【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part19【改蔵】

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1名無しさん@ピンキー
久米田康治作品のSSスレです。
週刊少年マガジンに大好評絶賛連載中の「さよなら絶望先生」ほか「かってに改蔵」「行け!南国アイスホッケー部」「育ってダーリン」など以前の作品も歓迎。

前スレ
【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part18【改蔵】
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1218731031/

過去スレ
【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part17【改蔵】
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1212483646/
【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part16【改蔵】
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1208910434/
【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part15【改蔵】
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1207085571/
【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part14【改蔵】
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1204387966/
【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part13【改蔵】
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1200314711/
【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part12【改蔵】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1196555513/
【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part11【改蔵】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1193976260/
【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part10【改蔵】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1191831526/
【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part9【改蔵】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1190512046/
【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part8【改蔵】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1189391109/
【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part7【改蔵】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1186778030/
【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part6【改蔵】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1167898222/
【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Partご【改蔵】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1147536510/
【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part4【改蔵】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1123772506
【改蔵】久米田康司エロパロ総合 Part3【南国】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1105319280
かってに改蔵 Part2 【久米田康治総合】
http://idol.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1083582503/
【かってに改蔵〜天才エロ小説〜】
http://pie.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1035829622/


これまでに投下されたSSの保管場所
2chエロパロ板SS保管庫
ttp://sslibrary.gozaru.jp/

あぷろだ(SS保管庫付属)
http://www.degitalscope.com/~mbspro/userfiles_res/sslibrary/index.html

2名無しさん@ピンキー:2008/10/31(金) 11:15:24 ID:QYaDRK58
>>1 乙です。
3名無しさん@ピンキー:2008/10/31(金) 12:26:32 ID:xh6pOdru
すいません!すいません!私の様な者が>>1に乙するなんてすいません!
4名無しさん@ピンキー:2008/10/31(金) 15:10:35 ID:wK+k/cbR
きっちり>>1乙しないとね!
5名無しさん@ピンキー:2008/10/31(金) 17:54:15 ID:c3YCJUK8
前スレの下手糞な書き手さんめげずにがんばって!
今週号の霧の回は貴方の夕食SSのパクリかと思ったくらいセンスはいいと思います(褒めすぎか)
霧ファンなので個人的に歓迎してますから
6名無しさん@ピンキー:2008/10/31(金) 18:25:15 ID:YZls5khW
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
7名無しさん@ピンキー:2008/10/31(金) 19:17:58 ID:Ui2QZdbT
持ち上げてるのか落としてるのかきっちり
8名無しさん@ピンキー:2008/10/31(金) 19:27:12 ID:NByEKs54
望霧も望纏も好きな俺には今週号はとても良かった。
9名無しさん@ピンキー:2008/11/01(土) 11:04:26 ID:RKNCvPcU
>>5
………薄笑いしか出ない
10名無しさん@ピンキー:2008/11/01(土) 20:43:27 ID:wzqKP0yY
===スレに投稿される職人さんに対するお願い===

・SSの最後には、投下が終わったことが分かるようにEND等をつけるか
 後書き的なレスを入れてください。
・書きながら投下はルール違反です。書き終えてからの投下をお願いします。
・前書きに主要登場キャラ、話の傾向を軽く書いておいてください。
・鬱ネタ(死にネタなど)、エロなし、鬼畜系、キャラ崩壊、百合801要素などは
 注意書きをお願いします。
・ただし、完全に女×女や男×男のネタなら百合板、801板の該当スレで。
・過度な謙遜、自虐は荒れる原因になるので自重してください。

書き手にもルールがあるからといって必要以上に
気負い込まずにみんなと楽しくやっていきましょう。
11名無しさん@ピンキー:2008/11/01(土) 20:45:13 ID:wzqKP0yY
とりあえずのテンプレ
足りない、要らない部分等あればいじってください
12名無しさん@ピンキー:2008/11/02(日) 04:49:47 ID:13MxxqCb
暇なので微修正してみた
過去スレは>>2にまわして、>>1に前スレ保管庫に並べてテンプレ入れたいね
次スレ立つのなんて来年になるだろうけど


===スレに投下する際の注意===

・SSの最後には、投下が終わったことが分かるようにEND等をつけるか
 後書き的なレスを入れてください。
・書きながら投下はルール違反です。書き終えてからの投下をお願いします。
・前書きに主要登場キャラ、話の傾向を軽く書いておいてください。
・鬱ネタ(死にネタなど)、エロなし、鬼畜系、キャラ崩壊、百合801要素などは
 注意書きをお願いします。
・ただし、完全に女×女や男×男のネタなら百合板、801板の該当スレで。
・過度な謙遜、自虐は荒れる原因になるので控えてください。

書き手にもルールがあるからといって必要以上に
気負わずにみんなと楽しくやっていきましょう。
13266:2008/11/04(火) 16:01:34 ID:qRtj3TIq
書いてきたので、投下します。
新スレ一本目なのに、エロなし。
しかも芽留と万世橋の話というワケのわからないネタですが。
14266:2008/11/04(火) 16:02:35 ID:qRtj3TIq
万世橋わたるは不機嫌だった。
何がどう悪い、というわけではない。
ただ、ちょっとした事でイライラしてしまう。気に障ってしまう。
今日の彼は行きつけの店での買い物の帰り道。
電車に揺られながら、外界の事に煩わされぬよう、わたるはイヤホンから流れる音楽にだけ集中していた。
だから、わたるがそれに気付いたのはほんの偶然の事だった。
何かが聞こえたわけでも、見えたわけでもなかった。
ただ、何か気配のようなものとしか言いようの無いものを感じて、わたるはその方向に視線を向けた。
列車の窓際、すぐ横に立つサラリーマン風の男性の向こうに見える二人の人物。
小柄な、ひょっとすると小学生かもしれない少女と、背後に立つ中年男性。
その様子が何かおかしい。
少女の小さな体が、小刻みに震えていた。
背後の男の手の平が、少女の体に触れている。指先が蠢いている。
周囲に不審がられぬよう慎重に、しかし確実に少女を捕らえて逃さず、男は少女の体にいやらしく指を這わせていた。
少女は悲鳴を上げない。いや、上げることが出来ないのか。
「…………い…や…」
耳を澄ませても、かろうじて聞こえるか聞こえないかの小さな声。
満員電車の喧騒の中では、かすれて消えてしまうようなほんの小さな悲鳴。
それが、少女の精一杯のようだった。
「…………」
前述のごとく、わたるは不機嫌だった。
その上、わたるは目の前の痴漢男のような輩が大の嫌いときていた。
ぶちん。
何かが、頭の中で切れるような、そんな音を聞いた気がした。
「ちょ、ちょっと君、何をするんだ!」
わたると痴漢の間に立つ、自分の隣で何が起こっているのか気づいてもいない、呑気なサラリーマンを押しのける。
体を無理やりにねじ込む。
ぎりぎりで右腕が届いた。
痴漢に夢中になっている男の腕を、わたるはぐいと掴み上げた。
「な、なんだぁ!?」
不意を突かれた痴漢男の、間の抜けた声はわたるをさらに苛立たせた。
15266:2008/11/04(火) 16:03:29 ID:qRtj3TIq
強引に、男の腕をねじり上げる。
無理な体勢からの関節技に、わたるの筋肉も悲鳴を上げたが、知ったことではなかった。
「いて、いててててっ!!おい、何をしやがるんだっ!!」
「黙れ、痴漢」
わたるの声に、周囲の乗客の幾人かが反応する。
「な、何を証拠にそんな……でたらめを言ってんじゃ…」
動揺する痴漢男を、周囲から伸びた腕が拘束する。
そこでようやく、わたるは手を離した。
「その辺は、こいつに聞けばよーくわかるだろ」
そして、今度はその手で、その指先で、男の痴漢行為の被害に遭っていた少女を指差す。
と、その時、わたるのその言葉に答えるように、背中を向けていた少女がこちらに振り返った。
小刻みに震える手の平が、ぎゅっと握った携帯電話が、まず、わたるの視界に入った。
そして、彼は声を上げた。
「あ……お前」
その少女を、わたるは見知っていた。
同じ学校の、同じ学年の、隣のクラスの女子生徒。
ツインテールにまとめた髪と、小柄な体の彼女を、彼はよく知っていた。
音無芽留。
瞳に涙を浮かべ、小動物のように震える足で、彼女はそこに立っていた。

駅に着いて、痴漢に手錠がかけられてから、わたるは警察に延々と話をさせられた。
ようやくそれが終わると、話し疲れてクタクタの彼は廊下にあった長いすにどすんと腰を下ろす。
いつの間にか得体の知れない苛立ちは去って、彼の思考は落ち着きを取り戻していた。
その代わり、置き土産のように後味の悪い自己嫌悪が心の底に滞っていた。
今日の彼の行為は、もちろん彼なりの正義感に基くものである事は確かだった。
だが、その一方で、ここ最近の苛立ちをあの痴漢にぶつけるような感情があった事を、わたるは自覚していた。
頭の冷えた今になってみると、その苛立ちの原因も、何となくわかるような気がわたるにはした。
わたるはおたくだった。
根っからの、硬派のおたくであると、自認していた。
ついでに太っていたし、顔も十人並みにすら届かないひどい代物だった。
当然、モテない。クラスの中でも浮いてしまう。
交友があるのは、わずかなおたく友達ばかり。
16266:2008/11/04(火) 16:04:12 ID:qRtj3TIq
それでも、わたるはその事を歯牙にもかけていなかった。
罵りたい奴は好きに罵ればいい。蔑みたいならそうしてくれればいい。
そんな事はこちらの知ったことじゃない。
自分は、ただ自分自身の美学と矜持に基いて生きているだけ、後ろ指を指される謂れなどない。
俺は正しい。
俺はその事を知っている。
だから、どんな悪罵もわたるにとっては痛痒たらない。
その筈だった。
その、つもりだった……。
だけれども、彼はそこに潜む欺瞞に無意識の内に気が付き始めてしまった。
モテない。
それはそうだろう。
浮いている。
まさにその通りだろう。
だけど、それは、わたるがおたくとしての生き方を貫く事と、本質的な部分では関係があるのだろうか?
おたくとしてのこだわりを持ち、自分の信念に従って生きる。
なるほど、言葉だけ聞けば勇ましい。
だけど、自分はこだわりを貫く事を言い訳にしながら、人との関わり合いから逃げていたのではないか。
自分が他人を避けて孤立してしまう事を、おたくとしての生き方と混ぜっ返して誤魔化しているのではないか。
自分の臆病さを、信念の金看板で隠していたのではないか。
思い返せば、わたるは異常なほどにおたくである自分に固執していた。
実のところ、そのためにおたく仲間からすら浮いてしまっている事に薄々気付いていた。
以前、家が火事になった時、燃える家に飛び込んで自分のコレクションを救出した事があった。
あの時、家の2階では妹が助けを求めていたというのに、わたるは気付きもしなかった。
ただ、おたくである自分を守ろうと、それだけを考えていた。
その滑稽なほどの無様さ加減に気付いたのは、火事が消火された後、母親に頬をはたかれた時だった。
それから、徐々にわたるの中に、どうやっても消えないしこりのようなものが出来始めた。
自分の生き方の核となる筈の『おたく』としての自分を、実は逃げの道具にしていた後ろめたさ。
それは、わたるの心を少しずつ追い詰めていった。
17266:2008/11/04(火) 16:05:35 ID:qRtj3TIq
時計を見る。
もう事件からは随分な時間が経っていたが、わたるはまだ帰してもらえそうにない。
だが、そんな事も今の彼にはさほど苛立たしい事とも思えなかった。
今は、被害者である芽留が警察に話を聞かれているはずだった。
音無芽留。
わたるは、彼女の事をそんなには知らない。
まあ、そもそも、彼は現実の女性に対して興味を向ける事はほとんどないのだけれど。
わずかに知っているのは、彼女がコミュニケーションの手段として、専ら携帯電話のメールに依存している事ぐらい。
何でも、自分の声が変だと、クラスメイトに馬鹿にされた事がその原因らしい。
わたるも、いつどこでアドレスを知られたのかわからないが、自分の携帯に彼女からの辛らつなメールを受け取った事がある。
【邪魔だどけ、ブタ】だの
【少しは現実を見たらどうだ?キモオタ】だの
好き放題に書かれた記憶がある。
あの時は随分と腹を立てたものだったけれど……
「そうか…あいつには、アレしかないのか……」
痴漢に襲われて、声を必死に絞り出そうとしても、それすら叶わない強固な呪縛。
容赦も遠慮も全くない彼女からのメールだけを見ていると勘違いしそうになるが、多分彼女は誰よりも繊細で、脆い。
メール依存、と斬って捨てるのは容易い。
ガラス細工のような心を抱える彼女が、何とか外界と繋がろうとして、ようやく手に入れた方法がそれなのだ。
まるで自分と逆じゃないかと、わたるは自嘲する。
『おたく』である事を盾に人と関らない自分を擁護するわたると、頼りない機械を片手にそれでも他人と関ろうとする芽留。
憂鬱な自己分析に暗澹としていた心が、彼女のその生き方を思うと少し安らいだ。
万世橋わたる、この偏屈で高慢な、生粋のおたくは音無芽留という少女に少しずつ興味を持ち始めていた。

それからしばらくして、警察との話を終えた芽留が姿を現した。
その顔には、いつもの生意気な笑顔が浮かんでいる。
18266:2008/11/04(火) 16:06:30 ID:qRtj3TIq
立ち上がろうとしたわたるのポケットで、ヴヴヴヴヴ、携帯が振動した。
メールが一件。
【よう、キモオタ】
手加減のない挨拶。
【世話になったが礼は言わないぞ。むしろお前に助けられたのが不愉快なぐらいだ。謝罪しろ】
相変わらず、口の減らない……いや、メールの場合はなんて言えばいいのか?
わたるは苦笑して応える。
「ああ、悪かったな。キモオタに助けられて、さぞ気分が悪いだろう」
こういう時、必ず噛み付いてくる人間だと、わたるを認識していた芽留はいささか面食らったようだった。
気味の悪いものでも見るかのような目でわたるを見ながら、メールをもう一件。
【わかってるなら、さっさとオレの前から消えろ。それとも、そこまで頭が回らないか?】
「悪いけれど、警察にまだ帰れと言われてない。少し我慢してくれ」
淡々と、わたるは言葉を返す。
質問の答えよりも、その態度に納得がいかないらしく、芽留はさらに気味悪そうな目でわたるを見る。
わたるは、どんなメールを受け取ろうと怒る気はなかった。
芽留の、彼女のあり方の一端に触れて、そんな気など起ころう筈もなかった。
ともかくも、いつも通りの辛らつなメールと、不遜な態度を見て、わたるはひと安心した。
列車の車内で見た彼女の様子はとても尋常なものとは言えなかったが、これならば……。
わたるは再び、長椅子の端っこに腰を下ろす。
すると、芽留は彼を避けるように長椅子の反対側の隅に腰を下ろした。
「…………ふぅ」
二人の間に、それ以上言葉のやりとりはなかった。
わたるのため息がやけに大きく響く、それぐらいの沈黙。
僅かに聞こえるのは、芽留がカチャカチャと自分の携帯を操作する音だけだ。
恐らく、親か友達か、誰かにメールを使って現状の報告でもするのだろう。
わたるは、その作業を横目でしばらく見つめてから、そこから視線を外そうとする……その時だった。
「………ん?」
違和感に気付く。
芽留の、携帯のボタンをカチャカチャといじるその手の平が、さっきから同じ動作ばかりをしているように見える。
打ち損じて、消去して、また打ち損じて、また消去して……
繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し……
19266:2008/11/04(火) 16:07:15 ID:qRtj3TIq
その指の細かな震えに、わたるはようやく気が付いた。
(何がひと安心だ……これじゃあ…)
わたるが気付くまで、芽留はどれだけの間、あの痴漢の好きなようにされていたのだろう?
それがたとえどんな短い時間だったとしても、彼女にとってはまるで永遠の拷問のようだったろう。
そして今、危機こそ脱したものの、今も薄暗い廊下で彼女の味方となる人物は一人としておらず……。
何か、何かしなければっ!!
わたるの心は焦る。
だが、何が出来る?
わたるは芽留にとってはほとんど他人で、信用できる人物ではない。
むしろ、嫌悪の対象であり、近寄るのもはばかるような唾棄すべき存在で、そんな存在からの慰めなど彼女にとっては……。
(……って、俺は何を考えている!?)
それは、さっき自己分析して、さんざんこき下ろした、わたる自身の怯えに過ぎないではないか。
何が出来る?
何かが出来る!!
恐れるな、万世橋わたるは自分の生き方を持った一端の男、誇るべき『おたく』だろう?
震える手の平を見つめる。
それは、ちょうど今の芽留と同じだ。
彼女は必死で耐えて、堪えているぞ。
さあ、自分には何ができる?
「……………」
わたるが立ち上がる。
その気配に気付かないのか、芽留は携帯との格闘をずっと続けている。
わたるが、芽留の間近まで近づいて、ようやく彼女は顔を上げた。
その、彼女の頭に、ぽん、優しく、大きな手の平がのっけられた。
わたるの手の平。
伝わるぬくもりからは、芽留をいたわろうと、慰めようとしてくれているように感じられた。
ぽろり。
ぽろぽろぽろ。
芽留の頬を、いくつもの雫が流れ落ちて跡を作った。
「………っあ………うあ…あぁ……」
彼女の口から漏れた、かすかな嗚咽。
20266:2008/11/04(火) 16:08:06 ID:qRtj3TIq
わたるが膝をつくと、芽留は彼の肩に顔を埋めた。
大量の涙と鼻水が、彼の肩を汚す。
(ひでぇな、人の服だと思って容赦のない…)
なんて考えながらも、わたるは芽留の頭を撫で続けてやる。
自分が芽留の縋り付く藁ぐらいにはなれた事に、内心ほっとしていた。
と、その時、ヴヴヴヴヴ。
「………ん?」
メールが一件。
芽留からのものだった。
文面はただ一言だけ
【ありがとう】
わたるは苦笑する。
「この体勢で、涙でろくに目も見えないだろうに、器用なもんだな……」
それからしばらくの間、自分の肩をほとんど雑巾がわりにされながら、わたるは縋り付く芽留の頭を撫でていた。

そして、数日後。
芽留のあり方に何かを感じたところで、はみ出し者のおたくの生活が変るはずもない。
わたるはぼんやりと窓の外を眺めながら、昼休憩を孤独に過ごしていた。
ただ一つ、変った事があるとすれば……
「……ん?」
ヴヴヴヴヴ。
携帯が震える。
メールが一件。
文面には、悪辣で容赦のない言葉が踊る。
【よう、キモオタ、生きてるか?】
余計な仏心を起こして、性悪娘を助けたせいで、わたるの携帯には悪罵に満ちたメールが時折舞い込むようになった。
わたるは、面倒くさそうに携帯のボタンをいじり始める。
さて、どんな返信を返してやろうか。
口汚く罵るしか能のないあの娘に、ひとつ気の利いた皮肉でも返してやろう。
教室の隅っこで、携帯の画面を見つめながら、万世橋わたるは心底うれしそうに、ニヤリと笑ったのだった。
21266:2008/11/04(火) 16:09:23 ID:qRtj3TIq
これでお終いです。
妙なネタで、すみません。
でも、書きたくなっちゃったので、やっちゃいました。
それでは、失礼いたします。
22名無しさん@ピンキー:2008/11/04(火) 16:15:51 ID:Ww2HlBZ5
万世橋カッコイイな!
貴方のSS好きだよGJ!
23名無しさん@ピンキー:2008/11/04(火) 19:22:24 ID:eqzZb3o3
ひょっとして万世橋SSは初なんじゃね?
24名無しさん@ピンキー:2008/11/05(水) 09:33:09 ID:e7vEVgOq
後の万世橋マンである
25名無しさん@ピンキー:2008/11/08(土) 01:48:12 ID:jGpb7rD0
萌えとズリネタを供給しろ職人ども
26名無しさん@ピンキー:2008/11/08(土) 02:29:19 ID:KUtBKVKQ
先週今週のが不安でネタなんか書けねえ
職人どもは再来週までお休みです
27名無しさん@ピンキー:2008/11/08(土) 22:22:22 ID:vm1x4jEK
書きたい事やネタはあるんだが集中力がねぇ('A` )
28名無しさん@ピンキー:2008/11/08(土) 22:23:25 ID:vm1x4jEK
ごめん、sage忘れた!

頑張って書いてきます
29名無しさん@ピンキー:2008/11/09(日) 10:07:51 ID:5uatmHMD
>>27
時間すごいな

頑張れ。
30199:2008/11/10(月) 18:58:01 ID:of5ctrDb
こっそり置き逃げ。自重できず最終回的イメージで書いてしまいました。

・望×可符香
・エロなし、暗めの二段底です。ご注意下さい。
31『サイカイ』:2008/11/10(月) 18:59:40 ID:of5ctrDb
「死んだらどーする!?」
いつもの教室。いつものように死のうとする担任教師。
いつものようにスルーする、どころか無意識のうちに後押しする生徒達。そしていつものように半泣きで叫ばれるお決まりの台詞。
『ちょw担任涙目wwwww9m(^д^)プギャー』
「ああっ、またこんな毒舌メールがっ!?絶望した!落ち込んだ背中を更に踏みつける中傷社会に絶望した……っ!!」
「先生、絶望するのもいいですけど、いい加減きっちり授業して下さい。」
「そうだよ、こっちは授業料払ってるんだから。契約不履行で訴えるよ」
携帯を片手に俯いて肩を震わせる望だが、千里とカエレの呆れたような声にぐわばっと勢いをつけて振り返る。
「何なんですか貴女方!いくら何でも冷たくありませんか!?
 もうちょっとこう、心配する気持ちとか、ないんですかそういうの!!」
ばん、と教卓を叩きながら叫ばれた言葉に、生徒達が一瞬顔を見合わせる。
「だって先生がかわいそぶるの、いつものことだし」
「もう一々心配してられないって言うか慣れちゃったって言うか、そんな感じですよぉ」
あびると奈美が口々に言うのを聞いて、男の癖に妙に細い肩が僅かに震え、
「――っせ、生徒達の思いやりのない態度に絶望したあぁぁぁぁっ!!」
わっと叫びながら教室を飛び出していってしまう担任に、一同の口から一斉にため息が漏れる。
「あーあ、結局今日も自習か」
「珍しく途中まではまともに授業になってたのにな」
教科書を机の中に仕舞いながらぼやく青山と芳賀の言葉に、晴美が
「ま、いいんじゃない?ここまで含めていつもの流れなんだし」
と応えながら机の上にうつぶせになる。奈美が顔を引き攣らせて呟いた。
「こんなんじゃ今年も留年なんじゃないかな、私達……」
『ジョーダンじゃねーぞ!ふざけんなよこのハゲ!そろそろ進級させろ!!』
「すいません!私が先生をお止めしなかったばっかりに皆さんの貴重な授業時間を奪ってしまってすいません!!」
いつものように大騒ぎの始まった教室の中で、その輪の中に加わろうとせず、こっそり教室を出て行った少女が1人。
そのことに何故か誰も気付かないのも、また2のへ組のいつもの光景だった。


秋の空は恐ろしく高く見える。そんなことを考えながら、吹き付けてきた冷たい風に1つ身震いをした。
ああ、もうすぐ冬なのだな。そう思わせる空気を大きく吸って、吐き出し、ぼんやりと屋上の手すりにもたれかかって
街並みを見下ろす。
「いいお天気ですね。何だか素敵なことが起こりそうな、そんな日じゃないですか」
唐突に背後から聞こえてきた声に、振り向かないまま応える。
「素敵なことなんて何も起こりませんよ。どれだけ期待しても何もないまま、昨日と同じように絶望的な1日が終わるだけです」
「そんなことありません。今日と言う日はまだ見ぬ希望に満ち溢れています」
「それは永遠に見えません」
「いつかは必ず見えます」
ああ言えばこう返ってくる言葉に、いい加減うんざりしたように振り返った。少し離れたところに立っている
可符香が浮かべているにこにことした笑顔に、思わず顔をしかめる。
32『サイカイ』:2008/11/10(月) 19:04:13 ID:of5ctrDb
「何ですか貴女。さっきの教室では私がどんなに死のうとしてもスルーなさってたくせに今更」
「だって、ここまでやって来たのに誰も追いかけて来てくれなかったら、もう先生すんすん泣きながら不貞寝でもして
 時間潰すぐらいしか出来ることないじゃないですかあ」
「例えが具体的過ぎませんか!?」
「嫌だなぁ、先生の行動パターンを的確にトレースしてみただけですよぉ」
フォローするつもりもないらしい可符香の答えに、最早何も言う気になれずそのまま空を見上げた。
「……授業、途中でしたね」
「嫌だなぁ、いつものことじゃないですか」
即座に返ってきた言葉に沈黙することしばし。
「……智恵先生に怒られますね」
「嫌だなぁ、それもいつものことじゃないですか」
即座に返ってきた言葉に更に沈黙することしばし。
「……皆さん、ちゃんと自習してますかね」
「嫌だなぁ、皆こんなの慣れてますから大丈夫ですよ」
「貴女、私を元気付けようとしてるのか叩き落したいのかどっちなんですか」
視線を少女に戻してぼやくが、可符香は口元に手を当ててニャマリ、と人の悪い笑みを浮かべてみせる。
「そんなに心配なら教室へ戻りましょ。まだ授業中ですよ、先生」
う、と言葉に詰まる。
「……それは、ちょっと……」
ごにょごにょと言いながらその場に座り込む。ひんやりとしたコンクリートの感触にぶるりとしながら可符香を見ると
軽やかな足取りでこちらに近付いてきた。そのまま隣に立ち、先程までの望とそっくりのポーズで
遠くまで広がる街並みを見つめている。
「教室、戻りづらいですか?」
「……あれだけ派手に飛び出して来たんですから、それはそうですよ」
自分の膝を抱えながら呟く。

「それだけですか?」
予想外の問いかけに心臓が跳ねた。
「先生、皆から逃げてませんか?」
頭を跳ね上げて見上げた可符香の横顔は、いつもと全く変わらない笑顔のまま。
「今年いっぱいで学校を辞めて蔵井沢へ帰ること、皆に言わなくていいんですか?」
何も読み取れない笑顔のまま、ただ遠くを見つめていた。

「――どうして」
呆然とした声が望の口から漏れる。
「どうして、貴女がそのことを知っているんです?」
33『サイカイ』:2008/11/10(月) 19:07:05 ID:of5ctrDb
瞬きすら忘れたように少女の横顔を凝視する望の質問に、答えは返ってこない。
まだ本当にごく一部の教員しか知らない、霧に伝わるとまずいと思って交にすら伝えていないその話を、何故彼女が。
いや、確かに彼女は訳の分からない人脈や情報網を持ってはいたが、それにしたって。
「ちゃんと言った方がいいと思います。千里ちゃんとかまといちゃんとか霧ちゃんだけじゃなくて、
 皆先生がいなくなったらそれなりに寂しいと思いますし」
「それなり……ですか」
こういう時にまでいちいち引っ掛かる物言いに、僅かに肩を落とす。こちらを見ようとしない少女から目を逸らして
言い訳がましく口を開いた。
「一応まだ決まったわけではないんですよ。確かに戻って来いと実家には言われていますけど
 私だって職を持っていてそれに対して責任があるんですから、投げ出して帰れませんし……。
 ですから今いろいろと時田を通じて話し合っている最中で、どうしても帰らなければいけなくなってから
 皆さんにはお話しようと――」
「先生」
早口でまくしたてる言葉を遮る、静かな一言。
「ちゃんと言った方がいいと思います」
少女は、決してこちらを見ようとしない。
「もう、ほとんど決まってるようなものじゃないですか」
いつもと全く変わらない、何も読み取れない笑顔のまま。
「学校を辞めて蔵井沢に帰って――結婚するんですよね?」
ただ淡々と、まるで心を読むように、残酷な真実を口にする。


実家に帰れ。結婚しろ。相手はもう選んである。
ことごとく命令形の実家からの連絡に、驚きと戸惑いと怒りとをごちゃ混ぜにして父と連絡を取ったのが先月のこと。
いつまでも子供扱いはやめて欲しい――そう主張しようとした父との会話で初めて気がついたのだ。
子供扱いなど、自分はとっくにされていなかった、と。
だからこそ父は実家に戻って結婚し――糸色家の後継として働くよう命じてきたのだ、と。
兄達や妹のように相続を放棄しておかなかったことを、どれほど悔やんだことか。
土日には直接蔵井沢へ足を運んで両親と話し合った。それ以外の日には時田や倫に間に入ってもらって
電話や手紙で自分の今の仕事のこと、糸色家の後継となるつもりはないということ、自分の知らぬ相手との結婚など
するつもりはないということをこんこんと伝えた。
だが――どこかで分かっている自分がいた。
自分がしていることは、蜘蛛の巣に囚われた蝶が最後の足掻きに必死で羽を動かしているようなものだ。
糸色という家に対して自分はあまりにも無力すぎる。
結局最後は父の言うとおり実家に帰って、見知らぬ伴侶と共に、糸色という家を継ぐしかないのだ――


34『サイカイ』:2008/11/10(月) 19:09:54 ID:of5ctrDb
冷たい風が望の髪を揺らした。
先程から街並みを見つめたまま人形のように動かない少女を、のろのろと見上げる。
「――だから、言ったじゃないですか」
素敵なことなんて起こりはしない。素敵なことなんて、何1つとして、起こりはしない。
どれだけ期待してもどれだけ抗っても何もないまま、昨日と同じように絶望的な1日が終わっていく。
きっと、明日も、そのまた明日も。
それは――なんと恐ろしいことか。
「希望なんて永遠に見えません――少なくとも、私には」
吐き捨てるように言って、再び膝を抱える。
何もかもをポジティブに考える怖いもの知らずのこの少女にはきっとこの恐ろしさは分からないだろうけど
それでも、言わずにはいられなかった。
「戻りたくもない家に戻って、好きでもない人と結婚するなんて、そんな日々に」
かわいそぶりでも何でもなく、自分は今こんなにも、
「希望なんて、あるわけないじゃないですか――」
絶望しているのだ、と。

「逃避行、しちゃいましょうか」
「は?」
思わず眉をひそめると、くるりとこちらに向き直った可符香が夢見るような表情で身振り手振りつきで言った。
「嫌な結婚から逃げるために、2人手と手を取り合ってどこまでも逃げていく、とか、お約束じゃないですか」
「まあ、王道と言えば王道ですけど……」
そういうのって、普通は愛し合う2人がするものじゃないんですか。
言いかけたところで至近距離から顔を覗きこまれて慌てて口をつぐむ。
ひょいとしゃがみ込んだ少女の小さな手が自分の手に触れる。ひやりとした冷たい感触に思わず体を震わせた。
クロスした髪留めが陽光を反射し、すぐ間近できらりと光る。
少女の丸い大きな瞳に映った自分と目があった。目を逸らすことも、目を閉じることも許されない。そう思ったのは何故だろう。
いつも前向きに、あるいは何かを企むように笑う彼女が――妙に真顔だったからだろうか。


「先生、私と2人で行きませんか?」


どこへ。
どうやって。
どうして、私と貴女で。
そういうのって、普通は――

35『サイカイ』:2008/11/10(月) 19:11:53 ID:of5ctrDb
「こういうのって、普通は愛し合う2人がするもの、ですよね」
くすりと唐突に笑われて、は、という気の抜けた声が漏れた。
身軽に立ち上がって、固まったままの望に背を向けてすたすたと屋上の扉に向かう少女に向かって
何か言おうと慌てて立ち上がりながら口を開きかけたときを狙ったように、芝居じみた仕草で可符香が振り向いた。
「分かってますよ。先生、そんなことができるぐらいならチキンの汚名も返上してるでしょうし」
「……………」
「先生がいなくなっちゃったら、先生のご両親もお兄さんたちも倫ちゃんも、みんな悲しんじゃいますもんね。
 先生、優しいから……だから、逃避行なんて先生には無理ですよ」
彼女が空を仰いで笑いながら言うその言葉が妙に胸を刺すのは――何故だろう。
何かを言いたいのに、何と言ったらいいのか分からない。
ただ、冷たい風が可符香の髪とスカートを揺らしていくのを見ていた。
高い、どこまでも落ちていけそうなほど高い空を見上げていた少女が、ゆっくりとこちらに向き直る。
「先生」
その微笑を見て、気付いてしまった。

「いつか希望が見えたら、また私に会って下さい」

嗚呼、絶望などこの少女は最初から知っていたのだ――と。

きっとこの少女の言う通りなのだろう。
自分は糸色という家を、家族を捨てて逃げるなんてこと、できはしない。
自分の弱さに言い訳をして、期待することも抗うことも諦めたまま、昨日と同じように絶望的な1日が終わっていく。
きっと、明日も、そのまた明日も。
だから。
「――希望なんて、私には永遠に見えないでしょうから」
掠れた声は何とか届いたようで、少女が僅かに小首をかしげる。
大きく息を吸って――泣きそうに震える声を、必死で落ち着かせた。

「――来世で。来世で、また会いましょう」


こんな頼りない約束でも、自分と彼女の『まだ見ぬ希望』の1つになってくれるのだろうか。


「――はい、先生。また来世で」
ゆっくりと頷いた可符香の笑顔がほんの少し歪んで、何故だかそれを見たくなくて、咄嗟に空を見上げる。
また、来世で。
口の中だけで呟いた約束が高い青空に吸い込まれて落ちていくのが、見えた気がした。
36199:2008/11/10(月) 19:13:41 ID:of5ctrDb
お粗末様でした。
今までありがとうございました。
37名無しさん@ピンキー:2008/11/10(月) 21:12:28 ID:YubvufXz
せつねえ・・・。
だけどこういうの好きです。
38名無しさん@ピンキー:2008/11/10(月) 21:12:54 ID:P8L6iwAm
こんな最終回だったら絶望して号泣してやる!
39名無しさん@ピンキー:2008/11/11(火) 12:40:53 ID:Hr/fY8Yl
切ないけど好きだ
悔しいけど好きだ

こんな最終回なら>>38と一緒に号泣してやる!
40266:2008/11/11(火) 13:55:13 ID:LxgJbsvn
199さん、GJです!!かなりジンときました。感涙ですよ!!

で、私も投下します。
よりにもよって>>14-20の芽留と万世橋の話の続きなのですが。
ああいうのは一発ネタでやめといた方がいいんでしょうが、進展させてしまいました。
41266:2008/11/11(火) 13:55:51 ID:LxgJbsvn
昼休憩、クラスメイト達の会話の輪から少し外れて、芽留はカチャカチャと携帯をいじくる。
【よう、キモオタ、生きてるか?】
たっぷりと毒を含ませたメールを、あの尊大なオタク野郎に送りつける。
ほどなくして、返信。
【ご丁寧なメール、ご苦労さん。相変わらず、暇人してるようだな】
きっちりとこちらの癇に障る返事をしてくる所がいかにもアイツらしい。
カチャカチャカチャカチャ。
さらなる毒と皮肉をてんこ盛りにして、芽留は文面を打つ。
返信。
と、その時、芽留の耳元にいきなり聞き慣れた声が響いた。
「芽留ちゃん!」
驚いて声のした方向を向くと、額と額がくっつきそうなぐらい間近に、満面の笑顔があった。
風浦可符香。
彼女はどうやらしばらく前から芽留の後ろに立っていたらしい。
「最近、昼休憩になるといつも誰かにメール打ってるね」
【ど、ど、どうでもいいだろ、そんな事っ!!オレがメールを使うのはいつものことだろ!!】
芽留はどうにも可符香が苦手だった。
笑顔の裏に何を隠しているのかわからない得体の知れなさ。
こちらの心の隙を突いて一気に距離を詰めてくる油断のならなさ。
別に嫌いだとかいうわけじゃないけれど、彼女を前にすると芽留はどうにも緊張してしまう。
「もしかして、好きな人が出来たとか?」
【んなわけないだろ、バカかお前!!】
芽留はメールの相手の顔を思い出して、ブンバブンバと首を横に振る。
まかり間違っても、絶対にありえない。
ていうか、コイツ、全部知った上で自分をからかってるんじゃなかろうかと、芽留は可符香の笑顔を睨む。
可符香の情報収集能力なら、有り得ない話ではない。
「ふーん、じゃ、そういう事にしとこうかな」
【だから違うって言ってるだろうがっ!!】
「進展があったら、聞かせてね?」
【もういいから、あっち行け!!】
芽留がどれだけ怒ろうと、一切効果はなし。
可符香はニコニコ笑顔を一欠片も崩すこと無く、また別のクラスメイトの所に駆けて行った。
まったく……。
芽留の口から深いため息が漏れる。
どこまでわかって話しているのやら、つくづく疲れさせられる。
……だけど。
だけど、ただ一点だけ、可符香に指摘されて初めて気がついたことがある。
『最近、昼休憩になるといつも誰かにメール打ってるね』
そういえば、確かに…。
いつの間にか、当たり前の習慣になっていた。
自分でも意識しないほどに、ごくすんなりと、当然のように。
万世橋わたるへのメールを打つことが、芽留の最近の日課になっていた。
きっかけは一月ほど前。
電車の車内で痴漢に遭っていた芽留は、わたるに助けられた。
高慢、頑固、偏屈で通っているオタク野郎は、傷心の芽留を気遣い、慰めてくれた。
それから何となく、ただ何となく、携帯をいじっている時なんかに、彼の顔が思い浮かぶようになった。
だから、何となくメールをしてみた。
すると、しっかりと返信が返ってきたので、ちょっと戸惑いながら芽留も返信した。
次の日も、次の次の日も、そんなやり取りが積み重なって、ついにもう一ヶ月。
助けられた義理はあっても、あんなブサイク野郎、こっちが気にしてやる必要なんてどこにもない。
なんて、考える一方で、わたるからの返信を、どこかで心待ちにしている自分がいる。
42266:2008/11/11(火) 13:56:38 ID:LxgJbsvn
そんな自分に困惑しながら、今日も芽留はわたるとメールを交わす。
ヴヴヴヴヴヴ。
わたるからの返信。
さっそく携帯を覗き込む自分の顔が、心なしか弾んだ表情を見せている事に、彼女はまだ気がついていなかった。

日曜日。
晴れ渡った空の下、街にくり出して気ままなショッピング。
ウキウキと足取りも軽く街を歩きながら、一方で芽留の心にはほんの少しだけ憂鬱な影がかかる。
父親に溺愛され、小遣いもたっぷりと貰っている芽留は、大抵の物なら買うことが出来る。
買う事は出来るのだけれど…。
「…………」
手に取った服を棚に戻して、芽留はがっくりと肩を落とす。
芽留は一見すると小学生かと見紛うほどに小柄である。
胸も小さい。ぺったんこだ。
サイズが合わない。着こなせない。
おかげで、彼女の着られる衣服は自然と限られてしまう。
可愛い服を見つけても、諦めて帰ることがしばしばだ。
特に今日は最悪だった。
行く店、行く店、ことごとく外れを引き当てる。
ショーウインドウに飾られた可愛いスカートを恨めしげに見つめてから芽留は歩き出す。
空ではもう太陽が西の空に傾き始めていた。
少し時間は早いが、帰るとしよう。
今日はこれ以上続けても、余計に不快になるだけのような気がする。
ため息を一つついて、芽留は家へと向かう足を速めた。

そして乗り込んだバスの車内。
「よう」
こんな機嫌の悪い日に、どうしてコイツに出くわしてしまうのか。
紙袋一杯にフィギュアやら同人誌やら、オタグッズを満載したわたるがイスにふんぞり返っていた。
しかも、車内に空いている席はわたるの隣しか残っていない。
よっぽど立ちっぱなしでいようかと思ったが、声を掛けられて無視をする事もできなかった。
【また随分と買い込みやがって、そんな物抱えてよく街を出歩けるな。少しは恥ずかしくないのか?】
「どれも俺の眼鏡に適った逸品だ。そんな風に考える道理はないな」
憎まれ口を叩き合いながら、席に座るかどうかを決めかねている内にバスは次の停留所に止まった。
バス停に並んでいた乗客たちが乗り込み口から一気に押し寄せる。
その内一人の老婆がわたるの隣の席に座ろうとやって来た。
それを見たわたるは、ちらっと芽留の方を見てから
「ちょっと、待ってください」
自分は席を立ち、まず老婆を、次に芽留を、肩を押して強引に座らせる。
【コラ、痛いぞ。何しやがるっ!!】
そしてわたる自身は荷物を網棚の上にやり、吊り革を掴んで芽留の隣に立つ。
【オレは別にお前なんかに席を譲られなくても…】
「いいから黙って座れ」
やいのやいのと言い合ってる内に、バスはさらに次のバス停に止まる。
もはや車内は乗客で溢れかえり、今更芽留が立ち上がることなどできそうもない。
芽留はわたるに文句を言うのを諦め、自分の鞄を抱きしめて不貞腐れる。
わたるはそんな芽留の事など気に留める様子もなく、ラノベを取り出してパラパラとめくっている。
ブックカバーはかかっていないので、拍子の水着美少女が丸見えだ。
よっぽど突っ込んでやろうかと思ったが、なんだかそれも癪に障る。
仕方なく、芽留は携帯を取り出して友人宛のメールを打ち始める。
そんな時だった。
「…………あっ!?」
43266:2008/11/11(火) 13:57:26 ID:LxgJbsvn
ゾクリ、背中を駆け抜けた悪寒に、芽留は小さく声を上げた。
突然、携帯のボタンを操作する指先が震え始める。
周りを囲むすし詰めの乗客のざわめきが、今にも自分を押しつぶそうとしているように思える。
息が苦しくて、心臓がバクバクと鼓動を早める。
圧倒的なプレッシャー。
とてつもない圧力。
いや、これは、この感じは……。
(………怖い)
これはあの時と同じ感覚だ。
あの列車の車内で、痴漢に体をいいように触られてしまったときと同じ……。
「おい……」
と、そんな時。
「大丈夫だ……」
パニック寸前だった芽留の肩に、ポンと、大きな手の平が置かれた。
芽留が顔を上げた、その視線の先に、いつも通りの不機嫌そうなわたるの顔があった。
(あ…………)
暴れ出しそうだった心臓が、ぐちゃぐちゃに乱れていた頭の中が、すうっと正常に戻っていくのを感じた。
わたるの手の平と、ただ一言の言葉で、自分が平静を取り戻していくのを芽留は感じていた。
そして、気が付く。
(そうか、コイツ、オレをこの乗客の中に立たせないために……)
わたるは、芽留が痴漢に遭ったときその場にいた当事者だ。
だから、あの時と同じ満員の乗客に囲まれた状況が、芽留の心の傷を開かせてしまうのではないか。
そう考えたのだろう。
だからせめて、芽留がすし詰めの乗客と直接触れ合うことがないように、席を替わり、自分は立ったのだろう。
(らしくない事して、変な気を回しやがって……)
頭の中で毒づきながらも、芽留の胸には抑えようのない感情が湧き上がっていた。
嬉しかった。
とても。
すごく。
自分を気遣う心の温かさが、言いようもなく嬉しかった。
(このバカ……)
思い返してみれば、あれだけお互いに毒舌を尽くしたメールのやり取りをしたというのに、
わたるは芽留の、背の低さや胸の小ささ、メールへの依存について揶揄するような事は絶対にしなかった。
(キモオタのくせに、デブのくせに……)
溢れ出る気持ちで、芽留の小さな胸は押しつぶされそうだ。
嬉しい。嬉しい。嬉しい。
芽留はそっとわたるの手の平に、自分の手を伸ばした。
きゅっと、その大きな手を握る。
わたるは、芽留の行動に驚いたのか、少し躊躇って、だけど最後は芽留を拒まず、その手を握り返した。
【脂ぎった手だな。触るだけでウンザリだ】
「なら、手を離せばいいだろ」
言い合いながら、だけど芽留はわたるの手を離さない。
わたるも、芽留の小さな手の平を、ぎゅっと握ったままだ。
バスが目的地に着くまで、二人は互いの手を握り合ったまま、片時も離すことはなかった。
44266:2008/11/11(火) 13:58:06 ID:LxgJbsvn
これでお終いです。
失礼いたしました。
45名無しさん@ピンキー:2008/11/11(火) 14:37:34 ID:pAnqaa8l
後の万世橋マンである
46名無しさん@ピンキー:2008/11/11(火) 18:52:06 ID:kVZ5q3Eh
226さん
なんと言う ツ ン デ レ 
萌えた、萌え尽きたよ…
47ルルーシュ ◆7ddpnnnyUk :2008/11/12(水) 09:13:44 ID:XLtV+Y/2
ルルーシュは糸色 望の服を着て書生風の格好に、
糸色 望はルルーシュの制服を着た。

ルルーシュがホイッスルを「ピッピーッ!!」吹くと、
望はブリタニア兵にフルボッコに。
48名無しさん@ピンキー:2008/11/12(水) 12:09:25 ID:cLHQyTCN
226さん!グッジョブ
49名無しさん@ピンキー:2008/11/12(水) 13:12:11 ID:tRHztm75
226って誰だよw
50名無しさん@ピンキー:2008/11/12(水) 13:14:23 ID:tRHztm75
ところで前スレの最後のAAは倫?羽美?
51名無しさん@ピンキー:2008/11/12(水) 15:22:49 ID:D+Z+u+Rn
>50
羽美だろ。
倫は制服以外の洋服は着ないし、髪にはウェーブがかかってる。
52名無しさん@ピンキー:2008/11/12(水) 15:42:27 ID:TvynYrw9
砂金!
正解!!
チャッチャラチャー
53305:2008/11/12(水) 17:01:11 ID:0dz0l+JL
お疲れ様です。
少々長めですが、投下させてください。

・430氏のSS「45 degrees Celsius」に強く感銘を受けまして、
 この作品の設定を使わせて頂けませんか、と申し出たところ承諾を頂く事ができ、
 氏の作品の続編といった形で作らせていただきました。(礼)
・命×まとい×望 暗めの話です。
・多少、暴力的な表現や不愉快な表記があると思います。

苦手とされる方はスルーを推奨で。20レス程使わせて頂きます。
では、よろしくお願いします。
54枷姫へと捧ぐ声 1:2008/11/12(水) 17:03:30 ID:0dz0l+JL
       
静まり返った部屋の中に聞こえるのは、規則正しい寝息が三つ。それと、古びた目覚まし時計の秒針が刻む音。
部屋の隅ではいつもの毛布に包まったまま、体を丸めて熟睡している少女。
中央には先生とその甥っ子が、親子さながらに布団を並べて眠っている。
カーテンは開けてあるものの、月も出ていない夜空は暗く光は無く、
部屋の中は常夜灯のぼんやりした光で、かろうじて先生の顔を判別できる程度だった。
先生の枕元に正座した状態で、まといはその寝顔を飽きる事なく眺め続けていた。
慣れっこなのか気がついていないのか。そんなまといを気にする様子もなく、先生は変わらぬ様子で深い寝息を立て続けている。

自分にとってはいつも通りの事。幸せに浸りながら、こうして眠くなるまで先生の寝顔を見つめているだけ。
頭の中にあるのは愛しいという気持ちだけ。他の事は考えもしない。
今までずっとそうだった。
気を抜いているとすぐに浮かんでくる雑念を振り払い、先生の顔を覗き込む。
だがその寝顔を見続ければ見続けるほど、どうしても重なって思い出してしまう顔。
──双子でも無いのに、この兄弟は似過ぎなのよ。
そう自分に言い聞かせると、短く溜め息をついた。
……でも、本当に似ている。……そういえば、外見だけでなく、声まで、似て……

その考えが浮かんだ途端、まだ新しい一つの記憶が呼び出され、慌てて頭を振るとそれを追い払う。
決して嫌な記憶ではないのだ。
だが、先生の口からは決して出る事のない言葉だっただけに。
その上、自分がいつも望んで止まない言葉だけに、
強烈に脳裏に焼きついてしまったあの出来事を思い出す度、全身がうずき、体が内側から熱くなり始めてしまう。

とても先生の寝顔を見続ける事ができなくなり、思わず目をそらしてしまった。
しかし一度浮かんでしまった雑念は消えず、まといは頬を赤らめながら、やや憂鬱そうに眉を下げ、目を薄く閉じる。
「……先生が、一度も、私に手を付けようとしてくれないからです……」
口の中で呟いただけのつもりが、小さく声に出していたようで、慌てて口を手で覆うと先生達の様子を伺う。
幸いにも、無意識に出たその言葉は微かな音だったのだろう。
身じろぎする音もなく、変わらず聞こえてくる寝息にしばらく耳を立て、誰も目を覚ました気配が無い事を確認すると安堵の表情を浮かべた。

──カチッ カッツ…
日中であれば気がつかないようなその音は小さく耳に届き、それは、光に誘われた虫が窓ガラスに当たり、跳ねる音のように聞こえた。
さらに、間をおかずもう一度繰り返され、まといはその音に何らかの意思を感じ取り、背にしている壁を振り返るように窓を見上げる。
「──!?」
まといの視界に、外から爪でガラスを叩く白い指と。
そして、自分を見下ろす形で覗き込む先生そっくりの顔が見え、思わず立ち上がった。

「……なにやってるの。」
気がつき、呟いたまといに軽く微笑みかけ、窓の外の命は挨拶をするように手の平を広げてみせる。
まといは窓を開けようと鍵に手を伸ばし、
立て付けの良くないこの窓が立てるであろう大きな音を押さえるように、ゆっくりと窓枠を掴みながらじりじり隙間を作ってゆく。
やがて、肩幅の半分ほどの隙間を空けるとそこで手を止めた。
隙間から入ってくる外の空気は程々に冷たく、澄んでいるように思える。
「起こしてしまったかな? それとも起きていた?」
隙間から、命の音量を押さえた声がまといに届く。
「……先生はもう寝てしまいましたが。」
わざとだろう。そっけなく、どこか不審者に対する態度とも言える口調で、まといは命に答える。
命は困った表情をして笑みを浮かべ、軽く眼鏡のズレを指で直す。
「いいんだ。様子を見にきただけだから。」
「…様子? こんな時間に?」
「ああ。ちょっとそこまで寄ったから。……ん? これ、どうしたんだい? 怪我でもした?」
命は眉を寄せ、まといの頬に張り付いているガーゼを指し示す。
一瞬間を置き、それに気がついて、まといは自分の頬にテープで十文字に貼り付けているガーゼに軽く触れる。
「別に…… ちょっと怪我しただけです…… あ……!?」
まといの言葉を最後まで聞かず、命は手を伸ばして、すでにヨレヨレになりかけているガーゼを摘んで端をめくった。
「……打ち身、かな。転んだにしては不自然だから…… 誰かとケンカでもした?」
55枷姫へと捧ぐ声 2:2008/11/12(水) 17:05:03 ID:0dz0l+JL
「…………」
少し目を吊り上げて、不機嫌そうに沈黙するまといに、命は首をかしげて掴んだガーゼの端を引っ張り、そのまま剥がしてしまった。
「あ……」
もう粘着力も衰えていたテープはすんなりと剥がれ、まといは一瞬首をすくめて驚いた声を漏らす。
剥がしたガーゼを一瞥し、命は首を横に振った。
「だめだ、こんな手当てじゃ… 保健室はこっちだったね? 開けてくれるかい?」
そう言い放ち、まといの返事を待たずに、保健室の方へと歩きだしてしまう。
きょとんとした表情でそれを見送ったまといだったが、気がついた時にはすでに命は声の届かない所まで移動してしまっていた。
少々焦りながら窓を慎重に閉めると、誰も起きていない事を確認し、
先生の顔を一度覗き込んでから、慌てた様子で宿直室を出て行った。


「はい。これでいいだろう。」
まといの頬に大きめの絆創膏を貼り終え、軟膏の瓶の蓋を閉めながら、命はイスを軋ませて立ち上がる。
「…ありがとう……ございます。」
まだ困惑した表情のまま、自分の頬を撫でながらまといはお礼を口にした。
「女の子なんだから、顔のケガを適当に済ませたら駄目だよ。痕になったら嫌だろう?」
やや説教じみた事を言いながら、命は拝借した薬瓶を戸棚へと戻している。
まといは肩をすくめ、そんな命の横顔を改めてじっと眺めてみた。

先日、心ならずとも体を重ねた時、
命と先生の顔が重なって見えたのは、やはり単純に顔立ちが似ている事が大きな要素だったのだろう。
確かに似ている。
似てはいるものの、良く見ると命の方は弟に比べ、やや知性が先立ってしまった感があり、冷たい印象をうける。
だが、医師という肩書きも相まって冷めた性格と思いがちだったが、ただそれだけの人間ではない。
その心の内には、相手だけでなく自分までも焼き尽くしてしまいそうな程の情熱を秘め、隠し持っている。
それを先日の事で実感していた。
……そしてそれは自分と似る物だという事も。
この人も自分と同じ。一度火がついたら、決して止まらない。業の深い人間なのだろう。
いずれ自分の出した業火に身を焼かれる事が分かっていても、足を止められずに、炎の中に身を投じてしまうかもしれない。
自分と、同じかもしれない……

一瞬だけ胸を刺した物に顔をわずかにしかめたが、命がまといの方を向くとすぐに普段の表情に戻っていた。
命はそんなまといの様子には気がついていないのか、再びイスに座ると、まといへ顔を向ける。
「……何をしに来たのか、って話だけどね。本当は、望の方じゃない。……君の様子を見にきたんだ。」
「──! この前の事なら…… 言ったでしょう? 私は怒っていたりしませんから。」
やや気恥ずかしそうにうつむきながら、まといはすこし顔を赤らめ、先ほどまでとは違った柔らかい声を出した。
うつむいたまといを正面から真剣に見つめ、命は小さく首を振る。
「いっそ、許してくれなかったほうが…… いや、君のせいじゃない…」
ぼぞり、と呟いて、命はその場にゆっくりと立ち上がった。
窓から入るわずかな光以外には照明も点けていな薄暗い部屋の中、命の長身は大きな影のようにまといの前を塞ぐ。
驚き、身をすくませてまといも反射的に立ち上った。
暗闇の中、微かに見える命の瞳が、寂しそうな色で揺れたのがわかる。
「…そんなに、怯えないでくれ。」
苦しそうな命の声と共に、その手がまといの頬にゆっくりと伸ばされ、絆創膏の上から頬に触れ、指先は小さな耳たぶにさわる。
命の掌は意外に温かく、指先で耳たぶの辺りを軽く撫でている。
頬の温もりに気を取られたまといの前に、命の顔が静かに迫っていた。

ごく自然に、まといの唇に命の唇が重ねられた。
ときめきこそ無かったものの、
一瞬心地よい感触に心を開いてしまいそうになったまといは、次の瞬間、両手を命の体に差し出して突き放そうと力を込める。
重い感触があり、命の体を突き飛ばした── つもりだった。
56枷姫へと捧ぐ声 3:2008/11/12(水) 17:06:40 ID:0dz0l+JL
突き飛ばしたと思った所で、命は強引にまといの腕を押し返し、
そのまま自分の腕をまといの背中にまわして、少女の体をその両腕の上から囲むように捕らえ、抱き寄せてしまった。
命の唇がまといから離され、かわりにその背中に回された腕に恐ろしいほどの力が込められる。
まといの華奢な体を砕こうとでも言わんばかりに、命はあらん限りの力で少女を抱きしめる。
体がきしみ、息も吸えない程強く抱きしめられながらも、
まといはなぜか自分の全身を締め付ける力に不思議な心地よさを感じてしまっていた。
抵抗しようとする力が抜け、まといの口から細く息が漏れる。
これ以上続けると本当に少女の体が折れてしまうのではないか── 
そう思える寸前に命の腕が緩み、まといは止まっていた呼吸が戻り、大きく息を吸い込んで吐き出した。

締め付けていた力こそ緩んだものの、まだまといは開放された訳ではなく、命の腕は変わらずその体を抱きしめている。
命は、まといの体を軽く持ち上げると、
両腕に抱いたまま傍らのベッドの側までゆっくりと歩いてゆき、その上に座らせるようにまといを降ろした。
ベッドの縁に腰掛けた状態でまといは開放され、
反射的に立ち上がろうとしたようだったが、思いなおしたのか、目の前の命を見上げる形で睨みつける視線を送る。
「…また私を襲うつもりですか? この前みたいに、先生の声色を真似て。それが私の泣き所だと分かっているから……!」
挑戦的とも言える言葉を投げつけ、厳しい目で命を睨みつける。
が、薄明かり差し込む窓を背にして影になっている命の表情に気がつき、まといは息を飲んだ。
自分の方からは、暗い影となりはっきりとは見えない。
しかし、たしかにまといの目には、
自分を見つめる愛しさを交えた熱っぽい命の表情が強張り、寂しそうな笑いへと変わってゆくのを捉えていた。
ちくり、と針に刺されたような感覚が胸の中で動く。
命はゆっくりとまぶたを閉じ── その瞬間、その顔から表情が消えた。
再び開いた瞳からは何の感情も感じられず、冷え切り、乾いた光を携えて、その視線は一直線にまといの目を射る。
ぞくりとしたものが、まといの背中を走り抜けた。
おびえの色を滲ませたまといの顔を見つめ、命の唇が笑うように歪み、開く。
「……あれだけ望の名前を呼んで、乱れておきながら、君は一度もあいつに抱かれた事は無いんだったね?」
「──!」
まといの白い頬が一瞬で朱色に染まった。
即座に反論しようと口を開いたが、よほど頭に血がのぼっているのか上手く言葉にならず、ただ口を開いたままとなっている。
命はそんなまといに冷笑を投げかけ、そのまま覆い被さるようにしてまといをベッドの上に押し倒してしまった。

パイプとクッションの軋む音が聞こえる。
まといは頭に上っていた血が、今度は心臓へ全て集まってしまったのかと思えるほど、
激しく打ち続ける鼓動に、目を見開き、ろくに手足も動かせないまま、
ただ自分の体にのしかかる命の手がそのまま胸元へと進み、着物の上から胸の膨らみを掴んだ事を感じ取った。
「──そうだよ。…これが目的で来たんだ。どうしても忘れられなかったから、ね…… 君が。……君のカラダが……!」
鋭く言い放つ命に、まといは喉を詰まらせ、思わず視線をそらしてしまった。
「……ご……」
口を小さく動かし何か言おうとしたが、それは喉に詰まったまま出てこないようだった。
まといの膨らみを服の上から弄っていた命の手がその襟元に伸び、止める間もないまま一気に胸元をはだける。
薄暗闇の中にひときわ映えるまといの白い肌と、形のよい二つの膨らみがこぼれ、柔らかそうに小さく揺れる。
「い、いや……! あ……っ……!?」
声を上げて命を退けようとしたまといだったが、
素早くその膨らみを口に含まれて先端部を舌先で転がされると、思わず体を小さく震わせて快感の声を漏らしてしまった。
もう片手で一方の膨らみを愛撫しながら、命は空いている手でまといの帯を解き、袴を脱がせてゆく。
「だめぇ! やめて! もうだめ!」
体をよじり抵抗するまといの鼻先に、無表情のまま命の顔が近付けられると、ぼそりとした囁きを口からもらした。
「……君が…… 望んだ事じゃないか。 君の誘いだという事に私が気がついていないと思ったかい?」
「そ…… そんな、私、誘ってなんか! もう、あなたとこんな事をする気は──!」
睨みながら頭を振って否定するまといに、命は含み笑いをしてみせ、さらにまといの肌を晒し続けてゆく。
 
57枷姫へと捧ぐ声 4:2008/11/12(水) 17:08:28 ID:0dz0l+JL
「ああ、体を許す気はないのかもしれないけどね。……どのみち一緒の事さ。君が望んでいる事はね。
……自分の泣き所を知っている。そんな事をわざわざ口にしたよね?」
まといの動きが凍りつき、血の気の引いた顔で命の顔を呆然と見つめる。
命はさらに冷笑を口元に張り付かせ、やや荒い口調でまといに詰め寄ってきた。
「あいつの気を引きたいためかい? それとも、かりそめな物でもいいから、自分を満たしたいのかい?
 …まあ、どちらでもいいけどね。私にとっては不愉快な事に変わりない…… いや…… 愉快な事なのかな? ふ……」
最後は独り言のように呟いて、まといの上に倒れ込むようにし、その肩に顔をうずめて互いの頬をぴったりとくっつける。

いつの間にか自分がほとんど裸に近い状態まで衣服を脱がされてしまっている事にも気がついていないのか、
まといはただ何かを待つように動きを止め、集中しているように見える。
ややあって、唇が耳に触れるほどの間近で命の口が動き、熱い息とともに囁きがまといの耳をくすぐる。
『…常月さん。先生はあなたと愛し合いたいです。あなたと、深く結ばれたい、です……』
「──!!」
それを期待し、予想はしていた。
命の口から出た言葉のはずなのに、声も口調も先生そのものとしか思えず、
まといは自分の体内に強い電流が走ったように全身を震えさせ、血の気の引いていた肌に赤みが戻り、火照り出してゆく。
無言のままでいるまといの返事を待つかのように命は少し間を置いたが、何も返されない事を悟ると再び囁きを続ける。
『もし、お嫌でしたら仰ってください…… 無理強いはしたくありませんから…』
言葉と同時に、膨らみを愛撫していた手が下げられ、まといに覆いかぶさっていた体が離れるように軽くなった。
「ちっ、違っ……! 待って先生……! ……っ!?」
焦った声を上げ、命の体を抱き寄せたまといは、すぐに相手が誰なのかを思い出し愕然としたように目を見開いて硬直してしまう。
命は顔を伏せたままで、まといの視界にはその顔は映らず、
まといが感じ取れる物は男性にしては細めの肩と背中、そして夢中で抱き寄せた時に繋いだ片手の指が絡み合う感触だけだった。
『常月さんの中に…… 入りたいのです。……こんな私でも受け入れてくれますか?』
「せっ……!?」
『あなたの奥まで、深く結び付きたい……! 常月……さん……』
苦しそうに漏れる声とともに、まといの腿に自分との結合を求めてはちきれそうに硬くなった絶棒の感触があたり、
頭の中が真っ白になってゆく。
「…き……て…! 入って来て下さいっ…! 先生! 先生っ! 私は、先生のものですから!」
まといの叫び声が上がるのを待ち望んでいたように、絶望の先端がその秘所にあてがわれた。
すでに十分に濡れているまといの場所へあてがわれた絶棒が押し込まれ、それは一気にまといの中へと侵入してゆく。
「あああああああっっ!! あーーーっっ! んああーっっ!」
まといの口から嬌声が上がり、挿入された悦びを表すように眼を閉じ、首を激しく左右へ振ってみせる。

──まとい。
挿入と同時に絡みつかれるように与えられる快感に浸りながら、命は頭の中でまといの名前を呼んでいた。
言葉には出すな、と。
かろうじて残っている理性が、本能のままにまといを攻めようとする自分へと警告を送っている。
命は上体を起こし、頭の中でまといの名を連呼しながら
ひたすらに少女へと自分の腰を打ちつけ、あっと言う間に限界まで昇りつめてゆく。
目の前では、瞳を閉じたまま、何度も何度も先生と口走りながら悦びの声をあげるまといの姿がある。
もう一度、頭の中でまといの名を呼び、カケラほどに残っている理性に命じ、自分の口を動かした。
『常月さん……! ああ……!』
その声に反応し、まといは目を開いた。

自分を組み敷いた命を見とめ、まといの表情が微妙に揺れ、歪んでゆく。
嫌悪にも似たその表情に、命は一瞬顔を強張らせたが、
まといの中から絶棒を抜き取ると、間髪入れずにその体をうつ伏せにさせ、少女の小さくて張りのあるヒップを掴んで引き寄せる。
「……え?」
刹那の事に状況が掴めず困惑した声を上げたまといだったが、
次の瞬間後ろから命の絶棒で貫かれ、再び体を突き上げた快感にのけぞって悲鳴を上げた。
ベッドの上に四つん這いにさせたまといをひたすらに攻めてゆき、
命は自分の絶棒が今にも弾けそうな所で動きを止め、背中からまといにかぶさるようにその耳元へと顔を近づける。
58枷姫へと捧ぐ声 5:2008/11/12(水) 17:10:54 ID:0dz0l+JL
『常月さんの…… 中に出させてください。』
その言葉にまといは一瞬微笑みを浮かべようとし、すぐに顔色を変えて首を振る。
「だ、だめ…! やめて、中は駄目! お願い…!」
逃げようともがくまといを後ろからふわりと抱きしめ、命はさらに囁いた。
『責任をとります、私が……! 一生あなたを大事に、します…!』
「……! …でも! わ、わた、わたし、あなたは…! 先…先生じゃ……!? 中は、キツい……です…」
混乱状態なのか、意味の通じない事を口走るまといのうなじに命の唇が触れた。
びくりと震えるまといへ、命は静かに口を開く。
『愛してます。常月さん── わたしを、受け止めて、下さい──』
「あ……っ!? あ……あ…あ……」
まといの体温がさらに上昇し、その顔が熱く汗ばんでくる。
一呼吸おき、まといの瞳が蕩けそうに潤みだした。
「……先生の全部を、私の中に……下……さい……」
夢見るようなうわずった声がまといの口から漏れると同時に、命は激しく腰を打ちつけ最後の瞬間へと向かってゆく。
まといはもう何の抵抗も見せずに、恍惚とした表情を浮かべながら、しかし瞳の端に涙を溜めて全てを命にまかせている。

まといの体温を感じながら、命はこの少女の中に自分の欲望をすべて吐き出さんと、
それだけを思い、体の中から絶棒へと駆け上がってくる物をその先端へと導くべく、快感を貪り続けている。
少女の中で絶棒が膨らみ、放出を迎えようとした時、それをまといも感じ取ったのだろう。
まといの瞳から大粒の涙が零れ出した。
無意識なのか、声もなく口を動かし続ける。
──ごめんなさい。
そう何度も、まといの唇が動いている様子を命の瞳は映し出していた。

そして命は少女の中で絶頂を迎え、
快感と同時に絶棒の中へと押し出されるように走り込んできた物が体外へ飛び出そうとしていった。


なぜ、こんな事をしているのか理解するまでに、しばらくの時間を要した。
目の前で、押さえつけてベッドにうつ伏せにした少女の、澄んだ大きな瞳からは涙が零れ続けている。
小さな顎の上にある唇が刻んでいる言葉は誰への物なのだろうか。
常に凛としていて、時おり艶っぽさも見せる、この愛らしい少女を今、自分は完全に征服できたはずだった。

少女の中に、自分の欲望全てを注ぎ込んでいる最中── のはずだった。
だが、気がつくと少女の白い腰と背中を背景にして、自分の絶棒が目に映っていた。
少女の中の蜜に濡れた絶棒を軽く握り、それを小さくしごくと、一瞬だけ目の前でフラッシュを焚かれたような白い光が影を残し、
びくびくと震える絶棒から白く濁った液体がまといの背中へと張り付いてゆく。
放出の快感と気だるさに包まれながら、自分でも驚くほどの量をまといの背中に、腰に、解き放ち続ける。

自分の背中に広がって行く物が何か、まといは理解したのだろう。
安堵の表情こそ無かったが、呟く唇の動きは止まり、ぐったりとベッドに体を預けているようだった。
背中に放たれた命の欲望が、その脇腹を細く流れ落ち、シーツに染みを作る。
まといが小さく鼻をすする音が聞こえた。


力なく裸体を横たえたまといの背中を手近にあったタオルで拭き取りながら、命はふと、その手を止めた。
まといの体は、痩せすぎではないがそれほど肉付きが良い方ではないように見える。
しかし、浮き出ている背骨の上をなぞりながら腰周りの方へと手を動かすと、
余分な肉などついていないように思えるのに、ふわりとした柔らかい感触が手に伝わってくる。
命はタオルを除けて、直にまといの肌に触れた。
怪訝そうな顔で首を捻って振り返るまといの腰を、クッションか何かの感触を確かめるように何度も軽く押す。
「……何を……?」
「そうだね。…まだ、もう少しの間は、女の子なんだよね。」
笑いながらそんな事を言う命を不愉快そうに睨みつけながら、まといは体を起こしてベッドに腰掛ける。
脱がされた着物を胸に抱えて裸体を命から隠すような仕草を見せるまといに、命は少し意地悪そうな笑みを浮かべた。
「望は、あまり年下は趣味じゃなかったはずだったと思うが。どうかな?
 周りに女生徒が多いようだけど、興味は持っていそうかい?」
59枷姫へと捧ぐ声 6:2008/11/12(水) 17:11:47 ID:0dz0l+JL
その言葉にまといは鼻の頭にしわをよせ、キッと鋭く命を睨みつける。
「先生は、私をとても大事にしてくれていますから! 命先生みたいに無理やり襲ったりするようなケダモノじゃありません!」
一点の曇りもない澄んだ瞳で真っ直ぐに睨むまといの視線を受け止め、命はどこか心地よさげな表情で口を笑みの形に歪めた。
「そのけだものを誘惑して、抱かれて、可愛い声で悦んでいたように思えたけど?」
まといの頬にサッと血が昇る。
「私は、誘惑なんて──!」
「…誘惑じゃないなら、ていよく利用、って所かな?」
わざとらしく鼻で笑ってみせる命に、まといは急に沈痛な面持ちとなり、目を伏せ唇を噛んで黙り込んでしまった。

「……ごめん…なさい…」
「…なぜ、謝る……?」
不機嫌そうな低い声で命は吐き捨てるように言い、眉を寄せて溜息をついてみせた。
まといはハッとしたように一度顔を上げるが、すぐにまたうつむき、言葉を探しているように目を泳がせている。
そんなまといを、苛ついた表情で見ていた命だったが、
やがて少し皮肉っぽい笑みをその顔に作ると、まといに顔を近づけて口を開く。
「それで、どんな感じだったかな?」
「…? どんなって…?」
また唇を奪われる事を警戒しているのか、不審そうな表情で尋ね返すまといに、命は表情を変えないまま先を続ける。
「ただ似ているだけの好きでもない相手と交わった感想はどうかな?」
やや棒読みのまま一息に告げられた言葉に、まといは自分の言葉を無くし、その表情が止まる。
そしてすぐに泣きそうな表情に変わり、唇がわなわなと振るえはじめた。
「…恋人のものでない男性器が君の中に入ってきて、中で弾けようとしたね。
そして、君はそれを欲しがり、許した。自分の中に出される事を望んだ。注ぎ込まれる瞬間になっても、君は拒否しなかっ──」
部屋の中に乾いた音が響いた。
語り続ける命の頬がまといの手の平で打たれ、眼鏡が外れてベッドの上に転がる。
まといは沈黙した命の前に立ち、怒りに眉を吊り上げ、燃えるような瞳で睨みつけた。
「──最っ低! …もう、私に話しかけないで!!」
語気を強めて言い放ち、まといは着物を抱えたまま身を翻して部屋の戸を開けると、暗い廊下へと出て行こうとする。

命は眼鏡も拾わずに、ゆらり、と立ち上がり、まといの背中に声をかけた。
『常月さん……!』
命の口から、先ほど自分の耳元で散々に囁かれた声色が出され、反射的にまといは足を止めてしまう。
だが、振り返りはせずに、肩を小さく震わせながら必死に何かを耐えるように歯を食いしばっている。
「…何を……!」
『……どうやら私は……あなたを愛してしまったようです。』
まといの大きな瞳がさらに大きく見開かれた。
「…………っ…」
どう答えればいいのか。怒りと、痛さと、僅かな喜びとが同時に頭の中を駆け巡る。
振り向こうとしたが、どんな顔で振り向けばいいのかも分からず、躊躇すればするほど、告げるべき言葉がなくなってゆく。
まといは抱えていた自分の着物で口元を覆った。

背後にいる命の口から、低い声が漏れ出した。
それは言葉ではなく、喉の奥で含む、笑い声。
声を上げて笑い出すのを必死で我慢しているような、可笑しくてたまらないといった声だった。

──何と言ったのかは分からない。おそらくまとい自身も判っていないだろう。
口を覆う布の向こうから、呻きとも嗚咽ともつかない声をもらし、とうとう後ろは振り返らずに部屋を飛び出して行ってしまった。


暗い保健室に残された命は、
ベッドの上に落ちた眼鏡を拾い上げると、かけ直そうとはせずに片手で握りしめうつむき、肩を落としていた。
「……何を、しているんだ! 私は……!」
かすれた声で呟きを漏らし、片手の眼鏡をフレームが軋む音もお構いなしに強く握り締める。
「私は……っ!」
その手をベッドの上に打ちつけ、マットのスプリングが跳ね、乾いた音を立てる。
命は、力をなくしたようにゆっくりと膝をつき、ベッドにその顔を埋めて頭を乗せた。
まだ少女の温もりを残したマットに顔を伏せたまま、もう一度、握り締めた手でベッドを殴りつける。
レンズにヒビの入る固い音が、その手の中から聞こえた。
         
60枷姫へと捧ぐ声 7:2008/11/12(水) 17:12:44 ID:0dz0l+JL
              
音を立てて乱暴に蛇口を捻ると、勢い良く流れ出した水の跳ねる音がトイレの中に響き渡る。
着物を羽織っただけの状態で、荒い息をつきながら、まといは流れ出す水を見ていた。
「──バカにして……! バカにして! バカにしてっ!!」
吐き出すように何度も言いながら、シンクに溜まってゆく水に手を突っ込む。
切れそうに冷たいその感触に一瞬身震いしてしまうが、目を閉じ、心を落ち着けるようにじっと耐えている。
突然吐き気が湧き上がり、咄嗟に濡れた手で口を覆い、身を固くしてそれを押さえようとする。
暗いトイレの中に、しばらく水の流れる音だけが聞こえていた。

シンクの縁からあふれた水がこぼれ出した所で
まといは蛇口を閉め、両手で水をすくって、近づけた顔に叩きつけるように何度も浴びせる。
冷たい水に触れ続けた手が赤くなり、指がふやけてくるまでそれを繰り返す。

やがて、もう水がすくえないくらいまで無くなってしまうと、ようやくまといは動作を止め、顔を上げる。
のろのろと着物を身にまとい、何とかいつもの姿に戻ったところで、寒さに耐えかねたように身をすくませた。
「……今夜は冷えますよ。先生。……ちゃんと温かくして寝ないと。」
ぼそりと呟き、足早に宿直室の方へと廊下を歩いて行った。


  □  □  □


医院をとしての経歴はそれほど長いわけではないが、建物自体は結構年季が入っていたはず。
窓を鳴らす木枯らしの音を耳にし、診察室の椅子に腰掛けてそんな事を考えながら、命は正面に座る望と向き合っていた。
「…風邪、だな。まあ、まだひき始めだろう。点滴でも打っておくか。」
命の言葉に、望はホッとしたような困ったような表情を浮かべる。
「風邪ですか…… もしかしたら原因不明の重い病気かもしれないと思ったのですが。」
「そうそう奇病難病の類がそこらに転がっていてたまるか。」
そっけない声を返して望を隅にあるベッドへ促がすと、自分は点滴の準備を始めた。
「兄さん、点滴薬を間違えたりしないでくださいよ……! 今日は看護士さんはいないんですか!?」
不安そうに声を上げる望に、命は少しうるさそうに手を振りながら点滴をセットしてゆく。
「安心しろ。うちの医院特製、炭酸入りの点滴を使ってやるから。」
「そんな点滴がありますかぁ!? 死んだらどうする!」
「…冗談に決まってるだろう。」
溜め息をつきながら準備を完了し、なおも何やら言っている望をよそに自分の机に戻る。
後ろの声は無視してカルテを書き進めているうちに、やがて眠ってしまったのだろう。
望の声は聞こえなくなり診察室は静かになった。
「…やれやれ。」
ペンを置いて、一つ伸びをしようとした所で、ふとドアが開く小さな軋みが耳に届き、そちらに首を向ける。
「あ……!?」
今日は、望が一人で来た物だとばかり思っていたせいもあるだろう。
ドアの隙間から姿を覗かせる袴姿の少女に驚いた声を上げ、命は思わず立ち上がってしまった。
命が自分に気がつき腰を浮かせた事を見ると、まといはスッと背を向けて廊下へと消えてしまう。
「…ちょっと、待っ……!」
まといを追いかけ診察室を出るが、すでに廊下にはまといの袴姿は無く、かわりに階段を上って行く靴音が聞こえてきた。
「二階へ……?」
首を捻りながらも、一度気持ちを落ち着けようと短く深呼吸をし、すぐにまといの後を追って二階へと上がる。
入院用の個室が並ぶ二階は、個人病院ということもあり、部屋数は少ない。
だが、それら一部屋ずつを見てまわる必要もなく、
命は半開きになった扉が揺れたままの部屋を見つけ、迷わずノブを掴んでドアを開ける。

小さなベッドと、空の花瓶が置かれた小テーブル。ナースコールのコード。
必要最低限のものが備えられた小さな病室の中に佇んで、まといはこちらを見ていた。
命は病室に入り込み、無意識にドアを閉める。
おそらく怒りの表情か冷たい視線か、
いずれかが投げかけられるだろうと予想していたが、意外にも命に向かってその少女は微笑を浮かべていた。
一つだけある小さな窓から入る夕日を背にし、少し影になった顔をこちらに向けている。
入口近くで立ち止まったままの命にニッコリと微笑み、右手をゆっくりと持ち上げるように差し出す。
オレンジ色の光を反射し、鈍く光る包丁が、その手には握られていた。
                 
61枷姫へと捧ぐ声 8:2008/11/12(水) 17:13:57 ID:0dz0l+JL
               
いつの間にかまといの顔からは笑みが消えていた。
無表情と言うには少し違う。
どこも見ていないような焦点の合っていない瞳に暗い光を宿し、獲物を狙う冷血動物のような視線で命を見つめる。
ゆっくりと足を踏み出し、一歩一歩近づいてくる。
包丁の切っ先は命の喉笛に真っ直ぐに向けられており、
もし、まといがひと飛びに襲いかかってきたら無傷でかわすことは困難に思える距離だろう。
近づいてくるまといを無言のまま呆然と見ていた命だったが、
刃先が自分の首まであと拳一つ分で届くといった所で、命は初めて体を動かした。

まといの方へと、迷いなく足を踏み出す。
まさか自分の方へと踏み込んでくるとは思ってもいなかったのだろう。
刃先が命の喉に軽く触れ、まといは慌てて手を引いて包丁を下げ、唇を噛み締めて命を睨みつける。
「本気で、刺しますよ……!」
低い声で告げて、今度は刃を寝かして命の喉元に包丁を突きつける。
「脅しだと思っているのなら……」
「思っていないよ。……君の目を見れば分かる。本気で私を刺すつもりでいるのだろう?」
口ではそう言いながら、全く動じた様子を見せない命に苛立ちを隠しきれず、まといは興奮した声を上げる。
「殺されてもいいとでも言うの!?」
凄むまといに正面から向かい合う命の首がゆっくりと縦に振られ、口元には微笑すら浮かんでいる。
「…本気に……してないんでしょう!?」
「いや。私だって死にたいわけじゃないよ。…でもね。なぜだろう。君に刺される事に……抵抗を感じないんだ。」
愕然とした表情となったまといの手が震え、手元が狂ったのだろう、命の首筋に赤い線が一本現れる。
ほんの皮一枚の深さではあるのだろうが、
僅かに滲み出す血も、痛みも気にならないのか、命は涼やかな笑みを見せてまといの頬に両の手の平で触れる。
「本当に、綺麗な…… 真っ直ぐで、強くて、澄んだ瞳だ。
…思えば、君の瞳はいつも一貫してこうだった。何かを一心に思う強い意思を持っている、それが…… たまらなく愛おしい。」
不思議な、透明感のある笑顔をまといに見せながら、命は目をそらす事なくその瞳の奥を覗き込み続ける。
金縛りにあったようにそのままの姿勢で
硬直してしまったまといの表情からはすでに怒りの色は消え、ぼんやりとした顔で命と見つめ合っていた。

「なぜ…… なんだ?」
やがてぽつりと呟かれた命の声に、呪縛が解けたようにまといは我に返る。
「……なぜ、って……?」
「……あいつ ……望じゃないと、駄目……なのか?」
息を飲み、目を見開いたまといは、そう尋ねる命の瞳の奥に、暗い光が炎のように揺れている様子が見えた気がした。
ちろり、と、揺れる物が何なのか。
まといは半ば本能的に察してはいたが、命を見つめたまま、深く首を縦に振って見せた。

命の顔がみるみるうちに苦渋に歪んでゆく。
何かを振り払うように大きく頭を振り、目を見開いてまといに押し迫ると、そのまま、その小柄な体を壁にまで追いつめてしまった。
まといの顔の左右を挟み逃げられなくしようとするように、自分の手を壁に押し当てる。
「なぜ、あいつなんだ! なぜだ! なぜ駄目なんだ!」
まといの鼻先にまで顔を迫りつけると、震える声で詰め寄ってゆく。
驚き、怯えるように身をすくませて何も言えずにいるまといの目前まで迫り、そこで少し声の勢いを落とした。
今までになかった程に真摯な、真剣そのものの表情でまといの瞳を見つめる。
「……一緒になるなら、私とだ。……横取りだろうが何と言われようがいい。私の物に、なるんだ!」
言葉を返せずに呆然としているまといの両肩を掴むと、その手に力を込めて命は言葉を吐き出す。
「言ってくれ…… はい、と… 一言でいいんだ…… 言ってくれ……!」
指先が食い込むほどにまといの肩を掴み、命は喉から言葉を絞り出していた。

心のスイッチが切れていたように、動きを止めていたまといの目に意志が戻った。
ただずっと呆けていたように見えたが、自分の中を駆け巡るいくつもの感情を収めようと必死になっていたようだった。
一瞬だけ笑顔を浮かべ、すぐに曇らせた表情となり唇を噛みしめ、静かに首を左右に振ってみせる。
「…すごく、うれしい。でも…… それは、言えません。」
まといの肩を掴んでいた命の力が緩み、ゆっくりと離れていった。
それを感じながら、小さく微笑み、まといは言葉を続ける。
「以前の私は…… 告白されたから、その相手を自分が好きになって、それが恋なんだと信じていました……」
62枷姫へと捧ぐ声 9:2008/11/12(水) 17:15:20 ID:0dz0l+JL
命は言葉を返さない。
一拍間を置き、まといはそのまま話を進めてゆく。
「先生の時もそう。でも、今は、少し違ってきたんです……
 私…… 私、いつまでも、告白されたからといって誰かを好きになるような、そんな女の子のままでいたくない……
 先生を、ちゃんと、本当に好きでいたいって、思って。」
まといは少し遠い目をしてみせ、命に頬笑みかけた。
「命先生が気づかせてくれたんですよ。私が、私のためにできる事を…… 
 その時から、少しずつだけどわかってきたんです。誰かを、好きになるという事の意味が変わってきたんです。
 ……ほんの少しずつですが、気がついてきたんです。だから……」
まといの言葉が途切れた。
いつのまにか、肩に置かれた命の腕は下に滑り落ち、いまはまといの肘の辺りに辛うじてしがみついているだけの状態だった。
目の前の命はもう表情もなく、ただじっとまといの言葉に耳を傾けている。
「だから…… 言えません。……私が好きなのは命先生じゃ、ない。」

命が鋭く息を飲む音がまといの耳にはいった。
うつむき、両手で頭を抱え、激しく肩を震わせて命はその場に崩れ落ちていった。
「命先生……!」
床に両膝をつく命をとっさに支えようと手を伸ばすが、
そのまといの手に構わず、一瞬早く踏みとどまった命に手首をつかまれてしまった。
ぎりっ、と、奥歯を噛みしめる音が、命の口から漏れる。
まといの手首を掴んだ命の手が離れ、膝立ちだった状態の命はゆらりとその場に立ち上がった。
うつむいていた顔を上げ、正面を向いた命は両手をゆっくりとまといの顔に近づけて行く。
「…命……先生……?」
顔に触れようとしているのだと思っていた命の両手が自分の頬を通り過ぎ、
首筋に触れた所で異変に気がついたのか、まといは不思議そうな声を上げて命の顔を見る。
命の目は真っ直ぐにまといを見つめてはいたが、その瞳には何も映っていないように光は無く、虚ろな影で満ちていた。
ゆっくりとその両手が首を包みこみ、締め付けてゆく。
まといの細い首に命の指がめり込んでゆき、気道と血管を圧迫する。
息が詰まり、まといは仰ぐように天井を見上げながら、
抵抗するわけでもなく、苦しそうに喘ぎながらも口元には微笑みが浮かんでいた。
「……ああ…… さっき、の……命、先生……は……」
喉笛を押さえつけられ、かすれた声しか出ない状態で、まといは声を絞り出す。
「…こんな……気持、ち…… だった、ん……ですね……」
喘息を患ったように細い呼吸音を漏らしながら、まといは命に笑顔を作って見せる。

締め付けていた命の両手の力が消えた。
見る見るうちにその瞳に心が戻り、表情が現れてくる。
跳ね上げるように自分の両手をまといの首から遠ざけ、
開放されたまといは一度短く咳き込むと、喉を手で押さえて肩を上下させながら荒い息をつく。
自分の行動が信じられないといったように呆然とまといを見つめる命に気がつき、
まだ喉をぜいぜいと鳴らしながら、それでも微笑みを浮かべて片手を命の頬へと伸ばした。
「……同じです。私と、あなたは。」
まだ動揺から抜けきれていない命の頬をそっと撫でながら、まといはもう一度口を開く。
「…私達は……同じ人間、でした。」
そう言って、にっこりと微笑んで見せたまといに、
命の顔は一瞬強張りをみせたが、すぐにそれは崩れ、口元を少し曲げて笑っているとも泣いてるともつかない顔を見せる。

命の手がまといの背中に回され、ふわりと覆うようにその体を抱き寄せた。
まといは今度は拒否しようとはせず、自らの両手も命の背中に回して、慈しむように腕を絡めて抱き返す。
命の胸に顔を埋めたまといは目を閉じ、次第に落ち着いてゆく彼の心音に耳を傾けていた。

ずいぶんと長い間そうしていたように思えたが、実際はほんの数分なのだろう。
命の鼓動が落ち着きを取り戻した事をまといが実感した時、背中の両手がもぞりと動いた。
すすっとまといの腰に回された手は、素早く帯を解いてしまい、軽い布摩れの音を立てて袴が床に脱げ落ちる。
びくりと体を震わせて顔を赤くしながら、まといは次々と着物を脱がしにかかる命の胸の中で強く首を振る。
「だめ……!」
まといの制止は聞かず、命はどんどんとその着物をはだけさせてゆく。
63枷姫へと捧ぐ声 10:2008/11/12(水) 17:16:28 ID:0dz0l+JL
「だめっ!」
抗う動きは全く見せないが、語気を少し強めて、まといは再び声を上げた。
命の手の動きが止まり、片手でまといの髪に触れ、そっと撫でながら囁くように声を出す。
「…………抱きたい。」
「……だめ。」
一瞬の躊躇の後、やはり拒否の返事を返したまといの頭を両腕で自分の胸に抱え込んだ。
「…君の中で、やすらぎたい。……今日、限り…… 今だけでのものでもいい……」
「…………」
まといの返事はない。
顔を赤くしたまま、心地よさそうに命に髪を撫でられ、胸に顔をあずけて考え込んでいるように見えた。
命はそれ以上何も言わず、まといを愛しそうに抱きしめている。
まといは言葉は返さなかった。
が、命の胸に顔を埋めたまま、ゆっくりと、小さく頷いてみせる。
命の腕が、するりと、まといの着物の中へと入り込み、少女の口から鼻にかかった細い声が漏れ出した。

背中を壁に押し付けたまま、まといの着物をはだけさせ、剥き出しになった肩の上を命の口がなぞる。
片手は胸元へと入れて直接まといの膨らみに触れ、もう片手は足の間を割って入るように、一番大事な部分を愛撫している。
まといの秘所で命の手が動くごとに、次第にそこが湿り気を帯び、音を立て、まといの口から喘ぎ声が漏れる。
膨らみを口に含み、舌で転がし、そのたびに感じて声を上げるまといに、
命の動きが段々と激しさを増し、柔らかい膨らみを揉みしだきながらまといの秘所へと指を入れ、その中をかき回す。
びくびくと体を震わせて、まといは命にしがみ付いて何度も嬌声を上げた。
「まとい……」
自然に口から出たその言葉に命はハッとしたように動きを止めるが、
蕩けた瞳で微笑みながらまといが頷いてみせると、もうたまらなくなったのか
何度もまといの名を呼びながら、敏感な部分を責め続けてゆく。

やがて、まといが完全に上気して肌がしっとりと熱くなると、
命はいったん愛撫する手を止め、自らの絶棒を取り出してまといの秘所にあてがう。
それに気がついたまといの表情が緊張するかのように引き締まり、喉を一回こくりと鳴らした。
思いがけず、不安そうな顔で
これから結合しようとする場所を見守っているまといに、命は少なからず戸惑いを覚えて焦った声を上げてしまう。
「…い、入れる…よ? ……いい?」
「あ…! は、はい!」
うわずった声を上げ、身を固くして目を閉じるまといに、命はさらに焦り顔でまといの秘所と顔とを見比べてもう一度尋ねる。
「…いくよ? ……大丈夫?」
まといは目をギュッと閉じ、口を横に強く結んで小さくうなずいてみせる。
命は自分の腰を押し出して、まといの中へと侵入を開始した。

まといのそこは十分に濡れており、挿入してゆくのには何の問題もないが、
命は前回のように一気に貫く事はせずに、徐々に徐々にまといの中へと絶棒を沈めてゆく。
「大丈夫…… ゆっくり、入って行くから…」
「……ううん。平気です。……何だか緊張しちゃっているだけですから。……いいですよ、そのまま、一気に奥まで入っても……」
少し緊張が解けたのか、
まといは命の背中に手を回して侵入を促そうとするが、笑って首を振ってみせると命はゆっくりとまといの中へ自身を挿入してゆく。
「…んっ……んん…あ… ああ……! んんんっ!! んあっ… ああぁん……」
命が侵入してくるたびに少しずつ与えられ広がってくる快感に、
まといは潤んだ瞳の瞼を半分閉じて、切れ切れに悦びの声を上げている。
やがて命の全てがまといの中へ埋没し、完全に繋がると、どちらからともなく互いへと微笑みかけた。
命は絶棒を動かさず、結びついた深さを味わうように静かに腰を動かして、微弱に与えられる快感を生み出している。
二人とも、絡み合っている場所から積極的に快楽を求めようとはせずに、繋がった悦びを堪能しているのだろう。
相手の頬や体に手で触れあいながら、抱き締めあっている。

命の手がまといの頬に触れ、自分を見つめるまといに唇を近づけようとした時──
それまで穏やかな表情を浮かべていたまといが突然目を見開き、弾かれたように顔を横にそむけてしまった。
口付けを避けられた形となった命は、信じられないといった表情でまといをみている。
「……ごめんなさい。……それは……だめ…」
顔をそむけ、すまなさそうなまといの呟きに、命の顔が強張った。
                 
64枷姫へと捧ぐ声 11:2008/11/12(水) 17:17:20 ID:0dz0l+JL

まといの両肩を掴み、
何の前触れもなしに激しく二度三度まといを下から突き上げると、その中を掻きまわすように腰を大きく動かした。
「あうっ……!? あっ… いや…んん……っ!!」
跳ね上げられながら突然激しく自分の中で暴れる命の感触に、まといはのけぞって声をあげてしまう。
命は素早く床に手を伸ばすと、まといの帯を拾い上げ、顔の高さにまで持ってくる。
「…何……を?」
命が何をしようとしているのか
理解できず訝しむまといに何も答えず、そのまま目隠しするように帯を巻きつけてまといの視界を奪ってしまった。
「……なっ……え…!?」
即座に両腕を掴まれ、自分では外す事ができないまといは動揺した声を上げ、命はその耳元に口を寄せた。
『……いいんです。それでも、私の気持ちは変わりません…… 愛してます。常月さん…』
「い…! いや!」
もう無いだろうと思っていた命の行動に、
まといは背筋に鳥肌が立つような感覚を覚え、次の瞬間今までになかった程の体の火照りが、あっというまに全身を駆け巡ってゆく。
と、同時に命の腰が連続的に打ちつけられ、
自身の中を繰り返し貫く絶棒の感触に、意識が飛びそうになるほどの快感を与えられてしまう。
『常月さん…! あなただけを… 私はあなただけを! こんなにも……』
「やめてやめてやめてぇぇ!! いや! こんなのいやぁ! ちゃんと、顔、見せて……っ!」
なすすべもなく、頭の中が焼けてしまう程の強烈な快楽に飲み込まれてゆく自分に、
まといは涙をこぼしながら必死で首を振り、絶叫に近い声を上げる。
だが、その訴えも空しく、命はさらにまといを激しく突き上げ、その耳元で囁き、まといを責めつづけてゆく。
『……離せません! あなたを… 離したりなど……でき…な……い…!』
もう返事もろくに出来ない状態となり、
心の中で押さえつけていた物が外れ、自分の奥から来る何かを感じながらまといは絶頂を迎えようとする。

「兄さん? どこです? 何だか騒がしいようですが……」
こちらに近付いてくる足音と、望の声がドアの向こうから聞こえた。
瞬時に二人の動きが凍りつき、廊下の気配へと耳をすましている。
「……望のやつ、目を覚ましたようだ。」
命の言葉にまといの口元が引きつった。
おそらく目を隠した布の下では恐怖の表情を浮かべているだろう。
病室の壁に張り付けの状態で押さえつけているまといの顔を見て、命は一瞬だけ考えて顔を上げた。
「──望! 呼んだか? どうした?」
出し抜けに命が声を張り上げた。
まといが鋭く息を呑み、何とか命から離れようとしているのだろう。
そのもがき出した体を壁に押し付け、両腕を掴んで動きを封じ、ゆっくりと腰を動かして行為を再開する。
「……やめて……! 先生が来ちゃ…… あっ… んっ…!?」
再び自分の中で動き始めた命に、まといは絶頂寸前だった体が反応してしまい、思うように抵抗できないようだった。
ノブが回る乾いた音がする。
「兄さん?」
軋んだ音と共にドアが開き、望が無造作に部屋の中へ足を踏み入れて来た。
「先生! まって!」
半ば間に合わない事は承知だったが反射的に声を上げたまといの目隠しに、素早く命の手が伸び、外される。
視界を取り戻したまといの血の気の引いた顔と、
一歩踏み入れた足をそれ以上動かせず、衝撃の表情を浮かべた望の視線が合った。


「せ、先生…… 見ないで…… 違うの…! 違うの……っ!」
「…つ……常月さ…… 兄さん…! 何を!」
「──見て分からないのか?」
状況が分からずに戸惑う望と、冷たい声で首だけ横を向け、まといへの行為を続ける命と。
必死で首を振りながらも、命から与えられる快感に抗えずに苦しそうな嬌声を上げてしまうまといと。
三人の声が、バラバラにその場に飛び交った。

望の視界からは白衣で隠れて結合部こそ見えないが、
半裸状に着物を剥かれたまといと命の絡み合う状態からみて、かろうじて二人が男女の行為を行なっていた事だけは理解できた。
止めに入るべきか否か。
判断する事が出来ず、青い顔をしたまま戸口をくぐった場所で立ちすくんでいる。
                                     
65枷姫へと捧ぐ声 12:2008/11/12(水) 17:18:34 ID:0dz0l+JL
「先生…… 先生……」
まといは力の無い声で何度も望を呼び、命に押さえつけられた手を、助けを求めるように僅かに望の方へと伸ばしている。
「望っ!」
突如、怒気をはらんだ鋭い声で命が望の名前を呼んだ。
「お前、この子への愛情は全く持っていないのか?」
「そんなことないです! 先生と私は、愛し合っているんですから。」
間髪入れず、望よりも先に反論したまといだったが、当の望は二人からは微妙に目をそらして一瞬言葉に詰まったように見えた。
「……何を言っているのですか兄さん。」
らしいと言えば彼らしい、肯定とも否定ともつかない言葉が返される。
伸ばそうとしていたまといの手先が力を失くして垂れ、半開きの口からは微かな音でもう一度望を呼ぶ声が漏れた。
消沈した表情のまといと対照的に、
命は眉を吊り上げて望の方を向けていた首を正面に戻し、間近にあるまといの顔を見つめる。
「──お前、自分がこの子にどれだけ好かれていたのか知っているのか?
この子がどれだけお前の事を思っているのか知っているのか?
一番近くにいながら、気がついていなかったとか言うんじゃないだろうな!?」
真正面から切り込んでくる命の言葉に気負されたように、望は二人から目をそらしたまま口をつぐんでしまっている。
「…元を正せば、この子が勝手に好きになって勝手に押しかけてきてやった事だろうがな。
この子にとってはそれが愛情表現の全てなんだ。
良くも悪くも一直線に、馬鹿がつくほど自分に正直に行く事しかできない。そういう子なんだ。」
いつのまにか命は押さえつけていたまといの腕を解き、自分の胸の中に抱え込むようにまといの頭を抱きよせていた。

呆然とした表情で命に抱えられながら、まといはその言葉に耳を傾けている。
「だがな。自分がただ相手を愛するだけで満足できる人間などまずいない。
この子だってそうだ。お前を求めて、ほんの少しでも答えて欲しくて。でもお前からの答えはなくて。
……だから …たとえ一時のまやかしでもお前からの答えを貰えたような気持ちになるような……
そんな行為が身に降りかかってしまったから…… 抗えなかった… その行為の中にお前を求めてしまったんだ。」
命の声はもはや望に対してと言うより、どこか遠くの、違う誰かに対して呼びかけているようにも思える。
──同じ人間。まといの胸の中で、先ほど命に告げた言葉がやけに何度も響く。
「…この子はお前の為ならどんな事でも耐えるだろうな。
お前の知らない所で何があっても、耐えて、また立ち直って、お前についていこうとするだろう。……どこまでもずっと。」
命は一度言葉を切り、再び顔を望の方へと向ける。
「…まだ、甘えるつもりなのか。お前。」
一転として落ち着いたトーンの声で、命は淡々と望に投げかけた。

およそ、まといとの行為の時とは別人と思えるほど冷静な表情のまま、
しかし瞳の奥に底冷えする程の冷たい物を携えた命と、固唾を飲んで自分を見守るまとい。
その二人へと望は顔を向けて、ぼそりと口を開いた。
「…重いんですよ、私には。愛という物が……」
「──お前には!」
望の言葉が終らないうちに、それを遮って命が声を上げる。
ぎょっとした表情となる望からは顔は背け、命は腕の中にあるまといの姿を見つめた。
「お前には、この子はもったいない…! 私がもらう!」
「やっ……!? あ……っ! んっ…!」
命は吼えるような声を上げ突然激しく腰を動かし始めた。
まといは彼と繋がったままだった事をしばし忘れていたのか、その口から驚きを交えた嬌声が上がる。
だがすぐに、まだうずいていた体が熱を取り戻してゆき、快感のうねりが大きく全身を支配してゆく。
腰の動きを早めながら、命はまといの耳元へと口をよせた。
「……すまない。……このまま、いくよ。」
「……ぁ! だっ……駄目っ…! それは嫌……! っああぁん!?」
焦りながら体を捻って何とか抜け出そうとしているのだろうが、この体勢ではもはや無駄な抵抗に過ぎず、
自分の中を激しく掻き回す命の絶棒に与えられる快感に、体を動かそうとする気すら抑えられていってしまう。
「…やめて…… 中…… だめ………」
言葉とは裏腹に、体の芯から湧き上がってくる物に飲み込まれ、
まといは自分の意識が飛んで行こうとしている事だけ、かろうじて理解できた。
そのまといを突き上げている命の息が荒くなり、そのまま果てようと目を閉じる。
         
66枷姫へと捧ぐ声 13:2008/11/12(水) 17:19:37 ID:0dz0l+JL
「わあああああ!!」
突如奇声が上がり、柔らかい物がぶつかる音、続けて何かが床に叩きつけられたような堅い振動が響いた。
「──っ!」
「……せ、せんせい……?」
まといの声に我に返った望の視界には、突き飛ばされた際に打ったのか床に転がって頭を押さえる白衣の背中と、
押さえていた物が無くなり力尽きたように壁に背をこすりながら崩れ落ちようとするまといの姿が映る。
床に崩れながらも、望の方へと真っ直ぐにまといの手が差し伸べられ──
躊躇無くそれを掴むと、望はまといの腕を自分へと引き寄せ、半裸の少女の体を抱きとめた。
「先生……」
望の背中に手をまわし、まといは嬉しそうな顔でうっとりとした声を出した。
そんなまといに安堵したようなため息を落とし、改めてその姿に気がつき、望は慌てて目をそらす。
申し訳程度に羽織った状態の着物から、剥き出しになった柔らかそうな二つの膨らみと、
その先にある、まだ余韻を残してぷっくりとしたままの突起が目に焼き付いてしまい、思わず顔を朱に染めてしまう。
そんな望の様子には気がつかず胸板に頬をすりよせているまといを
なるべく視界に入れないように、素早く床に落ちている袴や帯を拾い上げる。
半ば押しつけるようにまといに持たせると、今度はいきなりまといの体を両腕で抱え上げて、まだ倒れたままの命を一瞥する。
「す…… すいません兄さん! でも…… やっぱりいけないですよ、無理にこんな事するのは……! すいません!」
それだけを告げると命の返事も待たずに、まといを抱えたまま逃げるように部屋を飛び出してゆく。
「……ま……!」
ようやく顔を上げた命が声を出した時には、すでに二人の姿はそこにはなく、
医院の外へと遠ざかってゆくバタバタとした足音だけが聞こえていた。

「……っ……」
突き飛ばされた時に床で頭を打ったのだろう。
そっとさわると小さくこぶ状の物ができており、命は少し眉をしかめ、ようやく床の上に上体を起こした。
「まとい……」
自然と口をついて出た呼び声に返ってくる返事などもちろん無く、
部屋の中は静まりかえり、すでに日が落ちて暗くなりはじめていた。
ため息が漏れ、ついさっきまで自分の腕の中にあったまといの温もりを思い出そうと目を閉じる。
ほんの少し前まで繋がっていた事、柔らかい肌に触れていた事、
自分へと微笑んでくれていた事が次第に現実味を失ってゆき、白昼夢でも見ていたように思えてくる。
言葉を失くしたように呆然と誰も居なくなった部屋をみていたが、ふと、気がつくと、
果てることができないまま一旦は治まったはずの自身が、再び活動を始めてまといを求めるように硬度を取り戻している事に気がついた。
最初に自分自身への嫌悪感が湧き、しかし、自分の手が勝手にそれを慰めようと動いてしまう。
もう一度目を閉じ、まといの顔を思い浮かべる。
あのとき、緊張しながらも、命としての自分を受け入れてくれた時のはにかんだ笑顔。
そして自分を感じてくれた時の声。
繰り返し思い出すまといの姿に、命はそのまま自身を止める事ができず、自己嫌悪に包まれたまま自分の欲望を解放していった。

立ち上がる事ができない。
特にどこかが痛むわけではないが、体に力が入らない。立ち上がろうとする気力さえ湧かない。
たった今、自分が汚してしまった床に一瞥をくれると、再び激しい自己嫌悪に取り付かれ、
小さな窓の下の壁に背中を預けたまま片膝を抱えてうずくまり、空いている手で自分の髪を滅茶苦茶にかきむしる。
「……畜……生………っ!」
低い声で誰にともなく毒付き、やがてかきむしっていた手を止め、力なく床に落とした。
一瞬だけ顔を上げ、口元に皮肉っぽい笑みを浮かべてみせる。
「…ああ…… 私の事だ……な……」
喉の奥から嘲笑するような低い呻きを漏らし、再び顔を伏せた。
クックッ、と漏れる引きつった含み笑いに、いつの間にか嗚咽が混じってゆく。
「……ま……とい……」
擦れた声で喉の奥からまといの名を呼び、床に落ちた指を握り締めるように爪を立てる。
板張りの冷たい床を引っ掻く音が、やけに不愉快に耳に届いた。

          
67枷姫へと捧ぐ声 14:2008/11/12(水) 17:20:52 ID:0dz0l+JL
                 
とりあえず適当に着物を巻きつけただけにも見える姿のまといを背負い、望は日が落ちた町を学校へと急ぎ足で進んでいた。
しっかりとしがみ付いたまといは、満足そうな微笑みを浮かべて目を閉じ、その背で揺られている。
二人とも特に会話を交わす事もなく、やがて校門をくぐった所でまといが口を開いた。
「…先生。こんな格好で宿直室に帰ったら、何を言われるかわかりませんよ?」
「──あ。……そうですね。では、どこか、人の来なさそうな場所を……」
言われて初めて気がついたのだろう。
足を止め、少し考えていたようだったが、すぐにまた歩き出し、校舎の裏手へと回ってゆく。

「……ここなら、この時間はまず人は来ないでしょう。」
固そうな引き戸を開け、少し埃っぽい体育用具室のマットへとまといを降ろすと、壁際にある照明のスイッチを押す。
取って付けたような裸電球が数回点滅しながら点き、ほぼ真っ暗だった室内を頼りなげに照らし出した。
とても室内全体に行き届くような明かりではないが、ちょっと着衣を正すくらいなら十分だろう。
「先生は一足先に戻りますから、常月さん……」
「先生もここに居てください。」
背を向けて外へと踏み出そうとする望の声をまといの言葉が遮った。
「……そんなにお時間は取らせませんから。」
「…わかりました。」
素直にうなずくと望は引き戸を閉めて、まといには背中を見せたまま戸板と睨みあうように立っている。
背後ではまといが居住まいを直しているのだろう、着物の擦れる音が聞こえる。

「ねえ先生……」
「何か?」
ぽつりと尋ねかけたまといの声に、望は振り返らないまま短く答えた。
背中側からは変わらず、帯を解く音などが聞こえてくる。
「先生は、恋人はバージンでないと駄目ですか?」
まるで今夜の献立でも聞くような口調で唐突な事を聞くまといに、望は少なからず動揺し、ぎくりとしたように肩をすくませてしまう。
「……私は、そんな了見の狭い人間に見えるのでしょうか?」
淡々とした感じで質問を質問で返す望だったが、その後ろでばさばさと布を広げて払う音を立てながら、さらにまといが聞き返す。
「他の誰にも手付かずの女性でないといけませんか……? 自分以外の男性が触れた女の子では、もう愛せませんか?」
互いに相手の話には答えない一方通行のやりとりに、望は思わず苦笑を浮かべて頬を掻く。
「…常月さん、私はそんな事は──」
「先生は潔癖性ですよね。……だから、私は、もう愛される価値が無いほどに汚れて映るのでしょうか。」
望が溜め息をつくと同時に、背後のまといの立てる音が止んだ。
「……やめなさい、常月さん。」
これ以上話を続けさせまいと、望はまといをたしなめようと振り返り、一瞬ギョッと目を見開き口を開けたまま硬直してしまった。

「──では、私を抱けますか? もう、他のだれかの手垢まみれになってしまっている私を…… 抱けますか?」
灰色がかったマットの上に褥を作ったように自分の着物を全て広げ、その上に全裸となったまといが横たわっている。
仰向けになり、黄色い電球の灯りの下に自分の体を隠すことなく晒し、目だけで望を見上げていた。
「…あ、え…… つ、つね……つ……」
「目をそらさなくても平気です。私、先生にでしたら何を見られても恥ずかしくありません。 」
仰向けに寝そべったまま、両手を左右に広げて、形のよい膨らみと、滑らかな曲線で作られている肢体を全て見せている。
「…いや、抱くって、あなた、それは……」
「──いままで、何人もの男の人が、何回も。……私の中に入りました。
さっきも、先生のお兄さんに、激しく貫かれていました…… 思い出すだけで眩暈を覚えるくらいに熱っぽく……」
顔色も変えずに話し続けるまといに、望は命との事を思い出したのか気まずそうな表情で沈黙する。
「…でも。一度だって、遊び半分や軽い気持ちだった事は無いです。私は本気でした。いつも真剣に、どこまでも……」
まといは頭を横に向け、望の顔を真っ直ぐに見つめる。
「先生…… 既成事実を作ろうとか、そんなつもりじゃないですから。……ただ。」
一度言葉を切り、まといは表情を引き締め、まだ固い顔をしている望に微笑んでみせた。
「ただ、先生にとって、私はもう抱く価値も無い女の子なのかどうかを、教えて欲しいです……」
              
68枷姫へと捧ぐ声 15:2008/11/12(水) 17:22:35 ID:0dz0l+JL
                  
しばし、沈黙が訪れ、やがて望は長い溜め息をついてまといに苦笑いをしてみせる。
「…ずるいですよ、常月さん。私が何と答えるかなんて…… だいたいわかるでしょう?」
様子を伺うようにこちらに視線を送る望に、まといはにっこりと笑い返した。
「ずるい先生も好きです。臆病で日和見で心が折れやすくて逃げ上手で下手な嘘つく…… 先生大好き──」
微笑むまといの掌が望の方へと差し出された。
望はおずおずとその掌に自分の手を伸ばし、そっと指を絡め合わせる。
「あまり、悲しくなるような事を言わないで下さい…… 価値が無いなんて事、もう言わないで下さい。」
「……教えて……くれますか? …もう言わなくていいように。」
真剣な顔のまといに尋ねられ、先生は困ったように指で頬を掻いた。
「……答えるほか、ないのですね? 言葉でなくて、行動で……」
「先生のせいじゃありませんよ。」
再び頬笑み、つないだ手を引きよせるまといの上へと、望の体が倒れ込んでいった。
柔らかい頬に望の頬が触れ、まといは自分に覆いかぶさる背中に腕をまわしてしっかりと抱きしめる。
「うれしい……」
涙を浮かべた瞳を閉じ、まといは望の頬に何度も自分の頬をすりよせていた。

用具室の中に、少女の漏らす甘い声が細く尾を引いて聞こえている。
唇で丁寧に胸の膨らみを愛撫され、まといは夢見心地な表情で誰憚る事なく吐息に混じえた嬌声を上げる。
自分の肌の上を這いまわる望の唇と舌の感触が、じらすように敏感な部分を通り過ぎる度にまといの声が漏れだす。
「…は……っ…! ん……! …先生、上手……」
指で自分の下に敷いた着物を掴み、されるがままに望の愛撫を受けながら、まといは嬉しそうに微笑んだ。
「…まあ、それなりに、経験は積んでいますからね。」
冗談交じりな口調で言いながら、望は指をまといの秘所にあてがい、とろりと濡れているそこへ侵入してゆく。
「あぁ……ん……」
自分の中に入り込んだ望の指の感触に吐息を漏らしたまといだったが、次の瞬間、驚いたように目を見開き体を弓なりにのけぞらせる。
「やっ!? あっ! あっ! やはああーっ!!」
侵入した指と外にある指とで、余す事なく大事な場所を集中的に攻められ、本能的に腰を引いて逃れようとしても
それを察知するのか望の指先はどこまでも追いかけて来て、凄まじいほどの快感をまといの秘所に発生させてゆく。
「…くぅ! いっ、やっ! んくっ! いっ… くっ!!」
全身が跳ね上がるような感覚を覚え、
ほとんど自覚もしないまま絶頂を迎えたまといは激しく腰を痙攣させ、そこで意識が途切れてしまった。

望の指が自分の中から抜き去られた事を感じ、まといは意識を取り戻した。
実際は失神していたわけではないのだろうが、そう思えるほどに、自分自身がどこかに飛んでしまっていた事を実感してしまう。
「…無理矢理いかされたのは初めてです。」
少しすねた顔で恥ずかしそうに口を開くまといに、望は照れたように笑い、次にちょっと申し訳なさそうな顔をしてみせる。
「──さて、本番…… と、言えれば良いのでしょうが… 私のほうが少々申し訳ない事に……」
言葉を濁す望に、まといはすぐに理由を察したようで、
体を起こすと、まだ袴を履いたままの望の股間を見て、そっとその中にあるはずの絶棒に生地の上から触れてみた。
「…すみません。男として末期と罵られてもしかたありませんよね。」
自嘲気味に口の端で笑う望に、まといは頭を振って答える。
「先生が性欲任せに女性を抱くような人じゃない事は知っていますから。……じゃ、今度は私が先生に御奉仕をしますね。」
少し顔を赤らめて、まといは望の袴と下着を脱がしてゆき、すぐに剥き出しになった望の絶棒を目にする。
「…す、すみません、情けなくて。」
へこんだような声を上げる望とは対照的に、まといはやや興奮してきたように潤んだ瞳でそれを見つめ、顔を近づける。
「これが先生の…… 私の… ものに……」
今にもとろけそうな声でぽつりと呟き、そのまま躊躇なく縮んだ状態の絶棒を口に含み、味わうように舌を丹念に這わせる。
「あ…… ああ……」
自分の絶棒に、まといの熱烈な愛撫を一身に受け、望は心地よい感覚に思わず声を上げてしまった。
まといの温かい口の中でそれは次第に膨れてゆき、少しずつ硬さを持ち始めていく。
69枷姫へと捧ぐ声 16:2008/11/12(水) 17:23:56 ID:0dz0l+JL
──とても上手ですよ、常月さん。
愛しくてたまらないといった様に夢中で絶棒を愛撫するまといにそう言おうとして、望は思いとどまり、まといの髪を撫でてそっと口を開く。
「…先生、とても、気持ちいいですよ…… 常月さんの口の中、とても温かく……」
まといは嬉しいような恥ずかしいような顔で目を細めるが、
自分の口の中で小刻みにひくひくとして確かに感じているはずの絶棒が、
未だ立ち上がったと言えるほどの硬さにはならず、少々不満気に、ちゅぽっと音を立てて一旦抜き去った。

愛しそうな表情で手に持ったそれを優しく指で撫でながら、まといは思い切ったように望の顔を見る。
「…先生、目を閉じて。……想像してみてください。」
「え…? は、はあ…… 何をでしょう?」
戸惑った顔で、それでも素直に目を閉じた望に、まといは一瞬ためらいをみせるが、すぐに言葉を続ける。
「…好きな女性の事を、です。……想像して下さい…」
まといの言葉に望は思わず小さくむせ返り、喉をゲホゲホと咳き込ませながら目を開けて、伺うような視線をまといへと送る。
少し怯えの色をにじませた望の視線を受けて、まといは口元に笑みを浮かべ、上目使いのまま目を細めてみせる。
悪戯している子供を叱る様に軽く睨みながら、くすっと笑い声を漏らした。
「……私じゃなくても、いいですから。」
「え…… あ……」
そう言って笑いながらも少し辛そうなまといの笑みに、望は喉が塞がったように声が出なくなってしまう。
またしても固さを失いつつある絶棒を指でゆっくりと愛撫しながら、まといは小さな声で呟く。
「浮気は駄目。……なんて、もう、私は言えないんですから。……いいですよ、先生。」
それだけを言うと、再び絶棒を口に含んで先ほどよりも激しく刺激し始めた。
戸惑っていた望だったが、繰り返される少女の舌や唇の感触に身をゆだねてゆき、やがて目を閉じる。

まといは、口の中で望の物が少しずつ膨らみ固くなってゆくのを感じていた。
やがてそれは完全に立ち上がった状態となり、ちょっと誤ると喉に届いてしまいそうなほどにまで成長する。
絶棒を咥え、それに愛撫を続けながら、まといはチラリと望の方を伺ってみた。
集中しているのか、目を閉じ天井を仰いだ姿勢で時おり絶棒をヒクつかせながら息が荒くなってきていた。
「…も……もうすぐ、かも、しれません…… そろそろ……」
望はまといに自分の限界が近い事を告げるが、まといは動きを止めず、一層激しく絶棒を責め始めた。
「あ…! あの…!? このままだと、出ちゃいますよ!? 常月…… さ…ん…!」
まといは動くのをやめない。
じゅぷじゅぷと音を立てて望の絶棒を吸い上げ、絶頂へと導いてゆく。

望はもう、まといの口中で果てる事を決めたのか、それ以上何も言わず、再び目を閉じて近付いてくる射精感を待っている。
まといはラストスパートをかけるように絶棒を責め──
突然、口の動きをピタリと止めた。
口中の絶棒が達するには未だもう少しの刺激が必要らしく、口の中で切なげに震えながらも、果てる事が出来ないでいるようだった。
「…す、すいません……! 私、まだ……!」
もう完全にこのままいくつもりだった望は、焦った声を上げて目を開け、まといの方を見る。
絶棒の頭の辺りに、舌や唇ではない何かが当たる感触がした。

望の目には、まといが自分の性器の頭を、前歯で挟み込んだ状態で咥えているのが映る。
「つ…… 常月さん…!?」
まといの瞳はどこも見ていない。
死んだような目をして、虚ろな視線を宙に漂わせ、望のそれを噛み切ろうとでもしているように見えた。
「常…月…さん……」
恐怖感とともに何かが胸に刺さり、望は擦れた声を上げた。
まといの歯に挟まれた絶棒が、早く果てたいとの抗議をするように大きく一回震える。
その途端まといの瞳に生気が戻り、慌てて咥えている絶棒を開放した。
              
70枷姫へと捧ぐ声 17:2008/11/12(水) 17:25:10 ID:0dz0l+JL
                 
どう言葉をかけるべきか分からずに望が沈黙していると、まといは潤んだ瞳で望の手を取り強く握り締める。
「私を愛して…… 先生……! 私を……愛してください……」
「常月さん……」
泣き出したいのを我慢しているようなまといに、望はその髪を撫でようと手を伸ばす。
──その瞬間、まといに力ずくで引き寄せられ、そのまま寝転んだまといを押し倒す形となった。
「先生……さあ ……来て下さい。」
寝そべったまといは、少し頬を赤らめながら足を開き、自分の秘所を望の眼前に晒す。
突然見せられたまといの大事な部分を目にし、望は焦りながらどうにか平静を保とうとあたふたと言葉を選んでいる。
まといの指が自分の秘所に伸びてそれを左右に開き、ピンク色をした中身まで見せ、望を促がしている。
「……ちょ、ちょっと待ってください。私、もう、寸止めに近い状態でして……」
「どうぞ。」
望の言葉を意に介さず再び招くまといに、さらに焦った声が上がる。
「いえ、ですから…… あなたの中に入っただけで暴発してしまいますよ…!」
「だから、どうぞ。」
さらっと答えたまといの両足が望の腰に絡みつき、その体が少女の方へと引き寄せられる。
「妻と子作りをする事に、何をためらっているんですか?」
「いや、妻って……!」
戸惑い続ける望の絶棒に手を添えて、まといは自分の場所へとあてがった。

「とうとう、先生と……」
幸せそうな笑顔で目を閉じるまといに、望はもうそれ以上は何も言えず、まといの頬にそっと掌を寄せた。
温かい望の手の感触にまといの頬がほんのりと紅くなり、望に絡みつかせた足でその腰を引き寄せ、自分の中へと導こうとする。

時間にすればほんの十数秒だろう。
空白に思える時間の後、怪訝そうな顔をするまといが目を開くと、バツの悪そうな顔をした望の顔が映った。
「すみません…… また……その……」
その一言で状況を察したのだろう。
一応、望の絶棒に手を触れ、それを確認すると、
この世の終わりが来たのかというくらい落ち込んだ顔の望を抱き寄せて、ちょっと残念そうに笑い声を上げた。
「先生、本当にチキンさん。……気にしなくてもいいのに。」
「…チキンな自分に絶望するのは、これで何回目でしょうかね……」
暗い顔で溜め息をつく望の体を抱き起こして座らせると、まといは勢いを失った絶棒を手で撫でて望を見上げる。
「先生…… 私、お口でご奉仕しますから。…今度こそ、安心して最後まで行ってください。」
「……かなり、なさけない男ですね。」
悲壮的な声を出す望に、まといはくすくすと笑いながら、絶棒に手を添えて軽く口付けを落とす。

「何回でも、いいですから。 満足するまで遠慮しないでくださいね?」
「そんなに何度もするなど無理です! ……一回で十分だと……」
まといはもう一度小さく笑って、舌先で絶棒を軽くつついた。
「なら…… ゆっくりと…… じっくり、愛させてくださいね……」
そう言い、するりと絶棒を口に含みはじめる。
再び湧き上がる快感に包まれながら、望は、一心に自分の物を愛撫してくれるまといを眺める。
そっと手を伸ばし、その頭を撫でながら、恥ずかしそうに目を細める少女の顔をずっと見つめていた。

                  
71枷姫へと捧ぐ声 18:2008/11/12(水) 17:26:07 ID:0dz0l+JL
               
  □  □  □


「……そう、ですか。他に何か分かった事は……?」
あれからまだ、数えるほどしか日は経っていない。
まといは戸惑い顔で携帯電話の向こうとやりとりをする望の顔を、少し心配そうに覗き込んでいる。
望はまといの視線に気がつくとチラリと一度目をやり、大丈夫だと言うようにぎこちなく微笑んでみせた。
「ええ。……ええ。いえ、特に…… ええ、分かりました。また、何か分かったら知らせて下さい。」
通話を切り、携帯をしまうと、望は神妙な面持ちでまといの方を向いた。
「命兄さんが…… いなくなったと……」
ある程度は会話の内容から推測していたのだろう。
だが、やはり改めて伝えられるとショックが大きく、まといは唇を噛みしめてしばし沈黙する。
「…どうして。」
「それは、わかりません…… 倫の話では、部屋は完全に引き払っていて、
医院の方は、しばらく頼むと言い残して後輩に預けてあったとの事ですから──
身の回りの事はちゃんとしていったなら、思いつめて短気をおこしたというような事はないでしょう。」
努めて冷静に説明する望だったが、まといの表情は変わらず、うつむいて肩を落としていた。
「……あなたのせいではありませんよ、常月さん。あまり考えないほうが良いです。」
柔らかい声でまといの背に手を回し、顔を近づけて笑いかけてみせる。
「ね?」
「…はい。」
返事はしたものの、それで納得しているわけではない事は望もわかっているようだった。
まといが返した笑みはやはりぎこちなく、不安で曇った瞳には同じようにぎこちない笑顔の望が映っていた。


静寂に包まれた部屋に微かに聞こえる寝息と、秒針の音。
薄暗い部屋を照らす常夜灯と、時折窓を叩く木枯らしの通る音。
先生の寝顔を見つめて座り込み、うつらうつらとしていたまといの耳に、風音とは少し違う音が窓を叩いたように聞こえ──
一瞬覚えた既視感が睡魔に包まれかけていた意識をわずかに刺激し、
次の瞬間、弾かれたように立ち上がると、まといは窓の外へ食い入るような視線を送る。
月明かりも無い暗闇、その中に見えた先生によく似た作りの顔にもう一度既視感を覚え、窓の側へと近寄る。
近付いてきたまといの姿に気がついたのだろう。
命の手がゆっくりと窓の前に差し出され、その手に握られている物に気がつき、まといは息を飲んだ。
薄暗い中で鈍く光る包丁の切っ先が窓の外からまといの方へと向けられ──
だが、すぐに命が手を翻し、
ちょっと悪戯っぽく笑うとポケットから取り出したハンカチに刃を包み、すぐ横にあるエアコンの室外機の上に置いた。
「……あ、それ…… 私の……」

見覚えのある柄の形に、それが病院で落としてきたままだった自分の物だと気がつくと、安心したように笑みを浮かべる。

どちらかともなく窓に近づき、締め切ったまま風に揺れる窓を挟んで見つめ合っている。
命の手が窓に伸び、冷たいガラスに触れる。
一瞬考えて、まといは窓の反対側からガラスに触れて、向こう側にある命の手と重ならせた。
顔をさらに触れんばかりに窓に近づけ、命はまといの顔を凝視している。
「…やっぱり、可愛いな。君は。」
ガラスに遮られながらも、くぐもった音でまといの耳に命の声が届き、まといは困った顔で頬を赤くしてうつむいてしまった。

「……君に、さよならと言いにきたんだ。」
唐突に切り出した命の言葉に、まといは顔を上げて眉を寄せた。
「これからどこへ……?」
「…決めていない。でも…… 今日限りで、君の前に現れる事ができないように、遠くへ、行くつもりだよ。」
窓越しとはいえ、あまり大きな声は出せない。
一言一言をゆっくりと区切りながら、命は言葉を続ける。
「私は、本当は、君の望への想いをすべて断ち切ってしまいたいと…
そんな事ばかり考えていた。最低だ…… 君に近づける場所にいる限り、私は、君に幸せになってくれと思う事はできない。
いつも…… 壊してしまいたくなる… 君を手に入れたいのに……」
命は少し顔を伏せ、窓ガラスに眼鏡が軽く当たる音がする。
「私は、いなくなるから。……もう二度と、君を穢すことはしない。追い詰める事もない。」
まといはうつむいたまま、自分も顔を窓に近づけて、小さな声を窓越しに送る。
72枷姫へと捧ぐ声 19:2008/11/12(水) 17:27:54 ID:0dz0l+JL
「…穢していたのは私の方。……あなたの気持ちを知っていて、利用して……」
「──それが私には嬉しかった。今は本当にそう思うよ。」
まといは顔を上げた。
ガラス一枚隔てて、すぐそばに命の顔が見える。
「まとい…… 私には君しかいない。君以外は考えられない… 君にどれだけ嫌われても、ずっと君を想っている。私は……」
言葉の最後はまといには聞き取れなかった。
もう一度言って欲しいと、まといはそう言って、よく聞き取れるよう窓に耳をつけ冷たいガラスに頬を寄せる。
命の言葉は無かった。
代わりに、ガラス越しのまといの頬に、向こう側から何かが強く押し付けられた感触があり──
一瞬だけあったその感触が、命の口づけだと理解した時には、もう彼は窓から離れていた。

まといは顔を離し、窓ガラスに額を張り付かせてその向こうを窺う。
暗い校庭の方へと去って行く命の後姿が見え、
それはまばたきする間に暗闇の中へと消えてゆき、まぶたに微かな残像だけを残していた。
力無くその場に膝をつき、それでももう一度窓の外を見つめる。
だがどんなに目を凝らそうとも、そこには深い夜がただ暗幕のように広がっているだけだった。

どのくらいそうしていたか。
やがてまといは立ち上がると、部屋の真ん中で熟睡している先生の布団へと足音を忍ばせて近寄ってゆく。
枕元に跪き、先生の寝顔を見つめ、ゆっくりとその上に自分の顔を覆いかぶせた。
起こさないように、軽く触れるだけの口づけを眠っている先生と交わすと、
まといは満足そうにその頬に触れ、先生の寝顔に優しく微笑んでみせた。



「先生ー そろそろ起きないと間に合わないよ──」
霧の声で目を覚ますと同時に味噌汁の香りが鼻腔をくすぐり、一つあくびをして、眼鏡を取ろうと枕元に手を伸ばした。
枕元に畳んで置いてある自分の着替え。
その横に並べて置いてあるもう一組の着替えに気がつき、上半身を起こして眼鏡をかけてみる。
畳んで置かれたもう一組の着替えに見える物。
見覚えのあるそれを手に取りそれを広げてみた。
「…これは、常月さんの……?」
呟いて記憶を手繰ってみるが、確かにこの柄の着物をまといが着ていた覚えがあった。
状況がよく飲み込めていないものの、何か予感があったのだろう。
傍らに置いてあった携帯に目をやると、メールの着信をしらせるランプが点滅していた。
急いで手に取り、一件の新着メールを開き、読み進める。

「──必ず、連れて帰ります ……そうですか…… 常月さん…… 行ってしまわれたのですか……」
ぽつりと呟き、まといの残して行った着物にもう一度触れる。
「…いつも、あなたは、一人で勝手に決めて、一人で何も言わず苦しんで…… 全部自分で何とかしようと……」
着物に触れた手を握りしめ、強くそれを掴む。
「どうか、無事で…… 帰ってきてください。どうか……」
まといが抜けがらのように残して行った着物を握りしめ、何度も祈る言葉を口の中で繰り返す。
あの夜にまといが見せた寂しそうな笑みが脳裏をかすめ、滲み出てきた涙を袖口で拭い取った。


宿直室から廊下に踏み出し、想像以上の冷え込みに体を縮こませて腕を擦り合わせる。
「冷えますね…… 冬ってこんなに寒い物でしたかね…?」
体を震わせながらも、教室に向かい廊下をゆっくりと歩き出す。
「……冗談では無く冷えますね。特に首すじや背中からも冷たい空気が浸みこんできて、寒気が…… あっ……? ……ああ。」
廊下の真ん中で足を止め、ゆっくりと首を動かして背中を振り返る。
「──そうでしたね。…………いないんでしたね。常月さん……」
何かにぽっかりと穴が空いてしまったような、そんな気持ちを苦笑いで誤魔化して、正面を向いて再び歩き出した。

「……早く、また温かくなって欲しいと願いたいものですね。……ねえ、常月さん。」
窓の外、雪でも降りそうな寒空に向かい、独り言のような呟きが漏れた。
ようやく、冬を迎え始めたばかりの季節。春は当分の間、気配すら見せないはず。
その願いが叶うのは、まだ、ずっと先の話になるのだろう。

                                                  
73305:2008/11/12(水) 17:29:37 ID:0dz0l+JL

ありがとうございました。

では、これで。 失礼します。
74名無しさん@ピンキー:2008/11/12(水) 17:38:48 ID:Vz+8eXqy
GJ!緊迫感とドロドロっぷりが面白かったです。
まといって猟奇モードになっても、魚目にならないんですよね。真顔で刺そうとする。
75名無しさん@ピンキー:2008/11/12(水) 20:04:56 ID:1LKliDte
泣いた。
切なすぎます。命も望もまといも、素晴らし過ぎます。
次どうなるかわからない展開にハラハラしながら読ませていただきました。
まとい本当に可愛い。命が自慰をするシーンが切なすぎて・・・・・・
305さん、最高です!!

厚かましいお願いですみませんが、是非もう1度、奈美を、もう1度でいいので死ぬ前に
305さんの奈美が読みたいです。よろしければ書いていただきたいです。
76名無しさん@ピンキー:2008/11/12(水) 20:43:25 ID:LAFEtWlt
要求し出したら際限ない
そう思うんなら自分で望奈美1本書くとかしてせめて誠意見せよう
キャラスレで半端なことしてないで
そうすれば書いてくれるってわけでもないがその一方的過ぎる要求は失礼だろ
77名無しさん@ピンキー:2008/11/12(水) 21:12:25 ID:tRHztm75
>>75は前前スレあたりで望奈美書いてた人じゃないのか?

>>73
430×305、良かったGJ!久しぶりにエロを読んだ気がする
7875:2008/11/12(水) 21:28:50 ID:1LKliDte
申し訳ありませんでした。誤ればすまされる問題ではありませんが。
折角のSSだったのに、雰囲気悪くしてしまいました。
>>74さん、ご注意ありがとうございました。

305さんは本当に憧れの方で、305さんのおかげで奈美好きになったので、
感謝しているんです。
だから、こんなカタチでご本人や住人の方々に迷惑かけてしまい、本当に情けないです。
失礼な発言してしまって、本当に反省しています。
好きなものを書いていただけるだけで十分ありがたいです。
どうかお気になさらず、これからも次回作頑張って下さい。応援してます。

79名無しさん@ピンキー:2008/11/12(水) 23:10:30 ID:GJX/316Z
ちょ、ま…!
す、すいません、呼吸困難状態です…わぁぁぁぁぁぁあ!!
とりあえず、今ここで言えるのはGJとしか…っ!
80名無しさん@ピンキー:2008/11/13(木) 00:20:53 ID:VafMsBtK
GJ……!特に>>69から>>70のまといの挙動に切なくなりました。
先生が枯れていて、到らないのも、良かったと思います。
81名無しさん@ピンキー:2008/11/13(木) 00:30:05 ID:mEwruUQW
GJ せつないいじゃないか
82名無しさん@ピンキー:2008/11/13(木) 00:32:26 ID:F7nyGYiC
こっそり置き逃げさせてください。
カフカさんと久藤くんで、内容は すかとろ です。
 
くめた先生 ごめんなさい。
勝手に出演させていまって。
83汚面の告白:2008/11/13(木) 00:36:12 ID:F7nyGYiC
汚面の告白

授業終了のチャイムが鳴り響いてもカフカは席についたままぼんやりと窓の外を眺めていた。
教室は千里とマ太郎とカエレが糸色を囲んで談笑が盛り上がっていたが、いつもなら得意の
ブラックユーモアの突っ込みで輪の中にいるカフカだが今日はその輪に加わろうとはしなかった。
カフカには先生と楽しくやれるみんなが少し恨めしく、本音を言えば寂しい気持でもあった。
一人ぼっちで席にいてもカフカに声をかけてくれる級友がいる訳でもなく、力なく立ち上がり楽しげな笑い声を背に席を立ち、行くあてもなく廊下を歩いていった。
つい先日、みんなとの何気ないやり取りで、千里は余りにキッチリしすぎて遊ぶ仲間にはちょっと誘いにくいよね・・・、みたいな話が出ていて、カフカもなんとなくその話分かるなぁ、
くらいで聞いていたのだが、カフカがその場を離れた後に、でも千里はキレやすい性格だけど友達には裏表ないし、絶対に味方を裏切らないから、一番に付き合いずらいのって、カ○カちゃんじゃない? 
あの子、自分の話になると本当のこと隠すし本心見えない子って相談も持ち掛けにくいよね・・・、しかも仲間を売ること平気でやるし、みたいな流れになって、翌日にその話が人つてにカフカの耳に入ったのだ。
しかしカフカにはそんな陰口は中学の頃から慣れっこだった。
理屈っぽくてオトナさえ本気で引かせるツッコミの理論武装のキャラはカフカが作り上げた唯一の級友と接点が持てる手段だった。
子供の頃から強烈な自己顕示欲とは裏腹に素直な気持ちを出すのが苦手だった。
自然な流れで友達と語り合うとこと出来なくて、そんな不自然で煙たがられるやり方でないと級友とさえいまだに接点が持てないいだ。
しかし今のカフカにはそんな陰口をもしのぐ大きな悩みがあった。
その悩みの方が大きすぎてよくある陰口などさらりと聞き流せた。
どうしようもない悩みを一人で抱えていても解決につながる訳でもなく、自然に足が図書室の方に向いていた。
放課後の図書室は利用者もほとんどいなく閑散としていた。
カフカには本の中に今の悩みを解決する手段がないとゆうことは十分に分かっていたが、破裂しそうなこの想いを抱えて苦しいばかりで
何かにすがりたい気分だった。ずらりと立ち並ぶ本箱に吸い寄せられるように図書室の奥へ歩いていった。
様々な分野の本のタイトルを見ているだけでも、文書などの創作活動で稼いでるカフカにはワクワクする前向きな気持ちが沸いてくる。
そして書籍に囲まれると自然に起こる不思議な自然現象、つまり、強烈な尿意も感じてしまった。
―― うわぁ・・・。オシッコ行きたい。
でも読みたい本にまだ見つけてないからなぁ・・・。――
気が付くと図書室の最奥にある館内閲覧のみで貸出禁止の本が置いてあるコーナーにまで来ていた。
そこはずらりと並ぶ大判の哲学書や古典物やらが圧巻だった。
84名無しさん@ピンキー:2008/11/13(木) 00:36:28 ID:ZS4j6Ejs
謝?
85汚面の告白:2008/11/13(木) 00:39:09 ID:F7nyGYiC
そしてゆっくりと閲覧が出来るようにとの配慮で、学校には似つかわしくない程に豪華な応接セットのようなテーブルとソファーが用意されていた。
さすがのカフカもここに来るのは初めてだった。暫く呆気にとられて閲覧コーナーを見ていると、先ほどの強烈な尿意の波がまたやって来た。
―― 早くトイレ行かなきゃ ――
カフカは尿意からくる体の震えを堪えた。
「やぁ。風浦さん? 本を探してるの?」
優しく少し間の外れた声がした。
久藤准が応接セットの机で大型本を閲覧していたのだ。
「久藤くん?こんなところで読書?」
ここに本の虫の久藤准がいても何ら不思議なはいが、まさかこんな所で久藤と会うとは思っていなかった。
「読みたい本を探してるんだけど、ここにはないみたいね」
閲覧専用の珍しい書籍には興味があったが、先ほどから何度かピークを迎えている尿意にこれ以上は耐えられそうもないので、
カフカは足早にここを立ち去ろうとしていた。
「風浦さんのお気に召す本がなければ、代わりに僕が物語を語ってあげるよ?」
久藤の甘い声に誘われて尿意とは別なゾクっとする快感を感じた。
クラスの子の大半は、久藤に自分の好みの泣いたり感動したりする創作ストーリーを語ってもらっていたのだが、
そんな時もやはり、絡みにくいキャラのせいか、
カフカは仲間はずれでクラスが盛り上がる輪を羨ましげに外から眺めていただけだった。だから久藤のこの言葉はとても嬉しかった。
しかし一刻の早くトイレに駆け込まないと間に合わない、そこまで尿意は頂点に達していたのだ。
「嬉しいけど、でも、私、今はいいって言うか、用事があるから、早く行かないと」
言葉がうまく出てこないカフカに久藤は優しい目で微笑んだ。
「遠慮しなくていいよ。ここ座りなよ」
工藤は自分の座っているソファーの隣にモジモジしているカフカを座らせた。
―― あわわ・・・ 座っちゃったよ。まさかオシッコしたいなんて言えないよ。う〜んん。って言うか、もおトイレまで行ってる余裕ないかも ――
恥かし気に腰の辺りをモジモジさせているカフカを見て、久藤の瞳はいっそう優しい眼差しになった。目を閉じて久藤はカフカの耳元で囁いた。
「意地っ張りなお姫様」
久藤の甘い声にカフカは背筋にゾクっとする身震いを感じ、そして、少しだけチビってしまった。
「昔ぁし、昔、ある国に、それはとても内気で甘えん坊さんなお姫様がいました。
ところが、そのお姫様は、とっても甘えベタで、いつもお城の中で一人ぼっちで過ごしていました。 
          ・・・・・・・中略 ・・・・・・・」
86汚面の告白:2008/11/13(木) 00:43:00 ID:F7nyGYiC
自分の子供時代そのままを、お伽話に変えて話す久藤の声を聞いているとカフカの目は涙で滲み始めた。
秀才にありがちな理屈っぽい性格に加えて、不安定な家庭環境のせいで転校を繰り返していたカフカには友達なんていなかった。
相次ぐ親族の病気やら自殺やらで、絶えず不穏な空気に包まれていた家庭内。
揚げ句に父親は借金に追われ自殺を図る。心労から母までもカフカの目の前で首を吊った。学校も家庭も生き地獄のようだった。
そんなカフカの物語を久藤は優しく語る。
―― 久藤くんは何でも読めちゃうって先生が言ってたけど本となんだな。
信じてなかったけど、久藤くんには子供の頃にこと全部バレちゃってる。 ――
そしてカフカはハッとした。
―― じゃあ、あのことも久藤くんにはもうバレてるに違いない! そして今こうやって考えていることさえも!
 でも言葉で伝えなくていいからラク。 ――
久藤の声を聞きながらカフカは中学の頃を思い出していた。
何でも知りたがりの知識欲旺盛な性格と、子供からオトナの女として完成されつつあった早熟な肉体。
そして自然に肉体に芽生えた女の欲求。カフカは現実の辛さからの逃避やこの世に自分の存在を確認したくて、
中一の時に悪戯に男に抱かれた。その日を境に次々と男を求めて抱かれていった。
一旦、快楽を知ってしまった体は求めることを止めることが出来なくて際限なくSEXに依存していった。
少しでも体に欲望を感じたら、自分ではどうしようも出来ない程に男が欲しくなって、むさぼるように男達の体を求めていた。
使用されてない音楽室や空き教室のベランダ、体に火がつけば、何の躊躇もなく所構わず男達と交わり合っていた。ペニスが子宮を突き上げる快楽に身を痺れさせ、まるで盛りのついた獣の様に、現実を逃避して快楽の世界に溺れていたあの日々・・・
「大勢の男達がお姫様にご奉仕をしたけれど、お姫様の心は満たされません」
なんと、久藤はそのクダリもお伽話で語ったのだ。
感高まってカフカの耐えていた決壊ははちきれる寸前になった。
―― 出る!  出ちゃうよ!!!!  ――
「久藤くん・・・あたっ、あたし、オシッコがぁぁぁ・・・。漏れそううう」
「なぁんだ、おトイレ我慢してたの?気が付かなくてゴメンね。
ここにでも出しちゃえば?」
そう言うと工藤はカフカを抱きかかえ自分の股座に座らせて、足元にあったゴミ箱をカフカのお尻の下に置いた。
―― ちょっと! ゴミ箱にしろって?! そんなの出来っこない!
でも、もう限界!!!! オシッコ 漏れちゃう!!   ――
久藤の股座にお尻を置かれた衝撃でカフカのアソコが刺激され脆い決壊が切れた。
「いっ イヤぁぁぁぁ!!!!!」
ジョボジョボと音を立ててオシッコが溢れ出る。
カフカはスカートの中に手を入れて必死でアソコを押さえて止めようとするのだが
溢れ出る聖水の勢いは止まらない。久藤に抱きかかえられて子供のようにM字に足を開いた姿勢を取らされて、
ジャアジャア
87汚面の告白:2008/11/13(木) 00:46:52 ID:F7nyGYiC
と勢いよく放出してしまった。
「ひぃいいいいんん」
カフカは尿と共に恥ずかしさから涙が溢れ出て泣き叫んでしまった。
「我慢しないで気持良く全部出しちゃえば?誰も見てないんだし」
久藤はいたって冷静にカフカのスカートをめくり上げ、尿でグショグショの下着を
太ももに下げてやり気持よく用が足せるようにしてやった。
久藤はカフカの放尿が止まると濡れたスカートと下着を全部脱がしてやった。
「すっきりした?」
「うん・・・」
何故かオシッコを漏らしてしまった恥ずかしい気分より、
放尿の快感と久藤の優しい気配りを感じてしまい、自然に素直になれた。
「僕ね、ずっと前から仮面の下にある素顔の風浦さんに興味があったんだ」
そう言うと久藤はポケットからハンカチを出して股座でM字に股を開かせているカフカの、
尿でグショグショのアソコやお尻を拭いてやった。綺麗にふき取るとまだ湿り気のあるカフカの
体を手で触れカフカの反応を確認していった。
そしてアソコに手を置いて指を滑り込ませた。
「ここオシッコで濡れてるんじゃないよね?」
グチョグチョのあそこに久藤の指の刺激がとても気持良かった。
高校になってからは気分を入れ替えて悪戯に男を求めるのを辞めて、
自慰だけでいたからなおさら久藤の指の動きに感じた。
じれったい程に優しい刺激の久藤の愛撫が、
男に求められる悦びを知っているカフカの肉体に火をつけた。
――― 気持ちいいよおおお。 もっと。もっと触って・・・ ――― 
体が久藤を求める。腰を動かして工藤の指を誘導した。
「カフカちゃん・・・。ずっと我慢してたんだね。
 ここ暫くのカフカちゃん辛そうで、僕なりに考えてた仮説があったんだ。
恐らくビンゴかな。 今のカフカちゃん とても可愛いよ」
そう言って久藤は二本の指ですっかり立ち上がったクリトリスを挟み優しい動きで擦った。
何でも読めてしまう久藤には隠してもムダだと、
カフカは観念していた。
ずっと男の体を求めていた。今日の授業中もそのことばかり考えて、濡れっぱなしだったのだ。
それと言うのも、つい一月前に・・・。
「ずっと僕ばかりが喋ってたから、今度はカフカちゃんの番だよ。
僕はこのまま気持ちよくしててあげるから言いたいことみんな吐き出しちゃいな。
 今日もカフカちゃん、とっても欲しそうだったよ・・・。
ここ感じる?      ねぇ?こぉして欲しかった。   でしょ?」
もう一本の指が膣に入ってきてカフカの思うところを優しく掻いてやる。
「うん気持ちいい・・・。久藤くんなら聞いて欲しい。でも・・・とっても気持ちいいから。
久藤くんの指が気持ちいいから。久藤くんの指に集中してたい。
あたし脳内で久藤くんに話すから、読んで・・・・。」
88汚面の告白:2008/11/13(木) 00:50:33 ID:F7nyGYiC
「そっか。女の子は感じながら話すの不得手なんだ?無知でゴメンね。
カフカちゃんの脳内の話はちゃんと読んであげるから、
このまま僕に感じてね」
カフカは耳元で囁く工藤の声にゾクゾクする快感を感じウットリとした。
―― 久藤くんでも知らないことあるんだ? 可愛いな・・・ ♪
もしかして、初めてなのかな?女の子にこんなことするの。
指のとことっても気持ちいいよ久藤くん。
もっと擦って。胸も激しく揉んで欲しいなぁ〜。
 あっ・・・。 今触ってるそこ。乳首、いい。気持ちいい。
服の上からキュッて摘まんで小刻みに指で揉んで・・・。
ああっ。そう。気持ちいいよ・・・。もっと、もっと、いっぱい乳首小刻みに揉んで。
クリも・・・もっと早く擦って。もっと、もっと、クリ、いいよ・・・ 
もっと いっぱい して欲しい。 あぁぁぁ。 ――― 
―― 思い出しちゃう。先生。欲しくて欲しくて仕方なかったな。先生 ――
高校に入ると周り級友たちは、どう見ても処女と思しき子たちばかりだった。
既に男なしでは寂しくて仕方ない欲しがりの自分の体と比べると、
肉欲の悩みなどとは無縁の無垢な体が羨ましかった。
そして恋心に似た糸色への憧れの気持ちが芽生えるとドロドロの欲望に支配された自分が汚らしく感じたが、
気持ちと裏腹に脳内には糸色との濃厚な情事を思い描いてしまう。
快楽を知っている体は想像だけでは満たされず、カフカは体に火がつくと所構わず自慰にふけっていた。
欲情した体は糸色の姿を見るだけでたちまち濡れるほどになってしまった。
ついにカフカは糸色にその思いをぶっつけてた。ちょうど一月前だ。
あの日は偶然に放課後の教室に2人きりだった。
糸色が欲しくて、欲しくて、自分が止められなかった。
「先生。相談があるんです」
「なんです?あなたが相談ごとなんて。珍しいですね?」
いつもの回りくどいやり方でなく、一直線に糸色に伝えた。
カフカは昔からSEXが絡む時だけ本能のままの素直な気持ちが伝えられた。
「実は、あたし、先生が欲しくて仕方ないんです。今も欲しくて欲しくて」
そう言って糸色の手を取りスカートの中に秘部に当てた。
最初、糸色は驚いた顔をした。
勘のいい糸色はすぐにカフカのただ事でない欲情を感じ取った。
カフカの要求を受け止めた糸色の手はしっかりとカフカの思いに応えた。
糸色は置かれた場所を少し力を入れて押さえ込んだ。
薄い布の割れ目を糸色は指でなぞった。
下着まですっかりグッショリと濡れそぼっていた。
「ここに。欲しいんです。先生が」
―― 理由は分かりませんが 我慢できないほど欲しいのですね?
私では満たしてあげられませんが、貴女を鎮めてあげるくらいないなら ――
グッショリ濡れた下着から、糸色はカフカが自分に何を求めているのかすぐに察した。
割れ目の上部にある突起を薄布の上から小刻みに押しながら糸色は言った。
「後悔しても知りませんよ」
一瞬この言葉でカフカの胸は詰まった。
確かに今までもSEXの快楽の後には必ず虚しさと寂しさがあって、
糸色との情事の後にもまたそんな気持ちがあるのかと思う
89汚面の告白:2008/11/13(木) 00:53:40 ID:F7nyGYiC
とためらう気持ちがよぎったが、欲情した炎には勝てなかった。
膣の中いっぱいに男を感じて、ペニスで子宮の奥まで突き上げられたくて仕方なかった。
糸色もカフカの誘惑は、高校生の女の子が悪戯に男を知りたくて思い切った
冒険をしているのとは全く違うだとすぐに分かった。
下着の上からも容易にカフカの体はすっかり開発されつくした女のモノだと確認できたからだ。
「先生が欲しい。早くアソコに先生が欲しい」
自分の体に腰をすり寄せて欲しがるカフカを糸色はまずクリトリスで一回イカせてやった。
挿入を避けたのは一応、暴走する生徒に愛情を持って接したいとの糸色の配慮だった。
今時のお年頃の女子は、男子同様に恋後心の前にまずエッチありきとは聞いていたが、
目の前にいる自分の教え子が、恋愛よりも先に肉欲が暴走しているのに糸色は軽く絶望しながらも、
自分の目の前にいる教え子が、なぜ捨て身で自分を求めるのは理解しがたかったが、
彼女の諸々の生い立ちを考えながら、この一瞬だけでも糸色なりに大事に受け止めてやろうと心に誓った。
次にアソコに指を入れてやるとスンナリ入る。感じる所を探り当て、彼女を頂点に導いてやる。
挿入本番にはめっぽう弱いが糸色は指の技法には自信があった。
「私の指、どうです?感じますか?」
「いいっ・・・。気持ちいい・・ あっ もぉ少し・・ イクううう・・・」
カフカは糸色にしがみ付いて腰を動かした。そしてイッた。
指で2回イカされたカフカは袴の上から大きくなったのが確認できる糸色の勃起に頬をすり寄せ欲しがった。
「先生の、先生のコレが欲しい。」
刺激され勃起はムクムクと大きくなっていったが糸色は必死の理性で押さえた。
「風浦さん。あなたは私の大切な生徒です。先生は貴女を傷つけたくないんです」
糸色に拒まれカフカは頭が真っ白になった。
「欲情だけで求め合っても虚しいだけです。特に女子は」
理屈では糸色の拒絶は自分を気遣ってのことだと分かったていた。糸色は欲情だけで求め合った男達とは違う。
だから少しだけ嬉しかった。けれど体は理性とは別で糸色が欲しくて仕方なかった。糸色はカフカを抱きしめながら言った。
「体は治まりましたか?」
「まだ足りない。もっと欲しい・・・」
糸色はカフカを抱きしめながら、再び下着に指を差し込んでやって、5本の指を使って二箇所同時に攻めた。
「貴女が治まるまで、先生が傍にいてあげますから焦らないで」
ペニスに激しく突き上げられることに慣れてしまったカフカにとって指でイカされるのは少し物足りなかったが、
カフカが大量の愛液を噴いても糸色の指は攻撃を止めず、
腰がフラフラになるほど何度もイカされてようやくカフカは満ち足りた。
「次からはちゃんと愛し合う男性に抱かれなさいな」
最後に糸色はそう言った。
90汚面の告白:2008/11/13(木) 00:55:07 ID:F7nyGYiC
―― 次は先生に愛を持って抱かれたい。私には先生への愛あるよ。 
だから、先生が欲しい。先生に抱かれたい。――
その日のことが頭から離れなくなり、糸色との情事が何度も頭の中を反芻して授業の内容すらうわの空。
下着は前に増して濡れっぱなし。糸色もなんとなくカフカと距離を置いていた。
そんな悩み誰にも話せなかった。

久藤の指でこうしてイカされてる今もあの日、糸色に何度も絶頂にイカされた思いを重ねて感じていた。
そんなカフカを見透かす様に久藤は言った。
「ここんとこずっと、カフカちゃんが先生を見る眼差しに嫉妬しっぱなしだったよ。
 どうにか振り向かせたくて、でもずっと話しかけるタイミングが見つからなくて」
―― あたしのこと見ててくれる人がいたんだ? なんだか嬉しいな。
気持ちはずっと先生を追っていたから気が付かなかった ―― 
久藤の甘い声のトークに包まれて、いっそう久藤の指に体が感じていく。
―― 気持ちいい。久藤くんの体に触れてもっと体中で感じたい。――
カフカの手がセーラー服のリボンをほどこうとすると久藤の手が止めた。
「女の子が自分から脱いじゃダメ。して欲しいのなら、欲しいって言ってね。
 ・・・・お姫様、お召し物は僕が脱がせてあげる。さぁ、目を瞑って」
そう言って久藤はカフカのセーラー服をスルスルと脱がしてやった。
丸裸にされたカフカはようやく少しだけ恥らった。
その仕草が可愛らしく久藤の気持ちにさらに火をつけた。
カフカももう自分が抑えられなかった。
久藤に抱かれたくて、体中を感じさせて欲しくてたまらなくなった。
「舐めて・・・」
久藤に抱きついたカフカが言うと、久藤はカフカを寝かせ足をM字に開かせた。
カフカの蜜壷に自分の顔を埋めカフカの突起を唇に含んだ。
「ああああっ・・・・。いいっ。久藤くん。ソコ 気持ちいいよ・・・」
初めてとは思えない久藤の舌が充血しっきたカフカをたやすく絶頂に導く。
「いいっ。いっちゃうよ!!」
すでに感じきっていたカフカはオシッコとは別の液体を流して果てた。
久藤はカフカを抱きしめて耳元で言った。
「好きだよ」
この甘い言葉にカフカは溶けてしまいそうだった。告白されたのは初めてだった。
「こんな・・・。  こんな、あたしでいいの?」
「今のカフカちゃんが好き。ムリしないで僕の前では自然でいて」
カフカは気の遠くなるほど幸せな気分に包まれた。
――― 愛? あたし愛されたの?  嬉しい こんなの初めて ―――
「僕にして欲しいことあったら我慢しないでちゃんと言うんだよ」
久藤に耳元で囁かれ、カフカは涙を浮かべて幸せに浸った。
――― 嬉しいよ。久藤くん。久藤くんに気持ちまで持っていかれそう ――― 
91汚面の告白:2008/11/13(木) 00:56:26 ID:F7nyGYiC
「入れて欲しい。久藤くんの入れて」
カフカは久藤に腰をすり寄せた。
久藤は初めてだった。少し顔を赤らめて言った。
「いくよ。いい?」
久藤はカフカを抱きしめながらゆっくり挿し込んでいった。
反りあがった久藤の勃起はヌルヌルのカフカにはスンなりと入れた。
「カフカちゃんの中、暖かいね。気持ちいいよ」
「あたしも久藤くんのでいっぱいに満たされて幸せ」
2人は繋がったままお互いを敏感な部分で感じ合いながらキスを交し合った。
――― こんな幸せに包まれたSXE初めて。久藤くん。あたし。
あたし、久藤くんが好き・・・。好きになっちゃったよ。
だから、さよなら 絶望先生。
久藤くん、お願い。このまま。動いて。奥までいっぱい突いて ―――
結びついた部分がムズムズしてきて先に動き始めたのはカフカだった。
久藤もカフカの動きを逆手に取って自分の体を擦り合わせる。
「いいっ。もっと。もっと奥まで。お願い。突いて」
カフカのおねだりで久藤の動きが激しくなる。
「ああぁぁんんん。いいっ。気持ちいいよおおおおおお。
 もっと。もっと。突いて。突いて。あぁぁん。いいよぉおおおお」
カフカの太股は久藤の体に絡みつき結合の快楽を少しでも多く味わおうとする。
「もっと。もっと。あああああんんん。いいっ。イクっ。イッちゃうよ!!」
――― ゴメン。カフカちゃん。もぉ限界!! ――― 
先に限界がきたのは初めての久藤だった。
スルリとカフカから抜け出た瞬間に白濁した液体が久藤から溢れ出た。
「ごめん・・・」
久藤は絶頂のタイミングがズレたカフカを気遣ってカフカのアソコを
手のひらで覆って感じるところを刺激しながらグイグイと奥の方めがけて揉んでやった。
――― 久藤くん・・・・。 気持ちいいよぉおおおお ――― 
「あああああっ。  いいよぉぉぉぉぉ。」

「イケた? かな?」
何でも読めてしまう(?)久藤が弱気な顔でカフカに尋ねる。
「うん。いっぱいイっちゃった。  良かったよ。久藤くん。」
そういってカフカは久藤に抱きつき頬にキスをした。
「またSEXしてくれる?」
「うん。いつでも。抱いてあげるよ。僕の彼女になってくれたらね ♪」
92汚面の告白:2008/11/13(木) 00:57:17 ID:F7nyGYiC
アトガキ

地平線に沈む間際の大きな夕焼けに向かって2人は歩いた。
とても綺麗な夕日にカフカは魅入っていた。
「ねぇ。前から聞きたかったんだけど」
久藤が優しい声で沈黙の中で呟く。
「なに?」
カフカが弾む声で明るく応える。
「ん・・・。風浦可符香ってPNはフランツ・カフカへのオマージュなの?」
「さぁ? どうかな〜」
カフカは久藤をはぐらかすが、いたってマイペースな久藤はカフカにさえも振り回されることもなく、お構いなしに持論を展開していく。
「PNって、幾つあってもいいよね?」 
「ん・・・。まぁ、そうだけど」
カフカも工藤のペースに引き込まれる。
「もぉ一個PN持ってみない? 僕、考えてみたんだけど。これなんかどう?」
久藤は手にしてた本の中からシオリを取り出してカフカに差し出した。

シオリの裏には久藤の手書きの文字があった。

――― 為苦自慰子 ―――

「タメク・ジーコ?」
カフカは声に出して読んだ。

「ぷっ」
カフカは吹き出した。

「やだぁ!!」
と言って久藤に抱きついた。

抱きつかれた久藤の手からパラリと本が落ちた。
「 秘儀伝授    加糖 鷹 著 」



おしまい
93汚面の告白:2008/11/13(木) 00:59:26 ID:F7nyGYiC
おわりました。
94名無しさん@ピンキー:2008/11/13(木) 01:00:29 ID:ZS4j6Ejs
久藤ですね
95名無しさん@ピンキー:2008/11/13(木) 01:16:31 ID:ZS4j6Ejs
割り込んでしまってすみません
なぜ可符香が、かたかななのですか?
9682:2008/11/13(木) 02:34:57 ID:F7nyGYiC
>>95
「すかとろ」なのに読んでくださってありがとうございます。
勝手にカタカナ。すいません。
可符香はカタカナだとカフカっとなって回文みたいで好き。なので。
でも原作と違うので、ごめんなさい。

常月さんの話は素晴らしすぎる!!
たっぷりエロを堪能させていただきました。
そしてストーリーは超泣けます。せつない。    すんすん。

今回のタイトルはくめた先生も「仮名の告白」で使用された
三島先生の「仮面の告白」からいただきました。


97糸色 望 ◆7ddpnnnyUk :2008/11/13(木) 04:30:18 ID:b67YS0fC
ルルーシュのDW8.4はブリタニア重工製が1段3要素、茨城コンバータ製が1段4要素である。
糸色 望は製造当初は1段4要素型のDW9.4形であったが、現在は機関換装に伴い、
2段5要素型のDW14E/C形へと交換された。※変直切り替えハンドルは残されており、
変速-直結1段への切り替えは手動式、直結2段-直結3段への切り替えは自動式である。

変速から直結に投入するときには自動的にアイドル指令が出され、機関の回転数が低い場合には、
自動的に最適な条件まで機関の吹き上げを行うため、衝撃の少ない変速操作が可能となっている。
98名無しさん@ピンキー:2008/11/13(木) 07:57:18 ID:HpDrS7Va
今さらだけど199さんGJ!最終回乙です!
最後の一言が気になるけど、また戻ってきてくれるよね・・・?
99266:2008/11/15(土) 07:16:34 ID:1ar7NdON
素晴らしいSSの後で、恐縮ですが、投下させていただきます。
また、芽留と万世橋の話です。
>>41-43の続き、懲りずにやってしまいました。
100266:2008/11/15(土) 07:17:24 ID:1ar7NdON
某月某日、とある書店。
その日はとりたてて客もおらず、アルバイトの青年が一人あくびを噛み殺しながらレジに立っていた。
時刻は午後の5時を回り、窓から差し込む西日がやたらと眩しい。
そんな時、自動ドアの開く音と共に、ようやく久しぶりの客が現れた。
太った体、目つきの悪い顔に眼鏡をかけた少年、近くの高校の生徒らしいお馴染みの常連さんだ。
いつもアニメ誌やコミックスを凄まじい量で買っていくので、恐らく相当のオタクなのだろう。
ところが、そんな彼が、今日はアニメ誌やコミックのコーナーに行かない。
何やら雑誌コーナーを色々と探し回っているようなのだが……。
「………これください」
店内を幾度も右往左往してから、彼がレジに持ってきたのは、彼がいつも買っている本とは180度ベクトルの違うものだった。
『特選デートスポット100』なんて言葉が表紙に踊る雑誌の数々。
らしくない買い物をしている自覚があるのか、少年の顔は真っ赤になっている。
(この子が色気づくとはねえ……)
心中の呟きは顔に出さぬよう淡々と会計を済ませると、少年は逃げるように店を出て行った。
まあ、彼とて男だ。色々あるのだろう。
「健闘を祈るよ」
自動ドアのガラスの向こうに遠ざかっていく少年の背中に、アルバイトの青年はそう呟いた。
そして、それから僅か数分後、今度はセーラー服姿の小柄な少女が店内に入ってきた。
こちらも常連。携帯電話のメールでしかコミュニケーションを取らない変わった娘だ。
いつもは少女漫画誌なんかを買っていく彼女なのだけれど……
(おいおい、この娘もかよ……)
さっきの少年とは反対に、彼女が向かったのはアニメ誌なんかが置かれたコーナーだった。
その中でも美少女とか、そんなのを扱った雑誌を手当たり次第に手に取ってからレジにやってくる。
少し呆然としてしまったアルバイトの青年に向かって
【おい、会計だ。早くしろ】
少女は携帯の画面に打ち込んだ文章で急かす。
「あ、はい、すみません」
アルバイトの青年はいそいそと本の会計をしながら、ちらりと少女の顔を見る。
真っ赤に染まった頬、それはまるでさっきの少年と同じようで……。
いつもと違う本を大量に買い込んだ少年と少女。一見すると共通点のなさそうな二人だけれど……。
アルバイトの青年の頭の中で想像が膨らんでいく。
(まさかね……。でも、もしかしたら……)
金を払い、お釣りを受け取ると、少女もまた逃げるように書店から出て行った。
「これは、ちょっと面白いかもな……」
今後、あのオタク少年とメール少女が、どんな形で店に姿を現すのやら。
アルバイトの青年はニヤリと笑って見せたのだった。

心臓が止まるかと思った。
大量の雑誌の入った紙袋を抱えて、家に帰り着いたオタク少年、万世橋わたるは大きな溜息をついた。
「慣れない事はするもんじゃないな…」
レジでの支払いの僅かな時間が永遠の長さに思えた。
101266:2008/11/15(土) 07:18:11 ID:1ar7NdON
似合いもしない買い物をする自分が、嘲笑われているような気がして、いっそ消えてしまいたかった。
だが、それでもこれはやらねばならない事なのだ。
今も手のひらに残る、あの小さな手の感触。
暖かくて、柔らかな、彼女の手の、指先の記憶。
音無芽留。
小憎らしくて、そのくせ臆病で、だけどわたるの持たない健気なほどの勇気を持った少女。
毎日の、憎まれ口まじりのメールのやり取りの中で、わたるの想いはどうしようもなく膨らんでいった。
駄目元でかまわない。
もっと彼女の近くにいたい。彼女と一緒に街を歩きたい。
「まったく、あんな奴相手に、こんなに思い詰める事もなかろうに……」
なんて言いながらも、既に自分の気持ちが彼女に傾き始めている事は否定のしようがなかった。
書店の紙袋を開けて、買ってきた雑誌を取り出し、早速読み始める。
自分のようなタイプの人間が、書物の情報のみを頼りに行動すると、
相当痛い事になるだろう事は十二分に理解していたが、今のわたるには他に縋るものがない。
「まあ、やってみるしかないだろ…」
呟いて、わたるはページをめくり、慣れない雑誌の内容に没入していった。

「おかえりなさい、芽留」
【おう、ただいま】
玄関のドアを開けて、ちょうどそこにいた母親に帰宅の挨拶を返す。
それから靴をそろえるのももどかしく、トタタタタ、と階段を登り自分の部屋へと急ぐ。
ドアを閉め、鍵をかけ、小脇に抱えた書店の紙袋の、中身を机の上にぶちまけた。
アニメ誌、ゲーム誌、その他それっぽい雑誌が多数。
どれも芽留にとっては馴染みのないものばかりだ。
だけど……。
(読もう。読むしかない……)
口も悪けりゃ顔も悪い、その上とんでもなく偏屈なオタク野郎。
今だって、アイツの悪口を言おうと思えば、百でも千でも思いつく自身がある。
でも、だけど……。
(嬉しかったから…)
その想いは否定のしようがない。
痴漢から助けられた一件以来、胸の奥に芽生えてしまった気持ち。
気遣いが、優しさが、この上もなく嬉しかった。
毎日交わすメールでのやり取りが、どんどん楽しくなっていく。
万世橋わたる、アイツに少しでも近寄りたい。
だから、まずはアイツが興味を持っているもの、それがどんな風なのかを知ってみようと思った。
それが、何かの突破口になるのではないかと、そう考えた。
机の上の雑誌の中から、とりあえず一番上の一冊を手に取る。
ぱらり、ページをめくり、芽留は未知の世界への一歩を踏み出した。

「ぐ……、ぬぅ……、わ、わからない……」
買ってきた各種雑誌を読み始めて既に3時間、わたるは苦悶の声を漏らしていた。
102266:2008/11/15(土) 07:18:53 ID:1ar7NdON
読めば読むほどわからなくなる。
もちろん、何が書いてあるかは理解できるのだが、そもそもわたるはこの手の事について全く無知である。
情報の良し悪し、有効性、そういった事を判断する基準を持っていないのだ。
だから、読めば読むほど嘘か本当かわからない知識ばかりが蓄積され、わたるの苦悩は深まっていく。
誰かに相談できれば良いのかもしれないが、なにしろ友人は揃いも揃ってオタクばかり。
そりゃあ、モテモテのオタクも世の中には存在するが、少なくともわたるの交友関係の中にはいない。
何をどうすれば、彼女に近づけるのやら、わたるの求める答えは霧の中に消えていくようだ。
それでも、わたるは雑誌のページをめくる手を止めない。
ぱらぱら、ぱらぱらと流し読みする内に、わたるはあるページに目を留めた。
『今月の映画レビュー』
ハリウッドの超大作から、ドラマ発の日本映画までずらりと並んだ映画紹介。
「そうか、映画か……」
芽留を映画に誘う。
見終わった後で、その映画の感想なんかを話題にしながら街を歩く。
ベタ過ぎて思い付きもしなかったが、悪くないかもしれない。
少なくとも、自分のように知識のない人間が無理に背伸びをするより、ずっと良い結果が望めるだろう。
向こうがこちらの誘いに乗ってくれるかどうかは、まあ、当たって砕けろ、と言うしかない。
そうと決まれば、後はどの映画を見に行くかなのだが……。
とりあえず、映画のレビューサイトでも巡ってみよう。
雑誌を片手に持ったまま、わたるはパソコンを起動した。

「…………む……ぐぅ……」
無口な芽留が珍しく声を漏らしていた。
机の上にはとあるアニメ誌が大開きにして広げられている。
そこはちょうど雑誌の巻頭のあたりで、美少女の描かれたピンナップがあったのだが、これが問題だった。
(ほとんど、裸じゃねえかぁああああっ!!!!)
露出の高い水着で、媚びたポーズをしている美少女を見ているだけで、芽留の顔は真っ赤になってしまう。
(次いくぞ、次っ!!)
気を取り直してピンナップをめくると、裏面も印刷がされてあった。
今度は美少女数人の、露天風呂入浴シーンである。
(完全にっ、裸だぁああああああっ!!!!)
まあ、タオルなんかで隠すとこは隠しているのだが、今の芽留には同じことだ。
芽留はアニメ誌を机の上から投げ捨て、次の本を掴み取る。
今度こそはと表紙を開き、絶句。
(こ、こ、こ、これはぁああああっ!!!?)
あられもない姿の少女たちが、男性とまぐわう姿が所狭しと並べられている。
明らかに成人向けだ。
顔から火を噴きそうな恥ずかしさの中で、芽留は思い出す。
そういえば、アニメやゲームの雑誌コーナーと成年誌コーナーはそう離れていなかった。
103266:2008/11/15(土) 07:19:48 ID:1ar7NdON
あの時はかなり慌てながら、次々とそれらしい本を手に取っていったので、その過程で紛れ込んだのだろう。
表紙はそれほど過激な絵ではないが、裏表紙を見れば露骨な成年向けゲームの広告が印刷されている。
(気づいて止めろよ、店員〜〜〜〜ッ!!!!)
一体こんな本、どうやって処分すればいいのだろう?
机の上に、芽留はがっくりとうなだれる。
もう、精も根も尽き果ててしまった。
すっかり無気力になってしまった芽留は雑誌の山の中から比較的穏当そうなアニメ誌を選んで、パラパラとめくる。
ふと、とある記事が目に留まった。
アニメの紹介、それもテレビ放映ではなくて劇場公開中の映画らしい。
少年と少女。飛び交う戦闘機。空の青と雲の白が目を引いた。
タイトルを確認する。
『スカイ・クロレラ』
アイツはこの映画の事を知ってるだろうか?
多分、知っているはずだ。アイツはかなりのレベルのオタクである事を自認している。
公開されたのはつい最近のようだったが……
(もしかして、もう見に行ってるって事はないよな……)
もし、そうでないのなら……。
脳裏に浮かんだアイデアは、芽留にとって、非常に魅力的に思えた。

翌日。学校。時間はすでに昼休憩。
教室の片隅で、わたるはいつになくそわそわしていた。
『芽留を映画に誘う』
それが、昨日出した結論だ。
だが、言うは易し。芽留に断られるか断られないか以前に、どう話を持ち出すかが問題だ。
何度もメールの文面を、打っては消し、打っては消し……。
ここ一番で決心のつかない自分に、わたるはいい加減ウンザリし始めていた。
今日は、まだ芽留からのメールは届いていない。
正直、今彼女からのメールを受け取っても、どう返信して良いのかわからない。
「うう、情けないな……」
少し歩いて気分を変えるとしよう。
わたるは自分の席から立ち上がり、教室を出ようと出入り口に向かう。
そして、扉を開いたその向こうに、先ほどから自分が問題にしている少女の姿を認めた。
「………あっ!?」
いつもなら、開口一番、いつもの不機嫌顔で皮肉の一つも飛ばすところだが、今のわたるはそれどころではなかった。
思考がぐるぐると空回りして、何をしていいのかわからない。
何か言葉を掛けるべきなのだろうけど、喉がカラカラに渇いて、声すら出てこない。
冷や汗を額いっぱいに浮かべたわたるは、だから、芽留の様子が少しおかしい事に気がつかなかった。
その、少し赤らんだ頬の理由に思い至る事はなかった。
(そうだ、むしろこれはいい機会だろう……)
パニック状態のわたるの脳内だったが、何とか本来の目的を思い出した。
いつまでも迷っていても仕方がない。どうせ、駄目元なのだ。当たって砕けろ。
呼吸を整え、伝えるべき言葉を脳内で再度確認。
104266:2008/11/15(土) 07:20:34 ID:1ar7NdON
断崖絶壁から身を投げるような気持ちで、わたるは口を開いた。
「こ、今度の週末、映画を見に行かないかっ!」
上ずった声が我ながら痛々しいと思った。
だが、ここで止まる訳にはいかない。わたるは言葉を続ける。
「『スカイ・クロレラ』ってのがやってるんだが………」
と、そこまでまくし立てて、わたるは自身の犯した重大なミスに気がつく。
(『スカイ・クロレラ』って、アニメ映画じゃねかっ!!!!)
映画に誘う、そのアイデアで頭が一杯になって、昨日の映画選びの時にはその事をすっかり失念していた。
わたる自身もいつか見に行こうと考えていた映画だったのが良くなかったのかもしれない。
映画レビューサイトをなめる様に見て、考えに考えて、考えすぎて重要な事を見逃してしまったようだ。
オタク野郎がアニメ映画に誘ってくるって、普通の女子なら敬遠したくなるところじゃないだろうか。
(ち、致命的だ……)
わたるの顔を流れ落ちた汗の雫が一滴、床に落ちて弾けた。
だが、もはや後戻りは出来ない。時計の針を戻す事など誰にも不可能だ。
わたるは、恐る恐る、芽留の様子を伺う。
視線の先、芽留の表情はなにやらポカンとして、なんだか何かに呆然として驚いているようにも見えた。
(えっ………)
そんな芽留の様子に、わたるが疑問を抱いた、そんな時だった。
ヴヴヴヴヴヴ。
わたるの携帯に届いた一件のメール。
差出人は、目の前の少女。
一体何が書かれているのか、ビクビクしながらわたるが確認すると、そこに書かれていたのは余りにも意外な言葉だった。
【『スカイ・クロレラ』見に行かないか?】
ポカン……。
今度はわたるが呆然とする番だった。


晴れ渡った休日の空の下を電車が走る。
込み合った車内の中で、芽留は座席に座り、その前でわたるがつり革につかまって立っている。
以前のバスでの一件もあってか、何となくこれが定位置になってしまった。
電車に揺られる二人。行き先は『スカイ・クロレラ』の上映されている映画館だ。
【しかし、存外意気地がないな、お前も。あの時の顔を思い出しただけで、笑えてくるぜ】
「う、うるさい……」
先日、芽留を映画に誘おうとした時の一軒をネタにされて、さしものわたるも形無しのようだ。
【お前なら、こっちの都合なんて考えず、自分の興味だけで決めた映画で、強引に誘ってくると思ってたんだがな】
「俺だって、相手の事ぐらい考える……」
【ヘタレなだけだろ、単に】
いつもは対等にやり合っている二人だが、さすがに今回はわたるも反撃しにくいようだ。
散々にわたるを苛めながら、芽留はくすりと笑う。
本当は、嬉しかった。
まあ、最後の最後にアニメ映画なんて選んできてしまうのがアレだったが、
コイツがこんな話を持ちかけてくるなんて思ってもみなかった。
105266:2008/11/15(土) 07:21:22 ID:1ar7NdON
そもそも、今こうして、安心して電車に乗っていられるのだって、目の前のデブオタのお陰だ。
痴漢に遭った時のトラウマは、まだまだ芽留の中では払拭できていない。
だけど、わたるが一緒なら怖くない。安心して乗っていられる。
こんな奴……、と心の中で悪罵を浴びせる一方で、どうやら自分がわたるを信頼している事も間違いのない事実のようだ。
やがて、電車は目的地の駅のホームへ。
電車を降りてもわたるへの攻撃を緩めない芽留、その足取りは軽く、表情は晴れやかだ。
時折反撃しつつも、やっぱり苛められてしまうわたるも、苦笑いしつつ、その実会話を楽しんでいるようだ。
駅からはそれなりの距離があった筈だが、映画館までの道のりは二人にはあっという間のように感じられた。
二人並んで映画のチケットを買うのは結構気恥ずかしかった。
お決まりのポップコーンとコーラを両手に持って、薄暗い館内に入っていく。
観客の入りはそこそこといったところ。
隣同士の席に座ると、改めて”二人で”やって来たのだという実感が湧いてきた。
【なあ…】
上映開始直前、芽留が携帯の画面で語りかけてきた。
【なんだか楽しいな】
「えっ!?」
わたるがその言葉を読み終えるか読み終えないかの内に、芽留は携帯の電源を落とした。
ブザーがなる。
映画が始まった。

銀幕を横切る戦闘機の軌跡。飛び交う弾丸。どこまでも高い空。
映画に見入りながらも、わたるはちらりと、隣に座る芽留の表情を確認する。
その視線はスクリーン上に繰り広げられる物語を一心に追いかけているようだ。
少なくとも、退屈した様子はない事にわたるは安心する。
難解さで知られる監督の作品だが、今回のは比較的わかりやすかったのも良かったのかもしれない。
再び、わたるは画面に目を向ける。
辛らつなわたる自身にとっても、この作品はなかなか悪くないものに思えた。
だけど、ストーリーに没入しながら、筈のふとした瞬間に、隣の少女を見てしまう。
(あ〜、我が事ながら……まったく)
自分の気持ちを自覚しているつもりだったが、どうにも予想以上に重症なのかもしれない。
気を取り直して再び視線をスクリーンに。
(と、思ったが、もう一度……)
これで最後と思いながら、再び視線を芽留の横顔へ向けて………
(………あっ!?)
一瞬、息が止まるかと思った。
目の前には、自分と同じように、こちらを見てくる彼女の顔があった。
視線と視線が交差する。
時間が停止したような錯覚。
スピーカーから流れる映画の音声だけが、かろうじて時が流れている事を教えてくれた。
やがて、どちらも気まずそうに、おずおずと前方に、スクリーンの方に向き直った。
これ以降もう一度隣を見るような勇気は、さすがにわたるにもなかった。
106266:2008/11/15(土) 07:22:08 ID:1ar7NdON
やがて映画も終わり、二人は映画館の外に出た。
暗い館内に慣れきった目には、傾きかけた太陽の光もひどく眩しく感じられる。
映画の内容には芽留も、わたるも概ね満足していた。
互いの感想などを言い合いながら、二人は街を歩いていく。
【あの監督の他の作品、お前、なんか持ってないか?】
「ん、いくらかDVDは持ってるが…」
【よし、貸せ。週明けたら持って来い】
「命令形かよ……」
【お前のオタク趣味に付き合ってやるって言ってるんだ。感謝する事だな】
「……わかったわかった、2,3枚見繕って持って来てやる」
会話が弾む理由の裏側には、映画館の暗がりの中で目が合った時のドキドキした感覚が、まだ尾を引いているのかもしれない。
浮き立つ足取り。
二人とも、口には出さないでいたけれど、来て良かったと、心底から思っていた。
だから、そんな楽しい気分が、周囲への注意力を二人から奪い取ってしまったのは、全くの不運だった。

ぬう、と前方に大きな影が立ちふさがって、二人は足を止めた。
短く刈った髪を金に染めた長身の男を先頭に、目つきの悪い男たちが6人。
睨み付けるような鋭い視線。敵意があるのは明らかだった。
「よう……」
先頭の男がドスを効かせた声で話し始めた。
「楽しそうだな、お二人さん……」
蔑み、嘲笑う下衆な視線。
芽留とわたるにとって不運だったのは、二人共揃って負けん気の強い性格である事だった。
二人とも、男の視線を真っ向から受け止め、反射的に睨み返してしまった。
男はそんな二人の様子に、何が可笑しいのかクククッと笑い……
「おらあああっ!!!!」
わたるに向けてパンチを繰り出した。
男の拳がわたるの右頬をとらえる。
痛烈な一撃を喰らい、倒れそうになところを何とかこらえて、わたるは踏みとどまった。
一瞬、黒い怒りの炎が心の内から吹き上がりそうになるが、わたるは隣の少女を見てそれを思いとどまる。
(こんな奴らとやりあったって、何の得にもならない……)
そうと決まれば、やる事は一つ。
「逃げるぞっ!!!」
芽留の腕を強引に掴み、わたるは走り出した。
(くそっ…まあ、目につきやすい組み合わせなのは認めるが……っ!!)
最初は戸惑っていた芽留も、わたるにペースを合わせて走り始める。
ちらりと後ろを見ると、6人の男たちもへらへらと笑いながら追いかけて来る。
どうやら、二人は彼らにとって、いかにも魅力的な玩具に見えたらしい。
二人と男たちの距離は一定で、近づきも離れもしない。
歩幅の小さい芽留と、太ったわたる、二人の足はお世辞にも速いとは言えない。
恐らく、しばらくは追い掛け回して遊ぼうという魂胆なのだろう。
(まずいな……)
107266:2008/11/15(土) 07:31:40 ID:1ar7NdON
息が切れ、酸素の回らない頭で、わたるは必死で考える。
そして、一つの結論を導き出す。
「おい……」
隣で走る芽留に、わたるは自分の考えを伝える。
「この先の角を右に曲がったら、そこで二手に分かれるぞっ!!」
わたるの言葉に、芽留は明らかに戸惑っているようだが、メールを打つ余裕のない今は反論できない。
「それで奴らを撒く。どうせこのままじゃ駅と反対方向だ。バラバラに逃げてまた駅で合流するぞ」
芽留の答えも聞かないまま、わたるは芽留の腕をひっぱり、スピードを上げて走った。
曲がり角を右に、そして、そこから分かれた二つの道の右の方に芽留の背中を押しやった。
「何かあったら、メールで連絡しろっ!!上手く逃げろよっ!!」
何か言いたげな芽留の背中にそう叫んで、わたるは左の方の道に駆けていく。
仕方なく走り出した芽留の姿が道の先に消えた後、時間にすればわずか十数秒後、6人の男達も曲がり角を曲がって姿を現した。
「…………ん!?」
先頭の金髪男が足を止める。
彼らの行く手、道のど真ん中に仁王立ちしている人物。
走り疲れて息を切らす見苦しいデブ、彼らの目下の遊びの対象がそこにいた。
「なんだよお前、女はどうしたよ?」
金髪男の横から、別の男が出てきて、馬鹿にし切った口調で言った。
しかし、相手は無言のまま、こちらを睨むばかり。
その態度だけで、極端に沸点の低いその男を逆上させるには十分だった。
「なんとか言えや、うおらああああっ!!!」
大振りなパンチがうなった。
ガシッ!!!
咄嗟に腕でガードしたようだが、こいつのような根性なしのデブ野郎には十分に堪えただろう。
そう思ってニヤリと笑った顔が、一瞬の後、凍りついた。
「な、てめえっ!!!」
パンチを振るった右腕と、上着の襟を掴まれた。
そして、戸惑う暇もろくに無いまま、男の顔面に凄まじい衝撃が走った。
「っがああああっ!!?」
頭突きを喰らったのだ。
男の鼻からたらりと鼻血が垂れる。だが、攻撃はまだ終わらない。
ゴキィッ!!!
襟を再び引っ張られ、次に攻撃されたのは男の急所。
強烈な金的を喰らい、路上に倒れた男は激痛のために悶え苦しむ。
「…………」
一部始終を見ていた金髪男と、その仲間たちの表情が険しくなった。
彼らは見誤っていた。
万世橋わたるという男を甘く見過ぎていた。
確かにわたるは見た目通りのオタクだ。運動神経が良いわけでも、体力があるわけでもない。
先ほどの男のパンチも、実際のところ、わたるにはかなり堪えていた。
だが、しかし、わたるにはそれを凌駕するものがあった。
「おい、お前ら……」
静かに、わたるは口を開いた。
その瞳には、燃え上がる怒りと、尽きる事のない闘争心が映し出されている。
それこそがわたるの最大の武器だった。
喧嘩にルールはない。
それでも強いてあげるなら唯一つ、最後まで立っていた者が勝者である。それだけだ。
わたるの心には、それを可能にするだけの力が眠っていた。
わたるは怒れる男だ。
無尽蔵の怒りと闘志が、今のわたるを動かしていた。
「逸脱するなら二次元にしとけ………お前ら好みのソフトの一つや二つ、譲ってやらんでもないぞ」
金髪男が構える。
背筋に物差しを入れたような姿勢の良さ、恐らくは何かの武道経験者だ。
それを睨みつけるわたるの顔には、ニヤリ、獰猛な笑いが浮かび上がっていた。
108266:2008/11/15(土) 07:32:31 ID:1ar7NdON
見知らぬ道を、走る、走る。
僅かな段差に足を取られ、転びそうになりながら、それでも芽留は足を休めない。
今は何よりも、あの男達から逃げる事が先決だった。
確かにわたるの判断したとおり、多勢に無勢の状況で、あんな奴らと争う事に何の得も無い。
だが、必死で走りながらも、芽留の胸にはどうにも割り切れない違和感が残っていた。
二手に分かれて、暴漢達の追跡を撒く。
わたるの剣幕に押されて、つい納得してしまったが、考えれば考えるほどおかしい。
自分たちより土地勘があるだろうあの連中を相手に、分かれて行動するのは果たして良策なのか?
それに、あの分かれ道の直前での、わたるの焦った態度が気にかかった。
まさか……いや、でも、もしかして………。
ぐるぐると、芽留の胸中に疑念が渦を巻く。
思い過ごしならいい。だけど、あいつの性格ならば……。
立ち止まり、芽留は今まで走ってきた道を振り返った。
もし、勘違いなら、自分はただでは済まないだろう。
携帯をぎゅっと握り締め、延々と苦悩して、芽留はついに決断を下した。それは……。

体中が痛む。
打ち込まれる鋭い打撃に、息が止まるような心地を味わう。
目の前の金髪男は、わたるを相手にしながら、明らかに遊んでいた。
手加減した攻撃で、むかつくオタク野郎を生殺しのままいたぶろうという魂胆なのだろう。
残りの男達が観戦に回って、手を出してこないのがせめてもの救いだった。
「おら、どうしたよっ!!」
鞭のようにしなるキックが、わたるの太ももを強かに打つ。
間髪いれずに放たれた拳は、ガード越しでも凄まじい衝撃をわたるに喰らわせた。
だが、金髪男の思うがままにサンドバックにされながら、ガード越しに睨みつけるわたるの目は全く死んでいなかった。
次々に放たれる攻撃の中、明らかに大振りで隙だらけのそのキックを、わたるは見逃さなかった。
ドンッッッ!!!!!
わき腹を突き抜ける衝撃。一瞬、目の前が真っ暗になりそうになる。
だが、わたるの意識はギリギリで踏みとどまり、繰り出された右足をその両腕でしっかりと捕らえた。
だが、しかし……。
「やっぱ、そう来るよなぁあああっ!!!!」
攻撃を受け止められた金髪男は、ニヤニヤと笑っていた。
打撃で勝てないなら、掴み合いに持ち込むしかない。
わたるの行動など、端から予測していたのだ。
拳を大きく振りかぶり、今度は遊びではない本気のパンチを打ち込む。
それでこの不愉快なデブも黙るだろう。
「うぅらぁああああああああああっ!!!!!!」
叫びと共に、全力の拳をわたるの顔面めがけて放った。
バキィイイッ!!!!
凄まじい激突音。これで全てお終いだ。
清々した気分で拳を引いた金髪男は、一瞬遅れてその異変に気づいた。
「な、あ、あああ……」
拳が、指が、掌が、醜く折れ曲がり、ひしゃげていた。
目の前の、血まみれのわたるの顔がニヤリと笑うのが見えた。
コイツは、このデブは、自分の頭でパンチを迎撃したのだ。
全力の拳に、全力の頭突きを叩き込んだのだ。
そして、想定以上の衝撃が、金髪男の拳を粉々に砕いた。
やがて、驚愕のあまりに忘れていた痛みが、じわりと金髪男の拳に広がっていく。
「あ…な……お前…どうして……」
……どうして、平気で立っていられるんだ?
今まで散々痛め付けられて、そして最後にはこちらの全力のパンチに頭突きするなんて無茶をして……。
金髪男は今になって初めて、目の前のデブを相手にした事を後悔していた。
怖い……。
湧き上がる恐怖が、男の体を金縛りにする。
それが運の尽きだった。
「もう一度言っとく。逸脱するなら二次元だ。その手を直したら家に来い。おすすめを貸してやるよ」
金髪男の右足を捕まえたまま、残された左足に足払いをかける。
空中に浮かび上がった男の体を、わたるは全体重をかけて道路に叩きつけた。
男は、受身を取る事さえできなかった。
立ち上がったわたるの足元で、男は無様にのたうち回る。
109266:2008/11/15(土) 07:33:32 ID:1ar7NdON
「……くぅ…勝負…ありか……だけど…」
満身創痍で立ち尽くすわたるは、事の成り行きを呆然と見ていた金髪男の仲間たちに目をやる。
金髪男敗退のショックにしばし凍りついていた彼らだったが、やがてその驚愕はわたるへの敵意に変化していく。
「漫画みたいに、一番強い奴がやられたら、それで引き下がってくれると有難いんだが……」
男たちは、金髪男のように武道の心得があるわけではないようだったが、それでも、今のわたるが相手をするのは厳しい。
何しろ、四対一、これまでのダメージを考えれば、勝てる見込みはほとんどない。
かといって、逃げてしまおうにも体が言う事を聞いてくれない。
「やるしかないな……」
わたるは腹をくくった。
どうせ、芽留を先に逃がした時点で覚悟していた事だ。
「うぅりゃあああああああっ!!!!」
男達の一人が殴りかかってきた。
わたるはそれをかわそうとして、しかし、足がもつれ直撃を食らってしまう。
派手に吹っ飛び、地面に倒れたわたるのポケットから携帯電話が転がり落ちる。
何とか立ち上がろうとするわたるに襲い掛かる、容赦の無い蹴り、蹴り、蹴り。
「はぁ〜ん、これがコイツの携帯かよ。やっぱ、デブのだけあって脂ぎってるワ」
男達の一人が、わたるの携帯を拾い上げて言った。
「これで、お前の連れのチビ娘に知らせてやるか。お前のデブの彼氏は俺らにボコられてる最中だって…」
「…や…め……」
芽留がその知らせを受けて戻って来たら、一体こいつらにどんな目に遭わせられるのか。
それは、わたるの考え得る最悪の事態だった。
しかし、必死に伸ばしたわたるの手の平は、男達の足に踏みつけられてしまう。
「ぎゃああっ!?」
「さてさて…おお、わかり易いね。女の名前は一つだけだわ。っていうか、登録件数自体かわいそうなぐらい少ないよ、コイツ」
男が早速、芽留宛のメールを作成しようとした、その時だった。
ヴヴヴヴヴヴヴヴ。
「なんだぁっ!?」
携帯が振動した。
メールが一件。
それは、男が今まさにメールを送ろうとしていたその相手、音無芽留からのものだった。
【それはそこのデブの携帯だ。とっととその汚い手を離せっ!!このクソッタレの蛆虫どもがっ!!!!】
突然のメールに呆然とする男。
その背中を凄まじい衝撃が襲った。
「があっ!!?」
地面に這い蹲りながら、わたるは見ていた。
華麗に宙を舞い、暴漢の背中にとび蹴りを喰らわせる音無芽留の姿を。
地面に着地した彼女は、どこで拾ったのか鉄パイプを肩にひっさげ、仁王立ちで男達を睨みつける。
その姿に、わたるは体の痛みも忘れて見惚れていた。
きれいだ。
本当に、心の底からそう思った。
わたるの顔に、再び不敵で獰猛なあの笑顔が蘇る。
「うおらぁあああっ!!!」
好き勝手に自分を蹴っていた足の一本をぐいと両腕で捕まえ、そのまま立ち上がる。
予想外の反撃にひっくり返った男に、容赦の無い金的を食らわせてやった。
「ああっ…てめえっ!!!」
続いて叫んだ男に、頭突きを一発ぶちかます。
不思議な気分だった。
気力も体力も尽き果てたはずなのに、体の奥から凄まじいまでの力が湧き上がってくる。
「やってやるか……」
呟いて芽留の方を見ると、彼女もニヤリと笑って頷いた。
再び立ち上がったわたるに、男たちはジリジリと後退する。
わたるは渾身の力を拳に込めて、暴漢どもに向かって突っ込んで行った。
110266:2008/11/15(土) 07:34:09 ID:1ar7NdON
夕日が空を赤く染めるころ、路上に残されていたのは芽留とわたるの二人だけだった。
二人を襲った暴漢たちは、彼らの死に物狂いの反撃に、ついに撤退してしまった。
精も根も尽き果てて、道路にへたり込むわたると芽留の顔には、どちらもしてやったりという笑顔が浮かんでいた。
【逃げてく時のアイツらの間抜け面、見たか?】
「ああ、泣きべそかいてる奴までいたな」
【ただの女とデブの二人に、六人がかりであの有様、アイツら当分外を出歩けないぜ】
くっくっく、とひとりでに笑いがこぼれてしまう。
体中傷だらけで、痛くて仕方が無かったが、わたるは実に爽快な気分だった。
だが、その爽快な気分に釘を刺すように、芽留が声のトーンを落として口を開く。
【それにしても、今日のお前、どういうつもりだったんだ?お前一人であいつらをどうにか出来ると思ってたのか?】
いつかは言われるだろうと思っていたが、それでもその言葉は重たかった。
【ただのデブオタが、思い上がりも甚だしいな……】
「だからって、あのまま走って逃げ切れたとも思えないぞ」
苦し紛れだとわかっていても、わたるにはそう言うしかなかった。
多分、また同じような状況に追い込まれても、わたるの判断は変わらないだろう。
彼女を、芽留を危険に晒すような選択肢など、彼の頭の中には端から存在しない。
そんなわたるの言葉に、芽留はしばし沈黙してから、こう答えた。
【オレの気持ちも考えろって、そう言ってるんだ……】
その言葉は、わたるの心の奥の、深い深い場所に突き刺さった。
芽留の、それが偽らざる気持ちなのだろう。
そう言ってくれる芽留の心が嬉しくて、そう言わせてしまった自分が悔しかった。
苦い表情を浮かべて俯いたわたる。
そんな彼を横目に見ながら、芽留はなるべくそっけない調子でこう続けた。
【ところで、次、どうする?】
「次?」
質問の意味がわからず、オウム返しにわたるは尋ね返した。
【今日は、最後でとんだケチがついた。埋め合わせはしてもらうぞ】
そう答えた芽留の顔は、夕日に染まって少し分かりにくかったが、いつもより赤く見えた。
「そうか、次か……次は…」
【先に言っとくが、連続でアニメはなしだぞ】
苦笑しながら、わたるは芽留の顔を見つめる。
やっぱり、彼女はきれいだ。
そう思った。
【なんだ、人の顔をジロジロと…。気持ちの悪いヤツだな…】
戸惑う芽留の顔を見ながら、わたるは『次』の事を考える。
『次』の、『次』の、そのまた『次』の、これからも続いてゆく自分の過ごす日々に、芽留の存在がある事が今のわたるには無性に嬉しかった。
111266:2008/11/15(土) 07:35:18 ID:1ar7NdON
これでお終いです。
最初は思い付きのカップリングだったんですが、なんだか愛着が湧いてきて長くなっちゃいました。
それでは、失礼いたします。
112名無しさん@ピンキー:2008/11/15(土) 08:36:48 ID:BNxTRFNE
たまらんね
GJ
113糸色 望 ◆7ddpnnnyUk :2008/11/15(土) 09:20:34 ID:y/7JM1lc
カップリングですか・・・。
2台の扇風機を使って、1台の扇風機を回転させると、
向こう側の扇風機は風を受けて羽根車は回り始めます。
風の無駄の無いように、周りをチューブなどで囲むと、
羽根車の回転数は同じ回転数で回ります。

これをミッションオイルに置き換えた物が液体継手です。
液体継手は Fluid Coupling (フルード・カップリング)とも呼ばれます。
液体継手では回転力(トルク)を大きくすることは出来ませんが、
これに案内羽根(ステーターと呼ぶ部品類)を入れますと、回転力を
大きくすることが出来、その代わり回転数が下がります。
これが液体変速機 Torque Converter (トルクコンバーター)です。
液体変速機の部品類の基本は1段3要素です。
114糸色 望 ◆7ddpnnnyUk :2008/11/15(土) 09:24:38 ID:y/7JM1lc
例えば、DE10ディーゼル機関車などでは、2個の液体変速機があり、
低速段・高速段(これをフォイト式(充排油方式)と呼ぶ)と、
この変速機にオイルの出し入れを切り替えて、より効率の良い
回転力を伝え方をしています。
115名無しさん@ピンキー:2008/11/15(土) 13:50:21 ID:4kANmfYi
後のロリコンフェニックスである
116名無しさん@ピンキー:2008/11/15(土) 18:58:03 ID:xJIDTSnT
266さん
おおぉぉ、万世橋×めるめるの続き!?、 G J
 G J 過ぎて眩暈がしたw
117名無しさん@ピンキー:2008/11/16(日) 12:35:05 ID:MIGBPqxA
わたるがカッコよすぎて噴いたw
118名無しさん@ピンキー:2008/11/16(日) 21:49:40 ID:fWKbUjrN
これは熱い青春譚

顔と体型と趣味以外
完璧な漢ですね彼は

> 【あの監督の他の作品、お前、なんか持ってないか?】
万世橋、あんまり濃すぎるの選ぶなよ?w
119名無しさん@ピンキー:2008/11/16(日) 23:26:32 ID:Mea9QusK
万世橋は痩せたらイケメンなんだよ多分
120糸色 望 ◆7ddpnnnyUk :2008/11/17(月) 04:23:22 ID:5Y5CG7x6
万世橋をガァーという轟音を上げながら渡りきるキハ40系。
121名無しさん@ピンキー:2008/11/19(水) 13:58:10 ID:CEhStOPR
今週はまれに見る望カフプッシュだったなあ
122名無しさん@ピンキー:2008/11/19(水) 13:59:50 ID:Ugqw3be7
先々週にカフカの出番が全くなかったことって結局何の伏線でもなかったんだね。
123名無しさん@ピンキー:2008/11/19(水) 17:50:10 ID:nKilYMBy
スカトロ 乙
陵辱もポジで受け入れるカフカ最強 
124名無しさん@ピンキー:2008/11/19(水) 21:19:19 ID:94CXDDpb
>>122
打ち切り詐欺の一環じゃね?
125名無しさん@ピンキー:2008/11/19(水) 22:02:55 ID:vLjFX6nc
いい最終回だったなぁ
126266:2008/11/19(水) 22:15:50 ID:GkRjXrCw
>>100-110の続きの、万世橋×芽留の話を投下します。
一連のお話も、今回で一応一区切りです。
それでは、いってみます。
127266:2008/11/19(水) 22:16:35 ID:GkRjXrCw
昼休憩、教室の生徒達のざわめき、その喧騒の片隅で万世橋わたるは深い溜息をついた。
片手に持った携帯電話のメール画面を開く。
空しい行いだと自覚しながらも、受信メールの一覧を確認する。
あの日以来、彼女からのメールを受け取っていない。
「これで四日目か……」
音無芽留。
数ヶ月前からほんの数日前まで毎日のように交わした、彼女との昼休憩のメールのやり取り。
それが嘘のように途切れてから、今日で四日目。
きっかけはあまりに些細で、思い出す事も出来ない。
ただ、誰にでもあるような虫の居所の悪い日が重なって、売り言葉に買い言葉を重ねて互いの怒りがエスカレートしてしまった事。
たったそれだけで、わたると芽留の数ヶ月に渡る交流は、ぷっつりと途絶えてしまった。
【もういいっ!!二度と顔を見せるんじゃねえぞ、キモオタッ!!】
乱暴に投げつけられた、彼女からの最後の言葉がわたるの脳内でリフレインする。
わたると芽留の教室は隣同士だ。
会いに行こうと思えば会いに行ける。
こちらの非を詫びて、もう一度彼女と言葉を交わす事が出来る。
直接顔を合わせるのが気まずいのなら、メールで謝る事だって出来る。
だけど、わたるの心と体はまるでタールの沼に捕われたように、虚脱感に満たされて自ら動く事が出来ない。
それが、単に自分の臆病さ、意気地の無さの現われである事もよくわかっていた。
それでも、彼女と言葉を交わし、時に笑い合った数ヶ月間が、あっさりと終焉を迎えてしまった事。
そのショックが、わたるを金縛りにする。
人との関わりを避けて、逃げて、誤魔化して、そうやって生きてきた芽留と出会うまでの自分。
それは彼女と関わっていく事で、少しずつ変化していった。
そう思い込んでいたけれど……。
やっぱり、自分はどこまで行っても自分でしかなかったのだ。
孤独に生きて孤独に死ぬ、きっとどんな時代にもいたはぐれ者の人間。
芽留との出会いで変わったつもりになっていた、そのメッキが剥がれただけだ。
結局、自分は、万世橋わたるはそれ以上でもそれ以下でもない。
人との関わり合いで傷つく事を恐れ、あまつさえそれを他人のせいにする臆病者。
たかだかこれだけの事で立ち上がれなくなる自分に、彼女と顔を合わせる資格なんてある筈が無い。
「………くっ」
携帯電話をぎゅっと握り締め、わたるが小さく声を漏らす。
ただ一言でいい。
たった一言、彼女に謝る事が出来れば、それでいいのに……。
彼女のいない昼休憩は、どこまでも長ったらしくて、空虚で、まるで砂漠に一人で放り出されたような孤独感の中、
わたるはいつまでも携帯の画面を見つめ続けていた。

「芽留ちゃん?」
自分の名前を呼ぶ声に気づいて、音無芽留はハッと我に返った。
【お、おう、何だよ?何か用があるのか?】
「いや、ボーッとしてるみたいだから、どうしたのかなって」
芽留に声を賭けたのは、可符香だった。
屈託の無い笑顔で覗き込まれて、戸惑う芽留だったが、すぐに表情を取り繕う。
【別に何でもない。昼休憩なんだ、ゆっくり休んでボーッとしてたら、何かおかしいかよ?】
「ううん、そんな事はないけど…」
しかし、可符香のペースは崩れない。
芽留の机にひじを突いて、さらに芽留との距離を詰めて、可符香は言葉を続ける。
「なんだか元気が無いみたいに見えたし…」
128266:2008/11/19(水) 22:19:22 ID:GkRjXrCw
【気のせいだ。オレはすこぶる元気だ。おせっかいされる理由はないな】
「それにほら、いつもの昼休みのメール、この2,3日してないよね?」
その言葉に、芽留の表情がサッと険しくなった。
【別にどうでもいいだろッ!!!】
可符香が話しかけてきた時点で、こうなるであろう事は薄々感付いてはいた。
芽留にとっては、今最も触れてほしくない話題。
ピシャリと断ち切るような芽留の言葉に、可符香は少しだけ心配そうに声のトーンを柔らかくして
「何か、あったんだね?」
そう言った。
対する芽留は、俯き、何も答えようとはしない。
たぶん、これは可符香なりの気遣いなんだと、力になろうとしているのだと、芽留には何となくわかった。
だけど、それで何が変わるというのだろう。
喧嘩がきっかけで、何となく疎遠になって、それっきりになってしまう友人。
そんなのは良くある事じゃないか。
何か誤解があったとか、そういうややこしい話でもない。
互いに感情をぶつけ合って、言い争っただけの事。
当事者ではない可符香に、してもらう事なんて何もない。
これはあくまで、芽留自身の問題なのだ。
【何でもない。何でもないから、早く向こう行けよ】
芽留のその言葉を受けて、気遣わしげな視線をこちらに投げかけながらも、可符香は去っていった。
そう、これは芽留自身の、芽留だけの問題なのだ。
(あの馬鹿が、かけらも融通の利かないあの馬鹿が全部悪いんだ……)
心中でそう呟きながらも、芽留の胸はチクチクと痛む。
ひどい言葉を幾つも投げかけた。
相手の言い分もろくに聞かず、一方的に断罪した。
優しくしてくれた人に、
いつも気遣ってくれた人に、
とてもとてもひどい事をしてしまった。
そんな罪悪感が芽留の心をがんじがらめにして、一歩も動き出す事が出来なくしてしまった。
こんな自分が、今更のうのうと、アイツに何を言ってやれるというのだろう?
片手で携帯をもてあそぶ。
アイツからの、わたるからのメールは今日も来ない。
まるで迷子にでもなったような不安感。
賑やかな昼休憩の教室の中で、芽留は一人ぼっちの寂しさに震えていた。

学校から家への帰り道を、わたるは一人トボトボと歩いていく。
結局、今日も芽留に謝る事はできなかった。
芽留と喧嘩して以来、ボンヤリと過ごして曜日の感覚が無くなっていたが、よく考えれば今日は金曜日。
今週はこれでお終い。
土日の間は、芽留と顔を合わせる事もできない。
もちろん、メールで連絡を取るという方法はあるのだけれど、なんだかこのまま二人の距離が遠ざかっていくようで、
わたるの心は一段と暗くなる。
ガタンガタン。
近くを通り過ぎていく電車の音に、わたるは顔を上げる。
「そう言えば、明日の予定だったよな……」
わたるが思い出したのは、先週の頭ごろ、芽留と交わした会話の事だった。
【連れて行け】
唐突にそう言われて、わたるは面食らった。
「何だ、藪から棒に……。何の話か、もう少し具体的に言え」
【忘れたのか、この間の埋め合わせだ】
その言葉で、ようやくわたるは思い出す。
以前、わたると芽留が一緒に映画を見に行った事があった。
しかし、運の悪い事に二人はその帰り道、地元の不良らしき男たちに絡まれてしまった。
何とか難を逃れたものの、二人はズタボロになってしまった。
129266:2008/11/19(水) 22:20:07 ID:GkRjXrCw
そこで芽留はこう言ったのだ。
【今日は、最後でとんだケチがついた。埋め合わせはしてもらうぞ】
もう一度、どこかへ出かけるなり何なりして、とにかく今回不運に見舞われた分を取り返したい。
そういう事らしかった。
「なら、なおさら具体的な話が必要だろ。なんか考えでもあるのか?」
【ああ、も、勿論だ……】
わたるの問い答えた芽留の態度は何故か少し煮え切らない様子だった。
【これ…なんだが……】
ごそごそと、カバンの中から雑誌を取り出し、角に折り目を付けておいたページを、わたるに向けて開いて見せた。
それは、とある映画の紹介記事だった。
右ページの半分以上を占めているのは、抱き合い、見詰め合う二人の男女の写真。
わたるにもそれが、どういう類の映画なのかは一目瞭然だった。
【これを見に行く。ちょうど、この間の映画館で次の次の土曜日から上映するらしい】
ベタベタの恋愛映画だった。
「こ、こんなのが見たいのかよ?」
【ど、どうした…キモオタ野郎には高すぎるハードルだったか?】
明らかに動揺した様子のわたる。
それを茶化す芽留の方も、顔を真っ赤にしていた。
思いがけない提案にしばし思考停止状態に陥っていたわたるだったが、しばらく沈黙してから腹を決める。
「わかった。一緒に行ってやるよ。たまにはこういうのも悪くない」
本当は、たまにどころか、テレビですらわたるがこの手の映画を見ることはなかったのだが、ぐっと堪えて、わたるは言い切った。
【そ、そうか、思ったより度胸があるじゃねえか】
わたるの答えを聞いて、芽留はホッと安堵の表情を浮かべ、それから本当に嬉しそうに微笑んだ。
【それじゃあ決まりだな。細かい事はまた、上映時間表を見ながら決めるぞ】
あの時の芽留の笑顔は、今もわたるの脳裏に焼きついて離れない。
いまや遠い夢へと変わり果てた、幸せの記憶。
思い出せば、思い出すだけ辛くなるばかりだ。
わたるは記憶を振り切るように、早足で歩き出す。
しかし、あの笑顔はそう考えれば考えるほど、より一層鮮明さを増してわたるを苦しめる。
(そうだ。あの時のアイツは……本当に、嬉しそうだったんだ)
応えてやれなかった。
裏切ってしまった。
そんな後悔に苛まれて、わたるの胸の奥の傷が、またキリリと痛んだ。

「芽留ちゃんっ!」
呼び止められて、芽留はゆっくりと振り向いた。
【何だ、今日はやけにしつこいな…】
「えへへ、一緒に帰ろうよ」
振り返った先、相変わらずの笑顔で駆けてくる可符香を見て、芽留は溜息を漏らす。
【そんなにオレの事が気になるのか?】
「当たり前だよぉ。大事なクラスの仲間なんだから」
【よくもそんなポンポン、調子のいい言葉が出てくるな】
呆れ返りながらも、相変わらずの可符香の調子に、芽留はついつい心を許してしまっていた。
これが人の心の隙に付け入り自在に操る風浦可符香の実力といった所だろうか。
ニコニコ顔の可符香は、歩幅の小さな芽留のペースに合わせて、彼女の横に並んで歩き始める。
「ひどいなぁ、親友の私をそんな風に言わなくたって…」
【……まだ、そのネタ生きてたのかよ…】
二人で歩きながら、どうでもいい事を話す。
それだけで少し楽になったような気がした。
130266:2008/11/19(水) 22:20:53 ID:GkRjXrCw
どうやら思っていた以上に、芽留の心はわたるとの喧嘩の事でいっぱいいっぱいになっていたようだ。
ガチガチに固まっていた心をほぐしてくれた可符香に、芽留は少しだけ感謝の気持ちを感じ始めていた。
それから、どれぐらい歩いただろうか。
不意に、何でもないような調子で、可符香はこう言った。
「誰かと、喧嘩したんだね」
芽留の歩みが止まった。
「誰かと喧嘩をしちゃったんだね、それも大切な、大好きな誰かと……」
【何で……そんな事がわかるんだよ?】
硬い表情で尋ねた芽留に、可符香はあくまで笑顔で答える。
「そりゃあ、親友だもの」
【茶化すなよ】
「……そうだね。本当は、今の芽留ちゃんを見たら、誰でも大体察しがつくんじゃないかな?」
言われて、芽留はきゅっと下唇をかみ締める。
可符香の言うとおりだろう。
どんな風に取り繕って、平気な振りをしても、今の自分の落ち込みは自分が一番良くわかっている。
傍から見ればそれは、滑稽なぐらいの動揺振りなのかもしれない。
【アイツが悪いんだ、全部。人の気も知らないで、好き勝手言いやがって…】
「でも、芽留ちゃんは自分の方がもっと悪いって、いけない事したって、そう思ってるみたいだね」
【ちょ…人の話ちゃんと聞いてんのか?オレは…】
「ひどい事をたくさん言ったから、もうその人に合わせる顔がないって、そんな風に思ってるんじゃないかな?」
畳み掛けるような可符香の言葉に、芽留は反論できない。
しばしの沈黙の後、観念したように芽留は答えた。
【ああ、そうだよ。その通りだ…】
芽留は心中の苦悩をそのまま見せるかのように顔を歪ませて続ける。
【でも、だからって、どうすればいいんだよ?オレは…アイツに本当にひどい事を……】
「そうかもしれないね。でも……」
今にも泣き出しそうな芽留に、可符香はあくまで優しく語り掛ける。
「でも、その相手の人はどう思ってるかな?芽留ちゃんの事、まだ怒ってるかな?」
【それは……】
「きっともう喧嘩の事なんかより、早く芽留ちゃんと仲直りしたいって、そう思ってるんじゃないかな?」
それは芽留が頭に浮かべた事さえなかった考え方だった。
そうだ、今、アイツはどうしてるだろう?
無愛想で、口が悪くて、だけどいつも芽留の事を大事にしてくれたアイツは、今、どんな事を考えているのだろう。
「その人は、芽留ちゃんとまだ喧嘩しようって、そう思ってるかな……?」
【それは……アイツはそんな奴じゃないって……オレは、そう思う】
その芽留の答えに、可符香はニッコリと笑って、こう言葉を結んだ。
「その人はきっと待ってるよ。芽留ちゃんの事、ずっとずっと待ってると思うよ……」

翌日、土曜日、天気は気持ちの良いぐらいの快晴。
芽留は駅前のベンチにポツンと一人で座っていた。
(来るわけないよな……)
時刻はそろそろ午後の1時を回ろうかというところ。
先週決めた約束の時間、待ち合わせの場所で、芽留は来る筈の無い待ち人の到着を待っていた。
また映画に見に行こう。
芽留から切り出した話だった。
選んだ映画が映画だったので、断られるかもしれないと思ったが、わたるは了承してくれた。
しかし、それもあの喧嘩の前の話だ。
普通なら、そんな約束は反故になったと考えるのが当たり前だ。
芽留自身、自分は何をやっているのだろうかと空しさを感じてしまう。
そんなに一緒に行きたいのなら、わたるに連絡を取ればいいのだ。
昨日、可符香に指摘された通り、もはやこの問題は相手がどうのと言うよりは、芽留自身の気持ちの問題なのだ。
一言、謝ればいい。
それをせずにこんな所で相手に期待だけして待っているのは、あまりに臆病で怠惰な態度ではないだろうか。
「……………」
既に時間は電車の発車時刻ギリギリだ。
もう一度周囲を見渡す。
わたるの姿は無い。
当然だ。当たり前だ。そんな都合のいい事、起こる筈がないのだ。
131266:2008/11/19(水) 22:21:45 ID:GkRjXrCw
芽留は諦めてベンチから立ち上がった。
あらかじめ買っておいた切符を財布から出して、駅の改札に向かう。
わたるが不在のまま映画に行く事に何の意味があるかはわからない。
むしろ、自分で自分の心の傷を抉るようなものだ。
だけど、何もしないで今日一日を過ごす事もまた、芽留にとっては耐え難い苦痛だった。
今は自分の心の思い付くまま、流れるままに行動しよう。
切符を自動改札に通して、ホームに向かう。
ギリギリで駆け込んだ芽留を乗せて、電車は駅を離れていった。

ペダルをこぐ足が軋む。
自分でもみっともないと思うぐらいに呼吸が乱れる。
額に流れる汗を拭う時間も惜しんで、わたるは全力で自転車を走らせていた。
やがて自転車は駅前へたどり着いた。
わたるは周囲を見渡して、自分の探し求める少女の姿を見つけようとする。
「いない……当たり前か」
あんな喧嘩をした後で、今更映画の約束も何もあったものじゃない。
そもそも、本来の約束の時間からは少しオーバーしてしまっている。
それでもわたるは、もしかしたらという淡い希望を抱いて、ここにやって来たのだが……。
わたるの背後で電車が動き出す。
もし約束通りの時間の映画を見ようとするなら、あの電車に乗らなければ間に合わない筈だ。
「そもそも、時間切れだったわけか……」
自嘲気味に笑いながら、わたるが呟いた。
もうこの場所に用事は無い。
わたるは自転車のペダルをこいで、待ち合わせのベンチから離れていく。
と、その時、背後を通り過ぎる電車の中に、見知ったツインテールの後姿を見たような気がしてわたるは足を止める。
しかし、それを確かめるより早く、電車はわたるの前から走り去って行った。
「……そんな筈はないか……俺の頭もいい加減危ないな…」
今日はもう何をするあても無い。
かといって家に戻る気にもなれなかった。
行く当ても定めないまま、わたるは自転車を漕ぎ出し、土曜日の街の雑踏の中に消えていった。

目的の駅にたどり着き、芽留は映画館への道を歩き始めた。
以前は二人で歩いた道を、今度は一人で歩く。
(こんなに長かったか、この道……)
あの時は、自分を映画に誘った時のわたるの動揺振りをいじめながら、二人でなんだかんだと騒いでこの道を歩いた。
二人で交わす会話が楽しくて、ほとんど歩いたような記憶もないまま、映画館に辿り着いたのを覚えている。
今、一人で歩くこの道は、まるであの時の何倍にも伸びたかのように感じる。
ぶり返す記憶に、また胸の奥がチクチクと痛む。
忘れろ。
今はただ何も考えず歩こう。
そう自分に言い聞かせてから、芽留はふっと苦笑する。
(忘れられるなら、一人でこんな場所には来ないよな……)
一人ぼっちの道を、ただ黙々と、歩いて、歩いて、芽留はようやく映画館に辿り着いた。
一人でチケットを買って、一人で館内に入り、一人で席を探す。
客の入りは以前見に来た映画より多いようだったが、それがむしろ今の芽留の孤独感を一層際立たせた。
椅子に深く腰掛け、芽留はスクリーンを見つめながら、心で呟く。
(なあ、一緒に来たかったんだぞ。お前と一緒に、この映画を見たかったんだ……)
やがて、上映開始のブザーが鳴った。
照明が落とされて、映画館の暗がりの中に、芽留の小さな背中は紛れて、消えていった。

上映が終わり、映画館を出た頃には、太陽は西の空に沈もうとしていた。
夕日が赤く照らす街を、芽留はとぼとぼと歩いていく。
いかにも大作映画らしい、しっかりとした作りのその映画は、傷ついた芽留の心にとっていくらかの慰めになった。
それでも、ずっと自分の隣に感じている空虚な感覚は消えてはくれなかったけれど。
長い長い道のりを歩いて、ようやく芽留は駅に辿り着いた。
ホームは電車を待つ乗客の群れがごった返し、列に並ぶだけでも一苦労だった。
132266:2008/11/19(水) 22:22:26 ID:GkRjXrCw
(これは、まず座れそうにないな……)
結構な距離を歩いて疲れていたが、座席でゆっくりと休むというわけにはいきそうにない。
多分、押しつぶされそうな満員電車になるはずだ。
と、そこで、芽留の脳裏に嫌な記憶が蘇った。
満員電車の片隅で、見知らぬ男にいやらしく体を触られた記憶
まるで、あの時と同じようなシチュエーションに、芽留の体が細かく震え始める。
何とか震えを抑えようと芽留は苦心するが、震えは激しくなるばかりで一向に収まってくれない。
だが、そんな時……
(……あっ)
芽留の脳裏を、不機嫌そうなアイツの顔が横切った。
『黙れ、痴漢』
されるがままで何も抵抗できなかったあの時の自分にとって、その声がどれだけ頼もしかった事だろう。
ぼろぼろと泣き崩れる自分を慰めてくれたあの手の平は、あんなにも暖かだった。
ゆっくりと震えが収まっていく。
それと同時に、何となく、昨日の帰り道、可符香が言わんとしていた事がわかるような気がしてきた。
(そうだ。きっと、アイツはオレを待っている……)
それは、二人の間で起こったさまざまな出来事が、毎日のちょっとしたやり取りが、ゆっくりと時間をかけて育んだもの。
(オレは、アイツを信頼してる……)
時にはひどい喧嘩もするかもしれない。
だけど、そんな事とは関係なく、揺ぎ無く存在し続けるものが、確かにある。
お互いがお互いを信じている。
ならば、後は些細な問題じゃないか。
芽留は携帯を取り出し、メールの作成画面を開く。
謝ろう。
仲直りしよう。
自分を信じてくれているアイツに、自分の言葉で応えよう。
こんな自分だから難しいかもしれないけれど、できるだけ素直な言葉に、素直な気持ちを乗せてアイツに送ろう。
やがてホームにやって来た電車に乗り込みながら、芽留はわたるへのメールの制作に没頭していった。

午後からの時間のほとんどを、わたるは自転車をこいで当てもなく街をさまよった。
どこに行こうと、頭に浮かぶのは芽留の事ばかり。
今も本屋で雑誌をぱらぱらとめくりながら、頭の中では芽留との間に起こったさまざまな出来事に思いを馳せていた。
芽留と深く関わるきっかけになった事件。
電車の車内で痴漢に遭っていた芽留を助けたのが、そもそもの始まりだった。
あの時、自分の抱える大きな矛盾に苦悩していたわたるは、芽留の生き方に強く心を動かされた。
過去のトラウマのため、人前でしゃべる事が出来なくなってしまった芽留。
しかし、彼女はそれでも人と関わる事を諦めなかった。
頼りない携帯電話一台を片手に、自分なりの方法を模索し続けた彼女。
(だからこそ、俺はアイツに……)
不意に、わたるの頭の中でなにかが弾けた。
脳裏を次々と駆け巡る、彼女の言葉、彼女の涙、彼女の笑顔……。
それはわたるを一つの確信へと導いていく。
「そうだ……。そうだよな、何やってたんだ、俺は……」
繊細で、臆病で、だけど誰よりも強い勇気を持っていた彼女。
そんな彼女だからこそ、わたるは心を惹かれたんじゃあなかったのか。
(俺は今まで、何をウダウダしていたんだ……)
答えはいつだって、彼女が示してくれていた。
臆病な自分がいるなら、それを越えて行けばいい。
臆病を恥じるあまり何も出来なくなる自分がいるなら、それもひっくり返して行けばいい。
彼女と顔を合わせる資格なんてある筈が無い、なんてそんな事を考えるよりも先にやるべき事があるはずだ。
前へ進め。
行動しろ。
ただそれだけの、単純な事だったのだ。
ふと、わたるは書店の店内を見渡した。
アニメコーナーに、先日芽留と二人で見に行った映画のムック本を見つけた。
「手土産片手に謝りに行くってのは、どうにもセコイやり方だが……まあ、いいだろ」
呟いたわたるの表情に、もう迷いの色はなかった。
133266:2008/11/19(水) 22:23:07 ID:GkRjXrCw
満員電車の片隅、芽留は壁の方を向いたまま、手にした携帯を操作して、わたるへのメールの文面を打っていた。
(むう、だけど、思うように進まないな……)
わたるに謝ろうという決意は固まったものの、肝心のメール作成がなかなか上手くいかない。
打っては消して、打っては消して、結局まだ一行も書けていない。
(難しく考えすぎているか…でも、オレの気持ちが伝わらないと意味がないし……)
また打ち込んだ文章を白紙に戻して、芽留はうむむと唸る。
と、その時だった。
「………っっ!!?」
背中から思い切り壁に押し付けられて、芽留はバランスを崩しそうになった。
(なんだ、カーブでもないのに、ふざけた事しやがって……)
怒り心頭で振り返った芽留は、思わず息を呑んだ。
「…………」
背後に立っていた男。
芽留を見下ろすその男の視線は、まるで獲物を値踏みする狼のような貪欲な光が宿っていた。
芽留は、その感覚を、空気を知っていた。覚えていた。
芽留が何らかのアクションを見せるより早く、男は動いた。
男の手の平が芽留の口を塞ぐ。芽留の体を力ずくで壁に押し付ける。
(なんで…こんな無茶苦茶な真似をして、誰も止めないんだ!?)
男の腕の下でもがきながら、左右に視線を向けた芽留はその疑問の答えを知る。
芽留の右手と左手を遮る二人の男。
その瞳には、芽留を押さえつけている男と同じ、淀んだ光が宿っていた。
(こいつら、三人がかりのグルなのかよっ!?)
以前痴漢に遭った時とは比較にならない、おぞましいほどの恐怖が芽留の背中を駆け抜けた。
それでも、芽留の抵抗の意思はなくなりはしなかった。
先ほどまでわたるへのメールを打ち込んでいた画面に打ち込んだ文章を、目の前の男に見せつける。
【ふざけた真似をしやがって、この痴漢野郎ッ!!そんなに急所を蹴り潰されたいのかよっ!!!】
だが、男はその文面を見てニヤニヤと笑い……
ガッ!!
芽留のすねを思い切りつま先で蹴った。
(………痛っ!!?)
口を押さえられ、悲鳴を上げることも出来ない芽留は、身をよじってその痛みに耐える。
「ふざけた真似をしたら、どうするんだってぇ…?」
その芽留の耳元で、男は馬鹿にしたような口調で囁いた。
だが、それでも芽留は屈しない。
【この野郎……】
痴漢に向けてせめて言葉で反撃しようと、新しい文章を打ち込み始める。
【お前みたいな痴漢の蹴りが効くとでも思ってんのか。もう一度言うぞ。これ以上ふざけた真似をしや……
だが、その文章を打ち終わる前に、男の手が芽留の携帯電話を鷲づかみにした。
(そんな、携帯まで……)
携帯を奪われまいと必死で引っ張る芽留だったが、力では男の方が勝っていた。
ぐいぐいと引っ張られるたびに、芽留は携帯を手放しそうになってしまう。
(駄目だ。もう限界だ……)
口を押さえられて呼吸もままならず、指先から力が抜けていく。
このまま、全ての抵抗手段を奪われて、自分はこの男達のなすがままになってしまうのか。
何とかしなければ。
必死で考える芽留は、ある事を思い付く。
それは、策と呼ぶ事さえ出来ないような、ほとんど幸運と偶然を頼りにした一手だった。
(だけど、もうオレにはそれしかない……)
今にも奪い取られそうな携帯のボタンを、素早く操作する。
その作業を終えたギリギリの瞬間に、携帯は芽留の手から離れ、男の手の中へ。
「さあ、これで生意気も言えなくなったな…」
男が下卑た笑いを浮かべて、さも嬉しそうな調子でそう言った。
(ちくしょう……後はもう、運に任せるしか……)
祈るように目を閉じた芽留に、三人の男たちの手の平がゆっくりと伸びていく。
それが、芽留にとっての長い長い悪夢の始まりだった。
134266:2008/11/19(水) 22:24:38 ID:GkRjXrCw
とある公園の片隅のベンチ。
わたるはその脇に自転車を停めて、携帯のメール画面を操作していた。
芽留への謝罪を、週が明けてから直接会って行うか、それともメールで先に謝っておくか。
それがわたるの目下の悩みだった。
「やっぱり、謝るなら早い方がいいだろうな…」
最初は、直接会って謝った方が、こちらの気持ちが伝わるんじゃないかとも思ったのだが、
考えてみれば、メールはわたると芽留のやり取りの基本スタイルだ。
直接会うのをわざわざ待つより、まずはわたるの気持ちを少しでも早く伝えた方がいいだろう。
「となると、問題は文面なんだが……」
色々と書きたい事は思い付くが、まずはこちらがきちんと謝りたいという気持ちを、シンプルに伝えるべきだろう。
細かい話は、週明けに直接会った時にすればいい。
「まあ、それが順当なところか……」
それでわたるの腹は決まったようだった。
ならば早速メールの作成だ。
わたるが携帯の画面に文章を打ち込もうとし始めた、ちょうどその時だった。
ヴヴヴヴヴヴ。
携帯が震えた。
「ん?」
メールが一件届いたようだった。
その送り主を確認して、わたるは思わず声を上げた。
「まさか……」
恐る恐るメールを開く。
だが、そこにあったのはわたるが予想だにしなかった内容。
「なんだ……なんだよ、これは……!?」
焦燥、不安、怒り、様々な感情がわたるの顔に浮かび上がっては消えていく。
そして、そのメールが意味するところを完全に理解したとき、わたるは行動を開始した。
自転車にまたがり、公園を飛び出す。
「どうすればいいっ!?一体、どうすりゃあいいんだっ!!?」
必死の表情を浮かべたわたるは、全速力の自転車で夕闇に沈む街を駆け抜けていった。

もうどれだけの時間が経過したのか。
幾つの駅を通り過ぎたのか。
延々と男達の玩具にされる耐え難い時間が、芽留の頭から次第に思考能力を奪い去っていた。
最初はもがいて、手足をばたつかせて、せめてもの抵抗をしていたが、もはやその気力もない。
無抵抗のまま、男たちに体を弄られる内に、芽留の思考は暗く深い淀みに沈んでいく。
(何でこんな事になったんだろう?)
手を伸ばせばすぐ届くほどの距離に、当たり前の日常を過ごす多くの人達がいるのに、3人の男達の壁に阻まれたここで、
芽留は拷問にも等しい、地獄のような時間を過ごしていた。
(もしかして、これは罰なんじゃないだろうか?)
弱りきった芽留の心は、我が身を襲う理不尽に何とか理由を見つけ出そうとする。
(そうだ。きっとその通りだ。自分は何か悪い事をして、罰を受けているんだ。でなければ、こんなひどい事……)
何か理由がなければ、納得のいく理由がなければ、自分にはこんな事は耐えられない。
撫で回し、這い回り、いやらしく蠢く手の平の感触。
まるで違う。
全然、違う。
自分が知っている、あの優しくて、大きくて、暖かな手の平の感触とは全く違う。
アイツの手に触れられている時はいつも、心の底から安心していたれた。
(ああ、そうか、アイツにあんなひどい事を言ったから……)
自分はわたると喧嘩して、数え切れないぐらいのひどい言葉をわたるに浴びせかけた。
これはその、当然の報いなんだ。
ようやく納得のいく理由を見つけて、さらに芽留の心は流されていく。
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい………)
少女の瞳から零れ落ちる涙に、男たちはその下卑た嗜好を刺激され、一層激しく少女の体をまさぐる。
だが、流されていくだけかと思われた少女の思考が、一瞬浮かび上がった小さな疑問に立ち止まる。
(だけど……だけど、アイツはこんな事を望むだろうか?)
優しさ。気遣い。好意。
アイツがいつも芽留に与えてくれたもの。
自分は今日まで、散々悩みぬいて気が付いた筈ではなかったのか?
(そうだ……オレは、アイツを信じてるっ!!!)
芽留の瞳に、微かな光が戻る。
135266:2008/11/19(水) 22:25:30 ID:GkRjXrCw
こんな奴らに負けてたまるものか。
ほんの僅かでもいい、こいつらに抵抗をするんだ。
萎えかけた気力を無理やりに蘇らせ、芽留は必死に逆転のチャンスをさぐる。
その時だった。
『間も無く列車は駅のホームに入ります。お出口は左側……』
千載一遇のチャンスが訪れた。
列車が駅に停車して、自動扉が開く。
芽留にとって幸運だったのは、この駅で下車、もしくは乗り換えをする乗客がかなりの数いた事だった。
乗客の密度が減って、密集している事を怪しまれるのを恐れた男たちが立ち位置を変えようとする。
その隙を、彼女は狙った。
(今だっ!!)
男達の拘束を強引に抜け出し、芽留は飛び出す。
列車を降りる人の流れに乗って、男たちから離れる。
たとえ車両から降りられなくても、男達の囲みを破れば、もう奴らには何も出来ない。
(うわああああああああああっ!!!!!)
何も考えず、がむしゃらに前に進む。
希望に向かって、ひたすらにまっすぐに……。
だが、しかし……
(うわっ!?)
ドンッ!!!
大きな壁にぶつかって、芽留の体がよろめく。
わけがわからないままその壁を見上げた芽留の表情が、さっと青ざめた。
(そんな……)
壁と思われたのは、大柄な男の胸板だった。
「いけないなぁ、お嬢ちゃん……」
その見下ろす瞳は、さきほどまで芽留を囲んでいた男たちと同じ淀んだ色に染まっていた。
(3人じゃ……なかった!?)
恐らく、芽留を直接押さえつけていた3人をさらに囲むように、壁の役割をしていた人間がいたのだ。
目の前の男を含めて、恐らくもう3,4人ほど。
壁役を交代しながら、痴漢行為を行おうという事なのだろう。
呆然とする芽留の腕を、背後から伸びたいくつもの手の平が捕まえる。
(これが…最後のチャンスかもしれないのに……)
助けを求めるように伸ばされた芽留の腕も、壁役の男たちによって巧みに周囲の人間からは隠されてしまう。
必死で抜け出そうとする芽留の体が、じりじりとまたあの囲いの中に引っ張られていく。
また、あの地獄に引きずり戻される。
(……助けてっ!!…誰か、助けてっ!!!)
涙を流し、必死で喉を振り絞っても、かすれた声さえ出す事ができない。
声さえ届けば、誰かが気付いてくれるのに。
忌まわしい呪縛に捕われた芽留には、たったそれだけの事さえ叶わない。
(…助けてっ!!!…わたるっ!!!!)
芽留の心の叫びが、再び下卑た男達の欲望の中に飲み込まれていくかに思われた、
その時だった。
「手を伸ばせっ!!!」
聞き慣れた声に、下ろしかけていた腕を上げた。
広げた手の平をしっかりと掴む、優しくて、頼もしい、あの手の感触。
腕を引っ張られるタイミングと合わせて、全力で足を踏み出すと、後ろから縋り付く男達の手の平はあっけないほど簡単に離れていった。
そして、芽留の体はそのまま、彼女が信じた少年の胸の中に倒れこむ。
(そっか、届いたんだ、来てくれたんだ……)
見上げた先には、いつも通りの不機嫌そうな顔があった。
(わたるっ!わたるっ!!わたるぅ!!!)
芽留が携帯電話を奪われる直前にした操作。
それはわたるに宛てたメールを送る事であった。
芽留はわたる宛てのメールを作成中の画面に文章を打ち込んで、痴漢と会話していた。
【ふざけた真似をしやがって、この痴漢野郎ッ!!そんなに急所を蹴り潰されたいのかよっ!!!】
そんな言葉が並んだ文面を、メールとしてそのままわたるに発信したのだ。
当然、尋常な事態でない事はすぐにわたるに伝わる。
136266:2008/11/19(水) 22:26:24 ID:GkRjXrCw
だが、そこからわたるにどんな行動が出来るのか、それが問題だった。
幸運だったのは、わたるが映画館に行くために電車に乗り込んだ芽留の姿をチラリと見ていた事だった。
あの時は気のせいだと思ったが、もしかしたら……。
そう考えて、わたるは行動を開始した。
映画の上映終了時刻と、映画館から駅までの所要時間、さらには列車の運行時間。
それらを考え合わせれば、芽留が乗っていると考えられる列車はある程度絞られてくる。
それ以上は運に任せるしかない、分の悪い賭けだったが、何とか上手くいったようだ。
「すまん、待ち合わせ、だいぶ遅れたな……」
わたるの腕が芽留の背中をぎゅっと抱きしめる。
それに応えるように、芽留も両腕を伸ばしてわたるの体にしがみついて、きつく抱きしめた。
そして、わたるは芽留を弄んでいた男達を、鋭い目つきで睨みつける。
「逸脱し過ぎだぞ、痴漢どもが……」
わたるの言葉を聞いて、車内の視線が一斉に男たちに集まる。
「な、何の証拠があって、そんな事を……」
言い返した男の言葉に、わたるはにやりと笑って、自分の携帯電話を取り出す。
そして、先ほど受け取った芽留からのメールを、空メールで返信する。
すると……。
「な……あぁっ!?」
ヴヴヴヴヴヴヴヴ。
着信を知らせるバイブレーションの音が、男達の一人のポケットから鳴り響いた。
わたるの意図に気付いた男は、ポケットに入れていたその携帯電話を慌てて投げ捨てる。
「なんでコイツの携帯電話を、お前が持ってるんだ?納得のいく説明はしてもらえるんだろうな?」
いまや車内の乗客が男達を見つめる視線には、疑念ではなく強い確信が込められていた。
無数の人の壁に囲まれた状況下で、もはや男達に抵抗など出来ようはずもなかった。

相も変わらず長ったらしい警察の事情聴取を終えて、芽留は廊下に出てきた。
そこは奇しくも、芽留とわたるが親しくなるきっかけとなったあの痴漢事件の時と同じ場所だった。
あの時と同じ長椅子の、あの時と同じ端っこに座っているわたる。
芽留はあの時とは反対に、つかつかとわたるの側に歩み寄り、彼のすぐ隣に腰を下ろした。
二人が喧嘩をしてから、今日で五日目。
言いたい事や、言わなければいけない事は山ほどあるのに、いざ彼を前にすると話を切り出す事ができない。
黙りこくって、俯いてしまった芽留を横目で見て、わたるは深く深呼吸。
自分の方から話を始めた。
「色々言って、悪かった……ごめんな」
その言葉に、芽留はゆっくりと顔を上げる。
「映画の約束も駄目にした。挙句、あんなひどい目に遭わせてしまった…」
わたるの沈痛な表情を目にして、芽留は携帯電話を取り出し、メール画面に自分の思いを打ち込む。
【そんな事ない。オレも……、いや、オレが悪かったんだ…】
必死で文章を打ち込む芽留の瞳からは、ぽろぽろ、ぽろぽろと止め処もなく涙が溢れ出てくる。
【オレがたくさんひどい事を言って、お前を怒らせて……いつも優しくしてくれたのに、大切にしてくれたのに…】
一度堰を切った涙は、もうどうやっても止める事が出来なかった。
わたるにひどい言葉を浴びせてしまった事が、それなのにわたるが彼自身を責めるような事を言う事が、
ただただ悲しくて、芽留は泣きじゃくる。
わたるは、そんな芽留の背中を優しく撫でながら、
「ごめんな、……本当にごめんな」
もう一度、謝った。
ぽろぽろと涙を零し続ける芽留と、それを慰めるわたる。
それからどれぐらいの時間が過ぎただろう。
ようやく芽留が落ち着きを取り戻し始めた頃、それを見計らったようにわたるが口を開いた。
「それにしても、嫌な偶然だよな……」
苦笑しながらそう言ったわたる。
芽留は顔を上げ、不思議そうにその顔を見つめる。
「お前と縁が出来たのも痴漢がきっかけで、喧嘩して以来ようやく顔を合わせた今日も痴漢に出くわして……いい加減ウンザリだ」
【ホントだな。正直、オレも前回のでこりごりだったんだけど】
困り果てたようなわたるの口調が可笑しくて、芽留もつられて笑う。
137266:2008/11/19(水) 22:27:36 ID:GkRjXrCw
「それだけじゃない。一緒に映画を見に行ったら不良に絡まれる。お前といるとこんな事ばっかりだ」
【どうだろうな、お前の方が原因かもしれないぞ】
「その上、毎日メールでさんざんにこき下ろされて、ほんとにロクな事がない」
【それは、お互い様だろうが】
くすくすと笑いながら会話を続ける二人の間には、ようやくいつもの空気が戻ってきたようだった。
そして、わたるはしみじみとした調子で、こう言葉を続けた。
「でも、楽しかった。本当に楽しかった。お前と一緒にいられて、本当に良かった……」
そう言ってから、不意に真剣な表情になったわたるは、ぐいと身を乗り出して芽留の顔を覗き込む。
至近距離からの視線に射すくめられて、芽留は思わず息を呑む。
わたるは一つ呼吸を置いてから、何気ないような調子で、しかしはっきりとその言葉を口にした。
「好きだ」
芽留がその意味を理解するよりも早く、わたるはもう一度言葉を重ねる。
「俺はお前が好きだ。大好きなんだ」
その言葉はゆっくりと芽留の心に染み渡り、やがて言いようのない感情の波となって、彼女の中から湧き上がる。
すうっと、一筋の軌跡を残して芽留の頬を伝い落ちていった雫は、ついさっき芽留の顔をぼろぼろに濡らしたそれとは、明らかに違った意味を持っていた。
「……あ………うあ…」
カタリ、手の平から携帯が滑り落ちたのにも気付かず、芽留は微かな嗚咽を漏らして、体を震わせる。
見つめる先、メガネの向こうのわたるの真摯な眼差しは、先ほどの言葉が偽りでない事を何より強く物語っていた。
涙に濡れた瞳でわたるを見つめながら、芽留は懸命に喉を震わせ、わたるの気持ちに対する自分の答えを、言葉を紡ぎ出す。
「…オレも……好きだ……わたる……」
消え入りそうなその微かな声は、しかし、わたるの耳にはしっかりと届いた。
わたるの腕が、芽留を抱き寄せる。
強く、優しく、いたわるように、わたるの体温が芽留を包み込む。
それに応えるように、わたるの背中を芽留の両腕がぎゅっと抱きしめる。
薄暗い廊下の片隅で、互いの想いを確かめ合った二人は、大好きな相手のぬくもりに身を委ね、いつまでも抱きしめ合っていた。

やがて週は明けて、二人の新しい日々が始まった。
まあ、告白しようが何をしようが、二人の関係が急にガラリと変わってしまうわけではない。
いつも通りにメールのやり取りをして、顔を合わせればまた皮肉を言い合う。
そんな毎日だ。
それでも、いくらかの変化が二人の生活に生じた事も事実だった。
まず一つ目は、芽留とわたるが一緒に行動する事が、以前にも増して増えた事。
そして二つ目は、それに伴って芽留を仲介として、わたると他の2のへの生徒たちの間にも新たな交友関係が生まれた事だった。
昼休憩、なんだかんだで2のへの面々に馴染み始めたわたるを横目に見ながら、芽留は可符香に語りかける。
【あの時は、世話になったな……】
「ううん、そんな事ないよ。それより、二人とも上手くいって、ほんとに良かったね」
【まあ、何しろお前の事だから、何か裏でもあるんじゃないかとも思っちまうんだがな…】
「ああ、それはないない。だって、二人を見てるだけで十分に面白いし」
何とも可符香らしい応えに、芽留は苦笑する。
そこで、午後の授業の開始を告げる予鈴が校内に鳴り響いた。
138266:2008/11/19(水) 22:28:30 ID:GkRjXrCw
2のほの教室に戻るべく、その場を立ち去ろうとしたわたるを、芽留が袖を引っ張って引き止めた。
【ずいぶん、こっちのクラスに馴染んだみたいじゃないか】
「元のクラスじゃ浮いてるままなのが、悲しいところだけどな」
それも以前の頑なさが和らいだ今のわたるなら、これから幾らでも変えていけるように、芽留には思えた。
ただ、芽留には一つだけ、懸念している事があった。
【まあ、仲良くするのはいいんだが………浮気とか、するなよ?】
なにしろ、2のへはクラスの半分以上が女子生徒である。
2のへの面々とわたるが仲良くなるのはいいのだが、どうにも傍で見ている芽留は落ち着かない。
そんな芽留の言葉に、わたるはぷっと吹き出してこう言い返した。
「心配しなくても、俺と付き合おうなんて変人は、お前ぐらいだろ」
【ぐ…ぬぅ…】
さらにわたるはニヤリと笑ってこう付け加えた。
「それに、お前を放り出してまで付き合いたくなるようなきれいな奴なんて、この辺にいたっけか?」
それを聞いた芽留は、しばし呆然と立ち尽くしていたのだが、次第にわたるの言葉の意味を理解し始めて……
(…この…大馬鹿の…オタク野郎がぁ……)
顔を真っ赤にして、自分の席にうずくまってしまった。
そんな芽留の様子を確認してから、満足そうな表情を浮かべて、わたるはすたすたと2のへから立ち去っていった。
教室から出ると、廊下の窓から見える空には雲一つなく、気持ちのいいぐらいの秋晴れだ。
今度の週末には芽留をさそって、どこかへ出かけてみるのもいいだろう。
彼女と共に笑って、騒いで、同じ物を見て、聞いて、二人が一緒に過ごす日々。
どこまでも続いてゆくそんな日々の予感に満たされて、わたるの心はどこまでも晴れやかだった。
139266:2008/11/19(水) 22:31:12 ID:GkRjXrCw
これでお終いです。
最初に書いたとおり、このシリーズはこれで一区切りです。
またちょっとしたネタなんかは書くかもしれませんが。
この妙なカップリングのお話にお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。
140名無しさん@ピンキー:2008/11/19(水) 23:24:36 ID:fCJTeaiY
>>139
本当に乙!このシリーズで万世橋好きになったわ
141名無しさん@ピンキー:2008/11/19(水) 23:36:36 ID:YU4MpwWG
思わず感動してしまった。GJです!
142名無しさん@ピンキー:2008/11/20(木) 12:28:29 ID:swJfMXUx
乙でした!!
このシリーズでめるめるのよさに気づいた
めるめるかわいいよめるめる


今週の絶望先生>>31-35をすぐに連想した
まさかの駆け落ちENDかと思って焦った
143名無しさん@ピンキー:2008/11/20(木) 16:46:36 ID:TGbv/d+O
今週の絶望先生で望×可符香SSがまた増える予感wktk
144名無しさん@ピンキー:2008/11/24(月) 20:01:52 ID:XXF4oG2O
時が止まっているのはどうしてなの
145名無しさん@ピンキー:2008/11/24(月) 22:23:18 ID:WQGjMzAx
凍れる時の秘法!
146名無しさん@ピンキー:2008/11/24(月) 22:26:04 ID:CsrIkRCY
俺が時を止めた
木曜の時点でな……
147名無しさん@ピンキー:2008/11/24(月) 22:56:43 ID:XXF4oG2O
おまえのせいで俺がどんなに苦しい思いをしたことか
148266:2008/11/25(火) 11:31:17 ID:5nNvNNW4
投下します。
先週のマガジンのネタ、今更ながら行ってみます。
もちろん、先生×可符香です。
149266:2008/11/25(火) 11:31:56 ID:5nNvNNW4
「結論、出ちゃってるんじゃないですか?」
そう言って微笑んだ少女に、
「………はい」
私もまた、はっきりとそう答えた。
私の周囲に渦巻く様々な女性関係、日に日に複雑化するこの問題にもいつかは決着をつけなければならない。
どの女性を選ぶのか、その結論を出さねばならない。
すでに、私の心は固まっていた。
迷いもなく、私はその列車に乗り込む。
しんしんと雪の降る鉄路を、私たちを乗せた列車はひた走り、そしてついに終着駅へと辿り着いた。
『終着駅―先送り―、先送りでございまーす』
そこは終着駅の決まったミステリートレインの辿り着く中でも、実は最もポピュラーな駅のひとつ。
多くの乗客でごった返すホームに、私たちも降り立つ。
「先送りするという結論に至りました」
「結論じゃないからそれは」
呟いた私の言葉に、同行していた智恵先生が呆れた顔で突っ込んでくる。
「あと2,3年してから考える事を決断しました」
「借金は次の世代に先送りすることを決断しました」
見渡せばニートの若者や、政治家など様々な人々が先送りという結論を求めてここへ辿り着いたようだ。
「おめでとうございます。皆さん結論が出たんですね」
隣に立つ少女は、いつもと変わらない様子で楽しそうに微笑んでいる。
そんな彼女に見られないよう、私は少し俯いて自嘲気味に笑う。
「……そうですね。先送りなんて、結論になってませんよね」
本当はわかっている。
全部わかっていて、それでもこんな結論しか出せなかったのは私自身なのだから。
本当は、自分の情けなさも、臆病さも、痛いくらいにわかっている。
もう一度、ちらりと彼女を見る。
もし出来るのならば、本当は……。
鈴を転がすような彼女の笑い声、それを聞きながら、私は深く深く溜息をついた。

駅を出てまず目に入ったのは、まるで祭りの真っ最中のような街のにぎわいだった。
「すごいですね、先生」
心から感嘆した様子で、その少女、風浦可符香はそう言った。
「ええ、こんな所だなんて思ってもみませんでした」
「行き先がわかっていても、驚かされるものね」
ごった返す人、人、人の波。
きらめく屋台の明かりと、どこからともなく漂ってくる様々な料理の匂い。
どうやらここは、結論を先送りにした人達を相手にした商売で成り立っている街のようだ。
「確かに、先送りにしたらしたでプレッシャー感じますからね。それを忘れるには楽しく過ごさないと」
「いや、納得しないでください…糸色先生」
ともかくも、せっかくの旅を楽しまない理由はない。
私たちは街の雑踏の中に歩き出した。
賑わう街の中で、風浦さんはきょろきょろと、物珍しそうに辺りを見回す。
「色んなお店がありますね、先生」
「そうですね。どれも先送りライフには最適の店ばかりです。ほら、あそこを見てください」
私が指差した方向には、3階建てのかなり大きな建物が建っていた。
「あそこは、全部の階がネットカフェみたいですね」
どれだけの人数を収容できるのか、巨大なそのネットカフェには次々と新しい客が入っていく。
私たちの目の前で、就職活動中と思しきリクルートスーツの成年が店に入っていく。
「就活中についついネットカフェに入り浸って時間を潰すのは、典型的な先送りライフの過ごし方ですからね」
うんうん、と頷く私。
「それ、思いっきり駄目じゃないですか」
またも呆れ顔の智恵先生。
「あ、あっちにあるのは何でしょう、先生?」
と、そこでまた、風浦さんが何かを見つけたようだ。
風浦さんの指差す先には無数の露店が立ち並んでいた。
150266:2008/11/25(火) 11:33:44 ID:5nNvNNW4
そこで扱われている商品は、漫画やゲーム、その他の書籍全般だ。
「ううん、さすがですね。読書に漫画にゲーム、どれも先送りライフには欠かせないものばかりです。…おっと!」
私は古書を扱う露店の店先である物を見つける。
「おお、『ハヤテのごとく』全巻揃ってますね。値段もお手ごろです」
「あれ、先生、その漫画とっくに揃えてるんじゃなかったんですか?」
喜ぶ私に、風浦さんが不思議そうに尋ねてくる。
「甘いですね、風浦さん。先送りライフにおいては、同じ漫画を嫌になるほど読み返すのが定番です」
「ああ、なるほど!」
風浦さんは納得した様子、一方智恵先生は
「もう、ついて行けそうにないわ」
すっかりウンザリした様子だ。
「ふふふ、先送りに関しては私には一日の長があります。智恵先生も分からない事があったら聞いてくださいよ」
「さすがですね、先生っ!!」
「ああ、頭痛がしてきたわ……」
街にはさらに、先送りライフを快適にするさまざまなスポットがあった。
結論を先送りした者達が集う酒場はどこも大盛況。
ゲームセンターには、本当はそんな事してる場合じゃないのにゲームをやり込む若者達が溢れていた。
他にも数え切れないほど立ち並ぶ様々な出店は、それぞれが抱える問題を忘れさせてくれそうな楽しげなものばかり。
そうやって街の中を歩き回る内に、いつの間にか辺りは薄暗くなり始めていた。
「そろそろ宿に向かった方が良さそうね」
既に駅で今回のツアーの宿の案内は智恵先生が受け取っていた。
先生は案内を取り出して、私に手渡す。
そして、そこで少し申し訳なさそうな表情を浮かべて、ぺこりと頭を下げてこう言った。
「あの、糸色先生と風浦さんでちょっと先に行っててもらえないかしら?」
「どうしたんですか、智恵先生?」
私が訪ねると
「さっきの露店で、実は買おうかどうか迷っていた本があって、少し戻ってきたいんです」
「なら、一緒に行って待ってますよ。智恵先生一人だけを行かせるわけには…」
「いいえ。場所もうろ覚えだし、時間が掛かるかもしれないので…」
千恵先生はそう言って、私たちに手を振って行ってしまった。
「……仕方ないですね。智恵先生の言ったとおり先に行って、待ってましょうか」
「そうですね」
取り残された私たちも、気を取り直して、地図を頼りに宿へと歩き出した。

「へえ、結構大きいとこなんですね、先生」
辿り着いた旅館を見上げて、可符香が嬉しそうに声を上げた。
12階建てのビル、落ち着いた感じの和風の内装に好感が持てる。
自動ドアを通ってフロントへと向かう。
「お待ちしておりました。ミステリートレインのお客様ですね」
フロント係に丁寧に頭を下げられた後、続いて出てきた言葉に私は驚愕した。
「糸色望様と風浦可符香様、お二人でのご宿泊でしたね。では、早速お部屋の方にご案内を…」
「ちょ…待ってください!今、なんて言いましたか…っ!?」
その言葉の意味は十分に理解できているはずなのに、パニックを起こした私の頭はそれを受け入れる事が出来ない。
そんな私に止めを刺すかのように、フロント係は不思議そうな顔で、もう一度その言葉を口にした。
「ですから、お二人でご宿泊でしょう?糸色様と風浦様、同じお部屋で間違いありませんよね?」
もはや私には、言い返す気力すら残っていなかった。

『はい。この時期、先送り駅周辺は大変込み合っておりまして、一緒のお宿をご用意する事が出来なかったんです』
部屋に着いた私は、早速旅行会社に今回の事態について質問の電話をかけていた。
『それで新井様の方からお電話で指示していただいて、宿割りの方を決めさせていただきました』
その言葉で全てを理解する。
千恵先生の仕業だ。
151266:2008/11/25(火) 11:34:58 ID:5nNvNNW4
今回の列車の旅自体、千恵先生から誘われたものだった。
2週間ほど前、いきなり先生に誘われて、もしや二人旅かとドキリとしたが
『心配しなくても、もう一人、生徒が同行しますから』
との智恵先生の言葉にホッと胸を撫で下ろしたのだけれど、その生徒が誰かまでは教えてもらえなかった。
で、当日、待ち合わせの駅で、彼女の、風浦さんの姿を見つけて驚愕したのだ。
『先生、楽しい旅行にしましょうね』
その時点で怪しんでしかるべきだったのだろうが、私は当惑するばかりで先の事など考えられなかった。
恐らく、智恵先生は今回のミステリートレインの内実を事前に知っていたのだろう。
私の性格なら、必ず『先送り』ゆきの列車を選ぶであろう事も予想できた筈だ。
その上で、部屋割りについての指示を旅行会社にしたのだろう。
ここまで来れば、彼女が何を期待し、何を目論んでいるのか、明白だった。
(腹をくくれ。決断しろって、そういう事なんでしょうねぇ……)
どうして、彼女が私の秘めた想いを知っていたのか、それはわからない。
彼女の洞察力なのか、それとも、傍から見たら私の気持ちなんてバレバレだったのか?
ともかく、彼女は私と風浦さんを二人きりにしたかったという事だ。
まあ、無関係な人間からすれば、絶好のチャンスじゃないかと、そういう事になるのだろうけど……。
(これは学校の先生のする事じゃないですよ、智恵先生……)
そこで私はちらりと、風浦さんの方を見る。
大体、一方的にこんなお膳立てをするなんて、風浦さんの気持ちはどうなるというのだろう。
しかし、智恵先生の携帯にも何度か電話したものの、つながる気配は一切なし。
完全な、確信犯だ。
どうやら、私と風浦さんはここで一晩を過ごすしかないようだ。
「風浦さん、なんだか妙な事になってしまいましたね……」
電話を終えて振り返った私は、心底疲れた気分でそう言った。
「そうですか?私は先生と一緒で、楽しいですよ」
対する彼女は、いつも通りの明るい笑顔で答える。
私の苦悩もどこ吹く風、彼女は部屋に置いてあった銘菓『先送り饅頭』をパクつきながら、完全にリラックスしているようだ。
「相変わらずですね、あなたは……いつもマイペースで」
取り合えず悩んでいても仕方がない。
夕飯まではまだ随分と時間もあるようだし、風呂にでも入ってくるとしよう。
そう考えて、風浦さんに声を掛けようとしたその時……
(……………あ…)
彼女の横顔を見て、思わず言葉を詰まらせた。
窓の外、遠くに見える街の賑やかな灯りを眺める彼女の表情は、どこか切なげで、触れるだけで壊れてしまいそうで……。
そのまま、どれくらいの時間彼女を見ていただろうか。
不意に振り返った彼女は、自分の方を見つめてくる私に気付いて
「ど、どうしたんですか?そんなに見られると照れますよ」
戸惑うように、そう言った。
「い、いえ、そろそろお風呂に行きませんか、って、そう言おうと思って……」
私は慌てて取り繕う。
部屋に流れる微妙な空気。
どうやら、今夜は長い夜になりそうだった。

大浴場は10階にあった。
大きな窓から望む町の夜景は、湯気に曇って神秘的に揺らめいている。
「まあ、智恵先生の期待はともかく、今夜は何事もなく終わるんでしょうね」
呟いた言葉に混じる、ほんの僅かな自嘲の気配。
なにしろ、私は自他ともに認める優柔不断男、チキンとさえ呼ばれる臆病者である。
風浦さんに何かをしでかすような根性は持ち合わせていない。
いずれ彼女は進級して、私の担当するクラスの生徒じゃなくなって、そして卒業していく、何事もないままに……。
きっとそれが自然な事なんだと、私は確信している。
まあ、それと現在の状況が、私をひどく悩ませる事とは関係ないのだけれど。
風浦さんに想いを伝える勇気がないからこそ、今の状況は私にとって切なく苦しい。
窓の湯気を拭って、眼下の街を見下ろす。
『先送り』の街、将来に必ず問題が残るとわかっていながら、それに目をつぶる人々の集まる場所。
この街の独特の雰囲気も、私を苦しめる要因の一つだった。
この街に集まる人々は将来のことは見ない振りをして、だけど本当はそれが逃れられないものだと誰もが気付いている。
その隠した焦りや苦悩が、賑やかな街の喧騒の影で、こっそりと忍び寄ってくるような、そんな空気がこの街にはあった。
152266:2008/11/25(火) 11:35:44 ID:5nNvNNW4
こんな事をしてる場合じゃない、だけど……。
そんな街中の声が聞こえてくるようで、私の心は余計に落ち着かない。
「ふう……」
それでも、ともかく一晩の辛抱なのだ。
しかし、彼女と隣り合わせの布団で、私は今夜どんな夜を過ごす事になるのだろう。
「まあ……、眠れなくなるのは確実ですね……」
呟いて、私はさらに深く湯船に浸かったのだった。

「先生、お風呂長かったですね〜」
男風呂から出てくると、先に風呂を終えていた風浦さんが私に手を振ってきた。
浴衣から覗く彼女の火照った肌に一瞬ドキリとさせられる。
「ええ、ちょっと長風呂が過ぎたみたいです…」
考え事をしながら入っていたせいで、私はのぼせてフラフラだった。
「ああ、先生、危ないっ」
思わずよろめいた私を見て、風浦さんが慌てて支えてくれた。
ふわり。
漂ってきたシャンプーの香り。彼女の手の平の感触。
胸がきゅっと締め付けられる。
(いけない、いけないっ!!)
私は必死に心を落ち着かせようとする。
こんな気持ちが募れば募るだけ、今夜は苦しい夜になるのだから。
とりあえず、彼女に触れられている限りこの気持ちは収まってくれないだろう。
「風浦さん、大丈夫です。私、ちゃんと一人で立てますから……」
そう言って、彼女の顔の方を見て、一瞬、息を呑んだ。
まっすぐな瞳で、私を見つめる彼女。
頬がほのかに朱に染まっているのは、果たしてお風呂だけのせいなのか。
そのまま、数秒の間、彼女と見つめあう。そして……
「あ、ご、ごめんなさい…先生……」
慌てて彼女は手を離した。
「い、いえ、そんな謝られるような事じゃ…」
何となく、気まずいような、微妙な沈黙が流れた。
「じゃ、じゃあ、部屋に戻りましょうか……」
「はい……」
それから、私たちはそそくさとその場を後にして、自分達の部屋へと向かう。
どうやら、今夜は考えている以上にやっかいな夜になりそうだった。

部屋に戻り、食事を終える。
布団も敷いてもらい、その上に座って、私達はテレビを見ながらくつろいでいた。
だけど、その空気はどことなくぎこちない。
一見すると、風浦さんの様子はいつもと変わらない様に見える。
饒舌に語り、くすくすと笑い、心の底から羽を伸ばしているように見える。
私もいつもの彼女に接する調子で、彼女の冗談だか本気だかわからない数々の発言に言葉を返す。
だけど、ふとした瞬間に奇妙な間が生まれてしまう。
どちらともなく言葉を発する事が出来なくなって、沈黙に呑み込まれた私たちの間をテレビの音声が空しく流れていく。
(やっぱり、こっちが意識してるのが伝わってしまっているんでしょうか……)
何事にも物怖じしない彼女だが、やはりまだ年頃の女の子なのだ。
私の様子が普通でない事に、勘のいい彼女は気付いて戸惑っているのだ。
(参りましたね……)
二人同じ部屋に泊まる以外の、何か他の方法を考えるべきだったのではないかと今更ながらに思う。
旅館側は満室で、周囲の宿泊施設も同じような状況だろうと言っていたが、駄目元で当たってみるべきだったか。
しかし、まだ高校生の彼女を一人きりにするのも考え物だし……。
今更考えても仕方のないことを、私がつらつらと考えていると…
「先生……」
風浦さんが話しかけてきた。
いつもより、どこかおっかなびっくりに聞こえる口調に、私の鼓動が少しだけ速まる。
「楽しかったですね、今日は…」
「…そうですね、私も楽しかったですよ…」
私もおっかなびっくりの調子でそう答えると、彼女は花のほころぶように微笑んだ。
153266:2008/11/25(火) 11:36:44 ID:5nNvNNW4
「先生と列車の旅ができるなんて、ほんとに智恵先生に感謝ですよ」
「…この街も色んな物があって、歩いてるだけで、結構面白かったですしね…」
彼女の表情を見て、私の声はつい上ずる。
落ち着きを取り戻そうとすればするほど、頭の中はぐるぐると混乱し、正常な思考ができなくなってしまう。
なんだかしみじみと噛み締めるような調子で語る風浦さん。
私の瞳はいつしか、そんな彼女の瞳の輝きに心奪われていく。
(ああ、駄目だ。やっぱり、私は……)
「また旅行に行けたらいいですね……次も、先生と一緒に…」
そう言った彼女の笑顔が眩しくて、ただただそれに魅せられるばかりの私は……
「風浦さん……」
「……あ」
気が付けば、布団の上に置かれた彼女の手の平に、自分の手の平を重ねていた。
「先生…!?」
驚きに見開かれた彼女の目を見て、私はようやく自分の仕出かした事の意味を悟る。
(しまった……)
慌てて手を引っ込めて、私は立ち上がる。
「すみません、私は……っ!!」
どんなにうろたえても、もう取り返しはつかない。
こうなってしまっては、私の脆弱な神経では、風浦さんと二人きりでこの部屋にいる事に耐えられそうになかった。
逃げ出したい。
ただその一念で、私は脱兎の如く、部屋から飛び出そうとする。
しかし……。
「せ、先生っ!!」
そんな私の腕を、彼女の手がぎゅっと掴んだ。
振り返った私の顔の、驚くほど近くに彼女の顔があった。
いつにない真剣な表情で見つめてくる彼女の視線に、私の体はまるで金縛りにあったかのように身動きがとれない。
それから彼女は困ったような笑顔を浮かべて、私にこう言った。
「あはは、『先送り』、失敗しちゃいました……」

「私も『先送り』をしてたんです……」
布団の上に再び腰を下ろした私の前で、風浦さんは話し始めた。
「私も本当は結論が出てたのに、だけど怖くてそれが出来なかった…」
彼女は私の顔を見つめて、苦笑いを浮かべる。
「先生が好きだって気持ち、それを伝える事を『先送り』してたんです…」
その言葉に、私は息を飲む。
「ほら、先生って気弱で優柔不断だから、放っておけば絶対『先送り』を選ぶじゃないですか。私はそれについて行くだけ、
先生の決めた行き先に一緒に行くだけって、そう自分に言い聞かせて、誤魔化して……」
「ははは、私なら必ず『先送り』、ですか……否定できないのが悲しいとこですね」
誤魔化すように笑った私の声は、無残に乾いてひび割れて、余計にこの場の空気を居たたまれないものにしてしまう。
彼女も困り果てたような顔で、ただ笑う。
こんな事になるなんて、二人とも思っていなかったから……。
「先生の事が好きでした。一緒にいるといつも楽しくて、時間が経つのも忘れるぐらいでした……」
そこで彼女は、先ほど私の触れた手の平を愛しげに撫でて、言う。
「だからこそ、楽しい今のままの関係で『先送り』したかった。『先送り』した事さえ先生のせいにして、今のままで留まっていたかった」
臆病な私には、その気持ちは痛いほどわかった。
何も余計な事を言わなければ、昨日も今日も明日も、きっと同じ時間が続く。
でも、そんなのは錯覚だって、本当はわかっている。
決断の日は、必ずやってくる。
その矛盾に気付きながらも、それを見ない振りをして過ごしていく日々……
「まさか、先生の方から均衡を破ってくれるとは思いませんでした……」
「いや、あれはほんのはずみで……」
「でも、本当に嬉しかったです。先生が私を求めてくれたんだって、それが手の平から伝わってきて……」
笑顔で彼女が言い終えた後、再び訪れる沈黙。
154266:2008/11/25(火) 11:38:09 ID:5nNvNNW4
だけど、その中で、私の心臓はうるさいぐらいに、ドキドキと心音を高鳴らせる。
風浦さんを見る。
さっき触れたばかりの、彼女の手の平を見る。
暴れだしそうになる心をしっかりと押さえつけて、私は両手を伸ばした。
「……あ」
彼女の手を、私の両の手の平で包み込む。
驚き目を見開いた彼女を、私はまっすぐに見つめる。
「均衡破ったのは私ですから……最後までちゃんと気持ちを伝えないと意味もないですし…」
両手から伝わってくる風浦さんの体温が、折れてしまいそうな私の心を支える。
その感覚に背中を押されて、私はその言葉を口にした。
「風浦さん、あなたが好きです……」
彼女は投げかけられた言葉に戸惑って、それから考え込むように俯き
「ありがとう、先生……」
そして、最後に笑顔で応えてくれた。
私達はどちらともなく顔を近づけて、額がくっつきそうな距離で互いを見詰め合う。
「……これで良かったんですよね?」
「もちろんですよ、先生。私、とっても嬉しいんですよ」
人は眼前の問題に時々耐えられなくなって、『先送り』なんて手段にもならない手段を選んでしまう。
それはきっと誰しも同じで、臆病な私達はぐるぐると同じ場所をさまよい続けることになる。
だけど、些細な幸運や、ちょっとした決意、そして人の想いが背中を押してくれる。
道を選ぶ力を与えてくれる。
たぶん、私は今この場にいられた事を感謝しなければならないのだろう。
「先生…」
「風浦さん……」
互いの唇を、そっと重ねる。
結局、二人揃って臆病だったなんて、とんだ笑い話だ。
だけど、それでも確実に、私たちの時間は前へと進み始めたのだ。

「で、ここから先は『先送り』っていうのはなしですよ、先生……」
「な、なんですか、風浦さん…!?」
ズイッと身を乗り出してきた風浦さんに、私は気圧されて後ろに退く。
何となく、この後彼女が言い出す事の予想はついていた。
「このおいしいシチュエーションで、これでお終いだなんて、そんなのは許されない事です」
ほら、やっぱり。
私は戸惑いながらも、彼女に問い返す。
「あなた、私への告白をさっきまで躊躇ってたんでしょ?」
「はい。でも、女の子は一度覚悟を決めると、そこからは猪突猛進、止められないんですっ!!」
理屈も何もあったものじゃない彼女の言葉だったが、勢いに押されて私はついつい納得してしまう。
「だから、ほら先生も、さっき私に好きだって言ってくれた時みたいに……」
「そう言われても、私は……」
あくまでも渋る私に対して、彼女は全く諦めない。
「たとえば、今着てるこの旅館の浴衣ひとつ取っても、かなりおいしい要素じゃないですか」
そう言って、彼女は私の浴衣の襟に手をかけて、
「えいっ!!」
「きゃあ〜〜〜〜〜〜っ!!!」
一気に上半身を剥かれてしまった。
涙目の私の前で、彼女は天使の笑顔でにっこりと微笑む。
どうやら、普段の彼女のペースが戻ってきたようだ。
このままではいつもの悪戯感覚で、私は彼女に食べられてしまう。
「やっぱり、先生の肌きれいですね〜」
なんて言いながら、私にぺたぺたと触ってくる風浦さん。
このまま彼女に主導権を握られるわけにはいかない。
私は覚悟を決めた。
155266:2008/11/25(火) 11:38:59 ID:5nNvNNW4
「風浦さんっ!!!」
「ふえっ!?」
がばっ!!
私は彼女の体に抱きつき、ぎゅっと抱きしめた。
「せ、せ、せ、先生………!?」
どうやらこの攻撃は十分な効果を彼女に与えた模様。
しかし、それは大きな代償を伴うものだった。
(こ、これが風浦さんの……)
腕いっぱい、薄い浴衣の布地越しに伝わる彼女の体の感触に、私の頭は一瞬でショートしてしまった。
二人揃って頭の螺子がとんでしまった私達。
そのまま、私の方が上になる格好で布団の上に倒れこむ。
「先生……」
「風浦…さん……」
うっとりと、互いの瞳を見つめあう。
さっきまでは悪ふざけのつもりだったのに、私も風浦さんもすっかり空気に飲み込まれていた。
まるで何かに導かれるかのように、私がまずキスをしたのは彼女の鎖骨だった。
「……あっ…」
風浦さんの口から漏れ出る、微かな甘い吐息。
それが私の行為をさらに後押しする。
彼女の浴衣をはだけさせて、ブラをずらす。
形のいい胸が露になって、私は思わずごくりと唾を飲み込む。
「…せんせ…さわって……」
「……はい…」
彼女の声に促されて、愛撫を始める。
ゆっくりと彼女の乳房を撫で、手の平いっぱいにその感触を味わう。
ピンク色をした先端の突起を指で弾くと、ビクン、彼女の体は驚くほど敏感に反応した。
「…あっ…くぅんっ…ひぅ…あはぁっ!」
柔らかな胸を揉みしだき、先端を刺激する。
それを繰り返すだけで、風浦さんの呼吸はだんだん荒く、肌は上気して赤みを帯び始める。
だけど、それだけでは私は収まらない。
もっと彼女を味わいたい。
そんな欲求がどんどん膨らんでいく。
「…ひゃっ!?…あ…首のとこ…そんな…キスされたら…ぁ…っ!!」
彼女の首筋に口付けをして、そのまま舌を使って丹念に舐める。
頬に、鎖骨に、肩に、そして唇に、幾度となく彼女にキスの雨を降らせる。
その度に彼女の肌に残るキスマークが、彼女を独り占めにしたいという私の欲求を心地よく満たしてくれた。
「風浦さん…んんっ…」
「…んぅ…せんせ…あっ…んくぅっ!」
唇を重ね合わせ、互いの舌を絡め合わせるその間に、私の指先はさらに風浦さんの体を這い回り、
いつしか彼女の太ももと太ももの間、布一枚に守られた秘めやかな場所に辿り着く。
「…ふぁ…せんせいのゆび…わたしのアソコに……っ!!」
撫でただけでわかる、奥からしとどに溢れ出す蜜の感触。
入り口の部分をくちゅくちゅと弄ってやると、彼女は私の体の下で身をくねらせて、切なそうに声を上げる。
「…ひゃあんっ!!…あっ…せんせ…ゆび…そんなはげしくされたらぁ…っ!!」
彼女の声を聞くだけで、私の頭は熱病に冒されたようにぼんやりとして、夢中で指先を動かしてしまう。
もっと深く、もっと大胆に、彼女の一番敏感な場所をかき混ぜる。
その間にも、私たちは互いの唇を、求めて、求められて、一心不乱に体を絡み合わせる。
「…風浦さんっ…かわいいです…すごく…」
「ああっ…せんせいっ…せんせい、好きぃ…っ!!」
もはや私たちにとっての世界は、目の前の愛する人だけで埋め尽くされて、他の何も視界に入ってこない。
ただ夢中になって、溶け合って、貪欲なほどにお互いの熱を求める。
「ふあぁっ!…くぅ…ああああああああぁぁっっ!!!!」
一際大きな声を上げて、彼女の体がビクンと痙攣した。
そのままくてんと力が抜けてしまった彼女の体は、どうやら軽い絶頂を迎えたようだった。
そこで手を休めた私たちは、どちらともなく互いの顔を見つめる。
たぶん、考えている事は同じはず。
156266:2008/11/25(火) 11:40:08 ID:5nNvNNW4
「ねえ、先生……」
「風浦さん……」
彼女の囁くような声。
見つめ合う瞳の間に走る確信。
「先生といっしょになりたい……」
そう言ってから、彼女は微笑んで
「今ここで『先送り』なんて、無茶は言わないですよね?」
「うぅ…迷いがないと言ったら嘘になるんですが……」
風浦さんの言葉に私は、少し顔を赤らめて答える。
「私も、風浦さんが欲しいです……」
その言葉を聞いて、彼女の顔に浮かんだ本当に嬉しそうな笑顔に、私の心臓はきゅんと締め付けられる。
目の前の少女が愛しくて、愛しすぎて、思わずぎゅっと彼女を抱きしめる。
そんな私の耳元で、彼女は恥ずかしそうに、そっと囁いた。
「きてください、先生……」
抱きしめていた腕を放し、彼女と向き合う。
私は自分の大きくなったモノを出した。
彼女の興味津々な視線が突き刺さって、何とも気恥ずかしい気持ちになる。
「うぅ…そんなに見ないでくださいよ…」
「…思ってたより、男の人のって大きいんですね…私、大丈夫かな…」
「無理はしないようにしてくださいよ……」
彼女の、一番大事な場所、その入り口に私は自分のモノをあてがう。
どきどきと高鳴る心臓、ふと見ると彼女も緊張した面持ち。
目が合って、微笑み合う。
それで少しだけ、気分が楽になったようだった。
「いきますよ、風浦さん……」
そしてついに、その行為が開始される。
ゆっくり、ゆっくりと自分の分身を風浦さんの中に埋めていく。
「あっ…くぅ……っ!!」
「大丈夫ですか、無理なようなら…」
「いいんです、せんせい…それよりもっと、せんせいのを……」
促されるまま、私はさらに深く挿入する。
つうっと、接合部から流れる赤い筋。
風浦さんの痛みをどうしてやる事もできない私は、せめてその背中を強く抱きしめてやる。
「ああっ…せんせい…せんせいとわたし…いっしょになれたんですね…」
「ええ、頑張りましたね……」
瞳に涙をためて微笑む彼女に、私はそっとキスをする。
「うごいて、せんせい…わたしのなかの、せんせいのを…もっとかんじたいんです…」
彼女の腕が私の背中をぎゅっと抱きしめる。
それに促されるように、私もゆっくりと腰を動かし始めた。
「ああっ!…くぅんっ!!…はぁ…ああっ!!!」
軽く腰を揺らすごとに、彼女の口から微かな悲鳴が漏れる。
「平気ですか?痛みの方は……」
「はい、痛いのは痛いですけど……せんせいの…すごく熱くて……」
動かすごとに、荒く、切なげな色を帯びていく風浦さんの声。
私も繋がり合った場所で感じる彼女の熱に、だんだんと理性を溶かされていく。
「…ひゃうっ!…あぁ…ひあああっ!!…せんせぇ…っ!!!!」
風浦さんの頬を流れ落ちる涙、それをそっと舌で拭い、そのままキスをする。
唾液が絡まりあって、互いの汗で全身はびしょびしょで、繋がりあった部分は際限なく熱くなっていく。
行為が激しさを増すほどに、私と風浦さんを分かつ境界はゆらいで、二人の体と心は溶け合っていく。
「…ひああっ!!…きゃうぅ…あああああんっ!!!」
性的な快感、その言葉だけでは説明できない異様な熱の高まりに呑み込まれていく。
理性はとうに溶けて消えて、心も体も狂おしいほどにお互いを求めてしまう。
一心不乱に腰を振りたくり、熱を帯びた肌を重ね合わせて、私と風浦さんはどこまでも上り詰めていく。
「ああっ…せんせ…わたし、もう……」
「風浦さんっ…私もっ…」
やがて見えてくる限界。
157266:2008/11/25(火) 11:40:46 ID:5nNvNNW4
だけど、愛する相手に魅せられた心と体は、そんな事はお構いなしにさらに熱く、激しく燃え上がる。
やがて、限界量を突破した熱量は、私と風浦さんをたやすく吹き飛ばした。
「くああっ!!風浦さんっ!!!あああっ!!!」
「…せんせいっ!!!せんせぇえええええええっ!!!!!」
互いを固く強く抱きしめたまま、絶頂に達した私たちは惹かれ合うように唇を近づけ
「愛してます、風浦さん……」
「私も、先生の事、大好きです…」
互いの想いを囁き合って、甘いキスを交わしたのだった。

「と、まあ、そういう次第だったんですが……」
翌朝、駅で落ち合った智恵先生は私たちに今回起こった事態の、その裏の事情を教えてくれた。
まあ、要するに旅行会社の手違いだったのだ。
「それぞれの案内を確認しなかったのは、私のミスなんだけど……」
本来、宿割りは智恵先生と風浦さん、そして私で別々に分けられるはずだったのだ。
だが、その宿割りを旅行会社が間違えてしまった。
その上、携帯電話は充電切れで、充電器も忘れてしまい、私たちに連絡を取れなくなってしまった。
そこで、智恵先生が下した決断は……
「まあ、”あの”糸色先生なら、万が一どころか億が一もないだろうと高をくくっていたのよね……」
もう、そのままの宿割りで構わないと、すっかり諦めてしまったのだ。
つまり、昨日の宿割りが智恵先生の差し金だと考えたのは、私の全くの勘違いだったのだ。
「先生たちと別れた後、結構色々見て回って、疲れちゃってたから、もう面倒くさくなっちゃったのよ……」
そこで、智恵先生は私を恨めしげに睨む。
「でもまさか、その億が一が起こるなんて思わないじゃない。あのチキンの糸色先生に限って……」
今、智恵先生の目の前で、風浦さんに腕組みされた私はすっかり固まってしまっていた。
「明らかに恋人の距離よね、それは……」
「す、すみません…」
智恵先生の視線に射すくめられて、私はひたすらぺこぺこと謝る。
「いやだなぁ、先生はチキンどころか、ちゃんと私をリードしてくれましたよ」
一方、風浦さんはそんな空気もどこ吹く風、私に密着してニコニコと笑っている。
そんな、私たちの様子に智恵先生は溜息を一つついて
「まあ、あなた達の仲なら、いつかこうなるんじゃないかって思ってたんだけど……糸色先生、きっと苦労しますよ…」
「肝に命じます」
「ちゃんと幸せにしてあげなきゃ、駄目ですよ」
そう言って、ふっと笑った。
やがて、駅のホームに列車が到着する。
「先生、行きましょ」
風浦さんに促され、一緒に列車に乗り込む。
行きの列車とは違って、一つの椅子に二人並んで座る。
向かい合った席に座る智恵先生は、相変わらずの苦い顔。
多分、この列車に乗って戻った先の日常でも、きっと色々苦労する事になるだろう。
だけど、今はこの腕に感じるぬくもりに、その幸せだけに浸っていたかった。
「先生…」
そんな時、ふいに風浦さんが私に呼びかけてきた。
「なんですか?」
「また、来ましょうね、二人で…」
「そうですね、またきっと、二人で…」
私の言葉を聞いて、風浦さんは嬉しそうに微笑む。
それを見ている私も、きっと同じ顔だったはずだ。
と、そんな時…
『それでは列車、まもなく発車いたしまぁす』
ホームに響き渡るアナウンス。
色々あった今回の旅も、とりあえずはこれで終わりだ。
やがて、発車のベルが鳴ったの合図に、私たちを乗せた列車はゆっくりと駅のホームから離れてった。
158266:2008/11/25(火) 11:42:57 ID:5nNvNNW4
これでお終いです。
先生だけじゃなく、可符香も実は内心いろいろと先生について、
おっかなびっくりに悩んでるんじゃないかと思って書いたんですが、上手くいったでしょうか?
それでは、失礼いたします。
159sage:2008/11/25(火) 15:29:08 ID:JDbPrqNz
ザ・ワールド 時よ止まれ!
160名無しさん@ピンキー:2008/11/25(火) 15:30:26 ID:JDbPrqNz
あ・・・
161名無しさん@ピンキー:2008/11/26(水) 00:07:20 ID:iR8QYSsi
そして時は動き出す
162名無しさん@ピンキー:2008/11/26(水) 02:00:21 ID:omCkzQqh
GJ!
原作伏線の話しは好きだなー
163糸色 望 ◆7ddpnnnyUk :2008/11/26(水) 05:06:17 ID:G7STEAPj
>>159
時空を操るギアスは私の心臓に大きな負担をかけます。
時空を操れる限度は、望の心臓が耐えられるまで。
無理をなさると心臓が破裂して死んでしまいます。
164名無しさん@ピンキー:2008/11/27(木) 21:15:31 ID:8xIiSuBO
やっぱり望と可符香はいいなぁ
>>266GJ!
165名無しさん@ピンキー:2008/11/29(土) 18:28:54 ID:7vXnyGg5
そしてまた時は止まる
166305:2008/11/30(日) 01:28:07 ID:VPY32hap
お疲れ様です。

小ネタを一つ投下させて下さい。

・158話のネタです。(根津美子・丸内翔子、登場話)
・臼井くんがちょっと鬼畜です。
・やや凌辱が入っていますので、苦手とされる方はスルー推奨で願います。

では、よろしくお願いします。
167158話 小ネタ:2008/11/30(日) 01:30:11 ID:VPY32hap
               
「いやいや、何でもやってみるもんだねぇ。翔子のアイデア勝ちだねー。」
アパートのドアを開けて部屋に入り、無造作に靴を脱ぎながら、やや吊り目がちの少女が中にいた少女に声をかける。
ガランとした室内にはローテーブルが一台あるのみで、全く生活感は感じられない。
そのテーブルの上に置いた書類のようなものを丁寧に仕分けしていた少女が振り返り、口元だけで笑い返した。
「美子ちゃんの言うとおり週刊号にして正解でしたね。グッジョブですよ!」
書類を持ったままの片手を握って親指を立てて見せると、彼女はまとめた書類をファイルに閉じてカバンの中へとしまう。
「成績優秀なうちらは、また元締めに誉められちゃうねぇ。…で、結局どのくらいの収入になりそう?」
美子はパーカーのポケットから取り出した缶ジュース二本をテーブルに置き、早速一本を開けながら翔子に尋ねた。
「ちょっとまってね…… えー……っと……」
テーブルの下に置いてあったノートパソコンを取り出して開き、翔子は慣れた手つきでキーを操作して行く。
ジュースを口元に運びながら覗き込む美子の目に店舗フォームへのログイン画面が映り、翔子は素早くパスワードを入力してみせる。
軽い音を立てて、細い指先がエンターキーの上で弾んだ。
《パスワードが違います》
「…あれ? 間違えた……?」
そう呟いて、もう一度入力するが、やはりエラー画面になってしまい、翔子は眉を寄せて首をかしげた。
「何? どうかした?」
翔子の様子がおかしい事に気がつき、美子は訝しそうな顔をして、画面と翔子の顔を見比べている。
少し焦りながら何度もキーボードを叩くが、やがて諦めたように手を止めて、翔子は唇を軽く噛んで難しい表情を浮かべた。
「…パスが変わってる。……ログインできなくなってます。」
「何で……!?」
表情を曇らせて聞き返す美子に、翔子は眉を寄せた顔で低く唸ってみせる。
「わかりませんけど…… これといって心当たりなんて……」
「僕が変えちゃいました。ははは。」
出し抜けに後ろから聞こえた明るい声に、二人はギョッと身をすくませて振り向き、すぐにお互い怪訝そうな顔をする。

「……ああ、臼井くんか。いつから居たの?」
「ずっと居ますけど…… やっぱり消えてましたか…… 僕。」
ようやく気がついたといった翔子の様子に、彼は少し不満そうな声で、それでも一応は主張をしてみせる。
「それはどーでもいいから! パスを変えたって何でよ?」
吊り気味の目をさらに吊り上げて、美子はジュースの缶を音を立ててテーブルに置き、臼井を睨みつけた。
「……そ、その……ぶっちゃけ、僕も報酬が欲しいなって思ったので。ちょっと、お二人に交渉してみたいなー。……なんて。」
「ハア?」
半ば呆れたような声を上げ、美子は翔子と顔を見合わせる。
「それが交渉?」
「…管理サイトに入れなくても、別に、そこまで困りませんけど。」
小首をかしげる翔子に、臼井は眼鏡を指で直しながらちょっと得意そうな顔をする。
「ああ。通帳とかカードも全部隠しちゃいましたから。」
『なっ!?』
さすがにこれは予想していなかったのか二人揃って驚いた声を上げ、弾かれたように翔子は自分のカバンの中身をチェックする。

しばらくカバンの中を探る音だけが聞こえ、やがて沈痛な面持ちで顔を上げた翔子は、黙って首を振ってみせる。
「…やられました。……どうしよう。もうすぐ元締めに報告に行かなきゃいけないのに……」
青い顔で自分を見上げる彼女と同じく、美子も顔色を無くし、沈黙したまま何か考え込んでいるように見える。
「元締めさんって、怖い人なんですかー?」
余裕の表情を浮かべてへらへらと笑っている臼井の言葉に二人の肩が同時にビクリと震えた。

「翔子…… こいつ、取り押さえるよ。」
「了解。」
「…へ? ええっ!? ちょっと、ま……」
最後まで言い終わらないうちに少女二人に飛び掛かられた臼井は、まともに抵抗もできず、あっという間に床に押さえつけられてしまった。
「剥くよ!」
「オーライ!」
掛け声と共に二人の手が素早く動き、情けない悲鳴の中、臼井の制服が次々と宙に舞っていった。
168158話 小ネタ:2008/11/30(日) 01:31:20 ID:VPY32hap
                    
「…無い、ね。そっちはどう?」
「こっちも無いです。さすがに身に着けてはいないですか…」
剥ぎ取った彼の服を一つ一つ点検しながら、やがて二人は落胆の声を上げて立ち上がった。
二人が見下ろす先には、パンツまで全ての衣類を剥ぎ取られた臼井が、両手で前を隠した状態で床にへたり込んでいる。
翔子は小さく溜め息をつくと、チラリと携帯の時計を確認して美子に向き直った。
「とりあえず、美子ちゃんは先に行ってなんとか間を持たせてて下さい。もう、あまり時間ないです。」
「……しかたないね。早いところ何か連絡くれる? 元締めと二人きりでそんなに長時間持たせる自信ないからさ。」
臼井の姿を一瞥し、あたふたと先ほど脱いだばかりの靴を履きなおすと、美子は急ぎ足で部屋から飛び出して行った。

廊下を鳴らして遠くなってゆく靴音が消えると同時に、翔子は諦めたような溜め息をついて、頭を掻きながら面倒くさそうに口を開く。
「しょうがないですねぇ…… じゃあ、いくらぐらい欲しいですか? 全部とか言うのは無しで。」
裸で放置されて涙ぐんでいた臼井は、翔子の言葉に反応し、目を輝かせて歓喜の声を上げた。
「い、いいんですか! …あ、でも …実は、お金以外の物で貰おうと思っていたのですが。 ……それでもいいですか!?」
鼻息荒く答える臼井に、翔子は意外そうな顔をしてみせる。
「はい? じゃ、何が欲しいと?」
首をかしげて聞き返した翔子に、臼井は宣言するように拳を握り締め、力強く答えた。
「報酬に、筆おろしさせてください!!」

一瞬の沈黙の後、しばらく彼の言った事が理解できていなかったのか、
翔子は唖然とした表情をしていたが、やがて汚い物でも見るかのように眉を潜めて低い声を出す。
「……お金渡すので、そういうお店に行って下さいよ。」
「それじゃ素人童貞になってしまうじゃないですか!」
憤慨してさらに鼻息荒く立ち上がり、詰め寄ってくる臼井に、翔子は少したじろぎながらも努めて冷静な声で返す。
「そんなに怒るほど違わないでしょう……?」
「僕的には全然違いますよ!!」

ふと、翔子は、両の拳を握り締め力説する臼井の股間で何か動いた事に気がつき、反射的にそちらに目を向ける。
「うっ……!」
先ほどまで縮こまっていたはずのそれは翔子の見ている前で見る見るうちに立ち上がり、はちきれそうな程に膨れ上がった姿を見せている。
「さあ、さあ! 準備はオーケーですよ!」
眼鏡の奥の目を爛々と輝かせ、顔の前に差し出した両手の指を何かを揉むように動かしながら、臼井は翔子の方へとにじり寄る。
「ちょっ……」
「安心して下さい! 僕、早漏ですから五分とかかりませんよ! もう、時間が無いんでしょう?」
臼井の言葉に翔子は携帯を取り出して時間を確認し、眉をひそめて唇を噛んだ。

渋い表情で、しばらく時刻の表示と臼井の股間を見比べていたが、やがて考えがまとまったのか顔を上げて、おもむろにその場にしゃがみ込んだ。
その手が伸びて、臼井の絶棒を無造作に握り締める。
「……溜まっているからそんな事ばかり考えるんですよ。一度、スッキリさせてあげますから。それでいいでしょう?」
「えええー……」
心の底から不満そうな声を上げた臼井には構わず、翔子は絶棒へと顔を近づけるが、
口を開けて先端を咥えようとした所で顔をしかめて一旦絶棒から離れてしまった。
「…臭い。」
嫌そうな顔で呟き、テーブルの上に手を伸ばすと、美子が飲みかけのまま置いてあったジュースの缶を手に取る。
「何を……?」
臼井の問いかけには答えず、翔子は缶の中身を絶棒の上にふりかける。
まだ抜けていない炭酸がはじける音がし、同時に臼井の抗議の声が上がった。
「ど、どんなプレイですかこれは!? ちょっとしみますけど!?」
「コーラで洗えば大丈夫って言うでしょう? ちょっとくらい我慢して下さい!」
「ええええええ!?」
ふりかけた炭酸入りのジュースで絶棒を洗うように数回しごくと、翔子は意を決したように目をきつく閉じてそれを咥え込んだ。
「あ……」
根元近くまで一気に咥えると同時におとなしくなった臼井を、上目使いに一瞬睨むと、すぐに激しく絶棒をしごき始める。
自分の口の中を忙しく何度も出入りするその生暖かい感触に、
少々涙目になりながらも、なるべく舌で触らないようにして一心にその動作を繰り返し続ける。
       
169158話 小ネタ:2008/11/30(日) 01:33:06 ID:VPY32hap
        
目を閉じたまましばらく口淫を続けていた翔子だったが、
やがてちょっと目を開けて携帯のデジタル表示を目にすると、突然行為をやめて吐き出すように絶棒を口から抜き出した。
そのままジュースの缶を掴むと残りの中身を一気に口に含んで、シンクの方へと一動作で飛びついてみせる。
うがいをする時と同様に喉を鳴らし、乾いたシンクの上に口中を洗ったジュースを吐き捨てる。
「…そんなに不味かったですか……?」
へこんだ表情で翔子の様子を見ていた臼井に、翔子は一度大きく深呼吸をしてから振り返り、彼に非難するような視線を送る。
「早漏って言ってたじゃないですか…! なんで……!」
「…あ。それは、その…… ハッキリいってしまうと全然気持ちよくなかったもので……」
ぽりぽりと頬を掻きながら、ちょっとすまなさそうに臼井は答える。
「もうちょっと舌も使ってくれるとかして… それに、時々歯が当たって痛かったし。何か、汚物扱いされるのもちょっと……」
視線をそらしながら説明する臼井に何か言おうと口を開きかけたが、突然その携帯が鳴り出して、翔子は慌てて通話ボタンを押す。
「もしもし? 美子ちゃん?」
『翔子! ヤバイよ……! 絶対、元締め何となく勘付いてる!』
「気付かれたんですか!?」
少々震える声で聞く翔子に、電話の向こうの美子も、やや声を震えさせながら焦った様子で早口で答える。
『私一人で先に来たから、様子がおかしいって思われたみたいでさ……  「お二人の事、とても信頼してますから。」って
笑いながら言ってたけど、全然目が笑ってないし……!』
美子の切羽詰まって擦れた声に、翔子もじりじりとした焦りが湧き上がってくるのを感じ、しだいに喉がカラカラに乾いてくる。
『今、トイレ行くって言って電話しにきたけど…… 元締め、どこかに連絡したみたいでさ…!
 もうバレるのも時間の問題だよ…… 訳を話しても信用してくれるかどうか…… 最悪、私らが手をつけたとか思われたら……』
「……信じてくれたらくれたで、使えない奴という判断になるかもしれませんね。この場合。」
ぼつりと加えた翔子の言葉に、電話の向こうで美子が生唾を飲み込む音が聞こえた。

『…そんな事になったら、私ら、削除……』
「──美子ちゃん。」
首を絞められたような美子の言葉を、翔子の声が静かに遮った。
「10分だけ、待ってもらって下さい。絶対なんとかします、と。」
『しょ……』
なにやら言いかけた美子の返事は聞かず、一方的に通話を切ると、翔子は携帯を流し台の上に置いて唇をきつく結び、まわれ右をする。
状況がわかっていないらしくぽかんとしている臼井の前で、
彼から視線はそらしたまま、自分のハーフパンツに手をかけてジッパーを下ろし、そのまま足首まで落として脱ぎ去ってみせた。
「…そこに仰向けに寝転んでくれます?」
眉はしかめたまま、無愛想な声で指示する翔子に、臼井は歓喜の奇声を上げてすぐさま天井を向いて寝転がった。
翔子は下着の両端に手をかけ、一瞬ためらったが、悔しそうな溜息をつきながらするすると脱ぎ去る。
下半身は何もつけない状態となったが、臼井からは見えないように大事な部分をセーターの裾を引っ張って隠し、彼の足もとまで移動する。
「ゴム…… どこです?」
「あ…… 無いです。」
即答した臼井に、少し顔色を変えて翔子は抗議の声を上げる。
「予防とか言っていつも持ち歩いていたんじゃ……!?」
「あー…… あんまり皆にキモがられたから、持ち歩くの止めたんですよ。まあ、いいじゃないですか! 生、大歓迎ですよ!!」
興奮して、そそり立った絶望を揺らしながら両手で手招きする臼井に、翔子は躊躇するように顔をしかめて奥歯をギリっと鳴らす。

一呼吸置き、意を決したのか、やはり前は見えないように隠したままで、翔子は臼井の腰の上に跨る。
「絶っっ対に、外に出して下さいよ! 出そうになったら早めに言ってくださいよ!」
「大丈夫ですよ! さ! 早く、早く!」
まだ納得いかない様子の翔子だったが、観念したのか、ゆっくりと絶棒に手を伸ばして自分の入口にあてがった。
さらに興奮する臼井をなるべく視界にいれないように自分に言い聞かせながら、じりじりと腰を落とし絶棒を体内へといざなってゆく。
「あ、あああ! 柔らかいです! ちょ…… っときつくて……!」
頼まれもしない実況を始める臼井に構わず、翔子は絶棒の先端部を埋没させてゆく。
     
170158話 小ネタ:2008/11/30(日) 01:35:03 ID:VPY32hap
「──痛……ッ! たたた……!」
繋がって行く場所から走った痛みに、翔子は思わず体を硬直させて身をすくませた。
その瞬間、膝立ちになった足のソックスがフローリングの床で滑り、
バランスを崩した拍子に体重を支えきれず腰が臼井の上に落ちてしまい、挿入し始めだった絶棒が一息に翔子の奥まで埋没してしまう。
「きゃ、い──ッッッ!! た…… い……っっ……!!」
予期せず、一気に貫かれた激しい痛みに声も無く、
眼尻から涙をこぼしながら体を動かすこともできずに、少しでも痛みが早く去る事を待つように歯を食いしばっている。

翔子の中で絶棒を締め付けられる快感に、臼井は一瞬意識が飛びそうになってしまうが、
自分の上で懸命に傷みをこらえる翔子の様子に気がつき、ふと、脳裏をよぎった考えに思わず目を見開いて体を起こした。
「何……!? 痛っ!? いたた… いや! 見ないで!」
起き上った臼井に繋がったまま仰向けにされ露出した秘所を隠そうとするが、
その手を抑え、臼井は結合部から少し絶棒を抜き取り、その部分に赤いものが滲んでいる事を確認した。
「しょ………… 処女だったんですねっ!? 初めてなんですね!?」
鼻血が出そうな勢いで舞い上がる臼井に、翔子は悔し泣きだろうか、涙を滲ませながら顔をそむける。
「何で…… 相手が、こんな…… 最悪……」
ショックを押さえきれず涙ぐむ翔子に反し、臼井は湯気が出そうな顔色で歓喜の声を出した。
「美少女の! 丸内さんの処女を! 僕が今、頂いたんですねっ!! い…… 生きててよかったーっっ!!」
一声叫ぶなり、痛がる翔子を構う事なく、錯乱したかのように激しく腰を振り、音を立てて陰部を打ちつけ続ける。
「やめ…! 痛い! 痛いよ……! もういや…… 早く出てって… キモい……」
えぐられる痛みと、相手の物が自分の中で動く不快感に、翔子はなるべく鈍感になるよう努め、早くそれが過ぎ去るのをひたすら待ちつづける。

意外と言うべきか当然と言うべきか。
ほんの数十秒後には臼井の動きが変わり、腰の動きが小刻みになり、天井を仰いでどこか遠くを眺めるような視線になる。
「あああ…… も、もう、限界……」
「早く…… 出てって! 出てってよ……! 早く……!」
両手で体を突き飛ばすように叩き、さらに足で遠ざけるように蹴飛ばしてくる翔子に気圧され、
臼井は爆発寸前の絶棒を引き抜くと、翔子の白い腿の上に快感を吐き出した。
水飴のようにねっとりした物を腿に塗りつけられる感触に、
今は何も言う気が起きないのか、力尽きたようにぐったりとして、翔子はようやく行為が終わった事を実感した。

「ほら、5分もかからなかったでしょう? 言ったとおり。…それにほら! ちゃんと外に出しましたよ。見えます?」
臼井はまだ硬直したままの絶棒で、腿に散らばした自分の白い物を練り上げるように集め、嬉しそうに絶棒の先端に塗りつけて見せてくる。
それを渋い顔で一瞥し、何も言わずに顔をそむけ時間を確認した翔子に、臼井は良いことを思いついたように嬉しそうな声を張り上げた。
「さっき、10分待ってもらうって言ってましたよね? なら、まだ5分以上あるじゃないですか!」
「……?」
嬉しそうな臼井の様子に、翔子は良く分からないと言いたげに首をひねる。
「もう一回できるじゃないですか! いいかな? いいですよね? 一回したんですし、二回も三回も変わりませんよね!」
「そ……!?」
宣言するなり、自分の出した物を塗りたくった絶棒をすばやく翔子の入口にあてがい、有無を言わさず腰を突き出した。

171158話 小ネタ:2008/11/30(日) 01:35:51 ID:VPY32hap
             
「いやああああああっ!!」
まだ赤い血が滲む秘所へと、再びずぶずぶと侵入してくる絶棒の感触に、翔子の口から恐怖とも嫌悪ともつかない絶叫があがった。
「し…… 締まる…! あああ……」
「いやぁ! やめて、入ってこないで! だめ……! 汚い…! 早く抜いてぇ!」
パニックを起こしたのか、思うように動けない翔子に、臼井は気持ちよさそうに腰を振りながらにこやかに答える。
「もう一回くらいいいじゃないですか。ちゃんと今度も外で出せばいいでしょう?」
「…これじゃ、中に出すのと…… 変わらない……」
泣きながら首を振ってみせる翔子に、臼井はわざとらしく首をかしげて、にやりとした笑いを浮かべた。
「なら、もう、中で出しても一緒ですよね!」
「ち…… 違……! いやあ!」
腰の動きを速めた臼井が何をするつもりなのか理解し、
翔子はなんとか逃げようともがくが、覆いかぶさった相手の体と未だズキズキする秘所の鋭い痛みに阻まれ、ほとんど身動きがとれないようだった。

「たすけて……」
懇願するかのような声を漏らしながら、翔子は自分の体内で絶棒が弾け、
大量の生暖かい物が注ぎ込まれる感覚に全身から力が抜けて行く事を感じていた。
気持ちよさそうな声を出して自分の中に欲望の塊をまき散らしながら、腰を振っている臼井の姿が目に映る。
「たすけ……て……」
誰へともなく助けを求める声が、半ば自動的に、翔子の口から漏れ続けていた。






「えへ…… へへへへ…… へ…… えへぇ……」
「なにこいつ? これ、完全にあっちの世界に行っちゃってない?」
路上に棒立ちとなり、鼻から赤い筋を垂らして笑い声を上げ続ける臼井を気味悪そうに見つめ、美子は腕組みをしてみせる。
「褒められて、そんなに嬉しかったのかねぇ。」
「いやだなあ、彼はただ、小さな事にも無上の喜びを感じる、感受性豊かな少年なだけですよ!」
気味悪げに臼井を見つめる美子の隣で、翔子は人差し指を立ててにっこり笑いながら、朗々とした声を上げた。

美子はちょっと驚いた表情で翔子の方を振り返り、すぐに感心したように口を開く。
「元締めのマネ? 上手くなったねぇ」
「…内緒ですよ。下手したら私、処刑されちゃいますから。」
ちょっと焦って取り繕う翔子に笑ってうなずき、美子は臼井に背を向けて歩き始める。

「さてと。今回頑張ったし、7:3くらいでお願いしてみよっか? 最近、元締め何だか機嫌いいみたいだからねぇ。」
「それ以上のあがりを期待されちゃうんですけどね。…あ、そうだ! 次、こんなのはどうかな、と………」
一見楽しそうに談笑しているように見える少女二人の姿は次第に遠ざかって行き、やがてその声も聞こえなくなってゆく。


ぽかぽかとして、風もなく、陽だまりが暖かい昼下がりの路地。
時折、妙な笑い声を上げながら一人、誰に気に留められる事なく、その少年はいつまでも佇んでいた。







172305:2008/11/30(日) 01:36:44 ID:VPY32hap
お粗末でした。

では。これで失礼します。
173糸色 望 ◆7ddpnnnyUk :2008/11/30(日) 02:08:19 ID:1RkszHJV
望は臼井に対してギアスの力を発動。
ギアスの命令は「変更したパスワードを教えろ!」という命令である。
かすかな記憶でさえもギアスを使えば有効に引き出すことだって可能だ。

望「なるほど、こういう暗証番号か・・・。
ちょろいものだ・・・。ギアスはしぶとい相手でも従わせることが出来る。」
174糸色 望 ◆7ddpnnnyUk :2008/11/30(日) 02:20:39 ID:1RkszHJV
望がギアスを使用するとき・・・。
・ギアス発動時には、望の右眼に「緑色の鳥のような紋様」が浮かび上がる。
・ギアスを使用する際には、ギアスをかけたい相手の目を合わせる必要がある。
そのため、可符香なら、可符香と対面して目が合った瞬間に光情報を可符香の
眼に送り込まなければならない(可符香に限らず、どんな人でも同じ)。

・有効距離は540メートルと、ルルーシュの2倍ほど大きくなっている。
・条件さえ整っていれば、複数の人に同じ命令を下すことも可能。
・まだギアスの力を上手くコントロールできない望は、感情の高まりでギアスを発動させる場面が多い。
175名無しさん@ピンキー:2008/11/30(日) 05:59:08 ID:k35xSp+5
>>172
GJ!
わかりやすくエロキャラな大浦さんより先にマルチが来るとは
翔子かわいいー
そして臼井くんキモイ…キモ過ぎるw
176名無しさん@ピンキー:2008/11/30(日) 10:34:08 ID:47F4MdqZ
カフカ怖w
GJ
177名無しさん@ピンキー:2008/11/30(日) 22:41:00 ID:jpUS52aQ
GJ!臼井のキモさがうまいなあ
元締めの正体ネタも秀逸ですね
178266:2008/12/01(月) 00:29:15 ID:mdjU18SA
>>172 GJ!! 臼井君のキモサのおかげで翔子のかわいさが際立ってたですよ。

で、私も続いて投下したいと思います。
某サイトの影響で絶命先生×倫ちゃんにはまったので、書いてみました。
それでは、いってみます。
179266:2008/12/01(月) 00:30:04 ID:mdjU18SA
カチコチ、カチコチ、ひっそりと静まり返った部屋の中、時計だけが相変わらずの律儀さで時を刻んでいる。
看護師達も全員帰宅し、現在この糸色医院で灯りが点けられているのは、この診察室だけだ。
そして、人気のすっかりなくなった建物の中に留まっているのは、たった二人だけ。
「それから後はもういつも通り、望お兄様ったら慌てて逃げ出して、でも結局千里さん達に捕まって……」
「あいつも相変わらずタフだな。一体どれだけ生命の危機に遭えば気が済むんだ」
「まあ、望お兄様の身から出た錆ですもの……ほんと、望お兄様ったら格好悪い」
糸色医院を経営する糸色命と、その妹である糸色倫。
二人は今、診察室の椅子に腰掛けて談笑していた。
糸色命先生、略して絶命先生。
この名前のお陰であまり患者の寄り付かない糸色医院であったが、それでもそれなりに仕事は多い。
命の丁寧かつ誠実な診療を評価してかかりつけにしている患者もそれなりにはいるし、
以前ネットで『死ねる医者』として噂を流された時にやって来た連中の何人かが何故か常連になってしまったり、
少なくとも医院が潰れずにやっていけるだけの仕事はある。
特にお年寄りの受けはいい。
だって、あんまり文章の横書きとかしないし。
名前の秘密に気付かれなきゃ、人当たりのいい若先生と認識してもらえる。
命自身はそれなり以上に優秀な医者なのだ。
というわけで、それなりにやる事も多く、命は遅くまで医院で仕事をする事がしばしばだ。
「学校は、ずいぶんと楽しいみたいだね、倫」
「ええ、望お兄様とクラスのみなさんを見ていると、ほんとに飽きませんわ」
くすくすと、本当に楽しそうに笑う倫。
彼女が医院に残って仕事をする命のもとに、こうして訪ねてくるようになったのは、彼女がこちらの学校に転校して1ヶ月ほど経った頃の事。
『命お兄様…いらっっしゃいますか?』
あの勝気な妹にしては珍しく、おっかなびっくり、おずおずと医院の扉の前でそう言ったのを今でも命はよく覚えている。
それ以来、仕事を一通り終えた後、命と倫がこうして会話を楽しむのはすっかり毎日の習慣となってしまった。
毎日、学校で起こったあれやこれやを、倫が楽しげに語り、命も相槌を打って、時に笑い合う。
兄妹同士の親密な時間は、疲れた命の心と体をリラックスさせてくれた。
いつしか命にとってもこの時間は掛替えのないものに代わっていった。
だけど………。
「………?…倫、どうしたんだい?」
「あ…いえ……すみません、命お兄様。私、なんだかボーっとしてしまって…」
時折、ぼんやりとした様子で倫の言葉が止まる。
赤く染まった頬、さりげなく自分に向けられた視線。
それらが意味するところに、命は薄々と感付いていた。
倫がこうして頻繁に自分の所に訪ねてくるわけを、何となくではあるけれど理解していた。
それは許されざる想い。
叶う事のない願い。
「疲れているんだろう。学校に差し支えては問題だ。今日はもう、帰った方がいいな…」
それだというのに、こうやって口から出てくるのは、当たり障りのないその場を回避するだけの言葉ばかり。
「……そうですわね。命お兄様も明日のお仕事がありますし、そろそろお暇させていただきますわ」
そう言って微笑む妹の表情に、微かに滲む切なげな色。
その全てを目にして、理解していながら、命は気付いていないふりをして妹を送り出す事しかできない。
倫と過ごす時間があまりに心地良かったから。
本当に、心の底から安らぐことができるから。
目を閉じ、耳を塞ぎ、ただ凛との親密な時間に耽溺する。
「それでは、命お兄様、おやすみなさい」
「ああ、おやすみなさい、倫」
迎えにやって来た時田の車に乗り込んで、倫は糸色医院を後にした。
そのテールライトが道の先に消えてゆくまで、命は医院の前に立ったまま車を見送る。
一人きりになった命は溜息一つ、自嘲気味に笑って医院の中に姿を消す。
やがて、診察室の窓から灯りが消えて、辺りはゆっくりと本物の夜の静寂に包まれていった。
180266:2008/12/01(月) 00:31:34 ID:mdjU18SA
「こら、倫、居眠りですか?」
ポンッと教科書で頭を軽く叩かれて、倫はようやく夢現の状態から正気に返った。
「あら、私、いつの間に……」
「お前らしくもない。昨日、何か夜更かしでもしたんですか?」
今、倫は自分のクラス、2のへの教室で、担任であり兄でもある糸色望の授業を受けていた。
「そうね、倫さんらしくもない。授業はきっちり真面目に受けないと」
口を挟んだ千里の言葉は、咎めるというよりは心配しているような調子だ。
それだけ、倫が授業中に居眠りするというのは珍しい事だった。
その原因は、望の指摘した通り夜更かしをした事で間違いはないのだけれど……。
「ごめんなさい、昨日読んでいた小説があまりに面白くて、ずいぶん遅くまで起きていましたの」
「ほほう、お前でもそういう事があるんですね」
「そういう事ばっかりのお兄様には言われたくないですわ」
望の言葉に憎まれ口を返しながら、倫は内心で苦笑いする。
昨夜、ずいぶん遅くまで命と話し込んだ倫だったが、実は今日提出しなければならない宿題を多数抱えていたのだ。
命の手前それを言う事ができなかったが、話を途中で切り上げる事も出来ず時間ばかりずるずると過ぎてしまった。
とうわけで、帰宅してからの倫は机に噛り付いて、宿題に取り組まなければならなかった。
宿題を全て終わらせたのが、だいたい深夜の2時ごろ。
それから入浴を済ませてようやく就寝したのだ。
完全に寝不足、居眠りをしてしまうのもやむを得ないコンディションだった。
「ふう……私とした事が…」
さすがにバツが悪くて、倫は溜息をつく。
これまで授業中に居眠りをしてしまうまでに至った事はなかったが、命とのお喋りのために寝不足になってしまう事は少なくなかった。
それでも、倫は命を目の前にすると、嬉しくて楽しくて、つい時間の事など忘れてしまうのだ。
すぐ上の兄である望よりさらに幾つか年上の命。
当時から医師を目指して勉強していた命は、忙しい合間を縫って望と倫の遊び相手になってくれた。
昔からひねくれ者だった望はよく命に噛み付いて、喧嘩をして、だけどそれを見て倫が泣き出すと、二人は慌てて彼女を慰めてくれた。
そこに時たま、次男の景がぶらりと顔を出したり、1年にほんの2,3度だけど長男の縁もやって来たり。
優しい兄達に囲まれて、倫はのびのびと育っていった。
そんな中でいつからだったろう、倫が命に対して特別な感情を抱くようになっていったのは……。
医師となる夢を叶えるため、普段から並々ならぬ努力を重ねていた命。
それなのに、倫や望と遊ぶときはこちらがどんな無茶を言っても、笑って付き合ってくれた優しい兄。
その姿を見ながら、だんだんと倫の中に蓄積されていった想いは、ある事件をきっかけに明確な形を持った。
『倫、危ないよ!早く降りるんだっ!』
『何を言ってますの、お兄様、これぐらい全然平気ですわ!!』
やんちゃ娘の倫は庭に生えていた大きな木に登り、その下で望がおろおろとしていた。
あの時はまったく危険なんて感じもしなかったけれど、下から見ていた望は倫が足場にしていた枝の細さに気付いていたのだろう。
もう少し高く、お家の屋根が見下ろせるぐらいに高く。
そう思って倫が次の枝に手を伸ばしたとき、バキリッ、不吉な音と共に世界が反転した。
『きゃああああああああっ!!!!』
悲鳴を上げて、倫は真っ逆さまに落ちていった。
だけど、地面に衝突したかと思われた瞬間、倫を襲った衝撃は思っていたより弱いものだった。
呆然とする倫は、自分の体の下から聞こえてきた声を聞いてその理由を悟った。
『ぐ…うぅ……倫…』
望だった。
彼は自ら倫の落下地点で彼女を受け止め、衝撃を和らげたのだ。
だが、倫の掴まっていた枝を、倫の体重分の落下エネルギーを加えてぶつけられて、ひ弱な望は自分の体を支えきれなかった。
地面に倒れた彼はさらに運悪く、庭石に頭をぶつけていた。
みるみると望の額を流れ落ち、着物を赤く染める血を見て、倫はようやく自分のしでかした事の恐ろしさに気付いた。
『いやあああっ!!お兄様っ!!望お兄様ぁああっ!!!』
181266:2008/12/01(月) 00:32:44 ID:mdjU18SA
真っ青になって、兄の傍で泣きじゃくるしか出来ない倫。
その声を聞きつけて、真っ先に家から飛び出してきたのが命だった。
『倫、どうしたんだっ!?……これは、望…』
駆けつけてきた命は、一目で事情を察した。
命は望の傍に膝を付き、血まみれの弟の状態をしばし確認する。
そして、泣きじゃくる妹の肩に手を置いて、その名前を呼んだ。
『倫……』
あの時の、命の真剣な眼差しを、倫は今でも瞼の裏に描く事が出来る。
『望は私が助ける。だから、一緒に手伝ってくれるね、倫……』
自分だって相当動揺していただろうに、命は倫にそんな様子はかけらも見せなかった。
落ち着いた調子のその言葉が、倫に平静を取り戻させた。
頭を打った望をむやみに動かすのはまずいと判断した命。
望を取り合えずその場に残して、命は一旦家に戻り使用人に糸色家のかかりつけ医を呼ばせる。
一方、倫は命に指示されて、救急箱を持って望の元に戻る。
使用人を数名連れて戻ってきた命と共に、倫は望の応急手当を行った。
そして、かかりつけ医もやって来て、ようやく望の手当ては完了した。
『……………』
全てが終わった後、倫の心の中に湧き上がってきたのは圧倒的な後悔だった。
自分のせいだ。
自分のせいで望お兄様にあんな怪我をさせてしまった。
今まで抑えていた涙がじわりと滲み出す。
もう少しで、また大声で泣きじゃくってしまう。
そんな時だった。
『倫…』
命が、倫の傍らに膝を付いた。
その顔に浮かんでいたのは、あくまで倫を気遣う優しい笑顔。
『ありがとう。望はもう大丈夫だ、倫のお陰でたすかったよ…』
そして、その言葉は倫の胸の奥の奥まで染み込んで、倫の中で芽生え始めていたその感情のつぼみを一気に花開かせた。
それは、大空に焦がれる鳥のような、切なる願い。
それは、闇夜を照らす満月の光のような、密やかで純粋な祈り。
あの日、あの瞬間から、その想いは絶えることなく倫の胸の奥で輝き続けている。
たとえ、それが許されぬ想いだったとしても……。
「命、お兄様……」
小さくその名を呟く。
それだけで心の中に広がるぬくもり。
いつも倫の中心にあって、今の倫を形作った大切なもの。
それを否定する事など、倫に出来ようはずもなかった。

今日の仕事も一通りが終わり、命は椅子に座ったままぐっと伸びをして、凝り固まった筋肉をほぐしていた。
そこで、命はある事を思い出す。
「そういえば、実家から何か届いていたな…」
実家から命宛に送られた封筒、昨日は中身を確かめる時間が無かったのだが、何か急ぎの用なのかもしれない。
命は早速封筒を取り出し、ハサミで封を開けていく。
「まあ、本当に急ぎの用事なら、時田経由で伝えてくるはずなんだけど……」
少し厚めで固い、その中身を取り出す。
「これは……」
着物姿の女性がこちらを向いてにっこりと微笑んでいる写真。
どうやらそれは見合い写真らしかった。
なにしろ地元の有力者である糸色家である。こういった話も色々と舞い込んでくる。
糸色家の年中行事である見合いの儀ぐらいにしか参加してこなかった命だったが、
東京で開業してもう数年、気が付けばもういい年齢だ。
実家の支援があったとはいえ、糸色医院を軌道に乗せるにはずいぶんと苦労したが、そろそろ少しは余裕も出てきた。
こういった事も考える時期が来るんじゃないかと、命自身考えてはいたのだけど……。
182266:2008/12/01(月) 00:33:32 ID:mdjU18SA
「………確かに、頃合ではあるんだけど…」
ふと、脳裏に浮かぶ悲しげな微笑。
毎日のように自分の所にやって来る健気な妹の姿。
その気持ちを察しているからこそ、命の胸は締め付けられる。
「…………」
見合い写真を開いたまま、それをどうしたものか判断がつかず、命はぼんやりと天井を見つめる。
そんな時だった。
「命お兄様、お邪魔してもよろしいかしら?」
コンコン、とドアがノックされて、耳に馴染んだ妹の声が聞こえた。
そういえば、もうそんな時間だったか。
「あ、ああ、倫、入ってきてもかまわないよ」
何となく見合い写真を見られるのが後ろ暗くて、引き出しにでも隠してしまいたかったのだが、つい反射的にそう答えてしまった。
ドアを開けて入ってくる倫を横目に、命は仕方なく見合い写真を机の上に置く。
「お疲れ様ですわね、命お兄様」
「あ、ああ、倫も学校、お疲れ様だったね…」
命のぎこちない笑顔にも、倫は嬉しそうに微笑み返してくれた。
糸色家の長女として、糸色流華道の師範として、この年頃の少女としては重過ぎるぐらいの責任を負っている倫。
望の学校に通い新たな友人が出来たとはいえ、彼女がここまで安心して笑える場は限られている。
彼女の想いを知っている命にとっては、なおさらその意味は重たかった。
いつも通りに倫が学校の話をして、命が相槌を打つ。
だけど、元来聡明な彼女は命の様子がいつもとは少し異なる事にすぐ気が付いた。
「あの、どうかされましたか、命お兄様?何だかさっきから上の空のようですけど……」
「え、あ、いや、今日は少し忙しくてね……」
見え透いた嘘だった。
それならば、いつもより仕事が終わる時間も遅くなっているはずだ。
心配そうに見つめてくる倫に、命は何も言葉を返してやる事ができない。
部屋の中を流れていく、気まずい沈黙。
これまで倫と過ごしてきて、こんな気持ちになる事はなかったのに……。
「……あら、命お兄様、それは?」
そんな時だった。
倫が机の上に置かれたソレに気が付いたのは……。
「あ、これは……」
言いよどんだ命が答えるより早く、倫はそれが何であるかを見抜いていた。
「もしかして、お見合い写真ですの……」
倫の言葉に混じる、隠しても隠しきれない動揺の気配。
命も、ここまで来て誤魔化せるとは思っていなかった。
「ああ、実家から送られてきたんだ。私もいい年齢だからね……」
手の平の微かな震えを隠しながら、机の上の見合い写真を手に取る。
見守る倫の表情も心なしか強張っている。
いずれそういう時が来る事はわかっていた。
無論、見合いをしたからといって、必ず結婚するわけではない。
けれど、それは、二人の過ごす心地よい猶予期間の終わりを告げる、微かだけれど、確かなサインだった。
「どんな方なんですの?少し、見せていただいてもよろしいかしら、命お兄様?」
「ああ、構わない」
そう言って、命は倫に見合い写真を手渡す。
「……へえ、美人な方ですのね…」
呟きながら、写真を見つめる倫の肩は、微かに震えていた。
多分、命が感じていたものと同じ感覚を感じているのだろう。
突きつけられた、覆しようの無い現実。
命と倫、二人が兄妹である事。
二人の辿る人生のレールはどんなに近づいても、決して交わる事はありえない。
その予感、その兆し、それをこの見合い写真から、倫は感じ取っているのだ。
183266:2008/12/01(月) 00:34:59 ID:mdjU18SA
「もちろん、美人だからってすぐに結婚する事はないさ。どんな人も会ってみなければわからない」
そんな言葉を口にしてみても、何だか言い訳じみて聞こえて、命の胸の苦しみは晴れない。
(私の…せいだな……)
目の前で、動揺を健気に取り繕おうとする妹の姿を見ながら、命は心中で苦々しく呟く。
命が、倫の与えてくれる心地よい時間に甘えすぎたから。
倫の気持ちを知りながら、それを見ない振りをして過ごしてきたから。
そんな命の中途半端な態度が、結局は倫を苦しめてしまったのだ。
(もう、この辺で終わりにするしかないんだろうな……)
隠そうとしても隠し切れず、倫の表情から滲み出る深い深い苦悩の色。
これ以上誤魔化し続ける事は、きっと彼女の傷をさらに大きく深く抉る事になるだろう。
だから、命は決断する。
「倫、そんなに暗い顔をしなくてもいいよ。別に私は今日明日に結婚するというわけじゃない……」
「お、お兄様…私は別に……」
命が笑顔で言った言葉に、倫は顔を上げる。
今のままの関係がこれからも続くと、そんな希望を与えてくれる言葉を求めて、倫は命を見つめる。
そんな倫の希望を断ち切るように、命は優しく、しかしはっきりと言い放った。
「……それに、私が結婚したとしても、気兼ねなく来ればいいじゃないか。私たちは兄妹なんだ」
「………っ」
その言葉は、穏やかに、だけど確実に倫の願いを打ち砕くものだった。
二人が結ばれることは無い。
なぜならば、二人は兄と妹なのだから。
その残酷な事実を、命は倫に告げたのだ。
「………そう、ですわね…」
微かな期待、淡い希望、多分、倫が命に対して抱いていたそんな想いの数々が今崩れ去ったのだ。
必死に平静を装う妹の姿が、命には痛々しかった。
「…じ、実は明日、どうしても提出しなければならない宿題がありますの。ですから、今夜はこれで……」
ついに我慢する事が出来なくなったのか、早口で弁解しながら、倫は立ち上がった。
「……ああ、そうか。残念だな。でも、宿題じゃあ仕方が無いな…」
「すみません、命お兄様……」
「謝る事はないさ。また今度、たくさん話そう……」
なんて白々しい。
命は心の中で毒づく。
たぶんきっと、倫がこうして命を訪ねてくれる事はもうないとわかっているのに……。
自分が倫を傷つけておきながら、何を言っているんだ。
「それでは命お兄様、おやすみなさいませ」
「ああ、おやすみ、倫」
そう言葉を交わした後、倫は診察室を後にした。
ドアが閉まる直前、倫の目元に光るものがみえたのは、きっと錯覚ではないだろう。
それでも……
「こうするしかなかったんだ……すまない、倫」
命が呟いた言葉は、一人ぼっちの部屋の中で空しく響いた。

そして、その翌日から、倫が命の診察室を訪ねることは無くなった。

それから数日後。
放課後の校舎、夕日の茜色に染められた教室の中に、倫はいた。
自分の机に上半身を預けて、窓の外の景色を見るともなく見ている。
教卓には担任教師の望が立って、いそいそとプリントの整理などをしていた。
「どうしたんですか、倫?」
望が問いかける。
しかし、倫は答えない。
ただ黙って、窓の外を眺めるばかりだ。
「何かあったんですか?」
繰り返される問いにも、倫は無言。
「命兄さんの所にも顔を出してないみたいじゃないですか、本当に何があったんです?」
その言葉を聞いて、ようやくピクリと反応を見せる。
ゆっくりと顔を上げ、倫は望の方を見た。
恐る恐る覗き込むように望を見る彼女からは、いつもの強気な面影は見て取れない。
「何も……ないですわ…」
184266:2008/12/01(月) 00:36:18 ID:mdjU18SA
蚊の鳴くような声でそう言って、倫はまた視線を逸らす。
「何もないようには見えませんよ…」
ここ数日、倫はずっとこの調子だった。
いつも心ここにあらずといった様子で、何をやっても身が入らないようだった。
自分が悩みを抱えている事、それは客観的に見ればバレバレであろうことは、倫も自覚していた。
だけど、こんな話、どう相談すればいいのだろう。
自分が実の兄を、命を好きだなんて、常識で考えれば許される話ではない。
「それより、お兄様こそいつまで教室にいるんですの。書類のお仕事なら職員室でも宿直室でも出来るじゃありませんの」
何となく、倫は問いかけた。
他に仕事をする場所はあるのに、望が教室に残っている必要は無い。
そんな倫の問いに対して、望は微笑んで……
「職員室も宿直室も他の人がいますからね……」
「……?」
「相談事って、あんまり他人に聞かれたいものじゃないでしょう?」
プリントを教卓の上に置き、望は倫の元まで歩み寄った。
膝を突いて、同じ目線の高さで倫の顔を覗き込む。
その優しげな眼差しに、閉ざされていた倫の心が微かに揺らぐ。
「お前がこんな風に私の所にやって来るのは、たいがい何か悩み事や厄介事がある時です……」
「………あ」
「話してください。そうするだけでも、いくらか楽になりますよ……」
望の言葉から感じる倫をただただ案ずる優しさ。
それは、ずっと昔から変わらずに感じていたもの。
望は、この臆病者の兄は、倫にとっては最も身近な家族であり、最初の友達でもあった。
いつも見守ってくれていた人。
いつも心配してくれた人。
その変わらぬ温もりに触れて、いつしか倫の瞳からは、ぽたり、ぽたりと熱い雫が零れはじめた。
「大丈夫です、私はここにいます。だから、焦らないで、ゆっくり話してください」
涙でぐしゃぐしゃの目元をぬぐい、倫はうなずいた。

倫は全てを望に話した。
自分がずっと実の兄である命に抱いていた想い。
そして、それが叶わぬものであると思い知らされたあの日の出来事を……。
「……そうだったんですか」
全てを聞き終えて、望はゆっくりとうなずいた。
「……許されない想いだと、とっくに分かっていた筈なのに、たったあれだけの事で
私の心はこんなにも乱れてしまいましたわ…ふふふ、我ながら情けないですわね」
全てを告白して、いくばくか落ち着きを取り戻した倫は自嘲気味に笑って見せた。
そんな倫を横目で見ながら、望は言葉を続ける。
「そうですね…確かに、それは許されない事なのでしょう…」
望の言葉に、倫は辛そうにうつむく。
つい今しがた語ったばかりの言葉、自分自身が一番よく理解している事、それでもそれを改めて望の口から聞くのは苦痛だった。
しかし、そこで望は声のトーンを若干柔らかくして
「………ですが、お前自身の気持ちはどうなるのですか、倫?」
そう問いかけた。
発言の意味を理解できず、どう答えていいか分からない倫に、望はさらに続ける。
「たとえ社会が、世間が、常識が許さないとしても、お前の想いは、命兄さんを愛する気持ちは消えてなくなるわけじゃありません。
誰が否定しようと、それは確かに存在するんです。それは倫だけが持つ、倫だけのかけがえの無い気持ちなんじゃありませんか?」
優しく微笑む望の瞳が、倫を真っ向から見つめてくる。
「私なんかには何が正しいかなんて偉そうな事は言えません。でも、倫が倫の気持ちを大切にしなくちゃいけない事ぐらいなら、私にもわかります」
自分の気持ち。
それに向き合うこと。それを大切にすること。
どんなに否定されようと、倫の中の命を愛する気持ちが消えるわけではない。
そして、その気持ちに対してどんな答えを出すのか。
それは倫自身にしか出来ない事なのだ。
「それが悩んでも悩んでも、それでも消えないものなら、それは倫の本当に大切な気持ちなんですよ。
恥ずかしい事なんかじゃ決して無い、それがたとえどんな気持ちだったとしても………」
そこで望は一旦言葉を区切り、もう一度倫に問いかける。
185266:2008/12/01(月) 00:38:47 ID:mdjU18SA
「倫、お前はどうしたいのですか?」
投げかけられた問いは重たい。
だけど、今の倫には答えられる気がした。
ぽろぽろと涙を零し、喉を震わせながら、倫はその答えを口にした。
「私は……命お兄様が…好き……」
泣きじゃくる倫の頬を濡らす涙を、望の手の平がそっと優しく拭う。
「私は倫の味方です。たとえ何があろうと、お前を応援し、助けます。だから……」
倫の家族の中で最も頼りないこの兄の存在が、今は万軍の兵士よりも心強かった。
倫の心は決まった。
涙に潤んだ瞳で望を見上げ、力強くうなずく。
「頑張ってください、倫。あの角メガネがお前の気持ちをないがしろにするような答えしか出せないなら、私が蹴り飛ばしてやります」
「……ええ、ありがとうございます。お兄様……」
兄の激励に、精一杯の笑顔で応えて、倫は教室から飛び出していった。

倫が糸色医院に来なくなって何日が経ったのだろう。
あの日以来、沈みがちになる気持ちを、命は仕事に没頭する事で誤魔化していた。
だが、今日に限って、何故だか患者がほとんどやって来ない。
自分自身への苛立ちに苛まれながら、机の前で患者を待ち続ける空虚な時間。
そんな時、勢い良く玄関扉が開き、糸色医院に久方振りの来訪者が現れた。
だが、それは患者などではなく……
「よう、命、久しぶりだな」
「景…兄さん……」
診察室にずかずかと入ってきたのは、命の兄、糸色家の次男、糸色景だった。
「兄さん、いつこっちへ来たんですか?」
「ん、ああ、今度こっちでやる個展の件でちょっとな…」
その作品どころか、ライフスタイルまでが常人には理解しがたい孤高の芸術家・糸色景であったが、
それでも数少ない理解者が存在し、お陰で芸術家としての面目を保っていた。
まあ、そんなものがいなくても、この奇人変人を絵に描いたような兄の生き方が変わったとも思えないが。
ともかく、数少ない支持者の声に応えて開かれる個展は、そのあまりにアレな内容のために一般のアートファンにすら注目され始めていた。
近々、アート系の雑誌に僅かにではあるが、景の事が紹介されるらしい。
本当に、人生はわからないものである。
「というわけで、こっちにも少し顔を出しておこうと思ってな……」
「そうですか……」
連絡もなしのいきなりの来訪、いかにも兄らしい行動に命は苦笑する。
「しかし、お前、ずいぶんと浮かない顔だな」
と、そこでいきなり、そんな風に尋ねられて命は言葉を失った。
「何か悪いことでもあったのか?」
「いえ、べ、別にそういうわけじゃ……」
「なんだ…まるで、倫と喧嘩したみたいな顔してるじゃないか」
いきなり図星を突かれて、命の表情が凍りつく。
「ど、どうしてそんな事が…」
震える声でそう言った命に対して、景は楽しそうに笑って
「いや、時田から聞いただけさ。こっちに来てからずっとお前の所に入り浸っていた倫が、ぱったりとお前の所に行くのをやめたって…」
「そ、そういう事ですか…」
景の答えに一応納得して、胸を撫で下ろした命だったが、さらに続いた景の言葉が衝撃となって彼を襲う。
「まあ、アイツはお前に惚れてるからなぁ。いろいろあるんだろう…」
「ぶふぅううううううっ!!?」
何でそんな事を知っているんだ。
186266:2008/12/01(月) 00:39:33 ID:mdjU18SA
命の問いはあまりの驚きのために言葉にならなかった。
だが、景は命の表情を見てある程度察したらしく。
「ん、別に倫を見てりゃ、すぐに分かる事だろ?」
さも当然の如く、そんな事を言う。
倫の命への態度はそんなに分かりやすいものだったろうか?
混乱する命に対して、景は屈託の無い笑顔を浮かべて追い討ちをかける。
「そういえば、お前の見合いの話があったな。もしかして、アレのせいか?」
どうして悉くピンポイントに図星を突いてくるのか。
もはや、命の表情は今にも泣き出しそうな様子だ。
そんな命に対して、景はニヤリと笑って……
「ところで、お前の方はどうなんだ?」
「え、どうなんだ……って!?」
「お前の方は、倫の事を好きかって、そういう話だよ」
あまりの直球ぶりにしばし言葉を失う命だったが、やがて観念したような表情で口を開く。
「それは……私も倫の事が好きですけど…」
「やっぱりな!」
合点がいったとばかりに膝を叩く景を見て、命は慌ててこう続ける。
「あ、あくまで家族として、兄妹としての話ですよ。いわゆる男女の間のあれこれとは全く別の……」
だが、景は命の弁解を半分も聞かない内にこう言い切った。
「同じだよ」
「えっ!?」
「同じだ。何も違わない。好きになったら、家族だろうと、兄妹だろうと……」
そう言って、景はウインクなどしてみせる。
対する命はもうズタボロだった。
「でも、それはつまり、さっき私が言った男女のあれこれを妹相手に……って事になりますよね?」
「ん、まあ、そうだな……」
「実の妹に対してそんな感情を抱くなんて…そんな事が…」
うろたえる命を見ながら、景は少しだけ真面目な調子でこう締めくくった。
「そうさ、大変な事だ。だから、大事なんだよ、お前の気持ちが。お前が倫をどう思っているかが……」

それから一時間ほど後、嵐のようにやって来た景は、嵐のように去っていった。
取り残された命はぽつねんと、待てど暮らせどやって来ない患者を待ちながら、ぼんやりと先ほどの兄との会話を思い出していた。
(私が…倫の事をどう考えているのか……)
年の離れた可愛い妹。
ほんの赤ちゃんの頃から、こうして立派に高校生になるまで、ずっと倫の姿を見てきた。
意地っ張りで、悪戯好きで、だけど人一倍の頑張り屋である妹。
そんな倫に対して自分が感じる好意は、あくまで家族としてのもの、その筈だった。
(…それなのに…これは…この記憶は……)
胸の奥から次々と溢れ出す、倫といた時の思い出たち。
医師を目指して勉強して、最終的には蔵井沢から離れて生活するようになった自分だけれども、
心の中には信じられないくらいたくさんの、倫との思い出が詰まっている。
ずっと自分を見つめていた妹の事を、ずっと妹を見ていた自分の事を、誰よりも命は知っていたはずなのに。
そしてあの日、恐らくは倫がありったけの勇気を振り絞って、糸色医院の扉を叩いたあの瞬間……。
(そうか、あの時から私は……)
扉の開けたとき目に入った、自分を見つめる妹の健気な眼差し。
それを見たとき、命の中で積み重ねられてきた妹へのさまざまな想いは一つに結晶した。
(あの時から、私は妹に、倫に恋をしていたんだ……)
だから、あの日以来、毎日自分の元を尋ねてくるようになった倫との時間が嬉しくて、命はそれに夢中になった。
だけど、それと同時に、自分達の間に横たわる兄妹という壁の分厚さも命は認識し始めた。
いつかは壊れてしまう事が約束された妹との語らいの時間は、本当に楽しくて、切ないくらいに苦しくて……。
恋は人を臆病にさせる。
その言葉の通り、いつしか命はそれに耐える事が出来なくなってしまった。
187266:2008/12/01(月) 00:40:41 ID:mdjU18SA
「何をやっていたんだ、私は……」
妹のためと言いながら、結局は自分の臆病心のために倫を遠ざけてしまったのだ。
あれほど切実に命の事を想っていた倫を、自分は受け止めてやらなければならなかったのに……。
「倫、すまない、倫……」
カチコチ、カチコチ、時計が刻む針の音。
いつしか窓の外の空は真っ暗になり、看護師たちもそれぞれ帰宅して、
だけども命は診察室の椅子に座って、来るはずの無い妹を待ち続ける。
祈るように両手を合わせて、ただ診察室の扉を叩くノックの音を待ち続ける。
そして、そのままどれくらいの時間が過ぎただろう。
コンコンッ。
「………っ!?」
命が顔を上げた。
期待と不安の入り混じった顔で、診察室の扉を見つめる。
「命お兄様…いらっしゃいますか?」
そして聞こえてきたのは、あの時と同じ言葉と、あの時と同じ声。
命は立ち上がり、扉を開けて妹を迎え入れる。
「命お兄様……」
暗い廊下に立つ妹は、昔から変わらないまっすぐな眼差しで命を見つめ、
震えだしそうな体をぎゅっと押さえつけて、言葉を紡ぎ出す。
「命お兄様…私は……」
そして、命は倫のその切なる想いを、願いを、自分の耳で確かに聞き届けた。
「…私は…命お兄様を…愛しています……」

望の言葉に勇気付けられて、勢い任せに倫は学校を飛び出した。
走って、走って、まっしぐらに命の元に向かう。
スピードで言うならば、時田の運転する車に乗った方が当然速かっただろう。
だけど、一歩踏み出した瞬間から、倫には自分の足を止める事が出来なくなった。
胸の内に燃え上がる感情の促すままに、倫は町の中を駆け抜ける。
そして、ようやくたどり着いた愛しい兄の前で、倫は自分の想いを告げた。
「…私は…命お兄様を…愛しています……」
走ってきた勢いのまま、呼吸を整えるのも待たず、その言葉を命にぶつけた。
「……倫」
言ってしまった……。
呆然とつぶやく命の言葉にすら、自分の存在が吹き飛んでしまいそうな恐怖を感じてしまう。
それでも、たとえどんな結果が待っていようとも、今の自分にはこの選択肢以外ありえないのだから。
命がどんな答えを出すかはわからない。
倫はただその兄の瞳を一心に見つめて、命が口を開く瞬間を待つ。
倫の言葉を理解した命の顔に、ゆっくりと苦しげな色が浮かび始めて、倫の心は一瞬諦めに囚われる。
しかし、命の両手が倫の肩にそっと置かれて
「…命…お兄様……?」
倫を気遣うその優しい感触が伝わってくる。
「…倫…すまなかった……」
「…えっ?」
そして次に命の口から発せられた言葉に、倫は少し驚いた。
命はそれから、自らの苦悩を無理にでも押しのけるように、精一杯の笑顔を浮かべる。
「…私に意気地がないばかりに…お前をこんなにも苦しませてしまった……」
「そんな…命お兄様は何も……」
「私は、お前の気持ちを知っていて、理解していて、それなのに今まで逃げ回っていたんだ…」
そこで倫はようやく、命の顔に浮かぶ苦しげな表情の意味を悟った。
(命お兄様は、私の事を想って、後悔して…だから、こんなに苦しそうにして……)
「倫、お前の気持ちは確かに受け取ったよ」
(そして今、私の気持ちに正面から向き合おうとしてくれている……)
「倫もわかっていると思うけれど、その気持ちは誰もに受け入れてもらえるものじゃない……」
「はい……」
「それでも構わないというのなら、今度は私の気持ちを受け取ってほしい…」
そして倫は見た。
確かにその耳で聞いた。
最愛の兄が、ありったけの勇気を込めて、倫の待ち望んでいたその言葉を告げる瞬間を……。
「愛している。私も愛しているよ、倫……」
そのまま、倫の体は命の暖かな腕の中に包み込まれた。
188266:2008/12/01(月) 00:41:22 ID:mdjU18SA
まるで壊れ物でも扱うかのような、優しい抱擁。
「本当ですのね?命お兄様、本当に私の事を……」
命の腕の中の倫は、まるで小さな子供に戻ったかのように、何度も命にそう尋ねた。
「ああ、あれが私の嘘偽りの無い気持ちだよ…」
そして、命はその度に倫の耳元でその問いに答えてやる。
倫は、今この瞬間が嬉しくて、嬉しすぎて、今にも夢のように醒めてしまうのではないかとさえ思ってしまう。
だが、全身で感じる命の体温が、鼓動が、それが現実である事を何より雄弁に教えてくれた。
「さっきも言ったように、この気持ちを抱いている限り、私も倫も、色んな苦しい出来事に出会うと思う…」
「ええ、でも、命お兄様と一緒なら……」
「ああ、倫、お前と一緒なら……」
そして二人は、本当に幸せそうな笑顔を浮かべて、ゆっくりと互いの唇を重ね合わせた。
倫の想いは、命の願いはついに、今ここでこうして通じ合ったのだ。

強く強くお互いの唇を求め合い、きつく抱きしめ合う命と倫。
二人の手の平はいつしか、さらに貪欲にお互いの存在を求めるかのように、愛しい相手の体を愛撫し始める。
「…んっ…はぁ…あ……命…お兄様…」
「…倫…もし、お前が構わないと言うなら…私は……」
見つめ合う二人の瞳には、互いの瞳の奥に燃える情熱の炎が映し出されていた。
二人とも、言葉にしなくてもわかっていた。
一度走り始めたこの熱情を止める術を、今の二人は何一つ持っていないと。
愛しい人の全てを自分の体で受け止めたい。
その衝動は互いの気持ちを隠し通してきた時間の分だけ積み重なり、ついに見つかった突破口めがけて押し寄せようとしていた。
「…倫、お前が欲しいんだ……」
「…私も…命お兄様を…」
うっとりと呟いて、命は倫を抱えあげる。
そして、そのまま倫を膝の上に載せるようにして、命は椅子に座る。
倫は自分の体を支えてくれる命の腕に身を任せて、自分の右腕をそっと命の肩に回す。
「いくよ…倫……」
「はい……」
微かにうなずき合った後、命はもう一度倫の唇にキスをする。
そしてそのまま、倫の首筋に、制服から僅かに覗いた鎖骨に、ゆっくりと舌を這わせる。
熱く濡れた舌先になぞられて、倫の体がビクビクと震え、小さく声が漏れ出てしまう。
「…あ…命、お兄様ぁ……ああんっ…」
初めて味わうその鮮烈な感覚に、倫の理性はいとも簡単に乱されていく。
命はさらに、倫のわき腹にそっと指を這わせ、そのままセーラー服の裾に手をかける。
「倫、いいかい?」
「は、はい…私…もっと命お兄様にさわってもらいたい……」
命の問いかけに、倫がそう言って頷いたのを確認してから、命は倫のセーラー服を捲り上げていく。
いつもは衣服に隠されて見えない、白磁のような肌が露になる。
ブラもずらされて、倫の形の良い乳房が姿を現すと、命はその柔らかな膨らみにそっと手を触れる。
「…ひゃ…あぁんっ…」
ただ触れられただけなのに、倫の背中をゾクゾクと得たいの知れない感覚が駆け抜ける。
命は倫の反応を伺いながら、繊細な手つきで倫の乳房と、その先端のピンク色の突起に刺激を与える。
「あっ…くぅんっ!…あはっ…ひ…うぅんっ!!」
「倫、どうだい?」
「…ふあ…あ…きもちいい…きもちいいですわ…命…お兄様……」
次第に肌を上気させ、息を乱れさせていく倫。
それに伴って、命の指先の動きもさらに大胆なものになっていく。
乳房の上にぴんと屹立した倫の乳首は、命の指先の間に挟まれて、摘まれ、こね回され、弾かれて、好き勝手に弄くられる。
もう片方の乳首は、命の口に吸い付かれ、前歯に甘噛みされて、舌先で撫で回される。
さらに乳房全体をもみくちゃにされて、倫の胸は燃え上がらんばかりの激感に支配される。
「…ひゃうっ…ああんっ!!…命…お兄様ぁ…こんな…すごいぃっ!!!」
目じりに涙をためて、声を上げる倫。
その恍惚とした表情は、命にさらなる衝動を生み出させる。
189266:2008/12/01(月) 00:42:57 ID:mdjU18SA
命は倫の乳房から一旦手の平を離し、そのまま背中をなぞって、倫のお尻に触れる。
そのまま倫のスカートの中にもぐりこんだ命の手は、倫のお尻を幾度か撫で回してから、ショーツの中に侵入していき……
「…ひっ…ひゃああんっ!!…命お兄様ぁ…そこはぁ…っ!?」
命の指先がきゅっと閉ざされた倫の後ろの穴を突いたのだ。
思わず悲鳴を上げた倫に、命は少し悪戯っぽく笑って…
「おや、倫はこっちは苦手だったかい……」
そう言って、一旦手の平を離して、今度は前方から倫の一番敏感で大事な場所に触れる。
「…ふあっ…ああああんっ!!!」
未だ誰にも触れられた事の無いその場所への刺激に、倫はさらに大きな声を上げてしまう。
「…も…もう…命お兄様…少し調子に乗りすぎ…ですわ…あ……ひうぅ…あああああっ!!!」
「ごめんよ、倫、でもお前があんまり可愛い声を出すから…」
そんな兄の行動に、倫は顔を膨らませて怒るが、命は笑ってそれに答えつつも手を休めない。
くちゅくちゅ、ぴちゃぴちゃと、淫らな水音を立てて、アソコを命の指でかき回され、倫はその快感に翻弄される。
「…あぁ…ふあああんっ!!…も…命お兄様の…ばかぁ……」
命を睨みつけて言ったその言葉も、甘い響きを帯びていた。
命はまだ汚れを知らぬ倫のその場所を、指先でかき混ぜ、突き入れ、本数を増やして、さらに奥を刺激する。
ビクンビクンと震える柔肉の感触は、まるで倫の感じている快感にダイレクトに反応しているようで、命の興奮はさらに高まる。
「ふああ…命お兄様…私…もうっ!」
「倫……」
体中に染み渡った快感に理性を溶かしつくされて、倫は潤んだ瞳で命を見つめる。
「命お兄様のが欲しい……ほら、命お兄様のもこんなになって……」
そう言って、倫は命の張り詰めたモノにズボンの上からそっと触れる。
命は布地越しでもわかる妹の燃えるような手の平の厚さに、息を呑んだ。
「そうだな…私も倫の全部が欲しいよ……」
「命お兄様……」
そう言って、二人はもう一度口付けを交わす。
そして、倫と命が正面から向き合うように体勢を変えて、いよいよ二人はその時を迎える。
「命お兄様…来てください……」
「倫……」
命の大きくなったモノが倫の前で露になる。
初めて男性のモノが大きくなったところ見て、倫は少し戸惑うが、そっと手を伸ばして命のモノに触れ
「さあ……」
自ら入り口の部分へと、命のモノを導く。
命はそんな妹の背中を、絶対に離さぬようにしっかりと抱きしめて…
「いくよ……」
「………っ!?」
挿入を開始する。
ゆっくりと慎重に、狭い道を通って、命の分身が倫の体の奥に埋もれていく。
「……あっ…くぅ……」
初めての痛みがどれほどのものか、男である命には想像もつかないが、倫は微かに声を漏らすだけで決して痛いとは言わなかった。
その健気さにせめて少しでも応えようと、命は倫の気が紛れるよう軽いキスを繰り返し、絶え間なく全身を愛撫する。
やがて、命のモノは倫の中の最奥に到達した。
「……これで…命お兄様のが…ぜんぶ私の…中に入りましたのね……」
「ああ、倫、よく頑張ったね…」
「まだですわ…もっと強く、もっと激しく、命お兄様を感じたい…」
そう言って倫が軽く腰を浮かせたのに応えて、命はゆっくりと腰を動かし始める。
「あまり無理はするんじゃないよ」
「うふふ、命お兄様は心配性ですわね…ご心配には…あっ…及びませんわ……」
最初はお互いを探りあうような、慎重な腰使いが、ゆっくりと、しかし確実に加速していく。
190266:2008/12/01(月) 00:43:46 ID:mdjU18SA
命のモノが抜き差しされる度に、痛みとも快感ともつかない刺激が電流のように倫の体で弾けて、思わず声が出てしまう。
命も、妹の中に自分の分身を包み込まれた、熱く切ないその感触に、次第に我を忘れていく。
燃え上がるような互いの体温に理性を溶かされて、命と倫は次第に行為に没入していった。
「…ひゃうぅっ!!…あはぁっ!…命お兄様ぁ…命お兄様ぁああっ!!!」
くちゅくちゅと音を立てる接合部からは、初めての証の赤い色に混じって、大量の蜜が溢れ出す。
それを潤滑油として、二人の交合はさらに強く、激しく、そのスピードを加速させていく。
「…はぅう…ふあぁ…すご…こんなの…熱すぎて…私ぃ……っ!!」
激しいピストンに合わせて、倫の流れるような美しい髪が踊る、踊る。
命は、自分の体の上で、怒涛のような刺激に溺れて泣きじゃくる妹の姿が愛おしくてたまらなかった。
踊る黒髪と、ばねのようにしなやかな肢体、命の心はその美しさに完全に魅せられてしまっていた。
「倫…きれいだよ…倫…っ!!」
「…ふぁ…ああ…命お兄様ぁ…もっと…もっと命お兄様ので倫の中をめちゃくちゃにしてください……っ!!!」
涙をためた瞳で自分を見つめ、一心に哀願してくる妹の言葉を、命が無視できる筈も無かった。
腰を打ち付けあう音が部屋中に響くほど、命はさらに激しい勢いで倫の体を突き上げる。
「ひぃ…あああんっ!!…すごいぃ…命お兄様ぁ…私っ…きもちいいっ!!!!」
白磁の如き倫の肌を、命の指先が這いまわり、その全身をくまなく刺激して征服していく。
命の舌先は倫の体の上に幾筋もの軌跡を残し、倫にゾクゾクとした刺激を与え続ける。
ただひたすらに、目の前の愛しい人の存在に溺れて、倫と命はさらなる快楽の深みにはまっていく。
「倫、もうそろそろ出すよ……っ!!」
「命お兄様、私も……っ!!!」
限界へ向かって燃え上がる二人の体。
倫と命はさらに激しくお互いを求め合い、行為を加速させていく。
突き上げて、かき混ぜて、腰を振って、膨れ上がる熱量はついに二人の中で弾けとんだ。
「ああ、倫、好きだよ、倫……っ!!!!!!」
「ふああああああっ!!命お兄様…私もっ…私も好きぃいいいいいいいっ!!!!!」
同時に絶頂に達した二人。
弓なりに体を反らして、その激感に震える倫の体を、命は強く強く抱きしめた。
「はぁはぁ…あ…命お兄様……」
「倫……」
そして二人はもう一度、長い長いキスを交わしたのだった。

初めての経験に疲れきった倫が起き上がれるようになってから、命は時田に連絡をした。
せっかく二人が一つになれたのに、また別れ別れになるのは辛いところだったが、明日の学校の準備の事を考えれば仕方がない。
命は、倫が倒れたりしないよう、手を取って玄関の方へと先導する。
「命お兄様、私は一人でも大丈夫ですわよ…」
そんな命に意地っ張りの倫は不服そうだったが
「まあ、そう言わないでくれ。本当のところ、倫の手を握っていたいだけなんだから…」
命の言葉に顔を赤らめる。
玄関までやって来ると、倫はいそいそと靴を履き、それから命の方に振り返った。
そして……。
「命お兄様、大好きですわ…」
そう言って、倫は命にキスをして、
「これからは、何度言っても構いませんのね…」
本当に嬉しそうに笑った。
「ああ、そうだね……」
そんな倫に、命も嬉しそうな笑顔を見せる。
そう、二人の気持ちは通じ合ったのだから。
たとえ、これからどんな困難が立ち塞がるとしても、この気持ちを確かめ合えるのなら、きっと大丈夫。
「私も倫が大好きだよ」
命にその言葉を聞いて、倫は花のような笑顔を浮かべて、うなずいたのだった。
191266:2008/12/01(月) 00:44:21 ID:mdjU18SA
これでお終いです。
失礼いたしました。
192名無しさん@ピンキー:2008/12/01(月) 00:49:01 ID:SPsBW9n1
>>266
乙。超乙。
リアルタイムで読めて嬉しい。本当に乙。
193名無しさん@ピンキー:2008/12/01(月) 06:11:39 ID:hhksJsUt
>>266
乙。兄妹いいね
某サイトがどこか分かる気がする
194糸色 望 ◆7ddpnnnyUk :2008/12/01(月) 08:16:23 ID:aYmOu1g2
糸色 望で、推理頭脳の特性を活かしきるのには、
ルルーシュ、四月一日 君尋、ロイ・マスタングなどと
同様に、変速段を使用して80km/h付近まで5ノッチで
引っ張るという推理操作が求められる。

ただし、エデンの檻の真理谷 四郎との併結の場合、
真理谷 四郎に苦しい思いをさせないために、45km/h程度で
タイミングよく直結へと切り替えるため、望本来の特性を
活かしきる前に直結段になってしまい、変速段では
約3,600kg程度と有効に作用していた動輪周引張力が
直結段では約1,400kg程度へとドカ落ちしてしまうなど、
性能を出し切れない場面も少なくない。
195266:2008/12/06(土) 09:31:28 ID:uha/J56h
また書きました。
先日、一区切りつけた、万世橋とめるめるの話の続きです。
ちょっとした外伝的馬鹿話のはずが、なぜかシリーズ最大の文章量になってしまいました。

それでは、いってみます。
196266:2008/12/06(土) 09:32:26 ID:uha/J56h
――――どうして、こんな事になってしまったんだ……?

『………こちら、現場の大岡です。ご覧のように犯人が人質と共に立て篭もっているこちらの家の周辺は、
現在警察によって完全に包囲され、犯人に対して再三の説得が行われています。
しかし、犯人側からは、私たち毎朝放送宛に送られた犯行声明以外には、依然として何らかの要求や
反応が見られないというのが現状のようです――――』
ありふれた住宅街の一角、周囲の住宅に比べかなり豪華なつくりのその家の周辺を10台以上のパトカーが
包囲していた。
事件が発生したのは今日の夕方5時を回った頃、
『隣の家の少年が小学生と思しき女子児童を部屋に連れ込んで立て篭もり、暴行を働いている模様』
との通報が地元住民から警察へ寄せられた。
通報してきた地元住民は少年の家の隣に住む主婦だった。
少年の母親から事情を伝え聞いた彼女の通報を受けて、地元警察はパトカー3台と警察官10名を派遣。
一気に少年の部屋への突入を敢行する作戦だったが、ここで事態は急変する。
民放テレビ局、TVSのニュース番組が今回の事件にいち早く反応し、番組内容を変更。
冒頭からこの事件に関する特集を開始したのだが、その番組上で新たな事実を明らかにした。
実はこの日の朝、TVS宛に一通の郵便が届けられていた。
ありふれた茶封筒の中には、明らかに犯罪を予告するものと思われる文章の書かれたレポート用紙が入っていた。
『――――これらの要求が容れられない場合、お前たちは相応の犠牲をもって対価を支払う事となるだろう』
予告状に書かれた決行の日時は、まさに今日この日。
TVSは少年の下に捕われた女子児童こそが、この手紙に書かれた『相応の犠牲』、つまり人質である事が考えられるとして、
これを公表するとともに、手紙を警察に提出した。
これによって警察は対応を変更せざるをえなくなった。
犯行予告の存在は、今回の事件が計画的なものである事を示唆していた。
犯人である少年は相応の準備をしている可能性が高く、強行突入は人質となった女子児童に大きな危険を及ぼす可能性が高いと考えられる。
警察はさらに増援を要請し、計14台のパトカーと70名を越える人員を配置し、現場を完全に包囲した。
しかし、警察の再三の呼びかけ、交渉の要求に対して、犯人は全くの無反応。
カーテンの引かれた室内の状況も把握できず、こう着状態に陥っていた。

窓の外の喧騒をぼんやりと聞きながら、件の犯人少年、万世橋わたるはウンザリした調子で呟いた。
「……どうして、こうなる?どうして、こんな事になっちまうんだ?」
その横では人質の『小学生と思しき女子児童』、音無芽留が不機嫌そうな顔でテレビを睨みつけていた。
【ちくしょーっ!!!誰が小学生だっ!!誰がっ!!!】
ただ、この少女を家に招いただけなのに。
ただ、この少年に招かれて、初めて彼の部屋に足を踏み入れただけなのに。
ただ、二人して語り合う親密な時間が欲しかっただけなのに。
「【なんでこんな大事件になってるんだぁあああああっ!!!?】」

時間を少しさかのぼる。
この日の夕刻、4時を少し過ぎた頃、わたるは芽留に背中を押されながら、自宅への道を歩いていた。

きっかけは昼休憩の時の、他愛も無い会話だった。
【そういえば、お前約束果たしてないよな?】
藪から棒に芽留にそんな事を言われて、わたるは戸惑った。
「何の話だ、約束って?」
【まさか、破る気じゃねーよな?あれからどれだけ経ったと思ってんだ、いい加減約束を果たせ!!】
「いや、全く話が見えんぞ。約束って何だ?」
すると芽留はわたるの方にズズイと身を乗り出して、こう続けた。
【前言っただろ。DVD貸せって!】
ああ、そんな話もあったな。
芽留の言葉を聞いて、わたるはようやく思い出した。
以前、芽留とわたるは一緒に『スカイクロレラ』という映画を見に行った。
この映画を芽留が気に入って、それで同じ監督の作品のDVDをわたるが貸すという話になったのだ。
しかし、その会話の直後、二人は6人組の不良に襲われてしまう。
どうにか難を逃れたわたると芽留だったが、その騒ぎのせいでわたるは約束の事をすっかり忘れてしまったのだ。
「ああ、あの事か。すっかり忘れてたな。よし、明日にでも適当な奴を選んで持って来てやるよ」
芽留が妙に怖い顔をして言うものだから何かと思ったが、そんな事とは。
早速、どの作品のDVDを持って来るのが妥当か、わたるは考え始める。
なにしろ、作品の難解さでは定評のある監督だ。あまり、ディープなやつはまずい。
と、その時、そんなわたるの思考を芽留の言葉が遮った。
197266:2008/12/06(土) 09:33:49 ID:uha/J56h
【明日じゃ遅い。今日だ!】
「なっ!?今日って……今から取りに行けっていうのか?」
【違う。もっと手っ取り早い方法があるだろっ!!】
驚くわたるに、芽留は頬を赤く染めながらこう言った。
【オレがお前の家に直接取りに行けば、一番早いだろ!!】
そこまで言われて、わたるはようやく芽留の意図を悟る。
要するに、DVDは口実だ。
芽留はわたるの家に行きたいと、そう言っているのだ。
【オレが行って、オレが直接どのDVDを借りるか選ぶ。その方が手っ取り早いだろ】
しかも、この口振り、わたるの部屋まで上がり込んで来るつもりのようだ。
根っからのオタクのわたるとしては、自分の部屋の内情を目の前の少女に見られたくはなかったのだが……。
「そんな急ぐ事はないだろ?」
【時は金なりだ。馬鹿野郎。お前は黙ってオレを家まで案内すればいいんだ!!】
携帯の画面に浮かぶ言葉だけは勇ましいが、顔を赤くして若干もじもじしている芽留。
その上目遣いの視線が、わたるの心臓を打ち抜いた。
「わ、わかった。それじゃあ、一緒に家まで来いよ……」
こうして、芽留がわたるの家を訪ねる事が決まったのだ。

というわけで、照れ隠しに背中をバンバン叩いてくる芽留を先導して、わたるは家までの道を歩く。
【さっさと歩け、デブ!!】
「わかったから、そんなに騒ぐな…」
どうやら、初めてわたるの家に上がる事への興奮を抑え切れていないようだ。
だが、わたるもわたるでかなり緊張していた。
ただ、女の子が家に来るというだけでも大変な事態なのだが、
自分の部屋を見た時彼女がなんと言うのか、どんな反応をするのか、かなり不安だった。
わたるはオタクとしてはかなりディープな方だ。
そんな彼の趣味が溢れ出した自室を見れば、大抵の人はドン引きする事必至だ。
しかし、心の中には芽留が家にやって来る事が嬉しくてたまらない自分も存在して………。
そういうわけで、いつもの帰り道を進みながら、わたるの頭の中はすっかり混乱していた。
「次の角を曲がったらすぐだ」
【おう!】
こうなったらもう、覚悟を決めるしかない。
家の手前まで来て、わたるの心はようやく固まる。
わたると芽留は、先日、互いの想いを告白し、恋人として付き合うようになったばかりだった。
そこまで近しい間柄になってしまえば、下手に取り繕った振る舞いをするわけにもいかない。
自分の腹の底まで見せるぐらいのつもりで、付き合っていかねばならないのだ。
そういう意味では、今日の芽留の訪問はいずれはやって来る必然とも言えた。
「ここだ…」
【あ……】
その家は、外装、大きさを見るだけでも、周囲の家より1ランク上である事がわかった。
「前に火事で焼けて、随分保険金をもらってな。それで新しくこの家を建て直したんだ」
【知ってるぞ。前に見た事があるからな。そうか、お前の家だったんだな……】
芽留は以前、クラスメイト達とこの付近を通りかかり、その時担任である糸色望からこの家の事情は聞いていた。
そこがわたるの家だとは全く知らなかったのだけど、そうと知ってからこの家を見るとあの時とは違った印象を感じるような気がした。
「んじゃ、入るぞ」
【お、おう……っ!!】
わたるが玄関のドアの鍵を開けて、二人は家の中に足を踏み入れる。
「ただいまー」
そう言ったわたるに
「ああ、わたる、おかえり」
玄関から伸びる廊下の右手にあるドアの向こうから、中年女性の声が返ってくる。
おそらくは、わたるの母親だろう。
と、そこでいきなり、わたるは芽留の右手を掴んだ。
そしてそのまま、小走りにその廊下を通り抜けようとする。
(な、なんだコイツいきなり……っ!?)
手を握られて戸惑う芽留だったが、わたるにぐいぐいと引っ張られてメールを打てない。
だが、わたるはそんな芽留の考えを察してか
「いや、あんまり見られたくないだろ……恥ずかしいし……」
顔を赤くしてそんな事を小さく呟いた。
198266:2008/12/06(土) 09:34:32 ID:uha/J56h
その言葉を聞いて、芽留もいまさらながらに恥ずかしくなる。
確かに、わたるの母親に見られたら、芽留もどんな顔をしていいかわからないだろう。
だが、タイミング悪く、先ほどわたるの母親の声がした方のドアが開く。
そこから顔を出した女性、わたるに良く似た彼女は、わたると、彼に引っ張られる芽留の姿を見てひどく驚いた表情を浮かべていた。
((み、見られた〜っ!!))
二人は心の中で叫ぶ。
わたるはほとんど芽留を引きずるようにして、自室のある二階へと登る階段を一気に駆け上がる。
(まあ、声を掛けられなかっただけマシか……)
二階に上がった二人は、そこでようやく、ホッと一息ついて立ち止まった。
だが、実はこの時から自体が重大かつ致命的な方向に転がり始めた事に、わたると芽留はまったく気付いていなかった。

「あ、お兄ちゃん、おかえりなさい」
と、そこで、今度は二階の廊下の奥のドアが開いて、わたると芽留に声が掛けられた。
「がっ!?そうか…今日はもう帰ってたのか…」
【誰だ?】
姿を現したのはわたるをそのまま小さくしたような女の子だった。
「い、妹だよ……」
【なるほど、血統だな……。よく似てるぞ】
芽留はわたるとわたるの妹を交互に見比べて、そう言った。
「ねえ、お兄ちゃん、その人、誰なの?」
「あ、いや…その……なんというかだな…」
当然の疑問をぶつけられて、わたるはうろたえる。
そんなわたるを横目で見てから、芽留はにやりと笑い、携帯をカチャカチャといじり始める。
そして、画面に打ち込んだ文章を、わたるの妹に向けて掲げた。
【コイツの彼女だ】
それを見て、わたるの妹がおおーっと声を上げる。
妹の反応で、芽留が何を伝えたのかを察したわたるは、慌てて芽留の携帯をひっつかもうとする。
「お前、そんな露骨に……っ!!」
しかし、芽留はそんなわたるを面白がって、ニヤニヤと笑いながらわたるの手をかわす。
そのまま二人は、ドタドタと足音を立てて、携帯電話を奪い合う。
「あははは、ほんとに仲がいいんだ」
それを見ながら、わたるの妹はくすくすと笑い、再びドアの向こうに姿を消した。
「はぁはぁ……何もあんなハッキリ伝えなくたっていいだろっ!」
【いや、オレも今になって何だか恥ずかしくなってきた……】
思いがけない遭遇に、つい騒いでしまった二人だったが、とりあえず、わたるの部屋はもう目前。
「こっちが俺の部屋だ」
【おう、邪魔するぜ】
わたるはドアを開き、ついに芽留を自分の部屋へと招き入れた。

一方そのころ、一階では……。
「わたる……」
わたるの母が不安げに階段の上がり口から二階の様子を伺っていた。
わたるの母は自分が先ほど目にした、信じがたい光景を頭の中で再生する。
わたるが見知らぬ女の子を強引に引っ張って二階に上がっていった事。
その後、二階から聞こえたドタドタという、まるで誰かが暴れているような足音。
わたるの母は、今日のワイドショーで目にしたニュースを思い出す。
オタク趣味の男が、自宅に女性を監禁して暴行を働いたという事件だった。
あの時も何か他人事には思えないような気持ちで、テレビを見ていた。
ウチの息子に限って………。
だけど、今息子が傾倒しているのは、世に言うオタクと呼ばれる世界だ。
何より、先ほど目にした光景は……。
(何事も無いならそれでいいけれど……。とにかく、本当のところを確かめなけりゃね……)

その部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、芽留は息を呑んだ。
(うわぁ………)
無論、わたるの趣味を知らないわけではないので、それなりの覚悟はしていた。
だが、目の前の光景はそれを軽々と飛び越えていた。
別に、男子の部屋にありがちな、ひどく散らかった部屋だというわけではない。
むしろ、徹底的に整理整頓され、手入れが行き届いており、清潔な空間と言ってもかまわないだろう。
199266:2008/12/06(土) 09:35:11 ID:uha/J56h
芽留を圧倒したのは、まずその物量だ。
コミック、同人誌、各種のゲームソフト及びハード、フィギュア、プラモ、CD、DVD、その他もろもろのグッズで部屋は埋め尽くされていた。
比喩ではなく、文字通りの意味でだ。
なにしろ、部屋のどの方向を向いても、そういったグッズの類を目にしないでいる事が不可能なのだ。
それらはある特定の規則を持って部屋に配置されていた。
しかし、その規則を言語化することが出来ない。
まず、メーカーや作品による区分が基本となっているのは確かなのだが、
それ以外にも部屋の主であるわたる以外には理解できないある種の秩序がその配置を決定しているようだった。
壁を埋め尽くすポスターの並びにも一定のルールがあるらしいが、それは芽留の想像の範疇外だ。
ただ、それは何故か芽留に密教寺院に描かれるような、曼荼羅を想起させた。
曼荼羅は仏教における宇宙観を表したものだと言われている。
ならば、このポスターの集合は、いや、この部屋全体のオタクグッズの配置は、万世橋わたるという人間の内的宇宙の表出と言えるかも知れない。
「くそっ…どうもやっぱりこのドアノブ、調子がおかしいな……まったく、新築だってのに…」
芽留の背後で、わたるは上手く閉まってくれないドアを、なんとか閉めようと格闘していた。
一応、なんとかドアをしっかり閉める事に成功したわたるは、恐る恐る芽留に尋ねる。
「やっぱり…………引いたか?」
【ドン引きだ……】
自分でもある程度自覚しているとはいえ、わたるは芽留の言葉にがっくりと肩を落とした。
【ま、まあ…片付いてはいるみたいだし、これも個性って事でいいんじゃないか?】
「でも、お前なんか車酔いしたみたいな顔になってるぞ……」
なんとかフォローしようとした芽留だったが、顔に出ていたらしい。
「まあ、とりあえず適当なところに座ってくれ…」
そう言って、わたるはクッションを差し出す。
人付き合いの苦手なわたるの部屋にあるクッションは、その一個だけらしい。
芽留はそれを床の上に置いて、その上にちょこんと座る。
腰を下ろして視点が下がった事で、部屋から感じるプレッシャーはさらに大きくなったように思えた。
「まあ、見ての通りのオタクの部屋だ。一般的な……とは言えないのは自分でもわかってるが…」
【凄まじいな……正直なところ…】
「ああ、オタク友達にすら引かれた。あの時は、ちょっと泣いた……」
初見の印象で曼荼羅だの宇宙だの、そんなワードが浮かぶ部屋はちょっとない。
ドアが閉まってしまうと、そこはもう現実世界とは隔絶された異次元空間のように思えてくる。
【ていうか、アレだ。一度火事にあって家が丸焼けになったんだろ?それじゃあ……】
「ああ、ここにあるのはほとんど、火事の後に集めたやつだ」
【よくこれだけ揃えられたな……】
「それなりに努力はしたからな」
それから、わたるは部屋の一角に置かれた美少女の描かれた抱き枕をちらりと見て
「火事の時に持ち出せたのは、あの抱き枕とか、ごく一部のものだけだ……」
そう言って、少し苦い顔で笑った。
芽留はわたるのその表情の意味が気に掛かったが、
「ともかく、当初の目的を果たそう。例の監督の作品のDVDは……確か、このへんだったんだが…」
芽留に貸す作品を探すため、わたるがDVDの収められた棚を調べ始めたので、結局それを尋ねる事はできなかった。
やがて、わたるは芽留の所に十数枚のDVDを持ってやって来た。
わたるはその中の一枚を手にとって、芽留に渡す。
「まあ、まずは有名どころからだな。『降格機動隊』、これなら名前ぐらいは聞いた事があるだろ?」
【知らん。っていうか、おい、お前……っ!!】
「『降格』を見るなら、次はそうだな……。続編の『イヌセンス』も一緒に見るのが妥当か」
そう言って、次のDVDを渡そうとしたわたるの腕を、芽留の手がむんずと掴む。
「おい、何すんだ!?」
【そりゃあ、オレの台詞だ!学校で言っただろ。どのDVDを借りるかは、オレが選ぶって……】
芽留はそう言ってから、わたるの顔を不機嫌そうに睨みつける。
「ちょ…、お前この監督の事まったく知らないんだろ?俺に任せといた方が……」
【オレが見たい奴を、オレが決める!それが何かおかしいか?】
そう言って、芽留はわたるの持ってきたDVDを物色し始める。
それを見ているわたるは、気が気ではなかった。
なにしろ、この監督の作品は、色々と『濃ゆい』のだ。
わかりやすい作品から徐々に慣らしていくのに越したことはない。
いきなり、いちげんさんお断りな作品を最初に見て、自爆してしまうなんて事も十分考えられるのだ。
200266:2008/12/06(土) 09:35:52 ID:uha/J56h
だが、芽留はそんなわたるの心配などお構いなしでDVDをあさり…
【これだっ!!】
その中の一枚を高々と掲げた。
一方のわたるは、そのDVDが何であるかを見て声を上げた。
「お前、それ…っ!!」
それはまさにわたるの心配していた、いちげんさんお断りな作品だった。
【『天使の煮たまご』か。面白そうじゃねえか】
「それは、駄目だーっ!!」
よりにもよって、それを選ぶとは……。
『天使の煮たまご』は、この監督の作品の中でも最も前衛的なものだ。
芸術性の高さは評価されているものの、ストーリーらしきものがほとんどないその内容は初心者にとって、まさに地雷だ。
確かに、自分の見たいものは自分で決めるという芽留の言い分もわからないではなかったが、この作品だけはやめておいてほしかった。
わたるは芽留の持つ『天使の煮たまご』のDVDを掴んだ。
「悪い事は言わんから、それはやめとけーっ!!」
【なんでだよっ?オレはこれが見たいんだっ!!】
芽留とわたるは、互いにDVDを奪い取ろうとして引っ張り合う。
【わーたーせーっ!!】
「いーやーだーっ!!」
ほとんど小学生の喧嘩だった。
どちらも一歩も譲らぬ、綱引きならぬ、DVD引き合戦。
『痛がる子供を見かねて、手を離した方が本当の親』とする大岡裁きならば、二人揃って失格だ。
すっかり意地になっての引っ張り合いの最中、芽留はハッとした顔になって
【そうか!これエロいんだろ!!お前、それを見られたくないから……っ!!】
事情を知らぬが故の、見当はずれな推理をして、わたるを睨みつける。
「馬鹿―――っ!!全然、違うわーっ!!」
芽留の言葉にわたるが顔を真っ赤にして叫んだ。
(駄目だ。もうコイツ、言葉で何を言っても納得しそうにない……)
それならいっそ、見たからといって何か害があるわけじゃなし、素直に芽留に『天使の煮たまご』を渡そうかと、そんな考えがわたるの脳裏をよぎる。
しかし、それを決断するには、わたるは頭に血が上りすぎていた。
もう、意地でもコイツにDVDを渡したくない。
芽留も携帯を手放して、わたるとの力比べに両手で応じる。
力と体格で劣る芽留は体勢を低くして、重力を見方につけてDVDからわたるの手を引き離そうとする。
一方のわたるは立ち上がって、大根でも引き抜くような姿勢でDVDを引っ張る。
力では完全に有利なわたるだったが、芽留がどこまでも喰らいついてくるので、一瞬たりとも力を抜けない。
ドタドタと床を踏み鳴らす衝撃で、わたるの部屋のドアの壊れかけのノブが勝手に動いて、ゆっくりとドアが開いていく。
「この分からず屋がぁ……っ!!!」
(黙れ、キモオタぁ……っ!!!)
そして、互いに譲らぬ戦いの均衡がついに破れる。
芽留がうっかり床の上のクッションを踏んで、うっかり足を滑らせたのだ。
引っ張られる力が緩んで、わたるもバランスを崩す。
どうにか体勢を立て直そうとしたわたるだが、彼までもがクッションを踏んづけてしまい……
「うわあああああっ!!!!?」
ドシィイイイイイイイインッッッ!!!!!!
わたるの体が芽留の方へ倒れこんだ。
幸い、わたるが咄嗟に手を付いたお陰で芽留は何とか押しつぶされずにすんだ。
「……ふう、危なかった…]
ホッと胸を撫で下ろしたわたると芽留は、ようやく冷静さを取り戻す。
そして気が付く。
「……………あっ」
(……これ…は…)
互いの顔が至近距離に接近していた。
床に横たわった芽留の上に、わたるの体が覆いかぶさったこの体勢。
それはちょうど、わたるが芽留を押し倒したかのような状況で……
「……………」
(……………)
芽留とわたる、二人の顔が真っ赤に染まっていく。
気まずい沈黙が部屋を包み込んだ。
早くこの状態から開放されたいのだが、頭が真っ白になって自分から動く事ができない。
『どけよ、デブ』、芽留はわたるにそう伝えたかったが、あいにく携帯は先ほど手放してしまっていた。
それに何だか、このままの状況でも構わないような気分に、芽留はなってきて……
201266:2008/12/06(土) 09:36:29 ID:uha/J56h
(……相変わらず、不細工な顔だな…)
なんて思いながら、芽留は首を起こして、自分の顔をわたるの顔に近づける。
(……でも、優しい目、してるよな……)
実際のところ、わたるは顔だけじゃなく、目つきも悪いのだけれど。
芽留は知っている。
この瞳が、いつもどれだけ芽留に対して、優しい眼差しを送ってくれていたかを……。
(……ほんと、こんな近くで見るのは初めてだ…)
コツン、わたると芽留の額がぶつかった。
「あ……おい…近いぞ……」
戸惑うように声を上げたわたるも、芽留の瞳から視線を逸らす事ができなくなっていた。
超至近距離で見詰め合う二人……。
だが、その時………

バタンッッッ!!!!!!

激しい音を立てて、半開きになっていたドアが閉じられた。
わたるはハッとなって上半身を起こし、ドアの方を見る。
わたるの部屋のドアはノブの調子がおかしく、いつの間にか勝手に開いている事がよくあった。
さっきの音は、そうやって半開きになっていたドアの隙間から、部屋の中を見ていた人物がドアを閉めた音だろう。
「み、見られたァ……っ!!?」
母親か、妹か、誰かはわからないが、先ほどまでの芽留とわたるの様子を見ていたのだ。
わたるは慌てて起き上がり、ドアに飛びつく。
いくらなんでもさっきのはマズイ。
誤解されないように何とか説明しないと……。
しかし、さっきの状況を客観的に見て、弁解の余地はあるのだろうか?
ぐるぐると混乱する頭で考えながら、ともかくドアを開こうと、わたるはノブを掴んだ。
ところが……
「え……っ!?」
ひねっても、押しても引いても、手ごたえが無い。
ノブが壊れている。
ドアが開かない。
「嘘だろ……」
ビクともしないドアの前で、わたるは呆然と呟いた。

階段を駆け下りながら、わたるの母は先ほど目にした光景を何度も頭の中でリピートしていた。
わたるの連れ込んだ少女の事が気になって仕方がなかった彼女は、ドタドタと二階でまた騒がしい音が聞こえて、
いても立ってもいられず二階に駆け上がった。
そして、見てしまった。
わたるが、彼女の息子が小さな少女を力ずくで押し倒す瞬間を……。
信じられない光景に頭が真っ白になった。
ドアを叩きつけるように閉めて、彼女は二階から逃げ出した。
昔から、素直な良い子であるとはお世辞にも言えなかった。
彼女自身、完璧な子育てが出来たなんて、口が裂けても言えなかった。
それでも、まさか我が子があんな真似をするなんて……。
信じられない。
信じたくない。
だが、自分の目の前で展開された光景は、まぎれもない現実なのだ。
そして、彼女の混乱がピークに達したその時……
ピンポーン♪
玄関のチャイムが能天気な音を立てた。
混乱したままの彼女は、それでもドアの鍵を開け、
「お邪魔してすみません。次の町内会の日時について伺いたいんですが……」
そこでついに、緊張の糸がぷつりと切れた。
彼女は泣き崩れて、玄関に立つその男に泣き叫んだ。
「息子がーっ!!息子がぁああああっ!!!!」
202266:2008/12/06(土) 09:37:11 ID:uha/J56h
夕闇の迫る町を歩きながら、一人の男が歩いていた。
くわえタバコの煙を引きずりながら、不機嫌そうな顔で男は悪態をつく。
「なんだって、久しぶりの休暇に、俺がおつかいなんぞしなくちゃならんのだ」
男は民放テレビ局、TVSのプロデューサーだった。
息をつく暇も無い激務に忙殺される日々の中、やっと休暇を手に入れて、今日は好きなだけ寝るつもりだったのに……。
「春子のヤツ、町内会の予定なんて自分で調べればいいだろうに……」
彼の妻は、『家で寝てるだけなら、ちょっとは私を手伝いなさいよっ!!』そう言って男を家から蹴り出した。
次の町内会の日時と、話し合われる内容についてのプリントが、何かの手違いで回って来なかった。
現在、町内会長をやっている万世橋さんの家まで行って、それをもらって来て欲しい。
恐妻家の彼は、彼女の命令に逆らえなかった。
情けない自分に肩を落としながら、男は万世橋家に向かって歩く。
「ここか……。でっかい家だな。そういや、火事に遭って保険金で建て直したんだっけか……」
道端にぺっとタバコを吐き捨てて、男は家の敷地内に入る。
玄関のチャイムを鳴らした。
しばらく待っていると、ドタドタと騒がしい音がして、玄関が開いた。
「お邪魔してすみません。次の町内会の日時について伺いたいんですが……」
現れた中年女性に、用件を告げた。
そして、そこで男は気が付いた。
目の前のオバサン、なんだか尋常な様子ではない。
青ざめて、ブルブルと震える彼女は、彼に向かって泣き叫んだ。
「息子がーっ!!息子がぁああああっ!!!!」
「ちょ、奥さん、しっかりしてくださいっ!!息子さんがどうなさったんですかっ!?」
男が肩を持って揺さぶると、中年女性はどもりながら状況を説明した。
「わたるが…あんな……あんな犯罪をするなんてぇえええ……」
男は混乱しきった彼女の話を頭の中で整理して、今この家で何が起こっているのかを把握する。
「わかりました、奥さん。とにかく、警察に連絡しましょう。今、私が電話をかけますから……」
男は中年女性から一旦離れて、携帯電話をポケットから取り出す。
しかし、彼がそれを使ってしたのは、まず110番をプッシュする事ではなく……
「全く、俺も休暇中だってのに、仕事熱心だねぇ……」
男はアドレス帳から、TVSの報道部への番号を呼び出す。
「今からなら、夕方のニュースには間に合うだろ……」
そう言って、ニヤリと笑う。
それにそう言えば、今朝方メールで妙な事を知らされた。
どこかの馬鹿が犯罪の予告状なんぞをウチの局に宛てて寄越しやがったらしい。
決行の日時は、まさに今日この日。
これは、もしかすると、もしかして………。
「くっくっくっくっ……面白くなってきたねえ……」

押して、引いて、叩いて、体当たりして、それでもドアは開かなかった。
ドアノブは簡単に壊れてしまう欠陥品だったくせに、ドア自体は頑丈なつくりでビクともしないのだ。
芽留とわたるが閉じ込められて、もう随分時間が経過した。
早く部屋から出たいのなら、外にいるわたるの家族の協力が必要不可欠なのだが……。
【呼べないよな……】
「ああ、アレを見られたらなぁ……」
わたるが芽留を押し倒すような形で転んでしまった事。
わたるの母親か妹か、あの時家の中にいた人間のどちらかが、あのシーンを見ているのだ。
恥ずかしくて、到底助けを求められるものではない……。
すっかり諦め顔の二人は、床に腰を下ろして、無為な時間を過ごしていた。
とはいえ、いつまでもこの部屋に閉じこもっている訳にはいかないのも現実なのだ。
内側から鍵をかけて二人きりで長時間……なんていう誤解を招いてしまっては余計に始末に負えない。
203266:2008/12/06(土) 09:39:22 ID:uha/J56h
「やっぱり、覚悟を決めるしかないか……」
そう言って、わたるが携帯電話を取り出す。
【助けを呼ぶのか?】
「ああ、仕方がない。ここは恥を忍んで……」
わたるがそう言った時だった。
「ん、どうした?」
芽留が何かに気付いたような様子で、窓の方を見ている。
【聞こえないのか?】
「だから、何が?」
問い返したわたるだったが、次の瞬間、わたるにもソレが聞こえてきた。
どこかで聞いた覚えのあるその音が何であるのか、最初の内、二人にはわからなかった。
だが、その答えを思い出すより先に、住宅街の道路を曲がって走ってきたソレが、その音の正体を教えてくれた。
盛大にサイレンを鳴らして走ってくる、3台のパトカー。
それは、次第にスピードを落として、万世橋家の前を包囲するように停車した。
そして、わたるはパトカーから降りてきた制服警官に駆け寄って、何事かをまくしたてる母親の姿を見つける。
「な、何だよ……こりゃあ、一体…何が起こったっていうんだ?」
しばらくの後、わたると芽留は、その答えを嫌というほど思い知らされる事になるのだった。

そして、場面は冒頭のシーンに戻る。

家の周囲を取り囲む警察や野次馬のざわめき。
テレビ各局の現地レポーターが張り上げる声。
上空を飛び交う報道ヘリのローター音。
かつてない喧騒に包まれた万世橋家の中、わたるの部屋に閉じ込められたままの二人は途方にくれていた。
テレビを点ければどのチャンネルも、万世橋家の事件を報道していた。
『犯行予告の内容から考えると、犯人に捕われている女子児童は非常に危険な状態にあり、警察の対応もかなり慎重になっているようです』
『年端もいかない子供をですねえ、人質にするなんてのは、本当許せませんよ』
『×××さんのお宅の息子さんでしょ?いつか、何かやらかすんじゃないかと思ってたのよ』
『根暗で友達も全くいないようでしたからね。昔から何考えてるかわからない危ないヤツでした』
『いわゆるオタクであったようですね。ゲームや漫画、アニメだけを友達とする生活が、次第に犯人の心を歪ませていった事は十分考えられます』
『ああ、今新聞の号外を読みましたよ。やっぱり最近の若者は何かがおかしくなってますよ』
全国ネットで放送されるその内容は、完全にわたるを犯罪者扱いしたものだった。
しかも、運の悪い事に、外の様子を伺おうとしたわたるが、カメラに写されてしまった。
未成年の犯罪とはいえ、一度その素顔が全国放送の電波に乗って既成事実ができたお陰で、報道側はすっかり遠慮をしなくなった。
わたるの顔が映った問題のシーンは何度も放映され、全国に晒されてしまった。
しかも、その時のわたるの顔は光の当たり具合等のせいで、いつにも増して目つきの悪い凶悪な顔に映っていた。
デブでオタクで人相も最悪の犯人というあまりに美味しすぎるネタに、テレビもネットもいまや異様な盛り上がりを見せている。
もはや、濡れ衣を晴らせたとしても、わたるに多大な社会的ダメージが及ぶ事は間違いなかった。
「ちくしょう……せめて、ドアが開けばなぁ…」
相変わらずのテレビを見ながら、わたるが絶望的な表情で呟いた。
【畜生…誰が”年端もいかない子供”だぁ!!】
一方、芽留の怒りのポイントはあくまでもその部分のようだ。
部屋に閉じ込められた今の二人には、今の事態に抗う術がなかった。
こうして手をこまねいている間にも事態はどんどん大きくなっていく。
真実を明らかにしたところで、今度は人騒がせな馬鹿として袋叩きにあうのは目に見えている。
別に、わたるが事件を大きくしようと煽ったわけじゃないのだけれど……。
「はぁ……また、辛い思いをさせちまうな…」
【ん、どうした?】
暗い顔で溜息をついたわたるに、芽留が尋ねる。
「いや、妹の話だよ。俺が昔やった馬鹿の話だ……」
それは、今の万世橋宅が建てられるそもそもの原因となった事件の時の話。
以前のわたるの家が全焼した大火事の時の話だ。
204266:2008/12/06(土) 09:42:57 ID:uha/J56h
突然燃え広がった炎に、慌てて家から飛び出した万世橋家の家族達だったが、二階にいたわたるの妹だけが家の中に取り残されてしまった。
だが、その時わたるが取った行動は……
「水を頭からかぶってな、家の中に飛び込んでいったんだ。………自分のコレクションを火事から救うために……」
当時のわたるは、オタクである事だけを唯一のアイデンティティーとしていた人間だった。
そんなわたるにとって、自分のコレクションが燃える事は何よりも耐え難い事だった。
全てはオタクとしての自分を守る事だけを考えた行動。
今になって考えてみればあまりに愚か過ぎる行いだった。
わたるが泣き叫ぶ妹の声に気が付いたのは、コレクションを抱えて炎の中から飛び出した後だった。
結局、わたるの妹は消防によって救助されたが、今でもわたるの心には深い後悔の念が残されていた。
「あの時の俺は、妹が泣いているのに、それに気付いてもいなかった。………自分の事しか考えてなかった」
そこで、わたるはその顔に自嘲気味な笑顔を浮かべる。
「そして、今回の事件だ。俺がこんな事をして、妹の方もただで済むわけがない。また、俺は妹に……」
そう言ってから、わたるは芽留の方を見て、
「ひどい兄貴だろ……」
そう言った。
【……そうだな、本当にろくでもない事をしたもんだな…】
答える芽留の表情も暗かった。
さっきの話を聞けば、わたるがどれだけその事で苦しんだか、後悔したか、わからない筈がない。
でも、芽留は知っていた。
わたるがそれだけの人間ではない事を。
わたると付き合ってきたこの数ヶ月で、それを何度も目にしてきた。
だから、芽留はわたるに真剣な眼差しで語りかける。
【本当にろくでもない事だ……でも…】
「でも?」
【今のお前は、そんな男じゃないだろ……】
その当時のわたるの事は、確かに芽留にはわからないけれど。
今のわたるは違うと断言できる。
信じている。
わたるの優しさを、思いやりを、今の芽留は知っているのだから……。
【だから、ほら、そんな情けないツラすんな。今回の一件でお前の妹がピンチになるんなら、なおさらお前がしっかりしなきゃいけないだろ】
そう言って、励ますように肩をバンバンと叩いてきた、芽留の笑顔に、
「ああ、そうだな。お前の言うとおりだ…」
わたるもようやく、明るい顔で微笑み返した。
「さて、本当の事を話すんなら、警察に直接言った方がてっとり早いんだが……」
さきほど、カメラの前の自分の顔を晒してしまったわたるは、今は部屋のカーテンをしっかりと閉ざしていた。
二階の窓から直接、警察と話すという方法も考えられたが、出来ればもう顔を出すのは避けたかった。
「一応、人質をとって、犯行声明を出しての篭城事件なんだ。警察から交渉の電話がある筈だ。俺の携帯の番号はすぐにわかるだろうし…」
わたるがそう言った、まさにその時だった。
ヴヴヴヴヴヴヴ。
わたるの携帯電話がどこからかの着信を受けて、ポケットの中で震動した。

わたるの妹は事態の展開に呆然としていた。
どうして、こんな事になっちゃうの?
兄は、わたるは、確かに女の子を連れて帰ってきたけれど、どう見ても誘拐したとかそんな様子ではなかった。
だけど、その事を何度も母に話しても、母は泣くばかりで一向に聞いてくれない、信じてくれない。
そうしてる間に、パトカーやテレビ局の車が集まって、自分の家に凶悪な犯人がいるぞと、わめき始めた。
お兄ちゃんはそんなんじゃない。
わたるの妹はよく知っている。
昔からずっと怖い顔をして、いつも気難しそうにしていたけれど、彼女にとってわたるは良い兄だった。
中学に入ってからさらに性格が暗くなって、さらに家が火事になった一件以来、いつも悩んでいるようだったけれど。
それもここ最近、数ヶ月ほど前からすっかり様子が変わって、以前よりずっと明るい顔を見せてくれるようになった。
『お前は、俺と違って優しい目をしてるな…』
わたるは口癖のように彼女にそう言っては、頭をぐしぐしと撫でてくれた。
彼女にとっては、いつも優しい兄だったわたるが、どうして犯罪なんかをしたりするだろうか?
205266:2008/12/06(土) 09:44:42 ID:uha/J56h
何度だって言う。
あれはただ、仲の良い女の子を家に連れてきた、それだけの事なのだ。
だけど、母は彼女の言葉を信じてくれない。
警察に至っては端から聞く耳を持っていない。
このままでは、本当に兄は、わたるは………。
「それでは、お母さん、ありがとうございました。わたる君の携帯電話の番号、確かにお教えいただきました」
傍らで、ずっと母と話しこんでいた刑事がそう言った。
黒髪をオールバックに撫で付けた、ちょっと警察官らしくない、紳士然とした様子の男。
彼が今回の事件の現場指揮をとっているようだった。
母は、彼にすがり付いて、泣きついて、どうか息子をお願いしますと、何度も繰り返している。
わたるの妹は、その刑事が母を見下ろしながら、顔に浮かべた笑顔がなんだか信用ならなかった。
一見すると柔和な、人当たりの良い笑顔に見える。
だけど、その瞳の奥底で、泣きじゃくる母を小馬鹿にしたような、冷たい色が滲んでいるように見えた。
「大丈夫です、お母さん。あなたの息子さんは、私が必ず説得して見せます」
刑事がそう言うと、わたるの母は何度も、ありがとうございます、ありがとうございます、と頭を下げた。
そして、刑事はわたるの母の元を離れ、電話が用意してあるらしいパトカーへと向かう。
そもそもがとんでもない勘違いの筈なのだ。
警察とわたるが直接話せば問題はなくなる、その筈だ。
だけど、わたるの妹は、全身に広がる寒気をなぜか抑える事ができなかった。

わたるが携帯を耳にあてると、馬鹿丁寧な男の声が耳に飛び込んできた。
「もしもし、私××署の笹平と申します。こちら万世橋わたるさんの携帯電話でよろしいですね」
待ちかねた警察からの電話だ。
全くの事故なのだが、わたると芽留が取らなければならない責任は小さくはないだろう。
それでも、全てを打ち明けてしまえば、とりあえずは現状を解決する事ができる。
「はい、私が万世橋わたるです」
「そうですか。まずは、万世橋さん、私を信用して、こちらの話を聞いていただきたいのですが…」
笹平という刑事の話しぶりは落ち着いていたが、やはりこちらを立て篭もりの犯罪者と考えているのは間違いなかった。
散々、テレビを見て覚悟していた筈だが、こうして警察から言われるとかなりショックだ。
「私の立場は、あなたの主張を警察に伝え、より良いゴールを目指す事です。味方と、そう考えてもらってもいいでしょう」
「そうですか……」
少なくとも相手が冷静そうな人物である事に、わたるはホッとしていた。
これから話す内容は、場合によっては相手を怒らせかねない。
そして、事態がより悪化してしまうという事も考えられたが、とりあえず安心していいようだ。
覚悟を決めて、わたるは話を切り出す。
「では、私から、私の味方である笹平さんに聞いていただきたい事があります」
「なんでしょうか……?」
「非常に驚かれるとは思いますが、落ち着いて聞いてください」
「はい…」
そこでわたるは深く深呼吸して、一気に言い切った。
「今回の事件、全くの勘違いが起こした、単なる事故なんです」
それから、わたるは自分達の立場を説明した。
単に友人を自分の部屋に招いただけだったのだが、ドアが壊れて開かなくなった事。
それが何故か、自分が人をさらって、あまつさえ乱暴を働いたかのように警察に通報されてしまった事。
それから、テレビで報道されている犯行予告状は、自分とは全く関係のない事。
それらをわたるは順序立てて、笹平に説明した。
「すぐには信じてもらえないと思います。ですが、こちらの考えている事は、この部屋から早く脱出したいという、ただそれだけなんです」
「それは、本当のお話なんですね……」
「はい。詳しい話はここを出てから、警察で話します。ですから……」
「本当なんですね?本当に、嘘は吐いていないと?」
「……はい?何度も言った通り……」
そこでわたるは、電話の向こうの人物の雰囲気が一気に変化したように感じた。
206266:2008/12/06(土) 09:45:22 ID:uha/J56h
とんでもない話を聞かされて、腹を立てているというのではない。
何かまるで、汚物を見せられて不愉快を感じているといったような、そんな雰囲気に笹平が変わるのを感じた。
「嘘は吐いていないと…そうですか…わかりました。……という事は…」
声のトーンが変わる。
柔和な口調だけはそのままだが、背中に氷でも当てられたかのような悪寒をわたるは感じた。
「という事はですね……あなたは、人質を開放する気はまだないと、そう仰るのですね」
「な、何を言ってるんだよっ!?俺はさっきから、誤解だって、外に出たいだけだって……」
「そうですか、残念です。そちらがその気では、現段階では警察としても今の対応を続けるしかない……」
「だから、ちゃんとこっちの話を聞いて……っ!!」
「本当に残念です。それでは、一旦ここで失礼させていただきますよ……」
「おい、待てっ!!」
わたるの言葉を完全に無視して、通話は一方的に断ち切られた。
閉鎖された部屋の中、さらに絶望的な状況に追い込まれた事を理解して、わたるは携帯を持ったまま呆然と立ち尽くした。

「という事はですね……あなたは、人質を開放する気はまだないと、そう仰るのですね」
笹平は、なるべく声の調子を変えないよう気をつけて、そう言った。
「そうですか、残念です。そちらがその気では、現段階では警察としても今の対応を続けるしかない……」
電話の向こうの声は完全に無視する。
周囲の人間に感づかれては、この後の対応に支障が出る。
「本当に残念です。それでは、一旦ここで失礼させていただきますよ……」
そして、そう言ってから、一方的に通話を打ち切った。
ポーズとしてはこれで十分、誰にも疑われない筈だ。
「まいったね……これは慎重に処理しないと……」
恐らく、あの少年の話していた事は全て事実だ。
だからこそ、始末に負えない。
今も現場周辺で騒ぎまわっている報道どもは、この事実が明らかになった時には、一斉に警察を叩くだろう。
この事件を全国規模のお祭りに仕立て上げたのは、他でもない自分たちだというのに……。
しかし、警察の側にも、十分な判断材料がないままに、事件と予告状を結びつけてしまった落ち度がある。
そうなると、強く反論する事も難しい。
下手をすればトップを始めとして、いくつのクビが飛ぶのか見当もつかない。
ほとんどチェックメイト寸前の最悪の状況だったが、まだ手段は一つだけ残されていた。
笹平は携帯電話を本部につなぐ。
「現場の笹平です。至急お話しなければならない事があるのですが……」
笹平は、上司達に自分が少年から聞いた話を伝えた。
上司たちは明らかに動揺した様子だ。
事の重大さを、十二分に理解しているのだろう。
「笹平君、これは由々しき問題だよ。我々にとって、とてつもない汚点となってしまう」
「はい。ですが、解決策はあります。ごくシンプルで、しかし最も確実なものが……」
そこまで言った時点で、笹平の上司たちも察したようだったが、あえて笹平はそれを口にした。
「万世橋わたる君には、このまま犯人になってもらいましょう」
「うむ、それしかないだろうな……」
上司たちは、笹平の言葉に対しても、一切の躊躇を見せなかった。
「了解したよ、笹平君。幸い、私には検事局の友人も多い。少年審判程度ならどうとでも誤魔化せるさ」
「そうですか。安心しましたよ」
「そのかわり、現場はまかせたよ。特に人質となっている少女の証言は一からでっちあげる事になる」
「その辺りは、万事おまかせください」
そう言って、笹平は恭しく礼などしてみせる。
「ははは、頼もしいな、笹平君は。では、頑張ってくれたまえ」
そうして、いとも簡単に犯人でっち上げの謀議は終了した。
携帯をポケットに収めた笹平は、彼自慢の人当たりの良い柔和な笑顔を顔に張り付かせる。
最大のピンチが最大のチャンスとはよく言ったものだ。
今回の件を上手く捌くことで、笹平は大きな利益を得る事ができるだろう。
「さて、これは頑張らなくてはね……」
鼻歌なんぞ歌いながら、上機嫌の笹平は、再び万世橋母娘のところへと向かった。
207266:2008/12/06(土) 09:46:37 ID:uha/J56h
警察が確信犯的に冤罪を作り出す決定をしたその最中にも、事件の報道は過熱し続けていた。
専門家を招いての、犯人の心理分析。
街頭でのインタビュー。
総理大臣も今回の事件を非常に遺憾であると発言し、わたるはいよいよ犯人へと祭り上げられていく。
しかし、そんなテレビの様子を、冷ややかに見つめる一団があった。
わたるの通う高校の宿直室、そこに集まった10名ほどの生徒達は渋い顔でテレビの画面を睨んでいた。
「おかしいわよ、絶対……」
最初に口を開いたのは、千里だった。
「うん。だって多分、人質の女の子って、芽留ちゃんの事だよ…」
続いて、奈美も不信感を露にした口調で続く。
ここに集まっていたのは、2のへの生徒たちだった。
担任である糸色望のところへ遊びに来て、たまたまこのニュースを目にしたのだ。
彼らは同じく2のへの生徒である芽留を介して、わたるとの付き合いがあった。
「でも、ニュースはアイツがやったって言ってるぞ」
次に口を開いたのは、意中の人である加賀愛を目当てにやってきた木野だった。
彼もわたるがそんな事件を起こした事には半信半疑だったが、繰り返し映し出される家に立て篭もったわたるの映像に動揺していた。
「いやだなぁ、万世橋くんがそんな事するわけないですよ。これは何かの誤解です。そうでなかったら、警察の陰謀とか…」
不安げなみんなに向けて、可符香が自信たっぷりにそう言い切る。
その発言が、事件の真相を思いっきり言い当てている辺りに、彼女のとんでもなさが伺えた。
「そうだね。証拠は何もないけど、僕にも彼がこんな事をする人間とは思えない……」
次に口を開いたのは、久藤准だった。
彼が知る限り、万世橋わたるはこういった行動を何よりも嫌う人間だった。
そして、彼が芽留の事をどれだけ大事にしているかも、2のへの面々の良く知るところだった。
そんな彼がよりにもよって、芽留を人質にする筈がない。
「当人達は隠してるつもりらしいけど、あの二人が付き合ってるのはバレバレだしね。これはちょっと考えられないかな」
晴美もうんうんとうなずいて同意する。
「先生、やっぱりこの事件、変ですよ……」
そう言って、まといが部屋の主である望を見ると
「そうですね。彼がこんな事をするとは、私にも信じられない……」
望はそう言って立ち上がる。
「少なくとも、彼の通う学校の教師として、音無さんの担任として、説得ぐらいやらせてもらわなくては……」
そこに霧が望の外套を持ってやって来る。
「はい、先生。外、寒いから……」
「ありがとうございます、小森さん」
受け取った外套を望が羽織ると、2のへの面々も顔を見合わせてから立ち上がる。
「とにかく現場に行ってみましょう。話はそれからです」

とある安アパートの一室で、一人の男が食い入るようにテレビを見ていた。
「おかしいぞ、こりゃあ……」
短く刈った髪を金に染めた、長身の彼は以前わたると出会った事があった。
彼は、映画を見た帰りのわたると芽留に目をつけて仲間と共に追い回し、わたると路上で喧嘩をした。
以前はそれなりの空手選手だった彼は、ほんの遊びのつもりでわたると戦い、そして敗北した。
技術、体力、その両方で劣るはずのわたるが、気合一つで男を倒したのだ。
全員で6人いた男とその仲間たちは、最後には総崩れになり散り散りになって逃げ出した。
あの日以来、男は以前の不良仲間と会っていない。
あの時見せ付けられた、わたるの不屈の闘志に、彼は自分の振る舞いに空しさを感じ始めたのだ。
男はかつて所属していた道場への復帰を考えるようになっていた。
少しずつ、体を鍛え直す毎日。
今更合わせる顔もないが、それでも道場に戻りたい。
あの日の記憶を原動力に動き出した男、だからこそテレビに映されたそのニュースが信じられなかった。
「アイツは、そんなセコイ真似をするヤツじゃねえよ……」
そう思うと、居ても立ってもいられなかった。
208266:2008/12/06(土) 09:47:12 ID:uha/J56h
男は立ち上がり、愛用のジャンパーに袖を通す。
納得がいかないなら、その目で確かめてみるしかない。
靴を履き、玄関の扉を開けて外に出る。
すると、そこには見知った顔が並んでいた。
「お前ら……」
「何か変なニュースがやってるからよ、ちょっと一緒に来てくれないか?」
久しぶりに顔を合わせた、あの時の不良仲間たち。
彼らも男と同じ疑念を抱いているようだった。
「ああ…」
男はうなずき、一歩を踏み出す。
あの時のデブがそこらのクソッタレ共と同じはずがない。
6人の不良仲間たちはその確信に突き動かされて、一路事件の現場を目指す。

警察との電話を終えてから、真っ青になったわたるの顔を、芽留は不安げに見上げていた。
【何かあったのか……?】
「何かどころの話じゃない……」
わたるは、警察との電話の一部始終を芽留に語って聞かせた。
【何だそれ?一体どうしてそんな事を……】
「わからん。だけど、このままじゃあ、俺は本当に本物の犯罪者にされちまう……」
そう言って頭を抱えるわたるの顔には、何とも言い難い苦渋の表情が浮かんでいた。
つい先刻までは、当たり前の日常を過ごしていた筈なのに、今では全国に報道される事件の犯人扱いだ。
そこまでして強引にわたるを犯人にするという事は、被害者の位置づけである芽留も無茶苦茶な証言を強要されるのだろう。
いっそ二階の窓から自分の無実を訴えてみるか。
だが、わたるの家の周辺は警察のパトカーに固められて、報道のカメラはその外側だ。
警察は犯人の妄言として受け流すだろうし、テレビや野次馬にその声が届く事もないだろう。
携帯でどこか外部に連絡しても、警察は黙殺するに違いない。
何一つ打開策が見えてこない。
「くそっ…まさに八方塞がりだ」
そう呟いて、わたるは力なく床の上にへたりこんだ。
完全に意気消沈してしまったわたるを、芽留は心配そうに見つめる。
コイツを犯罪者なんかにされてたまるか。
芽留は頭をフル回転させて考える。
現在のわたるの人質という立場を利用すれば、何かが出来るのではないか?
この最悪の状況をひっくり返せるのではないか?
(そうだ……コイツが逮捕されて家の外に連れ出される時なら……)
報道のカメラは犯人の姿をレンズに捉えようと、一気にむらがってくるはずだ。
その時、他ならぬ人質の筈の自分がわたるの無実を訴えれば……
だが、そこで芽留は自分の作戦の重大な欠陥に気付く。
(駄目だ。……オレは声が……)
かつてのトラウマのために声を発する事ができない芽留。
彼女には、わたるの無実を叫び伝える事など最初から出来ないのだ。
このまま、本当にわたるは犯罪者にされてしまうのだろうか?
莫大な富と権力を持つ、芽留の父親に助力を乞う事も考えたが、あいにく彼は現在北海道に出張していた。
戻ってくるのを待っていては遅すぎる。
わたるの身柄が警察に渡った時点でどんな事をされるかわからないのだ。
それでも、芽留は思う。
(それでも、コイツがそんな馬鹿をやるヤツじゃないって、わかる人間もいるはずだ……)
芽留の知る、わたるの優しさ、思いやり、それを理解してくれている人間だっているはずだ。
それがもしかしたら、現状を突破する鍵になってくれるかもしれない。
(頼む。頼む、誰かコイツを…わたるを助けてくれ……)
209266:2008/12/06(土) 09:47:49 ID:uha/J56h
わたるの妹は怯えていた。
笹平という刑事が電話して以来、次々と警察車両が到着して警官が増えていく。
いまや万世橋家の前の道路は溢れかえらんばかりの警察官埋め尽くされて、尋常ではない雰囲気に包まれていた。
そして、笹平という刑事は一度目の電話以降、一切わたるとの交渉をしているようには見えない。
そこかしこから漂うキナ臭さを、彼女は感じ取っていた。
わたるは犯人なんかじゃない、彼女はそう確信している。
しかし、わたるの母は自分の息子の犯罪にすっかり元気を無くし、呆然と立ち尽くすばかりとなっていた。
今、わたるの無実を訴えられるのは自分しかいない。
意を決して、彼女は何やら同僚の刑事と話しこんでいる笹平のもとに向かう。
「笹平さん…」
呼びかけられた笹平は、相変わらずの柔和な笑顔でわたるの妹の方を振り返った。
「どうかしましたか?」
だが、今の彼女にはこの柔らかな物腰すら、信用なら無いように思えた。
彼女は精一杯の怖い顔をして、笹平を睨みつけて言った。
「お兄ちゃんは犯人じゃありません!」
「おや、どうしてそんな事を思うんです?彼は現に人質をとって立て篭もっているんですよ」
「お兄ちゃんはそんな事をする人じゃないからです!」
「ううん、妹さんとしてはお兄さんを信じたいというのは理解できるますけど……」
彼女の言葉にニヤニヤと笑いながら答える笹平。
そこで彼女は最大の爆弾を笹平に向けて投げつける。
「それに私、見たんです。お兄ちゃんと女の人が仲良く話して、一緒に部屋に入るのを……」
ここで初めて、笹平は言葉に詰まった。
「……それは本当の事ですか?確かな話でなければ、警察は信用しませんよ。それとも、何か証拠でも?」
「証拠がないのはお母さんの話も一緒じゃないですか!!」
笹平の笑顔が歪む。
さらに、わたるの妹は畳み掛ける。
「それなら、お母さんの話も、私の話も同じはず。それなのに、どうして私の話だけ聞いてもらえないんですか?」
これで、是が非でも兄にかけられた濡れ衣を晴らしてやる。
わたるの妹は必死で笹平を睨みつけた。しかし……
「困りましたねぇ……」
そこで笹平は再び、あの笑顔を取り繕う。
「大橋君、大橋君っ!」
そして、近くにいた刑事の一人を呼びつける。
「どうしたんですか、笹平さん?」
「いや、”犯人”の妹さんがね、どうにもちょっと錯乱してるみたいで……」
(え……っ!?)
ニヤニヤと、笹平が呟いた言葉に、わたるの妹は驚愕した。
「そうですか、じゃあ、私が相手をしますので……」
「頼むよ、さっきから支離滅裂な事ばかり言って困ってたんだ…」
そして、彼女は気付く。
笹平の指示を聞いて、大橋と呼ばれた刑事がニヤリと歪んだ笑みを見せた事に。
(……この二人、グルだ)
思わず逃げ出そうとした彼女の腕を、大橋が掴む。
「さあ、こっちへ来てください」
「いや、放してぇ!!」
大橋は言葉だけは丁寧だったが、痛いぐらいの力で彼女の腕を握る手の平からは明らかな悪意が感じられた。
(この人たちは全部知ってて、お兄ちゃんを犯人にするつもりなんだっ!!)
わたるの妹は必死で暴れるが、屈強な刑事が相手では逃れようが無い。
彼女がそのまま大橋の手で引きずられていこうとした、そんな時だった。
「あの〜、すみません」
突然声を掛けられて、笹平が少し驚いて振り返った。
大橋も立ち止まり、声のした方を見る。
そこにあったのは、背後に数十人の制服姿の学生たちを従える青年の姿。
今時珍しい着物と袴を着たその青年は、ぺこりと頭を下げてこう言った。
「私、万世橋わたる君が通っている学校の教師でして、糸色望と申します」
210266:2008/12/06(土) 09:48:56 ID:uha/J56h
「先生?高校の?」
「ええ、もっとも彼のクラスの担任ではありませんが、それでもそれなりに彼の事は知っているつもりです」
笹平は、唐突に現れたその人物を警戒した。
そもそも、バリケードの内側になるこんな場所まで、どうやって入ってきたのだろうか?
すると、望は笹平の考えを見透かしたかのように
「ああ、無理やりここまで入ってきたわけじゃないですよ。ちゃんと警察の方にお話しました」
そんな筈は無い。
バリケードを超えたのは、この男だけではないのだ。
この男の背後の学生たち数十人、全部通す馬鹿がいるはずがない。
「2のへだけじゃなく、2のほの皆さんまで集まったのでこんな大人数になってしまいまして、本当にご迷惑をおかけします」
「でも、警察のみなさん、私の話を聞いたら、すぐに通っていいよって言ってくれましたね」
「そうですね、風浦さん。警察の方々が理解のある人達で本当に助かりましたよ」
一体、こいつらは何なんだ。
こんな大勢で何の用があるっていうんだ?
笹平は心中の動揺を押し隠しながら、望という教師に問いかける。
「で、一体どういうご用件ですか?糸色先生……」
「いえ、少し警察の方のお手伝いをしようと考えまして…」
望は微笑んで、こう言った。
「犯人への説得、それを私にもやらせていただけないかと……」
「………っ!?」
笹平の心臓が一気にすくみ上がる。
そんな事をされたら、自分たち警察が今からやらかそうとしている事までバレてしまいかねない。
笹平は叫びそうになるのを堪えながら、望の問いに答える。
「そ、それは非常に有り難い申し出ですが、残念ながらお受けは出来ません…」
「何故ですか……」
「犯人は現在、非常に興奮しており、かなり危険な状態です。いたずらに刺激しては、かえって危険なのです」
笹平のもっともらしい説明にも、しかし、望は納得してくれなかった。
「そうでしょうか?彼は元来そんな人間ではないはずです。私が話せば……」
「ですから、彼はいつもの学校での彼とは違うんですっ!!」
思わず声を荒げてしまった事に、笹平は一瞬遅れて気が付く。
目の前の教師の顔には明らかな不信感。
まずい。このままでは……
「そうですか。彼はそんな状態に……」
「ご理解、いただけますね?」
「……しかし、私としては、彼を信じてあげたい……」
そう言って、望が取り出したものを見て、笹平は戦慄する。
旧式の携帯電話だ。
まさか直接自分で万世橋わたるに連絡を取るつもりかっ!?
「やめろぉおおおおっ!!!!」
叫んで、笹平は望に掴みかかった。
「何をするんですかっ!?刑事さんっ!!」
「お前こそさっきの話を聞いていなかったのかっ!!犯人と今話すのは危険なんだっ!公務執行妨害で逮捕するぞっ!!」
激昂する笹平。
と、その耳元に誰かが囁きかけた。
「あれ、先生は万世橋君に電話するなんて、一言も言ってませんよ?」
「なっ!!」
それは、先ほど望と話していた、風浦とかいう女生徒の声だった。
「そうですよ。私はとりあえず、2のほの担任に現地の状況をメールでお知らせしようとしただけです」
ここに至って、笹平は自分が痛恨のミスを犯した事に気が付く。
「何だか、万世橋君と私たちに、どうしても話をさせたくないみたいですね」
「だから、それは犯人が危険な状態にあるからで……」
気が付けば、笹平は望の連れて来た生徒たちの無数の目に睨みつけられていた。
駄目だ。
こいつら、俺の事を怪しんでやがる。
そして、うろたえる笹平の耳元に、さきほどの女生徒、風浦可符香がとどめの一言を告げる。
211266:2008/12/06(土) 09:50:38 ID:uha/J56h
「だめですね、すっかり化けの皮が剥がれちゃってますよ、笹平さん……」
ニッコリと笑った彼女の口から発せられた言葉に、笹平は全身が砕け散りそうな衝撃を覚える。
この女、こっちの演技を見抜いているのか?
いや、それだけじゃない……っ!!
「な、なんで……なんで君が私の名前を知ってるんだ!?」
笹平は、彼らに自己紹介などしていない。
それなのに、目の前の少女は平然と彼の名前を言い当てて見せた。
「女の子には秘密がいっぱいなんですよ、笹平さん」
可符香がもう一度、笹平の名前を囁く。
ヤバイ。
こいつらは本当にヤバイ。
そんな時だった。
絶体絶命の笹平に、天の助けが舞い降りる。
「笹平さんっ!!」
「お、大橋君かっ!?」
「突入準備、完了しました。いつでもいけますっ!!」
その言葉を聞いて、笹平は生気を取り戻す。
「よし、突入だっ!!被疑者を確保しろっ!!!」
大橋に叫び返し、望達の方に振り返った笹平は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「すみませんね。先生、どうやら、あなたの説得の必要はなくなりました……」

ドタドタと大勢の人間が階段を駆け上がり、わたるの部屋に近づいてくる足音が聞こえる。
「ついに来るときが来たな……」
【わたる……】
不安そうに見上げてくる芽留に、わたるはニヤリと笑ってみせた。
「心配すんな。俺は何もやってないんだ。必ず無罪放免で、戻ってきてみせる」
それは、あまりにも見え見えの強がりだった。
何かを伝えたくて、でも何も言葉を思いつかなくて、芽留はわたるの胸に縋り付いた。
そんな彼女の頭を、わたるはいつもと変わらぬ調子で撫でてやる。
と、その時、ガンッ!!ガンッ!!と激しい音がドアの方から響いてきた。
斧か何かを使って、ドアを叩き壊すつもりなのだ。
「ああいうのが部屋にあれば、こんな事にはならなかったんだけどなぁ……」
呟いてから、わたるは芽留をそっと自分から引き離す。
「それじゃあ、行ってくる……」
「……あぁ……わたるぅ……」
芽留が、か細い声でわたるの名を呼ぶ。
わたるはそれに笑顔で応える。
ドガッバキンッ!!!!
ついにドアは破られ、大勢の警官が部屋の中になだれ込んでくる。
わたるは彼らの前に歩み出て、そっと両手を差し出す。
「被疑者確保ーっ!!人質も無事ですっ!!!!」
手錠をかけられたわたるは、警官たちに伴われて、部屋の外に連れて行かれる。
その姿が警官の群れの中に紛れて消えた時、ついに芽留の理性が吹っ飛んだ。
(わたる……っ!!!!)
突然駆け出した芽留を、警官たちは数人がかりで押さえつける。
「こら、落ち着きなさいっ!!もう君は解放されたんだっ!!大丈夫なんだっ!!」
(何を言ってやがるんだっ!!大丈夫なもんかっ!!このままじゃ…このままじゃ、わたるが……っ!!!)
必死に前に進もうとする芽留。
だが、これだけの数の警官を前にしては、彼女はあまりに非力すぎた。
無力な自分を、このとんでもない理不尽を呪って、芽留は声にならない声で叫ぶ。
(ちくしょぉおおおっ!!!!わたるぅうううううううっ!!!!!!)
その時だった。
「……?」
警官の一人が顔を上げた。
212266:2008/12/06(土) 09:51:16 ID:uha/J56h
「どうした?」
「いや、何か聞こえたんだ…なんだか聞き覚えのある音だったんだけど……」
不思議に思って尋ねたもう一人の警官にも、それはすぐに聞こえ始めた。
風を切る音。
そうだ、これは戦争映画なんかで、落下していく爆弾が空気を切り裂くあの音……。
思わず、警官達が上を見上げた次の瞬間。
ドォオオオオオ――――――――――――――ンッッッ!!!!!!
凄まじい衝撃が、家全体を揺らした。
そして……
ドガガガガガガガガガガッ!!!!!!!
天井を突き破って、それはわたるの部屋のど真ん中に落下した。
「なんだこれ……?」
「棺……?」
突如、天井をぶち抜いて現れた黒塗りの西洋風の棺。
あまりに非現実的な出来事に、その場にいた警官の全員が動きを止めた。
そして、その棺の中から、地獄の底から響いてくるような低く恐ろしい声が聞こえてきた。
「めるめるをぉ…いじめたのはぁ…誰だぁあああああああああっ!!!!!」
「へっ!?」
次の瞬間、棺の蓋が吹っ飛び、中から黒い影が躍りだした。
「お前かぁあああああっ!!!!!」
「ひぃいいいっ!!!!」
影が腕を振るうと、警官の一人が軽々と吹っ飛ばされた。
続いて影に飛び掛った数人の警官も同様の末路を辿る。
「な、何だ、お前はっ!?」
怯える警官の一人がそう叫ぶと、影は動きを止めゆっくりと振り返った。
山高帽に黒服、紳士然とした衣装にカイゼル髭をたくわえた異様な姿。
混乱する部屋の中、芽留だけがその男の正体を知っていた。
(ク、クソヒゲハット……っ!!?)
彼こそは、音無芽留の父親、芽留による通称はクソヒゲハット。
莫大な富と権力を有し、それをフル活用して芽留に間違った愛情を注ぎまくる怪人だ。
「私は芽留の父親だ。官憲が何の用かは知らんが、芽留を放してもらおうかっ!!」
先ほどの暴れっぷりを見て萎縮した警官たちは、芽留の父の一喝にすくみ上がる。
(でも、コイツ、北海道に出張していたんじゃ?)
「おお、めるめる、何だか私がここにいるのが不思議そうな顔だな。何、別に大した事じゃあない」
この不可解な事態への疑問で頭がいっぱいの芽留に対して、彼女の父はニヤリと笑い
「愛のパワーでめるめるのピンチを察知して、特別便で帰ってきたのだっ!!!」
自信満々にそう言い切った。
(ああ、駄目だ……。こりゃあ、本当に早いとこ縁を切らないと……)
そんな父の態度に、芽留はすっかり呆れ返る。
(でも、今の状況なら……っ!!)
父の出現によって、いまや部屋の中は大混乱だ。
芽留を押さえつける警官も、すっかり彼女の父に気を取られている。
チャンスだっ!!!
(今回だけは恩に着るぜっ!!)
するり。
警官の腕をすり抜け、芽留は部屋の外に飛び出した。
廊下にいる警官たちの合間を、小さな体をフル活用してくぐり抜け、一気に一階まで駆け下りる。
(そうだ、今はチャンスなんだっ!!わたるの無実をオレが証明できる、今が最後のチャンスなんだっ!!!)
一階に下りると、後はまっすぐ廊下を進めば、そこが玄関だ。
(俺がアイツを助けるんだっ!!!!)
廊下を駆け抜けて、玄関の扉を開くと、警官の一団に囲まれて進むわたるの姿が見えた。
(わたるっ!!!)
だが、駆け出そうとした芽留を、大きな影が遮った。
私服の刑事らしきその男は、芽留には知る由も無いが、大橋という名前の例の刑事である。
「いけませんよっ!!」
大橋は芽留の肩を掴んで、彼女を引き止める。
213266:2008/12/06(土) 09:52:05 ID:uha/J56h
その容赦ない力加減と、顔に張り付いた薄ら笑いを見て、芽留はこの男が敵であると確信する。
(ちくしょうっ!!あともう少しなのに……)
荒事に慣れた刑事と、小さな女の子の芽留とでは、全く勝負になるわけがない。
大橋の腕に押さえつけられている間に、わたるは芽留から遠ざかっていく。
だが、その時――
「いい加減にしとけよ、オッサンっ!!!」
鋭い回し蹴りが、大橋の頭を直撃した。
脳を直接揺らすその衝撃に、大橋は力なく崩れ落ちる。
そして、その向こう側にいたのは……
(な、なんでコイツが……)
「よう、久しぶりだなぁ……」
短く刈った金髪を、芽留は良く覚えていた。
わたると一緒に映画を見に行った帰りに、襲い掛かってきた不良の一人だ。
「事情がわかんなくて混乱してると思うが、質問は後にしてくれ。今はあのデブを助けるのが先決だ」
呆然としたまま芽留が周囲を見渡すと、そこはとんでもない事になっていた。
見知った顔が何人も、警官を相手に暴れている。
2のへと、そして何人かの2のほの生徒達だ。
「お前のクラスの先生ってのに頼まれてな、好き勝手に暴れまわったんだ」
現場はもはや大混乱に陥っていた。
芽留のクラスメイト達の大暴れのせいで、バリケードに穴が開き、野次馬や、テレビカメラが万世橋家の前に殺到していた。
わたるを囲んだ警官たちも、彼らに行く手を塞がれて立ち往生している。
「人質ってのは、やっぱりお前か。ようやく話が見えてきたな。やっぱり、テレビで言ってたのは全部嘘っぱちだったわけだ」
【当然だ。わたるがそんな事するわけないだろうっ!!】
「ははは、相変わらず、お熱いねぇ」
男に茶化されて、芽留は頬を真っ赤に染める。
「わかってると思うが、あのデブを助けるには、被害者であるはずのお前が味方するしかない」
【ああ……】
「問題は、どうやってアイツが犯人じゃない事を、ここにいる奴らに分からせるかなんだが……」
そう言って、男は顔をしかめる。
確かにそれは難しい問題だった。
言葉で説明しても、確実な証拠がない限り誰も信じれくれないだろう。
そもそも、人前でほとんど話すことの出来ない芽留には、その方法を使う事自体無理がある。
しかし、手をこまねいていれば、警察はわたるを自分の手の内に収めて、好き勝手に事件の偽の真相を作り上げるだろう。
今、ここで戦っている芽留の学校の仲間たちも、片っ端から公務執行妨害で逮捕されてしまう。
(言葉じゃ無理なんだ。言葉じゃ………)
そこで、芽留はハッと顔を上げる。
閃いたのだ。
芽留にでも出来る、芽留だからこそ出来る、言葉以外の方法を……。
(ちょうど、いい具合にカメラも集まってるな……)
芽留は覚悟を決め、金髪男をちらりと横目で見る。
「行くのか?」
それだけで芽留の意思を察した金髪男に、芽留は静かにうなずいて見せる。
「よっしゃ、それじゃあ行くぞっ!!」
金髪男が叫んだのと同時に、芽留は駆け出した。
行く手を遮る警官たちを金髪男がなぎ倒し、その隙間を縫って、ついに芽留はわたるの目の前に踊り出る。
「お前、なんで……っ!?」
顔を隠すため、頭から刑事のコートを被せられたわたるが、芽留の姿を認めて驚きの声を上げた。
そんなわたるに、芽留は心配ないとでも言うように微笑んでみせる。
214266:2008/12/06(土) 09:52:46 ID:uha/J56h
(わたる、お前はオレをいつも助けてくれたよな……)
芽留が、わたるに向かって歩み寄る。
そして、わたるの頭にかけられたコートを手に取り、それをそっと肩の位置にまでずらしてやる。
露になったわたるの素顔、今回の事件の犯人の顔は、周囲を囲むカメラの注目を一気に集めた。
「き、君ぃ!!こんな事をして、何をっ!!!」
意外すぎる行動に叫ぶ刑事たちの声も、芽留の耳には入ってこない。
ただ、目の前の愛しい人の顔だけを見つめる。
(だから、今度はオレが……オレがお前を助けてみせるっ!!!)
爪先立ちになった芽留は、わたるの顔に両方の手の平を添える。
さらにその両手で、わたるの顔をそっと自分の方に引き寄せた。
「………お前…」
「…………わたる、大好きだぞ…」
わたるにしか聞こえない、小さな声で芽留はそう呟く。
そして、そのまま、二人の唇はそっと重なり合った。

その映像は電波に乗って、全国を駆け巡った。
凶悪事件の犯人に興味津々の視聴者達も、わたるの素顔に色めき立っていたテレビ局のスタッフたちも、すべからく理解した。
二人は、犯人とその人質などではない事を。
二人の間にある、想いと絆をの名前を。
何よりも鮮烈な形で、彼らは目撃する事となった。

「お、お、お、お、お前、何をぉおおおおおおおっ!!!!?」
芽留の唇が離れて、ようやく事態を理解したわたるは、顔を真っ赤にしてわめきたてた。
しかし、芽留はそんなわたるの言葉には一切答えず、ただ得意げに、そして嬉しそうに微笑むばかり。
そんな二人の様子を見ていた周囲の警官たちに動揺が広がっていく。
「おい、これどういう事だよ?」
「俺に聞くなっ!!俺だって訳がわかんねえよっ!!」
「でも、あの娘は人質の女の子の筈だよな?」
「だったら、さっきの、キ、キ、キ、キスは……」
誰も彼もが訳が分からず、ただ呆然と立ち尽くすばかり。
そんな中で、芽留の行動の意味と、その重大さを嫌というほど理解している男がいた。
「こ、こんな手で来るなんて………っ!?」
笹平は呆然と呟いた。
これで全国に、二人が親密な関係にあり、それは今も崩れていない事が印象付けられた。
そんな二人を、今更犯人とその人質に仕立て上げるなど不可能だ。
「終わりだ。全部、お終いだ……」
笹平は、自分の体を抱きかかえるようにして、ゆっくりとその場にうずくまった。

辺りでは二人のキスを見て、2のへや2のほの生徒たちが歓声を上げ、やんやと二人を囃し立てていた。
「これで何とかなりましたね。あなたもお疲れ様でした」
「いえいえ、親友の芽留ちゃんのためですから」
「まだそのネタ引きずってたんですか?」
望と可符香の二人も遠巻きにわたると芽留の姿を見つめながら、祝福の拍手を送る。
これでもう一安心、二人を助けるべく集まった人間たちは皆ホッと胸を撫で下ろしていた。
わたるが犯人だと思い込んでいた人間たちは、驚きの余り呆然として言葉をなくしていた。
万世橋家の周囲の空気は一気に緊張から開放され、辺りには弛緩した空気が漂っていた。
だから、誰も気付いていなかった。
最後の脅威が静かにこの場に紛れ込み、今まさに牙を剥こうとしている事に……。
215266:2008/12/06(土) 09:53:21 ID:uha/J56h
彼は怒っていた。
彼が犯行予告を送りつけたTVSが、愚かにもこんなくだらない事件と自分の予告状を結びつけてしまった事に。
彼は自分を、聖なる戦いのための戦士として自覚していた。
犯行予告はいわば、彼の世界に対する宣戦布告だったのだ。
だが、その名誉はあのいかにも低能そうなオタク男に奪い去られた。
その上、事件の結末は汚らわしい男と女の行為に締めくくられてしまった。
(これは冒涜だ…)
彼は懐から、折り畳み式のナイフを、聖戦を戦う彼の牙を抜き放った。
愚鈍な周囲の人間たちは、誰も彼に気付かない。
やはり、彼らのような存在は、自分のような戦士に裁かれる運命にあるのだ。
彼は確信を強める。
まずは、全てを台無しにした愚か者に天罰を。
彼が狙い定めたのは、髪を二つにくくった小柄な少女。
あの女の血を以って、我が聖なる戦いの開戦の狼煙とするのだ。
ナイフを構え、彼はゆっくりとスピードを上げて走り始める。
「うわああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」

その叫び声が何であるかを理解できたものは、その場には一人も居なかった。
だが、ただ一人、わたるだけが、叫び声を上げて突っ込んでくる男の一直線上に、芽留がいる事に気付いた。
男が何者なのか、何をしようとしているのかはわからない。
だが、わたるにとっては、それだけで動く理由に十分に値した。
わたるが芽留の前に歩み出て、男の前に立ち塞がる。
しかし、男はスピードを緩めない。
最初から二人とも殺すつもりだったのだ。
どちらが先になろうと関係ない。
一気に加速をつけて、わたるの懐目掛けて男は突っ込んでいく。
わたるは男を迎え撃つべく、手錠に繋がれた両手を前に掲げる。
そこでようやく、わたるとその周囲の人間は、男が手に持っているものの正体に気が付く。
光を反射して輝く刃の銀色に、誰もが凍りついた。
しかし、最初から芽留の前を動くつもりの無いわたるには関係の無い話だった。
「うわああああああああああああああああっ!!!!!!!!」
絶叫と共に銀の牙がわたるに襲い掛かる。
そして……っ!!!
「残念だな。届かなかったみたいだぞ……」
あと少しで腹に刺さる直前、わたるの手の平がギリギリで折り畳みナイフを捕らえていた。
刃を握った手の平から、ポタポタと血が流れ落ちる。
「ちくしょおおおおおおっ!!!!」
男はそれでも力を込めて刃を押し込もうとするが、その前にわたるが動いた。
「逸脱するなら二次元だけにしとけってんだ!!!!!!」
わたるは男の頭に渾身の頭突きを落とし、さらに力ずくで男を投げ飛ばした。
頭突きを受けた瞬間に力が緩んで、ナイフを手放した男は無様に道路に叩きつけられる。
そして男は、ようやく正気に戻った警察官達によって取り押さえられた。
「くそっ!くそったれっ!!あれは俺の犯行予告だったんだぞっ!!!それを何でお前がっ!!!!」
男がそのまま警察官に連れ去られていくと、芽留は慌ててわたるに駆け寄った。
(この馬鹿っ!!またとんでもない無茶をしやがって……っ!!)
一つ間違えばわたるは死んでいた。
手の平が震えてメールが打てない。
言葉を失った芽留は、ただわたるを睨みつける。
そんな芽留に対してわたるは、
「ああ、すまなかったな。また、お前の気持ちを考えずに動いてた……」
そう言って、優しく微笑んだ。
その言葉に、芽留の瞳から涙が一気に溢れ出す。
服が血で汚れるのにも構わず、芽留はわたるに縋りついた。
「本当にごめんな、芽留……」
その時、一陣の風が吹き抜けて、わたるの肩に引っ掛けられたコートをたなびかせた。
マントのように広がるそれを背負い、芽留の傍らに立つわたるの姿は、さながらか弱い少女のために戦う騎士のように見えた。
216266:2008/12/06(土) 09:54:18 ID:uha/J56h
こうして、不運と嘘と誤解が作り出した事件は幕を下ろした。

事件から一週間後、真っ赤な夕日に照らされながら、わたると芽留はいつもの学校の帰り道を二人並んで歩いていた。
「まあ、何とか無事に終わったのはなによりだ……」
【あれを無事と言えるかどうかは、少し疑問だけどな……】
事件の後、マスコミの報道の矛先は、わたるを犯人に仕立て上げようとした警察に向けられた。
おかげで今の警察は、上へ下への大騒ぎを続けている。
そして、事件の当事者であるわたると芽留にも、当然取材の手が及ぶはずだったが、芽留の父親の力で全て握りつぶされてしまった。
最も、あの日全国放送で流れた映像までは取り消す事はできなかった。
現在、動画投稿サイトを覗けば、二人のキスシーンをいつでも見る事が出来る状況だ。
そして、芽留の父親も、二人にマスコミが近づけないよう手配した後、ばったりと倒れて一週間近くずっと寝込んでいる。
愛する娘のファーストキスに、完全に心を折られたのだ。
それでも、わたるに危害を加えようとしないあたり、ある程度、娘を守ったわたるの事を認めているのかもしれない。
ともかく、全国ネットでキスシーンの生中継をしてしまった二人は、この一週間だけでもかなり恥ずかしい目に遭う事となった。
「仕方がないだろ。ベストじゃないが、ベターな落としどころだったとおもうぞ」
【まあ、そうなんだが……。あ、そう言えば、お前のところの母親、大丈夫なのか?】
「ああ、さすがに大分持ち直してきたけど、まだ元気とは言えないな……」
事件後、息子が濡れ衣を着せられそうになった原因が自分にある事を悟り、わたるの母は塞ぎこんでしまった。
わたるや、彼の妹の励ましでいくらか元気を取り戻したが、こちらも完全に元に戻るには長い時間がかかりそうだった。
「しかし、今回は2のへの連中に随分世話になったな」
【まあ、あいつらは暴れまわるのが仕事みたいなもんだからな】
「お前もその2のへの生徒だろうが…」
そこでわたるは、一つ息をついて、こう呟いた。
「でも、まさか2のほの連中まで助けに来てくれるとは思わなかった……」
自分は2のほの中で浮いている。孤立している。
そう感じていたわたるにとって、それはかなり嬉しい事だったようだ。
また少し、わたるの頑なさが解けつつあるのを見て、芽留も嬉しそうに微笑む。
それ以外にも、以前二人を襲った6人の不良たちが助けにやって来てくれた事も嬉しい出来事だった。
わたるは以前の約束どおり、彼らにお勧めの作品を貸し与えてやった。
その後、連絡は取っているのかと芽留が聞くと、布教は順調だと言ってわたるは笑った。
「ともかく、今は平和な毎日に感謝するばかりだよ」
【そうだな……】
そう言って、微笑み合った二人だったが……
217名無しさん@ピンキー:2008/12/06(土) 09:55:07 ID:+sQ6FaZf
なんだこれ
218266:2008/12/06(土) 09:55:18 ID:uha/J56h
「あ、あのチビデブカップルじゃんっ!!」
「すげーっ!!本物、初めて見たよっ!!」
通りすがりの小学生に囃し立てられ、二人は一気に真っ赤になる。
何しろ、全国生中継だったのだ。
これからも当分、二人の苦労は続く事になるだろう。
【わかっててやった事とはいえ、キツイなぁ……】
芽留は真っ赤な顔を俯かせて、深く深く溜息をつく。
と、そんな時、唐突にわたるが立ち止まった。
【ん、どうした?早く帰らないと、またさっきみたいな奴らに見つかっちまうぞ】
「あ、ああ…まあ、そうなんだが……」
微妙に言いよどみながら、わたるは芽留の肩に手を置く。
【ちょ…何だよ?どうしたんだよ?】
「いや、どうせ恥ずかしいのなら、もう何回やっても同じかなって思って……」
【だから一体、何の話だよ?】
「あの時、完全にお前に主導権を握られてたのも悔しいし……なんというか、リベンジがしたいというか…」
そこまで聞いて、芽留はようやくわたるの意図を悟る。
【ちょっと待て!路上だぞっ!!外だぞっ!!また見られたりしたら……】
「もう全国の人間に見られてるんだ。今更、大した事じゃないだろ?」
【そ、そ、そ、そうだけど……そうなのか?】
なんてやり取りをしている間にも、わたるの顔がゆっくりと近づいてきて……
「……俺は…その…もう一度してみたいんだ……お前はどうなんだ?」
わたるにそう聞かれて、ぐるぐると混乱するばかりの芽留。
結局、最後に出てきた答えは……。
【…………オレも…したい…】
それだけ伝えて、芽留は携帯を持つ手を下げた。
そのまま、見詰め合う二人の唇の距離はどんどん縮まってゆく。
夕日に照らされて、道路に落ちた二人の黒く長い影がそっと重なり合った。
辺りに人影はなく、まるで世界と時間から切り離されたような夕焼けの帰り道で、わたると芽留はずっと唇を重ねていたのだった。
219266:2008/12/06(土) 09:56:46 ID:uha/J56h
これでお終いです。
エロなしかつ、長ったらしい話ですみません。
全国生中継でキスするってのがやりたかっただけだったんですが、こんなに長くなってしまいました。

それでは、失礼いたします。
220名無しさん@ピンキー:2008/12/07(日) 21:46:08 ID:BM6RjO5Y
相変わらずのほのぼのっぷりが好きです、GJ!
221名無しさん@ピンキー:2008/12/09(火) 17:36:06 ID:YDi11im6
グッショブ!おもしろかった
222名無しさん@ピンキー:2008/12/09(火) 19:57:14 ID:Gp6+hrk+
266さん、
 G J
このほのぼのカップルは、「幸せ」満点でいいねぇw
223名無しさん@ピンキー:2008/12/12(金) 03:22:17 ID:KDkqjix6
ハーレムスレを見るべし
224名無しさん@ピンキー:2008/12/12(金) 06:53:57 ID:GKGPjjKT
ハーレムスレってなんだ?絶望先生関係あんの?
225名無しさん@ピンキー:2008/12/12(金) 07:01:21 ID:QGSO2b2s
見てきたけど素晴らしいな。文章が上手い。
>>224
この板にあるよ。まだ途中だがまといと霧と先生のが投下されてる。
226名無しさん@ピンキー:2008/12/12(金) 20:57:15 ID:FoZ0kZKb
見てきたが二次創作の扱いについて議論してたな
こっちに投下してくれてもいいのに…
227名無しさん@ピンキー:2008/12/13(土) 01:28:26 ID:vkKecspc
まぁゲス野郎ばかりだからなこのスレは
228名無しさん@ピンキー:2008/12/14(日) 00:34:35 ID:qMjZHuL+
このスレには本スレや各キャラスレのカプ厨やら何やらが結集するんだろうなぁと考えると……言わぬが花
229名無しさん@ピンキー:2008/12/14(日) 03:04:41 ID:zFWjbETM
↓ハーレムスレにて
なんでこう…絶望スレの読み手って押し付けがましいんだろう

49 :名無しさん@ピンキー:2008/12/13(土) 00:14:34 ID:XX2q7ByF
>>26 GJ!!しかし、絶望先生は専用スレがあるのだから、そっちに投下したほうがいいのでは?
絶望先生のスレが荒れていて、とても投下できるような状況じゃないというのなら別だけどね。
しかも、「ハーレム物はだめです」とも書いていない。

いくら、「オリジナル・二次創作を問わず」とは言っても二次創作の場合は、該当スレがない時のことを言ってるんじゃないの?
もしかして、絶望先生のスレがないと思ってこっちのスレに投下したの?作者さん、もし見ていたら回答をお願いします。

58 :名無しさん@ピンキー:2008/12/13(土) 11:13:41 ID:XX2q7ByF
あっ、作者さん見ていてくれたんですね。ご意見どうも。ただ、自分では押し付けようとは思っていませんよ。
その証拠に疑問符がついてますよね?でも、押し付けていると感じさせてしまったのならごめんなさい。

ついでに質問ですが、「ハーレムスレには二次創作が足りない!」と思うようなあなたが、全盛期に比べ投下数が
あきらかに減っている絶望スレに投下しなかったのは何か理由があるのですか?もし投下する気がまったく無いにしても
「ハーレムスレにて投下しました」ぐらいの報告はあってもよかったのでは?
230名無しさん@ピンキー:2008/12/14(日) 07:52:01 ID:4ntYE2CV
これはちょっと痛いな
231名無しさん@ピンキー:2008/12/14(日) 09:55:35 ID:8xy6rSSc
読み手も痛いが作者も微妙に痛いな
スルースキルがないと見える
うちのスレで修行すればあっという間に身に付くのに
232名無しさん@ピンキー:2008/12/14(日) 10:40:59 ID:qMjZHuL+
なに言ってんのお前
233名無しさん@ピンキー:2008/12/14(日) 11:44:25 ID:WzxoKGs3
いつからここは他スレのアラをあげつらうような
スレになっちまったんだ…
みんな、あの頃のスレを思い出してくれ!
俺達はあんなにも輝いていたじゃないか!
234名無しさん@ピンキー:2008/12/14(日) 20:37:43 ID:HBPnz1bk
輝いてはいなかったと思う。
所詮日陰荘の住民。
235名無しさん@ピンキー:2008/12/14(日) 22:18:44 ID:m7CXh3yQ
来る者拒んで去る者止めず!
236名無しさん@ピンキー:2008/12/15(月) 00:00:46 ID:EpLrhn2r
そして誰もいなくなった
237名無しさん@ピンキー:2008/12/15(月) 01:21:30 ID:BNj6nGdZ
誰にとっても得しないことを頑張ってする人って
世の中沢山居るじゃないですか
238名無しさん@ピンキー:2008/12/15(月) 01:40:00 ID:Ut+mqSSt
まぁ職人なんてエロと萌え供給装置みたいなもんだしそこらへんわきまえとけってことだ
239名無しさん@ピンキー:2008/12/15(月) 03:18:51 ID:BNj6nGdZ
>>227
240名無しさん@ピンキー:2008/12/15(月) 12:33:58 ID:nnVAXhV6
もうこんなクソスレどうでもいいよ二度と投下しねえ
241名無しさん@ピンキー:2008/12/15(月) 13:12:48 ID:Vpw2Ro8t
誰かが止めてくれるの期待しながら、反面教師ぶって痛い子演じてるのも居るんだろうが
同じ事考えて別の奴がわざと痛いこと言って…て連鎖で余計荒れてくって感じだな、いつも
久米田の読者だしひねくれ者が多いんだろう
242名無しさん@ピンキー:2008/12/15(月) 13:58:02 ID:l7aAoM+1
SS投下されてもほとんど反応もせず過疎状態が続いてるのに
誰かが愚痴たれ始めたとたんにこんなに賑やかになるスレなんて
職人としては投下しがいがないんだろうなとは思う
243名無しさん@ピンキー:2008/12/15(月) 14:07:35 ID:gNp2fc1M
末期症状ですな
244名無しさん@ピンキー:2008/12/16(火) 05:44:38 ID:dWL0n2vz
SS書ける人間には萌えとエロを供給する義務がある
逆に書けない人間にはSS書くように催促する権利がある
口じゃ職人様とか持ち上げてるけど実際はそんな風に思ってます
なんてのこのスレは結構多そうだな
245名無しさん@ピンキー:2008/12/17(水) 20:29:35 ID:r/QLAetx
俺は普通に尊敬してるぜ
絶望スレの職人のSSはなかなか説得力がある
246名無しさん@ピンキー:2008/12/19(金) 17:01:51 ID:S960dKgO
いいからSSをくれ
別に愚痴はいらんから
247名無しさん@ピンキー:2008/12/19(金) 17:43:03 ID:0P7HY3Ow
絶望少女萌えは可符香がとんでもなく可愛く見えるレベルまで達すれば本物だと思う。
248名無しさん@ピンキー:2008/12/19(金) 18:07:50 ID:n1vD7cYI
誰にとっても得しないことを頑張ってする人って世の中沢山居るじゃないですか
エロと萌え供給装置みたいなもんだしそこらへんわきまえとけ
いいからSSをくれ

これが>>229で言われていた
絶望先生のスレが荒れていて、とても投下できるような状況じゃないってやつか
249名無しさん@ピンキー:2008/12/19(金) 19:56:32 ID:JaaXTm9+
エロ抜きなら書けそうだけど
万世橋マンには遠く及ばないだろうな

>>248
>>238は単に
職人が投下するのをわざわざ阻害するなんて誰にとっても(自分にとっても)得にならない
って意味合いだと思う
確かに捉え方によってはまあSS書く=無駄って取れなくもないけど
ちょいとネガティブ過ぎやしませんかね
250名無しさん@ピンキー:2008/12/19(金) 19:57:47 ID:JaaXTm9+
ポジティブ過ぎる人になってしまった
>>237の間違いね
251名無しさん@ピンキー:2008/12/19(金) 21:41:30 ID:n1vD7cYI
あの流れでこんな煽りっぽい言い方じゃ
職人(笑)の代わりなんかいくらでもいる、って意味に見えるがな
252名無しさん@ピンキー:2008/12/21(日) 23:44:19 ID:mNiJJQoL
もういいから萌えとズリネタを供給しろ
253名無しさん@ピンキー:2008/12/22(月) 00:24:50 ID:O+p86liA
>>238
>>246
>>252

工夫が無いな
254名無しさん@ピンキー:2008/12/22(月) 03:37:28 ID:UE9lq1TT
>>252
お前がこのスレにいる限り書いてやらん
255名無しさん@ピンキー:2008/12/22(月) 19:17:47 ID:wI4WLU6h
性欲処理うんたらって職人のこと?
256糸色 望 ◆7ddpnnnyUk :2008/12/23(火) 05:58:33 ID:4gwaLAFn
ズリネタ=トルコンがズルズルとすべっていますよ・・・。

黎明期のホンダマチックなどは、
変速1段・直結1段の簡単な構造の
オートマチックトランスミッションで、

時速60キロあたりまでトルコンのみで
引っ張っていたため、伝達効率が悪い。
257266:2008/12/23(火) 07:37:04 ID:y8RSMO+c
書いてきました。
先生×カフカが2本です。
一本目はエロ有りですが、本番ないです。
二本目は短いです。
それでは、いってみます。
258266:2008/12/23(火) 07:38:08 ID:y8RSMO+c
うっすらと目を開くと、見慣れた笑顔がそこにあった。
「先生、大丈夫ですか?」
目覚めたばかりの脳はぼんやりとしてその簡単な問いかけを理解することもできず、
何も答えることが出来ないままいつも通りの彼女の、風浦可符香の笑顔を見つめる。
頭の後ろに当たるやわらかな感触は、彼女の太もものものだ。
周囲にカーテンの引かれたベッド、お馴染みの学校の保健室の風景。
どうやら自分は今、保健室のベッドの上で、彼女の膝枕に頭を預けているようだ。
どうして、こんな所に自分はいるのだろう?
当然の疑問が頭に浮かぶ。
「私は……」
「みんな流石に反省してたみたいですよ。まさか倒れるなんて、私も思ってませんでしたから……」
そこでようやく彼は、糸色望はうっすらと記憶を取り戻し始める。
ひょんな事から自分の耳の後ろが敏感な部分である事が、彼の生徒達に知れ渡ってしまった。
それだけでも十分に恥ずかしかったのだけれど、彼のクラスの女子生徒、木津千里が同じ場所を指で突いたところ、
微妙にポイントを外して何やら経絡秘孔みたいな物を押されてしまい、望は人間のものとは思えないような苦悶の声と共に崩れ落ちた。
だが、事態はそれだけでは終わってくれなかった。
望が痛む体を何とか立ち上がらせられるようになった頃には、噂を聞きつけた彼のクラスの生徒達が集まっていた。
それからはもう、望はほとんど玩具のような扱いを受ける羽目になった。
彼に想いを寄せる女子生徒達は望の艶声聞きたさに、彼の耳の後ろを触りまくった。
さらには男子生徒達までが微妙に頬を染めながら、同じように耳の後ろを突いてくる始末。
生徒達に翻弄されて息も絶え絶えの状態の望の背後に、最後に立ったのはまたしても千里だった。
みんなが望に艶っぽい声を出させているのが羨ましかったのだろう。
彼女は今度こそはと期待を込めて再び望の耳の後ろをつっついた。
しかし……。
『ぐげぼらばぎぶが…ひでぶぅううううう……っ!!』
結果はまたしても大失敗。
生徒達に弄ばれた疲れのためか最初の時よりも激しい奇声を上げて、望は意識を失った。
「うぅ……ようやく思い出しましたよ。みんな好き勝手やってくれて……私を殺す気ですか…」
「あはは、みんな先生が大好きって事ですよ。だから、ちょっと大目に見てあげてください、先生」
「そういうあなただって結構な回数押してたじゃないですか…」
「あはは、だって先生の声可愛いから…」
そうだった。
クラス挙げての大陵辱劇。
今の自分がこんな有様なのは、何もかも彼の生徒達の悪ふざけのせいなのだ。
とはいえ、彼らにされるがままだった自分が恥ずかしくもあり、望は怒る気にもなれない。
ただ、災難が去ってくれた事に感謝し、深くため息をつくばかりである。
それに……
「……風浦さんの太もも、柔らかくて温かくて気持ちいいし……まあ、いいですか…」
「先生、何か言いました?」
頭上から問いかけられて、望は顔を真っ赤にする。
彼女に聞こえないよう、ほんの小さな声で呟いたのに。
というか、彼女の事だ。こちらが何を考えていたかなんて、お見通しに決まっている。
「………別になんでもありませんよ」
それでも、素知らぬ振りで望は答えてみたが、
「えへへ、先生に膝枕喜んでもらえて、私も嬉しいですよ」
ほらやっぱり。
見抜かれている、見透かされている。
なんだか無性に悔しくて、望は頬をぷーっと膨らませた。
その表情が可愛いと、可符香はさらにくすくすと笑う。
もうすっかり彼女のペースだ。
無論、それはいつもの事なのだけれど、散々生徒達に好き勝手にされた後で、さらに彼女にまで手玉に取られるのは望も面白くない。
(何とか、仕返しできないでしょうかね……)
子供じみた対抗心を燃やして、頭脳を回転させる望はある事を思いつく。
「風浦さん…」
「はい?」
望に名前を呼ばれて、可符香は彼の顔を覗き込むように前かがみになった。
そこで、すっ、と望の手の平が彼女の耳元に、気づかれぬようそっと忍び寄る。
やられっぱなしではたまらない。
彼女に、可符香に仕返しをするのだ。
259266:2008/12/23(火) 07:39:03 ID:y8RSMO+c
望と可符香は、教師と生徒という間柄を越えて、互いの想いを通じ合わせた仲だった。
恋人として付き合い始めてから日は浅いが、幾度かの夜を共に過ごして、望は可符香の敏感な部分を把握していた。
自分の手のひらで、指先で、彼女の繊細で過敏な性感に訴えかけ、彼女と共に高まる熱情に身を委ねるのは望にとって至上の喜びだった。
今、望の指先が向かう先、耳たぶのふちの辺りを甘噛みして舌先でなぞってやると、彼女はいつも切なげな声を漏らして身をくねらせた。
いつも自分を振り回してばかりいる彼女を、今日はこちらから驚かせてやろう。
彼女の死角からゆっくりと近づく望の指先は、ついに目的の場所にたどり着く。
可符香の耳たぶを絶妙な力加減でなぞり、そのまま首筋までつーっと指先を這わせる。
しかし……。
「先生、どうしたんですか?」
無反応。
(えっ!嘘でしょう!?)
思いがけない結果に驚愕する望は、もう一度、可符香の耳たぶに、首筋に刺激を与える。
だが……。
「ちょっと、先生、手遊びはいいですから、何が言いたいんですか?」
今度は明らかに自分の耳を触ってくる望の指先を視界に捉えて、可符香は言った。
(か、感じてない……でも、いつもなら…)
その場の雰囲気とか、お互いの気分やコンディションとか、そういった行為に関わる要素のいくつかが欠けている事を考えても、
望のいたずらに対して彼女が全くの無反応というのは、考えてもいなかった事態だった。
驚愕し、慌てふためく望の思考は当然の如くある可能性について考え始める。
(もしかして、私としている時の彼女の反応は全部…………演技だった!?)
一度思考がマイナス方向にベクトルを向けると、生来の気性も手伝って望の想像は悪い方にばかり加速していく。
幾つもの夜を共に過ごした喜びが、望だけの一方的な思い込みだったとすれば……。
(もしかして、そもそもの初めから彼女は私の事なんて……)
もはや望は顔面蒼白、冷や汗で全身がびっしょりと濡れて、まともな思考ができなくなっていく。
「先生?顔が真っ青ですよ、大丈夫ですか、先生?」
彼女の、可符香の呼び声が遠くに霞んで聞こえる。
(本当に、本当に好きだったんですけどね……そうですか…そうだったんですか……)
胸にぽっかりと穴が開いたような、そんな空虚な気持ちに支配されて、望の体から力が抜けていく。
「先生!!しっかりしてください、先生っ!!」
一方、さも望を心配するかのような呼びかけをしながら、可符香の内心は冷静だった。
(ほんと、先生は甘いなぁ…)
可符香は望の性格を熟知していた。
良く言えば純粋で素直、悪く言えば単純。
そんな彼の行動を、絶望教室の黒幕たる可符香が察知できない筈がない。
彼の性格ならば、九分九厘、自分がされたのと同じ事を彼女にも仕掛けてくる。
それに素直に応じてあげても良かったのだけれど、可符香は生来のいたずら好きだ。
望の行動の一枚上手を行って、彼を翻弄してやろうという思惑の方が強く働いた。
ポーカーフェイスは彼女の大の得意技。
それにいくら敏感な部分でも、ちょっと触られたぐらいならどうという事もない。
(先生ったら馬鹿だなぁ……私、好きでもない人とエッチな事したり、その上感じてる演技をするなんてしませんよ…)
なんて考えながら、可符香は内心でくすりと笑う。
今の望のうろたえ振りはそのまま可符香への愛情の裏返しだ。
(私、愛されてるんだなぁ……)
今にも泣き出しそうな望をよそに、可符香はすっかり幸せ気分に浸っていた。
ところが……。
(ふえ……っ!?)
不意に、思いがけない刺激が彼女を襲った。
さっきと同じ耳たぶに、さっき以上の繊細な手つきで望の指が触れ、絶妙な力加減でその部分を刺激したのだ。
その驚きと衝撃のあまりに、彼女は声を出す事さえ出来なかった。
しかし、それを望はまたしても無反応だったと解釈して、再度の愛撫を行う。
260266:2008/12/23(火) 07:39:57 ID:y8RSMO+c
(あ……あぁ………っ!!!!)
ついさっきまで演技を続けていた手前、次の刺激に対しても、可符香は声を上げる事が出来なかった。
表情もとりあえずは平静を装って、内心の動揺を押し隠す。
そんな彼女の前で、望はゆっくりと体を起こした。
「風浦さん…私は…私は……っ!!」
目がマジだ。
ここに至って可符香は事態を理解する。
(やばい…先生、追い詰めすぎちゃったかも……)
するり、静かに伸ばされた腕が可符香の体を抱き寄せる。
悲しげな瞳に見つめられ、両の腕で抱き寄せられて、可符香の心臓はバクバクとうるさいくらいに音を立てる。
それでも、彼女は今更、演技をやめる事が出来ない。
自分のいたずらで、そこまでの意図はなかったとはいえ、望を追い詰めてしまった後ろめたさ。
それに少しばかりの妙な意地が邪魔をして、彼女に素直な反応を許してくれない。
「……………」
彼女はただ沈黙し、いつも通りの笑顔を維持する。
望がもう少し冷静だったならば、彼女の頬に差したほのかな赤みに気付いたかもしれないが。
「風浦さんっ!!!」
「先生、顔怖いですよ?ほんとに、どうしちゃったんですか?」
強く強く呼びかける望の声と、素知らぬ振りの可符香の声。
一言弁解すればすぐに収まる、そんな程度のすれ違いが事態をあらぬ方向に転がしていく。
ただただ必死なばかりの望は、可符香の体に指を這わせ、彼の知る限りの彼女の弱点へと攻撃を試みる。
(ふ、風浦さんは多分私を嫌ってる……それなら、こんな行為許される筈がないのに……)
不安に揺らぐ思考の中でそんな事を考えながらも、望の指は止まらない。
かつて彼女とともに過ごした数々の夜の記憶を追い求めて、望は可符香の体を弄る。
一方の可符香の感情も複雑なものだった。
(今更、演技だったなんて言えない………)
いつもの柔軟な適応力は消え失せて、脱ぎ捨ててしまえばそれで全てが終わる筈の仮面をかぶり続ける。
しかも……。
(それに、先生だって私の気持ち、もう少し信用してくれてもいいのに……っ!!)
そんな小さな怒りが彼女をかつてないほど意固地にさせてしまっていた。
(私が先生を好きなんだって事、ちゃんと信じてくれないから……っ!!!)
その気持ちが、次々と押し寄せる刺激の波への防波堤となる。
腕の下側を、腋の下へと向けて一直線に望の指がなぞる。
力加減は触れるか触れないかほどの、じれったいぐらいの感触。
普段の可符香なら、思わず悩ましげな声を上げていただろうが……。
(……ぁ…ひぁ……あ……)
ゾクゾクとする刺激に声を上げそうになりながらも、外見ではあくまでもノーリアクション。
しかし、それは望のさらなる責めを誘発する。
腕をなぞった指先をざわめかせながら、次に向かうのは脇腹。
焦らすような微妙な力加減を維持しながら、望の手が何度も可符香の脇腹を上下する。
(……っく……でもっ…これぐらいぃ……っ!!)
反射的に身をくねらせそうになったのをぎりぎりで抑えて、可符香はひたすらに耐える。
「ちょっと、先生、くすぐったいですよぉ♪」
なんて、おどけた口調で答えて、あくまで動揺を見せようとしない。
だが、その減らず口を言う事に集中した意識の裏をかいて、望の右手は移動していた。
今度は背中だ。
また、つーっとじれったくなるぐらいの力加減で指先が背中をなぞる。
(………ひゃ…っ!!?)
この時、一瞬可符香の目が驚きに見開かれていたのだが、追い詰められた望は気付きもしない。
そのまま、指先をさまざまに使って、彼女の背中を愛撫する。
(…ひゃっ…ああっ……こ、こんな事…嫌いな人にさせるわけないのに…いい加減、先生気付いて…っ!!)
望の手のひら、指先に心も体も乱されながら、自分が仕掛けたいたずらは棚に上げて可符香は望の鈍感を恨む。
「…きゃっ…もう、先生、ほんとくすぐったいんですよぉ♪」
出てくる言葉は、暗に望を焦らせ、挑発するものばかりになってしまう。
それが事態をさらに泥沼化させる事など、すでに彼女の思考にはなかった。
261266:2008/12/23(火) 07:40:40 ID:y8RSMO+c
(…きゃうぅ…あああっ……こんな…焦らされてばかりいたら…私……っ!!)
今度は望の左の手の平が、大胆にも彼女の太ももの内側に伸びた。
決して秘めやかな場所へ立ち入る事はせず、敏感なももの内側の皮膚だけを徹底的に刺激する。
望の愛撫はいつも以上に繊細で、精密で、可符香の身も心も追い詰められるばかりなのだが
「だから先生、くすぐったいんですってばぁ…もうこれ、完全にセクハラですよ」
彼女はあくまでも意地を通して、平静な振りを保ち続ける。
実際のところ、既に彼女の頬は紅潮し、呼吸はだんだんと荒くなっていた。
可符香自身もそれを自覚していて、だからこそ、そんな自分の変化に気付かない望が憎らしくなってしまう。
(…あっ…やああっ…も…せんせ…だめ……っ!!)
今の可符香の体はぎりぎりまで張り詰めた糸も同然だった。
それを繋ぎ止めているのは、ひとえに彼女の望に対する健気な意地ばかり。
いまにも中の水が溢れ出そうな、なみなみと注がれたコップ。
決壊寸前のダム。
そんな彼女の状態を知る由もなく、望はさらなる行動に移る。
(あ…や…今、そこ、触られたら……)
望の両の手の平が、そっと彼女の胸に覆いかぶさる。
そして、分厚い冬服とブラの上からだというのに、彼の人差し指はその下でピンと張り詰めた彼女の胸の先のピンクの突起を捉える。
ぐん、と押し込まれた指にその突起は形を歪めさせられて、可符香の神経に電気が流れたような激感が襲い掛かる。
「………ぁ…」
ついに微かに漏れ出た声にも気付かず、望はさらに指の腹でそこをぐりぐりとこね回す。
ブラの裏地に擦られて、甘やかな刺激が可符香の胸いっぱいに広がり、そのまま全身を駆け巡る。
(…あ…も…だめぇ……っ!!)
限界だった。
最後に指先で先端を弾かれた刺激が、ついに可符香の強固な守りを突き崩す。
「………っああああああああああ!!!!!!」
我慢できずに声を上げた。
それに驚愕したのは、忍耐を続けてきた可符香よりも、むしろ望の方だった。
「…えっ?…あれ?…風浦さん……?」
そのままぐったりと自分に身を任せてへたり込んできた彼女の姿を見て、望はようやく気付き始める。
(わ、私は何かとんでもない間違いを……)
彼の思考は即座に事の真相には至らないまでも、自分の不安、彼女の好意が演技だったのではないかという考えが間違いだった事にたどり着く。
そして、その直後……。
「ひゃっ!!…ふ、風浦さん何をっ!?」
可符香の腕が望の体をぎゅーっと抱きしめた。
そして、ぽつりと一言。
「……せんせいの…ばかぁ…」
それは根競べに負けた可符香の、精一杯の望への抗議だった。
おぼろげに事態を理解し始めていた望は、申し訳なさと安堵が入り混じった声で
「すみませんでした……」
素直に謝った。
そんな望の体に、可符香はぎゅーっと顔を押し付けたまま、彼の耳の後ろにそっと手を伸ばし
「……あ…」
優しく触れた。
望はそんな彼女の手の平にそっと自分の手を重ねる。
ぬくもりを求め合うように、二人の手の平はそのまま指を絡ませ合う。
そして、残されたもう一本ずつの腕で、二人は互いの体を強く抱きしめた。
「本当にすみません…」
もう一度望が謝ると、可符香は答の代わりに握り合った手にきゅっと力を込めた。
全く、お互い何を必死になっていたのやら。
抱きしめ合うぬくもりに、二人はようやく心からの安堵を得たのであった。
262266:2008/12/23(火) 07:44:42 ID:y8RSMO+c
一本目はこれでお終いです。
それと、大事な注意点を忘れていました。
一本目の話はマガジン掲載の163話、まだコミックスに入ってない話が前提です。
いまさらの注意で申し訳ないです。
では、二本目、短くてエロがありません。
いってみます。
263266:2008/12/23(火) 07:45:42 ID:y8RSMO+c
さざ波ひとつない水鏡のような静寂の中に、私は足を踏み入れる。
見慣れた机、見慣れた椅子、見慣れた黒板。
いつも通りの教室が月の明かりに照らされて、いつもとは違う色の中に沈んでいる。
まるで忘れ去られた遺跡にいるような、不思議な気分。
カツコツ、と私が僅かに立てる足音も、水面に起こした波紋がいつかは拡散して消えるように、周囲の静寂に飲み込まれていく。
私は静かに椅子を動かして、いつもの自分の席につく。
「風浦さん」
「可符香ちゃん」
「あはは、可符香ちゃん」
「ねえ、風浦さん」
「よう、風浦」
「やあ、風浦さん」
目を閉じれば聞こえてくる。
この学校で、同じ時間を過ごす大切な友人達の呼び声。
そして、喧騒に満ちたこの場所の真ん中にいつもいるあの人の笑顔。
「先生……」
呟くと、あたたかな気持ちが胸に広がっていく。
自他共に超ポジティブと認める私にだって、胸が締め付けられるように苦しくて、眠れなくなる夜がある。
自分の背後にぽっかりと開いた穴の深さに、一人きりの布団の中で震えるしかない時がある。
でも、やっぱりポジティブシンキングが私の取り柄。
悪い事ばかり考えてしまう時には、楽しい場所に行けばいい。
誰もいないこの教室は、だけど、今の私の幸せの象徴で、中心だ。
ただこの教室に、この席に座っているだけで、私の胸の内に溢れ出てくる様々な想い。
それは今まで体験してきたみんなや先生との幸福な思い出であり、
これから待っているであろうみんなや先生と一緒の未来への予感だ。
ここにいて、ただその想いに身を委ねていれば、暗い気持ちなんてすぐにどこかに行ってしまう。
「……………」
だから、今私の頬を流れ落ちた熱い雫の感触は嘘っぱちで、
自分の体をぎゅっと抱きしめていなければどこかに吹き飛ばされてしまいそうなこの体の震えも当然偽物だ。
「大丈夫、私は幸せなんだから……」
ちょっと暗い気持ちになる事ぐらい、誰にでも良くある事。
それは私も例外じゃないけれど、それに囚われ過ぎるのは決して利口な事じゃない。
ポジティブに、明るく、楽しく。
そんな想いで心を満たしてくれるだけのものを、私は今の生活から得ているのだから。
「…あ…うあ……うわあああああああん……っ!!!」
大丈夫、これは、この涙は一時だけのもの。
大丈夫。
大丈夫。
大丈夫。
ぼろぼろと、顔を濡らす涙や鼻水、みっともなくてみんなには見せられないな。
だけど、時には素直に感情を吐き出すのも大切な事だと、どこかで聞いた事もある。
だからこれは大丈夫なんだ。
私の幸せに必要な、ごく当たり前の事。
だけど。
だけど、もし、吐き出しても吐き出しても止まらない涙が、今の私を形作る全てなのだとしたら……。
私の心を満たしているのは、このみっともなくて惨めな涙だけを満々と湛えた湖なのだとしたら……。
足元が崩れていくような、とてつもない恐怖が私を飲み込む。
「寒いな……」
私の心が涙の湖の底に沈んで消えていく。
そう思った、そんな時だった。
「…………あ…」
温かい手のひらが私の頬を拭って、私は顔を上げた。
「だ、だ、だ、大丈夫ですか!?」
耳に馴染んだ優しい声。
明らかに私を心配して動揺しているその声音のおかげで、その人が今、どんな表情をしているのか、
涙で霞んだ私の目でも、簡単に想像する事が出来る。
「どうしたんです、あなたは?こんな時間に学校で……」
言いながら、柔らかいハンカチが私の顔を拭う。
264266:2008/12/23(火) 07:46:32 ID:y8RSMO+c
そのハンカチを、まだもう少し涙の止まらない私に渡して、その人は私の顔を覗き込んだ。
「…せんせい……」
ようやく涙を拭い去った瞳で、私は先生の心配そうな顔を見つめる。
「本当にどうしたんです?何かあったんなら、私が相談に乗りますよ?」
ああ、やっぱりこの人は、先生は優しいな。
でも、その問いかけはちょっと答えるのが難しい。
「何でもないですよ、先生……」
「…な、何でもないのにあんなに泣く人がいますか!?」
ほら、本当の事を言ったのに信じてもらえない。
だから、私はいつもの笑顔をゆっくりと思い出しながら、こう答えるのだ。
「本当に何でもないんです。何でもないのに、こうなっちゃうから困ってるんです……」
私のその言葉に、先生はどうしても納得がいかないようで、でもどう言葉を返していいかわからなくて、結局辛そうに沈黙する。
だから、私はそんな先生を元気付けてあげたくて、いつものような軽い調子で話しかける。
「それより、これもいつもの私のいたずらかもしれませんよ。油断してていいんですか、先生?」
「教室に入ってきた私に気付かないぐらい本気で泣いてたのに、それはないでしょう?」
「気付いてないふりをしてたのかもしれませんよ?」
「それでも、泣いているあなたを放っておくより、こうした方が百万倍ましです」
生真面目に答えた先生のその言葉に、私の胸の奥が震えた。
「さあ、宿直室に行って何か甘くて温かいものでも飲みましょう」
そう言って、先生は私の肩を抱いて、ふらふらの私の体を支え起こす。
先生の腕の中、その温かさに包まれた私の瞳からは、完全に涙は消えていた。
たまらなく優しいぬくもりに包まれたこの場所で、私は再び思う。
先ほどまで頬を濡らした涙は、仮初めのものに過ぎないと強く確信する。
「私は時々不安になるんですよ。いつも明るく笑っているあなたの笑顔の影に、なんだかとても悲しい何かがよぎるような気がするんです」
だから、私は先生の心配そうなこんな言葉に、強い自信を持ってこう答えるのだ。
「いやだなぁ、先生。私は今、とっても幸せですよ」
なぜならば。
あなたが傍にいてくれるのなら、どんな恐怖も悲しみも、私に毛筋一本ほどの傷も負わせられないのだから。
あなたの傍にいる限り、私の胸の奥にはどんな強い風でも消せない、暖かな炎が宿り続けるのだから。あなたは知っていますか?
あなたがいる限り、私はこの先ずっとどんなものにだって負ける事は有り得ないんだって。
先生。
先生。
先生。
臆病な私の、素直に伝える事すら出来ないこの想いがある限り、私は絶対に幸福なんです。
「さあ、行きますよ」
私を支える先生の腕に、ぎゅっと力がこもるのを感じた。
その優しい感触に身を委ねて、先生と一緒に、私は宿直室に向かって歩き出した。
265266:2008/12/23(火) 07:47:27 ID:y8RSMO+c
これでお終いです。
失礼いたしました。
266名無しさん@ピンキー:2008/12/23(火) 19:56:12 ID:O4uuxh26
この空気の中投下してくれた>>266を俺はきっと忘れない
可符香好きなのでよかったよ、GJ!
267名無しさん@ピンキー:2008/12/23(火) 22:13:47 ID:eCOVABV0
ありがとう266
お前の男気に感動した!
いまからss作るぜ!
268名無しさん@ピンキー:2008/12/24(水) 02:34:16 ID:3mY7VIV7
流れ切って悪いんだけど
望が智恵先生とヤるために生徒達数人とHする話ってなかったっけ
269名無しさん@ピンキー:2008/12/24(水) 09:40:59 ID:3mYGWWZy
保管庫にある
「非はまた望」
270名無しさん@ピンキー:2008/12/24(水) 20:04:12 ID:HCyE3fe0
>>266GJ!
カフカせつなす
271266:2008/12/24(水) 22:57:07 ID:UNDVWqEs
また書いてきました。
エロじゃなくて申し訳ないですが、2のへのクリスマスの話です。
望カフ成分を含有しています。
それでは、いってみます。
272266:2008/12/24(水) 22:57:55 ID:UNDVWqEs
抜き足、差し足、気配を忍ばせて、人気のない廊下を望は進む。
目的地はもうすぐ目の前、ほとんどの電気が消されて真っ暗な学校の中で、唯一明かりの点いている場所。
彼の受け持つクラス、2のへの教室からは室内の煌々とした光が漏れて、暗い廊下を照らし出している。
そこから聞こえる、少年少女達の声。
本当に楽しそうなパーティーの喧騒。
その様子を伺いながら、望は一歩、また一歩と教室に近づいていく。
「べ、別に寂しいとかじゃないんですからねっ!ただ、何か問題があったら、やっぱり担任の私が責任を取らされるわけですから……」
誰に咎められたわけでもないのに、しきりに言い訳を口にする望。
教室の明かりを見つめる彼の眼差しには、明らかな羨望の色が含まれていた。
「ほんと、クリスマスとか興味ないんですから……私にとっては苦痛なだけなんですからっ!!」
そんな事を呟きながら、望はじりじりと教室に接近していく。
なんでこんな事をしているのやら、自分でも情けないぐらいだ。
望は教室へと歩を進めながら、今日の昼の出来事を思い出す。

「先生はクリスマスパーティー、参加しなくてもいいですよ」
にっこりと笑って、可符香が言った言葉の意味を、望は一瞬理解できなかった。
「はい?えっと、それはどういう…」
「先生ってクリスマスにトラウマがあるじゃないですか。だから、クリスマスパーティーに参加しなくていいって、そういう事です」
確かに可符香の言うとおり、望にとってクリスマスは素直に喜べるイベントではない。
彼の誕生日、11月4日から、赤ん坊が大きくなって母親のおなかから生まれてくるまでの十月十日を遡ると、ぴったりとクリスマスイブに重なる。
自分はクリスマスに浮かれた両親が勢いで作った子供ではないのか。
学生時代に友人にそう指摘されて以来、望はクリスマスを素直に楽しめなくなってしまった。
それは事実なのだけれど……。
「私たちがクリスマスに向けて準備しているのは先生も知ってると思いますけど、だからって気を使って無理に参加する必要なんて全然ないんです」
「え、ええ……それはわざわざお気遣いどうも……」
こうもはっきりと来なくていいなんて言われてしまうと、流石に辛くなってしまう。
彼のクラスの生徒達は年中行事などの際には望の所に押しかけて、わいわいと騒ぐのがお決まりとなっている。
それをいきなり、こんなに素っ気無くされてしまうと……
「会場にはこの教室を使うつもりです。もうちゃんと学校の許可も取ってありますから、先生は宿直室でのんびりしててください」
「そ、そうですか…でも、学校を使うのなら誰か監督する人がいないと…」
「それも大丈夫です。智恵先生も参加する予定になってますから」
そう言われると、もう望はぐうの音も出ない。
今年のクリスマスの集いに、望が介入する余地は全く無いという事だ。
「それじゃあ、私もみんなと一緒に買出しに行かなくちゃならないので…」
「あ、は、はい、気をつけて行くんですよ」
そして、用件を伝え終えた可符香はくるりと踵を返して、望の元から去っていった。
残された望の胸中には、なんとも釈然としない感情だけが残されていた。

終業式を終えた学校の廊下は昼間だというのに静かで、そこを歩く望にさらなる孤独感を募らせる。
「毎年ごねてましたからね、愛想を尽かされたという事でしょうか」
望がクリスマスのイベントを嫌がるのは、ほとんど毎年の風物詩になっていた。
そろそろ、生徒達もそんな望に飽き飽きしたのだろう。
今年は言われたとおりに静かにしていよう。
そう思って、望が宿直室の扉を開けると
ふわっ
香ばしい匂いが望の鼻腔をくすぐった。
「あ、先生、おかえりなさい」
宿直室の中、炊事スペースに立っていた霧が振り返って望に声をかけた。
どうやら料理の真っ最中らしいが、コンロにかけられた大なべは明らかに望や交達だけで食べるには大きすぎる。
「クリスマス用の料理を作ってるところだよ。パーティーにはみんなで料理を持ち寄るの……」
霧が嬉しそうに言ってから、急にハッとなった様子で
「あ、先生は参加しないんだったね………」
悲しそうにそんな事を言う。
273266:2008/12/24(水) 23:00:02 ID:UNDVWqEs
「い、いえ、別にそんな事は気にしなくていいんです。どうせ、私、クリスマスは苦手なんですから…」
「先生の分、ちゃんと置いていくから、きっと美味しいから、ちゃんと食べてね」
「ありがとうございます、小森さん…ところで、そういえば交の姿が見えないようですけど……」
どこにいるとも知れない兄から預かっている甥っ子の姿が見えない事に気づいて、望がたずねる。
「ああ、交君なら先生と入れ違いに教室へ行ったよ」
「教室へ?」
「うん、パーティーの飾りつけを手伝うって言ってた」
という事は、霧も交もクリスマスパーティーに参加するという事だ。
まあ、考えてみれば当然だろう。
特にまだ小さな交にとって、クリスマスは心待ちにしていたイベントのはずだ。
(仕方がありませんね。今夜は一人ぼっちですか…)
望は小さく、ため息をついた。

その後も、仕事の合間に校舎を歩いているときに、家庭科室で料理をしたり、玄関からツリーを運び入れる生徒達の姿を何度も目にした。
じわじわと望を蝕んでいく孤独感と寂寥感。
あまりにいたたまれなくて宿直室に戻ってみると、既にそこには霧の姿はなかった。
ちゃぶ台の上には、じっくり煮込まれたミネストローネと、ハンバーグのトマト煮込みがラップをかけられて置かれていた。
『温めて食べてください。先生を残してパーティーに行ってごめんなさい――霧』
置手紙を読むと、改めて一人ぼっちになった実感が湧いてくる。
「うう、寂しいです…孤独です……ああ、もう死んじゃおっかなぁ…」
そんな事を呟いても、かまってくれる人間は当然ゼロ。
望は一人むなしく部屋の隅で体育座りをする。
「ああ、でも……そうだ、一人いるじゃないですか、私の近くにいる人がまだ…」
と、そこで望はとある人物の事を思い出した。
「常月さーんっ!常月さーんっ!!」
常月まとい、望に四六時中付きまとう彼女と、この孤独な聖夜を耐え忍ぼう。
ところが……
「常月さん?いないんですかー?」
何度名前を呼んでも、待てど暮らせど返事が無い。
「まさか…彼女まで……」
常に彼女に監視されているような状況がかなりアレだった事は事実だけれど、何もこんな時にいなくならなくても……。
和やかな時間を提供してくれる、霧や交の姿も無く、ストーカー少女にまで見放されてしまった。
うら寂れた宿直室の片隅で、望はついに本当の一人ぼっちになってしまった。

というわけで、あまりの孤独感に耐えかねた望は、自分の心に何かと言い訳をしながら、静かにパーティー会場に忍び寄っていた。
早くあの教室に入ろう。
それで、クリスマスなんてやっぱり楽しくないとゴネて、生徒達にからかわれたりしよう。
さびしいのは、もう絶対に御免だった。
「さあ、行きますよ……」
望の手が教室の扉にかかる。
そのままゆっくりと扉を開こうとした、その時だった。
ガラララッ!!!!
「えっ!!?」
望が開くより早く、教室の扉が勢いよく開いた。
そして、仲から伸びたいくつもの手が、望を掴んだ。
274266:2008/12/24(水) 23:01:37 ID:UNDVWqEs
「うわわわわわわわっ!!!!」
抵抗する暇も無く教室に引きずり込まれ、尻餅をついた望が見たのは、彼のクラスの生徒達の満面の笑顔。
「メリークリスマス、先生っ!!」
その真ん中に立っていた少女、風浦可符香が明るい声で言った。
「こ、これは一体どういう……って、うわあっ!!」
訳がわからないまま問いかける望の声を無視して、誰かが望の左腕に縋り付いた。
「ああ、やっぱり私を追いかけて来てくれたんですね、先生……」
「つ、常月さんっ!?」
すると、今度は望の右腕を別の誰かがぐいっと引っ張る。
「違うよっ!先生は私のために来てくれたんだよっ!!!」
「小森さん、お、落ち着いてくださいっ!!」
火花をバチバチと散らす霧とまといの間に挟まれて、望はおろおろとうろたえる。
そんな3人を見ながらくすくすと楽しそうに笑う周囲の生徒達の様子に、望の混乱は深まるばかりだ。
「何なんですか、これは?一体何がどうなってるんですっ!?」
再び叫んだ望の疑問に答えてくれたのは藤吉晴美だった。
「つまり、先生は罠にはまったんですよ」
「罠?」
「そう、普通に誘ったんじゃ絶対に嫌がる先生を、クリスマスパーティーに参加したくなるようにする罠です」
そう言われて望は思い出す。
そう言えば、今日に限って霧も交も、まといさえもいなくなってしまった事。
さらに決定的なのは、昼間に言われたあの言葉。
『先生はクリスマスパーティー、参加しなくてもいいですよ』
今思い出してみれば、あそこで突き放されたのが、望の調子が狂い始めたそもそもの始まりのような気がする。
会場がわざわざ学校だったのも、望に準備の様子やパーティーの賑わいを見せるため、
さらには望が参加したくなった時、すぐに行ける場所という条件で選ばれたのだろう。
「というわけで、今回の件についてはみんなの共犯なんですけど、そもそものアイデアを出したのは…」
そう言って晴美が指し示した人物は…
「えへへ、ちゃんと先生が来てくれて良かったです」
にっこりと笑う、風浦可符香その人だった。
望はその可符香の笑顔に苦笑を返しながら立ち上がる。
「そういう事だったんですか……見事、やられちゃいましたね…」
全て彼の生徒達の手の平の上だったという事か。
散々、寂しい思いをさせられたせいで、クリスマスに対する鬱屈が気にならなくなっているのも、恐らくは計算の内なのだろう。
教室の中を見渡せば、クラスの普通の生徒達だけでなく、天下り様やら娘々、それにマリアの友人らしい褐色の肌の少女や、
2のほの万世橋わたる、ついでに景と命、望の二人の兄達までが参加している。
「それじゃあ、途中からの参加ですが、私も楽しませてもらいますよ」
望が恥ずかしそうにそう言うと、教室中が歓声に沸き上がる。
2のへのクリスマスパーティーはここからが本番だった。

2のへのクリスマスイブの大騒ぎは、望の途中参加によってさらに加速した。
特に望の周囲には彼を慕う女子生徒達が集まり、きゃあきゃあと悲鳴を上げながら望を玩具にしていた。
左右の腕を掴む霧とまといに加えて、背後からあびるが望の首に包帯を巻きつけてきて、望はほとんど身動きが取れなくなってしまった。
それを面白がって他の女子生徒、大草さんや晴美が突っつきまわす。
さらに、その輪に入ろうと奈美が近付いて来たのだが、
緑色に塗られオーナメントをぶら下げてっぺんに星を装備したクリスマス仕様のバットを振り上げて、
頬を真っ赤に染めて突っ込んでくる真夜に吹っ飛ばされてしまった。
鋭いスイングを食らって悲鳴を上げる望を見て、料理にむしゃぶりついていたマリアがけらけらと笑った。
別の一角ではこの機会に一儲けしてやろうと商売道具を持ち込んだ美子と翔子が、
自己流サンタスタイル(ゴーギャンの絵のような極彩色、膝からトナカイの頭が出てる)で決めた木野に
話しかけられてどう対処していいかわからずオロオロとしていた。
それを何故だか褒められたのだと勘違いした木野が、今度は愛のいる方に向かうと
「す、す、すみません〜っ!!!」
と言いながら、彼女は卒倒してしまった。
275266:2008/12/24(水) 23:03:06 ID:UNDVWqEs
訳がわからずうろたえる木野だったが、倒れてきた愛の体をキャッチできたので、その辺はラッキーだったと言えた。
カエレはミニスカートのサンタルックだったのだが。
「なんで下に白タイツ穿いてんだよっ!義務を果たせよ、パンツッ!!!」
「だからパンツって言わないでよ、訴えるわよっ!!!」
衣服の一部仕様に激怒した臼井と激しく言い争っていた。
そんなカエレの白タイツの脚を眺めていた芳賀が、
「白タイツってのもオツなもんだと思うけどな…」
なんて事を呟いていた。
クリスマスに着想を得て話し始めた久藤准の今夜のお話は、いつもの泣ける話、悲しい話ではなく幸せで心温まるストーリー。
「もっと話してくれよ、久藤の兄ちゃんっ!!」
交にせっつかされて、准は次々とお話を紡ぎ出す。
周囲には、智恵先生や、芽留、万世橋、それにいつの間にか潜り込んでいた一旧など、何人もの人たちが彼の話に聞き入っていた。

「ねえ、そろそろケーキを切り分けた方がいいんじゃない?」
パーティーが盛り上がる中、そう言ってみんなに呼びかけたのは晴美だった。
「そうね、じゃあ私がきっちり全員平等になるよう切り分けて……」
「ひとつのケーキを全員の人数分で薄切りにするつもりなんでしょ、千里」
「うっ……だ、だったら他にどうやって分ければいいのよっ!!」
ケーキは各人が家で作ったり、ケーキ屋で買ってきたりしたものが十数個あった。
打ち合わせが不十分だったせいで、みんなが気を使いすぎてこの人数で食べるには少し多めのケーキが集まっていた。
「だからきっちり打ち合わせしなさいって言ったのに……」
「千里、この際それはどうでも良いんじゃないの?」
「何よ、晴美!どうでもいいわけないでしょっ!!」
「大事なのは、誰に食べてもらえるかじゃないの、千里?」
「えっ?」
晴美は睨み付けてくる千里ににこりと笑って
「千里もケーキ作ってきたんじゃない。どうせなら、先生に食べてもらいたいわよね?」
晴美の言った通り、千里は自分でケーキを作ってきていた。
もちろん、望にたっぷり食べてもらえるなら、それに越した事はないのだけれど……。
「で、でも、ちゃんときっちり分けないと…」
「いつもの押しの強さはどうしたのよ?せっかくのチャンスじゃない」
晴美に促されて、顔を赤く染めた千里がこっくりとうなずいた。
包丁片手に自作のケーキの前に立ち、臆病なぐらいの慎重さで望の分のケーキを切り分ける。
「それじゃあ、残りはこっちで切り分けとくから、行って来なよ、千里」
「あ、うん……」
ケーキを載せた皿を持って、がちがちに固まっている千里の肩を、晴美がぽんと押してやる。
千里はケーキを持って、女子達に弄ばれてズタボロの望のところへ。
「せ、先生、食べてください……」
ケーキ皿をぐいと望に差し出した。
「あ、ありがとうございます。それでは……」
ケーキを受け取った望は、千里の緊張が伝染したみたいにおずおずとフォークでケーキを一口分、口に運ぶ。
「どうですか?」
「はい、おいしいです。とっても美味しいですよ、木津さん」
望のその言葉を聞いて、千里の顔がぱっとほころぶ。
本当に嬉しそうな千里の顔を見ていると、望もなんだか気分が良かった。
「そのサンタのマジパン細工も自信作なんです、ちょっと食べてみてください」
「そうなんですか?では……」
にこにこ顔の千里に促されて、今度はサンタの砂糖菓子を口に運ぶ。
一口では食べきれないので、首のあたりでパキリと折ってしまう。
すると……
276266:2008/12/24(水) 23:03:52 ID:UNDVWqEs
「うわあああ、こ、これは何ですかっ!?」
悲鳴を上げた望に、千里は嬉しそうに笑って答える。
「どうですか、すごいでしょう?」
首のところで折れたサンタのマジパン細工、その断面から赤黒い何かが流れ出ている。
「ただのイチゴシロップだと実際とは色が違っちゃいますから、再現には苦労しました」
そのサンタは、体を流れる血液から、臓器や骨まで全て再現されていた。
血液がわりのシロップが染み出さないように、まず外側だけを作って、内側にうすくホワイトチョコをコーティングしたそうだ。
「そのホワイトチョコがいい感じに脂肪の雰囲気を再現して、予想以上の出来栄えでしょう?」
「そ、そ、そうですね……」
食べないとどんな事をされるかわからないので、望はなるべく断面を見ないようにしながらサンタの残りの部分を食べた。
口の中で噛み砕くと、内臓を再現したグミの感触がやけに生々しく口に残った。
「先生に満足してもらえて、私とっても嬉しいです」
「そ、そうですか、それはなによりです………」
ようやくサンタを飲み込んだ後では、甘くとろける筈の千里のケーキの味が何となく無味乾燥なものに望むには思えたのだった。

ようやく千里のケーキを食べ終えた望は、今度は糸色家の兄妹達、景、命、倫の集まる一角に向かった。
「ふわ〜っ!!やっといらっしゃったのれすね、おにいさまぁ〜」
「ちょ、倫、どうしたんですか……って、お酒臭い?」
いきなり妹に抱きつかれて、望はうろたえた。
しかもあからさまなまでの酒の臭い、景はともかくいい大人の命がついていながら、どうしてこんな有様に……。
「どういう事ですか、命兄さん、倫にお酒なんて飲ませてっ!!」
「ろうもこうも…倫がぁ…呑みたいっていうもんらからぁ……」
酔っ払ってやがる。
仕方なく景の方をにらむと、こちらもほろ酔い加減でニヤニヤと笑っていた。
「いや、最初は俺が呑ませたんだよ。ちょっとぐらいなら付き合ってもらってもいいかなって…」
「いいわけないでしょう、景兄さんっ!!」
倫に最初に酒を勧めたのは景だった。
無論、横で見ていた命は止めようとしたのだが……
『いいじゃありませんの、命お兄様…これくらい嗜み程度には呑めなくては糸色の女は務まりませんわ』
そう言って、くいっと一息に倫はグラスを空にしてしまった。
さらに……
『さ、命お兄様も一杯いかがですか?』
慣れない酒に頬を上気させ、上目遣いにこちらを見てくる倫の姿に、命は一発でやられてしまった。
『そ、そうか…すまないな』
なんて言いながら、愛しの妹が注いだ酒を飲み干した。
『うふふ、さすが命お兄様は大人ですわね…素敵な呑みっぷりでしたわ…』
そして、自分の方を見て微笑む倫に完全に骨抜きにされてしまった。
後はそのままズルズルと、倫も命も酒に飲まれていったわけだ。
「止めてくださいよ、景兄さんっ!!」
「そうは言っても、あんなに楽しそうに飲んでるのを邪魔したくなかったしな……」
一向に話が噛み合わない景との会話を続けていた望に、今度は命が抱きついてきた。
「望ぅ、クリスマス、楽しんでるかぁ?」
「ちょ、兄さんまで…やめてくださいよっ!!」
逃れようとじたばたともがく望だが、倫と命は望むの体にしっかりとしがみついて離れない。
「おにいさまは、じぶんがクリスマスにいきおいでつくられたこどもだから、クリスマスが苦手なんでしたわよね?」
「そうですよ、それがどうかしましたかっ!!?」
「悲しいぞ望、それがなければお前は生まれなかったというのに……」
「いや、命兄さん、そういう問題じゃないですから…」
「いやですわ、おにいさまがうまれてこないなんていやですわぁ〜」
「私も嫌だぁ…望、そんな悲しい事言わないでくれぇ〜」
変なスイッチが入ってしまったらしく、泣きながら縋り付いてくる兄と妹に望はもみくちゃにされる。
「望ぅ、大好きだぞぉ〜」
「わたくしも…おにいさまのことすきぃ〜」
「いい加減にしてください、酔っ払いども…景兄さんも笑ってないで助けてくださいよぉ…っ!!!」
ある意味、これ以上ないぐらい仲睦まじい弟妹たちの様子を見ながら、景は嬉しそうに笑って杯を傾けるのだった。
277266:2008/12/24(水) 23:04:34 ID:UNDVWqEs
暴走兄妹の魔の手から命からがら逃れた望は、教室の壁際に立って一休みしていた。
ここに来てからせいぜい2時間も経っていないというのに、もうクタクタだ。
周囲の騒ぎから一歩身を引いて頭を冷やしていると、可符香が小走りに望のところにやって来た。
「楽しんでますか、先生?」
にっこりと笑ってそう問いかけた彼女。
「そうですね…こんなのは私も久しぶりですから、よくわからないんですが……」
望は少し悩んでからこう答える。
「でも、まあ、みなさんに散々引っ張りまわされたおかげで、トラウマなんて思い出す暇もなかったのは確かですね…」
そんな望の答に、可符香は嬉しそうに微笑んで見せる。
それから、彼女は何かを思い出したような顔になって
「そう言えば、この後はプレゼント交換ですね」
そう言った。
「そうなんですか?困ったな、私は何も用意してないですよ」
「先生はこういう形での参加だったんですから、仕方がないですよ」
「まあ、そうですねぇ……でも…」
すると、望は突然、可符香の肩をそっと抱き寄せて
「あなたぐらいには、何かプレゼントしてあげたいんですが……」
「えっ?」
可符香が、望の意図を察する前に、望の唇が可符香の唇に触れた。
「メリークリスマス、風浦さん……」
「ふえ…あ……」
ゆっくりと事態を理解して、可符香の顔が赤く染まっていく。
「だ、誰かに見られたらどうするんですか、先生………っ!!」
「大丈夫、こういう騒ぎの中では、案外目立たないものなんですよ」
いつになく動揺した可符香に、望は微笑んでウインクする。
可符香はさきほどの感触を確かめるように、そっと自分の唇に触れて、そのまま俯いてしまった。
「ありがとうございました、風浦さん…久しぶりにクリスマスらしいクリスマスでしたよ……」
「ど、どういたしまして…せんせい……」
と、そんな時だった。
「それでは、そろそろプレゼント交換を行いまーすっ!!」
集められたプレゼントを整理する千里の横で、晴美がみんなに向かって呼びかけた。
「おっと、そろそろ始まるみたいですね。風浦さん、あなたも行ったほうがいいですよ」
「そうですね……でも、本当は先生にも参加してほしいんですけど……」
「まあ、私も今はそういう気分なんですが、今更プレゼントを買いには行けませんし……」
残念そうにそう言った望に、俯いていた顔を上げ可符香が答える。
「いやだなぁ、先生、プレゼントならもうここにあるじゃないですか」
「へっ?」
そして望は気がつく。
彼女の顔に浮かぶ笑顔に先ほどまでの恥じらいはなく、いつも悪戯を仕掛けてくる時のような輝きが瞳に宿っている事に。
「ちょっと待ってくださーいっ!!先生も、プレゼント交換に参加するそうですっ!!」
「ええっ!!ちょ、風浦さんっ!?」
可符香の言葉で、教室中の視線が一気に望に集まる。
「そのプレゼントとはなんと……」
そして、そこで彼女が指差したのは…
「先生自身っ!!!先生がプレゼント分を体で支払うそうですっ!!!!」
「ふ、ふ、風浦さあああんっ!!!!!」
驚きの声を上げた望は、いつの間にか自分の首に何かが巻かれている事に気がつく。
それは、クリスマスプレゼントの包装に使われる、真っ赤な可愛いリボンだった。
「ちょ、みなさん落ち着きましょう……そんな、人間を物みたいに扱う事、許されるはずが……」
教室中の女子が、ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。
「それじゃあ、先生、私も先生狙いでがんばりますからっ!!!」
となりを見ると、可符香がそんな事を言って微笑んできた。
もう、これは逃れようの無い運命であるらしい。
糸色望の長い長いクリスマスイブの夜は、これから始まるのであった。
278266:2008/12/24(水) 23:05:41 ID:UNDVWqEs
これでお終いです。
ご覧になってくださったみなさんにメリークリスマス!
それでは、この辺で失礼いたします。
279名無しさん@ピンキー:2008/12/25(木) 00:24:10 ID:+h9AS2Rd
GJ
ほのぼのしてていいね

なるべくなら間を置いて投下したいがクリスマスネタだから今じゃないと…もう25日だし
しかも1レス小ネタのはずが2レスになってしまったorz
2802レス劇場「聖なる夜をあなたと」(1/2):2008/12/25(木) 00:31:46 ID:+h9AS2Rd
可符香「先生、着庄日おめでとうございます!」
絶望「いきなり喧嘩売ってますね」
可符香「先生のお父様とお母様の共同作業の成果ですよ、素晴らしいじゃないですか」
絶望「共同作業はクリスマスツリーを飾る程度にして欲しかったですよ」
可符香「当時は子供が3人もいましたしね」
絶望「3人も生んどいてクリスマスにハッスルとか言うな!」
可符香「言ってません」
絶望「だいたいですね、西洋の慣習を持ち込んだ挙げ句、それをセックスの日にしてしまう日本がおかしいんですよ!」
可符香「わあ先生、豪快なセクハラですね!」
絶望「商店街のクリスマスツリーをあなたも見たでしょう?」
可符香「クリスマスって感じがしますよね」
絶望「あれは『ケーキを買え』『レストランを予約しろ』などといった脅迫ですよ!そしてクリスマスイヴには恋人といないと世間様に後ろ指を指されます!」
可符香「それでは私たちも後ろ指を指されてるんですか?」
絶望「独り者ですから当然ですよ!絶望した!ふしだらな文化を持つ日本に絶望した!!」
可符香「そうそう、今日はそんな可哀想な先生にお願い事があって来ました」
絶望「…お願い?」
可符香「はい、ちょっとした共同作業です」
2813レス劇場「聖なる夜をあなたと」(2/3):2008/12/25(木) 00:39:03 ID:+h9AS2Rd
絶望「クリスマスに共同作業って…(どきどき」可符香「クリスマスの私たちにぴったりの共同作業なんですけど」
絶望「まさか…(ごくり)…いえ、私もこれでもきょ、教育者のはしくれですから、お、お断りします!」
可符香「そんなあ先生、一緒に列車旅行した仲じゃないですか〜」
絶望「それはその…」
可符香「…分かりました。では他の人に頼むことにします」
絶望「!?それだけは駄目です!」
可符香「え、どうしてですか?」
絶望「ど、どうしてって……もう良いです、私が引き受けます!」
可符香「本当ですか!じゃあ服を脱いでください!」ぐいぐい
絶望「え、こんなところで!?もっと優しくお願いしますっ!」
2823レス劇場「聖なる夜をあなたと」(3/3):2008/12/25(木) 00:41:56 ID:+h9AS2Rd


可符香「わあ、よく似合ってますよ先生」
絶望「…何ですかこれは」
可符香「トナカイさんの着ぐるみです」
絶望「見れば分かります!あとそこにあるのは…」
可符香「そりと袋です」
絶望「そしてあなたの格好は…」
可符香「もちろんサンタさんです!ふふふ、似合ってますか?」
絶望「共同作業ってまさか…」
可符香「クリスマスですもの、全国の子どもたちに夢と希望と現実を!」
絶望「もうグダグダですから!」
可符香「それ、出発しんこー!」ぴしーん
絶望「痛い!鞭打たないで!絶望した!クリスマスに絶望したぁ!」
283名無しさん@ピンキー:2008/12/25(木) 00:46:02 ID:+h9AS2Rd
おしまい

そして結局2レスでギリギリはみ出したので3レスになるというグダグダっぷりに泣いた
小ネタなのに
284糸色 望 ◆7ddpnnnyUk :2008/12/25(木) 06:39:00 ID:zl1rX9EP
望「私のトルコンは中間速度域での加速力低下を抑える設計で、変速段での運転で高速まで
引っ張ることの出来るタイプのトルコンが採用されています。このため、起動トルクが弱くなります。
コンバータはDW14E/C形で、構造は変速1段・直結2段の多段式で、コンバータは1段5要素です。
発進時にはトルコンを長々と空回りさせながら、数拍おいてゆっくりと動き出す有様です。
このため、3段6要素のトルコンを搭載した勝 改蔵と比較して出足が悪いように見えます。

このような構成ですので、鞭を打たれても速く走れといわれても無理があります。
何故なら、起動直後の特性が不利という欠点があるからです。」
285糸色 望 ◆7ddpnnnyUk :2008/12/25(木) 06:49:32 ID:zl1rX9EP
しかし、少し動き出すと、勝 改蔵や可符香や千里や真理谷 四郎では急激にトルクが低下し、
加速力が落ちますが、ルルーシュや糸色 望、ギンコでは比較的落ちが緩やかであるため、
15km/hあたりからは、勝 改蔵、可符香、千里、真理谷 四郎の編成を大きく引き離すことになります。

50km/h域での動輪周引張力では、ギンコと改蔵で比較してみますと、改蔵が約900kgに対しギンコは約1,240kg、
セバスチャン・ミカエリスと糸色 望で比較してみますと、セバスチャンが約1,800kgに対し望が約3,840kgと逆転しており、
本来は、特急用の変速機から流用したが故の、中間速度域での性能をより重視した特性が現れています。
286名無しさん@ピンキー:2008/12/25(木) 20:31:49 ID:4cKeAbup
>>278
実際にありそうな話で脳内にその風景が自然と浮かんでくるいい作品です。久しぶりに心温まる作品を読ませていただきました。
287名無しさん@ピンキー:2008/12/25(木) 23:47:34 ID:G5xQ96Nf
こんなスレだけど投稿してくれてアリガトオ
288名無しさん@ピンキー:2008/12/29(月) 21:56:34 ID:wbIYzRvA
ここにきて過疎…
289名無しさん@ピンキー:2008/12/30(火) 09:33:39 ID:/BJVWnTT
やだなぁ、職人さんがいるこのスレで過疎なんてことありませんよ
ネタを冬の祭典の出し物に注ぎ込んでしまっただけですよ
290名無しさん@ピンキー:2008/12/30(火) 14:17:47 ID:QXzwft/W
圧縮近いな。
大丈夫だと思うけど、保守。
291266:2008/12/30(火) 14:57:36 ID:u4lt1JGc
書いてきました。
万世橋×めるめるのエロなし、短いやつです。
本当は、別カップリングのエロ有りを書きたかったんですが、実家に帰らなくてはならず、タイムアップ。
なんか、申し訳ないです。すみません。
292266:2008/12/30(火) 14:58:17 ID:u4lt1JGc
芽留は元旦が苦手だった。
別に何かトラウマがあるとか、そういう話ではない。
いわゆる『あけおめメール』のせいだ。
年始の挨拶を携帯電話のメールや通話で行おうとする人が多すぎて、毎年起こるお馴染みの大混乱。
そのために毎年、年明けの瞬間からしばらく、彼女の唯一のコミュニケーション手段である
携帯メールはほとんど使用不可能の状態に陥ってしまう。
携帯各社もメールの送信に制限をかけたり、通話・メールを控えるように呼びかけるだけで、
根本的な対策は打ち出せていないのが現状だ。
今日は12月31日、大晦日。
時間は既に23時57分、もう少しで新しい年が始まる。
芽留はベッドの上に体を投げ出して、ぼんやりと除夜の鐘が鳴り響く音を聞いていた。
毎年毎年、同じような無力感に苛まれ続けた芽留は、最近ではすっかり諦めモードに入って、
年が明けてしばらくした後、確実にメールを送れるようになるまで待つのが通例になっていた。
本当は、クラスの仲間たちに、大好きな友達達に、少しでも早く『あけましておめでとう』と、そう伝えたいのだけれど……。
それでも、芽留が携帯を強く握って手放さないのは、今の芽留にどうしても、
できるだけ早くその言葉を伝えたい相手がいるからだ。
【無事に年を越せたみたいだな。一応言っといてやるぜ。あけましておめでとう、だ。キモオタ!!】
文面だけは既に打ち込んであるメールを眺めて、芽留はため息をつく。
(もうちょっと、うちの親父がマトモなら、直接会って伝えるって方法もあるのになぁ……)
芽留の父親は、彼女を溺愛していた、それも間違った感じに。
娘に近付く不埒な輩は全てぶっ飛ばす。
本気でそんな事を考えている彼にとって、芽留と最近親密になったその人物はまさに最大の敵だった。
『めるめる、お正月は私といっしょに初詣に行こうな』
なんていつも以上にしつこく言ってきたのは、芽留を、彼女をアイツに会わせないためだ。
何かと化け物じみた父親を相手に、芽留もこっそりと家を抜け出せる自信はなかった。
【というわけで、お前の初詣には付き合ってやれそうにないから…】
アイツにも、その辺の事情は断っておいたのだが、それに対するアイツの返事は…
「そうか、じゃあ、仕方がないな」
味も素っ気もない返事に、あの後、芽留はずいぶんと腹を立てたものだけど
(やっぱり…会いたい……)
今となっては、そんな思いがつのるばかりだ。
しかし、親バカにしてバカ親の極致たる彼女の父親の事だ。
我が娘を逃すまいと、どうやら家の中は結構な警戒態勢のようだ。
その上、彼女の母にも、今度の元旦は家族3人で初詣に行こうなんて伝えておいて、
家族みんなでの約束という既成事実で、芽留を絡め取る作戦に出ていた。
(もう、諦めるしかないよなぁ……)
芽留の口からまたこぼれ出る、深い深いため息。
すっかり意気消沈した芽留は、むなしく鳴り響く除夜の鐘に耳を傾ける。
(わたるの…バカ野郎ぅ……)
心の中で、芽留は今はここにいない、アイツへと悪態をつく。
百八回目の鐘が鳴った。
年が明けた。
そんな時だった。
ピンポ〜ン。
こんな時間にはそぐわない、玄関のチャイムの間の抜けた音が鳴り響いた。
(へ……?)
不思議に思って顔を上げた芽留の耳に、今度は父親の素っ頓狂な声が聞こえてきた。
「誰だこんな時間に………って、お前はあああああああっ!!?」
驚いてベッドから飛び上がった芽留は、携帯を片手に自分の部屋の外へ。
293266:2008/12/30(火) 14:58:54 ID:u4lt1JGc
一階への階段をとたたたたた、と降りて、玄関にたどり着くと、そこで待っていたのは……。
「よう」
【わ、わたるぅ……?】
ごついコートを着込んで、首にマフラーなんぞ巻きつけて、芽留の待っていたアイツ、
万世橋わたるがそこに立っていた。
初詣には行けないっていったら、あんなに素っ気ない返事を返してきたのに、一体どうして……?
呆然と立ち尽くす芽留に、わたるはニヤリと笑って
「行くぞ、初詣」
そう言った。
【えっ!?でも、オレは……】
「何だよ、家から出られそうにないっていうから、こっちから迎えに来てやったのに…」
その言葉に芽留の胸が熱くなる。
(そっか…そうだな、コイツはこういう奴だった……)
自分が伝えたあんな言葉程度で、止まってくれるような奴じゃなかった。
嬉しさがこみ上げて、両手でぎゅうっと携帯電話を握り締めていた芽留に、わたるが言う。
「どうした、行くのか、行かないのか?」
【い、行くにきまってんだろ!!】
「それなら、さっさと準備をして来い」
わたるに促されて、芽留は二階に駆け上がり、愛用のコートを持って再び玄関に戻ってくる。
「め、めるめるぅ〜」
そんな芽留の姿をおろおろと見ていた父に、芽留は
【それじゃあ、行って来るっ!!】
満面の笑顔でそう伝えて、そのままわたるの腕を引っつかみ、家を飛び出す。
「お、おい、ちょ…落ち着けよ…」
ほとんどわたるを引っ張るようにして進んでいく芽留。
わたるはそんな芽留を慌てて引き止める。
「大事なのを忘れてるだろが…」
【何だよ?】
きょとんとした芽留に、わたるは改まった顔になって
「あけましておめでとう。……まあ、今年もよろしく頼む…」
ぺこりと頭を下げた。
その変に神妙な表情がなんだかおかしくて、そしてその言葉を聞けた事が何よりも嬉しくて
【おう。あけましておめでとう!!今年もよろしくな、わたるっ!!】
芽留は笑顔でそう答えたのだった。
294266:2008/12/30(火) 15:00:28 ID:u4lt1JGc
これでお終いです。
まだ30日なのに大晦日なネタとか、ほんと色々中途半端ですみません。
ともかく、皆さん、良いお年を。
295名無しさん@ピンキー:2008/12/30(火) 23:48:01 ID:xyJgbpM5
電波一本でスレ取得したら…
来ていたか、万世橋マン!
帰省先でニヤニヤしたぜ
296名無しさん@ピンキー:2008/12/31(水) 04:20:59 ID:vmuv1iFm
まさかわたるだったなんて。
それにしても芽留ちゃん可愛いなぁ。
乙でした。
297糸色 望 ◆7ddpnnnyUk :2008/12/31(水) 04:52:10 ID:VF8EqaYc
万世橋を渡るキハ40系。
298名無しさん@ピンキー:2009/01/01(木) 01:13:34 ID:+hqnSNfn
んふぅ、私の全てはあなたの物ですっ!ぶちゅー、ちゅばっ!
オチンチン様っ、ブルマ好きの変態女にオマンコして下さいっ!お願いします、お願いしますぅ!
んあぁ……言った、言ったわよぉ!んふぅ、ついに、ついに最低な誓いをしたわよぉ!躾て、躾てぇ!
早く千里をブルマ好きの変態女に躾てぇ〜ん!
んは、オチンチン、ブルマに当たってるぅ!来て、来てぇ!ブルマをぶち破って、思いっきりオチンチン突っ込んでぇ!
むああああぁ〜ん!は、はいってきらぁ!あ、あはぁ!あはぁ、すごいっ!
ブルマが破れてぇ……オチンチンが無理矢理入ってくるぅ!
あ、ああぁん……奥、奥の奥までぇオチンチンはいってきれぇ……
あは、わらひのすべれを……ろかしちゃうっ!ぬは、ぬほっ!オマンコ、オマンコぉ!
ブルマぁ……ネバネバのヌルヌルでぇ!い、いぐ、いぎまずっ!
いっちゃうっ!いぐぅうううううううぅぅぅ!!!
んはぁ、あ、あはぁ……すごい、すごいわぁ……こんなに凄いのは初めてぇ……
んあ、ブルマ、ブルマぁ……あは、素敵、ブルマぁ素敵ぃ〜ん……
んあ、んああぁあ、あっ、ああぁん!いいわ、いいわぁ!最高に気持ちいいわ!
んふぅ、あ、あっ、子宮に当たってるぅ!
素敵、素敵ぃ!もっと、もっと小突いてぇ!
私を溶かして、もっと溶かしてぇ!ブルマ好きの変態にしてぇ〜ん!
むあああぁ〜ん!今、今ぁ……なった、なったわぁ!私、完全にブルマの虜になったぁ!
千里の全てぇ……完全にブルマに支配されたぁ!
もう、もう駄目ぇ!興奮していっちゃうっ!さあ、先生の子供仕込んでぇ!私をボテ腹のお嫁さんにして!
そうよ、そうよぉ!あなたの、先生の赤ちゃんが欲しいのよっ!ブルマ姿で私、妊娠したいのっ!
もちろんよ、言ってやるわっ!学校中に、私がどんなに先生に可愛がられたかぁ……
ボテ腹をさらしながら、ブルマ姿でオナニーしてやるんだからっ!
むぉおおおぉ〜ん!来た、来た、あはぁ、ブルマ好きの変態女興奮しまくりっ!
妊娠確実っ!子種、子種ぇ!ブルマ姿で妊娠っ!
ぬは、ぬほ、ぬほほほほ!いぐ、いぎまずっ!いっちゃうっ!
ぬほ、ぬは、にょほほほほほっ!ブルマ好き千里っ!い、いぐぅううううううううぅぅぅ!!!
うは、うあぁ……出てる、出てるぅ……ドピュドピュ子宮に出てるぅ……
んあ、んああぁ……ブルマもネバネバでぇ……あはぁ、すごいわぁ……凄すぎるぅ〜ん……
あはぁ、ブルマベトベトして気持ちいいわぁ……
私ぃ、このまま一生ヌルヌルのブルマを穿いていたいわぁ……んふぅ……
299名無しさん@ピンキー:2009/01/01(木) 01:15:46 ID:3+4NiuH7
ワロタ!
300名無しさん@ピンキー:2009/01/01(木) 07:17:30 ID:XqauMMqM
智恵先生でもおk
301 【大吉】 【805円】 ◆n6w50rPfKw :2009/01/01(木) 16:56:18 ID:tdVJtRjs
明けましておめでとうございます。
今年もどえっちエロエロ満載のSSが書けますように。
302 ◆n6w50rPfKw :2009/01/01(木) 16:57:32 ID:tdVJtRjs
やったー!
303名無しさん@ピンキー:2009/01/01(木) 18:57:43 ID:3+4NiuH7
よろしくお願いしますです
304名無しさん@ピンキー:2009/01/02(金) 00:27:05 ID:HTBTNlPb
作者どころか読者までいないのか
305名無しさん@ピンキー:2009/01/02(金) 00:55:27 ID:3D7EP2W6
>301

マジで期待してます。
306名無しさん@ピンキー:2009/01/02(金) 10:41:40 ID:OiBH+T9h
自分のサイトもつようになっちゃった人多いからね
307名無しさん@ピンキー:2009/01/02(金) 13:14:47 ID:y3jeTPgU
urlplz
308名無しさん@ピンキー:2009/01/02(金) 13:22:09 ID:y3jeTPgU
するなよ
309名無しさん@ピンキー:2009/01/02(金) 21:13:43 ID:PJ1fAKxZ
もうだめだね、このスレ。
310名無しさん@ピンキー:2009/01/02(金) 22:47:51 ID:HTBTNlPb
たかをくくったんだ!
311名無しさん@ピンキー:2009/01/02(金) 23:12:32 ID:MHUzMT0P
安い値を付けやがって!
312名無しさん@ピンキー:2009/01/03(土) 00:25:34 ID:aQHh0UfT
最後まで残ったオレタチが真の精鋭だぜ
313名無しさん@ピンキー:2009/01/04(日) 02:06:06 ID:8cPYpAzK
保管庫行って読んできたんだが、15スレ目の『いっKYうさん』が秀逸だった。
作中に漂う微妙な空気が最高。それでいて一旧さんらしい。
エロ無しだけど。
314名無しさん@ピンキー:2009/01/04(日) 16:01:31 ID:9FfPbIui
あれ好きだなぁ
保管庫だとちょうどその隣にある「勝たせ船」も好き
みんなで鍋囲んでね
315名無しさん@ピンキー:2009/01/04(日) 22:57:04 ID:Do28Iiov
じゃあ、保管庫の私のお勧め作品でしばらくはいくか。
316名無しさん@ピンキー:2009/01/04(日) 23:26:28 ID:PWf8j5TO
新規投稿があるならそれに越したことはないですが
しばらくそうやって空気を回復させるのもいいかもね
でも不味い褒め方すると自演ぽくなるな……

5スレ目の『机の下に入ってると童貞君○○。○○誤解されるぞ』が軽妙な文体で面白い
エロパロならではだよなー、と思う
317名無しさん@ピンキー:2009/01/05(月) 00:59:02 ID:EEKtceGj
絶望少女達が絶命に次々食われちゃう話が異色だが好きだ
最後もきれいにしめてたしクオリティ高かったと思う
318名無しさん@ピンキー:2009/01/05(月) 04:51:43 ID:dKucctfn
タイトル忘れたが

あびるのバイト先で着替えを覗く臼井
なんだかんだで臼井が重傷
病院で臼井が目覚めたのであびるは病院を出る
臼井が後を追って会話

この作品にはエロがないけどオチが秀逸
「あぁ、そうだったのか」となること間違いなし
319糸色 望 ◆7ddpnnnyUk :2009/01/05(月) 10:21:41 ID:66n/irNS
まったく、臼井のやつ・・・。
おかげで血まみれの悲惨な最終回となってしまったぞ・・・。
320名無しさん@ピンキー:2009/01/05(月) 10:34:24 ID:H6QjbVQe
この流れけっこういいな
保管庫、有名どころの作品はひととおり読んだけど
それ以外の作品はどれを読めばいいか悩んでたんだ
321名無しさん@ピンキー:2009/01/07(水) 11:05:36 ID:25vSkn1T
年明けて1週間経つと言うのにSS1本の投下もなし・・・
本当に寂れちゃったのね・・・

ところで保管庫にあった可符香のアナザーエンディングの長編SSって削除されちゃったの?
読みたいのに見つからないんだけど・・・
322名無しさん@ピンキー:2009/01/07(水) 12:26:31 ID:9fBqf3ef
「アナザー・エンディング」ってのならあったけど、それが君の言ってるSSと同じものかどうかはちょっとわからん

アニメが終わってしばらく経ちアニメから入った人達もぽつぽつ去り
昔からやってきた人らにしても萌えをあらかた形にしてしまった状況なんかね
絶望先生関連の二次創作サイト自体がけっこう減った
「可符香は腹黒じゃない」って暴れた奴がいたせいでかわからんが二次可符香自体の2ch上の評判も悪化した気がする
323266:2009/01/07(水) 16:34:55 ID:rOxwgGXJ
書いてきました。
昨年末に万世橋×めるめるを投下した時に言ってたアレをようやく完成させました。
カップリングは木野×加賀で、一応エロもありです。
それでは、いってみます。
324266:2009/01/07(水) 16:37:00 ID:rOxwgGXJ
彼がうちのクラス、2年へ組にやってきたのは、新しい年度の始まったばかりの四月の出来事だった。
新学期に伴って編入されてきたその人は木野国也という名前だった。
最初に抱いた感想は、もともと同学年の別のクラスの生徒が編入されてくるなんて変な話だな、と思った事ぐらいだった。
クラスのみんなも木野君の存在よりも、そもそも学校の部外者なのに平然とクラスの席に着いていた
先生の妹、倫さんの方にばかり注目していた。
私もずいぶんと驚いて、彼女の姿に釘付けになってしまったのだけれど
(ああ、私のようなものがじろじろと彼女の事を見るなんて……)
それがとてもとても失礼な事のように思えてきた私は、さっと倫さんから視線を逸らした。
そして、目が合った。
もう一人の新しいクラスメイトの視線と、私の視線がぶつかり合った。
(あわわわわわ……っ!)
失礼な行いを避けようとして視線を逸らしたはずが、今度は木野君を真正面から見つめる事になってしまった。
ほとんど面識も無い彼の顔を真正面から覗き込むなんて、私はなんて不躾な事を。
そう思って、私が謝ろうとしたその時だった。
彼はにこりと微笑んでくれた。
ぺこりと、私に向けてお辞儀をしてくれた。
それにつられて私もお辞儀を返すと、彼は嬉しそうにもう一度笑ってくれた。
気が付くと、いつも私の胸をきゅうきゅうと締め付けるあの罪悪感はどこかに消えていて、
なんだか不思議な、ふんわりとした気持ちだけが胸の奥に残っていた。
それが、私、加賀愛と木野君の2年へ組での日々のはじまりだった。

4月、新学期の始まりに伴って何故だか2年へ組に編入されてしまった俺、木野国也。
久藤を初めとしていくらか友達や知り合いはいたものの、自分一人で新しい環境に飛び込むという事で、
それなりには緊張していた。
朝、ホームルームが始まるまでの時間を、自分の席に座ってぼんやりとしながら過ごす。
教室を見渡して、新しいクラスメイト達の姿を観察した。
「………なんというか、壮観だな…」
思わず呟いていた。
何しろ、このクラスの連中は1年の時には、それぞれのクラスにその人有りと言われた奇人変人ぞろいなのだ。
例えば、我が友にしてライバル、久藤准もそうだ。
成績は優秀、人当たりの良い好人物ではあるが、奴の語るストーリーはどんな奴でも感動させてしまう事で有名だ。
そんなお話をふとした瞬間に閃いては、速攻で話し始めるのだからたまらない。
しかも、話を聞いている最中はこちらもストーリーに没入して止める事が出来ないのだ。
当人に全く悪気は無いものの、これは結構扱いづらい。
他にも、『正義の粘着質』木津千里、『DV疑惑』小節あびる、『毒舌メール』音無芽留、『女子高生主婦』大草真奈美、
『腐女子』藤吉晴美、『人格バイリンガル』木村カエレ、『ネットアイドル』ことのん、『超ポジティブ』風浦可符香、などなど。
ある意味オールスター、ある意味混沌の坩堝。
アクの濃い連中が一同に会しているその様子は、一種壮観ですらあった。
そんなクラスの中だったからこそだろうか、彼女の姿は俺の視界の中に強く浮かび上がってきた。
後ろでくくってまとめた髪と、左目の下の泣きボクロ。
いかにも気弱そうで、いつも困ったような顔をしているけれど、それだけじゃない。
その瞳の奥には、いつも人を気遣う、優しい光が宿っているように見えた。
(誰かな、あれ……?)
久藤あたりにでも聞いてみようと思ったが、間もなくホームルームが始まってしまった。
担任の糸色先生が2年へ組がまたしても留年する事なんかを全くクラスに説明していなかったらしく、
それをさらっと流そうとした事を発端にやいのやいのと始まる騒ぎ。
さらに俺の他にも先生の妹までもがさらっと編入していたりして……。
(まあ、この様子だと俺もその口なんだろうけど……)
なんて事を考えながら、教室内の騒ぎを眺めていた、そんな時だった。
325266:2009/01/07(水) 16:37:38 ID:rOxwgGXJ
(あれ……?)
こちらを見つめてくる視線と目が合った。
それは、さっき俺が目に留めた優しい瞳の彼女だった。
俺と目が合うと、ただでさえ困ったような表情が、今にも泣き出しそうなくらいの顔になった。
(ちょ…こういう時、どうすればいいんだ?)
とりあえず微笑みかける。
ついでにぺこりとお辞儀をしてみる。
訳もわからぬまま、それだけやってみたものの、自分でもこの行動に意味があるかどうかわからなかった。
だけど……。
(あ……)
ぺこり。
彼女はお辞儀を返してくれた。
何だかそれが嬉しくて、思わずまた笑顔になっていた。
彼女の方も、困ったような表情は相変わらずだけど、どことなく少し安心したような顔をしていた。
(良かった……)
俺の胸に残った、何とも言えない幸福感。
思えば、全てはこの日から始まっていたのかもしれない。
加賀愛。
それからすぐに知る事になった、それが彼女の名前だった。

こうして始まった2のへでの日々は、個性的過ぎる担任とクラスメイト達にかき回されて、あっという間に過ぎていった。
相変わらず加賀さんはいつもぺこぺこ謝って、申し訳なさそうにしていた。
だけど、クラスのみんなは加賀さんのそういう所もちゃんとわかって受け入れてあげているみたいで、少しホッとする。
そして、それから気づく。
(……って、また俺は加賀さんを見てたのか?)
あんまり露骨に女の子の姿を追っかけまわすのは、褒められた事じゃあない。
恥ずかしくなって、さっと視線を逸らす。
だけど、我慢できずに少しだけ、もう少しだけ彼女を見る。
(あ……笑ってる……)
たくさんの女子達に囲まれて、いつもの困った顔で、だけど彼女は笑っていた。
本当に楽しそうに。
なんだか、俺まで楽しくなるようで、嬉しくなるようで、先ほどの反省も忘れたまま、俺は加賀さんの笑顔を見つめていた。

ふとした瞬間に気づく視線、あの人の、木野君の視線。
新学期の始まりの、あの時と同じ、屈託の無い眼差しが私を見つめている事に気が付く。
その度に私はドキドキして、だけど単なる自意識過剰な勘違いなんじゃないかと考えたりして、
どっちつかずに揺れ動く心が私を苦しめる。
そんな思いを抱いたままの私を取り残して、時間はどんどんと過ぎていった。
そして、季節は巡り梅雨に入ったある日の事。
「掃除当番代わりにやってくれたんだ。恩に着るよ」
一人考え事をしながら掃き掃除をしていた私は、その声を聞いた瞬間、心臓が飛び出るかと思った。
(木野君だ……っ!!)
すっかり動転して、くるくると空回りをする思考の中、何とか考える事が出来たのは……
(そ、そうだ…私、このままじゃ恩着せがましくなっちゃう…)
私の目下の悩みであった『恩着せがましい人』からの脱却の事だった。
「困りますっ!」
思わずそんな事を口走ってしまったけれど、私の悩みなんて知るはずのない木野君はきょとんとするばかり。
326266:2009/01/07(水) 16:38:35 ID:rOxwgGXJ
と、そこへ風浦さんが通りかかった。
「そこは明確に否定しないと恩に着られてしまうよ」
「明確に」
風浦さんの言う通りだ。
そう思った私は、必死に考えてこう言った。
「あなたのためにやったんじゃないんだからね!」
明確に否定しよう。
それだけを考えるあまり、少しキツイ言い方になったんじゃないか。
一瞬、そんな不安がよぎったけれど、私は止まる事が出来なかった。
「誤解しないでよね!」
そう言って、ぷいっとそっぽを向いた。
(…あ…あぁ…こ、これはいくらなんでも…ちょっと……)
勢い任せの自分の発言に今更ながら後悔し始めた私は、恐る恐る木野君の方を振り返った。
すると……
「えっ?」
何故だか木野君は頬を赤く染めていて、私から微妙に視線を逸らして
「でも、とにかく、ありがとう、加賀さん……っ!」
それだけ言うと、そのまま私の所から走り去って行ってしまった。
(怒らせたのかな……でも、それとはちょっと違うみたいだし……)
残された私は呆然と、木野君が去った方を見つめ続けていた。

「なあ、久藤、前に話した好きな娘の事なんだけどさ…」
「ん?」
図書室で返却された図書の整理をしながら、俺は久藤と話していた。
「俺、何からしていいかわからなくて、それで、彼女にプレゼントをあげてみたんだ。誰からのプレゼントかわからないように、こっそりとだけど…」
「ああ、タラバTシャツ」
「ぶふううううううううううううううっ!!!?」
いきなり話の確信を突かれて、俺は思わず噴きだした。
「お、お、お前なんでそれを……!?」
「い、いや……その、なんていうか木野のセンスは独特だからさ…」
内心を看破されて動揺しているのは俺なのに、何故だか久藤の方が困惑した表情を浮かべていた。
「だから、木野が私服でいるとこ知ってる人なら、大抵気付いたんじゃないかな……?」
「そ、そうか?」
久藤の引きつった笑いが気になったが、ともかく俺は話を前に進める事にした。
「とにかく、プレゼントはしてみたんだけど、それからどうしていいかわからなくて…
…プレゼントも喜んでもらえたかどうか、本当は自信がないし…」
「う、うん、ファッションのセンスは人それぞれだからね…」
「そっか、そうだよな……彼女に似合うと思ったんだけど…」
確かに久藤の言う通りだ。
タラバTシャツを受け取った加賀さんは、どうもそれを持て余しているように見えた。
「俺、次はどうしたらいいんだろ?久藤、お前モテるし、何かいいアイデアないか?」
「ううん…そうは言うけど、僕は読書にかまけてばっかりで、そういう経験はあんまりだから……
木野の方こそどうなんだよ?」
「今まで成功した事がないから、こうして聞いてるんじゃねえか」
どうやら久藤にとっても守備範囲の外の話だったらしい。
それでも、俺は藁にもすがるような気分でさらに久藤に詰め寄る。
「全く無いって事はないだろ?」
「そう言われれば、そうだけど…」
「やっぱりあるんじゃねえか!」
「でも、小学生の時の話だよ……」
「む……」
確かにそこから高校生である俺が活かす事の出来る知識を汲み取るのは難しいだろう。
しかし……
「頼む。それでも構わないから、話してくれないか……」
そう言って、久藤の目をじっと見つめた。
327266:2009/01/07(水) 16:39:09 ID:rOxwgGXJ
やがて、久藤は仕方が無い、といった感じに微笑んで
「わかったよ。あの時の事は良く覚えてる。参考になるかはわからないけど、そこまで言うのなら……」
そう言って、久藤は話し始めた。

久藤と彼女が出会ったのは、二人がまだ小学三年生の頃だった。
当時から本が大好きだった久藤は、町の図書館に本を借りに来て彼女と出会った。
彼女は久藤以上の読書家で、当時はまだ普通の本好きな少年程度だった久藤に色んな本の事を教えてくれた。
それから二人は、図書館でちょくちょく出会っては自分の読んだ本についての話をした。
いかな読書少年少女といえど、この世には読みつくせない程の本がある。
お互いのお勧めの本を紹介したり、二人で一緒に一冊の本を読んだり、
そうやって久藤と彼女はだんだんと仲良くなっていった。
久藤は言った。
「たぶん、その頃から僕は彼女の事が好きだった。ただ、それが良くわかってなかっただけで…」
可愛らしい顔にちょっと不釣合いな大きな眼鏡。
歯並びを直すための矯正器具を恥ずかしがって、笑うときに口元を隠す仕草が可愛かった。
ときどき、本を読む事をやめて、じっと彼女に見入っていて、目が合ったりした事もあった。
その時の久藤は、恥ずかしさのせいで、彼女も自分と同じように顔を赤くしている事に気が付かなかった。
「そして、ある日言われたんだ。次の日曜日のお昼に図書館に必ず来てほしいって…」
その話を聞いたとき、久藤は不思議に思った。
次の日曜は改修工事のため、図書館はお休みなのだ。
だけど、すでに彼女に惹かれ始めていた久藤は、彼女に会えるならばとその日も図書館へと行く事にした。
彼女は図書館の横の駐輪場で待っていた。
『来て』
促されるまま、久藤は彼女と一緒に近くの公園へ。
その公園の隅っこのベンチに、二人で並んで座った。
どことなく赤い顔をした彼女、久藤の胸もドキドキしていた。
『いい天気ね』
彼女はちらっと空を見てそう言った。
そうだね、と久藤が同意すると、彼女は今度ある運動会もこんな風に晴れたらいいな、と言った。
それから彼女はぽつりぽつりと自分の学校の事を話し始めた。
久藤もそれに合わせて、同じように学校の話で応えた。
とりとめのない会話だけが青空の下を流れていく。
大した事は話してないはずなのに、彼女との会話はそれだけでとても楽しくて、少しそわそわドキドキした。
そのまま、どれくらいの時間が経っただろう。
いつの間にか太陽は西の空に沈みかかろうとしていた。
夕日に真っ赤に染まった公園。
そこで彼女は急に改まった口調になって
『ねえ、聞いてほしい事があるの……』
なんだろう?
彼女の放つ真剣な空気に気が付いて、久藤は彼女に真正面から向き直った。
夕日に照らされた彼女の顔は、今にも泣き出しそうな、どこか苦しげな、何とも言えない表情をしていた。
久藤は彼女が心配になって、『大丈夫?』と声を掛けようとした。
その時だった。
『好きなの…』
彼女は言った。
『久藤くんのこと、好きなの……』
言い放たれた言葉を久藤が理解するまでに、それから数秒の時間が必要だった。
ようやくその言葉の意味を理解した久藤は、呆然として言葉をなくした。
だけど、目の前でとても苦しそうにしている彼女を見て、何か言わなければいけない、そう強く思った。
だから、久藤は自分の胸の奥の気持ちを、そのまま言葉にした。
『僕も、好きだよ……』
瞬間、久藤は彼女に勢いよく抱きつかれた。
頬に感じた柔らかな感触が、キスだと気が付いたのは、彼女の腕の中から開放された後の事。
『ありがとう、久藤くん……大好き』
そして、彼女の顔に浮かんだ幸せそうな笑顔を見た。
夕日に照らされた彼女の真っ赤な顔と、きらきらと光る髪の毛の美しさ。
久藤はただ、夕日の中の彼女の姿に心を奪われて……。
328266:2009/01/07(水) 16:39:48 ID:rOxwgGXJ
「そ、それで……」
「それで、も何も小学生だからね。前よりは意識をするようになって、仲良くなって、それだけだよ」
語り終えた久藤は、ふう、とため息を一つついた。
そして、昔を思い出すように図書室の外の空を見つめて、言葉を続けた。
「その後、中学生になる時に彼女はどこか遠くに引っ越していった。何か複雑な事情があったみたいで、
 彼女の新しい住所を知る事は出来なかった。……ちゃんとしたお別れもできなかったよ……」
「そうだったのか……」
「でも、彼女の事は今もハッキリ覚えてる。あの時の夕日も………。そして、これからもきっと忘れる事はないと思う」
久藤はどこか寂しげな、それでいて少しだけ幸せそうな微笑を浮かべていた。
思いもかけず、重たい方向に転がってしまった話に俺が言葉を返す事が出来ずにいると、
そんな空気を吹き飛ばすように久藤は殊更明るい調子で口を開いた。
「まあ、ともかく、残念だけど木野の役に立つ話じゃないのは確かだね」
「あ、ああ……」
「だから、良いアドバイスをしてあげられる自身もない。あの娘と離れ離れになってからは僕の恋人はもっぱらこいつ等ばっかりだったからね」
久藤は整理していた本の一冊を手に取り、そんな事を言って肩をすくめて見せた。
「そうか。変な事聞いて、悪かったな……」
「別にかまわないよ。それより、さっさと仕事を終わらせて帰ろう」
なんともバツが悪くて、ぺこりと頭を下げた俺に、久藤は笑顔で答えた。
それから二人で、本の整理と片づけを終わらせて、図書館を出るときにはもう太陽は西の空に沈もうとしていた。
何もかもが茜色に染められた窓の外の景色を見ながら、俺はふと考えた。
小学生の頃の久藤のガールフレンド、彼女が久藤に告白した、その時の夕日もこんな風だったんだろうかと。

「あ、また……」
朝、学校の下駄箱から上履きを取り出そうとした私は、そこに何かが入れられている事に気が付いた。
取り出して、それが何であるかを確かめる。
【君に似合うから】
そんなメッセージが添えられたその包み。
これでかれこれ七度目になるだろうか。
これは名も知らない誰かからの、私に対するプレゼントらしいのだ。
ガサゴソと包みを開けて中身を確かめる。
Tシャツだ。
三つの顔と六本の腕を持つ自由の女神が胸元にプリントされ、布地全体に般若心経が書いてある。
よくわからないけれど、とにかく私なんかには及びも付かない凄いセンスの服である事は確かだ。
私には到底着こなせる自信がない。
(せっかくプレゼントしていただいたのに……)
私の胸は申し訳なさでいっぱいになる。
だけど、それと同時に私の心の奥底で、ある一つの感情が疼き始める。
あり得ない期待、都合のいい妄想が湧き上がる。
これが、あの人からのプレゼントなら………。
『でも、とにかく、ありがとう、加賀さん……っ!』
彼の、木野君の言葉が私の中に蘇る。
四月に、初めて目が合った私に投げかけてくれた笑顔を思い出す。
私はTシャツを入れた包みをぎゅっと抱きしめる。
それが何の確証も無い推測である事はわかっている。
単なる自分にとって都合のいい妄想である事には気付いている。
それでも、今の私にはその湧き上がる感情の波を、抑える事ができなかった。

教室の、自分の席についた私はぼんやりと黒板の方を眺めていた。
プレゼントはそのままでは少しかさばるので、Tシャツと包みに分けて丁寧に折りたたんで鞄に入れてある。
頭の中でぐるぐる渦巻いているのは、やっぱりそのプレゼントの差出人の事。
少なくとも、その人が木野君であるかどうかを確かめる事自体はそんなに難しくはないはずだった。
プレゼントに添えられたメッセージの文字と、木野君の字を比較してみればいい。
でも、その機会はなかなか訪れなかった。
木野君の字を見られる機会がないのだ。
今まで、木野君が、例えば黒板に文字を書くとか、私の見られる所で字を書く事はなかった。
それならば、こっそり木野君のノートか何かを調べれば……。
329266:2009/01/07(水) 16:40:57 ID:rOxwgGXJ
そこまで考えて、私はハッと我に帰り、ぶんぶんと首を振る。
(いけない。そんな、人の物を勝手に見るだなんて、そんな事しちゃいけない……っ!!)
プレゼントの事を気にするあまり、考えが思わぬ方向に行ってしまっていた。
申し訳なさでいっぱいの私は机の上に突っ伏する。
だけど、私は心のどこかで気が付いていた。
私が、木野君のノートを開けてまでその事を確かめようとしないのは、
それがいけない事だからという理由だけではない事に。
私は怯えている。
私の自分勝手な期待が、妄想が、打ち砕かれてしまう事を恐れている。
私は、これが木野君からのプレゼントであると信じたいんだ。
だから、プレゼントの差出人の事を深く追求しようとしないんだ。
少なくとも、それを確かめないうちは、これが木野君からのプレゼントだという可能性も消えないのだから……。
(ああ、私はなんて卑怯なんだろう……)
日に日に募る想いが、迷いが、私を苦しめる。
でも、こんな私にはそれを振り切る勇気さえなくて………だけど。

だけど、そんな私の悩みはいとも簡単に断ち切られた。
ある朝、私は自分の下駄箱の中に、いつものプレゼントとは違う何かが入っている事に気が付いた。
それは手紙だった。
差出人の名前は無い。
白い封筒に入れられた便箋には、あのプレゼントのメッセージと同じ字でこう書かれていた。
【今日の放課後、17時、図書室で待っています。】
ドクン。
締め付けるような胸の疼きを感じながら、手紙を手にした私は呆然と立ち尽くしていた。

「やばい。ミスった……っ!!」
「どうしたの?」
突然素っ頓狂な声を出した俺に、久藤が少し驚いた様子で問いかけた。
「加賀さんへの手紙、名前書いとくの忘れた…っ!!」
「あちゃ〜」
青ざめる俺と、苦笑する久藤。
西日の差し込む放課後の図書室で、俺は一世一代の勝負に出ようとしていた。
加賀さんに手紙を送り、今日、この場所で会いたいと伝えたのだ。
目的はもちろん、俺のこの想いを加賀さんに伝える事。
今回の計画のために、久藤は今日の放課後の図書室を俺と加賀さんだけで使えるように色々と手を回してくれていた。
それだというのに……。
「ああ、痛恨のミスだ〜ぁっ!!誰かもわからない奴からの呼び出しなんて、加賀さんきっと来てくれないぞっ!!」
「大丈夫だよ、木野。彼女の性格なら、きっと来てくれるさ」
「そ、そうかな、久藤〜?」
「うん。だから、ほら落ち着いて。木野の勝負はこれからが本番なんだから」
久藤が俺の方を励ますように、ポンポンとたたく。
(そうだ。こんな事で動揺してちゃいけない。俺は、俺は加賀さんと……)
俺はぐっと拳を握り締める。
この日のために何度も頭の中でシミュレーションを繰り返し、彼女に伝えるべき言葉を考えてきたのだ。
今更、逃げ出す事は出来ない。
加賀さんを呼び出す時間の指定だって、考え抜いての事だったのだ。
先日聞いた、久藤の小学校時代の恋の話、確かに今の俺に役に立つような情報は無いように思われた。
でも、ただ一点だけ、汲み取る事ができたものもあった。
「…………」
俺は窓の外の、西へと傾いていく太陽を見つめる。
話の中で、久藤は彼女に告白された時の夕日がかなり印象に残っている様子だった。
夕日の中での告白。
全てが茜色に染まった中で、愛の言葉を告げる。
要するに雰囲気作りということだ。
焼け石に水かもしれないが、それでもやらないよりはマシだろう。
330266:2009/01/07(水) 16:42:13 ID:rOxwgGXJ
「それじゃあ、健闘を祈るよ」
「お、おうっ!!」
約束の時間が近付いてきて、久藤は図書室を後にした。
一人ぼっちになった俺はもう一度窓の外を見る。
少し雲は多いが、まあ、まずまずの空模様。
「後は、俺次第ってわけだ……」
パンパンと自分の頬を叩いて、俺は気合を入れなおす。
なんとしても、加賀さんにこの想いを伝えるのだ。
今の俺の胸の内は、燃え上がらんばかりの情熱に満たされていた。
だけど。
だけど、俺は気付いていなかった。
窓の外、ゆっくりと増え始めた雲によって覆われた空が、だんだんと暗くくすんだ色に染まっていく事に。

「ああ、行かなくちゃ……行かなくちゃいけないのに……」
放課後の学校、手紙をぎゅっと握り締めた私は、おろおろと廊下を行ったり来たりしていた。
時刻は間もなく、17時になろうとしていた。
それなのに、私の足は図書室に向かってくれない。
臆病な私は、図書室に向かう事を決心できない。
プレゼントの送り主が木野君だったなら。
そんな自分勝手な妄想を壊される事を恐れて、卑怯な私はそこから逃げ出そうとしていた。
確かめなければ、まだずっと心地よい夢を見ていられるから。
そんな理由で、この手紙に込められた想いをないがしろにしようとしていた。
「すみません…すみません……っ」
呟いて、私は廊下に膝をついた。
だけど、そもそも届いてもいない謝罪の言葉にどんな意味があるだろう。
それは、自分の犯した罪に図々しくも許しを求める怠惰なあり方だ。
だけど、ただ怯えるばかりの私の心は、これ以上どんな事をしていいか、何も考える事ができなくて…。
ふと、顔を上げる。
先ほどまでの眩しい西日が、黒い雲に覆い隠されていた。
そして、気が付く。
鼻をかすめる、においの存在に
「雨の…におい?」
呟いたときには、雨粒が窓ガラスにぶつかりはじめていた。

壁に掛けられた時計は、既に17時の50分を過ぎ、もうすぐ18時になろうとしていた。
一人きりの図書室で、椅子に座った俺はただただ待ち続ける。
ちらちらと入り口の扉を横目に見ては、あの娘が姿を現す事を願い続ける。
窓の外からは急に振り出した雨の音が聞こえてくる。
ついさっきまで辺りを照らしていた太陽は隠れて、電気を点けていない図書室の中は薄闇の中に沈んでいる。
まるで、今の俺の心の中みたいだ。
「………やっぱり、無理だったのかな…」
呟いて、苦笑いする。
手紙に名前を書き忘れたのがまずかったのか。
だけど、それだけが理由とも思えない。
久藤の言う通り、あの優しい加賀さんが、それだけの理由で呼び出しを無視する筈が無い。
もしかしたら……。
俺は想像する。
「もしかしたら、加賀さんは全部気が付いていて………」
最初から、全部俺のやった事だと、加賀さんは知っていたんじゃないだろうか。
だけど、加賀さんの胸の中にある答はイエスではなかった。
加賀さんは優しいから。
優しすぎるから。
きっと、それをどうやって俺に伝えていいかわからなくて。
悩んで、悩んで、どうしていいかわからなくなって……それで…。
「ごめんな…加賀さん……」
今の自分の頭の中に広がっている空想が、何の根拠も無いものである事はわかっている。
331266:2009/01/07(水) 16:42:51 ID:rOxwgGXJ
それが、本物の加賀さんの優しさを歪める事だというのもわかっている。
だけど、とりとめのない不安に取り付かれた俺は、それを止める事が出来なくて……。
久藤が人払いをした図書室に、やって来る人は誰もいない。
だから俺は一人ぼっちのまま、不安に苛まれながら、それでも未練ったらしく加賀さんを待ち続ける。
窓の外の雨は、しばらく止む気配はなさそうだった。

折り畳み傘を叩く雨の音だけに心を集中させながら、ただひたすらに前に向かって歩く。
辺りを包み込む雨音は、卑怯な私を責め立てているみたいだ。
「すみません…すみません……」
私は、逃げ出した。
今も右手に持った、この手紙に込められた想いの重さに耐えかねて、逃げ出してしまった。
自分にとって都合の良い、空想遊びをやめたくない。
たったそれだけの理由で、手紙をくれた顔も知らない誰かの想いを踏みつけにしてしまった。
だから、私は少しでも早く学校から離れたくて、一心に前だけを見つめて歩く。
まわりの事は何も考えない。
前へ、少しでも前へ。
それだけを考えているうちに、いつしか私の中から周囲に向ける注意力さえ失われてしまっていた。
それは、一瞬の出来事。
キキ―――――――ッ!!!
「きゃあっ!!?」
赤信号の横断歩道に脚を踏み出しかけていた私は、猛スピードで横切った車にあおられて尻餅をついた。
その弾みで、私は持っていた手紙を手放してしまう。
「ああっ!!?」
風に吹かれて、あわや水溜りに落ちようとする寸前に、私は何とか手紙を掴んだ。
その代償として、折り畳み傘は吹き飛ばされ、私自身が身代わりに水溜りに突っ込んでしまったのだけど。
「はぁ…はぁ……」
そこまでするのなら、手紙に込められた願いを汲んで図書室に行けばいいものを。
手紙をぎゅっと握り締める私の体の上に、容赦なく雨が降り注ぐ。
今の無様な自分の有様は、私の犯した罪に対する報いのように思えた。
道端に膝をついたままの私は、もう一度手紙を開いて、そこに書かれた文章を見つめる。
【今日の放課後、17時、図書室で待っています。】
この手紙の主は、今も図書室で私を待っているのだろうか?
ぼんやりと、そんな事を考えていた私は、突然ある事に気が付いた。
手紙の、便箋の上にうっすらと残る文字のような跡。
いや、違う。
これは、文字そのものだ。
よく見れば、便箋のあちこちに残るそれは、手紙の主の試行錯誤の跡なのだ。
きっと、私に手紙を出す事で頭が一杯になって、慌てん坊のその人は便箋を重ねたまま、
下敷きを使うのも忘れて、何度も何度も手紙を書き直したに違いない。
そして、私の瞳はその痕跡の中に埋もれた、たった四文字のその言葉を見つける。

【好きです】

それは、今私の胸の内に渦巻いている、木野君へと向かう気持ちと同じもの。
自分の胸に手を当てる。
この気持ちを抱えて過ごす日々の、その切なさを私は知っている。
「行かなくちゃ……」
中途半端にくすぶり続けていた心に、ようやく火がともるのを感じた。
私は立ち上がり、学校からの道を振り返る。
「待ってて…お願いします、待っていてください……っ!!!」
そして、私は走り出す。
道に転がった傘を拾う事もなく、叩きつける雨も意に介さずに。
ただ、走り抜ける。
学校へ。
約束の図書室へと、私は走り続ける。
332266:2009/01/07(水) 16:44:32 ID:rOxwgGXJ
カチコチと時計の音だけが空しく響く。
時刻は既に18時の30分を過ぎている。
加賀さんはまだ来ない。
いや、きっと、正しくは……もう来ない。
「我ながら、未練たらたらだよな……」
窓の外は相変わらずの雨模様だ。
通り雨かと思っていたが、結構長引いている。
一応、学校の傘たてに置き傘はしてあるので、まあ、帰りの心配はないのだけれど。
なんて事を考えて、学校から帰る算段をしている一方で、俺の体は椅子に縛り付けられたように動いてくれない。
拒否しているのだ。
心が、体が、加賀さんがここにやって来ないという事実を受け入れる事を拒んでいるのだ。
「情けないなぁ……でも…」
駄目になるなら、せめて、きちんと加賀さんに想いを伝えてからと、そう思っていた。
今朝、加賀さんの下駄箱に手紙を入れた時は、こんな一人ぼっちの結末は想像もしていなかったのに。
カチコチ、カチコチ。
時計の針は残酷に時を刻む。
18時50分、もうすぐ19時だ。
そろそろ観念した方がいいだろう。
「宿直室に寄って、先生でも茶化してから帰ろうかな……」
ようやく立ち上がる決心をして、俺は図書室の入り口の扉へと向かう。
ポケットに手を突っ込み、鍵を取り出す。
いくらショックでぼんやりしていたとはいえ、施錠もせずに部屋を出て、
今回のこの場所のお膳立てをしてくれた久藤に迷惑をかけるわけにはいかない。
と、そこで俺は気が付く。
「足音……?」
こちらへ向かって来る小さな足音を聞いても、諦めきった俺の心はほとんど動かなかった。
たぶん、先生が見回りでもしているのだろう。
だけど、よく聞くとその足音は歩いているにしては、ペースがかなり早いようだった。
だんだんとこちらに近付いてくるにつれて、女の子が息を切らす声まで微かに聞こえ始める。
まさか、もしかして………。
「…………」
今、起ころうとしている事がどうしても信じられなくて、俺は事実を確かめようと扉に手を伸ばす。
だけど、それよりも早く、足音は図書室にたどり着いた。
「あ……」
ガラララララララッ!!!!!
俺の目の前で、勢い良く扉が開く。
飛び込んできたのは、俺がずっと待ちわびていた人物。
「加賀…さん……?」
俺は呆然と彼女を見つめた。
彼女はどうゆうわけかずぶ濡れの、ところどころ泥に汚れた格好でそこに立っていた。
そして、その顔は、瞳は、今にも泣き出しそうに震えて……
「木野君だったんですね……手紙…」
「ああ……うん…」
問われるままに肯いた俺の胸に、そのまま彼女は倒れこんできた。
「すみませんっ…本当に…すみません……っ!!!」

木野君の胸にしがみついたまま、私は全てをぶちまけた。
私の中に渦巻いていた気持ちを、卑怯で弱い自分を、全て言葉にした。
「…だから…私はそんな自分勝手な理由でこの手紙に込められた気持ちから逃げようとしていたんです……っ!!」
「加賀さん……」
「木野君は、ずっとここで待っていてくてたのに……なにに、私は……」
木野君の手が、そっと私の肩に触れる。
ああ、こんな時でも、木野君はとっても優しい。
そして、それが余計に辛くて、切なくて、私の瞳からはぼろぼろと涙が零れ落ちる。
「すみません…木野君……すみませんっ…」
今の私の胸の内は後悔の気持ちで満たされていた。
そうでありながら、その一方で手紙の差出人が木野君であった事を、
どこかで喜んでいる浅ましい気持ちも私の中に確実に存在していた。
そんな自分が悔しくて、だから、涙はいつまでも止まってくれない。
333266:2009/01/07(水) 16:45:34 ID:rOxwgGXJ
そんな時だった。
「えっ……?」
木野君の手の平が、私の頬を流れる涙を拭った。
そして、その手の動きに促されるように顔を上げると、少し困ったように笑う木野君の顔が私を見下ろしていた。
「でも、加賀さんはこうして来てくれたじゃないか」
木野君は言った。
「だけど…私は散々自分勝手に迷って…木野君が待っていてくれなかったら…私は……っ!!!」
「加賀さんは、怖かったんだろ?色んな事が怖くて、ここに来るのを迷っていた。それなら、俺も大して変わらないよ」
木野君は、少し照れたように笑って続ける。
「待ってた、って言ってくれたけど、俺も加賀さんと変わらない。ただ、怖かっただけだ。
怖くて、ここを立ち去る気力も出なかっただけ。
こういう事って、きっと誰だって怖いと思う。でも、加賀さんはこうして来てくれたじゃないか…………」
「木野君……」
「それはきっと、…加賀さんは優しい人だって事だと、俺はそう思うよ」
木野君のその言葉は、後悔と罪悪感でいっぱいになっていた私の心に温かな光を投げかけた。
凍り付いていた心が、再び息を吹き返そうとしているのを、私は感じた。
いつの間にか涙の止まっていた私の顔を見て、木野君は満足そうに肯く。
それから木野君は、何かを思い出したような表情になって
「それで、その……改めて聞いてほしいんだけど……」
急に自信のなさそうな声になった木野君。
自分を必死で落ち着かせるように、何度も深呼吸をして…
「加賀さん……」
やがて覚悟を決めたような表情で、私を真正面から見つめ、その言葉を口にした。
「俺、加賀さんの事、好きだ……」
その一言が、私の胸の奥に届いた瞬間、私を縛り付けていた迷いの鎖は全て断ち切られた。
私も真正面から木野君を見つめて、彼の気持ちに、勇気に応えるべく、自分の気持ちを言葉に変える。
「私も…私も好きです、木野君の事……」
私は、木野君の胸にすがり付いていた腕をそっと彼の背中に回した。
すると、それに応えるように、木野君の腕が優しく私を包み込む。
互いに抱きしめ合う腕にぎゅっと力を込めて、私と木野君は互いの瞳を見つめ合い……
「加賀さん……」
「…木野…君……」
そのまま惹かれあうように、互いの唇を重ねた。

一心に木野君と唇を重ね合わせ続け、互いの腕の中に相手のぬくもりを求める。
雨に濡れて、冷え切っていた筈の私の体は木野君の体温と、自分の内側から湧き上がる熱が合わさり、
火傷をしてしまいそうなほどに燃え上がっていく。
息が続かなくなるまでキスを続けて、ようやく唇を離した私たちは、熱に浮かされた瞳で見つめあう。
もっと木野君と触れ合っていたい。
もっと木野君の体温を感じていたい。
今まで感じた事もないような激しい衝動が、自分の中に渦巻いているのを感じる。
見つめる木野君の瞳にちらちらと輝く炎。
たぶん、きっと木野君も今の私と同じ気持ちなんだ。
「加賀さん…俺…もっと加賀さんの事を……」
「…あっ…木野君っ……」
木野君の腕に、ぎゅうっと力が込められる。
私もただただ夢中になって、木野君の体をぎゅっと抱きしめる。
全身で互いの体温を、肉体を、その存在の全てを感じて、私たちの興奮はさらに高まっていく。
「加賀さん…」
「いいですよ、木野君…私も木野君をもっと感じたい」
私の言葉に促されて、木野君の手の平が私の体の上を愛撫し始める。
334266:2009/01/07(水) 16:46:12 ID:rOxwgGXJ
恐る恐る、私の反応を伺いながらも、木野君の手の平は次第に私の全身を撫で回し、蕩かしていく。
「あっ…くぅん…はぁ…はぁ…木野…くんっ…」
木野君の指先に、手の平に触れられて、私の体が燃え上がる。
うなじに、背中に、わき腹に、木野君の手の平が触れた軌跡が、火傷のような疼きを伴って私を苛む。
もっと、木野君に触れられたい。
もっと、私の体をこの疼きで満たしてほしい。
そんな衝動に促されて、私は知らず知らずのうちに、木野君の手を取っていた。
「加賀さん……?」
「…木野君…お願いします…ここも…木野君の手で……」
私は木野君の手の平を自分の胸元に導く。
木野君の手の平は、最初はためらいがちに、壊れ物を扱うような手つきで私の胸を揉む。
「…あっ…ふあ……ああっ…」
その微かな感触だけで、次第に荒くなっていく私の呼吸。
それに呼応するように、木野君の愛撫もだんだんと大胆になっていく。
それは胸だけにとどまらず、激しさを増した木野君の愛撫に、私の全身が翻弄される。
「…木野君…ひぅ…ああんっ…木野くぅんっ!!」
「…ああ…加賀さん……っ!!」
首筋や鎖骨にキスされて、乳房を揉みしだかれ、乳首をこね回される。
お尻や太ももの内側にまで木野君の手の平が伸びて、撫で回される感触で私の全身に電流が走る。
今まで、誰かにもされた事のないような行為の数々。
普段だったら恥ずかしくて想像もできないような事を受け入れられたのは、
きっとその相手が木野君だったからという、ただそれだけの理由なのだろう。
「ああっ…や…ふああっ!!…あ…ひあああっ!!!」
痺れて、感じて、乱れて、いつもの私は溶けてなくなり、ただひたすらに木野君の熱に溺れていく。
やがて、木野君の指先はスカートの内側へ、下着の奥に隠された私の一番敏感な場所へと向かう。
「…加賀さん…い、いいかな…?」
「はい…私も…木野君になら…してもらいたいです…」
木野君の手の平が、私のショーツの中に滑り込んでいく。
脚の付け根の間、木野君の指先はそこにある茂みを撫でて、その一番奥へと到達する。
そしてついに、木野君の指先がその場所に触れた。
「…ひあっ…ああああああ―――っ!!!!」
背筋を通って、全身を駆け巡る電流。
ビクビクと体が痙攣して、私は思わず大きな声を上げてしまった。
「加賀さん…だいじょうぶ?」
私の激しすぎる反応見て、心配そうな視線を送ってきた木野君に、私はこくりと肯いて答える。
それを受けて、再び木野君の指先が動き始める。
くちゅくちゅと、浅い部分をかき回されるだけで、いやらしい水音が聞こえてくる。
その度に、全身を駆け抜けていく甘い痺れに、私は何度も声を上げて、木野君の体に縋り付いた。
「…ひゃあぅっ…くあああっ!!…あ…あああんっ!!」
次第に奥へ奥へと侵入してくる木野君の指。
抜き差しされるごとに私の内側から溢れ出た液体がしたたって、図書室の床に小さな水溜りを作る。
私の頭は強すぎる刺激にすっかり痺れ切って、もう何も考える事が出来ない。
もっと熱く、もっと強く、木野君を感じたい。
そして、どうやらその気持ちは木野君も同じだったようだ。
「加賀さん……」
呼びかけられて、私は木野君の顔を見上げる。
「加賀さん…俺……」
木野君が全てを言い切る前に、私はそれを理解した。
木野君の瞳を見つめて、ただ一度、私は肯く。
「加賀さん…好きだ…愛してる……」
「木野君…私も…好きです…」
木野君の手が私のショーツをゆっくりと下にずらしていく。
そして、露になった私の大事な場所に、木野君の大きくなったモノがあてがわれる。
自分の恥ずかしい場所を始めて男の子に見られて、男の人の大きくなったモノを目にして、
恥ずかしさとも興奮とも判別できない感情が、私の胸の鼓動をバクバクと早めていく。
335266:2009/01/07(水) 16:46:42 ID:rOxwgGXJ
「…いくよ…加賀さん…」
「…はい…木野君……」
互いに肯き合う私と木野君。
愛しい人と一つになれるという期待と、初めての行為に対する不安。
二つの感情に心をかき乱されながらも、私たちはついに最初の一歩を踏み出した。
ゆっくりと、木野君の分身が私の中に入ってくる。
私の体が木野君を受け入れていく。
「あ…痛ぁ…ああっ!」
「か、加賀さん!?」
突然襲ってきた引き裂かれるような痛みに、私は思わず悲鳴を上げた。
それに反応して、木野君の挿入が止まる。
「だ、大丈夫です。これぐらい平気ですから…お願いです、続けてください、木野君……っ!」
私には痛みよりも、木野君と一つになれるこの時間が終わってしまう事の方が恐ろしかった。
木野君の背中をぎゅっと抱きしめると、それに促されたように木野君が私への挿入を再開する。
「…あっ…くぅ……ああっ…」
私のお腹の中で、痛みと熱が暴れまわる。
木野君を受け入れているという実感。
その存在感に、私の胸は締め付けられるような気持ちでいっぱいになる。
痛くて、熱くて、切なくて、そして幸せで……。
形容しがたい感情の嵐が心に吹き荒れて、私は無我夢中のまま木野君にささやいた。
「動いてください…木野君っ!!…私…もっと、木野君の事を感じたいんですっ!!!」
「わかった…わかったよ、加賀さん……」
木野君の腰が前後にゆっくりと動き始め、それにあわせて私の中の木野君も動き出す。
まだ初めての痛みの消えない内側の壁を擦られるたびに、痛みと熱が怒涛のように私に襲い掛かる。
「…はうっ…あああっ…くぅ…あああああんっ!!…木野君っ!!…木野くぅううんっ!!!!」
何度も声を上げる私を慰めるように、木野君は繰り返し私にキスをしてくれた。
繋がり合った部分も、幾度となく交わすキスも、抱きしめ合う体も、全てが灼熱の中に溶けていくようだった。
溶けて、溶け合って、混ざり合って、木野君と一つになっていくようなそんな錯覚を覚える。
いや、きっと間違いなく、今この瞬間の私と木野君は、巨大な熱の本流の中で一つになろうとしていた。
「ああっ!!加賀さんっ!!加賀さんっ!!」
「…ひあああっ!!…木野…くぅんっ!!!…あ…きゃううううっ!!!」
やがて激しい熱と痛みに混ざって、迸る電流のようなものを私は感じ始める。
小さな稲妻が体中の到る所で弾けて、その度に視界が真っ白になって、さらに私は木野君との行為に没入していく。
弾ける刺激に頭の芯まで痺れ切って、さらに大胆に木野君を求めてしまう。
「…や…きゃああんっ!!…ひあぁ…ああああっ!!!」
木野君に何度もキスをしてもらい、こちらからも何度もキスをせがんで、
その回数はもう数え切れないほどだ。
木野君が動くたびに繋がり合った部分から駆け上がってくる刺激は、
もはや痛みも熱も痺れも一体となって私を蕩かしていく。
「木野君っ…木野君っっっ!!!!…私っ…私ぃいいいっ!!!!」
「加賀さんっ!!…俺ももうっ…!!!」
愛しさが、快楽が、巨大な一つの津波となって私と木野君を飲み込み、はるか高みへと押し上げていく。
そしてついに、高まり続けた熱の渦の中で、私と木野君は限界を迎えた。
「…ああっ!!加賀さんっ!!加賀さん――――っ!!!」
「ふああああああっ!!!!ああっ!!木野くぅううううううんっ!!!!!!!!!」
木野君の熱が体の奥で弾けるのを感じながら、私は絶頂へと上り詰めた。
336266:2009/01/07(水) 16:47:07 ID:rOxwgGXJ
全てが終わって、俺の腕の中で力尽きた加賀さんの姿を見ながら、俺は窓の外の雨音に聞き入っていた。
薄暗い図書室の中、淡々と降り続ける雨の音だけをBGMに見つめる加賀さんの姿は、
言葉に出来ないくらいきれいだった。
そして、俺はある事に気が付く。
(ああ、そういう事だったのか……)
久藤が、彼女に告白された時の夕日を、そしてそれに照らされた彼女をとても鮮明に覚えていた事。
それは夕日の美しさとかとは全く別のものだったのだと。
互いの気持ちを通じ合わせた、そんな瞬間だったからこそ、
それは世界で一番きれいな夕焼けに変わったのだ。
無音の静寂より、もっと静かで優しい雨音のメロディ。
それに包まれて愛しい加賀さんをこの腕に抱きしめるこの幸せ。
(たぶん、これからきっと、俺は雨の日が好きになるんだろうな……)
そんな事をぼんやりと考えていた時、加賀さんがうっすらと目を開けた。
「木野君……」
その顔に浮かんだ微笑に、その優しい声に、応える様に俺は加賀さんの唇にそっとキスをした。

私たちが帰る時になっても、雨はまだ降り続いていた。
私が傘をなくしてしまったので、木野君は相合傘で送っていくと言ってくれた。
一つっきりの傘の下、木野君と並んで歩く私の心は、幸せに満たされていた。
だけど……
「加賀さん…ちょっと…」
「どうしたんですか?」
木野君が困ったような表情で私の方を見てきた。
「相合傘なんだからさ。そんな傘の外の方にいられたら、意味がないんだけど……」
「あっ…いえ…これは……」
木野君の傘は折りたたみ式で、二人で入るとどうしてもはみ出してしまう。
それが申し訳なくて、私はなるべく傘の外側に出ていたのだけれど……。
「加賀さん、俺にそんな遠慮しなくてもいいんだぜ。
なんていうか、その、もう俺たちは……恋人同士…なんだから…」
木野君が顔を真っ赤にしながらそんな事を言った。
言われた私の方も、赤面するしかない。
そのまま言葉を返せずにいた私だったけれど、
しばらくした後、落ち着きを取り戻しようやく自分の思いを口にする。
「でも、木野君がずぶ濡れになったりしたら…私、申し訳なくて…」
「それが加賀さんの気持ちってわけか……」
私の言葉にしばし思案顔になった木野君は、それから突然私の肩を抱いて
「それじゃあ、こういう解決策はどう?」
私の体を抱き寄せて、狭い折り畳み傘の下に強引に二人の体を収めた。
「木野君……」
「け、結構、いいアイデアだと……思うんだけど…」
私の肩を、体を抱き寄せる、木野君の腕の力強さ、優しさ。
木野君の腕の中、私の心は今まで経験した事もないような幸せでいっぱいになっていた。
わたしはそんな木野君の気遣いと優しさに
「ありがとうございます、木野君…」
そう言って、精一杯の笑顔で応えたのだった。
337266:2009/01/07(水) 16:47:38 ID:rOxwgGXJ
以上でお終いです。
それでは、失礼いたします。
338名無しさん@ピンキー:2009/01/07(水) 17:49:05 ID:Q/0BJKST
乙!!!GJ!!!
あなたの木野×加賀が読めて嬉しい。この2人いいよね
339名無しさん@ピンキー:2009/01/08(木) 01:19:26 ID:9s7hs1L1
みなぎってきた!
いいものをみた!
340名無しさん@ピンキー:2009/01/10(土) 21:41:50 ID:cf0qdsYG
書き込む際に表示される規制を外す方法を誰か知らない?
投稿したいのだけど、自宅のパソコン(CATV回線)だと規制されるので(今は職場のパソからコッソリ)。
341名無しさん@ピンキー:2009/01/10(土) 22:52:00 ID:pbDFK3sP
数日待てば解除されることもないでもないですよ
342名無しさん@ピンキー:2009/01/10(土) 23:22:08 ID:EMU7ViUh
こちらから外すのはさすがに無理じゃないかな。

ttp://qb5.2ch.net/sec2ch/
ここに規制情報が載ってるだろうから、該当するものがあったらそれ以外のプロバイダで投下するか。
●買うって方法や、代理投下を依頼する方法もあるにはあるけど。
343名無しさん@ピンキー:2009/01/11(日) 17:22:40 ID:+WZ0G5gS
>341、342さん助言THX

340だけど、とりあえず試してみる。
成功したら、前から温めていた原案を投稿します。
344名無しさん@ピンキー:2009/01/11(日) 19:46:30 ID:iU8THY25
原案を投稿されても困るw
345名無しさん@ピンキー:2009/01/11(日) 22:43:19 ID:C04Uijb8
筒井康隆か誰かが多少てにをはがおかしいぐらいの人の方が面白い小説書くことが
多いと言っていた。
346名無しさん@ピンキー:2009/01/11(日) 23:10:47 ID:FbH+8vqa
そういや久米田キャラの言葉遣いもちょっと独特だよね
347小森ちゃんの気持ち:2009/01/12(月) 04:23:26 ID:kY5pl7XV
ここは先生が暮らしている宿直室。
私はそこで晩ごはんの支度をしている。

(そろそろ先生が帰ってくる頃かな…)

そんな事を思いながらお鍋を温めているとガラッと戸が開いた。

「ただいまぁ」

先生が帰ってきた。
私は、はやる気持ちを抑えつつキチンとガスを止め先生の元へと向かった。

「おかえりなさい」

そう言って先生から鞄を受け取った。

「ありがとうございます。今日はスコップを持った木津さんに追いかけ回されたりと大変な1日でした」
「そんな事があったの。いっぱい動いたならお腹すいたでしょ?」
「ええ、もうお腹ぺこぺこですよ」
「うふふ、もう少しで晩ごはんの準備出来るから待っててね」

お互い笑顔でいつもこんな感じでいる。
私の気持ち…先生にはまだちゃんと届いてないと思うけど、こんなに身近に先生がいる。
今はそれがすごく幸せ。
でもいつかはちゃんと先生に私の気持ちを伝えるんだ。
348名無しさん@ピンキー:2009/01/12(月) 04:30:58 ID:kY5pl7XV
すごい短いけど書いてみた。小森ちゃんっていつもどんな風に先生と接しているんだろうか?

今度メイド服を着た小森ちゃんに先生がドキドキするみたいな話を書こうかなと考え中。どうかな?
349名無しさん@ピンキー:2009/01/12(月) 08:50:53 ID:KIj8RXHh
むはー。是非お願いします。
二人でドキドキしてそうで可愛いなぁ。
350糸色 望 ◆7ddpnnnyUk :2009/01/12(月) 11:45:31 ID:w2j3Ljpm
いいんですか?アッシュフォード学園の宿直室を勝手に望の部屋として使用して?
351名無しさん@ピンキー:2009/01/12(月) 16:56:19 ID:M4AbW5Db
>>348
甘ーい感じですな。
メイド小森ちゃんも読んでみたいです。
ところで、上のような光景を見ながら交はどうしてるんだろう。
交は先生にも小森ちゃんにも懐いている感じなので、仲間外れにされたって拗ねたりしてるんだろうか。
352266:2009/01/12(月) 20:24:42 ID:M4AbW5Db
書いてきました。
マガジンドラゴン増刊の表紙イラストに触発された望カフです。
エロはありません。
353266:2009/01/12(月) 20:26:24 ID:M4AbW5Db
「先生、どこ行くんですか?」
「ん?ああ、あなたですか。こんな所でめずらしいですね」
背後から呼びかけた私の声に、ゆっくりとこちらに振り返った先生が答えた。
右手に鞄を提げて、外套を羽織った先生は、どうやら路面電車が来るのを待っていたようだ。
「荷物、結構大きいですね。どこか遠くに行くんですか?」
「あなたこそ、随分めかしこんで、どうしたんですか?」
先生が私の服装を見て、そんな事を問いかけてきた。
今の私は、振袖に袴姿の、まるで大学生の卒業式の時みたいな格好だ。
「そういう気分なんです。似合ってますか?」
「ええ、とても似合っていますよ。でも……」
「えへへ、似合ってるんですね」
先生が何か言いかけたようだったけれど、私は先生の次の言葉も待たずくるくるとその場で回って見せた。
袴姿を褒められた事が嬉しかったのだ。
「ちゃんと話を聞いてくださいよ〜」
そう言って口を尖らせる先生に、私は言い返す。
「先生だって、私の最初の質問に答えてないじゃないですか?その大きな荷物、何なんですか?遠くに行くんですか?」
「こ、これはですねぇ……」
先生が言いよどんでいる内に、いつの間にか路面電車はもう間近に迫っていた。
「先生、時間がないですよ。早く答えてください」
「あの…その……実は……」
「ほら、言ってる内に電車が来ちゃいます」
路面電車は私たちの前で停まり、乗降口の扉が開いた。
「……………場所を、探してたんですよ…」
「……?…何の場所ですか?」
「………………………自殺するための…場所です…」
先生が鞄の中身を開いて見せた。
大量のクスリと、縄と、練炭と、カミソリと、そして『遺書』と書かれた封筒。
「思い立ったらすぐに自殺を実行できるように、持って来たものです」
先生がバツの悪そうな顔で笑った。
「……自殺スポットの探索ですよ。こんなご時勢、なかなかいい場所も見つかりませんしね」
先生はそう言って、そのまま路面電車に乗り込む。
「せっかくの休日ですからあなたも有意義に過ごすんですよ。………それでは、さようなら」
乗降口の扉が閉まる寸前、私は思わず、足を前に踏み出していた。
「先生……っ!!」
プシュー。
音を立てて扉が閉まる。
「…先生…置いてけぼりはひどいですよ……」
その時には、私は先生の着物の袖を引っ張って、車内に乗り込んでいた。

「な〜んで、あなたがついて来ちゃうんでしょうねぇ」
「だって、楽しそうじゃないですか」」
私と先生を乗せて、路面電車はのんびりと走る。
「楽しかないですよ。自殺スポット探しなんですよ」
隣同士の席に座って、先生は仏頂面で私を睨んで言う。
「この世界と、自分自身に絶望して、死に場所を求めてさすらうんです。楽しいわけないじゃないですかっ!」
「いやだなぁ、先生が自殺する筈ないじゃないですか」
先生が真面目な口調で語れば語るほど、なぜだか私は可笑しくなって、くすくすと笑いが漏れてしまう。
「先生みたいな立派な教育者が自殺なんてする筈ありませんっ!!
むしろこれは今後起こりうる生徒の自殺を防ぐための事前調査なんですっ!!」
「人の目的、勝手に決めないでください〜ぃ」
先生と私が言い合っている間にも、路面電車は進む。
信号待ちを抜けて左折、周囲を一際高いビルに囲まれた一角に入る。
「次で降りますよ」
354266:2009/01/12(月) 20:29:13 ID:M4AbW5Db
というわけで、立ち上がって財布を取り出した先生。
私も財布から運賃を取り出そうとして
「ああ、私が払っときますから」
先生にその手を止められる。
二人分の運賃を先生が払ってから、私たちは路面電車を降りた。
「先生、ありがとうございます」
「まあ、あなたが勝手について来たんですけど……学生の財布の中身は知れてますからねぇ」
私がにっこり笑顔で見つめると、先生は照れた顔をしてそう言った。
「ところで先生、ここにはどんな用があるんですか?」
「周りを見てわかりませんか?」
先生に言われて、周囲を見渡す。
「周り、ですか……?」
「高いビルがたくさんあるでしょう」
周囲に立ち並ぶ大きなビルの数々、それが先生の目当てらしかった。
「ここでは、飛び降り自殺スポットの探索をしてみたいと思います」

先生と並んで、ビルの間を歩く。
たくさんの人が行き交う中、しっかりと先生の隣をキープしている事が、何気に嬉しくて、私の足取りは軽くなる。
「半端な高さで飛び降りをすると、かえって死に切れずに苦しむだけですからね。
その辺りを考えると、この辺のビルぐらいの高さはないといけません……」
一方の先生はそんな事を呟きながら、一つ一つのビルを値踏みするように見比べては、首をひねっている。
思案顔でうんうんと唸り続ける先生に、私はにっこりと微笑みかけて言う。
「さすが先生、研究熱心ですね」
「ふふふ、この道に関しては私は余人の追随を許さないこだわりを持っていますからね」
「それでこの歳になるまで生き残ってきたわけですねっ!!」
「…………うっ!!」
私の言葉に絶句した先生。
私はその手を掴んで、
「それじゃ、先生、取り合えずあのビルに入りましょう!」
「えっ?…ちょ…あなた…」
「下からだけじゃなくて、上からも見た方がいいですよ。飛び降りるときはビルの上からなんですから」
戸惑う先生をぐいぐいと引っ張って、手近なビルの入り口に向かう。
「そ、そのビル、部外者が入ってもいいんですか?」
「さあ?」
「『さあ?』って……っ!!」
騒ぐ先生の言葉は無視して、私はずんずんと進んでビル入り口の扉を勢い良く開け放つ。
そして、そのままズンズンと奥へ進んで行こうとすると、部外者である私たちの前に当然の如く警備員が立ちふさがる。
「困りますね。勝手に入って来られては…」
だけど大丈夫。
私はその警備員の耳元にそっと囁く。
「           」
たった一言、それだけで警備員は私が何者か、それを悟ったようだ。
「なっ!?…あ…し、失礼しましたぁ!!」
真っ青になって、私たちに道を譲った警備員を見て、先生が驚く。
「何を……言ったんですか?」
「さあ、何でしょう?」
私の袖を引っ張り、何度もそう尋ねてくる先生をはぐらかして、エレベーターに乗り込んで最上階に向かう。
そこから階段を登り、屋上に出るドアの前に。
「ほら、着きましたよ。先生」
ドアを開けると、その向こうには街の上に広がる青空が見えた。
冬の澄み切った空気の中で見る空は、どこまでも高くて、見上げているとそのまま落ちていきそうな錯覚を覚える。
先生も私も無言のまま、しばしその青空に見とれる。
「きれいなものですねぇ……」
「そうですね」
先生はつかつかと屋上の端まで歩いて、そこから下を見下ろす。
「高さはやはり申し分ないですが、上から見ると、思っていた以上に人通りが多いですね。
 飛び降りたはいいけれど、下の通行人を巻き込んで激突した上、自分だけが生き残る。
そんな事になったら目も当てられないですからねぇ……う〜ん…」
ぶつぶつと呟く先生の横で、私も下を見下ろす。
355266:2009/01/12(月) 20:30:53 ID:M4AbW5Db
一瞬、くらっとなるほどの高さ。
確かにこんな所から人が降ってきたら、下の人もたまらないだろう。
「まあ、そんなに悩まなくてもいいんじゃないんですか、先生?」
「悩みますよっ!自分の死に場所なんですから、慎重に決めないと」
「いやだなぁ、先生」
眉間に皺を寄せる先生に、わたしはにっこりと微笑みかける。
「こぉんな良い天気の日に、死のうとする人がいる筈無いじゃないですか!!」
「こういう日こそ、死ぬには良い日って、そう考える事もできますよ」
ぶすーっと脹れた子供みたいな表情で私を見る先生と、それを見つめ返す私。
そのまましばらく無言で見詰め合っていたけれど、不意に先生はふう、とため息をついて……
「ま、まあ、ここで死ぬのはやっぱり場所的に微妙みたいですからね。まわりの迷惑になるような自殺は私も嫌ですし……」
困ったように、笑ってみせた。
「それじゃあ、次の場所に行ってみますか」
「はい、先生!」
そんな先生の笑顔がなんだかとても嬉しくて、屋上のドアへと戻る先生の後ろを、私はほとんど跳ねるような足取りでついて行った。

再び路面電車に乗って、次にやって来たのはとある公園だった。
「ここです」
「うわぁ」
ビルとビルの合間に、そこだけは芝生や常緑樹の緑に囲まれていた。
「こんな所に公園があったんですね!!」
「ここには首を吊るのに最適な、枝振りの良い木がたくさんありそうですからね。以前からチェックしたかったんです」
のんびりと、休日の公園を歩いていると、色んな人とすれ違う。
散歩に来た老夫婦。犬とその飼い主達。追いかけ合って遊ぶ子供達。それを見守る母親、父親。
みんなが思い思いに、良く晴れた休日のひと時を楽しんでいた。
先生は公園に植えられている木を、一本、また一本と値踏みするように見比べながら、その中を進んでいく。
「う〜ん、どれも今ひとつピンときませんね……」
気に入る木が見つからずに唸る先生。
「じゃあ先生、あれはどうですか?」
そんな先生に私が指で指し示したのは……
「あ、あれって………」
「いい枝ぶりじゃないですか」
今歩いている場所からだいぶ離れた所に、一本だけ飛びぬけて背の高い木が聳え立っていた。
「いや、ちょっとアレは無理なんじゃ……」
「大丈夫ですっ!!先生ならきっと楽勝ですよっ!!」
嫌がる先生を引っ張って公園を走り抜ける。
目で見た以上に距離が離れているらしく、走っても走っても、目標の木は見えているのに、なかなかその場所にたどり着けない。
ようやく木の根元にたどり着いた時には、先生も私もぜえぜえと息を切らしていた。
「…はぁはぁ…どうですか?これだけ立派な木なら先生も満足して…」
「…ぜぇぜぇ…っていうか、枝の位置、めちゃくちゃ高いじゃないですか!!
無理ですよ、あんな所まで登れませんっ!!首吊りするならもっと低い……って、あなた何をして!?」
先生が木を見上げて文句を言っている間に、私は木の幹に取り付いて上へ上へと登り始めていた。
「ほら、先生、結構いけますよ。幹の表面がゴツゴツしてるから、以外に登りやすいですっ!」
「ちょ、待ってください危ないですよっ!その袴も一張羅でしょう?破れたり汚れたりしてもいいんですか?」
先生はどんどん上に登って行く私を、しばらく下の方からオロオロと見ていたが
「ええいっ!あなたという人はっ!!…仕方がないですねぇっ!!!」
鞄を地面に置いて、外套を脱いで、先生も木の幹に取り付いた。
ひ弱な先生は、少し登るのにも苦労しながら、それでもだんだんと木の上に登って行く。
私は下をチラリと見て、そんな先生の必死な表情を盗み見る。
たぶん、先生は私を心配する気持ちに後押しされて、怖いのを我慢して登ってきているのだろう。
私は知っている。
先生は、本当に優しい人なのだ。
先生の眼差しは、先を登る私だけを捉えて、他のものには目もくれない。
356266:2009/01/12(月) 20:31:59 ID:M4AbW5Db
それが嬉しくて、くすぐったくて、私はこっそりと笑った。
「うん、ここの枝なら太くて大丈夫そう」
ある程度の高さまで登った私は、幹から生えている太い枝の一本に手を掛けて、その上に移動する。
枝の上に腰掛けると、私と先生がここまで走ってきた道が見渡せた。
「せんせーいっ!先生も早くこっちに来てくださいよ。いい眺めですよぉ!!」
「ちょ…ま…そんな急かされても、私、無理ですからっ!無理ですからっ!!」
先生は落ちないように必死に幹にしがみつきながら、ジリジリと登ってくる。
そして、ようやく私の座る枝まで、先生の手が届こうとしたとき
「ほら、先生、もう少しですよ」
私は登ってくる先生に手を差し伸べた。
あと少しの高さを、少し手助けしてあげようという、ほんの軽い気持ちからの行動だった。
だけど……
「あれ…!?」
先生と私との間の距離が意外と離れていたので、私は少し身を乗り出す形になった。
その時、ぐらり、空が、地面が傾いた。
自分が高い木の枝の上に、大した支えもなしに座っていたのを忘れていた。
私の体は、私の意志とは関わりなく、重力に引っ張られて傾いてゆく。
そして、次の瞬間には、私の体は枝から離れ、宙に放り出されていた。
「………あ、危な…っ!!?」
ようやく枝に取り付いた先生の顔色が、真っ青に変わるのが見えた。
(あ…落ちる…)
周囲を流れる景色は、全てスローモーションだった。
さっきまで自分が登っていた木の幹が、木の枝に座って眺めていた公園の風景が、逆さまになってゆっくりと流れていく。
そして、木の幹を蹴って宙に踊り出し、必死に私に手を伸ばす先生の姿も、
同じようなスローモーションで、私の瞳に映っていた。
(えっ!…先生っ!!?)
そこでハッと気が付く。
なんで、先生の姿が落ちている筈の私に向かってくるのか……
「ええいっ!!!」
先生の叫ぶ声が聞こえて、私は先生の腕の中に包まれた。
そして次の瞬間、まるで魔法が解けたようにスローモーションの時間は終わり、私たちは地面に叩きつけられた。
ズンッ!!とお腹の底に響くような衝撃が、体を突き抜けた。
だけど、先生に守られた私の体は、直接何かにぶつかるという事はほとんど無かった。
「いたた……あっ…先生っ!!」
先生が庇ってくれた事を思い出し、私は体を起こした。
先生は私の体の下で、落下の衝撃にうめいていた。
「先生っ!!大丈夫ですか、先生っ!!」
「あっ…ああ……どうやら無事だったみたいですね…」
私が呼びかけると、先生はかすれた声で答えてくれた。
「心配…しないでください……痛いのは痛いですけど…特に怪我はしていないみたいです…」
痛みに顔をしかめながら、先生が起き上がる。
「土も柔らかかったし、芝生が衝撃を吸収してくれました」
「よかった……」
私は、先生の無事にホッと胸を撫で下ろす。
「あなたも怪我がなくて良かったですよ……」
先生はそう言って、優しく微笑んだ。
その笑顔を見たとき、胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚を、私は感じた。
頬が少し熱くて、頭がぽーっとするような気がした。
「……せ、先生…」
「何ですか?」
「………ありがとう…ございました……」
ペコリ、頭を下げた。
ほのかに赤くなった頬を見られないように。
「ええ……どういたしまして…」
私の言葉を聞いて、先生はもう一度笑ってくれた。
気が付けば、体中が痛くて仕方ないのに、私も笑顔に変わっていた。
とても嬉しかったのだ。
痛みなんて忘れてしまうぐらいに、先生の笑顔が、とてもとても嬉しくて仕方がなかったのだ。
357266:2009/01/12(月) 20:32:57 ID:M4AbW5Db
それから先生と私は、痛む体を芝生に横たえて空を見上げていた。
青い空を時折横切る小鳥たちの姿と声、冬にしては珍しく暖かな日差しの中、私達はしばらくの間心休まるひと時をすごした。

その後も、先生の自殺スポット探索は続いた。
電車に飛び込むための最適の場所を探して線路沿いを歩いたり、入水自殺にピッタリな橋を探したり。
私も及ばずながら、先生に協力した。
自殺スポットは知らないけれど、その為に使えそうな道具を売ってくれる人なら知っている。
『な、何なんですか、この怖そうな人たちはぁ…っ!!?』
ピストルを売ってくれる人、色んな薬を売ってくれる人、たくさんの刃物を扱っている人、その他にもたくさん……
『誰なんですっ!!あの怖そうな人たちはっ!!』
『いやだなぁ、私のお友達ですよ、先生。あ、あと、先生一つ間違ってますよ』
『な、何ですか?何の事です?』
『あの人たちは、”怖そうな人”じゃなくて、”怖い人”ですよ』
『いやああああああああっ!!!』
そんな風にして、先生とたくさんの時間を一緒に過ごした一日は、あっという間に過ぎていった。

夕焼けに赤く染まった街の中、先生と私は路面電車の乗り場へとたどり着いた。
道路のはるか先を見ると、信号待ちで停車している路面電車が遠くに見えた。
もうしばらくすれば、この乗り場にやって来るだろう。
「ふう、今日は本当に疲れました……」
「そうですね。私ももうクタクタです」
結構遠くまで来たので、家に着くまで大分時間がかかるだろう。
その間、先生と今日の事や学校の事、色々な事を話して、笑い合ったりしよう。
先生はたぶん、『私も一応教師ですから』なんて言って、家の前まで送ってくれる。
そして、家に戻った私は、また学校で先生と会う時の事を考えて、ぐっすりと眠るのだ。
きっと良い夢が見られるだろう。
だけど……。
だけど、今の私は……。


夕焼け空を見上げる先生の背後から、私は一歩後ろに下がる。
気付かれないように、気配を殺してこっそりと。
二歩目、三歩目。
あともう一歩下がったら、後ろを振り返って一気に駆け出そう。
気が付いた先生が何か言うかもしれないけれど、聞こえないふりをして走り抜けよう。
大丈夫。
雑踏の中に紛れてしまえば、先生もそれ以上は追いかけては来ないだろう。
さあ、後もう一歩、もう一歩後ろに下がろう。
これ以上、あの人の、先生の背中を見ているのは辛すぎるから……。
さあ早く。
駆け出そう。
逃げ出そう。
先生の前から、消えてしまおう……。

だけど、私が最後のもう一歩を退くより早く、私の手首が掴まれた。
振り返った先生が、悲しそうな顔で、私の手首を握っていた。
強い力で握られているわけじゃない。
だから、振りほどいて逃げる事は本当は簡単な筈なのだけれど、
先生の眼差しに射抜かれた体は、もう一歩も動く事が出来なかった。
先生が私に語りかける。
「もう帰りましょう……」
悲しみを、辛さを押し隠して、無理やり顔に貼り付けたような笑顔が痛々しかった。
きっと、先生はこの笑顔の下で泣いているのだ。
「お願いです。戻ってきてください。………でないと、私は……」

358266:2009/01/12(月) 20:34:17 ID:M4AbW5Db
糸色望が、彼の生徒、風浦可符香の異変に気付いたのはおよそ2週間前の事だった。
最初は、ほんの些細な違和感。
「風浦さん、最近ずっと笑ってばかりいませんか?」
「可符香ちゃんが笑ってるのはいつもの事じゃないですか」
望に問われた千里は、何を言っているのか、といった感じでそう答えた。
だが、望は納得できなかった。
確かに彼女はよく笑う娘だけれど、それ以外にもさまざまな表情を見せてくれる。
それがどういうわけか、ここ最近全く見られなくなっていた。
それに、笑顔と一口に言っても、彼女のそれには色んなニュアンスが込められていた。
だけど、今の彼女の笑顔はまるで仮面を貼り付けたような、
その奥に何の感情も感じさせないような、そんな無機質な笑顔だった。
最初は自分の思い過ごしではないかと考えた。
しかし、日を追うごとに彼女に対する違和感は、笑顔だけでなく、その態度や、仕草の一つ一つに広がっていった。
先週の金曜日、放課後、堪りかねた望は、彼女に問いかけた。
「何か、辛い事でもあるんですか?」
その言葉に、可符香は一瞬驚いたような表情を浮かべた。
「えっ!?…いやだなぁ、先生、そんな事あるわけないじゃないですか」
「辛い事や苦しい事は誰にでもありますよ」
「そ、そうですか?」
「ええ、私なんかいつも絶望してるじゃないですか。辛い事があるのなら、言ってください。私でいいなら、力になりますよ」
望がそう言うと、可符香はくすくすと笑って
「心配性ですね、先生は。……本当に、何にもないんですよ」
そう言って答えた。
「本当ですか?」
「ええ、本当の本当です」
その、彼女の笑顔は、本当に嬉しそうで、楽しそうで……。
そんな彼女の笑顔を久しぶりに見られた事で、望はようやくホッと胸を撫で下ろした。
「でも、心配してくれて嬉しかったですよ。ありがとうございます、先生」
そう言って、彼女はぺこりと頭を下げると、鞄を片手に教室の外へ。
「それじゃあ、さようなら。先生」
「ええ、さようなら。気をつけて帰るんですよ」
笑顔で望に手を振ってから、彼女は学校を去っていった。

その次の月曜日、風浦可符香は学校に来なかった。

それが単に学校を休んだだけではない事はすぐにわかった。
一人暮らしの彼女の家は全くのもぬけの殻で、玄関の鍵さえ掛けられていなかった。
鞄も、財布も、何もかもが置き去りにされていた。
制服も脱ぎ捨てられ、彼女の私服もそのまま残されていた。
ただ、着物でも仕舞っていたらしい桐の箱が、蓋を開けたままで転がっていた。
近所の住人に聞き込みをした所、数人が袴姿で夜の街を走り抜けていく少女の姿を目撃していた。
僅かな荷物も、お金さえも持たず、身一つで、彼女は失踪したのだ。
望は強く責任を感じていた。
あの時、あの放課後、無理やりにでも彼女から何かを聞きだしていれば、こんな事にはならなかったかもしれない。
「………彼女は私が見つけ出します」
警察だけに任せておくわけにはいかなかった。
もともと授業も平気で休んでしまうような、教師失格な人間なのだ。
今更、何を気にする事もない。
望は学校の仕事を放り出して、可符香を探し回った。
彼だけではない。
2のへの生徒達も、放課後の時間を割いて、彼女を探してくれた。
甚六先生や智恵先生も望に協力してくれた。
やたらと広い交友関係を持つ彼女。
そんな彼女の知人達から何か情報を得られないだろうかと、色んな人間と会って彼女の事を聞いてまわった。
中には、明らかにカタギとは思えない人種も存在していて……。
359266:2009/01/12(月) 20:35:29 ID:M4AbW5Db
『なんじゃあっ!!可符香さんに何か用があるんかいっ!?』
だが、そんな彼らも望の話を聞くと、一様に彼女を心配した。
『あの娘は、抜け目ないし、強かだし、ワシらなんぞ歯牙にもかけんような大物だよ。だけどな……』
とある組の組長だという、その男は言った。
『何というか地に足がついてないというか、今にも風に吹き飛ばされてしまいそうな、
そんな危なっかしい感じのする娘だったよ………』
その後、裏の社会に精通する彼の助けもあって、可符香の居場所をいくらか絞り込む事ができた。
『頼む。あの娘を連れ戻してやってくれ、先生……』
男の言葉に肯いて、望は今日、この街までやって来た。
彼女を、風浦可符香を見つけて、彼女の日常へと連れ戻すために……。


「もう一度言います。辛い事があるなら、私が力になりますから、だから、戻って来てください……」
先生の眼差しが私を射抜く。
悲しげで、優しい、先生の瞳。
どうやら、私の鬼ごっこはここで終わりのようだった。
「いやだなぁ…辛い事なんてないですよ、先生」
「し、しかし……」
「辛い事なんてないんです………ただ、思い出してしまっただけ…」
昔あった色んな事、お父さんの事、お母さんの事、今はもういない家族の事……。
そんな記憶の欠片が不意に浮かび上がってくる。
本当に時々だけど、そんな時、私の心は凍り付いてしまう。
だけど、あの日、あの金曜日の放課後、先生の言葉がそれを溶かしてくれた。
私も、それでもう大丈夫だと、そう思っていたのだけれど……。
「色んな事があったんです。ただ、それを思い出してしまっただけ……」
あの日、家に帰って、何気なく開いた押入れの奥から、お母さんの着物と袴が出てきた。
昔、成人式の時にお母さんが着たというソレは、我が家に残された数少ないお母さんの思い出の品だった。
『お前が成人するときは、これを使っていいからね』
そう言って微笑んだお母さんの顔が瞼の裏に蘇って、着物を抱きしめたまま、私は泣いていた。
そこからの事はほとんど覚えていない。
気が付くと、お母さんの着物と袴を身に着けて、私は夜の街を走っていた。
私の心はもう一度凍りついて、私はあてもなく街を彷徨った。
先生が、みんなが、心配してくれているだろう事はわかっていた。
でも、その事を考えれば考えるほど、私の心はさらに硬く冷たく凍り付いていった。
曜日も、日にちの感覚も磨耗して、もうこのままどこか遠い所に行ってしまおうかと、そう思っていた時だった。
360266
(あ……先生…)
街の雑踏の中、先生の背中を見つけた。
『先生、どこ行くんですか?』
気が付いた時には、話しかけていた。
先生は、私の失踪について、無理に聞き出そうとするような事はしなかった。
『あなたこそ、随分めかしこんで、どうしたんですか?』
何気ない、いつものような調子で私に接してくれた。
そして、その上、あの発言、あの行動。
『せっかくの休日ですからあなたも有意義に過ごすんですよ。………それでは、さようなら』
一人、路面電車に乗り込んでその場を去ろうとした先生に、思わず私は追いすがった。
同じように路面電車に乗り込んでしまった。
よくよく考えれば、あれが先生の作戦だったんだろう。
あの手の駆け引きは私の得意技の筈なのに、まんまとのせられてしまった。
それからの、今日一日の出来事は、とても楽しくて……。
先生の隣にいられる時間が、すごく嬉しくて………。
「あなたの過去に何があったのか、それがどれほどの苦しみなのか、
私にはそれを全て理解してあげる事はできません。ですが……」
そして、私の心に残った最後の凍りついた場所を、迷いを、先生の言葉が溶かしていく。
「今度は、私の所に来てください……苦しむあなたを、せめて傍で支えさせてください……」
「先生……」
私は、先生の胸に飛び込んだ。
伝わってくる先生のぬくもりに、全てを委ねる。
そんな私の震える肩を、先生の腕が、強く、優しく、抱きしめる。
「先生……ごめんなさい…」
私は、少しだけ泣いていた。
やがて、ガタンゴトンと音を響かせて、路面電車が乗り場へとやって来た。
顔を上げた私に、先生が笑顔で言った。
「さあ、帰りましょう……」
「はい、先生……」
寄り添う私と先生を乗せて、路面電車は走り出す。
私の帰るべき場所へ……。
私が幸せでいられる、あの暖かな場所へ………。