【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part24.5【改蔵】
1 :
名無しさん@ピンキー:
乙そして保守
乙。
そして保守と予告。
日曜日までに一本上げます。
5 :
hina:2010/01/27(水) 17:39:47 ID:BXRCWcK8
日曜日までに一本凄いのくるのかな……wktk
誰も居ない……爆撃するなら今の内。
エロ無し注意。というか書けなくて本当に申し訳無いと思っている。
6 :
hina:2010/01/27(水) 17:40:48 ID:BXRCWcK8
「風浦さんー、貴方のセンスを見込んでちょっと相談があるのですが」
「なんでしょうか?、先生から私にふるなんて珍しい」
「あれです、確実とは言わないまでも、大体笑いを取れる事ってないですかね?」
「………は?」
気だるそうに教壇にもたれていた望が突拍子も無くその様な事を言い出すので、
つい間の抜けた返事をしてしまう可符香だったが、持ち前の能力で素早く気持ちを立て直し、
もしや自分の聞き間違いではないのかと「……先生、もう一度お願いします」と聞き返してみた結果――
「?、聞こえませんでしたか?、確実とは言わないまでも――」
「あ、いいです、聞いてました」
……どうやら、自分の耳に問題は無いらしい。
先ほどの発言をリピートしようとする望を制する。
「でも、一体どうしていきなりそのような事を?」
全く望の意図が掴めずに可符香が尋ねると、理由はとても単純かつ明快な物である事が判明した、
どうにも、「あぅ……やっぱり、私一応学園コメディーの主人公ですし、ちゃんと笑いも取らないと……」だ、そうだ。
自分から聞いておいてこの様な事を思うのもなんなのだが、望が真剣に語ったその意図よりも
『学園』と『コメディー』の間に『ラヴ』の文字が入らない事に流石先生だとどうでもいい所に感心してしまう可符香であった。
「――で、何か無いものでしょうか?」
中々返答が無いことを疑問に思ったのか、望は軽く首を傾げると冒頭の事を再度問いかけてくる、
……が、やはり全く返って来ない返答。それに不安を感じたのかおずおずと可符香の瞳を覗き込み名を呼んだ辺りで、
いつの間にやら『フラグクラッシャーの更正法』なるものを考えていた可符香が直ぐ目の前にあるその存在に気が付き――
「きゃああ!?、わ、先生………何なんですか、もう!」
「わっ!?……急にボーっとしてぶつぶつ言ってたかと思えば……私何かしましたか?」
「……あぁ、やはり自身の問題行動、お気づきで無いですか……流石せんせー、そこに痺れる憧れるー……」
「な、何ですか?、貴方そんなキャラでしたっけ……?」
突然のことに思わず悪態吐いてしまう可符香だったが、自分の行動の何が悪いのか
サッパリ分かっていない望を見ていたら何だか馬鹿馬鹿しく思えてきて、投げやりに返答した後、
唐突に「……モノマネでもやれば良いんじゃないですか?」と繰出す。
「………はい?」
突然すりかえられた話題にキョトンと可符香を見つめると、その口からもうどうにでもなれと言うように
「……ほら、先生が言ってた事ですよ、今流行のお笑い芸人のモノマネでもすれば大概笑いを取れます」
と、続けられた。すると望はそれで納得したのか、「ふむ、一理ありますね」と言うと、
ちょっとブームを研究してくる、と教室を後にした。
望が去ったことで、静寂が広まった教室に残された生徒達が思うことは只一つ。
――ま た 自 習 か 。
7 :
hina:2010/01/27(水) 17:42:02 ID:BXRCWcK8
その日は、結局望は戻って来なかったのだが、このクラスの生徒ならそれ位日常茶飯事。
そして、自習だからと怠けていると、教師の変わりに授業を始める千里のチョークで机に穴が開くのもまた――日常茶飯事なのだ。
――翌日。朝学活では望が教団の前に立ち、意気揚々と「ブームつかみました!」等と
目を輝かせていたかと思えば、右腕を伸ばし、おもむろに羽織をバサリと横に広げ――
「先生のここ、空いてますよ」
――先程までの教室のざわめきが、嘘のように消えた――
そこまで見事にスベったのかと望が溜息を吐くが、生徒の一部はそのあまりにつまらない(と、言うと失礼だが)
ボケに静まり返ったのでは無く――その瞬間、千里がガタッと席を立ち、ずかずかと望に接近する。
「先生。」
「?、な、何でしょうか?木津さん……」
「空いてるのなら、キッチリ私が納まらせて頂きます!」
千里の行動が引き金になり、他の女生徒もわらわらと群がっていく。
勿論、その様な反応は予想だにしていなかったのだろう、望は突然揉みくちゃにされ、教室は最早パニックと言っても過言で無い。
「え?、え!?、な、何ですか皆さん!?」
そして、そのまま女生徒の間で繰り広げられる争い――
時折、「先生は私のものだ」等と聞こえてくる叫び声に、いや自分の所有権はいつの間に移動したのだと、
望は心の中でどこか他人事のような突っ込みを入れる。この危機的状況にこれ程の余裕が持てるのは、
きっとこれから争いは収まらず、戦ってる隙をみて逃走できるからだ。……否、訂正しよう、今までなら『できた』からだ。
「あぁもう!、このままじゃ埒が明かない!……皆!」
「何よ!?」
「今日は和解って事で―――」
「……ん、そうね、それで手を打ちましょう」
何やら千里が妥協案か何かを出したようで、その上他の女生徒もその案に同意。
望はそのまま手を組んだ女生徒にじりじりと距離をつめられ……逃げ出そうと背を向けた瞬間、
背後から千里とまといになすすべなく縛り上げられた。
「な、何するんですか!?」
「いえ、私達が争ってるといつも先生逃げちゃうので、皆で仲良くする事にしました。」
「え、あ、仲良きことは美しきかな、っていいますもんね……って、だから何で私が縛られる必要があるんですか!?」
――嫌な予感しかしない、身を捩りやけにいい笑顔の千里から逃れようとするも、手足が拘束されているので満足に動けず、
周りを取り囲む他の女生徒もニヤニヤと何か企みを含んでいそうな笑みを浮かべ望を見下ろしている。
8 :
hina:2010/01/27(水) 17:43:14 ID:BXRCWcK8
「先生、そろそろ覚悟決めましょう?」
「千里ー、今日は放課後まで外の体育倉庫空いてるらしいよ!」
「よし、でかした晴海、それじゃあそこで――」
「いやああああ!物騒な話が聞こえます、アーアー聞こえなーい聞こえなーい!」
「小学生か!」
そんなコントの様な会話をしつつも、準備が完了したらしい千里達は仮にも成人男性である望をひょいと担ぎ上げ、
何とも手際の良い動きで運びやすい体制へと変えていく。
「ひっ!?、嫌!、嫌ですってば!!誰かあああ!助けてええええ!!」
必死にもがく望を気にも留めず、そして集団の列も乱さず、淡々と。
そのまま体育倉庫へと向かっていく図は、さながら何かの生贄のようであった、と、後に偶然居合わせた生徒Kは語っていた――
――そして、現在時刻4時02分、風浦可符香は携帯で時刻を確認しながら望の帰りを待っていた。
部活動も本格的に始まるこの時間、きっちりと計画をたてる千里ならそろそろ退却する頃だろう。
そして、解放された望は恐らく……いや、確実に職務を放って逃げ出てくる筈――
「はぁっ、はぁ……殺されるかと思った……」
「……ここまで予想通りに動けるのって、ある意味凄い事ですよ」
「え?」
「こっちの話です」
その返答に納得がいかなかったのか、文句を言おうとする望を軽く制し、
まぁまぁ、そんなことより、と、可符香が話を続ける。
「あの中で、何があったんですか?」
「……こ、こんな所で言えるわけ無いじゃないですか!」
9 :
hina:2010/01/27(水) 17:43:35 ID:BXRCWcK8
思わぬ展開に真っ赤になり顔の前で両手を振ってあわあわしだす望を見て、
可符香の中に何か熱い衝動の様な物が沸き起こる、そのまま可符香は一息置いて……
「いや、ここ言える場所だと思うんですけど……というか言わないといけない場所です、
寧ろちゃんと細かく描写しないとここの方々にご迷惑が掛かりますよ?」
「何の話ですかああ!!」
「だって、ここ先程から神的エロ投下の多いエロパロ板じゃないで……」
「やっぱりいいです!というか外部の話をここでしてはいけませーん!」
余計な事を言った自分に後悔しつつ、慌てて可符香を止める望だが、
勿論彼女がこの状況を楽しんでることは知る由も無い。
「……それで、実際の所どんな感じだったんですか?」
「また貴方は……何でそんなに知りたがるんです!、逆に何が知りたいんですか!?」
「そ、それは……その、あの……だって……」
自棄になった望が反撃に出ると、可符香の態度は一変してしおらしくなった。
先程の茶化すノリはどこへやら、頬が少しばかり紅潮していて、視線が定まっていない。
「風浦さん?……わ、私何か不味い事でも言いました!?」
「いえ……ちょっと答えて貰いたいんです、千里ちゃん達は、その……良かった、ですか?」
「うぇ……あぅ、正直、その、わ、悪くは無かった、ですけど……って何言わせるんですか!」
真剣な眼差しに押され、凄く気まずそうにポリポリと頬を掻きながら顔を真っ赤にして『あの出来事』の感想を述べる望。
その瞬間、可符香が嬉しそうにニヤリと笑った、罠に嵌められたと望が感ずくも既に時遅し。
「そうですかー、強引なのは悪くなかったですかー……それはそれは」
「ふ、風浦さん!?、目が座ってますよ!?」
喜びとも怒りとも悲しみとも取れぬ表情のまま、無言で携帯電話を取り出し、
どこかへと通話を始める可符香に、望は本日二度目の悪寒を感じたとか――
「……あぁ、はい、場所はそこで大丈夫、早急に」
「どどど、どこに掛けていらっしゃるんでしょうか!?」
「あ、来ましたよ、流石、速いですね」
可符香が淡々と指した先には、明らかに『そっち系の方々』しか乗れないような黒光りする大きなリムジン。
一体お前はどことどう繋がりがあるんだ、とか、そもそもどこに掛けたんだよとか色々と言いたい事はあったのだが、
何も言えないまま、行き先も告げられず可符香に車へと押し込まれる望であった――
糸冬
10 :
hina:2010/01/27(水) 17:46:11 ID:BXRCWcK8
――あとがき――
努力はしました、というか一度はキッチリエロも書いてました。
……書いた後、前スレのログを見ました、266さんの高完成度のエロが目に入りましたorz
多分、自分の描写力より皆様の妄想力の方が上です、抜けたシーンを妄想すれば良いと思います(`・ω・´)
ここにエロ無しを投稿する意図としては、自分の投稿によって
少しでもここが賑わって職人さんがどんどん集まって来ることを願ってのこと。
投稿乙でした。
独自の文体が新鮮でいい感じだけに誤字が惜しまれる。
12 :
266:2010/01/28(木) 22:16:30 ID:8A3xoXxQ
えっと、なんだかスミマセン。
普段はぜんぜんエロの書けてない266です。
hinaさんのSS、可符香の反応にいちいち萌えながら読ませていただきました。
でも、しっかりした文章をお書きになれるんだから、エロシーンも込みで投下しても良かったんじゃないかと。
エロ部分も含めた完全版も読みたかったので、次回SS投下の機会があれば是非!!
で、私も書いてきました。
カップリングは景×千里。すみません、エロ無しです。
それではいってみます。
13 :
266:2010/01/28(木) 22:17:38 ID:8A3xoXxQ
景のアトリエ兼自宅、『アトリエ景』は年代物の建築物であるためか、冬になると部屋の中にいても結構冷え込む。
かじかんだ手の平に暖かい息を吹きかけながら、千里は一生懸命に床の雑巾がけを行っていた。
「そんなに頑張んなくても良いんだぞ、千里。どうせ、俺の家なんだし」
「いいえ。そういう訳にはいきません。年末の大掃除もしてなかったみたいだし、きっちり隅々までキレイにさせてもらいます!」
少し呆れたような、困ったような表情を浮かべた景に、千里は力強くそう答えた。
千里の掃除の手際の良さはかなりのもので、ものの一、二時間ほどで家中がピカピカになってしまった。
それでも、千里はまだまだ細かい点に不満を感じるらしく、あらゆる手段を使って部屋中の汚れを一掃しようとする。
「ふう、ここの壁の染み、ぜんぜん落ちないなぁ……」
「おーい、千里、お茶を淹れたからこっちで少し休め……って、由香ぁあああああっ!!!?」
「はいっ!?」
しつこい壁の汚れを何とか落とそうと頑張っていた千里は、突然景が素っ頓狂な声を上げたので、驚いて振り返った。
「ど、どうしたんですか、景先生?」
「千里!そこはいいっ!!そこは由香の場所だからっ!!!」
いつにない景の慌てぶりを見て、千里も流石に自分が何をしていたのか気付く。
「ご、ごめんなさい。私、全然気が付かなくて……」
”由香”
景が自分の妻だと主張している壁の染みである。
一時、シュレディンガーの嫁を新しく迎えた事もあったが、そもそも壁の染みが家を出て行ったりできる筈もなく、
また巨大な翼を広げたシュレディンガーの嫁がどこか遠くに飛び去ったせいで、未だに景の妻をやっている。
景の”由香”に対する思い入れの強さを知っている千里は、顔面蒼白になってぺこぺこと頭を下げた。
「いや、由香も大事無いみたいだから良いんだが……流石にさっきのは肝が冷えたぞ」
額に滲んだ冷や汗を拭いながら、景は千里の頭を撫でてやる。
「今日はもう十分キレイにしてもらったから、お茶でも飲んで休もう。さっき茶菓子も引っ張り出したんだ」
「そうですね。さっきは本当にすみませんでした……」
「由香も『あまり気に病まないでください』とさ。暗い顔は似合わんぞ、千里」
というわけで、掃除道具を片付けた千里は、景と一緒にお茶と羊羹をいただく事になった。
冷え切った指先には、湯のみに注がれたお茶の熱が心地良かった。
羊羹の糖分は体にじんわりと染み込んで、千里の疲れを癒してくれた。
「毎回毎回すまないな千里、俺の家の事は俺がやらなきゃならんのに、わざわざ手を煩わせてしまって」
「気にしないでください。私も好きでやってるんですから、景先生…」
千里がこうして景の元に訪れるようになってどれくらい経つだろうか?
その頻度が多いか少ないか、千里自身にはよく分からない。
ただ、特に何の用事も予定もない、自由な時間が出来ると、気が付けば千里はこのアトリエに足を運んでいた。
そして、今日のように掃除や洗濯、料理などの家事などをしながら、景と同じ時間を過ごした。
景の傍にいるだけで、千里は心安らかな時を過ごす事が出来た。
(不思議ね。景先生と私じゃ、ぜんぜんタイプが違うのに……)
美味そうに茶をすする景の顔を横目に見ながら、千里は心の中で呟く。
どんな物でも『キッチリ』していなければ許せない千里と、自己完結的な独自の世界観の中に生きる景。
確かに傍から見れば、正反対と言ってもいいほどの違いが二人にはある。
だが、千里は気付いているのだろうか?
そうした表面的な差異を取っ払ってしまえば、どこまでも真っ直ぐに自分の道を進む二人の性格は驚くほど良く似ている事に。
「さて、そろそろ俺も新作の準備に取り掛からんとな……」
お茶と羊羹を胃袋の中に収めてから、大きくのびをして景は立ち上がった。
それなりに美術業界では名の知られた画家である景だが、作品の評価ひとつに生活の全てが掛かった作家の生活は楽ではない。
まあ、いつでもどこでもマイペースな景には貧乏など大して気にもならないが、
汲めども尽きぬ創作意欲を満足させる為には絵画に打ち込める環境を確保するだけの金は必要だ。
14 :
266:2010/01/28(木) 22:18:46 ID:8A3xoXxQ
「まあ、本当にどうにもならなくなったら、公園でも砂浜でも適当な場所の地面に描いてしまうのもアリだが、
野ざらしのままだと雨や風に流されちまうからな。完成前に消えてなくなられちゃ、流石に堪える……」
それから、千里の方を横目でチラリと見て
「それに………」
と小さく呟いた。
その言葉は彼女の耳には届かなかった。
ただ、優しげに微笑む景の横顔が気になった千里は、彼に続いて立ち上がり
「何が可笑しいんですか、景先生?」
「いいや、何でもないさ」
景の後ろについて歩いていく。
カンバスの前にどっかりと腰を降ろした景は自分の後姿を、じっと見つめる千里の視線に気付いて
「見たいんだろ、俺の描いてるところ。別に今回が初めてじゃないんだから、そんな遠慮しなくてもいいだろうに」
「でも、景先生の邪魔になるんじゃないかって、やっぱり気になって……」
「それならもっと早くに言ってるだろ……ほら、ここなら手元の動きもほとんど見えるから」
そう言って、自分の左斜め後ろ、肩が触れ合いそうな至近距離に千里を座らせる。
「千里、お前が来てくれるようになって、本当に助かってるんだ」
”何が”とは、景は言わなかった。
ただ、その気持ちは千里にも何となく伝わったようで
「だから、あんまり詰まらない事は気にするな」
「景先生……」
肯いた千里の表情は花がほころんだような明るい笑顔だった。
夜も更けて千里が帰宅した後も、景はカンバスの前に陣取ってひたすらに木炭を走らせ、頭の中のイメージを真っ白な平面の上に刻み込んでいく。
「この分なら、下書きが終わるまでそう長くは掛からないな……」
作業が一段落したところで、景は木炭を握る手を止め、改めてカンバス全体を見渡した。
ここ最近の景は快調そのものだった。
滾々と湧き出る作品のアイデアと、それを淀みなくカンバスに写し取る指先、冴え渡るインスピレーション。
全ては千里との出会いがきっかけだった。
世の中の多くの人間とはかけ離れた独自の世界観の中で生きてきた景。
そんな彼がそれでも、それなりにこの社会と折り合いをつけてその中で暮らして来られたのは、
ひとえに彼の兄弟家族達が糸色景という異質な存在を受け入れ、愛してくれたからだ。
ただ、その一方で景の中にはいつも小さな不安があった。
彼は自らの異質さを強く自覚していた。
自分を受け入れてくれている家族達も、景と同じ景色を見ている訳ではない。
そこに感じるどうしようもない断絶に、景は心のどこかで常に怯えていた。
そんな迷いを抱えながら生きていた景はひょんな事から、弟・望が担任を勤めるクラスの生徒、木津千里と深く関わる事になった。
自分が正しいと信じたものに対しては一切妥協しないその姿勢。
そのお陰で周囲から浮き上がってしまう事も度々あっただろうに、彼女は自分の生き方を貫き通して生きてきた。
その姿が、景の長年の迷いを断ち切った。
以来、千里の方でも景に懐いてくれたのか、彼女はこのアトリエに幾度となく訪れる事になった。
千里の声を聞き、笑顔を見て、言葉を交わし、他愛もない話題に花を咲かせる。
そんな時間が、景の心をどれだけ癒してくれた事だろう。
「ていうか……ちょっと甘えてしまってるのかもしれんな……」
千里が足繁く景の元にやって来るようになった理由、そこに秘められた感情に景も気付いていないわけではなかった。
ただ、どこかでまだ燻っている弱気の虫が、『悪いことは言わないから、現状維持に専念しろ』と景の耳元で囁くのだ。
景が何も行動を起こさなくても、気が付いたときには千里はアトリエを訪れて、あの笑顔を見せてくれるのだ。
下手に彼女との関係をややこしくする事はない。
このまま無難に、何事も無い心安らぐ時間をたっぷりと享受すればいい。
千里が何を考え、景に対してどんな感情を抱いているかなんて事は、結局は彼女自身の問題だ。
向こうが何も言ってこない内は、こちらも何もしない方が得策………。
15 :
266:2010/01/28(木) 22:19:46 ID:8A3xoXxQ
「な〜んて、ベタなへたれの言い訳が頭の中に湧いてくるようになったんだから、俺もいい加減ヤキが回ったもんだなぁ……」
景は苦笑してそう呟いた。
ここのところ、暇な時間が出来るとついそんな事を考えてしまっている。
瞼を閉じればすぐにでも思い浮かぶ、あの屈託の無い笑顔の為に自分は何をすべきか、せざるべきか。
景のこの悩みはまだまだ当分決着がつきそうになかった。
「ええ〜い!うだうだしてても始まらんか!とりあえずは絵だ!!絵!!!」
景は再び木炭を強く握り下書きの作業に戻る。
「とりゃあっ!うおりゃあっ!!そりゃああっ!!!」
何だか中断前よりかなりエキサイトした様子で下書きに没頭する景。
カンバスの上に木炭を滑らせる度に響くその声は、まるで自分の中の迷いをかなぐり捨てようとする叫びにも聞こえた。
一方、景のアトリエから自宅に戻った千里は、夕食と入浴を終えた後、自室の机に向かい明日の授業の為の予習をしていた。
「ふう、これで明日の分は全部おしまいね……」
予習範囲の全てを終えてから、シャーペンを机の上に置いて、千里は大きく伸びをした。
予習用ノートや教科書には書き込みがビッシリ。
いつもながらのキッチリとした出来栄えである。
そして、時計を見れば就寝予定時刻の一時間前ジャスト。
勉強に集中して昂ぶった神経が落ち着くまでの時間も計算に入れた完璧な時間の割り振りである。
「さてと…予定はきっちりこなしたし、ちょっとくつろごうかしら」
そう言って、千里は先日学校の図書室で借りてきた共産主義思想の発展について書かれた本に手を伸ばす。
しかし、それからしばらくして、その本のページを捲る千里の指が止まった。
本にしおりをして、パタンと閉じ、書棚に戻す。
そして、代わりに机の引き出しを開けてそこに仕舞われていた別の本を取り出す。
大判だけど、厚さ自体は薄めのハードカバー。
シンプルな装丁の表紙には絵画の写真と共に、『糸色景・画集』の文字が印刷されていた。
「…………」
千里はしばらくの間、その表紙を無言で見つめてから、画集を開いた。
そこに印刷された様々な作品に、千里は言葉も無くただ見入った。
多種多様な色をぶちまけたようなもの、どう見てもミミズが這っている様子ぐらいにしか見えない黒いラインだけが描かれたもの
一見すると普通の静物画のように見えながらその実至るところで歪にパースがねじれている奇怪なもの……
それらは糸色景の内的宇宙がカンバスの上に表出したものだ。
千里はこの画集を手に入れる為にかなりの苦労をした。
決してメジャーとは言えない(もちろん、画壇では一定以上の評価を受けてはいるが)、糸色景という画家には
その一方で、ごく少数ながらコアで熱烈なファンが存在する。
そんな景のファン達にとって、この画集は垂涎の的だった。
元々、発行部数自体が少ない為、入手は困難を極め、一部ではけっこうなプレミアもついていた。
もちろん、高校生の千里にそんなお金が払えるわけはなかったのが、
それでも諦め切れない彼女は駄目もとで美術関連の書籍を扱う専門書店・古書店を巡り、ついにとある店の片隅でこれを見つけた。
以来、彼女は度々この画集を開いては、そこにある作品の数々を時間を忘れて眺め続けた。
景の作品は激しく自己完結しまくった独特の世界観の上に成り立っており、千里にはなかなか理解しがたいものばかりだった。
それでも、こうして景の作品の数々を見ていると、彼が作品に込めた言葉にならない思いがこちらにまで染み渡ってくるような気がするのだ。
手に入れてからそれほど長い月日が流れたわけでもないのに、千里が毎日画集を見ているせいでページの端はもうボロボロになっていた。
16 :
266:2010/01/28(木) 22:20:13 ID:8A3xoXxQ
「すごいな……」
千里の口から我知らずそんな言葉が漏れる。
難解を通り越して、常人には理解不能な領域にある景の作品達。
だけど、こうして、何度と無くそれらに触れる事で、少しずつ、ほんの少しずつ、その意味が分かってくるような気がした。
そこに、また一つ、糸色景という人間の新しい側面を見つけられたような気がして、千里の胸の奥はどうしようもなく高鳴ってしまう。
千里は、自分が景に対して抱き始めている感情の意味を知っていた。
(私は、景先生が好き……でも、だけど……)
だからこそ、彼女は悩んでしまう。
景の家と生活をきっちりとしたものにする為に、掃除や料理、洗濯など家事一般の世話を焼きに行く。
そんな口実で、彼女は景の家を度々訪ねていた。
だけど、本当はわかっているのだ。
そんな理由は、ただの建前でしかないのだと。
自分はただ、景の顔が見たくて、声が聞きたくて、あのアトリエの戸を何度も叩いているのだと。
(ずるいな。ぜんぜん、きっちりなんてしてないわね、私……)
天井に吊るされた蛍光灯をぼんやり眺めながら、千里は考える。
そもそも、千里がアトリエを訪れるようになったその前から、景は自分の事は自分でやっていたのだ。
確かに、多少ズボラだったり、作品に取り掛かると他の事が目に入らなくなったりもするが、
部屋の中はいつもそれなりに片付いていたし、そこまで偏った食生活をしていたわけでもない。
本当は、千里の手が必要な事など何もないのだ。
それを理解していながら、景の為だと口実をでっち上げて、彼のアトリエに上がりこんでしまう。
千里はそんな自分にやましさを感じていた。
だけど、それでも……
(景…先生………)
会いたい。
会いたい。
会いたい。
日ごとに募っていく想いが、千里の心を締め付ける。
どうにもならない想いを抱えたまま、千里は景の画集をぎゅっと胸元で抱きしめたのだった。
17 :
266:2010/01/28(木) 22:21:02 ID:8A3xoXxQ
それから数日後の学校、藤吉晴美は最近どこか様子のおかしい親友の横顔を眺めながら、考え事をしていた。
「木津さん、次の部分、48ページの残り最後まで訳して」
「はい。”このように、犬と人間の関係の歴史は長く、彼らは私達人間にとっていまや欠かせないパートナーと言えるでしょう。ですが、昨今…”」
晴美が千里の変化に気付いたのは数ヶ月前の事だった。
ただ、ここ最近はそれがさらに顕著になっているように感じられる。
他の人間が見ても、その変化に気付く事はなかなか無いだろう。
千里は授業中に当てられても今まで通りキッチリと答え、クラスメイト達との会話にも変なところはない。
ただ、幼い頃からずっと千里の姿を見てきた晴美には分かる。
授業中、ふとした瞬間に宙を漂っている視線、会話のさなか一瞬だけ開く奇妙な間。
ほんの少しだけ感情の振れ幅が大きくなった事。
それから、前回の週末辺りからちょっとだけ元気がなくなったように見える事。
その原因について、思い当たる事はいくつもあったが、具体的に何が千里を変えてしまったのかまでは、流石の晴美にも分からない。
そこで晴美は学校の帰り道、千里にそれとなく話を聞いてみる事にした。
(こういうのを余計なおせっかいって言うんだろうけど……でも、今の千里を見てたらどうにもね……)
「そっか、晴美にはお見通しだったのね……」
千里は苦笑した。
「そうでもないわよ。結局どういう事なのか見当もつかないから、こうして千里に聞いてるわけだし……」
「わかった。それじゃあ、少しだけ私の話、聞いてくれる?」
それから千里は、夕陽の帰り道を歩きながら、ゆっくりと抱え込んできた想いを語り始めた。
18 :
266:2010/01/28(木) 22:21:38 ID:8A3xoXxQ
晴美が千里の悩みについて尋ねたその少し前、景はアトリエを尋ねてきた命と会話を交わしていた。
話題は千里について。
ただし、彼女の名前は伏せて、景の友人からの相談という事にしてある。
「つまり、その女性の気持ちにどう応えるべきか、景兄さんの友達はそこのところで悩んでるわけですか……」
らしくないやり方だとは自覚しているが、まさか千里の名前を出すわけにはいかない。
自分の悩みだと言わなかったのも、ここ最近、千里がアトリエを訪れている事を知れば、容易に二つを結び付けられてしまうのが明らかだからだ。
「うーん。そういう問題に一般的な答えなんて無いですからね……」
「やっぱ、そうだよなぁ……」
話を聞き終えた命の口から出てきたのは半ば予想していた答え。
二人は顔を合わせてため息をつく。
真面目一徹で医者になる為の勉強にこれまでの人生を費やしてきた命と、
奇人変人で男女問わず、あまり深く人と付き合う事のなかった景。
二人とも恋愛経験が豊富な方だとはとても言えない。
兄弟の中で唯一の例外は2のへの少女達に想いを寄せられている望だったが、
基本的に受身な、というか彼女達の熱烈なアピールから始終逃げ回っている彼にも良い智恵は期待できないだろう。
「三人揃えても、文殊の智恵は出てきそうにはないな……」
「ていうか、アレですよ。それ、本当は景兄さんの悩み事じゃないですか?」
命の何気ない一言に核心を突かれ、景はバッと顔を上げた。
「なんでわかる……?」
「誤魔化し方がベタすぎです。いまどき漫画じゃあるまいし……」
「そうか……この事は…」
「ええ、他言無用にしますよ。景兄さんがそんな嘘を吐くなんて、よっぽどの事情があるんでしょう?」
「すまんな…」
穏やかに微笑んでそう言った命に、景はぺこりと頭を下げる。
それから、命は作業部屋の片隅のイーゼルに立てかけられたままの絵に目を留める。
「あの絵、まだあったんですね」
「ああ、あんまり気に入ったから、手放すのが惜しくなってな」
そこに描かれているのは、水没したビルの群れと、その合間を縫って泳ぐ銀色の魚の姿だった。
数ヶ月前、スランプに陥っていた景が千里の手助けで調子を取り戻した後、完成させた絵である。
ビルの影に歪に切り取られた水中を、迷うことなくまっすぐに進む銀の魚には、千里のイメージが重ねられていた。
その一件がきっかけになって、景と千里の現在の関係が始まった。
色々な意味で人生の節目となった一枚である。
「そういえば、この絵を描いてから、景兄さんの作風も変わったんですよね」
命はしばらくその絵を見てから、次に作業場全体をぐるりと見渡した。
それから、急に景の顔を覗き込んで
「なるほど……」
と呟いた。
「気持ち悪いぞ、命。何が『なるほど』なんだ?」
「いいえ。大した事じゃないですよ」
意味ありげな笑みを浮かべる命は、その場から立ち上がると、畳んでいたコートを広げて羽織り帰り支度を始めた。
それから、玄関まで見送りに来た景に振り返り
「最後に一つだけヒントです。景兄さんにはさっきの話より先に、もっと質問しなきゃいけない事があると思いますよ」
「なんだそりゃ?」
「いや、まあ、具体的にどうしたらいいか分からないのは、全く同じなんで偉そうな事は言えないんですけどね……」
そこまで言ってから、命はバツが悪そうにポリポリと頭を掻いた。
「そうですね。強いて言うなら、落ち着いて自分の周りを見渡してみてください。俺が言えるのはここまでです」
それだけ言い残して、命は『アトリエ景』を去っていった。
残された景は作業場に戻り、腕組みをしながら命の言葉の意味について考え込む。
「自分の周りねえ……」
しかし、考えても考えても、その答えは見つからず、景はただ深々とため息をつくばかりだった。
19 :
266:2010/01/28(木) 22:22:09 ID:8A3xoXxQ
再び場面は戻って、学校の帰り道の千里と晴美。
千里は晴美に全てを話した。
景に向けた想いの事も、何かと口実を作って彼を訪ねる自分のやり方にやましさを感じていた事も。
聞き終えた晴美はしばし腕を組んで考え込み
「よしっ!」
その一声と共に、千里の両肩をガシッと掴んだ。
「んじゃあ、今から行って来なさい!!絶景先生のところへ!!!」
「へっ!?」
あまりに唐突な提案に千里はただ驚く事しかできなかった。
瞳を爛々と輝かせ、自分の顔を覗き込んでくる晴美に千里はただ戸惑うばかり。
「景先生に会うために誤魔化したり、無理に口実作ったり、千里はそういうのが嫌なんでしょ?
それなら、そういう理由なしでストレートに『会いたいから会いに来ました』って、そう言って景先生のところに行けば問題ないでしょ?」
「そりゃあ、そうだけど……最初からそれが出来るならこんな話しないわよ……」
自信なさげな千里の言葉を、晴美は首を横に降り否定する。
「千里なら大丈夫だよ」
「でも、そんないきなり……」
「いきなりなんかじゃないよ。千里は気付いてる?」
それでもまだ不安げな千里の手の平を、晴美の手がぎゅっと握り締める。
「誤魔化そうが何をしようが、千里は今まで景先生の近くにいようとしたんでしょ?その積み重ねは消えたりしない。
千里が景先生の心に近付くために、ゆっくりゆっくりと歩いてきた道のり……これはその最後の一歩になんだよ!!!」
「晴美………」
「だから、さっさと行きなさいってば……千里ならきっと大丈夫だよ!!」
親友の温かな言葉が、千里の中にわだかまっていた暗いものを一気に吹き飛ばした。
そうだ。
無理矢理に口実をつくって、誤魔化して……でも、それが何だと言うのだろう。
アトリエ景に行く度、景と交わした言葉、高まっていった想いには何の嘘もないのだ。
「それじゃあ…晴美、私、行って来るね……」
「うん!幸運を祈ってるよ、千里!」
千里はアトリエ景に向かってまっしぐらに走り出した。
そして、晴美はその後姿が見えなくなるまで、ずっと見送り続けたのだった。
20 :
266:2010/01/28(木) 22:23:50 ID:8A3xoXxQ
玄関の扉をノックする音が聞こえた時から、景には何となく分かっていた。
「景先生、いますか?」
いつか来る筈だった時が、ついにやって来たのだ。
(さて…俺はどうやって千里の想いに応えてやるんだろうな……)
命が帰った後も延々と千里の事を考え続けていた景だったが、やはり結論は出せなかった。
しかし、ここで千里を無理に家に帰すわけにもいかない。
真っ向から向かい合って、彼女の言葉を、気持ちを受け止めよう。
それからどうするかは、その時になって決めればいい。
腹を括って、千里を出迎えるべく、景は玄関へと向かった。
「千里、いきなりだな。今日はどうした?」
「あ…う……はい…今日は、その、景先生に話したい事があって……」
「そうか。まあ、立ち話もなんだ。とりあえず、中に入ってくれ」
景は千里を促して、いつもの作業場に招き入れる。
千里は景から見ても丸分かりなほどに緊張した面持ちで、作業場の板床にぺたりと座り込んだ。
景はその真向かいに胡坐を組んで腰を降ろす。
千里をこれ以上緊張させないため、なるべくいつもと同じようにしているつもりだが、上手く出来ている自信はない。
やがて、千里は景の顔を見据えながら、ゆっくりと語り始めた。
「最初は変なきっかけでしたよね……」
「そういえばそうだったなぁ。最初は運動会のど真ん中で揚げ足を取ったり、考えてみると変な馴れ初めだよな」
その運動会での出来事というのが、土砂加持祈祷に関する意見の相違だったり、
揚げ足取りというのは文字通り景がチアリーディングをやっていた千里の高く上げた足を掴んだ事だったのを忘れてる辺り、
二人はやっぱり世間とはズレた人間であるようだ。
「それから、私、景先生のところに来て、色々お手伝いさせてもらうようになって…」
「ああ、随分色々と面倒をかけたな。本当に、助かった」
そうだ。
千里のお陰で景はどれだけ助けられたか分からない。
時折アトリエを訪れるこの少女の笑顔が、どれだけ景の孤独を癒し勇気付けてくれた事だろう。
だからこそ、景は千里の傷つくところを見たくなかった。
せめて、彼女の気持ちを余す事なく受け止めて、心の奥底に刻み付けたかった。
「そんな、面倒だなんて……景先生と一緒にいられて、私、楽しかったですよ」
「………そうだな、俺も楽しかった。楽しかったよ……」
景の脳裏にここ数ヶ月の、千里と過ごした時間が映し出される。
笑って、怒って、ときにはシュンとした顔を見せて、くるくると変わる彼女の表情を見ているだけで、
自分と由香だけのこのアトリエが急に華やかな色に包まれたように感じられた。
何事にも徹底したこだわりを持って臨む千里との会話は、景に色々な刺激を与えてくれた。
時間が経つのも忘れて語り尽くした事など、何度あったか分からない。
「でも、その間ずっと言えないできた事があったんです。私が先生といるとき、いつもどんな気持ちでいたのか……」
千里の表情が引き締まり、真剣な眼差しが景を真っ向から見つめてくる。
しばしの間を置いて、千里は静かに、しかしハッキリとその言葉を口にした。
「景先生……好きです…」
「…………」
その瞬間、景の心に凄まじい衝撃が走り抜けた。
先ほどまでの明るい言葉も途絶え、景は何も言えず押し黙ってしまう。
(どうしたんだ?千里の気持ちも、この言葉も、ぜんぶ分かってた筈の事だろう……っ!!?)
自分自身の思いがけない動揺に、景はただ驚き戸惑う。
「景…先生……?」
不安げな千里の瞳が、景をじっと見つめてくる。
早く何か言わなければ。
何か言って、彼女を安心させてやらなければ。
それなのに、景の喉はカラカラに渇いたように、僅かな声を発する事も出来ない。
(くそ……情けないぞ、俺……!!)
だが、途方に暮れる景の瞳が正面の千里の顔から、その後ろのアトリエの壁に向けられたとき、
彼は”それ”を見た。
そこにある物の意味、自分の心の奥底に根を張った強い感情、その存在に気付いた。
21 :
266:2010/01/28(木) 22:24:20 ID:8A3xoXxQ
「景先生……どうしたんですか?」
単に自分からの告白を持て余しているだけとも思えない景の様子を心配して、千里が身を乗り出してくる。
景はそんな彼女に両腕を伸ばし……
「千里……っっっ!!!!」
その華奢な体を思い切り抱きしめた。
「えっ!?…景…先生……!?」
「千里!俺もだ!!俺もおんなじだ……っ!!」
「おんなじ……って?」
「俺も…お前が好きだ、千里!!!」
突然の抱擁と告白に呆然とする千里を、景はただ抱きしめ続ける。
(こんな事も気付かないでいたとは……とんだ間抜けだな、俺は…)
景がさきほどアトリエの壁に見たもの、それは彼の描いた絵だった。
壁にかけられたり、立てかけられたり、この作業場に置かれている景の絵の数々。
それらはほとんどが、新しい技法を試すための習作だったり、新作のためのアイデアスケッチであった。
それらの絵には、ほぼ全てに描かれている共通のモチーフがあった。
それは『魚』である。
(そうだ。最初からそうだったろう……何で今まで忘れていたんだ!)
景がスランプを脱するきっかけとなった作品。
そこに描かれた銀の魚には、千里のイメージが重ねられていた。
この部屋に置かれている数々の絵に描かれた魚も、元を辿れば同じ、千里という少女のまっすぐな心を描こうとしたものだ。
この作業場だけでも、三十から四十、個展などで商品として売ったものも含めれば、どれほどの数になるだろうか?
(俺の心の中には、いつも、千里がいてくれたんだな………)
景は、昼間、命が自分に言った言葉を思い出す。
『強いて言うなら、落ち着いて自分の周りを見渡してみてください』
弟の言葉通り、答えはまさに景の周囲にあったのだ。
この作業場の中は、千里に向けられた景の想いが溢れかえっていた。
千里の想いを受け止める……何を偉そうな事を考えていたのやら。
その前にまず見定めるべきは、自分の心がどこにあるか、その一点ではなかったのか?
「すまなかったな、千里……」
「ど、どうしたんですか、景先生?そりゃあ、さっきは急に抱きしめられて驚きましたけど……景先生の気持ち、凄く嬉しいですよ」
千里のその笑顔だけで、景の心は満たされていく。
(こんなになるまで、自分がどれだけ幸せ者だったのかに気付きもしなかったなんて……全く、俺もとんだ間抜けだなぁ)
やがて、至近距離で見詰め合う二人の唇はゆっくりと近付いてゆき……
「千里……」
「景先生……」
優しく、いたわり合うようにそっと重ねられた。
長い道のりを経て、ようやくその想いを通じ合わせた二人にとって
そのキスは、忘れる事の出来ない思い出として互いの心に深く刻み付けられたのだった。
22 :
266:2010/01/28(木) 22:24:48 ID:8A3xoXxQ
以上でおしまいです。
失礼いたしました。
千里も景も別人だな 好きな人は好きなのかもしれないが自分は違和感が残る・・
温泉話は良かったよGJ!
2行目だけにしとけよ
むしろキャラ崩し注意とか前置きしといた方がよかった感じじゃないの
コテハンを「266@キャラ崩れ注意」にすればよい
キャラ崩れなんてカップリングの時点で分かってるんだから、嫌なら読まなければいいだけ
原作のキャラそのまんまでエロパロ書ける人がいるなら見てみたい
しかし程度というものもあってだな
キャラがそのままかどうかというより読者がキャラに対して抱いているイメージが崩れないかどうかが大事なんだよ
31 :
266:2010/01/29(金) 19:31:47 ID:WifpFCRk
今回のSSのキャラ崩れの激しさ、
特に漫画本編で何を考えてるのかほとんど分からない景兄さんを扱ってる時点で
キャラ崩れに関する注意はあってしかるべきでしたね
以後、気をつけます
すみませんでした
自分には合わないと思ったら読まない事もできるから、書き手は好きに書けばいいと思うよ
33 :
266:2010/02/01(月) 00:35:19 ID:rsvYXVuv
>>4さんの予告なさっていた投下が無いようなので
書いたものを投下させていただきます。
望カフで、エロなし。
2本ほどになります。
まずは一本目
34 :
266:2010/02/01(月) 00:37:02 ID:rsvYXVuv
とある日曜日、自宅の机の引き出しの中を整理していた可符香は懐かしいものを見つけてその手を止めた。
「こんなところにあったんだ……」
たくさんの文房具やらノートやらに紛れて引き出しの奥の方に隠れていたソレ。
お守り袋より一回り大きいぐらいの小さな茶巾袋をじっと見つめながら、可符香は我知らずため息を吐いた。
この袋の中に入っているもの、それを手に入れたまだ幼い頃の自分を思い出したのだ。
この世界に生まれ出たその瞬間から、子供は周りにある様々なものを見て、聞いて、触って、自分の中にどんどん取り込んでいく。
様々なものに興味を持ち、既に成長し切った大人とは全く違う、様々な角度から自由に世界を見つめる。
そして、その過程でしばしば子供は自分の心を惹き付けてやまない『宝物』を見つけるのだ。
それは、大人になった後では何でこんなものを気に入ったのか、自分でも不思議に感じてしまうようなものだったりする。
だけど、それを大切に思っていた当時の記憶は、心の奥でいつまでも息づいて、その人を形作る核となる。
何度もお話しをして、寝るときまでずっと一緒だった縫いぐるみ。
色んな場所を連れ回して遊んで、ほとんどの塗装が剥げかけてしまったヒーローのソフトビニール人形。
可符香もかつては色んな宝物を持っていた。
ただ、そのほとんどは何度も繰り返した引越しの最中に失くしてしまったけれど。
だけど、彼女の一番のお気に入りで、いつもポケットに入れて持ち運んでいたこれだけは最後まで彼女の下からなくならずに済んだのだ。
可符香は袋の口を開け、その中から転がり出てきた『宝物』と数年越しの再会を果たした。
「変わってないな…ぜんぜん……」
手の平の上に載せたそれをじっと見つめながら、可符香が少し嬉しそうに呟く。
それは、ビー玉だった。
それもラムネの壜のフタに使われるような、無色透明のヤツだ。
子供が好きそうな色んな色や模様のビー玉があっただろうに、可符香の心を捉えて離さなかったのはこの透明なビー玉だった。
「色んなところに持ち歩いて、ほんとにちっちゃかった頃には口の中に入れてたりしたのに、ぜんぜんキレイだな……」
ビー玉の表面には傷一つ無く、窓から差し込む太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。
可符香はビー玉を机の上に置き、自分も机にほっぺたをくっつけるようにしてもたれかかりその中に映る光を見つめた。
35 :
266:2010/02/01(月) 00:37:32 ID:rsvYXVuv
自分がこのビー玉を気に入った理由。
可符香はそれをちゃんと覚えている。
このビー玉は元々、とある町に住んでいた頃、幼い可符香の為にアパートの大家のおばさんが、
もう大きくなって家を出て行った娘が昔遊んでいたビー玉やおはじきのうちのいくらかを見つけて持って来てくれたものだ。
かご一杯のビー玉やおはじきを貰って、小さな可符香はとても喜んだ。
だけど、その時には色々な色のビー玉達に紛れて、可符香はこの透明なビー玉の存在に気付く事さえなかった。
その後、畳の上でビー玉をいくつか転がして遊んでいたとき、可符香はそれに夢中になるあまり、うっかりビー玉の入ったかごをひっくり返してしまう。
思い思いの方向へ勢い良く転がっていくビー玉を、彼女は必死で追いかけてかごの中に戻した。
ベランダに通じる窓にぶつかって止まっていた三つを摘み上げて、これで終わりと思ったその時、
彼女はそれと出会った。
「ビー玉が散らばって慌ててたし、透明だったから、それまで全然気付かなかったんだよね……」
畳の上、窓からの光を曲げてかすかに輝いていたそのビー玉を、可符香はなるべく優しい手つきで、そっと拾い上げた。
彼女にはそれが、触れただけで溶けて消えてしまいそうなほど、儚く壊れやすいものに見えたのだ。
だけど、ビー玉は可符香が触っても、溶けてなくなったり、幻のように消える事は無かった。
ただ、硬く冷たいガラスの塊である筈のその手触りは、滑らかで優しくて可符香をひどく安心させてくれた。
可符香は改めて、無色透明なそのビー玉をまじまじと見つめた。
どこまでも、どこまでも、流れる川の水よりもずっと透き通ったビー玉。
それを通り抜けた光は、可符香の周りに降り注ぐ光よりも、どこか穏やかで安らかなもののように感じられた。
幼い可符香はそれを両手で優しく包み込み、胸の辺りできゅっと抱きしめた。
それから、このビー玉は可符香の宝物になった。
小さな茶巾袋は、いつもビー玉を持って放そうとしない彼女が、うっかりそれを失くしたりしないように母が作ってくれたものだ。
それから既に十年以上、可符香は再びビー玉の前にいて、その輝きに見とれていた。
「なんであんな暗い引き出しの隅っこに忘れていたんだろう。大切な、本当に大切な宝物だったのに……」
少し寂しそうに、だけども本当に嬉しそうにそう呟いてから、可符香はビー玉を袋の中に再び収める。
そして、部屋着のスカートのポケットにそれをそっと忍ばせた。
再び出会えた宝物を、ずっと身につけていたい。
そんな気分だったのだ。
36 :
266:2010/02/01(月) 00:38:33 ID:rsvYXVuv
翌日、月曜日。
学校への道を急ぐ可符香の鞄の中には昨日見つけたビー玉を収めた、茶巾袋が入っていた。
(持ってきちゃった………)
心の中、可符香は自分の行動に苦笑する。
昨日、このビー玉を発見して以来、幼い頃、この宝物を持っていると感じる事が出来た安心感が忘れられなくなってしまったのだ。
可符香が一歩進む毎、鞄の中のビー玉が右に左に揺れるのを感じる。
その感触だけで、あのビー玉が放つやわらかな光が可符香の瞼の裏に蘇ってくるのだ。
(やっぱり子供じみてるな……でも…)
久方振りに出会った親友が傍にいてくれるような、そんな嬉しさがこみ上げてくるのだ。
いつもよりほんの少しだけ足取り軽く、可符香は学校へ続く道を歩いていった。
学校に着いて授業が始まってからも、可符香の頭の隅っこにはいつでもビー玉の事があった。
まるで本当に昔の自分に戻ってしまったみたいに、可符香はビー玉の存在に夢中になっていた。
昼休憩、千里や晴美達数人と机をくっつけてお弁当を食べていると、そこに奈美が自分の椅子を引っ張ってやって来た。
「可符香ちゃん、隣いい?」
「もちろんだよ。奈美ちゃん」
彼女は胸に菓子パンのたっぷり入った紙袋を抱えている。
どうやら、今日の彼女はさっきまで購買にパンを買いに行っていたらしい。
「それじゃあ、いっただきまーす!」
奈美は早速紙袋の中からクリームパンを取り出してかぶり付いた。
本当に美味しそうにパンを食べる奈美の笑顔を見ていると、可符香の顔も自然とほころんでくる。
ただ、彼女の抱えた大きな紙袋はパンパンに膨らんでいて、少なくとも10個以上のパンが入っていそうだった。
(ま、まあ、奈美ちゃんですから……)
瞬く間にクリームパンをお腹に収めて、次はシュガートーストをぱくついてる奈美の姿に、流石に可符香も若干の不安を覚える。
それでもともかくは、明るい会話の飛び交う楽しい昼食の時間が過ぎていった。
そして、しばらく後、可符香が自分のお弁当を食べ終えた頃……
37 :
266:2010/02/01(月) 00:39:04 ID:rsvYXVuv
「ふう、ごちそうさまでした」
「私もごちそうさまー」
「えっ!?奈美ちゃん!!?」
自分より後からやって来て、自分の弁当など比較にもならない大量のパンを食べていた筈の奈美が、ほとんど同時に同じ言葉を口にした。
満足げな奈美の顔を呆然と見つめていると、奈美の方から可符香に話しかけてきた。
「どしたの、可符香ちゃん?私の顔、なんかついてる?」
「う、ううん…何でも…ないよ?」
「そう?なんか今日の可符香ちゃん変だよ?」
言葉が口から出て来ないというか、何と言ったら分からないというか……。
屈託のない奈美の笑顔に見つめられて、可符香はすっかり返答に窮してしまう。
だけど、次の奈美の言葉を聞いて、可符香は思わず聞き返した。
「可符香ちゃん、今日は朝からやけに機嫌が良さそうに見えたのになぁ……」
「そ、そうなの、奈美ちゃん?」
「うん。たぶんみんなも気付いてるんじゃないかな?」
奈美のその言葉に応えるように、千里が口を開く。
「そういえば、今日は確かに可符香ちゃんの笑顔が目に付いた気がするわ」
「うん。声もいつもより張りがあるっていうか、元気っていうか」
千里に続いて晴美も同意する。
「そうそう!いつもの可符香ちゃんが暗いってわけじゃないけど、今日は特別って感じだったかな」
千里と晴美の言葉にうんうんと奈美は肯く。
あのビー玉一つでそんなに自分の態度が変わっていたのかと、可符香は呆然とするばかり。
だけど、その直後、可符香はその会話の中からとてつもない衝撃を受ける事になる。
「特別って言うより、自然体って感じかな……」
それはあびるの何気ない一言だった。
「ほら、可符香ちゃんが明るいのはいつもだけど、どこか落ち着いた感じの明るさだったから。
可符香ちゃんっていつも色々考えてる感じがするけど、今日のは嬉しい気持ちがそのまま顔に出ちゃったみたいに見えたな……」
足元の大地が一気に崩れ落ちて、奈落の底へ落ちていくような気分。
その後も続く友人達の会話は、もう可符香の耳には入らなかった。
ただ、凍りついたような笑顔を何とか維持するのが精一杯の彼女の頭の中を、ぐるぐると一つの考えだけが回り続ける。
もし、今朝からの自分の態度が、笑顔が『自然』だというのなら、これまでの自分は一体何だったのかと………。
38 :
266:2010/02/01(月) 00:39:40 ID:rsvYXVuv
午前中、無自覚に明るさを振り撒いていた可符香は、午後に入って自分でも分かるくらいに落ち込んでいた。
「ごめん。お昼のとき、何か悪い事言っちゃった?」
休憩時間、問題の発言をした当人、あびるが可符香の様子の変化を気に留めて話しかけに来てくれた。
「ううん。そんな事ないよ」
可符香は正直に答えた。
そう、彼女達は何も悪くない。
ただ、そんな僅かな言葉で揺れてしまう自分が、今の可符香の心の中には存在する。
それだけの事なのだ。
(『自然』か………)
六時限目、教壇の前で喋り続ける教師の言葉もほとんど耳に入らないまま、可符香は自分の『宝物』の事について考え続けていた。
誰かが何かを価値あるものだと、即ち『宝物』であると認識する行為はそもそもどんな所に根ざしているのだろうか?
午後いっぱいをその疑問にだけ費やした可符香が得た結論、それは……
(『宝物』っていうのは多分、その人が必要としているものなのに、その人には欠けているものの事なんじゃないかな……)
全身黒尽くめのカラスが輝くものに惹かれ、それを集めるように。
貧しい人間にとって、たとえ僅かな額だとしてもお金が貴重なものであるように。
時間に縛られて忙しく生きる人間にとって、僅かな急速の時間が何にも代えがたい大切なものであるように。
彷徨い歩く飢えた獣がようやく見つけた獲物。
干からびた大地に降り注ぐ雨。
長い夜が明けて降り注ぐ日の光。
その者が自身の力では補う事の出来ない、欠けたパズルの最後の1ピース、それが『宝物』なのではないか。
可符香はそう考えた。
(よくよく思い出したら、あの頃からもう家の生活はあまり楽じゃなかったんだよね……)
当時の可符香はとりたててその事を意識もしていなかったが、それでも家の中に漂うどこか重い空気を無意識に感じていたのかもしれない。
父も母も、まだ元気で家の中に笑いがあったあの頃。
だけど、ほんの少しずつ、注意しなければ分からないレベルで両親は心身共に磨耗していったのだろう。
テーブルに突っ伏したまま、疲れた顔で眠る母。
日に日に辛くなっていく職場での出来事を、何とか笑い話に変えようとしていた父。
そんな日常の中で、幼い可符香がどれだけ求めても手に入れられなかった安らぎを、あのビー玉の優しい光の中に見ていたのだとしたら……。
(……そして、それは今の私にも欠けているものなんだ………)
急速に心が冷え切ってていくのを感じた。
あのビー玉は結局、幼い自分が失われつつあった安らぎの代用品でしかなかった。
不安に苛まれ、隙間だらけになった心を埋め合わせようと、溺れる可符香が必死にしがみついた藁くず。
そして、その心の隙間は今も消える事なく可符香の胸の中にあるのだ。
ビー玉の輝きにひと時ばかり孤独と寂寥を埋め合わせる事が出来ても、それはいつか醒める夢にすぎない。
目を覚ましたベッドの上で、きっと可符香は思うだろう。
ああ、やっぱり自分は一人ぼっちなのだ、と。
嘘っぱちの笑顔と、詭弁だらけのポジティブで築き上げた城壁の内側には価値のあるものなど何も無いのだ、と。
憂鬱な気持ちはついに抑えきれず、ため息となって可符香の口からこぼれた。
39 :
266:2010/02/01(月) 00:40:28 ID:rsvYXVuv
そして放課後、夕陽の差し込む教室の隅に座って、可符香は黄金色に輝く雲が空高く流れていく様子をぼんやりと見ていた。
家に帰る気にはなれなかった。
一人ぼっちのアパートの一室で、自分自身の孤独とにらめっこをするのは勘弁だ。
いずれ、家路に就かなければならないと分かってはいても、腰を落ち着けた椅子ともたれかかった机の上から彼女は動き出す事が出来ない。
可符香は机の上に件のビー玉を入れた茶巾袋を置いていた。
こんな気分の最中にあっても、その存在は可符香の心を癒し、慰めを与えてくれた。
ただ、それは可符香が心の内に抱えている空しさを浮き彫りにする事でもあったのだけれど………。
「でも、このビー玉がキレイで、私の心を惹きつけること。その事実には間違いなんて無いから……」
縋りつくように、もしくは神様に祈るように、可符香はビー玉の袋をぎゅっと両手で握り締める。
そんな時だった。
「おや、まだ教室にいたんですね、風浦さん」
耳慣れた声が聞こえて、可符香は教室の入り口扉の方を見た。
そこには可符香の席に向かって歩いてくる担任教師・糸色望の姿があった。
「先生……すみません、すぐ出ていきますから…」
「いえ、構いませんって。下校時間にはまだしばらくありますし……それに人間誰しも、一人っきりになりたい時ってのはあるもんです」
慌てて立ち上がろうとした可符香を、望は苦笑しながら制した。
「帰り際に宿直室にでも声をかけてもらえれば、施錠も私がやっときますから……って、あれ?風浦さん、その手に持っているのは……?」
望は可符香が再び椅子に座ったとき、彼女が右手に持っていたビー玉入りの茶巾袋に気付いたようだった。
「これ……ですか?…これはですね……」
可符香にとっては現在、あまり触れられたくない話題ではあったが、隠すほど大仰なものでもない。
複雑な表情を浮かべながらも、彼女は袋の中身を取り出し、コトリ、と机の上に置いた。
「あはは……子供っぽいですよね、こんなの持ってるなんて……」
机の上のビー玉を横目に見ながら、可符香は少し自嘲気味に笑った。
「これは……ビー玉ですか……風浦さん、これ触っても?」
「宝石とかじゃないんですから、気兼ねせずにどうぞ」
可符香にそう言われ、望はビー玉をそっと摘まみ上げ、手の平の上に載せた。
望の目の前で、夕陽を映したビー玉がきらきらと輝いた。
望はしばし言葉も無く、その輝きに見入った。
40 :
266:2010/02/01(月) 00:41:16 ID:rsvYXVuv
「きれい…ですね……」
その後、望の口からようやくため息交じりに出てきたのが、その言葉だった。
「ビー玉ってこんなに透き通っていたんですね。……それが、色んな色を映して……」
「私の小さい頃の宝物だったんですけど、昨日机の引き出しの隅にあったのを偶然見つけたんです」
「そっちの袋は?」
「こっちは昔、母が作ってくれたものです。私がこのビー玉を持ち歩いても、失くしたりしないようにって……」
望との会話の中で、可符香は少しだけ明るい気持ちを取り戻すことが出来た。
彼が同じビー玉を見て、同じように綺麗だと言ってくれた事が何だか変にこそばゆくて、嬉しかった。
先ほどまで思い悩んでいた自らの孤独、それが少しなりと埋め合わされたような気がしたからかもしれない。
「風浦さんの『宝物』ですか……いい物を見せてもらいました…」
それから可符香は望の手からビー玉を受け取り、もう一度茶巾袋の中にそれを仕舞おうとする。
その途中、茶巾の口を閉めようとしたところで、彼女は望が自分の方を見て微笑んでいる事に気付いた。
「どうしたんですか、先生?」
「いえ、あなたらしい宝物だなって……そう思って…」
その言葉を聞いて、可符香の中に先ほどまでの憂鬱な気持ちが蘇る。
(たぶん、そんな事、ある筈ないけれど……)
望に自分の悩みを見透かされたような気がした。
このビー玉が自分の中にある虚ろを埋めるための物であること、それを見破られたのではないか。
そんな考えが頭をよぎった。
だけど、その後、望が言った言葉は彼女の想像したものとは全く違っていて……
「そんな小さな袋の中に隠して、きれいなものを持っている………ちょうど、風浦さんみたいだって、そう思ったんですよ」
「えっ?あ…そ、そうなんですか?」
予想もしていなかった答えに、可符香はひとたまりもなく動揺した。
そんな可符香の様子を見て、望も自分の言った事を意識したのか、照れくさそうに顔を赤くしながら、
それでも何とか言葉を続けた。
「い、一応、これでも担任ですし、あなたの悪戯にはどれだけ困らされたか分かりませんからね……風浦さんの事なら、よく見てますよ。
いつも飄々としてて、うちのクラスの大騒ぎもどこ吹く風って様子で……だけど、ときどきハッとするぐらい綺麗な笑顔で笑ってるんです……」
「私が……ですか……」
「正直、女子生徒をじろじろ見てるなんて言われそうで、なかなか言えなかったんですけど……
そういう時の風浦さんはほんとに嬉しそうで、楽しそうで、目を離せなくなるんですよ………」
そこで恥ずかしさの限界が来たのか、望は真っ赤な顔を隠すように俯いてしまった。
一方の可符香は、ただ呆然と望の言葉を頭の中で何度も繰り返していた。
41 :
266:2010/02/01(月) 00:41:41 ID:rsvYXVuv
(そっか……先生、そんな風に見てくれてたんだ……)
可符香の胸に溢れる温かな気持ち。
そう考えると、先ほどまでの悩みにも、また違った答えが与えられるような気がしてきた。
自分の笑顔を、欠けた心を代用品のピースで強引につなぎ合わせたまがい物と見るか、
それとも身近な場所にある宝物をかき集めて、その輝きを目にしてこぼれ出た真実の笑顔と見るか、
それは結局、可符香自身が自分の事をどう見るか、そこに集約される。
可符香は手の平の上のビー玉の袋に視線を落とし、思う。
望はこれを、可符香みたいだと、そう言ってくれた。
可符香がさっきまで考えていた通り、自分には失ったもの欠けたものが沢山あるのだろう。
だけど、彼女は細い糸をたぐるようにして、様々な素敵な人やものに出会い、それを自分の中に貯め込んできた。
ちょうど、茶巾袋の中に宝物のビー玉を収めるように。
継ぎ接ぎだらけの心でも、そこに秘められた輝きにきっと偽りはない。
(ああ、そうだ……そうなんだ…)
たとえ百万人に取り囲まれて『それは嘘だ』と断言されようと、この胸を高鳴らせる気持ちは現実のものだ。
「先生!」
彼女は、自分にそれを教えてくれた担任教師に明るい声で呼びかけ、その胸元に飛び込んだ。
「お、おわぁ!!?何ですか、藪から棒に!!」
「いいじゃないですか。先生と私の仲なんですから」
すっかりいつもの気まぐれな少女の顔を取り戻した可符香を、望は苦笑まじりに受け止め、その体を優しく抱きしめた。
「それにしてもさっきの台詞、いつもの先生らしからぬ大胆さでしたね……」
「いや、その…あなたの様子が午前中と午後ですっかり変わったのが気になったものですから……何か言ってあげられればと思ってたんですけど…」
なるほど、見透かされていたという可符香の見立ても多少は当たっていたらしい。
まあ、自分でも自覚できるほどに酷い落ち込みようだったのだから、当然と言えば当然なのだけれど。
今は、その『当然』が何にも増して嬉しかった。
今の可符香は、彼女が必死にかき集めた輝くものの上に成り立っている。
2のへの級友達。
日々の様々な出来事。
そして、その中心にあるのはいつだって……
「先生、嬉しかったですよ、さっきの台詞……」
「……それは何よりです……」
見上げれば、優しげな眼差しで自分を見つめる望の顔があった。
可符香は彼の笑顔に、あのビー玉と同じ穏やかで心安らぐ、やわらかな光を見たような気がした。
42 :
266:2010/02/01(月) 00:42:44 ID:rsvYXVuv
一本目はこれでおしまいです。
続いて、二本目。
短め、エロはないけどハグしてます。
43 :
266:2010/02/01(月) 00:43:48 ID:rsvYXVuv
親しき仲にも礼儀あり、とは良く言ったもので、
いかに近しく気心の知れた者同士でも、いや、気心の知れた者同士だからこそ守るべき節度というものが存在する。
親しい間柄だからこそ、その相手の気持ちを慮り、その上で行動する事がやはり望ましい筈だ。
そういう観点から見れば、今の私に対する先生の態度は多少不適切なものだと言えた。
「いくらなんでも、いきなりハグはどうかと思いますよ、先生?」
「…………」
私のその問いかけにも、先生はだんまりを決め込んだまま。
力強く、それでいて優しく、私の体を抱きしめる先生の腕の感触、ぬくもりは心地良いけれど、それだけで流されるほど私もお人よしじゃない。
ほんの五分ほど前、先生とばったり出くわした私はそのまま、こうして抱き締められてしまったのだ。
別に、先生にこういう事をされるのが嫌な訳じゃない。
私は先生の事が好きで、先生も私の事が好きで、それは何度も言葉と行動で確かめ合ってきた事だ。
先生の体の感触を全身に感じて、先生の細くしなやかな指で頭を撫でられているとき、私は心の底から安らぐ事が出来る。
だけど、先述の通り、親しき仲だからこそ必要な礼儀というものがある。
先生の気持ち、嬉しくないとは言わないけれど、時と場所は弁えるべきだ。
というわけで、私はもう一度先生に抗議する。
「だから先生、ちょっと落ち着いてください。これじゃあ、普通にお話しも出来ないじゃないですか」
「す、すみません。どうしても…抑え切れなくて……すみません…」
ようやく先生から返答が得られた。
一歩前進だ。
しかし、抑え切れなかった、とはどういう意味だろう?
先生が言ってる抑え切れなかったものとは、果たしてこの行動自体の事なのか。
それとも、この行動に至る感情までも含めたものの事なのか。
いずれにせよ、要は大の大人が『我慢できませんでした』と白状したという事だ。
いくら先生が子供染みた性格をしてるといっても、それぐらいは大人として『抑えて』もらいたかった所だ。
44 :
266:2010/02/01(月) 00:44:33 ID:rsvYXVuv
と、ここで先生からの弁解。
「最初は抑えきれずに抱き締めて……そしたら、風浦さんの体があんまり冷え切っていたものだから、離しちゃいけないような気がして…」
「先生……」
ここでつい私は言葉に詰まってしまった。
先生の言っている事は事実だったからだ。
ここ数日はどんよりと曇った空の下、時折雪がちらつき、冷たい風が容赦なく吹き付けてくる悪天候だった。
果たして、どれだけの時間を歩き続けていたか、自分でも覚えてはいないけれど、
学校指定のコート一枚で防ぎきるには、少し厳しすぎる寒さだった事は認めざるをえない。
それから、私の体が芯まで冷え切ってしまっている事も。
だからといって衆目も憚らず私を抱き締めて離さない事が擁護されるべきだとも思えない。
しかし、コート越しにもしっかり伝わってくる先生の体温は氷のようだった私の体を溶かし、
その心地良さにすっかり篭絡された体は私の意思を裏切って、先生の体から離れてくれようとはしない。
言葉に行動が伴っていない今の私の姿は、第三者から見れば酷く滑稽だろう。
なので、苦し紛れに私はこう反論する。
「私の体が冷え切っていたから……それは分かりました。でも、それならそれで対処法は他にいくらでもあるじゃないですか」
「…………」
先生はまたもだんまり、それでも構わず私は続ける。
「自販機で温かい飲み物を買うなり、コンビニ辺りでカイロを買うなり、どこか暖房の効いた店で休憩を取るなり……」
「…………そう、ですね…」
私の勢いが効いたのか、先生の口からようやく私に同意する言葉を引き出せた。
ゆっくりと先生の腕が私の体から離れていく。
だけど、その手の平はそのまま下の方に移動してゆき……
「あ……」
「その前に、もっとするべき事がありましたね…」
かじかんだ指先の辛さを少しでも誤魔化そうと、ぎゅっと握り締めていた私の拳を覆い、指の一本一本を温めほぐして、
それから、右の手の平だけが私の顔に触れ
「あなたの濡れた頬を拭う方が、もっと先でした……」
音も無く流れていた私の涙の筋を、その指先で優しく拭った。
45 :
266:2010/02/01(月) 00:45:00 ID:rsvYXVuv
「せ…んせ……せんせい……」
ああ、駄目だ。
それは大間違いですよ、先生。
そう言いたかったのに、私の口から出てきたのは掠れた涙声ばかり。
ちゃんと言わなくちゃいけないのに。
そんな風にされたら、今まで我慢してきた分の涙が一気にこぼれ出してしまう、と。
「せんせ……わたし………」
そんな私に対する先生の対処法はシンプルなものだった。
先生は再びその両腕で私の体を抱き締めて、私の顔を自分の胸元に埋めさせた。
なるほど、これは確かに有効な方法だった。
私の涙は先生の着物に拭われ、消えて、先生の胸の内のぬくもりが私の心を安らぎで満たしてくれた。
だけど、私は気付いていた。
この方法には一つ重大な欠陥がある。
「…すみません……あなたがそんなになるまで待たせてしまうなんて、私はとんでもない大馬鹿者です……」
耳元間近に聞こえる先生の涙声。
ほら、こんな密着した状態じゃ、私は先生の涙を拭ってあげる事が出来ない。
先生の涙を止めてあげられない私は、代わりにその背中に腕を回しぎゅっと抱き締めた。
(だめじゃないですか…やっぱり先生ってちょっと抜けてますよ……)
結局、親しき仲の礼儀もどこへやら。
今の私達二人には、この腕の中の温もりが何よりも大切なものだったようで……。
それから私と先生は互いの涙が涸れ果てるまで、そのまま寄り添い合い、抱きしめ合っていたのだった。
46 :
266:2010/02/01(月) 00:45:37 ID:rsvYXVuv
以上でおしまいです。
失礼いたしました。
GJ!
48 :
hina:2010/02/03(水) 16:33:14 ID:yTm2f+wD
ど、どうも、エロ書けないヘタレですが、読んで頂けて嬉しいです!
最近ここに来てくださる職人様が少なくてスレの流れが遅いですよね……前スレ落ちてましたし。
……何が書きたいのかというと、要するに保守しにきただけです(´・ω・`)
でも、普通に保守するだけじゃ面白くないので少し前に書いた改変パロディー物置いていきますね。
元ネタ『アソパソマソ日記』
【7:00】携帯が鳴り響いて起床。まだ眠い。顔を洗う。ヘアピンを付けて可符香になる。
【7:35】朝食の変わりに客に貰った菓子を腹につめる。胃がもたれる。イヤになる。
「ちょっと○○企業の闇情報調べて」キッチリのメールだ。うるさいんだよ。私は検察じゃないただの女子高生なんだよ。
「面白い話送るよ!」こっちは普通からのメール。タイトルだけ見て消去。どうせ普通の事しか書いてない。
【7:47】ダルいが学校に出発。道ではうるせぇ犬がわめいている三珠呼ぶぞ。
【7:50】「助けて〜!」普通が叫んでいる。私にどうしろっていうんだよ。
【7:53】普通救出。キッチリにキッチリと二等分されそうになってたらしい。うだつの上がらない奴だ。
【8:30】学校到着。今日も先生は遅刻だ。気分が盛り上がらない。早く家に帰りたい。
【8:46】普通がニヤニヤしている。
【9:30】朝学活終了。
【9:45】何かキッチリがキレてる。またクラスから生徒が一人消えた。合掌。
【10:11】みんなで談笑。普通の笑い声にみんながいらつく。
【11:20】ネット弁慶 暴走。
【11:22】「デ……デンパ、デンパガ……○△#ж〜!!」 良い機会だ。携帯離れしろ。
「落ち着いてー!、しっかりして芽瑠ちゃん!」本当はどうでもいい。先生早く来い。
【11:40】周りの目もあるので相手をしてやる。面倒くさい。先生居ないとやる気が出ない。
【11:42】「これはあの時のお母さんと同じ……!」電波キャラって意外と難しい。我ながらなんだよこの台詞。
【11:43】「悪魔祓いしてやる〜!」さようなら、羞恥心、こんにちは悲壮感。普通がニヤニヤしている。こっち見んな。
【11:45】「いくぞ〜!悪霊たいさ〜ん!!」ただ十字架形の石で殴っただけだ。
『メルメル……メルメル……』この効果音には飽き飽きしている。
【11:49】先生到着。どうやら見られたようだ。ちょっと引いてる気もするが多分気のせいだろう。
【11:53】普通が帰って来た。「可符香ちゃん!大丈夫だった!?」お前さっきニヤニヤてたろ。帰れ。うだつの上がらない奴だ。
【12:30】昼休み。ストーカー女が先生にくっついていた。普通がニヤニヤしてた。
いやがらせか?殺すか?
【12:42】昼食のかわりにやっぱり菓子を食う。何がイメージの為に出勤日は菓子しか食っちゃいけないだあのクソ店長。
【14:12】『速やかに来い!お得意様が来たぞ!』店長からメールだ。もうかよ。こっちはまだ授業あるんだと小一時間(ry
【14:35】ピンをカチューシャに付け替えて学校から脱走。バレ無いのが不思議だ。私の存在意義は髪型か。
肛門に棒がぶっ刺さってる犬が、余裕ですやすや眠ってやがる。蹴ったろか。
【14:50】不法入国少女と合流。私達はどうも普通の高校生の本分を超えてる気がする。
【15:01】普通がまた叫んでる。今度はキッチリにキッチリ八つ裂きにされそうらしい。
キッチリは普通に恨みでもあんのか?
【15:43】バイト先到着。またあの客かよ。アイツ金さえあればモテると思ってるタイプだな。
【17:02】やっとアイツ帰った。今日は疲れたから帰らせてもらう事にする。よく働いた。
【17:26】帰り道。とっくに下校時間は過ぎてる筈だが、なんか皆居る。理由判明。
先生が帰る時間と重なったらしい。ちょっと嬉しい。普通が何故かニヤニヤしてる。死ねばいいのに。
【16:30】みんなで談笑。先生を追っていたキッチリが追いつきやがった。暇な女だな。これみよがしに抱きつくストーカー。
【16:50】嫉妬したキッチリマジ切れ。お前らどっちも要らねぇよ。
【17:02】キッチリが根津を人質に取りやがった。別に尻尾切でもいいんだが……。
「やめて!美子ちゃんを放してあげて!」部下減ると面倒だからな。あれ?普通は?
【17:10】キッチリに襲われる。スコップを振り上げている。勘弁してくれ。
【17:13】「美子〜!大丈夫〜!」翔子だ。相方置いていつの間にどこへ逃げてやがったんだ。だがお陰で千里の意識が逸れた。
【17:15】「今だ!、ポロロッカ流正義の鉄槌を食らうのです!」さようなら、平穏、こんにちは周りの痛い視線。
【17:16】「いくぞ〜!悪霊た・い・さーん!!!」やっぱりただ十字架っぽいでかい石で殴っただけだ。
「うな゛あああああ……」何度も殴打してやっと気を失ってくれた。お前の戦闘力、何かに活かせよ。
【17:22】戦闘終了。明日からのオフエアバトルが怖すぎる。確実に標的にされた。死ぬかも。
【17:53】普通が戻って来た。「可符香ちゃん!助けに来たよ!」だからお前また逃げたろ。遅い。遅すぎる。うだつ(略
【18:30】晩飯。朝仕込んで置いたカレーを食べる。甘い物は飽きた。だがカレーも飽きた。レパートリー増やすか……。
【19:45】カツラの手入れ。翌日使うので気を使う。正体がバレたらまずいが、いい加減気付いて欲しいと思う私が居る。矛盾だ。
【21:30】クラスメートからやたらメールが来る。眠みいよ。こんな現代社会に絶……っと、言う所だった。
【22:00】就寝。明日もどうせ同じ一日だ。
51 :
hina:2010/02/03(水) 16:40:58 ID:yTm2f+wD
保守完了。後は誰かの投下待ち……wktk
保守
普通うだつあがらなさすぎww
フラグ回だったらいいな
55 :
54:2010/02/07(日) 01:14:26 ID:PJ2CwIAQ
誤爆・・・
破廉恥ネタを書きたいのは山々ですが、このスレの趣旨って、なんか私には合わない気がします。
めだかボックスの黒神 めだかの巨乳に陰茎を挟んでパイズリをしてもらうとか。
保守
58 :
名無しさん@ピンキー:2010/02/13(土) 22:12:16 ID:qHZ07XE7
☆ゅ
59 :
名無しさん@ピンキー:2010/02/14(日) 00:20:15 ID:B1kPcDE3
「智恵子草食 1」
ど っ さ り
絶望「・・・・・・・・・」
あびる「今年もまたチョコを沢山もらわれましたね」
まとい「っていうか、例年より多いんじゃありませんか?」
絶望「言っておきますが、私は平素通りに生活していたのであって、チョコを貰うために何かしたわけじゃありませんからね」
まとい「じゃあこの山はなんですか」
奈美「まあ、今は草食系男子が流行っていますからね〜」
あびる「ああ、なるほど、確かに」
奈美「まあでも私的には、肉食系男子にちょっと強引に言い寄られる方がいいかな・・・なんてね」
あびる「・・・・・・・・・・・・」
奈美「あ、今ウザイって思ったでしょ」
あびる「・・・ううん、不本意だけど私も同じこと感じてた」
まとい「私も不本意ながら」
奈美「不本意なのかよ!」
可符香「これはゆゆしき事態です先生」
絶望「いったい何がですか」
可符香「奈美ちゃんがそう感じたってことは、少なくとも全女子の半数は肉食系男子に魅力を感じてるってことです」
絶望「ええっ、そうなんですか!」
可符香「しかも、肉食女子の奈美ちゃんを襲えるほどの肉食でないと、見向きもされません」
奈美「肉食女子じゃなくて肉食系女子でしょう!」
可符香「女子読者のニーズに応えられないと、マガジンでの人気にも影響してきます」
絶望「えええっ!?どうしましょう?」
可符香「今からでも遅くはありません!肉食系への転換を図りましょう!さあ、練習です!」
絶望「練習?」
可符香「といっても、急に肉食系女子に襲いかかるのは危険ですから、草食系女子で練習です。さあ、クラス唯一の草食系女子、愛ちゃんを口説いて下さい」
絶望「いたんですか」
愛「ええ、映らないように・・・」
可符香「さあ!」
絶望「え、襲うって・・・ええと・・・が、がおー・・・食べちゃうぞ、とか・・・」
愛「きゃーーーーすみませんすみませんすみません!」
絶望「わあっ、触ってすみませんすみませんすみません・・・」
あびる「あー、駄目だこりゃ」
可符香「やっぱり草食を肉食にするのは無理がありましたか・・・」
60 :
名無しさん@ピンキー:2010/02/14(日) 00:24:52 ID:B1kPcDE3
「智恵子草食 2」
絶望「すみませんすみません・・・って、そもそも肉食系男子自体が少ないじゃないですか!私だけ変わっても仕方ないでしょう!」
可符香「そうですね、肉食系男子にするのは諦めますか・・・でも、まだ手はあります!」
絶望「もおいいですから!」
可符香「草食動物にも色々います!同じ草食でも、虎やライオンと互角に戦えるような強い草食なら、並の肉食より強いといえます」
あびる「まあ、カバやキリン最強説とかもあるからね」
可符香「さあ、他の草食系男子へジョブチェンジ!」
絶望「・・・・・・・ZZZZZ」
奈美「また催眠術?」
絶望「ZZZZ・・・・・・ぱちっ」
あびる「あ、目覚めた」
絶望「・・・じいっ・・・・・・」
まとい「(ぽっ)先生・・・そんなに視ないで下さい・・・」
絶望「・・・・・・んも〜!がばあっ!」
まとい「きゃー!先生が私に襲いかかってくれたー!」
絶望「ふん!ふん!んもお〜!」
奈美「あ、まといちゃんの赤い着物を剥ぎ取った」
まとい「きゃー!きゃー!」
あびる「きゃーという割には抵抗してない」
可符香「これは・・・赤いものに興奮する闘牛系男子ですね!」
まとい「きゃーきゃー・・・って・・・あれ?」
絶望「はふんが、はふんが、くん、くん」
奈美「あ、まといちゃん無視して剥ぎ取った着物にじゃれついてる」
あびる「どうやら興奮するのは赤いものだけのようです」
まとい「そんな・・・」
可符香「面白いけどだめですね、次行きましょう」
絶望「ZZZ・・・・・・ぱちっ」
奈美「今度は何だろ・・・って視られてるっ!次は・・・わたし?」
絶望「うほっ」
奈美「きゃー!抱きかかえられた!」
絶望「うほっ、うほっ、ほおっほ、ほおっほ」
あびる「見りゃ判るけど、ゴリラ系ね」
可符香「奈美ちゃんを片腕で抱き上げようとしているみたいだけど、持ち上がらないみたい。流石は肉食女子奈美ちゃん。」
奈美「私はそんなに重くはないっ」
絶望「ほっほっ、うほほっ」
まとい「知能ゼロの先生はちょっと・・・」
あびる「そもそもゴリラは類人猿の中でも精力少ないらしいしね」
可符香「却下ですね、次。」
61 :
名無しさん@ピンキー:2010/02/14(日) 00:28:34 ID:B1kPcDE3
「智恵子草食 3」
絶望「ZZZ・・・・・・ぱちっ」
奈美「今度は・・・あ、飛び跳ねてる」
可符香「あ、シャドーボクシングを始めた」
あびる「カンガルーね、多分」
芽留『さっきから何やってんだオマエラ』
可符香「あら、芽留ちゃん」
絶望「!」
芽留『!なにする!離せハゲ!触んな!』
奈美「ああ、今度は芽留ちゃんが犠牲に・・・」
可符香「芽留を抱えて・・・袴の帯に挟んだ」
あびる「さすが有袋類、子供を見ると保護したくなるらしい」
芽留『誰が子供だ生暖かいんだよ放せ殺す殺す殺す殺す』
芽留父「メルメルを離さんかぁ!」
まとい「あ、やっぱり現れた」
奈美「あ、流石はカンガルー、先生が構えた」
第1R カンガルー望vs芽留ファザー
5秒 カンガルー望、KO、芽留ファザーWin
奈美「弱っ」
絶望「うーんうーん・・・はっ!私は一体何を!?」
可符香「・・・残念ですが先生は、今のままがいいみたいです」
絶望「・・・何があったのかは敢えて訊きませんが、それは残念です」
あびる「それにしても・・・妙ね」
まとい「何がよ」
あびる「もうすぐオチなのに千里ちゃんが出てこない」
奈美「あ!そう言えば確かに」
可符香「千里ちゃんなら・・・ほら、さっきからあそこに!」
千里「・・・・・・・・・・・・」
絶望「緑色になって何やってんですか・・・」
千里「光合成です。」
絶望「は?」
千里「先生に襲いかかって貰うためには、食物連鎖で先生より下位に自分がいなければなりません。」
奈美「食物連鎖って・・・」
千里「肉食系女子のままではどうあっても下位にはなれません。草食の下位になれるのは、植物だけです。」
可符香「だから光合成なんだ」
千里「さあ先生・・・わたしを食べて。」
絶望「えええ・・・」
倫「残念だが、光合成をしてもお兄様の下位にはなれんぞ」
千里「どうしてよ」
倫「何故ならお兄様は、かつて肉食だったもののなれの果て、食物連鎖の底辺、つまりは腐葉土だから!」
絶望「だれが腐ってるんですか!」
倫「しかしお兄様、枯れているよりはマシじゃないですか」
絶望「そういう問題じゃないでしょうに!」
あびる「結局自然界で最後まで生き残るのは、雑食なんだけどね」
マリア「でもマリア、猛禽類系によく襲われるぞ」
あびる「まあ、猛禽類は大抵は小動物専門だからね」
完
62 :
名無しさん@ピンキー:2010/02/14(日) 00:31:12 ID:B1kPcDE3
以上です。エロ無しですみません・・・
今週、ひさびさに智恵先生のカウンセリングルームでてきたのは良かった。
糸色 望
「実は私は荒井先生に相談をしているのですが…。」
面白かったです
GJ!
66 :
266:2010/02/14(日) 20:09:56 ID:e0EzQGh3
書いてきました。
望カフ、エロなし、先週のマガジンの話を下敷きにしたバレンタイン話です。
それではいってみます。
67 :
266:2010/02/14(日) 20:10:28 ID:e0EzQGh3
チョコレートを湯煎にかけて溶かし、ハートの型に入れて冷やし固める。
たったそれだけの単純な作業の全てが、幼い少女の小さくつたない手の平には大変な大仕事だった。
本来大人が使うように作られた台所は何もかもが少女にとっては大きすぎて、
ボールに張ったお湯の熱でチョコを溶かすときも、迂闊に触れてひっくり返してしまわないかと心配で仕方がなかった。
それでも何とか溶けたチョコレートを型に流し入れ、首尾よくハートのチョコを作る事が出来た。
「よく出来たわね、杏。きっと、そのお兄ちゃんも喜ぶわよ」
「うん!」
ずっと横で自分の様子を見守り、手伝ってくれた母に頭をなでられて、少女は満面の笑顔で頷いた。
最後の仕上げにアイシングペンを使って、飾りの模様と心を込めたメッセージを書き込む。
『のぞむおにいちゃん だいすきです』
完成した手作りチョコレートを見つめながら、少女は大好きなあの人にこれを手渡すときの事を考えて、
うきうきと胸を弾ませていたのだった。
それから10年以上の月日が過ぎたが、今年も変わることなくあの日は、2月14日はやってくる。
かつての小さな女の子は、今は一人で自宅の台所に立っている。
作っているのはトリュフチョコ。
バレンタインの贈り物としては定番中の定番の一つだ。
温めた生クリームにチョコレートを入れて、丁寧に丁寧に泡だて器で混ぜ合せる。
何事も器用にそつなくこなす彼女はお菓子作りもお手の物で、
彼女の手先の動く度に用意された材料達は見事に姿を変えていく。
本当なら余裕しゃくしゃくで、歌でも口ずさみながら作っていても問題ない筈なのに、
調理台の上のチョコレートを向き合った彼女の表情はどこまでも真剣そのものだ。
一つの動作、一つの手順、その全てに心を込めて、彼女は甘いトリュフチョコを形にしてゆく。
丸めたガナッシュをココアパウダーの化粧を施し、さらに粉砂糖や溶かしたホワイトチョコの飾りで彩りを添える。
ずらりと並ぶ完成したトリュフチョコの中から端の一つをつまみ、口に放り込んだ彼女が一言。
「うん。我ながらなかなかの出来かな」
満足げな顔で頷いた。
しかし、チョコレートの用意は結局のところ、年に一度のバレンタインにおける前哨戦に過ぎない。
果たして、完成したこのチョコ達を彼にどうやって渡すか?
彼はちゃんと受け取ってくれるのか?
そこからが彼女の本当の勝負なのだ。
68 :
266:2010/02/14(日) 20:11:02 ID:e0EzQGh3
というわけで、2月14日。いつものセーラーに袖を通した彼女・風浦可符香は、
同じ目的を持った多くの女子生徒達が登校をしている筈の学校へと出発した。
カバンの中でラッピングされた手作りチョコが揺れる感触に若干の緊張を感じつつ、
彼女はいつもの通学路を少しだけふわふわとした足取りで歩いていった。
「先生、私のチョコよろこんでくれるかな?」
2月14日は一年の中で一番、糸色望の心を重たくさせる日だ。
彼が担任を務める2年へ組の面々をはじめとして、結構な数の女子生徒が彼に想いを込めたチョコレートを手渡す。
女子学生が自分のような教師に恋心を抱くのは、言うなればはしかのようなもの。
なんて割り切った振りをしてみても、望の内心は穏やかではない。
高校時代など望にとってはもう何年も前に通り過ぎた事、ではあるがその時抱いた感情・想いの数々を忘れた訳ではない。
たとえ『はしか』だったとしても、まっすぐ彼に向けられた女子生徒達の想いは本物であると、望は知っているのだ。
望の元に届く数多くのチョコと、そこに込められた想いの全てに応える事は到底不可能なことである。
両手で抱え切れないほどに積み重なったチョコ達は、その想いを実らす事なく散りゆく運命を負うているのだ。
にもかかわらず、毎年山のようなチョコを貰ってしまう自分を望は嫌悪していた。
ついでに言うと、自己嫌悪する事で問題から目をそらし、現状に甘んじてしまう自分はもっと嫌いだったし。
そんな風に自己分析をする事で、反省したようなつもりになる自分はもっともっと嫌いだった。
「絶望しましたよ、ほんと……」
窓の外、葉を落とし寒々しい姿を晒す冬の桜に目をやりながら、望はいつもの決まり文句を呟く。
そして、振り返るとまた一人、彼の後ろ姿を見つけた女子生徒が緊張した面持ちでこちらに歩いてくるのが見えた。
これでもう幾つ目になるのやら。
まだへ組の絶望少女達の姿はほとんど見ていないので、チョコレートの数はもっと増える事になるだろう。
糸色望のバレンタインデーはまだ始まったばかりだった。
それからしばらく後の事。
可符香は自分の行動に、内心すっかり頭を抱えていた。
「先生は大のショコラ好きっ!!」
千里が望にチョコを渡す際、バレンタインデーでチョコを相手に与える側が『受け取ってください』と下手に出るのはおかしいのではないか、
といった発言をし、それに対して望が受け取る側がそれを望んでいるとは限らない、自分は甘い物は苦手だ、と反論したのだ。
そこで、可符香がその場をさらに混乱させようといつものノリで、
彼が本当は休日を使ってまで美味しいチョコを買いに行くほどのチョコ好きである事を、その証拠写真と共にぶちまけたのだ。
そしてそれをきっかけにいつもの如く、話題はあらぬ方向に転がり可符香がチョコを渡すチャンスは遠ざかってしまった。
(あはは……我ながら、ちょっと情けないなぁ…)
苦笑いで自分を誤魔化しながら、可符香は事の成り行きを見守る。
彼女の目の前を数多くの少女達がチョコを持ってやって来ては、望にそれを渡して去っていった。
中には望の近くまでやって来たものの、手渡す勇気が持てずにそのまま逃げ出してしまう女子生徒もいたが、
可符香のチョコは未だカバンの中。
彼女は未だ望を巡るバレンタインのあれこれの、そのスタートラインにすら立てていないのだ。
そうして、可符香が手をこまねいている内に、望は何か相談事があるのかカウンセリングルームへと入ってしまった。
ガラガラと目の前で閉ざされた扉を、可符香はじっと見ている事しか出来なかった。
69 :
266:2010/02/14(日) 20:11:43 ID:e0EzQGh3
「……ありがと、話したらスッキリしたわ」
「相談しに来たのは私なんですけどね」
自分の抱える悩みを聞いてもらいにカウンセリングルームに来たはずが、
公務員の窓口対応に対する不満に始まる智恵の日頃の不満の数々を聞かされる羽目になった望。
(…まあ、目下悩んでる事を話したら、智恵先生に何を言われるかわかりませんから、これで良かったのかも……)
望のバレンタインに対する諸々の悩みは、本来彼自身が決着をつけるべき類の事柄である。
チョコを貰うも貰わないも、そこに込められた気持ちを尊重するもしないも、全ては望が決めるべきこと。
大の大人がそんな事でカウンセラーに泣きつくなと、ジト目で睨まれながら諭されるところだろう。
(…それに、そもそもこの悩みの根っこにあるのは……)
ボンヤリと考えながらカウンセリングルームを後にしようとした望。
そんな彼を智恵が背後から呼び止めた。
「忘れてたわ、糸色先生」
「何でしょう?」
振り返った望の目の前に、差し出された智恵の手の平の上にのった、赤い包装紙に包まれた小さな箱が一つ。
「私は、職場での義理チョコ配りとかいつもはやらないんだけど、
生徒たちの様子を見てたら今年ぐらいはお世話になってる人にって思って、甚六先生と糸色先生だけにね」
「あ、ありがとうございます」
「まあ、いつもは私が糸色先生の愚痴を聞いてるわけだけど、今日はそっちに色々聞いてもらったし……」
望は今年初めての義理チョコを不思議な気持ちで見つめる。
そんな彼に微笑みかけながら、智恵は言葉を続ける。
「それから、チョコのついでにアドバイスを一つ」
「はい?」
「糸色先生、貰ったチョコの事で色々お悩みなんでしょう?
大方、生徒の気持ちに応えられる訳でもないのにチョコを受け取ってしまう自分に絶望した、とか……」
どうやら見透かされていたようだ。
たじろぐ望をからかうように、智恵はもう一言。
「しかも、貰えなかったら貰えなかったで寂しがる癖に」
「うぅ…その通りです…」
望は図星を突かれてぐうの音も出ない。
「それぞれの生徒への対応は別として、先生自身がどう思ってるか、それだけハッキリさせとけばいいんですよ」
「自分で言うのも何ですが、チキンの私にそんなのあるんでしょうか?」
「チョコをくれた全ての生徒に八方美人な対応は出来ないし、するべきでもない。これぐらいは分かってるんでしょう?
それだけ頭に叩き込んでおけば、大事な事は見誤りませんよ。だから、それ以上、変に悩んだりしないで……」
「そうですね……」
確かに智恵の言う通りなのだろう。
望にチョコを託した生徒たちの想いは、望自身には触れられないし、変えようも無い。
彼女たちの気持ちを思いやるのは大切な事かもしれないが、実際に望が彼女らに出来ることは微々たるものだ。
取り繕ったり誤魔化したりせず、自分の思いに従って彼女たちに接していく事、望に出来るのは結局それしかないのだ。
「これで少しは落ち着きましたか?」
「ええ、まあ……本当に、いつもありがとうございます、智恵先生」
「いいえ、いつものあなたの長い愚痴を聞くのに比べたら、これくらいどうって事ないですよ」
相変わらず辛辣な智恵先生の言葉に苦笑しながら、一礼して望はカウンセリングルームを後にした。
扉をピシャリと閉めた後、彼は心中で密かに呟く。
(まあ…その自分の思いってのが、一番の問題なんですけどね……)
70 :
266:2010/02/14(日) 20:12:41 ID:e0EzQGh3
カウンセリングルームから出てきた望を待ち受けていたのは予想だにしない事態だった。
あびるから手渡された紙には『通信簿』の三文字と、望の名前が書かれていた。
最近よくある生徒の側から教師を評価する通信簿、それが何故だかこのタイミングで望の所に山ほど運ばれてきたのだ。
この手の生徒側からの評価は嫌いな教師なんかに対して必要以上に辛辣になったりする事もあるのだけど、
何だかんだ文句を言われつつも、2のへの生徒たちに好かれている望の場合はそんな事はなかった。
生徒達は公平に、かつ正直に望の事を評価してくれていた。
そして、だからこそそれらの通信簿は望の教師としての問題点をかなーり的確に指摘してしまっていた。
「が…ああああああ…確かにそうです。…言われてみれば、あの教え方じゃ解りにくいですよね……うああああっ!!!」
次から次へとやって来る通信簿を読んで、望の心は後悔と自己嫌悪の負のスパイラルに突入してしまう。
そして、ここにこの展開に困惑している人物がもう一人……。
(ああ、どんどん話がバレンタインの方向からズレてる!!?)
望にチョコを渡すタイミングを密かに狙っていた彼女だったが、今の彼は完全にそれどころではなくなってしまっている。
もはや躊躇っている場合ではない。
何とかしてチャンスを作らなければ、こうしている間にも2月14日は終わってしまう。
(まずは、何でもいいから先生に近づかないと!!)
意を決して、可符香は望の元へ歩み寄った。
「先生、ダメ下克上は立場大逆転のチャンスなんですよ!さあ、私たちも!!」
「へっ!?ふ、風浦さん!!?」
毎度毎度、話の流れをあらぬ方向に引っ張って行く可符香のいつものやり方。
望をこっちのペースに引きずり込んでしまえば、チョコを渡す機会も見いだせるハズ。
相変わらず肝心な事をなかなか伝えられない自分がもどかしかったけれど、今はまず行動あるのみだ。
可符香が伸ばした手に、望の手の平が触れる。
瞬間、ドキンと高なる胸と、ぽっと熱を帯びる頬。
それを悟られぬよう前を向いた可符香は、望の手を引いて学校の外へと走り出した。
バレンタインの街をようやく二人きりになれた望と共に、可符香は駆け抜けていく。
アイドルグループのイベント会場でアイドル達から「また来てる」と、逆に見られる立場になってしまった熱狂的ファン
通称ピンクさんにダメ下克上の典型例を見たりしつつも、可符香は望にチョコを渡すタイミングを図り続ける。
(とりあえず、ピンクさんの前ではナシだよね。他のお客さんも大勢いるし……)
なかなか訪れないチャンスに、可符香はこっそりとため息を一つ。
(というか、先生との会話の内容もついついいつものノリになっちゃうし、このままじゃ……)
「大丈夫ですか、風浦さん?なんだかさっきから妙にソワソワしてるような……」
「い、いやだなぁ…そんな事ぜんぜん全くないですよ!」
隠しきれない焦り。
着実に過ぎていく時間。
それなのに可符香はどうしても最後の一歩を踏み出す事が出来ない。
アイドルイベントを後にして並んで街を歩く可符香と望。
ちらりと横を見ればチョコを渡したい相手はすぐ傍にいるというのに、今の可符香にはそれがとてつもない距離に感じられる。
ただ、そんな焦燥とは別に、可符香はこうして望の間近で過ごす時間を心地よく感じていた。
ポジティブとネガティブ、発言や思考のベクトルは真反対を向いている望と可符香だが、
その実、二人のものの見方や価値観はおどろくほど似通っている。
2のへで過ごす騒がしい毎日の中で、なんだかんだと言い合いつつ二人互いの傍にいる事が多いのはそのせいなのだろう。
ウマが合う、というヤツなのかもしれない。
そんな事をつらつらと考えている内に、可符香と望の二人は、今度はとある書店の前に通りかかった。
可符香は店内にいた、今まさに本を買おうとしていた客に向けてすかさず一言。
「面白く買ってください!」
面白い本を選んで買うハズの読者に、面白リアクションを求めるダメ下克上である。
いきなりそんな事を言われても、そうそう面白い買い方なんて思いつく訳も無い。
奇妙なポーズで本をレジに差し出す客の姿に、可符香と望は揃って黒い笑顔を浮かべ……
「…ちょっとイマイチでしたね…」
「…いやぁ、私は好きですけどね……」
なんて勝手な事を言ってみたり。
本屋を出た後も、可符香と望はなんだかんだとくだらない話題で会話を交わしては、二人してクスクスと笑い合った。
71 :
266:2010/02/14(日) 20:14:23 ID:e0EzQGh3
もう太陽は西の空に沈みかけ、街に夜が迫っている。
チョコレートを渡せる時間ももう残り僅かだ。
そんな切迫した状況だというのに、可符香の胸の中は楽しい気持ちでいっぱいだった。
(ああ、先生と一緒にいると、やっぱり楽しいな………ううん、それだけじゃなくて…)
可符香は改めて感じていた。
自分はここにいるのが、望の隣にいるのが好きなのだと。
はっきりした理由なんて聞かれても困る。
ただ、何気なく交わす会話の中に漂う二人の間の独特の空気や
望の時折見せるさりげない優しさ。
くるくると変わる彼の表情と、それを見ている内に知らず知らずに微笑んでいる自分。
何でもないような、そんな時間の積み重ねがいつの間にか空っぽだった自分の胸を満たしている事に可符香は気づいた。
(私は先生が好き。大好きなんだ……)
心の中で確かめるように呟いた後、可符香の手はごく自然にチョコを収めたカバンへと伸びていた。
今まで迷っていた心は嘘のように静まり、ただ一つの気持ちに満たされる。
望にこのチョコを、チョコに込めた自分の想いを受け取ってもらいたい。
意を決した可符香は、チョコを取り出し、望を呼び止めようとして……
「風浦さん……」
「は、はい……」
その前に望に名前を呼ばれて、きょとんとした顔で立ち止まる。
目の前を見上げると、そこには先程までとは違う、真剣な表情の望の顔があった。
「これを、受け取っていただけませんか?」
差し出されたのは可符香もよく知る、有名チョコレート店の包装紙に包まれた箱が一つ。
「え?あの、これ……?」
「風浦さんもご存知の通りのショコラ好きの私のセレクトです。きっと、美味しいですから……」
事態を把握し切れないまま、可符香は受け取った望のチョコを呆然と見つめる。
「ほら、去年辺りから逆チョコがどうとかよく聞くじゃないですか。
それに、女性がチョコを送る形のバレンタインは日本特有のものだってのは有名な話ですし……」
バツが悪そうに、照れくさそうに笑いながら、望は言った。
「受け取ってほしかったんです。風浦さんに、私の気持ちを……」
望がバレンタインのチョコを受け取る事に感じていた悩み、その根っこにあったのがこの感情だった。
女子生徒達から貰ったチョコと、そこに込められた気持ちに対してはどう対応していいのか。
そういった諸々の事に対してはみっともないくらい延々と悩んでしまうくせに、
彼が胸の奥底に秘めたその感情だけは、心のなかにしっかりと根を張って小揺るぎもしない。
その気持ちを貫くためなら、他の何を犠牲にしても構わない。
望自身が戸惑うほどに彼の心の中で確固とした存在となったその感情。
(私は…風浦さんの事が……)
この気持がある限り、望は他の女子生徒の想いには絶対に応えてやる事はできない。
エゴイスティックなまでにその感情を貫き通そうとする、今まで知らなかった自分の激しい一面に戸惑い、嫌悪さえを覚えながらも、
望はその気持ち、風浦可符香に向けた想いの正しさだけは露とも疑わなかった。
まあ、どんなに大仰な言い回しをしたところで、彼には可符香にチョコレートを渡すのが精一杯だったのだけれど……。
ただただ戸惑うばかりの可符香が、望の顔を見上げて問いかけてくる。
「先生の…気持ちって……?」
「そうですね。きちんと言わないと、フェアじゃないですね。
……風浦さん、私は…あなたの事が好きです………」
一言一言を確かめるように、ハッキリと望はその言葉を口にした。
それを聞いた可符香の顔が、今にも泣き出しそうなくしゃくしゃの顔に変わって……
「ふ、風浦さん…大丈夫ですか!?」
「せんせい…どうして…くれるんですか?」
彼女をなだめようと伸ばした望の手の平に、ぎゅっと何かが押し付けられる。
「これは……?」
「これを渡したくて…今日一日、私がどれだけ悩んでたか分かってるんですか?」
手渡されたチョコの包みを見て、今度は望が呆然とする番だった。
やがて、落ち着きを取り戻した可符香は、心の底からの安堵に満ちた表情を浮かべて望にこう問いかけた。
「…先生、私のチョコ、受け取ってくれますか?」
まっすぐに自分の瞳を見つめながら放たれた少女の言葉。
言うべき答えはわかっているハズなのに、何故だか胸が詰まったみたいに何も言えなくなってしまった望は、
その言葉の代わりに、可符香の震える肩をぎゅっと抱きしめたのだった。
72 :
266:2010/02/14(日) 20:15:03 ID:e0EzQGh3
それから望と可符香はしばらく二人だけの時間を過ごし、それぞれの家路に就いたのだったが……
「す、す、すみませーん!!!」
背後から聞こえたその声と共に意識を失った望は行方知れずになってしまう。
そして三日後……。
望にとっては命の綱となりえたそのチョコレートを持ってやってきた愛が
「やっぱり、私のような者が……!!」
なんて言いながら走り去ってしまった後、再び訪れた冬山の静寂の中に望はとり残されてしまった。
「……ていうか、制服と学校指定のコートだけで雪山にやってくる加賀さんは何者なんですかっ!!」
かぼそい声でそんなツッコミをしてみても、周囲に応えてくれる者は誰もいない。
一人ぼっちの白い闇の中で、望はついに死を覚悟した。
「思えば、風浦さんにチョコを渡したり、渡されたり……三日前のあの日が私の人生のクライマックスだったんでしょうか?」
そんな時である。
「いやだなぁ、そんな事あるわけないじゃないですか!」
自分の耳に届いたその声を、望は最初、幻聴の類だろうと考えた。
しかし……。
「これから先生は麓の病院まで運ばれて、そこでうんと高い熱を出しながら、私の手厚い看病を受けて
私の先生への愛情の深さを、これでもかというほど思い知る事になるんですから!!」
「風浦さん?幻じゃ、ないんですよね?」
「もちろんです。山そのものの特定はすぐだったんですけど、吹雪のせいで発見が遅れちゃいました。でも、何とか無事だったみたいですね」
「これが無事に見えますか?」
軽口混じりの言葉のやり取りは、互いにプレゼントしたチョコに込められた想いの分だけ、より愛しく感じられるような気がした。
可符香の持って来た毛布にくるまって空を見上げると、こちらに向かって飛んでくるヘリのローター音が聞こえた。
「これが山小屋だったら、もっとロマンチックなシチュエーションも望めたんでしょうけど……」
「流石若い頃はやんちゃで鳴らした先生……言う事が一味違ってますね…」
「いや、そんな変な意味で言ったんじゃないですよ!?」
さっきまで命の危険を感じていた筈が、今は二人でクスクスと笑っている。
彼女が、可符香がそこにいるだけで、真っ白な世界に彩りが満ちる。
互いの笑顔を見つめ合いながら、望と可符香は自分が今、一番大切な人といられる幸せを噛み締めていた。
73 :
266:2010/02/14(日) 20:15:41 ID:e0EzQGh3
以上でおしまいです。
失礼しました。
うぅ・・・うまい。
なんか本編もこういう目で見てしまうじゃないか!w
75 :
桃毛:2010/02/18(木) 00:33:13 ID:NzFIH2fX
>>73 266さんこれはおみごと!
原作のエピソードを特定のカップリングを前提に解釈し直し、
それを活かして創作部分を挿入してお話をまとめるという構成手法は自分も好きです。
いぜん自分が倫ものを投稿した際、丁寧な感想ありがとうございました。
76 :
桃毛:2010/02/18(木) 00:34:13 ID:NzFIH2fX
さて、あらためまして桃毛です。
もげーーーー!もげげーーーーー!
三ヶ月の島流しから帰還し、相変わらず労働中です。自宅の布団はいいなあ。
さて、前回 望×倫の後書きに述べたように短いものをリハビリにちょちょっと書いてみましたので投稿します。
ネタは望×霧の前提で、原作二百二話・『対極の輪飾』のオチが元です。
今回はしかけも戦闘シーンもありません。
対極拳百人組手のあとのお話で、エロ分はそれなりです。
それでは以下よりどうぞ。
『101回目のぷんすか』
77 :
桃毛:2010/02/18(木) 00:34:53 ID:NzFIH2fX
『101回目のぷんすか』
〜あるいは、小森爆ぜる!?
日刊新聞誌『帝京スポーツ』エロ面記事より抜粋〜
『美女相手に100人斬り!(写真)さすがにやつれているが達成感に満ち溢れる顔でVサインをする糸色氏。
それもそのはず、血縁関係に「絶倫」もいるというのだから当然の偉業と言えそうだ。(以下略)』
東京府小石川区の朝。
区内の駅売店、コンビニエンスストア、個人営業のタバコ屋、書店、
新聞自動販売機などなどで販売されたとある新聞には上記の記事が掲載されていた。
同区在住の高校教師・糸色望氏がたった一日で成し遂げた未曾有の偉業を喧伝する内容であった。
エロ面に載っている事からも、一日で百人の美女を相手にしたと読者に連想させる文面であった。
相手をつとめた女性のコメントや、一部の顔写真、そして糸色氏のテクニックの解説なども面白おかしく記されている。
ところが実はこれ、もともとは前日に同区の某体育館で開催された永遠にかみあわない弁論闘争大会『対極拳』の大会における
そのラストプログラム・『百人組手』を糸色氏が達成した件についての記事なのだ。
男女の論争というテーマにおいて男性代表となった彼が彼の教え子を含む百人の女性と論を戦わせ、
へろへろに憔悴しながらも論破されること無くやり過ごした、というのが真実である。
しかし取材から戻った記者が記事を起こす段階で、デスクを通してある方面から高度な圧力がかかった。
同区の闇社会に絶大な影響力を持つとささやかれる暗黒の天使の息吹、というやつ。
結果、前記のような下世話な連想を喚起させる内容に改められ、印刷・流通することとなったのであった。
ちなみにその天使様は自らの通う学校で、おん自ら印刷した同記事の号外版を満面の笑みで配り歩いておられた。
そこは糸色氏の勤務する学校でもある。
その当然の帰結として―。
糸色氏は男性からは羨望と尊敬を、女性からは軽蔑と嫌悪と怒りを、それも猛烈に浴びせられることとなった。
彼に取っての問題は、後者であった。
78 :
桃毛:2010/02/18(木) 00:35:34 ID:NzFIH2fX
「どーいうこと?」
当面の住処である校内の宿直室に帰った糸色望を出迎えたのは、やるかたない憤懣こもった少女の声。
いつものように毛布にくるまったその声の主は、小森霧であった。
校内にひきこもる彼女は宿直室の望とほぼ同棲状態にあった。
彼女の足元には件の新聞とビラが置かれている。
そのビラと新聞は、天使様じきじきにこの宿直室にもたらされたものであった。
「どーして男の人って!」
望の顔面に、怒声とともにその紙の束が叩きつけられた。
お怒りはごもっとも。
霧は望の校内での日常生活を世話するのみならず、望の預かる甥っ子の交の面倒まで見ているのだから。
それが望の偉業、もとい、ご乱行を喧伝する記事など読んで心穏やかでいられようか。
こんなに日々尽くしているのに、一日で浮気を百人、百回ぶんもされるなんて!というわけだ。
彼女のまわりには、『ぷんすか』という擬音がほとんど物質化して浮かんでいるように見えた。
「いや…ですからね」
とはいえこの記事の内容じたいは捏造で、真実は前述の通りなのだが、望の弁解など霧には取り付く島もない。
彼女の長い黒髪が振り乱れて前に垂れ、その隙間から怒りに光る瞳が覗いていた。
怖い。はっきり言って怖い。
「は、はぁあ…だ、誰かたすけ…」
おたつく望は周りや背後に目を向ける。それは味方になってくれそうな人間を探そうとでもしているように見えた。
「…交くんは倫ちゃんの家に遊びに行ったよ」
霧は無情に同居人の不在を通達する。
実際はビラを読んだ霧の震える肩に立ち上る鬼気を見てとった交が、いち早く逃げ出しただけのことなのだが。
「あと、あのストーカー女は今日この時間は家に帰ってるよ」
常に望に付きまとう常月まといは、収集した望に関連する物品や音声・画像・動画データなどの整理とファイリングのため
実家に定期的に戻っていた。彼女の部屋を埋め尽くす糸色望グッズはその産物である。
そんな事は望は知るどころか一切気付きさえしなかったが、霧は違っていた。
ともに望を巡って争う恋敵同士、お互いの行動パターンや思考・手の内は知悉しているのだ。
「そ、そうだったんですか…。絶望した!孤立無援の状況に絶望した!」
まといは対極拳百人組手を間近で見ていたので、霧の誤解を晴らす証人になったはずであった。
…いや。
望は考える。この場合のまといなら霧の誤解を決定的にするためにあることないこと捏造したかも。
どんな少女も、こと恋にかけては生まれながらのマキャベリストなのだから。
79 :
桃毛:2010/02/18(木) 00:36:15 ID:NzFIH2fX
望はどうやらこの場は説得どころか発言も不可能な雰囲気に支配されつつあることを感じ取った。
かくなる上は今はひたすら平身低頭、米つきバッタの如くへいこら這いつくばり、霧の機嫌が直るまで謝罪に謝罪を重ねるしか――。
「もうご飯つくってあげない!」
「えぇっ!」
霧の怒りはとどまるところを知らないようだ。
もともと幾人もの女生徒を惹きつけ恋に惑わせていた望に、今まで霧は何度『ぷんすか』してきたことか。
「もうパチンコいくお小遣いもあげない!」
「い、いやいや、それは私の給料なわけで…」
現在、望の財布は霧に握られている。食費光熱費通信費などはもとより、望の遊興費まで彼女の管理のもとにある。
「何か言った!?」
「い、いえ…」
「…それにもう…えっちだって、させてあげない」
「…こ、小森さん…、そ、それは…」
どうやら手遅れのようであった。
そもそも二人の関係は教師と生徒の同居人でありながら人目をはばかる恋人同士。
如何にして二人が結ばれたか、それは別の物語、ここでは語らぬこととするが――ともあれ柳眉を逆立てた霧の『絶交宣言』。
『絶交』のいかんはともかく、霧の剣幕は望の背筋を氷点下の吹雪の中に叩き込んだ。
以前、彼女の安心毛布を紛失してしまった時の比ではない。
このまま霧の怒りが収まらなければ、毛布のカバーが髑髏柄に変わり、その黒髪が金色に輝き出す。
かつて望はその状態になった霧にやりたい放題痛めつけられた事があった。
「こっ、小森…さん…。いや、とにかくこの通り謝りますから、機嫌をですね、その…何でもしますから、このとおーり!」
Oh!ナイス土下座!!
それは一点の綻びも歪みもねぇ土下座であった。
さながら中華皇帝に対する蛮族の朝貢使のごとく三跪九叩頭、その身にあらわすのは最大限の恐縮恭謙。
それを見下ろしながら、頬をふくらませたここ宿直室の女帝陛下は――。
「ふぅん…先生、いま『なんでも』って言った?」
豊かな髪の向こうで、霧の薄紅の唇がゆがんだ。
彼女独特の抑揚がおさえられたささやくような声が、這いつくばる望の耳に投げかけられる。
「おもてをあげい」
「はっ、はひぃ…」
80 :
桃毛:2010/02/18(木) 00:36:51 ID:NzFIH2fX
伏せた上体を僅かに起こし顔をめいっぱいあおのけた望の前髪に、膝立ちになった霧の毛布がふれる。
望の眼前で霧のその毛布が左右に割れてゆく。
「こ…小森さん…」
毛布の下には少女の柔肌――。
屋内にひきこもって日光を浴びない霧の、どこか病的なほど白い磁器のような膝、太もも、そしておなかがあらわになっている。
おなかと太ももの間には純白の可愛らしいショーツ。
それが、望の鼻先に突きつけられていた。
ジャージさえ着なくなり、下着の上に毛布を直接羽織るようになったのはいつごろからだったか。
毛布のなかから、霧の微かに甘い体臭と髪のいいにおいが望の鼻腔をくすぐった。
「うっ…な、何を…」
望はもごもごと何か言いかけたが、霧は耳を貸さない。
彼女はちょうどおへその下あたりを望の顔に当てるとそのまま膝立ちで迫る。
やわらかな、しかし適度な弾力のある肉の壁が望の顔を押し、上体をそらせた。
膝の上に乗った霧が望の肩を押すと、望はそのまま後ろにひっくり返ってしまった。
「先生…何でもするって、言ったよね…?」
あおのけの望の胸の上に乗った霧が、含み笑いの混じった声でささやく。
華奢な指が望の眼鏡に伸び、それをつまみとった。
「ふふっ…没収」
「い、いったい、何を」
霧は望の身体の上で身体をひるがえし、望の脚の方に向き直った。
望の視界には霧の黒髪とその肢体を包む毛布がそびえて見えた。それが、ふわりと広がったかと見えたとたん、望の頭をまたいだ。
望の目を塞ぐように、霧の小ぶりなお尻が顔にのっていた。
その下着越しからでもわかるもっちりとしたやわ肌が、望の顔に吸い付くかのようだ。
柔らかさの中にある筋肉のうねりが、そして霧の匂いが、望の肌に鼻に直で伝わってくる。
「もがっ!もががっ」
「ん…急に動いちゃだめ」
薄絹の下着越しに、霧のからだで最も柔らかく敏感な部分が望の鼻先に押し付けられていた。
秘裂がかすかに開きながら、鼻梁にのっているのがわかる。
望には幾度もからだを重ねて慣れ親しんだはずの霧の肢体だったが、こんな格好で触れ合ったことはなかった。
さっきまで顔面に腰をおろす少女に謝っていたにも関わらず、望は倒錯した興奮が沸き起こってくる。
どうやら霧が自分に何をしようと、いや、させようとしているのか、薄ぼんやりと理解しはじめる。
望には見えなかったが、霧は全体重が望の頭にかかってしまわないように後ろに伸ばした手で上体を支えている。
脚は膝立てて望の体に投げ出されていた。
敏感な部分を横たわる骨と肉で出来た座布団にゆるゆるとこすりつけ、
そこから吐き出される喘鳴を両の脚のつけねに受けてうっとりしていた。
『えっちさせてあげない』などといったくせに、霧は自分のその台詞と下手に出た望の態度を見て、
そして先日望が美女たちに行ったであろう行為を想像でもしたのか、何らかのスイッチが入ってしまったらしい。
「ふふ…先生、わかった?許して欲しかったら…」
霧は腰を僅かに浮かせ、ショーツのへりを望の鼻に引っ掛け、ずり下げる。
あらわになった柔肉をふたたび望の鼻先におろすと、白磁の肌を火照らせて妖しく笑った。
「私の、ここに…チューしなさい」
81 :
桃毛:2010/02/18(木) 00:37:37 ID:NzFIH2fX
じゅるぅぅぅぅ。
濡れ光る霧の秘唇に、望の唇が吸いついている。
舌を伸ばし、狭い柔らかな肉の壁をかきわけ、ねぶりあげる。
その奥から溢れてくる粘液を、淫らな音を立ててすすり、飲み下す。
普段とはちがう高圧的で攻撃的な霧の態度に、望は倒錯した昂ぶりを感じていた。
「あんっ!あぁああ、先生じょうず、気持ちいいよ…」
霧は望の唇が『そこ』に届くようにおへそを突き出していた。
許してもらおうと必死で動く望の舌の動きにあわせて腰をうねらせ、すりつける。
今まではどちらかと言えば受身にまわることの多かった霧は、
望が自分の言いなりに奉仕してくれることに嗜虐的な喜びを味わっていた。
「でももっと!ほら、こっちの方にも…チューしなさい」
霧は少し腰を浮かせると望の唇のある所を見当を付け、尻肉の真ん中をそこに押し付けた。
お尻の下でうめき声が上がったが、その情けない声は霧を興奮させるものでしかない。
可愛らしい肉のすぼまりを突きつけられた望は、秘裂から垂れてくる愛液を舌にのせるとそこに一気にむしゃぶりついた。
「んぁぁっ!」
閉じた菊門をほぐすと舌を挿し入れ、先ほどと同じように丹念に愛撫を捧げる。
「あはっ!いいよ、いいよせんせぇ…もっと舐めて…!私のお尻の穴、舐めなさい!」
霧は初めての感覚にうっとりとしながら、今までにない快感を味わおうと白い尻を震わせた。
普段のように顔を見合わせては絶対にこんな事は言えなかっただろう。
望に『ぷんすか』していなければ。望の顔が見えない、それも自分の尻に文字通り敷いているこの状況でなければ、
はしたないを通り越して浅ましくさえある、こんな台詞など。
望はもどかしくなったのか、霧のふとももを下から支えていた手を秘裂のほうに伸ばしまさぐりはじめた。
「あふぁあっ!」
その新しい刺激に、霧は望の下顎と襟元に蜜を吹きこぼしてしまう。
溶けそうな意識をつなぎとめながら、はしたなく快感にゆがめた顔をのけぞらせてあえいだ。
頭を起こして望のからだの方に目をやる。
その股間が、袴の上からでもはっきりわかるほど持ち上がっていた。
霧はそれをみて、ぺろりと紅い唇を舐めた。
「先生、苦しい…?」
霧の太ももを持ち上げた望が、さすがにこの態勢に疲れたのか、やや苦しげに応える。
「い、いいえ…小森さんが気持ちよくなってくれるなら、もう少し頑張りますから…」
「ちがくて。ほら…ここ」
形のよい脚が持ち上がり、膝が伸ばされる。
そのつま先が望の盛り上がった袴の上にのせられた。
親指の裏でくりくりと、そこを転がすようにもてあそぶ。
「うわっ!」
たちまち反応した望。
霧は右足だけでなく左足も伸ばし、望のそこを挟みこんだ。
「固いよ?先生のここ…痛くないの?ふふ…苦しくないの?」
袴の布地の上から足の裏でするするとこすってやると、望の腰がのけぞるのがわかった。
望は今度は霧の尻をつかんでやっと持ち上げ、切なげに答える。
「あ、くっ…!小森さん、どこでこんな事っ…」
「ネットは広大だよ…私だって『勉強』してるんだから…。でも、疑問文に疑問文を返さないでよ。
ほら、先生?どうして欲しいの?」
霧は瞳をきらきら光らせて、舌なめずりした。
―先生を困らせたい。恥ずかしいこと、言わせたい。
「ひ、ひきこもってナニ調べてたんですかっ…!ああもう、そうです苦しいですよ!
私のここを…小森さんの足で、いっ、虐めてください!」
「…よくできました。じゃあ、足だと脱がせられないから自分で脱いでよ。
見ててあげるから、このまま自分で…おちんちん、引っ張り出しなさい」
82 :
桃毛:2010/02/18(木) 00:54:54 ID:NzFIH2fX
望は顔面に座る少女の秘部に奉仕を続けながら袴の帯を解き、下帯を解いた。
首にかかる荷重を支えるのに、日頃の首だけトレーニングが役に立ったに相違ない。
ただ生徒の命令と自らの欲望に負けて脱衣するという羞恥に対しては、また別の耐久力が必要であったろう。
ともあれ、空気に触れた望のそれは、痛々しいほど反り返り、牡の透明な粘液を先端にうっすらにじませてさえいた。
「こ、これでいいですか小森さん…。は、はやく…」
望は衣服を解いた手を自らの肉棒に伸ばそうとはせず、律儀に霧の太ももに戻しながら懇願する。
望はそんな情けない台詞が、お互いの官能を昂ぶらせるのを本能的に知っていた。
感受性や共感能力に優れ、悪く言えば場の空気に染まってしまいやすい面もある彼は、
その状況の中で相手から求められる役割というものに自然になりきることができた。
自分自身すら気づかないほどのそれは、彼の持つ特異な才能であると言っていいだろう。
今の彼は、小森霧の完璧なしもべになりきっていた。
霧はむろんそんな事には気がつかない。
ただ無心に、自分の言いなりになる愛しい先生に素直な興奮と今の彼女なりの愛情を表現するだけだった。
「エヘ…おちんちん可愛いよ、先生…。ごしごし、してあげるね…」
ぴくぴくと濡れ光るそれは、まっすぐ霧の官能を突き刺してくる。
ちいさな両の足を差し伸ばす。
重力に従ってへそまで反り返る望の肉棒の中程につま先を挿し入れると持ち上げた。
お腹に垂れた染みから糸引く先端を、今いっぽうの親指の先ですりあげる。
「ぅあっ!」
望の反応が、霧の耳には心地よい。
霧は両足の土踏まずで肉棒を挟みこむと、ゆっくりとその硬いものをしごきあげはじめた。
「ぁあ…うぅあぁ…!小森…さんっ…!」
霧のお尻の下で、望の首がよじれのけぞる。
異様なほど柔らかくなめらかな霧の足裏は、望にかつて味わったことのない官能をもたらしていた。
「足なんかが…こんなに…感じるなんてっ…」
83 :
桃毛:2010/02/18(木) 00:55:44 ID:NzFIH2fX
本来、日常生活を営む人間の足裏など、女性だろうとある程度の硬さをしているものだ。
靴に押し込められ、歩むたび走るたび体重を支えているのだからそれは当然だ。
たとえば常に裸足で何処だろうと駆ける関内・マリア・太郎などは常人よりもずっと足裏の皮膚が硬質化している。
硬いものを叩き続けた空手家の拳がやがて石のように固まるように、人の体はその用いられ方によって驚くほど硬度が変わる。
だが、小森霧の足の裏の肉は常人のそれよりもはるかに柔らかかった。
彼女は宿直室にひきこもってほとんど出歩かず、立って体重を足裏で支えることなど台所で食事の支度をする時ぐらい。
靴どころか靴下を履くことすらまれな霧の足は、その指までも猫の肉球のような感触を維持していたのだった。
「先生…お口が、お留守だよ…」
「す、すみません小森さん…。で、でもあなたの足が、気持ちよすぎてっ…!」
「ふふ…可愛い先生…」
力なくゆるゆると波打つばかりになった望の舌と唇に、霧は糸ひく秘所をすりつけながら足を動かしていた。
足の甲に押し付けて親指の付け根で軽く蹴るようにこすってみたり、親指と人差し指の谷間で亀頭のえらを虐めてみたり―。
先走る望の粘液を足指に塗りつけ、霧は思いつくままに望をもてあそび、絞り上げ、責め苛んだ。
望の腰のふるえが、霧のつま先に伝わってくる。
その反応が、霧には可愛らしくてたまらない。
もう限界が近いくせに、一秒でも長く快感を味わいたくておなかをうねらせて耐えようとする望が、愛しくてならなかった。
―さっきは軽くイかされてしまった。今度は、私のばん―。
霧は両足でしっかり肉棒を包むと、とどめをさすようにひときわ激しくしごきあげてやる。
そして耳まで真赤に染めながら手指を伸ばし、望の舌が出入りする秘裂のうえの肉のつぼみをまさぐった。
自分のなかにも昂ってくるものを感じながら、普段なら絶対口にしないような台詞を言い放つ。
「先生…ほら、もういいでしょ…?びゅぅっ、てしちゃいなよ…?
私のここまで、飛ばしなさい…!」
「ああ、…あああぁあ小森さぁんんんっ!」
望の手が霧の太ももをぎゅっと掴んだそのとたん。
霧の足のなかではじけるように脈打った肉棒から、白濁がほとばしる。
「きゃっ!あは、あははっ…いっぱい、出た…」
それは驚くほどの勢いで霧に向かって跳び、そのおへそを胸元を、そして口元までも白く汚していった。
84 :
桃毛:2010/02/18(木) 00:56:42 ID:NzFIH2fX
望の顔面から降りた霧は、毛布をはだけさせてちょこんと座っていた。
「ふぅん…百人斬りのあとでも、こんなに出るんだ…」
霧は没収した眼鏡を返しながら、意地悪く笑っている。
「い、いや…ですからね…それはそもそも」
霧の体重に圧迫されていたせいでぼやける視界に戸惑いながら、望は汚してしまった霧のおなかや胸元をぬぐっていた。
「言ってみただけ。もうわかってるもん…。記事はたぶん嘘、先生は無罪だって」
今の射精という物的証拠もあるが、ともあれ望をひとしきり責め立てたことで、
日頃から溜まっていた鬱憤もろとも霧の溜飲も下がったようであった。
とは言え、首をさすっている望を見ると、少々彼女も気が咎めるようだ。
首の骨をポキポキ鳴らした望が、苦笑していた。
「それにしても…普段おとなしい小森さんが、あんな事をするなんて。
いや、驚いたというか、興奮したというか…」
顔を見合わせた霧は、毛布をかき合わせて真赤になってしまった。
今は胸のつかえを吐き出して、もういつも通りの彼女に戻っている。
それでも望を横目で見ながら、ぽしょぽしょとつぶやいた。
「また、して、ほしい…?」
「ええ。でも、私はいまの続きがしたいんですが…その、また起きてきちゃいまして…。
百回とは言いませんが、頑張りますから」
こんどは望にスイッチが入ったのだろうか?
妙に直截的なその物言いに、霧はほてった顔にさらに血をのぼらせてそっぽを向いてしまった。
望の言葉がなんだかさっきの仕返しのように聞こえるのは、少々の罪悪感からだろうか。
霧はかぶりをふると、ぱっと立ち上がって言った。
「…ごはん、作ってあげる。せっかく二人きりなんだし…食べたら、その…いいよ」
それだけ言って、台所に身をひるがえしてしまった。
はぐらかされた望は肩をすくめて笑った。
「やれやれ…じゃあお風呂でも使わせてもらいましょうかね…。
言われてみれば、夕食まだでしたし」
85 :
桃毛:2010/02/18(木) 00:57:28 ID:NzFIH2fX
あったかご飯にブリ大根、すりおろした生姜入りの味噌汁。サラダ、漬物、ちょっぴりの晩酌―。
その後、霧が腕をふるった食卓を二人仲良く囲んだのだったが―。
仲直りに少々浮かれ気味の霧は大事なことを失念していた。
食事どきを少々回ったこの時間。
それは望に影のごとくつきまとう、宿命の天敵とも言うべき恋敵が自宅から戻ってくる時間である、ということを。
その少女は、望のベッドの下の闇の中に、すでに超人的な隠形術をもって潜んでいた。
宿直室に満ちるいわゆるラブラブな空気を敏感に察知し、
隠し持った包丁と電柱(何処に隠しているのか、などと突っ込んではいけない。これはそういうものなんです)を握りしめていた。
さて。
その後宿直室にどんな嵐が吹き荒れたか―。
そう、きっといつもの、オフエアバトル。それは別の物語。
――糸色望氏の生活は、にぎやかに多難である。
『101回目のぷんすか』 おしまい
86 :
桃毛:2010/02/18(木) 00:59:32 ID:NzFIH2fX
『101回目のぷんすか』以上でおしまいです。
次は誰を書いてみようか迷っています。
そろそろ文に絵でもつけて自サイトでも作ってみようかとも思っていますが…うーん。
GJ!!
いや、エロかったです
小森さんの足の裏のぷにぷに感をこれでもかと言うほど妄想させられました
後、桃毛さん絵も描く人なんですね
そっちも見てみたいです
SS書く人ってけっこう絵を描く人が多い気がする
89 :
名無しさん@ピンキー:2010/02/18(木) 23:38:10 ID:ahhfrmsy
エロ無し小ネタです
『僕の前後左右上に道はない、僕の下に道はできる』
千里「先生、一次元は点じゃなく線です。」
絶望「あ、そうなんですか?」
千里「前後、左右、上下の三つの軸があるのが三次元です。一つの軸だけなのが一次元。」
絶望「つまり、狭い土管の中のような世界ですね」
可符香「じゃあ、一次元は前後左右上下のどの軸なんだろうね」
千里「う〜ん」
あびる「私は左右の方がいいかな・・・だって、先生の隣にいられるから」
霧「ちょっと、先生の隣にいるべきなのは、世話係の私でしょう。もちろん先生の反対側は交くんで」
奈美「あら、隣は私じゃないの」
千里「なに言ってるのみんな。その役は私意外いないでしょうに。」
先生「挟み撃ちですかぁ!そんな怖ろしい世界はまっぴらです!」
臼井「そうですよ、一次元世界が左右しかない世界なはずありません」
あびる「やだ、誰もいない方向から声がした」
臼井「だって、左右だけだと男女は 合 体 できないじゃないですか!!!」
一同『 な る ほ ど た し か に 』
あびる「あ、臼井くん」
マリア「オマエ、久々に存在感出せたナ」
千里「前言撤回。先生、一次元世界では是非私の真正面に。」
奈美「いいえ私を真ん前に!」
まとい「それじゃあ私は背中側を」
藤吉「どうせなら殿方の後ろには殿方を・・・」
あびる「しっぽは後ろしかないのよね・・・」
三珠「・・・・・・」
絶望「そこ!棒を取り出さないで下さい!」
三珠「・・・・・・」
絶望「乾電池はもっと駄目です!ってか皆さん背後をとらないで下さい!私がゴ○ゴならとっくに死んでますよ!前後世界も駄目です」
智恵「そう、糸色先生に相応しい一次元世界は一つだけ・・・」
絶望「智恵先生・・・残ったのは上下だけですが・・・」
智恵「そう、早い話が踏まれなさいってこと」
絶望「ふ、踏まれろっていやそんな・・・ああっ!ピンヒールはやめてぇ!」
マリア「上下的一次元世界では、必ず誰かしらが下にいるんだよナ」
千里「まあ、そうなるわね。」
マリア「履いてないマリアの真下にくるのは誰だろうナ」
完
90 :
名無しさん@ピンキー:2010/02/19(金) 18:02:44 ID:TWOuslDS
加賀愛が少ないのが残念だな
>>86 GJです 霧好きにはたまらん作品でした
望×まといか望×倫とかいかがでしょうか
隣の女子大生にはわりと明確に好意を持っているみたいだけど、智恵先生にはどう
なんだろうねえ。
相変わらずカウンセリング室に行っているのはわかったけど。
隣の女子大生→好意(けっこうガチ)
知恵→憧れ
キタ姉→好意(ただ初期の生徒たちへのレベルと一緒)
こんな感じかな。
ただ隣の女子大生は最近、部屋に飾ってあるポートレートにしか出てないよね
最近っていうか初回以降は…
他にはせいぜい恵方巻の時ぐらいだったか
しかし宿直室に引っ越して3、4年経ってからもずっと飾ってるってのはある意味凄いな
あのカレーだって食べたせいで腹壊した訳だし
まさか、カレーがわざとだとは思うまい
望「あの時の事は今でも良い思い出です♪」
交「良かねえよ!」
可符香「………ニヤマリ」
千里があの格好で望攻めたらいいかも
と某番長漫画からネタを輸入してみるtest
智恵先生はちょっと貧乏そうだし、金持ちのセンセエとくっつくと思い通りに
コントロールもできて理想だと思う。
マ太郎と大草さんがいるから、あんなの貧乏には入りません。
ってか、昼はカウンセラーで夜は女王様のお仕事もやってるなら、そこそこ溜まる、もとい貯まるだろうに。
保守がてらに下ネタを投下
千里「万世橋君、三次元乙女をあまりキモイと言わないでくれない?」
渡「何故です?二次元乙女はこんなに完璧なのに」
千里「何故なら二次元世界の生物には、咀嚼・消化・排泄を行うための管状消化器官が存在しえないから。
管状消化器官を持ちうるのは三次元世界の生物だけで、二次元世界に存在しうるのは口から入れて口から出す巾着型消化器官か、口から入れて体内ですべて消化するアメーバ型消化のみです。
そんな乙女の方がキモイでしょう?」
渡「全然。むしろ更に完璧じゃないか!」
千里「何故?」
渡「何故ならその理屈では、二次元の俺の嫁には肛門がないのだから!」
千里「そうきたか!」
臼井「しかも、巾着型は存在しうるのなら合体に必要な器官にはなんら影響ありません!」
千里「今何かキモイこと言った?」
渡「いや何も」
マ太郎「てことは、二次元乙女とはスカプレイはできないのナ」
絶望少女のお尻の穴はアナルセックス専用!
102 :
266:2010/03/07(日) 01:30:55 ID:ZezDTZZW
久しぶりに書いてきました。
今週のマガジンの掲載分をネタにした望カフ、エロなしです。
それではいってみます。
103 :
266:2010/03/07(日) 01:31:26 ID:ZezDTZZW
夕焼け空の下、川沿いの土手の上の道を可符香は一人歩いていた。
しばらく歩き続けて、橋の近くの土手に座る見慣れた後ろ姿を見つけた。
うなだれた背中と拗ねたような雰囲気はいつもの彼とあまり変わらないように見えたので、
可符香は、果たして今回自分の仕掛けた悪戯が、未だその効果を発揮しているのか少し分からなくなってしまう。
とりあえず、可符香は彼に、彼女の担任教師、糸色望の背中に声を掛けてみる事にした。
「そうだよね。子供にだって人権はあるよね」
「可符香ちゃん」
振り返った望はいつもとは違う少し甲高い声で彼女の名を呼んだ。
どうやら、今回の可符香の悪戯は今も望に対して大絶賛で影響を及ぼしているようだ。
「親だから子供に何でもしていいなんて、そんな大人ばっかりで大変だよね」
「可符香ちゃんは分かってくれるの?」
「もちろん」
にっこりと笑って、自分の隣に腰を降ろした可符香に、望も嬉しそうに微笑みかけた。
今、とある事情…というか可符香の悪戯によって、望は完全に中学生ほどの女の子とほぼ同じ心理状態になっていた。
本来、女の子に代わって厄を受けるひな人形。
しかし、現代社会の巨大なストレスと厄は雛人形一セットではカバーし切れない。
そこで糸色人形堂は、その雛人形の厄をさらに受ける為に、さらに一回り小さいミニひな人形を制作していた。
ひな人形は女の子の為のスケープゴート、ミニひな人形はひな人形のためのスケープゴートというわけである。
ところが、今度はさらにそのミニひな人形の厄を祓うミニミニひな人形、そのまた下のミニミニミニひな人形と
小型化を重ねていった事が災いして、これ以上小型化不可能な極小のひな人形にまで至ってしまった。
糸色人形堂はそうして厄を溜め込んだ極小ひな人形の回収、厄払いも行っていたのだが、そこに目をつけたのが可符香だった。
彼女は極小ひな人形の回収ボックスを『安全なところに運ぶ』なんて言いつつ、望に向かってその中身をぶちまけたのだ。
ミクロサイズのひな人形を飲み込み、頭からかぶって、望は人形に満載されていた厄を一身に背負ってしまった。
しかも、その厄はただの厄ではなくて、ひな人形を飾っていた女の子達の厄である。
その影響をもろに受けた望はなんだか中学校ぐらいの女の子のような性格になり、その年頃ならではの発言・行動をするようになってしまった。
『親友と同じ人を好きになってしまった』
『親が勝手に自分の部屋に入ってくる』
『あまつさえ日記まで見られてしまった』
溜め込んだ女子中学生的ストレスを爆発させる望。
だけどその姿は案外、いつものちょっとした事で『絶望した!』と叫ぶ彼とあまり変わらないようにも見えたのが悲しいところである。
そしてついに、望は『こんな家出てってやる』とばかりに、学校を飛び出し家出をしてしまった。
そうして先程、可符香はすっかり女の子になり切った望を見つけたのだ。
「携帯料金、一万円超えちゃった」
「大変だね」
めそめそ、ぐすぐす、目の端に涙を浮かべながら女の子みたいに喋る望は、だけどやっぱりあんまり違和感は無かった。
ただ、可符香はそんな望の姿が妙に可愛くて、彼の隣でずっとその横顔を見て、話を聞いていた。
104 :
266:2010/03/07(日) 01:31:58 ID:ZezDTZZW
一方そのころ、糸色人形堂では、可符香のぶちまけた極小ひな人形の片付けが行われていた。
その様子を眺めなていた倫がポツリと一言。
「妙じゃな…」
「どうなされました、倫様?」
怪訝な表情で床に散らばるひな人形を見つめる倫に、時田が尋ね返す。
「いや、いつもなら処理待ちの人形は霊感ゼロの人間でも分かるくらいの瘴気を立ち上らせているのに、こいつらからは全然そんな雰囲気を感じぬ」
「……となると、全ての厄は望ぼっちゃんの方に持っていかれてしまったのでしょうか?しかし、人形はここに残っておりますのに……」
「人形に溜め込まれていた厄はお兄様と何やら波長が合う様子だったからな。それに引っ張られて、ぜんぶ向こうに持っていかれたのかもしれん」
「望ぼっちゃんはご無事でしょうかな……?」
倫の言葉を聞き、心配気な表情を浮かべる時田。
倫はそんな時田ににこりと笑いかけて
「そう心配するな。さっきも言った通りあの厄は望お兄様と波長が合っていた様子だったからな。
お兄様に害を為す事もないだろうし、無理なくストレス発散されてその内消えて無くなるじゃろう」
「だと良いのですが……」
「だから心配するなというに。お兄様のタフさはお前も良く知っておろう」
安心させるように時田の肩の上に、倫の手の平が優しくのせられる。
それから、再び視線をまだ床の上に転がっている人形に移した倫は、あるものに目を留める。
「これは……ウチでこんなもの、作っておったか?」
それは手の平の上に乗るほどの小さなひな飾りだった。
親指ほどの大きさのお内裏様とお雛様が仲良く並んでいる。
糸色人形堂が現在発売している極小ひな人形は段飾りを含めたフルセットのひな人形をミニチュア化したものだが、
こちらは人形がニ体きりの簡単なつくりである。
表面には汚れが目立ち、色も随分と褪せていて、他のひな人形より少し古いもののように思われた。
「倫様、失礼いたします。私にも少し……」
「うむ、構わぬ」
怪訝な表情でそのひな人形を見つめる倫の横から、時田も顔をのぞかせてそれを見た。
「これは……確かに糸色人形堂の商品ですな」
「そうなのか?だが、ウチのカタログにはこんな人形はなかったと……」
「少数ですが作られていたのでございますよ。最後に作られたのはざっと十年ほど前になりますかな。
手軽さを売りにした商品だったのですが、思ったようには売れなかったので二、三年で生産を止めました」
時田の説明に倫は納得したように頷いた。
「なるほど…そんなものがあったのじゃな……しかし、これを持っていた子供はよほどの悪戯ものだったようだな」
「そのようですな……」
二人が見つめるその小さなひな人形は、どうやら持ち主にあまり大切に扱われていなかったと見える。
何故ならば……。
「寄りにもよってお内裏様の顔にメガネの落書きをするなど……全く、ひな人形をなんだと思っておる」
105 :
266:2010/03/07(日) 01:32:50 ID:ZezDTZZW
『部屋に鍵をつけたい』
『門限の事でいちいち親がうるさい』
『勉強って社会に出て何の役に立つの?』
立て板に水を流すかのように望はその身に溜め込んだひな人形の厄、というか年頃の女の子達の不平不満を話し続けていた。
その勢いは凄まじく、横にいるだけで可符香も感じていた厄の存在感がみるみると薄れていった。
やはり、ひな人形の厄と望の相性はバッチリのようだった。
やがて、赤い夕陽がゆっくりと沈んで、空が紫の色に変わる頃にはひな人形の厄はほとんど消え去ろうとしていた。
(次の話が終わったら、そろそろ先生も元に戻るかな?)
横で見守る可符香がそんな事を思い始めた頃だった……。
『もうほんとに最悪。お父さんもお母さんも、なんでわかってくれないの……』
その言葉を呟いたのを最後に、唐突に望は沈黙してしまった。
ついに厄を全て出しきったのかと、一瞬可符香はそう考えたが、どうにも様子がおかしい。
体育座りの膝をぎゅっと抱きしめて、一言も喋らないまま望はうつむいた。
その様子が少し心配になった可符香が声を掛けようとすると
「ねえ……おねえちゃん…」
ゆっくりと望が顔を上げた。
その表情を見て、可符香は驚く。
そこには先程までの十代の少女のような表情は無く、代わりにそれよりもっと小さな、幼い女の子のような表情が浮かんでいた。
(もしかして…あのひな人形の中に小さな女の子が使ってたものが混ざってたって事かな?)
そう考えれば一応の説明はつくのだけれど、可符香には何だか目の前の望の様子がそれだけの事だとは思えなかった。
感じるのだ。
今の望の表情を見ていると、如何とも形容し難い不思議な感覚が彼女の胸の中に湧き上がってくる。
それはまるで、磨きあげられた鏡をじっと覗き込んでいるような、そんな感覚だった。
しばらく、可符香と、幼い少女になりきった望はじっと見つめ合う。
それから、おずおずと望は少女の口調で可符香に聞いた。
「おねえちゃん…わたしのおはなし、きいてくれる?」
「もちろん、私でよければいくらでも聞いてあげるよ」
彼女にしては珍しく、少し緊張しながら、それでも精一杯の笑顔でそう答えると、少女の顔の望は安心したように笑ってくれた。
「それじゃあ、はなすね」
「うん」
そして、望は、望の体を借りた幼い少女は話し始めた。
必死に明るさを装いながら、それでも隠しきれない寂しさをその声に滲ませて。
それは……。
「おにいちゃんと……おわかれしなきゃいけないの……」
おにいちゃんはいつだって優しかった。
わたしが会いにいくと、かならずやさしくわらって、わたしの頭をなでてくれた。
わたしのいく先にはどこへでもついてきてくれて、わたしとたくさん遊んでくれた。
ほんとうは少しわがままを言いすぎたかなって、なんども思うことがあった。
わたしと遊ぶなかでおにいちゃんは、
川にとびこんで、とおい海までながされたり、
こわいヤクザのおじさんたちとオニごっこをしたり、
ほんとうにいろいろ、たいへんな目にあった。
だけど、おにいちゃんはわたしがなんど会いにいっても、ちゃんと遊んでくれた。
ずっとそばにいてくれた。
わたしがいった事をすごくしんけんに聞いてくれて、こまったときは一緒になやんでくれた。
わたしがわらうと、おにいちゃんもいっしょに、ほんとにうれしそうにわらってくれた。
だけど、もうおわかれしなくちゃいけない。
おにいちゃんのすむ町からずっととおい所へいかなきゃいけない。
それはおとうさんとおかあさんがたくさん悩んで決めたことで、こどものわたしにはどうにもできない。
「もう会えなくなるの…」
「おにいちゃんと…のぞむおにいちゃんと、おわかれしなきゃいけないの……」
106 :
266:2010/03/07(日) 01:33:29 ID:ZezDTZZW
望の口を借りて語られる少女の思い。
それを聞きながら、可符香はただ呆然とするばかりだった。
(間違いない…これって……)
幼い頃の可符香が過ごした、とてもとても短い、だけどとてもとても楽しかったあの日々の事。
それが望の声で、少女の言葉で語られる。
そして、望の中の『彼女』が最後に言ったその名前。
「おわかれしたくない!ずっといっしょにいたい!!のぞむおにいちゃんっ!!のぞむおにいちゃん……っ!!!」
この叫びを、この気持ちを、可符香が忘れられる筈がない。
可符香が手を伸ばせば、いつでも優しく握り返してくれたあの優しくて大きな手の平。
だけど、それはある日突然に可符香の手の届かない場所になってしまった。
あの頃の可符香、まだ屈託なく『赤木杏』と名乗る事のできた幼い頃の自分。
小さくて無力だった彼女には、自分を押し流してく運命に抗う力などなくて……。
(そして、私はお別れしたんだ。あの頃の先生と…望お兄ちゃんと………)
可符香は改めて、今にも泣き出しそうな望の顔を見た。
姿形こそいつもの望だけれど、そこにいるのは紛れもないあの日の自分、赤木杏だ。
「おにいちゃ……のぞむ…おにいちゃん……ぐすっ…」
ついに堪えきれず涙をこぼし始めた望の姿の杏を見て、可符香はふと思い出す。
(そうだ…あの頃の私は、こんなふうに思い切り泣こうなんてしなかったっけ……)
可符香はお別れのその日まで、望にその事を話さなかった。
そして、いつもの悪戯をしかけて、その騒ぎに紛れて望の前から姿を消したのだ。
最後に望と目が合ったとき、僅かに瞳の端からこぼれた雫。
それ以上の涙を、あの頃の可符香は、杏は決して流そうとしなかった。
街から逃げ出さなければならなくなった親の前で、そんな顔を見せる事はできなかった。
ずっといつもの変わらない笑顔のまま、可符香は両親に手を引かれて街を去っていった。
そして、大慌ての夜逃げの最中、可符香はあるものを失くしてしまった。
両親が買ってくれた、小さな小さなひな飾り。
可符香はそれが大好きで、『お嫁に行くのが遅れるからしまっておきなさい』と何度も言われたのにずっとそれを飾って眺めていた。
きれいな着物に袖を通したお雛様は自分、マジックでメガネを落書きしたお内裏様は望お兄ちゃん。
あのひな人形みたいに、ずっといっしょにいられると、そう思っていたのだけれど……。
(そっか……あの厄のたまったひな人形の中に、私のお雛様も混ざってたんだ……)
一体どういう経緯かは分からないが、糸色人形堂の回収ボックスに可符香のひな人形が紛れ込んでいた。
そして、そこに込められていた厄。
あの時、ずっと笑顔でいなければならなかった小さな女の子、杏の涙が望の中へと流れ込んでしまったのだ。
107 :
266:2010/03/07(日) 01:33:57 ID:ZezDTZZW
ボロボロ、ボロボロともう涙を止める事も出きず、泣きじゃくり始めた望。
可符香はその頬に、かつての自分が見せる事の出きなかった泣き顔にそっと手を伸ばした。
「…ひっく…お…ねえちゃん……?」
「大丈夫…だよ……」
そしてそのまま、背の高い望の体を、小さな子供にしてやるように優しく抱きしめてやった。
あのひな人形は幼い日の可符香が押さえつけていた感情を受け止め、今度はそれを望が引き受けた。
そして、長い道のりの果てにそれは再び可符香の元へと戻ってきたのだ。
忘れようとしたって絶対に忘れられない悲しい出来事。
だけど、それは可符香にとってかけがえのない、大切な思い出でもある。
可符香はそれを再び自分のものとして受け入れようとしていた。
(大丈夫…今の私なら、きっと……)
ぎゅうぎゅうとしがみついてくる望……その姿を借りた小さな自分の背中を可符香は優しくなでる。
「…何も心配ないよ。泣かなくてもいいんだよ……」
「でもっ!…でもっ!!…」
「大丈夫だよ。だって……その人は…望お兄ちゃんにはいつかまた、ずっと未来に会えるんだから…」
「えっ……!?」
大好きな人から遠く離れる不安と寂しさに押しつぶされそうな少女に、可符香は何度も言い聞かせてやる。
「望お兄ちゃんにはきっとまた会える。それで、昔みたいにお話して、遊んで、毎日一緒にいられるんだよ…」
「本当……?」
「いやだなぁ…、本当に決まってるじゃない。嘘なんてつかないよ。嘘なんて言える訳ないよ」
可符香の言葉に、望の中の少女はだんだんと落ち着きを取り戻していく。
可符香は自らの言葉で、あの時の自分が感じていた感情をゆっくりと解きほぐしていく。
だけど……それなのに……。
「だから、安心して…とても長い時間がかかるけど、あなたはまた望お兄ちゃんに会える……ぐすっ…きっと……必ず……」
「おねえちゃん……泣いてるの?」
何てことだろう。
昔の自分を宥めていた筈の、今の自分までが泣き出してしまうなんて。
でも、考えてみれば、当然の事かもしれない。
ひな人形を残してあの街を去った後も、可符香の頭の片隅にはいつもあの日の思い出があった。
辛くて悲しくて、何度も忘れたいと思ったけれど、どうしても捨てられなかった大切な記憶。
彼女はそれと一緒にこれまでの人生を生きてきた。
ひな人形に託された分だけではない。
あの日、桜の木の下でもう一度望にめぐり合うまでの長い間、彼女の中にずっとその気持ちはあり続けたのだから。
「…大丈夫…だから……ぜったい…きっと…また、会えるから……」
いつの間にか可符香は涙でぐしゃぐしゃの顔を、望の肩に埋めて泣いていた。
あの日から押さえつけていた全てを解き放つように、子供のような泣き声を上げて………。
108 :
266:2010/03/07(日) 01:34:25 ID:ZezDTZZW
それから、どれくらいの時間が経っただろう。
泣き続ける可符香の肩が先程までの震える少女の腕とは違う、優しい感触が抱きしめた。
「……大丈夫…大丈夫ですよ、風浦さん……」
「えっ……」
耳に馴染んだその声に思わず顔を上げると、そこには慈しむような笑顔で可符香を見下ろす望の顔があった。
「先生…ひな人形の厄は……?」
「どうやら、さっきので完全に出て行っちゃったみたいですね。
……まあ、おかしくなってた間の事は全部記憶に残ってるので、今度は私の精神的ダメージがハンパじゃないんですが」
「…そんな事ないですよぉ。いつもの先生と大して違わなかったですよ?」
「またあなたはそうやって私の心を抉る言葉を……」
いつもの会話、いつもの笑顔、自分を気遣い優しく抱きしめる腕の温かさ。
それらの全てが可符香の心を安心させていった。
(そうだ…もう大丈夫なんだ……だって、私はまた先生のところへ戻ってきたんだから……)
望の隣にいられる嬉しさと、まるで長い旅を終えて家に戻ってきたような切ない気持ちがまざりあって、
胸の中がいっぱいになった可符香は望の体にもう一度、ぎゅっとしがみついた。
と、そこで彼女はある事に気付いた。
「先生……先生もまだ、泣いてるんですか?」
先程まで小さな赤木杏になり切って流していたのとは違う、新しい涙の筋が望の頬を滑り落ちてくのを可符香は見た。
それを指摘されると、望は恥ずかしそうにぐしぐしと目元をぬぐって
「あ、当たり前じゃないですか!私だって、あの時のことは辛かったのに……こんな形であの時のあなたの気持ちを知るなんて……」
そう言ってそっぽを向いてしまった。
ただ、拗ねたような表情を浮かべながらも、望の腕は可符香の背中を強く、優しく抱きしめて離さない。
可符香は改めて、望の傍にいられる事、その実感を、幸せを噛み締めながら彼に語りかける。
「……先生、私たち、また会えたんですよね……」
「………そうです。そして今度はもうあなたを一人で遠くに行かせたりなんかしません。……ずっと一緒です…」
照れくさそうに、だけど、はっきりとそう言い切った望の言葉を、可符香は心の中で反芻する。
そうだ。
きっともう、絶対に大丈夫。
温もりと優しさに満ちたこの場所こそが、他に絶対替える事の出来ない可符香の居場所なのだ。
「……もう離しませんよ、風浦さん…」
「……私だって同じですよ、望お兄ちゃん……」
次第に西の方から、紫から夜の黒へと色を変えていく空の下、可符香と望は互いの温もりに体を埋めて、ずっと抱きしめ合っていたのだった。
109 :
266:2010/03/07(日) 01:35:08 ID:ZezDTZZW
以上、声付きで考えると非常にアレなお話でした。
それでは失礼いたします。
普通に良い話でしたGJ!
111 :
266:2010/03/13(土) 00:09:55 ID:9k9S9QeH
書いてきました。
望カフでフライング気味のホワイトデーネタです。
しかも、何故か温泉でイチャつきます。
それでは、いってみます。
112 :
266:2010/03/13(土) 00:10:51 ID:9k9S9QeH
3月半ばのある土曜日の早朝の事。
望は愛用のトランクを片手に駅に向かって歩いていた。
随分と冬の寒さも和らいできてはいたが、この時間帯では流石にまだまだ空気も冷たい。
夜の冷たさを残した風を避けるように、望は羽織った外套の前を合わせて白い息を吐く。
「この場所で間違いありませんでしたよね?」
駅の前まで辿り着いた望は、何度も時計で時間を確かめながらきょろきょろと辺りを見回す。
それからしばらく後、望は、こちらに向かって早足で歩いてくる見慣れた人影を視界の中に見つける。
「せんせ〜い!!」
望に向かって大きく手を振りながら近づいてくる少女。
彼女は望が担任を勤める二年へ組の女子生徒、風浦可符香である。
「待たせちゃいました?」
「いいえ。私もさっき来たばかりですから」
二人はお互いの姿を確認すると、僅かに嬉しそうに声を弾ませて言葉を交わしながら、駅の構内へと入っていった。
駅舎の中は早朝だという事を考慮に入れても、驚くほどに人が少なかった。
ほとんど無人の構内を歩き、改札を通過して二人はホームへ出て行く。
望は隣を歩く可符香の大きなカバンを見て、一言。
「別に地球の裏側に行こうってわけじゃないんですから、そこまで大荷物じゃなくても良かったんじゃないですか?」
「昨日いろいろ考えながら荷造りしてたら、ついつい詰め込みすぎちゃって……
それに、そういう先生だって随分大きなトランク持ってるじゃないですか」
「うぅ…確かにそうですね。私もちょっと張り切りすぎちゃったみたいです」
その事を指摘された望は苦笑を浮かべて
「……何だかんだ言いながら、私もかなり楽しみにしてましたからね……」
そう言った。
そんな望に可符香も心底楽しげな笑顔を浮かべてこう答えた。
「そうですね。私もずーっと楽しみにしてましたから、今回の、先生との旅行のこと……」
113 :
266:2010/03/13(土) 00:11:28 ID:9k9S9QeH
事の発端は2月の終わりごろまでさかのぼる。
その頃の望は毎日そわそわと、ある一つの事に頭を悩ませていた。
「風浦さんへのホワイトデーへのお返し……一体、何にしましょうか?」
今年の2月14日、望は可符香にチョコレートをプレゼントしようと、密かに計画を立てていた。
元々、大のショコラ好きで舌の肥えている望は、有名各店を巡り『これだ!』と思える最高のチョコを用意するべく苦心した。
そして、迎えたバレンタインデー、勇気を振り絞りついに可符香にチョコを渡した直後、
彼は泣き笑いの表情の可符香からあるものを手渡された。
それは、可符香手作りのトリュフ・チョコレート。
彼女もまた、望にチョコレートを渡そうとしていたのだった。
思いも掛けず受け取る事になった可符香からのチョコレートは、望が知る他のどんなチョコよりも甘くとろけるように感じられた。
これ以上ない、最高のバレンタインの贈り物。
それだけに、ホワイトデーのお返しにも、なるだけ可符香を喜ばせられるよう、より良いプレゼントをと、望は考えていたのだが……。
「先生、これどうぞ!」
ある日の休み時間、次の授業に向かうべく学校の廊下を歩いていた望に、可符香が一枚の紙を手渡した。
一瞬、戸惑う望だったが、紙に書かれた内容を見て驚愕した。
「バレンタインチョコ…制作費用……!!?」
そこには先日望が受け取ったバレンタインのトリュフ・チョコの材料費やラッピング等にかかった費用が事細かに記されていた。
さらに、望を驚愕させたのが、その下に記載されていた言葉。
「じ、人件費ってなんですか!?」
「人件費は人件費ですよ。働いた人に支払われる費用です」
記載された人件費とやらの金額はその他の原材料費などを大きく上回っていた。
「一体、何なんです、これは?何がどうなってるんです?」
「もうすぐ3月じゃないですか。先生も、バレンタインチョコを受け取った人間として、忘れちゃいけないイベントがあるのはわかってますよね?」
「……ホワイトデーの事ですか?」
その問いにかすれる声で答えた望に、可符香は出来の良い生徒を見る教師のように微笑んで見せる。
「そうです。バレンタインにチョコを貰った人がそのお返しをする日!
……先生がきっと何をお返ししようか悩んでるんじゃないかと思って、参考になるデータを持って来たんです!」
「はあ……参考、ですか…」
訳が分からない、といった表情で紙に視線を落とす望に、可符香はチッチッと人差し指を振り
「いやだなぁ、先生、ご存知ないんですか?ホワイトデーにはバレンタインの三倍返しをするのが基本じゃないですか!」
とんでもない事を言ってのけた。
望もそれでようやく可符香の意図を理解する。
「ちょ…待ってください。それじゃあ、この紙はその為の……」
「3月14日、ホワイトデーのプレゼント、楽しみにしてますよ、先生!」
呆然とする望を残して、可符香は廊下の向こうへと軽やかに駆けて行ってしまった。
後に残された望は可符香に渡された紙切れを見つめて、呆然と立ち尽くすしかなかった。
114 :
266:2010/03/13(土) 00:12:05 ID:9k9S9QeH
「うぅ…絶望した……絶望しました……」
一日の仕事を終え、宿直室へと帰る途上、望はうわごとのようにそう呟いていた。
可符香の心のこもったプレゼントだと思っていたバレンタインチョコに、まさか彼女自身によって値段をつけられるとは。
しかも人件費なんて項目を作って、金額の大幅な水増しが行われているのである。
ショックを受けるなという方が無理だった。
可符香にチョコを貰って以来、どこか浮き足立っていた望の心は、ここへ来て一気に沈み込んだ。
「先生、おかえり」
「ただいま、小森さん」
「どしたの?なんだか元気ないみたいだよ?」
「いえ……別に大した事じゃないんです。ほんと、大した事じゃあ……」
宿直室に戻ってきた望のただならぬ落ち込みぶりに、霧が心配そうに声をかけるが、
他の多くの2のへの生徒達同様、望に想いを寄せている彼女に今の悩みを相談する事などできない。
望は霧の問いをなんとか誤魔化して、宿直室の畳に腰を下ろした。
それからしばらくの間、すっかり落ち込んだ望は、俯いた姿勢のままぐったりとして過ごしていたのだが……。
「これは……?」
ふと、視界の隅に映ったそれを、望は何の気なしにつまみ上げた。
「温泉旅行ですか……いいですねぇ…」
それは、とある高級温泉宿の『春の特別キャンペーン』なるものについて書かれた、新聞の折込チラシだった。
なんでも、3月13、14日の二日間に限ってペア客向けに普段の半額以下の格安で部屋を提供するという話らしい。
問題の金額も、この宿、この部屋ならばなるほど安い、と思わされるものだった。
しかし、その文面に望は妙な違和感を感じ取る。
(3月14日?ペア客向け……何ですか、これは?)
もしかして……そう思いながら、先程可符香から受け取った紙切れを出してみる。
(ホワイトデーの贈り物は三倍返し、でしたね………)
チラシに書かれた金額と、可符香から受け取った紙切れに書かれた費用の合計を三倍にして照らし合わせると、
ピッタリ、一円の誤差もなく同じ金額になった。
と、その時、望の背後から霧が声を掛けてきた。
「先生、ちょっとお話があるの」
「どうしたんです、小森さん?」
「実は……」
霧の話によると、全座連東京支部の集会が行われるらしく、彼女も参加したいという話だった。
ちなみに霧が学校を開けている間はちゃんと代理として全座連所属の座敷わらしが来てくれるらしい。
「泊まりがけになるから、先生にも迷惑かけちゃうんだけど……」
「それは全然構いませんよ。それで、その集会というのはいつなんです?」
「3月の13日と14日だったと思うよ」
「えっ!?」
その日付を聞いて、望の全身が固まった。
さらに……
「た、大変だ〜!大変だよ、ノゾム、きりねーちゃん!!」
「どうしたんですか、交?そんなに慌てて……」
「会えるんだよ!ほんと、久しぶりに会えるんだ!!」
「だから、誰が来るって言うんですか?」
やたらテンションの上がっているらしい交は、望に軽く背中を撫でられるとようやく落ち着きを取り戻して……
「父さんと母さんに会えるんだ。一緒に遊園地に行って、ホテルに泊まろうって!!」
「縁兄さんが!?」
何かと縁に恵まれない男、糸色家長男、糸色縁。
あまりに縁が無さすぎて、ついには我が息子とも離れ離れに暮らす事になってしまった彼だったが、
今回、仕事の予定をかなり強引に調整して、ようやく親子水入らずで過ごせる時間を確保できたらしい。
いつも生意気で同年代の子供と比べると、ずいぶんませた雰囲気のある交だったけれど、
やはり久しぶりに両親に会えるのは嬉しいらしく、満面の笑顔を浮かべている。
望も嬉しそうな交の姿に、我知らず微笑を浮かべていたのだけど。
ふと、ある事が頭に浮かんだ。
「あの、交。縁兄さんと会う日はもう決まっているんですか?」
「3月の13日と14日だけど、何かあるのか、ノゾム?」
完全に予想通り。
ここまで条件が揃えば誰にだって理解できる。
これはあの娘からの、可符香からのメッセージだ。
ひねくれ者で、自分の本心をなかなか口にしようとしない彼女は、こんな形で自分の気持ちを伝えてきたのだ。
『いっしょに温泉に行きましょう、先生!』、と。
115 :
266:2010/03/13(土) 00:12:46 ID:9k9S9QeH
というわけで、場面は再び3月13日早朝の駅に戻る。
望と可符香の二人はホームに立って、間もなく到着するであろう列車を待っていた。
可符香は隣に立つ望の顔をチラリと見て、少し照れくさそうに口を開く。
「今回は流石にちょっと強引にやりすぎちゃったですかね?」
「繊細なやり方も強引なやり方も、硬軟おりまぜて人を誘導するのがあなたのいつものやり方でしょう?」
「いえ、そうじゃなくて……なんだかこの話自体、先生の意見も聞かずに無理やり決めちゃいましたし」
「それこそいつもの事です。今更気にするような話じゃないですよ」
何やら、いつもより少しばかりしおらしい様子の可符香。
今回の旅行について、彼女も色々と悩むところがあったようだ。
「それに、なんだかんだで宿代交通費諸々、全部先生持ちになっちゃいましたし」
「いいんですよ。ホワイトデーは三倍返しが基本なんでしょう?
だいたい、年下で学生のあなたにお金を使わせるような事になったら、私の芥子粒なみのプライドが残らず消し飛んでしまいます」
それから望は可符香の背中をポンと優しく叩いて
「あなたと一緒に温泉に行ける、それだけで私には十分嬉しいんですよ。だから、今日と明日の二日間はめいっぱい楽しみましょう」
「………そうですね。私も、先生と一緒の旅行、本当に楽しみです」
望の言葉にようやく可符香がにっこりと笑顔を浮かべたところで、ホームに列車が滑り込んできた。
プシューっと音を立てて扉が開き、望は列車に乗り込む。
それから、振り返って背後に立つ可符香に手を差し伸べて……
「それじゃあ行きましょうか、風浦さん」
「はい、先生」
こうして、二人を乗せた列車は目的地である温泉に向けてゆっくりと発進していったのだった。
駅を出発して3時間ほどが経過しただろうか。
列車は山の合間を通る鉄路の上を、のんびりと走っていく。
目的地への到着は正午ごろになるという事で、なかなかの長旅になるようだったが、
窓の外を流れる景色を眺め、二人で他愛もない会話をしているだけで、時間はみるみると過ぎていった。
「いい日和ですね…この間まであんなに寒かったのが嘘みたいです」
「そういえば、もう春なんですよね、先生……」
春は望と可符香にとっては色々と思い出深い季節だ。
舞い散る桜の花びらの中での出会いと再会は二人の胸に深く刻まれている。
ほころび始めた梅の蕾。
冬の間は姿を隠していた虫や鳥達を見かける事も多くなった。
吹き抜ける風にも、心地よい春のぬくもりが感じられる。
うららかな日差しに照らされた景色を二人眺めながら、望と可符香は今年も巡ってきたあの季節の存在感を確かに感じ取っていた。
116 :
266:2010/03/13(土) 00:13:29 ID:9k9S9QeH
それからさらに長時間の列車での移動を終えて、二人が目的地に辿り着いたのは正午少し前ごろ。
流石に休日とあって、温泉街はなかなかの賑わいを見せている。
温泉であたたまった体を浴衣で包み、土産物屋で名物の饅頭などを物色しながら行き交う人の群れ。
望と可符香もその楽しげな空気に背中を押されたように、足取りも軽く街の中へ一歩を踏み出していった。
「あんまり人が多い所より静かな場所の方が好きなつもりだったんですが、この賑やかさは悪くないですね」
「だからって、迷子にならないでくださいよ、先生」
「なりませんって、子供じゃないんですから!」
可符香の言葉にそう言い返してから、望は頬を膨らませて反論する今の自分の姿がかなり子供っぽい事に気づいてしまう。
顔を赤くして恥ずかしがる望を横目に見て、可符香がクスクスと笑った。
その上、その直後に望の腹の虫がぐぅ〜っと鳴き声を上げたものだから、彼の大人としての面目は丸つぶれである。
「うう……なんかもう恥ずかしすぎて心が折れそうなんですが……」
「仕方ないですよ。朝早くに出発してから、ほとんど何も食べてなかったんですから」
「駅弁、買っとけば良かったですね……」
何分、現在はお昼時。
飲食店の類は客でごった返している事だろう。
そんな二人が目にとめたのは白い湯気を立ち上らせる出来立ての温泉饅頭。
「とりあえず、アレ、食べますか?」
「そうですね」
店の前で脚を止めた二人は一つずつ温泉饅頭を買って、それを食べながらまた歩き始める。
『温泉街一のジャンボ饅頭』というのが売りらしく、ボリュームはなかなかのもので、二人の空きっ腹もこれで随分と満たされた。
「味もなかなかですね。餡子があっさりしてて食べやすいです」
「あ、先生」
「ん、なんですか?」
可符香に突然顔を指さされて、望は怪訝な表情で立ち止まる。
すると、可符香は自分の唇を望の頬に近づけ……
「餡子、ほっぺについちゃってますよ……」
そう言って、望の頬についていた餡を小さな舌先で舐めとってしまった。
「あ…うあ…あああ……ふ、風浦…さん……!?」
「やっぱり子供っぽいのは先生の方ですね」
くすりと笑う可符香の前で、完全に赤面した望はもはや硬直している事しか出きなかった。
その後、なんだかんだと寄り道をしながらも、二人は温泉街の一番奥まった場所にある温泉宿へと辿り着いた。
「糸色望様と糸色杏様ですね。お待ちしておりました」
出迎えた女将の第一声に望は完全に言葉を失った。
一方の可符香は悪戯っぽい笑顔を望に向けてから、
「はい。お世話になります」
と元気に答えて見せた。
女将に案内され、部屋へ向かう途中、望は小声で可符香に話しかける。
「な、な、何ですかさっきのアレ?」
「いやだなぁ、そんなに血相変えないでくださいよ。ちょっとした遊び心ですよ」
「ですが……」
「この年の差なら、苗字が同じなら兄妹とでも判断されるでしょうし、妙な詮索も避けられます」
「そ、そうですか?」
そして、戸惑う望に可符香はちらりと視線を向け
「それに、先生もけっこう嬉しそうに見えましたけど」
なんて言ってきたりする。
「う、嬉しそうって……!?」
「嬉しくなかったですか?」
「いや、それは……嬉しくなかったかと言われると、その可能性を否定し切るのは非常に難しいというか……」
追い詰められた望はやがてポツリと呟く。
「……………白状します。嬉しかったです、物凄く、とっても…」
「やった!私も嬉しいですよ、先生!!」
望の答えを聞いて、可符香が小さく飛び跳ねる。
その様子を横目で見ながら、望はどうやら自分が彼女の手の平の上から逃れるのは不可能である事と、
そうやって可符香に振り回されている時間を、なんだかんだで楽しんでいる自分の気持ちを実感していた。
117 :
266:2010/03/13(土) 00:14:08 ID:9k9S9QeH
そうして、辿り着いた部屋で望はまたも驚きの声を上げる事になった。
「なんか、やたら広くありませんか?何部屋に分かれてるんです、ここは?
っていうか、そもそもあのチラシで見たのと全然違う部屋に見えるんですが……」
「えへへ……」
「……まあ、全部あなたの差金なのは分かり切ってるんですけどね。
そういえば、この部屋に来るまで他の客と一人もすれ違いませんでしたけど……それももしかして?」
「だって、先生となるべく二人きりでいたかったんです」
照れくさそうに笑う可符香の顔を見ながら、望は彼女の底知れない実力を再認識する。
そんな望に、可符香は彼の分の浴衣を手渡して
「まあ、とにかくまずは温泉です!せっかく来たんですから、湯あたりするまで目いっぱい楽しんじゃいましょう!」
そう言ったのだった。
それから望と可符香は浴衣に着替え、外湯巡りに温泉街へと繰り出した。
元気いっぱいといった様子の可符香に引っ張りまわされるようにいくつかの湯を巡り、合間に土産物屋を冷やかす。
そうやって何番目かにやって来た外湯に浸かりながら、望は何故だか少し憂鬱そうな顔でため息をついた。
その理由はというと……。
「うぅ……てっきり混浴に一緒に入ろうって言われるんじゃないかと思ってました」
望もやはり男である。
恐らくはかなりの根回しをして望と二人の温泉旅行にこだわった可符香の事であるから、
そういったイベントもあったりするんじゃないかと、つい心の奥で期待してしまっていたのである。
しかし、今のところ、その兆しは皆無。
冷静になって考えてみると、そんなのは望の都合の良い妄想でしかないわけで、そんな事を考えていた自分がひどく恥ずかしかった。
「うううう……風浦さんごめんなさい風浦さん……」
温泉に顔半分まで浸かった望はぶくぶくとお湯に泡を浮かべながら、今は隣の女湯にいる筈の可符香に謝り続けるのだった。
一方、その女湯では……
「さて、この後からが大勝負なんだから、気合を入れないと」
ゆったりと湯に浸かっていた可符香が何やら不穏な事を呟いていた。
「先生、先に上がってたんですね。待たせちゃいました?」
「それほどでもないですね。いい風が吹いてたので涼ませてもらってました」
浴場から出てきた二人は肩を並べて温泉街を歩いていく。
確かに望の言う通り、火照った体に吹き抜ける風が当たるのが心地良かった。
「それにしても浴衣、似合ってますね。いつもの袴姿も良いですけど、こっちも素敵です。うなじがセクシー」
「ちょ……どうしていつも、あなたはそういう……」
「だって、本当の事ですから」
悪びれもせずに答える可符香に、望の抗議は全て封じられてしまう。
それから改めて彼は、隣を歩く少女の姿を、浴衣に身を包んだ可符香を見つめる。
先程可符香にからかわれたばかりの望だが、彼女の浴衣姿だってかなりのものだ。
浴衣の白に温泉で温められてほんのりと上気した肌の色が映えて、思わず望は瞳を釘付けにされる。
「先生……なんだか恥ずかしいんですけど……」
「……あ、あなたと同じですよ。あなたの浴衣姿がとても良く似合ってたから……」
思わず漏れでたその言葉に、望と可符香は湯上りの肌をもっと熱くして、二人見つめ合ったまま固まってしまう。
そのままどれくらいの時間そうしていただろうか?
大人数の団体で浴場に押しかけてきた温泉客のざわめきに、二人はハッと我に返った。
「そ、それじゃあそろそろ、旅館の方に戻りましょうか」
「そうですね、先生……」
ぽそり、小声で言葉を交わして、望と可符香は宿への帰り道を歩き始めた。
ちょうど温泉客で賑わう時間帯なのだろうか、二人は大勢の人の中をかいくぐるように歩かなければならなかった。
普通の女子より少しだけ小柄な可符香はその人波に呑まれて、前へ進めなくなりそうになってしまう。
そこへ差し出された手の平。
見慣れた細く柔らかな指先。
「大丈夫ですか、風浦さん?」
「はい。ありがとうございます、先生」
にっこりと微笑み合った二人は、互いの手の平をきゅっと握り合って、再び宿へと続く道を歩き始めたのだった。
118 :
266:2010/03/13(土) 00:14:46 ID:9k9S9QeH
途中で射的屋なんかに寄り道した事もあって、二人が宿に戻ったときにはすっかり陽の沈む時間になっていた。
「思ったより遅くなっちゃいましたね」
「でも、今ならすぐに夕飯も食べられる筈ですし、ちょうど良かったんじゃないですか?」
「まあ、それもそうですね」
というわけで、二人はほどなく自分たちの部屋で豪華な夕食を食べる事になった。
「なんか、明らかに私の払った宿代では食べられそうにないメニューが並んでるんですが……」
「蔵井沢の旧家のおぼっちゃまが何ビビってるんですか。せっかくの豪華な料理なんですから楽しまないと」
「ホント、あなたのその度胸とか、謎のコネやネットワークには感服するしかないですね」
なんて会話をしながらも、美味しい料理とお酒ですっかり望はいい気分。
昼食は結局温泉饅頭だけしか食べられなかった事もあって
かなりの品数が並んだ夕餉の膳を望と可符香はぺろりと平らげてしまった。
その後二人は宿自慢の檜の風呂へ。
可符香の手回しで他の客のいない風呂の中、檜の香りとその風情を望はたっぷりと楽しんだ。
そうして温泉から上がると、出口すぐ横の壁にもたれかかりながら、可符香が待っていた。
「外湯のときとは逆になりましたね。待たせちゃいましたか?」
「いいえ。私もたっぷりお湯に浸かって、今出てきたところですから」
それから、部屋に戻る途中、可符香が望にこんな事を聞いてきた。
「先生、後でもう一風呂いけますか?」
「ああ、せっかくの温泉ですからね。付き合いますよ。……そういえば、別館に露天風呂があるって聞きましたけど、もしかして、今度はそっちですか?」
「え、ええと……まあ、露天風呂であるのは間違いないんですけどね……」
妙にはぐらかしたような可符香の言葉に一瞬疑問を感じた望だったが、この時は特に大した事だとも考えずそのまま会話を続けた。
そして、帰りついた自分たちの部屋で、望はとんでもない物を目撃する事になる。
布団は一つ。
枕は二つ。
二人が部屋を離れている間に敷かれていた布団は明らかに恋人同士とか夫婦とか、そういった人たち向けの仕様でセッティングされていた。
「誤魔化し切れてなかったじゃないですか?」
「あ、あはは……そうみたいですね」
半泣きの望に、可符香は苦笑いで答えた。
まあ、若い男女がやって来て同じ部屋に泊まろうというのだから、怪しまない方が無理というものだろう。
仲良く寄り添う二つの枕を見ていると、今夜自分は可符香と同じ部屋に泊まるのだという事実が改めて意識されてきた。
ドキドキと無駄に大きな音で鳴り響く心臓。
心なしか呼吸も苦しくなってきたように感じられる。
だが、その直後、目の前の光景をさらに上回る衝撃が望を襲う事になる。
それは……
「あの、先生……さっき話してた露天風呂の事なんですけど……」
「あ、ああ……そういえばそうでしたね。でも、それよりも先にこっちの布団をどうにかしないと……」
「いえ、それよりも見て欲しいものがあるんです……」
呼びかけてきた可符香の声に、望は何の気なしに振り返る。
すると、可符香は背後にあった襖を開けて、その向こうの部屋へと望の手を引っぱる。
「こっちにも部屋があったんですね。ぜんぜん気づきませんでしたよ」
「その……見て欲しいものっていうのは、この向こうにあるんですけど……」
またしても、歯切れの悪い可符香の言葉。
可符香の意図が全く分からず、訳の分からぬまま望は彼女の後について行く。
そして、彼はついにそれを目にした。
「ふ、風浦さん……これは!!?」
確かに先程、彼女はその言葉を話題に出していた。
そういった設備を備えた部屋のある旅館の存在も知っていた。
それでも、望は目の前に現れたソレに驚愕するしかなかった。
「……はい。見ての通りの露天風呂です」
可符香はハッキリとそう言った。
部屋付きの露天風呂。
しかも、軽く三、四人はいっしょに入れそうな、同タイプの露天風呂としてはかなり大きめのものである。
思い出してみれば、可符香はこの宿に着いてから、部屋に長く留まる事をなるべく避けていたような節があった。
それもこれも、ギリギリまでこの露天風呂の存在を望に秘密にしておきたかったからなのだろう。
今回の旅行は、この時、この瞬間の為にセッティングされていたのだ。
そして、改めて望の前に向き直った可符香は、若干伏し目がちに、頬を染めて、恥ずかしそうにこう言った。
「いっしょにお風呂、入ってくれますか、先生?」
恐らくは彼女が精一杯の勇気で放った一言。
それを前にした望に、肯く以外の返答などあろう筈もなく………。
119 :
266:2010/03/13(土) 00:16:04 ID:9k9S9QeH
『先に入っててください』
可符香に促されるまま露天風呂に入った望は、来るべき時を前にして心臓の高鳴りを押さえ切れずにいた。
混浴などとはレベルが違う。
部屋付きのものとしては大きめなこの露天風呂だが、それでも今日入ったどの風呂よりも小さい。
いっしょに入れば、足が、手が、肩が、否応なしに触れ合ってしまうだろう。
今から二人は、そんな至近距離で同じ湯に浸かろうというのだ。
「あうあう……き、緊張してきましたよ……」
なんてオタオタしてる内に、どうやら可符香は準備を終えたらしい。
カラカラと開く引き戸の音に思わず望が振り返ると、そこには大きなタオルを一枚きり、体に巻きつけただけの可符香の姿が。
それを見た望は慌てて視線を明後日の方向、降るような星と丸い月の輝く夜空に向けた。
背後から聞こえてくるかけ湯の音が止んで、近づいてくる可符香の気配に望の緊張の針が振り切れる。
「先生…隣、いいですか?」
「は、はい……どうぞ……」
強張った声で望がそう答えたのを聞いてから、可符香は湯船の中に入ってきた。
相変わらず空を見上げている望だったけれど、揺れる水面とそこに起こる小さな波が彼女の存在を否応なく意識させた。
そんな望の左腕のあたりに、ふにっと柔らかな感触が触れた。
驚いて振り返ると、眼鏡を外した望でもハッキリと見えるぐらい近くに可符香の顔があった。
「あ…ご、ごめんなさい、先生……」
思った以上に望を驚いたのを見たせいか、可符香はそう言って彼のすぐ傍から離れようとした。
その手の平に、望は咄嗟に自分の手の平を重ねる。
「だいじょうぶです……風浦さん。………」
先程の可符香の反応を見て、ようやく望も理解した。
緊張しているのは自分だけじゃあない。
彼女だっておっかなびっくり、手探りで距離を測りながら、望のそばに居られる場所を探していたのだ。
そんな可符香の気持ちが、彼にとっては何よりも嬉しいものだった。
気がつけば、彼の胸の中は先ほどまでの気恥しさに代わって、彼女への愛しさに満たされ始めていた。
望は可符香の小さく柔らかな手の平を、きゅっと握りしめて言う。
「嬉しいですよ、風浦さん……そりゃあ、恥ずかしくないって言ったら嘘になりますけど、
それよりも今はあなたの傍にこうしていられる事が、何よりも嬉しい………」
望のその言葉を聞いて、可符香の顔に少しだけ見え隠れしていた不安の色が消し飛んだ。
「私も嬉しいです!先生といっしょに露天風呂っ!!」
それから彼女は、満面の笑顔で望の腕にぎゅーっと抱きついた。
流石に望もこれには慌てた。
「ちょ…いきなりそこまでの急接近はやっぱり恥ずかしいんですけど!!?」
「いいんです!恥ずかしがってる先生を見るのも楽しいですから!!」
「ふ、ふ、風浦さ〜ん!!!」
可符香の抱きつきに、望はバシャバシャとお湯をまき散らして慌てふためいた。
しかし、二人にはもう先ほどまでの緊張の色はほとんど残っていなかった。
丸い月の下、じゃれ合う二人の姿は、仲睦まじく幸せそうなものに見えた。
120 :
266:2010/03/13(土) 00:16:45 ID:9k9S9QeH
数分後、ついに抵抗を諦めた望は左腕に抱きついて寄り添ったままの可符香と共に夜空を眺めていた。
「良い月夜ですね……今日は満月ですか」
「先生、私が湯船に入るまでずーっと空見てたじゃないですか?気づいてなかったんですか?」
「情けない話ですが、さっきまではそういう心の余裕が無かったもので……」
可符香に問われた望は苦笑しながらそう答えて、それからさらにこう続けた。
「それに、あなたとこうして二人で眺めてる、それだけでさっきよりも何だか夜空が輝いて見える気がします……」
「えへへ、それは何よりです……」
それからふいに望は可符香の方に向き直り、彼女の顔を見つめた。
眼鏡が無いせいもあるのだろう。
間近から見つめてくる望の視線に、可符香の顔が赤く染る。
「ど、どうしたんですか、先生?」
「いえ、やっぱりあなたとこうして一緒にいると、凄く幸せだなって、そう思えて……」
さり気なく、何気なく、いつも望の傍らにいて、言葉を交わし合い、いっしょの時間を過ごす少女の存在。
彼女と一緒に駆け抜けて行く日々は騒がしくて、滅茶苦茶で、だけど何者にも代えられないほどに愛おしい。
これからもずっと、いつまでだって、彼女の存在を、声を、自分の隣に感じていたい。
たぶん、これが『好き』という事なんだろうなと、望はしみじみと思った。
「風浦さん、少しだけ手を離してくれませんか?」
「はい、いいですけど」
望に言われて、可符香は抱きついていた彼の左腕から手を離す。
望はそうやって自由になった左腕で可符香の肩をぎゅっと抱き寄せて……。
「愛しています、風浦さん……」
おでことおでこがくっつく至近距離で、彼女の瞳をまっすぐ見つめながらそう言った。
「先生……」
可符香は火照った肌をさらに赤く染め、しばらく戸惑うような、恥ずかしがるような表情を見せてから
「私も好きです。愛してます、先生……」
嬉しそうに、そう言ったのだった。
そして……
「ホワイトデーまで、まだ時間はありますけど、一足先にもう一つプレゼント、貰っちゃいますね……」
可符香はそっと望の唇に、自分の唇を重ねた。
望はそれに応えるように、彼女の体をさらに強く抱きしめる。
そしてそれからしばらく、満月と星達だけが見下ろす中、二人はそのままずっと唇を重ね、抱きしめ合っていた。
そのままどれくらいの時間が経過しただろうか?
幾度も繰り返すキスの中で、二人の胸の奥の熱情は否応もなく高まっていった。
そんな時、何気なく望が可符香の肩に置いた手の平が滑り、偶然、彼女の胸に触れた。
「きゃ…!?」
「あ、すみません、風浦さん…」
慌てて彼女から離れようとする望。
しかしその動きを可符香の腕が止めた。
「……気にしないでください、先生……」
「ですが……」
「……ほんとに気にしなくていいですから……それに、先生の手で触れられるなら、私も……」
「ちょ…え?…あ?……風浦さん!?」
恥じらいながらも、潤んだ瞳で上目遣いに見つめてくる可符香の視線に、望は戸惑う。
このまま流されていいのかという思いの一方で、可符香にもっと触れ合いたいという衝動は望の中で確実に大きくなっていた。
さらに、揺れ動く望の心にとどめを刺すかのように、可符香がぽつりと呟く。
「それに…先生だって、本当は私にもっと触りたいんじゃないですか?」
すっ、と下に向けられた彼女の視線の先には、腰に巻かれたタオルの下で存在を主張し始めた望のモノが……。
追い詰められた望はもはやぐうの音も出ない。
「…先生……」
胸元にかかる可符香の甘い吐息。
理性と熱情の間で揺れ動いていた望の心の針が振り切れる。
「風浦さん……っ!!!」
「あっ……先生…っ!!!」
さきほどまでのように上半身だけではなく、全身が密着するぐらい強く強く二人は抱きしめ合った。
舌を絡め合い、意識が遠のくほどに濃厚なキスを何度も交わす。
温泉で火照り切った肌を触れ合わせていると、それだけで体が燃え上がってしまいそうで、
望と可符香はもっと深く二人だけの世界へと没入していく。
121 :
266:2010/03/13(土) 00:17:29 ID:9k9S9QeH
「…うあ…せんせ……先生の手…熱い……っ!!」
「あなたの体もすごく熱くなってますよ……」
敏感な部分を望の指先に触れられる度、可符香の手が、足が、全身がビクリと震えて、水面にしぶきが飛び散り、波紋が起こる。
温泉の中でただでさえ熱くなった体は必死で酸素を求めるが、
それ以上の熱と衝動に押されて望と可符香は幾度となく長い長いキスを繰り返す。
二人の裸体を唯一覆っていたタオルも激しい愛撫の最中に、ほどけて湯船の底へと沈んでしまう。
「風浦さん、ちょっと体を持ち上げさせてもらいますよ」
「ふえっ?…せんせい…何して……っああああ!!」
望は可符香の体を持ち上げ、彼女の背後に回り込むように移動し、湯船のフチに寄り掛かるように座って、再び体勢を落ち着けた。
そして、彼女の腋の下から細い腕をすっと回して、両の手の平で形の良い彼女の乳房を包み込む。
それから、繊細で丹念な指使いで可符香の胸を揉みしだき、可愛らしい乳首を指先で転がし、不意打ち気味に何度も首の後ろからキスをした。
「あっ…ひぁ…ああっ……せんせ……せんせいっ!!!」
甲高く途切れそうな声で、荒い呼吸の合間に望を呼ぶ可符香。
その声は望の中の熱情をさらに燃え上がらせ、二人の行為はより深く激しく勢いを増していく。
望はうなじから徐々に下へ下へといくつものキスマークを可符香の背中に刻む。
何度も走り抜けるその痺れるような刺激に、可符香は声を押さえ切れず繰り返し甘い悲鳴を響きわたらせる。
「…ひ…あ……だめ…せんせ…そんなせなかばっかり……」
「それじゃあ、こっちはどうですか?」
望はそう言うと、今度は僅かに開いた可符香の脚の隙間に自分の指先を滑り込ませた。
「うあ…せんせい……そこ…はげしすぎるぅ……ひあああああっ!!」
ピンと尖ったピンクの突起、神経の集中した敏感なその部分を望の指先はつつき、摘み、繰り返し刺激した。
一際熱い熱を帯びた入り口の部分を何度も撫でると、可符香はその瞳に涙を浮かべ、我を忘れて声を上げる。
望もまたその熱のうねりの中で我を忘れて、可符香との行為に溺れていった。
そして………。
122 :
266:2010/03/13(土) 00:18:10 ID:9k9S9QeH
「先生………」
望の腕の中で喘いでいた可符香がゆっくりと体を起こし、望と向き合うように体勢を変えた。
「私、先生といっしょになりたいです……」
「風浦さん……」
恥ずかしげに、ためらいがちに、だけどはっきりと聞こえたその言葉に、望もしっかり頷いた。
「私もです。私も風浦さんといっしょに……」
「先生、好き、先生……」
自分の肩に顔を埋めその言葉を何度も繰り返す可符香、その背中を望はそっと撫でてやる。
この少女と、愛し愛されて今ここにいられる幸せを、望は心の底から噛み締めていた。
「それじゃあ、いきますよ、風浦さん……」
「はい……」
望のモノと、可符香の大事な部分、お互いの一番敏感で、一番熱い箇所が触れ合う。
それだけで二人の全身を甘い痺れが駆け抜ける。
それから望は可符香を体ごと抱きすくめるようにしながら、ゆっくりと彼女の中へと入っていった。
「あっく…うぅ…せんせ…のが…わたしのなか……きてる…っ!!」
望のモノを受け入れたその感覚にビリビリと全身を震わせる可符香。
望はそんな彼女を気遣うように、ゆっくりと腰を動かし始める。
「…あぁ…ひあっ…ふああっ!!…せんせいの…わたしのなかでうごいてるっ!!」
「だいじょうぶですか、風浦さん…?」
「はい、だいじょうぶです。だから、もっと強く、激しく、先生の事…感じさせてください……」
やがて、可符香の言葉に応えるように、望の動きはペースアップしていく。
熱く燃え上がるような望の分身に体の内側から撹拌されて、可符香は夢中で声を上げ、彼の背中に必死でしがみついた。
「くぁ…ああんっ…あっ…ああっ!!…せんせ…こんな…すごい…すごすぎるよぉ……っ!!!」
突き上げられる度、可符香の体の中でいくつもの熱の塊が弾ける。
荒れ狂う熱と快楽の中で、望と可符香はまるで酸素を求めるように、繰り返し唇を重ね合った。
求めて、求められて、激しく体を交わらせて、どこまでも続く快楽と熱情の連鎖の中で二人は溶け合っていく。
「く…うぅ…風浦さんっ!!」
「あっ…は…うあぁ…せんせいっ!…ああっ…きもちいい…きもちいいですっ…せんせいっ!!!」
もはや二人の頭からは時間も場所も全てが消し飛び、目の前の愛しい人が世界の全てとなる。
夢中で突き上げ、腰を振りたくり、ほとばしる快感の奔流の中に流されていきそうな互いの心と体を、二人はぎゅっと抱きしめる。
次第に増大していく快感と熱量は可符香と望を満たし、
それはついには二人の限界を超えて決壊するダムの如く一気に溢れ出す。
「風浦さん…もう、私は……っ!!」
「きてくださいっ!!せんせいっ!!せんせい……っ!!!」
ビリビリと全身を貫き、心と体を押し流していく巨大な快感の津波。
その中で可符香と望の心と体ははるか高みへと登りつめていく。
「くぅ…ああああっ!!風浦さんっ!風浦さん……っ!!!」
「ああああああああっ!!!せんせいっ!!せんせいっ!!!せんせい………っ!!!!」
こうして強く強く抱きしめ合ったまま、二人は絶頂へと達したのだった。
123 :
266:2010/03/13(土) 00:18:52 ID:9k9S9QeH
それから一時間ほど後の事。
望は体を横たえて、部屋の布団にぐったりとその体を沈めていた。
どうやら、可符香と二人きりの露天風呂の緊張感と、長湯が重なってすっかりのぼせてしまったらしい。
「でも、ほとんど同じペースで温泉に入ってた筈なのに、どうしてあなたはピンピンしてるんですか?」
「さあ、強いて言うなら『若さ』じゃないですか?」
一方、こちらはのぼせるどころか、さらに元気になったようにも見える可符香は悪びれもせずそう答えた。
「うぅ…もう年だって事ですかねぇ……」
「そうですねぇ」
「そこは嘘でも『いやだなぁ』って、否定してくださいよ……」
苦笑しながら望がそう言うと、可符香は心底楽しそうにくすくすと笑った。
それから、彼女は望の枕元にそっと腰を下ろして
「ところで……ホワイトデーまではまだもう一時間くらいありますけど……」
「はあ、何でしょうか、風浦さん?」
「私からもホワイトデーのお返し、させてくれませんか?」
そう言って、横たわった望の頭をそっと持ち上げて、自分の腿の上に置いた。
いわゆる、膝枕の体勢である。
「ちょっとは楽になりましたか、先生?」
「はい。柔らかくって気持ちいいです……しかし、ホワイトデーのお返しですか、
確かにチョコはあげましたけど、逆チョコにもそのルールって適用されるんですかね?」
「贈り物にはきちんとお礼やお返しをするのが礼儀でしょう」
「そう言われれば、そうかもしれませんね……」
可符香は自分のひざの上で気持ちよさそうに目を細める望の頭を、何度も優しく撫でてやる。
「まあ、それは口実で、前からやってあげたかったんですよね。先生に膝枕……」
「なんだか、嬉しすぎる発言で血流が増大して、また頭がくらくらしてきたんですが……」
「心配しなくても、先生が満足するまでいつまでだって、こうしててあげますよ…」
笑顔で望にそう答えてから、可符香はどこか遠くを見るような表情でもう一言、ぽつりと小さく呟く。
「本当に、いつまでだってこんな風にしてられたらいいのに……」
その言葉を聞いて、望は思い出す。
可符香の人生は何かを失い、誰かと別れる事の連続だった。
幼い日の望との別れだけではない。
借金に追われ住み慣れた土地と別れ、友人や親しい人達とも幾度となく別れを繰り返した。
最も近しい存在である筈の家族も、手の平の、指の隙間からこぼれるように彼女の下からいなくなっていった。
失う事、別れる事、何度も繰り返したその経験は可符香の心にいくつもの爪痕を残していった。
今の望にしても同じことだ。
どんなに彼女の近くにいようとしても、人は唐突に、理不尽にその生命を奪われる。
でも、だからこそ、望は思うのだ。
「風浦さん……」
「先生…?」
望の手の平が、彼の頭を撫でていた可符香の手の平をぎゅっと握りしめた。
例え運命に引き裂かれるとしても、それでも立ち上がれるだけの想いを、記憶を、彼女の心に与えよう。
たとえ明日命を落としても、それから先の人生、笑顔でいられるだけのものを今、彼女に与えよう。
どんな理不尽な運命だって、互いに握り合ったこの手の平の温もりを消すことはきっとできない。
そうして、望は優しく微笑んで、彼女にこう言った。
「私は、ここにいます……あなたのそばに……」
可符香は手の平に伝わる望の体温と、その言葉にこめられた想いに、ギュッと目を細めて
「はい……っ!」
これ以上ない笑顔でそう答えたのだった。
124 :
266:2010/03/13(土) 00:20:28 ID:9k9S9QeH
以上でお終いです。
よく考えたら、ホワイトデーネタと言いつつ、3月13日で話が終わってるっぽいですが。
ともかく、失礼いたしました。
GJ
GJ!!幸せそうでよかったです
原作199話事故ったあびるのIF
あのときの交通事故で私は両手を失ってしまった。
机の角にアソコをすりつけて 自慰をしているところを見られて以来、
毎晩寝る前にお父さんがしてくれるようになりました。
私が達するとアソコをティッシュできれいに拭いて、額にキスしてくれます。
部屋から立ち去る時お父さんの前のしっぽはパジャマの上からでも
はっきり分かるほどに大きくなっています。
もう私は手でしごいてあげることは出来ないけど、フェラチオしてあげてもいい、
アソコに入れてもいいよって思ってるよ……。
128 :
名無しさん@ピンキー:2010/03/18(木) 20:32:20 ID:NJQrnklK
保守でございます
129 :
266:2010/03/21(日) 00:22:05 ID:bWiRezqB
書いてきました。
おそらく、日本で私だけが主張してるカップリング。
万世橋×芽留のお話、エロなしです。
それではいってみます。
130 :
266:2010/03/21(日) 00:22:41 ID:bWiRezqB
3月も半ばを越え、だんだんと春めいてきたある日の朝。
芽留は広い自室の隅っこで学校へ行くための身支度を整えていた。
丁寧にとかした髪を、トレードマークのツインテールにくくる。
袖を通したセーラー服の軽やかさに少しだけウキウキした気分になる。
壁にかけたままの学校指定のコートはもう10日以上も袖を通していない。
(ほんと、この間まで冬だったのが嘘みたいに暖かくなったよな……
といっても、ウチは空調フル稼働でいつも家の中は一定の温度に保たれてるけど)
冬のキンと張り詰めたような空気も嫌いではないが、春の到来にはやはり心が踊る。
カバンを片手に部屋を飛び出した芽留は、広い家の廊下を小走りに駆け抜けてダイニングルームへ。
「おお、めるめる、おはよう」
「あら、芽留、おはよう」
家族三人でテーブルを囲み、母の手作りの朝食をぺろりと平らげた。
【ごちそうさま。今朝も上手かった】
「ありがとう、芽留」
そうして、朝食を食べ終えて手を合わせたところで、芽留はふと壁に掛けられた時計を見た。
(思ったよりも時間が経っちまったな。遅刻するほどじゃないけど、急がないと……)
椅子から立ち上がり、芽留は玄関まで続くこれまた長い廊下を駆けていく。
靴を履き、最後に忘れ物がないかもう一度確認した芽留はドアノブに手を掛けた。
そして、その向こうに待っている爽やかな春の朝日の中に飛び出していく。
その筈だったのだが………。
ビュォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!!
勢い良く明けたドアの向こうから、音を立てて凍てつく風が流れ込んできた。
(さ…さ…寒い……いくらなんでも寒すぎるぞ、コレ!!)
ここ最近の陽気ですっかり油断していたが、季節の変わり目に当たる3月の気候は本来非常に変動しやすいものである。
しかし、それを考慮に入れても、芽留の小さな体にぶつかる風の強さ、冷たさは尋常ではなかったのだが……。
芽留は一瞬、自分の部屋までコートを取りに行くべきか躊躇う。
しかし……。
(でも、さっきのんびりし過ぎたせいで時間が………)
芽留の家がごく普通の大きさだったなら、迷わずコートを取りに戻っていただろう。
しかし、芽留の家はあまりに広すぎた。
彼女の小さな歩幅の事も考えれば、コートを取って玄関に戻り、靴を履き直すまででざっと五分。
ついでに、外で吹き荒れる風は芽留の通学コースに対して、思い切り逆風になっていた。
(こうして悩んでる間にも時間が……ええい、仕方がないっ!!!)
そうして、ついに芽留は覚悟を決め、寒風吹きすさぶ曇天の下へと飛び出していったのだった。
その日、学校では2月の終り頃からあまり使わなくなっていたストーブが久しぶりに点火された。
おかげで一月下旬並とも言われるいきなりの寒波襲来の中でも、教室の中は暖かかった。
しかし、芽留の体は学校にたどり着くまでにすっかり冷え切ってしまっており、彼女がいつもの調子を取り戻すまでにはしばらく時間が必要だった。
期末試験も終わり、春休みまでの時間は残り僅か。
ゆったりとした雰囲気の中進む授業の合間、芽留は何度も窓の外へと視線を向けて、空模様を確かめた。
(今はまだ学校の中でぬくぬくしてられるからいいけど……帰り道もまた朝のときみたいな調子だったら……)
少しでも天候が回復しないか、晴れ間が見えないかと見上げる空は、時が経つほどにどんどん暗くなっていく。
ビュウビュウと響く風の音も止むことはなく、芽留の願いとは裏腹に外の空気は冷たさを増していった。
131 :
266:2010/03/21(日) 00:23:45 ID:bWiRezqB
あっという間に時間は過ぎて、ついにやって来た放課後。
授業を行っている間に天候はさらに酷いものになっていた。
ゴウゴウと朝よりも凄まじい音を立てて吹く風の中に踏み出す事が出来ず、
芽留は生徒用の校舎出入口の扉の内側から呆然と外の様子を眺めていた。
(ここまで大変な天気になるなんて……流石に参ったな……)
そんな芽留の肩を突然、ポンと叩いた人物が一人。
「よう」
【あ……わたる!?】
振り返った先にいたのは、芽留の隣のクラス、2年ほ組の生徒万世橋わたるのお馴染みの仏頂面だった。
「どうしたんだ、そんな所で突っ立って?」
【べ、別にどうでもいいだろ、ハゲ!!】
「俺はデブだが、頭髪の量に不安はないんだが」
【う、う、うるさいっ!!とにかく何でもないんだっ!!】
芽留は必死に誤魔化しているつもりだったが、わたるから見れば彼女の様子がおかしいのは明らかだった。
彼は膝をついて芽留の顔を見据えながらこう言った。
「何か、困ってる事があるんじゃないのか?」
【何のことだよ……?】
「朝、慌てて家を飛び出したせいでコートを忘れた。で、寒さのせいで帰るに帰れないでいる、とか。
天気も朝より悪くなったし、日も沈みかけてますます寒くなってきてる。いつものセーラー服だけで帰ったら、風邪引くかもな」
【…うぅううう!?なんでそこまで細かく知ってるんだよ?】
「朝、校門が閉まるギリギリに寒そうに手を擦りながら駆け込んできたお前を見たら、誰だってそれぐらいの推理はできるぞ」
【勝手に見るな!】
「勝手も何も校門は全部の教室から丸見えなんだが……」
【ぐぅううううう………】
畳み掛けるようにわたるに自分の現状を指摘されて、芽留はついに何も言い返せなくなった。
わたるはそんな芽留にニヤリと笑いかけて
「ほれ……これなら家まで寒い思いをせずに帰れるだろう?」
【あ……】
足元にカバンを置いて、自分のコートを脱ぎ、それを芽留の肩にかけてやった。
「サイズの事で文句言うなよ。デブは一朝一夕に治るもんじゃないんだから」
【馬鹿!これじゃあ、今度はお前が寒い思いするだけだろ!!】
「少なくとも、冬場もスカートの女子よりはマシだ。返すのは明日でいいぞ、俺はこれから新刊のラノベを買いに行かなきゃならんからな……」
そう言って、学ラン姿のわたるは芽留の下から歩き出そうとした。
芽留は慌てて、わたるの腕を掴む。
132 :
266:2010/03/21(日) 00:24:26 ID:bWiRezqB
「何だよ?だから俺は今日は一人で帰るから……」
【いいから待てよ、キモオタ!】
芽留には分かっていた。
今日の気温は3月とは思えないほど低い。
学ランの上にコートを羽織ったフル装備でも、寒さは身に沁みるはずだ。
わたるはそれを分かっていて、芽留がやっぱりコートはいらない、なんて言い出す前に立ち去ろうとしているのだ。
「いや、新刊のラノベ、どうしても欲しいヤツがあるんだよ。だから、そんなに邪魔を……」
【嘘つくな!こっちだって、オマエの行動パターンぐらい覚えてるんだぞ!!】
芽留がわたると親しくなってから、もう随分と月日が経過した。
二人はもう数え切れないくらいの回数、一緒の帰り道を歩いてきたのだ。
わたるが漫画や雑誌、ラノベなどを入手するためにその月のいつぐらいに本屋に行くのか、芽留は知っている。
【妙な気をつかうなよ!オマエだって寒いんだろ?】
「……さっきも言ったけど、学ランの分だけ女子よりはマシだ。これぐらい大した事ない!」
ゴウゴウと外で鳴り響く風の音をバックに、二人はにらみ合う。
そのままどれくらいの時間が経っただろう。
二人とも動機が互いへの気遣いだった上に、どちらも負けず劣らずの意地っ張りだったせいで、膠着状態は長く続いた。
そして、その均衡を先に破ったのは芽留の方だった。
【わかった。なら、それでいい】
芽留はダボダボのコートに改めて袖を通し、すうっとわたるの方に歩み寄った。
そして……
【その代わり、オレも好きにするぞ、わたる……】
「え………!?」
芽留はわたるの右腕をとって、その腕の下に入り込み、わたるの右半身にぴったりと体をくっつけた。
【カイロ代わり、これで少しはマシになるだろ?】
「ちょ……お前!!?」
芽留はさらに動揺するわたるの右腕を、ちょうど芽留の肩を抱く形になるようにぎゅっと引き寄せた。
確かにこれは効果バツグンだった。
もう外の寒さを気にしている余裕もない。
わたるの心臓はバクバクと激しく脈打ち、激しい血流が全身の代謝を促して、体温がみるみる上がっていく。
それは芽留にしても同じことで、二人は顔を真赤に染めて、そのままの体勢でしばらく見つめ合った。
そして……
【オレだって、わたるをこのまま行かせるのは嫌なんだよ………わかれよ、キモオタ…】
「……ああ、わかった。俺の負けだよ」
それから二人はようやく校舎の外へ。
ピッタリとくっついたまま、帰り道を歩き始めた。
吹き付ける風はやっぱりとてもとても冷たかったけれど、触れ合った体温はそんなものを軽く忘れさせるぐらい優しく、頼もしかった。
133 :
266:2010/03/21(日) 00:25:16 ID:bWiRezqB
以上でお終いです。
失礼いたしました。
やっぱこの2人は和むな
えー、ここに書き込むのは初めてです。いつも皆さんの素晴らしい作品を読ませてもらっています。
今回、書いてみたので投下しようと思います。あまりいい出来ではありませんが……
内容としましては
・絶望先生、真夜メイン
・エロなし
・真夜ちょっとキャラ崩壊?
です。批評していただければ幸いでございます。
投下します。
「絶望した!先生はもう死にます!」
「先生、今朝はえらく早いですねー」
ある週末の朝のこと。2のへ組の教室では教師、糸色望が絶望していた。いつものごとく。
「止めないでください!死なせてください」
さっそく縄を取り出し、首に巻き付けている。そんな望に向かっててくてく歩いていく少女がいた。
「えーっと、今日の授業は、教科書の85ページ6行目12字目からです。」
生徒・木津千里は教壇の前に陣取ると、勝手に授業を始めた。他の生徒も普通におとなしく(理由があるの
は明白だが)授業を受けている。望は面食らった。
「……あのぉ」
「ここの意味は……。ああ、あれだからこうね。つまり、どうこうそう、という意味です。」
「あの、木津さん……」
「千里せんせー、5行目6文字目の漢字は何て読みますかー」
「もう、可符香さん!それは昨日、やったでしょう!それに、教師を呼ぶときはきっちり名字で呼んでくださ
い。」
望は完全に放置されていた。すかさず影が現れ、縄をすっと奪い取る。まといだ。
「あー、誰か聞いてくださる方は」
望が口を開くたびにかなりの頻度で邪魔が入った。結局、授業が終わるまで(「来週の授業は125ページ
3行目2字目からです。」)望は放っておかれた。
「せんせー!今日はどうさたんですかー?」
望、話しかけてきた少女を睨みつける。
「よるなぁ!いつもいつも先生の邪魔をして、楽しいですか!愉快ですか!爽快ですか!」
「はい」
望、可符香の前に崩れ堕ちる。
「そんな簡単に言うなぁー!」
「ああ、そういえば。先生、何に絶望したんですか。」
千里が入ってきた。望、立ち直る。
「実は、今朝の新聞に『廃墟、謎の炎上』という記事があったんです…………という訳です。絶望した!連続
不審火に絶望した!」
「…………別に、廃病院とか廃ホテルとか先生には関係ないところでしょう。」
要するに、連続不審火がこの学校を襲うかもしれないから絶望した、ということらしい。
「先生、やっと本題に入りましたね」
「誰のせいですか!可符香さん!」
「まあまあ」
「もう、どうでもいいです。」
千里は興味を失ったらしく、席に戻って『白をアカと言いくるめる百の方法』という恐ろしくアカい本を読
み出した。
「だって、不審火ですよ!連続!恐ろしいじゃありませんか、家が燃えてしまうんですよ!」
びくり。
騒がしい教室の中で「連続不審火」という言葉に反応した少女がいたが、誰も気づかなかった。
その日の授業が終わった。望はいつも通り宿直室に帰った。
「ただいま」
「あ、お帰りなさい」
霧が望を出迎えた。なにやら心配そうな顔をしている。
「あれ、どうかなさいましたか?」
「先生、これ」
霧は封筒を差し出した。
「ちょっとトイレに行ったら、これがあったの」
「……私宛てですか。どれどれ……」
開封した途端、みるみるうちに青ざめていく望の顔。
「枕は」
「え?」
意味がよく分からない、といった感じで霧が聞き返した。
「私の枕はありますか!」
ドスドスドス。
望は手紙を投げ捨て、押し入れめがけばく進する。しばらくの間ガサガサやっている。
「絶望した!」
なかったらしい。
「枕、無いの?」
「はい、無いんですよ……困りましたね」
霧は手紙を拾い上げた。新聞を切り抜いて文章をつくっている、いわゆるアレな手紙だ。
『まくラハいたダ伊た。返して欲しくは今夜中にナントカコントカホテルに来イ』
うーん、と唸る望。
「先生、諦めたら」
「小森さんはその毛布を諦めることができますか?」
霧はすぐ答えた。
「……そうだね。で、行くの」
うーん。ホテルの場所は少し郊外だが、明日は土曜日だ。時間がかかってもなんとかなる。が……。
「……さて、困りました。どう見ても、廃ホテルに来いと言っていますね」
「……結局、来てしまいました」
坂を登り終えた望はぜいぜいはあはあ虫の息だった。ケチって自転車で来なければ良かった。
「ここが、ホテルですか……」
廃墟が持つ、あの不思議な魅力はいったい何だろうか。徐々に朽ち果てる、自然に取り込まれていくその姿が、見る者を圧倒する。
望もまたその例に漏れず、しばらくの間かつては壮大だったホテルの跡を見つめていた。敷地の大半が草木に埋もれ、ロータリーには誰かが捨てた冷蔵庫がある。
吸い殻やビールの空き缶があることから、肝試しスポットだと想像できる。
廃墟といえば幽霊がつきものである。もちろん、望はチキンなので明るい内に探そうという腹である。
しかし、見たこともないくらい古いビールだった。もう何年も人が来ていないのではないだろうか。
「しかし、誰の仕業でしょう。まあ大体想像はつきますが」
望は呟きながらホテルに入った。
驚くほど静かだった。夜逃げしたらしく、あちこちに電話や食器、タオルの残骸やら朽ちたパンフレットが散らばっている。
廃墟特有の落書きもあった。誰々が好きとか死ねとか、そういう類のものである。ただし、「チョベリバ」というペンキからして、10年以上前に描かれたものだろう。
「……これは大仕事ですね」
望は必死に探し回った。ベッドの下から厨房の冷凍庫まで。死体がないかと冷や冷やしながら探し回った。しかし見つからない。枕は腐るほどあったが本当に腐っているんではどうしようもない。
望はだんだん過敏神経になっていく。
「なるほど、帰ってみると枕があって『ああ、一杯食わされた!』と言わせるつもりなんですね。はは、その手には乗りませんよ……」
望は独言した。2階の客室でとうとう諦めたのだ。
「しかし……廃墟というのは寒いものですね。暗いのは仕方ないと考えていましたが」
探し回っているうちに太陽は傾き、驚くほど赤い夕焼けが窓を通して望を照らしていた。それでも肌寒さは確実に望の神経をむしばんでいく。
がたん。
「……ッ!な、……なんですか」
1階から音が聞こえる。がたん、がたん……。
「……もしかして、警察」
望はピーンときた。そうか、私を連続放火魔に仕立て上げて警察に突き出すつもりなんですねー!
しかし、その想像は砕かれた。突然、バキーン!という甲高い金属音が聞こえたのである。
「ヒィ!」
バキーン!バキーン!バキーン!ガシャン!!
「……こっ、これは……警察じゃない……?」
望はまたもやピーンときた。
「放火魔……?鉢合わせするじゃないですか!」
望に焼身自殺をするつもりは毛頭なかった。あんな辛い死に方は他に無いだろう。
「逃げましょう……」
このホテルには階段が4つある。非常階段はすでに朽ちていた。2つは窓のない、恐ろしい階段だ。となる
と残るは割れたガラスが散乱する、エントランスホールに通じる大階段のみ。
「こうなることがわかって私をおびき寄せたのてしょうか……」
望は独語する。早足で廊下を駆けていくと、何の前触れもなく床が抜け落ちた。
「ええぇー!」
ガランガランドスンと望は1階に着地する。一瞬、息が止まる。辺り一面が埃で見えなくなった。
「もしかして、これはアスベスト……絶望した!アスベストに絶望した!」
叫んでからはっと気づいたが、もう遅い。埃の向こうに人影が見える。望は言いようのない恐怖に襲われた
。死ぬにはまだ早いいい!
だが、そこにいたのは意外な人物だった。
「え……」
埃の中から進み出てきたのは三珠真夜だった。
「三珠さん……って、ちょっと!」
真夜はどう見ても着火マンと火炎ビン数個、それにバットを……いや。
「……いや……これは……これは証拠過多ですね!証拠が揃いすぎています!」
真夜は心底驚いているようだった。目を見開いている。
「……先生」
「違います、あなたが放火魔なわけがありません!…………今、呼びましたか」
真夜は基本的に無口である。たまに可符香と話しているところを見かけるくらいだ。望が話しかけても、た
いてい頷くとかピストン運動とかで表現する。
「はい。呼びました」
その真夜が、素っ気なく返事をした。
「……先生はどうしてここに」
「あ、実はかくかくしかじかうんぬんかんぬん……という訳なんです」
急に真夜が動いたので望はびっくりした。真夜は廊下をすたすたと歩いていく。
「ど、どこに行くんですかー!先生、心細いです!」
エントランスホールに出ると夕焼けは消え失せていた。しかし、あまり暗くはなかった。星空がホテルを照
らしていたからだ。
「ほう……綺麗ですね……しかし、もうこんな時間ですか……」
真夜は入り口の近くに立っていた。ポッと暖かい灯りが2人を照らす。
「あ、ありがとうございます」
真夜は気を使って灯りをつけたらしい。小机の上のたいまつは見たところ危なくなさそうだ。もともとの主
である公衆電話は床に転がっている。
「あ、こんなところにあったんですか!」
そこには枕があった。出入り口のドアの陰だから見落としたのだ。
「灯台下暗し、ですね。三珠さんはなぜここに?」
少女が背負っているタンクとパイプとバルブは断じて手製火炎放射器ではない、とできる限り思い込みなが
ら望は聞いた。
「……」
望に背を向けて、真夜は黙り込んでいた。
「まさか、あなたが枕を……」
「いいえ、違います」
「では、何故?何故ここに来たんです?ここへ来るにはそれなりに時間がかかるでしょう」
タンクとパイプとバルブを降ろすと、真夜は望を見据えた。目つきが悪い。
「明日は土曜日です」
「……まあ、今日は金曜日ですから」
「明後日は日曜日です」
「……時間稼ぎはやめてください」
真夜の目つきに怯みそうになりながらも望は見つめ返した。優しい口調で語りかける。
「生徒がどうして、夜遅くにこんな遠い廃ホテルにわざわざ出向くというのです?」
真夜は目線をそらした。望は真夜の肩を両手で優しく掴んだ。
「別に、怒ったりなんかしませんよ。話してください。先生、知りたいんですよ」
りーんりーん。虫が鳴いている。どこか遠くを、飛行機が飛んでいく。少し、時間が流れた。
「……私」
真夜は視線を望に戻した。そして、語り始めた。
「私、……寂しいんです」
「……そうですね。確かに貴女は他の生徒さんに比べて、あまり出番が」
「私、それはどうでもいいんです」
「どうでもいい?」
「はい」
望は腕を組んだ。
「出番が……意外ですね」
「………………」
真夜はバットを引きずりながら倒れた自動販売機の前に行った。それがへこんでいるのは気のせいだろう。
「……私は……無口です」
自動販売機の埃を手で払いのけながら真夜は言った。
「別に、主役でなくても台詞がなくてもコマに入ってなくても……私は構わないんです」
真夜は自動販売機の上に座ろうとした。
「ああ、待ってください……これを」
望はどこからともなくタオルを取り出すと、真夜に渡した。
「……ありがとう」
真夜は少し赤くなっていた。タオルの上に座ると、また語りだした。
「……でも……私……」
真夜は星空を見上げた。
「いつもの教室でもみんなから忘れられている気がして……」
「三珠さん……?」
「いつも、私じゃないって」
手元のバットをいじりながら、真夜は寂しそうに言った。
「……気づいてほしいのに。それなのにみんな……みんな私がやったんじゃないって」
望は今までの彼女を思い出していた。そういえば、望はいつも「証拠過多」の一言ですましていた。クラス
メートも多かれ少なかれそういうところがあった。そして、ついさっきも……。
「悲しくなるから……」
真夜の声の調子が少し変わった。
「休みの日はあちこちの廃墟で過ごすんです。私を忘れる人もいないから……」
バットをいじる手が止まる。
「廃墟は……好きなんです」
「ああ……いつかのダークマターの回ですね」
「……廃墟は、私とおんなじ……みんなから忘れられているから……先生は気づきましたか」
望は何のことか、よくわからなかった。
「何に、です?」
「ホテルの前にある、機関車に」
「機関車?」
真夜は立ち上がると、たいまつを入り口で掲げた。
言われて初めて気づいた。2台の自転車があるその先に、昔は黒く重厚だった蒸気機関車が、今は赤錆だら
けになり、草木に紛れて朽ちるに任されている。
「何故、こんなところに」
「ホテルの支配人が、モニュメントに置いたんです。でも……今は見に来る人もいない……」
わずかに見えていた機関車は、たいまつが小机に戻ると同時に消え去った。
「私は、誰にも気づかれないんです」
真夜は望を見据えて訴えた。
「では……さっきの音は……」
反射的に真夜はバットを握りしめていた。望は、その顔に涙の跡があることに気づいた。
「それだけじゃないんです…………私は…………しました」
真夜は望に詰め寄った。普段の真夜からは想像できない積極性だ。
「私は……放火をしました……ここにも……しようと思いました」
真夜の目には涙が浮かんでいた。
「先生、私です……私がやったんです……私が……私が……」
ベルトに挟んである火炎ビンを取り出すと、ガソリンとタールが混じった「モロトフのカクテル」を望の鼻に近づけた。つんとするにおい。
「気づいてください……私なんです……気づいてください……」
「三珠さん……」
とうとう真夜は泣いてしまった。望は途方にくれた。自分のせいで自分の生徒を苦しめてしまったようだし、かと言って認めたら認めたで警察沙汰になり、彼女の未来は閉ざされてしまう。
「……三珠さん」
真夜は涙をぬぐった。普通の少女のようにしゃくりあげることはせず、ただ涙を流すだけだった。どうしようもなく……望は真夜を優しく包み込んだ。真夜が息を呑む。
「泣きなさい……泣きたいときは泣きなさい。先生、いてあげますから。あなたのそばに」
微かに震えていた。ためらいがちに望にすがりながら、真夜は静かに泣き続けた。ひんやりとした夜のとばりの中で、それだけが暖かかった。
「えー、今日は125ページ……ってずいぶん進みましたね。というか、範囲外ですよここ」
月曜日、絶望先生はいつも通り授業を行っていた。生徒はうわべでは授業を受けているようだったが、ゲームをしたり目を開けたまま寝たり漫画を描いたりしていた。
真夜は……千里を除けば唯一まともに授業を受けている。普通にノートを取り、絶望先生が言っていることを書き留めていた。
あれで、よかったんでしょうか。
望は自問した。彼女を受け止めることで……そもそも受け止めることができたのだろうか……彼女は変わることができるのだろうか。
鐘が鳴る。授業は終わった。
「先生」
手をあげているのは可符香だ。望は眉をひそめる。
他の生徒は気にも留めず、わいわいがやがや好き勝手に休み時間を楽しみ始めた。
「はい、なんでしょう」
「金曜日は楽しかったみたいですね」
「はい?」
可符香はさも嬉しそうに真夜を振り返った。
「ね、真夜ちゃん!」
真夜はコクリと頷いた。……まずい。望、何かに気づく。可符香はことさら大きな声で真夜に質問した。
「先生はどんな味だった?」
「……暖かかった」
真夜のその一言で、ぱしゅんという音がした。しんとなる教室。飛び交う紙飛行機が地に墜ちた。
「三珠さん、それは本当?」
千里だ。すこーし髪が乱れている。いや、また数本ばらけた。○ピュタ崩壊の如く、ばらけていく。
「うん」
教壇の下から貞子よろしくまといが這い出てくる。望の着物をつかんで、ぐわんば!
「どういうことですか、私といふ者がありながら!」
「い、いや、あの」
「真夜ちゃん、変なことされなかった?……誰、いま普通って言ったの」
「この変態教師!……真夜ちゃん、いい弁護士を紹介するわ」
奈美とカエレだ。だんだん人が集まってくる。加賀さんはしきりに謝っているし、久藤はもう木野を泣かせている。
「先生、三珠さんに手を出したんですね。」
スコップがからーんからーん。もはや千里の髪は乱れに乱れきっている。
「そうなんですね。……やっぱり、理解させないとね。」
慌てる望の前に可符香がやってきた。
「あららー、やってしまいましたねー、せ・ん・せい!……いい仕事をなされましたね」
可符香は望を煽りながら、確かに声を落としてそう言った。
「あなたの差し金ですか。やっぱり」
望もひそひそと言った。
「うふふ……真夜ちゃんを見て、先生」
つられて真夜を見ると、クラスメートに囲まれていた。真夜は心なしか微笑んでいるように見えた。あびるが何かを囁いて、真夜はさらに少し笑った。
「ありがとうね、先生。真夜ちゃん、楽しそうですよ」
望はため息をついた。首をしきりに振っている。
「……まぁ、よしとしますか……殴られ損ではないでしょう」
……以上で終わりです。題名「廃墟の灯」。
読みづらいところがありますが、仕様ではありません。
改行を間違えたようで、デッドスペースだらけです。
長文、失礼しました。
143 :
名無しさん@ピンキー:2010/03/25(木) 18:43:48 ID:eavOS/23
三珠真夜がどうしゃべり、どう動くのか?
彼女は原作での情報が少なく、その解答は読者それぞれの幻想の中にあります。
読者それぞれの、「シュレディンガーの真夜」があるであろうなかで、あなたの解釈における三珠真夜はとても可愛らしかったです。
職人様が少ない現状において、新たなる書き手は希少です。
どうかこれからも、あなただけの感性で、絶望先生SSを読者に届けて下さい。
多様な賑わい、こそ、多くの読者を楽しませるでしょう。
144 :
135:2010/03/28(日) 21:37:23 ID:Bo5p2o70
>>143様
感想をありがとうございます。幾度か書き直した甲斐がありました。
これからもできることならば投下していきたいと思います。
エロはまだ無理ですけれども。
保管庫見てもかなりたまっているし、アニメは終わったし、原作も若干
マンネリ感がでてきたし、妄想を形にしようという人も減ってきたんだろうね。
さびしいことだが、まあ仕方ないか。
マンネリとか改蔵のころから
原作でまた霧と先生が同居してました的なネタ投下がありゃいいのにね
大草さんが学校に住み始めるとか
1、スレッドが立つ。
2、技術のある人間がSSを提供して盛り上げる。
感動を求めて人が集まってくる。
3、オリジナルSSを書ける人間が乗ってきてさらに盛り上げる。最盛期。
4、盛り上がりに乗じて何も書けない魯鈍と白痴が寄ってきてスポイルする。
彼らの無駄な愛着が逆効果を及ぼし、スレッドのレベルが著しく低下。
5、飽きて大勢が去っていき、行き場の無い魯鈍と白痴が残される。
低レベルな自慢・偏見の陳列、煽りあい、無駄な罵倒、
いわゆる「2ちゃんねる用語」を多用したお寒いレス等々が並ぶ。
6、煽りと罵倒しか出来ない魯鈍まで魯鈍同士の空疎な煽りあいに飽きて去る。
7、何も提供できない白痴が過去の栄光の日々を夢見て空ageを繰り返す。
脳死状態。
某スレにあったエロパロスレの栄枯盛衰。
けっこうこのスレにも当てはまるんじゃないかと思った。
望×千里 エロあり
すいませんageてしまいました
では改めて投下します
152 :
糸色の嫁:2010/03/30(火) 23:59:37 ID:qFMHwPB4
障子に影が映った途端、正座していた私の身体は、石の様に固くなった。
(不束者ですが、どうぞ、よろしくお願いします)
もう何度したか分からない、三つ指姿勢のイメージトレーニング。
未だに慣れない、閨で夫を迎える、妻の仕草。
そんな私の緊張の鼓動を、三度鳴らす前に、音も立てず障子は開かれ、彼は姿を現した。
「ふっっ、ふつつか者ですが――」
頭の中の消しゴムが、私の許可も得ずに作動する。
(どうぞ、だっけ? どうか、だったかしら?)
脳の中が、「どうぞ」と「どうか」の六文字で溢れかえり、今度は、頭が真っ白になる。
でも、多分伏せた顔は、真っ赤だろう。
「ふふふ」
後頭部に零れた笑いが滴って、余計に顔が上げられない。布団の皺と自分の指を、馬鹿の様に見つめながら、私は悔しくて泣きそうになる。
「そんなにきっちりしなくてもいいですよ、千里さん」
後頭部に落される囁きが優しくて、私は顔を上げてしまう。
彼の姿と背後の庭を、馬鹿の様に見つめながら、私は嬉しくて泣きそうになる。
真ん中で分けていたはずの髪が早くも一房、乱れ落ちた。
先生と籍を入れて三カ月。先生の実家での暮らし。
私はまだ、先生のことを名前で呼べないでいる。
「んむ」
髪を梳きながら、先生は私の唇を啄ばむ。身体は既に横たえていて、もう片方の手は私の腰を抱き寄せる。
「んは、はぁんむ、あ、む、む、む」
一方の私は、彼の細い首と脇から手を差し込んで、うれしさに振り落とされないようしがみ付く。
それは、私と先生が初めて添い寝した、あの保健室での一幕とよく似た姿勢だった。
私は、そこでは「過ちはなかった」ということを、後になって、愛しい痛みと共に、思い知らされることになる。
それはそれでショックだったけれど、先生への想いが消えるということもなかったので、奇妙なことだけれど、安堵した。
こんな私でも、心の拠り所を持つことが、許された様な気がして。
「ふあぁ、あ、ふ、ふ、ふう」
舌を絡め取られながら、差し込んできた手に、胸を弄られる。びちゃ、びちゃ、という湿った音と、皮膚と布地が擦れる乾いた音が、暗い室内で充満する。
私は動物の様に息を荒くするだけで、なんの反撃もできないまま。
されるがまま。
しかもその、蛇に捕食される鼠の様な状況に、心を震わせている自分が居ることに、気付いてしまう。
昼の強気な私と、夜の受け身な私は、別人なのだろうか。息苦しさと愛おしさに噎せ返りながら、どこかが白けた頭でそう考える。
153 :
糸色の嫁:2010/03/31(水) 00:00:50 ID:qFMHwPB4
先生は最中、殆ど口をきかない。
私はそれが時々、不安になる。
「あ、んん、いや、せ、せんっ、せい」
キスが止まる。仕方がないことの筈なのに、それが寂しいと感じる私は、わがままだ。
「どうかしましたか?」
眼鏡はしていなくても、いつもと同じ。薄明かりに浮ぶ表情は、なんのことはない。
見た目だけなら、怜悧冷徹。
この瞬間は、それが怖い。
「いえ、その」
でもそんなことを言う訳にもいかず。
「もっと、いっぱい――」
あいして。
その百倍恥しい本音を、ポロリと零してしまいそうになる。気付いた時には、もう遅い。
続きを言えずに顔を俯かせ、上目づかいで彼を窺う。
しかしそれは図らずも、最初の意図に成功したようで、彼の、呆気にとられたような顔を引き出した。
「普段からそれくらい可愛いと、嬉しいんですけどね」
今度は、してやったり、という顔で告げて来る彼に、私はちょっと憤慨して、その両のほっぺたを、パン生地の様に引き延ばした。
「それは、いつもは可愛くないと、いうことですか?!」
「あだだっ!」
僅かな立場の逆転劇。これから好き放題犯される私の、ほんのささやかな意趣返し。
「もうっ! 知りません!」
彼に背を向け、身を小さくする。けれど、ここで放置されたなら。
私はきっと、絶望するだろう。
寂しくて。(それにしても、普段本当に)
淋しくて。(かわいくないことは、自分が一番知って――)
私はぎゅっと、包まれた。
「全く。言葉の綾、というのを御存知ですか?」
教える様な口調は、高校教師というよりも、幼稚園の先生じみた、彼には珍しい、嫌味の無いもので。
だからこそ、嫌味たっぷりに聞こえる。
「普段からこんなに可愛いと抑えが利きませんから、どうぞ手加減していて下さいよ」
嫌味たっぷりの、砂糖菓子。
振り向いて、舐めて、舐められる。
154 :
糸色の嫁:2010/03/31(水) 00:02:11 ID:qFMHwPB4
「いつも思うのですが――そこは戦うところですか?」
「いつも、言ってるでしょう。ここは、戦うところです!」
十秒足らずで肌着を脱がされた私は、彼と争う。
「もっと恥しいところがあるでしょうに」
「それとこれとは、話が別です!」
先生は、交差した私の腕の奥を見て、溜息を吐く。
「い、いま、笑いましたねっ?! 嘲笑いましたねっ?!」
「笑ってませんよ! 被害妄想は止めて下さい!」
自分の十八番を他人に禁じる、チキン男がそこにいた。
ていうか彼だった。
しかし夜の彼は、実のところ、チキンとは程遠い。
「私は気にしないと言っているでしょうが」
「そうですけど、んんむっ」
また、キス。
ずるい。
大人はずるい。
先生はずるい大人。
思考停止を、使いこなす。
「む、はっ、はっ、あぁむ、んっ」
むちゅ、むちゅっ、と、唇で唇を挟まれ、舌を付き込まれ、舌を引き出され、口で口を食べられる。
意識を半ば失った私は、気が付けば、磔の様に組み敷かれていて。
両腕を片手で纏められ、頭の上側で抑えつけられる。
それでも、口付けはやまない。
唾液を流し込まれ、為す術も無く嚥下する。実際、「為す術も無く」なんてのは、言い訳に過ぎなくて、自分から舌を伸ばす、体たらく。
蓋をされた口の中で、彼と私が境界を失くす。こんな食べ物があったら気色の悪い感触この上ないくせに、私は貪る。
それ以上に彼は、投下する。鴨に餌を押し込む、ブロイラーの様に。
欲を満たして、抵抗の意思を、只管甘く、根絶やしにされる。
155 :
糸色の嫁:2010/03/31(水) 00:03:38 ID:qFMHwPB4
「ふむ、んあっ、はっ、はっ、あぁ」
口の拘束が解かれ、私は酸素を吸い、二酸化炭素を吐き出し、一抹の切なさを覚える。
そんな余裕も直ぐに無くなる。
「あぁ、や、あ」
胸に降り立った、愛しき生命体。
乾いた土地を差し出す羞恥と、それを上回る快感。
屈服する快感。
「だめです、せんせい、あ、あっ」
手に力を込める。
振り解く気など、微塵もないくせに。
彼から逃れられないことを、意識したいその一心。
湿った肉が私の突起を啄ばみ、摘み、引っ掻き、撫で、擦る。
けれど、それだけでもない。
愛しき生命体は、どんどん土地を、南下する。
その一歩ごとに、足音代わりに、私は歌う。音程の無い音楽会。
白いお腹と、一点の穴のようなへそを辿り、一度だけ、丸い腰骨を哺乳瓶の様に咥えて、彼はとうとう辿り着いた。
私もとうとう、追い詰められた。
彼は、フッ、と本当に笑い、しかし私には、それを咎めることができない。
三日月になった彼の口が、丸く開かれ。
噤んでいた私の口も、丸く開かれ。
「ああっ」
別の音を、奏で出す。
彼は、キスをする。じゅくじゅく、びちゃびちゃ。
私は、鳴く。
「んん、ふうぅぅ、う、ん、ん」
彼はキスをする。じゅく、じゅく、びちゃ、びちゃ。
私は鳴く。
「ん、ん、ん、ん、ん、んんん」
彼はキスする。じゅんじゅくびびびちゃ。
「んあっ、あは、ちょっ、やめ」
彼は。
わた。
「や、ん、くぅぅぅぅぅ――」
156 :
糸色の嫁:2010/03/31(水) 00:05:24 ID:hZf30u0j
とまる。
止まる。
白熱した。
白熱した意識が、少しだけ、冷える。
反り上がる私と、沈む彼。
「あ――あ、はっ、はっ、はあ」
地上へかえってきた私に、彼は告げる。
「一回」
寒気がした。
訊き返すのも、恐ろしいくらいの。
すぐに、試験管の様に冷たい指。
じゅ、じゅ、じゅ、じゅ。
「あ、だ、あ、だめ、せんっ、まだ、ああし、ヒッたば、っか、あ」
にちゃにちゃ、ちゃくちゃく、ちゃくちゃく。
とぷ。
「二回」
撃鉄の様に硬い舌。
じゅ! じゅ! じゅ! じゅ!
「だ! だめ! んっ、んああぁ!」
とろ、とろ。
「さんかい」
「と、とめれぇ! またぁ! あっ! いぃ!」
「」
「じゅうななかい」
「――――」
――――
「」
「――あー」
――あ。
「―あ」
―あ。
「あっ」
わけが、わからない。
「あっああ、はあ、は、ははは」
狂ってしまった様な気がする。
「さて、そろそろですね」
そのひとこと。
その一言で、私は覚醒する。
わざわざ、殺される感覚を、味わう為に。
「あ、せ、せんせ、まって、まだぁ」
「まだ?」
白黒のようになった景色の中で、彼が微笑むのがはっきりとわかる。
「――そうですね、まだ」
157 :
糸色の嫁:2010/03/31(水) 00:06:52 ID:hZf30u0j
安堵。
「私はなにもしていません」
ツイラク。
すかさず、ぴとり、と、入口に出口が直結する。
頭に銃口が突き付けられる。
それだけで、私は「じゅうはちかい」。ああ、数をまだ覚えている。
よかったよかった。
「ヨガった顔だけ見せられて、私も限界なんですよ」
「いやあ、まだ、まぁだ、まって、せんせぇ」
たぶん、本能が喋っている。生存本能が、殺されることを、怖がっている。
そのくせ、私の「入口」は、彼の「出口」を啄ばむ様にきゅんきゅん震えている。
ひくひく、ひくひく、彼を手招きする。
おぼろげに、先生が、むくれるのが見えた。いや、まともに目も働いていない以上、たぶん、ふいんきで察したのだろう。
まちがえた、雰囲気。きっちりしないと。
「まだ、せんせい、ですか? 千里さん」
ちりさん。
「妻ならば、夫の名を呼ぶのが順当でしょうに――なら、こうしましょうか」
つま。
「私をちゃんと呼んでくれたら、もう少し待ってあげましょう」
彼の復讐劇。普段私に好き放題されている、とてもささやかな意趣返し。
ちゃんと呼ぶ、というのが、どういうことか分かるくらいには、復活してくる。
殺されたくない本能が、それくらいの羞恥、さっさと捨てろと、命令してくる。
「あ――」
望さん。
そう言えば、きっちりとした意識で、彼に愛される感覚を、ちゃんと享受できる。
なら。
「あ、なた」
かいしんのいちげき。
視界が、完全に機能を取り戻し、彼の勝ち誇った顔を見届けて、
彼は私の、きっと、お仕置きを待っている顔を見届けて、
「はずれ」
ずぶりゅぅううううううううううううううううう。
「あ」
頭の電球が、ぱりんとわれる。
涙が、洪水みたいにでてくる。
「あ、あ」
158 :
糸色の嫁:2010/03/31(水) 00:08:35 ID:hZf30u0j
多分、「絶頂」とかそういうものには達しているのだと思う。
只、間欠泉の様に一足飛びで押し上げられたそこには、身体だけが反応に気付いていて、精神が未だ追い付いていないのだ。
だから、私は暫くの間(といってもほんの数秒以下に過ぎないことは明白であるのだけれど)、金魚の様に顔を真っ赤にして、涎塗れの唇を戦慄かせているだけだった。
その不安定の一言に尽きる均衡は、
「はみっ」
なんていう擬態語がつきそうな、耳へのひと噛み(彼が、犬にするのが好きだとか)で、呆気なく破られた。
(私はペット。彼の――所有物)
そんな墜落快楽にその時、気付ける程まともな精神だったかどうかなんてのは、今になってみれば怪しい。
たった一つ、言えること。
薄氷の安定が割れ、ぶるぶる震えていた腰が更に痙攣したようにその自由を失い、体中の汗腺という汗腺から熱湯が噴き出すような錯覚に見舞われ、
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ゲシュタルト崩壊に見舞われるような叫び声を上げ。
私は殺された。
月まで天国まで、飛ばされた。
「覚悟して下さいね」
マグマの私に注がれる氷の様な一言。
私の身体からじゅーじゅーと、鉄板の上のステーキみたいな音がしそうだ。
「ああ、あああなた、あなた! すき! ひゅき! ひゅいぃぃぁぁあああああああああああ!」
死んだ私には、最早何も恥ではなかったようで、思いついた言葉と行動が、そのまま結果に反映されていた。
両手を、彼の首筋で交差する。
両脚を、彼の背中で交差する。
私は彼を逃がさないし、私は彼から逃げられない。
「んくうぅぅぅぅ! あふい! あついよおおおおおぉ!」
びゅーびゅー、お腹のなかで、アルコールみたいな感覚。
「ああ! いい! んんんんんんんんんぁ!」
それでも彼は、運動を止めない。
彼が腰を持ち上げれば、私もナマケモノみたいにしがみついて、一緒に持ち上がる。
瞬時に私は期待する。
精神が落ちる快感。
物理的に落される快感。
そして、布団の上に、叩き付けられる。
「あはぁぁぁぁ――」
前の穴から後ろの穴に貫通しそうな衝撃。
腰がじいんと熱を持った電撃で痺れて、がくんがくがくん、と体が跳ねる。
あんまりにも一撃が重たすぎて、私の脳は許容し切れない。結果、尻切れトンボな力無い嬌声が、失禁みたいにゆるゆると絞り出される。
視界に星が散っているのは、白眼を剥くほど、私が目を見開いているからか。
159 :
糸色の嫁:2010/03/31(水) 00:11:13 ID:hZf30u0j
間髪をいれずに再び、浮き上がる。
半狂乱の意識のまま、振り落とされそうになっていることだけを理解し、必死で喰らいつく。こうなれば刹那以下の別離も、耐え難い。
再び、落下。
ごりゅううううう、という音が聞こえた気がする。
けれど違ったのは、私の学習能力が、彼の与えて来る快感を全て受け入れられるように作用していたこと。
表面張力の絶頂。
取り零しなく、快楽を流し込まれる。
つまり、天国の上の地獄に、噴火で吹き飛ばされる。
「いやああ! いかないで! いくっ! あっ! あああああぁ!」
おとがいが上がって、戯言みたいな絶叫を垂れ流す。
彼が腰を、三度、浮かす。
私はもう付いていけなくて、寂しくて、それでもせめて不格好なガニ股で、ミツバチの彼を花の様に待ち構える。
花の中心がロックオンされたのを感じて、幸せに絶望する。
蜂がめしべを、一直線に刺す。
水鉄砲みたいに声を上げる。
離れる。寂しい。落ちる。幸せ。
離れ落ち。
荒波に乗った感情。
そこで気付く。
彼が「一撃」でなく、「速さ」で勝負を仕掛けてきたことに。
全ての分野で私に圧勝して、「夫」と「妻」のどちらが上か、文字通り体に理解させる作戦に出たことに。
「こ――こぉんなの、勝へるわけぇないよぉぉぉぉ!」
私から浸み出す液と、彼が吐き出す液が、私のなかでぐちゅぐちゅぐちゃあっって撹拌される。
私のなかが、スコップでほじくり返されて、彼専用の形に近付いてゆく。
泡立って泡立って、化学変化を起こし新しい劇薬になって。
そして単純にイく。
「はあああああああああ、ああああああぁ!」
ごりん、ぐちゅん、びゅく、べちゃ。
ごりんぐちゅんびゅくべちゃ!
ぐちゅぐちゅぐちゅびちゃびちゃびちゃびちゃ!
びゅー!
びゅー!
二度三度四度五度、そういう風にして、彼が一回のあいだに、私は四回、宙をまう。
なかが削り取られるような錯覚と、熱暴走。
じわわぁ、っていう熱量が下半身一帯に広がって、おもらししちゃったのかなぁなんて能天気に考える。
乱れた前髪だと私だってそんなものだ。
「あああ! ああっ! あああっ! あああああああああああああっ!」
160 :
糸色の嫁:2010/03/31(水) 00:13:32 ID:hZf30u0j
一突きごとに、押し出されたところてんみたいな悲鳴。
ぱっちゅんぱっちゅん、子供の泥遊びみたいな音。
体のあちこちで爆発がおこる。
一発毎に、私はとんでく。
一太刀毎に、私はバラける。
びゅーびゅー、あかちゃんの種が目一杯植え付けられる。
子宮の中に送り込まれる粘土みたいなせーえきの図が、頭の中で描きだされる。
「ぴゅーぴゅーいって! ぴゅーぴゅーいってる! せんせぇ、もっともっとぉ! ああなたあぁぁぁ!」
そうなると一滴も零したくなくて、一匹も逃がしたくなくて、私は自分が痛いくらいに、筋肉を絞め付ける。
それを馴染ませるように、今度は、彼は、固定した私の腰へ、自分の腰をなすりつけるように、のしかかってくる。
男である彼の胸と女である私の胸がピッタリ合わさるのは、この際彼との距離が近くなる利点だと思えるようになる。
とんだ楽観快楽主義。
宗教裁判モノの、心情違反。
「はあああぁぁん! きす! きふひへぇぇぇぇ!」
被告は支離滅裂な証言を繰り返しており、情状酌量の余地は全く見られない。
判決。
死刑。
「あ――はああああああああああああんんんん!」
息を吸い過ぎて、息を吐き過ぎて、喉が硬直したまま迎える絶頂は、本当に首を絞められるみたい。
彼の痩せた、しかし針の様な鋭さを持った体が、私の敏感な三つの突起を圧壊にかかる。
浮き出た肋骨と陰毛が、ごりんごりんと捻り潰してくる。特殊工作員の受ける拷問はこんな感じかもしれない。
「かあああぁぁぁぁぁ! あんんんんっくぅ! んむ! むー!」
けれど彼は、もちろん、キスも忘れない。
それが工作員を、私を、簡単に屈服させることを、彼は熟知しているから。
ハニ―トラップ。
或いは、彼なりの絞首刑。
キスで私を、窒息させる。
私は噎せ返りながら、それを甘んじて貪る。
じゅくじゅくじゅくじゅく。
むちゅむちゅむちゃむちゃ。
媚薬なんて使う人の、気がしれない。
彼の唾液ひと舐めで、私はたぶん、大丈夫。死ねる。
161 :
糸色の嫁:2010/03/31(水) 00:15:15 ID:hZf30u0j
「も! ああぁ! ひゅる、ゆるひて! もお! いヒたふ、ヒキたくないれふぅ! ううああああ!」
口先ばかりの反抗。文字にするとなんて恥しい。
幸せに滅多打ちされることを、嫌がるわけがない。
幸せ過ぎて不安になる?
それは、不幸なことだけど。
「んんんんんんく! あふぅ! う! ふき! すきっ! だいふき! いぃゃぁああああああああああ!」
一ミリたりとも離れたくなくて、私は、腕と脚の力を、きっちり、最大限に。
夢中でキスをする。
ただ、死んでも死んでも、ゾンビのように蘇る私を完全に、完膚なきまでに殺す為の、最後の一手を、彼は打っていない。
偶然か、わざとか?
わざとに決まっている。
だって、彼は最中、殆ど口をきかないから。
そして。
今にも何か言いたげだから。
だから私は、朦朧とした意識の中で、最後の力を振り絞って、崖に片手でしがみ付く。
飛ばされ落され、忙しく跳ねまわった私は、最後にやっぱり、落ちるみたい。
糸色望に、絶望に。
蹴落とされるのを、じっと待つ。
「愛してます、千里」
「――うなぁ、ぁ、ん」
なんて情けない返事。でもこの時の私を責めるのは、ちょっと酷というものだろう。
一方通行だった恋が開通したこと。それを確認してなにも思わなくなるほどには、私は恋に慣れていない。
耳にべっとりと唇を押し付け、それでもやたらはっきりと囁かれた、臆病者の一撃。
また、びゅくんびゅくんと、おなかのなかで、彼があばれる。
体内が贅沢に爛れてゆく。全部が全部、彼の支配下に下る。
「――ぁああ、とろとおひてまひゅ、あつ、あひゅい」
彼が私の体中に浸透してゆく、ヘンな、しあわせな、妄想。
ああ。
たぶんわたしはここまで。
もっと、いちばん、おっきいのが、くる。
あ。
162 :
糸色の嫁:2010/03/31(水) 00:16:39 ID:hZf30u0j
「「「「「うううううううるさああいいいいい!!!!!!!!」」」」」
ガララララという音と共に驚き、私は顔を上げた。
慌てて枕元の眼鏡に手をかける。
「千里ったら声大き過ぎ! あーあーアーアー、赤ん坊か、はたまたアニキか?!」
晴美さんが、漫画のペンを持ったまま言い放つ。
「いくら今日が千里ちゃんの日だからって、流石に我慢できませんよ」
あびるさんが、目に巻いた包帯を解く。
「あなた――私の時よりも、激しいんじゃないですか?」
まといさんが怒気を孕んだ声で詰め寄ってくる。
「明日のアタシの時、もっと頑張らないと訴えるよ?!」「いやだわ、はしたない――」
カエレさんが睨みをきかした直後、楓さんがその言葉に頬を染める(ジサクジエン?)。
その背後にも佇む、糸色家の嫁たち。
冗談の様に全員を囲うことになり(「おもしろがった」父の策略だ)、実家で部屋を割り振って以来、夜毎常になった殺気。
私は一気に冷えた汗をたらたらと流すが、下半身ではだらしなくびゅんびゅくと、千里さんの中で蕩け出す。
そして当の彼女はといえば、
「もっと、もおっと、あなたぁ。んんっ」
完全に幼児退行或いは先祖がえり。可愛いすぎて怖いくらい。明日からどう我慢しよう。
「やだなあ、旦那さまが手を抜くなんてあるわけないじゃないですかあ。先生と生徒から外れた途端、ちゃあんと本性を曝け出すオオカミさんですよっ!」
「それにしても、マリアより、こどもみたいになっちゃったナ! ふだん色々、たまってるんだろうナ! ツンデレ、だネ?」
「うっわー、千里ちゃんキャラ崩壊激しいなぁ――わたしもこれくらいすれば、普通って言われなくなるかも」
「『お前もともとキャラなんかねーだろ』」
「わ、わたしのようなものが羨ましいと思ってしまってすいません!」
「内職が手に付かなくなっちゃったじゃないですか――責任とって下さい、あ・な・た」
そろそろツッコミを入れておかないと、収集が付かなくなりそうだ。
「もう内職なんてする必要ないでしょう!」
が、すぐに、悟る。
「真夜さん火をとめて! いや台所じゃないです可愛いなあもう!」
「可奈子さん下着は?!」
「わすれてしまいましたぁ」
全員集合この期に及んで、収集なんかつくはずがない。
「あらあらごしゅじん、今夜は大変そうですね?」
「そんな時には、このオクスリなんていかがですか? お安くしておきますよ? お代は明日の優先権――」
「お兄様ったら、こんな小娘達、相手にすることはございません。この倫、一人で充分」
「あたしはこむすめじゃないんだから……ねえ、望様。姉妹丼つゆだくなんて、どうかなぁ?」
「あなただって、私に比べればまだまだコドモ――」
「熟女はずるいよう!」
「誰が熟女ですか!」
「熟女じゃん」
内紛もそこそこに、にじり寄ってくる彼女達で、部屋が影に覆い尽される。
「ぎいいいいいやああああああああああああああああああ!」
「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ出たらダメだ出たらダメだ――」
引き籠りの矜持と戦う、もう一人の嫁が居たことは、また別の話。
翌早朝。
死屍累々と化した千里の部屋で、むくりと起き上がる影一つ。
沼の様に淀んだ空気に、溜息を一つ落とす。
「また、死ねなかった」
そうして彼の一日は、いつもの様に、後始末で始まる。
163 :
糸色の嫁:2010/03/31(水) 00:18:22 ID:hZf30u0j
終わりです。ギ音と絶叫ばっかりで読みづらくてすみません。
GJ
弱い千里ちゃんにもえた
えろ千里ちゃん最高すぎるうう
166 :
名無しさん@ピンキー:2010/04/11(日) 09:34:53 ID:8n82Txyn
過疎
167 :
名無しさん@ピンキー:2010/04/12(月) 17:58:58 ID:BJWJzCtC
ぬるぽ
>163
舞城王太郎っぽいね
よかった
169 :
266:2010/04/19(月) 04:31:03 ID:XquCkQoV
書いてきました。
木野加賀、エロはないです。
それではいってみます。
170 :
266:2010/04/19(月) 04:31:43 ID:XquCkQoV
いつまでも止まない雨の音を聞きながら、木野国也は図書室で新たに購入された本の整理を行っていた。
やたらと広い上に、無数の書棚が影になる図書室はやたらと薄暗い。
窓の外の景色も、空を覆う黒雲と降りしきる雨に閉ざされて、その暗さに拍車をかけていた。
その上、天井から吊るされた電灯や蛍光灯の明かりはどこか人工的な嘘くささを感じさせて、
ただでさえうら寂しい国也の気持ちを余計にどんよりと曇らせた。
「ふう……これで半分は終わり……って、やっと半分かよ…!!!」
新年度の開始に伴って大量に購入された図書の数々、事典や辞書の類も混ざっているので重さもかなりのものになる。
新しい図書を書棚に並べ、整理するのは図書委員の仕事……なのだけれど、今の国也は一人で作業を行っていた。
同じクラスの図書委員である久藤准や大草麻菜実も作業を手伝う筈だったのだが、
妙に寒い今年の春の気候にやられて、二人とも風邪で倒れてしまったのだ。
准からはその事について、今日の昼謝罪の電話があった。
『ごめん…よりによってこのタイミングで風邪をひくなんて……』
「いいって。図書室の作業は俺が終わらせとくから、しっかり休んでろよ」
『でも、明日には何とか学校に行けると思うし、その時にやった方が……』
「病み上がりのヤツに仕事やらせるわけにはいかないだろ。
いつまでも新しい本が図書室に並ばないのもマズイし、今日の内に出来るだけやっとくさ」
『……わかった。頼むよ、木野』
真奈美も日ごろ溜まった疲れのせいもあって、あまり病状はよろしくないらしい。
というわけで、国也は腹を括ってこの大仕事に一人挑む事になった。
「……正直、ちょっと見積もりが甘かったな。……でも、何とか今日中には終わらせられるだろ」
まだまだうず高く積まれた本の山を見ながら、国也は気合を入れなおして作業の続きに挑む。
その時、両脇に本を抱えて立ち上がった国也の背後から、何やらトタタタタ、と慌てた足音が近づいてきて……
「す、す、すみません……遅れてしまいましたっ!!!!」
図書室の扉を勢い良く開き、飛び込んできた少女がそう叫んだ。
「えっ?…加賀…さん……!?」
予期せぬ人物の登場に国也はただ目を丸くするばかり。
そんな彼の前で、どうやら全力疾走でここまでやって来たらしい加賀愛は息を切らせながら、
「本当に、すごく遅れてしまいましたけど…手伝いにきました、木野君っ!!」
そう言ったのだった。
「て、手伝いって?」
「図書室の新しい本を並べるお手伝いですっ!!」
「で、でも……俺、そんな事、加賀さんに頼んでなんか……」
「はい。私の方からお願いしました……」
愛のその言葉で、木野は今日の昼休憩の出来事を思い出す。
171 :
266:2010/04/19(月) 04:32:21 ID:XquCkQoV
昼食を食べていた国也の前に突然、愛が飛び出してきたのだ。
「ききききききき、木野君……っ!!!!!」
「うわっ!?加賀さんっっ!!!?」
固く拳を握り締め、緊張に顔を真赤にした彼女は国也にこう叫んだ。
「手伝いますっっっ!!!」
「えっ?えっ!?」
「私なんかがいても木野君の邪魔になるだけかもしれませんけど、その時は遠慮なく追っ払ってもらって構いませんから
体育の授業の関係で遅れちゃうかも知れませんけど、必ず行きますから、手伝わせてください………っっ!!!!」
驚く国也にそれだけまくしたてて、愛は走り去っていった。
その時の国也にはまるで意味が分からなかったのだけれど………
「つまり、手伝うってのはこの図書館での作業の事で……」
「はい。なんだか木野君一人だと大変そうだと思って……でも、体育の後片付けが長引いて、こんなに遅れてしまって……本当にすみません……」
「いや、そんな加賀さんが謝らなくてもいいよ。手伝いに来てくれてすごく嬉しいし……」
どうやら愛は国也が一人で図書委員の作業をする事をどこかで聞いて、それを手伝いたいと思ってくれたらしい。
しかし、国也はちょっと悩んでしまう。
愛が自分の為にそんな申し出をしてくれた事自体は嬉しいのだけれど、
(でも、加賀さんに本を運んでもらうとか気が引けるなぁ……)
自分が好意を抱く女の子に、無理に肉体労働をしてもらうのは国也の男の意地とか、そういうヤツが許してくれそうにない。
だけど、目の前でこちらを見つめる愛の瞳はどこまでもまっすぐだ。
(……駄目だ。『手伝わなくていい』なんて言ったら泣かせちゃいそうだ……)
引くも進むもままならず、思考の板挟み状態で悩みぬく国也。
そんな彼の前で愛の瞳の色が少し不安げに揺れる。
結局のところ、今の国也に好きな彼女の申し出を跳ね除けるような真似は出来ないわけで……。
「……わかったよ。まだまだ運ばなきゃいけない本はあるし、加賀さんの好意に甘える事にするよ」
「はい。お邪魔にならないよう、頑張ります!」
その返答を聞いた愛が浮かべた笑顔は、引っ込み思案でいつもオドオドしてる彼女を忘れさせるほど明るくて、
国也はドキリ、胸の中で心臓が跳ね上がるのを感じたような気がした。
172 :
266:2010/04/19(月) 04:33:43 ID:XquCkQoV
というわけで今度は二人がかりで再開された新規図書の並べ替え作業。
実は、国也がこの作業に手こずっていたのには、本の多さ以外にもう一つ理由があった。
それはこの学校の図書室の独特の造りにある。
中央に吹き抜けを設け一階と二階に分かれた二層構造、おかげでこの図書室は下手な図書館をしのぐ蔵書量を誇っているのだが、
こんな風に図書の整理を行うときには、図書委員は上へ下へ行ったり来たりを繰り返す羽目になってしまうのだ。
小説、伝記、図鑑など、それぞれの区分毎に本を仕分けして、その棚の所まで運ぶのが国也のやり方だったのだが、
国也がさんざん苦労を重ねたにも関わらず、二階に運ばなければいけない本はまだかなり残されていた。
とりあえず、国也は愛に一階の本を任せ、その間に残りの本を全て二階に運んでしまおうとしたのだけど……
「くっそ……これくらいでバテるとは…情けない……」
愛が来る前からずっと作業を続けていた国也にはそれは少し無理な注文だったようだ。
「……木野君、一階の本、全部並べ終わりました」
タイムアウト。
残りの本は全て自分がやると言っても、きっと愛は納得しない。
(加賀さんにあんまり無理はさせたくないんだけどな……)
なんて考えている間に、国也の傍までやって来た愛は両手にたっぷりの本を抱えて微笑む。
「…それじゃあ、二階の方も頑張りますね。木野君…」
心なしかいつもの彼女より元気そうに見える。
(……こっちのつまんない意地で加賀さんの好意をないがしろにはできないよな……)
そんな愛の様子を見ながら、国也も同じく本を抱えて作業の続きを再開した。
やはり、基本的に人手というものは少ないより多い方が良いものだ。
愛が手伝ってくれたお陰で作業は国也が考えていたより早く片付きそうだった。
ただ、あまり力仕事には慣れていないらしい愛が、あまり無理をしないかが少しばかり心配ではあったけれど。
「これを上に運んで並べたら、次の次でお終いですね、木野君……」
「ありがとう、でもあんまり無理しないでよ。加賀さんのお陰でもうだいぶ作業進んだから、そんなに急ぐ必要ないし」
「…大丈夫です……本当にあと少しなんですから……」
よいしょ、と本を抱え上げ歩いていく愛の足元を見て、国也は気付いた。
少しふらついている。
彼女の性格からして予想できる事ではあったけれど、やはり少し無理をしているようだ。
しかし、二階への階段を登り始めた愛を今更止める訳にもいかない。
慌てて彼女の背中を追いすがった国也だったが、少しばかり遅すぎた。
「あ………」
それはほんの一瞬の出来事。
階段を踏み外した愛の体がバランスを崩して後ろに倒れる。
両手で本を抱えていた彼女は、手すりで体を支える事が出来なかった。
一方、それを見た国也は咄嗟の判断で本を投げ捨て、両腕で愛の体を受け止めにいった。
「きゃあああああっっっ!!!」
愛の両手からこぼれた本達がゴツン、ガツンと国也の肩や脚、額を打ち据える。
それでも、国也は愛に向かって必死で腕を伸ばし……
「加賀さんっっっ!!!」
間一髪、床に落ちる直前に、自分の体をクッション代わりにして彼女の体を受け止めた。
「…っはぁ…はぁ……大丈夫、加賀さん?」
「はい、木野君………でも…」
とりあえず大事ない様子の愛の姿に国也はホッと息をつく。
しかし、当の国也自身のダメージはなかなかキツイものだった。
愛が思わず手放した本達が全身にぶつかった上、彼女の体を受け止めるとき少しばかり関節に無理をさせてしまった。
「……すみません…私が変に焦ったりしたせいで、木野君に怪我までさせて……」
「大した事ないよ。ほら、全然平気だって……って、痛てて……」
「…木野君っ!!」
「うぅ…ごめん。ちょっとキツイみたいだ……」
173 :
266:2010/04/19(月) 04:34:16 ID:XquCkQoV
思いがけず体を駆け抜けた痛みに国也が顔をしかめるのを見て、愛の顔に暗い後悔の色が浮かぶ。
「…本当に……本当にすみません。無理を言って勝手に押しかけて、結局、木野君の足手まといになって……」
階段下の床に尻餅をついたままの国也の背中に手を回し、体を起こすのを手伝いながらぽつりぽつりと愛が呟く。
どうやら国也はそこまで酷い怪我をしている訳ではないようだが、それは結果論に過ぎない。
もっと酷い事になっていてもおかしくはなかったのだ。
逆に、国也ではなく、愛の方が怪我をしていたとしても迷惑な事には変わらない。
愛はこの少年の優しさをよく知っている。
自分の仕事を手伝ってもらって、それで愛が怪我などした日には、国也はとてつもない罪悪感に苛まれる事になっていただろう。
風邪で休んだ准や麻菜実の代わりに大変な仕事に一人で挑もうとしていた国也。
愛はその事情を知って、彼を手伝いたいと考えた。
差し出がましい事ではないか、邪魔になりはしないか、何度も自分に問いかけた。
それでも最後には、彼の助けになりたいという気持ちの方が勝った。
だけど、結局はこの体たらくだ。
「……そもそも、私ごときが木野君の手助けができるなんて考えたのが、きっと間違いだったんです……」
そう言って、愛は力なくその場に俯いてしまう。
だけど、そんな彼女の手をぎゅっと握り締める優しい温もりを愛は感じた。
「そんな事ないよ、加賀さん……」
国也がこちらを見ていた。
愛の顔をまっすぐ見つめて笑っていた。
「加賀さんが来てくれて、俺、助かったよ……大見得切って一人で作業するって言ったけどやっぱり俺だけじゃ手に余る仕事だったし…」
「でも…私は木野君に怪我をさせて……」
「運が悪かったんだよ。そういう時って誰にでもある。加賀さんは俺を手伝いに来てくれただけ、自分を責める必要なんてない」
それから国也は照れくさそうにはにかんで、こう続けた。
「それに……加賀さんが来てくれて、俺、嬉しかったから……」
「……えっ?」
「薄暗い図書室で一人ぼっちで本を運んで、多分、少しだけ気が滅入っていたんだと思う。
だけど、加賀さんが必死で駆けつけてくれて、『私も手伝います』ってそう言ってくれた。それだけで、俺……」
「木野君……」
何時の間にやら、愛を責め立てていた自責の念は薄れて消えて、胸の中にはさっきの国也の言葉だけが繰り返されていた。
『加賀さんが来てくれて、俺、嬉しかったから』
作業が早く終わるとか、迷惑がかかるとかかからないとか、そういう話じゃない。
ただ、愛がそこにいる事、それが嬉しいと彼は言ってくれた。
その言葉を胸の中で呟く度に、何だか頬が熱くなって、心と体がふわり、浮き上がっていくような錯覚を覚える。
国也を手伝いに来た筈なのに、いつの間にか自分の気持ちを助けられている。
それが申し訳なくて、だけどそれ以上に嬉しくて、いつの間にか愛の顔にもいつもの控えめな微笑が戻っていた。
「……さて、流石にこの状態から作業を続けられそうにはないし、今日はもう帰るしかないか……」
そう言って痛む体を近くの机に寄り掛からせながら、国也が立ち上がる。
愛は咄嗟にふらつく彼の体にそっと寄り添い、背中に腕を回した。
「…加賀さん?」
顔を赤くして驚く国也に、同じく赤い顔の愛が答える。
「……保健室まで、肩を貸しますから……」
「そ、そこまでしなくても、一人で歩けるから……」
「……私がこうしたいんです……」
それ以上は何も言えず、それでもピッタリと寄り添った二人は、散らばった本の片付けだけを済ませて図書室を後にした。
痛む体も、心を苛む罪悪感も、もうさしては気にならなかった。
間近に感じるぬくもりは、いたわり合う互いの心まで伝え合って、国也と愛、二人の心を暖かく包み込んでいた。
174 :
266:2010/04/19(月) 04:34:43 ID:XquCkQoV
以上でおしまいです。
失礼いたしました。
GJ!よかったよー
176 :
266:2010/04/22(木) 02:20:14 ID:rlQ5NgdL
今週のマガジン、絶望先生第220話『繋がれた毎日』を下に短めのSSを書いてみました。
望カフのエロなしです。
それではいってみます。
177 :
266:2010/04/22(木) 02:21:11 ID:rlQ5NgdL
歩いても歩いても途切れることの無い塀。
それでも出口を求めて進み続けた望の行き着く果てにあったのは、彼が逃れようと飛び出た筈の獄舎だった……。
奴隷の鎖自慢。
奴隷の立場に慣れ切った人間達はいつしか自分を戒める鎖の重さや太さを自慢し合い出すという。
それと同じように、世の中の多くの人達は自分の抱え込んだ労苦を見せびらかし、自慢する。
アイドルの為にどれだけの金と時間と労力を注ぎ込んだか。
どれだけ仕事が過酷であるのか。
もっと単純なところでは、寝てない自慢に貧乏自慢。
そしてその中には互いに鎖自慢で繋がれ、共依存関係に陥った者達もいた。
望と、彼が担任を勤める2のへの生徒達もそんなお互い離れるに離れられない関係にあった。
担任望のダメっぷりを鎖自慢する生徒達。
絶望的な生徒達の担任となった苦労を鎖自慢する望。
ふと足元を見れば、生徒達の足枷から伸びた鎖と望の鎖は繋がっていた。
「これはもはや絆です!」
相変わらずのポジティブシンキングでそう告げた可符香に背を向け、望は逃げ出した。
「そんな関係、いつかは断ち切らなければいけないのですっ!!」
しかし、結局のところ、逃げ場などどこにも無かったのだ。
なぜならば………。
「この国の人全てが何らかの囚人だから どこまで行っても鎖自慢です」
言い切った可符香の言葉の通り、この国全てが鎖自慢の人々で溢れかえった塀の中だったのだ。
疲れ果て、再び生徒達の下へ戻って来た望は、カチャリ、再び自らに足枷をはめて呟いた。
「ああ、安心する」
ぺたりと座り込んだ望の顔に浮かぶ気の抜けたような笑顔。
それを少し離れた場所から見つめて、ニヤマリと微笑みを浮かべる少女が一人。
「先生も、ようやく理解してくださったんですね」
「ああ、風浦さん……」
とたとたと歩み寄ってきた可符香の声に、望は顔を上げて応える。
望の傍らに腰を下ろした可符香は彼の足首からのびる鎖を持ち上げて、若干得意げにこう言った。
「戻って来てくれるって信じてましたよ。やっぱり先生とみんなの間には強い『絆』があるんですよ」
「まあ、そういう事になるんでしょうかね……」
可符香の言葉に、望は苦笑交じりで答える。
それから、可符香の手から自分の足枷の鎖を受け取って、望はこう続けた。
「『絆』……確かにそうなのかもしれませんね。
文句を言い合いながら離れようとしない共依存ってのも一つの見方なんでしょうが、それでもこれは『絆』の証なのかもしれません」
手の平の上、鎖を弄ぶ望の脳裏に浮かぶのは2のへでの騒がしい毎日の光景だ。
生徒達にはたくさん迷惑をかけたし、逆に迷惑をかけられもした。
それが不愉快なだけのものならば、それは望と生徒達を互いに縛り付ける共依存の鎖という事になるかもしれない。
だけど、実際は少し違う。
望にとって頭に浮かぶ厄介なはずの生徒達の笑顔は、同時に愛しいものでもある。
かけた苦労や迷惑と同じ分だけ、望は2のへの生徒達とすごす時間を心地よく感じていた。
「……つまり、それって受け入れ合ってる、って事じゃないかと思うんですよ。いいものも悪いものも一緒に与えて、与えられて……。
そう考えたら、あなたの言った『絆』って表現もあながち外れてないような気がしたんです。
………まあ、皆さんが私の事をそういう風に思ってくれてるかどうかはまた別の話ですけど………」
言い終えてから、望は少し照れくさそうに笑った。
「……なんか語りが長すぎましたね……私、変なこと言っちゃったでしょうか?」
「いえいえ、せっかくの良い話を自虐で締める一貫したキャラクター性、先生は漫画キャラの鑑ですよ!」
「う…ぐぅ……茶化さないでください」
「でも、私も先生の言う通りだと思います」
からかいをまじえながらも、可符香は望に答える。
「いい所も悪い所も何故だかどっちも愛しくて好きになって…そうやって繋がっていく『絆』ってあるんです」
「まあ、どっちにとっても良い事のない、どうしようもない共依存もあるんでしょうけど、それだけじゃないものもある。…今はそう思えます」
178 :
266:2010/04/22(木) 02:21:56 ID:rlQ5NgdL
だけど、笑顔で語る望は気付いていなかった。
望の傍らで、同じく微笑みを浮かべた可符香の表情に、少しだけ影が差している事に……。
(絆か……)
口の中で、可符香が小さく呟いた。
彼女が視線を下げると、そこにはシマシマの囚人服のズボンから飛び出した自分の足首が見えた。
そこには他のみんなのような、足枷や鎖は存在しない。
心の中はともかくとして、ポジティブを信条とする彼女は他人や、周囲の状況を悪く捉える言葉を口にしない。
何でもかんでも、全てのものを強引にポジティブに捉えて、そうして笑っているのが可符香の生き方だ。
だけど、誰にも何にも文句を言わない彼女のやり方は、いつの間にか彼女を人と人との関わりの中から遊離させてしまう。
望が語った通り人間同士の関係とは、文句を言ったり言われたりしながら良いところも悪いところも受け入れていく、そういうものだ。
だけど、誰にも不平不満を語らない彼女は、その繋がりの中から外れてしまう。
しがらみだらけの現実から離れた場所で生きている彼女は、自分だけが他のみんなから切り離されて生きているように、心のどこかでいつも感じていた。
可符香は何となく、足枷に繋がれていない自分の足首にそっと触れてみる。
(さびしい…のかな?)
可符香が生きてきたこれまでの人生は過酷で苛烈なものだった。
前向きに、ポジティブに、そうでもしなければ耐える事なんて出来やしなかった。
だけど、今度はそれが可符香を周囲の人間達から引き離すように働いている……。
(でも、今更生き方を変えられるわけじゃないから……)
諦めたような表情を浮かべて、可符香は心中に小さくそう呟いた。
だけど、その時……
「風浦さん?」
「は、はい?」
いつの間にか俯いていた顔を、望が覗き込んでいた。
「……ど、どうしたんですか、先生?」
「いえ、あなたが急にぼーっとし始めたものだから……」
そこで、望は可符香の足に、鎖に繋がれていない足首に視線を落とした。
「……あなたには足枷も鎖もないんですね」
「………………」
ちょうど先ほど思い悩んでいたところを突かれて、可符香の体がギクリと固まる。
望はそんな可符香の様子に気付いた素振りも見せず、ただ彼女のすぐ傍へすっと寄り添ったかと思うと
「風浦さん、失礼します……」
可符香の手の平をぎゅっと握りしめた。
「ふえ…は、はい?…先生…?」
戸惑い、頬を染める可符香に、望も顔を赤くしながら
「いや、だって鎖が無いって事は私の足枷とも繋がってないって事でしょう?何だか寂しいじゃないですか?」
子どもが言い訳するみたいな口調で、そう答えた。
「……別にこんな鎖だけが『絆』の形じゃないでしょう。どんな形であってもいい。私はあなたと繋がっていたいんです……」
ぎゅっと、可符香の手を握る望の手の平に力が込められた。
そのぬくもりが、優しい指先の感触が、可符香の心にわだかまっていたモノをゆっくりと溶かしていく。
「……嫌…だったでしょうか…?」
おっかなびっくり、といった様子でそう尋ねた望。
その顔を見つめる可符香の胸に湧き上がるのは、言葉にならない、じんわり温かい気持ち……。
「いやだなぁ、そんなわけないじゃないですか。むしろ、私の方からこうしようって思ってたぐらいなんですから……」
可符香は望の手の平を強く強く握り返した。
そして、ホッとした様子の望の表情を見つめながら、可符香は思う。
考えてみれば、何も心配する事などなかった。
確かに、可符香の世の中や人間に対する関わり方はどこかいびつで、それは可符香の心を周囲の人々から遠ざけるものかもしれない。
それでも、可符香は今確かにここにいるのだ。
自ら選びとり、進んできた道の先で、2のへの一員として過ごす日々に、確かな充足感を感じている。
『絆』の形に正しいも正しくないもありはしない。
きっと世界中の誰もがそれなりに歪で、自分なりのやり方で恐る恐る手を伸ばし合い、繋がり合って、『絆』を形作ってきたのだ。
それは可符香も同じ事。
何も不安になる必要なんて無い。
何より、ここにはこうして、可符香の手の平を強く握ってくれる人がいるのだから。
「先生、もうちょっとこのまま、手を繋いでてくれますか?」
「……はい」
どちらともなく指を絡ませ合って、より強く繋がる二人の手と手。
互いのぬくもりを伝え合うその感触もまた、確かにひとつの『絆』の形だった。
179 :
266:2010/04/22(木) 02:22:34 ID:rlQ5NgdL
以上でおしまいです。
失礼いたしました。
望カフの人GJ!
ちょっと今週号読んでくる
181 :
桃毛:2010/04/26(月) 22:01:19 ID:tzIZLSzs
桃毛です。
忙しさのために前回からだいぶ経ってしまいました。
その忙しい年度末進行と新年度進行から解放されましたので、その間書いていた物を投稿します。
今回のヒロインは大草麻菜実さんです。
大草さんファンにとってはトラウマ回ともっぱら評判の、原作第二百話『長い長いさっしん』の前後のお話です。
単行本二十巻の最後に収録されていますね。
エロはありですが、お話が少々重たい感じです、大草さんだけに。ちょい鬱注意。
あと、すこし長めのお話です。
では次レスよりどうぞ。
『あんたのどれいのままでいい』
…タイトルがアレですけど、陵辱モノではありません。
182 :
桃毛:2010/04/26(月) 22:02:19 ID:tzIZLSzs
『あんたのどれのままでいい』
〜金は新しい形式の奴隷制である。
それが旧い形式の奴隷制と異なるところは、奴隷に対してなんら人間的な関係を持っていない非人格的なところにある〜
トルストイ 「われわれは何をなすべきか」
女がATM―現金自動預け払い機の前で画面を見つめている。
そのATMはいわゆる消費者金融の無人コーナーの中にあり、現代の日本では駅前や繁華街では珍しくないものだ。
雑居ビルの地下のここでは、今現在彼女だけが利用者のようだった。
彼女はやがて意を決したようにタッチパネルになっている画面に手を触れる。
カードを入れ、暗証番号を入力する。
「お客様ご利用可能額」という画面に示された彼女のその残高は、限度額に対してあまりにわずかだった。
テンキーをタッチして金額を入れる。
機械から吐き出された数枚の紙幣を掴み上げ、カードを回収する。
彼女は紙幣を手にしたままATMコーナーを出ると、すぐとなりに仕切られた別の消費者金融業者のコーナーのドアをくぐった。
そして手に持っていたもう一枚の別のカードをそこのATMに挿入し、画面を操作しはじめた。
今度は入金らしい。
画面には「ご利息お支払い期限日を過ぎています」と説明が表示されている。
遅延分の利息も含めての支払いを要求されているということだ。
彼女は先ほど機械から取り出して手に持ったままだった紙幣のうちかなりの枚数を機械に突っ込んでいた。
それでも、正規の利息と遅延分をわずかに上回るほどでしかない額だった。元本―ほんとうに返済すべき金額はほとんど減っていない。
「ご利用ありがとうございました」の画面。
彼女はカードを回収すると、残った紙幣を確認してカードとともに財布にしまった。
その財布はカードや定期券などでそれなりの厚みがあったが、
現金はもとから入っていた二、三枚の紙幣に今借りた紙幣、そして数枚の硬貨のみだった。
次のアルバイトと内職の給与支払日まで、何とかこの現金でしのがなくてはならない。
だがひと息つけるその日まであと半月もあった。
さらにその前にまた別の業者への返済日もある―。
説明の必要も無いかと思われるが、いま彼女はある金融業者から借金をして別の金融業者への利息を返済したのだ。
要するにこれは典型的な多重債務者の債務連鎖。発生する複数の利息をかろうじて払い続けているだけの状態―。
多重債務に陥ってしまう者にはさまざまな理由があれど、その性根は真面目な者が多い。
だから踏み倒しもせず逃げもせず、こうして月々の利息分だけでも何とか支払おうとする。
ところがもともと苦しい懐事情ゆえに、月々のみいりでは足りぬから、また他の業者に借金をして返済にあてる。
気がつくといつの間にか元本が減るどころか増えてしまっている。そして必然、月々返済すべき利息も増えてしまっている…。
―まことに消費者金融業者にとってはありがたいお客様、もとい…債務奴隷の姿である。
…ちなみに、彼女が借り入れている金融業者はいまの二社のみでは、ない。このような奴隷どもは、現代日本には掃いて捨てるほどいる。
どこにでもいる、どこにでもある日常風景だ。
183 :
桃毛:2010/04/26(月) 22:03:08 ID:tzIZLSzs
この奴隷の名は、大草麻菜実、という。
その出で立ちは消費者金融の無人ATMコーナーなどにはおよそ似つかわしくないセーラー服。
彼女は高校生なのである。そして、家計を預かる主婦でもあった。
放課後帰宅するついでにこのATMに立ち寄ったのだ。
ATMコーナーから階段に向かう彼女の顔は年齢を疑うほど暗く沈んでいた。
みずからの窮迫した経済状況という切実な現実に向き合った直後は、誰でもそんな顔にならざるを得ないだろうが―。
彼女は月に何度も、その現実に向き合わねばならない。
カネがない、という状況はなぜ人をこれほどまでに憂鬱にさせるのか。
――カネ、という価値観は、巨大なだけの共同幻想にすぎないのに。
麻菜実は昨日の時点で家の冷蔵庫がほとんど空だったことを覚えている。
帰路にあるスーパーのタイムセールに駆け込むために、階段を駆け上った。
夜のアルバイトに出かける前に、帰宅してくる旦那に夕食を用意しておいてあげねば―。
その日、糸色望は上機嫌だった。いや、ヘブン状態、とでも言うべきか。
同居人の小森霧に小遣いを貰って打ちにきたパチンコで、空前の大当たりに見舞われたからだった。
彼は普段はこの小石川区の高校で教鞭を執る、一応は聖職の身ではあったが、彼もまた凡にして俗なる労働者。
職業と同居人の手前「買う」はともかくそこそこ「飲む」もすれば今日のように「打つ」もする。
そうして日頃の鬱憤を一時の快に晴らしていたのだった。
彼の実家は大変な富豪なのだが、今は実家の援助に頼らず独立した生活をいとなんでいる。
そんな彼の経済感覚からすれば今日の大当たりは臨時ボーナスと言っていいほどだった。
パチンコ屋を出て、薄暗い裏路地を挟んだすぐ近くの交換所に向かう。
雑居ビルの一階にあるそこに景品を持ち込み、大枚を手にしてほくほく顔となった。
愛国者をもって自らを任じる彼は、本日パチンコ屋に与えた損害で日本に飛んでくる某国のミサイルの費用に打撃を与えた、と喜んでいた。
え?パチンコ屋と某国のミサイルに何の関係があるかって?そもそも某国ってどこ?
それは各自調査、まぁもっとも賢明なる読者諸氏には委細承知、そのような必要はないであろうと信ずる。よって説明は省略する。
話をもとに戻す。
望は急にはち切れんばかりになった財布を袷の袂にしまった。
ふだん端正であるはずの頬がゆるんでいるのはどうしようもない。
(いやぁ、やっぱり神様は何処かで見ているんですねぇ…。そうだ、せっかくの臨時収入ですし…今晩は出前でも取って、
交や小森さんに振舞ってあげましょうかね…、おっと、常月さんも何処か物陰にいるでしょうから声をかけて、と…)
そして何気なく振り返り、歩き出そうとした。この交換所の脇は地下階への階段になっている。
そこからばたばたと足音が聞こえた。
望ははちあわせになるのを避けようと一瞬立ち止まり、登ってくるであろう人物に道を譲ろうとした。
184 :
桃毛:2010/04/26(月) 22:03:40 ID:tzIZLSzs
「あっ!」
望は現れたその人影の身にまとう、見覚えのあるセーラー服にはっとなった。そして半瞬後、その顔を見て二度驚く。
その顔は彼のよく見知った顔、――教え子の大草麻菜実だったからだ。
「せ、先生―」
「大草、さん―」
望はこのビルの地下がどういう場所かを知っていた。
そもそもパチンコ店やその景品交換所の近辺にはどういうわけか消費者金融業者の無人ATMコーナーが多い。
勝負する前、あるいは負けた後の再戦の軍資金―パチンコ愛好者あるいは中毒者のニーズに応えるといえば聞こえはいいが、
要はカネを捲き上げる債務奴隷を生産するためのわかりやすい仕掛けだ。
とはいえ望には借金もないし、収入も安定した公務員。
チキンゆえに大枚を突っ込むこともしない彼は消費者金融なるものを利用したことはなかった。
だがその無人ATMコーナーから人もあろうに教え子が出てきた場面に顔突きあわせてしまっては、
第二の本能にまでなっている危機回避、保身、見て見ぬふり―というわけにはいかなかった。
「大草さん…これは…また…とんだところで」
麻菜実は気まずげに視線を泳がせている。
学校でも内職の造花を持ち込んで授業の合間に作っていたり、時には制服にツギが当たっていることもある彼女―。
特に生活の困窮を周囲にアピールしてはいなくても、疲れた空気は常にその身にまとわりついていた。
おそらく借り入れか返済をしてきたであろうと思われる麻菜実を見て、望の方も視線がおぼつかない。
担任として麻菜実の事情を知っているだけになおさらだった。
だが、困惑気味な担任教師を見た麻菜実は、言い訳というよりむしろ相手の気まずさに手をさしのべるように、口を開いた。
「あ、あの…今日、期限でしたから。ここ…学校から割と近いですし…。先生、パチンコやられるんでしたよね」
「そ、そうでしたか…わ、私は…ちょっとした憂さ晴らしに…はは…。
確かに、私の方も…近いですから、来やすいというか…。あぁ…すみません、気を使ってもらって」
望は真菜実が他者に自然に振りまいてしまう優しさや気づかいに今度も助けられたかと気づく。
小さなことだったが、ひとの人格の美しさというものはそうした些事ににじみ出るものだ。
望は貧しくとも心根の綺麗なこの大草麻菜実という少女を好もしく思っていた。
もちろんそれは、恋愛感情などと言うものではなかったが―。
麻菜美のポニーテールが揺れた。
「じゃあ先生、私これから買い物して帰りますから。ちょうどセールの時間なんです」
望は、他の教え子と違って自分にいっさい危害を及ぼしたことのない麻菜実に、何か少し報いてやりたくなった。
「それなら私が、ええと、おごりますよ。今日はたまたまですが、ちょっと勝てましたから。
なに、おすそわけです、さ、一緒にスーパーまでいきましょう」
「え…」
「さぁさぁ、行きましょう」
望は真菜実の手をつかむと袴のすそをひるがえし、そのまま大股に歩き出した。
185 :
桃毛:2010/04/26(月) 22:04:29 ID:tzIZLSzs
台所で包丁を使いながら、麻菜実は少し浮かれている自分を省みていた。
あのあと望とスーパーに行ったのだが―。
望はカートにのせた籠に麻菜実が申し訳なくなるほど食材を満載したのだ。
売り場をまわるあいだ、彼は麻菜実に何が食べたいか、好物は何か、あれもあった方がいいですね、それも買いましょう、などと
話しかけてきた。彼には少々後ろめたさもあったことだろう。
麻菜実は望はパチンコでちょっとどころかかなり大勝ちしたのではないかと後になって思ったが、売り場にいたときはそんな連想よりも
先立つ高揚があったのだった。
男性とふたりスーパーで夕食の献立を考えながら買い物などをしたのは、いつぶりだったか。
そしてどっさり買い込んだ食材ではちきれそうな買い物袋を、望は両手に下げてこの麻菜実の住まう公団住宅まで運んでくれたのだった。
その道すがら、ずっと麻菜実はどきどきしていた。
スーパーからの一連の情景は客観的にはまるで恋人か夫婦ででもあるかのようであったろう。
望はそんな意識などなかったろうが、麻菜実は違っていた。
そのとき麻菜実にあったのは、いっとき不貞の愛を望んだことさえある糸色望という男をわずかな間だが独り占めしている、と言う認識―。
漂い始めたカレーの匂いにふと我に返る。炊飯器からも米が炊きあがるいいにおいがしていた。
今の自分の生活、そのもっともリアルなにおいが、麻菜実の浮かれた心を引き戻した。
―自分は何を考えていたのだろう。
この食事は、夫のためにこしらえている。
先生にはおごっていただいて、とても助かった。
たぶん十日ほどは食材に困ることはないし、それより保存のきくものもたくさん買っていただいた。
財布のお金を使わずに済んで、今月はすこし余裕ができた―。
その現実を強いて反芻し、一瞬脳裏に揺らいだあやうい想いを追い出す。
麻菜実は出来上がったカレーをおたまでかきまわすと、蓋をする。ボウルにあけたサラダにラップをかけ、冷蔵庫にしまった。
夫がよそって食べやすいようにトレイに味噌汁の碗やら大皿やらを伏せ、スプーンとお箸をならべるとふきんをかけてテーブルに置く。
ひと仕事すませた麻菜実は、今度はバイトの支度にとりかかった。
186 :
桃毛:2010/04/26(月) 22:05:04 ID:tzIZLSzs
衣服をあらため、化粧をすませた麻菜実からは高校生という印象は消え去っていた。
初々しさをとどめた夜の蝶、そんなたたずまいの女に変わっていた。
酒の席で男性客にちょっとした接待をするのが、今の彼女の夜の仕事だった。
夫には話していない。向こうも深く追求しようとはしなかった。
知らない男の馬鹿話に調子を合わせ、媚びた笑顔を売る商売―ただし給料はいい―強いて教えたいとは思わない。
それに、借金を返済するために年齢を偽ってまでそんな仕事をするおさな妻に、夫は無関心だ。
それは借金を作り、妻に苦労を強いているという後ろめたさの裏返しなのかもしれなかった。
夫の借金は自分の借金。そう思う妻は必死で返済を頑張っているのだったが、
いつごろか享楽的で金銭感覚の大雑把な夫とすれちがいを感じてしまうようになっている。
返済のやりくりにゆきづまり、手を出したちょっとした投機の失敗などもあって麻菜実個人も借金を抱えてしまったせいもある。
それでも、彼女は良き妻であろうとした。
いまでも、そうしている。
―好き合って、結婚したひとだから。
携帯を取り出し、仕事中であろう夫にメールを打つ。
『今晩はカレーを作っておきました。冷蔵庫にサラダもあります。お味噌汁と一緒にどうぞ。
私はバイトに出ていますので、食べていて下さい。食器は、洗ってくださいね。
今日もお仕事お疲れ様です。』
ときどき、指がふるえた。
そういえば、夫と最後に一緒に食事をしたのはいつだったか。買い物に出かけたのはいつだったか。
いけないこととは思いつつ、夫の携帯をこっそり見たときに入っていた、知らない女のメール。
しょっちゅう帰りの遅い夫。知らないふりをする自分。
時々揺らいでしまう心。先生。
経済的な苦しさから、実家に預けたままでしばらく会っていない養子、希亜。
時おり、自分が道化のように感じることもある。
麻菜実はそんな様々な想念から目をそむけるようにテーブルの上の食器を眺めると、送信ボタンを押した。
―深夜二時近く、麻菜実が帰宅すると夫は寝ていた。寝室がアルコール臭い。
脱ぎ捨ててあるシャツからは、夫のものとは違う香水のにおいがした。
用意した食事には、手がつけられていなかった。
―しあわせって、なんだっけ。
心が軋む。だがもう涙も出ない。
187 :
桃毛:2010/04/26(月) 22:05:38 ID:tzIZLSzs
それからしばらく過ぎて―。
冬のにおいがし始めたある日、教室はレガシーコストの話題でもちきりだった。
糸色望がそのレトロ趣味を責め立てられ、さらに望の宿直室に住む小森霧が、常月まといに望との事実婚狙いの陰謀を追求されたりしている。
そんな騒ぎをかたわらに、麻菜実は昨晩来たメールに頭を悩ませていた。
それは彼女が結婚前、中学時代に交際のあった男からのメール。
今月キツイからカネ借してくれよ、という内容だった。こんなことは今までに何度もあった。
そのつど麻菜実はこれが最後だといって小金を渡してやってはいたが、さすがにもう度をすぎている。
結婚して夫を持つ身となりながら、かつて心通わせた男の窮状に自らの立場や同じような困窮を顧みず援助を与えてきたのだったが、
ここ最近の夫との不和もあって持ち前の慈愛の精神もささくれだっていた。
だいいち、今まで借してあげたカネが返ってきたことなど一度もないのだ。
苦しい、ほんとうに苦しい中から削り出すようにして借してあげたものなのに。
望の仮住まいする宿直室前で、麻菜実は言い争う同級生をぼんやり眺めつつ、うつろにつぶやいていた。
「たしかに、男女間にもレガシーコストありますよね」
その一言が戦場になりつつある宿直室から出てきた望に聞こえたかと見えたちょうどその時。
廊下の引き戸がわずかにあき、麻菜実には見覚えのある大きな毛深い手が、そこから突き出されていた。
麻菜実はそれを見た瞬間、心が深く暗いところに沈んでゆくのをとどめられなかった。
『あした、お前の学校に取りに行くからさ』
浮かぶのは、携帯に来たメールの、そんな一文。断ったはずなのに、まさか、本当に来るなんて。
ねだるように手のひらを上下させるそれに、麻菜実は自分の過去を自分で肯定できないような、情けない想いにかられた。
自分は、こんな男を好きになったのか。
そして結婚するまで借金があることを知らなかった、今の夫のことも。
…どうして私は、こんなひとばっかり!
わきたった感情のまま財布から紙幣を引き抜くと、その上下する手のひらに叩きつけ、麻菜実は叫んでいた。
「もうこれっきりにしてちょうだい!」
一万円札を受け取った手は、怒声がやむ前に引っ込んでいた。
麻菜実の初めて聞く大声に、望はあっけにとられている。
麻菜実はその担任の視線に目を合わせることができなかった。疲れた、ほんとうに疲れた声でやっと言う。
「無心にくる元カレとか…なまじっか昔、付き合いがあったばかりに。…レガシーコストです」
「なにか…その…生々しい話は止めてください」
望のその何気ないひとことは、麻菜実をひどく打ちのめした。
居室の自分をめぐる闘争から逃げ出した望には、色恋の重い話を厭うそれなりの感慨があったのかも知れない。
だが麻菜実には生活に直結する切実な問題だった。
淡い好意を抱いている相手からの無神経とも受け取れることばに、麻菜実は逃げるように背を向け、ふらふらと歩き出していた。
「あっ、大草さん!?す、すいません、大草さん!?」
望の声が遠くで聞こえた気がした。
―そういえば。
今日は、前回とは別の金融業者への返済の期日だった。
さっきあいつに叩きつけた一万円札は、その返済のためにとっておいた現金の一部だった。
もう利息分も払えない。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう―。
188 :
桃毛:2010/04/26(月) 22:06:27 ID:tzIZLSzs
放課後に見た麻菜実の悄然とした後ろ姿から心配にかられた望は、彼女をさがして日が暮れた小石川区をうろついていた。
ちなみに常にその背後にひそんでいるはずの少女は、今夜に限っては電柱存続の危機とやらに瀕して同好の士の糾合に気をとられ、
望のストーキングから離れていた。
それに気づかぬ望は本当の意味でただひとり、住み馴れたはずの町をさまよっている。
教室には麻菜実のコートやカバンがそのまま置かれてあった。
望は寒さが身に染みてくるこの季節に、防寒具を置き去りに校舎から消えた麻菜実の心中を想いやり、いたたまれなくなった。
そのただ一人の少女に対するこだわりは、普段の望のチキンぶりからはど外れていた。
なぜ教え子の、それも他の男の妻である少女などにこんなこだわりが浮かんでくるのか。
望は己の心をはかりかね持て余し、しかし名状しがたい衝動にかられてひたすら足を動かしていた。
(あぁ…絶望した!無神経な自分に絶望した!…大草さん、いつもやりくりが苦しそうでしたが…今日のあの出来事のせいでさらに…。
それを私は…本当に浅はかに…)
スーパー、公園、繁華街。夜の闇があたりをおおっても、麻菜実のゆくえは見当もつかない。
焦るばかりで足も疲れてきた望は途方にくれたが、そのとき目に入ったのが行きつけのパチンコ店の電飾だった。
望はふとしたひらめきの導くまま、先日麻菜実と偶然に邂逅した景品交換所のあるビルに足を向けた。
深淵。
たった地下数メートルの深さに過ぎない場所なのに、麻菜実にはここが世界の底のように思えてならなかった。
階段を降りた横、うすぐらい通路にうずくまった彼女は、視線の先にあるATMブースのドアを睨めつけながら、打ち沈んでいた。
スカートの布地越しの床が冷たい。疲れた肩にしんしんと冷気が滲みてくる。
ATMの利用時間、すなわち返済せねばならなかったある業者の今月の支払い期限はすぎていた。
携帯電話で返済の遅延のことわりを入れることはできたはずだったのだが―。
今まで何度もそれを頼んだ手前、根が真面目で律儀な真菜実には今回もそれを言い出すことはいかにも相手に悪いように思えたのだ。
しかし、連絡なしで遅延するのもまた悪いのが当たり前―。
こんなことは人間的にまっとうな感覚をもった麻菜実のような債務者が陥りやすい思考だったが、彼女は気づかない。
つまるところ堂々巡りの果て時間切れとなり、結局自らの基準において最低の方法を選択したことになってしまい、
自己嫌悪を上塗りすると言う悪循環だ。
それこそ奴隷を奴隷であらしめる心理的陥穽なのだが―。
そんな個人個人の感傷など、カネを借す側の知った事ではない。
彼らは、盲目の羊どもの毛を定期的に、自動的に、システマチックに刈りあげる。伸びたらまた刈る。それだけだ。
麻菜実はそうして彼女の世界の深淵、そのへりに腰掛けていた。
いる意味などないこんな場所で何をしているのだろうか、自問の答えは浮かんでこない。
だが家には――帰ってどうする?
また箸をつけてももらえない食事をこしらえるのか。ひとりの布団に自分の肩を抱いて寝るのか。
…帰りたくなかった。
――かつん。
そんな時、その足音は麻菜実の頭上に響いた。
それは、地獄の福音とでも言えばいいのか。心の何処かで期待していたのかも知れなかった。
そんな手のひらに儚く溶け消える淡雪のような期待。
こつこつと、階段を下る靴の奏でる規則ただしい音が―、少女の横で途切れる。
「せん、せい…」
「よかった…ここでしたか…大草さん」
189 :
桃毛:2010/04/26(月) 22:08:20 ID:tzIZLSzs
「心配しました…。それに私の余計な一言で…すみません」
望は麻菜美の傍らにしゃがみ頭をさげようとしたが、麻菜実はかぶりをふる。
「違うんです。先生のせいじゃないんです…」
「…とにかく、帰りましょう。旦那さんだって心配しているでしょう」
びくり。
麻菜実の肩が震えた。
「心配?…あの人が私を?どうしてわかるんですか、先生にそんな事が。
…あの人は私のことなんて…どうでもいいんです」
消え入りそうな声だった。
だがその言葉は、背後にある重苦しい何かを望に連想させる。
思わず望が口をつぐんだとき、麻菜実の手が望の手指をつまんだ。
年頃の娘とも思えない、その固く荒れた手のひらと指先。望の心に鈍い痛みがにじんでゆく。
他の教え子たちのような柔らかいつややかな手とは違う、大草麻菜実の手。
その手にこそ、彼女の生きる現実が染み付いていた。それは主婦の手、そして――労働するものの手だった。
そのとき望は、なぜ自分がこの大草麻菜実という少女が気にかかるのか理解した気がした。
彼女はその身に古き良き時代の日本の妻を体現していたからだ。
金遣いの荒い夫、借金、苦しい生活をやりくりしながら健気に尽くすその姿。
そんな苦労はおくびにも出さず、明るく優しく礼儀正しく、周囲を思いやり元気付ける笑顔。
けれど時々、陰での苦労を偲ばせるほころび―。
そんな昭和も八十年を越えたこの日本ではとうに絶滅したはずの、文豪の作中にしか存在しなくなった理想の母性。
望の母はもちろんそのような幻想的存在ではなかった。むしろその対極―。
富豪の家に嫁ぎ、料理家としても才能にふさわしい名声と収入を得て華やかな社交の世界に生き、当然経済的困窮などとは一切無縁。
それはそれで幻想的とも言えるが―。
その完璧な実母の対照として、もはや文学作品上にしか存在しないはずの古き良き糟糠の母性像に、望は密かに憧れていたのだ。
それは自らも文章を著す、文学趣味の青年としての憧れであったのだろうが。
それが現実に実在していた――人もあろうに教え子、この大草麻菜実という少女として。
だからこの少女には、望は平静ではいられない。自分を押えきれない。
ゆえに過去において、立場を忘れ年の差を忘れ、幾度もその胸に未熟で弱い男として素直に甘え、すがったのだった。
そしていま、その理想的母性は切実な現実に打ちひしがれて望の前にうずくまっている。
―大草さん。
この娘のために、何かしてあげたい。私にできることなら、何でも…。
190 :
桃毛:2010/04/26(月) 22:09:10 ID:tzIZLSzs
麻菜実のかぼそい声が続く。
「お金が…なくて…。なくなってしまって…でも今日はないといけない日で…」
「…」
「頑張って働いて…家事もして…頑張って…。でもどうして…。奴隷です、まるで…私…」
「おおくささ…」
望が何か言いかけたとき、麻菜美がその胸にゆっくり寄りかかってきた。
「先生、…私を、買って下さい…。一万円、一万円でいいんです…何をしてもいいです、何でもします…。
…買ってください…先生…おねがい…」
「大草さん!?何を言っているんですか!?お、落ち着い…」
麻菜実はそんな言葉も耳に入っていないようだった。
望の外套を割り、その背に手をまわす。首もとに頬を預けながら豊かな胸を望に押し付ける。
自分で何を言っているのか何をしているのか、もうよくわからない。
ただ誰かに助けて欲しかった。もがいて伸ばした手を、掴んで欲しかった。
―いや。誰かに、ではなくて…。
おぼつかない願いが現実になったのなら、もっと貪欲にそれにすがっても、…むさぼってもよいのではないか。
「たすけて、…せんせい。…私を、買ってください」
望は宙に遊んでいる両手が、教え子の背に伸びそうになるのをとどめようとしていた。
―自分は教師で、大草麻菜実は生徒で人妻、こんな時間にこんな場所で。
きっとこの娘は放課後の件でお金に困ってやけになって、こんなとんでもない台詞を―。
そんな言葉を頭の中にならべて、ことさら沸き起こってくる何かから目を背けようとしてはみたが。
保とうとした理性が焼け焦げてゆく。
「大草さん」
熱に浮かされたような目で見つめる。麻菜実の目はしっとりと濡れていた―いや、全身が潤んでいるように見えた。
目が合う。麻菜実がちいさく頷いたそのとき、望の中に残っていた理性は焼失していた。
「わかり、ました」
あとは簡単だった。両手を麻菜実の腰に伸ばし、引き寄せる。
強く、強く抱きしめながら、麻菜実の唇を奪う―。
理性。りせい。リセイ。
そこから本能の深淵へ墜ちてゆく、その落差が大きければ大きいほど。
―からだもこころも、熱くなる。
191 :
桃毛:2010/04/26(月) 22:27:03 ID:tzIZLSzs
このフロアの監視カメラはすべてそれぞれのATMブースのドアに向いていた。
階段脇の廊下にうずくまる二人は死角に位置している。そんな事を知ってか知らずか―。
だが、すでに遅い時刻ではあったが向かいのパチンコ店は営業しているし、
ATMがまだ利用出来るものと勘違いした客が地下に降りてくる可能性はゼロではない。
そんな危うさが、逆に二人の行為を性急にあおった。
薄暗い空間に、唾液のやりとりされる音が響いていた。
麻菜実は絡み付いてくる望の舌に吸いつきながら、望のカッターシャツのボタンを器用にはずしてゆく。
そこに腕を突っ込み、望のあばらや薄い胸筋を撫で回す。
望は麻菜実のセーラー服のすそをたくし上げ、ブラジャーを襟元に押し上げると、あらわになったまるい乳房をすくい上げるように掴んだ。
かたちよく、望の手のひらからこぼれる麻菜実の乳房は、ひょっとしたら望の教え子たちの中でも木村カエレに次ぐ豊かさかもしれなかった。
「あふぁっ…」
唾液を口の端から垂らしながら喘ぐ少女を、望は口づけから開放する。
そのまま喉元に食らいつくように舌を這わせながら、男性にしては華奢な指を柔らかな丸みに食い込ませた。
「ひあっ!せん、せい…」
押し殺すような嬌声が、吐息とともに絶えず麻菜実の唇から漏れている。
にゅうにゅうと望の両手で弄ばれ、かたちを変える少女の乳房のその先端が、ぷっくり立ち上がっている―。
望は舌を尖らせると乳首の先端をつつく。舐め上げ、そしてすぼめた唇で吸い上げてやる。
「先生、むね、ばっかり…んぅっ…ああっ!」
湿った音のあがるかたわら、望は片方の手で空いた乳房を揉みしだく。
望は乳房から唇を離すと、今度はいま一方にむしゃぶりついた。
まるで赤子のように、無心にそれを吸い上げ、舐め回し、ほおずりし、谷間に顔をうずめた。
「ええ…柔らかくて…、すごく安心するんです、大草さん。あったかくて…すみませんね…乳離れできそうにありません」
男にとって口唇期における母の乳房の安らぎは原初の記憶と言っていい。
麻菜実のたっぷりとした乳房の感触は、望のその原初の安らぎを喚起するのに十分なものだった。
「ああ、先生…」
そんな望の姿が、麻菜実の母性を刺激する。
麻菜実は望の黒髪を手漉きに漉き、そして優しくきゅっと抱きしめた。
―このひとはこうして甘えて、私を必要としてくれる。…いいえ、飢えて乾いた私のために、私に甘えてみせてくれる。
無意識か、計算か―どっちでもいい。それが暖かい。ああ、あたたかい…。せんせい―。
彼女の飢えていたもの、求めていたもの。
ひとはだの、血の通う生身の温度―そして心の底にまでしみいる、人の情けの温かさ。
金銭、困窮、無関心、そんな人間性の消失した彼女の生きる家庭での日常、そこにまさに喪われていたものだった。
冷たい廊下の空気がまるで二人のまわりだけ温んできたかのようだった。
192 :
桃毛:2010/04/26(月) 22:27:47 ID:tzIZLSzs
「大草さん…私のも…、挟んで、くれませんか…?」
「え…?はさ…?」
「これを、そこに―」
麻菜実の前に立ち上がった望は、袴の帯を解くとつっぱらかった自らの分身を引っ張り出した。
「…あ、…そ、それは…!」
初めて見る、担任のそれ。痛々しく反り返って、鼻先に突きつけられた望の牡のにおいに、麻菜実は一瞬くらくらとした。
「だめですか…?」
赤面しながらも唇を尖らせる望の様子がまるで拗ねた子どものようで、それが麻菜実にはもう可愛らしくてたまらない。
(―困ったひと。こんな事したことないけど…先生になら…)
麻菜実は自分の乳房を両手ですくいあげると、膝立ちになって望の肉棒を胸の谷間に挟みこんだ。
きゅう、と肉棒をおさえつけ、ゆっくり胸を上下させる。
「先生、こ、こうすればいいですか…?」
「は、はい…凄いです、大草さん…きもち、よすぎて」
量感たっぷりの柔肉が動くたびに顔を出す肉棒の先端に、透明な液の滲んでいるのが見えた。
(先生…感じてくれてる)
麻菜実は要領がわかってきたのか、乳房を支える手の動きを激しくする。
腰をうねらせて胸を張るように動きながら、挟み込んだ望の分身をしごきあげた。
見上げると、快感に耐える望のたまらない顔が映った。うっすら汗ばんだ麻菜実の胸の中で、望の肉棒がぴくぴく震えている。
望は乳圧をもっと味わいたくなったのか、自分でも腰をゆるゆると動かしだした。
「あぁ…気持ちいいです、大草さん…大草さん…っ」
教え子の柔らかいふくらみを犯している背徳感、それゆえにもたらされる官能が牡の脳を痺れさせる。
やがて望は両手を麻菜実の乳首に伸ばし、弄りだした。
軽く、甘く転がすようにつねるように。たちまち麻菜実が悲鳴をあげた。
「きゃ、ああっ!先生、だめ…!」
麻菜実はお返しに、お互いが動くたび乳房の合わせ目から現れるもう粘液に濡れ光っている望の亀頭に口づけた。
そして舌をいっぱいに差し伸ばし、たっぷりの唾液をのせて裏筋を舐めあげる。
乳房が揺れるたび肉棒が出入りするたび、麻菜実の舌先が望の先端をすりあげ、唾液と粘液が湿った淫らな音を響かせた。
「うぁあっ…大草さん、そ、それは…やばいです…!」
望は折れかける膝を必死で支えていた。のけぞる腰が震えている。
望が反応するたび、麻菜実の背をぞくぞくとした快感がかけのぼる―。
下腹の底が熱くなってきた。
「ん…ふふっ…せんせい…だらしない顔…」
「だ、だめです、もう…っ」
うっすら微笑んだ麻菜実は、膨れ上がった肉棒に、とどめのしごきを与えた。
麻菜実のふたつの胸のなかで望がひときわ激しく痙攣し、ねばつく精液が乳房のあいだに踊る。
「あ…先生…、…熱い…」
谷間から跳ね飛んだ白濁がひとすじ、麻菜実の口の端に垂れた。
193 :
桃毛:2010/04/26(月) 22:28:22 ID:tzIZLSzs
麻菜実は、胸元をぬぐってくれている望にほほよせると、そのまま唇を重ねた。
望の下唇を甘噛みしながら、舌先でなぞる。
―いつからだろう。
このひとが、この担任の先生が、こんなに私の心を波立たせるようになったのは。
他の同級生のように直截的に心惹かれたわけではなくて。
いつも、臆病で小心でやっかいごとから逃げて、すぐに絶望して弱音を吐く情けないひとなのに。
それなのに人の辛さに敏感で、苦しみをわかってくれて…そのくせ、ダメな自分を隠さずに私に無心に甘えてくれて。
大人のひとなのに、無邪気な子どものようで…でも、やっぱり優しくて…。
たぶん、私はそんな所に―
…自分を心配してくれて、探しに来てくれて、そして探し当ててくれて。そして、いま。
胸の中に踊る火が、もう押さえられない。手を伸ばし、望の肉棒に触れると、それはまだ萎えずに反り返っている。
そろそろとそれを指で撫でていると、望の手がスカートの中に伸びてきて、麻菜実の秘裂をまさぐりだした。
「大草さん…ぐしゃぐしゃですよ」
「はい、あっ!んぅううあぁっ!」
「声が―大きいです」
望のキスで、あえぎを殺される。
麻菜実は自分の柔らかい肉の中を這い回る指に、もうたまらなくなった。きゅう、と、望の肉棒を握り締める。
唇を触れさせたまま、欲望を望の内に注ぎこむように―ささやいた。
「先生…私の中にも、ください」
望は問い返したり、ためらったりしなかった。
この男にしては珍しいほど乱暴に、麻菜実の下着をずりおろし、剥ぎ取る。
麻菜実を立たせると抱きよせた。
片足をあげさせ、その膝裏を持ち上げる。もう一方の手でおのれの肉棒をつかむと、麻菜実の入り口を先端でくりくりとこねまわす。
「ひゃぁぁっ!」
たまらず望の袂をつかみ、腰をふるわせる麻菜実。
望はそのまま唇の片方を吊上げた酷薄にさえ見える笑顔で麻菜美を見つめながら、肉棒のえらで麻菜実の肉の芽を擦り上げ続けた。
心の何処かに瞬く、理想とする母性を持った女を責めあげる―神性を冒涜するうすぐらい快感。
この娘に何かしてあげたいという情けの裏に明滅するそれを、望は認識していたかどうか――。
羞恥と快楽に身をよじる麻菜実の痴態が、望のたかぶりを煽る。
そんな挿入をじらせ続ける望の執拗な愛撫に、麻菜実は根をあげた。
「先生、もうだめっ…ください、はやく…おちんちん…私の、ここに…っ」
ぽろりと涙さえ光らせながら、哀願する。望のはだけた胸に爪を立て、かきむしった。
そんな教え子にこの上ないほど優しげな笑みを向けた望は、その笑顔のまま肉棒をいきなり奥まで突き込んでいた。
194 :
桃毛:2010/04/26(月) 22:29:02 ID:tzIZLSzs
「んぃっ!あっあ…っ!」
そのとたん麻菜実はおとがいを反らし膣奥をふるわせながら、侵入してきた肉棒を食いしめる。
ひくひくと蠕動する肉襞が望にぴったり吸いついてきた。
「お、大草さん…」
「せんっせ…ふか…い…」
望の動きはまるで遠慮が無かった。
先端が抜けてしまうほど腰を引いたかと思えば、麻菜実の肉の芽を擦り付けながら侵入し、奥の奥まで突き上げることを繰り返す。
尻肉を胸の柔肉をいそがしくもみ、撫で回しながら、耳たぶに舌を這わせ首筋を吸う。
まるで麻菜実の全てを食らいつくそうとでもするかのように。
「せんっ、ああっ!んぅういいあぁああああっ!」
まともな言葉など発する暇もなく、麻菜実は望の愛撫に翻弄された。
麻菜実は何人かの男性遍歴はあったが、今の夫にもこんな激しく責められたことはない。
とある企業の社長に、心が揺らめいていた時も―。
何でもして下さい―そういった麻菜実の台詞の向こうにあるどこか投げやりな衝動。
そんな捨て鉢な心を汲んだかのような、望の激しさだった。
―めちゃくちゃでいい。そうだ、私は、こんなふうにされたかった―
そんな喉裏まで届くような突き上げてくる律動に、麻菜実は意識が遠のきそうになる。
それでも反応してしまうからだは蜜を吹きこぼし、痙攣し、麻菜実は落ちかける膝を支えるのに精一杯だ。
苦しげに上げるあえぎは望の口づけにふさがれる。
麻菜実の甘い吐息も反応も、そこから望が飲み込んでしまう。
麻菜実の片足が、さらに高く持ち上げられた。
背を壁に押し付けられ、ぴったりふれあった望の胸の下で麻菜実の乳房がはずむ。
突き出されるかたちになった麻菜実の腰を、今度は望はその左右からえぐりまわす。
さっきまでとは違う場所が、違う快感を麻菜実の脳髄に送り込んでくる。
溶けそうで、熱くて、気持ちよくて、あたたかくて。
しびれて、ひきつって、やめて欲しいけど、もっと続けて欲しくて―。
不意の客を気にして麻菜実の口をふさぐくせに、望は肉と肉がぶつかる音には無頓着だった。
ぴしゃぴしゃと上がる音が逆に麻菜実の脳裏に大きく響いて、むしろ官能を煽るのだった。
195 :
桃毛:2010/04/26(月) 22:29:35 ID:tzIZLSzs
「―せんせ、せんせ、せんせい…私…わたし…」
「大草さん、気持ち、いいですよ…。あなたの中、吸い付いてきて…別の生き物みたいな」
曲がりくねった麻菜実の肉襞のうねりは、くわえ込んだ望の肉棒をまるでそこにも手と舌があるかのようにもてあそぶ。
―このままずっと、麻菜実とつながっていたい。こうして可愛い声を聞いていたい。抱きしめていてあげたい―
望のうねる快感の中に、どこか切ない想いがふと浮かんだ。
どんなにこうして愛しても―
この娘は他人の妻で―
それはわたしのおんなではない。
そんな下敷きがあるからこそ、普段他の女のからだに触れる時より、激しくこの娘を扱えるのかもしれなかったが―。
ついに膝を折った麻菜実の身体を抱え上げ、両足を抱えて壁にもろともによりかかった。
麻菜実の背が冷たい壁に押し付けられ、両足は望の腕からぶら下がっている。
体重が二人のつながった部分にかかり、深く深く、麻菜実の肉のいちばん奥へ、望が届いていた。
熱をおびた望の肉が、途中の狭い門を出入りして麻菜実の中をかきまわす。
熱い。
感じるのは、他の全てがもうどうでもいいような、ただ激しい温度と刺すような快感だけがある世界。
望は限界が近づいていた。
溶けそうなほど熱を帯びた麻菜実につながる部分が、今までないほど絞り上げられるのを感じる。
麻菜実はもう、自分が何を言っているのか、だんだんわからなくなってきていた。
「あぁぁ…せんせ、せん、せ…!」
意識が飛びそうになる。
―いまはだめだ。もっと、ここにいたい。
もっと先生に、めちゃくちゃにされていたい。
麻菜実は気を紛らわせるように、両腕で望の頭を抱え引き寄せ、ぷっくりした耳たぶを甘噛みする。
耳の裏を舐めるたび、自分の膣奥でひきつる望の反応に、無心に可笑しくなる。
「大草さん…そこは…」
「先生、いまだけは…なまえで、呼んでください…」
…?―いま自分は、意味のあることばを言ったのか。
どくん。
そのとき、壁と望の体のあいだでひしゃげた麻菜実の乳房に、ひときわ大きな望の鼓動が伝わってきた。
今まででいちばん強く激しく突き上げながら、望の唇が麻菜実の耳におしあてられ―。
「―麻菜実…さん…。…麻菜実」
「…!せん…望さん。…のぞむさんっ!」
それは胸の真ん中か、お腹の底か。そこからあたたかい何かが広がり麻菜実の内に充ち満ちていく。
満ちてあふれたものが、ほほにつたうのを感じたとき―。
麻菜実の奥底で望が張り詰め、はじけた。
「麻菜実、…いきます、このまま、あなたのなかでっ!」
「はい、くださ…あああああああああぁっ!」
―あたまの中に何かか駆け登って来て、真っ白な光が瞬いた。
お腹の中に、熱いものを注ぎ込まれるのを感じたとき、麻菜実はここよりもさらに深いどこかへ墜ちていった。
196 :
桃毛:2010/04/26(月) 22:30:08 ID:tzIZLSzs
とんとんとん。
包丁がまな板を叩く音が、台所に響く。麻菜実は野菜を刻んでいた。
もう食卓に料理はほとんど出揃っている。
あとは旦那様がお風呂から上がるのを待つばかり。それがもうそろそろだということは、妻ならではの感覚でわかる。
そして自分が浮かれているのもわかっていた。
棚の上の写真立てをふと眺める。
舞い散る花びらと盛装ではしゃぐ同級生を背景に、純白の装束でよりそう、私たち二人。
―そう、いろいろあって結婚して、引越しをして。
結婚式のでのあの人の慌てっぷりといったら、もう。わたしは、二度目、だったけれど―。
今日はビールも一本くらい開けてあげて、あとで熱燗も。
もう借金もないし、ちょっとくらいの贅沢なら、あの人だって許してくれる―
ここは築30年の古いアパートだったが間取りは広く、学校にもスーパーにも近くて便利だった。
朝、学校に出勤する夫と一緒に通学するのにはまだ恥ずかしさがあったし、クラスで冷やかされもするが―。
大草、いや――糸色麻菜実はしあわせだった。
がらり、バスルームの引き戸が開いて、その旦那様の足音が―。
「あっ」
「まな…お、大草さん、大丈夫ですか?」
麻菜実は我にかえった。いま見たのは、ほんの一瞬の、何処か別の宇宙の物語だっただろうか。それとも―。
そんな思考を、からだの底にたゆたっている快感の余韻が、押し流してゆく。
床に膝をついた望に横抱きにされていた。望の外套がその身体をおおっている。
望は手に持った物を麻菜実に手渡す。
床に落ちていた、麻菜実の携帯電話と財布だった。
上気した麻菜実のほほを見ながら、望はその実、揺れる自分の心を見つめていた。
―気にかかる娘だった。甘えたこともあった。何かしてあげたいと思っていた。
では、私は。いま何を望むのか。
こうして抱きしめているあいだ、今この時なら、普段言えない言葉が言えるのではないか。
口を開いたその時こそ、自分でも知らなかった心が、かたちになるのではないか―。
胸にもたれている麻菜実の黒髪を見下ろして、望は口を開きかけた。
「おおく…」
その時。
軽やかな和音が、はりつめた空気を破った。
それは麻菜実の携帯電話の着信音。メールのようだった。
197 :
桃毛:2010/04/26(月) 22:30:53 ID:tzIZLSzs
「実家からです」
麻菜実はつい、と顔を上げる。望の瞳をまっすぐ覗き込んだ。
「先生、いま、何か言おうと?」
鏡のようなその瞳―。なにか啓示でも受けたような、そんな望には不可思議な色が、麻菜実の眼にはたたえられていた。
「あ…いえ…」
今だ。今しかない。
望は口を開こうとしたが、何故か言葉がでない。
「…な、なんでも…ないです…よ」
やっとそれだけ言った。
「…そうですか」
麻菜実は携帯を開くと、メールに目を通す。
「なんだろう…文面はなくて、…?動画ファイル…?」
横を見ると、望は衣服を直している。
麻菜実はファイルを開いてみることにした。
小さな小さな子どもが、膝立ちになっていた。左右を中年の夫婦が支えていた。
子どもは手を振っている。
やがて小さな口をひらくと―。
「まぁま、まぁま」
たどたどしい発音でそう言い、にっこり笑った。
「あ…希亜…ちゃん…」
麻菜実は口を押さえ、顔を伏せた。膝にかけられた外套に、ぽつぽつと涙がしみを作った。
望は声を掛けられなかった。
赤ちゃんポストに入れられていて、麻菜実夫婦が引き取った、あのときの赤子。
そういえば久しく話題に上らなかったが、どうやら実家に預けていたようだと得心する。
そしてそれは。
仮に糸色望が、大草麻菜実を選んだとき。
借金や麻菜実の夫と同じく、しっかりと向き合い、解決しなければならない事のひとつだった。
麻菜実は肩を震わせている。
たぶん、希亜は生まれてはじめてしゃべったのだろう。
生活が苦しくて、働くためにあまり手をかけてやることのできない子。
その子が、いま自分に向かってかけてくれたことば―。
「…この子が、いました。私…私、まだ、居場所がありました…」
大草麻菜実は人妻だった。
そして、母親でもあったのだった。
大粒の涙をこぼしながら、麻菜実は携帯のボタンを何度も何度も押していた。
―まぁま、まぁま。
可愛らしい声がいくども冷たい空気を揺らしている。
それは母親への、ちいさな希望の福音だった。
――望にはそれが、夢の時間の終りを告げているように聞こえた。
麻菜実の借金。その夫の借金。夫。離婚。親権。子供。望を慕う他の教え子たち。ひょっとしたら生命の危険。
教師という職。学校という職場。妹をはじめとする糸色という一族。
麻菜実を抱きしめている時には思いもしなかった様々な要素が、途端に望の心に押し寄せてくる。
それはユメではないゲンジツというリアルな重さを、ともなっていた。
『大草さん、あなたは、私が――』
『私は、あなたを―』
―だから喉から出かかっていたその言葉を、望は結局言えなかった。
そして言えない自分に、絶望していた。
望は身をつくろった麻菜実を引き起こすと、階段へと促した。無言だった。
人は本当に絶望した時、――『絶望した』などとは、言わない。
そんな望に手を引かれながら、麻菜実はその落ちた肩をそっと見ていた。
198 :
桃毛:2010/04/26(月) 22:31:34 ID:tzIZLSzs
空気の澄んだ寒空は真っ黒だった。地上の灯が、人間社会の営みの光が、星の瞬きを霞ませている。
パチンコ店のきらびやかに過ぎる電飾と店内からの明かりの中で、地階を脱した教師と生徒は向かい合っていた。
「今日は…実家のほうに、帰ります」
「…」
望はゆっくり頷くと、手に持っていた外套を広げると、麻菜実の肩にかけてやる。
秋の終りの夜の空気は、もうだいぶ冷たくなっていた。
じっと、麻菜実が見つめてくる。
それはいつもとは違った、けれど心に響くような透き通った視線。
望はなにか、一瞬心の内まで見られたような気がしたが、麻菜実は視線を切ると深々と頭を下げていた。
「先生、今日は…ありがとうございました。…嬉しかったです…すみません」
頭を上げた麻菜実の前に、望は衝動的に寄っていた。
袂から自分の財布を引っ張り出すと、定期券やカードを抜き取る。
先日のパチンコで手にした現金は、麻菜実や同居人におごったあとほとんど手をつけていない。
それを財布ごと、麻菜実の手に握らせた。
「せん…」
「―いいんですよ。お子さんに…何か」
そのとき麻菜実には――さっきまで自分を抱きしめていたこの男が、今にも泣き出しそうな男の子に見えた。
望のまなざしにたたえられているものが、解った気がした。
それは、…きっと。
―ああ。だからたぶん私は、こんな所に―
麻菜実は、望をそっと抱きしめる。
『先生、私、…待っています』
声を発せずに唇だけをそう動かすと、財布を受け取って歩き出した。
夜風にひるがえる外套が闇に溶け消えるまで、望はそこに立ちつくしていた。
199 :
桃毛:2010/04/26(月) 22:32:17 ID:tzIZLSzs
幾日か過ぎたある日、放課後。
大半の生徒が帰宅し、閑散とした教室。
教卓で出席簿をまとめ、教室を出ようとした望を、麻菜実がよびとめた。
麻菜実の顔はいつものように少し疲れてはいたが、瞳に今までなかった輝きが見える。
そして望に向ける眼は、前にもまして柔らかだった。
「先生、これ―ありがとうございました」
麻菜実は紙袋を望に差し出すと頭を下げる。
「お子さんは…元気でしたか」
「はい。あれから、ちゃんと時間を作ってあの子に会いに行っています。…あの、今日返済日ですので」
ポニーテールがひるがえる。望はその後ろ姿を見送った。
そして教卓に引き返し、紙袋の口をあけてみる。
中にはあの夜、望が麻菜実に着せた外套と、握らせた財布が入っていた。
「…」
望は財布を手にとり、中身をあらためてみる。
――きっかり一万円だけ、減っていた。
深い、深い溜息が望の口から漏れる。憂いながら、しかし何処か納得し、ほんのかすかに笑う。
―ああ。だからたぶん私は、こんな所に―
窓から外を見やる。
寒空に葉の落ちた枝が揺れていた。秋は終わる。季節はこれから、寒さを増してゆく。
ぽつりと、つぶやきが漏れた。
「冬…ですね…。けれど…春は…来るんでしょうか…?」
それからも―。
大草麻菜実はあいかわらず、債務の苦界を這いずり回っている。
――時おりもたらされる、小さなしあわせにすがりながら。
こんな物語はきっと――どこにでもある、ありふれた事、なのだろう。
『あんたのどれいのままでいい』了
200 :
桃毛:2010/04/26(月) 22:36:41 ID:tzIZLSzs
『あんたのどれいのままでいい』
以上でおしまいです。ちょっと鬱っぽげでした。
大草麻菜実の『麻菜実』が変換ででなくて、もし打ち間違えがあったら―
推敲はしたんですが―勘弁してください。
さて今度は―絵を描くか、文を書くか。また出張になる前に。うおお。
201 :
桃毛:2010/04/26(月) 22:41:08 ID:tzIZLSzs
あっ!
本文タイトル『あんたのどれのままでいい』になってるじゃないか!
うげっ!うげげっ!
ごめんなさい!恥ずかしや、ああ恥ずかしや。
一死大罪を謝す!
恥じてしばらく謹慎します。
>>201 桃毛さんGJです。とても絶望的で、でもちょっとだけ希望があってよかった。
……それで謹慎するなら私は絞首(ry
203 :
266:2010/04/28(水) 22:59:10 ID:G+EKKJ7I
桃毛さん、素晴らしいSSでした。
考えれば考えるほどに重たい大草さんを取り巻く状況、その心
丹念にそれらが描かれた文章が心に染み入るようでした。
本当にGJです。
桃毛さんには及びませんが、私も書いてきました。
命先生と倫ちゃんのお話です。
それでは、いってみます。
204 :
266:2010/04/28(水) 22:59:50 ID:G+EKKJ7I
振り返った瞬間、唇をふさいだ柔らかな感触に一瞬驚いた命だったが、自分の体に寄りかかり縋り付いてくる体温を感じて、
すぐにその少女の、倫の肩を優しく抱きしめてやった。
「ぷぁ……命お兄様……すみません、私…」
「どうした?なんで謝る必要があるんだい、倫?」
唇を離してすぐ、視線を俯けて謝った倫。
いつも意気揚々、興味のある事には先陣を切って飛び込んでいく快活な妹の姿はそこにはなかった。
微かに震える肩を何度も撫でてやりながら、命は倫に再度のキスをする。
すると倫はそんな命に甘えるように、何度も繰り返しキスをせがんできた。
我を忘れたように甘い接吻に溺れていく倫を、命はただ優しく抱きしめ続ける。
(ああ……まだ震えているんだな、倫……)
さきほどから続く倫の体の震えは、命の腕に抱かれてもなお消えない。
むしろ、命の間近にいる事で震えが増しているような気配すらある。
そんな妹を少しでも慰めてやりたくて、命は抱きしめる腕に力を、キスを繰り返す唇に熱情を込める。
そして、ふとこんな事を考える。
(それとも、震えているのは私の方なのだろうか?)
何かに怯えたような倫の姿にざわめく命の心。
それを鎮めようとして自分は倫を抱きしめているのではないか、命の頭にふとそんな考えがよぎる。
だが、どちらにせよ同じ事だ。
今の倫が命を求めずにいられないように、命もまた倫を離す事が出来ない。
「倫…、倫……」
「命…お兄様……」
今、抱きしめた腕を緩めれば、重ねあわせた唇を離せば、それを最後に目の前の愛しい人と引き裂かれてしまうのではないか。
胸の奥からこみ上げる根拠のないそんな感情に身を任せて、薄暗い部屋の中、命と倫はその行為に没頭し続けた。
不安なのだろう。
考えなくてもそれは理解できる。
昼下がりの糸色医院、午後の診療開始を待つ静かな時間、命は最近の倫の様子を思い出していた。
倫の様子がおかしくなり始めたのはいつの頃からだったろう。
毎夜の如く命の部屋を訪れ、湧き上がる不安をかき消そうとするかのように、必死に命に縋りつく倫。
一体何がきっかけになったのか、命には全く分からない。
ただ、その不安の源は何となく理解できた。
命と倫は実の兄と妹でありながら、男女として愛し合う仲にある。
それがどれほどに困難な道であるかは命も倫も嫌というほど思い知っていた。
二人が互いの想いを打ち明けるのにどれほどの勇気を振り絞った事だろう。
おいそれと公に出来る関係ではない為、二人一緒の時間を過ごすにも様々な努力が必要だった。
そして将来の事。
今の命と倫の関係はあまりにも不安定な足場の上に立っている。
いかに互いが強く想い合っていても、どうしようもならない別離の時が来るのではないか?
そんな懸念は、いつも二人の胸の中にあった。
「覚悟は……出来ていたつもりだったんだけどな……」
自分たちの前に立ちふさがる様々な障害、困難、それらの事は承知で側にいると誓い合った筈だった。
何が起ころうと二人で乗り越えていく、その覚悟は出来ていた。
それでも、である。
それでも、やはり怖いのだ。
不安に立ち向かい乗り越えていく覚悟と、心が不安を感じるか否かは全く別の問題である。
胸の奥にどんなに強く確かな気持ちを持っていても、それでも人の心は揺らぎ惑う。
今の倫はその不安を必死で堪えようと、より強く命を求めているのだろう。
そして、そんな倫を受け止める命の心もまた………。
「全く、まいったな……倫が揺れてるなら、俺がしっかりしないといけないのに……」
深い深い溜息と共に吐き出された言葉はそれと分からないほどの澱みとなって一人きりの診察室に滞留する。
見えない糸に心を絡め取られた命は、閉じた瞼の裏側に浮かぶ倫の不安げな顔の事だけを思いながら気怠い沈黙に沈んでいった。
205 :
266:2010/04/28(水) 23:00:50 ID:G+EKKJ7I
ここ最近の自分がおかしくなりつつある事は自覚していた。
それでも、止まらない。
湧き上がる不定形の不安に押し流されて、命に依存する自分を止める事が出来ない。
こうして日中、学校にいる時も膿んだような鈍い痛みが、倫の心を苛み続けている。
「命お兄様…今頃どうなさってるんでしょう……?」
早く命お兄様のところへ行きたい。
命お兄様の体にぎゅっと抱きついて、抱きしめられて、この不安を少しでも忘れていたい。
一日の授業が終わり喧騒に包まれる教室にいながら、倫の心はどこか遠くにあった。
(このままではいけない……このままでは命お兄様の迷惑にしかならないのに……)
絶えることの無い不安をかき消す為に命の存在を求めてしまう自分。
今の倫の様子を見て命もまた不安を感じているのは明らかだった。
本当は今だって命と一緒にいたい。
何もかもを放り出してただただ命だけと過ごす時間を送っていたい。
糸色製菓の経営や土地の売り買いなどで今の倫は既にそれなりの財産を築いている。
贅沢さえ考えなければ、実際のところ、煩わしい俗世のあらゆる物事から離れ命と二人だけの生活を送る事も不可能ではない。
だけど、それはたぶん無理だろう。
全ての条件を整えたところで、他ならぬ命自身が首を縦に振らない事は分かり切っている。
心優しい兄が家族との縁を切る筈はなく、また生真面目な医師としての自分を捨てる事も出来よう筈がない。
そして、それは倫にしても同じ事。
学校を、友人を、家族を、華道家としての自分を捨てたとき、同時に彼女の心の中の大切な何かが失われてしまう、そんな予感があった。
結局、ままならない我が身を抱えたまま不安に晒され続ける倫はただただ命の温もりに救いを求める事しかできない。
(今日はこれからどうしましょう……)
顔を俯けたままの倫は自分の席から立ち上がり、とぼとぼと教室から出て行った。
命は今も病院で仕事の真っ最中、倫が彼に会いに行けるのは夜になってからの事だ。
それまでの数時間が、今の倫には永遠にも等しく感じられる。
(会いたい。会いたい。命お兄様………)
廊下を歩く倫の意識は狂おしいその想いを押さえつけるだけで精一杯だった。
だから、彼女は気付かなかった。
「おわっ!?倫、危ないじゃないですか」
「お、お兄様……!?」
廊下の真向かいから歩いてきた望の体に、倫は正面からぶつかってしまう。
「すみません…ですわ。少しぼんやりしていたもので……」
「いや、それはいいのですが………」
小さな声で謝罪した倫の顔を、望は何やら意味深な表情を浮かべて覗き込んでくる。
その視線を真正面から受け止めて、倫が何も言えずにいると……
「倫、少しこっちに来てくれますか?」
「え?あ?お兄様……!!?」
望の手の平が倫の手をぐいと掴み、彼女を引っ張って歩き始めた。
「少し話をしましょう、倫」
つかつかと廊下を進んでいく望。
戸惑うばかりの倫はその手を引かれるままに彼の後をついて行く事しか出来なかった。
206 :
266:2010/04/28(水) 23:01:57 ID:G+EKKJ7I
「以上が前回の検査の結果です。もう随分数値も改善しましたし、これなら当面は安心でしょう」
「ああ、良かった……。これでようやくホッとできましたわ」
午後の診察時間、命は目の前に座る老婦人に先日行った検査の結果を報告していた。
「ほんと、何もかも糸色先生のおかげですわ」
「いえ、手術から三年間、辛い治療を頑張って乗り切ったあなたの努力があってこそですよ」
幼い頃から病気知らずで元気に過ごしてきた彼女が大病を患ったのがちょうど三年前。
当時はそのあまりに大きな精神的ショックのため、持ち前の明るさを失い、不安に怯える日々を送っていた彼女。
なんとか手術が成功し退院してからも、なかなか回復しない体調に彼女の心は沈み込んだままだった。
その頃からかかりつけ医として、命は彼女を助け、見守ってきた。
「でも、本当に糸色先生には感謝してるんですわよ。ほら、あの頃の私、この先の自分がどうなるか不安で不安で……
あんな大きな病気になったのは初めてでしたもの……正直、もうダメなんじゃないかって考える事もありましたわ」
以前ほどでは無いものの何とか健康を取り戻した彼女の語る言葉は三年前には考えられなかったほど穏やかだ。
彼女は柔らかな微笑みを命に向けて、さらに続ける。
「怖いこと、不安なこと、それで胸が潰れそうになってた私に、先生、言ってくれたじゃありませんの。
『そういうものを無理に溜め込まなくてもいい』、『不安な事はぜんぶ私に話してください』って……」
「そうでしたね……」
「こんなおばあちゃんの言う事に糸色先生がいつもちゃんと耳を貸してきちんと答えてくださったから、私はここまで頑張れたんですよ……」
そして、命に深々と頭を下げて、何度も感謝の言葉を述べてから、彼女は診察室を後にした。
その背中を見送った命の顔に浮かぶのは心からの安堵の表情。
「本当に良かった。……一時は心の落ち込みが酷すぎて、体の回復までが引っ張られてるような状態だったからな。よくあそこまで回復してくれたな」
それから次の患者が診察室に入ってくるまでの僅かな時間、命は倫の事を思い浮かべた。
命の最愛の妹は、今、言い表しようのない不安の中でもがいている。
そして、そんな妹の苦しみを目にして命の心もいつしか深い闇の中に捕われていた。
もし、その膠着した状況を打破するものがあるとすれば……
「……不安を言葉にする、か………」
確かめるように呟いた命の言葉は、午後の診察室の空気の中に静かに響いた。
207 :
266:2010/04/28(水) 23:03:34 ID:G+EKKJ7I
望に手を引かれ、倫が辿り着いた場所は学校のカウンセリングルームだった。
「お兄様…私は別に新井先生に相談するような事は何も……」
「心配しなくても今日は智恵先生は出張ですよ。場所を借りるだけです」
と言って鍵を取り出し、扉を開く。
あらかじめ鍵を用意していたという事は、最初から望は倫をここに連れてくるつもりだったのだろう。
(まあ、無理もありませんわね。これだけ浮かない顔をしていれば、いくらお兄様でも何か勘付くのは道理ですわ……)
自分の落ち込みぶりを再認識した倫を、部屋の中から望が手招く。
扉を閉めて鍵をかけ、倫と差し向かいで椅子に座ったところで望は話を切り出した。
「……最近、何かありましたか、倫?」
「別に……何もありませんわ」
単刀直入な問い掛けに、倫は目を伏せてそう返すだけで精一杯だった。
実際、倫の言葉に偽りは無かった。
何もない。
その筈なのに、止めどなく不安が湧き上がってくる。
原因が分からないから、それを解決する術も見つけ出せない。
不安の正体が見えないために、そこから抜け出るための足がかりを見つける事が出来ないのだ。
だから、答える事が出来ない。
実態のつかめないそれを言葉に変える事は不可能だからだ。
しかし、これで望が納得する筈がない。
わざわざ他人の立ち入れない場所まで連れて来て倫を問いただした彼がそんな返答で満足はしないだろう。
だが………
「そうですか……」
思いがけず、望はあっさりと引き下がった。
「……もっと深く切り込んで、お尋ねにはならないのですか?」
「いえ、まあ………分かるような気がしますから…何となくですけど……」
戸惑いつつも問い返した倫に、望は困ったような笑顔を向ける。
「言い表しようのない不安や悩みって、けっこうよくある事ですから。
それをしつこく聞くのもあんまり良くないと思って………ただ……」
「ただ……?」
「それでも、倫は今不安を感じている。これは正解なのでしょう?」
望の言葉に、倫はおずおずと肯く。
「なら、それをぶちまけちゃえば良かったんですよ」
「ぶちまけるって……」
「今日も昨日も一昨日も、ここ最近はずーっと浮かない顔をして押し黙ってたじゃないですか、お前は。
学校が終わってからもあんな調子だったんでしょう?………きっと、命兄さんの前でも……」
驚いたように顔を上げた倫の頭を望の手の平がそっと撫でる。
「そりゃ、問わず語らず以心伝心ってのが理想でしょうし、言葉がときに誤解やすれ違いを生み出すのは事実です。
だけど、それを差し引いても、話し合う事、語り合う事ってすごく大事なものなんですよ……」
「命お兄様の前で私の気持ちを……でも、今の私にはそれをどう伝えたらいいかがわからないんですの」
「なら、どう言っていいのかわからない、それを言えばいいんですよ」
望の言葉が、倫の心の奥で凝り固まっていたものを解きほぐしていく。
ゆっくりと、凍りついていた指先に力が戻るのを、倫は感じていた。
「変ですわね。今日のお兄様、本当にちゃんとした私のお兄様みたいですわ」
「昔から、倫にはマトモに兄扱いされた事がありませんでしたからね……」
倫の照れ隠しの言葉を苦笑まじりで受け止めて、望は彼女に最後の言葉を放った。
「倫。今、お前が一番信頼している人、自分の気持ちを知っていてほしい人は誰ですか?」
その問いの答えは最初から分かり切っている。
無言で椅子から立ち上がった倫は、感謝を込めて望に向けた微笑を返答の代わりにした。
それから、ばね仕掛けのような勢いでカウンセリングルームを飛び出していく後ろ姿を、望は少しホッとしたような表情で見送っていた。
208 :
266:2010/04/28(水) 23:04:57 ID:G+EKKJ7I
診療時間が終わり、看護師達もそれぞれの仕事を終え帰宅した後、一人糸色医院に残った命。
彼がいるはずの診察室のドアの向こうで、倫は拳をぎゅっと握りしめて立っていた。
命と話そう。
そう考えてやって来た筈なのに、いざ間近にまでやって来ると喉がカラカラに乾いて、言葉が出て来なくなる。
『どう言っていいかわからないなら、わからないその事を伝えればいい』と望は言った。
だが、これはそれ以前の状態だ。
今もまだ倫の胸の内を圧迫し続ける得体の知れない不安。
それがこの土壇場で倫の心と体を縛り付けている。
(だけど……いつまでも、ここにこうして立っている訳にはいきませんわ……)
それでも何とか心を奮い立たせ、倫は診察室のドアをノックする。
「命…お兄様……入りますわ……」
何とか喉の奥からそれだけの言葉を搾り出して、倫はドアを開く。
その向こうには、少し驚いたような様子で倫の方を見る命の姿があった。
「倫……」
気遣うように呼びかける命の声だけで、ぐらり、倫の足元が揺らいだような気がした。
(駄目…ですわ……こんなのじゃ、とても話なんて………)
倒れこむように、命の体に自分の体を預け、そのまま抱きついた倫。
八方ふさがりの現状を変えようとしていた筈なのに、何も出来ない、話せない。
命の暖かな腕に包まれても一向に収まらない震えの中、倫は心中でつぶやき続ける。
(怖い…怖い…怖い…怖い…………)
このまま全てがその感情に塗りつぶされて終わってしまう。
倫がそう考えた時だった。
「…倫……」
おもむろに口を開いた命が、倫の耳元に語りかけた。
「…私は…怖いよ……」
驚き、顔を上げた倫に、命が気弱げな笑顔を向ける。
「訳も無く不安で…胸が締め付けられるようで…とても苦しいんだ……倫、お前はどうなんだ?」
「命…お兄様……」
背中に回された命の腕にぎゅっと力がこもるのを感じた。
予想もしていなかったその言葉は、しかしまぎれもなく命の本当の気持ちなのだろう。
そして命の言葉が、倫の心の中、形になる事なくたゆたっていた感情にひとつの実体を与えていく。
「怖い…ですわ。…私も怖い………」
まるで、先ほどまでろくにしゃべれなかったのが嘘のように、倫の口から言葉が溢れ出す。
「怖くて、怖くて、ただ怖くて…とても不安で、押しつぶされそうで……でも、私、それをどうお兄様に伝えていいかわからなくて……」
命の肩に顔をうずめたままの倫は、今の今までどう言っていいのかも分からなかった心の中を必死で言葉に変えていく。
訳も分からず、ほとんど子供が泣きじゃくるように……。
209 :
266:2010/04/28(水) 23:05:32 ID:G+EKKJ7I
そうだ。
ただそれだけでよかったのだ。
『どう言っていいかわからないなら、わからないその事を伝えればいい』
そして、『怖い』のならば、その『怖い』という気持ちをきちんと言葉に変えれば良かったのだ。
不安や怖さ、それそのものが消えた訳ではない。
だけど、限界まで溜め込んでいた感情のダムが決壊して、倫は自分の心が軽くなっていくのを感じていた。
そんな倫の背中を撫でながら、命は少しだけ安堵の息を漏らす。
(咄嗟の考えだったけど…上手くいったな………)
自分自身の抱える感情を表現する方法さえ分からず、ただ命に縋るしか術を持たなかった倫に、
ストレートに気持ちを言葉に変えてみろと言ったところで、そう簡単に出来るものではない。
だから、命はまず自分の胸の内を倫にさらけ出す事にした。
何をどうしていいのかも分からず戸惑う彼女に、それを見せる事で感情を吐き出す為の糸口を与えたかったのだ。
自分だって怖いんだ、だから倫、お前もその気持ちを我慢せずに言ってくれていいんだ、と。
昼間、自分の患者であるあの老婦人との会話の中で命が気付いた事。
それは、自分や相手の気持ちを言葉に変えて伝え合う事が、それだけで心を癒し楽にしてくれるという、言われてみれば何て事の無いものだった。
確かに、それですぐに問題が解決するというものではない。
だけど、自分のそばに同じ気持ちを共有して、一緒に前に進んでくれる人間がいると分かれば、それだけで状況は変わる。
「…命…お兄様……私、ずっと怖くて…とても怖くて………」
「ああ、本当に怖いな……でも、私の隣にはお前がいてくれる。そして、私もお前のそばにいる。だから……」
伝え合った気持ちは、もう一人だけのものではない。
一人ぼっちは誰だって不安だ。
しかし、目の前の問題に、一緒に立ち向かってくれる誰かがいる、そういう実感が得られたのなら……
「だから、倫、お前はもうそうやって一人でそんな気持ちを抱え込まなくてもいいんだ……」
「命お兄様……お兄様……っ!!」
糸色倫はもう一人ではない。
強く強く自分を抱きしめてくれるこの人は、倫と同じ方向を見据え、一緒に悩み、同じスピードで歩いてくれる。
いつの間にか瞳に涙を滲ませていた倫からのキスは、昨日までの不安を忘れるためのものとは違っていた。
そこには、命と倫の間に互いに伝え合う、たしかな温もりが存在した。
そして、二人のほかには誰もいない診察室の静寂の中で、間近で見つめ合った命と倫は互いにこくりと小さく頷き合う。
それを合図に、二人だけの密やかな行為が始まる……。
210 :
266:2010/04/28(水) 23:06:28 ID:G+EKKJ7I
あくまで優しく、そっと触れた手の平。
だけど、その感触だけで倫の体は狂おしいほどに燃え上がってしまう。
「あっ……命…お兄様……ひああっっ!!?」
「…倫…可愛いよ……」
湧き上がる愛おしさに任せて倫の体を愛撫する命の指先。
そこで感じ、伝え合う互いの体温は、二人の心を瞬く間に虜にしていく。
「うぁ…ああっ…命お兄様のゆび…ふあっ……あ…つい……ああんっ!!!」
昨日までだって、命と倫は強く抱きしめ合って夜を過ごしていたのに、今この瞬間に感じる熱からは
その時には感じられなかった、愛しい人が確かにそこにいるという実感が感じられた。
荒く切れ切れに繰り返される呼吸の狭間、何度となく交わされるキスはただひたすらに甘い。
「変…ですわね……命お兄様とは毎日会っていた筈なのに…何だか凄く久しぶりのような気がしますわ……」
「そうだな。…でも、これからはずっと一緒だ……」
セーラー服の下からするりと潜り込む命の手の平。
それが下着をおしのけて、倫の胸に触れ、形の良いその乳房を彼の手の平の形に歪ませる。
「あっ…やぁ…んんっ…はぁ…み…こと…おにいさまぁああっ!!!」
命の繊細な指先に両の乳房を揉みしだかれ、その先端の突起まで指先の上で思う様に転がされる。
幾度となくおしよせるその甘い痺れに体を震わせる倫。
命はその震える肩の後ろから、今度は長い黒髪の間から覗いた耳朶に唇を寄せ、そっと甘噛みをする。
「ひはっ…ああっ…みみ…命おにいさまにかまれて…ひや…あああっ!!!」
普段は髪に隠れて見えない、ちょこんと小さく可愛い妹の耳たぶ。
命はそこに丹念に舌を這わせ、歯先で優しく刺激を与える。
敏感な部分に与えられる形容し難い甘い痺れ。
倫はそれが駆け抜ける度に、その体をたまらずにくねらせ、堪えきれずに甘い悲鳴を上げる。
いつの間にかセーラーをたくし上げられ、スカートも足元に落ちて、次第に露になっていく倫の裸身。
彼女はそれに恥じらいながらも、間断なく押し寄せる快感の前には抗いようもなく、ただ押し流されていく。
「倫っ!倫っ!!……」
「みこと…おにいさまぁ……ああ…好き…好きですわ……」
鬱々とした不安に苛まれる日々の中で、いつしか乾きかすれていったその感情。
肌を触れ合わせ、キスを繰り返す、その交わりの中で、それが確かな手触りを持って再び自分の胸の内に感じ取れるようになってくる。
やがて、命の指先は倫のショーツの内側に滑り込み、押さえ切れないほどの熱を閉じ込めた、彼女の一番敏感な部分に触れる。
「ああっ…くぅ…ひあ…みことおにいさまのゆび……ふああああああああっっっ!!!」
鋭敏で繊細な神経を刺激され、倫は体を弓なりに反らせて声を上げる。
命は、放っておけばそのまま吹き飛ばされてしまいそうな、その体をしっかりと抱きしめてやる。
命の腕の中、撫でられ、かき回され、倫の秘所はさらにその熱量を増し、とめどなく蜜をしたたらせる。
211 :
266:2010/04/28(水) 23:06:57 ID:G+EKKJ7I
「あ…ああ…だめですの……命おにいさま…わたくし…おにいさまと……ひとつになりたくて……」
「倫…私もだよ…倫のぜんぶを感じたいんだ……」
硬く硬く、それまで堪えてきた熱情の全てを込められてそそり立つ命のモノ。
脈打つソレが秘所にあてがわれただけで、倫は切なげに悲鳴を上げ、縋るように命にキスを求める。
「きてください…命お兄様……きて……」
「ああ……」
濡れた柔肉を割り、ゆっくりと命が倫の中に入っていく。
奥へ奥へ、触れ合った粘膜の熱と痺れに互いの体をぎゅっと抱きしめ合いながら、命の分身が倫の中を進んでいく。
「うあ…ああっ…みことおにいさまの…あつい…あつくて……私…もう…っ!!」
くちゅくちゅと恥ずかい音を立てて、倫の中をかき混ぜ、奥の方へと突き上げる命のモノ。
だんだんと激しくなる腰の動きが、倫の意識を幾度となく快感の小爆発で寸断させる。
繋がり合った部分からこぼれ落ちた蜜が作り上げた水たまりに、また一つ雫が落ちて飛沫が上がる。
「くぁ…ああっ……倫っっ!!!」
「みこと…おにいさまぁあああああっっっっ!!!!」
互いの名を呼び合い、迸る熱と快楽の中に溺れていく二人。
無意識の内に重ね合い、絡め合っていた指先にぎゅっと力を込めて、二人は行為を加速させていく。
ずんっ!ずんっ!と突き上げられる度に視界に飛び散る火花が倫に我を忘れさせていく。
絡み合う肉体がもたらす快楽と、愛する人に抱かれる悦びに悩ましげに歪む倫の表情。
その潤んだ瞳が、命をさらに一層、行為に夢中にさせていく。
「あっ!あっ!…みこと…おにいさまぁ!!…すご…私…もう…おかしく……っ!!!」
自分自身が粉々に砕けて流されていきそうな刺激と感覚の濁流の中、倫は必死で命の体にしがみつく。
命の背中に回した腕から感じる温もりが頼もしく思えるのは、きっと、先ほど取り交わした言葉と気持ちのおかげなのだろう。
もっとこの人を強く感じて、触れて、抱きしめて、ずっとずっとどこまでも一緒にいたい。一つになりたい。
そして、ヒートアップしていく熱が感情が、命と倫の行為を限界ギリギリまで加速させていく。
「くぅ……倫っ…!!」
「ひぅ…ああああっ!!!…ああ…みこ…おにい…さま…私…私ぃいいいいいっっ!!!」
視界に弾ける光。
体を貫く電流のような感覚。
耳元に絶えず聞こえてくる自分と、自分の愛する人の荒い呼吸。
全てが灼熱の快楽の中で融け合って、二人の心と体をはるかな高みへと導いていく。
そして、命の強く激しい突き上げがトリガーとなって、倫の中で張り詰めていた全てが雪崩を起こして彼女を飲み込む。
「くああっ!!…倫っ!!…倫っっっっ!!!!!」
「ひあ…あああああああっっっ!!!!みこと…おにいさまぁあああああああっっっっ!!!!」
突き抜ける絶頂感に弓なりに反らした体を震わせる倫。
それから糸の切れた人形のように脱力した妹の体を、命が優しく抱き寄せる。
そのまましばらく、切れ切れの呼吸で声も出せないまま至近距離で見つめ合っていた二人は、
最後にそっと互いの唇を重ねあわせたのだった。
それから数日後のとある日曜日の事。
命と倫は春の日差しの降り注ぐ川沿いの道を、二人並んで歩いていた。
命に向けて、自分の中の不安を言葉にして伝えた事で倫はどうやら落ち着きを取り戻したようだったが……
「それでも、まだやっぱり不安なんだな、倫は……」
「ええ、こればかりは消えろと言って消えてくるものではありませんもの……」
倫の答えに、命も少しだけ苦い笑いを浮かべ
「……私もだよ。…まあ、世の中、全く不安を感じてない人間なんていないのだろうけれど……」
「そうですわね。でも……」
倫の手の平が、そっと命の手を握る。
「今は、私だけの不安じゃない。命お兄様が一緒にいますもの……きっと、大丈夫ですわ」
「ああ、そうだな……」
笑顔で答えた命も、倫の手の平を強く優しく握り返す。
手をつなぎ合った二人は、涼やかな風の通り抜ける道をどこまでも寄り添って歩いていく。
二人の行く手に広がる空はどこまでも青く澄み渡っていた。
212 :
266:2010/04/28(水) 23:07:25 ID:G+EKKJ7I
以上でお終いです。
失礼いたしました。
最初のアニメ化の頃が一番このスレ盛り上がったよね。
量だけでなく、いろんなパターンとか書き手が出てきて読んでて面白かった。
最近はちょっとパターン化しちゃっているというか。
その発言もパターン化しちゃってますね
そういう反応もパターン化してしまっているのです。
絶望した! パロスレまでパターン化した世の中に絶望した!
書き手の数が減ったなんて文句は、まさにならお前も書けよだ
>>213 確か一人で普通祭りの人とか、10日連続連載の人とかいたよな。
あの辺の人はアニメ化からポロロッカしてきて、もう今はこのスレ見てないんだよきっと。
こういう自分のパターン化レスを嘆くというパターンが発生するジレンマ
ほ
219 :
名無しさん@ピンキー:2010/05/10(月) 19:25:31 ID:hDwFPCzD
しゅ
220 :
266:2010/05/10(月) 20:02:38 ID:94ZBydOo
書いてきました。
望カフ、エロなし。
なんだかホラーみたいな変なお話です。
それではいってみます。
221 :
266:2010/05/10(月) 20:03:21 ID:94ZBydOo
見下ろせば目もくらむ程の落差を感じさせる谷間にゴウゴウと渦巻く風が吹き抜けていく。
ここは自殺の名所、ミランダ渓谷。
そこを一人とぼとぼと歩く背の高い和装の後ろ姿は、二年へ組担任、糸色望のものだった。
「…はぁ…なんとも虚しい話しですね……」
例によって例のごとく、ちょっとした出来事にショックを受けて教室を飛び出した望が、
自殺を決行すべくやって来たのがこの山間の渓谷だった。
ところが、そんな望を待ち構えていたのは自殺を思い止どまらせるべく立てられた看板の数々。
『死ぬにはまだ早い!』
『残される家族の事を考えろ!』
『自殺者は地獄に落ちる』
『自殺してしまう前にまずはこちらにご相談を』
内容も大きさも多種多様、さまざまな看板が目の前の断崖絶壁までの僅か数メートルを通せんぼしていた。
「あの手の看板にどれほど自殺防止の効果があるか、常々疑問だったのですが……いや、なかなか効くもんですね……」
過剰なストレスが死の恐怖を麻痺させる程に心を摩耗させてしまったとき、人は自殺を決意する。
しかし、あの看板達は自殺志願者の心など顧みず、ただ一つのメッセージを突き付けてくる。
自殺するな、生きろ。
お前が今考えているのは間違った事なのだ、と。
自殺志願者達はその呼びかけにこう答えるだろう。
そんな事、言われなくとも理解している。
本当は誰が自殺などしたいものか。
それでも苦しくて苦しくて堪らないから、死によって全てを断ち切ろうとしているのに……。
無論、看板の多くは善意によって立てられたものだろう。
だが、『何が何でも自殺するな』というメッセージの中に自殺志願者の意思の介在する隙間はない。
自殺を決意するまでにその人間が辿った痛みも苦しみも全て無視して、ただ『自殺するな』と告げるのだ。
かくして、飛び降り自殺の断崖絶壁は『自殺へと向かうエゴ』と『自殺を止めようとするエゴ』の決戦場となる。
望のような、箸が転んでも首を吊ろうとするライトな自殺志願者はその重圧に打ち勝てない。
「…まあ、要は私の絶望なんてその程度の軽いものって事ですよね。………はぁ、そんな自分に何より絶望しますよ……」
ため息をつき俯きながら、望は行く先も定めないままその足を進めていく。
本来なら、自殺を断念した時点でとっとと学校に帰るべきなのだろうが、勝手に飛び出してきた手前、そうすぐに戻るのもバツが悪い。
しばらく辺りを散策してから学校に戻ろうと、望は考えていた。
自殺の名所である事さえ気にしなければ、この辺りの切り立った断崖の見せる奇景・絶景の数々は見応え充分なものだった。
ところが、そんな望の峡谷見物を邪魔するものがあった。
件の看板である。
自殺志願者に呼びかける看板の群れは崖に沿ってどこまでも続いていた。
その数は、望が峡谷の奥へ奥へと進むほど、徐々に増えているようにさえ感じられる。
先ほどなど、どうやってあんな場所に持って行ったのか、崖の中程に張り出した岩に三つもの看板が立っていた。
どちらを向いても看板、看板、また看板。
これでは風景を楽しむどころの騒ぎではない。
「………それに、さっきからのこの霧……参りましたね……」
峡谷に沿って続く狭い道にいつの間にか霧が立ち込めていた。
それは時間を追うほどに濃くなるばかりで、望の視界には僅か数メートル先の様子さえおぼろにしか映らなくなっていた。
場所が場所だけにうっかり転んで転落死、なんて事もあり得るこの状況。
「これ以上は…意地を張ってる場合でもないですね……」
180度ターンして望は今まで歩いてきた道を辿って峡谷の入口を目指す。
しかし……
222 :
266:2010/05/10(月) 20:04:08 ID:94ZBydOo
「おかしいですね……こんな所を通った覚えはないんですが……」
流れる霧の合間から見える景色が行きで見たものと何か違うように感じられる。
そもそも、望が歩いてきたのは一本道で間違っても迷うハズなどないのだが……
「おかしい。絶対におかしい。こんな大きな木、途中には無かった筈ですよ……」
さすがの望の声にも焦りの色が混ざり始める。
不安に背中を押されるように、望の足取りが早まっていく。
だが、その直後……
「う…うわぁ……!!?」
突然、目の前を覆っていた霧が晴れたかと思うと、その先にはどこまでも深い奈落が広がっていた。
いつの間にか、崖っぷちに向かって望は歩いていたらしい。
間一髪のところで、手近にあった看板を支えにして踏みとどまった望。
しかし、彼はそこでちらりと視線を向けた崖の下の方にとんでもない物を見つけてしまう。
「あれは…確か……!?」
崖の中程、張り出した岩の上に三つの看板が立てられている。
それは、望が渓谷の道を歩いていた途中、谷の反対側の岸壁に見たものと同じように見えた。
「そんな…そんなはずはありません……どうして私が谷の反対側に移動してるんですか!!?」
しかし、そう考えるなら、現在、望の周囲を取り囲む景色が行きと違うのも肯ける。
混乱する頭を抱えながら、それでも望は歩き出す。
「なら、来た道を一旦戻って、そこからもう一度谷から出る道を探せば……」
額に嫌な汗を浮かべながら、望はついさっきまで歩いていた道を戻る。
だが、その道の景色も先ほど望が通ったときとは大きく様変わりしていた。
「なんで…どうしてこんなに看板が……!!?」
道の左右に延々と並ぶ看板の数は明らかに異常だった。
闇雲なまでの量の看板が互いに重なり合い、押し合うように並び立つせいで明らかに道幅が狭まっている。
それぞれの看板が他の看板の文面を覆い隠して、どれ一つとしてマトモに読めるものがない。
『ぬにはまだ早』『族の事を考』『地獄』『ちらにご相談』……そんな切れ切れの言葉に紛れて、
『死んでしまえ』『消えろ』『生きてる価値がない』、そんな言葉が見え隠れするのは気のせいだろうか?
そんな異様な光景のど真ん中で、望は呆然と立ち尽くしていた。
「自殺者の幽霊にでも憑かれましたかね……」
呟く言葉は周囲の静寂の中に虚しく溶けて消えた。
『自殺の名所』
その言葉が望の中で重く頭をもたげてくる。
だが、望が今感じている異様な空気は、この谷で命を落とした亡者達に捕らわれたというような、ジメジメとした感覚を伴なうものではなかった。
もっと、無意味で理不尽で、そして何より空虚な雰囲気が一帯を支配している。
望はその意味にうっすらと気づき始めていた。
並び立つ無数の看板が投げかける『死ぬな』というその言葉。
それを見て、自殺を思いとどまる人間もいるだろう。
だがその一方で、その言葉を振り切るように谷底へと身を投げた人間が何人いた事か……。
看板に書かれたメッセージ達は幾度となく裏切られ、そこに込められた願いは打ち砕かれてきたのだ。
今ここに並ぶ看板達に書かれた言葉は、願いは、その繰り返しの果てに擦り切れ、摩耗し、本来の意味を失くしているように思えた。
自殺を止めようとする痛切な言葉も、自殺者達の心には最後まで届かなかった。
なぜならば、彼ら自殺者達の心はもはや周囲の言葉を受け入れる事が出来ないほどに疲れ果ててしまっていたからだ。
本当なら、救われたい、死にたくないと叫びたかった筈の声は疾っくの昔に枯れ果てていたのだ。
死へと向かう者、それを止めようとする者。
ここには、その両者の打ち砕かれた願いが、想いが、屍となって累々と転がっている。
「早く……こんな所からは早く抜け出してしまわないと……」
望の焦りが言葉になって、そのまま唇から零れ落ちる。
自分はこんな場所にいるべきではない。
ここには絶望も、希望もありはしない。
この場所はそんな感情を生み出す人の心そのものを殺してしまうのだ。
「だけど…どうすればいいんでしょう……」
進めども引き返せども現れるのはこの世のものとは思えない不気味な風景ばかり。
今の自分がどこにいるのかも分からない。
こういう時のセオリーとしては、同じ場所でじっと動かずに救助が来るのを待つのが一番なのだが、
今の状況はそれが通じるものとも思えなかった。
まさに八方ふさがりの状況の中、望はただ呆然と周囲の光景を眺めるばかり。
だが、その時である。
223 :
266:2010/05/10(月) 20:04:49 ID:94ZBydOo
「………!?」
立ち込める霧の向こうから聞こえてくる足音。
吹き抜けた風が一瞬だけその霧のカーテンを払ったとき、望はその足音の主の姿を目にした。
望のいる場所より一段高くなった岩の上の道を駆けて行く少女の影。
見慣れた学校指定のセーラー服。
そして、前髪に留められた望の良く知る黄色いクロスの髪飾り……。
「…風浦…さん……!?」
望がその名を言い終わらない内に、少女の後ろ姿は再び霧に紛れて消えた。
彼女がここにいる。
という事は、これはいつもの2のへの面々が起こす馬鹿騒ぎの延長上にある出来事なのか?
だが、望の胸騒ぎが消える事はない。
やはり、違う。
これは異常な事態だ。
「…待ってください、風浦さん!!!」
気がついた時には、霧の向こうに消えた足音を追いかけて走り出していた。
後先の事を考える余裕は無かった。
今、自分の身に降りかかっている怪異の正体が何であるにせよ、この場所が危険である事に間違いはない。
どうして彼女がここにいるのか?
追いついて、合流できたとして、その先自分に何ができるのか?
様々な疑問や不安が頭をもたげたが、望はそれを押し殺してただひたすらに走り続けた。
やがて、望の走る道は立ち込める霧を抜けて、眼下に深く黒い闇を見下ろす巨大な縦穴のフチに辿り着いた。
「何ですか、これは……?」
いつの間にか、望の周囲にはあれほどあった看板が無くなっていた。
プールの飛び込み台の如く張り出した岩の上から恐る恐る下を覗くと、底の見えない奈落がぽっかりと口を開けていた。
望がこの渓谷に来たのは初めての事だったが、こんな巨大な穴が存在するなど聞いた事もなかった。
やはり、自分はいつの間にか人の世から離れた異界に迷い込んでしまったのだろうか?
そんな疑問に頭を抱えながらも、望はゆっくりと周囲を見回した。
「…風浦さんも確かにこっちに向かっていた筈なんですが……」
ついさっきまで、望は確かに霧の向こうから聞こえる足音を追いかけていた。
方向感覚も何もかも当てにならないこの谷ではあるが、それでも自分の耳を信じるなら可符香もここからそう離れていない場所にいる筈なのだが……。
もしかすると、さっき目にした彼女の姿はこの谷の得体の知れない力が生み出した幻なのかもしれない。
それならば、いい。
だが、本物の彼女がここにいて、出口を探して迷っているなら、放ってはおけない。
「風浦さん!どこにいるんです、風浦さん!!」
「あ、先生……」
不意に背後から、耳慣れた声が聞こえて、望は振り返った。
声のした方向、およそ3,4メートルほど先に望が立っているのと同じく巨大な穴に張り出した岩があった。
その上にいつも通りの微笑みを浮かべて、少女は腰掛けていた。
望は可符香の無事な姿に安堵しつつも、その笑顔に何か胸がザワつくような感覚を覚える。
「風浦さん、あなたも道に迷ったんですね!?」
「いやだなぁ、そんな訳ないじゃないですか」
「…!?それじゃあ、あなたは正しい帰り道を知ってるんですね!だったら……」
「帰り道?何を言ってるんです、先生?」
「いえ、だから早くこのミランダ渓谷から抜け出さないと……」
「う〜ん、さっきからちょっと変ですよ、先生」
この異様な風景の中にあってもいつものペースを崩さない可符香。
普段の望なら、彼女らしい対応だとそれを疑問にも思わないだろう。
だが、今、この時に限ってはそれが何か致命的な間違いのように思われた。
額に冷や汗を浮かべる望に、可符香はくすりと笑い
「迷ったとか、抜け出すとか、何を言ってるんです?」
「な………!?」
驚き目を見開く望にこう告げる。
「先生も、私も、最初からここにいたじゃないですか……」
224 :
266:2010/05/10(月) 20:06:13 ID:94ZBydOo
その言葉の意味が理解できず、望はただ呆然と目の前の少女を見つめる。
「最初から……?」
「忘れたんですか?ほら、みんなもあそこに……」
可符香が指差した方向にゆっくりと視線を向ける。
「木津さん…藤吉さん…日塔さん…木野君…久藤君……」
「あっちにはマリアちゃんや加賀ちゃんも……ちょっと遠いけど向こうには智恵先生や甚六先生もいます」
地の底まで続くような縦穴のそこかしこに、望が立っているのと同じような、飛び込み台型の岩が数えきれないほどせり出している。
そして、その一つ一つに人が立っていた。
その中には2のへの生徒達や同僚の教師達など見知った顔がいくつも混ざっている。
「あそこにいるのは倫、それに命兄さん、景兄さんまで……」
さらに兄や妹達の姿を認めて、望の混乱は極限に達する。
「何ですか、これは!?何なんですか、ここは!!?」
「本当にどうしたんです、先生?ほら、先生も、私も、いつもこんな風に見渡していたじゃないですか?」
しごく真面目に、望を心配するような可符香の口調が無性に恐ろしかった。
逃げ出したい。
しかし、望の視線は眼前に広がる信じ難い光景に釘付けになり、両足は地面に張り付いたように動かなくなってしまう。
そんな望の目の前で、また一つ、悪夢のような光景が展開される。
ポトリ……。
「え……?」
ポトリ……ポトリ………。
「なんで…そんな……!?」
縦穴のちょうど真反対、あまりに距離がありすぎるため望にはほとんど芥子粒のようにしか見えない向こう側の人間たち。
その内何人かが、不意に自らの足場である岩の上から落下した。
「えっ?…えっ?……あ……ああああああああっっっ!!!?」
ポト…ポト……ポト……。
ある者は吹き抜けた風にふらついて、またある者は自らの意思で、深い深い奈落の底へ落ちて行く人々。
あまりに無造作に消えていく命達……。
「わかっていても、悲しいですね。これが私たちの世界だなんて……」
落ちゆく人々を見ながら、少しだけ憂いを滲ませた表情で可符香が呟く。
「世界……?」
「誰もがみんな、一人ぼっちでこんな崖っぷちに追いやられて、必死にこの場に立ち続けようとしても、
ふと油断した瞬間風に煽られたり、立っている体力が無くなったり、心が耐え切れなくなって自分から飛び降りたり……」
理不尽に、大した理由もなく、散っていく命、命、命……。
望はここに来てようやく理解する。
可符香の言うように、これは自分たちの世界の縮図だ。
進む先に道は無く、吹き荒れる風の中で体に限界が来るか、心に限界が来るか、いずれにせよ耐え続けた甲斐もなく無常に命は消える。
人はそれを、夢だの、幸せだの、金だの、地位だの、名誉だの、そんなもので自分の周囲を飾り立てこの現実を忘れようとする。
だけど、そんなもの、この圧倒的な現実の前では何の意味も為さない。
人には生まれてきた意味などなく、自分を含めたあらゆる一切が無意味で
だからこそ、そこには絶望や希望などといった甘くとろける上等な砂糖菓子も存在しない。
理不尽に生まれて、理不尽に死ぬ。
ただそれだけの存在。
あらゆる不幸をしょいこんだ短く苛烈な人生も、暖かな幸せに満ちた人生も、等しく同じだ。
どちらも等しく、『何もない』。
落ちる。
落ちる。
落ちて、消える。
深い穴の底で落下のエネルギーを受けた体は千々に砕け、欠片も原型を残さないただの肉片と血しぶきに変わる。
その生と同じく、欠片の意味もない死。
目を逸らす事も出来ず、落ちて行く人々を見つめる望の前でまた一人、風に煽られた誰かが足をふらつかせ自らの足場から転落した。
あれは……あの少女は……
「木津さんっっっ!!!!」
望が叫ぶより早く、その少女、木津千里の姿は闇に溶けて消えた。
225 :
266:2010/05/10(月) 20:09:44 ID:94ZBydOo
目を見開き、声も出せず穴の底を見つめる望の横で、可符香も同じように眼下の闇を見つめながら、ため息を漏らす。
「………どうしてなんでしょうね?」
その顔には静かな憂いと、深い哀しみが滲み出ていた。
「……どうして…私たちは生きてるんでしょう……?」
彼女の方に視線を向けた望は、しかし、その問いかけに答える事も出来ず、ただ彼女の顔を見つめる。
「……千里ちゃんも、他のみんなも、知らない人も、誰も彼も頑張ってここに立ち続けていたのに、あんな風に呆気無く落ちてしまう。
どんなに必死に立ち続けていても、いつかここから落ちて消える、その結末は変えられない。
せめてこの崖が細くても、崩れ落ちそうでも、先に続いていれば一縷の望みに懸けて進む事も、自分には無理だって諦めて泣きじゃくる事も出来るのに
どうしてこんな辛いだけで、何もない世界に、私も、みんなも、生まれてしまったんでしょうか……?」
可符香が語る間にも、ポトリ、ポトリと崖際に立つ人々は落ちていく。
「…加賀さん……久藤君……音無さん………ああ…ああああああ………」
2のへの生徒達も、近所の顔見知りも、見ず知らずの他人も誰の区別もなく無造作に闇へと吸い込まれていく。
重力に引かれ地の底へと落ちて行く彼ら彼女らは斷末魔の叫びさえ残す事はない。
望は思い出す。
ここに至る途中で見た無数の看板達に感じた虚しさ、その根源はここにある。
いかに『死ぬな』と願おうと、いずれ人は死に呑み込まれる。
他のささやかな願いにしたところで皆同じだ。
全てを飲み干し、喰らい尽くしても尚満ち足りる事を知らないこの虚無が、人の、いや全ての生物の前に立ちふさがっているのだから。
「…木野君!…藤吉さん……っ!!!…命兄さんっ!!…ああ…倫っ!!…倫っっっ!!!!」
涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らし、落ちて行く人々へ届かぬ右手を伸ばす望。
だが、表面で渦巻く哀しみと苦しみの一方で、その心の奥底は恐ろしいほどに冷え切っていた。
まるで、目の前で起こるこの惨劇が変えようの無い規定の事項であるかのように、望の心はそれを受け入れてしまっていた。
「先生……」
静かに響いたその声に、再び視線を可符香の方に向ける。
この悪夢のただ中にあって、その表情は、声は、非常に落ち着いたものだった。
だけど、望は気づいていた。
何かを耐えるようにぎゅっと握り締められた拳、震える脚。
望には可符香の心が軋みを上げて崩れていく様子が見えるような気がした。
「…先生…辛いです…もう私……」
「…風浦さん、ダメですっ!!!!」
「…ここまで、本当に必死で頑張ったんですよ、私…だから、ここでやめても、褒めてくれますよね?先生……」
可符香の膝から力が抜け、上体がぐらりと揺れる。
バランスを崩した体が倒れこむ先に、彼女を受け止めるべき地面は存在しない。
(…駄目だ!…こんなのは絶対に駄目だ……っ!!!)
目の前で展開される光景に対して、望が取った行動はあまりに無謀なものだった。
望は落ちて行く可符香に手を伸ばして、跳んだ。
狭い岩の上には十分な助走が出来るだけの距離はなく、望の体はつま先さえ可符香のいる隣の岩に届く事なく落ちて行く。
それでもギリギリで、伸ばした右手が可符香のセーラーの襟を、左手が張り出した岩のフチを掴んだ。
しかし、可符香と自分の体の落下エネルギーをまともに受け止めた望の両腕の筋肉はズタズタに傷ついていた。
このままではあと十数秒とかからず再び穴の底へ落ちてしまう。
226 :
266:2010/05/10(月) 20:12:53 ID:94ZBydOo
だが、望の心は強く叫んでいた。
こんなものは違う、と。
(……このままでいいものか!!私は…私は…死への恐怖に塗れた斷末魔を残して、最高に惨めに死ぬんです!!!)
(……風浦さんを助けようなんて、柄でも無い自分の行動を心底後悔しながら、全ての運命を呪って死ぬ……っ!!!)
(…何とか助け上げた風浦さんが岩の上から見下ろしてくるその顔を見ながら、
どうして彼女だけが助かって自分は助からないのかと……自分で飛び出した事も忘れて、恥知らずな恨み言を喚きながら落ちて行く……っ!!!)
(……この暗闇の底に叩きつけられて息絶える瞬間まで、彼女の傍で生きられない自分の運命に絶望しながら………っ!!!!)
キリキリと筋繊維が軋み、引きちぎれる音を聞きながら、望は最後の力で可符香の体を引き上げる。
「…風浦…さん……早く…早く…岩につかまって……」
「…先…生……」
可符香の両手がゴツゴツした岩の出っ張りを掴み、彼女の涙に濡れた横顔がチラリと視界を横切った瞬間……
(こんなもの…絶対に受け入れてたまるものですか………!!!!)
望の手の平から力が抜け、彼の体は虚空へと投げ出された。
落ちて行く自分を見下ろす可符香の表情を確かめる間もなく、望は重力に引かれて落下していく。
その心に去来するのは、死にゆく己への恐怖、可符香と死に別れる悲しみ、目の前で無造作に死んでいった生徒や家族達をどうしてやる事も出来なかった悔しさ。
その感情を確かめて、望は心の何処かで安心する。
(ああ、今、私は絶望しているんですね……)
先に進む道が存在しない虚無感ではなく、進むべき、進みたい道を断ち切られる絶望。
自分は最初から前に進む事が出来なかったのではない。
本来あるべき道から足を踏み外したのだ。
望みは確かにそこにあった。
ただ、それが叶わなかっただけの話。
(そうです。道が無いなんて嘘っぱち…そんなもの、どんな時でも、どんな場所でも見つけ出す事が出来る…だから……)
望は死にゆく己の運命にガチガチと歯の根を鳴らし、みっともない顔で泣きじゃくり
だけど、最後にほんの少しだけホッとしたような笑みを口元に浮かべた。
そして、望の意識は深い闇の中に呑まれて、そこで途絶えて消えた。
227 :
266:2010/05/10(月) 20:14:24 ID:94ZBydOo
「…ぞむ……気がついたのか?!…望……っ!!!」
うっすらと瞼を開いた先に見えたのは、見慣れた兄の顔だった。
(……?…命兄さんは死んだんじゃ……夢?…でも、この体の重さと痛みは……?)
兎にも角にも、目の前の兄の存在を触れて確かめたくて、望は右腕を持ち上げようと力を込めた。
しかし、右腕どころか全身に力が入らず、結局望は動く事を諦め、代わりに僅かに視線を巡らせて周囲の様子を眺めた。
消毒液の臭いが鼻をつく、どこか大きな病院の一室。
事態を把握出来ずボンヤリと宙を見つめる望に、安堵の表情を浮かべた命が話しかける。
「良かった。よくあの事故で無事にいてくれた……」
「…事故……?」
それは、望が学校を飛び出し、ミランダ渓谷に向かったその日の深夜近くに起こった。
列車の大規模な脱線事故。
渓谷からの帰りにその列車に乗っていた望は事故に巻き込まれた。
一時はこのまま意識が戻らないのではないかと思われていたようだが、二週間あまり経ってようやく目を覚ましたという次第だった。
(……あれは夢…だったんですね……ですが……)
ようやく話を理解した望に、一つの気がかりが生まれた。
望が夢の中で唯一言葉を交わした相手。
今となっては茫漠と霞むあの悪夢の中、彼女だけは強い現実感を伴ってそこにいた。
全てが夢と分かっても尚、望にはそれが自分の頭の中で作り出された虚構だとは思えなかった。
「…命…兄さん……風浦さんはどうしていますか…?」
「…………!!」
その言葉を聞いた瞬間、命の顔が明らかに強ばるのが見えた。
「…な、何か…あったんですか?…彼女は今どこに……!!?」
「お…おい、落ち着け…落ち着くんだ…望!!」
強引に起き上がろうとした弟を、命が押し止める。
「そう怖い顔をするな。……まあ、確かに彼女に何も無かった訳じゃないが……」
「…それじゃあ!!」
「だから、落ち着けと……今は何事もなく無事でいるよ………たぶん、お前のお陰でな……」
「私の……?」
取り敢えず、可符香が無事らしい事を知って望はホッと安堵する。
一体何が起こったのか、その事情を聞きたかったが、ようやく意識を取り戻したばかりの体はそれだけの余裕を望に与えてはくれなかった。
少し困ったような命の笑顔を見ながら、望はその意識を闇の中に沈めていった。
そして翌日。
「先生…お見舞いに来ました!!」
いつもと変りない明るい声で病室にやって来た可符香は望に挨拶した。
その笑顔にも、夢の中で見たような空虚な雰囲気は無い。
だが、命の言葉が真実なら、取り敢えず無事でこそあったものの、望が意識を失っている間に彼女に何事かが起こっている筈なのだが……。
「…………風浦さん、それは…?」
そこで望は可符香の右手にぐるぐると巻かれた包帯に気付いた。
「ああ、これですか?…本当は、あんまり心配かけたくないので、外して来たかったんですけど…なかなか傷が治ってくれなくて……」
その瞬間、僅かに陰りの差した可符香の顔を望はじっと見つめる。
可符香はその眼差しに少し困ったような笑顔を浮かべて、その時、望が意識を失って一週間ほど立った頃の出来事を話し始めた。
228 :
266:2010/05/10(月) 20:15:03 ID:94ZBydOo
脱線事故から何とか救出された望だったが、その身体的ダメージは大きく、日に日に彼の体は衰弱していった。
そして、事故から一週間が経過した頃には、望の命は風前の灯火となっていた。
この事は糸色の親族以外には知らされていなかったが、そして可符香の持つ独自の情報網を以てすれば、苦も無く知る事が出来た。
情報を得た可符香は一も二もなく、病院に駆けつけ、深夜の病棟内に忍び込んだ。
信じ難い、信じたくないその知らせ。
せめて、望の顔を見て確かめなければ、納得出来るものではない。
そして、今にも震えだしそうな全身を何とか押さえ込み、ようやく辿り着いた病室で、可符香は望と対面した。
『………先…生…?』
それを目にした可符香は状況を完全に理解した。
理解せざるを得なかった。
何故なら、それは可符香が幼い頃から何度も目にしてきたもの。
死にゆく人間の顔だった……。
『…あ…ああ…………あああああああああああっっっっ!!!!!』
喉を引き絞るような絶叫。
可符香の脳裏に今までの人生で出会い、そして見送った人々の最後の表情が幾度もフラッシュバックする。
ガラガラと自分をギリギリの所で支えていた何かが崩れていくのを感じた。
(もう…こんなのは嫌なのに……)
心が死んでいく。
ほんの先ほどまで不安や恐怖で満たされていた筈の可符香の心が、急速に凍りついていく。
小さな頃からずっとそうだった。
理不尽に、何の理由もなく目の前から消え去っていく親しい人達。
可符香は、そんな光景をあまりにも多く目にし過ぎていた。
その度に打ちのめされ、それでもどうにか立ち上がり、騙し騙しにでも何とか生きてきた可符香の精神。
それがついにキャパシティを越えてしまったのだ。
もうこれ以上の”喪失”を受け止める事は出来ない。
茫然自失の意識の中で、可符香は携えてきた自分の鞄の中から、筆入れを取り出す。
そこには雑多な文房具に混ざって、一本のカッターナイフが仕舞われていた。
それを握りしめた可符香は、チキチキとカッターの刃を伸ばしたが、手の平の震えの為に一度それを取り落としてしまう。
床にぶつかったカッターの刃が真ん中から折れる。
だけど、その程度の出来事で可符香が立ち止まる事はない。
彼女は床に手を伸ばし、折れたカッターの刃を拾い上げ、剥き身のその刃をぎゅっと握りしめた。
『…先生…辛いです…もう私……』
ポタポタと、薄明かりの中でもそれと分かるほどに鮮やかな赤が可符香の手の平から零れ落ちる。
今こそ、可符香は心の底から実感していた。
この人生に意味はなく、生まれてきて死ぬことに理由もない。
この世界にもとより希望も絶望もなく、人はただ消え去るその時を待つ事しか出来ない。
彼女には、そんなものに耐え切るだけの精神力は残されていなかった。
そして、空虚に満たされた心の片隅、最後の未練がその言葉を呟かせた。
『だから…ここでやめても、褒めてくれますよね?先生……』
赤く濡れた刃が可符香の左手首にそっとあてがわれる。
これで全てが終わる……。
その直前だった。
『風浦…さん……』
ハッと顔を上げた可符香の目の前、薄く開いた目で虚空を見つめる望が、
ボロボロでろくに動かす事も出来ないハズの右腕を、ゆっくりと宙に向かって伸ばしていた。
そこに、見えない少女の影を追い求めるように……。
可符香の手の平から、音を立ててカッターの刃が落ちる。
『…先…生……』
そして、望の手の平は重ねられた可符香の血まみれの手をぎゅっと握りしめたのだった……。
229 :
266:2010/05/10(月) 20:15:41 ID:94ZBydOo
「………という訳で、死の淵にあって尚、生徒を思いやる先生の心に、私は救われた訳なんですよ!!」
「……滅茶苦茶重い話だったハズなのに、何ですか、その軽さは……!?」
上記の内容を、極めてライトな語り口で喋り終えた可符香は、悪びれもせずその笑顔を望に向ける。
「だって、私も無事で、先生も回復して、もう何も心配する事なんて無いんですから、無理に暗くする必要なんて無いじゃないですか」
「……いや、あなたがそれでいいなら、私は構わないんですけどね……」
呆れた表情の望に、可符香は少しだけ柔らかな口調でこう付け加えた。
「……ありがとうございました。あの時先生が読んでくれたお陰で、私……」
ぺこりと頭を下げた可符香。
だが、一方の望はその言葉に対して、何か言いたげな表情を浮かべていた。
「……?…どうしたんですか?」
「いえ、たぶん、逆だと思うんです……」
「逆……?」
「きっと…お礼を言わなきゃいけないのは、私の方なんです……」
可符香は、望の声が、差し出された手が、砕け散りそうだった自分の心を救ったのだと言った。
しかし……。
『…先生…辛いです…もう私……』
『だから…ここでやめても、褒めてくれますよね?先生……』
可符香が先ほどの話で口にした台詞、それは望があの夢の中で聞いたものと同じだった。
深い眠りの中、望は迫り来る自らの死の予感、その圧倒的な虚無に飲み込まれようとしていた。
全てのものが等しく死に絶え、何も残らない。
だが、絶望すら飲み込むその暗闇の中に届いた声があった。
壊れそうな心を抱えた可符香が、最後の最後で自分に呼びかけてくれた、その言葉。
朧気ながら記憶している。
望は夢の中、その言葉に必死で応えようとして行動した。
それが、ただ死に飲み込まれていくだけだった望の魂に、もう一度火を灯してくれたのだとしたら……。
そこまで考えたところで、望は昨日と同じくほとんど動いてくれない右腕に、気合一発力を込めてぐっと持ち上げようとする。
「………ぐ……ぐぅううううううっっ!!!」
「…先生…まだ無理をしちゃいけないんじゃないんですか……?」
驚いた様子の可符香がかがみ込んで、二人の距離が縮まって
そして、その可符香の頬に望の手の平がそっと触れる。
そこから伝わる温もりが、望に強い確信をもたらす。
自分を死の淵から救い出したのは、この温もりと、それを目指して進もうとする意思。
行き止まりの斷崖の淵で望を奮い立たせたもの。
「ああ…やっぱり、間違いない…風浦さん、あなたがいてくれたから……」
間違ようのない愛しい少女の体温を手の平に感じながら、望は思う。
生にも死にも意味はなく、この世界の全ての人々はやがて来る破滅を待ち続けるだけの存在。
それは一面において真実かもしれない。
だけど、それだけではないのだ。
何もない虚無そのものの世界のただ中で、人は自ら導を見つけ、道を切り開いていく事が出来る。
彼にとってはそれが目の前の少女だった。
「ありがとうございます、風浦さん……」
「先生……」
そのまま二人は、静まり返った病室の中、触れ合う肌の温もりに心を委ねて、穏やかな時間を過ごしたのだった。
230 :
266:2010/05/10(月) 20:16:12 ID:94ZBydOo
以上でお終いです。
失礼いたしました。
ほ
232 :
266:2010/05/26(水) 20:02:24 ID:U2rmLab+
書いてきました。
先週のマガジンの絶望先生、『摘むや摘まざるや』をネタに短めのを一本。
望カフで非エロです。
233 :
266:2010/05/26(水) 20:03:04 ID:U2rmLab+
新芽の芽吹く茶畑にて、いつもの2のへ面々と共に『摘んでおかなければならない芽』について、
毎度の如くくだらなくも楽しい会話の花を咲かせていた望。
そんな彼の前にふと通りかかった女性が一人。
「おや…確かあなたは?」
「以前楽屋で」
柔和な笑みを浮かべた女性の表情に、望も笑顔を返した。
普段は2のへの少女たちに追い回されてキリキリ舞いの日々を送る望であるが、基本的に女性には弱い。
そんな彼の緩み切った表情を見て誰かが呟いた言葉
「つまねば。」
それが聞こえたか聞こえなかったかの刹那、空を切る鋭い音と共に望の意識は断ち切られた。
望の意識は、自分に何が起こったのかも認識できないまま、深く暗い闇の中に沈んでいった。
そして…………。
カーッ、カーッ、と遠くに聞こえるカラスの声を聞いて望はうっすらと目を開いた。
薄暗い天井と、部屋をぼんやり照らすあかね色の光。
障子越しの夕日が、畳の上に格子柄の影を落としている。
痛む頭を抱えながら起き上がった望は周囲を見回した。
「……ここは…どこでしょうか?」
その言葉に不安な様子はなく、せいぜい『またか』といったような軽い困惑がその顔に浮かんでいる程度である。
望は2のへの面々との騒動の中で、意識を失うほどのダメージを受けたり、見知らぬ場所に迷い込むといった事を度々経験している。
今更、この程度で驚くほどの事はない。
見たところ、なかなかに立派な日本家屋の一室であるようだ。
まあ、そう思っていたら、実は全部望が気絶している間に作られたセットだったなんて事も少なからずあったので油断はできない。
「…まあ、あんまり心配しても仕方がないんですが……さて…」
本来ならば交や霧の待つ学校の宿直室に早く帰りたい所だが、何しろまだ目を覚ましたばかりで、体に残ったダメージも抜けていない。
望は畳の上にどっかりと腰をすえて、しばらく体を休める事に決めた。
この辺り、肝が据わっていると見るべきか、2のへでの生活の中で被虐慣れしてしまったと見るべきか、見解の分かれる所である。
障子越の夕日の色を眺めながら、望はぼんやりと意識を失う直前に言葉を交わしたあの女性の事を思い出す。
名前も知らぬ彼女とまた顔を合わせる事となったこの偶然に、望は少し胸を踊らせていた。
今回はほとんど会話も出来なかったが、次の機会があればもはや偶然ではなく運命と言っていいかもしれない。
………この辺の思考回路の調子の良さが、望を度々生命の危機に追い込んでいる主な要因なのだが………
一人ぼっちの部屋の中、妄想に浸ってニヤマリとする姿はハッキリ言って情けない。
というか、多少不気味ですらある。
そうして望がすっかり自分の世界に陶酔しきっていた、そんな時である………。
234 :
266:2010/05/26(水) 20:03:55 ID:U2rmLab+
「なんだかご機嫌みたいですね、先生?」
「ええ、まあ大した事があった訳じゃないんですが、気分が良いのは確かですね」
「うふふ、先生、本当に幸せそうな顔してますよ?」
「そうですか?照れちゃいますねぇ」
「せっかくですから、その笑顔の意味するところが何なのか、調べてあげます!!」
「えっ?」
背後から不意に話しかけてきた声に何の疑問も持たず答えていた望は、ここでようやくその違和感に気がついた。
「ふむふむ、なるほどこの笑顔は、独りよがりで永遠に報われる事のないストーカー的恋愛のめばえですね」
「………って、あ、あなたは!!?」
振り返った望の目の前にいたのは、彼にとっては最も馴染み深い女子生徒、風浦可符香だった。
茶畑で着ていた着物から着替えた彼女は、いつものセーラー姿で望の後ろに立っていた。
「なななななな、何ですか!!?人の恥ずかしい笑顔を覗き見した挙句、その上ストーカーのめばえだなんて!!!」
「何をおっしゃる!この『恋のめばえ』は全国の保護者の皆さんから絶大な信頼を得ているんですよ!!」
顔を真赤にして抗議する望の目の前に、一冊の本が突き出される。
そのタイトル、その表紙を飾るイラストに、望は見覚えがあった。
「これって、あの『罪のめばえ』とかいう……」
「はい!これで先生の中にほのかに芽生えた危険な恋愛感情も一発で見抜けちゃうわけです」
「だから、危険って何ですか?私は別に……」
「まあまあ、先生もこの『めばえシリーズ』、読んでみませんか?」
頭を抱える望ににこやかな笑顔を向けて、可符香は件の『恋のめばえ』と一緒に数冊の本を手渡してきた。
「『病のめばえ』に『殺意のめばえ』、それに『信仰のめばえ』ですか……。よくもこれだけ揃えたもんです」
「えへへ…」
「こっちのは最初に木津さんに見せたヤツですね。『罪のめばえ』って……
言い出しっぺの私が言うのも何ですが、赤ちゃんの悪い笑顔はさすがに『罪』の芽なんかじゃないと思いますよ?」
などと言いつつも、ついつい本の内容を読みふけってしまう望。
各ページに描かれた赤ん坊の見せる笑顔は何やら不気味で、確かにこんな表情を目にすればその子供の将来を心配したくなるかもしれない。
「『七つの大罪になぞらえた連続殺人事件のめばえ』って……いや、流石にこれはないでしょう」
235 :
266:2010/05/26(水) 20:04:59 ID:U2rmLab+
そうやって『罪のめばえ』を読み進めていった望はやがてあるページに行き着く。
そこに描かれた赤ん坊のその笑顔。
それは何だかとってもダークな雰囲気で、いかにも何かを企んでいるような風情である。
そこで再び背後から、望に声がかけられる。
「先生……」
その声に振り返った、望は気付く。
「風浦…さん……」
「どうしたんですか?何だか顔が青ざめてますよ?」
強張った顔の望に、近づく可符香の笑顔。
それは寸分違わず、そのページに描かれたイラストと同じものだった……。
昼間、木津千里はこのページから可符香の笑顔が何を表しているのかを知り、ショックのあまり気を失ってしまった。
今、望の目の前に、その笑顔が最終的に辿り着く罪の名前があった。
「先生、そんなに怖がらないで……」
「あ…うあ……ふ、風浦さん……」
額を流れ落ちる冷たい汗。
ゆっくりと近づいてくる可符香の眼差し。
望は『罪のめばえ』をパサリ、取り落として……
「はい、そこまでですっ!」
自由になった両手の平で可符香の頬を「ふにっ」と掴んだ。
「ふえっ!?…せ、先生!!?」
「私だって、いつもいつもあなたに担がれてばかりじゃないんですよ」
予想外の望の行動に驚く可符香のほっぺを、望の指がぐにぐにと弄ぶ。
「ど…どうしてですか?千里ちゃんだって倒れたくらいなのに……」
「なるほど、あの時木津さんが倒れたのは貧血じゃなくて、この本のせいだったんですね。………まあ、理由は単純ですよ」
望は可符香の額に自分の額をくっつけ、自信満々にこう言い切った。
「あなたなら、良い事だって悪い事だって、この本に書いてある事なんかよりずっと大きな事をする筈です」
それが望の確信だった。
いつも自分の周りで騒がしく歌い踊り笑うこの少女の眼差しは、実はずっと遠く、誰にも届かないほどの遥か彼方に向けられているのだと。
何かをその裏に必死に押し隠したような笑顔とは裏腹に、彼女の赤い瞳がどこまでも澄み渡っている事に、望は気付いていた。
「伊達にあなたの事をずっと見てきた訳じゃないですよ。あなたはいつも自分の気持ちの一番肝心なところをぼかそうとする。
………ていうか、そもそも、この本はあなたの用意したものですから、仕掛けも細工も最初から自由自在、何もない訳がありません」
「うぅ……今回はちょっと詰めが甘かったですね…」
236 :
266:2010/05/26(水) 20:05:27 ID:U2rmLab+
それから望は、少し悔しそうな表情の可符香を、ヒョイと自分の方に抱き寄せて……
「せ、先生……!?」
「……ふふふ、あなたに対して優位に立つチャンスなんて、なかなかあるもんじゃないですからね」
困惑し、頬を赤らめる可符香の顔を見下ろしながら、畳に散らばった『めばえシリーズ』の中から
『恋のめばえ』を取り上げて、言った。
「あなたの今の表情が、どんな恋のめばえなのか、じっくり鑑定してあげます」
「へ?ふわ!?…ちょ…ちょっと……先生っ!!!」
抱きかかえられた望の腕の中、いつになく慌てふためいた様子の可符香がジタバタともがく。
望はその反応を楽しむように、一枚一枚、ゆっくりとページを捲っていく。
「これも違う。これも違う。これは……うーん、ちょっと違いますねぇ」
「…せ、先生…待ってください!…待ってくださいってばぁ!!!」
『恋のめばえ』を取り返そうと手を伸ばす可符香と、それをかわす望。
争っているのやら、じゃれあっているのやら、傍目には何とも微笑ましい二人のやり取りがしばらく続いた後、
望はそのページを発見した。
「……な、な、何ですか、先生?そんな…私の顔をマジマジと……!!?」
「……見つけましたよ。どうやらこのページ、この表情で間違いないみたいですね」
「…せ、せせせせせ、先生っっっっ!!!!?」
「さて、この表情の意味するところは………?」
慌てふためく可符香と、ニヤニヤ顔の望。
二人は息を呑んでそのページの表題を読んだ。
そして……
「…………先生……これって……私、今、こんな顔してるんですか……?」
「……えっと…はい……その辺に間違いはありません………」
「じゃあ……今、私の中にある『恋のめばえ』って………」
望の顔が真っ赤に、既に赤面していた可符香の顔はほとんどゆでダコのように真っ赤に染まる。
パサリ、『恋のめばえ』を取り落とした事にも気づかないまま、望と可符香は呆然と見つめ合い……
「ふ、風浦さん……」
「先生……」
そのまま完全に硬直してしまった。
果たして可符香の表情が何を意味していたのか?
『恋のめばえ』には何が書かれていたのか?
伏せられたページから読み取る事は出来ないが、見つめ合う望と可符香の表情が何よりも如実にそれを教えてくれていた。
237 :
266:2010/05/26(水) 20:05:54 ID:U2rmLab+
以上でおしまいです。
失礼いたしました。
今週のまといと先生の距離感素晴らしい
いつもレスしないけど見てますよお
誰の何を見てるって話?
見てるから誰か投下してくれないかなって事?
266さんが好きです
長めのエイプリルフール小ネタです
4月1日に投下するつもりが、あまりにも筆が進まず気付いたらこんな時期に……
ありそうなもの:奈美×望 大草さん×望 可符香×望
凄まじいキャラ崩壊があるので注意してください
200話のトラウマ描写に関係する内容があるので注意してください
望「今日はエイプリルフール。何を言っても信じてもらえない日ですね」
千「エイプリルフールは嘘を吐いても良い日なのでは? 何を言っても信じてもらえないのではなく。」
望「元々はそうなのですが、あまりにも周りが嘘ばかり吐くため、この日の発言は疑ってかかるばかり。オオカミ少年のようなものですよ!」
晴「ゲーム会社や企業のページとかそんな感じですよね。何か発表してもネタだろうって信じてもらえない」
望「そうです。他にも今朝、実はこんなことがありました」
奈「先生、私と付き合ってください!」
望「残念ですが、私は教師で日塔さんは生徒です。そのような関係にはなれません」
奈「やったあ! 嬉しいです!」
望「?? 何を言っているんです?」
奈「ホラ、今日ってエイプリルフールじゃないですか。だからそうやって嘘ついてるんですよね」
望「いや、そんなことは……」
奈「もう、先生ったら照れちゃって! 先生の気持ちは分かってますから」
望(うぜぇ……)
望「とまあ、このように日塔さんは私の言葉を嘘だと見なし続けたのです」
あ「これはウザいですね」
望「絶望した! 何を言っても信じてもらえないエイプリルフールに絶望した!」
可「そんなに悪い事ばかりじゃありませんよ。エイプリルフール」
望「えっ!?」
可「嘘か本当か分からないのなら何を言ってもいいんですよね。
と、いうことはエイプリルフールに発言することでキャラの幅を広げることが出来ます!
それに最近2のへ女子はほとんど同じ人しか出番がないじゃないですか。
だからこうすることで皆の新たな魅力を発見し、出番の偏りを解消しましょう!」
望「……ほう。言いたいことは解りました。そういうことで一応は納得したことにします。
そうですね。それでは誰か、何か自分のキャラを広げることを言ってみてください」
ま「かなり無茶なフリですね」
倫「では私から。生徒の意見にすぐ流される意思の弱…………失礼、間違えました。
生徒の意見を取り入れる柔軟な頭のお兄様カッコ良い!」
望「いつも通り馬鹿にされてる気がするんですが」
倫「気のせいですわ」
望「そういうことにしておきましょうか。では他の方もどうぞ」
千「だるー」
晴「ガマオ×ギリンマ最高!」
芽『(* ̄∇ ̄*)』
霧「中はダメだから、外に出してよ」
愛「あの……責任とってください……ハッ! すいませんすいません!」
真(暴力はよくない)
カ「和解でどう?」
楓「うっ、訴えます!」
駿「このクラスで皆と作った思い出は、僕にとって最高の宝物です」
可「その調子です! 良い感じですねえ」
望「そうですね。おや、あれは誰でしょう」
?「………………」
麻「もう来ないでって言ったでしょ! なんで来るの!」
可「あれは確か、大草さんの元カレだっけ」
千「埋めるか。」
可「千里ちゃん気が早いよ。あ、先生が行った」
望「ちょっといいですか」
麻「せ、先生!」
望「お金に困っているというのは嘘でしょう。丁度今日はエイプリルフールですし。
彼女の大切なお金をギャンブルか何かに使うんじゃないでしょうね」
?「………………………………」
可「去って行きましたね。図星だったのかも」
麻「あの……先生、見苦しい所をお見せしてしまってすいません」
望「いえ、全然構いません。それより彼はどういう人物なんですか?
ただの昔付き合っていた男性というには図々しすぎる気がするんですが。答え難ければ答えなくてもいいですけど」
麻「あれは前の旦那です。ずっと前に離婚して借金を折半したんですが、その後もお金をせびりに来るんです」
望「へ? えっと……それは嘘でしょう大草さん。キャラの幅が広がるどころではないですよね!
奥様じゃなくなってるじゃないですか!」
麻「それは問題ないです。だって今の旦那は先生ですから」
望「!? 失礼ですが、今なんと仰いましたか? さっきから私の理解を超えていることばかり聞こえるんですが」
麻「ですから私は先生と再婚したんです。あと↓を見てください。私の名前だと先生と入籍しても意味は余り変わらないんですよ
668 :名無しさんの次レスにご期待下さい:2010/04/23(金) 14:18:07 ID:2alyqtYy0
(前略)
大草さん
是・妻な身
是の意味・正しいと認められていること
(後略)
どうです?」
望「一体いつの間に! 私は知らないです!」
麻「ほら、終わりから知るって話(151話)を思い出してください。
日塔さんが先生と籍を入れてたから、彼女にバレないよう書類を作って離婚させて、それから私が籍を入れたんです。
だから今は私が先生の嫁です」
隣「残念ですけど、それは離婚が成立してますよ」
麻「あっ、あなたは隣の女子大生さん」
隣「今も事態がよく分かってないんですが、あのときは大草さんの後、なぜか私が糸色さんと籍を入れたことになっていました。
でも気付いたときにはもう離婚が成立していて、糸色さんは他の女子と入籍していたんです」
麻「ええっ!」
望「貴女もあの中に入っていたんですか……」
隣「どうもスミマセン。私なんかと夫婦になってしまってご迷惑でしたでしょう」
望「いえ、そんなことは……」
可「先生、顔が赤いですよ」
望「そそそそそ、そんなことはないです!」
隣「それでは、もっとお話ししたいんですけど、私は夕食の買い物があるのでお暇しますね」
望「あ、はい、では時間のあるときにまたお会いしましょう」
麻「と、いうことは私は今独身ですか」
望「そうなりますね」
麻「さっき先生は私の奥様キャラがなくなることを気にしてましたよね」
望「ええ」
麻「だったら私と結婚してください」
望「なんてプロポーズですか! しかしよく考えると大草さんのキャラ崩壊は余り気にするほどのことではなかったです」
麻「と、いうと?」
望「籍を入れるという行為はともかく、籍が入っている入っていないってのは単に書類だけのこと。
そしてキャラ崩壊というなら、大草さんよりもずっと凄まじい例があるじゃないですか!」
麻「ああ、確かに」
望「大浦さんがまさか風浦さんみたいに喋れるなんて、思ってませんでしたよ」
可「……わたしも…………びっくりですぅ……」
マ「どうして離婚を成立させたことを大草さんに教えなかったンダ?」
隣「誤解させたままの方が面白いと思ったからだよ」
これで終わりです。
最近はそれほどでもないんですが、この話を思い付いたときには出てくる女子がほぼ固定されてたんです。
だから書く遅さ故に「出番の偏り〜〜」のネタが分かり辛くなってしまったかも。
でも書くのが遅かったおかげで2chのレスからネタが拾えたからそこはラッキー。
面白かったよ!GJ!!
面白かった
こういう原作っぽい雰囲気は好きだ
>可「先生、顔が赤いですよ」
の発言で一瞬「え!?」ってなったけど、オチで理解した
GJ
奈美がうざすぎてそこがいい!
151話見てみたら本当に大草さん→隣の女子大生の順番なんだな
じゃあ何かあるのかも
カエレの中に出してあげたい
これはいいミスディレクション
前書きでビクビクしながら読んだけど良かったー
大草さん可愛い
255 :
135:2010/06/21(月) 01:22:45 ID:QcYM4IWn
135です。あれこれ四苦八苦してまたつくってみました。
意味のわからないSSかもしれませんが、どうかご賞味ください。
内容
・猟奇
・登場人物…糸色望、風浦可符香、木津千里、糸色倫
・夏目漱石の「こころ」の影響は微塵も受けておりません
・したがって真似しようとしたこともございません
・したがって失敗したとかそういうのもありません
256 :
135:2010/06/21(月) 01:24:42 ID:QcYM4IWn
黒い喪服を着た1人の若い女性が棺の前に座っていた。
彼女は何かに気をとられているようだった。棺の方は見向きもせず、貪るように何かを読んでいた。
時折ため息をつきながら、その長い、筆で書かれた古風な手紙を読んでいた。。
…………(中略)…………
私はそのとき、今から見ればまだ楽観的に考えていました。
みんなが消えたのは、また彼女の差し金だろうと。
だからその日、放課後の体育館裏で、私は自分の考えを−また貴女の仕業でしょう、といった考えを−彼女に話すと、彼女は悲しそうに笑いました。
「先生らしくないですね」と彼女は言いました。
彼女は私の根底にあるものを見抜いたようでした。私もまた彼女らしくない、ネガティブな雰囲気を感じましたが−それはあえて追求しませんでした−、私はどうしてもそれを信じることができませんでした。
小森さんの失踪からでした。倫、おまえは覚えていますか?メモ1枚残さず宿直室から消えたのを合図に、2週間の内に教え子が(それも女生徒ばかりが)立て続けに行方不明となったあの悲しみを。
このとき、風浦さん1人を残して女子生徒全員が暗闇に消えていました。(倫、実家に帰っていて本当に幸せでしたね。それだけが慰めです)
257 :
135:2010/06/21(月) 01:25:46 ID:QcYM4IWn
普段の風浦さんと言えば、貴女も知っている通り私をからかって陥れようとする小悪魔のような(可愛いものではなく、本当に小悪魔のような)生徒さんでした。
当然、私はまた彼女の仕業だと考え、はなから彼女を疑っていたのです。彼女は心理操作の上手い子でしたから、私は必要以上に警戒しました。
私は彼女を追求しました。
「交は憔悴しきっているんです。親御さん方も皆さん心配してらっしゃるんですよ。これ以上の悪ふざけは、本当にやめて欲しいんです」
「先生、どうすれば先生は私を信じてくださるんですか?」
彼女−風浦可符香−は、反抗的にも見える、彼女らしくない態度をとっていました。
「みんながいなくなった理由なんて、私は知らないんですよ?それなのに、どうして先生は……」
私には、彼女が私を挑発しているように見えました。
「貴女は本当に強情だ。どうせまた、私をからかっているんでしょう?女子生徒が集団失踪だなんて、崖っぷち先生、100人切りのキス魔にはぴったりな記事ですからね」
「いいかげんにしてくれませんか」と、彼女は仮面を貼り付けたまま言葉を荒げました。
「私だってみんなに会いたいんです。一生懸命捜しているんですよ。もう少しで居場所が掴めそうなんですよ?」と、彼女は珍しくそう吐き捨てました。
糸色家のあらゆるコネを使っても見つからないというのに、ただの女子高生に一体何ができようか−。私は鼻で笑いました。
「それならば、証拠がなければ。口先だけで信じるほど単純じゃないですからね」
「証拠、ですか」
258 :
135:2010/06/21(月) 01:27:35 ID:QcYM4IWn
彼女は笑ったまま私を睨みました。彼女は顔を朱に染めて興奮していました。もっとも、私も同じような状態だったでしょうから、端から見れば告白の最中に見えたでしょう。
「そんなに証拠が欲しいのなら……あげますよ」
「ほう。それは是非とも拝見したいですね」
私がそう言うと、彼女は1枚の茶封筒を取り出し、少しためらってからそれを私の手に渡しました。そのとき微妙に彼女の顔が引きつったのですが、茶封筒に興味を抱いたために、私は気にもかけませんでした。
「これは……?」
私は少しばかり戸惑っていました。書類にしては重量感のある中身のようでしたから。
「明日、私が回収に来なかったら……放課後にそれを空けてください」
「中身は、何ですか?」
興味のせいで私の警戒心は消えていました。
「見たところ、書類ではなさそうですが」
「それは秘密です。今は絶対に開けないでください」
「どんな物が入っているんです?」
そう聞くと、彼女は少し考えてから「居場所を示す物です」と言いました。
「居場所……というと、発信機か何かですか」
「そうですよ、先生。……開けたらすぐにわかりますからね?」
すっかりいつものペースに戻った私に、彼女は落ち着きを取り戻したらしく口に手を当ててニコニコしていました。
「信用、無いんですね」
「ええ、わりと」
私は突然、昔に戻ったような心境になりました。このやりとりは幾度も繰り返された、しかしたった2週間前の日常でした。
私が少しを失い、彼女が少しを得る。しかし私は何も失っていない……。
こう書いたとしても、倫、おまえにはあまりよく理解できないかもしれません。私にもよく理解できていないのですから。いや、もしかすると他人の目線の方が状況をよく掴んでいるかもしれません。
259 :
135:2010/06/21(月) 01:31:07 ID:QcYM4IWn
とにかく、私は少しだけ和みました。彼女も少しだけ和んだようでしたが、そう長くは持ちませんでした。
そのとき猫が1匹、彼女の方へ駈けていきました。彼女は驚くような仕草を見せず、黙ってしゃがみ込みました。しばらく猫の首を撫でると彼女は立ちました。そして猫も走り去りました。
「あの、その猫は?」
私は彼女に問いかけましたが、彼女は黙っていました。どうやら猫が手紙を運んできたようです。
「伝書猫ですか、風流ですね」などと言ってみるのですが、彼女は無視しました。
何度か読み返してからやっと、彼女は顔を上げました。
「あの、風浦さん……?」
私はそのとき、彼女の表情ががらりと変わっていることに気づきました。かつて崖っぷち先生と初めて呼ばれたとき、あのとき見せた悲しげな表情です。
私は最初、彼女がまた私を陥れようとしているように見えました。しかし、私は長い付き合いの中で彼女の表情を読むことを覚えました。
崖っぷち先生と呼ばれたときの悲しげな表情は、感情を完全に偽りのものでした(あのときは雰囲気に押されて……知っての通りですが)。
ですが、私を見つめているその表情は、彼女が時折見せた、笑みを残した泣き顔でした。
オフエアバトルのとき、授業の合間、下校時間……泣き顔とはいかなくても、彼女は不自然な顔をすることがありました。笑顔なのか泣き顔なのか、どちらなのか微妙な顔です。
いずれもほんの1瞬だったことを考えれば、仮面を作り損ねた、感情をさらけ出してしまった表情だったのでしょう。
もっとも、ここ2〜3年はそのような表情を見ることは稀でした。
その表情は私を不安にさせました。しばらく見ていない表情だっただけではなく、いったいその手紙に何が書かれていたのか。何が彼女の仮面を剥いだのか……。
彼女はしばらく仮面を取り戻そうとあがいていましたが、やがて今更取り繕っても無駄だということに気づいたようでした。
「あの……先生……」
彼女は何か言いたそうにしていました。
260 :
135:2010/06/21(月) 01:32:23 ID:QcYM4IWn
「……な、なんでしょうか」
彼女には何とも言えないオーラが漂っていました。近寄りがたい、というべきでしょうか。彼女はしばらくうつむいたまま、微動だにしませんでした。
「あの……どう……なされました?……風浦さん?」
私がそう言うと、突然彼女は私に飛び込んできました。
「……!!ふ、風浦さん!?」
茶封筒といい伝書猫といい、まったく予想外の出来事ばかり起こりました。自分より背が低くか弱いはずの少女が、腰の骨が折れんばかりに抱きしめてきたのです。
教え子が見たらなんと言うか、とつい考えてしまいましたが、すぐに皆いなくなってしまったことを思い出しました。
何も言わず、しばらく私の腰を抱きしめると−とても震えていました−、彼女はくるりと回って走り出しました。
しばらく呆然としていました。彼女は本当に何も言わず、走り去ってしまいました。
案の定、次の日はついに男だらけの授業となってしまいました。2のへだけが男子校になってしまったようでした。
一部では空気を読まず下ネタを爆発させている連中もいました。皆、失踪はただの悪ふざけだと思っていたのでしょう。
崩壊後に宿直室で茶封筒を開くと、風浦さんに言われた通り中には発信機の位置を示す小型液晶画面が入っていました。
一緒に手紙も入っており、そこには
「糸色先生へ
液晶画面の示す場所に私はいます。
赤い髪留めが発信機になっていますので、私が見つからないときは髪留めを探してください。
私のお気に入りの黄色い髪留めを同封します。預かってもらえたら嬉しいです。
残念です。
風浦可符香」
と書かれていました。
261 :
135:2010/06/21(月) 01:33:23 ID:QcYM4IWn
私は違和感を感じました。
しかし、昨日から違和感は感じっぱなしですし、そのときは違和感の原因を彼女の髪留めに求めました。
多分、いつも制服のときは黄色い髪留めをつけているのに、昨日は赤い髪留めだったから違和感があったんですねと、私は考えたのです。
その場所は古い燃料倉庫でした。
なぜ彼女がこんなところにいるのか……よくわかりませんでした。
鍵は開きっぱなしでした。何か鋭利なもので壊されたような跡も見えます。
私は思い切って扉を開けました。
暗い倉庫の中には多数のドラム缶が並べられていました。
倉庫の中は石油にしてはおかしな匂いで充満していました。それに、もう使われていない倉庫になぜこんなにたくさんのドラム缶があったのでしょうか。
私そう思いながら倉庫の真ん中までゆっくり歩いて行きました。
そこが、発信機の示す場所だったからです。しかし、そこにはドラム缶しかありません。私は頭をひねりました。
「地下……それとも上でしょうか」
「どちらでもないですよ、先生。」
私は驚きました。ここにいるのは私だけだと思っていましたから。
「き、木津さん!木津さんですか!」
暗がりにいた木津さんはゆっくりと私の正面に迫ってきました。
「ええ……先生。私ですよ。」
彼女は私の1メートル先で立ち止まりました。
「良かった……貴女は無事だったんですね……!他に誰かいませんか?」
「先生……?」
「貴女以外にも大勢行方不明になっているんです……倫を除いた、2のへ組の女子生徒全員が」
「本当に……それは大変ですね。」
「ええ、風浦さんが昨日、手掛かりを見つけたと言って珍しく取り乱してから……あれ?」
262 :
135:2010/06/21(月) 01:36:02 ID:QcYM4IWn
彼女は、木津さんは余りにも平然としていました。余りにも。
「どうなさいました……先生?」
「何故…………今まで出席しなかったのです?」
「…………何故でしょうね。」
「……え……ぐ…………もし……や……?」
「先生……。」
彼女は少しずつ近づいて来ました。自然と私は逃げ道を探して、後ずさりしましたが、出口は右側でした。コンと音がして、私はドラム缶にぶつかりました。
「こんなお伽話はご存知……?ある学校に1人の好色な教師がいた……。」
「……はは……何を……」
「その教師は多くの生徒をたぶらかし……生徒はその懐を奪い合った。」
「き……きつ……さ……」
「そして1人の生徒が思いついた……邪魔をされず、教師と1つになる方法を……」
「あ……あ……」
「正直、晴美や可符香ちゃんは予想外だったなぁ……」
逃げだそうとした私はドラム缶に向かって体当たりしてしまいました。
倒れるドラム缶の蓋がとれ、そこにあるべき液体燃料の代わりにセメントが詰まっているのを目撃しました。
そのセメントの片隅には赤い×印の刻印のようなものがありました。
私はどうやって逃げ出したのでしょうか。まったく覚えていません。
執拗な追跡を振り払って事の顛末をここまで書き記すことができました。
あまりわかりやすくないかもしれません。しかし、これが限界です。
この手紙が届く頃、私はとうに死んでいるでしょう。
今にも木津さんは私の居場所を掴むでしょう。それが恐ろしくてたまりません。
風浦さんの髪留めは、持ったまま逝こうと思います。
きっと彼女は、……
…………(後略)…………
263 :
135:2010/06/21(月) 01:38:36 ID:QcYM4IWn
喪服の女性はそこまで読むと、フッと大きなため息をついた。
棺の上には、1枚の写真が乗っていた。眼鏡をかけて、微笑む優しい先生。
「やっぱりか……ふふ。先回りして正解だったわね、……先生。」
喪服の女性は手紙をくしゃっと握りつぶすと、気づかれないように棺の小窓を開け、その中に隠した。
十数人の女子生徒の行方は今でもわからない。
264 :
135:2010/06/21(月) 01:43:01 ID:QcYM4IWn
……これで終わりです。題名「薔薇の棺」
倫の出番がないように思われるかもしれませんが、出ています。
欝いな
乙
乙。2連続で叙述トリックとは。
何回読んでも倫がどこに出て来てるのか分からなかった。どこなんでしょう
267 :
135:2010/06/21(月) 17:12:39 ID:JXaTQUCs
どのように想像なさってもOKです。自分の考えでは読み始めてすぐに入れ替わっています。だから、(中略)というわけです。
もちろん、最初からだったと解釈なされても問題ありませんし、手紙を読むうちのどこかで入れ替わってしまった、と考えても大丈夫です。
ことのんも消されたか
倫が手紙読んでる途中で殺されたってこと?
でもそうすると、「先回り」が良く分かんない
270 :
135:2010/06/22(火) 01:35:16 ID:GZGOv68T
5、6回読み返していくうちに自分でもわからなくなってしまいました……orz
もっと練ってから投下すべきでした。
保守してみるか
272 :
266:2010/06/27(日) 09:32:44 ID:OQ3z6nUC
書いてきました。
望カフのエロなしです。
それでは、いってみます。
273 :
266:2010/06/27(日) 09:33:22 ID:OQ3z6nUC
窓の外の景色を霞ませて、幾筋もの水の糸が落ちては弾ける。
一人きりの職員室で小テストの採点をしていた望は、しばしその手を止めて振り続ける雨に言葉もなく見入る。
「…雨、やみませんね……」
その背後から急に呼びかける声が一つ。
ゆっくりと振り返った望の視線の先にいたのは、黄色いクロスの髪留めをつけた彼にとってはお馴染みの少女の笑顔。
「…風浦さん、あなたですか…」
「あれ、意外に驚かないんですね。せっかく抜き足差し足、気配を消して近づいたのに……」
驚いた様子もなく彼女の名前を読んだ望に、可符香は少しむくれたような表情でそう言った。
「ん……ちょっとぼんやりしてましたからね……」
「この雨、ですか……?」
「ええ…」
答えてから、望は視線を窓の外に戻す。
可符香もそれに従って、窓の外に降り続く雨を見つめる。
「先生、雨、好きなんですか?」
「『はい』、と答えたいところなんですが……どうなんでしょうね?今は自分でもよく分からない所があるんですよ」
「よく分からない………?」
可符香の問いに困ったような表情を浮かべる望。
まっすぐにこちらを見つめてくる少女の赤い瞳を見つめながら、彼はしばし考えてから、言葉を繋いでいく。
「昔から、雨の日はずっとこんな風でした。屋根に響く雨音を聞いて、雨に濡れる窓の外の景色をぼんやりと眺めて……
まあ、ぼんやりしてると外で遊べないもんで教室ではしゃぎ回ってるクラスメイトにドロップキックをお見舞いされたりしてましたけど」
雨音。
水たまり。
街をすっぽりと覆い尽くした水のヴェールが世界の色を変える。
いつも自分が過ごしている現実から、少しだけズレた位相の別世界に迷い込んだような、そんな感覚。
「薄明かりの下で雨音だけを聞いている、無音よりも静かな世界………。
そこでなら、ずっと、いつまでも、一人きりでいる事ができる………ですが…」
望はそこで静かに笑って
「年齢のせいでしょうかね?最近はそれがどうにも寂しい事のように思えてならないんです」
そう言った。
「雨は自分のいる場所と、その外の世界を閉ざしてしまいます。……比喩じゃあありません。
降り続く雨は人と人とを分かつ壁になる。もちろん、傘をさせば凌げる程度のほんの些細なものだけど、それでも行く手を遮る障害には違いない。
そんな雨に閉じ込められて、望んだ筈の一人きりが、いつの間にか”一人ぼっち”に変わっていた。
時々、そういう気分になるんです。……変ですよね。ここには風浦さんもいて、宿直室には小森さんも交もいる。なのに………」
語り続ける望の目の前で途切れる事なく雨は降り続く。
その少し寂しげな横顔をじっと眺めてから、可符香がふとこんな事を言った。
「それじゃあ、先生、こういうの、どうですか?」
「ちょ、風浦さん?」
望が答えるよりも早く、可符香は職員室の隅の通用口を通りぬけ、雨の降りしきる外へと飛び出す。
手を伸ばし、椅子から立ち上がった望の前で、雨のヴェールに可符香の姿が霞む。
その姿はまるでやまない雨の中に溶けて消えてしまいそうで、望は思わず彼女の後を追って駆け出し、自分も雨空の下へと飛び出す。
274 :
266:2010/06/27(日) 09:33:51 ID:OQ3z6nUC
「な、何をやってるんですか!?風浦さん!!!」
「えへへ」
あまりに唐突な彼女の行動に驚き慌てながらも、可符香の肩をつかまえた望。
可符香はそんな望に振り返り、少しだけ得意げな笑顔でこう言った。
「ほら、何も怖い事なんてないじゃないですか」
「えっ?」
「先生の言う通りこの雨は私たちを閉じ込めてるのかもしれない。壁に分かたれて一人ぼっちになっているのかもしれない。
でも、先生は私を追いかけてここまで来てくれた。それなら………」
可符香は一歩前に進み出て、望の胸に寄りかかった。
「それなら、雨も壁も関係ない。それを乗り越えて触れてくれる手の平があるなら、一人ぼっちなんかにはならない
………そうですよね、先生?」
誰かの傍にいたいという意思。
その人の手に触れたいという気持ち。
それがある限り、きっと人は孤独の闇を越えていく事が出来る。
それは、そぼ降る雨でも、巨大で堅牢な城壁でも同じ事。
こちらに向かって手を差し伸べる誰かに、自分も思い切り手を伸ばす。
近くにいたい、いてあげたい、その気持ちはきっとどんな障害物だって乗り越えて進んでいく。
「本当言うと、私も少し、先生みたいな気持ちになる事があるんですよ。
夜、電気を消した部屋の中、暗い天井をじっと見ながら、自分は世界で一人ぼっちになったんじゃないかって……。
だけど、そんな心配、ほんとはいらなかったんですよね。
私が一人なら、先生が来てくれる。先生が一人なら、私がきっと駆けつける」
それは望だけでなく、可符香の心の隅にいつもあった不安だった。
だけど、今の彼女は知っている。
それはもはや彼女にとって恐怖たりえないのだと。
一人ぼっちの自分にそっと歩み寄るその人の存在を間近に感じているのだから。
「風浦さん……」
望の手の平が可符香の手に重なり、指と指がきゅっと絡まり合う。
だんだんと弱まってきた雨の中、二人はしばし、手の平から伝え合う互いのぬくもりに感じ入っていた。
275 :
266:2010/06/27(日) 09:34:17 ID:OQ3z6nUC
以上でおしまいです。
失礼いたしました。
乙
可符香いいな
可符香は無敵だ
よつばとか
279 :
h-getash:2010/06/30(水) 21:24:15 ID:G8cVU9Pd
初めて書きこみます。
妄想が膨らんだので書いてみました。
望カフのエロ無しです。
280 :
h-getash:2010/06/30(水) 21:25:48 ID:G8cVU9Pd
「どうしてこんな事に…」
人気の無い暗い夜道を一人の青年が息を切らしながら夢中で走る。
青年の後ろにはスコップを持った、見るも恐ろしい少女の姿。
その少女のすぐ後ろには、巻き添えを食らったのか複数の人が倒れている。
返り血を浴びてより一層不気味な姿になった少女を見て、青年の表情は更に恐怖に染まっていく。
「木津さん、もう勘弁してください!!」
何とか和解しようと話しかけるも、少女は聞く耳を持たない。
「逃げないでください、今日こそ先生が他の女性に気を向けないようにキッチリ粛清します」
「粛清って…そんな事言われて逃げない訳無いじゃないですか!!」
青年糸色望が、この状況に陥ったのは今から少し遡る事数時間前…
「あら、糸色さん久しぶりですね」
「尾吐菜梨さん、お久しぶりです」
望は久しぶりに隣に住んでいた女子大生に出会い、少しの間話に華を咲かせていた。
「そうですか、糸色さんも毎日大変ですね」
「いや〜、でも楽しい事も沢山あるので辛くはないんですよ」
「そうですね、糸色さん生徒さんのお話をしている時、とても楽しそうですもの」
「そ、そうですか?」
望は照れながら笑う。
尾吐菜梨は望の手を取って、両手で包むように握って笑う。
「へっ!?あの…尾吐菜梨さん!!?」
「糸色さん…私でよかったらいつでも会いに来てくださいね…」
「えっ!?……はっ、はい!!」
望はいつもとは違う慣れない状況に顔を赤くする。
望のその様子を見て、尾吐菜梨はニコリと微笑むとゆっくりと手を離す。
「それでは糸色さん、またお話聞かせてくださいね」
「はい、待ってますよ!」
軽く挨拶をすると尾吐菜梨は家に帰っていった。
「いや〜、次に会う時が楽しみですね」
「先生……」
すっかりご機嫌な様子の望は、声がした方に振り向く。
その先には鬼のような顔をした千里が立っていた。
「随分、あの人と親しい仲みたいですね…」
「き、木津さん!?」
その光景を見た途端、望の顔が青くなる。
千里の手にはおなじみのスコップが握られていた。
「木津さんこれはですね…」
「問答無用!!うなっ!!!」
「うわっ!!」
望は千里の振り降ろしたスコップを辛うじて避ける。
その衝撃でコンクリートの道路にヒビが入る。
「死んだらどーする!!」
望は必死に叫ぶ。
だが千里は攻撃の手を止める気が無い。
「い、いやーーーーー!!!」
望はどうにもならない事を察し、その場から逃げだした。
281 :
h-getash:2010/06/30(水) 21:26:32 ID:G8cVU9Pd
そして今に繋がる…
(何処かに隠れなくては!!)
望は曲がり角を曲がり、辺りを見回す。
(この家に隠れましょう!!)
ちょうど良く部屋の電気がついていない建物を見つけ入り込む。
望が隠れたすぐ後に千里の足音が通り過ぎる。
「ふぅ…鍵が開いてて助かりました…」
ひとまず難を逃れた望は、その場に座り込む。
「電気もついていないし、鍵も掛けてないところをみると空き家なんでしょうか?」
近くには使い古された家具などが置いてあった。
望は辺りを見渡すと一つのドアを見つける。
「この先はどうなっているんでしょうか?」
ドアを開けるとその先には先程の部屋とは違い、清潔感のある部屋に出る。
テーブルに食器などが置いてあるという事は誰かここに住んでいる事が予想出来る。
「人が住んでいるみたいですね…勝手に入ってしまいました…速く出ないと」
望は慌てて玄関を探す。
ガチャリと玄関のドアが開く音がする。
(まずい!誰か帰ってきちゃいました!!)
侵入した理由を話さなくてはいけないのだが、チキンな体が反射的に隠れる行動をとってしまう。
望はとっさに近くにあった大きめのクローゼットに隠れた。
そのクローゼットは完全にどちらからも見えない作りになっており、望からも相手からもお互いの様子を確認
する事は出来なかった。
開けたり音を立てたりしない限りバレる心配はなかった。
ガチャリとドアの開く音がする。
「あれ?物置のドアが開いてる。」
(さっきの部屋は物置でしたか…それにしても何か聞き覚えのある声ですね…)
望は首を傾げる。
望の方にだんだん足音が近づいてくる。
(やっぱりクローゼットは失敗でしたか!?)
望のすぐ近くで足音が止まる。
(もう駄目だ!!)
クローゼットのドアが開かれ光が差し込む。
「へっ?」
驚きの声を上げたのはもちろん家の持ち主の方である。
「すいません、これはちょっとした訳がありまして!!」
望は慌てて謝罪の言葉を言う。
「先生、何しているんですか…?」
「えっ?」
その言葉に不思議に思い望は目を凝らす、よく見ると目の前にいるのは自分の教え子である風浦可符香だった。
282 :
h-getash:2010/06/30(水) 21:27:31 ID:G8cVU9Pd
「それじゃあ先生はここに逃げて来たんですね」
望から事情を聞いた可符香は楽しそうに言う。
「今回は本当に死ぬかと思いましたよ…」
望は疲れた様子で呟く。
「先生も毎日大変ですね」
「ん…?何処かで聞いたような言葉ですね」
「気の性じゃないですか?」
「そうですか?」
望が何かを思いだそうとしていると、可符香の髪の一部が動く。
「…………。千里ちゃんはまだ先生を探しているみたいですね」
「何でわかるんですか…」
可符香の謎の特殊能力に、望は軽くツッコミをする。
「それじゃあ先生、今日は家に泊まっていきますか?」
「えっ!?それはまずいのでは…」
「外に出て、千里ちゃんにばったり出くわす方がまずいと思いますけどね」
「うっ……泊まっていきます…」
望はあの時の千里の姿を思い出し身震いする。
「寝るところはそこですよ」
可符香の指さす方には、しっかりとした造りのベットが置いてあった。
「いいんですか?あんないいベット使わせてもらって」
「はい、大丈夫ですよ」
可符香は笑顔で答えた。
「お風呂まで使わせてもらって、風浦さんは優しいですね…」
「お客様には当然ですよ。それでは私もお風呂に入ってきますね。疲れているでしょうから先に
寝ていてもいいですよ」
可符香はそう言って浴室に入っていく。
千里に追われて、精神的に限界状態だった望には可符香の気遣い一つ一つが嬉しいものだった。
今の望は何か裏があるんじゃないかと疑う事すらなかった。
望はベットに寝っ転がる。
「たしかに走り回ってくたくたです。お言葉に甘えて寝る事にしましょう」
望はゆっくりと目を閉じる。
ベットの心地いい感触が望を包み込んだ。
「………………」
283 :
h-getash:2010/06/30(水) 21:28:40 ID:G8cVU9Pd
1時間ほど経った後に可符香が風呂からあがる。
可符香はベットで規則正しい寝息をたてている望を見つめて微笑む。
「先生、実はこの家にはベットが一つしかないんですよ…」
もちろんその声は望には届かない。
「先生、あんまり私の事話してくれないんだもの…」
可符香は少し不満そうに言う。
実は望は尾吐菜梨と話をする時、可符香の事をあまり話題に出す事は無かった。
「それじゃあ、変装して先生と話している意味ないじゃないですか…
なので少し過激な方法を取る事にしました」
可符香はそう言うと布団を被り、望の隣で横になる。
「えへへ…、今だけ一人占めです…」
可符香はすぐ隣の望の顔を覗き込んで嬉しそうに笑う。
可符香が目を瞑ろうとした瞬間、望の手が伸びて可符香を抱きしめる。
「ふぇっ!?…せ、先生!?」
突然の事に慌てて目を開けると、何と望の目も開かれていた。
「先生、眠ってたんじゃ無かったんですか!?」
「変に意識したら眠れなくなってしまいましてね…。でもおかげでこんな状況になる事が出来ました」
望はそのまま可符香を更に抱き寄せる。
「風浦さんの意外な一面も見る事が出来ましたしね」
「えーと…あれは……」
望のその言葉に、可符香は今までの事を全部聞かれていたという事に気付いて顔を赤くする。
「私も今だけ風浦さんを一人占めです」
望は意地悪そうに笑って言う。
「それと、別に風浦さんの話題がなかった訳じゃないですよ」
「えっ?」
「話す事が多すぎて、一回話し出したら風浦さんの話だけになってしまうからですよ。
あと風浦さんとの出来事は一人占めしたかったというのもありますね」
「先生、随分言うようになりましたね」
「開き直っただけですよ」
可符香は立場を逆転させる為に作戦を考えるが、いい案が浮かばない。
「そうだ、先生いいんですか?この状況教師として結構いけないと思いますが」
「さっき言いませんでしたか?今は風浦さんを一人占めする事に専念しますよ」
「うー……」
今回は完全に望の勝利だった。
もちろんこの状態は朝、目が覚めるまで続いた。
284 :
h-getash:2010/06/30(水) 21:29:10 ID:G8cVU9Pd
「いや〜すがすがしい朝ですね!!」
「先生、随分とご機嫌ですね」
そう言う可符香も機嫌は良かった。
なんだかんだいって望を一人占めする事は出来たからである。
「はい、今だけ希望先生と呼ばれても何の遜色もありませんよ!!」
たしかに朝からこんなにテンションの高い望も珍しい。
「先生、そろそろ学校行った方がいいんじゃないですか?」
「そうですね、そろそろ行きますか」
望は玄関のドアを開ける。
「あっ…」
「あっ!」
玄関の前には昨日と全く同じ姿の千里が立っていた。
「先生、やっと見つけた…。しかも可符香ちゃんの家で一体何をしていたのかなぁー!!」
「えっと、あの…これは…」
冷や汗を流す望の肩に可符香はポンッっと手を置く。
「頑張って、絶望先生!!」
「絶望した!一瞬だけの希望に絶望した!」
望は叫ぶだけ叫んで走り出した。
「逃がさ……ぬ!」
その後を千里が追う。
「昨日の仕返しです!!」
そう言った可符香の表情は楽しそうな笑顔だった。
285 :
h-getash:2010/06/30(水) 21:30:16 ID:G8cVU9Pd
以上です。
それでは、失礼しました。
乙
巻き込まれた人がカワイソww
287 :
266:2010/07/01(木) 10:00:11 ID:r3zGzRY8
GJ!
面白かったよ!
288 :
h-getash:2010/07/04(日) 11:45:38 ID:yUr1fL37
どうも。
また書いてきました。
臼井×あびるのエロ無しです。
289 :
h-getash:2010/07/04(日) 11:46:07 ID:yUr1fL37
僕はずっと人に気付かれないこの体質に悩んでいた。
だって酷いじゃないか、目の前にいるのに気付かれないなんて。
だから僕はこの体質が大嫌いだった。
「うわっ!?」
道を歩いていると突然トラックが走って来た。
偶然道を歩いていた臼井は、トラックにぶつかりそうになってとっさに避ける。
そのトラックは臼井に気付く事が出来ない事を差し引いても乱暴な走り方をしていた。
居眠りか、酔っているか…そのくらい不自然な走り方をしていた。
もしここで臼井がトラックに轢かれてしまったら、誰にも気付かれる事無く臼井は倒れ続ける
事になっていただろう。
体質からかそういう事に対しての警戒心が強かった臼井だから避ける事が出来たのだ。
「危なかった…」
避けた衝撃で近くに飛んでいった眼鏡を拾いながら臼井は呟いた。
その後も何度かトラブルに遭いながら、やっとのこと学校に辿り着く。
ここまでくればある程度の安全は保障される。
自分の教室に入ると臼井が真っ先に目を向けるのは、彼の憧れの少女、小節あびる。
常に何処かに包帯を巻いている怪我が絶えないのが特徴の少女だ。
「今日もまた一段と素敵だ…」
そう言った臼井の声は決して小さくは無い、だが誰もその言葉には気付かない。
臼井が彼女を好きになったのはいつからだっただろうか、そのきっかけもドラマなんて物は無く
自分の性癖によるものだった。
臼井はあびるへの想いを隠している訳ではない、むしろ他の人と比べて積極的な方である。
しかしあびるは臼井の気持ちには気付いていなかった、そういう事に関して鈍い事もあるが
殆どの原因は臼井のこの体質によるものである。
つまり今の状況は臼井の一方的な片思いの状態であった。
だが臼井も遠くで眺めているだけでよかった。
もちろんお近づきになれるのならそうしたいが、それによって嫌われる事を臼井は恐れていたのだ。
臼井はあまり女性に受ける外見をしていない、自分自身がそれを自覚しているからこそ
何度も干渉して、彼女に嫌な思いを抱かれたくなかったのである。
所詮は叶わぬ想い…
臼井もそう自覚していた。
290 :
h-getash:2010/07/04(日) 11:46:33 ID:yUr1fL37
ある日の体育の時間。
臼井はいつも通り、あびるの体操着姿を見つめていた。
こういう本能に忠実すぎるのも臼井の欠点であった。
しかしずっとあびるを見続けていた事もあり、彼女の事に関してはかなり詳しい。
たとえば彼女はスタイルはいいが運動はかなり苦手な事。
背の高さやスタイルの良さからよく人から勘違いされるが、あびるはかなりの運動音痴である。
だが臼井はそれに対してある気になる事があった。
それはあびるの怪我の原因の事である。
あびるの怪我の原因は大きく分けて二つある。
一つはバイト先の動物園で出来るもの。
これに関してはあまり危険性はない、動物達とじゃれあっているだけなので大きな被害には遭わない。
臼井が気になっているのはもう一つの運動神経の鈍さから身に降りかかる危険を回避する事が
難しい事であった。
以前もそれによってトラックに轢かれてしまった事があった。
自分の好きな人が怪我を負っているのが、臼井にはどうしても面白くなかった。
そして悩んだ結果ある考えを思いついた。
それはこっそりとあびるの後をつけて、彼女が危険な目に遭いそうになったらさりげなく
守るというものだった。
臼井の体質は特殊で、善い行いをすれば存在は更に薄くなり、悪い行いをすればその存在は濃くなっていく。
それを利用してあびるには全く気付かれずに助ける影のヒーロー的な立場になる事を決めた。
自分なんかが助けても彼女を困らせてしまうかもしれない…
そんな後ろ向きの気持ちがあったからわざとあびるには気付かれない方法をとったのである。
いやそんな事はあるはずない、きっとあびるは感謝してくれるだろう。
だが臼井はこの方法を選んだ。
自己満足かもしれない…
しかし臼井はそれでもよかった。
彼女に感謝されたくてやるのではない。
ただ純粋に彼女が好きだから、疾しい思いなど無かったから、一人の男として好きな人を
守りたいから。
一人の男の決意は誰にも気付かれる事無く、ただ静かに堅く誓われた。
大嫌いだった自分の体質が初めて人の為に役に立つ事に、臼井は嬉しさを感じていた。
291 :
h-getash:2010/07/04(日) 11:47:01 ID:yUr1fL37
放課後…
臼井は予定通り家に帰るあびるの数メートル先を追いかける。
目標は一切の怪我を負わせずに、家まで見守る事。
「よーし…初日から失敗しないようにしなくちゃ…」
願う事ならあびるに危険が迫る前に家に着いてくれることを祈る。
「あれ、どこに行くんだ?あっちは家に帰る方向じゃない筈…」
臼井は見当違いの方向に進むあびるに首を傾げる。
後をつけていくと、突然あびるの足が止まる。
あびるの視線の先には仔猫がいた。
「何だ…仔猫に釣られてここに来たのか…」
道に迷った訳じゃない事に臼井はホッとする。
臼井はしばらく仔猫と遊ぶあびるを眺めていた。
「楽しそうだな…」
微笑ましい光景に臼井の顔が綻ぶ。
しばらくするとあびるは仔猫に手を振って家に向かう。
「おっと…見失わないようにしなくちゃ」
臼井も慌てて歩き出した。
初日にしてはなかなか順調だった。
もう家まで後僅かな距離である。
「この調子だったら大丈夫そうだね」
臼井はそう呟いた瞬間、ある事に気付く。
「あれ…もしかして朝の…」
臼井の視線の先には朝、臼井に向かってきたトラックが走っていた。
その走り方は朝と変わらず、右へ左へと真っ直ぐ進まない不自然な走り方だった。
「このままじゃ小節さんが危ない!」
トラックの走る先にはあびるが歩いている。
臼井はあびるに向かって走り出す。
「…………?」
次第に大きくなる音にあびるが振りかえると、もうトラックが目の前に向かって来ていた。
「…っ!?」
突然の事に体が動いてくれない。
(ああ…またか…私鈍いからなぁ…)
迫りくる危機を前にあびるが思ったのは諦めの言葉だった。
ふと腕が何かに掴まれる感触を感じる。
「えっ…!?」
急に何かに引っ張られる。
それによってあびるは襲いかかるトラックから間一髪で避ける事が出来た。
トラックはそのまま壁に突っ込み動きが止まる。
あびるは引っ張られた空間の先に手を伸ばす。
「あれ……?」
そこにはやはり何も無く、手は空を切るばかりだった。
民家の人達が大きな音に気付いて駆け付ける。
「君!、大丈夫だったかい!?」
「あっ…はい、大丈夫です」
「この運転手酔っぱらっているぞ、怪我はしていない、警察呼んでくれ!」
運転手の無事を確認していたもう一人の男がそう言う。
「気の性…だったのかな…?」
あびるはまだ掴まれた感触が残っている腕を見つめながら呟いた。
「やった!小節さんを助ける事が出来たぞ!!」
あびるを避難させたすぐ後にその場から離れていた臼井はガッツポーズをする。
「この調子で頑張ろう!」
臼井はあびるが無事なのを確認して家に帰っていった。
292 :
h-getash:2010/07/04(日) 11:47:29 ID:yUr1fL37
その日から、臼井は次々とあびるを危機から救った。
時には音をたててあびるの注意を逸らし、時には身を挺してあびるを守った。
「あびるちゃん、最近大きな怪我をしなくなったね」
可符香は笑顔で言う。
「うん、でも何だか不思議なんだ、急に体が動いたりして…」
「へえ…そうなんだ。
そう言えば最近、臼井君見ないね。いつもの事だけど」
可符香はあびるの後ろにいる臼井に視線を向ける。
(あ、あれ!?もしかして見えてるの!?)
見えない筈の自分に対して急に視線を向けられ臼井は驚く。
その様子を見て可符香は楽しそうに笑った。
「じゃあ私は先生に用事があるから、二人とも頑張ってね!!」
可符香は何か思いついたような表情をしてあびるに耳打ちをする。
「あびるちゃん、実はね…臼井君は今みたいなある人と一緒にいる時によく見かけるんだよ」
可符香は笑みを浮かべながら教室を出ていった。
「……………?」
可符香の言葉にあびるは首を傾げる。
(あの人は敵にまわさないようにしよう…)
疑問を抱くあびるの後ろで、臼井は顔を青くしながら思うのだった。
夕方…
「小節さん今日は、買い物に出かけるのか…忙しくなりそうだな」
学校にいる時にその事を盗み聞きした臼井はいつも通りあびるの後をついていく。
あびるは無駄な仕事を増やすプロと呼ばれるほどのドジの持ち主だ。
店の商品をぶちまけ兼ねない。
今回の臼井の目的は主にそれの阻止だった。
臼井はあびるの後について近所のスーパーに入り込む。
あびるの進む方向に先回りをして危ないものがないか確認する。
「こんな所にガラス玉が、踏みつけたりしたら危ないじゃないか…」
臼井はガラス玉を拾う。
その時近くで少し大きめの音が聞こえる。
「…………え?」
その方向に振り向くと転んだ拍子に棚を倒してしまったあびるの姿があった。
「何も無い所で転ばないでよ…」
臼井はその光景を少し呆れながらあびるに駆け寄った。
あびるに気付かれないようにさり気無く商品を片づけるのを手伝う。
「少し詰めが甘かったかな…」
臼井は残念そうに小さく呟いた。
「またやっちゃった…片づけなくちゃ…」
商品を倒してしまったあびるは急いで片づけを始める。
「…………?」
ふと横で一つの商品が独りでにしまわれたように見えた。
あびるは横に手を伸ばしたがそこには何もなかった。
「………………」
293 :
h-getash:2010/07/04(日) 11:47:58 ID:yUr1fL37
買い物を終えたあびるはスーパーから出る。
片づけに思ったほど手間取ってしまい、辺りはすっかり暗くなってしまい人気は無くなっていた。
遠くから誰かの声が聞こえる。
「勘弁してください!」
そう叫びながら出てきたのは、あびると臼井の担任の教師の糸色望であった。
「逃げないでください!」
その少し後に出てきたのはスコップを持ったクラスメートの木津千里の姿。
「先生、毎日大変ですね…」
遠くで眺めていたあびるが言う。
その言葉に臼井は何も言わずに頷いた。
曲がり角を曲がった望はそのまま民家へと入っていく。
「あっ…あの家は確か…」
それを見たあびるが呟く。
「あれ?あなた、何でこんな所に…」
千里がこちらに気付いて近づいてくる。
「ねえ、先生見なかった?」
「先生ならあっちに走っていったよ」
あびるはそう言いながら、民家では無くその先の曲がり角を指差す。
「今日こそ先生を粛清しなくては!!」
千里はそう言いながら走り出す。
「先生…命拾いしましたね…」
臼井は走る千里の背中を見つめながら呟いた。
そんな事もありながら、あびるはやっとの事、自宅に到着する。
「さて、僕も帰らなくちゃ…」
あびるは自宅の前に辿り着くと急に足を止めた。
「どうしたんだろう?」
臼井は急に立ち止まったあびるを見て首を傾げる。
「臼井君、そこにいるの?」
「えっ!?」
いきなり名前を呼ばれて臼井は驚きの声を上げる。
「そんなところにいたんだ…」
名前を呼ばれ反応した事によって、臼井の姿があびるに見えるようになる。
「な、何で僕の事を……!?」
「トラックから助けられた次の日から少し気になっていたの…
気付いたのは可符香ちゃんの言っていた事と、さっきのスーパーの時、商品が勝手に動くの見つけたんだ」
臼井は可符香があびるに何かを言っていたのを思い出す。
「あとね…私に不思議な事が起きる時、いつも臼井君がいなくなってたから…」
「そんな事からバレるなんて思わなかったな…」
臼井は困ったような顔をする。
あびるは微笑んで言う。
「臼井君、もう私を助けなくていいよ」
「えっ!?や、やっぱり迷惑でしたか!?」
臼井は慌てながら言う。
臼井の言葉にあびるは首をとこに振って言う。
「違うの…守ってくれたのは嬉しかった。
でも、臼井君はちゃんと見えるところにいて欲しい…見えていないとやっぱり少し寂しいから」
「へっ…?」
「じゃあね…また明日学校で…」
あびるは家のドアに手を掛けたあとに臼井の方に振り向く。
「助けてくれてありがとう」
普段あまり出さない笑顔を見せて家に入っていった。
「どういたしまして…」
臼井はゆっくりと目を閉じて、あびるの言葉を何度も頭の中で繰り返した。
294 :
h-getash:2010/07/04(日) 11:49:11 ID:yUr1fL37
以上です。
それでは失礼しました。
GJ!
なんか0.001秒の天使思い出した
296 :
266:2010/07/05(月) 00:12:33 ID:gOp8dlwd
書いてきました。
望カフのエロなしです。
297 :
266:2010/07/05(月) 00:13:10 ID:gOp8dlwd
真っ赤な夕陽の照らす中、薄闇に包まれた教室で、彼女、風浦可符香は私の傍に歩み寄って話しかけてきた。
「ねえ、先生、夕陽がきれいですね」
「そうですね……ここ最近は天候も悪かったですし、これだけ見事な夕焼けは久しぶりです」
そんな他愛もない言葉を交わす、一瞬一瞬の間、風浦さんはいつもより私の近くにいるように感じられた。
実際、物理的な距離はこれ以上ないくらい近い。
彼女の息遣いが間近に感じられるほどに近く。
夕陽に負けないくらい赤い彼女の瞳に映る私の情けない顔がはっきりと見えるような超至近距離。
ただ、私の感じている『近い』はそういった事ではないように思えていた。
彼女の、風浦さんの存在そのものを近くに感じる。
言葉にしてみると分かったような分からないような妙な感じだが、私にはこれ以上の表現を思いつけない。
何を以て『彼女の存在が近い』などと私は宣っているのか。
「こないだはえらい土砂降りでしたからねー。ああも降られると参ってしまいます」
「でも、今の時期ちゃんと雨が降らないと、夏場に水不足になっちゃいますから」
風浦さんと言葉を重ねながらも、頭の隅っこの辺りで私はそれを考える。
改めて私はすぐ傍の風浦さんの姿をじっと見つめる。
夕陽が強く輝けば輝くほど、教室の中の影はより深く、濃くなっていく。
風浦さんはその限りなく黒に近い影の中に立って、私とどうという事もない会話を交わしながら穏やかに微笑んでいた。
薄暗い教室の中で、それを判別するのはほとんど不可能な筈なのに、私には彼女が笑っている事がわかった。
いつも他人を煙に巻くような捉え所のない態度で私やクラスメイト達を惑わせる風浦さん。
いつもは深い霧の向こうにいる彼女が、今は薄布一枚を隔てて間近にいるような、そんな感覚。
ただ、今の私にはその最後の薄っぺらい一枚の布の存在が何故だかとてももどかしく感じられてしまう。
こんなに近くにまで来てくれたのに、その気になれば簡単に取り去ってしまえる筈のその一枚の為に彼女に触れる事ができない。
今ここで確かに微笑んでいる彼女を、もっと近くで感じ取りたい。
「…先生、どうしたんですか?さっきからボーッとして……」
「えっ…?あ、いや…な、な、何でも無いですよ」
どうやら考え事に没頭するあまり、風浦さんに対する受け答えがおろそかになっていたようだ。
「という事は何かあると」
「だから、本当に何でもないんですって!!」
「心配無用です!私と先生の仲じゃないですか!先生のお悩み解決の為なら全力を尽くしますよ!!」
まさか風浦さん本人に関して悩んでいたなどとは口が裂けても言えない。
(ですが…このままでは……)
こちらの言う事なんて完全に無視して勝手に話を進め、自分のペースに持って行くのが彼女の毎度のやり方だ。
そのせいで私はいつもいつも彼女の手玉に取られて………
(……いつもいつも…?)
そこまで考えたところで、私の思考が何かに引っかかった。
いつもいつも、繰り返し……。
(………繰り返し……そうだ。これまでにも何度か今日みたいな事があった。……それは決まって日の傾いた夕方の事で……)
記憶が蘇る。
あの時も、あの時も、それよりずっとずっと前の時も、細かい状況は違うけれど、私と風浦さんは同じように言葉を交わしていた。
人の心情にはとことん鈍い私は今の今まで気付かなかったけれど、今と同じ夕闇の中で風浦さんはいつもより私の近くにいて、
そして、確かに、穏やかな、本当に穏やかな微笑みを浮かべていた……。
「ほら!恥ずかしがらないでおっしゃってください!!私に任せれば万事オーケーですよ!」
「…………そうなのでしょうね。きっと、あなたに頼めば……」
理由は分からない。
想像もつかない。
でも、風浦さんがこれまで同じような状況の時、いつもよりほんの少し、私の傍に近づいていたのは確かだと、そう思う。
だから、今度は私の番だ。
私は、薄暗い教室の中でも分かるくらいの、満面の笑顔を浮かべた風浦さんに向けて一歩前に踏み出す。
「あ…………」
「すみません……私はこの通り目もあまり良くないので、ちょっと風浦さんに失礼かな、とは思いましたが……」
彼女の両の手の平を軽く握って、私は言った。
「見せてください。今、あなたがどんな風に笑っているのか……」
298 :
266:2010/07/05(月) 00:14:51 ID:gOp8dlwd
真っ赤な夕陽の照らす中、薄闇に包まれた教室、そんな場所でしか話せない言葉がある。見せられない表情がある。
私は正直なところ、生きる事があまり上手な人間ではないのだろう。
数多の人脈に、情報網、人の心を誘導し、当人も気付かないままそれとなく行動を後押しする各種の手練手管。
それから、私が普段から使っているペンネーム……風浦可符香という名前。
そんなものたちで心を鎧っていないとこの世を渡っていく事が出来ない。
自分でもつくづく呆れるほど、私は厄介な人間なのだろう。
だから、こんな馬鹿げた事を考える。
夕陽が西の空に沈む頃、私は先生に話しかける。
いつもより近い距離で、いつもよりほんの少し仮面の下に隠していた本当の自分をさらけ出して。
どうして夕方じゃなきゃいけないのか、その理由を聞いたらきっとみんな笑ってしまうと思う。
夜が迫って、辺りが薄暗くなって、だけどまだ明かりを点けるには少しだけ早いそんな時間。
その薄暗がりに紛れて、私は先生に微笑むのだ。
先生の一番近くで、だけども先生に気付かれないように、暗い影に身を沈めて決して届かないとびきりの笑顔を先生に向ける。
(…我ながら…ちょっと臆病すぎるよね……)
でも、それが、それだけが私に出来る精一杯だったから。
届かなくても構わない、それでも先生に心からの笑顔を送りたかった。
(…だけども…私って馬鹿だなぁ……)
先生はすこぶる鈍い人だ。
とてもとても騙されやすい人だ。
だけど、私はよく知っていた筈なのに。
おっかなびっくり、誰よりも臆病なくせに、この人は私の事をずっと見ていてくれたじゃないか。
それはまあ、時には生来の鈍感さと合わせ技になって、私に少なからぬダメージを与えもしたけれど。
残酷なまでに優しく、まっすぐに私を見つめる瞳が、いつか私の仮面の向こうを見透かしてしまうのではないか。
そんな事ぐらい、真っ先に気付いてもいいだろうに………。
結局、私は大事なところで抜けているんだ。
(………それとも、もしかしたら、私は最初からこの瞬間を待っていたのかもしれない………)
今、私は両手は先生に握られて、動こうにも動けない状態だ。
………本当は、壊れ物でも扱うように私に触れる先生の手を振り払うぐらい、すぐに出来る事の筈なんだけれど。
背の高い先生は体を屈めて、超至近距離から私の瞳を覗き込んでいる。
「見せてください。今、あなたがどんな風に笑っているのか……」
「先生………」
窓の外の夕空はいよいよ暗くなって、これだけ近くで見つめ合っているのに私の目の前の先生の表情は薄い膜一枚通したみたいに少しぼやけてしまう。
それでも、その眼差しがまっすぐに私を見据えていて、その口元に浮かんだ笑みがとてもとても優しいものだという事は良くわかった。
きっと、先生から見た私もおんなじ状態だろう。
「すみません。…それと、ありがとうございます。……そうやって、ずっと私の事を見ていてくれたんですね…」
言われてから初めて、私は先生の視線から目を逸らそうとしなかった、そんな考えすら浮かばなかった自分に気付く。
顔中が熱くなって、真っ赤に染まっていくのが自分でもよく分かった。
夕陽が沈み切ってほとんど真っ暗になったこの教室でなければ、先生の前でみっともない姿を晒していただろう。
「風浦さん、私は……」
「え……あ………」
だけど、そんな状況に感謝する間もなく、不意に先生に名前を呼ばれた事に驚いた私は思わず身じろぎして……
299 :
266:2010/07/05(月) 00:15:20 ID:gOp8dlwd
「あ…………!」
「風浦…さん……!?」
こつん。
間近にあった先生と私のおでことおでこがくっついてしまう。
驚き目を丸くする先生の前で、私は一気にパニックに陥った。
駄目だ。
いけない。
これじゃあ、バレてしまう。
見つめられて、天井なしに上がり続けた体温が先生に伝わってしまう。
だけど、それなのに。
私の体は先生から離れようとするどころか、先生に握られた手をきゅっと握り返してしまう。
このまま離れてしまうのは嫌だと、強く強く手の平に力を込めてしまう。
薄闇の向こうに隠して、ずっと見せなかった、見せられなかった自分を先生の前に晒した私の心が、体が、
ずっとこのままでいたいと、激しく叫び声を上げているのだ。
きっと不安だったのだろう。
事此処に至って、自分の内側をこんな形で先生に見せてしまって、それでもし、この手を離されてしまったら自分はどうすれば良いのかと。
だから、先生の手の平が私の手の中からするりと抜けていこうとしたとき、私はこれ以上ないくらい動揺してしまった。
よく考えれば分かった事なのだ。
先生は鈍い。とても鈍い。
じたばたしてるこっちの気持ちには全然気付かないくせに、瞳は私だけを見つめて、まっすぐな視線を投げかける。
自分の気持ちにどこまでも正直に行動する。
………この時私はすっかり失念していた。
最初にこの手を握ってくれたのは、先生の方からだったというその事実を。
「すごく嬉しいです。ありがとう……風浦さん……」
「あ…………」
一度離れた先生の手の平は、私の背中に回されて、私の小さな体を強く強く抱きしめた。
私はその一瞬、自分を包み込むその温もりに呆然として、それからようやくその意味を理解した。
そして………
「先生………」
そして、私は答えを返す。
もっともストレートで分かりやすいやり方を選んで。
これまでずっと隠してきた分を取り戻すように、思い切り自分の気持ちを乗せて………。
私が震える腕で抱きしめた先生の背中。
男性としてはかなり細身な筈なのに、小さな私の腕はそれでも背中に回り切らなくて、
だからより一層の力を込めて、私は先生に強く強くしがみついた。
(これだけやっても、きっと伝わらない気持ちもあるんだろうな………だけど…)
何しろ、鈍感な先生の事だから、きっと全部が全部、上手くは伝え切れない。
でも、先生の瞳はいつだってちゃんと私の事を見てくれているのだから
「好きです。先生……」
ようやく言えたその言葉に全てを託して、私は先生の胸に思い切り顔を埋めたのだった。
300 :
266:2010/07/05(月) 00:15:44 ID:gOp8dlwd
以上でおしまいです。
失礼いたしました。
乙
ニヤニヤした
GJ!
癒された〜
303 :
h-getash:2010/07/10(土) 00:30:51 ID:Wie8Clre
どうも。
書いてきました。
望カフエロ無しです。
304 :
h-getash:2010/07/10(土) 00:31:23 ID:Wie8Clre
望は平和ないつもと変わらない一日を迎えていた。
今日は休日なので学校も休みである。
宿直室で寝そべりながら穏やかな一時を堪能していた。
望がこの状態になってから数時間ほど経った頃、宿直室のドアがゆっくりと開かれる。
入って来たのは小さな女の子だった。
「おや、どこから入って来たんですか?ここは部外者は立ち入り禁止になっているんですよ」
突然の来客に望は首を傾げる。
「先生!!」
女の子は望を見るや否やいきなり抱きついてきた。
「うわっ!?私はあなたの先生じゃありませんよ!!」
望は急な事に驚きながらも、女の子が危なくないように体を支える。
「先生、気付かないんですか?」
「気付かないって何の事ですか?」
女の子の言葉に望は疑問に思いまじまじと見つめる。
よく見るとその女の子は、見慣れた顔、髪に付けた黄色いクロスの髪止めと、まるである生徒に
そっくりな格好をしていた。
「風浦さんの妹さんですか?」
「いやだなぁ、妹なんていませんよ。本人ですよ」
「へっ!?」
予想だにしなかった返答に望は目を見開く。
「前に原形留め無い為にイメチェンしたじゃないですか」
「あー…そういえばそんな事ありましたね」
「今度は限界まで原形を留めようとしたらこうなっちゃいました!!」
「留めるを通り越して若返っているじゃないですか!!」
こんな状況でも可符香は楽しそうな笑顔を見せる。
「こんな体験滅多に出来ませんよ、楽しまなきゃ損じゃないですか!」
「ポジティブですね…私なら一晩は寝込んでいそうですよ…」
「という事で先生、お世話になりますね」
「はいっ!?」
望は思わず変な声を上げる。
「何でそうなるんですか!」
「こんな小さな女の子を一人にしていいんですか?」
可符香は絶対離すものかと望に抱きつく強さを強くする。
「は、離してくださいよ…」
「嫌です、先生が面倒見てくれるって言ってくれないと離しません!!」
今の可符香なら望が振りはらう事は簡単だが、望にそんな事が出来る訳もなかった。
「風浦さん、小さくなってから少し様子がおかしいですよ!!」
確かに今までの可符香なら望に抱きつく事などしなかったはずである。
「えへへ…小さいのを理由に今まで出来なかった事をしちゃおうかな…と考えたんです」
「風浦さん…わかりましたよ…ここにいていいです…」
いつになく素直な可符香に望はいとも容易く折れてしまった。
305 :
h-getash:2010/07/10(土) 00:31:56 ID:Wie8Clre
いつの間にか日もすっかり暮れていた。
「では、風浦さんの布団を用意しなくてはいけませんね」
望はそう言って押し入れを開ける。
「必要ありませんよ、先生と一緒に寝ますから」
「そ、そんな事出来る訳無いじゃないですか!!」
可符香のあまりの大胆発言に望は顔を赤くする。
「あら、先生は小さい子と一緒に寝て興奮する人なんですか?」
すかさず可符香は望を挑発するように言う。
「そ、そんな訳無いじゃないですか!いいですよ証明して見せますよ!!」
望は簡単に可符香の挑発に乗ってしまう。
一つの布団に男と女が二人、こう言ってしまうと何か良からぬ事を感じられるものがあるが
今の二人の状況は他の人が見たら一緒に寝る仲のいい親子にしか見えないだろう。
可符香は疲れてしまったのか、寝てしまっている。
そしてその横には見えない何かと必死に戦っている望がいた。
(風浦さんは、何でこんな状況で眠れるんですか…私なんて意識して眠れそうにありません…)
いくら外見が小さい女の子だとしても、中身は年頃の少女である。
望は何とか眠りにつこうと目を瞑るが、意識は可符香の方に向いてしまう。
(信じられていると考えれば悪い気はしないのですが、あまりにも無防備すぎますよ…)
確かにこの状況は男として少し寂しいものがある。
だが何か起こしたら、明日の臨時ニュースになりかねない。
今は一刻も早くこの状況に慣れて、眠りにつくのが得策であった。
(こんな日が後いつまで続くんでしょうか…)
望が眠りにつくのはそれから数時間後の事だった。
「おはようございます!!」
可符香の大きな声に目を覚ます。
「やっぱり寝たら戻っているなんてご都合主義はありませんか…」
小さいままの可符香を見て望は溜息をつく。
「今日は学校があるのですが風浦さんはどうするんですか?」
「大丈夫です!ちゃんとここで大人しくしていますよ」
「それは助かります!では、授業が終わるまで待っててくださいね」
「いってらっしゃーい!!」
まるで親の出勤を送る、子供の様である。
宿直室のドアがバタンと音を立てて閉じる。
「先生、『ここ』っていうのは学校って意味なんですよ…」
そう呟いた可符香の表情は無邪気な子供の笑顔だった。
306 :
h-getash:2010/07/10(土) 00:33:14 ID:Wie8Clre
「先生、可符香ちゃんはお休みですか?」
滅多に休まない可符香がいない事に2のへメンバーが不思議に思う。
「はい、用事があるようで少しの間学校には来れないみたいですよ」
「そうなんですか、寂しくなりますね…」
奈美ががっかりしながら言う。
「一体用事ってなんですか?キッチリと理由を知らせておいてくれないとイライラするの!」
千里が詳しい話を追求する。
「えっと…用事というのはですね…」
(困りましたそんな事考えてませんよ…)
どうやら対策が甘かったようである。
「さあ!はっきり言ってください!!」
千里が望に詰め寄る。
その時、急に教室のドアが開かれる。
「あれ…可符香ちゃん?…じゃない…誰?」
そう言ったのはドアを開けた人物を一番最初に目にした千里である。
(なっ!?風浦さん何でここに!?)
可符香は少し辺りをキョロキョロと見渡した後、望に走り寄り、抱きついてとんでもない言葉を口にする。
「お父さん!!」
「はい?」
望は突然の事に良く分からないまま返事をする。
「えーーーーー!!!!」
と同時に2のへ生徒全員が驚きの声をあげる。
その衝撃は准が驚きの表情を見せるほどであった。
「先生、用事ってこれか〜!?」
真っ先に動いたのはもちろん千里である。
「そうですね、二年生になってからもう6年以上も経ちますもの、子供の一人くらい出来ますよね」
「何、一人で納得して暴走しているんですか!!」
「ゆるさ……ぬ!」
千里は早くも暴走モード突入である。
望は可符香を連れて何とかその場から脱出する。
「一体どういうつもりですか!」
「家族って事にした方が後で楽かなって思ったんです」
「そういう事する時は事前に私にも言ってください!!」
「はい、そうした方がよさそうですね」
可符香は十分楽しんだのか、満足そうな顔をしている。
「それじゃあ、止めてきますね!!」
可符香はそう言って教室に戻っていく。
「えっ…止めるって…」
可符香が教室に入った数十秒後には千里の暴れる音がピタリと止んだ。
「先生、入って来ても大丈夫ですよ」
教室のドアから可符香がヒョコリと顔を出す。
「……一体何したんですか?」
「秘密です」
望が教室の中を恐る恐る覗き込むと、その中には朗らかな顔をした千里の姿があった。
「そうなの〜、杏ちゃんって言うんだ、お母さんは誰なのかな?」
「可符香お母さんですよ!!」
「お母さんにそっくりだねー!」
千里がそう言いながら可符香の頭を撫でる。
その光景を望はげっそりとしながら眺めていた。
「一体何があったんですか!木津さんが近所のおばさんみたいになっていますよ!!」
「べ…別に…」
他のクラスの生徒は何か恐ろしいものを見たような表情をしながら首を横に振った。
「でも先生、子供ってどういう事ですか!?」
奈美が混乱しながら望に尋ねる。
「ぐっ…せっかく話を逸らせたと思ったのに…」
しかしながらこの事に関しては望も被害者みたいなものである詳しく説明できる訳が無かった。
307 :
h-getash:2010/07/10(土) 00:34:14 ID:Wie8Clre
「いや…私も何が何だか…」
「何だかわからないうちに子供が出来る訳無いじゃないですか!まといちゃんなんてショックで気絶
しちゃいましたよ!!」
奈美は後ろのあびるが介抱しているまといを指差す。
「つまり衝動でヤッたって事じゃないか?」
マリアがニヤリとしながら言う。
「憶測でものを言わないでください、私はそんな野蛮な事はしていません!!」
「つまり同意って事か?」
「そうでもありません!!」
「さっき先生の実家に聞いたらもう結婚してるって言われたんですが…」
携帯電話を持った准が、そのまま言われた事を言う。
「…………………」(あの人たちは…面白そうだからってやりすぎですよ…)
望は親にさえ遊ばれている状況に絶望する。
『先生…』
可符香が望に耳打ちをする。
『先生、今は家族って事にしていてください、誤解は後でも解く事が出来ますよ…』
『しょうがありませんね…』
可符香がこんなに面白い状況をそう簡単に終わらせるとは思えないが、今は言う事を聞くしかない。
「えーと…とにかく、娘の杏です。可愛がってください」
「はじめまして」
可符香はそれに合わせてお辞儀をした。
あれから少し経って、落ち着いたとまではいかないものの先程の騒ぎは治まっていた。
2のへメンバーが可符香を囲むように立っている、もちろん仲良く会話をしているのだが…
「お父さんとお母さんはもう結婚したの?」
「杏ちゃん、やっかいなお父さん持つと大変だね」
「本当に可符香ちゃんにそっくりだね」
「お父さんに変な事されていない?」
「夜、お父さんとお母さんが変な事してなかった?」
可符香は質問攻めにあっていた。
「質問の殆どが私への嫌がらせになっているのは気のせいですか…
後、教育に良くない質問をしないでください!!」
近くでそれを眺めていた望が言う。
「あなた達と一緒にいさせたらやっかいな子になってしまいそうで恐ろしいです」
望はそう言いながら可符香をヒョイと抱きあげる。
(ふえっ!?せ…先生!!)
可符香は突然抱きあげられた事で、口には出さなかったが恥ずかしそうな顔をする。
「先生ずるいですよ、杏ちゃんを一人占めして!」
後ろで愚痴を言われていたが望は無視する。
望は可符香を抱いたそのままの状態で、教室を出て宿直室に向かった。
「あれって可符香ちゃんだよね」
望と可符香が出て行った後、あびるがそう言う。
「あっ、やっぱり気付いてた?」
その言葉に晴美が反応する。
「可符香ちゃんだけだったらわからなかったかもしれないけど、先生は行動に態度が出過ぎてたから」
「だよね、可符香ちゃんが私達と話している時、先生ずっとムスッとしてたし」
「いいなぁ…可符香ちゃん。先生にヤキモチ妬いてもらえて…」
奈美は羨ましそうに呟いた。
308 :
h-getash:2010/07/10(土) 00:35:35 ID:Wie8Clre
「先生、そろそろ降ろしてくださいよ…」
「嫌です」
可符香は何度も離してくれるように言ったが望は全て拒否した。
「いや〜、ずっとこうしていられるなら小さい風浦さんも良いかもしれませんね」
体格差がありすぎる今の体では、可符香は望に逆らう事は出来ない。
「先生、この状態とっても恥ずかしいんですよ…」
可符香は望の腕の中でもがくが、そんな動きも今の望には愛らしいものだった。
「私が優位に立つなんて今まで出来なかった事ですね」
「むー、何だか元に戻りたくなってきました…」
「どうやって元に戻るんですか?」
「簡単ですよ、変身や呪いなどを解く方法は古くから大抵それと決まっているんですよ!」
「それってもしかして…」
可符香がやっと望の腕から解放される。
「先生の考えている通りです!さあ先生、やってください!!
こういうのは呪いを解く方からするものですよ!」
可符香はそう言って望の方に顔を向けて目を閉じる。
(いきなり予想もしなかった展開になってしまいました!!)
おそらく予想出来なかったのは望だけである。
(ええいもうどうにでもなってください!!)
望は半ばやけくそ気味に可符香と唇を重ねた。
「……………………」
キスをしていたのは数秒かそれとも数分か、二人は時間の間隔がわからなくなる。
やがてどちらからともなく唇を離す。
「先生、大成功ですよ!!」
可符香の声に望は目を開く。
その先には見慣れた可符香の姿があった。
「効き目あるんですね、流石古くから伝わる対処法」
「本当に戻るとは思って無かったんですけどね」
「えっ!?」
可符香のまさかの一言に望は硬直する。
「じゃあ、何でそんな事言いだしたんですか」
「むしろ何も起こらないで先生をからかう予定だったのに…」
可符香はがっかりした顔をする。
「でも既成事実は出来たのでいいとしますか!!」
可符香はとりあえずポジティブ?に捉える。
「あの…もしあれで元に戻らなかったら、どうしていたんですか…?」
「お手上げでしたね。そして先生は幼女にキスをした変態教師として伝説を残していたかもしれません」
「風浦さん、本当に戻ってくれてありがとうございました…」
望は心から可符香が元に戻った事に感謝した。
「でも先生、生徒にキスしたというのは事実なんですよ」
「あっ…」
望は可符香にまた一つ弱みを握られてしまった訳である。
「用件はなんですか…?」
望は可符香の方に振り返り恐る恐る聞く。
309 :
h-getash:2010/07/10(土) 00:36:01 ID:Wie8Clre
「そうですね…ただ先生を好きに出来るとかでは面白くありませんし…」
可符香は新しいおもちゃを買ってもらう子供の様な笑顔を見せる。
「そうだ、前に千里ちゃんが嘘はいけない事だと言っていたじゃないですか」
「そういえばそんな事言ってましたね」
「そういえば千里ちゃんは、嘘を本当に変えることで嘘を無くしていきましたよね」
「そんな事もありましたね…」
望はコウノトリに連れ去られた赤ちゃんを思い出した。
「私達もみんなについている嘘があるんじゃないですか?」
「子供の事ですか?」
望はすぐに考えつく嘘を言った。
「それはもうみんなにバレているので本当にする意味はありません」
「えっ、バレてたんですか?」
「先生嘘が下手だからみんなわかりますよ」
「下手って…確かにそうですが…」
可符香の言葉が胸に突き刺さる。
「他についた嘘なんてありましたっけ?」
望はこれ以上の事は考えつかない。
「私達はついてませんよ」
「…と言いますと?」
望は自分がついていなくて自分に関係のある嘘を記憶の中から探す。
「あの…もしかしてアレの事ですか?…」
答えを見つけた望は、言いずらそうに言う。
「はい、そうですよ」
その嘘は今から少し前の事、一つの機械を通して告げられたものだった。
『さっき先生の実家に聞いたらもう結婚してるって言われたんですが…』
准の言っていた言葉が蘇る。
「風浦さん、軽く告白になっていますがそう捉えてもいいんですか…?」
「いいですよ、先生と結婚なんて楽しそうじゃありませんか!」
「そうですか…」
望は観念したように言う。
「何だかさっきよりも緊張しちゃいますね…」
望が肩に手を置くと、可符香は恥ずかしそうに呟いた。
「今度はあなたへの誓いの為に…」
望は暫く可符香を見つめた後、優しく抱きしめて唇を重ねた。
310 :
h-getash:2010/07/10(土) 00:36:38 ID:Wie8Clre
以上です。
それでは失礼しました。
よかったよ GJ
312 :
266:2010/07/12(月) 19:06:04 ID:1bpulvGJ
h-getashさん、GJです。
幼可符香が可愛らしいったらありゃしないですよ。
私も書いてきました。
こちらも望カフなお話です。
それでは行ってみます。
313 :
266:2010/07/12(月) 19:07:02 ID:1bpulvGJ
体育館のあちこちに散らばった生徒達が、各種の飾り付け、パイプ椅子の設置、テキパキと作業をこなしていく様子を、
望は半ば夢の光景でも見るような気持ちで眺めていた。
巡り巡って季節は春。
次第に風もあたたかくなり始めた3月の事である。
「不思議なものですね。分かっていた筈なのに、こうしてその日が近づいてくるまで、実感なんて全然湧かなかったですよ」
「そんなものですよ、糸色先生。私もこの仕事は長いですから、それこそ何十回と繰り返している筈なんですが、未だにどこか慣れません」
望の傍ら、パイプ椅子の並べ方を表にしたプリントを片手に、甚六先生がしみじみとした口調で答えた。
「こればかりは教師という職業の業ですな。彼ら彼女らは今から新しい世界に羽ばたく身、我々にできるのはもう笑顔で見送る事だけです」
「……そうですね。きっと、そうなんでしょう……」
………卒業式が近づいていた。
2年へ組、かつて望が担任を受け持った、『絶望教室』とも呼ばれる異常なほどに個性の強い面々が集まったあのクラス。
2のへの生徒たちと過ごす時間はやかましく騒がしく、圧倒的な密度で、今までの望のどこか空虚だった人生を埋め尽くした。
たくさん苦労もしたし、望の方が迷惑をかけた事も多々あったが、今にして思えばあの空間は他には代えられない大切なものを共有していた。
2のへの生徒達と望の繋がりは強く、3年生に進級後、それぞれが進路に沿ってクラス分けされた後も、
事あるごとに望は元2のへメンバー達の引き起こす騒動に巻き込まれて、コテンパンにされた。
自分の手元から離れても何かと厄介ごとを持ち込む生徒達に、望は苦笑しながらも、
何だかんだと言われながらも慕われていたのだなと、その事にどこか面映い感覚を覚えていた。
実際、一癖も二癖もある2のへメンバーにまともに付いて行けるのは望ぐらいのもので、
担任で無くなった後も彼らの専任教師であるような見方を周りからされていた。
そうやって、2のへは散り散りになり受験などを控えた忙しい時期だったというのに、
まるで2年生の時の続きのように、望の周囲では相も変わらぬ騒がしい日々が続いた。
そして、気がついた時には、彼ら彼女らの卒業は目前に迫っていた。
「甚六先生…。ここからいなくなってしまうんですね、彼らは……」
「ええ……」
「寂しくなります………」
かつて2のへの生徒達にさんざん苦労させられ、振りかかるトラブルに悲鳴を上げていた望の、それは偽らざる気持ちだった。
「寂しいな……どうしてでしょうね?どうしてこんなに……」
「糸色先生……」
うつむいて、小さく呟き続ける望の肩に、甚六先生がそっと手を置いた。
体育館の片隅で立ち尽くす望をよそに、着実に、卒業式の準備は進められていった。
先生の子供のフリをする可符香が可愛かった
315 :
266:2010/07/12(月) 19:08:06 ID:1bpulvGJ
ふと通りかかった体育館の脇の廊下で、少し開いたその扉の向こうに望の姿を認めて、可符香は足を止めた。
体育館は在校生達総出で作業の真っ最中のようだ。
「そっか、もう少しで卒業式なんだ……」
何気なく呟いた自分の言葉に、可符香は改めて別れの時が近づいた実感を噛み締めていた。
この学校での生活も、もうこれでお終い。
ここにいられて、みんなに出会えて本当によかったと、可符香はそう思っていた。
大体において、可符香をはじめとした旧2のへメンバーほど濃い学生生活を送った人間などこの日本中を探してもどれだけいるかどうか。
三年に進級してからもそれは相変わらずで、2のへの生徒がそれぞれ別々のクラスに散らばった事で、毎度の大騒ぎはさらに規模を増していたのではないかと思う。
笑って、走って、声を上げて、高校生活最後の一年間はあっという間に過ぎてしまった。
もうすぐ、みんなはそれぞれの道へと旅立っていく。別れていく。
千里ちゃん、奈美ちゃん、あびるちゃん、小森ちゃん…2のへのみんな………そして、…先生とも……。
そこで可符香はふと気がつく。
失ったり、奪われたり、捨てられたり、引き離されたり……今までの自分の人生の中でそれ以外の別れ方をした経験はほとんどない。
実質的には、これがほとんど初めてと言ってもいいかもしれない。
自分の意思で選び取る、最初のお別れ………。
今までの可符香にとって別離はいつも突然で残酷なものだったから、一体どんな顔をしてその日を迎えればいいのか分からない。
だから、なのだろうか?
最近の可符香は望と顔を合わせたり、話をする事をそれとなく避けていた。
何故だろう?
可符香の話術をもってすれば、望とのやり取りを上手くやり過ごす事など朝飯前なのに。
顔を見て、声を聞いて、ただそれだけの事がとても苦しくて、その場から逃げ出してしまうのだ。
「先生……」
可符香は体育館の中に立つ望の後ろ姿を見つめる。
その背中はとても寂しそうで、今にもどこかへ消えてしまいそうな風情がある。
きっと彼も間近に迫った卒業式に思うところがあるのだろう。
相変わらずわかりやすい人なのだ。
それが少しだけ可笑しくてクスリと笑いを漏らした可符香だったが、やがてその顔に悲しげな色を滲ませてつぶやく。
「そうだ。この学校を卒業したら、きっともうあの背中を見る事だって……」
どうしてこんな事になったのだろう?
どうしてこんな気持ちになるのだろう?
きりきりと胸を締め付けるその感覚を振り切るように、可符香は望に背を向けてその場を立ち去る。
(わからない。わからないよ………)
心の中で呟いたその言葉を、あざ笑うようにもう一人の自分が告げる。
わからない?何を今さらとぼけてるんだか……
もうとっくに気付いているだろう?
自分の気持ちがどこにあるのか………。
316 :
266:2010/07/12(月) 19:08:36 ID:1bpulvGJ
『先生。長い間お世話になりました。私、帰るね』
『そんな顔しないで。私だってさみしいんだよ。でも、きっと大丈夫だから。頑張るから』
一人ぼっちの宿直室にぽつねんと座り込んで、望はかつての同居人、小森霧の事を思い出していた。
引きこもり続けていた彼女が学校から出て行ったのは、2週間ほど前のこと。
かなり以前から決めていた事らしい。
全座連には既に去年の年末の段階で彼女と交代する座敷わらしの派遣を要請していたらしい。
彼女の実家は座敷わらし不在でえらい事になっていた気がするが、彼女が戻るなら大丈夫だろう。
『少しだけでもいいから外に出て、色んな人に会いたい。そう思ってるの。……全部、先生やみんなのお陰だよ』
『ありがとう、先生。………大好き。でも、今はちょっとだけ、さよなら』
この学校で望やクラスメイト達と共に過ごした時間が霧を変えた。
初めて出会った頃、部屋の外の全てを敵だと思い込んでいた彼女はもういない。
校門の外まで見送った望に、最後に振り返って見せた笑顔には寂しさの色はあれど、かつての暗い影は欠片も残っていなかった。
一緒に見送った交は最後の最後まで、こぼれ落ちそうな涙を必至に堪えて、遠ざかっていく霧の背中を見つめていた。
それから、霧が作ってくれた最後の夕飯を無言のまま食べ終えると、緊張の糸が切れたのだろうか、ほどなく深い眠りに落ちていった。
そして一晩が明けて、目を覚ました交はいつにない真剣な顔で望に言った。
『オレ、蔵井沢に行くよ。ノゾム』
高校卒業後、故郷に戻りより本格的に華道に打ち込むことに決めたらしい倫。
彼女に祖父・糸色大を説得してもらい、蔵井沢の糸色本家で暮らし、そこで小学校に通う。
それが交の決断だった。
『オレが蔵井沢にいたら、父さん達もじいちゃんともっと楽に会えるかなって…そう考えたんだ』
そう語る交の瞳からはポロポロと、霧を見送ったときには我慢できた筈の涙がこぼれていた。
『だって…きりねーちゃんにカッコ悪いとこ、見せらんないよ……』
『私にはオーケーって事ですか?』
『…うん……だってノゾム、オレよりずっと弱虫だし………』
苦笑する望の胸に顔を埋め、優しく背中を撫でられながら、交はいつまでも泣いていた。
その後、倫による糸色本家への説得は成功し(それはもう、実の父である大が何も言えなくなるほどの凄まじいものだったらしい)
晴れて糸色本家で暮らせる事になった交は、倫より一足先に蔵井沢へと旅立っていった。
「………一人に、なっちゃいましたね………」
霧と交のいない宿直室は、薄ら寒いほどに広く空虚に感じられる。
卒業式が終われば、妹の倫だって蔵井沢に戻ってしまう。
望の周りにいた人々が、一人、また一人と姿を消していく。
取り残された子供のような気分の望は、他に何をする事も出来ず、最近はただ2のへを中心としたあの騒がしい面々の思い出に浸ってばかりだ。
「……そういえば、あなたももう居ないんですよね。常月さん……」
望が不意にちゃぶ台の上に置かれた、何やら小さな機械に向かって話しかける。
それは、小型の盗聴器とCCDカメラだった。
どちらも常月まといが望へのストーキングの為に使っていたものだ。
「聞こえてますか?見えてますか?……私は今、とても寂しいです……」
聞こえる筈がない。見える筈がない。
それらはもう役目を終えて、その回路に電気が流れる事はもう無い。
「これじゃあ、いくら話しても、こっちからは何も聞こえないし見えないです。…もう少し、気の利いた贈り物をしてくれもいいじゃないですか、常月さん?」
まといもまた、道を選んだ。
一世一代の彼女からの愛の言葉を、望は真っ向から受け止めない訳にはいかなかった。
彼が返した答えには、嘘や誤魔化しの入る余地はなく、まといは今の望の隣に自分の居場所はないと、そう悟った。
『それでも、私、諦めてませんから。きっともっと素敵な女性になって、先生を振り向かせますから』
泣き笑いの顔でそう言ったまといに託されたのが、この糸色望監視セットだった。
何がしかを決意し、一歩前に踏み出す事。
それはきっと喜ばしい事なのだろう。
「それなのに、今の私は………」
呟いた望の言葉に、答える者はいなかった。
317 :
266:2010/07/12(月) 19:09:20 ID:1bpulvGJ
ひらひらと桜の花びらが舞い散っっている。
霞む頭の隅っこの辺りで、望はそれが夢であると何とはなしに悟った。
あたたかな日差し。優しい風。
視界に映る全てが輝いているようだ。
どういう訳か上を向く事は出来ないけれど、空は見事なまでに晴れ渡っているだろう。
そして、望にはもう一つ気付いている事があった。
(ああ、これは………)
頚部を圧迫する慣れ親しんだ縄の感触。
地面から数十センチは離れ、宙ぶらりんに揺れている自分の足。
(夢の中まで……ですか。いい加減、自分でも呆れますよ)
絶望した!
死んでやる!
今までそんな事を幾度言ってきたか知れない。
それらは所詮、世の中を拗ねた、大きな子供が喚き散らし、誰かに見て欲しくて騒いでいただけの事だ。
でも、だけど……。
(本当にそれだけだったんでしょうか……?)
今更ながらに思う。
自分は本当に『消えてしまいたかった』のではないだろうか?
首を鍛え、自殺道具に細工を施し、万が一にも死ぬことのないように手を尽くしてきた望。
でも、もしもその『万が一』が起きていたら?
繰り返してきた自殺未遂のどれか一度でも成功したなら?
自分の心の奥底には、そんな暗く濁った願いがあったのではないのか?
夢の中、望は考える。
あの頃、2のへの面々に出会う前の自分は、いつも俯きながら歩いていた気がする。
周囲の景色などお構いなしで、ただ足元に伸びる自分の影だけを見つめていた日々。
そうだ。
そんな日々が変わり始めたのは………。
『いけません!!』
突然、耳に飛び込んできた馴染みのある声に望はハッとする。
(そうですか。これはあの時の……)
黄色いクロスの髪留めの下、青ざめた少女の顔が見えた。
(風浦さん……そんなに血相を変えて…あなたらしくもない……)
桜の枝から首を吊った望の体に、必至でしがみつき、地面に引きずり降ろそうと揺さぶる彼女。
よほど必死で気付いていないのか、それともわざとなのか、望の首は彼女に引っ張られて余計に圧迫されてしまう。
(てか、夢の中なのにどうしてこんなに苦しいんですか!?んなとこまで再現しなくていいですからっ!!!)
やがて、もがき苦しむ望の動きも手伝って、首吊りの縄は千切れ、二人の体は重なりあうように地面に倒れ込んだ。
『死んだらどーするっ!!』
ここが夢の中である事も忘れて、思い切り叫んだ望。
そんな彼の視線と、可符香の視線が交錯する。
(あ………)
まっすぐに自分の方を見つめてくる、曇りのない赤の瞳。
その瞳に魅入られたように言葉を失った望は、あの日、2のへの担任として今の学校にやって来たあの頃の事を思い出す。
(そうだ。この時、この瞬間から私は………)
巡る記憶のそこかしこに映る赤い瞳の少女の姿。
それは最後に、望の目の前にぺたんと座り込んだ、出会った頃の可符香の姿と重なって………。
そこで望の意識は夢の中からゆっくりと浮上してきた。
うっすらと瞼を開くと、まだ暗い窓の外の空に、ぼんやりと輝く月が見えた。
望はゆっくりと体を起こし、先程の夢の内容を思い返す。
「あまり勘の良い人間じゃないとは自覚してましたが、今更ながら自分で自分に呆れますよ……」
ぽろぽろと指の隙間からこぼれていくように、これまでの日常が失われていく。
多分、その動揺が望に見失わせていたのだ。
大切なこと、大事な人、決して忘れてはならないその気持ちを……。
もう、卒業式までの時間はいくらもない。
それでも動き出さなければ。
たとえ、どんな結果に終わるとしても、今ここでやらなければ後悔する事がある。
暗い天井を睨みながら、望はぎゅっと拳を握りしめたのだった。
318 :
266:2010/07/12(月) 19:09:53 ID:1bpulvGJ
そして翌日。
「つまり、きっちり責任を取るつもりは無いと?」
「あ、うう…そういう事になるんですかね?」
「許せない…許さない………」
「はい、わかってますよ。いつもの事ですから…今更あなたから逃げおおせられるなんて思ってませんからぁ!!!!」
「うぅなぁあああああああああああああっっっっっ!!!!!!!」
「いやぁあああああああああああああっっっ!!!!」
千里の右手が放ったスコップによる突きの一撃は、さらに彼女の手首回転が加わる事でさながら削岩機の如き威力を発揮した。
それをまともに食らった望は、憐れその体は宙に舞い、校舎に強かに叩きつけられたのだった。
「あれ?これで終わりなんですか?もっと洒落にならない事されると思ってたのに……」
「先生は私の事を何だと思ってるんですか。………まあ、もうニ、三発くらいやってもいいかな?とは思わないでもないですけど…」
「すみません。ホント、勘弁してください」
必殺スコップ攻撃を食らってズタボロになった望と、当の加害者である千里。
可符香は校舎の陰に隠れて、二人の会話にじっと聞き入っていた。
「でも、良いんですか?さっき、はっきりと言ってくれましたよね。あなたはずっと私の事を……」
「そりゃあ、良くはないです。良くはないですけど……」
望の悲鳴を聞いて思わず何事だろうかと駆けつけた可符香だったが、二人のこんな会話を聞く事になるとは思わなかった。
(そっか…千里ちゃんは先生に自分の気持ちを伝えて……)
おそらくは千里にとっては一世一代、ずっと胸の奥で温めてきたその想いを言葉にして伝えたのだ。
望はそれを真っ向から受け止めた。
逃げず、誤魔化さず、自分の答えを返した。
千里の気持ちを受け入れる事は出来ない、と。
その結果が先程、可符香の耳にも届いた千里の怒りの一撃だったわけだ。
「良いわけがない。本当は今だって、先生に『好き』だと言ってもらいたい。そう思っています。でも……」
「木津さん………」
「本当は心のどこかで、先生がいつもみたいに逃げ出して、ぜんぶうやむやにならないかって、そんな事を考えてたんです。
ほんと、きっちりしてませんよね?だけど、先生は私の言葉に、私の気持ちに、ちゃんと真正面から答えてくれた。だから、もういいんです……」
次第に涙声に変わっていく千里の声に胸が締め付けられるようで、可符香は壁を背にその場に座り込んだ。
千里の言葉の一つ一つが、可符香の胸の奥に埋もれていたものを抉り出していく。
可符香がずっと見ないふりをして、やり過ごしてきた事。
それに千里はありったけの勇気で挑みかかった。
そして今、彼女はその答えを手に入れた。
たとえそれが彼女の望むものではなかったとしても………。
「先生っ!先生…せんせ……ぐすっ……ごめんなさい。涙、止まらなくて……」
「木津さんが謝る必要なんて何にも無いですよ。ほら、涙を拭いて…」
結局、千里が泣き止み、二人がどこかへ行ってしまうまで、可符香は物陰に隠れたままじっとうずくまっていた。
冷たいコンクリートの壁に体温を奪われ、冷え切った体を抱えて、可符香が歩き出したとき、
彼女はゆっくりと、自分のやるべき事、やりたい事について考え始めていた。
319 :
266:2010/07/12(月) 19:10:32 ID:1bpulvGJ
学校からの帰り道を一人とぼとぼと歩きながら、可符香はずっと考えていた。
(千里ちゃんは選んだ。決めた。…逃げたりしないで、自分の気持ちを先生に伝えようって…)
頭の中に望と千里のやり取りが何度も繰り返し再生される。
(なら、私はどうするの?この胸の中のモヤモヤを、一体どうすれば……)
思い悩む可符香にもう一人の自分が囁く。
『モヤモヤ』だなんて、まだそんな事を言っているの?
もう分かっているんでしょう?その気持ちがどんな意味を持っているのか……。
(………分からないよ…だって、こんな気持ち…胸が苦しくなるようなこの感じ…本当に初めてなんだから……)
失って、奪われて、見捨てられて、引き離されて………。
可符香の人生における他人との関わり合いは、いつもそんな不幸な結末を迎えてきた。
だから、可符香は極力、自分に近づいてくる人間に心を開かないようにしてきた。
失いたくなければ、最初から手に入れなければいい。
満面の笑顔で心を覆い尽くして、いつか来る別れの日までの時間をやり過ごす。
苛烈な人生を歩んできた可符香が自分の心を守るために編み出した方法がそれだった。
だけど、唯一、あの2のへでの生活だけはそれまでと違っていた。
騒がしい友人達の声が、その真ん中にいる望の笑顔が、どうしても忘れられない。
(私は…一体どうしたら………?)
そんな時だった。
ひらり。
可符香の視界を何かが舞い落ちていった。
ハッと顔を上げた可符香はそこで目にする。
「そっか、もう咲き始めていたんだ……」
頭上を覆う桜の枝の至る所に既に開いた花が、あるいは開きかけのつぼみが姿を見せていた。
ここ数日の晴れ日がこの後も続くなら、卒業式には満開の桜が見られるだろう。
「そうだ。私はここで初めて先生と出会って………」
可符香は思い出す。
「これが桃色若社長だから……ここにぶら下がってたんだ、先生……」
生半可な事では動じない彼女も、望のあの姿にはすっかり取り乱してしまった。
何しろ、父親が『身長を伸ばそうとした』経験があるものだから、トラウマをざっくり抉られてしまったのだ。
無我夢中で地面に引きずり下ろしたその人物の第一声は
「死んだらどーするっ!」
全くめちゃくちゃだ。
可符香が望に抱いた最初の印象は、変わった人、騒がしい人、そんな所だった。
だけど……
「それから、全部が変わっていったんだ……」
ずっと前しか見ないで走ってきた。
自分を捕らえようとするもの、絡め取ろうとするもの、それらを全て振り切ってただひたすらに前向きに。
背後から迫る不幸の黒い影に、決して捕まる事のないように。
だけど、それは自分の周囲の人間までも振り切って、一人ぼっちになるのと同じ事だった。
それでも、可符香はそれ以外にこの世界を生き抜く方法を知らなかった。
このままずっと一人で走り続けて、一人ぼっちで人生を終える、そう思い込んでいた。
だというのに……
(先生はぜんぶ違ってた……)
騙されやすく、後ろ向きで臆病で、そのクセ変にお人好しな、なんだか子供みたいな彼。
糸色望はあろうことか、全速力で走る可符香の隣を並走し始めたのだ。
文句を言いながら、悲鳴を上げながら、そんなに嫌ならやめればいいのに、結局彼はいつも可符香の隣に居続けた。
彼女の隣で笑ってくれた。
そんな望につられて、可符香も変わっていった。
今まで見向きもしなかったもの、前だけを見ていた可符香の視界に入らなかった右や左や後ろの景色が彼女の視界に広がっていった。
世界が色を変えた。
そして、その隣ではいつだって、困ったような笑顔を浮かべてあの人が寄り添ってくれていた……。
「先生………っ!!!!」
堰を切って溢れ出した感情が可符香の胸を埋め尽くす。
ドキドキと高鳴る胸をぎゅっと抱きしめて、今こそ可符香は確信した。
「私は、先生の事が………」
320 :
266:2010/07/12(月) 19:11:05 ID:1bpulvGJ
一方その頃、学校の宿直室。
望もまた、可符香と共に過ごした日々に思いを馳せていた。
「風浦さん……」
世の中には何もいい事なんて無いと拗ねて、下ばかり向いて歩いていたかつての望。
「だけど、あなたが変えてくれたんですよね…まあ、かなり無茶ばかりしましたけど……」
止まる事を知らないかのような可符香の背中を追いかけて、望は必死で走りだした。
痛い目や危険な目に遭う事は多かったけれど、それが辛かったのかと聞かれれば、迷わずNOと答える。
「楽しかったです。本当に……」
あの日、可符香に首くくりの木から引き摺り下ろされて始まった日々。
彼女と共に走り抜けたその時間は望にとって何にも代える事のできないものだ。
2のへで起こる大騒ぎの最中、望の傍らにいつの間にかちょこんと座り込んでいたあの少女。
彼女が何を思って望の傍に居てくれたのか?
それは分からない。
ただ、そんな2のへでの毎日が徐々に育んでいったこの気持ちを、今は信じていたかった。
「風浦さん、私は決めました……」
ネガティブで後ろ向きな青年の、一生一度の太決心。
ゆっくりと立ち上がった望の向かう先はただ一つしかなかった。
自宅のベッドに腰掛けて、可符香は携帯のアドレス帳を開いていた。
画面に映るその名前をじっと見つめて、ゴクリと唾を飲み込む。
「伝えよう。先生に……」
震える指先で携帯のボタンを操作する。
何度目かのコール音の後、ずいぶん久しぶりに思えるその声が可符香の耳に飛び込んできた。
「もしもし、風浦さん?……こんな時間にどうしたんですか?」
「あ、先生…その……」
いつもは淀みなく出てくる言葉が、今日は喉の奥につっかえたように出てこない。
喉がカラカラに乾いて、頭がくらくらして、自分が何を言おうとしていたのかさえ、一瞬分からなくなりそうになる。
それでも、携帯をぎゅっと握り締め、可符香は一つ一つ言葉を紡いでいった。
「は…話があるんです…先生に。…とっても…大事な話が……」
「そう…ですか……」
望の声に若干強張ったように感じられて、可符香の緊張はいよいよ高まる。
それでも、爆発してしまいそうな心臓の音を押さえつけて、可符香は望に伝えた。
「だから…今から先生の所に行ってもいいですか?」
「……………」
その一言を言葉にしただけで、可符香の胸は酸素を求めてゼイゼイと息切れをする。
果たして望はこの申し出を受け入れてくれるのか?
今日の昼、千里の告白を逃げずに受け止めた彼ならば、きっと大丈夫だとは思うのだけれど………。
「……すみません。それ、無理です」
だが、返ってきた答えはあまりに残酷なものだった。
瞬間、可符香の思考は真っ白になって、何も言えなくなってしまう。
やがて、その言葉の意味を十分に理解した可符香は、ポツリと口を開いて……
「ごめんなさい、先生………」
それだけ言って、通話を終了しようとした。
だけど……。
「ちょ、ちょっと待ってください!!風浦さん、あなた、誤解してますからっ!!!」
「えっ!!?」
慌てた様子の望の声に可符香は顔を上げた。
「あなたと話したくないとか、そんな事じゃないんです。というか、むしろこっちが……」
その声は手にした携帯電話からだけではなく、可符香の暮らすアパートの、ドアの外からも微かに聞こえていた。
「先生……いるんですか……?」
「はい………」
転びそうな勢いで玄関まで飛び出した可符香は、ゆっくりと開いたドアの向こうにその人の姿を見た。
「……風浦さん、私もあなたに話したい事があります………」
いつもと変わらぬ苦笑交じりの表情で、望はそう言ったのだった。
321 :
266:2010/07/12(月) 19:12:08 ID:1bpulvGJ
街灯に照らされた暗い道を可符香と望が歩いていく。
(部屋の中で二人きりで話すのは……)
(流石に気まずいですからね…………)
期せずして同じ考えに至った二人は、外に出て散歩しながら話をする事になった。
というわけで、丸い月の見下ろす夜空の下、二人は微妙に距離を開けつつ並んで歩いているのだが……
「そういえば、最近、風浦さんとあまり話せてませんでしたね……」
「……そうですね。こんなに落ち着いて先生と話すなんて、本当に久しぶりな木がします……」
二人揃って本題に入るタイミングを見失い、ここ最近の近況という当たり障りのない話題でお茶を濁していた。
事前に『話す事がある』と伝え合ってしまった事で、望も可符香も相手の出方を窺って、萎縮しているようだった。
(いけません!これを逃したら、もうチャンスは無いかもしれないのに……っ!!!)
(先生にちゃんと気持ちを伝えるって決めた筈だったのに………っ!!!)
眼に見えない煩悶を腹の中に抱えながら、二人は行く当てもなく夜の街を歩く。
その内、二人はとある踏切にさしかかった。
「あ…ここは?」
「……?どうしたんですか、先生?」
「むぅ…まさか風浦さん、忘れたとか言いませんよね?」
「いえ、さっぱり記憶に無いですけど?」
あっさりとそう答えた可符香に、望は若干不機嫌そうな表情を見せて
「ほら、私が転任してきたばかりの頃、ここの踏切であなたに背中を押されて……」
「ああっ!直前まで『死なせてください!!』って言ってたのに、間一髪列車に轢かれずに済んで『死んだらどーするっ!』って叫んでた……」
「うぐ…それは置いといてですね……」
「あの時に改めて実感したんですよね。先生の生き意地のきたな…もとい、どれだけ命を大切になさっているかを……」
可符香の切り返しに完全に言葉を詰まらせる望。
彼女はさらににっこりと微笑んで
「あ、それともチキンの方が分かりやすかったですか?」
「うぅ…もういいです…参りました……」
すっかり拗ねてしまった望の姿に、可符香がくすくすと笑う。
「そういえば、その後でしたよね。先生が小森ちゃんの家を訪ねたのは……」
「…ええ、そうでしたね。小森さんの家の前であなたとばったり鉢合わせして……」
そんな話をきっかけに、二人の話題は望が2のへに転任してきた頃の思い出話にシフトしていく。
「今ではすっかりお馴染みになっちゃいましたけど、常月さんが袴姿になったのもちょうどあの頃からなんですよね」
「あびるちゃんのバイト先の動物園で、虎に食べられそうになったり……」
「木村さんがうちのクラスに来たのもちょうどその頃でしたね」
「芽留ちゃんや先生といっしょにポロロッカと交信したり………」
「いえ、あの時、何か聞こえてたのはあなただけですから……」
次々と浮かび上がってくる記憶は止まる事を知らず、二人は夢中になってかつての2のへでの日々の事を語り合った。
その中で望と可符香は改めて実感する。
(……そうだ。先生はずっと私の隣にいてくれたんだ……)
(……風浦さんと過ごす毎日は本当に楽しくて……だから、私は……)
それぞれが胸に抱く思いが熱を帯びていく。
その熱が二人の気持ちに確信を与える。
いつの間にか、少しだけ開いていた筈の二人の間の距離は縮まって、肩と肩が触れ合うほど近くに寄り添って歩いていた。
そして………。
322 :
266:2010/07/12(月) 19:12:41 ID:1bpulvGJ
「あっ………」
二人はY字路にさしかかって、その足を止めた。
可符香の家への道と、学校へ至る道のちょうど分岐点。
しかし、今の望と可符香にはこのY字路がそれ以上の意味を持ったものに感じられていた。
(多分、これがラストチャンスなんでしょうね……)
(ちゃんと先生に伝えなくちゃ………)
二人の鼓動がまたドキドキと高鳴り始める。
先程まであれほど楽しげに思い出を話していた口が急に重くなる。
緊張に全身が強ばり、忘れていた筈の不安感が頭をもたげてくる。
………しかし、それでも、今の二人が抱く気持ち、その確信は揺らがなかった。
「風浦…さん……」
「えっ…あ…先生……?」
先に口を開いたのは望だった。
彼は自分の手の平を可符香に差し伸べて、言った。
「この手を握ってくれませんか?……この先の道を、私と一緒に歩いてくれませんか?」
まっすぐに自分を見つめる眼差しに、可符香はそれが言葉以上の意味を持ったものであると理解した。
………この先の道を、人生を、先生とずっと一緒に………
「私はこんな男ですから、あなたを幸せにするなんて、とてもじゃないけど言えません。
だけど、あなたがこの手を握ってくれるなら、私はどんな道だって進んでいけます。だから、風浦さん……」
望の言葉がゆっくりと、可符香の胸の奥にまで染みこんでいく。
嬉しくて、ただ、嬉しくて…可符香は胸がいっぱいになって何も言葉を返す事が出来ない。
答えは一択。
迷う必要は無い。
ただ、目の前のこの手をしっかりと握ればいい。
だけど………。
(どうして…こんな時に……っ!?)
可符香の脳裏をよぎる、かつての別れの記憶達。
失い、奪われ、引き裂かれ、一人で歩いてきた記憶が可符香の心を締め付ける。
もしも、この優しい手の平を失う事になったとしたら、その時自分はどうなってしまうのだろう?
言い知れない恐怖が、彼女の決断を躊躇わせていた。
(だけど…それでもっ!!)
それでも、可符香は選んだ。
「先生…っ!!!」
望の手の平をぎゅっと握り締め、そのまま彼の胸に踊りこんだ。
恐怖が消えた訳じゃない。
不安は相変わらず胸の奥を締め付けている。
だが、たとえいつか失われる運命だったとしても、可符香はこの選択を後悔しないだろう。
「先生…好きですっ!!」
「風浦さん……」
望の腕が背中をぎゅっと抱きしめる感覚に、可符香は身をゆだねる。
好きなんだ。
大好きなんだ。
この手を拒む事がどうして出来るだろう?
失い、奪われ、引き裂かれるというのなら、全力でそれに抗おう。
この手をずっと握っていよう。
「風浦さん、私もです。……私もあなたを愛しています……」
そして、望のその言葉が可符香のその決意を、強い確信へと変えた。
やがて、二人は指と指とを絡め合い、ぎゅっと手を握り合ったまま、学校へと続く道へ……
望と可符香が一緒に生きる未来へと歩み出したのだった。
323 :
266:2010/07/12(月) 19:14:26 ID:1bpulvGJ
ガラガラと引き戸を開けて、二人は宿直室の畳に腰を下ろした。
今、この学校には望と可符香の二人以外誰もいない。
「そっか…交君も小森ちゃんもみんな出ていってしまったんですね……」
「ええ。もう二度と会えない訳じゃないですが、寂しいですよ、正直なところ……」
「みんなとも、後数日でお別れなんですね……」
「……そうですね…」
間近に迫った別れを想って、二人の間にしんみりとした空気が流れる。
しかし、望はそんな雰囲気を振り払うように笑顔を浮かべて
「それでも、良かったですよ。この学校に来て、みなさんに会う事が出来て……」
可符香も柔らかな微笑みを浮かべて、望の言葉を引き継ぐ。
「そうですね。私もみんなに会えて良かった……」
「……それに…今はあなたがここにいてくれますから………」
望の腕が、隣に座った可符香の華奢な体を掻き抱く。
そのまま、引かれ合うように唇を重ねた二人は、しばらくの間、初めて味わう愛しい人とのキスに没入する。
「ん…ぷぁ……せんせ…」
「…風浦…さん……」
最初は唇を触れ合わせるだけだったそれは、次第に激しさを増し、どちらともなく突き出した舌を絡め合うようになる。
互いの唾液の味に溺れ、脳の芯まで痺れるようなその感覚に我を忘れた二人は、無我夢中でその行為に酔い痴れた。
「あっ…うぁ……んんっ…先生…もっと触って…強く抱きしめてください……」
「くぅ…ううっ……風浦さんっ!…風浦さん……っ!!!」
ずっと胸の奥に秘めてきた互いの想い、それを確かめた事がトリガーになったのだろう。
溢れ出る熱情はタガを外され、二人はより激しく、より強く、お互いの熱と手触りを求めて抱きしめあった。
「ひぁ…はぁ…うああっ!!」
セーラーの裾から入り込んだ望の手の平が、可符香の白磁の肌を滑る。
その指先は興奮のせいかより敏感になった可符香の肌の上を縦横無尽に走りぬけ、痺れるような感覚に可符香は切なげに声を上げる。
「うぁ…ああっ……くぅ…さすが、昔は男女のべつまくなし、やんちゃで鳴らした先生です…」
「……うぅ…なんだってこのタイミングでそういう事を言うんですか?」
「事実じゃないんですか……?」
「……それは……そういう時期が無かったとは言いませんが……あうあう…」
可符香はすっかり弱り切ってしまった望の頬に両手をあてがい、もう一度優しくキスをする。
「でも…今は私だけの先生……なんですよね?」
「……はい。…正直、もうあなた以外の誰も目に入らないって、そんな気がします……」
望の言葉を聞いてうれしそうに微笑んだ可符香に、今度は望からお返しのキスをする。
それから、望は可符香のセーラーをたくし上げ、ブラを外し、露になった形の良い両乳房にそっと触れる。
「ひ…うんっ!…あ…くすぐった…ひぅううううっっっ!!!」
「…きれいですよ、風浦さんの体……」
「だめ…です……そんな事言わないでぇ…あっ…くぅうううううん!」
あくまで丹念に優しく、可符香の胸を愛撫する望の手先の動きは繊細そのものだ。
まんべんなく揉まれた双丘はじんじんと痺れ、先端のピンクの突起を刺激される度、可符香の喉から甘い悲鳴が漏れる。
さらに望の指先は可符香の体の至る所をまんべんなく愛撫し、やがて彼女の体は火傷しそうな熱を帯び始める。
「…ああっ…せんせっ…も…熱くて…おかしくなりそうです……っ!!!」
最初は遠慮がちに押さえられていた声も、もうこうなってしまっては歯止めがきかない。
迸る快感と、感情のうねりに任せて、可符香は叫び、泣く。
そして、それは望にしても同じ事だった。
「風浦さん…好きです……その声も、涙も、あなたの全部が……だから、もっと見せてください……っ!!!」
生物の本来的な欲望に、愛しい人と触れ合い、愛し合える歓喜が混ざり合って、その熱を加速させていく。
太ももの内側に指を這わせたとき、鎖骨にキスをしたとき、ビリビリと震える可符香の体の感触に望の熱情は高まっていく。
「はぁ…はぁ…せんせ…うあ…ああああっ!…先生…っ!!!」
「…風浦…さんっ!!!」
互いの体をくねらせ、絡ませ合う二人の動きは激しさを増していく。
衣服の布地が畳の上を擦る音、荒く切れ切れの息遣い、触れ合った肌から感じる微かな鼓動。
その全てに愛しい相手の事を感じ取って、望と可符香はさらに強く深くその熱の中に溺れていった。
324 :
266:2010/07/12(月) 19:15:07 ID:1bpulvGJ
やがて、望の指先は可符香の両脚の付け根の間、一番敏感で大事な場所に触れる。
指先に触れた熱い蜜の感触に背中を押されて、望は可符香のショーツをずらし、今度は直接その場所を愛撫する。
「ひぁ…ああっ…せんせ…やぁ…先生のゆびがぁっ!!!…ふああああああっっっ!!!」
誰にも触れられた事の無かったその場所に、望の指先が触れている。
恥ずかしさと快感が絡み合うように押し寄せて、可符香はたまらず望の背中にしがみついていた。
「せんせ…すごい…きもちよすぎて…どうにかなっちゃいそうで…ひああっ…やあああああっっっ!!」
何度となく入り口の部分を指で撫で、かき回し、溢れ出る愛蜜で手の平がびしょびしょになるまで、望は可符香を攻めつづけた。
「うあ…ああっ…せんせいのが…ほしいですっ!!!」
「……風浦さん…私も…風浦さんとひとつに……っ!!!」
やがて、高まり続ける快感と熱の中で、二人は次の段階に進む事を決めた。
一番敏感で熱い部分で繋がり合って、快楽を共有し、互いの存在を感じ合いたい。
望は自らの分身を、可符香の秘所の入り口の部分に押し当てた。
「風浦さん………」
「せんせ…きて……」
望と可符香は互いの気持ちを確かめ合うように、長い長いキスを交わしてから、ついに挿入を開始した。
ゆっくり、ゆっくりと可符香の中に沈み込んでいく望のモノは、やがて引き裂くような痛みと共に少女の体を貫いた。
「あっ…くぅ……痛…ぁ……」
「だ、大丈夫ですか、風浦さん!?」
「だいじょうぶです。…いたいけど、平気……それよりもっと…もっと先生の事、私に感じさせてください……」
掠れそうな声で哀願する可符香の言葉を受けて、望は腰を動かし始める。
あくまで初めての痛みに震える少女の体を気遣うように、ゆっくりと……。
「…ふあ…あああっ!!…せんせいの…あつい……っ!!!…く…うぅうううっ!!!」
望が腰を動かす度に、可符香の体を痛みと快感が混ざり合った強烈な感覚が貫いていく。
強烈な刺激の渦が、体の内側で暴れまわって、もう何も考える事が出来ない。
ただ、自分のことをいたわるように抱きしめる望の腕と、体の内側に感じる望の感触が、可符香をさらに激しい行為に駆り立てていく。
「ああっ!…風浦さんっ!!…風浦さん……っ!!!」
「…せんせ……せんせいっ!!!…好きっ!!…好きですぅ……!!!!」
痛みも、快楽も、熱も、愛しい人と交わり感じられるその全てが愛おしい。
もっと強く、もっと激しく、大好きな『あなた』を感じて高みに上り詰めたい。
重ねた手と手、指と指を絡みあわせて、互いの息遣いと鼓動をシンクロさせて、可符香と望はより深く交わっていく。
「ひあっ…あああっ!!…あ…せんせ…すごい…せんせいのがあつくて…わたしぃ……っ!!!」
迸る甘い痺れに、燃え上がる熱に、可符香は全身を震わせて望にすがりつく。
望はそれに応えて、可符香の華奢な体を抱きしめて、激感に震える少女の額にキスをしてやる。
痛くて、気持ちよくて、熱くて、愛しくて、渦巻く感覚と感情が可符香と望を高みへと押し上げていく。
「うあ…せんせいっ!!…あついのがこみあげてきて…わたし…もう……っ!!!」
「風浦さんっ!!…私もっ!…私もいっしょにっ!!!!!」
一際強い突き上げと共に、可符香の体の奥で弾ける熱。
それはギリギリまで張り詰めていた糸を断ち切り、可符香の心と体を絶頂へと導く。
「風浦さんっ!!愛してますっ!!風浦さん……っっ!!!!」
「あああああああっ!!!!!せんせ…好きっ!!!…せんせいぃいいいいいいいいっっっっ!!!!!」
細い体を弓なりに反らせて、絶頂感に体を震わせる可符香。
やがて、その体からは糸の切れた操り人形のように力が抜けて、望の体にくったりと寄りかかる。
望は初めての行為に息を切らせる可符香の背中を優しく撫でてやる。
やがて、その呼吸が落ち着いた頃、可符香はゆっくりと顔を上げて
「先生…好きです……」
「私もですよ、風浦さん……」
優しく微笑みあった二人は、そっと唇を重ねあったのだった。
325 :
266:2010/07/12(月) 19:15:41 ID:1bpulvGJ
そして、卒業式当日。
粛々と進められる式の様子を、望はただじっと見守っていた。
これで見納めとなる生徒達の姿を目に焼き付けようと、まばたきする瞬間さえ惜しんで、教え子達を見つめていた。
式が終わりに近づくと、感極まって涙をこぼす生徒や教師の姿もちらほらと見られたが、望は不思議と涙を流せなかった。
ただ、胸に込み上げてくる寂しさと喜びが入り交じった、言い表わし難い感情を押さえ込むのにはひどく苦労した。
「……まあ、教室に戻って最後のホームルームをしてる内に、結局大泣きしちゃったわけですが……」
「凄かったですね。涙も鼻水もぜんぜん止まらなくて、結局クラスのみんなに総出で慰められて……」
「うう、情けないです………」
そして、今、望は可符香と共に、思い思いに記念写真を撮ったり、後輩達に声をかけたりしている卒業生達に紛れて、舞い散る桜の中に立っていた。
「みんなここを出て行くんですね。この学校を旅立って、それぞれの道に進んで……」
可符香は、少し寂しげな望の顔を見て、彼の手の平に自分の手をそっと重ねた。
そして………。
「でも、私がいますから。……私はずっと、先生のそばにいる。そう決めましたから……」
「わかっています。……ありがとう、風浦さん」
望はその言葉に応えて、可符香の手をぎゅっと握り返し、優しい微笑みを彼女に向けた。
可符香はそんな望の様子を見て、照れくさそうに頬を染めた後、望の体にそっと寄り添ってきた。
その温もりに望は改めて決意する。
この手を決して離さない。
ずっと彼女の隣にいて、彼女と一緒に歩いて行こう。
それこそが、あの夜、二人で手と手を握り合い、選び取った道なのだから……。
と、望がそんな感慨にふけっていた時である。
可符香が不意に口を開いた。
「先生、そういう訳で私達は一緒になる事になった訳ですけが」
「はい……」
「人生には色々な辛い出来事もあるわけで」
「まあ、そうですね……」
「私たちはこれから、そういう試練を乗り越えていかなきゃならないんです。……と、いう訳で!!」
「はいっ!?」
突然、可符香がビシッと指差した方を見て、望は完全に凍りついた。
「そっか…二人ってそういう仲だったんだ……」
セーラー服の肩に毛布をひっかけた奇妙な出で立ちの小森霧が……
「一度は諦めたつもりだったけれど、こんな風に見せつけられたら、ちょっと黙ってられないですよね……」
同じく久しぶりのセーラー姿の常月まといが……
「やっぱり、キッチリとけじめはつけなくちゃいけないわよね……」
スコップを肩に担いだ木津千里が……
そして、かつての2のへ女子メンバー達が異様な妖気を漂わせて、そこに立っていた。
「ちょ…皆さん、待ってください!!そんな殺る気満々で来られたら、さすがの私も……」
まさに蛇に睨まれた蛙状態の望の背後にちょこんと隠れた可符香が、彼の耳元で囁く。
「愛の試練・その1です。先生の健闘を祈ります!」
「ふ、風浦さんまでそんな……ああ、皆さん武器をこっちに向けないで……っ!!!!」
泣き笑いの表情の望にじりじりと迫る女子生徒達。
どうやら望の受難はそう簡単に終わってくれはしないようだった。
326 :
266:2010/07/12(月) 19:16:07 ID:1bpulvGJ
以上でおしまいです。
失礼いたしました。
GJなんだが既視感が…
保管庫に似たような話なかったっけ
328 :
266:2010/07/13(火) 20:15:13 ID:Xx3uNOBz
うーん、そうですか……
保管庫で卒業絡みの望カフな話があった気がしますが、そこまで似てる作品があったんですねぇ……
今回のSSは(あくまで客観的評価ではなく私個人の手応えとして)よく書けたんじゃないかと思っていたので、
正直、少しガッカリしています
卒業はけっこう題材だし、被ったことをそう気にすることはないんじゃない?
そういえば進級をテーマにした話は読んだことがない気がする
ループを抜け出した瞬間、って点ではある意味卒業より重要かも
望と新羅
岸谷 新羅へ置き換えた後、新羅の方が望より性能では優れている事が分かる。
新羅の加速性能は電車並みの加速性能を持っています。
望=DML30HSH(440馬力)、DW9.4(変速1段、直結1段)だろ。
新羅=カミンズ DML30HZH(840馬力) DW30H(変速2段、直結4段)
エンジン音では新羅の方はキハ110系のような音を発する。
トルクコンバータの構成は望は1段3要素(2相形)だが、新羅は1段3要素
(外向きタービン形)のため、ストールトルク比では新羅の方が断然上です。
望には無い機能としては、コンバータブレーキ機能、CCS装置を備えています。
最終減速比は二人とも同じで、約3.750と高めに振られています。
新羅のエンジンは大出力の軽量エンジンで、エンジンの乾燥重量は、
望のDML30HSHの約4,000kgに対し、新羅のDML30HZHは約2,954kgとなっている。
332 :
h-getash:2010/07/14(水) 19:55:38 ID:FfD8/q32
266さん卒業SS、GJです。
二人の距離感がいいですね。
自分も書いてきました。
望カフのエロ無しです。
333 :
h-getash:2010/07/14(水) 19:56:37 ID:FfD8/q32
『失踪の日々』
『私は今の生活に疲れてしまいました。
どこか遠い地で残りの人生をひっそりと暮らしていきたいと思います。
どうか探さないでください…
望 』
「こんなもので良いでしょうか」
望は自分の書いた文章を読み返して、教壇に置く。
そのあと少し辺りを見渡して人がいないか確認する。
「常月さん…いますね」
「はい、ここに」
望に呼ばれるとまといが何処からともなく現れる。
一体どうやったらここまで上手く隠れれるのかいつか聞いてみたいものだ。
だが今の望の目的はそれではない。
「朝、お茶を淹れすぎたんですけど飲みますか?」
「ありがとうございます」
まといが望に貰ったものを受け取らない訳があるはず無い。
望の予想通りまといは嬉しそうにお茶を飲み干す。
飲み終えてしばらく経った後、まといは謎の眠気に襲われ、眠りについてしまう。
「旅立ちパックの睡眠薬がこんな所で役に立つとは思いませんでした」
まといが完全に眠りについたのを確認して教室を後にする。
望の苦労の日々が始まろうとしていた。
望の思惑通り教室はざわめいていた。
原因はもちろん担任である望がやって来ない事である。
「一体先生は何しているの!」
時間通りにやって来ない望にとうとうしびれを切らし、千里が声を荒げる。
確かに、千里程ではないが他の生徒達も待っているのにうんざりしている所であった。
そして例によって例のごとく、また可符香が教壇に置いてある紙に気がつく。
「先生はまた取材でお休みです」
「またかよ!」
千里がツッコミをした後に智恵が教室に入ってくる。
「という事なので、出席だけでも取りますね」
久しぶりの出席を取り、その日の自習は望の話で持ち切りになった。
話の結論はまぁいつか帰ってくるだろうというところに落ち着き。誰も望の心配をする人は
出てこなかった。
「そういえばまといちゃんは?」
「先生の紙の横に『先生を探す旅に出ます。』っていう紙があったからきっと探しに行ったんだと思うよ」
望がいなくなってから二週間ほど経ったころ、いつも通り賑やかな2のへの教室を遠くから
見つめる影があった。
「何で誰も心配してくれないんですか!」
そんな普通少女が言いそうな事を言ったのは失踪した望、張本人だった。
失踪したのは気紛れだったが、ここまで気にも止められないと面白くない。
「絶望した!薄情な生徒達に絶望した!
いいですよ、こうなったら探しに来てくれるまで絶対に戻りません!」
半分逆ギレ気味に望は2のへ生徒達を見張り、帰るタイミングを計る事にした。
334 :
h-getash:2010/07/14(水) 19:57:12 ID:FfD8/q32
「ねえ、あれから二週間経ったけど、先生いつまでやってるんだろう」
奈美が退屈そうに言う。
望のいない2のへはいつもと比べ、大人しくなっている為に、多少刺激が足りないものがあった。
もちろんいつもと比べるとだが…
「あと一週間もしたら食べる物でも無くなって帰ってくるんじゃないかな?」
あびるが答える。
そんな2のへメンバーが話し合っている中、可符香だけが窓の外を眺めていた。
窓の外でこそこそとしている影を発見したあと、視線を外して何事も無かったように装う。
「可符香ちゃんはどう思う?」
全員がそれぞれの予想を言い終わり、最後に残った可符香の考えを求める。
「うーん、あの調子だったら当分戻って来ないと思うよ」
「随分具体的だね、もしかして知っているとか?」
望の様子を全て知っているような可符香の返答に奈美は首を傾げる。
「いやだなぁ、あくまで予想ですよ。いくら私でも見ていないものを知っている訳無いじゃないですか」
可符香は笑って言う。
奈美は「そうだよね」と納得してそれ以上深く追求しなかった。
…望が失踪してから三回目の日曜日…
「皆さん楽しそうですね…」
望は今、遊園地のベンチに腰かけていた。
みんなで遊びに来ていた2のへ一行についてきてここまで来たのである。
「遊園地で一人なんて悲しいですね…」
望は今の状況に溜息をつく。
手に持つ双眼鏡の先には楽しそうに笑う生徒達。
もう少し心配してあげてもいいのでは…と本人じゃなくても思ってしまいそうである。
「今度はお化け屋敷ですか…あまり得意じゃないんですけどねこういうの」
と言いつつもノリノリでお化け屋敷に入っていく。
何だかんだで望は遊園地を満喫していた。
…お化け屋敷内部…
「暗いですね…」
暗い通路を道なりに進む、恐る恐る歩いていると何かが横に来て、一瞬だけ光が現れる。
「う、うわーーーーー!!!!」
「さっき…先生の声が聞こえなかった?」
出口のすぐそこまで進んでいた奈美が尋ねる。
「気の性じゃないかな。失踪中の人が遊園地に来ないと思うよ」
それにあびるが答える。
「あれ?可符香ちゃんカメラ持って来てたの?」
「うん、自分が写ってる写真が無かったら後でいじけちゃうかなって思ったから」
「誰が?」
「目の前にお家があるのに帰ろうとしない迷子さんです!」
「……?」
可符香の言葉の意味を理解することが出来ず、奈美は首を傾げる。
だが途中で考えるのを止めて次のアトラクションに向かった。
335 :
h-getash:2010/07/14(水) 19:57:40 ID:FfD8/q32
……っとそんな事もありながら殆どのアトラクションをあらかた乗り終わり、ベンチに座って
休憩をしていた。
「私達こんなに写真撮ったっけ?」
奈美がフィルム数残り僅かのカメラを見つめて言った。
「私達は乗るの優先してたけど、カメラ使ってた可符香ちゃんが時々ふらっといなくなった
りしてたからそういう時に何か写してたんじゃないかな?」
「うん、そうだよ」
晴美がそう言うと可符香は頷く。
そのあと可符香は急にベンチから立ち上がりカメラを手に持ってみんなの前に立つ。
「それじゃあ最後にみんなを撮ってあげる」
「可符香ちゃんは写らなくていいの?」
千里がこの状態では可符香が写らない事に気付いて言う。
「大丈夫だよ。それじゃあはい、チーズ!」
可符香はそう言いながらカメラのシャッターを下ろした。
「おや…もう皆さん帰るようですね」
望は生徒達がそれぞれに散らばっていくのに気付く。
「…………?」
最後に残った人影がゆっくりとこちらに近づいてくる。
その人影がある程度近づいたころ、それが誰なのか理解する。
「風浦さん?」
呼ばれた事に気付き、可符香は小走りになる。
それから一分もかかることなく可符香は望の元に辿り着く。
「どうして私がここにいる事に気付いたんですか?」
「いやだなぁ、先生そういうの苦手なので簡単でしたよ。
数日前に先生が教室に帰って来た時から気付いていましたよ」
「要するに初めからですか…」
上手く隠れていたつもりだったが可符香に対しては意味はなかったらしい。
「ところで先生はもう見つかってしまった訳ですけど、まだ隠れているんですか?」
「そうですね…ある意味今日で十分楽しみましたし…」
「あっ、先生の写真もちゃんと撮ってありますよ!」
可符香はカメラを取り出して望に見せる。
「時々見えたフラッシュはそれでしたか…」
望はお化け屋敷や他に思い当たりのある場面を思い出す。
その時、望はある事を思いつく。
「風浦さん、そのカメラちょっと貸してください」
「いいですよ」
望は可符香からカメラを受け取ってフィルム数を確認する。
カメラには残り1と表示されていた。
「風浦さん、ちょっとこっちに…」
「…………?」
望はよくわからないまま近づいて来た可符香をカメラを持っていない方の手で抱き寄せる。
「せ、先生!?」
「はーい、撮りますよ」
カシャッという音の後にフィルムの巻かれる音がする。
「私の見たところ風浦さんはカメラに一度も写ってなかったですよね?」
そう言いながら望は可符香を抱き寄せていた腕を離す。
可符香は嬉しさと恥ずかしさから顔を赤くしながらコクリと頷く。
「私もまともな写真がありそうには思えませんし、これで大丈夫ですね」
望は可符香にカメラを返す。
「それでは風浦さん、明日学校で会いましょう。まだ夕方ですけど気をつけてくださいね」
望はそう言って学校に戻っていった。
「先生、また明日…」
336 :
h-getash:2010/07/14(水) 19:58:12 ID:FfD8/q32
…翌日…
清々しい朝だった。
目覚めもかなり良く、何故だか体も軽く感じる。
「やっぱり学校にいかないというのは結構寂しいものでしたね」
望はそんな事を呟きながら教室の前に立つ。
「おはようございます!」
ガラリと音を立ててドアを開く。
「先生!」
(ああ…この反応を待っていたんですよ)
「おはようございます、皆さん少しの間いなくなっていましたが……」
言葉の途中でズドンッ!という音を立ててスコップが望のすぐ横に突き刺さる。
「はいっ!?」
もちろんスコップを投げつけたのは千里である。
だが何故こんな事になっているのか望には全くわからない。
「先生…昨日遊園地に来ていたらしいですね…」
「何故それを!?」
「先生…これ…」
望が疑問の言葉を出した瞬間、奈美が一枚の写真を見せる。
その写真は例の望と可符香のツーショット写真だった。
「なっ!?現像するの早すぎる気がするんですが…」
「知り合いのところで頼んだら優先してやってくれたんです」
望の疑問に可符香が答える。
「それにしてもそんなに早く出来るものなんですか!?」
「みたいですね」
可符香はこの状況を楽しんでいるらしく表情は笑顔であった。
そんな会話をしているうちに、千里が望に接近して来る。
「そうですか…失踪はこの為の口実だったんですね」
「誤解です!結果的にそうなりましたが決してそんな疾しい気持ちでやった訳では…」
「ゆるさ…ぬ!」
「い…いやーーーーー!!!!」
再度スコップを構え始めた千里を見て望は走り出した。
この状況を誰もが顔を青くしながら眺めていたが、可符香だけは楽しそうに笑っていた。
後ろに迫る千里から逃げながら望は叫んだ。
「この反応は私の求めていたのと違います!」
その悲痛な叫びは学校中に響いたという…
337 :
h-getash:2010/07/14(水) 19:58:47 ID:FfD8/q32
以上です。
それでは失礼しました。
久しぶりに来たら、いっぱい投下されてて嬉しいな
書き手のみなさん乙です!
望カフ祭りワショーイ
ここのところ活気付いてるし
そろそろ次スレのことも考えはじめねばならないか
340 :
266:2010/07/18(日) 22:15:40 ID:neWPsLQr
書いてきました。
久藤君×マリアでエロなしです。
それではいってみます。
341 :
266:2010/07/18(日) 22:16:13 ID:neWPsLQr
人を惹きつける要素というのはまあ色々あるだろうが、『話上手』なんてのは誰もが頷くところだと思われる。
人間は言葉の動物、円滑なコミニュケーション、楽しい会話はそれだけで人に潤いを与える。
彼、久藤准もそういった言葉のやり取りを得意としている人間だ。
「でさ、それからずっと親と話せてなくてさ」
「仲直りしたいんだ?」
「えっ?いや…そんな事……ないと思うけど……やっぱり、そうなのかな?」
「少なくとも、ちょっと寂しそうに見えたから。たぶん、親だって同じ気持ちなんじゃないかな」
「そう…かな」
「今はケンカしたばっかりで互いに声を掛けづらい雰囲気になってるだけで、話してみたら案外って事もあると思うよ」
「うん。そうだね。今日、学校から帰ったら、ちゃんと話してみる」
「それがいいよ。きっと向こうももう一度話すタイミングを待ってる」
「ありがとう。なんだか少し楽になったな。やっぱり、久藤君って凄いね」
ペコリと頭を下げた女子に、准は優しく微笑んで見せる。
彼はとかく言葉に関しては凄まじいまでのセンスを持った少年だった。
先程の女子も話している最中、親と仲直りしたいという本音がそこかしこに見え隠れしていた。
だから、准はなるべく彼女にそれと意識させないように、自分の素直な気持ちに気付くよう言葉を掛けていったのだ。
ただ、これは久藤准という言葉の天才の、真の才能の余録に過ぎない。
「あ、そういえばさあ、昨日やってたテレビで世界のピザなんてコーナーがやっててさ……」
「………ピザ…」
話が一段落した所で別の女子が振ってきた話題、そこに含まれていた言葉が准の脳裏にひらめきを与える。
キラリ、瞳を輝かせ、すっくと背筋を伸ばし、朗々とした声で彼は語り始める。
「…『カルロおじいさんのピザ』」
「ああっ!久藤君がまたっ!!」
「どうしていつもこう突然スイッチが入っちゃうのよ!!」
彼の真の才能、それは物語を生み出す事である。
ふとしたきっかけからインスピレーションを得て、即興で語り始める物語の数々はどれも聞く人の涙を誘わずにはおかない感動ストーリーばかり。
そしてそのあまりの破壊力ゆえに一度語り始めたこの天才ストーリーテラーを止められる人間は皆無である。
「ちょ!久藤、ストップだ!ストップ!!」
慌てて駆け寄る木野国也の声も今の准には聞こえない。
やがて、彼が紡ぎ出すストーリーに誰もが魅入られ、クラスの全員がただじっと准のお話を聞くだけの状態となる。
………その筈だった。
「チョット、ソコ通るヨーッ!!!」
元気いっぱいに教室に響き渡った声が、准の声をかき消した。
それでも気づかずに話し続けていた准の頭を跳び箱の要領で押さえ付け、褐色の影がその上を飛び越えていった。
「こらーっ!マリアちゃん、止まりなさいってばーっ!!」
制止の声も聞かず、その少女、関内・マリア・太郎は机の上を飛び石の要領で渡って、窓から外へ飛び出して行く。
「ちょ…ここ二階なのよ!?」
マリアの無謀な行動に思わず悲鳴を上げる者もいたが、彼女は校舎の壁を蹴り向かい側に植えられた木の枝に見事につかまった。
彼女がするすると樹の幹を滑り降りていくのを見届けてから、教室の一同はゆっくりと後ろを振り返った。
そこには、マリアの足場の一つにされて、床に思い切り倒れ込んだ准の無残な姿があった。
「…く、久藤くん、大丈夫!?」
心配げに語りかけるクラスメイトの声を遠くに聞きながら、霞む意識の片隅で准は呟く。
(……ああ、まただ……どうしたんだろう、最近のマリア……)
彼の脳裏には、最後に視界に映ったもの、マリアの天真爛漫な笑顔が何故か少し陰りのあるように見えていた……。
342 :
266:2010/07/18(日) 22:16:46 ID:neWPsLQr
実のところ、ここ最近、准の周囲では同じような事が立て続けに起こっていた。
彼がクラスメイトと会話をしているとき。
図書室で本を読んでいるとき。
准がごく普通に過ごしているそんな瞬間に、いつも唐突にマリアは現れる。
大抵は勢い任せにその場に突っ込んで来て、准のいる方に全身でダイブ。
そしてそのまま、来たときと同じ勢いでそこから走り去ってしまう。
そんな訳で、ここのところのマリアの襲撃の為、准はいくらか疲れ気味だった。
「………ん?……ああ、またやられちゃったのか……」
消毒液のにおいと、窓から差し込む西日のまぶしさの中、うっすらと目を開けた准はその体を気怠げにベッドの上に起こした。
「えっと…確かあれは昼休憩の事だったから…そっか、午後の授業、まるまる寝ちゃってたのか……」
野生児マリアのパワフルさは体格では彼女を上回る准を軽く圧倒してしまう。
それに上述の通り、このところのマリアの襲来のお陰で、准は疲れていた。
だが、当の准にそれを気にする様子はない。
彼が考えていたのは、マリアの事。
気絶する前に見た彼女の笑顔の事だった。
彼には一見いつも通りのマリアの笑顔が何か不自然なもののように見えた。
本当に言いたいこと、伝えたいこと、そんなあれこれを裏側に隠したつくりものの笑顔のように……。
「でも、わからない……マリアは何を伝えたいんだろう?どうしてあんな事を繰り返すんだろう?」
だけど、悩めば悩んだだけ、准の疑問は深まるばかり。
今のマリアがおかしい事に疑いはない。
以前から元気すぎるぐらい元気な少女ではあったけれど、最近の彼女の行動は少し度を越していた。
マリアは賢い。
ちょっと人には言えないルートでこの学校にやって来た彼女だったけれど、その適応力は目を見張るものがあった。
時折口にするシニカルな言葉、物の見方など、その辺の高校生などよりずっと達観している節もある。
そんな彼女が自分のやっている事を理解できていない筈はないのだけれど………。
「駄目だ……やっぱり、分からない…」
深くため息をついて、准はもう一度ベッドに横たわる。
マリアの襲撃を受けた昼間も、クラスメイトからの相談を受けていた准。
相手の話の中から、その人の訴えたい事、大事だと考えている事、そういったものを汲み取れる准はクラスの仲間達にも頼りにされていた。
そういう役回りを彼自身、自覚してもいた。
「だけど、駄目なんだ……それじゃあ、足りない………あの娘の、マリアの気持ちには触れられない……」
しかし、今は言葉をかわさなければ、相手の心に近づく事の出来ない自分が、ひどくもどかしかった。
と、そんな時である。
「おーっす!」
ガラガラと勢い良く扉が開けられて、聞き慣れた声が保健室に響き渡った。
「あ……木野…」
「お、やっと起きたな、久藤」
ベッドの上の准の姿を認めて、ニッと明るい笑顔を浮かべる馴染みの友達、木野国也。
その明るい表情が准に少しだけ元気をくれた。
(このままじゃいけない……)
自分一人で悩んだところでドツボにはまり続けるだけ。
だけど、誰かが悩み続ける自分にほんの少しでも力を貸してくれたなら……。
准は決めた。
マリアの事を国也に相談しようと。
343 :
266:2010/07/18(日) 22:17:18 ID:neWPsLQr
「ふーん、マリアが変ねえ……」
「うん。多分、何か伝えたい事があってやってるんだと思うんだけど……」
学校からの帰り道、准は国也に最近のマリアについて考えていた事を話した。
准の話を聞き終えた国也は腕を組んでしばし考え込む。
「確かに、最近はちょっと元気が過ぎると思ったけど、良く気づいたな、久藤?」
「そりゃあ、何度も吹っ飛ばされたり、気絶させられたりしたからね……」
国也の言葉に、准は苦笑いで答える。
「でも、本当に分からないんだ。マリアに変化があったのなら、当然その原因だってある筈。だけど、僕にはどうしてもそれが分からない……」
「久藤……」
力ない言葉に、俯きがちな視線。
普段の准が見せる穏やかな微笑みを知る国也には、その心中の痛みを感じ取る事が出来た。
(そっか、辛いのか、久藤………だけど、久藤にも分からない事なのに、俺に言ってやれる事なんて……)
思わず言葉を詰まらせた国也だったが、ふとある事を思いつく。
それはあまりに単純で、多分、いつもの国也なら口にする事を躊躇っていたかもしれない。
ただ、元気をなくした友人の姿が、その躊躇いを振り切らせた。
「なあ、久藤。いっそ、いっぺん捕まえちゃったらどうだ?」
「えっ?木野、何を…?」
「いや、だから、マリアを取っ捕まえて、真っ向から向きあって話を聞いてみたらどうなんだよ?」
確かに、それでマリアの気持ちを聞き出せるなら、これ以上手っ取り早い方法もないだろう。
だが、しかしである。
強引に捕まえて、無理やり話を聞き出そうとする。
そんなやり方でマリアがその胸の内を明かしてくれるだろうか?
むしろ、彼女の心を閉ざしてしまう結果になるのではないだろうか?
「木野……それ、ちょっと乱暴じゃないかな?」
准が問い返す。
だが、国也も何の確証もなしにこんな事を言った訳ではなかった。
「あのな。久藤、お前、肝心なこと忘れてないか?」
「えっ?」
「アイツが現れるのは誰の所だよ?他でもないお前のとこだろ?」
「あ………」
マリアの気持ちを、胸の内を、真意を………。
そればかりに気を取られていた准がすっかり失念していた事。
彼女はそれを誰に伝えたいのか?
「アイツはお前と話したい。だけど、どう話していいか分からないから、あんな事になっちゃうんだよ。
それなら、お前のやる事はひとつっきりだろう?」
「うん……」
国也の言葉に深々と肯いてから、准はマリアの笑顔をもう一度思い出す。
そうだ。
いつだって彼女の眼差しはまっすぐ自分の方に向けられていたじゃないか。
「わかった。やってみるよ、木野……」
マリアが何かを伝えたがっているのと同じように、自分だって彼女と言葉を交わして、その心に触れたい。
俯いていた顔を上げた准の胸には、確かな決意が宿っていた。
344 :
266:2010/07/18(日) 22:17:48 ID:neWPsLQr
翌日、学校。
授業から解放された生徒達でごった返す廊下を、褐色の影が駆け抜けていく。
「…………」
細身でしなやかな体を活かして、ある時は人と人の間の僅かな隙間をすり抜けて、ある時は股下を潜り抜けるなんて大技も使いながら、
誰よりも早く、まるでジャングルを駆ける獣のように、マリアは走り続ける。
(今日は准、ナカナカ見つからないナ?)
右に左にせわしなく動く瞳が探しているのはただ一人、久藤准の姿だけだ。
かれこれ何日ぐらいこんな事を続けているだろう?
正直、その行動の意味するところを、マリア自身も理解していなかった。
ただ、気がつけば准の姿を求めて、校内を全力で走っている。
彼女自身にも抑えられない衝動が、マリアの瞳を、脚を、全身を、准を探し求めるその行為に没頭させていた。
それだというのに、いざ准の姿を見つけると、その衝動はモヤモヤした曰く言い表わし難い感情に変化して、
戸惑うばかりのマリアはそんな自分をどうする事も出来ず、ただ脱兎の如くそこから逃げ出す事しか出来なかった。
それでもマリアは准を探す。
あの微笑が見たくて、あの優しい声が聞きたくて………。
だけど、それ以上にやりたい事、してもらいたい事がある筈なのに……。
「そういえば、久藤は?」
「ああ、何か知らないけど、さっき急いで図書室に行ったな」
そしてついに、偶然すれ違ったクラスの男子の会話の中に、マリアは准の名前を見つける。
(図書室……ッ!!!)
マリアは廊下の先の階段の前で急停止、そのまま図書室入り口がある二階へと全速力で階段を駆け上がって行った。
件の男子生徒……木野国也はそこで足を止め、携帯を取り出す。
「なあ、さっきので良かったのか、木野?」
「ん、ああ、バッチリだったぜ、芳賀」
ニヤリと笑った国也は携帯のメール画面を開き、あらかじめ用意していた連絡用のメールを送信する。
「後はお前次第だ。上手くやれよ、久藤……」
345 :
266:2010/07/18(日) 22:18:26 ID:neWPsLQr
四段飛ばしで階段を駆け上がり、まっしぐらに図書室へ。
勢い良く開いた扉の向こうで、マリアは目を凝らして准の姿を探す。
「見ツケタ!!」
そして、図書室の奥まった所、本棚に図書を戻している最中なのだろうか?
こちらに背を向けた准の姿が見えた。
「准……っ!!!」
一歩、二歩、三歩……っ!!!
悲鳴をあげる他の生徒達の声など気にせず、机の上から机の上へと八艘飛びにジャンプを繰り返し、マリアは准との距離を詰める。
もう少しで准は目の前。
マリアの胸の中にあのモヤモヤとした感情が湧き上がる。
それを振り切るように一際大きなジャンプで、マリアは准に飛びかかる。
その時だった………。
「マリア……」
「エッ!?」
くるり、まるでこのタイミングで来るのが分かっていたかのように、准がマリアの方に振り返った。
「准……!?」
振り返った准は、マリアを迎え入れるように大きく両手を広げる。
マリアはその突然の行動に、頭が真っ白になってしまい………。
「あっ………」
「待ってたよ、ずっと………」
そのまま、准の腕に小さな体をまるごと抱きとめられてしまった。
弾丸のように飛び込んできたマリアの体を受け止めるのが精一杯だったのか、准はマリアを抱きしめたままその場に座り込んだ。
「准……准………マリア、ずっと……」
「僕もマリアと話したかったよ」
准の腕に抱き締められて、マリアの胸のモヤモヤは押え切れないほどに膨らんでいく。
胸がドキドキして、准にまともに見られている事さえ照れくさくて、いつもはポンポンと出てくる筈の言葉が形になる前に溶けて消える。
ただ、それでも分かる事があった。
ずっと、この温もりを求めていた。
ずっと、この腕に抱き締められたかった………。
マリアの腕がおっかなびっくり、おずおずとした動きで准の背中に回される。
やがて、少女の細腕にぎゅっと力が込められて……
「准、ゴメンネ……マリア、いっぱい迷惑カケタ……」
「いいよ。構わない。今はそれよりも、マリアがこうして傍にいてくれる方が嬉しいよ」
「…………ッ!!!!」
准が頭を撫でてやると、マリアは准のシャツに思い切り顔を埋めて、より強く彼と密着した。
(准と一緒……スゴク嬉シイヨ……)
それが、マリアを一連の行動に駆り立てた、その動機だった。
マリアは利発な少女だ。
遠い異国にあってもその元気を失う事なく、新たな環境に難なく適応してしまう。
物事を見つめる眼差しは他の生徒達よりずっと鋭く、理解力もかなりのものだ。
だけど、ただ一つ、彼女には足りないものがあった。
それは………。
(そっか、甘えたかったんだね。マリア………)
ぎゅっとしがみついて離れないマリアの背を撫でながら、准は思う。
彼女の故郷、銃弾が飛び交い、常に飢えと死が背後から追いかけてくるジャングル。
その過酷な環境の中では、決して経験できなかった事。
それが『誰かに甘える』という事だった。
(そういえば、マリアの方から遊んで欲しいとかお話を聞かせてほしいとか、言われた事なかったっけ……)
准はマリアや交達の相手をして遊ぶ事も多かったが、マリアから何事かをせがまれた事は全く無かった。
それも道理である。
彼女は『甘える』事、人を頼る事を知らなかったのだから。
だけど、マリアがそれを知らなくても、彼女自身の心が誰かの手の平を、ぬくもりを求めていた。
それが、マリアを動かしていたモヤモヤの正体。
(だけど、僕だって同じようなものだ。こうして触れてみるまで、マリアの気持ちに全然気づけなかったんだから……)
手で触れて、温もりを伝え合って、そうやって初めて伝わる感情がある。
言葉では表わしきれない気持ちがある。
この図書室の片隅で准が抱きとめたのは、心も体もひっくるめたマリアの全部なのだろう。
「マリア……」
「准、大好キダヨ……」
それからしばらくの間、縋りつくマリアの背中を、准はずっと撫で続けていた。
346 :
266:2010/07/18(日) 22:19:05 ID:neWPsLQr
それから一週間後……。
「改めて言うのもなんだけど、あの時はありがとう、木野。たぶん、僕一人じゃ、マリアにどうしてあげる事もできなかったと思う」
「ああ、まあ、そりゃいいんだけんどな……その、久藤?」
「何?」
「何ダ、クニヤ?」
学校からの帰り道、国也は隣を歩く准の笑顔と、その背中にひっついたマリアの笑顔を交互に見てため息を一つついた。
そう。マリアはあの一件で学習したのだ。
「世の中ハ持チツ持タレツ、人ニ甘エル事モ大切ダヨ!」
あれ以来、マリアは准にぺったりとくっついて離れない。
隙があれば彼の背中におぶさり、こうして心ゆくまで准と過ごす時間を満喫している。
しかも、准の方も満更では無さそうだというのだから、国也は頭を抱えるしかない。
「別に良いと思うけどな。僕もマリアといると楽しいし」
「頭が固いゾ、クニヤ!!」
「へいへい、お前らがそれでいいんなら、そうなんでしょうよ」
学校からの帰り道、アスファルトに伸びる影は二つ、楽しげに響く声は三つ。
色々と言いたい事はあったけれど、マリアと准、二人の幸せそうな笑顔を見ていると、
これはこれで良いじゃないかと、国也もそんな気分になってしまうのだった。
347 :
266:2010/07/18(日) 22:19:48 ID:neWPsLQr
以上でお終いです。
マリアの出番がいまいち少なくてすみません。
それでは、失礼しました。
乙
自分みたいなマイナーカップリング好きにはたまらない
349 :
h-getash:2010/07/19(月) 22:27:33 ID:Pe7/B/jv
どうも。
また書いてきました。
望カフの話です。
350 :
h-getash:2010/07/19(月) 22:28:25 ID:Pe7/B/jv
何の変哲もない小さな民家。
ここでは一人の少女が退屈そうに畳の上をごろごろと転がっていた。
「最近特に面白い事もなくて退屈ですわ…」
心底詰まらなそうに少女が呟く。
ここ最近、特にやる事も無くて暇の絶頂を迎えていた。
「倫様、望坊っちゃんをからかいに行ってはいかがですかな?」
時田が提案を出すが、倫はそれを聞いて顔をしかめる。
「お兄様をからかいに行くだけというのはもう飽きてしまいましたわ…」
暇を潰すには兄である望にちょっかいを出すのが一番楽な方法なのだが、そう何回も同じ事を
繰り返していては流石に飽きてしまう。
「そうと言いましても、他にお暇を潰せる事など…」
時田は少し困ったように首を捻る。
倫の退屈を少しでも紛らわせようと時田はテレビをつける事にする。
次々とチャンネルを変えていき、面白そうなものがないか探す。
「少し止めてくれ…」
倫はある旅館のCMが目に止まった。
何も言わずにそれを見ているといきなり立ちあがる。
「時田、お父様とお母様は家にいないよな?」
「はい、お二人ともお忙しい身で御座いますから…」
親が二人ともいない事を確認すると、倫はニャマリと笑う。
倫の考えている事を大方理解した時田は早速準備に取り掛かる。
「流石だな時田、察しが良くて助かるぞ」
「ホッホ、主人の手助けをするのが執事の役目ですからな」
時田は楽しそうに笑って言った。
こうして倫の迷惑な暇潰しが始まった。
「……という訳で実家に友人を呼んでお泊まり会をしようかと思っているのですが」
倫は提案を望に説明をする。
「何でわざわざ私の所に来るんですか…」
あまり巻き込まれたくない望は、何でいちいち報告しに来るのかと尋ねる。
乗り気でない望の態度を倫は予想していたらしく、望を無理矢理引き入れる作戦を練って来ていた。
「あらお兄様、友人というのはお兄様の生徒達の事ですわよ」
「そんな事は分かっていますよ」
望は小さく溜息をつきながら言う。
倫は望をじわりじわりと追い詰めるような声色で囁く。
「いいのですか?お兄様が大切に保管しているあれが生徒達に見つけられても…」
「残念でしたね倫!そういう物は私にしか分からない場所にちゃんと…」
「お兄様のお部屋のタンスの裏にある隠し扉の事でございますか?」
「な、何でそれを!?」
誰にも教えていない筈の隠し場所をズバリ言い当てられ望は硬直する。
その瞬間、時田がわざとらしく大きめに咳払いをした。
望は固い動きで時田の方に振り向く。
「時田…あなたですか…?」
「壁紙の裏に隠した程度では私の目は誤魔化せませんぞ」
得意げに言う時田に望はガックリと項垂れた。
完全優位に立った倫は楽しそうに笑う。
「ではお兄様、拒否権はございませんので言う事を聞いてくださいませ」
「わ…わかりましたよ…」
望は死ぬほど嫌な予感がしたが言う事を聞くしかなかった。
351 :
h-getash:2010/07/19(月) 22:29:35 ID:Pe7/B/jv
「とりあえずお兄様はここで暫くお待ちください。私は他の準備がございますので」
倫はそう言うと何処かへと走っていった。
「坊っちゃん、私は別にあの写真は見られても特に困る物だとは思いませんが…」
「何だか恥ずかしいので見られたくないんですよ…」
それに時田があの時、勝手に写真を撮らなければこんな事には…」
望は溜息をつきながら呟いた。
「そう言いながら長い間大事に保管していたのは何処の誰で御座いましょうな」
「ぐっ……そうですよ、私ですよ…!」
時田に痛い所を突かれ、望はやけくそ気味にそう言った。
「彼女は坊っちゃんとあの頃から本当に仲がよろしくて、実にお似合いで御座いますよ」
「からかわないでください!!」
時田が茶化すと望は顔を赤くして首を横に振った。
(ふむ…やはりどちらも素直になるのが苦手なご様子で…これは少し背中を押して差し上げましょう。
それにしても坊っちゃんは、早く写真を見せればいいものを……相変わらずのヘタレで御座いますな…)
頭の中でかなり酷い事を思いながら、時田は一瞬だけ黒い笑みを浮かべた後、ある作戦を練り始めた。
…お泊まり会当日…
電車内部
「そういえば先生の実家に行くのも久しぶりだね」
可符香はお見合いの時の事を思い出して言う。
「第二集ぶりなのな…」
マリアがニヤリとしながら呟く。
「いや…それ私達は理解しちゃだめだから…」
マリアの発言に顔を青くしながら奈美が反応する。
「……どうして実家に帰るだけで交通機関一つを貸し切らなきゃいけないんですか…」
望は殆どがガラ空きの席を見てガックリと項垂れる。
気まぐれでどれだけの金が動いたのか、想像するだけで頭が痛くなってくる。
望は現実逃避をするために、窓から外の景色を眺める事にする。
暫くすると、時田が小さめの箱を持ってきているのが窓に写った。
嫌な予感がして振り向いて見ると、時田はその箱を倫に渡している所だった。
「さて…それじゃあ一つゲームをするか。ちなみに強制参加だからな。
この箱に人数分の紙が入っている、そのうち一つは当たりがある、それを引いた奴には
少し面白いものをやろう…」
望は倫の説明を聞いて、特に危ないものではなさそうだと安心する。
箱からそれぞれ一枚ずつ紙を引かれていく。
「私、何も書いてないよ」
「あっ、私もだ…」
千里とあびるが紙を開いて倫に見せる。
「残念だがハズレだな」
倫がそう言うと二人は少し残念そうな顔をする。
最後に可符香が箱から紙を取ると、時田が一瞬ニヤリと笑う。
倫だけがそれに気付き、不思議そうな顔をした。
352 :
h-getash:2010/07/19(月) 22:30:04 ID:Pe7/B/jv
「あれ…?可符香ちゃん、もしかして当たりじゃない?」
奈美が可符香の持った紙に小さな○が書かれているのに気付く。
「本当だ、うーん…別に当たるつもりはなかったんだけど」
「確かに可符香ちゃんがこういうの当てたりするのは珍しいよね」
いつも物事を外から操る可符香が、こういう風に中心に来るのは稀な事だった。
今回も傍観者でいる為にわざと紙を引くのを最後にしたのだが、予想外な事に引き当ててしまった。
「おや、当たりはお前か…まぁ偶には珍しい事があった方が面白いな」
倫は思った以上に面白い事が起こったと表情を輝かせる。
可符香はどうして当たったのだろうと疑問に思いながら首を傾げる。
こういう事に関しての運はかなり良い方のだと思っていただけに、意外な結果に少し戸惑っていた。
「さて…当たりのお前には景品をやるのだが、ここで言うのは少し面白くないな…」
倫はそう言うと、可符香を連れて隣の車両に入っていった。
「何だろうね景品って…?」
あびるは閉じられた隣の車両へのドアを見つめながら言う。
「きっと凄いおいしいお菓子とかそんなんだよ、いいなぁ〜」
奈美が羨ましそうに呟く。
「奈美ちゃんなら嬉しいだろうね…」
その凄いおいしいお菓子とやらを食べている想像をしているのか、幸せそうな顔をしている奈美を見て
あびるは半ば呆れながら呟いた。
隣の車両…
「まさかお前が当たるとは、偶然にしては少し出来過ぎなような気もするが…」
倫は前に立つ可符香を見つめながらブツブツと呟く。
倫の言っている事がよく分からない可符香は首を傾げる。
「おっと…すまんな、こっちの話だ……。さて本題に入るが面白いものというのはだな………………」
「…えっ!?」
面白いものの正体を聞いた可符香は驚きの声を上げる。
倫は可符香の声に珍しいものを聞いたと満足しながらうんうんと頷く。
「ちなみにさっき言ったように強制だからな。…まぁ断る道理も無いと思うが」
可符香がまだ驚いているうちに倫は逃げ道を潰すように言う。
「それに…嫌では無いんだろう?」
「う…うん…」
倫の巧みな誘導に可符香はまんまと嵌る。
「基本必要なもの以外は全部一人分しか用意しないからな、その間の時間をどう使うかはお前次第だ
あと無いと思うが向こうから何かしてきた場合はこちらからは手を出さないから自分で判断するんだぞ」
「倫ちゃんは例えば何に使うの…?」
「例えば?そうだな………うっ…!!? ま、まぁ人それぞれだ!!!」
可符香の質問に倫は何か良からぬ想像をしたらしく、顔を真っ赤にして話を逸らす。
倫の考えた事が分かったのか可符香の顔も真っ赤になる。
「そ、そうだった!入ったらタンスの裏をよく調べてみろ!…じゃあこの話は終わりだ!!」
倫はそれだけ言うと逃げるように走って行った。
その後、心を落ち着かせる為に可符香は十分、倫は三十分の時間を催した。
353 :
h-getash:2010/07/19(月) 22:30:30 ID:Pe7/B/jv
…糸色家到着…
「うむ…思ったより時間が掛ったな」
倫は窓から暗くなった外の景色を眺めて呟く。
「まぁお泊まり会なんてものはこのぐらいの時間からが丁度良いか、荷物は時田が運んでおくから私達は夕食でも…」
「待ってました!」
倫が言葉を言い終える前に奈美が表情を輝かせて走り出す。
他の人達もその後を歩いてついていく。
「では、頼んだぞ時田…」
「分かっております、可符香様の荷物でしたな…」
時田は他の荷物を大部屋に運ぶよう使用人に指示した後、可符香と望の荷物を持って大部屋とは別の方向へ
歩いていった。
「いただきまーす!」
奈美は言うと同時に食事を次々と平らげていく。
それはかなりのスピードにも関わらず、全て綺麗に食べられていた。
「……お兄様…あいつはこんな役回りでしたか…?」
「本当に何処でどう間違ったんでしょうかね…。とにかく私はまたダイエットに付き合わされるのは御免ですよ…」
二人は奈美の食べっぷりを若干引き気味になりながら眺めていた。
食事を終えた後、一同は風呂に入り広間で寛いでいた。
「浴衣まで用意しているなんて、何だか旅館みたいだね」
奈美は色んな意味でかなり満喫したのか、楽しそうに言う。
倫も思った以上に楽しかった事にご機嫌な様子だった。
(まぁお楽しみなのはこれからなんだがな…)
倫は可符香に視線を向けてニヤリと笑う。
「さて、大部屋に布団を敷いてあるからそろそろ移動するか」
倫がそう言うと殆どの人がぞろぞろと大部屋に向かって行く。
「お前はあっちだぞ」
倫は可符香に近づいて大部屋とは別の方向を指差した。
可符香は何も言わずにコクリと頷くとゆっくりと歩いていった。
(ふむ…あの様子では昼のあの事をまだ引きずっているな…)
倫は可符香の顔が微かに赤くなっているのに気付いていた。
(まぁ…私も同じ状況になったらああなると思うがな…)
頭に思い浮かぶあまりよろしくない想像を振り払う為に、倫は首を横に振る。
「倫は何処で寝るんですか?」
可符香と入れ替わるように望が現れる。
「私は大部屋に行きますわ…お兄様はご自分のお部屋でお休みください」
「大部屋にするんですか。そういえば大部屋に風浦さんがいませんでしたが…」
確認しに大部屋に入った時、可符香がいなかったのを思い出す。
「お兄様のお部屋で寝させるつもりですが」
倫はさらっと流すようにとんでもない事を言い放つ。
「へぇ…そうなんですか………へっ!?」
頭の中が一瞬麻痺して、自分の妹の言った事を理解するのに時間が掛った。
「一体何のつもりですか!」
「何って…それが昼のゲームの景品ですわ」
「私が安心していた裏では、そんな内容で始まっていたんですか…」
もっと注意して見ているべきだったと望は項垂れる。
「ちなみに…どんな状況になっても絶対に受け入れてもらいますのでそのつもりで…」
「分かりましたよ…どの道私に拒否権は無いんですから…」
諦めたように望は溜息をついて呟く。
「さて…なかなか面白いものが見れそうですわ…」
望がぎこちない様子で部屋に向かったのを確認すると倫は大部屋に入っていく。
「あっ、倫ちゃん。可符香ちゃん知らない?」
「あいつなら昼のゲームの景品を楽しんでいる所だ」
「……………?」
奈美は倫の言葉の意味がよく理解できなかったが、特に気にする事は無かった。
354 :
h-getash:2010/07/19(月) 22:33:21 ID:Pe7/B/jv
望が倫と話をしている間、その先の望の部屋では…
「確かタンスの裏とか言ってたよね」
望の部屋に入った可符香は倫の言っていた事を思い出してタンスを見つめる。
試しに持ってみるともう使われていないのかタンスの中には何も入ってなく、可符香一人の力でも
簡単に動かす事が出来た。
タンスの裏には、破れた壁紙の奥に隠し扉がある。
可符香は倫の言っていたものはこれだと思い、扉を開ける。
中には一枚の写真だけが入っていた。
「これって…あの時の…」
写真の中では少年と小さな女の子が楽しそうに笑い合いながら手を繋いでいた。
その少年と女の子は誰がどう見ても望と可符香だった。
可符香は幼い頃に出会った、優しいお兄ちゃんの事を思い出す。
あの時の可符香は一緒に遊んでくれたその人に幼いなりの特別な感情を抱いていた。
だから何も言わずに別れてしまった時は一晩中悲しみに暮れて泣いた。
そのくらい大切な人だった。
「あの人は先生だったんですね……」
今の自分が望に抱いている感情とあの時の感情が合わさり、想いがより強いものへと変わっていく。
可符香は暫く顔を赤くしながらボーっとしていたが我に返ると写真を自分の鞄の中にこっそりと入れ、
タンスを元の位置に戻して何事も無かったようにし、部屋から出てドアの前で望が来るのを待った。
(ま、まぁ布団は一枚だけらしいですが、風浦さんなら別に何も起こらない筈ですよね…?)
『何も起こらない筈』この単語を何回頭で言ったか分からない。
内心動揺しまくりの望はそこまでの距離がある訳でもないのだが、自分の部屋までの道がかなり長いものに感じられた。
やっとの事自分の部屋に着くと、部屋の前に可符香が立っているのを見つける。
「あっ、先生……あの…その……」
(な、何か私の思っていた反応と違いますよ…
風浦さんならもっと余裕ありそうな反応すると思っていたんですが…)
望の予想とは真逆に、可符香は望を見ると恥ずかしそうに顔を赤くして俯いてしまった。
その違いから望も何だか変に意識してしまい、顔を赤くする。
「と、とりあえず入ってください」
「はい…」
355 :
h-getash:2010/07/19(月) 22:33:47 ID:Pe7/B/jv
部屋の真ん中に敷かれている布団の数は倫が言っていた通り一つだけ、それに枕が二つ置かれている。
「先生、先に入ってください」
「えっ…はい…分かりました」
望はコクリと頷き、布団に入って横になる。
そんな数えきれないほどしてきた事をこんなに緊張しながらやった事は今までもこれからも無いだろう…
可符香は少し落ち着いてきたのか望が布団に入った後、恐る恐る布団に入っていく。
一枚の布団ではやはり小さく、二人が入る為には嫌でも密着をしなくてはいけなかった。
暫くこの状態でいる事にしてみたが、両者とも一向に眠気が訪れる事は無い。
(こんな状況で眠れる訳ないじゃないですか…)
視線を横にずらすとすぐ目に入る可符香の姿。
意識するなと言う方が無理な話だった。
「先生、眠れませんね…」
「はい…そうですね…どうしたらいいでしょうかね…?」
望は困ったように言う。
可符香は望の質問を聞いて少し黙り込んだ後、意を決し望の方に体を向けていきなり抱きついた。
「ふ、風浦さん!!?」
「えへへ…何だかいつもより先生が近くに感じれて嬉しいんです…」
望の胸に顔を埋めながら可符香は言う。
「いつになく素直なのもそれが原因ですか」
「そうかも知れませんね」
望は微笑むと可符香を優しく抱きしめ返す。
可符香は少し驚くが、すぐに望に微笑み返した。
「風浦さん、ちょっとこっちを向いたままにしててください」
「………?」
可符香は言われるまま望の顔を見つめている状態を保つ。
望はそのまま顔を近づけて可符香に唇を重ねた。
「ふえっ!?」
突然の事に可符香の顔が真っ赤に染まる。
「せ、先生、いきなりはずるいですよ!」
「まぁ良いじゃないですかこんな時くらいは…」
望は可符香を強く抱きしめて言った。
「先生、急な事でよくわからなかったのでもう一回してください」
可符香は少し恥ずかしがりながら上目遣いで望を見つめる。
「これ以上何かやったら抑えられなくなってしまうかもしれませんよ?」
そんな事を言っても何も変わらないと分かっているのだが望は可符香に言う。
「私……先生なら…いいですよ…」
「風浦さん……」
望は可符香の覚悟と不安の入り混じった言葉を聞いて、優しく可符香を呼ぶと、もう一度唇を重ねた。
356 :
h-getash:2010/07/19(月) 22:34:19 ID:Pe7/B/jv
二回目のキスから二人の奥に秘めていた感情が急激に高まり、互いを求めるように何度もキスを繰り返した。
唇が重なる度に体温が急激に高まる。
次第に物足りなくなり、前よりも長く、舌を絡め合い、更に濃厚なキスを交わす。
「んむっ……せん…せ……んんっ……」
可符香はとろけるような甘い声を上げる。
その声を聞く度に望の理性が崩れていき、行為を更に激しいものにする。
望は絡みつく可符香の舌を楽しみつつ、浴衣の上から乳房を包み込むように触れた。
「ひぁ……ああっ………んあっ!!!」
体温の高まった望の手が触れ、浴衣の上からでもその熱が伝わり、可符香の体がピクンと跳ねる。
その間に望は浴衣をずらし乳房の小さな先端をこねまわす。
先ほどよりも強い刺激に可符香は大きく反応する。
望は乳房を手の平で激しく揉みしだき、可符香に更なる快感を与える。
「ああっ……せっ…せんせ………せんせぇぇぇ!!」
「風浦さん愛していますよ…」
「わ…わたしも……です!……んんっ…ふわぁぁあああ!!!」
二人は愛しい相手の事を呼び合いながらお互いの想いを確かめ合う。
もうお互いの世界には自分と相手しかいない、高ぶる感情と相手の想いで興奮が増していく。
望は遂に可符香の浴衣を脱がせて一番敏感な部分に触れる。
「ふあっ……せんせいそこは…!!……ひぁあああ!!!!」
望の指が触れた瞬間、可符香の体中に電流が走るような快感が襲い頭の中が真っ白になる。
望は可符香を更に激しく責め立て、白い首筋に舌を這わせた後、耳を甘噛みする。
「んあっ……せんせ…ひあっ!!…そんなにしたら……おかしくなっちゃいますよぉ…!!!」
大きな快感に体を震わせ、夢中で声を上げる。
可符香が声を上げる度に望の興奮も更に増していき、彼女に対する行為も更に激しいものになっていく。
「っ…!!せんせい…せんせい!!……ふぁぁあああああ!!!!!」
望の立て続けの行為によって、可符香は軽い絶頂まで至ってしまう。
体から力を失い、倒れこむ可符香を望が優しく抱きしめる。
「風浦さん、大丈夫ですか?」
少しやり過ぎてしまったかと望は心配しながら可符香を見つめる。
可符香は望に微笑みながらコクリと頷く。
「大丈夫ですよ先生…私、とっても嬉しいんです。
こんなに先生の近くにいられる事なんて、絶対に出来ないって思っていたから…」
ずっと素直になれなかった気持ちを、勇気を持ってぶつける事が出来た。
そして望は優しく自分を受け入れてくれた。
可符香はその事実がこれ以上ないくらいに嬉しかった。
「だから先生も我慢しないでください…もっと近くにいて欲しいんです」
「風浦さん……」
望は可符香をギュッと抱きしめた後、軽いキスをする。
可符香は望の体温を感じて安心したように微笑んだ。
357 :
h-getash:2010/07/19(月) 22:35:04 ID:Pe7/B/jv
少し経った後、望は可符香を仰向けに寝かせて、大事な部分に大きくなった自分のモノをあてがう。
「んっ…先生…来てください……」
望はゆっくりと前に腰を突き出して、可符香の中へ入っていった。
「風浦さん……っ…!!!」
「あっ…くぅ……せんせい…の…入って……すごいあついですっ!!」
身に襲いかかる快感と痛みの入り混じった感覚の中、可符香は望の一番近くまで来れた事による幸福感を感じる。
望は腰を振る速さを徐々に速めていく。
「んぁ……ひうっ…せんせ………せんせぇええええ!!!!!」
自分と相手の粘膜同士が擦れる度に、熱く焼けるような刺激が二人を快感の渦に溺れさせるように襲いかかる。
望が腰を動かすと、嬉しさと快感が可符香を責め立て、目元に涙を浮かべながら切なげに声を漏らす。
そんな可符香の声が耳に入る度に、望の可符香に対する愛おしい感情が高まっていく。
求め合うように口付けをし、舌を絡ませ唇を離した後も唾液による銀色の糸が二人の唇を繋ぐ。
快楽の虜になった二人はお互いの手を合わせ、指を絡ませながら更に動きを激しくしていく。
「風浦さんっ!!……風浦さんっ!!!」
「せんせいっ!…すきです……だいすきですっ!!!」
次々と襲いかかる強烈な快感により、二人の視界に火花の様なものが飛び、周りの物が見えなくなる。
だが二人は繋がり合っている愛しい人を見失う事は決してない。
握り合う手が、聞こえる声が、お互いの存在をはっきりと感じ合い、繋ぎ合わせる。
もはや二人の間を遮る物は何も無かった。
「せんせ……わたし…もう…!!」
「風浦さん…私もそろそろ限界です……!!!」
「…きてくださいっ!…さいごまでいっしょにっ!!」
限界が無いように感じられるほど高まり続けた熱も遂に限界を迎え、二人の動きが一気に加速する。
今まで溜まっていた熱が溢れだし、二人を絶頂まで押し上げる。
「風浦さんっ!!…愛していますっ!!!……風浦さんっ!!!!」
「せんせいっ!!!……せんせぇえええ!!!!………ひぁぁああああああ!!!!!!」
絶頂を迎え、果てた二人はパタリと布団に倒れこむ。
望はまだ絶頂の余韻が残り、頭がくらくらしていたが、傍にいる可符香を優しく抱きしめる。
可符香もそれに応えるように、望の背中に腕を回した。
二人はそのままお互いの体温を感じ取りながら眠りについた。
358 :
h-getash:2010/07/19(月) 22:35:29 ID:Pe7/B/jv
…翌日…
「なんか先生と可符香ちゃん…いつもと雰囲気違わない?」
「え?…いつも通りだと思うけど?」
遠くで他愛もない会話をしている望と可符香を眺めながら千里がそう呟いたが、それを聞いた奈美は別段疑問に
思う事は無く、いつも通りだと言う。
「よし…そろそろ帰るぞ」
「はーい、ほら千里ちゃんも行くよ」
千里が謎の違和感に首を傾げていたが、奈美に言われ思考を中断する。
「よしこれで全員だな…」
倫が全員いる事を確認すると全員を電車に乗せた後、近くにいた時田に耳打ちをする。
『時田…お前昨日のゲームの時、何かしただろ』
『ホッホッホ、バレましたか』
時田は特に焦る事なく、正直に認める。
『出来過ぎてると思ったんだ、写真の事を話題にした後、偶然あいつが当たるなんて』
『昨日言いました筈ですぞ、主人の手助けをするのが執事の役目だと』
『ハァ…全くお前は優秀な執事だな…』
倫は時田に若干呆れながら呟く。
「倫、時田、もう電車が出ますよ!」
「そうですわね…それじゃあ帰りましょうか」
倫と時田は望に呼ばれ、電車に乗りこんだ。
…後日…
望はいつも通り宿直室で平和な日々を過ごしていた。
「先生!」
「風浦さん、どうしたんですか急にやって来て」
宿直室のドアを開けて入って来たのは望の愛しい少女、風浦可符香だった。
望は突然の訪問に首を傾げていると、可符香が手に袋を持っている事に気付く。
可符香はご機嫌な様子で宿直室に入って来て机の前に立つと、袋から写真立てを取り出す。
その様子を望はよくわからないまま眺める。
可符香は写真立てを机の上に置くと、今度は一枚の写真を望に見えないように取り出す。
写真を飾り終わると可符香は嬉しそうに笑って、望の隣に座る。
何を飾ったのか気になった望は写真立てを自分の方に向けた後、驚きの表情を浮かべる。
「なっ、何でこれがここに!?」
「先生の部屋から持って来たんですよ」
望の疑問に可符香は答える。
「そうなんですか…やっぱりこういうのは見つかってしまうものなんですね…」
恥ずかしさから顔を赤くしながら望は呟く。
そんな様子の望を見て可符香はニコリと微笑むと望にキスをした。
「先生、あの時から、そしてこれからも…ずっと大好きですよ!」
359 :
h-getash:2010/07/19(月) 22:36:12 ID:Pe7/B/jv
以上です。
それでは失礼しました。
作品単体としてはGJ ちゃんとセックスしてるお話のカフカは可愛い
ただ望カフものはやや食傷気味ではある
最近同じ書き手の同じような作品が続いていたしね
このカプは二人の関係性がどの書き手も似たようなものになってしまうのが不思議
普段はカフカの手のひらの上、たまに先生が攻めてみたりするけど最後はやっぱり一発食らう、みたいな
ある種の書き手の趣向や願望や理想を刺激するキャラでありカプであるということかな
>>347の266
たまにこういうマイナーカプがあると息が抜けて楽しい GJれす
容量もいっぱいだね次スレも楽しみ
またすぐに規制やらなんやらで過疎ることもあるかもしれんし
溜め込んでおくのが良いのさ
362 :
826:2010/07/20(火) 22:02:45 ID:Etv/2rmy
先の絶望想会でSS未満の妄想と思い付きを垂れ流した代物を無料配布したのですが、
余りにも貰われなく(1部だけ……)可哀想になったので、その中で比較的まともな一編を投下します。
死ネタがあるので注意
『奇妙(ふしぎ)な重眼鏡(ちょうめがね)』
「ねえ先生、眼鏡を交換してみませんか?」
「どうしたんですかいきなり」
「たいした意味はありませんよ。ちょっと思いついただけです」
「別に構いませんが。特に断る理由もないですし。……はいどうぞ」
望は眼鏡を外し、晴美に手渡す。
「付けてみましたけど、どう? 可愛いですか?」
「見えないです……眼鏡がないので」
「あっゴメンなさい。そう言われればそうですよね」
その瞬間、晴美は何か思いついたのかニヤリとした。
「それじゃあ先生、顔をこっちに寄こしてください」
望は頭の位置を少し低くして、言われた通りに顔を晴美の方に向けた。
自分の方に向けられた望の顔に、晴美は素早く眼鏡ではなく自分の顔を持っていく。
視界が悪いためか、反応が遅れた望は避ける間もなく唇を奪われた。
「なっ何をするんですか!」
望は顔を赤くして叫んだ。
「別にいいじゃないですか。それよりハイ、眼鏡をどうぞ」
同じように頬を赤らめ、そっぽを向きながら晴美は眼鏡を差し出す。
望は釈然としない様子で、またキスされるのではないかと警戒しながら自分の顔を晴美の方に預けた。
「今度こそちゃんと掛けてくださいね」
「分かってますよ」
そう云って藤吉晴美が糸色望に眼鏡を掛けた刹那、彼の膝は崩れ落ちるように折れ曲がった。
此れに付随し、瞬く間に上半身も後ろに倒れ込み、後頭部が地面に叩きつけられる。
あたかも質量を持つかのような、鈍く暗い音がした。頭部と地面の衝突音。そして――頭蓋が砕ける音。
「あっ、ごめんなさい。私の眼鏡はちょっと重いんでした」
おどけて舌を出す藤吉晴美に彼は応えない。
虚空を見つめるその瞳の奥には、無明の闇が広がるのみであった。
終
…ごめん。これをどう評価しろと?
死ネタ=可符香が絡んでくるだろうなー、という予想を裏切る藤吉さんの起用
中盤の恥ずかしげな展開と終盤の人が死んじゃう展開のシュールな落差
…………みたいな?
ゴメンなさい。解説が必要なギャグほど恥ずかしいものはありませんよね!
ジワジワ来る
それをやるにはもうちょっとお話にボリュームが必要なのでは…。
流石に唐突すぎる気がするんだが。
重いって、硝子製の眼鏡なのかな。確かに、硝子製の眼鏡って重たいですよね。
私の眼鏡は二つ持っており、いつもの縁あり眼鏡と、オーバルの縁無し眼鏡とを使い分けています。
俺は普通に楽しめたけど
晴美かわいいよ晴美
藤吉SSは書く人が少ないから出しとくだけで喜ぶ奴がいるわけだな
霧まといあびるカエレめるめる千里マ太郎奈美晴美倫大草加賀さん真夜智恵先生可奈子根津丸内ことのん
を書く人も少ないから皆さん喜ばれるチャンスですよ!
もちろん可符香もね!
先週のマガジンに載った話の先生と倫が数日過ごした別荘のくだりでいろいろ妄想できそうだな。
自分には文章力も妄想力もないから文にするのは無理だけど…
あれは良いエピソード。倫様のブラコンさが輝いてた。