【友達≦】幼馴染み萌えスレ11章【<恋人】

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1名無しさん@ピンキー
幼馴染スキーの幼馴染スキーによる幼馴染スキーのためのスレッドです。


前スレ:【友達≦】幼馴染み萌えスレ10章【<恋人】
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9代目スレ:【友達≦】幼馴染み萌えスレ9章【<恋人】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1153405453/
8代目スレ:【友達≦】幼馴染み萌えスレ8章【<恋人】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1147493563/
7代目スレ:【友達≦】幼馴染み萌えスレ7章【<恋人】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1136452377/
6代目スレ:【友達≦】幼馴染み萌えスレ6章【<恋人】
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5代目スレ:【友達≦】幼馴染み萌えスレ5章【<恋人】
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4代目スレ:【友達≦】幼馴染み萌えスレ4章【<恋人】
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3代目スレ:【友達≦】幼馴染み萌えスレ3章【<恋人】
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2代目スレ:【友達≦】幼馴染み萌えスレ2章【<恋人】
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初代スレ:幼馴染みとHする小説
http://www2.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1073533206/

*関連スレッド*
気の強い娘がしおらしくなる瞬間に… 第6章(派生元スレ)
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いもうと大好きスレッド! Part3(ここから派生したスレ)
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http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1163193427/

*これまでに投下されたSSの保管場所*
2chエロパロ板SS保管庫
http://sslibrary.gozaru.jp/

■■ 注意事項 ■■
*職人編*
スレタイがああなってはいますが、エロは必須ではありません。
ラブラブオンリーな話も大歓迎。
書き込むときはトリップの使用がお勧めです。
幼馴染みものなら何でも可。
*読み手編*
つまらないと思ったらスルーで。
わざわざ波風を立てる必要はありません。
2名無しさん@ピンキー:2007/02/15(木) 01:48:59 ID:SCXmAJbR
前スレ容量が一杯になってしまったようなので立てました。

次スレは>950以降or容量が490KB越えで立てる等、
ローカルルールを作るのも案かもしれませぬ。

では職人様方読者様方共に今後の幼馴染スレの繁栄を願って。
以下↓
3名無しさん@ピンキー:2007/02/15(木) 01:49:10 ID:RwOSO6l+
4名無しさん@ピンキー:2007/02/15(木) 01:57:17 ID:SCXmAJbR
>3
どうしてそういうことするの?
あとで先生に謝りに行かされるの私なんだから、やめてよね!
…べ、別に良いけど。
分かってるわよ、前にちゃんと2取れたときは確かにすごかったわよ!
でもあれ幼稚園のときでしょ?いつまで覚えてる気なのよ、格好悪い。
だから、……その、2取れないからって私は馬鹿にしたりしないんだって。
伊達に物心つく前から一緒にいたわけじゃないんだから。
分かってないなあ。もう。


では以下↓

5名無しさん@ピンキー:2007/02/15(木) 12:24:51 ID:298KdH/c
あげ
6名無しさん@ピンキー:2007/02/15(木) 19:16:22 ID:NrICC0gq
前スレラスト作者さん乙〜

そして続き頑張れ〜待ってるぞ〜(´・ω・`)ノシ
7名無しさん@ピンキー:2007/02/15(木) 20:01:06 ID:qqRiTkvl
紗枝タソのバレンタイン番外編だよね。
あれはあそこで終わりかと思ってたw
8名無しさん@ピンキー:2007/02/15(木) 21:59:38 ID:WJ5NZQ32
俺感想書き込もうとしたら書き込めなかったぜ!
9名無しさん@ピンキー:2007/02/16(金) 01:02:08 ID:pwE9g/w1
投下します!
10絆と想い 第5話:2007/02/16(金) 01:03:07 ID:pwE9g/w1
土曜の夕方。正刻は宮原家を訪れていた。チャイムを鳴らすと「はーい」という返事がし、少し後、ドアが開いた。
「あらいらっしゃい正刻君! 待ってたわよ!」
顔をのぞかせたのは宮原姉妹の母、「宮原 亜衣(みやはら あい)」である。
二人の娘がいるにもかかわらず非常に若々しい。きれいな黒髪をボブカットにしており、快活な印象を受ける。
顔立ちは姉妹に似ている……というより姉妹が亜衣に似ているのだが、とにかく親子は似ていた。
「お邪魔します、亜衣さん。何か食事をしに来るのも久しぶりな気がしますねぇ。」
正刻は家に上がりながらそう話しかける。ちなみに亜衣を「亜衣さん」と呼ぶのは正刻だけではない。
亜衣は「おばさん」と呼ばれる事を非常に嫌う。子供の頃に誤って「おばさん」と呼んだ時、笑顔を浮かべつつも目が真剣な亜衣に、
「正刻くーん? おばさんって、誰の事かな? まさか、私の事じゃあな・い・よ・ね? ね?」
……と囁かれながらギリギリとアイアンクローを食らったのは、正刻のトラウマの一つである。
それはともかく。
「そうねぇ。ウチは毎日来てもらっても全く構わないのに……。今からでもここに住めば良いのよ。あの子達もきっと喜ぶわよ?」
振り返りながら亜衣が言う。その内容に正刻は思わず苦笑する。
「亜衣さん……からかわないで下さいよ。大体舞衣……はまぁ、確かに狂喜乱舞でしょうが、唯衣は嫌がるでしょうに。」
正刻がそう言うと、亜衣はくすり、と微笑んだ。
「? 何です? 何ですかその笑みは? 俺なんか変な事言いました?」
「別に何でもないわよ。ただ、あの娘達も苦労してるなぁと思ってね。」
「?」
なおも首を傾げる正刻を見て亜衣はまたくすり、と笑った。
11名無しさん@ピンキー:2007/02/16(金) 01:04:24 ID:pwE9g/w1
リビングに入ると、宮原姉妹が正刻を迎えた。
「あ! 正刻いらっしゃい! だけどちょっと遅いわよ? 父さんもお母さんも待ってたんだから。」
「何を言う。一番待っていたのは私だ。その次が唯衣のくせに。」
「!! あ、あんたはまたバカな事言って……。と、とにかくそんな所に突っ立ってないでさっさと座りなさいよ!
父さんも今お酒を持ってくるから!」
そう言って唯衣は正刻を座らせる。ふと見ると、二人ともエプロンを着けているのに気がついた。
「何だ? 今夜はお前らが食事を作るのか?……というか、舞衣が作るのは大変不安なんだが……。」
正刻がそう言うと、舞衣は頬を膨らませて抗議する。
「何だ正刻その言い草は! 私の愛情がこもった料理を食べるのがそんなに嫌なのか!?」
「愛情こめるのは結構だが、その前に生物が食べても大丈夫なモノを作ってくれ。」
そう言い返された舞衣はぐむぅ、とうめく。そのフォローをするかのように亜衣が正刻に言った。
「大丈夫よ正刻君。私と唯衣とできっちり教えているから楽しみに待ってて? その間はあの人の相手をしてあげてね。」
そう言うと娘二人を連れて亜衣はキッチンへと向かった。その三人と入れ替わるように、一人の男性がリビングへと入ってきた。
「お! 正刻君よく来たね! 待ってたよ!」
酒瓶とグラスを持った男性の名は「宮原 慎吾(みやはら しんご)」。宮原姉妹の父である。
いつも人懐っこい笑顔を浮かべている好人物ではあるが、大手商社の部長職を勤める敏腕な一面も持つやり手のビジネスマンでもある。
ちなみにその人懐っこい笑顔は唯衣の方に受け継がれているようである。
慎吾はグラスと酒瓶をテーブルに置いた。慎吾が持ってきた酒は日本酒・焼酎・ウィスキーと、中々ヘビーなラインナップである。
「じゃあ正刻君、早速乾杯といこうか! どれからいきたい?」
「っつーかおじさんいきなりですかい!! 飯を食う前から何でこんなヘビーなちゃんぽんしなきゃならんのですか!
せめて飯食うまでは大人しくビールでも飲んでましょうよ!」
「何生ぬるい事言ってるんだ正刻君。君と僕がそんなまったりとしたペースで満足できるわけないだろう? いくら今夜は君が泊まって
いってくれるとはいえ、時間は限られてるんだ。たっぷりと楽しまなきゃ損だろう?」
そういう慎吾に正刻は苦笑する。しかし、嫌ではない。こういうやりとりは、正刻は自分の家では出来ないから。
「分かりましたよおじさん。それじゃあ今日はおじさんの好きなウィスキーからいきましょうか。水と氷……あとつまみは、と……。」
「ああいいよ正刻君。僕がやるから君は座っていてくれ。」
男二人が腰をあげようとした時、テーブルに水と氷、それに簡単な炒め物や刺身を宮原家女性陣が運んできた。
「はいはい、男がキッチンに来たって邪魔なんだから、これでも食べながらしこたま飲んでなさい?」
そう言って亜衣がウィンクする。歳に似合わず似あってるなぁなどと思っていると、正刻の前にその炒め物が置かれた。
簡単な野菜炒めのようだが、何故自分の前に? そう考えた正刻だが、置いた人物を見て納得した。置いたのは舞衣だったのである。
12名無しさん@ピンキー:2007/02/16(金) 01:05:06 ID:pwE9g/w1
舞衣は無言で正刻を見つめている。「食べて」という意思表示だろう。しかし正刻はちょっと躊躇った。
何故なら、過去のトラウマが脳裏をかけめぐったからだ。
舞衣は料理が破滅的に下手なのである。文武両道に優れているくせに、何故か料理だけは昔っから駄目だった。
対照的に、唯衣は幼い頃から料理が上手く、正刻にもよく食事を作っており、正刻も喜んで食べていた。
それを羨ましがった舞衣が対抗して料理を作るのだが、それを食べた正刻はもれなく死線を彷徨った。
その記憶が躊躇いに繋がったのである。ちらり、と舞衣を見ると、悲しそうに目を伏せていた。
そしてその目はこうも言っていた。やっぱり駄目だな、と。
そんな舞衣を見た正刻は深呼吸を一つすると、おもむろに料理を箸でつまみ、口に放りこんだ。
「あっ……!」
舞衣が小さく声をあげる。正刻はそのまま仏頂面をしてもしゃもしゃと咀嚼し、ごくり、と飲み込んだ。ふぅ、と息をつく。
「……ど、どうだ……?」
恐る恐る舞衣が尋ねる。正刻は仏頂面のまま少し黙っていたが、やがて口を開いた。
「……舞衣。」
「……ああ。正直に言ってくれ。覚悟は出来てる。」
「そうか、だったら言うぞ。不味くはなかったぜ。」
「!……え? ほ、本当か……?」
「ああ、本当だ。だけど勘違いするなよ? まだ『不味くない』ってだけで、美味いとは言ってな────」
「────まさときぃっ!!」
そう叫んで舞衣ががばぁっと抱きついてきた。唯衣があっ! という顔をする。
「嬉しいぞ正刻! 私はなんて幸せ者なんだろう! 君に『不味くない』と言ってもらえる日が来るなんて! 今まで頑張ってきて良かった……!」
そういって舞衣は正刻にすりすりと頬擦りをし始めた。
「こら舞衣! そんなにくっつくな! 頼むから離れろ!」
「そうよ舞衣! 父さんとお母さんの前よ!? そんな恥ずかしいことしないの!!」
「何だ唯衣よ、羨ましいなら素直にそう言えば良い。お前も反対側から正刻に抱きついたらどうだ?私は別に構わんぞ?」
そう言われると、唯衣の顔はゆでダコのように真っ赤になった。
13名無しさん@ピンキー:2007/02/16(金) 01:06:50 ID:pwE9g/w1
「バ、バカじゃないの!? 羨ましくはないわよ! ……それよりちょっとお鍋をみてきてくれない?
少しは上手くできたみたいだから、そっちもあんたに任せてみたいから。」
唯衣がそう言うと、舞衣は嬉しそうに「了解だ! まかせておけ!」とキッチンへ向かった。
舞衣の姿が完全に見えなくなると、正刻はおもむろにウィスキーの蓋を開けグラスに注ぎ、ストレートのままぐいっと一気にあおった。ぷはぁっと息をつく。
「……やっぱり駄目だったのね。」
唯衣がはぁ、と溜息をつく。正刻がやせ我慢をしていることを見抜いた彼女は、口実を設けて舞衣を正刻から引き離したのだ。
「……だが、嘘はついてないぜ? 実際味はそんなに変ではなかったし、酒の力を借りたとはいえちゃんと意識を保ってるしな。
ただちょっと体が拒否反応を起こしただけで……。」
「……お酒の力を借りたり体が拒否反応を示す時点でもうアウトじゃない……。」
そういう唯衣に正刻は苦笑を返すと、再び野菜炒めに手をのばした。
「ちょ、ちょっと正刻! もう食べるのは止めた方が……!」
「これはあいつが俺のために一生懸命作ったもんだ。だったら、俺が全部食べてやらなくっちゃあな。」
そう言って一口食べる。む、とうめき声を出しつつも箸を止めることは無い。
「……本当に、あんたは変わんないね。昔っからそう……。」
そう呟くと唯衣は優しい顔で正刻の横顔を見つめる。
そう、正刻は舞衣の料理を食べて死線を彷徨ったが、実はそれは、必ず料理を完食していた所為だった。
一口でやめれば良いものを、正刻は必ず全部食べた。脂汗を垂れ流そうが、体が震えてこようが必ず全部食べた。
そんな正刻を唯衣と舞衣はずっと見てきた。だからこそ二人は─────
「あ、お母さん、そろそろ戻らないと! 私たちがちゃんとした料理を作らないと、一家心中になっちゃうよ!」
「えー、もう行くの? もうちょっと貴方たちのやりとりを見ていたかったんだけどなー。」
唯衣の呼びかけに、亜衣はいたずらっぽく笑って答えながら立ち上がる。
「じゃあ正刻君、頑張ったご褒美にうんと美味しいもの作るから、楽しみに待っててね?」
「えぇ……。出来れば俺が元気でいるうちにお願いします……。」
正刻は気付け薬代わりにウィスキーをちろちろ舐めながら答える。
そんな正刻を見て慎吾が笑って言う。
「君も苦労するねぇ正刻君。ま、夜は長いからね、じっくり楽しもうよ!」
そう言うと。自分のグラスを正刻のグラスにチン、とぶつけた。


14名無しさん@ピンキー:2007/02/16(金) 01:07:45 ID:pwE9g/w1
以上です。ではー。
15名無しさん@ピンキー:2007/02/18(日) 09:37:11 ID:no6GPwgq
GJです。(;゚∀゚)=3
最近はアマーーイSSが多く投下されててイイですな。

ところで、このスレ住人適には秒速5センチメートルの幼馴染はどうよ?
16名無しさん@ピンキー:2007/02/18(日) 11:03:46 ID:oFD6xtLj
kwsk
17 ◆tx0dziA202 :2007/02/20(火) 00:02:45 ID:5z6rThT9
ずいぶんと間が開きましたが、ようやっと3話を投下します。
もし覚えていてくれる方がいらしたなら、楽しんでいただけると幸いです。

気が向いたら書くという形で続けているので非常に遅筆ですが、気長に見守ってください。
18Whose name is "Wild card"?:2007/02/20(火) 00:04:00 ID:ftGNo0Ha
曇天。
低く暗く、まるで灰色の入浴剤をぶちまけた風呂の様なくすみ具合を示す冬の空。
その雲海の上から見たならば、街は小麦粉をまぶしたが如く真白い。
遥かな天空から吹き降ろすのはその字面そのままの意味の木枯らしであり、風は、白

く錆付いた旧い武家屋敷の群群の障子を容赦なく鳴らす。

その中。
からりからりと玉砂利を鳴らしながら、四人の男女が中規模の武家屋敷の庭で戯れて

いる。
先で待つ二人は髪をすべて後ろに撫で付けたのっぽと、背の小さい短髪の少女。
後を追う丸眼鏡の少年に並び来た膝裏まで届く黒髪を持つ女性は、くるり、と体を回

すように礼を済ませ、扉の青錆びた錠に、近頃のそれとしては不釣合いな大きな鍵を

回し入れた。

ぶりきの玩具を叩くのにも似た鈍く響く音が鳴り、そのまま女性は格子模様の右扉に

両手をかけ、体ごとずらし開ける。
さりげなく丸眼鏡の少年が左扉を開ける中、新雪にその足を刻みながら扉の真前に戻

ると、胸に手を当てつつ彼女は軽く頭を下げながら凹凸激しい二人組を中に招き入れ

、一息をつく。
頭の後ろで手を組ませて我が物顔で悠々と家屋に入る少女と、手をポケットに入れ、

眼を閉じた様な僅かな笑いを浮かべてそれに続く青年を見送りながら、女性は傍らの

少年を親愛の一瞥を送る。
笑みかけた後、頭の毛皮製の白い帽子を取りながら自らも足を中へと踏み入れた。

少年は、ふ、と一息つくと、眼鏡に髪がつかないように気を使った動きで軽く頭を掻

く。
そして、漆喰の崩れを補修した跡が残るその屋敷へと、女性を追うかのように一歩。
彼の姿が内側の影に隠れて数瞬のち。
両開きの扉はゆっくりと、台車を転がすような音とともに街と彼らを遮断した。



第三話 Whose name is "Wild card"?


19Whose name is "Wild card"?:2007/02/20(火) 00:04:47 ID:5z6rThT9
「……あの、ええと。一体全体、何をやっているんですか?」

そう困惑の笑みで問いかけたのは、大腿まで伸ばした黒の髪持つ女性。
――ここは武家屋敷の居間。
寒さに震え、炬燵を求めて四者が四様に木戸を開けて中に入るところだった。
四人の先頭、先ほど言葉を発した白い毛皮コートの彼女は四条 水城。
この家の嫡子にして、四人の集まりの先導を務める事になっていた人物である。
その視界に納まった、一人に人物に眼を向けてみれば。
彼女の目線の先にいたのは――――

「……見た通り、よ。少しばかり早い晩酌……が一番近いかしらね」

猪口を手に持ちながら、ジャージに半纏という姿で炬燵に入る少女。
くいと手のそれを口元に当てつつ、それが何でもないことであるかのように軽く目を閉じる。
「悪いわね。少しばかり先に始めさせてもらっているわよ」
動じた様子を全く見せずに呟く少女の姿形は、今まさに彼女に問いかける水城のそれにとてもよく似ていた。
一行を一瞥した後に、呟くように問いかけて、
「一杯要る? “平泉”の山廃純米。呑む価値は十分あるけど」
く、と含み笑いを彼女は続ける。

腰まで伸びた黒髪に、どことなく童顔気味ではあるが整っている顔と、それに浮かべた落ち着いた表情。
女性の割には高めな身長も水城とほぼ同じ程度であり、並んでもそう差は見受けられない。
……とはいえ、違いもまた多い。
一番分かりやすいのはその目つきだろう。
元々垂れ目気味の目を常に弓にして微笑している水城に対し、彼女のそれは吊り目でも垂れ目でもない。特徴らしい特徴がないのだ。
眼光は鋭い訳ではないが、しかし常に眼前のものを子細に観察しているような印象を受ける。

また、後ろから髪型を見比べる事でより違いははっきりするだろう。
膝の後ろ近くまで伸ばしたそれを、丁寧に整えて額の前でわずかに分けているのが水城。
対し、十分長いとはいえ、水城よりもだいぶ短く腰元までしか伸ばしていない髪を、せいぜい寝癖を直す程度にしか手を入れていないのが少女だ。
加えて、白い毛皮のコートに帽子という趣味をはっきり反映させ、かつ、決して豊かとは言えないものの、女性らしさを漂わせる程度には器量の良い水城と、
ジャージに半纏という過ごし易さのみを考慮し、更にはその体躯の一部が同年代の同性と比べて殆どふくらみを持たない彼女を間違える人はそう多くないだろう。
よく似た顔立ちに化粧を殆どしていないのが共通している以上、
学校の制服のような同じ意匠を持つ服を着ざるを得ない場合はまた違うのだろうが、この様な私服のときに彼女らを見分けるのは容易な事と言える。

そうした自分に良く似てはいるが異なる存在に対し、水城は戸惑いと呆れ交じりの声で言い回しを変えつつ質問を再度行う。
表情は眉尻を下げたハの字ではあるが、いつもの微笑である。
「……ええと。……どうして、そんなものを飲んでいるんですか? 梓(あずさ)」
20Whose name is "Wild card"?:2007/02/20(火) 00:05:22 ID:ftGNo0Ha
――最後に告げられた、一つの名詞。それが彼女の名前。
四条 梓。
年齢に見合わぬ貫禄を持ち合わせる達観者にして、四条 水城の妹である。

彼女――梓はわずかだけ首を水城の方に向け、あたかも自分の行為が当然のように言葉を告げる。
「ん……、難しいところだけれども、吟醸酒は香りが強すぎて料理と合わせるのは私は好きじゃないのよね。
そうそう、これに合わせた料理食べたかったから、台所勝手に使わせてもらったわよ」

平然とした彼女の言葉。その中に問題発言を見つけ、水城は更に眉をひそめる。
が、それ以前に。
「そんな事を聞いているわけじゃないんですけど…… はあ……」
一息。
「あの、梓は一応まだ14歳でしょう? さすがに飲酒はまずいと思いますよ……?」
何やら共犯をしている気分になっているのか挙動不審な態度を取り始めた水城に対し、梓は口元だけをわずかに上げ、呟く。

「――くく。それは姉さんの気にする所ではないでしょう?
……そうは思わないかしら、兄さん」
冷たくはないが、どことなく冷めた笑いとともに放たれた言葉。
その向かった先は、水城の脇を通り過ぎてその背後にいる人物に届けられる。
そこに居るのは――

「……まあ、その通りだけどさ。一応四条も心配している事は気に留めておいたほうがいいと思うよ、梓」
あかがね色のフレーム持つロイド眼鏡をかけた、童顔の生真面目そうな少年だった。


兄さんと呼ばれた彼――高槻 薪は、ようやく訪れた発言の機会に際し、はあ、と溜息を吐きつつ目の前の姉妹にとりあえずの要求を伝える事にする。
額に人差し指を当てながら、目をつぶって渋い顔を作り、一言。

「ひとまずさ……寒いから中に入れてほしいんだけど」




「うう……寒寒。あー、炬燵は最高だわね。
ウチにもエアコンだけじゃなくミズキチんちみたいにこれ置いてくれないかなー……」
「よ、水城妹。相も変わらず良く似てんなあ。似てないとこも多いけどさ。
まあ、何にせよ可愛い……っつーのはちと違うか、ともかくなんかそんな感じなのは良い事だな、うん」
高槻に続き、かたりと横開きの扉を開けて入ってきたのは二人組みの男女。
両手で肩を抑えて震えるのはゆるいウェーブのかかった髪をショートカットにした背の低い少女。
傍らで、顎に手を当て自分勝手に納得してうなずくのはオールバックの長身の少年だった。
二人はそれぞれの行為を続けながら、そのまま炬燵の側面の一つに並んで入り込む。
少女の名は雛坂 神子。少年の名は淵辺 正義。
その姿はさながらつがいの小鳥の様であり、実際に、少なくとも表面上は二人がそういった関係であるのはこの場の誰もが知ることである。
21Whose name is "Wild card"?:2007/02/20(火) 00:06:04 ID:ftGNo0Ha
「……あの。先ほど台所を使ったといっていましたけれど……」
果てさて、炬燵に来客が全員入ったところで、水城が不安そうに話を切り出した。
居間は二箇所の出入り口を有しているが、炬燵の水城らが今しがた入ってきた廊下に面した側には、水城。
そこから時計回りに高槻、雛坂と淵辺、梓というように割り当たることにいつの間にやら決まっていた。
高槻の背後、即ち梓の前方にはもうひとつの出入り口があり、そこからは台所に通じている。
そちらをちらちらと目の端で捕らえての水城の言葉。その笑みは絶やさぬながらも、躊躇いが見る人が見れば浮かんでいる。

……と。
「安心して頂戴。姉さんの作ったものにはさほど手を触れていないから」
特に感慨も無い様子で、梓は猪口を口元から放して告げる。
「あ、そうですか……
……さほど? 」
「そんなに怯えなくても大丈夫。鍋食べたかったからガス台の上のフライパンを動かした位よ。
後、冷蔵庫の中も野菜室くらいしかいじってないから。
姉さんが作ってた豆腐をひっくり返したりしてはいないから安心なさいな」
妹の応えに、ほ、と一息ついて、水城はそこではっと気づいたように申し訳無さそうな顔をする。
「あ……お茶を出すべきでしたよね。今もって来ますから、少しだけ待っててくださいね?」
と、掘り炬燵から抜け出て、小走りで台所に向かっていった。

「四条の豆腐か…… 久しぶりだね、楽しみだよ」
どこを見るでもなく水城を眺めていた高槻がぽつりと漏らす。
小声で放たれてはいたものの、静かに雪降る過疎地の武家屋敷には雑音も殆ど無く、淵辺が興味ありそうに聞き返した。
「へえ…… 水城ってんなもんも作れんのか。そういったもんはどっかの店屋にでも行かなきゃ作れないと思っていたんだけどな」
彼の質問は高槻に向けられたもの。しかし、その返答は彼の対面から告げられた。

「……家は一応大正から続く和菓子屋で、姉さんはその後継者だからね。
豆腐の和菓子もあるし、そもそも修行の一環として日本料理は一通り覚えこまされたのよ、あの人。
姉さんが料理屋開けるくらいの腕持ってるのは貴方たちもよく知っていると思うけど」
と、告げるは梓。

それを聞き、高槻はさも当然とばかりに別に何も動きを見せず、淵辺は見直したとばかりに親指を上げ、雛坂は羨ましそうに台所の方向を横目で見たのち、はあ、と溜息をつく。
三者三様の反応を傍観者の目で眺め、徳利から猪口に酒を注ぎながら梓は一言。
「……ま、少なくとも料理に関しては、あの人のもの食べ慣れてるなら私のは食べるに値しない程度のものよ」

皮肉気に告げられた言葉は、しかし台所の水城にも届いていたようだ。語気を強めてから、最後には気弱ささえ漂うように語調を変遷させつつ彼女は言う。
「そ、そんなことは無いですよ梓。あなただって十分過ぎるほどなのに、そこまで卑下することはないです……」
どことなく後ろめたい響きを感じさせる水城の言葉。
それは、雛坂と淵辺の二人には気まずい心象を与える事となった。
さすがにそういった当てつけじみた台詞が当人に聞こえていたとなっては、この場の雰囲気が愉快ではないものになりかねないものだ。

が。
二人が見れば、彼女たちに自分たちより近しいはずの高槻は平然と、眉一つ動かさずにただ窓の外の雪降る枯山水を眺めているのみ。
雪はしんしんと、はや暗く見通せない闇の中で玉砂利の上を真白く染めている。
なぜか、と淵辺らが思うよりも早く梓は、くく、と口元だけで笑い、
「……冗談よ。もう少し堂々と構えていなさいな、姉さん。
この程度の揺さ振りで動じていたら苦労するわよ。色々なところで、ね」

この一角は開かれた暖簾が垂れ下がっているだけで戸がついておらず、台所と居間が素通しとなっている構造だ。
暖簾の下から足下しか見えないが、それでも水城が一瞬足を止め、それからせわしなく言ったりきたりを繰り返しているのが雛坂の目に届く。
響くのは、上ずった声での水城の声。
「あ、あの梓? 鍋の仕上げをした方がいいようですけど……」
気づいているのか、いないのか。高槻は以前体勢を変えず、ただの一言も発さず視線は窓の外へ。
やり取りに興味なさげな様子さえ見せている。
その心情を見通すのは、雛坂にとっては彼の見ている宵闇の先と同じ程度にすらも不可能だった。
22Whose name is "Wild card"?:2007/02/20(火) 00:06:43 ID:ftGNo0Ha
「そ。……じゃ、そろそろ手を加えないと。
私も少しばかり失礼するわ。
……一応聞いておくけど、貴方達も食べる? 多めに作ったから遠慮は必要ないけど」
穏やかな微笑とともに発された梓の一言。
相も変わらず口元のみの表情だが、その笑みには先ほどの皮肉気なそれは残っていない。
雛坂は思う。
――なんだ、これは水城達にとっては慣れっこなワケね、と。
心配する必要はなかったわけである。
とはいえ、彼女が思うことはもう一つ。
……やっぱり私ゃこの娘は苦手だわね。
内心そう呟いたとたん、一緒に気まずそうな顔をしていた傍らの淵辺が嬉しそうに膝をぽん、と叩いて曰く。
「よっしゃ! 色々店屋物頼んじまったが、手料理となりゃ話は別だ!
水城妹の料理かー。おい薪、味のほうはどうなんだ?」
急に嬉々としだした淵辺。釈然としないものを感じ、
「……」
「づっ!!」
何かを言おうとした高槻を捨ておき、雛坂は肘打ちを淵辺に叩き込んでおく。
梓は別段何も気にせず台所にいつの間にか入って行っていた。


……と。皆が馬鹿をしているさなか。
「お茶を持って来ましたけど……」
控えめだが、聴く人を落ち着かせる印象を持つ水城のアルトが高槻の背後から発される。
炬燵から高槻が見上げてみれば、どうしたものかと少しばかり眉尻を下げた水城の微笑。
高槻の挙動に気づいた彼女は、丁度良かったとばかりにくすりと笑んで盆の上から各々へと飲み物を置いていく。
「ええと……神子さんにはアップルティー、淵辺さんには無糖のホットココアで良かったでしょうか?」
「あらら、気ィ使わせたみたいで悪いわね」
「おう、ありがとな」
「それと……私の葛湯と。
薪はいつも通りダッチコーヒーにしましたけど……」
遠慮がちな言葉で、しかし各々の好みを完全に把握した飲料を水城は提供してゆく。

彼女と同じような微かな笑みとともに高槻は差し出された湯気の立つカップを受け取り、手でそれを包み込む事でわずかでも暖を得ようとする。
「OK、問題ないよ。有難う、四条」
「いえ、これくらいしか私には出来ませんからね」
にこり、と口元だけの微笑に加えて一瞬目を細め、水城はゆっくりと掘り炬燵の中へ身を滑らせ入れる。

ふ、と軽く息を吐き出し、炬燵の中に入れられない肩をさすっている水城に、雛坂が質問を発した。
「ね、ミズキチ。ちょっと聞いていい?」
「え? あの……何を、でしょうか?」
何を聞かれるのだろうかと、きょとんとした水城に問われたのは。
「ねえミズキチ。ダッチコーヒーって何? オランダ産のコーヒーの事? あんな緯度高いとこじゃ採れそうも無いけど」
先の会話と共に高槻に渡した飲み物の事。
他愛の無い質問に、水城は見下したような態度をかけらも見せずに葛湯をすすり、飲み下してから穏やかに答える。
「水出しコーヒーの事ですよ」
「水……出汁?」
23Whose name is "Wild card"?:2007/02/20(火) 00:07:16 ID:ftGNo0Ha
眉根に皺を作りクエスチョンマークを複数個額の回りに浮かべそうな表情をした雛坂に、当のダッチコーヒーとやらに口も付けずに香りを食んでいた高槻が横から回答する。
「文字通り、お湯を使わずに水で抽出したコーヒーの事だよ。
余計な熱を加えない分、変に苦かったりえぐかったりしなくて本来の味を堪能できるんだ……ってどこかで読んだ本の受け売りだけどね」
「どちらかといえば、ブラックの好きな人向けですね。
ミルクや砂糖を入れたりするなら、普通の入れ方でも問題ないのですけど……」
高槻の補足に、息のあったタイミングで水城は更に補足を返す。
「水で、ねえ……。そんなんで本当に味が出るの?」
「うーん……。やはりちょっとばかり時間はかかってしまいますね」
「どんくらい?」
「五時間くらい……でしょうか」
「五時間……」
予想以上にかかる時間に、雛坂は絶句。
「ホットで飲む場合、湯煎をするんですよ。
色々淹れる時間とかも考慮しないといけないので、なかなか奥が深いですよねー……」

あはは、と頼りない笑み。しかし、その表情とは裏腹に、話の内容そのものへの態度には日ごろ慣れ親しんだ物事に特有の安心感が見え隠れしている。
そんな水城に、雛坂はふと気づいたものがあった。
込み上げる笑みを押し込め、しめたとばかりにそれを指摘。
「……ってことはさー、ミズキチ、今日タキがくるって予定聞いたらすぐに作り始めたってワケ?」
「……え? ええ、そうですけど……」
にやりと頬を上向きに引っ張り上げる雛坂。
彼女の意図に感づき、面白そうだと便乗した淵辺が畳み掛けるように言葉を告ぐ。
「お熱い事だねぇ…… 愛しの誰かさんのためには時間なんか障害にならないってか!」

連携は良好。
彼らの予定では、顔を真っ赤にした水城がどうにか取り繕おうと慌てるはずだった。
しかし。
「作業そのものはさほど難しくはありませんから。それに、皆さんの飲み物それぞれにもそれなりに良いものを選んでいるんですよ?」
水城は全く表情を変えず、落ち着いた笑みのままである。
くすり、と手を口元に当て、
「興味を持ったのなら、お二人にも差し上げますけど…… どうします?」
平然と切り返す。

実の所、こうした反応が普段の帰結である。ゲームセンターのときのような反応が珍しいのだ。
そうそう水城とて、みっともない失敗は繰り返さない。そもそも本当に不意でなければ、彼女はいつも冷静と言えるくらいに落ち着いた人間なのである。
突然に苦手なところにでも連れて行かれる事や、彼女以上にマイペースな身内によって、自分のペースを崩されでもしない限りは、だが。
仮にも生徒会長の肩書きを担うだけの度量はあるのである。
とはいえ、時折起こる彼女の慌てっぷりは、失敗時のやるせなさを補って彼らには十二分に面白いのでもあるが。

ち、とつまらなそうに明後日の方向を向いた後、雛坂は遠慮がちに言う。
「んにゃ、遠慮しとくわ。そろそろ梓ちーの鍋出来そうな気配だし」
すると、その途端。
24Whose name is "Wild card"?:2007/02/20(火) 00:08:11 ID:ftGNo0Ha
「あら、良く分かったわね。
……兄さんか姉さん、手伝ってもらえる?」
凛とした梓の声が届く。
応じて立ち上がりかけた水城を、休んでいなよと片手で制し、高槻が炬燵から音もなく抜け出た。
そのまま後ろも見ず、後ずさりながら体の向きを変える。

と。

丁度暖簾を掻き分けようと伸ばした手が、何か弾力あるものに当たった。
「……?」
何事か、と思い高槻は眉をひそめ――気づく。

彼の手の当たった場所――それは、梓の胸元だった。
鍋掴みをつけた両手で鍋を抱えている為に、無防備となった梓のその部位に、故意ではないとはいえ高槻は思い切り手を押し当ててしまったのである。
そのことを目の当たりにして、水城は笑みを消し、絶句。
ぴしり、と体を硬直させ、どうしたらいいのか分からずに赤面しながら意味もなく視線をさまよわせる。
意味も分からずとにかく助けを求めようとして目に留まった存在――即ち雛坂と淵辺の二人は、しかし意地の悪そうな笑みを浮かべているのみ。
彼女がどうしたものかと途方にくれる、この瞬間まで僅かに1秒強。
しかし、水城にとって長く感じたこの時間は、結局当事者たちの台詞によって終わりを告げた。

「おっと……失礼、梓」
「別に構わないわよ。謝るほどの事でもないでしょう?」
高槻と梓。
そのどちらもが、別に何でもないかのように……いや、実際当人たちにとっては気にする事の程でもない事として、顔色一つ変えずに揉め事未満の茶番を締めた。
ふ、と一息つき、梓が炬燵の真中に置いた新聞紙の上に、ふたの隙間から茶色がかった白い泡を漏れさせている鍋を下ろし、高槻に首だけで向き直る。
「じゃあ、兄さんは小皿を持ってきて頂戴。ついでに……、そうね、ガス台の横にある熱燗も出来れば頼みたいところなんだけれど」
了解、と台所に向かった高槻を横目に梓が向き直ってみれば、水城が戸惑い半分呆れ半分の目でじい、と見つめているところだった。

「……別にあの人は私をどうこうする意思も理由もないわよ。
今更姉さんが考えても詮無いでしょ」
何の感慨も込められていない、他人事のような口調。
飛躍してまともに考えられない状態を一気に覚まさせるその態度に、水城ははっとして自分を取り戻す。
すう、はあ、と二回、深呼吸を繰り返し、言う。
「……あのですね、梓。仮にもあなたは年頃の女の子なのですから、もっと恥じらいを持ってください……
相手が薪だとしても、もし何か間違いがあったら……」
「別に私にも十人並みの羞恥心はあるわよ、流石にね。後半については、今しがた言った事がそのまま答え。
そもそも、私のことを知ってる人は私をどうにかしようなどと思わないでしょうし」
一蹴。
額に指を当てながらの、自身の感情を言葉の裏に隠したささやかな抗議はしかし、二人の関係の当事者でないが故の客観視点からの淡々とした口調に遮られる。

「……」
渋い顔をして、溜めた息を強く強く吐き出す水城の傍ら。
野次馬根性丸出しで推移と始終をその眼に収めた二つの影。
そのうちの背の高い一方が、不意にぷるぷると手を振るわせだした。
「……? セーギ?」
雛坂は様子の変わった相方を、どうしたものかと顕微鏡内の観察対象にするが如く注視。
一瞬のち。
25Whose name is "Wild card"?:2007/02/20(火) 00:10:17 ID:ftGNo0Ha
「……た」
「た?」
「た・き・ぎぃぃぃ! テメエばっかりんなおいしいとこ持って行きやがって!!
おおお俺もご相伴にぃぃっ!」

何の脈絡もなく。
いきなり自身の欲望を露にし、炬燵を抜け出て梓に走り向かう。

呆気に取られ、何も出来ぬ雛坂。
未だ注意を梓に向け、何も気づかぬ水城。
台所にいるために、何の音沙汰も分からぬ高槻。
それらを尻目に淵辺の向かう先、梓はしかし、悠然と。
その体に手が届こうと伸ばした、その瞬間――――

ぐるり、と。
淵辺の世界が回った。


雛坂は見る。
淵辺の伸ばした右手を、梓は左手のスナップのみで肩口まで跳ね上げながら体の軸をずらし、左前に向き直る。
そのまま左手首を返し、下腕を。
被せる様に右手で上腕を掴み……、そのまま腰を沈める。
左手を支柱に右手で弧を描けば、どうなるかは明々白々だ。
放物線軌道すら乗らず、先程までの進行方向からやや斜めに、肉塊が飛ぶ。
そして。

「ぐっ……、ほっ……!!」

追加の一撃。
肉塊が上を向いたところで、その水月に右拳がめり込んだ。
わずかな間に体勢を変え、梓は無理矢理に、飛行のベクトルを力ずくで変える。
上から叩き落された鉄槌に従い、肉塊は重力方向に押しつぶされた。


「……危なかったわね」
「……え?」
梓の洩らした一言で、ようやっと自分を取り戻す雛坂。
辺りを見回し、状況を再確認する。
目の前には、莫迦が莫迦をした結果転がる、微動を繰り返す肉塊が一つ。
やや離れたところに、つい今しがた彼女の見惚れていた凛々しい立ち姿。
斜め横を見れば、どうしたものかと困惑を隠さない黒い長髪のハの字眉の雅な影。
そして、いつの間にやら戻ってきて淡々と卓に取り皿を並べるロイド眼鏡。

誰も何も事態解決に繋がるような行動を期待できない面子ばかり。
いや、肉塊以外の三者だけなら放って置いても誰も問題とすらみなさず次のことを進めるのだろうが、生憎雛坂自身はそこまで達観している訳ではない。
なので、とりあえず一歩を踏み出すことにする。
26Whose name is "Wild card"?:2007/02/20(火) 00:10:56 ID:ftGNo0Ha
「……ね、梓ちー。なんでこのアホを叩きのめした君が『危なかったわね』なの?
フツーは君が言われる立場だと思うんだけど」
よく意味を取る事のできなかった一言を疑問と化して、無遠慮かつ無頓着な裁定者に訊いてみる。
と、梓は目を閉じ、無言で脇を指差した。
「鍋がどしたの?」
そこにあったのは、ぐつぐつと煮えたぎる鍋。
ふ、と一息ついた梓は告げる。
「叩きのめすつもりはなかったんだけどね、投げるだけの筈だったんだけど……
あのまま軌道を変更させなければ、まず間違いなく頭からそこに突っ込んでいたわよ、先輩」
「あー……」
つまり、止めの一撃は頭から鍋に突っ込まないよう、配慮を利かせていたということだ。
あの一瞬の内にそんな事を慮ってくれるとは。雛坂は素直に感謝する。
「こいつに代わって礼言っておくわ、あんがとね」
「それほどでも。別に大した事でもないしね」
く、と不敵な笑みを浮かべる梓に、雛坂は親指を立てて応答。

「なに礼なんか言ってんだよ! くぉ……腹が痛ぇ……」
足下から聞こえる苦悶。
それに気づき、表情を無くす雛坂。
が、すぐに極上の笑みを浮かべて口にしたのは、労わりの言葉。
「おー、よしよし。痛かったのね。
じゃあ、お姉さんがいたいのいたいのとんでけー、してあげるから素直についてきてねー」
慈愛に満ち満ちた言葉とは裏腹に、むんずと青筋の浮いた掌でもって淵辺の襟首を掴み、立ち上がる。
さ、と淵辺の顔が、痛みの赤から恐怖の青へと染まる。
「い……いや、なんだミコ? 今のはものの弾みってやつで……」
「だいじょぶでちゅからね〜。何の心配もいらないでちゅよ〜」
既に全身を音叉の様に震わせる淵辺の長身を、その重さを全く感じさせない足取りで廊下に引きずってゆく。
扉の手前で、一言。
「悪いんだけどさ、五分位待っててくれる? ミズキチ」
邪気のない、道化師の笑みで一瞬振り返り、開け放った扉に沈んでぴしゃりと閉める。

後に残された三人は、どこかで鶏が暴れるような音をBGMに、沈黙。
水城は苦笑いに、高槻と梓は無感動に。
水城が一言。
「……ご飯も炊けてますから、持って来ましょうか?」
「……手伝うよ」

二人が台所に入り、一人で梓は猪口を嗜む。
杯をあおり、皮肉気に口端を歪めて曰く。

「茶番よね…… 全く」


宴は続く。騒々しく、しかし静寂の中で。
27Whose name is "Wild card"?:2007/02/20(火) 00:11:48 ID:ftGNo0Ha
「めんごめんごー、んじゃ、迷惑かけたけど早速はじめましょか!」
黒の下に雪の降り積もる、何一つ外の音が聞こえない屋敷に場違いに明るい声が響く。
出て行ったときと同様に、首根っこを掴んで淵辺を引きずってきた雛坂は、部屋の隅に青白い顔をしたそれを捨ておくと、どっかと炬燵に入り込んだ。
高槻は水城と顔を合わせ、はあ、と肩を落とし、水城は水城で苦笑いを返す。
何食わぬ顔で酒を口にしていた当事者の一人、梓は、ここに来てようやく鍋の蓋に手をかけられる状況になったことで、改めて自嘲を浮かべる。
「……ま、大したものでもないけどね」

ぱかり、と相当熱くなっているであろう蓋を素手で持ち上げた先に煮えたぎっていたのは、
「きりたんぽ?」
「一応ね」
雛坂の確認に、自嘲を引っ込めた中庸な笑みで梓は返す。


きりたんぽ。
正確にはきりたんぽ鍋。
秋田県の郷土料理であり、きりたんぽそのものは半ば餅状になるまで潰した米を竹串に巻きつけたものを指す。
今彼らの目の前に有るのは、日本三大鶏として有名な比内鶏の出汁をベースにしょっつるという魚醤で味付けを施した鍋にそのきりたんぽを入れたものである。
作る際のコツとしては、野菜や鶏肉をある程度煮込んだ後にきりたんぽを入れることで、ざっくりとした感触を残したまま食べられる様にすることがあり、これこそ梓の行った“仕上げ”の正体である。
が、煮崩れするくらいに柔らかくなったきりたんぽを愛好する人も多く、好みによって左右されるといえよう。

閑話休題。

各々が取り皿を手に具を入れていく。
そんな和気藹々とした中、素っ頓狂な呟きがひとつ。
「……何コレ?」
雛坂が菜箸で鍋から引っ張り出したのは、肌色のゴムチューブのような代物。
「何と言われても。……ただのモツだけど、それがどうかしたの?」
「え? うわ、気持ち悪っ!!」
ゴムチューブの正体を聞いたとたん、妙な動きで飛び跳ねるように手がぶれ、モツが鍋の中にポチャリと落ち込んだ。
「……あの、もしかして神子さんはこういったものが嫌いなんですか?」
不思議そうに聞いた水城は、鍋から自分と高槻の分を取り分けている。
と、つい今しがた雛坂の落としたモツを、勿体無いですね、と言いながら自分の器へ。
うえ、と洩らしながら、雛坂は、
「いや……食えるの? そんなもん。ゲテモノじゃないの?」
言って、しまったと料理にけちをつけた事に冷や汗を流す。
……当然ながら、梓は全く気にせずに碗を口に運んで汁をすすっている。
代わりの返答は別の場所から飛んで来た。
「結構美味しいよ。少なくとも、僕は下手な牛肉より好きだね」
水城から器を受け取ろうと手を伸ばす高槻だが、直前で、あ、という水城の声に手を止める。
「キンカンがありましたよ、薪。入れておきますね?」
にこりと笑い、黄色い塊をいくつか高槻の器に入れて手渡し。
「有難う。四条は四条で自分の分確保しておきなよ」
穏やかな微笑をたたえながら高槻もそれを受け取るのを見届けて、四条はお玉の上に残ったキンカンを自分の器に入れる。
どちらともなく手元の器の中身を食べ始めた二人は美味そうにモツを頬張っており、雛坂が意識したのは疎外感。

物寂しさを吹き飛ばすため、敢えて無理して鍋の中をかき回し、モツを探し出す。
「……じゃ、じゃあ、私も挑戦してみよっかな。なんちゃって……」
空元気でとりあえず出した言葉に、目の前では三者三様の反応。
「……あの、無理はしなくて良いですよ? 食事は美味しく食べたほうが良いですし」
「とりあえず、食わず嫌いならまず一切れだけ食べてみても良いかもしれないけど……。四条の言うとおり無理する必要ないよ」
「貴方が食べなくても誰かが食べるわよ。それに、貴方が食べないなら単純に私達の分が増えるのだし」
彼女を慮る二つの台詞と身も蓋もない最後の台詞を聞き流し、雛坂はモツを口に運び――咥える。
「……ッ!!」
「み、神子さん!?」
息を詰めた彼女に、水城が心配そうな瞳を向けた、その瞬間。
「……美味いわね、コレ」
ごっ……と、水城は思い切り炬燵に頭をぶつけた。
28Whose name is "Wild card"?:2007/02/20(火) 00:12:39 ID:ftGNo0Ha


「それにしても、さっきの投げは見事だったわね、梓ちー。私もなんか武道やってみようかな」
鍋をつつきながらの雛坂の賞賛。
しかし、応答はあくまでも無感動に。
「別に武道なんてものではないわよ、私のは。
……私のは、ただの暴力。そんなことを言ったら本当の武道家には失礼千万に当たるわよ?
例えば私の曽祖父さんみたいなね」
自嘲する梓。しかし、その表情にはなんら陰湿なものは見当たらなく、軽い冗句の様な物だろう。
不意に出てきた曽祖父という代名詞に、水城は昔を思い出す。

いつの頃からかは分からないが、梓は気がついたら曽祖父からそういった武術……梓から言わせれば喧嘩の方法を習っていた。
曽祖父は剣術と日本拳法、合気道の心得があり、それ故にそれらを学んだ梓はお世辞抜きに強いといえる。
更にはそれだけに飽き足らず、様々な格闘術や獲物の扱い方を齧ったらしいが、今のところそれを見た機会は水城にはあまりない。
数少ないその片鱗を垣間見る事ができたのは2年前、コンビニに入った強盗3人組を、当時中学1年生だった梓は苦もなく鎮圧してみせたことがあった。
水城の記憶からは、高槻の後ろにすがり付きながらそっと前を覗いた際、さも何でもないとばかりに奪い取った包丁を無造作に投げ捨てる梓と這いつくばる惨めな3人組が未だに消え去ってくれない。
一応、護身程度に水城も合気道を覚えさせられはしたが、梓には到底敵いそうもないと思っているし、実際に足下にも及ばないだろう。

「はあ……」
「どうしたの? 四条」
「いえ……何でもないですよ、ええ」
まさか妹の将来が不安だとはいえない。例え彼女の兄の様な立ち位置の高槻にも。
何でもないかのようにまぶたを伏せ、いつも通りの笑みを浮かべる水城。
既に落ち着き払った様子でいる彼女を高槻は見つめると、はあ、と一仕事を終える直前の表情で告げる。
「……まあ、どうにもならないことはあるからさ」
水城は一瞬きょとん、と動きを止め、苦笑いをして高槻と顔を見合わせた。



「そう言えば四条、家の手伝いは?」
高槻がそう問うたのは、はや八時も過ぎた頃合。
既に鍋も食べつくし、雛坂らが頼んだデリバリーや水城の料理を前に飲んだり食べたり、本を読んだりゲームをしたりと思い思いに過ごしている時間の事だった。
「いや、今更なんだけどさ、年末だしね。何だかんだと入り用があるんじゃないのかな」
質問の対象となった水城は、左頬にトマトソースの付いているのに気づかずにピザを頬張っている。
よくよく口を動かし、ごくりと飲み込んでから口の周りをティッシュでぬぐうが、頬に付いた赤い塊には届いていない。
「ああ、それは一応大丈夫ですよ。跡継ぎ扱いされているとはいえ、私はまだまだ未熟ですからね。
午前中には多少の手伝いもありましたけど、それも今日店に出す分だけですし。
お得意様への品は未だにお父さんが任せてくれないんですよ。ああいう性格ですからね……」
くすり、と微笑む水城に、そうなんだと頷きながら、高槻は右手にティッシュを持って水城の顔へそれを近づける。
「四条、ソース付いてる」
「え?」
問い返すと同時、高槻が頬にティッシュを擦り付けた。
拭い終え、ティッシュに付いた赤い染みと水城の頬を見比べるとうん、と頷いて口元を緩める。
「オーケー、取れたよ」
そう言われた直後。
水城は顔を赤く染めて俯いた。長い髪が垂れ下がり、表情を隠す。
29Whose name is "Wild card"?:2007/02/20(火) 00:13:19 ID:ftGNo0Ha

高槻はといえば、仕事は終わったとばかりに既に食事に戻っていた。
気づいているのか、いないのか。
水城のほうには眼もくれず、彼女の反対側でビールを一気飲みしている淵辺と、気づかれないようにその脇の下に伸ばした手を妙な動きで近づけている雛坂という、既に出来上がった二人組みをテレビでも見るかのように眺めている。

ほっと一息つくと、水城は目の前にあったグラスに手を伸ばして一息にあおり――
「あ、姉さん、それ……」
飲み干した。
と、その途端。

「……え?」
くるり。
目の前が歪む。
同時、先程までとは比較にならないほどの血液が顔に上がってきた事を自覚。
平衡感覚を失い、座布団の上に背を伸ばして座っていたはずなのに、なぜか炬燵にうつ伏せになっている。

「……間に合わなかったか」
遠い近くから聞きなれた他人の声が聞こえる。
「梓。もしかして四条……」
「……よりにもよって、泡盛なんか注いでおくんじゃなかったわね。
初めて飲む酒が40度越えてればこうなるってことか……」
ぐい、と腰の辺りを掴まれた様な気がした。
しかし、もはや触感すらよく分からない。
「あれぇ、そら、とんでますねえ。……のわりにはおもうよーにうごきませんよー?」
目の前がぐらぐらと動き、視界に自分の足と、視界を塞ぐ自身の髪が入ってくる。
どうやら腰元を掴んで抱きかかえられているようだが、それすら判断できる状況にない。
何となくどことなく体が楽になって行き……考える事すらどうでも良くなった。


「……寝かせてくるわ。悪いけど、御二方は適当にくつろいでいて頂戴」
「あいよー……」
「おー、分かったぜ……」
片手で姉を脇に抱きかかえた梓が見てみるまでもなく、雛坂と淵辺の二人は役に立ちそうにもない。頼りになりはしないだろう。
そしてそれ以前に、この二人より四条家に近しい立場にいる人物もいる。
彼女が言伝を頼むのは、

「……兄さん」
「……はあ。分かってるよ。何をすれば良いかな?」
今日何度目になるか分からない溜息をつき、丸眼鏡の少年は立ち上がる。
本来ならば片付けやら何やら、水城がすべきであったであろう事をする為に。
根っからの苦労人を一瞥すると、凛々しさを湛える少女はまずは問う。
「兄さん家は? 今日遅くなっても……下手したら泊まっていっても大丈夫?」
「一応それは心配ないと思うけどね。
母さん一人にさせてしまうけど、たしかあの人もどっかの忘年会行くって言っていたし」
問題ないことへの確認を取り、梓は頷いて指示を重ねる。
「……了解。じゃ、まず店のほうに行って姉さんが潰れた事を伝えて頂戴。そして――――」




30Whose name is "Wild card"?:2007/02/20(火) 00:13:51 ID:ftGNo0Ha


風を斬る音が聞こえる。
次いで、高槻の耳に入ったのは、とん、と言う小さく、しかし響く音。
しばし沈黙、そして僅かな街の音。
再度、風斬音。
とん、と何かを通し抜く音が届き、半ば現より乖離していた高槻の意識は覚醒に向かう。

冬の寒さは例外なく体を浸し、故に布団から出ようとしない体をどうにかして引きずり出して、張ったままどうにか片方だけ障子を開ける。
途端、薄暗い畳部屋に眩いばかりの白光が差し込む。
しぱしぱと目を瞬かせながら、どこに置いたか、どうやって見つけたのかもうろ覚えなまま眼鏡を目の前に持ってきた頃になり、ようやく頭がはっきりとしてきた。

ここは四条家の客間。
畳張りの八畳程度の部屋であり、そこの真中にひかれた羽毛布団から這い出してきた高槻は、障子を開けた瞬間、一面の雪に照り返された朝日に目を刺されていたのだ。
何とはなしに空を見上げてみれば、遥か遠く、どこまでもが蒼の一色。

寝ている間に止んだのであろう雪は、視界に入るだけで痛いほどの光を反射している。
だから、視界を下ろす気になれない高槻は、しばしそのまま空を眺める。
吸い込まれそうだ、と言う思考がとめどなく脳内を駆け巡る中、彼を朝の世界に呼び込んだ原因となる音――風を斬るそれが、ひゅう、と届く。
意識をそちらに向ければ、視界の外れには彼の良く見知った立ち姿。

外は寒い。
今の格好、即ちどてらに作務衣だけではまず体が冷えるだろう。
高槻は手早く寝巻き代わりを脱ぎ捨て、部屋の隅に置いておいた普段着――カーキ色の綿パンにワイシャツ、紫紺のベストの上に、青いフライトジャケットを羽織る。
勿論厚手の靴下も忘れない。
「――――よし、と」
誰にともなく呟くと、障子を抜け、縁側でサンダルを引っ掛ける。
とんとん、と足先を軽く地面に打ちつけ、新雪に一歩一歩、跡をつけながら視界に写る長い髪の少女の下へと歩んでいった。


31Whose name is "Wild card"?:2007/02/20(火) 00:14:23 ID:ftGNo0Ha


射法八節、貫き通すは近的二十八米。

足踏み、胴造り、弓構え。
静寂の内に、時計りの歯車が如くゆらりとしっかりと、己が姿形を確定する。
その花は凛々しく、雪に埋め尽くされる早朝の庭園においてもなお冷気を周囲に纏う。
彼女の羽織るは飾り気の無い作務衣一枚、地下足袋一足。
明らかに防寒の意図の無い服に包まれながらも、その表情は常の通り。

音も無く彼女は七尺三寸のグラスファイバー、雪の反射光に黒く鈍く輝く弓を打ち起こす。
流れるが如く、ぎ、と弦を鳴らしながら、引分けに繋ぎ、会。
射る直前のまさにその姿勢のまま、動きを止める。
実に十九kgの弓力を事も無げにそこまで持っていくも、汗一つ、震え一つとして彼女の均整を崩すものは無い。

静寂。
風が、普通に過ごしていれば気づかないほどに、しかし、確固として吹き抜ける。
蒼く白く、まるで一枚の写真の様な絵姿がそこには存在していた。

均衡は、不意によって破られた。
そよ風が止む、その瞬間。
庭園に立っていた一本の針葉樹が、心細い風の支えを失った事により上に積もらせていた雪塊を止め置けず、下に落とす。
どさりというその音より僅か前――、即ち風の止まるその前後。
弦との間に矢を挟みこんだ右人差し指を、弾く様に。
的を半月に割る弓を握り込んだ左手を、捻る様に。

――――離れ。射る。

最早束縛を失った矢は、躊躇い無く心中を射抜く。
と、の一音。
土塀の前の盛土に括り付けた黒と白の二重円は、その真芯から2cmも離れていない部位に通算12本目の串刺し傷を作り出していた。

残心。
揺れる弦に同調するかのごとく再度吹き出した風は強く、腰まで伸びた彼女の黒髪をなびかせる。

「……」
目を閉じて、軽く鼻息のみで白いもやを彼女は作り出し、しかしそれ以上の動作を起こさない。
何の気なしに今しがた雪の崩れ落ちた松の方を見やり、そのまま矢筒に手を伸ばす。
――と。

ぱち、ぱち、ぱちと、囲炉裏で栗の爆ぜるに似た音。
その発生源である母屋の方向を彼女――四条 梓が見据えてみれば。

「――――あら、兄さん」

時代はずれなロイド眼鏡にフライトジャケット。
生真面目にも真中から分けた黒髪に童顔の少年、高槻 薪がそこにいた。
32Whose name is "Wild card"?:2007/02/20(火) 00:15:19 ID:ftGNo0Ha

「ナイスショット……は違うか。とりあえずはお見事ってところかな。おはよう、梓」
穏やかな笑みを僅かに浮かべ、一歩二歩と高槻が近寄ってくる。
「こんなものを見事なんて行ったら本当に上手い人に失礼よ。私のは弓道とはとても呼べないしね」
く、と自嘲を浮かべ、梓は視線はそのままに体を動かし向き直す。
はあ、と息をついて呆れ顔の高槻。
「……僕が見る限り、十分すぎるほど君の技術は高いと思うよ。もったいないな」
「……技術ではなくて精神面なのよね、問題は。
私の場合は自分を鍛えるなんて崇高な目的でこういう事に手を出してるわけではないし、だからこそこんな事を武道と呼んで欲しくないってだけ」
自嘲を当たり障りのない笑みに変え、梓は告げた。
その言葉の真意を問うつもりがないのか、はたまたそれを知っているのか。
高槻は頓着せずに話題を変える。

「四条や雛坂たちは?」
「あの御二方なら今朝早くに雛坂女史が動かない淵辺氏を担いで出て行ったところ。ちなみに原因は二日酔い。
姉さんもさっきまで二日酔いで頭が痛いとか言っていたわね。
……我が姉ながら貧弱なものだわ。
ま、今日は元旦だしもう厨房でおせちでも作っているはずだけど。
……っと」
軽く頭を小突きながらそこまで言って、梓は何かに気づいたように――いや、まさしく気付いた為に言葉を切る。
「言い忘れてたわね。――2001年、あけましておめでとう、兄さん」
「うん、あけましておめでとう、梓」
返す挨拶とともに、高槻は梓をじっと見つめる。

「……どうしたの、兄さん」
「いや……」
一瞬脇をちらりと見て口篭るも、高槻の視線の先には雪にまみれた石灯籠しかない。
はあ、と呆れとも感嘆ともつかない息を出して、曰く。
「……何で君はあれほど飲んでいたのに二日酔いになっていないのかなってね。
……10本は開けていたよね」
「体質と慣れでしょうね」
身も蓋もない言動で梓は対応。
「……いや、それはそうだろうけどさ」
頭をかいて視線をそらす高槻に、梓は一言。
33Whose name is "Wild card"?:2007/02/20(火) 00:15:51 ID:ftGNo0Ha

「……何にせよ、あまり私や他の人をじろじろと見るのはやめておいたほうが良いわよ。
後々恨みを買いたくないし。
まあ、あの人の場合は自分を責める方向のほうが大きいでしょうけど」
と、実にぞんざいに投げかけられる独り言じみたその言葉。
「……? どういう意味?」
その受取人たる高槻の台詞は、それに相応しく鈍感人間の典型例で返された。

雛坂ならここで呆れるだろう。
淵辺ならにやにやと野次馬じみた笑みを浮かべるだろう。
水城ならほっと胸をなでおろすのを隠し、いつもの通りに穏やかな微笑とともに話題を変えるだろう。
しかし、目の前の彼女の妹――梓は。

「……そ。ま、それなら別にいいけどね」
たった一言そう告げて、そのまま視線を高槻の後ろにそらす。
その表情は何の感慨も浮かんでいないが、真顔というにも程遠く、諦観の様子を含んでいた。

――と、高槻の後ろから彼を呼ぶ声が聞こえてくる。
見れば母屋の縁側にて、水城が柱に片手を着いて高槻の名前を繰り返している。
ご飯の前に初詣に行きませんか、と、そういう趣旨の問いかけに、高槻は口だけで笑いをこぼして軽く頷く。
「あったかい甘酒でも貰ってこようか?」
そう聞いてきた高槻は、自分の服を指差して梓を見る。
彼女の服装はほぼ1枚しか着ていないのと同じだ。体も冷えているだろうとの高槻の気遣いである。
素直に頷いてもいいが、それでは面白くない。何事にも余裕は必須である。
く、と不敵な笑みを浮かべ、梓は体と視線を高槻から的のほうに向ける。
「……そうね。じゃあ、いっその事冷え過ぎるほど冷えたフローズン・ダイキリを貰ってきて頂戴。
勿論砂糖抜きでね」
後姿で彼女が頼んだのは、運動後は有難いあるカクテル。かの文豪の愛した飲料はしかし、神社などにあるはずもない。
ジョークは冗句として、最早顔を見せない彼女を振り向きもせず、水城のほうへと歩を進めながら高槻は相応の余裕で返す。
「……了解、あったら真っ先に持って来ることにするよ。ライムも抜いて、冷たいラム酒の代わりに温かい甘酒でもいいかな」
後ろからは含み笑いが聞こえ、僅かにそれが止まった後に、送る言葉が投げかけられる。
「……ええ、勿論。じゃ、二人で行ってらっしゃい」
そのまま振り返りもせず高槻は水城の下へ向かい――しかし、一瞬立ち止まる。
それは、言い忘れていた事を告げるため。

「あ、そうそう、梓」
気まずそうな今更の事というニュアンスではあるが、告げられた事は新しい年に相応しい祝辞だった。
「うちの学校、推薦合格おめでとう」
34Whose name is "Wild card"?:2007/02/20(火) 00:16:32 ID:ftGNo0Ha






風斬音が庭園に響く。
が、それは先程までとはまた違う種類――鋭い音と、的に突き刺さる音の2つの組み合わせではなく、力強い単音である。
とはいえ、音の主は代わらない。
梓が竹刀を振るっている。得物を弓から竹刀に取り替えただけだ。
幾度も幾度も、上段という特殊な型から振り下ろされるそれは、毎回同じ道程を辿って止まる。
地面から僅かに上。大地に叩き付けないぎりぎりの位置に、時計の正確さで振り子のように竹刀を振るう。

一度。
二度。
三度。

不意に梓は動きを止め、家の門のほうを――――数分前に彼女の姉と兄がくぐった方向を見やり、一言。

「――――いつまで続けるつもりかしらね」
35 ◆tx0dziA202 :2007/02/20(火) 00:17:12 ID:ftGNo0Ha
以上です。
これでやっとメイン全員揃いました……
揃いも揃って後ろ向きな人間ばかりですが、お付き合いください。
たぶん次回は過去話で。

とりあえずキャラも増えたので、次回投稿したときは人物紹介とかあったほうがいいでしょうか。
36名無しさん@ピンキー:2007/02/20(火) 00:46:38 ID:pSegldgA
GJです! 待ってましたよ!
梓がどう絡んでくるかが楽しみです。個人的には水城よりも好みですなぁ。

人物紹介は、この後どのくらいのペースで投下するかによると思いますー。
もしやるにしても、簡単なもので良いと思いますよー。
では続きを楽しみにしてますです!
37名無しさん@ピンキー:2007/02/20(火) 06:49:20 ID:8SjB7kYi
最近スレ動かんなーとか思ってて500kbに今気付いた俺がいるorz
職人様11スレ目でもよろしゅうたのんます。
38前スレ580:2007/02/20(火) 23:19:47 ID:IYZ2JRB5
本当は事故に遭う事より、遥かになんでもないはずの答なのに、ただ俺が嫌われるだけなのに。

俺はそれを最悪の答としてしまう。

だが、多分いやほぼ絶対、昨日のことが理由だ。
則ち彼女は悩んでいた。
そして悩みの相談相手に俺を選んだ。
でいざ相談しようとしても、内容は彼女には言いにくいものだったんだろう。
なのに頑張って言ってくれた。
最初の一言から察するに恋愛関係の事だと思う。
が俺が逃げた。

本当に葵のことが大事なら話を聞いてやるべきだ。そして、そこからしかるべき答を出してあげるか一緒に悩むものだ。

でも俺は逃げた。

こちらの言葉に慌てようと、待ってやるべきだろう。
だけど、その相談を聞きたくない俺は、その隙を使って茶化した。
茶化し続けて、言い出す暇も無くさせ追い帰した。
本当に最悪な男だ。

そして悩みの持って行き口がなくなってしまった。葵は今もどこかで悩んでいるのだろう。
探しに行くべきだと思う。でも行けない。
探しに行っても見つけられないかもしれない。
もし見つけられても、また葵を傷つけるかもしれない。
39優し過ぎる想い:2007/02/20(火) 23:21:24 ID:IYZ2JRB5
それに葵はもう俺に会いたくないかもしれない。俺は行けない・・・

逃げだと言われたらそれまでだけど。


そのまま逃げて一日を終えようとしたときだ。
葵の家の叔父さんから、電話がかかって来たのは。

「はい、もしもし。岩松ですが」
電話を取ると切迫した感じの葵のお父さんの声がした。
「あ〜寮太君かい?安井だ」
「はい、寮太です。叔父さんどうしました?」
俺はイヤな予感を覚えた。
「葵がそちらにお邪魔してないか?まだ帰ってこないんだが。」
「え?まだ帰って来てないんですか?うちには来てないです。」
「そうか、ありがとう。夜分失礼したね。」
俺の責任だ。100%間違いなく。俺が探して見つけなくちゃ行けない。そんな自己満足な衝動に駆られた俺はこんな事を言っていた。
「おじさん、僕も探します。いや捜させてください。」
「しかしもう遅いし、「お願いします。」わかった。頼んだよ。」
無理矢理許しをもらった。
でもまだ帰ってないなんて。
何も起きていない事を祈る。
何も起きていなければ、いる所の見当はついている。
よし行こう。
俺はコートを羽織り全速力で走った。
まず学校・・・
40優し過ぎる想い:2007/02/20(火) 23:22:04 ID:IYZ2JRB5
いないな、次は葵と俺が昔よく行った、公園。

いない。
胸が痛くなってきた。
大丈夫、たいしたことない。
そう体に言い聞かせ、葵がいるところを探す。

走りながら考える。今の葵が行きたいところ。悩んでる子が行きたいところ。

神頼み?

神って事は神社?
うちの町内には八幡宮というそれなりに大きな神社がある。そこで遊んだりした記憶もある。
多分そこだ。

胸が痛い、体が休めと伝えてくる。
今にもへたりこみそうになる。
頑張れ、俺の体、葵さえ見つけれれば倒れてもいいから。

よし、行こう。

ここから神社は結構ある。全速力で15分はかかるだろう。この胸の痛みがある中でそんな事をしたらどうなるかわからない。

でも早く行かなければいけないという一念が俺を動かす。
早く行って葵に会って謝らなきゃ。そして相談でもなんでも受けてやろう。それが男だ。それがするべき事だ。
そう考えて、俺は更に早く走った。

心臓が痛い、肺が痛い。全身が休めと伝えてくる。でもこれは俺への罰だ。
そう考えてシカトする。
41名無しさん@ピンキー:2007/02/20(火) 23:22:46 ID:Th3739qQ
↑あら、俺と同じだw
42優し過ぎる想い:2007/02/20(火) 23:22:51 ID:IYZ2JRB5
やっと八幡についた。
葵は?

いた。

こっちを見て驚いている。苦労かけさせやがって。
息を吸い込み大声を出した。
「葵〜、こっち来いよ〜。もう見つけてんだ、逃がさねぇぞ〜。」
「今そっち行くよ。」
葵が小走りでこっちに来る。
「寮君ごめんなさい。」
いきなり葵が謝ってきたことに戸惑いを覚えつつ問い返す。
「なんで葵が謝るんだ?」
「だって。学校サボっちゃったし、夜遅くまで帰らなかったし。今も寮君にこんなに迷惑かけちゃったし。それにねぇ遼君大丈夫?」
「そんなことなら大丈夫だよ。学校なんてサボるためにあるんだし、俺に迷惑なんていくらかけてもいーの。そもそも今回は俺が主原因みたいなものなんだから。俺は全く問題ないぞ。」
最後の問いには虚勢を張った。
「な、なんで遼君のせいなの?」
「ほら、なんか昨日俺に相談しようとしただろ。でも俺が茶化して言わせなかった。だからこんな事したんだろ。
本当にごめん。」
俺は言いたい事、そしてするべき事をすることができた。
43優し過ぎる想い:2007/02/20(火) 23:23:52 ID:IYZ2JRB5
「なんで遼君が謝るの?
私が悪いのに?
勝手に遼君に告白しようとして。
遼君に好きな人いる?
って聞いて、それに予想外の答が帰ってきたから、勝手に慌てて、揚句の果てに逃げただけなのに?
ねぇ、なんで?
悪いのは私なのに?」

俺は葵の言い出した一文に気を取られてほかの部分を全く聞いてなかった。
頭の中が真っ白になった俺が出せたのは
「あ、葵が、俺の事好きって本当?信じてもいいの?」
こんな答だった。
葵もそれを聞かれてから初めて気付いたらしく、一気に顔を赤くしていった。


「本当だよ。信じていいんだよ。」
そして聞かされたのはこの一言だった。

本当に本能的に、葵を抱きしめてしまった。
葵の体はとっても暖かくて小さかった、あと言うべき事はただ一言だ。
今なら言える。

「俺も・・・葵の事が大好きだ!」

言えた。

「ねぇ、キスしようか?」
葵はおずおずとそんな事を口にして目を閉じた。
そして俺は葵の柔かそうな唇に自分の唇を重ねた。
44前スレ580:2007/02/20(火) 23:27:45 ID:IYZ2JRB5
葵×遼太続き投下します。

一応後編に続きます。
遼君倒れます。

お目汚しだと思いますが読んでいただけると有り難いです。
45名無しさん@ピンキー:2007/02/21(水) 00:08:19 ID:xtdzRRLE
GJ! おつかれさんです!
何だか遼太に死亡フラグが立ってる気が……。何とか生き残って欲しいです。
46名無しさん@ピンキー:2007/02/21(水) 00:13:27 ID:/ydnpdVO
>>35
久しぶりでも構わない!
相変わらず文章が綺麗だ
そして梓が可愛い(*´д`)
続き、wktkして待ってます

>>44
また、一段とレベルアップしてる
読んでいて、気持ち良いぐらいだ
早く後編キボン
47名無しさん@ピンキー:2007/02/21(水) 00:20:13 ID:Zr5NW2R7
おつかれさまです!
続きが気になります。

とういうか、間に下らんレス入れちゃって申し訳ありませんでした><
ちゃんとリロードしてたはずなんですけど・・・・orz
48Sunday:2007/02/23(金) 03:23:54 ID:Ilma5XBC

『……』
 時刻は四時を回っていた。仕事を引き継ぎ終えてから、急いで待ち合わせの場所に来ては
みたものの。当然ながら、待ち合わせていた場所には誰もいなかった。雨脚は相変わらず
傍を歩いている。だけどそれが理由にならないことくらい分かっている。予定していたことが、
上手くいかずに終わってしまうなんてことは、別にクソ珍しくも無いことだ。
 よくある話で、それだけの話。もう、いつものことだ。
『はぁ……あー…』
 ひねくれて斜めに傾いてしまった自分自身と、意地っ張りで強情っ張りな彼女の性格を
考えれば、そんな二人が幼なじみとしてじゃなく恋人として付き合うなら、いつかはこんな
ことになるんじゃないだろうかとは思っていた。だけど実際には、想像していた以上に
上手くいかないことばかりだった。
 フッと短く息を吐くと、だらけた姿勢のまま帰路につき始める。終わったことをいちいち
掘り返すのはあまり好きじゃないが、沸いて出てくるのは後ろ向きな考えばかりだった。
現実なら漫画や小説みたいなことが起こらないと、決まった話でもない。むしろそうで
あってくれたならどれだけマシなことか。

ピッ

 三時間ほど前の発信履歴をなぞって、彼女の携帯番号を液晶画面に映し出す。特に何も
考えることも無いまま、発信ボタンをプッシュした。
 無機質に鳴り始めるコール音を聞いても、苛立ちすら募らない。問題ない、どうせ本人には
繋がらない。

ガチャ

「留守番サービスセンターに、接続します」
 案の定の機会じみた声。別に落ち込む話でもない。彼女の性格と前に交わした会話を
思い起こせば、すぐに分かることだ。

 あいつはもちろんだが、俺だって悪くない。悪かったのはタイミングだ。楽しみにしてた
みたいだから、今は酷く落ち込んでいるだろうが、しばらく時間を置けばきっと分かって
くれるはずだ。
 そう思い込みながら、携帯電話に耳を傾ける。
『ピーッという発信音の後に、メッセージをどうぞ』

ピーッ

『あぁ……俺だ』
 俺だって今のままでいいと思ってるわけじゃない。俺だって、お前のことが好きだから、
だから何とかしたいと思ったんだぞ。
 まぁ、分かんねえわな。浮気されて、デートすっぽかされて、分かる方が凄いわな。

『―――――』
 雨はもう随分と前に止んでしまっていて、少しだけオレンジ掛かった空が、雲の隙間から
見え隠れしていた。地面に敷き詰められたタイルは、大体の部分が乾き始めている。
 折りたたんだ傘の先で何度も地面を突きながら、その音で誤魔化すように、彼は小さく
言葉を吐き出す。
『――――――――――――――――』
 言いたいことはたくさんあったけど、今更言える話でもなかった。信じてもらえない話を
したって、余計に腹立たせるだけだ。

ピッ

 続けて二言三言吹き込むと、鼻から息を吐いて携帯を折りたたみポケットへ仕舞い込む。
本当は言いたくないことだったけれど、そうでもしないとこれからもすれ違っていくだろう
から。それを防ぎたかったという意味合いと、もし最悪の事態になった時に己に降りかかって
くるダメージを、少しでも軽減したくてメッセージを吹き込んだのだった。
 
49Sunday:2007/02/23(金) 03:25:50 ID:Ilma5XBC
 
 考える時間と一人になる時間が、欲しかった。
 そして彼女に、今までの関係と今の関係が、似ていて実はまるで違っているということに
気付いて欲しかった。

『くぁ……』
 出勤したのが早朝だったから、仕事を終えた安堵感も手伝ってあくびが漏れる。すると、
途端に睡魔に襲われだす。中途半端な時間だけど、帰ったら一旦横になることにしよう。
どうせ今日はもう、何の予定もない。あったはずだけど、もう何もない。

 こんな想いしたくて、あいつを好きになったわけじゃないのにな。いなくなって初めて
気付いて、ずっと傍にいて欲しいと思ったから好きになったっつーのに。一体どういうこと
なんだろうなぁ。ったく、どうすりゃいいのやら。
 
 そう考え込んでしまう自分が煩(わずら)わしく煩(うるさ)く思えてしまって。
 こういう気分な時はアレに頼るのが一番なのだが、一応彼女と付き合っている今は、
そうするわけにはいかなかった。それがまた、鬱屈した気分に拍車をかけるのだった。
 
 歯の奥に挟まったヤニの味を舌先でほじくりながら、右親指で、ライターをつける時の
ような空仕草を繰り返す。
 今更になって晴れ間を覗かせる空模様が今の自分の気持ちとまるっきり正反対で、それが
無性に腹立たしくて。いつまで経っても溜息は止まらず、項垂れたままなのだった――――





「ふーん」
 全てを打ち明け一息つくと同時に、そんなつっけんどんな返事を返される。
「ねぇ真由、どうなのかな…」
 目の前の友人に微妙な反応を返され、ひどく心細くなってしまいながらも、紗枝は
助けを求め続ける。
「どっちが悪いって話じゃないんじゃない。あえて言うのなら、間が悪かったって話だと
思うけど」
 店も同じ、時間帯も同じ、服装も学校の制服のままと前回とあまり差異はないものの、
その場にいるのは紗枝と、彼女の一番の親友である真由の二人だけだった。

 この前は、何人もの友人に同時に助けを求めたのがいけなかった。自分一人では気付け
なかった良いアドバイスは貰えたけれど、あんなに弄られまわっては身がもたない。だから
今日は、親友一人だけにこの前の雨の日での出来事と、その後彼が留守電に入れてきていた
メッセージの内容を打ち明けたのだ。

「それは分かってるんだけどね…」
「まあ気持ちは分かるけど。楽しみにしてたなら、そう言いたくなるのも仕方ないわね」
 折れそうになる気持ちを必死に繋ぎとめてくれる、それでいて自分の気持ちとその時の
彼の気持ちを推し量ってくれるその言葉が、本当にありがたかった。

『あぁ……俺だ』

 デートをすっぽかされた(厳密には違うが)のは、もう一昨日の話になる。
 深夜になって留守電を聞いたら、案の定吹き込まれていた崇兄の声。聞くつもりなんて
無かったけれど、それでも耳を傾けてしまったのは、やっぱり言うまでもない話で。だけど、
そこに吹き込まれていたメッセージは、予測すら出来ないないような内容だった。
50Sunday:2007/02/23(金) 03:27:13 ID:Ilma5XBC


『もう……考え直すか?』


 目を閉じて聞いていたけど、そう言われた瞬間思わず開いてしまっていて。持っていた
手も、大きく震えてしまっていた。

『……少なくとも、しばらく会わない方がいいかもしんねぇな。ちょっと時間が必要だろ…お互いに』

 それだけ言うと、そこで伝言は途切れる。きっと謝ってくるだろうと思っていただけに、
あまりにも飛躍した内容に、頭の中がぐらりと揺れた。ベッドに寝そべったまま、口元を
掛け布団で隠したまま、その体勢から動けなくなってしまった。

 今まで、そんな弱気な台詞を聞いたことなんて無かった。いつも余裕ぶってて口調は
乱暴で、気持ちは分かってくれることはあってもそれを気遣ってくれることなんてほとんど
無かった。
 だけどそんな崇兄が初めて見せた、ひどく寂しく悲しそうな言葉。
 お互いの関係を改めて考え直すように言われて、ショックを受けなかったわけじゃない。
けれど、それ以上にそんな態度が頭に引っかかった。

 崇兄とは中学や高校を同じ時期に通えなかったくらいに年が離れていたから、どれだけ
辛いことがあっても、泣き言や愚痴を漏らしてこなかったし、滅多なことでは落ち込んだ
様子も見せなかった。そんな様子を見たのは、何年か前のバレンタインデーの時くらいだった。
 彼の両親が離婚したことでさえ自分の親から聞いたことだったし、その詳細を聞きに
行った時でさえ、黙り込むどころか逆に離れてしまうことにショックを受けていた自分を
慰めようと、やんわり微笑みかけながら優しく頭を撫で続けてくれたのだ。

 だから、困惑が止まらず走り続けた。以前の崇兄なら、あんなこと言ってこなかったのに。

 紗枝の中で崇兄の立ち位置はずっと変わってない。親が親であること、友人が友人で
あることを誰もが当たり前のように受け入れるのと同様に、彼女にとって彼は「いちばん
大好きな人」なのだ。幼なじみで兄みたいな人だったっていうのも確かだけど、それ以上に
その意味合いがずっとずっと強いのだ。
 いくら失望するようなことをされても、自分の年齢と同じだけの気持ちを捨て去ることが
出来ないのは、付き合う経緯を思い起こせば明白なこと。それが、本来打たれ弱い彼女が
唯一築くことの出来た、確固な想いだった。

 問いかけられた問いに、答えが出なくて真由に助けを求めたわけじゃなかった。答えなら、
考えるまでも無くはじき出せているのだから。知りたかったのは、今までずっと一緒に
育ってきた彼の唐突な変化の理由だった。一人で考えてもみたけれど、ここのところ上手く
いってないことばかりだったせいか、湧き上がってくるのは不安な内容ばっかりで。

 もしかしたら、崇兄に飽きられちゃったのかな。

 あたし、もういらないのかな。必要とされてないのかな。

 本当は別れを切り出したかったけれど、だけどそれを包み隠した形にしたからああいう
ことを言ってきたのかな。

 ずっと妹扱いされてきたから、本心を打ち明けてくれたことなんてほとんど無い。
だから性格や行動パターンは分かっていても、その時その時で彼が何を考えているのかは、
彼女には分からなかった。思考が、後ろを向かざるを得なかった。
 
「やっぱり…謝ったほうがいいのかな」
「そこまで折れることは無いんじゃない、すっぽかされたのは事実なんだし。『気にしてない』
って言えば良い程度でしょ」
「うーん……」
 
51Sunday:2007/02/23(金) 03:29:14 ID:Ilma5XBC

 あの時、怒らずに待っていた方が良かったんだろうけど。だけど楽しみにしていた分、
いつ来てくれるか分からない状況になってしまったのは我慢できなかった。落ち着いた
今なら、崇兄のせいじゃないって分かっているけど、気持ちを抑えこむことがどうしても
できなかった。

「まあでも」
 すると、これまで聞き役に回っていた真由が、初めて自分から口を開く。

「この前と質問内容とあまり変化がない気がするけど」

「……え」
 それは紗枝からすれば、想像すらしていなかった台詞だった。
「だってそうでしょ? 結局原因が変わってないように見えるし」
「原因…」
 言われてから自分の頭の中を探ってみる。

 そういえば、この前友人四人で話を進めていた時に、一つ指摘されていたことがあった。
話を聞いた限りでは、恋人同士の割りにそれらしい密な時間を過ごしている機会があまり
にも少なすぎると。それじゃあ立場が変わっただけで他は何も変わってないと、贔屓目に
見ても彼が可哀想だと、あの時散々言われたのだった。

「それって……やっぱりあたしが悪いってことなの…かな?」
「どっちが悪いとかそういうことじゃなくて。あれが原因って決まったわけじゃないけど、
どうせまだお兄さんにそのこと聞いてないんでしょ? 怒って途中で電話切るくらいだし」
「う゛…」
 鋭い意見にどもる言葉。なんでこう、いつもいつも行動パターンをばっちり読まれて
しまうのか。自分で自分の性格を恨みたくなる。
「でも、それが理由だって決まったわけじゃないし」
「そうかしら」
「…?」

「私には、それ以外考えられないと思うけど」

 ふいと正面から視線を外して涼しげな表情を携えたままの彼女の言葉に、紗枝は思わず
平静さを失ってしまう。
「なっ、なんで真由にそんなことが分かるの!?」
 カーッと頭に血が上って、親友に対して珍しく怒りを露わにしてしまうのだった。
 納得できなかった。崇兄とは幼なじみだし、今では(一応)付き合っているし、自分の方が
彼のことをいっぱいいっぱい知ってるはずなのに。それなのに、彼女が自分の知らない
崇兄の表情を知っているように思えてしまって、強い嫉妬心を覚えてしまう。
「だって、知ってるもの」
「……何を?」
 しかもその印象は、ばっちりしっかり当たってしまっていたようで。余裕綽々といった
雰囲気を崩さない親友に、不満を抱えてしまう。
 それでもその詳しい内容を聞きたがってしまうのは、やっぱり紗枝自身も崇兄との関係を
一刻も早く修復したいと願っているからに他ならなかった。

「あなたの知らないお兄さんの顔」

「っ…!」
 目の前の親友は、頬杖をつきながらにっこりと笑みを浮かべる。
「それも、あなたじゃ絶対見られない表情をね」
「なっ…っ…!」
 普段あまり表情を崩さない彼女が満面を浮かべるのは、決まって弄り倒そうとしてくる時。
それを知ってるはずなのに、嫉妬する気持ちに歯止めが掛けられない。
52Sunday:2007/02/23(金) 03:30:35 ID:Ilma5XBC

「知りたい?」
「知りたくないっ」
 まさか真由にまで粉かけてたんだろうか。そんな考えさえ浮かんでしまうのは、彼への
慕情の裏返し。本当は知りたくて仕方が無いのに、ついつい本心とは真逆の言葉が口を
ついて出てしまう。
「そんな大声出さないの。周りの人の迷惑になるでしょ」
「だって…それって……!」
 自分の推論に、自分自身が打ちのめされてしまう。目に映るもの全てが、ぐにゃりと
歪んだような錯覚を覚えたその時だった。

「勘違いしないの。私が言ってるのは、あなたと顔を合わせていなかった時のお兄さんの
ことよ」

「…え」
「あなたには知りようが無くて当然でしょう?」
「……」
 無意識に身体中にこもっていた力が、プシューっと音を立てて抜けていく。そのまま
ぐったりと背もたれにしなだれかかってしまう。
「それならそうって言ってよ……」
「だって見ていて面白いんだもの」
 ああ、そういえば彼女はこういう性格だった。ある意味、崇兄と似通っているんだった。
助けを求めることばかり考えてて、そのことをすっかり忘れていた。
「真ー由ー……っ」
 文句を言いたい気持ちとホッとした気持ちが混ざり合って、溜息混じりに言葉を吐き出す。
弄るにしても、せめて時と場合を選んで欲しかった。
 もっとも、選んでたら好きに弄ってもらって構わないというつもりも無いのだが。

「そんな感じね」

「……何が?」
 そんな考えに囚われてて、一瞬その台詞の意味が理解できなかった。
「その時のお兄さんの表情」
「……」
「何をどうしたら良いのか、どうしたいのか全然分かってない顔をしてたわ」
 そう言うと、真由はジュースに刺さったストローをぐるりと一度かき混ぜる。グラスと
氷が跳ね返って、カランと軽い音が立ち響く。

「今のあなたと同じね。煮え切らないところとか、ウジウジしてばっかりなところとか」
 似た者同士、暗にそんなことを言われたような気がした。
 
「聞いてみたらいいじゃない」
 答えはわかりきっているのに、どうしたらいいのか分からない。その時の崇兄も、同じ
ような気持ちだったんだろうか。
「…それは、その」
 だけど、聞くのが怖かった。
 そうしたことでまた傷ついてしまったら、どうなってしまうんだろう。
「何言われるか…分かんないし」
 今まで一度も崇兄の気持ちを探ったことなんて無かったし、それでもし怒られでもしたら、
一人で立ち直れるかどうか不安だった。
53Sunday:2007/02/23(金) 03:32:13 ID:Ilma5XBC

「手っ取り早いのは、実際に会って二人で話をすることだと思うけど。いつ以来会ってないの?」
「えっと…浮気してるとこ見ちゃった時以来かな」
「そんなに?」
「だって…デートの約束してくれるまで会ってくれなかったし」
 自分で言ってて悲しくなってきた。言葉尻が、弱々しく萎んでしまう。
「なら会いに行かなきゃ。別れたくないんでしょ?」
 その言葉に、物言わず紗枝は首を縦に振る。
「好きなんでしょ?」
 もう一度縦に振る。一度目よりも、強く。

「じゃあ尚更ね。お兄さんに言われたことを守らなきゃいけないじゃないし」
「……そう、かな」
 返す言葉は、やっぱりたどたどしくなってしまう。
もし彼の言うことを聞かずに会いに行った時、もし怒られたりしたらと思うと不安だった。
今まで一度も怒鳴られたりされたことなんて無かったから、もしそんなことになったら、
自分でもどうなってしまうか分からなくて怖かった。好きだからこそ、突き放された時の
危機感も、それ相応に持ち続けていた。

 あんなこと言われても平静を保っていられるのは、今こうして話をしているからであって。

 もし一人で部屋に閉じこもっていたら、またどこまでも落ち込んでしまいそうだった。

「……」
 だけど、落ち込んでこれまでのように会わないままでいたら、事態は好転するだろうか。
答えは分かりきっている。崇兄のことだから、付き合っているという意識が希薄になって
きたら、また違う誰かと浮気をするに決まってる。


 そんなの、イヤだ。


 絶対、イヤだ。


「…分かった」


 また崇兄と、一緒に時間を過ごしたいという気持ちが、その恐怖心を打ち砕く。ずっと
目を背け続けてきたことに、初めて見据える覚悟をしたのだった。
 自分一人じゃまず到達できなかっただろうこれからの行動の指針を示してくれた友人に
感謝しながら、紗枝は腰掛けていた椅子から立ち上がる。

「会って話、してくる」
「そう」

 決意を告げると、また真由のグラスからカランという音が放たれる。
「ならこの場は奢ってあげる」
「……いいの?」
「別れたら奢ってもらうからいいわ」
 ジュースを飲み干すと、彼女も伝票を指で挟んで立ち上がる。そして先程とは違った、
ごく自然な笑みを浮かべながら鞄を掴むのだった。
「じゃあ、奢ってあげられないね」
「どうかしら。相手があのお兄さんだもの」
「あたしには優しいよ。真由にはどうなのか知らないけど」
「そんなこと言う余裕ができたなら、大丈夫そうね」
 お互いに皮肉をぶつけ合って交し合って、清算を済ませて店を後にする。空はもう微かに
オレンジ掛かっていて、雲もほとんど消え失せている。ビル群に少しだけ隠れた太陽を背に、
二人は歩みを進め始める。
54Sunday:2007/02/23(金) 03:33:55 ID:Ilma5XBC

「いつ会いに行くつもりなの?」
「今から行く。善は急げって言うし」
「そう」
「うん」
 鮮やかな色合いの西日を受けながら、二人は自らの長い影を見つめながら帰路につく。

 そういえば、崇兄と河川敷で遊んだ後はこうして自分の影を追いかけながら帰っていた。
他の友達と野球やサッカーをしてるのを眺めるだけのことが多かったけど、邪魔者扱い
せずにいつも傍に居させてくれた。格好良いところを見せようとして、ホームラン予告を
して豪快に三振したり、ボールを蹴ろうとして思いっきり地面を抉ったり、見てるだけでも
楽しかった。そして帰りは手を繋ぎながら、「お前がもうちょっと大きくなったら、みんなに
言って参加させてやるからな」と言ってくれるのがお決まりだった。あの頃は大人しかった
けど、その言葉にはいつも「うん!」と強く頷いてたのは、今でもよく覚えている。

 参加できるようになった年の頃には、もう崇兄と河川敷と遊ぶことはなくなっていて、
結局その約束が果たされることは無かったけれど。そのことを窓越しにいかにも不満げに
口にしたら、家の前の道でキャッチボールをしてくれて。そういえばあの時も、こんな感じの
夕焼け時だった。

 オレンジ色に染まった、忘れることの出来ない大切な思い出。

 あたしには、忘れることの出来ない大切な思い出。

 崇兄は…覚えてるのかな。

「じゃ、この辺で」
「あ、うん」
 昔の記憶に思いを馳せていると、いつの間にか別れ道のところまで歩いてきてたようで、
声をかけられ現実に引き戻される。
「上手くいくといいわね」
「……」
「それじゃ」
 そして背を向け自分とは違う道に沿っていこうとする彼女が最後に放った言葉に、紗枝の
頭に一つの疑問が生まれるのだった。

「ねえ真由」

「ん?」
「どうして、そんな親身になってくれるの?」
 気になってしまって、わざわざ呼び止め聞いてみる。そんな不躾なことが出来るのも、
彼女もまた付き合いが古くなりつつある、大事な親友だったから。

 あえて言葉に出すまでも無いことだから口には出さなかったけれど、真由はあまり崇兄
に好意を抱いていない。二人の関係に話が及ぶと、何かと「別れたら?」と言ってくるのが
茶飯事だった。その理由はもう知っているし、自分のことを心配していてくれてたのだから
ありがたい話なのだけれども。それでも、長年かけて叶えることの出来た気持ちを友人に
祝福してもらえないのは、ずっと気掛かりにしていたことでもあった。
「さあ」
 だけど吊り目で、少しキツネっぽい顔立ちをした彼女のこと。
「どうしてかしらね」
 煙に巻かれることもなく、微妙な含みを持たれたまま、投げかけた質問をかわされて
しまう。
「それとも答えないと不満?」
「ううん」
 答えないってことは、答えたくないってことだから。興味が無いわけじゃなかったけれど、
相手の心情を推し量って、そこで追究を止めるのだった。
55Sunday:2007/02/23(金) 03:35:11 ID:Ilma5XBC

「それじゃ紗枝、また休み明けにね」
「あれ、休みの間に誘っちゃ駄目?」
 明日からは世間も学校もゴールデンウィーク、一週間弱の連休に突入することになる。
春を連想させる桜の花びらは、とうに散り終えていた。
「お兄さんに断られたから私とっていう理由なら、考えさせてもらうかもね」
「う、うるさいなぁ」
 純粋に気になって聞いてみれば、返ってくるのは茶化し台詞。口を尖らせてしまったら、
声を殺して笑われてしまう。
「冗談よ、そんなに心配することないと思うわ」
「……そうかな」

「あなたが寂しがってるなら、きっとお兄さんもそうなんじゃない?」

 一人になった時の心細さが別れる直前になってぶり返してきて、また少し不安になって
しまっていると。「似た者同士」という意味を込められた、さっきとよく似た言葉を投げかけ
られる。
「一度裏切られたからって信じるのを止めてしまうのは、あなたらしくないわ」
「……」


「幼なじみでしょ?」


「……!」
 そして最後に付け加えられたのは、付き合いだしてからは忘れかけていた、幼い頃の
時間を積み重ね続けた、何気ない毎日の日々。

 記憶や思い出ばかりを大切にしていて、その関係自体を軽視してしまっていたことに、
紗枝は今更気付くのだった。
「…うん」
 それは、崇兄をいちばん好きな人と捉えたかった彼女には、仕方ないことだったのだけれど。
「じゃあ、頑張って」
「うん、頑張る」
 だけど、自分達の繋がりの一番根っこにある関係を大事にしなければ、すれ違ってしまう
のも、当然の話だったわけで。

「それじゃ、ね」
「うん、また」
 お互いに背を向けて、長く伸びた影も少しずつ離れていく。
 感謝の言葉を口にしなかったのは、少し照れ臭かったからだけど。崇兄とちゃんと会って
話をしようとする気が起きたのも、そもそもの原因が自分にあったのかもしれないと思える
ようになったのも、全部彼女のおかげだ。

 携帯電話を取り出して、崇兄の連絡先を映し出す。面倒臭がりな性格だから、バイト中
でも留守電になってたことなんて一度も無い。もし電話に出なかったら、後でメールする
ことにしよう。

 灼けた色した夕日を浴びながら、彼女は発信ボタンをプッシュする。自分の耳にそれを
押し当てて、ゆっくりと歩みを進め続けるのだった――――



56Sunday:2007/02/23(金) 03:36:36 ID:Ilma5XBC

「はーっ……」
 あくびとも溜息とも取れるような、深く長い息を吐きつくす。ブラインドの隙間から
漏れてくる橙色の光が、やけに眩しかった。
 ようやくの休憩時間を更衣室で過ごすものの、特に休むわけでもなく手持ち無沙汰だった。
どうしようもなくなって自分のロッカーから携帯電話を取り出すと、それを左の手の中で
遊ばせる。

(……)
 紗枝との関係を失ってしまった時のような。何の感慨も沸かないような不愉快な感覚。
二度と味わいたくなかったあの時のそれに似たような気分が、今の崇之の身体を再び覆い
つくそうとしていた。
「あーあ…」
 自分から申し出たこととはいえ、やっぱりどうにも参ってしまう。もうこれで、全部
終わってしまうかもしれない。またあの空っぽな時間がやって来るんだろうか、億劫な話だ。
考えてしまうのはそんなことばかり。舌先で奥歯に溜まったヤニをほじりながらも、眉間に
深い皺が走ってしまう。

ブーーッ

「うおっ」 
 すると、握り締めていた携帯が突然小刻みに震えだす。マナーモードにしていたものの、
掴んでる真っ最中に着信するとは思ってなくて、大袈裟気味に驚いてしまった。
「…およ」
 その驚きは、画面を開くと更に倍加する。電話をかけてきた相手が、ありえなかったからだ。


『平松紗枝』


「……」
 留守電をまだ聞いてないのだろうか。それとも、聞いたからかけてきたのだろうか。
幸い休憩は始まったばかりで、まだ少し時間はある。

ピッ

 居留守を使うのも釈然とせず、とりあえず通話ボタンを押してみる。自分から逃げ出した
くせに、都合のいい話だとまた自嘲してしまうのだった。
『もしもし?』
「……おう」
『今、家なの?』
「いや、休憩中」
 しばらく聞くことも無かったかもしれない紗枝の声を聞いて、崇之は軽い違和感を覚える。
これまでのように沈んだりしてない。いつも通りの、最近は聞けなかったあいつの声だ。

『…そっか』
「何か用か?」
 たとえ表面上だけであっても、こうやっていつものような感じで話をするのは、一体
いつ以来になるのだろう。
57Sunday:2007/02/23(金) 03:37:32 ID:Ilma5XBC

『あのね、その…』

 どもった。それだけで、彼女が何を言おうとしているのか、察知してしまう。

『今日、会いに行って良い?』
 
「……」
 どうやら、留守電に吹き込んだ言葉は聞いているようだ。でなけりゃ、向こうから会いに
来ようとするはずがない。
 でもそれなら、どうして伝えたことと逆の行動をとるのだろう。文句を言われることは
多かったけど、逆らわれたことはあまり記憶に無い。
「まだしばらく働かなきゃならんのだが」
『それじゃ、崇兄の家で待っててもいい?』
「……」
 言外に会う気がないと伝えても、一歩も引く様子が無い。むしろ気付いてないと言った方が
正しかったのかもしれない。違和感と同時に、何故か既視感が沸き上がる。本当に、なんで
なんだろう。
「…好きにしろ」
『じゃあ、待ってるね。仕事頑張って』

ピッ

「……」
 待ち合わせの約束を一方的に決められると、唐突に電話を切られてしまった。なんとも
忙しない話だ。冷たく言い放てば引くかとも思ったのだが、結局そんな様子は微塵も見せ
なかった。

(あーあ…)
 彼女には、付き合い始めた頃に家の合鍵を渡している。それは彼が、お互いの関係が
変わったことをちゃんと認識して欲しいという思惑も含めて渡したものだった。もっとも、
紗枝の方は渡されただけで満面の笑みを浮かべて満足してしまっていたのだが。
それを、今になって後悔してしまう。


 何かしら言いたいことがあるのだろう。それがもしかしたら三行半を突きつけられること
なのかもしれないと考えると、気分はいよいよどん底にまで落ち込むのだった。
 ドッと疲れが出て、ぐったりと椅子に寄りかかる。携帯の角で、自分の額を打ちつける
のがここ最近の彼の癖だった。

 ブラインドの隙間から差し込む光が、徐々に弱まる。赤々と照り続ける太陽が、ビル群と
地平線の陰にもう半分ほど隠れ始めていた。

 再び自分のロッカーを開けると、ポケットを弄って飴玉が入った袋を取り出す。

 袋を破って中身を口の中に放り込むと、舌の上で転がすことも無く、奥歯で思いっ切り
噛み砕き始めるのだった―――――

58Sunday:2007/02/23(金) 03:40:01 ID:Ilma5XBC
|ω・`)……



|ω・`;)ノシ ゴメンネ、ジスレタッテナカッタノニスレウメタテタリシテゴメンネ



|ω・`) (ダケドフタリノナマエダシテナイノニバレルトハオモワナカッタナ)


  サッ
|彡

59名無しさん@ピンキー:2007/02/23(金) 04:25:46 ID:Z7cvi2m9
>>58
日曜キタ━━(゚∀゚)━━!!

wktkをありがとうございます!!
60名無しさん@ピンキー:2007/02/23(金) 04:32:01 ID:D4EfKRaV
だって前スレ>627に"Sunday"って……
61名無しさん@ピンキー:2007/02/23(金) 04:34:13 ID:xX+kIA+D
GJですー!!待ってました!!


では、負けずにこちらも投下させていただきます!
62絆と想い 第6話:2007/02/23(金) 04:35:37 ID:xX+kIA+D
「はーい、お待たせー! 今夜は正刻君が久しぶりに来てくれたから、正刻君の好きなものを多く作ったわよ!」
そう言って亜衣が唯衣と舞衣を従えて料理を運んでくる。
ちびちびとウィスキーを飲んでいた正刻は、嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「待ってましたよ亜衣さん! もう腹が減ってたまりませんでしたよ!」
「はいはいそんなにがっつかないの。今準備が終わるから、もうちょっと待ってなさい?」
唯衣に窘められたが、正刻はそんなことも意に介さずに楽しそうにしている。
そんな正刻の様子を楽しげに眺めながら、舞衣も料理を並べていく。

やがて料理が全て並べられ、女性陣も席に着いた。
「じゃあ早速食べようか! 頂きまーす!」
家長である慎吾がそう言ったのを皮切りに、食事が始まった。正刻はがつがつと料理を貪り始める。
「ちょ! 正刻、お腹空いてたのは分かるけど、もうちょっと落ち着いて食べなさいよ!」
誰も取りはしないんだから、と唯衣は呆れたように言う。
それを見た亜衣がからかう様に言う。

「でも唯衣、正直な所、こんなに喜んで食べてもらえて嬉しいんでしょ?」
「母さん! 馬鹿なこと言わないでよ! 私はただ、折角作った料理を粗末に食べて欲しくないだけなんだから!」
唯衣が頬を染めて言い放つ。それを聞いた正刻がもしゃもしゃと食事を続けながら答えた。
「心配すんな、ちゃんと味わって食べてるぞー。こんな美味い飯を粗末に食べたら罰が当たるって。」
そう言って正刻はにっと笑う。
「だ、だったら良いけど……。あ、ほら! 一つのものばかり食べない! ちゃんとバランス良く食べなさいよ!」
なんだかんだ言いながら、唯衣は正刻におかずをよそってやる。正刻は礼を言うと、またぱくぱくと食べ始めた。

しかし、視線を感じて正刻は箸を止める。嫌な予感がして目を向けると、案の定ニヤけた顔の舞衣と目が合った。
「……何だよ舞衣。そんなに見つめられると食事をしにくいんだが……。」
「何、気にするな正刻。ちなみに私は君の食事姿を見ているだけでご飯三杯はイケるぞ。」
その言葉通り、舞衣は笑顔のままご飯だけを食べている。正刻は眉間を押さえつつも言った。
「いや、俺の言いたいことはだな、その……」
「君の食事の邪魔をする気は無いんだ。その点については謝る。でも、私は幸せなんだ。君とこうやって同じ食卓で食事が出来ることが、な。」
そう言って舞衣はとびっきりの笑顔を浮かべた。正刻はその笑顔を見ていたが、やがてくすり、と笑い出した。
63名無しさん@ピンキー:2007/02/23(金) 04:36:14 ID:xX+kIA+D
「全く、お前には敵わないな。……だけど、俺のことを凝視しながら飯を食うのはよせ。落ち着かん。」
「名残惜しいが仕方が無いな。……だが、これだけはさせてくれ。」
そう言うと舞衣は正刻の顔に向けて手を伸ばす。そして、そのまま彼の頬についたご飯粒をとる。
「あれ? くっついてたか。すまんな舞衣。」
「いいさ。これは私にとってはご褒美みたいなものだしな。」
そう言うと。舞衣はそのご飯粒をぱくり、と食べた。唯衣の手からからん、と箸が落ちる。
「あぁ美味い! 君のほっぺについたご飯粒はやはり美味いな!」
『舞衣ー!!』
正刻と唯衣の抗議の声などお構いなし、という風情で舞衣は幸せそうにご飯粒を味わっていた。

そんな賑やかな食事も終わり、女性陣も後片付けを終えると皆でまったりとし始めた。
「ふうー、こういうのんびりした夜も良いわねぇ。」
からん、と梅酒が入ったグラスを傾けながら亜衣が言う。ちなみに亜衣も正刻や慎吾ほどではないが、そこそこいけるクチだ。
「そうだね。……しかし、私も酒を飲みたいんだがなぁ。」
そう言ったのはグレープフルーツジュースを飲んでいる舞衣である。
「そうね、私ももうちょっと飲めるようになってみたいな。父さんと母さんの相手もできるようになりたいし。」
同じものを飲みながら唯衣も同調する。そんな姉妹に苦い顔をした正刻が釘を刺す。

「あのな、お前らが酒飲むのは良いけど俺が居ない時にしてくれよ? 後生だから。」
その正刻の様子に姉妹は顔を見合わせると、おずおずと尋ねてくる。
「ねぇ正刻、私達って、そんなに酒癖悪い……?」
「いつも記憶が飛んでしまってよく覚えてないんだが……。」
そんな姉妹を軽く睨むと、正刻は芋焼酎の入ったグラスを傾けて言い放つ。
「……今度その機会があったらDVDに焼いといてやるよ。お前ら絶対俺に土下座すること請け合いだから。」
姉妹は思わず顔を見合わせる。そんなやりとりを見て、宮原夫妻は面白そうに笑った。

「……あれ? ジュース買ってなかったっけ?」
ジュースを飲み終えた唯衣が新しい飲み物を探しに冷蔵庫を漁っていたのだが、見つからなかったようだ。
「あらやだ、買い忘れちゃったかしら。」
困ったように頬に手をあてる亜衣。その様子を見た正刻が声をかける。
「亜衣さん。じゃあ俺がちょっとコンビニまで行って買ってきますよ。欲しいつまみもあるし。」
「でも正刻君……、久しぶりに遊びにきてくれたのに何だか悪いわ。」
そう言う亜衣に正刻はウィンクを返しながら言う。
「まぁまぁ、そういう遠慮は無しにしましょうよ。そんじゃちょっと行ってきますね。」
正刻はそう言って立ち上がると上着を羽織って玄関へと向かう。

玄関まで唯衣と舞衣が見送りに来た。
「正刻、大丈夫? 私たちも一緒にいこうか?」
「そうだな。君とほんの少しでも離れるのは辛い。」
そういう姉妹の頭をぽんぽん、と叩いて正刻は言った。
「まぁまぁ、気持ちは嬉しいが酒も飲めないお子様は留守番してろって。」
むー、と拗ねた顔をする姉妹に笑いかけ、正刻は買い物に向かった。
64名無しさん@ピンキー:2007/02/23(金) 04:37:17 ID:xX+kIA+D
まだ春先とはいえ夜は少し冷える。しかし、酒で火照った体にはそれが心地良かった。
正刻はコンビニ袋をぶらぶらさせながら夜道を歩く。やはり、大勢での食事は楽しい。正刻はそれを噛み締めていた。
正刻は一人暮らしをしているが、それは両親が既に他界していたためであった。
彼の両親……高村 大介(たかむら だいすけ)と夕貴(ゆき)は、飛行機事故で亡くなっていた。正刻が10歳、小学4年生の時だった。

色々なことがあったが、しかし正刻は親戚や近所の方々に恵まれていた。
両親の保険金は莫大であったが、それ目当てでなく、本当に正刻を心配してくれて引き取ろうと言ってくれる親戚は多かったし、
両親の幼馴染で一番の親友達であった宮原夫妻もその申し出をしてくれた。

しかし、正刻はその申し出を断り、一人で暮らすことを選んだ。

もちろん小学生が一人で生活することなど困難であるから、最初は家政婦を雇い、また宮原家の世話になることも多かった。
しかし、正刻は驚くべき速さで家事一般を習得し、小学校卒業の頃にはしっかりと自活できるくらいの家事スキルを身に付けていた。
それは彼が立てたある「誓い」によるものだが、それはまた後に語ろう。

正刻は様々なことを思い出しながら宮原家に帰る。夜空には、見事な月がかかっている。
夜道を一人で歩いたせいか、いやに感傷的になってるな……。
正刻はそんなことを思いながら、玄関のドアを開ける。
すると。
そこには。
正刻の感傷を打ち砕く光景が展開されていた。

「あー、まさときお帰りー!!」
そう言ってポニーテールをぴょこぴょこ揺らしながら、唯衣が飛びついてきた。何事か、と驚く正刻の鼻が、とある匂いを探り当てる。
「唯衣! お前酒を……!」
「うーん? あー、ちょっとだけねー。」
そう言って唯衣は正刻に抱きついたままけらけらと笑う。正刻は唯衣を抱えたままリビングへと向かう。
すると。

「……遅かったじゃないか正刻。私に放置プレイをするなんて、いい度胸をしているな。」
床にあぐらをかいて一升瓶を抱えている舞衣の姿が目に入った。
正刻は責めるような視線を宮原夫妻に向ける。
亜衣は肩をすくめて舌をぺろり、と出した。
「ごめんね? でも正刻君も悪いのよ? 二人に『酒も飲めないお子様』とか言ったでしょ? それでふたりともスイッチ入っちゃってねー。」
次に慎吾を見やると、何故か笑顔と共に親指をぐっ! と立ててきた。
「正刻君頑張れ! 二人をよろしくね!」
何をどうよろしくするのか……正刻は目頭を押さえた。

「なによー、まさときー。早くお酒をのもーよー。」
そう言うと、唯衣が後ろからぎゅっと抱き付いてきた。背中に柔らかいモノが押し当てられる感触が伝わる。
「こ、こら唯衣! 抱きつくな!」
そう言うと唯衣は涙目になった。正刻はしまった! とうろたえる。
「なによ……舞衣はいつもやってるのに……。私だってまさときに甘えたいのに……。ぐすっ……まさときは……わ、私のこと、きらいなんだー!!
 ふええぇーんっ!!」
そうして唯衣は泣き出す。そう、唯衣は普段強気なせいか、酔っ払うと甘えはじめる+泣き上戸というコンボを展開し始めるのである。

正刻は必死に唯衣を宥める。普段言わないようなことも言いまくりだ。
「いや、俺は唯衣のこと好きだぞ!? いや本当に!!」
「ぐすっ……。本当? じゃあぎゅっとしててもいい?」
「うっ……! ぐ、ま、まぁ……少しだけなら、な……。」
「わーい! まさとき大好きー!!」
そう言うと唯衣は更に正刻を抱きしめる。柔らかい感触が更に強まる。これはまぁ、幸せな状況であると言えなくもない。ただ……
(……うわぁー!!おじさんと亜衣さんの生温かい視線がきついー!!)
そう。さっきから宮原夫妻はこの状況をニヤニヤと楽しんで酒の肴にしている。娘の痴態を酒の肴にするってどうなのよ、と正刻が考えていると……
65名無しさん@ピンキー:2007/02/23(金) 04:38:58 ID:xX+kIA+D
ずしんっ! という音が響いた。はっとしてそちらを向くと、怒りのオーラを噴出させた舞衣が一升瓶を床に打ちつけているのが見えた。
「正刻。ちょっとここに座れ。」
「は、はい……。」
「返事が小さいッッ!!」
「は、はいッ!!」
普段は美しい黒髪が、怒りのあまりゆらめいている。正刻は唯衣に抱きつかれたまま急いで舞衣の前に正座する。
そう、舞衣は普段は素直クールだが、酔っ払うと怒りだす+説教モード+普段以上のスキンシップ展開というコンボを展開するのである。

「まったく君は……。こんないい女が普段から愛を囁いているのに一向に手をださんとはどういう了見だ?」
一升瓶でラッパ飲みをしながら舞衣が問い詰める。
「いや、そ、それはですね、その……。」
しどろもどろになる正刻を一瞥すると、舞衣は猫のような動作でにじりよってきた。
正刻は後ずさろうとするが、後ろの唯衣が邪魔で上手く後退できない。
まずい、と思っていると、舞衣の手がすっと正刻の頬に触れる。

「うっ!?」
そのまま顔を近づけると、熱い吐息を吹きかけながら舞衣は正刻の胸にしなだれかかる。正刻の胸に、舞衣の豊かな双丘が押し当てられる。
「まったく……私はいつでも君を受け入れる準備は出来ているのだぞ……? 君が望む事は、すべて受け入れてあげるというのに……。」
そう言うと、舞衣は正刻の腰を抱く。後ろから唯衣に首を抱かれているため、姉妹サンドイッチという大変素晴らしい状態となっている。
とても柔らかく、気持ちの良い状態ではあるのだが……。
(うわー!! 親御さんの前でこんなことするなんて、どんな羞恥プレイだよ!!)
正刻は宮原夫妻の生温かい視線にさらされて、気が気ではない。こうなったらいつもの手しかないか……と、正刻は覚悟をきめる。

「ほら、唯衣、舞衣!! せっかくだからお酒飲もうお酒!! あ、俺二人に注いでもらいたいなぁ!!」
必死に二人を引き剥がすと、正刻はグラスを二人に向ける。
酔っ払ってとろんとした目付きになった姉妹には当然正常な思考など出来るはずもなく、喜んで正刻に注ぎ始める。
それをぐいっと飲み干した正刻は、お返しと二人のグラスに酒を注ぐ。
二人はそれを空にすると、また正刻に注ぎ、正刻もまた注ぎ返す。
そしてしばらく後。

「はぁ、はぁ……。や、やっとつぶれやがったか……。」
完全に沈黙した二人を前に、正刻は溜息をついた。二人が酔っ払うと大概こんな感じになる。しかも必ず正刻がいる時にこんなことが起こる。
勘弁してくれよ、と漏らす正刻に、亜衣が笑いかけた。
「ま、二人ともそれだけ君を信頼してる証よ。」
「信頼されてコレですか……。勘弁してもらいたいんですがね……。」
そう言って正刻は舞衣の持っていた日本酒を飲む。舞衣が起きてたら間接キス、とか言って喜ぶんだろな、とぼんやり考える。

「じゃあ正刻君。悪いが二人を部屋まで運んでくれないか? 僕らじゃあちょっときつくてね。」
慎吾の頼みに正刻は不承不承頷く。
「分かってますよ。……じゃあまずは唯衣から、っと。」
そう言うと正刻は、唯衣を抱え上げた。いわゆるお姫様だっこである。正刻は彼女を難なく運ぶ。
「そんじゃあ行ってきますねー。」
「OK。ついでに色々してきちゃっても良いわよー。」
「しませんて!!」

そんなやり取りを亜衣と交わし、正刻は2階へと上がる。
宮原姉妹はそれぞれに部屋を持っている。正刻は唯衣の部屋へと入ると、ベッドに彼女を横たえた。
すー、すー、と気持ちよさそうに唯衣は寝ている。正刻はふっと微笑むと、唯衣のポニーテールを解いてやった。美しい黒髪が、ばさあっと広がる。
そのまま彼女の髪を手櫛で梳く。さらさらしていてとても気持ちが良い。本人達には言わないが、正刻は宮原姉妹の髪をさわるのが大好きであった。
何度か梳いてやった後、頭をぽんぽんと優しく叩いてやった。「ん……」と声をあげる唯衣を正刻は優しく見つめる。
と、唯衣が寝返りを打った。正刻の方に顔が向けられる。
正刻の心臓がとくん、と鳴る。美しい顔立ち。そして、桜色の唇。知らず知らずのうちに顔を近づけ────

「んん……。まさとき……。」

─────唯衣の寝言で我に返る。俺は一体何を……!?
慌てた正刻は、そそくさと唯衣の部屋を後にする。後には、規則正しい唯衣の寝息だけが響く。
しかし、寝ているはずの唯衣は一言だけ呟いた。
「……いくじなし。」
66名無しさん@ピンキー:2007/02/23(金) 04:40:40 ID:xX+kIA+D
一階におりた正刻は、今度は舞衣を抱いて運ぶ。舞衣の部屋まで運び、唯衣とおなじようにベッドに横たえる。
正刻は、舞衣の髪を撫でた。双子とはいえ二人は大分違う。もちろん髪質もだ。唯衣がさらさらしているのに対し、舞衣はしっとりとしている。
もっとも、正刻はどちらも好きであったが。
同じように髪を梳き、頭をぽんぽんと優しく叩いた後、正刻はさっきの唯衣とのこともあってすぐに部屋を出ようとした。しかし。
むんず、と腕をつかまれる。
見ると、舞衣がうっすらと目を開けてこちらを見ている。そして。
「……キスして。」
と、囁いてきた。
「……酔っ払ってるな。さっさと眠れ。」
正刻がそう言うと、舞衣はうなずいて言った。
「……うん、眠る。だから、お休みのキス。」
「お前ねぇ……。」
「お願い……正刻。お願いだから……。」
そう言う舞衣の瞳からは、一筋涙がこぼれた。こいつ、泣き上戸の属性も持ってたのか……。正刻はそんなことを考えながら舞衣の傍に跪く。
「全く……。今日だけ、だからな。」
「うん……。お願い……。」
そう言って舞衣は目を閉じる。本当、俺はこいつらの涙に弱いな……そう思いながら、正刻は舞衣の顔に唇を近づける。

ちゅっ

「……え? おでこ……?」
目を開いて舞衣は正刻を見る。正刻は仏頂面で言った。
「誰も唇とは言ってないぜ。……本当に、今夜は特別だからな。」
ちょっと拗ねたような顔をしていた舞衣だが、やがてひっそりと笑った。
「うん。ちょっと残念だけど……ありがとう。でも私は、いつか唇にしてもらうのを待っているぞ。……いつまでも、な。」
「……ああ。保障は出来ないが……いつかその時が来たら、な。」
分かった、と呟いて、舞衣は正刻の手を離す。正刻は立ち上がると、舞衣に囁いた。
「じゃあ舞衣、おやすみ。」
「おやすみ正刻。愛しているよ。」
正刻は手を振って答えると、部屋を出て行った。舞衣は額に手をあて、ふぅ、と溜息をついた。
「大事にされるのは嬉しいが……もうちょっと強引でも良いのだが、な。」
67名無しさん@ピンキー:2007/02/23(金) 04:41:23 ID:xX+kIA+D
一階に下りてきた正刻は、焼酎をロックでちびちびとやり始めた。そんな正刻に亜衣は声をかける。
「……で、正刻君? 二人とはイロイロしてきた?」
ぶっ、と正刻はむせる。唯衣にはキス未遂、舞衣にはおでことはいえキスをしてしまった。しかしもちろんそんなことは言わない。
「……別に何もしませんよ、そんな……。」
そう言ってまたちろちろと焼酎を飲み始めた正刻を笑顔で見つめていた慎吾だが、急に真顔になって正刻に語りかけた。
「なぁ正刻君……。唯衣と舞衣のこと……よろしく頼むな。」
「?」
正刻が無言で片眉を上げると、慎吾はさらに言葉を継いだ。
「あの二人は……君を心底信頼している。無論、僕も亜衣もだけど、ね。僕は、君に……いや、君にしかあの二人を幸せにすることは
 出来ないって思ってる。だから、これからもずっと……あの二人と一緒にいてやってくれ。」

そう言うと、慎吾はくい、とウィスキーを飲んだ。呼応するかのように、正刻も焼酎を飲む。
とん、と空になったグラスを置くと、正刻は呟いた。
「……おじさん。」
「ん? なんだい?」
「俺にとっても唯衣と舞衣は……大切で、かけがえのない人間です。だから、あいつらを幸せにしてやりたい。だけど……。」
空になったグラスをじっと見つめながら、正刻は続ける。
「……俺に、できるでしょうか? ……未だに『答え』を出せない、この俺なんかに……。」
「正刻君……。」
心配そうに呟いた亜衣に向けて正刻はひっそりと笑い……そして、頭を振って立ち上がった。
「すみません、久しぶりに飲んだせいで、大分まわっちまったようです。今夜はもう寝ますね。……お休みなさい。」
そう言うと正刻は客間の方へと向かった。

「……焦りすぎよ。」
「ごめん……つい……。」
亜衣に窘められた慎吾がしゅんとしている。亜衣は夫と同じくウィスキーを飲むと続けた。
「……正刻君は、やっぱりまだ大介君と夕貴を失ったことから、まだ完全に立ち直ってはいないのよ。
 本当はウチで一緒に暮らしてくれれば良いんだけど……。」
「でも絶対聞かないんだろうね。そういう所は大介似だね。」
ふふっと亜衣は笑う。

「本当ね……。それに、最近本当に大介君に似てきたわ……。」
「あ、やっぱりそう思う? 実は今日一緒に飲んでても、時々大介と飲んでる気になってさ。」
「ほんと、まるであの頃のよう……。」
亜衣は少し遠い目をした。そんな妻の肩を抱いて慎吾は言う。
「今日は確かに焦っちゃったけど、でも僕は信じているんだ。彼なら……絶対に、唯衣と舞衣、二人とも幸せにしてくれるって。」
そんな慎吾の言葉に、亜衣も笑って答える。
「当然よ。だって、大介君と夕貴の息子……そして、私たちの娘の組み合わせよ? 絶対幸せになるに決まってるじゃない。」
「あぁ……そうだね。」
そう言うと慎吾は、グラスのウィスキーを一気に飲み干した。

68名無しさん@ピンキー:2007/02/23(金) 04:44:54 ID:xX+kIA+D
以上ですー。

しかしまさか、誰もいないと思ってこの時間に投下しようとしたら、既に投下されちたとは……。
神作品の後で恐縮ですが、こちらもこつこつ頑張って生きたいと思いますー。では。
69名無しさん@ピンキー:2007/02/23(金) 19:40:25 ID:6vzjcnzA
投下乙です
魅力的な設定なんで続きが気になりますw

>>60
そいつ他人に指摘されるまで名前欄に気付かなかったらしいぜ
マジ馬鹿だよな
70名無しさん@ピンキー:2007/02/23(金) 21:31:29 ID:Z/LJujUv
批評厨まじうぜえな
71名無しさん@ピンキー:2007/02/24(土) 02:57:13 ID:9HI6ol68
唐突に場の空気悪くする>>70もまじうぜえ。
72名無しさん@ピンキー:2007/02/24(土) 03:17:57 ID:DzzrRwFO
626の時点で気づいた俺は勝ち組。
73名無しさん@ピンキー:2007/02/24(土) 04:41:04 ID:MJBJcFUO
半年ぶりくらいで覚えている人もいないかとは思いますが、
一応夏ごろ投下したヤツの続きをば。
74夏の約束 その二:2007/02/24(土) 04:42:59 ID:MJBJcFUO
夏まっさかり。
周りを見渡せば田んぼの緑に空の青。
暑くて暑くて堪らないこの時期は、それでも何もかもが鮮やかで好きな季節だ。

「じゃ、ちょっと待っててね」
「ん」

夏葉の家の前で短い会話を交わす。
自転車を停め、家の中に入っていく夏葉を見送る。
そのまま隣の我が家の鍵を開け、二階の自室へ入る。
ドアを開けるといい具合に蒸された空気がむわっと押し寄せる。
げんなりしながら窓を開けると、目に飛び込んできたのは白い肌。
窓とカーテンを開け放して大胆にもほどがある。

「夏葉!」

声をかけると夏葉は慌ててカーテンを閉める。
閉めるなら最初からそうすれば良いものを。
見せているのかと勘ぐりたくなる。

「テッちゃんの変態!」

カーテン越しに罵倒される。
いやまてどう考えてもこれは夏葉の不注意であり過失。
僕は悪くないはず。

……うん。悪くない。
さっきの映像を思い浮かべてひとりごつ。
ベランダ越しに隣り合っている僕らの部屋は距離にして僅か数メートル。
それはもうくっきりはっきりと見えるんだからたまらない。
それにしても学校ではきっちりガードしているくせに、家に帰るとすぐこれだ。
果たして僕は男扱いされているのかいないのか。
なんとなく微妙な気分のまま、手早く着替えを済ませて階下に降りる。
75夏の約束 その二:2007/02/24(土) 04:46:51 ID:MJBJcFUO
カッターシャツを下の洗濯籠に放り込み、台所へ。
麦茶で喉を潤しながら昼ごはんの材料を物色していると、夏葉も姿を現した。
さっき着替えを見られたことなどどこ吹く風でケロリとしたものだ。
格好はといえば例によってTシャツと短パンというちょっと目に眩しいアレだ。
といってもいつものことなので今更どうということもないのだけれど。

「今日は何ができそう?」

夏葉がエプロンをつけながら訊ねる。
お互い親が忙しいので、休日の昼飯は二人で作るのが基本だ。
と言っても僕の分担は皿洗いやら他諸々の雑用なのだけど。

「冷ご飯が残ってるから炒飯あたりでどう?」
「オーケー。それじゃ流しお願いね」

朝に水につけておいた食器を洗って乾燥機に並べる。
二人分の食器なのであっという間だ。
ついでなので洗濯物を洗濯機にぶち込んでスイッチを入れておく。

「皿二つお願いー」
「あいよー」

二人分の炒飯を食卓に並べ、麦茶を冷蔵庫から出す。
うん、今日も美味しそうだ。

「んじゃ、いただきます」
「いただきまーす」

うん、うまい。火加減が違うのかな。
などとは口に出さず、もぐもぐと咀嚼する。
他愛もない会話を夏葉としながら美味しいご飯を食べる。
うん、今日も日本は平和だ。
76夏の約束 その二:2007/02/24(土) 04:48:59 ID:MJBJcFUO
昼食を食べ終わって手早く片付ければ、いつの間にやら2時過ぎで。
世間で言うところの受験生である僕らは、部屋に戻って勉強だ。

「夏葉、これどう解くんだっけ?」
「んー? f(x)=aとでも置いてそれをアレしちゃえばいいんじゃない?」
「あー、解けるかも。ちょっとやってみるよ」
「それよりこれ何て読むの? 」
「ん、それは――」

いつものように二人で勉強。
理系科目が得意な夏葉と文型科目が得意な僕。
身近に聞ける人がいるというのは便利なもので、勉強の進みも順調だ。
……順調な時は。

「あーもう、日本史は漢字だらけだし世界史はカタカナだらけだしもーダメ……」

シャーペンを放り出し、体を床に投げ出す夏葉。
今日は夏葉が先にギブアップのようだ。
それでも時計を見ればそろそろ一時間が過ぎていて。
切りの良いところなので僕も休憩することにする。


「ほら、夏葉」
「ん、ありがと。おいしー」

下に降りて麦茶を持ってくる。よく冷えた麦茶がウマイ。
一旦クーラーを切って窓を開ける。
ぬるっとした空気とセミの鳴き声が一斉に飛び込んでくる。
文句を言う夏葉をスルーして伸び上がり、ベッドに寝転がる。

「もうすぐ八月か……全統模試はいつだっけ?」
「あと二週間かな。テッちゃん調子はどう?」
「んー、まあそんなに良くはないけどね。マイペースですよいつも」

天井を見上げながら答える。
まだまだ志望校には届かない成績ではあるけれど、慌てても成績は上がらないわけで。
とりあえず今は苦手の数学をつぶすところから。
中々自力で解けないので困ってはいるのだけれど。
77夏の約束 その二:2007/02/24(土) 04:51:59 ID:MJBJcFUO
「焦ったところ殆ど見せないもんね、他の人には」
「まあね、実際そんなに焦ることないし」
「ふーん」

声の雰囲気が変わったと思うや否や、突然視界に現れる夏葉。
馬乗りになってジトりとこちらを見ながら顔を近づけてくる。

「焦らないなんて、ウソついちゃって」
「ちょ、夏葉……?」
「あれ、ちょっと焦ってるよテッちゃん」
「そ、そんなことないって……」

なんだ、なんだ突然。
吐息がかかるほど近い距離。
ちょっと体を動かすだけで触れ合える距離。

「ふーん……じゃあこういうことしても平気……?」

夏葉の顔が離れてほっとする間もなく、今度は夏葉の手が体を這い下りて。
僕の首筋から胸元、腹へと順番に移動してゆき、ベルトがカチリと音を――

「ままま待った夏葉!夏葉ってば!」

いくらなんでもそれはまずいというか物事には順序っていうものが――

「フフッ」
「夏葉……?」
「あははははは! 慌てちゃってー」

そして突然ケタケタと笑い出す夏葉。

「どう? 焦ったでしょ」

焦るもなにも、意味が違う。
僕が言ったのはそういう意味じゃなくて。
……と言おうとしてやっぱりやめ、代わりに大きなため息をつく。

「まったくもう、勘弁してよ……」
「あれ、怒った?」

そりゃ怒るよ。いくら夏葉が幼馴染でも女の子にそんなことされたら焦るに決まってる。
……などと言うとまたからかわれそうなのでとりあえず黙ってジト目を向ける。
この返礼はどうしてくれようか。
78夏の約束 その二:2007/02/24(土) 04:53:51 ID:MJBJcFUO
「ごめんごめん、冗談だから許してってば」
「冗談でもしていいことと悪いことがあるの」
「えー、そんな大したことでもないでしょ?」
「一応僕も男なんだからね。そういうことしてると……」
「してると……?」

ひょいと手を伸ばして夏葉の腕を引っ張り倒す。
小さく悲鳴を上げた夏葉の上にまたがり、さっきとは逆の体勢に。
両腕を頭の上で押さえつけ、顔を近づける。

「こんなことされても、文句は言えないよ?」

耳元で囁いて、ゆっくりと体を夏葉の体におしつけて行く。

「コラ、そんなこと言うと大声出しちゃうよ」

慌てた様子もなくため息をついてたしなめる夏葉。
この余裕ときたら。僕は本気だぞ。うん。
悔しいのでせいぜいドスを効かせてみる。

「男の部屋に二人っきり。声をあげても誰も来ないよ?」
「思い切り窓開いてるのに?」
「……あ。」

そういえばさっき自分で窓を開けたっけか。
急に気が抜けて、夏葉を解放して横にごろりと転がる。

「ちぇ、それじゃ仕方ないな。今回だけは勘弁してあげるよ」
「してあげるよじゃないでしょ。」

ぽかりと横から殴られる。

「女の子をそーゆー風に扱っちゃダメでしょ、もう」
「大丈夫、夏葉にしかしないって」
「私も女の子なの!」

またしてもポカリ。
そういうこと言ったら僕だって男なんだからね。
そこんとこ分かってる?
……分かってないんだろうなあ。まあいいんだけど。
聞こえないようにため息をついて立ち上がる。
いつの間にか部屋は随分生ぬるくなっていて、窓を閉めて再びクーラーのスイッチを入れる。
79夏の約束 その二:2007/02/24(土) 04:59:08 ID:MJBJcFUO

「さて、そろそろ休憩終わり。勉強するよ夏葉」
「はいはい分かりましたよー」

休憩したんだかしてないんだか、と呟きながらのっそりと起き上がる。
そして再びクーラーとペンの音だけの静かな部屋が戻る。

それにしても、ちょっとやりすぎだったろうか。
いつものじゃれあいと比べて、随分危ない方向に行ってしまった。
意識しているようで普段あまり意識してなかったけれど、夏葉はやっぱり女の子だしなあ。
さっきは我ながらちょっと危なかったような気がする。
いや、あれ以上どうこうする気はなかったのだけれど。
あれで夏葉は本気で怒らせると怖いのだ。
急に心配になって夏葉を盗み見る。
妙に口数が少ないけれど、大丈夫だろうか。

「ね、テッちゃん、さっきの話だけどさ」
「さっき?」

急に声がかかってドキリとする。
ちょっと声が裏返ったけど気づかれてはなさそうだ。
さっきの話というと、何の話だろう。

「うん。まだ時間あるんだし、そんな焦ることないからね」
「……あー……ん。お互いね」

一応焦ってるつもりはないんだけど。
それでも少し体が軽くなったような気がするのは何故だろう。
かなわないなあ、ホント。

「よっし、さっさと数学片付けちゃいますか」
「オーケー、じゃあ私の日本史プリント3枚とどっちが早いか勝負ね」
「どう考えても僕が負けるよそれ」
「やってみないと分からないでしょ」

そんな他愛もないことを話しつつ、夏休みの一日は今日も勉強で塗りつぶされていったのだった。
8073:2007/02/24(土) 05:04:42 ID:MJBJcFUO
リアルタイムで受験生させる予定だったんですが
怠けてたら冬が終わりそうに。
というわけで、気長に続けたいと思いますので
よろしければお付き合いください
81名無しさん@ピンキー:2007/02/24(土) 10:36:54 ID:ycrBHKMz
何という幼なじみ
一目見ただけで分かってしまった
この少年は間違いなくムッツリ
82名無しさん@ピンキー:2007/02/26(月) 02:17:55 ID:OPGfbipf
職人さんGJです!

歳の離れた幼馴染というのも見てみたいですな!
83名無しさん@ピンキー:2007/03/01(木) 00:58:07 ID:/iebg89D
人いないな……。
84名無しさん@ピンキー:2007/03/01(木) 01:14:31 ID:M/z693BP
作品が投下されずに人がいなかったことはよくあるんだがな
85名無しさん@ピンキー:2007/03/01(木) 23:43:57 ID:NYYqZdsS
投下します!
86絆と想い 第7話:2007/03/01(木) 23:44:38 ID:NYYqZdsS
宮原家で食事をした数日後の放課後、正刻は図書委員会の仕事に精を出していた。
その日は本棚の整理、掃除であった。図書館があまりに広大なため、毎日当番製で少しづつ掃除を行なっているのだ。
正刻は自分の当てられた場所の掃除を終えると、ふぅーっと息をついた。

「さてここらは大体終わったな。佐々木、そっちはどうだ?」
「…………。」
「黙殺するなよ……俺一応先輩なんだから……。」

そう言うと正刻は自分の掃除場所から後輩の元へと向かう。
少し離れていた所で掃除をしていたその少女は、正刻が近づくと黙って視線を向けてきた。

少女の名は「佐々木 美琴(ささき みこと)」。図書委員会に所属する一年生である。
身長はかなり高めで170前後。ただ凹凸が少なく、ひょろり、とした体型である。
長い髪を後ろで一つに纏めている。ピンクの可愛いリボンが印象的であった。

「どうだ佐々木? そっちは終わりそうか?」
正刻はさっきと同じ問いを発する。その問いに、美琴はゆっくりと首を傾げ、ついで自分の掃除場所をじっと眺める。
そして正刻に向き直ると、「ふるふる」とゆっくり首を振った。その仕草に正刻は思わず苦笑する。

そう、彼女は余計なことは一切喋らない性格であった。喋ったとしても、その声は小さく、聞き取りにくい。
正刻や他の図書委員は彼女が極度の恥ずかしがり屋なのでは、と考えたのだが、実際は極度のマイペース、ということが分かった。
とにかく誰が相手でもぽーっとした態度を崩さない。先輩相手でも、教師が相手でも、だ。

その性格故か人付き合いは苦手なようで友達も少なかったが、図書委員会ではよく可愛がられていた。
正刻が通う学校は地区でもトップクラスの進学校であったが、どういう訳か「天才と何とかは紙一重」を地でいく変わり者ばかりが集まる
学校であり、その中でも特に生徒会と図書委員会、化学部、新聞部は変人ばかりが集まる部として知られていた。
そのため普通の学校では浮いてしまうであろう美琴も、図書委員会内では普通に接してくる人間が多いため、それほど浮かずに済んだ。
とはいえ流石に「無口っ娘萌え!!」「天然美少女萌え!!」と言われる事には戸惑いを隠せないようだが。

正刻は美琴の掃除状況を確認する。まだ半分も終わっていない。
「おい佐々木……。お前がちょっとのんびり屋なのは分かるが、もちっと何とかならんか?」
正刻が言うと、美琴は困ったように首を傾げる。その様子を見て正刻はまた苦笑した。

彼女は決して仕事をサボるような人間ではない。それを正刻は良く知っていた。
だがどうにも行動が遅く、要領が悪いという欠点も持っていた。頭をかきながら正刻は外を見る。
もう18時を大分回っており、あたりは暗くなり始めていた。自分は平気だが、女の子をこれ以上残すのも可哀想だ。
そう判断した正刻は美琴に告げる。
87名無しさん@ピンキー:2007/03/01(木) 23:45:34 ID:NYYqZdsS
「じゃあ佐々木、後は俺が引き受けるからお前は帰れ。戸締りなんかも俺がやっとくから。」
すると美琴は「ぶんぶん」と首を振って嫌だという意志を示した。彼女がここまではっきりした意志を示すのも珍しい。
「いいから帰れ。女の子をこのまま残すのは可哀想だしな。」
正刻が重ねて言うと、美琴は小さな、しかしとても澄んだ声で言った。

「でも……それじゃ先輩が……可哀想……。自分の仕事は、ちゃんとやり遂げたいし……。」
そう言う美琴が可愛くて、正刻は彼女の頭をわしわしと撫でてやる。美琴はちょっと身をすくませながらも、頬を赤く染めた。
「ありがとな佐々木! ……でも、俺としてもお前が心配なんだよ。今日は俺に任せて帰ってくれないか?」
「……でも……。」
渋る美琴に正刻は少し考える。やがて浮かんだ考えを美琴に告げた。
「じゃあこうしよう。俺はお前の代わりに残って掃除をする。お前はそのお礼に、そのうちトマトジュースを俺に奢る。それでどうだ?」

美琴は笑顔で言ってくる正刻をじっと見下ろすと、やがてコクン、と頷いた。

帰り際に何度もこちらへ向けて頭を下げる美琴へ軽く手を振り、正刻は掃除を始める。
終わったのは、19時半を過ぎた頃だった。

「ふぅー、やっと終わったか……。さて、今日は何を作ろうかなっと……ん? あれは……。」
帰途に着こうとした正刻は足を止める。殆ど明かりの消えた校舎に、まだ明かりがついている。しかもそこは、生徒会室だった。
「まさかあいつ……。」
そう呟くと、正刻は踵を返し、校舎へと戻っていった。

「……やっぱりお前だったか……。」
生徒会室の扉を開けた正刻は、中に居る人物を確認すると、やれやれといった具合に呟いた。
その人物……舞衣は顔をあげ、驚いたように言った。
「正刻? どうして君がこんな時間にここに……?」
「図書館の掃除が長引いてな。それで帰ろうとしたら生徒会室に明かりがついてるのに気づいてな? こんな時間まで残っているのはお前
 ぐらいのもんだろうと思って顔を出したって訳さ。」

そう言って正刻は舞衣に缶コーヒーを差し出す。舞衣は礼を言って受け取ると、一気に飲み干した。
「どうだ? どのくらいで終わりそうだ? 俺に手伝えることはあるか?」
正刻の問いに舞衣は書類を見て答える。
「そうだな……。あとは私が目を通してチェックするものだけだから、君が手伝えることは残念ながら無いな。時間は……30分ぐらい、かな。」
その答えに頷くと、正刻は手近な椅子に腰を下ろし、鞄から文庫本を取り出した。

「……正刻?」
「早く終わらせろ。待っててやるから、さ。」
そう言って本を読みだした正刻を愛しそうに見た後、舞衣は自分の仕事を急いで終わらせるべく書類に没頭した。
88名無しさん@ピンキー:2007/03/01(木) 23:46:29 ID:NYYqZdsS
やがて。
「うーん……。待たせたな正刻、終わったぞ!」
仕事に没頭した舞衣は、15分で終わらせた。これも彼女の集中力の成せる業である。
「え? もうか? お前まさか……。」
「甘く見るなよ正刻。仕事はきっちりやったさ。」
「……だよな。お前がそんな手抜きをする訳ないもんな。」

そう言うと正刻は、うーんと伸びをしている舞衣の後ろに回ると、その肩を揉み始めた。
「おつかれさん、舞衣。……しかし、お前の肩は相変わらずひどく凝ってるな……。もうちっと気楽にいけよ。」
「あぁ……。いや、最近は大分周囲に仕事を分担しているんだがなかなか、な……。それに肩の凝りの原因はそれだけではない。この……」
舞衣は両腕で自分の胸を抱く。見事な巨乳がたゆんと揺れる。
「……胸の所為だ。」

「あ、そ……。そりゃどうも……。」
正刻はそう言うと黙って肩を揉む。舞衣はニヤリ、と笑うと囁くように呟く。
「……正刻、今お前、私の胸を見てたろう……?」
「……!!」
正刻は黙っていたが、わずかに肩を揉む手に力が篭る。それは肯定の証であった。それを感じた舞衣は、更に言う。
「いや、責めている訳ではない。むしろ、どんどん見て欲しい。」
「……。」
「私の胸は……いや、私の全ては、君のためにあるようなものだから、な。」
「……。」
「なんなら……いや是非、今ここで思う存分揉みしだいてもらっても構わんぞ?」
「……!」

正刻は肩を揉む手を止めると、舞衣の頭に手刀を叩き込んだ。
「うらっ!!」
「あいたっ!!」
舞衣は頭を押さえて前のめりになる。そんな舞衣を見下ろして、正刻は告げた。
「ったく、調子に乗りすぎだっつーの……。ほら、さっさと帰るぞ!!」
89名無しさん@ピンキー:2007/03/01(木) 23:49:06 ID:NYYqZdsS
帰り道、正刻と舞衣は並んで歩く。登校は大抵三人一緒だが、帰りが一緒になることは滅多に無い。
そのせいか、舞衣は上機嫌だった。
「……何だよ、随分楽しそうだな。」
正刻が問うと、舞衣は満面の笑顔を浮かべて答える。

「それはそうだろう。君と久しぶりに……しかも二人っきりで帰れるのだから。これほど幸せなことはそうそう無いぞ。」
その笑顔に正刻は苦笑する。そんな事でこんなに喜ぶ舞衣を愛しく感じたが、それを素直に顔に出せばまた困った事になるからだ。
そんな正刻に、舞衣はいきなり腕を絡めてきた。
「お、おい、舞衣!?」
激しく狼狽する正刻に比べ、舞衣は落ち着いたものだった。

「それにしても、やはり君のマッサージはとても気持ちが良いな。そのうち全身をやってくれると嬉しいのだがなぁ。」
腕を組みながらそんな事を平然と言ってくる舞衣に対し、正刻は慌てながらも抗議する。
「分かった! そのうちやってやるからこの腕を離せ!! 恥ずかしいじゃねーか!!」
「何だこれくらい。全く君は本当にこういう所はヘタレだな。大体私達は既にキスまでした仲ではないか。これくらい何でもないだろうに。」
「あのな! その……キス……っていったっておでこだろ! それに、俺は人前でいちゃいちゃするのは苦手なの!! お前も知ってるだろ!!」

正刻が真っ赤になって言うと、その反応を楽しむように舞衣が顔を近づけて囁く。
「ほう。それはつまり、人前でなければたっぷりいちゃいちゃしてくれる、という事だな? いいだろう。今度唯衣にナイショで泊まりに……。」
「だーっ!! そーいう事じゃないっての!!」
正刻はまた絶叫する。舞衣はそんな正刻が可愛くて、愛しくて、楽しくて、嬉しそうに笑った。
90名無しさん@ピンキー:2007/03/01(木) 23:49:47 ID:NYYqZdsS
ひとしきり笑い終えた舞衣に、腕から逃れるのを諦めた正刻が少し真面目に言う。
「だけど舞衣……。お前、こんな時間まで一人で仕事をするのはやめろよ。危ないからさ。」
そう言う正刻に舞衣は微笑みかける。
「何だ正刻、心配してくれるのか?」
「当たり前だ。大体、お前が頼めば誰かしら一緒に残ってくれるだろ。だからさ……。」
「ふーん……。」
舞衣は絡めていた腕をするり、と離すと、正刻の数歩先を歩き始めた。その様子に正刻は少し戸惑う。

「ま、舞衣……? 急にどうし……」
「正刻……。」
その言葉は、急に立ち止まり振り返った舞衣により遮られた。
「な、何だよ……。」
「君は……私が他の男と一緒に遅くまで残っていても、平気なのか? 私が……他の男と一緒に帰っても……良い、のか?」

そう言って舞衣は正刻の瞳をじっと見つめてくる。正刻はその瞳に射竦められながら……内心溜息をついた。
まったく鈴音の言うとおり、俺はこいつらにとことん甘いな、と思いながら。
「……分かった、俺が悪かったよ。遅くなるときは必ず俺を呼べ。他の男に声なんぞかけなくていい。俺が……一緒に帰ってやるから、さ。」

正刻がそう言うと、舞衣は大輪の花のような笑みを浮かべ、正刻に飛びついた。
「正刻ぃっ! 君ならそう言ってくれると思ったぞ! だから大好きなんだ!!」
そう言うが早いか舞衣は、正刻の頬に口付けた。電光石火の早業であった。
突然頬に走った柔らかい感触に正刻は呆けてしまう。キスされた頬に手をあてて呆然としている。

そんな正刻を愛しげに見ると、舞衣はまたぴょん、と離れた。
「ほら正刻、流石に早く帰らないと唯衣や父さん、母さんが心配するぞ! 今夜は一緒に夕食もとろうじゃないか!」
そう言って手を振る舞衣を、やっと我を取り戻した正刻は苦笑しながら追いかけていった。
91名無しさん@ピンキー:2007/03/01(木) 23:50:58 ID:NYYqZdsS
以上ですー。ではー。
92名無しさん@ピンキー:2007/03/02(金) 00:09:31 ID:Nsa6+0cb
いの一番にGJ!!
93名無しさん@ピンキー:2007/03/02(金) 00:11:21 ID:QdLUXACp
やっぱり素直クールって良いな
このスレじゃあまり見ないから余計にそう思うw
94名無しさん@ピンキー:2007/03/03(土) 03:26:44 ID:+j3LR7fk
次スレに今頃気付いた間抜けがここにひとり
とりあえずGJ
95ラック ◆duFEwmuQ16 :2007/03/03(土) 03:52:39 ID:6Wexugq8
時刻は11時時前、心地良い倦怠感に包まれながらふたりはカラオケボックスを出た。冷たい夜風が頬を撫でた。鈴奈が天馬の脇に密着する。
「寒いね、天ちゃん」
「うん。どっかで熱いシャワー浴びたくなるね」
赤や黄色の毒々しいネオンが瞳に反射した。あやゆる色彩の波が交錯する。天馬が鈴奈の首筋に鼻を近づけた。汗の匂いが仄かに漂っていた。
暗がりに差し掛かるとB−BOY系ファッションに身を固めたガキが四人、路上に座っていた。ひとりが、うろんげな眼を天馬と鈴奈に向ける。
どいつもこいつも金と女には縁が無さそうなツラをしていた。無視して通り過ぎようとすると四人が一斉に立ち上がった。
「そこの君達ぃ、俺達と遊ばないかい」
ブラックのバンダナの上からイエローキャップを被ったガキが、ヘラヘラ笑いながらからんできた。面倒なことになりそうだ。
天馬は舌打ちし、鈴奈に目配せする。黙って鈴奈が天馬の後ろに回り、三歩ほど下がった。
「お姉ちゃん、あんまし怖がらなくてもいいぜ。俺達ってこう見えても優しいからさぁ」
一重瞼をしたニキビ面のデブが興奮気味に息を荒げながら、脂肪たっぷりの突き出た三段腹を波打たせた。
四人の息遣いが変わるのがはっきりとわかった。ガキどもには、眼の前のふたりがとびっきり上等な獲物として映っているのだろう。
「しかし、ふたりともすげえ綺麗だなぁ。まるで天使みてえだ。おめえらはどっちがいい。俺は後ろの女にするぜ」
「えへへ。じゃあ俺、男っぽい格好してる目の前の奴がいい。かっこいいし、マンコの具合もよさそうだ」
残りのふたりは、突っ込めるならどちらでもいいとデブに言った。眼が血走っている。よっぽど溜まっているのだろう。
股間を押さえながら、舌を出してイエローキャップが喘いでみせる。ジーンズの上からペニスが激しく隆起していた。
今にもジッパーを突き抜けて飛び出してきそうだ。
(うえぇ、こいつら絶対脳みそにウジ湧いてるよ。なんで僕のことまで女に見えるのかねえ……しかしデカイな。羨ましい)
イエローキャップのペニスに天馬は自らの肉体的コンプレックスを刺激された。
天馬のペニスも決して小さくはないが、だからと言って大きくもなかった。日本男子の平均的サイズだ。
流麗で理想的な形をしてはいるが長さはせいぜい十四センチ程度だ。女達はそれを美しい形状だと褒めるが、大きさを褒められた記憶はなかった。
十四センチは卑下するほどでもないが自慢できるサイズでもないのだ。対するイエローキャップのペニスのデカさは眼を見張るものがあった。
二十センチはあるだろう。確実に天馬の持ち物より二回り、いや三回りは大きい。天馬は夜空に向かって瞠目した。
(神よ。何故あなたはチンコの大きさを平等にお作りにならなかったのか……)
もう一度、イエローキャップの股間に視線を戻す。やはりでかい。
天馬の視線に何を勘違いしたのかイエローキャップが得意げに鎌首をもたげたペニスを誇示する。
「えへへ、俺のでかいっしょ。自慢の息子だぜぇ」
ジッパーを引き下ろし、イエローキャップが勃起するペニスを取り出した。赤黒い亀頭に太い血管に覆われてゴツゴツした表面が禍々しい。
鈴奈が顔をしかめた。あまりにも気持ちが悪かったのだ。年頃の少女にはグロすぎる一物だった。
(天ちゃんの綺麗なピンク色のおちんちんとは似ても似つかないよ……うう、変なもの見せられちゃった……)
天馬は違っていた。その大きさに圧倒され、男のプライドを打ち砕かれていた。天馬のペニスが日本刀ならば、イエローキャップのそれは戦斧だ。
もし打ち合えば折れるのは日本刀だ。天馬は思い巡らした。このまま己の刀を抜くべきかどうかを。
96ラック ◆duFEwmuQ16 :2007/03/03(土) 03:53:14 ID:6Wexugq8
そんな天馬の様子を見ていた鈴奈が肘で背中を小突く。ハッと正気に戻る天馬。もはや迷いは無かった。
(ここで見せなければ……男ではないッッ!)
勢い良くデニムのズボンを脱いだ。刹那、その場にいた全員があまりの衝撃に間の抜けたダッチワイフのように口を広げて立ち尽くした。
男装の美少女だと思い込んでいた相手の股間には見慣れたモノがぶらさがっていたからだ。
「お、男……信じられねえ」
特にイエローキャップのショックは峻烈を極めた。あんまりな出来事に両手で頭を押さえつけ、血を吐くような思いで叫ぶ。
「お、俺は男に欲情しちまったのかぁぁぁッッ!」
イエローキャップはこの時、自らの人生に置いて大きな十字架を背負う羽目になったのだ。見えない茨の冠が、イエローキャップのこめかみに食い込む。
「残念だったね」
イエローキャップの狼狽に天馬は溜飲を下げた。その表情はどこか勝ち誇っている。そしてすぐに天馬は虚しさを覚えた。
こんなことをしたところでペニスの大きさは変わらないからだ。ズボンを穿きなおす。
時間が経つにつれて四人が冷静さを取り戻した。周囲に四人の怒気がはらんだ。イエローキャップが吼えた。
「てめえぇッッ、SATUGAIすんぞッッ!」
「貴様に僕がSATUGAIできるかな」
あやまたずに天馬の蹴りが飛んだ。靴の先には作業ブーツ同様に鉄板が仕込まれていた。天馬の前蹴りがイエローキャップのストマックにめり込んだ。
胃袋を破裂させる鉄板靴の威力──イエローキャップは胃液と赤茶色の粘液をぶちまけながら昏倒した。三人が眼を剥く。
そのまま手前にいるデブの頬をジャックナイフで切り裂いた。頬肉がめくれ上がり、黄白色のブツブツした脂肪が露出した。鮮血が吹いた。
血の飛沫が天馬の手の甲を赤く濡らした。暴力に酔いしれながら残りのふたりをどうやって料理してやろうか、天馬は考えた。
「お友達やられちゃったね。君達はどうするの。仲間の仇討ちたい?それとも逃げたい?逃げたいなら逃げてもいいよ」
天馬にはどっちでもよかった。逃げるならあえて追いはしない。かかってくるならナイフの餌食にするまでだ。
ふたりの顔が見る見るうちに青白く褪色していく。唇が紫色に変わり、額に汗がにじみ出る。勝負はすでに決まっていた。
残りのふたりが無言で踵を返し、恐怖に駆られて逃げ出す。こうなると哀れなのはイエローキャップとデブだ。
頬を押さえながら、地面にうずくまって喚くデブを尻目に天馬と鈴奈もその場から離れた。どこかで粘つくデブの血を洗い落としたい。
天馬はデブの血臭を嗅ぎながら円山町のラブホテルを目指した。明が影に隠れてこちらの様子を覗っていたとも知らずに。
              *  *  *  *  *  *  *  *  *  *
97ラック ◆duFEwmuQ16 :2007/03/03(土) 03:54:38 ID:6Wexugq8
広いジャグジーバスの湯に浸かりながら、天馬が鈴奈の腰にそっと手を回した。浴槽の基底部に設置されたライトがふたりの裸身を照らしつける。
「広いお風呂ってやっぱり気持ちいいね、天ちゃん」
「うん、なんか落ち着くよね」
リラックスしながら鈴奈を優しく抱き止めてキスをする。バスの湯が溢れるのもかまわずにふたりは官能の渦に身を任せた。
「んん……ッ」
悦楽に揺らぎながら、鈴奈が小さく声をあげて身体を震わせる。小豆ほどの小さい乳首を親指と人差し指で軽く挟んだ。コリコリと揉みしだく。
鈴奈の美乳が桜色にほんのりと染まった。眉根を寄せて天馬が鈴奈の恥骨をペニスの先端でつつく。続いてクリトリスにも先端を当てた。
鈴口でクリトリスを呑み込むように愛撫する。亀頭がクリトリスにフェラチオをしているようだ。鈴口はカウパーが分泌し、適度に滑っている。
「天ちゃん……それすごく気持ちいい……」
「もっと……もっと感じてよ……鈴奈……」
僅かに鈴奈の裸体が跳ねた。硬く充血していくクリトリスを亀頭が吐き出した。背筋をブリッジ状に反り返らせ、鈴奈が蚊の鳴くような細い声で喘ぐ。
ラビアにもペニスを擦りつけ、天馬は鈴奈の腰を落とした。女芯に屹立したペニスが挿入される。
「あぁぁん……やぁ……ッ」
滑り込んだ雁首が膣を出入りする度にふたりの全身に悦びが走った。汗が天馬の背中をヌラヌラと濡れ輝かせる。
「あぁ……ッッ……ああぁ……ッッ!」
鈴奈の呻きが大きくなっていった。浅く刺しながら徐々に奥へとペニスを打ち込む。痺れるような快感に、若い性は歓喜した。
リズミカルなピストン運動は速さを増していった。鈴奈の唇から甘く熱いため息がこぼれ出る。ふたりは夢中になりながら互いの舌と唾液を貪った。
天馬が鈴奈の乳房を力強く握った。痛みに鈴奈が表情を曇らせた。それでも法悦に溺れる鈴奈にとって、痛みですら快感へと変わる。
強烈なエクスタシーのスパークが鈴奈の内部で飛び交い、ペニスをギッチリと締めた。強い射精感覚──天馬は樹液を迸らせた。
「ぬふぅ」
天馬と鈴奈はその日も同時に達した。
「じゃあこのまま二回戦いってみようか」
98ラック ◆duFEwmuQ16 :2007/03/03(土) 03:57:46 ID:6Wexugq8
>85
うほ、GJです。

とりあえず投稿。今回分はこれだけです。ちゅぱちゅぱ。
99名無しさん@ピンキー:2007/03/03(土) 08:24:24 ID:y7MWeNKB
GJです!

完璧超人だと思っていた天馬がナニの大きさを気にする所で妙に親近感がわきましたw
100名無しさん@ピンキー:2007/03/04(日) 19:11:29 ID:ZZCpjTgz
職人様降臨上げ!
101Sunday:2007/03/05(月) 00:17:41 ID:kFcBuZ5x


 空はもう、夕焼けの色が落ちようとしていた。

 真由と別れてから、紗枝は寄り道することなく彼の家へと足を向けた。随分と久しぶりに
来たけれど、懐かしさを覚えることは無かった。崇兄が引っ越した今でも、彼女の中では
窓から見える向かいの家が、彼の部屋だったからだ。

 鞄の中に大事に入れておいた合鍵を取り出す。付き合い始めて最初にプレゼントされた
ものが、この使い古された感のある光沢を失った合鍵だった。貰った時は、物凄く嬉しかった
けれど、渡してくれた時の崇兄の複雑そうな表情が、今でも不思議でならない。
 
 赤く錆びた鉄の階段を、カンカンと音を立てて上っていく。二階の右から二番目の部屋が
彼の家だ。握り締めていた鍵を鍵穴に差し込んで、ドアノブをひねって部屋の中に入る。
玄関には、脱ぎ捨てられた靴があちこちに散らばっていた。

 パタンッ

 中に入り、頭をぐるりと動かし部屋の様子を伺う。薄い板一枚で仕切られてるとは思えない
くらい、言い表し難い匂いが鼻腔を貫いた。
(うわあぁぁ……)
 この部屋に入るのは一ヶ月ぶりくらいになるんだろうか。いつもちゃんと整頓している
自分の部屋と比べて、相変わらず部屋の様子は閉口したくなるような惨状である。足の
踏み場が無いというほど散らかっているわけじゃないが、それでも、お世辞にもあまり
綺麗とはいえない。
「……はーっ…」
 だけど前に来た時に、くたくたになるまでこの部屋の掃除をしたのだ。その時の様子が
あまり残っていなくて、思わず溜息が漏らしてしまう。あの時の苦労は何だったんだろう。
あたしは家政婦さんじゃないのに。一応その、えと、恋人のはずなのに。 
 靴を脱ぎ、畳を踏みしめながら部屋に上がり、こもった空気を逃がす為に窓を開ける。
その足元には、敷きっぱなしの布団が一組。
 あれだけ万年床はやめろって言ったのに。自分が注意したことも守られてなくて、また
苛立ちと虚しさが募る。本当にあたしは彼に大切に想われているんだろうか、そんな考えが
浮かんでくるのは、もう何度目になるんだろう。

「……ふぅ」
 唯一の救いは、汚れているといってもゴミが散乱しているわけじゃなくて、漫画や雑誌が
床に放置されている状況だったこと。時間をかけて整理整頓をすればそれなりに綺麗になった。
脱ぎ捨てられていた靴も靴箱にしまいこんで、流しに放置されていた食器も洗剤で洗って
所定の位置に戻す。これで少しはまともになっただろう。

「……」
 そしてまた、足元に敷かれ畳を覆っているものに視線を移す。

 眼下に広がる、少しばかり汚れた布団。毎日寝る時に使っている、少しばかりよれた布団。
そこにはつまり、彼の匂いもそこに染み付いているわけで。

 掃除する際にそこに置いてあった自分の鞄を、傍にあった折りたたみ式の机の上に移動
させる。
 そして布団も押し入れに片付けるのかと思いきや、ゆっくりと膝を突いてその場に座り
込んだ。そのまま手もついて四つん這いになる。皺でもみくちゃになっているシーツを、
ゆっくり伸ばしていく。

(崇兄の…匂いだ……)

 距離が少し近づいたことで鼻を微かにくすぐってくる、今一番会いたくて、今一番自分の
気持ちをぶつけたい相手の残り香。皴を伸ばし終わると同時に、紗枝は半ば無意識に頭を
枕に、身を布団の上に委ねた。
102Sunday:2007/03/05(月) 00:18:57 ID:kFcBuZ5x

 そうすると残り香はより一層強くなる。まるで、彼に思いっきり優しく抱きとめられて
いるような、そんな錯覚さえ覚えてしまう。自分以外誰もいないのをいいことに、鼻から
強く息を吸い込んで、僅かに身をくねらせて、その感覚を存分に楽しもうとする。

「……はぁ…」

 最後に本人に思いっきり抱きしめてもらったのは、もうどれくらい前になるんだろうか。
少なくともここのところは会ってすらいない。街中で、見てはいけない場面をこの目で
見てしまった時のことは、カウントに入れたくなかった。

 半ば半端の夢心地。そんなふわついた感覚が、彼女に一番楽しかった頃の情景を脳裏に
思い起こさせてしまう。




 ………――――――


『ちょっとー、部屋掃除しろよー』
『んー? なんで?』
『汚いからに決まってるだろ』
 久々に部屋に訪れたら、見渡さなくても臭いで分かった。至る所から腐臭を感じ取り、
露骨に顔をしかめて部屋を主でもあり、汚した張本人に改善を要求する。日頃バイトなどで
家を空けることが多いのに、なんでここまで汚すことが出来るのだろう。
『バカお前これは散らかってるんじゃなくて、置いてんだよ。ちゃんと全部計算し尽された
ところに物をばっちり配置してるわけよ』
 面倒臭がり口八丁の彼のことだから、素直に頷いてもらえるとは思わなかったけど。
それでもこの手の言い訳にいい加減辟易してしまうのは、付き合いの長さからくるものなのか
どうなのか。想像通りの答えを返され、肩にドッと疲れが圧し掛かる。
『……どう考えて配置したとしても、机の上にバナナの皮はいらないと思うんだけど』
 ほとんど真っ黒になってしまっている本来黄色いはずの物体を、鼻をつまみながら指先で
掴むと、ゴミ箱の中に放り投げる。窓を全開にしてこもった臭いを逃し、洗い場で手を
洗いハンカチで拭きながら、ジト目で彼を睨みつけた。

『あぁ分かった分かった。今度ちゃんと掃除しとくから。それよりホラ、こっち来い』
『……え』
『早く来いって』
 生返事で応答され少しばかり腹を立てて更に文句を言おうとしたら、それを完全に無視した
いつものお誘い。不意な申し出に、とめどなく溢れ出しそうだった不平不満が、それだけで
ぴたりと止まってしまう。

『いつもの?』
『いつもの』
 恋人同士になってからよく交わすようになった、言葉は同じでイントネーションだけが
違っている台詞の掛け合いが、紗枝は嫌いじゃなかった。一言だけでお互いの意思を疎通
出来ることが、嬉しかったからだ。 
103Sunday:2007/03/05(月) 00:20:06 ID:kFcBuZ5x

『……恥ずかしいんだけどな』
『最初にやって欲しいって言ったのはお前の方だろーが』
『それは、そうだけどさ』
 口で勝負して勝てないことなんて分かってるのに。それでもいちいち売ってしまうのは
そういう性格だから。こればっかりは、治そうと思ってもなかなか上手くいかなかった。
もっとも、そういうところを彼は特に好きでいてくれているようだけど。
というよりか、彼の好む性格になろうと幼い頃必死に努力した結果なのだから、むしろ
当たり前の話なのだが。それが元でよくからかわれてしまったりするのだから、やっぱり
治したいと思う気持ちもどこかにあるわけで。
『だろ?』
『……』

ぽすんっ

ぎゅっ

『はい、よく出来ました』
『うー…恥ずかしいのに…』
 恥ずかしいと言った割には自分から収まりに行ったのだから、おかしな話なのだけれど。
だけどその時の気持ちとは裏腹な言葉を言わずにはいられないのも、そういう性格だから。

 そして、彼はそういうところも好きみたいで。

『そう言うなって、誰も見てないしいいじゃねーか』
 だからなのかもしれないが、そういう態度をとってしまった時は、いつも以上に優しく
してくれるのだ。
『でもさ…』
 恥ずかしくて、照れ臭くて。だけどそこに深く腰掛けてしまうのは、相手の鼓動の音を
知りたくて、自分の鼓動の音を知って欲しいから。
『……じゃあやめるか?』
『え…』
 だから不意な言葉に、またしても戸惑う。
『お前がそこまで言うなら、別にやめてもいいけど』
『……』
『どうする?』
 こういう時だけ、気持ちを聞いてくるのだから。

 彼女の好きな人は、本当に意地が悪い。

『……やだ』
『はっは、だよな』
 そして、逆らえないことも知っていて聞いてくるのだから、性格も悪い。
『…だったら、もう少し大人しくしとけ』
『う〜〜〜』
 悔しくて悔しくて仕方が無いけれど、それと同じくらい嬉しくてドキドキして。

 だけどそんな思い出すだけで胸が高鳴る記憶も、今はもう、昔の話で―――――




「……」
 付き合い始めた頃は当たり前だった頃の情景。それがふと頭をよぎり胸が一瞬ツキリと
痛む。一度冗談めいて椅子になって欲しいと言ったら、彼はそれがよほど嬉しかったらしく、
喜んで手を広げて体を受け止めてくれた。
 胸元に後頭部を預け、全身をもたれかけて、お腹の前でベルトのように手を回して繋いで
もらって。凄くドキドキしたけれど、凄く嬉しかったあの感覚。甘酸っぱい感情が身体中を
巡った違和感とも思えたあの気分は、それこそ味わったことのないくらいの至福の瞬間だった。
104Sunday:2007/03/05(月) 00:21:52 ID:kFcBuZ5x

 そして今仮想ではあるものの、それに近い気分を味わっている。色々と大事な話をしに
来たというのに、そんな気分はもうどこかに吹き飛びかけていた。もぞもぞと身体を動かし
瞼が降りかけ、また静かに大きく息を吸い込む。

「たかにぃ……」

 目がとろつく。本当は、単に寂しいだけなのだ。言いたいことはたくさんあるけれど、
それ以上に以前のようにいつものように時間を共有したかった。会えない時間が多くなった
ことにもどかしさを抱え続けていることを、彼は知ってくれているのだろうか。

(仲直り……できるかな…)
 「今」の関係を考え直してもいいんじゃないのかと聞かれた時、紗枝はそこで初めて、
崇兄が悩んでいたことを知った。
 彼女の中で、その想いは変わらないままだった。それがいけなかったのかもしれないと
いうことは、友人に指摘されるまで気付かなかった。もっと違う形を彼が望んでいたのなら、
これまでずっと我慢し続けてくれてたのだ。そうすると、浮気しちゃったのも仕方ないのかな
と考えてしまう。約束を守れなかったり向こうも自分のことを悪いと思っているかもしれない
けれど、あれは仕方がなかったわけだし。仕事と自分と天秤にかけさせるなんて、そんなの
相手を苦しめるだけだ。
 
 そしてそんな感情をベースに、崇兄からの問いかけの答えを用意した。問いかけられた事
自体、泣き出しそうになるくらい悲しいことだったけど。今ならその原因も、気持ちの疎通が
出来なくてまるで分からなかった相手の気持ちも、ちゃんと分かっている。
 

 だけどそれも、今の気持ちが沈みこむ歯止めにはならなかった。


 親友に相談に乗ってもらったことで手に入れた勇気や前向きな気持ちも、一人になって
まだ上手くいっていた頃の甘い思い出や、すれ違い始めてからの関係を思い起こしたりして
いるうちに、既に失いつつあった。代わりに胸によぎるのは、自分の部屋で横になった時と
同じような、後ろを向いた考えばかり。
(ちゃんと…話できるのかな……)
 ずっと上手くいっていた関係だからこそ、上手くいかなくなってしまった時の耐性を
持っていなかった。そしてそれは多分片方だけじゃなくて、お互いに当てはまるのだろう。

「崇兄…たかにぃ……」
 そんな思考から逃げ出したくて、この場にいない部屋主の名を口にし続ける。この状況で
考えこんでも、沸いてくるのは悲しさだけだ。だから、再び没頭する。幸せを感じられた時の
ことだけを頭の中に浮かべて、本人には呼びかけたことの無いくらい、甘ったるい声で彼の
名前を呼び続ける。そうすると、また記憶の中の優しくしてくれるのだ。

 久しぶりに味わう安らかな気持ちは、やがて彼女から全身の力を奪っていく。

 頭はもちろん、身体や四肢、瞼を上げる力でさえ奪われ、瞳が徐々に重くなっていく。

 昨日の夜はベッドに潜り込んでからも、留守電に伝言を残した彼の真意が分からなくて、
そのことばかり考えを巡らせていた。当然、満足な睡眠時間を得ることは出来なかった。
久しぶりに胸をよぎった穏やかな気分に、その疲れもドッと上乗せされてしまっていた。

 嫌なことを全部忘れて、好きな人のことだけを、その人と作り上げた思い出のことだけ
を考えながら。楽しかった頃の、楽しかったことだけを脳裏にしっかり写したまま。


 そうして彼女は少しずつ、だけど確実に夢の世界へと落ちていったのだった――――



105Sunday:2007/03/05(月) 00:22:42 ID:kFcBuZ5x



「くはぁーっ……」

 バイトを終え、自分で自分の肩をトントンと叩きながら崇之は帰宅の徒につく。今日は
久々に長く働いたもんだから、随分と疲れが溜まった。本来なら、さっさと晩飯を食べて
シャワーを浴びて、しばらく時間潰したら適当な時間に就寝するのだが、今日はこれからが
本番である。

(紗枝の奴…いるんだろうなぁ)

 怒りながらか、今にも泣きそうになりながらか、そのどちらかの表情をたたえながら
待ち構えているのだろう。そして、彼女の行動パターンが読めなくなってしまっている自分に
向けても鬱屈した気分が溜まっていく。関係が深くなって、気持ちが逆に読めなくなる
なんてどう考えても、つーか考えなくてもおかしい。
 途端に頬がひりつきだす。そこは、つい一週間ほど前に街中で彼女に叩かれた箇所だった。
遅れて併せるように思い起こされる、無実の罪を責め立てられた時の記憶。

 紗枝には随分辛いことを言ってしまった。だけどまた今日もあんな態度をとられたら、
彼女のことを大切に想う気持ちが無くなってしまいそうで、怖かった。

 崇之にとっての発端は、紗枝が抱え続けた自分に対する変わらなすぎた真っ白な想い。
 紗枝にとっての発端は、崇之が一時の気の迷いに流された疑惑ではない本当の浮気。

 そのことはもう分かっている。

 身から出た錆を処理するのは大変な作業なのだということを思い知らされ、ぼりぼりと
髪を掻きながら、苦々しい顔で空を仰ぐ。
今日はバッチリ星月が一面に広がっている。今までのパターンからすると、こういう時は
必ず曇り空だったのだが。どうやら天気には早々に裏切られてしまったらしい。

「……」

 扉の前まで戻ってきたところで、足が止まる。明かりが点いている。出掛ける前は確実に
消していた明かりが、今は光を放っている。ということは、誰かいる。その誰かが誰なのかは、
もちろん言うまでもない。毎日開け閉めしている扉なのに、今日に限ってはノブに触れること
にさえ勇気を必要としてしまう。
 
 いやいやしかし、ここは自分の家だ。なんで躊躇う必要がある。

 そう思い立って、一転迷いを振り切ってドアを開き、あくまで平静を装って部屋に入る。
足元を視線に落とし靴を脱いでいると、彼女のローファーだけしか視界に入らず、自分の
靴がちゃんと仕舞われていることに気付き、また一段と気分が重たくなった。この様子じゃ
部屋の中も掃除してくれているのだろう。これでまた負い目がひとつ出来てしまった。
 どんな言葉で声をかけようか、どんな言葉をかけられるのか頭の中で逡巡し、苦虫を潰した
ような顔になってしまう。どんな反応をされるだろう。

「……?」

 そういえば、おかしい。扉を開け、部屋に入った時点で何かしら反応があるはずなのに、
なんら応答されることもない。

「……紗枝?」

 顔を上げるが姿も見えない。電気が点いているということは家の中にいるはずなのに。
途中で外出する用事があったのなら、ちゃんと消していくし、鍵も忘れずにかけていく奴だ。
一体どうしたんだろう。
106Sunday:2007/03/05(月) 00:25:48 ID:kFcBuZ5x

「くぅ……すぅ…」

「んー?」
 何やら寝息が聞こえてくる。玄関からは、布団を敷いている辺りはテーブルの陰に隠れて
丁度死角になっている。身体ごと首を傾け、視界の角度を変えて死角だった辺りの場所を
覗き込んでみる。
 そこに見えたのは、布団に沿うように倒れている、紺色のソックスに包まれた二本の脚。
部屋に上がり、足音を忍ばせて徐々に近づくと、掛け布団に身体半分ほど埋まった可憐な
眠り姫が夢の世界へと落ちてしまっていた。
「すぅ…すぅ……んん…っ…」
 しかも何故かことあるとごとに、布団に自ら埋まっていくかのように身体を擦り寄らせる。
掛け布団をそっと握り締め、口元あたりだけ覆っている。

「……」

 足をかがめてそのまま尻を床につくと、掛け布団の位置を少しずらして、紗枝の寝顔を
あらわにする。反射的に、人差し指で頬をつっついてみた。
「ん〜……っ」
 割れた声で反応を示すものの、起きる様子はない。この反応が琴線に触れてしまって、
もう一度頬をつっついて様子を伺ってみる。
「んっ」
 嫌がるように一瞬眉をひそめ、拗ねたように声を上げると、無意識げに顔を布団の中に
隠してしまった。そしてまたもぞもぞと身体を動かすと、布団の下から深呼吸をする声が
耳に届く。

(やべ……マジ可愛い)

 すっかり頭の中から抜け落ちていた事実を、今更になって思い出したようだ。

 恋人というのは、相手の浮気を詰問して叱り飛ばしてくるのが役割じゃない。お互いに
時間を共有して、一緒にいるだけでも心を満たしてくれるような、他の何物にも変え難い
大事な存在なのだ。
 それを、ここ最近の関係の悪化が原因ですっかり忘れてしまっていたのだろう。

 そういえば、幼なじみだったけれどこうして紗枝の寝顔を拝むのはほとんど記憶にない。
あったとしても、それは彼女がまだ赤ん坊の頃の話。あの時も確か似たような言葉の感想を
抱いたと思うが、その意味合いは今とはまるで違っている。

 だから、この姿は新鮮だった。年上だった分、紗枝のほとんどの表情を知り尽くしていた
ことも手伝ってか、いつもよりも心を揺すぶられた。だからまた、掛かった布団をゆっくりと
払いのけて、その寝顔を覗き込む。いつもよりも全てにおいて可愛さが増しているのは、
最近はあまり見せてくれなかった紺色のブレザー、深緑の色をした紐タイ、チェック柄の
プリーツスカートという組み合わせの制服姿のままだからなのだろうか。どうやら学校帰りの
まま、帰宅することなくここへ来たらしい。

 自分と彼女の関係がどういうものだったかを思い出せたおかげか、帰る直前まで引き摺って
いた考えがあっさりと消え失せる。そしてこれまでの鬱憤を晴らすように、突然くだけた
行動に出てしまう。
「……」
 身体を横向きに滑らせて、無防備なプリーツスカートの中身をそっと確認しようとする。
が、その直前で身体が固まった。どうやら思いとどまったらしい。

 いかんいかん、これじゃまるで変態じゃないか。それとも、やろうと思った時点でもう
十分に変態か。いやいや、どうせ男は全員変態だ。というわけで覗いてやる。こんな所で
寝るこいつも悪いんだ。
 
 結局欲望に負けたようである。首をぐぐぐっと動かして、奥を確認する。
107Sunday:2007/03/05(月) 00:27:13 ID:kFcBuZ5x

ちらっ

 見えた! ちょっとだけ見えましたよ! 色は薄い緑、ペパミントグリーンというやつだ。
この野郎、色気のある下着つけやがって。少しだけ興奮しちまったじゃねーか。

「すぅ……すぅ…」
 多大な戦果に充分満足して、体勢を元に戻す。
 話をするために起こそうかとも思ったが、だけどもう少しこの寝顔を見ていたかった。
むしろまだまだ眺め続けていたかった。傍であぐらを掻いて、顔元の布団をどけて静かに
見つめ続ける。
 これ以上ちょっかい出すと目を覚まされそうなので、我慢する意味もこめて腕を組む。
紗枝の制服姿は、普段は余りスカートを履きたがらないことも手伝ってかよく似合い、
そして普段以上に可愛らしく思えた。


『見て見て、たかにぃと同じ学校のせーふくだよ!』


 ああ。

 そういえばそうだった。

 まだ紗枝の家の向かいに住んでいた頃。進学、衣替えをする度に、彼女はその制服姿を
窓越しに見せ付けてきた。そんな埃被った記憶の断片が、急に脳裏に浮かび上がってくる。
 
 年が四つ離れているもんだから、中学と高校は共に通うことが出来なくて。それだけに
たまに下校途中でばったりと出くわした時は、いつも以上に減らず口を叩いてきて、いつも
以上に嬉しそうな表情をしていた。今はもう彼が通学していないせいか、そんな思い出を
作れる機会が、もう無いわけだが。
 崇之が高校を卒業すると同時に、紗枝は途端に制服姿を見せることを渋るようになった。
その理由は明かさなかったけど、なんとなく分かっていた。自分一人だけって言う状況が、
嫌だったんだろう。
 そのおかげか、こうして彼女の制服姿を改めてまじまじと見つめ返すことで、さっきから
胸をむず痒い感覚が駆けずり回っている。それが増せば増すほど、奇妙な充実感と、彼女が
どんな答えを用意したのかという不安が沸いてくる。

 思えば馬鹿なことを口走ったもんだが、だからといってあの時、代わりにどう言えば
良かったのかと思い直そうとすると、今の状況も仕方ないと思えてしまう。気持ちだけじゃ
どうにもならないことがあるということくらい、彼は知っている。

 自分が悪いのか、彼女が悪いのか、きっかけを作ったのはどっちか、向き合ったと思って
いた時に実は向き合ってなかったんじゃないのか。考えることはそんなことばっかりで、
しかもその答えを全部綺麗に出せるわけが無いのだから、それだけ歯痒さも増していく。
 だけど、そんな頭を抱えたくなるような問題をすぐに忘れさせてくれるくらいの魅力が、
今目の前に横たわる彼女にはあった。


 もし恋人でなくなったとしても、崇之にとって紗枝は大事な存在なのだ。それだけは
確かなのだ。お互いの立場とか関係無しに、ずっと一緒にいたいのだ。


「……」
 
 そうなると、やっぱり馬鹿なことを言ってしまったという気分に襲われてしまう。自分の
尻尾を、その場でぐるぐる回って追いかけ続ける犬になったような気分だった。
(あーあ…)
 思わず、頭を抱えてしまう。今まで付き合ってきた女の子は何人かいるが、崇之はいつも
振られる立場だった。その理由が、今更ではあるが何となく分かってしまう。
108Sunday:2007/03/05(月) 00:28:21 ID:kFcBuZ5x


 その時だった。


「…っ……っ…」

 それまで規則的だった紗枝の寝息が、段々と乱れだしていることに気付く。つられて
表情もそれまで安らかなものだったのが、徐々に変化が現れる。穏やかな線形を描いていた
眉や口も、少しずつ形を乱していく。

「……ぐすっ…」

「……」
 そして、鼻を啜った。

 もしかして。いやいやそんなまさか。いくらなんでもありえない。
 
 冗談だろ勘弁してくれ今そんなもん流されたらマジどうしようもないぞ。

 そう思いながら、再び顔の辺りまで近づいて恐る恐る様子を伺ってみる。
(……マジか)
 目尻の縁に溜まった、微かな滴。それは紛れもなく、いうまでも無いもので。

 その表情は、見たことがあった。

 泣きじゃくって、駄々っ子のように首を横に振り続け、こっちの言い分になかなか納得
してくれなかった。あの、黄昏時の河川敷で見た泣き顔そのものだった。

「……なぁ、紗枝」
 まだまだ彼女の寝顔を見つめ続けていたかったのが本心ではあったが。
「どんな夢、見てんだ……?」
 だけど、問いかけずにはいられなかった。それがそういう意味を含んだ涙なのだとしたら、
夢の中で彼女を泣かしているのは、夢の中の己だということになってしまう。
 
 髪を撫でて、そのまま指先で耳から顎筋をそっとなぞる。それは今までしたことのない、
淫靡な雰囲気を纏った仕草だった。そのまま手を動かして肩先、鎖骨が浮き出た辺りを
優しくポンポンと叩き始める。

 もし本当に、夢の中で彼女を泣かせているのが自分だったら。謝らないといけないのも
自分でないといけない。だから現の世界から、優しく彼女を起こそうとする。だが睫毛を
濡らしていた雫が重力に引かれた瞬間、胸の中が大きく跳ねてしまった。
「紗枝、起きろ」
 仕草は優しいままだったけど、声が無意識に切羽詰まる。理由はもう言った。今更余裕
なんて必要ない。

 気持ちか、関係か、それとも今の感情か。

 満天の星を臨むことの出来ていた夜空に、徐々に薄い雲が翳っていく。


 崇之は、そのことには気付かないまま、紗枝を起こそうとし続けるのだった―――――



109Sunday:2007/03/05(月) 00:30:38 ID:kFcBuZ5x
|ω・`)……



|ω・`)ノシ ゴメンネ、ミンナノノゾンデナイヨウナテンカイデゴメンネ



|ω・`;)ノシ ソロソロオワリチカインデユルシテクダサイ



  サッ
|彡
110名無しさん@ピンキー:2007/03/05(月) 01:34:46 ID:jQJyLadf
スカートの中身覗いただけで終ったのは確かに望んでない展開かもしれん。
111名無しさん@ピンキー:2007/03/05(月) 01:58:13 ID:BPRd0S4v
日曜超GJ!!!
椅子になって欲しいとせがむ姿や眠っている姿の紗枝が琴線に触れますた!!!!!
112名無しさん@ピンキー:2007/03/06(火) 02:57:34 ID:DVIQm6ul
GJっ!!!
それしか言えねぇ!
113名無しさん@ピンキー:2007/03/06(火) 04:00:12 ID:6jniDEtM
保管庫は更新されないの?
114名無しさん@ピンキー:2007/03/06(火) 18:52:53 ID:5RYmWI4T
10スレの半ばから更新されてないんだよな。
管理人さん忙しいんだろうけど、少しずつでも更新して欲しいなぁ。
115優し過ぎる想い:2007/03/07(水) 23:51:58 ID:IJ+s4Z4A
私は今神社にいる。
うちの町内ではかなり有名な八幡宮という神社だ。
今日学校をサボった。

昨日、遼君と夕食を一緒に食べた。
それ自体はたいした事じゃない。
よく遼君とは一緒に夜ご飯を食べている。
ただその時にあることが起きた。

私は遼君の事が好きだった。
だから私は今の微妙な関係が嫌だった。
もっと遼君に特別にしてほしく、優しくしてほしかった。

そのために、
この微妙な距離を近づけるために、
私は告白しようとした。
でもその度胸は私にはなかった。
だから遠回しに聞いた。好きな人がいるかと。
そして彼は躊躇してこう答えた。
いる、と。

私は戸惑った。
好きな人がいるかと聞いておきながら、いると返ってくる状況を考えていなかった。

いるわけがないとタカをくくっていたのだ。
片手落ちもいいところだった。
だから醜く慌てた。
その後、私は家に逃げ帰った。
遼君から見たらただの変な奴だろう。
そのことにも落ち込む。

その後も私は悩んだ。
明日どんな顔をして、どんな話を彼とするべきか。

もうこの想いは諦めていた。
好きな人がいる彼の心には入って行けない。
そんなことは私には出来ない。
116優し過ぎる想い:2007/03/07(水) 23:52:41 ID:IJ+s4Z4A
そしてそのまま私は学校をサボった。
さらにこんな時間になっても家に帰らないでいる。
本当に遼君に迷惑かけて、お父さんに心配かけて、私何やってるんだろ。
そんな事を考えていたときだった。

こっちに駆けてくる遼君が見えた。
「葵〜、こっち来いよ〜。もう見つけてんだ、逃がさねぇぞ〜。」
そして遼君の声がした。
私はこう答えた。
「今そっち行くよ。」
私は遼君のところへ行きながらも迷っていた。
でも嬉しかった。
遼君が探しに来てくれた。
こんな時間なのに。
そして私の事を見つけてくれた。
それだけで私は嬉しかった。
後は何をするのか、するべきなのか、それだけだった。

結論は簡単だった。
謝ろう。昨日逃げた事を謝り、今日迷惑をかけた事を謝ろう。

「遼君、ごめんなさい。」
「なんで葵が謝るんだ?」帰ってきた言葉は本当に意外だった。
でもなんで?と聞かれたならちゃんと説明しよう。

「だって、学校サボっちゃったし。夜遅くまで帰らなかったし。
今も遼君にこんなに迷惑かけちゃったし。遼君大丈夫?」
でもその何故かは最後まで言えなかった。
彼の顔を見てしまったから。
117優し過ぎる想い:2007/03/07(水) 23:55:11 ID:IJ+s4Z4A
顔色がおかしかった。
青いなんてものじゃない。真っ白だった。
今にも何かが途切れてしまいそうに見えた。
でも表情は元気そうに見える。
「そんなことなら大丈夫だよ。学校なんてサボるためにあるんだし、俺に迷惑なんていくらかけてもいーの。
そもそも今回は俺が主原因みたいなものなんだから。
なぜ俺?俺は全く問題ないぞ。」
「なんで遼君のせいなの?」
「ほら、なんか昨日俺に相談しようとしてただろ。でも俺が茶化して言わせなかった。だからこんな事したんだろ。
本当にごめん。」
私の中の何かが飛んで言った、この遼君の言葉によって。
その後はただの感情の発露だった。
「なんで遼君が謝るの?
私が悪いのに?
勝手に遼君に告白しようとして。
遼君に好きな人いる?
って聞いて、それに予想外の答が帰ってきたから、勝手に慌てて、揚句の果てに逃げただけなのに。
ねぇ、なんで?
悪いのは私なのに?」
彼は止まっていた。


「あ、葵が、俺の事好きって本当?信じてもいいの?」
私はそう言われてから自覚する。
一気に顔が赤くなるのがわかる。
いつのまにか私は告白していた。
118優し過ぎる想い:2007/03/07(水) 23:56:08 ID:IJ+s4Z4A
「本当だよ。信じていいんだよ。」
そんな言葉がすらすらと口から出る。
でも本心だ。
たとえ断られてもいい。後は答を待つだけ。
断られるだけと分かっていても。


「俺も・・・葵の事が大好きだ!」
そう言って彼は私の事を抱きしめた。
なんで?他に好きな子がいるんじゃないの?
そんな疑問が湧いてきた。
けど、今は好きといわれたことの嬉しさの前に消し飛んでしまった。
幸せだ。
私は何かに浮かされていた。
「ねぇ、キスしようか?」
こんな事を言っていた。
また顔が赤くなるのが解ったけど、恥ずかしさを隠して目を閉じる。
彼に更に強く抱きしめられて、唇が一瞬触れ合う。
遼君のはちょっと硬い感じがした。
「遼君大好き!」
そういってさらに飛び付いた。取っても幸福だった。








でもすぐに幸感は終わった。

ドサッ
119優し過ぎる想い:2007/03/07(水) 23:57:36 ID:IJ+s4Z4A
遼君が倒れた。
私が飛び付いた勢いを止められずに倒れた。
そういうのが適切な表現だろう。

胸を抑えてる。

「どうしたの、遼君。大丈夫?」
そういって彼の体を揺する。
でも反応はない。
彼の顔色だけが悪くなっていく。
手を握ってみる。
冷たかった。
まるで氷を触ってるみたいだった。

顔色と手の冷たさとが合わさって、今にも遼君の命が消え去っていくような気がする。
「遼君おきて、ねぇ起きてよ。」
返答はない。

遼君を助けなきゃいけない。
救急車!
事ここに至ってやっと救急車を思い出した私は、すぐに119に電話をかける。
「はい、救急センターです。」
「きゅ、急患です。八幡に、は、早く来て下さい。早くお願いします。」
「落ち着いてください。患者の氏名、年齢、性別と症状を教えてください。」
「はい。安井遼太、16才、男です。症状は・・・胸を抑えてます。」
「脈は?」
遼君の胸に耳を当てて聞いてみる。
ドドックドク ドドッ ドク
明らかにおかしい脈拍だった。
即座にそれを伝える
「おかしいです。」
「解りました。直ちに向かうので一緒にいてください。」
「わかりました、早くお願いします。」
120前スレ580:2007/03/08(木) 00:01:00 ID:OZdqgTiO
葵×遼太続き投下します。

神作品のあとに恐縮です。
一応視点変更はこの一回だけのつもりです。
遼太死亡フラグ立てまくっといてあれですが殺すつもりはありませんのであしからず。
121名無しさん@ピンキー:2007/03/08(木) 01:56:36 ID:GejX7EZ4
くそ、ハッピーエンドだよな!?
続きが気になるような事しやがって。このGJめが!!
122名無しさん@ピンキー:2007/03/08(木) 21:55:35 ID:gFGVtH8h
GJです!
遼太が死なないと知って安心しました……。
やっぱり甘ーいハッピーエンドを読みたいのです。
123名無しさん@ピンキー:2007/03/11(日) 00:59:49 ID:h7qlsYJl
中学校からの幼馴染ー。
124Sunday:2007/03/12(月) 10:56:26 ID:1embby+Y

『なぁ、紗枝』
『? 何?』
『今度さ、二人で旅行に行かないか』
 麗らかな放課後、珍しく人気の少ない駅前の並木道を、ゆるりと手を繋ぎながら。崇兄が
前を向いたまま、穏やかな表情のまま話を切り出してくる。
『……旅行?』
『そう、旅行。つってもあれだよ。近場で一泊程度の予定のつもりなんだけどな』
 思わぬ申し出に、紗枝は無意識にその表情を覗き込もうとする。しかし生憎、彼は正面を
じっと見据えたまま。こっちを向いて欲しいのに、前を見つめるばかりだった。

『……嫌か?』
 そのことに集中しすぎて、返事どころか反応することさえ忘れてしまっていた。しかし
それが功を奏したのか、ようやく彼がこっちを振り向く。珍しいことに、少しだけ不安が
入り混じった顔で聞いてくる。
『え…あ、その…』
 内容があまりにも唐突すぎて、なんと言えばいいのか分からなかった。しどろもどろに
なりながら、視線をあちこちに動かしながら答えを探そうとする。しかしそんなものが、
これ見よがしに目に映るはずもなく。

『はっは、そう焦ることでもねーだろ。泊りがけでデートするようなもんだ』
 少し寂しそうに微かな溜息をつくと、彼はそれをかき乱し打ち消すように笑みを浮かべ、
おどけながら言葉を付け加える。

『でもさ、泊まりがけってことは……色々やるんだろ?』
『あぁ、色々やるな』
『二人で遊んで色んな場所に寄ってご飯食べて……、夜、一緒に寝るんだろ?』
『あぁ、一緒に寝るな』
『そしたら……何かするんだろ?』
『あぁ、何かするな』

『……行かない』


『   何   故   だ   っ   !   』


『下心丸出しで何言ってんだよ』
 やっぱりというか案の定というか、本心はそこのところにあったようで。というか、
そこ以外に何かあるはずも無いだろうが。
『お前な、エロいこと=よくないこととかその年になって思ってるわけじゃないだろうな』
『そういうわけじゃないけど、そうガツガツされるとさぁ』
『ほーお、半年近く付き合った彼氏に未だヤらせないどころか、舌を絡めるのも嫌がる
潔癖症のお嬢様は流石言うことが違うな』
『なっ』
『本当のことだろ』

 思わず言い返そうとしてしまったが、確かに彼の言ったことは紛れもない事実である。
だから言葉を詰まらせてしまう。それを切り出されたら、何も言い返すことが出来ない。

『何か間違ってること言ったか? そんな調子だったらそりゃガツガツしたくもなるわ』

 皮肉を言われそっぽを向くように彼はまた正面へと向き直ってしまう。素直に首を縦に
振ってもらえるとは思ってなかったのだろうけど、余りに冷たい対応に少し拗ねてしまって
いるようにも見えてしまって。ふだん滅多に見せることのない子供っぽい仕草に、ついつい
相好が崩れてしまう。
125Sunday:2007/03/12(月) 10:59:01 ID:1embby+Y

『ンだよ』
『んーん、何にもー』
 不機嫌な様子の問いかけに、上機嫌に切り返す。答える立場にあるからかもしれないが、
それでも紗枝は、自分が珍しく主導権を握れていることに、ひそかな優越感を覚えた。
『……ったくよー、甘やかしてりゃすぐつけあがるんだもんな』
『普段セクハラばっかりしてくるそっちはどうなんだよ』
『付き合い始めてからはしてないだろ』
『そうなる前の話。崇兄があたしの身体でまだ触ってない箇所なんて、もう無いじゃないかー』

 椅子になってくれたり照れることなく手を繋いでくれたりと、身体を密着させる機会は
相変わらずとはいえ、意外なことに付き合い始めてからの崇兄は、やらしい意味での過度な
スキンシップを全く行わなくなっていた。もっとも、それまで顔をあわせる度にそういった
行為を行い続け、これまでの合計回数が軽く二桁を超えているのもまた事実なわけで。
当然のことながら、話は延々と平行線を辿ろうとし始める。
『いや? まだ触ってないとこもあるぞ?』
『何言ってんだよ。こういうのはした方よりされた方が良く覚えてるんだからな』
『……つってもなぁ、ここを触った覚えは無いんだがなぁ』
 その言葉と共に、スススと近づく繋いでないもう片方の手。その腕が速度を変えること
なく紗枝の下腹部あたりへと近づいてきて―――

ギュッ

『痛って!』
 目的地に到達しようとした寸前、彼女はその手の甲を思いっきり抓ったのだった。

『何すんだ!』
『あたしの台詞だそれは! どこ触ろうとしてんだよ!』
『そりゃーもちろんお前の…』
『言うな!』
『聞いてきたのはお前だろーが!』
 人目のあるところでこんなことすんな、と更に言い返そうとして抑え込む。屁理屈が得意な
彼のことだ。今の言葉を言おうものなら『じゃあ人目の無いところならいいんだな?』とか
なんとか言って、いかがわしい場所に連れ込もうとするのは目に見えている。もし言わない
としたら、向こうからそういう空気に持ってこうするに違いない。

『あのなぁ、お前は恥ずかしくてつい嫌がっちまうんだろうけど、恋人同士ならこういう
ことは普通ヤってて当たり前だぞ?』
『……何故最後を強調する』
 ほうら始まった。字面がこっそり変わっているであろうことも、しっかりと察知する。
『そもそもだな、付き合いだしてから俺はお前のことをちゃーんと"恋人"として接して
やってるのに、お前はどうなんだお前は! 手ぇ握るくらいで満足しやがって! 半年近く
お預けを食らう俺の身にもなれ!』
『恋人だからってすぐそういうことしたがるのはおかしいよ。もっとさ、お互いのことを
よーく知ってからでも』
『幼なじみ。俺達幼なじみ』
 反論しようとすると、崇兄はそれを遮り自分と彼女を何度も指差しながら言い返してくる。
その時紗枝の脳裏には、いつぞやのバレンタインデーに彼にチョコレートを渡そうとして、
あくまで「幼なじみ」なんだという関係を再確認させられてしまった、あの時の情景が
浮かび上がっていた。

 不安が、よぎる。
126Sunday:2007/03/12(月) 11:01:53 ID:1embby+Y

『……そうは言ってもさ、やっぱり付き合ってからは何となく感じが違うし。もうちょっと
仲良くなってからでも…』
 だけどその不安を打ち消して言い返す。すると、崇兄の表情がみるみる変わっていく。
鼻頭も小さくピクリと痙攣して、それまでのふざけた様子が、瞬時に消え去る。
『付き合うってことがそういうことなんじゃないのか? お前まさか結婚するまで操を
立てたいとか思ってるわけじゃないだろうな』
『ち……違うよ』
 言葉の歯切れが悪くなる。自覚はあるのだ。待たせ続けていることに、負い目を感じて
ないわけじゃないのだ。

『あー、もういい。分かったわかった』

 謝ろうとした矢先に、鬱陶しそうに手をプラプラと振りながら遮られる。彼のその態度に、
紗枝の胸に一度は封じ込めたはずの不安が、更に大きく強くなって、ロウソクの火のように
ゆらりと宿る。
『アレだろ? 結局お前はまだそういうことはしたくないんだろ? 普通に遊んだり手を
繋いだりしてるだけで今は満足なんだろ?』
『うん……まあ』
 だけど、好きな人に嘘をつきたくなくて、不安感をそのままに素直に首を縦に振る。
正直な気持ちは時に相手を傷つけるということを、彼女は知らなかった。

『別にそれって、相手が俺じゃなくてもいいよな』
 
『え…?』
 膨らむ不安が、自分の身体という殻を破って外に飛び出してしまう。

『自由に出来ないなら、自由にさせてくれ』
 手を、解かれる。歩みを止めても、崇兄は止めない。すぐ隣にあったはずの背中が、
少しずつ遠ざかろうとする。
『……どういう、こと?』
『……』
 肩越しに視線を送り返されると、鼻から大きく息を吐きながら彼は振り返る。しかし
それまで彼女の手を握っていたその手には、いつの間にか煙草とライターが手にされていて。

カチッ

シュボッ

 吐き出された煙が風に乗って、紗枝の頬を掠っていく。思わず顔を顰める。その煙たさが
苦手だから、煙草が嫌いだった。好きな人の身体から、ヤニの臭いがするのも嫌だった。
 
だけど今は。目の前の出来事を受け止めるだけで精一杯で。

『……』
 彼がどういう時にそれを吸ってきたのか、当然彼女は知っている。


『どういう……つもりだよ』


『……んー?』

127Sunday:2007/03/12(月) 11:03:33 ID:1embby+Y

 だけど今の状況で、その行為をそのままの意味に捉えることがどうしても出来なかった。
いや、出来なかったわけではなくて、怖かった。
 手に持つそれを口に咥え、スッと息を吸い込み濁った息を吐き出す、彼はそんな行為を
繰り返す。やがてまた指に挟んで、今度は煙草自体から煙をくゆらせ始めた。いつもの
ように口喧嘩をしていた雰囲気は、もうどこかへ過ぎ去ってしまっていた。
 急に変わっていく場の空気に、ついて行くことが出来ない。視界と身体が、ゆらゆらと
揺れ始める。

『どう言って欲しいんだ』

『……言わなくても、分かってるだろ』

 声が少し潤んだ。悔しい。こんなことくらいで傷つくような、弱々しい女の子だなんて
もう思われたくないのに。いっぱい心配をかけてしまった相手だから、もう心配されない
ように強くなりたいと思ってるのに。
 それは自分の為でもあるけど、同時に今目の前にいる大好きな人の為でもあるのに。

『……』

 なのに彼は、付き合う前は分かってくれてたそういうところを、今ではまるで分かって
くれなくて。気付いてて欲しいわけじゃないけど、その変化が少し悲しくて。

 地面に落としてそれを踏み消すと、崇兄は再び紗枝の下へゆっくりと近づいてくる。
だけどその表情は渋いまま。

『あ…』
『……』
 
 抱きしめられそうなくらい近寄られて、思わず怖々とした声を上げてしまう。少しだけ
俯いて、見下ろしてくる表情から顔を逸らしてしまう。そんな彼女の頭に、何度も繋いだ
手の平が降りてきて―――

くしゃ…

『! や、やだっ!』
『……』
 頭を撫でられるのは嫌いじゃない。むしろ、今でも撫でて欲しいと思ってる。
 だけど今は事情が違う。付き合いだしてからは、当然一度も撫でられることは無かった。
その理由も、もちろん分かってる。
 最後に撫でられたのは、季節が移ろい始めていた、あの黄昏時だ。

『…どうして……?』

 どうして、どうして。立て続けの余りの仕打ちに、沸いて出るのはその一言だけ。

『どうして、か。……ほんと、どうしてなんだろうな』
『……』
『……付き合い始めてから、上手くいってないよな。俺達』
 意味が分からない。頭が凍り付いて、何も理解出来ない。
128Sunday:2007/03/12(月) 11:09:06 ID:1embby+Y

『お前だからか…幼なじみだからかよく分からんけどな。こんなに疲れるとは思わなかった』

 違う、違うよ崇兄。一緒に遊んでたい、手を繋いでくれるだけでいいって言ったのは、
相手が崇兄だからなんだよ。いつもはこんなこと言わなくても分かってくれるのに、何で
今は分かってくれないの?

 そう思うだけで、言葉は出てこない。それ以前に、崇兄はもうこっちを見てはくれない。
付き合い始めてから上手くいかない。今しがた紡がれた言葉が、強く深く突き刺さる。

『お前は、辛くないのか』

 そんな葛藤を、分かってくれるはずもなく。この前とよく似た台詞を口にされる。

『浮気されて、構ってもらえなくて、挙句怒ってばっかりで、辛くないのか?』

 並木道を歩いていたはずなのに、いつの間にか自分と彼以外の全てのものが、その存在を
消してしまっていることに気付く。ただ延々と、地平線が見えるくらいに白い空間が広がり
続けるばかりで、まるでとてつもなく大きな白い箱の中にに閉じ込められたようで、現実では
ありえない状況が平常心を奪い取り、思考さえも凍てついてしまう。

『あた…し……あたしは……』

 震えが、止まらない。全部を全部、この場所で失ってしまいそうで。髪の毛のような
細い糸が舌に絡んで言葉が上手く出てこない。

 泣いてしまっていることに今更気付いて、今度はしゃくりが止まらなくなる。

 今しかないのに。用意してきた答えを言うのは、今しかないのに。

 だけど。



    怖くて。


              焦って。


                              辛くて。


         寂しくて。


                    泣いてしまって。


      一緒にいたくて。 


                                 構って欲しくて。



            だけど彼のことは好きなままで。


129Sunday:2007/03/12(月) 11:10:07 ID:1embby+Y


 胸に宿る全ての感情があちこちにばらまかれ、互いに強烈に主張しあって鍔競り合う。
それに気圧され心臓の鼓動が壊れ始める。言わなきゃいけないと思えば思うほど、口への
信号が伝わらなくなる。
『……あの…』
『……』
『ぁ……あの…』
『はー……』
 その先が、言えない。言えずにいたら、とうとう彼が、興味を失ったように溜息をついて
しまった。時間切れ。そんな意味合いが込められたような態度だった。

『…た、崇兄……』
 
『いいよ、もう。無理すんな』
 少し寂しそうに笑うと、彼は一言そう言って。それは泣きじゃくる妹を、泣き止ませよう
とする兄のような、ひどく柔らかい口調で。

『付き合わない方が、良かったな。少なくともお前にとっちゃ』
『……』
『酷い目にあわせてばっかりで……ごめんな』
『…何……言って…』
 優しくされてるはずなのに、傷つくことがあるなんて。こんな気持ち、彼女は知らない。

『じゃあ、な。元気でやれ』

 そして最後にそう言い放たれた時も、彼は寂しく笑ったままで。
『待っ…』 
 背中を向けられ、手を振り立ち去り始めた崇兄に、立ち止まってもらおうと声をかけよう
とするものの。

 次の瞬間、その後ろ姿は瞬く間に白い空間へ溶け込んで、掻き消えてしまう。

 それこそ、身体に纏わせていた煙のように。跡形も、なく。

『崇兄…?』
 吐き出したはずの言葉は、形にならずに崩れ去る。
『崇兄……どこ…?』
 どこからも返事は無い。目の前には、何も、無い。
 
 
『さえー! はやく来ないと置いてくぞー!』


『うわああああん! まってよー!!』


 そして一瞬だけ浮かんで消えた幻聴と幻覚が、とうとう彼女に止めを刺してしまった。

『…っ―――――!』

 一人きり。傍にもう、誰もいない。
 
 その目の前の光景に紗枝は、声にならない悲鳴を上げる―――――――


130Sunday:2007/03/12(月) 11:12:47 ID:1embby+Y



「んー……」
 崇之は困っていた。いくら身体を揺すろうがトントンと肩を叩こうが、紗枝が一向に
目を覚まさないのだ。よっぽど深く寝入ってしまっているのだろうが、それでもさすがに
ここまでやれば、目を覚ますと思うのだが。

「おーい、起きろって」
 埒が明かないながらも他に方法がなく、彼女の肩を揺らし続ける。嗚咽が漏れ始めた時と
比べても、その表情は明らかに歪んでしまっていた。
 自分で起きるまで放っておこうかとも思い始めるが、眠りながらもくすんくすんと鼻を
啜る所作は止みそうにない。そしてその度合いが段々と酷くなっていく様子を目の当たり
にすると、ジクジクと胸に痛みが走り、不安を覚えてしまう。

 ……
 
 やっぱり、ちゃんと起こしてやるか。

 メトロノームのように左右に激しく揺れ動く気持ちを整理して、彼女を起こしにかかる。
どうやら今の今までは、本気で起こすつもりが無かったらしい。やっぱり心のどこかで、
まだこの寝顔を見ていたかったようだ。
「起きろ、紗枝」
 体勢を入れ替えると、腕に力をこめる。それまでは起こした時に機嫌を損ねたくなくて
本当に触れる程度だったが、今度はしっかりと力をこめ、声も少し張り上げ強く揺らして
起こそうとする。嫌がられるように顔や身体を背けられても、もうその動作を止めたりは
しなかった。

「…っ……ぅ…?」

 しばらくの間その状態を続けると、眠っていた彼女はそれまでとは違った反応を示しだす。
どうやらようやく意識が戻りかけているようだ。
「紗枝」
 それと同時に、その行為とは裏腹に、出来るだけ優しく名前を口にする。身体から手を
離してその顔をじっと見下ろしていると、開かれた瞳と己の視線がゆるりとかち合った。

「……」
「よっ」
 手を立て、軽い雰囲気を纏わせ声をかける。しかし彼女は、その状態のまま動かない。
驚いて身を起こすわけでもなく、寝ている間に流した涙の跡を拭うわけでもなく、ただただ
じっと見つめ返してくるだけだ。

「崇兄……?」
「おはよう」
 挨拶し返すと、紗枝の表情が僅かにくぐもる。一瞬眉間に微かな皺が走った。
「あ……」
「……」
 なんだか様子がおかしい。やっぱり、あまり楽しくない夢でも見てたんだろう。
「ほんとに……崇兄なの…?」
「……会わないうちに俺の顔忘れたのかよ」
131Sunday:2007/03/12(月) 11:14:39 ID:1embby+Y

 流石にこの言葉にはショックを隠しきれなかった。どう解釈しても、好意的に受け止め
られなかった。今まで、そんなこと言ってきたことなんて無かったのだが。
「あ…違うよ、そういう意味じゃなくて……」
 紗枝はふらふらと上半身を起こすと、バツが悪そうに言葉を放つ。そして、尻餅をついた
状態のまま脚をもぞもぞと動かして、少しずつ後ずさっていく。
「どうしたんだよ」
 おかしな反応を見せ続ける紗枝の様子を訝しがり、無意識に声を少し張り上げてしまう。

「っ……」

 その瞬間、肩が大きく震えたのを、崇之は見逃さなかった。怖がるように顔を俯けて、
息も少しだけ乱れている。相変わらず目の縁に走った跡を拭う様子もない。
「……」
 ふーっと息をつくと、崇之は腰を上げ無造作に近づいていく。なおも後ずさろうとする
彼女の肩を掴んで動きを制止させると、あぐらを掻いてまたすぐに腰を下ろした。掴んだ
手をそのまま腕に沿わせていって、一回り小さな手の平を、安心させるようにやんわりと
両手で包み込む。

「あっ…」
「随分ぐっすり寝てたな」
 なおも怖がろうとする紗枝に、出来るだけ優しく声をかける。
 具体的には分からないけれど、どんな感じの夢を見ていたのか、おおよその見当はついて
いた。ひどく怯える彼女の様子を目の当たりにして、気付かない方がおかしい。ずっと
一緒にいる間柄なのだから。
「怖い夢でも見たか」
「…夢……」
 慰めるように囁くと、彼女は「夢」という言葉だけを反芻する。その瞬間ハッと気付いた
ような表情になって、バッと顔を上げ、まじまじと見つめ返してきた。悲しそうにかたどって
いた眉の形が、安心したように緩やかになる。
「どうかしたか?」
「ぁ……なんでも…ない……」
 彼女の気持ちを推し量って、敢えて分かってない振りして様子を伺う。その怖い夢に
俺が出てきたんじゃないか、何か酷いこと言われたんじゃないか。頭の中で推理を働かせる。
だけど働かせるだけで、口には出さない。

「……よかった」

 肩の力をドッと抜きながら、彼女は背中を丸め猫背になっていく。溜め息混じりの微かな
言葉は、崇之の耳には届かなかった。

「本当に大丈夫か?」
「うん…心配させちゃってごめんね」
 幼なじみだから、どこまで彼女の気持ちを探ればいいか、その度合いも大体は把握している。
だから演技を続けた。分かっているからといってそれを無闇に掘り下げて、また傷つけたく
なかった。
132Sunday:2007/03/12(月) 11:15:45 ID:1embby+Y

「……」
「……窓」
「ん?」
「閉めても…いい?」
「…ああ」
 ふわゆらと風にたなびくカーテンが視界の端に入ることを鬱陶しがったのか、おずおずと
いった様子で聞いてくる。それを、感情を表に出さずに頷き返す。ガラガラとうるさい音を
立てて、窓が閉められる。
 外はすっかり夜色に染まっていた。携帯を取り出して時間を確認してみると、あと少しで
七時半になろうとしている。そういえば、まだ晩飯を食べていない。だけど、腹は大して
減っていない。それでもせめて何か腹に入れておこうと、飴玉を取り出し口の中に放り込む。
袋の中に残っていた、最後の一粒だった。

 紗枝はというと、窓を閉め終えるとまた布団の上に座り込んでいる。ただ、さっきとは
違って正座をしていた。夢の中に落ちていたせいなのか、目を覚ましたばかりなのかは
分からないが、普段はピンと伸びている背中がどことなく猫背気味で、電話で話をした時の
ような凛とした様子は感じられなかった。

「何か用事があるんじゃないのか」

 出来るだけ穏やかな口調を作りながらきっかけを振る。一方で、起き上がってからは
途端に目線を合わせてくれなくなったという事実に、不安が膨らんでしまう。それが徐々に
溶けていく飴玉とはまるっきり裏腹で、甘ったるくなった唾液が口の中に溜まっていく。

「……」

 長い沈黙の後。

「……うん」

 首を動かすことなく、言葉だけで頷かれる。垂れ下がった前髪に隠れてしまって、表情は
分からなかった。分かるのは、ずっとたどたどしいままの、その口調。

「大事な話…なんだ」

 不安は消えず、膨らんで。唾も飲み込めず喉も鳴らない。瞼が錆び付き、動いてくれない。
つられて徐々に目が乾いていく。見えない刃物に、痛みもないまま胸を貫かれる。

 またか、またなのか。

 よぎった最悪の結末が息苦しくて、空気に溺れてしまいそうになる。

「本当は……会いたくなかったんだろ…?」

 とうとう始まる、話の本題の一言目は。
 
 彼女の口からは久しぶりに聞いた、女の子とは思えない乱暴な口調だった――――


133Sunday:2007/03/12(月) 11:17:18 ID:1embby+Y
|ω・`)……



|ω・´)9m モリアガリニカケテルヨカン!



|ω・`;)ノシ ゴメンネ、テンカイオソクテゴメンネ



  サッ
|彡

134名無しさん@ピンキー:2007/03/12(月) 13:44:48 ID:0n2wiXdm
ぐっじょぶです!!11!

あああ、続きが、続きが気になるぅ〜……
135名無しさん@ピンキー:2007/03/12(月) 21:54:35 ID:rbYm82nj
GJです! くあー、何か切ない……!
できればこのまま上手く初夜を迎えさせてあげて下さい!
136名無しさん@ピンキー:2007/03/12(月) 23:53:41 ID:Yvc+Pum9
つ、つれぇorz
137名無しさん@ピンキー:2007/03/13(火) 05:09:12 ID:8DeF1jM9
そういやシロクロどうしたのかな
最近みてないや
138名無しさん@ピンキー:2007/03/13(火) 20:34:28 ID:q8aqbjD1
俺も思った
133氏のSSを読むと併せてシロクロが読みたくなるから困る
139名無しさん@ピンキー:2007/03/13(火) 20:52:23 ID:FjbeyuYB
あ〜、渋い茶には甘い和菓子ってね。
140優し過ぎる想い:2007/03/14(水) 01:15:12 ID:gf91G/nY

ガチャ
電話が切れた。

もう一回遼君の胸音を聞いてみる。
トクットク、トク
さっきより格段に弱い。今も遼君の命は削れていってる気がする。
「遼君いっちゃ駄目。お願いだから逝かないで。」
私はそう呟きながら遼君の手を握っていた。
彼の手はまだ冷たかった。

ピーポーピーポー

何処からかサイレンが聞こえてくる。

「遼君、来たよ。救急車来たよ。もう少しだからね。」

「安井さんですか?」
「あ、彼が安井です。私は岩松です。」
「失礼ですが、あなたは安井さんの?」
「とっ友達です。」
「解りました。あなたも来て下さい。」
彼等は遼君をテキパキと運んでいった。
そしてそのまま病院に連れて行かれた。

病院に着くとお医者さんと看護婦さんが沢山待っていた。
そして遼君はそのまま連れていかれてしまった。
処置室の前で待っていた私の前に一人の医師が出てきた。
「遼君は大丈夫なんですか?大丈夫ですよね。」
しかし医師は冷たい顔でこう言った。
「危ないかもしれません。ご親族を呼んでください。」

目の前が真っ暗になった。
141優し過ぎる想い:2007/03/14(水) 01:16:06 ID:gf91G/nY
私のせいだ。私が、私が遼君を殺したんだ。
私はそこまで考えて、また気付く。
また私は私自身の事しか考えていない。
電話しなきゃ。
私はお父さんに電話した。
プルプルプル
「葵かっ。今何処にいる。早く帰ってきなさい。」
「今、大成病院。遼太君のお母さんに電話して。遼君死ぬかもしんない。」
私は事実だけを伝えた。そうじゃないと・・・
「は?何で遼太君が死ぬんだ?」
お父さんの答は至極当然のものだった。
「わ、私をね、見つけようとしてね、無理して走ってね、心臓を壊しちゃったのっ。だから私が…遼君を殺したのっ。」
「葵っ!落ち着きなさい。事情はよくわからんが、遼太君のお母さんと一緒に行くから、落ち着いて待ってなさい。わかったか?」
「は、はい。」
ガチャ。ツーツー。
お父さんの怒った声なんか久しぶりに聞いた。

でも少し落ち着けた気がする。
これで遼君のお母さんが来れる。
でも、遼君のお母さんになんて事情を説明すればいいんだろう。
遼君が昔から胸を痛がっていたのは言った方がいいのかな?
142優し過ぎる想い:2007/03/14(水) 01:20:14 ID:gf91G/nY
でも勝手に言われたくないだろうし・・・
じゃあ何で倒れたかは?健康な男の子が走った位で倒れる訳ないし・・・。
「葵っ」
お父さん達が来ていた。考えているうちに結構時間が経ったらしい。
「葵ちゃん、大丈夫?」
そして遼君のお母さんにそう聞かれた。
なんでみんな私の事を心配するの?
今一番つらいのは遼君なんだよ。
だから遼君の心配をしてよ。
私はそんな事を思い、速く遼君の所に行ってもらおうと言った。
「私は大丈夫です。早く遼君の所に行って上げてください。」
「そう?わかったわ。」
おばさんは、お医者さんの所へ行った。

お父さんはおばさんが処置室に入って行ったのを見ると、私に向き直ってこう言った。
「で葵、何があったんだ?順を追って説明しなさい。」
「はい。今日私は家を出た後、学校に行かなかったの。で遅くまで家に帰らなかった。
ここまではお父さん知ってると思う。
そしたら遼君が探しに来てくれて、見つけてくれたの。
だけどその時にはもう顔色がすごく悪かった。でも遼君が大丈夫って言うから気にしなかったの。
でも本当は辛かったみたいで、そのあと一緒に帰ろうとしたら倒れちゃったの」
143優し過ぎる想い:2007/03/14(水) 01:21:03 ID:gf91G/nY
わたしはここまで一息に言った。
「まず一つ。何で学校を休んだか聞きたい。がお前も年頃の娘だ、なんかあったんだろう。明日、ちゃんと学校に行くならそのことについては聞かないでやろう。しかし遼太君が倒れたことについては別だ。今お前が言ったことに嘘偽りや隠し事はないな。」
「今言ったことに嘘はないよ。」

ゴン

いきなりお父さんに頭を殴られた。
痛い。
「今回はこれで許してやる。きちんと事情を安井さんとお医者さんに言うんだぞ。」

ガチャ
「先生ありがとうございました。」
おばさんが処置室から出てきた。

「安井さん。うちの馬鹿娘が、本当に申し訳ありません。」「ごめんなさい。」
お父さんと私は謝った。
「いえいえ、うちの遼太が勝手に変なことしただけですから、大丈夫ですよ。本当に逆にご迷惑をかけてしまって」
「おばさん、遼君はどうなったんですか?」
「とりあえず、峠は越したと。多分大丈夫らしいですよ。」
「そうですか。よかった〜。」
遼君の無事を聞いて自然と笑みがこぼれてしまう。
144優し過ぎる想い:2007/03/14(水) 01:22:40 ID:gf91G/nY
「心配してくれて、ありがとうね。だけどもう遅いからね?」
「それじゃあ失礼させていただきます。ほら葵帰るぞ。」
本音を言うと帰りたくない。遼君が起きるまでいて、そして謝りたい。
でもそんな長いこと居られても迷惑だろう。
「それじゃあ失礼しますね。」
「今日はありがとうね。面会謝絶じゃなくなったら連絡するから、お見舞いに来てね。」
「はい、失礼します。」

そういって私たち親子は帰った。
145優し過ぎる想い:2007/03/14(水) 01:23:22 ID:gf91G/nY
今、私は遼君の病室の前にいる。
あれから遼君からの連絡はなかなかこなく、もう10日も経ってしまっていた。

遼君と10日も会わなかったのも久しぶりだ。

コンコン
扉をノックする。
「どうぞ〜。」
遼君の声だ。声を聞いただけでも、心に暖かいものが溢れてくる。
それに声を聞いた限りじゃ余りつらそうじゃない感じなのも私を安心させてくれる。
「葵だよ、入るね。」
ドアは音もなく開き、
そして私に衝撃を与えてくれた。
「よぉ葵。元気してたか?」
声ではわからなかったけど遼君は凄くやつれていた。
私が遼君をこんなに苦しめたのだ。
その事に、私は私を憎む。
「そうだ葵。ごめんな。あの時急に倒れちゃって。」
また、遼君は謝ってくれる。悪いのは私なのに。
146優し過ぎる想い:2007/03/14(水) 01:24:35 ID:gf91G/nY
本当に優しい人。でももう少し自分を労ってほしいとも思う。
「ううん、大丈夫。そもそも私の為に無理してくれたんでしょ。逆にありがとうだよ。それより遼君の方が心配だよ。大丈夫なの?」
「俺は大丈夫。心配するな、そうそう死にやしないよ。それより、うちの親とか学校で怒られなかったか?」
「ま〜た、遼君は人の事をを心配してる。私はみんなに良くしてもらってる。
だからお願いだから、強がらないで。
私には本心を言って。
遼君を支えてあげたいの、ね?」





何故かとても長い沈黙が私たちを覆う。
私、何か変な事を言っただろうか。

でも遼君はなにかを言いたそうに、でも言いたくなさそうにしてる。

「ぁ・・・も・・・で」
遼君が何かをぼそぼそと言ったような気がする。。
「うん?遼君なにか言った。」

「葵、もう来ないで。」
147名無しさん@ピンキー:2007/03/14(水) 01:30:52 ID:gf91G/nY
投下以上です。
やっと起承転結の承まで終わりました。
自由気ままに書いてると、あれもこれもとどんどん長くなっちゃいますね。
取りあえずまだまだ長くなりそうですが、これからもよろしくお願いします。
148名無しさん@ピンキー:2007/03/14(水) 02:06:53 ID:+XKyqw2H
ここできるのかーうわぁー
149名無しさん@ピンキー:2007/03/14(水) 21:15:55 ID:ZjZ7K5Wk
投下乙です!
これもできればハッピーエンドにいって欲しいですなぁ……。
150名無しさん@ピンキー:2007/03/15(木) 02:03:52 ID:tn3FMg19
>>147
GJです!
ではこちらも投下します!
151絆と想い 第8話:2007/03/15(木) 02:04:49 ID:tn3FMg19
「っきしょー、寒くて仕方ねぇな……。」
そう言って正刻は布団をかぶり直した。

今は平日の午前中。本来なら学校へと行かねばならないのだが、風邪の症状があまりにもひどいため、流石に学校を休んでいるのだ。
熱は38度を超えており、汗を異常にかいているのに寒くてたまらない。薬は飲んだがまだ効いてきてはいないようだ。

「ったく……。こんなにひどく体調を崩したのはいつ以来だっけな……。」
熱で朦朧とした頭でそんなことを考える。正刻は元々体が丈夫な上に、体調管理をしっかりしていたために体調を崩すことは殆ど無かった
のだが、それ故に一度寝込むと悪化してしまうことが多かった。

「とにかく早く寝て回復しないと……。あいつらが心配しちまうからな……。」
そう言うと正刻は苦笑を浮かべた。
唯衣と舞衣には学校を休む旨をメールで伝えたのだが、二人とも心配して学校を休んで看病すると言い出したのだ。
「一応は腐れ縁の幼馴染だしね。あんたの世話を出来るのは私ぐらいのものだし……。それに、あんたが早く良くならないと、図書館の業務
 にも支障が出るでしょ? 言っとくけど、仕方なくだからね、仕方なく!!」
「君以上に大切なものなど私には存在しない! だから看病させてくれ! どうせこのままでは勉強など手がつかないし……。今すぐそちらへ
 行って私の肌で暖めてやろう!」

そう電話を寄こした二人に、気持ちは嬉しいが学校はサボるな、学校が終わったら看病に来てくれと正刻は伝えた。
二人とも大層不満そうではあったが、正刻の説得に不承不承といった様子で了解し、学校が終わったらすぐに来ると約束して電話を切った。

「全く、ありがたいんだか迷惑なんだかな……。」
そう言って少し笑うと、正刻はやがて眠りに落ちていった。



152名無しさん@ピンキー:2007/03/15(木) 02:06:34 ID:tn3FMg19
目を覚ますと、両親がいた。
自分はいつの間にか制服に着替えており、テーブルについていた。向かいには父が座っており、新聞を読んでいた。
と、横から料理を出す手が伸びた。見ると、母が料理を作り、運んでいる。目が合うと、母は優しく微笑んだ。
やがて料理が全て並び、皆で朝食をとった。他愛無い会話。どこにでもあるであろう日常的な光景。

ああ、幸せだ。

正刻はそう思った。そして同時に理解した。これは夢だと。もう自分が手にすることの出来ない、幸せな夢だと。

夢でも良い。少しでも長くこの幸せを感じていたい。
しかし、それも長くは続かない。
やがて朝食が終わると、父と母は立ち上がり、玄関へと歩いていく。
それなのに自分は椅子から立ち上がることが出来ない。出来るのは、ただ手を伸ばすことのみ。

待ってよ。俺を置いていかないでよ。もう一人ぼっちは嫌なんだよ。一緒にいてよ。一緒に連れてってよ……!

懸命に手を伸ばす。しかし届かない。やがて両親はどんどん小さくなって、見えなくなっていき……。

「父さん! 母さんッ!!」
喉を嗄らして叫ぶ。それと共に、どこからか、声も聞こえる。何だ? 誰だ? 邪魔するな、俺は今父さんと母さんを……!

153名無しさん@ピンキー:2007/03/15(木) 02:07:13 ID:tn3FMg19
「正刻! しっかりして正刻っ!!」
はっ、と正刻は目を覚ました。心配そうな顔をした唯衣がこちらを見下ろしている。見慣れた自分の部屋。時計を見ると、午後4時少し前だった。
「大丈夫? 凄くうなされてたけど……。」
そう聞いてくる唯衣に大丈夫だと答えて、正刻は深く溜息をついた。朝に比べれば体調はまだマシだったが、悪寒は収まっておらず、回復したとは
言えない状態であった。

「そういや舞衣はどうした?」
正刻は唯衣に尋ねた。朝の様子なら、授業が終わった瞬間に飛び出していそうなものだったが……。
「うん、生徒会でどうしても外せない用事が出来ちゃってね。あの子はサボろうとしたんだけど、そんなことしたら正刻が怒るって言って説得したの。」
「そっか……。ありがとうな唯衣。でも、お前も部活が……。」
「私の方は大丈夫。部長からちゃんと許可をもらってるから。」
「そっか……。すまないな、本当に……。」

そう言うと正刻は額の汗をぬぐった。汗をひどくかいている。正直気持ち悪かった。
「唯衣、悪いが着替えをとってくれないか?」
「うん、分かった。……はい、これで良い?」
そう言って唯衣は着替えを差し出した。ご丁寧にトランクスまで用意してある。
宮原姉妹は正刻の家に来て掃除や洗濯の手伝いをよくしていたので、この家のどこに何があるのかは大体把握しているのだ。

「ありがとな。早速使わせてもらうよ。」
そう言うと正刻は、パジャマのボタンを外し始めた。その様子に唯衣は顔を真っ赤にする。
「あ、あんたねぇ! 女の子の前で堂々と脱ぎ始めるんじゃないわよ!!」
「お、そうかすまん。じゃあ着替えるからちょっと部屋から出てってくれ。」
「遅いのよバカ!」
唯衣は肩を怒らせて部屋を出て行く。それを見届けた正刻は着替えを再開した。

「おーい、もう良いぞー。」
着替えを終えて布団にもぐった正刻は、唯衣に声をかける。唯衣はまだ顔を赤くしていた。
「何をそんなに照れてるんだ。俺の裸なんて見慣れてるだろうし大したもんでもないだろ。トランクスは平気なくせに。」
そう言う正刻に唯衣は猛然と噛み付いた。
「あんたと一緒にしないでよ! 女の子はデリケートなんだから!」

そんな唯衣に正刻は苦笑する。その様子を憮然とした顔で睨んでいた唯衣だったが、やがて少し表情を緩めて言った。
「正刻、お腹空いてない? 食欲があるなら何か作るけど?」
その提案に、正刻はほっとしたように答える。
「実は腹減りまくりなんだ。おかゆなんか食べたいな。」
「分かったわ。すぐに作ってくるからちょっと待ってなさい。」
そう言って唯衣は立ち上がった。正刻が脱いだパジャマやトランクスも持つ。それを見た正刻が慌てて言った。
154名無しさん@ピンキー:2007/03/15(木) 02:08:04 ID:tn3FMg19
「おい唯衣。それ汗が染み込んでて汚いから、持っていかなくても……。」
しかしそれを遮るようにして唯衣が言う。
「だから、よ。こんな汚いものを部屋に置きっぱなしじゃ病気も良くならないわよ。病人は大人しく、言うこと聞いてなさい?」
そう言って正刻に軽くデコピンをする。正刻は額を押さえてむー、と唸った。
「……分かった。じゃあ頼むな。」
「了解。じゃあゆっくり寝てなさい。」
そう言って唯衣は正刻の部屋を出る。少し歩いてふぅ、と溜息をついた。
ここまで具合の悪い正刻を見るのは久しぶりだったため、内心心配でたまらなかったのだが、それを表に出しては正刻を不安にさせるだけだと
思い、努めて普段どおりに振舞っていたのだ。しかも。

(父さん、母さんって呼んでたわよね……間違いなく……。)
そう、唯衣が合鍵(万が一の時のため、宮原姉妹は正刻からもらっていた)を使って正刻の家に入った時、
うなされるように両親を呼ぶ正刻の声が聞こえたのだ。
驚いた唯衣は急いで正刻の部屋に向かい、彼を起こした、というわけだ。

(やっぱり、まだ引きずってるんだね……無理もないけれど……。)
唯衣は正刻のパジャマをぎゅっと抱きしめた。彼の力になりたい。彼の悲しみを癒してあげたい。なのに自分は今一つ素直になれない。
そういった意味ではいつも自分の好意を素直に正刻にぶつけられる舞衣のことが、とても羨ましかった。

「私にも……あんな強さがあったら……。」
そう呟くと唯衣は、さらに正刻のパジャマを抱きしめる。すると。

「あ……。」
抱きしめたパジャマから、正刻の汗の匂いがした。かなりの量の汗をかいていたため匂いは結構きつかったが、唯衣にとってはとても良い匂いであった。
パジャマに顔を近づけ、その匂いを嗅ぐ。

「正刻……。正刻の匂いだ……。」
不思議な感覚だった。もし他の人間のものなら不快以外の何物でもないだろう。しかし、それが愛する人のものであるだけで、とても安心し、安らぎを
感じるとは。
と、しかしそこで唯衣は我に返った。顔が見る間に赤くなっていく。
「な、何やってんのよ私……! これじゃあまるっきり変態じゃない……!」
そう呟くと、唯衣はそそくさとパジャマを洗濯機に放り込み、おかゆを作るべく台所へと向かった。
155名無しさん@ピンキー:2007/03/15(木) 02:08:45 ID:tn3FMg19
「おまたせー。持ってきたわよ。」
その言葉に正刻はむっくりと上体を起こした。良い匂いが食欲を刺激する。
「あー、美味そうだな。早くくれよー。」
「慌てないの。ちょっと待っててねー。」
そう言うと唯衣はおかゆをスプーンで一さじすくうと、息を吹きかけて正刻へと差し出した。

「ほら。あーん。」
そう言って差し出されたおかゆと唯衣とを交互に見比べて、正刻は思わず訊いた。
「ゆ、唯衣? どうしたんだお前? 舞衣ならともかく、お前がこんなことするなんて……。」
すると唯衣は、顔を真っ赤にして言った。
「う、うるさいわね! 私だって好きでやってんじゃないわよ! ただ、あんたが食べにくいかもって思ったからやっただけで……。
 い、嫌なら良いわよ、別に……。」

そう言いながら唯衣は、こんな行為をしたことを後悔した。やっぱり自分にはこんなことは似合わないのだと。しかし。
ぱくり。差し出されたスプーンに正刻はかぶりついた。唖然とする唯衣を尻目にもぐもぐと咀嚼する。
「ま、正刻!?」
「うん、やっぱりお前の料理は美味いな。誰かに食べさせてもらうってのも、体が弱ってる時には良いな。……ほら、もっと食わせてくれ。」
あーんと口をあける正刻を見て、唯衣はほっとしたように笑い、言い訳や文句を言いながらも唯衣は楽しそうに正刻におかゆを食べさせた。

食事が済み、薬を飲むと正刻は再び横になった。唯衣はその傍らで本を読んでいる。静かな時間が流れていた。
と、その静寂を破るように、正刻が口を開いた。
「……唯衣。」
「……ん? なあに?」
「手を……握ってくれないか?」
突然の申し出に、唯衣は頭が真っ白になる。
「……駄目、か?」
いつもより弱弱しい様子の正刻の申し出を断れるはずもなく。唯衣は差し出された正刻の手をそっと握った。

「……どう? これで良い?」
「ああ、ありがとな。……やっぱり、お前の手は良いな。凄く落ち着くぜ。」
そう言って正刻はつないだ手にきゅっと力をこめた。唯衣は顔を赤くしながらも言った。
「な、何を言ってんのよ! 大体、特別だからね、今だけだからね!」
そう言う唯衣に苦笑しながら正刻は言った。
「特別、か……。じゃあ特別ついでに、少し話を聞いてくれよ。」
つないだ手に、更に力がこめられる。ただならぬ様子に、唯衣も真剣な顔になって頷いた。

それを見た正刻は天井を見上げ、淡々と話し始めた。
「今日、夢を見た。……父さんと母さんの夢だ。」
唯衣の肩がぴくり、と震えた。それに気づかず、正刻は続ける。
「俺と父さんと母さんとで朝食をとっている夢だ。話していることは、本当に……本当に他愛も無いことで、多分、どこにでもある日常
 って奴で……だけど、俺には、もう、二度と訪れない、得られない幸せで……。」
「…………。」
「だけど、朝食が終わったら父さんも母さんも俺を置いたままどこかに行こうとして……なのに俺は動けなくて……一生懸命手を伸ばしても、
 二人を呼んでも俺の元には戻ってくれなくて……そ、それで……俺……!」
気がつくと正刻は泣いていた。慌てて涙をぬぐう。
「す、すまねぇ。泣いちまうなんて、いい歳してみっともないよな。すま……」
正刻の謝罪は途中で遮られた。唯衣が正刻の頭を抱きしめたからだ。

「ゆ、唯衣!? 何だ、どうしたんだよ!?」
舞衣ほどではないが、それでもしっかりと膨らんだ胸に顔を埋める形になり、正刻は慌ててしまう。
そんな正刻の髪を撫でながら、唯衣は優しく囁いた。
「みっともなくなんかないよ。」
正刻は、ぴくり、と体を震わせた。唯衣は更に続ける。
「あんたが一人でずっと頑張ってきたこと、頑張ってること、私はちゃんと知ってるよ。私だけじゃなく、舞衣や鈴音、父さん、母さんもね。
 だから、こんな時くらい弱音を吐いたって良いんだよ。泣いたって良いんだよ。大丈夫、大丈夫だから……ね?」
そう言って正刻の髪を優しく撫ぜる。その優しい仕草に。抱きしめてくる体の温かさと柔らかさに。
正刻は言葉で言い表せない程の安らぎを感じ……そして。
「うっ……ぐっ……父さん……母さん……っ!!」
唯衣を力一杯抱きしめ返し。正刻はその胸で泣いた。ひたすらに。思い切り。子供のように泣きじゃくった
156名無しさん@ピンキー:2007/03/15(木) 02:09:34 ID:tn3FMg19
「……畜生。でかい借りを作っちまったな。」
ようやく泣きやんだ正刻は、バツの悪い表情で言った。ちなみに手はまだつながれている。
唯衣は微笑むと、囁くように言った。
「全くね。これでもうあんたは私に頭が上がらないわね。」
恨めしげな目線を向けてくる正刻に噴き出すと、唯衣は言った。

「……冗談よ。さっきのことは、私とあんただけの秘密ってことにしておいてあげるわよ。」
その言葉に心底安心したのか、正刻は欠伸を一つした。
「唯衣、すまねぇ。少し眠っても良いか?」
「いいよ。あんたが起きるまでここに居てあげるから……安心して眠りなさい。」
「あぁ……ありがとうな……。」
そう呟くと正刻は、ほどなく眠りに落ちていった。

規則正しい寝息を立て始めた正刻を、唯衣は愛しげにみつめた。
「でも、私があんな大胆なことするなんて……。」
そうして唯衣は、先ほどの行為を思い出した。泣いている正刻を見た瞬間、自然に体が動いたのだ。そしてそれは、決して嫌な感覚ではなかった。
自分の胸で泣きじゃくる正刻に、愛しさが溢れ出るのを押さえ切れなかった。

唯衣は正刻の顔を見つめる。大分楽になったのか、安らかな顔をしている。
唯衣はその横顔を眺めていたが……やがて一つ頷くと、自分の顔を近づけた。

正刻の額にかかった髪を軽く払いのけ、自分の髪も押さえる。そして、顔を……唇を近づける。やがて。

正刻の唇に、唯衣の唇が押し当てられた。
正刻の唇は熱のせいか、ひどく熱かった。しかし、その感触は大変心地よく、病み付きになりそうだった。
唯衣は二回、三回と唇を押し当てる。唇の間から、どちらのものとも分からない「ん……」という吐息が漏れ出る。

唯衣は正刻の顔を見下ろすと、くすり、と笑った。
「ふふ……正刻……。私のファーストキスをあげたんだから、ちゃんと責任とってよね……?」
眠っている正刻はそれでも何かを感じたのか、「うぅん……。」と寝返りをうつ。それを見て、唯衣はまた笑った。

その後、もう一回キスしようとしたところを帰宅した舞衣に見られて必死に弁明したり、その騒ぎで起きた正刻に舞衣が「唯衣だけずるい!
私もするぞ!」とキスをせまってアイアンクローをされたり、翌日全快した正刻とは裏腹に休むほどではないが風邪を引いてしまった唯衣を
舞衣がからかったりしたのだが、それはまた別のお話。







157名無しさん@ピンキー:2007/03/15(木) 02:10:06 ID:tn3FMg19
以上ですー。ではー。
158名無しさん@ピンキー:2007/03/15(木) 02:26:27 ID:k31tthhM
GJです!!

唯衣のかわいさに胸が締め付けられる〜。
159名無しさん@ピンキー:2007/03/15(木) 17:05:53 ID:h6qQ8/ix
GJ!!
唯衣が舞衣より先にキスをするなんて・・・予想外だ!!
トリアエズ続きが気になる
160名無しさん@ピンキー:2007/03/16(金) 00:58:14 ID:EoWkctnl
GJです。

倉庫更新されましたね。
161Sunday:2007/03/18(日) 02:14:25 ID:ESCYU3ul

 落ち着いたように振舞っても、胸の中で脈打つ鼓動は、平静にはならなかった。どくんと
波打つ強い音が、耳の真横から聞こえてくるようで、今目の前にいる崇兄の顔を見つめる
余裕が持てなかった。

『じゃあ、な。元気でやれ』

 夢の中で呟かれた最後の言葉が、紗枝の身体の震えを加速させる。確かに、夢の出来事で
良かったと思う。それが分かった時、全身の力が抜けるくらいにホッとした。だけどそれが、
現実にならないという保障はどこにもないのだ。

「大事な……話なんだ」

 話をするようけしかけられ、重たくなってしまった唇を必死に動かし始める。漏れだす
気持ちを必死に抑えて、言葉を紡ごうとする。

 最初は昔のようにつまらないことで喧嘩していたのに、途端に変化していったあの様相は、
まるで上手くいかずにここまで来てしまった二人の関係を、あの一時に隙間無く締め固めた
ようだった。途中でつまらない意地を張ったものだから、興味を失われ彼も失ってしまった。
そしてそれは、現実でも同じ道を歩もうとしている。

「本当は……会いたくなかったんだろ…?」

 途中まで同じ道をなぞられたのだ。それが彼女には、どうしようもなく怖かった。

「……」
 彼は言い返してこない。否定もされない。
 
 本当は首を横に振って欲しかった。「そんなわけないだろ」と言って欲しかった。だけど、
そう言ってくれるわけないってことも分かっている。距離を置こう、そう言ってきたのは
崇兄のほうだから。
 実際、こうして久しぶりに彼と顔を合わせても、あまり歓迎されてる様子が無い。仕方ない
ことだけど、大好きな人にそんな顔をされるのがやっぱり悲しくて。

「どうして…あんなこと言ったんだよ」

 泣きそうになる気持ちを抑えようとすると、どうしても言葉が乱暴になってしまう。
 だけど、彼女はもう引かなかった。何よりも恐れる事態を、仮想の世界で味わってしまった
ことに、皮肉にも背中を押されてしまう。両手で、彼の片方の手のひらをぎゅっと握る。
夢の中で頭を撫でられたほうの手を、無意識におもむろに掴んでしまっていた。それは
口調とは裏腹な、縋りつくような弱々しい仕草だった。

「理由は…言わなくても分かるんじゃないか」
 振りほどかれることなく、だけど握り返されることもなく、答えが返ってくる。声にも
抑揚が無い。どうやらギリギリのところで気持ちを押さえ込んでいるのは、彼女だけじゃ
ないらしい。
162Sunday:2007/03/18(日) 02:15:32 ID:ESCYU3ul

「……」
「お前のほうが、分かってるんじゃないか」

 どうしてだろう。どうして崇兄がそんな声を出すんだろう。
 
 視線と同じように、言葉も気持ちもすれ違ってばっかりで。彼女は入り口側、彼は窓側に
首を僅かに捻らせてしまう。見たいけど、見れない。合わしたほうがいいのだろうけど、
合わせられない。余計なことを言って相手を不愉快にさせて、もう目の前でタバコを吸われたり
頭を撫でたりして欲しくないのだ。

「嫌じゃないのか」
 言われた瞬間、その時の一場面が脳裏に鮮明に浮かび上がってしまう。具体的なこと
なんて何一つそこには無かったけれど、それが何を指しているか、分からないはずもなくて。
それだけのことでビクリと緊張してしまう自分が、情けなくて腹立たしかった。

「お前は……辛くないのか」

 現実と夢が交錯する。彼の部屋にいるのかと思えば、背景が並木道に入れ替わったり、
何も無い真っ白な空間になってしまったり。台詞が被っただけなのに、強烈な既視感を
覚えてしまう。
 彼が、紗枝が今まで見ていた夢の内容なんて知るはずがない。言おうとしていることは、
何日か前に彼自身が犯した過失のことなのだろう。嫌だとか辛いだとか、自分を卑下する
その態度に、普段に無いその態度に、胸にちりちりとした違和感を覚える。

「確かに…辛かったけどさ」

 辛かったし、今も辛い。だけどここでこらえなければ、もっと辛い未来が待っている。
それが逆に、紗枝の心を強くさせる。彼女にとって一番辛いことは、隣に彼がいないこと
なのだから。
「一度誤解しちゃってたし…今度は信じようって思った矢先だったから……辛かったけどさ」
 もう一週間以上も前の出来事なのに、今でもはっきりと思い出せる、思い出したくない
最悪の現実。一度関係が終わってしまった時と同じくらいに、悲痛な気持ちを味わって
しまった認めたくない事実。あの出来事を、責め立てたい気持ちが無いわけじゃない。


「けど……崇兄と会えなくなるのは、もっと嫌だ」


 だけど、その度に胸に宿った想いはいつも同じで。実際顔を合わせれば、意地を張って
文句や嫌味が口をついて出てしまうのに、家に帰って一人部屋に戻れば、ベッドの上に
寝そべって、一緒に写った写真をじっと見つめ続けるという行為を繰り返し続けていた。
 一人になったら膝を抱えて後悔して。付き合い始めた頃はもう二度とやらないだろうと
思っていたその行為が、今日まで続いてしまっていることに、戸惑いは隠せなかった。
「嫌か」
「嫌だ」
 最後の一言を反芻されて、反芻し返す。いちいち迷っていたら、興味を失ったような
溜息を吐かれてしまいそうで、それが怖かった。何かを言うたびに相手の反応を待って
しまうのは、やっぱり別れを切り出されることが怖いのだ。

「けど…そういう時期も、前にあったろ」
「……」
 距離を置いたっていいじゃねえか。一度お互いに経験してるし問題ないだろ、そういう
ことを、彼は伝えたいんだろう。

 だけど当然、納得できない。こうして会えたのが、いつ以来のことだと思ってるんだろう。
こうして話をしているのが、いつ以来のことだと思ってるんだろう。
163Sunday:2007/03/18(日) 02:17:20 ID:ESCYU3ul

「あの時は…話をしないどころか、会うことさえ無かったわけだしな」
 なんでそんなに、時間と距離を挟みたがるんだろう。会うことも、話すことだってこうして
出来ているのに。
 それはもしかして、もしかしたら……

「ずっと傍にいたい、いて欲しいって思っちゃいけないの?」

 視界が揺れる。信じたくない、信じたくないけど、今までの結果は全て最悪な道筋を
通ってきた。引き裂かれるような痛みが、胸に大きなひびを作る。
 距離を置こう、時間を置こうって言ってるのは、あくまで傷つけないように仄めかした
建前で、本音は自分のことが鬱陶しくなって、もう別れたいんじゃないのかと悲観した考えが
頭にまとわりついてしまう。

バキリッ

「…!」
「そうじゃねえ…」
「……」
「俺が言いたいことは……そうじゃねえんだ」
 そんな思考を遮られるように、彼の口の中で大きな音が爆ぜる。舌の上で転がしていた
飴玉を、奥歯で一気に噛み砕いたようだ。バリボリと何度も音を立てていると、やがて喉を
動かして甘い欠片を一気に飲み込んでしまう。

「お前と別れたいとか、この関係を終わらせたいとか、そんなこと思ってるわけじゃない」

 そこで初めて、握りしめていた手に力を込められ握り返される。温かいはずなのに、
どこか冷たい。待ち望んでいた行為だったのに、頭の中が冷めてしまっている。それは
おそらく、これから彼が言おうとしていることに、不安が膨らんでいるからだ。
「お互い冷静になれてないし、このままだとこじれるだけと思ったからああ言ったんだよ」
「……」
「実際、今こうして話してても、俺の言いたいことが伝わってないみたいだしな…」
 飴玉を噛み砕いたのは、冷静になるためだったのか。それとも今言ったような不満が募って
爆発してしまったのか。
 だけど、真意が伝わってないのはこっちだって同じこと。気持ちをしっかり伝えたいのは、
こっちだって同じことなのだ。


「あたし達は…恋人同士の前に、幼なじみなんだよ?」


 揺れて歪み、曲がってくねる。震えて霞み、潤んで溜まる。

「……?」
 親友に言われるまで、ずっと忘れていた当たり前のこと。未だに顔は合わせられない。
だけど空気の震えが、彼の表情を教えてくれる。なんで今そんなことを言うんだ、そんな
感情が伝わってくる。

「あたしのこと……何年も付き合ってるんだから、分かってくれてるんだろ…?」

 八ヵ月前に、自分の気持ちの歯止めを取っ払ってしまった彼の言葉を、今この時になって
言い返す。
「それは…」
 
「どれだけの間…崇兄のことを好きだったと思ってるんだよ……」
164Sunday:2007/03/18(日) 02:18:31 ID:ESCYU3ul

 物心ついた時には、もう携えていた高鳴る想い。それは決して消え去ることなく、ずっと
重なり募り続けてきた。たとえ崇兄に、自分じゃない恋人が出来ても。逆に彼のことを
忘れようと、自分が他の人と付き合い始めても。どこがいいのかなんて分からない、相手が
彼じゃないとダメなんだというある意味理不尽なこの感情は、恋とも愛とも言えないもの
だった。

「崇兄があたしのこと、恋人として扱ってくれるのは凄く嬉しいって思う。けど、恋人と
しての役割だけなら、あたしじゃなくても出来るじゃないか」

 少しでも、彼の存在や時間を、他の人より独占したかった。

 家が離れ離れになっても、友達と遊ぶ時間を潰してまで彼に会いに行った、それが理由。

「だからあたしは……崇兄の全部がいい」

 大事にされたことなんて無かったから、大事にされようと努力した。

 性格を改善したり、似合ってると言われた髪形を続けてるのは、全部彼に意識してもらう為。

 恋人としてだけじゃなくて、幼なじみとしての役割も果たしたかった。今でもたまには、
妹のように甘やかして欲しかった。ワガママだと分かっていても、心臓を壊すこの気持ちを
止めることなんて出来ないし、逆らうことなんてもっと出来ない。
 それだけ、これまで生きてきた分と同じ年月を重ねた慕情は膨らんでしまっていて、
求めるものも増えてしまっていたのだ。

「確かに…さ。お互いすれ違ってて、上手くいかなくて、会えなかったりしたけどさ」

 信じられなかったのも、起こってしまったことも、それらはいくら目を背けても変わる
ことはない。

「けど、崇兄、言ってただろ。『お前のこと好きだ』って。『何度でも言える』って」
 
 そして夢の中の仮想世界も起こりえる、未来の可能性としてあり得ることなのだ。

 振って沸いて急激に強めていった想いと。そこにあるのが当たり前で、年齢の分だけ
胸のうちに携え続けてきた想い。

 これ以上傷つけたくなかったから、お互いに冷静にならないといけないと思ったからと
あくまで彼は言うけれど。彼女からすればそれは、別れ話にしか聞こえなかった。そこに
込められた意味がどうであれ、言葉そのままに傷つけられ、身体を貫かれてしまうのだ。


 幼なじみだから知っている。今村崇之という男は、性格や行動パターンは正確に見抜いて
はくるけれど、その時の気持ちまでは考えてくれないということを。
距離を置こう、そう言われた時に紗枝自身がどう感じるのか、それに気付いてはくれないのだ。
 
「崇兄はいいよ。あたしと別れても、しばらく経ったら他に好きな人作れるんだしさ」
 
「紗枝……」
 少し考えれば分かることだけど、崇兄のことだから考えようともしなかったに違いない。
ずっと嫉妬する気持ちを押し殺して、新しい彼女を紹介されるたびに笑顔で祝福せざるを
得なかったあの気持ちも、彼は知らないままに違いない。

「けど……だけどさ…」

 そして本当は、こんな汚いことを言う自分を見て欲しくなんかないのだ。
165Sunday:2007/03/18(日) 02:19:41 ID:ESCYU3ul



「あたし…あたしには……崇兄だけだもん…っ」



 それまでずっと乱暴な口調だったのが、途端に幼くなってしまう。

 お互いには当然のことだから、分からなくて当たり前なのだけど。彼女は彼以外の相手には、
決してそんな口調では話しかけなかった。それが隠そうとしても隠し切れないままだった、
彼女自身も気付いていない、何よりの気持ちの表れだった。

 夢であって欲しい、夢なのかもしれない。そんな現実を味わってきた。心細くなりそうな、
黄昏時の河原の傍で。人通りもまばらな、曇り空広がる駅前の交差点で。似ていて異なる、
だけど想いは真逆の二つの記憶。

 五ヶ月前、初めて秘め事を交わして手を繋いで帰路につく途中のこと。その時のことを
紗枝はよく覚えていない。

 覚えているのは唇に感じた初めての感覚と、心配をかけ続けた両親にひたすら謝り続けた
ことと、確信の持てない霞掛かった記憶だけ。ようやく元のカタチになって、更に想いが
叶った直後の帰路の途中。どんな会話をあの時交わしたのかまるで覚えてなくて、それを
思い出せないことが歯痒くて、だけど崇兄に聞くのは照れ臭くて。嬉しさよりも戸惑いが
勝っていたのも、片想いする期間が余りにも長かったからだった。一週間後の初デートの
時に彼が遅刻して腹を立てるまで、その夢心地には脚を突っ込んだままだった。

 優しくして欲しいのに、いざ優しくされたら戸惑うばっかり。からかったりされるのが
悔しくて普段から散々文句を言うのに、いざされなくなったらどことなく寂しかったり。
 
 恋人同士になって、初めて分かったことだった。声が聞ければ、話が出来たら、傍にいれたら。
その時間が長くなっただけでも、嬉しかったのだ。
 だけどそんな真っ白すぎる想いが相手の、崇兄の気持ちを裏切り続けたことに、自分では
気付けなかった。

「だから……やだ」
「……」
 声は完全に涙に覆われていた。その身体は、布団に横たわっていた時よりも随分小さく
なってしまったようにも思えて。

「……別れるとか…終わらせるとか、……そんなこと、考えたくない」

 ずっと手を握り続けていた両手が、沿うようにするすると身体を上っていく。そのまま
両肩口に恐る恐るもたれかかる。紗枝は膝を立て、崇兄は腰を下ろしたままで、普段とは
背の高さが逆のまま、そのまま自然と二人の距離が近づいていく。

「……」
「……っ」

 久しぶりの感触は、深くて、長くて、触れた箇所から脳の芯まで、全てが溶けてしまい
そうで。紗枝からするのも初めてで、それだけに余計に甘い痛みが走る。
「……お願い、崇兄」
 吐息を強く混じらせてしまいながら、頭の中で考える言葉と、実際に出る言葉が大きく
剥がれて離れてしまいながらもそっと呟く。
 この言葉を彼はどんな思いで聞いてるんだろう。言葉とは別の場所で、頭がそんな不安を
よぎらせる。
166Sunday:2007/03/18(日) 02:21:20 ID:ESCYU3ul

「もう構ってくれなくてもいいから…いくらでも浮気したっていいから……」
 震える髪の毛、漏れる嗚咽。それが伝わるのが、どうしようもなく切なかった。


「だから……そんなこと…言わない…で……」


 好きでいるのが当たり前だった人。
 何をしても何をされても、それを全て大切な想い出にしてくれた人。
 長い年月をかけてゴールして、新たにスタートしたかけがえのない気持ち。それだけは、
その気持ちを向ける本人自身が相手だとしても、変えることも譲ることも出来なかった。
「……」
 歪んでしまった視界に、歪んだ表情の崇兄が映る。その顔が、黙ったまま見上げてくる。
自分の気持ちで精一杯だった彼女には、それがどういう表情なのか、もう分からなくなって
しまっていた。

「そんなこと、言わなくていい」
 
 燻る不安を掬い取られて、彼にひどく穏やかな声で言葉を返される。静かに背中に手を
回され、抱き留められ力を込められると、少し隙間の空いていた距離が零になる。
「悪いのは俺だ。それなのに、お前が折れることない」
「……」
 怖がってしまったのは、直前に見た夢のせいでもあった。されたこともないくらいの
冷たい態度に打ちのめされ、目覚めてもすぐ傍に崇兄がいて、明確な夢と現の境界線を
引くことが出来なかった。だから、どうしても素直に顔を合わせることが出来なくて、
今度は思わず目を瞑ってしまう。

「ごめんな、紗枝」

「え…」
 すると、謝られてしまう。こんなこと、今まで一度も無かった。
「こっそり他の女と会って、約束すっぽかして、それでお前とは会わない方がいいとか、
自分でも最悪なことばっかやってると思ってる」
 背中に感じていた手の平の感覚が段々と下がっていき、やがて無くなってしまう。

「正直……お前に三行半を突きつけられても仕方が無いことだと思ってる」

「……」
 今までに無い態度と彼の言葉に、ようやく気付いたのだった。

(崇兄……あたしが別れ話をしに来たと思ってるんだ)

 本当のことを、本心を言って欲しい。そういった言外に込められた意味を、感じ取る。
彼は紗枝が今まで言い放った言葉を、まだ信じていないのだ。自分自身が、どれだけ
彼女から愛されているか、分かっていないのだ。

「本当の…ことなら……もう言ったよ…?」

 そこでようやく、その目を怖がることなくしっかりと見据えられる。すると崇兄の眉間のが
ぴくりと僅かに反応した。首の後ろにしゅるりと腕ごと手を回してしがみつくと、もう一度、
今度はさっきよりも短く、だけど深くつがわせる。

「あたしが好きなのは……崇兄…だけだよ…?」

 嘘じゃない、ほんとの気持ち。今だけじゃなくて、ずっと変わらなかった正直な気持ち。
 そのまま彼の頭をぎゅっと掻き抱く。今までに無かった気持ちが背中を押してくれるのか、
兄妹という枠から逸脱した仕草を、ごく自然にとってしまう。
167Sunday:2007/03/18(日) 02:22:37 ID:ESCYU3ul

「……」
 黙ったまま、されるがままの頭を、生まれて初めてくしゃりと撫でる。それは夢の中で
された、仕返しという意味もあった。
「……いいのか、それで。…後悔するかもしれんぞ」
「しないよ。崇兄なら……後悔なんてしない」
 もう一度同じ質問を問いかけられるけど、もう迷わなかった。間髪入れずに、言葉を返す。
「…そか」
 そしてまた、大事な物を胸の中に収めるように、ギュッと抱き締めなおす。
「あたしが好きだったのは崇兄だけだし……これからも…そうだもん」
「……そか」
 全く同じ抑揚の応答だったけど。二度目の反応は、一度目より少し遅れていて。それが
少し、可愛くて。腕が勝手に力を込める。
 すると。

「はー……っ」

 疲れきったような、全てを吐き出すような溜息が、胸元をなぞってくる。
弱さを見せた彼の声は既に知っていたけど、姿を見るのは初めてだった。

「あ〜〜〜……っ、良かった」

 声が掠れきっていたのは、そこに溜息が強く混じっていたからなのか。肩口にぐったりと
頭をもたれさせてきながら、また背中に腕を回してくる。張り詰めていた糸が全部一気に
切れてしまったかのように、その身体から力が抜けていく。


「本当に"別れよう"って言われたら、どうしようかと思ってた」


 ……

「……ずっと?」
「ずっと」
「…ほんとに?」
「ほんとに」
 同じ言葉が、イントネーションだけ変わって、インターバルを置くことも無く返ってきて。
「……」
 自分にもたれかかって後頭部しか見えないけれど、今どんな表情をしているのか無性に
見たくなってしまう。だけどそんなことすればひねくれてる彼のこと、ぶすくれだって
途端に機嫌を悪くするに決まってる。
 だから、やらない。もうちょっとだけでいいから、こんな崇兄を見ていたかった。

「あたしも…崇兄に嫌われたんじゃなくて良かった」

 代わりに、今の素直な気持ちを、そのまま口にする。
「……ごめんな、紗枝」
 すると彼の頭が少し動いて、微かな吐息でさえ届きそうな距離から、真っ直ぐと見つめ
返してきた。
「もうお前に、寂しい思いさせないから」
 声はもう掠れてはいなくて。彼の顔を見つめ返していると、何故かまたさっきまでとは
違う理由で涙腺が緩みだす。

「俺もお前を、嫌いになるなんてことないから」

「……」
 ずくぅ、と胸が強く疼く。ここまで強く、大事に想われてただなんて知らなかった。
「それに悪いのは全部、俺だしな…」
168Sunday:2007/03/18(日) 02:24:14 ID:ESCYU3ul

 ……

 そして今の言葉に、違和感を覚えた。
「それは……違うんじゃ…ないかな」
「…?」
 だから、反発する。

 やっぱり、彼が浮気をしたのは自分の態度が原因だったって気付いたから。真っ白すぎる
思いばかりを大事にしすぎていて、相手のことなんてまるで考えられなくなっていたから。
そしてそれを自分一人で気付くことができなかったのも、本当に申し訳なかった。

「あたしも…前と同じで、さ。……崇兄に悪いこと…しちゃったし」
「何言ってんだよ、お前は別に…」
「だって」
 反論しようとした彼の言葉を、ぴしゃりと遮る。

「だって…崇兄が何もしてこなかったのは、あたしのこと考えててくれたからでしょ?」

 彼の本心を知った今だから分かること。今の本当の距離感が分かったから言えること。
「あたしがこういうことに慣れてないから…ペースあわせてくれて我慢してくれて……
それで我慢できなくなって、浮気しちゃったんでしょ?」
 言うと同時に、バツが悪かったのか決して口にしなかった本心を言い当てられたのか、
崇兄はふいと顔を逸らしてしまう。
「……まあ、な」
「でしょ?」
 全ての責任を大好きな人になすりつけるなんてことを、したくはなかった。そんなことを
したくない相手だから、いちばん大好きな人なのだ。

「同じくらい、お互い問題があったなら、なのに崇兄が謝ってくれるなら…あたしも何か、
しなくちゃいけないと思うんだ」

「……」
 そんな様子に愛しさを募らせながら、自分がどうしたいかをしっかりと伝える。意見や
気持ちをしっかりと言わなかったから、すれ違ってしまってたわけだから。
「崇兄は…どうしたらいいと思う?」
 だけど具体的に何をすれば良いかが分からなくて、相手にそれを尋ねてしまう。

「……」
「……崇兄?」
 すると、それまでずっとぐったりとしていた彼の身体が、ふいに軽くなった。背中に
回されていた両腕も即座に動いて、右腕で右肩を力強く肩を抱かれてしまう。そのせいで
しっかりと正面を向き合っていた身体は、横向きに変わってしまった。残っていた左腕は、
両膝の裏に通され太腿をやんわりと包まれる。

「わ……え…っと」

 分かりやすく言えば、お互いに尻餅をついている状態のまま、お姫様抱っこをされて
しまったのだった。

 脚を掬われたことで唯一不安定に床と接していたお尻の周りも、あぐらを掻いていた
彼の両脚にしっかり包まれてしまって、自由に身体を動かせなくなってしまう。不安定に
なってしまった体勢をどうにかしようとして、比較的自由に動かせる右手を崇兄の胸元に
添わせてしまう。
169Sunday:2007/03/18(日) 02:25:58 ID:ESCYU3ul

「…お前さ」
「……?」
 随分と緊張しているような面持ちだった。それがどうしてなのか、紗枝には分からない。
「自分がどういうこと言ってるか…分かってるか?」
 途端に声色が変化する。すると急に、顔の周りの空気が張り詰めた。
「え…」
「この状況でンなこと言ったら、俺がどういうこと言うかくらい…分かるだろ」
 体勢が変わってしまったことで、ずっと密着していた身体に若干の距離ができてしまう。
それがちょっとだけ不満でもう一度その距離を埋めたいと思ってしまうものの、がっちりと
抱き止められてしまっていて、上手く体勢を変えることが出来ない。

「あ…」

 だから思わず、また彼の顔を見つめ返してしまう。

 いつもいつも、真面目な顔なんて見せてくれなかった。それは裏を返せば、それだけ
甘やかされてるということだったんだろうけど、それが嫌だったわけじゃないんだけど。
やっぱり、いちばん大好きな人のいろんな表情を見たいと思ってしまうのは、当然の話な
わけで。
 
 見たい見たいと、願い続けていたわけじゃないけれど。幼なじみだった自分には、一度
だって覗かせてくれなかったその表情を、自分じゃない違う女の子に振り撒いているのを
見てしまった時。泣きたくなるくらいに、心はいつも燻りちりついていた。

 だから。

 だけど。 

 この場で一体、何度目の「初めて」なのだろう。


 崇之が見せた、何事にも迷わず惑わされないような、ひねくれた男の真っ正直な表情は。
彼が異性を求める時にだけ垣間見せるものなのだと、紗枝はその時知ったのだった。


「…ぇ…ぅ……」
 崇兄の言った台詞に、具体的なことを表す言葉は何一つなかったけれど。それでも、
何を言おうとしているのか、分かってしまって。
 たじろがずにはいられなかった。それを彼がこの状況で敢えて言ったということが、
どういうことなのか。他に理由が見つけられなかった。

「…えと……ぅ…」

 声を、鼓動がかき消してしまう。自分の身体全体が、一つの心臓になってしまったんじゃ
ないかと錯覚してしまうくらいに、その音は大きくなってしまう。

「さっき、俺が相手なら後悔しないって言ったもんな」
「それは! その…それは……ぁぅ…」

 また段々と崇兄の顔が近づいてきて、ごちりと額を当てられると、それに併せて口調も
たどたどしくなって、声も小さくなってしまう。この距離で彼の顔を見つめるのは、本当に
心臓に悪い。
 六畳はある部屋なのに、狭い狭いダンボールに二人で閉じ込められたような錯覚を覚える。
その異常なまでの閉塞感が、紗枝の頭から身体を離すという選択肢を奪い取ってしまう。
170Sunday:2007/03/18(日) 02:27:18 ID:ESCYU3ul

「わっ、分かんないよ」
「んー?」

「その、あたしが言ってることは、そのままで、別に、ほ、他に、意味なんて無いってば」
 イヤだとか、ダメだとか、そういう言葉をせっかくのこの場この瞬間に使いたくなくて。
バレバレなのは自分でも分かっていても、とぼけた振りをしてその追求から逃げ出そうと
してしまう。
「ほんとかぁ?」
「だよっ」
「ほんとにぃ?」
「だから、そう言ってるだろっ」
「…そか」
 売り言葉に買い言葉ってわけじゃないのだが、分かりきった嘘に付き合ってくれる彼の
優しさに甘えてしまって、そのまま今の言葉を突き通そうとしてしまう。
 やっぱりどれだけ想いが強くても、長い時間かけて変えることもできず培ってしまった
性格は、上手く抑え込むが出来ない。
 そしてそう口走ってしまった直後に、またほんの少しだけ後悔を募らせてしまう。
「じゃあ、そろそろ離してもいいか?」
「え…?」


「正直、これ以上抱きしめてたら、自信無い」


「……」
 耳の皮膚が勝手にうごめく。大した運動じゃないのに、それがものすごく熱い。
 
 勇気を振り絞ってここまで来たけれど、紗枝の頭の中には、今以上のことをしようなんて
考えは存在していなかった。仲直りできて、また崇兄にこうして抱き留められるだけで、
十分嬉しかった。
 
 長い長い片想いをしていた頃は、時折彼とのそういったことを想像したりはしていた。
とはいってもその様子は、あまりにもぼやけてて、あまりにも断片的だったわけだけど。
 だけど晴れて恋人同士になれてからは、付き合うという事実だけで満足してしまって、
自然と考えなくなっていた。
「……」
 そういうのが苦手だったっていう理由もあるけれど、やっぱり嬉しかったから。あの時は、
崇兄の時間を今まで以上に一人で占領出来るようになった事が、何よりも嬉しかったから。
彼女の恋愛には刹那の秘め事の先は無く、そこで終わりだったのだ。

 そしてそれが、真っ白すぎた想いを生んでしまったわけだが。

「だから、な? 離すぞ」
 その言葉と共に、彼はかち合わせていた額を離す。身体が急に、寒くなる。
「……」
 寂しがりやっていう性格もあった。それだけに、お互いの距離を零にしてしまう行為が、
何よりも好きになってしまっていた。
 
 終わりかけた状態からまた、一番幸せな状態に舞い戻れたのだ。仲がこじれてしまった
ことで足りなくなってしまった時間を、そうすることで埋め合わせていたかった。まだまだ、
彼との距離を狭めていたかった。


ぎゅっ


 それで例え、終わりの先を知ることになっても。

171Sunday:2007/03/18(日) 02:30:05 ID:ESCYU3ul

「……紗枝?」
「…崇兄……」
 肩に頭をもたれさせたまま、添わせていた右手に力を込める。彼の服の胸元の部分を、
皺が走るくらいに強く握り締めてしまう。
 
 それに、あの、あの崇兄が謝ってくれたのだから。自分も何かしなくちゃいけないという
気持ちも未だ胸に在り続けている。そのどちらもが、心の底からの本心だった。

「一つ……お願いしていい…?」
「……何だ?」
 聞き返してくる声があまりにも優しくて、それだけで涙が出そうになる。

「……」
 物凄く息苦しくなって、呼吸の仕方を再確認してしまうくらいに気が動転してしまう。
水に潜ったわけじゃないのにこんなにも息が乱れてしまうのは、それだけ気持ちが精一杯
だという証明だった。



「今までで…一番……優しくしてくれる…?」



 自分がそういうことをしたいとか、そんな風に思われたくなくて。言い慣れない台詞に、
顔から火が出るくらいの恥ずかしさを覚えて、完全に瞳が潤んでしまう。
 彼の顔を見れなくなったわけじゃなくて。今度は、自分のそんな表情を見られたくなくて、
また俯いてしまった。

「……」
 視界から彼の顔を外す直前、ひどく驚いた表情だったのが見える。肩を抱く手の力が、
またほんの少しだけ強くなった。

「……だめ…?」

 答えが返ってこなくて、自分の胸元を見ながら不安な気持ちに襲われる。
気付くと、額が撫でられるように手の平で覆われていて、そのままくっと力を込められる。
顔の向きを動かされて、今度は強制的に瞳をかち合わせてしまう。かろうじて収まって
くれていた、そしてまた急速に縁に溜まり始めた瞳の雫。それがその瞬間、音を立てずに
零れ落ちて、すらりと流線を描いていく。
 また目を逸らしたいのに手が額を離れてくれなくて、それが出来ない。

 雰囲気はもう移ろい終えて、気持ちも切り替わってしまっていて。

 問いかけに、首を縦に振ってもらうだけじゃ駄目だった。

 もし彼が嬉しさのあまり、いつものように茶化してきたりでもしたら、きっとそれだけで
泣きじゃくってしまう。そうなった時の顔を、もう見られたくなんかないのに。強くなったと
思われたいから、また自分の弱さを曝け出してしまうことが、怖かった。

「……いや…」
 だけど彼は幼なじみだから。生まれてから今まで、ずっと一緒にいてくれた人だから。
そして物心ついた時から、いちばん大事で大好きな人だから。


「ちゃんと優しく…してやる」


 そんな気持ちを、ちゃんと分かってくれていて。
172Sunday:2007/03/18(日) 02:30:55 ID:ESCYU3ul

 

「一番優しく……してやる」


 額を抑えつけていた手が、耳と輪郭と顎をなぞりながら離れていく。
 その時彼がフッと微かに笑顔を見せたのは、無理をしてくれた彼女の気持ちが、純粋に
嬉しかったのだろう。
「……ほんと…?」
「ほんとだ」
 何度目の確認になるのだろう。何度目の切り返しなのだろう。そんなこと、もう分からない。
 
 乾いたはずの、抑え込んだはずの感情がまたしても沸き上がってくる。そして今度は、
こらえることが出来なかった。
「うっ……ひぅぅ…」
「……」
 ああ、イヤだ。結局泣いてしまった。笑った表情の彼は、きゅっと抱き締めてくる。
ぐすぐすと啜ってしまう鼻の音が、余計に恥ずかしかった。

「うっ…うぅ〜〜〜〜〜」

 幸せなはずなのに、嬉しいはずなのに、どうして涙が出るんだろう。それだけじゃなくて、
どうして声まで漏らしてしまうんだろう。
「俺は……お前を泣かせてばっかりだな」
 そう言うと、彼はまた少しだけ困った表情の顔を近づけてくる。密接した身体を一度
離すのが嫌みたいで、背中をゆっくりと擦られる。
「ごめん…崇兄、ごめんなさい……」
「いいから」
 こんな時に泣いちゃってごめんね、折角なのに悲しんでるみたいでごめんね。情けなくて
恥ずかしくてついつい謝ってしまうけれど、すぐに許されてしまう。
「お前が強くなったってことは……ちゃんと分かってる」
「……ひっく……ひぅ…」
 その言葉に、赤くなってしまった目で、くしゃくしゃになった視界のまま、彼の顔を
見つめ返す。
 
 じゃあ、あたしこのまま泣いてていいの?

 もう、我慢しなくていいの?

 表情だけでそう訴えると、崇兄は微かに歯を零した笑みを浮かべて、首を少しだけ縦に
振ってくれる。
「……っ」
 釣られるように、顔が更に歪んでしまう。
 
 やっとの思いで到達できた、取り戻すことの出来た、五ヶ月前のあの頃の想い。

 やっと手に入れることのできた、そこから先に進む、欲にまみれた純粋な気持ち。

 数日前、彼の浮気現場を目撃してからずっと襲われ続けてきた感情に、紗枝はようやく
解放される。
 
そして、この場で三度目となる感覚を。触れた箇所から頭の芯まで、全てが溶けてしまい
そうな感触を覚えるのだった――――――


173Sunday:2007/03/18(日) 02:36:53 ID:ESCYU3ul
|ω・`) ……



   _、_
| ,_ノ` ) 毎回渋茶を出すのもアレだから砂糖を混ぜてみた   



   _、_
| ,_ノ` )b ……味は保障しないぜ  



  サッ
|彡

174名無しさん@ピンキー:2007/03/18(日) 02:55:41 ID:7bm8jomc
>173
この砂糖入りの茶は最高だったぞ。
もちろんオカワリはあるんだろ。
175名無しさん@ピンキー:2007/03/18(日) 10:34:44 ID:V5hFYL+n
お、お代わりを……
甘かろうが、水っぽかろうが構わないから
干からびる前に頼む
176名無しさん@ピンキー:2007/03/18(日) 12:04:04 ID:9UNv75iO
この惑星の砂糖入り渋茶は……泣ける。
177名無しさん@ピンキー:2007/03/19(月) 00:50:50 ID:3rhoR0iB
更にこのスレを探索中。
178名無しさん@ピンキー:2007/03/19(月) 02:36:23 ID:XS/y8meP
甘い茶は好きだ…悪くないぜ。
オカワリだ!!!
179名無しさん@ピンキー:2007/03/19(月) 13:54:02 ID:EXv3m4xh
>>173うまかったぜ・・・。
名作をありがとな。おかわりをずっと全裸で待ってる
180優し過ぎる想い:2007/03/22(木) 00:30:15 ID:mLK5q/wJ
「な、なんで?」
私はやっとその一声を搾り出す。
「あのさ、もうこういう関係やめよう。普通の友達としていよう。おかしいよこんなの。」
「なんで?」
私には意味が解らなかった。
私は遼君のことが大好きで、この前遼君も私のことが好きだ、と言ってくれたのになんで?
「遼君なんで?私の事嫌い?この前、私の事好きって言ってくれたよね、あれは本当だよね?」
「葵の事は大好きだよ。
でも・・・」
「でも何?嫌いなら嫌いって言ってよ、好きって言われて・・・でも離れようなんて言われても解らないよ。遼君お願いだから、そんな事言わないで。やだよ。お願いだから・・・」
私はいつの間にか泣き出していた。
ヒック・・・ウエッグ
私のしゃくり上げる声だけが部屋にこだまする。
「うるさいよ。そうだよ僕は君のことが…嫌いだ。だからもう、来るな。」
私は崩れ落ちそうになった。
でもそれをなんとか耐えて病室の外に出る。
もう理性はなかった。
外に出た瞬間にへたりこむ。
「遼君酷いよ。」
私はそんな事を呟き呆然と何処かを見つめる。


…ごめん、本当に…でもこうするしか……
181優し過ぎる想い:2007/03/22(木) 00:31:54 ID:mLK5q/wJ
どこからか泣き声混じりの言葉が聞こえてくる。
それに気付いては、いた。
でもそれを気にする余裕は私にはなかった。

その後私は抜け殻のように家に帰り。
次の朝学校に行った。
そしてそのまま授業を受けた。

何も考えずに、ただ遼君の事だけを想い・・・

「岩松?おーい、生きてるか〜い。」
誰かが私を呼んでる。
反応したくない。
私の世界の中にいたい。でも変に思われちゃう。答えなきゃ。
「うん。大丈夫だよ。高瀬君。」
「ま〜たまた〜ご冗談を。」
「さっきからず〜っと、何かに悩んでるしょっ。」
「いや、別に。遼君に嫌いだから来るなって言われただけ。」
なんで私は?
私自身のことなのに、私が不思議に思う。

「はぁ?安井がそんな事言うはずないんだけど?あいつ岩松にベタ惚れだし。」
「言ったよ。だからもう遼君の所に行けないの。ただそれだけの事。」

「岩松〜大丈夫だよ。心配するな、安井の気の迷いだって。今日行って確かめてやるよ。」
182優し過ぎる想い:2007/03/22(木) 00:32:52 ID:mLK5q/wJ
なんで私は言わないんだろう。
こうまで言ってくれてる高瀬君にこうなってしまった事情を何一つ言おうとしない。
親身になってくれてる高瀬君に説明した方が良いのは解ってるのに。
怒られるのが恐くて、見捨てられるのが嫌で、それを言えない。
最悪だ
「うん、わかった。ありがとう。」
言ったものの、私には恐怖しか残っていない。
これで遼君に次いで高瀬君もいなくなっちゃった。
誰でもあの事を知ったら、私を軽蔑する。

「じゃあな〜。結果、電話するからな。」
私は高瀬君を見送りそのまま家に帰る。

帰りながら、また物想いに耽る。

皆良い人ばっかりだ。
人が学校に来なかったからって倒れるまで私の事心配してくれる人。

息子がここにいる女に傷つけられてるのに全く怒らない親。

人が悩んでいるからと、頼んでもいないのに、その解決に乗り出してくれる人。
183優し過ぎる想い:2007/03/22(木) 00:36:00 ID:mLK5q/wJ
本当に皆良い人。
それに比べて私は・・・

私は家で電話を待つ。
罵られるだけと理性では解っているのに、感情が期待を持って待っていた。

プルプルプル
電話がなる。

手が出ない。

取りたいのに取れない。こんなところでも期待と恐怖。感情と理性がせめぎあう。

プルプルプル
プルプルプル

でも取らなきゃ、高瀬君への裏切りだ。
そう覚悟し受話器を取る。

「はい、もしもし。岩松です。」
「もしもし岩松さん?高瀬だけど今大丈夫?」
私は開口一番で怒られなかった事に少し安心し応答する。
「うん。大丈夫だよ。」
「ちょっと悪いんだけど出てこれる?」
私は時計を見る。
8:30、ちょっと遅いけど説明すれば出してもらえる時間だろう。
「うん、行けるよ。どこ?」
「有り難い。電話じゃ話しにくいんだ、八幡で。」
「わかった。」
184優し過ぎる想い:2007/03/22(木) 00:37:00 ID:mLK5q/wJ
私は電話を切るとコートを羽織ってお父さんの部屋に行く。

コンコン

「お父さん、入るね。」
「おう。どうした?」
「ちょっと出掛けて来て良い?」
言った途端お父さんの目が厳しくなる。
まぁ当然。
前科持ちだし。
「なぜだ?」
「今は言えない。でもお願い。」
私は正直に言った。
お父さんの目の前に立つとごまかしは言えないし、ごまかす気もない。
でも事情を全て話す気にもならない。
いや話したくない。
「ちゃんと、帰って来るんだろうな?」
「うん。大丈夫。」
「わかった。この前とこれで二つ貸しだぞ。」
「ありがとうございます。いつかきちんと話すよ。」
「まぁ遼太君との結婚式で聞かせてもらうさ。」
お父さんはそういって茶化した。
逆に私は遼君と結婚という単語に反応して、顔が真っ赤になっていく。

でも、有り得ない未来だ。
その事が、私を冷やす。
「そんなこと・・・有り得ないよ。」
「ふぅ。悩んでるねぇ。早く行きなさい。ちゃんと帰ってくるんだぞ。」
「はい。じゃ行ってきます。」

私は家を出て八幡に行く。
また八幡だ。
今度は何があるんだろう。
私の心から恐怖は消えていた。

勇気という名の覚悟をもって、私は行く。
185優し過ぎる想い:2007/03/22(木) 00:38:18 ID:mLK5q/wJ
また遼君と沢山笑っていたあの時期に戻りたい。
心の中の何処かにそんな想いを持って。


高瀬君はもう来ていた。
「こんばんは。高瀬君、速いね。」
「レディーを待たすのは趣味ではございませんから、岩松様。」
「やめてよ高瀬君。」
私は冷たくそう言い放つ。
「やれやれ、尖ってるねぇ。」
「え?」
「安井が倒れてから、岩松すごく恐くなってるよ。」
「い、いや、そんなこと・・・ないよ。」
「しかし怒るは罵るはで最悪だなあいつ。」
「ちがう!遼君は悪くない!悪いのは私!」
高瀬君が遼君の事を誤解してる。遼君がああなっちゃったのは私のせい。
早く誤解を解かなきゃと強い口調になる。

「岩松、落ち着いて俺の話を聴いて。これからわかったつもりで話すから。ok?」
そして高瀬君は私に覚悟を求める。
決意はできていた。
「うん。」
186優し過ぎる想い:2007/03/22(木) 00:40:19 ID:mLK5q/wJ
「まず、君は安井の事が好きだった。
で安井も君の事が好きだった。
これは間違いない。
普通ならこのまま両想いで付き合うんだろうけど、安井は自分の価値を見誤っていた。
自分は岩松に釣り合わないとでも想ったんだろうな。
だから好きなのに告白しなかったんだ。
まぁフラれて、疎遠になるくらいなら今程度の親密さでも良いという逃げだな。
で気付いていたのか、いなかったのか知らないけど、岩松は岩松で告白しようとしたんだな。
で何かしらの誤解が有って、告白を失敗したように感じたのかな?
でそれに傷つき、学校に来なかったと。
で責任を感じた安井は、君を探そうと無理をして倒れた。
そして岩松は安井が倒れたのは自分のせいだと責任を感じて悩んでいる。
で安井は安井で岩松に迷惑をかけたと悩んで手が出せなくなっている。
これが君達の大誤解のプロセスだ。
まぁ一歩引いて全体を考えてみることだ。
後は逃げない事ね。
まぁここまでは元々相思相愛なんだし誤解さえ解ければうまく回るでしょ。で問題はここからだ。」
「ちょっと待って。じゃあ悪いのはどっちなの?」
187優し過ぎる想い:2007/03/22(木) 00:42:14 ID:mLK5q/wJ
「だからどっちも悪くないって。君達の引っ込み思案から起きた誤解だから、一歩踏み込めば氷解する。間違いない!」
「でも遼君、私の事嫌いって。もう来るなって」
「問題はそこなんだよね。今日、あいつの所に行ってこの話して来たんだけど、話はちゃんと聞く癖に、終わった途端いきなり怒り始めるの。意味不明なんだよな。」
「高瀬君も嫌いって言われたの?」
「言われた。あいつお見舞いに来てくれた人全員にそんなこと言ってるみたいなんだよね。」
明らかにおかしい。
遼君は理由もないのに人を怒ったりしない。それに遼君が人を罵ったところなんて見たこともない。
もともとすごく優しい人で他人第一の人なのに。
いきなり罵るなんて事を不特定多数の人にやり始めるなんて。
「あいつ最近すごい評判悪いぜ。まぁお見舞いに行ったら、いきなり怒られるんだもんな。でも回りを全員敵にして何をするつもりなんだ?」
私には全てが初耳だった。
そんなに前から面会できたこと。
クラスの中でそんなに遼君の評判が悪くなってること。
そして遼君が皆にそんな事をしていること。

やっぱり、私のせい?

「ねぇ、何で遼君はそんなことしてるの?」
188優し過ぎる想い:2007/03/22(木) 00:44:54 ID:mLK5q/wJ
「う〜ん。知らない!」
「し、知らないって。」
「つっても、あいつは人の事、理由もなく罵れる奴でもないしね。」
「じゃあ、なにか理由が?」
「そこは、恋人が調べるとこ。明日もう一回行ってみな。」
さらっと、彼はそう言った。
「い、いや。遼君がもう来るなって。」
私の中を恐怖が走り怯える。
もう遼君に嫌われたくない。
「辛いのはわかるけどさ、もう一回だけ、ね?」
「やだ・・・やだやだやだやだ。」
私の心は怯えで塗り潰されていた。
「落ち着け!辛いのはわかる。君を傷つけたのは、確かに安井だ。でも一回だけ行ってくれ。今あいつを救えるのは君しかいないんだよ。」
「私しか?」
「そう、君しか。次行った時も、多分安井は岩松を罵る。でもその時に、負けずに彼を看てあげてほしい。残念だけど、俺には何かがあるって事しか判らなかった。でも君なら。」

私の中でまた感情と理性が闘う。
遼君の所に行くべきか、行かないべきか。
私はどうする「あと一つだけ。今、一番つらいのは安井だよ。」


私は何を怯んでいたんだろう。
そう。一番辛いのは遼君なのだ。
それなのに私は自分の事で悩んでしまい、遼君の所まで考えが及んでいなかった。
189優し過ぎる想い:2007/03/22(木) 00:45:46 ID:mLK5q/wJ
遼君を助けなきゃ。

私は言う
「うん。明日行ってみるよ」
「よかった。やっと目に力が戻って来たね。それじゃ安井のことは頼んだよ。」
「うん。」
「それじゃあね。気をつけて帰るんだよ。」
190名無しさん@ピンキー:2007/03/22(木) 00:50:22 ID:mLK5q/wJ
欝展開ですorz
倉庫に上げられた自分の読んで激しく欝になりましたorz

次のSSは欝にならないように頑張ります。
これは次回で終わります。(多分)
のでお付き合いをお願いします。
191名無しさん@ピンキー:2007/03/22(木) 12:35:39 ID:gKxHdax1
あれ?もしかして遼くん死亡フラグ?
192名無しさん@ピンキー:2007/03/22(木) 13:52:49 ID:Q901TAAQ
フラグ立ったな
193名無しさん@ピンキー:2007/03/22(木) 21:12:00 ID:tX22u8im
前に職人が殺さないって明言しただろうがw
194名無しさん@ピンキー:2007/03/25(日) 22:01:14 ID:WshvtsJM
GJですー!
でもどうかハッピーエンドでお願いします……。
195名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 00:13:20 ID:upv2BYCD
>>190
GJですー!
それではこちらも投下します!
196絆と想い 第9話:2007/03/28(水) 00:15:01 ID:upv2BYCD
正刻が風邪を引いて家で寝ていた日の朝。大神鈴音は自分の前の席──正刻の席──を見つめて、小さく溜息をついた。
「まったく……。ボクにも連絡してくれたっていいじゃないか……。何年同じクラスだと思ってるんだよ……。」
登校中に宮原姉妹に遭遇した鈴音は、正刻が風邪で休むことを聞かされた。
正刻が学校に来ないのは残念な事だったが、もっと残念だったのは、その事を正刻から聞かされていないという事だった。

一緒に登校している時、唯衣は盛大に溜息をつきながら言った。
「まったくあいつにも困ったものよね。どうせ夜遅くまでゲームやネットやアニメに狂ってたに違いないわ。駄目な幼馴染を持つと苦労
 するわよ本当に。……早く帰って面倒見てやらなきゃね。」
その後を受けるように、今度は舞衣が言った。
「本当は学校を休んで正刻を看病するつもりだったんだが……正刻に『そんな事したら酷いお仕置きするぞ』と脅されてな。いや、正刻
 にお仕置きされるのはむしろ望むところなのだが、彼の意を汲んで、な。とにかく、生徒会の用事が入らない事を祈るばかりだな。」

姉妹で表現こそ違うものの、正刻を心配し、大切に想う気持ちに変わりが無いことは鈴音にも良く分かっていた。
しかし、その気持ちなら自分だって負けてはいない。正刻を想う気持ちは揺ぎ無いものだ、という自負はある。

けれど。この二人には。この二人だけには。

どうしても気持ちが負けている、と思ってしまう。
話を聞くと、生まれて間もない時に既に三人は出会っており(当然本人達に記憶は無いが)、それからずっと一緒だという。
もちろん喧嘩や仲違いも無かった訳では無いが、三人はそれらを乗り越えるたびに絆を更に深く、強くし、今に至っている。

敵わないのか、と鈴音は少し悩んでしまう。
自分も彼とは中学の時からずっと同じクラスで、故に修学旅行などの学校行事はもちろん一緒に過ごし、ひいては学校で最も彼と同じ時間を
共有しているのは自分だ、という想いがある。

それでも宮原姉妹に比べれば距離を感じてしまう。
それは例えば……合鍵。
宮原姉妹は正刻から万が一の時のために、高村家の合鍵をもらっている。

自分は……もらっていない。
それは良く考えれば当たり前の事だ。どんなに仲が良いとはいえ、恋人でもない只の同級生に自分の家の鍵を渡す事など無いだろう。
だが、それが当たり前だと分かるが故に……鈴音は複雑な気持ちを抱いてしまう。

そしてある意味一番の問題は、鈴音にとって宮原姉妹は最高の親友であり、二人にとって鈴音もまた同じ存在である事だった。
いっそ二人を嫌ってしまえば楽になれたかもしれない。しかし、それは出来ないし、したくなかった。
だから鈴音はこういう時、道化を演じてしまう。

「いやー、二人とも大変だねぇ。それにしても、二人に想われる正刻は幸せ者だねぇ。」
自分の本心を、押し殺して。
197名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 00:16:13 ID:upv2BYCD
授業中も鈴音はぼんやりとしていた。いつもと違う視界に寂しさを感じる。
いつもなら、あいつが居るのに。自分と同じくらいの身長しかない小さな背中だけど、でもとても安心させられる背中。
それを思う時、鈴音はいつも思い出す。正刻と知り合った時のことを……。



鈴音は幼い頃から活発で、真っ直ぐな少女であった。
しかし、それが災いした。目立つ彼女は、いじめの標的にされてしまったのだ。
それとともに、鈴音はその活発さを急速に失い、周りのもの全てに興味を失ったかのように冷たく、そっけない態度をとるようになった。

いじめに屈服した訳ではない。ただ、周りの人間に失望したのだ。
群れなければ何も出来ない。突出した者がいると、寄ってたかって潰しにかかる。
そんな連中と口をきくのは無駄以外の何物でもない。そう考えた鈴音は、いつも本を読み、誰とも口をきこうとしなかった。
鈴音が周りを拒絶するようになってからはいじめは無くなっていったが、代わりに鈴音に話しかけようとする者も居なくなっていた。

そんな孤独な小学校時代を経て、中学校に上がっても鈴音は相変わらずその態度を続けており、当然友達も出来なかった。
いつも鈴音は一人で本を読み、授業が終わればさっさと帰る。そんな毎日を繰り返していた。
しかし、そんな生活を一変させる出来事が起こる。それはある日の放課後。珍しい事に彼女に話しかけてくる者がいたのだ。

「なぁ、君こないだ京極さんの新刊読んでたろ? 実は俺もファンなんだよ! いやー、こんなところで同好の士……しかも女の子に逢える
 なんて、俺すっごく嬉しいぜ!!」

鈴音はぽかんとその少年を見た。自分の評判は他の生徒から聞いているだろうに。何故こいつはわざわざボクに話しかけてくるんだろ……?
改めてその少年を見直す。背は低いが、顔はかなり整っている。しかし、何より目を引くのはその瞳だ。
漆黒の色をしたその目は、しかしきらきらと輝いている。これほどまでに綺麗な瞳を鈴音は初めて見た。思わず吸い込まれそうになり……

「ん? どした?」
その少年の声で我に返る。何故か高鳴る胸の鼓動を隠すように、努めて冷たい声で言う。
「……別にボクがどんな本を読んでようが君には関係無いだろ。ほっといてよ。」
「おおぅ! しかもボクっ娘かぁ! 初めて見たぞ!」
しかし折角の冷たい態度も彼にはあまり関係無いようだった。

(何か調子が狂うな……。)
鈴音は無言で少年を眺める。今まで無視してきた連中とは、何かが違う気がする。だけどそれが何なのかは分からない。
ただ一つ言えるのは、自分はこの少年に興味を持ち始めている、という事だ。
ずっと他人を無視し続けてきた自分が。
その事に鈴音は戸惑いを感じていた。

そんな鈴音の気持ちにはもちろん気づかずに少年は話しかける。
「あ、そうだ! 一応自己紹介しとくな。俺の名前は高村正刻! 図書委員をやってるけど部活はやってない。身長は低いけどこれから
 すんごく伸びる予定! 以上だ!」
「たかむら、まさとき……。」
無意識に鈴音は呟いていた。忘れまいとするように。その自分の行動に、ますます戸惑いを覚えてしまう。

「で、君は?」
「……え?」
「君の名前だよ。相手が名乗ったら、自分も名乗るのが筋だろ?」
正刻の言うことはもっともだった。だから鈴音は渋々といった調子で答えた。
「……大神鈴音。委員会も部活もやってない。以上。」
「おおがみすずね、か。良い名前だな。」
「……別に。普通だよ。」
本当は良い名前だ、と言われた時、心臓がトクンと鳴ったが……それを気のせいだ、と鈴音は切り捨てる。
198名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 00:19:20 ID:upv2BYCD
「しかしそんなに本が好きなのに何で図書委員会に入らないんだ? 結構楽しいぞ?」
そう問う正刻に、鈴音は軽い苛立ちを覚える。何でこいつはこんなに話しかけてくるんだ。ボクは一人がいいのに……!
「キミには関係ないだろ。」
意識して冷たく突き放す。もう話しかけるな、という気持ちを込めて。
「でもなぁ……やっぱりもったいないと思うんだが……。」
しかし正刻は全くひるまない。その様子に、もっと辛らつな事を言ってやろうと鈴音が考えた時。

二人の少女が乱入してきた。

「こら正刻! 何女の子にちょっかいかけてんのよ! 迷惑そうじゃない! 中学に入って早々セクハラで停学を食らいたいの!? 幼馴染
 がセクハラで停学だなんて恥ずかしいにも程があるんだから、やめてよね!!」
「い、いや唯衣待て。俺はただ、本が好きなら図書委員会に入ったらって、そう言ってただけ……」
「まぁそんなに怒るな唯衣よ。正刻も悪気があったわけじゃないだろう。ただ、私に言ってくれなかったのはいただけないな。そんなに女性に
 飢えていたなら私に言えば良いんだ。ケダモノのような君でも、私なら全て受け入れてあげるし、望むようにされてあげるというのに。」

「お前は少し黙れ! それと俺はケダモノじゃねぇっ!!」
「そうか? 最近大きくなり始めた私の胸に、いやに君の視線を感じるようになったのだが?」
「! い、いや、そんな事は……ない、と思うよ? 多分……。」
「正刻……あんたって奴は……!」
「い、いや大丈夫だぞ唯衣! お前も少しあるし、まだまだこれから……っていひゃい! いひゃいれふうぅ!!」
「……ずいぶんとナメたクチをきくのはこの口かしら? ええ?」

鈴音は唖然とした。どうやら二人とも彼の知り合いのようだ。しかも二人ともかなりの美少女だ。
(一体どういう関係なんだろ?)
鈴音はそう思ったが、しかしそう思った事にひどく驚いた。別にこの二人と彼がどんな関係だろうが、それこそ自分には関係無い。
だのに自分は三人の関係を知りたがっている。本当に自分は一体どうしてしまったのか……?

鈴音がそんな事を考えていると、高村に折檻をしていた娘がようやく鈴音の存在に気がつき、声をかけてきた。
「あ、騒がしくしちゃってごめんなさいね。あの、このバカに変なことされなかった?」
「いや、別にされてはいないけど……。」
鈴音がそう答えると、少女はほっとしたように笑った。長い髪をポニーテールに結った彼女の笑顔に、同性である鈴音も見蕩れてしまった。

「済まなかったな、うちの幼馴染が迷惑をかけて。だが彼も悪気は無いんだ。許してやってくれ。」
「だから別にいいってば。迷惑ってほど話したわけじゃないし。」
そうか、と言ってもう一人の少女も静かに微笑んだ。こちらの少女の笑顔も魅力的だった。

「あ、折角だから自己紹介しとくね。私は宮原唯衣。正刻とは腐れ縁の幼馴染なの。で、この娘が……」
「……宮原舞衣だ。唯衣とは双子で、彼女が姉、私が妹だ。しかし君は正刻と同じクラスで良いな。羨ましいよ。」
「そう? 一緒のクラスだと正刻のフォローしなきゃならないから大変じゃない。」
「何を言うんだ唯衣、それが良いんじゃないか。正刻の支えになっていると実感できるしな。大体お前だって別のクラスになって寂しそう
 ではないか。」
「! バ、バカ言ってんじゃないわよ! 私は清々してるわよ!」
妹に怒鳴る唯衣を見て、でもそんなに顔真っ赤じゃあんまり説得力無いねぇ、と鈴音は他人事のように思った。実際他人事だが。

と、そこで唯衣に折檻されてぐったりしていた正刻がむくり、と起き上がって宮原姉妹に尋ねた。
「と、そういやお前らどうしたんだ? 俺に何か用事だったんじゃないか?」
「あ、そうだ! 母さんからメールが来てたのよ。今日は父さんが早く帰って来れそうだから、みんなで外食しようって。もちろんあんたも
 一緒にね? だから、あんたの予定を聞いておきなさいってね。」
「今夜か? すぐに使わなくっちゃいけない具材は無いから大丈夫だぞー。喜んでご一緒させてもらうさ。」
「よし、じゃあ決まりだな。今夜は楽しみだ。出来ればそのまま泊まっていって欲しいが……。」
「それは却下させてもらおう。」

そう言うと正刻は、鞄を手に立ち上がった。鈴音に片手を上げて別れを告げる。
「じゃあな大神。また明日、な。」
「本読むの邪魔しちゃってごめんね。それじゃあね。」
「正刻が色々迷惑かけるかもしれないが、出来れば仲良くしてやってくれ。では。」



199名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 00:20:43 ID:upv2BYCD
そう言って三人は一緒に教室を出て行った。その後ろ姿を見送った後、鈴音は思わず深い溜息をついた。
「何とも個性的な面々だったなぁ……。」
そう一人ごちる。しかし、決して不快ではなかった。正刻に色々言われた時は少し苛立ったが、それでも不思議と不快感は無かった。
「あいつ、またボクに話しかけてくるのかな……。」
鈴音は自分に話しかけてきた少年を思い返す。きれいな漆黒の瞳。真っ直ぐな目。
自分はあの少年に話しかけられたいのか、そうでないのか。
もやもやとした気持ちを抱えたまま、鈴音は家へと帰った。



「……ずね? 鈴音ってば!」
はっ、と鈴音は回想から引き戻された。同じクラスの部活仲間が顔を覗き込んでいる。授業はもう終わっていたようだ。
「どしたの鈴音? ぼーっとしちゃって。……ははーん、さては高村君が居ないから寂しいんでしょ? まったく可愛いんだからー。」
からかってくる部活の仲間に苦笑を返し、鈴音は部活へと向かった。

「はぁ、はぁ……。よーし、あと一本!」
鈴音はユニフォームに着替え、練習に打ち込んでいた。彼女は短距離と走り高跳びを専門としている。今はダッシュを繰り返しているとこ
ろだった。
腰を落としてダッシュしようとした時、家路につく生徒たちの中に知った顔をみつけた。正確には、揺れるポニーテールで気がついた。
「唯衣……? 部活を休んだんだ……。」
この時間帯は合気道部も練習中のはずである。その彼女が今校門にいるということは、部活を休んだということ。そして、何故休むかと
いえば……。

鈴音は無言で頭を振り、ダッシュを始めた。余計な事を考えないように。嫌な気持ちを振り払うかのように。

「あー、疲れた……。」
鈴音は家に帰るとベッドに倒れこんだ。今日はかなり練習をした。というより、オーバーワーク気味であった。
「何か練習に八つ当たりしちゃった感じだなぁ……。」
ごろん、と体勢を変え、天井を見上げる。何も無い天井に、ふと正刻の背中が見えた気がした。

そんな自分に鈴音は思わず苦笑いしてしまう。
「ボクってこんな乙女チックなキャラじゃないだろ……まったく。正刻に一日会ってないだけでこんな……まったく。」
そう言いながら鈴音は枕を抱き、ごろごろと転がる。転がりながら、ぶつぶつと呟く。
「くそー、正刻めー。明日会ったらまず殴ってやろうかな。ボクをこんな気持ちにさせたんだから当然の報いだよねぇ。でも、あいつ明日来る
 かなぁ……。一度体調崩すと悪化させちゃうタイプだし……。心配だなぁ……。メールも控えた方がいいよねぇ……。あーでも気になるなぁ……。」
鈴音の独り言は、妹が食事に呼びにきてその姿を見られるまで続いた。
200名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 00:23:29 ID:upv2BYCD
そして翌朝。登校中の鈴音は、学校へと向かう人の波の中に見慣れた背中があるのを発見した。
思わず笑みがこぼれる。彼女は一気に駆け出すと、その背中を思いっきりどやしつけた。
「痛ってぇっ!!」
「あははっ! おはようっ! 一日ぶりだね正刻っ!!」
背中を思いっきり引っぱたかれた正刻は鈴音を睨むが、笑顔の鈴音につられて思わず苦笑してしまう。
「まったくお前は……。」
「あはは、ごめんごめん。ところで正刻、風邪はもう良いの? キミって一度体調崩すと長引くタイプじゃない? だいじょぶ?」
「あぁ、心配かけて済まないな。でも今回は見ての通り、俺はすっかり完治したぜ! だけど、唯衣が軽く風邪引いちまってな。
 俺の看病をしてくれたんだが……何だか悪いことしちまったな。」

そう言って唯衣に心配そうな視線を向ける正刻に舞衣が言う。どことなく、むっつりと膨れている気がする。
「心配は無用だ正刻。唯衣は自業自得だ。まったく、抜け駆けなんかするから……!」
「抜け駆け?」
鈴音は不思議そうに唯衣と舞衣を見比べる。顔が赤い唯衣。膨れている舞衣。一日で完治した正刻と、入れ替わるように風邪を引いた唯衣。
「……まさか……。」
思わず呟いた鈴音に、舞衣が頷きを返す。
「現場は見ていないが……おそらく、な。」
鈴音は思わず唯衣を見る。唯衣はバツが悪そうに目を逸らした。

「なぁ、お前ら何の話をしてるんだ?」
一人、全く話が読めない正刻が尋ねる。三人は思わず顔を見合わせ、微妙な表情を浮かべる。
「? 何だよ?」
『……にぶちん……』
三人は正刻に聞こえないよう、しかし完全にハモりながら呟いた。


その日の放課後。部活へ向かおうとする鈴音に正刻が声をかけた。
「あ、鈴音すまん。ちょっと良いか? 話があるんだが……。」
「うん、何? 改まってどうしたのさ?」
正刻は周りを見ると、鈴音に告げる。
「いや、ここじゃちょっとな……。悪いが屋上まで付き合ってくれないか?」
その言葉に鈴音の胸がトクン、と鳴る。
(え? ……も、もしかして……!)
しかし、正刻の表情を見てそれはないな、と思い直す。
「……鈴音?」
「……何でもないよ。いこいこ。」
そう言って鈴音はさっさと歩き出した。
201名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 00:25:05 ID:upv2BYCD
屋上には、正刻と鈴音以外には人は居なかった。告白にはもってこいのシチュエーションだが……。
(そんな訳無いもんねぇ……。)
ほぅ、と溜息をついた鈴音は正刻に向き直る。
「で、正刻? 一体何なのさ?」
鈴音に問われた正刻は、うん、と頷いて言った。

「実は、これをお前にもらって欲しくてな。」
そう言って彼がポケットから出したのは、鍵、だった。綺麗な鈴がついており、チリン、と鳴った。
「え? これ? ……何の鍵?」
正刻から渡された鍵を見ていた鈴音はそう尋ねた。
「俺の家の合鍵だ。」
正刻は何気なくそう言った。

「ふーん、キミん家の……って、え? ええええええ!!?」
鈴音は驚きのあまり鍵を落としそうになった。正刻が自分に、家の合鍵を……!?
「いや、俺一人暮らしだろ? 何か万が一の事……例えば今回みたいに体調崩した時なんかに、唯衣と舞衣が必ず来れるとは限らないんだよ。
 だから、あの二人以外にも鍵を渡そうと思ってさ。そう考えた時、真っ先に浮かんだのはお前だった。正直、俺はある意味じゃあお前の
 事を唯衣や舞衣より信頼してる。何せ、中学の時からずっと同じクラスなんだからな。だから、俺のわがままではあるんだが、お前に鍵を持
 っててもらうと安心だな、と思ってさ。」

鈴音は正刻の話を黙って聞いていた。いや、正確に言うと、何も言えなかった。嬉しかったからだ。
正刻が自分の事を、そこまで信頼してくれていた事が分かって、身震いするほど嬉しかった。
同時に、昨日抱いた不安も消えていた。
確かに唯衣と舞衣には敵わない部分もある。二人のほうが、自分よりも正刻と長い時間を共有してきたという事実は変わらない。

だが、未来は。これからの時間で、誰が正刻と時間を共有するか、絆をより太く強くするかは、まだ決まっていない。
ならばグダグダと悩むより、自分は立ち向かおう。自分を高めて、コイツを振り向かせてやろう。
だって自分は……もう正刻以外、考えられないから。孤独だった自分を変え、光を与えてくれた彼無しじゃ、きっとやっていけないから。

黙ってしまった鈴音に、正刻が恐る恐る声をかける。
「す、鈴音……? その……やっぱり迷惑、だったか……?」
その問いに、顔を上げた鈴音は……とびっきりの笑顔を浮かべてこう言った。
「そんなことないよ! 喜んで頂くよ!」
「そっか……ありがとうな。お礼に、今度何か奢らせてくれ。」
そう申し出た正刻に、鈴音は意地の悪い笑みを浮かべてこう言った。
「いやー、いいよ別にぃ。早速この鍵を使って正刻の夜のお供を探し出して弱みを握らせてもらうからさぁ。」

そんな事を言われた正刻は仰天する。
「おい! 言っとくけどその鍵はあくまで緊急用だからな! 勝手に使ってうちにホイホイ入るんじゃねーぞ!!」
「えー、だってこの鍵もうボクのだしねぇ? どう使おうがボクの勝手でしょ?」
「……やっぱ前言撤回! お前は信用ならねぇ! 鍵返せ!!」
「やーだよーだ。あははっ!」
鈴音は正刻の手をするりと避け、部活へと向かった。その姿はとても楽しくて、幸せそうだった。

その日の夜に正刻からもらった鍵を見ながらニヤニヤしていた鈴音がまた妹に見つかってからかわれたり、鈴音が合鍵を持った事を聞いた
宮原姉妹が微妙に不機嫌になって正刻が冷や汗をかいたりしたにだが、それはまた別のお話。
202名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 00:26:09 ID:upv2BYCD
以上ですー。ではー。
203名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 01:22:27 ID:oqrJmDpr
>>202
GJです
204名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 05:07:40 ID:ql15pWAx
>>202なんと甘々な・・・GJ!三人の奪い合いが楽しみだ
205名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 05:36:16 ID:ghPX0PE6
>>202
汝こそ三国一の猛将よ!!つまりはGJ!!
206名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 21:05:21 ID:fonXwgSF
ぐじょーぶっ
ところで、修羅場スr(ry
207名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 23:33:38 ID:w8jZ5Kgn
今保管庫で真由子とみぃちゃんとか色々読んでみたけどこのスレの職人様レベル高っ!真由みぃシリーズとか文庫版になったら絶対買うよ…
208名無しさん@ピンキー:2007/03/30(金) 03:40:40 ID:mQatV96B
このスレの職人さんはみんなレベル高いよな
個人的に微妙だと思う作品がひとつもなかったし今でも保管庫とかで読み返してしまう

てことで日曜日の続き待ってます
209名無しさん@ピンキー:2007/03/30(金) 21:24:33 ID:8Buh8S1q
日曜日もシロクロもこれから本番というところで止まってるよな。やっぱり本番は書くのが大変なんだろう。

まぁ職人の方々にはじっくり作品を作っていただくとして、我々は雑談でもしてまったりと待ちましょうや。
210名無しさん@ピンキー:2007/03/30(金) 21:37:57 ID:l6UqQFIw
このスレ的に最近やってる昼ドラの砂時計ってどうよ
211名無しさん@ピンキー:2007/03/30(金) 23:22:56 ID:AtC5EZc5
>>210
ドラマは見てないが原作は自分としてはかなりツボだった
というか砂時計を読んで幼馴染モノを書き始めたのはここだけの話だ
212名無しさん@ピンキー:2007/03/31(土) 00:55:42 ID:gbRV7w4O
砂時計を調べてみたけど、確かに面白そうだなぁ。
少女漫画は苦手なんだけど、勉強のためにも読んでみたい。
213名無しさん@ピンキー:2007/04/01(日) 00:26:39 ID:KXC+BgCa
方言で少し萎えそうだがそこらは脳内でry
214Sunday:2007/04/01(日) 01:17:53 ID:28jwSM79

 幼なじみだから知っている。

 口調も乱暴で、がさつな態度を取ることも少なくない奴だけど。それでもその実内面は
普通の女の子とは変わらないくらい、いやそれ以上に弱々しい面を持っているってことを。

 立場を変えることの無いまま接するのは、それは同時に紗枝を妹としても扱ってしまう
という事だったから、出来なかった。一度それを理由に振ってしまったのだから、二度と
そんな扱いをしてはいけないと思ったのだ。
 だから恋人として今までの関係を無視して接してみたのだが、いざそれをやってみれば、
すれ違ってしまうばっかりで。普段なら決してここまで弱気にならないのにそうなってし
まったのは、負い目があるのと、責め立てたい気持ちがあるのと、相手が幼なじみだから
ということ。それらが複雑に絡み合って、彼から自信を奪ってしまっていた。

『大事な話…なんだ』

 沈んだ様子を見せる彼女にそう言われた時、悲観的な感情に支配されていた脳と心は、
勝手に結論を導き出す。それは、予測はしていてもやっぱり受け入れ難いことではあった。

『本当は……会いたくなかったんだろ…?』

 呟く目は、早くも潤み始めていて。自分の行動の迂闊さを、改めて思い知らされる。


 思えば、随分と紗枝を傷つけてきた。


 何をやったかなんて今更言いたくない。それだけ、彼にとってこの数ヶ月間は後悔の
連続だった。
 こんなことされ続けていたら、自分だったら別れを切り出していてもおかしくなかった。
だから、紗枝もそう考えていてもおかしくない。そう思って、思い込んでいただけに、
まったく逆の言葉が彼女の口から紡がれた時、なかなか信じることができなかった。

 崇之は、分かってなかった。

『だからあたしは……崇兄の全部がいい』

 そのことを、付き合い始めるずっと前から知ってはいても。

『あたし…あたしには……崇兄だけだもん…っ』

 例えちゃんと言葉にされても、何度も言われても。

 自分が、どれだけ彼女に想われ続けていたのか。

 彼女が、どれだけ自分を想い続けていたのか。


 知ってはいても、まるで分かっていなかったのだった―――

215Sunday:2007/04/01(日) 01:19:51 ID:28jwSM79



「紗枝…」
「崇…兄……」
 お姫様抱っこの状態のまま、泣き止んだものの頬に未だ雫の跡を顔に走らせ、とろついた
瞳で見つめてくる彼女に愛しさを募らせる。らしくもなく、頬と耳が起点となって、カッと
熱さを増していく。
 崇之の頭の中には、もう紗枝のことしか考えることが出来なくなっていた。

 互いにゆっくりと近づいていて。

 先に身体と、額。そして次に零になったのはこの場で三度目となる、口と、口。

ちゅっ…

 その触れ合いが今までと違ったのは、濡れた唇によって微かに音が跳ねたこと。彼は覆い
被さるように、彼女は縋りつくように。繋げるのではなく、食むように赤く濡れた箇所を
触れ合わせ続ける。
「……」
 そして普段なら、そこでこの行為は終わりだった。あとは、身体を離すだけだった。


つちゅっ……


「……!」
 自分の身体がひどく強張るのが、その瞬間分かった。
 笑ってしまいそうになるくらいぎこちなかったけど、距離がまた零ではなくなった直後に、
紗枝に再び追いかけられ、歯を立てず唇で噛み付かれたのだ。水滴が水面を叩いたような
跳ねる音が、また少しだけ大きくなる。

「んんっ……」
 向こうからやっておいて、吐息がくすぐってくる。
そういえば以前、不意に舌を絡めてしまった時、相当嫌だったのか次の瞬間には身体を
突き飛ばしてしまった。あれはおそらく、彼だけでなく紗枝にとっても苦い記憶だったの
だろう。
 その時の申し訳なさが、逆に彼女を積極的にさせてしまっているのだろうか。
「ん…んぅ…」
「…ぅ…っ」
 その身体を抱き留めているのは自身だったから距離は取れない。それでも驚いてしまった
あまりに、背筋を伸ばして引いてしまう。すると、また追いかけられて繋げられてしまった。
本当に彼女は、自分がよく見知った幼なじみの女の子なのかとは思い直してしまうくらいに、
大胆な行動をとり続けてくる。

 それでも、どういう風にすればいいのか分かんないのだろう。
 薄目を開けてその様子を伺ってみると、舌先で半開きになった下唇に唾液を舐めつけ、
それを自分の唇でさらっていくという行稚拙な為を繰り返している。目を瞑ってしまった
ままからか、時々それが口元に外れてしまったりして、半端に生えたヒゲが濡れて妙な
くすぐったさを覚える。
「……っ」

ちゅるっ

「ふぅっ!?」
 優しくするとは言ったものの、彼女は処女で、自分は経験者で。主導権を握られるのは、
少しばかり面白くない。それまでされるがままだった行為をやり返す。吐息で撫でかけ、
唇を口に含み、半開きになったそこに舌をねじ込む。
216Sunday:2007/04/01(日) 01:21:07 ID:28jwSM79

 突然し返され、頭をかくかくと傾けながらも、彼女は必死にその動きについてきた。
そうやって無理をしてくれることが、たまらなく嬉しい。
 
 少しでも身体の緊張を解いてしまえば、頭を巡る意識をすぐにでも手放してしまいそうな
この感覚は、禁断という言葉の中に閉じ込められていた久しぶりの未知の味だった。

ちゅっ…ずっ……ちゅるっ……ぴちゅん…

「…ふ……っつ」
「んんっ……むぅぅ…」
 ねとついた唾液が絡み合い、水音がより一層跳ねていく。相手の吐息を飲み込むたびに
眩暈がして、酒とは違った酔いを覚える。舌を繋げて微かな塩っ気を味わっていくうちに
視界が徐々に狭まっていき、抱き締められ続けた腕の力も少しずつ弱めてしまう。こんな
激しい秘め事は、今までやったこと無かった。それだけ、彼女も欲してくれてたんだと思うと、
顔がくしゃくしゃになるくらいに満たされる。

「…っ……ぷはっ」
「…はっ…んぁ……」

 流れた涙の跡を空いた手の指で拭ってやると、口の端から微かに垂れかけていた涎も、
舌で拭いてやる。そして今度こそ、ようやく顔と顔の距離を挟んだ。

「…びっくりさせやがって」
「あたしの方が…ドキドキしてるもん……」
 自分からしてきた割には、紗枝は焦点の合ってない表情を浮かべていた。これだけ激しく
すれば少しくらい抵抗されるかとも思ってたが、一向に身体を動かす様子も無い。身体の
ほとんどの感覚を失ってしまったかのように、くたりと身体を預けてくる。 
 理性に逆らって、恥ずかしさを超えてまで精一杯頑張って、それでもう限界になりつつ
ある彼女とは違って、こちらはまだ若干の余裕がある。主導権を取り返せたことに、安堵と
満足感を覚えた。
 と同時に、こんな時にもそんな感情が沸き上がってくる自分の性格に、苦笑が止まらない。
「鼻息荒くて……やらしかった」
「…それだけ興奮してるってことだよ」
 それを笑いかけたのだと勘違いされたのか、不満げに顔を歪めて嫌味を呟かれてしまう。
だけどそれも、彼女なりの照れ隠しだということは分かっている。そんな意地っ張りな性格が、
何よりも好きだからだ。

「そいじゃ…」
「ん…」
 天井からぶら下がっていた紐を引っ張って、カチリという音の後に部屋を照らしていた
明かりが落ちる。それでもカーテンの隙間から微かに差し込んでくる月明かりのおかげで、
間近にある紗枝の表情は充分に読み取れた。

「あ…でっ……でも…少しだけ……心の準備…してもいい…かな……?」

 動かせない身体の代わりに、あちこちに視線を移すその様がどうにも可愛らしい。
「そうだな……じゃ、俺もちょっと準備するわ」
 こつんと額を優しくぶつけてから、手を離して紗枝の身体を一旦解放する。へたっと
布団の上で脱力する彼女をその場に置いて立ち上がると、服を脱いで裸になり、下半身に
カーゴパンツを履くだけの状態になった。そのまま移動して部屋の隅に置いてある棚から
紙のパッケージを掴むと、中から一枚薄く四角いものを取り出す。指に引っ掛けて肩から
掛けていたシャツを放り投げ、その四角いものを布団の傍にテーブルの上に置くと、再び
彼女の傍に座り込んだ。
217Sunday:2007/04/01(日) 01:24:13 ID:28jwSM79

「……?」
 紗枝の方はそれが何なのか分からないようで、制服姿のまま両手を胸に当てたまま、
おずおずと見つめだす。それでもピンと来ないようで、思案顔が晴れる様子はない。
「使ったほうがいいんじゃないか」
 一旦は置いたそれを人差し指と中指でそれを挟んで、彼女の眼前にそれを持っていく。
まじまじと見つめていたが、やがて言葉に促されたようにはっとなって目を見張らせると、
ずざっと音が立ってもおかしくないくらいに後ずさった。
「あ…じゃあそれって……」
「まだ母親にはなりたくないだろ?」
「え…うん」
 教えてやったものの、どうにも紗枝の表情は晴れない。寂しそうに、身体を半身にして
背けてしまった。

「? どした?」
「でも…それって……あたしが優しくして欲しいって言ったから?」
「……」
「あたしは別に…崇兄が無いほうがいいっていうなら……」
「紗枝」
 少し強い口調で、崇之は彼女の名前を口にする。少し咎めるような色も含ませてしまった
せいか、その身体がびくりと震えてしまった。

「こういうのは優しくとかそういうんじゃなくて、当たり前のことだぞ」
「……」
 近づいて、横髪をくしゃりと撫でる。本当は、頭を撫でたかったのだが。
「それに……せっかく仲直りできたのに、またお前に苦労を背負い込ませたくないんだ」
 それを手櫛で梳いてやる。耳たぶと手の平が掠めて、彼女はまた小さく身体を震えさせる。
「だから、気にすることない。優しくするのはこれからだ」
「……」
 そう諭すと、紗枝はまたしても顔を少し俯かせる。それは顔を見られたくないとかそういう
意味じゃなくて、単に頭を下げているように見えた。
「もう……優しくしてくれてるじゃん…」
「ははは、そう言うなよ」
 口を尖らせまるで不満事をぶつけられるようなその仕草に、思わず笑い声を上げてしまう。
優しくされて意地を張るなんて、いかにも紗枝らしい。
「ありがと…」
「どういたしまして」
 彼女の腕を引っ張り自分自身もそちらに近づくと、また一瞬だけ唇を番わせる。

「んじゃあ、そろそろ準備出来たか?」
「ひゃっ!」
 そのままぎゅっと抱きしめて、腕の中で紗枝の体勢を入れ替えると、なんとも女の子らしい
彼女らしからぬ悲鳴が響く。それを無視して、彼女の身体を回転させて、背中から抱きしめる
状態になると、そのまま足で囲って、手をお腹の前で繋げてみせる。そして、またしても
ぎゅっと抱きしめた。
「ち、ちょっと!? なんだよ!」
「何って、優しくして欲しいって言われたからそれを続行してるだけだが」
 付き合い始めた頃はよくしていた行為だった。態度ならともかく、言葉でまで甘えられる
ことはそうそう無かったから、彼女がして欲しいなんて言ってきた時は思わず頬が緩んだ
ものである。

「やっ……そんなことされたら…準備なんて出来ないよぉ……」

 座椅子の状態で、自分の胸板を彼女の背中に強く押し付けていると、困ったような声を
吐き出してくる。確かにそこから感じ取ることの出来る鼓動は、それまで控えめだったのが
抱きしめると同時に途端に跳ね上がり、伝わってくる音も壊れたままだ。
218Sunday:2007/04/01(日) 01:25:48 ID:28jwSM79

「大体……なんでこの体勢なの…?」
「俺がやりたかった。他に理由なんかあるか」
 後ろから抱きしめてるはずなのに、何故か紗枝の顔は真横にある。要するにそれだけ
圧し掛かっているということなのだが。肩の上に顎を噛ませるように置くと、それこそ
彼女の身体を包み込んでいるような錯覚を覚える。

「……じゃあ、もういい」
「…ん?」
「どうせ……こんなことされたら落ち着かないもん…」
 拗ねさせてしまったのかぷいと顔を背けられる。こっちは優しくしていたつもりなのだが、
生憎機嫌を損ねてしまったらしい。もっとも、「優しくする」という行為にかこつけてこんなこと
すれば、こうなるだろうとは思っていたが。

「なら…いいか?」
「……ん…」
 顎筋に指を添えて顔をこちら向けさせようとしても、彼女は逆らわない。そのまま近い
距離で視線が結ばれ、敢えて口ではなく頬に唇を落とす。戸惑いながらも顔を強張らせる
その顔が、くすぐったそうに変化していく。
「優しくするけど…やめないからな」
「うん……分かってる」
 崇之は、彼女のお腹の前で繋いでいた自分の手と腕を手放した。過剰に圧し掛かっていた
自分の身体を起こして、楽な体勢をとる。隣り合っていた紗枝の顔が遠ざかり、見えるのは
首筋あたりまで伸びた髪だけになった。当然、表情も伺えなくなる。
 
 自由を取り戻し宙に舞った己の両手を、迷うことなく柔らかく膨らんだ彼女の胸元に
着地させる。胸はすっぽりと覆われ、緩やかに指を動かすと、それに沿うように形を変形
させていく。
「……」
 この箇所を触るのも揉むのも、初めてのことじゃない。何度か悪戯で触れたことがあり、
平均して三回くらい指を動かせば、彼女の拳が飛んでくるのが常だった。だけど今日は、
当然のことながらそれも無い。
 そのことを思い起こすと、不意に心臓が大きく稼動した。
 
「んっ……」

 紗枝は思わず声を漏らす。だけどそれを聞かれるのが恥ずかしいのか、口元をきゅっと
結んで歯噛みをして耐え忍ぼうとする。
「少し大きくなったか?」
「しっ、知らない…っ」
 胸元をさすりながらの言葉と共に、彼女の頬に一層強みが増していく。それにつられて
皮膚がザワリザワリと音を立てて蠢き、勝手に熱さを増していく。それは、普段のような
甘酸っぱさを含んだような感覚とは一味違っていて。
「声、出していいぞ」
 耳元で消え入りそうな声で囁いて、今度は波打ち始める。指先でその髪を梳こうとすると、
紗枝は大きく首を横に振った。振り乱すように、何度も首を横に動かしてそれを否定する。
恥ずかしさや顔が赤みを帯びていくことで発した熱さを、そうすることで必死に誤魔化そうと
しているようにも見える。
「……」
「やぁ……んんっ」
 片や無言、片や途切れ途切れの吐息混じり、二極化していく二人の様相。部屋には
彼女の喘ぎと、制服や布団が衣擦れた音しか響かない。
 座椅子に成り済ましたまま、崇之は腕だけを忙しなく動かし続ける。お互いの想いを
確認しあってから五ヵ月。ようやく訪れたこの時を、じっくりと味わっていた。

 片方の手を、服の下へ滑り込ませて直接お腹を擦る。それまで服の下に隠れていた肌は
十分な暖かさを保っている。その体温を奪い取るようにさすさすと撫でていくうちに、
彼女の腹部が思っていた以上に引き締まっていることに気付いた。
219Sunday:2007/04/01(日) 01:27:22 ID:28jwSM79

 そういえば今まで何度か触った時も、決まって彼女の意外なスタイルの良さに驚いたものだ。
帰宅部でスポーツもやってないし、それなりに食欲も旺盛な奴だし、精神同様にきっと
幼児体型なんだろうという先入観があったせいか、ついつい驚いてしまう。
「お前……結構いい身体してんのな」
 手の動きを休めることなく、思わず抱いた印象を口にしてしまう。
「だって…だってさ……」
 思いの他、悔しそうな色が込められた声だった。身体つきを褒めたのに、どうしてそんな声が
返ってくるのだろう。
「崇兄と付き合う人は…いつも胸が大きかったんだもん……」
「……?」

 
「だけどあたしは…胸ちっちゃったから……お腹引っ込めるしかなかったんだもん…っ」


「……」
 その瞬間、顔中身体中の細胞がぶわっと音を立てて増えたような錯覚を覚える。心臓が
耳の真横に移動したかと思えば、視界がちかちかと明滅してしまう。
「…あー」
 声を出して誤魔化そうとするが、どうにも収まらない。口元に浮いた笑みが、どうやっても
元に戻ってくれない。代わりに、ぎゅっと目を瞑る。

「やっぱ俺、お前のこと大好きだわ」

 どうにも気持ちがこらえられなくなって、溢れそうになる気持ちを言葉で堰き止める。
彼女の自分に対する想いの強さはついさっき分かったばかりだったが、それをこんなにも
早く実感できるとは思っていなかった。
 見えない箇所にまで努力をして自分に好かれようとしたその態度に、尚更に愛しさが募る。
そしてそれと同じくらいに、今までずっと気付いてこなかった自分を嘲笑ってしまう。
「けど……ちっちゃいままだよ」
「俺は『お前が』好きなんだって言ったばっかりだぞ」
「……ばか」
「知ってる」
「…ばかぁぁ」
「知ってるって」
 あまりに恥ずかしいのか急に身悶えし始めるものの、そうはさせまいと紗枝の身体を
収め直す。声が少し潤んでいたのことには、少しだけ驚いたが。

「……じゃ、外すぞ」
「うぅ…」
 いつもならこんなことわざわざ言わないが。ボタンを外すことにさえ確認を取ったのは、
そういった感情が募ったからなのだろうか。全て外してはだけさせると、開かれた向こうからは
少し陽に焼けた淡い肌色と、薄いペパミントグリーンの生地が姿を表す。
「勝負モノか?」
 笑みを零しながらからかってみせる。色が色だけに、その顔色が暗闇の中でも余計に
映えてしまっていた。
 紗枝はというと、自分を蹂躙していく腕にしがみつこうとしながら、ただただ首を横に
振るばかり。そんな初心な動作が、余計に彼の心を燻らせる。小ぶりだけども反発の強い
二つの感覚も、それを後押しする。

「んん……もぅ…っ」
 弄りまわす内に、それまで膨らみをしっかりと覆っていた生地がしわくちゃになり、
徐々にずれ始める。背中を丸めてその胸元を隠すと同時に、また腕の中から逃げ出そうと
するが、崇之がそれを許すはずも無く、捲れた生地の代わりに、自身の手の平でそこを
覆い隠した。

220Sunday:2007/04/01(日) 01:28:38 ID:28jwSM79

「やぁ…恥ずかしい……恥ずかしいよぉ…っ」
「……」
 限界を今にも超えそうなのだろう、声は完全に涙声だった。背後からこねくっているの
だから、崇之からその胸元は見えていない。それでも、紗枝にはもう耐えられないのだろう。
布団の上に投げ出された両脚が、ずりずりと動き回る。


「……」
「あっ!」
 苛まれる思考から逃げ出すように片方の手を宙に舞わせると、内太ももにしゅるりと
這わせる。驚いた紗枝が半開きだった脚を急いで閉じるものの、それは逆に崇之の手を、
自分から挟みこむことになった。
「あっ…? あっ……」
「力抜け」
「…っ…ぅ…」
 そこを触るために前のめりになってしまって、また顔の距離が近くなる。口の傍に位置
していた彼女の耳元に一言囁くと、跳ね返るようにビクリと反応を示してくる。

「……」
 だけど言葉を受け入れてくれたのだろう、徐々に締めつける力が緩んでいく。代わりに
両手を固く握り、拳を作っている。身体のどこかを力ませていないと、どうにもならない
のだろう。

「ぁ……」
 解放された手を太もも沿いに近づけて、プリーツスカートの端に指をかけ、そのまま
ゆっくりたくし上げていく。下着が見えるギリギリのところでそれを止めると、胸の膨らみの
先端に指の節を挟みこんだ。
「ひっ…ぅ…っ……んんっ…!」
 彼女が喘ぐ隙間に、もう片方の手もスカートから手を離し、生地越しに秘所をまさぐっていく。

「やぁっ…! だめ…だめぇ……!」
 ふるふると嫌がりながらの台詞だけれど、もう力をこめられ反発されることも無い。
 手の平全体から指、指から指先。何度も往復させるうちに、弄る箇所を絞っていく。
それに伴って彼女の甘ったるい声も、少しずつ大きくなっていた。


「た、崇兄ぃぃ……」
「…どした?」
 すると突然、名前を呼ばれる。いかにも恥ずかしそうに、いかにも緊張した様子で。

「あ、当たってるってばぁ…」

「……」
 言うまでも言われるまでもなく、崇之のそれはとうに昂ぶっていた。しかも、スカートの中に
手を差し込む為に前のめりになっているのだから、必然的に紗枝のお尻にそれを押し付けて
しまう形となっている。

 崇之は既に上半身裸である。素肌で背後から抱きしめられ、硬くなった昂ぶりをお尻に
感じ取ってしまっているのだから、彼女がどれぐらい緊張しているかは、想像に難くない。
 それでなくても、紗枝は初めてなのだ。まだ前戯の段階で、それに若干の抵抗感を示しても、
仕方のないことだと言える。
221Sunday:2007/04/01(日) 01:30:09 ID:28jwSM79

「紗枝…」
「……?」
今度は彼の方から呼びかける。少し、切羽詰まった声で。それは演技だけど、演技じゃない。
隠すまでもない本心でもあるのだ。

「お前が見たい」

背後から抱き留めているから、触れることは出来てもまだその姿を視界に捉えていないのだ。
今の体勢を嫌がったのは彼女が先だけど、それを自分から変えたがる。それも一つの、
彼なりの優しさなのだろうか。
 背中の向こうから、一度だけ心臓が強く働いたのを感じ取る。紗枝は振り向かない。
かろうじて見える耳たぶは、熟れた林檎のように染まりきっている。
「……笑わない?」
「笑わない」
 胸元を腕で隠しながらの言葉をそのままに、イントネーションだけを組み換え返す。
自分の身体つきのことを言っているのだろうけど、彼女の健気な努力を知った今、全力で
それに応えたいと思った彼には、そんな思いを抱くこと自体が思考の埒外にあった。

 絡みつけていた腕を戻して、両肩をそっと掴む。そのまま後ろ襟に手を入れて、ブレザーを
肩からずざりと剥ぎ取る。
「あっ…」
彼女の腕をとって、片方ずつ袖から抜き取っていく。そして完全に脱がし終えると、布団の
傍に静かに置いた。

「見たい」

 ブレザーを剥いだことで、体温と鼓動と匂いがより一層感じ取れるようになる。そして
それは、彼女も同じに違いない。

「うぅ…〜〜っ」

ひどく恥ずかしげな声をあげながらも、紗枝は重心を前に前に傾けていく。
 手を離すとそのままどさりと布団に倒れ込み、横向きの体勢になる。仰向けにならないのは、
すぐさま見せる勇気を持てなかったのだろう。

 しかし見せないとは言っても、シャツのボタンは既に全部外され、腕で隠しきれていない
隙間の向こうから薄緑の生地が見え隠れしている。鎖骨あたりからは半端に緩んだ肩紐も
微かに見えていて、スカートも限界のところまで捲れ上がっている。少しでも顔を傾ければ、
ついさっきまで指先で弄っていたその奥が、今にも見えてしまいそうだった。
弱々しく怯え、それでいて縋りついてきそうに潤んだ瞳に見つめられ、崇之はぐっと
言葉に詰まらされる。驚かされたわけでもないのに、心臓が口から飛び出しかける。
何より、半端に乱れている着衣に、胸と気持ちが疼いて仕方がない。

つくづく、女は魔性の生き物だと思う。

 幼なじみで、綺麗というよりは可愛い顔立ちで、いまいち色気に乏しくて、そんな彼女でも、
こんな艶やかな表情を持っているのだ。
しかも無意識なのだから、余計に性質が悪い。

「……」
「あっ…」
片方の手で肩を抑え、お互いに正面で向き合えるよう力を込めて、身体ごとこちらを
向かせる。その目尻には、やっぱり雫が貯まっていて。

「怖いか?」
「……わかんない」
胸元を両腕で隠したまま、表情に変化はない。
222Sunday:2007/04/01(日) 01:31:31 ID:28jwSM79


頭の両隣に手をついて、ちょうど下腹部あたりを跨ぐ。四つん這いの状態で覆い被さった。
「少し、緊張してきた」
「……鈍感」
 うそぶいてみれば、ほんの少しだけ視線と声色が鋭くなる。その様子は、拗ねるという
よりも悔しそうに見える。
「嘘だよ」
腕を折り曲げ、静かに肘をつく。ほとんど、紗枝の身体に圧し掛かっている状態になった。

「お前にしがみつかれた時から、最初にキスされた時からずっと緊張してる」

距離が狭まり、必然的に呼吸し辛くなる。互いの吐息が、口元に届きだす。
「心臓の音も、聞こえてただろ?」
「なら……いいけど…」
さらさらと前髪横髪を手で梳いて、熱を測るように額を撫でる。

「前に…」
「ん?」
「前に、今と同じようなこと…あったよね」
「……あぁ」

言われてふと、思い出す。まだ関係が変わる前、関係が変わるきっかけになったあの日の
出来事。

「あの時あたし…本当にされるって思ったんだからね」
「ちょうどいい時に、真由ちゃんが来たんだったかな」

紗枝の友達と一緒に海に出掛ける日、まだ人数が揃ってないタイミングを見計らって、
崇之は彼女に悪戯を仕掛けた。掃除している最中に背後から忍び寄り車の後部シートの上で、
今と同じように圧し掛かり、額をあわせ吐息を浴びせ顔を近づけたのだ。

「けど…今日は途中で止めたり……しないぞ…?」
「うん……分かって…る……」

華奢な身体を覆い隠すように、また深く睦み合う。
 
 今度は、舌は絡まない。代わりに、紗枝の腕が崇之の髪に絡みつく。控えめに膨らんだ胸も、
平べったくなるくらいに押し付けられる。
 そのまま頭の位置を下に下にずらしていく。舌先を口からはみ出させたまま、顎や首筋を
通り、濡れた道筋を谷間まで作っていく。
「あぁ…ん…っ……ふぁぁ…っ」
「…っ」
 半端に緩んでしまった胸元の紐タイを手で弄りながら、柔らかい膨らみに挟まれたところで
いったん動きを止める。紗枝のことだから、距離を挟んでまじまじと見つめていたら、顔から
火を噴出すくらいに恥ずかしがるに違いない。そう考え、密着しながらその場所を楽しんでいく。

「んんっ……ふぅぅ…っ…恥ずかしいよおぉぉ…」

自分の頬に柔らかい丘をぎゅむりと近づけ、手だけでなく肌でも楽しむ。荒い息が風となり、
唾液と汗が混じりあって、赤く染まった身体を流れていく。
「ゃぁ……ぁっ」
「…ふ……ぅ…っ」
密着しあってなかなかに呼吸が難しいが、それでも二人は離れない。
223Sunday:2007/04/01(日) 01:33:40 ID:28jwSM79

崇之は谷間に顔を埋めたまま、どれだけ息が乱れようとも動かない。というより動けない。

 離れようと思っても、後頭部に紗枝の両腕が絡みついていて、抱きしめ抱き留められて
いるのだ。
「……っ、っは」
「んっ…ぅぅ…く、くすぐったいってばぁ……」
 顎を擦って、まばらに生えた短いヒゲでちくついた感触を与えると、いよいよ腕の力が
強くなる。それこそ、窒息してしまいそうになるくらいに。


「紗枝…少し……苦しい」
「…ぁ……ぅ…ごめん…」
 流石に、限界が間近に差し迫って、それを伝える。
 それがあまりに幸せな苦しさだといっても、死にかけてしまっては何にもならない。
少し情けなかったが、彼女に腕の力を弱めてもらい、一旦起き上がる。

「ふー…っ」
「あ…」
 それでも大きく空気を吸い込み、息を整えれば再び同じ位置に飛び込んでいく。今度は、
胸を弄っていた両手を、紗枝の背中と布団の間に滑りこませて。
「ここすげー落ち着く」
「やっ…もう……すぐ…そんなこと、言うんだから…ぁ……っ」
 首はふるふると横に振られるものの、また腕が頭に纏わりつく。半ば朦朧とした意識の中で、
自然とこうしてくれているのなら。叫んでしまいそうになるくらい、感情が溢れ出す。

「もぉ…っ…ほんとに、すけべなんだからぁ……あっ!?」
 その減らず口を待っていたかのように、崇之は薄く染まった丘の先端を口に含んだ。
舌先でころころと転がすと、彼女の身体が弓のように反りあがる。
「あぁっ…ふあ…っ…!」
 途端に反応が大きくなる。彼女の腕が、反射的に頭を引き剥がそうとしてくるものの、
崇之は背中に回していた腕を抜き出し自由にして、紗枝の腕の自由を奪い取る。手の平同士を
合わせて指を絡め、布団に押し付ける。

「はぁ…! あぁ……いやぁ…! んぅぅ…っ……」

 どうやらここが紗枝の性感帯らしい。もっと重点的に責めてやろうかとも思ったが、
生憎「優しくする」という約束を交わしている。今日初めての彼女にここばかりひたすら
責め続けるのもどうだろうと思い直し、これ以上は次回のお楽しみということにして口を離す。
涎で出来た糸の橋が、伸びて垂れて音も無く切れた。

「もう…こんな……赤ちゃんみたいな真似…やめてよね…」
「……」 
 こんなでかい赤ん坊がいてたまるか、思わず言い返そうとして、口の中で押し留める。
彼女との水掛け論は嫌いじゃないが、結末はいつもケンカ染みているので、今の状況には
好ましくない。
「ま、予行演習ということで」
「なっ…なんのだよぉ……!」
 だから軽口を叩いてみたのだが、普段はもっと強い調子のそれが、弱々しく消え去っていく。
ふわついた感覚に、頭がついてこないのだろう。

 繋ぎ合わせていた両手の平をほどいて、更に身体を下にずらす。そのまま彼女の腰元に
這わせてホックを探し当てると、躊躇うことなく指先で外してスカートの締まりを緩めた。
224Sunday:2007/04/01(日) 01:35:59 ID:28jwSM79

「やぁぁ!?」

 途端に紗枝が抵抗し始める。ずり下げ取り払おうとしたら、思いの他強い力でそれを
止められてしまう。
「やっ…やめてっ……やだぁ…!」
「……やめないってもう言ったぞ」
「うぅ…っ!」 
 ふっと溜め息をついて、少しだけ咎めるように声を強める。

「だって、急に…外すなんてひどい…っ!」
 
「あー…」
 非難めいた涙目の訴えに、崇之はバツが悪そうに頬を掻く。
 何も言わずにスカートを脱がそうとしたことにじゃない。実は既に、胸元に顔をうずめて
背中を掻き抱いていた時に、ブラジャーの紐をさっと外していたのである。
 もっとも、外す前から本来の位置からずれてたわんでいた上に、今の紗枝はスカートの方に
気持ちを集中しているのだから、まだ気が付いてないようだが。

「…それもそうか」
 そのことは顔にも口にも出さず、彼女の言葉に同意を示す。跨いでいた脚を外してまた
尻餅をつきあぐらをかくと、彼女の上半身をゆっくりと起こした。
「じゃあ…脱がしていいか?」
 なんとなしにではなく、じっと目を見つめる。顔全体ではなく、その瞳だけを。

「……今言うなんて、ずるい」
「そう言うなよ」
 悔しそうに口元をゆがめて、紗枝は真横に向いて視線を逸らす。身体の後ろに両手をついて、
斜めに反った身体を支える。
 至るところに皺が走った真白いシャツは、ボタンを全て外され前は完全にはだけており、
汗を吸ったのか所々透き通り始めている。首からぶら下がった少し結び目が崩れた深緑色の
紐タイと、もはや肩に引っかかっているだけのペパミントグリーンのブラが控えめな彼女の
胸を必死に隠し通そうとし、ホックが外されたスカートは太ももあたりにまでずり落ちて、
秘所とお尻を覆った薄緑色の生地はほとんど露出してしまっていた。

「お前にどう見えてるかは分からんが……俺だって、そんな余裕があるわけじゃないんだぞ?」

 恋人である彼女のこんなあられもない姿を見せつけられて、平静でいられるはずもないのは、
当然の話なわけで。

 崇之自身、紗枝にどれだけ想われていたかなかなか気付くことが出来なかった。だけど、
逆もまた然りなのだ。
 紗枝だって、崇之がどれだけ彼女のことを大事にしたいと思っているか、まだちゃんと
分かっていないのだ。

「だから、見たい。全部見たい」
「……」

 そう口走った瞬間、明らかに鼓動が速くなる。胸に何かが詰まったような息苦しさに、
一瞬だけ表情をくぐもらせてしまう。

225Sunday:2007/04/01(日) 01:38:09 ID:28jwSM79

「崇兄が…そんなこと言うの…ずるいよ……」

「……」
 その台詞を勝手に肯定と受け取って、ずり落ちていたスカートを元の腰の位置にまで
戻すと、両手を音も立てずその中へ差し込んでいく。下着に親指を引っ掛け、ゆっくりと
ずらしていく。
「……っ」
 紗枝は何も言わない。恥ずかしげに顔を背け身体も微かに震えているのに、何も言っては
こない。口をきゅっと噤んで耐え忍ぶ姿が、崇之にはたまらなかった。

 両膝あたりまで下げたところで、下着から手を離す。その方がより扇情的な姿に映ると
いうことを、彼は知っているのだ。というか、単なる個人的嗜好による行為なのだが。

ずちゅ……

「ひぅっ…っ!」
 右人差し指と中指の先を舐め、その指先をスカートの奥にある秘所にあてがい擦りつけると、
間髪入れずに怯えた声が跳ね返ってくる。所在なさげだった彼女の両手も、思いきりシーツを
掴んで皺を幾重にも走らせていく。

「あっ…はぁ…、やっ…やぁ……いやぁぁっ……!」

 お互いの声と衣擦れの音しか響かなかった部屋に、淫猥な水音が立ち上がり始める。 
 強く目を瞑ったまま、紗枝は首を左右に振り乱す。しかし脚をばたつかせようとしても、
膝に掛かった下着に邪魔されちゃんと動かせていない。
「ひっ…ぃ…っ…ひうぅっ…やだぁ……やだぁあぁぁっ…!」
 指の動きを少しずつ速めていく。それに身体が敏感に反応してまうのか、その華奢な身体が
弓のように反り返った。スカートで見えはしないが、自分の指がびしょびしょに濡れて
しまっていることだけは分かる。

「んんっ……うううっ…ひうぅ…」
「……っ」
 ずっと見知っている彼女の、まるで別人のような激しい媚態を見せつけられ、崇之の理性も
激しく揺さぶられる。どくんと跳ねた心臓が、彼女の、紗枝の甘く悲痛な声をかき消して
しまうほどに。

じゅぷっ

「いっ…やぁぁ……やぁぁーっ!」
「…っ!」
 一瞬だけだが、理性が消し飛んでしまう。指を無意識のうちに深くつき入れてしまっていて、
悲鳴にも近い声が耳を貫き我を取り戻す。
226Sunday:2007/04/01(日) 01:40:24 ID:28jwSM79

 あまりに唐突な感覚に怖くなったのだろう、紗枝は指から逃げるように身体を横向きに
傾ける。ばたつかせた脚の片方は膝を折り曲げており、下着は足首あたりのところまで
ずり下がっていた。もっとも、もう片方の脚には未だに膝あたりに掛かっていて、下半身の
動きを少し拘束されてしまっていることに変わりはないが。

「はぁ…っ…はっ……ぁ…」
「…ごめんな」
 息も絶え絶えになりながらくたりと布団に身を預けるその様子を、じっと見つめる。
散々約束を守れなかったというのに。また破ろうとしてしまったことに、激しい自己嫌悪を
後悔に襲われる。

「あ…あたしも……」
「…?」
「その……ごめん」
 うっすらと目を開け視線がかち合うと、何故か彼女も謝ってきた。
崇之は首をかしげる。紗枝が申し訳なさを感じるようなことなんて、何一つ無いはずなのに。
自分は当然としても、その行動がよく理解できない。

「せっかく崇兄が優しくしてくれてるのに……怖がっちゃったりして…その…」

「……!」
 身体の内側に火を放たれたように、カッと身体の内側が熱くなる。

「あたしからして欲しいって言ったのに…文句言ったり……すぐ嫌がっちゃったりして…」
 
 今にも泣き出しそうなその表情が、それを余計に後押ししていく。意地っ張りな奴だから、
嘘なんてつけない奴だから、今口に出して言っていることも全部本心なのだろう。

「ほんとに…ごめんなさい」

 そんな健気なことを言う彼女に、自分の気持ちを、想いを、注ぎ込みたい。

 視界にバチッと火花が走る。意識と視界が刹那的に途絶え、気が付いた時には、再び紗枝の
身体を覆いこむように抱きしめていた。 
「崇…兄……?」
「……」
 そのままうなだれかかって、短く息を放つ。素肌同士の触れ合いは、彼女の鼓動の変化を
確かに伝えてくれる。
227Sunday:2007/04/01(日) 01:41:27 ID:28jwSM79



 ここまで真っ直ぐに気持ちを向けてくれる彼女を、ずっと勝手に妹扱いし続けていた。
付き合い始めてからも余所を向いてしまったりと、改めて彼女への態度の酷さを省みる。

「紗枝…」

 今になって気付く。関係がなかなか進展しなかった理由は、自身にも大いにあった。
優しくゆっくりとなんて聞こえはいいが、単に臆病だっただけだ。

 改めて、思う。


「……いいか?」


 失わなくて、無くさなくて本当に良かった。


「……」
 あまりの安堵感に視界が微かに揺らぐ。その顔を見られないように、紗枝の頭を肩口に
埋もれさせた。


「……うん」


 半ば無理やりの所作だったのに、反発されることもなく頭も動かない。おそらく、彼女も
今の表情を見られたくないのだろう。
天井を向いて、今度は深く太く長く息を吐く。自分のとも紗枝のとも分からぬ不規則な
音階が、ただただ耳を劈き続けた。

 前髪をかき上げ露出したおでこにそっと唇を落とし、空いた手を、テーブルの上にそっと
伸ばす。


 置いてあった四角く小さなビニールに包まれたそれを、がさりと掴むのだった――――



228Sunday:2007/04/01(日) 01:45:12 ID:28jwSM79
   _、_
| ,_ノ` ) ……



   _、_
| ,_ノ` ) くどい上に肝心のシーンが薄くて本当に申し訳ない  



   _、_
| ,_ノ` ) おっと、コーヒーブレイクの時間だ



   _、_
| ,_ノ` )ノシ 期待せずにお待ちいただきたい   



  サッ
|彡
229名無しさん@ピンキー:2007/04/01(日) 01:54:20 ID:TejbpKIM
肝心な所で逃げやがって……!
230名無しさん@ピンキー:2007/04/01(日) 02:06:19 ID:x/88jOVk
だが俺は待っていた! 待っていたよGJ!!

経験者である崇も紗枝が相手で緊張してってのが何だか甘くてとっても良いです!
こうなったらもうこってりと蜂蜜塗りたくったように甘いものを書いて下さい! 待ってます!
231名無しさん@ピンキー:2007/04/01(日) 03:17:56 ID:g7TFlfyd
この甘さと焦らしは…!
間違い無い、ヤツのSSだ!!
おのれ…我々を飼い殺す気か!?
俺はもう焦らさせられすぎて気が狂いそうだ…
232名無しさん@ピンキー:2007/04/01(日) 15:35:39 ID:9VMoeNo9
あ〜、なんだ、アレだ、アレ。
焦らされすぎて、死にそうだ。
だから、コーヒーブレイクの暇など与えん!!
続きを書いて貰おうか!!!
233 ◆6Cwf9aWJsQ :2007/04/01(日) 23:23:48 ID:7eNvF/mV
投稿行きます。
234シロクロ 13話【1】:2007/04/01(日) 23:25:15 ID:7eNvF/mV
ら〜らら〜らら〜ら〜ら〜ら〜ら〜〜ららら〜、ら〜らら〜らら〜ら〜ら〜ら〜ら〜〜♪」
啓介の家に泊まりに行く前日の夜、
私はどこかで聞いたようなフレーズを口にしながら荷物の整理をしていた。
「ら〜らら〜らら〜ら〜ら〜ら〜ら〜〜ららら〜♪っと、こんなもんかしら」
そういいながら作業の手を止める。
荷物の方は大丈夫としても確認しなければならない。
鏡に映る自分の姿を眺めてみる。
「問題ないわよね・・・多分」
ちゃんと胸やお尻も大きいしおなかも二の腕も細い・・・はず。
シミとかニキビとかそばかすとかもないし体の方は万全。
・・・多分。
「・・・・・・大丈夫だといいんだけど・・・・・・」
彼は私のカラダを気に入ってくれるだろうか。
今更こんなこと気にするのも我ながらどうかと思う。
けど気になるのも事実だし、現在の状況に満足して何もしない方が問題だろうと思う。
そう考えると、今用意した荷物では心許ない気がした。
「・・・やっぱり変えよう。下着を」
決心した私は早速鞄の中から持っていく予定だった下着を取り出し、
それとは別にタンスの中からお気に入りのモノを二,三枚ひっぱり出して、それらを見比べる。
235シロクロ 13話【2】:2007/04/01(日) 23:25:59 ID:7eNvF/mV
目の前の下着は五着。
それに対して実際に使うのは一、二着。慎重に選ばないと。
とりあえず、一番お気に入りの紫のモノは決定として鞄の中にしまっておき、
二着はタンスにしまっておく。
「・・・問題はあと一枚ね・・」
そういいながら私は目の前の二つの下着を見比べる。
片方は鞄の中から取りだした、所々がシースルーになった淫靡な雰囲気の黒の下着。
もう片方はタンスの中から出した、リボンをアクセントにした可愛らしい白の下着。
無論、どちらも上下セットだ。
「やっぱり、白にしようかな・・・」
初めてなのに黒下着というのはちょっとあざとすぎる気もする。
それに正直な話、私は黒より白の方が好きだ。
黒も大人っぽいし全てを内包するという意味もあり優しい感じだけど、
白は清楚、純粋といった感じだし何より啓介を連想する色だし。
というわけで白にしよう。
そう思った私は白の下着に手を伸ばし――
「・・・やっぱりやめ」
――途中でその手を引っ込めた。
白はもっと後。
今はまだ黒で。
そう思い直した私は黒の下着を手にした。
236シロクロ 13話【2】:2007/04/01(日) 23:27:02 ID:7eNvF/mV
そして当日。
「・・・遅い」
俺は自室で思わずそう呟いた。
俺の視線の先に置かれた時計の短針は既に『11』を通り越して『12』に近づいている。
要するに今は昼前。
ついでに言うと俺が起きたのもついさっきだ。
にもかかわらず、綾乃はいまだ我が家に到着していなかった。
「まあこの天気じゃ仕方ないけどな」
窓から見渡せる景色は雨に濡れている。つまりは大雨だ。
そして手元の携帯を見ると、
『題名:愛しの啓介へ
本文:今すごい雨なんだけど
傘持ってきてないのでそっちに着くのが遅れます。
お風呂沸かせて待っていて下さい。
P.S.昔みたいに背中流しあいっこする?』
などという文章が表示されていた。
「『了解。P.S.丁重にお断りします。』と・・・」
とりあえず彼女の要請の両方に回答しておく。
ちなみに、これが送られてきたのは
その上着信履歴には彼女の名前が一分おきに表示されていた。
『ストーカーかお前は』とツッコミを入れたいところだが起きない俺のせいだろうからやめておく。
って、なんで俺は彼女の到着が遅いってだけでこんなにさっきからそわそわしてるんだ。
まあいつもそうなんだけど今回はエロイことをするという約束をしているので期待と緊張が増加。
「なんか欲求不満のエロガキみたいだな・・・」
実際そうなんだけど。
と、突然携帯が着メロと振動を全開にして騒ぎ出した。
慌てて携帯のディスプレイを見るとそこには『馬鹿兄』の3文字が表示されていた。
237シロクロ 13話【4】:2007/04/01(日) 23:30:14 ID:7eNvF/mV
・・・普段ならメールで済ませようとするのに、何故電話?
嫌な予感がするが無視するわけにもいかず、通話ボタンを押す。
「あ〜はい、もしもし?」
《・・・なんか嫌そうだな。まあ、それはともかく早速だが、頼みがある》
スピーカー越しの兄のその台詞を効いた瞬間、予感が確信になった。
「・・・・・あのお兄様?当方はたった今何やらとてつもなく嫌な予感がしたのですが・・・・・」
《そのしゃべり方気持ち悪いからやめろ。そんで本題だけど洗濯モン取り込んどいてくれ》
・・・嫌な予感的中。
「って干してたのかよっ!?こんな大雨の中!?」
《今朝の天気予報じゃ大丈夫だったんだけどな〜。それと干したのは母さんだから苦情はそっちに》
全く、こんな肝心なときに当てにならんとは・・・。
お天気キャスターに裏切られた気分だ。
《じゃ、頼んだ》
「な、ちょ・・・!」
少しの間現実逃避した隙をつかれ、兄は俺の抗議を聴きもせずに通話を切った。
「ちっ、いつもながら役立たずどもめ・・・」
我が家に一人きりなのをいいことに本人達の前では言えもしない不満を口にする。
だがもしそれが聞かれてても洗濯物は減りはしないわけで。
そう思うと自然とため息が出た。気だるさ三割増で。
正直な話、したくない。濡れるし面倒だし。
「綾乃がいたら手伝ってくれるだろうけど・・・」
そう呟きながら俺はまだ姿を現さない恋人に思いを馳せる。
そういえば綾乃は今どうしてるだろう。
傘忘れたらしいから俺が傘持っていった方がいいかもしれない。
もしかしたら相合い傘・・・。
俺の脳裏に過去の――具体的には海に行ったときの――場面が蘇った。
あの時は柔らかかったいや楽しかった。
まあそれはともかく思考を元に戻す。
238シロクロ 13話【5】:2007/04/01(日) 23:31:15 ID:7eNvF/mV
洗濯物と彼女。どちらを優先させるか。
「・・・考えるまでもないな」
そう呟き、俺は着替えを手早く済ませて部屋を飛び出した。
「待ってろよ、綾乃・・・!」
当然俺は家族よりも恋人との愛を優先することにした。
愛しの彼女を濡れネズミにさせるわけにはいかない!恥ずかしいから本人の前では言えないけど!
そんな大義名分をとってつけた俺は親切半分下心半分(自己査定)で傘を片手に自宅から飛び出した。
「せっかっいっじゅうにっ、1人しっかっいなっいっ、
自分に〜、嘘〜をつ〜い〜ていっきっられないっ♪」
うろ覚えの歌を口ずさみつつ俺は玄関から飛び出そうとする。
――――直後。
俺の目の前を車が通りすぎた。
――――玄関前にあった水たまりの水をぶちまけながら。
その直撃を浴び、俺は一瞬で濡れ鼠となった。
「・・・やっぱりやめ。洗濯物回収して風呂入れてこよう。多分綾乃もびしょ濡れだろうし」
前言をあっさり撤回して俺は自宅に戻った。
「許せ、綾乃・・・」
何となく雨雲に覆われた空を見上げながら俺はそう呟いた。
239シロクロ 13話【6】:2007/04/01(日) 23:32:17 ID:7eNvF/mV
そこからの俺の行動は速かった。
まず濡れた服を着替え、風呂掃除を済ませて湯を入れ始める。
湯がたまるまでの間、無事な――流石に数えるほどしかないが――洗濯物を即座に回収し、
びしょ濡れになった洗濯物と同じく先ほど脱いだ服を乾燥機に放り込む。
「ここまでわずか7分23秒(自己査定)・・・。また一つ世界を縮めてしまった・・・」
自分の成し得た偉業に恍惚としながらそう呟く。
俺って実はやれば出来る子だったんだな。
普段は自慢とかはしないが今回ばかりは自画自賛してもいいんじゃないだろうか。
ああ、今ここに綾乃がいないことが本当に悔やまれる。
そう思いながら俺は乾燥機が正常に動いてることを確認し――――
「・・・・・・あれ?」
――――しようとしたところで動きを止めた。
乾燥機の窓から見える洗濯物に違和感を感じたからだ。
「今、何か見慣れぬモノが見えたような・・・」
俺はそれを確かめるべく目を
「・・・っう゛ぇっくしっ!?」
盛大にクシャミをした。
「・・・う〜、冷えるな〜」
そういって身を縮こまらせながら、もう一度乾燥機に目を向けるが、
「・・・・・・あれ?」
そこから見える洗濯物には何の異常もない。
「・・・気のせいか」
そう判断した俺は乾燥機から視線を外した。
それが間違いだったと気付かずに。
240シロクロ 13話【7】:2007/04/01(日) 23:34:04 ID:7eNvF/mV
手早く服を脱ぎ捨て、洗濯機の上――我が家は脱衣所に洗濯機と乾燥機を置いている――に置く。
「・・・う〜、寒〜」
寒さに身を縮こまらせながら扉を開ける。
「・・・・・・え!?」
と、そこにはすでに先客がいた。
兄貴か、と一瞬思ったが兄貴はこんなに髪が長くないし腰が細くないし女みたいな顔してないし
乳があるわけないし足の間に男根がないはずがないと俺的時間0,05秒で判断。
つまり眼前にいるのはジャイアントさらばな姿になりはてた兄ではなく、
ましてやついに豊胸手術に手を出した義姉さんや飴をなめて若返った母でもなく、
当然どこぞの温泉の力で女になった父でもない。
そこにいるのは俺のよく知る少女――黒田綾乃その人だった。
「「・・・・・・なんで?」」
お互いに全裸のまま頭に疑問符を浮かべる俺達二人。
何をするでもなく、裸体を隠そうとすらせずにただバカみたいに棒立ちになっていた。
何かしなくては、とは思うが頭の中は真っ白になっておりマトモな思考すら出来ない。
こういうときどうすればいいかわからないよ笑えばいいと思うよいや思わないかそうだよなあ。
ええい落ち着け俺!無理だけど!
だが、混乱するばかりの頭脳とは逆に体の方は本能に忠実に動いていた。
こんな時でも性欲は正直で、目線は彼女の艶姿をなめ回すように上から下、
下から上へとエンドレスで行き来している。
なんだか他人事みたいな言い方だが実際俺もあまり意識せずにこうしてるので
自分の意志でしてる実感がない。止める気もないけど。
一方、綾乃は胸や足の間などの重要な箇所を隠すことも忘れ、呆然とこちらを見つめ返していた。
流石にこの状況は綾乃にも衝撃的だったらしい。
が、俺は気付いた。
彼女が俺と同じように俺へと向けた視線を上から下、下から上へとエンドレスで行き来してることに。
俺の視線と彼女の視線がこの状況そのもののようなメビウスリングを描きだす。
241シロクロ 13話【8】:2007/04/01(日) 23:35:13 ID:7eNvF/mV
が、やがて彼女の目線はある一点で停止した。
俺のそびえ立つ股間で。
そこで俺の中にようやく羞恥心が戻り、我に返る。
「・・・失礼しました、レディ」
そういいながら俺は扉を閉め――――
「・・・・・・ってちがうだろっ!!!」
――――ツッコミを入れながら再び扉を勢いよく開いた。
「・・・・・・・・・・・・・あれ?」
扉を開け放った体勢になってようやく我に返るが、綾乃はそんな俺に冷めた目で答えてくれた。
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
流石に二度目となるとお互いに先ほどのように慌てたりはせず、
俺達の周囲にはただ白けた空気が漂うだけだった。
「・・・結局、何がしたいの?」
「・・・俺にも分からん」
お互い半目になってそう言い合うと、頭も冷静になれた。
「まあゆっくりと・・・」
しておけ、という言葉は綾乃の言葉に遮られた。
「せっかくだし、一緒に入る?」
242シロクロ 13話【9】:2007/04/01(日) 23:36:41 ID:7eNvF/mV
「つまり到着したのはいいけど俺が洗濯物取り込んでる最中だったんで、
先に風呂入ってたら俺が入ってきた、ということか」
俺の言葉に綾乃は首を小さく縦に振る。
「乾燥機の中に、見慣れない黒とか紫の女物の下着が見えたんだがもしや・・・」
「・・・うん。そのまさか」
驚愕の事実に、俺は目を見開いた。
そんな色の下着を持ってくるとは綾乃の本気具合が半端じゃないというのが分かる。
ってそんなことはどうでもいい。いやよくはないけど後回しだ。
「せめて一言声かけるとかしろって・・・」
「『忙しそうだったんで先にお風呂はいらせてもらいます』ってメール送ったんだけど」
「・・・マジっすか」
「マジです」
言われてみれば濡れた服のポケットから取りだした携帯のランプが点滅してたかもしれない。
・・・悪いの俺じゃん。
「・・・ごめん」
「謝らなくていいって。私だって連絡不足だったんだし」
そういいながら綾乃は俺の頭を撫でてくれた。
・・・そういえば最近俺って頭『撫でる』側じゃなくて『撫でられる』側になってるような気がする。
まあこれはこれで気分いいからいいけど。
「まあそれはともかく」
「うん」
綾乃は頷くと手を俺の頭から離す。
その手が降りていくのを見届けながら、俺は言った。
「・・・まさかいくらか段階すっ飛ばしてお前と一緒に風呂はいることになるとは」
「・・・うん。私も予想外」
そういって俺達は湯船の中で同時に肩を竦める。
ついでにうなだれると、俺の目に向かい合わせに座った綾乃の裸体が目に飛び込んできた。
どうやら以前にも言っていた『啓介なら裸見られても構わない』というのは本気らしく、
彼女はタオルどころか手で大事な箇所を隠そうともしていない。
243シロクロ 13話【10】:2007/04/01(日) 23:38:57 ID:7eNvF/mV
いやいくら何でも無防備すぎだろ!
そう思いながら出来るだけ綾乃から視線を外そうとしているが、やはり横目で彼女の姿を見ようとしてしまう。
父さん母さん兄さん義姉さん驚きです。乳はお湯に浮きます。
それを誤魔化すために、何か言おうとする。
「「あの・・・」」
だが、その声は綾乃の声と同時に出てお互いのそれ以上の発言を封じてしまった。
「・・・」
「・・・」
そしてお互いに沈黙。
だが、何が言いたいかは目を見れば分かる。
『・・・お先にどうぞ』
『・・・いや、正直何喋ればいいのか分からん』
俺もそういう思いを目で表す。
と、綾乃は驚いたように目を見開き、
『じゃあなんで喋ろうとしたのよ?』
俺はふんぞり返って答えた。
『何も考えてなかった』
『胸張って言うことじゃないでしょうが!』
『じゃあお前はどうなんだよ』
『そ、それは・・・』
痛いところを突かれたらしく、彼女は俺から目をそらす。
どうやら俺と同じらしい。
それならそうとちゃんと言えよ。いや実際には喋ってないんだけど。
と、そこで俺は視線だけで語り合う無意味さにようやく気付いた。
綾乃の方を見ると、どうやら彼女も同感らしく疲れに満ちた目を俺に向けていた。
「・・・普通に喋ろう」
「・・・そうね」
同時に溜め息をつくと、今度は綾乃の方から口を開いた。
244シロクロ 13話【11】:2007/04/01(日) 23:41:31 ID:7eNvF/mV
「何年ぶりかな?こうやって二人で一緒に風呂に入るのは」
「ん〜〜〜、あの事件のちょっと前が最後だったから十年ぶりかな」
「・・・ホントによく覚えてるな」
「あと私が入浴中に溺れた啓介に人工呼吸したのが十一年前かな。
ちなみにそれが私のファーストキス」
「だから何でそんな余計なことまで覚えてるんだお前はっ!?」
思わずいつもの調子でツッコミを入れる。
が、なぜか綾乃はそんな俺の様子を見て吹き出した。
「・・・なんだよ」
「いや、こういうリアクションしてる方が啓介らしいって思っちゃって」
「・・・やかましい」
そう答えても彼女の苦笑は止まるどころか増すばかりだ。
くそう。結局いつも通りの展開だ。
「・・・というわけでさ」
「何が『というわけ』なのかは知らんがなんだ?」
「私もいつも通りに戻っていい?」
「へ?」
俺が間抜けな声を出した瞬間。
綾乃は俺が返事してないにもかかわらず、俺に抱きついてきた。
「・・・な・・・!?」
何するんだ、という抗議は俺の唇が彼女のそれにふさがれてしまい、出すことが出来なかった。
あまりの状況の変化について行けずに混乱したままの俺を尻目に、綾乃は唇を離す。
「あの時のキスのやり直し」
そういって綾乃は息が触れるほどの距離で俺に微笑みかける。
それはいつも通りの行動のハズだが、お互いに全裸でその上風呂場の中で密着してるという
特殊な状況が彼女のそれを普段よりも淫靡なモノに感じさせていた。
245シロクロ 13話【12】:2007/04/01(日) 23:43:18 ID:7eNvF/mV
それだけでなく綾乃の二つのふくらみというかでっかい二つのメロンというか、
まあ要するに彼女の乳房が俺の胸に押しつけられてその形を胸板にフィットするように変え、
彼女の細い腕は俺の背に回され、指が背のラインに沿って滑っていく。
普段としている――というかされてる――こと自体は何ら変わらないのに、
身体全体から伝わる彼女の感触が俺に『女』特有の素肌の柔らかさと暖かさを伝えてくる。
・・・ヤバい。このままじゃ理性が持たん。
流石に綾乃も今は避妊薬飲んだはずないだろうし安全日だからといって遠慮なくする訳にもいかない。
だが既に俺の男の象徴というか主砲というか、
つまりその俺の股間がいわゆる勃起という生理現象を引き起こしてしまっており、
その上その先端が彼女の太ももに触れている。
既に身体の方はヤる気マンマン。その上それを向こうに知られていてもおかしくない状況だ。
ケダモノとか思われないかなと不安になってると、超至近距離にある綾乃の顔が口を開いた。
「大きくなったね・・・」
「へっ!?」
バレた!?
焦りのあまり素っ頓狂な声を出してしまうが、綾乃はあまり気にせず俺の背中をなでながら言った。
「背中」
「あ・・・、ああ。まあ、そりゃあ、なあ・・・」
口ごもりながらも返事を返す。
どうやら先ほどの目つきは懐かしさからだったらしい。
なんとなく自分の下心を指摘されたような気になり、俺は彼女から視線を逸らした。
「ってこら。どこ見てるのよ」
そうしたら、なぜか綾乃に頬をつねられた。
「イタタタタタ!なんでつねるんだよ!?」
「今、私のお尻見てたでしょ」
「尻?」
言われてみれば、まあ確かに俺の視線の先には湯船からつきだした綾乃の丸い尻があった。
表面に無数の水玉を張り付かせたそれは、
乳房とはまた違った柔らかさと丸いラインを見る者にアピールしている。
とか思ってるとまた頬をつねられた。
246シロクロ 13話【13】:2007/04/01(日) 23:44:11 ID:7eNvF/mV
「ほらまた見た!」
「イタタタタタ!なんで怒るんだよ!?
いつもだったら『啓介にだったら見られても・・・』とか言うのに!」
「それはそうだけど、そういう一部分よりも私自身を見てほしいって言うか・・・」
最後の方にはごにょごにょと口ごもりながら綾乃は俺から目をそらしていく。
「とどのつまりは、俺がお前以外のモノを見てるみたいでなんとなくイヤだと」
「・・・うん」
案外素直に肯定する綾乃。
・・・自分のカラダに嫉妬するとはやっかいな女だ。
まあそれはともかく男の誇りにかけて自己弁護。
「・・・そうは言うがな。これは男として仕方のないことなんだ」
「なんか言い訳くさい」
「いいから聞けって。この状況ってすごく生殺しなんだぞ」
「・・・そうなの?」
俺の言葉に綾乃はきょとんとした表情になり、俺に尋ねてくる。
「そうなんです。だって好きな女の子が抱きついてきたりキスしたりして、
今息がかかるほどの超至近距離にいるんだぞ。それも全裸で」
表情をますます
「それって、私だからってこと?」
「・・・そうだよ悪いか」
「ううん」
そういって綾乃は小さく首を左右に振り、
「ありがとう。すっごく嬉しい」
「それは光栄で」
多少精神的に余裕が出来たため、俺も軽口で返す。
「だからってワケじゃないけど・・・」
そう言いながら綾乃は俺から身体を離し、浴槽を出る。
247シロクロ 13話【14】:2007/04/01(日) 23:45:45 ID:7eNvF/mV
ああなんで離れるんだやわらかくて気持ちよかったのにでも俺に向けた肌の背や尻がなんエロイな
と思ってると彼女は身体全体をこちらに向け、俺にこう言った。
「どう?私の裸」
「どうって・・・」
そう言われて――言われる前からそうしていたが――俺は彼女の肢体に視線を集中させた。
いつもはストレートロングにしている濡れた漆黒の長い髪は
彼女の肌の表面に無数の水玉と共に張り付き、
その名とは対照的なシミ一つない白い肌も今までにない色気を醸し出している。
何かを挟めそうなほど豊かに実った彼女の乳房は彼女の髪でも隠しきれずに、
その大きさと形の良い曲線、小さな桃色の先端を自己主張している。
キュッとくびれたウェストも丸みを帯びた尻も凹凸がハッキリしてお互いの存在を引き立てている。
体つきは乳と尻を覗けば華奢だが細すぎるということもなく、
肋骨が透けて見えるというわけでもない無駄な肉が一切無い身体つきだ。
それら全てを目の当たりにした俺はポツリと呟いた。
「凄く・・・、綺麗だと思う・・・」
俺がたどたどしくそう言うと綾乃は俺の前に座り込み、浴槽を隔てて俺と向きあうと、
「・・・ホントに?」
「ウソ言ってどうする」
と、なぜかそこでまたも綾乃は吹き出した。
248シロクロ 13話【15】:2007/04/01(日) 23:50:31 ID:7eNvF/mV
「・・・なんで反論とかツッコミの時は即答できるのよ」
「やかましい」
そう反論しても彼女の苦笑は止まるどころか濃くなるばかりだ。
ちくしょう。俺のプライドはボロボロだ!・・・元からあんまりないけど。
「・・・でも」
そこで綾乃は言葉を切ると身を乗り出し、お礼のつもりか触れるだけのキスをした。
「ありがと♪」
笑顔でそういうとよし、と小さく呟き立ち上がった。
現在の俺の目線からは自然と下から見上げる形になり、
俺の目の前に彼女の隠しもしていない魅力的な裸体をさらけ出した。。
このアングルからの光景を楽しんでいると綾乃は前屈みになって俺に右手をさしのべ、
「カラダ、洗いっこしよ。昔みたいに」
「・・・ああ」
俺はその言葉に頷くと、彼女の手を取った。
249 ◆6Cwf9aWJsQ :2007/04/01(日) 23:52:57 ID:7eNvF/mV
今回は以上です。
本番まで行くのにあとに、三話かかりそう・・・。
250名無しさん@ピンキー:2007/04/02(月) 00:01:30 ID:A5OPQels
いきなりお風呂とは予想できなかった・・・。
あと3話、がんばれ。
251名無しさん@ピンキー:2007/04/02(月) 00:34:30 ID:DajOC/S0
うわぁ、GJです!!
お風呂で二人っきり……。果たしてどんな甘々なプレイが展開されるのでしょうか! 期待しております!

……ところで余談ですが、綾乃の体の描写の所で陰毛に関する描写が無かったのを良いことに、彼女はパイパンだと
妄想した私は破廉恥な男かも知れん……。
252名無しさん@ピンキー:2007/04/02(月) 01:02:38 ID:+E+J1WA8
GJでした。続き楽しみにしてます。

内容もさることながら啓介の口ずさんだうろおぼえの鼻歌に
思わず反応してしまった特オタは自分だけでいい。
253名無しさん@ピンキー:2007/04/04(水) 15:54:45 ID:vhTRo/dT
なぜか最後で脳内音声が橘さんの人に……
254名無しさん@ピンキー:2007/04/06(金) 03:22:04 ID:xW3Y9N6S
淫語スレッドに投稿しようとおもったけど、前フリが幼馴染みなのもで。
255カナのシロ:2007/04/06(金) 03:24:57 ID:xW3Y9N6S
同じマンションに住むクラスメートのシローは小学校からの仲だ。
シローは高校生になってすぐに陸上部のホープとして注目され、県大会で走り高跳びと走り幅跳びの県記録を更新し、
整った容姿と控えめで人当たりのよい性格で男女からの受けも良く、校内で最も有名な一年生となった。
当然、女子生徒がこのような好物件を放っておくわけがないのだが、彼の傍でカナがその縄張りを主張していては
おいそれと近づくこともできない。揃いのマフラーと手袋をして登校する二人は、雪をも溶かす程の熱愛ぶりを
みせつけ、生徒達をドキドキ、教師達をドギマギさせていた。


期末テストを前にカナは内心、焦っている。テストの事ではない。シローについてだ。
仲が良いとはいえ二人は恋人同士ではない。今はまだ。
中学3年生になるまではカナの方が背が高く、控えめというよりも気弱なシローは守るべき弟のような存在だった。
カナちゃんと同じ高校に行けば安心と可愛い事をいう“弟”の勉強もみてやった。成績のあまり良くなかったシローも
県内有数の進学校に入学することができた。やればできる子。カナはシローをそう評価していた。
「背も伸びたのだから部活でも始めてみれば?陸上部とかどうかな。ひ弱なままじゃモテないよ。」
カナは何気なく勧めたのだが、シローは陸上部に入部した途端に頭角を現し、県記録を塗り替えてしまった。
日に日に男らしくなってゆくシロー。一躍有名人となったシロー。クラスで人気者のシロー。
そんなシローを誇らしく思った。カナちゃんカナちゃんと慕ってくるシローは、やはり可愛い弟のようだった。
しかし、一学期の半ばを過ぎた頃になると、何か、カナはシローに違和感を覚え始めた。
部活のせいで一生に登下校する機会が減り、互いの家を行き来する事も殆んどなくなった。
シローを家に招いて食事をしたり何気ない会話や本を読んで過ごし、シローの家に行ってパソコンやTVゲームで
遊ぶ時間が、何物にもかえがたいものだったと気付かされる。
カナ以外の女子生徒と会話する事などこれまでは殆んど無かったのに、最近のシローは他の女子ともよく話す。
昼食は二人だけで一緒に食べるのが昔からの習慣だったのだが、今は大勢で食べるようになった。
たくさんの友人と食事をするのは嫌いではない。しかし二人の時間をこれ以上削られるのはたまらない。
そして一緒に食事をしている女子生徒の何人かはあきらかにシローが目当てなのだ。
放課後、シローを呼び出して交際を申し込んだ上級生がいるのも知っている。
カナは自分の感情の変化をはっきりと認識した。嫉妬と独占欲と焦燥感。
「このままでは、いけない。これは、ずっと前から私のものだ。」
256名無しさん@ピンキー:2007/04/06(金) 03:28:31 ID:xW3Y9N6S
カナはシローの家に足繁く通うようになっていた。
シローは以前の中間テストの結果が散々な結果で、次の期末テストでも同じような結果なら補習どころでは
済まないと教師に釘を刺されていた。元々成績の良くなかったシローは授業についていけなくなってきたのだ。
「部活なんてやってる暇があるなら、勉強しなさいよ。ほら、スペル間違ってるし。ここってテスト範囲だよ。」
部活を勧めたのはカナちゃんじゃないか。と屁理屈を言えばぶたれるので素直にごめん、と答えるシロー。
小学校の頃、ささいな事でケンカをして乳歯を二本へし折られてからというもの、カナには逆らえない。
実際、部活やその他に夢中で、家に帰ってからも予習復習をせずにいたのはシローの自業自得である。
「カナちゃんに勉強をみてもらうと、すごくはかどるんだ。自分でやってもよくわからなくて。
 ごめんね、僕、カナちゃんがいないとてんでダメだなぁ。」
シローの何気ない言葉に、カナはピクっと反応する。自分の体温が上昇するのが分かる。横を向き、眼鏡を
かけ直すふりをして誤魔化そうとする。窓の向こうでカエルが大合唱をしている。外はすっかり暗くなっていた。
「もうこんな時間。ちょっと休憩しよ。シローはその問題を解いてからね。」

火照った顔を覚まそうとベランダに出る。見慣れた景色。10年前とずっと同じ。
「なーんも変わらないねぇ。カエルも飽きないよねぇ。毎年毎年うるさいのなんのって。」
シローが後ろに立っている。田んぼのカエルがうるさいというのはこの時期のシローの口癖だ。
手すりにもたれながら、そうねと相槌を打つ。去年と同じ景色、去年と同じ会話。でも
「シローは高校になってから変わった。なんか、違う人みたい。私の知らない人みたいな時が、ある。」
「カナちゃん…?」
思っていた事がつい言葉に出てしまった。慌てて部屋に戻り、いそいそと帰り支度を始める。
なんとなくきまずくなり、勉強どころではなくなっていた。何より、シローの顔をまともに見る事ができない。
リビングでくつろぐシローの両親に挨拶をし、逃げるように家を出る。
突然の事に驚いたシローは、呆然とその場に立ち尽くしていた。

カナは部屋に篭もってさっきまでの事を思い出す。あの状況は、あの状況ならシローに自分の気持ちを伝え、
シローの気持ちを聞き出す千載一遇の機会ではなかったか。何故自分はあそこで逃げ出したのかと後悔するが、
後の祭りであった。メールで謝っておけばいくらか気が軽くなるのだろうが、携帯電話をもっていない身が恨めしい。
「ああー、明日どんな顔で会えばいいんだろう…私、かっこわるいな。」
カナはその晩、カエルの鳴き声が聞こえなくなるまでベッドの上でジタバタしていた。
257名無しさん@ピンキー:2007/04/06(金) 03:30:27 ID:xW3Y9N6S
うああ、3つめの上にコピーしたものを上書きしてしまった
ごねんなさい
258カナのシロ:2007/04/06(金) 04:54:26 ID:xW3Y9N6S
翌朝、いつもより遅く目覚めたカナがもそもそと登校の準備をしていると玄関のチャイムが鳴る。
少しして、シロー君が迎えにきたのよ早く用意を済ませなさいと母親に言われる。一緒に登校した日は
数えきれないがほどあるが、朝寝坊のシローから迎えにくるのは今日が初めてだった。
「朝練に慣れちゃってさ、早く目が覚めるようになったんだ。今まではカナちゃんに迎えにきて
 もらってばかりだったからね。僕から迎えにいくのは今日が初めてだよね。」
「うん…ゆうべはごめんね、その、コンタクトにゴミが入っちゃって。」
つい出任せを言ってしまい目線を落とす。昨日は眼鏡をかけていたのだがシローはそこに気付かない。
「そっか。ホント、びっくりしたよ。あの後さ、お前カナちゃんに何したんだーってお父さんに詰め寄られてさ。
 お母さんは大泣きするし、大変だったんだから。」

いつも通りのシローの笑顔にカナはホっとすると同時に、昨夜あれだけ悩んだ事がバカらしくなって、
カナは笑い出した。それにつられてシローも笑う。笑い声と一緒にここ数日の間、胸の中でモヤモヤしていたものも
流れ出ていくようだった。いつもの会話。一緒に登校しているだけで、こんなに楽しい気分になるなんてとカナは思う。
「シローから迎えに来るなんて、今日は雪が降るかも。もしかして、今のシローは別人だったりして。」
梅雨も明けかけて夏が近づこうかという朝。久しぶりの太陽が心地よい。
「そんなことないよ…そんなことないから!」
シローらしくない語調にハっとして、カナは振り返る。立ち止まって俯いていたシローは震えている。
「僕を知らない人だなんて言わないでよ。大好きなカナちゃんにそんな事言われたら、悲しいよ。
 ぼ、僕はずっとカナちゃんの事が大好きなんだ!カナちゃんしかいないんだ!」

大好きなカナちゃん。カナちゃんしかいない。シローは確かにそう言った。
頭の中で何度も繰り返していても、口にだせなかった言葉。
シローは顔を真っ赤にながら、カナを見つめている。もう震えていない。
大好き。シローから聞きたかった言葉。今度はカナが言えなかった言葉を言う番だ。
「ありがとう…私も大好きよ、シロー。私、シローの事が大好きなの。」
カナは自然に言葉を紡ぐ。簡単な事なのに、何故それができなかったのだろうと不思議に思う。

どちらからともなく手を繋ぎ、歩き始める。今までどおりの二人はもう今までとは違う。
259名無しさん@ピンキー:2007/04/06(金) 12:50:59 ID:ZHyto41S
連投支援たーん
260名無しさん@ピンキー:2007/04/07(土) 07:47:05 ID:ZxXjUESq
>>255
GJ!!
261名無しさん@ピンキー:2007/04/08(日) 00:23:48 ID:pMaxKCxs
いかん……この気が付いたら大切な人だったってシチュエーションと初心っぷりがたまらんな
何が言いたいかというと王道GJという事だ!

しかし欲を言えばこう、短いというかもっと未満な関係が見たかったりしたぜ
262Sunday:2007/04/09(月) 03:09:16 ID:UY/uNlAj
   _、_
| ,_ノ` ) やはり、甘い菓子の後には渋い茶が必要かと思われる



   _、_
| ,_ノ` ) 味は稚拙やも知れぬが堪能していただきたい



   _、_
| ,_ノ` ) よくセットで扱われるからか、お菓子の人に勝手に親近感持ってしまったり
   


   _、_
| ,_ノ` )ノ 迷惑極まりなく関係ない話で本当に申し訳ない  


263Sunday:2007/04/09(月) 03:10:39 ID:UY/uNlAj

「……怖いか?」
またその身体に覆い被さるように、崇之は紗枝の腰の横に手をつく。布団の傍には、
既に脱ぎ捨てられたカーゴパンツとトランクス、封を切られ四角いビニールが転がっていた。
この格好には、流石に若干の恥ずかしさを覚えてしまう。

「……わかんない」
紗枝の方も、下腹部を覆い隠していたスカートを剥ぎ取られていた。下着も片足首に
辛うじて引っ掛かる程度で、他に身に付けているのは汗ばんだシャツに解けかけた紐タイ、
殆ど役割を果たしていないブラと紺色のソックスという様相だった。
 両手で拳を作り胸元を隠そうとしているその様子は、何かに祈りを捧げているようにも
見える。

「…そか」
スカートを脱がせてから、その表情は今にも舌を噛みきりそうなくらいに強張っている。
こんな顔を目の当たりにすれば、さすがにこれ以上脱がせるのは躊躇われた。もっとも、
半端に着衣を残しているからこそ、余計に興奮してしまっているのも確かなわけだが。

「……」
「ぁ…っ……」

両脚を抱え下腹部を近づけ、よく見えていなかったその場所を眼下に映す。
 紗枝は胸の前で組んでいた拳を解いて、腕で自分の目線を隠してしまう。既に指で弄った
とはいえ、見られるとなるとまた違った恥ずかしさがこみ上げてくるのだろう。
己の昂ぶりの先端を、静かにあてがう。それと同時に、顔を組み隠す両腕の手首を握り締め、
ゆっくりと解いていく。
「あっ…やぁあ…!」
「…落ち着け」
どれだけ頑張ろうとしても、この時ばかりは羞恥心に打ち勝つことは出来ないのだろう。
半ば脚を開かれ、じたばたともがく彼女をゆっくりと宥める。再び指ごと絡めて腕の動きを
封じると、落ち着かせるように唇を重ねた。

「いくぞ?」

 風を受けた窓ガラスが、震えてガタンと音を立てる。

「……」

 雫を目の縁にたくさん溜めて、口許をやんわり握った手で隠して、紗枝は微かに頷いた。

下腹部に力を込め、少しずつ腰を押し進めていく。

「ひっ…うっ……!」

徐々に抵抗が増していくものの、崇之は止まらない。歯を強く食いしばって、快感とも
言い表し難い窮屈な感覚が局部を襲う。
264Sunday:2007/04/09(月) 03:12:23 ID:UY/uNlAj

「いっ……ぅああっ…!」
「……っ」
 痛々しく見えるほどに強張ったその表情は、極度な程に緊張しきっている。シーツは
最早布団ではなく、彼女の身体を覆い尽くそうとしていた。

ずちゅ…

 音が跳ねる。根元まで突き入れると、丁度奥にまで到達した。
「は…はいった……の?」
「……ああ」
 全部繋がってるぞ、そう付け加えると紗枝は握り締めていたままのシーツで顔を隠す。
 とりあえずしばらくはこの状態にいて、彼女が慣れるのを待とうとふっと息をついた。

「……動いて」

 端から両方の瞳をちろりとはみ出させて、申し訳なさげに懇願される。自分から動く勇気が、
まだ持てないでいるのだろう。
「……」
 崇之は目を丸くした。全く逆のことを言われると思っていただけに、一瞬呆然としてしまう。
「…痛くないのか?」
 数滴の赤い跡がそこに走っているのに、恥ずかしがってはいてもあまり痛がる様子は
見えない。まず間違いなく無理していると分かっているのに、思わず問い掛けてしまう。


「大丈夫……いちばん大好きな人なんだから…」


 言い終えると同時に、その瞳から涙が零れ落ちる。
「……」
 肯定とも否定とも受け取れてしまう、一番大事にしたい彼女の言葉は、またしてもその心を
燃え上がらせてしまう。

 顔を覗きこめば、視線が絡み合う。答えを返す必要は、もう無かった。

「んっ…うぅん……あっ…はぅぅ…」
 ゆっくりとぎこちなく、身体を揺り動かし刻んでいく。眉間に強い皺を寄せるその表情が、
やっぱり隠しきれなかった本心を伝えてくる。
「紗枝…っ」
「いやぁ…みっ、見ないでぇぇ…!」
 だけど触れてほしくなかったのか、手の平で様々な身体の箇所をまさぐっていた時には
投げかけられなかった台詞を、今になって突きつけられる。
 慣れない感覚に玩ばれる身体を目の当たりにされた時ではなく、痛みをこらえる表情を
盗み見られた時にそれを言うのは、やはり意地っ張りという性格が作用したからなのだろう。

「やぅ…っ! んんっ、ふう…んぁうっ……!」

 肌が擦れあい、合間合間に水音が跳ねる。
 額から流れてくる汗を拭う余裕さえ、今の崇之は持ち合わせていなかった。同様に身体中が
汗ばみ、微かな光沢さえ放っている紗枝の媚態に、自意識をもぎ取られそうになるくらいに
心奪われる。今身体を動かしているのは、欲望というより本能に近かった。

「いっ…うぅっ……くぅ…んうぅぅ…」
 いつの間にか前傾姿勢になり始め、お互いの間に挟む空気の冷たさを嫌ったのか、首の
後ろに手を回される。
265Sunday:2007/04/09(月) 03:14:00 ID:UY/uNlAj

「……っ」
「ひうっ!?」
 崇之も同様に、紗枝の背中の後ろに手を回す。そのまま起き上がらせ、体勢を座位へと
移行する。擦れあう勢いに重力が加わり、互いにを襲う刺激が増加していく。

「うああっ、あっ…いっ…いうぅ、いあああ!」
 身体の繋げ方を変えてしまったせいか、それまで紗枝の口から放たれていた声とは、
明らかに質が変わってしまう。「痛い」と何度も言いかけて、その度に口をぎゅっと結ばせる。
「……!」
 その様を間近で見てしまい、崇之は自我を取り戻し腰の動きを止めてしまう。息を切らせ
ながら、彼女の頬を撫で様子を伺う。
「……っ」
 すると、潤んだ瞳でキッと睨まれてしまう。痛かったことに不満を抱えているのではなく、
なんで止まるんだよ、そんな意味合いがこめられているような気がした。
「無理するな」
「して…ないっ、してないってばぁ……っ」
 言い返すというよりも、自分に言い聞かせるように紗枝は言葉を紡ぎ続ける。

「いっ…痛くなんか……ない…もんっっ」

 瞳を、ただひたすらに硬く固く瞑り続ける。

「全然…っ、大丈夫……だもんっ」

 だけど崇之は、言葉をそのままに受け止めることが出来ないでいた。目の当たりにする
表情がそれとは裏腹で、首の後ろに回された手には爪を立てられ、皮膚を所々削られている。
優しくするって約束した。だから今は、そうしてはいけないと思ったのだ。

「あたしは……大丈夫だから…」
「……」
 背中に手を回したまま、縋りつかれるような目を向けられ懇願されても崇之は動かない。
随分と焦りを見せている、自暴自棄になりかけている彼女の気持ちを許すのは、躊躇いが
湧いた。 優しくして欲しいと言ったのに、自分を軽んじるその様子に違和感が募ってしまう。

 崇之は知らない。

 紗枝が夢の中で味わった、あまりにも悲痛な想いを知らないのだ。

「焦ることない。俺はちゃんと、お前だけ見てる」
 諭すように、やんわりとした口調で崇之は続ける。それが、彼女を余計に惨めな気持ちに
させてしまうことに、気付かないまま。
「……っ」

どさっ

 その身体を更に慈しむように抱きしめようとしたその時、倒れこむ音と共に、視界が回った。
「……?」
 崇之は一瞬、何が起こったのか分からずに、呆然としながら天井を見つめる。改めて状況を
確認すると、身体を繋げたまま、どうやら押し倒されてしまったらしい。
 彼女の身体はやや猫背になっているものの、もたれかかってくることもなく起きたままだ。
しばらくの間密着していただけに、どうにもうすら寒い。

「……じゃあ、あたしが…動く…っ」
「紗枝っ」
 起き上がろうとするが、両肩を抑えられ阻まれる。いかに体格や力の差があったとしても、
寝そべり跨がれしかも肩を掴まれては起き上がれない。
266Sunday:2007/04/09(月) 03:16:11 ID:UY/uNlAj

「崇兄は…動かなくていいよ」
「やめろって、なんでそんな無理…」
「してない……無理なんてしてない…!」
 ひどくぎこちなくゆっくりと、だけど確実に腰が揺すられ始める。

「いっ……うぅ…ぅ」
「……紗枝…っ」
「つっ……ふぁう…っ…!」
 下半身に極度の快感を伴った痺れを覚え、それに耐えながら名前を紡ぐ。だけど目を閉じ、
腰をたどたどしく動かす行為に没頭しようとする彼女は、反応を示さない。

「くぁぁ…っ! うううっ…ああぁぁっ!」
 反応が、徐々に大きくなる。肩を抑えつけていた手の平は、度重なる振動でそこからずれ落ち、
崇之の頭の両横に添えられていた。口の端からはだらしなく涎が垂れ、重力に従い時折彼の
胸元や首筋に落ちてくる。それが、赤く熱く火照った身体には不可思議なほどに冷たく感じられてしまう。
「あぁっ…あぁっ……うああっ…!」
「……っ…うっ…く」
 下腹部を襲う甘い刺激に襲われ、垂れ下がる紐タイに頬をくすぐられ、彼女が身体を
起こしてもなお形と張りを保ち続ける小ぶりな膨らみを目の前に、またしても理性や自制心が
吹き飛びかける。
 圧し掛かられ、激しい熱を保ったまま繋がれた己の昂ぶりは、抗うことも出来ずに蹂躙
され続けた。

「紗枝…っ、止めろ…!」
 なんでこんなことするんだ、なんでこんな無理するんだ。怒りにも似た感情が湧き上がる。
優しくして欲しいとお願いしてきた癖に、どうしてそれを自分からそれをないがしろにするのか
理解出来なかった。
「やぁ…っ、止めない…もん……!」
「お前…っ」
 髪を振り乱して、紗枝は拒み続ける。腰の動きも、止まろうとはしない。
崇之は困惑する。からかったことは数知れないが、怒ったことは殆ど記憶にない。
だから強い口調で注意すれば、きっと折れると思っていた。動きを止めると思っていた。

「やだ…やだもん…っ……一緒にいたいもん…」
「……っ?」
 動きを止めようと更に言葉を続けようとするが、彼女の台詞を耳にして、それをこらえる。
口走っている内容が、今の状況からずれ始めていることに気付いたのだ。

「置いて……いかれたく…ない…っ……もんっ…!」

 自棄になりかけたようなその台詞に、彼女の異変にようやく気付く。部屋に帰ってきた時、
起こしたばかりの様子が変だったことも、唐突に脳裏に蘇ってくる。
「紗枝…?」
「やぁ……お願い…、いかないで……っ」
 明らかに様子がおかしい。初めての感覚に、現実と夢の境界線を失ってしまっているよう
だった。完全に、自我を失っていた。
267Sunday:2007/04/09(月) 03:17:39 ID:UY/uNlAj


 そんな様相に、崇之は確信する。


「……」
 両手を、身体に沿わせて上らせていく。片方を背中、もう片方を後頭部に置いて、ぐいと
引き寄せた。

「あ…っ!?」

「大丈夫、大丈夫だ」
 また胸元が引っ付いて、互いの肌がこもった熱を奪い合う。後頭部にやった手をすぐに
動かして、背中をさすっていた手と繋ぎ合わせる。そうすることで、また紗枝が身体を
起こせないようにした。
「ちゃんと、ずっと、傍にいる」
 至近距離から、しっかとその目を見つめながら、確かな言霊を放つ。

 プライドも照れ臭さもかなぐり捨てた、本音だけの本心。
「俺も、お前の傍にいたいんだ」

 一番大事にしたい娘を、失いたくない。

 いちばん大好きな人に、置いていかれたくない。

 多少の言葉の違いはあっても、こめられた意味は寸分違わぬ同じものだった。


「だから…そんな無理をするな」


「……っ」
 瞳に色が灯る。どうやら、手放しかけていた正気を取り戻したらしい。
 だけどその表情は、存外に悔しそうな意味合いに染め抜かれている。そのせいで、緊張を
解くことが出来ない。

「今更そんなこと…言わないでよぉ……」
 呟かれたのは恨み言。気持ちがぶり返してしまったのか、情緒不安定になってしまって
いるようだった。そのことに不安を余切らせながらも、それでも彼はじっとその顔を
見据え続ける。

「あたしを…あたしのこと……変えたくせに…っ」
 紗枝はその体勢のまま、半ば無理矢理に腰を動かし始める。しかし今度は、それを咎め
なかった。掴んでしまった確信は、間違いなく核心をついていた。


「崇兄が……崇兄がしたんだ…っ、あたしを…こんな風に……ぃ…っ!」


「……」
 昔は、大人しい奴だった。髪も長くて人見知りで、いつも後ろからついてきていて。

 だけど今の彼女はそれとはまるで別人だった。

 明るくて元気で、友達もたくさんいて。そして随分と意地っ張りな性格になってしまっていた。

 今になってようやく実感する。
 
 彼女の心に常にあり続けた、一番根っこにある心情を。
268Sunday:2007/04/09(月) 03:19:39 ID:UY/uNlAj

「紗枝……っ」
「ひぁっ…!?」
 勢いをつけ、今度こそがばりと起き上がる。倒される前の状態のように、座った状態で
向かい合う。身体が離れてしまわないよう背中に手を回し、首の後ろに回される。

 崇之はそこから更に脚を動かす。あぐらの状態から、膝をつき腰を浮かせたまま正座する。
身体を動かしやすいように。

ずちゅんっ

「うああっ!」

 二人同時に下腹部を前に押し進めてしまったことで、奥の奥まで繋がってしまう。激しい
衝撃に、紗枝の背中が折れそうなくらいに反り上がる。

 限界はもう、すぐそこまで近付いていた。

「あぁっ…、ひぁあ……やっ、やぁ、やあぁー!」
 痛みを無くしたのかのように、紗枝は狂い続ける。意識も視覚も、半ば機能していない
ようだった。明確な意志が感じられるのは、最早首の後ろに回された腕だけだった。

「っつ…!」
 昂ぶった先端が収束し始める。意識や感覚を根こそぎ奪ってしまうほどの強烈な快感が、
すぐそこにまで近付いてきていた。

「あはぁ…ああぁっ、んんっ、ふむうぅっ、んぅぅっ!」
「つ……ぅ…ふっ…く…っ!」
 本能で、半開かれた唇をむさぼりむさぼられる。繋がれるのも一瞬、繋がれないのも一瞬。
キスと言うには、あまりにも拙く理性に欠けていて。全部が、全てが、加速していく。

「やぁ、あぁぁ…た…たかにぃぃ……っ!」
「紗枝……紗枝…っ」

 名前を呼ぶ声が、吐息が混じって交錯する。

 新たな爪痕が、崇之の背中を走る。

 ごちりと、額同士がぶつかり合う。

 互いに目を閉じていても、確かにお互いを感じ取っていた。
「……っ…っ」
「やっ…あっ…あああっ…!」

 五感全てが弾けて爆ぜる。

「……っっ…っつ!」

 それを手放した瞬間、崇之は白く濁った想いの塊を気の赴くままに解き放つ。

「――――っ!」
 
 紗枝の華奢な身体が一度だけ、言葉にならない悲鳴と共に大きく律動した――――






269Sunday:2007/04/09(月) 03:20:52 ID:UY/uNlAj





ガタンッ


「…ん……」
 風に強く吹かれたのか、はめ込まれた窓ガラスが音を立てて震える。それにつられるように、
紗枝はそれまで閉じていた瞼に力を込める。

「……」

 何だか、とても懐かしい夢を見ていた気がする。

 どんな内容だったのかは欠片も覚えていなかったが、懐かしいという余韻だけが胸に
残り続けていた。ひどく現実離れしていたような気もするが、一体どんな夢だったのだろう。

 ぼやけた視界がやがて定まると、目の前をじっーと見つめ始める。それに従うように、
思考も現実の世界へと傾いていく。そこには、おそらく横たわった時から今もなお腕枕を
してくれてる、いちばん大好きな人の寝顔があった。
 鼻息しか立てずに眠りこける彼の顔は、思ってたよりもずっと幼くてあどけなくて。性格は
ひねくれてるのに、なんでこんな表情を見せるんだろうと、思わず微笑んでしまう。

つん

 そしたら何だかちょっかいを出したくなったりして。数時間前、彼に全く同じ悪戯を
されたことを彼女は知らない。

つんつん

 くすぐったそうに顔を歪める様子にくすくすと笑いながら、人差し指を彼の頬に突き立て
続ける。
「はー…」
 声を出すから起こしてしまったかとも思ったが、目を開く様子は無い。どうやらただの
寝言だったようだ。

「……」

(しちゃったんだ…あたし……崇兄と)
 ふいに思い出して、頬が赤くなる。一糸纏わぬ身体を隠すように体勢を入れ替えうつ伏せに
なると、腕ではない本当の枕を掴んでぎゅっと抱き締める。そのまま顔を半分、口元を
そこにうずめさせた。見られていなくても、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 あの後、ほとんど身体を動かせなかった自分を尻目に彼はせかせかと後始末をしてくれた。
繋がっていた身体を離して、汚れた箇所をティッシュで拭いてくれて、汗で身体を冷やしたら
いけないと半端に身に着けていた衣類を全て脱がせてくれて。それが終わったらすぐに
隣で横になって腕を差し出してくれて、一枚の布団を共に被った。
 その行為全てが嬉しくて、だけどやっぱり違和感を覚えてしまうことに苦笑を浮かべて
しまって。
270Sunday:2007/04/09(月) 03:22:16 ID:UY/uNlAj

 友人に注いでもらった勇気を使い果たし、夢の中の仮初めの思い出にひどく打ちのめされて
いたのに。それ以前からも、ずっと気持ちが沈んでいたのに。

 やっぱり崇兄はずるい。こんなに簡単に、幸せな気持ちにさせるなんて。
だけどその力を持っているのは、崇兄だけなのだ。

「ありがとね…」
 身体を動かした際、下腹部につきりとした痛みを覚えながらも、それを表情には出さない。
ずっと腕を貸してくれてたことに感謝をしながら、また眠った横顔を見つめだす。

『ちゃんと…優しくしてやる』

 ちゃんと、優しくしてくれた。

『今までで……一番優しくしてやる』

 今までで、一番優しくしてくれた。

 溺れてしまいそうになるくらい恥ずかしかったけど、それ以上に嬉しくて。やっぱり、
とっくに幼なじみや妹としては見られてなかったんだと分かって申し訳なくなったけど、
お互いに本心を明かすことが出来て、仲直り出来て本当に良かった。
「……」

ちゅっ

 そんな気持ちが交錯していき、思わず作ってしまう赤い跡。それが一つ二つと増えていって、
やがて同じ箇所をまた重ね合わせてしまう。

「だいすき…」

 まるで小さな子供が、父親に対して言い放つような、たどたどしくも無垢色に染まりきった
愛情表現。
 本当は起きている時にしたいのだけれど。素直になるって、やっぱり難しい。

「たかにぃ……」

「呼んだか」

かばっ

「うわぁっ!?」

 そしたら突然覆い被され、背後から伸びてきた二本の腕にがっしり捕まえられてしまった。
ただでさえ近かった距離が、更に狭まってしまう。
「こういうことやったりそういうこと言ったりすんのは……起きてる時にして欲しいもんだな」
「ちょっ…お、起きてたの!?」
「最近、年でな。すーぐ目が覚めるんだわ」
 さすさすもぞもぞと、お尻を撫でてくる手を払いのけながら始まる、向こうが主導権を
握ったある意味いつも通りの痴話喧嘩。やっぱり彼との付き合いは、心臓にはとても良くない。
「やっ…触るなぁぁ」
「んー? どこを?」
「あたしのお尻!」
 下腹部に痛みのせいで上手く身体を動かせなくて、わにわにと蠢く指から逃げ出すことが
できない。顔と顔、身体と身体も徐々に狭まっていく。引いていた赤みが、再びさっと
差していく。
271Sunday:2007/04/09(月) 03:23:32 ID:UY/uNlAj

「も…もう! ほんとすけべなんだから!」
「しょうがねーだろ。半年近くお預け食らってたんだからな」
「それは…その、悪かったと思ってるけど。だからってこんな…」
 言い返され言い返そうとした時、紗枝は太ももあたりに妙な違和感を覚える。何か熱くて
固いものが当たっているのだ。しかもそれは強く脈打ちどんどんと大きくなってきて―――


「やーーーっ!!」


 それが何なのか気付くと、思わずじたばたと暴れだしてしまう。
「いやぁー! 変態ー! エロー! 痴漢ー!」
「ンなこと言われてもなぁ…生理現象はどうしようもねぇだろ」
 収まっていた腕の中から抜け出して、そのまま起き上がり枕でばっすんばっすんと彼の
頭を叩きつける。しかし何度叩いても意に介されることもなく、首を傾げられ、言い訳される
ばかりだった。
「なんでそんなに元気なんだよ!」
「そりゃー半年近くもお預けを食らったら、一回ぐらいじゃあな」
「うるさいっ!」
「お前から聞いてきたから答えてやったんぢゃねーか」
「うるさいうるさいっ!」
 相変わらずというかなんというか。仲直りしても関係が進んでも、端から聞いてると
"らぶこめちっく"にしか聞こえない二人の喧嘩には、一向に変化が訪れる様子がない。

「ったくうるせーな。何発も叩きやがって」
「あっ!」
 と、意識をそちらに集中させてしまっていたせいか、あっさりと枕を奪われてしまった。
これじゃ彼の頭を叩く道具が無い。
「返してよっ」
「俺のだろうが」
 奪い返そうと素早く手を伸ばすが、悲しいかなあっさりかわされ空を切るばかり。

がしっ

 それどころか、せわしなく動かしていた両腕はあっさりと彼に掴まれてしまう。

がばりっ

「わっ…」
「ほら、暴れるのはもういいからもうちょっと寝とけ」
 しかも、彼の腕の中に身体を閉じ込められてしまう。こうなるともう、どれだけもがいても
無駄な努力に終わるだけだ。
「もう…ずるい……」
「そう言うな。裸だと寒いだろ?」
 鼻腔が、崇兄の匂いで満たされる。同時に、胸が様々な感情で満たされる。昨日までとは
あまりに不釣合いな幸せの連続に、どうにも慣れることが出来ない。
「……もう…」
「ははは」
 たくさん言いたいことがあったはずなのに。文句だけじゃなくて、お礼や伝えたいことが
たくさんあったはずなのに、それがちっとも出てこない。恥ずかしさと悔しさで俯いて
そこに埋まってみせれば、満足げに笑う声に鼓膜をくすぐられた。

 外を見やるとかなり薄暗い。まだ太陽は、地平線の向こうから完全に顔を出してはいない
ようだ。時計に視線を移すと、時刻は四時半を過ぎたあたり。随分眠ったとも思ったが、
この部屋に入った時刻を思い起こし、まだこんな時間なのも仕方ないかと考え直す。
272名無しさん@ピンキー:2007/04/09(月) 03:26:14 ID:Vias7Z2q
支援
273Sunday:2007/04/09(月) 03:32:34 ID:mqaDXy1t

「でも…」
「ん?」
「お腹空いたね」
「……まーな」
 当初は話だけをして帰るつもりだったから、昨晩は夕食をとっていない。意識がはっきり
していけばしていくほど、寝起きとはいえ空腹感を覚えてしまう。
「食べる?」
 部屋を掃除した時、確か流しの傍に食パンが無造作に置かれていた気がする。それを
トースターで焼けばちょっとした腹ごなしにはなるだろう。
「いや、いい」
「……」
 ところそれを拒まれる。お腹が空いてることに同意したのになんで断るんだろうと、
訝しがるように視線をその表情に向けた。


「寒いし、眠い」


「……」
 その瞼は既に、静かに閉じられている。回された腕の力が、ほんの少しだけ強まった気がした。
「へへー」
「…ンだよ」
 言葉に隠れた彼の本心をしっかりと感じ取り、どうにも顔のにやけが収まらなくなってしまう。

 幼なじみだから知っている。

 こんなひねくれた性格で、あまり自分の気持ちとかを語ろうとしない人だから。「好きだ」
とか言う時は決まってふざけてる時で、その本音を表す時は、決まって言葉を濁したり
はぐらかしたり遠まわしな台詞を口にしたりするのだ。

「嬉しい」
「……」
 にこりと笑みを浮かべて、曲がりくねったボールをまっすぐ投げ返してみれば、片方の
瞼が少しだけ開く。少し不機嫌そうに口元を歪めると、ふいと顔を逸らした。
「…調子乗ってるとまた泣きを見るぞ」
「崇兄が……傍にいてくれるもん」
「……」
 布団と彼の暖かさに包まれて、また少しだけ瞳がとろついてしまう。
おかしい。崇兄が珍しく自分に対する気持ちを口にしてくれたっていうのに、こうまで
素直になれる自分は、どうにもおかしい。普段だったら、頬や耳や顔や身体が全部赤くなって
熱くなって何も言い返せなくなってしまうのに。というか、ついさっきまでそんな感じだった
はずなのに。
 もしかしたら、抱きしめて時点でもう眠ってしまっていて、これも夢なのかもしれない。
それならちょっと納得がいく。
274Sunday:2007/04/09(月) 03:34:51 ID:mqaDXy1t

「ま、そう言ってもらえるのは光栄だし嬉しい限りだが」

 背中に回されていた大きな手の平が、少しずつ、少しずつ上に上がってくる。肩、首筋、
後頭部を撫でて、そしてそのまま―――


くしゃり


「あんま信用すんなよ?」
 頭を、ゆっくりと撫でられてしまう。

 わしゃわしゃと、跳ね返った癖っ毛を軽く押さえつけられるように。

「……」
「……」

 お互いに、じっと見つめあう。片や目を丸くして、驚いた表情で。片や眠たそうに、
少し不機嫌な表情で。
「……」
 紗枝は、ただ驚いていた。どうして分かったんだろう。どうして、頭を撫でて欲しい
なんて思っていたことを、見抜かれたんだろう。

 昔からずっとされ続けてきた行為は、去年の夏終わりの河川敷で、もう一つの大きな意味を
携えることになった。その時のあの奇妙な色した空の様子は、今でもよく覚えている。

「なんで…分かったの?」
「? 何をだ?」
「その……撫でて欲しいって思ってたこと」
 夢の中でされた時は激しく傷つけられた行為だったけど、一度抱いてもらった今なら、
もう大丈夫だと思っていた。何より、そうされることが、幼い頃から好きだった。そこに
どんな意味があったとしても、相手がそれを込めていなければ大丈夫だと思えたのだ。

 だけどして欲しいなんてまだ口にも態度にも出してなかったし、崇兄の方からしてくれる
なんて思ってもいなかった。

「さぁ、よく分からん」
 首を傾げそう答える彼は、本当に自分でも良く分かっていない様子だった。
「ただ…気付いたらもう撫でてた」
 なんでなんだろうな、そう呟くと彼の手の平は再び背中を掻き抱く。
「お前がそうしてほしいと思ってたなら、良かったけどな」
 ふっと短く息をつくと、それが微かに顔をくすぐる。また距離がぐっと近くなって、
間近で見つめることになったその表情には、明らかに安堵の色が浮かんでいた。

「……」

 その表情を垣間見た時、彼女の心にもまた、不可解な欲求が灯ってしまう。何故なのか、
理由は分からない。だけど彼が頭を撫でてくれたのなら、自分もそうしなきゃいけない
という使命感にも似た気持ちが、ふつふつと湧き上がってきたことだけは確かだった。
275Sunday:2007/04/09(月) 03:36:15 ID:mqaDXy1t

「あ、あの…」
「ん?」
「あ…ありがと……」
「どういたしまして」
 それは、こうしてお礼を言うことじゃない。
 慣れないことだから、というより今まで一度もしたことないことだから。

「…た……たか…」

「…?」
 当然、鼓動はペースを速めていく。胸の前でぎゅっと手の平を握り締めて、彼の胸に
額をトンともたれさせながら。紗枝は消え入るような声で、微かに口を動かした。



「た…崇……ゆ…き……っ」



「……」
「……」
「…………え?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
 間の抜けた声が頭の上から降ってくると、途端に視界が爆発を起こす。彼から身体を背けて
小さく丸まってしまおうとするものの、更に力強さを増した絡み付く腕が、それを許して
くれない。
「やっ…ご、ごめんなさい」
 何を言われるのか怖くなって、思わず謝ってしまう。そんなことで怒るような人じゃない
ってことは、とっくに分かってるはずなのに。

「呼び捨てしやがってコノヤロー」

 口調の汚さとは裏腹に随分嬉しそうな色合いで響いたその台詞は、彼女の混乱を余計に
助長させることとなった。
「ごめん…っ……ごめんなさい…」
「全くだ。四つも年上の人を呼び捨てとか酷いぞ」

 幼なじみだから知っている。

 こんなひねくれた性格で、あまり自分の気持ちとかを語ろうとしない人だから。「好きだ」
とか言う時は決まってふざけてる時で、その本音を表す時は、決まって言葉を濁したり
はぐらかしたり遠まわしな台詞を口にしたりするのだ。

 だけど、知っていても困惑が止まってくれない。慣れないことはするもんじゃないと、
今になって激しく後悔するのだった。
276Sunday:2007/04/09(月) 03:39:00 ID:mqaDXy1t


「さぁ、じゃあもうちょっと寝るか」
「こ、このまま?」
「このまま」
 裸のままぎゅっと抱き寄せられたこの状態は、眠るには適していない。体勢が悪いし
少し暑苦しいし、何より心臓に多大な負担がかかる。
 彼は、分かっているようだった。どうしていきなり、呼び捨てで名前を呼ばれたのか。
理由を聞いてしまった自分とは違ったその様子が、どうにも悔しい。

「おやすみ」
「……」

 自分の意見や気持ちを丸々無視するその態度を、やっぱり彼らしいと思って微笑んで
しまうのはおかしなことだと思う。冷たくされて喜ぶなんて、考えなくても変だ。だけど、
こうして育ってきた。二人にとっては当たり前のことなのだった。だからこれは、おかしな
ことでもなんでもない。当たり前のことなのだ。

「うん……おやすみ」

 それから少し時間を置いて、自分でも聞き取れないくらいの声で、彼女は囁き目を閉じる。


 その瞬間、瞼の裏には見たこともない、だけどなんだか懐かしい夕餉時の光景が浮かんで
消える。崇兄と、自分と、そして小さな男の子と女の子の四人が並んであぜ道を歩く、
思い出写真にも思える刹那の一幕。


 それが一瞬、浮かんで消えてしまう。


 何を表しているのか、まるで分からなかった。

 
 どうしてそんなものが見えてしまったのかも、分からなかった。


 唯一つ、たった一つ分かっていたのは。


 それがひどく、現実離れしている情景だということだけだった――――――


277Sunday:2007/04/09(月) 03:43:11 ID:mqaDXy1t
   _、_
| ,_ノ` ) ……



|ω・`)ノ チナミニマダオワリジャナイヨ、アトイッカイダケツヅキマス



|ω・`;)ノシ ゴメンネ、キタイハズレデゴメンネ



|ω・`;)ノシ サンザンカイトイテ、コンナノデゴメンネ


  サッ
|彡
278名無しさん@ピンキー:2007/04/09(月) 04:48:23 ID:eTXk14pS
べけやろう!
さんざん待たせてこの結果か!
おにんにんがおっきおっきして大変じゃないか!
これだけははっきり言っておくぞ!

超GJ。愛してる
279名無しさん@ピンキー:2007/04/09(月) 23:25:44 ID:99Sr9aUU
ぬはー、GJです!

甘くて幸せで良いですなぁ。素敵です!
280名無しさん@ピンキー:2007/04/10(火) 00:23:28 ID:1fzAChqw
君は繰り返し寸止めをして、
何度も何度も寸止めをして
見守る僕が眠れない漏れらがクシャクシャになったとしても
一万年と二千年前からwktkしてる
八千年過ぎた頃からもっとwktkなった
一億と二千年後もwktkしてる
君が投下したその日から僕の地獄にGJ!は絶えない

281名無しさん@ピンキー:2007/04/10(火) 21:21:41 ID:ub8IWqGD
自分で書いてみると、いろいろと難しいんだな。
読んでるだけのときには気付かなかったよ。
282カナのシロ 4:2007/04/10(火) 21:52:18 ID:ub8IWqGD
朝の通学路で、大声をあげて大好きだ!などと言ってしまえば他の生徒に目撃されないはずが無い。
シローとカナの一部始終はあっという間に校内に広がっていた。
二人が教室に入ると、耳の早い野次馬達に囲まれて質問攻めに遭ってしまう。カナはどうせ朝会が始まるまでの
騒ぎだろうと適当に受け流すつもりだったのだが、担任の女性教師までもがその輪の中に加わっていてはかなわない。
カナの目論見は脆くも崩れてしまう。シローは恥かしがりながらも、いちいち彼らの質問に答えていた。
その日はずっと、二人でまともに話す時間がないほどに野次馬攻勢を受け続ける事になり、
ようやく解放されたのは放課後になってからだった。

午後になって天気が崩れはじめ、黒く濃い雲が空を覆っている。
天気の良い日なら堤防沿いの遊歩道は人通りが多いのだが、今ここを歩いているのは二人だけだ。
「シロー、余計な事まで言わなくていいのよ。何考えてるのよホントにもう。」
「でも、僕たち別に悪いことしてるわけじゃないし。黙っている方が、逆に感じ悪いじゃないか。」
「だからって、キ、キスしたかとか、セ、えっ…そのアレしたかとか、そこまで答えることないじゃないの。」
律儀で素直な性格はシローの良いところなのだが、その時ばかりは冗談じゃないと筆箱を投げつけた。
「ごめん。ちょっと調子にのってたかも。でも、でもカナちゃんは、僕とそういう事するの、嫌?」
首を傾げてカナを見る。カナにものを尋ねるときの癖だ。心なしか繋いでいる手に力がこもる。

カナはいきなりなんて事を。と言いながら、シローと繋いだ手を一旦放し握り直す。
「いや、じゃない。嫌じゃないけど、まだ早い。と思う。そういうのはもっと大人になってからだよ。
 だって私達まだ高校一年生なんだよ?もっとお互いのことを知ってから、もっともっと好きになってから、
 でも遅くないと思う…んだけど、シローはどう思う?」
ためらいがちにシローを見上げる。彼の唇は女の自分よりも色気を感じる。人並みにセックスへの興味もある。
シローとのセックスを想像しながら自慰に耽った事も、一度ではない。シローと二人きりになると身体の奥が疼く。
本心は今すぐにでも物影に飛び込んでキスしたいシローに抱かれたいもっと触れ合いたいと思ってはいるが、
ここは精神的年長者として、高校生らしい一般常識を披露しておく。

「そそ、そうだよねぇ。カナちゃんの言う通りだよね。僕ってば何言ってんだろ。ごめんねこんな変な事。
 あ、そうだカナちゃん家、今日はおじさんもおばさんも居ないんだよね。よかったら、晩ごはんは家で食べない?
 ってお母さんがカナちゃんに朝、言うようにって。色々あってその、今まで言いそびれちゃって。」
我ながらこんな聞き方はないな、と思いとっさに話題を変える。カナとしてもこの話は早々に打ち切りたかったので、
ごちそうになるお礼に勉強みてあげるからと応え、その後はとりとめのない会話を続けながら帰って行った。
遠くで雷鳴が響く。

エレベーターが九階で止まり、シローはそこで降りる。扉が閉まるまで恋人に手を振る。エレベーターの表示灯が
十階で止まった。シローの見送りは、エレベーターが自動的に一階へ戻り始めるまで続く。
もしかしたらカナちゃんが戻ってくるかも、と期待して。子供の頃からの習慣なのだ。
(僕は今でも充分なんだけどさ。でもカナはちゃんは知らないんだ。もっともっと好きになってって言うけど、
 僕はこれ以上ないくらいにカナちゃんの事が好きなのに。)
声には出さず、心の中でつぶやく。エレベーターは降下を始め九階を過ぎる。
283カナのシロ 5:2007/04/10(火) 21:55:42 ID:ub8IWqGD


小学校一年生の時、最上階に引っ越してきたかわいい女の子。それがカナだった。
初めて会ったときからカナの事が大好きになり、いつも一緒に居たいと思い、後ろをついてゆく。
「シロー君は、カナのお嫁さんみたいねぇ。」
カナの母親にそういわれた時、シローはとても嬉しくて、うん。と胸をはる。
その直後真っ赤になったカナに思いっきりぶたれた。子供時代のカナは気が強く、すぐに手が出た。
夏祭りの帰りがけ、ちょっとした悪戯のつもりでカナが獲った金魚を川に放流した事があった。
乳歯を二本失い、しばらく口をきいてもらえなかった。金魚は川に放されても長く生きられないと
知ったのは少し後の事だった。泣きながらカナに謝り、一緒に金魚の墓標をつくりに行く。
泣きやまないシローの頭を、カナはもういいのぶったりしてごめんねと優しくなでてくれる。
手の温もりを感じたシローの心は安らぎ、涙は止まっていた。

中学生になりたての頃、シローは自慰を覚える。これを見ながらちんちんをこすると気持ちいいんだぜ。
と言う悪ぶりはじめた級友にもらった成人誌により、初めて達した。一度、カナを想像して自慰をしたことがある。
しかし行為の後、敬慕するカナを性欲の対象にし、汚してしまった自分が情けなくそして卑しく感じ、激しい
罪悪感と自己嫌悪に苛まれた。カナを想像して自慰をしたのはあれが最初で最後だった。

中学二年生のある日、カナの友人にデコボココンビと揶揄された事があった。カナは女子の中では最も
背が高く、男子生徒からよくからかわれていた。本人も常にそれを気にしており、少しでも目立たないようにと
やや猫背気味になっていた。
カナとシローが歩くと、背の高さが嫌でも際立ってしまう。申し訳なく思ったシローはカナのために少し
背伸びをして歩く。成長期に入り、ついにカナの身長を追い抜いた時は小躍りをして喜んだ。これでカナが
恥ずかしい思いをさせなくてすむと考えたからだ。得意げに、カナと背比べをするような動作をした時、
調子に乗るなよ小僧め。と小突かれる。大きくなってもまだまだ子供ねと言われた。
カナが猫背でなくなったのは、シローに告白され、手を繋いで歩くようになったあの日からだ。
284カナのシロ 6:2007/04/10(火) 21:57:56 ID:ub8IWqGD
結局、中学時代は一度もカナと同じクラスになれず、シローはカナに会える昼休みと放課後が待ち遠しくて、
授業も身に入らずぼんやりと窓の外を見ているばかりだった。今の成績では同じ高校に進学できないと
わかった時は自我を失いかねないほど慌てた。カナは成績優秀で、一方シローは中の下クラス。このままでは
カナとの距離がさらに遠くなってしまう。
遊んでばかりだったから、自業自得よ。そう言いながらもカナは勉強につきあってくれた。
カナの教え方は上手く、シローはスポンジに水を吸い込むが如くそれを理解した。合格を知らされた時、
周囲は驚いていたが、シローは必死でやったのだから当然だ、カナがつきあってくれたのだから当然だと思った。

カナと同じクラスになれるとわかりシローは合格した時よりも嬉しかった。
放課後にカナと桜見物と称して校内を探検していた時の事、ふと立ち止まりグラウンドに目を向ける。
シローは、体育祭にフォークダンスはあるかなあればいいなぁそうすればカナちゃんと手を繋げるのに。などと
ぼんやり考えていた。カナはシローの視線の先を見て、ああ陸上部の用具を見ているのかと思い話しかける。
「背も伸びたのだから部活でも始めてみれば?陸上部とかどうかな。ひ弱なままじゃモテないよ。」
カナちゃんがそう言うのなら、とその翌日に入部届を提出した。本人は意識していなかったが
シローの身体能力は同年代の男子のそれを大きく上回り、そして身体を上手くコントロールする才能は
目を見張るものがあった。陸上部の顧問がクラスの担任教師だったせいもあり、特に気に入られたシローは
その才能を瞬く間に開花させていく。

教室でカナと一緒にいると、いつしか級友達が周りに集まってくるようになる。
本音を言えばカナと居られる事こそが最良なのだがこういうのも悪くない。
カナが皆と談笑している時の楽しそうな顔をみていると、幸せだなぁ、これが青春ってやつかと思う。

「なんだシローお前、あの“ガリ勉”が好きなのか、変わった趣味してるな。お前なら選択肢は無数じゃないか。
 ああ、東中出身はお前とあいつだけだったな。いわゆる同属意識ってやつか。」
部活の友人と異姓の話題で盛り上がった時、好きな女はいるのかと聞かれてつい正直に答えてしまった。
中間テストでほぼ満点の成績をたたき出したカナもシロー程ではないにせよ、学年では有名人であったが、
背が高いくせに猫背でイマイチぱっとしないつまらなそうな女。シローの周りを衛星のようについて回る
小雀どもの内の一人。男子生徒から見ればその程度のものだった。失礼な、カナの何がわかるのかと思ったが、
辛口な友人の評価に苦笑する。

シローはそれでいいと思った。カナの魅力を知るのは自分だけでいい。カナに恋人ができてしまったらと、
考えるだけでもぞっとする。自分の気持ちをカナに伝えたい想いは日々募るばかりだが、
今まで続いたカナとの関係が全く変わってしまうのではと思うと、どうしても一歩が踏み出せない。
285カナのシロ 7:2007/04/10(火) 22:01:25 ID:ub8IWqGD
シローは職員室で数人の教師に囲まれている。先週から続く雨のせいで湿度が高く、居心地の悪さを助長する。
いくら県大会で好成績を収めていても、学生の本分が疎かになっては意味がない。中間テストの結果を筆頭に
シローの成績は陸上部のそれとは反比例して下がっていた。陸上部顧問でもある担任は責任の一端を感じてか、
夏休みになるまで、部活は私に顔を見せに来るだけでいいわ、今は勉強のほうに専念しなさい。
と異例とも言える措置を言い渡す。自覚はしていたが、自分の成績はそこまでヤバかったのかと落ち込む。

ありがたいことに今度はカナの方から教師役をかってでてくれた。さすがは文殊様天神様カナ様である
カナ先生による毎日の特別個人授業により、シローはさっぱりわかず難渋していた授業内容が、霧が晴れたように、
まるで呪いがとけたかのように理解できるようになった。
「僕、カナちゃんがいないとてんでダメだなぁ。」
数学の問題集をスラスラと解き進めながらシローはつぶやく。授業についていけだしたのはカナのおかげだ。
感謝してもし足りない。カナは急に、休憩しようと言い出した。
さっき紅茶を飲んだばかりじゃないかと思いながらシローは次の問題に取り組む。カエルの声がやかましい。
集中力が途切れ、ああもうと顔を上げてベランダに立つカナを見る。

このごろのカナは様子がおかしい。どことなく落ち着かない雰囲気で、話しかけてもうわの空な時がある。
ぼんやりとこちらを見ているかと思えば、よそよそしい態度をとられたりする。そう言えば、いつもは
肩まで伸ばした髪をゴムで二つにまとめて垂らしているだけなのだが、昨日来た時には三つ編みを後ろで纏め、
ピンを駆使してお団子をつくっていたし、一昨日はワックスを使って髪を左右非対称に分けて流していた。
今日はお団子の位置が左に移動している。似合わないしまだ早いと言っていた、年頃の女性らしいおしゃれに
気を使い始めるなど、いつものカナらしくない行動だ。もしや、恐れていた事が起きたのではと戦慄した。
カナは誰かに恋をしている! 
その羨ましい、いや恨めしい相手は誰だろう自分の知っている男だろうか、それとも。シローの思考は乱れる。
これはいけない、これ以上躊躇している場合ではない。
シローは立ち上がると足音を消して歩き、手すりにもたれているカナの後ろに立つ。いまだ。
カナを後ろから抱きしめようと手を伸ばしたその時、カナが大きくため息をついた。

はっと正気に返ったシローは咄嗟に両手をあげ、物干し竿に手をかける。手の震えが伝わり竿はカタカタを音を立てた
ステンレスの冷たさが心をさまし、さっきまでの決意が霧散する。カナが気付いた。シローは何気ない話題を振り、
その場を取り繕おうとした。

「シローは高校になってから変わった。なんか、違う人みたい。」
知らない人?僕が?誰の?突然、想像もしていなかった言葉を聞かされ困惑する。何を言ってるんだこの人は。
聞き間違いかもしれない、そうだきっとカエルが五月蝿いからだと前向きに考えて、
もう一度聞きなおそうと恐る恐る声を掛けるがカナはシローの顔も見ずに部屋を飛び出して行った。
さらに困惑し声を出せない。動くこともできずにカナを見ているだけだった。
その時、シローの中でなにかが動いた。
286カナのシロ 7-2:2007/04/10(火) 22:10:30 ID:ub8IWqGD
「カナちゃん慌てて出て行ったけど、どうしたの。」
「なんか、用事があるの思い出したって。友達と約束でもあったんじゃないかな。」
「おいおい、カナちゃんになにかしたんじゃないだろうな?んん?」
「はは、まさか。」
カナの様子を訝しげに思った両親だったが、シローがそう言うのならそうなのねとそれ以上は聞かなかった。
シローは普段どおり、リビングでテレビを見て新聞を読み、風呂に入る。あれだけ波立っていた心も今は静かだ。
湯船に浸かりながらさっきの出来事を思い出し、ばしゃばしゃと顔を洗う。明日、カナに想いを伝えよう。
結果なんてどうでもいい、今日みたいな思いを続けるよりはよほどましだ。頬を叩き、気合を入れる。

シローはあれから一睡もせずにいた。朝になり、日差しが目を射る。そろそろか、と朝食をとり歯を磨く。
鏡の前で笑顔をつくってみる。瞼が重い。顔を洗ってもさすがにこの眠気は払えない。
しかし、心は昂揚している。支度をすませて、時計を見る。いつもカナが迎えにくる時間より15分ほど早く家を出た。
カナの家の前で数分ほど逡巡するが、意を決してインターホンに指を当て、えいっと押す。
その日、カナとシローは恋人同士になった。



287カナのシロ 8:2007/04/10(火) 22:11:10 ID:ub8IWqGD

そこで、目が覚める。シローは、夢をみていたのか、子供の頃の僕が夢にでるなんてしかし惜しいところで
目が覚めたな、もっと見ていたかったのにと天井を見る。まだ頭がはっきりしない。いつもと寝心地が違う。
左足に何かが這っているのに気付く。目が覚めたのもこれを感じたからだった。
ん?と思い目を向ける。感覚の正体はカナだった。
「カナちゃん…か。まだ、夢の中なのかな…?」
「おはよう、といってももうすぐお昼ね。こんにちわ、シロー。」
「こっちのシローに、おはようのキース。ふふっ。」
そう言いながらカナはシローの性器に口づけをし、舌を絡めて舐め回し、口に含む。なにされてるの、これ?
左足の膝がぬるぬるする。カナが自分の性器をこすりつけているのだ。え、まじこれどうなってんの?
「んふゎ、シローのチンポおいしい…私とシローの味がする…ゆうべの味…ん、これ好きぃ。」
「うわぁ!カナちゃん!」
シローは文字通り飛び上がった。カナをはねのける。その拍子に左膝がカナの性器を激しくこすり、嬌声が聞こえる。
なんなの、ここはどこ僕はどうしてカナちゃんは今?

「あん、シローのいじわる、まだ途中だったのに。ね…キスしよ。」
シローに顔を近づけキスをする。舌で唇をこじ開け歯を舐り、唾液を貪るように舌をさらに侵入させてくる。
カナのキスは血の味がした。シローの脳は一気に覚醒する。そうだ、ここはカナちゃんの部屋。この味は破瓜の証、
ゆうべの証。カナが唇を離すと唾液が糸を引いた。
「ね、シロ。しよ。私、またしたくなっちゃった。ほら、見て。」
カナは半目でシローを見つめ、シローの前に寝転がり腰を上げて両足を開く。カナの性器が妖しく光る。
「うん。カナちゃんのマンコ、ペロペロ舐めるよ。なめてなめて綺麗にしてあげる。」
「ん…シロ、シロの舐め方すごくえっち。あぁ、それすごくいい、また溢れちゃう、シロ。もっとして、シロ、大好き!」
ベランダの壁にとまったセミが、カナの嬌声に負けるものかとばかりに大きく鳴き始めた。田んぼの稲が風にゆれる。
今日から神社で夏祭りだ。そうだ、金魚すくいをやろう。テキ屋のおじさん僕たちのこと覚えているかな。
カナに腰を打ちつけながら、シローは思った。
288名無しさん@ピンキー:2007/04/10(火) 22:16:21 ID:ub8IWqGD
ここまでかいた。
289名無しさん@ピンキー:2007/04/11(水) 02:56:28 ID:KCqui6Oe
おお、続きがきてましたか!GJですよ!

ただ、初体験シーンの描写が無いのが気になりますが……。
これは、もちろんたっぷりと書いて下さるということですよね!? 期待してますー!!
290名無しさん@ピンキー:2007/04/11(水) 03:27:41 ID:IuYzdpct
初夏→夏の間になにがあったんですか
貼り間違ったとか?
291名無しさん@ピンキー:2007/04/11(水) 22:19:15 ID:5Nefmv5J
後一回で終わってしまうのか・・・・
神。この一言でもまだ足りない。だからもう一言
ありがとう

この後は結婚、そして・・・・
292名無しさん@ピンキー:2007/04/12(木) 02:23:57 ID:UNs3rG2F
age。>>288GJ!いいねー名作だこれ。

そして最近来ない>>202を待ち続ける俺。早く正刻と誰かのエロを見たい
293名無しさん@ピンキー:2007/04/12(木) 02:33:08 ID:LXbUL9Qd
正刻の話は、どっちとくっつくのか展開読めないからそこが新鮮だわ
288氏本人も筆進めながら未だに迷ってるんではなかろうかw
294名無しさん@ピンキー:2007/04/12(木) 02:38:11 ID:LXbUL9Qd
もとい、202氏だった
両氏とも申し訳ない
295名無しさん@ピンキー:2007/04/12(木) 04:52:45 ID:f7+3hyj3
久々に保管庫の梅子読み返したらこんな時間だが後悔はしてない。
もー、なんでこんなぐっと胸に詰まるんだこの方の描く話は。
読むと必ず涙が出るので目蓋が腫れぼったい。
296名無しさん@ピンキー:2007/04/12(木) 13:24:32 ID:4rErL4kw
絆と想いのキャラは結構好きだから、もういっそのことハーレムにして双子や眼鏡っ娘と大乱交も良いんじゃないかと
妄想する俺はきっと少数派。
297名無しさん@ピンキー:2007/04/12(木) 22:02:40 ID:kXkPxATX
このままいくと次スレにまたぐ作品が出そうなふいんき
298名無しさん@ピンキー:2007/04/13(金) 00:28:20 ID:rA23VoeO
自分としては唯衣舞衣より鈴音と結ばれて欲しい

だがやはり作者の書いた展開が楽しみ。はやくカモーン
299名無しさん@ピンキー:2007/04/14(土) 03:07:06 ID:ZetaE63D
投下します! 一部設定に変な所があるので、気になる方はスルーして下さい!

それでは、いきます!
300絆と想い 第10話:2007/04/14(土) 03:08:29 ID:ZetaE63D
とある日曜日。正刻達の住む街にある合気道の道場で、息詰まる試合が展開されていた。
片方は風格すら漂わせる男。そしてもう片方は、全身から闘気を噴出させている少年だった。
試合は少年が疾風のような動きで男に挑み、男がそれを捌く、という展開だった。
技術は男の方が上だが、少年の動きは男の反応を超えており、決定的な反撃には至らない。

両者暫しの硬直の後、少年がゆっくりと深呼吸を始めた。
それがこの試合における、少年の最後の……そして最大の攻撃の始まりだと直感した男は感覚を研ぎ澄ます。
少年は深く息を吸った後……「ふっ!」と鋭く息を吐き、そして突進する。

男へ向かって一直線に少年は突っ込む。予測していたかのように自分を捌きにくる腕をくぐり抜け、フェイントをかけつつ男の懐に飛び込む。
まるで疾風、そして稲妻のような動き。少年はそのまま男の腕を極めようとして……捕らえられた。

少年がかわしたのとは逆の手が、胴着をしっかりとつかんでいたのである。少年の動きがそれにより止まり、男はそのまま流れるように
投げ飛ばす。

少年は宙を舞い、背中から畳に落ちた。ギャラリーからわっ、と歓声が上がる。彼は受身はしっかりと取ったようだが、それでもやや辛そうだ。

男が少年を見下ろし、笑顔を浮かべながら言った。
「惜しかったですねぇ正刻君。あそこで私に動きを止められなければ、そのまま私の腕を極められたのに。」
それを受けて少年……高村正刻は憮然とした表情で答えた。
「よく言いますよ。俺の動きをきっちり見切って、その上で誘ったくせに。」
よっ、とジャックナイフで起き上がる。その様子を見て男……佐伯兵馬(さえき ひょうま)は苦笑を浮かべる。

「きっちり見切って、ですか……。」
あれは半分は勘だったんですがねぇ、と内心で呟く。技は兵馬の方がまだ上だ。しかし、正刻の才能は恐るべき早さで開花しつつある。
先ほどの動きもそうだ。正刻の疾風の如き動き。今はまだそれを完全には自分のものには出来ていないが、それを自分の意志でコントロール
出来た時、彼がどれほどの使い手になるか。それを想像し、兵馬は身を震わせる。

(流石は君の息子ですね……大介……。)
兵馬もまた、大介・夕貴・慎吾・亜衣達の幼馴染であった。彼は離れた地の大学へと進んだため、しばらくはこの街を離れたが、結婚を機に
再びこの街へと帰ってきたのである。

今彼は陶芸家として活躍している。年に何回か個展を開くほどの人気振りで、彼が作る器のファンは多い。
そして彼にはもう一つの顔がある。それが合気道の師範としての顔だ。
その腕は全国でもトップクラスであり、彼が日曜に開く合気道教室では、老若男女、様々なレベルの人達が集まる。
301名無しさん@ピンキー:2007/04/14(土) 03:09:15 ID:ZetaE63D
その中に正刻も居た。まだ大介が生きていた頃から、一緒にこの道場に通っていたのである。
大介と兵馬は子供の頃からのライバルであった。共に全国トップレベルの使い手であり、二人の組み手は道場の名物でもあった。
残念ながら大介は事故で逝ってしまったが、その後を継ぐように正刻は強くなった。
兵馬もまた、正刻に自らの業を伝授し、鍛え上げている。
それは、事故で両親を失いながらも悲しみに暮れる事無く生きようとする正刻への兵馬なりの気遣いでもあった。

体を鍛えることは、心を鍛えることに繋がる。そう考える兵馬は、正刻を心身共に鍛え上げた。悲しみに負けないように。絶望に押し潰されないように。
その意志を理解した正刻も、兵馬を「先生」と慕い、ずっと道場に通い続け、今に至る。

さて、今の試合は午前の部を締めるものであった。午前の部の最後に正刻と兵馬が試合をし、それを皆で見学するのが一連の流れとなっている。
皆が帰っていくなか、自分も着替えようかと汗を拭いていた正刻を……

「お兄ちゃーん!! またお父さんに負けちゃったねっ!! 私が慰めてあげる! よーしよしよしっ!!」
「ね、姉さんやめなよ、まー兄ぃに迷惑だよ……。」

……二人の少女が急襲した。

正刻に飛びついて頭をなでなでしているのが佐伯香月(さえき かづき)。中学3年生。その割には発達はあまり良くなく、身長も150
前後とあまり高くない。体型も、凹凸の少ないものである。しかし中々の美人で、いつも明るくきらきらとした瞳をしており、人気者であった。
髪はショートでまとめている。リボンを頭にしているが、子供っぽい香月には良く似合っていた。

もう一人が佐伯葉月(さえき はづき)。中学2年生。背は145と香月より更に小さいが、胸は中々発達している。日本人形のように
整った顔立ちをしており、姉とは違い大人しく控えめな性格をしている。しかし、良く気が利き周りのフォローをしてくれる彼女もまた人気者であった。
黒い髪をボブカットにしており、カチューシャをつけているのが印象的だ。

正刻と二人の出会いはやはり幼い頃まで遡る。幼稚園の時から大介と共に道場へと通っていた正刻は、必然的に佐伯姉妹とも知り合った。
出会った時、姉妹はまだ幼かったが、大きくなるにつれ正刻のことを兄のように慕い始め、兄弟のいなかった正刻も二人を実の妹のように可愛がった。
さらに正刻を通じて宮原姉妹とも知り合い、やはりすぐに懐き、二人を「唯衣姉」「舞衣姉」と慕うようになった。
ちなみに正刻のことは、香月は「お兄ちゃん」、葉月は「まー兄ぃ」と呼ぶ。
もっとも、成長するにつれ、二人の正刻に対する想いは「兄」に向けるものとは違ったものになってきたようだが……。
302名無しさん@ピンキー:2007/04/14(土) 03:10:19 ID:ZetaE63D
それはさておき。ぐりんぐりんと撫で回されながら正刻が香月に言う。
「おい香月、慰めてくれるのはまぁ良いが邪魔だ。そんなに引っ付くな。」
すると香月はニヤリ、と笑う。その表情に何か嫌な感じを覚えた正刻は香月に尋ねる。
「おい、何だその嫌な笑いは。」
「ふふふー。照れなくっても良いんだよお兄ちゃん! あは、これってやっぱり効くんだね! 凄いや舞衣姉!」
そう言うと香月はさらに正刻に引っ付いてくる。

舞衣の名前が出て更に嫌な予感がした正刻は、香月に再度尋ねる。
「おい香月、お前何を言ってるんだ? 舞衣にどんなロクでもない事教わったんだよ?」
「えへへー、本当に照れちゃって、可愛いなーお兄ちゃんは! やっぱり舞衣姉直伝の『当たってるんじゃなくて当ててるのだ攻撃』は凄いね!」
香月は正刻に引っ付く……というよりは胸を押し当ててにこにこと笑う。

正刻は思わず深い溜息をついた。
(あのバカ、本当にロクでもないことばっかり教えやがって……!)
内心で舞衣に憤慨し、会ったら即アイアンクローを食らわす事を固く心に誓うと、正刻は香月に引導を渡すべく口を開く。
「おい香月、いい加減に離れろ。大体、『当ててるのだ』って言われるまで俺は全く気づかなかったぞ。」

香月は笑顔のままぴしり、と固まる。その様子を見て少し可哀想になる正刻だったが、しかしこいつを舞衣のようにする訳にはいかない、
それが兄貴分たる自分の役目だ、と再び心を鬼にし続ける。
「大体だな、コレは舞衣や、まぁ唯衣や葉月レベルの娘がやるから効果があるのであって、お前のように断崖絶壁な娘がやっても効果は……。」
しかしそこまで言った所で正刻は言葉を切った。香月がふるふると身を震わせ始めたからだ。

(あ、ヤバ……。)
正刻は自分の説得が失敗した事を悟る。まぁ当たり前といえば当たり前だが。
きっ! と正刻を涙目で睨みつけた香月は、大音量の声を張り上げ始める。
「うわぁぁぁぁぁぁんっっっっ!!! お兄ちゃんに……お兄ちゃんに汚されたぁぁぁぁぁっっっ!!! 辱められたぁぁぁぁっっっ!!!」
正刻は、ひぃっと上擦った声をあげる。可憐な少女が「お兄ちゃん」に「汚されて」「辱められた」と大声で喚いている。
知らない人が見たら通報すること間違い無しだ。

香月は少し我侭なところがあり、自分の意にそぐわない事があると駄々をこねることがしばしばあった。成長するにつれてその悪癖は収まり
つつあったが、何故か正刻に対してはよく発動した。
何で俺にだけ……と愚痴る正刻を、唯衣や舞衣、葉月が複雑そうな目で眺めるのは、割と良く見られる光景である。

それはともかく、泣き叫ぶ香月に正刻は弱かった(誰でもそうだろうが)。すぐにさっきの発言を訂正する。
「いや香月! さっきのはその……そう! 照れ隠し! そう、照れ隠しなんだよ!」
その言葉を聞き、香月は泣き喚くのを止める。目に涙を溜めたまま、正刻を見つめてくる。
「ぐすっ……。ほ、本当……?」
「あ? ああ……ああ! 本当だ!」
正刻は半分自棄になって叫ぶ。
303名無しさん@ピンキー:2007/04/14(土) 03:11:10 ID:ZetaE63D
「いや本当はさ! もうお前に当てられて俺のリビド−はもう暴走寸前だったよ! とっても気持ち良かったしね! だけど年下の女の子に
 そんなにさせられただなんて恥ずかしいじゃないか! だからさっきみたいな嘘ついちゃったんだようん!」
正刻の捨て身の台詞を聞いていた香月は、段々と笑顔を浮かべ始めた。正刻が喋り終えるとその輝きは頂点に達した。
「まったくお兄ちゃんったらホント、ケダモノなんだから……。でも無理無いよね! だって私に『当てられて』るんだもんね!」
そう言って香月はまた正刻に引っ付く。それを疲れた顔で眺める正刻は、不意にもう一人も不味い状態に陥っていることに気がついた。

葉月が胸を抱いて、何やらブツブツと言っている。さっきの「唯衣や葉月レベル」あたりの発言が不味かったか、と正刻は後悔する。
「お、おい、葉月……?」
正刻が恐る恐る声をかけると、葉月は濡れたような瞳を正刻に向けた。
「まー兄ぃ……。まー兄ぃは……私の胸を『当てて』欲しいの……?」
(やっぱりスイッチが入っちまってやがる……!)
正刻は内心で歯軋りした。

葉月は基本的には大人しい娘である。しかし、人並み外れた妄想癖という困った性癖を持っていた。ふとした事で、妄想に没頭してしまうのである。
それだけならまだしも、その後少しの間、その妄想に引っ張られた性格に変わってしまうのである。具体的に言うなら、エロい妄想をすると、
普段の清楚さからは考えられない位のエロさを発揮してしまう、という事だった。
ただこれも、いつでも誰にでも発動する訳ではなく、主に正刻の発言に反応して起こるようであった。
何で俺の言うことに反応すんのかねぇ、と嘆く正刻を、唯衣や舞衣、香月が呆れたような目で眺めるのはよく見られる光景である。

それはともかく、熱い視線を自分に向けてくる葉月に対し、正刻は危険物処理斑のような気持ちで話しかける。
「と、とにかく落ち着け葉月。いいこだから、な?」
「うん分かった……。分かってるよまー兄ぃ……。まー兄ぃにだったらいくら当てても……それ以上でも……良いんだから……。」
分かってない。全く分かってない。次の手を考えている正刻に、葉月が女豹のようににじりよる。
後ろには香月、目の前には葉月。二人の吐息を感じる中、そういや酔った唯衣と舞衣にも同じような事されたっけな、と場違いな事を
現実逃避に考え始めた時……。

ぱぁんぱぁん。

小気味のよい音が二つ、響き渡った。

「はうぅー……。」
「あいたぁ……。」
「二人とも。その辺にしときなさい? 正刻君に愛想つかされても知らないわよ?」
竹刀を持った美女がそう言って笑いかける。
「助かりましたよ弥生さん……。」
正刻がほっとしたように言う。

女性の名は佐伯弥生(さえき やよい)。兵馬の妻で、香月と葉月の母である。
兵馬とは大学で知り合い、卒業後も付き合いを続け、結婚した。
兵馬は合気道の達人であるが、弥生は剣道の達人である。日曜は合気道教室が開かれているが、土曜は彼女による剣道教室が開かれている。

弥生は正刻に苦笑を返す。
「正刻君、この子達にはもっと厳しくして良いのよ? あなたはちょっと甘やかし過ぎなんだから。」
「まぁ確かに……。これじゃあ兄貴失格ですね。」
そう言って正刻は頭をかく。彼はそのまま更衣室へと向かった。
304名無しさん@ピンキー:2007/04/14(土) 03:12:45 ID:ZetaE63D
それを見送った後、姉妹は母に噛み付いた。
「お母さんひどいよ! お兄ちゃんは悪くないよ!」
「うん……。まー兄ぃは凄く優しいし……。悪いのは私たちだもん……。」
そう言ってくる娘達を面白そうに眺めた後、弥生は言った。
「でも良いんじゃない? 兄貴失格の方が。兄貴合格だったら、あなた達ずっと妹扱いされるわよ?」
その台詞に姉妹は固まる。その様子を見ながら弥生は更に言い放つ。
「強力なライバルも居ることだし、ね。」

強力なライバル。それは正刻の周りにいる女性達。幼馴染である宮原姉妹と、中学からずっと同じクラスだという大神鈴音である。
香月と葉月は、宮原姉妹は当然だが、鈴音とも知り合いであった。学校帰りに遭遇したこともあるし、鈴音が道場に遊びに来たこともある。
更に、鈴音の妹と香月は同じクラスであるため、色々な情報を仕入れていたのだ。

「確かにライバルは強大だよねぇ。」
腕を組んで香月は呟く。全員が美人な上に、それぞれが強力な個性を持ち、正刻を一途に想っている。一筋縄ではいかない相手達、だ。
しかし。
香月と葉月は……不敵に微笑んだ。
娘たちの様子を見て、弥生が驚いた声を上げる。
「何よあなたたち? 相手が強力なのに、随分と余裕じゃないの。」

しかし二人は首を振ってそれを否定する。
「違うよお母さん、余裕なんか無いよ。だけど……不思議だね。相手が強大だっていうのに、何故か私達は怖くないの。むしろ、何か燃えて
 きちゃうんだ。」
武道家であるお父さんとお母さんの娘だからかな、そう言って香月は笑う。
その後を葉月が受けて言う。
「私達の、『妹』っていうポジションは……確かに一歩間違うと本当にそのままになっちゃうけど、でもこの関係をまー兄ぃと結んでいる
 のは私と姉さんだけなの。この関係は、私たちとまー兄ぃを繋ぐ大切な『絆』なの。だから、私たちは敢えて『妹』としての立場から頑張
 ろう思うの。今までまー兄ぃと築いた時間は……唯衣姉や舞衣姉、鈴音さんにも負けないって信じてるから。」
その後は姉さんとの一騎打ちかな、そう言って葉月もまた笑った。

弥生はそんな二人を見つめていたが……やがて、黙って二人を抱きしめた。
「まったく……あんたたちは、本当に自慢の娘たちだわね!」
親バカであるのを自覚しつつ、弥生は言った。姉妹はくすぐったそうに笑っている。
「よし! 二人とも精一杯頑張りなさい! 骨は拾ってあげるわ!」
竹刀をかざして叫ぶ弥生、そしてうなずく佐伯姉妹。まるで一昔前のドラマのようであった。

「お、何か盛り上がってますねー。何やってるんです?」
そこへ着替えを終えた正刻が現れる。そのあまりの緊張感の無さに……三人は、思わず笑ってしまった。

「じゃ、今日はこれで。」
正刻はそう言って帰る準備をする。それに対し、香月は文句を言う。
「えー、いつもはお昼を一緒に食べてから帰ってくれるのに!」
先程のこともあり、気勢を削がれる形になってしまった。葉月も落ち込んだ顔をしている。

そんな二人の頭をわしゃわしゃとなでながら、正刻は言った。
「まぁそう言うな。今日はこれから勉強会なもんでな。代わりに来週は一日付き合ってやるから。」
その言葉に姉妹の目は輝く。
「本当に!? 嘘ついたらお仕置きだからねお兄ちゃん!!」
「今からプランを練っておかないと……。ふふ……楽しみ!」

姉妹のあまりの気合の入れように正刻はたじろく。
「えーと、お前ら、お手柔らかにな……。」
そう言って正刻は佐伯家を辞し、家へと向かった。



この後の勉強会でも正刻はまた色々とぐったりするような目に遭い、さらに次の週の日曜には佐伯姉妹に振り回されまくってまたぐったり
するのだが、それはまた別のお話。
305名無しさん@ピンキー:2007/04/14(土) 03:14:36 ID:ZetaE63D
以上ですー。
それと、ちょっと設定を捏造してます。合気道は基本的に試合をしないって知りませんでした……。

設定では、合気道は柔道や剣道と同じくらい普及しており、大会も行なわれています。
ルールとしてはほぼ柔道と同じです。ただ、寝技が無い点と打撃が有りなのが違う点です。

まぁアレだと思う部分はスルーでお願いしますー。ではー。
306名無しさん@ピンキー:2007/04/14(土) 04:39:38 ID:ZosWP1RY
よし!一番槍GJ!!!相変わらず上手いよな本当。
とりあえずこれで七人フラグたったな。

え?二人多いって?何言ってんだ?

唯衣・舞衣・鈴音・香月・葉月・亜衣・弥生で七人だろww
307名無しさん@ピンキー:2007/04/14(土) 05:00:36 ID:osu9tn44
GJです!妹かわいいよ妹。
さらに人間関係複雑になってるなあ。続きに期待期待。

竹刀で叩かれるのは結構痛いかも。合気道の試合は現実でも見たいな。無理だけど。
308名無しさん@ピンキー:2007/04/14(土) 09:40:28 ID:IDvZYX+l
>>306
そうか、二人にとっても「大介さんの息子」だもんねぇ。
特殊な感情があっても岡歯科内科。

なにはとまれ、GJ!>305
309名無しさん@ピンキー:2007/04/14(土) 13:27:24 ID:Jnk7Xxoa
>>307
Youtubeで塩田剛三で検索すべし。
俺は初めて見た時は目玉が飛び出るほど驚いた。
310名無しさん@ピンキー:2007/04/14(土) 15:27:05 ID:osu9tn44
>>309
塩田剛三の映像は見た。あれはすげぇ。
映像じゃなくて生で見たいってこと。近くに合気道の道場とかなくて技を習う機会もないから。田舎だからか?
でも教えてくれてありがとう。久しぶりに塩田先生の映像見てみるわ。

スレ違いスマソ
311名無しさん@ピンキー:2007/04/17(火) 22:39:12 ID:Fi1xhmw4
過疎だ保守あげ
312名無しさん@ピンキー:2007/04/17(火) 22:53:31 ID:FD5P+G6S
ぬお、同じことを考えていた人がいたとは。

でも一応人はいるんだな。何か雑談でもするかねぇ。

そういやキラメキ銀河商店街って少女漫画を読んだことある人っている?
何か、結構良い幼馴染話らしいんだが……。
313名無しさん@ピンキー:2007/04/17(火) 23:06:24 ID:23SnyMOW
キラメキ☆銀河商店街

少女漫画を読むのは吝かではないけれど、タイトルで敬遠してしまう。
314名無しさん@ピンキー:2007/04/17(火) 23:39:49 ID:Fi1xhmw4
内容kwsk
315名無しさん@ピンキー:2007/04/17(火) 23:52:31 ID:imydZGkZ
その作者だったらむしろ前作の『となりのメガネ君』がいい幼なじみっぷりだった。
あれはよかったなー。

幼なじみの両親が亡くなってから自宅に引き取られて兄弟として育ってるという。
316名無しさん@ピンキー:2007/04/18(水) 00:04:19 ID:zBQCz+UU
俺的には空鐘と神様家族かなぁ
317名無しさん@ピンキー:2007/04/19(木) 19:33:56 ID:ZBt7X25z
test
318カナのシロ 9:2007/04/19(木) 20:39:47 ID:ZBt7X25z
今年は冷夏だといわれているものの、やはり夏の日差しはじりじりと身を焦がす程に熱い。
業を煮やした部長の進言により部活は午前中までに切り上げられ、陸上部員達は生ける屍の如く帰路に着く。
亡者の一群にはシローも混じっていた。ふらふらと歩いていたが校門の日陰に立つ人に気がつき、足を速める。
カナが立っていた。大きな手提げ袋を持っている。中にはシローの着替えと弁当が入っているのだろう。
「シロー、お疲れ様。おばさん出かけちゃって、代わりに私がきたの。今日はもうお終い?」
「うん、こう暑いとやってられないって、部長が先生にお願いしてくれてね。僕も助かった。
 ゆうべゲームやりすぎて寝坊してさ、慌ててたからお弁当とか色々忘れてたんだよね。
 カナちゃんが持ってきてくれるなんてうれしいなぁ。ありがとう。」
言いながら手提げ袋をカナの手から取り、肩を並べて帰り始めた。途中、部活の先輩や友人達に冷やかされるが、
シローは慣れたもので、照れながらも愛想よくそれに応える。調子に乗ってカナの肩に手を廻そうとしたが
カナに小突かれた。手を繋ぐ以上のスキンシップは二人きりの時だけという暗黙のルールができていたのだ。
一方カナはそれが恥ずかしく、背を小さく丸めて歩く。デリカシーのないやつらめ、と心の中で毒づいた。

「カナちゃん、赤くなったよねー。昨日の海、暑かったし。もっと強い日焼け止めにしとけばよかったね。
 顔なんてりんごみたいだよ。それ、ヒリヒリして痛いでしょ?僕はもう慣れちゃったけどね。」
真っ黒に日焼けした腕を上げ、どうよとカナに見せつける。
「シロー君も男らしくなって。お姉さん、うれしいぞ。」
お世辞ではないのだが、冗談と受け取られたのだろう、シローはかなわないなあと苦笑する。
カナの顔が赤いのは、日焼けのためだけではない。シローの発する汗の匂いに酔っていた。男の匂いに欲情している。

着替えを持ってこなかったせいで、シローはまともに汗を拭えていない。
これではカナが嫌がるだろうと思いやや距離をとって歩いていたのだが、
それでもカナには刺激が強すぎた。下腹の奥が疼き、体が熱くなってくる。呼吸も深く大きくなった。
もう一度シローに肩を抱かれたら、シローの体に触れたなら、歯止めが効かなくなりそうだった。
人目も憚らず抱き合って唇を貪るかもしれない。そんな自分の姿を想像してさらに興奮してくる。
頭が朦朧としてきた。こんなところではしたないと思い、カナの理性が総動員される。シローとの会話を繋げつつ、
鎌倉室町江戸の歴代将軍に続き、歴代総理大臣を暗誦しアメリカ大統領を18代目まで数えた頃にようやく理性が勝った。
堤防沿いの遊歩道で子供たちが元気よく駆け回っていた。それを見ながらカナは小さくため息をつく。

「僕、先にシャワー浴びるから。またあとでね。」
「えぇっ?し、シャ、シャワー!?なんでいきなり!?」
エレベーターの中でカナは取り乱す。まだ完全に理性を取り戻せていないようだ。
離れて立っているシローは手のひらで首元をぱたぱたと扇ぎ、暑い、とジェスチャーで示す。
「だって、汗が気持ち悪い。あとで家においでよ。こないだのリターンマッチしようよ。じゃあね。」
シローが降り一人になったエレベータの中で、カナは大きく深呼吸をした。いつもより濃い、シローの残り香。
チン、と音が鳴って扉が開き、また空気が入れ替わる。

「私も、シャワー浴びよ…」
カナのショーツは、下着の用を為さない程に濡れ、溢れた液体が足首まで垂れていた。
319カナのシロ 10:2007/04/19(木) 20:41:17 ID:ZBt7X25z
昼食はシローの家でとった。情欲と闘っていたカナは良く覚えていないが、
帰りがけにそういう事になっていたらしい。弁当のおかずを二人で分け、足りない分はカナが作る。
子供の頃から互いの両親が留守の時には、カナがシローの面倒を見てきた。
シロー家の厨房は、カナの厨房でもあった。

馴れた動作で食器をしまう恋人の後姿を、椅子に座ったカナはじっと見つめている。
食器洗いと後片付け、これはカナの厳しい躾の賜物だ。同棲カップルってこんな感じかしらと思い、照れる。
「ごちそうさま。じゃあカナちゃん、しよっか。部屋に行こ。」
「す、する!?え、な何を…? 
 あ。そうね。」
妄想に耽っていたところを、シローの呼びかけでこっちの世界に引き戻されたカナは、椅子を蹴り
一瞬うろたえたが、すぐにここへ来たもう一つの目的を思い出す。今月のゲームの戦績は4勝3敗1戦無効。

格闘ゲームでカナが仁義にもとる行為をした、とシローから物言いがついて1戦分が棚上げにされている。
シローはここで勝って五分五分に持ち込み、次回のレースゲームで逆転勝利を狙っているのだ。
たかが息抜きでそんなに必死になることはないかと思うがシローはいつになく食い下がる。
先月の罰ゲームがそんなに堪えたのか、今度の罰ゲームはもう少し軽くしてやろうとカナは考える。

勝負は本気を出したカナの完全勝利であっさりと幕を閉じる。これで3勝5敗。逆転勝利の目は潰えた。
昨夜の特訓も無駄となり、ああー、と背後のひときわ大きなスポーツバッグにどすんと体を投げ出したシローは
心底落ち込んでいる。勝利の賞品に、カナにキスをねだるつもりだった。
「シロー、合宿はあしたから、なんだね。もう準備できた?」
「まだ。本当は明後日からなんだけど、合宿する所が遠いですから。明日出ないと間に合わないんですよー。
 荷物も重くて大変なんですよねー。」
カナに背を向けながら応える。シローは拗ねていた。敗北感だけではない。合宿が億劫で仕方ないのだ。

県内の有力な選手を集めた十日間の特別強化合宿。インターハイには出場しなかったが、顧問の強い後押しによって
シローの参加する枠が用意されていた。若いながらも各方面に強力なコネをもつあの女教師が頼もしくもあり、
恨めしくもあり、シローは複雑な気分だった。勧められてなんとなく始めた陸上だったが、続けているうちに
だんだんと楽しくなっていたし、結果が出せた時の達成感が良い。そして恋人の応援がなによりも励みになった。
しかし合宿は別だ。シローは陸上選手を目指している訳ではない。たかが部活にそこまでする程の価値はあるのかと思う。
往復合わせて十二日も我が家に帰れないのは初めてのことで、不安がある。そして、

「僕さ、これだけ長いことカナちゃんの顔をみれなくなるのって初めてなんだよね。こわいっていうか、
 寂しいっていうか。緊急時以外は電話もだめなんだって。そう考えると合宿、イヤだな、行きたくないなーって。」
320カナのシロ 11:2007/04/19(木) 20:42:27 ID:ZBt7X25z
以前のカナならば、子供のような駄々をこねるシローを叱っていたところだろうが、今は。
会えなくて寂しいなどとしおらしい事を言う恋人を愛しく、それを言わせた自分を誇らしく思った。
先ほどと違い、下腹の奥ではなく胸の奥が熱くなる。心と心が繋がっているという充実感に満たされる。
シローを後ろから抱き締め、優しく手を握る。恋人のように姉のように。行っておいでと耳元で囁き、
頬に口づけをする。シローは体を硬直させ、黙って頷く。
「帰ったら美味しい物、食べさせてあげる。そうだ、夏祭り。去年は行けなかったから、
 今年は一緒に行こうね。浴衣着て、夜店廻って、たこやき食べて…ね?」
「うん。なんかやる気出てきた。合宿なんてあっという間だよね。浴衣姿のカナちゃん、きれいだろうなあ。」
目の前にニンジンを提げられて走る馬の心境が、シローには理解できた。

家を辞する際、カナはシローの着替えの洗濯を申し出た。シローは汚いよと拒んだが、早く洗わなければ
もっと汚いと言われ、ユニフォームだけを渋々差し出す。靴下と下着は自分でやるからと固く断った。
「じゃあ、洗ったら、おばさんに渡しておくから。シロー、頑張ってね。」
ありがとう、大好きだよ。とシローの方からカナの頬にキスをする。
今度はカナが体を硬くさせ、顔を真っ赤にしながら何度も頷いた。

カナはベッドに寝転がり天井を見つめている。シローが合宿に行って二日目が経っていた。
朝から雨が降っていたので、夏期講習は自主休講している。サボりなんて初めて。と自嘲する。
シローが抱いていた不安はカナも同じく感じていた。あと十日。長すぎると思った。
格好をつけて行ってこいと言ったものの、いっそ泣きじゃくって引き止めた方がよかったのかとも考える。
そっと頬に触れる。シローに口づけされたところを人差し指と中指で撫でた。
321名無しさん@ピンキー:2007/04/19(木) 20:47:56 ID:ZBt7X25z
ここまでかいた。
322名無しさん@ピンキー:2007/04/19(木) 22:13:53 ID:SURPdYWx
GJです!
合宿から帰ってきたシローとカナが、獣のようにまぐわりあう展開を期待してます!!
323名無しさん@ピンキー:2007/04/19(木) 22:19:35 ID:CkDlZPhI
wktk!wktk!
体育座りで続きを待ちます。いつでも、いつまでも待ちます。
324名無しさん@ピンキー:2007/04/19(木) 23:58:02 ID:ug3r1gbv
もどかしいがそれがイイ
325名無しさん@ピンキー:2007/04/20(金) 00:38:37 ID:mY/LWhv/
>>322
獣のように…そのフレーズいただき!
エロくなるようにがんばる。
326名無しさん@ピンキー:2007/04/20(金) 21:50:59 ID:Labaw0DM
エロいのは1レス分が限界ぽい。
がんばらないと。
327カナのシロ 12:2007/04/20(金) 21:51:37 ID:Labaw0DM
その指を口につけ、二度三度と唇をなぞる。ついばみ、咥え、押し付け、キスをするように。
今度は舌を伸ばし舐め始める。口の中に含み、念入りに唾液を絡ませ、そして吸う。
この指がシローの唇だったなら、と思うとたまらなく切なくなる。
指は自然とアゴをなぞり、首筋を経て、寝巻きの中の乳房に辿りつく。
「ぅん…シロー…そこは…だめ…」
二本の指は乳首を挟み交互に擦りはじめる。先を爪で軽く引っかく。体が小さく波打った。
カナの中のシローは乳首を甘噛みし、尖端の割れ目を舐め回している。もう一度、キス。

“唇”はショーツの中に侵入してくる。今日のシローはせっかちね。と思った。
カナは身体を反してうつ伏せにになり、膝を立て尻を高く上げる。“唇”に恥丘を弄られながら、片手で
もどかしく動かしながら性器を露わにしてゆく。今日はショーツに染みをつける前に脱ぐことができた。
身体を動かす度に、日焼けした肌が衣服で擦れて痛むが、それさえも快感にすげ替わるような気さえしてくる。
「そんなところ、はずかしいから、なめ、ないで…あんっ!」
思わず大きな声を上げてしまった。枕の下から、シローより強奪してきたユニフォームを取り出す。
声が漏れないようにその裾を噛み、大きく息を吸い込む。洗剤の匂いがする。

あの日、シローの家から帰るとすぐに自慰を始めた。
ユニフォームに顔を埋め、匂いを嗅ぎ口に含み、舐め回し、抱きしめ股間にすりつけまた匂いをかぎ、
それを繰り返し、全身を使って貪る。その日、カナの中のシローは獣の如く乱暴に、何度もカナを犯した。
自慰の果てに気をやったのは初めてだった。
唾液と愛液塗れにしてしまったシローの置き土産を、自己嫌悪に苛まれつつ洗濯したのは夜中のことだ。

記憶に残ったシローの匂いを反芻するように、鼻を鳴らして、ユニフォームへ顔をつけた。
指は陰唇を割り、膣口の周りを撫でる。愛液が、指で掻きださなくとも溢れ長い太腿を伝う。
シーツに染みをつけないよう片手にはティッシュペーパーを持ち、あふれたそれを手早く拭きとってゆく。
乾いた紙が腿の内側に触れるだけで背筋が伸びる。しかしそれも一瞬。ティッシュはすぐに水分を含んだ
重い塊へと成れ果ててしまう。
(いやだ…もうこんなに使ってる…)
ティッシュの箱を膝元まで寄せその動作を数回反復させる。
前にかかる体重を、首だけで支えるのが辛くなってきた。両足を開き重心を移動し、いくらか楽になった。
顔を動かし時計を見ると、正午が近い。

カナの理性が、このはしたない行為を早く済ませろと抗議を始めた。指の、いやシローの“唇”の動きが速まる。
(ここ、は…はじめてだからやさ、しく…)
“唇”がクリトリスを摘み、皮を剥き、恐る恐る触れ、さする。
痛く、こそばゆく、淫らで心地よい感覚。初めての刺激に、カナは軽く昇りつめた。
下半身が痙攣し、ぎゅっとつま先を丸める。身体が震え、あはっと息が漏れる。ほんの一瞬だが、意識が飛んだ。
(シロー、シロー。早く、はやく帰ってきてね。私、このままじゃ、おかしくなりそう。)
わずかの間余韻に浸ったあと、起き上がり自慰の後始末を始める。

「勉強、しなきゃ。シローの分の、ノートもつくらないと。」
気だるげにカナが机に向かったと同時に母親から、昼食ができたわよと呼ばれた。
短く返事をし、部屋を出る。いつものカナに戻っていた。
328カナのシロ 13:2007/04/20(金) 21:52:30 ID:Labaw0DM


「えぇー!?ちゅーもまだって、ありえない!何よソレつまんない!」
「今日びブラトニックラブなんて、小説じゃないんだから。」
「夏休みなのに、なーにもしてないって、なーにやってんのよ!」
「ちょ、ちょっと。声が大きいわよ、外に聞こえちゃうじゃない…」
夏期講習の息抜きにとカラオケに誘われたカナは、三人の女子生徒から歌そっちのけで突き上げを食らっていた。
声が外へ漏れにくいカラオケボックスは、年頃の女性たちの憩いの場、そして密談の場として重宝されている。
カナもたびたび参加しては、女子同士のぶっちゃけた会話とBGM代わりに歌う流行歌を楽しんでいた。
今日の誘いも二つ返事で了解したのだが、議題がシローとの交際経過報告だと判った時には、カバンを放り出し
この場から逃げ出そうかと思った。渋々ながらもこれまでの事を話すと、この有り様である。
「なにもしてない訳じゃ、ないわ。毎日会ってるしデ、デートもしてる。映画館ではずっと手を握り合ってたもの。
 ほら、先週はみんなで海に行ったじゃない。私その次の日、シローのほっぺたにキスしたんだから。」
カナは三人の態度にムキになっている。

「カナさん、それじゃダメだよー。そんなの小学生でもできるじゃーん。なんで唇にちゅーしないのよーもー!」
元気のいい茶髪の少女はまるで自分の事のように悔しがる。外見も態度も子供っぽさが抜けていない。
精神年齢もシローと近いのか、よく二人で冗談を言い合っている。カナの次にシローと仲の良い女子はこの茶髪だろう。
カナと席が近く、色々と話をしている内に仲が良くなった親友で、今回の密談会の発起人は彼女だ。

「シロー君は見た目通り奥手なのね。ああいうタイプはこっちからリードしなきゃいけないのよ。
 私がシロー君に告白されていたら、その日にキスどころか最後までシてあげたのに。ざーんねん。」
細い銀縁眼鏡が似合いすぎる美女は隣のクラスなのだが、茶髪とは長年のつきあいで、それが縁となりカナ達と
親しくしている。長い髪をさらりとかきあげながら、メガネは恐ろしい事を言う。実際、彼女はそれを易々と実行できる
魅力と行動力を持っている。校内で人気投票を行えば、一年生の部は男子ならシロー、女子ならこのメガネが
トップになる事は間違いない。シローがメガネに手をつけられなかった事をカナは神に感謝した。メガネは続けて言う。

「女と男が心だけで繋がっていられるなんて嘘よ。男を自分だけのモノにしたいなら身体に言い聞かせるのが一番なの。
 カナは背も高くてスタイルもいいんだから、それを武器にしてシロー君を押し倒すくらいの勢いがないとね。
 あなた達付き合い始めてもう二ヶ月になるんだからとっくにシてるかと思ってたのに。」
年上の“下僕”がいる高校一年生は言う事が過激だ。

「そ、そんなっ、シローはそういうコじゃ…それに、まだ二ヶ月と十日よ。私達は健全な交際を…」
「シロー君はもてるんだから、そんな奇麗事言ってるうちに泥棒猫に寝取られちゃうぞー?」
カナの言葉を遮り、茶髪は意地悪そうに言う。泥棒猫とはクラス委員長の事を指しているのだろう。
シローに対して委員長が積極的にアプローチを仕掛けていたのはクラスの誰もが知っていた。

それを敏感に察知した委員長はなーによ、と唇を尖らせるが、やおら立ち上がり胸をはった。
「あたしはもうシロー君に未練はないよ。だってあたし、彼氏いるもん。えっちもしてるし。」
委員長の宣言に三人とも同じタイミングで、マジか!?と聞き返していた。
329カナのシロ 14:2007/04/20(金) 21:53:26 ID:Labaw0DM
「そうよ。相手はほら、海に行った時にシロー君と一緒に来てたアイツ。終業式の日から付き合い始めたの。
 意外といいヤツでさ。付き合いだしてから解る良さ?っていうのかな。アイツには全部あげられるっていうかー」
人が変わったようにでれでれと身をくねらせはじめた委員長ののろけ話に三人は呆然としている。
委員長のいう彼氏とは、彼女には悪いが、シローと較べれば月とスッポンの冴えない男子だった。
「…でね、最初はね、適当に付き合ってすぐに振ってやるつもりだったんだけど、その、いろいろあってさ…って、
 今回の議題はあたしじゃなくてカナさんとシロー君でしょ!」
一通りのろけた後正気に返り、彼女はクラス委員長らしい態度で場を仕切り始めた。
「はい!カナさん!あたしもね、そこの淫乱メガネとは同意見。元ライバルとして、もうぶっちゃけて聞くけどさ。
 あんたは、シロー君とえっちしたいの?したくないの?」
メガネが淫乱とは何よと抗議するが、委員長はそれを制して、呆気にとられていたカナに詰め寄る。

「したい…です。ホントは。キスだけじゃなくてその先も。いつも考えてます。でもシローに、私がそんな事ばかり
 考えてるって知られるの、怖い、んです。…がっかりされるんじゃ、嫌われるんじゃ、ないかって思うとっ。」
委員長の剣幕に呑まれて正直に答えてしまう。しかも敬語で。話しているうちにカナは感極まって涙声になっていた。
部屋が静まり返る。どこのボックスからか、下手糞な歌声が聞こえて気まずさに拍車がかかる。
「カナさんて意外と子供ねー。そんな事で嫌われるわけないよーきっと、シロー君も同じ事考えてるよよよょょ」
沈黙を破ったのは茶髪だった。マイクごしに喋ったので語尾の残響音が外まで漏れる。
カナたちはその声色がおかしくて一斉に笑い転げる。

「そう、なのかな。シローもそんな事考えてるのかな?」
「当然じゃないの。男は皆スケベ。もちろん女も…ね。」
メガネは男を誘うように、豊かな肢体をくねらせてソファに寝そべる。髪の毛一本の流れまで計算されている
蟲惑的な動きに、三人は思わず顔を赤くしてしまう。カナもこれくらいできなきゃね、と微笑んだ。
「だってさ、海に行ったあの日シロー君、カナさんの水着姿に見とれてたじゃない。なんか目つきもいやらしかったし。
 あれはオオカミの眼だったね。あたしはその晩に、あんたらはやっちゃったと思ったんだけど。」
それはあなた達の事でしょうとメガネが委員長に、さっきの仕返しとばかりにちゃちゃを入れる。
「あーもう、話を混ぜ返さないで。…ええそうよ、その日は朝までよ。文句ある?」
「わ、いいんちょもオトナだねー。夏なんだねー。三人ともいいなぁ、わたしもカレシ欲しくなったなー。」
「私の知り合いでよければ、紹介してもいいけど、どうかしら?でもあなたにはちょっと早いかもね。」

「ねえ、委員長…あの、初めての時は痛いって聞くけど、本当…?」
「ん、ああ。最初はとても痛かったね。まあ慣れてくるよ。さすがのあんたもそうだったでしょ?」
委員長も女になったのは最近なのだが、彼女は遠い目をして語り、メガネに水を向ける。
「私は最初だけだったわ、我慢できない程じゃなかったけど。でもそれは人によると思うわ。
 相手のサイズもあるんだし。そうだ、シロー君のは大きそうだからカナは覚悟した方がいいかもね。」
「もー脅かしちゃだめだよー。カナさんはシローくんの事大好きなんだから、そんなのきっと平気だよ。ね!」
メガネの脅しにたじろぐが、茶髪がフォローに入り、カナを励ました。

「やーね。さっきまで健全な交際とか言ってたのにさ。やっぱひと皮剥けばみんなえっちなのよね。 
 えっちなカナさんの、この胸がこの胸がもうすぐシロー君の物になるのか!」
委員長が両手を蠢かせてカナの胸を揉む仕草をする。この娘は言動がいちいち親父くさい。
330カナのシロ 15:2007/04/20(金) 21:55:24 ID:Labaw0DM
メガネと委員長の、見事に息の合ったデュエットに聴き惚れていると茶髪が話し掛けてきた。
「ごめんね。シロー君がいなくて、カナさん寂しいだろうと思って誘ったんだけど、こんなのになっちゃって。
 でもわたし達、悪気があったわけじゃなくて…」
目を伏せて申し訳なさそうにする茶髪の頭を、何も言わずに撫でる。柔らかい髪の感触が心地よい。
ありがとうっと顔を綻ばせた茶髪が抱きついてきた。曲が終り、カナの歌う順番が回ってきた。
茶髪を誘い二人で、演歌をこぶし付きで熱唱する。
カナ達がカラオケボックスを出たのは八時を過ぎた頃だった。
普段は喧騒に包まれる商店街も、この時間帯になると人通りはまばらになる。
店のシャッターが下ろされ静まりかえった商店街はまるで別世界のように新鮮に映り、カナ達は探検隊気分で歩く。

「じゃ、わたし達はここから別働隊ー。隊長、また明日ねー。」
店が途切れたところで茶髪とメガネが別れる。茶髪が委員長に敬礼をした。探検隊ごっこのつもりらしい。
「カナ、これ。持っておきなさい。」
メガネが小さな袋を渡してくる。なんだと思い中を覗くと可愛らしい包装をされたコンドームが入っていた。
「こっこんなの!ちょっと、何を、返す。い、いらない!」
見た事はあるが、まさか自分が手にするなど思ってもいなかった。
「ダーメ。一応の、ね。シロー君のサイズに合えばいいんだけど。持っていればいつでもできるって思うと、
 気分も楽になるでしょ。これは女のお守りよ。」
ありがたい物ではないが、嬉しい心配りに礼を言い、袋をカバンの奥にしまう。

談笑をしながら離れていく別働隊を見送り委員長と歩きだす。シローは全く、完全に意識すらしていなかったのだが
カナと委員長は形式上シローを取り合った間柄だ。会話の糸口がみつからず、正直、気まずい。
「カーナさん!シロー君の事、考えていたね?妬けちゃうなーもう。」
委員長が首に腕を回し、重って来た。20センチ程の身長差があるので、よろけたカナは大きく身を屈めた姿勢になる。
「火照った体をもてあましたカナさんに、コレあげる。無修正ものとか、色々あるから。
 パソコン持ってたよね?いとしのシロー君が帰って来るまで、使いなさいコレおかずに使っちゃいなさい!」
バッグから数枚のディスクを取り出し、カナのカバンに無理矢理突っ込む。
正体を聞けば、委員長の彼氏が秘蔵していた猥褻な動画を集めたDVDだという。
「あたしがいるんだから、アイツにはもう必要ないでしょ。だから全部巻き上げてやったの。
 ま、中身は一見の価値ありね。参考になるよ。いろいろとねー。」
鬼嫁がいたずらっぽく笑い、聞いてもいないのにDVDの中身を語りだした。やがて委員長自身の話も混じりだす。

委員長の話は、カナには刺激というか衝撃が強すぎた。時には道具を用い、手を口を体中を使って相手を自分を悦ばせる。
愛や恋という感情ではなく、快楽と欲を追究する、肉体の為の性交。言葉の端から窺える委員長の性体験に較べれば
カナの自慰など児戯に等しい。シローも、こういう事を望んでいるのだろうか。自分は悦ばせる事ができるだろうか
聞いているうちに頭がクラクラしてきた。
「なーに想像してんのよ、むっつりスケベ!カナさんはシロー君とラブラブだしねー。もう辛抱たまらんってかー?」
勢いよく背中を叩かれたカナはゴホゴホと咳をする。見知らぬ人間にされたなら問答無用で殴り倒していたが
委員長に悪意はない。彼女なりの親愛表現なのだ。
「…体で繋がってないと、不安なのよ。えっちして、アイツと気持ちよくなっていないと、シロー君のこと…」
咳き込んでいるカナの後ろで、委員長は何かを言いかけ下唇を噛みしめた。
331名無しさん@ピンキー:2007/04/20(金) 21:58:36 ID:Labaw0DM
ここまでかいてた。
332名無しさん@ピンキー:2007/04/20(金) 22:03:51 ID:Labaw0DM
シロー帰ってくるまでオナニー三昧なのはかわいそうだから友達つくった。
姦しい三人娘特に委員長はどっかで書きたい。
333名無しさん@ピンキー:2007/04/20(金) 22:20:59 ID:2XL2m1c7
おお、早速続きが! GJです!

ただ、時系列がどうなってるのかちと分からんです……。8では、もうやりやりですよね?
これからそうなっていくのでしょうか? 出来ればどういう流れになっているか説明して下さると有難いです!
何にせよ、続きを期待してますよ! 頑張ってください!
334名無しさん@ピンキー:2007/04/20(金) 23:07:53 ID:Labaw0DM
わかりにくくてほんとごめん。

小学生シローカナに一目惚れ → 二人しょぼい中学生活 → 中学カナに弟扱いされて(´・ω・` ) → シロー愛の力で高校合格 →

シロー高校で部活始める → シローモテる → カナ勝手に嫉妬色気づく → カナ成績落としたシローに下心ミエミエ個人レッスン →

色気づくカナに勘違いシロー慌てて告白 → カップル誕生 → (期末試験→ 終業式→ 夏休み突入→ デートとか海とか省略)

→ シロー合宿行く → 待ち切れないカナオナる → (友達とカラオケ行っておかずget軽くオナる・これ追加)いまここ → シロー帰ってくる

→ シロー発情カナに犯される →(犯された後が8 →)俺達の戦いはこれからだ!車田先生の次回作にご期待ください

こんな感じのを考えてた。
最初はさっさとカナにちんこまんこ言わせて終わるつもりだったけどこのスレ読んでるうちに、エッチさせるまでの経過も書きたくなった。
他の話読んで書き方の研究してくる。
335名無しさん@ピンキー:2007/04/21(土) 02:09:43 ID:C1ec3pKs
打ち切りはアカンだろwwwwwwwwwwwwwwww
336名無しさん@ピンキー:2007/04/21(土) 02:16:36 ID:6OCE6i0k
男坂かよwwwwww
未完でいいから続きお願いしますwwwww
337名無しさん@ピンキー:2007/04/21(土) 12:39:33 ID:fJeuShsA
車田御大も良いけど、どうせなら故・ケン・イシカワ先生のように壮大過ぎて結局宇宙にいっちゃうぐらいに突き抜けた
ものを期待してるぜ!!
338Sunday:2007/04/22(日) 22:51:38 ID:um8QoTBM


 どこにいたのか、何をしていたのか。

 一体いつから、いつの間にこんなところにいるのだろう。

 彼に抱きしめられるように眠ったはずなのに、紗枝は何もない空間を歩き続けていた。
その意識は、まどろみの中を漂っている。ただぼやけていただけの視界はやがて形を成し、
見慣れた情景をかたどっていく。

 形となったのは、黄昏時の河川敷。

 その坂の上を通るあぜ道を、彼女はいつの間にか歩いていた。

 そういえば崇兄に一度振られた時も、周りの様子はこんな感じだった気がする。そんな
悲しいだけだった思い出にも、今では懐かしさすら覚えてしまう。あの出来事も、いつかは
笑い話として語ることが出来るような気がした。

「ひっく……ひぅ…」

 ふと前を向くと、小さな女の子が目をこすりながら泣きじゃくっている。年はまだ四、五歳
くらいだろうか。大人しそうな印象とは裏腹に、身につけている白いワンピースのあちこちを、
泥や土で汚してしまっている。

「どうしたの?」
 こんな年端もいかない子供がこんな時間に一人きりなら、さぞかし寂しいに違いない。
迷子なのだろうと分かっていながらも、しゃがみこんで声をかける。
「……おいてかれたの」
 すんすんと泣きじゃくりながら、女の子は呟く。周りには誰もおらず、ひどく心細かった
のだろう。
「そっか……家の場所分かる?」
「……」
 無理だろうと思いながら聞いてみたが、案の定首をぶんぶんと横に振られてしまう。
交番は遠いが、家の場所が分からないのであればそこ以外に連れて行く場所も思い当たらない。
まさか、自分の家に連れて行くわけにもいかないわけで。
「じゃあ、おまわりさんのところに行こっか」
「……」
「ね?」
 不安げに見つめ返されるが、ニコッと笑い返すと、女の子はおずおずと手を伸ばしてきた。
差し出されたそれを握り返すと、女の子の歩調に合わせて、またゆっくりと歩き始める―――


「そっか、酷いお兄ちゃんだね」
「……」
 手を繋ぎながら、紗枝は呟く。
 女の子がなかなか口を開いてくれず、事情を知るのはなかなか難儀だった。簡潔に
言ってしまえば、一緒に遊んでいた男の子と、家路につく途中ではぐれてしまったらしい。
「ち、ちがうの…お兄ちゃんはひどくないの。わるいのは…ちゃんとついていかなかった
あたしなの」
 普段からあまり口を開かない子なのだろう。どうにも口調がたどたどしい。
「そう、ごめんね」
 泣きそうな顔になる女の子をあやすように、素直に謝る。この子にとって、そのお兄ちゃんは
とても大切な存在らしい。あまりに可愛らしいその仕草言葉に、思わず微笑んでしまう。

「お兄ちゃんのこと、大好きなんだ」
「……」
 女の子は、思いきり顔を縦に振る。だけど置いていかれた寂しさからか、表情は冴えない。
「どんなところが好きなの?」
「……」
「……そっか」
339Sunday:2007/04/22(日) 22:53:45 ID:um8QoTBM

 今度はぶんぶんと、思いきり横に振る。その理由は、女の子自身も分からないのだろう。
分からないけど、「好き」なのだ。

「お姉ちゃんは…いるの?」
「ん?」
「…すきな人」
 聞かれて少し逡巡する。言うにしても、ちょっとは躊躇ってしまう質問だし、何より
この大人しそうな娘にそんなことを聞かれるとは思っていなかった。

「いるよ」

 だけど次の瞬間には、そう口走っていた。こんな小さな子にのろけるなんて、我ながら
おかしいと思う。
「その人は…お姉ちゃんのことすきなの?」
 弱々しいながらも、しっかりと視線を向けられる。似たような形の瞳で、それをやんわりと
見つめ返す。
「……ずっと言ってくれなかったんだけどね。この前大好きだって言ってもらえたよ」
「そっか…」
 しょんぼりとうなだれる女の子を見て、大人気なかったかなと直後に感じてしまう。
だけど言ってもらえた時は、それくらい嬉しかったのだ。それくらい、気持ち想い全てが
あの瞬間に爆ぜたのだ。

「いいなぁ……」

 いかにも羨ましいといった声に、微笑みと苦笑が入れ替わる。そのお兄ちゃんに、
既にしっかりと大事にされてるってことには、まだ気付くことが出来ていないらしい。
「でも、あたしも頑張ったから」
「……そうなの?」
「うん、どうしても好きになってもらいたくて、その人が好きな性格になろうとしたり、
褒めてもらった髪型をずっとそのままにしたりね」
 大したことじゃないんだけどね、と付け加えてはにかんでみせる。横から降り注いでくる
オレンジ色の太陽の光が、どうにも眩しい。

「じゃあ…あたしもがんばれば、お兄ちゃんもあたしのこと……みてくれるのかな…」

 そう言うと、女の子は顔を真っ赤にして俯いてしまった。「お兄ちゃん」なんて呼んで
しまっているけど、ほんとは一人の女の子として見てもらいたいのだろう。その気持ちは、
痛いほどによく分かる。紗枝自身も、ずっと、ずっと矛盾した想いと戦い続けてきたのだから。

「ずっと…好きでいられればね。きっと見てもらえるよ」

「……うん」
 すると、女の子はそこで初めて口元に笑みを浮かべる。綻んだその表情は、とっても
可愛らしい。

「でもそれだけじゃ大変だよ? ちゃんと繋ぎ止めておかないと、お兄ちゃん他の娘の
ところに行っちゃうよ?」
「え……」
 くれぐれも油断しないように注意をつけ加えると、途端に浮かんでいた笑みは消え去って、
今にも泣き出しそうになる。
 かわいそうなことしたかなとも思うが、望んだ未来を手に入れるためには、想いだけじゃ
足りないのだ。彼の不条理な行動に耐えるために必要な強さも、ちゃんと手に入れてないと
いけないのだ。

「どう…どうしたらいいの……?」
「ん?」
「どうしたら…お兄ちゃん、ほかの女の子のところに行かなくなるの……?」
「そうだね…」
340Sunday:2007/04/22(日) 22:55:50 ID:um8QoTBM

 少しだけ考え込む。どう行動したら、もっと早く彼に異性として意識されていたか。
どんな態度で接していれば、もっと早く彼と両想いになれていたか。

「もっと素直になって…もっとワガママになって……それで一番大事なのは、もっと勇気を
持つことじゃないかな」
 考えぬいた結果、あの時の自分の心の中には無かったものを、彼女は探り当て言葉にこめる。
沈みかけた太陽はなかなか傾いていかず、地平線から半月状の姿を晒している。

「素直になれないと誤解を生んじゃうことがあるし、ワガママになれないと大事な時に
引いちゃうし、それに……勇気を持てなきゃいつまで経っても関係は変わらないままだからね」
 
 少し難しい言葉を使ってしまったから、理解してもらえないかもしれない。実際に、
女の子は何も言わずじっと見つめてくるものの、その瞳には戸惑いの色が浮かんでいる。
顔を傾け思案に暮れるものの、それが晴れる様子は一向に訪れない。
「今は分かんなくても、覚えていればそのうち分かるよ」
 頭の上にぽすんと手を置いて、ゆっくり撫でる。猫のように顔をむず痒そうに歪める
女の子の表情に、たまらず微笑みを零してしまうのだった。

 そういえば、彼にはもう随分としてもらっていない。仕方ないこととはいえ、そうされるのが
嫌いじゃなかっただけに、それが少しだけ寂しかった。

「さえーっ!」

 すると突然、背後から大きな声をかけられる。二人が同時に振り返りその目に映ったのは、
いかにも活発そうな少年と、自転車にまたがった彼女の彼が、こっちに向かって駆けてくる
ところだった。


 とくんと一つ、音が跳ねる。


 追いかけてくる青年と少年の姿に、紗枝は軽く目を見張り、女の子はくしゃりと顔を
歪めてしまう―――





 どこにいたのか、何をしていたのか。

 一体いつから、いつの間にかこんなところにいるのだろう。

 彼女を抱きしめるように眠ったはずなのに、崇之は何もない空間を歩き続けていた。
その意識は、まどろみの中を漂っている。ただぼやけていただけの視界はやがて形を成し、
見慣れた情景をかたどっていく。

 形となったのは、駅前のスクランブル交差点。

 それなりに人ごみで溢れかえっているのに、彼は何故か見覚えの無い自転車を手でカラカラと
押し続けている。それが自分でもよく分からない。まあ折角あるのだから、人ごみを抜けたら
このまま漕いで家に帰るとしよう。
 ふと、駅前の様子をぐるりと見渡す。一度彼女との関係が終わって久々に顔を合わせたのも、
正直に向き合って初めて秘め事を交わしたのもこの場所だった。あれからまだ半年も経って
いないのに、なんだかひどく懐かしい。それなりに辛い思い出だったはずなのに、思い起こせば、
ついつい頬と口元が緩んでしまうのはどうしてなのだろう。
 時間はそろそろ夕餉時で、太陽は赤く焼け落ちようとしている。そういえば随分と腹が
減った。早く家に帰って何か食いたい。
341Sunday:2007/04/22(日) 22:57:37 ID:um8QoTBM

「はぁ…はぁ…はぁっ……」
 と、ふいに激しく息を切らす声が耳に届いてくる。その方向に顔を何気なく向けてみると、
野球帽を被った小学三年生くらい男の子が、膝に手をつき肩で息をしているのが視界に
飛び込んできた。
「はぁ…はぁ……どこにいるんだよ…っ」
 どうやら人を探しているらしい。再び走り出そうとするものの、もはや身体が限界なのか
のろのろと歩を進めるので精一杯のようだ。

「おい」

 思わず声をかけてしまう。普段なら、こんな小さな男のに声を掛けるなんてことは絶対に
しないのに。自分の行動に疑問を抱いてしまうものの、彼はそのまま言葉を続ける。
「誰を探してんだ?」
「はぁ…はぁ……」
 自分に声をかけられていることに気付かないのか、それともそんな余裕が無いのか。
少年は息も絶え絶えに歩みを進めていく。

「……お前に言ってんだがよ」
「うぉわっ!?」
 それでも無視されたことに変わりはない。そのことに少しだけ腹を立てながら、男の子の
野球帽を掠め取る。
「なにすんだ!」
「てめーが人の話聞かねーからだ」
 盗んだ帽子を人差し指の先に引っ掛け、くるくると回し始める。この男、本当に大人げない。

「女の子さがしてんだよ! 早くかえせよう!」
「途中で置いてきたのかよ、酷い彼氏だな」
「あいつが遅いのがわるいんだ。それに彼女じゃねえ、どっちかっていうと妹だ」
「あー? なんだそりゃ」
 答えを返され、弄んでいた帽子を素直に男の子の頭に被せ直し、会話を重ねながらその後を
ついていく。というより、たまたま家路と同じ方角なだけなのだが。

「向かいの家にすんでる小さい女の子なんだ。俺がいないと何にもできないやつだから、
早くさがしてやらないと……」
「はー……なるほどね」
 適当な相槌を打ちながらも、眉間に皺を走らせ深く長く溜息をつく。そういうことか、
まったく面倒臭い話だ。
「つーかなんでついてくんだよ、あっち行けよう」
「あのな、家がこっちなんだよ」
 男の子の方はこれ以上付き合いたくないらしく、減らず口を叩きながら段々早足になっていく。
しかし、所詮は子供の歩幅である。大した差がつくはずもない。

「なんだよう、気持ちわりーなぁ」
「まあそう言うなって。どうだ? なんなら後ろに乗っけてその子探すの手伝ってやるぞ?」
 もう自分の行動に疑問を抱くこともない。人の波も少なくなり、ゆっくりとサドルにまたがると、
その場にカラカラと車輪の回る音が響き始める。
「マジか! いいのか!?」
 するとそれまでの邪険ぶりはどこへやら、男の子は途端に顔をパッと顔を輝かせる。
口では何だかんだ言っておきながら、体力的にはもう限界だったらしい。

「わざわざそんな嘘つかねーよ面倒臭え」
「そっか! じゃあ早くうしろにのせろ!」
「『乗せて下さい』だ馬鹿野郎」
 たしなめている間に、男の子は既に後部座席に座り込む。随分と無礼な行為なのだが、
やっぱりどことなく親近感を覚えてしまう。
「んじゃしっかり掴まってるんだぞ、落ちても拾わねーからな」
「おう。……でも、もうどこをさがせばいいかわかんないんだよな、いつはぐれたかも
おぼえてないし」
342Sunday:2007/04/22(日) 22:59:33 ID:um8QoTBM

「……とりあえず河川敷行ってみるか。どうせいつもそこで遊んでんだろ?」
「なんでわかるんだ!?」
「勘だよ勘。んじゃ行くぞ」
 分かりきっていたことだから、大して偉ぶることもない。男の子の当然の疑問にも、
適当に受け流す。

チリンチリーン

 ベルを鳴らして、崇之はまた強くペダルを踏みしめだす。それに連動して、自転車は徐々に
スピードが速まっていく。
 吹きつけてくる風と赤く染まった夕日を顔に受け、行き慣れた河川敷への道を、二人は
ゆっくりとたどり始めるのだった―――




「だからさー、もうカンベンしてもらいたいんだよなー」
 河川敷へ向かう道中、男の子はずっと喋り続けていた。内容はというと、はぐれてしまった
女の子への愚痴不満である。面倒を見てやってるのに更にやっかい事を増やされてしまった
ことに、どうやら我慢がならなかったらしい。
 崇之はそれを半分聞き流し、適当に相槌を打っている。ちゃんと聞いていなくても、その内容が
ほとんど分かっているからだ。
「こまったらすぐ泣きわめくし。毎回俺がなぐさめてんだぜー?」
「はっは、そりゃ大変だな」
 言いたいことは分かるし、共感も出来る。でもそれが、言葉そのままの真っ正面な本心で
ないことも分かっていた。

「ほんとジャマなんだよなー、ついて来られるとうっとおしいし友達にからかわれるし」

「ほー……」

 だから心にもないことを言ってきたなら、それもすぐに分かってしまうのだ。

「本当は凄く大事にしたいくせによく言うぜ」
「なっ」
「図星だろう」
「ふっ、ふざけたこと言うなよ!」
 本心をずばり突っ込んでみれば、案の定取り乱す。昔こんな時代があったのかと思うと、
どうにも鼻で笑いたくなってしまう。

「隣からいなくなって、それでようやく色々気付くようじゃ…本当は駄目なんだぞ」

「……なんだよ、それ」
「はははさあな」
 それが皮肉であり惚気であることに、男の子は当然気付かない。

 そうこうしているうちに、目的地まですぐの地点までやって来る。橋の袂にある舗装されて
ない脇道が、河川敷の坂の上を通るあぜ道だ。
 車体をガタつかせながら車輪を転がしていくと、やがて前方に人影が見え始める。
目を凝らしてみると、高校生くらいの女の子と小さな女の子が、手を繋いでゆっくりと
歩いている姿のようだ。
「あ! あのちっちゃい方がそうだ!」
(紗枝じゃねーか、何やってんだあいつ)

 心の声と耳に届いた声が重なる。

「おい、おろしてくれ!」
「『降ろしてください』、だろ」
343Sunday:2007/04/22(日) 23:01:11 ID:um8QoTBM

 その口汚さを注意しながらも、崇之はゆっくりと自転車の速度を落としていく。
 気が逸ったのか余程心配していたのか、男の子は止まりきらないうちにそこから飛び降りる。
体勢を大きく崩しながらも脚をしかと前へと踏み出し、声を大きく張り上げる。


「さえー!」


 その声に弾かれるように二人は振り向く。少女の方は今にも泣き出しそうに顔を歪め、
紗枝の方は声を発した少年ではなく、崇之の方を向いて目を見張らせた。

「ふぇ…っ」
「……っ」

 お互いに不安だったのだろう、二人の間で男の子と女の子は揉み合うように抱きしめ合う。

「…ちゃんとついて来いよな」
「ごめんなさい……」
「何もなかったからいいけどな。あってからじゃ…おそいんだぞ?」
「……ひっく…」
 お互いに小さな身体が、更にきゅっとひっつき合う。

 崇之は鼻を鳴らしながら自転車を降り、その場に止める。紗枝はホッとしたように表情を
綻ばせ、彼の傍に近寄っていく。互いに寄り添い、小さな身体が重なる様子を見つめ続ける。
「……懐かしいね」
「そうだな…」
 隣り合い、思い出されるのは昔話。

 いつもの、ことだった。

 どんなに落ち度があっても、彼は絶対に謝らなくて。
 どんなに落ち度が無くても、彼女は絶対に謝って。

 どう見ても心配している様子なのに、頑なにそれを認めなくて。口調は責め立ててるのに、
声は思いの他優しくて。
 なかなか泣き止めないけれど、胸の中は見つけてもらえた安心感でいっぱいで。いつも
ああして怒られるけど、顔を上げれば心底心配している様子の表情がそこにあって。

「ケガとかしなかったか?」
「……だいじょぶ」
「…次からは気をつけるんだぞ?」
「うん……ごめんなさい」

わしゃわしゃ

「あ…」
「……」
 おもむろに、男の子はその小さな頭をくしゃりと撫でる。
 その様子に紗枝は羨ましそうに、崇之は目を細めて反応を示す。今の二人には出来ない
行為が、随分と眩しく懐かしい。

「そか。じゃあ、帰るか」
「ぁ…ちょっとまって」

 女の子はそう言うと、トテテテと紗枝の傍に近付きゆっくりお辞儀をする。
「あの…ありがとうございました」
「どういたしまして」
 なんとも微笑ましくも可愛らしい仕草にまたまた頬が緩む。紗枝が軽く手を横に振りながら
それに応えると、女の子はホッと安堵の溜息をこぼした。
344Sunday:2007/04/22(日) 23:02:42 ID:um8QoTBM

「何かしてもらったのか?」
 戻っていった彼女に、男の子は声をかける。本来人見知りのはずのその娘が、自分以外の
人と話をしたことが珍しかったのだろう。

「うん。いろいろだいじなことおしえてもらって…あたまもなでてもらったよ」
「……」
 はにかみながらの嬉しげな台詞に、男の子の表情はみるみる渋っていく。不満を一杯に
携えて、今度は彼の方が紗枝の元へやって来る。
「あのさ」
「なあに?」
「こいつのメンドウ見てくれたことには、ありがとうだけどさ」
 その顔が変化することはない。男の子はそこで一呼吸置くと、一層大きな声で口を張り上げた。


「こいつの頭をなでていいのは、俺だけなんだからな!」


「ぇ…」

 夕日。赤色。風陰り。

 舞った言霊は、すぐにさらわれていく。

 その台詞に、紗枝は驚きながら僅かに頬を赤らめる。崇之は露骨に顔を歪め、舌打ちし
溜息をついて目頭を押さえる。
「分かったら返事しろよう!」
「あ、う、うん。ごめんね」
 なおも詰め寄られ、困惑したまま頭を下げる。その様子を見て、彼は満足したように
フフンと鼻を鳴らすのだが、次の瞬間、崇之に平手で頭をバシンと叩かれてしまうのだった。

「いってぇ!」
「余計なこと言ってんぢゃねーよ」
「なんでたたくんだよ!」
「自分で気付けバーカ」
 東の方角へ細く長く伸びきった、四つのうち二つの影が踊りくねる。小さい影は素早く
動き回り、大きい影はそれを容易くいなし続ける。


「や、やめてよぉ」


 そして、しばらく止まないようにも思えたその争いをすぐに止めさせたのは、今にも
泣きだしてしまいそうなほどに小さい、女の子の声だった。

「あたしのお兄ちゃん…いじめないでよぉ……」

 両手ともワンピースのスカート部分をギュッと掴み。俯く長い前髪の向こうからは、
微かにしゃくりをあげる声が聞こえてくる。
「な、泣くなよ、さえ。ほら、ケンカならもうやめたぞ?」
「あー……ごめんなお嬢ちゃん。俺がちょっと大人げなかった。悪かったな」
 この様子にはさすがに崇之も男の子も参ったようで、大人しく謝り女の子をあやしにかかる。
まあ、大人気ないのはちょっとどころではないのだが。

「……ほんと?」
「ほんとほんと! なぁ、俺たちもうケンカしてないよな!」
「まーな」
「だから泣きやめ。な?」
「うん…わかった」
「よーし」
345Sunday:2007/04/22(日) 23:04:10 ID:um8QoTBM

 言いながらまた頭を撫でると、女の子はすぐに機嫌を直して笑顔を浮かべる。それに
釣られたのかどうなのか、今度は崇之が笑みを漏らし、紗枝が顔を背けるのだった。

 こんなにクソ生意気だったのか。

 こんなに繊細だったんだ。

 二人のやりとりを見ての印象が、二人の頭によぎる。だけどそれが、少年少女に気付かれる
ことはない。

「それと、あのさ」
「……?」
「もう『お兄ちゃん』てよぶなって、言わなかったか? ほんとの兄妹でもないのに、
そうよぶのはおかしいって、ちゃんと言ったと思うんだけどさ」
「…」
 突然切り替わった話に、女の子は見るからにショックを受け、瞳の色が悲哀に満ちる。
ただでさえ小さな身体が、余計に小さくなってしまったように思えた。
「その、なんだ。それに俺がそうよばせてるみたいにほかのヤツに思われてるみたいでさぁ、
なんつーか、はずかしいんだよ」
「……ごめんなさい」
 またじわじわと、瞳の縁に涙が貯まっていく。男の子もそれが分かっているのだろう、
敢えて見当違いの方向を向いて、その顔を見ないようにしている。

「じゃあ…」

「ん?」
「じゃああたし、もう…なまえ、よべないの?」
 当然の不安ではあった。物心ついてからずっと使っていた呼び名を否定されてしまっては、
そう考えてしまうのも仕方なかった。


「ああ、それでだ。今日から俺のことを『崇兄』ってよぶんだぞ?」


 その言葉に、少女ではなく紗枝が目を見開き、崇之の顔を覗きこむ。彼の方はと言うと、
視線を見つめ返しながら、少し照れたように口元を手で隠すばかり。それでも、指の隙間からは
にやついた笑みがこぼれている。

「たか…にぃ…?」
「そうだ。かっこういいだろ? 崇之の『たか』と、兄の『にい』をつなげたんだ」
 そう呼ばせようと思い立ったのは、当時の戦隊モノか何かのテレビ番組に触発されたのが
きっかけだったような気がする。中途半端なところで止めた呼び名が、随分と荒っぽく
格好良い響きに聞こえたものだ。それにこの呼び名なら、他の人がいるところで呼ばれても
恥ずかしくないだろうと考えたのである。

「というわけだ、これからはそうよべ。そしてこれからも、俺のことをうやまうのだ」

 一転自信ありげな満面の笑顔を浮かべて、ビシッと立てた親指で自分の顔を指している。
本人的はその仕草が最高に格好良いと思っているようだが、傍から見ていると物凄く滑稽に
見えてしまうのは、この際黙っておこう。

「……」
「さえ?」
「……」
「……もしかして、いやか?」
「……"うやまう"って、どういういみなの?」
 新しい呼び名を使うことに抵抗を示したのかと思いきや、聞き慣れない言葉の意味が
分からなかっただけらしい。男の子も一瞬戸惑ったが、その質問にすぐに気を取り直す。
346Sunday:2007/04/22(日) 23:05:49 ID:um8QoTBM

「あ、あぁ。"うやまう"っていうのは…その、……えー、うーん……、あこがれとか、
好きとか、たしかそういう意味だな!」
 だけど彼自身もまだ幼く語彙が少ないせいか、なんだか断片的で、よく分からない説明に
なってしまう。分かってはいるのだが、そんな様子に傍から見守る二人は、片方はやっぱり
頭を抱え、もう片方はくすくすと笑みを零し続けるわけで。

「……すき…」

 しかし一部の言葉だけを反芻する少女を見るに、それだけでも充分だったようだ。憂いを
帯び続けていたその瞳が、爛々と輝き始める。
「よし、一回よんでみてくれ」
「……いま?」
「今!」
「……」
 その反応に、受けは悪くないという手応えを掴んだのだろう。男の子は、新しい呼び名で
名前を呼ばせることを強要する。こういう自分本位なところは、今でもあまり変化が無い。

「………た…」
「た?」

 俯いて汚れたスカートの裾を掴む少女の顔色は、夕陽の逆光に阻まれ分からなかった。


「……たか…にぃ…」


 呟かれた台詞は、ひどく小さい。

「おう!」

 それでも、これでもかというくらいに喜びを爆発させる男の子の様子に、女の子は
少しだけ、ほんの少しだけはにかんだ笑みを浮かべるのだった。

「じゃ、いくぞ。もうはぐれるなよ」
「……うん」
 きゅっと小さな手の平を繋ぎ合わせると、二人は夕陽の照らされる方角へと歩いていく。

 いつの間にか、お互いの空間は隔離されていたのだ。

「……」
「……」
 崇之も紗枝も声を発することなく、その様子を見届ける。うねったあぜ道に沿っていく
二人の小さな後ろ姿は、しばらくすると見えなくなってしまった。それでも、じっとその
方角を見つめ続ける。

「……覚えてなかったか」
「崇兄は、覚えてたの?」
 共に並んで、ゆっくりと歩き始める。崇之が乗ってきた自転車は、いつの間にか姿を
消してしまっている。
「まぁな、自分から言い出したことだったし」
「……ずーっと『崇兄』って呼んでるもんだと思ってた」
 現実にはありえないその事態にも、特に驚くこともない。

「にしても、ちっちゃかったなぁ」
「あはは、そーだね」
 やがて道から外れ、二人はオレンジ色の草を踏みしめざしざしと坂を降りていく。
347Sunday:2007/04/22(日) 23:07:56 ID:um8QoTBM

「……あんなに可愛かったんだね」
「うるさいの間違いじゃねーのか」
「えー、可愛かったってば」
「その意見には同意できんな」
 河辺まで歩みを進めて、隣り合ったまま、どちらからともなく腰を下ろす。

「えー、だってさ」
「? なんだよ」

「『こいつの頭をなでていいのは、俺だけなんだからな!』、だよ?」
「……」

「『あたしのお兄ちゃん…いじめないでよぉ……』、だっけ?」
「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


「「何だよ」」


 お互いに対する不満は、同時に噴出する。そしてこれまた同時にそっぽを向くが、それも
長くは続かないわけで。

「ねぇねぇ」
「ん?」
「あたしからも、一つお願いがあるんだけどさ」
 並んで座り込むこの状態は、いつぞやの状態をリフレインさせてくる。だけどそれが頭に
よぎっても、もう心がざわめくことも無い。


「その…頭、……撫でて欲しいな」


 それはこうして今までのように、そして今まで以上に隣にいることができているからであって―――


「……は?」
「やっぱり…だめ?」
「いや、駄目とかじゃなくてだな…」
 思わずどもってしまうほどに、その申し出は意外なものだった。彼の右手が、硬く強く
握られる。彼女の髪の毛が、さらさらと揺らされる。
「いいのか?」
「うん」
「……んー」
 あの時の傷口は、どちらがより大きかったのか。あの仕草が好きだったのは、どちらの方
だったのか。

「あたしがして欲しいの!」
「……」
 珍しく歯切れの悪い崇之の様子に、紗枝は声を響かせる。そのくせ、頭を彼の肩にもたれ
かからせ静かに目を閉じ甘えるのだから、どうにも意図が読み取れない。
348Sunday:2007/04/22(日) 23:09:25 ID:um8QoTBM

「わーったよ。代わりに、お前にも俺の頼みを聞いてもらうぞ?」
「できることならね」
 そんな彼女の髪の匂いを嗅ぐように、彼も頭を彼女の方へと傾ける。跳ね返った毛先が、
妙にくすぐったい。

「……じゃあ、名前で呼んでもらおうかね」
「へ…?」
 あまりに意外な申し出だった。
 どうやら、甘えたがりだったのは紗枝一人ではなかったらしい。もちろんその度合いは、
ダントツで彼女の方が勝っているのだろうけれど。
「名前で?」
「愛称でなくてな」
 やっぱり、恋人には知らない面を見せるものなんだなと改めて互いに思うわけで。それは
やっぱり、今まで以上に大事で特別にな存在になってしまったからなわけで。
「難しいか?」
「え…その……」
 からからと笑う彼の横で、彼女は指先を突っつき合い、必死に気持ちを抑えようとする。
やっぱり最終的には、彼がその権利を握ってしまうらしい。
 
「……がんばる」
「おう、頑張れ」
 それがどれだけ勇気を要することか、言わなくても分かることだ。ついさっき見かけた、
少女が少年に向かって「崇兄」と呼びかける様子は、随分と初々しく微笑ましかったがものの、
それと似たことを今度は自分がするとなると、やっぱり胸がどぎまぎしてしまう。

「あ……そろそろ…」
「ん?」
「時間…みたい……」
「そか」
 お互いに寄り添い合いながら川の流れを眺めていると、唐突に紗枝が場にそぐわない
発言をしてしまう。しかしその瞬間、微かに彼女の身体が薄くなってしまう。まだ手の平で
触れられるけれども、その身体は明らかに透き通り始めていた。

「忘れてたら、どうしよ」
「そん時は…そん時だな」
「んー…」
「これからも、機会はたくさんあるわけだしな。そうだろ?」
「…ん」
 崇之は紗枝の腰に手を回す。紗枝は崇之の肩に手を触れさせる。もたれあっていた頭を
ゆっくりと起こして、穏やかな表情のまま見つめあう。

「じゃあ、続きはまた後で」
「…うん」
 唇より先に、額がごちりと音を立てる。角度を変えてお互いの表情をまっすぐに捉えると、
崇之は嬉しげに口の端を上げ、紗枝は眩しげに目を閉じてしまう。

「…覚えておけるといいな」

「お互いに、ね…」


 瞬間。触れ合い。シルエット。


 崇之もつられるように目を閉じて、紗枝は強く擦り寄ってくる。抱きとめ、抱きとめられ、
背後から吹かれる風が、やがて二人をあっという間に追い抜いていく。

349Sunday:2007/04/22(日) 23:11:10 ID:um8QoTBM


 しばらくして崇之がゆっくりと目を開けると、そこにはもう、誰もいなかった。


 人がいた痕跡すら、欠片も残っていなかった。


「……さあて」
 ゆっくりと伸びをしながら彼も立ち上がる。もうこの場所に、用は無い。やることを全て
やり終えた安堵感と満足感が、その胸の中を満たしていた。

(俺も行くか)

 右から左に流れる川を眺め終えると、振り返り草を踏みしめ坂をざしざしと登っていく。
その間にも、頬をつつかれるような奇妙な感覚が走ってくるのだが、特にそれを気にする
ことも無い。
「はー…」
 ホッと一息を着きながら、これまでのことを振り返っていく。

 長かった。

 一言で言えば、そう表すことしかできない八ヶ月間だった。


『ありがとね…』


 風に紛れ込んだその声色に、物思いに耽る彼は気付かない。その姿は、身体の向こう側が
透き通るように薄くなっているようにも見えた。

 今度は身体のあちこちを、ついばまれてしまうようなおかしな感覚を覚える。それが
繰り返されれば繰り返されるほど、その表情は笑顔へと変化していく。もし覚えていなくとも、
先に交わした約束は、是非とも自分が先に達成したいところだ。


『だいすき…』


 そしてまた、一瞬の強い風が吹く。


 それが吹き終える頃には、もう河川敷一帯に、人影が見当たることはなかった―――――









「あー…そこ、すげー気持ちいい」
「ここ?」

 さて、さてさて。
 初めて繋がった一夜から数日が経ち、あれから指折り数えて最初の日曜日。
350Sunday:2007/04/22(日) 23:12:49 ID:um8QoTBM

「そこそこ。お前上手いな…」
「そうかな。ありがと」
 相変わらずと言うべきなのか久しぶりと表すべきなのか、二人はボロアパートの一室で
仲良く睦み合い続けていた。ハートマークを幾つも作り出しては空中に飛ばしていくような
その様子は、傍目から見ていれば食傷じみた感覚が湧き上がるに違いない。

「はい、じゃこれで終わり」
「はー…もうちょっとやって欲しかったな」
「またその内やってあげるってば」
 とろけそうな表情を携えて、崇之は正座した紗枝の太ももに頭をぐったりと預け続けている。
要するに、膝枕である。
「ほら、終わったんだしどいてよ」
「んー…」
「もう……ちゃんとしてあげたんだから、早く遊びに行こうよー」
「んー…」
 この体勢でしてあげたというのだから、言うまでもなくそれは耳掃除のことなわけで。
それが彼にはよほど気持ち良かったらしく、生返事を返すばかりでその場からちっとも
動こうとしない。まあ気持ち良いという感覚は、現在も続行中なのだろうが。
「あと五分〜」
「だーめ、いい加減起きてよ。スカートが皺だらけになるじゃんかー」
 ちなみに彼女は、普段のようなシャツと短パンといったラフな姿をしていない。いつぞやの、
あの時彼には見せることが出来なかったベージュのフレアスカート、ミルク色のカットソー、
その上に薄手のリボンカーディガンという女性らしいの服装を身に纏っている。らしくは
ないが、何とも可憐でどことなく淑やかな雰囲気を醸し出していた。

「ねー、早く行こうってばー」
 それだけに、紗枝の苛立ちは募る。こうしておめかしして来たのは、部屋に閉じこもって
膝を貸して耳を掃除してあげるためじゃないのだ。
「待て待て。じゃあ最後にこれだけ…」
 促す言葉にようやく反応して、崇之はもそもそと身体を動かし始める。といっても起き上がる
様子は全く無く、単に寝返りを打っただけのようだった。身体をごろりと回転させてうつ伏せに
なり、顔をちょうど紗枝の股ぐら辺りに埋め込ませてしまう。

「あー…ここもすげー落ち着く」
 これ見よがしに深呼吸一つ。

「……」
 そして彼が寝返りを打ってその台詞を言い放つまで、彼女は突然の事態に固まったままで。


がすっ!


 意識を取り戻すと、無言のまま当然容赦することなく、後頭部に向かって折り曲げた肘を
振り下ろすのだった。

「まったく……ほんとすけべなんだから」
 うっすらと頬を染めて口を尖らせるその様は、いつものように可愛らしい。

 ……背後に、「ぎぃやあぁぁああぁぁぁ!」と醜い悲鳴を上げながら、殴られた箇所を
押さえてゴロゴロ転がり悶絶する彼の姿が、無かったらの話であるが。

351Sunday:2007/04/22(日) 23:14:57 ID:um8QoTBM

「……仕方ねぇ、そろそろ行くか」
 ひとしきり部屋中を転がり続けひとしきり口論を終えた後、彼は少しばかり肩を上下させ
ながら、大の字に寝っ転がってぼそりと呟く。
「じゃあ早く準備してよ。外で待ってるから」
「ん? あぁ…」
 やっと外へ遊びに行けると紗枝が満を持して立ち上がると、崇之の口からは相変わらずの
生返事とは裏腹な、随分と真剣味が籠もった唸り声。
「…どしたの?」
「……」
 眉間に皺を寄せ、ある一点をしかと見つめ続けるその様は、随分と強い意志が込められて
いるようで、その表情に、見下ろす彼女も少しばかりどぎまぎしてしまう。


「薄い青か。水色とも少し違うな」


「……へ?」
 ちなみに余談ではあるが、彼女が本日身につけている下着は、まさにその色で彩られている。
「この前の薄い緑のヤツもそうだが、見えないところまでしっかりオシャレするのは、
なかなか偉いぞ」
「……」
 更に余談ではあるが、その下着の色は本来彼女自身しか把握してないはずである。

 スカートの中を覗かなければ、の話だが。 


げしっ!


「ぐぉあっ!!」
 直後、崇之の頭部はまるでサッカーボールのように蹴り上げられ、勢い良く跳ね飛ばされて
しまう。肩を怒らせて部屋を後にする彼女に声をかける余裕があるはずもなく、崇之は
再び頭を押さえて床をのたうち回るのだった――――








「つっ……痛ってーな、コブ出来てんぞコブ」
「自業自得」
「仕方ねーだろ、お前が立ち上がって急に目に飛び込んできたんだし。覗こうと思って
覗いた訳じゃないんだぞ?」
「見れば一緒」
 部屋を後にして一時間。どうにかこうにか街中まで連れあい来れたものの、交わす会話は
どうにも弾まず薄ら寒い。まあ、弾む方がおかしい話だが。
「そんなに怒るなよー」
「怒ってない」
「いや怒ってるだろ」
「怒ってない!」
 それでも以前までなら、紗枝は一人で先にせかせかと早足で歩いて、崇之がそれを後から
追いかけるというのが常だった。ところが今の二人は、隣りあい並んで歩みを進めている
どころかしっかりと手を繋いで、指もしっかり結びあっているわけで。
352Sunday:2007/04/22(日) 23:16:57 ID:um8QoTBM



「俺が悪かったから。だから機嫌直してくれ。な?」
「……」
 埒が明かなくなり、正直に自分の非を認めて謝るが、軽く膨らんだその両頬は引っ込み
そうもない。
 まるで木の実を頬張ったリスみたいだなと、崇之は心の中でこっそり毒づくのだが、
何故かその瞬間ぎろりと睨まれ、慌てて視線を逸らしてしまう。

「そういうことじゃないっ」

「……」
 いかにも拗ねてますといったその口調は、崇之の顔に苦笑を浮かべさせる。

 あれから彼は、またちょくちょくセクハラするようになっていた。その意図に気付いて
いるのかどうかは分からないが、これに対して紗枝は怒りを露わにすることはあっても、
以前のように手足を飛ばしてくることはほとんど無くなっていた。

 だから今日に限ってこんな態度を見せる彼女の様子に、少しばかり困惑していたところ
だったのだが。


 そういうことだったのか。


 よくよく見てみれば、普段はあちこち跳ね返っている癖っ毛も、今日はほとんど目立って
ない。もちろんその姿に、気付かなかったわけじゃない。ただ、どう言えばいいか言葉に
詰まっただけなのだ。
 決して、慣れない彼女の姿が照れ臭さを覚えたわけではないのだ。本当である。断じて
嘘ではないのである。
「あぁ……ごめんな」
 絡ませあっていた指を緩やかにほどいて、手の平を彼女の頭に持っていく。

「正直、ここまで似合ってるとは思ってなかった」

 その髪型を極力崩さないように、ポンポンと軽く髪に触れる。釣られるように、もう一方の
手で別に痒くもない顎筋を撫で隠してしまう。
「……」
「嘘じゃないぞ。本当だぞ」
 目立った反応を示さない彼女に業を煮やし、今度は彼女の目を見つめながら言葉を放つ。

「…う、うるさいなぁぁ」

 その視線から逃げるように、紗枝は向こう側へと顔を背けてしまう。だけど尖った口調とは
裏腹に、先程まで膨らんでいた両頬はすっかりしぼんでいるのだった。

「ははは」
「もう…」
 ずっとそう言って欲しかったのに、いざ耳にしてみれば、どうにもからかわれている気が
してならない。本当は心の中で腹を抱えて笑ってるんじゃないだろうか。だとしたら、
後々のことを考えて平手打ちでもかましておくべきだろうか。
353Sunday:2007/04/22(日) 23:29:48 ID:HRd3Q8rb

「あたし……振り回されてばっかりじゃないか…」

 心の中で思う存分毒づいておきながら、自分も充分彼のことを振り回していることには、
てんで気付いてないらしい。
「それはしょうがないな」
「何がしょうがないんだよ」
「だってお前からかうと面白いし」
「…っ」
 そしてだからこそ、彼にこうして弄られることにも気付けないままなのだ。

「俺はお前の、そういうとこが好きだからな」

「〜〜〜〜っ」
「ま、しょうがないよなぁ」
 人通り激しい街中での、あまりに唐突な愛情表現。

 紗枝は露骨に顔を引きつらせ、誰かに聞かれてないか周りを見回している。そんな様子が、
どうにも可愛い。

「い、い、いきなり変なこと言わないでよ!」
「変なことじゃないだろ。俺の、真っ正直な心の底からの本心だ」
 好きだとか、愛してるとか、ずっと一緒にいたいとか。
 使い古された言葉ではあるけれど、相手を想いながらカタチにすれば、多分に甘酸っぱさを
含んでいるわけで。

「……ぅぅぅ」
「おやおやぁ? そんな顔してどうしたのかなぁ紗枝ちゃんは」
「うっ…うるさいうるさいっ!」
「はっはー、照れるなよー」
 あまりの大声に、今度こそ周りの人達に振り返られ注目を浴びてしまう。それに気付いて
いないのは、叫んだ本人のみだ。

「あたしは…っ、崇兄のそんなところが嫌いっ!」
「あぁ、分かってる分かってる」
 嫌いだとか、好きじゃないとか、会いたくないとか。
 使い古された言葉ではあるけれど、顔を真っ赤にして言ってしまえば、それはまったく
逆の意味合いを含んだものになってしまうわけで。

「いやー、ここまでお前に愛されてるとは思わなかった」
「そんなこと言ってない! 崇兄のことなんか嫌いだって言ったの!」
354Sunday:2007/04/22(日) 23:30:53 ID:HRd3Q8rb

 今日は、陽だまりの日曜日。

 ありきたりで、いつもと同じで、そしてそんな時間が二人には、ちょっとだけ久しく
感じられる日曜日。

「もう…なんであたしばっかり……」
「"自業自得"じゃないのか?」
「うぅ、ううう〜〜〜〜」
 再びぎゅっと手の平を重ね合わせて、街中の並木道を練り歩く。ちゃんとした目的地や、
明確なプランがあるわけでもない。
 それでも、こうしてなんでもないような時間を共に過ごすだけで、言いようのない幸福感に
包まれる。

 こういうのも、特別って言うんだろうか。

「分かった分かった。もうちょっと大人しくしろ」
「…だったらもう少し、優しくしてくれたって……」

 口ではお互い、そんなこと言うけれど。

 覚えてないし気付いてないんだろうけれど。

 野球帽を被った不器用な優しさは、今もそこに在り続けていて。

 白いワンピースの面影も、未だ微かに残っているのだ。

 仲直りしたばかりなのに、共にいることを何気ないと思ってしまうのは、それだけ一緒に
いるのが当たり前過ぎているわけで。


 二人は喋り、歩き続ける。


 耳を傾けてみればその内容は、大半が言葉尻の掴み合いだったり喧しい口喧嘩だったり。


 だけど心の中ではその当たり前を、いつまでもなんて、そっと願ってたりするのだ。


 気だるげで、顎を擦り、苦笑を浮かべ、あくびを繰り返す。


 顔赤くして、すぐに喚いて、涙目になって、頬を膨らませる。


 そんな二人の、おかしな二人の関係は。


 色々な間柄を含みながら、時にはそれを変えながら。


 まだまだこれからも、果てしなく続くのであった―――――



355Sunday:2007/04/22(日) 23:38:02 ID:HRd3Q8rb

|ω・`)ノ サイゴハヤッパリマジメニスルヨ!


というわけで、長々と続編を投下させていただきました
えーと、その、かなりの方々の期待を裏切ってしまう展開だったようで
重ね重ねお詫びします
加えて、毎回毎回バカみたいにスレの容量を食いつぶしてしまい
申し訳ありませんでした
もっと無駄な表現を省けるよう精進します

しかしながら、最後までこの作品を投下できたのは皆さんのおかげだと思っています
たくさんの感想や希望レスに、何度も勇気付けていただいたので

次回こそは、違うカップリングの幼なじみで臨みたいと思います
けど、忘れた頃にこの二人の続きを短編で投下することがあるやも知れません
その時は、笑って許していただけたら幸いです

長々と、駄文乱筆失礼致しました
前作併せて、作品ならびにキャラクターまで愛していただき、感激しきりです

本当にありがとうございました
356名無しさん@ピンキー:2007/04/22(日) 23:39:50 ID:6RCVNbF6
神であり乙。もうそれ以上、称える言葉が見つからない。超大作にGJ
357名無しさん@ピンキー:2007/04/22(日) 23:45:48 ID:kL1ps+JJ
明日からの仕事もがんばれそうなGJ作品をありがとうございます
358名無しさん@ピンキー:2007/04/22(日) 23:50:53 ID:yKxIvzZG
お美事です! あなたの紡ぐ新たな物語を心待ちにしています!

でも、またいつかこの二人のその後もきっと書いて下さいね! 待ってます!!
359名無しさん@ピンキー:2007/04/23(月) 00:20:00 ID:h7kQFOO8
いつも楽しみにしてました。
終わってしまって寂しさもあるけど、新しい作品楽しみにしてます。
もちろんこの二人にもまた会えるといいな。
360名無しさん@ピンキー:2007/04/23(月) 00:58:31 ID:bpstjjhb
何か、何言っても余計な事になりそうなので、これだけで。

お疲れ様でした。そして何より、ありがとう。
361名無しさん@ピンキー:2007/04/23(月) 01:22:30 ID:oXiw1NZu
神GJ!そして名作を本当に本当にありがとう。
新作も心待ちにしてる。これの続編も楽しみだなぁ
362名無しさん@ピンキー:2007/04/23(月) 18:09:57 ID:f563JpaF
前作のタイトルが歌からとってたから今回もとってたのかなと思ってたが
ベイビースターズのヤツだったか
363名無しさん@ピンキー:2007/04/23(月) 21:11:46 ID:qh5sVw71
これで後90年は生きられそうな愛しさと切なさをありがとう。
心の底からGJ。
364名無しさん@ピンキー:2007/04/25(水) 01:46:50 ID:4NEtS1yj
>>355
GJです! いつかまた、新しい物語を読ませて下さい! 待ってます!!
  

それでは神作品の後に恐縮ですが、投下させて頂きます!
365絆と想い 第11話:2007/04/25(水) 01:48:28 ID:4NEtS1yj
正刻が佐伯家の道場で稽古に励んでいた頃、高村家に一人の少女がやってきた。
さらさらのショートヘア。猫のようなしなやかな肢体。眼鏡の奥の目はこれからの事を考えて、楽しそうに細められている。

少女の名は大神鈴音といった。

鈴音は高村家の玄関に近づくと、正刻からもらった合鍵を取り出した。
合鍵には、正刻がつけていた鈴と、鈴音が選んだお気に入りの鈴の二つがつけられていた。
それを見つめてにんまりと笑うと、鈴音は鍵穴に鍵を差し込んだ。

かちゃり、と鍵が開く。当たり前のことなのだが、鈴音はとても嬉しかった。
自分一人で、正刻の家に入ることが出来る。それが実感出来たからだった。

「お邪魔しまーす……。」
引き戸を開けて、鈴音は高村家に入る。
高村家は、少し大きめの日本家屋であった。
風呂やキッチン、トイレなどの水周りは最新式のものとなっており、部屋も、畳の所もあれば、フローリングになっている所もある。

正直な所、正刻一人で住むには広すぎる家である。掃除や管理などの手間も非常にかかる。
しかし、正刻はこの家を離れようとはしなかった。
祖父母や両親達との思い出が詰まったこの家を手放すことは、正刻には出来なかった。

しかしその結果、学校において正刻が課外活動に割ける時間は著しく少なくなった。

正刻が図書委員会にしか入らず、合気道部に入っていないのはこれが原因であった。
高校に入り、正刻はどちらもやりたかったが、しかし家事その他の事を考えると片方が限界であった。
その結果、正刻は図書委員会を選んだ。合気道は兵馬の道場でも出来たからだ。
もっとも、今だに男子合気道部からのラブコールは続いているが。

余談はともかく。鈴音はぺたぺたと廊下を歩く。
この家にはもう何度も遊びに来ているし、唯衣や舞衣達と共に泊まったこともある。勝手知ったる何とやら、だ。

本来なら今日は勉強会なのだが、実は集合時間にはまだ大分早い。何故鈴音がそんなに早く来たかといえば……。

「んふふー。さーて、じゃあ早速侵入しちゃおうかなーっと!」
そんな事を言いながら鈴音は正刻の部屋に入っていく。合鍵をもらった時に正刻に言ったことは、実は半分本気だった。

「まずは相手のことをもっと良く知らないとねー。あいつが最近エロ方面でどんな趣味を持ってるか、興味あるし。……それにしても。」
相変わらずの部屋だねぇ、と鈴音は呆れ返った。
366名無しさん@ピンキー:2007/04/25(水) 01:49:10 ID:4NEtS1yj
正刻の部屋は、10畳程の大きな和室であった。しかし、部屋中に溢れかえった私物の所為で、もっと狭く見える。
テレビ、ビデオ、更に文机タイプのパソコンデスク。その上には正刻が組み上げた自作パソコンが鎮座ましましている。
壁の一面は本棚になっている。漫画・小説・ゲームの攻略本など、その種類と数は膨大だ。
テレビにはゲーム機がつながれており、近くには携帯ゲーム機も転がっている。
部屋の中央には本来ならテーブルが置かれているが、今は部屋の隅に置かれており、代わりに布団が部屋の中央に敷かれていた。

鈴音はゆっくりと正刻の部屋に入る。胸の鼓動がいつもより早い。正刻の部屋に入ったことは何度となくあるが、自分一人で入るのは初め
ての経験だったからだ。

パソコンデスクと対になっている座椅子に座る。この部屋で自分や唯衣や舞衣、その他の友人達と話す時、正刻はいつもこの座椅子に座る。
いわばここは、彼の指定席であった。

その椅子に、自分も座っている。

それを思うと、鈴音の鼓動は更に早まった。興奮のあまり、少し頭がくらくらする。
(うわー、とてもじゃないけど正刻の夜のお供を探すどころじゃないよぉ……。)
鈴音は落ち着こうと深呼吸するが、その拍子にふと正刻の匂いを感じてしまい、更に興奮してしまう。

彼女は思わず匂いの元を探す。すると、部屋に敷かれている布団が目に入った。
「正刻の……布団……。」
鈴音は立ち上がると、ふらふらと歩き、布団の傍にぺたんと座り込んだ。

正刻はこういう片付けはしっかりとするタイプなので、布団が敷かれたままだというのは珍しい事だった。
鈴音はしばらく布団をぼーっと見ていたが、何かを決意したように頷くと、掛け布団をめくった。
そして周りをきょろきょろと見回して、誰も居ない事を確認すると、顔を赤くしながら布団にもぐりこんだ。

(うわー、ボク今正刻の布団で寝てるんだー……!)
鈴音は恥ずかしい気持ちと幸せ一杯な気持ちがないまぜになって、布団の中でごろごろと転がってしまう。
更に枕に顔を埋めてその匂いを胸一杯に吸い込んだ。
枕からは、リンスの良い匂いと、更に正刻自身の匂いもした。
鈴音は思わず恍惚としてしまう。
「あー、いけないなぁ。これじゃあボク、まるっきり変態みたいじゃないかぁ……。」

そう言って足をバタバタとさせる鈴音。言ってる事とは裏腹に、彼女はとても幸せそうな笑顔を浮かべた。しかし。

「……全くだな。いや、『変態みたい』ではなく『変態そのもの』と言った方がしっくりとくるな。」
「鈴音……。まさか親友であるあなたがこんな駄目人間だったなんて……。私はとても悲しいわ……。」

不意に背後からかけられた声に、鈴音はびっくん! と体を震わせた。
ぎりぎりぎり、と音がしそうな動きで振り返る。

そこには、心底参ったといった様子で手を額に当てている唯衣と、腕を組んで仁王立ち、更に半眼になって鈴音を見ている舞衣がいた。

鈴音は無言でもぞもぞと布団から這い出すと、衣服の乱れを直し、ついで眼鏡の位置も微調整して咳払いを一つした。
二人と目を合わせずに尋ねる。
「……どこから見てたの?」
367名無しさん@ピンキー:2007/04/25(水) 01:49:55 ID:4NEtS1yj
「お前がちょうど布団にもぐりこんだ所からだ、な。」
舞衣が答え、唯衣が無言で頷く。鈴音はがっくりとうなだれ、搾り出すような呻き声を上げた。
「……モロ最初っからじゃないかぁ……。だったら声かけてよぉ……。」
そんな鈴音の様子を見て少し気の毒になったのか、唯衣がフォローを入れる。
「まぁ、誰にでも気の迷いってやつはあるわよ。ね、舞衣?……ってアンタは何やってんのよォッ!?」

唯衣が怒鳴るのも無理はない。いかなる早業か、舞衣は正刻の布団にもぐりこんでいた。まるでさも当然だといわんばかりの顔だ。
その顔が、にやけ始める。
「ほほぅ、コレは良いな。鈴音が我慢出来なかった気持ちも分かるぞ。」
「何だよキミは!! さっきボクの事を『変態そのもの』だと言ったくせに!!」
「いや、さっきの発言は取り消そう。正刻の布団が敷いてあるなら、それに潜り込むのは当たり前の行為だな。」
「んな訳ないでしょ!! いーからアンタはさっさと布団からでなさい!! 服が汚れるでしょ!!」

その後、一向に布団から出ない舞衣に業を煮やした唯衣と鈴音によって舞衣は布団から引きずり出された。
ぶつぶつと不平を垂れる舞衣を引きずるようにして、二人はリビングへと向かう。

「……でも、ボクが言うのも何だけど、二人とも何でこんなに早く来たの?」
リビングで舞衣が淹れたコーヒーを飲みながら、鈴音が二人に尋ねた。
彼女が集合時間より早く来たのは下心があったからだが、二人が早く来る理由が分からない。
すると、唯衣が苦笑まじりに答えた。
「舞衣がね? 『何だか嫌な予感がする。早めに正刻の家に行こう。』って言い出したのよ。それで来てみたら、あなたのあの痴態に出く
 わした、って訳。……本当にこの娘は、正刻がらみだと超人的な力を発揮するのよね……。」
「ふふん。まぁ、これも愛の力だな。しかし鈴音よ、抜け駆けは許さんぞ?」

そう言って舞衣はウィンクをする。その様子に鈴音も苦笑した。
「全く、キミには敵わないなぁ。……でも、正刻の事、譲るつもりは無いからね。」
鈴音の告白に、宮原姉妹は驚いて顔を見合わせる。

「す、鈴音。あなた……。」
「うん、そうだよ唯衣。ボクは正刻が好き。友達としてではなく、ね。」
少し顔を赤らめながらも、きっぱりと言い切る鈴音。そんな彼女を見て、舞衣は微笑んだ。
「そうか……。ようやく覚悟を決めたんだな、鈴音。」
「うん。今までは迷うところもあったんだけど……でも、これをもらって気持ちが決まったよ。」
そう言って鈴音は高村家の合鍵を取り出す。

「ボクは正直、君たち二人に気後れしている所もあったんだ。ボクよりも遥かに長い時間、正刻と過ごしてきた君たちには勝てないんじゃ
 ないかってね。だけど、大切なのは、これからなんだってことに気がついたんだ。幼馴染である君たちには敵わない部分もあるけど、で
 も未来は決まってないもんね。正刻から合鍵をもらうぐらいには信頼されてるって分かったし。だからボクは、立ち向かう事に決めた
 んだ。」
それに……と、鈴音は恥ずかしそうに微笑んで続けた。
「もうボクは……正刻以外、考えられないから、さ。」

その鈴音の告白を、唯衣は複雑そうに、舞衣は微笑んで聞いていた。
そして鈴音が語り終えた後、舞衣は、すっと右手を差し出した。
「? 舞衣……?」
「握手だ鈴音。そしてお互いに誓おうじゃないか。正々堂々と正刻を巡って戦うこと。そして、これからも変わらず……いや、これまで
 以上に、私達は良き友であることを、な。」
その舞衣の言葉に、鈴音はこれ以上ないくらいの笑顔を浮かべ、そして舞衣と固い握手を交わした。
「うん! これからもよろしくね! 舞衣!」
368名無しさん@ピンキー:2007/04/25(水) 01:50:46 ID:4NEtS1yj
「さて、後は……。」
鈴音と握手をしながら、舞衣は視線を唯衣に向けた。つられて鈴音も視線を唯衣に向ける。
二人に視線を向けられ、唯衣はたじろいだ。
「な、何よ……?」
「唯衣。お前も握手しろ。そしてさっきの事を誓うんだ。」
「な、何でよ!? 私は別に、正刻の事なんか……!」
顔を赤くして言う唯衣に、鈴音が言った。
「唯衣……。いい加減に素直になりなよ。大体、君が正刻を好きなのは、少なくともボクらの間じゃあもうバレバレなんだからさぁ。」
その言葉に更に何かを言おうとする唯衣を舞衣が制した。
「唯衣。正刻の前ならばともかく、今は私たちしか居ないんだ。もう少し、素直になっても良いんじゃないか? このままではお前、ず
 っと素直になれないぞ? それでも良いのか?」

舞衣の言葉は唯衣の胸を締め付けた。素直になれない。それは、以前に正刻の看病をした時に自分も痛感したことではなかったか。
唯衣は鈴音をちらり、と見た。彼女はこちらを真っ直ぐ見つめていた。彼女が正刻を好きなのは気づいていたが、しかしここまではっきり
と想いを露わにするとは考えていなかった。

自分も勇気を出す時なのかもしれない。

唯衣は目を閉じた。胸に浮かぶのは、正刻のこと。彼の笑顔が、ふくれっ面が、寂しげな顔が、泣き顔が、そして真っ直ぐな目が、彼女の
胸を駆け抜ける。

そして再び開かれた彼女の目には、強い意志が宿っていた。

「分かったわよ。私も誓うわ。……だけどあなたたち、覚悟しなさいよ? 私は絶対に負けないんだから!」
そう言いながら唯衣は、舞衣と鈴音の手に、自分の手をそっと重ねた。舞衣と鈴音が嬉しそうに頷く。
「望むところさ唯衣! ボクだって負けないよ!」
「やっと本音を口にしたな唯衣! だが、私は嬉しいよ。お前が本気になってくれて、な。やっぱり、お互いの本音をぶつけ合わなければ
 本当に幸せにはなれないからな。」
そう言って舞衣はシニカルに笑う。つられて二人も笑った。

「しかし、そうなると問題なのは正刻自身だよねぇ。あいつ、意外とモテるんだよねぇ……。何か、ウチの妹も興味あるような事言ってた
 し……。」
コーヒーを飲みながら、鈴音が呟いた。その言葉に舞衣も頷く。
「全くだ。正刻の魅力を理解してくれる人が多いのは嬉しいが、しかし多すぎても困るな。実際、図書委員会なんかにも正刻に気がある娘
 はいそうだしな。」
「……ウチの部にもいそうね……。あとは佐伯先生のとこの香月ちゃんや葉月ちゃんも絶対そうよね……。」
唯衣も愚痴をこぼすように言う。三人はそろって顔を見合わせると、一斉にはぁ、と溜息をついた。

正刻は確かに変わり者ではあるが、しかし同時に人気者でもあった。
誰に対しても分け隔てなく接し、困っている人を放っておけない。
そんな彼を慕う者は、男女問わずに実は多いのであった。
369名無しさん@ピンキー:2007/04/25(水) 01:51:38 ID:4NEtS1yj
しかしそんなマイナス要素を吹き飛ばすように舞衣が明るく言った。
「何、しかし大丈夫だ。どんなに正刻に好意を持つ者がいようが、私たちが正刻の恋人に近い、いわゆるトップグループなのは変わらん。
 何といっても、 私達はここの合鍵を持っているのだからな!」
そう言って舞衣は自分の合鍵を取り出して掲げる。ある意味、高村家の合鍵を持つ者は、確かに正刻と深い絆を持つ、と言っても過言では
ないかもしれない。

しかし。

「まぁ確かにそうね。……でも、そうすると『あの娘』もそうなるわよね。」
「『あの娘』? 唯衣、誰のこと?」
唯衣の発言に首を傾げて尋ねる鈴音とは対照的に、舞衣は全てを分かっているように頷いた。
「確かに『彼女』もそうだな。……しかし、彼女はもう何年もこちらには来ていないようだが……。」
「だからって、諦めてると思う? ……絶対に諦めてないわよ、あの娘。」
舞衣は、確かにな、と呟いて腕を組んだ。その様子に、再度鈴音が疑問の声を上げる。
「ねぇ、二人とも! 一体誰のことなのか教えてよぅ!」
「ああ、ゴメンね鈴音。実は……。」

鈴音に唯衣が答えようとしたその時、玄関の方から「ただいまー」と、正刻の声が聞こえてきた。
「あ、正刻が帰ってきたみたい。……ごめんね鈴音、また今度話すね。」
そう言って唯衣は正刻を迎えに玄関へと向かった。その後を当然のように舞衣も追いかける。
一人残された鈴音は、むーっと不機嫌な顔をしながら、それでも玄関へと向かった。

その後、正刻は汗を流そうとシャワーを浴びようとした所、舞衣が乱入してきて大騒ぎになったり、そのせいで不機嫌になった唯衣や鈴音に苦手
な数学や化学でびしびしとしごかれたりしてぐったりしてしまったが、それはまた別のお話。
370名無しさん@ピンキー:2007/04/25(水) 01:52:32 ID:4NEtS1yj
以上ですー。ではー。
371名無しさん@ピンキー:2007/04/25(水) 02:28:41 ID:/G9hhf9+
いいぇーい
372名無しさん@ピンキー:2007/04/25(水) 15:18:58 ID:YWGXWjEq
>>370
GJ!!激しくGJ!!
ツンデレ、クーデレ、ボクっ娘と来てますね〜
次回も楽しみにしておりますっ!!
373名無しさん@ピンキー:2007/04/26(木) 01:58:17 ID:Rsbfb6nB
>>370あんたの作品はエロパロ一萌える名作だ。最後までずっと応援している。GJ!!
374名無しさん@ピンキー:2007/04/28(土) 06:37:47 ID:ljkK2kPF
>>370GJ!これは新たに新キャラ登場フラグ・・・・



なにより鈴音の行動に萌えたよ。
375名無しさん@ピンキー:2007/05/01(火) 18:48:10 ID:aRUSbhF3
GJ! 過疎ってるけど頑張って!!
376名無しさん@ピンキー:2007/05/05(土) 00:47:40 ID:AgJHQ9+I
投下します!
377絆と想い 第12話:2007/05/05(土) 00:49:14 ID:AgJHQ9+I
平日の放課後。今日も正刻は図書委員会の仕事に精を出していた。
今日の彼の仕事は、本の貸し出し・返却の受付だった。
仕事自体はそんなに難しいものではない。しかし、借りに来る人、または返却しに来る人がまとめて来て混雑する場合も結構ある。
それゆえ、受付には常に複数の人員が配置されていた。
正刻以外は二人。一人は美琴。そしてもう一人は……

「ほらそこ! 割り込まずにちゃんと並ぶ! 待っている人は手続きに不備がないか、ちゃんと確認しておいて下さい!!」
受付カウンターで機関銃のように注意をしまくる少女。それがもう一人であった。

少女の名は「立上 桜(たつがみ さくら)」。今年入った一年生で、美琴と同じクラスである。
身長は150前後とかなり小さい。眉が太く、目が大きく、美人というよりは、可愛らしいといった方がしっくりとくる顔立ちだ。
肩口まで伸びた黒髪を、一房だけ縛っているのが特徴的であった。

口うるさく注意している桜と、その横で黙々と作業をこなす美琴を横目で見ながら正刻は苦笑する。
この二人は見た目も性格も正反対であったが、とても仲が良かった。一年生の中では、ベストの組み合わせのコンビかもしれない。
だが、やはりまだまだ一年生である。余裕がないせいか、桜はちょっとキツい言い方をしてしまうし、美琴は逆に何も喋らない。

人の流れが止まったのを見計らって、正刻はその事で二人に注意をした。
「立上、佐々木、お疲れさん。良くやってくれてるな。……だけど、二人とも注意すべき点があるぞ。立上は少し注意の仕方がキツいし、
 佐々木は何も言わないから借りに来た人が戸惑ってたぞ。そこの所は気をつけてくれな。」
美琴は素直に頷いた。もっとも、彼女の場合は頭で分かっていてもなかなか行動に移せないのでそこが問題なのだが。
そして桜の方はといえば……頬を膨らませている。注意された事が不服のようだ。

「だって先輩!? 何回も注意しているのに皆言う事聞いてくれないんですよ!? 私だってきつい言い方したくないですけど、でも仕方
 ないじゃないですか!!」
熱弁を振るう桜を正刻は苦笑しつつ、人差し指を唇に当てて「静かに」という意思表示をする。桜もそれに気づき、少し顔を赤くしながら
も、それでも抗議は止めない。
「大体、先輩がもうちょっと厳しくしてくれれば良いんですよ。借りに来る人達だって、私や美琴だときっとナメてるんですよ、このヒヨ
 ッコ一年生がって。やっぱり、ここは高村先輩が厳しくビシビシと取り締まらなくちゃいけないと思いますよ!」

桜の熱弁に、正刻は三度苦笑した。桜は真面目な良い娘ではあるが、それが強すぎるきらいがあった。
少しでもルールから外れた行為は許せない。厳しく注意してしまう。それは桜の長所でもあり、欠点でもあった。
その厳し過ぎる性格のため、中学では少し桜は疎まれていたのである。いじめとまではいかなかったが、友達は殆どいなかった。
しかし、高校に入ってからは、桜にも変化が起きた。最初は中学のように厳しかったが、ある程度の許容を見せ始めたのである。

それは、高校に入ってから出会った人達との交流の影響であった。
決してルールを破っている訳ではないが、しかし真面目な訳でもない。
そういった変わり者が数多くいるこの学校に来たお陰で、桜も自然と度量が大きくなったのである。
その影響を特に与えたのは親友となった美琴。そして、学校一の変わり者と評判の正刻であった。
378名無しさん@ピンキー:2007/05/05(土) 00:50:06 ID:AgJHQ9+I
正刻は苦笑を浮かべながら桜に言った。
「おい立上。借りに来る人達がお前達をナメてるって……そりゃ流石に被害妄想じゃないか?」
「そんな事ないですよ先輩! 絶対私たち、特に私をナメてますって! 私が背が低くて子供っぽいから!!」
そう桜は反論するが、内容はどう聞いても桜の被害妄想である。正刻は手を伸ばして桜の頭をわしゃわしゃと撫でると、子供をあやすよう
に言った。
「あーそうだねー。みんなひどいねー。後でお兄さんが叱っておいてあげるからねー。」
「なっ! もう先輩! 言ってるそばから子供扱いしないで下さい!!」

当然烈火の如く怒る桜。しかし。
「……よしよし……。」
親友でもある美琴にまで頭を撫でられ、その怒りも腰砕けになってしまう。
「美、美琴、あんたねぇ……!」
「……?」
美琴に抗議しようとするが、可愛らしく小首を傾げられてはその気も失せてしまう。桜は深い溜息をしつつ仕事に戻る。
そんな様子を見て正刻は面白そうに笑った。

そして暫く後。人の波が少なくなったので正刻達は本を読んでいた。受付の時は、暇なら本を読んで良いので各自が本を持ってきているの
である。
と、本を読んでいた正刻に声がかけられる。
「正刻、読書中に済まないが、ちょっと良いか?」
正刻が顔を上げると、そこには舞衣がいた。目が合うと、大輪の花が咲くような笑顔を浮かべる。周りにいた生徒達が思わず見蕩れて足を
止めてしまう程だ。
正刻も軽く笑顔を浮かべて「よっ」と挨拶する。

「どうした舞衣。俺に何か用か?」
「うん、いや残念ながら、君個人にという訳ではないのだがな。生徒会の資料を作成しているのだが、それに過去の資料が必要になってな?
 資料室を開けて欲しいのだ。出来れば、君にも探すのを手伝って欲しいのだが……。」
「了解、そういう事なら手伝うぜ。今鍵を持ってくるからちょっと待ってな。」
そう言って正刻は鍵を取りに向かう。その後ろ姿を舞衣は見送る。

ふと、自分に向けられる視線を舞衣は感じた。視線を追うと、その発信源は桜と美琴であった。特に桜はきらきらと目を輝かせ、羨望の眼差し
で舞衣を見つめている。舞衣は軽く二人に微笑みかけて声をかけた。
「君たちも精がでるな。立上に、佐々木……だったかな?」
自分の名前を覚えてもらっていた事が嬉しく、桜は嬉しそうに頷いた。
「はい! 舞衣先輩に名前を覚えてもらっているなんて……光栄です!」
379名無しさん@ピンキー:2007/05/05(土) 00:51:35 ID:AgJHQ9+I
そんな桜に舞衣は微笑を返す。実は、こういうことは日常茶飯事であった。
舞衣は男子からの人気は当然あるが、実は、下級生からは女子の方に特に人気があった。
モデルのような美しい顔で背も高く、抜群のスタイル。成績もトップクラスで、運動神経も良い。生徒会副会長で、仕事も出来る。
そんな彼女を「お姉様」と慕う女子は、結構多いのだ。だが、そんな彼女達には大きな壁が立ちはだかる訳だが……。

それはともかく。桜も、自分とは違う、大人びた容姿を持ち仕事も勉強もなんでもこなす舞衣に憧れていた。
もっとも、憧れ以上の感情は流石に持っていないようだが。
桜は舞衣を見ながら、溜息とともに呟いた。
「でも先輩、本当にスタイル抜群で綺麗ですよね……。羨ましいなぁ……。」

そんな呟きを聞いて、舞衣は微笑みながら言った。
「ありがとう、立上。でも私は結構努力しているのだぞ? 彼に好かれるような、綺麗で強い自分であるために、な。」
桜は、はぁ、と溜息とも返事ともつかないような声を漏らした。美琴はきょとんとしている。

ここでいう「彼」が誰を指すのか尋ねる者は、少なくともこの学校には殆どいない。言うまでもなく、それは正刻であるからだ。
先に言った、舞衣を「お姉様」と慕う女子達にとっての立ちはだかる壁は、正刻であった。
正刻本人はもちろん立ちはだかっているつもりは全く無いのだが、しかし舞衣を慕う者たちから見れば、正刻は不倶戴天の怨敵とさえ言えた。
自分達が慕う彼女の愛情を一身に受ける男。さらにそれを邪険にしている(ように見える)男。それが舞衣を慕う女子達の共通見解であった。

しかし、表立って正刻に嫌がらせをしない、出来ないのは、舞衣が正刻と一緒にいる時は本当に幸せそうである事と、正刻に仇為す者を
彼女は絶対に許さない、という事があるからであった。

過去に正刻に陰湿な嫌がらせをしようとした者もいたが、例外なく舞衣によって様々な制裁を受けている。
正刻は、そういった嫌がらせなど全く気にしないし、暴力による実力行使を受けても、それを余裕で返り討ちに出来るだけの力がある。
故に嫌がらせを受けても特に気にせず放っておくのだが、舞衣の方はそうはいかなかった。
「自分の愛する人を侮辱されて黙っているのは女が廃る!」とは舞衣の弁だ。

「でも、先輩は高村先輩のどこにそんなに惚れ込んだんですか?」
失礼かと思いつつも、好奇心を抑えきれずに桜が尋ねる。怒られるかと思ったが、舞衣は当たり前のようにこう言った。
「全部だ。」
はぁ、と桜はまた気の抜けた返事をしてしまう。そんな桜の様子を見て、舞衣は更に言った。
「まぁそう言っても君たちには分からないし、分かるように説明しても良いが、それで君たちが正刻に惚れてしまっては困るから端的に
 言おうか。私にとって彼は、太陽みたいなものなのだ。」
「太陽……ですか?」
桜の問いかけに、舞衣は頷く。

「そう、太陽だ。月並みな表現かもしれないが、それが一番近いな。私にとって、唯一無二の存在。代わりのものなど無い存在。いつも
 眩しくて、憧れる存在。それが彼なんだよ。」
腕組みをしたまま舞衣はそう語る。
桜は、自分が話題を振ったとはいえこの人こういう恥ずかしい事を良く言えるなぁという想いと、こんな事をきっぱりと言い切れるなんて舞衣
先輩はやっぱり色んな意味で凄いという想いがせめぎあって、何も言えなかった。
ちなみに美琴はこくこくと首を縦に振っている。今の発言を支持しているようだ。
それを見て、舞衣はにこりと微笑んだ。

「ほう佐々木、正刻の素晴らしさが分かるか? お前はなかなか見所があるな。よし、ではとっておきの正刻の昔の話をしてやろう。
 実は……。」
そう言いかけた舞衣の口がにゅっと伸びてきた手で塞がれる。
「おい舞衣……! 頼むから俺が居ない所でロクでもない話をしないでくれよな……!」
塞いだのはもちろん正刻であった。片手で舞衣の口を塞ぎ、もう片方の手に鍵を持っている。

「あぁ済まん。君のどこに惚れこんだのかと立上に訊かれてな? 佐々木も興味ありそうだったし、話していたら興が乗ってしまってな。」
正刻の手を外して舞衣が言う。それを聞いた正刻が横目で二人を睨む。桜はぺこぺこと頭を下げ、美琴も微妙に目を逸らしている。
はぁ、と溜息をついた正刻は疲れた声で二人に言った。
「おいお前ら……。頼むから火にガソリンをかけるような真似はしないでくれよ……。それじゃ舞衣! さっさと済ませるぞ!」
「分かった。では行こうか正刻。」
380名無しさん@ピンキー:2007/05/05(土) 00:52:20 ID:AgJHQ9+I
そう言って二人は歩き出す。身長に差はあるが、しかし並んで歩く姿はとても自然で、穏やかなな雰囲気を醸し出していた。
頬杖をついて二人を見送った桜は、はぁ、と溜息をついた。
「何だかんだ言ってもあの二人はお似合いね。付き合わないのがおかしいくらいだわ。……私もあんな風に一緒にいられる彼氏が欲しいなぁ。
 ……で、アンタは何でそんなに不機嫌なのよ。」
そう言って横目で美琴を見る。美琴は一見いつもと変わらずぽーっとしているように見えるが、しかし桜の言うとおり、かなり不機嫌であった。
何故なら……。
「聞きたかったな……先輩の昔の話……。」
そう呟いた親友を一瞥した後、桜は肩をすくめて読書に戻った。

「さて、ここに来るのも久しぶりだな。舞衣、探してる資料はどれくらい前のやつだ?」
「そんなに古いものではない、精々4,5年前程度のものだ。もっとも、量が結構ありそうでな。探すのは私がするから、君は運ぶのを
 手伝ってくれ。」
「了解。じゃあ見つかったら呼んでくれ。俺は昔の文集だの何だの読んでるからさ。」
そう言って正刻は奥のほうへと歩いていく。
舞衣は、さて、と腕まくりをし、髪を軽く束ねて作業を開始した。

二人がいるのは地下一階にある資料室である。学校に関する資料や、卒業文集やアルバム等が保管されている。
基本的に生徒の立ち入りは禁止されているが、今回は舞衣が既に教師の許可を取っていたため、こうして入っているのだ。

そしてしばらく後。ようやく資料を揃えた舞衣は、うーん、と一つ伸びをした。髪を解きながら舞衣は奥に向かって声をかけた。
「待たせたな正刻。じゃあこれを運んでくれ。」
しかし、何の返答も無い。舞衣は首を傾げた。
「……? どうしたんだ、あいつは……。」
そう言って舞衣は奥へと向かった。

舞衣が正刻を見つけたのは、卒業文集を保管している場所だった。
声をかけようとした舞衣は、しかし、かける事が出来なかった。
文集を読む正刻の顔が、あまりにも真剣で、そしてどこか悲しげであったからだ。
「……ん? 舞衣? 終わったのか?」
舞衣の気配に気づいた正刻が声をかける。
「あ、ああ……。ところで正刻、それは……。」
「ああ、これか。……父さんや母さん達の卒業文集さ。」

舞衣が近寄って覗き込む。それは、大介や夕貴、慎吾や亜衣、兵馬達の代の卒業文集であった。
「何かこれ読んでたらさ、父さんや母さんの事を色々思い出しちまってな……。」
頬を掻きながら正刻は呟いた。その表情は、笑顔ではあったが、しかしどこか痛々しさを感じさせるものであった。
その表情を見て、舞衣の胸は痛んだ。きゅっと自分の胸元をつかむ。
そんな舞衣の様子には気づかずに、正刻は明るい声で告げる。
「さて! そんじゃさっさと運ぶか!……ってま、舞衣……?」
381名無しさん@ピンキー:2007/05/05(土) 00:53:10 ID:AgJHQ9+I
正刻は戸惑った声をあげる。舞衣にいきなり後ろから抱き締められたからだ。ぎゅうっと力いっぱい抱き締められる。
「おい舞衣! 仕事も終わってないのに何してやがるんだ!!」
抱き締めてくる舞衣を引き剥がそうと、正刻は腕に力を込める。しかし。
「正刻……。」
そう囁いた舞衣の様子に何かを感じ、正刻は動きを止める。

「なぁ正刻……。無理をする事はない。私に……甘えてくれても良いんだぞ……?」
舞衣は正刻にそう囁く。正刻はふっと目を閉じて笑う。
「ありがとうな舞衣。だけど、俺は本当に大丈夫だ。ただちょっと、ちょっとだけ……父さんと母さんの事を思い出しただけなんだ。
 だから心配するな。」

しかし、正刻がそう言っても舞衣は彼を放そうとしなかった。それどころか、舞衣の体は震え始めていた。
舞衣の様子がおかしい事に気づいた正刻が、心配そうに問いかける。
「舞衣? どうした? 気分でも悪くなったのか? おいま……。」
「正刻……。」
正刻の呼びかけを遮るように、舞衣が彼の名を呼び、そして続けて言った。震えそうな声を、懸命に抑えるように。
「私は……そんなに頼りないか? 私では……駄目、なの、か……?」

そう言われた正刻は戸惑った。
「ま、舞衣……? お前、何を言ってるんだ……?」
「君が風邪で学校を休んだ日……。唯衣には弱音を吐いたのだろう……?」
舞衣は正刻に、逆に問い返す。正刻は驚き、そして正直に答える。
「……あぁ、確かにな。だがあれは俺にとっちゃあ不覚以外の何物でもないんだが……。しかし舞衣、どうしてそれを? 唯衣が喋るはず
 ないのに……。」
そう尋ねる正刻に舞衣は軽く微笑を浮かべて答える。

「そうだな、何となく分かってしまうんだ。二卵性とはいえ、私と唯衣は双子だから……な。」
そして舞衣は、正刻の髪に顔を埋めた。その感触に、正刻は体をぴくり、と震わせたが、しかし何も言わなかった。
「で、な……。私も正刻の弱音を聞いてやろうと思っていたのに、君は……私を頼ってくれない。私に弱さを見せてくれない。それが……
 無性に悲しくて、な。」
「舞衣……。」
正刻は舞衣の手に自分の手をそっと重ねた。しかし、それにも気づかずに舞衣は続ける。
「君を責めるつもりは無いんだ。頼られないのも、弱さをみせてもらえないのも、全て私がいたらないのが原因だ。それは分かっている。
 分かっているが……それでも少し、辛くて、な。君の役に立てないなんて、私は本当に駄目な女で、いつか君に見捨てられても、きっと
 文句は言えなくて、そんな事を考えたら、すごく怖くて、それで……。」

舞衣の独白をそこまで聞いた時、正刻の我慢は限界を超えた。
「舞衣っ!!」
「!? ま、正刻……?」
舞衣の腕を強引に振り払い、正刻は身を翻すと彼女を力一杯抱き締めた。

正刻は彼女の独白を聞いて、自分のことを心の中で激しくなじっていた。
舞衣が無条件に自分を慕ってくれる事に甘え、彼女を顧みる事をおろそかにしていた。その所為で、彼女を傷つけてしまった。
正刻は深く深呼吸をして一度舞衣を離すと、両手で彼女の顔をはさみ、目をしっかりと見据えた。
彼女の瞳は潤み、涙が幾筋か流れおちていた。それを見てまた心が痛んだが、しかし正刻は行動した。
彼女の傷を癒すために。彼女の笑顔を取り戻すために。彼女が……自分にとって、どれほど大切な存在か、分かってもらうために。
382名無しさん@ピンキー:2007/05/05(土) 00:54:00 ID:AgJHQ9+I
そのためにまず正刻が取った行動は、舞衣の顔を両手で挟んだまま飛び上がり、自分の脳天を彼女の脳天に勢い良く振り下ろす事だった。
いわゆる頭突きである。狙い過たず、きれいにヒットする。ゴンッ! と聞いただけで痛そうな音が資料室に響いた。
「あいたぁっ!!」
舞衣はあまりの痛さにうずくまる。正刻も痛かったが、しかしここは我慢する。
少し痛みが引いたのか、舞衣が非難の目を向けてきた。
「おい正刻! 一体何を……。」
「こら舞衣!」
しかし、正刻に一喝され、さらに煌く漆黒の瞳で見据えられ、舞衣は抗議を中断せざるを得なかった。

それを見て、正刻は肩膝をついてうずくまった舞衣と目の高さを合わせると、ゆっくりと喋り始めた。
「おい舞衣。俺がお前を頼らない、弱さを見せてくれないって言ったな? そんなの当たり前だろうが! 誰が好き好んで自分の弱さを
 見せたり、誰かを頼ったりするかよ! 悪いが俺は、最近流行の『癒し』だの『頑張らなくていい』だの、そういうのが大ッ嫌いでな。
、嫌な事があってもなるべく自分で何とかするし、前時代的だと言われようがやせ我慢だってしまくる! 大体俺がそういう人間だって
 のをお前は良く知ってるだろうが! 何年俺の幼馴染やってるんだお前は!」

最初はゆっくり、しかし段々と熱を持って正刻は舞衣に話しかける。いや、今ではもう怒鳴っていると言った方が良いかもしれない。
舞衣はしかし、潤んだ瞳で正刻に訴える。
「で、でも正刻。唯衣には弱さを見せたじゃないか。何で……。」
「俺も人間だからな。体が弱ってる時は、流石に気も弱くなる。その時に近くにいたのが唯衣だっただけの話だ。いいか、良く聞け。もし
 あの時傍に居たのがお前だったとしても、俺は弱さを見せたよ。それは絶対だ。誓っても良い。」
それを聞き、舞衣の目が開かれる。正刻は更に続ける。

「それに、な。俺が弱さをみせても良いと思ってるのは……お前と唯衣、鈴音ぐらいだぞ。」
「ほ、本当か……?」
「ああ本当だ。だがさっきも言ったように、俺は滅多な事じゃあ弱さをみせたりしない。だから、な。俺に頼って欲しいなら、俺に弱さを
 見せて欲しいなら、俺の役に立ちたいのなら……。」
そこで一旦言葉を切り、舞衣を見つめる。舞衣はただ黙って正刻を見つめ返す。
正刻はそこで……にっ、と笑った。そして、とっておきの言葉を舞衣に贈る。

「ずっと……俺の傍にいろ。そして、ずっと俺を見ていろ。俺がいつ弱さを見せてもいいように、俺がお前を頼りたくなった時、すぐに
 助けられるように……、な。」

そう言って正刻はウィンクを一つした。それを見て、舞衣はくしゃり、と顔を歪めた。涙が彼女の両目から、とめどなく流れはじめた。
しかし、この涙は安堵と、嬉しさのあまり流れたものだった。
正刻が彼女に言ったことは、人によっては傲岸不遜の極地、と捉えられてしまうかもしれない。
しかし舞衣は、そこに込められた正刻の想いを確かに感じ取った。
乱暴な言い方をしたのは、落ち込んだ自分を奮い立たせるため。そして、必ず奮い立つと自分を信じてくれたため。

想い人にそこまで信頼されて、それに応えないだなんて、そんなの自分じゃない。
舞衣は胸に灯った熱い想いを確かに感じた。正刻への熱き想い。これからもきっと、色んな困難があるだろう。人間なんだから、落ち込ん
だり、すれ違ったりもするだろう。

でも、きっと乗り越えられる。正刻が贈ってくれた言葉が胸にある限り。自分はきっと大丈夫。
だけど……今は。今だけは。ただ泣かせてほしい……。
そんなことを考えながら、舞衣は正刻にすがって泣いた。正刻も、黙って舞衣の髪を優しく撫で続けた。
383名無しさん@ピンキー:2007/05/05(土) 00:55:15 ID:AgJHQ9+I
そして暫く後。ひとしきり泣いた舞衣は、しかしすぐにいつもの調子を取り戻した。ハンカチで顔を拭い終えた彼女は、いつものクール
ビューティーに戻っていた。
「ありがとうな正刻。……全く、君を助けてあげたいのに、私は助けられてばっかりな気がするよ。」
そういう舞衣に、正刻は肩をすくめてこう言った。
「何言ってやがる、こんなのお互い様だろ。特に……俺たちの間じゃあな。」

そう言う正刻を愛おしげに見つめた舞衣は、不意にくすくすと笑い出した。
その様子を不思議に思った正刻は、舞衣に問いかける。
「おい舞衣、何がそんなにおかしいんだ?」
すると、いたずらっぽい目で正刻を見た舞衣は、楽しげにこう言った。

「いや何、さっきの君の台詞が、まるでプロポーズのようだった、と思ってな。」

プロポーズ? そう言われた正刻は、さっきの発言を冷静に思い返す。

『すっと……俺の傍にいろ。』
『ずっと俺を見ていろ。』
『俺がいつ弱さを見せてもいいように、俺がお前を頼りたくなった時、すぐに助けられるように……、な。』

どう見てもプロポーズです、本当にありがとうございました。

正刻の顔がみるみるうちに赤くなっていく。口をパクパクさせる正刻をいたずらっぽい表情で舞衣が覗き込む。
「さて、正刻? この後の人生設計でも話そうか? そうだな……まずは子供の数から決めようか。私は三人は欲しいのだが?」
もう正刻はさっきの勢いが嘘のように、小刻みに震えることしか出来ない。
それを見ていた舞衣は、ぷっと吹き出すと、正刻を正面から思いっきり抱き締めた。
「まったく君は、本当に可愛い奴だな!」

ところで今更だが、正刻と舞衣の身長さの関係で、二人が正面から抱き合うと、正刻が舞衣の胸に顔を埋めるような格好となってしまう。
舞衣のふくよかな胸に挟まれながら、正刻は体をよじる。
「こ、こら舞衣! 駄目だって色々と!!」
「まぁそういうなよ正刻。人前でいちゃつくのが駄目なら、二人きりの時は少しくらいこうしても良いじゃないか。今まで私が寂しかった
 分の穴埋め、ということでな。」

そう言われると正刻は抵抗できない。只でさえ舞衣の体は温かくて、柔らかくて、良い匂いがするのだ。
正刻は溜息をつき、負け惜しみのように言った。
「……少しだけだから、な。」
舞衣は微笑んで正刻を抱き締めた。正刻も舞衣を抱き締め返し、しっとりとした舞衣の髪をゆっくりと撫でた。


この後、二人の帰りが遅いのを不審に思い様子を見に来た美琴と桜に抱き合っているところを思いっきり見られてしまい、正刻は必死に
弁解するも美琴には「……ケダモノ。」、桜には「先輩不潔ですっ!!」となじられてしまい、更にこの事を知った唯衣と鈴音にダブルで
頬を思いっきりつねられるという折檻を受けたりするのだが、それはまた別のお話。
384名無しさん@ピンキー:2007/05/05(土) 00:57:08 ID:AgJHQ9+I
以上ですー。ではー。
385名無しさん@ピンキー:2007/05/05(土) 02:24:34 ID:c2yiQdxI
GJ!!どう見てもプロポーズワロタww
しかしこれは長いな。終わり、ってあるのか?職人さん頑張って!期待してるから
386名無しさん@ピンキー:2007/05/05(土) 03:31:13 ID:tCe/ghTL
GJすぎる・・・・
387名無しさん@ピンキー:2007/05/05(土) 06:24:04 ID:0BbvtGS5
神神神GJ!いつも神SSを書き続けられる作者が羨ましすぎる。

>>385俺としてはあまり終わってほしくないがいつか終わってしまうのは確実なので、できる限り長く長く続いてくれることを心から祈ってる。
エロも期待してるぜ!
388名無しさん@ピンキー:2007/05/05(土) 06:25:09 ID:0BbvtGS5
素で下げ忘れた。スマソ
389名無しさん@ピンキー:2007/05/05(土) 10:52:05 ID:oVlFS8Wc
GJッ!
390名無しさん@ピンキー:2007/05/05(土) 23:46:51 ID:DdTJIRxY
GJすぎてイチモツが勃ったw
391名無しさん@ピンキー:2007/05/08(火) 23:57:50 ID:K5TcmrCd
GJ! そしてあげ!!
392名無しさん@ピンキー:2007/05/08(火) 23:58:27 ID:K5TcmrCd
上げと言ったのに上げてなかった……。
393名無しさん@ピンキー:2007/05/09(水) 20:18:18 ID:rDv1va3T
もう483KBだね。
394名無しさん@ピンキー:2007/05/09(水) 21:07:52 ID:iWuVJYbs
何KBまでいけるんだっけ?
395名無しさん@ピンキー:2007/05/09(水) 22:14:23 ID:1aV0hl/Z
512kb。次スレは500超えたらか?
396名無しさん@ピンキー:2007/05/09(水) 22:31:04 ID:L34egD20
随分早いなぁ
普段なら500くらいまではいってたのに
397名無しさん@ピンキー:2007/05/09(水) 22:53:05 ID:uRmtYfw+
投下があったら不味いから、もう立てても良い気もするが……。
398名無しさん@ピンキー:2007/05/09(水) 23:23:32 ID:+wgY/AUr
>>395
いや、500KBだったはず。
だからもう立てないとだめだと思う。
399名無しさん@ピンキー:2007/05/09(水) 23:47:08 ID:9YBnyULG
IEでは512だけど、専ブラだと500だった希ガス。
何が違うのか良く分からんけど。
400名無しさん@ピンキー:2007/05/10(木) 20:52:47 ID:KZTryD8J
専ブラだけど、容量オーバー間近の注意カラーが出てる。

>>399
スレッドの上や下にある余計な文字やリンクが
専ブラには入らないからとか?>差分
401名無しさん@ピンキー:2007/05/13(日) 03:58:35 ID:mNYxvB3D
新スレ立った?
402名無しさん@ピンキー:2007/05/13(日) 09:45:07 ID:i4Y3+Pye
まだ立ってないみたい。
俺立てられないんで、
>>403頼んだ。
403名無しさん@ピンキー:2007/05/13(日) 11:36:29 ID:MgQz1FGW
頼まれたのでスレ立てた

【友達≦】幼馴染み萌えスレ12章【<恋人】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1179023636/
404名無しさん@ピンキー:2007/05/14(月) 02:25:13 ID:760VHSHH
>>403サンクス。
次は少し過疎気味だからもう少し職人が来ると嬉しい。
まあ絆と想いがエロパロ一の作品と言っても過言では無いから、それだけでも十分すぎるんだが。
405名無しさん@ピンキー:2007/05/14(月) 05:15:45 ID:YMlr2K0y
下一行は、思ってても口にする事じゃない
新規職人が逃げるぞ
406名無しさん@ピンキー:2007/05/14(月) 12:39:28 ID:DZ08+3F+
そだね。俺も絆と想いは好きだが、他のだって大好きだ。新規職人さんだって大歓迎だ。
もっともっと賑わって欲しいぜ。
407名無しさん@ピンキー:2007/05/14(月) 16:13:14 ID:WwQgEY1F
職人さんが来ても、レスが少なければスレに愛着持ち辛いと思うけどね
大なり小なり反応は欲しいもんじゃね
408名無しさん@ピンキー:2007/05/14(月) 23:17:19 ID:BR1yvRPq
遼君作家さんは何処に行っちゃったんだろ?
結構楽しみにしてたのに……
409名無しさん@ピンキー:2007/05/14(月) 23:46:40 ID:0BPJ5PWo
作家さんにも仕事等があるしな。しゃーない。
410名無しさん@ピンキー:2007/05/15(火) 01:32:48 ID:+3jjyJGu
それでは埋めネタを投下させて頂きます。
411名無しさん@ピンキー:2007/05/15(火) 01:33:41 ID:+3jjyJGu
彼女は空を眺めるのが好きだった。
いや、正確に言うと、空を眺めて想い人が今何をしているか、何を考えているのかを想像するのが好きだった。

彼女の名は「神崎 美沙姫(かんざき みさき)」。美しい少女だった。長く艶のある黒髪を後ろで一つにまとめている。
肌は雪のように真っ白であり、そして凛とした顔つきでありながらもその笑顔はとても優しいものであり、周囲の人間をいつも和ませてきた。

性格はおしとやかで、昔ながらの大和撫子、といえば良いだろうか。丁寧な言葉遣いと落ち着いた物腰は、幼い頃より厳しく躾けられた事
により身についたものだ。
さらに、すらりとした細身の身体でありながら、出るべきところはしっかりと出て、くびれるべき所はしっかりとくびれている見事なプロポ
ーションをしていた。

当然男子からの人気は高く、告白は日常茶飯事、下駄箱からはラブレターが溢れ出る始末であった。
しかし彼女はそれらの申し出を全て断り続けている。理由はただ一つ。彼女には愛する人、許婚がいるからだ。

────私には、愛する人……心に決め、将来を誓い合った許婚がおります────

────故に、貴方の申し出を受け入れることは出来ません────

────お気持ちだけ、有難く頂戴いたします────

────ごめんなさい────

これが告白の場で行なわれる会話であった。

振られた男子生徒のみならず、友人達もそれが誰なのか知りたがった。
すると、決まって彼女は微笑みながらこう言うのだ。

ここにはいません、ずっと遠くにいるのです、と。

それが微妙に抽象的な言い方なので、様々な説が流れた。

普通に遠距離恋愛をしているという説。
実は相手は既に亡くなっているという説。
相手は実は彼女にしか見えない妖精さん説。

しかし、真実を知っているのはごく近しい友人、家族のみであった。
412名無しさん@ピンキー:2007/05/15(火) 01:34:26 ID:+3jjyJGu
弓を構え、引き……そして放つ。
ひゅんっ、と風切り音が鳴り……狙い過たず、的の中央に矢は突き刺さった。

それを見て美沙姫は一つ息を吐き、的の上方、空を見上げた。
今は放課後。彼女は所属している弓道部の練習に精を出していた。

彼女の家はいわゆる旧家であり、更に日本でも有数の財閥を形成していた。
その一人娘であった彼女は、様々な教育を受けた。礼儀作法、活け花や茶道などの教養、そして、弓道や長刀、合気道などの武術、護身術
などである。
その中でも彼女が特に好きだったのが弓道であった。実は彼女の想い人は合気道の天賦の才を持っており、彼女もその傍にいたいがために
練習に打ち込んだ時期もあったのだが、残念ながら彼女には合気道の才能は無かった。

そこで彼女は方向を転換した。向いてないものをやるよりは、得意なものに打ち込んで、それで輝いてやろう。そして、彼と並んでも恥ず
かしくない自分になってやろうと決意したのだ。

その甲斐あってか、彼女の腕前はめきめきと上達し、高校二年となった今ではインターハイの優勝候補の筆頭である。
その腕前と性格が買われ、部でも副部長を務める彼女は傍から見ると充実した生活を送っているように見えるが、しかし今の彼女は少し
落ち込んでいた。

何故ならば、数日前に彼に出した手紙の返事が来ないからである。
彼女は想い人に、いつも手紙を書いていた。頻度は月に一、二回というところだ。
もちろん彼女は想い人の家の電話の番号や、携帯電話の番号やアドレスも知っている。
しかし、それでも彼女はいつも手紙を書いた。自分の手で書いた方が、想いがより伝わると信じているからだ。

そして彼女が手紙を出すと、数日後には彼からの返事の手紙が送られてくる。
彼女はそれが楽しみであった。彼の手紙はいつも面白く、そして暖かい。読んでいるだけで彼女は幸せな気持ちになり、そして安心する。

それが今回に限っては来ない。もう一週間にもなる。彼女は溜息をつきながらタオルで汗を拭う。
彼女の心に黒い雲が広がっていく。彼は……もう自分と手紙のやりとりをするのが嫌になってしまったのではないだろうか。
彼は幼い頃に両親を亡くし、一人暮らしをしている。その生活が大変なのは、容易に想像出来る。手紙を書くのも、きっと楽ではないだろう。

もちろん彼が、忙しいからといって返事を書かないような、そんな人間ではないことは分かっている。
自分もそれが分かっているし、信じているから催促など決してしない。それでもやはり、不安に思ってしまう。

部活を終え、帰宅した彼女は、ベッドにごろんと横になった。そのまま天井を見上げながら物思いに耽る。

彼との初めての出会い。それは幼稚園に上がる前ほどに遡る。
彼の祖父と美沙姫の祖父は親友同士であり、自分達の子供を結婚させようと約束をしていたのだ。
だが、お互いに息子しか生まれなかったため、今度は孫を結婚させようという話になったらしい。
そして今度は男と女に分かれたため、その約束を果たそうと孫同士を引き合わせたのが初めての出会いであった。

「許婚」の意味を幼いながらもある程度理解していた美沙姫は、興味半分、怖さ半分であった。自分が添うことになる人がどんな人なのか。
当然と言えば当然である。
そして彼の家で二人は初めて顔をあわせた。その時の彼女の記憶は流石に曖昧だが、しかしはっきり覚えている事がある。
彼の漆黒の瞳がきらきらと輝いていた事。そして自分が……その瞳に一瞬で引き込まれた事。
413名無しさん@ピンキー:2007/05/15(火) 01:35:16 ID:+3jjyJGu
その日は色々なことをして遊んだ。彼は本が大好きで、色々な本を一緒に読んだ。いつのまにか、彼と一緒にいることに全く違和感を感じ
なくなっていた。出会ってまだ数時間だったというのに。
帰る時には寂しくて、思わず泣いてしまった。そんな美沙姫を彼は困ったように見つめながら、手を伸ばして頭をわしわしと撫でた。
そして優しく告げた。また遊びに来い、と。そして、俺も遊びに行くから、と。

その後、彼とは何回も一緒に遊んだ。彼だけではなく、彼の幼馴染である双子の少女達とも一緒に遊んだ。
彼女達は、美沙姫にとっては大切な友達であり、そして同時にライバルでもあった。
双子が彼に好意を抱いていることは初めて会った時に、すぐに分かった。幼くとも、女はやはり女なのだ。
しかし同時に、二人ともとても良い子達であることも分かった。だから、美沙姫は少し複雑な気持ちを抱きながら双子に接していた。

そしてその後、小学三年生の時に彼は両親の仕事の都合で一年間、京都の美沙姫の家で過ごした。
この一年は、美沙姫にとっては至福の一年と言えた。

だがこの後、大きな不幸が彼を襲う。飛行機事故で、両親が亡くなってしまったのだ。
美沙姫は彼を案じた。これからどうするのだろう、と。彼を引き取ろうとする人達は多く、神崎家もその中の一つであった。
もし彼がここに来る事になったら、許婚として彼を精一杯支えよう、と美沙姫は固く心に誓っていた。

しかし、彼は神崎家には来なかった。いや、神崎家だけではない。引き取りに来た人達全ての申し出を、丁重に断ったのだ。
当時美沙姫は何故そんなことをしたのか理解出来なかったが、今なら少し分かるような気がしていた。
彼はきっと、両親を安心させたかったのだ。自分は二人がいなくてもちゃんとやっていけると。強く生きていけると。

しかし当時の美沙姫にはそんなことは分からず、ただ自分の家に来てくれなかったことを悲しく思っていた。
そして更に彼女を悲しませることが起きた。祖父が、彼と美沙姫を許婚ではなくしてしまったのである。

美沙姫は深く悲しみ、そして激怒した。彼女は家族を大事にしており、当然祖父にも敬愛の念を抱いていた。
それゆえに裏切られた気持ちで一杯になってしまった。生まれて初めて自分に怒りを向けた孫を、しかし彼は静かに説き伏せた。

お前が彼に深い愛情を抱いているのは分かる。
自分も彼のことは気に入っている。親友の孫というのを差し引いても、将来が楽しみな少年であることは間違い無いし、お前と結婚
してくれたらどんなに良いかとも思う。
だが、それらは全てこちらの都合だ。
今彼は、絶望に叩き落されながらも必死でそこから這い上がろうとしている。
ならば、余計な荷物は持たせない方が良い。負担は少しでも軽い方が良い。

それが祖父が語った理由であった。
美沙姫は唇を噛んだ。祖父の言うことも一理あることは分かる。しかし到底納得出来ない。
だから美沙姫は祖父に言い放った。

自分と彼を許婚でなくしたいのならば、すればいい。
だが、例え祖父がそうしたとしても、自分にとって彼は、許婚以外の何者でもない。これから一生を連れ添って過ごす、パートナーである
ことに変わりはない。少なくとも私はずっとそのつもりでいたし、これからもそうだ、と。

祖父は目を細め、痛ましいような、眩しいような表情を浮かべていた。
414名無しさん@ピンキー:2007/05/15(火) 01:36:16 ID:+3jjyJGu
それからは手紙が彼と美沙姫を繋ぐ手段となった。
彼は東京に住み、美沙姫は京都に住んでいたため中々逢えなかった。小学校の卒業後の春休みに一度会ったきりである。
その時は、お互いに通う中学の制服を着て見せ合った。彼が着ていた学ランがぶかぶかで、思わず笑ってしまって怒られたのを覚えている。

そこまで思い出し、美沙姫はふぅ、と溜息をついた。
自分はずっと、彼の許婚であることに誇りを持ち、それにふさわしい人間になるべく努力してきた。だがそれは、結局は自己満足だったの
ではないか。彼はずっと……私を重荷に感じていたのではないか。

悪い想像は止まらない。美沙姫は食欲も無くし、ただ布団にくるまって……泣いた。

翌朝の体調は最悪だった。学校に行くことも出来ず、美沙姫は横になっていた。
これくらいのことで体調を崩す自分が不甲斐ない。美沙姫はぎゅっと布団を握り締めた。
だが、どうせ自分は彼に嫌われてしまったのだ。もう、何を努力しても……。

また気持ちが落ち込みかけたその時、美沙姫の下に使用人が手紙を持ってきた。
差出人の名前を聞いた美沙姫は飛び起きた。何故ならそれは、ずっと待ちわびていた彼からだったからだ。

手紙の他に、写真が数葉同封されていた。
まず彼女は手紙に目を通す。

『美沙姫へ。返事が遅れてしまって申し訳ない。だが忘れていたわけじゃないから安心しろ。まさかとは思うが、俺からの返事が遅れたくら
 いで寝込んだりしていないだろうな?』
まさしく現状を当てられ美沙姫は顔を赤らめる。
『まぁそれはともかく、遅れてしまったのは久しぶりに酷い風邪をひいちまったからだ。全く情け無いぜ。お詫びといっては何だが、俺の
 貴重な風邪っぴき写真を同封する。ま、笑ってやってくれ。それじゃあな。 
 追伸:そのうち久しぶりに会いたいもんだな。酒は飲めるようになったか? 飲めるようになったら夜明かしして色々話そうぜ。じゃ。』

美沙姫は同封された写真をみる。そこには死にそうな顔をした彼や鼻のかみすぎで鼻の頭を真っ赤にした彼、風邪薬を栄養ドリンクで飲む
彼などが写っていた。
美沙姫はそれらをひとしきり眺めた後、肩を震わせて笑い始めた。そして同時に涙も流した。

彼は私の事を忘れてなんかいなかった。それどころか、会いたいとまで言ってくれた。
なのに……私は何をしている? 勝手に落ち込んで、一人ですねて……。こんな女が彼の許婚に相応しいか?
否! 断じて否!! 美沙姫はゆっくりと立ち上がった。目には強い意志の光が宿っている。
私は……もう迷わない。彼とこの先もずっと連れ添って生きていくために。彼に愛される自分であるために。
頑張ろう私! そしてまずはお酒に強くならなくちゃ!
そうして彼女は酒を飲むべくキッチンへと向かいながら呟いた。
「見ていて下さいね……正刻様。私、きっとお酒に強くなって見せますから……!」
415名無しさん@ピンキー:2007/05/15(火) 01:37:49 ID:+3jjyJGu
「ぶえっくしょい!!」
同時刻、東京。学校の屋上でいつもの面子と食事をしていた正刻は、盛大なくしゃみをした。
「うわっ! アンタ、ちょっと何やってんのよ! 汚いじゃない!!」
そう言いながらも唯衣は正刻にティッシュを差し出す。正刻は礼を言うと、口元を拭き、鼻をかんだ。

「凄いくしゃみだったねぇ。きっと誰かが噂してるんだよ。」
きっと良くない方だよ、そう言って鈴音は笑った。
「何を言う。きっと正刻に想いを寄せる少女が……って、それはちょっと良くないな……。」
フォローを入れようとした舞衣だったが、しかし失敗したようで、逆に考え込んでしまっている。

そんないつもの平和なやりとりに苦笑していた正刻だったが、ふと、空を見上げた。
(あいつも……この空を見ているのかね……。)
奇しくも同じ頃、同じ想いで美沙姫も空を見上げていた。

高村正刻と神崎美沙姫。この二人は数ヵ月後に運命的な再会を果たし、そこから新たな物語が紡がれることとなるのだが、それはまだ
もう少し先のお話。
416絆と想い 外伝1:2007/05/15(火) 01:46:23 ID:+3jjyJGu
以上ですー。今回はいつもと少し違う感じで書いみました。埋めネタですしね。

美沙姫は第11話で唯衣と舞衣が話していた『あの娘』です。
本当は情報を小出しにしてサプライズ登場させるつもりだったのですが、いつの登場になるかわからなかったので
こんな形で登場させました。

ちなみに絆と想いですが、誰をくっつけるかはまだ決めていませんが、最終話のプロット自体は出来ています。
なのでいつでも終われるのですが、自分もこの作品に愛着があるので、のんびりひっそり保守代わりになるように
正刻達の日常を書いていこうと思いますー。ですのでまだまだ終わりません。

エロに関しては近日投下予定のものがあるので、そちらで書かせてもらいますー。
それでは長々と失礼しました。ではー。
417名無しさん@ピンキー:2007/05/15(火) 03:17:43 ID:GS/5EKRY
まだ書けるか?
>>416神GJ!!とりあえず作者さんが誰とくっつけるかマジ楽しみだ!
普通に考えれば唯衣舞衣鈴音の三人な気がするが・・・
どんなENDになるかずっと見守ってるからな。
418名無しさん@ピンキー:2007/05/15(火) 16:24:40 ID:+Dq2frIy
ハーレムエンドか一人に絞らずに俺達の戦いはこれからだエンドとかw
419『幼馴染に手を振って』 ◆NVcIiajIyg

五月晴れ。

ぽかぽかの陽気で、中間試験も終わって、伸びをするのも気持ちがいい。
あたしはいつものように髪を高く二つに結んで、土曜日の空気をいっぱい吸った。
「んっ」
伸びをした両指をぱっと離して、つま先をたたいて靴を履く。
玄関先から見える裏山の新緑も眩しくて元気が沸いてくる。
古着屋さんで安く買ったワンピースが風にふくらみ、足取りも気を抜いたらスキップになりそうだ。
「ふふふーふふふふーふふー」
「もしかして頭打ったのか?」
聞きなれた声がいきなり邪魔をした。
水しぶきと一緒に、隣の柵越しに幼なじみのでかい図体が良く見える。
あたしは生まれたときから一緒の男子を腰に手を当てて睨みあげた。
まったくでかいのは体だけでデリカシーなんてまるでない。
「…うるさいな。可愛いとか何とかいえないの?」
「えー。その態度が可愛くねーじゃん」
「ふん。言ってなさい。勝利が彼女も作らないで寂しい青春を送っていても
 もはやあたしには何の関係もないのよ!なんたって、」
「いや、それもう十回くらい聞いた」
「ふふふ」
何度でも言いたい。
だって今日は特別な土曜日なんだから。

そう、デートなのである。

これからあたしは14年間生きてきて産まれて初めての男の子からのお誘いというやつに一緒にいくことになるのである。
ありのまま先週起こったことを話そう。
最近部活で調子が悪くて、試合の予選メンバに選ばれたもののどうしてもチームメイトの足をひっぱりがちだった。
そんなとき厳しくて評判の荻野部長(男子)に呼び出されてさあスタメン外されると縮こまっていたら、
いつの間にか公園デートの約束を取り付けられていた。
信じられないと思う。
あたしだって嘘みたいだと思う。

――荻野部長は厳しいけど優しい。ちょっと背が低いけど、いつも一生懸命だし。
その。正直に言えば。
勝利に毎日偉ぶらなければやっていけないくらい、心臓がうるさくてどうにかなりそうなのだ。
生い茂った夏みかんの葉に目を逸らせて、目にかかる水しぶきにまた視線を戻す。
勝利が柵の上からこっちにホースを向けているせいだ。
ワンピースが濡れそうだったのでちょっと離れる。

「当日になってまで浮かれてんなよ。こけるぞ。嫌われるぞ」
「う、うるさいわね。子供みたいなこといわないでよ」
「楽しんでこいよ。愛」

言い返したのにかぶさって、勝利がいつもみたいにさらっと笑った。
とても暖かい五月晴れの日で、あたしはまだ中学二年生になったばかりだ。

「うん」

青色のホースから隣の庭に水がまかれているのを背に、初めてのデートに向かった。
幼馴染に手を振って。