。逆方向の征服説もまた然りである。
もちろん、万葉集が朝鮮語で書かれているなんていうインチキ本のように
こじつけようと思えば何とでも出来るけどね。
電波系の人はこじつけを信じこんでしまう傾向にある。
238日本@名無史さん:2005/07/28(木) 23:31:59
>>237
じゃあさ、書紀の童謡は何で日本語で読めないの?
童謡は何語で書かれてると思ってるの?
239日本@名無史さん:2005/07/28(木) 23:59:29
>>238
それが日本語でないと言うソースは何?
そもそも、それが何語で読まれていると思ってるの?

古い歌だから忘れられた言葉などがあり、解釈が難しく、
多くの学者によってさまざま解釈があり、一定してないだけでしょ。
240日本@名無史さん:2005/07/29(金) 00:14:51
てか、書紀の童謡が日本語でないなんて初耳だな。
詳しく教えて。
241日本@名無史さん:2005/07/29(金) 01:00:04
天皇系の人たちは新羅系だ間違いない。
新羅系、の日本?人が工作してるから騙されるな、たのむぞ・・・
242日本@名無史さん:2005/07/29(金) 01:08:17
日本語の童謡↓
まひらくつのくれつれをのへたをらふくのりかりが
みわたとのりかみをのへたをらふくのりかりが
かしとわよとみをのへたをらふくのりかりが

朝鮮の神祝歌↓
おおるなりいをのりら まいるいとなをのりら
なるのんちえるる と…
243日本@名無史さん:2005/07/29(金) 01:09:03
ちょっと待ってくれ。
もし本当に日本人のルーツが朝鮮からやとしたら、朝鮮併合って
問題は単なる国内戦争やったって事りますね。
244日本@名無史さん:2005/07/29(金) 01:13:57
>>242
ぜんぜん似てないじゃん。
てか、日本語で解釈できないというソースは?
245日本@名無史さん:2005/07/29(金) 01:15:30
みをのへた をら ふくのりかりが
비오는해다 오라 북놀이가리까
「雨(血)の降る年だ さあ 陣太鼓遊びに行こうか」

百済救援軍失敗を予言する童謡。
246日本@名無史さん:2005/07/29(金) 01:19:53
新羅の言葉とそっくりらしい
247日本@名無史さん:2005/07/29(金) 01:27:47
>>242の日本語解釈

背中の平たい男が作った山の上の田を、雁どもがやってきて食う。
天皇の御狩りがおろそかだから雁が食うのだ。御命令が弱いから雁どもが食うのだ。

何が言いたいんだろう。
248日本@名無史さん:2005/07/29(金) 01:28:16
>>245
それ誰の解釈?
そもそも古代の朝鮮語がどんな言語かはっきり分っていないんだから、
現代語で無理やりこじつけてるだけじゃん。
249日本@名無史さん:2005/07/29(金) 01:31:08
どっちが無理やりかよく読んでみよう。
250日本@名無史さん:2005/07/29(金) 01:33:06
>>歴代天皇の名前は全て日本語なので日本語族の中から出てきたことは確かだ。

 そして天皇の名前に外来勢力らしい痕跡は全く無い。外来勢力なら何らかの
痕跡があるだろう(日本語で全く理解不能とか)。

 高天原=邪馬台国説は面白い。
251日本@名無史さん:2005/07/29(金) 01:35:12
1400年前の童謡が、現代語でそのまんま解釈できるほうが不自然だと思うけど。
で、だれの解釈なの? 答えてよ。
252日本@名無史さん:2005/07/29(金) 01:36:18
朝鮮人は名前を変え出自を隠すね、土着化した源氏
ほとんど土地の名前つけて土着のふりしてるしね
253日本@名無史さん:2005/07/29(金) 01:39:18
乞食周りする人々(句麗、求礼)が来る年だ。さあ太鼓遊びに行こうか。
雨(血)が降っても行くのか。雨(血)が降る年だ、さあ太鼓遊びに行こうか。
行きも帰りも雨(血)が降る年だ、さあ太鼓遊びに行こうか。
254日本@名無史さん:2005/07/29(金) 01:43:03
半島の高天原から新参朝鮮人支配者を天下りさせます。
まだ倭人が残っていたようです。
255日本@名無史さん:2005/07/29(金) 01:44:02
>>242以外の童謡は五七五七七で、日本語で読める。
>>242をハングルにすると、ガキでも読める文だ。
256日本@名無史さん:2005/07/29(金) 01:49:41
てか、これ斉明天皇の時代の庶民に流行った童謡じゃん。
天皇家の起源と関係ないじゃん。

>>242
現代韓国語で1400年前の歌が読めるわけないでしょw
257日本@名無史さん:2005/07/29(金) 01:51:22
レス番間違えた。
>>255
現代韓国語で1400年前の歌が読めるわけないでしょw
258日本@名無史さん:2005/07/29(金) 01:56:45
結局、万葉集が朝鮮語で書かれているという電波だったw
259日本@名無史さん:2005/07/29(金) 01:59:00
>>255はどう見ても韓国の伝統芸能、農楽(サムルノリ)の歌だ。
260日本@名無史さん:2005/07/29(金) 02:00:46
キミたちは>>247の解釈で満足してくれ。
261日本@名無史さん:2005/07/29(金) 02:06:43
>>259
へぇー、詳しいですねw

>>255
日本書紀にのってる他の童謡が日本語なら、
やっぱり、天皇家の起源とは関係ない話じゃん。
262日本@名無史さん:2005/07/29(金) 06:20:54
現在の韓国語は高麗時代に成立し、古代の半島語を知る術は新羅の郷歌の数首だけ。そのため新羅語はごく一部、百済語に関しては殆ど解っていない。それなのに1000年以上前の日本語を現在の韓国語で読めるなんて…w
263日本@名無史さん:2005/07/29(金) 11:18:56
>>239
何をバカなことを。ならなぜ本文は読めるんだ?
童謡だけが読めないんだぞ。
これの意味するところは、宮廷で使用されていた言語と、蒸黎の間で使用されていた言語が違うと言うことだ。
日本語でないソースは何?とはバカもいい加減にしろ。
>>255
嘘をつくなよ。童謡の訳は、今では無理矢理のこじつけという説が一般的だ。
史学会では童謡に触れないようにしている。タブーなのだ。
童謡の部分だけが日本語では読めないという事実こそがソースそのものだろう。アホが。
つまり、朝鮮において最も古い書物は日本で言う平安時代のものであり、古代朝鮮語の実態はわかっていない。
そこで、逆に古代日本語=古代朝鮮語だった可能性が大なので学際的交流が始まったばかりなのだ。
比較言語学が始まったばかりの段階なのだ。
26416歳中卒ヒッキー:2005/07/29(金) 11:43:09
任那と天皇家に何かゆかりがあるきがします
265日本@名無史さん:2005/07/29(金) 13:23:26
童謡に使われてる言葉が日本語で読めないから、
古代日本語=古代朝鮮語ってか?

まぁ、可能性はあるけど、古代朝鮮語がどんな物かわからん限りは確定しようがないだろ。
日本人は南方由来だって言うなら南方から来た言葉かもしれん。
266日本@名無史さん:2005/07/29(金) 14:17:09
応神=物部=出雲=ニギハヤヒ=ユダヤ第一波
継体=天皇家=ヤマト=ニニギ=ユダヤ第二派

物部の天皇の歴史を継体が引き継いだ。どっちもユダヤ。
267日本@名無史さん:2005/07/29(金) 15:45:35
■ハングル板基本用語解説■其の14

(理由2) <<白丁(ペクチョン)>> 日韓併合されるまで朝鮮に存在していた被差別階級。在日=白丁とされる韓国では
現在でも在日は差別される。実際は全ての在日が白丁な訳ではないがその多くは朝鮮社会での被差別階級だった。朝鮮の身
分階級は大別して「良人(両班、中人等)」「賤人=奴隷」とあり、「賤人」のうち個人所有=民婢、公有=官婢と称した。
国家的奴隷制、贈り物・相続・売買され、殺生しても罪に問われなかった(←部落との違い)「白丁」は、これの更に下層
に奴隷以下の被差別民として位置づけられた。李朝時代に身分として固定され、柳細工の製造販売や屠畜などに従事、衣服
も指定され、居住地も制限され、目印として平壌笠と呼ばれる笠をかぶらねばならなかった。(コピペ)
(理由3) <<済州島出身者>> 白丁よりも済州島が多い。ソウル>地方>全羅道>白丁>済州島 済州島に対する差別
は酷く、完全な野蛮人扱い。済州島出身者との結婚となると、在日の間でさえ「血が汚れる」と一族が猛反対。
1948年、南朝鮮の単独選挙に反対する南朝鮮労働党が組織した済州島四・三蜂起が発生し、朝鮮戦争後の1950年代
半ばまで、弾圧とテロ、山岳ゲリラ活動が続き、のべ8万人の島民が殺されたとされている。今日でも、済州島は反中央の
気風と結びつけて語られることが多く、半島には済州島出身者への差別意識が残っていると論じられることも多い。
済州島は、民族的に陸(半島)と著しく異なり、倭人に近い。昔は独立国だったが、いつの頃か朝鮮に侵略されて現在に至
る。ただ、完全な支配となると意外と新しく、三別抄の乱後、元寇以後になるんじゃないかな。日本では、神功皇后が済州
島を征伐し、その時百済に与えたと伝えられてる。 (コピペ)

――戦後の補償と謝罪―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
戦後の補償と謝罪に関するデータ http://tenpura_c.tripod.co.jp/


360 :日本@名無史さん :2005/07/29(金) 15:41:29
早い話満州人が倭人(縄文)をB扱いして差別・排除してきただけだね。
半島も日本も構造は同じじゃん。
268日本@名無史さん:2005/07/29(金) 18:04:39
360 :日本@名無史さん :2005/07/29(金) 15:41:29
早い話満州人が倭人(縄文)をB扱いして差別・排除してきただけだね。
半島も日本も構造は同じじゃん。

これは違うだろ。
269日本@名無史さん:2005/07/29(金) 21:07:18
>>263
童謡が日本語で読めないのではなく、解釈がいろいろあり、定説が無いだけ。
なぜ解釈が一定しないかといえば、それが童謡だから。普通の和歌じゃなく
民間で歌われた童謡なんだから解釈が難しいのは当たり前でしょ。

カゴメの歌だって解釈はいろいろあるでしょ。

かごめかごめ、かごのなかのとりいはいついつでああう、
よあけのばんに、つるとかめがであった、、、

この歌も内容は意味不明。意味不明なのを意味が通るように解釈しようとするから
いろんな解釈が出てきて、そのため、解釈が一定しないだけ。
たとえばカゴメを「籠の目」としたり、「屈め」としたり、、、
意味不明で解釈が一定しないからといって、日本語で無いなんて飛躍しすぎ。

>史学会では童謡に触れないようにしている。タブーなのだ。
そういう妄想をすると、また電波って言われちゃうよ。


270日本@名無史さん:2005/07/30(土) 11:47:35
頬から髭がはえる系のひとが多いね皇族は。
縄文系が濃いとおもう
271日本@名無史さん:2005/07/30(土) 18:36:33
272日本@名無史さん:2005/07/30(土) 18:37:50
273日本@名無史さん:2005/07/30(土) 18:38:45
274日本@名無史さん:2005/07/31(日) 01:12:26
>>269
アホか。
>かごめかごめ、かごのなかのとりいはいついつでああう、
>よあけのばんに、つるとかめがであった
こんなものは完全に日本語だろう。解釈というのは深層の意味が取れるかどうかだ。
だが、日本書紀の同様は、音自体が既に解釈不能なのだ。
解釈が出来ないという意味は、翻訳が出来ないという意味なのだ。
かごめを例に出すバカがどこにいるか。
275日本@名無史さん:2005/07/31(日) 01:14:19
>>269
それからな、
>>史学会では童謡に触れないようにしている。タブーなのだ。
こんなことさえ知らないガキなら、お前は電波以下の猿だ。猿に口を挟める隙はない。
猿田彦以外にはな。
276日本@名無史さん:2005/07/31(日) 01:39:49
定説が無いだけで、日本語で解釈されている。

神崎玄 『ヲラフクノリカリガ』版

参まひらくと 逃のくれ連つれ       を述のべた
占福述おらふくのり 雁かりが御渡みたわと述のり  上かみを述のべた
占福述おらふくのり 雁かりが来し甲子 永遠とわよと身みを述のべた
占福述おらふくのり 雁かりが………………………………

>>275
いい加減うざいよ。君の元ネタは朴さんの本だろ。本の宣伝でもしたら。
277日本@名無史さん:2005/07/31(日) 14:54:35
>>265
もし仮に、庶民の間で歌われた童謡が日本語でないなら、
南方系よりアイヌ語と考えたほうが良いのでは。
278日本@名無史さん:2005/07/31(日) 16:17:26
猿田彦って・・・いくらなんでも・・・・・
279日本@名無史さん:2005/07/31(日) 20:57:08
中古は当然挑戦の文化的影響が強いから
それで判断したら駄目。

起原は日向三代の事跡から判断せよ
280日本@名無史さん:2005/07/31(日) 23:26:20
>>277
私は長崎県だが、小さい頃下のような歌を、がきどもといっしょに歌っていた。
「いーわんぷっぷいーわんぷー、いーでるいーわんまーにーほい、ちょーこで
せーめるせーめんとーや、ちょーこでうーでうーだいさん」
長崎はアイヌ系なのかな?
281日本@名無史さん:2005/08/01(月) 04:59:40
>>280
なんか中国語っぽいね
中国の日本に与えた影響はとても大きい
最近は朝鮮が過大評価される傾向があるけど古代朝鮮にはさしたる実態はない

記紀に中国に関する記述が無いのが、かえって中国の影響の大きさを暗喩している
天皇という呼称自体、はなはだ中国的
282日本@名無史さん:2005/08/01(月) 18:30:55
>>276
おまえこそうざいんだよ。タコ。日本書紀の童謡が日本語で読めるって?
バカじゃないのかおまえは。(未詳)ってのはどういう意味だ?
バカは相手を刈り込んでレッテル貼りをして自分だけいい気になる。
元ネタが朴? それならヒフミの由来は知ってるか? 日本語日本語っていってりゃ、何でも読めるのか?アホ。
283日本@名無史さん:2005/08/01(月) 18:43:52
>>280
おもしろいね。
何げに日本語なんじゃないかと、こう思った

祝わん武運祝わん武運、出でる岩間に、ほい(?)
長駆で攻める攻めんとや、長駆で・・・(?)

あとわかんないや。
284日本@名無史さん:2005/08/01(月) 19:01:47
>>282
現代朝鮮語におきかえようとしてるやつのほうがあほ
285日本@名無史さん:2005/08/01(月) 21:52:31
史学会から相手にされないのはタブーだからなのだ。
史学会から相手にされないのはタブーだからなのだ。
史学会から相手にされないのはタブーだからなのだ。
286日本@名無史さん:2005/08/02(火) 13:18:01
>>282
童謡か、なんか面白そうな話だね。漏れは素人だけど興味がわいてきた。
童謡が外国語であるという学術図書かなんかあったら教えて。
287tociguri:2005/08/02(火) 13:40:09
ヘブライ語の歌なども残っているという話もあったし、タミル語の囃子歌も
あるらしい。

 日本はなかなか国際色豊かな国だ。
288日本@名無史さん:2005/08/02(火) 19:47:44
属国や敵国の人間を王にするだろうか?
天皇は現地民
289日本@名無史さん:2005/08/02(火) 22:08:09
>>288
多分、南方の文化をもつ倭人の王でしょ。
290日本@名無史さん:2005/08/03(水) 03:11:52
291日本@名無史さん:2005/08/03(水) 03:38:57
>>284
バカ。誰が現代朝鮮語に置き換えようとしているんだよ。
>>263
>朝鮮において最も古い書物は日本で言う平安時代のものであり、古代朝鮮語の実態はわかっていない。
>そこで、逆に古代日本語=古代朝鮮語だった可能性が大なので学際的交流が始まったばかりなのだ。
>比較言語学が始まったばかりの段階なのだ。
を読まなかったのか。

>>286
未だ学会は故坂本太郎先生の簷下にある。
童謡が日本語では読めないことは皆重々承知ではあるが、学説としては「こう読めた」という完全なレベルに達していなければ発表は出来ない。
で、それは史学会と言うより比較言語学の領域であり、残念ながらその分野で日本書紀の童謡に取り組もうとする学者はいないのだ。
292日本@名無史さん:2005/08/03(水) 03:48:43
あんまりバカバカいうな。
大人の対応よろ。
293日本@名無史さん:2005/08/03(水) 09:48:59
結局、想像を述べてるだけ。
29416歳中卒ヒッキー ◆HCmIhYMlyc :2005/08/03(水) 09:54:36
現在の天皇家は福井の豪族の子孫ですw
295日本@名無史さん:2005/08/03(水) 15:51:15
>>1
日本で最高の秘密で謎だ、永遠に明かされないだろう。つまり、社民党や
共産主義者の国にはなりえないことだろうな〜♪
296日本@名無史さん:2005/08/03(水) 15:55:04
マジレスすると中東
297日本@名無史さん:2005/08/03(水) 16:00:53
大陸のどこかからだろう。
298日本@名無史さん:2005/08/03(水) 16:09:35
おそらく今のイラクあたりではないか
古代イスラエルに間違いないだろう
299日本@名無史さん:2005/08/03(水) 22:07:06

◎HLA遺伝子 B52-DR15(B52-DR2)の頻度

西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
http://www.cam.hi-ho.ne.jp/sakura-komichi/kodaishi/hn2602/5.htm
日本人最多であり、且つ、北九州、山陽、近畿で更に高頻度である
朝鮮人≠西日本人≒モンゴル人≠朝鮮人≠西日本人≒モンゴル人
日本人最多であり、且つ、北九州、山陽、近畿で更に高頻度である
朝鮮人≠西日本人≒モンゴル人≠朝鮮人≠西日本人≒モンゴル人
300日本@名無史さん:2005/08/07(日) 07:24:32
山口県 土井ガ浜遺跡の人骨は
皆、中国山東省の方向を向いていた。

この人骨は山東省発掘の同時代の
人骨に酷似している。
301日本@名無史さん:2005/08/07(日) 07:32:28
関東、中里遺跡では縄文人と弥生人が
共存した証拠が
302日本@名無史さん:2005/08/07(日) 07:39:19
深い森により濃尾平野以東に進めなかった
弥生人は海から中里遺跡に上陸している。
土器から瀬戸内系の人と思われ、彼等は
縄文人に稲作技術を伝え共存した。
303日本@名無史さん:2005/08/07(日) 07:45:27
以上の点から推察すると
山東半島を船出した弥生人は
回路南朝鮮を経て山口県土井ガ浜付近に上陸、
高い後悔技術をもつ彼等は瀬戸内海を広く活動し
東は淡路島、西は日向までを拠点とした海洋系の人と推察できる。

つまり天皇家の先祖はこの大陸系の海洋民である。
304日本@名無史さん:2005/08/07(日) 07:48:53
さらにこの山東系の人は
もとは
黒潮に乗って海からこの地にたどり着いた人々であり南九州にたどり着いた
人々の同族である
305日本@名無史さん:2005/08/07(日) 12:13:48
天皇陵を掘ろうぜ
306日本@名無史さん:2005/08/07(日) 15:06:48
土井が浜、出雲タイプは新参者、埋葬法が全くことなる。
朝鮮人。山東というより丁度高句麗の丸都近辺の人であろうと
思われる。四隅墓により推定できる。
http://www5d.biglobe.ne.jp/~tosikenn/4sumi1.html
彼らは倭を乗っ取り大和朝廷を立てた中枢に近い人間か
あるいは先住系を丸め込んだ新参者と思われる。
307日本@名無史さん:2005/08/07(日) 15:09:23
土井が浜が山東というのは幻想、間違いなく新参系の
高句麗人、彼らは辰韓を属国にし新羅を建国、その勢いで
出雲朝鮮人入国管理所から関東・東北に侵入、金の支配領域を
拡大。
308日本@名無史さん:2005/08/07(日) 15:12:00
土井が浜出雲人の活動範囲は主に本州の日本海側、
関東への侵入は少し遅れたのだろうか
309日本@名無史さん:2005/08/07(日) 15:25:11
自然に考えて山東人が土井が浜人=本州人なら
なぜ彼らは九州にその痕跡を残さずに本州にばかり
その痕跡を残したか?矛盾だらけの情報・印象工作
http://ime.st/www5d.biglobe.ne.jp/~tosikenn/4sumi1.html
そう、新参者であったかあるいは、東朝鮮から侵入したと考えるのが
自然だろう。
310日本@名無史さん:2005/08/07(日) 15:37:49
高句麗は満州系なので朝鮮系というローカルな表現は不適切だ。民族、言語、風俗
も後の朝鮮族とは異なる異民族だ。

311日本@名無史さん:2005/08/07(日) 15:40:07
http://www.hist.shimane-u.ac.jp/kouko/List.htm
ここにもあるこの歴史的な発見を闇に葬り去る
馬鹿ん頭人、呆怪憧人w
312日本@名無史さん:2005/08/07(日) 15:43:36
新参者が僻地から入り込み次第に倭の中枢を浸食していったという
ことはだいたい想像できる。
http://ime.st/www.hist.shimane-u.ac.jp/kouko/List.htm
313日本@名無史さん:2005/08/07(日) 15:47:58
日本にも朝鮮にも高句麗、百済人の血は混じっているだろうが、それを
日本人は朝鮮系と表現するのは朝鮮人の勝手な思い入れ、片思いに過ぎない。

 中国人が朝鮮人は中国系と主張するようなものだ。
314日本@名無史さん:2005/08/07(日) 15:54:50
そうは思ってないよ、この土井が浜タイプも先住系を征服しながら
倭の文化を受容し拡大していったのでしょう。
しかし、この考古学的な事実はもっと大々的に発表すべきではないでしょうか?
大和朝廷成立にも深く関わっているように感じる。
315日本@名無史さん:2005/08/07(日) 16:10:49
銅鐸と前方後円墳もやはりこの勢力が拡大発展するなかで
生み出したものだろうか・・
前方後円墳の時代的、場所的な広がりみるとそう感じる。
316日本@名無史さん:2005/08/07(日) 16:40:52
近畿・東海にいた銅鐸族を古墳族が滅ぼした事は間違いない。

古墳族が何処から来たかだ。
317日本@名無史さん:2005/08/07(日) 16:57:08
>>316

丹後、播磨、吉備、
318日本@名無史さん:2005/08/07(日) 17:15:56
四隅が前方後円墳、後方墳に発展したのではなかろうか?
裏、東日本の勢力が九州日向に入りその後畿内に入り
全国政権の下地を作った。
銅鐸そのものもどこから来たかわからん。
この辺、権力抗争と祭祀の変遷が目まぐるしく複雑に
絡み合ってる。
319日本@名無史さん:2005/08/07(日) 17:32:05
磐座信仰の東北太平洋側までの広がりを考えると
第一段階としてはこの磐座が全国規模で広がり、
次に裏日本、東日本の一部、瀬戸内の一部に四隅が広がる、
これが発展拡大し、変化したのが古墳文化。
最後にこの文化圏が西九州、畿内大和、東海(銅鐸)とぶつかったのでは?
最終的には古墳族と大和が和睦し大和政権の下地となる。
320日本@名無史さん:2005/08/07(日) 17:46:47
新羅は新生高句麗の属国、(源氏、白旗)
旧高句麗支配層は百済に亡命、百済は倭国と同盟
新羅の支配層は北方スキタイ文化色濃い新参者である
321苦無い腸:2005/08/07(日) 21:59:47
>>305
禿同
322日本@名無史さん:2005/08/07(日) 22:15:21
マジレスすると古代ユダヤ
323日本@名無史さん:2005/08/07(日) 22:20:49
>日本にも朝鮮にも高句麗、百済人の血は混じっているだろうが、それを
>日本人は朝鮮系と表現するのは朝鮮人の勝手な思い入れ、片思いに過ぎない。


0.2%ほどな。しかも当時の。
ほとんど入っていないと言って良いレヴェル。


>中国人が朝鮮人は中国系と主張するようなものだ。


朝鮮人が中国系というのは事実。
様々な遺伝学で朝鮮人には漢民族の遺伝子やハプロタイプが
高頻度に出てくる。

朝鮮人は縄文人に近い土着人と華北人と満州東部人のあいのこ。
324日本@名無史さん:2005/08/07(日) 22:33:55
>>323

ユダヤは??
325日本@名無史さん:2005/08/07(日) 23:01:43
様々な遺伝学で日本人種からコーカソイドの遺伝子なりハプロタイプなり
が確認されたという公表は今のところ一切無いが。

これからも無いだろうな。
326日本@名無史さん:2005/08/07(日) 23:05:42
皇族方のお顔を見ればどこから来たのか一目瞭然でしょうに・・・
327日本@名無史さん:2005/08/07(日) 23:07:08
>>325

古代ユダヤは白人じゃないだろ?
セム系じゃなかったか?
328日本@名無史さん:2005/08/07(日) 23:13:46
セム系ってのはコーカソイドらしいぞやっぱり
地中海人の末裔がドラだけどやぱし白(コーカソイド)
329日本@名無史さん:2005/08/07(日) 23:14:01
顔見たまんま、北方アジアに決まっとるわな。


>>327
ハムもセムもコーカソイド。
コーカソイドは白色人種と訳されてるが、黒いコーカソイドも
いっぱい居る。

逆に北方モンゴロイドのように白いモンゴロイドもいっぱい居る。
330日本@名無史さん:2005/08/07(日) 23:31:13
>>329
それだ!
小アジア地方にいるトルコ人も人種的には黒いコーカソイドだろう。
白いモンゴロイドはぜいぜいカザフかキルギス止まり。
331日本@名無史さん:2005/08/07(日) 23:35:41
カザフはコーカソイドとモンゴロイドの混血地帯。

キルギスも確か混血地帯。
332日本@名無史さん:2005/08/07(日) 23:49:44
お前らが何を言おうと
日本にユダヤが入っていることは
間違いないんだが・・・
人口の1%は
いると見る。
333日本@名無史さん:2005/08/07(日) 23:51:25
ここって研究室で実際に
DNA調査してる奴いるの??
334日本@名無史さん:2005/08/07(日) 23:59:52
>>332
ユダヤというより、東北や北関東の先住民は確かにコーカソイドの要素が
あるな。俺の新潟の親戚や、東北出身の学校の担任がコーカソイド的の
容貌を持っていた。或いは縄文的な古モンゴロイドかも知れない。
秋田のナマハゲ祭りも、赤い鬼がメインだからコーカソイドと関係あるかも
知れんが。
335日本@名無史さん:2005/08/08(月) 00:04:35
>>330
アナトリア少アジアは
アジアという名前のヨーロッパです。
アナトリア人が印欧語族なのは有名な話です。
トルコ人(モンゴロイド)とは異なります。
常識のレベルです。
>>334
はいはい、引きこもり、自殺志願者
336日本@名無史さん:2005/08/08(月) 00:13:12
天皇も大将頃までは南朝色が濃くて
先住系に改良してたんじゃなかろうか?
昭和の皇后が北の血が濃すぎて平成天皇、
皇太子とあんな顔ですが
337日本@名無史さん:2005/08/08(月) 00:15:30
>>335
アナトリア人とはオグズ族のセルジューク朝以来からトルコ化したコーカソイド。
だから、言語的には印欧語族からトルコ化したコーカソイド系の民族のことだ。
さらにギリシア・アラブ・クルドなどの多民族が複雑に入り混じり、オスマン朝を
経て、多種族国家として形成されたのが現在のトルコ共和国だ。
君こそ、もっと勉強したらどうだ?池沼君。
338日本@名無史さん:2005/08/08(月) 00:17:15
南朝がゆだやなのは間違いない
339日本@名無史さん:2005/08/08(月) 00:42:11
>>337
池沼はおまえだ。
335の意見と337のおまえの相違にさえ判断できないのだからなw
340日本@名無史さん:2005/08/08(月) 00:53:37
341日本@名無史さん:2005/08/08(月) 01:10:39
お母さんから来たに決まってる。
342日本@名無史さん:2005/08/08(月) 01:17:06
>>338
その発言は、人種差別ですか?
後日、人権擁護委員がお宅におじゃまします。
調査拒否をした場合は罰金30万円です。
礼状はありませんが拒否はで来ません。
調査・審議の結果、差別と認められた場合、
差別者として、貴方の個人情報は公に晒します。
異議申し立てを行いたい場合は、
裁判で受けて立ちます。
貴方は個人で裁判費用を負担してください。
こちらは国庫から潤沢な資金を使います。
では、ごきげんよう。

343日本@名無史さん:2005/08/08(月) 22:04:32
根拠のない妄想してるやつ
いい加減にしろ
344日本@名無史さん:2005/08/08(月) 22:11:43
土井ガ浜の人骨が
戦国の混乱から山東半島から
旅だった人てのは
定説じゃないの?
345日本@名無史さん:2005/08/08(月) 22:15:09
まあ、いずれにしろ
古代天皇家がそのはじまりの頃
瀬戸内海を拠点に活動する海洋民と深い関係があるのは事実。

どこから来たかと言えば海から来たと言える
346日本@名無史さん:2005/08/08(月) 22:22:10

土井が浜人は朝鮮半島に頭を向け埋葬されているということから
半島、それも北部の方という説もある。
というかそっちの方が有力。
初期の弥生人とは埋葬が違うこと等と辺鄙な場所に上陸していることから
全くの新参勢力である可能性が高い。
347日本@名無史さん:2005/08/08(月) 22:23:30
>>345

そのグループこそアークを運んできた古代ゆだや一行であると
断言できる
348日本@名無史さん:2005/08/10(水) 02:41:14
金官加羅
349日本@名無史さん:2005/08/10(水) 02:47:50
丑三つ時に活気付く電波系スレの謎。


天皇家て何処から来たの?
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1117987687/
日本人なんていない、コリア系渡(略 U
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1087072485/
【勧告】横浜人は歴史を直視せよ
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1114436344/
【DNA】西日本は中国系で東日本は半島系か
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1114947979/
【江上】騎馬民族説は今。。。vol.3【波夫】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1120222213/
日本の支配階層は奈良百済人である! 
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1119646322/
百済か新羅か?
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1086007875/
★出雲国=韓人国家 【★古代史の真実】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1119821415/
350日本@名無史さん:2005/08/10(水) 02:48:01
金官加羅は金春秋の先祖の地。
351日本@名無史さん:2005/08/10(水) 02:49:10
>>348
という人もいるよね、でもあんな小さな国というより村から
日本の半分を治める勢力が生まれるというのは考えにくい
もっと大きな後ろ立てがないと無理。
352日本@名無史さん:2005/08/10(水) 03:03:04
天皇制を廃止して天皇陵全部発掘したい、
その意味で天皇制廃止を望む!
353宮内庁.com ◆K.qmyQDBQc :2005/08/10(水) 04:51:44
どうも宮内庁.comです。
354宮内庁.com ◆K.qmyQDBQc :2005/08/10(水) 05:50:13
【宮内庁@コラム】第1回『おなべ天皇』
どうも宮内庁.comです。記念すべき第1回【宮内庁@コラム】です。
少し前女性天皇の是非が議論されていた。しかし私はすでにもうひとつ先の問題を睨んでいる。
それはずばり『おかま天皇』あるいは『おなべ天皇』の是非である。
問題はすでにすぐそこまできている。aikoはすでにすぐそこまでにきている。
詳しく説明しよう。まず現皇太子の顔を思い浮かべて欲しい。…そう青ヒゲだ。
《ヒゲが濃い=男性ホルモン過多》 そして娘のaikoの顔は非常に現皇太子に似ている。
要するにaikoは皇太子の血を多くひいている。よって《aiko≒男性ホルモン過多》が成立する。
さらに同性愛者や性錯綜者には
・閉鎖的環境で育った
・両親が社会的地位が高い
・両親のどちらかあるいは片方が精神病
・異性ホルモン過多
・名前の頭文字がa
などのいずれかに該当する傾向があるそうだ。それではaikoで検証してみよう。
・閉鎖的環境で育った=(皇室)
・両親が社会的地位が高い=(皇室)
・両親のどちらかあるいは片方が精神病=(雅子様)
・異性ホルモン過多=(青ヒゲ)
・名前の頭文字がa=(愛子)
驚くべきことに5項目全てに該当しているのである。
以上の結果を踏まえ私が算出した結果99.902%の確立で同性愛者や性錯綜者になるとでたのである。
私の予想では彼女は小学校入学頃から青ヒゲが生え始め、10歳の時には下はボーボーだと思われる。
そして小学校卒業間近には自分の性に疑問を感じるであろう。
そこからは愛子本人の意思で行動するであろう。(性の決定)
そしておそらく《男》であることを選択し、ここで初めて『おなべ天皇問題』が浮上するだろう。
そうなってからでは遅いのである。私は今ここで問題提起をしてみようと思う。
・ご意見ご感想、投票はこちらへ→kunaicho_com@yahoo.co.jp
宮内庁.com
355宮内庁.com ◆K.qmyQDBQc :2005/08/10(水) 06:00:22
【宮内庁@コラム】第2回『皇室報道』
どうも宮内庁.comです。大好評不定期発行の【宮内庁@コラム】です。
さて今回は『皇室報道』についてです。皇室の輩が結婚すると「ご結婚なされた」と報道されますよね?
ならば逆に皇室の輩が離婚すると「ご離婚なされた」となるはず。 私はいつか報道で「雅子様ご離婚」と
ニュースが流れると私は予想している。 あの皇太子の異常な性癖に耐えられる人間は少ないだろう。
その矛先がaikoに向けられるのではないかと私は危惧している。
人間がaiboのように扱われないことを祈るばかりだ。
*aiboとは一昔前に流行った機械犬
さて次回は皇室炉利ランキングの発表です。皆様の投票をお待ちしております。
・ご意見ご感想、投票はこちらへ→kunaicho_com@yahoo.co.jp
宮内庁.com
356宮内庁.com ◆K.qmyQDBQc :2005/08/10(水) 06:23:00
【宮内庁@コラム】第3回『皇室炉満』
どうも宮内庁.comです。最近【宮内庁@コラム】の偽物が出回っているようなのでご注意ください。
私、宮内庁.comは必ずトリップを付けています(たまに忘れますが…)。本物の【宮内庁@コラム】は
宮内庁.com◆K.qmyQDBQcが発行しています。くれぐれもご注意を。
さて前回告知していたように皇室炉利ランキングの発表です。全部で5票の投票がありました。
1位-加古様(4票)
2位-aiko様(1票)
おおかたの予想ではaikoが人気と言われていました。しかし愛・地球博でテレビに映った加古が
ダークホース的に1位に踊りでました。いくつかメールを紹介します。
名無しさん(加古様)
−やはりあの清楚な顔だちがいいです。つるつるのおまん○こを広げあの顔が苦痛で歪むのを
 見たい。よって加古様に1票です。
名無しさん(加古様)
−愛知万博の報道で映った加古様に人目ぼれしました!加古様に1票!
大日本美桜塾さん(aiko様)
−女性天皇、大いに結構。皇太子様の血をしっかり引き継いだあの顔立ち。くすぐって悪戯して
 喜ばせてあげたい。国民に愛されているaiko様に一票です。
この他、無効票(圧力団体からのウィルスメール、アニメキャラクターへの投票など)が多数ありました。
投票結果から一言。女性天皇危ういか!?やはり私が提起した『おなべ天皇』問題に注目すべきだと
思います。
・ご意見ご感想、投票はこちらへ→kunaicho_com@yahoo.co.jp
宮内庁.com
357苦無い腸:2005/08/10(水) 20:19:39
>>352
禿同
358宮内庁.com ◆K.qmyQDBQc :2005/08/10(水) 23:04:43
どうも宮内庁.comです。
359宮内庁.com ◆K.qmyQDBQc :2005/08/11(木) 06:58:02
【宮内庁@コラム】第4回『八百長スペースシャトル』
どうも宮内庁.comです。これからは皇室関連ばかりではなく、時事ネタも【宮内庁@コラム】には
必要だと思います。ホモ顔野口さんらを乗せたスペースシャトル「ディスカバリー」がアメリカ
西海岸のエドワーズ空軍基地に無事着陸したそうだ。大気圏突入の際、燃えれば日本からでも綺麗な
流れ星のように「ディスカバリー」が見えるとの予測もあり、私は大気圏突入失敗を期待していた。
ホモ顔野口さんが船外活動中「自分が星になったみたいだ」と話してたとおり、大気圏で星になって
ほしかった。非常に残念である。
さてもうひとつ。プロ野球横浜ベースターズ、浜の番長?大魔人佐々木投手がリストラ引退により
最後のマウンドにたった。最後の対戦相手は球界の地蔵ゲイ番長、清原和博だ。JK(女子高生)
SB(ソフトボール)程度のストレートで追い込み、最後は山なりスローボール(フォーク(笑))で三振を
とりマウンドを降りた。終わり良ければ全て良し。大魔人佐々木にふさわしい終わり方であった。
しかしこう八百長がまかり通る野球界はいかがなものか…最近台湾で野球賭博絡みの八百長問題があった
ばかりだ。野球賭博といえば巨人終身名誉監督長島茂雄の命日予想ブックメーカーが売り出されている。
宮内庁.comは来年3月第2週あたりを予想し、買った。死因ブックメーカーは脳梗塞、脳管破裂あたりが
かたいであろう。
・ご意見ご感想、投票はこちらへ→kunaicho_com@yahoo.co.jp
宮内庁.com
36016歳中卒ヒッキー ◆HCmIhYMlyc :2005/08/11(木) 08:49:27
昭和天皇は戦争責任をとって
退位すべきでしたね・・そうすれば
天皇陵が発掘できたのに・・
361日本@名無史さん:2005/08/11(木) 09:51:28
一時期朝鮮に人質に取られてたから血は混じってるな
362日本@名無史さん:2005/08/11(木) 10:51:55
>>361
何を今さら。朝鮮の南側から日本の南側までは倭人が行ったり来たり。
ま、朝鮮と言われるあたりに住んでた民族もずっと同じではないけど
それでもそれだって、どうしたってそれぞれ入り混じるだろうよ。
アフリカから分岐しながら、入り混じりながら東の果てに散って来たんだろうよ。
363日本@名無史さん:2005/08/11(木) 15:06:06
こないだ、加羅のあたりの人の顔みたけど堀の深い
先住民顔で安心した、かれらは倭系の末裔だろうと。
364日本@名無史さん:2005/08/11(木) 15:12:24
たぶん朝鮮半島から叩き出されて日本へ来たのだろうけど
まさか叩き出されたとは書きにくいので天から降ってきたとせざるを
得なかった苦肉の策=古事記・日本書紀の天孫降臨
365日本@名無史さん:2005/08/11(木) 15:19:45
数知れず上陸していた亡命組みのなかで、勝ち残って政権を樹立できたのがオオキミ
366日本@名無史さん:2005/08/11(木) 15:21:00
でも、素戔嗚尊は一旦朝鮮半島に上陸してから出雲に行っている…。
こっちはきちんと明記しているよね。なんで。って出雲族だからか?
367日本@名無史さん:2005/08/11(木) 15:25:00
天皇族ってのは朝鮮半島からはき出されたというより
朝鮮半島の先住系をもはき出した北方の部族だろう。
もっと北の方で抗争に敗れ半島と列島に散り散りに
なった部族だと思う。
368日本@名無史さん:2005/08/11(木) 15:36:19
アメリカはヨーロッパから叩き出された香具師が寄り集まって
出来た国だが、まあロックフェラー一族が実力で王様になった
日本もアメリカと似たようなもので中国大陸や朝鮮半島から
叩き出された香具師が寄り集まって出来た国で、一番悪賢いのが
王様になったてなところだろう だからアメリカと日本は
似たもの同士の流れ者国家なので相性がよろしい
369日本@名無史さん:2005/08/11(木) 16:00:22
初期天皇がどうやって権力を集中させていったか、
考えると不思議でならない。武力のみでの征服は容易ではない
神懸かり的なことがあったのかもしれない、祭祀を中心として
先住系とは比べものにならない能力を持っていたのかもしれない。
370日本@名無史さん:2005/08/11(木) 16:45:39
農耕技術じゃないのか?
371日本@名無史さん:2005/08/11(木) 17:03:28
農耕技術はもっと早い段階のもの、生産力の増強によって
蓄え、分業という社会の基礎が築かれるが、それが直ぐに
国へと繋がるとは考えにくい。
実際、農耕がより発展した半島南部より北で国が興っている。
倭や半島南部では原始的な祭祀はあるが権力の集中がみられないので
建造物に関して小規模、中途半端なものが多い。
普通、人間は自分と家族が食えて、争いが無ければ十分と考え
原始的な部族では国(権力の集中)は興らない。
372日本@名無史さん:2005/08/11(木) 17:23:07
>>368

中国や朝鮮の王朝は
「中国大陸や朝鮮半島の支配層から叩き出された香具師が前王朝の衰退期に寄り
集まって出来た国で、一番悪賢いのが王様になったてなところだろう
 だから中国と朝鮮は似たもの同士の流れ者国家なので相性がよろしい」




373日本@名無史さん:2005/08/11(木) 17:25:59
新羅という国が倭に結束を促したか新羅の勢力そのもので
あったか、いずれにしても新羅に触発されて日本で国が
興ったとみるべきである。
374日本@名無史さん:2005/08/11(木) 17:33:41
氏姓制度も支配階層とそうでないものをより明確に
区別し権力をより堅固なものとした。
375日本@名無史さん:2005/08/11(木) 17:52:11
でユダヤ説はどうなったのよ?
かなり信憑性高いとおもうけど?
376日本@名無史さん:2005/08/11(木) 17:53:38
聖徳太子は景教の影響をうけていそうだが…
377日本@名無史さん:2005/08/11(木) 18:25:30
鉄器、米が国作りに欠かせないという説を唱える人がいるが
そんなの全く根拠がない、住民全員が生産者(農耕民)の社会で
なぜ鉄器で脅し征服する必要があるのか、よく考えて。
378世界平和を願い続ける地球市民☆:2005/08/11(木) 18:48:19

社民党に愛と平和の一票を!!


民主党も自民党も改憲派です!!!

地球市民の皆さん!  忘れてはいけません!  真の護憲派平和主義政党は社民党だけです!

民主党も自民党も改憲派です!!!


民主党もその本質は自民党と同じ平和憲法を破壊する反動右翼政党です!!

地球市民は平和を死守するために民主党と自民党による2大政党化を断固として阻止しなくてはなりません!


今回の選挙では社民党の議席が無くなってしまう危険性がかなり大きいのです!!



平和護憲派政党・社民党を廃した民主党と自民党による右翼2大政党政治の成立を阻止するために社民党に投票して下さい!


愛と平和の尊さを忘れていない地球市民のみんな!! 社民党に一票を!!
379日本@名無史さん:2005/08/11(木) 19:15:54
水争いとか、より利を得ようとする争いは自動的に起きるんじゃないの?
そうするとより力が欲しくなる。力があるものが弱いものを従わせられる。とか

多分、蓄えを持つことが出来るようになると、経済が発生して
富める者はその富で労働から解放されたり、好きなことができたりするようになった。
より、富を得て更なる勝ち組になりたい欲望とかが起きる。とか

あっ、それで豊かさを約束する農耕が上手くいくために
呪術的なことが出来る人間が中心の社会が出来たとか。
380日本@名無史さん:2005/08/11(木) 21:11:21
米を作っていると狩猟をやっていた連中の土地を勝手に耕し、狩猟の邪魔になる。
また自分で米を作るより他人の作ったものを強奪して行く米泥棒も発生する。
これらから自衛したり、農地を拡大し、狩猟民の土地を強奪する必要もあり、兵器が
発達する。日本人も米国人のような開拓者魂をもってインデアンと戦いながら、
国土を拡張していったのだろう。また黒人奴隷に代わる農業奴隷も発生していった
のだろう。
381宮内庁.com ◆K.qmyQDBQc :2005/08/12(金) 00:59:36
【宮内庁@コラム】第7回『自閉症愛子』
どうも宮内庁.comです。さて今回は重度の自閉症を患った愛子様の処遇についてです。
実は私、宮内庁.comの独自調査によって、ある重大な問題が発覚いたしました。それは愛子替え玉『人身売買』問題である。
というのも生まれつき重度の自閉症を患った愛子が皇室の人間として失格であり、宮内庁では愛子本体をまだ成長前の
幼少期に健常者とすり替えようとしているとの噂がある。それはいくつかの方法が提案されているという。
@ゆかりのある朝鮮人極左団体の人身売買ルートによる本体すり替え
Aアメリカ航空宇宙局、NASA独自開発の人型ロボット
B「不慮の事故」と称した愛子本体の削除
続く…
382宮内庁.com ◆K.qmyQDBQc :2005/08/12(金) 01:00:34
続き
現時点で2番目に可能性が高いのが@だと言われている。朝鮮人極左団体の人身売買ルートからの子供を整形し(この場合ブスに)
長期休暇と称して公衆から遠ざけて摩り替えるというのだ。最近「チワワ誘拐事件」が多発しているのも、人身売買組織の子供を
狙った(子供はカワイイものに付いて行く)計画的犯行とも言われてる。本物確認は愛子本体の身体的特徴や癖、挙動で見分ける
ほかないだろう。あのブサイクな顔の特徴を覚え、長期間メディアから遠ざかった後に注視してもらいたい。
次に一番実行されないであろうAについて。このNASA独自開発の人型ロボットというのはそこらの玩具メーカーや車メーカーなど
の発表したロボットとは次元が違う。外見ではまったく判断できない(動向の開閉まで)よって、人工知能による会話パターンの
虚をつくほかないであろう。しかし公衆に出る場合宮内庁御用達記者が周りを固め、台本的質疑応答が繰り替えされるのは目に
見えている。いかに「虚を衝く」のかが問題だ…
そして最後に、1番実行される可能性の高いB「不慮の事故」と称した愛子本体の削除である。これは故、ダイアナ皇太子妃が
そうであったよう「不慮の事故」で削除するのが普通である。実は愛子が重度の自閉症と発覚した際、もう少し前(乳児期)に
発覚していれば乳幼児突然死症候群(SIDS)ということで削除できていたのではないかという話がでたという。現時点で一番
可能性のあるのは移動による「不慮の事故」である(航空機、車、鉄道)。静養先や宮内庁ではまずやらないであろう。
さてこれはおそらく誰にも判別はできないであろう。ただただ「不慮の事故」が起こらないことを祈るばかりだ。
以上が重度の自閉症を患った愛子の処遇の予想である。わずかな可能性「正式な持病の発表」は残っているが、雅子様の例を見て
もその可能性は…
・ご意見ご感想、投票はこちらへ→kunaicho_com@yahoo.co.jp
宮内庁.com
383日本@名無史さん:2005/08/14(日) 19:14:19
初期天皇が権力を握った理由、それは殺しのテクニックが抜群だったからよ
それまで、平和的に暮らしていたところに、突如大陸仕込みの
必殺テクニックを持った集団が現われて日本制覇 農耕技術なんて
甘いものではない
384日本@名無史さん:2005/08/15(月) 06:30:15
インベーダーとしての征服王の支配力が安定してくると、王化に従わぬ先住民族や、
反乱者征伐の物語が、王の英雄伝説として物々しく語りだされる。

やがてそれらの伝説や物語は国家の正史に取り入れられて、政治的、文化的統治の
一環として大いに活用される。

征服王が君臨すると、その血統は、古くから、その土地に伝わる神話や伝承や説話
を寄せ集めて、麗々しく美化される。

内外から寄せ集めた材料を下地にして、皇祖による国土創生神話がまず作られる。
そして無理矢理こじつけられ巧妙に偽造された王統譜によって、王権の正当化がは
かられる。

天武天皇によって編纂を命じられた、我が国の「古事記」「日本書紀」が、大筋で
はそのような経過をめぐっていることはあらためて述べるまでもないだろう。

その支配の安定をはかる為に、宗教的儀礼、身分制、位階勲等など、さまざまな装
置、パフォーマンス、道具立てが考案され、社会体制がしだいに秩序化されてゆく。

時間は人々の心に次第に作用して、人々に権威を納得させ、それを正当で理性的な
ものと思わせる。
385日本@名無史さん:2005/08/15(月) 21:10:33
かりに制服王朝として
何か問題が?

俺は征服された先住民の直系子孫だ!
なんて言い出すのか?藁
386日本@名無史さん:2005/08/15(月) 21:12:16
>>346
?半島南部はかすめてるが
北部は向いてないのでは?
387日本@名無史さん:2005/08/15(月) 21:18:10
原始天皇家はオノゴロ島を拠点に
列島沿岸を駆け巡った海洋民。
これが神代。
やがて日向から陸にあがり点在していた
拠点を辿りながら陸の支配を目指したのが神武天皇。
388日本@名無史さん:2005/08/15(月) 21:20:41
紀記に記された天之鳥船はまさに原始天皇家が
海洋民だった証。
389日本@名無史さん:2005/08/15(月) 21:23:55
神武に従った裏切り者は藤原
390決定打!:2005/08/15(月) 21:27:05
思い出して欲しい。
神奈川県中里遺跡では
海から上陸した人達が現地の人々に
農耕技術を伝え共生していた。

この海からやって来た農耕技術をもった人達こそ
原始天皇家と同じ種類の人達である。
391日本@名無史さん:2005/08/15(月) 22:52:09
皇族はずばりB52-DR15族。

元はシベリアのどこかに居て、南下してモンゴル東部〜満州北西部に
一時定着したが、再び南下して朝鮮半島には定着せずに九州北部に渡来した。

やがて人口爆発して西日本一帯に広がっていった。

これと土着系が混ざったのが大和民族。
392日本@名無史さん:2005/08/15(月) 23:16:44
違うね、本州は全く違う勢力が支配的、それは
四隅墓を残した

出雲武蔵族B52-DR13族!!!!!!!!!!!!!!!

天孫族渡来は邪馬台国の前後2世紀ほんとんど同化することなく
畿内にて定着。これはなんだべか
393日本@名無史さん:2005/08/15(月) 23:18:37
稲作を伝えたグループは江南系あるいは縄文の先見的グループであろう
つまり、関東人は四隅墓人
394日本@名無史さん:2005/08/16(火) 00:05:21
一気にビビンバ臭くなってきた。
395ニッカ:2005/08/16(火) 00:08:13
失われたイスラエル12支族のガド族=天皇家です。
馬の文化を持って渡来しました。
396日本@名無史さん:2005/08/16(火) 00:11:03
阿弗利加に決まっておろう。
397正しい血統:2005/08/16(火) 06:37:53
>>1


          正     直     田     布     施     か     ら
398日本@名無史さん:2005/08/16(火) 07:24:40
>1
知らないの? 太陽からだよ。ぼくらみんな。
399日本@名無史さん:2005/08/16(火) 15:56:56
政治家や官僚は大卒だから、不正はしないよ。
政治家や官僚を叩くのは高卒の妬みだよ!

lヽ
l 」∧_∧       
‖ ( ゜∀゜)アヒャーヒャヒャ
⊂    つ
  人  Y
 し(_)
400日本@名無史さん:2005/08/16(火) 21:31:53
変なオカルトはやめてくれ。

紀記にははっきりと
原始天皇は南九州に拠点を置いていたと書いてある。(三代だが)

また神代から古代の天皇家には
海との深い関わりが記されている。

これが事実。
401日本@名無史さん:2005/08/16(火) 21:35:02
三代て言っても長いよ。
今の天皇は関東四代目だし。
原始天皇は寿命が長いからね。
402日本@名無史さん:2005/08/16(火) 21:36:41
>>390
は原始日本の縮図だと思う。
403ジョン・レノン ☆ イマジン:2005/08/16(火) 22:45:13

私は左翼だけど・・・

なんか最近「国境のない世界」とか人類愛とかいわゆる地球市民思想の限界を感じる・・・


なんかもうこういう言葉は聞き飽きたって感じ。

実際に国境のない世界なんて実現しても本当に良い世界なのか?という疑問も世界中からボツボツ出てきてるし、

悔しいけどもう駄目だね。 地球市民とか、国境のない世界とか・・・

もう陳腐になってる。 
こういう思想で若者の支持を得ることはもう無理だね。
404日本@名無史さん:2005/08/21(日) 07:50:27
地球市民なんて。
足元を見ずに空ばかり眺めていたやつが
思いついた妄想。
下も見て歩かないとドブにはまるぞ。
405日本@名無史さん:2005/08/21(日) 07:58:04
テンコロ(天皇)一族は朝鮮系(w


       国籍ないヤツァ日本から出てけ!!
── =≡∧_∧ =           
── =≡( ´∀`)≡  ズガッ     -=○-○  
─ =≡○_   ⊂)_=_  \ 从/-=≡ r.(  π )   
── =≡ >   __ ノ ))<   >  -= 〉裕仁 つ
─ =≡  ( / ≡  _/VV\-=≡⊂ 、 ノ
── .=≡( ノ =≡   /|   ,,   -=  し'
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|/ ,,,   ─━━━─
                                              
406日本@名無史さん:2005/08/21(日) 08:51:22
判っているだけでも、継体期、南北朝、幕末期・・・何度か途絶え
てる可能性があるので、遼東半島から来たといってる中国の史書の
記述をそのまま使えるのかどうか・・・
407日本@名無史さん:2005/08/21(日) 09:26:22
天武のとこでも途絶えてる。
天武のところで天皇制は確立したんだけどw
408日本@名無史さん:2005/08/21(日) 10:57:44
>406>407
やれやれ
何を根拠に・・
409日本@名無史さん:2005/08/21(日) 13:03:39
古墳にミイラとかないの?
DNAが見られればいいわけだが
410日本@名無史さん:2005/08/21(日) 15:07:14
>>407 天武は天皇家の人間ではないという説がありますが、光仁で天智系に戻り、今の天皇は天智天皇の末裔です。
411日本@名無史さん:2005/08/22(月) 03:29:56
どっちにしても天武、天智の前の大王に天の文字が入っていないし
幼名?にもそういった名前が無いので、天孫っていうのはこの天武、天智の
頃に権力を正当化する為に朝鮮の天君をマネしたか何かで天皇と
名乗り始めたわけでしょう?まあ、僕はこの天皇と名乗ったのは
朝鮮系の血の濃い人だと思っていますが・・
412日本@名無史さん:2005/08/22(月) 07:20:56
>>403 朝鮮半島に国境の無い世界が実現するのは遠い未来だ。

 北鮮国内では国内でさえ移動の自由がない国境だらけの世界らしい。

 朝鮮を祖国とする人間が国境の無い世界に憧れるのは無理も無い。
413日本@名無史さん:2005/08/22(月) 15:40:20
>>408>>410
お前ら、泉湧寺さえ知らずにこの板にいるのか?
バカ。
414408:2005/08/22(月) 20:30:39
知っているが
それが天武士と一体?
415日本@名無史さん:2005/08/24(水) 20:02:23
>>414
じゃあ、知らねえんじゃねえか。アホか。
416日本@名無史さん:2005/08/25(木) 00:13:22
>415
時代が全然違うだろ
だから何が根拠だよ?
また変な適当な憶測から作り出されたオカルト説かよ(藁
417日本@名無史さん:2005/08/25(木) 00:17:59
415のようなのはスルーすべし。
紀記の正確さにびびって否定したくてしょうがないやつの
妨害工作にすぎないから。
418日本@名無史さん:2005/08/25(木) 01:03:34
>>416>>417
バカとはお前らの為にあるような言葉だな。
泉湧寺と天武天皇の関係を調べてみろ。
憶測などどこにもない。泉湧寺に電話でもして訊け。ドアホ。
419日本@名無史さん:2005/08/25(木) 07:20:03
そんな一部のオカルト説の歴史だされても・・
スレと関係ないのでこの話しはもういらね
420日本@名無史さん:2005/08/25(木) 13:32:17
天智 中大兄 = 百済王子・・・残念
421日本@名無史さん:2005/08/25(木) 14:47:17
仁徳天皇陵を発掘すれば何か解ると思うのだが・・・
422日本@名無史さん:2005/08/25(木) 19:21:23
>>419
無知ほど醜いものはないな。
調べりゃすぐわかることさえせずに、オカルトかい?www
お前につける薬はないよ。
423日本@名無史さん:2005/08/25(木) 22:07:58
天君の元祖は馬韓なのであるいは百済から入ったかも
424日本@名無史さん:2005/08/25(木) 22:30:56
今の天皇家は、日本製だぞ。多分。
その前は知らんが。
425日本@名無史さん:2005/08/26(金) 02:48:09
426日本@名無史さん:2005/08/26(金) 13:26:51
先ずですね大陸と近い北九州が発展しますよね
そのあと日本海づてに出雲が発展しました
同時期に吉備、畿内にも勢力網が出来ました
吉備をはさんで交通ルートの奪い合いを各地でしてたら
北九州が没落して行きました
427日本@名無史さん:2005/08/26(金) 13:31:47
それを気に出雲系機内勢力一派トヨ派が北九州の山門?を遷都しました
しかしその後トヨは朝鮮にも出兵して機内に煙たがられました
その為畿内派に南九州に追いやられました
しかし祟りを恐れた機内政権はトヨ派の皇子を大和の王に立てて
日本は安定しました
でも白村江の戦いでボロ負けして朝鮮利権も失いましたとさ
428日本@名無史さん:2005/08/26(金) 13:37:16
という訳で「何処から来たか?」などと言うのは愚問です
各地勢力が対朝鮮、対中国を睨み日本安定の為担ぎ出しただけです
だから不可侵なんです
今で言えば憲法九条ですかね
429日本@名無史さん:2005/08/26(金) 13:43:42
イワレヒコは名前の通り縄文人です。
430日本@名無史さん:2005/08/26(金) 13:54:21
京都御所に堀等が無いのは有名ですよね
皇室は古代から精神的主柱だったんです
政治、軍事は出雲系の物部氏とか蘇我氏が取りまとめていたんです
何処から来たかと言われても天皇という漢字、制度は中国から来てますから
大和の国を治める一制度に過ぎません
最初の皇子が誰かと聞かれればトヨと武内宿禰の子供かな?
位しか思い付きません
431日本@名無史さん:2005/08/26(金) 13:58:12
新羅=天智天皇系列、百済=天武天皇系列っていう説もあるみたいよ。
半島の歴史をキチンと丁寧に調べて矛盾の無いストーリーになってる。
日本だって建国の歴史くらい創作してもおかしくないよなあ。

http://7andy.yahoo.co.jp/books/detail?accd=31554737
432日本@名無史さん:2005/08/26(金) 17:22:43
天皇は知らないが、卑弥呼は孫権の国から来たんだよ。
人類学って凄い。
433日本@名無史さん:2005/08/26(金) 17:36:14
北海道で事件→また北海道か
青森県で事件→また青森か
宮城県で事件→また宮城か
茨城県で事件→また茨城か
新潟県で事件→また新潟か
埼玉県で事件→また埼玉か
千葉県で事件→また千葉か
栃木県で事件→また栃木か
神奈川県で事件→また神奈川か
静岡県で事件→また静岡か
愛知県で事件→また愛知か
三重県で事件→また三重か
岡山県で事件→また岡山か
広島県で事件→また広島か
香川県で県で事件→また香川か
福岡県で事件→また福岡か
熊本県で事件→また熊本か
鹿児島県で事件→また鹿児島か

こういうことを書いてはいけません
434日本@名無史さん:2005/08/26(金) 18:25:48
秘密がばれるから古墳なんか掘らせないんだよな!
まあ、あまりさしたる根拠もなく、天皇を名乗っているのは事実。
早く廃止して日本は大統領制にすべし。
435日本@名無史さん:2005/08/27(土) 00:20:47
>>431
全く逆だろよ。天智が親百済、天武が親新羅だ。どういうアタマだ、おまえ?
436日本@名無史さん:2005/08/27(土) 01:18:01
九州は秦氏(畑姓)が異常に少なく、
古賀氏が異常の多いのだけれど
(他は関東や近畿からの天武士の末裔。)
これも、大分の八幡(秦氏)信仰を頑なに拒否し
中国系の古賀氏を受け入れた歴史の顕れだと思う。
ただ、現在の古賀さんがみな中国系というわけではなく
一部は、関東の天武士との姻族関係、百姓(開拓農民)に
つけられた苗字もあるそうです。
しかし、現在でも九州は古賀氏の政治力が強いので、
本州とは全く異なる血統であるがあるとは言えると思う。
とはいえ本来の土着民はほとんど息絶えた状態だ。
437日本@名無史さん:2005/08/28(日) 11:18:05
だから南方から野間岬に
漂着したて書いてあるだろ
438日本@名無史さん:2005/09/02(金) 23:20:01
>>1
豪族のうちでも有力なものが
周辺の豪族を征服あるいは懐柔し
権力を増し、大王となった
439日本@名無史さん:2005/09/04(日) 19:03:33
>>437
440日本@名無史さん:2005/09/04(日) 20:34:47
どの記録を見ても天智・天武が渡来した事実がないのに、百済系とか新羅系とかまで判別がついているというのは如何なる検証によるものですか?
441日本@名無史さん:2005/09/04(日) 20:38:47
>>440
天智、天武本人たちは
まぎれもない天孫の子孫でしょう。
百済系とか新羅系とかは
時の政権の外交方針のことでは?
442日本@名無史さん:2005/09/08(木) 20:49:04
つまり高天原はどこか?
ということですね
443日本@名無史さん:2005/09/08(木) 22:23:37
高天原は天国

地上のどこかって考えるのがおかしい
444日本@名無史さん:2005/09/09(金) 01:43:42
>>441
だから、泉湧寺をし ら べ ろ とあれほど言ってるだろう。
445日本@名無史さん:2005/09/09(金) 01:49:44
>>436
有明のムツゴロウ(畑氏)を滅ぼしたのが古賀誠と言いたいわけだな
446日本@名無史さん:2005/09/09(金) 02:01:38
>>444
バカとかドアホと他人を罵倒しつつも
自分でソースをつけようとしない444
447日本@名無史さん:2005/09/09(金) 02:04:47
>>444>>446
調べてみた

泉湧寺の歴史
弘法大師空海が法輪寺という小寺を建てたものを健保6年(1218)宋より帰朝した月輪大師が台・密・禅・浄の四宗兼学の道場として興したのが始まりです。その時、境内より清泉が湧き出したので、「泉涌寺」と改名されたとのことです。
古くから皇室の帰依があつく、「みてら」とも呼ばれています。境内の月輪陵後月輪陵には、後水尾天皇以降14代にわたる天皇陵を含めて、25陵もの陵墓が鎮まっています。

・・・?
448日本@名無史さん:2005/09/09(金) 02:15:22
天空から
449日本@名無史さん:2005/09/09(金) 02:32:06
いずれにしても7世紀の壬申の乱で東国豪族の政権が誕生し
その時、国号が日本、大王が天皇になったのであるから
天皇と日本は東国の人の意志をより反映したもので
あるとは言えると思う。
450日本@名無史さん:2005/09/09(金) 02:38:22
しかし、平氏の赤と源氏の白がよくわからない。
平氏って東国政権の反逆者だったのだろうか・・
451名無し象は鼻がウナギだ!:2005/09/09(金) 02:47:02
>>449
東国と言っても、せいぜい尾張、美濃、三河のみ。
いわゆる、関東以東は関係無い。
452日本@名無史さん:2005/09/09(金) 02:47:18
7世紀あたりを「そのとき歴史は動いた」でしてほしい
453日本@名無史さん:2005/09/09(金) 02:57:49
この時全国に律令制引かれるけど抵抗のあった地域が
またおもしろい
454日本@名無史さん:2005/09/09(金) 20:22:07
>>446>>447
おまえら、ほんとに度し難い馬鹿だな。
何でもネットで手に入ると思っているバカ厨そのものだ。「調べる」という基本的能力さえ持ち合わせていない。
泉湧寺のパンフがここにある。
祀られている天皇が天智から、すぐ光仁、桓武となっている。その理由を考えてみろ。
これだけ言ってもわ か ら ん の か。
455日本@名無史さん:2005/09/09(金) 21:17:44
>>451
稲荷山古墳の鉄剣や鹿島神社等は無視ですか
456日本@名無史さん:2005/09/09(金) 21:20:52
>>454
正直あなた以外の誰もわからないので
ちゃんとはっきり書いてくれませんか。
457日本@名無史さん:2005/09/09(金) 21:40:14
泉涌寺=明治以前に仏教を信仰していた天皇家の菩提寺。
歴代天皇の位牌を祀っているが、天智-光仁-桓武と続き
天武から、考謙までの8代、7人の天皇の位牌は祀っていない。
458日本@名無史さん:2005/09/09(金) 23:53:04
系統がちがうからと、ちゃう
459日本@名無史さん:2005/09/09(金) 23:57:33
>>458
ほう、紀記のどこにそんなことが書いてある?
460日本@名無史さん:2005/09/09(金) 23:57:46
相当裏があるとは思うね、血に関する。
単なる政治とか利害だけとは思えない確執あるもんな・・
461日本@名無史さん:2005/09/10(土) 00:03:01
稲荷山古墳の鉄剣は、名前が欠けてるのに、無理やり
ワカタケルとかこじつけてる椰子が学会にいるんで困
ってます。世代交代が待たれますよ。ほんと。
定年なんでないかな。
462日本@名無史さん:2005/09/10(土) 01:10:55
463日本@名無史さん:2005/09/10(土) 04:56:41
>>461
名前が欠けてるって、どこか別の剣のことでは?
稲荷山のは欠けてるのでなく読み方の問題だと思うが。
464日本@名無史さん:2005/09/10(土) 09:39:55
天橋立の北に2000年以上の歴史を有する元伊勢籠神社がある。
垂仁天皇及び雄略天皇の時代に天照大神と豊受大神が
現在の伊勢に遷されたので,「元伊勢」と名がつけられた
465454:2005/09/10(土) 17:25:31
>>464
問題は豊受大神の正体だ。
466名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 10:08:55
>>459>>460
系統が違うのは起記に普通に書いてあるがな、藁
勝手に妄想を暴走させられても困る
467名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 20:37:18
>>466
なんだ「起記」って?ばっかかおまえ。
天智と天武が兄弟だって書いてあるの知ってるか?(しかも兄の方が年下。激藁)
468日本@名無史さん:2005/09/12(月) 09:35:32
>>464
少なくとも垂仁天皇及び雄略天皇は
天照大神と豊受大神を「卑弥呼と台予」だと考えていたわけだ。
469日本@名無史さん:2005/09/12(月) 16:16:28
__________
    ∠○ へ
       \  
        /  
      /\

しまった!ここは糞スレだ!

__________
    ,へ ○ へ
      /
     \ 
     //

オレが止めているうちに他スレへ逃げろ!

__________
    \/
      \/ 
       ○ 
      」

早く!早く!オレに構わず逃げろ!


  i
  |  i!      |    l|
_l|i|_li|___l!__liil__

   アオーサ!
470日本@名無史さん:2005/09/12(月) 22:03:11
作文で成り立ってる紀が、あるので用注意しなさい
471日本@名無史さん:2005/09/13(火) 08:34:21
白木人が先にきて、開発してたので、白木系かも、倭人系かも合併したのかも
472通りすがり:2005/09/13(火) 14:29:31
天智政権は、百済の高官がそのまま倭国の高官となる奇異な政権であった。
473日本@名無史さん:2005/09/13(火) 15:30:07
舒明が義慈、天智が余豊だというのは公然の秘密
474日本@名無史さん:2005/09/14(水) 08:52:14
ちなみに栗隈王は鬼室福信
475日本@名無史さん:2005/09/14(水) 21:15:11
オカルトネタでもりさがったな
476日本@名無史さん:2005/09/15(木) 10:21:51
作文をどの時点でしてるかを解明していますので
477日本@名無史さん:2005/09/15(木) 16:16:48
天から下り朝鮮、中国を平定
478日本@名無史さん:2005/09/15(木) 16:45:48
自虐史観の日本人はどうして、オーソドックスに考えられんの?
魏志をはじめ中国正史では、調和的に、「倭人=太夫=周王のゆかりのもの」
これを否定しなければ、弥生日本人(倭人)は、
万里の長城以南を支配していた漢民族の王の子孫。
倭の5王も、漢帝の大将軍位。

肝心の、万里の長城以南の漢民族は7世紀には万里以北の鮮卑により、
ほとんど絶滅しているので、現在の中国人とは遺伝子が違う。

日本の皇室は全て調和的に、春秋戦国期から漢までの中国古典をゆかりとしている
(隋唐以降の中国古典は、一切無視されてる。)
479日本@名無史さん:2005/09/15(木) 18:46:19
>>478
冷静に歴史、日本周辺の地勢をみると、それが極普通の流れだわな。

つまり、古代からの様々な大陸周辺王朝の流れを受け継いでる
正統の国は日本、大和民族しか考えられん。
結局、周、秦、呉、明、百済、高句麗などの知識人、王族が
最終的に歴史に残る形で帰化してるのは日本なんだから。
480日本@名無史さん:2005/09/15(木) 20:19:19
やめとけ、CIAに逆らうなw
481日本@名無史さん:2005/09/15(木) 21:32:34
>>479
全くそのとおり、

現代日本=漢文化の継承国  周のゆかり(魏志では倭人は自称、太夫)
現代中国=漢文化の略奪国  非漢民族の子孫

482日本@名無史さん:2005/09/15(木) 23:38:19
高句麗文化を漢文化と言ってしまっていいのか?
483日本@名無史さん:2005/09/16(金) 01:58:23
>>479
その割に文字記録を残していないね。日本に流れ着いた王族はみんな文盲か?
484日本@名無史さん:2005/09/16(金) 06:24:41
>>479
新羅は?
485日本@名無史さん:2005/09/16(金) 11:08:40
だから白木人は医大で日本の基礎を造ったんだよ、そこへ後からきた渡来人が
自分の国とてがらにしたのだ
486日本@名無史さん:2005/09/16(金) 18:21:07
イシャはどこだ!?
487日本@名無史さん:2005/09/16(金) 19:27:35
>>483
明らかな漢の直轄地、楽浪郡が、紀元前から3世紀まで
漢半島の北部にあったのは確実なのに、
当時の漢人の文字記録は出土してないよね。
文字記録と文明圏は連動しないよ。
488日本@名無史さん:2005/09/16(金) 19:38:00
白木人って何?
ぐぐっても詳しい情報無いんだけど
489日本@名無史さん:2005/09/16(金) 20:04:57
テンコロって、朝鮮系でしょ(w


モンゴル系です

491日本@名無史さん:2005/09/16(金) 22:27:51
>>478>>479
何気に近代までに中国の古典のいくつかは
日本でのみ継承されてたようだね。
近代以降、日本から中国に逆輸入され
今ではさも昔から連綿と受け継いだて
顔してるが
492日本@名無史さん:2005/09/16(金) 22:44:35
白木人も知らないで、古代の謎を解くのは無理だよ、シラギのギは村を表す古語であり、
白色が好きな集団です。白い車に乗った教祖とは別物です
493日本@名無史さん:2005/09/17(土) 07:33:47
タイ人は昔は華北に住んで移動したそうだ
歴史的に見て彼らは優秀ではないだろうか
494日本@名無史さん:2005/09/17(土) 07:35:03
白木屋って高級ってこと?
495日本@名無史さん:2005/09/17(土) 09:31:08
養老の瀧は不老不死の秘術を求めた始皇帝へのあてつけとして、
日本に渡ってきた徐福の子孫が開業した
496日本@名無史さん:2005/09/17(土) 11:57:05
渤海が、遼?に滅ぼされそうなころだったか
日本に、あんたとうちは周の後胤同士だから助け合わねばならない
みたいなことを言ってきてたっけか?
なんにしろ、大陸は恐ろしいところだな。すぐ国が滅ぶ。
497日本@名無史さん:2005/09/17(土) 15:54:32
ぶっちゃけ、
北方の蛮族が、漢を滅ぼす課程で、
漢化したからややこしい事になったんだな。
もう少し奴らに誇れる独自文化があったなら、
7世紀以降の中国は、全く違う文明になったろうに。
498日本@名無史さん:2005/09/17(土) 16:27:53
タイ人は、原住民の色黒のクメール人(インドネシア人種)に、
雲南の華南人だったタイ族(南方蒙古人種)が南下して
交配した人種。
499日本@名無史さん:2005/09/17(土) 16:30:28
天皇は天照オオミ神の子孫!!
そのくらい分かれゲスが!!
500日本@名無史さん:2005/09/17(土) 16:32:21
500
田布施から
501日本@名無史さん:2005/09/17(土) 16:34:45
日本人は、原住民の縄文人(北方古モンゴロイド)に、
モンゴル東部〜満州北西部あたりに居た倭人(北方新モンゴロイド)が南下して
交配した人種。
502日本@名無史さん:2005/09/17(土) 18:29:57
>>499
だからそのアマテラスはどこから来たの?
503日本@名無史さん:2005/09/17(土) 18:52:24
他の星です
504日本@名無史さん:2005/09/18(日) 13:50:38
モンゴルで相撲してたらUFOにさらわれて
体に変なもの埋めこまれて日本に放り出された
UFOからの交信を、神の声が聞こえる〜と言って始めた宗教家が天皇家の先祖
僕に逆らうとタタリがあるよ〜と言って民衆を支配した。祟神天皇→タタリガミ天皇


505日本@名無史さん:2005/09/18(日) 15:37:02
>>504
タタリガミが天頂様と‥。

九州から来た、かつて名のある大神で、
今では臭い肥満豚に成り果てた盲目の
乙事主とは麻原尊師ですか、ホリエモンですか?
506日本@名無史さん:2005/09/18(日) 15:58:10
>>504
違うよ。
正確にはモンゴルで相撲やってる最中じゃなくて
ムー大陸でモンゴル代表と相撲で戦っている最中に拉致されたんだよ。
507日本@名無史さん:2005/09/18(日) 16:54:31
最近実は古事記や日本書紀の編集者も天皇はどこから来たか
わからなかったのではないかと思えてきたよ
508日本@名無史さん:2005/09/18(日) 17:03:25
要するに、かなり古くから日本列島に根付いてたんだろう。
509日本@名無史さん:2005/09/18(日) 19:15:05
フールン湖畔
510日本@名無史さん:2005/09/18(日) 23:07:04
ピロピトとアサハラの共通項

マインドコントロールで殺人を正当化
      ↓
信者が勝手に罪をおかした。僕悪くないもん
      ↓
その後新しい体制に(被害者のことは考えないで行動)
      ↓
もう危険集団じゃないやい(一部はマインドコントロール解けてない)
   偏見持っててスマン、俺宗教嫌いだから 信仰はご自由に〜
511日本@名無史さん:2005/09/19(月) 10:45:18

神の国から来ました
512日本@名無史さん:2005/09/19(月) 11:10:17

「オレ様は神だ〜〜〜」お腹に渦巻き模様を描いて裸踊り。映画にもなった。
513日本@名無史さん:2005/09/19(月) 13:50:56
俺も「オレは無敵なんじゃ〜」と言って今年の花見で裸で踊った。
きっと神々しく見えたはずだが映画にはならなかった。
514日本@名無史さん:2005/09/19(月) 14:14:40
奇跡のひとつも起こせない天皇家よりも伊東家のほうが優秀だ
伊東家が何処から来たのか?そっちのが重大問題
515日本@名無史さん:2005/09/19(月) 21:18:18
天皇号は道教における最高の神格を意味しますので、仏教になった時に変更しなかった
516日本@名無史さん:2005/09/20(火) 00:02:45
天皇は不要、無用、百害あって一利なし。
早く天皇制を廃止しよう
517日本@名無史さん:2005/09/20(火) 01:24:05
お前がどこか消えればいいだろ。
人を否定する前に自分は必要だと思っているのか。
518日本@名無史さん:2005/09/20(火) 10:56:27
>>507
実はっていうか当然じゃん。
あんなもん天皇陛下のご先祖が日本列島をお創りになったとか
嘘ばっか書いてあるんだから。
519日本@名無史さん:2005/09/20(火) 11:17:33
タブーとされている天皇制を批判できる人は必要な人材
少数意見があるからこそモノゴトはより良い道を模索できる
会社の会議でも社の方針にYES!YES!YES!なヤツはいらない人材
そこに存在してる意味がない
反対意見を言う人は自分の得にはならなくても組織の為に行動する人が多い
賛成だけの人は組織がどうなろうと自分の保身だけ考えてる人が多い
賛成意見しか無くなったら、その対象は腐っちゃうよ
520日本@名無史さん:2005/09/20(火) 14:24:46
>>518
はあ? 浅学だなーていうか頭悪いな

記紀をはじめ日本の古典は、古い時代については良くわからない
という前提を表示して常に作られているんだよ。 それは嘘とは言わない。
521日本@名無史さん:2005/09/20(火) 19:10:14
>>519
制度は否定してもいいが、天皇という一個人まで否定すれば反発する。天皇だって一人の人間だぞ。
522日本@名無史さん:2005/09/21(水) 17:36:53
天皇一族には選挙権すらないんだぞ!
彼らを天皇制から解放することこそ日本人の責務。
523日本@名無史さん:2005/09/24(土) 14:14:52
天皇がどこからきたのかはどーでもいい
いつまで日本に居るつもりなのかが重要。江戸城いつまで貸してやれば良いんだ?
524日本@名無史さん:2005/09/24(土) 15:12:32
出ていって欲しいなら憲法改正に賛成することだな。
525日本@名無史さん:2005/09/24(土) 15:27:55
つか天皇が日本の象徴ってのが解せないな。
チョンの末裔が日本の象徴かよ
526日本@名無史さん:2005/09/24(土) 15:48:49
と、チュンの末裔が申しております
527日本@名無史さん:2005/09/24(土) 18:48:56
と言うやつこそ比較的最近日本人になったやつで
天皇家は南九州出身の原日本人の末裔なのは
平安貴族の日常風俗を調べればあきらかである。
528日本@名無史さん:2005/09/24(土) 21:00:32
オレ日本人だけど天皇制はいらんておもう
日本人らしく見せる為天皇\(^o^)/してるやつ
本物の日本人は思想的な自由をもってるから反対=非日本人じゃないよ
戦前の日本の映像観て勘違いしてるのなら一度日本にきてみるといいよ^^
歓迎するよ^^
529日本@名無史さん:2005/09/24(土) 21:01:27
欠史八代(けっしはちだい)とは、『古事記』および『日本書紀』において、系譜は存在するもののその事績が記されていない
第2代綏靖天皇から第9代開化天皇までの8人の天皇のこと、あるいはその時代
を指す。

そもそもこれらの八代の天皇については、中国の革命思想(辛酉革命)に合わせる
ために天皇家のルーツがかなり古いところにあると思わせるべく、系譜上の天皇
を偽作したため生まれたという説が有力である。この説に対しては、欠史八代の
天皇の寿命が異常に長く、偽作であれば代数を増やして寿命を適正な年齢にすれ
ば良いではないかとする批判がある。また、古事記と日本書紀の両書の年代にずれが解決されていないことから、史書編纂時の意図的な年代操作を否定して原伝承や原資料の段階で既に古代天皇(大王)が長命であるとされていた可能性を指摘する説もある。

530日本@名無史さん:2005/09/24(土) 21:05:22
>>528
別に俺もそんな制度はいらねーて思うよ。
だけど天皇は制度でなく日本古来の土俗だからね。
そういう風習は大事にしたらどうかなて思う、
531日本@名無史さん:2005/09/24(土) 21:16:08
だから天皇は思想でもなんでもないよ。
532日本@名無史さん:2005/09/24(土) 21:16:57
天皇はいつの時代になっても身分が一番上って事でいいじゃん
唯一生きた歴史上の人物だし
533日本@名無史さん:2005/09/24(土) 21:19:07
自然人天皇はやめて、宮殿に国民の象徴の銅像でも安置しとけ。
534日本@名無史さん:2005/09/24(土) 21:21:38
一方、天皇家(=大和王権の長)以外の豪族の王たちの系譜を引き写して
天皇家の先祖に据え、後の大和朝廷の支配を正当化しようとしたものであ
るとする説もあり、モデルとなった人物自体の存在については諸説ある。

しかしながら、やはりこれらの天皇が実在するという説も少数ながら存在
する。神武天皇を初代とし、欠史八代の8人の天皇が続く、9人の王朝を比
定する考えである。この王朝は、葛城王朝と呼ばれる。葛城王朝は、大和
盆地より出た一族で、九州を含む西日本一帯を支配したが、九州の豪族で
あった第10代崇神天皇によって、滅ぼされたとこの説は結論している。
この説は邪馬台国論争と関連しており、邪馬台国は畿内にあったとして
葛城王朝を邪馬台国に、崇神天皇の王朝を狗奴国に比定する説や、邪馬
台国は九州にあったとして崇神天皇の王朝が邪馬台国またはそれに関連
する国、あるいは邪馬台国を滅した後の狗奴国であるとする説などがある。

535日本@名無史さん:2005/09/24(土) 21:33:20
あんまり根拠のない説はやめてくれ。
古代はそんな説ばっか。
536日本@名無史さん:2005/09/24(土) 21:34:53
>>532
べつに上とか下とかじゃなくて
ただのえらい人てだけでいーじゃん。
537日本@名無史さん:2005/09/24(土) 21:40:46
まあ、確かに今の天皇制には反対だな。
あれじゃあホントに飾りなだけだから、もう少し政治に関わってもいい憲法にすべきかと思う
それと天皇始め皇族達には京都に戻ってもらいたいな・・・で、朝廷復活させてほしいわ
あと日本の首都京都にすべきだろ〜東京(東の都)じゃあ首都っぽくないし
政治は東京で内閣がやって、それこそ幕府みたいな感じでさw
538日本@名無史さん:2005/09/24(土) 21:47:12
天皇という存在はあってもいいと思うが、皇室とか皇族はいらない。
現職の天皇ひとりだけで十分。
539日本@名無史さん:2005/09/24(土) 21:47:27
薩摩隼人の小泉君を大統領に!
540日本@名無史さん:2005/09/24(土) 23:23:58
コストがかかってもったいないので天皇制はいらないに一票
天皇雇っているぐらいなら少しでも国の借金をかえそう
541日本@名無史さん:2005/09/25(日) 00:31:15
宮内庁の職員もリストラの対象にすべきだな。
天皇制を廃止するときは過去の史料を完全一般公開。
天皇陵も全部研究対象に。いや、これは今すぐやって欲しいが。
542日本@名無史さん:2005/09/25(日) 01:45:50
外国人なら素直にこう考える。

中国大陸からの先進民族が、日本列島で王朝を成功させた。
王史が残っているならば、古の代は中国大陸での先祖史だろう。
なので、記紀の4世紀以前の事は大陸での事件を記載している。
と考えるのがオーソドックスというものである。
543日本@名無史さん:2005/09/25(日) 02:18:48
>>537 皇室が必要でない時代はそんなもんでいいんだよ。象徴としての期間の方が長かったし、それが本来のポジションみたいなもの。
544日本@名無史さん:2005/09/25(日) 03:37:44
天皇程度養えないようじゃ日本も末だ。
その存在は日本の歴史であり文化だろ。
海外王族との親交も大事な仕事。
式典に外務大臣以下出席じゃ寂しすぎる。

まぁ天皇制廃止したら、親交のあった海外王族他、外国メディア(特定アジア除く)から、
歴史文化をないがしろにする行為として大バッシングされると思うな。
545日本@名無史さん:2005/09/25(日) 04:44:45
日本史板IDないから在チョソが自演しほうだいなんだよ
546日本@名無史さん:2005/09/25(日) 05:23:19
天皇家の出自は天皇家が百済と認めてるじゃん
先の皇后の顔は、明らかに朝鮮人だし
日本の貴族連中は渡来系だし

ん  なんか 文句あるか ヲイ!?
ニッポンは外国人が作った国なんだよ  文句あっか?
俺?チョんじゃないよ!!
547日本@名無史さん:2005/09/25(日) 11:54:03
>>546 1行目と最後がウソだってのはすぐわかるぞ
文句? べつに。
言いたいやつは言ってればいいさ
朝鮮も外国人が作った国だしな。
548日本@名無史さん:2005/09/25(日) 14:41:36
全員が同じ価値観を持ち同じ行動をする。
そんな集団の中でしか生きていけない哀しい人が天皇制指示者。
自ら考え行動する人(自由主義者)を批判して他人の価値観に従えと言う。
普通の日本人は多種多様な考え方をするし、それをお互い認め合っている。
なんでみんな同じ思想にしたいのか?あなたの育った国では教育は思想の統一?
549日本@名無史さん:2005/09/25(日) 19:47:40
>>548
多種多様な考え方を容認するなら、天皇制廃止論なぞ押し付けようとするなよ。
どっちが価値観の押し付けをしているのやら。
既に文化としてある天皇家を敢えて強硬に潰そうとするなんて、狭量そのもの。

まぁレッテルばかりで全く中身の無いレスだな。
550日本@名無史さん:2005/09/25(日) 19:49:37
★現天皇のゆかり発言で有名になった桓武天皇の母親の高野新笠の系図
武寧王[461年日本生まれ第25代百済王(在位501-523年)]
純陀太子  在日1世 (日本に人質に)
斯我君    在日2世
法師君    在日3世
雄蘇利紀君 在日4世
和史宇奈羅 在日5世 (和氏に改名して日本に帰化)
和史粟勝   在日6世
和史浄足   在日7世
和史武助   在日8世
和史乙継   在日9世(娘を天皇家に嫁がせて高野姓を賜る)
高野朝臣新笠 在日10世―桓武天皇[第50代天皇(在位781-806年)]


・・・つまり桓武天皇の母親の高野新笠は10代前に渡来し、6代前に日本に帰化した百済系10世なのです。
彼女の百済系の割合は1/(2^10)=0.00098。パーセントにすると0.098%となります。
逆に日本系の割合は99.902%で、血筋から見ても帰化している事から見ても正真正銘の日本人です。
ましてや125代の今上天皇との関係は「0」と言って差し支えありません。
また「百済≠韓国」である事も強調しておきます。
さらに「武寧王の父の東城王は日本(倭)からやって来た」と韓国の古文書に書かれている事も付け加えておきます。
そして桓武天皇が即位したのは781年・・・つまり660年百済滅亡の121年後なのです。百済の政治的な関わりは「0」です。
だからこそ「ゆかり」というリップサービスが出たのでしょう。単なる「情緒」の世界ですから。
551日本@名無史さん:2005/09/25(日) 20:53:02
今日の愛地球博閉会式

紳士的な好青年の皇太子が青色のスーツを着て、薩摩隼人小泉総理を従えて登場。
まさに古代絵巻なようで感動した!
552日本@名無史さん:2005/09/25(日) 23:25:46
天皇はチョンでニート W



553日本@名無史さん:2005/09/26(月) 00:05:18
強者は、精神や身分のよりどころを君主や神にたよることがあるし
(戦前の日本は、神=天皇としていたし、それより前も(現在も)天皇からの身分を与えられることで権力の正統性を提示している。)
(アメリカなどはキリスト教を国民結束のよりどころにしているし)
554日本@名無史さん:2005/09/26(月) 01:00:34
こんなもの皇族のHLAを調べれば一発じゃないか。

皇族からB52-DR2が10%以上出てきたら→モンゴル系
皇族からB44-DR13が5%以上出てきたら→土着系
皇族からB44-DR7かB13-DR7が少しでも出てきたら→朝鮮&中国
555日本@名無史さん:2005/09/26(月) 06:35:19
孝霊天皇って存在したんですか?
この人を出自とする有名武将も沢山いるようですが・・・
556日本@名無史さん:2005/09/26(月) 08:00:12
元々豪族たちのリーダーだった大君が権力を握って
天皇になった訳だろう?

言ってみれば天皇の正統性は「大和政権のリーダーだった」と言う事で
民族がどうとかの問題じゃねーんだよな。

ところでその頃の天皇と今の天皇って本当に血は繋がってるの?
どっかできれたりしてないの?よくわからん。
557日本@名無史さん:2005/09/26(月) 08:58:30
少なくとも名目上切れてない事になってるから、世界でも現行最も古い皇家として認められてるんじゃないか。
558日本@名無史さん:2005/09/26(月) 10:12:37
>>550
現在の感覚をあてはめてはいけない。
このころは血族間の近親結婚だから、6代くらいならほとんど純粋に血が保たれているよ。

それに、血族以外の男性と結婚するとしても、その相手がまた百済系である確率が非常に高い。
相手は豪族だろうし、豪族はほとんど渡来系だから。
要するに彼女はほとんど純粋の百済系だった。
559日本@名無史さん:2005/09/26(月) 11:04:46
>>555
伊予皇子の子孫か?
孝霊天皇っていったら吉備津彦(つまり桃太郎だ!)とかの親父だぞ?
田舎侍が思いつきでご先祖様にするには丁度良いと思わん?
56016歳中卒ヒッキー ◆HCmIhYMlyc :2005/09/26(月) 11:20:34
神武東遷に投影された勢力
@高句麗王 大武神ー57年ごろ
44年に国を追われて倭の丹波に亡命後、
辰韓王位を簒奪。さらに北九州を制圧し
奴国王も兼ねて後漢に遣使して「漢倭奴国王」
として承認される。
A月氏系ニギハヤヒ勢力ー2世紀後半
オアシス国家亀慈からの亡命民族で
半島の加羅勢力とは同族。南九州に定着した後、
奴国を滅ぼして王師称を追放。やがて大和盆地に入る。
B高句麗の東川王ー247年ごろ
列島の東倭、狗奴国と連合し魏の幽州刺使丹丘倹と
攻防の末列島に亡命。伊都国など北九州諸国を制圧し
瀬戸内沿いに大和へ向け東征。248年に安芸で没。

56116歳中卒ヒッキー ◆HCmIhYMlyc :2005/09/26(月) 11:21:29
神武←248年高句麗東川王死 神武王朝

欠史8代3〜9代まで 大和地方の劉氏系王朝

崇神 298年高句麗天の日矛、伊都国で伊都都比古と
   名乗る(北九州王朝)。

垂仁 慕容仁が投影された時代。慕氏系王朝

景行 慕容駿(ヤマトタケル=景行天皇)が投影された時代。

仲哀 武の内すくねと神功労一族との共同統治

応神 秦の符洛。忍熊王朝を倒す。




562中田七郎:2005/09/26(月) 16:09:56
夫余─┬高句麗──渤海--金 後金-----清-満州国
     └南夫余─┬百済
             └日本--------------------
 ( 揚子江南岸) 呉-----↑(稲作文化など/地名安曇)
                 ↑
   ヲシテ文献以前日本 |聖徳太子によるハクスエノキ敗戦処理17条憲法日本  

南朝鮮の地は断続的にも日本の一部だったので、日本史に入ります。日韓併合時代の半島も日本史です。
563日本@名無史さん:2005/09/26(月) 16:50:00
すっかり電波スレになってますね
日本史の電波史観者たち
1 鹿島、小林、関とかの信者
2 日本コンプレックスをもち天皇を朝鮮出身にしたい朝鮮の人々
3 天皇は朝鮮人と決め付けることで天皇制を廃止したい差別主義者のサヨク
4 左翼も天皇も嫌いなネット右翼
564日本@名無史さん:2005/09/26(月) 18:27:30
郵政民営化で困ってる特定局長さん達を天皇に任命しようじゃないか
全国天皇ネットで過疎地でも集配サービスはOK
毎日アナタの街の天皇が郵便物持ってご機嫌伺いに訪れる
親しみも持ちやすい
貯金と保険は切り離すが各町に天皇を置くってよくない? 
565日本@名無史さん:2005/09/26(月) 18:55:15
天皇は顔のイイヤツがイイ!今のヤツじゃ外国いってハズイ
ニッポーン人のイメージがよくなるヤツがイイ!
566日本@名無史さん:2005/09/26(月) 19:07:16
このスレは天皇は何処からきたの?というスレです。
天皇制がどーのこーのはここじゃないよ。
 
まじめにスレタイに答えていこう。


俺は天皇は金星からきたと思う。宇宙からのデムパが俺にそう言ってるんよ。
567日本@名無史さん:2005/09/26(月) 22:53:17
北朝鮮の政治体制って戦前の日本を手本にしたらしいよ
だから天皇制が叩かれるのは自分の祖国が叩かれるようにかんじるんだって
他人がどう思ってようがほっとけばいいのにね〜 
568日本@名無史さん:2005/09/26(月) 23:10:30
>>558相手は豪族だろうし、豪族はほとんど渡来系だから。

その割に和史ってずいぶん身分が低いよね。
569中田七郎:2005/09/27(火) 00:20:32
夫余─┬高句麗──渤海--金 後金-----清-満州国
     └南夫余─┬百済
└日本--------------------
 ( 揚子江南岸) 呉-----↑(稲作文化など/地名安曇)
                 ↑
   ヲシテ文献以前日本 |聖徳太子によるハクスエノキ敗戦処理17条憲法日本  

南朝鮮の地は断続的にも日本の一部だったので、日本史に入ります。日韓併合時代の半島も日本史です。
李氏朝鮮以降の朝鮮なんか、日本となんの関係があるのか?

そもそも半島南岸とは、行き来してたし、日本の一部だったのだからユカリがあって当然
文化は呉からダイレクトに交易あったのだろうね、ただし、上記ルートで皇族が来たのは事実じゃないか?
ヲシテ以前の日本代表は、諏訪氏なのでは?
570日本@名無史さん:2005/09/27(火) 02:24:12
minna atama iinaa
571日本@名無史さん:2005/09/27(火) 02:43:09
ユダヤは??
572日本@名無史さん:2005/09/27(火) 02:49:22
忘れてはいけない事件です
福岡猫ネット虐殺事件 起訴された犯人は「松原潤 広島県呉市焼山西3-3-5 」(←有罪判決が下され、報道番組でも実名報道された犯罪者なので
この事件を語る上で実名を出しても何ら問題ありません)
http://kogenta-site.tripod.com/fukuoka/news.shtml

http://fukuoka-tanteifile.com/file/file01.html  ←犯人の顔が見れます! 犯人の顔が見れます! 犯人の顔が見れます!
http://fukuoka-tanteifile.com/file/file01.html  ←犯人の顔が見れます! 犯人の顔が見れます! 犯人の顔が見れます!
http://fukuoka-tanteifile.com/file/file01.html  ←犯人の顔が見れます! 犯人の顔が見れます! 犯人の顔が見れます!
↑せめてココだけでもクリックして犯人の顔を覚えておきましょう! もしかしたらアナタの隣人かもしれません 自己防衛の為です!

とにかくこの事件を風化させるべきではないのでアチコチのスレへ毎日コピペする事にしました
どうか皆さんもこの事件を風化させない為に気が向いた時にでもどこかのスレへコピペして下さい

私は生涯を通して毎日コピペし続けます
絶対に「松原潤 被告(広島県呉市焼山西3-3-5)」が犯した事件を風化させたくないからです

http://www.google.co.jp/search?hl=ja&inlang=ja&ie=Shift_JIS&c2coff=1&q=%8F%BC%8C%B4%8F%81%81@%8Bs%91%D2&btnG=Google+%8C%9F%8D%F5&lr=

http://search.yahoo.co.jp/bin/search?p=%A4%B4%A4%B2%A4%F3%A4%BF&fr=top&src=top

http://search.yahoo.co.jp/bin/search?p=%BE%BE%B8%B6%BD%E1&fr=top&src=top

http://www.google.co.jp/search?hl=ja&ie=Shift_JIS&q=%95%9F%89%AA+%94L%8Bs%8EE%8E%96%8C%8F&btnG=Google+%8C%9F%8D%F5&lr=

http://www.google.co.jp/search?hl=ja&inlang=ja&ie=Shift_JIS&c2coff=1&q=%8F%BC%8C%B4%8F%81%81@%8F%BC%8C%B4%90%B3%8C%B0+&lr=

http://search.yahoo.co.jp/bin/query?p=%be%be%b8%b6+%b9%ad%c5%e7%b8%a9%b8%e2%bb%d4%be%c6%bb%b3%c0%be3-3-5&fr=top

http://search.yahoo.co.jp/bin/query?p=%be%be%b8%b6%bd%e1+%be%be%b8%b6%c0%b5%b8%b2&fr=top
573日本@名無史さん:2005/09/27(火) 19:47:24
天皇家は何処から来かのかなど愚問。日本誕生以来日本の統治者。他に答えなし。
574初心者:2005/09/27(火) 20:00:43
げーーーーーーーーーーー!!!!
天皇家って・・・朝鮮からきたの??????

豪族は全て韓国からきたの??????????????
575日本@名無史さん:2005/09/27(火) 20:42:01 0
19世紀型の帝国主義の時代においては、同祖論的なエセ学説を
強引に政治的に利用する風潮も当然のごとくあった。もちろん全世界にね。
これは何も日本だけがやったことではない。

昨今の古代史学会では存在すら否定されている「アーリア人」の末裔だなどと
ほざいて自民族の高潔さ、優秀さの根拠とした独裁者もいたぐらいだし、
もう少し時代を遡れば、中南米のインディオ文明や南太平洋の諸島文明の中に
散見される「自分たちは肌の白い神によって運ばれてきた」というカーゴカルト的な
フォークロアを、植民地開拓に乗り出した頃の西洋人たちはとことんまで利用した。
「その“白い人”とは、我々である。(だから崇めよ、無条件に収奪を受け入れよ。)」
とね。

しかし、結局はそういう帝国主義華やかな時代に、政治的目的を帯びて合目的的に作り出した
「同祖論」は、政治の手段としては卑劣であり、当然のごとく学問的にも誤りであるという認識が
国際社会で常識になったからこそ、学問の世界からも政治の世界からも姿を消していった。

ところが現代になって、そういう古臭い「同祖論」 「起源論」を、隣国文化の強奪や
文化的寄生を正当化させるための根拠として利用し、“使い古された手”と知りながら
確信犯的に持ち出してきているのが現代の朝鮮人である。

「皇族の血の中に1%でも半島系の遺伝子が入っていたら、皇族の“起源”も半島系とすべき。」
(だから日本人は、半島を自分たちの“本貫の地”として敬え!)

こういう主張をしつこいくらいに繰り返す朝鮮人は本来、自分たちが「日帝支配の卑劣さと虚構の証」として批判してきたはずの
「同祖論的な牽強付会」を、現代において自分たちこそがしているという矛盾と皮肉に気づくべきだろう。
576日本@名無史さん:2005/09/27(火) 23:23:59
江戸時代みたいに政治は東京でやって天皇は京都に隔離しておくのがベスト
また天皇及び皇族は近親交配のみしか認めずに自然淘汰を待つ
577日本@名無史さん:2005/09/28(水) 04:46:17
>>454
パンフを鵜呑みにしてる馬鹿wwwww
578日本@名無史さん:2005/09/28(水) 09:09:07
民営化するべきであり、公費負担を廃止する
579日本@名無史さん:2005/09/28(水) 12:22:26
朝鮮半島は単なる通過点。オオモトをたどればイスラエルに決まっとる!
日本語とヘブライ語の類似性。神道とユダヤ教の類似性。
君らヘブライ語見たことある?あまりに「カタカナ」そっくりで
俺は寒気がした。
580日本@名無史さん:2005/09/28(水) 12:34:02
>>579
カタカナって外来語つーか、鎖国後に出来たものじゃないの?
古代日本にも存在したわけ????
581日本@名無史さん:2005/09/28(水) 12:37:09
カタカナは古代から存在したよ。寧ろ平仮名よりも古いのでは?
582日本@名無史さん:2005/09/28(水) 12:37:16
そういえば日ユ同祖論を最初に言い出したのはシーボルトだったね。仮名と片仮名を見て「二種類の文字を使っている。ユダヤと同じだ」と。これだけ多くの人間や文化・文明があるのだからどこかしら被っても不思議でもなんでもない事なんだけど。
583日本@名無史さん:2005/09/28(水) 12:39:03
ヘブライ語は普通にアルファベットというかローマ字にそっくり。
カタカナには別に似ていないと思う
584日本@名無史さん:2005/09/28(水) 16:15:39
>>454
直系の祖先である天智、光仁を祭って
傍系の天武系は排除しただけなんだが
585日本@名無史さん:2005/09/28(水) 18:38:28
ヘブライ語は、なんか書き方を変えるとカタカナに似た字になるとか。
ググってみた。
http://dateiwao-id.hp.infoseek.co.jp/izanagiizanami.htm

586日本@名無史さん:2005/09/28(水) 18:45:29
そしてルーツは漢字から作ったから甲骨文字からきている。ヘブライ語からではない。似ているというだけでは断定できないというわけ。
587日本@名無史さん:2005/09/28(水) 23:20:57
見た目だけの感想だと
現皇室一家の顔立ちは
中央アジアあたりの人達に似てないかなあ?
588日本@名無史さん:2005/09/28(水) 23:26:15
顔が似てるだけで出自が分かるんならどんなに楽か。
589日本@名無史さん:2005/09/28(水) 23:29:01
    
周王から続く日本の皇室

周ーーー漢ーーーーーーーーーー没 (鮮卑系の侵略)
   |
   倭ーーー漢の倭王ーーーー倭王ーーーーーーーー天皇ーーーーーーー 現代
   |
縄文ー 
590日本@名無史さん:2005/09/28(水) 23:45:39
>>589
それって倭人=越人って前提?
591日本@名無史さん:2005/10/02(日) 04:59:47
>>562
南扶余−百済−日本という系列の他に、扶余本国−任那−日本という系列を考えるべき。

3世紀末に任那が扶余によって征服されて、「扶余王朝」が生じたことが考古学上、
推定されている。
その任那が天皇家と切っても切れない関係になる。
592日本@名無史さん:2005/10/02(日) 17:45:02
モンゴルに決まってるじゃねえか。
593日本@名無史さん:2005/10/02(日) 19:37:22
そういえば神話の世界でもたしかタケミナカタかなんかが相撲で勝負したりするな〜
モンゴルの相撲とりが天皇の先祖でいいや。どーせ真実はわかんないから
594日本@名無史さん:2005/10/02(日) 19:55:13
朝鮮半島の農奴が猿の親玉
595日本@名無史さん:2005/10/02(日) 20:46:02
いろんな本を読んでの想像だけど・・・

もともと、北九州と朝鮮南部・日本海沿岸に、日本語族が住んでいた。
朝鮮北部には今の朝鮮族が住んでいた。
もちろんどちらも出身はアフリカだが、何らかの理由で
日本語族の方が先にユーラシアの東端に達したのだろう。

日本語族には、朝鮮族よりも南方系の影響が濃い。
また、南北端と山奥に縄文系遺伝子が濃いことからみると、
おそらく、日本にはすでに縄文狩猟民(南経由か北経由か不明)がおり、
日本語族(朝鮮族と類縁)+縄文狩猟民+長江・越の混血で成立したのではないか。

そのうち、朝鮮南部出身の豪族が北九州に渡り、
そこで有力になり、東遷して近畿に至り、大和朝廷を開いた。
大和朝廷になってからも、朝鮮南部は本領として特別な意味を持っていた。
(イギリスノルマン朝のノルマンディのように)
しかし、イギリスと違って、日本の征服者は、たまたま朝鮮半島に住んでただけで、
もともと日本語を話す日本語族だったろう。
ウィリアム王はフランス語しか話せず、
その征服はイギリスの語彙に多くのフランス語を持ち込んだ。
しかし、日本では支配階級の言語が朝鮮語だったとか、
日本語に朝鮮語の語彙が持ち込まれたと言うことはなさそうだ。
もっとも、古代朝鮮語は失われているので正確には言えないが。
596595:2005/10/02(日) 20:49:57
さてその後、半島では朝鮮族の勢いが増し、大和朝廷は朝鮮南部を放棄した。
同盟国の支援によって間接的に影響力を保持しようという試みも白村江で挫折し、
大和朝廷は日本列島のみを支配領域とすることにして日本を建国した。

古事記成立時には、南朝鮮がかつて重要であり、しかし失われてしまったという記憶は新しかったろう。
とすれば、古事記に南朝鮮の記述が見られないのはおかしい。
オノコロ島・大八州の中に、朝鮮南部が入っていなければ、片手落ちだ。
朝鮮南部の喪失をなかったことにしたい、という大和朝廷の資料改ざんかもしれないが、
しかし、朝鮮南部はすでに高天原として記述されていた、というのはどうだろう?

古代朝鮮語族と古代日本語族は、今より近い関係にあったが、れっきとした別言語の別民族だった。
それは史書に現れる人間の名前から明らかだ。
天皇家が朝鮮半島からきたとしても、それは、天皇家が古代朝鮮語族出身であることを意味しない。


稲作・前方後円墳は日本から朝鮮南部に伝わっている、というのはこの説の弱点だな。
製鉄はどうなのかな?
597日本@名無史さん:2005/10/02(日) 20:51:31
ヘブライ
598日本@名無史さん:2005/10/02(日) 21:04:46
595-596
2点
599日本@名無史さん:2005/10/02(日) 21:23:01
>>596 初代天皇神武の名前、イワレヒコのイワレという地名が奈良にある
のは天皇家が半島南部出身という説に反するだろう。

 神代の時代の物語にも半島との繋がりを示唆するものは何も無い。

 高天原=邪馬台国という説もあるが、邪馬台国なら倭国(九州?)に
あったことになる。

600日本@名無史さん:2005/10/02(日) 21:48:25
ハイハイと素直によく言うことを聞くのを天皇に据えてただけだろう
どこの出身でもかまわないさ
601日本@名無史さん:2005/10/02(日) 22:55:40
シベリアの事じゃないか?
602日本@名無史さん:2005/10/02(日) 23:20:51
古代ユダヤであることは自明
603日本@名無史さん:2005/10/02(日) 23:42:35
鼻はな。
604日本@名無史さん:2005/10/03(月) 09:04:47
>>595
ほぼ全面的に賛成。ただし私の考えとは若干の食い違いがある。

>そのうち、朝鮮南部出身の豪族が北九州に渡り、
そこで有力になり、東遷して近畿に至り、大和朝廷を開いた。

朝鮮南部出身の豪族とは、3世紀末に任那を征服したことが考古学上推定される
扶余族である。扶余の第一次滅亡のとき第二松花江流域の本国から逃れてヨクソを
経て任那に至ったと思われる。
また、大和にはすでに三輪王朝があったから扶余族はこれを簒奪した。具体的には
河内王朝がそれである。

>しかし、イギリスと違って、日本の征服者は、たまたま朝鮮半島に住んでただけで、
もともと日本語を話す日本語族だったろう。

上記から、征服者は扶余族だが、少数者だからその部下は半島南部の倭人だった。
扶余族は半島南部倭人の日本語に扶余語の要素を持ち込んだ(君の言うように
ノルマン人が英語にフランス語の要素を持ち込んだのと同じだ)。
この扶余語の要素が、日本語の中の高句麗語、と言われる部分だ。(高句麗も扶余族)
605595:2005/10/03(月) 11:26:43
>>599
天皇家が朝鮮南部出身というのは、神武よりかなり以前のことと想定。
つまり、天皇家成立以前の祖先で・・・ヒミコ=アマテラスなら、その先代?
いや、すでに北九州で支配的になっているから、もうすこし以前でないと無理があるか。

>神代の時代の物語にも半島との繋がりを示唆するものは何も無い。

元々日本語族は日本列島で発生して、大和朝廷の時期に半島南部に進出し、朝鮮語族と衝突して敗れた。
朝鮮語族と日本語族が、もっと離れていれば、それは当然となる。朝鮮人嫌いの私も、心情としてはそう考えたい。

しかし、まあかなり離れているとはいえ、世界的にはもっとも近縁だ。
朝鮮語族が北から、日本語族が南からとルートを変えて、たまたま朝鮮半島南部で出会った、とは考えにくい。
もとから隣り合ってともに移動して同じルートで日本語族が先着した、と考える方が自然だ。
(日本語族が先行部隊だったのか、日本語族が朝鮮語族に追われる形で列島に逃げ込んだのかはともかく)

大和朝廷と日本人が、朝鮮半島に海から攻め込んで勢力を広げるのは難しいと思うのが基本発想。
いくら大和朝廷が統一されていて朝鮮より人口が多く、朝鮮が分裂していても。
任那の存在は、大和朝廷の勝利を意味するのではなく、元から日本人が平和的に住んでいたことを意味するのではないか、
任那への介入は、朝鮮半島南部の日本語族(倭人)が、朝鮮語族の圧力に負け、大和朝廷に助けを求めたからではないか。
(つまり、半島での侵略者は日本語族ではなく、朝鮮語族の方だと考える。昔のことを非難するわけではないが)
大和朝廷の任那への執着は、それが故地として伝承されていたからではないか。

>>604
それだと、大和朝廷になってから急に朝鮮南部が重要視されたことを説明できるか。
特に反論はありません。
606日本@名無史さん:2005/10/03(月) 16:32:12
>>605
>それだと、大和朝廷になってから急に朝鮮南部が重要視されたことを説明できるか。

説明できる。
日本書紀で見るかぎり、三輪王朝の段階では朝鮮半島は重要視されていない。
崇神天皇の時に任那から使いが来た、と一行書かれているだけ。
朝鮮関係の事績の大部分は河内王朝以後である。

河内王朝が三輪王朝に取ってかわり、全国制覇すると同時にみずからの
出自である任那にも特別の関心を払った、ということで説明できる。
イギリスのノルマン王朝が自らの出自であるフランスに関心を持って100年
戦争を行ったのと同じ。

>大和朝廷と日本人が、朝鮮半島に海から攻め込んで勢力を広げるのは難しいと思うのが基本発想。

これにはまったく同意。特に、大和朝廷が進出すべき4世紀中葉に、任那には戦力レベルの違う
騎馬戦術を持つ扶余王朝が存在したのだからなおさらである。
607日本@名無史さん:2005/10/03(月) 23:01:05
公孫氏以外で他書の阿毎氏は国内では「天」とあててる。海のアマ氏
608日本@名無史さん:2005/10/03(月) 23:57:53
朝鮮南部に秦氏の力が強かったという事は、朝鮮からの渡来人の多くが実は
ユダヤ系の人間かもしれないという可能性を意味しないか?

天皇自体は土着の男系で、その時々の天皇の母方に外来の女もいたというだ
けだと思うんだけど。だいたい、ユダヤは女系だしね。
609日本@名無史さん:2005/10/04(火) 00:29:58
ユダヤ人?
610日本@名無史さん:2005/10/04(火) 01:09:33
ユダヤ教徒と言うべきか?
611日本@名無史さん:2005/10/04(火) 02:52:16
三国史記によると高句麗、百済、新羅は卵生説話じゃん。
612日本@名無史さん:2005/10/04(火) 08:48:33
まねをしたのが、白木人系のももかスイカのなかかkら出てくる、かぐや姫か
61316歳中卒ヒッキー ◆HCmIhYMlyc :2005/10/04(火) 09:13:54
16歳の僕の妄想ですが
初代神武はのちの邪馬台国の王族の
支流の人間ではなかろうかと。
そしてのちに子孫が邪馬台国を滅ぼし
宇佐神宮に比売大神として台与を
祀ったと考えます。
614日本@名無史さん:2005/10/04(火) 09:34:30
初代の天皇は要するに独裁者だったんだろうな
武力で他国を侵略し政敵になりそうな者や反抗的な者は粛正し
自分とその一族の繁栄のため他民族ばかりでなく自国民も苦しめたろう
ある意味ヒトラーのようにカリスマもあったろうが
自分を天孫だとか現人神とした分だけ、より強権だったのかもしれん
615がいやまん:2005/10/04(火) 09:57:28
倭人伝では日本人は大人と下戸の階級しかなかったとある。ところが、天皇は中国の
皇帝よりはるかに上の階級であり、せめて中国並みの階級があってこそ天皇である。
ところが日本の天皇はお金がないと渡し舟にも乗れず、何か、芸をして見せなくては
乗せてもらえない。卑弥呼のようなのは半島にもあったが天気予報が当らないと
殺されるテルテルボーズ以下の存在である。しかし、日本神話では天皇は上には
アマテラス、下は諸々の官と民の上に立っている。そして、天皇は突然こうした階級と
共に誕生した。記紀の話は多くの古墳によって裏付けられる。つまりそれまでの
弥生墳丘墓から首長墳、天皇陵が生まれる。こうした階級制度は何故突然古墳時代に
発生したのか。こうした階級が中国などでは夏、殷、春秋、戦国という風に長い時間
をかけて生まれるのに対して日本ではコピペである。高天原から突然降りてきたのだ
ろうか。しからば、その高天原とはどこにあったのか。
616日本@名無史さん:2005/10/04(火) 10:04:08
>>615
ヒント: 古墳の研究は民間では出来ない
617がいやまん:2005/10/04(火) 10:16:57
考古学的に縄文時代の終わりに半島から水稲を伴う弥生文化が到来するが、これは
博多湾沿岸に到来し、その後約1000年間この湾の後背地である背振山の周辺で
甕棺墓という形式の文化を発展さす。この地方は古来ハヤヒワケと呼ばれる。この文化
は戦国の青銅器、漢の銅鏡、鉄器時代を迎えるがそれを最後に消滅する。これに交代
してこの国の東の方、アシ(東)ハラ、トヨの方面に古墳文化が到来し、やがては、吉備
経由纒向に国土の中心を移す。そして突然倭国で女王が共立される。これは天皇に
続く。到来した文化はダリウス、アレクサンダーの遠征多国籍軍のようなものでスキタイ
式の上下構造を持っていたようだ。こうしたものは移動する百の部族、つまり、百済、
百(モモ)部というのが適正な言葉であったかと思われる。これらが到来した豊前、熊野
および出羽には決まって山岳宗教がある。初代天皇神武は熊野で縦走を行っているが
巨石遺跡も残したようである。
618日本@名無史さん:2005/10/04(火) 10:23:00
>天皇はお金がないと渡し舟にも乗れず、何か、芸をして見せなくては
>乗せてもらえない。

の原文は何て書いてあるの?
619がいやまん:2005/10/04(火) 10:32:58
列島(オオヤシマ)はハヤヒワケとアシハラ(トヨアシハラ)に二大別されていたが、
何らかの理由、資源バランスなど、により、ハヤヒワケと三韓(月支/辰)方面から
スキタイ/匈奴式システムを持つ百サイ(百部)が渡来してきたようだ。ある時期に
日本海沿岸は四隅突出型、東国は東国とか一般は方形周溝墓、首長以上は
前方後円墳という風に差をつけたようだ。これは満州、三韓統治のしきたりにの
っとったものではないか。
620がいやまん:2005/10/04(火) 10:33:56
>>618
わすれた。
621日本@名無史さん:2005/10/04(火) 10:37:09
>>620
じゃぁ、どの書物?
622がいやまん:2005/10/04(火) 10:49:37
三韓に雌伏していた匈奴は始皇帝に討たれたものであり、漢の始まりと共に
力をつけ始めた。世界的に有名となるのはフンとなった北匈奴であるが、インド
パキスタン・アフガニスタンでクシャン朝を建国したものにもその強大な影響力は
入っている。特にチベット高原からインドに入ったものは遺伝子的、宗教文化的に
わが国の邪馬台国に入ったものに極めて近縁であったようだ。参考例として、↓
このヤントラの絵(中央がスメル山、スメラミコトの山という意味だろうね)
http://www.angelfire.com/sc3/1010/KAILAS.html
と↓方角規矩鏡
http://home.b06.itscom.net/kodaishi/page024.html
を比べるとよくわかる。さて、当時の中国周辺だが、↓
http://sophistikatedkids.com/turkic/btn_GeographyMaps/BC%20200%20Huns.gif
魏の戦略が蜀の後ろを付くことにあり、大月氏の王VasuDeva I
にも卑弥呼と同様に金印を送っている。
http://worldcoincatalog.com/AC/C3/India/KushanEmpire/180to210CEVasuDevaI/VasuDevaI.htm
623がいやまん:2005/10/04(火) 10:54:19
旧匈奴国同志の婚姻関係も活発で新羅とは
韓国の歴史にもあるように↓
http://www.geocities.jp/hjsxs295/sub04.html
日本にもこの頃の天竺の文物は九州北部に渡来しているし、
豊前には天竺の霊剣の話もあり、宗教交流も行われていたと見なくてはならない。
624がいやまん:2005/10/04(火) 11:00:55
魏と卑弥呼は出会いで知り合った仲なのは間違いないが、接触を深めるごとに
魏にとっては国内外行政で出くわす諸問題の典型的な例であり、鏡の供与による
体制の強化が重要とふんだのだろう。漏れは、ここに天皇制はどこから来たの
に対する一つの回答があるのではないかと見てるんだ。
625がいやまん:2005/10/04(火) 12:21:33
626日本@名無史さん:2005/10/04(火) 14:17:11
>>1

天皇って宇宙から来たらしいですよ。俺もまさかと思ったんですケド…。昔の本に書いてありました。
本の名前忘れましたケド、国が発行してたので確かです。

思い出したら報告します。
627日本@名無史さん:2005/10/04(火) 14:19:34
>>626
たぶん違うと思うよ。 天皇が宇宙から来たなら、空気吸って生きられるの?
628日本@名無史さん:2005/10/04(火) 14:36:07
>>626
報告待ってるぜ。
629日本@名無史さん:2005/10/04(火) 14:52:44
九州の南の方に不時着したらしいです。
630日本@名無史さん:2005/10/04(火) 15:17:40
>>629
そっから、西に渡ったんだ? ふ〜ん。
631595:2005/10/04(火) 17:15:52
>>606
「できるか」という語尾は、「できますね」という同意の意味でした。
他のとこでは疑問系として使っていたので、誤解を招いて申し訳ないっす。

>これにはまったく同意。特に、大和朝廷が進出すべき4世紀中葉に、任那には戦力レベルの違う
>騎馬戦術を持つ扶余王朝が存在したのだからなおさらである。

日本には騎馬・牧畜に関する風習がないので、騎馬民族征服説には賛成しかねるなあ。
それに、半島南部は北方の馬には暖かすぎるはず。たしか元軍も高麗侵攻の際には馬を失っていた。(まあ1000年も違えば気候も変わるが)
まあ扶余族が温暖な半島南部で倭人と混在して農耕化するうちに、騎馬の風習を失ったというのはあり得るかもしれない。
632日本@名無史さん:2005/10/04(火) 18:44:47
どこかの古墳にUFOが埋葬されてるはずなので、金属探知器で探すべきだ

633日本@名無史さん:2005/10/04(火) 19:36:42
実は仁徳天皇陵はUFOの発進基地かもしれない
634日本@名無史さん:2005/10/04(火) 21:22:00
極秘情報では最終島とのこと
635日本@名無史さん:2005/10/04(火) 21:25:57
なっ なんだってー!
636日本@名無史さん:2005/10/05(水) 04:51:35
>>631
>日本には騎馬・牧畜に関する風習がないので、騎馬民族征服説には賛成しかねるなあ。

扶余族は満洲中部の本国にいたときから、典型的な遊牧民族(という意味の「騎馬民族」)ではない。
軍事的な性格を持つ農耕狩猟牧畜民だった。まあ後のヌルハチの満洲族みたいなものだ。
そして高句麗と同じ様な、装甲騎兵を含む騎馬戦術を持っていた。

>まあ扶余族が温暖な半島南部で倭人と混在して農耕化するうちに、騎馬の風習を失ったというのは
>あり得るかもしれない。

扶余族は任那に移った後も、騎馬戦術を保持した、というかそれが彼らのアイデンティティだった。
そのことは発掘からわかる。
そしてこの任那系の騎馬戦術が日本に広まったことは、中期古墳の出土物からわかる。
5世紀は日本にとって「馬の世紀」だった。各地に官営の大規模馬牧場ができた。
馬牧場遺跡は各地で発掘されている。
日本は朝鮮への馬供給基地となった。このことは日本書紀の記述にも現れている。
これらは、まさに日本征服の後の朝鮮逆進出が、馬の生産・供給の形で現れたものだ。

637日本@名無史さん:2005/10/05(水) 06:10:06
インド説に一票
638日本@名無史さん:2005/10/05(水) 08:36:23
>>637
インド人は嘘つかないはず。
639日本@名無史さん:2005/10/05(水) 11:37:15
川から流れてきた。
640日本@名無史さん:2005/10/05(水) 13:02:54
5世紀って・・・あーた
倭の5王の時代で、バリバリの漢帝の鎮東大将軍の時代じゃないか。
朝鮮半島を含めて6国を従えていたわけで、
漢の軍馬技術を倭王が導入していて当然。
なんで、こんな時代にそんなマイナーな騎馬族の影響を受ける必要があるんだ?
64116歳中卒ヒッキー ◆HCmIhYMlyc :2005/10/05(水) 13:04:40
このスレに天皇がどこからきたのか書かれているようです

http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1128392348/l50
642日本@名無史さん:2005/10/05(水) 14:31:12
天皇です・・・、朕は朕の家から来ました・・・それだけですYO・・・!
643日本@名無史さん:2005/10/05(水) 16:48:10
おま〇こに、決まっとる
644日本@名無史さん:2005/10/05(水) 16:59:58
>>640
>なんで、こんな時代にそんなマイナーな騎馬族の影響を受ける必要があるんだ?

ずれている。4世紀に征服ないし簒奪を受けて、扶余系(すなわち任那系)の騎馬戦術が
導入された結果、5世紀以降の倭の5王時代が現出した、と言っているの。
645日本@名無史さん:2005/10/05(水) 18:22:26
そういえば釈迦って川から流れてきたんじゃなかったっけ?
646日本@名無史さん:2005/10/05(水) 18:34:44
天皇は桃から生まれたんだろ?
昔話にもちゃんと残ってるし
ところで騎馬民族に執着する空気嫁ないヤシってどうよ
647日本@名無史さん:2005/10/05(水) 18:53:32
そのまま流れて行けば度座衛門だったんだ
648オオクワ専門さん4:2005/10/05(水) 18:57:58
1から647は天皇信者
649がいやまん:2005/10/05(水) 19:02:39
死骸を桃を割ったような2つ合わせの甕棺に入れる。そうするとそれはブラックホール
に入った後、ワープして、別の次元空間のホワイトホールから桃と名って流れてくる。
古代人は宇宙というものをこのように見ていたということ。
650がいやまん:2005/10/05(水) 19:04:07
大事なことは九州の甕棺文化人の子孫が吉備にいたということではないのかな。
651日本@名無史さん:2005/10/05(水) 20:31:41
UFOに乗って来ました、キップはもらいました


652日本@名無史さん:2005/10/05(水) 20:41:49
黒服のおねーさんと一緒に機会の体をもらいに列車にのったんだけど
途中下車のついでに日本征服してそのまま住みつきますた
あきらめて帰ったおねーさんはカグヤ姫っていわれますた
653日本@名無史さん:2005/10/05(水) 21:35:28
>>606
>河内王朝が三輪王朝に取ってかわり、全国制覇すると同時にみずからの
>出自である任那にも特別の関心を払った、ということで説明できる。
ボケんなや。朝鮮に出兵して百済と新羅を征服してから朝鮮統治の責任が
生じただけだよ。
654日本@名無史さん:2005/10/06(木) 05:08:39
>>653
倭が4世紀末に朝鮮に出兵して広開土王と戦ったのは事実だ。同時代史料の石碑に書いて
あるからね。しかし倭の進出はそれ以前でなければならない。なぜなら広開土王碑の文面では
倭と任那はすでに一体化しているからだ。それに日本書紀でも最初の出兵は4世紀中葉と
している。

それでは聞くが4世紀中葉の出兵の主体はなにか。倭はまだ三輪王朝の段階で、九州も
統一していない。考古学から、まだ騎馬戦術を持っていなかった。一方、任那には
騎馬戦術を持つ扶余王朝があって、新羅を圧迫していた。
この状況でで、倭のどの勢力の、どんな征服戦争を想定するのか?
655日本@名無史さん:2005/10/06(木) 07:15:05
>>654
だからなんだよ
656日本@名無史さん:2005/10/06(木) 08:06:02
扶余王朝が新種の倭になって、征服して臣民となしたので、古い方の三輪の倭は
平和でした、その後クダラと新羅と混血した新種の3種の倭が最強になってしまい
657日本@名無史さん:2005/10/06(木) 15:09:53
高句麗の王が、
「半島の南を征服している倭に散々痛めつけられました」 っていう記載

半島の南に騎馬軍があったという考古学

半島の南は、倭の領土っていう記載

倭の武王の表「 先祖代々半島を征服してきましたが、高句麗がうざいです」

結論
単に半島の南に倭の領土があって、軍馬が活躍してました。
扶余王朝 って、 どこから出てくるんだ? 倭王朝の半島南支部 
でなんの問題がある?
もし、主体が扶余族なら近親の高句麗が「倭」などと書かない。
658日本@名無史さん:2005/10/06(木) 16:38:19
>>657
>もし、主体が扶余族なら近親の高句麗が「倭」などと書かない。

では扶余と書くのか?
半島南部は倭人の領域だったから国名は倭だ。倭を扶余が乗っ取っても
依然として倭なのだ。
中国を満洲族が乗っ取っても中国であり、エジプトをギリシャ人が乗っ取っても
エジプト(クレオパトラのエジプト)であるのと同じ。
広開土王碑は扶余の任那と、その支配下になった列島の倭とをひっくるめて
倭と呼んでいるのだ。
その証拠に、倭と任那は一体として記述されており、重要な軍事要素である筈の
「任那」が国名、軍隊名としては出てこない。
「任那加羅縦伐城」の任那は地域名だ。(漢字はいいかげん)
659日本@名無史さん:2005/10/06(木) 17:00:52
>>658
その証拠に、倭と任那は一体として記述されており、

どこに?
660日本@名無史さん:2005/10/06(木) 17:26:44
どうでもいいが、任那出身者は新撰姓氏禄で諸蕃。
すなわち外国人。
記紀中でも外国人。官命人名とも日本人には意味不明。
661日本@名無史さん:2005/10/06(木) 21:59:43
>>659
広開土王軍に討たれた倭軍は「任那加羅縦伐城」に逃げ込むではないか。
そしてその後は倭軍はどこかに消えて城が落ちた落ちないの話になる。
かと言って城にいるはずの「任那軍(兵)」の話もない。
この書き方は任那と倭が一体であることを示している。
662日本@名無史さん:2005/10/06(木) 22:08:33
>>661
> かと言って城にいるはずの「任那軍(兵)」の話もない。

征服された者が兵としているはずもないんじゃないの?
とにかく読解して恣意的過ぎ。
663日本@名無史さん:2005/10/06(木) 22:15:34
>>662
来背急追至任那加羅従抜城城即帰服

あるいはこの帰服したのが任那人かもしれないね。
他は殺されている。

でなにがいいたいのだろうか。
664日本@名無史さん:2005/10/06(木) 22:34:04
「東征毛人五十五国、西服衆夷六十六国、渡平海北九十五国」
と宋書にあって、
「讃死弟珍立。遣使貢献、自称使持節都督倭百済新羅任那秦韓慕韓六国諸軍事安東大将軍倭国王」
などと書いてある。

任那は一応王のいる国なんでしょう。
日本書紀でも倭に隷属する「国」として書いてある。

665日本@名無史さん:2005/10/06(木) 22:59:14
倭国、倭、倭人、倭種、とか色々使い分けてるので、人と国は相互乗り入れしてたかも
666日本@名無史さん:2005/10/07(金) 04:16:03
>>654
朝鮮学校の生徒ですか?
任那の扶余王朝について、それが載ってる古文書を含め、もう少し語ってくれないかな。

4世紀の半ばの倭と任那について
卑弥呼時代からの倭の属国・狗邪韓国《後の金官加耶国》=任那は、倭の援軍で
周辺部緒族国の指導的存在になったのだ。
だから、この任那=金官加耶国の周辺諸部族国全体を任那と言うようになったのだ。
そして任那では鉄が採れるから、倭としては勢力下に置いておく必要があった。
だから、この地方は百済にも新羅にも併合されず、倭の前進基地で部族国家連合
として存在していたのだ。
667日本@名無史さん:2005/10/07(金) 10:24:51
>>660
>どうでもいいが、任那出身者は新撰姓氏禄で諸蕃。
>すなわち外国人。

任那出身者が外国人だから天皇は任那系ではない、というのは単純過ぎる。
日本書紀などが言う任那の範囲は広い。そのなかにはもともと倭系ではなかった
伽耶諸国も含まれる。
扶余が倭系の狗耶韓国(狭い意味の任那)を支配したとき、周辺の非倭系の伽耶
諸国は扶余王朝にとって新羅と同じように「蕃」であった。

後に日本に居座った扶余系の倭王にとって、みずからはもちろん倭の「内国人」で
ある。また倭王である立場からは、部下の倭系豪族も「内国人」と見なさなければ
ならない。しかしその倭王のもとにやって来た上記の非倭系伽耶諸国の「任那
出身者」は、倭王にとって二重の意味で「蕃」、すなわち外国人なのである。
668日本@名無史さん:2005/10/07(金) 10:28:58
>>663
>あるいはこの帰服したのが任那人かもしれないね。
>他は殺されている。

倭軍が名前が出ないほど全滅させられたのならそのほうが大戦果。
必ず後の文のように斬殺無数とか斬殺蕩尽とか書くはずである。
碑文が言っているのは、倭=任那であるその任那の一部または全体が、
このとき一旦広開土王に降伏したと言うこと。
これを機に、任那・倭連合王国の形をとっていた扶余は列島に軸足を移す
ようになる。それを裏付けるように、任那の王墓が5世紀に入ると築かれなくなる。

>>666
>任那の扶余王朝について、それが載ってる古文書を含め、もう少し語って
>くれないかな。

任那の扶余王朝は、文献がまったくなくて考古学的資料は豊富に出る、という
存在なのだ。「大成洞」でぐぐってじぶんで調べてごらん。

>4世紀の半ばの倭と任那について
君の筋書きは従来の常識からすればまことに妥当だ。
任那の扶余遺跡が発掘される以前のね。
669日本@名無史さん:2005/10/08(土) 04:07:43
どうでもいいが、推論を断定系で書き、
反駁できない場合は正しいという表現方法は、稚拙だよ。
「聖徳太子は痔だった」という推論と同様
反駁などできない推論の方が多く、悪魔の証明と呼ばれるんだから。

半島の南に軍馬があったことと、扶余王朝の実証は全くの無関係であり、
まして、列島に軸足を移すようになる。 などとは、全く君の脳内の妄想なんだから

倭は列島の事であり、半島南の勢力が扶余族なら、近親の高句麗王は倭とは
絶対書かないんだよ。 いつから半島の南も土地の名前として倭になったんだ?
670日本@名無史さん:2005/10/08(土) 13:02:45
>>669
>半島の南に軍馬があったことと、扶余王朝の実証は全くの無関係であり

扶余王朝があったからこそ騎馬戦術が導入された。
3世紀の末、とつぜん狗耶韓国の王墓が破壊されてその上に満洲の扶余と同じ、
殉葬を伴う横置き丸太式の木郭墓が築かれる。同時に満洲の扶余と共通する
鉄製武具、馬具が出土するようになる。
文化移入と見る人もいるが墓制まで導入する必要はない。殉葬はなおさら。
以上が任那の扶余王朝と騎馬戦術導入の関係だ。

>いつから半島の南も土地の名前として倭になったんだ?

「倭の北岸、狗耶韓国」(魏志倭人伝)
671日本@名無史さん:2005/10/08(土) 13:26:23
>>670

だからその国をフヨが征服したと言う仮説なんだろう。
どうして倭なのよ。
672日本@名無史さん:2005/10/08(土) 13:32:55
西暦283年 秦氏が九州にきてから、破竹の勢いで東征したのかな
673日本@名無史さん:2005/10/08(土) 13:50:12
広開土王碑碑文には
「而倭以辛卯年来渡海破百残□□新羅以為臣民」と
百済・新羅の征服者は海を渡った来た倭であり、
(□□には任那がはいる可能性もある)
では任那は協力者かあるいは被征服者であるかと言う話になり、
「来背急追至任那加羅従抜城城即帰服安羅人戍兵□新羅城□城倭満倭潰城大」
と「即帰服」と「倭満倭潰」と別意にあるのをみればあるいは「任那加羅従抜城」では
いやいやしたがっていた協力者であったのかなと言う推論生むくらいだろう。

広開土王碑だけではなく、ほぼ同時代の宋書、その他の資料である
日本書紀、三国史記においても倭の半島進出につき矛盾はない。
674日本@名無史さん:2005/10/08(土) 13:58:25
大成洞古墳は5世紀前半に破壊されている。
誰が破壊したのかも問題だな。
675 ◆SRONIN/KRM :2005/10/08(土) 14:37:50
徐福伝説は参考にならないのか?
676日本@名無史さん:2005/10/08(土) 17:19:22
>>633

UFOの発着場所だから、調査させない宮内庁の対応には疑問。

だが国家の編纂による「日本書紀」等によると、天皇家が宇宙から来た
ことは明らかである。戦前の義務教育では、きちんと教えていたのに、
現在の教育ではその事実すら隠蔽している。
67716歳中卒ヒッキー ◆HCmIhYMlyc :2005/10/08(土) 17:21:26
678日本@名無史さん:2005/10/08(土) 19:41:40
ナスカの地上絵と同じく巨大な古墳は天へのメッセ―ジ
そして古墳は日本がピンチになると真っ二つに割れて中から魔神ガ…
679日本@名無史さん:2005/10/08(土) 22:10:01
>>671
>だからその国をフヨが征服したと言う仮説なんだろう。 どうして倭なのよ。

一度書いたがもういちど書く。
エジプトをマケドニア人の一派が征服してプトレマイオス朝を建てたからと言って
その國をマケドニアと言うか? エジプトは依然としてエジプトではないか。
だからその子孫のクレオパトラをエジプトの女王と呼ぶではないか。

中国を満洲族が征服して清朝を建てたからと言ってその國を満洲国と言うか?
まあこの場合は満洲国と言わないでもない。しかし一般には通用しない。
やはり中国は依然として中国、と言うのが一般的だ。

これと同じように、倭人の居住区域が倭と呼ばれていたのならば、それを扶余が
征服して扶余王朝を建てても地域名、国名は依然として倭である。おわかり?

ついでに言うが扶余の狗耶韓国征服は仮説ではない。考古学上推定される事実だ。
680日本@名無史さん:2005/10/08(土) 22:13:36
>>679
なるほど朝鮮は今でも日本というわけなんだな。
681日本@名無史さん:2005/10/08(土) 22:18:55
>>679
倭の支配を脱したのであれば倭などいわんだろ。
笑えるが。
682妄想中:2005/10/08(土) 22:36:35
白木国にも元倭人の高官がいてたので、土地名はそのままで扶余族とか何故か強すぎる軍勢は
どこへでも行って指導者になったので。倭も対等合併で成立したのでは、
朝鮮と日本は根っこは同じらしいです。兄弟として世界にはばたく日が50年後にくるので 
683日本@名無史さん:2005/10/08(土) 22:44:11
>>682
> 朝鮮と日本は根っこは同じらしいです。

いいんや、違う。DNAからわかってしまった。
684日本@名無史さん:2005/10/08(土) 22:58:20
大成洞に関して言えば商売人だよな。
侵略意図も見えないし、なぜか局所的勢力にとどまっている。
扶余というのは一つの仮説で実体はなぞだ。
秦氏につながるのかもしれないが、それにしては勢力が小さすぎと思う。
685妄想中:2005/10/08(土) 23:22:50
やっぱりUFOに乗ってきたのかも、
異常に強すぎる、久太良と白木を征服し臣民となし、支配人に就任したのだから
686日本@名無史さん:2005/10/08(土) 23:33:19
天皇ねぇ。
天皇そのものはあまり意味がないんだ(右派の人に怒られるかもしれないが)
天皇一人ではどうにもならない。
天皇制を創り、それを支えたのは日本人であることを自覚しないと意味がない。
687日本@名無史さん:2005/10/08(土) 23:49:46
いや別に天皇を必要としたのはごく少数ですよ。
他の人たちにとってはいてもいなくても一緒。ただなんとなくありがたい存在ってだけ。
江戸時代には庶民にとっては忘れられた存在にまで落ちぶれてた。
688日本@名無史さん:2005/10/09(日) 00:05:12
江戸ではそうですが上方は違いまっせ
689日本@名無史さん:2005/10/09(日) 02:24:07
>>687

天皇は人間じゃなくて宇宙からやってきた神様の子孫だと、うちのばあちゃん
も言ってたゾ。
690日本@名無史さん:2005/10/09(日) 02:52:47
天皇と大王は異なるし、日本と倭もことなる。
日本と海外に名乗った人達にとって天皇は自らの
特権を維持する機関として重要な存在にあった。
だから、天皇は今に至るまで絶対に居なくてはならなかった。
庶民はなんとなく神聖な存在として崇めていただけ、
なんとなく小泉、自民党を支持している愚民と同じ。
政治と庶民の関わりなんて
昔も今も変わりないものです。
691日本@名無史さん:2005/10/09(日) 02:59:42
高天原。神上がる
692日本@名無史さん:2005/10/09(日) 03:10:42
「天」という言葉を用い、それを重視したのは倭人伝の倭人だろうか?
もれは記紀編纂者に近い一族が用いたと思う。
それまでの不安定な政治改革の一貫として高天原という概念を持ちだし、
記紀編纂者一族の権力を未来永劫変わりないものとする為に
万世一系思想を持ち出したのだと思う。
ただし記紀の全てが嘘だともいえない。
事実、それまでの倭はまるでまとまりの無い連合国家でしかないだろう。
693日本@名無史さん:2005/10/09(日) 03:31:02
ヤマトのオホキミをスメラミコト(漢字では天皇)にヴァージョンアップさせたのは
東国と近畿の豪族のコラボレーションによるものだ

大王→天皇と替わるのと同時に時にヤマトは近畿の一地方名に格下げ
されることが増え、東国の最果の地の「にほむ」や
にほむの大和側解釈である「ひのもと」つまり「日本」という国名が徐々に使われ出す

天皇は関西人、実務は関西人があまり使わない馬と鉄を持っていた東国の豪族も
関西入りし各地の豪族とともに執り行うことになった

ヤマト地区には、大陸とは違った激しい戦を回避したまったり連邦制を意識した漢字である
「大和」(´ー`)マターリ が充てられた
694日本@名無史さん:2005/10/09(日) 03:39:21
宇宙人だと思うよ.天とは天空.宇宙そのもの.皇とは星の異体字なのや.これここだけの秘密やで.
695日本@名無史さん:2005/10/09(日) 04:18:14
東国の漢籍に強い人々は関西の渡来人とは別個に知っていた

朝鮮半島より北の民族との交流があった東国の豪族が関西入りし
にほむの閣僚となると北狄の裔である大陸の随の国には横柄な態度を取った

「マターリとした大和より
(蛮族に奪われるくらい安なったモロコシの皇帝より偉いんやで、的に解釈される事を目指した)
日の本の国の"天皇"からのメール、持ってきたから読めや」

大陸に対し強気に出て、朝鮮に対しては、全くの無視を決め込んだ東国の豪族は
この後半島情勢の緊迫化に伴い関西や九州勢のみならず東国の中からも離反者が表れ
失脚した

大化の改新は朝鮮と背後の大陸を睨んだ一大構造改革だったが、
日本軍は白村江の戦に大敗北を喫した(;´ー`)マヌー

構造改革派の藤原氏は九州〜瀬戸内〜近畿ルートを強調した歴史のリミックスに着手し
沈滞したムードの中、黒歴史
にモザイクをかけた

しかし納得行かない豪族たちは暴れた
東国の豪族やさらに東の国までも大暴れに暴れ、鎮圧に手こずった

だが、天皇の地位と側近たる藤原氏は揺らがなかった
696日本@名無史さん:2005/10/09(日) 05:01:50
で、宮崎発祥でいいのか?

宮崎でいいなら、今日から日月でうちの店で全品30%引のバーゲンやるぞ

めでたいこつやかいな
697日本@名無史さん:2005/10/09(日) 05:38:48
イザナギの行動をみると能古の島から関門瀬戸内畿内と侵攻し、
根の国島根で出雲族に東進を阻まれ日本海ルートを諦め一旦
九州に戻り宮崎から黒潮ルートで紀伊の方から大和に入った
というのはなんとなく想像できる。
彼ら縁の国は倭人伝の伊邪国だと思う。
そしてイザナギは隼人と呼ばれた人たちでもあった。
698日本@名無史さん:2005/10/09(日) 08:42:37
>>697
「イザナギは隼人と呼ばれた人たちでもあった」・・・引用元は?
69916歳中卒ヒッキー ◆HCmIhYMlyc :2005/10/09(日) 08:45:21
>>696
宮崎はカモフラージュです。
神武は邪馬台国の出身です。
のちに神武の子孫の畿内政権が
大和朝廷を滅ぼしており
記紀では隠蔽しております。
邪馬台国の場所は宇佐であり、
神武もこの宇佐邪馬台国の王族の落ちこぼれです。
70016歳中卒ヒッキー ◆HCmIhYMlyc :2005/10/09(日) 09:03:01
ど素人丸出しかもしれませんが、
僕なりにできるかぎり論理的に邪馬台国は
宇佐だという筋道を改めて簡略化して述べますと
@倭人伝を読むかぎり邪馬台国は九州にあった。
          ↓
A三角縁神獣鏡は畿内にあり
 当時の力関係からして邪馬台国東遷の可能性は薄い。
 つまり大和朝廷により邪馬台国は滅ぼされた。
          ↓
Bそれなのに記紀には邪馬台国について書かれておらず
 しかも神功皇后=卑弥呼 と暗示されている。
 つまり邪馬台国も大和朝廷だと仮定している。
 この時点で九州邪馬台国の存在を記紀では隠蔽している。
          ↓
C隠蔽するからには理由がなければならず、神武が
 邪馬台国出身だというのを隠したかったと考えられる。
 つまり日向出身というのも邪馬台国の位置をわざと
 カモフラージュするために日向から東征したと書いた。
 長く未開の地で大和朝廷に服属していなかった日向が
 神武の出生地だとは考えられない。
          ↓
Dここで視点を変えて266年で邪馬台国による
 中国への朝貢は終了している。つまり壱与の時代に
 邪馬台国は滅んだ可能性が高い。そうなると大和朝廷により
 壱与は殺されてるので、壱与を祀る廟がなければならない。
 出雲を中心に中国〜北陸を治めていた大国主命の出雲大社や
 奥州藤原氏の中尊寺金色堂のように大国を治めていて
 そして敗れ去った者たちには必ずその霊を祀る宗廟があるはず。
          ↓
結論 これに該当するのは宇佐神宮であり、そこに祀られている
   比売大神が壱与。従って邪馬台国は宇佐w
701日本@名無史さん:2005/10/09(日) 10:20:40
女系天皇容認で、あと数十年後には天皇家廃止も決定事項。
共産主義者の勝利だよ、日本では。

どこから来たのかなんてもう無意味。
だって、もうすぐなくなるんだから。
702妄想中:2005/10/09(日) 10:30:27
神武の5世の孫を福井から呼べばいいわけであり、
703日本@名無史さん:2005/10/09(日) 11:10:20
>>680
古代の征服の話をしている。
また例を挙げるが、ノルマンに征服されたイギリスはノルマン国とは言わない。
ノルマン王朝のイギリスだ。扶余王朝の倭国に相当する。

>>681
任那が倭の支配を脱したのではない。倭そのものが扶余王朝の倭になり、その倭によって
任那が支配されているのだ。
イギリスがノルマン王朝のイギリスになり、そのイギリスによってフランスの一部が
支配されたのに相当する。
704日本@名無史さん:2005/10/09(日) 11:20:29
天、あまとはつまり海と同音ですね。
古代天皇が海と深いつながりがあったのは事実ですから
いずれにしろその昔どこからか海を越えてきたのでしょう。
705日本@名無史さん:2005/10/09(日) 11:42:50
あま(女、雨、海女、海部、尼、天)
これだけ意味深な返還の出来る「あま」

江戸時代には天領といえば徳川領だぜ、つまり江戸時代の
実質的天子天皇は徳川
706日本@名無史さん:2005/10/09(日) 11:49:02
天皇制もなくなるだろうな、実際天皇家も天皇であることに
うんざりしてると思う。天皇が天皇やめた!といえば尾張だろう。
そこで、張れて天皇陵の発掘ができるわけであるが、過去の天皇の
やらかした罪を暴くチャンス
707日本@名無史さん:2005/10/09(日) 11:59:49
イギリスなんかだと、デーンやらノルマン、スコットランド系の
王がいたりして、権力闘争的な側面の中から王朝が発展し
時に処刑なんかされたりして結構近代的な政治闘争に近い感じが
して身近で分かりやすいが、日本の天皇ってのは源氏から征夷大将軍を
選んだり、意味深な神話やルールがあったりどうみても
なんか裏がありそうで怪しいんだよ。死ぬまでに絶対正体あばいたる。
夷ってなんだよ、秀吉は夷だったんじゃねーのかな・・
708日本@名無史さん:2005/10/09(日) 12:05:02
遼東半島からきました天孫です。よろしく。
709日本@名無史さん:2005/10/09(日) 12:05:35
古代から平和的に祭祀を司ってきただけなのに
意味もなく目の敵にされてお気の毒だ。
710日本@名無史さん:2005/10/09(日) 12:07:19
ちなみに天孫降臨の地は宮崎でなく
鹿児島の可能性もあり
711日本@名無史さん:2005/10/09(日) 12:13:37
>>709
神武東征のどこが、平和的なんだ?いってみろ。
712日本@名無史さん:2005/10/09(日) 12:23:22
おまえ神武東征がなかったら
今のおまえはないぞ感謝しろ!
713日本@名無史さん:2005/10/09(日) 12:43:17
神武は平和的な印象ですが、それに神武の後
万世一系で続いてるなんてまともに信じているの?
今の天皇は天武の系統だし、その前も何度も武力で
政権の交代があったろう。
714日本@名無史さん:2005/10/09(日) 12:45:39
神武は天皇とは名乗っていないので、
現在の天皇は天武系。
715日本@名無史さん:2005/10/09(日) 12:45:43
>>713
推測でものを言うな。
その時代の人達が継承してると信じていたなら
それはつまり神武天皇の子孫は平成まで続いているということだ。
716日本@名無史さん:2005/10/09(日) 12:49:18
>>715
漏れが天武ならば、
過去に民衆の支持を崇めた王と自分の系統を是が非でも
繋げ権力の正当性を誇示するだろう。
717日本@名無史さん:2005/10/09(日) 13:06:58
>>713
馬鹿。今の天皇は天智系。48代称徳天皇で天武系が途切れ、
49代光仁天皇からは天智系。
718日本@名無史さん:2005/10/09(日) 13:15:27
そうですか、でも天智も天武も近い系統ではある、
近江、美濃と東進した一派なので。
719日本@名無史さん:2005/10/09(日) 13:51:34
>>703
君の説に最も説得力がない点は、推論を事実と書いてしまうちょっと電波なとこかな。

高句麗王すら、海から渡ってきた「倭」 と言ってるだろ。
つまり、半島の南は土地の名前として「倭」ではないんだよ。
倭人が半島の南に領土を持っている事がトピックスなんだよ。

魏志の解釈を半島の南を、倭の北限と規定している説にたっても同じ。
あくまでも、扶余の近親である高句麗王からみても、
半島の南は、地名が倭ではなく、海からやってきた倭が占領している土地。

その扶余族は、北に高句麗、南に倭がいる中で
突然その地に王国を作ったっていうんだろ。
隣国からでなく突如、建国された国とその勢力が海を越えて列島を征服する力を突如もつ
歴史的事件が他にあったら教えてくれ

君の説は実は、扶余式の墓一点 につきる。 
その墓一点からのロマンを極限まで広げてるんだよ。


720日本@名無史さん:2005/10/09(日) 14:05:15
韓と倭は似ていたかもしれんが、韓と倭は地域名で
韓の最南端弁辰は弁韓とも呼ぶ。この地理的な名称さえも曲解して
わざわざ朝鮮人と九州人が同族みたいに見下せんでもいいだろ
まあ、当時の韓人はもっと顔は濃かったはずだけどな。
721日本@名無史さん:2005/10/09(日) 14:32:36
神の一族に皇族に力等しく力を持っている
722日本@名無史さん:2005/10/09(日) 22:11:00
>>674
>大成洞古墳は5世紀前半に破壊されている。
>誰が破壊したのかも問題だな。

でたらめを書いてはいけない。大成洞古墳は古くは狗耶韓国の王墓群だったが、それが
3世紀末に破壊されてその上に扶余式の王墓群が建設される。それが5世紀初頭まで続いて、
その後は王墓の建設が中断されるのだ。その後も一般の古墳群としては存続している。
5世紀に破壊されたというのはウソ。

>>719
>隣国からでなく突如、建国された国とその勢力が海を越えて列島を征服する力を突如もつ
>歴史的事件が他にあったら教えてくれ

それがあるからこそ歴史は面白いのだ。
北欧のノルマン(バイキング)はフランスのノルマンジーを突如侵略して公国を
建てた。そして数十年後に「海を越えて」英国を侵略してノルマン王朝を建てた。
しかしノルマンジーも手放さず領土として保持した。この状態でフランスに王権を
主張してフランス王と百年戦争を戦った。すなわち大陸に逆進出した。

扶余は3世紀末に突如任那に現れ、扶余王朝を建てた。そして海を越えて列島の倭を
侵略ないし簒奪したとすれば、それが起こったのは数十年後だ。
その後、扶余系と想定される倭王権は任那を領土として保持し、ここを足場として
朝鮮半島南部に逆進出した。そして倭の五王時代には半島南部を含む王権を主張した。
これ以上ピッタリ符合する歴史上のアナロジーはちょっとない。
723日本@名無史さん:2005/10/09(日) 22:24:15
>>722
「大成洞古墳群の特徴のひとつは徹底して破壊されていることです。泥棒ではなく、政治
的な力で破壊されたのです。おそらく五世紀前半には壊されてます。」

http://homepage1.nifty.com/sawarabi/kankounotabi/jizenngakusyuukai.pdf
724日本@名無史さん:2005/10/09(日) 22:31:38
「5世紀の前葉になると、金官加耶の丘陵の稜線に築かれてきた王墓が急に中断され、その後はこれらの王墓が破壊されその上に小型墳が造られるという現象が生じている。これは加耶地域の中で金官伽耶があった金海地域だけに見られる特別な現象である。」

http://66.102.7.104/search?q=cache:_uwbVmHdFwkJ:www.bell.jp/pancho/travel/korea-4/kaya.htm+%E5%A4%A7%E6%88%90%E6%B4%9E%E5%8F%A4%E5%A2%B3%E3%80%80%E7%A0%B4%E5%A3%8A&hl=ja
725日本@名無史さん:2005/10/09(日) 22:35:44
韓国では高句麗がやったのではないかといわれたりもしているが
誰が破壊したのか、実態はなぞだ。
726日本@名無史さん:2005/10/09(日) 22:52:50
イギリスとフランスの話は、それが歴史に残る大事件として残ってるだろう。
扶余の君の仮説は、歴史に残ってない。 それだけの大事件ならば、
日中の歴史のどこかに、色濃く残るはずだろう。
けれど僕はそれが真実ではないと、断定しているわけではない。
人に説得力を持つには、 
扶余式の墓の存在と 
それを王権と断ずるところと
それが列島に渡ったと断ずるところと、
それが大和朝廷につながったと断ずるところに、
無理がある。

扶余式の墓は、扶余族がその土地の有力豪族となった。という
推定を指すだけで、それ以上でもそれ以下でもない。
むしろ、日本列島に3−5世紀におきた文化的大事件は
急速な漢化現象であり、この漢化が、
半島経由なのか南朝からなのかが重要である。
その影響こそが、大和政権の源泉であることは明らかであり、
大陸でそれほどユニークではない、騎馬のルーツを扶余にする必要もない。

扶余が漢化の元であるという図式があれば君の説も相当興味深いが・・
扶余は漢文化とは遠いんだよな
727日本@名無史さん:2005/10/09(日) 23:00:17
高句麗は紀元前一世紀末、ツングースのワイ族系の部族が建てた国で
ツングの名門の扶余は
728日本@名無史さん:2005/10/09(日) 23:02:34
大成洞破壊したのは倭人じゃねぇの?
>>673にもあるように
倭を裏切ったんだろ。
磐井の乱での石人破壊の例のあるしな。
729日本@名無史さん:2005/10/09(日) 23:38:38
>>726
> イギリスとフランスの話は、それが歴史に残る大事件として残ってるだろう。

いや、残っているそれが広開土王碑、その他の文書(宋書、日本書紀、三国史記、三国遺事)。
そして半島進出の主体は海のかなたから来た倭。
「而倭以辛卯年来渡海破百残□□新羅以為臣民」(広開土王碑)
「倭・・・・渡海破」
730日本@名無史さん:2005/10/10(月) 00:35:40
天皇家=漢化の源 と仮定した場合の、
3−5世紀に、日本を漢化させる勢力候補

1・公孫氏 子孫
2・楽浪郡からの残党勢力 子孫
3・司馬氏 子孫
4・孫氏 (司馬氏により滅亡) 子孫

これらのどれかが、
直接または間接(倭側が主体として取込)して大和朝廷の力となったということだろう
731日本@名無史さん:2005/10/10(月) 01:32:22
>>730
> 天皇家=漢化の源 と仮定した場合

仮定に根拠がないので却下。
732日本@名無史さん:2005/10/10(月) 09:36:57
広開土王碑碑文には
「而倭以辛卯年来渡海破百残□□新羅以為臣民」と
百済・新羅の征服者は海を渡った来た倭であり、

「来背急追至任那加羅従抜城城即帰服安羅人戍兵□新羅城□城倭満倭潰城大」

渡った海が南でなくて西の海なら、の妄想も却下
733日本@名無史さん:2005/10/10(月) 10:29:47
1984年に全斗煥(チョン・ドゥファン)元大統領が日本を訪問した際、
裕仁昭和日王が晩餐の時に次のような話をしたと記憶していると神田氏は語った。
「推古(592〜628年在位)以前の日本の天皇の歴史はよく分からない部分が多い。
天皇の中には貴国(韓国)と関連のある方が日本に来て、その流れが天皇史の中に含
まれているかもしれない」


 明仁が23日、「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、『続日本紀』に記録されている事実に、
韓国との縁を感じる」とし、天皇家が古代朝鮮半島と深い関係があったことを認める発言をした。
また、「宮内庁楽部の楽士の中には、当時の移住者の子孫で代々、楽士を務め、今も折々に雅楽を
演奏している人がいる」と述べた。


ぷぷぷw
734日本@名無史さん:2005/10/10(月) 10:50:22
宮内庁楽部の楽士の中には、当時の移住者の子孫で代々、楽士を務め、今も折々に雅楽を
演奏している人がいる

なんて日本のマスコミは全く報道してなかった事について。
735日本@名無史さん:2005/10/10(月) 10:51:32
白木人に王妃を求めた倭が古い方の古代にあるので、百済よりも白木人・国のほうが古いかもしれまへん
736日本@名無史さん:2005/10/10(月) 10:55:27
っていうか、思うにマスコミが報道出来ないって事はなか卑しい事が
あるんでしょ?
737日本@名無史さん:2005/10/10(月) 11:01:12
金海さんの母親無くなりましたが、和田さんっていってました
そんなかんじです。雅楽のハンサムな奏者いますがあの人
渡来系でしょうね
738日本@名無史さん:2005/10/10(月) 11:43:07
日本人が芸事に疎いのは、芸人根性が欠落してるからでしょう。別に
日本に芸事がなくともそんなもんどうでもいい問題です。
むしろ、日本人は昔から、芸人になんかなるな!と猛反対したくらいですからね。
芸人は日本人からは嫌われます。 芸事なんか邪道ですから。
739日本@名無史さん:2005/10/10(月) 12:34:22
在日ってのは一体何が目的で来るんだ?
日本人の会話に入ってくるなよ。
民団でもいっとけ。
740日本@名無史さん:2005/10/10(月) 13:28:52
>>739
君は馬鹿だな。 天皇が言った言葉だよ? 冷静に判断しなさいな。
741日本@名無史さん:2005/10/10(月) 13:29:54
>>740
はぁ?
742日本@名無史さん:2005/10/10(月) 13:32:58
>>740
在日は日本人の会話にはいってくんなよ。
ウザイだけだから。
743日本@名無史さん:2005/10/10(月) 13:38:48
1984年に全斗煥(チョン・ドゥファン)元大統領が日本を訪問した際、
裕仁昭和日王が晩餐の時に次のような話をしたと記憶していると神田氏は語った。
「推古(592〜628年在位)以前の日本の天皇の歴史はよく分からない部分が多い。
天皇の中には貴国(韓国)と関連のある方が日本に来て、その流れが天皇史の中に含
まれているかもしれない」


 明仁が23日、「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、『続日本紀』に記録されている事実に、
韓国との縁を感じる」とし、天皇家が古代朝鮮半島と深い関係があったことを認める発言をした。
また、「宮内庁楽部の楽士の中には、当時の移住者の子孫で代々、楽士を務め、今も折々に雅楽を
演奏している人がいる」と述べた。



これ全部天皇が言った言葉だよ?
744日本@名無史さん:2005/10/10(月) 13:41:33
スリルチケット
┌────────────┐
│                  │
│                  │
│                  │
│       ゾー券     ....... ...|
│   お一人様1枚限り  .  │
│                  │
│                  │
│                  │
│                  │
│                  │
└────────────┘
745日本@名無史さん:2005/10/10(月) 13:41:51
>>743
そんなことは知っているが何か?

俺の記憶では、

前段につき、継体天皇以前のことは分らない、だったな。
まあ、それでも大して違いはない。

後段に関して言えば誰も知らないものはいないだろう。
桓武天皇の母高野新笠の10代前が武寧王だろ?
高野新笠は史書に「卑しい」とも書かれているな。

それがなにか?
746日本@名無史さん:2005/10/10(月) 13:43:38
>>743 古代朝鮮半島に存在した国家、民族と現在の韓国、北鮮という国家、民族と
何の関係がある?

 古代ギリシャ人と現代ギリシャ人が異民族であるように異民族だろう。

747日本@名無史さん:2005/10/10(月) 13:46:21
弥生系だろう>大王
748日本@名無史さん:2005/10/10(月) 13:46:51
武寧王が何代前だったか忘れたな。
とにかく日本に来てから200年も300年もたっての話でそこまで
遡って何の意味があんのよ。

そいや、武寧王は日本生まれだったな。
棺は倭から取り寄せたコウヤマキだったか。
日本人だったのかもな。
749日本@名無史さん:2005/10/10(月) 13:50:09
>>743
で、在日はここになにしに来ているんだ?
ウザイんだが。
750日本@名無史さん:2005/10/10(月) 13:53:26
>>723
>「大成洞古墳群の特徴のひとつは徹底して破壊されていることです。泥棒ではなく、
>政治的な力で破壊されたのです。おそらく五世紀前半には壊されてます。」

この資料は論文ではなく、韓国ツアーの参加者への説明を記録したものである。
そして説明者の、國學院大學の講師先生は正確な知識を持っているのかどうか、
わからないところがある。

例えば「神話のふるさとの真ん中に大成洞古墳群が発見されました。従来と何が
違うかといいますと、木棺を入れる郭というものがあるのですが、つまり二重に
なっているのですが、これが初めて発見されました」
と言っており、この話が北方的要素の話、および「5世紀前半の徹底的破壊」の
話に繋がっていくので、私が言う扶余式木郭墓のことを言っているらしい。

しかし実際は、この地方の古墳はおおざっぱに3段階からなる。(1)木棺墓、
(2)狗耶韓国の(帯方群系)木郭墓、そして(3)北方系(扶余式)木郭墓
である。
3世紀末に徹底的、意図的に破壊され、その上に別の王墓が築かれるのは(2)
の木郭墓である。(3)が破壊されたているという話は読んだことがない。

そして少なくとも(3)の木郭墓には棺はない。晋書扶余伝に「有郭無棺」と
書かれている通りである。その意味では講師先生が言うような「二重」ではなく
一重である。下記のページに復元写真がある。
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/5402/tisanatabi/
kankoku/kankoku1.htm

講師先生は3世紀末の狗耶韓国の王墓(木郭墓)の徹底的意図的な破壊と、
5世紀初頭の金官国(扶余系)の王墓(木郭墓)の建設中断とをごっちゃに
しているのかもしれない。
751日本@名無史さん:2005/10/10(月) 14:12:59
何で在日くるんだよ。
在日などと話たくもないんだが。
752日本@名無史さん:2005/10/10(月) 14:32:06
>>746
馬鹿でないの? 天皇が貴国つまり韓国に向けて発言した事による
意味を考えないの? じゃぁ、中国に向けて発するべきじゃないの?
753日本@名無史さん:2005/10/10(月) 14:33:38
>>751
日本人だからこそ、突っ込む歴史があるんだよ、馬鹿!
754日本@名無史さん:2005/10/10(月) 14:39:26
天皇家と我々も無縁ではないからな、別に項別ではなくとも
いっしょに半島から流れ着いた子孫かもしんないし
ってかその血は確実に混じってるだろ
半島っていっても古代半島人ではなくもっと北の方の
騎馬系の人ね、雅楽とかもってきた人。
755日本@名無史さん:2005/10/10(月) 14:45:16
民団掲示板とか総連掲示板(掲示板くらいあるんだろう)
そこいって出てくるな。
756日本@名無史さん:2005/10/10(月) 14:51:04
>>755
なにファビョッてるの?
いいじゃん、別に
757日本@名無史さん:2005/10/10(月) 15:53:50
扶余には、日本を漢化させる力はない。
扶余説終了
758日本@名無史さん:2005/10/10(月) 16:04:05
>>746
>古代ギリシャ人と現代ギリシャ人が異民族であるように異民族だろう。

同意。
古代朝鮮民族の文化文明は、漢民族・蒙古・満州族への長年の事大によって失われた。
今半島にいるのは、残りカスに過ぎん。

ある意味、日本人こそが、古代朝鮮民族のもっとも優れた部分を保存しているのかもしれん。
759日本@名無史さん:2005/10/10(月) 16:19:50
天皇家って後から来た半島人だろ?
一般の日本人とはなんも関係ない。
760日本@名無史さん:2005/10/10(月) 17:04:24
>>726
>扶余式の墓は、扶余族がその土地の有力豪族となった。という
推定を指すだけで、それ以上でもそれ以下でもない。

君が、墓の主が扶余族であることがわかったのはえらい。
そして、扶余族が4世紀前半の時点で、馬と鉄という当時の権力の両輪を、
列島を含むアジア東端のこの地域で独占していたことに気付いたらもっとえらい。

>>757
>扶余には、日本を漢化させる力はない。

漢化、漢化ってなにのことを言っているのかわからない。
千葉県の5世紀の古墳から出る、葬列埴輪の風俗を見よ。
北方化以外のなにものでもない。
761日本@名無史さん:2005/10/10(月) 17:39:08
天皇になっていった豪族は大陸から来た人たちと原住民たちの混血なんじゃないの?
762日本@名無史さん:2005/10/10(月) 19:09:23
埴輪展が 近い飛ぶ鳥歴史資料館で公開されてますので、見て下さい、服装が和服と違います
763日本@名無史さん:2005/10/10(月) 19:12:14
>>750
> 講師先生は3世紀末の狗耶韓国の王墓(木郭墓)の徹底的意図的な破壊と、
> 5世紀初頭の金官国(扶余系)の王墓(木郭墓)の建設中断とをごっちゃに
> しているのかもしれない。

それはない。同じ趣旨は以下のとおり。韓国人には有名だと思うが。

「大成洞古墳群の特徴のひとつは徹底して破壊されていることです。泥棒ではなく、政治
的な力で破壊されたのです。おそらく五世紀前半には壊されてます。」
http://homepage1.nifty.com/sawarabi/kankounotabi/jizenngakusyuukai.pdf

「drdoogi : 韓 - この時期に大成洞古墳群も一緒に消えます. 墳墓自体が破壊されるんですよ. 」
http://www.geocities.com/naverlogs/Mimana01/

「大成洞古墳群は・・・・西紀 5世紀初盤, 突然造成が中止されて既存の墳墓が破壊される様相を見せている 」
http://www.netlaputa.ne.jp/~andreus/bbs0209/bbs/137.html

「5世紀の前葉になると、金官加耶の丘陵の稜線に築かれてきた王墓が急に中断され、その後はこれらの王墓が破壊されその上に小型墳が造られるという現象が生じている。これは加耶地域の中で金官伽耶があった金海地域だけに見られる特別な現象である。」
http://66.102.7.104/search?q=cache:_uwbVmHdFwkJ:www.bell.jp/pancho/travel/korea-4/kaya.htm+%E5%A4%A7%E6%88%90%E6%B4%9E%E5%8F%A4%E5%A2%B3%E3%80%80%E7%A0%B4%E5%A3%8A&hl=ja
764日本@名無史さん:2005/10/11(火) 11:09:54
天皇が大陸や半島から来たとか、騎馬民族とか古い妄説を流すな。

「天=宇宙」「天皇=宇宙人」だ。

長スネ彦は地球人。
765日本@名無史さん:2005/10/11(火) 11:54:49
>>759
全皇別、藤原氏、畠氏、積穂氏はみんな天皇と同族だよ。
766日本@名無史さん:2005/10/11(火) 12:56:30
>>760
漢化しないで、どうやって4−5世紀の大和朝廷を作ったんだ?
いきなり漢字や着物をきたのか? 隋でさえ漢化しなかったのに
なんで、北方民族支配下の倭がそれまでの風習を廃止して、
漢化できるっつーの? おまえはアホじゃ

>馬と鉄の両輪?
だから、その両方を掌握したのは倭人の方だろ。だから半島の南を
倭が掌握し続けたんだよ。 扶余族は掌握されちゃツた方だろ。
南進したが、倭人に絶滅させられ倭人に厚く葬られたってだけ。(笑

騎馬なんて、大陸ではポピュラーだっつーの

その葬列埴輪のどこが北方化なの?
767日本@名無史さん:2005/10/11(火) 13:53:21
>>766
>いきなり漢字や着物をきたのか?

なるほど、漢化とは漢字を使うことか。しかし漢字だけなら高句麗だって使っている。
高句麗は漢化しているのか?
このころは周辺民族が独自の風俗を保ったまま朝貢体制に組み込まれることは普通だった。
それを漢化とは言わないだろう。とにかく倭はまだ中国風の着物は着ていない。
倭が本格的に中国風を取り入れ始めるのは白村江敗戦以降のことだ。

>だから、その両方を掌握したのは倭人の方だろ。
この辺で最初の騎馬戦術を持ち、倭の生命線である鉄産地を押さえた扶余王朝を、
馬はなく、鉄供給を失った三輪王朝がどうやって服属させたか、その物語を
語ってくれ。

>その葬列埴輪のどこが北方化なの?

葬列の全員が筒袖ズボン姿なのが漢化なのか?

>>763
大成洞古墳が5世紀初頭に破壊されたのは間違いなさそうだね。教えてくれてありがとう。
壊したのは恐らく広開土王の軍隊だろう。とすると扶余同士の近親憎悪みたいなものを感じる。
倭が間もなく反攻しているのを見ると、福泉洞古墳にあたる釜山地域はまだ保持して
いたのだろう。
768日本@名無史さん:2005/10/11(火) 19:11:55
>>767
君の説が説得力を持つかどうかの話として聞いてくれ。
決して君の説が不可能と言ってるわけではない。
そんな、曲解して無理をしなくてもいいという事だ。

高句麗は、漢帝直轄地楽浪郡が過去500年あった場所であり、
土着民の多くは既に漢人である。侵略側が非漢化という意味では隋と似ている。
百済と倭は、3−5世紀に急速に漢化をしている。この時期が大和朝廷の発展と重なるのだから、
大和朝廷の力の源は「漢化」という大陸文明だろう。というのが一般的な認識である。

769日本@名無史さん:2005/10/11(火) 19:20:32
>>767
倭人が3世紀の時点で半島の南に勢力を持っていたということは、
鉄を抑えていたという事でもある。では騎馬はどうか?
騎馬は公孫氏や司馬氏と2−3世紀に倭が交流があるのだから、
平定ずみの列島はともかく、半島において倭軍がもとより備えていて
何の不思議があるというのか? むしろ、高句麗は騎馬があり、
その高句麗と半島南部において倭軍が激突し、高句麗は何度も敗れている。
これを同属の扶余なら、高句麗は扶余と記載し、倭とはかかない。
先に何度も書いているように、高句麗は海から倭がやってきたというのであって
その認識で、倭が南部を支配しているなどと書くのはおかしい。
扶余式の墓があるのは、扶余の騎馬民族を倭が高句麗同様に絶滅させたから。
という解釈で十分である。 
770日本@名無史さん:2005/10/11(火) 19:30:10
>>767
結論として、君よりよほどシンプルな考え方は、
楽浪郡を追われた漢民族の一派が、
百済や倭にわたり、列島に王朝を作っていった
その王朝は九州と近畿を制圧したのち
倭王軍として再度、半島に攻め帰り
高句麗軍と戦った。

で十分である。 
半島南部や列島に、後の漢南朝と通じる政権が4−5世紀に
突如生まれることの方がよほど、不思議なことだからである。
百済や倭は、高句麗や新羅と違い、漢南朝文明を貪欲に
ほぼ同時期に吸収しようとする。地政学的には
新生国家ならば、高句麗や北魏などの文明の影響を受けるはずなのだ。
なのに、漢民族直営政権である南朝を受けようとする、百済や倭は
その支配民族に、漢民族がいるとみるのが妥当だろう。
771日本@名無史さん:2005/10/11(火) 20:40:10
千葉県の五世紀の埴輪群って、
ページをみると、5−7世紀ってあるよ。
当時の軍服だろう。 これがどうして北方なんだ?
むしろ、葬儀において軍人と軍馬を並べる風習の一番有名なのは、
秦の始皇帝の兵馬俑
http://www.uraken.net/camera/reki-chusya18.html

もう、そのまんま葬列埴輪のルーツだろ。 筒型のズボンも同じ。

で、千葉や群馬という関東のルーツを考えると、「秦氏」。 ドンピシャすぎるんだが?
772妄想中:2005/10/11(火) 23:15:47
白木系のはたし、軍神のやはたの
773白馬青牛:2005/10/12(水) 01:30:30
>>771
>どうして北方なんだ?冗談で言うとられるんか?
まあ『天皇家が何処から来たの?』自体には興味は無いが。
秦は、チベット・ビルマ系遊畜民を源流とするにしても、服装は?
ちなみに北方牧畜民の胡服と漢服の違いは左袵か右袵か?答えよ。
ヒントは管仲。
高松塚古墳の女官の袵は?
内陸アジアの遊牧民の文化が解れば答えられるはずである。
774日本@名無史さん:2005/10/12(水) 01:53:35
邪馬台国時代の倭国には馬がいなかったというのは、
本当でしょうか?
775白馬青牛:2005/10/12(水) 02:44:37
>>774
水野祐氏によると弥生時代馬の遺骨の出土例が、九州でも七例あったと
されております。
776日本@名無史さん:2005/10/12(水) 21:48:20
>>770
>結論として、君よりよほどシンプルな考え方は、楽浪郡を追われた漢民族の
>一派が、 百済や倭にわたり、列島に王朝を作っていった。 その王朝は九州
>と近畿を制圧したのち 倭王軍として再度、半島に攻め帰り高句麗軍と戦った。

なるほど、君の考え方は漢人による征服/再進出説であることがわかった。
私の考え方とは、漢人か扶余族かの違いだけだ。(土着勢力発展説にとらわれ
ていないことは結構なことだ)

ところで日本でむかしから「目庇つき兜」と呼ばれている出土品がある。
これは透かし彫りの入った庇と、細い鉄片をつないで作った縦長の鉢を
持ち、さらに頂部に蓮台のある特徴的な兜で、首長クラスの中期古墳から
出る。

この兜は、「蒙古鉢型兜」という別名からもわかるように北方系のもので、
吉林省楡樹の扶余遺跡から、任那の扶余式木郭墓、そして日本の各地の
前方後円墳に、時代とともに精緻化しながら繋がっている。任那では騎馬戦
用の桂甲とセットで出るから、騎兵用のものと考えられている。

君の言う楽浪郡の漢人は、中国系の独自の戦争技術を持っていたのだろうと
思うが、日本にやって来て、何を好んで自分が滅ぼした(と君が考える)
扶余系、あるいは任那系のこの兜を採用し、しかも自らのアイデンティティ
のように墓に入れたのか?

しかも首長クラスだけではない。任那から出る(数は少ないが)歩兵用の
鉄製短甲は、日本の中期古墳から数多く出る同種のものと、どちらが
オリジナルかで未だに決着がついていないほど、よく似ている。
これについても、君の言う漢人はどうして漢式の武装を維持しなかったのか?
777日本@名無史さん:2005/10/12(水) 21:51:12
任那日本府の意味を言語的に考えれば簡単じゃ。
「**府」というからには、
この「日本」は明らかに国名では無く、都市名じゃ。
778日本@名無史さん:2005/10/13(木) 01:16:42
今の日本人は弥生時代に中国や韓国から渡来。
その前まではユダヤ人の蝦夷やアイヌが居た。
しかし曽我により天皇家や子孫は滅ぼされ
第二期ユダヤを次いだ神社は仏教へと摩り替えられた。
第二次世界大戦で東欧系ユダヤにより偽の日本人は
殺され、本来の蝦夷やアイヌの末裔が残されたそして
ユダヤを継ぐ天皇家も残された。
779日本@名無史さん:2005/10/13(木) 01:25:50
ユダ厨ウゼー
780日本@名無史さん:2005/10/13(木) 01:33:37
アイヌと蝦夷はユダヤじゃなくフィン・ウゴルとか
トカラとか関連があるんじゃないのか?
上のは妄想と推測だが。
仮にユダヤ系としたら、経済的に発展し金銭的に頂上に立つはずだが。
日本でユダヤ系といえるのは秦氏ぐらいだろう。
あの大久保長安もそうだし、やり方がユダヤ的な感じがする。
781日本@名無史さん:2005/10/13(木) 01:41:42

漢民族?? 扶余??中国や韓国から渡来??
アホか、おまえらww

例えば、日本人には10パーセントと高率に見られるハプロタイプは、
朝鮮半島に行くと二、三パーセント、中国大陸の北のほうでは1パーセント
程度しかないんですが、モンゴル共和国に行くと5パーセントに跳ね上がる
んです。そうすると日本人に最も多いハプロタイプはモンゴルから来た
らしいと分かるわけですよ。

http://www.interq.or.jp/dog/macendo/book009.htm

中国大陸の北のほうでは1パーセント程度しかないんですが
中国大陸の北のほうでは1パーセント程度しかないんですが
中国大陸の北のほうでは1パーセント程度しかないんですが
中国大陸の北のほうでは1パーセント程度しかないんですが
782日本@名無史さん:2005/10/13(木) 01:52:24
7世紀以前の漢民族はほぼ完全に滅亡したので、
現在中国人とハブロタイプと違っても、なんの問題もない。
783日本@名無史さん:2005/10/13(木) 03:14:45
蒙古鉢型兜 全検索エンジンで たったの一件 しかも電波サイト
http://www4.ocn.ne.jp/~kitaz/NewFiles/tbtunzyunu.html
目庇つき兜 全検索エンジンで 0件

否定するつもりはないが、検証しやすい方法をお願いしたい。
784日本@名無史さん:2005/10/13(木) 05:21:51
宇宙から来た
785日本@名無史さん:2005/10/13(木) 06:32:04
>>1                た              ぶ              せ >>1
786日本@名無史さん:2005/10/13(木) 07:17:30
http://jp.chinabroadcast.cn/chinaabc/chapter14/chapter140504.htm
中国中原の今のトーテムは龍、かつては熊、華南は華(バラ)
そしてそれ以降、華北は胸奴の影響をうけるわけですから。
古代漢民族とも、龍の子孫とも異なります。
そう考えると、日本に龍や華をトーテムをもった民族がきたという
伝説、証拠はないので、中原あたりの熊をトーテムとしていた人か
あるいは、呉越の方の先住民かもしれません。
ちなみに熊ですが、これは東アジアの石器時代人、縄文人共通の
最古のトーテムだった可能性があります。
787日本@名無史さん:2005/10/13(木) 13:53:11
>>783
ごめん、蒙古鉢型(形)冑、眉庇付冑 が正しかった。
国内では例えば奈良県の猫塚古墳
http://www.narahaku.go.jp/meihin/kouko/146.html

河内の仁徳陵(江戸時代の絵図の復元)
http://www.city.sakai.osaka.jp/hakubutu/ninhya.html

半島南部では例えば釜山の福泉洞古墳
http://www.ozlab.osakac.ac.jp/KOFUN/Nyumon/fukusouhin.html
788日本@名無史さん:2005/10/14(金) 04:43:20
>>777
>任那日本府の意味を言語的に考えれば簡単じゃ。
>「**府」というからには、
>この「日本」は明らかに国名では無く、都市名じゃ。

任那日本府の意味を言語的に考えれば簡単じゃ。
任那日本府の倭訓は「みまなのやまとのみこともち」と言う。
「みこともち」というのは天皇の言葉をもたらす使いのことじゃ。
つまり任那日本府は出先機関または外交機関じゃ。

789778:2005/10/14(金) 09:50:32
http://www5.ocn.ne.jp/~magi9/isracame.htm
伊勢神宮や青森には数多くのヘブライが関わってるのは
神輿や御囃子を聴けば判る、それが判らない人は
似非日本人=非ユダヤ人しかしユダヤ人が現在は
カトリックやクリスチャンや仏教人になってる人も多い
逆もある。つまりタルムードに沿っていればどちらでも良いのだ。
790778:2005/10/14(金) 09:57:25
血液型とDNAの研究から。

Professor Tanemoto Furuhata, who is the authority on forensic
medicine at Tokyo University wrote in his book that surprisingly,
the blood types of the Japanese and the Jews are very similar.
私は、パリ大学の教授が、日本人の「Y」染色体がユダヤ人のそれと
同じサイズであると気づいたとも耳にしました。最近、
Satoshi Hourai教授、DNA科学者は、中国語、韓国人、および日本語
のDNAsを調査し、中国語または韓国人の間でめったに日本語の
約26パーセントDNAの特徴が見られず、日本語のためにユニークで
あると主張しました。彼は言います。それは、日本語が、中国語
または韓国人を除いたシルクロードから来た様々な国家から成っている
ことを示します。
私は、より一層の研究が多くの個人によりされることを期待しています
791日本@名無史さん:2005/10/14(金) 13:24:36
まあ、天皇家と言えども元をただせば、アフリカから来ていることは間違い無い。
792778:2005/10/14(金) 14:33:11
↑それを言うなら人類の祖先ですな。
始めに苦作を行い地球を神の住めるように
する為に、始めは土から人間を作ったという。
だからエジプトでは奴隷制度がメソポタミア
から引き継いだのだろう。
一説にはグレイ系宇宙人との共存も一時は
アトランティスでもあったそうだが、
あまりに宇宙人が人間を奴隷扱いするので
人間は宇宙人を追い出し、捕虜として捉えたそうだ。
つまり神とはグレイ系宇宙人だったのだろうか。
しかし宇宙人とて万能とも限らないらしい。
先ずは体力は人間より劣る。因みにエジプト文明は
メソポタミアから受け継ぎ、ピラミッドはアトランティスから
エルメスの元で今の場所に移動されたそうですが?
風説ですまそ。ユダヤもエジプトもエチオピアが関与しているのは事実。
793日本@名無史さん:2005/10/15(土) 00:59:30
内容が電波なのはともかく日本語おかしいぞ。
794日本@名無史さん:2005/10/15(土) 05:54:01
>>787
レス遅くなりすまん
福泉洞古墳 でグーグル一番上にでてくる
http://inoues.net/korea/korea_fukusendo.html
突っ込みどころ満載である。
(馬冑) アジア全域で出土した16点のうち12点がここである。記載しているように
先行するはずの中国東北部では1点、高句麗では0点 なのに日本は2点もある。
このような副葬品が、騎馬文化と比例関係にあるだろうか?
何度も確認したいがこの金官伽耶は、歴史に登場した時点から倭国域である。
で、この倭国域以外からは、馬冑がほとんど出土しない。 
素直な感想としては、倭国域すごいじゃん である。

(中盤記述)
「日本の古墳から出土する装飾品や土器、武具、馬具と同
じモノがずらりと並んでいる。やっぱり、そうだったのだ!
我が国の古墳を築造したのは、ここから来た人達なのだ。」
・・・何がやっぱりなのかさっぱりである。
他民族と隣接する戦闘地で、特殊な武具がありさらに本国で英雄扱いされる武人が
多いのは当然である。 そもそも同じ倭国領域で文化が同じなのは当然だろう。
単純に1600年前は倭だったんだねで終わりである。

795日本@名無史さん:2005/10/15(土) 05:55:44
とまあ、脱線したが、
蒙古鉢型(形)冑  なるほど蒙古のイメージだ。しかし馬冑の例を思い出してもらいたい。
金官伽耶で多数と倭国で出現したからといって、
それで中国で騎馬がないわけではない。
この蒙古鉢型(形)冑はいわば騎馬戦文化の標準形のひとつだったというだけである。
そもそも倭本国に騎馬戦術は古来ないのだから、
騎馬戦導入において武具一式を導入する事に何の不思議があるのだろうか?
民族が移動したのではなく、騎馬と騎馬武具が広まり、倭と半島勢力のベルリンの壁である
半島南部で発達したということで自然である。

取り急ぎ
796妄想中:2005/10/15(土) 07:38:21
倭は海洋民族だったので、道具は仕入れたし人も仕入れた
騎馬民族を仕入れてから、手薄なとこに東選をして古墳を造り古墳を監視する神社を造った
797日本@名無史さん:2005/10/15(土) 07:45:13
その妄想はやめとけ滅ぶぞ。
出口はメリケン様が用意してる。
798日本@名無史さん:2005/10/15(土) 13:21:44
>>795
>とまあ、脱線したが、

たしかに脱線だ。
君は「漢人」が倭を征服し、その後朝鮮半島に逆進出した、と言ったのだ。
倭人が任那から軍事技術を取り入れた、と言ったのではない。
(その議論はむかしからある、征服か文化受容かの議論だ)

漢人が倭を征服したのなら、楽浪郡の力のもとであった漢式の軍事技術を
持ち込んだはずではないか。その漢人の軍事技術はどこへ行ってしまった
のか? という話をしたのだ。
それとも漢人征服説は捨てたのか?
799日本@名無史さん:2005/10/15(土) 13:54:55
漢人の軍事技術ってどんなんかね?
鉄器、都城形式の都市、胡服騎射、弩、戦車(もう廃れてたか)、
大軍の補給技術、孫呉の兵法、法家主義と官僚機構・・・
イマイチ、日本に入ってきたとは思えんな。

漢人が倭を征服したなら、まずは、首都を都城形式にしないとおかしいのでは?
煉瓦がなければ、堀で惣構にするとか。
俺がその征服者なら、絶対そうするけどね。
800日本@名無史さん:2005/10/15(土) 15:02:02
魏志倭人伝の頃の日本で刺青してたのってどこらへんの人間よ?
801778:2005/10/15(土) 17:33:12
郵政を作った小泉総理のお爺さんも全身刺青ですね。
802日本@名無史さん:2005/10/15(土) 18:16:17
>>800
博多近辺はほぼ確定で入れ墨している。
他はわからん。
甕棺文化の地域には入れ墨文化とセットだったかもしれん、
南部の韓人も一部はしていたらしい、騎馬文化はなかったが
馬は舶来品として入っていたらしい。
803日本@名無史さん:2005/10/15(土) 18:21:02
>>798
取り急ぎ、誤解点
私の君への意見は、扶余説を全面否定する事はないがそれならば漢人説の方が
よりシンプルで合理的であろうという意見。また
文化受容説においても、相手が漢人なのか、扶余人なのかがある。
それぞれについて、断定する意見を持つつもりはないよ。
議論をする上で、漢人征服説に立つのは良いし、
また個人的には漢人征服説に一長あると感じている。

804日本@名無史さん:2005/10/15(土) 18:36:16
そして、全国の志賀、鹿島は博多の志賀島と同一のルーツを持つ
と考えられている。
航海の安全を願う鹿骨占いに
起源があり藤原の祖先はこの占い師でした。
805日本@名無史さん:2005/10/15(土) 18:42:27
>>798
漢人軍事技術の喪失について

君は、古墳から北方即ち(扶余)の騎馬技術が見えると書いていた。
その上で、冑もまた北方(蒙古)であるという例示した。 だよね。
そこで私は、馬冑の例を出して、明らかに中国が先行している騎馬の馬冑ですら
中国本国から出ていないように、冑をもってそれが北方の影響とはいえないよ。
と書いたのよ。
さらに、その蒙古型といわれる冑、 
漫画を例にして笑われるかもしれないが、
十分に資料を参考にして絵柄を描いているだろう、横山三国志や劉邦ものに登場する
将軍のほとんどが、これと全く同じ冑をしている。
漢軍の冑と違うのかな?

(ポジション)
楽浪郡の漢人勢力が倭をまとめて(3世紀)
倭軍として半島の金官地区を制圧していた(6世紀初頭まで)
さらに彼ら漢人は秦氏の影響を受け、王は死すると大王墓を作るという思想を
秦の始皇帝稜に習って継承して、日本は突然大古墳時代になった。
等という立場で議論をしよう。



806日本@名無史さん:2005/10/15(土) 18:52:12
>>798
さらにポジション追加
魏志倭人伝に出てるように、3世紀のヤマタイの倭人は自らを太夫即ち
周王朝からのゆかりのものと自称したという話を尊重して、
3世紀の時点で既に日本は人種的には漢人だったとしよう
その上で、楽浪郡の豪族が倭王となる。戦乱は大きくないので
融合的に(君らが太夫なら我々と同胞だ受け入れろ)と
日本に入ってきたと見る。
807日本@名無史さん:2005/10/15(土) 19:41:26
>>800
史記によれば越人は裸足で顔に土を塗り刺青をしているらしい
滅ぼされ王が呉に亡命したとき、あまりの異様さに
狂人の真似をして逃げてきたのだと思われた。
808妄想中:2005/10/15(土) 19:44:40
国境がなかった時代なので、お互いにいけいけの状態なので、白木も混ざったし扶余も混ざり
優秀な団体に成長した。 決して雑種の野良ではなく日本がそうなら、世界中が雑種の野良の可能性がでてくる
わけで、失礼にあたるので
809日本@名無史さん:2005/10/15(土) 20:00:59
ドイツ人は「ゲルマン民族大移動」のときも混ざらなかったらしい。
「偉い!」という意見もあるが、ようは行く先々で原住民を
皆殺しに・・・・。
810日本@名無史さん:2005/10/15(土) 20:10:32
九州沖縄にはその泥塗るふ風習も残ってるんだよね。
811日本@名無史さん:2005/10/15(土) 20:12:02
ウイーンはケルト語が語源なので多少混じってるでしょ。
812日本@名無史さん:2005/10/15(土) 20:20:33
魏志倭人伝にある
邪馬台国の倭人が、本当に周王朝の子孫 と自称したというのは
日本最初の 電波発言なんだろうが、
楽浪郡崩壊後の漢人は、その電波発言の
倭人の考えを逆手にとって
倭に自らの軍を迎え入れさせるのは容易ってことだな。
813日本@名無史さん:2005/10/15(土) 20:25:59
その前の倭の王や一般倭人は南から来た的なこと言ってるけど
卑弥呼はやっぱり一般人とは違っていたのかな・・
814日本@名無史さん:2005/10/15(土) 20:28:45
真意はともかく一般人と違うとこから来たと自らいうというのは
これ並大抵のことではないべ
815日本@名無史さん:2005/10/15(土) 20:32:12
辰韓の住民は秦の始皇帝の支配から逃げてきた末裔というのは
常識だったので辰韓出身の人間だったらその程度の事は
いうかもしれん。
816日本@名無史さん:2005/10/15(土) 20:46:03
特記すべきは、
当時の倭国は、「秦氏」「秦の始皇帝のゆかり」者が、
渡来するのにとても有効な「自称」だったという、歴史事実である。
なぜか判らんが、当時の倭国では渡来する漢人が「秦は受け容れるべきだ」
という何かが民族背景にあったということである。
やはり、当時の倭人は古の帝国の秦や周に自らを重ねる事で
新興渡来大陸人へのプライドを維持し続ける傾向にある民族だったのかもしれない
817日本@名無史さん:2005/10/15(土) 20:46:55
なんせ当時の魏の人は倭がもっと南にあって
会稽の横だと認識していたらしいから、
台湾人と同じと思ってたのでは?
そういう風習と言語と容貌をもっていたのかもしれない。
818日本@名無史さん:2005/10/15(土) 20:51:49
ポリネシア人が華南を出発したのは
たしか、紀元前2000年頃だったかな・・
B型がなくO,A型しかないのがポリネシアン。

>>816
周出身だとしたら龍の子という事になるが
819日本@名無史さん:2005/10/15(土) 21:00:49
>>816
神代で秦氏八幡が祀られたのがやっと14世紀に入ってから。
そんな民族意識があるならもっと早く祀るよ。

820日本@名無史さん:2005/10/15(土) 21:05:27
>>1
越後から出雲にかけての日本海側が出自だな
821日本@名無史さん:2005/10/15(土) 21:07:04
と言うことはあれだな
失われた十部族の一つとしか考えられないな
822日本@名無史さん:2005/10/15(土) 23:03:31
>>811 ベルリンやライン川というのもゲルマン語ではなかったようだ。地名には
先住民の単語が残るらしい。

 ドナウ、ダニューブ、ドニエプル川の語源も同じとか。
823日本@名無史さん:2005/10/16(日) 02:33:03
>>819
簡単な事だよ、秦氏が本当に秦の一族のわけがないだろ。
皆、自称した奴らなんだよ。 
自称したのが秦なら、当時の倭には秦がブランドだった空気があったって
ことだけは確かなことなんだよ。

倭人は、自らを太夫(周家の血筋)と自称して、
来る漢人も秦氏を自称して帰化して
まさに狸と狐の融合だったわけだ

で、倭では大王墓をどんどん作るブームになった。
824妄想中:2005/10/16(日) 09:08:02
名門の秦や百済系を自称した方が出世が早い、

宇佐の八幡も14世紀になってからですやろか
825日本@名無史さん:2005/10/16(日) 09:14:39
>>823
博多は秦さんの本部ではないし、古墳もないし
呉の裔といってるし、近畿とは犬猿の仲だし
だから君のはイマイチ20点。
826日本@名無史さん:2005/10/16(日) 09:18:58
DNAから日本人のルーツを調べたところ、中国や朝鮮半島よりも、むしろ東南アジアからの遺伝子が強かったとか
黒潮の影響で、稲作を文化を持った人たちは中国から渡るよりも東南アジアの海洋民族の方が日本に渡りやすかったのだろう。
東南アジアでは今でも船を居住地として海で生きている人たちもいるし、そういった人たちが弥生人のルーツだろうな
827日本@名無史さん:2005/10/16(日) 09:32:18
弥生人って曖昧な表現は好きではない。
渡来人の一つに南方系がいたとおもう。
台湾かポリネシアかベトナムに近い人だったかわからない。
あるいは縄文人が交易する中で彼らと同化していったとも考えられる。
博多近辺の倭人文化は南洋系が基本だったと思う。
魏の人も倭人伝でそのように感じているからこそ倭を南にある国と
認識したのでは。
北方要素はみられない、想像するに台湾人のような人だったと思う。
日本全国の志賀、鹿島は彼ら由来の土地だと思う。
828日本@名無史さん:2005/10/16(日) 09:53:35
八幡もスサノオ(氷川、熊野)も
九州倭ではまともに祀られていないし
そもそも神社が少ない。
九州最大の神社は菅原道真祀る太宰府天満宮。
この天満宮の由来もナゾめいてる。
829日本@名無史さん:2005/10/16(日) 10:23:01
大化の改新って、クーデターではなく戦争(日本国vs倭国)?

天智天皇(中大兄=金春秋?)−日本国vs蘇我氏(事実上の倭国の王)
という説があるようですが・・・

ほとんど、同時期に国史(「古事記」「日本書紀」)が二つ編纂されて
いることの不自然さ。それぞれの主権国家の名前が「倭国」、「日本国」
と記載されていること。
 
正確には覚えてないが、この年代付近で、女帝と男帝が交互に即位してる
こと(倭国は元々女帝をたてる。日本国は男帝)
要は、戦勝国の日本が辻褄合わせをしていると考えられるのだが・・

ちなみに、なんで今頃女性の天皇の即位云々が議論されるのか、
この辺の絡みなんじゃねーの!?
830日本@名無史さん:2005/10/16(日) 10:33:26
「天智=金春秋」説はどの作家さんのネタですか?
831日本@名無史さん:2005/10/16(日) 10:58:37
>>827
弥生時代が従来の定説より何百年も長くなるとか、弥生人の定義自体も難しくなってきたかもしれないが
私は日本創世記に農耕を産業活動の中心とした人たちを漠然と弥生人と呼んでいる。
この種の縛りはあまり細かくすればかえって論じ難いし、それで良いと思うがな
832日本@名無史さん:2005/10/16(日) 11:07:52
>>827
縄文人、つまり農耕を主体とした民族が渡来する以前から日本に居住した民族。
彼らの先祖は氷河期に陸続きの日本に渡ってきた北方系民族以外にもけっこういろいろいたようだな
弥生時代には同化したケースもあっただろうし、逆に縄文人と弥生人の戦争もあったようだ。
恐らく土地などを巡る対立が激化して必然的に戦争が起こったのだろう。
しかし最期まで同化しなかった人たちもいる。後にサンカと呼ばれる人たちや平安時代には洞穴に暮らして狩猟生活をした人たちがいたことも記録にある。
こうした人たちが全て縄文人の末裔とは言わない、飢饉などで田畑を捨てた人たちの中には生きるためにそのような生活に移らざろうえない人たちもいただろうからな。
しかし縄文時代からの生活を守っていた人たちも数多いはずだ。定住生活をしない人たちの常で、混血が進んでいるだろうからDNAからルーツを確認するのは難しいだろうけど、
継承された文化は縄文時代からのものも残されていたかもしれないな
833妄想中:2005/10/16(日) 11:08:29
広島に呉市がありますやろ、あれはDのくにの末裔やろか
834日本@名無史さん:2005/10/16(日) 11:12:50
>>829
>同時期に国史(「古事記」「日本書紀」)が二つ編纂されていることの不自然さ

これは少し違う、正確に言えば国史とは日本書紀のことであり、古事記は違う。
日本書紀とは国家の正式な正史として対外・国内的な明確な意思をもって記述されたものであり
古事記の方は天皇家という一族の家伝みたいなもんだよ
つまり古事記は天皇とその一族にのみ対象に記載されたものだから学術的な推考はお座なりにされて。これほど優れたものだと感情的な記述が目立つ。
835日本@名無史さん:2005/10/16(日) 11:18:26
>>829
天智は極めて強権体質でね
かなり非情なことを繰り返している。
おまけに天皇中心の中央集権体制を作ろうとしたものだから、その結果、地方勢力に大きな痛みを背負わされることになった。
そうした動きに辟易した地方勢力が天武に馳せ参じて起こした反乱劇
それが壬申の乱だ。
実際、天武側には大貴族はわずかな例外を除いて参加してない 
天武陣営に参加したのは地方の小豪族ばかりだった。
後に絶大な権力を握る藤原不比等にしても、壬申の乱では藤原一族は天智の側にあったのだから、下手したら処刑されかねない立場にも置かれたそうだ
836歴史マン:2005/10/16(日) 11:29:19
第一代は神武天皇ダゼー('∀')
837日本@名無史さん:2005/10/16(日) 11:39:47
≫830  たしか、天智天皇と金春秋は名のりが同音。
     中大兄って、新羅の官位じゃなかったっけ?
    
     ウロ覚えですまないが・・・


    
838日本@名無史さん:2005/10/16(日) 11:44:57
ついでに言うと、協力者の中臣・・・中の臣下
839日本@名無史さん:2005/10/16(日) 11:57:47
>>835  「天智より天武の方が三〜四歳年上(『扶桑略記』)」という
矛盾した記載から考えると、兄弟ってのは嘘かもしれないね。
ちなみに、天武(=イリカスミ、百済王+倭国王)と言う人もいるけど、
この辺の論拠は知りません。
840日本@名無史さん:2005/10/16(日) 14:08:58
ここに書き込む人が望む自分達のルーツは次の内どれですか?

@日本人=スラブ人
Aジプシー
B中国人
C韓国人
D台湾人
Eポリネシアン
Fインド人
Gアーリア人
Hユダヤ人
Iアイヌ人
J蝦夷
841日本@名無史さん:2005/10/16(日) 14:10:08
>>840
Kトルコ人
842日本@名無史さん:2005/10/16(日) 14:10:37
K縄文人 が抜けていますた。
843日本@名無史さん:2005/10/16(日) 14:11:14
( ;゚Д゚)>841
844日本@名無史さん:2005/10/16(日) 14:15:29
ロマンチック街道 シルクロード
845日本@名無史さん:2005/10/16(日) 14:23:08
空から降って来たか、地から湧いたのだろう。
846日本@名無史さん:2005/10/16(日) 15:39:37
んなもん希望なんかあるか、真実を暴くだけだよ
847日本@名無史さん:2005/10/16(日) 16:01:58
847get
848妄想中:2005/10/16(日) 16:22:24
グルメ街道のさんぷ寿司
849日本@名無史さん:2005/10/16(日) 17:54:14
>>824
意味わからんよ。 宇佐八幡は天武朝だよ。 
秦氏をつれてきた応神を祭ってる

>>823
博多って何いいたいの?
850日本@名無史さん:2005/10/16(日) 21:29:17
まあ遠くガド族まで遡れるけどな
851日本@名無史さん:2005/10/16(日) 21:31:22
852日本@名無史さん:2005/10/16(日) 22:18:39
>>805
>横山三国志や劉邦ものに登場する 将軍のほとんどが、これと全く同じ冑
>をしている。 漢軍の冑と違うのかな?

全く同じ? 漫画の冑の鉢は1枚ものか4枚合わせかの、もっと単純な構造をして
いるはずだ。それに透かし入りの大きな庇も付いていない。君はなんでも同じに
見えてしまうのでないか?

漫画をもとにして論じても仕方がないから、出土品から復元した各時代軍装の
イラストを紹介しよう。

漢代: http://www.gaopu.com/kandai.html
魏晋代: http://www.gaopu.com/gishin.html
南北朝: http://www.gaopu.com/nanboku.html
隋代: http://www.gaopu.com/zuidai.html

このなかで魏の騎兵のものは確かに似ている。庇はないけどね。その他の
時代はもっと単純な構造の鉢か、あるいは冑を用いないかだ。(君が武人
埴輪と「似ている」という秦の兵馬俑も冑をかぶっていないだろう?)
853日本@名無史さん:2005/10/16(日) 22:21:04
魏の騎兵のは確かに似ている。しかし私は当初から「順序」を言っている。
いわゆる蒙古鉢型冑はまず3世紀末以前の満洲で出て、次に3世紀末から
4、5世紀にかけての任那で出て、5世紀以降に日本で出るのだ。そして
この順に製作技術が進化する。
君の言うように漢が倭を支配した後に任那に逆進出した結果として、この地域
の蒙古鉢型冑が出るのなら、上記のような出方をするはずがないではないか。

もう一つ、これも私は言っているが、歩兵用の鉄製短甲の問題がある。
上記のイラストを見ればわかるように、中国の鎧は古来、革または鉄の小札を
つなぎ合わせた伸縮性のあるものが基本である。
任那/倭のような伸縮性のない鉄製短甲は、時代を通じて見られない。
して見れば任那/倭の鉄製短甲はよほど独自なものなのだ。
これもまた漢人征服説では説明できないことである。
854日本@名無史さん:2005/10/16(日) 22:42:24
漢人は二重まぶたで彫りがあまり浅くない人種。

皇族が漢人を祖とするならああいう顔にはならない。

というか、漢人が渡来系なら日本人にはほとんど一重まぶたが
居なかっただろう。
855日本@名無史さん:2005/10/16(日) 22:48:40
日本の渡来系は北方系。
おそらく、キョウド、突厥に近い人種だと思う。
856日本@名無史さん:2005/10/16(日) 23:39:01
渡来系の起源はおそらくツングース族ではないかな。

B52-DR15の多いモンゴル東部〜満州北西部のあたりで地理的に一番近い
民族と言えばツングース族。
857日本@名無史さん:2005/10/16(日) 23:40:07
言語版の「日本語はアルタイ系か」というスレを見ると朝鮮語を含むアルタイ系
言語には政治的語彙の共通性があるが日本語になると断絶するらしい(具体例は
知らないが)。

 これは古代日本の天皇家や支配層が半島出自という説を否定する有力な根拠に
なるものだろう。

858日本@名無史さん:2005/10/16(日) 23:46:02
皇族と関西人の一重っぷりはびっくりするもんがあるね。
859日本@名無史さん:2005/10/16(日) 23:52:30
半島は渡来人に短期間で素通りされただけだし、
当時の半島人は古モンゴロイド系統。
860日本@名無史さん:2005/10/16(日) 23:53:32
よく分からないが半島のコニキシとかカンキ、オラカなどという単語が
アルタイ系でスメラミコトなどという単語はアルタイ系に見られないという
ような話なのだろう。
861日本@名無史さん:2005/10/17(月) 00:13:00
半島から出土するプレ朝鮮人骨は縄文人骨に近く、彫りが浅くない頭蓋。

皇族がプレ朝鮮人を祖とするなら、やはりああいう顔にはならない。

というか、プレ朝鮮人が渡来系なら、日本人には彫りの浅い顔の人は
ほとんど居なかっただろう。
862日本@名無史さん:2005/10/17(月) 05:17:49
>>857
> 朝鮮語を含むアルタイ系 言語には政治的語彙の共通性があるが日本語になると断絶するらしい

そんなことはない。例えば:
「ば」場所 → 満洲語の ba 地方、場所
「な」土地 → 満洲語の na 土地
「から」はらからのから、家柄の柄 → 満洲語の hala 姓、一族

などがある。
863日本@名無史さん:2005/10/17(月) 08:51:47
ヘブライ語

ヤマト(ヤ・ウマト「神の民」)、無駄話(ダベル)、打破(ダハ)、御札(エフォダ)、
シャムライ (護衛・侍 サムライ)

などがある。
864日本@名無史さん:2005/10/17(月) 12:01:04
話は変わるが、以前東南アジアから来た留学生に「日本の宗教は何デスカ?」
と聞かれ、「神道と仏教がメイン。」と答えると・・
その留学生は、「へ〜日本にも、ヒンズー教徒多い。」と感心してた。

そのときは、どこをどう聞き間違えればそうなるんだ!と思ったが・・・
865日本@名無史さん:2005/10/17(月) 12:08:47
大王家の祖先はシャントン省や半島からだろう
866日本@名無史さん:2005/10/17(月) 13:24:25
北限に大王家の故郷があるって変
867日本@名無史さん:2005/10/17(月) 13:45:55
>>852 >>853
取り急ぎ 敬意。
これまでの2chの北方説の方々と違って、
互いの無知を非難しあう事なく淡々と自説の可能性を説明する姿勢は嬉しいよ。
868日本@名無史さん:2005/10/17(月) 20:57:48
>>862 場とかナ、ハラカラは政治用語なのか?

 コニキシやカンキ、オラカは日本語には無いが、スクネやニキが半島系の称号だ
という説はあった。ミミやロキ、ラキは南方系とか。
869日本@名無史さん:2005/10/17(月) 22:03:22
>>868
近代国家の政治を考えてはいけない。
古代国家は領地と氏族が基本だ。
870日本@名無史さん:2005/10/18(火) 04:35:17
「な」が土地、領地の意味であることを説明しよう。
熊谷直実、新田義貞などの熊谷、新田は領地の地名が一族の姓になったものだ。
領地を「な」と言ったから、姓を「名」と言ったのだ。
「名」は現在はパーソナルネームの意味だがもともとはファミリーネームだった。

春の野に菜採ます子、名を聞かな、宣らさね。
これはお嬢さん、あなたはどこの一族の人?と聞いているのだ。
871白木人:2005/10/18(火) 09:22:10
三嶋溝杭一族の名前も溝杭で、高山右近も摂津の高山出身です

ナラの な もでしょうか
872日本@名無史さん:2005/10/18(火) 09:39:57
>>864
 仏教はインド起源なのでヒンドゥー教の一種と考えられているのでは?
 神道も多神教なのでヒンドゥー教に似ているとも言える。

 しかし、日本の宗教は?と聞かれた場合、儒教も挙げた方がいいのでは
なかろうか?マルクス教とか創価学会という有力な宗教もある。
873日本@名無史さん:2005/10/18(火) 09:58:06
アフリカから
874日本@名無史さん:2005/10/18(火) 10:01:02
どこからも来ていない。
理由、来てから天皇家になったので、来る前はまだ天皇家じゃない。

以上誰も期待していない回答例。
875日本@名無史さん:2005/10/18(火) 10:58:59
>>871
奈良のナラは一語だと思います。
たまたま私は山名ですが、山名は「山の領地」という意味だと思います。
876日本@名無史さん:2005/10/18(火) 11:06:23
>>874
明確な答えだ。
大陸にいた時は単なる部族長に過ぎないからな。
877白木人:2005/10/18(火) 11:10:14
でも誰かがリーダーにならないと、うまく回転しないので共立したのが
878がいやまん:2005/10/18(火) 12:26:10
天皇を狙ったのは大和の豪族で、楽浪地方の葬送儀礼(古墳・鏡など)の専門家を
招聘して、国興しを図ったが、大和出身男王については摂津、河内、但馬、丹後、
山城、近江、尾張、伊勢など総意は得られず、倭人伝のように女王の下に官として
四官をおく制度で合意を見たのではなかろうか。しかし、大和は女王を動かし相当の
官というか、欠史時代の天皇職を手に入れたのでは。古墳建設に一部渡来人を起用
することがあったにせよシャーマンとか、首長が渡来系に変わるというのはフジモリ
大統領のような伊都国県主のような例外を除いて、渡来人が偉くなるという話はない。
879がいやまん:2005/10/18(火) 14:05:54
神武の后、イスケヨリヒメは神の妻であり、神武説話にあるように芦の小屋で
新婚生活(神武は日向を出た頃に妻子があり、40才)は神罰を考えるときつい
話である。イスケヨリヒメは摂津三島溝杭のいわば王女であり、纒向よりは
はるかに交通の便がよく、各国の要の土地である。神武は7人の中からコンテスト
で選抜したような話だが、7人の女神というのは遠くインドまでに広がる典型的な
神話のテンプレートである。実際は地の利を占めた摂津王家が女王を出す
というのは考え抜かれたコンセンサスでなかったのかと思う。初代王は摂津の
イスケヨリヒメとするのが順当なところであろうか。
880がいやまん:2005/10/18(火) 14:17:49
箸墓の完成したのは時代も下り、孝霊帝が吉備を征伐した後のことであろう。
相当の吉備の捕虜とか、特殊器台職人が連れ込まれ、モモソヒメが儀式を
取り仕切ったのであろう。こうした存在は上御一人というように恐れはばかられ
魏使などにはヒミコとして伝えられたのであろう。ホトを突いてみまかったというのは
葬送儀礼の際に銅鏡を打ち砕くという秘事が誤って外部に伝わったのではないかと
思う。
881がいやまん:2005/10/18(火) 14:25:19
ホトを突いて死ぬ話はアマテラスの機織工場にも出てくるので、女性の突然死
を表す慣用句のようなものであったのかもしれない。
882日本@名無史さん:2005/10/18(火) 15:57:02
>>872 いや、単なる発音上の話。
   ヒンズーは、「シンドゥー」と発音するらしい(?)

  もっとも私は、ヒンズーが日本に渡って来たときに訛って
  シンドゥー→シンドウ→当て字して「神道」となったと、
  とある本で読んだが・・ 
883日本@名無史さん:2005/10/18(火) 16:28:35
>>839 イリカスミは蘇我入鹿では?

641年 舒明天皇崩御の同年の各史書の記載
   日本書紀 「高句麗のイリカスミが大王を殺す。」
   高句麗本紀 「泉蓋蘇文が王・建武を殺す。」
   百済本紀  「百済王・武死ぬ。」
642年
   蘇我入鹿が皇極天皇の執政になる。
   泉蓋蘇文が、新しい高句麗王・宝蔵の執政になる。
    
    皇極天皇の名乗りは「宝蔵」
    入鹿(敬称の)津見=イリカスミ? 
884日本@名無史さん:2005/10/18(火) 16:39:27
日本と高句麗(高麗)と百済で、同年に王が亡くなる・・・ナルホドネ
885日本@名無史さん:2005/10/18(火) 19:27:12
みんな馬鹿すぎ。
天皇は19世紀に京都から
きたんだよ!
それくらい知っとけ!
886日本@名無史さん:2005/10/18(火) 20:04:17
>>853
さて、魏まったく同じだね。(笑)それより君が注目すべきなのは、すべての時代において
実に様々な形態のものが生まれている事実だよ。 君が北方と言い切るほど
この時代は各国で形態が決まっていたわけでない事を素直に理解してほしい。

例えば隋と唐ではどうだろう、基本的に同文化である
唐においては君が主張する伸縮が見られない形式のがあるが、
この場合は7世紀の唐は任那が作ったのかな?

順序においても、楽浪郡の漢勢力は半島南部で2−3世紀に勢力を作っただろうから
日本列島で同様のものが遅れて出土してあたりまえである。
この漢(新倭)勢力にとっては、半島南部は500年間の前線となるのだ。
887日本@名無史さん:2005/10/18(火) 20:47:53
最初の天皇は卵から生まれました。
888日本@名無史さん:2005/10/18(火) 20:49:44
日本がマジでヤバイ状況です。

このサイト、ちょい長いけど読む価値あるよ↓
とくに「3」の後半部分(日本のメディアの姿あたりから)は必見。


韓国はなぜ反日なのか?
http://3.csx.jp/peachy/data/korea/korea.html
889白木人:2005/10/18(火) 21:30:09
卵はオーラのことかもしれまへん
なあ、
890日本@名無史さん:2005/10/18(火) 23:25:46
>>886
>さて、魏まったく同じだね。

魏は三国でいちばん北にあり、人種的にも北方系が多かったから、北方に似ていて当然だ。
君も勉強したから、魏の兜が「まったく同じ」ならば三国志漫画の兜は「まったく同じ」
でないことがわかっただろう。

>君が北方と言い切るほど この時代は各国で形態が決まっていたわけでない事を素直に
>理解してほしい。

中国は人種と歴史のるつぼなのだから色々あって当然だ。
そうであればなおのこと、いわゆる蒙古型鉢冑が地域的には満洲から半島南部、そして
日本列島にかけて、時間的には3世紀以上にわたって、基本的に変わっていないことは
真に注目すべきことだ。「これを素直に理解して欲しい。」

>順序においても、楽浪郡の漢勢力は半島南部で2−3世紀に勢力を作っただろうから
>日本列島で同様のものが遅れて出土してあたりまえである。

いいかげんなことを言っては困る。君は楽浪郡の漢人が日本に逃げて来て王朝を作った、
と言ったのだ。それならば4世紀の三輪王朝はすでに漢人王朝だから、前期の古墳から
漢式のものが出るべきではないか。

>唐においては君が主張する伸縮が見られない形式のがあるが、
>この場合は7世紀の唐は任那が作ったのかな?

逆は必ずしも真ならず。任那/倭の短甲は伸縮性がないが、逆に伸縮性がなければ
任那/倭だとは言っていない。任那/倭の短甲は鉄板を継いで作っており、その継ぎ方
にも2、3種の、任那と倭に共通する類型があるのだ。
君が言う唐のイラストは、ローマや中世欧州と同じ、一枚物の打ち出しで浮き彫り式に
作っているではないか。任那/倭にはそこまでの技術はなかったのだ。
891日本@名無史さん:2005/10/19(水) 00:19:33
天皇=朝鮮人
892日本@名無史さん:2005/10/19(水) 00:51:22
で、朝鮮のどこから来たの? 朝鮮だけじゃ大雑把すぎる。もっと詳しく。
893日本@名無史さん:2005/10/19(水) 02:10:09
>>890
うーん、反駁に以前ほどの冴えが見られないなー

>魏は三国でいちばん北にあり、
人種的にも北方系が多かったから、北方に似ていて当然だ。

・・・イメージで語りすぎだよ、説得力ないな。 魏は漢帝の本拠地で中原だよ。
さらにここでいう魏は、魏帝の代の事をさして地理的な昔の魏に限定した話でないのは
明白だよ。

蒙古型鉢冑・・・・ いやだから、魏の代の漢が使ってるから・・
楽浪郡の漢というか魏志倭人伝のころの漢というか、その辺の勢力が素直な解釈でしょ。
ワザワザ、蒙古とか北方とかイメージを刷り込む必然性がない。

>4世紀の三輪王朝からだろうがどこからだろうが漢式が出てこないなら・・・
5世紀からの古墳が一万くらいあるとしてそこからこの蒙古型鉢冑が出たのが
何点かだよね。 4世紀に出てないと言い切る資料がないので君の話に同調もできないが、
それはただの誤差と説明してもいいんじゃないか?

> 仮に3−4世紀にこの冑が存在しないなら、あー漢人は5世紀にようやく倭に進出したんだなー 
という風に、漢渡来説を修正するだけ。 
君のいう、扶余王朝説による必要はない。

でも、勘違いしないで欲しいのは、私は先にいうように、漢人征服後朝鮮半島リターン説を
議論として推進してるが多少の修正はやぶさかでない。
また君の扶余説を頭から否定してるんじゃない。
だから、その扶余王朝説をもっと納得のいく形にして欲しいんだよ。
今のままだと、楽浪郡の漢勢力をベースにするほうが、よほどしっくりくる。
少しは君も、漢勢力の方がしっくりくる事を認めてほしいなー その上で扶余の可能性を
見た方がいいんじゃないのか
894日本@名無史さん:2005/10/19(水) 02:34:25
秘すれば花

古墳を調べれば簡単だよ 案外ユダヤかな?
あと、愛子ちゃんを催眠術にかけて聞き出すとか。

895日本@名無史さん:2005/10/19(水) 03:02:08
>>882 神道をヒンドゥーと聞き間違えたということですか。ナルホド

 神道がヒンドゥー由来という説は私も読んだことがありますが、道教由来説も
ありますね。ヒンドゥー説では卑弥呼はペマカというインドの愛の女神とか。
 読んでいると頭が変になるような説でした。

 日本語=タミル語説と並ぶ、日本=インド起源説の双璧かも。
896日本@名無史さん:2005/10/19(水) 03:21:30
どちらも多神教ですからね。
でも、ヒンドゥーと神道とは全然関係無いと思います。これホント。
カレー好きの子供でもわかるよ。
897日本@名無史さん:2005/10/19(水) 03:38:20
>>896 しかし、ヒンドゥーには男根崇拝とかダンジリがあったり、どちら
も裸フンドシ文化圏にあるという共通性も感じますね。

 これらは中国朝鮮文化には見られない日印の同質性だと思います。

898日本@名無史さん:2005/10/19(水) 03:49:51
そういえば皇族もインド人同様ハゲが少ないな。
899がいやまん:2005/10/19(水) 08:46:17
漏れは2世紀の後半に2つの異なった民族の渡来があったのではないかと
見ているが、
(1)スサノオ、匈奴/月支、平原遺跡、松江田和山遺跡、楯築遺跡、秋田唐松神社、
積石墓、高知月山神社
(2)天日槍、兵主神を信奉する華人を中心とする集団、兵主神社、前方後円墳
これらは北部九州のアマテラス、邪馬台国の垂仁天皇等の管理下におかれ
居住については山陰、但馬等の時々の辺境部に限定されたものと思う。記紀
に含まれる三貴神等スキタイ的特徴、松尾神社、広隆寺の牛に関連する神事
等が(1)、箸墓建設、方製鏡製造等が(2)に関連しているのでないかと思う。
非常にアバウトな話で恐縮ではあるが、このように移動する要素は朝鮮半島、
日本列島の稲作文化のファンダメンタルズである農民の首長とは異なり、ヒャクサイ
とか、物部とか称される存在かと思われる。
900白木人:2005/10/19(水) 08:46:56
朝鮮半島の歴史を解明しないと、新型の倭を説明できないので苦労される、


901がいやまん:2005/10/19(水) 09:06:00
当時はロッテのバレンタイン監督のようなものはなかったようであるが、新羅は丹波の
国人を王としているし、伊都県主イトデはウルサン、出身。倭人は新羅に妃を要求して
いるし、新羅はインドの姫を迎えている。どうも新羅のあたりはニューヨークのようなとこ
ろであったようである。
902日本@名無史さん:2005/10/19(水) 09:37:58
>>897
裸フンドシ文化圏なんて腐るほどあるでしょう。
ポリネシアだってそんなもんでしょう。
903日本@名無史さん:2005/10/19(水) 09:48:44
>>900 新型の倭って? 実は、新羅、高麗、百済、日本、倭国・・って連邦国家の各自治体だった!
では駄目でしょうか? 883にもあるように・・・
904日本@名無史さん:2005/10/19(水) 10:55:32
雄略紀 百済の加須利君(蓋鹵王なり)
舒明紀 皇極天皇の名は宝皇女
皇極紀 中大兄と鎌足は蹴鞠が縁で意気投合
 〃  入鹿(本名鞍作)を中大兄(古人大兄曰く韓人)が暗殺
文武本紀 金春秋の妃の姉の名は宝姫
 〃  春秋と金ユ信が蹴鞠が云々…
905日本@名無史さん:2005/10/19(水) 14:01:53
>>893
>仮に3−4世紀にこの冑が存在しないなら、あー漢人は5世紀にようやく倭に
>進出したんだなー  という風に、漢渡来説を修正するだけ。 
>君のいう、扶余王朝説による必要はない。

君によれば満洲、任那、日本から出る蒙古鉢型冑は漢人のものであるということだが、
任那においてその「漢人の蒙古鉢型冑」が出るのは、君も認めた扶余式の木郭墓から出るのだ。
しかも3世紀末に扶余式の木郭墓が任那に現れた、その当初から出る。
これはどのように説明するのだったかな?

君はいろいろ言うので忘れた。改めて説明してくれ。
906日本@名無史さん:2005/10/19(水) 16:09:52
>>902 そうですね。南方各地にフンドシ文化はありますが、中国朝鮮モンゴル
にはないようですね。男根崇拝やダンジリ文化も北方にはない日本文化の特徴では
ないんでしょうか。

 またアメノウズメのようなストリップ文化も南方系のような気がします。
 ヒンドゥーの女神などもほとんどストリップのような恰好をしていますね。

 ギリシャなども素っ裸でボクシングをやっていたようですが。

907白木人:2005/10/19(水) 18:25:21
新羅、高麗、百済、日本、倭国は境目のない友好地域やったんかも

今でも日本海側から出入り自由のような状態で、まして紀元前となると
908がいやまん:2005/10/19(水) 18:41:18
じゃー、朝鮮族とは本来どこにいたのかという疑問が生じる。殷の時代には
一時朝鮮半島を留守にして山東省あたりに引っ越していたのか。イスラエル
なんかの場合はありえるようだけど。檀君神話に虎が出てくるので白頭山の周辺
にいたのか。どうもはっきりしない。
909がいやまん:2005/10/19(水) 19:10:28
考えられることは、朝鮮族は西日本の縄文人と同様に南下する華人、ツングース
等の影響を受けて血液が日本人と非常に似てきたということだ。
910日本@名無史さん:2005/10/19(水) 20:23:05
>>907 友好地域?倭の五王の上表文によると祖デイ甲冑を貫き、山野を跋渉し、
寧処に暇なし、という戦乱続きの時代だったようですが。

 高句麗、百済、新羅は朝鮮半島の覇権を巡って戦乱を続けていた時代で友好など
程遠い地域だっただろう。

 日本海を通じて出入り自由というのは、まだ国家が成立していない時代のことで
新羅の統一、大和朝廷が成立すれば密入国、密出国として監視されることになった
だろう。

 国内でさえ友好地域でなかったのだから、外国と友好地域などあり得ない。


911日本@名無史さん:2005/10/19(水) 20:28:47
>>909 遺伝子型に詳しい方によれば、日本人と朝鮮人の遺伝子型には、
大いに異なる点があり、血液が同じなどということはあり得ないらしい。

 容貌を見ても日本人と朝鮮人は異なる民族だと見分けが付くが、遺伝子上
異なることまで判明してい居るのだろう。

912日本@名無史さん:2005/10/19(水) 20:33:16
新羅が百済滅ぼして、百済再興の為に日本が兵を出したことや
結局、百済、高麗、新羅とも滅んで、それぞれその王族や技術者が
日本人に帰化したことも知らないんだろうな。
もっとはっきり言うと、百済、新羅、高麗の正当な後継国自体、
日本なんじゃないのか。
913日本@名無史さん:2005/10/19(水) 20:35:20
>>905
一点。扶余式の木郭墓 が本当に扶余のものかの検証は俺はまだしてないよ。
で、仮にそれが扶余のものである事が完璧に確定したとしよう。 
その上でも簡単に説明ができそうだ。
 君も公孫氏と扶余族の係りが歴史的資料に残ってるのは知ってると思う。
今出展までは思い出せないが、楽浪郡を支配し司馬氏にやられた公孫氏は
それ以前い2世紀に扶余の皇族と婚姻関係を持ったはずだ。 
この一派は後の百済建国にも
かかわったと記憶してるが違ったか? このように、楽浪郡の漢人に
扶余の伝統を受け継ぐものがいても問題ない。しかし大勢は、
楽浪郡崩壊による漢人の南下という位置づけとなる。
914白木人:2005/10/19(水) 20:47:30
白木はのこったんじゃないの、白木に倭が王妃を求めたりしてるので
親戚になってる可能性が大きく
915日本@名無史さん:2005/10/19(水) 20:48:22
916がいやまん:2005/10/19(水) 21:11:34
>>911
本来異なるものに同じような移動民族による上塗りが行われたということかも。
少なくとも百済、高句麗等はツングースであろうし、新羅もシ歳貊の影響を受けている
可能性もあが、こうしたものが日本列島に流れ込んだことは記紀に残っている。
シ歳貊については記録にはないが、どうも白木という名前が多いのがその辺かも。
917日本@名無史さん:2005/10/19(水) 21:34:43

●箕子朝鮮(?〜前190頃)⇒伝説的王朝。周の武王が殷を滅ぼした際、殷の一族
が朝鮮王に封ぜられたといわれる。

●衛氏朝鮮(前190頃〜前108)⇒漢の高祖の末年、反乱に失敗した燕人衛満が
朝鮮に逃れて箕子朝鮮に仕え、国を奪って建国。現在の平壌(ピョンヤン)で
ある王険城を都とし、3代約90年間存続。

●漢の4郡⇒前漢の武帝が前108年、衛氏朝鮮を滅ぼして、楽浪・真番・玄菟・臨屯
の直轄領4郡をおく。中心は楽浪郡(現在の平壌付近、他の3郡は前75年までに廃止)
で、313年高句麗に滅ぼされるまで約400年間、漢の朝鮮支配の拠点となる。

●帯方郡⇒204年頃、遼東の太守公孫度により楽浪郡の南部を割いて設けられた。
魏・晋も領有し、倭と通交。韓族・ワイ族に滅ぼされた(313)。
918日本@名無史さん:2005/10/19(水) 21:36:16

5)朝鮮民族も、地理的な隔たりが無い点に於いては、日本民族と同じで
ある。ただ、日本民族と朝鮮民族の間には、かなり高い異質性が存在する。
朝鮮民族は、基本的には日本民族と同じ北方型蒙古系民族に属するGm遺伝子
パターンを持ちながら、それよりはるかに強く漢民族などの影響(混血)を
受けていると見られる。中国と朝鮮とのあいだの、相互移民や侵入などに
よって、海で隔てられた日本に比べ、北方少数民族や漢民族との混血の機会
がはるかに多く、これが民族の形成に影響したと考えられる。

http://toron.pepper.jp/jp/kodai/roots/gmdna.html

強く漢民族などの影響(混血)を受けていると見られる
強く漢民族などの影響(混血)を受けていると見られる
強く漢民族などの影響(混血)を受けていると見られる
強く漢民族などの影響(混血)を受けていると見られる
919日本@名無史さん:2005/10/19(水) 21:36:46
HLA遺伝子で日本人からはほとんど南方系のハプロタイプが出てこない。
朝鮮人は2番目に多いハプロタイプに南方系が出てくる。
漢人に犯られた事が原因。

◎本土日本

B52-DR15 8.2%(弥生) > B44-DR13 5.2%(縄文) > B7-DR1 3.6%  

◎韓国

B44-DR13 4.5%(縄文) > ★B44-DR7 3.8%(中国) > B13-DR7 3.4%

>タイ人で2番目に多いA33B44DR7というのは、韓国人にもあり、
>これは日本人ではほとんどいないということです。

http://www.hananoki.npo-jp.net/kitaori/kaihou/24gou.html
920日本@名無史さん:2005/10/19(水) 21:38:39
弥生人は朝鮮半島から渡来したんじゃなくて、モンゴル以北から
朝鮮半島を素通りして日本に渡来したのである。

朝鮮半島は弥生人に素通りされただけで、朝鮮半島には弥生人は
ほとんど定着していない。

だから、日本人とモンゴル人は最大のハプロタイプが同じで、
同祖を高頻度に共有しているが、朝鮮人にはこのハプロタイプが
わずかしか見られない。

その代わり、朝鮮人には中国人に多く見られるハプロタイプが高頻度に
見られる。これが日本人にはほとんどない。

日本に弥生人がやって来た後、朝鮮半島は中国に侵略されたからである。

朝鮮半島人はハプロタイプが日本人と6割以上も違う異人種である。
921日本@名無史さん:2005/10/19(水) 21:41:31
日本人の遺伝子から土着系(縄文系)を除いた部分を多くの遺伝学は
必ずブリアートからモンゴルあたりを指し示めしている。

つまり弥生人はブリアートからモンゴルあたりから南下し、満州と
朝鮮半島を素通りして九州北部に渡り、人口爆発して西日本一帯に広がり、
土着系と混ざりながら大和民族が形成されていったのである。

朝鮮半島は当初は日本の縄文人に近い土着系が住んでいたと考えられるが、
弥生人が素通りして日本列島へと消えていってからしばらくした後、
ついに朝鮮半島は華北人に侵略され、楽浪郡を置かれて400年間も
支配された。その後、今度は満州東部から流入した高句麗人に朝鮮半島
北部を侵略され、土着系たちは華北と満州の血を注ぎ込まれながら、
ここにようやく朝鮮民族が形成されていったのである。
922がいやまん:2005/10/19(水) 22:22:30
>>914
新羅を襲ったり、新羅に逃げ込んだり、新羅に妃を求めたりする主体はその近辺の
倭の酋長であり、当時は本州にはまとまった勢力はないわけであるから、松浦、浦上
とかではないだろうか。
923日本@名無史さん:2005/10/19(水) 22:51:52
なぜに昭和天皇は山口弁だったんだ?

〜であります。
924日本@名無史さん:2005/10/19(水) 23:29:36
>>913
楽浪郡時代に扶余の嫁さんを貰ったから扶余の影響を受けたと言うなら、任那くんだりまで
来てから木郭墓を始めなくても、楽浪郡時代から始めてよいではないか。楽浪郡に、殉葬
を伴う木郭墓があるのかな?

やはり任那の扶余式木郭墓は、満洲中部の扶余が鮮卑に滅ぼされたときに、楽浪郡にも
高句麗にも影響を受けずに、直接任那にやって来たから、満洲でやっていた素朴な風習
が保存された、と考えるのが最も納得がいく。
墓制が一度洗練された状態から素朴なものに変わるというのは例がない。

以上から、扶余の嫁さんを貰った楽浪郡の漢人が、任那にやって来て木郭墓を築き、
部下を殉死させたという君の説は説得力がない。
925白木人:2005/10/20(木) 09:26:23
やはり100パーセント朝鮮の歴史を解明しないと、一歩も前にいかないみたいだ
926日本@名無史さん:2005/10/20(木) 12:46:38
>>924
もし、途中でスレ1000までいってしまったら、
とりあえず、下記で待ってる。
ちなみに、下記スレではまだロムしかしてない。

百済人=和人説を檢證してみるスレッド
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1084094986/l50
927日本@名無史さん:2005/10/20(木) 13:02:47
>>924
おいおい事実は、木郭墓が金官に発見されたというだけ。なんだよ。
なんでロマンをそこまで断言できるかなー

例えば、金官よりよほどはっきりしてる百済はどうだい?こっちは
扶余の王族系だよ。こちらでは木郭墓はないのかい?
さらには、楽浪郡の公孫と婚姻までしてる扶余が扶余式の木郭墓を
楽浪郡に残さないのは可笑しいだろ。 墓が見つかろうが見つからないだろうが
楽浪郡の漢人と扶余がかかわったのは事実なんだよ。
それをなんで、金官に関しては扶余純潔と断言するんだい。

前スレに馬冑の忠告があったろう。 考古学の分布での推測には限度があるんだよ
君の論理だと、騎馬文化は東アジアで金官と日本だけになってしまう。

そしてさらに、それが倭を征服した勢力ならば、日本の大型古墳はなんだろうね。
大型王墓(大古墳)を作る風習は扶余にあったのかな?
大型王墓は中国と日本だけじゃないかな
928日本@名無史さん:2005/10/20(木) 15:37:28
>>1
おかーちゃんのあそこ
929日本@名無史さん:2005/10/20(木) 16:03:27
>>925 というか、新羅、百済、高麗の本国が日本列島内にあった・・
という説さえあるそうだ。 まートンデモ話かね〜?
930日本@名無史さん:2005/10/20(木) 16:17:48
高句麗は扶余の国。満州族の先祖。朝鮮半島を征服したが、朝鮮人ではない。

百済の王族は扶余。国号は南扶余。王の自称は余。非征服民族であった朝鮮人とは言語も異なっていた。

扶余を朝鮮と捏造するのは朝鮮人の捏造。異民族に支配された歴史を隠蔽する小中華主義。
931日本@名無史さん:2005/10/20(木) 16:26:01
高句麗=扶余;トルコとツングースの混血・・・(鮮卑に近い)
新羅=靺鞨=獩(獩)狛=勿吉;古代ツングース族(イヌイットに近い)
任那=伽羅=倭人;縄文系(古モンゴロイド)

以上
932日本@名無史さん:2005/10/20(木) 18:45:33
この時代の民族語るのに朝鮮人って言葉になんか意味あんのか?
933日本@名無史さん:2005/10/20(木) 20:57:37
>>931 高句麗がトルコとツングースの混血だとすると日本語と高句麗語、トルコ語
が非常に似ていることの説明がつく。

 日本語文法はトルコ語と動詞+助動詞の構造が相当、類似するが朝鮮語、モンゴル
語はそれほど似ていない。

 ということは日本人はやはり、百済、高句麗と同族なのかと思われる(新羅とは
異民族)。

 新羅(朝鮮族の先祖)の言語がアイヌ語と共通語があるというのも頷ける。
934日本@名無史さん:2005/10/20(木) 22:00:02
>>927
>おいおい事実は、木郭墓が金官に発見されたというだけ。なんだよ。

単に木郭墓というだけではない。3世紀末に任那に現れた木郭墓は、
*丸太を横に積んで作っている。
*棺を用いない。
*平面形が巨大である。
*殉葬を伴う(平面形が大きいのは殉死者とも数人を入れるため)
という特徴がある。これらが満洲の扶余遺跡と一致するのである。

扶余が任那に現れた、というところまではロマンではない。
上記に対する解釈は、これを扶余による征服とみなすか、任那人による
文化受容とみなすか、二つに一つしかない。
しかし武器や生活器具の受容ならともかく、はるか離れた満洲の墓制を
任那人が受容するのは動機が乏しい。
もちろん文化受容説のほうが多いのは事実。それは現在の日本では学界
といえども事なかれ主義から逃れ得ないからである。
935日本@名無史さん:2005/10/20(木) 22:05:07
>>927
>例えば、金官よりよほどはっきりしてる百済はどうだい?こっちは
>扶余の王族系だよ。こちらでは木郭墓はないのかい?

これもまた逆は必ずしも真ならずの例だ。任那に来た扶余は満洲での墓制
を、たまたま維持したから扶余とわかる証拠を残した。
しかし扶余ならばかならず木郭墓か。あるいは木郭墓でないことは扶余でない
証拠か。そんなことはない。現に、文献上扶余であることが明らかな百済王族は
中国文化に影響されて磚室つき墳丘墓を作ったではないか。

>そしてさらに、それが倭を征服した勢力ならば、日本の大型古墳はなんだろうね。
>大型王墓(大古墳)を作る風習は扶余にあったのかな?

満洲族のもともとの墓制は知らないが、たぶん貧弱な土饅頭のようなものだろう。
その満洲族が中国を征服したらどんな皇陵を作ったか。
規模をすこしは遠慮したが、基本的に明十三陵と変わらないものを作ったではないか。
王族が墓を築くのは後世の歴史家に出自の証拠を残そうと思って築くのではない。
王の権威を人民に示すために築くのだ。
君が扶余系倭王だったとしたら、すでにあった巨大な前方後円墳の隣に、墳丘のない
丸太の木郭墓を築くだろうか。
936白馬青牛:2005/10/20(木) 23:23:23
>>931
古代ツングース族がイヌイットに近い?全文を見ても根拠の無いことを、
トルコ厨がまた書いとる。
937日本@名無史さん:2005/10/20(木) 23:38:24
現天皇家は継体天皇から始まりだろ。
継体天皇というオクリ名
記紀に書かれている継体天皇の出自。
それらをどう検証しても、それ以前の天皇家と由来が異なるという説に説得力がある。
近江の国だから今の琵琶湖のあるあたりの出自だ。
そこを拠点とした息長と呼ばれる氏族は、神功皇后の出身氏族ともされているくらいだから、古代から相当な勢力を誇った朝廷の有力氏族だったのだろう
それが内部闘争か何かで途絶えた前王朝に代わった新王朝を建てた。それが妥当な線だろ
938日本@名無史さん:2005/10/20(木) 23:48:29
939日本@名無史さん:2005/10/21(金) 07:51:50
トルコ共和国のエセトルコ人は本物のトルコ人の
イメージを損ねるから有害。
本来トルコ人は中国人以上にアジア的なはず
940日本@名無史さん:2005/10/21(金) 10:19:02
>>937   天武天皇からじゃねーの?
941日本@名無史さん:2005/10/21(金) 10:45:37
>>936 トルコ語の助動詞の用法は朝鮮語より日本語に近いことは素人目にも
確かだ。五胡の一つが高句麗、百済、日本へ流入したのだろうと考えられる。
 朝鮮語とトルコ語にも共通語があるが。

 var(aru,woru), iyi(ii) yavas yavas(yawasi) bir bir(一々)の
ような共通語も見られる。
942日本@名無史さん:2005/10/21(金) 11:47:17
天皇家って住民票あるの?
943日本@名無史さん:2005/10/21(金) 12:41:35
>>936
女真・完顔部族の金の歴代皇帝の諱(女真名)を見ると・・・

世祖;劾里鉢(ガリベチ)
康宗;烏雅束(ウヤス)
穆宗;盈歌(インコ)
太祖;阿骨打(アグダ)
太宗;呉乞買(ウチマイ)
煕宗;合刺(ホラ)
海陵王(煬宗?);迪古及(テクナイ)
衛紹王(紹宗?);果縄(チュンヘン)
宣宗;吾睹補(ウトゥプ)
哀宗;寧甲速(ニンキャス)

この読み方はどう見てもアルタイ語系よりもイヌイット語派
に近い読み方のような感じがする。
例えば、ニブヒ・チュコト・ギリヤーク諸語とかに似てる。
944白馬青牛:2005/10/21(金) 23:20:59
高句麗=扶余がトルコとツングースの混血で鮮卑に近い?
人種的要素から、そう断言出来る根拠は?
新羅=靺鞨=濊貊=勿吉が古代ツングース族でイヌイットに近いとして
おるが、朝鮮半島にニブフ的要素はあるとして、アムール流域の
ツングースが古アジア系と混血し、トルコ・モンゴル系もカラスク文化期
に北上し、古アジア系と混血したであろう。貊は朝鮮北部移住以前、
遼河方面にあったと考えられ、勿吉はツングースかニブフ(ギリヤーク)
か断定出来ん。
新羅人は、角杯、ローマン・グラスと最も西方的で日本や高句麗、百済と
比べ、トルコ系の影響も強かったと思える。
任那=伽羅=倭人、縄文系も根拠は無く、韓国の礼安理遺跡の人骨は
顔の高いものと低いものが混在しておるが、土井が浜の弥生系人骨の形質
から、どこが古モンゴロイド(日本的概念であるが)なんか?
945日本@名無史さん:2005/10/21(金) 23:28:53
>>940
今の天皇は天智系。
946日本@名無史さん:2005/10/22(土) 01:17:02
>>944
新羅語が高句麗語と比べてトルコ語に近い根拠は?
そのソースは?詳しく説明を。
947日本@名無史さん:2005/10/22(土) 01:24:48
現在の朝鮮語どう考えても日本語とは、
地理学上は膠着系のアルタイ語派らしいが
実際は水と油の差があるほど、言語的に共通性がない。
やはり>>933>>941の意見が妥当だと思うが。
948白馬青牛:2005/10/22(土) 01:26:06
>>946
またトルコ厨の馬鹿が来たか。
高句麗文化が新羅文化より、トルコ系の影響を受けたという根拠を
詳しく説明せい。
949日本@名無史さん:2005/10/22(土) 01:59:08
>>948
>新羅人は、角杯、ローマン・グラスと最も西方的で日本や高句麗、百済と
>比べ、トルコ系の影響も強かったと思える。

西方的という意味がわからない。当時は隋・唐の時代で、その頃のトルコ族は
古代以来から発祥地のバイカル湖から西方のアルタイ山脈で遊牧生活してた。
また同時代に突厥が蒙古高原に勃興し、モンゴル系と見られる柔然を倒した
土門が伊犂可汗と称したのが552年のこと。

この事項を見ると角杯はともかく、ローマン・グラスという意味がわからない。
これはどう見ても遙か西方のイラン系かギリシア帝国から伝来したもの。
それがたまたま、イラン系の商人によってモンゴル高原〜中国〜朝鮮〜日本に
伝わったわけ。
それに当時のトルコ諸族はまだ西域に移住してない。だから後年のように
イスラム化はしてないし、コーカソイドとの混血度も少ない。
それに遙か昔に滅んだ中山国を築いた白狄の一派が地理的に考えると高句麗
に吸収された線はあり得ると思う。
950日本@名無史さん:2005/10/22(土) 02:15:41
トルコ系の話に初参戦だが、
そういえば、
秦氏は、弓月国から来たとされてるね。 弓月=三日月 
なので、トルコ系など月を国旗に使う民族でジャストなんだよな
951がいやまん:2005/10/22(土) 08:43:34
空前の大きさの前方後円墳箸墓、この前方と後円の中心を結ぶ線は大兵主神社
と背後の山、弓月が嶽を指している。兵主神、蚩尤の姿は銅鐸にも描かれている。
銅鐸など青銅器を扱う集団の神。(銅鐸は銅鏡より一回り古い時代のもの)
他方、箸墓は布留1式土器時代に建設されたものだが、この土器はC14による編年
によればAD240年、つまり卑弥呼時代。
記紀によれば垂仁朝に天日槍が渡来するが、この集団の軌跡と兵主神社の配置は
一致している。天日槍集団はそれまで最後の銅鐸、大型の見る銅鐸、の生産地
野洲も訪れている。これは鏡作り技術の集団が銅鐸集団と顔を合わせたのではない
かと考えられ、天の安川(野洲川)の高天原評定による国譲り、纒向における邪馬台国
の建国は琵琶湖、三上山を望む伊勢遺跡で行われたのではないかと考えさせられる。
952がいやまん:2005/10/22(土) 09:02:16
古代トルコ語では宗教指導者を「カム」と呼び、トルコ族は天神、タングリを崇拝した。
The ancient Turkish religious leaders were generally called as "kam".
http://www.ozturkler.com/data_english/0001/0001_17_26.htm
何故、方形周溝墓の時代の後に前方後円墳が始まるかの謎は、一つには天神
崇拝の開始があろうと思われる。しかし、3世紀の日本でいきなりトルコというのは
唐突であり、トルコの起源かもしれない匈奴、匈奴が征圧した月氏、その国であった
のかもしれない馬韓の月支国、匈奴文化とされる石板墓と九州沿岸部によく見られる
箱式石棺墓、匈奴のケレクスル遺構の祭壇(神木/柱)部(前部)と主体部(後部)と
そっくりの平原遺跡、そこから出土する銅鏡とシュメールを描くヤントラに似ている
方格規矩鏡等の流れを考えるべきであろう。
http://www.ss.iij4u.or.jp/~hsumi/docs/iseki/hirabaru.htm
953がいやまん:2005/10/22(土) 09:11:40
孝霊の御宇に月支国王の襲来ありとする出雲日御碕伝承、ケレクスルと見られる
田和山遺跡、トルコ族のひげクルガンと同じ構想の中円双方墳である楯築遺跡
の関連性、百済(馬韓伯済国か)から来たとされる鬼、温羅征伐等色々と興味深い
話がある。
954白木人:2005/10/22(土) 09:40:35
仲哀天皇の皇后である神功皇后は、
息長足姫尊のことで、坂田郡息長の出身で、天日槍の子孫という。
垂仁朝に天日槍が渡来するので、滋賀県に古代王権の神社でもあるのか
955がいやまん:2005/10/22(土) 09:57:37
白木人さん、こんにちは。
滋賀県は銅鐸生産が全国一だったのじゃないかな。さて、記紀が重要視しているのは
渡来系と見られるスサノオとか、天日槍が時々の施政者、アマテラス、垂仁帝などの
管理下におかれ、最後には出雲とか、出石とかの辺境地に安堵されるということで、
匈奴文化等はあくまでも日嗣の儀式、葬礼などのリチュアルを日本に伝えたものと
して描かれていることには特に注意が必要。つまり、外国文化によって支配されたよう
なものであって外国人によって支配されたものではないことだな。弥生時代からの
稲作の生産力と少数の渡来系遺伝子の優勢的な発展はあったのであろうが。
956白木人:2005/10/22(土) 10:09:59
新羅から渡来してきた秦氏の大集団を率いた弓月の君のことであろうか

ほとんどコピペでんねん 
957がいやまん:2005/10/22(土) 10:17:33
天皇家がどこから来たのかという問題に対して「天」という概念はバイカル湖東部
の匈奴文化から来たのではないかというのが一つの回答であるが、魏志倭人伝
の伝える卑弥呼という共立初代倭国元首の名前には「天(アマ)」がなく、太陽である
「ヒ」だけか含まれていないということは、当時の倭人は天神崇拝の形式を受容したが
古来からの太陽崇拝は変えていなかったということであろうか。
958がいやまん:2005/10/22(土) 10:23:09
白木人さん、
弓月は中国語では月牙といって、より狼神話的ではあるが、神様みたいなもんで
普通名詞、人名ではないと思う。融通王もしかり。彼らは自己紹介する場合古代中国
秦始皇帝の子孫と名乗り、秦氏と称したのであろうが、人を食った話だね。実際は
ツングースだったんだろう。
959がいやまん:2005/10/22(土) 10:39:01
中国では山西省方面にはいまだに貧困の秦族が多数いるらしく時々テレビでも
放映される。秦というのは中国では昔からありふれた名前なんかもしれない。
シナ人というくらいだから。
960日本@名無史さん:2005/10/22(土) 11:05:10
秦族は海人だよ、漢籍から知識を得て祖先を詐称しているだけ。
961がいやまん:2005/10/22(土) 11:28:40
>>952
トルコ族の天神については
TANRI (TENGRI) AS THE ANCIENT TURANIAN TRINITY SKY-GOD
http://www.compmore.net/~tntr/tur2.html
が参考になる。トリイまでもトルコと関係があるんかなー。
962がいやまん:2005/10/22(土) 11:56:56
>>957
纒向で天神が正しく理解されたのであれば、卑弥呼ではなく、天日子
天日宮↓
http://www.kyowa.ne.jp/kyowa/txt/a02.htm
アメノヒミコとなったはずである。ちなみに、唐松神社とは冒頓単于もマツ
にちなむもので、匈奴の遺跡を残す秦氏の松尾神社と同じ語源であろう。
唐松神社の天日宮は平原遺跡以上に忠実にヘレクスル遺構を表している。
963日本@名無史さん:2005/10/22(土) 12:04:29
唐突だが、「卑弥呼」の当時の(中国の)読み方は「ピェ ミェル ゴ」だそうだ。
この音からすると・・・
964がいやまん:2005/10/22(土) 13:21:28
上海あたりの日本語のできる中国人の人によると中国発表の中古音、上古音
よりは日本の古典の読み方のほうが正鵠との話を聞くが。
965日本@名無史さん:2005/10/22(土) 13:26:16
しかし、倭人伝の著者の耳にどう聞こえたか、ということだから・・中華思想丸出しの当て字だし
966がいやまん:2005/10/22(土) 14:25:16
>>952
トルコ系については白馬青牛さんの極めて重要なレスがあった↓
トルコ系突厥の先祖も、鉄工であり、遊牧民は鉄(武器)の欲求から、
鍛鉄の技術に巧みな部族に特別な立場を与え、それが発展の有力な
原因となった。
高車丁零のトーテム獣は、突厥と同じく「狼」。
天山山脈の鉄産は、良質とされておった。そういえば、付近に住んで
おり、西突厥部族連盟に加わったトルコ系弓月族の後裔は、
カンクリ(康里)人。カンクリとは、高い車を持てるもの意味で、
高車丁零族を思わせる名である。
秦氏(弓月)がトルコ系弓月族と結びつくかまではわからん。
ただ、同じく渡来系の漢氏も、牧畜民的伝説と騎馬習俗を持って
おった。漢氏、秦氏も騎馬近衛兵でもあったので、北方牧畜民族と
関連があったと思う。

実はこのカングリと関連するのではないかと思うのはこの間のウルルン
滞在記で出てきたトルコのカンガル犬、これがコマイヌの犬そっくりなのだ。
さらに、上記でご指摘のトルコと鉄の関係、これが有名な弁辰は鉄を産すという
弁辰の鉄鋼開発に関連して遼寧から馬韓経由で南下、その後山陰から、
大和へと入る集団の中にあったのではないかということだ。
967がいやまん:2005/10/22(土) 14:54:34
何故重要なのかというと、日本人とチベット人には遺伝子で共通の要素があるが
その原因を考えるとシルクロードの月支族が冒頓単于によって四方に追われ、一部が
チベット高原に入ったことが考えられるということもあるからである。西方、大月氏国王
が卑弥呼と同様に魏から金印を受けているのもあながち偶然ではあるまい。
968日本@名無史さん:2005/10/22(土) 15:22:17
秦はイスラエル人だよ
969日本@名無史さん:2005/10/22(土) 16:39:02
アルグン川流域
970がいやまん:2005/10/22(土) 17:17:47
下図はB型血液分布であるが、ここにもインドと北部ユーラシアの類似がある。
http://sophistikatedkids.com/turkic/63%20Blood%20Types/Blood%20TypesEn_files/image002.gif
この南北方向の分布とYAP+の日本への渡来が関係する、すなわち、北方
ユーラシアから南に下がり、シルクロードで日本とチベット、インド方面へと分かれ
たのではないか。いずれにせよ、よく言われるヒマラヤのレプチャ語、タミール語
等と日本語が似ているというのもこの辺に原因があるんじゃないかと思う。
971がいやまん:2005/10/22(土) 17:22:44
狗奴、狗邪、吉備などの言葉はフン族の部族名として存在している。
http://sophistikatedkids.com/turkic/70%20Dateline/hun%20dateline%20En.htm
972日本@名無史さん:2005/10/22(土) 19:55:23
972
973白木人:2005/10/22(土) 20:46:01
(ウルルン
滞在記で出てきたトルコのカンガル犬、これがコマイヌの犬そっくりなのだ)
狛犬は、ライオンだとどこかで言ってたけど、犬なのかなあ
974がいやまん:2005/10/22(土) 21:27:46
恥ずかしながら漏れは沖縄のシーサ同様獅子と思っていた。中には羊の
ようにふさふさした毛を付けたのもいるので、それがたてがみかなと。
しかし、あのテレビを見てそんな犬がいるのにびっくりした。それでやはり犬では
と思った。だが、スサノオ、フツヌシなどの剣の崇拝はスキタイの習慣。三貴神も
スキタイ。出雲で剣を立てるのもスキタイ。スキタイはライオン彫刻が得意。
こうなるとコマイヌは判断に苦しむ。しかし、番犬はあっても、ライオンは人見知り
するほどの頭はない。猫だ。すると、やはりあれは犬であったか。長くてスマソ。
975がいやまん:2005/10/22(土) 21:40:47
魏志倭人伝は漢字の使い方が極めて悪い。自国の名称が鬼であって、
属国をそれ以下にさげすもうとする中華思想だから無理をしているんだろうが
まじめさを疑われる。品がない。しかし、日本の地名と照合すると発音とか、
音節には気を使っている様子。カナサナなんて実際に関東にある。すると
クヌ国という言葉はフンの族名にある。オオクニヌシを国王とすると四隅突出
墳文化圏連邦とすると話が合う。クガチというのは山城或は北陸、ヒミキコの
ヒミも富山にある。神話ともよくつじつまが合う。キビも族名とすると仲が悪いのは
新興宗教どうしの信者の取り合い見たいな関係であったんじゃなかろうか。
976日本@名無史さん:2005/10/22(土) 22:14:10
>>975
脳内で浅い知識を無茶苦茶に繋いでるのだろうが、
今の地名と無理矢理合わせても何の意味無いよ。
そもそもカナソナ国、クナ国だしな。
977白馬青牛:2005/10/22(土) 22:58:13
>>949
隋・唐時代でその頃のトルコ人は、『隋書鉄勒伝』にあるよう、アラル海
や更に西の黒海方面まで、勢力を伸ばしたと考えられる。北匈奴を
トルコ系に含めるとかなり以前に西方移住した集団もあろう。
コーカソイドとの混血もケンコール古墳群から確認出来る。古代以来から
発祥地のバイカル湖からとあるが、丁零をもって発祥地とするには、
根拠に乏しく、華北、長城地帯も考慮すべき。ここであれば、胡(匈奴、
トルコ系?)と貉(貊、狛、遼寧青銅器人・ツングース)と関連も
ありうる。戦国策の「胡貉代馬」孟子の巻第十二 告子章句下にある
貉等、貉は胡と同じ習俗を持っておったとも考えられる。

新羅の西方文化は、慶州98号墳で、積石木槨墓の内部の木造架構と
黒海東北沿岸のコストロムカヤのスキタイ古墳に見られる遺構と類似、
金冠塚等のローマン・グラス(ガラス器)も、黒海北岸のノーバヤ・
マヤチカの物と類似し、金製品も含め古新羅文化は、日本、百済、
高句麗、中国胡族とも違う。江上波夫氏は「南ロシアや西トルキスタンの
黄金流行地帯と新羅の結びつき。」とされておられる。
トルコ厨は、もう少し調べて書け。
978日本@名無史さん:2005/10/23(日) 04:41:06
反キリストは天皇家に現れます。
ルシファーが復活して皇室の霊的守護にまわるんです。
2006年6月6日からです。
979日本@名無史さん:2005/10/23(日) 06:34:44
http://www.h3.dion.ne.jp/~pekochan/kokkikokka/kokkiasia/kokkiturkey.htm
紀元前、あるいは帝国時代の故事にちなむともいわれる。

弓月=三日月=トルコ民族 は、もう間違いないだろ。
980白木人:2005/10/23(日) 10:51:22
新羅から渡来してきた秦氏の大集団を率いた弓月の君は、
日本でも新規の渡来人の処遇に困り武蔵の国に置いたように
新羅も困って追放したのかな
981がいやまん:2005/10/23(日) 18:12:22
漏れは鉄資源の供給不足、枯渇、乃至は、中国の大型産地の開発により競争力が
低下したのではないかと思っている。日本においても後代において、鉄鉱石、砂鉄の
産地となるようなところに配置されている。しかし、生産性が低かったのではなかろうか。
結局は山師のようなものになったのでは。古代の鉄製品の物流の姿がいまいち見えて
こないけど、古墳時代は基本的には半製品、製品輸入時代であったようだ。
982がいやまん:2005/10/23(日) 18:16:09
弁辰から香春、山陰に入るのは資源開発という面とリストラされたという面があった
のでは。基本的に土地を持たない連中は稲作地帯では弱い。
983日本@名無史さん:2005/10/23(日) 18:22:27
弓月=トルコ国旗の月=月の女神アルテミス
で、アルテミス神殿は紀元前11世紀にはあったとされる。
アルテミスは女神
アマテラスも女神  似すぎじゃないの

チェニジアでは
http://www.sarago.co.jp/nfhtm/tn.html
フェニキア人の美の女神タニスを象徴

秦氏は日本では代々書記を務めて古代史の編纂に当然の影響を与える立場。
秦氏の伝承として女神神話と重なる部分もあるかもしれない。
984日本@名無史さん:2005/10/23(日) 19:15:26
面白いこじつけですねw
985日本@名無史さん:2005/10/23(日) 22:51:28
>>983 兵庫県西部に三日月町、上月町という地名があり、その南部に太子町が
ある(聖徳太子が奈良へ行く前に住んでいたらしい)。聖徳太子トルコ人説(小林
恵子氏)とこの三日月、上月も関係があるのだろうか?

 ちなみに私の故郷に近い町だ。
986日本@名無史さん:2005/10/24(月) 00:03:39
今の天皇は天智系、
つまり継体(新潟出身)
天武(愛知、三重出身)から政権奪い。
現在の天皇の祖となった。
987日本@名無史さん:2005/10/24(月) 03:01:14
間違いではないが結局は系が変わっても族(皇族)が変わらなかったのなら天智系でも天武系でもどちらでもいいんだよ。
988日本@名無史さん
このスレ面白かったので、続きのスレたて誰か頼む