1 :
日本@名無史さん:
現在の警察官と同じ役割を担っていた、同心と
それを率いる与力を語ろう。
同心・与力の身分、どんな仕事があったか、なぜ着流しに
なったかなど、細かいことから何まで全部語っちゃってください
2 :
日本@名無史さん:04/11/01 14:19:49
足軽だろ?
3 :
日本@名無史さん:04/11/01 14:50:35
江戸幕府直轄化の同心って世襲制だっけ?
町人が株を買ってなるんだっけ?
混乱しちゃった。
4 :
日本@名無史さん:04/11/01 15:23:01
実質は世襲制なんだが一代ごと新たに召抱えるという建前で採用してたらしい。
ソースは御用牙
5 :
日本@名無史さん:04/11/01 19:10:56
同心が斬首の斬り手になるって話は本当なの?
だから不浄武士と言われて、上司の与力にすら嫌われていたって本当?
6 :
日本@名無史さん:04/11/01 19:30:42
与力・同心は町奉行所の役人だけではない。
町奉行所の役人も警察的業務はごく一部で、大部分は市政担当の官吏だった。
また、町奉行配下の他にも、幕府の各部門には与力・同心が付属していた。
7 :
日本@名無史さん:04/11/01 19:39:52
>>5 役目上は同心に仕事だが、代役として代々山田浅衛門家がつとめた。
8 :
日本@名無史さん:04/11/01 21:02:06
○○同心って名前で色んな種類の同心がいるよね?
あれには身分の違いがあるの?
高級同心とか
9 :
日本@名無史さん:04/11/01 21:49:49
与力や同心の扶持米てどれくらいだったのかな?
10 :
日本@名無史さん:04/11/01 22:21:20
与力
京都所司代、大番頭以下の諸職・諸奉行に属し、配下の同心を指揮した。人数や役禄は職によって差異がある。
町奉行配下の与力の格式は御目見得以下、200〜150石程度で一代限りの抱え席であったが、実際には世襲であり、
幼少の頃から見習として奉行所に勤め、他に転出することはまれであった。
人数は享保4年に南北町奉行に各25騎で、50騎である。
与力には支配、支配並、本勤、本勤並、見習、無足見習の六つの役格があり、仕事は財政・人事から普請、
風俗取り締まりまで多岐にわたり、一人でいくつも兼任した。
罪人を扱うため不浄役人といわれ、他の武士から差別されていた。
町奉行与力の組屋敷は八丁堀で、俗に「八丁堀の旦那」とよばれた。
下町の真ん中に住むため、侍言葉でなく町方の言葉をしゃべり、町人の身近であったためか、町人にたいへん人気があった。
同心
京都所司代、大番頭以下の諸職・諸奉行に属し、与力の配下である。
人数は幕末で6700余人、俸禄は30俵2人扶持が標準であった。
町奉行に属す同心は、南北町奉行に各100〜120人で合計200〜240人程である。
役各は年寄役、増年寄役、年寄並、書物役、物書役格、添物書役、添物書役格、
本勤、本勤並、見習、無足見習の十一に分かれている。
一代限りの抱え席であったが、実際には世襲であり、幼少の頃から見習として奉行所に勤め、
他に転出することはまれであった。
与力との関係ははっきりとした上下関係で、同心から与力に昇格することは基本的になかった。
同心が公的に雇ったものを小者といい、岡っ引きなどは私的に使ったもので禁止されていたが、
公然と使われていた。
組屋敷は八丁堀にあり、100坪程であるがほとんどを町人に貸し生活費を補い、自らはその奥に住んでいた。
11 :
日本@名無史さん:04/11/02 01:47:01
>>9 普通は三人扶持じゃない?
っというより、100坪の敷地ってのは大きいよなあ
あれはなんでだろう?
いくら低いとはいえ、幕府支配下の武士が貧乏な家に住んでいるという
建前を気にしたのかな?
12 :
日本@名無史さん:04/11/02 09:51:53
同心が罪を犯すと、切腹じゃなくて斬首だったんだってね。
やっぱり武士として扱われなかったのかな?
13 :
日本@名無史さん:04/11/02 09:58:10
645 名前:日本@名無史さん :04/11/02 00:15:24
文盲にしては頑張ったが何分基礎学力が無いのでかなり間違ってるよ。
646 名前:日本@名無史さん :04/11/02 01:21:10
与力同心の大部分は刑罰と何の関係も無い。
何の関係も無いのに持ち出すあたりに無知が漂ってる。
14 :
日本@名無史さん:04/11/02 21:38:09
■唱和初期に三田村鳶魚という大の江戸通がいて、大衆文学の名作を片端から血祭にあげたことがあります。たとえば大佛次郎の名作『赤穂浪士』さえも、鳶魚にかかると最初の一行からケチョンケチョンです。
護持院にお成りの「将軍が退出する」とあるが、退出という言葉はこのような場合用いることはあり得ないそうです。肝心の主人公「蜘蛛の陣十郎」が「名うての大名荒らしの賊」という設定にしても、
元禄のころは町方を荒らす泥棒はなかったし、その神出鬼没の働きが「江戸ッ子の人気を少なからず集めていた」というのもおかしいといいます。なぜなら、江戸ッ子ということばは江戸のごく末になって出来たことばだから、
というのです。 ■なるほど、考証家というものはこういうものかと、感心させられる部分もあるのですが、よく読んでみると、当時の女性が語尾に「わ」だの「よ」だの幼年ことばは用いなかったというような小説批評として
は枝葉末節の指摘が多く、現在となっては窮屈な感じを否めません。戦国当時の女性が、座るにも立て膝だったとか、江戸の既婚女性はすべてお歯黒だったとか、戦中の男性は全部丸坊主だったとか……。このような点を忠実に
再現していたら、ふつうの視聴者には違和感が強すぎて、楽しめるドラマにならないといえます。■だが、人物の行動や心理が史実と大きく異なったり、その時代の人間の置かれた大状況が把握されないことには、歴史ドラマを
つくる意味がないでしょう。少なくとも、日曜夜8時台の「史実と思ってドラマを見る」多数の視聴者には不親切です。「お江戸でござる」の杉浦日向子さんなどは、毎回やんわりとこの種の誤りをたしなめているわけですが、
大河ドラマのほうは年々ホームドラマ色を加味した新講談に近づいている(近づけている)というのが真相です。史実とフィクションの間を架橋する手法や感性に、やや曇りを生じてきたのもたしかではないでしょうか。■それ
はともかく、史実に忠実でしかもおもしろい作品とするのは至難の業です。双方を兼ね備えた面白いものが書ければ申し分ありませんが、「天、二物を与えず」のたとえ通り、正確さへの情熱と奔放な空想力が両立することは滅多
にないものです。『赤穂浪士』の冒頭などは、江戸文化の爛熟期(元禄時代)の風俗が丹念に描写され、その文章力とともに大いに読ませるのですが、考証家にはこういう才能はないでしょう。
15 :
日本@名無史さん:04/11/02 22:14:42
奉行附きの内与力
それからこれは町同心も同じことだが、与力というものは町奉行に居付きの者である。すなわち町奉行という職に附属しているもので、町奉行その人に属しているものではない。
それですから定まった命令の外に、むやみなことを町奉行が命令したところで、彼らは決して動くものではない。
町奉行の事を何も知らない人が奉行になっても、まごつくことはない代わりに、都合の悪いこともあったから、内与力というものがあった。
これは自分の家来、すなわち町奉行の家来なので、事馴れた者を自分の家来として採用する事もあれば、旧来からの家来を連れて来ることもあった。
南町奉行所で、公用人が六人、目安方が四人、これが内与力であって、これに対して大縄で貰ってある一万石のうちから、四人ぶりすなわち八百石だけを、
この十人に分けてやることになっている。これが町奉行の家来で人についたものなので、その代わり奉行が転役させられた場合には、
それについているのだから、自分もやめなければならないのだ。
16 :
日本@名無史さん:04/11/02 22:30:25
頭が悪いのでこぴぺしてみますた
17 :
日本@名無史さん:04/11/02 23:08:34
>16
悪いのか?
18 :
日本@名無史さん:04/11/02 23:09:39
>16
資料を見ながらキー入力ですが何か?
19 :
日本@名無史さん:04/11/03 11:00:50
どうして同心は袴をつけずに着流しなの?
袴を履くことが許されなかったの?
>>19 余り詳しく知らないんだが、馬に乗れない身分(御家人格)だからじゃなかったかな?
てか、反骨心から粋がってカッコつけてるってゆーのか、そんな風に何かの本に書いて有った様な
気がする。うろ覚えでスマソ。
21 :
日本@名無史さん:04/11/03 16:06:04
>>20 いやいや、19ではないが参考になった。
なるほど・・・馬に乗らないから、袴はいらないということか・・・
しかし反骨心って・・・武士のくせに凄いですねw
22 :
日本@名無史さん:04/11/03 17:06:48
理系にいけなかった落ちこぼれの文系のスレはここでつか?
23 :
日本@名無史さん:04/11/03 18:39:33
>22
ムキー!
24 :
日本@名無史さん:04/11/03 21:49:15
同心って御家人だったんだ……
知らなかった
25 :
日本@名無史さん:04/11/06 05:57:35
同心は町人だろ!ボケ!!!!!!!
26 :
日本@名無史さん:04/11/06 08:38:00
江戸期以前は、たんなる歩卒(雑兵)
27 :
日本@名無史さん:04/11/07 11:46:33
同心は足軽クラスで御家人のこと。
騎乗できない。
江戸時代以前まで足軽階級だった者を江戸時代になって同心(御家人)に格上げしたんじゃなかったってけ?
で,江戸時代にも足軽という階級はあったがもともと足軽以下の階級の者や江戸時代に町人辺りから足軽になった者。
与力も基本的に足軽階級の者が与力(御家人)として徳川家に仕えるようになった。
与力は職務上旗本格として袴を履いたり1騎2騎と数えられたけど身分はあくまで御家人。だから将軍様に拝謁できない。
29 :
日本@名無史さん:04/11/07 13:08:46
ジョンイルに会いたい
by与力
30 :
日本@名無史さん:04/11/07 13:12:22
奥様あって殿様なし
31 :
日本@名無史さん:04/11/07 15:28:02
婿殿
32 :
日本@名無史さん:04/11/07 16:15:06
与力=警察署長
同心=警察官
33 :
日本@名無史さん:04/11/07 16:25:40
奉行所の仕事は警察だけじゃなし。
町奉行は町人の行政・司法全般を担当していたからね。
司法関係に限って言えば
江戸町奉行→東京地方裁判所所長,東京地方検察庁検事正,警視総監
与力(吟味方,例繰方等々)→判事,検事,警視以上の警察官
同心→司法警察員(巡査部長〜警部)
中元→司法巡査
小者,岡っ引き→協力者?
35 :
日本@名無史さん:04/11/07 18:49:27
安藤広重は火消し同心だったらしいが現場でどれだけ活躍したのか。
世襲制の定火消しだと火が怖くて身がすくむヤツなんかいなかったのか。
荒くれを集めた町火消しの方が火事場では有効だと思うんだが。
36 :
日本@名無史さん:04/11/07 19:26:00
>>34 時代劇に出てくる捕り方の人たちというのはどれ?
町の人のボランティアみたいなもの?
37 :
日本@名無史さん:04/11/07 19:38:47
そういえば、ハシゴなんか持って犯人?を追い込む鉢巻巻いたおっちゃん達は
どういうポスト?おかっ引ではなそうだし???
>>36 >>37 同心と一緒にハシゴやサスマタなどを持って犯人を追い込む捕り方が小者と呼ばれる人達で
本来はこの役目は中元という奉行所所属の正式な役人が担当するんだけど,人員不足などの理由で
実際は各同心が個人的に雇っていた者(小者)がこれを勤めていた。
小者は同心の従僕みたいなもので使いっ走りや捕り物の補助などをしていた。
岡っ引きも小者同様同心に私的に雇われていたのだが,子者と違うところは
岡っ引きは私立探偵というか独自の組織力を持っていて配下の子分たちが市中
を巡りながら不正などを探して同心に報告したりしていた。
まあヤクザと五十歩百歩みたいな者ばっかだったからゆすりたかりも結構やってたみたいだけどね。
39 :
日本@名無史さん:04/11/07 21:47:42
なるほど
40 :
日本@名無史さん:04/11/07 21:51:10
大捕り物には火消しも動員されていたんじゃないの?
41 :
日本@名無史さん:04/11/07 21:55:55
大塩平八郎も与力だったね
42 :
日本@名無史さん:04/11/11 03:03:57
先生だろ
呼捨てにするな共産党
43 :
日本@名無史さん:04/11/11 03:33:06
逆賊だろ?
44 :
日本@名無史さん:04/11/11 20:43:41
呼ぶなら与力、同心の順
45 :
日本@名無史さん:04/11/11 21:29:48
>>36 小物は町人じゃないよ。武士の一番したの階級。
明治には世襲の小物は士族になりました。
46 :
日本@名無史さん:04/11/11 21:35:02
武士の騎乗以下の階級で、小役人ー足軽(同心)ー中間ー小物
中間小物は荷駄役や捕り物の縄持ってる人などに従事していた。
いくらなんでも一般の町人が犯罪者をボランティアで捕まえる
わけないじゃん。
47 :
大學ヘ授:04/11/11 23:53:12
所謂武士を重き武家奉公人と軽き武家奉公人に分けます
一般に武士と見られるのは前者で、完全には一致しませんが、上士、士分、侍とは概ね
中小姓あたりから上のことです
後者には如何にしても武士と呼び難き者を多く含みます
小「者」もさうで、下郎です
足軽位なら御一新後、一旦卒族に編入されました
中間は武士と町人の中間身分だから中間と呼ばれ、随って中間以下は庶人です
捕方や行刑の下っ端は非人です
結構いい方向に進んでいたこのスレ
崩壊の足音が聞こえてきました
49 :
日本@名無史さん:04/11/12 17:48:17
文盲、江戸の仇を長崎で
50 :
大學ヘ授:04/11/13 00:30:40
卒族廃止の際、上半は士族に、下半は平民に編入されました
斯様な次第で、軽き武家奉公人、中間以下は両刀をたばさむことも許されませんでした
同時代に於ても、武士の禮遇を受けなかったのです
51 :
日本@名無史さん:04/11/13 00:32:39
大学院受験、高校卒業でもOK 北大が公共政策専攻で
北海道大は12日、2005年4月に開設する「公共政策大学院」の学生募集で、高校卒業者にも受験資格を与えると発表した。
文部科学省によると、大卒でなくても個別審査で大学院の受験資格を与えている例はあるが、大学院の募集要項に高卒者の受験資格を明記したのは全国で初めて。
北大は「北海道は大学進学率が全国でも低い上、地方自治体の優秀な職員には高卒が多い。
そういう方にも学ぶ機会を提供したい」としている。
法、経済、工と農の各学部が参加する公共政策大学院は、行政や民間で政策に携わる人材の育成を目指す。
公共政策の大学院は、東京大や東北大にもあるが、北大の場合、文系、理系両方の科目を履修できるのが特徴。
大手警備保障会社セコムの飯田亮最高顧問、石弘之ザンビア大使らを含む教員約70人が指導に当たる。
1学年の定員は30人。
願書の受付は12月10日まで。
問い合わせは北大法学研究科、電話011(706)3120。
52 :
日本@名無史さん:04/11/14 01:53:07
崩壊の足音って?
53 :
日本@名無史さん:04/11/14 12:52:06
教授に踏み殺される恐怖だろ
54 :
日本@名無史さん:04/11/14 12:54:04
馬鹿田大学教授
55 :
日本@名無史さん:04/11/14 17:11:32
文盲全敗
56 :
日本@名無史さん:04/11/14 17:30:56
羽織に着流しというのは江戸の町方同心だけのスタイル?
大坂とか京都の町奉行所の同心や番方の諸組の同心はどうなの?
57 :
大學ヘ授:04/11/14 23:31:40
江戸時代は格式のやかましい時代で服装も細かく決まってゐます
軍装や禮装、正装は勿論ですが、平装でも厳しく定まってゐて、要するに下郎は毛脛を出して歩きます
町方はほぼ同一です
58 :
日本@名無史さん:04/11/14 23:36:18
自分のスレに帰れ
59 :
日本@名無史さん:04/11/14 23:53:18
論戦できないので罵ってみますた
60 :
日本@名無史さん:04/11/15 00:20:37
簡単に言えば
士分 = 士官
与力 = 准士官
同心 = 下士官兵
中間小物 = 軍夫
といったところです
61 :
大學ヘ授:04/11/15 00:26:30
上記のうち、士分は御目見で、騎乗の身分です
与力以下は御目見資格が有りません
要するに高等官ではありません
与力自身は騎乗可能ですが、それは乗馬歩兵が騎兵でない様に、本来の騎乗身分ではありません
戦闘員は同心までですが、これは足軽ですから、原則として袴は穿けません
中間以下は二本差す事もできず、武士とも思われてゐませんでした
62 :
大學ヘ授:04/11/15 08:29:19
衣服に限って語れば、農工商でも時に袴を穿くぐらいですから、足軽が常に着流しな訳で
ないのは勿論です
捕物出役の時は股引様ですし、内勤で袴を着用することもあります
與力が着流しのことも無いではありません
でも、町方は全與力、同心中で最も卑しまれた、格段に下目の役職でした
63 :
日本@名無史さん:04/11/15 09:39:19
784 名前:大學ヘ授 :04/11/15 08:19:53
町方ですら與力、同心のうち司法や警察に関與するものは六分の一
刑罰に携るものは更に少し
全與力、同心を分母とすれば大部分は無関係です
スレ違ひですので、此処に書くことではありません
ここは、同心・与力の生活性、民度を語るスレであって
刑罰上の話を語るスレではありません。
どうか刑罰スレにお引き取りください
65 :
日本@名無史さん:04/11/15 15:58:17
誰かが他スレから教授の書込をコピーして来たんだろ
八つ当たり止めれ!
66 :
日本@名無史さん:04/11/15 16:04:04
× 同心・与力
〇 与力・同心
と指摘されて逆恨みしてるな、文盲w
教授はまだこっちで一度も刑罰上の話をしてないじゃないか
言いがかり止めれ!
まあまあ落ち着け。
同心ってのは、御家人の次男・三男から選ばれるの?
金で売り買いできるような身分だから、最底辺の中の最底辺だと思うんだが…(最底辺の兄弟)
同心は一代限りという建前でしたが実際は世襲しています。
69 :
日本@名無史さん:04/11/15 20:09:25
昔勤めてた会社に二つ課があって、課長がそれぞれ創価と真光だったよ。
70 :
日本@名無史さん:04/11/16 11:36:04
71 :
大學ヘ授:04/11/16 19:26:24
町方同心は着流御免でした
>>68 一代限りで終了になると、その子供とかどうやって食べていくの?
実質とか抜きにして。
73 :
大學ヘ授:04/11/16 23:48:45
御家人株賣却の一大要因は無嗣です
>>72 子供がいれば終了にならんだろ。実質世襲なんだから。
75 :
日本@名無史さん:04/11/17 03:06:33
実質世襲は言い過ぎ
本質世襲
よそ者が突然やってきて出来るというもんでもない
77 :
日本@名無史さん:04/11/17 10:01:58
違うな
召し放ちも多い
78 :
日本@名無史さん:04/11/17 10:32:09
( 、 ___ _
\ `ヽ
`) ヾ_,-'⌒ヽ、
` 乂 メ、___
`) `‐‐- 、
' `ヽ、_,-'⌒ヽ、_,___ ヾ 糞スレ立てた
∩.-、 ,、 `∠ ̄ヽ〉
>>1よ、覚悟!!
ー‐‐==============〉フ.`^ ̄ ̄  ̄ ̄^⌒|l゚U゚l|⌒ヽ
∪ ´ ̄ ̄~ ̄ ̄`メ、 ヽ##/ ノ 〉
、 ヾ ∀ /_/
γ⌒ヽ∞=im〉
〈. ,,〉 ヾ〉
ゞ__ ノ /
ヽ_ノ /
/ ,,/
〈、__ ,丿
関連して捕り方についてなんだけど、昔の映画とか見てると
幕府創成期から元禄期までは服装も刀差して、同心出役時の井出達とよく似ていて
それ以降は襷がけ股引姿のいかにも町人って感じだけど
実際のところ変遷はどうなんだろ
80 :
日本@名無史さん:04/11/18 00:25:15
映画は史実ではない
81 :
日本@名無史さん:04/11/18 00:39:42
与力・同心と捕り方の与力・同心では全く違う。
穢れは御家人でも世襲。
82 :
日本@名無史さん:04/11/18 14:17:26
同心・与力の子孫っている?
84 :
日本@名無史さん:04/11/19 22:30:13
町方同心は三十俵取
85 :
日本@名無史さん:04/11/20 04:08:27
× 世襲
〇 相続
86 :
日本@名無史さん:04/11/20 12:14:53
同心・与力は御家人がなる役職。
お目見え以上は与力・同心にならない。
87 :
日本@名無史さん:04/11/20 18:07:24
お目見え以上の2、3男以下もなるだろ。
88 :
日本@名無史さん:04/11/20 23:33:57
ならない
89 :
日本@名無史さん:04/11/20 23:59:52
八王子同心なんてなってるだろ。
90 :
日本@名無史さん:04/11/21 03:01:07
それは養子に行って養家の嫡子としてのこと
この手法なら百姓でも町人でも可能
なほ旗本の子弟はは幾ら飢えても与力ならともかく、同心にはなるまい
>>90 旗本が株を売る事はあっても、与力同心にはなるまいよ。
武士階級がにはいられないと楽な生活を望んで株を売る者もいれば、
裕福な商人が次男三男を武士階級の株を買ってパイプをつくろううとする。
92 :
日本@名無史さん:04/11/21 11:42:14
妄想で書くな
93 :
日本@名無史さん:04/11/21 12:31:57
順 区分け 扱い
1 お目見え・布衣 朝廷位の6位相当、将軍に目通り
2 お目見え以上 将軍に目通り
3 お目見え以下 御譜代席 世襲家督相続 躑躅(つつじ)の間家督相続、焼火の間倅家督
4 お目見え以下 御譜代准席 御抱えが世襲となる(二半場)、以後世襲 同上
5 お目見え以下 諸組与力 騎乗待遇、200俵(80石) 御譜代席でも倅への番代りと称す
6 お目見え以下 諸組同心 徒士、足軽身分で30俵 御譜代席なら倅への番代りを認める
7 お目見え以下 御徒 お抱え(席) 相続(番代り)は無い
8 お目見え以下 お目付け支配無役人 幕臣末席 御中間、御小人、黒鍬、御掃除の4役は番代りがあった
94 :
日本@名無史さん:04/11/21 14:53:43
成る程ギター侍は着流しだから同心なのか
95 :
日本@名無史さん:04/11/21 16:00:13
間違ひでもないが、理解は乱れてる
96 :
日本@名無史さん:04/11/21 17:12:53
八王子千人同心は武士じゃなくて身分的には百姓だよ。
97 :
大學ヘ授:04/11/21 21:20:26
身分上は武家の範疇です
農兵といへば言へますが、それを言ふなら武士は元々百姓です
また同心は足軽にて、百姓連れて來て足軽にするのも珍しくありません
彼らは中世大名甲斐源氏武田氏の遺臣にて、昔の武士の形態を留めた下級
武士、と思へば宜しいでせう
98 :
日本@名無史さん:04/11/21 22:53:34
そんならうちの親父も着流しだから同心かね
100 :
日本@名無史さん:04/11/21 23:50:53
内閣総理大臣織田信長
http://jadaran.fc2web.com/odanobunaga.htm 時は平成の世。日本の国会議員は既成のシステムに寄りかかり、自己保身に明け暮れていた。
そんな中、「新党のぶなが」の党首・織田上総介信長が400年ぶりに政権復帰を果たし、
戦国大名初の総理大臣となった。国民は大いに期待した。
が、しかし、総理の所信表明演説での大暴言!? 支持率急降下!!
織田政権の前途は多難であった…。
時代は変われど信長スピリッツ健在、驚異のシュミレーション・ギャグ!
102 :
日本@名無史さん:04/11/22 00:44:55
>>97 偽物の大学教授と判明したね。
八王子千人同心は百姓。
普段は苗字帯刀は許されず、苗字を名乗ると罰せられた。
武田遺臣という伝承が残るのは同心ではない。
103 :
日本@名無史さん:04/11/22 01:55:17
↑ 馬鹿
102が正しい
105 :
日本@名無史さん:04/11/22 09:20:46
↑ 理由を述べよ
106 :
日本@名無史さん:04/11/22 14:11:07
理由は無いらしい
107 :
日本@名無史さん:04/11/22 21:39:24
>>105 理由っって???
日本語おかしいんじゃない?
108 :
日本@名無史さん:04/11/22 23:25:07
109 :
日本@名無史さん:04/11/22 23:38:44
理由っって??? という日本語はたしかにおかしいw
111 :
日本@名無史さん:04/11/23 02:25:45
>>109 >はたしかにおかしいw
日本語おかしいんじゃない?
112 :
日本@名無史さん:04/11/23 05:43:32
ちゅーかさー
こんな御家人クラスの詳細知って面白い?
オマエラの歴史ってそんな知識までも求めるわけ?
超上級武士の末裔の俺には理解できないなぁ・・・・
113 :
名無し三等兵:04/11/23 06:08:28
114 :
大學ヘ授:04/11/23 10:02:31
それが左翼史観です
さて、千人同心ですが、間違い無く下級武士です
将軍家から30俵人扶持程度で御召抱になり、番方勤務(戦闘員としての軍務)を仰付かる
御家人です
幕末には御家人株賣買も行はれ、百姓からなる者もありましたが、以上の本質に変化は有り
ません
115 :
大學ヘ授:04/11/23 21:02:47
中級以下の武士は、庭などで農作業をします
然し武士と百姓の差は身分の問題であって、職業の問題ではありませんから、
百姓仕事をしやうとすまいと武士たる身分に些かの揺るぎもありません
農作業の多寡は、武士たる性格と関係ありません
元々武士は武装農民です
しかも千人同心の耕地は廣からぬ自宅のささやかな庭に過ぎませんでした
ぞれでも皆揃って鋤鍬とったあたり、郷士や屯田兵たる性格を有したと言へます
大久保彦左衛門も勤めた御槍奉行の指揮下にあって、陪臣の上士程も御扶持を頂く、
堂々の戦闘員たる直参です
勿論名字帯刀します
怠れば処罰の對象となります
116 :
日本@名無史さん:04/11/23 22:54:23
青山の提灯・傘。
下谷の金魚。
巣鴨、大久保、麻布の園芸。
代々木の鈴虫。
江戸名産品の功労者。
117 :
日本@名無史さん:04/11/24 01:26:15
↑ 貧乏御家人の特技
但し千人同心の住む八王子は江戸を十里以上も離れた大田舎だから、
副業といっても単に百姓仕事やってるだけ
私のような武士の子孫は無産階級としてお百姓さんには感謝しているよ。
119 :
日本@名無史さん:04/11/24 02:51:04
↑ ばか
120 :
大學ヘ授:04/11/24 10:37:08
畏き御方で農事を遊ばされても百姓にはあらせられぬやうに、武士が農事を嗜んでも
武士の身分に変動無し
三十俵二人扶持、御目見以下で、
御老中−御槍御奉行−千人組御頭(以上旗本)−(以下御家人)組頭−同心
と編成された正規の武士です
121 :
日本@名無史さん:04/11/24 12:32:28
>1 お目見え・布衣 朝廷位の6位相当、将軍に目通り
六位って京都じゃ下っ端なんだけど幕府ではエラかったんだな。
122 :
日本@名無史さん:04/11/24 16:30:53
勉強してからまた書いてね
123 :
日本@名無史さん:04/11/25 00:13:52
なるほど‥
三十俵二人扶持なら、大名家では士分たり得る。
124 :
日本@名無史さん:04/11/25 05:47:31
>>121 そう、京都人は生まれた時から五位の位いをもらってると、うそぶいてたそうだから。
125 :
日本@名無史さん:04/11/27 11:45:17
>>114 >番方勤務(戦闘員としての軍務)を仰付かる
>御家人です
?日光火番のこと?
>>115 >勿論名字帯刀します
???
>>120 一生懸命調べたようだけど、表面的なことしか調べられていない。
まとめて言うと
千人同心は日光火番のときのみ名字帯刀がゆるされる。
それ以外は武士身分ではなく、いわゆる武家奉公人と同じで名字帯刀は不可。
幕府の編成に組みこまれているから、禄を貰っているから武士というのは暴論でしかない。
もちろん自分達は武士だとおもうようになり、要求するがその度に却下され処罰されている。
いわゆる宗門人別改めに名前が載っていることで百姓身分であることは明か。
126 :
日本@名無史さん:04/11/27 23:01:46
>>114 >>120 125の方が正しい、そもそも三十俵二人扶持は千人同心の組頭だけだろ。
平同心は扶持貰ってない。馬脚現したな、ニセ大學教授。
127 :
日本@名無史さん:04/11/28 11:14:22
平は10俵ぐらいだろ。
128 :
日本@名無史さん:04/11/28 11:15:37
明治になって士族か?
129 :
日本@名無史さん:04/11/28 11:43:11
130 :
日本@名無史さん:04/11/28 12:20:12
十津川の村民はみんな士族でし。
131 :
日本@名無史さん:04/11/28 13:05:09
上州の郷士もわりと士族になったらしい
132 :
日本@名無史さん:04/11/28 13:48:29
偽教授の反論は無いのか・・・
133 :
日本@名無史さん:04/11/28 13:52:21
話題の壬生郷士は士族になったのだろうか?
134 :
日本@名無史さん:04/11/29 11:19:55
ところで京都の革嶋氏って士族になったの?
江戸時代、幕臣になった分家からは本家として
扱われていた、有名な家だけど。
135 :
日本@名無史さん:04/11/30 00:03:38
136 :
日本@名無史さん:04/11/30 20:32:29
137 :
日本@名無史さん:04/11/30 22:59:25
(´,_ゝ`)プッ
ホモか?w
138 :
日本@名無史さん:04/12/02 00:56:59
(´,_ゝ`)プッ は2チャンネル中にいて、とても特定できない。
それを根拠無く決め付けるとはおまいが(´,_ゝ`)プッ だろ
139 :
日本@名無史さん:04/12/02 08:34:23
自作自演だったか‥
140 :
日本@名無史さん:04/12/02 21:22:33
馬鹿ばっかし
141 :
日本@名無史さん:04/12/03 09:12:41
でも同心は戦闘員で武士だろ?
142 :
日本@名無史さん:04/12/03 09:34:08
143 :
日本@名無史さん:04/12/03 12:29:43
足軽までは武士だよ
144 :
日本@名無史さん:04/12/03 12:35:58
戦国時代の足軽は農民。
江戸時代の足軽はぎりぎり士分。
金沢に行くと、立派な足軽武家屋敷が点在する
145 :
日本@名無史さん:04/12/03 13:26:26
四十七士で足軽の人は武士ではないから切腹させてもらえなかったはず。足軽は武士かどうかは一概に言えないというか
士分ではない。ただ世襲の足軽は維新後士族になったが・・・
146 :
日本@名無史さん:04/12/03 15:17:42
↑ ばか
147 :
何も名無史さん :04/12/04 02:28:47
同心・与力については
「時代考証辞典」稲垣史生著(新人物往来社)を御覧なさい。(鳶魚調w
148 :
日本@名無史さん:04/12/04 02:40:12
>>145 寺坂吉右衛門が切腹させられなかったのは
直臣でなく陪臣だったからだよ
149 :
日本@名無史さん:04/12/04 02:50:21
士分とは中小姓以上、武士とは足軽以上。
足軽は士分ではないが武士ではある。
同心=足軽=下級武士
だから教授のいうとおり。
150 :
日本@名無史さん:04/12/04 04:32:56
151 :
日本@名無史さん:04/12/04 09:25:38
もともと武士ではない動員兵に過ぎなかったのが、時代が下り武士の境界線があいまいに
あると同時に武士扱いされるようになった。武士の価値が低落した結果というか・・。
戦闘員ではなく単なる雑務・輸送担当でしかない中間・小者は、さすがに最後まで武士扱いされなかった。
∧__∧
(`・ω・´)
.ノ^ yヽ、 まことか
ヽ,,ノ==l ノ
/ l |
"""~""""""~"""~"""~"
153 :
日本@名無史さん:04/12/04 12:18:22
足軽は完全に戦闘員
それに武士はもともと武装農民で、豊臣時代までは兵農分離していなかった
戦争のときだけ動員するのは武士すべてにいえること
大名だって平時は農場主に過ぎない
154 :
日本@名無史さん:04/12/04 14:25:58
戦国期の足軽と江戸期の足軽は違うのでは?戦国期足軽だった家は江戸期の下級武士でしょ。江戸期の足軽は中途採用の雑務係
のようなものでは?
オレも
>>154と同じ認識だったんだけど、
違うのか?
このスレ読んでて解らんようになった。
156 :
日本@名無史さん:04/12/04 16:20:06
違うだろう
軍隊は機能集団だ
157 :
日本@名無史さん:04/12/04 23:05:13
足軽が士分であったかどうかだが、藩によって
違い、多くの藩では士分ではなかったようだ。
ただし、士分ではなかった藩でも帯刀はして
いたらしい。それから、苗字は公称はできなかった。
158 :
日本@名無史さん:04/12/04 23:17:09
隠密同心心得の条
我が命、我がものと思わず 武門の儀あくまで陰にて
己の器量伏し ご下命いかにても果すべし
なお、死して屍拾う者なし 死して屍拾う者なし
159 :
日本@名無史さん:04/12/04 23:18:55
隠密同心 それは旗本寄合席・内藤勘解由に命を預け、いつの頃からか
人生の裏道を歩かねばならぬ宿命を 背負った者達である。
凶悪な犯罪者を追及する一方、法の冷たさに泣く大江戸八百八町の民衆を
ある時は炎の様な熱情を込めて、又、ある時は影のように支えるこの男達。
だが彼等の生命を補償するものは何も無い!
160 :
日本@名無史さん:04/12/04 23:19:48
隠密同心 心得の条
およそ悪は
その実態を見極め
その根源を絶つべき事
虎穴に入らば
己の肉を斬らせ
然る後 敵を倒すべし
この定め
故 忘れる事なかれ
161 :
日本@名無史さん:04/12/04 23:20:17
隠密同心 心得の条
行動は風の如く速やかに
如何なる窮地に陥るも
みだりに狼狽する事なく
一度決すれば
必ず敵を斬るべし!
一度決すれば
必ず敵を斬るべし!
一度決すれば
必ず敵を斬るべし!
162 :
日本@名無史さん:04/12/04 23:21:00
そして
杉様の百万ドルの流し目!
カメラ、パーン
163 :
日本@名無史さん:04/12/04 23:44:01
まー、武士の基準が時代と共に下がっているからな。
平安:下級軍事貴族
鎌倉:貴族の末裔であり、公家か公方と直接主従関係を持った武装勢力
南北朝〜室町前期:公家か幕府(公方ではない)と直接主従関係にある武装勢力
室町後期〜戦国:武装し、有力者と主従関係にあるもの
江戸:士分の者
足軽には大名に直接仕える者と陪臣の2種類があるという理解は間違ってますか?
165 :
日本@名無史さん:04/12/05 00:15:32
間違っていません
166 :
日本@名無史さん:04/12/05 01:31:05
伊藤博文は足軽
167 :
日本@名無史さん:04/12/05 02:06:22
ある大名家では、足軽は領内の農民の次三男から体格のよい者取り立て、
世襲は認めず、年齢などで役に立たなくなるとお役ご免ということもあった。
ってすれ違いだね。
168 :
日本@名無史さん:04/12/05 13:31:21
幕府も同じ。
また、足軽は同心だから、すれ違いではない。
ということで、千人同心は足軽で、武士。
169 :
日本@名無史さん:04/12/05 13:33:59
>>168 千人同心は百姓
黒鍬者が武士ではないのと一緒
170 :
(・(ェ)・):04/12/05 16:32:19
>>169 うむその通り、千人同心は武士ではないぽ。
代官所が現地の農民を雇用する手付と一緒で帯刀はするけど武士ではないれす。
例えば帯刀できるのは千人同心のみでその家族は帯刀できません。
もし武士身分ならば家族も帯刀できなければいけません。
しかし千人同心の場合は本人しか帯刀できないという評定所の裁定が残ってます。
171 :
日本@名無史さん:04/12/05 17:25:27
それは直侍の常だ
理由にならないよ
172 :
日本@名無史さん:04/12/05 18:37:10
左翼は基礎学力を欠くからな
173 :
日本@名無史さん:04/12/05 19:03:26
174 :
日本@名無史さん:04/12/05 19:20:35
北町奉行〜遠山左ェ門之上〜様、御出だ〜ん!
175 :
日本@名無史さん:04/12/05 19:30:02
下郎を取立て武士にするのは公卿や上級武士の権限で、征夷大将軍から小領主まで皆当然にやっている
176 :
日本@名無史さん:04/12/05 19:48:34
では武士になりたい下郎は、旗本や上級武士の家に仕えるのが近道だな。
江戸時代、もし「戦じゃ〜」ってことになると藩士は禄高に応じて家来を連れて行くわけだよね。
これらは城で一旦再編成されるわけ?
例えば200石の藩士Aが連れて来た者たちをAが直接指揮するわけではなく、槍隊、弓隊、鉄砲隊へと分配されるわけ?
178 :
(・(ェ)・):04/12/05 21:35:19
>>171 例えばですね、千人同心を退任するとその人の身分は浪人ではなくて元の百姓になるですよ。
さらには居住する村の人別帳には在任中であっても百姓として記載されてました。
そして徳川実紀では「御長柄持つ御中間」という形容がされてるですね。
179 :
日本@名無史さん:04/12/05 22:37:58
従来の説では大抵、千人同心の身分を「御家人=武士」と規定していた。
これは、千人同心の一人が自分たちの歴史について書かれたものを、
ほぼ追認していたからである。しかし、これは彼らの実態を武士と
して粉飾しようとする意図がはたらいていたもので、これに依拠して
千人同心の実態を理解するのは問題があった。
最近の研究によって、千人同心は武士と百姓の中間身分であり、
むしろ百姓の性格が強かったことが明らかになっている。
当の同心たちは、彼らが、一方で御用を務めながら実は百姓であり、
村に在住していたからこそ、幕府御家人=武士であることを幕府の
公的に認めさせようとする努力をしていた。
180 :
日本@名無史さん:04/12/05 23:18:17
一種基地外だな
黒鍬者は役高12俵一人扶持、御目見以下、譜代席の武士だよ
181 :
日本@名無史さん:04/12/06 00:13:53
郷士は農業に従事するものだ
それは当たり前のことに過ぎない
182 :
日本@名無史さん:04/12/06 01:11:40
>郷士は農業に従事するものだ
そういうことが問題なのではない。土佐藩の場合、
郷士は士分で形式的には足軽より身分が上だし、
もちろん百姓の人別帳に載ることはない。
ところが、千人同心の場合、百姓として
人別帳に記載されてしまっており、しかも
人別帳には苗字が記載されない。(江戸後期
になると千人同心が人別帳に苗字を記載して
名主と争いをおこす事例が増えてくる。
これは、身分上昇のための運動である。)
183 :
日本@名無史さん:04/12/06 02:01:09
直侍が百姓人別なのも当然だ
年季奉公なんだから
でも、年季中は侍だ
184 :
日本@名無史さん:04/12/06 04:04:19
年季っていつ?
千人同心が苗字帯刀許されるのは日光火番のときだけ。
敢えて言えばそのときだけ武士身分。
185 :
日本@名無史さん:04/12/06 04:08:09
千人同心が武士だと言うのなら、なぜ人別にのっていたのか説明して。
千人同心側は自分達は武士身分であると主張しており
それに関連して何度か訴訟沙汰に発展しています。
でも幕府側の裁定は「彼等は武士ではなく百姓身分」となっています。
幕府の公式記録である徳川実紀にも千人同心の由緒については
中間であると明記されいるのです。
但し彼ら千人同心自身が常々武士身分であることを主張し続けたので
事情を知らない人々が誤解してしまい。
その誤解が後世に定着してしまったのでしょう。
非公式には武士身分、でも公式には百姓身分ってところが妥当でしょう。
187 :
日本@名無史さん:04/12/06 12:50:00
まあ、郷士なんてそんなもんでしょ。
188 :
日本@名無史さん:04/12/06 13:41:13
そう。
馬鹿は郷士概念がわからないんだよ。
何度も繰返して同じことを書いてるが、それは郷士の説明でしかないんだよ。
189 :
日本@名無史さん:04/12/06 15:10:11
千人同心が郷士であることの論証としてなら受入れられる
190 :
日本@名無史さん:04/12/06 17:01:08
千人同心の本務は戦闘であって、火之番如きは臨時の加役に過ぎない
191 :
日本@名無史さん:04/12/06 20:50:09
>>163 それから、明治になってからさらに大幅に基準が下がった。
明治政権の出身者に、足軽・郷士級の、本来武士とはいえない「下級武士」が多かった
ため、基準が下がったのだと思う。
192 :
日本@名無史さん:04/12/06 22:42:41
そして現在の士族は、火消、塵や糞尿収集、学校の用務員などもだな。
非人頭、車善七とその配下が江戸の警備を請け負っていたそうですが。
常勤してたのでしょうか?
194 :
日本@名無史さん:04/12/07 03:35:27
>>188 郷士の説明ではなく、千人同心の説明だよ。
195 :
日本@名無史さん:04/12/07 07:11:56
武士はもともと百姓から派生したものだから、どうってことないやな
千人同心側は常々自分達は御家人であると主張していた。
これは直参の幕臣であることを理由に居住する村や領主との交渉を有利に進めるための手段だった。
当時は明確な成文法もなく例えば虚無僧のいい加減なインチキ文書の由緒書き通用してしまったように
千人同心達が巧く立ち回ればなし崩し的に御家人としての立場を獲得できていた可能性がありました。
でも幕府評定所の判決は千人同心は御家人ではなくて百姓として居住する村や領主の指示に従うべしでしたとさ。
198 :
日本@名無史さん:04/12/07 12:41:21
やっぱ郷士だな・・・でもいいじゃん千人同心という立派な肩書きがあるんだから。他の郷士は・・・
199 :
日本@名無史さん:04/12/07 13:46:28
征夷大将軍−老中−槍奉行−千人頭−千人組頭−千人同心
と編成された戦闘部隊で任務は甲州口の防衛
御家人だよ
200 :
日本@名無史さん:04/12/07 15:28:04
>と編成された戦闘部隊で任務は甲州口の防衛
>御家人だよ
残念ながらそれは都市伝説みたいなもののようです。
近年の研究では設立の目的は甲州口の防衛などではなく
旧敵地であった新領土の治安維持だったとされています。
江戸初期にはその周辺に代官所が集中しており
その代官所群をバックアップするためとされています。
又その当時の甲州街道はホントの山道でしかなく軍勢の侵攻路にしようできるような街道ではなく
侵攻の可能性は現実的ではなく防衛目的で同心を配置するとは考えがたいそうです。
甲州口防衛云々の話しは恐らく自己の出自を飾ろうとした千人同心達の粉飾によるものでは?
また千人同心は御家人身分を有しないという幕府評定所の裁決が下っていますよ。
詳しくは
>>195の本を参照してください。
>>199 あなたが御家人と主張する根拠はなんですか?
201 :
日本@名無史さん:04/12/07 15:32:07
千人同心は元々武田の遺臣
武士だ
通れないという甲州口から八王子へ来た
>千人同心は元々武田の遺臣
それも残念ながら都市伝説の類。
千人同心達が自ら作り上げた虚像とされています。
>>201 195の書籍を読まれることを強くお勧めします。
このスレ、千人同心の子孫が多いのか?
205 :
日本@名無史さん:04/12/07 19:34:21
でも同心は足軽だから武士だよ
>>205 たしか前にこの話はでてたと思われですが・・・
残念ですが千人同心については槍組足軽ではなくて
槍組中間だという記録がのこっています。
それは幕府の公式記録である徳川実紀に記載されているのです。
てかあの時代はかなりアバウトだから同心だからイコール足軽とか単純じゃないでしょ?
例えばある藩じゃ与力と同心で同心の方が格上なんて藩もあった筈ですぜ。
207 :
日本@名無史さん:04/12/08 00:55:07
ここは幕制を論じてるんだぞ
同心=足軽
208 :
日本@名無史さん:04/12/08 02:18:28
ていうか中間も武士なんだけど。
幕府の職制では若年寄の下に中間頭があった。
209 :
日本@名無史さん:04/12/08 07:38:28
>>207 ならば千人同心=足軽だという根拠をだすべし。
徳川実紀などでは千人同心は槍組中間だと記載されています。
それを否定するならばきちんとした論拠を出してください。
195の書籍を読まれることを強くお勧めします。
>>208 中間は士分なのですか?それは知りませんでした。
俗に中間小者といわれるように単なる武家奉公人でしかなく
士分ではないのでは?
210 :
日本@名無史さん:04/12/08 09:08:47
>>208 >>209 中間頭は若年寄の直接の下ではなく、目付の下で、
家禄は50石程度。黒鍬頭、掃除之者頭と同じくらい。
ただし、これと中間を混同してはならない。
この下に中間目付が置かれ、その下が中間。
中間頭は中間を管理する部署の長。
各藩では中間頭は中級程度の武士の
場合がある。ついでにいうと、足軽頭は中級程度の
武士。(長府に末弘家屋敷という立派な武家屋敷があるが、
中間頭170石。これと中間とは混同してはならない。)
211 :
日本@名無史さん:04/12/08 13:43:09
遺臣云々の話しですが・・・
確かに設立時は現地採用という事で在地の郷士や農民を千人同心に任命しました。
結果としていわゆる武田家や北条氏の遺臣に該当する人々が千人同心には存在してました。
でもそれはたまたまそうなっただけです。
そして時代が進むと同心株の売買が盛んになり大部分(8-9割)が新規に同心株を取得した家ばかりとなってしまいます。
少数派となってしまった昔からの千人同心達(旧家筋)は以下のような主張をしだして多数派との差別化を図ろうとします。
我々古くからの千人同心達は権現様直々のお声がかりで武田家の遺臣団がまとめて千人同心として編制された筋目のものたちであり
由緒ある名誉の家柄である、新規に同心株を取得した連中とは格式が違う。
勿論これは只の伝説に過ぎないのですがこの伝説が世間に広まってしまい。
今日にいたるまで誤解が続いています。
212 :
日本@名無史さん:04/12/08 15:20:06
角川の歴史事典を見てみると
足軽:江戸時代には武士の最下層にあり、明治維新後は
卒と呼ばれたが、廃藩の時その一部は士族に編入。
中間:江戸時代には幕府の職制として採用され、15俵1人扶持。
若年寄の支配で3人の中間頭の下にそれぞれ3、4人の
組頭がおかれ、1組150−250人の中間があって、番衛を
主務とした。
小者:→小人。
小人:江戸幕府の職名。目付の下に属し、おもに使い走り・用品の
運搬を役とする。高15俵・1人扶持であるが役料は不定。
江戸幕府職制表によれば幕府には足軽という職制はなかった。
老中支配下に鎗奉行、その下に長柄同心と八王子千人同心頭。
若年寄支配下に目付と中間頭。目付の下にも中間頭と小人目付。
213 :
日本@名無史さん:04/12/08 15:34:09
続き。
卒族:1969版籍奉還後、公卿・諸大名を華族とし、その家臣団を士族
か卒族とした。「旧来同心ノ輩ハ卒ト可称事」と規定。
72、1月、世襲の卒は士族に、一代限りの卒は平民に移籍、
このため大部分の卒は平民に解消。
これら下級家臣は武士(さむらい)ではあってもいわゆる士分ではない。
ほとんどが一代抱えで、代々仕えているように見えてもそれは隠居の
際に自分の息子や係累を後釜に指名しているだけで、譜代の家臣とは
言えない。足軽の最上級に少数譜代の者がいた。
版籍奉還後、彼らは卒族とされ、廃藩置県で譜代の者は士族に格上げ、
大部分は平民に格下げされた。
214 :
日本@名無史さん:04/12/08 15:42:54
結論。
八王子千人同心の場合、約800家あるうち
千人町在住の約80家は士族に、その他の在郷の家は平民になった。
従って、幕府職制上の身分が中間と同等だったとしても、上級者が
卒族から士族に格上げされたところを見ると、諸藩における足軽
身分と同等だと考えてよいのではないか。
まぁ足軽相当でもよいけどさ
千人同心は御家人身分ではないから
そこんとこ宜しくね。
216 :
日本@名無史さん:04/12/08 18:17:49
御家人だよ
御家人でなければ旗本になってしまう
217 :
日本@名無史さん:04/12/08 18:32:56
218 :
日本@名無史さん:04/12/08 21:01:05
足軽相当じゃなくて足軽
219 :
日本@名無史さん:04/12/08 21:53:24
>江戸幕府職制表によれば幕府には足軽という職制はなかった。
俺が持っている「江戸幕府役職集成(笹間良彦著:雄山閣発行)」だと・・・
例えば238-239頁の代官の項に
・足軽 三両一人扶持で、門番等をしている
・中間 二両一人扶持で雑用をし、代官および手代手付のの供に従う
とそれそれ別々のものとして記述されていますよ。
幕府でも足軽と中間は別物なんじゃありませんか?
220 :
日本@名無史さん:04/12/08 21:57:46
地方の藩では、足軽に打ち首をやらせていたために
大層嫌われていたという伝承が残っている。
と、いうよりそれぐらいしか仕事が無かったらしい。
あとは百姓と一緒に助郷役とか
221 :
日本@名無史さん:04/12/08 22:06:51
今で言えば足軽は嘱託臨時職員。
中間はパートタイムの日々雇用。
222 :
日本@名無史さん:04/12/08 22:37:07
>御家人でなければ旗本になってしまう
誤解しているようですが幕府から扶持を支給されているもの
あるいは幕府の役職についているもの全てが旗本御家人と呼ばれた訳ではありません。
役所や御殿などを維持するためには武士以外にも雑用係を雇用する必要があります。
例えば幕府でも駕篭を担ぐ六尺などを召抱えて扶持していますが彼等は御家人とは呼ばれません。
幕府から扶持を貰ったから即旗本御家人という訳ではありません。
223 :
日本@名無史さん:04/12/08 22:39:20
新宿ゴールデン街で神奈川の人
224 :
日本@名無史さん:04/12/08 23:19:05
岸和田で和歌山の人
195の書籍が元ネタですが・・・
安永6年(1777)に「苗字一件」という事件が起きます。
天領居住の千人同心が人別帳への苗字記載をした事を発端として
関東郡代/勘定奉行から召喚を受けます。
その時千人同心側は以下の主張を行います。
「自分達は槍奉行配下の千人同心だから関東郡代/勘定奉行の呼出には応じられない」
しかし、その主張は勘定奉行側に一蹴され同心側のリーダーは「手鎖宿預け」という処分を受けます。
結局千人同心側が非を認めて自分達は「八王子千人同心株所持の百姓にて勤め方の外身分は百姓と心得」という
内容の始末書を勘定奉行に提出します。
とまぁこのように千人同心達自身が自分達が百姓である事を認めてしまっています。
千人同心達は百姓ですね。
226 :
日本@名無史さん:04/12/09 00:08:43
そんな屁理屈は全然認められない
1.処罰は召還に応じなかったからである
2.百姓が御家人株を買うのと、祖先からの御家人では違う
もぉさぁ、千人同心の話しはいいよ
どんなに資料ならべても子孫の人たち(←多分だけど)
千人同心は武士だっていいはるだけだし。
奉行所の与力同心の話しをしよう。
火盗改や隠密同心とかも。
228 :
日本@名無史さん:04/12/09 00:46:12
>226
いやだからさ、御家人ならば勘定奉行の召喚には応じる必要はないのね。
もし御家人ならばむしろ支配違いの御家人を勝手に召喚した勘定奉行側が処罰されるべきなの。
なぜ勘定奉行が召喚したのかが理解できていないようだけど
天領を支配する天領代官/郡代の上司として立場で天領領民の百姓を召喚したのよ。
槍奉行配下の御家人ならば勘定奉行は召喚できないのね。
>処罰は召還に応じなかったからである
召喚に応じなかったから勘定奉行により処罰されたと言う事は
勘定奉行支配下の天領百姓だった証明に他ならないのよ。
御家人であるならば召喚に応じる義務はなく勘定奉行の判断だけでは処罰出来ません。
そして「手鎖宿預け」という処分自体が百姓町人に対するもので
武士に対する処分ではないのよ。
>百姓が御家人株を買うのと、祖先からの御家人では違う
たしかに旧家筋の千人同心は一種の特別待遇を受けています。
でも前にも言いましたが幕府の最高法廷である評定所で
千人同心は御家人身分を有しないという裁決が下っています。
残念ながら千人同心は正規の御家人ではありません。
なんつーか、世界史板のホロコーストすれみたくなってきたな(w
230 :
日本@名無史さん:04/12/09 00:56:23
学部頭の分際で生意気書くんじゃないぞ
「天領」などという言葉は無い
231 :
大學ヘ授:04/12/09 09:42:14
郷士には戦闘員たる郷士と、非戦闘員たる郷士があります
千人同心は軍役を負担しますから前者ですね
232 :
日本@名無史さん:04/12/09 10:52:02
233 :
日本@名無史さん:04/12/09 12:47:10
おまいは誰だ?
234 :
大學ヘ授:04/12/09 18:47:04
戦闘員たる郷士とは、領主の軍役を負担し、その戦闘序列に加はするもの
非戦闘員たる郷士とは、領主の軍役を負担せず、単に由緒に因って士分の禮遇を受けるもの
領主の軍役を負担し・・とあるけど
旗本領や大名猟に住む千人同心の領主は旗本旗本な訳で
なんかその説明は可笑しくない?
てゆうかホントにそんな分類があるんですか?
236 :
日本@名無史さん:04/12/09 23:57:49
>学部頭の分際で生意気書くんじゃないぞ
>「天領」などという言葉は無い
そんなことは皆知ってるよ。天領というのは当時の公式の用語でなく、
幕府の直轄領の農民が言い出したという話だろ。
分かりやすくするために、現在一般的に使われ
ている天領という言葉を使ってるだけだろ。
生意気言うじゃないよ、この崩れ。
>ホントにそんな分類があるんですか?
なんか変な感じの突っ込みだなあ。
分類とは人が勝手にするものだし。
最初に分類した人以前に『分類』はないわけだし。
大學ヘ授って人に変に噛み付く人多いね。
238 :
日本@名無史さん:04/12/10 04:03:10
大學ヘ授が嘘並べてるのを指摘してるだけだろ
江戸幕臣人名事典を見てたらこんなのがあった
A(旗本)・・祖父XX武州足立郡XX村郷士
B(御家人)・・祖父XX武州足立郡XX新田百姓
240 :
日本@名無史さん:04/12/10 11:26:34
文盲が教授に噛み付いてるようにしか見えないが‥‥w
241 :
日本@名無史さん:04/12/10 12:11:36
大學ヘ授氏の書き込みにはその主張を裏付けるための具体的な根拠が提示されていなからだと思います。
>大學ヘ授氏
234の主張に対しても実際の具体例や根拠となる文献などを挙げるべきでしょう。
ある仮説を主張するならばその根拠を提示する責任が発言者にはあります。
これは歴史科学のみならず学問研究全般の鉄則です。
反対者の人格を妄想して攻撃するような手口はいかがなものか?
例えば千人同心についての
>>114-115や
>>120での大學ヘ授氏の主張って明らかに誤りを含んでるよね?
それに対して訂正も反論しないというのは姿勢として間違ってるとオモ。
ガセネタ垂れ流しはやめましょう。
243 :
日本@名無史さん:04/12/10 12:21:05
つかあれでしょ
大學ヘ授さんが名無しで自演擁護してるんでしょ(w>237
見苦しいからやめれ
244 :
日本@名無史さん:04/12/10 12:40:22
うそをつくなよ、どこで教授が反対者の人格を妄想して攻撃してるんだよ。
大学教授はおまいなんかいちいち本気で相手にしてくれやしないよ。
おまいこそ自作自演で大学教授を攻撃しているなw
245 :
日本@名無史さん:04/12/10 13:00:22
>>244 御託をならべるのは勝手だけど
114などの大學ヘ授氏の書き込み内容が誤りである事と
それに対する訂正や反論などを行なわなかったという明確な事実には異議がありませんよね?
いかがですか?>244さん。
246 :
日本@名無史さん:04/12/10 13:51:46
>>195のような最近の本でなくとも
15年近く前に出た村上直『八王子千人同心』にも苗字一件の話は出てくる。
幕藩初期はともかく、中期には幕府は八王子千人同心を百姓身分と扱っている。
軍役云々という書き込みがあるが
百姓が領主の命令で行う陣夫役も軍役。
軍役に出るかでないかで武士と百姓を区別することはできない。
うちの先祖は嘉永2年の小金原御鹿狩に勢子として動員されている。
鹿狩はレジャーではなく軍事訓練だから、参加した(させられた)のは
軍役の一部であり、わが家も当然郷士だな
248 :
日本@名無史さん:04/12/10 17:44:13
>大学教授氏
最低限のお約束は守ってほしい。
間違いを認めて訂正するかそれとも具体的な根拠を提示して反論するかのどちらかにしてほしい。
具体的な根拠とは勿論第三書にも検証可能なものでないといけませんよ。
資料を引用するならば典拠は明示してくださいね。
これは歴史という科学のお約束です。
249 :
日本@名無史さん:04/12/10 19:28:24
帝国憲法スレと刑罰スレを読んで来い。
あの大先生にその手の言い分は一切通じないよ。
>>243は大恥をかいてますね。
ぼくは大学教授って人とは別人です。
わざわざ書き込むこともなかったけど黙ってて「図星だったか」と勘違いされてもアレなんで一応ね。
あまり興味のあるスレではないのでこれで失礼します。
別にだね。
なにも大學ヘ授さんだけがレスする必要もないぜ
氏の意見に賛同し擁護してる人達が代わりに代弁すればどう?
クチだけでなく具体的な行動でしめせばどう?
今日びは素人さんでも適当にググればなんかしらはHITするとオモ。
例えば243の説の裏付けとかさ誰でもいいから提示してみてよ。
もし243の説が明白な事実ならばなんかしらの証拠がでてくるはずでしょ?
いづれにせよ、”現時点では氏の主張を客観的に裏付けるだけのものは提示されていない”という事実は変わらないですよ。
同心株の売買についてですが似たような事例は諸外国にも散見されます。
いわゆる官職売買という奴です。
例えば英国陸軍では19世紀後半になっても金でポストを買うという習慣が残っていました。
官職売買が正規の制度として半ば公認されたようなものとなってしまいます。
売買禁止令が出された時には補償金に相当するものがだされていますね。
せっかく金を出して購入したポストが紙くずと化した事に対する補償とするためにです。
254 :
日本@名無史さん:04/12/11 00:09:28
千人同心株の相場ですが時代や俸禄や当事者達の状況により異なりますが・・・
195の本などによると大体十数両から百数十両ってあたりのようですね。
勿論売買代金のほかにも仲介立会者への礼金やら
番替りの御披露目費用なども別に必要だったんでしょうね。
ちなみにこの程度の金高はもの凄い大金というわけではなく
ちょっとまとまったお金といった程度のようです。
別に金持ちでない庶民レベルでも買える程度の価値しか同心株は有していなかった模様です。
255 :
日本@名無史さん:04/12/11 00:16:44
243に説なんて無いじゃん
256 :
日本@名無史さん:04/12/11 00:22:39
同心株売買が成立するのも武士なればこそ
賎民株じゃ売買されない
257 :
日本@名無史さん:04/12/11 00:27:43
>>256 街道筋の「往還掃除役」なんてのすら株になるんだぜ。
株として売買されるのは武士だからなんていう論理は成り立たない。
なお「往還掃除役」株の売買については
池田真由美「近世藤沢宿をめぐる役負担構造の変質」(『中央史学』17、1994年3月)を参照のこと。
>>256 例えば湯屋株といって銭湯の権利なんかも売買されてましたけど
銭湯のオヤジも武士なんすかね〜?
ちなみに賎民の株もちゃんと売買されてますよ。
いわゆる縄張りって奴です。
259 :
日本@名無史さん:04/12/11 00:33:02
うそをつくなよ。
どの賎民だよ。
260 :
日本@名無史さん:04/12/11 00:43:50
賤民はどうだか知らんが
酒造株なんてのもあるし
とにかく武士以外の株もいろいろ売り買いされているから
>同心株売買が成立するのも武士なればこそ
これは間違っている。
261 :
日本@名無史さん:04/12/11 03:35:19
まちがっているのはきみだろう。
こないだIBMがパソコン部門を品の聯想企業集団に譲渡したが、これは同心株売買と同質かね
全く違う、ただの営業譲渡だろ。
262 :
日本@名無史さん:04/12/11 07:57:43
まあ当時は職種別に株があったからね。
転職なんて滅多にできるもんじゃない
株として売買できる事自体が、そして売買に当っての形式が
千人同心達の身分が低い事を物語っています。
武士は家名を大事にします。
まともな武士の家柄では株を売った場合でも形式的には養子縁組という事にして家名は存続させます。
例えば勝海舟の父親の勝小吉が勝家を継承したケースがそうです。
当然ながら養子縁組みについては審査があります。
その縁組みがふさわしいかどうかについてです。
例えばちゃんとした実子がいるのに養子を取る事はできません。
いつでも誰にでも株を売ると言う事はできません。
しかし千人同心の場合には違います。
規制が厳しかった江戸時代前期には養子縁組による番替わりという形式をとりますが
規制が緩む後期になると養子縁組という形式での株売買は見られなくなり
あからさまに金で株を売買したので番替わりなどとという内容の売買証文が作成されています。
こうなると審査もなにも不要で株さえ買えばOKという状況になってしまいました。
そして養子縁組みではないので千人同心家としての家名は必ずしも存続しません。
千人同心株はいつでも誰にでも株を売れるようになってしまったのです。
これは千人同心達の身分が低いことに証明にほかなりません。
264 :
日本@名無史さん:04/12/11 08:18:40
漏れの江戸時代の株についての概念は
ある職業/役目につくための権利
だね、当時は公私の区分が曖昧だったので
職業と役の区分も不明確だったけどな。
>261
IBMは"株"式会社の筈なんだが・・・
と煽ってみる
江戸時代と現代では言葉の意味する所が違うのは当然だろうが?
混同してどうする>261
現代でも相撲の親方株はあるわな
株の数は固定で簡単には増やせない
株には名誉・収入・役得等が付くから欲しがる人は多い
そこで高値で売買
266 :
日本@名無史さん:04/12/11 09:48:32
アカ必死だなw
>>263 俺は旗本の場合しか知らないが、養子の相続はけっこう面倒。
色々な書類を提出するが、(先代の子を)懐妊している女が
いない旨までちゃんと上司に書き出している
268 :
日本@名無史さん:04/12/11 10:49:34
人権板から来たものです。
恐縮ですが与力、鈴木籐吉郎について詳しい方、情報を御提供下さい。
人権板的に言えばえた身分の出世頭と言われている人物で興味があります。
宜しく御教授の程お願い致します。マジで。
>>268 森鴎外に同名の小説あり。資料も引用され、かなり詳しい
270 :
日本@名無史さん:04/12/11 12:24:38
>268
漏れは岩波文庫の「幕末百話」の人情御裁きの逸話しかしらないな。
それは当然しってるよね?
「藤吉は はしば(羽柴/橋場)でなくて 花川戸」
の人だよね?
271 :
日本@名無史さん:04/12/11 12:33:40
>265
うむ、195の本でも千人同心株は現代いうと相撲の親方株のような・・・・という解説がありますたね。
#まぁでもそんな高い金を出してなった親方でも場所中は場内整理や木戸番をしてるわけですがね(w
272 :
日本@名無史さん:04/12/11 12:39:02
早速の御返答ありがとうございます。
勿論、鴎外も花川戸も知ってるんですが、史実としての何かヒントがあれば有り難いです。
特に与力の家(株)に入る過程についてです。
鴎外の小説によれば最後は獄死した事になっていたと記憶してますが事実はどうなんでしょうか?欲張ってすみません。
あと多少スレ違いかもしれませんが因獄石出帯刀は元千住のえた頭だったと云う説が人権板の一部で流布しているのですが俄かには信じられません。どうでしょうか?
度々ですみません。
>>272 あとは自分のアシで稼げ。ネットでらちを明けようなどと欲張るな
274 :
日本@名無史さん:04/12/11 13:01:43
275 :
日本@名無史さん:04/12/11 13:11:00
千葉氏だと俺も認識していたのですが、やはりそう考えるのが妥当ですよね。
お言葉ですが足で稼ぐのはコッチの十八番なんでえ。
わかんねえならわかんねえって言やあいいんだよタコ。
>>272 調べたものくらい初めに挙げておけ
それなら佐久間長敬さんの著作も読んでいるな。あと簡単に読めるのは
藤岡屋日記くらいか
中途半端な小出し厨につきあう義理はない
277 :
日本@名無史さん:04/12/11 13:28:11
わかったよ
最初からアテにはしてなかったが、ひょっとしたらって思ってんだけど、見当違いだったみたいだな。
でもいろいろ情報ありがと。
今から調べに入る。
>>259 例えば牢屋敷関係ですな。
穢れ役を被差別民が務めます
役得のある役目もあり
そういった役目は
株として売買や質入れの対象です。
>同心株売買が成立するのも武士なればこそ
>賎民株じゃ売買されない
256での主張は間違いですね。
よろしいでしょうか?>259氏
279 :
日本@名無史さん:04/12/11 19:04:59
>同心株売買が成立するのも武士なればこそ
これは間違いだと思うし
斃牛馬取得権のようなものは株になっていくけど
こういうものは賤民の間でしか売買されないんじゃないか?
だから百姓・町人が同心株を買うのとは少し違うと思う。
280 :
日本@名無史さん:04/12/12 03:02:02
マジ?
千人同心株の話は兎も角として
武家株の買い手は富裕な百姓町人だけではなく
富裕な武士も株を買います。
自分の次三男などを独立させるためです。
282 :
日本@名無史さん:04/12/12 10:56:56
株式会社云々は見当違い
個人企業でも合資会社でも合名会社でも有限会社でも営業譲渡はできる
283 :
日本@名無史さん:04/12/12 12:54:42
>>281 そういうことがあることを否定したわけではない。
同心株は異なる身分間でも売買されるが
賤民の株は賤民の間でしか売買されないんじゃないかと指摘しただけなんで
あなたの発言の意図がよくわからない。
それにあなたの主張は
>同心株売買が成立するのも武士なればこそ
これが正しいという根拠にもならないし。
284 :
日本@名無史さん:04/12/12 13:04:47
同心株売買が成立するのも武士なればこそです。
要するに身分を買うんでしょ。
そこが営業譲渡と根本的に違う。
大学教授一派の言い分の法が正しいと思う。
金持ちが貧乏人の株を買うのは金儲けのためじゃない。
身分のためだ。
285 :
日本@名無史さん:04/12/12 13:07:25
それから与力なんかの場合だと
次男三男を富裕な商家などに養子に入れて(これも株になっている)独立させることもあった。
武士の子供は武士にしかならないというものでもない。
地方だと豪農に養子に入る武士の次男三男もたくさんいるし。
286 :
日本@名無史さん:04/12/12 13:11:11
>>284 リロードせずに
>>285を書いたので入れ違いになった。
身分を金で買うという指摘は正しいが
下位身分が上位身分を買うばかりではない。
上に書いたように、武家が商家の株を買って次男三男を独立させることもあるから
>同心株売買が成立するのも武士なればこそ
やはりこの理屈は成り立たない。
287 :
日本@名無史さん:04/12/12 13:14:03
例えば将軍の株や大名の株などは存在しなかったし
町奉行や槍奉行の株などいうものもやはり存在しなかった。
でも与力株同心株や御家人株は存在した。
そして庶民や賎民層でも株は存在した。
こうやって眺めると株の売買は低い身分であるあかしであると考えられますね。
武士以外の役でも株化して売買されていますし(というかそっちがメイン?)
>同心株売買が成立するのも武士なればこそ
これは明らかに間違いですね。
289 :
日本@名無史さん:04/12/12 16:13:07
>>288 旗本株はあるだろ?将軍、奉行は役職だと思うが・・・身分とは違う。
290 :
日本@名無史さん:04/12/12 16:35:28
株株って言うけど、本当に株があった訳じゃないからね。
武士の株は。
291 :
日本@名無史さん:04/12/12 17:01:22
そーゆー訳で千人同心も同心であり、足軽であり、本をたどれば在村名主級であり、下級武士だ
株だの球根だのと愚図愚図言っても通らんぞ
旗本株も無いではないが、そんなことで旗本を武士にあらずとはとても言えやしない
千人同心は、球根売っても切株買って、下級武士だ
292 :
日本@名無史さん:04/12/12 19:48:29
>>290 そう。相撲の親方株なんかとは違う。
基本的にはこっそり金を貰って養子縁組という形で家督を相続させるという形をとる。
町人だといきなり旗本ってのもマズいから、最初はこっそり御家人の株を買って養子に入り、
さらに旗本の株を買って御家人の家から旗本の家に養子に入る。
あまり露骨にやると公儀の目が光る。公儀がその気になれば旗本の家くらい簡単に潰せる。
御家人株、旗本株の相場をどこかで読んだ記憶があるが、忘れた。見つかったら書くわ。
294 :
日本@名無史さん:04/12/12 22:39:01
>>291 幕府評定所は百姓身分という裁定を下しているんだけどねえ。
「そーゆー訳」ってのは何だかよくわからんが
学問板なんだから、史料に基いて話をしましょうや。
>>291 >そーゆー訳で千人同心も同心であり、足軽であり、本をたどれば在村名主級であり、下級武士だ
ちゃんと195の本をよみましょう。
幕府の公式記録である徳川実紀には「千人同心=槍組中間」と明記されています。槍組足軽ではありません。
確かに在地名主クラスも株を買いましたが零細ないわゆる小前百姓や水のみ百姓も株を買ってます。
幕府の最高法廷である評定所は「千人同心は正規の御家人ではない」という裁定を下しています。
苗字一件事件で勘定奉行側は一貫して千人同心=百姓という立場をとっており、千人同心達もその判断を受け入れています。
君の主張はどれも間違いです。>291
296 :
日本@名無史さん:04/12/13 00:56:26
>>291 あんたもういいかげんにしなよ。
なんでムキになってんだかしらんけど。
根拠なにもしめせないんじゃだめぽ。
297 :
日本@名無史さん:04/12/13 01:04:41
295 その通りだと思います。
関連の出版物をざっと読めばわかるはず。
298 :
日本@名無史さん:04/12/13 01:26:11
>291
自説を主張したいんだったらちゃんと裏づけをだしなよ。
今はネットの普及のおかげでググればかなりな情報にHITするし
専門書だってAMAZONなんかで全国どこでもとりよせできる。
図書館の蔵書だってnetで検索できるご時世だぜ?
歴史を専攻していない素人の俺でさえ
>>263くらいのことはしらべられるんだぜ?
教授とか名乗るんならすぐ情報にHITするだろ?
299 :
日本@名無史さん:04/12/13 01:32:21
与力は御家人なのに、なんで騎乗資格があるんだ?
御公儀騎乗位格 仁杉七右衛門、落馬により失脚
301 :
日本@名無史さん:04/12/13 02:06:23
騎乗資格?バカか?
駕篭でも馬でも乗るのは自由だ。
問題はドコまで(例えば御城のどの門まで、とか)
駕篭or騎乗で許される身分かって事だ
少し考えてから書け。
302 :
日本@名無史さん:04/12/13 02:09:56
>>298 ネット厨は控えてろ!
わざわざ恥と無知を晒すな バカタレが!
303 :
日本@名無史さん:04/12/13 02:11:50
下級武士は騎乗資格ねーだろボケ
304 :
日本@名無史さん:04/12/13 02:14:09
武田、いいかげんにしろ
305 :
日本@名無史さん:04/12/13 02:19:42
そこの恥ずかしい
>>303 お前の思う下級武士の定義を教えれ
306 :
日本@名無史さん:04/12/13 02:20:42
百姓は何時いかなるときも騎乗を許されないぞ
307 :
日本@名無史さん:04/12/13 02:23:20
>>306 そんな事は無いよ
江戸市中を闊歩するわけには行かないだろうけど
厳密な法律ではなく、暗黙の了解
308 :
日本@名無史さん:04/12/13 02:27:57
今の馬と当時の馬の違いを認識しろ! 外来種が入る前だからロバに近いんだよ
ロバに乗ってるお爺さんを「偉そうだ!」と責める気にもならんだろうw
309 :
日本@名無史さん:04/12/13 02:53:42
騎乗資格があるのは武士でもごく限られた一部ですよ
310 :
日本@名無史さん:04/12/13 02:54:02
312 :
日本@名無史さん:04/12/13 02:58:48
>>309 だから…スレの趣旨に戻って言うと、与力(寄騎)だろうが同心だろうが
馬に乗ったら駄目!なんて法は無いのよ
騎乗資格?出典はどこ?
知ってる!知ってる!同心も騎乗してたよね!
長七朗江戸日記で見たよ。
314 :
日本@名無史さん:04/12/13 03:02:38
この前見た時代劇で同心が紋付陣笠(裏金)で江戸の市中を滑走してました。
時代公証は、・・・・(以下省略。
315 :
日本@名無史さん:04/12/13 03:03:24
316 :
日本@名無史さん:04/12/13 03:06:38
>>312 え?マジですか!?
じゃあ騎乗の同心もいたんですねー。
勉強になりました。
317 :
日本@名無史さん:04/12/13 03:11:46
318 :
日本@名無史さん:04/12/13 03:23:33
319 :
日本@名無史さん:04/12/13 03:30:40
320 :
日本@名無史さん:04/12/13 03:34:07
ぎゃはは…
321 :
日本@名無史さん:04/12/13 03:37:19
>>301 >駕篭でも馬でも乗るのは自由だ。
江戸時代って結構フレンドリーな世界だったのですね。
322 :
日本@名無史さん:04/12/13 03:42:28
フレンドリー…ファミレスかっ!
323 :
日本@名無史さん:04/12/13 03:48:43
324 :
日本@名無史さん:04/12/13 03:55:17
フレンドリーなんてファミレスが日本にあるのですか!
勉強になりました。
325 :
日本@名無史さん:04/12/13 10:17:28
文盲ばっかし!
326 :
日本@名無史さん:04/12/13 14:05:07
江戸時代は格式にやかましい時代だった
基地外の法螺に騙されるな!
327 :
日本@名無史さん:04/12/13 14:11:04
お役を離れた郷士が百姓扱いされるのは当たり前のことで、何も珍しくない
百姓百章と騒ぐ香具師は郷士というものを理解していないんだろうな
328 :
日本@名無史さん:04/12/13 14:20:06
329 :
日本@名無史さん:04/12/13 14:20:12
所詮、町方与力・同心は出陣の名誉が与えられていないからカス。
330 :
日本@名無史さん:04/12/13 14:49:53
331 :
日本@名無史さん:04/12/13 17:02:07
>>301 >駕篭でも馬でも乗るのは自由だ。
江戸時代って結構ジョナサンな世界だったのですね。
332 :
日本@名無史さん:04/12/13 22:52:51
同心の騎乗姿w
333 :
日本@名無史さん:04/12/13 22:55:21
出戦できない侍など武士とは言わんわ
334 :
日本@名無史さん:04/12/13 23:16:49
同心て騎乗できるのかよ?????????????????????????????
>>334 俺も詳しくは知らないけど・・・
軍役やその延長の参勤交代などに関連して
ある身分以上は必ず馬を常備して騎乗しなければいけないというような規制は存在したが
逆の規制、例えばある身分以上でなければ馬を飼ってはいけないとか騎乗してはいけない
というような規制はなかったという話だ。
軍役としてみた場合、例えば300石取り以上なら禄高相応に7人つれて出陣しろという軍役上の規則が仮にあったとする
じゃぁ軍役の規則どおりの人数/装備だけ出陣するだけでよいかというと違うはず
軍役が7人の所を5人で出陣すれば当然規則違反だろう、でも8人や9人などで出陣した場合はどうなる?
もちろん規則違反になんかはならない。
あるいは鉄砲、軍役で決められた本数より多い鉄砲で出陣したからといって規則違反にはならない。
むしろ努力したとして誉められる行為になるだろう。
馬もそれと同じだとか、騎乗の義務がないものでも自己の才覚で馬の都合をつける分には
むしろ誉められる行為だという話ですぜ。
>>335 江戸住まいの御家人だと、馬に乗っていいかダメか以前に飼う場所と収入がない。
騎乗自体は公式の場以外では乗っても構わない筈。実際に乗る奴はいなかったと思うが。
むしろ近藤勇みたいな天領の郷士みたいな奴の方が騎乗できたと思う。
ところで御家人株の相場がわかった。御徒で500両、与力で1000両。
今の金でいうと五千万円とか一億円という額。相撲の親方株の方が高いな(w
338 :
日本@名無史さん:04/12/14 00:38:48
千人同心株が数十両だから随分高いんですねぇ>337
339 :
日本@名無史さん:04/12/14 00:44:40
吉原でヤリまくった方がいいな。
340 :
日本@名無史さん:04/12/14 01:16:21
与力、同心ったって色々あるだろ
一律に語る337はばか
341 :
日本@名無史さん:04/12/14 01:38:08
千人同心は実質的に農民扱いだからね。仕事が無い時は普通の農民。
342 :
日本@名無史さん:04/12/14 07:38:25
>>327氏
逆でしょ武士だ武士だと騒ぐ人がいたからいや百姓だっていう話をしてただけでしょ?
ところで教えて欲しいのですが槍組中間でしかなかった千人同心が
郷士身分だという根拠になる資料はあるのですか?
教えてくださいお願いします。
私は常雇いの武家奉公人だと思ってましたが・・・。
それとも「武家奉公人=郷士」なのですか?
343 :
日本@名無史さん:04/12/14 08:55:46
千人同心は旗本である千人頭に附属する集団ですが
千人頭が槍奉行の管轄に組み込まれるのは享保20年のことです。
その8年前、享保12年に人別改帳に苗字記載を要求して名主と争い却下されるという出来事が起きています。
ただしこれは同心たちが自発的に行ったものではなく
その前年に同心頭は同心に対し、人別改の際に苗字を記載するようにと命じられており
同心はそれに従ったに過ぎません。
このとき同心の主張は却下され、
安永の苗字一件のときに同心側の主張が却下される根拠になるのですが
槍組中間という表現はこの安永の苗字一件の際に出てくるのではないのですか?
344 :
日本@名無史さん:04/12/14 14:31:01
千人頭が中級の旗本であることもまた、千人同心が同心であって中間でないことの根拠たり得る。
五百石、千石の旗本だ。
足軽大将にはなっても中間頭になんぞならないよ。
雑人の頭は雑人。
345 :
日本@名無史さん:04/12/14 15:03:01
騒がなくとも足軽は武士
一応は
346 :
日本@名無史さん:04/12/14 15:34:46
ところで代官所で働いてた手付、手代っていう人たちは同心と同じ
身分なんですか。
347 :
日本@名無史さん:04/12/14 16:47:21
ちがう
手附は後家人
手代は御雇い
>>340 文句は山本博文にでも言っておくれ。
出典は「江戸のお白州」。
まさか、株に定価があると思ってんじゃないだろうな?
349 :
日本@名無史さん:04/12/14 18:06:15
自分で書いたことには責任を問われるよ
用事みたいな言い訳するんじゃない
350 :
日本@名無史さん:04/12/14 18:07:58
アカは幼児
いつもこぴぺ
>>340 相場と定価を一緒だと思ってる奴はばか。
352 :
日本@名無史さん:04/12/14 21:28:16
>344
雄山閣の「江戸幕府役職集成」には千人頭は「二百俵高御目見」となってるけど?
五百石だの千石だのという話のソースはなんですか?
申し訳ないが教えてください。
ちなみに御中間頭というのもいて幕府江戸方面の御中間を支配しますが80俵高の譜代の御家人です。
配下の御中間は15俵1人扶持で御譜代席とあります。
禄高をみると御中間と千人同心は似てますね。
まぁ、もっともこの本は結構間違いも多いですけどね。
353 :
大學ヘ授:04/12/14 22:35:09
344 は小職ならねど、さういふ訳の判らぬことを書いてはいけません
『江戸幕府役職集成』は労作ですが、著者は武芸者であり画家であって學者ではありま
せん また一次史料でもないのですから、論拠たり得ず、畢竟貴説には全然根拠がありま
せん
江戸時代は三百年続くのですから、時代の変遷も考へねばなりません
何より、二百俵高は引下勤を妨げません
なほ、この本も千人同心を疑ひ無く武士として扱ってゐます
354 :
日本@名無史さん:04/12/14 23:06:54
上の方で誰かが書いていたけど
千人同心は役についているときだけ武士で
それ以外のときは百姓。
身分的中間層とか身分的周縁とか
そういう概念が出てきてもう10年以上になるんだけど
まだ士農工商というガチガチの通念に縛られている人が多いんだねえ。
吉川弘文館から出ている「近世の身分的周縁」シリーズの第6巻でも読んだらどうですか?
>>353 んで千人頭が五百石や千石取りだったというソースは?
>また一次史料でもないのですから、論拠たり得ず、畢竟貴説には全然根拠がありません
この主張はおかしくありませんか?
あなたが何らかの資料を提示されているのであればともかく
今まであなたはなにも提示してないではないですか?
それでいてそのような主張をされるのはどうかと思いますね。
例えば別の資料を持ってきて「こちらの資料が正しいそっちは孫引きだから間違い」とかいうんならわかりますが
なんら反証を提示せずにそういう」ことをいうのは解せませんね。
以前にも
>>241や242などでも指摘されていますが
>>114のようなガセねたを垂れ流すのはやめてくださいね。
すくなくもとも千人同心の禄は一律30俵ではないですよ。
356 :
日本@名無史さん:04/12/15 07:56:10
>何より、二百俵高は引下勤を妨げません
理論上はそうなりますが具体的に五百石や千石の旗本が千人頭に就任していたんですか?
ソースの提示をお願いします。
> なほ、この本も千人同心を疑ひ無く武士として扱ってゐます
うむだから間違いも多いと書いてますが何か?
357 :
大學ヘ授:04/12/15 09:17:03
それは補任表を見れば済むことで、他人に要求することではありません
なほ引き下げ勤め云々は理論問題ではなく現實です
萬石以上の大御番御頭、町奉行や、萬石近き御小姓、御小納戸役が幾らでもあります
同心でも與力でも、下級武士の俸禄が古参と新参で一律でないのは當然です
114が格別問題有りとも思へませんが、どうしましたかな
おや、逃亡していた卑怯者が出てきましたなw
言いたいことだけ書いて何の論拠も示せない人がw
359 :
日本@名無史さん:04/12/15 13:08:26
>>357 教授は法制史家だから、制度史的な話をしましょう。
苗字一件とは、宗門人別改帳への苗字記載をめぐる争いです。
それまで人別改帳に苗字を記載してこなかった千人同心たちが
千人頭の指示を受けて苗字記載を求めて名主と争ったのが享保12年のことです。
この訴えは退けられましたが、安永6年に同心たちが自発的に苗字記載を求めて訴えを起こします。
これにからんで同心側は自分たちは代官伊奈半左衛門の支配下にはないと主張したので大問題になり
幕府評定所で裁決されるわけですが、これを苗字一件と呼んでいます。
この採決の結果は、上の方に何度か出てきているように
同心は同心の勤めをしているとき以外は百姓の身分であるというものでした。
その後、寛政7年にの達書で
五人組帳や宗門人別改帳に「千人同心」と肩書きすることが命じられますが
同時に苗字記載や別帳扱いは禁止されています。
また同年の別の触書には
年始の挨拶などで外出するときに裃を着用して帯刀すべしと記されていますが
こういう触が出るということは
千人同心が裃着用・帯刀といった一般的な武士の格好をしていなかったことを示しています。
また日光勤番は千人同心の武士としての勤めですが
組頭が日光奉行所に到着報告に参上する際に
寛政以前は裃を着用せず平服だったという史料もあります。
通常の武士なら、こういうときは裃着用で出かけるはずです。
勤めのときには武士身分とはいえ、一般的な武士とはやはり区別すべき存在と見るのが妥当でしょう。
360 :
日本@名無史さん:04/12/15 13:21:22
358は刑罰スレで負けて逃げた文盲だろw
同心株を買った町人は、どういう名字をなのるの?
町家でも、その家に伝わる名字を名乗っていたの?
>>362 形式上は養子だから、同心のほうの名字を使用します
家名は固定されているのです
代官手付手代の例が石黒忠悳の「懐旧九十年」の冒頭にあるので参照
364 :
日本@名無史さん:04/12/15 16:26:39
違うな。
教授は午後は決して書かない。
文盲の妄想だ。
231 :大學ヘ授 :04/12/09 09:42:14
郷士には戦闘員たる郷士と、非戦闘員たる郷士があります
千人同心は軍役を負担しますから前者ですね
234 :大學ヘ授 :04/12/09 18:47:04
戦闘員たる郷士とは、領主の軍役を負担し、その戦闘序列に加はするもの
非戦闘員たる郷士とは、領主の軍役を負担せず、単に由緒に因って士分の禮遇を受けるもの
366 :
日本@名無史さん:04/12/15 17:00:37
暇な変態野郎だなw
教授に粘着ご苦労さん!
>>366 教授本人か、幇間か知らないがご苦労さん!!!
368 :
日本@名無史さん:04/12/15 22:37:23
そーゆー無内容な罵声では全然勝てないよ。
刑罰スレを見学して来い。
369 :
日本@名無史さん:04/12/15 22:43:41
相手にするなよ。
学問板に巣食う寄生虫が得意の粘着始めただけだ。
>>362-363 ただし千人同心の場合は養子の形式をとらない場合が多いです。
前にも出てますがその場合は必ずしも苗字は継承されません。
371 :
日本@名無史さん:04/12/16 01:26:24
百姓に苗字は無いんだろw
372 :
日本@名無史さん:04/12/16 05:27:55
無いワケねえだろ
公式に名乗れないだけ。
373 :
日本@名無史さん:04/12/16 09:25:32
そんなら苗字じゃないジャン
374 :
日本@名無史さん:04/12/16 09:33:22
千人頭が「旗本」と言えるかについても、最近は
疑問視する声があがっている。少なくとも
明暦以降については、旗本の格式を与えられ
ていなかったのではという指摘がある。
千人頭は知行所を持ち、石高は最高が荻原家
の482石、最低が窪田家の217石。確かに、これだけ
みれば旗本クラス。しかし、江戸城中での
扱いが、普通の旗本とは大きく異なっていた。
旗本ならば御目見えが許されて、その際江戸城
の所定の部屋で待機することとなるが、千人頭は
旗本の所定の部屋に入ることが許されず、将軍への
御目見えもたまたま通りがかったという形での謁見
しか許されていなかった。
千人頭は旗本と(将軍へのお目見えができない)
御家人の中間的な存在であったのではと言われている。
375 :
日本@名無史さん:04/12/16 09:34:00
名乗ると処罰されるんじゃ、屋号以下w
376 :
日本@名無史さん:04/12/16 10:05:34
勿論、地方の藩にもこういう公安組織があったんだろうけど。
そこでも、同心や与力はいたの?
377 :
日本@名無史さん:04/12/16 11:34:47
歴史学で新しい説なんてものは通用しないよ。
史料も学説も論者も、古いほど当事に近くて信頼性が増すんだから。
378 :
日本@名無史さん:04/12/16 12:09:36
>>377 史料も学説も論者も、古いほど当事に近くて信頼性が増すという
のが正しければ、「千人同心=御家人説」は全く信憑性がない
ことになります。これは、明治期以降に定説化した「新しい
説」なのです。
「千人同心百姓説」は古い史料に直に当たると、千人同心について
従来言われてきたことが事実と違うと判明したという
ことなんですよ。
より正確に言うと、千人同心についての従来の説は
江戸も末期になって、法制上は百姓身分にだった千人
同心が「自分たちは御家人身分だ」と主張するように
なり、明治になって士族編入運動を行ったりした
千人同心の子孫たちが明治期以降の研究者等に
「江戸時代自分たちは御家人身分だった」
と自分の先祖を粉飾した話をして「定説化」
したものです。
ただし、それは作られた「新しい伝統」
であって、事実ではなかったのです。
>千人頭は知行所を持ち、石高は最高が荻原家
>の482石、最低が窪田家の217石。
という事は344のこの書き込みは嘘だったという話しですね。
>五百石、千石の旗本だ。
教授さん達はガセねた垂れ流すのはいい加減にやめなよ。
380 :
日本@名無史さん:04/12/16 13:30:09
いわゆる「町方同心」と「八王子千人同心」を同じく語るのは無意味だぁよ
似て非なるもの
381 :
日本@名無史さん:04/12/16 15:11:36
482石と五百石は同じなんじゃないか。
アカ、必死だな。
382 :
日本@名無史さん:04/12/16 15:19:56
千人頭は地役人じゃないぞ。
地着きが紛れ込むにしても、原則江戸で発令する普通のローテンション人事。
地着きだけ見て誰々家が最高だの最低だの、意味無い。
教授の方が正しいだろう。
粘着は頭悪杉!
383 :
日本@名無史さん:04/12/16 16:47:52
そうだな。
地着きは禄高少ないしな。
384 :
日本@名無史さん:04/12/16 17:40:42
>381
残念ながら千石と482石とでは明確に違いますよね。
間違いだれにでもあります、重要なのは自分の間違いを素直に認めることです。
385 :
日本@名無史さん:04/12/16 18:56:08
↑ 一人で勝利宣言して北朝鮮みたいだねw
386 :
日本@名無史さん:04/12/16 21:27:02
文盲は基礎学力が無い。
387 :
日本@名無史さん:04/12/16 21:43:05
>>382 >千人頭は地役人じゃないぞ
>原則江戸で発令する普通のローテンション人事
誰も地役人だとは言っていない。
しかし、江戸で発令する普通のローテーション人事
などではない。千人頭は代々八王子の千人町に屋敷を構える
特定の家が相続していた。
石坂、志村、河野、原、中村、窪田、山本、荻原などの
諸家である。
388 :
日本@名無史さん:04/12/17 00:01:38
↑ 頭と与頭混同してない?
389 :
日本@名無史さん:04/12/17 00:54:53
>>388 アホ。ちゃんと『八王子千人同心』でも読んで、
出直して来い。この池沼!!
390 :
日本@名無史さん:04/12/17 01:13:20
武田の小人頭が八王子千人町に屋敷を拝領し、
これが後の千人頭となった。
「後年の千人頭の由緒書によれば、徳川家康とは
駿府で御目見えしている。九人の名前を挙げると、
石坂通重・志村貞盈・原胤従・中村安直・窪田忠廉・
山本忠玄・荻原昌之・窪田正勝である。この九人
の子孫が代々千人頭になった。」
391 :
日本@名無史さん:04/12/17 02:46:13
何ら根拠を示せていない点で、教授一派は嘘つきだということがあきらか。
392 :
日本@名無史さん:04/12/17 09:01:19
おまいこそ悪口雑言連呼してるだけの変態粘着野郎だ
393 :
日本@名無史さん:04/12/17 09:31:55
夜中の3時前にわめいてる引きこもりでつねw
394 :
日本@名無史さん:04/12/17 15:14:51
文盲には頭と与頭の区別が無い。
395 :
日本@名無史さん:04/12/17 18:52:43
千人同心関係にはない「与頭」という言葉を
賢しらげに使っている
>>338と
>>394は
無学文盲(プゲラ
千人組の組織の変遷
江戸前期 (幕府代官頭大久保長安等−)小人頭−小頭−小人
(小頭、小人は小人)
後期 (槍奉行−)千人頭−組頭−世話役−平同心
(組頭、世話役、平同心は千人同心)
幕末 (陸軍奉行−)千人隊之頭−組頭−世話役−平同心
(組頭、世話役、平同心は千人隊)
済まないが、千人頭と組頭の違いを教えてくれ
大成武鑑では「八王子千人同心頭」となっていて
「御納戸前廊下 各組頭十人同心百人宛預り」
嘉永武鑑では「千人頭」で
「納戸前廊下 各同心百人組頭十人宛預り」
(どちらも十名でメンバーは同じ)
千人頭=組頭のような気がするんだが?
397 :
大學ヘ授:04/12/17 20:25:06
口汚く罵り合ってゐる皆さん、こんばんは
江戸時代の制度では頭と与頭は異ります
与は与するで、組と同音同義の異字ですから、統合で結ばれると言って良いでせう
判り易い例では、新撰組
局長の下に組長がゐますな
江戸時代の組織、殊に番方では普通の編成です
いや、総論は判っているので、千人同心プリーズ
>>397 いらっしゃいませ、言いっぱなしの鉄面皮さんw
400 :
日本@名無史さん:04/12/17 20:50:43
八王子千人同心頭は旗本、組頭は同心の頭
千人頭・・・10人・・・200〜500石・・・千人町に拝領屋敷・・・士族
組頭・・・100人・・・30俵・・・千人町に拝領屋敷・・・卒族から士族へ
同心・・・900人・・・平均13俵弱・・・多くは豪農・・・卒族から平民へ
途中リストラもあり幕末には組頭80人同心800人ほどと思われ
401 :
日本@名無史さん:04/12/17 20:51:21
おお、また罵ってるな、文盲!
>>400 サンクス。こちらも国史大辞典の記述と江戸幕臣人名事典の
間野惣次郎の由緒書を見て納得。感謝
>>400 千人頭(窪田・荻原・志村・原etc)は旗本ではないと考えるべきだと思う。
寛政重修諸家譜の同家々の記述に「・・・の時、席を貶され、呈譜の列にあらずと
いへども・・・」とあり、旗本から降格されたことが明白。
諸家譜では降格された人々まで収録(それ以後は御家人なので収録されていない)
404 :
日本@名無史さん:04/12/17 23:23:39
千人頭は禄高からいうと旗本クラスなのに、幕府から差別され
た扱いを受けていたのは確か。旗本しか入れない部屋に入り、
処分受けたりしている。
405 :
日本@名無史さん:04/12/18 10:58:13
何だ旗本しか入れない部屋とは
子供じゃないんだから訳の判らないことを書くんじゃない
前に城中に詰間が無いと書く怪人がいたが、千人頭は御納戸廊下席で、ちゃんと詰間は
あった
嘘を書いちゃいかん
406 :
日本@名無史さん:04/12/18 12:24:16
御目見以上だから旗本だよ
407 :
日本@名無史さん:04/12/18 12:46:45
408 :
日本@名無史さん:04/12/18 12:58:50
ただし、御納戸前の廊下に格下げされて、家格は著しく低下
したが、千人頭については「家督相続」、特殊な
形式での拝謁の権利は残った。
409 :
日本@名無史さん:04/12/18 12:59:58
410 :
日本@名無史さん:04/12/18 13:11:06
>>405 ついでに言うと
あなたこと嘘は言ってはいけません。
意図した嘘でなければ、理解が不正確です。
歴史用語は正確に理解しましょうね。
詰めの間とは
大廊下、大広間、黒書院溜の間、溜の間 御次、帝鑑の間
柳の間、雁の間、菊の間、芙蓉の間、桔梗の間
躑躅(つつじ)の間、山吹の間、紅葉の間、焼火の間
中の間、土圭の間、虎の間
を指します。御納戸廊下は「詰めの間」とは言いません。
411 :
日本@名無史さん:04/12/18 13:12:30
>>407 部屋に入って→入れない部屋に入って
八王子千心頭→八王子千人頭
412 :
日本@名無史さん:04/12/18 16:31:20
俺は、初代刑罰スレとこのスレの
>>1だが
賑わっているのは嬉しいんだけど、大学教授が非常にうざい。
スレのためを思うなら、消えてくれ
413 :
日本@名無史さん:04/12/18 18:48:25
まぁ、千人頭について整理すると以下のようになる。
@知行所も持ち、禄高は旗本クラス
A明暦3年より前は、躑躅の間詰めで旗本であることは
問題ない。
B明暦3年以降は、江戸城では躑躅の間詰めから御納戸前の
廊下に控える身分に身分が低下した。これは、幕府の制度上は
御家人の扱い。それゆえ、公的には御家人。
Cただし、明暦以前は躑躅の間詰めであった由緒もあり、
明暦以降も将軍がたまたま通りがかったという形で将軍に
お目見えすることが許されていた。
ということかな。
御家人の性格が強いが、旗本的な性格を持つ、
旗本と御家人の中間的存在だな。
414 :
日本@名無史さん:04/12/18 19:14:08
そろそろ町方同心の話題にもどしたいのですが・・・
素朴な疑問なんですが、京都や大坂の町奉行所や伏見奉行所の与力同心って、
鳥羽・伏見の戦いのあと、どうなったんでしょうか?
415 :
日本@名無史さん:04/12/18 19:36:54
>>414 http://koho.osaka-cu.ac.jp/vuniv2004/yasutake2004/yasutake2004-4.html 一方、慶喜とともに大坂城代・大坂町奉行らも大坂を脱出し、大坂町奉行所の与力・同
心たちはいわば「置き去り」にされる形になりました。一与力は自らの日記に次のように
記しています
(中略)
すなわち、この与力は常のように奉行所に出勤したところ、大坂町奉行は与力・同心らに
対し、「幕臣として最後まで運命を共にしたいと思う者は紀州経由で江戸まで来い。そう
でなければ解雇するので、いずれかを選択するよう」という伝言だけを残し、江戸へと去
ってしまっていたのです。慌てた与力・同心らの大半は役宅を退去し一旦はその身を隠し
ますが、薩長両藩が入坂した翌日には、早くも代表者が本陣に召し出されて新政府への帰
順を促されています。その二日後、元与力・同心の一部は「市中鎮撫取締方」に任ぜられ
ましたが、その際、新政府は今後帰順を希望する元与力・同心については、原則として全
て再雇用する意思があることを表明しています。人的資源が絶対的に不足し、大坂の行政
や訴訟に不慣れな新政府にとって、円滑な統治のためには帰順者の再雇用という手段がも
っとも実効性あるものと考えられ、彼らの帰順促進が急務と考えられたからでしょう。
(中略)
町奉行所以外の諸役人(多くは大坂城附)も、ほぼ同時期に相次いで帰順し、約一週間
後(21日)には、旧所属役所単位ごとに薩摩・長州・芸州(芸州は1月12日入坂)の
三藩に附属して軍役に服する旨の辞令交付が行なわれましたが、その際、今後の「勤功」
や「人材」次第で取捨選択の上、正式採用する旨が宣せられており、早くも当初の方針(
全員再雇用)から転換がみられることに注目しておきたいと思います。おそらくかなり多
数の旧幕臣が新政府に帰順したためでしょうが、この方針は以後も度々繰り返され、その
度毎に旧幕臣の影響力は薄れていくことになります。大坂町奉行所の元与力・同心は芸州
藩附属とされましたが、この時点で約半数−七〜八〇名程度−が既に帰順しており、これ
らの旧幕臣を抱えて「大坂鎮台」が、維新政府の全国初の地方官庁として発足(22日)
することとなりました。
416 :
日本@名無史さん:04/12/18 20:55:11
もっと千人同心の話をしよう!
417 :
日本@名無史さん:04/12/19 00:02:38
通りかかった体でも御目見えだよ
大番衆の嫡子の御目見えもおんなじ通りがかりの体だ
419 :
日本@名無史さん:04/12/19 03:07:28
とことで鉄砲方とか普請方って同心になるの?
420 :
日本@名無史さん:04/12/19 08:11:43
紀州藩お預けの与力か同心いただろ。結局陪臣になってしまったけど。
421 :
日本@名無史さん:04/12/19 09:03:29
大坂が上記の状況なら、京都の町方役人なんて慶喜の二条城退去の時点で
新政府側にあっさり鞍替えしたってことかな?
422 :
日本@名無史さん:04/12/19 10:27:03
423 :
日本@名無史さん:04/12/19 10:40:30
>>421 リンク先をちゃんと読んでますか?
鳥羽伏見の敗戦が大きな契機ですよ。
二条城退去はさしたる影響を与えなかったと思う。
424 :
日本@名無史さん:04/12/19 10:41:11
>>419 鉄砲方や普請方のもとにも同心はいます。
425 :
日本@名無史さん:04/12/19 10:48:05
>>423 リンク先は大坂の役人の話でしょう。
京都の場合、慶喜が二条城を退去して幕府の勢力が撤退したわけだから、
鳥羽伏見以前から京都町奉行所は廃止されてるでしょう。
426 :
日本@名無史さん:04/12/19 18:54:36
田辺与力は遠州横須賀組だな
いくさ働きご苦労さん、でも平時にゃ使えない
気候のいい田辺でのんびり釣りでもして暮らせって家康に言われて
俸給あるから食うには困らん
でも何の仕事もなくて260年・・・結構辛いぞこれ
427 :
悪代官 ◆dk3JvCFAXc :04/12/19 21:53:44
ふっふっふ。所詮はわしの手足。
428 :
日本@名無史さん:04/12/19 22:36:20
質問なんだが、与力ってのはどんな身分の人間なんだ?
御家人?でも同心も御家人だよね?
旗本の三男とか?
>>415 なるほど、そらそうなるなろな・・・
わしらや天満組のお方らにしてみれば
所詮ご城代様や東や西のお奉行様かてお江戸から来はるお人やしなぁ
430 :
日本@名無史さん:04/12/19 22:48:32
ものの本によると
加賀前田家では同心与力といって
同心の方が上だそうな。
431 :
与力@名無史さん:04/12/19 23:07:08
寄騎とも書く。中世から近世にかけて、より有力な武士や
制度上の上司に加勢または付属する武士の称、または職名。
本来力を合わせて加勢するの意味からその人自体をさす
ようになったとされている。鎌倉時代には単に加勢人を
意味するが、次第に大名または有力武士に従う下級武士を
示す場合が多くなった。戦国時代には寄子と同じ意味で
用いられた場合が多いが、より有力な大名に加勢として
付属させられた与力大名の例もみられる。前田利家が柴田
勝家を寄親とした寄子であったような例がある。
江戸幕府の職制にも与力制度はみられるが、最も有名なの
は町奉行配下の町与力である。これには、町奉行の家臣で
ある内与力と一般の与力の2種類があり、後者は20−80
名ぐらいで、各100石、役料30石程度であった。彼らは
より低い属領である同心とともに町奉行を助け、江戸市中
の行政・司法・警察などの任にあたった。
432 :
同心@名無史さん:04/12/19 23:13:37
江戸幕府の下級役人。一味同心の意から転じたもので、
戦国時代には、ほぼ寄子に近い下級武士の称。江戸幕府
では諸奉行に属し、特に町奉行に属した町方同心が有名。
南・北町奉行所に各100人、幕末に280人に増加。江戸市内
の警察事務を分掌。30俵から70俵の給米および組屋敷が
給せられた。
もともとは御槍組から江戸市中警備の役として、戦時編成から抜かれたんだっけ
434 :
日本@名無史さん:04/12/19 23:30:37
こぴぺうざい
内容も間違ってる
435 :
日本@名無史さん:04/12/19 23:35:47
だから、同心与力はどんな身分なの?
旗本の陪臣?
436 :
大學ヘ授:04/12/19 23:38:03
それが大公儀の與力、同心なら直参、御家人です
こんな基礎知識を欠く人が威張って質問してはいけません
内与力は御奉行の陪臣でござりますな
既出ですかな
438 :
我愛中華:04/12/20 00:10:26
物凄い既出です。
439 :
日本@名無史さん:04/12/20 00:14:08
668 名前: 大學ヘ授 投稿日: 04/11/02 23:48:01
法學、殊に刑法學は理論科目ですから、さういふ口上は通用しないでせう
公用人云々は、内與力であるか否かが問題の中心であり、公用人に限った話をしても詮無き
ことであります
内與力であれば部下でなく家來です
家來でさへあれば、譜代か否かは重要でありません
(後略)
440 :
日本@名無史さん:04/12/20 00:23:19
でました。
粘着変体ストーカー!
441 :
日本@名無史さん:04/12/20 00:28:59
ストーカーの意図がわからない。
教授の書いた通りではないか???
442 :
日本@名無史さん:04/12/20 00:34:46
意図は良くわかるよ。
刑罰スレで手も足も出ない→ここで恨みを晴したい→その能力が無い→粘着
443 :
日本@名無史さん:04/12/20 00:39:09
教授の向こうを張って論争できたのは貧民史だけ
いつも負けてたけど‥
444 :
日本@名無史さん:04/12/20 01:06:08
教授ここでは既に負けてるじゃん。
名無史に・・・
445 :
日本@名無史さん:04/12/20 08:44:51
どう負けてるの?
名無史がひとりでそう連呼してるだけに見えるけどw
つか、逆でしょ
教授とその脳内人格さん達が負けてないって言い張ってるだけざんしょ。
正直にいうが・・・
自説の根拠も提示しない
間違いを指摘されても訂正もせず反証を挙げない
こんな基本的なお約束を守れない
大學教授氏は荒らしにしかみえないざんす。
いいかげんにして欲しいざんすね。
448 :
日本@名無史さん:04/12/20 19:04:06
まぁ、確かに幕府の与力同心は直参なんだが・・・
資料によると同心が組頭などの上司の私邸の保守を定期的に手伝っていたというケースが残っているぽ
同じ直参同士の筈なのに労役奉仕がなされているという罠。
与力同心は寄り親の私的使用人的な側面もあった模様
449 :
日本@名無史さん:04/12/20 19:23:49
上の方にもあったが、王政復古の大号令が出て慶喜が二条城を退いたあと、
京都町奉行所の与力・同心はどうなったんだろう?
京都の警備は亀山藩が受け継いだそうだが、与力・同心は失業したのか?
それとも慶喜に従って、他の幕府役人同様に大坂に退いたのか?
450 :
日本@名無史さん:04/12/20 19:43:29
>京都の警備は亀山藩が受け継いだそうだが
何だか答えを知ってて聞いているような気がする。
451 :
日本@名無史さん:04/12/20 19:45:57
>>450 いや、検索してわかったのはそこまでで、与力・同心の末路はわからない。
452 :
日本@名無史さん:04/12/20 20:11:51
>>449 常識的に考えて
慶応3年12月13日に京都市中取締所が出来てるから
その職員に横滑りしたと考えるのが妥当ではないかな
京都市中取締所は京都裁判所を経て京都府になった
下っ端は案外じょうずに横すべりかな? 一葉の親爺の例もあるし
池田謙斎の体験記に、長崎奉行が逃げ出す記述があった
与力・同心ではないな、スマソ
454 :
日本@名無史さん:04/12/20 21:27:32
ところで、明治以降は士族編入か? 金禄公債はもらえたのか?
455 :
日本@名無史さん:04/12/20 21:36:31
八丁堀同心だった一葉の親父は士族になってる。
456 :
日本@名無史さん:04/12/20 22:57:59
457 :
日本@名無史さん:04/12/20 23:14:41
同心は明治2年卒族
明治4年卒族が解体され譜代の者は士族に格上げ
458 :
日本@名無史さん:04/12/21 00:36:15
さあ今日も教授に粘着するぞ!
459 :
日本@名無史さん:04/12/21 00:43:46
同心が成立される以前は、どういう身分の人たちだったの?
戦国の足軽組頭辺りが同心に化けただけ?
460 :
日本@名無史さん:04/12/21 01:43:22
足軽=同心
461 :
日本@名無史さん:04/12/21 07:26:45
そういえば「必殺仕事人」の劇中で中村主水が足軽用のヨロイを着ていた。
462 :
日本@名無史さん:04/12/21 09:37:41
実生活、それも収入面ではどうだったの
同心あたりがえばって市中見回りするとお捻りとか鼻薬がごそっともらえたの?
463 :
日本@名無史さん:04/12/21 11:34:00
文盲の興味は低級
ドラマや大河の話はよそでやってくれ
与力や同心に関しては、青蛙房から色々出てるから読んでから来てくれ
465 :
日本@名無史さん:04/12/21 13:21:14
466 :
日本@名無史さん:04/12/21 14:20:44
分派活動やめれ
467 :
日本@名無史さん:04/12/21 15:26:19
与力同心は世襲制だからおおっぴらに株の売買ができたの?
いくらで買えたの?
468 :
日本@名無史さん:04/12/21 15:30:10
>>467 抱席は、実質は世襲だが、建前上は一代限り。
だから株になる、というのが通説的理解だと思うが。
469 :
日本@名無史さん:04/12/21 16:05:28
与力は で き ま せ ん
470 :
日本@名無史さん:04/12/21 16:10:17
与力の株も売買されているはずだが。
471 :
大學ヘ授:04/12/21 21:03:36
>>462 見回り担當の町方は極く一部に過ぎません
>>469−7 禁止されてゐれば法律上は出來ませんが、犯罪として強行されることはありました
ところで黒鍬者ってのは同心よりもっと下なの?
江原素六 がその階級出身だけど。
473 :
日本@名無史さん:04/12/22 00:44:36
教授は勝利宣言もしないし、相手を罵らないし、粘着もしない。
文盲は一人で勝った勝ったとわめき、罵倒し、粘着するので、人品卑しい変質者に見える。
474 :
日本@名無史さん:04/12/22 01:28:27
黒鍬は江戸城内の城番・作事・防火に従事した者で、
角川日本史事典の幕府職制表によれば若年寄の下に黒鍬頭がいるが、
通常説明されるところでは黒鍬者は作事奉行の支配に属した。
組・組頭の編成を持っていたので下級武士のように思われがちだが、
身分は低く名字帯刀は許されなかった。
つまり幕臣ではなく雇われ人として扱われていた。
475 :
日本@名無史さん:04/12/22 01:30:09
↑ 最後の1行は私の判断に過ぎないので、削除してお読み下さい。
476 :
日本@名無史さん:04/12/22 09:22:27
歪んだ判断だな
477 :
日本@名無史さん:04/12/22 09:27:48
田中様が好き。あひゃ。
478 :
日本@名無史さん:04/12/22 09:39:38
× 田中様
〇 中田氏
479 :
日本@名無史さん:04/12/22 13:17:26
幕臣ではある罠、一応
>>474 身分的には茶坊主と似たような感じか。幕臣にして武士に非ず。
もっとも茶坊主は外様大名あたりから情報収集のために付け届けがあったりで、裕福だったようだが。
481 :
日本@名無史さん:04/12/22 16:54:00
筆頭同心田中 がうざい件について
482 :
日本@名無史さん:04/12/22 19:36:24
与力同心は外回りと内勤とがあったの?
外回り、見回りの方が役得があったのか?
廿四日、未の刻より外回り、直帰。
484 :
大學ヘ授:04/12/22 20:47:41
健常者の皆さんも、粘着する皆さんも、こんばんは
役人は番方と役方に二分されます 要するに武官と文官です
與力、同心の大部分は番方(隊付)か、役方でも地方(田舎の小役人)で、貴兄の想定される
町方は、役方の極く一部に杉増せん
町方のまたまた極く一部が見回り(防犯防災警邏)ですが、捜査関係者も見回らないではあり
ません
下郎でも臣下には違ひ有りませんから、幕臣でないとは言へません
正式には、重き武家奉公人、軽き武家奉公人、と上下に二分して取扱ってゐます
黒桑も、茶坊主も、一季半季の中間小者も、家來です
485 :
日本@名無史さん:04/12/22 21:15:45
そうすると
>1 名前:日本@名無史さん 04/11/01 13:40:49
>現在の警察官と同じ役割を担っていた、同心とそれを率いる与力を語ろう。
とゆう定義自体が無知な訳か‥
486 :
日本@名無史さん:04/12/22 21:29:52
足軽でない同心はいない
∴千人同心は足軽
487 :
日本@名無史さん:04/12/22 21:34:04
>大學ヘ授
他人のスレを荒らしてないで、自分のスレを立てろや
231 :大學ヘ授 :04/12/09 09:42:14
郷士には戦闘員たる郷士と、非戦闘員たる郷士があります
千人同心は軍役を負担しますから前者ですね
234 :大學ヘ授 :04/12/09 18:47:04
戦闘員たる郷士とは、領主の軍役を負担し、その戦闘序列に加はするもの
非戦闘員たる郷士とは、領主の軍役を負担せず、単に由緒に因って士分の禮遇を受けるもの
489 :
日本@名無史さん:04/12/23 01:32:08
スレに所有権が有るかよ、文盲!
490 :
日本@名無史さん:04/12/23 01:32:59
と、「大學教授」が暴れておられる。
491 :
日本@名無史さん:04/12/23 01:35:01
おお、また出たな、自作自演基地外!
自分以外は全部同一人物なんだよなw
492 :
日本@名無史さん:04/12/23 01:44:00
と、激しい粘着ぶりを示しておられる。
493 :
日本@名無史さん:04/12/23 02:02:07
夜更けて騒ぐ香具師らは低能ばっかし
さっさと寝るか勉強汁!
494 :
日本@名無史さん:04/12/23 02:09:40
教授は老人ではやね早起きだから深夜は来ないよ。
495 :
日本@名無史さん:04/12/23 08:31:39
488 みたいに教授の文章をこぴぺするだけで無言で消えるきもい人は教授派なの?
論拠の出せない教授は新でください
だれが教授に「ここはおまえのらくがき帳じゃないんだ」のAA貼ってやって
497 :
日本@名無史さん:04/12/23 10:57:36
↑ その証拠を出せよw
498 :
日本@名無史さん:04/12/23 11:04:08
488=496=粘着肝男
495の素朴な質問に発作を起こして切れたw
実際、大學ヘ授って思いつき・思い込みばかりで
立証しようという意欲も能力も感じられない
つまり衒学趣味の荒らし
500 :
日本@名無史さん:04/12/23 11:22:55
よくわかんないんだけど、教授の書いてることは正しいと思われるし、
一歩譲っても普通の書き込みより低水準には見えない。
書き方も親せつで礼儀正しく穏やか。
それなのにどうして必死で粘着されるの?
他スレの恨みなの?
ソースを出さないで、俺の言うことは正しい・俺を信じろというのは
麻原ショーコーと同じなんですが
502 :
日本@名無史さん:04/12/23 11:30:17
刑罰スレで完膚なきまでに叩き潰された文盲派。
自分が國語力無くて教授の転載する史料読めないだけなのに、立証がな
いと騒いだが勿論惨めに完敗した。
理論で負けると証拠を出せとわめき、証拠を読めないと現代語表記にし
ろとわめく変質者。
第一、立証しようという意欲も能力も感じられない書込とやらはレスの
過半数だろ。
教授だけじゃない。
だいたい教授が厨坊相手にいちいち立証して呉れやしないよ。
503 :
日本@名無史さん:04/12/23 12:50:11
>>502 >だいたい教授が厨坊相手にいちいち立証して呉れやしないよ。
アホですか? 騙り者を尊敬してるんですか?
大学教授=荒らしと認定する理由
質問に答えない。資料(史料)を出さない。
自説を否定されても反証も修正も撤回もしない。
その上、いけしゃあしゃあと顔をだす
>>231と
>>234に関して。
千人同心を郷士とする見解自体は間違ってないと思います。
ただ「領主の軍役」云々はおかしいという指摘は正しいとも思います。
千人同心は日光勤番を勤めるので
「主君(将軍)が命じる軍役」なら良いのですが。
507 :
日本@名無史さん:04/12/23 17:39:48
おまいらの感情的屁理屈と個人攻撃がきもいだけだ。
事実を述べよう。
教授に対する罵倒が効果をあげた前例は全く無い。
∴ここの罵倒も徒労に終わる。
教授は学問板らしく学問以外には反応しない。悪罵の応酬にも参加しない。
∴おまいらが罵り口調や非学術的非難だと返事しない。
返事しないように初めから個人攻撃や罵声を浴びせれば返事の無いのは予見できる。
∴おまいらが悪い。
貧民史や高級専門家は全員例外無く教授の能力、肩書を本物と認めていたし、ソース云々の非難もしなかった。
∴おまいらがアフォ
508 :
日本@名無史さん:04/12/23 17:54:17
>>231と
>>234が正しいことは、歴史を学んだ者には一目瞭然だ。
それを教授の間違いと浅墓に妄信し、繰返し粘着こぴぺしてソースソ−ス
と喚き立て、オノレの低脳と変態を誇示するような香具師は無視されて当
然だ。
訳の判らぬことを喚き叫ぶストーカー、基地外や電波をスルーするのは健
常者としてフツーの対応だ。
教授は常識人の反応を示しただけ。
教授は丁重で能力高い貧民氏に対しては丁寧に回答していた。
どっちも反教授だが、貧民史は高学歴の専門家。おまいらは厨坊。
わかったかw
509 :
日本@名無史さん:04/12/23 18:06:20
結論
千人同心は百姓身分=教授は正しくない
もうこれで結論で出てるだろ
510 :
日本@名無史さん:04/12/23 18:16:00
結論だけ連呼して理由を述べないんじゃ、誰も納得しないぞ。
511 :
日本@名無史さん:04/12/23 18:22:25
;'.,;!:: i:::::::,' ヽ. | i _,,,,,_
,' |::: |::/r‐'''''‐-、_ヽ.__!,、-'"~ ,i
プル ,'/i:::: |:}::::〔 , ‐-} }=-'_" ヽ、 プル
,,、、_‐,,,,,~、、{{ヽ::: !=;‐-{'" ,,-‐i''''ヾ\`==‐-',、 -‐-、
,、‐'''´ ヽ::::::::::.....ノ、 \ー;;;;/ / ___ヽ. `、\ ノ ヾ'',´ ̄~~`'‐ 、,ヽ、
r' ヽ--‐'"ヾ.ヽ `ヽ~_ /-=、,,,,ヽ. ,、‐'"ノ } ヽ.
. { ヾ=;;、 ヾ'''‐-、、-‐' ~,‐'~ ,,、=ヽ. }
', ` 、,, `ヾ=、,,_ -‐''~_,,、‐;'~''~ i ; i
', \ ~'''‐-‐''~`''''" ,'´ i
ヽ、 `;、 .; 丿 ノ
` 、_,{ `‐、_ ,米 ,、' ~`y'
) r' ~`'rr-、、,,,_ ,ノ"゛ _,、< ,;;ゝ
`~`i' ,'r´:::::::::`;丶、 ,_ _,,、-'´,ノ ,ノ ,、 ‐'"`, ';‐'"
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r''"' ノノ:::::::::::: ,' ',::::::::::::::::',', i!ヽ
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>>509 千人同心としての役を勤めているときは以外は百姓身分という裁決です。
したがって千人同心としての役を勤めているときは武士身分です。
上の方に誰かが書いていたけれど
郷士というのはこういう両属性があるのです。
513 :
日本@名無史さん:04/12/23 18:56:40
郷士という身分は、普遍的に各藩にあったのでつか?
514 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/23 18:58:24
譜代大名には郷士は少ないというのが通説のように思うが。
ただし幕末期のいわゆる金納郷士を除きますよ。
516 :
日本@名無史さん:04/12/23 19:29:10
郷士は太政官布告で士族とされているので、
大半が平民籍に入れられた八王子千人同心は
517 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/23 19:41:37
>>516 前にもどこかで書いた記憶があるのだが
近代の制度から近世を見ようというのは
望遠鏡を逆さに覗くようなものだと思う。
それしか方法がないならともかく、ほかに史料は豊富にあるのだから
近世にどのような身分であったかは
近世の史料を用いて判断すべき。
518 :
日本@名無史さん:04/12/23 23:30:37
また、千人同心に話が戻ってるな。
基本的に千人同心は百姓身分。
これは学術的な最近の研究で決着が付いている。
問題を混乱させているのは、
@千人同心が農村内での地位向上のために、自分たちは
武士身分であると主張した
A寛政期に千人同心が機能しなくなってしまったの
を立て直すために、幕府は千人同心の身分は百姓身分に留めつつ、
その中で武士に準じて扱うようにした。例えば、人別帳に名字は
載せないが、名前に千人同心と肩書きさせるなど。
(名字を名乗ることを公的に認めていないことに注意。)
B「嘘も繰り返してつけば本当になる」というのではないが、
千人同心が繰り返して自分たちは、武士身分だと主張するこ
とにより、Aの「寛政御改正」もあいまって、
幕府の公的な制度では百姓であるのに、江戸時代末期
になると、千人同心が武士であるとの考えが徐々に
流布するようになった。
C明治維新後、千人同心の士族編入運動があり、
千人同心=武士説がさらに元千人同心自身によって
強力に主張された。その後、元千人同心が研究者等に
千人同心が御家人であったと説明し、史料に当たれば
誤りであることがすぐに分かるこの説が定説化してし
まった。
吉岡孝『八王子千人同心』同成社をちゃんと読め。
519 :
日本@名無史さん:04/12/23 23:39:58
520 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/23 23:40:40
>これは学術的な最近の研究で決着が付いている。
吉岡氏の著書を私は読んでませんが
神立孝一氏は「八王子千人同心」(『支配を支える人々』近世の身分的周縁シリーズ5、吉川弘文館、2000年)で
>千人同心のような下級武士層においては、近世最後のおよそ五十余年こそが、
>「農」から離れた「士」の時代だったのである。
としていますが、吉岡氏はこの神立氏の立場をどのように評しているのでしょうか。
521 :
日本@名無史さん:04/12/23 23:44:06
基地外め。
何を読むか、おまいの指図は受けない。
コーランでも読んでろ!
522 :
日本@名無史さん:04/12/23 23:51:26
同じ話を何十回も書く518は変質者だと思うよ。
524 :
日本@名無史さん:04/12/23 23:58:37
貧民史は大学の先生らしいので正しい。
基地外は低学歴の変質者なのできもい。
525 :
日本@名無史さん:04/12/24 00:13:25
貧民史はケコーンしているが気は若い。
若年寄に認定。
526 :
日本@名無史さん:04/12/24 00:17:42
戦闘員にあらざる郷士は浪人扱い
527 :
日本@名無史さん:04/12/24 00:19:52
郷士の話は別スレ立てた方がよいのでは?
528 :
日本@名無史さん:04/12/24 00:26:38
百姓説は郷士というものへの無理解が原因
529 :
日本@名無史さん:04/12/24 00:27:46
>>520 あれは史料的な詰めが甘い。基本的に「千人同心
について」の論文としては全く価値がない。
530 :
日本@名無史さん:04/12/24 00:28:09
コテに粘着してるやつはぜったいコテより頭が悪い。
531 :
日本@名無史さん:04/12/24 00:29:07
武士説は郷士というものへの無理解が原因
532 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/24 00:47:07
>>529 私が知りたいのは吉岡氏による評価。
あなたご自身の評価を書いてもらうのも結構だが
「詰めが甘い」と批判するなら、あなたこそきちんと詰めた文章を書くべき。
533 :
日本@名無史さん:04/12/24 00:47:23
粘着こぴぺが始まりました。
534 :
日本@名無史さん:04/12/24 00:58:16
貧民史は人格陶冶は今一だが、江戸時代史ならかなりやる。
粘着百姓厨ではチョト勝てまい。
535 :
日本@名無史さん:04/12/24 01:09:01
千人同心の起源については「徳川実記」に説明が
ある。
「江戸にて御長柄を持つ御中間は、武蔵八王子にて
新たに五百人ばかりめしかかえられ、小禄の
甲州侍もてそが頭とせられしは...」
とある。ここで、中間というのは、江戸時代の草履
取りなどのを勤める非戦闘員ではない。
戦国から江戸初期にかけて中間とは、足軽よりさらに
ランクが低い長柄(槍)を持つ戦闘補助員であり、
名字も名乗れない存在であった。
また、このとき千人同心として雇われたのは
は戦国大名に仕えていた地侍クラスの
有力農民ではなかった。『新編武蔵国風土記稿』では
先祖が戦国大名に仕えていた百姓を「旧家」として
その名前を挙げているが、その中で千人同心である
ものはほとんど存在しない。潰れた戦国大名
の名字も名乗れない下級武家奉公人を
再雇用したのが千人同心であるといってよい。
そのような存在であるため、幕府も千人同心を
武士とは扱わず、百姓として扱い、名字を名乗る
ことも許さなかった。
536 :
日本@名無史さん:04/12/24 01:17:54
ついでに言うと、吉岡氏は神立氏の論文は一応参考文献には
挙げているが実質的に全く無視して言及はしてないよ。
537 :
日本@名無史さん:04/12/24 01:20:27
ということで貧民史勉強不足だな
538 :
日本@名無史さん:04/12/24 01:34:57
周知のようにその後千人同心となる権利は
家産化し、売買されるようになった。
売買は、元々「武士となる権利」を手に入れるためではなく、
それがもたらす収入が目的であった。千人同心の禄高は確かに
低いが、千人同心にはほとんど義務がなく安定収入としては
大きな魅力があった。(日光火の番は10年に一度であり、
しかも史料を調べると従来言われていたことと違い、旅費・
経費等はきちんと支給されていたことが分かった。)
一人で千人同心の株を何株も持つ者が現れるように
なったことがそれを証明している。(「武士となる権利」
を手に入れるのであれば、1株だけ入手すればよい。
一人で多数株を持ってる場合、代割のものに火の番をに
行かせる。)
さらに千人同心は家産化した権利の「有効活用」
を目指した。そのなかに「武士志向」の道があった。
千人頭支配であることを理由に、代官支配からの
脱却に利用しようとした。
539 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/24 01:47:11
>>535 中間などの武家奉公人をどのような身分と見るか、立場が違うようですな。
武家奉公人は奉公している間は、苗字帯刀が許され、武士に準ずる扱いを受けたとする立場もある。
若党なんかは百姓を雇う場合もあり
ある種の奉公人だが
その場合は村の人別からは一時的に抜いてしまうので、百姓身分ではない。
540 :
日本@名無史さん:04/12/24 01:50:05
貧民史うざい
引っ込んでろ
541 :
日本@名無史さん:04/12/24 01:53:47
武家奉公人は武士ではない。
苗字帯刀が許された武家奉公人って具体的には?
武士に準ずる扱いって具体的に何?
若党は身分的には武士であり、武家奉公人ではない。
542 :
日本@名無史さん:04/12/24 02:00:16
>>539 >若党なんかは百姓を雇う場合もあり
>ある種の奉公人だが
>その場合は村の人別からは一時的に抜いてしまうので、
>百姓身分ではない。
また勉強不足を露呈したな。貧民死。
それなら、千人同心は百姓であることは明白だ。
安永6年「苗字一件」事件
八王字八木宿の林蔵以下13名が千人同心を
勤めていることを理由に、人別帳姓を記して
差し出したことに対して、勘定奉行太田正房が
「人別帳は百姓之身分」であり、人別帳には
苗字を書かないように命じた。
543 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/24 02:23:12
>>542 上にも書いたけど、郷士というのは両属性があるわけです。
同心の勤めをしているとき以外は百姓身分ですよ。
だから千人同心は村の人別に入っているわけです。
武家奉公人の件は以前読んだ論文に出てきたんですけど
いま手元にありませんので
答えは明日以降になります、ご了解下さい。
544 :
大學ヘ授:04/12/24 07:30:50
徹夜で揉める皆さん、おはようございます
家老も用人も「重き武家奉公人」ですから、奉公人のうちです
判例評釈は、事件の概要、上下級裁判所の判決、實定法、不文法、當代學説の解釈
等を必要的に伴ふもので、素人には無理です 法學の全然判らない者に裁判は判りま
せん
郷士は鎌倉時代頃の武士の生活様式を残存せしめたもので、太閤検地以降、全く旧
時代の遺物と化しました 斯く非正規の存在であるだけに、各領主毎に扱ひをかなり
異にします その特性から田舎の方が盛んで、先進地帯では消滅が進んでゐます 故
に大公儀はあまり積極的でなく、千人同心は多分に例外的存在です でも分家の紀州
などは田舎ですから帯刀人だの何だの、訳の判らぬ郷士的存在が多いやうです 土佐
の山内など、有名ですね 薩隈の島津に至っては家士の城下集住すら未了です
545 :
日本@名無史さん:04/12/24 20:30:13
大學ヘ授が來たとたん、みんな逃げ散ってしまった‥‥‥ (??)
>>545 馬鹿言ってんじゃないよ。喧嘩を売るなら買ってやろう
そもそも
>>508 など屁のつっぱりにもなっていない
>>231と
>>234 は
「猫にはネズミを取るものがある」
「猫にはネズミを取らないものもある」
と言っているだけで何ら内容がない。具体的な例証も挙がっていない。
古典かな遣いぐらいで眩惑されている低能な
>>508が憐れだから相手にしない
だけだ
>>544 >薩隈の島津に至っては家士の城下集住すら未了です
「薩隈」ってなぁに〜? どうやって入力してるの〜? 漢検受けたほうがいいじゃな〜い
知っててやってんだよな? 薩摩・大隈
549 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/24 23:40:30
論文探しを少しだけやってみました。
「準武士身分」云々は、『近世の身分的周縁』5に久留島浩氏が書いているのですが
久留島氏が依拠する熊澤徹氏の「慶応軍役会と歩卒徴発」(『歴史評論』593)にはそういう記述は出てきません。
高木昭作→吉田伸之という流れでは、武家奉公人を士分とはとらえないようですが
朝尾直弘氏が『日本の近世』10に書いている論文だと
このあたりはもう少し曖昧になってます。
もう少し研究史をたどってみても良いのですが
これで論文を書こうというわけではありませんし
そもそも千人同心を中間と見なして良いのか、その点に疑問があります。
>>535は『徳川実紀』を典拠としていますが
『徳川実紀』は二次資料ですから
この文言に全面依拠するのは少し危ない気がします。
それから『徳川実紀』を引用するなら
国史大系本の第何篇の何頁くらい書くのが、学問の作法かと思います。
でないと、その引用が正しいかどうか、確認することができませんので。
550 :
日本@名無史さん:04/12/24 23:42:25
547は瞬間的に馬鹿がばれますた。
漢検は自分が受けなw
551 :
日本@名無史さん:04/12/25 00:02:53
文盲は思いつき・思い込みばかりで立証しようという意欲も能力も感じられ
ない、まともな出典に寄らない、つまり衒学趣味の荒しであることが左翼仲
間の貧民史によって暴かれますた
553 :
日本@名無史さん:04/12/25 00:13:00
↑ 薩隈を知らない君の学力こそ確かか ちゃんと高校卒業したか?
『薩隈民俗誌』という本もあります。
薩隈がそれほど珍しい言い回しとは思いませんが。
555 :
日本@名無史さん:04/12/25 00:24:39
文盲だから本読めない。
∴貧民史にも教授にも歯が立たない
>>553,
>>554 ご教示かたじけないが手元の国書総目録を見ても
薩隅(さつぐう)云々という書目はいくらでもあるが
薩隈(さつわい)云々などというのは見えない
おおかた無智蒙昧の俗書だろうwww
557 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/25 00:51:19
なるほど。
最近老眼がひどくて、見間違えたようです。スマソ。
一々言葉丁寧に書かなきゃ議論ができない能無しは教科書にでも書いてろ。
この話の流れで、薩隈で薩摩・大隈が連想できないならこりスレにいらないよ。
>>547 どうやって入力してるか気になるようなので
たぶんこうじゃないかな
「さつま」変換「薩摩」
「おおすみ」変換「大隈」
「摩」と「大」を消去して「薩隈」
「おおすみ」は「大隈」と「大隅」が出てくるな。
つかユーは性根が卑しく捻じ曲がってるな。
目を皿のようにして粗探しをしてる光景が目に浮かびますよ。
たった一文字の話でよくここまで意地の悪いレスができるもんだ。
内容についての批判ならともかく・・・
小学生みたい
まあミスは誰にでもあるものですよ。
>>535だって「徳川実記」と書いてますし。
561 :
日本@名無史さん:04/12/25 02:29:54
>>543 >千人同心としての役を勤めているときは武士身分です。
>郷士というのはこういう両属性があるのです。
これをもって郷士の両義性というのは不適切です。
郷士のあり方は地域、藩によって様々ですが、
基本的には、代々武士としてあるいは武士に
準じて処遇されている特定の家です。当然、
その家は代々名字帯刀も許されたいます。さらに
その扱いは、公務を果たしているときにだけ
武士身分あるいは武士に準じる身分になる
というものではありません。最低限
@代々その家系の者が
Aいかなる場合でも名字を公称でき、帯刀できる
(ただし、これは武士としての必要条件)
というのが郷士の必要条件です。
彼らは公務を果たしていないときでも武士として、あるいは
武士に準じて扱われていました。
千人同心について言えば、初期の千人同心は
親子で代を継ぐことが厳しく制限され、千人同心に
なるのには千人頭の指名が重要であったことが指摘
されています。
すなわち、元々千人同心の身分は家に代々継承される
ものではなかったのです。さらに、千人同心は名字
も公称できないことを考えると、そもそも千人同心
を「郷士」と考えることには大きな無理があります。
562 :
日本@名無史さん:04/12/25 02:38:07
両義性→両属性
分かりやすく言うと、ある特定の10年に1回
の任務のときだけ武士身分となり、しかも
その地位を代々相続できない郷士という
のは存在しないのだよ。
563 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/25 02:45:48
どうも吉岡説に全面依拠されてるようですので
その本を探してみます。
564 :
553:04/12/25 09:07:55
俺は、隅と隈の区別がついてなかった。正直すまんかった。
漢和辞典で確認したが、全く別字で、隈には「すみ」という
読み方がないことも確認した。発言をお詫びする
565 :
日本@名無史さん:04/12/25 09:10:47
千人同心のネタばっかりでウザイ。
上のほうに出ていた京都の町奉行所役人の維新後の身の振り方の方が気になる。
566 :
日本@名無史さん:04/12/25 09:31:14
↑ 自己中で幼稚園児みたい
567 :
日本@名無史さん:04/12/25 09:43:17
千人同心は百姓だと騒ぐ半基地外のせいで普通の話題が語れない。
まぁ郷士でいいがそれは正規の御家人とはいわないよね?
大學教授氏は
>>114では御家人だと主張していたがあれは明らかな間違いですね。
>114 :大學ヘ授 :04/11/23 10:02:31
> それが左翼史観です
> さて、千人同心ですが、間違い無く下級武士です
> 将軍家から30俵人扶持程度で御召抱になり、番方勤務(戦闘員としての軍務)を仰付かる御家人です
> 幕末には御家人株賣買も行はれ、百姓からなる者もありましたが、以上の本質に変化は有りません
そしてさらに同心株の売買は幕末に行われたと書いてるが
これも間違いですね、株売買は幕末よりもっと早い時期までさかのぼります。
そして千人同心の禄高も間違ってます、「30俵人扶持程度」?と書いていますが
千人同心の禄高は十数俵程度のものが多いです。
とまぁこれまでの教授氏の主張は間違いだらけなんですが
それなのになんで教授氏が正しいとなどという人々がいるのかがよくわからん。
569 :
日本@名無史さん:04/12/25 09:48:05
それはあんたの口汚い個人攻撃が反発を買ってるんだよ。
人間日頃の行いが肝心だ。
570 :
日本@名無史さん:04/12/25 09:52:59
それにあんたたちの引用部分は、上も含め何ら誤りと思えない。
たった一冊の、通説に異を唱える変な本を読んで妄信し、一方的に思いこんでるだけだろ。
とにかく礼儀だけでも教授に劣らぬようにすべき。
571 :
日本@名無史さん:04/12/25 10:03:03
千人同心の話題は八王子市民だけで語ってろや。うぜえんだよ。
>>569 あなたの書き込みこそが個人攻撃ではないのかね?
てーかあなたのいうあんたとは誰?
>>570 >たった一冊の、通説に異を唱える変な本
申し訳ないが吉岡氏の本がそうだという根拠を提示してくれないか?
仮説を唱えるのは結構だがその説を立証する責任はそれを唱えた側にあるんだよ。
きちんと根拠を提示した上で吉岡氏の本が「たった一冊の、通説に異を唱える変な本」だと言うことを
証明してくれないかね?
573 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/25 12:47:36
うちの図書館には吉岡氏の本は入っていないので、1点だけ教えて下さい。
> 千人同心について言えば、初期の千人同心は
>親子で代を継ぐことが厳しく制限され、千人同心に
>なるのには千人頭の指名が重要であったことが指摘
>されています。
町方同心も抱席ですから本来は一代限りです。
千人同心がなぜ親子で代を継ぐことを厳しく制限されていたのか
その理由をお教え下さい。
ちなみにこの本は東大や京大にも入っていませんね。
東大とか予算が潤沢なところは、たいていのものは入れるんですが。
574 :
日本@名無史さん:04/12/25 14:46:09
千人同心の話題中心になってから、スレの雰囲気がマンネリ化かつ険悪化したな
575 :
日本@名無史さん:04/12/25 15:06:15
もう平和な同心スレなど2ちゃんねるのどこにも存在しない
ことを思い知れ、同心ヲタどもが!
>573
京大はしらないが、東大の図書館には愕然とした記憶があるんですけど、最近は
違うのでしょうか?
専門書の類は各研究室で買うから、中央図書館の類には少ないんだろうと思って
納得したんですけどね。
(部屋の方にはいろいろありましたんで。まあ、工学系の文献ですけど。)
577 :
日本@名無史さん:04/12/25 21:38:22
訳の判らぬ飛んでも本を東大京大が買うもんかw
578 :
日本@名無史さん:04/12/25 21:44:46
千人同心百姓珍説をおらび叫ぶ変態は基礎学力を欠くので飛んでも本に染まったんだと思う。
貧民の言うとおり、下級御家人は番代りも出来ないし、子が継ぐには改めて召出されるしかない。
お役を離れれば百姓身分なのも当然。
何も特別なことじゃないんだよ。
それしきの基本を知らないから簡単に珍本にオルグられる。
富士山大爆発やUFO本熟読した口だろw
579 :
日本@名無史さん:04/12/25 22:11:30
トンデモ説の系譜
キリストは青森県戸来にいた
源義経はジンギスカン
上杉謙信は女である
松尾芭蕉は忍者である
大西郷も忍者である
千人同心は百姓である
日本軍は弱かった
580 :
日本@名無史さん:04/12/25 22:25:14
違うだろ。
薩隈が正しくて薩隅が誤用だろ。
定家をさだいえと読むと笑う香具師がいるが、ていかはかでんだよ。
そんなこっちゃ教授からポイントをとることは不可能だw
あのさ色々わめくのは勝手だけど結論としては
教授とその脳内人格さん達は
なんら有効な根拠を提示しないで自己正当性を声高にわめきたてている
だけでしかないよ。
只の電波でしかないっすよ。
正直にいうが百姓説を否定している人々は具体的な根拠をなんら提示していない。
これはこのスレを通読すれば判明する明確な事実だ。
百姓説の方は具体的な根拠を提示した上で主張を行っている。
そしてその根拠も第三者にも検証可能な明確なものだ。
それに引き換えなんら確たる根拠も提示せずに
ただ自分達の主張をがなりたてるだけでしかない。
こういった教授たちの態度はいかがなものかと思われ。
583 :
582:04/12/25 22:56:30
たとえば
>>568で指摘された教授の明らかな間違いに対し
>>570では
>それにあんたたちの引用部分は、上も含め何ら誤りと思えない。
>たった一冊の、通説に異を唱える変な本を読んで妄信し、一方的に思いこんでるだけだろ。
>とにかく礼儀だけでも教授に劣らぬようにすべき。
などと教授の間違いを否定しようとしているが否定する根拠をなんら明示していない。
吉岡氏の著書のどこがどう間違いなのかきちんと根拠を提示して上でしないのでは、まったく無意味ですよ。
そんなことでは第三者を納得させるのは無理ですね。
私の現時点での結論は
>>568の指摘どおり教授氏の書き込みは間違いだらけですね。
584 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/25 22:57:02
>>582 私はその本を読んでませんので
トンデモとか電波とかいう決めつけをするつもりはありませんが
>>573には答えて欲しいと思います。
それから二次資料に依拠するという問題点を指摘した
>>549に対する見解もお聞かせ下さい。
585 :
582:04/12/25 23:06:51
遺憾ながら、問題の書き込みは俺ではないので残念ながらそれにはお答えできない。
>それから二次資料に依拠するという問題点を指摘した
>>549に対する見解もお聞かせ下さい。
まずは二次資料はおろか何の資料すら提示していない教授さんたちの方が問題ではないかね?
586 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/25 23:12:19
>>585 ではあなたの発言はどれなのか。
レス番号をあげてもらえませんか。
587 :
日本@名無史さん:04/12/25 23:13:58
自分達は何の資料も提示せずに相手側の資料を
「二次資料云々だから信用できない」などと言い募る手口は
いかがなものかと思う。
まずは自分の側でも自説を証明する資料を提示した上で
「相手側の資料は二次資料だから信頼できない」
などと主張するのであれば話はわかるのだがね。
現状まったく根拠となる資料を提示していない人たちが
三次資料すら提示していない教授サンたちが
二次資料云々の話をしても説得力に欠けるというものでしょう。
きちんと自説をうらづける資料を提示してください>教授さんたち。
588 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/25 23:28:47
>>587 史料を提示しているというが
『徳川実紀』のどこに出てくるかを示さないのでは
史料を提示したことにはならない。
それに前後の脈絡なく一部だけ引用されても
その引用が適切かどうかも判断できない。
『徳川実紀』くらいは自宅にあるから
何編の何頁なのか示してくれれば、適切なのかどうかは判断できる。
589 :
日本@名無史さん:04/12/25 23:33:13
582>586
隗よりはじめよだ。
まずはあなたが千人同心の身分に対する自分の考えやその根拠を明示したらどうかね?
それと558などで指摘した教授さんたちのやり口(他人の資料を根拠も提示しないで批判するだけで
自分達はなんの資料も提示しない)についてのあなたの考えを知りたいね。
590 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/25 23:35:54
付け加えておきますと
吉岡氏は村上直さんのお弟子さんだと思いますが
村上氏も『八王子千人同心』という本を以前に出しておられますから
吉岡氏がそれほどトンデモなことを書いているとは思ってません。
ただ吉岡氏の本からコピペ、あるいは要約している人がいるのだと思いますが
今ひとつわかりにくいので、質問させてもらっているわけです。ご理解下さい。
吉岡氏の本を読めばいいのでしょうが
先に書いたような理由で、見ることができませんので。
591 :
日本@名無史さん:04/12/25 23:39:15
教授は史料に言及していないだろ。
話を作るなよ。
>>589 八王子千人同心を郷士と見るのは通説だと思います。
通説の史料的根拠を挙げる必要はないでしょう。
通説を批判する側は史料的根拠をきちんと挙げるべきですよ。
『徳川実紀』の件はあなたの書き込みでないというなら
これについてはこれ以上議論するのはやめますが
あなたがどこで史料的根拠を挙げているかは
はっきりさせる必要があると思いますよ。
それをしないで揚げ足取り的な発言に終始されるなら
スレの雰囲気も悪くなりますし、建設的なことでもありませんから
これ以上お話ししようとは思いませんが。
>>590 アマゾンやなんかの通販でもすぐに取り寄せられるし
漏れの地元の区立図書館にだって架蔵されてますね。
読む気になればすぐによめると思いますがね。
594 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/25 23:44:08
>>593 私は東京在住ではありません。
それに中身を確かめずに本を買うという習慣もありませんので。
595 :
日本@名無史さん:04/12/25 23:45:57
文盲には貧民や山野や教授と論争する能力なんて無い。
対等の議論をするつもりになってるのが既に思い上がり。
電源落として勉強しろ!
596 :
日本@名無史さん:04/12/25 23:49:12
低学歴の田舎者が博士(歴史)貧民助教授に苛められていますw
まぁ郷士でも別にかまわんですけどね・・・・。
>八王子千人同心を郷士と見るのは通説だと思います。
>通説の史料的根拠を挙げる必要はないでしょう
もし通説だというのであればその根拠がすぐに提示できるはずではないすか?
その根拠が挙げられないんであればそれは通説とはいわないと思う。
学問というのは第三者にも検証可能でないと駄目ですよ。
なぜあなたが通説だと考えているのか根拠を提示してほしい。
それできないのであればそれはもはや学問ではないですよ。
もう一度いう、具体的な史料や書籍や論文を提示してください。
たとえば天文学の教科書とかでも地球が丸いってことをちゃんと理由を
挙げて解説してあるもんだぞ。
あたりまえのことだから解説しないなんてのはありえないぞ。
598 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/25 23:57:00
>>597 例えば手元にある『日本広辞典』には
武蔵国多摩郡八王子周辺に配置されていた江戸幕府の郷士集団
と出てきます。
こういう辞典類は通説を書くものだと思いますが。
599 :
日本@名無史さん:04/12/26 00:01:30
>598
あんた国語辞典なんてそれこそ二次資料以下の史料的価値しかないんとちゃうかい?
>まぁ郷士でも別にかまわんですけどね・・・・。
ここから判断すると
あなたは
>>561を書いた人ではありませんね?
あなたは単に茶々を入れたいだけでしょう。
私は
>>561氏に答えて欲しいのですよ。
>>591 >教授は史料に言及していないだろ。
>話を作るなよ。
おいおい
>>353では「一次史料でもないのですから」などといって
他人が提示した資料をけなしてますけどね(w
前にも指摘したけど自分はなんにも資料を提示しないで
他人が提示した資料を貶すだけという姿勢はいかがなものかと思います。
>>599 『日本史広辞典』のタイプミスです。スマソ。
>>600 まずは自分の側の情報をきちんと提示したら?
それをしないで相手にばかり求めるのはいかがなものか・・・。
>>603 不毛な議論は止めにしましょう。
来月中旬には、吉岡氏の本を所蔵している図書館に出かける用事がありますので
そのときに件の書物をざっと読んでみることにします。では。
605 :
日本@名無史さん:04/12/26 00:39:27
/ ヽ ヽ ノ ヽ
| 〉 V | |
| / / \ ヽ、 |
| / / /| ヽ \
.! / { ヽ| ... ゙、 ヽ
| { ゙i ヽ ::r.;:. l ::_)
.! \ ト、 | `゙" / / ちょっとオッパイ置いときますね
| ト| | ∧ / /
| / / /|| ゙ヽ、 __ ,. -'" ` ーr┬ '′
| / / | ヽ、 | /
606 :
日本@名無史さん:04/12/26 03:58:05
貧民さん教授さん
半可通は止めよう
なにも教授本人だけが自説の根拠を提示する必要はないんだよ。
教授本人以外でも教授の説を擁護してる人ならば誰でもかまわない
ちゃんとした根拠をだせばよいんじゃないかね?
スレをみる限りではなにやら教授支持のそういう人はやたらといるみたいだからね。
ましてや
>>508なんかでは教授が「正しいことは、歴史を学んだ者には一目瞭然だ」とまで言い切ってるんだ。
本当に文字通り一目瞭然なんであればそれこそ具体的な根拠がすぐに提示できないとおかしな話だろ?
もう一度いうが第三者に対しきちんと説明できないようなものは学問とはいわないよ。
そんなのは只の思い込み、あるいは宗教だよ。
あれだけ教授を支持するレスがあるのに具体的な根拠にだれも言及しないのはカナーリ不自然ですよ。
たのむよ508君、一目瞭然だというその内容を出してくれないかね?
608 :
日本@名無史さん:04/12/26 10:12:57
↑ 卒業してから来てね。
609 :
日本@名無史さん:04/12/26 11:08:29
>>607 (∩ ゚д゚)アーアーきこえなーい 重複レスはあーらーしー
610 :
日本@名無史さん:04/12/26 12:49:59
百姓派は根拠なんて挙げてないだろ。
トンデモ本の書名書いて、これ嫁って繰り返すだけ。
百姓派が根拠示して、武士派が根拠示さないってのがうそ。
611 :
日本@名無史さん:04/12/26 12:58:34
いやだからさ>610
その吉岡氏の本がトンでも本だという根拠は?
なんら根拠も挙げずにそんな事をいっても説得力がないですよ。
トンでもだという根拠なんか提示されていないでしょうに。
第三者にも検証可能な根拠の提示がないんでは君の方こそ
それこそトンでも説でしょ。
申し訳ないんだがトンでも本だという根拠を出して下さい。
612 :
日本@名無史さん:04/12/26 13:11:11
だから一冊の書名しか出してないわけだ。
史料なし。
613 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/26 14:19:23
繰り返しになりますが、私は吉岡氏の著書についてトンデモとかそういう評価をしておりません。
読んでいない本を評価することはできませんので。
さて、地域の公共図書館に村上直編『江戸幕府八王子千人同心』(雄山閣出版、1988年)という本がありましたので
とりあえずこれを借りてきました。
村上氏はこの本の「はじめに」で
>八王子千人同心とは、甲斐の戦国大名武田氏の旧臣小人頭と同心を中心に編成され、天正一八年(一五九〇)八月
>に徳川氏に関東入国を契機として成立した在郷武士の集団のことである。
と書いています。まあこれが通説かと思います。
それから村上氏は
『桑都日記』巻之九下編を根拠に
千人頭が鑓奉行配下になるのは享保20年のことしており
それ以前は老中支配であったとしていますが
このあたりを吉岡氏はどのように見ているのでしょうか。
614 :
日本@名無史さん:04/12/26 14:27:16
千人同心というのは徳川軍事態勢の重要部分を担っており、嘘や法螺を言ってごまかせるような配置ではない。
大御番衆や先手を百姓だと言えないように、或は持筒が大名だと繰返し言い張っても永久に通らないように、
千人同心の身分も動きゃしないよ。
トンデモ説で宜しい。
615 :
日本@名無史さん:04/12/26 14:33:27
>>614 >千人同心というのは徳川軍事態勢の重要部分を担っており
pupupu
トンデモ説はやめようよ
616 :
日本@名無史さん:04/12/26 14:42:10
>千人頭が鑓奉行配下になるのは享保20年のことしており
>それ以前は老中支配であったとしていますが
それが千人頭の旗本からも格下げとリンクしてるのかしら?
617 :
日本@名無史さん:04/12/26 14:44:42
>千人同心というのは徳川軍事態勢の重要部分を担っており
いくらなんでもこれは無理。
重要部分といえばそれは大番組とかの事でしょ。
>>613 百聞は一見に如かずだ人に聞く前に自分で直接見たまえ
大体が二次資料は駄目だなんていう人達なんだからさ。
自分で直接確認しなよ。
619 :
日本@名無史さん:04/12/26 14:58:51
そろそろ諸組同心の話にしてよろしいか>ALL
621 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/26 15:00:13
>>618 では続きは来月中旬以降ということにしましょう。
622 :
日本@名無史さん:04/12/26 15:16:34
負け犬は黙って消えてくれ
623 :
日本@名無史さん:04/12/26 19:08:12
じゃ自分が消えなきゃw
↑ちゃんと自覚してるじゃんw
625 :
日本@名無史さん:04/12/26 19:12:45
書院番組などの諸組付属の与力・同心って、ふだん何やってたの?
626 :
日本@名無史さん:04/12/26 19:13:43
どこまでも千人同心の話をしよう!
627 :
日本@名無史さん:04/12/26 19:26:32
/!/{ / ヾ--r
_ /  ̄ <_
_>`´ 文盲 __<_
> r‐'" ̄ ̄ ノ ̄ ̄`ヽ、―ニ 二
/ , | `ヽ/ ´`ヽ _ 三,:三ー二
 ̄/ | ノヽ--/ ̄ , ` ̄ ̄ ̄
/ /⌒ヽ,| ミ } ...| /! 三
レ l d _}`ー‐し'ゝL _
| ヽ、_, _,:ヘr--‐‐'´} ;ー------
|/| \ ノ`ヾ:::-‐'ーr‐'"==-
ヽ/l/|` ー------r‐'"  ̄ ̄
|└-- 、__/`\-:、
__,ゝ,,_____/ \_」 \
628 :
日本@名無史さん:04/12/26 20:18:54
書院番組とはいわゆる五番方のひとつで、平時には将軍の警備が主たる任務です。
与力・同心は中雀門と上埋門の警備を担当していました。
629 :
大学教授:04/12/26 20:26:27
事故が起こった後でも労災に加入できるのでしょうか???
事故後の労災保険の加入はできます。
それどころかそのアルバイトの人もさかのぼって労災保険から給付されます。
まずは、労働基準監督署に事故が起きてからの加入であることを申し出ます。
そうなると、調査をして2年間さかのぼって労災保険に加入することになります。
もちろん保険料も2年間分支払わなくてはいけません。
通常の損害保険ではこのような事故後の加入なんてものは絶対ありません。
(あったら間違いなくその保険会社はツブレマス)
しかし、労働保険(労災保険、雇用保険)はそれができるのです、マチガイナイ。
原則、労働者をひとりでも(アルバイト、パート含む)雇っていれば
絶対に加入しなければならない強制保険です。
今回の○○工業所についても加入すべきことは知っていたと思います。
まぁ多少のペナルティーはくると思いますが、
しかし、原則に従って誠実に対処してくれればいいと思います。
630 :
日本@名無史さん:04/12/26 21:00:30
628 は嘘。
与力同心だけで守る門など無い。
大方話をそらしたい百姓派だな。
629 ももんも右派の捏造こぴぺ。
631 :
日本@名無史さん:04/12/26 21:01:23
じゃあ、諸組の与力同心は何やってたの?
632 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/26 21:09:15
>大方話をそらしたい百姓派だな。
>>628は私が書いたんですが。
633 :
日本@名無史さん:04/12/26 22:44:54
大先生によると、頭、与頭、晩秋とはなれ、与力・同心だけがは中雀門と
上埋門を警備したんでしょうか。
百姓派は文盲はみたいなトンデモ説は控えましょうね。
634 :
日本@名無史さん:04/12/26 23:43:39
幕府には軍役令があるから、番衆は有事には自分の家臣を従えて出動するはず。
だったら、諸組付属の与力・同心って何のためにいるの?
近代的軍隊みたいに、士官→下士官→兵って指揮系統があるわけでもないし、
番衆と与力・同心の関係って、よくわからない。
皇居の見学に行かれたことがないようですな。
636 :
日本@名無史さん:04/12/27 00:53:20
それをいうなら千代田城
637 :
日本@名無史さん:04/12/27 01:18:26
書院番は格式の高い職で番頭は五千石クラスの上級旗本
番衆も300石程度の旗本だから
せいぜい100石で将軍の御目見得もかなわない与力や
30俵くらいの軽輩にすぎない同心とは大差がある
638 :
日本@名無史さん:04/12/27 02:32:33
↑ かなりマチガットル!し、何を言いたいのかも判らない
639 :
大學ヘ授:04/12/27 08:35:41
御書院番御頭は四千石高
與力は八十俵高
640 :
日本@名無史さん:04/12/27 09:41:36
書院番士は300俵高。
641 :
日本@名無史さん:04/12/27 11:12:07
戦国時代で言えば
同心=足軽
与力=足軽大将みたいなもんでしょうか?
642 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/27 14:37:12
吉岡氏の本手に入れましたので
私に対するご批判にお答えしたいと思います。
まず『徳川実紀』の件です。
吉岡氏も何年何月条に出てくるかを明記されておりませんので
コピペした人が答えられなかったのは当然のことかと思いますが
一般向けの書物とはいえ、出典を明記するのが研究者の取るべき作法かと思います。
したがって吉岡氏の引用で判断せざるを得ないことをまずお断りしておきます。
さて「中間」云々についてですが
吉岡氏は千人同心が八王子におかれたのは甲州街道防衛のためという通説を批判しておられますが
この説は
>>535が引用する部分の続きに出てきます。
同じ史料の一部を否定しながら、千人同心が「中間」であるという点については
これに全く無批判に依拠するのは、史料を恣意的に扱っているという印象を受けます。
643 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/27 14:51:51
次に
>>561について。
吉岡氏は
「研究史において、千人同心が事実上世襲だったことは当然のこととして受け取られてきた。
しかし既述のように江戸時代前期では相続は厳しく制限され、千人同心は課役を勤めること
が苦痛になるまで減少してしまった。」(43頁)
としています。
しかし相続が厳しく制限されたという論証は充分ではありません。
安永9年(1780)に千人同心を勤めていたことが確実な93名のうち
1580年代召し抱えられたものが16名、1590年代が1名、1600年代が4名という事実をあげていますが
千人同心の8割が初期まで家系を遡ることができないのは
200年の間に株が譲り渡された結果とも考えうるので、初期の相続制限の証左たり得ません。
644 :
日本@名無史さん:04/12/27 17:46:59
>>638 五千石クラス≒四千石高
300石≒300俵高
せいぜい100石≒八十俵高
合うてるやん
1俵=4斗
1石=2.5俵
300俵=120石
80俵= 32石
646 :
日本@名無史さん:04/12/27 18:09:35
大番や書院番、小姓組番などの番衆が城内の警備などを行うときは、
軍役令に基づき自分の家臣を召し連れて勤務するはずと思いますが、
組付属の与力や同心とは直接の指揮関係はないと考えていいのですか?
>>646 いや大名行列なんかと一緒で家臣達は城までの送り迎えはするがお供の人たちは
中には入れずに外でまっていたんではないかね?夜だと一旦帰ったかも。
勤務中は番士だけだと思う。
確か松平外記の殿中刃傷事件の記録だったと思うけど
出てくるのは番士達だけで家臣たちは出てこなかったぜ。
>>643 しかし、千人同心が武士または郷士であるという積極的な資料の方がもっと少ないから…
それでだいたい結論が分かるじゃん。
べつに幕府の公式な扱いは百姓でいいんじゃないの。
実質的にも武士と呼べるようなものでもなかった訳だし。
「さかのぼれば俺たちはもともとは武士だった」って程度の話じゃないの。
そういう話はどの程度の話かは、まあ分かると思うよ。。
だいたい郷土史レベルの話なんて、ウソが簡単にまかり通るし。
ちょっと八王子千人同心が百姓か武士かの話題ばかりになっているので、
この先は独立してスレを立てたほうがいいような気がする。
八王子千人同心なんてローカルな話題でここまで盛り上がるのは不思議な気がする。
649 :
日本@名無史さん:04/12/27 21:50:32
禿同
千人同心ネタは
おなかイパーイ
650 :
日本@名無史さん:04/12/27 21:51:25
幕末の外国奉行の配下にも同心っていたんですか?
651 :
日本@名無史さん:04/12/27 22:30:28
手元の幕府役職集成によると与力/同心という名称はなく
外国奉行配下には組頭とか翻訳方、定役とかがあったらしい。
でも詳細不明とあるね。
652 :
日本@名無史さん:04/12/27 23:43:17
↑ まともな本を読めよ
654 :
日本@名無史さん:04/12/28 00:56:15
>>647 松平外記刃傷はすごい事件だよな
体育会のイジメみたいだもんな書院番って
655 :
日本@名無史さん:04/12/28 01:52:36
貧民よ、香具師らは素人だ
熱くならず、クールに善導してやれ
656 :
日本@名無史さん:04/12/28 02:12:41
貧民史が正しいが、もう馬鹿は放って置いて寝ろや。
今年、ゆまに書房が刊行した『江戸幕府日記』がほしい。
あれは初期の柳営の職制を議論する上でもいい史料だが、
高すぎて手が出せない。しかも影印本で読むのがだるい。
許諾が得られるなら、共同プロジェクトを結成して
分担翻刻すると世に有益なのだが・・・。
658 :
日本@名無史さん:04/12/28 04:23:45
>>653 まともに反論って・・・
君なんか話がずれてるよ
>>658 所詮教授さんの脳内人格ですからねぇ(w。
いやどっちが本体かはしらんけど。
郷士だと主張したいのなら郷士と主張しても別にかまわないがだ
大學教授なる人物がガセねたを垂れ流してたという事実には変わりがないぜ。
例えば
>>114の書き込みは間違いだらけ
・千人同心は正規の御家人ではない
・俸禄は三十俵程度ではなく十数俵程度
・千人同心株の売買は幕末期に限ったことではなく18世紀にも広く行われていた
もうひとつ事例をあげるが
>>357などで500石から千石程度の旗本が千人頭を勤めたと
記載された補任表があるかのごとく主張している
・千人頭は代々世襲の家が決まっておりその石高は最高の家で487石でしかない
教授さんたちが主張するような補任表はありえない
とまぁこのようにガセねた垂れ流しの教授さん達一派はもうこないでね。
661 :
日本@名無史さん:04/12/28 08:26:37
↑ これを書いた人はここの生え抜きなんだろうと思う。
他スレの経験に照らし全く無理だと思えることを、繰り返し主張してるから。
教授と貧民は犬猿の仲かだが、どっちにしろ、そんあ文句じゃ、びくともしないよ。
吉岡氏の本に依拠する百姓派の皆さんにあと一言だけ書いておきますと
吉岡氏は延宝から法会域のでき事を記した上で、25頁に
「以上のように千人同心は土着化・百姓化していった。」と書いておられます。
百姓はもともと百姓なのですから百姓化するはずはありません。
百姓でないからそ百姓化するのです。
千人同心には百姓・武士の二面性があるですよ。郷士というのはそういうものです。
でなければ、寛政以降の「御家人化」の契機が説明できません。
法会域→宝永期
タイプミス、スマソ。
外国奉行っていつから出来たの?
たとえ、多少間違っていたとしても貧民史はまともな日本語を話し、
論理的な反論を返すから大學教授の1000倍はマシ。
ただ、アンチがうざいんで名無しでやってくれるとありがたいんだが
>>653 いやいや別スレでまとめてやってほしいわけさ。
これにこんなにこだわる意味合いが分からんのよ。
しかし、論点も多いし、スレの伸びもいいので単独でもいけそう。
かなりローカルなネタなわりには、伸びがいいんだし。
どうせやるなら、郷士である2次資料ぐらいは出さんとダメじゃないの。
ずっと、百姓説はソースぐらいは出しているんだしさ。
百姓説とその反論の繰り返しでマンネリだし。
武士説はもうちょっと無理っぽいから郷士説でいくとしても、
それに郷士という言葉はかなりいい加減だから、ちょっと詰めたら?
>>663 あとさ、
>>642で自分で「出典を明記するのが研究者の取るべき作法かと思います。」と言っているんだから、
自分も何か出したほうがいいよね。作法だしさ。
この点で郷士説はどうしても劣る。ここまで話が膨らんだんだから、それくらいやってもいいんじゃないの。
そのほうが面白いし。
裁判と同じだよ。
相手が証拠として提出したものを、こちら側でも再検証し、
不十分、疑問点を指摘して反論する。
当然相手側も、その不十分とされたところ、疑問点に対してしっかり答えられなければ
証拠書類として的確でなかったことを認めてしまうことになる。
貧民史さんは、この年末の忙しい時期、
わざわざ相手が根拠資料として主張してやまない吉岡某の書籍をかりてきて
その上で検証し、ちゃんと反論している訳だ。
その反論に対してまともに答えられない時点でもう勝負がついてるじゃないか。
郷士は千差万別。地域・支配体制によっても違う。
下総・安房の牧士もある意味由緒といい、半分百姓半分武士という点で郷士だが、
やはり千人同心のような扶持ではないな。
>>667 池田昇「寛政期の八王子千人同心」(村上直編『江戸幕府千人同心』雄山閣出版、1988年)には
八王子千人同心の武士としての身分については、享保10年(1725)、鑓奉行小笠原新九郎が千人組に出
した達によって規定されている。それによると、千人同心は八王子周辺の農村に居住する幕府の郷士はあっ
たが、一般の御家人と同様に、目安箱(評定所箱)へ投書することを禁止されており、享保期には身分的に
御家人として扱われていた。
と出てくる。
吉岡氏はこの目安箱への投書禁止に触れていないと思うが。
671 :
日本@名無史さん:04/12/29 00:16:28
百姓派は貧民史に勝てない。
学力が違う。
低学歴の癖に貧民史に挑もうとは、蟷螂の斧というか、分際を知らぬ思い上がりだ。
貧民に勝てるのは教授か山野だけ。
672 :
日本@名無史さん:04/12/29 00:22:39
大学教授=貧民史=山野
673 :
大學ヘ授:04/12/29 00:33:45
>646
法理上、番衆は組付属の与力や同心とは直接の指揮関係はないと考へて良いでせう
與力、同心は頭に属します
また、頭は一人ですが、番士は幾十人もゐます
まさに船頭多くして舟山に登る
それでは指揮にも部隊にもなりません
部隊長は一人でなければなりません
>669
>貧民史さんは、この年末の忙しい時期、
>わざわざ相手が根拠資料として主張してやまない吉岡某の書籍をかりてきて
>その上で検証し、ちゃんと反論している訳だ。
やたらと某氏の事情に詳しいようだが
書籍の入手については言及されてたっけ?
なんでかりてきたなんていえんの?
やはり脳内人格さんなんですか?
>670
当時の郷士の位置付けは武士側からみれば百姓と同等の筈じゃないの?
特になにか特権があったというわけでもなし。
郷士身分だったという主張がよくわからん。
>>670 では郷士説にたった場合は
人別帳への記載についてはどのように説明されるのですか?
677 :
675:04/12/29 06:54:32
そもそもが郷士ってなによ?
ってところから話をつめた方がいいんでね。
だれかお勧めの書をどうぞ。
678 :
675:04/12/29 06:58:29
あと今まで出てきた諸説を整理するとこんな感じ
百姓説、郷士説、御家人説
そのうち御家人説は完全に間違いでいいのかね?
679 :
674:04/12/29 07:02:30
642では本を「入手した」としかかれていないのに
なんで借りてきたなんて事までわかるのでしょうか?
買ったかあるいは貰ったのかもしれないじゃん?
教えて?>669
なるほど、「入手した」だな。これは俺のはやとちりだ。
だが、買った、貰った、借りたにせよ、
実際に本を見てちゃんと反論されてるには変わりがないだろ。
こんな次元の低い反論しかできないのか?
681 :
日本@名無史さん:04/12/29 08:40:03
郷士って言っても武士身分が若干認められてるものから自称までいるからな・・・
682 :
日本@名無史さん:04/12/29 08:40:46
なぜ与力同心スレで郷士の話題が???
683 :
日本@名無史さん:04/12/29 08:51:25
680に禿同
文盲・百姓派は程度が低すぎる
>>684 もしオレが貧民史さんなら、借りたなどと早とちりはせんだろうが。
なんでこの程度の分析すらできないのか?
あまりにも判断能力がなさすぎる。
676さんのようなまっとうな反論をしてみろ。
686 :
日本@名無史さん:04/12/29 09:23:59
>670
どちらかというと槍奉行は千人同心よりの立場なんでその達しをそのまま受け取るのはいかがかと・・・
あと貧民史さんに質問ですが
・人別では百姓として村方の人別帳に記載されており、しかも苗字を記載することも許されなかった事
→ 郷士は別帳化、苗字も記載が通常という書き込みがありましたよね
・また苗字一件でも百姓として勘定奉行の裁判権に服している事
・さらには村内の儀礼交際でも千人同心だからといっても特に優遇等もされていない事
→ 武士の格式ではなくただの百姓として交際している
などについては郷士説の立場ではどのように解釈されるのでしょうか?
688 :
日本@名無史さん:04/12/29 09:26:54
おまえら、いつまでもダラダラと千人同心ネタばっかり続けてるんなら、
「真・与力同心スレッド」立てるぞ!!
えっ?
苗字帯刀を許された百姓が郷士ちゃうの?
690 :
日本@名無史さん:04/12/29 10:27:32
691 :
大學ヘ授:04/12/29 12:03:36
>>689 違ひますね
苗字帯刀を許される百姓の多くは名主、豪農の類です
それは一種格式ですが、百姓身分から抜出す訳ではありません
>>686 裁判管轄の多くは地域管轄や事物管轄であり、身分管轄は少数に止ります
故に勘定奉行所管云々は、それだけでは論拠たり得ないでせう
どの道、殆どの裁判は結局、三奉行、評定所へ掛るのです
村内儀禮、格式の話も、下級武士には普通のことです
さんぴんや直侍、同心は、村へ帰れば村の秩序に従ひます
帰郷した上等兵が、一等兵たる若旦那に頭を下げるのと同じです
692 :
日本@名無史さん:04/12/29 12:24:51
>>686 人別帳記載の問題ですが
例えば医者などは村の人別に記載されるのではないでしょうか?
浪人や在地代官は別帳ですが、村(百姓)が人別帳を作ります。
だから人別帳記載の問題だけで、こういう曖昧な身分を論じることはできないと私は考えています。
享保10年には上司である鑓奉行は千人同心を武士身分とみなしていますし
「寛政御改革」以降、幕府が千人同心を「御家人筋」として武士として扱おうとしたことは、吉岡氏も認めています。
百姓か武士かという二項対立的視点で見ようというのが、そもそも間違いである
私はそう指摘したいだけなのですが。
693 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/29 12:28:31
>>692は私が書いたものです。
もうひとつ付け加えておきますと
>・さらには村内の儀礼交際でも千人同心だからといっても特に優遇等もされていない事
> → 武士の格式ではなくただの百姓として交際している
「寛政御改革」以降、千人同心が農村で特別な存在と見られるようになったことは吉岡氏も認めていることです。
694 :
日本@名無史さん:04/12/29 12:31:07
千人同心でスレジャックするのなら、「正統派・与力同心スレッド」立てますよ。
695 :
日本@名無史さん:04/12/29 13:28:06
また乗込むから同じだよ。
文盲が百姓説で粘着荒しするから悪い。
696 :
日本@名無史さん:04/12/29 13:45:10
百姓派は学生だな。
先生に挑むのは無理だよ。
697 :
日本@名無史さん:04/12/29 13:55:54
千人同心は御家人
>>692-693 大変ですね、大學教授さんとの一人二役も(w
名前欄はキチンとかえましょうね(w
699 :
日本@名無史さん:04/12/29 14:19:41
>百姓か武士かという二項対立的視点で見ようというのが、そもそも間違いである
>私はそう指摘したいだけなのですが
その点に対しては俺も同意する。
俺がいいたいのは
>>120のような極端な武士説への反対意見としての百姓説です。
但し周縁的な身分であっても千人同心はその実態からして百姓身分的要素がかなり濃いと思う。
教授の主張のように武士身分として扱うのはおかしい思う。
基本は百姓身分にあると思うが?
ところで御家人筋云々の話しだが「それ以前は御家人ではなかったし
それ以後も御家人並ということは正規の御家人ではなかった」と理解できるがいかが?>貧民史氏
700 :
日本@名無史さん:04/12/29 14:25:41
701 :
日本@名無史さん:04/12/29 14:27:34
>691
>帰郷した上等兵が、一等兵たる若旦那に頭を下げるのと同じです
封建的身分制度が撤廃された近代を引き合いにだして
近世を理解しようとするのは無理がありすぎますね。
寛政のご改正については部分的に武士同様に
千人同心をとり扱おうという流れの筈で
千人同心を武士そのものとして扱うとか
武士身分として認定するなどといったものではない筈。
そうでないと苗字一件との整合性がとれないですぜ。
>「寛政御改革」以降、千人同心が農村で特別な存在と見られるようになったことは吉岡氏も認めていることです。
確かある千人同心が武士の格式で葬式を出したいと主張したのに
村方は百姓の格式で充分と突っぱねている事例なども紹介されていますよね?
704 :
日本@名無史さん:04/12/29 14:46:59
郷士ってさ、先祖が帰農した武士だったなどという由緒をもつ在地の有力農民で
苗字帯刀を認められている家じゃないの?
身分的には百姓だと思ってたけど違うの?
だれか正しい郷士の定義を教えて?
705 :
日本@名無史さん:04/12/29 14:53:59
教授は法制史家なので、全て近現代法に置換えて解説する。
理由を示さずただ、無理がありすぎますね、ったって全く通用支那いよ。
706 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/29 14:59:37
>>699 私は千人同心が御家人であると主張したことはありませんよ。
千人同心には武士と百姓の側面があり、幕藩後期になると武士的要素が強まる。
それだけのことだと思います。
なるほど安永の苗字一件で基本は百姓身分とされるわけですが
それ以前はどうであったのか。
上の方にも書きましたが、吉岡氏は『徳川実紀』に依拠して
幕藩初期の千人同心を中間=武家奉公人としています。
しかし千人同心が増員される慶長5年の記事を見ても
吉岡氏の引用される文章は出てきません。
後代の記事に出てくるのなら、その時点での千人同心を幕府がどのように見ていたか
その認識が反映されている可能性は否定できませんから
安永以前(安永の裁許の根拠となる享保20年の争論)以前に
千人同心を幕府がどう扱っていたかは、定かではないとしか言えません。
訂正
(安永の裁許の根拠となる享保20年の争論)
→(あるいは安永の裁許の根拠となる享保12年の争論)
708 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/29 15:08:14
>>702 整合性のとれないことを幕府がやろうとして苦労したことは
吉岡氏の本を読めばわかるはず。
>>708 寛政のご改正については千人同心を
武士そのもとして扱おうとしたものではない
という指摘についてはよろしいでしょうか?
>千人同心には武士と百姓の側面があり、幕藩後期になると武士的要素が強まる。
>それだけのことだと思います。
それならば俺は基本スタンスとしては同意できますね。
あとはどちらの割合がどの程度であったかという話しですな。
教授達が唱えていた武士説-「正規の御家人であり武士」という主張は間違いということですよね。
私自身は千人同心については基本は百姓身分にあったと考えていますがそのあたりは如何でしょうか?
711 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/29 15:26:15
>>703 そうした事例も紹介されていますが、同時に吉岡氏は
「千人同心は刀を差せる存在として村からは特別な目で見られていたことがわかる」(104頁)
とも書いています。
吉岡氏の本をお読みになったようですから、もうひとつ付け加えておきますと
文政7年の「千人同心五十人御咎一件」で裁許を行った老中水野忠成が
「御家人身分」にあるまじきことを処罰の理由としていることを吉岡氏は紹介しています。
老中はこの時点で千人同心を「御家人身分」と認識しているのであり
百姓説にたつ吉岡氏は、この事実の扱いにかなり苦労しておられることが読み取れます。
712 :
日本@名無史さん:04/12/29 15:29:09
しかし二人とも割と大人しいね。
刑罰スレでは二頭支配だったのに。
713 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/29 15:32:29
>私自身は千人同心については基本は百姓身分にあったと考えていますがそのあたりは如何でしょうか?
周縁的あるいは中間的なものの基本は何か
こういう論の立て方そのものが、どだい間違っていると思います。
714 :
日本@名無史さん:04/12/29 15:33:19
老中水野忠成が千人同心を御家人というんじゃ、やっぱり御家人じゃんw
>714
残念ですね、老中よりも評定所の方が優越しますよ。
>713
では百姓説武士説どちらも間違いということですか?
717 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/29 15:49:18
すべてをかっちりとしたものととらえようというのは近代以降の感覚です。
前近代の日本の社会はいい加減なところがいろいろあります。
例えば近代以降の所有権の感覚からすれば、質地請け戻し慣行などは理解できないものです。
あるいは元文2年道中奉行鈴木利唯は
道中奉行支配の「五海道」として東海道・中仙道・日光道中・奥州道中をあげており
甲州道中を奥州道中の中に含めてしまっていて
交通政策の総責任者がこういういい加減な認識をしていたことがわかります。
また教授のガセねたですが>691
いい加減にしなよ。
当時は身分と訴訟/刑罰は密接に関連していたでしょうに。
勘定奉行が単独で千人同心に手鎖宿預けという処罰を課せるという事がどういう事かは
>どの道、殆どの裁判は結局、三奉行、評定所へ掛るのです
三手掛かり、五手掛かりの評定所物とと勘定奉行単独の手限裁判の違いくらいは知ってるはずだと思うんだがね・・・。
いい加減なガセネタ垂れ流すのはやめなよ。
719 :
日本@名無史さん:04/12/29 15:57:16
ところで日常生活でも千人同心達は刀をさしていたのかね?
日光へ行くときは帯刀してたのはわかるが
村にいるときも常時刀をさしてたの?
んで手鎖宿預けという処分は武士に対する刑ではないって指摘は正しいのかね?
とりあえずこのまま千まで埋めて次すれで分割でいいんでないかね?
722 :
日本@名無史さん:04/12/29 17:08:17
>>704 藩によって様々。薩摩土佐などは武士、無足人と呼ばれる郷士は百姓身分らしいが・・・ただ無足人帳なるものが存在
千人同心の場合にややこしいのは領主側は郷士としてはみていないってのがあるよね。
天領代官にしても大名旗本にしてもあくまで一般農民としてるのが基本姿勢だよね。
ところで幕府に郷士制度なんてあったのかね?
724 :
日本@名無史さん:04/12/29 17:29:52
千人同心は俸給を貰うだけでそれ以外の例えば屋敷や田畑に対する免税措置などという特権は無かったしね。
郷士だと普通はそういう免税特権がつくもんだと思うけどなぁ。
725 :
日本@名無史さん:04/12/29 17:40:56
質問
1.寺社奉行や勘定奉行にも与力・同心は付属していたのですか?
2.書院番などの諸組付属の同心も羽織・着流しだったのですか?
3.諸藩の城下町の町奉行所にも与力・同心はいたんですか?
726 :
日本@名無史さん:04/12/29 17:49:20
>>723 天領に郷士と称する輩はいたでしょ。十津川郷士、上州の新田遺臣、武田浪人などなど
727 :
日本@名無史さん:04/12/29 17:52:03
追加
4.天領の遠国奉行配下の同心はすべて羽織・着流しだったのですか?
5.京都町奉行所のスタッフは、王政復古の後、どうなったんですか?
728 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/29 17:52:14
>>724 千人同心の中には拝領屋敷に住んでいる者もいるのだが。
729 :
日本@名無史さん:04/12/29 17:55:05
教授でも貧民史でもいいから、この質問にちゃんと答えてください。
質問
1.寺社奉行や勘定奉行にも与力・同心は付属していたのですか?
2.書院番などの諸組付属の同心も羽織・着流しだったのですか?
3.諸藩の城下町の町奉行所にも与力・同心はいたんですか?
4.天領の遠国奉行配下の同心はすべて羽織・着流しだったのですか?
5.京都町奉行所のスタッフは、王政復古の後、どうなったんですか?
730 :
日本@名無史さん:04/12/29 19:58:32
>>728 百人町だったかにすんでた人達でしょ?
でもそれは少数派で大多数は近在の農村に居住してたんでしょ?
そしてその大多数派の千人同心達の家財は免税対象にはならなかったんでしょ?
731 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/29 20:14:33
732 :
日本@名無史さん:04/12/29 21:00:08
>老中はこの時点で千人同心を「御家人身分」と認識しているのであり
>百姓説にたつ吉岡氏は、この事実の扱いにかなり苦労しておられることが読み取れます。
しかし、その翌年の横山宿狼藉一件では幕府評定所は千人同心の御家人性を否定しているので
これまたややこしい。
旧家筋ではない同心たちについてですが幕府評定所はこの時に
平同心より上級の組頭の千人同心の席次について
陪臣である旗本領主の家臣や韮山代官所手代やよりも下であるとの裁決を下しています。
もし直参の御家人であるならば陪臣たちよりも上席とされなければおかしいわけですので
これまた不思議なのです。
とまぁこの様にかなり複雑なのでした。
733 :
日本@名無史さん:04/12/29 21:31:13
出て来い、ヘボ教授!
>>729 1.「有司勤仕録」(『古事類苑』官位部三 所収。2次史料でスマソ)に
寺社奉行は、町奉行、御勘定奉行、御勘定奉行と違ひ、大名役たる故に、公事之役人、皆家来之内に而、寺社取次と云役人有之、諸之願訴訟を請取、諸用を司る事、町奉行にて内与力之如し、其外目安読并白洲同心、寺社書役等、御役向一式に掛り勤る也
勘定奉行所そのものには与力同心は付属しないが、
勘定奉行支配下の浅草蔵奉行配下なら
門番同心頭取は20俵2人扶持高(「吏徴別録」)
門番同心は15俵1人扶持、定人数15人(他に雑用金5両づつ。「浅草御蔵旧例書」)
とある。
2.御書院番与力六十人 一組十人 現米八十石高(中略)御書院番同心百廿人 一組二十人 三拾俵二人扶持高(『上同』所収「吏徴 下 御目見以下」)
この程度の扶持なら、恐らく町奉行所の同心同様羽織・着流しかと。
3.雄山閣の『藩史大事典』あたりで調べられたし。
4.例えば長崎奉行所は
与力十人、同心十五人(中略)与力百俵(持扶持)、同心廿俵、寛永意十四年丁丑、始置与力五騎・同心廿人、貞享四年丁卯廃与力同心、天保十三年壬寅七月日始置(七人)、十四年癸卯九月朔日、増与力三員、合十員(『上同』「吏徴別録 郡職」)
とある。川原慶賀や石崎融思は長崎役人を写実的に描くが、彼らが活躍したのは同心がいなかった時期。幕末の写真に同心が撮影されているかどうか不明。
5.享保頃の京都町奉行所なら「京都御役所向大概覚書」で事足りるだろうが、維新直後は俺は知らない。
まあ、実務能力があれば引き続き下級官吏でもしていたんではないかと推測するのみ。
京都府の官員録の類でもあたってください。
735 :
貧民史 ◆523AewEqzc :04/12/29 22:48:40
同心番所に詰める際に、着流しというわけにはいかないはず。
736 :
日本@名無史さん:04/12/29 23:45:09
旗本並の特典有る長屋門、裃着用可等の農民は旗本か?
あくまで身分は農民。
職制としてあるなら御掃除の様に単なる清掃員でも幕臣。
737 :
日本@名無史さん:04/12/30 01:29:48
千人百姓?
738 :
日本@名無史さん:04/12/30 01:45:49
>>736 当時のルールはそんな簡単なものではない。
739 :
日本@名無史さん:04/12/30 04:01:19
>>732 正規の武士ではないから陪臣よりも下ってことなんでしょうかね?
それとも別の理由?
740 :
日本@名無史さん:04/12/30 11:41:55
>>734 長崎奉行所の職員について、「貞享四年丁卯廃与力同心」とあるのですが、
廃止後は誰が奉行所の仕事を行っていたんですか?
>>740 手元に長崎県史も長崎市史もないので詳しいことはいえませんが、
長崎奉行が家臣を連れていきますし、寛政5年には手附出役が置かれています(文政3年廃止)。
近藤重蔵も、学問吟味で丙科及第したあと長崎奉行手附出役となり、当時の奉行中川忠英(これは実に有能な人物だった)
にかわいがられ、中川の後押しで支配勘定、書物奉行にまで出世しています。
長崎には奉行所の他に代官(高木氏)がいますし、
地役人の数がやたらに多いので、通常の運営事務、交易管理などについては、奉行所附きの与力、同心の必要性が相対的にかなり薄かったようです。
742 :
日本@名無史さん:04/12/30 18:15:47
基本的に、幕府の同心とは足軽=兵卒で、各部署に配属されており、
番方の同心は兵卒で、役方の同心は下級官吏や警官と考えてよいのですか?
あと与力は、歩兵である徒士や小十人組とどっちが身分が上なんでしょうか?
小十人組は旗本、徒士は御家人、町方与力は旗本ということになっているがお目見えは叶わない。
禄高は町方与力200石、小十人組100俵10人扶持、徒士70俵5人扶持。
744 :
日本@名無史さん:04/12/30 18:52:48
朝廷から皇女紀宮が、
江戸町奉行所 勝手方同心三十表二人扶持の黒田慶樹に嫁ぐのか!
黒田慶樹氏は元両替商の手代で、同心株を買ったんだよね。
彼は作事方小役だと思うが。
746 :
日本@名無史さん:04/12/31 00:08:18
747 :
日本@名無史さん:04/12/31 00:28:20
いやいや縮緬問屋の分家で御家人株を取得して学問所を出て旗本に出世した口だと思うよ。
家格は小十人組>与力>徒士
草加定環「尹台秘録」より
町奉行自分之儀ニ付一件之部
明細書之内
是ハ北方之部
一、高五千石[上総・下総]之内 与力廿五騎
但、壱人ニ付弐百石ツヽ
御切米
一、高三千四百七十五俵 同心百廿人
弐百四十人扶持
但、壱人ニ付弐人扶持ツヽ
十五人ハ 三十四俵ツヽ
但 五人ハ 三十三俵ツヽ
八十人ハ 三十俵ツヽ
弐十人ハ 弐十俵ツヽ
是ハ南方之分、与力ハ前同断
御切米
一、高三千五百弐十弐俵 同心百廿人
弐百四十人扶持
但、壱人ニ付弐人扶持ツヽ
弐十人ハ 三十五俵ツヽ
五人ハ 三十三俵ツヽ
但 七人ハ 三十壱俵ツヽ
六十八人ハ 三十俵ツヽ
弐十人ハ 弐十俵ツヽ
続き。
組与力同心身分之部
大目付江
諸組与力同心其外軽キもの御抱入ニ罷成候類より外場所江立身等致候者之明キ跡、
向後小普請より御入人ニ相成候事
一、右之類之内、病死等ニ而明キ候節ハ、其者之妻子等片付方も無之、難儀仕候も
のハ、其段遂吟味可被申付候、尤厄介等も無之明跡ニ候者、是迄御入人ニ相成候
事
一、御抱入之者、御暇差出候者之明跡も御入人ニ相成候事
一、御中間、御小人等之類、御譜代場へ御抱入ニ相成候もの病気等ニ而勤難儀時、
只今迄一代之小普請ニ入来候へ共、御譜代場ニ而も可抱入者、御暇差遣其跡ハ御
入人ニ成候事
右之通得其意、此趣を以時々可相伺旨、頭手配有之面々江可被達候
三月
右、延享四年卯三月廿六日、酒井雅楽頭殿御渡被成候
続きがありますが、へたばりました。江戸中期の町奉行与力同心の勤役内容については
この「尹台秘録」は有益ですから、内閣文庫で実物を閲覧されるか、汲古書院の影印本
を御覧になるといいかと思います。
751 :
大學ヘ授:04/12/31 11:13:44
着流御免といふのは、町方同心の外勤に限った話です
番方には関係ありません
勘定奉行は役方で地方の徴税を主務としますから、担税力等の視点で人を分類します
老中は半ば以上、槍奉行は全く、番方ですから戦力として人を分類します
鯨が生物学上哺乳類でも、捕鯨は経済学上魚類であり漁業です
さうして、幕府の軍事政権たる本質に徴し、何れが本質であるかは明らかです
そもそも人に教へを請ふのに横柄な言辞は宜しくありません
異常者ぢゃあるまいし、人の道を外さぬやうにしませう
没義道漢に、学問を語る資格はありません
752 :
日本@名無史さん:04/12/31 11:56:39
>30代の男だが会社があり、家族があり、とても
>学校に通って勉強は出来ない状況、しかし中学
>時代の同級生だった男が突然勉強し始め学歴を
>改造し始め、数年後には日本有数の私学を卒業
>する予定、はっきり言って自分より高学歴になる、
>何か正直ずるくないか?後出しジャンケンじゃないか?
>何か野心を持ってるようで、いい感じはしないよ。
>学生の頃は全く勉強はしない奴だった。
社会人になってからの受験勉強の方が、現役の受験勉強より大変だと思うぞ。
仕事しながらだからな。
その努力を馬鹿にできるのか?
何がズルイもんか、君より努力してると思うよ。
753 :
日本@名無史さん:04/12/31 11:57:53
>そもそも人に教へを請ふのに横柄な言辞は宜しくありません
教授の高圧的態度に丁度良いと思われ
754 :
日本@名無史さん:04/12/31 13:18:23
反戦運動でやってはいけない事
・違法行為及び公序良俗に反する行為
(個々人の解釈で勝手に法を破る事は目的の如何に関わらず許されない。
法治国家の否定でもある。また、公序良俗に反する行為は一般国民の反感をかうだけである。)
・力に対して力で対抗する行為
(力に対して力を行使するのは、戦争の論理を容認するのと同じ事である。
かつての学生運動が、暴力を手段に使うグループの出現により、
急速に一般国民の支持を失った事を考えると容易に理解できる事だ。)
いろいろ制約の多い反戦運動だが、そもそも反戦運動は楽してできるものではない。
がんばろう!
755 :
日本@名無史さん:04/12/31 13:47:25
反戦の究極の目的は革命だ
違法行為なくして革命ができるかヴォケ
756 :
日本@名無史さん:04/12/31 14:31:37
似非教授は無視しようよ
757 :
日本@名無史さん:04/12/31 14:37:22
で、同心の着流しはどうなったんだ?
758 :
日本@名無史さん:04/12/31 15:20:37
必要ないから
759 :
日本@名無史さん:04/12/31 17:54:32
防衛庁長官、海自艦艇をタイに派遣 不明者の捜索・救助
大野功統防衛庁長官は28日午後、スマトラ沖地震の救援活動のため、テロ対策特別措置法に基づきインド洋に展開していた海上自衛隊の護衛艦など3隻をタイ周辺海域に派遣する命令を出した。
国際緊急援助隊派遣法による派遣で、被災者の捜索、救助活動に当たるのは初めて。
派遣の根拠法を途中で切り替える異例の措置をとったのは、迅速性を重視したためだが、背景には10日に閣議決定した新防衛大綱で示した自衛隊の海外活動拡大に対する強い意欲もある。
政府内では自衛隊の派遣をめぐって、ちぐはぐな一面もみせた。
細田博之官房長官は28日午前の記者会見で「自衛隊でなければならないという状況では必ずしもない」と消極的な考えを表明したが、大野防衛庁長官はタイ政府からの要請を踏まえ、派遣の方針を決めた。
派遣されるのは、インド洋で各国艦船への給油活動を終え帰国途中、マレーシア東方海上を航行していた護衛艦「たかなみ」と「きりしま」、補給艦「はまな」の計3隻。
タイ政府がヘリコプターを要請したことから、ヘリ1機を搭載している護衛艦を現地に派遣することにした。
防衛庁によると、これまで緊急援助隊派遣法での自衛隊活動は、輸送や医療、防疫業務だったという。
防衛庁は被災国のニーズに応じるため、医療、給水業務を行う陸上自衛隊部隊や、航空自衛隊の政府専用機、C130輸送機も派遣に備え待機させており、同庁幹部は「持っている能力を発揮して被災者を援助するのは当然だ」と強調している。
(共同)
760 :
日本@名無史さん:04/12/31 18:32:32
教授は道徳的訓戒が好き!
ま、罵倒も無視も一切通じないことは再々々確認済みw
論破してみな。
761 :
日本@名無史さん:04/12/31 18:40:24
結局、教授や貧民の主張は正しく、喚いた香具師らは赤っ恥をかき悪口
言いながら遁走するのが毎度の光景だ。
誰か刑罰スレ4を立て、二人で金網デスマッチをして貰うのが一番平和だ
762 :
日本@名無史さん:04/12/31 18:57:22
で、同心の着流しはどうなったの?
763 :
日本@名無史さん:04/12/31 20:28:30
進化だよ。
進化してホモになるんだよ。
進化の頂点はホモマッチョ。
764 :
日本@名無史さん:05/01/01 00:31:24
>all
ガセねた垂れ流しの教授はスルーでよろ。
>761
自分で書いててむなしくないか?
765 :
日本@名無史さん:05/01/01 00:55:11
とりあえず、ネタを振る
奉行所の与力同心は総勢数百人程度である。
これで百万人都市江戸の町政を司っていたんだがこれには裏がある。
町政の実務は町年寄三家をトップとする町役人組織が担っていた。
町年与ー町名主ー家主といった組織構成だ。
この人たちは現今の町内会会長など比にならないくらいに重要な役職。
例えば触書の下達なんかもこの人たちの役割です。
そして庶民が訴えを起こす場合は原則として自分が所属する町の町役人達の同意が必要であった。
そして事前に相手方を管轄する町役人達への通知が必要となる。
したがって大抵の紛争は町奉行所に訴えが起こされる前に
お互いの町役人同士が話しあって和解に持ち込んでしまうのであった。
このように町役人組織は江戸の町政に大いに貢献したのであった。
>そして庶民が訴えを起こす場合は原則として自分が所属する町の町役人達の同意が必要であった。
>そして事前に相手方を管轄する町役人達への通知が必要となる。
>したがって大抵の紛争は町奉行所に訴えが起こされる前に
>お互いの町役人同士が話しあって和解に持ち込んでしまうのであった。
これは村方でも同じですよ。
百姓は村役人の同意なしに訴訟は起こせませんし
訴訟になってもたいていは内済になります。
しかし、それはあくまでも原則であって町役人の扱いに納得がいかない場合は
正規の手続きをふまずに町役人の同意なしで訴えることができた。
この場合も直訴と呼ばれる。
当時は直訴を行う権利が認められており直訴したこと自体では処罰を受けないのであった。
768 :
日本@名無史さん:05/01/01 02:28:18
現今の架空請求のような話しは当時もあった。
町役人同士の内済制度を悪用したもので
怪しげな失効した借用証文などをたてに借金返済を要求する。
請求された方は身に覚えがなく裁判で争おうとしても
訴訟沙汰にかかわるのを嫌う町役人達が無理やり内済にしてしまうのだ。
例えば請求額の何%かの支払いでケリをつけようとする。
町役人に逆らうとあとで面倒なので泣く泣く幾ばくかの金額を支払って泣き寝入り。
とまぁこんなケースもあったらしい。
769 :
大學ヘ授:05/01/01 12:04:09
皇紀2665年の元旦をお慶び申上ぐ
言動常ならざる人も新年と共にすっかり改心し、旧悪を去って清々しい發言を心掛けま
せう
さて、本來の語義に於て、旗本は親衛直属軍を、御家人は直心を意味するに過ぎず、江
戸時代から既に旗本と御家人の区別は議論のあるところですが、御目見以上を旗本とする
通説に随へば、與力は旗本ならず 御家人です 小十人組の士は旗本の最低線です 百石、
二百石以上説に拠れば旗本とすることも不可能ではありませんが、それでもなほ、不浄役
人として最も見下されてゐる町與力は排除される可能性が有ります
御家人でも地方知行のことはあり、その領知を給地と呼びます が、町與力は地方知行
ではありません 房總の采地も、一人平均二百俵分を給する為の財源に過ぎませんから、
領主な訳ではありません
總而反對説は、下級武士、殊に郷士に對する無理解に發してゐます 郷士は平安、鎌倉
の昔の武士の生活形態を残したもので、兵農分離以前の存在ですから、織豊期以降の物差
には馴染まぬ所が有ります 農場主が領主に對し、軍役を負担すれば武士、年貢を負担す
れば百姓、といった程度の区別でしかなかったのです 況して同心=足軽は江戸時代です
ら村から引っ張って來ることが多く、百姓と大した区別はありません 狭義の武士には数
へられなかったのですから
武士の戦士たる、武家政権の軍事体制たる本質に鑑みれば、戦闘序列に入る者は武士で
あります その意味で、人別のみに拠るのは階級史観に偏してゐるでせう 敢えて強引な
言ひ方をすれば、足軽と百姓の区別は、身分の差ではなく職業の差、であります
新年明けましておめでとうございます。
旗本とは、端的にいえば寛政重修諸家譜に家譜を載せる事が許された幕臣、と言い得るかもしれませんね。
遅くなりましたが、今から雑煮を食います。
771 :
日本@名無史さん:05/01/01 13:23:25
縄地の事ですね。
では出戦しない町方与力・同心は武士ではないということか。
>>770 >御目見以上を旗本とする通説
この言い換えに過ぎないと思いますが。
773 :
日本@名無史さん:05/01/01 15:06:41
罪を得た場合、揚げ屋牢の上席に入れたのは五百石以上の直参だったかとおもうが、この線引きの由縁は?
774 :
日本@名無史さん:05/01/01 15:40:10
おお、大學ヘ授 は愛国の士でありましたか!
775 :
日本@名無史さん:05/01/01 19:52:31
反戦運動でやってはいけない事
・違法行為及び公序良俗に反する行為
(個々人の解釈で勝手に法を破る事は目的の如何に関わらず許されない。
法治国家の否定でもある。また、公序良俗に反する行為は一般国民の反感をかうだけである。)
・力に対して力で対抗する行為
(力に対して力を行使するのは、戦争の論理を容認するのと同じ事である。
かつての学生運動が、暴力を手段に使うグループの出現により、
急速に一般国民の支持を失った事を考えると容易に理解できる事だ。)
いろいろ制約の多い反戦運動だが、そもそも反戦運動は楽してできるものではない。
がんばろう!
776 :
日本@名無史さん:05/01/01 21:13:49
777 :
日本@名無史さん:05/01/01 21:14:15
テスト
778 :
日本@名無史さん:05/01/02 02:52:23
>>769 >身分の差ではなく職業の差
またバカなこと書いてる・・・
反論なんかしなくていいけど
江戸時代、職業の差=身分の差だろ
ああご免、反論はしないんだよね
すると無知が露呈するから
779 :
日本@名無史さん:05/01/02 11:33:52
>>778 おいおい、ガセねたタレ流しの教授なんざ相手にするだけ無駄。
スルーしようぜ。
780 :
日本@名無史さん:05/01/02 11:36:23
郷士と主張する人達に質問です。
当時の資料や当人達の残したもので
千人同心は郷士だとしているものってあるのでしょうか?
781 :
日本@名無史さん:05/01/02 12:24:13
↑ ばか
782 :
日本@名無史さん:05/01/02 12:28:29
783 :
大學ヘ授:05/01/02 12:30:08
元日から口汚く罵り叫ぶ皆さん、おめでたうございます
益々おめでたい一年を送って下さい
元旦、全世界規模の放送らしき番組を電波受像機で視聴してゐたら、東京帝國大學
名誉ヘ授石井紫郎法學博士が放送大學の在り方を論じておられました 然るに吾輩は2
チャンネルで少数の品行芳しからざる劣等生に訓戒とは悲し哀し 人間弛まぬ日頃の研
鑽が大事です 善因善果 悪因悪果 南無大師遍照金剛‥‥
>>742 >基本的に、幕府の同心とは足軽=兵卒で、各部署に配属されており、
>番方の同心は兵卒で、役方の同心は下級官吏や警官と考えてよいのですか?
概ね宜しいでせう 本質的に武士は戦闘員であり、家臣團は軍隊です 其を平時に
文官勤務へ一時流用するのが役方ですから、番方が本務であり、役方は臨時の配置で
す 少くとも観念的には如斯
>与力は、歩兵である徒士や小十人組とどっちが身分が上なんでしょうか?
旗本>御家人 與力>同心 小十人組の番士は御目見
∴小十人士(番衆)>與力>足軽
出入筋訴訟の話 五人組や地主家主町村役人に提訴の同意権が有ったかは理論
問題として疑はしいですが、現實上、彼等の爪印や付添を要すること多く、結果
的に左様な機能も有りましたな 領主は「御上の御厄介」と称して民事裁判をし
たがらなかったのです 事前に被告方町役人への通知てふのは確かですかな 封
建時代の常なれば色々の仕方有る可きも範軌たる江戸では、奉行所から差紙が回
るのではありませんかな
>江戸時代、職業の差=身分の差だろ
これは間違ってます。
例えば大工という職業がありますが
農村に住んでいれば百姓ですし、町場に住んでいれば町人です。
785 :
日本@名無史さん:05/01/02 12:54:16
医者も鍛冶屋も皆、同じ。
村に住めば百姓。
町場に住めば町人。
漁師という職業人の身分は百姓だしな。
基礎学力も品性も劣る厨香具師がいくら喚きたてても貧民や教授には勝てやしないよ。
刑罰スレを見れば判る。
他スレには歴史学博士がどうのなんて威張ったスレもあるが、ここの二人は学位のことに触れもしないだろ。
大学の先生だよ。
おまいら駄目学生も、全身の油落して、せめて博士号とってから出直してきな。
786 :
日本@名無史さん:05/01/02 13:04:31
栄養不良 脳発達にも影響
◆「まごわやさしい」で献立点検
生まれた時はわずか3キロ程度。子供の体は少しずつ成長して、約20年かけて内臓や骨、筋肉などが1人前になっていく。
その中で脳は例外だ。 脳の容積は、はや8歳で大人の90%になり、10歳で95%仕上がってしまう。
「子供は頭でっかちに見えるように脳の神経回路は幼少期に急激な発達を遂げます」
北大大学院医学研究科教授の沢口俊之さん(脳科学)は幼児期に脳の発達に及ぼす栄養摂取の大切さを強調する。
この時期に栄養不良だと、脳内の遺伝子本体であるDNA(デオキシリボ核酸)が足りなくなる。
普通の半分しかない場合もあって、知能が十分発達しない。反対にDNAの量が多ければ遺伝子をたくさん発現。
脳内の神経回路が豊かに育って、心の発育に反映していく。 子供のIQ(知能指数)を見ると通常、100をピークに山状に分布する。
適切な栄養状態にあると110、120の子もいる。だが、栄養不良だった子は全員が100以下にあったという研究結果が出ている。
IQは遺伝とともに環境にも左右される。栄養不良が知能の成長を妨げる環境要因の一つになるわけだ。
「栄養不良なんて、遠い国の話」と考えたら大間違い。必ずしも飢餓(きが)や栄養失調でない。脳の発育に必要な栄養素が十分とられていない状態だ。
飽食であっても偏った食生活が栄養不良をもたらす。 沢口さんは栄養不良の代表例として、過酸化脂質を多く含み、体内の血流を悪くする「酸化食」を挙げる。
インスタント食や、フライなどの高カロリー食などはその可能性が強い。特に脳の成長期にある幼児・学童期は良くない。
イライラしたり、キレやすかったりする子供が増えている誘因ではないか、といった指摘もある。
「高カロリー食が目立つ欧米人とは日本人の体の防御機構が異なるのではないか」
こう推測する沢口さんは、伝統的な和食に注目。吸収率の良いご飯を70%とし、残り30%を「まごは(わ)やさしい」おかずを勧める。
その意味する食材は――。
ま=豆類、ご=ゴマ類、わ=ワカメなどの海藻類、や=野菜、さ=魚、し=シイタケなどのキノコ類、い=イモ類 愛情あるチェックが健康メニューにつながりそうだ。
787 :
日本@名無史さん:05/01/02 13:05:11
>反論なんかしなくていいけど
といって反論してるんだよな。そして
> バカなこと書いてる・
んだよなw
788 :
日本@名無史さん:05/01/02 13:06:47
>785
一々擁護するお前は教授の正体か?
789 :
日本@名無史さん:05/01/02 13:22:58
繰り返し申し上げますが
ガセねた垂れ流しの教授さんのことはスルーでヨロ
禁令がたびたび出されている場合
それが守られていなかったと見るのが、史料解釈のセオリーです。
スルーしなさいと繰り返すのは、実はあなた自身がスルーできない証拠なのではと思ったりします。
791 :
日本@名無史さん:05/01/02 15:56:01
えーと、教授なる人物の書き込みは間違いだらけなことは以前より
たびたび指摘されています。
それなのに785などのように誉めそやすレスがなぜか連発されます。
この不思議な現象にですが、理由について考えると
当然ながら本人が名無しの振りをして書いてるんではないか?
という疑念に行き着くわけです。
792 :
日本@名無史さん:05/01/02 15:57:34
>780
>千人同心は郷士だとしているもの
おそらくない筈。
>>791 匿名掲示板で、自作自演かどうかを疑うことに積極的な意味があるとは思えませんが。
主張に間違いがあるのな、それを端的に指摘すればよいだけのことかと。
794 :
日本@名無史さん:05/01/02 16:16:12
>>793 いまさら何を?
この
>>568などで大學教授なる人物の書き込みが
ガセねただらけだということは
すでに何度も指摘されてますけど?
それに対して何ら回答もしていないのに
マンセーレスが続くから自作自演が疑われている。
あきらかにおかしいでしょ?
>>793 冬に北風が吹くといって文句を言う人はいないように
マンセーはスルーすれば済むだけのことかと。
798 :
日本@名無史さん:05/01/02 17:25:40
「文科系」が国を滅ぼす―この国の明日に希望はあるか
大槻 義彦 (著)
内容(「BOOK」データベースより)
大不況の元凶は文科系人間にある!ぬるま湯につかった大学人への「内部告発」の書。
内容(「MARC」データベースより)
大学で教鞭をとる著者が自ら日本の大学のあり方を告発する。文科系エリート達が支配するこの国が滅びつつあるのは、生ぬるい大学教育に責任があるとし、真の文科系エリートを育てる新しい大学体制を提案する。
目次
第1章 ぶざまな文科系エリートたち
第2章 理工系エリートのひとり勝ち
第3章 理工系と文科系の深い溝
第4章 あまりにお粗末な日本の大学院
第5章 欧米の大学院でのエリート教育
第6章 間違いだらけの日本の「高等教育」
第7章 大学・大学院大改革への提言
799 :
日本@名無史さん:05/01/02 22:25:59
>>794 もれも禿銅
>>796 結局あなたは何がいいたいの?
意図的に話しをまぜっかえしてるようにしか見えんぜ?
横山宿狼藉一件では組頭の千人同心について
陪臣である旗本家臣より下位の席次である
という裁決を幕府評定所は下しています。
この陪臣より身分が下という点について
郷士説ではどのように解釈するのでしょうか?
どなたか教えてください。
狭義の武士なら上席になるでしょう。
千人町居住の組頭は上席であると吉岡氏は記しています。
郷士だからこそ手代たちより下位の席次になるだけのことです。
802 :
日本@名無史さん:05/01/03 01:26:32
>>貧民史
まず郷士の定義をしなさい
803 :
日本@名無史さん:05/01/03 02:15:37
百姓派は反論に苦しんで大野防衛庁官と反戦運動と栄養不良の
こぴぺで荒し、ごまかしを謀っているなw
804 :
日本@名無史さん:05/01/03 02:19:51
下司のかんぐりだな。
貧民や教授には固定しtファンがいる。
内容に関係なくほめる香具師がいる。
内容だって貧民たちの方が勝ってるし、百姓派は口汚くて態度悪い。
煽り屋もいる。
805 :
日本@名無史さん:05/01/03 02:48:50
例えばの話だよ、大学生集団に高卒・専門がコンパに連れていかれるとしよう。
そして、相手は偏差50以上の女子大生だと仮定しよう。
ある大学生が酔った勢いで、『○○クン(高卒・専門の名前)ってドコの大学だっけ?』と、言われたら
消えたくなるくらい恥ずかしいだろ?
それ以前に自己紹介で自滅or大学生だと嘘をつくしかないよな?
で、相手方は高卒・専門と知った時点で空気のごとく無視されるだろ。
席替えで隣に座った子にバイキンが近寄ったような目でみられ、わざとらしく女は席を離れるだろ。
それを見ている大学生集団はニャニャ顔…
そして、二次会に行くために会計を済ませ、外へ出たときに、
『あれ?○○クンなんでいるの?』と、言われる。
プライドをズタズタにされた高卒・専門は泣く気力すら残っておらず、
ただ頭が真っ白状態で気が付いたら真っ暗な自分の部屋で寝そべって、ようやく泣きだす。
自分達をバカにした女子大生たちをヲナネタにしている自分にも悔しくて泣く。
しかし、大学受験を放棄したテイタラクどもへの社会からの仕打ちはこれから死ぬまで続くのであった。
そして、一生劣等感を抱くのであった。
さぁ、高卒辞めますか?人間辞めますか?
これは個人的な感想ですが、
少なくとも八王子千人同心、町奉行等の与力・同心など、
これまで分野の意識外・門外漢にあった者からすれば、
ここにおける議論は興味深く新鮮で、それなりに有意義なものとして捉えています。
現今の架空請求のような話も面白い。
願わくば、泥沼的な瑣事たる誤解誤謬の指摘応酬を停め、
互いに知るところを提示し、知らざるところを補う意識で
論点を整理して一つ一つ議論の未解決な点が明らかになれば、
共に得るところ、少なくないのではありませんでしょうか。
他のスレより中身が濃いものとおもいますだけ、些かもったいなく思います。
808 :
日本@名無史さん:05/01/03 12:30:40
809 :
日本@名無史さん:05/01/03 12:34:13
>>806 まずそれには教授一派が自演擁護を止めるのが先決。
>>807 んで千人同心たちが自分達が郷士だと主張した資料ってあるんですか?
教授に関するこれまでのまとめ
・間違った情報を垂れ流しているのは誰ですか?
→ それは教授さんたちです
・間違いを指摘されても訂正も反論もしないのは誰ですか?
→ それは教授さんたちです
・論争相手を文盲などといって誹謗中傷するのは誰ですか?
→ それは教授さんたちです
・783のように相手方を誹謗中傷する書き込みを繰り返しているのはだれですか?
→ それは教授さんたちです
< 結論 >
とまぁ教授一派が一番悪いですね。
811 :
貧民史 ◆523AewEqzc :05/01/03 12:50:59
>>809 同じ質問を繰り返しておられますが、質問の意図がよくわかりません。
苗字一件など、八王子千人同心に関する基礎的知識があれば
そういう質問が出てくるはずはないと思うのですが。
>>810 一点だけ質問があります。
私はその「教授さんたち」「教授一派」の中に含まれるのですか?
>>809 答えは簡単だ千人同心たち自身が郷士だと主張したものはない
彼らの主張は正規の武士であり御家人だからな。
これでいいかな?
>>811 これで間違いないよね?いいかい?
>>807 申し訳ないんだが幕府における郷士の形態を提示してほしい。
おそらく他にも郷士と呼ばれる人たちはいたと思うんだが?
幕府じゃなくてもいいけど郷士と呼ばれる為の条件的なものを提示してほしいよ。
その上で「千人同心もこれに該当するから郷士」くらいのことはいってほしい。
今のところでは百姓でも武士でもないから郷士ってくらいにしか聞こえないよ。
815 :
貧民史 ◆523AewEqzc :05/01/03 13:30:10
>>813-814 ここの人には郷士っていった方がわかりやすいと思ったので郷士という言葉を使っているけれど
私は中間的な身分というか、兵農未分離の状態が続いている特殊な形態と思っている。
武士的要素があるからこそ、幕末の段階ではあるけれども
鑓奉行は千人同心を辞めた人間をも浪人と認めるわけで
千人同心やその隠居が純然たる百姓でもなければ純然たる武士でもないことくらい
史料を少し見ればわかることだと思うのだが。
>815
結局何がいいたいんだ?
君はいたずらに話しをまぜっかえしているようにしか見えないぞ。
突き詰めると郷士身分という実態は存在していないのかね?
郷士身分についてきちんと説明できないんでは
千人同心が郷士身分かどうかなんて判断できないんではないかね?
んで、他に千人同心と類似の職制はあったのかね?
それとこれについてだが
>鑓奉行は千人同心を辞めた人間をも浪人と認めるわけで
前にも指摘したが槍奉行は千人同心サイドの人間なので
そのままには受け取れないよ。
そしてたしかそれ以前には槍奉行は隠居の浪人性を否定している筈。
>>816 近世の社会は武士と百姓と町人(および職人)の3つの身分で成り立っていることぐらいご存じだと思っていたのだが。
また幕末期に鑓奉行という体制の一部が千人同志を武士と認めたことは重大な変化だと吉岡氏も書いている。(吉岡氏著書167頁)
>郷士身分という実態
付け加えておくと、身分というのは体制の問題であって、実態の問題ではない。
郷士というのは、基本的にはそういう体制からはみ出た存在と捉えるべき。
>>817には
「平人は」と限定をつけるのを忘れていた。スマソ。
820 :
日本@名無史さん:05/01/03 16:11:39
振り込め詐欺防止 与党法案の全容判明
≪携帯の本人確認義務化/悪用防止に回線停止も≫
「オレオレ詐欺」など高額の現金を口座に振り込ませる「振り込め詐欺」の封じ込めのため、与党が年明けの通常国会に議員立法で提出を予定している「携帯電話本人確認及び不正利用防止法案(仮称)」の全容が2日、分かった。
携帯電話の契約時や譲渡時に事業者に本人確認を義務付け、虚偽申告者には50万円以下の罰金を科す。譲渡時などに本人確認に応じない場合は、回線を停止する。本人確認を徹底することで匿名性を排除し、プリペイド式携帯電話などの犯罪への悪用を防止する。
法案は、目的を「携帯電話事業者による契約者の管理体制の整備促進と携帯電話の不正利用の防止を図る」と規定。
事業者には、運転免許証の提示を受けるなどの方法で、契約締結時や譲渡時に氏名、住所、生年月日による本人確認が義務付けられる。
本人確認記録の作成と保存も併せて義務付ける。保存期間は契約の終了から3年間。虚偽申告者には50万円以下の罰金を科す。
親族以外へ譲渡する場合も、あらかじめ事業者の承諾を得る必要がある。事業者の承諾を得ずに業として譲渡すると、2年以下の懲役か300万円以下の罰金となる。
また、携帯電話が詐欺や恐喝といった犯罪に使われた疑いがある場合には、警察が事業者に対し、契約者の本人確認をするよう求める権限も盛り込んだ。
譲渡時や警察の要請に基づく事業者の本人確認に応じない場合、事業者は回線を停止できる。本人確認を行わずに携帯電話がレンタルされた場合も、事業者は同様の措置を取ることができる。
本人確認に応じない利用者にレンタルすると、2年以下の懲役か300万円以下の罰金。他人名義の携帯電話の譲り渡し・譲り受けも禁止され、違反すると50万円以下の罰金となる。インターネット上などでの広告にも罰則が科される。
与党は通常国会の冒頭に提出を目指しているが、野党とも調整中のため時期は流動的。原則として、公布から1年以内に施行される。
千人同心から話題がはずれて失礼しますが、
石見銀山附の地役人などは、自分たちを御家人として意識していたようです。
「銀山附役人同心勤方口上覚」(天明八年十一月付。石見銀山地役人山中家文書。島根大学歴史社会教室所蔵マイクロフィルム収録。googleで検索しました)
には、
石州銀山附御家人共儀者、御治世之始、慶長五子年、大久保十兵衛殿・彦坂小形部殿為御上使石州江下向、国中御仕置被仰渡候節より被召抱、銀山方地方御用向勤役仕来申候(後略)
とありました。
822 :
日本@名無史さん:05/01/03 17:45:33
俺は貧民史に反対でないが、冬に北風の話だけはわからん??
火事と喧嘩は江戸の花、と言った方がよかったですかね。
要するに、荒らし・煽り・自演を気にしていては、こういうところで遊ぶのは無理ですよ。
それで郷士身分の定義はまだですか?
825 :
貧民史 ◆523AewEqzc :05/01/03 18:43:49
上にも書いたが「郷士」という身分はない。
郷士とは兵農未分離の状態にある武士との百姓の中間的な形態であり
地域的な差が大きいというのが通説的理解ではないのか。
>825
なんだかわかったようなわからないような答えですね。
でも今まで散々郷士云々といってきたじゃないすか?
結局郷士身分には実態がないんですか?
んで千人同心に関してはどのようにして郷士の形態に当てはまるのですか?
詳しく教えてください。
「郷士」は存在しない、実態がないと言っているわけではありません。
「郷士」という「身分」は存在しないと言っているのですよ。
828 :
日本@名無史さん:05/01/03 20:02:17
孔子は?
829 :
日本@名無史さん:05/01/03 20:31:09
>>貧民史
内容が矛盾してるよ
あるときは「郷士」といったり
またあるときは「郷士」という身分はないとか
あげくの果ては「郷士とは兵農未分離の状態にある武士との百姓の中間的な形態であり」
とか抽象的なことだけ言って逃げようとしたり
そんなのは「定義」ではないよ
830 :
貧民史 ◆523AewEqzc :05/01/03 20:34:59
私は「郷士身分」という言葉を使ったことはない。
上の方を見てもらえばわかると思うが
武士と百姓の両義性を持つと再三書いている。
武士か百姓のどちらなのかという、そういう単純な視角で捉えられるものではない。
831 :
日本@名無史さん:05/01/03 20:42:45
狭義の武士、つまり純然たる武士ではないと言っているだけですよ。
833 :
日本@名無史さん:05/01/03 21:03:36
>>832 だからその場限りの言い逃れをするんじゃなくて定義したらどう?
>>831でも指摘されたように、言い逃れしようとするから嘘書くことになるんだよ。
834 :
日本@名無史さん:05/01/03 22:28:18
右翼・・・関東
左翼・・・関西
兵農未分離の状態にあるというのが定義であると私は考えている。
質問の形式ではなく、言いたいことがあるならきちんと言えばどうか。
だからそれじゃ答えになってないよ。>835
どういう場合は郷士でどういう場合は郷士じゃないんだかきちんと整理しようよ。
未分離ってだけじゃ定義にならんがな。
それ以上の定義は無理だと思う。
あなたはどのように定義するのか?
あるいは「郷士」など存在しないと主張するのか。
あのさぁまず最初に「千人同心=郷士」だと主張した人がいるわけでしょ?
そして郷士についてよく理解してないから百姓だなんだと誤解してるとか言ってる人がいたわけでしょ?
それに対して「郷士って何よ?」と聞いてるだけでしょ?
貧民史さんは
>>807なんかでも教授に同調してるわけでしょ?
だったら自分が理解している郷士像をきちんと提示できないとおかしいがな?
それともなんですか?貧民史さんは自分が理解できていないことを知ったかしてたんですか?
839 :
貧民史 ◆523AewEqzc :05/01/04 00:22:12
人別帳記載から見れば百姓と把握されていますが
純然たる百姓なら「御家人身分にあるまじき」等という理由で処罰されるはずはありません。
だから両義性があると私は再三言っているわけです。
白黒はっきりさせたい人には気持ち悪いかも知れませんが。
>>839 話しそらすのはイクナイよ。
自分でも郷士云々と主張したんだからさ
自分が言ったことには責任もとうよ。
んで郷士って結局何よ?ちゃんと答えてよ。
江戸時代、農村に居住し武士的身分を与えられた者の総称。
地域により存在形態や呼称は多様。
『日本史広辞典』にはこのように説明されています。
「武士的」というところがミソでしょう。
842 :
日本@名無史さん:05/01/04 09:25:17
黙って聞いていれば、ずいぶんおかしなことをいう。
貧民は教授に賛成して貰えないのを恨んで喧嘩してスレを投げ出した。同一人物な
筈はない。
しかし貧民説と教授説は基本的に近いから、同一学派?に分類されるのは無理で
ない。一派でないというのは、もはや学説論で無く、人間関係論に過ぎない。
教授の主張が間違っているというのは反対派の一方的意見に過ぎず、あたかも客
観的事実のように連呼するのは北朝鮮張りのプロパガンダで見苦しい。普通の読者
には二大専門家の方が正しそうに見える。相手を罵倒しない落着いた論争態度から
もな。
教授が返事をしないというが、2チャンに返事をする義務があるかどうかをさて置いて
も、無礼者に答えないだけで、礼儀正しい質問には丁寧に答えてる。自分の度を越し
た異常な非礼を反省して詫びを入れることだ。
843 :
日本@名無史さん:05/01/04 09:27:45
百姓派だって教授の指摘や反論に答えてないが、教授は全然それを非難しない。
教授は非難しないのに、百姓は非難する。自分は礼儀正しい問いかけにも答えなくて
良くて、相手だけは基地外じみた暴言にも答えるべきだ。教授や貧民は粘着しないの
に百姓派は大粘着する。自分で間違ってると思わな
いか?
貧民の言うとおり、匿名掲示板で自作自演は自由だからそもそも初めっから非難の
理由にならない。風呂屋で、おまいは裸だと文句を言うようなものだ。そのうえ論破さ
れるたんびに教授=貧民と書いて逃げるんじゃ小学生並だ。
>842-843
教授乙。(p
一人でやってて空しくありませんか?
しかし、同じ事の繰り返しだね。
教授がガセネタ垂れ流し状態という事は
既になんども指摘さている筈なんだがね。
しかも具体的なガセネタの実例まで散々提示されている筈だぞ。
この
>>114-115なんか全部ガセネタだろうに。
あんた、いい加減にしなよ。
何をもってガセネタじゃないって主張できるのさ?
てゆうか教授の主張は正規の武士で御家人というものであった筈。(114等参照)
それがなんで郷士説になってんだ?そこからしてまず理解できんぜ。
私は御家人説ではありませんので。念のため。
848 :
日本@名無史さん:05/01/04 13:40:25
郷士説なんだろ
しかも郷士は「武士的身分」なんて曖昧のまま定義したつもりだし。
849 :
貧民史 ◆523AewEqzc :05/01/04 14:01:05
上の方で誰かが藤堂藩の無足人について触れていますが
彼らははどうなんですかね。
人別は別帳ですが、家中とは区別されてますし、彼らは大庄屋や庄屋になっています。
郷士というのは武士の側面と百姓の側面を持つとしか言えないのですよ。
>>849 郷士の定義を提示していただいたのはありがたいんですが・・・。
どうも今ひとつはっきりしませんね・・・・。
お話しを聞けば聞くほど郷士には定義できるだけの実態があったのかという疑問が湧いてきますね。
武士的な特権を部分的に付与された百姓(町人)というだけなんじゃ?
なんだかそんな気はしてきます。
ところで当時の資料で郷士について言及しているものってあるんですか?
>>850 あなたは実態という言葉をどういう意味で使っているのですか?
先に辞典を引用したけれど、地域的な差がある、つまり実態がかなり違うわけです。
そういうものを厳密にかつ一律に定義するのは難しいのですよ。
だから兵農未分離とか、そういう言い方しかできないわけです。
藤堂藩の無足人については藤田達生氏の研究があります。
他人に聞くばかりじゃなく、少しはご自分でお調べになったらいかがかと思います。
>>851 まぁ、マターリと。
では千人同心が郷士にあたるかどうか検討してみるかね・・・。
・人別帳のあつかい
→ さんざんガイシュツだが百姓として記載されている
・苗字について
→ 苗字の公称は禁じられていた、他の一般農民と同じく苗字は私称
郷士なら苗字は許可されているんじゃ?
・帯刀について
→ 士分でない武家奉公人でも帯刀している例などもあり、帯刀=武士とは一概には判断できない
よって武士云々の決め手となり得ない
・特権(武士的?)の付与対象
→ 家全体ではなく株の所有者個人が対象でしかもお役を務めている間だけというのが基本の筈
郷士ならば家全体が対象となっていてほしい
・当事者達には郷士という自覚はあったか?
→ 百姓、もしくは武士といった資料はあるが郷士と認識してたものはない模様
とまぁこんな感じだな・・・
おいらの受ける印象はこれで郷士と判断するのはちときびしいね。
まぁ異論は色々あるんだろうが・・・。
彼らはまず自分たちを千人同心と認識していると思いますよ。
例えば上にあげた藤堂藩の無足人も、自分たちを「郷士」と認識していたのかどうか。
自らをどう認識しているのかということだけに依拠して議論を進めるのは問題があると思いますね。
それから江戸時代は270年近くありますから
その間の変化を考慮する必要がありましょう。
少なくとも吉岡氏はそのあたりには目配りしていると思いますが。
855 :
日本@名無史さん:05/01/05 01:20:42
最初は千人同心が武士か百姓かという話だったのに、郷士とか言い出したのは貧民史だろ。
貧民史は意見が曖昧なんだよね。
だから定義しろと散々言われてたのに、地域によって差があるから一律に定義するのは難しいとか言い出すし、
だったらはじめから個別に定義しろよ。
郷士なんて曖昧なものを持ち出したのは自分だろが。
856 :
日本@名無史さん:05/01/05 02:47:13
無足人は維新後士族の班に列したのかい?
>>854 違います。
『日本中・近世移行期の地域構造』という藤田氏の本に収録されています。
>855
私はそういう二項対立的な見方が間違っていると最初から言ってます。
>>856 そういう見方にも問題があることは以前指摘した通りです。
858 :
日本@名無史さん:05/01/05 09:27:14
「ガセネタ」ということば自体がやくざの符丁であって、使用者の卑しさを感じさせる。
きもい!
859 :
日本@名無史さん:05/01/05 09:31:46
教授に対するスルーを呼びかけたが、逆にスルーされてしまうという醜態を
さらしたので、今度は貧民史さんに粘着罵倒を始めました。
人に教えを請う態度じゃないぞ!
郷士の定義を知りたきゃ自分で検索しましょうね、粘着さん。
860 :
日本@名無史さん:05/01/05 09:43:29
正月早々煽るなよ。
でも貧民史もつおいから低学歴の粘着百姓では勝ち目が無いw
たしかに郷士という階層があったのであろうが
それはそれとして
千人同心については
>>852のようにその実態を分析すると
武士云々というよりは武家奉公人のそれに近いのではないか?
というのが俺の感想ですな。
具体的に何を持って武士性を認めているのか教えてほしい>貧民史殿
>>861 >>852は私がこれまで書いてきたことを意図的に省いているように思いますが。
過去ログ読んで下さい。
どうもあれだね、ミスター貧民史はほぼスレ常駐状態のような感があるが・・・
ひまなのか?
帯刀についてだけど、例えば東北のある藩では目明しに十手ではなく帯刀を許可したという慣習があった
→ 「目明し金十郎の生涯」 中公新書参照
この場合の帯刀は武士身分を示すものではなく目明しが武士身分に取り立てられたという訳でもない
いわばある種の公的な役目を帯びているということ証明するものであったろう。
帯刀が許されているからすなわち武士身分というような単純なものではないであった。
>>862 前にもいったけど
そういうその場しのぎの
言い逃れは辞めた方がいいよ。
武士なのか百姓なのかという二項対立で議論したいのなら、好きなようにやって下さい。
それから上の方に誰かが書いてますが、郷士の定義はご自分でお調べになって下さいな。
>>866 まぁマターリ汁。
他の人は知らんが漏れ的には郷士が存在した事自体は否定していない。
しかしだ、千人同心については実は郷士身分に該当しないのではないか?と考えている。
その理由としてはだ、今ひとつ曖昧な内容ではあるが君が提示した郷士の定義
「農村に居住し武士的身分」というものに沿って検討した結果だ。
この郷士の定義に千人同心は合致していないのではないか?という感想を持っている。
今まで挙げられた千人同心としての特権の類は武士的身分の一環として付与されたと君は考えているのであろうが
漏れの感想としては武士的身分のそれではなくて武家奉公人としてのものなのではないか?というものです。
例えば苗字が許されていないことなどなどである。
といったところですね。
苗字の公称だけで武士と判断できるかどうかは疑問です。
苗字帯刀を許された大庄屋は武士ではなく百姓です。
御家人身分にあるまじき等という理由で処罰されたりはしませんよ。
それに武家奉公人自体、中間的な身分です。
身分的周縁論というのは、結構流行ってますので、いろいろ研究も出ています。
史学雑誌の回顧と展望などを見れば、近年の研究動向はわかります。
あなたがどういう立場の方か存じ上げませんが
興味がおありなら、いろいろ個人的にお調べになれば宜しかろうと思います。
869 :
日本@名無史さん:05/01/06 03:38:02
>>868 逆逆
苗字を公称できるから云々
ではなく苗字を公称できないから武士ではないんだよ
870 :
日本@名無史さん:05/01/06 03:43:25
貧民くんは逃げてばかり
871 :
日本@名無史さん:05/01/06 04:16:49
うちの父方は代々百姓だったけど、この前帰省したとき父に刀を見せられたよ。
脇差まであった。初めて知ったw
872 :
日本@名無史さん:05/01/06 04:28:49
ちなみに長野
873 :
日本@名無史さん:05/01/06 05:15:12
官位板は君達をいくらでも受け入れよう
874 :
日本@名無史さん:05/01/06 05:23:57
刃物の長さで太刀か小太刀と分けられていたらしいのですが、詳しい
情報お願いします。
875 :
日本@名無史さん:05/01/06 05:25:13
877 :
◆FYiXlX6Jvk :05/01/06 05:56:49
>>875 官位板の鎌倉です。
他の板をまわりむやみやたらに触れまわれば荒らしとみなされます。
うちの正規の住人ではないでしょうが
即刻その行動をやめてください。
皆様御迷惑おかけしました。
>>876 本当にすいませんでした。
878 :
日本@名無史さん:05/01/06 06:47:49
今日も貧民史に絡んでコジツケテ粘着するぞ!
879 :
???? ◆VgMkRE6jec :05/01/06 07:07:01
『官位』板を誰かが煽っていますが、無視して下さい。後、迷惑をかけていたらすいませんでした。
官位板使者
880 :
日本@名無史さん:05/01/06 16:42:13
文盲荒しの皆さん。
郷士の定義が判らないらしいので教えて上げます。
在「郷」の武「士」です。
字が読めれば一目瞭然でしょ。
だから文盲と嘲われるんですよw
>貧民史
なんつーかさ、あれでしょ
郷士の定義をわざと曖昧にしておいて
こっち何を言ってもさ、中間的身分だからとにかく郷士だ
百姓みたいだけどそれでも郷士だって押し通す気なんでしょ?
これじゃ議論にならんがな。
あんたには失望したよ。
882 :
日本@名無史さん:05/01/06 17:31:47
本当にワロタw
883 :
大學ヘ授:05/01/06 19:43:12
發生史的に見れば武士は元・武装農民で、狭義には武装農場主のことでした
唯武士と呼べば此意味でせう
郎党は卒であって、士ではありませんから
平相國に名簿を捧げし者も、鎌倉殿の御家人も武装農場主です
此を石井良助博士は「カラッケツの武士はゐない」と表現されました
農場主である以上、武士は當然に在郷であり、皆「郷士」だったのです
それが戦國季世、主君から城下集住を命ぜられ、領地を引払って城下町に移り住み、併せて
兵農分離しましたが、この時、城下集住しなかった、兵農分離しなかったものが郷士です
したがって貧民史大先生の認識は正確です
以上の沿革に因り、郷士は本來士分です
島津氏や山内氏の郷士が士格を保持してゐるのはこの故です
徳川氏は先進的な中央勢力ですから、田舎大名と異り前代の遺物たる郷士制度に消極的で、
あまり乗氣でなかったのですが、不文法、分けても慣習法重視の基本姿勢から、払拭し切る
こともなく、千人同心を存置してゐました
奥三河松平郷時代の松平−徳川氏だって、郷士と言へば郷士みたいなものだったのですか
ら
但し千人同心は同心であり足軽です
足軽は雑兵の類ですから、狭義の武士には入りません
卒にして士ならず
此を以て武士でないと言へば言へますが、それは下郎だからであって、百姓だからではあ
りません
卒でも御家人ですから、千人同心は御家人です
在郷の点が一般の御家人と異りますが、武士の本質は戦士ですから、役方の地役人などよ
り余程筋の通った存在です
884 :
日本@名無史さん:05/01/06 19:59:30
そんなら兵農分離と城下集住は不即不離だったんでつね o(^-^)o
885 :
日本@名無史さん:05/01/06 23:27:33
教授が来ると皆、鎮圧されちゃうんだね‥‥
886 :
日本@名無史さん:05/01/06 23:42:27
鎮圧された暴徒はこれをスルーというが、結局貫徹できないんだな、意気地が無くて
887 :
大學ヘ授:05/01/07 08:46:40
千人同心の士格ならざるを理由に敢て農兵、屯田兵と呼ぶ人があります 明治の懐旧談などに
多いですが、それはそれで正しい でも、百姓だといふのは無理です 在郷だから百姓仕事はし
ますが、百姓仕事をするだけなら各家中の上士でも御府内の御家人でも神官でもします 江戸時
代、職業と身分は全く違ふのです 井上馨は自らの前半生を省みて、百幾十石の上士と言っても
日々の暮しは百姓と変り無い、と述懐してゐます それでも井上は疑ひ無く堂々の士分でした
888 :
大學ヘ授:05/01/07 09:56:07
武田家臣團も上杉家中も薩摩武士も三河武者も、普段野良に出て田畑をつくってゐて、
一旦陣触の大太鼓滔々と響くを聞くや、その場から駆出して軍陣に参ずるものです
扶持を受けるとか、人別がどうとか、免租だとか言ふ類のことは、何れも決定的因子
たり得ません
扶持無き主従は幾らも有ります 弁慶や塙團右衛門は無給でも源九郎義経や加藤孫六
の家來です
免租の地は人は全國に有ります
人別など初めから主君の目を通すやうな代物でなく、其を言ふなら侍帳でせう
物事を階級的に見るのは階級史観であり、経済的に見るのもまた別口のマルクス史観
であって、非常に歪んだ物差と言はねばなりません
サムイ一人芝居が終わったところで本題にもどすけど
金沢前田家中では与力より同心の方が上級だったそうだけど
詳しくしっている人は情報キボン。
890 :
大學ヘ授:05/01/07 10:36:19
奉公の語は武家時代、単に臣従や勤務を意味したに過ぎません
武家奉公人も下郎の意味ではありません
奉公人の語を下男婢女の如く捉へるのは近代の語感です
室町幕府の奉公衆も、近世大大名も皆、御奉公専一なれば「重き武家奉公人」は
全く武士です
「軽き武家奉公人」だけが下々なのであります
苗字は中世の間に庶民が此を失ったので近世制度は其事實を追認、踏襲しました
が、それでも私称や隠姓、屋号で代替する例が少くありませんでした
891 :
大學ヘ授:05/01/07 11:39:01
武士と然らざる者を区別するなら、きちんとした基準を立てねばなりません
其が無いから話が進まぬのです
武士の本質は戦士ですから、戦闘員か否か、が基準たる可きです
當時の武士もさう認識してゐました
故に浪人も武士です
此処から扶持や免租が武士たるに必要で無いことは明らかです
但し、千人同心は主取してゐる訳ですから征夷大将軍、性格には徳川氏との主従
関係を問はれます
此は老中−槍奉行−千人頭を通して徳川軍に編成され、身分も同心=足軽ですか
ら戦闘員であって、軍夫の類ではありません
客分や陣借でないことも明白ですから、扶持を受けて臣従し、戦闘任務に服する
家來、その身分は御家人です
御家人の語を強ゐて最狭義に捉へ、言葉の上でのみ千人同心を排除しても、余り
意味の無いことでせう
他方、百姓の定義は戦闘員に非ざる農民です
千人同心は百姓ではありません
なほ余談ながら、戦闘序列に加はらぬ郷士も、自ら戦士たるを失ひません
892 :
日本@名無史さん:05/01/07 12:13:23
午後になったので、もう教授は去った。
百姓も文盲も安心して穴から出てきて負け犬の遠吠えをやろうよ。
893 :
日本@名無史さん:05/01/07 14:06:23
一言半句の反論も出来ず沈黙し、人に嘲笑されるとスルーというw
894 :
日本@名無史さん:05/01/07 21:04:55
892-893
教授
教授のサムイ一人芝居はもう沢山だクマー!
それはそれとして誰か千人同心についての俺の疑問に答えてくれ
・疑問その1・・・いわゆる信松尼について
信松尼とかいう信玄ゆかりの尼さんが千人同心成立にかかわったという話しが
千人同心関連の読み物なんぞにはよく出てくるがそれは史実なのかそれとも只の伝説なのか?
・疑問その2・・・いわゆる組屋敷について
同心株の売買に伴う組屋敷の取扱について知りたいクマー
八王子にあったという組屋敷(?)はどうなったのだ?
新たに株を買った人々は八王子には移転せずに
自分の地元に住みつづけたようだが
同心達に割り当てられていた組屋敷はどうなったのだ?
収公されたのか、それとも売った人がそのまま住みつづけたのか
それとも株とともに屋敷地の名義もうつったのか?
かなりな数の同心株が八王子から近在に流出したようだが
組屋敷はゴーストタウンみたくなったのか?
それとも八丁堀なんかのように他人に貸し出したのか?
とまぁ疑問はこんな感じだ、詳しい人は教えてくれクマー!
896 :
日本@名無史さん:05/01/07 22:49:25
889=894=895
897 :
( ・(エ)・):05/01/07 23:48:46
クレクレ厨と思われては困るので同心ネタをうpするぜクマー
「二番煎じ」という落語がある。
(一部ネタバレ含むのでこの落語を知らない人はこれ以降注意)
巡回のお役人が番小屋(自身番)を訪れるがシーンあるのだが
それが廻り方同心の巡回方法をきちんと表現しているのだと
落語研究家の榎本滋民氏が解説していた。
具体的に書くと番小屋に火の用心のため町人達がつめている。
そこへ巡回のお役人がやって来て声をかける。
その掛け声は「番の者、異常はないか」を省略して「番、番」であった。
落語のケースでは夜間だが実際に定町廻り同心も
昼間はこのように受け持ち管内にある各町の自身番を巡回したという話しだ。
そして自身番はなにもなければ「異常ありません」と返事をしこれを聞いた同心は次の巡回先に向かう。
もし何らかの事件などがあればその自身番屋に留まり事情聴取などを行うということだ.
但しあの落語に出てくるお役人は正規の廻り方同心ではなくて
臨時に動員されたクチではないかとの解説であった。
いわゆる古典落語には時代考証上有用なネタが多く含まれているそうだぜクマー。
898 :
日本@名無史さん:05/01/08 00:09:32
クマー では馬鹿としか見えない。
古典落語は突飛なストーリーでありながら、
状況設定にリアリティーがないと共感を生まないものだから、
意外と無視できないものがあるね。
ただ、どの噺家がいつネタとしていたか。これは留意する必要があるね。
同じネタでも、噺家、東京落語・上方落語によってそれぞれ工夫があるという点で・・・。
マジで落語全集だけは揃えたいな。
900 :
日本@名無史さん:05/01/08 02:02:54
怒涛の擦れ違い。
言い負かされた百姓派の荒し行為と認定。
>>900 教授さん、895の疑問に答えられないからって荒らさないでくださいよ(w
902 :
日本@名無史さん:05/01/08 08:33:12
↑ これは粘着いいがかりだな。
>教授のサムイ一人芝居はもう沢山だクマー!
>それはそれとして誰か千人同心についての俺の疑問に答えてくれ
>とまぁ疑問はこんな感じだ、詳しい人は教えてくれクマー!
元々教授宛じゃなくて、むしろ教授を排除する趣旨に読める。
嘘を書いちゃいけないよ。
午前二時から変態性欲な異常者パワー発揮してるから相手にされないんだと思う。
903 :
日本@名無史さん:05/01/08 09:20:10
下す 東海・東山・北陸三道諸国の源氏並びに群兵等の所
早く清盛法師並びに従類叛逆の輩を追討すべき事
右前の伊豆守正五位下源の朝臣仲綱宣べ、
最勝親王の勅を奉って称く、
清盛法師並びに宗盛等、威勢を以て[帝王を蔑し]、
凶徒を起こし国家を亡ぼす。 百官万民を 悩乱し、五幾七道を虜掠す。
皇院を幽閉し、公臣を流罪す。 命を断ち身を流し、淵に沈め楼に込む。
財を盗み國を領し、官を奪い職を授く。
功無くして[恣に]賞を許し、罪非ずして[猥り]に過に配す。
[これに依って巫女宮室に留まらず、忠臣仙洞に仕えず。]
或いは諸寺の高僧を召し誡め、修学の僧徒を禁獄す。
或いは叡岳の絹米を給下し、謀叛の粮米に相具し、
百皇の跡を断つ。 抑も一人の頭、帝皇を違逆し、佛法を破滅す。
[その振る舞いを見るに誠に]古代を絶する者なり。
時に天地悉く悲しみ、臣民皆愁う。
仍って吾は一院第二の皇子たり。
天武皇帝の旧儀を尋ね、王位推取の輩を追討し、
上宮太子の古跡を訪い、仏法破滅の類を打ち亡ぼさん。
ただ人力の構えを憑むに非ず。偏に天道の扶けを仰ぐ所なり。
これに因って、帝王 三宝神明の冥感有るが如し。
何ぞ忽ち四岳合力の志無からん。
然れば則ち源家の人、 籐氏の人、兼ねて三道諸国の間、
勇士に堪うる者、同じく輿力せしめ、
清盛法師並 びに従類を追討すべし。
もし同心せざるに於いては、配流追禁の罪過に行うべし。
もし勝功有るに於いては、先ず諸国の使に預かり、
兼ねて御即位の後、 必ず乞いに 随い勧賞を賜うべきなり。
諸国宜しく承知すべし。宣に依ってこれを行う。
治承四年四月九日 前の伊豆守正五位下源の朝臣
904 :
日本@名無史さん:05/01/08 10:05:04
荒らすなよ百姓派w
905 :
日本@名無史さん:05/01/08 10:25:27
貧民に連打され、教授に磨り潰されましたとさw
教授は疑問にもこたえずに荒らしてばかりなのでスルーされていることに気付いていないらしいね
あごめん
(前略)気付いてないらしいねw
907 :
日本@名無史さん:05/01/08 14:19:24
でもさ、スルー合戦になったら、慣れてる教授−貧民タッグの勝ちだぜ。
貧民史もそういって馬鹿にしてたやんけ。
908 :
日本@名無史さん:05/01/08 14:36:37
疑問にこたえないのとスルーは違うの?
909 :
日本@名無史さん:05/01/08 16:07:01
┏━━┓
┫・∀・┣ <やぁ。百姓は死ねばいいと思うよ
┗┳┳┛
910 :
日本@名無史さん:05/01/08 16:14:22
下す 五機七道の識字者の所
早く百姓並に無学文盲の輩を追討すべき事
911 :
日本@名無史さん:05/01/08 19:34:07
わろた ↑
それにしたって、スルーを呼びかけるものは、自分がスルーされても文句いわれへんがな。
ねぇ君、バレテないとかおもってんだろうけどさ
自分で自分をマンセーしまくってんのがバレバレですよ。
特定のコテにだけ100%はおろか200%くらいの勢いで
マンセーレスが毎回付き捲りだなんてあまりに不自然すぎるよ。
他のスレでも他の板でもいいから見てきてみな。
ここ以外じゃそんなことはまず無いってわかるよね?
ここは2chなんだぜ?そこでなんで関係の無い第三者が
必死にマンセーレスなんかつけ続ける訳?
そりゃ一度や二度くらいならあるかも知れんぜ?
でもこのスレみたい毎回マンセーレスがつきつづけるなんて
すごく不自然だよ。
こんなの誰が見てもおかしいってわかるよ。
913 :
日本@名無史さん:05/01/08 22:22:21
平安時代にはまとも軍隊もなかったのに
なぜそれなりの統治ができてたのか?
藤原氏が楽しそうに暮らしてるのを見て、
反乱を起こす人がもっといてもよかったのでは?
語ってくだされ。
914 :
日本@名無史さん:05/01/08 23:32:18
↑ 話をそらすな百姓!
915 :
日本@名無史さん:05/01/08 23:37:25
|┃三,.、 ,r 、
|┃ ,! ヽ ,:' ゙;
|┃. ! ゙, | }
|┃≡゙; i_i ,/
|┃. ,r' `ヽ、 / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|┃.i" ゙; <おい、もう気は済んだか?
|┃:!. ・ ・ ,! \____________
| (ゝゝ. x _,::''
.______|┃= ,::`''''''''''''''"ヽ.
|┃ | r';
|┃ ゙';:r--;--:、‐'
|┃≡ ゙---'゙'--゙'
ガラッ
916 :
日本@名無史さん:05/01/09 00:02:20
文盲派と教授派の暗闘は一昨年来の客観的事実であって、912 が事実に基かない憶測で覆せる問題ではない。
旧スレを読めばわかる。
汝妄想する莫れ、喝!
あのさそうやって闇雲に否定して妄想だ電波な極め付けなんだというのは君の勝手だけどさ
君の釈明なんか君の脳内人格以外は誰も信じてないからね。
ちゃんと自覚しなよ。
そうやって自分で自分を誤魔化しててむなしくないかね?
918 :
日本@名無史さん:05/01/09 00:46:03
うむそうだよな。
大体旧スレってなんだよ。
俺は765他だが教授なんぞは
このスレが初見だぞ。
919 :
日本@名無史さん:05/01/09 07:19:20
↑おまいこそひとりでジサクジエンじゃないのか?
相手は一人だけっていう弁解じたいが悲惨な自己弁護だが、早朝から
深夜まで夜もろくろく眠らず連日ひとりでぜんぶ書いてるとはとても
考えられんw
貧民史が書いてるように匿名掲示板でそんな文句は初めから成り立た
ないぞ。だいいち自分が匿名の癖にあつかましい!
言葉もガセだのマンセーだの汚く、真人間のいいぐさじゃないよ。
おまいらが同一人物だという貧民・教授は格調高く歴史だけを論じて
いるのに、反対者は口汚くて卑しい荒しだから嫌われるんだろ。
せめて貧民・教授なみにですます調できちんと書け。
920 :
日本@名無史さん:05/01/09 07:35:05
1180年(治承四年、庚子)
7月5日 乙卯 天霽、風静まる
昨日御書を遣わし、走湯山の住侶文陽房覚淵を召さる。
今日北條の御亭に参向す。武衛件の龍象に談り仰せられて云く、
吾心底に挟むこと有り。而るに法華経を読誦せしめ、
一千部の功を終えて後、宜しくその中丹を顕わすべきの由、
兼日素願有りと雖も、 縡すでに火急の間、殆ど後日に延及し難し。
仍って転読分八百部、故に仏陀に啓白せんと欲す如何てえり。
[覚淵申して云く、一千部に満たざると雖も、
啓白せらるるの條、冥慮に背くべからずてえり。]
則ち香花を仏前に供え、その旨趣を啓白す。
先ず 表白を唱えて云く、
君は、忝なくも八幡大菩薩の氏人、法華八軸の持者なり。
八幡太 郎の遺跡を稟け、旧の如く東八ヶ国の勇士を相従え、
八逆の凶徒八條入道相国一族を 退治せしめ給うの條掌裡に有り。
これ併しながらこの経八百部読誦の加護に依るべしと。
武衛殊に感嘆欽仰し給う。事訖わり施物を賜う。
判官邦道これを取る。晩に及び導師退出す。
門外に至るの程、更にこれを召し返し、世上無為の時、
蛭島に於いては 今日の布施たるべきの由、覚淵に仰す。
頻りに喜悦の気有り、退去すと。
921 :
日本@名無史さん:05/01/09 10:12:25
反論できないのでこぴぺで荒らしちゃいますた
922 :
日本@名無史さん:05/01/09 10:36:21
武田さんてどなたですか?
大坂城代スレによれば、その人は大阪人で小学校中退で百姓派の粘着荒しだそうですが‥
そうやって必死になって弁解するのはかまわないがそんなの誰も信じてないからね。
そんな自分にだけ都合がいいような話しなんか世間で通用する訳がないよ。
924 :
日本@名無史さん:05/01/09 11:39:38
必死なのはおまいだろ。
貧民や教授は学術以外は一切語らない。
一方おまいはジサクジエン以外一切語らない。
これが荒しでなくてなんだ。
アフォー!
だからさぁそうやってマンセーレスが連発されるのってスゲー不自然なんだってばさ。
いい加減きづきなよ。
なんで第三者がそこまで必死になってマンセーを連発するのよ?
スゲー不自然だよ誰が見たって「どうせ自演だろ」って感想だよ。
926 :
日本@名無史さん:05/01/09 12:00:28
怒ってる香具師と煽ってる香具師は区別した方がいいんじゃないか?
919・924と921・922は別人だろ。
自分に反対する香具師は一人だけで全部じさくじえんだと思いたいんだろがチョト無理。
927 :
日本@名無史さん:05/01/09 12:06:07
おまいはここで初めて出遭ったかもしらんが、教授や貧民はそれぞれ教授派、
文盲派を率いる派閥の領袖で、子分だかファンだかがイパーイいる。親分を
叩くと子分が怒って出てくる。毎度のことだ。刑罰スレや帝国憲法スレを嫁!
おまいのいい分は無知ゆえの憶測に過ぎず、事実によって否定されてるんだ
よ。おまいの言い方だと、誰も信じない脳内真理な。
928 :
日本@名無史さん:05/01/09 12:18:42
マンセーとかスゲーとか犯罪者みたいな言葉遣いがきもい。
オノレの非行を非難されると必死に弁解するじさくじえんなどと言いぬける脳内妄想も凄い。
学問を語れよ。
語れないから荒らしてるんだろおまいは。
929 :
日本@名無史さん:05/01/09 12:26:33
∧_∧ . . . .: : : ::: : :: ::::::::: :::::::::::::::::::::::::::::
/:彡ミ゛ヽ;)ー、 . . .: : : :::::: :::::::::::::::::::::::::::::::::
/ :::/:: ヽ、ヽ、 ::i . .:: :.: ::: . :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
/ :::/;;: ヽ ヽ ::l . :. :. .:: : :: :: :::::::: : ::::::::::::::::::
 ̄ ̄ ̄(_,ノ  ̄ ̄ ̄ヽ、_ノ ̄
百姓の子孫で低学歴の荒しなのがばれた…
930 :
日本@名無史さん:05/01/09 15:21:02
931 :
日本@名無史さん:05/01/09 15:31:03
ここでは
教授派=文盲派
みたいじゃん
932 :
日本@名無史さん:05/01/09 17:00:46
___________________
| __◆掲 示 板◆ ┌(今月の標語)┐ |
| |:::::::..| __ ___ ! | |
| |:::......| |:::......| | ・・・ .| | 嵐 | |
|  ̄ ̄ .|:::::::::| | :::::..... | | ス .は | |
|,..  ̄ ̄ .| :::::::: | | ル 完 | | / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
| | ̄ ̄|  ̄ ̄ ̄ .| l .全 | | | これは当然だモナ・・ |
| | | ̄ ̄| .., | 汁 | | | 反応する人も同じだモナ ,!
| |__| | | | | 丶v―――――――――'
| ,.. |__| |_______゙.| | ∧_∧
|____________________.| (∀` )
||i! | ||i! | ( i )
||i! | ||i! | | | |
| ̄ ̄| | ̄ ̄| (_(___)
∧_∧ .∧_∧ ∧_∧ ∧_∧ ∧_∧ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
( ) ( ) ( ) ( ) d( ・∀・ ) < ジサクジエンばっか連呼する文盲も .|
( ) ( ) ( ) ( ) ヽ `っ ! 相手しないからな!! |
\_________,/
933 :
日本@名無史さん:05/01/09 17:20:38
要約
教授は大局的理論的に、貧民史は虫瞰的実証的に、千人同心の郷士であり
下級武士であるたることを論証した。この高級専門家連合に完敗した百姓
厨が貧民史には郷士の定義で、教授にはジサクジエンで粘着したが、貧民
史は撤退で、教授は無礼荒し完全スルーで無視! ひとり喚く粘着百姓‥
934 :
日本@名無史さん:05/01/09 18:49:18
(゚Д゚) <英検五段
@( )>
/ >
>教授や貧民はそれぞれ教授派、 文盲派を率いる派閥の領袖で、
>子分だかファンだかがイパーイいる。親分を叩くと子分が怒って出てくる。毎度のことだ。
この2ちゃんねるでそんな話しはありえませんよ。
なんで只のイチ固定のためにそこまで必死になる人がいるんですか?
あきらかに不自然ですよ、よそのスレでもよその板でも見てきてごらんなさい。
あなたのは主張はきわめて不自然です。
てーかあれでしょ、教授サン達はさ。
自分の主張が間違っていてもそれを認める気なんかないんでしょ?
とにかく何をいわれてもどんな証拠を提示されても自分が正しいって言い続けてさ
世界史板のホロコーストスレの連中みたいにさ同じ事のオウム返しでそれで相手があきれてあきらめたら、
「相手は逃出したやはり自分が正しかった」っていう気なんでしょ。
教授の主張が学問的だなどと脳内人格サン達はしきりに主張しているがそれはトンでもない間違いである。
教授の手口は学問とは似て非なるものであり、学問とは別物である。
いわゆる創造科学と同類の似非学問と呼ばれるべきものですね。
>887
> 千人同心の士格ならざるを理由に敢て農兵、屯田兵と呼ぶ人があります 明治の懐旧談などに
>多いですが、それはそれで正しい でも、百姓だといふのは無理です 在郷だから百姓仕事はし
>ますが、百姓仕事をするだけなら各家中の上士でも御府内の御家人でも神官でもします 江戸時
>代、職業と身分は全く違ふのです 井上馨は自らの前半生を省みて、百幾十石の上士と言っても
>日々の暮しは百姓と変り無い、と述懐してゐます それでも井上は疑ひ無く堂々の士分でした
人別についてまったく考慮していないようですが・・・
例えば文中の「各家中の上士でも御府内の御家人」は百姓もしくは町人の人別だったのですか?
あるいは百姓や町人として勘定奉行や町奉行の裁判権に服したのですか?
あなたが挙げた事例と千人同心達とは似て非なるもので別ものだと思いますよ。
誰も千人同心が在郷で百姓仕事をしているから百姓だとはいっていない筈なのだが
それをわざわざミスリードして887のような書き込みを行う手口はいかがなものか?
ちなみに千人同心の実態についていうと農作業ばかりではなく
酒屋であると宿屋であるとかを経営していた商人化した農民も含んでいた模様。
940 :
日本@名無史さん:05/01/09 20:09:55
(゚Д゚) <英検五段
@( )>
/ >
941 :
日本@名無史さん:05/01/09 22:18:43
>「相手は逃出したやはり自分が正しかった」っていう気なんでしょ。
そりゃオノレの願望だろ。
貧民や教授はそんな卑しいこといわない。
942 :
日本@名無史さん:05/01/09 22:42:26
厳密にいうと教授の脳内人格がいうという罠(w
そりゃ確かに本人はいってないよね(w
943 :
日本@名無史さん:05/01/09 22:45:57
教授ってのに粘着してる知恵遅れが武田だろw
944 :
日本@名無史さん:05/01/09 22:47:55
あんまりはしゃいでるとお前のクルクルパーな発言集をここに貼っちゃうぞw>チンカス武田
945 :
日本@名無史さん:05/01/09 23:30:58
百姓派の低劣さが現れてる
946 :
日本@名無史さん:05/01/09 23:43:58
武田は百姓派
947 :
日本@名無史さん:05/01/10 00:25:22
越前大野藩では家老以下が前掛けして商売に励んだ
職業と身分は別だからそんなこと関係ないよ
948 :
日本@名無史さん:05/01/10 09:15:55
さぁー今日も貧民史と教授に粘着するぞ!
949 :
日本@名無史さん:05/01/10 09:27:49
百姓が粘着すると納豆みたい
950 :
日本@名無史さん:05/01/10 11:26:19
>>947 それは幕末の一時期だけな、大阪屋と大野屋の話しだろ?
もちろんいっておくが人別が町人になったりしたわけではなくて武士の身分はそのまま保持した。
ここで重要なのは人別な。話しをすりかえちゃいかんがね。
#越前大野にいくとその改革を主導した家老の屋敷が復元されてますね。
例えば御家人の内職で提灯張りや植木育成なんてのもあったが
彼らの本職はあくまでも御家人で提灯張りはあくまでも内職だからね。
別に町人の人別になって職人になった訳でもない。
そして千人同心についていうと領主である勘定奉行や千人同心本人達も認めているように
「千人同心株所持の百姓」でしかない百姓が副業で千人同心株を持ってたというイメージに近い。
>>943 脳内人格さんの脳内妄想が激しいようですな・・・・。
952 :
日本@名無史さん:05/01/10 12:37:12
ま、納豆人間と化すのは勝手だが、無駄だともうよ。
貧民史はあまり反応しない。
教授に至っては過去数年間、学問以外一切反応しなかったから。
刑罰スレを読めば判る。
千人同心が百姓の人別に入っているのは
兵農未分離状態の者を、兵農分離を基本とする社会の枠組みの中で把握するために
とりあえずはどこかの人別帳に入れなければならなかっただけのことだと私は思います。
武家奉公人ではないのかという人が上の方にいましたが
日光勤番のときには姓を名乗るわけで、中間ならば勤めのときに姓は名乗らないと思うのですがね。
なお徳川実紀の中間云々の記述は信用できないことは、先に述べた通りです。
954 :
日本@名無史さん:05/01/10 12:47:44
人別は地方の必要からその目的にあわせて用意したもので、侍帳に優先する
ものでなく、決定打にならない、寧ろ左翼史観であるということは教授が夙に
指摘してる。それを無視する「手口」はいかんと思うぞ。
955 :
日本@名無史さん:05/01/10 14:45:05
>人別は地方の必要からその目的にあわせて用意したもので、侍帳に優先する
>ものでなく、決定打にならない、寧ろ左翼史観であるということは教授が夙に
>指摘してる。
思いこみのでたらめはやめましょう
956 :
日本@名無史さん:05/01/10 14:50:47
↑955よ
理由を述べよ
思いこみのでたらめはやめなきゃな
957 :
日本@名無史さん:05/01/10 14:55:45
888に確かに書いてあるな。
955はうそつき。
958 :
日本@名無史さん:05/01/10 18:46:31
(゚Д゚) <TOEIC五段
@( )>
/ >
959 :
日本@名無史さん:05/01/10 19:39:59
>>953 千人同心は兵農未分離の状態との主張をされているようだが
千人同心と兵農未分離は関係がないと思うぞ。
実際の千人同心の状態としては兵農分離が完了したあとに
株の売買により「千人同心株所持の百姓」などが出現したので
それらと兵農分離とは別事象として考察すべきではないかな?
例えばいわゆる筋目(旧家筋)の千人同心達は千人町だか百人町の組屋敷に集住していたわけだしね?
これはもう兵農分離が完了していたのではないかな?
そして兵農未分離状態とされている近在の農村に居住してた千人同心達だけど
これは兵農分離が完了し百姓専業となった近在のお百姓が株を購入し千人同心を副業としただけでしょ?
戦国時代の兵農未分離状態からの連続性は千人同心には見られないと思う。
社会経済の発達に伴う封建的身分制度の弛緩といった方が正しいのではないかな?
>>954 でも千人同心達が記載されていた侍帳なんか存在してるんですか?
多分そんなものは無いんじゃないですか?
そういう詭弁はやめなよ。
そもそもが苗字一件に関して「手鎖宿預け」という処分が下されて千人同心側もそれを受け入れています。
今までも度々指摘されていますがこれは武士身分に対する処分ではなくて百姓町人に対する処分です。
そして千人同心達自らが自分達は「千人同心株所持の百姓」に過ぎないと明確に認めてしまっています。
この点は議論の余地がありません。
この事実は無視できませんね。
961 :
貧民史 ◆523AewEqzc :05/01/10 20:24:00
>例えばいわゆる筋目(旧家筋)の千人同心達は千人町だか百人町の組屋敷に集住していたわけだしね?
>これはもう兵農分離が完了していたのではないかな?
彼らが武士であることは吉岡氏も認めてますよ。
したがって彼らは議論の対象外でしょう。
問題となっているのは拝領組屋敷に居住しない千人同心です。
彼らは近世初期において、兵農未分離状態にあったと考えられます。
>株の売買により「千人同心株所持の百姓」などが出現したので
>それらと兵農分離とは別事象として考察すべきではないかな?
>(中略)
>これは兵農分離が完了し百姓専業となった近在のお百姓が株を購入し千人同心を副業としただけでしょ?
>戦国時代の兵農未分離状態からの連続性は千人同心には見られないと思う。
御家人株は売買されますが
百姓・町人が株を買って御家人になったという事実でもって
その御家人の地位を百姓・町人とは見なしませんよね。
「イエ」の連続性を無視してはならないと思いますよ。
>問題となっているのは拝領組屋敷に居住しない千人同心です。
>彼らは近世初期において、兵農未分離状態にあったと考えられます。
それらは後年に株を買った農民たちではないかね?
組屋敷に集住していない筋目の千人同心なんていたんですか?
あるいは拝領屋敷を手放した連中ではないかね?
963 :
日本@名無史さん:05/01/10 20:40:05
>その御家人の地位を百姓・町人とは見なしませんよね。
>「イエ」の連続性を無視してはならないと思いますよ。
千人同心株の売買の形態は通常とは異なり養子縁組という形式はとっていません。
このことは既に指摘されている筈では?「イエ」は連続していないと思うが?
養子縁組ではなく由緒番代わりですよ。
「イエ」は相続されていない筈ではないかね?
千人同心という役職(副業)の一つを継承するというイメージに近い筈。
2ch名物、詭弁の特徴15か条。
1:事実に対して仮定を持ち出す
2:ごくまれな反例をとりあげる
3:自分に有利な将来像を予想する
4:主観で決め付ける
5:資料を示さず自論が支持されていると思わせる
6:一見関係ありそうで関係ない話を始める
7:陰謀であると力説する
8:知能障害を起こす
9:自分の見解を述べずに人格批判をする
10:ありえない解決策を図る
11:レッテル貼りをする
12:決着した話を経緯を無視して蒸し返す
13:勝利宣言をする
14:細かい部分のミスを指摘し相手を無知と認識させる
15:新しい概念が全て正しいのだとミスリードする
965 :
日本@名無史さん:05/01/10 23:05:48
↑ 百姓派そのものじゃん
966 :
日本@名無史さん:05/01/10 23:50:12
一番いけないのは相手を罵倒する百姓派の人格態度
品性下劣だよ
967 :
日本@名無史さん:05/01/11 01:26:15
通常の御家人の株売買では形式的にせよ養子縁組という形式を取る
確かにこの養子縁組の場合は形式的ではあるが「イエ」の相続も伴う。
このあたりについては以前にも指摘されている。
但しだ百姓が御家人株の取得により「イエ」を相続する場合は以前の百姓の人別は抹消されるのが普通である。
このあたりが千人同心株の売買と異なるところだ。
千人同心株(特に後期)については上記とは違い人別の変更を伴いのである、元のママの人別で千人同心を兼帯する。
千人同心株の取得は身分の変更を伴わないのだ。この点が他の御家人株と大きく異なる点だ。
どちらかというと千人同心株は酒屋株や質屋株というようなある種の職に就くための権利といった面が強い。
千人同心の百姓人別であることを兵農未分離の状態として捉えるのは無理がある。
同心株を買った人物が偶々百姓だったから結果的に百姓人別の千人同心がいたというだけでしかなく
それを兵農未分離の状態とするのは無理があると思う。
成立当初からの千人同心達が多数近在の農村に居住していたというのであればともかく
近在の農村にいた千人同心達は後になってから同心株を購入した農民なんだからね。
それで近世以前の兵農未分離との連続性を主張するのは難しいと思うぜ。
968 :
日本@名無史さん:05/01/11 10:02:00
朝からご苦労さん。
我々が論じているのは千人同心であって、幕末に限った話ではない。
千人同心三百年の歴史の中で、自分に都合の良い時代だけを選んで論するのでなく、全体を通観する必要がある。
況して幕末では三百年以上昔の近世以前とは縁遠くなって当然だ。
酒屋株や質屋株は民間のあやふやな営業株であり、一緒にならない。
>我々が論じているのは千人同心であって、幕末に限った話ではない。
たしか「千人同心株の売買は幕末のみだった」という主張は
>>114で教授が行なったものだった筈だけどね。
株売買は幕末に限った話しではなくもっと遡るとしてその説は既に論破されていた筈よ。
今更終わった話しを蒸し返すなよ。
970 :
日本@名無史さん:05/01/11 10:35:46
じゃあ教授に弟子入りしたら?
スレ題を嫁。
おまいら二人のスレじゃないんだぜ。
それに論破だの何だの、無理矢理勝負事にするのがうざい。
血みどろで凶器振り回す悪役プロレスラーじゃないんだから、勝ち負けなんかどうでもいい!
学問板だぞ。
971 :
日本@名無史さん:05/01/11 14:41:09
まあ喧嘩止めれ。
もうたっぷりしただろ。
もうじき1000でこの荒れたスレも終りだw
972 :
日本@名無史さん:05/01/11 17:25:14
同心は一代抱なので千人同心でなくとも家の継続は関係ないでしょう
樋口一葉の父則義は八丁堀同心浅井竹蔵の株を買いましたが浅井家の
養子になったわけではありません
同心が隠居するとき自分の息子ではなく他人を後任に推挙しただけで
>>972 フムフム、すると貧民史氏が961で主張した「イエ」の連続性云々の話しは間違いだということでしょうかね?
974 :
日本@名無史さん:05/01/11 21:58:02
↑ そういう横柄な口のききようを止めろと言ってるんだよ。
与太者じゃあるまいし。
975 :
日本@名無史さん:05/01/12 00:35:03
武士の本質論がやっぱ説得力があったと感じる。
977 :
日本@名無史さん:05/01/12 08:19:43
なにしろこれまでが悪いですからね。
人間、日頃の行いが肝心です。
978 :
日本@名無史さん:05/01/12 13:27:45
元々下級武士に家督相続なんて無いんだよ
979 :
日本@名無史さん:05/01/13 01:37:50
にんべつをきじゅんにすることじたいがまちがってる
ぶしはにんべつにのらない
980 :
日本@名無史さん:05/01/13 01:57:02
676 :日本@名無史さん :04/10/23 20:59:27
史学の常識だから知っているとは思うが、近世以前では農民と武士の身分差が曖昧で、ほぼ富農=武士と言って良い状態だったからね。
で、検地の時、百姓身分を選んで土地の所有を続けた家はたいてい、江戸時代を通して名字帯刀の家だよ。
逆に検地の時、武士身分を選べば土地の所有は認められなかったわけ。
だから農村に行くと身分は農民だけど名字帯刀の家というのは結構ある。新撰組の近藤勇なんかもそうだろ?
981 :
日本@名無史さん:05/01/13 06:58:46
>にんべつをきじゅんにすることじたいがまちがってる
>ぶしはにんべつにのらない
それでは千人同心は人別に載っているので武士ではない
ということですね。
982 :
日本@名無史さん:05/01/13 10:06:44
それではにんべつをきじゅんにすることになる
きょうしんをすてやわらかいあたまでかんがえよう
983 :
大學ヘ授:05/01/13 11:45:23
何時までも壊れた蓄音機のやうに同じ話を繰返す皆さん、お早うございます
相續概念に混乱があるやうでうので一言
相續は家名相續、財産相續、家督相續、祭祀相續など幾多に分岐してゐます
ただ相續では話になりません
また百姓派の主張には、家名相續と家禄相續(と言へるか否かはさて置き)
の明らかな混同が見られます
984 :
日本@名無史さん:05/01/13 11:54:38
>>983 >>家督相續、祭祀相續
ってひとくくりでないの?
985 :
大學ヘ授:05/01/13 11:59:28
祭祀は家督が相續すること多く、結果的に大抵一致しますし、家督は兎も角、
祭祀の承継で係争になる例は、祭政一致の昔を除き僅少ですが、一応別個の概念
です
なほ、現行法も祭祀承継を一般の財産相續から除外してゐます
近藤勇の新撰組については郷士出身のかれらが百姓侍などと言われたことが
士道云々を強調するもとになったのではないかという分析もあるようですね。
987 :
日本@名無史さん:05/01/13 13:39:44
千人同心株については由緒番代りという形式から家産や祭祀などは継承されず
同心職のみの譲渡(内実は俸禄受領権など)に留まったという理解でいいのかね?
以前に組屋敷の質問があったが株に家屋敷はついてなかったんだよね?
988 :
日本@名無史さん:05/01/13 23:32:49
(゚Д゚) <ケロロ軍曹改
@( )>
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989 :
日本@名無史さん:05/01/14 00:17:55
↑ 話しを逸らすなよ百姓
990 :
日本@名無史さん:05/01/14 08:45:16
拝領屋敷の売買は出来ないよ。
では、バイバイ!
1000まで行ったら、このスレは永久廃止ということで
埋めちまおうぜ
おう!
梅
楳
クマー
ウマー
ウメー
うまうま
糸冬了
1001 :
1001:
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。