幼馴染スキーの幼馴染スキーによる幼馴染スキーのためのスレッドです。
■■ 注意事項 ■■
*職人編*
エロパロ板のスレですが、エロは必須ではありません。
ラブラブオンリーな話も大歓迎。
書き込むときはトリップの使用がお勧めです。
幼馴染みものなら何でも可。
*読み手編*
つまらないと思ったらスルーで。
わざわざ波風を立てる必要はありません。
5 :
ほとり歳時記:2011/03/28(月) 22:15:46.48 ID:F2MsaiLf
2.夏予報
子供の頃に結婚の約束を。
なんていうのは漫画なんかじゃ定番なのかもしれないケド、ことあたしと修に限ってそれはない。
その代わり、と言っていいのかどうかは分からないケド、母によく聞かされていたことはある。
「修君のお母さんはお料理上手だから、お嫁さんになるのは大変よ」だ。
そんなことを言われていた頃、あたしは修のお嫁さんなんてこれっぽっちもなるつもりはなかった。
ただ……確かに、修のお母さんの作ってくれるものはとても美味しい。
とても細やかな人で、子供の頃のお誕生会で差し入れてくれるケーキを楽しみにしていたのを憶えている。
だからそれは、修のお兄さんの智さんが初恋の人だった姉にとっては死活問題だったのかもしれない。
何でも上手にこなす姉だったケド、お料理だけは修のお母さんに必死に習っていた。
あたしは姉についていく格好で修達には秘密のお料理教室に通っていたが。姉だけがお料理上手になるのがちょっと悔しかったのだ。
もっとも、先月お嫁にいってしまった姉が抜けてしまった今となっては、修のお母さん主催お料理教室の生徒はあたし一人になった訳だ。
姉と智さんは少し離れたマンションに引っ越してしまったし。
修のお母さんは普段おっとりしているのに、いざという時はとてもしっかりしている。
あれはあたし達がようやく自分の名前を漢字で書けるようになった頃のことだ。
修の家に父と二人お邪魔して、名前を書けるかどうか試されたことがあった。
あたしの名前はひらがなだから比較的簡単に書けるようになったケド、修はどうしても『修』と言う字をなかなか憶えられなかった。
その日も出来損ないの変な字を書いてはあたしの父に笑われ、自分のお父さんに呆れ半分に教えられていた。
あまりに上手くいかないものだからすっかりむくれた修は、そのままノートを放り出して逃げてしまった。
そこはぼんやりしている修のこと、靴を履いたはいいものの慌てて足をもつれさせて転んでしまった。
要領と言うか、あの時に関しては運が悪かった。
ハデに転んだちょうどそこに何か石でもあったのだろう、右の眉の辺りが切れてしまった。
ボクシングなんかの試合をよく見る人なら分かるだろうケド、眉の辺りは切れやすい上に出血がすごい。
たちまち顔を真っ赤にした修はわんわん泣き始め、父親二人は上を下への大騒ぎ。
救急車を呼べ! 110か? 119だろ。それは消防車じゃなかったか? だったら何番だ。おい! おい! 男がわんわん泣くな!
そこに修のお母さんが走ってきて、どうしたらいいのかとうろたえる父親二人をさっと押しのけ、修を抱えて飛び出していった。
あまり綺麗ではないエプロンで修の傷を押さえて、にっこり笑ってみせながらだ。
ちょうど知り合いの酒屋の車が通りがかったのをいいことに、無理やり乗せて貰って近くのお医者さんへ。
修のお父さんも一拍遅れて走っていった。
後に残ったあたしと父は、なんとなくそのままお留守番ということになった。
その辺りには修が書いた変な漢字のノートが、妙な生々しさで残っていて、あたしはそっと父を見上げてみた。
照れ隠しに怒ったような顔をした父は、ノートを慌てて机の上に閉じて置いた。
それは修が血だらけになったあの時に、何も出来なかった自分を叱っているような、顔だった。
あたしはだからおずおずと父の服の裾をつかんで
「修、治るよね」
と尋ねるしか出来なかった。
あの時の父の、力任せに頭を撫でる手の温かさは今もハッキリ憶えている。
因みに眉の辺りに大きなガーゼを貼って、修はすぐに帰ってきた。
もじもじと恥ずかしそうにごめんなさいを言う修に、父は笑いかけていて、あたしは何度も「大丈夫? 大丈夫?」と言った。
それしか出来ないあたしの方こそ、本当は謝りたかったのだが。
今も修の右の眉は、少し短い。
それを見る度、あたしはちょっと切ないような、悲しいような、羨ましいような、変な気持ちになるのだった。
そして同時に、あたしはもし『お母さん』になるのなら、修のお母さんみたいになりたいと、その時から思うようになった。
あたしの母が嫌いな訳でも、尊敬出来ない訳でもない。
ただあの時にっこり笑った修のお母さんは、とても格好よかった。
そんなお母さんに育てられたのが、あたしの神流修だった。
6 :
ほとり歳時記:2011/03/28(月) 22:19:24.03 ID:F2MsaiLf
◇
よく漫画なんかじゃ幼なじみが仲良くしていると、悪ガキどもが「夫婦かぁ?」なんて囃し立てたりするシーンがある。
その後で男の方が「女なんかと遊んでられるか、バーカ」と言って走っていくのが定番なのかもしれないが、俺とほとりに関しては少し違っていた。
あれは女子が別な授業を受けるようになった頃のことだったか。男子はだらだらとサッカーのような、サボりのような時間を過ごしていた。
因みに俺は女子が別の授業を受けることに何の疑問ももっていなかった。
なにせ俺は生理用品の宣伝を変に解釈して、女性はいつまでもお漏らしをするし、青いおしっこをすると長いこと本気で信じているようなアホだった。
ついでにYES/NO枕の本当の使い道に気付いたのもつい最近だ。まるで意味を分かっていなかった。実は割りとショックだった。
そんなアホなガキの俺だったが、それでもあの頃小学生らしくそれなりにほとりとは距離を置くようになっていた。
それまでお手繋いで……というか引っ張られての登下校だったのを止めてみたり、休み時間ほとりとは距離を取って図書室に通ったり、だ。
……思い返してみれば、我ながら情けないなあ、とは思う。
さて、そんな俺とほとりだったが、それでもご近所でのそれなりのお付き合いみたいなものはあり、それが悪ガキの目に止まったらしい。
運動神経に関しては少し平均値よりも下方に位置するする俺のこと、体育の授業は後ろの方で引っ込んでいるのが常だった。
しかしその日無理やり前に出され、ボールを追いかけさせられた。
放課後も河川敷に場所を移してサッカーは続き、中国拳法サッカーの真似事じみてきた。
「オンナなんかと遊んでるからだ! 鍛えてやる!」
とは当時のクラスの男子ヒエラルキーで上位グループにいた悪ガキのご高説だ。
人類には早すぎるシュートの練習を何度もさせられて、擦り傷だらけになった所を、ちょうど買い物だったらしいほとりとほとりのお母さんが通りがかった。
クラスの女子ヒエラルキーの上位グループに属していたほとりは、悪ガキ相手にガミガミと叱りつけて俺を助け起こそうとしてくれた。
が、そこは男の子の意地。俺はぷいっとそっぽむいてほとりの手をはねのけて
「オンナなんかに助けられなくない!」
なんてことを言ってしまったのだった。
したり顔で
「しょうがないなあ」
なんてお姉さんぶるほとりが、白状すれば少し鬱陶しくもあった。途端にほとりは目を見開いて、頬を真っ赤にして、今にも泣き出しそうな顔で
「修ちゃんのバカッ!!」
と叫んで俺の頬を引っぱたき、走っていってしまった。
7 :
ほとり歳時記:2011/03/28(月) 22:21:33.65 ID:F2MsaiLf
◇
よく漫画なんかじゃ幼なじみが仲良くしていると、悪ガキどもが「夫婦かぁ?」なんて囃し立てたりするシーンがある。
その後で男の方が「女なんかと遊んでられるか、バーカ」と言って走っていくのが定番なのかもしれないが、俺とほとりに関しては少し違っていた。
あれは女子が別な授業を受けるようになった頃のことだったか。男子はだらだらとサッカーのような、サボりのような時間を過ごしていた。
因みに俺は女子が別の授業を受けることに何の疑問ももっていなかった。
なにせ俺は生理用品の宣伝を変に解釈して、女性はいつまでもお漏らしをするし、青いおしっこをすると長いこと本気で信じているようなアホだった。
ついでにYES/NO枕の本当の使い道に気付いたのもつい最近だ。まるで意味を分かっていなかった。実は割りとショックだった。
そんなアホなガキの俺だったが、それでもあの頃小学生らしくそれなりにほとりとは距離を置くようになっていた。
それまでお手繋いで……というか引っ張られての登下校だったのを止めてみたり、休み時間ほとりとは距離を取って図書室に通ったり、だ。
……思い返してみれば、我ながら情けないなあ、とは思う。
さて、そんな俺とほとりだったが、それでもご近所でのそれなりのお付き合いみたいなものはあり、それが悪ガキの目に止まったらしい。
運動神経に関しては少し平均値よりも下方に位置するする俺のこと、体育の授業は後ろの方で引っ込んでいるのが常だった。
しかしその日無理やり前に出され、ボールを追いかけさせられた。
放課後も河川敷に場所を移してサッカーは続き、中国拳法サッカーの真似事じみてきた。
「オンナなんかと遊んでるからだ! 鍛えてやる!」
とは当時のクラスの男子ヒエラルキーで上位グループにいた悪ガキのご高説だ。
人類には早すぎるシュートの練習を何度もさせられて、擦り傷だらけになった所を、ちょうど買い物だったらしいほとりとほとりのお母さんが通りがかった。
クラスの女子ヒエラルキーの上位グループに属していたほとりは、悪ガキ相手にガミガミと叱りつけて俺を助け起こそうとしてくれた。
が、そこは男の子の意地。俺はぷいっとそっぽむいてほとりの手をはねのけて
「オンナなんかに助けられなくない!」
なんてことを言ってしまったのだった。
したり顔で
「しょうがないなあ」
なんてお姉さんぶるほとりが、白状すれば少し鬱陶しくもあった。途端にほとりは目を見開いて、頬を真っ赤にして、今にも泣き出しそうな顔で
「修ちゃんのバカッ!!」
と叫んで俺の頬を引っぱたき、走っていってしまった。
8 :
ほとり歳時記:2011/03/28(月) 22:23:35.91 ID:F2MsaiLf
俺はじんじん痛むほっぺたを忘れて、ほとりが走っていた方向をぼんやり眺めていた。
その時になって、ようやくほとりの泣き虫を思い出していた。
ひどいことを言った。謝らないと。そうは思っても足が動かない。
まごまごしていると、ほとりのお母さんがしゃがんで俺の頬をぱちんと挟み
「こら! ダメでしょ」
と叱ってくれた。
「……だって」
「うん、そうね。恥ずかしかったんだよね」
ほとりのお母さんは、そんなことを言って笑った。
「たかが玉遊びでいじめられて、その上女の子に助けられて、ね」
「…………」
「ほとりに、何か言いたいことは?」
「……ある」
「じゃあ、おばさんとほとりを探しにいこうか?」
「…………ん」
ふてくされてロクに返事もしないひねくれ者の俺にもにっこり笑いかけて、手を引っ張ってくれた。
ほとりのお母さんは優しくて明るくて、けれどとても厳しい人だった。
その時確か、ほとりは先に家に帰っていたのだった。
ほとりはむくれて部屋から出てこず、俺はドア越しにごめんなさいをした。
けれど結局許してなんて貰えず、それからほとりとは例の件があるまで挨拶もロクにしなくなったのだった。
ただ、あの時のほとりのお母さんが頭をなでながら言ってくれたことは印象に残っている。
「一度言ったことはね、簡単に取り返せないの。分かった? でも……人間、いよいよどうにもならない失敗も、そうは出来ないんだから」
にっこりと、顔いっぱいの笑顔でほとりのお母さんは
「大丈夫! 今ちゃんと失敗出来た修君なら、次からは同じことしないから。今に良い男になるよぉ」
とバンバン俺の背中を叩くのだった。
大きな瞳ををきょろきょろさせておどける癖。人懐っこい笑い声と面倒見の良い姉御肌の気性。
明るく朗らかで、けれど律儀で義理人情に厚くて、他所の子の俺もしっかり叱ってくれた。
ほとりの気風の良い性格も、大きな瞳も、あの素敵なお母さん譲りなのだろう。
ほとりの泣きそうな顔を思い出す度、俺はあのちょっと苦い出来事と、ほとりのお母さんがくれた厳しくも温かな信頼を噛み締める。
だから俺は口にこそ出さないが、ほとりのお母さんをもう一人の母として尊敬し、感謝している。
そんなお母さんに育てられたのが、俺の州崎ほとりだった。
◇
本当を言うと、あの時からもう一度あたしに笑いかけてくれるようになって、嬉しかったのだ。
9 :
ほとり歳時記:2011/03/28(月) 22:26:11.17 ID:F2MsaiLf
◇
毎年夏や冬の長期休暇になると、ほとりが宿題を全部持ってウチに現れる。
宿題なんてものは早めに終わらせてさっさと遊ぶ優等生と、いつまでもやらずにラストスパートにかけてしまう学生とに二分される。
俺は普遍的なアホ学生として、断固宿題は八月後半までやらないでおこうといつも決意するのだが、ほとりはそうではないらしい。
今年も終業式後のHR終了と同時に逃げ出す俺の首根っこを捕まえたほとりは、とても良い笑顔で
「一緒に帰ろ」
と脅した。
「断る」
「いつも言ってるでしょ。かしこまりましたと言えー!」
「お前ちょっとそれ怖えよ」
呆れ顔で反論するが、ほとりはどこ吹く風だ。
「郷文研は?」
「特に用事はない。生徒会は?」
「最後にコレ出したら終わり。じゃ、校門で待っててね」
帰る前に回収した文化祭のアンケート用紙の束をひらひらさせてから、ほとりは生徒会室に。
好奇の視線がちらちら刺さるのが何とも居心地が悪く、俺はがりがりと頭を掻いてから二人分の鞄を手に教室を後にした。
帰り際に買ったパックジュースをちゅーちゅー飲みながら、校門傍の木陰でぼんやりとする。
校庭では野球部とサッカー部が場所を取り合いながら練習をしているし、遠くから吹奏楽部が鳴らす何かの楽器の音が聞こえてくる。
それらの音に混じって盛大にセミが鳴き続けている。
もうじきにわか雨でも降るのかもしれない、入道雲が出番を待っている。
夏はほとりの季節だ。
夏生まれだからなのか、一年を通じてこの時期のほとりは特に機嫌が良い。
対する俺は半年遅生まれ、冬の子だ。そのせい、というのは言い訳にしかならないのだろうが、暑いのは苦手だ。
木陰でぼんやりしながら、楽しそうに夏の計画を立てている他の生徒を観察していると時間が経つのを忘れてしまう。
今から取らぬ狸の皮算用をしているバイトの掛け持ちしている奴。
海外に行くらしい女子生徒にお土産のリクエストをしている奴。
何の用もないからぼんやり歩いている奴。
山登りの素晴らしさを後輩に延々語り嫌がられている奴。
野球部でもない彼氏に甲子園に行きたいと無茶を言う奴。
文化祭で演劇をやるらしく脚本の案を語って周りに引かれている奴。
そんな生徒の姿もやがて見えなくなり、ようやく校庭の位置取りが決まったらしい運動部が各々の練習に打ち込み始める。
それまで適当に練習していたらしい吹奏楽部が合奏を始めたのか、肩の凝りそうな曲が微妙な下手くそさで流れてくる。
10 :
ほとり歳時記:2011/03/28(月) 22:28:21.01 ID:F2MsaiLf
余分に買っておいたパックジュースがぬるくなった頃、ようやくほとりが出てきた。
……夏だと言うのに妙に機嫌が悪い。大方生徒会室で何か言われたのだろう。
「ごめん、いっぱい待たせちゃって」
「かしこまりました」
「ここで言わなくても良い」
「さよか。ほれ」
すっかりぬるくなったパックジュースを渡すと、バツの悪そうな顔になった。
「ありがと。でも……うー」
「……聞いても大丈夫か?」
「ん……会長がさ、夏休みだし予定ないかって」
「ないだろ」
「ないケド! でもさー」
小石を蹴っ飛ばして、むくれて、何か言って欲しそうにほとりがちらちらとこちらを見る。
だからこそ、少し意地悪がしたくなる。
「生徒会同士親交でも信仰でも深めるといい」
「……なにそれ、意地悪言ってるつもり?」
「んー、何となく。ここで『ほとりちゃーん、そんなの相手にしないでよぉ』とか言う自分が想像出来ない」
我ながら気持ちが悪い。
「そこまで言わなくても良いけどさ、いや言われても困るし。でもさー、もっとこう、あるんじゃない?」
「俺と例年通り宿題でもしよう」
「…………色気も何もあったもんじゃないケド、まあそれでも良いか」
結局宿題を片付けるのには七月の終わりまで掛かった。
七月三十日午後二時十二分……と、少し。
忌々しい宿題が今年も無事終了した時間だ。タイムリミットまで後九時間四十八分。
だから俺は、昨日のうちにこっそり用意していたものをほとりに渡すのだった。
七月三十日は、州崎ほとりのお誕生日。
例年通り宿題の終了と誕生日を白いトルコキキョウで祝われたほとりが、綺麗に笑っている。
◇
当たり前のように用意してくれている白い花を抱きしめると、幸せな匂いが移ってくれるような気がした。
11 :
ほとり歳時記:2011/03/28(月) 22:31:19.36 ID:F2MsaiLf
◇
ほとりは動きやすい格好が好みらしく、あまりひらひらした服は着ない。この時期は洗いざらしのデニムパンツに白いシャツが基本装備だ。
キツい色彩は嫌いらしく原色でギトギトの服は見向きもしないし、持ち物も大抵淡い色が多い。化粧もあまりしないし、服以外の物を身に着けることも少ない。
そんなほとりだが、髪だけは長く伸ばしている。
かがりさんがそうだったから対抗意識でもあるのか、それとも男勝りな性格を内心引け目に感じていることの顕れなのか。
どちらにせよあの艶やかな長い黒髪はほとりの密かな自慢であるらしい。実の所、俺にとっても少し誇らしかったりする。
ほとりの友達が「重い」だのなんだのと文句を言って切らせよう染めさせようとしているようだが、俺はそのままが良いと思っている。
誰もが判子でも捺したように染めたがる中で、濡れ羽色に煌くあの髪は宝石か何かのようだ。本音じゃみんなあの綺麗な黒髪が羨ましいに違いないと俺は思っている。
特にこの時期の日差しをいっぱいに浴びてキラキラと光を散らして揺れるほとりの黒髪は天鵞絨のようで、その時はほとりがひどく大人びて見える。本人は痛むから、と嫌がっていたが。
それに、ほとりは嫌がってすぐに苦い顔になるのだが、俺はあの長い髪を指で梳くのが楽しみだった。
八月初めのある日、俺は文化祭の為の準備をしていた。
わざわざ離れた場所にある旧校舎の最上階の隅っこまで郷土文化研究部の発表会に来るような暇人は居ないのだが、だからといって何もしない訳にはいかない。
どうせ当日は誰も来ないのが分かりきった資料庫で原稿用紙を眺めているだけになるのだが、文科系部活は何か一つ文化祭で実績を発表するルールなのだ。
出来ていないとウチがいまいち気に喰わないらしい会長辺りが何を言い出すか分かったものではない。その矛先がほとりに向くかもしれない訳だし。
因みに、郷文研今年の研究テーマは治水だ。
特に約三十年ほど前に起きた台風による河川の氾濫での被害をまとめようと思っている。
これまでに我が町で起きた様々な水害とその時代での対策を調べ、特に最も近年に起きた事案を元に今後に生かそうという非常に有意義な内容だ。
これなら文句あるまい。
まあ、実際は当時骨を折って下さった方々にお茶飲みがてら話でも聞いて、それでお茶を濁そうというだけなのだが。お茶だけに。
偉大な先輩方が適当に調べておいてくれた水害関連のノートを流し読み、模造紙に地図を描いてそれっぽい説明文を加えておく。
因みに我が町は大きな川の中州にあり、また海にも面している。四方を水に囲まれているせいか治水は郷土の歴史的に切っても切れないものだった。
現代でも治水関連の為に歳出が多く割かれていて、他の町に比べて他の福祉が押さえられ気味とのことだ。
あと郷文研らしい雑学を加えると、ほとりの苗字の『州崎』さんが多いのも中州に位置する土地柄の為らしい。
さておき、水害マップは適当な所で切り上げて、俺は近所の爺さん……特にこういった薀蓄の手合いを話すのが大好きな善治爺さんの所に行くことにした。
夏休みは初めからほとりと宿題ばっかりしていたし、そういえば外に出るのは久しぶりだった。
玄関を抜けると痛いくらいの日差しで、少し眩暈がする。
ふと見れば、窒息しそうな程の光とセミの鳴き声が降りしきる中で、白いワンピースと麦わら帽子が揺れている。手には藤のバスケット。
「ちょうどよかった」
聞きなれた声で、我に返る。
それまで、どこか違う世界にでも迷い込んだのかと思うほど幻想的だったのが、ほとりの声と共に元に戻ってしまった。
「お昼まだでしょ?」
「……ああ」
「どしたの?」
にやりと不敵に笑ってみせるほとりは、分かって言っている。
何だか悔しくて、俺はわざとらしく無視して歩き始める。
「ちょっとー、何か言いなさいよ! って言うか褒めろー!」
「今から善治爺さんトコ行く約束になってるんだけど」
「うッ、あそこかー」
それでもちょこちょことほとりはついて来ている。
善治爺さんの長話が苦手だと、ほとりは困ったように笑っている。
「何の用よ」
「文化祭、色々と調べ物」
「ん……しょうがないなあ、早めにお願い」
「あいよ」
12 :
ほとり歳時記:2011/03/28(月) 22:33:30.15 ID:F2MsaiLf
善治爺さんの家までは少し歩く。
昼前の日差しの中はまだましなのだろうけれど、それでもやはりうだる様な暑さだ。
「今日も暑いからな、それでか?」
「ん……そんなトコ」
振り向けば、不意を打たれたほとりがキョトンとしている。
「そうしてると、どこかのお嬢様みたいだな」
「……それは、まるで褒めてないね」
「いつだってほとりはお嬢様だよ」
「嘘臭い」
「あははは」
すっかりむくれて、けれどそれでもほとりはついてくる。
「でも、アレだな」
「…………ん?」
「うん、似合ってる。たまにはそういう格好もしてくれ」
ほとりはにやり、と。とてもお嬢様とは言えないような笑みをしてみせて、けれどようやく納得したのか嬉しそうに頷いてくれたのだった。
たっぷり二時間近く善治爺さんの話に付き合って、すっかり腹が減ってしまった。
藤のバスケットを自慢そうに抱きしめて、ほとりがにやにやしている。
早くおなか減ったと言え、とほとりの夏の夜空みたいな瞳が促している。
「腹、減ったな。何を食わせてくれるんだ?」
「……ん、自分で考えたら」
「おむすびが良い」
「あんた、良い勘してるね。普通こんなバスケット持ってんだから、サンドイッチって答えない?」
「いや、お弁当はどっちかって言えばおむすびのが好きだし」
「……まあ、こっちもそのつもりでおむすびにしたんだケド。あんた米食いだし」
俺の好みを知っているのも特に疑問はない。ほとり達は秘密にしているようだが、ウチの母さんが料理教室の真似事をしているようだったし。
自慢じゃないが、ウチの母さんはわりと料理が上手い。何でも上手くこなすかがりさんも、料理だけは母さんに習っていたようだ。
夕飯の時に少し不ぞろいな野菜や煮崩れた煮物が出たりすると、ああ今日もやってたんだなあ、と思ったりしていた。
俺達にはバレないようにわざわざ公民館なんかでやっていたみたいだが、母さんもほとりもかがりさんも居ない時間がそうしょっちゅうあるんじゃ気付かない方がおかしい。
……俺に輪をかけてぼんやりしている兄貴は、まるで気が付いてないようだったが。
けれど、秘密にしているものを暴き立てて喜ぶほど、俺もアホじゃなかった。
うっかり今度は何を作ろうかと三人で笑っている所を見てしまって、それでも気が付いてないフリをして誤魔化してきた。
アレ、多分母さんとかがりさんにはバレてるんだろうなあ。
ともあれ、母さん仕込みのほとり弁当が、不味いはずがない。不格好だったのも初めのしばらくだけだったし。
川の話をしたばかりだし、夏だし、とほとりを近くの川沿いの公園に誘った。
水害の話を熱心にした後で、よくも川に誘うね。とほとりは呆れていたが、それでもとことことついてきた。
いつも少し後ろをついてくるのは、多分最後の一線で女の子らしい所をみせたいほとりの意地なのだろう。
13 :
ほとり歳時記:2011/03/28(月) 22:35:46.06 ID:F2MsaiLf
「でもさ、郷文研って近所のお爺さんとかのお話とかも集めたりするんだ」
手弁当をありがたく、美味しく頂いた後、ほとりはそんなことを尋ねてきた。
「そだよ。ほら、梅雨の時にさ、紫陽花の話しただろ?」
「ああ、アレ」
「結局噂の元ってあんなに近くにあった訳だし、身近な話っていうのは結構バカに出来ないんだよ」
例の紫陽花の話だが、あの噂はウチのOBでもある数学教師が学生時代奥さんに告白された時のことが元だった。
文芸部の奴は、まさか自分の担任がそうだと知らずに必死に名簿をひっくり返してはアチコチに電話をしていた訳だ。
その話は職員室じゃ公然の秘密だったらしく、毎年梅雨が来ると数学教師はとても肩身が狭いらしい。
文芸部から真相を教えてもらった後で、一緒にいたほとりが「実は……」と言い出したのだ。
何故ほとりが知っていたかと言えば、どうもほとりのお母さんのパート先が数学教師の奥さんと同じだったかららしい。
どうして黙っていたのか尋ねると、ほとりは
「こんな話はね、秘密にしておくのが花じゃない」
と笑っていた。
確かに、大事なのはジンクスを信じるかどうかで、元にそこまでの意味はないのかもしれない。
ほとりもあの話は信じているのか。
一応尋ねたが、ほとりはもう一度にっこり笑うだけだった。
ほとりが川べりに遊びに来て、じっとしていられるはずがない。
ふにゃふにゃと断る俺を一度だけ不服げに睨んでから、ほとりは川へと走っていった。
水の飛沫を舞い上がらせて。
白く輝くスカートをひるがえらせて。
自慢の長い黒髪を風に洗わせて。
麦わら帽子を押さえて。
川で遊ぶほとりは、本当に愛らしいどこかのお嬢様みたいだった。
◇
不意にくれる言葉の一つ一つが、あたしにとってはぴかぴかの宝物だった。だからせめて、可愛い女の子でいたかった。
14 :
ほとり歳時記:2011/03/28(月) 22:38:05.16 ID:F2MsaiLf
今回ここまで。
のっけからお目汚しし失礼しました。
あと
>>1乙。
読めて幸せです。
gj&ありがと
>>14 いきなりGJ
幼馴染の特権ってなんだろう、お互いの合鍵持ち?
心の合鍵?
GJ
幼馴染みって距離感が難しいよね
幼馴染みいないけど、あまりにも近くなりすぎると肉親みたいで恋愛感情とか持てなさそうだってのはわかる
俺は義姉や実兄の嫁さんとそういうの想像したら気持ち悪くなるから
兄嫁にときどき悶々する俺みたいなのもいるが
エロさに悶々してるだけで別に押し倒そうとか思ってないよw
万が一押し倒された時に払いのけることができるのか
兄嫁は兄にベタ惚れだからそれはない
俺は幼女な姪っ娘二人に懐かれているので幼女観察で我慢している
これも幼馴染みなのだろうか
25 :
ほとり歳時記:2011/03/31(木) 15:31:58.60 ID:mcD5QUzW
3.魔法の呪文
あたしが初めて好きになった人は、修のお父さんだった。
修のお父さんのお嫁さんにしてもらいたくて夜も眠れないくらいだったのだから、我ながらおませさんだったと思う。
初恋は実らないものなんて言葉もあるように、夜も眠れないくらい甘苦かったあたしの初恋もわりとあっさり終わってしまった。
そりゃお断りされた時は本当に死にたいくらい悲しかったケド、あれほど苦しかったというのにあっさり立ち直れた時はなんだか拍子抜けした。
とにかく、初恋なんてものは大抵そんなものなんだろうと思うケド、中にはそのまま上手くいった珍しい例もある。
あたしの姉……州崎かがりと修のお兄さんだ。
あたし達はよく似た姉妹だとわりと人には言われるし、自覚もある。
ただ、あくまでオリジナルは姉であり、あたしはその劣化コピーなんだと思う。
よく似ている。けれど少し違う。
それがあたし達姉妹だった。
七つも年が離れればそういうものなのかもしれないが、姉は何でも上手くこなしてみせた。
あたしにしてみればそれこそ自分の理想形として、長く君臨していたのが姉だった。
成績も運動神経も良くって、その上美人。何をやらせても上手くこなすしっかり者で、気遣いも細やかで大人受けが良い。
その上面倒見も良いから年下からも慕われて、とにかく皆に愛される人だった。
あたしだって、それなりに成績も運動神経も良い方だし、不細工なつもりはない。いつも姉みたいになりたくて必死に頑張ってきたのだ。
とにかく、あたしにとって自慢であり、同時にコンプレックスでもある姉。そんな姉が修のお兄さん……智さんを好きになったのが皆不思議だったようだ。
智さんと修も良く似た兄弟だ。
ぼんやりしていて要領は悪くて、いつも傍で見ていてハラハラさせられる。その癖お人よしで頼まれると嫌とは言えないのだから困りものだった。
ケド、あたしには分かる。
姉は、そんな智さんだから好きになったのだと。
分かりにくいケド優しくて、この人は絶対に裏切らないと安心出来る温かさを持っていて、そして誰よりも自分のことを愛してくれる。
姉と智さんが付き合い始めたのに気が付いたのは、自慢じゃないがあたしが一番初めだと思う。
修なんかぼんやりしているから、身内じゃ多分一番最後に違いないだろう。
あれはあたしが修のお父さんのお嫁さんになりたくて仕方なかった頃、確か十歳になったばかりだった。
あたしの家族と修の家族みんなでお誕生会を開いてくれて、あたしは得意になってはしゃいでいた。
母達が腕を振るったご馳走の山はどれも美味しそうだったし、修のお父さんがくれた白い花は幸せな香りがする気がした。
トルコキキョウは香りなんてしないケド、修のお父さんがくれるのは別だったのだ。
子供ながらに恋する乙女ってヤツだったあたしは、だから姉と智さんの微妙な変化にも敏感だった。
別に大した違いじゃない。
例えば遠くのお料理を、姉が自分のお箸で取ってあげたり。
例えば座る位置が少しだけ近かったり。
例えば話す時、二人微笑みあったり。
そんな些細な変化だった。
おくてな智さんは、幼なじみの姉相手でも……いや、姉だからこそ目を見て話すのも苦手だった。
あたしと姉や智さんとは七つ違い、当時十七歳だから今のあたし達と同じ。だというのに十歳のあたしがやきもきするようなじれったい関係を続けていた。
さすがの姉も智さん相手ではなかなか上手くいかないようで、それまではむくれたり拗ねたり、姉らしくない表情を見せてくれていた。
だから、あたしには分かった。二人は、もう先日までの二人ではないのだと。
実際、それからのんびりした智さんに呆れたり拗ねたりしながらも姉は寄り添い続け、長いこと掛かったものの無事結婚までこぎつけたのだから。
修はと言えば、あたしの父相手に最後の1個のから揚げを取り合っていて、そんな二人の微妙な変化には気が付いていないようだった。
呆れるやららしいと納得するやら。
とにかく、兄弟揃ってぼんやりしていて要領が悪くて、傍で見ていてハラハラさせて。
それが、あたしの神流修だった。
26 :
ほとり歳時記:2011/03/31(木) 15:34:58.87 ID:mcD5QUzW
◇
俺が初めて好きになったのは、我がことながら頭が痛くなるのだが、州崎姉妹だった。
かがりさんとほとり、優しいお隣のお姉さんと、しっかり者で一緒に居て楽しい女友達。どうしてどっちか一人に絞れなかったのか、それとも俺は浮気性なダメ男なのか。
とにかく、万事が万事ぼんやりしたアホガキの俺は、大それたことに近所で評判の美少女姉妹が好きだったのだ。
初恋は実らないなんて言い草は知っているが、少なくとも俺にとっては正しい言葉だ。
かがりさんは兄貴に取られたし、ほとりだって、アレは恋ではなかったと思う。単にかがりさんへの憧れを、ほとりに投影していただけのものだ。
だから口には出さないし、出すべきではないから、ほとりへの子供の頃の気持ちは死ぬまで秘密にしようと心に決めている。断じて知られてはいけないものだ。失礼にも程がある。
さておき、世の中には何事も例外があるもの。上手いこと初恋なんてものを実らせてしまった稀有な例もある。
兄貴とかがりさんだ。
初恋同士、幼なじみ同士なんて冗談のような恋愛で、上手いことゴールにまで辿り着いたのだから、まあどこで笑えば良いのやら。
実の所、上手く文章にしたら今日日の風潮なら映画やらドラマやらになって一儲けできそうな気がするのだが、有象無象に兄貴とかがりさんのことを教えるのは惜しいので止めている。
悔し紛れに言うのではないが、どうして兄貴がかがりさんに好かれたのかまるで分からない。
これは、かがりさんを初恋の相手として子供なりに真剣に見てきた俺だから自信を持って言えるのだが、かがりさんの方が兄貴のことを好きになったのだ。
子供の頃から俺は兄貴とよく似ていたらしく、周囲にそう言われ続けてきたし、不本意ながら俺もそう思う。
ぼんやりしていてマイペース、顔だって不細工とまでは言わないが格好よくもない。運動神経に優れている訳でもないし、成績だって悪いとは言わないが特に良い訳ではない。
揃って文系で、理系については州崎姉妹のお世話になってようやく人並みといったレベルだ。
大人達にしてみれば見ていて危なっかしいとしか思えないし、年下からも慕われるなんてことはありえない兄弟だった。
我ながら思う。あのハイスペック姉妹と仲良くやっていけるのは、そろって周りの目をあまり気にしないいい加減な性格の賜物だと。
何かと器用なかがりさんのことを、ほとりはコンプレックスに思っているようだったが、その実かがりさんの方も必死だったことには気が付いていない。
いつも姉として、妹に恥ずかしい思いをさせたくないのだと言っていた。妹の前では、世界で一番素敵なお姉ちゃんで居たいのだ、と。
俺は、タイミング悪くかがりさんが必死になって勉強している所に鉢合わせてしまって、そんなことを聞かされたのだ。
帰ると兄貴がパンツ一丁でごろごろしながらアイス片手に新聞にケチをつけていて、なんでかがりさんはこんなのを好きになったのか一頻り首を捻った。
27 :
ほとり歳時記:2011/03/31(木) 15:37:02.72 ID:mcD5QUzW
そんな兄貴だから、かがりさんと付き合い始めたのに気が付いたのは、自慢じゃないが俺が一番初めだと思う。
ほとりなんか自分の初恋を追っかけるのに必死だったから、身内じゃ多分一番最後だったに違いないだろう。
あれはまだ俺が州崎姉妹が好きで、子供ながらにどちらか選べない自分に悶々としていた頃、ほとりの十歳の誕生日のことだ。
俺の家族とほとりの家族みんなで誕生会を開いて、俺はこの中じゃ一番の年下になったことに内心不満だったのを憶えている。
けれど、母さん達が用意してくれたご馳走はどれも美味しそうで、アホなガキだった俺はほとりがケーキの蝋燭を吹き消す頃には食い気で興奮して心からお祝いしていた。
それでも、子供ながらに必死に州崎姉妹を見ていた俺には、兄貴とかがりさんの変化に気が付いていた。
別に大した違いではない。
例えば兄貴がかがりさんに気を配る素振りを見せたり。
例えば座る位置が少しだけ近かったり。
例えば話す時、二人微笑みあったり。
兄貴は今時残念なくらいにおくてで、幼なじみのかがりさん相手でも……いや、かがりさん相手だからこそ目を見て話すことさえ苦手だった。
俺と兄貴やかがりさんは七つ違い、当時十七歳だから今の俺達と同じ。だというのに十歳前の俺が呆れるくらいのんびりした速度で付き合っていた。
さすがのかがりさんも、売れない骨董品級の鈍感でおくてな兄貴相手には手を焼いていて、ため息混じりに母親二人と頭を悩ませていた。
だからこそ、俺には分かった。二人は、もう先日までの二人ではないのだと。そして、俺の初恋はあっさり終わったのだと。
事実、それからもぼんやりした兄貴に口うるさく言いながらもかがりさんは寄り添い続け、長いこと掛かったものの無事結婚までこぎつけている。
ほとりはと言えば、俺の親父に貰ったトルコキキョウに顔をうずめてもう幸せの絶頂に浸っていて、そんな二人の微妙な変化には気付いていないようだった。
呆れるやららしいと納得するやら。
けれど、俺は知っている。
かがりさんがほとりの前では世界で一番素敵なお姉ちゃんで居たいと必死だったように、ほとりもそんなかがりさんに追いつこうと必死だったことを。
州崎姉妹を世界で一番必死に見てきた俺だからこそ、自信を持て言えるのだが。
もうほとりは、かがりさんの劣化コピーなんてものじゃない。
これも本人には死ぬまで秘密にしようと心に決めていることなのだが、ほとりは世界で一番素敵な女の子になった。
それが、俺の州崎ほとりだった。
◇
白状すれば、二人の恋は、あたしの憧れだった。
28 :
ほとり歳時記:2011/03/31(木) 15:39:06.70 ID:mcD5QUzW
◇
我が故郷、愛すべき地味な地方都市は中州に位置している。
周囲に流れるそれなりに大きな川は、地元の人間にとって親しい友であり、また時には脅威をもたらす敵でもあった。
その川を二分する先端部分、いわゆる『州崎』にあたる地点に我が町最古の神社はある。もちろん俺達にとっても馴染み深い氏神様だ。
御祭神は祓神にして水神、大祓詞にも登場する女神、瀬織津姫様で、そのお社に相応しく近くで川が流れを二分していく様はなかなか見応えがある。
さて、その瀬織津姫様の神社では、秋の収穫祭が行われていた。
ウチからは親父と、今年からは兄貴がお神輿を担ぎに、母さんも婦人会の集りとやらで炊き出し等の世話役に出ている。
さて、となると俺一人家でぼんやりしているのも何だか居心地が悪い。
昼前にもそもそ起きだして来た俺は、テーブルの上ですっかり冷めた朝飯を食べてから、のんびりと家を出た。
ぶらぶらと歩くこと十分、ささやかながら今も続く我が氏神様のお祭囃子が聞こえてきて、年甲斐もなく楽しくなってきた。
数々の出店を冷やかし、女神様に奉納する神楽舞を眺めていると、ちびっ子相撲が始まった。
俺も子供の頃にはこれに参加して、投げられ役として存分に活躍し、あまりの活躍ぶりに感動したおじさんなどに余分にお菓子を貰ったりしたものだ。
懐かしい気持ちで見ていると、見慣れた顔が子供達にお菓子を配っていた。
「ほとり、何やってんのさ」
「ああ、修。今頃来たの?」
じゃれ付く子供達に「順番よ」などとお姉さんぶりながら、ほとりは笑っている。
「お手伝いか」
「うん」
「そうかー」
「他人事ね」
「まあね、今起きたばっかのアホ学生さんですし」
「郷文研の部長さんが、こんな地域の行事をただ眺めるだけでいいんですかー? おっと。君重いねー」
足にくっついて離れない小さな子供をひょいと抱き上げると、ほとりはにやりとしてみせる。
「この収穫祭の研究は先々代部長がずいぶん凝ったのをやってたからな。後輩の俺は、いかにこのお祭りが続いているかを眺めるのがお仕事」
「じゃあ眺めるついでに、あたしの手伝いもしていきなさいよ。お茶くらいは出るよ」
「お茶ねぇ……」
どうしようか、見れば行司のおじさんがにやにやとこちらを見ている。いつか俺があえてやられ役に甘んじ大活躍だった所を褒めてくれた人だ。
「あだッ! クソガキてめぇッ!」
どうしようか考える隙を見逃す筈もなく、幼い頃の俺のようなアホガキ……もといちびっ子の全力キックが膝裏に。
「あはははは、バーカ」
分かりやすい罵詈雑言を言って逃げる子供。
俺は大人として悪ガキはしっかり叱らないといけない。いくら運動神経鈍い俺でも小学生相手なら負けはしない。
大人気なく追い詰め、ジャイアントスイングをおみまいしてやった。
もちろん足を持ってやっては危なすぎるので、腕を握ってだが。
「修ー、この子もそれやってほしいって」
「はぁ、はぁ、はぁ」
「あー、このお兄ちゃんは運動不足だからちょっと待ってね」
呼吸を整える間に子供達が攻めて来る。一人では敵わないと知ったのか、今度は複数でだ。
「あらー、お兄ちゃんが遊んでくれるって」
助ける気も無いほとりは、一番良い笑顔で子供をけしかける。
足に抱きつくヤツ、背中によじ登ろうと無茶をするヤツ、ジャイアントスイングをやれと腕を取るヤツ、自分が先だと言い張るヤツ、にやにやしながらませたことを言うヤツ。
いつの時代も、案外子供のやることは変わらないのかもしれない。
「姉ちゃんと兄ちゃんは夫婦かー」
ませたことを言う子供に、ほとりはにっこり笑って
「違うよー、こんな甲斐性なしと結婚なんてしたら苦労するの目に見えてるじゃない」
と、人がまだ喋れないのをいいことに言いたい放題。
「お兄ちゃん、可哀そう」
足にくっ付いてた女の子には、哀れみの目で見上げられる始末。おかしいなあ、俺が何をしたというのか。
「それにしても、あんた子供受けは良いわねー。やっぱり精神年齢が似通ってるからかしら」
「ほとりだって、そうだろが」
29 :
ほとり歳時記:2011/03/31(木) 15:41:06.99 ID:mcD5QUzW
ちびっ子相撲も無事終わり、俺は婦人会のテントで休憩をしていた。あの相撲も奉納の行事なのだが、本当にあんなグダグダなので我が氏神様は喜んで頂けたのだろうか。
ほとんどプロレスだった。
手の中には紙コップ。ほとりの淹れてくれた茶は熱い。猫舌の俺は何度も吹き冷ましてでないと飲めない。
テントのそこここで、近所の不良中年達が祭りを口実に昼日中っから酒を酌み交わしている。婦人会の主な仕事はその世話のようだ。
ほとりもさっそく母さん達やかがりさんに混じって細々と世話を始めた。
因みにこの婦人会、名前を新妻会と言うんだそうで、俺はいつも名称変更を訴えているのだが聞き入れられたことはない。
ウチにお嫁さんが来るまでは自分は新妻だ、と母さんは言い張っている。
かがりさんが来たんだからもうダメなんじゃないのかと言うと、別の家を構えているのだからノーカンらしい。これも詐欺か何かにならないのだろうか。
さて、そうこうしているうちに町を練り歩いていたお神輿が無事に帰ってきた。
最後は川に入るようになっている。毎年よく死人が出ないものだと不思議なくらいの勢いで神輿が川へと突撃。
「アレ、智さんじゃない?」
いつの間にか傍に来ていたほとりが指差す先、確かに兄貴がいる。
「おお、確かに兄貴だ。あ、こけた。ずぶ濡れになった。凄いなあ、ぼくにはとてもできない」
「ちょっと、あんた弟ならちゃんと心配しなさいよ」
「ぼくにはとてもできない」
「大丈夫かしら」
振り向くと、かがりさんがはらはらしながら兄貴を見ている。
「大丈夫でしょ、多分」
兄貴はへろへろになりながらも、それでも何か意地でも張ってるのか、また神輿を担ごうと人ごみの中へ。
「ああ智さん、また弾き出された。またずぶ濡れだよ」
「ぼくにはとてもできない」
「だから、あんたもっと心配しなさいよ」
さすがに親父やほとりのお父さんは上手くこなしているのか、兄貴みたいな失態はみせていなかった。
へろへろの濡れ鼠で帰ってきた兄貴をかがりさんはバスタオルで拭い、何事か心配そうに声を掛ける。
兄貴はへろへろのくせに、それでもにっこり笑って見せていて、ああいう所だけは弟としても安心出来る。
「何か、いいなあ」
「何が」
お茶のお代わりを淹れてくれたほとりは、呆然とそんなことを言う。
「やっぱり、いいなって思った」
「そうか? 兄貴よく生きて帰ってきたな、としか思わないが」
あれでかがりさんをバカに出来ないくらいロマンチストなほとりは、兄貴夫婦の仲睦まじさが羨ましいらしい。
「なあ、ほとり」
「何?」
「今からでも、川に突っ込んでこようか?」
「……やるのは構わないケド、助けてなんてあげないよ、あたし」
「なんでさ」
「…………分からないかなあ」
不服そうなほとりは、盛大にため息をついていた。
◇
本当に子供受けがいいらしく、何だかんだ言いつつも相手をしている姿は、見ていて嬉しくなった。
30 :
ほとり歳時記:2011/03/31(木) 15:43:28.76 ID:mcD5QUzW
◇
このご時世に珍しく、我が校文化祭ではミスコンがある。正確には事前投票で決まっているのでその発表会だが。
因みに候補者は全女子生徒で、我が幼なじみは俺が半ば嫌がらせで入れた一票だけだった。
文芸部部長の幼なじみと同率最下位で、なんだか複雑な気分になる。まあ、ああいうのは声のデカいヤツに票が集るように出来ているのだ。
さて文化祭当日、俺は歴代郷文研部長と同じく暇を持て余していた。
我が郷文研の研究発表は今年も渾身の出来だったが、夏休みご協力いただけたご老人方数人がお越し下さったのみ。
一度だけご老人方に成果をご報告し、俺は残った時間はだらだら過ごすことにした。
体育館では魔法使いの暴れっぷりが公演前から評判の改変シンデレラをやっているらしく、とてもうるさい。
だいたい、魔法使いの癖に得意技が拳骨ってところがすでにおかしい。シナリオ担当は誰か、前に出て弁明しろ。
さて、こういったイベントではカップルの成立率が高い。乗っ込みのシーズンでもあるまいに、裏庭の紫陽花の辺りは変な雰囲気だ。
とっくに花は散ったというのにゲン担ぎなのか、あの花壇は隠れて告白だの何だののイニシエーションをしようとする生徒が入れ違いに現れる。
ニキビだらけの顔を真っ赤にした一年生男子が呼び出しの手紙片手に待っていたり、感極まってついでに胸を揉むアホが居たり、このタイミングで振られて男泣きしているヤツが居たり。
なかなかいい暇つぶしになる。これは旧校舎最上階を預かる郷文研と文芸部だけの秘密なのだが、そういったアレコレは我々には丸見えなのだ。
地上のそういった騒々しい出来事を眺めて茶を喫するのは、ちょっとした優越感を覚える。
「ちょっと修、今年もまた入れたでしょ」
「なんだ、嬉しかったか」
「…………そんな訳ないでしょ、恥ずかしいだけだよ!」
予想通り現れたほとりが文句を言っているが、少し言葉に詰まる辺りまだまだだ。
「それよりほとり、お腹が減った」
ほとりが下げてきたビニール袋からは、香ばしいソースの、炙った鶏肉の、煮詰まった醤油の美味しそうな匂いがしている。
「……買ってきた」
「ありがとう、さすがに気が利く」
「まあ、一人お留守番しているの、知ってるから」
今年の郷文研は俺一人、つまりこの資料庫の留守番も俺一人と言う訳だ。
ほっといて出歩いても良いのだが、一人ウロウロするのは何だか物悲しいし、ほとりを連れて歩くのもはばかられた。
文化祭らしい昼食を終えると、地上で騒がしくさかっていた若者達は少し減り始めている。
さて、もう後半日すれば今日も終わりだ。初日からこんなに暇を持て余すのでは、あと二日もすれば死んでしまいかねない。
俺はほとりの淹れてくれた熱い茶を手の中でもてあそびながら、ぼんやりと紫陽花花壇を眺めて……気が付いた。
慌てて旧校舎に駆け込んでくる、アレは確か……
「アレ? 今の……」
「文芸部の幼なじみだ。何かあったか?」
隣でぼんやりしていたほとりと顔を見合わせる。
文芸部の今年の出し物は、何故か郷文研のような内容だった。
確かどこかの町の伝承を検証していて、どうしてそんな内容になったのやら。
事前に読ませてもらったところなかなかの出来で、ほとんど来客のない旧校舎で似たような出し物をするおかしさに文芸部と二人で大笑いの後罵りあった。
旧校舎にまでわざわざ来てくれる奇特な方を、なんで取り合う真似をせにゃならんのか。
郷文研との差は新入生の有無で、今年のヤツは俺と違って自由時間がある。まあつまり、文芸部を誘いに来たのだろうか。
「ん、なんだか切羽詰った感じだったケド」
「そういわれてみれば……」
ほとりがにやりとしている。面白いものを見つけて、興奮に瞳を輝かせている。
「ちょっと冷やかしに行かない? あの二人、やっと付き合う気になったのかも!」
「悪趣味だなあ、ばれない様に気をつけるぞ」
多分俺の顔も悪趣味な感じに歪んでいる。
ほとりと二人、笑いを堪えながら出て行くと、ちょうど階段で件の女子生徒に鉢合わせた。
「あ、書庫に用事かしら?」
にやにやした顔を隠そうともせずほとり。
「そんな訳ないじゃないッ!」
話をするのさえもどかしいように女子生徒は慌てて走り去ろうとする。
「何があったの?」
「……逃げてるの」
「何から」
「…………」
と、タイミングよく校内放送。
31 :
ほとり歳時記:2011/03/31(木) 15:46:30.86 ID:mcD5QUzW
『あー、こちらボランティア同好会。ホシは旧校舎に向かった模様、文芸部は急いで集合せよ。繰り返す、ホシは旧校舎に向かった模様』
「どうしてボランティア同好会が?」
ボランティア同好会、手広くやってんのな。
「とにかく、あたし逃げなきゃ!」
「なら書庫だな。まさか文芸部も、自分の根城に逃げ込んでるとは思うまい。あそこなら隠れ場所には事欠かないし」
慌てて違う場所へ逃げようとする女子を制して、俺は上を指す。
「でも、今書庫にはお留守番の子が」
「それはほとりが上手く引き付けてくれる」
「あたし?……もう、しょうがないなあ」
それでもこんなお祭り騒ぎが楽しくて仕方ないらしいほとりは、女子の手を引いて書庫へ。
「隠れ場所にアテは?」
「ある、大丈夫。ありがとう、ほとり」
「小規模部同士、助け合いは大事だしね」
お前は郷文研じゃないだろうが、ほとり。
俺はのんびりと一階に向かい、そこで文芸部を迎えうつことにした。
ぱたぱたと足音、上手くやったらしいほとりがすぐにやってきた。
「ちゃんと書庫に隠してきたよ」
「よし、これでそう簡単に書庫からは出られないだろう」
文芸部のお留守番のいる中、もう出てはこれないはずだ。はい、詰んだ。
ほとりと笑みを交わすと、すぐに文芸部は走ってきた。日ごろの運動不足がたたっているのか、文芸部は汗まみれの泥だらけで息を切らせている。
「よう、あの子探してんだろ」
「はぁ、はぁ……ッ、どこに行ったか!?」
「書庫、ほとりが知ってる」
ほとりが心得顔で
「来なさい、もう逃げられないから」
と意地の悪い笑みを浮かべている。
「一番奥の書架と壁の間、カーテンに包まってる」
「おい、貸しな」
「ああ、サンキュ!」
文芸部は、よほど余裕がないのだろう、らしくなく素直に礼を言って走り出す。
何か面白いことが起きるに違いない。
俺とほとりも後を追い走る。
旧校舎最上階書庫。普段は静かなこの場所で、文芸部による一大パフォーマンスが始まる。
ドアに手を掛けた辺りで、中からとても恥ずかしいセリフが聞こえてきた。
薄くドアを開いて覗いてみれば、中では文芸部とその幼なじみが痴話喧嘩の真っ最中。
好きだ。だの、そんなコト今更言うな、バカ。だの、聞いていて尻が痒くなるセリフのオンパレード。
お留守番の文芸部新入生が呆れ顔で出てきた。
「おう、楽しそうだな」
「郷文研の。まさかウチの部長があんなに……その、何と言うか情熱的な人だとは思いませんでしたよ」
「そうだよなー、本当にあいつ文芸部か? 語彙貧弱すぎるだろ」
「修、突っ込みどころはそこじゃない」
「まあしかしほとり、あいつら何があったんだ?」
中ではいつもは飄々と涼しい顔をしている文芸部が、幼なじみを口説こうと必死になっていて、凄い違和感がある。あいつあんな顔もするんだなあ。
32 :
ほとり歳時記:2011/03/31(木) 15:48:54.78 ID:mcD5QUzW
「おー、やってるね」
振り向くと、さっきの校内放送の声の主。
「あの二人、どうしたの?」
怪訝そうにほとりが尋ねれば、ボランティア同好会はにやりと嬉しそうに笑ってみせる。
「何、大したことじゃないのよ。単に煮え切らない二人をちょっと煽ったのよ」
「どうやって」
「ウチのミスコン、今年の二位って誰か知ってる?」
「知らない、修は?」
「んにゃ、知らない。最下位しかチェックしてなかったな」
「何でそこしかチェックしないのよ」
「あはは、あんたら二人も煮え切らないね。で、ちょうどウチの会員が二位だったのよ。で、文芸部の方も煮え切らなくてやきもきさせるから、その子と結託してね」
「結託して?」
「表彰のステージで告白させた。文芸部の部長が好きだって」
「それは、また」
なんと凶悪なことをしたのか。ほとんど全校生徒が集っている場所だぞ、それ。
「で、やっかみ半分祝福半分でノった他の生徒に文芸部もステージに上げられて……」
「はあ、それであの女の子が阻止に……」
「違う。マイクを持った文芸部部長が、カミングアウト。全校生徒の前で愛の告白」
「はははははははははッ!! 何血迷ってんだよ、あいつ。バカか!」
予想と違ったオチに不意をつかれた俺は、腹がよじれて死ぬという言葉をもう少しで体言するところだった。
まさかあの無愛想な文学オタクにそんな真似が出来るとは、予想外だった。
「で、あの子思わず逃げ出して、それを今有志一同で追っかけてたって訳。でも、まさか郷文研まで助けてくれるとは思わなかったわ」
「まあね、こんな面白い……もとい、素晴らしいイベントならいつでも大協力だよ、ウチも」
「その気の回りようが、他にも向けばいいんだケド。修、もういい加減二人だけにしたげよう」
「ん、そうだな。ほら、上手くいったみたいだから、そっとしておいてやろう」
中では、無愛想な文芸部とその幼なじみが二人だけの世界を作っていて、俺はせめてもの手向けのつもりでその場の全員を資料庫に誘った。
「よし、じゃあオマエら全員余計なお節介の罰として、郷文研の研究発表を聞いていけ」
「えーッ!!」
あんまり他人事じゃないんだよ、アレ。
◇
他人事じゃない。文芸部の二人の行く末が、どうか幸せでありますように。
33 :
ほとり歳時記:2011/03/31(木) 15:51:34.05 ID:mcD5QUzW
今回ここまで。
次は冬。いよいよその手のシーンが出ますが、初めて描くのでご容赦を。
>>33 リアルタイムGJ
続き楽しみにしています
>>1乙
>>33GJ
前スレの232です
皆さんもう忘れていると思いますが、続きを投下させていただきます
36 :
文章表現:2011/04/01(金) 00:05:32.15 ID:PcInYHjM
3.
朝の日差しがカーテン越しに伝わってくる。
小さなデジタル時計が7時を示した瞬間、高らかな音が鳴り響いた。
その喧騒は布団の中から出てきた手によって遮断された。ベッドの上の布団が盛り上がる。
「んーー」
美里はベッドの上で背伸びをした。その後しばらく眠たげな顔を浮かべてベッドを愛おしいそうに眺めていたが、やがて部屋を出て階段
を下っていった。
「おはよー」
パジャマ姿の美里は、すでに食卓についている両親に朝の挨拶をした。
両親の返答を聞きながら椅子に座り、目の前にあるパンにジャムを塗って食べ始めた。
「美里」
父親が読んでいた新聞をたたんで娘の名前を呼んだ。
「なに?」
「もうすっかり冬だな」未明から降り注いできた雪を見ながら父親が言った。
「そうだね」美里は特に言うべき言葉が見つからなかったので簡単に相槌を打った。
しばしの間、沈黙が保たれたので美里は再びパンを食べ咀嚼しだした。
彼女がパンを飲み込んだ瞬間、父親は穏やかに、だが力のこもった声で告げた。
「来年の受験に向けて、本腰を入れる時期だぞ」
その言葉を聞き、美里はお茶の入った湯呑みをとろうとする手を止めた。
「分かってるよ」
「その割には、お前の机はいつもパソコンが置いてあるが」
「お父さんが見てないだけで、ちゃんと勉強もしているから」
「そうか」
「そう。ていうか、朝っぱらからこんな憂鬱にさせるようなこと言わないでよ」
「はは、確かにな。だが、大学受験は厳しいからこそ早めに準備しておかなければいけないんだ」
そう言って父親は食卓を離れ洗面所へと向かっていった。
すると、今まで黙っていた母親が美里に話しかけてきた。
「美里、志望校はもう決めたの?」
「ううん、まだかな」
「早く決めなさいね。昨日遊びにきた浩太くんはもう決めたんでしょ。浩太くんのお母さんがそう言って――」
「えっ」美里は驚いた。そんなこと聞いてなかったからだ。
「知らなかったの?あんたたちそういう話はしないで、一体部屋でいつも何してるの?」
「あ、いや、その・・・」
美里は言葉につまった。「私が小説を書いているのを、ただ見ててくれているだけ」なんて言えるわけがなかった。
小説家を目指していることが両親に知られたらどんなに反対されるか。それを美里はよく分かっていたのである。
家族に知らせるのはせめて実績を出してからだと、美里はそう心に決めていた。
「あっ、もうこんな時間。早く仕度しなきゃ。ごちそうさま」
ごまかしの言葉を述べ、美里は急いで食べたものを片付け、洗面所へと向かっていった。
37 :
文章表現:2011/04/01(金) 00:07:21.20 ID:PcInYHjM
寒天からは雪が途切れることなく降っていた。新雪が地面やコンクリートを覆い、辺り一面を銀世界へと変えている。
外へ出た美里は、雪を踏みしめながら学校へと向かっていく。
その道中、彼女は浩太の姿を見かけた。彼も厚手のコートを身に纏って歩を運んでいた。
浩太の傍まで早歩きで向かい、美里は朝の挨拶を交わす。
「おいっす、おはよう」
「おはよう」
簡単な儀礼を済ませた後、美里は浩太に今朝知ったことを問いただした。
「浩太、あんたもう志望校決めたんだって」
「うん、まぁ」
「何で教えてくれなかったの」
「言ってなかったっけ」
その言葉を聞いて、美里はやや呆れ顔で「聞いてない」と言い放った。
そして、彼女は思った。この幼馴染みは小さい頃からいつもこうなのだ。自分のことは決して積極的に話そうとしない。
それが美里には少し寂しかった。
すでに気心知れた仲とはいえ、長い付き合いなのだからお互いのことをもっと何でも知っていたいのに、と考えていた。
「そっか。K大学だよ、つまり地元の大学」
「それじゃ、国立だよね。大丈夫なの、いけそう?」
「大丈夫じゃなさそうだから、これから気合を入れて勉強に勤しむわけですよ」
浩太はため息をついた。まるでそれ以外の選択肢はないかのように。
事実そうだった。浩太は大学へいくなら国立しかないのである。兄第が多く、家計が火の車な浩太の家では、私立の学費を払える余裕が
なかった。
幼い頃から何度も浩太の家に出入りしていた美里は、すぐにそれを察する。
だが、彼女は思った。おそらく浩太は最初は就職を考えていたにちがいない、と。
それでも進学するのは、家族がそれを願ったからだろう。もちろん、これは美里の推測であるから真実は違うかもしれない。
答えは分からなかった。デリケートな問題のため美里は尋ねようとはしなかったし、それに彼女の幼馴染みは聞かれなければ自分のこと
をあまり話してはくれないのだから。
美里は推測するしかなかった。小説の登場人物の心情や身の上を考えるかのように。
「わ、悪いね。朝からこんな憂鬱になりそうな話しちゃって」
美里は朝食の際に父親からされたことを自分もしてしまったと思い、反省の意をこめて謝罪した。
「いや、別に。それより君は大学どうするの?」
「あ、あたしは、そうね、これから考えてみる」
「ふーん。あっ、でも今は小説のことで頭がいっぱいかな?」
「うっ、・・・まぁそんな感じ。これから受験生になるっていうのにね」
「いいんじゃない、春から本腰を入れても。美里、意外と勉強できるし」
「意外とは何よ、意外とは」
こうして笑いながら、二人は学校へと向かっていった。
38 :
文章表現:2011/04/01(金) 00:08:01.94 ID:PcInYHjM
4.
美里が創作をするようになったのは、読書習慣が身についてから1年ほど経った頃であった。
「読んでみてよ」
公園のベンチの上で、美里が浩太に言った。
「う、うん」
浩太はたった今手渡された原稿用紙数十枚をぱらぱらとめくってみた。
「長いね・・・」
「だって力作だもん」
美里は得意そうに答えたが、浩太は少々辟易していた。
「じゃあ、帰ってからゆっくり読ませてもらうね」
浩太は原稿用紙をランドセルの中に仕舞おうとした。しかし――
「何言ってんの。いますぐ、ここで読んでよ」
それは叶わなかった。
「・・・はいはい」
昔から主導権を握られていたからか、浩太はどうも美里の言うことには逆らえなかった。
彼は原稿用紙を広げ、読み進めていった。
「この草が主人公なの?」
「そう。へへっ、中々ないでしょ、こんな小説」
そうでもないような、という言葉を浩太は飲み込んだ。
「・・・草って自力で地面を抜け出せるの?」
「べ、別にいいでしょー、お話の世界なんだから」美里は口を尖らせた。
「草って歩けるの?」
「あーっ、もう、黙って読んでよ。文句なら後でまとめて聞くから」
数時間ほど経ち、夕日が空を橙色に染め始めた頃、浩太は小説を読み終えた。
「ど、どうだった」
美里が感想を尋ねる。その声は、どこか不安そうでもあった。
「んーっとね」
「う、うん」彼女は固唾を呑んだ。
「・・・何か微妙だった、かな」
主導権は昔から美里にあったものの、それでも浩太と美里は、主人と奴隷のような関係ではなかった。
気心知れた仲だからこそ、マイナスなことでも言うべき時にははっきりと言うのだった。
「・・・・えっ・・」
しかし、当然のごとく美里はショックを受けた。何日もかけて作った作品を否定されたのだから。
作家になりたいと思い立ち、その一歩として小説を書いたのだが、いきなりその出鼻をくじかれた。
彼女の目には、いつしか自然と涙が溢れていた。
「あの…その…」浩太は驚き、言葉が出てこなかった。目の前にいる女の子の涙をはじめて見たからだ。
美里は手で顔を覆ってうつむいた。そしてその場にしゃがみ込み、声を押し殺して泣いていた。
39 :
文章表現:2011/04/01(金) 00:08:33.43 ID:PcInYHjM
浩太はますます困惑したが、何とかして言葉をひねり出した。
「・・・また、読ませてほしいな」
美里は顔を上げ、濡れた目で浩太を見た。
「美里、お話が好きなんでしょ? だから一生懸命書いたんだよね? 今のは全く面白くなかったけど、でも新作ができたらまた――」
そこまで言って、浩太は口をつぐんだ。美里が笑みを浮かべ、静かに笑い出したからだ。
「あんたねぇ、慰めてくれる気、全然ないでしょ」
そう言って目をこすり、美里は立ち上がった。涙はすでに止まっていた。
「えっと、美里?」
「うがーーー」
突然出された大声にすくみ、浩太はたじろいだ。
「見てなさいよ、浩太。絶対あんたに面白いって言わせるもん書いてきてやるから」
その言葉を聞いて、浩太は安心した。いつもの美里が戻ってきたからだ。
「うん、楽しみにしているよ。頑張って」
再び声をあげて美里は走っていった。そんな彼女を、浩太は慌てて追いかけた。
*
放課後となり、美里は図書委員の仕事をしている。読書をしている生徒は見当たらず、図書室にいるのは参考書を広げてペンを動かして
いる人達だけであった。
そこに、浩太が入り口の扉をくぐって現れた。
「珍しいね、あんたが来るなんて」
美里がカウンター越しに話しかける。
「まぁ、すぐに帰るけど」
「…って、じゃあ何しに来たわけ」
「君に謝罪を」
「えっ」
美里は戸惑った。彼から謝られるようなことなど何も思いつかないからだ。
「ごめん、しばらく君の家にはいけそうにないんだ」
「そっか、勉強しないとね」美里はすぐに事情を悟った。
「まあね」
「じゃあ、ここで勉強していったら?」
浩太は図書館を見渡してみた。受験に向けて勉強している生徒が何人か目に入った。
「検討してみようかな。でも、今日はもう帰るよ」
「そっか、分かった。頑張ってね」
「ありがとう。君も頑張って」
「うん、どうも」
美里が別れの言葉を言おうとした途端、浩太がおどけて話しかけてきた。
「あっ、でも俺が見てないとサボっちゃうかな?」
明らかに挑発的な口調だったので、美里は「へっ」と鼻を鳴らしてから言い放った。
「バーカ、あたしは追い込まれたら凄まじい力を発揮するタイプなの。あんたがいなくてもベッドに寝転んだりしないってば」
「ふーん、じゃあ心配いらないね」
言葉とは裏腹に、浩太はにやにやしている。
「ったく、早く行け」
美里は浩太を手で追い払うような動作をした。
それを見た浩太は笑みを浮かべながら、「それじゃ」と言って去っていった。
美里は手を軽く振って彼を見送った。
40 :
文章表現:2011/04/01(金) 00:09:22.09 ID:PcInYHjM
5.
「うう・・・」
3月にしては凍てつく空気であった。美里は厚い外套で身を包み、首にはマフラーをかけ、緊張の面持ちで美里は郵便局の前にいた。
もう何分も入り口の近くで佇んでいる。その腕には分厚い封筒が抱えられていた。
「今更ためらってどうするのさ」
その言葉をもう何回も心の中で繰り返しているのだが、なかなか決心がつかずに踏み出せないでいた。
「こんな時に、あいつがいてくれたら・・・」
美里は浩太の顔を思い浮かべた。彼女が躊躇しているときには、何だかんだ言いつつ、いつも後押ししてくれた幼馴染みのことを。
「って、何言ってんだよ。あんな奴いようがいまいが・・・」
気恥ずかしさから少し顔を赤らめたが、それを紛らわすかのように頭を振った。頬の赤みはしばらく残っていた。
美里は、図書館で会ったあの日以来、浩太とはあまり言葉を交わしていない。
クラスは違うし、ここ最近は徹夜で小説を毎日書いていたため遅刻ぎりぎりの時間に登校していたからだ。
だが、会話はしなくとも彼女は浩太の姿をほぼ毎日見ていた。
放課後の図書館で彼は遅くまで勉強しているからだ。
美里が当番の日は、やってきた浩太にきちんと挨拶はする。しかし、それ以外の声をかけなかった。勉強の邪魔をしては悪いと考えてい
たからである。
だから、美里は完成した自作を彼に見せていなかった。こんなことは初めてだった。
いつもは浩太に見せることで、改善点を見つけたり自信を付けていたりしていたのだが、今回はそれがなかった。
郵便局のドアが開閉するのを美里は何度も眺めていた。そして、
「大丈夫かな、この出来で。…大丈夫だよね、うん。いや、でも…」と、心の中でつぶやいていた。
こうしてもう10分ほどぐずぐずとしていたが、やがて勢いよく郵便局の中へと入っていった。
数分経って、美里は外に出てきた。その顔はさっきと違いどこか晴れやかであった。
自転車に乗り、このまま家へ真っ直ぐ帰ろうとしたとき、美里はふと思った。
「浩太の奴に報告でもいこうかな」
原稿を出すのを臆し続けたおかげで、ちょうど浩太のバイトの時間が終わる頃になっていた。
「バイトに勉強、あいつも大変だよね」
美里はそんな幼馴染みに同情と尊敬の念を抱いた。
そして、勢いよく自転車を走らせて、彼のいるバイト先へと向かった。
41 :
文章表現:2011/04/01(金) 00:10:14.80 ID:PcInYHjM
全身に風を浴びつつ、雑踏する商店街を進んでいく。美里は目当ての店に着いた。
自転車から降り、その場で浩太が出てくるのを待っていた。
小説が完成したことやそれを投稿したこと、志望校を決めたこと、話したいことはたくさんあった。
自然と笑みが浮かんできた。
浩太はすぐに現れた。美里は胸を高鳴らせ、彼のほうへと駆け寄っていった。
しかし、彼女は途中で足を止めた。その顔は驚きに満ちていた。
浩太は女の子と楽しげに会話をしながら出てきたのだった。女性と話すことはどちらかといえば苦手である彼が、あんなにも楽しそうな
顔を自分以外の女子に向けている様を、美里は見た。いや、彼のあんな満面の笑みを見るのは初めてかもしれない。
自分でもなぜこんなに驚愕としたのか分からないまま、しばらく呆然として彼女は立ち尽くしていた。そんな彼女に浩太が気づいた。
「あれ、どうしたの? こんなところまで来て」
彼は美里のそばまで歩いてきた。隣の女子も歩調を合わせ、一緒についてくる。
「久しぶりだね。何か用?」
浩太から軽い会釈を受けたが、美里はそれに応えるのを忘れていた。それほど女子に意識を向けていたのだった。
美里は急に言いようのない一抹の不安に襲われた。鼓動が早鐘を打っている。
「…うん、まぁ…」
何とか言葉を振り絞ったが、それは蚊の鳴くような声だった。いつもなら気兼ねなく答えられるのに、今はそれができなかった。
「…それより、その人は?」
勇気を出して聞いてみた。
「ああ、バイトの後輩さんだよ。ちなみにウチの学校の1年生」
いつの間に仲良くなったのだろうか、相変わらず何も話しちゃくれないんだから、と美里は思った。若干怒りが湧いてきた。でも、怒り
を感じるのはそれだけが理由だろうか?
「は、はじめまして」女の子は丁寧にお辞儀をした。そして、そのまま伏目がちになった。ほっそりとした体つきで、セミロングの黒髪が
よく似合う、少々内気そうな可愛い娘であった。
美里も返礼した。そして、「一応こいつの友達です」と付け加えた。
相手の正体が分かったとしても、まだ不安は拭えなかった。
「一応って……まあ、いいや。それよりこれから遊びに行くつもりなんだけど、美里も一緒に来る?」
いよいよ彼女は平静を保てなくなった。もし自分がこの場に来なかったたら、彼らは二人で出かけるつもりだったのだろうという考えが
頭をよぎった。脈拍は上昇し、心臓の律動は抑えられないくらい速まっている。
42 :
文章表現:2011/04/01(金) 00:11:21.87 ID:PcInYHjM
「……いいよ、あたしは」
これが美里の出した結論だった。どうしてか、今は浩太の傍に居たくなかった。こんなこと思うのは初めての経験だった。
いつも近くにいてくれた彼を拒絶するなど――。
「二人で行ってきなよ」
つとめて明るい声で美里は言った。
「そっか、残念だな。でも用があったから俺のとこに来たんでしょ? それだけでも話してよ」
そう言われたものの、美里は話をする気分ではなかった。
「ううん、特に用はないよ。ただ近くを通ったから様子でも見ようかなって思っただけだから」
「あれ、でもさっき…」そう言って、浩太は隣の女子に「『うん』って言ったよねえ」と笑いかけた。
それを見た美里はついに自分を抑えられなくなった。ずっと心の奥底で押さえつけていた形容しがたい怒りが表立ってきた。そして――
「何でもないって言ってんでしょ! じゃあね!」と、感情の赴くままにはき捨て、そのまま自転車に飛び乗った。ペダルを漕ぎ始めて、
後ろを振り向いてみると、浩太と少女は再び笑顔を向け合っている姿が目に入った。傍目には仲のよいカップルにしか見えなかった。
そして、その視線に気付いた浩太が手を振った。それを見て、美里はすぐに目を逸らした。
彼女は振り返ったことを後悔した。そしてそのまま眼前だけを見つめ、自宅へと向かった。
荒い呼吸で自室に入った美里は、ベッドに倒れこんだ。そして枕に顔をうずめた。
「何よ、別にあいつが誰と仲良くしようが、あたしには関係ないじゃん」
しかし、目の奥にいつまでも浮かんでいるのは、浩太と後輩女子の楽しそうな顔だった。
「そうよ、あいつがあたしの知らない女子と付き合おうが……」
そこまで言って、ふいに美里は押し黙った。
何故だか心が痛むのだ。
この痛みはなんだろう、そう美里は自問した。すると、一つの推論が導かれた。
「そ、そんなはずない。そんなはず……」
だが、認めないわけにはいかなかった。美里の小説家志望としての心が、痛みの真相を告げる。
他人の心情、そして自分の心情。作家ならそれと向かい合わなければいけないのだ。誤魔化すわけにも、無視するわけにもいかない。
美里が書き、今日送ってきた小説は、主人公の片思いしている男性が他の女性に恋してしまう筋書きだった。
今ならあの主人公の痛んだ心情をもっと上手く表現できる気する、美里はそう思った。
だけど、また同時に思った。こんな痛みなんて感じたくなかった、知りたくなんかなかった、と。
それが、小説を書くためならどんなことでも経験し、受け入れたいと思っていた美里の、初めての拒絶だった。
以上です
続きは正直いつになるか分かりませんが、このスレが終わるまでには完結させるつもりです
御二方gjです!!!
両方続きがwktkすぎる
ほとり歳時記GJ!!
早く続き読みたい!!
文学少女で幼なじみとか、俺得甚だしい。
禿同
しかし同時に
>>46が文系でないこともわかったww
ほとりも美里もwktk
幼馴染みが文学少女か理系な少女なのかわからない
中学卒業と同時に喧嘩別れしてどういう道に進んだのか全くわからない
その後も全然連絡取れないし同窓会で会っても避けられるし
(しかも避けられるのは俺がとろくさいからと俺が悪い扱い)
まだいいほうだろ
俺などメール送ってもとことん無視されるようになったぞ
半径70mくらいには隣の同年の男一人しかいないわ
昔から人と話すのは得意じゃないから
気軽に話せる女友達なんて生まれてから一人も居ない
まさかのルートを開拓しろと言うのか?
と、ここでネタバラし
実はこの
>>50、美少女だったのである
リアルの話とかどうでもいいから。
荒れる原因になるからやめてくれ。
幼馴染み系のスレって、妙に自分語りが多くなるんだよな。
他の属性と比べると現実味のある設定だけに、
読みながらつい「自分はどうなのか」と考えてしまうのかも。
他に適当な板があるはずなのでそっちでやってほしいが。
そういう話し始めると、スレが滞るだけっす
あいあいあい
あーまえちゃう♪
そーんなーしぐさはーきみを〜♪
え?なに歌ってんだって?
さ、察しなさいよね!!
エロゲ好きの幼なじみ男に余りにも分かり難いアピールをする幼なじみの図
56 :
名無しさん@ピンキー:2011/04/04(月) 13:13:24.07 ID:9yof99Ju
オトナな雰囲気の幼馴染が好物です
57 :
ほとり歳時記:2011/04/05(火) 20:04:46.39 ID:R8vqPVbn
4.愛はかける
最後に、あたしの神流修のことを話そうと思う。
いつの間にか好きになった、なんていうのは幼なじみの恋愛物なんかじゃ定番なのかもしれないケド、あたしは違う。そんな呑気なことはない。
これは自信を持って言えることなんだケド、あたしが修を好きになった瞬間は忘れられない大切な想い出だ。
中学二年の十月八日。その日は体育祭で、あたしが200m走で最下位、修がその次の障害物競争で二位になった時だ。
何かと目立つあたしは煙たがられることも多く、出る杭は……じゃないケド、目障りだと思われることも珍しくない。
ケド、あそこまで正面きって嫌がらせを受けたのは後にも先にもあの時だけだ。
あたし達の中学の体育祭は、三学年がクラス毎に同じチームという編成で競われる。一年生と二年生、三年生の一組が白、同じく二組が赤、といった風に。
当時あたしはテニス部に入っていた。もっともテニス部は弱小だったケド。それでも体力と脚力には自信があった。あたし達は弱小でも練習は必死にしてきたのだから。
ケド、そうとは思っていない人も、中にはいたらしい。
あたしはチームのポイントゲッターとして期待されていて、それまでの競技じゃそれなりの活躍をしていた。
それが本職の陸上部員などには気に喰わなかったらしい。弱小テニス部員がデカイ顔をして。という訳だ。
問題の200m走。あたしはゴール目指してスタートを切り……背中を引っ張られて転倒した。
一瞬、何が起きたのか分からず、どうして自分が寝転がっているのか理解出来なかった。
足でも挫いたのか上手く立ち上がりも出来なかった。
周りを見るともう既にみんなゴールしていて、そこでようやく転んだのだと分かった。
様子を見に来てくれた保健の先生に抗議もしたケド、よほど上手くやったのだろう。誰も見ていないし、誰がやったのか分からなかった。
疑わしきは罰さずということで結局競技は続けられることになり、あたしの抗議は認められなかった。
チームの仲間は慰めてくれるケド、無念で悔しくて、惨めだった。
足はじんじん痛み、仲間に可哀そうと言われ、どうしようもなく惨めな気持ちだったその時、いつものぼんやりした顔で修が現れた。
立ち上がりも出来そうにないあたしの頭を撫でてから、修は
「俺が仇を討ってきてやる」
と言った。
運動関連まるでダメな修の言葉に、チームの仲間は「何格好つけてんだよ」なんてからかったりしたケド、あたしには分かった。
修は怒っていた。いつものぼんやりした顔を繕い、それでも両の眼差しの奥に熾き火の様な怒りを燃やして。
誰もがあたしに可哀そうと言う中で、修だけが自分のことのように怒ってくれたのだ。
立ち上がれないあたしを当たり前のように抱え上げると、救護テントまで運んでくれて、何も言わずもう一度頭を撫でてから自分の競技に。
修は悔しさと怒りに顔を引き締めていた。
こんな顔も出来るんだ。そう、思った。
湿布を貼ってもらい顔だけを運動場に向けると、ちょうど修がスタートラインに立っていた。
救護テントからは遠くてその表情は見えなかったケド、きっとあの顔をしているんだと思った。
そして号砲。初めの50m走は五人中四位で障害物へ、平均台、網等基本的な障害を潜ると一つ順位を上げて三位。
最後にこれはウチの中学校の障害物競走の特徴であるクイズが待っている。これを修は一瞬で解いてなんと一位。
けれど最後の50m走で陸上部男子に追い抜かれ惜敗。本当にあと少しのところで一位を逃してしまった。
これには初めは修をからかっていた仲間も歓声を上げて褒め称えていたが、修本人は気に入らないようだった。
「二番じゃダメだな、すまん」
競技後救護テントにあたしの様子を見に来てくれた修は、憮然とした顔で言ったけれど、あたしはこう返した。
「ひどい顔」
「……悪かったな」
「走ってる間も、埃まみれの砂まみれで、すごい顔してたよ。でも……うん、修」
「あん?」
「格好良かった。あたしには、修が一等賞だよ」
素直にそう思った。修は、褒められなれていない修は一際機嫌の悪い顔になって、なにやら口の中で文句らしきことを言いながら帰ってしまったケド。
本当に嬉しかった。
そして照れくさそうにしている横顔を見て思い知った。あたしの為に怒ってくれたあの時、見慣れたいつものあの男の子に恋をしたのだと。
ぼんやりしていて優柔不断で、要領悪くて泣き虫で不器用さんだけどとっても優しい人で……そしてあたしにとっては世界で一番格好良いヒーロー。
それが、あたしの神流修だった。
58 :
ほとり歳時記:2011/04/05(火) 20:08:10.83 ID:R8vqPVbn
◇
最後に、俺の州崎ほとりのことを話そうと思う。
俺の、というのは『俺の知っている』の意味であり、州崎ほとりが俺の所有物か何かであるはずがない。
まあ、そんな見苦しい言い訳はさておき。
俺の初恋は州崎姉妹だと言ってきたが、いつからそうなったかはよく憶えていない。子供の初恋だし、そういうものだろう。
ただ兄貴にかがりさんを取られた時、俺はその初恋はただの憧れで、ほとりへの気持ちもただの投影だと幼いながら理解した。
あっさり立ち直り、同時にほとりに関してはただの友達に戻った辺り、それは正しかったのだろうけれど……まったく、小賢しいガキだと我ながら思う。
それからは小学生特有の女子との距離感やひどいことを言ったりしたこともあり、ほとりとは付き合いがなくなっていた。
もっとも、それも例のバレンタインの後からは挨拶くらいはする程度に改善されたのだが……昔のように仲良く、とはいかなかった。
いつ州崎姉妹を好きになったかなんて憶えていないが、ほとりを好きになった瞬間は忘れたりしない。
中学二年の十月八日。その日は体育祭で、ほとりが200m走で卑怯者に転倒させられ、俺がその次の障害物競争で大見得切っておいて負けた時だ。
体育祭なんてものは、運動神経が人並み以下の俺にとっては早く終わって欲しい行事の一つだった。
とりあえ応援しながらも、どうでもいいことを考えて時間が過ぎるのを待っていた。
幼なじみの少女は俺と違って運動も得意で、みんなの笑顔の中心になっていた。それが少しだけ誇らしくもあり、羨ましくもあったが。
そうこうしているうちに200m走。俺達赤組はぎりぎり一位を保っていて、200m走次第で差をつけたい。らしかった。
ランナーは体育会系部活メンバーで固められていて、まさに各チームの本命選手同士の競い合いが期待できる熱いレース、らしかった。
全部隣の暑苦しい人からの受け売りだったが。
当たり前のように幼なじみがランナーに選ばれていて、俺は少しだけ真剣に声援を送ることにした。
スタートラインに立ちゴールを見据えるほとりはどきりとするほど凛々しくて、あれは本当に俺の知っている幼なじみなのかと不安になった。
何と応援したらいいのか俺がまごまごしている間に、号砲。
その瞬間、限界にまで引き絞られた弓のような緊張感を残して、ほとりが飛び出す。それこそ的に向かい一直線に駆ける矢のように。
何もかもから自由になったような力強さで疾駆するほとり。けれど不自然にぐらりと姿勢を崩し……転んでしまった。
素人目にも綺麗な姿勢で走り出したほとりが、どうして転んだのか。
星の廻りでも悪いのか……俺は助けに行くべきかどうか腰を浮かせるが、行っても何をすればいいのか分からなかった。
ほとりは心配だったが、俺が近寄ってもいいのか。迷っていると運動部つながりでほとりと仲の良かった男子が、保健の先生を連れてきていた。
運動部らしい男子生徒はこういったアクシデントの対応は手馴れているのだろう、他の連中も心配げに集っている。
どうやら足でも挫いたのか立ち上がりかねているようだった。
俺の入るスペースはなさそうだった。
中途半端に浮いた腰をもう一度下ろそうとしていると、ほとりの声が聞こえてきた。
心から悔しそうな声で、反則だ、引っ張られたと。
その時の周囲の微妙な反応を、俺は忘れない。
証拠があるはずもないことを声高に訴えられて扱いかねている様子で、保健の先生がなだめすかして先に治療しようと説得している。
誰もが可哀そうと連呼して、結局はレーンの真っ只中にほとりを放ったままにしている。
知っている。州崎ほとりは気位の高い奴で、意味もなく他人を責めたりはしない。自分のミスを他人のせいにしたりしない。嘘なんかつかない。それは絶対の絶対だ。
59 :
ほとり歳時記:2011/04/05(火) 20:10:50.15 ID:R8vqPVbn
だから俺は立ち上がり、無理やり運び出されそうなほとりの傍へ。何かが言いたかった。ほとりに伝えたかった。俺も怒っている。俺も悔しい。ほとりと同じだと。
けれど、普段下らないことなら幾らでも言える口は上手く回らない。
迷った挙句いつか親父達がそうしてくれたようにほとりの頭を撫でて
「俺が仇を討ってきてやる」
ようやくそれだけを言った。
我ながら思う。もっとマシなことは言えなかったのか。
見渡せば、みんなドン引きなのか微動だにしない。ただ、いつまでもほとりを地面に転がして無遠慮な目に晒したくなかった。
だから俺はほとりを無理やり担ぎ上げると、そのまま救護テントへ。
歩いているうちに、腹が立ってきた。
あれだけ普段仲良くしておいて、こんな時に味方をしてやらない他の連中に。卑怯な真似をしておいて、ゴールでにやにやしている誰かに。
けれど何よりも……こんな時くらいでなければ味方になれないガキな自分に。
冷やかし半分の連中が「何格好付けてんだよ」なんて口さがなく囀る。それらを無視してスタートラインへ。
目指すはゴールテープ。人生で一度も切ったことのないそこへ、一位の座へ。
せめてあの時のほとりと同じであることを祈りながら号砲に耳を集中させる。
早鐘のような鼓動が喉からせり上がりそうになった頃、号砲。
どうせ単純なかけっこじゃ勝ち目はない。けれど必死に走って最下位だけは免れる。
平均台をどうにかその順位のままクリアすると、網。
少し先を進む選手の直ぐ後ろにつけ、少しでも楽に潜られるように。そこで一つだけ順位を上げて、三位。
先には机が並べられていて、すでに二人が何かのクイズを解いている。
俺は何も考えず一番近かった机に飛びついて、思わず神様に感謝した。
どれも俺にとっては簡単な問題だった。
初詣と縁日くらいしかお参りしない瀬織津姫様に心からの感謝をしてクイズをクリア。
この時点で一位。残りたった50m、いくら俺でもすぐに走り終えられる距離だ。
思えば、何であれ一位なんて取ったことがなかった。
頑張って、努力して、必死になって、もらえたのはせいぜい敢闘賞。
やっともらえた敢闘賞でも、俺は全然嬉しくなかった。頑張ってるのはどいつもこいつも同じことだ。そこを認められても素直に喜べはしない。
だから思う……ほとりの為に走る今日は勝ちたかった。
よく頑張りましたじゃ意味がない。二番なんてものに価値はない。ほとりの見ている前で、一番凄い男になりたかった。
俺は―――ほとりに格好良い所を見せたかった。
ほとりの前で格好つけたかったのだ。
たかが中学生の運動会の障害物競走だ。
けれどそのたかが知れてるものでも、俺は負けたくなんてなかった。多分これまでの人生で、一番。
けれど、本当にもう少しで手が届いた一等賞は……後から走ってきた足の長い男に取られた後だった。
両手を挙げてその男子生徒は歓声に応え、呆れるくらいさわやかに笑っていた。
「ナイスファイトだったよ」
なんて言葉を極上の笑顔で敗者に突き刺してから、男子生徒は自信に満ちた足取りで一位の旗の下へ。
60 :
ほとり歳時記:2011/04/05(火) 20:12:47.87 ID:R8vqPVbn
俺はしばらく呆然としてから、のろのろと二位の旗の下へ。
思いがけない活躍だったのだろう。赤組の仲間が口々によくやった。よく頑張ったと褒めていたが、俺はそれにぼんやりと応えてから膝を抱えた。
悔しさと情けなさとで死んでしまいそうだった。
気が付くと障害物競走は終わっていた。
立ち上がれば、救護テントでほとりが俺を見ていた。
逃げ帰りたかったが、ほとりの真っ直ぐな目が俺を捉えて離さない。
俺はあやふやに笑いながらほとりの元へ、大見得切っておきながらあっけなく負けたことを謝りに。
この頃からほとりは目鼻立ちが整っていて、静かに見上げるその表情はひどく冷たく感じた。
どんな顔でどんなことを言えばいいのか分からず、俺は泣き言を無理やり飲み込んで、無愛想な顔を作った。
「二番じゃダメだな、すまん」
呆れられるのを覚悟の上でそんな偉そうな謝罪を口にすると、ほとりは目を閉じて少しだけため息をついた。
「ひどい顔」
さっき飲み込んだ泣き言が、外に出せと暴れ始める。
「……悪かったな」
それを力任せに押さえ込み、また偉そうな口を叩いた。
「走ってる間も、埃まみれの砂まみれで、すごい顔してたよ。でも……うん、修」
「あん?」
「格好良かった。あたしには、修が一等賞だよ」
ほとりは、静かに微笑んでそう言った。
俺は理解に一瞬かかり、そうしてから自分でも何を言っていいのか分からなくなる。
自分でも考えのまとまらない俺はごにょごにょと口ごもって、微笑むほとりから逃げ出した。
長い黒髪と、桜色に上気した頬と、星空のような眼差しが印象に残っている。一等賞という単語は、ほとりの笑顔と同時に想い出す言葉になった。
俺の生まれて初めて貰った一等賞は、ほとりがくれた言葉。慰めでなく、心からそう思ってくれたただの言葉。
だからその言葉をくれた瞬間、自覚した。
俺の為に微笑んでくれたあの時もうすでに、見慣れたいつものあの女の子に恋をしていたのだと。
俺にとっての幼なじみの女の子は、泣き虫でお転婆だけどとても強くてしっかり者で……俺にとっては世界で一番素敵な女の子。
それが、俺の州崎ほとりだった。
けれど、俺は―――
◇
けれど、あたしは―――
あいつが、どう想ってくれているのか。
好きだと想ってくれているのか、そうでもないのか……自信がなかった。
61 :
ほとり歳時記:2011/04/05(火) 20:15:45.70 ID:R8vqPVbn
◇
色々驚愕の展開だった文化祭から数週間、テストも終えた日曜の朝。
俺は暇を持て余してゴロゴロしていた。
付き合ったりしている訳でなく、幼なじみで友人というあやふやな関係で俺達は月何度か一緒に出歩いては遊んでいた。
大層なことはしていない。そこら辺の店を冷やかしたり、川べりで野良犬とじゃれてみたり、公園でどこかの悪ガキの相手をしたり。
それがあれ以来ぱったりとなくなった。
元来出不精な俺はこちらから誘うことはなかったと今頃ようやく思い出した。いつもほとりがニコニコと現れては、俺を連れ出してくれていたのだ。
何というか、ダメ男過ぎる。
これは、たまにはそっちから誘ってくれという意味なのだろうと思い、ほとりに連絡しようと思うのだが……何と言えば良いのかまるで見当がつかない。
どうせいつも通り下らないことをしてぶらぶらするだけの筈だ。だがそれをどんな口実で誘えばいいのか、まるで見当もつかなかった。
思い出せば、ほとりは本当にこういうことが上手かった。
すっと自然に人の隣に入り込み、当たり前のように笑っていた。
我ながらどうやってほとりを誘えばいいのやら、いや……多分文化祭前なら、そう悩みもせず出来たと思う。もちろん情けない言い訳ではなく。
俺達とよく似た関係の二人が、そうではなくなったあの日。
俺とほとりは何とも微妙な雰囲気で帰り、次の日からもそれが続いていた。いや、それからずっとだ。
中学生でもあるまいに、俺達はどんな話をしていたのかさえ忘れてしまった。
思う。これも一つの縁だ。俺達も色々考え直す時期だったのかもしれない、と。
いくらアホでガキな俺でも、ほとりと自分の関係がただの幼なじみの友人なんて薄いものじゃないくらいの自覚はある。
多分、それ以上だ。
けれどそれが……いわゆる愛だの恋だのといった大仰な話になるかどうかと言われると、首を傾げる。
いや、これは単純に……びびっているのだ。
ほとりに嫌われてはいない。それだけは分かる。自信がある。多分好かれてもいる。これも一応自信はある。
ただ、その『好き』が……俺と同じ意味かどうか。実際、これでただ気の置けない友人として好かれているの意味だったら、俺は多分人間不信にさえ陥る。
安っぽいドラマでもあるまいに、俺はそんな下らないことに真剣に悩んでいるのだ。
家に帰ればママがご飯作って待っててくれるアホガキのくせに、一丁前に好きな女の子のことで悩んでいるのが笑える。
が、笑った所で何も解決しない。こればっかりは善治爺さんに相談する訳にもいかない。あの爺さん、郷土史資料は儂の嫁と言ってはばからない世捨て人なのだから。
とはいえ、誰かこういうことに長けた人に話を聞きたい。
出来ないことは素直に誰かに助けてもらうが吉。俺は大して登録されていない携帯電話の電話帳を開いて……結局、この状況の原因に八つ当たりすることにした。
何かの折に聞いておいた文芸部の電話番号が始めて役に立った瞬間だった。
けれど、待てど暮らせど呼び出し音が続くばかり。文芸部の奴は朝に強く、十時過ぎて寝ているなんてことはあるはずがないのだが……
テスト明けの週末。付き合い始めて一月以内。まだ起きてない、もしくは電話に出られない。
え……っと、朝チュン? 濃い目のモーニングコーヒー? 砂糖吐くみたいなピロートーク?
俺は電話を切り、微妙な気持ちになる。あの無愛想な文学オタクの変人がなあ……やることはしっかりやっているのだろうなあ。
さて、誰に話を聞いてもらうべきか。
親父や母さんに出来る話でもなし、俺に輪をかけてぼんやりしている兄貴もアテに出来ない。ほとりの親父さんやお母さんに言えることでなし、かがりさんに相談とか罰ゲームだろう。
しかし、俺って本当に交友関係狭いなあ。
困り果ててごろごろしていると、着信。文芸部からだった。
62 :
ほとり歳時記:2011/04/05(火) 20:17:46.39 ID:R8vqPVbn
「何の用だ」
文芸部の声はいつもと変わらず平坦だった。
「あ〜、すまん。ちょっと気になることがあってな」
「……今度は何だ? いい加減郷文研が欲しがるような資料の手合いはないぞ、多分」
「や、今日はそっちじゃないんだ。いつか言ってたよな、お前」
「何をだ」
「あ〜、笑わずに聞いてくれ。恋愛相談だ」
「…………大丈夫か? 相談する相手を間違えてないか? 俺の名前を言ってみろ」
「大丈夫だ。今回はお前の実体験って奴を参考にしたいだけだ」
「…………断る。ママでも頼ってろ」
「お前、幼なじみを何て言って口説いた」
無視して尋ねる。電話越しにでも、文芸部が渋い顔をしているのが目に浮かぶようだった。
「お前、あの時居ただろう」
「ミスコンの舞台なら知らない。その後の書庫の話も、いつまでも出歯亀するほど野暮じゃない」
「…………そうか」
「心配するな、上手くいきそうになった時点で人払いしておいた。感謝しても良いんだぞ」
「何だか腹が立つな。まあいい。で、お前があの子を好きだって話か?」
「……まあ、端的に言えば。なあ、お前何て言ったんだ」
それこそ、俺にとっては魔法の呪文だ。
「大したことは言ってない。思ったことをそのまま言っただけだ。多分それで良いんだろうよ」
「思っていること、ねえ」
「何だ、変人。お前も人並みに『自分の気持ちに自信が持てない』とか『向こうがどう想ってるか分からない』とか言い出すつもりか?」
「…………悪いかよ」
「はあ。まあ、俺に言えた義理はないのかもしれんがね、郷文研。傍で見ている俺らにしてみりゃ、お前ら出来上がってんだよ。もうお前ら結婚しろってレベルで」
「…………お前、随分饒舌だな」
「こっちは立て込んでるんだ、さっきからあいつ、アレ運べ、コレ運べとうるさくてな」
「お前、何やってるんだ?」
「大掃除。ずっとやりたかったんだとさ」
「お前、今からそんなじゃ、お先真っ暗だな」
「俺に言わせればお互い様だ。まあ何だ、お前よく利くブレーキ持ってるから、誰かに背中押してもらいたかっただけなんだろ?」
「…………」
「しかしまさか、俺を頼るとは思わなかったよ。まあお前が本当はどう思っているのかは知らんが、好きにしろよ」
文芸部はいつになく柔らかな口調で言った。まるで、自分に言い聞かせているようだった。
「上手くいっても、いかなくっても、他の男に取られても、みんなお前のせいだ」
「俺の……」
「とりあえずいい休憩になったよ。これでこの前の借りは返したぞ。じゃな」
文芸部が電話を切った後も、俺はしばらく考えた。
今日までのことを。
ほとりと過ごした、俺の人生のこれまでを。
そして、これからのことを。
ほとりと過ごしたい、俺の人生のこれからを。
親のスネを齧ってるガキでも、それなりに真剣に。ほとりのことを考える。
子供の頃は赤色が好きだったほとりが、俺と同じ淡い色を好むようになったのはいつからだった?
淡い桃色は、俺達のしあわせのいろ。
ほとりが白いトルコキキョウを抱きしめるあの姿を見ないと落ち着かなくなったのはいつからだった?
あの花は、俺達の夏予報。
そして三週間前。自分も言ってもらいたかったのではないのだろうか……あの、魔法の呪文を。
覚悟を、決めた。
いつもほとりに引っ張ってもらってきたダメ男だけれど、今回くらいは俺が頑張らないと。そうじゃないと、ほとりの隣にいる資格がない。
今更思う。この三週間は、ほとりの悲鳴だったのかもしれない。
早く来て、と。
すっくと立ち上がり、こざっぱりした服装に着替えて、外へ。
冬の近付く晩秋の空は高く、刷毛でさっと描いたような雲が西風に流れていく。
決められた手順を踏むように、慣れた動作を繰り返すように、俺はいつものお隣さんの呼び鈴を鳴らす。
出迎えてくれたほとりのお母さんに頭を下げて、ほとりをお願いする。
奥でバタバタと慌てて準備をする音。さすがに唐突な訪問に慌てたらしく、いつになく騒々しい。
俺は通してもらった居間で、頂いたお茶を喫する。
63 :
ほとり歳時記:2011/04/05(火) 20:20:28.72 ID:R8vqPVbn
しばらくして、お澄まし顔でほとりが現れた。
「ん、あんたが来るなんて珍しいね。何か用?」
澄ました顔で、けれど頬を桜色に染めて、ほとりは素っ気無く言った。
「つまらない話をしよう」
「つまらない、話?」
「ああ……つまらない、大事な話」
立ち上がり、奥でニコニコしているほとりのお母さんに頭を下げてから
「行こうか」
緊張でガチガチになっているほとりに笑いかけた。
いつもほとりが、俺にしてくれているように。
いつも歩く川沿いの道を歩く。
左の少し後ろをほとりがついてくる、いつもの散歩道。
さて、こういうことはどういうタイミングで言えばいいのか。何も考えてなかった。
何だかんだ言いながらロマンチストなほとりのことだ、どんな想像しているか分かったものではない。
とはいえ、振り返るまでもない。聞こえてくる足音で分かる。ほとりの機嫌は良いらしい。
「ねえ、修」
「あん?」
「憶えてる? ここにあった遊具」
指差す先はよく遊んだ公園だった。
「ああ、そういや危険だとかどうとかでなくなったんだっけな。なんだか寂しくなったな」
「そうだね。でも、ほら」
「……居るんだなあ、まだ」
何かの特撮の真似をしているらしい子供が、きゃっきゃと声を上げている。
「あの子達にしてみたら、今のあの公園の姿を寂しいなんて思わないんだよ。同じ風景なのに、違うことを思うんだよ」
ほとりの目が、子供の頃遊んだあの遊具の辺りを見つめている。
「何だか、寂しいね」
「……どうしてだか、分かるか?」
「ううん」
横に立つほとりの方を向くと、夜空を詰め込んだような瞳の中に、間抜けな顔をした俺が映っている。
「想い出だよ。同じものを見て、同じことを思えるのは……」
「同じ想い出があるから……」
「いっぱいあるな。多分他の誰にしても喜ばれはしないような、つまらない想い出がいっぱい」
64 :
ほとり歳時記:2011/04/05(火) 20:22:26.59 ID:R8vqPVbn
ほとりの親父さん相手に必死に屁理屈をこねた日。
むずがるほとりを引っ張った夏祭りの夜。
ほとりが居なければ夕飯にありつけなかったキャンプ。
二人並んでバカみたいに歌った夕方の土手。
転んだ俺に何度も大丈夫と心配した声。
意地を張って冷たい言葉を吐きかけてしまった喧嘩。
兄貴達の変化に気付いたほとりの誕生日。
「同じものの今を見て……同じ想い出があるから」
「だからほとり……これからも、そんなの作っていきたいよ。お前と」
ほとりの目が、俺を見据える。
「ちょっと大人になったね、修」
「そうか? 俺はまだガキだよ。色々持て余してる」
「そうかな? 背は伸びたよね、だってほら……」
ふわりと。ほとりが俺の胸に顔を埋める。
ほとりの長い黒髪の甘い香りが、鼻をくすぐる……
「そうだな、背だけはな」
「それだけじゃないよ」
華奢な肩に手を置く。俺の手に、ほとりの細い指が寄り添う。
「待ってた、ずっと」
「ん」
重ねた唇の温度が、甘くいつまでも残っているような気がした。
それからのことを話せば。
好きだの愛してるだののセリフを一応言ってから、俺達はおかしくなって笑った。
一頻り笑って、そうしてからもう一度確かめるように同じことをして、昼食を食べて、河川敷でぼんやりして。日が暮れ始めた頃に帰路についた。
ほとりの家に帰ると、ほとりのお母さんが、ウチの母さんを呼んでニコニコしていて、詳しく話せとせっつくふたりの母を無視して、俺達はつまらない話をしてから分かれた。
また明日と笑い合って。
それからもあまり変わらない。
放課後は相変わらず資料庫でお留守番だ。
ほとりはといえば、文化祭後の生徒会選挙には出ず、今ではただの州崎ほとりだ。
前生徒会長はほとりにその座を禅譲したがっていたが、珍しくほとりが強く辞したのだ。
どうしたのか尋ねると、分かれバカと怒られてしまった。
まあ、多分そうだろうと分かっていて尋ねたのだが。
何だかんだと理由をつけて、ほとりは資料庫に現れる。
茶を淹れ、細々と整理をし、つまらない話に微笑んで。
変わったことといえば、ほとりの座る位置が少し近付いたくらいのものだった。
ほんの少しだけの距離が、今はない。
肩が触れ合うくらいの距離まで、愛はかける。
◇
いつも握り締めていた男の子の手のひらは、思っていたよりもずっと大きくなっていた。
65 :
ほとり歳時記:2011/04/05(火) 20:24:27.49 ID:R8vqPVbn
◇
白状しよう。
俺は小心者だ。
今回ばかりはそう思う。まあ、こういうことを急ぐこともないとも思う。大事にしたいことだから。
ほとりと付き合ってから初めてのクリスマス。
俺達はいつも通りのパーティーだった。神流家と州崎家、両家族が揃って飲み食いする、実にいつも通りの。
親父二人はニヤニヤして色々と根掘り葉掘り聞き出そうとするし、他人のことを言えた義理のない筈の兄貴がそれに便乗する。
母二人は分かったような顔でやはりニヤニヤしていて、かがりさんもほとりをからかって遊んでいる。
散々オモチャにされて、弄り倒されて、夜も更けてお開きになって……特に何もなくその日は終わってしまった。
次の日からほとりがいつも通り宿題を抱えて現れた。
律儀なほとりは意地でも張ったように集中していて、俺は一人微妙な気分でシャーペンを弄って。
年も押し迫った十二月二十九日。宿題が全て終わるまで、俺はせいぜい帰り際にせがまれるキスから先へは行けなかった。
言い訳をするのなら、そういうことを急ぐ必要はどこにもない。絶対にしなければいけない訳でもない。今の距離感を探っているというのも実は心地良い。
それに甘えているだけというお話なのだが。
「今年ももうお仕舞いだね」
机の上を片付けてほとりは微笑んでいる。
「色々あったね、今年は」
「そうだな」
ため息一つついて、俺はそのまま机に突っ伏す。一瞬、そのまま寝てしまいそうになるけれど、だらしなく投げ出した手にほとりの指の温度を感じる。
「…………修」
「ん」
意を決したみたいなほとりの声に、顔を上げた。
可哀そうなくらいに頬を染めたほとりが俺を見つめている。
「夕飯、どうする?」
「……さあ、母さんに聞いてくれ」
「聞いてない? 今日町内会で忘年会やるって」
「はあ? あ〜、そうだっけか?」
言われてみれば、今日だったような気もする。
「だから、夕飯……あたしが作るから」
「ん……夕飯。夕飯かあ」
しばらく食べたいものを考えて……それ以外のことは気が付いてないことにして、胃袋と相談して。
「豚汁が良いな、具がいっぱいの奴」
「豚汁ね、後は……お魚でも焼く?」
「ん、それで良いよ」
もう一度突っ伏した。
忘年会。少なくとも母さんは居ない。多分親父も。
町内会でやるなら、ほとりの家もそうだ。
もう、何だよ、コレ。両親のニヤニヤした顔が目に浮かぶようだ。とはいえ……これも、縁だ。多分。
神様辺りが今日だと言っているのだ。だとすればなんてお節介なのだろうか。
「ちょっと買い足すものがあるから」
ほとりが少し開いた襖から、ちょこんと顔を出して言うのを
「なら俺が行く。お前先に用意してろ」
と制した。
「なら……あたしも行く。大体、あんた何をどんな風に買えばいいかなんて分からないでしょうが」
「それもそうか」
立ち上がり椅子に投げかけていた上着を羽織ると、ほとりがニコニコして待っている。
そこら辺で鮭と少し野菜を買い足してから、ほとりは夕飯を作ってくれた。
始終上機嫌のほとりは、少し興奮しているのかもしれない。緊張したり興奮したりすると口数が多くなるのは変わらない癖だった。
いつも通り旨い飯を食べて、何となく居間でくつろぐ。
猫舌の癖に熱い茶を淹れたがるほとりは、湯飲みをちびちび舐めている。午後七時半。今頃子供をほったらかしの不良親達が、宴会を始めた頃だろう。
テレビがお笑い芸人を苛めている声が空しく響く。
いよいよ話すことがなくなり、二人揃って湯飲みを手に黙ってしまう。
横目でほとりを見れば、いつかくれたような静かな笑みを浮かべている。
66 :
ほとり歳時記:2011/04/05(火) 20:27:06.38 ID:R8vqPVbn
だから俺は覚悟を決める。
「風呂……先に入るか?」
「ん」
ほとりと交代で風呂に入る。ほとりが使った後の湯船に少しだけ興奮する。変な想像が浮かんでは消えて、俺は急いで……けれどいつもよりも丁寧に体を洗った。
今夜。
ほとりを、抱く。
風呂から上がると、律儀なほとりが用意してくれていたらしいパジャマに着替え、水を飲む。
居間では自宅から持ってきたのだろう、ほとりが淡い桃色のパジャマを着て待っている。
今ほとりがどんな顔をしているのかこちらからは見えない。お行儀よく正座した背中が固まっている。
俺は跳ね上がる心臓を押さえつけながら座っていた席に戻る。
そしてほとりを盗み見る。
どきりと、した。
耳まで桜色に染めて、ガチガチに緊張して、唇を噛み締めて。
それは壊してしまいたくなる程愛らしい姿で。
「…………ほとり。部屋、行くか」
「ん……」
立ち上がると、いつになく小さな足音が着いてきてくれた。
灯りを点けようとするとほとりの手がそれを止めた。
「いい」
部屋には既に布団が敷かれていた。どうやら俺が風呂に入っている間にほとりが用意していたらしい。
月明かりだけを頼りに部屋に入る。どうすればいいのか迷っていると、ほとりは一組だけの布団を前に正座をした。
青褪めた月明かりの中で、ほとりはきッと顔を引き締めてから
「不束者ですが、よろしくお願いします」
と頭を下げた。
「お前、そういうのどこで仕入れて来た」
「ん……今日出てくる前に……お母さんが。こうすると男の人は喜ぶって」
「うあ……」
なんてことを娘に仕込むんだ、あの人は。けれど……その仕込みは多分正しい。
白状する。顔を真っ赤にして、それでも決死の覚悟を固めた表情で正座しているほとりは、痛々しいくらい愛おしい。
「ほとり」
膝を立てて、触れることが心苦しいほど華奢な肩を抱いて、ほとりに顔を寄せる。ほとりの唇は水蜜桃のように柔らかかった。
「ん……その……修。あたし、こういうのしたことないからさ、その……タイヘンだと思うケド」
「ほとり……」
「痛くして、いいよ。大丈夫だから」
こつんとおでこをくっつけて、ほとりが微笑む。
思わず腕を伸ばして抱きしめる。ほとりの体は、とろけそうなほど温かかった。
「修がしてくれるなら、大丈夫。修じゃないと、嫌だ」
「……ありがとう、ほとり」
「何が?」
「いっぱい、色々。今言うのは卑怯な気もするけど、それでも……ありがとう。生まれて、ここに居てくれて」
「そんなの」
抱きしめた腕の中で、ほとりがむずがる。
少し力を緩めると、ほとりも腕を伸ばして俺を抱きしめてくれた。
「お互い様だよ。あたしの隣に生まれてきてくれて、ありがとう……修」
もう言葉に詰まって俺はほとりの頭を撫でる。気持ち良さそうに目を細めるほとりにもう一度唇を重ねてから
「脱がすよ」
淡桃色の上着、ボタンに手をかけた。
67 :
ほとり歳時記:2011/04/05(火) 20:29:31.38 ID:R8vqPVbn
「…………ん」
ぴくりと肩を震わせるが、気が付かなかったふりをしてそのまま全部……外した。
不安そうに見上げるほとりに、大丈夫を言う代わりに頭を撫でて、そっと服を脱がせる。
贈り物の包装を解くのに、何となく似ている。
いつもはいい加減に破いてしまうけれど、今日貰うものは……そういう訳にもいかない。一生に一度だけのものを貰おうとしているのだから。
「腰、浮かせて」
「う……ん」
ズボンを脱がせてしまうと、ほとりは恥ずかしそうに腕で胸と下を隠してしまう。
女の子の下着を見るのは初めてだったけれど、楚々とした白いそれはほとりにはよく似合っている。
「ほとり……」
「な……何」
そっぽをむくほとりの耳元へ顔を寄せて
「可愛いな、お前」
と言ってみる。涙目になって睨みつけるほとりをもう一度撫でてやると、少しだけ肩の力を抜いてくれた。
下着姿になったほとりはため息一つで気を取り直したのか
「あたしも、脱がしてあげる」
と、顔を真っ赤にしてそれでも笑ってみせる。
「いや、いいよ」
「あたしを脱がしたんだから、今度はあんたの番!」
ほとりは楽しそうに俺の上着のボタンを外して、上着を脱がして……
「次、ズボン」
「……自分で脱げる」
「ダメ、あたしがやる」
抵抗空しく、俺のズボンはほとりの手に。
トランスクの異様な膨らみを、ほとりはまじまじと見つめて
「こんなのなんだ……」
と小さく言った。
「…………ほとり、次……いくぞ」
「え? あ……うん」
「……背中で外すんだよな、これって」
「ん……自分で」
「やらせろ。やってみたい」
「バカ」
抱き寄せると背中へ回した手でブラジャーのホックを探し当てて、何度か外そうと試す。
一度だけ深呼吸して、湯上りのほとりの甘い香りにクラクラしてから……もう一度試してみて、外れてくれた。
もう、何も言う気になれなかった。
ブラジャーを取り、そのまま手を下へ。
「なんか、手つきがえっちぃ」
みじろぐほとりを左腕で抱きしめて、まだ何か文句を言いたそうな唇をキスで塞いで、そして、最後の一枚を脱がせてしまった。
月明かりに濡れた黒髪が。
うっすらと浮かべた涙で滲む黒真珠のような瞳が。
可哀そうなくらい桜色に染め上げた小ぶりな耳と柔らかな頬が。
処女雪のように白く透き通った素肌が。
ガラス細工めいた首筋が。
静かに震える薄い肩が。
あどけなくも甘やかな線を描く胸が。
抱きしめれば折れてしまいそうなほどの腰が。
愛らしくも豊かにひろがる下肢が。
その全てが、狂ってしまいそうなほど悩ましく愛らしく俺を責め立てる。
だから我慢できずに、むしゃぶりつくようにもう一度抱き寄せて耳元に囁く。
68 :
ほとり歳時記:2011/04/05(火) 20:32:02.78 ID:R8vqPVbn
「綺麗だ。世界で、一番」
「嘘」
「本当」
「お姉ちゃんの方が胸も大きいし、ずっとずっと美人だし、あたしなんか足とかお尻とか太いし」
「それでも。俺にはほとりが一番いい」
「これから抱くから……あたしを喜ばせようって」
「……ほとりと付き合い始めた日にさ……尋ねたんだ」
「え?」
怪訝そうに小首を傾げる仕草さえ、今は愛らしくて苦しい。
「文芸部の奴にさ、どう言って幼なじみを口説いたのか」
「…………」
「そしたらさ、あの変人『思ったことをそのまま言っただけだ』なんて言い出してさ」
「そっか。なんか、素敵だね……あの二人」
「だから俺も、そうしようと思ったんだよ。だから」
「……だから?」
「綺麗だよ、ほとり。それに少しくらいは知ってる。ほとりが綺麗になりたくて、頑張ってたの」
「修……」
「だから俺には誰よりも、ほとりが一番だよ。本当に、そう思う」
俯いたほとりが、静かに震えている。俺はどうすればいいのか分からず、ただほとりを抱きしめて……そして、ほとりに押し倒される。
「修! 修! 修! 修! 修!」
「ん?」
「……大好き。どう伝えたらいいか分かんないくらい、大好き」
どんどん膨れていく涙を拭ってやって、その跡に唇を寄せて。
そうしてから、今度はほとりを下に組み伏せた。
「始める……いいな?」
「ん」
静かに頷いてくれたのを見てから、手を伸ばしてほとりのそこへ。
火傷しそうなくらい熱く濡れたそこを、ゆっくりとなぞって行く。目をぎゅっと閉じて、何かに耐えるような表情のほとりにもう一度キスをする。
「あたしの……変じゃない?」
「あー、俺もこういうの初めてだからさ、分からん。でも……」
「でも?」
「こうしてるだけで、ドキドキする。ほとりは?」
「あたしも……」
ほとりの胸に手を添えて、ピンと勃った乳首を唇で咥える。
「ッ」
小さく震えて強張るのが可愛くてしかたない。両方ともまんべんなく撫でて、揉んで、咥えて、舐めて。
本能のままにほとりを蹂躙する。他の誰も触れたことのない場所を、俺の物だと徴を付けて行く様に。
本やAVくらいしか知らない俺のやることに、ほとりは涙を浮かべて、必死に耐えている。
それがまた愛しくて、狂おしくて、呼吸さえ覚束なくなる。
「修……本当に、小さくて……ごめんね」
息を切らせて、それでもほとりは小さく言った。どうやら胸の話のようだ。
「なんでさ。綺麗だよ、ほとりの」
「でも……何か、おっぱいおっきいのが、好きなんじゃないの?」
「どうして?」
「…………前に修、そういうDVD出しっぱなしにしてて……」
「う! い、いつ?」
69 :
ほとり歳時記:2011/04/05(火) 20:34:04.24 ID:R8vqPVbn
それまで貪っていたほとりの胸から顔を上げると、ほとりが困ったような顔をしていた。
「いつだったかなんて憶えてないよ。ちょっと前。でも……おっきのがいいんだって思って、ちょっとショックだった」
「ああああああ、あの、ほとりさん。ああいうのは基本大きい人が出てたりするもので、そんな深い理由で選んで―――」
「嘘、大丈夫。そりゃ、ショックだったのは嘘じゃないケド」
ほとりは静かに微笑んで
「えい」
と俺の頭を抱きかかえた。
「そんな顔しないの。あたし、信じることにしたから」
「何を?」
「修が、あたしのことを好きでいてくれるって。ずっと、信じる」
「ああ……ありがとう」
「でも、ああいうの見ないでなんて言わないケド……」
「ん?」
「そういう気になった時は、これからはあたしも居るから。だから―――いつもいつもは相手出来ないかもだケド、言ってくれれば……頑張る」
「ああ。ほとり」
「なあに?」
「愛してる。これからもずっと」
「ん、ありがと。あたしもだよ。愛してる」
微笑みあって、またゆっくりと行為に戻る。
「なんか、修。赤ちゃんみたい」
「え?」
「おっぱい、ないのに……必死に顔くっつけて」
「ほとりの心臓の音が聞こえる」
「……ん、ドキドキしてるの、バレちゃった」
「そんなの、俺だってそうだ」
「ホント?」
ほとりが俺の胸に耳を当てて、悪戯っぽく笑った。
「ホントだ。すごいドキドキ」
「そりゃな」
「なんか、嬉しい」
いちいち可愛い笑みを浮かべるほとりに、俺はもう一度唇を重ねる。何度しても飽きないくらい、ほとりとのキスは甘く気持ちがいい。
蕩けそうな吐息を聞きながら、俺は再びほとりの胸に舌を這わせる。ほとりの秘所に手を伸ばすと次から次へと愛液が溢れてきている。
がっつきたくなるのを必死に押さえて指でなぞり、そのまま下へ顔を動かしていくと、ほとりの両手が俺の頭を押さえた。
「ダメ! 汚いからダメ!」
その手を振り払う。それでも恥ずかしがって俺の頭を押さえようとするほとりの両手を上手く押さえつけると、嫌がるほとりのそこに顔を埋めた。
くらりとした。濃厚な女の匂いに。
思わず舐める。話どおりなら、一番敏感だという陰核に舌を伸ばすと、ほとりの反応が変わった。
「ダ、えぇ」
とろんとした目で、ほとりが乱れる。初めて見る、ほとりの姿だった。
構わず舐め、啜り、甘噛みをして。夢中になって散々弄り倒すと、ほとりはただ息を切らして泣いていた。
「ごめん……やりすぎた?」
「うん……自分でするのと、全然違う」
「……してたんだ」
「ッ!! バカ! そこは流してよお!」
拳を握ってほとりは俺を叩くが、まるで痛くない。
「なあ、ほとり」
「……何」
「自分でしてる時、何を考えてた?」
「…………意地悪」
「聞きたいな。ほとりが何を考えてえっちなことしてたのか」
「絶対、言わない」
まあ、その反応で大体分かったんだけれど。
「俺は、言わせたい」
「…………あんまり聞くと、嫌いになっちゃうよ」
「あ〜、それは困るな」
むくれて睨みつけるほとりは、やっぱり世界で一番綺麗だと思った。そんな顔で思われるのは、本人には不服だろうけれど。
70 :
ほとり歳時記:2011/04/05(火) 20:36:08.07 ID:R8vqPVbn
「でも……もう準備は出来たよな」
「ん、多分」
「じゃあ……貰うよ」
「……ん。貰って」
本当はもう我慢なんて限界だ。はいたままだったトランクスを脱いで……そして気が付いた。
「あ……付ける物、付けとかないとな」
「え?」
「その、避妊具って奴。一応持ってる」
いつかこんな日が来るだろうと妄想していた俺は、そんな物まで先走って用意していた。引き出しの奥に隠していたコンドームを探そうと立つと
「いい」
ほとりが、真剣な眼差しで、俺の手を握っていた。
「でも……」
「大丈夫だから。好きにしてくれて、いい日だから。それに……」
「それに?」
「あたしがあげたいのは、ゴムにじゃないから」
「……ほとり」
それが、俺の我慢の限界だった。
俺は、ほとりに襲い掛かった。
自分よりも華奢に出来た体を再び組み伏せて、女になる前のほとりに最後のキスをして、熱く濡れているそこに自分のものをあてがって。
喉がひりひりする。
目の奥がちりちりする。
溺れているような呼吸で、必死にそこに入ろうと足掻いて―――
出た。
「え?」
おかしい、と思ったのだろう。きょとんとした顔でほとりが俺を見ている。
俺にも何が起きたのか分からなかった。
頭を少し挿れただけで、俺は我慢し切れなかったらしい。
ほとりの中にほとんど入らないまま、俺の精子だけがほとりの子宮を目指している。
「あ……」
頭が真っ白になった。
俺は、ほとんど何もしないまま終わってしまった。
ほとりのものを貰う前に、こっちが終わってしまって
「すまん」
情けなくて死んでしまいたくなる。
思わず顔を背けると、ほとりに引っ張られて……顔を胸に押し付けられる。
「ありがと」
「何が」
思わず怒ったような声で答えた俺に、ほとりは柔らかな声で続ける。
「あたしでそんなに気持ちよくなってくれて。女の子っぽくない体だと思ってたから……凄く嬉しいよ、修」
「ほとり……」
思わず顔を上げてみれば、ほとりはいつも通りの優しい微笑みを浮かべていた。
「またきっと出来るから、大丈夫。いつでもあたしは大丈夫だから」
「ほとり……ありがとう」
「あ」
ほとりが何かに気付いたように下を向く。
つられて見れば、何か元気なままだった。
「あの……修。げ、元気なままだね」
「困ったヤツだな」
「ん……でも、大丈夫みたいだね……する?」
「ああ。そっちこそ、大丈夫か?」
「大丈夫。して」
もう一度、今度こそ少女のほとりに最後のキスをしてから。
目いっぱい、溢れそうなこの気持ちを表現するみたいに抱きしめてから。
せめて痛いのが一瞬で終わってくれるように、一気に。
ほとりの中に入った。
71 :
ほとり歳時記:2011/04/05(火) 20:38:06.02 ID:R8vqPVbn
声にならない声で悲鳴を上げ暴れるほとりを、せめてその痛みが和らいでくれるように祈るように抱きしめる。
小さい頃から、ほとりとは色々あった。
憶えていることも、そうではないことも。
それこそ家族のように育ったほとりが今、俺に犯されて悶えている。
涙を浮かべて、必死に俺にしがみついて、ただ耐えるほとりに、祈るようなキスをした。
ほとりの中は俺を締め付けてくる。俺を迎える為の愛液が流れ出していて、熱くなっている。
ゆるゆると動きながら、それでも握り締めるような不思議な感覚だった。他に例えられない、熱く柔らかな締め付けに、動かなくてもまた出そうになる。
そのままでどのくらいいたのか。
動きたくなるのを必死に堪えていると、ほとりが辛そうに、けれど微笑んでいた。
「も、だいじょぶ。いいよ」
「でも……」
「あたし、修を気持ちよくしてあげたい。修の……彼女なんだから」
「痛いだろ」
「痛くして、欲しい。修にして欲しい」
甘く苦しい吐息を何度も漏らしながら、ほとりが必死に紡ぐ言葉が……俺の脳を焼き払うようだった。
だから一度腰を引いて、また苦しそうな顔をするほとりに、ありがとうの代わりのキスをして。
突いた。
せめて初めはゆっくりと。そう思っていたけれど、いつの間にか抑えは利かなくなっていた。
ほとりを抱きしめて、ただただ奥を突く。
「ほとり」
「っ、な……に?」
少し余裕が出来たのか、途切れ途切れに答えてくれて。だから俺は少し意地の悪いことを言いたくなる。
「俺にされるの思いながら、自分でしてたのか?」
「え……ばッ」
「俺もしてたよ。ほとりとするの想像して」
「−−−−ッ」
跳ねるほとりは力なく俺を叩き、その手をもう一度抑え込んでしまう。
恥ずかしそうに顔を逸らすほとりの頬と首筋に、もう一度キスをした。
「そん、なに。したかった? あたしと」
横を向いたままのほとりに、俺は囁く。
「ずっとこうしたかった。ほとりのこと、何度も何度も無茶苦茶にしてたよ」
見知った、好きな女の子をそういう目で見ることにひどい罪悪感も覚えていた。けれど、だからこそ興奮した。
家族のように育ってきたほとりとすることにも。
そんな想像を思い出して、こちらの余裕もなくなってしまう。
ほとりもそうなのだろうか、俺を見つめる瞳が切なそうに潤んでいる。そんな顔を見ると限界が来てしまった。
「も、終わる。出る」
ほとりはもう一度微笑んでから
「いいよ。いっぱい、出して」
だからそれが引き金になる。
一際大きく奥を目指して突いて、そこが子供を育てる場所だと思った瞬間、射精した。
「ッ」
俺にしがみつくほとりが、堪えるように腕に力を込める。感極まったらしいく肩に噛み付く。
二度目のくせに貪欲に精子を出していて、我ながら驚く。
まるで、本能はほとりを妊娠させたくてしかたないようだった。いや、それは当たり前なのだろうけれど。
気が付けば、精子を擦り付けるようにほとりの奥をこねていた。
すぐに口を離したほとりはひゅ、ひゅ、と掠れたような呼吸を続けている。
その姿がいかにもいじらしく愛おしく、俺は自分の手で女にした……女になったほとりに最初のキスをした。
頬に、目蓋に、鼻に、おとがいに、首筋に、そして最後に唇に。
72 :
ほとり歳時記:2011/04/05(火) 20:40:06.60 ID:R8vqPVbn
「キス、いっぱいしてくれたね」
ようやく落ち着いたらしいほとりが、最初に言ったのはそれだった。
「ん……したくなって、我慢出来なくなった」
「えへへ、修はいくつになっても甘えん坊だよね」
「かもな」
得意そうな顔のほとりに、今はあまり逆らう気になれない。
「顔、よく見せて」
「え?」
「修のこと、男にしたんだなって、今思った」
「俺もだよ、ほとりを女にしたんだって」
なんだかおかしくなって笑って、ようやくほとりを組み敷いたままだと気が付いた。
「すまん、重かっただろ」
「ううん、それが良かった」
身を引くと、少し残念そうにほとりは微笑む。
ほとりのあそこからは、俺が散々出した精子がごぽりと漏れて来た。
激しい運動をした子は出ないと聞いたこともあったが、どうやらほとりはそうではないようだった。
自分の出したものに混じってほとりの純潔の証しが赤く混じっていて、どきりとする。
「……我ながら、随分ひどいことしたもんだ」
「ん、本当だよ。ねえ、修」
「あん?」
「あたしのこと、そんなに妊娠させたかった?」
「はあ?」
「出しながら必死に先っぽを押し付けてきたでしょ? なんか、可愛かったよ。すごい必死な顔だった」
「男に可愛いとか言うなよ」
「あはは」
枕元に置いてあったティッシュを取り、ほとりを拭う。
「も、ちょっと、自分でする。ん」
まだ敏感なのだろう、触れる度にほとりは肩をぴくりと震えさせた。
どうにか拭い終わると、ふと気が付いた。
「あのさ、ほとり」
「なあに?」
「これ、どこで仕入れてきたのさ」
今まで気が付かなかった俺も俺だが。今まで事に及んでいた布団には、バスタオルが敷いてあった。
「あの……お姉ちゃんが、すごい汚れたり、血が出たりするって言ってたから」
「女の人同士って、そんな話、普通にするのか?」
「ん……多分」
とはいえ、おかげで布団はあまり汚れていなくて、バスタオルだけを外してごろりと横になった。
ほとりはバスタオルを律儀にたたんで、どうやら先に用意していたらしい洗濯物かごに入れようとして
「ごめん、修……立てない」
「え?」
「まだ上手く立てないよ」
「あ……そっか。すまん」
ほとりからバスタオルを受け取り、かごに入れると、何ともいえない顔でこちらを見ていた。
「ずるいなあ、あたしなんかまだじんじんするのに」
「あー、こればっかりはな」
「まあいいよ。修のやったことだし」
「ありがと」
73 :
ほとり歳時記:2011/04/05(火) 20:42:07.66 ID:R8vqPVbn
もう一度横になると、当たり前のようにほとりが寄り添って来て。
俺はほとりを抱き寄せると、もう一度だけキスをした。
そういえばこれって腕枕か、と考えているうちに俺は眠ってしまった。
翌朝、いつもと同じ時簡に目を覚ますとほとりは既に起きていた。
「寝顔、可愛かったよ」
「しまったな、俺が先に起きたかった」
「だってそしたらあたしが寝顔見られる」
「俺も見たかったんだよ」
腕の中で柔らかく微笑むほとりは、落ち着いた今でもやっぱり綺麗で。俺は何も言わずもう一度キスをしていた。
長い黒髪を指で梳く。
やっぱり甘くていい匂いがして、俺は髪にもキスをしていた。
「修、長い髪好きだよね」
「ああ。ほとりの髪は綺麗だからな」
「うん……今日まで綺麗にしてて、良かった」
自分の髪を愛おしそうにほとりが梳いて、その言葉で自覚した。
今日までほとりは綺麗になって、磨いて、大事にしていてくれたのだと。多分、俺の為に。
「なあ、ほとり」
「ん?」
「中学の、ようやく少し話すようになった頃のこと、憶えてるか?」
「ん……忘れてないよ。忘れられないよ」
「そっか。俺、素っ気無かっただろ?」
「そうだね……お母さんは『照れてるだけよ』なんて言っていたケド」
「その通りだよ。照れくさくて、上手く喋れなかっただけなんだよ」
「そんなの、あたしはもっとお喋りして欲しかったよ」
「すまん。でもな、ほとりはあの頃からすごい綺麗になっていってさ、俺は声さえ掛けられなかったよ」
「修……」
「ありがとう」
「ん?」
「そう言いたくなった。上手く説明できないけどさ」
「ああ……だから修、大好き」
◇
あたしを一番にしてくれた男の子は、ずっと前からそう見てくれていて……
この人を好きになって良かった。心からそう思えた。
74 :
ほとり歳時記:2011/04/05(火) 20:44:31.70 ID:R8vqPVbn
激しくGJだ!!!
二人ともかわいい、GJ!
ええ話やないか
ほどよくお互いに少し違う考えをしてて、
その差分がいいなって思った
79 :
名無しさん@ピンキー:2011/04/13(水) 01:44:36.59 ID:W2Jn5blx
萌え
>>74 初めて、なんとなく開いたこのスレで、あなたの作品に
出会えてよかったと思った。
保管庫から遡って一気に読んできた。とても暖かい気分に
させられ、幼馴染の良さに気づかされてしまったよ。
マジ、グッジョブでした。
また保管庫漁りの旅に出ると共に、
>>43 にもエールを
送らせていただきたい。
幼馴染ものっていいな。このスレの発展を願ってます!
81 :
名無しさん@ピンキー:2011/04/17(日) 20:02:41.11 ID:ADNBhpC8
幼馴染みに逆レイプ
幼馴染みといっても大きく分けると
・幼少期からの腐れ縁
・幼少期には友人だったが転勤族のためすぐに疎遠になるが後に再開
自分自身は後者のパターン。
83 :
名無しさん@ピンキー:2011/04/18(月) 01:17:31.22 ID:gW+1wavT
久しぶりの幼馴染みエンドだったISは2かな
ISはファース党もセカン党も後者だな
年下幼なじみなポジションには蘭がいるけど
党員なんて言葉が出る前から原作買ってるオレは箒が大好きです
だがISはツンデレが多くてシャルがいい娘すぎたんだ……
箒は久しぶりに何か書きたくなる良幼なじみだった。
TSも俺の妹が〜も俺に書かせて欲しくなる良幼なじみだ。
次のは、多分来週以降に頑張る。
今気付いた。
TSって何だよ、オレ。○刀乙
87 :
名無しさん@ピンキー:2011/04/18(月) 12:43:11.28 ID:gW+1wavT
セカンドの小4て幼馴染みに入るのかな
世間的には中学の同級生で大人になって結婚した夫婦も馴染み婚扱いだぞ
それはうちの姉夫婦のことか
……なんか、あの姉の性格からしてすぐ別れかねないと思ってたが
箒は途中ずっとほったらかしだったからなぁ
あれはちょっと不満だった
91 :
名無しさん@ピンキー:2011/04/19(火) 20:19:42.21 ID:92IKKm4W
だが最後の15分で圧倒的勝利
そのせいか2期部分はシャルファンなどからの評判悪いな
だが鈴も幼馴染みだし喜べない
92 :
名無しさん@ピンキー:2011/04/19(火) 20:22:10.39 ID:92IKKm4W
二次画像見てたら会長が子供の奴隷にされてるのあったな
調べてみたらキモデブが主人公のようだから買う気にならなかったが
俺は主人公に調教される作品がいい
NTRは嫌いだ
けんぷファーはナツルがやられる方だが
幼馴染みが寝取られたときの心理的ダメージは
他属性ヒロインがそうされたときのそれを遙かに上回る気がする
幼馴染みのネトラレはー
赤い涙の味がするー
でもNTR見るなら幼馴染とかだよなあ
他のより破壊力がある
欝勃起にはもってこいだぜヒャハー
鬱は嫌だ
特に今は
某芸能人カップルの馴れ初めがテンプレだな
羨ましい限り
>>93 つB型H系
男主人公の幼馴染みからすれば男主人公は女主人公に寝取られたわけで、
しかもそこまでのプロセスを延々と見せられるわけだが。
まー、主人公二人の好感度が高いしちゃんと救済されてるがね。作風も明るいし。
幼馴染の理想型だな
>>99 や、長澤まさみとイグザイルのアレだろ。一応家族ぐるみの付き合いだったらしいし。
しかし宇佐美の結婚はまさにテンプレだな。これで宇佐美が不細工じゃなければねえ。
不細工でも勝つるということが明らかになったんだからいいじゃまいか
103 :
名無しさん@ピンキー:2011/04/23(土) 17:25:15.26 ID:OWznRWfz
幼馴染み
ポニーテール
ポニーテールに何故これほど惹かれるのか・・・
すぐに思いつくのはやっぱうなじが見えるところかな
俺はうなじに弱いからアップした髪型全般が好き
あと余談だがエビテールも大好きだな
>>103 更には武芸(剣道or弓道部所属)たしなんでいたり、ちょっと素直になれない性格固めだとなお良いな
>>106 最近のアニメではドツボに嵌ったな
アニメでも原作でもいい感じだけど、一つだけ不満点がそれは…
二人の幼馴染夫婦っぷりを冷やかすキャラがいないから反応が淡白なのがな〜
まぁISは幼馴染みモノではなくハーレムだからな
個別ルートに行って、かつそれが箒ルートなら嬉しいんだが、まぁ無理だろうな
ハーレムとか誰得
萌アニメ嫌いな理由がハーレムしかないから
ハーレム状態だけれど、幼なじみしか眼中にない主人公とか書けばいいじゃない。
>>110 あれか? 本当は相思相愛でラブラブな二人だけど
当人同士が素直になれないかつ日常茶飯事レベルで他の女の子を無自覚で落としていって大変な事になるのか
一方は幼馴染しか眼中にないから反応が淡白だったり、もう一方は相手が持てるからヤキモキしながらもラブラブするのか、実に胸が熱くなる
よし、誰か
>>111を文章化するんだ。
そんなの読んだら死んでしまうわ!
うっかり幼馴染みの魅力<主人公に惚れる女の子の魅力
にしちゃわないようにな
その場合、勝ち決定してるメインヒロインである幼馴染みが叩かれやすい
オマケを書いていたら、長くなりすぎたので二期目やらせて下さい。
一期目よりは短い予定です。
01.春水面
卒業の日、私はずっと好きだった人に気持ちを伝えて……そしてふられた。
頭下げると、私は顔を見ないように逃げて土手を駆け上がる。
そこからは徐々に人気がなくなっていく母校の校庭が良く見えて、私はそのままそこにうずくまる。
そのままどれくらいそうしていただろうか?
すっかり日も暮れて、寒くなってきて、けれど立ち上がる気力もなくて、私がこのままここで凍えて死んでしまいたいと半ば本気で考えていた時
「大丈夫? こんな所で座ってたら風邪引いちゃうよ」
とても優しい声が、私に降ってきた。
「ああ、第一中学、今日卒業式だったんだ」
顔を上げると、とても長い髪の女の人がそこにいた。
私も一応女だから分かる。長い髪は何かのモデルさんのように艶やかな黒で、とても丁寧に手入れして、大事に大事にしているのがありありと見て取れた。
春先の暗い夕暮れの中、その人はとても柔らかく微笑んでいる。
すっと整った顔で、シャープな印象だけれど同時に柔和な雰囲気も持っていて、私の理想の人みたいだった。
「あたしもあそこの卒業生なんだよ、あなたは今年の?」
見とれて一瞬頷くのが遅れたけれど、その人は温かな微笑みを返してくれた。
「じゃあ会ってるかもね、あたしが中学三年の時あなた一年だから」
驚く。目の前の女の人は、私とそんなに変わらない年齢だというのか。たった二年の差で、こんなに人間大人になるのか。
女の人は、一言で言えば綺麗だった。
顔だけならもっと綺麗な人はいるだろうけれど、持っている雰囲気が優しくて綺麗な人だ。
だから私はどきどきする。こんな人が身近に居た奇跡に。
「あなたは進学先、決まってる?」
思わず力いっぱい頷く私に、女の人はやっぱり微笑んでくれる。どうすればこんなに誰かに優しく微笑みかけられるのだろう。
「そう。あたしは……ほら、見える? あそこ」
女の人は少し遠くの建物を指差して
「あたしはあの高校に通ってるのよ、あなたは?」
と悪戯っぽく笑う。私は、この瞬間神様に感謝した。女の人が指差した先は、私がこの春から通う高校だったからだ。
表情だけで分かってくれたのか、女の人は……先輩はさも嬉しそうに
「なら、春からはあたしの後輩ね。よろしく」
と手を出してくれた。
その温かな指先に励まされて、私は立ち上がる。
私とさほど変わらない背丈だけれど、やっぱり先輩はとても美人だった。同じ人類とは思えないくらい。
宵闇が辺りを包み込み、先輩の背中からまん丸の月が昇っている。その幻想的な美しさに私は息を飲んだ。
だからこの瞬間、私は先輩に恋をした。
節操なしだと世界中に罵られてもいい。私はこのとても綺麗な長い黒髪の先輩が好きになったのだ。
私の顔を見て、もう大丈夫と思ったのだろう。先輩はもう一度とても綺麗に笑ってから
「じゃああたしは行くね。少し早いケド、これからよろしくね」
と歩いていく。
その背中に私は
「先輩! 先輩の名前を教えてください!」
ようやく声を掛けられた。
先輩は静かに振り返ると静かに微笑んでから
「あたしの名前は州崎ほとりよ、何かあったらいつでも来てくれていいからね」
と手を振ってくれた。
これが、私がほとり先輩と出会った日の……好きになった瞬間のお話だ。
優しくて美人なほとり先輩に、私はもうすっかりのぼせてしまっていた。
長い黒髪と、優しい声と、綺麗な微笑。
それが、私のほとり先輩だった。
◇
入学式の帰りは部活勧誘の時間でもあるらしく、俺は両手いっぱいにビラを持っていた。
周りは色々な部活動が新入部員の勧誘に必死だ。
そこそこ美人のマネージャーに私を甲子園に連れてってと言わせている野球部。
高い位置に投げさせたボールを宙返りで蹴り続ける大道芸をみせているサッカー部。
何故か着ぐるみでうろうろしている軽音部。
代わりにステージ占拠の上ライブをしている第二文芸部。
一緒に蒼い春しませんかと声を張り上げる水泳部。
二つに分かれて生き残りをかけた勝負をしていると訴えている演劇部。
なぜかボクシングの真似している奴やエロ本で新入生をつろうとする奴がたむろする男子卓球部。
赤毛の男がデンプシーロールみたいにぶんぶん体をゆすって威嚇しているバスケ部。
人類には早すぎる絶技の数々を披露してクレーターを作っているテニス部。
赤毛の女の子がニコニコしていてその横をたれ目で長身の男がウロウロしているお料理研究部。
女の子五人と男二人が顧問に食事をたかられている剣道部。
電波な内容が売りで春から心霊現象を特集している非公認部活の新聞部。
先ほどは意味不明のことを叫びながらビラを配っていたバニーさんまで居た。アレ、何部だ?
そして机にビラだけ置いて誰も居ない文芸部。やる気あるのか?
とりあえずこの高校の部活はロクなものがないらしい。
俺は押し付けられたビラを持て余して、居場所もなくウロウロと校庭を歩き回っていた。
さっさと帰った方がいいかなあ。と思う。
幼なじみの女の子が居るのだが、しっかり者のあいつは何か用があるらしくさっさとどこかに行ってしまった。
きょろきょろしてるとそれが目についたのだろう、綺麗な女の人が微笑んで近付いてくる。
地球温暖化が叫ばれて久しいが、今年の入学式はうまく桜の時期に間に合ったらしい。
はらはらと散っていく淡い色の花の中を、長い黒髪の女子生徒が近寄ってくる。
はっとするほど整った目鼻立ちだけれど、柔和な表情のおかげで冷たいという印象はない。むしろ温かな午睡のような優しさを感じる。
何より、長い黒髪が目を引く。誰もが個性を騙って生まれ持った物を染め変える中、その黒髪は心を打つような美しさだった。
だからその黒は、世代を重ねて、そうすることで生まれた美しい色なのだろう。
「ね、君。まだ決まってないのかな?」
その先輩と思しき女子生徒は、俺の手の中のビラを見てそう声を掛けてくれた。
思わず声を失い、何度も首を縦に振る俺にその先輩は微笑みかけてくれた。
本当に、春の似合う綺麗な人だ。俺は思わず見とれていた。
「ん、でももう手いっぱいみたいだね。ウチのビラ……持ってってくれないかなあ?」
「だ、大丈夫ですッ!」
他のビラを鞄に詰め込んで、俺はそのビラを受け取る。
ほっそりした手の白さにどきりとする。
中には丁寧な字で郷土文化研究部と書かれていて、取材をしているらしい生徒の背中の写真が写っている。
この先輩が撮ったのだろうか? 男子生徒らしい背中がお年寄りと話をしているシーンだった。
「郷文研は、今年新入生が入ってくれないと誰も居なくなっちゃうの。今一人だけだし」
どうやらこのビラの人物はもう卒業したらしい。想像する。
この先輩と二人きりの部活動を。
夕暮れの部室。甘い匂い。優しくて美人の先輩と二人きりの毎日。
「入ります」
即決だった。
そして一目惚れだと思った。
これが運命だと。
俺は真剣に、そう信じたのだ。
「そう! でも……いいの?」
「はいッ! 新しいことがしてみたいんです! よろしくお願いしますッ!!」
「そっか。じゃあこれ入部届け、名前書いて先生に出しておいてね。部室は……ビラに書いてあるけど、分かる?」
「ありがとうございます! 分かります! あ、俺……僕の名前は朝井春樹です!」
「朝井君ね、あたしの名前は州崎ほとりよ。よろしくね」
優しい笑みと、甘い声音と、春の日差しにきらめく綺麗な長い黒髪。
それが、俺のほとり先輩だった。
◇
ほとり先輩に、名前を言えてなかったと気付いたのは、その日上機嫌で家に帰ってからだった。
だから私は入学式が終わった瞬間、クラス内でさっそく友達を探しているらしい生徒をかき分けて上級生の教室に走っていった。
幼なじみの男が、ぼんやりと「部活見に行くケド、来るか?」と誘うのを切って捨てから、向かいの校舎へ。
私達の通う高校は二棟の新校舎と、音楽室や書庫、資料庫のある旧校舎一棟で構成されている。
一年生の教室と上級生の教室は、別の棟ということになるようだ。
ほとり先輩は昨年の生徒会副会長をされていたそうで、すぐに教室は見つけられたけれど、なんでも部活の勧誘に向かわれたらしい。
私はさっそく校庭へ。
こんなことならさっさと行けばよかったと思いながら校庭へ駆け込むと、ほとり先輩はすぐに見つかった。
たったそれだけのことに私は運命的なものさえ感じる。
「ほとりせんぱーいッ!」
私の声に、ほとり先輩はすぐに気が付いて振り向いてくれた。
あの日と同じ、見惚れるような美しい黒髪が、桜吹雪の中にどうどうとひるがえっていて、私は息を飲んだ。
こんなに綺麗な人が居ていいのかと、私は嬉しくなってしまった。
少なくとも現時点で、ほとり先輩と一番親しい新入生は、多分私だと信じた。
「あら、いつかの。もう元気みたいね」
ほとり先輩は、やっぱり優しい微笑みで私を迎え入れてくれた。春の散歩道みたいに穏やかな人だ。
「はいッ!! あの、私、先輩の名前だけ聞いて自分が……」
「ああ、そうだったね。あなたの名前は?」
「はい! 私は村越皐月です! 村を越えるで村越、五月の別名の方の字で皐月って!」
くすくすと、ほとり先輩は楽しそうに笑ってくれてから
「じゃあ改めて。あたしは州崎ほとり。中州の州に崎で州崎、ほとりは平仮名」
「州崎……ほとり、先輩」
私はその甘い名前を何度も口の中で転がしてから
「あの! すごく可愛くて先輩にぴったりの名前だと思います!」
と言って、そうしてから気が付く。何を言っているんだ、私は。
けれどほとり先輩は、やはり優しそうに微笑んでくれて。
「ありがとう。村越さんも、皐月って名前良く似合ってるよ。元気で可愛い感じで」
それだけで私の心は舞い上がる。
やはりほとり先輩は素敵だ。こんな言葉一つで、私には宝物になる。
そこでようやくほとり先輩が手にしているビラに気付く。
「あの、先輩。ソレ……」
「ああ、そうだ。村越さん部活決まってる?」
「いえ」
「そう、ならこのビラ、貰ってくれるかしら」
「もちろん!」
ビラには郷土文化研究部と書かれている。
美人でその上こういった活動にも積極的に参加されていて、どこまで完璧なんだろう。
「今郷文研は廃部寸前なの、一人しかいなくて」
「入ります!」
「……あら、即答。でもいいの?」
「はい! 私を入れてください!」
思わず身を乗り出す私に静かに微笑みかけて、ほとり先輩は入部届けを渡してくれた。
一人。先輩一人の部活に私も入りたい。これほど素敵なことはない。想像する。
この先輩と二人きりの部活動を。
夕暮れの部室。甘い匂い。優しくて美人の先輩と二人きりの毎日。
私の高校生活は、こうして幸先の良いスタートを切ったのだった。
少なくとも、この瞬間までは。
◇
入学式の翌日、さっそく嬉々として入部届けを出した俺に、担任の先生は
「郷文研か。よく入ってくれたな。ありがとう」
と言ってくれた。どうも郷文研は資料庫の整理係も兼ねているらしく、常に一人は欲しいというのが教師の本音であるらしかった。
俺にしてみれば先輩と二人きりの部活だ。まさに利害の一致。
放課後さっそく旧校舎に向かうことにした。
「妙に上機嫌ね、朝井」
「そっちこそ、何があった? 村越」
荷物をまとめていると、古い友人が通りがかった。
村越皐月。
また同じクラスになった長い付き合いの腐れ縁、いわゆる幼なじみになる奴だが、こいつは……いつの間にか同性愛に目覚めていた。
割りと本気のレズの人で、いったい何があったのやら。とは言え基本気の良い奴なので、俺達は普通に友人として付き合っている。
もっとも、こうやってもう一度話をするようになったのはここ数年のことだ。それまでは子供らしく避けていた時期も普通にあるのだが。
閑話休題。
村越は女の子が好きな女の子だが、とはいえそんな個人の趣味嗜好をとやかく言うつもりは俺にはない。
だからこそ、お互いあまり友達の居ない俺達も、それなりに仲良くやれているのだろう。
幼なじみなんて単語で周りが想像するようなこともなく、少し話をする友人程度の距離感で付き合っているのだ。
「私は、素敵な先輩を見つけたってだけよ」
なるほど、また獲物を見つけたわけだ。なかなか難しいだろうが、俺は笑ってから
「そうかー。まあ頑張れよ」
と言っておいた。
「まかせて!」
村越はふん、と鼻息荒く出て行ってしまった。
しかし、奇遇だな村越。俺も素敵な先輩ってのを見つけたのだから。
上機嫌で旧校舎に向かう。
少し離れた場所にある旧校舎は校庭から少し離れるためだろうか? 静かに佇んでいる。
俺はもらったビラをもう一度確認する。
旧校舎最上階東の端が、郷文研の部室……資料庫だ。
俺は意気揚々と旧校舎の昇降口に足を踏み入れる。見れば、つい先ほど上機嫌だったはずの村越がそこに居た。
「どうした、何があった」
「朝井……まさかとは思うけど、あんたの行き先って……」
「うん? 資料庫だけど?」
「ッ!! あんた郷文研に入るつもり!?」
「そうだけど……まさか村越、お前の言ってた先輩って!」
キッと目を吊り上げる村越。どうやらこいつもほとり先輩狙いらしい。
「さっき入部届け出した時に聞いたもう一人の新入部員って、あんただった訳か」
「……村越、ついさっき頑張れとか言っておいて何だが……諦めてくれ」
「無理。あの人は私の理想なんだから。あんたこそ諦めなさい」
出入り口でにらみ合うが、まるで埒が明かない。
結局話し合いの結果、お互いの入部までは認める。けれどほとり先輩については、今後の展開次第ということで納得をすることにした。
つまりこれから、俺と村越のほとり先輩争奪戦が始まるということだ。
上等だ。村越にとって理想の女性がほとり先輩だっていうのなら、俺だってそうだ。
ほとり先輩の嗜好が村越と同じでない限り、俺の方が有利な勝負だ。だから俺は上機嫌のまま最上階を目指して、資料庫のドアを開いた。
沢山の資料らしき本や何かの道具類、その他郷文研とはあまり関係なさそうな教材の類まで。
資料庫は沢山の道具で溢れかえっていて、俺と村越はほとり先輩の姿を求めてその中をかき分けて入る。
多くの資料の中で、奇跡の様に取り残されたスペース。
そこに古びた事務机と会議室にありそうな長机が二つと、小汚いパイプ椅子が幾つか。
どうやらそこが、郷文研の活動の場らしかった。
大量の本で埋もれた机の向こう側に、誰かが座っているらしい。
「あの……朝井です。入部希望の」
「村越です。ほとり先輩……いらっしゃいますか?」
ぱたん、と本を閉じる音。
そして、ぎいと椅子が鳴き、その人は立ち上がった。
いい加減に着込んだ制服と、申し訳程度に整えられた蓬髪。
いかにもやる気のなさそうな顔の男子生徒だった。
「んー、まさか本当に釣れるとはなあ……半分冗談だったんだが、ほとり一本釣り」
「あ……あの、あなたは一体」
呆然と村越が尋ねる。俺も同感だった。誰だ、この人。
「朝井君と村越さんな。一応昨日ほとりから聞いたぞ。ようこそ郷土文化研究部へ。俺が郷文研、部長にして唯一の部員、神流修だ。よろしくな」
郷文研部長……神流修先輩は、いかにも人好きしそうな顔で、くしゃりと笑った。
「あ……あの……ほ、ほとり先輩は?」
「あー、ほとり、ほとりな。あいつならそのウチ来るぞ。多分」
「多分って……ほとり先輩が、郷土文化研究部の部員なんじゃ……」
そうだ。俺もそう思っていたのに、来てみれば知らない男子生徒が居たのだ。これは詐欺ではないのか。
「あー、まあ半分くらいはな。まあウチはご覧の通りいい加減な部活だし、この時期の新入生以外に部員募集してないし、来るなら勝手にどうぞって扱いだ」
「そんな」
俺はさすがにがっくりとした。
意気揚々と入った部活動に、ほとり先輩は居ないのだから。
「なるほど、お前らほとり目当てか。びっくりするなあ、お前らほとりの何が気に入ったんだ?」
「ッ!! 神流先輩、でしたね」
キッと目を吊り上げて、村越は一歩前に。
「神流先輩は、ほとり先輩とはどういう関係なんですか?」
「ん……あー、まあ、その……何だ。アレだ」
がりがりと頭を掻き、神流先輩は言葉に迷う。
だから俺には分かってしまった。多分、隣で唇をかんでいる村越にも。
「あら、もう来てくれたの」
ちょうどその時、望んでいた声が後ろから。
「ほら修、ちゃんと椅子用意しなさい。せっかく来てくれたんだから」
「あー、そうだな」
ふにゃふにゃとあやふやに笑って、神流先輩はのろのろと立て掛けてあったパイプ椅子を出す。
長机の前に用意された椅子ニ客は、少し古臭い。
「とりあえず、話を聞こうか」
と神流先輩は椅子を俺達にすすめ、ほとり先輩に目で何かを言う仕草をしてみせた。
ほとり先輩もほとり先輩で、心得顔で微笑んで頷き窓際へ。
どうやらお茶を用意してくれるらしい。
村越が何かを言いたそうにうずうずとしているのに頷きかけて、椅子に腰掛ける。
「それで神流先輩……ほとり先輩とはどういう?」
村越の質問はまだ終わってないらしい。
ぎゅっと手を握り締めて、挑みかかるように上級生男子を見据える。
「あー、まあ、想像通りだよ」
「それじゃ分かりません」
「……随分必死だなあ、嬢ちゃん」
「私は嬢ちゃんじゃありません! それより答えられないんですか? つまり、その程度の―――」
「付き合ってる」
村越の言葉を遮って、先ほどのぼんやりとした雰囲気を振り払って、神流先輩は言い切る。
「俺の……彼女だ」
「村越」
俺は目で諌める。いわばここは相手のホームだ。勝ち目はない。
「えー、っと。まあ、騙すような形になってアレなんだが、ウチは君達を歓迎するよ」
神流先輩は、事務机からごろごろとこれまた古臭い椅子を引っ張り出してきて俺達の前に座った。
「まさか本当にほとり目当ての子が来るとは思わなかったよ」
俺もビラ配ってたのになあ、と神流先輩。
「まあ、ほとりは大抵毎日ここに居る。あまり嘘はついてないつもりなんだがね」
「でも、アレじゃほとり先輩が一人でやってると思います」
村越に目で促されて、俺はとりあえず言ってみる。
「アレ? ビラちゃんと読んでないのか?」
「ビラ?」
「俺の名前が書いてあるだろ」
「…………じゃあ、あのビラに写っていた人って」
「俺。あとあのご老人は俺の親戚で知恵袋。色々お世話になるから、君達も郷文研に入るなら紹介するよ」
ほとり先輩が用意した茶を舐めて、いかにも熱そうにしながら
「もちろん、二人がウチに入るなら……だけど」
にこりと笑う。ほとり先輩の件がなければ、きっと良い先輩なのだろうけれど……今はその笑みが勝者の余裕にしか見えない。
隣を見れば、村越は臨戦態勢だ。
ほとり先輩が置いてくれたお茶を一瞬嬉しそうに見てから、村越は
「分かりました。入ります」
と言った。
奴は本気だ。本気でほとり先輩を取りに行く気だ。
だから俺も負けるわけにはいかない。
「俺も……お願いします」
目の前の湯飲みには、丁寧に淹れられたお茶。
神流先輩……部長の後ろには、ごく自然とほとり先輩が立っている。
それがいかにも収まりがよくて、悔しくなった。
隣で、村越が挑みかかるような顔で、それを見つめていた。
◇
二人が帰った後を、修は複雑そうな顔で眺めている。
「ね、修……あの子達、続けてくれるかな」
「始める理由なんて何でも良いさ。後は俺次第だろうよ。それより」
修はすっかり冷めたお茶を飲み干してから
「お前、モテモテだな」
と振り向いて、にやりとした。
「あんたが思ってるよりはね。ところで……」
「あん?」
「見直した? あたしの魅力」
「…………」
修は何かを言いよどんで、そうしてからぐいと湯飲みを突き出す。
「お代わり」
「はいはい」
分かりやすい照れ隠しに、あたしは嬉しくなった。
言いよどんだセリフは、また帰り道で聞き出そう。頼めばちゃんと言ってくれる。
そんなちょっと面倒な所も、あたしの好きな所だった。
沢山の人にご好評をいただき、これほど嬉しいことはありません。
読んでくれた全ての方にありがとうを言うつもりで今後も投下する所存です。
今期からはまた変化球を投げますが、最後はちゃんとハッピーエンドになるよう頑張ります。
それはそれとしてハーレム状態で一途な主人公とか書いてみたいのう。
投下乙
さすがだ。いい釣りっぷりだった
いきなり失恋からはじまるのか
最近の若いのはタフネスじゃのう
これは続きが気になる展開…。GJでした!
第二期とか港区…いや、皆得じゃねぇか!
なんか、分かっていてもニヤニヤしてしまうな。
GJ!続きも待ってるよー
GJでした!
部活勧誘にネタがありすぎてワロタww
いい雰囲気GJです
こーゆーのいいな
最近NTRスレにばっか当たるから、ここじゃあり得ないとわかっていても、不安になってしまう
この不安を掻き消すぐらいの甘々ならぶちゅっちゅを期待してます!
エルフ幼馴染みであまあまちゅっちゅとかは
このスレ投下していいんだろうか?それともエルフスレ?
どこに投下しても見るぞ
いいからさっさと投下しろよ
ずっと糞みたいな雑談ばっかじゃねーかよ
マジで勘弁してくれ
マルチ乙
2レスいただきます
陽炎を発するアスファルト
けたたましいセミの鳴き声
生まれてから十七回目の夏のある日
その日も、あたしは幼馴染の慧助(けいすけ)と並んで歩いていた
「・・・・・」
「・・・・・」
お互い無言
これは勝負だ、妥協は許されない
あたしも慧助もただ家を目指して歩いていた
「・・・・・うっ」
「・・・・・くっ」
そして、二人とも限界を迎えた
「あっつーいっ!!!」
「暑いぞー!!」
二人同時にやせ我慢をやめ、近くのコンビニへ走って避難
「今の・・・引き分け・・・だったよな」
「うん・・・引き分け・・・だった」
ぜぇはぁぜぇはぁ肩で息をしながら、二人で勝敗判定
真夏の暑さの中、「暑い」と言ってはいけないゲーム
いったい何時始まったのか、そのゲームの始まりはもう覚えてはいないが、十七年一緒だったあたし達の記憶にないのなら相当昔のことだったのだろう
勝者は敗者にひとつだけ命令することができる、引き分けの場合はお互いジュースを奢る
勝敗についてのルールができたのはつい最近だが、未だに勝負はドロー続きだった
「『まっちゃん』でいいんだよな」
慧助がジュースを手に取りレジへ持っていく
「残念、今日はミルクティーの気分」
「残念はテメーの方だ、『まっちゃん』に見せかけてミルクティーなのはお見通しなんだよ」
慧助は手に持ったミルクティーを掲げて見せた
あんにゃろ、エスパーか
「そういう慧助は『カロピス』とみた!」
「残念『カロピスサイダー』の気分」
どっちも変わんねーじゃんか
あたしはカロピスサイダーを取ってレジに向かう
アイツとあたしはこんな風に今まで変わらず過ごしてきて、きっとこれからもそうなんだろうなと慧助の隣を歩きながらぼんやりと思った
昔はあたしの方がでっかかったのに、今じゃコイツの方が頭一個分でかい
なんかムカつくけど、いいこともある
横目に、アイツの顔をこっそり窺うと、なんとも眠そうな慧助の馬鹿面が拝み放題だ
「んだよ」
「なんでもなーい」
幼馴染なんて、近くて遠い関係でしかないけど
「それより慧助さあ」
「あん?」
「彼女作んないの?」
「お前に言われたかねえ」
それでもいつか、慧助の一番になってやるんだから覚悟しとけ
「と思ったのよ」
あたしはここまでを語り終え、ふっっと一息ついた
「え〜つまんなーい」
家の娘は可愛げもなくつまんない発言をすると、また夕飯をつつき始め
「本当にただの惚気なのかよ・・・」
息子は白け切っていた
「あによーあんたたちが聞きたいって言ったんじゃない」
「いや、俺は父さんと母さんの幼馴染時代の面白い話が聞きたかっただけで別に『十七のある夏の日』とか銘打った惚気聞きたかったわけじゃないから」
「『ちゅー』も『こくはく』もないじゃーん」
「ちがーうーの!こっからハッテンしてくんだってば!」
今日も我が家は騒がしい
旦那はというと隅っこでテレビを見ながら「あっついなー」とか言っていた
「「「慧助アウトー!!!!」」」
あたし達は三人で旦那を指差す
「あ?」
いつから続いているかもわからなくなってしまったこのゲームだけれど、今も我が家で続いているのだった
以上です
唐突に小ネタ失礼致しました
幼馴染が家庭を持ったら、的な
熱々のバカップルが!!(ほめ言葉
GJ!!
早く馴れ初めを書く作業に戻るんだ
おまえにGWなど無いと思え!
これはいい幼なじみ。
幸せって案外こんなもん。
02 紫陽花
紫陽花の花言葉は移り気であるらしい。
私は部長がニコニコと上機嫌で語る意味不明の郷土史とやらを聞き流しながら窓から見えるその花を見つめる。
鮮やかな紫の花を見るとはなく見る。アレは実は花ではなく“がく”であるらしいが。そして腹立たしいことに紫陽花の花言葉や“がく”の話を教えてくれたのは部長だ。
そういった下らない話の収拾がよほど好きなのだろう、部長は飲めもしない癖にほとり先輩の淹れた熱い茶を弄りながら古臭い本を眺めるて、それを部活動としている。
そしてほとり先輩は、そういったちょっとした話をやはり聞き流している。部長の独りよがりに延々つき合わされているのだろう。全く、空気の読めない男だ。
我が校には中々見事な紫陽花の花壇があり、旧校舎最上階からはそれを見ることが出来、不満の多い郷文研でほとり先輩の存在の次に楽しみな点だ。
そういえばあの紫陽花の花壇で告白すれば上手くいくというジンクスがあるらしい。その花言葉からすれば、皮肉な話ではないだろうか?
もっとも、成功率が高い訳ではないらしいが。
私が何となくその話をすると、古い友人にして郷文研の仲間にしてほとり先輩を取り合う敵の朝井は
「へえ、そういうのってあるんだな。でもさ、上手くいくかどうかは二人の問題なんだから、人だけが悩んでこそ正しいんじゃないのかな。花頼みするくらいなら」
なんてことを言い出した。
「そういうの、花に託すのは今も昔もそうなんだろうけどさ」
「そうだから、花を愛でるって? だから朝井も?」
「人間と花の歴史や共存を、そう呼ぶならな」
全く、子供の頃から相も変わらず屁理屈ばかりこねる男だ。
あまり他人に興味を示さない朝井だからこそ、今の私でも友人として付き合える唯一の男であるのだが、そもそもそうなった原因でもあるのだからおかしな話だ。
ほとり先輩の取り合い……というか、部長から略奪し合っている相手だというのに、私は朝井とはそこまで敵対するつもりがない。
もしも私以外にほとり先輩と付き合う人を選べというなら、朝井なら我慢出来なくはない。想像してみる……
あ、ダメ。そんなのありえない。
そういう二人の姿には心にざわざわとさせるものがある。心の形を無理に握り締めて変えてしまうような。
やっぱりほとり先輩は渡せない。誰であろうと。私の理想の人だ。
少なくとも、男の癖に下らない言葉にこだわり、へらへらとしている部長に渡したままというのは正しくない。
ほとり先輩と部長はいつも二人でいる。
それを、私と朝井はいつも二人して見据えて、そうして虎視眈々と狙うのだ。
あの長い黒髪を、奪う日を。
ただ、朝井は部長を嫌っている様子はない。もちろん、私のことも。
一人の女性を巡る敵対関係のはずだというのに、およそあの男には争うつもりはないようだ。
それは朝井の美点であり、そして私の嫌いな所だった。
嫌いではあるけれど、そういう朝井だから、私も敵として見えないのだろう。
だから……
それが、私の朝井春樹だった。
◇
例年よりも少し早い入梅の日だった。
それにあわせた様に裏庭の紫陽花がぽつりぽつりと咲き始めていた、六月。
部長が上機嫌で紫陽花の花言葉などの薀蓄を教えてくれた。
認めるところは認めるようにしている。もしもほとり先輩のことがないなら、俺はこの先輩と上手くやれたのではないだろうか。
物の見方捉え方、細かくは違えど大筋でどことなくシンパシーを感じなくはない。多分、だからこそ、ともすれば古風な雰囲気のほとり先輩を好きになったのだろう。
俺も、部長も。
けれど、そういう部長だからこそ、村越は苦手とするようだ。
村越にとっては扱い難い人種だということだ。俺も、部長も。
村越は、ある種の直情的な思考をしている。
周囲を認めるのが苦手な、危なっかしい、そういう女の子だ。俺を避けていた時代に比べれば、まだ潔癖な所は和らいだけれど。
いつも思う。どうして村越は、同性愛というものに囚われたのか。どうして俺は、それを否定しなかったのか。
思い当たる節は、多分村越のお母さんの話になるのだと思う。
長い黒髪のお母さん。お母さんっ子だった村越にとって、その早逝がどれほどショックだったのかは俺にも分からない。
俺に出来たのは、呆然と見送るだけだった。
そういえば、アレはちょうど紫陽花の季節だった。
青紫の紫陽花が雨に煙る初夏。まだ小学校にも通っていないくらいの時代だ。
それから、ずぼらだけれど優しいお父さんと二人で村越は生きてきた。村越にとって、優しいお父さんは、同時に頼りない男だとしか見えていない。
だからこそ村越は、多分男という生き物に希望を持っていない……ということだろうか?
もっとも、俺に村越のことが分かるはずもない。ただ、外野から見えたことから想像したというだけの話だ。
ただ、村越が好きになる女性は全て―――長い黒髪の、優しげな……母性を思わせる人だった。それだけで、俺の想像はあまり外していないように思える。
村越の母のことは、俺も良く憶えている。
華奢で色白で、そして長い黒髪の女性らしい人だったこと。
物静かで穏やかで、いつも優しくしてくれたこと。
雨に揺れる紫陽花の花の中……呆然と見送ったこと。
だから実を言えば、紫陽花の花はあまり好きではないのだが。
そう言えばどこから聞きつけたのか、資料庫からも良く見える紫陽花の花壇のジンクスを教えてくれたのは村越だ。
何でも、あの紫陽花の花壇で告白すれば、上手くいくらしいが……どこの誰が考えたのやら。
そういうのを何かに託そうという心を全て否定はしないけれど、やはり自分のことだ。自分で責任を取りたいと思う。上手くいっても、いかなくても。
俺がそう言うと、村越は呆れたようなそれでいて納得したような複雑な顔で
「結局、あんたは自分だけしか見ないようにしてるってことね」
と笑った。
村越の言葉は、そのまま自分に返るものだと分かっていただろうか?
そんな風に隙が多く、危なっかしい女の子を作った原因は俺にもあるのだと思えば、ひどく心苦しい。
だから結局は、全てお母さんの話になるのだ。
俺が村越の告白を否定しなかったのは“お母さん”への後悔と、それによって男に絶望した彼女の味方をしたかったということだけだ。
俺は、村越と敵対することが怖い。今回のほとり先輩の件で、そう思った。ほとり先輩は俺にとってもあの“お母さん”だ。
だからこそ……村越には渡せない。敵対も出来ないけれど、譲りも出来ない。
もしも万が一ほとり先輩を……お母さんを取り戻せば、村越は戻ってこられなくなる。不思議とそんな確信があった。
理想を手にして、そのまま満足して足を止めた姿がありありと目に浮かぶ。
けれど俺には、村越が同性愛を止めて欲しいのかそうじゃないのか、決めかねる。本人がそうしたいなら、そうさせたくもあり……けれどあまりにも不毛すぎて痛々しくて。
今日も村越は部長相手に何かの言い合いをしている。
正確には村越がごにょごにょと言うことを、部長が嬉しそうにやり込めているだけだけれど。
本当に、直情的で危なっかしくて、それでいて負けず嫌いで。
こんな風に誰かを取り合う関係になっても目が離せない。
けれど……
それが、俺の村越皐月だった。
◇
紫陽花の花壇で雨傘が二つ揺れている。
俺は口の中で小さく「またか」と呟いてから部室へ。
二ヶ月ですっかり通いなれた旧校舎最上階東の端、資料庫が俺達郷文研の根城だ。
「失礼します」
一応声を掛けてからドアを開くと、今にも崩れてきそうな大量の資料の文献や何らかの道具類が出迎えてくれる。
そういった棚の森を潜り抜けると、小さな広場のように机を並べた場所にでる。
そこが、郷文研の活動場所ということになる。
今日も部長の村越弄りが始まっている。
議題は何なのか。以前は正義って何? なんてことで屁理屈のこね合いをしていた。その前は愛の行方、勇気の使い道、希望の在処。
どこの中二だ。
ムキになる村越を楽しそうに眺めて、部長は語る。そして大抵村越が一応納得させられて、けれど拗ねた顔をしてそっぽを向くのだが。
ほとり先輩はそんな部長の少し後ろで幸せそうに微笑んでいる。
本当に思う。どうしてあの席に俺がいないのかと。
本人達は隠しているようだけれど、部長とほとり先輩はかなりはた迷惑な恋人だった。いわゆるバカップルというヤツだ。
一応俺達の居る前では「そんなベタベタなんてしないよ」なんて澄ました顔をしているが、バレていないと思っているのは本人達だけだ。
目で会話し、僅かな言葉で何か通じ合うような素振りをみせる。
部長はほとり先輩が居るだけで上機嫌で茶を喫する。
ほとり先輩はいつも部長の少し後ろに座り、それだけで幸せそうに微笑んでいる。
部活動の時間は妬むという言葉の意味を噛み締めるだけの気がしてきた。
今日の昼休み、午後の授業で使うノートを資料庫に置きっぱなしだったのに気が付いた。
俺は購買でパンを幾つか買い込み、慌てて資料庫へ。
資料庫の前で息を整えていると、中から誰かの声が。
ひょっとしてほとり先輩だろうかと、俺はちょっとしたいたずらのつもりで息を潜めてゆっくりとドアを開いた。
棚が林立する中をこっそり進み、郷文研のスペースを覗くと
「はい、あーん」
「ん」
ほとり先輩が部長に食事介助していた。
部長は居心地悪そうに、けれど素直にほとり先輩の差し出すおかずを口にする。
「次、煮物?」
「ん……なあほとり、やっぱり自分で食べる」
「ダメー。文句あるならこんな程度の問題も解けない自分にどうぞ」
どうやら部長は何かの問題を解けない『罰ゲーム』でほとり先輩に食事介助……いや、負け惜しみは止めよう。
ほとり先輩に「はい、あーん」と言いながらご飯を食べさせてもらっているらしい。
爆発すればいいのに。
ほとり先輩はニコニコと俺の見たことのない可愛い笑顔をしていて、ひどく胸が痛む。
何かを思いついたらしいほとり先輩は、自分でおかずをくわえて
「んー」
部長に顔を寄せた。
「…………てい」
部長は、そんなシチュエーションにも動じることなく、箸でおかずを取って逆にほとり先輩に食べさせてしまう。
「色々まずいだろうが」
「誰も居ないし、いいでしょ」
すみませんほとり先輩、俺、居ます。
少しだけむくれて、けれどそれがむしろ可愛らしいほとり先輩の声。
俺はもう一度息を殺して資料庫を後にする。先輩達が食事を終えるまでどこかで時間を潰すことにした。もうやってられない。
階段登ればすぐそこが屋上。雨の中、屋上の軒下で味のしないパンを齧って時間を潰す。
結局その後仕方なく資料庫に行き、今度はノックしてから中へ。
部長とほとり先輩は澄ました顔をしていた。
「あらいらっしゃい、お茶淹れてあげようか?」
ほとり先輩が言ってくれるのをやんわりと断ってから、目当てのノートを回収。
頭を下げてからすぐに資料庫を後にした。
いやもう、俺は何のために郷文研に入ったのやら。
部長とほとり先輩のバカップルっぷりならまだある。
二人は自宅も隣同士らしく、いつも二人で帰っている。俺も村越も部長達とは違う方向なので一緒に歩けるのは校門までだ。
いつもいつも不服ながら校門で二人と別れ、俺と村越だけの帰り道になるのだ。
あれは入部してから十日ほどした時のことだ。
「後をつけよう」
と村越は言い出した。
「そういうの、褒められたことじゃないだろ」
「褒められるためにやるんじゃないから。気になるってだけ」
「そりゃ俺もそうだけどさ」
「だったら、ついて来ればいいってだけでしょう? これは」
ほんの少しの押し問答の末、俺は下手くそな追跡を始めた村越の背中にくっついていく。
先輩達は特に何も言わず、淡々と道をなぞっていく。
先輩達の自宅は、俺達の住む新興住宅街と違い古くからの家々が立ち並ぶ中にあるらしい。田植えを待つ農地が見える様はいかにも長閑だ。
こういう所で育ったのがあの二人だというなら、これは確かにらしい風景だ。
それなりに通学距離はあるらしく、二人は何も言わずにただ黙々と歩き続けている。
もっと何かあると思っていたが、案外こんなものかもしれないと思った時、不意にほとり先輩がちょこんと部長の服の裾を摘んだ。
「ね」
「ん……いいよ」
寄り道するらしい。
狭い路地は河沿いの土手に通じている。楽しそうな足取りで駆けて行くほとり先輩は、普段俺達に見せる姿とは違ってどこかあどけない。
部長は呆れたような、けれどどこか楽しそうな、静かで優しい声で
「まだ寒いだろうに」
と言って土手へ上がる。
どんなタイミングだったのか、土手を歩き始めた所で風が吹く。
山から海へと吹き降ろされた強めの風は、土手で揺れていたタンポポの綿毛を一気に舞い上げた。
夕焼けの赤色に染められた綿毛舞う中を、二人が見とれたように立ち止まっている。
村越が呆然と立ち尽くす。視線の先は二人の手のひら。おずおずと、微かに繋がった手のひら。
後ろを離れてついていく俺達に気付くことなく恋人達は歩く。じゃれながら飛んでいく蝶々のような足取りで。
それを見送ってから、俺と村越は何ともいえない気持ちで岐路についたのだった。
まだある。
先週日曜、俺は暇を持て余して駅前の書店へ行くことにした。
漫画週刊誌を眺め、小説を立ち読みし、鉄道雑誌を買おうかと迷ってから、レシピ集でも見ようかと足を向けた先、ほとり先輩に出逢った。
休日に思いがけない偶然に俺は感謝し、先輩に声を掛けようとして……すぐ隣の部長の仏頂面に気が付いた。
何かの買出しだろうか? 部長の手には何かの紙袋が既に三つ。不満たらたらな顔で部長は
「ほとり、もういい加減疲れた。次は何買うつもりだよ」
「んー、文句ならあたしじゃないよ。旅行の為の買い物をあたし達に頼んだお父さん達に」
「今ここで立ち読みしてんのはお前だろ」
「んー、今夜のご飯はあたし次第だって分かってる?」
「…………最悪レトルトカレーでも食う」
「可愛くない。そこは『ほとり、今夜の為に俺頑張るから』とか言って欲しい」
「そんなアホなセリフを言うと思うか」
「ううん、全然。あ、ほらほら、こんなのどう?」
一応小さな声でそんな会話をしたかと思えば、レシピ集の何かに顔を寄せ合っている。
「こういうのってどう?」
「ん……ホワイトソース一から作ったことあったか?」
「教えてもらってる、大丈夫。伊達にあんたのお母さんの弟子やってないから」
「そりゃ重畳、魚と合う?」
「それも腕次第でしょ、任せなさい」
自信ありそうに胸を叩き、ほとり先輩はレシピ集を戻してから
「じゃあお茶くらいは奢ったげる」
と笑った。俺達の知らない、油断しきった、何の演技もない、心からの笑み。
「その金も親父さんから出たんだろ?」
「修のお父さんからもね。だから安心して奢られなさい」
「……色々突っ込みどころがあって、困る」
そうして部長とほとり先輩は近くのコーヒーショップへと歩いていった。
勝ち目のない戦いに挑み続けるには、どうすればいいのか。
村越はどう思っているのだろうか―――
窓の外では、上手くいったのだろう、二つの雨傘が寄り添うようにゆっくりと出て行くところだった。
そんな梅雨も終わり、夏休みが始まる少し前……村越は偉そうにふんぞり返って
「先輩、やはり合宿が必要です!」
と言い出した。
何を考えているのかと耳打ちすると、村越はやはり偉そうに
「だって、このままここで居たんじゃ、埒があかないもの」
と言い出した。
部長とほとり先輩は、さてどうしたものかと顔をつき合わせていて、逆効果なんじゃないかと俺には思えた。
あのバカップルを、一日中見せ付けられると思うと、正直辛い。
◇
二人と別れた帰り道、いつもの様に修の少し後ろについて歩きながらその背中を見る。
修は上機嫌だ。この春から大抵だけれど。
「ね、そんなに可愛い? 新入部員は」
「そうだな……部長のことを思い出したよ」
「部長? ああ、前の?」
「ああ……部長もさ、こんな気持ちだったのかなって思ったよ。可愛くて仕方ない」
覗きこんでみれば、修は本当に嬉しそうで、それでいて優しい顔をしている。あたしは何だかとても不服になった。
自分で尋ねておいて、そして予想通りの答えだったというのに、凄いわがままだと思うケド。
ケドそれにしたって―――
「あだッ、抓るなッ!」
「彼女の前で、他の女の子のことを話してそんな顔するな」
前部長といい、皐月ちゃんといい、どうしてこの無愛想な郷土史オタクにあんな可愛い子が集るのか。どんな縁なのやら。
朝井君はどこか修に良く似てのんびりしているし、皐月ちゃんと二人になったらどうしてるんだろう。
あの二人もお隣同士の幼なじみだと聞いたけれど……どういう風になっていくんだろう。
この夏、郷文研は合宿をすることになった。
部員ではないにせよ、あたしも同行することにしてもらえたし。つまり、お姉さん役としてあの二人の関係をどうにかする機会という訳だ。
気が付いてるかしら、朝井君も皐月ちゃんも、お互いがとても大切な存在だと思い合ってるってこと。
ああ……お姉ちゃんも、こんな風な気持ちだったのかなあ。
あたしがぼんやりとしていると、修は少し振り向いて
「なあ、喉でも渇いたのか?」
と見当違いな心配をしてくれた。
乙!
用語集ちゃんと読んだよ〜
二年目か・・・そしてドンドン積もっていって何時かは
ほとりに料理を教わる近所の女の子の姿が・・・
さらに60年目に郷文研にインタビューされてる老夫婦は・・・
だめだ血が濃くなってきた
紫陽花って曲あったっけと思った俺は修業が足りなかった。CDもってんのにw
>>148 乙です
>>148 GJ! これは確かに爆発しろと思うわww
>>148 長文だったのでついスルーしていた。
今はニヤニヤしている。
こんばんは。お久しぶりです。
以下に投下します。「In vino veritas.」の番外編です。
本編の後日談。ヒロインがメイド服を着ます。なんちゃってメイドですが。
「In vino veritas.EX」
我が家にメイドがやってきた。
紺色のワンピースに白のエプロンを上から着けて、同じく白のカチューシャが黒髪を
押さえている。
色合いを考えると、派手さに欠けることこの上ないが、しかし全体のバランスを見れば
統一が取れていて、落ち着いた雰囲気を作っていた。
学生マンションの一室である。
というか俺の部屋である。
突如現れたメイド服姿の女に、俺の目は釘付けになっていた。
まあ幼馴染みなんだけど。
「どうかな?」
小林華乃は、はにかみながら小首を傾げた。
純白のヘッドドレス(ホワイトブリムと言うらしい)が陽のようにまぶしい。
俺は呆気に取られたまま、機械的に視線を上下させた。
どう見てもメイド。まごうことなくメイド。
それも風俗店などで見られるような露出の多いデザインではなく、実用性を重視した
動きやすい恰好である。本物と言うと誤解があるかもしれないが(そもそも何を持って
本物と言うかわからない)、より「らしい」感じが漂っていた。
知り合いに借りたらしい。
「似合う……と思う。たぶん」
俺は曖昧に答えた。どう答えればいいのかわからない。
華乃はおかしそうにくつくつと声を洩らした。
「呆けちゃって、間が抜けた顔になってるよ」
「いや、呆けもするだろ……帰ってきたらいきなり『メイド服借りてきた』だぞ」
反応に困るのも仕方ないと思うが。
「大体、何者なんだよその友達は。演劇サークルでもやってるのか?」
華乃はゆるゆる首を振った。
「その子ね、メイドさんやってるの。その人の制服を貸してもらったんだよ」
「……メイド喫茶でバイトでもしてるのか?」
「違う違う。本物のメイドさん」
意味がわからなかった。
「なんだよ本物って」
「なんかね、大きなお屋敷で住み込みで働いてるとか。だから、要するに小間使いだよね。
それって本物じゃない。メイドでしょ?」
「……」
メイド服をわざわざ着せる意味はあるのか。なんともその屋敷とやらに怪しさを覚えた。
「まあそんなわけで、服も機能性重視だし、生地も丈夫そうだし、私が凄いねって言ったら
貸してくれたの。同じ服を五着も持ってるんだって」
「……汚したらまずいんじゃないか?」
話を聞く限りでは仕事着だろう。気軽に借りていいものなのだろうか。
華乃はにやりと口の端を吊り上げた。
「んー? ひょっとして、汚すようなことをしたいの?」
「なんだよそれ」
「私は別に構わないよ。いろいろ交渉して許可は取ってるし」
「取ってるのかよ」
頼み込む方も頼み込む方だが、受諾する方も受諾する方である。豪気な話だ。
他人事みたいに言っているが、俺に関わる話なわけで。それも生理的欲求に。きわめて
ダイレクトに。
気持ちが変に高ぶりそうで、俺は深呼吸した。
「目がちょっと怖いよ」
「そうさせてるのはお前だ」
「まあ夜まで待ちなさい。とりあえずごはん作るから」
華乃はそう言うと、鼻唄交じりに台所へと消えた。俺はソファーに座って、もう一度息を
吐く。
今は何も考えないようにしよう。深く体を沈め、静かに目を閉じる。
やがてトントントンと、小気味よい包丁の音が聞こえてきた。
なんとも穏やかな時間だった。
◇ ◇ ◇
「……ゅじんさま、ほら、起きてください」
誰かが体を揺さぶっている。俺はおもむろに目を開けた。
「……華乃?」
ぼんやりとした視界に、幼馴染みの顔が見えた。
服装は変わっていない。メイド服のままだ。ホワイトブリムが頭とともに動く様を見て、
俺は思わず押し黙る。かわいいのは確かなんだが、コメントしづらい。
華乃はこちらの内心には気づかなかったようで、俺が目覚めたのを見てにっこり笑った。
「お食事の用意ができました。どうぞ、お召し上がりください」
いつの間にか寝ていたらしい。体を起こしてテーブルを見ると、既に夕食の品が並んで
いた。ご飯に野菜スープ、グラタン、揚げ出し豆腐、脇にサラダとたけのこの佃煮が並ぶ。
いや、それより、
「なんだよその言葉遣いは」
なぜに敬語。
華乃はうやうやしく一礼した。
「私は使用人ですから。ご主人様に敬語を使うのは当然かと」
「ご……」
返事に詰まった。
華乃の顔に楽しげな色が混じっている。俺をからかっているのは明らかだ。
どう答えたものか迷っていると、出来立てほやほやの料理の匂いが鼻腔をくすぐった。
「グラタンいいな」
一際香ばしい匂いを漂わせるのはマカロニグラタンだ。俺の好物の一つでもある。
「ご主人様はホント子供みたいですね」
「何だよそれ」
「カレーにパスタにグラタンに唐揚げに……お好きなものがお子様レベルです」
「悪かったな」
仕方ないだろ。
「お前がおいしく作るのがいけない」
「あらお上手」
「なんだその手は」
華乃は招き猫のように手を縦に振った。近所のおばさんか。
「とりあえずいただきましょう? 冷めると味が落ちますよ」
言葉遣いはもう放っておくことにする。席について卓を囲む。いただきますといつもどおり
手を合わせて、俺たちは夕食を取り始めた。
野菜スープを一口。
いつも思うことだが、温かいスープや味噌汁はやはり一番最初に飲むに限る。冬場は
特に、冷えた体がじわりと温まっていき、安心する。
「ん、おいしい」
「ありがとうございます。私もお相伴に与りますね」
その言い方なんとかならないのか。気にしたら負けか。
ご飯を一口食べてから、俺は本丸のグラタンへと手を伸ばす。揚げ出し豆腐もうまそう
だが、今日のメインはこいつだ。
ところが華乃の手が、先に皿を奪い取った。
「おい、何だよ」
華乃はスプーンでグラタンの真ん中辺りをさっくり割った。そのまますくった一口分を
こちらに差し出してくる。
「どうぞ、ご主人様」
俺はもちろん大いに戸惑った。可憐な笑顔の奥に、こちらの反応をおもしろがるような
本音が垣間見えて、ため息をつきそうになる。
「あのさ、華乃」
「はい?」
「普通に食べたい」
「駄目です」
にべもない。つい顔をしかめてしまう。
こういう風に食べさせてくれたことは前にもある。だからそれ自体に抵抗はない。しかし
今の服装がいけない。日常からかけ離れた恰好が、こちらを倒錯に追い込む。
俺の反応とは対照的に、華乃はノリノリだった。恰好は似合っているのだが、いつもの
快活で、どちらかというと男前な彼女の性質を知っているために、口調まで変えられると
違和感しか覚えない。
華乃の目がじっとこちらを見つめる。どうやら拒否は許さないみたいだ。俺はため息を
つくと、あきらめて口を開けた。
口の中に入ってきたグラタンをゆっくり味わう。妙なシチュエーションでも、グラタンの
濃厚な味はいつもと変わらない。俺の好きな、華乃の料理の味だった。
「どうですか?」
「おいしい」
「本当に?」
「ああ」
頷いてから、少し素っ気なかったかと気まずく思った。
言い直そうと口を開こうとすると、華乃は嬉しそうに目を細めた。慌てて口を閉じる。
俺の様子には頓着せず、華乃はにこやかに言った。
「いつもありがとうございます」
「……ん?」
何のことかわからなかった。首を傾げると、華乃は俺の目を再び見つめた。
「料理は心、とよく言いますよね。実際その通りなんですけど、心を篭められるのは、
相手からの「おいしい」がいつもあるからなんですよ」
「……」
「ですから、ご主人様の「おいしい」は、私にとってとても嬉しく、力になるんです。褒め
られると応えたいじゃないですか。もっとおいしいって言ってもらえるように」
「……」
「あなたの「おいしい」は私の原動力になるんです。ですから、ありがとうございます」
俺は思ってもみなかったことを言われて、ごまかすように頬を掻いた。
「どっちかって言うと、逆のような気がする」
「え?」
「ありがとうは俺が言うべき言葉じゃないのか。いつも作ってくれてありがとう、だ」
華乃は小さく笑った。
「それはいつもいただいております」
「は?」
「口に出さなくても伝わります。言葉にするまでもありません」
言い切られて、また俺は口をつぐんだ。
今日は戸惑いっぱなしだ。
まったく。
「ほら、冷めちゃいますよ」
再びグラタンをすくう華乃。
「あとは自分で食べるから」
「駄目です。はい、あーん」
有無を言わさぬ笑顔を向けられて、俺はもう逆らわなかった。口を開けて濃厚な味を
受け取る。
食べさせてもらうのも手間がかかり、結局すべてを食べきるのにいつもの倍の時間を
費やしてしまった。それでもなぜか普段よりおいしく感じられたのは、きっと目の前で咲く
笑顔の花が絶えなかったからだろう。
俺はいつもより心を込めて、ごちそうさまと言った。
それが伝わったかはわからないが、華乃も一際輝いた笑顔を見せてくれた。
◇ ◇ ◇
華乃が後片付けをする間に、俺は先に風呂に入った。
「お背中お流ししましょうか」という申し出は丁重に断り、俺はさっさと体を洗って入浴を
済ませた。
「あっ、もう上がったの!?」
リビングに戻ると、ちょうど皿を洗い終えた華乃に見咎められた。
「せっかく乱入しようと思ったのに」
「敬語忘れてるぞ」
慌てて口を手で覆う。意識していないと忘れてしまうらしい。
「……ご主人様」
「無理するな」
「してませんっ! ……ええと、すぐに私も入ってきますので、お部屋でお待ちください」
食事の時と違って、どこかぎこちない。
「なあ華乃」
「はい」
「俺としては、普通に喋ってくれた方がいいんだけど」
「……でも、それだとメイドにならないですよ?」
お前のメイドに対する認識はまず敬語ありきなのか。
「あのな、俺は確かにメイド服を要求したけど、それは半分冗談みたいなものだぞ」
「それは承知してます」
なら適当でいいだろ。
まあ本人に乗り気があるからやるんだろうけど。
「でもな、俺はお前にメイドになってほしいとは一言も言ってない」
「……」
言ってない。確か。
「だから、メイド服を着るのはともかく、メイドになりきられるのは、俺の本意じゃない」
「……嬉しくなかった?」
不安げな目を向けてくる華乃に、俺は首を振った。
「気持ちは嬉しい。けど、俺はやっぱりいつもの、そのままの華乃が好きだ。もちろんその
服は似合っているけど、振る舞いまで変える必要はないよ。それにいつも身の回りの
世話をしてもらっているから、やってることはあまり変わらないしな」
「……似合ってなかったかなあ」
華乃はため息とともにうなだれた。
「お前だって俺がいきなり敬語で喋り出すと戸惑うだろ」
「……まあ、確かに」
その様子を想像したのか、くすくす笑い出す。絶対にやらないことをひそかに誓った。
「まあ、たまにはこういうのもいいかもな。結構楽しかったし」
そう締めくくって、俺は部屋に戻ろうとした。
しかし、一歩を踏み出す前に手を掴まれた。
「勝手に終わりにしないでほしいな」
「ん?」
華乃は、不敵な笑みを浮かべると、掴んだ手を引っ張り、俺の耳元に口を寄せた。
「まだ、夜のご奉仕が残ってますよ?」
耳朶に温かい息がかかり、俺は思わずのけぞる。
その反応を見て、幼馴染みはどこか余裕を取り戻したように目を輝かせた。
メイド服姿の幼馴染みが、抱きつかんばかりの距離で、すぐそこに立っている。握られた
手から柔らかい感触と温かみが伝わってきて、意識を強めてしまう。
普段ならありえない恰好。
露出も少ない、装飾も控えめの服なのに、どうしてこうまで魅力的に映るのだろう。
性的に訴える服装ではない。どちらかというと、そういう風に見てしまうことに抵抗を
覚える。機能的に洗練されて、清楚さに包まれているためだ。しかしそれを汚したい
気持ちも少なからずあった。嗜虐心のような、背徳感のような、そんな生々しい感情が。
虐めたいわけじゃない。しかし、こいつを欲しいと強く思った。
咄嗟に手を離した。
「涼二?」
これは一種のトラウマなのかもしれない。かつて、この幼馴染みがまだ恋人じゃなかった
頃、彼女に対して犯した過ちを、俺は今でも後悔している。
結果的にはよかったのかもしれないが、それとこれとは別問題だ。そういう肉欲をその
ままぶつけることは、俺の本意じゃない。
だから、俺は彼女を、理性を振り絞るように優しく抱きしめた。
「りょう……じ」
「……」
これは俺の昔からの癖なのだという。困り果てた時、気持ちを落ち着かせるためにこう
いうことをやっていたのだと。
事実、安心する。こうして正面から温もりを感じると、ほっとする。
高ぶった気持ちさえも、沈めることができる。
「本当に、あなたは優しいね」
華乃の手が俺の頭をそっと撫でた。
「少しは欲望に素直にならないと、ストレスたまっちゃうぞ?」
「お前を抱けるだけで十分満足できる」
「本当に?」
「ずっと好きだった女の子を、自分の腕の中に収めることができるんだ。そんな奇跡的な
ことに、満足できないわけがない」
華乃も、俺と同じようにずっと俺のことを想っていてくれたのなら、きっとその充足感も
わかるはずだ。
包み込まれるように回された腕の内側で、華乃ははっきりと頷いた。
「満ち足りるって、こういうことなのかもね……」
下から見上げてくる華乃の顔は、母親のように穏やかで、その瞳は吸い込まれそうな
ほど深かった。
僅かに赤みの差した頬に右手を添え、静かに唇を寄せた。
柔らかい口唇の感触と、ほのかな熱を通して、彼女の深い愛情が浸透してくるようだった。
◇ ◇ ◇
自室のベッドで俺は恋人の来室を待っている。
女の風呂は長いというが、華乃はそうでもない。せいぜい三十分ちょっとといった
ところか。早い時は十五分くらいで上がってくるので、こういう場面で待たされたことは
なかった。
果たして、華乃は二十分ほどでやってきた。
いつもならお気に入りのパジャマ姿か、気軽なショートパンツで来るところだ。しかし
今日は今までとは違った。
「……もう一度着直したのか」
華乃は風呂に入る前と同じメイド服姿だった。脱いだ服を着直すというのは、いつもなら
まずしない。借り物で一着しかないから、今回は特別だろう。華乃は照れたようにはに
かむと、そのまま歩いてきて、俺の隣に腰掛けた。
「改めて見ると、やっぱり似合ってるな」
「それって褒め言葉?」
単なる感想だ。そもそもメイド服が似合うって、褒め言葉になるのか?
「涼二に言われたら何でも嬉しいんだけどなあ」
「ただ思ったことを口にしてるだけだぞ」
「そこがいいの。あなたは変に取り繕ったりしないから」
華乃は俺の右腕を取ると、すがるように抱きついた。
付き合い始めてから、こうしてくっつかれることが多くなった気がする。甘えられることが
多くなった気がする。
俺が憧れた女の子は、まだまだ俺の知らない一面を持っていた。
そう言うと華乃は目を丸くして「それはこっちのセリフだよー」と苦笑いしていたが。
風呂上がりのリンスの匂いがたまらない。
左手を頬に添えて、またキスをした。
何度この感触を味わったかもう数え切れない。しかし飽きることは決してなかった。
唇の柔らかさも、唾液の味も、舌のざらつきも、隙間から洩れる吐息も、俺の興奮を
簡単に高めてくれる。甘い匂いが鼻腔の奥をくすぐって、求める気持ちが強くなる。
抱き寄せると、厚手に作られた藍色の布地の手触りが感じられた。
素材がいいのだろうか。丈夫だが、かといって硬すぎない、触り心地のいい生地だ。
抱きしめる腕に知らず知らずのうちに力が入る。
「……っ」
夢中でキスを続けていると、華乃の体が苦しげに震えた。慌てて拘束を緩める。
「悪い、強すぎたか」
「……ん、平気。痛くはなかったから」
そう答えて微笑すると、抜け出るように懐から離れた。
俺は息を吐いて気を落ち着かせる。華乃も強張った体から力を抜くようにほう……、と
大きく息をついた。
「ねえ、そんなに違うものなの?」
「……何が」
言わんとすることはわかるが、俺はとぼけた。
「この服、やっぱり効果あるんだ」
「……」
それは、まあ。
素直に認めると癪なので言わないが。
まったく。
「続き、いいか?」
「ん」
今度は正面から優しく抱きとめる。
柔らかい髪をそっと撫でると、華乃はくすぐったそうに首をすくめた。そのまま力を抜いて
俺の胸に頭を預けてくる。
横髪をかき上げると、丸く綺麗に整った耳が現れた。俺は耳の上端を唇の先で挟むように、
軽く咥える。
「や、ちょっと、くすぐったいよ」
耳を舌先でちろちろと舐め回した。華乃は体を強張らせながらも、その愛撫を受け入れて
いる。俺は右手を腰に、左手を胸元に持っていった。
服の上からでも、その細さ、柔らかさははっきりと伝わる。本人は太ったなどと言う
ウエストは、しかし健康的なくびれを持っていて、抱き心地の良さにため息が洩れそうな
ほどだ。豊かなふくらみを持つ胸も、マシュマロのように柔らかく、一度触ればなかなか
手放す気になれない。
「ん、ご主人様……」
消え入りそうな声でつぶやく華乃。その微かな響きに、思わずどきりとした。
俺は手の動きを止めて、まじまじとその顔を見つめる。
「今の……」
「え? ……あ、いや、ちがっ、間違いっ」
「……」
こちらに聞かせるような声ではなかった。どうも、無意識に出た言葉らしい。
「……ナチュラルにつぶやかれると、結構来るな」
「な、何が?」
「お前がかわいいってことだよ」
さっきまでのわざとらしい響きとは違い、今のは真に迫るものがあった。そのせいか、
刺激が段違いだ。違和感がないのが大きいのかもしれない。
華乃は不満げに頬を膨らませた。
「なんか嬉しくない」
「なんでだよ。褒めてるのに」
「だって、さっきまではあんなに文句言ってたのに。変だとか、気持ち悪いとか」
言ってないぞそんなこと。
「やっぱり演技じゃダメなんだよ。素でご主人様って呼ばれたら、さすがにクラッと来るぞ」
「……つまり、意識せずにやれってこと?」
「やれといわれてできるものじゃないだろうけどな」
今のはちょっとした偶然のようなものだ。そういう意味では役得といえるのかもしれない。
一生のうちに、演技じゃなく自然にご主人様と呼ばれる機会が、果たして一度でも訪れる
だろうか。普通はまずありえない気がする。どう頑張っても演技になってしまうだろう。
突然手の甲を叩かれた。
「ん、どうした?」
「……続き」
華乃は叩いた手をそのまま掴んで、自分の胸に強く押し付けた。
「せっかく……その、いい感じだったのに、途中でやめるから……」
脚をもじもじと動かす。
すまん、と一言謝ると、俺は右手でエプロンの紐を解いた。
そのまま剥ぎ取ると、ワンピースの胸元に手を伸ばす。
ボタンを外すと中のドレスシャツが覗いた。
意外と面倒な作りになっていて、どうにも思ったようにはいかなかった。服を着せたまま
胸だけを出させようとしたのだが、案外窮屈な構造で、うまくいきそうにない。ワンピースが
邪魔なのだ。しかしこれを脱がすと意味がなくなる。せっかくだから着たままの彼女を抱き
たい。
俺は華乃の背後に回ると、その体を抱え込んだ。胸元に手を突っ込んで、ドレスシャツの
ボタンを一つ一つ外していく。
「脱いだ方が早いような……」
「いや脱ぐな。このまましたい」
困惑気味の華乃を言いくるめて、その間にボタンを三つ外した。それより下は体勢的に
ちょっと届かない。しかしもう、胸に直接触れることはできた。
ブラの隙間に手を滑り込ませて、俺はその柔らかい感触を味わった。
「ひゃっ」
乳首を摘むと華乃が短い悲鳴をあげた。俺は構わず弄り続ける。先端が硬くなっていく
のがはっきりとわかる。
「だめ……涼二、ちょっと強すぎ……ああ……」
華乃の息が次第に荒くなっていく。俺の手も止まらず、揉みほぐすように指使いが大胆に
なっていく。
服の上からでもその柔らかさはすばらしいものがあったが、やはり直に触るのとでは
全然違う。手に余る大きさのそれは、俺の手の中でいくらでも形を変えることができた。
真ん中にある突起物はその中で唯一硬く、指先で転がすと華乃の体は電気が走った
ように震えた。
「涼二……胸だけじゃ、なくて……」
華乃の声が切なげそうにこぼれる。俺は下の方に手を差し入れようと、スカートを捲り
上げた。
ガーターベルトとストッキングを律儀に着けていた。もちろん華乃は、普段そんなものを
身に付けない。しなやかな脚に、それらはよく似合っていた。太股のラインが強調されて
いて、思わず撫で回したくなる。
美脚の内側に右手を差し込む。それだけで華乃は身じろいだが、左手で胸の先を押し
潰すように摘むと、脚の抵抗が緩んだ。その隙にショーツの中心部に指をあてがい、軽く
なぞる。
「は……んん」
呼気が唇から洩れる。その様が色っぽい。胸から手を離すと、今度は華乃の頭に添える。
それを支えに顔を振り向かせて、俺はその瑞々しい唇を奪った。
「んむっ、んんん」
気持ちが高ぶるのを抑えられない。荒々しく彼女の唇を貪りながら、右手で秘所を弄り
まわす。ショーツをずらして、直接陰部に触れる。すでに潤いに満ちていたその奥に、
中指をずぶずぶと侵入させていくと、華乃の目がその刺激に耐えるように堅く閉じられた。
膣内はお湯のような熱さで充満していた。指に襞が絡みつき、拘束するように締め付けて
くる。その圧力の中を解きほぐすようにかき混ぜると、華乃は嬌声を上げようとした。しかし
キスで封じられた口では、その声を外に出すことも叶わない。
「んーっ! んんっ、んんんっ」
口内と膣内を同時に犯す快感。俺は強烈な嗜虐心にとらわれながら、攻めに没頭した。
中指だけじゃなく人差し指も一緒に合わせて、中をかき回した。堅かった内部が柔らかく
ほぐれていく。それにつれて指の動きも次第に早まっていく。
唇を解放すると、途端にその口から声が上がった。
「ああっ、んっ、いやあ……っ」
抑え込まれていた快楽の声をここぞとばかりに部屋に響かせる。その喘ぎに俺はまた
興奮を掻き立てられたが、その気持ちを表には出さず、右手の動きを止めて華乃の耳元で
囁いた。
「かわいいな、お前は」
「……ふえ?」
頭がうまく働かないのか、華乃はとぼけた声を出した。その様子がまたかわいくて、
俺は華乃の額にキスをした。くすぐったそうに目を細める華乃は、まるで小動物のようだ。
額から目元に、それから頬にもキスを降らす。
右手の動きを再開する。二本の指で中を蹂躙しながら、親指もそこに参加させる。陰部の
上にある突起物を押し潰すように愛撫した。中と外を同時に弄ると、嬌声が一段と高く
なった。
「一度イカせるから」
「あん……え?」
返事を聞かず、右手の動きを一気に速めた。指の動きに合わせて水っぽい音がこぼれる。
火傷しそうなほどに熱い愛液が指にまとわりつき、その熱さに溶かされそうな錯覚を覚えた。
華乃の体が快感で震えている。その感覚が指先から俺の脳髄にも伝わってきそうで、
たまらない気持ちになる。
華乃の手が弱々しく俺の脚を、チノパンの裾を掴んでいる。喘ぎながらも必死で俺の
愛撫を受け入れようとする健気さに愛しくなる。細い腰に左手を回し、より密着するように
強く抱きしめた。背中越しに受け取る彼女の体温が、俺にはとても温かく、優しい。
虚空に向かって放たれては消える喘ぎ声。それからどんどん余裕が失われていき、
やがて一際高い嬌声とともに、華乃は絶頂を迎えた。
「ああ、やあああ! あん、んんっ……ん」
艶っぽい響きが収まっていく中で、華乃は俺の胸に体を預けるように、後ろに倒れ
込んだ。受け止めるその重みがどこか心地良い。
彼女の中から指を抜いて、それから放心状態の顔に微笑みかけた。
「気持ちよかったか?」
「は……あ……なんか……」
言葉を紡ごうにも、その声に力はない。体を抱き直しながら訊き返す。
「どうした?」
「……いつもより、ちょっと攻めっ気が強かったような……」
返事に詰まる。力が入らないでいるその様子に、俺はちょっとやりすぎたかと反省した。
「……別にいいよ。涼二が喜んでくれるなら、私何でもするから」
「……いや、今日はちょっと特別というか」
いつもより興奮の度合いが強い。それは今の彼女の恰好と無関係ではないだろう。
乱れた服装はそのままだ。エプロンは脱がされ、ボタンは外され、スカートはめくれて、
ショーツも愛液でぐしょぐしょになっている。
その姿がまた艶かしく映り、俺の興奮を再び煽った。
「……さっきから、ずっと大きいままだよ」
華乃の手が俺の股間にそっと触れる。
俺の逸物はチノパンの中でずっと硬度を保ったままだ。華乃を抱きしめている時も、
柔らかい尻に押し付けていたのだから、気づかれない方がおかしい。
急に恥ずかしくなって、俺は顔を背けた。しかし華乃の次の言葉が、背けた顔を元に
戻した。
「次は、私がしてあげるね」
華乃の声には、いつも感じられる楽しげな響きはなかった。どちらかというと真摯さが
感じられた。率直に、ただ尽くしたいというような、奉仕の思いが伝わってきた。
正面に向き直って、見つめる。服装を簡単に直すと、華乃は小さく微笑んだ。
「あなたも、気持ちよくなってほしい」
敬語ではなかったが。
その姿勢はメイドのそれに近い気がした。
ホワイトブリムを着けた頭が、ゆっくりと沈む。
俺の下腹部に顔を近づけると、チノパンに手を掛けた。
「えっと……脱がすね」
腰を浮かして脱がせやすいようにする。ゆっくりとチノパンが下ろされ、テントを張った
トランクスが現れた。そのトランクスも同じように脱がされる。
剥き出しになった逸物が、華乃の眼前で上下に揺れるように跳ねた。
「……」
真剣な目でまじまじと見つめられる。なんだかくすぐったいような恥ずかしいような。
別にこれが初めてではない。数えるほどだが、何度かしてもらったことがある。舌使いは
決して上手いものではなかったが、こちらも耐性が高いわけではなく、前回は見事にイカ
されてしまった。ポイントを覚えられてしまったようだが、今回はどうだろう。
「それじゃあ、その……します」
なぜに敬語、と思うより先に先端を咥えられた。
「っ、いきなり、」
華乃の口腔内に亀頭がまるごと呑み込まれた。歯を当てないように、口元をすぼめて
いるのがひどくいやらしい。
中に入った先端の割れ目を、舌で沿うように舐められた。瞬間、背筋にぞくぞくと快感の
波が駆け抜けた。
「う、くっ」
丹田に力を入れて堪える。油断するとあっという間に達してしまいそうだ。
華乃は口を離すと、今度は伸ばした舌で丁寧に舐め始めた。先っぽから裏筋、竿や
袋に至るまで、全体に丹念な奉仕をしていく。
「あむ……んん、気持ちいいですか?」
どうも言葉づかいには気づいていないらしい。そんなことってありうるのか?
華乃の顔は紅潮しており、夢心地な様子はなんだかトランスしているみたいだった。
しかしそれを追求する余裕は、今の俺にはなかった。ひたすら幼馴染みの奉仕を味わって
感じるのみだ。
再び亀頭が呑み込まれる。今度はさらに根元まで、棒全体を呑み尽くし、俺の逸物は
完全に華乃の口腔内に収まってしまった。
苦しくないのだろうか。俺は心配になるが、しかしすぐに激しいストロークが始まり、そんな
余計な意識はあっという間に吹き飛んだ。
呑まれたペニスが唾液でどろどろになっていく。それを潤滑油に華乃の口はリズミカルに
動いて、俺を慰撫し続けた。
根元どころか、その奥の液、果ては魂まで吸い取られそうなほど、彼女の口戯は俺を
快楽の海に落としこんだ。
たまらず華乃の頭を抱える。両手で鷲掴んで固定し、うずうずして仕方がない腰を思い
切って突き出した。
「んん!? んんん――っ!」
突然の事態に華乃の首が苦しげに悶えた。しかし俺の腰は止まらない。暴力的なまでに
激しく動いて、とにかく刺激を求めた。
「んん、んむうう――っ、ん――!!」
華乃が苦しげにうめいている。すまない、華乃。あと少しだから。
精液が駆け上がってくるのを感じた瞬間、俺は我慢することなく性器を奥に押し込んだ。
それと同時に熱い白濁液が勢いよく飛び出して、喉の奥を容赦なく汚していった。
二度三度と断続的に精液を吐き出すと、波が引いていくのを感じた。脱力感が一気に
全身を襲う。とんでもない快感の余韻に浸りながら、俺は深々と息をつく。
華乃が苦しげに俺の脚を叩いた。
「あっ、わ、悪い華乃!」
慌てて固定していた頭を解放する。華乃は何度も咳き込み、無理やり出された白濁液を
喉の奥から必死に吐き出した。
「か、華乃」
「ごほっ、んぐ……」
涙目になりながら、華乃はのろのろと顔を上げた。はっ、はっ、と短距離走を走りきった
ばかりのような短い呼吸を繰り返しながら、じっと俺を見やった。
気まずい思いにとらわれながらも、俺は目を逸らさなかった。幼馴染みの目に妙な色が
混じっているように見えたからだ。
「大丈夫か、華乃?」
「平気……ごめんなさい」
なぜか謝られた。
「な、何が?」
「ちゃんと、できなくて」
「は?」
「……きちんと飲めなかったから」
本当に申し訳なさそうに、華乃は答えた。
「な、何言ってるんだよ。あんなの飲むもんじゃないだろ」
「でも……」
「かなり気持ちよかったから、そんな風に言わなくてもいい」
「……本当に?」
華乃の目が嬉しそうに和らいだ。
「本当だ。それよりごめんな。急にあんなことされて苦しかっただろ」
「……あなたが気持ちよくなってくれたのなら、いいんです」
また口調が変だ。俺は苦笑して、恋人の頭を撫でた。
「無意識か? その敬語は」
「え? ……え、あ、また、」
素で驚いた顔をしている。どうやら本当に気づいてなかったらしい。
仮説を立ててみた。
たぶん、役に入りきってしまうのだろう。メイド服を着ているために。
ただし今の状況限定だ。セックスに及ぼうとする、今のような倒錯しやすい状況じゃ
なければ、とてもこんな風にはならないに違いない。実際、夕食の時の振る舞いはわざと
らしかった。
ベッドの上でしか、こんな風にはならないのではないか。
「華乃」
「は、はい、じゃなかった、う、うん」
「もう、いいか?」
華乃がごくりと喉を鳴らした。
「いい、よ」
俺は用意していたコンドームを手早く装着した。出したばかりだったがすでに復活して
いて、今すぐにでも抱けそうな塩梅だ。
「ちょっと抑えが効かないかも」
「……うん、私も、涼二に早く抱かれたい」
そうつぶやいて座り直すと、華乃は自らスカートをたくし上げた。
「あの、それじゃあ、……来てください」
真っ赤な顔でおずおずと求められて、我慢できるはずもない。
俺は華乃の肩を掴んで押し倒すと、そのまま抱きしめて、深い深いキスを送り込んだ。
少しだけ精液の臭いがかぎ取れたが、絡み合う舌の気持ちよさの前ではまるで気になら
ない。
華乃の両手が俺の背中に回る。
口付けを交わしながら位置を確かめると、ぬかるんだその場所に屹立した肉棒をゆっくりと
沈み込ませた。
甘い声が耳に気持ちよく響いた。俺は体を密着して、えぐるように腰を動かしていく。
内側の肉がゴム越しに絡みついて、強く締め付けてくる。一度出していなければ、すぐに
果ててしまったかもしれない。今日の華乃の中は格別な良さだった。
華乃も淫らな声を上げて、快感に打ち震えている。
「好き……涼二、好きなの……」
彼女が鳴くたびに俺も満たされていく思いがする。
ホワイトブリムの着いた頭を優しく撫で、綺麗な質感の髪の毛に口付けする。開いた胸元
から乳房の上にもキスマークをつけた。首筋を舐めようと顔を埋めると、頭を抱きしめられて
柔らかく甘ったるい匂いに包まれた。
どこを触っても、どこを弄っても、華乃の体は敏感に反応した。俺が動いて欲望をぶつけ
ればぶつけるほど、華乃もそれに応えるように俺を気持ちよくさせてくれる。中の締め
付けはとどまるところを知らず、本当にいつ達してもおかしくないくらいの刺激を受け続けた。
すぐ目の前で、メイド服姿の恋人が淫らに喘いでいる。
その光景は現実離れした感があって、しかし受ける気持ちよさはあまりに現実で、頭の
中が沸き立っておかしくなりそうだ。
不意に限界が訪れた。
「華乃、そろそろ……」
「あん、りょうじ、はやくきて、わたしももう、ああっ」
陰嚢の奥からせり上がってくる感覚に、頭がくらくらと揺れる思いがした。
短い呼気を洩らすと同時に精液が勢いよく飛び出し、ゴムの内側で弾けた。粘り気の
ある液がペニスを汚していく。
「あああ、いい……きもちいいよお……」
華乃が絶頂に浸りながら、俺の体にしがみついてくる。
その抱きしめる腕の力が華乃の愛情を表しているようで、俺は優しく彼女を抱きしめ
返してやった。
そのまま溶け合って一つになるような、そんな感覚の中で、俺たちはもう一度キスを
交わす。
……いつもならそれで満足するのかもしれないが。
俺は華乃の中から性器を引き抜くと、コンドームを外した。口を縛って捨てると、また
新しいのを取り出す。
ぼんやりと見ていた華乃が、俺の様子を見て目を丸くした。
「え……あの、何やってるの、涼二?」
「一回じゃ満足できない」
新しいゴムを取り付けると、横になったままの華乃の上に、再び覆い被さった。
「……今すぐ?」
「したい」
華乃は困ったような顔でじっとこちらを見つめてきたが、やがてあきらめたように嘆息
した。
「……ん、かしこまりました、ご主人様」
「あ、今の響きはいいな」
「ばか」
下からぎゅっと抱きしめてくる恋人の温かさを感じ取りながら、俺は快楽の波に溺れて
いった。
◇ ◇ ◇
後日談というか、一応話にはオチがある。
華乃がメイド服を借りた相手は、確かに「汚してもいい」と許可を出したらしい。
ただし、その許可は「いろいろ交渉した」結果である。
当然見返りが求められ、華乃はその見返りをむしろ嬉々として相手に差し出した。
見返りの内容は「メイド服をどのように使ったか」教えること。
要するに、そういうことだ。
その相手はどうやらそういう猥談が大好きらしく、華乃に俺たちの睦み合いの詳細を
求めたのだった。
それを知った時、もちろん俺は文句を言った。
「なんでそんな条件をOKしたんだよ」
「んー、そりゃ相手が男の人だったらさすがにちょっとためらうけど、女の子同士の話だし」
「俺にとっては全然知らない相手なんだぞ」
「知らない人に性癖知られるのはイヤ?」
当たり前だ。
「って、なんだよ性癖って! 俺は別に普通の、」
「普通のコスプレ好きだよね」
「違うわ!」
「でも、涼二がメイド服見たいって言ってたから、借りてきたんだよ」
「……」
俺のせいか。
「まあいいじゃない。いい思いできたんだし、よかったでしょ?」
「それは、確かによかったけど……」
「夢中になる涼二、かわいかったよ」
「――」
赤面する俺を見て、華乃はくすくす笑う。
「大丈夫、その子の口は堅いから」
「……仕方ないか」
「必要な時はまたいつでもどうぞ、だって」
「もう借りねえよ!」
まったく。随分高くついた気分だ。
華乃は楽しそうに微笑んだ。
「私も、すごく気持ちよかった」
頬を赤らめる幼馴染みに、俺の心臓はどきりと跳ねる。
その内心を見透かされたように、華乃はいたずらっぽく囁いた。
「また気持ちよくしてくださいね、ご主人様」
「……」
弱みを握られてしまったようで、俺は盛大なため息をつくのだった。
……いや、だから借りないって。
以上で投下終了です。
今回はお酒無し。酔ったメイドさんもありだとは思いましたが。
それではまたそのうち。
更新乙です!
最高です!
GJです!
らぶえろがイイ!
GJです
いちゃらぶ最高!
こんな可愛くてえっちいシナリオを、私は待っていたッ
173 :
名無しさん@ピンキー:2011/05/10(火) 21:10:23.95 ID:RI4gakKc
GJ
待ってたかいがありました
本編を進める前に、少しだけわき道にそれます。
一年目と二年目の、間。
00,2. ゆきうさぎ
初めてのデートは映画になりそうだと教えてくれたのは、料理を教えてくれている修のお母さんだった。
このところ毎日タウン誌の映画情報やら何やらとにらめっこして、難しい顔であたしが楽しめそうなものを考えているらしい。
読書家で乱読な修は、映画はあまり観ない。
原作小説が気に入っているものなどを一人観に行く程度だ。
確か今年は昔の映画のリバイバルしかやってない古いホールに一度行ったっきりの筈だ。振袖姿の女性がいっぱい出てくる映画で、ひょっとしたら修は和服が好きなのかもしれない。
修の映画の趣味は、つまりそういうものだ。
アクションは目が回るし、恋愛物は眠くなるし、ホラーはポスターさえ見たがらない。
ファンタジーは少し見たけど、あまり好みじゃなかったようだった。
世界的に有名な魔法少年は、修受けはしなかったらしい。そもそもあたしが借りてきた本も少し読んだだけのようだし。
さて、修の趣味に付き合うなら文学作品の映画化か、SF小説のそれか。
それにしても、修はやはりぼんやりしてる。修の行動はある程度教えてもらえるのに気が付いてないらしい。
あたしと自分のお母さんがこうしてお料理教室をしていることなんて知っているだろうに、少しは察しはしないのだろうか?
デートの約束は、なんでもない会話の合間に挟まっていた。
「クリームコロッケってさ、どう作ってるんだ?」
昼食のクリームコロッケに醤油をかけてもりもり食べながら、修はそんなことを言い出した。
修のお母さんが留守の土曜、代わりに食事の用意をした時のことだ。
修は揚げ物に醤油を使う。ウスターソースやとんかつソースも使わなくはないケド、醤油が好きらしい。
何にでも醤油をかけたがり、以前目玉焼きに醤油かソースかで言い合いをしたこともある。
修の食べっぷりは気持ち良い。どんなものでも美味しそうにもりもり食べてくれる。修が何かを食べている姿があたしは大好きだった。
その修はしげしげとクリームコロッケを眺めている。
「こんなとろとろしたもの、どうやって形成して衣つけて揚げてるんだ?」
「別に難しくなんてないよ。今日は鶏肉のホワイトソースを冷やしてから衣をつけて揚げただけ。手にサラダ油付けたら作りやすいケド」
「へえ、冷やすのか。そういや冷めたシチューもとろとろじゃないもんな」
修は納得したように三つ目のコロッケをばりばりと頬張った。
「うん、今日も旨い」
「ありがと、あたしは……っと」
ケチャップにウスターソースにとんかつソース、マヨネーズに胡椒少々。
「それさあ、旨いの?」
「あたしは好きなの」
色々な調味料を混ぜた特製ソースをかけてコロッケを食べる。
「うん、上出来」
「どんな味なのか想像出来んな」
「食べてみる?」
ソースたぷたぷにして
「はい、あーん」
差し出すコロッケを訝しげに見てから素直に口にしてくれた。
「……珍しい味がするな」
「そうかな、全部うちにあるのだよ?」
「まあ、これもイケるか」
「でしょ?」
修はふむ、と納得したようにツナサラダにも醤油をかけてから
「ところでほとり、明日暇か?」
とこちらを見ないで言った。ツナをぐりぐりかき混ぜて、サラダをつつきながら。
「…………うん」
冷静を装ったケド、内心では『うわ、やった、きた』と飛び上がりそうになった。
いつでも大丈夫に決まっている、着て行く服だってもうずっと前から決めているし、何度シミュレーションしてきたことか。
「ならさ、その、あー、何だ、アレだ。どっか行かないか?」
「ん……どっかって?」
「だから、その、まあ、何だ、いわゆるアレだよ、アレ。あー、その……」
その一言が照れくさいらしい修は落ち着かないように視線をさまよわせてから、ごほん、と偉そうに咳払いをしてから。
「デート、しようか」
「はい」
上ずりそうになる声に自分でおっかなびっくりして、あたしはぶんぶんと頭を縦にふった。
おかしな返事をしたケド、変に思ってないかと修をちらりと見ると、むすっとした顔でご飯をかきこんでいた。
優しくしてくれる時と同じ、怒ったような素振りにほっとした。
先にあれこれと聞かされていたことに少し後ろめたさもあったケド、そんなの関係なかった。素直に嬉しい。
照れ屋な修が自分から誘ってくれる日が来るとは。何だか感慨深いものがある。
それはさておき、初めてのデートは多分映画。
ベタといえばベタだけど、あたしにはそんなの関係ない。
さてどんなのに連れて行ってくれるのか。
今なら有名風刺小説が元の洋画か登山がテーマの邦画か、飛行機でお姫様を連れて飛ぶアニメか、少し前の恋愛物のリバイバルもやっている。
リバイバルと言えば、修が好きな文豪の作品の映画がやっていたはずだ。数年前の映画で、あたしにも見やすいはずだし、ひょっとしたらそれかもしれない。
多分邦画かなあ、と思う。ひょっとすると文豪の作品かもしれないが。
それにしても、察しそうなものだけど。あたしが先に聞いていることなんか。
相変わらずむすっとした顔の修を見ていると、変な罪悪感を覚えた。
結論から言えば、さすがにそれくらいは察していたのだった。
少し先に来ていたらしい修は意地の悪そうな、得意そうな笑みを浮かべて
「動物園行こう」
と言った。
日曜午前十一時、少しだけ肌寒い秋のその日。
あたしは時間ぴったりに駅前に着いた。
修は面倒くさそうに待ち合わせの場所でぼんやり道行く人を観察していた。
いつもより丁寧に整えている髪。
いつものよれよれの服じゃなく、こざっぱりとした格好。
あまり鮮やかな色や原色は好きじゃない修らしく、白いシャツに深い藍の上着を羽織っている。
少し嬉しくなる。
あれは、あたしの為にめかし込んでくれたのだ。
「修」
あたしは自分の格好が変じゃないか少し確認してから、声を掛けた。
修はちらりとこっちを見てから
「来たか」
と立ち上がった。
「修」
「…………行くか」
今、修がどんな顔をしているのか。
そんなことは分かりきっている。照れくさくて、でも何か言いたくて、でもやっぱり恥ずかしくて困っている顔だ。
だからあたしはちょっと苛めたくなる。
「修、今日も格好良いね」
「ッ! お前!」
思わず振り向いた修に、あたしはめいっぱい笑いかける。
「修はいつだって格好良いよ」
「お前……そういう―――」
「言わなきゃね、分からないこともあると思う。あたしが今どう思ったか。どう嬉しかったか」
「…………」
修はようやくあたしの方を向く。
ようやく肩の力を抜いた修はいつもの少しだけ困ったような、けれどとても優しい笑みを浮かべている。
「ほとり、随分めかしこんだな」
「この流れで、その顔で、そう言う?」
照れ隠しにしてもやりすぎだ。ケド修はにやりと悪戯を思いついたときのあの顔で
「綺麗だ。ほとりがそうやってめかし込んで、綺麗にしてくるのが、俺は嬉しい」
と言ってみせた。
そりゃ、言って欲しくて促したんだケド、実際に言われるととんでもなく恥ずかしい。
何が『綺麗』か、何が『嬉しい』か。
言われなれてないことをさらりと重ねられて、あたしはどう答えればいいのか分からなくなって、結局憎まれ口を叩くのだった。
「…………最初に、それを言いなさいよ」
「すまん」
そうしてから修はもう一度意地の悪そうな、得意そうな笑みを浮かべて
「動物園行こう」
と言った。
「知らなかった、修って動物園好きだったの」
「ん、まあ男が一人で行く場所じゃないだろ? なかなか」
「そう? あたしは良いと思う」
アイアイの赤ちゃんが生まれ、最近公開が始まったばかりらしい。
修が渡してくれたパンフレットには名前募集と書かれたポップな文字の下にとても可愛いアイアイの赤ちゃんの写真。
「はあ〜可愛いなあ。赤ちゃんアイアイ」
「実物はもっとだろ、行くぞ」
まだまだ知らないことがあったんだと思うと、とても嬉しくなる。
アイアイの親子の前で感嘆の声をあげ続けたり。
ペンギンの呑気な仕草にいちいち納得したようにこくこく頷いたり。
キリンとゾウが並んだスペースで口を開けて見上げていたり。
ライオンの親子を目をキラキラさせて眺めたり。
フクロウの挙動に驚いてみたり。
クマが転がっているのをニコニコして見ていたり。
修は久しぶりの動物園が楽しくて仕方ないようだった。
そしてあたしは、普段は偉そうで愛想の悪い修がそういう風に恥ずかしげもなく子供っぽいところを見せてくれるのが、言葉に出来ないくらい嬉しかった。
「あ、ほら。ウサギ抱っこ出来るって!」
「おう、行くぞ、ほとり」
修はにっこり笑って、もう本当に子供っぽくて、あたしは胸の奥の柔らかな所をくすぐられる気持ちになる。
飼育員の方に抱っこさせてもらったウサギを撫でて、修はもう上機嫌だ。
「ああ、連れて帰りたいなあ」
「ウサギなら飼おうと思ったら出来るでしょ?」
「うん……そうなんだけどさ、ほら、俺ら受験があるだろ」
「あ……そっか」
ひょっとしたら、一年と少しでお別れになる。なのにペットを飼おうなんて出来ない。
「あんまり無責任だろ? どうなるか分からないのに」
「そうね」
それはそのまま、あたし達の関係もだ。
「あの。修……大学はどうすんの?」
「そうだな。まあ公立じゃないと無理だろ、私立なんて通う金はない」
「……でも、それならこの街から出て行くってこと?」
一番近くても電車とバスを使って結構かかる距離だ。
「ん……多分。あのさ……ほとりは?」
「あたしも、多分そうかな」
だから少しほっとした。あたしと同じ進路になりそうだ。
ウサギは連れてはいけないけれど、あたしは一緒に行くことが出来る。
ウサギの背中を静かに撫でる修の手に、そっと手を重ねた。
修はにこりと笑って
「まあ、頑張らないとな」
と言った。
支援いるかな?
エロくも無く、何の変哲も無いけど
フンドーキン醤油TVCM「小手川夫婦編」がほっこりする^−^
>>180普通の夫婦なのがまたいい。
変に芸能人とか使わず、テレビ栄えとかしない人が出てるのがいい。
あと画面が全体的に演劇じみてなく、灯りが抑えられてて普通の家庭を巧く表現できているのがまたいい。
もっとこういう雰囲気のがあるといいなあ。
>>178 乙でした!
本編の展開も気になりますが、こっちの二人の
さりげないやりとりも、読んでいてあったかい
気分になりますね。
183 :
名無しさん@ピンキー:2011/05/17(火) 03:33:33.05 ID:9mNVBVqX
>>178 番外編や後日談等これからも楽しみにしてます。そう言えば最近保管庫で「ねがいごと」という神ssを拝見したんだけどこれがとても私のツボでして...出来ればこれのラブラブなエロが読みたいと思ったのですが作者さん、スレ住人の皆さんどうですか?
ボルボX氏のエロはラブラブでも調教みたいなもんだからなあ
ねがいごとはあれで話が綺麗にまとまっちゃってるからなー
ギャラクシーフォースブリザード!?♪。
本編、の前にもう少しだけ寄り道をさせて下さい。
00,3. friends
男の人っていうのはそういうことの我慢がしにくくて、一度許したらすぐにがっつくもの。
と、友達に聞いていたケド……去年の十二月二十九日から今日まで、何も起きなかった。吃驚するくらい。
いやもちろんその間に二人で初詣に行ったりしていたケド。そうじゃなくて、その……その手の出来事の方だ。
アレから今日で六日目の一月四日。時刻は修から何の誘いもないまま午後になったところ。
あたしは散々迷ってから、こういうことが相談できそうな子に電話をした。
「そういえば声を聞くのは今年初だっけ? あけましておめでとう、ほとり」
変人の嫁なんてひどい名前をあたしと二分している文芸部部長さんの幼なじみだ。
その変な境遇のせいなのかどうなのか、わりとあたし達は馬が合うのだった。
「あけましておめでとう。今年もよろしく」
「ええ、こちらこそ」
「で、さっそくで悪いんだケド……よろしくされて欲しいことが」
「うん?」
電話口の向こうで怪訝そうにしているのが目に浮かぶような声に、あたしは少し申し訳ない気持ちになる。
こんな年明け早々に、なんとまあ俗っぽいことを尋ねようとしているのか。我ながらやるせない気持ちになった。
「その…………お正月からこういう、あんまり尋ねにくいことを相談するのもちょっとアレなんだケド……」
「…………何? あー、そうか分かった」
「え?」
「あんまりがっつかれて、どこまで応えたらいいのか分からないんでしょう? まあ、男の子はそのくらいが良いわよ。あたしなんか何もされないから―――」
「あの」
「うん?」
「あたしも、そう」
「…………そっか」
二人揃って盛大にため息を。なんだ、良く似ているのは境遇だけではなかったか。
「もっとこう、ねえ」
「あんまりがっつかれるのもアレだケドさ……もう六日よ? 年末からこっち、そういう雰囲気で二人っきりとかもあったのに」
「あたしも年末から松の内何もなしよ。こうもスルーされると、本当に好かれてるのか不安になってくるわ」
「そうそう、ほとんど毎日顔合わせてるのに、すまして『何か?』みたいに」
「だんだん腹が立ってきた。どうしてこう付き合いが悪いの」
「そう! 特に初対面の人。愛想がないから第一印象悪くてさ、いっつもフォローしなきゃいけなくて」
「一緒! で、ある程度の付き合いが出来てきたら、その第一印象がひっくり返るの『理解に時間が掛かるけど、良い奴』とか言われて」
「あたしの苦労は何だったのよ! って感じ」
「でね、分かり難いけどお人よしで誰にでも優しくするもんだから、一人か二人変に勘違いしてあいつを好きになる女の子が出来たりするの!」
「何? 郷文研とか文芸部の部長って、そういう人間じゃないと出来ないの?」
思い出す。
あれはあたしが修のことをそういう風に見始めて半年経った、中学三年の夏だった。
あたしは急に態度を変えることに少し気後れを感じていて、二年生の間は中途半端な距離感を保っていた。
けれど年度も変わって心機一転、あたしはその距離感をもっと縮めることにした。
運良く同じクラスになれたのをいいことに、あれこれと修に近付く。
クラスの友達が急に態度の変わったあたしをどう思ったかなんて、言うまでもない。随分冷やかされたものだ。
確かあの時のあたしがもらったあだ名が、理想の低い才色兼備だった。
理想の低いの部分に腹が立つやら、お姉ちゃんみたいな本物の『才色兼備』でもないことに情けなくなるやら。あたしにはキツいあだ名だった。
とにかく、あたしは修との距離を詰めることに必死だった。
そんな中、ひょっこり修にラブレターが来た。
一緒に登校し、靴箱のそれに気がついてしまい、とても気まずかった。
今になって思う。あれは多分あの子からあたしへの挑戦状でもあったのだろう。
先手は貰いました、と雄弁に語るような可愛らしい手紙で、なるほど使い古されたやり方だけど有効だと思った。
その時の修の居心地の悪そうな顔が、胸に刺さった。
放課後に裏庭で、なんて言葉が綴られていたらしく修はしばらく考えてから
「ほとり、先に帰っていてくれ」
なんて言った。
どう返事をするのか、あたしはやきもきした。
そんなの全然気にならない、なんてすました顔をして
「分かった」
とあたしはその日は先に帰るふりをした。
そう、ふりだ。
気になった。とても気になったのだ。
修はつまらなそうにその手紙をさっさと鞄に放り込み、歯牙にもかけずその日もいつも通りに過ごしていたケド。
あたしはずっと修の鞄の中のラブレターが気になっていた。
先に帰ってくれと言われて、物分りの良いような返事をしておきながら、あたしは直ぐに裏庭の植え込みに隠れていた。
修は裏庭に着くと、鼻歌交じりで文庫本を読み始めた。
何だかその余裕な態度にカチンとくる。あたしはこんなにやきもきしているのに、どうしてそんな鼻歌交じりで楽しそうなのか。
ひょっとすると、付き合うつもりなのか、それであんなに嬉しそうなのか。
差出人の女の子が来るまでの間、あたしはいざとなれば間に入り込んで壊してしまおうとか、何なら今すぐ出て行って修に告白してしまおうかとか、そんなことを考えていた。
考えて、そんな汚い自分が嫌になる。
あの子だって必死だろうに、卑怯だ。第一、先に勇気を出したのは向こうだ。先制は向こうの権利だ。
そして来たのは一つ年下の、女の子だった。
女のあたしが言うのも何だケド、可愛かった。
黒髪のおさげに、華奢でありながら女の子っぽい体のライン。
小顔で色白で、修が来ているのを見て、それこそ花が咲くような華やかさで笑っていた。
ずきりとする。
当時のあたしはテニス部を引退したばかりで、肌は日に焼けていたし、走りこんだおかげで足は筋肉質だった。
華奢でもなければ色白でもない。
手入れはしていたケド、日にやられた髪は綺麗とは言い難い。
女の子は緊張と興奮でかみながら、早口で体育祭の話をした。
修があたしを助けてくれた後で、二位になったあの時のことを。
あれがあの女の子にも格好良く見えたらしい。
聞こえてくる。
あれからずっと見てきました。州崎先輩には悪いけれど、私だって本気です。
そんなことを矢継ぎ早に口にする後輩を前に、修はがりがりと頭を掻いてみせた。
修は困ったような顔で「あ」と「う」の間みたいな声で唸ってから
「すまない」
と頭を下げた。
本当に勝手だと思うケド、涙を浮かべて逃げるように立ち去る女の子を見送ると、腹が立った。
もう少し優しく断れなかったのか。女の子泣かせるような答えしか思いつかなかったのか、あれほど沢山読んだ本にそんな言葉の一つや二つなかったのか、と。
ケド、同時にほっとしてもいた。そして心のどこかで「勝った」とも。
そんな二律背反な自分の気持ちと汚さにまた愕然として、何かに負けたような息苦しさで、あたしもまた逃げるようにその場を立ち去ったのだった。
その日、修はひょっこりウチに来た。
どんな顔で逢えば良いのか分からなかったあたしは部屋に閉じこもり膝を抱えていた。
修はいつかのようにドアを無理に開けたりはしなかった。
ただドア越しに
「断ったから」
と言った。
あたしは、その声に思わず応えていた。
「あたしには関係ない」
「かもな。でも……俺は言いたかった」
「そんなの知らない」
「そうか……なあ、ほとり」
「…………」
修の声は優しかった。それは、いつかの不器用なエスコートを思い出させる様な、声。
「お前、居ただろ」
「ッ!」
「しょうがないなあ、お前」
「…………」
泣きたくなった。自分の汚い所に気付かれた。きっと幻滅された。
物分りの良い返事をして格好つけておいて、意地汚く覗きなんてしていたあたしを、修はどう思っているか。不安になった。
「どうやってもあの子は泣かせることになるから、見られたくなかったのに」
「…………ッ」
「全く。なあ……ほとり、そんなに気になったのか」
「……ん」
「良かったよ」
驚く。思わず立ち上がり、よろよろとドアを開く。
「そんなに辛かったか?」
ひどい顔になってるぞ、とおよそ女の子に言うことじゃないことを、修は口にした。
「泣いてる女の子が他人事には思えなかったんだろ?」
そして修は言葉にはしないケド、ほっとしたんだろ? ほっとした自分が嫌だったんだろ? と目が言っている。
あたしは呆然と修を見上げる。そして気付く。
修はあたしよりも背が高くなっていた。そんなつまらない、けれど当たり前のことに今気付いて愕然とする。
あたしは、修の何を見ていたのか。修の方は、あたしをちゃんと見ていてくれたのに。
だからあたしは、精一杯の強がりで
「あんたが優しくないから、泣かせたんでしょ」
と笑ってみせた。
修には、あたしの気持ちはバレたのだと思った。もっともそれが確信に至ったのは数年後だと修は言っていた。
聡いのか鈍感なのか、分からない奴だ。
随分話し込んでしまった。
あたし達はお互いの彼氏の悪口を言い合うだけでこんなに盛り上がったことに苦笑してから、電話を切った。
そして思う。
文芸部の二人には悪いケド、あたしの修の方がずっと良いと。
まだ修の方が愛想は悪くない筈だし、よっぽどあたしを大事にしてくれるし、何より優しい。分かり難いから文芸部には理解できないだろうケド。
そこでふと、ひょっとしたら向こうも今同じことを考えているのかなあ、と思っておかしくなった。
そんな想像をしていると、ひょっこり修が現れた。
親は三が日を過ぎればもう仕事だ。誰も居ない家は、意識すれば耳が痛いくらい静かだ。
修を家に上げる。修はどうやら遅めの昼食に誘いに来たらしい。わざわざ出て行くのももったいない気がしたあたしは、修と自分の為に食事を用意した。
付き合う前も、その後も何度もあった二人の食卓。
そうしてから、何となく気まずくなる。今日も何もないのかなと油断したのが悪かったのか、不意打ちのように襲われた。
いや、襲われたというのは随分語弊があるケド。
ちょっと油断した隙に、色々されて、盛り上がってしまっただけ。
そういったアレコレが終わって、布団に包まり修の腕を枕にして抱きついていると、ふと気になって尋ねてみたくなった。
「あのさ、修」
「うん?」
「その……どうして今日まで何もしなかったのさ」
「ん……下世話だけど、元旦から姫始めってのは老け込むって言うしな」
「へ? それだけ?」
「いや、それだけじゃないけど。それだったら二日から手を出してた。いや何かさ、その……それだけが目当てみたいになるのが嫌でさ」
「……バカ」
「ん。白状するとな、晴れ着姿とかぐっときた。我ながらよく我慢したと思う」
「もう……本当に、バカ」
多分、今あっちも同じようにしているんだろうか?
そんな風に思うとまた少しおかしくなって、あたしは修の胸に顔を埋めた。
歯磨いたか?
顔洗ったか?
もう1パート!
いったれほとりちゃん!
00,4. もう何もいらない
想像して欲しい。
ずっと好きだった人とやっと結ばれて、そうして初めて迎える数々のイベントがいかに楽しみなのかを。好きという気持ちを大手を振ってアピールできるバレンタインなら特にだ。
ともすれば「君が居れば十分満足だ」なんてことを平気で言ってしまうような伊達男が相手とはいえ、女の子の沽券が掛かってもいる。
先に言っておけば、修が『伊達男』であるということへの異論は受け付けない。
さて、来年の今頃はそんな暇がないであろうことを考えれば、ここは一丁気合を入れて、美味しくて派手なのを作らないといけない。
修に好き嫌いはない。出されたものはよほどひどいものじゃない限り食べてくれる。
修が食べてくれたあたしの初めての料理は、確か十にもならない頃教えてもらったお味噌汁だ。
修のお母さんの作るものに比べれば、当時のあたしが作ったものはおままごとの延長でしかなかっただろう。
野菜の大きさはまちまちだし、味も薄すぎ。出汁は用意してくれていたものを使ったからそう酷くはなかったのだろうけれど。
修は何も言わずに食べてくれた。もちろんあたしが作ったなんて言われていないけれど、それでもおかしいとは思ったようだった。
味噌汁の具をしげしげと眺めて、不思議そうに首を傾げて、薄すぎる味に眉をひそめて、それでもごく普通に食べてくれた。
こっそりそれを見ていたあたしは、その後すぐ修に聞いてしまった。美味しかったかどうか。
夕食後にいきなり現れたあたしに修は少しだけ不思議そうな顔をしてから、笑って
「旨かった」
と言ってみせた。ぼんやりしているくせに妙に敏いところもある修のことだ、きっとあたしが作ったのだと気が付いたに違いない。
それからもあたしの練習台になってくれて、途中作るだけで感想を聞かない期間もあったケド、それでも修は何も言わなかった。
思えば、あの頃のあたし達は、夕食のテーブルでだけ微かに繋がっていたということだ。それが何だかとても嬉しくて仕方なくて、お料理を習って良かったと思う。
だからそういった感謝の気持ちも込めて、あたしはチョコレートを作ることにした。
ただ湯煎して型に入れて冷やしただけでは芸がない。
朝一に修の机の上に置いておいてやるのだ。
手のひらに収まるくらいの、けれど全校男子生徒が羨むくらい丁寧に愛をいっぱいに込めたチョコレートケーキの王様、ザッハートルテを。
まあ、半分は嫌がらせというか、悪戯だ。
文化祭じゃ毎年あたしに投票してくれて、おかげで最下位はいつも『変人の嫁』揃い踏みしてしまって割りと恥ずかしい。
もちろんあたしを選んでくれて嬉しい。嬉しいに決まっているケド、それにしたってもう少し考えてくれても良いようなものではないだろうか。
例えば、投票用紙にあたしの名前を書いて、直接渡してくれるとか。
だからこれはその意趣返しのようなものだ。
文芸部と郷文研、二人の変人の幼なじみは揃って『変人の嫁』と呼ばれている。どこの口さがないのがつけたのやら。
まあ、あたしはほんの少しだけ気に入っているケド。
とにかく、変人の嫁同士の協議の結果、今年のバレンタインデーで意趣返しとなった訳だ。
講師にお菓子作りも得意な修のお母さん、生徒はあたしと文芸部の幼なじみ、そしてやはり旦那(修のお兄さんの智さんだ)にプレゼントしたいらしいお姉ちゃんの三人。
あたし達はそれぞれそれなりに料理もするケドお菓子はあまり作らない。だからわいわい言いながら、何度か失敗し試作ししながらになった。
ケド、そのかいもあって無事に想像通りのものが作ることが出来た。
当日、あたし達は思い思いの包装を施したケーキを手にして朝早くから登校した。お姉ちゃんは焦らして、今日の日付が変わるギリギリまで出さないと言っていたケド。
修の机の上に目立つ色の箱を置いて、あたしは少し離れた自分の席で眺めてみる。
一人先に出て行ったあたしに首を傾げているであろう修が来るのを待つのは楽しかった。
やがて少しずつ人が集り、皆修の机とあたしを交互に見て、女子は楽しそうに、男子は狙い通り羨ましそうにしている。
肝心の修は朝から苦い顔で現れた。恐らく誰かが告げ口したのだろう、驚いた顔が見られなかったのは残念だケド、これからが本番だ。
修は机の上の箱を見て、少しだけ呆れたような仕草をして……何事もなかったようにそれを机に仕舞った。
あたしには全く予想通りだった。あれは自分の気持ちを持て余した修のする反応だ。
顔はひどいしかめっ面で、どんな反応をすればいいのか分かりかねている。あたしはそんな修の顔を見られただけで結構満足だった。
ケド何かのリアクションを期待していた他の人ががっかりしたように集まり口々に何かを言っている。
普段はあまり人付き合いのない修は、口々に言われることにゲンナリした顔をして、ようやく立ち上がった。
立ち上がって、囃し立てて羨ましがる男子生徒や興味津々に見つめている女子生徒を無視して一直線にあたしの所へ。
「なあに?」
あたしはもう堪えられそうになくて、思わずにやにやとしてしまった。
困り果てて、どう言えば良いのか分からなくて、騒がしい周りが迷惑で、ケドそんなことよりちゃんと感謝していることを伝えたいのに照れくさくて出来ない修は。
「ほとり」
真面目くさった顔でぶっきらぼうにあたしを呼んで、それから手を引っ張りすぐ傍の階段を駆け上がる。
屋上へのドアの前、人気のない場所まで来てから誰もついてきていないのを確かめてから、修は何も言わずにあたしを抱きしめてから額にキスをくれる。
修は感謝の気持ちとお礼の気持ちを乗せたキスをして、それを反撃としたのだ。
人気のないところに無理やり連れてこられて抱きしめられた上に額に優しくキスなんかされたあたしは、さすがにしばらく頭が真っ白になった。
文句の一つも言おうと思ったあたしに、踊り場まで駆け下りた修は少しだけ困ったような、ケド優しいいつもの笑みで
「ありがとう、ほとり」
と言った。
窓から差し込む朝の光の中、修があたしを優しい笑みで見上げてくれている。
修は伊達男だ。
もう、誰にも異論はないだろう。
そんな風に優しい声で名前を呼んでくれたら、もう何もいらない。
今回ここまで。前回は寝オチしましたが、今日ももうダメだ。
次こそ本編続けます。多分。
おかしいなあ、本当はこういう小ネタ集みたいなのが二年目のメインだったはずなんですが。
>>194 ほんわかしました 本編続きもお待ちしております
>>194 ありがてぇ、ありがてぇ
郷文研と文芸部はマジで爆発しろ!
ほとりが可愛過ぎて勃起しない
修MO☆GE☆RO
199 :
名無しさん@ピンキー:2011/05/22(日) 22:42:34.94 ID:J6LpwyMm
GJ
久しぶりに保管庫覗いて見たらやっぱ幼馴染はいい
なちこの話は完結してんのかな
暇潰しに妄想
美人姉妹と名高い幼なじみを持つ少年は、同い年の妹のほうに惚れている
でも意を決して告白したところ、見事にフラれる。
で、姉のほうは昔から少年が好きで、少年が妹にフラれたと聞いてからかい半分で少年の傷心を慰めるべく酒盛りする
翌朝妹がいつものように少年を起こしに行くと、そこには一糸纏わぬ姿のまま抱き合いながら眠る姉と少年の姿があった
みたいなね
201 :
名無しさん@ピンキー:2011/05/24(火) 00:37:33.10 ID:2mLFsi5t
よし、続けなさい。
妹の方がヤンデレ化して修羅場るのが目に見えるな
>>194 こぶしを突き上げるほどGJ。
息子出してスタンバってた穢れまくりの俺死にたい。
ところで文芸部主役編ってあるのでしょうか。
主人公だけが見分けられる双子幼馴染とか、
人前では優等生ぶっているのに主人公の前ではだらけモード全開の表裏激しい幼馴染とか大好物です。
>>200を書いてるけど、エロいことが書けない上にお姉さんがアホの娘になっちまった
さあさあ早く投下の準備を
というか
>翌朝妹がいつものように少年を起こしに行くと
という時点で何かしらのフラグは立ってたんだよね
いつも起こしにいっているということはそれだけでフラグだろ?
なのにフッちゃうということは妹はまだ子供なんだな。
それが、姉の行動で変化して・・・
って、勝手に妄想が暴走するから
>>200は早く書いてくれ!
わかったよ起きるよ!起きるから急かすなって!
ところで、書き手急かしすぎるとプレッシャーになって書き味悪くなるって誰かが言ってた気がする
マジでくだらねー雑談ばっかで投下ぜんぜんねーな
だから過疎るんだよ、負の連鎖だな
どうみても過疎ってないだろ……
エロパロにはよくいる嵐
ここまでテン・プーレさんがお送りしました。
214 :
208:2011/05/25(水) 22:59:27.33 ID:sFLOmdif
>>214みたいな女々しい幼馴染み♂発言を見ると
派手に振られてほしくなってきちゃう
>>215のレスが「派手に掘られて」と空目した…
吊ってこよう
スポーツ好きで若干脳筋気味だけど普段は明るくて気さくでガハハ笑いが似合う中身、
そのからっとした性格に合わず外見は極上ボディ(背が高くむっちり巨乳)、な
美人お姉さん系幼馴染み♀が
優等生インドア派な幼馴染み♂の部屋で
♂が友人にネタで借されてしまっていた田亀源五郎の本(ハードゲイ御用達)あたりを見て、
「あ、あいつ男が好きだったのか……」
と壮絶に勘違いし、激しく思い悩んだ結果、SM器具を買ってきて
♀「……オトコっぽいあたしで満足してもらえないか?こういうことは、あたしがしてやるからさ
(指南本で手順チェックして浣腸器とローション用意してペニスバンド装着しつつ真剣に)」
♂「むごぉっ!ふご、むぐうぐぐ!(拘束状態でボールギャグ噛み締め悲愴に)」
誤解と暴走の末に挿入。
「い、痛い?ごめんな、慣れてきたらそんなに痛くなくなると思うから」
むーむーうめく♂を背後から抱きしめ、一生懸命に謝りながら慎重な削掘を続ける♀。
感じるもんかと耐える♂であったが、豊満な乳房を背中に押し当てられ、
ローションをつけた温かい少女の両手を腰の前に回されて肉棒をヌルヌルしごかれ、
あげくに前立腺をペニスバンドにこりゅっとくじられた瞬間達してしまい、
♀さんのバカと血の涙流しながら快楽に息をあえがせてしまう。
が、
「よかった、気持ち良くなってくれた……ごめん、あたしお前が好きなんだ。
男の代用品でいいからさ、離れないでほしいんだ」と涙声で告白されて
「……」と赤面沈黙。めでたしめでたし。
ちなみに数ヵ月後、
そこにはボンデージ衣装+鎖付きの首輪を装着させられて犬這い姿勢をとらされた幼馴染み♀(まだ処女)の姿が。
「♂、も、もう毎日毎日お尻でイカせるのは許してぇ……
やっ、ま、また挿れるなぁっ、あ、いや、お願いですから挿れないでくださいぃっ――ひぃぃぃんっ!」
「先に僕のことを無理矢理掘ったのは♀さんですからねー。
ふ……ふふ(青筋)……あの屈辱を♀さんにはこの先しばらくはたっぷり味わってもらおうかと」
「わ、悪かったってばぁっ!」
甘い悲鳴をあげながら瞳をとろんとさせて
内心で(これでも、いっか……)とか思ってたりで〆。
みたいな話を誰が書いてくれ
ソーリー……
昨日の夜は酒飲んでノリノリだったわ……
218の妄想だかリクエストだかわからないものは流してくれ
>>220 そうか……まあ、風呂敷は広げすぎるとたたむのがタイヘンだからな。
四苦八苦することになる。
なう。
幼なじみでドSMか・・・なんか新鮮だな
223 :
名無しさん@ピンキー:2011/05/30(月) 16:26:24.42 ID:3Ub1qMVg
ドMの幼馴染みなら保管庫にあったっけ
224 :
名無しさん@ピンキー:2011/06/01(水) 22:37:11.77 ID:A+0flL9v
幼なじみに彼女が出来たという噂を聞いて幼なじみを問い質すも、幼なじみは知らぬ存ぜぬを貫くばかり
で、業を煮やした幼なじみは翌朝幼なじみの部屋に押し入り、寝ている幼なじみを逆レイプする
でも実は恋人なんていなくて、二人仲良く付き合いたかったのにと泣かれて、気まずくなって疎遠になる
疎遠になってしばらくして、やっぱり愛しさが募って再会して、改めてやり直すことに、とか
それそのまんま保管庫にあった気がするが
あ、疎遠になる部分より前のところね
保管庫のはそのまま仲良くなった気が
タイトルは忘れたw
被っている物なんて世界中にあるんだから、
構想書きが似ているくらいどうってことないわ
そのタイトルをkwsk!
今宵の虎徹は血に飢えている
230 :
名無しさん@ピンキー:2011/06/02(木) 13:25:35.53 ID:cn9B0iGA
暴力系幼馴染って、二次元でこそ映えるよな
保険の先生にデレデレしてる男に後頭部から膝蹴りかます幼馴染女なんてドツボです
最近は二次元ですら暴力馴染みアンチが湧いてきているけどな
232 :
名無しさん@ピンキー:2011/06/02(木) 14:15:45.58 ID:47IajKkl
ふたばのISスレでシャル厨が暴力幼馴染をメチャクチャ貶してたな
箒結構好きだけどなー
巨乳だし
シャルも萌えるけどね、てかシャルが幼馴染みだったらどストライクだった
男装馴染みだとラノベの東京レイヴンズが最近カッ飛ばしてるが、あれは安らぎとは無縁だし
シャルいいよな
幼馴染みがコアであることが基本原則だが
幼馴染み+男装 or ボーイッシュ+貧乳+色白=キタ━(゚∀゚)━!
俺はこの辺の属性大好きだな
>>234 君とは握手できそうだ
惜しむらくは貧乳派でなければ酒も酌み交わせたものを
236 :
名無しさん@ピンキー:2011/06/02(木) 21:39:22.45 ID:47IajKkl
シャルもキャラクターは悪い娘じゃないんだよな
ただ信者と一部ショップが非常にウザい
どうでもいい話だがIS見てるのいそうなので聞くが鈴と蘭って幼馴染に入るのか
箒は小一だからギリだと思うが
世間的には中学以来の付き合いでも幼馴染みに入るそうだし
小学生からの付き合いなら十分じゃね
大海のように広い心を持つ俺でも、暴力系幼馴染みの乱暴狼藉だけは我慢がならないぜ……。
>>235 巨乳がダメってわけじゃなくて
男装 or ボーイッシュはおっぱい大きいと色々と描写や設定に矛盾が生じるところがもにょる(´・ω・`)
だから男装 or ボーイッシュは貧乳が良い
>>239 それは女であることを隠すため男装している場合限定じゃないかな?
女らしい格好が嫌いとか軍装だからとかの理由で
男装する美女美少女なら胸隠す必要ないかも
ちなみに世の中にはサラシという、
三次元は知らないが二次元乳は完璧にカバーしてくれる便利なものがある
小ネタ投下。
邪道なことにすでにお付き合いしている
諸事情あってお付き合いすることになったので、ぼくたちはヒイナの家で会議を開いた。
「で、お付き合いって何すんの? イラカ」
ヒイナが根本的な問いを投げかけたので、ぼくは熟考の末答えた。
「えーと、お互いの家に行くとか」
「それは今やってるだろ」
「いつも一緒にいる……?」
「それも昔からやってる」
ぼくたちは行き詰った。二人して考え込む。
そのときたまたま点けていたテレビから天の声が響いた。
「この夏新しいデートスポットとして人気な……」
ぼくははっとした。無駄に大きい背をぐいと動かす。
「そうだヒイナ、デート、デートだよ! お付き合いしている二人はデートするものなんだよ!」
ヒイナも喜んでその小さな体を揺らした。
「そうか! 一番肝心なことを忘れてたよ! これでお付き合いできる!」
どこに行くかはいまひとつ思い浮かばなかったので、とりあえず近場の繁華街に繰り出した。
「イラカこれに似合うと思う」
「全身タイツはやめて。たぶんサイズ合わないし」
「くっそ、もう一回! もう一回!」
「ヒイナ。モグラたたきに本気出すなよ」
「アイス何味がいい? 違う味にして後で交換しよう」
「おっけー」
そして公園のベンチに座って、ぼくたちは考えた。
「何か普段と変わらない気がする」
「ぼくもそう思ってた」
ぼくたちは真剣にお付き合いしたいのに、何がいけないのだろうか。謎だ。
「ちょっと友達に聞いてみる」
そう言ってヒイナは携帯を取り出しメールを打ち始めた。返事はすぐに来た。
「何て?」
「手繋げって」
「はあ?」
ぼくの背筋をなんだかよくわからないものが走った。
「えええええ、ヒイナと?」
「嫌なのかよ」
「ぼく手汗かくし……」
「嫌なのかよ」
ヒイナの声が微妙に変わった。ぼくは少しぎょっとする。
「嫌ってわけじゃ、ないけど……」
「やってみよう」
「えっ」
そして沈黙。あまりに長かったので、ぼくは口を開いた。
「ヒイナ、何で何もしないの」
そう言うと、突然ヒイナがベンチから立ち上がり、すたすたと歩き出した。小さなその影はあっという間にさらに小さくなる。
慌てて追いかけるぼく。
「ちょっと待てよヒイナ! なんだよいきなり!」
ヒイナはくるり、と振り向いて、顔を真っ赤にして答えた。
「お前から繋ぐの待ってたんだよ!」
「あ」
「あ、じゃねえ!」
再びきびすを返そうとするヒイナ。
ぼくは慌てて――その手を掴んだ。
「ごめん」
「いいよ」
ヒイナはばつが悪そうに答えた。
「ぼく、手汗かくよ?」
「いいって言ってる」
ぼくたちはお互いの目をしばらく見れなかった。
お付き合いって難しい。
なに?ヒイナ?イラカ?w
なんだそのセンスのねえ名前www
気持ち悪っ
最近、幼なじみに元気がない(と思う)
玄関先から声をかけても一向に出てきてくれないのだ。
かれこれ15年以上の付き合いになるだろうか。
俺が幼いときに向かいの家に引っ越してきた彼女は
いつまでも俺に同じように接していてくれた。
そのためか、俺は彼女を対象から除いて来れたのだ。
しかし何時からだろうか、彼女をなかなか見なくなったのは、
そう、かれこれ3ヶ月ほど顔を合わせていない。
対象外にしていた相手であろうと、さすがに心配になる。
しかし、彼女は家に簡単に上げてくれなくて、三和土に入ったのもまだ数回しかないのだ。
それもこっぴどく怒られたっけか・・・
そんな記憶もあってなかなか見舞いに行く気にもなれない。
彼女は今どうしているのだろうか・・・
そう考えるだけで頭が悶々とする。どうしたらいいのか。
さすがに声くらいは・・・いややはり出来ない。
彼女は電話を酷く嫌うのだ。インターホンにも出ない。
直接会うしか方法は無い。
俺には待つしか出来ないのか・・・彼女がまた「ワンワン」と吠えてくれる時を・・・
スレ汚しすいませんでした。
ちなみにほぼノンフィクションだぜ
(`・ω・)b
自分語り死ね
この前から嵐っぽいやつが粘着してるな
幼馴染み話が浮かばず、現実にもいないから拗ねてるだけさ。 そのうち染まる
とても好きなリアル幼馴染がいたけど最悪の別れ方をし
同窓会で再会しようと無視されつづけ仲直りできなかった俺が通りますよっと
まあ今でも幼馴染というものに幻想を抱きつづけているわけですが
>>251 もしかしてキミって○○君じゃないの?
とか書き込まれたら(見る側としては)面白いのに
別離した幼馴染がネット上で再開
アリじゃないっすかその展開
知り合ったのはネット、
顔会わせないまま長年の付き合いがある「ネット馴染み」はどうだ
近い将来そんなんがスタンダードになるかもしれないがやはり物理的に近くないと・・・
ネットで知り合って長年付き合いがあって思い切って会うことにしてみたら
となりの家のろくに口聞いたこと無い男or女だったとか
4万kmの遠距離恋愛か・・・スケールでかいな。
259 :
名無しさん@ピンキー:2011/06/07(火) 20:03:12.58 ID:7mdgDiBv
まっこと人間のクズであるギャンブルジャンキーを更生させようとする幼馴染みなんてのはいかがだろうか
260 :
名無しさん@ピンキー:2011/06/07(火) 23:24:52.16 ID:gzi8e+C8
いらない
幼なじみは売れっ子アイドル
なのに自分にデレデレで、テレビとかでも隠すことなく好きな人がいるとかいっちゃうような感じ
ただ幼なじみの考えなしの発言で、自分にまで色んな人が尋ねてきたりすることに苛立った自分は、幼なじみに絶交を申し付ける
絶交と言われた幼なじみはずっと泣いて、アイドルをやめてまで自分といたいと言い出す始末
そのことで一悶着あった後、自分は幼なじみがアイドルとしてみんなに大人気なことに対する嫉妬と、その幼なじみが自分を好きなのは幼なじみとしての義理だからと勘違いしてたことに気づき、幼なじみに謝罪して告白
残念だね
>>261 何が残念なのかわからないからSSで説明よろ
>>254 フェイスブックはそういうの多いらしいね。
んでラリった男女が不倫して離婚っつーフェイスブック離婚なるものが海外では激増してるとか。
264 :
263:2011/06/08(水) 22:11:05.10 ID:T93zUN9K
ごめん。
>>254じやなくて
>>253でした。
あと元カレ元カノってだけで、幼なじみ限定じゃないッス。
三発目、いきます。
難産だった。
……っていうか、忍法帳がなんかリセットされてるくさい。
03.泣くもんか
猫を飼っている。
母が死んで三年くらい経ち、父の下手くそな料理に辟易として自分で作るようになった頃に拾った捨て猫だ。
当時私は家に帰るでなく、勝手についてくる朝井を無視しながら街をウロウロしていた。
母が死んでから、朝井は時折こうして私についてくるようになった。何か特別にするでなく、ただウロウロする私について来て下らない話をする。
正直鬱陶しくもあったが、昔馴染みの友人だからこそ耐えていた。朝井は、母の死を分かちあった相手でもあったのだから。
訳も分からず泣き暮らす私とお仏壇に飾られた母を、呆然と見ている朝井の姿は今も憶えている。
そんな朝井が勝手についてくるのを背中に感じながら、私はその辺りをうろついて、その猫を拾ったのだった。
飼い主の私が言うのもアレだけれど、不細工だ。
小汚いダンボールに投げやりに書かれた「拾ってください」の文字と同じくらいやる気のない態度。
猫の癖に何だか目は小さい。
どんな食生活を送っていたのか知らないけれどでっぷり太っている。
茶色と黒の毛並みは猫というよりは野良犬っぽい。
捨て猫の癖に妙にふてぶてしくて「拾いたければ拾えばいいじゃん」みたいにドンと構えていて、人が通りかかっても鳴きもしなければ見もしない。完全無視。
そのあんまりな姿に私は思わず吹き出してしまって、その猫を連れ帰ったのだった。
まあ思えば多分、捨てられてたんじゃなくてたまたまあの段ボールに収まっていただけのような気もする。
とにかく野良のような捨て猫のようなそいつを連れ帰ることにした私に朝井は
「……楽しそうだね」
と呆れたように言った。
呆れたようで、少しだけほっとしたような、力の抜けた顔だった。
家に帰り猫を洗ってやり(因みに洗っている間も「勝手にしろ」みたいに微動だにしなかった)余り物の肉片を食べさせてやった。
命名は朝井だ。ブータ。どうしてもクリア出来なかったゲームに出てくる、大きな猫の名前だそうだ。
後にその画像を見せてもらい、妙に納得した。ウチのブータにも赤いチュニックを着せたくなった。
猫といえばもっと見た目可愛い生き物のはずだったが、ウチのブータはおよそそれとは反対だった。
けれど夜明けが来るとえっちらおっちらウチのベランダに上り朝日を見守っていたり、あくびをして眠そうに見てくるのはどこか愛嬌があった。
そう思って見ればふてぶてしい顔つきも、味があるように感じてくるのだから不思議なものだ。
猫の趣味はやや人離れしている私だが、女の子を見る目は良いと思う。
そういえば、ほとり先輩を動物に例えるならきっと猫だと思う。
それもウチのブータみたいなのじゃなくて、上品なお姫様扱いが良く似合う可愛い猫だ。血統書とかがあるようなヤツ。
そう言うとほとり先輩は
「もう〜、皐月ちゃん上手ね。なあに? 何か欲しいの?」
と笑ってくれて、もう少しで
「いえいえほとり先輩が欲しいだけです」
と返す所だった。言えばよかった。
因みに隣でぼんやり本を読んでいた部長は大きな口を開けてゲラゲラ笑った。
「ほとりはそんなんじゃないよ」
「なによ、あたしのどこがそうじゃないって」
「お上品なお姫様扱いがお似合いのヤツは、帰りにさつま揚げ買い食いして舌火傷とかしない」
どうやらそんなことがあったらしい。ほとり先輩はムッとした顔で部長を睨んでから
「てい」
と本を取り上げた。
「おおラブリーマイエンジェルほとりたん。キミは世界で一番おひめさまだよ。まあつまりそれ返せ」
「心、こもってないからダメー」
手を伸ばす部長と……なんと言うか、見たことのない子供っぽい笑顔のほとり先輩は、何だか自分達の世界を作っていた。
朝井は早くに悟っていたようだけれど、私にもようやく分かってきた。
ほとり先輩達は、意外にバカップルだった。
楽な戦いだとは思っちゃいないけれど、こうまで絶望的だとさすがに心が折れそうになる。
でも、あの春の夕暮れに見上げたほとり先輩の笑みは忘れられない。もうこの際友達の延長で良いから浮気とかしてくれないかなあ。
人並みの恋愛には縁がない私だけれど、そういった背徳的なものへの憧憬はある。
ブータを飼い始めてから、他所の猫を可愛がるとふとあの不細工な顔を思い出してどうにも居心地が悪い。
そういえば、近くの少し大きな家で飼われているアメリカンショートヘアは人懐っこくて可愛くて、私はついつい構ってしまう。
よく庭で長くなったりしているが、塀から顔を出せば寄って来てくれるのでつい可愛がってしまう。
おかげで家の人にも顔を憶えられてしまったが。
ほとり先輩を猫みたいと思ったのは、たぶんそこのアメリカンショートヘアのイメージかもしれない。
逆にブータはどうも朝井を連想する。
ぶきっちょでふてぶてしくてあまり鳴かないあの鈍重な態度は、どことなく命名者の朝井に似ている。
ブータのことを考えながら他所の猫を可愛がっていると、なるほど浮気とはこういう感じなのかもしれないと思い妙にきまりが悪い。
撫でられてる猫の方もそんな人間の気持ちが伝わるのか、はたまた飼い主に気兼ねでもするのか、どうにも余所余所しい。
撫でられるのにもどこか距離を測っているような素振りをみせていて、それが少しおかしいのだが。
まあ、どうにも楽しみきれず、変な話だけれど私は憧れこそすれ自分が浮気をするのはあまり得意ではないらしい。
ほとり先輩にして欲しいと思っておいて随分な話だけれど。
季節は夏。
もうすぐ部長が合宿内容を発表するらしい。
朝井は窓際でぼんやりと何かの古い本を開いて、じゃれあっているほとり先輩達を眺めていた。
目が合うと「しょうがないなあ」みたいに肩をすくめていて、私はそんな朝井の「お前の気持ちは分かっているぞ」みたいな仕草がとても嫌いだった。
いつも朝井はそうだ。
私が痛い目にあっている時にはタイミングよくそこに居て、俺も同じだと黙っているのだ。
何が気に喰わないって、私に反論できないことだ。
今も、お母さんの時も。
何も言わず、でもただただ私と同じように傷ついてくれて。
その何も言わない態度が、私にはひどく腹立たしい。
押し付けがましくないけれど、だからこそ癇に障る態度をとって……
それが、私の朝井春樹だった。
◇
村越が猫の話をした時、どきりとした。
あれは確か十歳になるかならないかの頃だったと思う。
村越はお父さんと折り合いが悪くなり、家に居づらいのか街をウロウロしていた。
いくら治安の悪くない我が街とはいえ、小学生の女の子が一人夜遅くまでウロウロしているのは良くない。
俺はなるべく村越と行動を共にするように心がけていた。
何かを持て余したように街を徘徊する村越に、俺は何も言ってやることも出来ずにいた。ただただ後ろをついて歩いただけだ。
それはまるで餌をねだる野良犬のようで、ひどく心苦しかったのを良く憶えている。
その日も村越は夕暮れになっても帰ろうとはしなかった。
無味乾燥な街並みをただ歩き、ふと何かに気付いたように道端に座り込んだ。
目の前には汚い猫がごろんと寝転がっている。
雨風に晒された段ボールには投げやりな文字で「拾ってください」と書かれているが、これはこの猫の為に書かれた訳ではないだろう。
ふてぶてしい態度で、まるで可愛くなんてなくて、でっぷりと貫禄さえある体つき。
およそ拾われるつもりなんか微塵もないその猫を、村越は嬉しそうに見つめている。
多分、その猫のマイペースな様子が気に入ったのだろうと思う。
思い出せば、村越の趣味は少し人とはずれている。
キモ可愛いなんて言葉もあるけれど、それともまた少し違う。
可愛いとつけるのもおこがましいような素っ頓狂なものに、何かを見出すのだ。
死んだふりが得意な雑種犬やら、白目をむく癖のあるインコやら。大量のショウリョウバッタに瞳を輝かせていたこともあった。
どれもどこからともなく拾ってきた。そういう拾い癖も、村越の特徴といえば特徴だ。
犬もインコもバッタも、どれも“お母さん”が生きていた頃の想い出だ。
バッタは別にしても、それらの可愛いとは言えないペット達が死んだのも、何の因果か“お母さん”が亡くなった年だ。
それから村越の拾い癖もぱったりと途絶えていたのだが、その猫は琴線に触れたらしい。
懐くつもりなんか微塵もない猫に、俺は賭けてみたくなった。
せめて、村越の友達になってくれと。
名前はブータ。とっさに出てきた名前がそれというのも何とも言えないが、村越は気に入ったようだった。
ブータのマイペースは飼い猫になっても変わらないようだったが、慣れてくればそれがどことなく愛嬌があるような気がしてくるから不思議なものだ。
いつだったかは定かではないが、夏の夜明け。
寝苦しさにふと目を覚ますと、窓の外が白んでいる時間。
息苦しいような気がしてベランダに出ると、夜明けを待つブータに鉢合わせた。
村越の家のベランダに座り、明るくなっていく東の空を眺めている。
「おはよう」
ふと思い立って、ブータに話しかけてみた。
ブータは不思議そうに振り向いた。
「何が見える?」
ブータはまたすぐに夜明けを見つめ始める。俺もそれに習って東の空を見上げた。
何故だか分からないが、感謝したくなった。
色々面倒なことになっている村越のことが、少しだけ良い方に向かい始めている気がしたからだ。
村越が同性愛者だと言い出したのは、このすぐ後だった。
それで痛い目にいっぱいあったが、村越はどこ吹く風だった。
ペットは飼い主に似るというが、その逆もあるのかもしれない。
妙にふてぶてしくなった村越の変化が、良いか悪いかなんて分からないけれど。
俺は、感謝しても良い気がした。
村越が笑っているというだけで。
気付いているだろうか。
高校生になって、理由は何であれ部活を初めて。
ちゃんと俺以外に話す相手が出来たのは、これが久しぶりだということに。
部長の屁理屈に挑みかかるその姿は、本人は認めないだろうけれど楽しそうだ。
だから、ほとり先輩がらみとはいえ、この部活に入ってくれて良かったと思う。
もっとも、俺にそう思われるのは村越は嫌なようだったけれど。
意地っ張りで面倒くさくて、そしてマイペース。
それが、俺の村越皐月だった。
◇
期末テストも無事終了し、久しぶりに部室……というか資料庫に集った俺と村越に、部長はにやりと笑ってから
「希望通り、今年の郷文研は合宿を行う」
と切り出した。
「やっぱり部活といえば合宿ですよ」
後輩の癖に偉そうにふんぞり返って村越。
にやりと笑うその顔は、何か悪巧みを思いついたのだろう。
もっとも、村越の悪巧みなんて、せいぜい同性なのをいいことにほとり先輩にセクハラまがいの悪戯してやろう程度だ。
「それで、どこに行くんですか?」
にやにやと変な想像をしている村越を、これまたにやにやと見ていた部長を促す。
部長はにやりと得意そうにまた笑うと
「どこだと思う?」
と俺を試すような声で問いかけてきた。
考えてみる。
部長は悪戯好きで人の悪い所もあるけれど、こういう風に試すようにしてきた時は割りとフェアだ。
多分俺が知っていることで答えられ得ることなのだろう。
「…………ウチ、お金は全然ないんですよね」
「ああ。自慢じゃないが部費が下りた試しはない。まあ、元来校則通りなら部活じゃなくて同好会だしな」
同好会に部費も部室もない。つまり学校の補助はない。そして今まで部費として収めてきたお金は大半がお茶代だ。
「お金はない。そして部活内容を考えるなら地元から離れるはずもない」
郷土文化を研究するのに、他の土地に行くはずがない。
地元で、お金がかからない合宿をするとなると。
「ここで寝泊り……は、物理的に無理ですね」
「そだよ。因みに会館は体育会系が占拠してるから」
会館とは夏休みの合宿所として使われている建物だが、当然の様に体育会系部活動の天下だ。あそこにウチが入り込むのは革命でも起きない限り無理だ。
「校内も無理。となると……部長、まさか」
「まさか? どこかな?」
「……それはもう合宿じゃなくて、お泊り会とか、そういうレベルでは?」
「ご明察。いやー、頑張ったけど良い案がなくってさ」
うははは、と部長。途端に
「ちょッ!! 私に部長の家に泊まれって言うんですか!?」
当然の様に村越が反応する。
「あはははは、そんな訳ないだろ。お隣さん家に協力してもらう」
「お隣さん? あ」
俺が思い当たり、部長の少し後ろでにこにこしているほとり先輩に目をむけて
「当たり。あたしの家でお泊りね、皐月ちゃん」
とほんわか笑ってみせた。
「部長!」
俺と村越の声がハモる。
私が先だと目で訴える村越を無視して叫ぶ。
「それは色々問題が!」
「さすが部長! 今初めて尊敬しましたッ!!」
「お前ら落ち着いて、別々に喋れ」
俺の耳は聖徳太子じゃない、と呆れ半分に部長が笑う。
「第一朝井、同性なのに何も問題なかろうが」
「いえ、村越の場合そこにこそ問題があるというか何と……あだッ」
隣の村越が「それ以上喋ったら殺す」と目だけで言いながら腕を抓ってくる。
俺はそれをふりはらって、それでも言葉を続ける。
「だって村越はどう……あだだだッ」
「大丈夫大丈夫」
「そう、大丈夫」
部長とほとり先輩はにっこり笑って取り合わない。
「まあとにかく、合宿は八月二日から三泊四日の予定だ。各自わくわくお泊りセットを用意しておくように」
わくわくお泊りセットって、何だよ。そんな俺の疑問なんてお見通しだと言わんばかりに、部長はにやりとする。
「必要なもの全般だよ。後水着もな」
遊ぶ気満々だッ!
「それまでに文化祭の研究発表内容案を考えておくようにな。何もないようなら俺の案でいくぞ」
「部長の案って何ですか?」
もうすっかり上機嫌の村越は、多分この部に入って以来の一番上機嫌で部長に尋ねる。
部長も部長で、普段扱いづらい……いや、ある意味上手くあしらっているが……うるさい後輩の女の子が楽しそうなのに上機嫌になる。
「一昨年が民謡、民話の収集、去年が水害対策の歴史。今年は我が町の特産品についてまとめる」
「うわー、部長! まるで郷土文化研究部みたいです!」
「そうだろうそうだろう、って、ウチは郷文研だッ!」
うはははははー、と笑いあう部長と村越。
大丈夫なんだろうか、本当に。
そして夏休み。
特に目立った活動もなく、合宿初日を迎えた。
時刻は午前十時。
集合場所の駅前バスターミナルに着いた俺は、とりあえずその辺りのベンチに腰掛ける。
ぼんやりと道行く人の群れを眺める。
仕事中のお父さん達が鞄を抱えて足早に歩いていく。汗を拭き拭き、必死になって。
俺と同じく暇な学生がどこかに遊びに行くのだろうか? じゃれあいながらバスを降りて駅に吸い込まれていく。
どこかの奥様が小洒落た喫茶店に消えていく。汗一つかく前にウェイトレスに出してもらったお冷をぐいと一息するのだろう。
バスから降りてくる色々な人の行方を眺めているうちに、見慣れた姿がこちらに向かってくるのに気がついた。
アレで意外にフェミニンな趣味をしている村越は、ひらひらした服を着ている。
村越は生まれつき栗色の髪をしている。
そのおかげで昔はいじめられたり先生に叱られたりもしたけれど、向こうっ気の強い村越はその度に食って掛かった。
この髪は母に貰ったものだと。
いつも何かと戦っている、そんな村越が女の子らしい服装を好むのは、最後の一線でそうでありたい気持ちのあらわれだろうか?
自慢の栗色の髪は緩やかに波打ち風にさらしている。
夏の日差しに輝く鮮やかな白いブラウスは品を損なわない程度に、けれどふんだんにフリルをあしらっている。
膝上あたりの少し短めのサーキュラースカートは赤に清楚な花の柄が散らしてある。
ほっそりと伸びる足の先を白いミュールが飾る。
黙って立たせていれば、どうみても可愛らしいお嬢さんだ。これで女の子好きな奴だとはちょっと思えない。
波打つ長い髪をなびかせて、上機嫌の村越は
「私より早く来るとは、しつけがようやく行き届いたわね」
と偉そうなことを言い出す。言葉と格好のギャップの激しさが村越だ。
「俺はお前にしつけられた覚えはないんだがね、村越」
「ふふん、そんなの気取られるような下手は打たないわよ。それよかどうよ」
どうやら今日の格好のことらしい。
「あーあー、可愛い可愛い。超可愛い。皐月ちゃんマジ天使。ラブリーマイエンジェル皐月たんだよ」
「……あっそ。まあ、あんたに期待はしてないけどさ。あと、あんたいつもジーパンにシャツよね」
「まあね」
色々考えたけれど、結局いつものジーパンにシャツの適当な格好だ。
「せっかくお呼ばれされてるのにさ、気合入れないと!」
ふん。と鼻息荒い村越を眺める。
お前はそうだろうけど、俺がお呼ばれされているのは部長の家だ。そんなに気合入れる必要はない。
そういえば俺達は休日のほとり先輩がどう過ごしているのかまるで知らない。
俺はせいぜい入梅前に部長と買い物しているのを見たことがあるくらいだ。
あの時は確か淡い桃色の裾の短いワンピースに黒いカーディガン、ジーパン姿だった。
あの楚々としたほとり先輩のことだ。きっと麦藁帽子に白いワンピースなんかを着たりするのだろうか―――。
結果から言えば、ほとり先輩は俺とおそろいの格好だった。
迎えに来てくれた部長に連れられてバスに揺られ、辿り着いた先で出迎えてくれたほとり先輩は
「いらっしゃーい」
とニコニコと笑っている。洗いざらしのジーパンに白いTシャツとまるで飾る気のない格好で、あまつさえ何か作っていたのだろうか? 使い古したエプロンを腰にまいている。
しかし、そんな気取らなさすぎる格好で部長宅の玄関でニコニコと『お客様』を出迎える姿は、ひどく心に刺さる。
気合を入れて着飾ってきた村越は呆然とその姿を眺めて、そうしてから
「はい、お世話になります」
と持ち直して微笑んだ。
カジュアルというには油断しきった格好は、部長の家がそういう場所だと雄弁に語っている。
部長のご両親はどうやら仕事に出ているらしく、昼食はほとり先輩のお手製だった。
今年の研究発表の内容について小難しく語っていた部長は、ほとり先輩お手製オムライスが出てくると、ぱたりと話を止めてしまった。
どうやら部長の好みは子供っぽいらしく、オムライスにすっかり気を取られたらしい。
目の前でナイフを入れられたオムレツが、湯気を立ててライスの上に広がっていく。
バターの香りがふんわりと鼻を撫でていき、思わず喉をならすと
「これが神流家の本気のオムライスよ」
なんて微笑んでほとり先輩が上からソースをかける。
たっぷりの野菜が入ったデミグラスソースで、そんじょそこらのお店じゃ食べられそうにないくらい美味しそうだ。
「すごい良い香り。先輩、このソースは?」
父子家庭で自分でご飯を作らないといけなかった村越は、そのオムライスの出来に驚いている。
「えへへ、二人が来るから張り切って作ったんだよ。四日掛かったんだから、そのデミグラスソース」
「よッ……ひょっとして、ほとり先輩は料理好きなんですか?」
出されたオムライスをしげしげと眺める。
「そうだよ」
ほとり先輩は部長の隣にちょこんと座ると
「遠慮しないでいっぱい食べてね」
と微笑む。
「ウチの母親がこういうの教えるのが好きらしくてな」
部長はオムライス一つでニコニコしている。
「うん、今日も旨い」
「ありがとう」
目の前に座った二人微笑みあい、俺達はひどく居心地が悪くなる。
そういえば、神流家のと言っていた。いわばこれは、部長の『お袋の味』というやつで、そしてそれをほとり先輩は見事に受け継いでいる訳で。
「…………美味しい」
下手なお店で食べるよりもずっと美味しい手料理は、ひどく苦い味がした。
出鼻を挫かれた形になった俺と村越は、淡々と部活にいそしんだ。
と、言っても部長の用意した資料を適当に眺めて、文化祭について話し合い、ついでに歴代郷文研部員がお世話になったというご老人方に挨拶に回ったくらいだ。
「それで、二人の意見は何かないかな?」
ある程度まとまっている資料を前に、部長はニコニコとしている。
俺にしてみれば、もうこれをそのまま読み上げるのでも十分な気がするものだが、部長はそうでないらしい。
「俺は……これで十分だと思います」
手の中には戦前から作られていた農作物についてのご老人のインタビューが。
水はけの良い土地柄らしく、我が町は果物の生産に優れている。
様々な品種改良の歴史がそこから窺える。
より多くの収穫物を。より美味しい収穫物を。より安価な収穫物を。
そういった先人の努力だ。郷土文化の研究と言う意味なら、これで十分だ。
また、ささやかではあるが港に揚がる新鮮な魚介類も自慢だ。その魚介類をふんだんにつかった豪快な料理は観光資源にもなっている。
「本当に?」
部長は笑ったままもう一度問う。けれど俺にはもう何も言えない。この数ヶ月、ほとり先輩につられてと入った部活だとはいえ、俺はそれなりに資料庫に入り浸り郷文研の過去の研究内容に目を通したりしてきた。
文化祭は郷文研唯一と言っても良い研究発表の場だ。
そこで披露するのに、部長案以上のものなど俺には思いつきそうにない。
俺が用意していた案など、子供だましにすぎない。
けれど、村越はそうでなかったようだった。
「部長……これまで郷文研って、あの資料庫で研究発表会をやっていたんですよね」
「ああ。そうだ」
何かを用意していたらしい村越の言葉に、部長はにやりとしてみせる。まるで、それを待っていたような。
「けど今年に限って言えば、例年以上に人手はあるんですよね。正式に入部はされてないほとり先輩もカウントすれば」
「そうだな。ほとり、カウントされるか?」
「うん。今更仲間はずれもひどいんじゃないかな」
「提案」
「どうぞ」
負けず嫌いで、向こうっ気が強い村越は、初めから部長案で行くつもりはない。反対の為の反対でも言うのか。
そう思った俺は、まだまだ村越皐月という女を理解していなかった。
そんな……底の浅い奴ではなかった。
「出店をしましょう」
にこりと笑って、そんなことを言い出す。
「ほう。出店、ねえ」
部長は自分以外の意見が出たことが嬉しくて仕方ないようで、続けろと目で促す。
「こんなに人手があるんですから、資料庫ですし詰めになっている理由ないですよね」
「そうだな。だが、どんな店を? ヤキソバやらお好みやらなら他の部活やクラスでもやるから、わざわざする必要ないよな」
「だから、私達らしいものを提供するのが必要ですよね」
「私達らしい」
部長が小さく繰り返す。
その言葉に、俺も驚く。気付いていないのは口にした本人だけだ。
ほとり先輩につられて入ったクチの村越が、この部活を私達と呼ぶ。
三ヶ月も通えばもう愛着がわくということか。部長はますます嬉しそうに
「聞こうか」
と、しかめっ面になった。
「郷土文化の研究発表は、何も模造紙と原稿用紙で出来る訳じゃないです。例えば」
村越は台所へ。夕食の材料であるらしいスルメイカを持って帰ってくる。
「今ならこういうの使った料理が美味しいですよね。単に特産品を口頭で発表するんじゃなくて」
「ふむ」
部長はほとり先輩を一度見てから
「だが、そこまで大掛かりなことをする予算はないぞ。どうするつもりかな?」
とまたしかめっ面になる。それを見た目通りに受け取っているのは村越だけだ。
後ろではほとり先輩が楽しそうにしていて、俺も自分の感じ方が間違ってないことを確信する。
部長のしかめっ面は、嬉しくて仕方ないのを隠しているだけだ。少し油断すれば、きっとあの口の端はさも愉快な様に大きく歪むに違いない。
「忘れましたか? 今は夏休みです。短期のバイトを数件問い合わせておきました。私と朝井に限って言えば宿題も終わらせてあります」
振り向く村越はにやりと得意そうだ。夏休み初日からせっつかれて、確かに珍しく俺も宿題を終わらせたが……まさかこの為だったとは。
「……俺とほとりも終わらせてある。ふむ……」
部長は本当に楽しそうにしかめっ面をしてから
「よし、それでいこう」
あっさりと部長は自分の案を引っ込めた。
「え?」
多分何かもっと反論が来ると思っていたのだろう。村越はキョトンとした顔になる。
「本当にいいんですか?」
「良いよ。百聞は一見にしかずとも言うし、名案だよ。まあ、この場合は一見じゃなくて一食だろうけど」
部長は自分の資料の端ををトントンと揃えてから
「でもまあ四人じゃちょいと人手が足りないかな」
携帯片手に窓を開けてベランダへ。少し広めに取られているベランダは、どうやら洗濯物を干すのにも使われているらしかった。
「あー、文芸部。今年の出し物決まったか?」
どうやら相手は文芸部部長らしい。
「そりゃ丁度良い。どうだ、一口乗らんか?」
もう我慢の限界だったのだろう、いかにも楽しそうに部長は笑う。
「いやな、今年はおんもでやろうや。中庭で屋台。や、特産品の研究だったんだがな、折角だし食べてもらおうかってことで」
ほとり先輩が悪戯っぽい笑みを浮かべてそっと窓を少し開けてくれた。俺達は窓に集り聞き耳を立てるが、部長は気がついていない。
「なるなる。大丈夫。だいたい書道部が焼き鳥売ってたりするんだから構わんだろうが。どうしてもってんならメニューの横におすすめの本一覧でも張り出しゃ大丈夫だろ」
ベランダの柵にだらしなくもたれかかって、部長は上機嫌で続ける。
「え? 分かるか? ウチの期待の新人の案」
ほとり先輩は、村越ににっこりと笑いかける。こんな時にどんな風な顔をすればいいのか分からない村越は、むすっとしたままだ。
「まあな。でだ、お前の彼女さんだって定食屋の看板娘だろ、料理は達者だって聞いたぞ。ウチのほとりと二人がかりなら旨いのが出来るだろ」
ほとり先輩は「まかせなさい」みたいににやりとした。今までのほとり先輩のイメージを覆すような、笑みだった。
「そっちの後輩も女の子なんだから売り子してもらってさ。どうせなら売り上げ一位でも目指そうや」
呆れたことを。と小さくつぶやく村越、けれど声音は柔らかい。
「あはははは、俺らがむさい顔突き出すよりか、女の子に前に出てもらった方が売れるだろ」
聞かれているとは思っても居ないのだろう、部長も部長で、今までの傲慢なイメージを覆すような優しい声だった。
しばらくの沈黙。
どうやら文芸部の部長さんが考えているらしい。そうして、どうやら良い答えが返ってきたようだ。
「よし、じゃあその線で。メニュー案考えておいてくれ。資金は折半、バイトなりなんなりで稼ぐと言うことで。詳しい金額は明日またこの時間に。じゃあ、よろしく」
一息に話終えた部長は、携帯をポケットに仕舞うと大きく深呼吸して表情を引き締めてから振り向く。
俺達はいかにも「聞いていませんでしたよ」という素振りで元の席に戻っている。
「人手が足りないだろうから、文芸部に助けを求めた」
気が付いているのかいないのか、部長はいつも通りの偉そうな声でそう言った。
「幸い力を貸してもらえるそうだからな、後は資金だが」
「まずは何を出すかね。それが決まったら材料費、光熱費、必要なら調理器具の調達費用ってところかしら」
ほとり先輩が指折り数える。
「んじゃ、今夜は何を出すかを決めるか。文芸部からも案は出てくるだろうし。さっさと決めちまおう」
こうしてみると、後輩で男の俺が思うのもどうかとは思うが、なるほど可愛い人だ。
郷文研サイドのメニューと予算案を用意出来たのは翌日午後で、それから部長は俺達の相手をほとり先輩にまかせて出て行った。
どうやら文芸部の方と話し合いに行くらしい。
俺達は夕飯の寿司の用意を手伝うことになった。
ほとり先輩は村越に寿司酢の作り方から教えている。ごく真面目な顔で村越はメモを取っている。
米酢六割に粕酢四割の合わせ酢に、上白糖、味醂、蜂蜜と塩を混ぜて二週間ほど寝かせるのが部長の『お袋の味』であるらしい。
特に塩加減に気を配って作るのが大事、だのと村越のメモには赤ペンで書かれている。
料理などしない身の俺には、寿司酢ってあんなに砂糖やら蜂蜜やらの甘味が入っているのかとただただ驚くばかりだ。
ほとり先輩が慣れた手つきでおひつのご飯を手早く作り置きの酢に合わせて団扇であおれば、寿司酢の甘い匂いが漂う。
今朝港に揚がったばかりの魚介類が、俺達が知っているほとり先輩からはイメージ出来ないほど豪快に散らされる。
散らし寿司と言えばマグロやらタコ、イクラ、ウニなんかが乗っていると思っていたが、今日のそれは違っている。
ゴマアジ、カンパチ、スズキ、カツオにスルメイカ。どれも地元の魚介類だ。
イメージとは違う出来の散らし寿司だがいかにも旨そうだ。
ほとり先輩に言わせれば寿司にならない魚はないらしい。
近場の、旬の物を美味しく作るのも重要だそうで、村越のメモに赤ペン二重丸がついた。
紅しょうがに茹でたキヌサヤ、青紫蘇、キュウリの薄切り、錦糸玉子をあしらえば、見た目も華やかな散らし寿司の完成だ。
見計らったかのように部長と部長のお母さんが帰ってくる。
ほとり先輩お手製の寿司に、部長は上機嫌になっている。どうやら文芸部とのお話も上手くいったらしい。
ほとり先輩の料理の先生にあたる部長のお母さんは、出来上がった散らし寿司を見て
「うん、上出来」
と笑ってみせる。ほとり先輩は安心したように微笑んでいて、また一つ俺達の知らない顔を見せられたのだった。
部長一家の団欒にお邪魔して二日目、部長のご両親は気さくで、俺も村越も随分良くしてもらった。
今なら、部長が人は悪いけれどお人よしな所が何となく理解できた。
ああいう両親に育てられてなら、確かに分かりにくくこそあれ優しい人になるだろうと。
翌日、一応予定を全て終えた俺達は、部長とほとり先輩に連れられて海へ。
と言っても、地元の海岸だ。もっとも八月上旬、夏真っ盛りの海辺は混雑している。地味な地方都市とはいえ、だ。
合宿三日目は心置きなく遊び倒すらしい。受験生の二人はこの後の夏休みも勉強があるらしいが。
文化祭の為の資金集めのバイトに、受験勉強に、最上級生の夏は大変そうだが下級生の俺達にはどうしようもない。
せめて良い気分転換になるようにと思うばかりだ。
男二人で押入れから引っ張り出してきたパラソルを用意しシートを敷いて、女の子二人を待つ。
部長はパラソルの用意だけでくたびれたらしく、日陰で長くなっている。
「部長、もうそろそろほとり先輩達、来ますよ」
「んー、よし、朝井」
ごろりとこちらに向き直って部長。
「二人の相手はお前に任せる。棒倒しでも遠泳でも好きにしろ。何なら村越連れて波打ち際で追いかけっこするもよし、岩場の影で人には言えないことに没頭するもよし」
「ほとり先輩とします」
「あっはっはっはー、資料庫に片付けられたいか? 朝井」
「あと突っ込み遅れましたが、海に来てすることで棒倒しと遠泳が真っ先に出てくるのはどうかと思いますよ、部長」
「あんまりおんもで遊ばない子だったんだよ、俺」
「まあ、それは人のこと言えないんですが」
そんな何の役にも立たないことをだらだら話していると、きゃいきゃい言い合いながらほとり先輩と村越がようやく現れた。
「お待たせー」
「朝井、ほとり先輩の方向くな」
楽しそうに笑いながらほとり先輩が部長の少し後ろの定位置へ。村越はむっつり顔でその傍へ。
俺は日陰を女の子二人に譲って立ち上がった。
やはりここは、丁寧な説明が必要だろう。
日本に古くから伝わる美しい髪は濡れ羽色というが、ほとり先輩のそれは正にそのままだ。
夏の強い日差しに煌く長い黒髪はいつかと同じような美しさで、大切に手入れしてきたのがありありと見て取れる。
優しい笑みを浮かべる瑞々しい唇。
飴細工のようにほっそりとした首筋。
処女雪色に輝く素肌。
穏やかでいて艶やかな胸と、それを覆う淡桃の薄布。
驚くほどの細身にくびれた腰。
そしてひるがえるパレオはやはり淡桃色。
小さな貝を思わせる足の爪が、その揺れるパレオの間から覗くのがひどく印象に残った。
しげしげと眺めすぎたせいだろうか、ほとり先輩がとがめるように小さく唇を
「めッ」
と動かすのが、二つ年上のお姉さんとは思えないくらい可愛らしくてドキドキして、そこで思いっきり耳を引っ張られた。
「朝井、何ほとり先輩に見入ってんのよ」
ずきずきと痛む耳を押さえて振り返ると、頬を赤く染めて眉を吊り上げた村越がそこに居る。
「いや、ちゃんと見て説明しろって期待されてる気がして」
「意味分かんない、そんなに女の子見たいならそこらを歩いてるのにしろ」
あんまりなことを偉そうに言う村越は、不機嫌そうにこっちを睨んでいる。その秋色の瞳の中には、何かにうろたえている俺が映っている。
村越自慢の栗色の長い髪が、潮風に揺れる。
まるで空に溶けてしまいそうなほど儚く広がる髪は、俺には分かる。村越の髪は安っぽく染めた人工の色にはない柔らかさと強さを兼ね備えている。
向こうっ気の強い村越らしく、生まれつきのそれをむしろ誇りとして大事にしてきたことが文字通り色に出ているよう。
小ぶりの顔は、負けるもんかと強がるような表情だが、それがむしろ痛々しいから愛らしい。
きッと真一文字に噛み締めたか弱そうな唇。
強張った首筋は手折れそうな程に甘い。
朝霧めいた素肌は陽炎のように透き通った白。
思いのほか女性らしく実った胸を、挑みかかるような際どさで白い水着が隠す。
艶やかな腰から下肢への線は思いの外可憐で、どきりとする。
足元の白いミュールは多分お気に入りだ。
やけくそというか、捨て鉢というか、扇情的な水着を選んだ村越は、色っぽいというよりもどことなく危なっかしいと思うのは俺だけだろうか。
ほとり先輩が華奢なのにどこか健やかで女性的なのだとすれば、村越には艶やかに育ったことそのものを拒否して強がる痛々しい愛らしさがあった。
何と言うんだろうな、こういうの。
まるで、人に馴れていない、決して懐かない仔猫をかき抱くような。
そんなことを思っていると、村越はますます機嫌の悪い顔になる。
「女の子じろじろ見てにやにやするな」
もっともだったので、小さく頭を下げて顔を背けた。
「あたし日に焼けるとすぐに赤くなる性質だからね、修」
「ん、出せ」
部長はほとり先輩の差し出す日焼け止めクリームを受け取ると
「背中だけな、他は自分でやれな」
と無表情で言った。三ヶ月も経てば分かる。あれは緊張したり恥ずかしいのを必死に堪えているのだ。
村越が「代わって欲しい」と言いたそうにしているが、一瞬で二人の世界を作ってしまった。
あれやこれやと文句を言いながら、それでも部長は丁寧に、大切に、愛しいそうに背中に日焼け止めを広げていく。
じっと見ていても仕方がない。
俺は村越を促す。居た堪れず歩き出した俺に、一瞬だけ救われたような目を向けて、それから機嫌を損ねたようだった。
「村越、海っていつ以来だ?」
「あんたと同じにきまってるでしょ」
やっぱりそうか、と思う。
この数年、そういった想い出はほとんどない。
「あんた、泳げるようになった?」
ふと足を止めた村越は、どうでも良いように言った。視線は海に。平日の為か人も疎らな夏の田舎の海を眺めている。
「一応。そんなに得意って訳じゃないけど」
「そ」
つまらなそうに囁くような声を返してきた村越は、それで海に興味をなくした様だった。
振り返れば、部長がほとり先輩の手の先にまで日焼け止めを塗っているのが見えた。
飲み物を買って帰ってくると、部長達はさっきまでのことなどなかったような素っ気無い顔をしていて、少しおかしかった。
その夜、俺は部長と二人並んで横になりながら、ふと尋ねてみたくなった。
「部長、一つ良いですか?」
「あん?」
窓の向こうはどうやらほとり先輩の部屋であるらしいが、まだ灯りが付いている。
女の子同士のお喋り、と言えば聞こえは良いが、なにせ相手は同性愛者を標榜する村越だ。何がどうなっているやら。
「部長、村越のことなんですが……」
「どうかしたか?」
「その……何と言うか。少し風変わりな趣味をしていまして」
「趣味、ねえ」
部長はがりがりと退屈そうに頭を掻く。
「まあ、聞いてるぞ」
「え?」
「まあ、ほとりからな。多分そうなんじゃないかなあ、って言ってたからなあ」
ごろりと背中を向けて部長。
そうか、ほとり先輩は、気付いていたのか。
「心配なら無用だ。どこの誰が相手だろうが、ほとりはそんな簡単になびく安い奴じゃないからな」
退屈そうに部長は付け足す。
「後、俺も……そんな簡単に譲るほど、アホじゃない」
だから、俺は、どんなに足掻いてもほとり先輩に手は届かないのだと思い知った。
◇
ひょっとすると、そういう意図もあったのかも知れない。
ほとり先輩は私のつまらない話にもニコニコと微笑んで聞き入ってくれていて、それで分かってしまった。
手を伸ばせば届きそうな所に、ほとり先輩の整った顔が横になっている。
「先輩……先輩は、その……どうして部長と?」
さんざんお喋りをして夜も更けた頃、さすがに灯りを消して横になる。
油断しきった格好のほとり先輩がすぐそこで静かに目を閉じていて、その横顔が綺麗だったから尋ねてみたくなった。
どう考えても不釣合いな二人だった。
なるほど、確かに部長は私が思っていたよりはマシな人物かもしれない。
第一印象はどこにでもいる、ずぼらで薄汚くて無神経で屁理屈が得意なだけの男子高校生だった。
あれから三ヶ月。ほとり先輩がいるから我慢して通っていただけの部活は、私が思っていた以上に心地良い場所だった。
確かに部長はずぼらで無神経かもしれなかったが、誠実ではあった。
でもそれだけだ。ほとり先輩にふさわしい男とはとても思えないのは変わらない。
一体ほとり先輩は、部長の何が気に入ったのだろうか……。
「こう言っては何ですが、特にカッコいい訳でも、スポーツなんかが得意な訳でもないですよね? 確かに物知りかもしれませんが」
それも、あまり役に立つとは言えない様な、他人の興味を惹くとは思えない様な方面で。
ほとり先輩は楽しそうにくすくすと笑って、他人事のように
「そっか。皐月ちゃんには、そう見えてるんだ」
と呟いた。
「確かにね、あたしも少し前まではそんな風に思ってなかったんだよ」
「え?」
幼なじみで隣に住んでて、窓を開ければベランダを隔ててすぐそこの部屋で……そんな冗談のようなシチュエーションで。
何かの作り物のような、うそ臭いような、現実味のないような恋をしている二人だから、きっと生まれた時からそうだったのだと思っていた。
「修はぼんやりしてて優柔不断で、要領悪くて泣き虫で不器用さんで……」
「泣き虫? 部長がですか?」
「そうよ。修は小さい頃から泣き虫なの。今だって本当はあまり変わってないわよ。でも……そうね、特に嬉しい時はなおさら」
まるで想像もつかない。
部長はずぼらで薄汚くて無神経で屁理屈が得意な男子高校生だ。胡散臭く鷹揚ながら、一応誠実かもしれないけれど。
そういう人だ。泣き虫なんていうのはあまりに突飛なイメージだった。
「小さい頃はあたしの方が背も高くて、それに女の子の方が先に大人になるじゃない? だからお姉さん顔して引きつれたりして」
ほとり先輩は、懐かしそうに目を閉じたままだ。よどみなく語る想い出は、多分いつでも取り出せるように仕舞ってあるからだ。
「ケンカなんかしたらあたしの方が強いくらいだったもの。ちょっと大きい犬が居たらへっぴり腰で逃げようとするし、年上の男の子にいつも使いっ走りさせられてたし」
それはイメージどおりだ。目の端に涙を浮かべて走り回る小さな部長が思い浮かぶ。
「お父さんに屁理屈でやり込められては逃げ帰ってたっけ」
なるほど、今私にやっているのはその意趣返しか。そのうち痛い目に合わせてやる。
「でもね……すごく優しい。照れ屋でなかなか表に出さないケド。後になって思い返してようやく気付くような、分かり難い優しさだけど」
後になって思い返してようやく気付くような。
そのフレーズが、引っかかった。
「あたしが修を好きになったのは、中学二年生の時だった。痛い目にあった時、修だけが一緒になって悔しがって怒ってくれて」
喉の奥に、何かが刺さったような。そんな息苦しさを覚えた。
「みんなが慰めようとする中でさ、修だけがあたしに共感してくれたのが……凄く嬉しかったのを憶えてる」
それは、多分つまらない想い出だ。けれど、つまらないからこと尊い。
「いつもだらしない顔をしてる修があたしの為に怒ってた時、思った。今度はあたしが修の味方になろうって」
味方。
一緒になって痛い目にあって、気持ちを共感してくれて、そして代弁してくれる、人。
「そうしたら、なんか……こうなっちゃった」
あはは、と笑うほとり先輩は、本当に幸せそうで。
「分かりました……ありがとうございます、先輩」
私は、何だか泣きたくなった。
ほとり先輩を諦めないといけないことが悲しいのか。
それとも他に何か嬉しいことでもあったのか。
まるで分からなかったけれど。
◇
修の手が、おずおずとあたしの指先まで丁寧になぞっていく。
恥ずかしがり、むずがる修に頼み込んでようやく日焼け止めを腕も塗ってもらっている。
「何かさ」
「ん?」
無言の修に、あたしは言いたくなった。
宝石でも磨くみたいな優しい手つきで、あたしを扱ってくれているのにドキドキしたからだろうか。
「背中だと自分で塗れないから誰かにしてもらうものじゃない?」
「まあ、そうだな」
修は素っ気無く答えたけれど、首筋や耳が赤くなっている。
「でも、手だと自分でも出来るトコじゃない?」
「そうだよ」
「だからね、なんだかあたしは背中より手に塗ってもらってる方がドキドキする。凄く大切にしてもらってるって、そんなこと思ってさ」
「何を……」
呆れたような修の手を握って
「ん……」
キスを、ねだった。
今回以上です。
長々と失礼しました。
その手のシーンは次か、そのまた次くらいの予定です。
おかしいなあ、前回よりも短くするつもりだったのになあ。
もっとイチャイチャしてるだけのお話にするつもりだったのになあ。
乙です
皐月ちゃんのデレが楽しみでwktkが止まりません
しかし、忍法帳はめんどくさいね
GJ!乙です
GJです。ますます気になる文芸部。
ところで“おんも”って何?
(多分関西弁で)おもて、野外の意味
おんもでやる→野外でやる
おんもで遊ぶ→外遊びをする
自分が関西人だと関西弁だから幼児語だか時々分からなくなる
>>308 >>309の言うとおりです。つい使ってしまっただけです。
因みに歳時記の舞台は日本の太平洋沿岸沿いの地方都市です。
イメージは茨城とかあの辺だったんですが……まあ、それは読んで下さった方が適当に決めてくれて良いです。
多分あなたの街の、どこかに彼らも住んでいます、と言ってみる。
私の出身が関西なので、つい使ってしまいました。
俺ばりばりの河内弁だがおんもとか大阪で聞いたことないぜw
それ関西弁じゃねーだろw
>>312 自分は関西だが、おんもは言ったことあるし聞いたこともある。
まあ、あまり一般的とは言いにくい言葉だし、そう目くじら立てられると恥ずかしいな
関西じゃなくても、結構広く使われている幼児語ですよ
GJでした
某知恵袋に
幼馴染(男)からずっと告白されてるけど私(女)は恋愛対象とは考えられず、ずっと笑顔で断ってた。
告って初カレが出来たので、余の嬉しさに男に報告したらマジ泣きされて引いてたら
「俺がどれ程ウンヌン、女は俺をカンヌン・・・」とグチグチ言われ悩んでると相談話が載ってた
やっぱリアルはこんなモンなんだね・・・
いい歳してまだリアルなんかに目を向けてるの?
いい年だからこそリアルに目を向けたくないんだよ。
言わせんな恥ずかしい。
○刀乙
>>313 どこ出身?別に何県何市かくらい言ってもいいだろ
おんもとか大阪じゃ絶対言わない、あと京都にも住んでたし滋賀や兵庫にも友達いるけど聞いたことないな
『おんも』っての全国的な幼児語じゃないのか?
「春よこい」って童謡でさ
あ〜るき始めたちいちゃんが〜♪
あ〜かい鼻緒のジョジョ?履いて〜♪
『おんも』へ出たいと待っている〜♪
って歌った記憶はあるぞ
ちなみに俺は京都出身
>>319 俺兵庫の加西。おんも聞いたことがあるぞ
つうか、君の世界が狭いだけじゃね
>>316 それは女も悪いだろ。
報告の仕方をキチンとしないからだと思うけど。
なんだかおかしな流れだし、即興で一本書いてみた。
というか忍法帖の面倒臭さにとうとう折れて●購入して、さっそく色々したいだけだが。
03,5 好きだって今日は言ったっけ
せっかちな父の影響なのか、それともぼんやりした幼なじみが傍に居るせいなのかは分からないケド、あたし自身はそれなりにしっかり者だと思っている。
生まれてこの方無遅刻無欠席で通しているし、忘れ物なんかほとんどない。課題をしてこないなんてありえないし、どんな小さな約束だって忘れない。
愛用の手帳には、いつも細々としたメモでいっぱいだ。
修なんかはそれを見て
「よくそんなに書くことがあるな」
なんて言うケド、あたしに言わせれば同じ学生の身分なんだから必要なメモの量は大して変わらない筈なのだ。
その辺りが忘れ物の有無に関わってくるのだと修には言うのだが、そもそもメモを持ち歩くということから出来ない男なのだ。
必然、あたしがあれやこれやと口を挟むことになる。
初めは憮然としていたものの、最近ではようやく納得したらしく大人しく耳を傾けてくれる。
そんな時に少しだけ思うのだ。
本当に、修はあたしがいないとダメなんだから、と。
あたしと疎遠だった時期もそんなに苦労した風でもないんだから本当はそんなことないんだケド、そう思えることを嬉しがっているだけで。
修には言えないケド、これがあたしの甘え方でもあるのだ。
愛用の手帳には予定やメモの他に、ささやかではあるが日記も書いてあることがある。
日々のちょっとした嬉しかったこと、良かったことを書くようにしている。
嫌なことや辛いことがあった時、ふとそれを読んで元気を出せるように。
嬉しかったこと、良かったことと言っても大層なことは書いてない。
テストで良い点が取れたとか、お店でおまけしてもらえたとか、流れ星が見えたとか、美味しい物を食べたとか、ふと見たテレビに好きな歌手が出ていたとか。
後になって読み返してみても、わざわざ書くほどのことかと我ながら思うほどのつまらないことだ。
部屋が整理出来ないからなるべく物は捨てるように心がけているケド、手帳はなかなかそうはいかない。
年末なんかになると、思い切って捨てようと思う。
わざわざ声に出して「今年こそ捨てるぞ!」と自分に言い聞かせても、結局残してしまう。
そのせいか、中学生からこっちの数冊分の手帳がまだ残っている。押入れに仕舞われた手帳は、あたしにとってアルバムでもあるのだ。
ボールペンの代え芯を探していると、引き出しの奥から去年の手帳が出てきた。
どうやら年末に片付け忘れていたらしい。ふと手帳を開いてみる。
細々とした予定やメモに混じって書かれた些細な出来事。
けれど、ふと忘れられたように白いままの部分もある。
さすがに毎日毎日予定や良いことばかりではなかったということなのだろうケド、それでもこの日は何があったのか思い出したくなった。
一ページにつき一週間の手帳。一日分の空白は横に長く、意外に大きい。
書くほどもない些細なことしかなかった日がどうだったのか、今となってはもう思い出せもしない。
本当は些細なことでも良い日だったかも知れないし、ひょっとすると何か嫌なことがあったのかも知れない。
思い出せないというのはどうにも居心地が悪い。卵にうっかり殻の欠片を混ぜたまま焼いてしまって、それを噛んだ時のような。
空白の部分に思いをはせながらページをめくっていくと、ふと急にそれがなくなった。
はて、何をきちきちと書いているのかと思うと、修のことだった。
やれ修が服のボタン取れたままにしていただの、作ったお弁当を褒めてくれただの、球技大会で相変わらず活躍しなかっただの。
つまらないことばかりだ。修のことばっかりだ。
何を思ったのやらと、頬が緩む。それはあの日以降で、我ながら現金で笑えてしまう。
もう八月だが、そう言えば今年の手帳も修のことでいっぱいだ。
大体今まで探していたボールペンの代え芯だって、手帳に書き込もうとして切れているのに気付いたのだ。
先ほど筆不精ならぬ電話不精の修から珍しくかかってきたのが嬉しくて残しておこうと思ったのだ。
電話不精の修から特に用もなくかかってきたというだけで嬉しいことだ。
忘れないうちに書いておこうとペンの芯を用意した。
筆不精でもある修だが、妙に文房具に愛着らしきものがある。
普段から使うペンを本妻、予備を二号、三号と呼んでいる。
正直あまり気持ちの良い呼び名ではないので止めて欲しいケド、『本妻』はあたしの愛用のペンと同じだからあまり強く言えない。
それにいつだったか修が買ってくれたもので、だからこそ愛用なんだケド。照れ屋な修にとって、精一杯の『お揃い』だった。
その本妻を使い、些細なことを今日の枠に書き込んでから思い出した。
あまり『好き』なんてことを言ってくれない修が、この本妻を使って初めて書いた文章は、あたしにくれた手紙だった。
おかしな話だケド、付き合い始めてから修はラブレターをくれた。
いつか修が貰っていた時のことをふと思い出して話したその次の日に、本妻を添えて渡してくれたのだった。
手紙にはいつも色々と助けてくれることに対しての感謝の言葉が偉そうな文章で書かれていて、最後に付け足したような素っ気無さで『好きだ』とあった。
ラブレターと呼ぶにはあまりに硬い文章は照れ隠しで、四苦八苦しながら書いている姿が目に浮かんで微笑ましかった。
逆に修は、あたしが好きと言えば付き合い始めてから九ヶ月経っても、やっぱり怒ったような照れたような不機嫌なような顔になる。
そのだらしなくも可愛い顔を見るのが楽しくて、あたしは折をみては好きだって言うようにしている。
今日は電話で話しただけで、顔を見ていない。
ふと修の複雑な顔を見てみたくなり、お出かけの用意を始めることにした。
今回ここまで。
即興で書いたので、アレな所もあるかもしれませんがどうかご容赦。
>>326 GJ
発言により変な雰囲気にしてしまい、すいませんでした
>>327 そもそもの元をただせば私の投下したものが原因だから、謝ったりしてくれるな。
そんなことより幼なじみの話しようぜ!
俺が
>>308で質問したのがよくなかったんだと思う。
こういうことは自分一人で調べて納得しておくべきだった。
お気を遣わせてしまって申し訳ない。改めてGJです。
あることは知ってたけど意味が思い出せなかった残念な奈良県民が通るぜ。
いつもほとり歳時記の語彙力に嫉妬しながらgjと言ってる。
>>328 相変わらずのクオリティで心があったかくなる。
しかし朝井と村越は両想いになる展開がまるで想像できない。
片方同性愛者だし。
何が起こるのか。その何かを楽しみにしてます。
ほっこりたまらないごちそうさまです
333 :
名無しさん@自治スレで設定変更議論中:2011/06/14(火) 21:12:14.18 ID:NexCXgRH
那智子の話続きはもう無理かな
グッジョブ
手帳の空白が気になるなー
>>316 幼なじみに一途に20年近く思い続けられてるっていうとある映画で
思われている方を演じた女優さんが
そんなこと現実にあったらキモいですよねって
インタビューで答えてたのを思い出したw
幼なじみもファンタジーなのか………
335 :
名無しさん@自治スレで設定変更議論中:2011/06/14(火) 22:25:26.08 ID:NexCXgRH
悲劇だが源義高と大姫
>>335 義高と大姫といえば、高校演劇を元にしたっていう『あの日見た桜』ってマンガが良かった。
いまでも時折読み返しています。
337 :
短編@台詞無し:2011/06/16(木) 21:50:45.14 ID:pISWGL7l
こちらのベランダとあちらのベランダの間には古びた小さな橋が架かっていて、さっきまで降っていた雨のせいで濡れている。
小学校の入学と同時にこちらの父親とあちらの父親が協力して作った橋はかなり頑丈で、私が乗ってもビクともしない。
あちらのベランダに辿り着くと、タイミング良く窓の向こうのカーテンが開かれ、あいつのブスッとした顔が出てきた。
それに笑顔を返すと、あいつはそのブスッとした顔のまま鍵を開けて、私を招き入れた。
部屋に入ると仄かな甘い香り。
あいつは自分のベッドにどかっと座ると、テーブルの上を指さした。
そこにはお皿が2つ置いてあって、それぞれ違うショートケーキが乗っていた。
片方はお店のもの。そしてもう一つは、あいつが作ったものだ。
あいつは手先が器用で、料理は大体なんでも出来る。
女の子としては少し複雑だが、あいつの料理はとっても美味しい。こちらの母親もむこうの母親も舌を巻くぐらいだ。
最近はお菓子にハマっているらしく、たまにこうして用意されている。
つまり、どちらが美味しいか食べ比べてみろと言うことなのだ。
338 :
短編@台詞無し:2011/06/16(木) 21:51:51.80 ID:pISWGL7l
あいつは私にケーキの空箱を見せる。ここら辺では有名なお店のパッケージだ。
このお店と勝負するのは無謀の様な気もしたが、食べてみなければわからない。
私はまず左側のお皿を手にとった。
あいつはそっぽを向いて目を閉じていて、こちらの反応もあちらの反応もわからない様になっている。
以前の味比べの時に、お皿を手にとった時のあいつの反応が露骨すぎて、どちらがあいつのかがわかってしまったときがあった。
そのとき私は、味の良し悪しも考えずにあいつの方を絶賛すると、自分の方が負けていると自覚していたらしいあいつは、ご機嫌取りをして欲しいわけじゃないと激怒して、土砂降りの雨の中に放りだされてしまった。
それ以来、あいつはこうしてこちらの反応もあちらの反応もわからないようにするようになった。
左側のケーキを切り崩し、一口。しつこくない甘みと、フルーツの微かな酸味が舌をくすぐる。
次に右側のケーキを切り崩し、一口。柔らかなクリームの甘みと、ふわふわのスポンジがシンプルでありながらも、いつまでも口にいれていたいような気持ちにさせる。
二口目、三口目と口に入れていく。
…………しかし、今回は一口で決まってしまっていた。
339 :
短編@台詞無し:2011/06/16(木) 21:52:58.83 ID:pISWGL7l
なんでも凝ってしまうあいつのことだから、おそらくフルーツの入っていた方があいつの作ったものだろう。
確かにこちらも美味しいが、やはりこっちのふわふわのスポンジには勝てない。
スポンジとクリームは口の中に入れるだけでとろけるような甘さで、それでいて飽きさせない。
完全にこっちの勝利だ。あいつには悪いが、この判定は覆せない。
2つとも食べ終わると、あいつのブスッとした顔がこちらを向いた。
私は迷わず、右側を指す、こちらの方が美味しいと。
あいつは少し驚いたような顔をして、それから、どっちが自分の方かと尋ねてきた。
私は今度は左側を指さして、もちろんこっちも美味しかったけどね、とフォローをいれた。
あいつは俯き、唇を噛んでいる。今回はよほど自信があったらしい。
悪いことをした気になってしまうが、きちんと判定をしろと言ったのはあいつの方だ。そして私はそれに従った。
あいつは俯いたまま、今度は具体的な感想を求めてきた。
私は少し躊躇いながらも、食べているときに思ったことを全部話した。
あいつは無言で聞いていたが、私の話が終わると……
急に、笑だした。
私がわけがわからず呆けていると、あいつは、右側の方が自分の作った方だと言った。
それで私はようやく合点がいく。
唇を噛んで俯いていたのは笑をこらえるためで、悔しかったわけじゃないのだ。
つまり、こいつは嬉しくてたまらないらしい。
普段大笑いしないあいつの様子を見てるとなんだか可笑しくなって、私も釣られて笑いだした。
ふと窓の外に目を向けると虹が見えた。
2人の笑い声が雨上がりの虹とマッチして、なんだか青春っぽくて、私たちは肩をくっつけて、また笑った。
340 :
短編@台詞無し:2011/06/16(木) 21:54:37.32 ID:pISWGL7l
短編とか言って思ったよりも長くなった。
料理出来るひとってあこがれるわ。
そのうち続くかも。
>>340 GJ
良い味だしてる二人だ
思わず何か書きたくなる。続きも期待
343 :
名無しさん@自治スレで設定変更議論中:2011/06/17(金) 20:16:01.36 ID:Xx+kqbLt
>>340 専用橋といい料理得意な男の子といいGJ
是非とも続編を熱望します
344 :
名無しさん@自治スレで設定変更議論中:2011/06/18(土) 22:52:33.33 ID:emA0Ad6B
昔転校してった幼馴染の女の子が関西弁になって帰ってきた
って作品希望
だいぶ早くに転校させないとあと付けの方言なんて塗り直されちゃうよ
どちらかというと出向いた方がいいんじゃない?
格闘漫画でそんなのあったな。
赤ん坊→ベビー雑誌で共演、小学校→時代劇の子役で共演
中学校→ホームドラマで共演、高校→学園ドラマで共演、
大学→青春映画で共演、それ以降→職業物のドラマで共演
という俳優女優の話を見てみたい。
テレビだったらさ。
男の方はマネージャーとか、音声さんとか照明さんとか・・・。
幼なじみの悪い印象になるネタを先輩芸能人が言い始めると、
マイクの集音が若干悪くなったり、微妙に暗くなったりで放送に使えず。
裏で撮影指揮のひとに怒られながらも、子供の頃の約束通りに守り続ける男。
文章足りなかった。↓
とかもどうかなって思った。
350 :
名無しさん@自治スレで設定変更議論中:2011/06/21(火) 18:46:21.93 ID:yIinJ71g
351 :
348:2011/06/22(水) 01:21:58.09 ID:BV64rHH5
まじか。
これ以上膨らませるとか俺にはわりと無理なんだが。
まぁなんだか考えてみるよ。
ということで参考資料に幼なじみを一人寄越してくれ
書いてもいないうちからこの誘い受けっぷりは戦慄すべきものがあるな
言いだしっぺとか言って煽るやつが居るから
ついカッとなって言ってしまう
354 :
名無しさん@自治スレで設定変更議論中:2011/06/26(日) 01:08:29.66 ID:oRA7nyv5
しののの箒
霧島翔子
>>340に触発された短編を一本。
ついかッとなって他スレ……というか板さえ違うネタが混じってますが生暖かい目でスルーして下さい。
なら入れるなって話になるんでしょうが、つい興奮してしまった。申し訳ない。
夏のカルピスは、さてどんな味だったっけかなあ。
03,6 はじめの一歩
確かバスケ部か何かの、女子受けの良い……名前は憶えていないケド、とにかく人気の高い男子がお弁当を自作して来た。
休み時間に近くの席の子や、文芸部の幼なじみとお喋りしていると、ふとそんな話になった。
お料理できる男子ってすごーい。なんて目をキラキラさせていた子が、尋ねてきた。
「で、二人の彼氏って出来るの?」
人の彼氏の話が聞きたくて仕方ない彼女は、くりくりとした目と華奢な体つきで、どことなく妹っぽい子だった。
男子受け良いケド、気安いその性格が仇となって未だに彼氏が出来たことがないのが悩みの種と言っていたのを思い出す。
だからなのか、恋愛話に目がなくて仕方ないらしい。
「出来るわよ」
しれっと答えたのは文芸部、ペットボトルのお茶を舐めるみたいに飲んでいる。どことなく自慢げだ。
「あれでも一応一人暮らしだし、それなりには。凝り性だから本気で作らせたら結構凄い」
いつだったかハンバーグ作ってもらったら、包丁で肉を叩くところから始めてしまった。と文芸部は苦笑する。
出されたものは何でも喜んで食べるケド、自分で作る分にはとことんやらないと気がすまない性分であるらしい。
「だからあの子にご飯作るのは大変。そりゃ何でも美味しそうに食べるけど、やっぱり負けるのは何か嫌だし」
困ったように微笑むケド、あたしには分かる。アレは嬉しくて仕方ない顔だ。お料理上手な彼氏が密かに自慢なのだろう。
「ね、ほとりは?」
その話を興味津々で聞いていた隣の子は、当然の様にあたしに振ってくる。
「修は―――」
困った。
郷文研と文芸部はいわばライバルのようなもの、負ける訳にはいかない。いかないけれど―――
まるでダメだ。勝てる要素が見当たらない。
下手をすればカップ麺でさえ作っていることを忘れてグダグダにしてしまうような男だ。
以前誰も居ないからと作ったパスタは、茹ですぎてうどんになっていた。ソースもテレビ番組通りに作ろうとしたらしいが、失敗していた。
なんでも「いやな、だってほとり、あいつら「はい、こちらが十分経ったものです」なんて言い出すんだぜ! 卑怯だッ!」だとか。
頭が痛くなってくる。そういうの、テレビ番組見ながら作る方がどうかしてる。
「お……修だって、やれば出来るわよ。その―――多分」
結局答えようがなくて、そんな適当なセリフしか口に出来なかった。
「ま、まあほとりが上手いから、ちょうどバランスはとれてるわよ」
「そうそう、ほとりのご飯って、すごい美味しいよねッ」
「はあ、ありがと」
ケド、思う。
やっぱり、修は美味しそうに食べてくれる方が良い。下手に作れたりるすよりも。
負け惜しみも少しはあるケド、あたしの料理を食べてニコニコしてくれているのは本当に幸せだ。
そんな話をしたのが先月頭。
無事合宿が終わった翌日、あたしはいつも通り修の家を訪ねた。一人家で居る修の昼食を調える為だ。
当たり前のように現れたあたしに、修はカルピスを作ってくれた。
「夏のカルピスだ」
とそんなことを言って偉そうにふんぞり返る。
「今年もまた夏が来た。あの日飲んだカルピスの味は、二人で眺めた夕日は、手を繋いで帰ったあの道は、もう戻ってこないかも知れない訳だ」
「……どこでそんなセリフ拾ってきたのよ」
「ん、ちょっとな。それはそれとして、今日の昼飯は俺に任せてもらおうか」
「え?」
偉そうにふんぞり返ったそのままで、修はそんなことを言い出す。
からん、と氷が鳴る。出してくれたカルピスに手を伸ばすと、コップが汗をかいていた。
あたしは咳払い一つしてから
「急にどうしたのよ」
となるべく平静を装って尋ねる。男子厨房に……なんてことは言わないにしても、修はまるで料理なんて出来ない。
「……文芸部が出来るのに、俺に出来ないのは悔しい」
どこからか聞きつけてきたらしい修は、ごく真面目な顔で
「ほとり、俺に料理を教えてくれ」
と言った。
「ちょうど夏休みで時間はある。こないだ村越にやってたやつ、俺にも頼む」
やる気がある所をみせるつもりなのか、鉢巻までしめた。
「……いいケド、あたしより修のお母さんの方が教えるの上手いよ、絶対」
「いや、ほとりが良い。ほとりが他所で自慢できるくらいになりたい」
どきりとした。
よほど先月の話が不満だったらしい。
とはいえ、いきなりの話だ。あたしは台所と相談した結果
「今日はざるソバでいいわね」
と振り返る。修はいかにも不服そうだ。
「ざるソバって、茹でるだけだろ?」
「あら、いつだったかカップ麺を作りそこなったのは誰だったっけ?」
「……お湯を注いで三分待つ方法からお願いします」
「キッチンタイマー使おうか」
「ん」
恥ずかしそうに怒った顔で小さく頷く修は、こう言っては何だケド、ちょっと可愛いと思った。
修の記念すべき初めての(学校の調理実習を除けば)のお料理は、おソバということになった。
修はうどんよりもおソバが好きで、それもざるで食べるのを好んだ。
まずは道具。あたしがぱっと用意を整えてから、これをどう使うかから説明する。
おソバ茹でるなら大きなお鍋でたっぷりのお湯が良いこと、それから洗って水を切るのに丁度良いサイズのざるを使うことなどなど。
いつもとは逆に、あたしが教える立場になるというのは少しだけくすぐったい。修はいちいちうんうんと頷いていて、あたしはそんな姿に少しだけ嬉しくなる。
自然と声が高くなるのを隠しながら、あたしはおソバを湯がいてみせて、少し蒸らしてからしっかり洗い、水を切って盛り付ける。
となりで修がおっかなびっくり真似をしていて、あたしは何だかお料理を習いたての頃を思い出してまた少しくすぐったいような気がした。
二人一緒に用意した初めての昼食をテーブルに運ぶ。
開け放した窓からは近くを流れる川の涼しい風が流れてきて、風鈴が呑気に歌っている。
遠く積みあがった入道雲が広がる暑い夏。
いただきます、の声の後。
満足そうに顔いっぱいの笑顔で食べる修の顔を眺めて、あたしは幸せな気持ちになった。
今回ここまで。
次ので二年目も多分おしまい。
その手のシーンも入りますが、やっぱり難産なので、もう少しだけ時間下さい。
べ、別に幼なじみを追いかけて軍事学校に入学したり、変な能力者の学校で幼なじみと偶然再会したり、田舎で喫茶店開店の手伝いしてたら幼なじみが追いかけてきてくれたりなんてしてないんだからッ!
あと、書いておいてなんですが、板違いのネタねじ込んでますがスルーして下さい。
つい興奮して入れただけなので、本当に申し訳ない。
それはそれとして、色々アレですが、個人的に期待しています。頑張れ。
続き期待しています
ほとり凄い可愛い。
幼なじみの物語を読むのにフラストレーション溜まらないのが良い。
>>358 ほとりちゃん最高や!
文芸部の特技が明らかに…
少しはマシになった修も含めて
全員で手料理を持ち寄って(もしくは調理室とかジャック)、
そして、みんなでつつきあいとかするわけだな
これが三期での看病イベント発生のフラグになるとは、この時点では誰も気がついていなかった。
すくなくとも大学でバカップルやってる姿まで書いてほしいなぁ
てすと
こんにちわこんばんわおはようございます
他のスレに何回か投下したことがありますが、ここでははじめましてです
幼馴染ネタを一本書いてきたので投下します
グロ、スカなどの注意事項はありませんが、ちょっと読んでみていろいろ合わないと思ったらトリップをNGに放りこんでください
ではどうぞ
久しぶりにスーファミを引っ張りだしてきてピコピコと懐かしの対戦ゲームをプレイする。有名と言うほどで
もないが、実力と適度に運の絡むゲーム内容は初心者からやり込み派まで満遍なく楽しめるソフトだった。
「ほんでなー、ほんでなー」
隣に胡座をかいて座って2Pを操作しているのははす向かいの家の従姉妹、悠希だ。今日は昼間、友達と盛り場
へ遊びに行ったとかでやたらテンションが高い。
「オカちゃんって結構ヌけてるところあるやんかー?」
「知らないよそんなこと」
「えー、前にそんな話せぇへんかったっけ?」
「覚えてないってそんなこと。興味ないんだから」
「ひっどぉ!」
ピコン、と音がして、2Pが落とし穴に落ちた。
「ほら、落ちてもうたやんか」
「俺のせいじゃないだろ」
「拓也が仕掛けたトラップに吹き飛ばされたんやろ!」
「友達よりお前のほうがヌけてるんじゃない?」
「うっさいわ!」
悠希はコンティニューを素早く選択して、すぐさまネクストラウンドをスタートさせる。バカにされてムキに
なるのは昔から変わらない。彼女を茶化しつつゲームをするのはいつものことだった。
「……そう言えばなー」
こちらの勝率7割で迎えた20とちょっとゲーム目、不意に悠希が口を開いた。
「こないだ告白されてん」
……あまりにも脈絡がなさすぎて頭が話についていけない。
「どしたん?」
「……いや? 告白ってなんだったかなって」
「ボケるのんも大概にしてや。ほんでな、どうしようか、思て」
「そんなこと俺に訊くなよ」
トラップを配置して、2Pを確実にハメ殺しにかかる。正直どうでもいい、と努めて冷静にフォーメーションを
組み上げる。
「あー、拓也ずっこいわ! 人がちょっと真面目に話してるのに」
「真面目なんだったらゲームしてないときに――」
俺が言うなり、悠希はスイッチを切った。せっかく完璧にハマっていたのに。
「で、どうしようかな、思って」
「サラッと電源切るな」
「拓也がそうせえ言うたんやんか」
ムスッとして悠希がこっちに向き直った。
「で、どう思う?」
「どう思うもなにも、付き合ってる相手いないんだったら付き合ったらいいんじゃね?」
「……やっぱりそう思う?」
「それ以外に何があんだよ」
じぃっと悠希がこちらを見る。
「もう、ウチも高校生やんか?」
「そうだな」
「そやのにこうやって遊びに行き来してるやん?」
「そうだな。お前がこっちに越してきてからだからもう8年くらいか?」
「まだ5年や。そんだけ一緒におる拓也に相談せえへんのって……なんていうんかな」
頭を掻き掻き、彼女は胡座を組み直した。肩紐が若干緩めのキャミソールに太腿が半分以上露わになったショ
ートパンツといういつもの服装で、見てはいけない部分まで見えそうだ。そこからさりげなく視線を逸らすつい
でに顔を見ると何か言いにくそうな表情をしていた。一体なんだというのだろうか。まあなんとなく想像はつく
のだが。
「なんか気ぃ悪いやん」
「気ぃ悪いって言われても、俺、お前の彼氏じゃないし」
別に告白をしたのされたのという仲でもない、ただの年齢が近い親戚だ。どこかに遊びに行ったりするわけで
はないが、気がつくとゲームをしているような、そんな不思議な距離感で今まで続いてきた。外から見れば、確
かに付き合ってるだの言われても不思議ではない。だが実際は2人とも小学生から成長していないということ
だ。
「別に俺にお伺い立てなくても好きにしたらいいじゃん」
意図せず、冷たく突き放すように聞こえる物言いになってしまった。別に構わないが。
「好きにしたら、て言われても、ウチ分かれへんし」
「分かれへんって、付き合いたいって言う奴見て判断したらいいだけだろ?」
「そやけど……」
釈然としない、といった様子で胡座の足首が重なった辺りに両手を置く。
「……そういう風に言われるとは思えへんかった」
「じゃあ親身になって恋愛のあれこれについて相談に乗ったほうがよかったか?」
「やめぇな、気持ち悪い」
背筋に悪寒でも走ったのか彼女は居住まいを正した。
「……断ろ。よぉ分かれへん人とお付き合いは出来へんわ」
「それならさっさと返事してやれよ。一旦保留なら相手の子も待ってるだろう」
「そやな」
彼女は立ち上がるとその場を後にしようとした。
「あ、そや。あのな、来週の土曜って暇?」
「土曜? 暇だけど」
「それやったら映画行かへん? ウチ、観たいのがあって――」
タイトルと上映館を口にする。それならちょうどいい、俺も観たい作品があった。彼女の観たいモノとは違う
が同じ映画館で上映している。それを告げると、彼女は映画のハシゴだね、と言って家に帰っていった。
* * * * * *
翌週の土曜日。
「はじめまして」
「あ、こ、こちらこそ」
何故か俺は悠希の友達という女の子と引き合わされていた。
「えっと、拓也のことはもう紹介せんでもええやんな? 映画行こかて話したときに一応言うてあるし」
「ええ」
苦虫を噛み潰したような、という顔がピクピクと痙攣している。何故だろう、明らかに嫌われている。
「拓也、この子が大川さんで――どしたん?」
悠希が小声で訊いてくる、
「――俺、なんか嫌われてるみたいなんだけど」
「――そうなん?」
「悠希」
「なに?」
「私のこと、従兄弟の方は知ってたの?」
残念ながら私はあなたのことを存じません。というか、今大川さんとお名前を伺ったところです。そう思わず
口をついて出そうになったがここは我慢しておく。
今朝、悠希と一緒に家を出たときに連れがいることを唐突に告げられたのだった。当然俺としては、それなら
友達同士で見てきた方がいいだろう、なんなら今から俺だけ帰ってもいい、と提案したのだが、彼女はそれを許
してくれなかった。結果、大川さんとの待ち合わせ場所でもある、目的の映画館の近所まで腕を抱えられるよう
にして引きずられてきたのだ。
こういうスキンシップは恥ずかしいので止めてほしい。他人に見られたら勘違いされてしまうぞ、と忠告した
が効果はなかった。リアクションといったら更に強く抱きしめられて、私とお前とではそんな風に言われるわけ
がないだろう、と呟いて寄越したのがせいぜいで、恥ずかしがるどころか余計に胸を張る始末だった。まあいく
ら張ったところで何も当たらなかったが。
「うん」
「知っててそれ、ねぇ」
未だに腕にくっついている彼女をひっぺがし、俺は努めて明るい笑顔を作って話しかけた。
「お見苦しいところをお見せしました」
「ええ、本当に見苦しいですね」
何故だか分からないが、嫌われるを通り越して敵意や殺意のようのものさえ感じる。
「早く行きましょう。映画が始まってしまうのももちろんだけど、明るいところであなたがたを正視なんて出来
ないわ」
そんなに俺が嫌いか。
「……俺は、嫌われているんでしょうか」
シアターの座席に身体を沈めた大川さんに言うと、彼女は初めて俺のほうをちゃんと振り返った。ちなみに悠
希はポップコーン買ってくる、と姿を消していた。
「いいえ、あなた個人は嫌いではないわ」
「そうですか」
空気が重い。俺個人が嫌いではないと言うことは、もともと機嫌が悪かったとかで――
「どうでもいいだけです」
――機嫌が悪いとかどうとか関係なく、愛想良く振る舞う必要がないからそう振る舞っていないというだけら
しい。でもそれだけでは殺気まで感じる理由としては薄い。
「どうでもいいだけなら敵意を向ける必要もなくないですか」
心の声が思わず口を突いて出る。敵意を向けるなんて疲れること、どうでもいい相手に向けるだろうか。
「友達に彼氏を見せびらかされて、誰がいい気分なんてしますか」
「彼氏? ないない、そんな風に見られてないよ」
チッ、とあからさまな舌打ちが聞こえた。
「腕を組んで登場してよくそんなことを言えますね」
「あれは組んでたんじゃなくて、逃げないように掴まえられてただけです」
「逃げる?」
「家を出るときにいきなり悠希の知り合いが来るって言われたから。友達と観に行ったほうがいいだろ、って言
ったら逃がさないって言って引きずられてきたんです」
そう返事をすると、彼女は深い深い溜息を吐いていぶかしげな視線をこちらに向けた。
「本当に気づいていないんですか?」
「気づくも何も、本当に悠希が俺に気があるならいくら何でもすぐに気づいてるでしょうよ」
そして気づいていないんだからそういうことはない。当たり前だ。悠希とは小学生以前からの知り合いで、中
学からこっちは俺の家の向かいに近所に住んでいて、今でもちょこちょこ遊ぶ程度には交流がある従姉妹だ。た
だそれだけの間柄なのに、改めて外からそんなことを言われると思わなかった。
これからはそういう目で見られないように気をつけよう。そういう気がないのに周りからそういう目で見られ
るのは悠希も嫌がるはずだ。そういえば昔にもそんなことがあった、気がする。
「……帰るよ。上映中に抜ける」
「なっ……」
「上映中ならアイツも騒げないだろ?」
そんなことを言っていると、小さめのバケツくらいの大きさの紙容器に入ったポップコーンを抱えた悠希が戻
ってきた。
有言実行。上映開始から30分くらいしてから席を立ち、そのまま家路につく。映画館の最寄り駅についた頃、
メールの着信があったが無視。ついでに携帯の電源も落としておく。
電車に乗り込んで自宅の最寄り駅まで約10分、そこから徒歩で15分。自室に駆け上がって布団をひっかぶる
と、初回上映に間に合わせるために早起きをしたこともあってかすぐに眠たくなってきた。普段ならば昼前のこ
の時間だって家で寝ていることが多いのだから当たり前だ。
尻ポケットに入れっぱなしだった財布と携帯を取り出して、携帯は電源を落としたままだったことを思い出
す。立ち上げるといきなり着メロが流れ出した。この着信音は悠希のものだ。
<もしもし! 今どこにおんの!?>
こっちは眠いというのに元気な奴だ。
「どこって、家だけど」
<アンタアホちゃうか!? 急におらんようなって!>
「先に帰るって大川さんには伝えてあったはずだけど?」
<なっ――ホンマなん、大か……えぇ?――それやったら直接ウチに言いぃな……この馬鹿!>
ぶつ、と通話が打ち切られた。相当お怒りのようだ。その調子で大川さんに八つ当たりをしていなければいい
のだが、などと考えながら、とりあえず睡魔をおっ払う為に昼寝をすることにした。
* * * * * *
いつの間にかぐっすり眠り込んでいたらしい。太陽が気持ち傾き始めている。このままでは夜中に寝られなく
なりそうだ、と身体を起こすと途端に頭をぶん殴られた。
「〜〜〜〜ッ!」
「やっと起きたかこのアホ」
悠希は地獄の底から響いてくるような重低音をこちらに向けている。俺は殴られた辺りをさすりながら、まだ
重くてろくに開かない瞼を彼女のほうへ向けた。映画館に出かけたときのちょっと気合いの入った格好ではな
く、キャミソールにショートパンツといういつものスタイルになっていた。一旦家に戻って普段着に着替えてか
ら文句だけ言いに来たらしい。
「なんで急に帰ったん。心配したやんか」
「帰るに決まってるだろ。友達同士の付き合い、邪魔するのも悪いし」
「邪魔なんかせぇへんうちに帰ってもうたやんか」
「邪魔にならなかったならよかったけど」
悠希が声を荒げるのに溜息混じりに応える。
「……お前何でここにいるの? まだ昼過ぎだろ」
「ウチも映画全部観んと出てきただけや」
信じられないことにコイツも途中で出てきたらしい。
「それくらい観てくればいいのに」
「アンタな、先に勝手に帰ったんはどっちやと思てんのよ!?」
「はいはい俺だよ分かってるよ」
どうしてこいつは昔から微妙に空気が読めないのだろうか。友達と一緒なら俺なんか気にせずそっちと楽しん
でくればいいのに。
「分かってるんやったら謝るとかないん!?」
「あーはいはい、すんませんでした」
相槌を打つように適当に返事をすると、悠希はもう一発ぶん殴ってきた。
「……拓也はいつもそうや。私の為に、とかかっこつけて、全部裏目に出るんやから」
裏目とはどういうことか、と訊きかけて、映画館で大川さんに言われたことを思い出す。
「お前さ、まさか俺のこと好きだとかないよな?」
彼女が固まった。予想の斜め上を突かれて驚いているようだ。
「ないよな、そりゃ。昔から仲はいいけど、そういうこと全然なかったし。さっき大川さんからそんなこと言わ
れたけどさ、今更外からそんなこと言い出されてもお互い困るよなぁ」
苦笑しながら彼女のほうを見ると顔を真っ赤にして目を潤ませていた。そんなに彼氏彼女扱いされたのが不服
だったのだろうか。泣くほどショックだなんて流石にちょっと傷つく。
つられるように俺も口を噤んで部屋の中は静かになった。
「……ゲームでもするか?」
この間からテレビに繋ぎっぱなしだったスーファミのスイッチを入れると、悠希は真っ赤にした目のまま、黙
って2Pコントローラを取り上げた。そのまま腕を絡ませてくる。暑苦しい奴だ。
さっき付き合ってどうこうと言っていたのに、すぐさまこんな行動に出るのはどうなのだろうか。無防備なの
か、それとも何も考えていないのか。
「ちょっと離れろよ」
「イヤや」
「……なら好きにしな」
この間のものとは違うソフトを差したので、今日はこの間のような一方的な展開にはならない。というかこの
ゲームならむしろ悠希のほうが得意なくらいだ。勝ちを譲っていい気分になってもらおう、という考えが働いた
結果だった。
そうして数度対戦したがことごとく星を落とす。わざとではない。悠希のほうが上手く、そしてこっちは片腕
を人質に取られていて動かしにくかったからだ。
しばらくすると彼女もようやく落ち着いてきたのか時折笑顔を見せるようになってきた。こんなことで機嫌を
直すとは――
「――単純な奴め」
「え、誰が?」
「お前がだよ」
こぼれてしまった本音に内心舌打ちしながらぶっきらぼうにそう返すと、彼女は意味が分からないといった様
子で一旦メニュー画面を呼び出す。
「だから、ゲームでちょっと勝ったから、ご機嫌斜めが真っ直ぐになったんだろ?」
「なっ、え……?」
悠希は呆然といった表情を返してきた。
「そ、なん? ウチが勝ったんって……」
「お前が勝ったのは実力だよ。手抜きはしてない。ただ悠希が勝てそうなソフトは選んだけど」
悠希は惚けたような表情を崩さないまま、無言で俺の膝の上に乗ろうとしてくる。
「待て待て、なんでいきなり乗っかってくるんだよ」
「そんなん、拓也がミスるようにぃに決まってるやんか」
「そんな物理的な対抗策、たかがスーファミに持ち込むなよ」
リアルサイクバーストを仕掛けるなんてどこの修羅の国出身者だお前は、と愚痴りながら振り払う。第一、今
のままでもこっちが負けているではないか。
「……別に、ゲームに勝ちたいからこうやってるん違うし」
「いや、片腕絡め取ってる奴の言う台詞じゃないだろそれ」
「こうしたいからしてるだけや」
静かな物言いではあったが、きっぱりと言い切ったものだった。変なところに力を入れるものだ、とそれ以上
の追求はせずに抵抗を止めると、悠希は俺を座椅子か何かのように扱い始める。
「体重をかけてくるな、重いだろ」
「別に重ないやろ?」
「重いから文句言ってるんだよ」
「そこは気ぃ使って軽いとか言いぃな」
悠希が伸びをするようにして俺の顎に頭頂部をごりごりこすりつけてくる。機嫌が悪いのか力強く、結構痛
い。文句を言っても無視された。
とにかく続きを、と催促する。2P側から開いたメニューだからこちらからは操作できない。悠希に解除しても
らわなければ。
「イヤや」
「イヤって、ゲームするんだろ?」
「せえへん」
「しないって……じゃあ何を」
「もっとオモロイこと、しようや」
もっと面白いこと、とはなんだ。見当もつかずに彼女の次の行動を待つ。
「コントローラ、置いて?」
彼女に倣って、言われたとおりに手に持ったそれを放り出す。ざらりと衣擦れの音がして、俺の上で彼女が向
きを180度変えてこちらを向く。意を決したような、険しい顔が間近に寄ってくる。
「何するつもりだよ」
「……恋人ごっこ」
「はぁ!? 誰と誰が!?」
「ウチと拓也に決まってるやん」
目が据わっている。気圧されて思わずそっぽを向いてしまった。
「そ、そういうことは本物の恋人としなさい」
「恋人とやったら『ごっこ』になれへんやん」
「ごっこ遊びでそんなことするなって言ってるんだよ!」
「そんなことってどんなことなん? 何、想像したん?」
面白いこと、とはこうして俺をからかうことではないか。そう内心で結論づけてなんとか落ち着きを取り戻
す。悠希のくせに俺をからかうなんて十年早い。
「それは……はぁ」
正攻法ではとても折れなさそうな彼女の瞳を捉えてしまい、諦めて溜息を吐く。論破ではなく悪ノリで押し切
ることに決めた。
「そりゃあ、キスして、舌絡めて、大事なところを触りっこしつつ、興奮状態にあるお互いの――」
突如悠希が俺の頭に腕を回して固定すると、頭を勢いよく突撃させてきた。唇にふんわりとした感触を感じる
暇もなく、今度はナメクジのようなぬめりと、自分以外の温もりで満ちた肉の塊が俺の口の中へ突っ込まれた。
HEAT弾、というこちらの物騒な連想を知ってか知らずか、犬歯の間、前歯の辺りに唾液を擦りつけるようにして
一巡りすると、すぐに撤退していった。
「――キスして、それで、なんやったっけ?」
あまりのことに絶句している俺を尻目に、彼女は、ああそうだ、今度は舌を絡めるから、と前置きして、つい
っと頭を寄せてきた。
「ま」
喉の奥にコルクで栓をされたような息苦しさを取っ払おうと息を吐き出すと、幸運なことに声が出た。
「待て待て待て待て待て待てっ!」
勢い、押し留める言葉が出るのは当然だった。
「お前、俺をからかうのもいい加減にしろよ!」
「からかってへんよ? ……次はベロ絡ませるんやろ?」
「それがからかってるってんだよ!」
再接近中の悠希を半ば突き飛ばすようにして距離を取る。
「恋人ごっこやから、本気にせんでもええんやで?」
「本気になったら……」
どうするんだ、と言いかけて息を呑んだ。彼女は軽い口調とは裏腹に表情は岩のように硬かった。物言いはと
もかく、内心は本気なのが分かった。
「……なるん?」
そこは、なるのか、ではなく、なってくれるのか、と訊くのが正しいのではないか。そんな自分の置かれてい
る状況とかけ離れた感想を持ちつつ、俺は必死で落ち着こうとしていた。
ここまでされないと気づかなかった自分が情けない。考えてみれば、悠希ももう高校生だ。それが年の近い親
戚とは言え、こんなにスキンシップを求めてくるのは異常ではなかったか。今日だって、彼氏彼女に見られて困
るのではなく、彼氏彼女だと見られたかったのではないか。
そう考えると、彼女の自分に対する全ての行動の意味が変わってくる。同時に自分のあまりの鈍感さに目の前
が暗くなる。
「なぁ拓也。本気になるん?」
「……なるだろ、そりゃ」
彼女は自分の知っている悠希ではない。いや、俺の思っていた悠希ではなかった。俺の思っていた悠希は、少
し年が下の従姉妹、妹分、幼馴染、遊び友達……そこに恋愛感情はなかった。だがそう考えていたのは自分だけ
だったのだ。彼女はそうではなかったらしい。
「だってお前は……」
どう言うべきか迷って、継ぐべき言葉を見失う。俺の従姉妹で、妹分で、幼馴染、遊び友達で……とても大切
な存在であることは間違いない。
「……あー、その、女だから、自然と」
「どうせ『ごっこ』やから。それでええやん。男の人は気持ちええん、好きなんやろ?」
悠希が生唾を飲み込む音がやたらと近くに感じた。
「なぁ、拓也」
今度は俺が生唾を飲み込む番だった。悠希のくせに、色気がある。
「次はベロチューやんな?」
むふ、と鼻息も荒くして彼女が抱きついてくる。2人分の体重は支えられないと、とっさに両手を後ろに突い
た。結果、彼女の突撃を防ぐ手だてがなくなった。
「ん……」
文字通り目と鼻の先で彼女の瞼が閉じられ、俺の唇が塞がれた。気持ち固めに閉じていた唇は一発で押し開か
れて前歯が再びなぞられる。ただそれだけで、無血開城が成された。
「ちゅる……ひゃくや……」
前歯が隙間を十分な隙間を作るのももどかしい、とばかりに、悠希は俺の舌へダイレクトアタックを仕掛けて
くる。ざらざらとこすれる感触に息が詰まる。
「ゆ……ぎ……」
「ひゃ……く、やぁ……」
喉の奥で、悠希、と呼ぶとすぐさま呼び返された。ああ、もう、コイツときたら完全に浸ってやがる。
昔からこうだ。ちょっと熱中するとすぐに――
* * * * * *
昔、で思い出した。悠希も俺も、まだ小学生だった頃の話だ。この辺りもまだ宅地の造成など進んでいなかっ
た。
関西の都会に住んでいた彼女は田舎に帰る気分でいたのだろう。ある年の夏休み、自由研究だ、と虫かごに虫
取り網を持参して帰省してきたときがあった。
それなら、と俺は悠希を帰省期間の3日間全てを虫取りが出来そうなありとあらゆる場所に引きずり回した。
今ではもうなくなってしまった広場や水田(これはマンションに化けた)、近所の神社の森(神社は残っている
が、森は大部分が公園になった)。その場所場所に彼女は俺についてきて、まるで子分のようだ、と俺は調子に
乗っていた。
3日目の朝、小学校の友達に出くわした。
――おまえ、おんなとあそんでるのか
今から考えればちゃんと説明すれば済んだのだが、つい、こう答えてしまった。
――おれがこんなの、あいてするわけがないじゃん
悠希が目を丸くしてこちらを見上げてきて、それからぷいといなくなってしまった。
姿を消したまま夕方になっても帰ってこない悠希を心配して、俺は前日までに教えた虫取りスポットを回るこ
とに決めた。神社の森で見つけたときもう辺りは真っ暗だった。
――ゆーき!
――たくにいちゃん?
顔を上げた悠希は泥だらけで、しかも虫かごにはあふれるほど昆虫が詰まっていた。
――はやくかえろう、もうばんごはんだよ
そう言うと、悠希は突然泣き出した。もう真っ暗で怖くて仕方がない、と。今の今まで昆虫を探していたとは
とても思えなかった。結局俺は悠希の手を引いて、お化けが出てこないように大きな声で歌を歌いながら家路に
ついたのだ。
――こんなのっていって、ごめんな
――ぜんぜんきにしてへんよ
――ゆーきはおれにもったいないくらいかわいいから、はずかしかったんだよ
そんな臭い台詞を言った記憶がある。
泥だらけの悠希を見た両親は俺に悠希を連れ回すことを禁止し、翌年からは俺達は冷房の利いた部屋の中、ス
ーファミで遊ぶようになった。
* * * * * *
――ああ、熱中するとすぐに周りが見えなくなるんだ。
酸欠でイヤな脂汗を掻き始めたお互いの肌が貼りつく。顎まで垂れるくらい唾液をこぼしながらのキスは一旦
休憩に入った。悠希はぜえぜえと息を整えている。
「ゆう、き」
「……なに?」
「もう、止めよう」
「なんでぇな。気持ちええこと好きなんやろ?」
「でも『ごっこ』だろ」
「『ごっこ』でええねん」
彼女がまた抱きついてくる。
「どうせ、どんだけ頑張っても、報われへんのやし、『ごっこ』で構へんねん」
正面から見据えられてそんなことを言われると、俺は反論できなかった。今までも過剰なスキンシップはされ
てきた。デートとこそ言わなかったが一緒に遊びに行ったこともある。今日なんかはそれとなくアシストしてき
たらしい彼女の友人をぶっちぎってきた。いよいよ愛想を尽かされたのだ。
「『ごっこ』でも、拓也の彼女が出来るんやったらそれでええねん」
「お前……」
「ウチに魅力がないのんがアカンねん。くっついても、デートしても、拓也、全然その気になってくれへんし」
「お前な」
「だから恋人ごっこでええねん」
「悠希!」
もうほとんど泣きそうだった彼女に怒鳴りつけると、それがきっかけになったのか目の端からぼろぼろと涙を
こぼし始める。
「たく、や、のアホぉ……」
今まで何度もアホと言われて、その度に生意気なことを言いやがってとイラッときていたのだが、今度ばかり
はアホ呼ばわりされても仕方がない。
「たくやなん、か、嫌いや」
「ごめんな、鈍くて」
「嫌いやぁ……」
悠希は涙と鼻水にまみれた顔を俺のTシャツで拭く。汚いが我慢だ。
「悠希……」
「アホ、あほ、あほぉ……」
このままでは、妹が抱きついてきているのと何も変わらない。俺は悠希のことが――
「恋人ごっこ、続きするか?」
「あほ、へんたい」
「なら、『ごっこ』じゃなくてさ……恋人、やるか?」
――好きなのかもしれない。
「……てか、こんなアプローチされたら冷静に考えられねえよ」
苦笑混じりに心の声が漏れたが、幸いなことに状況をよく飲み込めずにいた彼女は聞き取れなかったようだっ
た。
忍法帖がグズってるのでちょっと待ってね
wktk
すんません、直接投下は諦めました
ttp://www1.axfc.net/uploader/Sc/so/254346.zip パスはyuuki
短時間連投容量オーバー喰らって、トライアンドエラー繰り返してたらLv1になって、
長文投下できなくなって、文節とかがぐちゃぐちゃのブッタ切りになるのが目に見えてて、
そんなん見た目が美しくねえだろダラズ的な意味でちょっと耐えられませんでした
気が向いてLvが上がったらまた来るかもしれません
ではさようなら
>>379 よし、お前の投下物はこの俺が確かに預かった!
ティッシュティッシュ
>>379 帰宅してから見させて貰います。
忍法帖この板では邪魔なだけですなぁ…
一緒に映画見に行った友達がレズビアンで告白されたのかと思ったわw
>>379 GJです
なんだ、私がいっぱいいるじゃないか
生殺しかよ!
早く帰りたいな。
>>379 GJ。関西弁可愛いよ関西弁。
>>382 同感だ。そして安易に同性愛とか手を出すとオチに困る。
>>379 思いっきり入り込んでしまった。
いいものを読んだ。
あー、幸せ。
現実に戻りたくねぇ。
それ以降、
>>388を見たモノは誰も居なくなった。
しかし親族が悲しむ他に、
>>388の失踪を悲しむ女が別にヒトリ…
390 :
名無しさん@ピンキー:2011/07/17(日) 21:51:14.08 ID:5JBqCxuR
>>379 誰か早く保管庫にアップしてくだせえ
バイオ修理中で携帯からしか見えない者には生殺しだ
「好き」
「私は嫌いよ」
いつものやりとり。
なぜだかあいつは昔から毎朝毎朝言ってくる。
なせだか私も昔から毎朝毎朝言い返す。
そしてあいつはそれだけ言うと、さっさと行こうとする私の三歩後ろを黙ってついてくる。
あいつは学校につくまで口を開かない。
私も学校につくまで口を開かない。
学校についてもお互い知らんぷり。それぞれの教室に黙って入って行く。
授業を受けて、お弁当を食べて、また授業を受けて。
帰るために教室を出る。すると廊下の反対側の教室からあいつが出てくる。
下駄箱につくまでに、あいつは私の三歩後ろまで追いつく。でも、そこから先には近付かない。
昔から、手が届きそうで届かない。
昔から、すぐ近くなのにとても遠い。
昔から、他人なのか友達なのかわからない距離。
縮まない。
あいつと私の距離は縮まない。
私は後ろを振り向かないですたこら歩く。
家についてようやく振り返る。
あいつはにっこり笑って、でも、口を開かない。
私はふいっと顔を逸らして、あいつとは別々の玄関でただいまを言う。
これが私の日常
だった。
〜〜〜〜〜
とある土曜日。
休日は部活も無いし、お昼まで惰眠を貪っていたら、ベランダにノックノック。カーテンを開けると、あいつがいた。
これもいつものコト。
あいつはホワイトボードを見せる。『開けて』。
私は窓を開ける。
「好き」
「私は嫌いよ」
あいつはにっこり笑って、こっちのベランダとつながった向こうのベランダに帰って行く。
これ以上寝る気にもなれなくて、とりあえずお昼ご飯を食べることにした。
ご飯を食べながらテレビを見て、それからシャワーを浴びた。夕ご飯まで勉強して、夕ご飯が済むとお風呂に入り、それから友達とくだらない電話で盛り上がった。お母さんから好い加減にしなさいと注意されて、電話を切り上げて電気を消した。
カーテンの隙間から見える月が綺麗だなと思って眠りに落ちた。
夜中に窓をノックしてくる不埒な輩かいるので、成敗しようと思ってベッドからのそのそと抜け出した。
念のために部活で使う竹刀を握り締めて窓を開け放つ。
やっぱりあいつが立っていた。
「……今何時だと思ってんの?」
「好き」
……意味不明だ。日本語が通じないのかなこの変質者。
「……今、な、ん、じ、だ、と、思ってんの!?」
「…………好きだよ」
駄目みたいだ。うちの幼馴染は、もう駄目みたいだ。
だから私はいつもの言葉を解き放つ。
「私は嫌いよ」
あいつは
にっこり笑って
「そっか」
って
泣いてた
?
え?
いつも
いつも通り
じゃないの?
あいつは
にっこり泣いて
「ばいばい」
って
帰った
私はわけがわからなくて、茫然とした。
窓を閉めて、布団に潜り込んで、目を瞑っても、あいつが泣いてた。
いろいろ考えたけど、そうしてるうちにねむくなって、意識の裏で、あいつの「好き」以外を聴いたの、久し振りだって気がついた。
月曜の朝、あいつはいなくて。
あいつの「好き」も無かった。
〜〜〜〜〜
毎日がちょっと変わった。
毎朝の「好き」がなくなった。
登下校の三歩後ろの足音が無くなった。
休日のお昼のノックが無くなった。
昔からあったベランダの橋がいつの間にか消えてた。
カーテンの向こうを見るのが怖くなった。
なにより。
あいつが毎晩、夢で私に「好き」を言うようになった。
まるで恋する乙女みたいに。
夜毎夜毎、好き、好き、好き。
まるで私が
私が?
そんな生活に違和感はあったけど、いつか慣れると思ってた。
でも。
毎晩あいつは夢に出てくるし。
あいつとは学校ですら会わなくなった。廊下ですれ違うことすらない。
そして。
私はあいつの声が聞きたくて、あいつの顔が見たくて仕方が無かった。
「好き」って、言って。
にっこり笑って欲しい。
でも、ベランダの向こうに行く手段が無い私は、カーテンの隙間から向こうを覗くことしかできない。
私の日常は、変わった。
〜〜〜〜〜
高校で最後の試合。
私は個人戦で三位決定戦をしていた。
今のところどちらもキメてないけど、私は劣勢だった。確実に一本とられる。そうなれば負ける。
……もう最後だし、それでもいいかな。
って弱気になった瞬間。
「ぁ」
取られた。一本。負けが確定した。コーチの怒声が飛ぶけど、もう無理だ。
位置について、相手を見る。自信満々の目だ。
目を逸らして「ぇ……」
あいつが、試合場の隅っこで、こっちを見てた。あいつはあのにっこりした微笑みじゃなくて、どこか淋しげな、悲しそうな目をしてる。
私の好きな、微笑みじゃない。
私の好きな、いつものあいつじゃない。
私が好きになったあいつに、あんな顔させたくない!
だから決めた。
勝つ。なにがなんでも。勝ってみせる。
そして。
〜〜〜〜〜
夢。
小さいのが二人いる。男の子と女の子。
女の子はぷりぷり怒って、男の子が謝ってる。
女の子はようやく口を開くと、男の子になにか約束させた。
『10年間毎日好きしか言っちゃ駄目。そしたら、嫌いって言うのやめてあげる』
〜〜〜〜〜
目が覚めた。
そばにあいつがいたから、とりあえず抱きしめた。
「え!?」
「え!?」
「なにしてんのあんた!」
「え!? か、看病を」
看病? そういえば医務室っぽい。ベッドの上で寝かされてたらしい。
「私、勝った?」
「うん。かっこよかった」
なんか照れるなぁ。えへ。
あ、それより。
「ごめんね」
「え?」
「あんた、ずっと覚えてたんだね」
「あ……うん」
あはは、って、あいつは無理して笑う。
こんな。
こんな顔、見たくない。
だから。言う。
「好き」
「え?」
「私、あんたのこと、好き。ずっと前から。あの約束した日よりもっと前から」
「……うん」
あいつ、はやっとあの顔で。
「僕も、好きだよ。ずっと、ずっと」
私達は、キスをした。
もちろん試合直後に倒れた私を看病してたのがあいつだけなわけもなく、顧問、コーチ、部活のメンバー、試合相手の選手とコーチ、それと応援に来ていた生徒によって。
私達は、ウチの学校どころか、他校にまで公認のカップルとなったのは言うまでもない。
終わり
思いの外長くなった
途中で力尽きた
なんか約束を律儀に守る女はいても、男の方がそうだって設定があんまない気がしたから書いた
長文は俺には向いてないことがわかった
読み直したらわっかりにく!
次からはもうちょい推敲してから書くようにするわ
なんつーか
当たり前だと思ってた男の好意がふとなくなって寂しかったり悲しかったりってほんと胸がキュンキュンするっていうか
幼馴染マジ最高!GJ!
GJ
幼なじみなら大切にしたい、やくそくのお話。
読み手の目を意識して書けばもっと良くなると思う。
gj
今、後書き書いてます。
晩御飯食べて、今夜は最後のお話行きます。どうもお待たせして申し訳ありませんでした。
では、もう数時間後に。
その手のシーンもあるよッ
では『ほとり歳時記 二年目』最終回、いきます。
04 BOYS BE BRAVE
中学の三年間、私の文化祭は小道具係か音響係、端役でしかなかった。
一年生の時は鎌倉時代のお姫様と、彼女の婿養子という形で人質にされた少年が主役の時代劇。
源大姫と木曽義高の二人が時代に翻弄される悲劇のお話で、私は小道具作りと最期のシーンで舞台の天井裏から桜の花びらを散らす役だった。
二年生の時はUFOを追う非合法新聞部の中学二年生が、転校生の女の子の為に必死になる恋愛物。
人類と彼女を秤にかけて、世界を滅ぼそうとして失敗し救ってしまった男の子のお話で、私は主人公のお母さん役だった。
三年生の時はどこかの離れ小島の学校、旧校舎を学生寮にして暮らしていた少年少女のこれまた恋愛物。
色々複雑な家庭の事情で付き合えないと泣く幼なじみの為に、取り潰されそうな旧校舎を守るお話で、私は脇役の女の子兼最後のシーンのヒロインのドレスを縫った。
そういった具合の文化祭で、私は中途半端に関わった舞台を脇で見るのが常だったわけだ。
私自身スポットライトを浴びて主役になるのが得意と言う訳ではないし、それで満足だった。
特に三年生の時に縫ったドレスは中々好評で、あまり友達の居ない私が中学三年間で最も注目された一瞬だったと言って良い。
あれは確か、ひどく気に入ったらしいヒロインの女の子が持って帰った気がする。
朝井も同じようなものだ。
二年、三年と同じクラスだったが、やっぱり裏方だ。
二年生時は大道具で、意外に上手く書き割りや道具を作ってみせていた。あれであの男は小器用なのだった。
原子空母の艦内の書き割りを作ったのが、朝井のクラス内人気の最高潮だった。
ちなみに次の瞬間ヒロインの女の子がセリフ練習でかんでしまって、一気にそちらにクラスの目がいったけれど。
三年生の時は前年に続いて大道具兼脇役の男の子で、私との絡みが多くやり辛かった。
三年の時の劇は好評で、主役を務めた男子と女子はちょっとした人気者になっていた。まあ、あの劇はかなり反則技を使ったのだけれど。
恋愛劇の主人公に選ばれるくらいだから男子はイケメン、女子は美少女って奴で、劇の延長で盛り上がったのだろう、その後付き合い始めた。
二人の性格は演じた役とあまり変わらないらしく、時折私はまだ劇をしてるんじゃないかと変な感覚になったのを覚えている。
卒業まで付き合った二人がどうなったのか私には分からなかった。当時の同級生とあまり付き合いがないせいだ。
けれど、上手くやってればいいなあくらいのことは思っていた。いくら同性好きとはいえ、それくらいの余裕はある。
多分朝井もそう思っていたのだろう。
あれで如才ない朝井は、それなりに当時の同級生とも連絡を取ったりしているらしい。
多分朝井に聞けばあの二人の行方も分かるだろう。
そんなことを思った。
とても静かな気持ちだ。
誰かを、好きになって。それはいつも望まれないもので。相手にとっては迷惑なだけで。
そんなことを繰り返してきた。沢山恥をかいた。沢山嫌われた。沢山叱られた。けれど。
私は後悔はしていない。
私は、私が欲しいと思うものを素直に口にしてきただけなのだから。
いつだってそう。私は私のことを考えていたのだ。
高校生になって始めての文化祭は、私の案が通った。
先輩達が一生懸命、私なんかの思いつきに応えてくれている。一年生の私を主役だと言ってくれて、笑ってくれている。
その光景に私は生まれてから一番深い感謝の気持ちを覚えた。
自分のことしか考えていないような人間の言葉にここまで応えてくれて、泣きたいくらい嬉しくて嬉しくて嬉しくて、同じくらい申し訳なくなる。
あの時の私は、ほとり先輩に褒めてもらいたくて意見を出しただけだったのだ。先輩達が、最後の文化祭を飾るに相応しくなんてない理由だった。
だから、私は必死になった。せめてこれが先輩達の良い想い出になるように。
目の前には部長とほとり先輩。
どんなに必死にくらいついても、どうにもならないくらい深く繋がっているのが私にも分かる。
白状すれば、少し辛くもあるけれど。
仕方ないか。
そう思えるくらいに、私の心は静かになった。
用意した屋台には、美味しそうな匂いが立ち込めている。
郷文研と文芸部。二つの変人の部活動が表でやる発表会は、開始前から不思議と成功する確信があった。
だって―――ほとり先輩が。私が大好きになった先輩の作ったものが、売れないはずなんてないんだから。
朝井はといえば、いつもと変わらないムッツリ顔をしている。
けれど春の頃とはほとり先輩を見る目が違う。アレはきっと、私と同じことを感じているのだと、不思議とそう思った。
いつも私と同じように傷ついて、立ち直って、色々なものを共有してくれる。
それが、私の朝井春樹だった。
◇
八月初めの合宿を終えてすぐ、俺と村越はバイトを始めた。
村越が俺に持ってきたのは引越しだった。というか、近所の知り合いのツテで、俺も知っているおじさんが一緒だった。
変な勘ぐりをされつつ、俺は慣れない荷物運びに必死になり、そして他のことを考える余裕なんてなくしていた。
中学時代の友人から、夏休みだし集って遊ぼう、みたいな誘いもあったが、正直そんなの無理だった。
うっかり引き受けたバイトがキツくて無理と伝えて、俺は毎日実に健康的な生活を送っていた。
朝起きて、ご飯食べて、母さんが用意してくれたお弁当持ってバイトに行って、一日中外で荷物運んで、ヘトヘトになって帰ってきたらご飯食べてお風呂に入って寝る。
夏の引越し業者なんて仕事ないだろうと高をくくっていたのだが、全くそんなことなかった。
引越しといえば春が忙しいなんて思っていたのは俺の間違いだった。夏も忙しい。忙しい上に大変だ。
何でも夏の、それもお盆の前くらいまではちょうど新築の家が引き渡される時期らしく、引越し業者にとっても稼ぎ時であるらしかった。
この不況の時代、新築なんてそうそう建つまいと思っていたが案外そうでもないらしく、政府の補助だか何だかの関係でそれなりらしい。
新しい家に誰もが幸せそうな顔をしているが、舞台裏の俺達はそうもいかない。
何といっても夏なのだ。それも太陽が燦々と照りつける昼日中。そして場所は照り返しも厳しいアスファルトの上。
少しくらい曇ってくれても良いだろうに、何かの嫌がらせのように段ボールいっぱいに詰まった本を運びながら空を見上げた。
これは仕事の名を借りた拷問か何かなのではないのだろうか? 何てコトを考えた所で荷物が軽くなるでなし。
俺は盛大に喚き立てる蝉や容赦なく照りつける太陽に八つ当たりしそうな衝動を堪えて仕事に勤しんだ。
部長やほとり先輩も受験勉強の合間を縫ってバイトしてくれている訳だし、と必死に考えて働くこと二週間。
八月終盤になり一段落付いた所で俺のバイトも無事終了した。
二週間の思い出はバイト一色というのも青春っぽいといえばそうかもしれないが、それにしても暗い。
夏休みも終わろうというこの時期では、どの友達も課題に追われて忙しいようだった。
つまり、俺の夏休みは始まったと同時に終わっていた訳だ。
目標額を優に超す金額を手にしたものの使い道もない。
部長にお金を預けて、残りは銀行へ。残りの時間は涼しい図書館でぼんやり過ごすことになった。
そんな俺を見かねたのだろうか、珍しく村越が「遊びに行こう」と言い出した。
そんなことを言うのは小学校以来だ。
俺がキョトンとしていると、村越は不機嫌そうな顔をしていた。
「バカじゃないの? あんなに頑張ったのに、ちょっとくらい我が侭言いなさいよ」
「いや、でも誰に―――」
「そんなの、あんな大変なバイトを頼んだ私に決まってるじゃない!」
村越はどうやら、そんな所が引っかかっているらしかった。
「それなりに対価は貰ってる。引き受けた俺がそれで納得してるんだから、そこをお前が気に―――」
「今日はあんたのウダウダ話聞く気はないの、ほら早く」
手には籐のバスケット。どうやらお弁当を用意してくれたらしい。
降りしきる雨のような夏の日差しの下、麦藁帽子と白いワンピースの裾を揺らして。
村越はどこかのお嬢様のような格好で、けれどいつもと同じ挑みかかるような目をしていた。
その日は機嫌が悪い村越に付き合って水族館へ。何でもチケットを貰ったらしい。
村越のバイトは地元農協の選果場での箱詰め作業や売り子だったらしく、きれいだった手が随分汚れていた。
丁寧に手入れされていたはずの爪は傷だらけで光を失っていたし、柔らかそうだった手も水仕事でもあったのだろう少しだけ荒れていた。
けれど俺には、そんな手のほうがずっと好ましく尊いものに思えた。
いつだったかの遠足以来になる水族館だったが、隣で怒ったような顔した村越と一緒だったせいか、それなりに楽しかった。
村越は怒っている方が良い。
変にデレデレしてるより、泣いているより、何かに挑むような顔をしている方がずっと村越らしい。
やはり怒ったような顔のまま差し出すお弁当はサンドイッチで、俺の好きな卵サンドが多かった。
そしてその日の帰り。
電車の中には人気がなく、俺はぼんやりと広告の文字を目で追っていた。
夕暮れの赤に染まったローカル線と、のんびり流れていく景色と、タイトルだけでも下らないと分かることを喚いている週刊誌の広告と。
そういったものをぼんやり眺めていると、村越がどうでも良いことの様に言った。
「私、またふられた」
「…………そうか」
ゆっくりと電車が駅に止まり、知らない人が乗ってきて。
俺はもう一度広告に目をやった。
ヒアルロン酸。
肩こり腰痛に。
車売るなら。
オペラ座の怪人九月三日より文化センターにて。
それっきり村越は何も言わなかったし、俺も口を開かなかった。
広告から目を村越に向けると、斬り付けるような鋭い目でヒアルロン酸を睨んでいた。
だから俺も、やはり同じようにしたのだと思う。
どういう縁なのか分からないが、俺達は同じものを手に入れられないように出来ているらしい。
それを思い知らされる速度まで同じで、だから他人とは思えない。いわば、もう一人の自分のような。
それが、俺の村越皐月だった。
◇
文化祭の出し物は部活優先させてもらえるらしく、俺と村越は朝からずっとそちらに掛かりっきりだった。
俺や部長、文芸部部長さんの三人の男子は裏でほとり先輩達の小間使いだ。
アレが足りないこれを用意しろといいように使い倒されて、順番に休憩をとることになった。
文芸部部長とその幼なじみさんが休憩から帰ってくると、ちょうどお昼の時間。
ほとり先輩がニコニコと差し出してくれた売り物を頂いていると、村越が無言で隣に座りやはり同じく昼食を摂り始めた。
「売れてるな」
「ええ」
ウチの出し物は中々好評だった。
文化祭は二日間の予定だが、お昼の段階で初日分の八割以上が既に売れていた。
「ほとり先輩の作ったものが、うけない訳がないでしょ」
「そうだな。でも、ほとり先輩が作ったじゃないだろ」
「…………」
「文芸部の人たちもだし、お前もだ」
「私は……大したことしてないよ」
「なら、俺たち男子はもっと何もしてないぞ」
部長は文芸部部長と顔をつき合わせて何か話し込んでいる。
手は一応鍋をかき回しているが、意識はとっくに話のほうに飛んでいる。
時折それを見咎めたほとり先輩達に叱られているが、何を熱心に話しているのかまだ続けている。
文芸部部長は、ウチの部長よりも寡黙なようだった。愛想の悪いウチの部長がとっつきやすそうに見える。
部長がにやりと何か悪巧みしているのを眺めてから、出店の方へ。
ほとり先輩達は「郷土料理を出すんだから」と地元のご老人のご厚意でお貸し下さったたすきがけの着物姿だ。
古いとはいえ艶やかな着物姿はかなり好評なようで、先生方(特に男の)が感心した風に眺めていったし、写真部も随分撮影していたようだ。
文芸部部長の幼なじみさんが着こなしているのは深い青に鮮やかな桜色の花が咲き乱れた艶美なもので、ぴんと伸びた背と楚々とした所作が文句なしに美しい。
その文芸部の二年生の先輩は薄い黄色に赤い花をあしらった着物姿で、ニコニコと楽しそうにしているのがとても華やかだ。
そして俺達郷文研のほとり先輩の着物は淡桃色に白い花を大胆に散らしてある優美なもので、くるくると踊るような足取りで給仕をしているのがとてもきれいだった。
あれが俺達の先輩だと思うと、自分はあまり関係ないのに妙に誇らしくあった。三人ともきれいだけど、ほとり先輩がやっぱり一番だ。
長い黒髪を高く結い上げ、さりげなく古風なかんざしを刺してあるのがとても似合っていた。
「じゃあ、私戻るから」
村越は食べ終えたお皿を、俺の分も重ねて持っていってしまった。
村越は紫色に大輪の白い花を幾つも咲かせた華麗な着物を纏い、きりりと凛々しい顔をしていた。
いつも自慢にしているの長い栗色の髪をやはり結い上げ、お借りした鮮やかな紅色の櫛をさしている。
アレをお貸し下さったご老人の嬉しそうな顔を思い出す。
若い頃これをさしていた時代を思い出すようだと、村越の栗色の髪でいっそう映える紅色を眺めてニコニコしていた。
遠い日、ご自分が使われていた時代を思い出したのか、目尻に滲んだものを村越はハンカチでそっと拭って差し上げてから
「ありがとうございます」
と微笑んだ。
驚いた。
こんな顔も出来るのか。
挑むようなあの刺々しさ、痛々しさがなりをひそめていた。
そして、他意なく言えば綺麗だと思った。
訂正しようと思う。村越は挑みかかるような目をしない方が良い。もっと良い顔が出来る。
そんなことを思い出していると、いつの間にか部長が前に座ってにやにやしていた。
「よう、朝井。村越眺めてなにニヤニヤしてんだ」
「……そんな顔してません」
「そうだな、朝井はそういうの隠すの上手いからな。でもなー、少なくとも嬉しそうではあったぞ。何があったのかな?」
「…………大したことじゃないです。あの赤い櫛」
「あん? 櫛? ああ、あれもお借りしたんだっけな」
「はい。あれをお借りした時のこと、思い出してました」
「…………何かあったか? や、俺はほとりと冷やかし爺様の相手で忙しかったからな」
「別に、本当に大したことは何も」
「ふーん」
にやり、とどこかの猫のような笑みを浮かべてから
「そうかー。まあ、何でもいいさ。お前らが仲良くやってくれるなら」
部長は如何にも美味しそうに昼食を口に運び始めた。
文芸部の部長さんも少しだけ口の端を緩めて食べ始めている。
男手が三人も休憩していては後で女性陣に叱られる。俺は慌てて鍋の方に向かい、案の定ジト目をした村越に迎えられたのだった。
想像以上に好評で、郷文研と文化部の出店は予定数をお昼過ぎには完売。ここは攻め所だと部長二人が女性陣を説き伏せて二日目に用意していたものも販売。
気付けば初日だけでかなりの売り上げになっていた。
午後からの俺は調理室を借りて二日目の下ごしらえに取り掛かった三年女子二人の小間使いになった。
アレが足りないコレが足りないと渡されたメモは、商店街に着くなり耳ざとく聞きつけてきたらしい地元農家や漁師の方が覗き込んでくる。
色々な材料を格安で譲ってもらえた上、あの二人なら上手く使えるからと渡されるオマケの数々。
あっという間に俺の自転車は荷物まみれで、何度も学校と商店街を往復することになった。
材料が揃えば今度は実際の作業だ。
野菜の皮むきくらいは出来るでしょ? とのお言葉を頂戴し、残りの時間は野菜の皮をごりごりむくだけで終わってしまった。
ふと気付けば初日終了。
夕暮れの赤い色が部屋を満たしていて、その中でほとり先輩が鍋の具合をうかがっていた。
菜切り包丁が小刻みに音を立て、出汁の匂いがほんのり漂う中を、ほとり先輩がくるくると動いている。
三角巾で長い黒髪をまとめて、地元のご老人からお借りした割烹着を身に着けたほとり先輩は、目を閉じて小皿に取った出汁を少し舐めて頷いている。
その横顔が夕日で赤く染まっていて、俺は訳もなく泣きたくなった。
この人が部長と付き合っているから、なんて下らない理由ではない。
ただ、訳もなく心が動かされた。
ぼんやり先輩を見つめていると、気が付いたのだろう、静かに小首を傾げながら微笑んでこちらを向いてくれた。
「どうかした?」
「いえ……」
ふと気付くと、夕暮れの中で二人きりになっていた。
文芸部の三年の先輩はどこかに行ってしまったらしい。
丁度良いと思った。
決着をつけよう。
下らないことだけど、言っておかないと……終われない。
「ほとり先輩」
「ん?」
かちりとガスコンロの火を止めて、ほとり先輩が振り向く。
さらりと解いた三角巾の中に納まっていた黒髪が、夕日の中に撒かれていく。
桜舞う春の中で、微笑んでいたあの姿と何一つ変わらない姿のほとり先輩は
「言いたいこと、あるのかな?」
と優しく言った。
だから俺も小さく頷いてから
「先輩のこと、好きです」
と答えた。
「半年前に郷文研のチラシを貰ってから、ずっとです。ほとり先輩はいつも優しくて綺麗で、ずっと憧れていました」
思い出す。
ほとり先輩はいつも穏やかで優しくて、理想の女性だったのだ。
「だから俺……先輩のこと、好きです」
言い切った。最後の方は緊張と照れで小さくなったけれど、ちゃんと言えた。そのことが嬉しい。
「ありがとう」
先輩は優しく微笑む。
「でもね春樹君、あたしはもう好きな人が居るの」
淀みなく、俺のような緊張も照れもなく、当たり前のことを口にするような気軽さで、先輩は続ける。
「ぼんやりしていて優柔不断で、要領悪くて泣き虫で不器用さんだけどとっても優しい人で……そしてあたしにとっては世界で一番格好良いヒーロー」
「ヒーロー?」
「そうよ、あたしの修は、とっても格好良いんだから」
さすがに少し吹いてしまった。
「あ! 笑うことないじゃないのッ!」
「いえ、勝ち目ないんだなあって思えて納得出来ました。あと、普段の部長を知っていると、さすがにちょっと」
「ん……まああんまり反論は出来ないんだケドさ」
呆れたような、諦めたようなため息を一つついてから、ほとり先輩はもう一度笑ってくれた。
「ところで気が付いてる? 皐月ちゃんは好きになる人の傾向」
「はい」
村越の理想の人はお母さんで。村越はお母さんが欲しいだけなのだと。
それくらいは、気が付いている。村越は、お母さんになりたいだけなのだと。
「皐月ちゃんからも告白されたケド、あたしはその前にお母さんの話は聞いていたから」
「そうですか」
「あたしはあなた達のお母さんにはなれない。でも春樹君」
「はい?」
「頑張ってね。お母さんの代わりなんて無理にしても……」
「はい」
村越が理想の人に近づけるように。その為に同じ人を憶えている俺が一緒に居れば。
いつか、村越は『お母さん』になれるのかも、知れない。
だから俺は、精一杯の感謝の気持ちを込めて。
「ありがとうございました」
と、頭を下げた。
白状すれば悔しいし悲しいけれどそれ以上に『あなた達のお母さんにはなれない』と言った先輩の察しの良さに、俺は頭が上がらない思いがした。
俺自身目を向けないようにしていたことを突きつける厳しさと、それを教えてくれる優しさに。
◇
初日の売り上げを数えて、部長二人がニヤニヤしている。
ほとり先輩達は明日の準備に奔走しているし、朝井はその手伝いに借り出されている。
文芸部には二年生の女子の先輩がいるのだが、今はどこかに消えている。
私はガスレンジの元栓を閉めたり、机を拭いたり、椅子を片付けたりといった細々とした店じまいの仕事に集中していた。
売り上げに満足したらしい部長二人と店じまいや掃除をしていると、夕日もすっかり沈んでしまっていた。
「終わりましたね」
何気なくそう言うと、部長がにやりとしてから
「明日も忙しいぞ、きっと。今日みたいにあっという間だ」
と胸を張った。
文芸部の部長はどこに行ったのか、気付けばテントの中は私と部長だけだった。
「いや、しかし良い企画だったな。こんなにうけるとは思わなかった」
「ほとり先輩の作ったものが、うけないはずがないじゃないですか」
「そうだな。だが、思いついたのは村越だ。胸を張っていいぞ」
にやりとまた、得意そうに部長は続ける。
「郷文研史上、類を見ない大成功だ」
「ありがとうございます」
他のテントも、もう片づけが終わるのか、人気はあまりない。
「ほれ、ご褒美だ」
「はい?」
間の抜けた返事になった私に、部長は缶ジュースを渡してくれた。
「いつの間に」
「あはは、ちょっとね。ほとりや朝井には内緒な?」
茶目っ気たっぷりに、おどけて肩をすくめて口元に指を一本立ててみせる部長に、呆れ半分で笑ってみせる。
「ありがとうございます。いただきます」
少し温いオレンジジュースが甘く喉を潤していく。
部長はいかにも美味しそうに同じ缶ジュースを飲んでいる。
他に誰も居ないなら、聞いておく良い機会かもしれない。
だから私は、何でもないことの様に尋ねた。
「部長は……ほとり先輩のどこが好きになったんですか?」
部長はきょとんとしてこっちを見てから、答えあぐねたように首を傾げる。
「急にどうした?」
「どうしても、聞いておきたくて」
「…………そうか」
それで何かを察したらしい部長は、缶ジュースを一気に飲み干してから
「アレとは随分長い付き合いになるが……そういう風に好きになったのは中学生の頃だったかな」
一つ一つ丁寧に、指でなぞって確かめるように思い出しながら。部長はゆっくりと言葉にし始めた。
「俺が言うのも何だが、ほとりの奴はほら……その、結構美人だろ?」
「そこは照れなくてもいいです」
「冷たいな。あんまりこういうの口に出すのはどうもな。ほら、減るだろ?」
「減りません。何が減るって言うんですか。それよりも、続けてください」
「ん、いや……まあ、とにかくあいつはクラスでも人気があってな。成績も運動神経も、人付き合いも気風も良いもんだから当たり前だろうけどな」
「素敵な先輩です」
「だろ? だがな、あいつ普段は猫被ってるけど、本当は口悪いんだ」
「はい?」
「小さい頃の話だけどな。親父さんがそうだったからなんだろうけど。まあ子供の頃は女の子の方が弁が立つもんだし、珍しくもないんだろうけど」
部長はがりがりと苦笑いをしている。遠く懐かしいものを思い出して、苦く優しく微笑んでいる。
「背もあいつの方が高かったし頭の回転も良かったから、うっかりケンカなんかしようもんならいつもコテンパンにやられたもんさ」
今でこそ、背だけは追い抜いたけどな。と部長は肩を竦めた。
「いつだったか、見かねたかがりさんがほとりの口を注意しはじめてな」
ああ、かがりさんってのはほとりのお姉さんな。と補足して、部長。
「で、七つ年上のかがりさんみたいになりたかったほとりは、そのうちに口も直して、それが小学校三年生くらいだったかな?」
「何かあったんですか?」
「んにゃ、ただそのおかげでほとりは人気者ってのになったってだけ」
「部長は?」
「あははは、子供の頃は今より酷い人見知りでさ、いつもほとりの尻に引っ付いてた」
なんとなく想像が付いた。
「そんな風だから、俺もほとりもこうなるとは全然思ってなかった。でも、まあ……何か縁があったんだろうな」
「縁? どんな?」
「ああ……俺は格好良い所見せようとして、まあ案の定失敗してさ。でもそんな俺に、ほとりは」
一区切り。躊躇っているのは、恥ずかしいのと他の人に言うのがもったいないからかもしれない。
「まあ、そうじゃないみたいなことを言ってくれた」
たっぷり迷ってから出た言葉は、かなり誤魔化されていたけれど。私は聞き出そうとは思わなかった。
二人の大切な物だろうから。それを根掘り葉掘り聞き出して、手垢まみれにするほど無粋ではない。
部長は顔を逸らして、がりがりと頭を掻いて、照れ隠しに咳払いをする。とても部長らしい仕草だった。
「アレで、思い知らされた」
「何を、ですか?」
「俺は、ほとりの前じゃ格好つけたいんだなあ、って」
「つまらない理由ですね」
「そうか?」
「でも……それじゃ仕方ないです。降参です」
「…………村越」
「仕方ないから、引きます。いえ、まあ私はほとり先輩には……」
「村越」
意外なほどに強い口調で名前を呼ばれ、振り向くと……
部長が、静かに微笑んでから、人差し指を一本立てて唇に当てて見せていた。
「もういい」
「…………厳しいですね、部長は」
「まあ、人の女に手を出そうとした相手にだからな」
「甘いですね、部長は」
「そりゃ、可愛い後輩だからな」
悪戯っぽく、けれどどこか真剣な色の混じった声に心を動かされる。ああ……こういう人だから、ほとり先輩は好きになったのか、と。
「村越、最後に一つだけ」
「何ですか?」
「誰かに好かれたいなら、まず誰かを好きになる所から始めないと」
「……え?」
「誰も、代わりなんて出来もしないし、しても意味はない」
「何を―――」
最後に投げてきた言葉は、自分でもそう思っていたことで。
改めて言われるのは、痛かった。
「まあ、自分が痛い目にあったから言うんだけどさ」
「本当に、厳しいですね、部長は。もっといい加減な人だと思ってました」
「あはははは」
心底楽しそうに笑ってから、明日の準備が終わったテントを眺めてから、誰も居なくなった中庭を見渡してから。
部長は私に向き直って
「そりゃ、俺は二人の先輩だからな」
と、微笑んだ。
だから私は色々なものを飲み込んでから、一番言いたいことを口にした。
「やっぱり私、部長のことは好きになれそうにないです」
と、頭を下げた。
それが私の、精一杯の謝罪と感謝と負け惜しみだった。
◇
そして、俺たちの研究発表は成功を収めた。
二日間の文化祭で売り上げトップになった郷文研と文芸部共同発表は先生方やご来賓の方々にもかなり好評だったようで、部長はいつもの席で
「いやー、人生で一番褒められたよ」
とにやにやしていた。
かなりの利益も得たけれど、それ以上に何かの為に必死になれた時間の方が誇らしかった。
そんなことを言うと、村越は呆れた顔で
「あんた、お金持ちにはなれないね」
と笑っていた。
だから俺も嬉しくなって
「それでもいい、負け惜しみだけど」
と返した。
そんな文化祭片付けの翌休日、俺と村越は、部長とほとり先輩の為にささやかではあるが会を開いた。
文科系の部活動は、文化祭での発表会を最後に三年生が引退することになっているのだ。
つまり部長と、正式な部員ではないにしても今日まで一緒に頑張ってくれたほとり先輩の……送別会だった。
夏のバイトで稼いだお金を出し合い、俺と村越は駅前のイタリアンレストランに席を取り、そこに二人の先輩を招いた。
部長はこういった場所が得意ではないらしく、終始キョドキョドしていたのが、失礼だが可笑しかった。
ほとり先輩は淡い桃色のフレアシャツにベージュのカーディガン、白いロングスカート姿で、部長の腕にそっと寄り添って現れた。
堅苦しい挨拶を抜きにして始まった送別会は、部長とほとり先輩の想い出や俺達が入ってからの色々な出来事などの話に花が咲く。
隣の村越が楽しそうにしているのが、俺は嬉しかった。
俺達は欲しいと思ったものを手に入れられなかったけれど、それでも欲しかったものを手に入れられた。
「さて、部長として最後に言っておくことがあるんだが」
デザートも食べ終え、最後のお茶が運ばれてから。
部長は静かに笑ってそう切り出した。
「や、その前に二人に確認しておく。ほとりは居なくなるけど、それでも続ける気はあるな?」
その尋ね方が嬉しくて、俺は頷いた。
「はい」
村越は少し間を開けて、仕方ないからといったような素振りで誤魔化してから
「はい」
と答えた。
「そうか。いや、春の時はどうなるかと思ったが……二人が郷文研を続ける気になってくれて、本当に嬉しいと思う」
「本当に、詐欺みたいなやり方だったからどうなるかと思ってたのよ」
ほとり一本釣りは、もうこりごりだ。なんて部長は呑気に笑ってから
「で、俺が居なくなる以上、部長を決めないとな」
と、真剣な顔になった。
こほん、と咳払いをしてから。
「朝井」
唐突に呼ばれて、思わず肩が跳ね上がった。
「はい」
「お前、今から部長な」
「え?」
部長は「はーやれやれ、曲がりなりにも『長』なんて付く役は面倒臭かったー」と勝手に肩の荷を下ろして楽になってしまっている。が、
「ちょ、だって文化祭の結果から言えば、部長になるのは村越の方が」
俺は慌てる。今回の成功は、村越のアイデアだ。俺は後ろでもぞもぞと小間使いをしていたに過ぎない。
「俺もほとりも、朝井を選んだ」
「皐月ちゃんがダメって意味じゃないよ、単に春樹君の方が郷文研好きかなって」
呆然としていると、村越はさも当然だと言わんばかりに頷く。
「私も朝井がいい。私と違って、ちゃんと郷文研部員やってたのは朝井の方だから」
「そゆこと。過去の資料に目を通して、興味を持ってくれてただろ?」
やっぱり好きな奴がやってくれるのが一番なんだから、と部長は笑った。
「だから朝井、今からお前が部長だ」
部長は……いつもの偉そうな笑みを浮かべてから、手を差し出してきて。
ほとり先輩が楽しそうにそれを見ていて。村越が早くしろ、みたいにじっと見つめていて。
だから俺は小さくため息をついてから
「分かりました。部長、やらせてもらいます」
と腹を括って部長の……元部長の手を握った。
資料庫の整理係と同義の我が郷土文化研究部、略称郷文研は万年部員不足で。
校則通りならそもそも部活動ではなく、当然学校から予算も下りない非合法な団体で。
それでも長い歴史を誇り、我が校と地域の過去を集めて管理していて。
だから……俺は思いの外重たい責任を感じ、そっと身震いをした。
となりで村越が、少しだけ嬉しそうに頬を緩めたのを見て
「任せとけ」
と言ってみた。
「うん、頑張ろうか」
◇
そうして季節は冬。
無理やり空けたスペースにねじ込んだ石油ストーブを囲んで、俺と村越はぼんやりと本を読んだりお茶を淹れて飲んだりしていた。
煎茶の淹れ方を練習しているらしい村越が「あ」と小さく呟いた。
「どうした?」
「ほら、これ」
振り返った村越の手に、ほとり先輩愛用のティーカップがあった。
「これ、先輩のか」
「うん、忘れ物じゃないかな?」
ほとり先輩は予備を幾つか用意していた。多分その内の一つだろう。
村越は少しだけ考えてから
「これ、明日にでも渡しておこうか」
と言い、そっと棚に戻した。
「ああ、頼む」
「私が行ってもいいの?」
「二人で顔を出すこともないだろ」
「折角用事が出来たんだから、良いでしょう」
村越はじとっとした目で一度俺を睨んだ。村越の不機嫌な顔はいつものことだけれど、この味が分かるのは多分俺だけだ。
にやにやしていると、村越がますます機嫌を悪くして。
けれど不意に呼吸を一つ、深くして。意を決して。
こんなことを口にした。
「私ね、この髪嫌いなんだよ、本当は」
「え?」
村越が大事にしてきた自慢の栗色の髪は、今日も艶やかで綺麗だ。
「本当は……ほとり先輩みたいな黒髪が良かった。みんなと同じ、お母さんと同じ」
「でも、それは村越のお母さんからって」
「うん。それも本当。お母さんのお母さんがこういう髪だったから、お母さんは私の栗色の髪を好きだって言ってくれたから。だから私もそう思うことにしているんだ」
村越は大事そうに髪を指に通す。
「でも本当は……黒髪になりたかった」
「……俺は、その髪好きだけどな」
だから、言わずにはいられなかった。
「…………嘘だ」
「本当に」
「だって、朝井が好きになる女の子は、いつも黒髪だ」
「俺は―――」
本当は。
「私が好きになるのも、黒い髪の子だ」
「…………村越、お前さ……それ好きなんじゃなくて、単に」
「言わないでよ。あんたに言われるのが、一番痛い」
だからこそ、今こそ、言わなくてはならない気がした。
「単に、その子に憧れたり妬んだりしてるだけだ。お母さんと同じものを持ってるその子に」
「言わないでって、言ったじゃんか」
にっこりと、振り向いた。村越の、憑き物が落ちたような笑顔が、そこに咲いていた。
「ほとり先輩に同じこと言われた。私はあなたのママにはなれないって」
「村越」
「だからね、これっきり」
ふう、と肩から力を抜いて。ほんの小さい頃、まだ俺達がお母さんに甘えていた時代と同じ笑みを浮かべて。
「誰かに憧れたり妬んだり……代わりにしたりするの、これっきり」
「ああ」
良かった。そう素直に思えた。変に村越を理解しようとして、同性愛だなんて言葉を受け入れて。そういう風に今日まで来たのは、間違いだった。
だから、俺も間違いは正さないといけない。
「俺も、誰かを代わりにするのは止めるよ」
長い黒髪と優しい笑顔。
村越のお母さんは、俺と村越にとって特別な人だった。
でも、もう居ない。どんなに嫌でもそれが事実だから。でも、今なら分かる。それを受容するには時間や誰かの助けが必要だったから。だから……
「今まで言わなかっただけなんだけどさ」
肩の荷が一つ降りた気分で、秘密にしていたことを言った。
「俺、栗色の髪の女の子って、好きなんだよ」
栗色の髪が揺れて、冬の夕暮れ、赤い光に満たされた中をゆっくりとひるがえる。
何の疑いも、悲しみも、恨みも、苦しみも忘れて、村越皐月が微笑んでいる。
「バーカ。そんな簡単に、信じるもんか」
歯磨いたか?
顔洗ったか?
もう1パート!
いったれほとりちゃん!
05 The Day After
少し硬い引き戸を開けると、肌寒い春先の空気が流れ込んでくる。
古い道具や本が集った場所に特有の匂いがして、少しだけ胸が弾む。
初めてここに来た日、自慢そうに部長がふんぞり返っていたのを思い出して頬が緩んだ。
一見すればガラクタのような古い道具や、いつのものかも定かではない書籍類、明らかに使いそうにない教材などなど。
林立する棚には、所狭しとそれらが詰め込まれている。
その中をかき分けるように奥へと進めば、そこが……
「んー、あんまり変わらないか」
我が青春を捧げた、にしては少しばかりせまっ苦しい郷文研の部室だった。
見渡せば、俺達のカップが納まっていた棚には、後輩達の物と思しきそれだけになっている。
特に気に入った本を並べてあった本棚は少しラインナップを変えていたし、蛇口の近くには見慣れないものが増えている。
「まあ、当たり前といえば当たり前か」
一人ごちてから見渡す。
ここを整理して目録を作るっていうのが郷文研の目的だったのだが。
「全然やんなかったなあ」
大抵資料や本を読み漁り、淹れて貰ったお茶を飲んでいただけだ。
毎日ぼんやりと過ごしたのは、俺の人生で一番贅沢な時間だったと思う。
そりゃスポーツに打ち込んで優秀な成績を残すのは素晴らしいことだし、音楽にのめり込んで舞台にかける時間ほど幸せなことはないだろう。
絵を描き、ボールを追いかけ、書の道を求め、剣の道に生き、バイトに明け暮れ、必死に勉強するのも高校生らしくて良い事だ。
だが、俺にはこの薄暗い資料庫でのんびりと時間を潰すのがこの上なく好きだったのだ。
全国大会に出場もしなければ、栄誉ある賞を得ることもない。
けれど……ここで過ごした時間は、きっとこれから先生きていく上で大切なものになる。
そして……
「ここに来られるのも、多分今日で最後か」
振り向けば、見慣れた黒髪をちょこんとゆらした少女がそこに居る。
「何? 名残惜しい?」
卒業式後の人気のない旧校舎なんて場所へ行く俺のことを、何も言わず付いてきてくれている、俺の州崎ほとりだった。
ほとりがいつも同じで静かに微笑んでいる。
俺はがりがりと頭を掻いて
「まあなあ、そりゃなあ」
と適当な返事をした。
そのまま何を言うでなく、いつもの席に腰掛けた。
ほとりもそのまま俺の少し後ろの定位置に。
むずがるほとりを、部長が無理やり連れてきたこともあった。
変なお茶を買ってきて、ほとりと二人でどうしようか途方に暮れた事もあった。
あまりに暑くて、大量の書籍や資料をどかして窓を発掘したこともあった。
文芸部が押し付けてきた本をどうしようかと頭を悩ませたこともあった。逆に書庫に色々押し付けもしたが。
春に、夏に、秋に、冬に。
この三年間の想い出の多くが、この場所にある。
愛用だった机の上は、自分の頃と変わらずいい加減に整理されている。
個人的な荷物だけは持ち帰ったが、そういえば読みかけの本や資料の整理整頓は現部長……朝井に押し付けたのだった。
さすがの朝井も一瞬愕然とした顔をしていて、歳のわりに落ち着いたあの後輩が動揺するのを見られただけで俺の選任は間違いではなかったと思えた。
因みに朝井の後ろで村越が呆れたような諦めたような目をしていて、きっと俺達が居なくなった後も上手くやっていけるだろうという不思議な実感を覚えた。
窓の外は紫陽花の花壇。卒業式の後は告白の最盛期だ。いや、告白に最盛期なんて言葉が相応しいかどうかは定かではないのだが。
実しやかに伝えられる我が校伝統のジンクスは、今日も若者の心をしっかりと捉えて放さないようだった。
紫陽花の咲く六月、文化祭のある十月、そして卒業式のある三月。紫陽花の花壇では生徒達が右往左往している。
すぐ近くの旧校舎最上階に陣取る俺達郷文研や文芸部は、それらを眺められるのが特権だった。
卒業生を呼び出した後輩の女の子が、それぞれの進路を選んだ三年女子が、在校生に伝えたいことを残していた男子が。
それぞれが少しずつ離れた場所で緊張した面持ちで手持ち無沙汰にしているのをにやにやして眺めていると
「ホント、悪趣味ね」
とほとりが近寄りやはり地上の様子を窺う。
「俺らの秘密の特権だからな、最後まで楽しませてもらうさ」
何となく後輩二人の姿を探してみる。
まあ、居るはずもないか。今しがた校門で別れたばかりだ。
二人が言葉も交わさず、それでもつかず離れずで歩き去るのを見送ってからここに来たのだから。
先輩の俺が言うのも何だが、もしも何かの手違いであの二人が素直に付き合ったりすることがあるとすれば、それは多分ずっと先の話だと思う。
あの頭でっかちの朝井と、面倒くさくて意地っ張りに手足を付けたような村越があっさり行くはずがない。
微妙に離れた二つの椅子も、それを物語っている。
とはいえ朝井が村越以外を選ぶとは思えないし、逆もまた然り。地上の様子と後輩二人の行方を重ねてみていると、悪いことをしているのに楽しくなってくる。
「こんな悪事を働くのも、今日で終わりね」
「ああ、まあ色々悪さしたもんだな」
「ん、ホントだよ」
隣を向けば、いつの間にかほとりがじっとこちらを見つめている。
「色々悪さしたケドさ」
「うん?」
「ここで、したことは、なかったよね」
「…………まあ、何となくな」
いくら人が来ないとはいえ、一応校内だ。そりゃ白状すれば、ふとしたほとりの仕草が可愛くて押し倒したくなったことの一度や二度……
すみません、もっといっぱいです。わりといつも悶々としていました。色々ごめんなさい。
けれど、万が一そういう所を誰かに見られでもしたらと思うと、小心者の俺には無理なのだった。
いや、正直行っちまおうか、と思ったことの一度や二度……
すみません、もっといっぱいです。もうほとんど毎回必死に堪えていました。色々ごめんなさい。
そんなことを思い出していると、ほとりがくすくすと笑い始める。
「何そんな百面相してんのよ、何? そういうことをここでしなかった理由、思い出してた?」
「……ん、まあな……って、ほとりッ!」
「ねえ修」
すっ、と俺のすぐ傍に顔を寄せて、とんでもない秘密を囁くように、ほとりが耳打ちをする。
「あたしだって女の子なんだから、男の子のそういう視線なんて、すぐ分かるんだから」
「……あー、その」
参った。静かな笑みを浮かべるほとりの、その瞳が光る。
夜空を詰め込み磨き上げたようなその瞳が、期待と興奮と、背徳に濡れている。
「先に言うけど」
「ん」
「もうスイッチ入ったから」
「ん」
「止められないから」
「ん……大丈夫」
ほとりが居住まいを正す。
ぴんと背を張って、ほとりがお辞儀を一つする。
「どうぞ……その、よろしくお願いします」
その仕草に、頬と箍が緩んだ。
「ほとり」
本当に、この女は。
「ひゃうッ」
力任せに、噛み付くように、泣きつくように、抱き寄せ唇をむさぼり啜る。
夢中になって絡めていた舌を放せば、ほとりはぼんやりとこちらを見ている。
愛らしい、守りたい、大事にしたいと思う気持ちと、だからこそメチャクチャに壊してしまいたいという気持ち。
二律背反の気持ちが煮えたぎる心を押しつぶして、もう一度、今度は優しく囁くように触れるだけの淡いキスをする。
片手だけでボタンを取っていくと、白いレースのブラが見えてくる。
何も言わずそっと上に引き上げて、シャツを開いて胸を晒した。
肌寒い空気の中、今日まで散々良い様に弄ってきたほとりの胸が震えている。
いつも思う。野いちごって確かこんな風じゃなかっただろうかと。
ピンと勃った乳首をそっと舐める。
上目でほとりの顔を見れば、自分の指を噛んで声を殺しているようだった。
内心ゾクゾクとする。自分の指が、舌が、いや吐息でさえほとりにとっては耐え難いものであるということに。
その事実一つで、抑えきれないくらいに昂ぶる。
まだ胸を少し触っただけだというのに、俺もほとりもすでに呼吸が荒い。ほとりの吐息が甘く鼻をくすぐる。
本人は無意識なのだろうけれど、水蜜桃のような唇が俺の名前の形に動く。
桜色に上気し始めた肌を、再び唇に向かって舐め上げていく。
まるで自分の匂いを塗っているよう。動物のマーキングか何かでもあるまいに、それでも想像して興奮した。
自分の匂いで汚したほとりの姿。
いつも大事に綺麗にしてある黒髪を。
淡雪色の素肌を。
少しでも力を込めれば壊れてしまいそうなほど可憐な腕を。
飴細工のお菓子のように華奢な首筋を。
走ることを覚えたばかりの小鹿のように躍動する下肢を。
柔らかな線を描く胸の稜線を。
生き生きとした表情に変わる愛らしい顔を。
その全てに自分の匂いをこすりつけて、汚してしまう想像。
それだけでもう終わってしまいそうになる。
犬か、俺は。
唇に触れれば、そのまま舌を吸い唾液を飲み、逆に自分のそれもほとりの口中に流し込む。
片手で小さな肩をかき抱いたまま。もう片方は手のひらに収まるほどの胸をもみしだく。
初めこそ力を入れすぎたりもしたが、ほとりを傷物にしてもう一年以上経つ。
そのくらいの加減はもうおぼえている。
頬に軽くキスをしてから、耳を甘噛み、鎖骨へと舌をもう一度這わせていく。
体中をまさぐり、俺が触った場所などどこにもないくらいになったほとりは、すっかり解れたようで。
「は、は、は……」
短く荒い呼吸で、切なそうな目をして、もう一度せめてもの逆襲のように俺に抱きついてきた。
「ほとり、準備出来てるな」
「……どうして一々言うのよ」
「そうやって嫌がってくれるから」
「…………いっつも思うけど、してる時の修って意地悪だ」
「そうかな?」
「こんな悪いこと、他の子にしたら、絶対嫌われるんだから……だから」
「ああ……それ以上に、そんなことしたらほとりに嫌われる。そんなの嫌だからな」
「そうだよ、嫌いになるからさ」
他愛のない言葉を交わしてから
「なら、ほとりが満足させてくれるんだよな?」
「ん……頑張る」
そっとそこに手を伸ばした。
他の子がどうなのか知らないけれど、ほとりはすぐに濡れて溢れていく。
うっかり外し忘れたショーツは、すっかり濡れて、愛液がしたたっている。
「あー、やりすぎたか?」
「修が……やりすぎなかったこと、ない」
不服そうに頬を膨らませるその顔に、もう一度キスをする。
「つい、我慢できなくなるんだよ」
「ホント、他の子にしたらダメだよ……こんなの」
「ああ、だから」
「ッ!」
指が秘所の突起を探り当てて、そのまま転がしてみせる。
「ダメ! ダメ! それ強い!」
「脱ごうな、そしたら続けるから」
「だから、続けちゃ……やだ」
ぐい、とお姫様抱っこで机へほとりを連れて行く。
「抱っこ……」
「俺でも、ほとりくらいなら抱き上げられるよ」
「これ嬉しいケド……重くない?」
「もっといっぱい食べろ、俺にばっか作ってないで」
「ん……」
キスをねだるほとりに、軽く唇を重ねてから机の上に座らせる。
「机、汚れちゃう」
「大丈夫、樹脂シートあるから」
「でも本とか」
「どかす」
ぐいといい加減に机の上のものを脇にどけてから、申し訳なさそうに腰掛けているほとりのそこへ顔を近づける。
「ちょ、服、ちゃんと脱がせて」
「ダメだ。このまま」
「だって汚れて―――」
「今日でこの格好も最後だろ? 汚したい」
「……修の意地悪」
その拗ねた声を同意と受け止めて、ショーツに手を掛けた。
僅かに身じろぎをしてから、脱ぎやすいように上手く体重を動かしてくれる。
片足だけ脱がせて、そのまま顔を中へ。
女の匂いをさせるほとりのそこに、一瞬眩暈を覚える。
唾を飲み込み、そっとそこへキスをした。
「ッ! 何回言っても、止めてくれない」
「何が嫌なんだよ」
舐め、吸い、ひだを唇で挟んで。
そこも、そここそが俺のものだと言わんばかりに匂いをつけていく。
必死に堪えるほとりの声が、吐息が聞こえて、俺の愛撫で気持ち良くなってくれていると思い嬉しくなる。
女のそれは演技だ、なんてことを言う男もいるが、俺はそんなことはないように思う。
自分がことさら上手いとは言わないが、ただほとりに関しては違う。
ほとりの僅かな呼吸や身じろぎで、それが良いのか悪いのか不思議と分かった。
勘違いだと言われればそれまでかもしれないが、少なくともそれでほとりは嬉しそうにしてくれる。
それだけで俺は満足だった。
「今日は、ホントにみんな着たまま……」
「ああ。なあ、代えあるんだろ?」
それまで伏せていた顔を上げる。ほとりは俺の顔を見て、恥ずかしそうに頬を一際桜色にしてから
「………………」
ぷいっとそっぽを向いた。
そんなほとりの頬に、そっとキスをする。
「ありがとう」
「だからこのタイミングで、そんな優しい声でそんなの!」
「ありがとう、ほとり」
「ッーーーー! ホント、修は意地悪だあ」
もうどうしようもなく可愛くて、もう一度抱きしめて、恋人らしい優しいキスをしてから
「好きだから、こうなっちまうんだよ」
と囁いた。
「ズルいなあ、ホントに」
ポケットをまさぐり、財布を取り出した。中には避妊具が忍ばせてある。
「……そっちだって、準備してたんじゃない」
「当たり前だろ? 俺はいつだってほとりのことメチャメチャにしたくて仕方ないんだから」
「……そんなしょっちゅうあたしってされてるの? 修の中じゃ」
「あははは」
当たり前だ。
支援
「ん……今日大丈夫だよ?」
「着ける。ちゃんと」
「……ずっとだよね」
「だって、もし万が一があったら……今の俺じゃほとりを守れないから」
「もう……だからそういうこと優しい声で言わないでよ。ほら……貸して、あたしが着けてあげたい」
「ああ」
初めての時は、思わずそのまましてしまったけれど。
もし本当に万が一があったら、そんなのろくな結果にならない。俺はほとりを抱きたいだけじゃない……ほとりとこれから幸せに生きていきたいんだ。
そんなごく真面目なことを思いつつも、俺のモノはほとりの中の味を思い出して勃起している。
「……ッ」
そんなことを思っていると、ほとりが俺のモノを口に含んでいる。油断していた、ほとりが俺のモノを舐め回している。
この一年ですっかり上手くなったほとりのフェラは、とにかく丁寧だ。
舌がそっと優しく蠢き、唇が何度も竿を責め立てる。
あまりされると出てしまう。
俺はほとりの頭をそっと手で押さえて
「も、良いから」
「ん」
不思議そうにほとりが見上げている。
「ダメ、仕返し」
「仕返しって。ぐッ」
思わずほとりの頭を押さえる手に力が入る。
「ちゅ、ん……んく、ちゅ……はぁ、んちゅ、ちゅ」
「ッ、出るッ」
「ん……じゅ、くちゅ、じゅ……飲む……」
「飲むって」
興奮に濡れたほとりの目が、嬉しそうに揺れる。
上目使いで、呼吸も荒げて、艶やかな黒髪を乱して、しどけなく微笑む。
「ちゅ」
鈴口の先を唇が軽く触れ、そうしてから一気にほとりがペニスを含む。
「ん、じゅ、んちゅ……くちゅ、ちゅ、ちゅ」
「んッ」
ほとりにされているというだけで、それだけでもうダメなのに、吸われ、舐められ、そして
「うぅ、ッ、んんッ! くッ」
「くッ!」
ほとりの口に、今日最初の精子を吐き出した。
ほとりの白い喉がこくり、こくりと飲み下す音が響く。
外からは別れを惜しむ声が聞こえてきていて、そんな中でほとりが精子を飲んでいるのだと思うと、ますます興奮してくる。
「ぷは。いっぱい出た。一昨日したばっかなのに、もうこんなに貯まるんだ」
「ああ、昨日は自分でもしなかったしな」
「ねばねばだ、すごい濃い……出されたら、妊娠しちゃうね」
何を言い出すのか。
そんなこと言われては、一度口にだしたくらいでは収まるはずもない。
もう俺のペニスは固まり屹立し、ほとりの唾液やら精液やらに混じり、先走りの透明な液がにじんできている。
「もう、出したばっかりなのに……その、まだ足りないんだ」
「ああ、ほとりを抱かないと」
「ん……あたしだって、してくれないと」
ほとりのほっそりとした指がゴムを手繰り、俺のモノに覆い被せていく。
ショーツを半脱ぎのほとりがちょこちょこと慣れた手つきで避妊具を着けているのを見ると、ますますモノがいきり立つ。
今から自分を犯す男の為に、甲斐甲斐しく世話をするほとりの姿にまた興奮してきた。
すっかり準備を終えた俺のモノに、もう一度だけほとりが口付けてから立ち上がる。
そのほとりを抱きしめて、机にもう一度腰掛けさせた。
「いくよ」
「ん……」
モノをほとりにあてがうと、先ほど俺が弄っていた時よりも濡れている。
「ほとりさ、舐めて興奮したんだ」
「ッ! だからいちいち言わないでよ」
「嫌がるから言いたくなるんだ」
「どうしてそんな意地悪す……あ、ちょっとヤッ」
ほとりのセリフが終わるのを待たず、そのまま一気に押し入った。
「油断、させといて、から、するなぁ」
「可愛い反応が、見たいからな」
「だか、ら、今そういうこと、言うなぁ……ひゃんッ」
内側を削るように動く。女は最初が一番良い、なんてこと自慢そうに話す男子が居たような気がするが、俺はそうは思わない。
相手が良くなる所や好みが分かって、それを大事に出来る。
こういうのは、回数を重ねないと出来ない。
他を知らない俺が言っても説得力はないのだろうけれど、この女が一番に決まっている。
そう言う様に、自分の形を憶えさせる様に、がりがりと削り続ける。
「えッ、あッ、はあ。ぅくッ、ちょ、待って、待ってやだ……」
散々中を食い散らかして、そうしてもっと奥へと腰を進める。
「やッ、ああッ、ッ、くッ!」
思わず上がった声を、指を噛んで堪えるほとりの頬にもう一度キスをする。
「んんッ、くッ、はぁ、ああッ、ッ」
「なあ、女のここってさ」
「う、んッ、あッ、んんッ」
「男のカタチになるんだってさ」
溺れるような呼吸の中で、ほとりの目が妖美に光る。
「あたし、の……修のになってる? なってる?」
「ああ……ぴったりだ、他のなんか入れたら、カタチ変わるから、良くなくなるぞ」
「やだ、そんなの、やだあ……あうッ」
再び奥へ、一気に突きこむと子宮が下りてきている。
「ここ、来てる」
「ん、来ちゃ、てる」
がんと叩きつけると、ほとりが肩に噛み付き唸る。
「む、むー、はッ、んーッ」
「それ、癖な」
「うぅ、ごめんな、さい」
「いや……」
それが、合図になる。ほとりが気持ちよくなる合図で、俺もそれで出そうになる。
「俺もッ」
「うん、うん、来て、いっぱいッ」
「がぁッ」
必死に抑えて囁く声が耳を撫でて、俺はもう一度最後に腰を振る。獣じみた声が自分の喉から搾り出され、ほとりを力いっぱい抱きしめた。
「あああッ、あッ、ふぁあぁぁッ」
力任せに、強引に、骨も折れよとばかりに抱きしめながら、出した。
避妊具ごしに、けれどほとりの奥を目指すように吐き出す精子。一瞬着けているのを忘れて、孕ませようと思ってしまうほどの射精だった。
いつも思う、エラそうなことを言っておきながら俺はほとりを孕ませたくて仕方ないのだ。
もし着けずにしたら、絶対に途中で抜くなんて出来ない。ほとりの子宮をメチャクチャに汚すまで止まったり出来ない。
ゴム越しにでも妊娠させたくて仕方なくて、射精しながら腰を振っているのだから、我ながら呆れてしまう。
「あああ、は、はあッ、ふぁ、あ」
肩を揺らして、必死に酸素を求めているほとりをもう一度抱きしめてから、そっとキスをする。
ほとりの中からペニスを抜くと、少し収まったらしくくたりとなっている。ゴムを取っていい加減に括り、捨ててから
「ほとり」
「……ん」
俺にぐちゃぐちゃに乱され、自慢の黒髪を体液で光らせ、半端に脱がされた制服姿のほとりをもう一度抱いた。
「その格好、無理やり犯されたみたいだな」
「やったの、修でしょ」
「ん……我慢出来なかった」
「ホント、こんなこと他の子にしたら捕まっちゃうよ」
「ああ、だからほとりがされてくれ」
「……ホントはもっと、優しくして欲しいんだケド……ん」
頬に、おでこに、鼻に、耳に、首筋にキスをする。
どう表現すればいいのか分からないくらいの、凶暴な愛しさに耐え切れず、俺はほとりを抱きしめる。
まだ少し呼吸の荒いほとりの吐息と鼓動を感じて満足する。幸せな気分で、ほとりの頭を撫でた。
「今、優しくするのは、だから卑怯……」
「したいことを、してるだけだよ」
ほとりを見つめると、泣きそうな顔で微笑んでいる。そんなほとりがどうしようもなく可愛くて、望みどおり優しくキスをした。
「ん……口の中、修のでいっぱいだったのに」
「関係ないよ、ほとりにキスしたかったから」
「……もう」
初めからそのつもりだったのだろう、濡れティッシュやら着替えやらを手早く出してからほとりは俺を追い出した。
ことが終わればもう俺はほとりの言われるがままだ。最後にもう一度だけキスをしてから資料庫から出る。
何となく手持ち無沙汰な、変な気分で校庭を眺めていると、まだ卒業生達は何やら名残を惜しんでいる。
この喜ばしい日に幼なじみを犯してにやにやしているといのはなんとも罰当たりで。けれどそれが悪甘くて気持ちよかった。
意味もなく窓を開けて、大声で自慢したかった。
俺のほとりは世界で一番可愛いんだぞ、と。
そんなアホなことを考えていると、掃除と換気と着替えを終えたほとりが出てくる。
「おまたせ」
「やることやっといて言うのも何だけど、バレないかな」
「一応綺麗にはしておいたし、換気もちゃんとしておいたから多分大丈夫よ」
「そっか」
「……修はケダモノだから」
「ん、すまん」
「しょうがない変態でエッチなのを彼氏にしたら、大変だよ」
「あー、申し開きも出来ません」
窓の外から、また何かの歓声が聞こえる。
とはいえ、もうそろそろ人の数も減り始めている。
「そうだ。これ言っとかないと」
「え?」
何が楽しいのか、ニコニコとしているほとりをもう一度抱きしめる。
「卒業おめでとう、州崎ほとり」
「もう」
仕方ない、みたいなため息をついてから、ほとりは俺を見つめて
「卒業おめでとう、神流修」
ついばむ様な、キスで祝った。
しえん
Gjです
お疲れさまでした。いいぞ!最高だ!
440 :
名無しさん@ピンキー:2011/07/27(水) 00:45:08.67 ID:kKTH/iCH
楽しく読ませて頂きました
3期があると嬉しいです
>>437 ありがとうございました!
やっぱりハッピーエンドは至高ですね
最後久しぶりに修の視点が読めてうれしかったです
風呂入ろうと思ってたのに。
04だけ読んで05は後にしようとおもったけど無理だった。止まらん。
甘ぇー!こいつは甘ぇー!ハッピーのニオイがプンプンするぜぇー!
あああ悶える悶える。
いい話をありがとう。死にたい。
おつでした!
三期や文芸部の物語ももほそぼそと期待しています
そして、いいぞ性欲魔人!もっとやれ
で、一期の方の後書きと画像を紛失したのですが誰か持ってる方が居たら上げてくれないでしょうか・・・
>>437 読み始めたら遅刻しそうになっていた
GJ!お待ちしておりました
後輩の二人続編も気になります
出来れば
>>148の用語集ももう一度見てみたいです…
そういえば修の前任の部長って女性だったんですね、読み直して気づきました。
名前も出てこないであっという間に消えた生徒会長は憐れだw
朝井支援
なんか要望もあったので、二年目用語集に一年目のも同封することにします。
まあ、多分こういう要望に全部応えているときりがなくなってきそうなので、この辺で勘弁して下さい。
あと二年目用語集に何か入れて欲しい単語あったら適当にどうぞ。
とりあえず人名と食べ物と衣装、タイトルとその他小ネタは既に入ってますので、それ以外に意味が分からなかったところなと教えてくれれば、私も今後何を書くにも役に立つと思うので。
後書き頂きました!ありがとうございます!
まさか本人にあげてもらえるとは思っていませんでしたが、お手数おかけしてすみませんでした
二年目用語集、期待してます!
>>448 修が皐月にいった「まあ、自分が痛い目にあったから言うんだけどさ」
っていうのはどのエピソードの事なんでしょうか?
後、文芸部の2人が中学時代に起こした「一悶着」が何なのか気になります。
451 :
名無しさん@ピンキー:2011/08/02(火) 21:00:45.10 ID:sUYzE5lx
幼馴染万歳
小さい頃にファーストキスをするんだけど、大きくなった時に片方がそれを忘れてるって設定が好き
こういうのって大抵忘れてるのは男の方だけど、あえて逆ってのも面白いかも
しかし現実は厳しく
俺は凄い大切なんだけど相手は黒歴史扱い
そこをもう一回好きにさせるってのがいい
女忘れで、男覚えだと、よくあるのは
ずっと守るって約束を覚えてるパターンだな。
引っ越しで別れた後に再会してから、
危機を身を呈して守られた女が思い出す。的な
五話 (6月12日)
バッティングセンターで沢山汗を流して、雨の土手をてっちゃんと帰る。
舗装されていない土手の道は水を含んだ草が鮮やかだ。
桜並木はすっかり葉桜になって、葉の間からひっきりなしに水がぽとぽた落ちている。
しとしとと降り続く梅雨の色は、川面を煙らせていた。
切ったばかりの髪も軽く、雨傘も久々で気持ちよかった。
気だるい疲れが心地いい。
「楽しかった。また行こうね」
「……久しぶりに動いて疲れた」
私の期待するような眼を受けて、てっちゃんは、目を逸らしてそれだけ言う。
素直じゃない。
「もー。久しぶりじゃん、バッティングセンター。徹哉は楽しくなかった?」
「楽しかったけどさ…桜子姉ちゃん、相変わらず打つ時のフォームきれいだな」
「うわあ……ふふ」
お姉ちゃんって言われるの久しぶり。
妙に嬉しくて顔が緩んでしまう。
隣で、てっちゃんが『超不覚』という顔をしているのを見上げてまた笑った。
野球チームで私の背中を姉ちゃん姉ちゃんとついてきた、あの頃の癖が抜けていないのだろう。
短い髪に、6月の風が涼しい。
ビニール傘を傾けると、水がぽとぽとと横に落ちた。
隣を歩く「弟」を少し見つめて、それから視線を逸らす。
ずっと近くにいて、ブツブツ言ってはすぐ拗ねていた2つ年下の弟だったのに、最近おかしい。
昔のように姉弟感覚で出かけてみたら元に戻れるかと思っていたのに、逆効果だった。
てっちゃんの通う大学と私の会社は路線が一緒なので、この春以降、帰りによく会うようになった。
それで何か、大学の友達と一緒にいるのを見かけるようになった。
花粉症の重装備がなくなって、普通に大学生らしい私服で見かける石川徹哉は、
知らない男の子のようだった。
私より3つ4つ年下の女の子もたくさんいるグループで一緒にいるのを見た。
……なんでずっと一緒にいたのに、今頃こんな風に動揺しているんだろう。
足元を見ていると、長く使っている紺色スニーカーのふちが泥跳ねで汚れていた。
土手から横に降りるコンクリートの階段に、雑草がところどころ潰れている。
私達の住む公営住宅はこの階段を出てすぐだった。
「桜子、あのさー」
「うん?」
てっちゃんの茶色い髪が湿気で少しぺたっとなっている。
私も習って傘を閉じながら、隣を見た。
私の視線は肩辺りにある。
その少しの差に改めて「身長を追い抜かれちゃった」と思う。
「今日もマッサージすんの?」
「腕疲れたしやってほしいなー。マッサージ券ってあと何枚あったっけ…」
「あと3枚」
「ウソ!え、え、そんなにやってもらってた?あと3回しかやってもらえないの?」
背中を追いかけて階段を上がると、年下の幼馴染はちょっと困った顔をした。
「毎週やってたらなくなるだろ、そりゃ。
……まぁ別に、券とかなくてもたまにはやってやるよ。気が向いたら」
「そっか」
「そうだよ」
「ありがと!徹哉は優しいねぇ。えらいえらい」
「子供扱いすんな!」
遠慮がちに、背中をとんと叩く。
……やっぱり大きくなった。
あんなに小ちゃかったのに、今や4学年も下なのに、男の人ばかり不公平だ。
何にしても。
てっちゃんはまだ大学に入学したばかりで、
私はもう社会人なのだし、こんな気持ちになってはダメだ。
ダメなのにな。
幼馴染の背中を見上げて、階段を踊り場までとんとんと上がる。
「じゃ遠慮なく使いきっちゃおうっと。明日も仕事だし、腕休めたいな。今日もやって」
「何調子に乗ってんだよ!?疲れたって言ってんじゃねーか!」
「やってよ、ね」
あと3回だけ。
そのつもりで、背中を追いかけて、下の階の同じ間取りにお邪魔しますと靴を脱いであがった。
私の家も、石川さんのうちも、事情は違うもののそれぞれ母子家庭だ。
普段は夕方過ぎるまで誰も帰ってこない。
石川さんのお母さんは接客のお仕事なので土日は特に遅かった。
お兄さんの徹君が居た頃はもう少しにぎやかだったのが、今では本当に静かだ。
窓の外は、相変わらずしとしと雨が降っている。
台所の流しで手を洗ってうがいをしてからコップ一杯の水を飲む。
居間を通るときになんとなくテレビをつけてみたり、こういう習慣は小学生の頃から変わらない。
夕方のローカルニュースを横目にソファに座る。
自然、あくびが出る。
久々に体力を使ったので、眠かった。
時計を外し、テレビを見つつぞんざいに手を差し出した。
幼馴染が上着を脱いでこちらを見てくる。
「まったく……」
「ふふふ。ありがと、てっちゃん」
「また呼び方戻ってるし」
ごめん、と言いかける前に、ソファがぎしりと軋んだ。
てっちゃんの大きな手が、手首を両側から包み込む。
一瞬、体温に驚いて思わず引っ込めそうになった。
「何」
「あはは。なんでもない、なんでもない」
訝しげに見下ろされた。
笑ってごまかし、慌てて腕を伸ばす。
春先は全然気にならなかったのに、今日は変だ。
一緒に出かけたのが予想よりずっと楽しかったからかもしれない。
「流石に、今日は俺のもやってほしんだけど」
「いいよー後でねー」
軽く答えていつものように腕を任せる。
親指が、手首から肘の裏側の方に向かって少しずつ押し込んで移動してくる。
…なんだろう。
いつもだと眠くなるだけなのに、今日はてっちゃんの指に触られてるところが変に熱い。
かたく凝ったところをぐっと押された。
「あ」
溜息のように漏れた声が、変に聞こえて焦る。
――うわ。どうしよう。
「ふ、ぁ、や…」
「やっぱ今日凝ってんね」
平坦な声が耳に響く。
変に思われていないだろうか。
だって、そう、私はもう学生じゃないわけで。
てっちゃんのまわりの子から見たらおばさん、までは行かないけれど、
こういうのは、
「や、ん。あっ、あう」
いやだ、声がまた変だ。
だって、てっちゃんと言えば、ほら。
まさかさるさん食らった?
そう。
あの青い空。
濡れた川べりの草。
私がかっ飛ばしたボールを拾って目をキラキラさせて、桜子姉ちゃんすげえと駆け寄ってきたあの誇らしい気持ちと、
そのあとまたボールを追ったてっちゃんが、川に落ちかけたのを慌てて助けて。
野球チームの面々でずぶ濡れになったあの水の冷たさ。
ツンツンした髪がべちゃっと今日みたいに水で濡れていて、家に連れかえって乾かしてあげた。
乾いた髪をかきまわして「しょうがないなぁ」って笑うと、生意気そうに頬を膨らませていたっけ。
いつの間にか私がベンチからそれを見るようになったけれど。
あの頃から、私にとってはずっとずっと弟分だったじゃないか。
そう。
今さら、こんなことになるはずない。
触れられている腕から顔を逸らして、てっちゃんをそっと盗み見る。
――ドキドキした。
どうしよう。
多分、私の顔が、真っ赤になっている。
腕の凝りがどうとかがよく分からない。
まともな声が、出てこなかった。
「あの。……ね、徹哉」
「ん…?」
相変わらず無心に、今度は手のひらを広げて反らし、親指の付け根の腹を押しながら、声が帰ってくる。
「もういい……から、帰る、ね。終わりにしよ」
てっちゃんの方を目だけで見上げる。
言ったこととは裏腹に、手を引っ込めていない自分がいて、戸惑った。
声が小さく、掠れている。
心臓が早くて身体が熱い。
このままこうされていたら、きっと良くない。
てっちゃんが顔を上げて、私の眼を見た。
そうして、しばらく眺めているうちに、顔が変わった。
ふうん、と低い声で呟いて腕をぐっと掴む。
知らないふりなのかなんなのか、相変わらず手のひらをぐいぐいと押してくる。
普段なら痛気持ちいいのに、もう良く分からない。
「え?……ちょ、ねえ、もう終わり。もう終わりだから!」
「そういえば桜子さ、俺が受験勉強してる頃に、メール送ってきたろ」
「知らないよ、め、…るなんか……たくさん送ったじゃな…あ、や、」
「それでさ、『俺が受かったら、幾らでも手を好きにしていい』って言ってたよな?ちゃんと覚えてるんだよ。
マッサージなんてけちなこと言わねえからさ、気にしないで思う存分、受験勉強のお礼させてもらうことにするよ」
手を抜こうとするのに力がうまく伝わらない。
全身が火のようで、息が荒い。
恥ずかしい。
なんで。いきなり。
今日はずっと、いつも通りの姉と弟でいたはずなのに。
――私がちゃんとしたお姉ちゃんでいられなくなったからいけないのかもしれない。
私が悪いのかも。
と思うけれど、もう考えがまとまらない。
すっかりぼやけた耳の中に、テレビと雨のノイズがする。
「てっちゃん…ちょっと、んんっ、だめって、ば!」
「何?約束破るのかよ、『桜子姉』」
「徹…だめ、ね。てっちゃん、だめ」
「手しか触ってねーよ何がダメなんだよ」
「そうだけどっ」
右手を掴まれたまま、寄せられて、手のひらを舐められた。
思わずくっと喉が鳴る。
恥ずかしい、恥ずかしい。
「ぅ、うえぇええちょ、ちょ、うーななにしてんの!」
「手だけだって。約束守るから、それでいいだろ」
「何がぁ…やう、あ、あああ嘘、うそっ何、だめだって、なめないでやめなさぁっんっ」
「桜子が悪いんだよ。俺、男だぞ」
最期の言葉を聞いた瞬間。
驚くほど、かくんと、力が抜けた。
身体が逃げているのに、手だけを引っ張られるような体勢で右足の靴下が床に擦った。
余計バランスが悪くなって、逃げられなくなる。
――指の間を、なぞられて、先端に吸いつかれて。
少し、先端を噛まれた。
歯のあたる軽い痛みと舌の感触が慣れなくて背中がぞくぞくとした。
……腰、熱い。
ぼうっと考えながら、今度は中指と薬指の間を舐められて、
手首から内側の方まで撫ぜるようにされて、大きな声が出そうになった。
慌ててソファにしがみついていた左手を離して口を押さえる。
押さえるのが間一髪間に合って、幸い、悲鳴をあげなくて済んだ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!ふ、んっ……!!」
指を咥えられて、軽く噛まれて、口の中で舐められた。
膝がガクガクする。
短い髪が汗で頬に張り付いて、視界がおかしい。
右手の指が順繰りに全部食べられて、てっちゃんの唾液塗れになるまでに、
私自身の唾液で左手もすっかり濡れてしまった。
口が離れても、息を荒くして必死で声を我慢していると、幼馴染がわざとらしく優しい声を出した。
私の知っている困った顔の幼馴染じゃない。
「『桜子姉ちゃん』、指弱いの?」
「…ぃ、じわる…!ばかあ…!てっちゃんの、ば…かっ」
「何それ、煽ってんの」
手の裏では声がうまく出ないので、首を振って否定する。
すると口を押さえていた左腕が今度は掴まれた。
抵抗したいのに、もう力が入らなかった。
掠れた喉で哀願する。
「ねぇだめ。もう舐めるのや…」
「言われなくてもびちゃびちゃだよ」
「う…」
耳まで熱くなる。
「……こっちの手はどうすっかな。『俺の好きにしていい』んだろ」
「や。そ、それは、それはね。あの!」
ぐらぐら煮えた頭で必死で、考えて、私は俯いた。
息が荒くて小さな囁きのようにしか、ならない。
「次の、次のマッサージ券のときにしてもらうから……!!」
おそるおそる掴まれた左腕を引き戻すと、てっちゃんは手を離した。
顔を見られないままの私に、頭上から、話し掛けてくる。
「それ、本気?」
「う、うん、そう。次……!」
私は必死で頷く。
もう終わりと言って、打ち切ろうとして聞いてくれなくなったら、どこまで行ってしまうのか。
私の手が、本当にてっちゃんのものになってしまったら、どうなってしまうのだろう。
気持ちよすぎて、どうしてこんなことになったのか忘れかけていたけれど。
とにかく今ここで全部が所有されてしまうのが怖かった。
――でも、多分、もう逃げられないところまできている。
「いつ?」
「ええと……じゃぁ、来週……」
「それじゃ遅えよ桜子姉。次の日授業ないから、明後日」
「あ、明後日は、仕事だってば」
「じゃぁ夜な」
切羽詰まった声で言われて、きゅ、と、身体の奥が変になる。
身体が、熱っぽい。
私は目の前の弟分に、どんなふうに手を好きにされてしまうのか、多分、期待をしているのだ。
-------------------
あとちょっと続きます。
忍法帳LVが低いらしく1レスの分量が少なくてすみません。
>462
ありがとうございます。連投規制をくらいました…
乙です
寝る前に更新掛けたら来てたからつい読んでしまった
書き込み直前にリロードしとけば割り込みにならなかったな…
すみません
◆NVcIiajIygが投下したと聞いて。gj
少し年上の幼なじみとか、俺得。
471 :
名無しさん@ピンキー:2011/08/05(金) 22:46:06.70 ID:cAg2DNFc
男のアナルを舐める女
最高だな
高校時代に仲の良い幼なじみに
「お前の事考えてたらこんなになってしまうんだ!」
って言ってギンギンに勃起してテント張ったズボン
見せたら
「はん…ちいせえな童貞」
って笑われてテント蹴られた。
それで暴発する
>>473。
「へぇ?こんなんで出したんだ
>>473。
童貞の上に変態とか終わってるなァ」
顔を紅潮させてからかう幼馴染。
…ふぅ。
>>468 GoodJob!!!
◆NVcIiajIygさんの投下ずっと楽しみにしてたんだ
地震の日以来ぱったりだったものだから、
もしやと心配してたけど続きが読めて本当に嬉しい
これからも楽しみにしてるよ
指だけなのにエロさ満点とか何者なんだ
>>476 同意。こんなの書けねえ……
ああ、次は足だ。
>>478 ありがてえ、ありがてえ…
登場人物の中ではまともに見える朝井も
外から見たら変人だったとはね
>>457-468の続きです。
忍法帳Lv低いので、レス数多くなりそう。
途中、連投規制にかかったら数時間後にまた来ます。では…
六話 (6月12〜13日)
403号室に住む、幼馴染の姉さんにガキのころから惚れていた。
言うまでもなく桜子姉のことである。
柔らかな黒髪は短く、私服ではスカートなんてまず履かない。
野球が好きでテレビの中継は欠かさないし不器用だし、好きな食べ物は枝豆だ。
溌剌とした見た目の割に性格は意外なほど穏やかで、
いつも「しょうがないなぁ」と俺のことをくすくす笑って見守っていた。
お姉ちゃん気取りでちっとも色気のない格好でやってきては、隙のある体勢でだらだらと寝転がったり。
それでも良い匂いがして肌はやわらかそうで死にそうに目の毒だった。
特に、指がきれいだ。
(野球をしていた頃の名残りか少し節があったり、傷跡があったりもするけれど、)
無造作に触れてくる指先はいつも少しひやりとして柔らかかった。
桜子の手が好きだった。
中学の頃、野球のチケットが当たったと、俺を観戦に連れて行ったことがある。
好きな選手のホームランに大喜びで手を握ってきたのは忘れられない。
感触を知ってしまった後、あの手のひらに包まれて扱かれるのを妄想してどれだけ抜いたか分からない。
賭けてもいい。
桜子は俺の気持ちを知らない。
そうでなければ、『いくらでも手を好きにしていい』なんて書けるわけがない。
***
その桜子が、いろいろあった挙句に、いきなりデートしようよなどと言い出した。
梅雨の湿気越しに伝わる、切ったばかりの髪が美容室の匂いだった。
心から楽しそうに、今まで見たことのない笑顔で、俺の隣に一日いてくれた。
それでその後、俺の家でいつものように腕のマッサージをすることになり。
そうしたら、なんだ。
つまり、
その桜子姉が、目の前で、さんざん妄想で汚したことのある右手のひらを俺に差し出して。
こっちが指で押すたびに、俺でも分かるような甘い声を漏らしながら顔を真っ赤に染めて。
上目遣いで困った顔で、もう終わり、なんて言い出したものだから。
理性って切れるんだな。すげえな。と他人事のように思い、あとは「マッサージ」の一線を越えた。
当然だ。
桜子が悪い。
他でもない俺の前で余裕なさそうに「てっちゃん」と請われるほどに、ぞくぞくした。
これまで触りたくて含みたくてしかたなかった手を甘噛みし、しゃぶり、堪能する。
そのたび泣きそうな目で声をこらえる様子に興奮する。
姉ちゃん、と呼びかけると何か後ろめたいのか、断然反応が良くなるのを知った。
これまで我慢に我慢を重ねてきた結果だ、止まるわけがない。
桜子の腕は、思っていたよりずっと柔らかくて甘かった。
しかしやり過ぎだ。
やり過ぎだ、俺。
汗ばんだ頬を赤くして、ふらふらと帰っていく桜子を呆然と見送り、頭を抱えた。
嫌われたかもしれない。
というか嫌われても仕方がないことをした。
ただ、桜子は「続きは次にしてもらう」という趣旨のことを言って帰った。
……いや俺が言わせたようなものだからあてにならない。
一睡もできず雨音を聴きながら出た結論は、こうだった。
明け方の白む曇り空が眩しい。
とにかくにも、どうしてこうなったかという思いはあるものの。
多分、もう限界だった。
俺は年上のきれいで格好良い桜子姉ちゃんを好きになったが、それはガキの憧れで終わらなかった。
性欲というものを知り彼女の制服の中を妄想するようになり、
俺のものにしておきたいという欲望は膨れるだけ膨れてもう隠せなくなっていたのだ。
だから、桜子が俺を意識してくれるのならもう何でも良い。
少なくとも、嫌われて絶縁されても男として覚えていてもらえるならいいんじゃねえかな、という気持ちになっていた。
***
徹夜で朝起きれるはずもなく、大学は午後から出ることにした。
相変わらず雨だ。
冷凍ごはんをチンして納豆でかっこみ、残りの味噌汁を沸かして飲む。
月曜休みの母親が後ろで味噌は沸かすなと文句を言う。
その割、視線は昼のドラマに釘付けだ。
「ってきやーす」
皿だけ洗って家を出る。
道端の草に水が跳ね、土手道からの川面は少し濁っていた。
電車では似たような髪型を見るだけでどきりとした。
困ったことに、何を見ても昨日の桜子の声と顔が頭から離れない。
午後の授業は全く頭に入らず、付き合いを断ってまっすぐ帰途についた。
雨はひととき止んでいた。
水たまりのある駅の階段をのぼり、ホームで待つ。
携帯ラジオの予報によれば、明日の夕方過ぎまでは梅雨の晴れ間が見えるらしい。
やがて空気が震え鉄の塊が息を吐き、俺はいつもの電車に乗った。
相変わらず湿気がこもっている。
田舎の地方都市では車通勤の方が多いからだろう、帰宅ラッシュといってもたいしたことはない。
適当な吊革を掴み、身体を預けた。
2つの駅を過ぎた後、僅かな期待で車窓からホームを眺める。
桜子は見つからなかった。
まあ、そんな都合よくは行かない。
大体、会ってもどういう顔をすればいいのか分からない。
またラジオに耳を傾けて揺られ、近場の小さな駅に着いた。
小さな駅なのでホームは一つ、階段を渡ればすぐに出口だ。
ぱらぱらと降りる人に混じり切符を渡し、さてと曇り空を見上げる。
「徹哉」
背中から桜子が俺を呼んだ。
「さ、桜子」
慌てて振り返ると曖昧な笑顔で、スーツ姿の幼馴染が立っていた。
湿気のせいか、髪が心なしかはねている。
違う車両だったらしい。
「えっと。あの、見かけたからね、うん……あは、は」
桜子も散々迷って声をかけたのだろう。
笑いながらも言葉を続けられなくなり、目を泳がせて口をつぐんだ。
気まずい。
会話を続けようがない。
しかし駅舎の入り口で立ちすくんでいるわけにもいかない。
どちらともなく、いつもの道を無言で歩き始める。
――今、分かった。
こういう時に同じ団地に住んでいると、避けようがなく実に気まずい。
道順がどこまで行っても同じである。
桜子が駅で声をかけてこようが、そうでなかろうが、どのみち途中の道で一緒になったろう。
橋を渡って、分岐点から土手へ曲がる。
雨雲が風に吹かれ、吹き散れるようにして空が顔をのぞかせていた。
淡くぼやけた、夕暮れの川。
背中に桜子がいて、昔を思い出した。
***
このあたりは雷が多い土地柄で、小さい俺にとっては「雨」といえば「雷」の恐怖だった。
桜子姉は雷が好きだ。
皆で橋桁の下で雨宿りしたときも怯えたりせず、
雷に驚き泣きわめく俺の後ろについていてくれた。
背中から伝わるぬくもりと匂い、肩に置かれた温かい手。
『ピカって光るじゃない?それから、ゴロゴロっていうまでの秒数を数えてみるといいんだって。
てっちゃんもやってみよ?一緒に数えようね……はい、いーち、にーい、さーん、きたー!』
桜子のカウントする声は雨音の中でも良く通った。
楽しそうに雷さんをお迎えする姉ちゃんにつられて、俺も泣きやんだのだと思う。
考えてみれば、俺より学年が上の彼女は「音速」について習っていたのに違いない。
その時隣にいた兄たちが、あっさりそれをネタばらしして、桜子が怒っていた。
豪雨の黒い空はそれでも怖かったけれど、
俺にとって、雷は桜子姉ちゃんと数えて待つような「怖くないもの」に変わったのだ。
みっともない思い出だ。
***
コンクリートの帰り道に、湿った風が流れていた。
気の詰まる15分が過ぎ、ようやく団地の階段をへとへとになりのぼった。
303号室の前で、俺につられて、桜子が立ちどまる。
「てっちゃん、えっと…また、明日」
「うん。じゃあ」
303のドアノブを掴みぞんざいに答えた後、「また明日」の響きがじわじわと来た。
桜子は、明らかにほっとした息をついて階段へと踵をかえしている。
俺はドアノブを掴む指を離した。
仕事着の桜子は隙のない格好だ。
長めのタイトスカートにグレーのジャケットも決まっている。
その背中を追いかけて腕をとった。
生地が湿気で少し湿っていた。
「――桜子、ちょっと」
「え…?え、徹哉、なに」
吹きさらしの階段は湿った風が吹き、桜子の髪が乱れる。
ぐいと、掴んだ手を引き上げて指を舐めた。
「ぇえ、ぁっ?!……んっ」
桜子が思わずといった甘い悲鳴をあげた。
それから昨日のように慌てて、左手で口を押さえた。
中指を舐める。
引きかけた手首がびくりと跳ねる。
もう一度、口に含んでからしばらく堪能し、手の向きを変えて甲にキスをして、その上からまた舌を這わせる。
手の裏で、息が荒くなり始めた。
やけにきっちりしたシャツの袖のボタンを手間をかけて外そうとすると今度は少し抵抗された。
軽く人差し指の爪のつけ根を唇で挟むと、喉が詰まったような呼吸をした。
爪は、くわしくないが磨かれている、のだろう。
きれいな形にととのえられていて、淡い珊瑚色だった。
「ちょ…ねえ徹哉、ここ外、階だ、ん…っ、」
「そうだよ」
「そう、って!うそ、ちょっ、やー、ぁ……っ、ん……うう…!」
明日は明日、今日は今日だ。
虐めたくなったのだから仕方がない。
桜子は観念したらしく、また左手で口を覆った。
指を舌で転がすだけで、息が荒く、瞳がとろんとするのが見て分かる。
ストッキングの膝がかく、と震えた。
立つのがつらいらしい。
「…んんん、ん、うふぁ、うう、んっ、ぃう……ん、ふ……!!」
身体を震わせて、声を押さえる以外の抵抗がもうない。
くそ可愛い。
夕風が吹く。
夏至でようやく日が暮れる頃だったので、遅い時間と言うのに雲がうっすら紅かった。
シャツの袖をたくしあげるようにして腕の内側をなぞり、唇を落としながら濡れた指を俺の指で擦る。
これはどうやら好きらしい。
喉の奥から悲鳴が上がり、口を押さえている手がびくびくと震える。
しばらく堪能し、手を解放した。
……満足した。
ばか、ばかと涙目で呟く桜子姉の腕をとり、袖のシャツのボタンを留め直してやりながら、
それ以上のことをしないように鉄の精神で耐え、もう一度手の甲にキスをした。
「てっちゃん、もう嫌い…」
「桜子、可愛かった」
「嫌い」がグッサリと致命傷だが、敢えて黙殺して誤魔化した。
というか俺の口は何を言っちゃってんの。
可愛いとか。
まあ本音だが。
桜子が、また、てっちゃんのばか。うそつき。と言い、目を逸らした。
山際に夕陽が落ちる。
日の照らす階段で俺と303の扉を交互に見て、彼女は乱れた短い髪を風に抑えていた。
俺の噛んだ跡が微かに残る指先が明日を予感させる。
「……また、明日ね」
桜子姉ちゃんの震える声は、心なしか甘かった。
-------------------
続きます。
次も手でいろいろする予定。
>475
まだ地上アナログが映るところに住んでいますが被害はありませんです。ありがとうございます。
書き忘れた、>478 読みました。
小ネタ満載で面白かったです。3期もぜひ。
手でこんなにエロくできるのか
GJ
幼馴染の年上♀&年下♂ たまりませんなぁ…
どうしよう。
手だけでこうも艶美なのを用意されたら、もうどうしたらいいのか分からない。
書けなくなる。
そうじゃなくてもその手のシーンは苦手なのに。
>>488 GJです!
手フェチの俺にはたまらない作品だwww
七話 (6月14日)
定時の鐘が鳴る。
今の天気は分からない。
工場の窓は高いところに明かり取りとしてあるだけで、掃除もされずに薄汚れているからだ。
小さな事務所の一角で、ひと段落と肩の力を抜きまくる。
定時と言っても、交代制の製造現場の人たちはまだ帰らない。
私も少しだけ仕事が残っていた。
意識しないとすぐぼうっとして手が止まる。
ミスも多いし今日の私はもうだめだ。
社会人失格だ。
昨年お局さんが介護で退社したので、やるべき仕事も責任も増えたのに。
語尾を伸ばし過ぎだけど焦げ茶の巻き髪が可愛い、新人の後輩だってできたのに。
うだうだしているモニタの脇から、向かいの後輩ちゃんが顔を出す。
「天城せんぱーい。お手伝いすることありますかあ」
「え、あ。いや、ないかな。大丈夫だよ。帰っていいよ」
「はーい。じゃあ失礼しまーす」
残業がなくなったことにより笑顔120%で、荷物をまとめてぴょこんと頭を下げて去っていく。
実に女の子らしいシルエットを見ながら、またもやもやとして頬杖をついた。
確かてっちゃんと同い年のはずだ。
てっちゃん、女の子に慣れていないのかなぁ。
「可愛い」というのは、ああいう子のことをいうもので、私なんかに、使っては、駄目だと思う。
夕暮れの階段で、聞いた言葉を思い返すと胸が疼いて落ち着かない。
気がつくと、てっちゃんのことばかりを思っている。
ところ構わずぼうっとしてしまう。
一昨日、あんなことになって、それから昨日も続けて、また。
大学生の弟みたいな男の子に、ええと、あの。
あんなことをされて。
袖口に視線を落して、ボタンを見る。
背中からじわりと痺れが広がって、鼓動が僅かに早まっていく。
冗談に紛らわそうと思えばできたかもしれないのに、否定もせずにずるずると、二日も経っている。
あんなことを、今晩も、それから、またきっと、されて。
私はどうなってしまうんだろうか。
額を覆って、溜息をつく。
――本当に。
お姉さん、失格だ。
***
溜まった仕事を片付けて事務所を出る頃にはすっかり暗くなっていた。
一般職の私がこんな時間まで残っているのは珍しいので、
現場のおじさん達にご飯でもと誘われたけれど、家に夕飯があると断った。
近場の駅まで工場から七分。
朝は晴れていたのに、雲が出ていて月も見えない。
幸い雨は降っていない。
それでも水のにおいがし、空はどんより黒かった。
逃しかけて慌てて飛び乗った電車は乗客もまばらで、冷房の涼しさが足首にまとわりついた。
よぎる夜景の灯りはちらちらと、揺れる電車に流れて踏切りの音も去っていく。
かなり遅くなってしまった。
てっちゃんは、連絡が来ないと心配しているだろうか。
電車を降りても雨が降っていなかったので、私は物思いにふけるにまかせて駅舎を出た。
油断していたと思う。
空はいっそう暗くなり、風は不自然に強くなっていた。
五分ほど夜道を歩き、端から土手へ曲がりかけたところで、街灯の下、地面に濃い染みが点々と増えてきた。
気のせいかと思い、立ちどまって足元を見る。
手の甲に、ぴちょ、と水が落ちた。
それが、雨の滴だと気付く前に。
――突然、ものすごい光とともに、バラバラバラッと音がして目の前が濁った。
空のバケツがざばんとひっくり返された。
そんな勢いの雨だった。
どこかで、雷が鳴っている。
う、う、うそお。
うろたえて、行くも戻るも走って五分以上はかかる中間地点だと気付き、
その合間にも肩も髪も濡れ始めた。
ちゃんと、空と風から判断して、駅前のコンビニで傘を買っておくべきだった。
今更そんなことを思っても遅い。
慌てて鞄を頭上にかざし、土手脇の草に隠れた階段を駆け下りて、雨水の跳ねる脇道を走る。
肩まで雨に降られながら、橋桁の下に逃げ込んだ。
雑草の水滴がはねてストッキングも濡れていた。
***
ばらばらばら、ばらばんばら。
頭上の橋を大粒の雨が打ち付ける音が真下の空間にも響いている。
むっとするような湿気が漂い、足元の乾いた砂にたどりついたところで足をとめた。
振り返れば空は全天が灰色で、少し先も見えないくらいの豪雨だった。
橋の脇を照らす街灯の灯りが、上からぼんやり落ちてくる。
仄かな暗さの中、深く息をつき、雨の当たらない影の方まで歩きだす。
橋の下は雨宿りに良い場所だった。
さすがに小さい頃のように気にせず座ったりは出来ないけれど、
今でもドラム缶や積み重なった雑誌、四本重ねの古タイヤ、諸々が無造作に置いてある。
軽く埃を払ってハンカチを敷き、タイヤの上に腰掛ける。
ホイールのでこぼこが座り辛いけれど、立っているよりも楽だった。
雨はやみそうにない。
気持ちいいくらいの豪雨だ。
不意にまた、空が白く明滅した。
雷だ。
頬が緩む。
雷は潔くて好きだ。
でも、小学校の頃、一緒にいた近所の男の子は雷が苦手だった。
あの頃は、怖がっている年下の男の子をなんとか励まそうと、
雷の時はいつも傍にいて空が光ったあとに「いち、にい、さん」と数えてあげていたのだ。
そのうち私が何を言わなくても、泣き出さずに自分で声に出すようになった。
大きくなってからは流石に声に出しては数えないけれど、無意識なのか指先でカウントしているのを知っている。
今も部屋の窓際で、数を数えているんだろうか。
光るはしから心の中で「いーち、にーい」と数え始めている。
私まで、すっかりくせになっている。
温かな気持ちを持て余して、濡れた手をハンカチで拭こうとしたら、なかった。
腰の下に敷いていたのだったと思い出す。
仕方なく、頬に擦りつけるようにして拭いた。
顔も濡れていたのであまり変わらない。
むしろ。
手の潤みに、自然、てっちゃんにされたことを思い出した。
「ぁ……」
はく息がぬるい。
……そういえば、てっちゃんに傘を持ってきてもらうという手があったなと思う。
ここから歩いて五分だし、傘を届けるくらいならお互い何度もやったことがある。
この様子だとあとどのくらい降るのだか分かったものではないし、ちょっと気まずいけれど、お願いしてしまおうか。
それに、今日は、「マッサージ」の約束もしていた。
どのみち、会って話さなければいけないのだ。
電話をした。
受話器向こうの弟分に、例の橋の下にいるんだと伝えると、てっちゃんは、すぐ行く、と電話を切った。
ハンカチを敷いたタイヤの上に座って待っていると、雷が二回程光った。
私は二度ほど、数を数えた。
ひっきりなしに水はざあざと落ちて川岸の土にしみていく。
水たまりの音がした。
「桜子」
顔をあげる。
てっちゃんが、傘を持ってそこにいた。
ぱしゃんぱしゃんと、水を踏む音が近づいてくる。
傘をさしていても濡れてしまったようだった。
白いTシャツの腕と肩の部分が色濃くなり張り付いている。
立ちあがるより、てっちゃんが私の前にやってくる方が早かった。
一瞬、視線が合わさって、それ以上に絡むのが気まずくて逸らしあった。
やけに心臓が頑張っている。そんなに血液を送らなくてもいいのに。
「……うい、傘」
差し出された傘を受け取ると、雨で濡れた指が触れあった。
そのまま、お互い、手が止まる。
「あ……りがと」
「いや、ちょっと、心配した。その。もう帰ってるのに、連絡、ないだけかって」
いったん言葉を切ってから、耳元の短かい茶髪をかいて。
「……桜子は、もう俺の顔見たくないのかと思った」
言いにくそうに、とぎれとぎれに呟かれて心が疼いた。
触れ合った指が絡む。
てっちゃんがゆっくりと、指と指をからませるようにして、私の手を、握った。
緊張しすぎて動けない。
「あ……、」
握られた指から取っ手が離れて、ビニール傘が倒れた。
指の力が強まる。
顔が熱くて、どもってしまう。
……私が、可愛いと言われたのが頭から離れなかったように。
この男の子も。別れ際「嫌い」と言ったのを一日中気にしていたのだろうか。
「……え。と」
そんなことない、という、一言が、どうしても言えない。
長い沈黙に、居た堪れなくなった。
「あの」
こくりと、唾を飲んで。
おずおずと握られていない左手を、差し出した。
見上げられないまま、続き、とか。マッサージ、というようなことを口の中で呟いた。
また、空が光った。
雨音に混じれて、ごろごろと轟く。
息をつく間もなく、手がぐいと濡れた指に握られて、引きよせられる。
力が強すぎて、痛い。
あ、と声をあげる間もなく、バランス悪く後ろのコンクリートに寄りかかってしまう。
体勢を直す前にてっちゃんが、掴んだ手を持ち直して、口元に持っていった。
てっちゃんの息が荒い。
肩が、予感で勝手に怯える。
「あ、あ……、う」
だめだ。
きっと何をされても声が出る。
何かされる前に口元を覆うべきなのに、右手を握られたままだ。
せめてと唇を噛んで、その時を待った。
橋桁を水滴の打つ音がしていた。
雨どいからは時折、こぽりと水があふれる。
手の甲に、遠慮がちにキスをされてから、今度は、指の付け根から先まで順繰りに。
ゆっくりと噛むように、吸われて、痕を付けられる。
印みたいだ、と思ってぞくぞくと指が熱を持った。
そして、また、指が舌で転がされるようにして食べられた。
てっちゃんが違う指を口に含むたび、ちゅくりと唾液の音がする。
「……や、ああっ、あ…っ!」
広げられた指と指の間に、舌が這った。
左手は、右手とまた違う感覚だった。
――両手で感覚が違うだなんて、知らなかった。
私のからだは左手の方が敏感なんだということを生まれて初めて思い知った。
「ふぅ………んっ……、ふ、ぁ、ん、」
死に物狂いで息を殺して、気持ちよさを受け止める。
意志とは関係なく、身体が震えだす。
私の、指のいろんなところ、てっちゃんに覚えられてしまっている。
ちょっとずつ勉強されて知られてしまってる。
多分どの男の子よりも私のこと全部知ってるはずなのに、まだ覚えたいことがあるって、舌の先が言っている。
こうやって、されながら、私自身知らなかったところも含めて全部、
あの、雷が怖くて泣いていた、ちいちゃかった石川徹哉に調べられているんだ。
「………んっ」
手首を噛まれて、びく、と恥ずかしいくらい、肩が跳ねた。
また、袖口のボタンも外されて、ブラウスの袖が不器用にたくしあげられた。
落ちる袖口を押さえるためにか握られていた右手が離れた。
左手の先で、水の音がする。
重なる刺激に耐えられず、解放された右の手のひらで口を覆う。
肘の方まで抱えられるようにして舐められる。
そんな風に、大事なものみたいに肘の裏にキスをされると良く分からなくなる。
背中の固い橋桁のコンクリートが、足首にちくちくする雑草が、湿気のこもったぬるい風が。
熱を持ってじんじんと染みてくる。
「ぅあ、ふ……う…ぁ、はぁ」
「やっぱり。『桜子姉ちゃん』これ好きだよな?」
「………ふっ、っ!あ、や……っ」
「雨うるせえし、声隠さなくてもいいと思うけど」
指先を噛みながら言われた声は少し切実に聞こえたけれど、
そんなことを言われても、一番こんな悲鳴を聞かれたくないのは目の前の男の子なのだ。
てっちゃんが手を弄くる様は、昨日一昨日に比べてとても控えめだったけれど、
それが余計に焦らされるようで気持ちよかった。
涙が出てくるくらい息が苦しくて、口元を押さえる力が持たない。
刺激に身をよじるのも限界だ。
「桜子」
不意に、てっちゃんの手が間近に来て、右手の甲にも、触られた。
無理やり手を退けられるのかと思い、力を込めて抵抗しようと、した。
そうしたら、顔が近づいた。
それに胸を高鳴らせる暇もなく、今度は、
舌で、右手の甲を舐められた。
――うそ。うそ。
必死で心の中で繰り返し、どうしていいか分からず、眼を閉じる。
何度も、そうして、手のひら越しにキスされるように、口を覆った手の上に、てっちゃんが唇で舌で触れる。
抵抗したいのに左腕は濡れた指先で繋ぐようにして固定し、幾ら身をよじっても離してくれない。
「っ、ん、うー!!?う、う?ん…!」
「手、どけたらやめてやるけど」
指の隙間をこじ開けるように、生温かいものが指の谷間を往復する。
どけても、このままでも、つらい。
恥ずかしい。
混乱した頭で、首を振った。
てっちゃんが、こんなに意地悪だとは知らなかった。
ひどい。
雷怖いくせに。
セロリとごぼうが嫌いなくせに。
理不尽なやつあたりを心の中でいっぱいして、眼を逸らす。
「桜子」
ぐいと、もう一度、右腕が握られて口から引き離されて、耳元で声がする。
「声聞きたい」
答えを待つまでもなく、掴まれた右手首が押さえられて食べられた。
「や、だめいや、やっ……ぁ!!」
指と指の根を唾液でなぞられてから、指を含まれて、手のひらをなぜられて、喉から隠せない悲鳴が漏れた。
そうなったあとはもう止まらなかった。
「や、ふあっ、う、だ、だめ。……あ!あっ、ん!あ、あぁあっ」
もがくのに、離してくれなくて。
それで余計にからだが火照る。
どちらの腕もさんざん甘く噛まれて、肘まで吸われて唾液塗れにされて、指を扱かれて。
声を出せば出すほど、てっちゃんは、多分、さっきまでこのうえなく遠慮していたのだと分かった。
雷が割と近くで鳴り、びりびりと空気が揺れている。
雨音よりも自分の心臓の音の方がうるさい。
橋の上を車が通るたび、ガタガタと頭上が揺れていた。
耳元で、声が、する。
「や、ぁ」
「……な。この手、好きにしていいんだよな、いくらでも」
ああ、この掠れたのが、男の人が…欲情、している声なんだ。と、思った。
また、手を取られて、キスされている。
勝手に声が漏れて、熱の籠った息が喉からあふれる。
「ふぁ、あ……は」
「これ俺のなんだろ」
軽く、噛まれる。
声にならない声が震える。
――俺の。
朦朧とした思考の奥で、てっちゃんの言葉を、繰り返す。
ああ。そっか。
好きにしていいって、確かに私が言った。
抵抗だってしなかった。
心底、本気で嫌がればてっちゃんだって止めたと思う。
これだけ好き放題にされて、多分私は一度も拒絶なんてしていない。
また、空が光って、一瞬明るくなった。
……こんなにも気持ちいいから。
きっと。
たった三日間で、
私の右手も左手も、全部、この人のものになりたいと、
私より先に思ったのだ。
支援
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もう少し続きます。散々手にいろいろしたので、次は手でいろいろする予定。
もともと「近所のお姉ちゃんの手を言質取って悪戯しまくって「○○ちゃん、だめっ」と慌てさせる話が読みたい」という
あたまのわるい妄想がもとにあるので、多分この先も手でいろいろするのがメインです。
ではまたそのうち。
>>494 GJ!
手で何を、いやナニをしてくれるのかwktkして待ってるぜ
>>506 そんなあたまのわるい妄想大歓迎ッ!!
GJッ!!
ナニをする気だと期待していますッ、手でいっぱい色々して下さいッ
>>506 久々の降臨でGJ!!
手だけでこんなにエロいとか…
続きを心待ちにしております。
保守
八話 (6月14日)
大粒の雨が降り出して、携帯が鳴りだした。
幼馴染の好きな球団のテーマソングで、無理やり設定された桜子専用の着メロだ。
夕飯の皿を洗っていた手を止めて焦って肩に挟む。
湿った風が換気扇を逆に回していた。
ガラスに水音が叩きつける。
これでは傘も役に立たないだろうが。
それでも、ビニール傘を二本掴んで母親にコンビニだと言い残して転ぶように家を出た。
あまりに帰りが遅いので、避けられたのかと思っていた。
それはそうだ、
……信じ切っていた弟に突然、あんなことをされたんだ。
昨日だって、桜子にすればやり過ごしてもいいものを、勇気を振り絞って声をかけてくれたに違いない。
なのに俺ときたら、輪をかけるように性懲りもなく、家の前で強引に。
(もう嫌い。ばか。うそつき)
耳に残る泣きそうな抗議は愛しくも痛い。
あの後、我に返ってさすがに反省したが遅かった。
桜子姉は優しいから、そんな簡単に俺を見限ったりはしないだろうと分かっている。
それでも「嫌い」という短い響きは丸一日、思い出すだけで物凄いダメージだった。
本当に、何をやってるんだ、俺は。
それに桜子は、人を嫌いと言う前に、まずは自分に悪いところはないかを考える律儀な姉ちゃんなのだ。
――俺のせいで、自分を責めたり泣いたりしていないだろうか。
嫌われたかどうかよりも、むしろその想像がきつかった。
あの優しくて厳しい姉ちゃんを、大雑把で適当で、なのにやるべきことだけは恥じないようにしっかりこなすちゃっかりした姿を、
桜の土手を軽やかに歩く背中を、俺を信じ切った緩い笑顔を、いつも隣で見ているだけじゃあ駄目だったのか。
答えは変わらない。
それができたら、あんなことはしていない。
めちゃくちゃだ。
我慢の限界だと自分に言い訳をして手を出しながら、失うかもと気づいた途端、ぬるま湯が恋しいと後悔する。
どうすればいいのか分からない。
それでも、こうして呼び出されれば何をおいても会いに行かずにいられない。
視界を遮り雨が流れ落ちる。
土手道を水はあふれて、荒々しい川音が響いていた。
街灯の明るさも胡乱だ。
時折吹く風に煽られてジーパンの裾が重くなる。
橋の下へ続く階段を降りると風が不意に弱まった。
薄暗闇でぬかるむ土の脇道を辿り、橋の下を目指す。
ぐっしょり濡れた靴が不快だ。
空が白く光る。
カウントしながら、水の溜まりを踏み越える。
薄灯りの中、湿った橋桁の影に姿を見つけた。
一目、遠目に見ただけで、長い付き合いなので分かった。
避けられていたわけではなかった。
タイヤに腰掛け、伸びやかな脚をぶらつかせて落ちる雷を愉快そうに聴いている。
名前を呼ぶと、穏やかな瞳が俺をみとめて、驚いたあと淡く笑む。
情けなくも泣きそうになった。
ただ、近づけば近づくほど、いつも通りというわけにいかなかった。
別の意味で、いつも通りの桜子じゃない。
間近で視線が合いかけて、逸らした。
見た目がまずキツイ。
多少は降られたのだろう、ぐっしょりというほどではないものの、水のかかったあとの足はストッキングの色がまだらに違い、吸いついて艶めかしい。
伏せがちの睫毛が、少し緊張した瞳にかかる濡れた髪が、薄っすらとカーディガンの下で透けるブラウスが目の毒過ぎてぐらぐらする。
これはやばい。
何かとてつもなくキツイ。
しかも、こもった空気のせいか、いつもより桜子姉のいい匂いがする。
態度も妙にしおらしい。
傘を渡して触れた指を握りしめるとひやりと濡れて柔らかく、抵抗もせずに顔を真っ赤にして固まっている。
期待するなと自分に言い聞かせ、抑えていたというのに。
湧き上がってくる思いを自制できない。
桜子姉が好きだ。
もっと触りたい。
俺の名前を呼んでほしい。
触れる前より、キャッチボールをしていた憧れの始まりの日々よりも、ずっとずっと彼女が欲しい。
そうやって、細い糸を渡るように耐えていたところに、
左手を差し出されて桜子の方からねだられた。
……もう限界だった。
頭に血が上って、また後悔するかもしれないというのに止められない。
やり過ぎないようにとありったけの努力で指先に優しくキスをした。
やはり抵抗はなく、怯えたような甘い声だけがする。
それが気のせいかもしれない期待を煽る。
目を潤ませて、俺が何かするたびに浅い呼吸で喘いでいる。
ゆっくりとすればするほど些細な震えが伝わってくる。
指の薄皮に柔い肉感、その下にある骨の感触。
雨水と俺の唾液ですっかり濡れそぼった爪の上から指の付け根、
手の甲へ腕へと吸いながら辿り、びくびくと跳ねる肢体を鑑賞する。
近すぎてちゃんと、見てこなかった。
桜子は可愛い。
格好良くてきれいで、溌剌として不器用で鈍感な近所の姉ちゃんは、町内会でも野球部でも、
人気はあったけど「女の子」というより「いい奴」で、誰のものにもならなかった。
きっと、誰もこの顔を見ていないからだ。
間違いない。
こんな顔を見たら、力ずくでも欲しくなる、きっとどんな男だって。
雨で、遠慮しなくても誰にも聞こえないというのに律儀に声をこらえる姿は、
蕩けた瞳に滲む涙は、どんなその手の作りごとよりエロかった。
堪えられなくなるまで喘がせて、泣かせたい。
少しでも声を聞きたくて、口を塞ぐ手も無理やり虐めて引きはがす。
途端に泣き声が耳を灼いた。
「や、あっ、ん!あ、あぁあ、はぅ、あっあんあっ」
――ああくそ堪らない。
誰にもやらない。
十五年間も好きだった。
――これは俺のだ。
「……この手、好きにしていいんだよな、いくらでも」
この手は俺だけが触っていいし、この腰にくる可愛い声を聞くのも俺以外は駄目だ。
所有の印に噛んで唇を付ける。
桜子は蕩けた甘い吐息を漏らした。
「これ俺のなんだろ」
「ぇ、え……?ひぁ、やっ……ぁ、ぁ」
何度も、そう言いつつ、指を食む。
「ああっ、ふぁ!?……え。あ、ぁの、あ」
「『約束』したよな」
混乱したように荒い呼吸を繰り返す、幼馴染の柔らかな手が愛しい。
きれいな指を折って曲げて俺の掌で抱きしめる。
「な。桜子姉ちゃん」
「……ぁ、う、あ」
「この手は、俺のものなんだよな?」
駄目押しの問いに、桜子は呼吸をくっと飲み込んで。
震えながら、小さく、頷いた。
ぞくぞくと、達成感と興奮が背を這い上がる。
やばい。
何だこれ堪らねえ。
手首にまた軽く歯をたてて、吸う。
かすかに汗の味がした。
「言ってみ?」
「ぇ……、言っ、て何、を……んっ」
「この手は、俺のだから、好きに使ってくださいって」
「ふぁ……え、う、ええええっ?てっちゃん何言って、む、無理っ…あっん!」
「聞きたい。言ってみ」
目が覚めたようにもがいていた桜子は、少し弄るだけでまた息を荒げて大人しくなった。
濡れた髪が頬に一筋張り付いている。
可愛い。
抑えながらこちらの息も乱れる。
股座が張り詰めて痛いくらいだ。
「あ、え…と」
「うん」
「こ……、う、この、……手。この手は、………の」
「聞こえない」
「ば、ばかっ」
我ながら意地悪な声が出ていると思う。
睨まれるが、悪い、桜子のせいだからとしか思えない。
もっとその困惑した顔を見せてほしい。
一番弱い左の指先を弄くりつつ続きを促す。
「………は、てっちゃんの。だ……から、その。……てっちゃん……の、好きに、し、あっ、」
「うん」
「……あっあ、ふっ、やっ、言えな、舐めないで……。ん、やぁ。 だからっ、も……。つ。つかって、ください………っ」
ぞくぞくしながら鳥肌もののそれを聴く。
やばい。
本当にやばい。
今の潤んだ声だけで達しそうになる。
俺に請われた通りに必死に、こんなことまで言ってくれた、のか。
桜子が。
あの桜子姉が。
鼓膜が心臓と直結したかと思うほどガンガンする。
唐突に、衝動に駆られて、右手をほどき頬に触れた。
汗と雨水と、ひょっとしたら涙でしっとり濡れている。
握ったままの左手にはありったけの力をこめた。
興奮で呼吸が苦しい。
濡れたブラウス越しの、肩の部分が震えている。
顔を近づけ、前髪同士が触れる距離まで近づいて、息が触れそうになって止まる。
湿り気を帯びた甘い匂いが脳裏を溶かす。
ゆっくりと桜子が目を上げた。
視線が今度こそ絡んだ。
左の頬に唇を押し当てて、僅かに離した。
もう一度。
柔らかな手が、おそるおそる、頬を抱く俺の手の甲に、
左手で触れて、一本ずつ、指を絡めるように添えた。
吐息が混じり合う。
そのまま、どちらともなく、くちづけた。
おっかなびっくり触れただけで、やめるタイミングが分からずそのままで暫らくいた。
長かった。
離れては気のせいかと思い、また桃色の唇を塞ぐ。
水気にあふれて柔らかい。
薄目を開けて様子を伺う。
力を抜いて目を閉じて、黙って受け入れてくれている。
「……ん」
鼻にかかった呼吸は初めて知った桜子の声で、気づいた時は幸福におかしくなりそうだった。
好きな女とキスすることがこんなにも気持ちのいいことだと知らなかった。
桜子姉ちゃんなのに桜子じゃない女のようだった。
次第に何も考えられなくなり、髪に指を通して頭を抱えて、夢中で柔らかい弾力を押しつける。
おずおずと押し返されてから食み合うようになり、快感が増した。
呼吸に熱が混じる。
「んん……ぁ…」
こもる吐息は蕩けきっていて理性が炙られた。
滑る唇が触れ合うたびに唾液のせいでちゅ、とやらしいと音を立てる。
ああ、あれか。
この音がするから、コレの事を「ちゅう」っていうのか。
すごくどうでもいいことを考えながら、甘い感触に浸り、何回も貪った。
どのくらい夢中になっていたのか分からない。
雨はだいぶ勢いを弱めて、雷も遠かった。
それでもまだざんざんと橋の上から車が飛沫をあげている。
膝を乗せた古タイヤがごつごつしていて痛かった。
耳元にさっきから湿った熱があるのは、桜子だ。
くたりとなって俺の頬に黒髪を預けて息を弾ませている。
左手と俺の右手が完全に絡み合って繋がりあい、汗でべったりとして熱を持っていた。
朦朧と繋いだ手を握り直す。
「さくら、こ」
もしかしなくても、何か、奇跡のような事態になっているんじゃないか……今。
名を呼べば焦がれた温みに熱風がまたちりちりと吹いた。
「桜子」
「ぅん……、ぁ…」
色っぽい声をあげて、首元でもぞ、と濡れた肩が身をよじる。
少し我にかえりつつあるらしかった。
俺は我を忘れそうだが。
なんなのその声。
思わず空いた腕で抱きしめて何度も名を呼んだ。
「…ぁ、てっちゃん……。あ。あの、苦し…」
「うん」
「うんって、こら、ちょ……も……、っ!」
暴れようとしたが力が入らないらしく、桜子姉は苦しげに、は、と呼吸した。
布越しにとくとくと早い鼓動が伝わってくる。
燻っていた火が急激に煽られて勢いを増す。
後頭部は熱した鉄のようで動悸が収まらない。
息が荒くなるのを止められない。
駄目だやばい。
衝動が頭を埋め尽くして抑えるだけでも死にそうだ。
ここで抱きたい。
濡れた服を全部剥いでめちゃめちゃに汚して痕をつけて中に挿れて掻き回して泣かせて犯したい。
もっと桜子に俺の印を擦りつけたい。
駄目だと分かっている。
こんな場所で、一番好きな子に、そんなことをしたいなんて、妄想だ。
現実みろよ無理だろ、しっかりしろ。
とりあえず桜子が本当に苦しそうだった。
慌てて腕の力を緩める。
「ごめん」
回しただけの片腕で、黒髪に鼻を埋めるとシャンプーと雨と甘い匂いが混じって、またぐらりときた。
握り合った指先を、ほどきかけて、繋ぎ直した。
首元で浅い吐息が乱れる。
だから駄目だって。
無理やり言い聞かせても下半身はいうことを聞かない。
昂りが今にも理性を食い尽くしそうで辛抱できそうになかった。
額の裏がちかちかする。
暗くてあまりよく見えないせいか雨のせいか余計に強く五感に訴えてくる。
腕の中のぬくい女の匂いに体温に酒よりも酔う。
なんでこんなに柔らかいんだろう。
ああ、そういや確か。
このきれいな手、好きにしてもいいんだっけか。
頭上の橋がまた車で揺れる。
思考が鈍くなっている。
白熱する意識の中、浮かぶのは桜子姉ちゃんのことばかりだ。
いつかの予感を思い出す。
夏の洗面所で吹きつけるドライヤーの熱風と髪をかき回す心地良い指先。
太陽と河原、グローブに消える白球の乾いた音、空に伸ばされた幼い腕。
土手の下から、てっちゃん、と大きく振られるセーラー服の手、川面を照らす夕暮れ。
野球観戦の九回裏に千切れんばかり握られた手のふにゅとした感触。
冬のコタツで向かい合って説教しながら、蜜柑の筋を丁寧に取る珊瑚色の指の先。
今ここで繋ぎあっている、俺に好き放題されて濡れた、柔らかな。
そう。
全部鮮明に憶えている。
本当は自慰行為を知る前から雄の本能がずっとこうして汚してみたかったのだろう。
空いた手でジーパンの腰に触れ最低限の金具をゆっくりと外す。
窮屈さから開放された「それ」を外気に晒して握っていた細い手を引き触らせた。
いきなりのことに桜子は、一瞬、何が起こったか分からないようだった。
手の触れた先をぼうっと見つめる。
やがて、気づいたらしく顔が暗い中でも分かるほどじわじわと朱に染まった。
「………っ」
ぴとりとした指先だけの感触は刺激には程遠い。
無理やり触らされている手が震えている。
気持ちいい、けど物足りない。
指を重ねて、もう少し触らせてみる。
まだ状況に追いつけていないらしく、戸惑う声が裏返る。
「て……てっちゃ、な、嘘、あのこれ何っ」
「握って」
「ああ、ぁ………っ」
怯えた声が可愛い。
そう思ったので伝えた。
「可愛い、桜子」
びくっと肩が震える。
「……う、嘘…」
「怯えてんのすげえ可愛い」
さっきから何度も「どうしよう」という顔で指先を見て俺を見て、また俺のものを見て目を逸らしている。
堪らない。
というかあまりに桜子が狼狽するので嗜虐欲がわいてきた。
興奮する意識にくっつくだけの指がもどかしい。
改めて、手を取って亀頭に触らせると抵抗された。
中指に先走りの体液がついて糸を引いているのが反り返ったものを熱くさせる。
「何で離すんだよ。『好きに使ってください』って言ったのは誰」
「あ……あれ、は」
「それに男に手、出して『好きに使ってください』って言ったら、これ以外ねーだろ。
桜子があんな声出すから、こうなってんだよ…」
余裕がなくなってきた。
息を喉に押し込める。
「……つうか、出さないと、正直かなり辛い」
本音を付け加えると、桜子が、引こうとした手を止めた。
「で、も私、やり方知ら、な……」
「握って。こう」
導くと、今度は逆らわなかった。
「こ、う?」
おそるおそると。
桜子の濡れてひんやりした手のひらが、震えながら近づいて、裏筋のあたりを包み込んだ。
「う……」
想像以上の感触に思わず呻く。
何だこれ。
想像をはるかに越えて気持ちよすぎる。
気を抜けばこれだけでイきそうだ。
「大丈夫なの?」
手が慌てて離れた、助かった。
いや助かってない、生殺しだ。
不安げに覗き込む目に頷いて、また握らせる。
初心な手肌はそれだけでいっぱいいっぱいらしく、ぎこちなく固まってしまった。
やり方が分からないならと手に手を重ねて擦らせた。
あっ、と桃色の唇から弱気が漏れるが聞かなかったことにする。
先走り液はみっともなくこぷりと溢れ桜子の濡れた指と絡んで潤滑剤となる。
にゅく、にゅく、と重なった手が動く。
擦る音はささやかで雨音に混じり聞こえない。
ただ互いの息が荒くなる。
雨の夜で誰も来ないとはいえ、こんな橋の下に隠れるように立ちながら。
勃起した醜い肉の塊に桜子の手が添えられて、俺の手で固定されて強引に扱かされている。
なんて、光景だ。
死ぬほど気持ちがいい。
湿った黒髪に顔を埋めて浸る。
「嘘だろ、あー、桜子が、俺の、してる……」
「あ、あっ。うん、さわってる、私、こんな、てっちゃんの、ど、しよう…」
「ダメじゃ、ね…だろ、この手、俺のなんだし…」
会話にもならないうわ言を囁きあって、無性に堪えきれず肩を密着させる。
至近距離にある唇を塞ぎたくなったがイってしまいそうなのでやめた。
徐々に扱くリズムも一定になり先走り液にふやけた指はぬちゃぬちゃと滑りよく、搾り取ろうとしはじめる。
「はぁ、は、や、また……おっき、く」
「あー……、あーイく」
「ぇ、あっ」
上擦った声がエロい。
どろっとした快感に呻き、逃げようとする手をがっちり押さえて最後の瞬間まで扱かせる。
「やっ、やぁっ、うそ、ぁっやっ……」
泣きそうな早い呼吸が煽ってくる。
もう、もたない。
自慰とは比べものにならない快感が陰嚢から精液を放出したいと這い上がる。
少しでも長く味わいたくて絶頂をこらえた。
やがて、眩む痺れが全身に走りはち切れそうなものを絞ったところで、それは来た。
声にならない呻きを漏らしながら本能のままにものを包む柔肉に擦り付け、どくどくと放出する。
初めて自慰をしたときにも劣らない強烈な射精は驚くほど長く続いた。
***
当たり前だが、桜子のスーツは、大変なことになっていた。
きちっとしたはずの服が濡れたうえに白濁液にまみれて目も当てられない。
平謝りするしかない。
「てっちゃん、ヒドイ」
「ご、ごめん」
「このままじゃ帰れないじゃない」
「ごめん。ごめんなさい。なんでもいうこと聞きます」
「ほんと?」
「はい」
「しょうがないなぁ」
桜子が肩を竦めた。
ふうと息をつき、立ち上がる。
パンプスが俺の靴でぐちゃぐちゃのぬかるみを踏み越えた。
「風邪引いちゃうし。おなかも空いたし。……帰ろっか」
「そ、そのまま帰んの!?」
「傘差さないで洗いながら帰るー。えっと……これ、濡らせば落ちるんでしょ?」
ちょっと恥ずかしそうに聞くのがあらゆる意味でおかしい。
まさかそうくるとは。
本当に、学校や仕事以外では相変わらず大雑把だ。
雨に濡れながら歩くのなんていつ以来だろうか。
俺も付き合って、大粒の雨にまみれて帰ることにした。
土手の水たまりを避けながら盛大に水をかぶって並び歩く。
桜子は暫く服を擦りながら俯いていた。
雷はどこか遠くに去っている。
「てっちゃん、お願い決めた」
「え、もう?」
早いな。
雨で聞こえにくいので自然と顔の距離は近くなる。
ほんのり緊張を滲ませて、桜子は振り返る。
「何?」
「これからも、外じゃなければ、『てっちゃん』って呼んでいい?」
まだ、お互い、言っていないことがあるはずだった。
でも、多分。
期待は気のせいでないのかもしれない。
「桜子」
「んー?」
「俺のこと好き?」
「その聞き方ずるい」
その反応だけで充分すぎるほど幸せだった。
たしかにずるい。と傍らでどこか冷静に苦笑する。
まあ、あれだけ追いかけまくった俺の気持ちに気づかない桜子も悪いのだ。
俺の「好き」と桜子の「好き」は、悪いが年季が違う。
そんなに簡単に、聞かせてなんかやるものか。
と思っていたのだが。
桜子は、にっこり笑って、俺を見上げた。
「ね。てっちゃんは、私のこと好き?」
「……桜子は?」
「答えてくれたら、もっと好きにしていいところ、増えるかもしれないよ」
くらくらきそうな言葉を紡ぐ、唇の柔らかさをもう知っている。
桜子姉ちゃんにはかなわない。
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あとはちょっとエピローグやって終わりの予定。
ほとり三期とか連載作品の続きとか新作とか待ちつつ。
またそのうちに。
非常にGJ
是非結ばれたところを書いて欲しい
このスレはなかなか職人が訪れないが
訪れる人はハイレベルな投下してくれることが多い気がする
というわけでGJ
個人的な話、私も二つ年上の幼なじみに「てっちゃん」と呼ばれていたのでした。
桜子お姉ちゃんがダブってしかたない。つまり激しく俺得だと言いたい。
GJ
>>521 Good Job!
相変わらず幼馴染み二人が可愛くて、本当にあなたの作品が大好きだ
エピローグが楽しみだけど、それだけに終わってしまうのが残念でもある
やだ・・・本番無しでこんなにエロいなんて・・・
素晴らしすぎです
ボーイッシュで活発で”女”であることを感じさせず兄弟の様に仲良くしていた幼馴染が、最近少しずつ女らしい体になってきた。
なのに本人は全く自覚が無いようで、今まで通りに無邪気にくっ付いて来たり部屋に遊びに来たりで毎日毎日理性との戦いの日々。
今までずっと兄弟の様に仲良くしてきた幼馴染、第二次成長を迎え体が少しずつ女らしくなると共に”男”として意識し出した。
しかし向こうは何時まで経っても妹、いや弟扱いのまま。
なんとか女の子として見てもらおうとちょっと過剰にスキンシップをしたり、薄着で部屋に遊びに行ったりしてアピール。
こんな感じで男女それぞれの視点を交互に、誰か書いて。
っ「言いだしっぺの法則」
>>527 いいなそれ、まだ暑い日も続くから
全裸でゆっくり待ってるよ
ふと立ち寄ってみれば中々な……GJだぜ。
過去スレの作品も読もうと思うんだが、名作と言えばこれ、ってのなにかある?
>>530 とりあえず三つ程。結論から先に言えば『Scarlet Stitch』、『青葉と創一郎』、 『In vino veritas.』 が個人的にお気に入り。
長文が多いです、申し訳ない。
◆NVcIiajIyg さんの『Scarlet Stitch』。
どこか物憂げで気だるげで、だからこそ艶美な雰囲気はこの頃から。
現在投下中の 『所有権は義務を伴うらしいのです』が気に入ったなら、こちらもどうでしょう。
『所有権〜』ももうすぐエピローグくるらしいので、それまでに予習がてらにでも。
◆ZdWKipF7MIさんの『青葉と創一郎』も良作。
幼なじみで恋愛物で、そういった物を読みに来た人が期待するであろう要素をちゃんと押さえた王道のシナリオ。
王道というのは案外に難しいので、これを巧く書けるのは見事だと思う。
ヒロインの青葉の可愛らしさに悶えるがいいさ。
かおるさとー ◆F7/9W.nqNYさんの 『In vino veritas.』 は少しだけ苦いお話。
ある過ちからヒロイン華乃に負い目を感じつつも、けれど手放しも出来ない。
そんな主人公の後ろめたさ交じりの慕情や、それを受け入れるヒロイン華乃の強さと依存性にニヤニヤ出来ます。
面倒くさい女が好きなら、きっと気に入ってくれるハズです。
長々と失礼しました。
>>531 青葉と創一郎おもしろすぎた・・・
タイトルだけだとわからないことが多いから助かる
533 :
名無しさん@ピンキー:2011/09/07(水) 22:10:24.20 ID:7XesO2kX
>>530 どれも素晴らしいけどシロクロが一番のお気に入り
青葉も面白かったけど那智子の話が未完っぽいから続き書いて欲しい
那智子の話は確かに気になってる。もう続きないのかね…。
>>530 「まゆとみいちゃん」が好きかな。設定特殊だけど、まゆたんがエロかわいい
「それはまるで水流の如く」はエロ無しだけど面白かった。綺麗に完結してるのも良い。
535 :
名無しさん@ピンキー:2011/09/09(金) 18:43:30.85 ID:3NIbib/o
>>533 あと1.2話だったのに続きが欲しい
文才が全くない私が言うべき台詞じゃないけど
またカワサキ夫妻のように全く別の場所にあっても繋がってるのもありますね
上に書いてある作品+
ヤトとなつみ、コトコのハナシ、乃理歌と和義
も個人的にオススメ
梅子と孝二郎もすばらしい作品だと思う
幼馴染系としてはちょっと特殊な設定だけど、物語に引き込まれる要素がある
男側のツンデレモノがすきならお勧め、でもイラッとくる要素が多々ある、そんなお話
他には、個人的に続きが気になって仕方ない、Snow Dudk
いまいち、方向性の定まらない二組の幼馴染
内側から見た関係と外側から見た関係は全く別物、んで色々メンドクサイそんなお話
後は、幼なじみが出てこない幼なじみモノ(仮)シリーズだな
端からみたら、幼馴染って奴は厄介でめんどくさいけどうらやましい、そんなお話
お気に入りなのは、絆と想いだな
いまだに続きを待っている作品の一つだけど、もう来ないのかなぁ
「青葉と創一郎」の青葉と那智子の姓名って重巡洋艦から取ってるのか、それとも普通に山からかな。
初めて気付いた。
そういえば昔、ツアーパーティー卒業旅行に行こうというゲームがあってな…
『祐助と凪子』の続きを今でも待ってる俺
九話 (8月6日)
河原から少年達の声がする。
空は真っ青、川向こうから白い峰が沸き上がる。
土手の匂いは露と夏草。
小石を飛ばせば光を含んだ水が弾けた。
「てっちゃん、てっちゃん。見て!五回も跳ねた!」
「そろそろ戻らねえと不味いんじゃねえの」
振り返ると幼馴染の大学生が午前中の日陰になった。
ペットボトルのレジ袋を土手に置いて手頃な小石を探し、真似をして投げる。
横っ跳びに三回跳ねて、白い小石はちゃぷんと消えた。
「くそ、負けた」
「はい私の勝ち」
「うるっさいな。もう一回だけやる」
くすぐったい。
水切りなんて久々だ。
ふと気づくと、向こうの方でも水がパチャパチャ跳ねている。
キャッチボールしていた小学生がつられたらしく、グローブを放り出して水切り合戦を始めていた。
隣の六号棟の兄弟だ(言っていなかったけれど、私とてっちゃんは五号棟である)。
無鉄砲なお兄ちゃんと、大人しくてマイペースな弟くん。
広場で遊んでいたから見覚えがある。
いつ見ても、昔の石川兄弟を逆転したようで微笑ましい。
「何笑ってんの。桜子」
「あーれ」
指さしてくすくす笑うと、てっちゃんも同じことを思っていたらしい。
何か言おうとしてからやめ、決まり悪げに明後日を見た。
八月初旬の午前中は晴れ、コンビニへ買い出しの帰り道。
あまりに天気が良くて気持ちがいいので、今日は土手道を通らずに、橋の脇から階段を降りて、 川沿いをのんびりときたのだった。
グラウンドから川岸の階段へ、遊び仲間なのだろう、競いたがりの少年たちが石を拾ってまた幾人か走っていく。
総勢で十人ほどが集まって、わあわあと力いっぱい押し合いへし合い危なっかしい。
よく見れば女の子が一人だけ混ざっているのが、優しい帽子の色で分かる。
懐かしい光景だった。
あんな風にして私も男子に混ざり、懸命に白球を追いかけて遊んでいたのだ。
見守りつつも私たちは水切りをやめて帰ろうとしていた。
グラウンドを横切り子どもたちの後ろを通って、公営住宅へと足を向けるだけだった。
それが、声の届く距離に来たあたりで様子が変わってきた。
気になったので、てっちゃんの袖を引き、立ち止まって耳を傾ける。
出来た出来ない、ヘタクソ生意気エトセトラ。
なぜだか喧嘩になっている。
女の子が俯いている。
あげく誰かが元気の良い女の子の帽子を取りあげて、水切りの要領で川へと投げるふりをした。
「あー」
てっちゃんが、後ろでやっちまったと呟いている。
取り上げた子も、本気で投げるつもりはなかったのかもしれないけれど。
折悪く川風が吹き荒あがり、帽子は弧を描いてフリスビーのように飛んで、川の中程、流木と岩の茂みに落下した。
短い髪の女の子はついに、声をあげて泣き出した。
「わああ、ひ、ひどい。てっちゃんひどいよ」
「ええなに俺がひどいの……?」
腕を掴んで揺すると困った声が返ってきた。
子どもらからも気まずそうなため息があがる。
花模様の優しい帽子はゆらゆらと揺れて、岩の引っ掛かりから今にも流れて行きそうだ。
女の子はうずくまって泣いている。
私は服装を確認した。
ぐっと伸びをするとトントンと爪先の様子を確認、泣かせたとか誰のせいとか、責め合いのはじまった小学生達の方へと早足で向かう。
洗いざらしの長Tシャツに短パン。
濡れても惜しくない、いける。
「ちょ、さくっ」
後ろからはてっちゃんが慌てた声でついてくる。
肩に手をかけられたので振り返って見上げた。
心配そうなのが可愛くて自然に微笑う。
「あの子の帽子取ってくるだけだってば。流れも遅いし大丈夫。てっちゃんは、男の子たち叱ってあげて?」
ね?と手を振ればいつもなら引き下がってくれるはずだった。
今日は暑いし、きっと川は冷たくて気持ちいいだろう。
そう思っていたのに肩を掴む指はなぜだか離れない。
「嫌だって。待てよ」
「なんで?」
「そういうことなら俺……うっわやべぇアレ」
「ああっ!」
気を取られているうちに急展開。
六号棟のお兄ちゃんの方が『まかせろ!』などと叫びながら川に入り、ざぶざぶ中洲に向かっている。
ダメだ。
止めなくちゃ。
この川は、入ったことがあるから分かる、大人はまだしも小学校低学年には途中からが深すぎるのだ。
間に合わずぞぼんと音がして飛沫が跳ねる。
慌てて助けなければと靴を脱ぐ。
「てっちゃん待ってて……、え、ええ?ちょ、ちょっと、徹哉!てっちゃん!」
何と思う間もなく、てっちゃんが私を押しやって躊躇なく少年を追い、夏の川に勢いよく踏み込んだ。
完全に先を越されて、よろけたまま背を見送る。
案の定、すぐに溺れかけてパニックになっていた少年を水面下からぐいと引き上げて抱え上げ、息をあげて岸に戻ってくる。
ぼたぼたと少年とからもむき出しの腕からも大粒の水が落ちていた。
我に返り、鞄を投げ出して走り寄る。
「徹哉、大丈夫!?」
「桜子、叱っといて。ついでに帽子も取ってくるわ」
「う、うん。分かっ、た……」
川に足をつけたまま、てっちゃんがあまり普通に笑うので、吃った。
両手で少年を抱きとめる。
また心臓が頑張っている。
……きっと暑いのは真夏日だからだ。
泣きたくないのだろう、歯を食い縛って涙を浮かべた少年は冷たくて服が水を吸って、想像よりも腕にずしりと重かった。
てっちゃんをしばらく見送ってから、六号棟のお兄ちゃん、名前は知らないけれど――を地面に下ろして、怪我がないかをよく見ようとする。
「うるせえ、さわんな!」
生意気にも手を振り払おうとしたので拳骨した。
さらに泣きそうになっているけど、命に関わることなので、ここは心を鬼にする。
「さわんな。じゃないでしょうがっ!!あのまま溺れてたかもしれないの、君は!」
体育会系で小中高と鳴らした声量は、そうそう衰えるものじゃない。
びりびり痺れたように、周囲の子まで息を呑む。
涙目のまま口を噤んだ体をあちこち見て念のため手を取って触る。
「本当に勇気ある男の子なら、『触るな』の前に、助けてもらった人に言うことがあるでしょ……ここ痛くない?」
「うん。ご、ごめんなさ……」
「あ、り、が、と、う、でしょ。ごめんなさいはそのあと。分かった?」
「あ、あり……が、と。……っ、う」
「はーいよく言えました。泣かないのは頑張った、強いエライ。怪我もないみたいだし、もう無茶しちゃだめだぞー」
ぐしゃぐしゃに濡れた小さな頭に、手持ちのハンカチを被せて水を拭く。
プロ野球ロゴのTシャツで青空の下、泣くのをこらえる少年は誰かさんを思い出させて愛おしい。
そうしている間に、大きくなった誰かさんは、ずぶ濡れになって帽子を掲げて帰ってきた。
ツンツンした茶色い髪もぺたりとなっている。
大人の腰くらいの深さの川なのに頭まで濡れているのは…多分濡れた岩で滑ったのだろう。
仲良くなったあの頃のように。
かっこいいのに格好つかないなあ、と忍び笑う。
「おかえり。徹哉」
人前ではできるだけということなので、約束通りに名前を呼ぶ。
てっちゃんは困ったように頭を掻いた。
それでも、男の子たちをちゃんと叱って、少女にお礼を言われて帽子を返す幼馴染の姿は、
びしょ濡れのままでも、やっぱり素敵なお兄さんだった。
変わらないように見えて、私も彼も、こうして毎日少しずつ、大人になっていくのだろう。
橋と川だけは昔のままでそこに在り。
一筋の飛行機雲が対岸の土手の下から伸びていた。
***
少年達を送り届けて(弟くんがお兄ちゃんにひっついて泣いていた)、
着替えのために一度お互いの家に戻った。
軽くシャワーを浴びてタオルを巻き、水色のカットソーを洗濯ものから引っぱり出していると、母が呆れた顔で笑った。
「まあたびしょ濡れになって。雨に濡れるだけじゃ足りないの」
「だって小さい子が溺れてたんだよ?いい事したんだってば。あ、あと今からてっちゃん来るから」
「本気で付き合ってるの?てっちゃん、まだ若いし就職だって四年後でしょ。あんたその頃いくつ」
「もーいいじゃんほっといて」
分かってるそんな事。
カットソーを被りながら居間に出ると、母が化粧をしに入れ違った。
珍しく休日出勤らしい。
ところで。
我が家には公営住宅の狭い空間にふさわしくない、どんと大きなテレビがある。
働き出してから母を説得し、八割以上を出資した大画面の地デジ対応テレビは私の密かな宝物だ。
映像もきれいでメニューも充実、スポーツ観戦にぴったりなのである。
積み重なったスポーツ誌の山を崩しながら、ちいさなテレビのリモコンを探す。
リモコンに鈴がついていればいいのに。
「桜子の事だから好い加減なことはしないって信用してるけど。
てっちゃんあんたのことずうっと好きだったんだから遊びとかそういうのだったら失礼よぉ」
「う、何それ……だからもーほっといてってば!」
顔を背けながらも、思わぬ新情報に頬が緩む。
てっちゃんは、決まり悪そうに呟くだけで、あまりちゃんと言葉にしてくれないけれど。
本当にずっとそうだったのかな。
そうだったらものすごく嬉しい。
ようやく見つけたリモコンを操作し、テレビの解説をBGMに台所を覗く。
溶けかけたアイスと炭酸飲料のレジ袋を冷凍庫にまとめて突っ込んでいたのを取り出し、枝豆を茹でる準備をする。
唯一まともに作れる料理が枝豆の塩茹でなので気を遣って塩揉みをした。
くつくつ火が換気扇と混ざる先、母が隣の玄関脇から顔を出す。
「ちょっと打ち合わせに顔出すだけだから、お昼過ぎには帰るからね」
「はーい」
「ご近所に顔向けできない事はしないのよ」
お母さんの口癖だ。
「……はーい」
うるさいなぁもう。
応援しているんだか反対なんだかはっきりしてほしい。
そもそも、すぐ下の階段で指を舐められたりしたあれは、既にご近所さまに顔向けできないのかもしれない。
まあいいか。
そんなことを考えながらお湯をあけた。
湯気をたてる枝豆の鮮やかな色が居間に山と盛られた頃になって、ようやく、呼び鈴がいつものように二度鳴った。
「あれ、早百合おばさんは?」
「ちょっとだけお仕事だっ……あー、もーてっちゃんたら、髪乾かさないで来たの?」
「時間ねんだから仕方ないだろ」
てっちゃんは頓着しないでソファに座り、試合前の解説や予想を、麦茶を注いで眺めている。
髪からぽたぽた雫が垂れてTシャツの肩が濡れている。
こういうところはちっとも変わっていない。
「てっちゃん。風邪引くよ」
「桜子だっていつもこんくらい大雑把じゃん。夏なんだから乾くだろー」
「私はちゃんとタオルで拭いてるからいいの。もー、クーラー使ったら冷えちゃうじゃない」
ああ、解説を聞き逃しちゃう。
慌てて洗面所から洗濯済みのタオルを持ってくる。
ドアは開けっ放しだけど許してもらおう。
パタパタと居間に戻ると、ソファの背もたれから濡れた髪が見えた。
立ち止まる。
……急に驚かせたくなった。
振り返る前に後ろから、大判タオルを後頭部にばさりとかぶせて視界を塞ぐ。
「えいっ 」
「わ、何」
そのまま背後に立って屈んだまま、さっきの少年にしたように、タオルで髪をぐしゃぐしゃする。
あ、いいかも。これなら一緒にテレビが見られる。
「なんか理容室みてえ…」
てっちゃんは抵抗をやめて、ソファに背を沈めた。
その言い方が可愛い。
「かゆいところはございますかー?」
なんて笑いながら、水気をタオルで吸っていく。
お日さまの匂いだったタオルがしっとり濡れて柔らかくなる。
シャワーを浴びたばかりだからか石鹸の匂いがした。
川の匂いもまだかすかに、残っている。
吹き込む夏風に、髪をかき回す力を弱くする。
「てっちゃん。さっきはどうして止めたの?冷たくて気持ちいいし、私、川に入るの嫌じゃなかったのに」
「や。……その、」
「うん?」
「やっぱ、ほら。ああいう場面で川に落ちるのは桜子より俺の役目かな、とか」
タオルに隠れた表情はみえなかったけれど。
ぼそりという幼馴染は、とても、その。
年下には見えなかった。
髪にかぶせたタオルを握り、固まる。
――ああ、もう、年下の男の子って、皆こんなに成長しちゃうものなのかなあ。
「てっちゃん、ずるい」
「何で」
――かっこいい。
なんて、恥ずかしくて、耳が熱くてとても言えない。
また髪をぐしゃぐしゃとしながら天井を見る。
「……ひみつ」
「聞きたい」
「ダメ」
「最後のマッサージ券の回数無限にしていいから」
「もっとダメ、それは」
使おうとして使いづらくて、マッサージ券は最後の一枚がずっと棚上げになっている。
あんなことになってしまったら、だって、
本当にマッサージしてほしいと思ってお願いしても、違う意味に聞こえてしまう気がする。
多分、もう最後の一枚は永遠に使えないだろう。
まあ、てっちゃんとの約束がずっと終わらず残るなら、それはそれで悪くない。
「桜子」
「んっ、」
タオルに重ねた手を掴まれて、急に手首の裏に口づけられた。
落とした雫が染みになって広がるように、皮膚の感覚がそのあたりから甘くなる。
「ちょ、ゃ……」
「あのさ、桜子」
「う、うん」
「俺、来週から海にバイト行ってくる。夏休みいっぱいは留守にするからさ」
「あ、ふぁ……え、そうなの、なんで?」
急な話に目が覚める。
そもそも社会人の私にとって夏休みはお盆に四日のみなので、平日いないくらいなら、気にはならないのだけど。
土日もずっといないのだろうか。
後ろから覗き込むと、てっちゃんは目を逸らした。
「なんでって金貯めるんだよ。桜子が言ったんじゃねえか」
「あ……うん…」
てっちゃんのお金というのは、(彼がバイトでもしない限りは)即ち石川のおばさんが働いてくれた分と
徹君の仕送りのお金なのだと、確かにこの前、私が言った。
そのお金で、ちょっとお茶するくらいならまだしも、その、いくら実家同士で自由がきかないからといっても、
特殊なホテルの代金に……というのは、さすがに石川さんのうちに顔向けができないと思ってしまう。
母の刷り込みは根強い。
……あと、ええと、私の心の準備もあるといいますか。
とにかく、どうしても行きたいならてっちゃんが半額分を自分で稼ぐのなら考えてもいいよ。と
当たり前のことを言い張って譲らなかったら、彼が拗ねてしまったのだ。
社会人と大学生の経済観念の違いは思ったよりもずっと大きい。
ちゃんと考えてくれたのは、成長しているんだなと分かって、嬉しいけれど。
「で、でも夏休みって九月まででしょ?ずっとだなんて、長、や……ふぁ、あ!?
長い、ん、じゃ…ぁ、こ、こらっ。真面目な話してる……のにっ」
「駄目?」
まだ髪を拭き終わっていないのに、手を取られて掴まれて、腕の内側を言葉の合間にキスされ吸われる。
それだけで脚の力が抜けて崩れてしまいそうになる。
「だ、だめ……」
てっちゃんが本気になる前に引っ込めて、タオルからも手を離した。
この体勢は危ない。
てっちゃんは、テレビの方を見たままだ。
「あのさ。桜子」
「ぅ、ん」
「俺も真面目な話、したいんだけど」
「……ん」
手を抱いて回り込んで、少し離れた隣に座る。
横の大窓からはぬるい風が吹き込んでいた。
そろそろクーラーをいれようか。
スタンドを映すテレビ画面を眺めつつ、頭を掻きながら言葉を探す、幼馴染のことを待つ。
枝豆おいしい。
「桜子」
「はい」
「えっと、」
さっきからこのやり取りは三度目だけど、それが楽しい。
三度目の正直か、ようやく、続きの言葉が見つかったらしかった。
「えっと……俺、バカだけどさ」
「うん?」
「勉強も嫌いだけどさ。その、ちゃんと卒業する。バイトして金も貯めて、奨学金とか、早く返せるようにするよ」
最後の発想はてっちゃんオリジナルじゃないな、徹君だろうなぁ、と思いながら、苦笑して頷く。
そういうことは、おばさんに言ってあげた方が喜ぶんじゃないだろうか。
アイスの実おいしい。
「うんうん。てっちゃんなら大丈夫だよ、頑張って」
「頑張るよ。……その、なんだ」
盛り上がるアナウンサー。
西日本の空の映像。
その間を、おいて、てっちゃんはようやく次の言葉を口にした。
「桜子から見たら、ガキで呆れるかもしんないけどさ。追いつくから待っててくれよ。
その……俺が、……社会的に、桜子のこと俺のものにできるためなら、なんだってする」
耳には歓声。
超満員の甲子園、第一試合のプレイボール。
楽しみでしかたなかった一瞬に、テレビから目を離した。
あの頃のように髪を濡らしてタオルを被って、気まずい顔で私を見つめる生意気な少年が大人の顔で目の前にいた。
少し離れた距離をずりずりと詰め、ペットボトル片手に寄りそうようにして、またテレビに目を戻す。
大人になった腕に触れた。
温かい。
てっちゃんは拍子抜けしたみたいに困った顔をしていて申し訳ないけれど、この一戦だけは外せない。
ごめんね。
……うまく反応できなかったけれど。
ちゃんと、聞こえていたから分かってる。
窓の向こうは眩しい盛夏。
私は冬のコタツも春の桜も初夏の新緑も好きだけれど、夏休みだって大好きだ。
なんといっても甲子園が熱い。
枝豆の塩茹で、冷たいアイス、麦茶に炭酸飲料にスナック菓子。
下の階に住む石川さんちのてっちゃんを誘って、二人でたくさん盛り上がるのだ。
クーラーをつけなくちゃいけないのに、もうしばらく離れたくない。
寄り添ったまま、汗ばんだ手を重ねる。
「てっちゃん」
「ん」
「バイト、気をつけてね。連絡先も教えてね」
球児が土煙をあげて走る。
芯にあたった、伸びやかな音。
白球を追うグローブが空をさす。
「分かってるよ、で、その、」
「……ちゃんと待ってるから」
指を絡めて握り返された仕草で、ちゃんと伝わったのだとわかる。
指切りげんまんのよう。
こんな約束の仕方もあるんだなあと思う。
かすかに、握る指から甘い刺激が伝わるけれど気づかなかったふりをした。
グラスの氷が溶けて、軽やかに澄んだ音を鳴らす。
「浮気しちゃだめだよ」
「しねーよ。……さ、桜子だって」
「どうしよっかなぁ……冗談、冗談!ね、落ち込まないで、ほら。ほら、また打ったよ!」
画面向こうは一回の表。
全国的な快晴の八月六日はお昼前。
試合はまだまだ始まったばかり、私たちもこれからだ。
おわり
以上です。
お話はここで終わりですが、えろいの書き足りないので、できればそのうち番外編で延長戦を書ければと思います。
(えろいのといっても、多分、手だけになりますが)
お付き合いありがとうございました。
>>552 GJ
延長戦にも期待しています。
んー、◆NVcIiajIygさんも頑張ってるし、俺もそろそろ本気出す。
乙
本番なしでココまでエロいのが書けるのはあんただけだGJ
番外にも次作にも期待してる
純粋なエロだったな
今度は濃いエr(ry
乙
ああもうGJすぎてたまらない。
ありがとう。そして、ありがとう。
ああ気づくのが遅れた
乙 そしてGJ
年の近い幼馴染と、年の離れた幼馴染み、どっちが萌えますか?
>>558 どちらも好きだけれど、個人的に少しだけ年上。二歳くらい。
時にぼちぼち次スレの季節だのう。
>>558 和風スレにも書いてたよなw
向こうはあまりにも人がいなくて寂しい…
563 :
ただの埋めネタ:2011/09/18(日) 20:49:46.17 ID:F400gmy0
アナタにとって『幼馴染』とはどんな存在ですか?
その問いに私は答えることが出来ない
あるものは家族の様なものと答えるだろう…
また、あるものは守るべき日常と答えるだろう…
あるいは、幼馴染の存在こそが、己の存在の証明であると答えるものもいるだろう…
では、『幼馴染』にとってのアナタは?
ただの腐れ縁?
気の置けない友人?
あるいは、今だ昇華しきれぬ初恋の人?
ここで私がいくら憶測を立てたところで、それは机上の空論であろう
実際に私がその『幼馴染』に聞いたことなど無いのだから
だが、世界にある『幼馴染』の物語を見てわかることもある
所詮は空想の話であれど、そこにある『幼馴染』のココロは本物で、確かにそこにある
彼女の彼を思う心も、彼が彼女に捧げる想いも
『幼馴染』故に何も出来ない状態に縛られていることも
『幼馴染』だからこそ、いえること、言えないことも
『幼馴染』と言う呪縛にとらわれ続けるしかない状況もあることも
『あなた』に伝えたい思いを、隠さなければならないことも
『アナタ』が言いたがっている思いを隠させていることも
全ては、『幼馴染』と言う言葉に縛られているのかもしれないね?
追伸
いい加減、覚悟決めろバカ
未来のアナタの妻より
>>563 自分の筆不精を言い訳にするつもりはないけれど、そもそも電話をはじめメールが発達した現代では手紙なんて書く機会はついぞこの歳になるまでなかったのだから、君が書くほど情緒も何もないのを先に謝っておきたい。
もっとも、その電話やメールでさえロクに、君相手でさえしなかったことも謝らなければいけないのかもしれないけれど。
初めから謝罪ばかり並べてしまう卑屈な私に辟易としているかもしれない。また一言で済むはずのことを長々と書く文章力のなさにも。
どうしても言い訳がましくなってしまうが、これでもう六枚もの便箋をムダにしてしまった。
言いたいこと、言わなくてはいけないこと。
聞きたいこと、聞かなくてはいけないこと。
心にはたくさん浮かんできて、とてもじゃないか私には上手くまとめられそうにもない。
ただ私は。
私、と書く時点でなんだかもううそ臭いから、俺と書かせてもらう。
俺は君の問いに答えたい。
口に出来ないことも、文章でならば伝えやすくなるとは確か小さい頃に学校の国語の先生に教えてもらったこともあったように思うけれど、確かにその通りだった。
先ほど六枚も便箋をムダにしてしまったと書いたが、そのどれもに我ながらどうかと思うような、芝居がかった、うそ臭い、歯の浮くような言葉を並べてしまったのだから。
だからこそ、俺は君の問いに文章ではなく、自分の言葉で答えたい。
たくさん待たせて、確かにバカだとは思うけれど、俺は君に言いたいことが確かにある。
君が思うよりは多分単純な、つまらない理由で隠していたことが。
君の言う物語の中の『幼馴染』達のようにきれいにはいかなかったけれど、せめて最後くらい、格好付けさせて欲しい。
これでも俺は男だから、女の子の前で格好つけたいと思うのだから。
『幼馴染』なんて言葉に縛られて、そして単に照れくさくて、臆病になって隠していたことを。
追伸
これ読んだら窓を開けて欲しい。
いまはただの君の『幼馴染』より
埋め
568 :
雨の日:2011/09/20(火) 20:55:08.71 ID:XlEcl/kJ
いいよいいよー
この歳になって夜行は寝られないと駄々をこね、
朝七時の電車で遠い下宿に戻る。
金はケチりたいから特急も使わない。
そんなことをした朝。
別の大学に通う女と、電車が重なった。
久しぶり、そんなことから言い始める。
どのみちあと40分で別れてしまう。
友達以上なだけの彼らにはその時間は長かった。
気まずかった。苦しかった。楽しかった。嬉しかった
二人して少しずつ話した。
教授がどうとか、サークルがどうとか。
大学生になるとはすごい。奥手の男女二人でも恋愛の議論が出来る。
二人は今は恋人が居ないと言った。
互いに子供の時から片思いの相手が居ると言った。
しかし40分は短かった。
互いに想い人の名前を言い出すに至らなかった。
相愛と知らずに。
終わりかな?
GJ
野球にはカットボールという変化球があるという。
どういう球かというと、打つ直前にバッターの手元で微妙に変化をするらしい。カーブ
のような傍目にもわかる大きな変化ではなく、ストレートとほとんど区別がつかないくら
いの微かな変化であるため、観客どころか打つバッターでさえ見極めが難しい球だという。
アメリカではカッターと呼ばれていて、絶妙に芯をはずすその効果から、多くのバッター
が苦しめられているのだそうだ。
幼馴染みの受け売りだ。
隣の家に住む男の子は野球が大好きで、その手の話をしばしば私に語っていた。私は楽
しそうに話す彼の笑顔にため息をつきながらも、一応はうんうんと相槌を返していた。
野球はあまり好きじゃない。
小さい頃、お父さんがよく巨人戦の中継を観るためにテレビを独占していたせいか、私
にとっては邪魔な存在でしかなかった。私が観たいのは歌番組やドラマであって、試合の
勝敗やリーグの順位なんてどうでもよかったのだ。いつも中止になればいいのに、と思っ
ていたし、どんな土砂降りにも揺るがないドームの難攻不落ぶりも憎らしかった。だいた
い、お金で強い選手を集めるなんて卑怯じゃないか。優勝を逃したときは、ざまあみろと
思ったものだ。あ、でも高橋由伸はかっこよかった。
中学に上がる頃から、だんだん中継の数は減っていって、お父さんの寂しそうな顔に反
比例して、私のテレビ視聴時間は増えていった。そのときには歌やドラマへの興味は正直
薄れていたのだけど。高橋も昔ほどかっこよくはなくなっていった。
とにかく、私は野球が好きじゃない。
昔ははっきり嫌いだったといえる。中継の少なくなった今でも、嫌いまではいかなくて
も、好きとは言いがたい。
でも、幼馴染みの彼は大好きだという。
おかげでうちのお父さんとは話が合うみたいで、今でもたまに庭先でリーグ戦の展望や
期待の若手選手について議論を交わしていることがある。
そんなに好きなら自分もやればいいのに。
前にそう言ったことがあるが、彼はあははと笑って答えた。
「当たったら痛そうだしなあ」
ヘタレ。
思わずつぶやいたが、彼はただ笑っていた。
まあ野球好きなのはいい。もっぱら観戦のみで、いろいろ論をぶつのも別にかまわない。
問題は、彼が好きすぎることだ。
はっきり言って彼はオタクである。
CS放送を録画して、過去数年間の試合を全部保存しているくらいだ。彼の部屋は野球
関連の本やグッズであふれかえってるし、各チーム・選手のデータ・成績をサイトにまと
めたりしている。毎日の習慣らしい。
国内のプロ野球に限らず、大リーグや韓国、台湾リーグにまで触手を伸ばすというのは
もはや病気の類ではなかろうか。評論家にでもなるつもりか。
そんなことだから、彼は私を当然軽んじている。
いや、軽んじているというのは正確ではないかもしれない。しかし彼の中では間違いな
く、「野球>私」の構図が出来上がっている。
その証拠に、高校に上がってからは、同じ学校に通っているにもかかわらず、全然話し
かけてこない。
中学までは野球のいろんな話を聞かせてきたくせに。
きっと、私が野球嫌いだから、私のことを軽視するようになったんだ。
私と彼はただの幼馴染みで、それ以外に何か特別な関係なんて持ってないが、だからと
いって野球より下に見られるのは、納得がいかない。
地上波放送も減ったくせに。
時間延長さえさせてもらえないくせに。
高橋だって、いつまでもかっこいいままじゃいられないのだ。
野球だけじゃなく、少しは私のことを見てもいいはずなのだ、彼は。
だから、
だから私は、
◇ ◇ ◇
私は勝手知ったる隣家に勢いよく乗り込むと、二階東側にある彼の部屋に向けて、ずん
ずんと階段を上がった。
そして部屋の前に立つと、ノックもしないでドアを開け放った。
「へ?」
幼馴染みはベッドの上に寝転がり、何かの本を読んでいたようだった。大方野球関連の
本だろう。私が入ってきたことにひどく驚いたようで、目を丸くしている。少しだけ溜飲
が下がった。
しかしそれくらいじゃ私は止まらない。そのままベッドに近づいて、じっと彼をにらみ
つけた。
「……えっと、どうしたの?」
とぼけたようなのんきな声に、私はふん、と鼻を鳴らした。
「野球っておもしろい?」
私の問いに、彼はますます目を丸くした。
「は? え……いや、なに? どうしたの、怖い顔して」
「答えてよ」
「う、うん。おもしろい、よ」
「私とどっちが上?」
「……はい?」
「どっち?」
「……ホントどうしたの? 何かあった? いやなこととか……」
「君のせいだ!」
私は窓を震わすくらいの大声を発した。
自分の耳にびりびりと痺れが残るほどで、直後に一瞬の静寂が訪れる。
彼は困ったように頬を掻き、それから体を起こした。
じっと私の顔を見つめる。
その目は、存外に真剣だった。
「説明してほしいんだけど」
「……」
私は迷った。当初の予定では、ここから有無を言わさずアレを実行するつもりだったの
だが、彼の目が思いのほか鋭かったために、ひるんでしまった。
仕方なく、私はベッドに腰を下ろした。
「……」
しかし、すぐには口を開かない。ただじっと彼の困惑した顔を見やる。
彼はわけがわからないといった様子だったが、何も言わずに静かに私がしゃべるのを待
っていた。
「……高校に上がってさ、ちょっと気に入らないことがあって」
「うん」
「私、あんまり野球は好きじゃないの」
「う、うん」
「で、君は昔から野球が好きでしょ」
「……うん」
「それは別にかまわないんだけど、私、一応君の幼馴染みじゃない。なんだかんだで仲良
くやってきたから、ずっとそうありたいと思ってる。なのに、最近の君は私を軽んじて
る」
「うえっ!?」
素っ頓狂な声を出して、幼馴染みは目を剥いた。
「な、なにそれ!? 軽んじてるなんて、そんなつもりはないよ!」
「あんまり話さなくなったじゃない」
「いや、それは、」
「野球と私、どっちが上なの?」
「はあ!?」
わかっている。私だって、馬鹿な問いかけをしていることくらいわかっている。
だけど、それでも私はそれが知りたかったのだ。
私は矢で射抜くように、まっすぐに彼を見つめた。
彼はそっとため息をついた。
「……ぼくはこんなやつだからさ、つい野球の話ばかりしちゃうんだよね」
「……うん」
それは知ってる。
「だけど、女の子にそういう話ばかり振るのは、さすがにどうかと思ったんだ」
呼吸が一瞬止まった。
「かといって、他の話題なんて持ち合わせてないし、だからその……ごめん」
私は無言で彼の下げられた頭を眺める。
軽視していたわけではないらしい。
むしろ彼なりに気遣ってくれていたらしい。
女の子に、と彼は言った。
私はてっきり、女と思われていないんじゃないかとさえ思っていたから、素直にうれし
かった。
彼の不器用さ加減にはため息しか漏れないが。
「あのね」
「うん……」
「私は確かに野球は苦手だけど、疎遠になったりよそよそしくなる方がもっといやだよ」
「……」
「だから、野球の話題を通してでもいいからさ、私のこと、ちゃんと見てほしいな」
「――」
彼が呆けたように顔を上げた。
「ん? どうかした?」
「……いや、なんでもない」
彼の口に笑みが浮かんだ。
私もそっと口元を緩める。
さっきまでかなり怒っていたのだが、彼の率直な気持ちを聞いて、怒りはすっかり収ま
っていた。
人の気持ちや考えを見極めるのは難しい。
特に彼みたいに、偏った趣味嗜好を持つ人間とあればなおさらである。それこそカット
ボールのように芯を外されて、ペースを狂わされることもある。
でも、それが彼なわけで。
私の幼馴染みなわけで。
こうなったら繰り返しぶつかっていくしかない。何度も何度も繰り返していけば、いつ
か彼の球も打ち返せるかもしれないから。
私はにっこり笑って言った。
「最後にひとつ、いい?」
「ん、なに?」
小首をかしげる幼馴染みの少年。
その、彼の緩んだ口元に、私はそっと唇を重ねた。
「!?」
接触は一瞬で、すぐに離れる。
目を白黒させる彼を見て、私はからから笑った。
君が私の芯を捉えるのは、いったいいつのことになるだろうね。