エロくない作品はこのスレに4

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1名無しさん@ピンキー
・萌え主体でエロシーンが無い
・エロシーンはあるけどそれは本題じゃ無い
こんな作品はここによろしく。

過去スレはこちら
エロくない作品はこのスレに
http://www2.bbspink.com/eroparo/kako/1062/10624/1062491837.html
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過去作品はこちら
2chエロパロ板SS保管庫
http://sslibrary.arings2.com/
248:05/01/06 18:09:58 ID:w/8F0zb3
前スレは即死した模様です。
即死回避のため、前スレおよび前々スレに投下された「特捜戦隊赤黄」氏の作品を再録します。
3特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:11:32 ID:w/8F0zb3
445 :特捜戦隊赤黄 :04/12/30 21:19:57 ID:aEXfCyuf
 このスレをちょっとお借りします。 
これから投下するのは、現在放送中のスーパー戦隊シリーズ「特捜戦隊デカレンジャー」のエロ殆ど無し小説です。
 時系列はほぼ現在進行形(44話終了後)、基本の元ネタは8話の「レインボー・ビジョン」から持ってきました。
デカレッド=バン、そしてデカイエロー=ジャスミンのお話です。
 エロ…というか一応そういう場面は出てくるのですが、殆ど描写がなく、
あっても15禁?くらいなので、悩んだ挙句、こちらに投下することに致しました。
 前編(前にテキストファイルでうp)と後編に分かれておりましたが、統一してまとめてこちらに投下…します。
それ故長いので40レスくらい消費してしまうかもしれません。…はっきりいって駄文です。

 ついていけない、下手糞な文章だと思いましたら、名前欄からNGワードあぼーんお願いいたします。

(元スレ)【S.P.D】デカレンジャー総合カップルスレ【S.E.X】
http://idol.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1080011602/
※一応こんな感じで毎週放送されております↓
<"S.P.D" Special Police Dekaranger 燃えるハートでクールに戦う5人の刑事たち !
彼らの任務は地球に侵入した宇宙の犯罪者(アリエナイザー)たちと戦い、人々の平和と安全を守ることである!>

それでは、どうぞ…
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 宇宙警察地球署の刑事、礼紋茉莉花。通称ジャスミン。
 ジャスミンは、エスパーである。相手に触れることで相手の気持ちが読めるのだ。

(捜査以外でそんなことをしたくない。相手の気持ちなんかわかったって、何もいいことなんかないから)
経験上、そう自負する彼女は、あえてそれを遮断する為に、いつも黒の革手袋を着けている。
 ここ最近、”不思議”なことが、ある。
 それは、黒革手袋を着用していても、たった一人だけ、気持ちが読める……否、気持ちが
勝手に自分に伝わってくる人物がいた。
 その一人とは同じ地球署の刑事、バンこと、赤座伴番。
4特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:12:11 ID:w/8F0zb3
 ヘルズ三兄弟に追い詰められ、ああ、もう駄目だ―と思った瞬間。彼はジャスミンの肩に
手をかけ、こう叫んだ。
「手はなくてもそれでも正義は勝つんだ!俺はいつもそう信じてる、お前だってそうだろジャスミン!」
 弱気になりかけ、不安で真っ黒になりそうだった彼女の心に光を照らし、全ての不安要素を
吹っ飛ばしてくれた、あの言葉。
 そう、”昔”と同じ。”あの人”に救ってもらった時。雨が止み、雲がどこかに吹っ飛んだ後の空
―虹がかかった空を見たとき以来だ―と彼女は思った。

 「五人目なんか、いらないね」

 最初の頃、彼には直接言わなかったけど、そう吐き捨てた彼女。
まさか彼が自分の魂を揺さぶるところまで大きな存在になるとは。
でも、これが彼女の『ターニング・ポイント』。
 普段は伝わってこない彼の”心”。事件なり、恋なり、なんらかのきっかけで
彼の”心”に一度火が点けば一緒にいるだけで、彼の”心”が嫌が応にも伝わってくる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ある時。ホージーのイリーガルマッチに観戦がてら、潜入捜査に入ったジャスミンたち。
イリーガルマッチが始まり、序盤。ホージー優勢。相手にダウンを与えた時。
「やったー!」 「「ワン、ツー」」 そして、ハイタッチ。その瞬間。
(相棒!やったな!)
 ジャスミンの心に、バンの”心”が流れてきた初めての、瞬間。

 その日、ジャスミンは手袋を付けていなかった。手袋を付けただけでも、
バレる可能性もないとは言えなかったから。
 誰にも触れなければ、大丈夫。そう思って彼女は手袋を外して、潜入捜査に来ていたのだ。
 バンと素手の状態でハイタッチなんぞしたもんだからバンの気持ちが流れてきたのだと、
その時はそれで納得し、そのまま試合観戦を続けていた。
 そして、ホージー優勢かと思った試合も、筋肉増強剤メガゲストリンを飲んだ相手が徐々に
ホージーを追い詰めにかかり、ホージーにダメージを与える一方。そんな中バンが叫ぶ。
5特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:12:47 ID:w/8F0zb3
「ドーピングまでして勝ちてぇかよ、卑怯者!」
その隣で観戦していたジャスミンの心に流れてきたのは。
(こんなのに、負けるんじゃねえぞ……相棒)
 何もしていない、ましてや触れてもいないのに、バンの気持ちがわかる自分に初めて気が付いた。
 流れてこなくても、予測できる範囲内では、あるものの。
 結局イリーガルマッチが終了するまで、ホージーの試合経過を気にしながらも、心の中に流れてくる
バンの”相棒”に対する”気持ち”を受け止めるので必死だった。
 そして、またある時。それはマシンドーベルマンの車内で。
「緊急手配、真犯人はパウチ星人ボラペーノ。おそらく次はザムザ星人シェイクになりすます」
ボスの連絡を受けて、パトライトとサイレンを点けながらバンが叫ぶ。
「じゃ、きっとマイラさんに会いに行くはずだ」
 (マイラさんが、危ない!助けにいかないと!)
 (……また流れてきた。……失恋したくせに、それももう半年近くも経ってるのに……)
「なぜ知ってる?」
 そう突っ込んだものの、見事に無視されて。挙句の果てに、バンから流れてくるのは、
 (マイラさん、マイラさん、マイラさーん!!)
 「マイラ」の言葉だけ。ドリフトターンまでして、マイラのマンションに向かうバンに、ジャスミンは呆れながらも、
ちょっとマイラが羨ましく、なった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
―キィーン……耳鳴りがすると、それは”彼女”からの、”エマージェンシー”という、合図。
 しかし、彼はそれに気付くのはもう少し後の話―
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 とある午後の宇宙警察地球署、デカルーム。
クリスマスも終わり、あと5日ほどで新しい年になるというのに、事件は絶えず起きている。
 というわけで、地球署には休みなど、ない。そんな中……。

「ジャスミン、外線にお前宛の電話が入ってるそうだが……」
そうボスに呼ばれて、振り返ったのは、ジャスミン。
「誰からですか?」 「相手はちょっとわからないのだが……どうする?」
「……部屋に繋いでください」 「わかった、じゃ、行ってこい」
そのままジャスミンは、駆け足でデカルームを出て行った。
6特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:13:11 ID:w/8F0zb3
「……ごめん……私、いろいろ忙しくて……」
『えー?そうなの……じゃあ、しょうがないよね。勤務中に電話して、ごめんね。それじゃあね』
「じゃあ……」
震える手で受話器を置いた直後。そのまま床にへなへなと座り込んだ。
(なんで今更……)

―もう、昔の私は、捨てたはずなのに また、思い出す。”あの頃”―

「……ジャスミン、遅っせーなあ……」
はあとバンがため息をつく。
「電話にしては、長いね……俺たちは先に出動させてもらうよ。行こう、ウメコ」
そう言いながら、センとウメコは先にマシンブルでパトロールに出かけてしまった。
 電話を繋いでくれと言って、かれこれもう10分以上過ぎている。
いくら私用だと言っても、一応仕事しているのだから、また後でとか丁重に断れるはず。
(ジャスミンはそういうところ、しっかりしてると思うんだけどなあ) などと思いながら。

「……部屋、見に行ってきていいっすか?ボス」
ボスに一応許可を取る。
「ああ、いいぞ。そのままパトロールに出動してくれ」
「俺も行きます!」 と水を差したのは、ホージー。
「なんだよ相棒ー、相棒はパトロール行かなくていい日だから関係ないじゃんか」
「相棒って言うな。お前一人じゃ何するかわからんからな」
「なんだよそれ!」  またいつもの喧騒。やれやれとボスが声をかける。
「バン……部屋に行かなくていいのか?」
「あ、そうだ!行ってきまーす!」
「おい、ちょっと待て!」
 そのまま颯爽と、デカルームを出て行くバン。もちろんバンの自称”相棒”もその後について行った。

「……だから、別にさぼったり何もしないって!」
「うるさい!お前は信用ならないんだ」
とそのまま喧騒を廊下にまで持ち越し、やっとこさジャスミンの部屋に着いた。
7特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:13:36 ID:w/8F0zb3
 ドアの向こうからは、声はしない。
(電話もう切ってるんじゃないか……)とホージーと目線で合図しながら、バンがドアを3回叩く。
「おーい、ジャスミン。もうパトロールの時間だぜ?」
『……』
再び、ノックを3回。
『……』
「おっかしーな」
「部屋にいないんじゃないのか?」
「じゃあ俺たち、すれ違いだったのか?……あ、あれ?」
バンが何気に触っていたドアノブが動く。
「おい!ジャスミン”とはいえ”、”レイディー”の部屋だぞ!」
何気に失礼なことを言うホージーである。
「でも、なんか事件とかだったら……どうするんだよ?……ジャスミン、開けるぞ?」
とドアノブを回し、ドアを開けた。

 部屋に入ってみる。誰もその部屋には、いなかった。部屋の真ん中にはSPライセンスが転がっている。
「ライセンスがあるんだったら、外には出かけないよな……普通」
「よっぽどのことがなければな」
―!?―
「……隣の部屋に誰かいる」
「また野生の勘ってやつか?」
「なんとなく……」
「……しょうがないな」
 バンの野生の勘を何気に買っているホージーはそのまま部屋に行くぞと合図する。
実は、野生の勘ではなくて、耳鳴りがしたのを、バンはそのままホージーには、黙っていた。
(耳鳴りなんて、久しぶりだな)

 ホージーが部屋のドアをノックする。
「ジャスミン?」 「おーい、ジャスミン!パトロール行かないのかよー!」
(馬鹿!声がでかいんだよ、お前は……敵だったらどうするんだ……)
と思いながらも、ちゃっかりとホージーが
「開けるぞ」と言ってそろそろとドアを開けてみる。
8特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:13:52 ID:w/8F0zb3
 ジャスミンが、ベットに持たれかかっていた。寝ているのか?と思って先に声をかけたのは、ホージー。
「……ジャスミン?」
「……」
むくりと起き上がり、2人を見るジャスミンは、いつもと変わらない。
「……あ……ごめんね。2人とも。もうすぐ行くから……バン、先に駐車場に待っててくれない?」
「わかった」
「お前、なんか顔色悪くないか?」
ホージーにそう聞かれて、すぐさまピースサインを出す。
「ううん、大丈ブイ」
「そうか、ならいい。じゃあ、このバカが足引っ張らないように祈ってるからな」
「うるさいよ、相棒!」 「だから、相棒って言うな!」
 また喧騒しながら、2人はジャスミンの部屋を出て行く。

 ジャスミンはそんな2人を見送りながら
(仕事……しなきゃね) ため息を一つついて立ち上がり、隣の部屋に置いてあったSPライセンスを取って、
後を追いかけるように部屋を出て行った。

「……なあ相棒……さっき、”なんか”見えなかったか?」
「”なんか”って、何が?それと相棒って言うな」
「……じゃあ、別にいい」
「変な奴だな。じゃ、俺はデカルームに戻るから。ジャスミンのこと頼むぞ。
お前はどうもジャスミンの足を引っ張ってるとしか思えんからな」
それだけ言うと、ホージーはデカルームの方へ歩いて行った。

 駐車場に向かう廊下を歩きながら、ボソッとバンは呟く。
「俺の見間違いかなあ……」
あの時、バンの目に一瞬映ったのは、

『後ろ髪を2つに分けて、耳を押さえてうずくまる、制服を着た女の子』。

 はっと気が付くとその女の子は消えて、ベットに持たれかかっていたジャスミンがバンの目に映っていた。
「気のせいだよな……きっと」
9特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:14:10 ID:w/8F0zb3
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
―気のせいだと思っても、それでもやっぱり、気になるもんだ―

 マシンドーベルマンでのパトロール中。
「あー、わっかんねー!」
 髪をくしゃくしゃかきむしりながら、バンは叫ぶ。

「わっかんねーって、何が?」
抑揚のないいつもの声でジャスミンに指摘されたバンは、
「まあ、いろいろあってさ」
「……まあ、バンが言わないのなら、別にいいけど」
そう言って、ジャスミンはハンドルを再び握り締め、

 暫しの沈黙。いつもならこんな沈黙も気にしないのに。今日の沈黙は、なぜか破りたくてたまらない。
バンが先に口を開く。
「えーっと、現在位置は……」
 いつもは触ることすらしない、フロントボディに設置してある端末をピッピッピと触り場所を確認する。
何かしらで沈黙を破らないと、気がすまないのだ。
「ポイント184か……」

 そう言った瞬間、それまで何もなかったジャスミンの周りの空気が変わるのを感じ、耳鳴りが突如始まった。
 (今日耳鳴り、多いな……)
 ―キィーン―
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 (……あれ?)
 バンは気が付くと、学校らしき建物の廊下に立っていた。

 (……ここ、何処だ?……ってさっき俺車の中にいたはずなのに……)
 辺りをきょろきょろしても、バンには見覚えもないところなのだから、わかるわけがない。
 「あのー……」
 通りかかる人に声をかけようと試みるも、皆バンを通り過ぎて、誰も気付いてくれない。
10特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:14:35 ID:w/8F0zb3
(どうなってんだ……?)
 あせるとどうしても走る癖があるのか、バンは廊下をそのまま通り過ぎ、階段にぶち当たった。
 バンの目に映ったのは、階段に座り込む少女。

 (この子……どっかで見たことある……そうだ!)
 『後ろ髪を2つに分けて、耳を押さえてうずくまる、制服を着た女の子』。
 どうせ気付かないだろうからと思って、顔を覗く。

 少し幼さが残っているものの、見たことのある、顔。
 (……ジャスミン)
 その少女は、ずっとうずくまったまま、動かない。何かに怯えているように見える。
 (何か、聞こえてくる……)
 否が応にも、頭の中に流れ込んでくる、”負の囁き”。

 (またいるよ)
 (なに考えてるかわかんない)
 (気持ち悪い)
 (またこっち見てる)……

 男の声、女の声……いろんな人の声。
 (これって、ジャスミンのことかよ……)
 「ヤメテ!!」
 少女が叫んだところで……
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 再びバンの意識は、マシンドーベルマンの中に、戻った。
「……ちゃん、バン!」
「うぁ……?」
 マシンドーベルマンは、停車中。
「バン……やっと目が覚めた……」
まっさきにバンの目に映ったのは、ため息をつくジャスミン。
11特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:14:54 ID:w/8F0zb3
「……あれ?ここ何処?」
「パトロール中に……居眠りはいけません!」 びしっと腕で×印を出すジャスミンがいる。

 (さっきの……何だったんだろう)

「俺、さっき寝てた?」
「私が運転しててよかっただっちゅーの」
「……ごめん」 「ま、いつものことだし」
「あのさ」 「何じゃらほい?」
「……やっぱ、やめとく」 「変なバンちゃん」

(妙にリアルな夢だったな……。俺、やっぱり変なのかな)

『後ろ髪を2つに分けて、耳を押さえてうずくまる、制服を着た女の子』
 あれは、確かに、ジャスミンだった。
泣きもせず、ただひたすら、耳を塞ぎ、声を聞かずに耐える、ジャスミン。

(でも……嫌でも聞こえてきたんだろうなあ)
 大体の経緯は彼女から直接聞いている。エスパー能力のコントロールが出来ずに
他人の心の声が聞こえてきたりして、苦しかった。とも。

 しかし、夢の中とはいえ、あの夢はリアルすぎる。
(あんな生活を送っていたのか……)

 現在は劣等生ではあるものの、それでも、何もかも上手いこと人生が運んできた
自分とはまったく正反対の、生活を送っていたのかと思うと。 
(……俺、ジャスミンのこと、何もわかってなかったんだ……わかろうとも、しなかった……)

 ジャスミンが、SPライセンスを開いて、時刻を確かめる。
「……そろそろ、パトロール終了。デカルームに戻りましょか」
「うん……」
 そのまま、マシンドーベルマンは帰路の途に着いた。
12特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:15:17 ID:w/8F0zb3
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 その日の夜。バンはテツとセンと深夜勤務に当たっていた。
丑三つ時も過ぎた頃。いつもならバンはあくびを始めてくーくー寝てしまうところ。
 
 しかし、今日は、特別。頭が冴えて、眠れない。気になるのは、昼間の出来事。
ジャスミンの様子。そして、夢か幻か。ちらほらと、バンの目に映る少女時代のジャスミン。
 眠っては深夜勤務の意味がないので、眠れなくて結構なのだが、本人より驚いたのが、他の2人。
「……先輩が起きてるなんて」
「珍しいねえ」
2人で顔を見合わせる。
「……いいじゃんか……俺にだってたまには眠れない時はあるの!」
ばん!と机を叩き、2人をびっくりさせる。

「起きてるのなら……たまっている始末書、書きなよ」
「書く気ねーよ……”それどころ”じゃないし(ボソ」
「ナンセンス!じゃあ、寝た方がマシですよ!……その前に、”それどころ”じゃないって、何ですか?」
「そうだよねえ……バンが眠れないなんて、よっぽどの理由が、あるはずだし」
ニヤニヤするテツとセンに突っ込まれてしまい。
「あ……」
(センちゃんは物知りだし、テツは後輩だから、話しても笑ったりとか、しないかな……?
これがウメコや相棒だったら、馬鹿にされてオシマイって感じするしなあ……)

「……あのさ……」
バンはここぞとばかりに、昼間の出来事を、話し始めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……それは、変な話ですね……」
 はい、どうぞとテツがコーヒーを差し出してくれた。サンキュと言って、コーヒーを受け取ったバンは、
「だろ?なんでジャスミンの若い頃の幻とか夢とか見えるんだろうって……センちゃんもそう思わないか?」
 うーんと唸りながら腕を組んで考えていたセンが、バンの話を聞いてから初めて口を開く。
「……バンに、一種のエスパー能力が目覚めた……かもしれない」
「え、嘘、ホント?」  「ナンセンス!」
驚くバン。納得のいかない、テツ。
13特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:15:38 ID:w/8F0zb3
「ただし……相手はジャスミン限定」
「へ?……って、なんで相手はジャスミンだけ……」
「そんなの決まってるじゃないか。……いつも一緒に、いるだろ?」
「それだけで?」
ぽかーんとした顔でセンに聞く。
「バンは意識しなくても、ジャスミンが、意識してるかも、しれないねえ〜」
「何だよそれ……」
”意識”という言葉を出さないと、気付かないバン。それで、やっと気が付いたらしい。
 そして、後輩からのとどめの一言。
「ナンセンス!先輩はそんなこともわからないんですか……だから先輩は、”女心がわからない”って言われるんですよ!」
「……」
バンは黙り込んで、うつむいてしまった。数分間、そのままの状態でうつむいていた。
テツが痺れをきらして。
「先輩……だいじょうぶですか?」 ちょんちょん、と肩をつつく。
「……大丈夫じゃねーよ……」 頭を掻きむしり、立ち上がった。
「何処行くの」 「トイレ!」
そのままバンはデカルームを出て行った。

「……やっぱり、先輩って……」
「……だよねえ……顔、赤くしてたよね」
残された2人は、お互いの顔を見て、ニヤッと笑った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 「……さっきはああ言ったけど、エスパーと呼べるほどのものでは、ないんだよね。」
 「ジャスミンさん限定だからですかね?」
 「”悩んでる人や、困っている人が無意識に発する思考を感じ取る能力”……”思考派”に当てはまると思うんだけど……
もっと困ってる人や悩んでる人はいくらでもいるのに、ジャスミンのことしか受信できてないんじゃ、エスパー能力とは言えないよ。
”縁(えにし)”って感じがするんだ。」

 「そういえば……ジャスミンさんに触るのって、ウメコさんか先輩ぐらいですよ……イリーガルマッチの時、先輩、
ジャスミンさんと素手でハイタッチしてましたよね」
 「テツが来るちょっと前に、正義は勝つ!ってがっちりと肩掴んだり、してたしねえ」
 「……ちゃっかりとそんなことまで……」
14特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:15:54 ID:w/8F0zb3
 「それと、後でファラに関する報告書、読んだんだけど。ファラの取調べの最中に、バンがファラにイチモツを蹴られた拍子に、
ジャスミンを押し倒したんだって。後でこれはセクハラだってファラがぎゃーぎゃーわめいてたそうだけど……とにかく、
あの2人は接触が多いんだよ。それで意識しない方がおかしいんだよ。……バンは特に鈍感だから、
さっきでやっと気が付いたって感じかな?」
 (またこの人は、そういういたずらが好きなんだから……)

 「知らず知らずのうちにジャスミンがバンに対して心を開いて、無意識のうちにバンに対して自分の思念を”ビジョン”に変えて……
いろんなサインを送ったりしている……っていうのが、俺の予測なんだけど。どこまで当たってるかは、当の本人にしか、わからないからねえ」
 「なるほど……さっすがセンさん!頭が切れますね!」
 「君はいつも俺に対して褒め言葉ばかりだねえ……もっと他に言うことはないの?」
 「……」
 (だって、余計なこというと、センさん怖いですから……)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 トイレに行くと言って嘘付いて。廊下に逃げただけだった。

 (嘘だろ?……ジャスミンが、俺のこと……だって、いつもしゃべってるのは、ウメコか、センちゃんばっかじゃん。
俺となんて、マシンドーベルマンに乗ってるときぐらいしかしゃべらないし……何で、俺なんか……)

 ”仲間”としか見ていなかった”彼女”。でも、”彼女”はそう見ていない……?
 (俺って鈍感なんだな)……やっと気が付いたバンであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 次の日の朝。
 眠い。
 昨日深夜勤務だったせいもあるが、何しろ、深夜勤務でお馴染みの”睡眠”が出来なかったのもあって……
「ふあああーあ」
「バン、またあくびしてるー!」
「るせー!昨日深夜勤務だったんだから眠くて当たり前だろ?」
「いっつも寝てるくせに(ボソ」
「なんだとー!」

「おい、バンとウメコ、静かにしろ!」
さっそくホージーからダメ出しを食らった。
15特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:16:08 ID:w/8F0zb3
「ホージー、そのくらいにしといてやれ。……ちょっと皆、聞いてくれるか?」
「何です?ボス」

「昨日から、ポイント260周辺で、アリエナイザーを目撃したと多数の通報があってな」
「そのアリエナイザーの手がかりは?」
「それが……まだよくわからんのだ……」
「聞き込み開始、ってことですね」
「まあ、簡単に言えば、そうなるな……というわけで、捜査を開始してくれ」
「「「「「「ロジャー」」」」」」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
 バンたちは、ポイント260周辺で聞き込みを開始した。通りすがりの人たちや、周辺住民の人たち……
ちょっとした手がかりは掴めたものの、未だアリエナイザーの特徴・姿形までは情報を収集することが出来ず、
そのまま時間が過ぎ、日が暮れようとしていた。
 ホージーとテツのバイク組は先に報告するからと言ってデカベースへ戻ってしまい、あとはマシンブル・マシンドーベルマンの
2組が集まり始めていた。
 
「だめー、全然手がかりがつかめないよぉ」
「せめてアリエナイザーの特徴までわかればいいんだけど」
センとウメコが走りながらマシンブルとマシンドーベルマンを停めてあった場所に、戻ってきた。
「俺たちも手がかりほとんどナッシング」
自称相棒の口癖を真似ながら、ためいきをつくバン。

「あれ?ジャスミンは」
「それがまだ戻ってこないんだ……」
センがSPライセンスを開けて、ジャスミンの場所を確認すると。
「ポイント184にいるみたいだけど……」
「184?っていうか全然!離れてるじゃん!……何やってるんだよジャスミンは……」
「俺たち、もうすこし聞き込み続けてるから、バン、ジャスミン探してきてくれない?」
「ぶー!なんでバンなの?ウメが行く!」
予想通りウメコが噛み付いてきた。
16特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:16:24 ID:w/8F0zb3
(ウメコの言うこともわからないでもないけど、一応パトロールのパートナーは、バンとジャスミン。
そして、俺とウメコ。ボスからそう決められたんだから、しょうがないんだよ。それに……)
「まーまーウメコ……」
と言いながらセンがウメコに耳打ちする。(帰りに三ツ星ケーキ、こっそり食べに行こうよ)

「……じゃあ、しょうがない。バン、絶対ジャスミン連れて帰ってきてよねー」
「へーへー」(また食い物につられたな、ウメコ……)
と言いながら手をひらひらして2人の元から去り、ジャスミンを探しにポイント184へ向かった。

「ジャスミン、何処だろ」
SPライセンスに付属の通信機能で、大抵の場所の見当はわかる。あとはその場所に向かうだけ。
バンは、走り出した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ポイント184。
 実はポイント184はジャスミンが通っていた、中学校の周辺区域に当たる。
過去を捨てた。とはいえ、やっぱり見るのは、辛いもの。
「……忘れたいなあ」 ぽつりと呟く。
 でも、忘れられない。引き寄せられるかのように、ここに来てしまった、自分。
木枯らしが吹く中、彼女は公園のベンチに座り込んだ。
 目を閉じると、あの嫌な思い出が再び頭をよぎり始める……

 (ここかなあ……)
 小さな公園の前。SPライセンスを覗くと、ジャスミンの位置と自分の位置確認がピッタリ合致する。
公園の中に入るとすぐに彼女の姿が目に入った。
 (お、見つけた!)
「おーい、ジャスミ……」
声をかけようとした、その時。
―キィーン―
(また耳鳴りかよ……) 彼女の周りから灰色かかった霧が立ちこめ、彼女の姿を、隠した。
しばらくして、そこから現れたのは……

『後ろ髪を2つに分けて、耳を押さえてうずくまる、制服を着た女の子』
17特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:16:46 ID:w/8F0zb3
(また出てきたか……それより、ジャスミンは何処だ?)
 慌ててジャスミンがいたところに駈け寄ると、さっきまでいた女の子は、消え、
ジャスミンがベンチに横たわって、目を閉じている。
「ジャスミン!」 ジャスミンの元に駈け寄り、声をかける。
返事がない。……でも、胸も動いているし、息も……している。

「ジャスミン……おい、起きろってば、ジャスミン!」
(まさか死んでなんてないだろうけど……)

 ジャスミンは、その声に気付いて、耳から手を離した。振り返ると、そこには。
笑顔を絶やさない、まるで少年のような目をした、彼。

「バン……」
「さ、早くデカルームに帰ろうぜ。……寒くって……コーヒー飲みてぇよ……」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「しっかし、よくここまで来れたよな……聞き込み……したか?」
彼女は首を横に振るだけ。
「そっか……、ま、たまにはそういうときも、あるよな!」

 ポイント184から260までは徒歩で15分かかる。2人は歩きながらポイント260に置いてある
マシンドーベルマンまで戻ることにした。

 街を歩くと、クリスマスのイルミネーションは片付けられ、今度は”ハッピーニューイヤー”、
”迎春”などの文字が並ぶ。通り過ぎる人も荷物を抱え、何かしらせせこましい。

「もう……今年も終わりか……」
「本当に今年はいろいろあったわね……」
「俺が来ちゃったから、事件も増えただろ?」
「んなこたーない……とは一概には言えない……」
「……そうだよなあ」
などと雑談を交えながら、ポイント260へ戻る途中…
18特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:17:07 ID:w/8F0zb3
「……茉莉花?」
「……え?」
「茉莉花だよね!?あたしよ!”ノリコ”」
「ノリちゃん……?」
「そうよー、もーう、すっごく久しぶりじゃない!」

 バンは一歩下がって2人のやりとりを、見つめていた。すると……(また来たかな……)
―キィーン―
 耳鳴りと同時に。2人のやりとりの真正面に、薄いフィルターを施したところから流れる”ビジョン”。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 同級生たちの心無い声に、ジャスミンがとうとう耐え切れず。
「ヤメテ!」

 ずっとうずくまっていた、ジャスミンが始めて叫んだ。
(さっきの、続きか……)
 昨日のセンの話、そして、バンらしいというか、もう耐性がついたようで、自分でも
冷静になんでこんなビジョンを見てるのだろうと、思いながら……。
 しばらくして、別の少女がやってきた。
「大丈夫?茉莉花」
 とジャスミンに声を掛ける。

 今しがたやってきたその少女はどうやらジャスミンを気遣っているようだ。
「ねえ、本当に大丈夫?」
 その少女がそう言った瞬間。バンの頭の中に信じられない言葉が流れてきた。

 (なーんか、一緒にいると疲れるんだよね)

 冷たく、突き放したような声が聞こえると、またバンの意識は現実に、引き戻された。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 はっと気が付くとまだ同窓会がどうのこうのと揉めている。
(まだ揉めてんのかよ……それにしても、ノリちゃんって、さっきの……)
19特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:17:20 ID:w/8F0zb3
 バンもさっきの”ビジョン”を見て、顔も声もはっきり覚えている、”ジャスミンの親友”だった彼女。
”ビジョン”から何年か経っているので多少大人っぽくなり、化粧はしているものの、昔の面影は残っている。

「だから、忙しいって断ったはず……」
ジャスミンは、本当に困っているようだった。
「ねえ、茉莉花……本当に同窓会、出ないの?無理なら日程ずらすからさ……」
 見た目より強引な子らしい。ジャスミンの表情が途端に暗くなる。

(昨日の電話はこのことだったのか……)

「私に合わせると、いつまでたっても日程なんか組めないわよ……」
「……でも、あれから全然学校に来なくて、いきなり宇宙警察学校に入っちゃって……心配してたのよ……あたし……」
心配そうな顔でジャスミンを見つめる”ノリちゃん”。

 そのやりとりを横目で見ていたバンに突如として、聞こえてきたのは。
”ノリちゃん”の表情からは想像もつかない、言葉。

(あーあ、メンドクサイ。社交辞令も疲れるもんね)
 愕然。きっと、直接伝わっていなくても、ジャスミンにはわかっているだろうに。

(なんだコイツ!やっぱり昔と変わってないじゃねーか!)
 その瞬間。また耳鳴りが始まる。
―キィーン―
(バ、バカ!なんでこんなときに限って……)
 再びバンの目に映る”ビジョン”。今度はいつの間にか、自分もその場所に入り込んでいた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 親友の女の子の本音の声が流れてきた瞬間。ジャスミンは、顔を上げて
「ノリちゃんだけは、親友だと思っていたのにっ……!」
 泣きそうな顔でそう叫ぶとそのまま階段を、駆け下りた。
20特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:17:59 ID:w/8F0zb3
「あ、おいっ、待てって!!」
 ジャスミンにはバンの姿など、見えていないのだから、気付くわけがない。
それでも、バンは、逃げるジャスミンを、追いかける。だって、声が聞こえるから。
―ツライ―
「ジャスミン!」 それでも、逃げる。バンは追いかける。まだ、声が聞こえるから。
―クルシイ―
「待てよ!」 やっぱり、逃げる。それでもバンは追いかける。声にもならぬ叫びは、まだ続く。
―タスケテ― 「待ちやがれーーーーーー!」
追いついた!そして、彼女に触れようとした、その瞬間――

 目の前が、真っ暗になり、バンの意識が薄れていく。
遠のいていく、意識の中で彼が見たものは、ジャスミンの、涙。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ”ビジョン”が消え、バンが現実に戻ってきた瞬間。
気が付くと、バンの手は、ジャスミンの手を掴んでいた。そして、”ノリちゃん”に向かって、口から自然と出た言葉。

 「すいません……俺たちこれから仕事ですから」

 バンはそう言って、ぐいぐいと、ジャスミンを引っ張って、”ノリちゃん”からジャスミンを引き離す。
だんだん”ノリちゃん”が遠くなる。けれど、”ノリちゃん”は追いかけてもこなかった。

「バン……」
 声をかけても、バンは何も言わず、ずっと手を引っ張り続ける。早歩きだったはずが、いつのまにか走り出していた。

 ”ノリちゃん”みたいに強引だけど、彼の手から伝わってきたのは。彼の手の暖かさ。
そして、手袋をしていても聞こえてくる、声。
 (俺……ジャスミンのこと、何にもわかってなかった……ごめんな……)
 (バン……)
 バンはずっとジャスミンの手を取って、街を駆け抜ける。”灰色のビジョン”はいつの間にか消えていた。
21特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:18:28 ID:w/8F0zb3
「バン……」
 2度目の呼びかけ。
ぴたっと、バンが立ち止まる。背を向けたまま、彼がボソッと呟くようにこう言った。

「昔のこと、思い出したら、俺が助けてやるから」
 そして、また再びジャスミンの手を取って走り出した。

 結局、ポイント260に置いてあったマシンドーベルマンに辿り着くまで、2人はずっと手を繋いで、走った。
 (ありがとう、バン)
走っている途中で、ぎゅっと手を握った。その直後。
 「お礼なんて、いらねーよ」 照れたように、彼は呟いた。

――自分の気持ちがそこはかとなく彼に伝わっていることになんとなく気付いた、彼女。
 自分の気持ちがそこはかとなく彼女に伝わっていることに、まだ気付かない、彼。
 2人の気持ちが合わさる時間はそう遠くは、ないはず――

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 そんな2人を遠目から見ている、蝙蝠と1人のアリエナイザー。

 『……いつになったら、”アイツ”を襲ってもいいんだ?』
 「まあ、そう言うな。タイミングというものが、あるんだ」
 『俺は”アイツ”に復讐したいんだ……兄貴の仇……』
 「またその台詞か。お前には無料で希望の商品を、提供してやるって言ってるんだ。私がいいと言うまで、待て」
 『……』
 (……こいつらが、共倒れになれば、デカレンジャーも終わり……今のうちに、仲良しごっこしておくんだな。カワイコちゃん)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
22特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:18:47 ID:w/8F0zb3
 ポイント260周辺での、アリエナイザー目撃情報から2日。
バンたちは聞き込みを続けていたものの、犯人の特徴は未だに得られていなかった。
「今日もまた、聞き込みですか……?」
「ああ、地道な捜査も必要だからな、出動してくれ」
「「「「「「ロジャー」」」」」」

 各人それぞれ出動しようとした時。
「おい、バン」 「何すか?ボス」
「ちょっと……」
と、指でこっち来いと指示され、デカルームを出て、廊下で地球署のボス、ドギー・クルーガーと2人きりになった。
「なんか俺が配属されてきた直後みたいっすね」
「そういえばそうだな……それはいいとして、お前に頼みがある」
「え」
「実は、さっきのアリエナイザーの目撃情報のことだが。アリエナイザーの正体、もう見当がついてる」
「じゃあ、さっきなんでそれを……」
「ジャスミンが、どうして宇宙警察に来たか、知っているだろう?」
「知ってるに決まってるじゃないっすか。アリエナイザーに殺されそうになったところをボスに助けられたって……」
「今回のアリエナイザーは、ジャスミンを襲った犯人の双子の兄なんだ」
「…それじゃ、ベン・Gみたいに、またボスが狙われてるんじゃないですか?……それに、俺にどうしろと?」
「ジャスミンを、守ってやってくれ……もしかすると、ジャスミンを狙ってくるかも、しれない。
万が一ということもあるし。俺の鼻が、匂うんでな……」
「ボスは、どうするんですか?」
「自分の身は、自分で守るさ……」
「わっかんね…なんでジャスミンのことを俺に、頼むんですか?」
「俺の勘だ」
(そう言われちゃ、断りきれないっての)
ボスを見て苦笑しながら。
「ロジャー」と返事をして、バンは、デカルームに戻っていった。
23特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:19:06 ID:w/8F0zb3
 それを見届けて、ふうと息をつくボスに、後ろから
「あの子にそんな大役押し付けちゃって、いいの?ドゥギー……」
スワンが声をかけてきた。
「表面的にはお茶目を装っているが、まだまだジャスミンは、過去から吹っ切れていない。
完全に、吹っ切る為には、あいつが必要なんだ……」
「あなたがその役を引き受ければいいじゃない?」
「生憎俺はもう一線から、退いているからな……」
「バンもえらい人に目を付けられちゃったわね」
「俺のことか」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ボスと何の話、してたの?」
「……始末書、たまってるから早く書けってさ」
(本当のことなんて、言えないに決まってんじゃんか)
「嘘つきは、泥棒の始まりって、習わなかった?」
「え!……嘘なんかついてないぜ(ボソ」
「墓穴掘ってる」
「……」
「私のこと、守ってやってくれとか、言われたんでしょ」
「……なんでわかるんだよ」
もうお手上げだ。

「バンの考えてることが、わかるようになった」
「え?」
「……と日記には書いておこう〜」
「なーんだ、嘘か……びっくりしたあ〜」

 ジャスミンの変な言葉は本音のカモフラージュ。それに気付かないバンは、
(ああ、よかった)……本気でほっとしている。

 ついこないだまでジャスミンの周りに漂っていた灰色のビジョンはもう微塵も残っていない。
(バンがいれば、大丈夫かも……もしかしたら彼に惹かれているのかな)
 そう思いながら、2人はマシンドーベルマンに乗り込み、聞き込みの捜査に向かった。
24特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:19:50 ID:w/8F0zb3
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 「待ったかいがあったな……準備はできているぞ……」
 『やっと、あの女の顔を近くで拝めるんだな……』
 「思いっきり、やりたい放題暴れて来い……!これでデカレンジャーも、終わりだ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 捜査に向かう途中、緊急警報が鳴る。
『ポイント260にアリエナイザーが出現した!すぐに現場に向かってくれ!』
「「ロジャー!」」
 SPライセンスを開くと、一番自分たちがポイント260に近い。

「やっとお出ましか」 「一気に、行くべし」
 はっと、バンは気付いた。
(そうだ。俺、この感じ……この”やりとり”が、好きなんだ)

――ヘルズ三兄弟にボロボロにやられたくせに「正義は勝つ」って言った俺に向かって、
 一番最初に、「バンに賛成、いくべし!」と言ってくれた時。
  ビスケスから階級章を取りに来いと言われ、ボスに止められても「地球署の意地です、必ず勝ちます」
 と言った俺に、いつもの彼女らしく「以下同文」って言ってくれた時。
 ……そういえばどっちもジャスミンだったよな――


 それから間もなく。バンとジャスミンポイント260に到着した。
そこにはマシンハスキーもマシンブルも、マシンボクサーもいなかった。人すら見当たらない。
 とりあえず、いつアリエナイザーが現れるかわからない、2人はSPライセンスを取り出して。
「「エマージェンシー、デカレンジャー!SWATモード、ON!」」


「本当に、ここにアリエナイザーが、いたのか?」
「わからない……」(でも…何か、おかしい)
2人はそれぞれ、通信マイクを使って、
「ウメコ?聞こえる?応答して……」 「相棒?テツ?何処にいるんだ?」
 返事が無い。
25特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:38:52 ID:w/8F0zb3
「ウメコ?」 「相棒!」
しばらくして、ジャスミンの通信機能にウメコからの映像情報が、
バンの通信機能にホージーから映像情報が転送されてきた。

 ウメコからの映像情報は、イーガロイド4体……いや、6体ぐらい。
ホージーからの映像情報には、イーガロイド4体……バーツロイドが10体くらい。テツもちらりと映っていた。

「……足止めを食らってるってことか?」
「敵は、あたしたちのどっちかが目的?」
その時。2人に向かって、遠くから叫ぶ男の声。

『お前が……礼紋茉莉花だな!』
「どちら様……?」
『俺の顔を見たら、すぐに思い出すと思ったんだが……』

「!……あなた……もしかして」
バンのおかげで綺麗さっぱり消えていた過去が再びジャスミンの脳裏に、フィードバックされる。
それと同時に。
―キィーン……
バンの耳鳴りが始まった。途切れ途切れにビジョンが、バンの瞳に、映る。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 <雨の中、逃げるジャスミン>

『そう、何年か前に、お前を殺そうとした男の”双子の弟”……』
ジャスミンはSPライセンスを開き、クライムファイルを検索する。

 <若い女性を燃やし尽くすロチイに瓜二つの男>
 <それを発見してしまう、ジャスミン>

「トモカオ星人ロチイ……20の星で猥褻殺人の罪で逃走中……それに100の星で若い女性を次々に殺人し、
○年前にデリートされたトモカオ星人オロジの双子の兄……直々にお出ましだなんて、どういうつもり……?」
”猥褻”という卑猥な言葉を目にしただけで、ぞくりと背筋が凍りついた。
26特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:39:12 ID:w/8F0zb3
 <男に見つかって、首を絞められそうになっている、ジャスミン>

 ”ビジョン”はそれ以上、バンの瞳に映ることはなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ジャスミンが冷静に話をしようと努めているのはバンにもわかる。でも……声がうわずっている。
(……ビジョンが途切れ途切れなのは……動揺する、ジャスミンの心と”リンク”しているからか?)
焦りながらも、バンはいつもの調子で、相手に突っかかる。
「一体……何が目的なんだ!」

『礼紋茉莉花に、”復讐”しにきたのさ……、いや……礼紋茉莉花というか”ドギー・クルーガー”にな!』
そう言うと、ロチイは一瞬消えたかと思うと、いきなり2人の前に瞬間移動してきた。
「ぐあっ!」 「きゃあっ!」
 不意を突かれ、2人続けて力強く胸を蹴られ、吹っ飛ばされた。
ロチイは、再び瞬間移動して、最初にいた場所に、戻る。余裕綽綽のようだ。

「うっ……」
「畜生、ジャスミン!大丈夫か?」 「……」
 バンはよろめきながらも、立ち上がり、ジャスミンに声をかけるものの、動かない。
あの一発でかなりのダメージを受けたらしい。……SWATモードじゃなかったら、
一発でデカメタルが解除されるくらいの……力。

「どうした?もう終わりか……」 ロチイが不敵な笑みを浮かべてこっちに近づいてきた。

『ジャスミンを、守ってやってくれ』 ボスから頼まれた、一言を思い出す。

(俺は……ジャスミンを、守る……!)
「これで、終わりなわけが……あるかぁ!……うぉぉぉっ!」
「バン!」
D−リボルバーを発射しながら、ロチイに近づくバン……しかし。
 再び、ロチイの姿が消えた。
27特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:39:26 ID:w/8F0zb3
「なに?」 姿が消えたのに反応して、立ち止まる。
「甘いな」 再びキックを後ろから浴びた。
「うわあああああ!」
 背中から、強烈な痛みが走り、そのまま ―デカメタル(変身)、解除― 
その場にバンはうつ伏せになって倒れた。

「……貴様、それでもデカレンジャーか?……相手にもならんな」
ロチイはぎりぎりと、バンの背中を踏みにじる。
「ぐあああっ……」
 変身していない状態で、アリエナイザーの直接攻撃を受ける
肋骨が、折れたような音を初めて聞いた。
(ジャスミン……) 意識が朦朧となりながらも、それでも気になるのは、ジャスミンのこと。

「やめなさい!」力強い、声と共に、D−リボルバーの発射音が鳴った。
それまでバンの背中を踏みにじっていた、ロチイが一瞬たじろいだ。
「なんだ……お前……まだ元気だったのか……」
「バンから……離れなさい!」
「……言うとおりに、してやるよ」 ニヤッと笑い。また消えた。

「消えた!?」 「ここだよ」
声がする方向……、上を見上げると。
ロチイが急降下してきて、ジャスミンの肩を蹴り飛ばす。
「きゃああっ……」 (しまった!)
弾みでD−リボルバーを離してしまった。

 そのまま倒れながらも、起き上がろうとしたジャスミンの目前に、映るのは。
さっきまで自分が持っていた、D−リボルバーの銃口。
「……形勢逆転にも、ならねえな」
ロチイはふん、とリボルバーを振り上げ、容赦なくジャスミンの胸にぶつける。もう声も出なかった。
―デカメタル(変身)、解除― 
28特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:39:43 ID:w/8F0zb3
そのままジャスミンも、倒れてしまった。
「お楽しみは、これからだ」 (何、言ってるの……こいつ……)
 バンも薄れた意識の中で、一部始終を見ていた。2人とも変身解除してしまい、手も足も……出ない。
残されたのは……腰元にある、SPシューターが最後の武器。
(まだ、動ける……こいつでなんとか!)
体が痛い。でもそんなこと言ってられない。手探りで、SPシューターを探しだす。
(見つけた!) シューターを握った瞬間。

「抵抗しても無駄だ!デカレッド!」 「誰だ!」
蝙蝠の大群。大群が一つにまとまり、そこから現れたのは……
「……エージェント・アブレラ!」
ジャスミンが叫んだ。
「ごきげんよう、カワイコちゃん……。でも、残念ながら、今日の君のお相手は、私じゃない」
「何ですって?」
「そこにいる、ロチイに、ゆっくり可愛がってもらえ!」
そう叫んで、ロチイに顎で合図をする。
「……」
ロチイの眼光が、さっきよりもぎらついた。

(まさか……こいつ……)
さっきクライムファイルで目にした”猥褻”の文字。それが現実のものに、なる。
段々、近づいてくるロチイ。ジャスミンの体は、動かない。
「いや……」
人間体だったロチイの上半身はいつの間にか、蟷螂のような、形態に変化していた。
(これが、トモカオ星人の……正体)

 バンにもロチイがジャスミンに何をするのか、察知できた。
(何とかしないと!) ぐっ、とSPシューターを握り締めた瞬間。
「邪魔するなと言った筈だ!」
「うあっ……」 びりびりっと、その手に衝撃を受け、SPシューターが飛ばされた。
29特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:39:57 ID:w/8F0zb3
「今から、楽しい楽しーい”寸劇”をお前にも見せてやろうって言うのに、自分から放棄するなんて……もったいない」
「そんなもん見たくねえ……!どけ!この蝙蝠野郎!」
「相変わらず、口だけは達者だ……ふん!」
背中を足で踏まれ、再び、激痛が走る。
「うわあああ……」
また肋骨が折れるような音が聞こえた。
「ゆっくり、私たちはここから、観客として楽しもうじゃないか。なあ……デカレッド」

(体……動かねえ。俺、ジャスミンを守るつもりだったのに……それにしてもなんで……相棒たちは来ないんだ……)
 
 本性を現したロチイの息が荒くなる。苦しいとか、疲れているとか、そういうのではない。
目の前にある、獲物をどうしようかと、期待と喜びに溢れ、興奮するかのような、喘ぎ。
「ぐへへへ……目一杯可愛いがってやるよ」
もちろん、獲物は、ジャスミン。
(助けて) 体も、心も。恐怖におののいてしまって、動けない。
 バンをふと一瞬見やるも、あのバンですら攻撃にやられ、その上アブレラによってがんじがらめにされている。
それでも……
「バン……助けて!!」 叫ばずにはいられなかった。……しかし、
「もう遅いんだよ」
ロチイが、ジャスミンの前に、立ちはだかり、無理矢理ジャスミンの服を、切り裂く。
「”寸劇”の始まり始まり……」 アブレラが、楽しそうに、呟く。

「……いやああああああああっ!」
「ジャスミン!!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 鉄工所の主が帰ってくるのを待っていたドギー。
「はい、ドゥギー」
 いつの間にか帰ってきた、鉄工所の主、白鳥スワンからコーヒーを差し出され、
ドギーはもらっておくと言ってカップを受け取った。
「ジャスミンのところに行ってきたわ……」
「それで、様子は?」
スワンは首を振るだけだった。そうかと、ドギーはうなだれる。
30特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:40:12 ID:w/8F0zb3
「俺の判断ミスだ……。まさかエージェント・アブレラが絡んでいたとは……」
「結局、アブレラは?」 「取り逃がした」 
「そう……」
溜息をつきながら、スワンが呟いた。
「ジャスミンだけじゃない。きっと、バンも、辛いはずよ……」
「ああ……」 2人は、それ以上何も言わなかった。


 ホージーやセンから、ポイント260に辿り着けないとの通信を受け、
(何かおかしい) と思ったドギーは単身で260に乗り込んだ。
 ジャスミンの悲鳴で2人が何処にいるのか、すぐにわかり現場に駆けつけ、其処で目にしたのは。

 アブレラに足蹴にされているバン。そして、ロチイに”凌辱”されている……ジャスミンの姿。
もちろん、服は全部切り捨てられて。
「なあ……お前……いい体、してんな……たまんねえよ……」 ロチイの喘ぐ声。
「やめ……て……」
 いくら宇宙広しといえど、地球人外の者と地球人が繋がっている図はなんとも言い難い。異様。
 ジャスミンの、消えそうな、か細い声。
ロチイは何も言わず腰を振り続け、ジャスミンは、抵抗も出来ず、されるがまま……

「やめろ!」 ドギーが来たことに、気が付いたアブレラが、ふふんと鼻先で笑いながら。
「なんだ……ドギー・クルーガー……お前も”見物”に、来たのか?」

「……エマージェンシー……デカマスタァァ……」
 そのままドギーは変身し、先にデリート許可が降りていて、愛戯にいそしんでドギーの存在に気付かなかった
ロチイを真っ先にデリートした。その時点で、もうジャスミンの意識はなかった。

「ふん、こいつらはもう死んだも同然だ……地球署の終わりも近い……」
アブレラは、そのまま吐き捨てるように、消えていった。
 ”あの時”と同じように、ドギーはジャスミンの命を救いはしたものの。
”あの時”とは違って、虹の空は出てこない。
そればかりか、ジャスミンが受けた、ダメージは、底なし沼のように、深い。
31特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:40:58 ID:w/8F0zb3
 結局、敵をデリートしても、救われた者は誰一人として、いなかった。
(すまない……)
ドギーは心の中で呟きながら、意識がなく、裸で横たわるジャスミンに、毛布代わりに自分の上着をかけてやる。

「ボス……!」 それからホージーたちが駆けつけたのは数分後のことであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 次の日、デカルームでは、報告書をまとめる為、バンとジャスミンを除く4人が机に向かって、この事件を振り返っていた。
「トモカオ星人、ロチイ……まだ現役だった頃のボスにデリートされた、オロジの双子の兄、か」
「オロジのパンクライムファイルを読んでいると、若い女性を次々に、”焼失”させていたって
載ってますけど。今回の兄の行動は……弟のそれとはまったく違うじゃないですか……」
 テツだって、まだ若い。直接的な表現は避け、皆に尋ねた。

 無言でホージーが壁面の端末に向かって、確認する。
「トモカオ星人の若年層は火を操ることができるらしい。……もっとも、暴走をすればオロジやロチイのようになる。
若い頃は相手を焼失化させることによって、快楽を見出し、年をとる毎に段々それにも飽きてきて、己の欲望……
ロチイの場合だと、”性欲”に正直になり、性欲を満たした後で女性を殺害することに”快楽”を覚えていたのかもしれない。
……もっとも、もうロチイがいないのだから調べようもないがな……」
「それで、自分の兄をデリートした、ボスに恨みがあって」
「ボスが助けたジャスミンが、同じ地球署にいると知って」
「ジャスミンにあんなこと……したんだ……ひどい……ひどいよ」 ぐすぐすっと、ウメコが再び泣き出す。

「今日はジャスミンさんの様子、どうでしたか?」 ウメコは首を横に振って、
「駄目。全然目を覚ましてくれなかった。”起きて”って、何度も呼びかけたけど……」
「そうですか……」
 あれからずっと、ジャスミンは眠り続けている。体は多少の打撲傷があるものの、眠りから、覚めない。
脳波等を検査しても異常は見つからなかった。まるで自ら心を閉ざすかのように……
32特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:41:27 ID:w/8F0zb3
そして、いつその苦痛が消えるのか、誰にもわからない。
 刑事の前に、ジャスミンは、一人の女性なのだという事を改めて痛感させられる。

「……ロチイよりも、アブレラが絡んでいたことの方が重要だ」
「ロチイの逆恨みを利用して、地球署潰しにかかったってことですよね」
「俺たちをポイント260に行かせないように、わざとイーガロイドたちを俺たちによこしたりなんかしちゃってるし……」
「あいつ……本当に、一体何者なんだ……」

 わからないものは、わからない。結局、そこで話が止まり、皆、無言になる。
そんな沈黙を破るかのように、テツが、口を開いた。

「……俺、先輩の様子、見に行ってきて、いいですか?」
「まだ、面会謝絶のはずだ。……意識もまだ取り戻していない」
「でも、心配なんです」
「テツ。気持ちはわかるけど。もうちょっと待ったほうがいいよ」
「……わかりました」 納得いかない顔をしながらも、センの言うことを聞くことにした。
(先輩……目が覚めたら、いつものようにバックドロップとか、してくれますよね……)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ジャスミン!」
 そう叫んだ後、急に意識がなくなり、いつの間にか、バンの意識は、ふわふわと、どこかを彷徨い続けていた。
(俺、死んだのか?……別に、もう、死んでもいいかな)
 彼女を守れなかった、自分の無能さに気が付いて。もう彼女に会わせる顔が、ない。

(なんか……聴こえる)気が付くと。いつもの耳鳴り。彼女の声が、途切れ途切れに流れてきた。

<……ら、死ぬんだ……それでもいいかな……みんな私の事、……るし、
……なんて……いらないし……死んでも……いいや……>

(俺たち、一緒のこと、考えてるな……)
「ジャスミン……」
 目の前にいない、彼女の名を呟くと、意識がふっと遠のいた。
33特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:42:09 ID:w/8F0zb3
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あ……」 見たことのある、場所。
「大丈夫ですか?やっと気が付かれましたね……おい、署長に連絡しろ!」
「俺……」 「メディカルルームで寝るのは、初めてでしたよね、赤座さん」
 メディカルスタッフに声をかけられそっと布団から手を出して、じっと見つめる。
手には包帯が、ぐるぐると巻かれていて、ちくりちくりと痛みは残っている。
アブレラから受けた傷の痛みで生を、実感するなんて。
(皮肉なもんだな……) ためしに、聞いてみた。
「今日って……何月何日?」 「もう……年明けちゃいましたよ……1月2日です」
「ごめんな……新年早々から」 「いいえ。毎年こんなもんですから」
笑いながらスタッフは答えた。
(嘘付くなよ……俺が来る前なんて、ほとんど事件がなかったくせに……)


 ボスとの面会が終わり、しばらくしてからセンとテツがバンの病室にやってきた。
「先輩がずっとあのままだったらどうしようかと……思ってたんですよ……」
「気が付いて、よかった」
「センちゃん、テツ……」
 笑いながら声をかける。でもその笑みは2人が見ていて痛々しいと思った。
 顔面には大きな絆創膏。左腕は三角巾で固定され。上半身や腕は包帯でぐるぐる巻き。
手は無数の傷が残っていてとてもじゃないが絆創膏じゃカバーしきれない為、そのまま消毒液を塗られた跡が残っている。
 もちろん、体が動かないので、寝たまま。
 一通り、自分たちも結局アブレラの罠にはまって、ポイント260に辿り着けなかったこととか、
ロチイはボスにデリートされたんだとか、バンに伝えた後……。

「……ジャスミンは?」
「それが、まだ意識が戻ってないんだ」
「そっか……」 それを聞くと、笑みが消え、そのまま黙り込んでしまった。そのまま黙り込むこと数分間。

 バンが口を開いた。
「俺、ジャスミンを守れなかったのに。それなのに……さっき、ボスから無茶なこと、言われた……」
「何を言われたんだい」 センが尋ねる。
34特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:44:57 ID:w/8F0zb3
 それでも、何が何でも彼女の姿を見ずにこのままわざと眠ってやろうかと思った。
そんな俺を見透かしたように”蝙蝠野郎”がその度に俺の手や腕、顔に傷をつけ、痛みという”刺激”を与え、
眠らないようにしてきやがった。
 だから、嫌でも彼女の姿を見続けなきゃいけない。たまにちらりと俺を見つめる彼女の哀しい視線。
お願いだから、こんな俺なんて見ないでくれ……。

「やめろ……」 それでも、彼女は俺を見続ける。
「やめてくれ……」 まだ見続けている。なんともいえない表情で……
「見るなぁぁ!!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ハッと気付くと、目に入ってきたのは白い天井。
(また夢か……) 溜息をつく。もう何度目だろう。
 意識が戻ってから、バンがいつも見る夢はいつも同じ。”あの時”の夢。
最後はいつも、ジャスミンにじっと見つめられ、「見るな!」そう叫ぶと、いつもそこで目が覚めるのだ。
 けれど、目が覚めても、彼の心は晴れることはない。

(俺は……ジャスミンを、”裏切った”んだ……)

 夢の中では”あの時”の再現。そして現実に還ると、自責の念にかられる。そして、また眠る。それの繰り返し。
(”止まない雨”って、こんなことをいうんだろうな)
 ”この世に止まない、雨はない" 彼女の口癖を、ふと思い出した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
35特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:46:00 ID:w/8F0zb3
「あれー、ウメコは?」
「ジャスミンの部屋に、さっき行ったばかりだ」
「毎日、大変だね……ウメコも」
「ウメコさんだって、ジャスミンさんのことが、心配なんですよね・・・」
「でも……ウメコが呼びかけても、目が覚めないなんて……」
(ウメコには悪いけど……やっぱり、バンじゃないと、駄目かもしれない……)
センは、なんとなくそう思った。

 ジャスミンの病室。ウメコが元気一杯、ジャスミンに語りかける。
「見て?ジャスミン、今日、バラ持ってきたんだよ!赤いバラ」 「……」
反応はない。でも、それでもウメコは諦めずに。
「……D−花瓶も一緒に持ってきたから、今から飾ってくるね!」 そう言って、一旦病室を出る。

 ドアを閉めて、ずっと病室で堪えていたものが、ぽろぽろと流れる。
(なんで?……なんでジャスミン、目が覚めないんだろう……)
 毎日こんな調子。いつものように語り掛けて。ジャスミンの目が覚めるのを待っているけれど、
一向に目が覚める気配はない。
(でも……諦めちゃ、駄目だよね……がんばらなきゃ……)
 目をこすって、赤いバラの束と、D−花瓶を持って給湯室へ、向かった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
36特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:46:21 ID:w/8F0zb3
(ウメコ……?)
 ここは、「ジャスミンの意識」の中。
 現実世界でも眠っているジャスミンはこの意識の中でも、ずっと眠っていた……
……というより、あの頃の”茉莉花”のように。
ぎゅっと目を閉じて、両手で耳を塞いで、外部からの接触を自ら遮断して。
 それでも聴こえる・感じる現実世界からのアプローチ。

(ウメコ……?)
試しに、そっと手を耳からゆっくり離してみた……

――突如として聴こえてくるのは、あの男の声。
『お前……いい体してるな……』
『襲われてるってのに……濡らしてるなんて……淫乱だな……』
 そして、閉じているはずの目に映るのは、”あの時”と一緒。あの男が……近づいてくる――

「いやあぁぁぁぁ!!」 そして、また再び耳を塞いだ。……さっきまで映っていた、あの男も、消えた。
(あの男を消して……あの時の記憶を消して……誰か、助けて。誰か……ここから出して)
(……違う、「誰か」じゃない。”バン”……貴方じゃないと、駄目……)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 意識が戻ってから、3日が経った。
 あれからセンやテツは一日に一回はバンの様子を見に来るものの、それに受け答えする
余裕がなく、ずっと黙り込んでばかりいた。
 一人で病室に居る間、体も動かず、何もすることがなく……何もしたくもない状態で、
ただひたすら天井や窓を見つめながらずっと自責の念に駆られていたバンにふっと聴こえたのは。
 ―キィーン―
ずっと聴こえていなかった”耳鳴り”。ビジョンも、声も聴こえない。ただひたすら、”耳鳴り”が続く。

(まさか……ジャスミンか……?) それに応えるかのように、
「うっ……」 ”耳鳴り”が激しくなる。
「やめてくれ……お前を助ける資格なんて、俺にはないんだ……」
そう呟くと、ずっと続いていた”耳鳴り”が消えた。
(そう、俺には……無理なんだよ……)
37特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:55:49 ID:w/8F0zb3
「先輩、聞きましたよ……食事殆ど食べてないそうじゃないですか……」
「そうだよ。栄養たっぷり取らないと、いつまでたってもベットから離れられないよ」
「食べたくない」
 見るからにやつれているのが、わかる。これじゃ意識不明だった時のほうが見た目的には健康そうだ。
「バン、あのさ……」 「何」
「あれからもう”耳鳴り”は聴こえない?」 「……」
何故今そんなことを聞くのかと、なんとなく予想はついていた。バンは何も言わず黙り込んだ。
「やっぱり、聴こえてきたんだね」 「……」
「ジャスミンは今も眠り続けてる。でも、そんな状態でも、ジャスミンは、無意識にバンに……
こう、”助けて”って言ってるんじゃないかな」
手振りを交えながら、センは話す。しかし、バンはすぐさま反論しようすると、
「センちゃんの気のせ……!」 
 突然、耳が鳴った。
 ―キィーン―
「耳鳴りしてるんですね!先輩!」 「これで、”確定”だね」
「気のせいだって……」
そうじゃないと、否定しようとした瞬間。今度は声が聞こえてきた。

 <タスケテ……ダシテ……ココカラ>

(なんで、俺なんだよ……!)
「俺じゃ駄目だって言ってるだろ!」 そう叫ぶと、耳鳴りが消えた。
 はあはあと息を切らしながら、「駄目なんだ……」
そう言うと、バンはそのまま気を失った……

 ふっと目が覚めると、夜。月明かりが窓からこぼれて、なんとなく病室も明るい。
(俺……あれからずっと、眠ってたのか……)”あの時の夢”はさっきは見なかった。よかった……
でも、それでもやっぱり自責の念は消えない。
 ぼーっと天井を見つめていると。また、”耳鳴り”が始まった。天井が、ゆらゆらと歪み始め、
そこに見えるは、”若き日の、ジャスミン”。
38特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:56:15 ID:w/8F0zb3
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ノリちゃんだけは…………親友だと思ってたのに!」ジャスミンは、それから学校を飛び出し、雨の中走り出した。
 そこで彼女が目にしたのは。トモカオ星人オロジが、路地裏で若い女性を焼失させている”殺害現場”。
「知られたからには、お前も生きてはいられない……」 とオロジに言われ、ジャスミンはドラム缶に叩きつけられる。
「目を開け!」 とジャスミンに怒鳴るオロジ。
 その一部始終を見ていたバンの耳に聴こえてきたのは、若き日のジャスミンの心の叫び。

<目を開けたら……死ぬんだ……それでもいいかな……みんな私の事……気味悪がるし、
友達なんていらない……死んでも…………いいや>

(これは……俺が意識がない時に聴こえてきた言葉……)
 その時、一発の銃声が聞こえて、オロジは路上に倒れ、そのまま消滅してしまった。銃を撃ったのは、ボス。
そこで、映像は、一旦途切れ、引き続きボスの声が聞こえてきた。

「俺が保障する。君は一人ぼっちじゃない。だから自分を嫌いになっちゃいけない」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 『頼むから、ジャスミンを守ってやってくれ』
 『俺には、あいつを救えなかった……頼むからあいつを救ってやってくれ……』

(ボスから言われた言葉。……もうボスの手からジャスミンは離れていったのを、ボスはわかってたんだ……)
 そう思ったバンに、最後に聴こえてきた声。

<タスケテ……ダシテ……ココカラ>

「本当に……こんな俺でもいいのか?」 右手をぐっと握り締める。
 意を決した彼は、ナースコールで、”目的の場所”を教えてもらい、痛みを堪えて、ベッドから立ち上がり、
壁伝いにその場所へと向かった……
39特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:56:45 ID:w/8F0zb3
 目的の場所。それは、ジャスミンが、寝ている病室。
その病室の前で、彼女を守るが如く、座っていたウメコとホージーがバンに気付いた。
「……バン?」
「なんでお前がここにいるんだ?」

「ジャスミンに、会わせてくれ……」
「何言ってるんだ馬鹿……お前が会ったところでジャスミンがそう簡単に起きるとでも思ってるのか?」
「あたしでも、無理だったのに……」
(そういうだろうと思ってたぜ……相棒も、ウメコも……みんなジャスミンのこと、好きなんだ……でも……)

「……頼む!」 「バン?」
ウメコが驚く中、バンは、痛む体でその場に土下座して。
「ジャスミンをこんな目に合わせた責任は、後で必ず取る……だから、ジャスミンに会わせてくれ!」
「バン……」
 バンを上から見下ろした格好で、ホージーがバンに問いかけた。
「……会ってどうするんだ?」 「俺がジャスミンを、起こす」
「できなかったら?」 「スペシャルポリスを辞めるさ……仲間のことすら救えないやつが、地球なんか守れる訳、ないからな」
(ふっ……お前にとって、ジャスミンはもはや「仲間」以上だろうが)

「わかった、行ってこい」 「ホージーさん……」
「……どうせ、無理に決まってるさ……最後に一度ぐらい、会わせてやれよ、ウメコ」
無理に決まってるといいながらも、ひそかに笑みを浮かべているホージーを見て、ほっとしたバンは。
「サンキュ、相棒……」 「相棒って言うな。早く行ってこい」

 よろよろと立ち上がったバンを支えながら、ウメコはこう言った。
「バン……ジャスミンのこと、お願い……」
「わかってるって。朝になったら、いつものアイスクリーム、買ってきといてやれよ」 「うん…」

そのままバンはドアの向こう側へと、消えた。
40特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:57:17 ID:w/8F0zb3
「ジャスミン、本当に起きるのかな」
「あいつならいつかこうするだろうって思ってた。あいつが本気になれば、ジャスミンだって、嫌でも起きるさ……」
「本当に?」
「それよりも……お前、朝になったらアイスクリーム、買いにいってこいよ」 「ええ?嘘!」(今お金ないよ……)
「後はあいつに任せて、もう俺たちも休もうぜ……」(ミラクルマンだから、大丈夫だろう……頼むぞ)
あくびをしながら、ホージーはその場から離れる。 「待ってよ、ホージーさん……」 とウメコもその後についていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ジャスミン……」
 病室のベッドで横たわる彼女。バンは、窓から漏れる月の光に照らされている彼女を見て、
初めて綺麗だと、思った。

 ふっと気付くと、耳鳴りもせずに、直接浮かんできた”ビジョン”―
眠っているジャスミンの上に現れたのは、ロチイの幻影。思わず目を背ける。
ロチイが、眠っているジャスミンの胸、首元、そして、耳を撫で回す。そして口元に近づき、接吻。
「綺麗な肌、してるじゃないか……はぁ、はぁ……胸もでかいしよぉ……ざまあみやがれ……ドギー……」
 目を背けながらもちらほらと、映るロチイの動きを見て、気が付いた。

(ジャスミンを襲ったロチイの幻影か……)

 まったくといっていいほど、的外れな手付き。胸を触っているようで、実際のジャスミンには、触れていなかったり、
接吻しているつもりが、一人で口を出してなんとも間抜けな格好……
 これは、ジャスミンが造り出している、恐怖?

(お前……ずっとこれが怖くて”出て来れなかった”のか……)
41特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:58:11 ID:w/8F0zb3
 ロチイの幻影を無視して、手袋をつけていない、彼女の白くて細い手を見つめる。
(あのイリーガルマッチのときに、初めて彼女の手に、触れたんだっけ)
思い出しながら、そっと彼女の手に、触れてみる。
 ロチイの幻影が、一瞬消えた。
(もしかして……)  そのまま、彼女の頬に、触れる。また同じ現象。
(……ロチイの幻影を完全に消す為には……) でも。
(ジャスミンを起こすって、決めたんだ) そう自分に言い聞かせて。

(助けてやるから) そう思いながら、ベッドの脇に置いてあった、椅子に座り。
右手は、彼女の冷たい左手を握りしめ、彼女の顔に近付くと、やさしく口づけを始めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
(助けてやるから) かすかに聞こえた、彼の声。
<バン……?> 条件反射的に、そっと手を耳から離そうとした……でも。
<……駄目!> またあの男が出てくるのかと思うと、怖くて離そうとした手を止めて、再びぎゅっと耳を塞ぐ。
(ジャスミン……!) それでも聴こえて来る、彼の声。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 彼女の冷たい手を握り締め、口づけを続けながら、目を閉じると、そこは闇の中。
 あの時、ジャスミンからの呼びかけを拒絶した時に、やっとバンは気付いた。
自分の気持ちが彼女に伝わっていることを。

<……駄目!> 彼女の声が聴こえてきた。何が駄目なのかはわからず、闇の中に目を凝らすと、
段々とぼんやりとした光が見えてきた。……見つけた!
(ジャスミン!) そこには耳を塞ぎ、目を閉じて、”あの頃”と一緒のジャスミンが横たわっていた。

―あの手を離さない限り、きっと、ジャスミンは、起きることはないんだ―

(手ぇ、離せって!) 自分の手は彼女には届かない。だから彼は呼び続ける。
42特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:58:36 ID:w/8F0zb3
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ……手を離せと声が聞こえる。それも何度も何度も。
<嫌……怖い> その度にそう答えてた。
 それでも、彼の声が止まることはなかった。
 
 気が付くと、瞳を閉じているのに、私の中に”ビジョン”が流れてくる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
<これは……私?>
 自分がが映っている。それも、”あの時”と一緒。ロチイに襲われ続けている、自分。
<ああ、そうか、私、”あの時”のバンの中にいるんだ……>

 そう思った瞬間。バンの”心の声”がジャスミンの心に、流れてきた。
(なんで……俺はこんな時に限って”感じている”んだ……ジャスミンが、襲われているって言うのに……畜生……)

 そして、痛みは感じないもの、背中から何か踏まれる感触。そして、あの憎きアブレラの声。

 『なんだ?……やっぱりお前も欲情してるんじゃないか』
 『よかったな。いい息抜きになっただろう?普段の警察の仕事は息が詰まるだろうからな……』
(……俺、お前を”裏切った”……ごめんな)

<バン……!> ”ビジョン”は消えて、再び闇の中に戻った。
43特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:59:00 ID:w/8F0zb3
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 気が付くと、ジャスミンの瞳にはまた違う”ビジョン”が見えてきた。
 辺りはさっきと同じ闇の中だったが、目を凝らすと、遠くでセーラー服の女の子が一人で泣いている。
誰かと話をしているようだ。

「助けてくれなくても良かったのに……」
(昔の私だ…)
 しかし、その次に返ってきた返事は自分の記憶とまったく違っていた。

『愛する人の目の前で、犯されてしまったからか?感じてしまったからか?』
(違う…!あの時は『君が、エスパーだからか?』って私に聞いてきたはず……)
そんなジャスミンの疑問は素通りされ、少女はこう返事した。

「…そうです」 
『君は…もう彼を愛していないのか?』
「そんなこと!ありません……」
『彼は、君の事を今でも愛してくれている。さっき君だって聴こえただろう?”彼”の声が。
そして、君もそれをずっと待っていたんだろう?』
「……」
「君は”もう”一人ぼっちじゃないんだ。さ、早くその手を離すんだ。”ジャスミン”」
ボスが現れて、こっちの方を向いた。
(え?なんで私がいるってわかるの?)
 少女もこっちを向いて、黙ってにっこりと微笑む。

『もう、自分から”過去(こっち)”には戻ってくるんじゃないぞ』
「…ボス…」
そう言って、ジャスミンは、やっとずっと耳を塞いでいた手を離した……
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
44特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 18:59:22 ID:w/8F0zb3
 ふっと気が付くと、左手が、暖かい……。そして一番最初に目に入ったのは。
「バン……」
「おはよう、ジャスミン」
 体中包帯ぐるぐる巻き。頬はげっそりとやつれている。
それなのに。笑顔でジャスミンを見つめながら。彼の唯一動く右手は、自分の左手をずっと握り締めてくれていた。
 自分に気持ちを読まれるかも、しれないっていうのに。
「助けにくるの、遅くなっちまって…ごめんな」
 暖かかったのは、彼の右手。そこから、全身ににぬくもりが伝わってくる。
嬉しくて……そして、彼が愛しくて……涙が、溢れてきた。
「バン……!」

 バンの胸元にこつんと頭を置く。でも、彼の負担にならないように、
本当にちょっとだけ頭を置こうと思っていたら。
 それを読み取ったのか、バンは自分の右手を彼女の頭に置いて。
「もっとぎゅって寄りかかって来ればいいじゃん」
 ジャスミンの顔を自分の胸元に、ぐっと近付けた。
 そんな優しさがたまらなく嬉しくて。彼の胸の中で、また、涙が枯れるまで……泣いた。

 
 気が付くと、夜が明けて、陽の光が窓から差して来る。
「もう朝か…”夜明けの刑事、デカレッド参上!”って感じか?」
せっかくのところで茶化すところはいつもと変わりない。
「…もう、年明けちゃったんだね」
「俺も、意識不明で年越しだったから、お揃いだぜ?やっとおせちとお雑煮食える〜
…あ、ウメコが後でジャスミンの好きなアイスクリーム買ってきてくれるから、”初アイスクリーム”か?」
「バン」
「何だよ、ジャスミン」
45特捜戦隊赤黄(再録):05/01/06 19:00:03 ID:w/8F0zb3
 気が付くと、夜が明けて、陽の光が窓から差して来る。
「もう朝か……”無謀な悪を、迎え撃ち、恐怖の闇を、ぶち破る、夜明けの刑事、デカレッド!”って感じ?」
 せっかくいいところで茶化すところはいつもと変わりない。

「…もう、年明けちゃったんだね」
「俺も、意識不明で年越しだったから、お揃いだぜ?やっとおせちとお雑煮食える〜
…あ、ウメコが後でジャスミンの好きなアイスクリーム買ってきてくれるから、”初アイスクリーム”か?」
「バン」
「何だ?」

 じっと、バンの顔を見つめながら。
「バンのこと、”愛して愛して愛しちゃったのよ”」
「……」
(これっていつものジャスミン語だろうけど、でも、告白って、奴だよな…)
 かあっとバンの顔が赤くなった。
 そして、それに追い討ちをかけるように。ジャスミンは体を起こして、バンの右頬に、キス。

 バンは自分の右手、そしてジャスミンの左手。一旦離していた手を、再び握り締めて。
ふっとバンはジャスミンの耳元に近寄って呟いた。
「俺、お前のこと、ずっと守ってやるからな……絶対に」
「…うん」
 そして、握った手を通じて、バンがジャスミンに伝えた、言葉。
(もし、昔のこと思い出したら、俺が忘れさせてやるから)
(前は助けてやるって、言ってたね……どういう方法で、忘れさせてくれるの?)
(そんな野暮な質問、するなよ……)

―自分の気持ちが彼に伝わっているのをはっきり気付いた、彼女。
 自分の気持ちが彼女に伝わっているのを、やっと気付いた、彼。
 2人の気持ちは今、やっと合わさった―

「しっかし、告白するときぐらい、普通に言えよな、あれいつ流行った言葉なんだよ……」
「バンだって”夜明けの刑事”ってテツの名乗り、真似っこしてたじゃない」       (終)
4648:05/01/06 19:06:08 ID:w/8F0zb3
 現在の容量72KB、おそらく即死回避はできたと思います。無断で再録して申し訳ありませんでした。
実はスレタイを「4+」にするつもりでいたのですが、うっかり読みふけっていたら忘れていました。
 ところで、明日出発しますので、以後の維持は住人の皆さんにお任せしたいと思います。
もっとも、1から1+に移行したときに、それまでの書き手さんがほとんど来なかったことを考えると、
前途は険しいかもしれませんが。
47名無しさん@ピンキー:05/01/06 19:55:45 ID:ZAqp6hpB
48さん、ありがとうございました。
即死したスレって、一番最初と最後以外読めなくなっちゃうんですねえ。
それから別スレの作品も掘り起こして読んじゃってごめんなさい。。。
新作として生まれ変わるのを、楽しみにしていますね。

今回の災害の被害は免れられたとの事ですが、
色々大変な状況なのでしょうね。どうかお気をつけて。
48名無しさん@ピンキー:05/01/06 20:10:30 ID:ZAqp6hpB
>特捜戦隊赤黄さん
非常に面白く読みました。
「ほとんどエロなし」で油断していたのでレイプシーンが衝撃です。
接触テレパスとそのトラウマなどなかなかハードな設定なのですね。
私もこっそりDVD見てみます。
キャラの台詞の書き分けに愛を感じました。
49名無しさん@ピンキー:05/01/06 20:21:21 ID:llChn2IX
おもしろかったー。
再録に感謝です。
50名無しさん@ピンキー:05/01/06 23:44:44 ID:tUsqFjf0
48さん、ごくろうさまです。
油断してたら即死してて驚きました…

デカレンジャー気になるので、今度見てみます。面白かったです。
48さんもお待ちしています。幸い災害の被害は受けなかったみたいですが、このごろ多いので心配です。

駄文で失礼。
51名無しさん@ピンキー:05/01/10 00:07:20 ID:1Nejq0Du
人がいない……
52弱虫ゴンザレス:05/01/10 04:50:47 ID:VgGvwRXB
今なら誰も見ていない。投下するなら今の内


 人間は誰も、内側を見ようとはしなかった。
 よく見えもしない目を信じ、よく聞こえもしない耳を信じ、よく回りもしない頭であやふや
な事実を信じ込む。
 そうやって信じ込まれてしまった歪んだ事実は正されず、いつしか自分までもがその事実に
そうように歪んでいった。当然自分がそうであるように、元からそうであったかのように。
 鏡はいつも、ただ歪んだ自分を映すばかりで、本当の自分を思い出させてはくれなかった。


 早朝を少し過ぎ、街が賑やかしくなる時刻だった。暗く淀んだ空気を湛えた地下牢に、頭か
らすっぽりとフードをかぶった男が靴音を響かせて降りてきた。
 囚人は、時に怪しげな魔術の実験材料となるためウィザードに高値で売り渡される事がある。
見るからに怪しげなその男の姿はほぼ全ての囚人にその恐怖を与え、誰もが目立たぬようにと
牢の隅に隠れるように身を寄せた。
53弱虫ゴンザレス:05/01/10 04:51:33 ID:VgGvwRXB
 フードの陰から僅かに覗いた瞳は若葉色で美しいが、それは逆に、灯された光に覗かれたフ
ードの中身が、全て包帯とマスクに覆われているおぞましさを引き立たせるだけだった。
 牢に響く靴音が途切れ、隠れるように身を縮こまらせていた囚人達は一斉に顔を上げた。
 恐ろしい死神が立っているのが、自分達の牢の前ではないという事実に安堵するようなため
息が、マスクと包帯に隠された男の口元をほころばせる。
「やぁ、ステキな事になってるねぇアイズレス」
 朗らかな印象を与えるその声に、この世の終わりだとでも言わんばかりの表情で俯いていた
男がムチで打たれたように顔を上げた。
 人間達の中で一際浮くその存在。金糸銀糸で飾られた服に、両目を隠す包帯と、その上から
宛がわれたリョウと揃いの柄の眼帯。間違え様もない。ベロアである。
「有象無象の醜男の中に一人、少なくとも鼻から下は見目麗しい青年か……割と背徳的な印象
が女の子達に受けるかもよ?」
 グルグル巻きの包帯の中からこぼれた爽やかな笑い声が、薄暗くじめついた地下牢に朗らか
に響きわたった。地下牢全体に走っていた緊張を一瞬で溶かす。そんな力が、彼の笑い声には
宿っていた。
 3番目のリョウの従僕であり、ベロアのよき相談相手であるモルフォ種のトレスである。い
いや、今はシリクと言うべきか……
54弱虫ゴンザレス:05/01/10 04:52:19 ID:VgGvwRXB
「トレス! いや、その声はシリクか。……よく僕がここだって……」
「まぁ、顔を隠してる者同士の愛のテレパシーってやつかな。親友の助けを求める声が僕をこ
こに導いたのさ」
 驚愕と喜びを混ぜた瞳の色でベロアが鉄格子に駆け寄ると、シリクは僅かばかりフードを指
で押し上げて片目だけ瞑って見せた。キザなポーズだがやたらと似合う。
「……僕らの血の臭いか」
「その面白みの無い性格でよくリョウちゃんがあんなに良く育ったね……」
 モルフォ種は鼻が利く。特に病気や怪我といった類の臭いには敏感で、血の臭いを嗅げば種
族と傷の程度はほぼ確実に言い当てられるという化け物ぶりだ。
 あっさりと正解を言い当てられてつまらなそうに肩を落とすと、シリクはそんな事はどうで
もいいんだとでも言うように包帯の奥でにやにやと唇の端を持ち上げた。
「話は聞いたよ、そりゃあもう微に入り細を穿つが如く。暴れたらしいね、随分と。昨日の夜
から君たちの血の臭いが漂ってたから、これは酒場で乱闘だなって思ったんだよね。で、朝に
なって酒場に行ったら、みんなまとめて王立騎士団にご同行願われたっていうじゃない? で、
急遽駆けつけて身柄を受け取りにきたってわけ……所で聞くけど、バックバージンとか奪われ
てないだろうね?」
 他の拘留者達の鋭い視線を一身に集めつつも全く意に介す様子もなく、実に和やかな口調で
軽口を叩いていたシリクは、僅かばかり声の調子を落として背筋の凍るような言葉を囁いた。
 包帯の所為でシリクの表情は分からないが、おそらくは無駄に真面目腐った顔をしているの
だろう。しかしベロアはその言葉を聞くなり顔色を青く染め、瞳の色を複雑な色に変えて右斜
め向かい側の牢に視線を投げた。
55弱虫ゴンザレス:05/01/10 04:53:10 ID:VgGvwRXB
 その視線を追うようにシリクも視線を背後に向けて、再びベロアに視線を戻した時は、今に
も十字を切らんばかりの雰囲気を湛えていた。
「なるだけ早くここから出してくれないかな……一晩中見せ付けられて吐きそうなんだ」
「もう話はつけてあるんだ。ハーラも外で待ってるから……」
 そういって、お互い格子を挟んで強く背を叩きあうと、シリクは看守を呼んでベロアの牢を
開けさせた。
 簡易的な拘留に用いられる牢獄は、割と簡単に開錠の申請が受け入れられる。
「身体検査はされなかった?」
「されてたら、とっくにリョウに連絡が行ってるだろう? つまり、僕のご主人様にね。ハー
ラの調子は?」
 背後では、看守が鍵を掛ける音に交じって囚人達のブーイングが上がっていた。彼らが再び
太陽の光を浴びられるのは、各々の身元を引き受ける、まっとうな市民が訪れてからだ。例え
親族も友人も主もいない者だろうと、数日もすればここを放り出される事だろう。世間体を気
にしなければそれほど絶望するような状況でもない。
「ご機嫌だよ。何せお姫様扱いだからね」
「ハーラが?」
 あからさまに不信そうな声色で問われて軽く頷くと、シリクは階段を上がりきった先で行く
手を阻む鉄格子を前に立ち止まった。
「想像つかない? アイズレスの先読みもたいした事無いな」
 からかうように小さく肩を竦めて見せて、シリクは格子扉をロックする挿し錠を引き抜いた。
 通常は錠前が掛かっているのだがは、入る時に開錠したまま施錠し直していない。
「頭の中がロウの事で一杯だったんだよ。獄中のお姫様は背徳的で男心を引き付けた?」
「囚われの姫を助ける王子さながら現れたのに、彼女は林檎ジュースを片手に囚人達に子守唄
を歌ってた。迎えに行った僕がバカみたいだよ」
 片腕を振って大げさに嘆いて見せて、トレスは不愉快な金属音を響かせて開いた格子扉を腰
をかがめて潜りぬけた。脱獄を目論む者への優しい心遣いのため、こういう場所に出入り口は
非常に狭い。
56弱虫ゴンザレス:05/01/10 04:54:20 ID:VgGvwRXB
 正面には、もう一つの地下牢へ続く階段と、それを囲う鉄格子が見えていた。ハーラはあち
ら側へ放り込まれていたのだろう。
 その他には木製のテーブルが一つと、丸椅子が4つ。看守が二人と、エントランスホールへ
抜ける木戸が一つ。
「救出完了したんで、もう鍵掛けてもいいよ。お世話様」
 トランプカードと睨みあったまま、軽く手を振って返事を返した看守にこれまた肩を竦めて
見せて、シリクはベロアを促して飾り気の無い木戸を押し開けた。
 王立騎士団の中で最も名高い北方契鎖騎士団だが、実態はこんなものなのだろう。
「ロウは昨夜、君の所で?」
「聞かないほうが精神衛生上いいと思うよ」
 短い問答の後、沈黙。
 やかましいほどに靴音の響く廊下を二人並んで歩きながら、ベロアはシリクの返答に瞳の色
をダークブルーに染め上げた。
「そ……それはどういう……」
「想像つかない? アイズレスの先読みもたいした事……」
「シリク!」
「ハーラが待ってる。早く行こう」
 飄々とした態度でさっさと先に行ってしまおうとするシリクを引き止める言葉など、見つけ
たとしてもとても口には出せなかった。
 口を無意味に開いては閉じを繰り返し、フードと包帯の奥で無関心を装っているだろう男の
後を追いかける。我ながら情けないとは思っても、それ以外どうする事も出来なかった。
 聞かないほうが、精神衛生上いい。その意味が分かるようで、しかしそれは勘違いかも知れ
なくて。いっそ事実を言ってもらったほうがすっきりするがそれもやはり恐ろしい。
57弱虫ゴンザレス:05/01/10 04:54:54 ID:VgGvwRXB
「やっと戻ってきた! 遅すぎるわよ二人とも!」
 廊下を抜けて扉を開ければ、そこには逃避を許さない現実が待っている。
 耳に障る甲高い声で怒鳴られてベロアは瞳の色を青く変え、シリクは両腕を広げてハーラの
体を抱き上げた。
「たかが地下におりて戻ってくるだけの事に何時間かけてんのよ!? のろまな男なんてナ
ンセンスだわ!」
「あぁ、ごめんよハーラ。謝るからさ、機嫌直して。折角の歌姫の綺麗な声が、怒鳴ってたら
台無しだ」
 片腕でハーラを抱えたまま、ふくれっつらのハーラの頬を指の背で優しく何故ながら、シリ
クは我が子のご機嫌でも取るようにどこまでも優しく囁いた。
 フードと包帯で顔を隠した怪しげな男と、見目愛らしい幼い歌姫。
 傍から見れば絵になる図といえるだろうが、ベロアから見れば鳥肌物の光景である。
「じゃあ、昨日の夜マスターに何があったのか教えてくれたら、許してあげるわ」
 歌姫の耳は地獄の底の亡者の声までも拾いかねない勢いで、とにかく遠くまでよく聞こえる。それは例え壁を挟んでいても、地下であっても変わらない。つまり、地下からここに至るまで
の会話は全てハーラに筒抜けなのだ。
「ハーラも好きだねぇ〜。でも、ベロアは聞きたくないみたいだから小さな声でね」
「うんうん!」
 さっきまでの不機嫌顔が、話題一つで輝く笑顔。
 ハーラの切り替えの早さに呆れつつも、思わずシリクの記憶を盗み見たくなる衝動を必死に
こらえ、ベロアはなるだけ平静を装って二人から目をそらした。
 ハーラがわざとらしくはしゃぐ声が聞こえるが、気にしたら負けである。
 そうして二人から外した視線は、無駄にエントランスホールを這いまわって一人の男に辿り
着いた。
58弱虫ゴンザレス:05/01/10 04:55:26 ID:VgGvwRXB
 受付でなにやらがなり立てているが、身なりを見れば質素ながらも仕立てのいい服を着た身
分の高い男のようだ。
 興味を引かれた理由はわからないが、なんとなく何処かで見た事のある顔をしている気がし
ないでもない。
「ちょっとベロア、ぼさっとしてない帰るわよ」
「そーそ。あんまりぼさっとしてると色々と見失っちゃうよ?」
 未だシリクに抱きかかえられたままにやにやと口元を緩めるハーラと、なにやら意味深な事
を言って歌姫と視線を交わすシリクに視線を男から引き剥がされ、ベロアは瞳の色を紫に塗り
替えた。
「……あんまり苛めると僕泣くよ?」
「帰ってマスターに慰めてもらえば? きっとすごーく優しくしてくれるわよ?」
「……根拠は?」
「精神衛生上よろしくないから聞かないほうが……」
 二人に声をそろえてそういわれ、ベロアはいい加減にしてくれとでも言うように片腕を振っ
て歩き出した。
 エントランスホールを抜けて少し後、シリクと結託して先を歩くベロアをからかい甲高い笑
い声を響かせていたハーラは、自らの耳が意図せず拾った声に思わず騎士団の白く大きい建物
を振り返った。
 王立騎士団の外壁は白く、北方西方東方南方によって掲げられる旗の紋章が微妙に違う。黒
地に金糸で紋章の描かれた旗を持っているのが片腕の女神なため、騎士団員は時折女神の腕と
称された。
 白牢の女神の腕が、驚くほどにかしこまった声色で、畏怖さえ浮かべて言葉をつむぐ。
「アイズレスならば、先ほどここを……」
 その先は、駆け抜けた馬車の騒音にかき消されて聞き取ることが出来なかったが、ベロアの
事を指しているのは明らかだ。
 アイズレスという種族なら、この世界にはきっと数え切れないほどいるのだろう。
 だが……
59弱虫ゴンザレス:05/01/10 04:56:34 ID:VgGvwRXB
「待って待って! ちょっと止まって!」
 自分を抱きかかえて歩いている男の肩を叩いて歩みを止めさせ、ハーラは肩から身を乗り出
してコウモリ羽を左右に開いた。
「ハーラ?」
「静かに……!」
 短く叱られて仕方なく黙り込み、ベロアと視線を交わして首を振る。
 その一連の動作を終えて数秒後、ハーラは乗り出していた体を再びシリクの腕に収め、難し
い表情を浮かべて頭を振った。
「なんだったの?」
「ん〜……わからないけど、やな感じ。雑音が多すぎて肝心な所が聞けなかったわ」
「盗み聞きなんて悪趣味だよ?」
「ただならぬ物を感じたのよ! なんかよくわかんないけど、きっと近々恐ろしいことが起こ
るわ!」
 真剣なまなざしで力説されて、今度はベロアがシリクと視線を交わして小さく肩を竦めて見
せた。
 明らかに信じていない。
「なによその態度! ちょっと! いーい? なんだか凄く真剣な声でアイズレスどうこう
言ってたのよ!? あんたに関係あることなんだから!」
「世の中にアイズレスは一杯いるよ。どうせ作戦参謀のスカウトだろう?」
「そんなんじゃ無いってばぁ! ねぇトレス、あなたなら分かってくれるよわね?」
「今はシリクだ」
「どっちだって同じよ!」
60弱虫ゴンザレス:05/01/10 04:57:07 ID:VgGvwRXB
 シリクの首にベタベタに甘えながらベロアに唸り声を上げ、ハーラは鼻を鳴らしてシリクの
方に顔をうずめた。
「……心配してあげたのに」
 ぼそりと呟いたハーラの頭を撫ぜたのは、暖かいシリクの手ではなく冷たいベロアの手の平
だった。
 穏やかな青を湛えた瞳で、妹を慰めるように。
「心配要らないよ……ありがとう」
「……気色悪いわ」
「お互い様だろう……」
 町はいよいよ賑やかさを待ち、雑踏は砂埃を巻き上げ、空気は徐々に悪くなる。
 そんな道を、恐ろしく目立つ異種族三人は集って歩き、主の待つ宿屋へと帰っていった。
61弱虫ゴンザレス:05/01/10 05:02:24 ID:VgGvwRXB
読み方の補足
北方契鎖騎士団 ほっぽうせっさきしだん
白牢      はくろう(騎士団の白い館の俗称)

早朝なのか真夜中なのか良く分からない時間帯にすいませんすいません。
クリスマス祭りに参加できなかった事が切なくてすいませんすいません。
保守代わりに無駄に短編とか作って見るのと、そんな事より本編の続きを書くのと、
どちらがいいのかむやみに悩んでてごめんなさいすいません。
ど……どっちがいいですかね……?
62名無しさん@ピンキー:05/01/10 17:12:25 ID:zK/tFxam
おかえりなさいそしてGJ!
職人様の書きやすい形が一番だと思います。
楽しみにしてますね。
63名無しさん@ピンキー:05/01/12 01:36:13 ID:5Wasf5LT
弱虫ゴンザレスさんだ!
わーい、お正月祭り。
シリクのむやみに爽やかなとこが素敵&大笑いです。
設定色々考えてらっしゃるのですねえ。楽しみv
62さんと同じく、職人様の書きやすい形に一票です。
64特捜戦隊赤黄:05/01/15 08:38:11 ID:Ef72MRmv
dat落ち以来ずっとこの板に来ていなかったのですが、デカスレで初めてこちらの新スレが
出来ていると教えてもらい、誘導されて来ました。

48さん
即死回避に協力できるのなら、構いません。こちらの方こそ
お手数かけまして申し訳ありませんでした。

>>48,49,50さん
設定はハードとはいえ、描写がなかったのであえてこちらに投下させて頂きました。
楽しんでいただけたそうで、有難うございます。本編の方も是非w

弱虫ゴンザレスさん
お帰りなさいです。拝読させてもらいました。凄く面白かったです!
続きは…自分が書きたい方で構わないと思いますよ。


というわけで、本来の住人さんも戻ってきたことですし、スレが続くといいと祈りながら
名無しに戻ります。本当に有難うございました。
65名無しさん@ピンキー:05/01/18 03:10:06 ID:8dAXNYbd
保守sage
66弱虫ゴンザレス:05/01/22 21:49:37 ID:9w2+4n2s
 人間とは押並べて、アイズレスと歌姫が並んでいると旅芸人だと思い込むのなのか、ベロア
とハーラはどこかの街につくたびに必ず一度は芸を見せろと騒がれた。
 アイズレスは手先が器用で先読みの能力があり、歌姫は見目麗しく、歌声は玲瓏の如く響き
渡る。どちらか単体ならば芸人だと言われる事もまず無いが、二人がそろえば人々の目は期待
に輝き、少年達は頬を上気させて駆け寄ってくる。
 宿に到着するまでの短いと言えるだろう道のりの中で、芸人かと聞かれること数回。芸人か
と聞かれるまでも無く、唐突に芸を見せろとせがまれる事数回。公演はいつかと聞かれること、
もう数えたくも無い。
 8度目の足止めを食った直後、ハーラはとうとうカンシャクを起こして奇声をあげ、シリク
の腕から飛び降り彼の裾の長いローブに身を隠して歩き始めた。
「いっそ、首から『私達は芸人じゃ在りません』って看板でも下げて歩いたら?」
 実際は、明らかに常人とかけ離れた装いのシリクも宣伝効果にしっかり貢献しているのだが、
そんな意識は欠片も無い本人にとってはまるで他人事だった。
 声をかけられる度に立ち止まり、芸人ではないと言って人間を追い払っているのはシリクも
一緒のはずなのに、疲れの色は見られない。疲れきってげんなりしている二人をよそに、むし
ろ朗らかな笑い声と軽口を絶やす事無く歩きつづけていた。
 ハーラが身を隠してもなお、一度ではあるが声をかけられたのは、やはりアイズレスの存在
と僅かな皮膚の露出さえ拒むような装いのシリクが旅人らしからぬからだろう。
 短い道のりのはずか恐ろしく長く感じられ、やっと宿についた三人は最早クタクタに疲れて
いた。正確に言えば、疲れているのは二人だけだが……
「……いや、疲れてる場合じゃない。ロウが一人で部屋にいるんだ」
 思い出したように丸めた背をしゃんと伸ばして階段を上り始めたベロアの横を、ハーラが慌
てて追い越して走っていった。
 どうやらベロアよりも先にリョウの部屋に着きたいらしい。
「貴様は走らんのか?」
「キャラじゃないから」
「ほう……なるほど、キャラか……」
 ぴたり、とベロアの動きが停止して、恐る恐るという表現が丸ごと当てはまるような動きで
すぐ隣の包帯男に振り向いた。
67弱虫ゴンザレス:05/01/22 21:50:35 ID:9w2+4n2s
 先ほどの声がこの男から発せられたのだとするとだいぶまずい。低く落ち着き払い、毒を含
み、あらゆる生物を睥睨するかのようなあの声が。
 語調は柔らかく雰囲気は鋭く。この後烈火のような怒りが炸裂し、牢獄と宿までの道のりで
磨り減った精神をズタズタに破壊されるのが目に浮かぶようで、ベロアは顔色と瞳の色を蒼白に塗り替えた。
「瞳の色を塗り替えて……何に怯えるアイズレス? まさか私にという事はないだろう。貴様
は自分の仕出かした愚行に対する周囲の白眼に怯えるような脆弱な男ではなかろうて」
 少し前までこの男が纏っていた親しみやすい雰囲気はいつの間にか消失し、彼の周りは気品
さえ伺える空気が取り巻いていた。これが、この男がトレスである。
 トレスは、一つの体に人格を二つ持っていた。決してこの種族が全てこうというわけではな
く、ただ単にこの固体が特殊というだけである。頭の中で会話をするという事は出来ないらし
く、この二人が会話をすると酷く滑稽であり、街中での一人芝居は自粛しているようだった。
 宿の外にいる間中トレスが沈黙を守っていた理由はこれである。
「何を間の抜けた顔を晒している。それこそ貴様のキャラではないだろう? 首だけになろう
とも平然とした貌をし続けるのが貴様ではなかったか? 下らん演技で自身を歪めるな。貴様
が真に恐怖する時は崩壊を呼び起こす激怒を伴う。私も一度殺されかけたな。それは我々の主
を私が傷つけたからだったか……そうか、ならば卑賤の者に交じり入り分別もなく拳を交え、
一人寝に怯える御主人を悪夢に追いやった貴様は自害せねばなるまいな? だがそうすれば
御主人が嘆かれる。さて、これは困った。如何したものか……毒の薬を含ませて苦しめようか、
はたまた一生不能の体にしてくれようか」
 言いながら、胃の奥にたまる何ともいえない感情に立ちすくんでいるベロアを放置して長い
ローブを翻し、トレスは足音も立てずに二階を目指した。シリクの大げさに足音を立てる歩き
方とは正反対である。
68弱虫ゴンザレス:05/01/22 21:52:34 ID:9w2+4n2s
 その聞こえないはずの足音を幻聴の様に聞きながら、ベロアは階段の途中で制止したまま一
筋の冷や汗を滴らせた。
 厄介だ。思ったとおり、とてもまずい事になった。あの男は、自分が治療できる範囲ならど
んな恐ろしい事でも、例え相手が仲間だろうと容赦せずにやってのける。殴られた方がまだま
しだ。
「どうしたベロア」
 頭上から飛んだ声に、ベロアははっとして階段の上を見た。
 階段を上がりきった手すりの脇に立つ、顔の無い魔王の若葉色の瞳が包帯の隙間から鈍く光
を反射して、階下のベロアに戦慄を走らせた。
「……走らんのか?」
 リョウが待っているのはベロアだ。他の誰が戻ってきても彼女の表情は華やぐだろうが、ベ
ロアが側にいる時ほどリョウの表情が安堵に緩むことはない。
 下らない矜持など持たず、全身全霊を傾けてリョウの側にいる事に尽力しろとトレスの伺い
難い瞳が憤怒を込めて言っていた。
 瞬間、ベロアは脱兎の如く駆け出した。
69弱虫ゴンザレス:05/01/22 21:59:41 ID:9w2+4n2s
短いのですが切りがいいので、投下させていただいてすいません。
あまりの人のいなさに若干の危機感が……
書きやすい形式で書く方がよいとの事なのでとりあえず本編を進めてゆくことに致しました。
筆不精でございますが今年もよろしくお願いいたします(今更の挨拶でごめんなさいすいません)
70名無しさん@ピンキー:05/01/23 21:06:28 ID:TgK039T1
見てますよ〜人の少なさはしょうがないのでは。特定ジャンルじゃないわけですし。
特別な話題がないわけだから、自然とみんなSS待ちになるのはしかたがないと思われ。
しかし、一回の投下ごとに世界観のベールがはがれていくような構成が相変わらず見事ですね。
71名無しさん@ピンキー:05/01/25 21:45:25 ID:ISTsFPT/
おお、新作だ。
やはり書きやすい方向で良いと思いますよ。まだまだ謎があるようで楽しみです。
のんびりでもいいので続けて欲しいですね。
他の職人さんもまだかのう
72名無しさん@ピンキー:05/01/27 17:41:41 ID:yYNj7JYJ
このスレの影響で見たもの。
先週のデカレンジャー。C.S.フォレスターの「ネルソン提督伝」。軍板。
何かここには魔力がある気がしてならない。
73弱虫ゴンザレス:05/02/02 01:03:46 ID:vmGL944J
 魔法使いの形をした小さな人形を斜めに滑らせ、馬にまたがる騎士を狙う。歩兵を失い、二
人いる騎兵の片割れを女王に殺され、王は戦車に守られてじっと息を潜めている状態だった。
好戦とは言い難い。
「馬。ゲット」
 コン、と魔法使いで騎士を蹴り、リョウは注意深く微笑んだ。
 フィギタスと呼ばれる戦争を模した戦略ゲームは、リョウが好きな遊びの一つだった。随分
昔に書かれた御伽話の中のゲームで、どこかの物好きが現実の物にして遊び始めたのが起源だ
という。本日の対戦相手は、なぜかこのゲームのルールを知っている夜である。
 最後の騎兵を奪われ、女王は随分と前に歩兵ごときに襲撃され、夜の状況も圧倒的な優位と
は言い難いと思われたが、夜は相変わらず仮面を回したり真っ赤な舌をちらつかせたりしなが
ら悠々と辺りに溶けていた。人の形に変わっては、悩むふりをしてケラケラ笑い、リョウの難
しげな表情を楽しむように体の一部を空中に躍らせる。
「イイのか? ホントに、オマえソの手で、満足ナのか?」
 嬉しそうに聞かれて僅かな動揺を浮かべるが、じっと戦場を睨んで伺うように首を振る。す
ると夜の口が真っ赤に裂けて、手を形成した黒の塊が王の遥か斜め後方にうずくまっていた歩
兵に手を伸ばした。
 コトン、と一歩進めて、リョウに向かって手を伸ばす。マス目の一番端にたどりついた歩兵
は、望む存在に姿を変える事が出来るのだ。
「女オウだ。よこセ」
「あ、そんなとこに歩兵居たんだ。えー女王返すのや……え?」
 予想外の敵の戦力復帰に唇を尖らせながら女王を夜の手に手渡して、リョウは駒の配置に愕
然とした。
74弱虫ゴンザレス:05/02/02 01:04:38 ID:vmGL944J
 そこに女王がくると、斜め直線上にいる王が危険な毒牙に晒される。しかし女王の毒牙から
王を逃がそうとすると、あちこちに刺客が待っていた。こちらの兵は勇敢だが、距離と位置が
悪すぎる。
「やだ……うそ……」
「“ラめンテ・モル”。オマエの負けダ」
「な、なんでぇ!?」
 夜から飛び出した勝利宣言に、信じ難い物を目撃したように沈黙していたリョウは悲鳴を上
げた。
「キヒハハ、弱イ、弱いナ。やハリばカだ、オ前は負ケだ!」
「やだやだやだぁ! 酷いよぉ〜!」
 敗北に不満を叫ぶ主を指差してゲラゲラと耳障りな声を上げ、夜は一旦床に溶けるとリョウ
の体を這い上がった。
「約ソく通リ、心臓ノ血、よこセ」
「ぃやだ! あんなの反則だぁ!」
「見苦シいゾ。敗者メ」
 椅子の上で暴れて逃れようとするリョウの首に絡み付き、夜は真っ赤な舌をちろちろと出し
て細い首筋に押し当てた。熱く脈打つ血管を見つけ、それをたどるように徐々に心臓の位置ま
で降りていく。
「バッ……! 何で舐めるん……ッ!」
 胸元に吸い付いた唇に酷似した感触に、リョウは思わず頬を染め、椅子の背に腕を回して力
を込めた。飲み下す音がするという事は、血を吸い上げているのだろう。手首から血を飲むと
きにそうするように、白い牙を突き立てているのだろうか? いつも思うが、あんなにも太い
物を突き刺されてなぜ痛みが襲ってこないのか、リョウにはそれが不思議だった。
「あぅ」
 ずるりと何かが引き抜ける感覚に眉を寄せ、リョウは肩で息をしながら気だるげに夜を見た。
 血をすする事に満足したのか、既に正面の椅子に人間のように座っている。
「う〜……貧血」
 具合悪そうに頭をテーブルに押し付けて、リョウはフィギタスの駒と戦場を片付け始めた。
もう一度勝負を挑み、再び血を奪われたらそれこそ寝込まなければならなくなりそうだ。
 空腹を訴える腹を菓子で誤魔化し、夜とゲームに興じることで寂しさを紛らわせていたリョ
ウは、結局血を与える事で夜と遊んでもらったという事になるなと溜息をもらした。
「ベロアなら勝たせてくれるのに」
75弱虫ゴンザレス:05/02/02 01:05:22 ID:vmGL944J
 夜にとっては不等極まる文句をいいながら駒を袋に詰め込み、布の戦場でくるんで立ち上が
る。背後で上がる夜の笑い声にわずかに渋い表情を浮かべていると、不意にその声がぷつりと
途切れ、リョウはフィギタスを荷物に押し込む手を止めて背後を振り返った。
 視線の先には、すでに夜の姿はない。
「……夜?」
 確かに数秒前までそこに座っていたはずなのに、一体どこに行ってしまったのだろう。突然
何も言わずにいなくなるなんて、何か不都合でもあったのか。
 からかっているのかとも思って部屋中を見回してみたが、夜が隠れていそうな影はどこにも
見当たらなかった。ついでとばかりにベッドの中も覗いてみたが、そこにもいない。本当に、
この部屋から去ってしまったのである。
「……なんで……?」
 毛布を手に掴んだまま、静まり返った部屋の中で不思議そうにポツリと呟く。その直後、廊
下を疾走する音が聞こえて、リョウははっとしてドアを見た。誰かが飛び込んでくるという確
信は、夜がいない事で説明がつくだろう。
 めったな事が無い限り、夜はリョウ以外の前に姿を表そうとはしなかった。
「そうか、だから……」
 納得してリョウが毛布を手離すなり、壊れるのではないかと思うほどの勢いでドアが騒々し
く開かれて、ハーラが部屋に飛び込んできた。
 勢いは止まらず、そのままのスピードでリョウめがけて突っ込んでくる。
「ちょッ……! ま、うわ!」
「マスター!」
 まさに押し倒さんとするような勢いで両腕を開いて飛びつかれ、リョウは慌てて転ばないよ
うに両足をふんばった。しかし一歩足を後退させると、膝裏に何かがぶつかってリョウのバラ
ンスを崩させる。
「わ、わ、ぅわぁああぁ!」
 まずい、倒れる……という意識はあっても、後方にずれた重心を修正する事はできなかった。
 ドサ、と、比較的柔らかい音がして、リョウは痛みを覚悟してきつく閉じた両目を開き、き
ょとんとした表情で天井を見た。床が柔らかい……いや、違う。ベッドの上だ。
76弱虫ゴンザレス:05/02/02 01:06:02 ID:vmGL944J
「……あれ?」
 暫く状況がつかめずに何度か瞳を瞬いて、リョウは倒れる直前に膝裏に当たったのがベッド
の淵だったのだと気付いて納得した。ベッドの隣にいたのだから、ベッドに転倒しても特にお
かしい事ではない。続いてリョウは、のしかかって自分の首筋に頬を擦り付けているハーラの
存在を思い出した。
「ハーラ、重い」
「ちょっと、失礼じゃない?」
「だって重いもん」
「あたしの愛の重みよ! 寂しかったわマスター!」
 ベッドに押し倒す気だったからあんなに勢い良く突っ込んできたのだろう。
 胸にハーラを抱いたまま重たそうに半身を起こして、リョウは猫を抱くようにあぐらをかい
た上にハーラを座らせると、その左右で色の違う瞳に覗き込まれた。
「だたいま」
 ニッコリと笑うが、糸で縫いつけられた口から声が出ているわけではない。
 体のラインをなぞるように腹の方に目をやると、グロテスクとも取れる唇が嬉しそうに笑っ
ていた。
「あー……お帰り」
 他に言うべき言葉がある気もするが、とりあえずそう言っておく。なんとなく、下の口に向
って言ってしまったが……
「……あ。何か色々文句言おうと思ってたのに、今ので全部忘れちゃったじゃん!」
「あら本当? ラッキー!」
「いや、思い出した!」
 ハーラがあからさまに不満そうに眉を寄せる。
 しかしリョウはそんな事一切気にかけず、膝に乗せていたハーラをベッドの上に放り出して
自分はいそいそと床に降りた。
 そして、ハーラに指先を突きつける。
「なんで昨日帰ってきてくれなかったわけ!? 夜がいてくれたから良かったけどさ、朝起き
たらトレスもいないし!」
「あたしのせいじゃ無いわよぉ! 全部ベロアが悪いんだから!」
77弱虫ゴンザレス:05/02/02 01:07:39 ID:vmGL944J
「今はベロアは関係ないでしょ!? 君を怒ってるんだよ君を!」
「だって……!」
「言い訳すんな!」
 悪くないのに……と不満げに唇を尖らせたハーラの頬に手をやって、リョウは腰をかがめて
自分の頬を彼女の肩口に摺り寄せた。
 リョウはこれが、歌姫達の親愛表現だと知っている。
「寂しかったんだよ……女の子、君しかいないんだから」
 文句を言うように言われた言葉に、ハーラは色の違う瞳を潤ませると恋にときめいたような
気分になって思わずリョウの体を抱きしめた。
 こういう時ほど、自分が女でよかったと思うことはない。
「もうベロアなんかの悪の誘いに乗ったりしないわ。許してマスター……」
 ベッドの上に座り込んでいたハーラは、リョウに腕を絡めたまま床に下りると甘えるように
べったりとリョウの体に張り付いた。
 身長は同程度だが、妖艶な体つきのハーラと痩せすぎのリョウが並ぶとやはりハーラが年上
に見える。
 歪んだ心の持ち主が目撃すれば、倒錯的な妄想にかられて鼻から血を垂らす事もあるだろう。
「……可愛い」
 思わずリョウも抱きしめ返す。
 ハーラの肌は白く滑るようで、柔らかくて気持ちいい。胸が大きいのが羨ましくもあり、耳
の変わりの羽が愛らしいとも思う。おまけにハーラの体臭は、甘い果実のようなとてもいい臭
いだった。
「マスター、そんなに触ったらくすぐったい」
「そっちが抱きついてきたんじゃん。よし、くすぐってやる!」
「きゃぁあぁ!? マスターやめて! やめてくすぐった……いやぁあぁ!」 
78弱虫ゴンザレス:05/02/02 01:08:41 ID:vmGL944J
「お取り込み中の所とーっても悪いんだけど」
 明るく爽やかな声がした。声だけで想像できる、どんな大怪我をしたのかと聞きたくなるよ
うな包帯と、外界と体を完全に遮断する長いローブ。
「あんまりにも目の保養になる光景過ぎて、ベロアが呆けちゃってるよ?」
「シリク!」
「ベロア!」
 ハーラは心底から愉快そうな雰囲気のシリクの名を呼び、リョウはなんとも言いがたい表情
と瞳をして突っ立っているベロアを呼んだ。
 トレスに脅されて走ってきたのに、開け放されたドアを覗いてみればリョウとハーラがいち
ゃついていたら、それはベロアだってこんな表情にもなるだろう。
 何となくだが、性別で負けた気分である。
 寂しかった……と拗ねて抱きついてくるリョウが見たかったが、既に一人にされた事に対す
る不満は収まっているようだった。
「ほらほら、いくら羨ましいからってそんな辛気臭い顔してないで」
「いつまで扉の番人を気取るつもりだアイズレス……退け。邪魔だ」
 ドン、とベロアの背を突き飛ばす。
 一瞬前までシリクだった男が、今はトレスでこの豹変。一人で実に忙しい男だが、いい加減
になれもする。
 なにやら不満を叫ぼうとしたベロアを鋭い視線で黙らせて、トレスはその場で仰々しくロー
ブを翻して頭を下げた。これもまた、シリクとは別の種類のきざったらしさがあるが、気色悪
いくらいに似合っている。
「トレス。君も昨日からいなかったの?」
「いいえ、私は今朝より血の巡りの悪い愚者二人を引き取りに白牢まで出向いておりました」
「ちょっと!」
 ハーラが講義の声を上げる。血の巡りの悪い愚者という言葉に反応したのだろうが、一瞬姿
を表したシリクにまぁまぁと制されて、ハーラは不満顔で乱暴に腕を組んだ。
「白牢……? 王立騎士団? なんで?」
「昨晩酒場で乱闘があってね、その中に歌姫とアイズレスがいたって事」
79弱虫ゴンザレス:05/02/02 01:09:34 ID:vmGL944J
 トレスと入れ替わり、現在シリク。
 役者になって一人芝居をやらせれば王に招かれるような劇団に喜んで迎え入れられる事だ
ろう。雰囲気からなにから声まで違う。同じ場所に全く違う人物が二人重なって立っているよ
うだ。
「乱闘!? 二人とも大丈夫なの!? 怪我は!?」
「ハーラは無傷だけど僕は一発殴られたよ……全部樽のせいだ……」
 閉じた扉に背を預けて座り込んでいるベロアが言うなり、リョウは慌ててベロアの元へ駆け
寄った。
 樽の意味はわからないが、大切なのは殴られたというフレーズである。
「うわ、うわ、ほんとだ唇切れてるじゃん! 大丈夫? まだ痛い?」
「怪我した直後に不潔な地下牢に入れられたからね、黴菌が入ったんだよ。後で薬上げるから、
リョウちゃんが塗ってあげるといい」
 シリクはハーラやトレスと違い、リョウとベロアの仲を非常に微笑ましく思っていた。つま
りは、独占欲というものが殆ど無い。
 リョウは心配そうにベロアの頬を撫でていた手を止めると、シリクを見上げてありがとうと
微笑んだ。
 直後に、トレスへと入れ替わる。
 それと同時にハーラも窓の外に視線を投げて、コウモリ羽を左右に開くとトレスとベロアに
視線を投げた。
 馬車の音が聞こえる。そして、臭いがする。
「ロウ、お腹すいた?」
 突然、ベロアがリョウに問い掛けた。
「え……? あ、うん」
 朝からクッキーしか食べていない。
 何故突然その話を始めるのか不思議だったが一応素直に頷くと、ベロアは静かに立ち上がっ
てリョウの頭を優しく撫で、トレスと軽く頷きあった。
「では御主人、腹ごしらえに向いましょう。ついでに散歩も致しましょう。私がお供いたしま
す」 
80弱虫ゴンザレス:05/02/02 01:10:54 ID:vmGL944J
「え……?」
 それはいつも、ベロアの役目ではなかったか……だいたい、トレスはいつも薬をかじるばか
りで人間の食事などしないではないか。
「なんで、今日はトレスなの?」
 決してトレスが嫌と言うわけではないが、純粋な疑問が起こる。問われて、ベロアは青い瞳
のままで口元を緩ませた。
「トレスじゃ不満?」
「……ううん。ただ、なんでかなって……でもまぁ、いいや。うん」
 トレスと行けと言うのなら、きっとトレスと行かなければならないのだろう。
 根拠はないが納得して、リョウはベロアが頬に落としてくれたキスに恥ずかしそうに俯いた。
「でもその前に……ロウ、エルの部屋に行って服を着るように言ってきてくれないかな。そし
たらそのまま出かけていいから」
 なんで、とは聞かなかった。ただこくこくと頷いて、部屋を出る。
 リョウが走り去る音をハーラがしっかりと確認すると、三人は肩を竦め、含み笑いを抑えて
頭を降った。
「客人が来るぞ……しかも、なるほどこれはやっかいだ」
「予想よりもずっと早い。僕のいる宿が分かっていたみたいだね」
「なーによ二人とも。さんざん人の言う事無視してたくせに、ちゃーんと信じてるんじゃない」
「客人が来る事くらい予想してたよ。ただ君の言う所の”恐ろしい事”は起こらないと思うけ
どね」
 白牢から馬車が出た。それは間違いなくこの宿を目指していて、ハーラの言う所の”恐ろし
い事”が起ころうとしているのは分からないが、きっとベロアを目指しているのだろう。
 ハーラが不満そうに鼻を鳴らすと、トレスはローブを翻して背を向けた。宿のカウンターで
リョウを待つのだろう。
「トレス」
 その背中をベロアが静かに呼び止める。
81弱虫ゴンザレス:05/02/02 01:12:20 ID:vmGL944J
「三時間だ」
「予想か?」
「確信」
「いいだろう」
 ドアが開いて、閉まる。
 トレスはきっかり三時間、間違いなくリョウをこの宿に近づけない。
「いつも不思議に思うんだけど」
 ハーラが窓の外を覗き込みながらベロアに向って問い掛けた。
「どうしてあなた、騎士や貴族からマスターの事隠したがるの?」
 それが悪い事だとは思わないが、特に得があるとも思えない。ベロアは今まで何度か騎士や
貴族と接触し戦略を売って来たが、いつもリョウの存在は全身全霊を込めて隠された。
「ロウは可愛いからね、見初められたりしたら迷惑だろう?」
 そしてこの男は、その理由をいつもはぐらかす。
 ふーん、とハーラは意識的に興味を無くしたようにそういうと、窓の外を見つめながら歌い
始めた。
 信じられない低音域と、人間並みの高音域。それは素晴らしい歌声だったが、他の歌姫の歌
を聞いたことがある者ならばきっと首を傾げるだろう。
 ハーラの歌声は素晴らしかったが、ただそれだけにすぎなかった。
82弱虫ゴンザレス:05/02/02 01:16:54 ID:vmGL944J
長くなりましたが切りがいい所が見えなくて……
投下させていただいてすいませんすいません。
最近の花粉は恐ろしくてごめんなさい。皆様もどうかお気をつけください
83名無しさん@ピンキー:05/02/02 10:14:08 ID:7kmOM3OA
今回も楽しうございましたv
次回は”恐ろしい事”が起きるのですね。わくわく。
久々のエルの登場にも期待しております。
84根来と戦部:05/02/04 00:02:43 ID:1Rsrxr95
戦部という戦士がいる。
元亀天正の牢人を思わせる風貌の彼に一度、同僚の根来という人が
(──貴殿は、勇猛果敢な記録保持者であるが、全身修復を終えると全裸になり見苦しい。
私のように髪の毛を衣装に織り込んでみてはどうか)
と声を潜めて忠告したことがある。
されば激戦の特性が衣装にも適用され、無駄にせず済むかもしれない。
という事を、闇討ちと覗きを信条にしているこの合理主義者はとくとくと説いた。
(それは──)
戦部はむずかしい顔をしたまま黙った。髪じたいはさほど惜しくない。
が、ホムンクルスを生で食すという悪癖を見てもわかるように、戦部は生来、細かい事が嫌いである。
(縫いこむのが面倒だ)
第一、ブタさんがシークレットトレイルのDNAうんぬんの設定を、激戦にも適用しているかどうか。
彼は吸血鬼よりは忘れっぽくはないが、ひどく行き当たりばったりで、
1週間が10日と半ば本気で信じている痴呆のような部分もあり、こと物語全体の整合性に関しては、どうもあやしい。
きっと単行本のおまけページでも、特性の説明は要領をえぬまま終わるだろう。
余談がすぎた。
戦部の目の前の合理主義者は、戦部のとっての「面倒」を合理と信じて連日連夜、裁縫に明け暮れているのだろうか。
「いる」
と根来は無表情で頷き、ついで、ソーイングセットと「ブタでも理解できる裁縫」という本を戦部に差し出した。
「いらん」
戦部は嫌そうな顔をするとそれらを押し返し、こういった。
「実はだな」
神妙な顔つきで、いう。
「俺は洗濯ができない」
根来はソーイングセットを手にしたまま小首を傾げた。戦部のいわんとする事がよく分からない。
「制服を着続けていると、汗にまみれて気持ちが悪い。
そういう時はわざとホムンクルスに破かせて、新しい制服を支給して貰っているのさ」
根来は閉口した。
制服がもったいないではないか。
85弱虫ゴンザレス:05/02/08 01:56:53 ID:pEWEIYH+
 トレスと二人きりで町を歩く……というのは、非常に珍しい状況だった。
 できうる限り人間との接触を避けようとするトレスは、いつも誘っても大体部屋に引きこも
ったきりで、たまに外出するかと思えば森に薬草を探しに行く。
 この時ばかりはシリクもトレスの味方をし、上手く丸め込まれてリョウはいつも部屋に追い
返されてしまう。
「……追い返される感じ」
 かくん、と首を傾けて、リョウはトレスの視線を自分の方へ下ろさせた。
 後ろをついて歩くだけで言葉を発しないのはエルもトレスも一緒だが、トレスの場合はやた
らと存在感がある。後ろについていられると落ち着かないというか、なんとなく遠巻きにした
くなる。
 しかし、今リョウが言っているのはそういう事ではなかった。
「……いやいや、追い立てられる感じ?」
 今度は反対側に、首をかくんと傾ける。
 トレスが不可解な物を見る目つき――かどうかは分からないが――でじっとその様子を見
ていると、リョウは立ち止まってトレスの方に向き直った。
「僕、今追い出されたんだよね」
 難しげな表情で、首を傾げつつ、言う。
 トレスもリョウに合わせて足を止め、二人は向かい合う形で立ち止まった。
「唐突に仰られましても……意味を理解しかねます」
 トレスの背後には、まださほど離れていない位置に宿屋が見える。そこに馬車が一台到着す
るのを見つめながら、リョウは説明に困ったとでも言うように再び反対側に首を傾げた。
 探るような、伺うような、そんな瞳でトレスを見つめ、腕を組んで、うなる。
「トレスを見張りにつけて、僕を宿から追い出した?」
――さすがに……
 あれほど不自然に送り出されれば、不自然も感じるか。
 トレスは心の中で思い、しかし表には出さずに苦笑した。
86弱虫ゴンザレス:05/02/08 01:58:05 ID:pEWEIYH+
「御主人がそうお感じになられてのならば、それが御主人の真実なのでございましょう」
「それは、正解って意味?」
「それは、私の言葉を御自分の真実となさるという意味でございましょうか?」
 言い回しが難しすぎて、リョウは再び首を――今度は体ごと傾けた。
 意味がわからない訳ではないが、自分の解釈が正しいかどうかは分からない。恐らく、たと
えトレスが嘘を吐いてもリョウはそれを信じるのかと言う意味だろう。
「君は僕にとっての真実を教えてくれるって信じてる……って感じ?」
「それは買被りも甚だしい。御主人もご存知でございましょう? 私は常に自身に都合の良い
真実しか口に致しません」
 さらりと言われ、リョウは難しい表情のまま唇を尖らせる。
 つまりは、教えてやらないと言う事だ。
「御自分の感じた事を真実となさいませ。他の言などお頼りになればいずれ自らを失い踊らさ
れる人形となりましょう」
「ふぬ……こんな風に?」
 少し考え、リョウは無表情を装ったままぎこちなく踊って見せた。
 滑稽な道化師のそれを上手に真似たその踊りを、遠くで見ていた子供が楽しそうに拍手する。
 その子供に向って笑いながら手を振るリョウを見つめながら、トレスは周囲の誰にも気付か
れないように、小さくため息をついた。
「上手いとはいえないごまかし方だね」
 誰よりも近くにいるシリクだけが、このため息を聞きつける。
87弱虫ゴンザレス:05/02/08 01:59:20 ID:pEWEIYH+
 集まってきた子供達の所に駆け寄っていくリョウを視線で追いながら、トレスは相方の言葉
にマスクと包帯に隠された口元を歪ませた。
「多くを聞きたがらず、無闇に知りたがらず、相手の言葉から事実を推測しようとする辺り…
…なるほどアイズレスに育てられただけの事はある。貴様ならば上手く騙せるか?」
「かーんたん。ただ僕がリョウちゃんをデートに誘いたかっただけって言えばいい」
「呆れた男だ……もう黙れ。周りに怪しまれるぞ」
 低い声で言われ、シリクは肩を竦める事も無く思考の奥に引っ込んだ。
 なるほど、確かにそう言えば、滑稽に踊り華やかに笑う少女は頬を染めて喜ぶのだろう。そ
うして何の疑いも持たずに、例え疑ってもそれをあえて思考に沈め、他愛の無い言葉のやり取
りに興じるのだろう。
「トレスー! あっちで市場やってるんだって! そこ行こう? ね!」
 自分の半分の年月しか生きていないような子供達の輪に入って騒いでいたリョウが、トレス
に向って声を上げた。リョウは概ね、酒場などで食事を取るより露天で買って歩きながら食べ
るのを好む傾向にある。
 知らぬ間に随分と距離が離れた物だと思い、あぁ、子供を見失いそうになるというのはこう
言う事かと理解する。
 リョウ達の宿は、丁度大通りの突き当たりに位置する場所に存在する。人通りの多い道で、
もしも幼い子供があれほど遠くにかけて行ったら見失うのは容易だろう。
 リョウは白牢へ向う道を指差し、子供達に別れを告げるとトレスの返事も聞かずにかけてい
った。
88弱虫ゴンザレス:05/02/08 02:00:18 ID:pEWEIYH+
 今でも時折不思議に感じる事がある。あの少女ならば、あの少女の精神ならば、恐らくは苦
も無く奴隷として縛る事が出来ただろう。
 薬の力を借りてもいい。
 人間が時折そうするように、魔法の力を使って意のままにする事も出来た筈。
 なのに、何故自分は少女の従僕となる道を選んだのか……思い返してみれば、名前を呼ばれ
た。それだけだ。
 不思議な少女だと思う。あの少女は、6種もの異種族を従えるほどの何かがある。何がとい
われれば、それはトレスには想像もつかないのだが……
「トレス! なにぼさっとしてる! 見失うぞ!」
「……何?」
 自らの口から発せられたシリクの言葉に、トレスははっとして人垣の向こうを走るリョウを
見た。
――見失う……?
「バカな……連れがあると言うのに何故あんなにも迷い無く走れるのだ!」
 非常識だ。とトレスが叫ぼうとした時、痺れを切らしたシリクがトレスに変わって駆け出し
た。
「リョウちゃんは放っておくと一人でどっか行っちゃう子だって事くらい知ってるだろ
う!?」
「しかしこれはあまりにも……いや、いいや……これは私の失陥だ……」
 言ったきり押し黙ってしまったトレスに対し、そりゃあ……とシリクは心の隅で思う。
――人に合わせる事ばかり考えてた君には理解しがたいだろうね
 一瞬、胃に差し込むような痛みが走って、シリクは腰の袋を探って薬を何錠か口の中に放り
込んだ。袋の中にランダムで詰め込まれたフルーツ味の鎮痛剤である。
「……お、リンゴ味」
 リョウの姿をしっかりと瞳に収めながら、引き当てた錠剤が何味かを呟いて、シリクはガリ
ガリとそれを噛み砕いた。
 慢性的な神経性胃炎を患うのは人間だけではない。トレスがその典型であり、彼に僅かでも
精神的負担を与えると胃痛もしくは頭痛を訴えて、酷い時は苦痛をシリクに押し付けて思考の
奥に引っ込んでしまう。
89弱虫ゴンザレス:05/02/08 02:01:43 ID:pEWEIYH+
 昔は、そのままトレスが肉体の主導権を握ると胃痛が悪化するだけだからといって、シリク
が無理に押し込めていたのだが、最近はその問答も面倒らしく、苦痛を感知するなり自主的に
シリクに体を明渡すようになっていた。
「……なんだ、あれ」
 足はリョウの方が遅いため、じきに追いつくだろうと言う位置まで近づいた時、シリクが異
変に気が付いた。
 何か黒い影が、目に止まらぬ速度でリョウの頭のすぐ横を横切ったのだ。直後に、リョウの
足が止まる。生臭い臭気が嗅覚に張り付いた。人間の血液の匂いだと気が付いて、シリクから
暢気さが消えうせる。
 それは、明かりの下では異様に目立つ、黒に紫の縞が入った左右合わせて8本の足と、風に
ゆれる極細の触手。胴に白く巻きついているのは包帯だろうか……
 薬品に混じり、微かに体液の匂いがする。間違いない、ありえないが、間違えようが無い。
「ミセイラーム……!?」
 シリクが愕然と叫び、直後にリョウの周りの人々から悲鳴が上がった。
 ミセイラーム。それは、一抱えほどもある巨大な――猛毒を内に秘めた蜘蛛だった。
90弱虫ゴンザレス:05/02/08 02:08:07 ID:pEWEIYH+
× あれほど不自然に送り出されれば、不自然も感じるか。
○ あれほど不自然に送り出されれば、違和感も感じるか。

お久しぶりでございます。こんな深夜にごめんなさい。
短いですが投下させて頂いてすいません。
恐ろしい事が起こってなくてごめんなさい。
91名無しさん@ピンキー:05/02/08 19:26:07 ID:IAjkdcR8
>>84乙!
2人のやりとりは心底くだらねーのに格調高い文章でワロタ。
9248:05/02/09 22:25:25 ID:I3pQAVJA
 少々間が開き、申し訳ありません。目下健在です。
相変わらず、当方としても学ぶところが多い、濃い内容が続いているようで何よりです。
 さて、以前ゲーム「サモンナイト3」内で海上を管轄する軍事組織が「海戦隊」と呼ばれている、という話が
ありました。私は「陸戦隊」か「海援隊」からの発想かと思っていたのですが、『世界の艦船』の1月号に
なかなか面白い話が出ておりました。それによると、中国海軍の一部部隊が1940年代末ごろに非公式に
「人民解放軍 海戦隊」という呼称を(自嘲的なニュアンスで)使用していたということです。
アズリアさんは黒髪に黒い瞳の美女のようですから、もしかしたら中国人なのかもしれませんな。
93名無しさん@ピンキー:05/02/11 18:28:46 ID:cCzFSeeq
>弱虫ゴンザレス氏
首かくんリョウたん可愛すぎ。キャラの性格付けがはっきりしていて掛け合い
が楽しいです。

>84
文章は淡々と進んでいるのにそこはかとなく笑えてきます。司馬調でこんなに
わろたの初めてかもしれん。

>92
お久しぶりです。お元気そうで何よりです。
「アズリア=中国人」説ですが、興味深く読みました。元ネタがファンタジー故
人種の確定はできませんが、彼女の属する「帝国」はシルターンという和+中華
をモチーフとした世界と関係が深いらしいので(自治区がある所から推察)、
軍の設立にもシルターンの人間が関っていて、それで「海戦隊」と命名された
のかもしれません。帝国軍の軍服もサーコートというより陣羽織で東洋風ですし。
94名無しさん@ピンキー:05/02/14 02:54:24 ID:9zpuu6pm
お邪魔します。

バレンタイン話を書きたくなって書いてみたので投下します。
オリジナルでエロはなくほのぼの気味。
では以下数レス分失礼いたします。
95名無しさん@ピンキー:05/02/14 02:55:06 ID:9zpuu6pm

『Valentine For Velid Farewell』



オーブンの傍で座っていると幼なじみが台所を覗いた。
「いいにおいだね」
「渡すのは明日だよ」
「分かってるって」
もともとは兄さんの遊び相手だった。
でももううちに入り浸るのが普通になっていて、兄さんがいなくてもよく来ている。
同じ高校の一つ先輩だけれど、小さい頃から見知っているせいか相変わらず敬語は使えない。
背の高い彼の向こうには、居間と白い景色が古い天井の下に見えている。
明日は2月14日で外は雪だ。
幼なじみは相変わらずよく分からない優しさで傍にいて、でも来年はいない。
実感が湧かない。
この人は三年生に進級しないで、海外に行ってしまうそうだ。


96名無しさん@ピンキー:05/02/14 02:56:30 ID:9zpuu6pm

**


オーブンの深いオレンジ色の中ではチョコバナナマフィンが出来上がるのを待っている。
私は眺めていたお菓子作りの本を閉じて、丸椅子をもうひとつ引き出してきて
当たり前のように傍に座った臙脂のセーターをちらりと見上げた。
別に何を言いたいわけでもなさそうだったので、また本を開く。
と、隣から肩をつつかれた。
「なあに」
「結構数作ってるけど、誰かあげたいやつがいるわけ?」
詮索された。
別に色気がある答なんて用意していないので聞かれても困ってしまう。
「部活の先輩と家族だけ」
「おまえんとこ男の先輩いたっけ」
「ううん。いないけど三年生の先輩に、お疲れさまでした替わりに各自作ってくることになってる」
「ああ。そう」
穏やかに笑う瞳に、なんだか馬鹿にされているような気分になる。
ときめきなんて小学二年生のときの初恋以来未到来で、だから恋愛なんてよく分からない。
遅れているのかもしれない。
別にいいけど、この人に言われるとなんだか溜息が出る。
幼なじみが隣で軽くオーブンを覗き込んで軽く私の肩に身体が触れた。
男の人の身体になっているなあと頭の隅で思う。
97名無しさん@ピンキー:05/02/14 02:57:46 ID:9zpuu6pm
「まだ焼けないよ」
「義理だけなのに手作りなんて律儀だよね。おまえらしいけど」
「うるさいなあ」
からかい口調にお菓子の本を閉じて、軽く息をつく。
兄さんによればこの人は本命を数年に一度貰うようなタイプらしいので、
(でも貰ったはずのチョコレートは見たことがないので本当か謎だ)
本命というチョコレートのほうに縁があるのかもしれない。
どうせ来年はそういう習慣のない国へ行ってしまうくせに。
向こうの国ではカードを送るのか花束なのか、そういうことまでは分からないけれど。
「義理っていっても大切な人にあげるのには変わりないもの」
「そう」
「うん。そう」
「ぼくも大切?」
「うん」
そういうことを直接聞くところがこの人らしい。
まあ大切な人といわれればそうだ。
少し目を逸らすと居間の外のうっすらした雪と、炬燵で寝る弟が見えた。
何も言わずただなでられて微妙な気分になった。
本当の兄さんよりお兄さんみたいだ。

―でも、そんなこの人はお兄さんではないから、どこに行くにもうちとは関係なく。
98名無しさん@ピンキー:05/02/14 02:59:22 ID:9zpuu6pm
来年一年間はうちにも来ないし、学校でも見かけなくなる。
そんな日常があるなんてどうにもまだ、信じられないけれどこの人は来週には日本から去ってしまう。
実感が湧かないのは何でだろう。
兄さんの方がきっとずっと寂しがっていて、私なんておまけみたいなものなのだ。
幼なじみが立って、インスタントココアを入れてくれた。
マグカップを受取って、あと少しで焼けるオーブンの時間表示を眺める。
台所が涼しいので湯気がぬくい。
海外といっても行きっきりではなく市かなにかの制度による交換留学のかたちになると聞いた。
来年春には帰ってくるらしいから、二年後はまた私はこうしてチョコレートのお菓子をここで作るかもしれない。
実感は湧かないけれど、幼い頃からの日々の実感は、確かに記憶にしっとりと積もっている。
―本当に、家族以上に家族みたいな気がする人だから。
いなくなったら寂しくなるかもしれない。
隣に腰掛けた高い位置の横顔をしばらく見てから、声をかけた。
「あの」
「なんだい」
「外国行っても身体に気をつけてね」
「…皆言うなあそれ。ありがとう」
「がんばって」
「何、今日は優しいじゃないか」
低い声が小さく笑って空いた大きな手がぽんと頭に優しく置かれる。
男の人の手になっていた。
99名無しさん@ピンキー:05/02/14 03:00:10 ID:9zpuu6pm
「来年は手作りももらえないのが残念だよ」
「うん。だから今年は二個あげる」
幼なじみが黙った。
それから何か言いかける前に、賑やかな音がしてマンションの扉が重く音を立てて、
兄さんが誰かを数人連れて賑やかに彼を玄関で呼ばわった。
幼なじみが苦笑して腰を上げる。
こうして毎日彼をどこかに引っ張っていくのが、兄さんなりの餞別なのだろう。
「じゃあ、上手く出来るといいね。明日楽しみにしてるから」
「うん」
そうして男子高校生の雰囲気に混じれて遠くで玄関が閉まる反響が薄まると、急に小さな台所が静かになった。
ココアを飲み込んでなんだかなあ、と意味もなく思う。
やがていいにおいがしてチョコバナナマフィンが焼けた。
―別に好きな男の子がいるわけでもないし、女の子らしいイベントの参加もしないけれども。
こうして誰かに何かを作って渡して、感謝を出来る日があるのは嫌いじゃない。
明日は2月14日だ。
大事な人達に一年間のありがとうと、大好きですという言葉の代わりに、贈り物を。
それから幼なじみには一年間だけのさようならを。
二年後にはまた贈り物を出来ることを祈って。




100名無しさん@ピンキー:05/02/14 03:01:33 ID:9zpuu6pm
今後もこのスレの穏やかな繁栄を祈りつつ。
皆さまよいバレンタインを。
101100:05/02/14 07:41:46 ID:9zpuu6pm
タイトルVelid→Veiledの間違いです。
一行目から失礼しました…では改めまして皆さまよいバレンタインを。
102名無しさん@ピンキー:05/02/16 00:22:59 ID:GuqNrBnT
>>95さん
もしや「幼馴染み萌えスレ」の方でしょうか?
クリスマスに投下されたSSの影響で、過去作品読みに行ってました。
『Scarlet Stitch』 の二人だと嬉しいなあ。
大好き。

103 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:07:30 ID:1TxDTX9p
 このスレを再びお借りします。 
 これから投下するのは、放送終了したスーパー戦隊シリーズ「特捜戦隊デカレンジャー」のエロ殆ど無し小説です。
 このスレの最初の方に書いた話の続きの続き(3話目)です。
 ちなみに2話目はエロが入っていたので、こちらに投下してあります。

 (元スレ)戦隊シリーズ総合カップルスレ
 http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1105953664/183

 時系列は最終回後(50話終了後)。ほとんど妄想で書いた二次創作です。
 前回と同じく、デカレッド=バン、そしてデカイエロー=ジャスミンのお話です。でもオールキャラです。
 とりあえず前編のみ投下させて下さい。
 エロは前半ありません。後半もあれば多分R-15 くらいなので、こちらに投下することに致しました。
 前編だけでも大分長いので、本当にスレ汚しになったら申し訳ないです。(おまけに文章下手です)

 デカレンジャーなんて知らない、ついていけない思いましたら、名前欄からNGワードあぼーんお願いいたします。
 事件の元ネタについては突っ込まないで下さい○| ̄|_

※一応こんな感じで毎週放送されておりますた↓
<"S.P.D" Special Police Dekaranger 燃えるハートでクールに戦う6人の刑事たち !
彼らの任務は地球に侵入した宇宙の犯罪者(アリエナイザー)たちと戦い、人々の平和と安全を守ることである!>

 それではどうぞ……。
104 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:10:01 ID:1TxDTX9p
 それとなく、俺の気持ちが彼女に届くようになった。
 彼女の気持ちもそれとなく俺に届くようになった。

 心だけじゃなく、体も1つになれた。
 それから俺たちは離れ離れになってしまって、彼女の気持ちも届かなくなってしまい。
 俺の気持ちも届かない。

 でも、同じ宇宙で生きている間は、体が離れていたとしても、心は1つだと信じてる。
=========================
【0・赴任1年後】
――ここは、惑星ツカ。
「明日、また違う星へ別の任務に移るから、今日は早めに休むように」
「ロジャー!」
上司、というか指揮官であるギョクさんからやっと今日の任務終了を告げられ、皆次々と
「お疲れー」
「また明日なー」
と言って部屋へ戻るのを見届けて、残ったのはギョクさんと俺だけ。
 まあ、何言われるのはわかっていたけど。
「……おい、伴番。お前も早く部屋に戻らないか」
予想通りの答え。
「はーい……って、あのー?」
「何だ?」
「今度、本部で会議があるんでしょ?」
「……そうだが」
「ボ……じゃなくて、地球署の署長も来るんですよね?」
 ボスと言いかけそうになったけど、すぐに辞めた。1度ボスのことをボスと言った時、
”お前のボスはもういないんだ”と怒られちまったからなあ。また怒られるか?
「当たり前じゃないか。署長会議なんだから」
「じゃあ、ひとーつだけ、お願いがあるんですけど……」
「お前を本部に行かせるのは無理だぞ?さっさと言ってみろ」
そんなの行くつもりもない。ただ……ある人にお礼したくて。こんな滅多なチャンスはそうそうないからな。
「あの――」
105 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:11:29 ID:1TxDTX9p
******************
「はー、疲っかれたー!」
 部屋に戻ってどさっとベッドに倒れるように飛び込む。

 部屋と言っても、緊急用に作られたプレハブみたいな宿舎。
(もう、この星ともおさらばか)
 相手は人質を連れた立てこもり犯。当たり前だけど、人質がいるから無用に手が出せない。
 かといって、犯人からの要求もなく、どうしようもない状態。犯行直後から1週間。
 膠着状態が続いて、スワットモードを取得していなかったツカ署長からの要請で、
俺たちファイヤースクワッドが召還され、現場に乗り込み無事人質を救出して、犯人逮捕に踏み切った。

 それが俺のファイヤースクワッドでの76回目の任務。
 俺たちの仕事は、所轄で手に負えない、危険なテロ組織や立てこもり犯のアジトや現場に一斉突入して検挙すること。
 あいつらにずっと”無茶”だと言われ続けてたから、あいつらが見たら絶対ぴったりだと言うだろうな。
 今まで地球署でやってきた以上にハード、そして”生と死の綱渡り”の連続だ。

 地球署から本部に着いて最初にギョクさんに言われた一言。
 
 『生きて帰れると思うな。――死ぬ気で悪と戦え』
 
 ああ、俺えらいところに来ちまったと思ったさ。ずっといつも俺は死ぬ気だけど絶対に生きてやるって思いながら戦っていた。
それなのに、”生きて帰れると思うな”だなんて……。

 そう思いながら、枕元に置いてある”白い”SPライセンスに手を伸ばして、Phoneモードを押しながら、カバーを開いてみる。

『――そうは問屋がおろさない!』
 そう叫んでからニヤリと笑って、ホログラムの小さなジャスミンは消えた。
 お前、これ、本当にホログラムなのか?俺が思ってることに答えてくれるのように、都合よく出てきやがって……。
106 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:13:09 ID:1TxDTX9p
「――そうだよな」
 そう1人呟いて、SPライセンスのカバーを閉じた。
 特殊任務の都合上、外部との連絡・接触を切り離されても、手紙すら送れなくても、
ギョクさん、これだけはどうしても譲れません。 
 死ぬ気で悪と戦うけど、俺は絶対生きてやる。あいつらに……ジャスミンにもう1度、会う為にな。
 明日も朝早いだろう。どうせまた他の星へ移るんだろうな。
 そう思いながら、そのまま俺は風呂にも入らずにライセンスを握り締めながら眠りに就いた。
 
 眠りに就く前に”白い”SPライセンスで”彼女”と会うこと。これが俺の日課。
=========================
【1・その頃の地球署】
――窓から流れ星を見かけると、いつもすぐに窓を開けて彼だと思いながら願い事を3回呟く。
 でも、どう早く呟いても2回目の途中で流れ星は消えてしまう。
 本当に、バンみたいにスピードが速すぎる――


「――あれ?ジャスミン、珍しい本読んでるね」
ウメコはいつもファッションや流行雑誌だもんね。私も借りてるけど。
「天文雑誌じゃないですかー、俺もよく本部で読んでましたよ!」
「やっぱり地球の写真ばかり見てたんだ?」
「……そうですね。チーフにばれないようにこっそりとね」
そうくすりと笑いながら話す”2代目火の玉”君。

「ジャスミン、ちょっと見せて?」
そう言ってはいどうぞと雑誌を渡してあげた。
「うわー、綺麗!」
と写真のページをぱらぱらと捲り、最後の文字のページになると無言。
「……ありがとう」
そう言って、私に返してきた。なんか、ウメコらしいね。
107 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:13:57 ID:1TxDTX9p
 今日は○○座流星群の日。夜明け直前、1時間に50個を越える流星が流れるとその雑誌には載っていた。
多分そのページはウメコは見ていないだろうけど……。
(今日だったら、願い事1回くらいは成功するはず)
 そう思いながら私はこっそりと朝起きてから目覚ましを深夜3時にセットしてデカルームに出勤してきた。

「それにしても……バンは今、どこにいるのかなあ」

 もう、これでウメコの口から何回この台詞を聞いただろう。ウメコの素直な質問に、私たちは当たり前だけど答えられなかった。
 何故なら、彼が今何処で、何をしているのか私たちにはまったくといっていいほど情報が流れてこなかったから。
「せめて連絡くらい出来るといいのになあ……ボス、駄目なんですか?」
「……ファイヤースクワッドは赤い特凶と言われる程だ。基本的に特凶と大差はない。チームプレイか、単独行動か。
ただそれだけの違いだ。……隠密に事を進めなきゃならないからそうそう連絡は取れないんだろう」
ボスもやっぱり連絡、取れてないんですね。ギョクさんとでも。
「でも、俺チーフと連絡取ってますよ?」
「そりゃチーフがほっとけないからでしょ?ずっとあんたの面倒見てきたのに、心配でたまらないのよ」
「そうですよね……」
ウメコにそう言われて納得したか、しないか。彼は自分のブレスロットルをじっと見つめる。

「機密情報をむやみに流されるのが怖いからあえてそうしてるんじゃないか?……ギョクさんもきちんと考えてるはずさ」
ホージーは、”相棒”と連絡取れなくても”離れていても思いは1つ”だと叫んだ彼を信じているんだろう。
最初は”相棒”と呼ばれるのをあんなに嫌がってたのに、いつの間にか彼のペースに巻き込まれた何なのか。
「……そうだな。ホージーの言うとおりだ。」
「でも……なんか、あの子がいないと寂しいわね。やっぱり」

「「「「「……」」」」」

 スワンさんの一言で更に沈黙がデカルームを包む。彼がいた頃のデカルームには沈黙が流れるようなことは殆ど無かった。
 こういうとき、事件があるなしとは別に、彼の存在がこれほど大きかったということを改めて思い知らされる。……でも。
108 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:15:03 ID:1TxDTX9p
「――また、戻ってきますよ。待った分だけ今度バンが戻ってきた時に喜び倍増になるでしょ?」
「そうだね、ジャスミンの言うとおり。きっと遊びに来るかもしれないし!」
「ウメコさん、そんなに特凶って甘くないですよ?」
「……勝手に地球署に居座ってそのまま銀バッチになった人はどこの誰だっけ?」
「……俺です」
「ま、いいじゃないか。こいつだって、やっと地球に帰ってこれて自分の星を守りたいって思ってるんだから」
「”相棒”さん……」
「……悪いが、相棒は”あいつ1人”だけだ。あと、ホージーさんならまだしも、”相棒さん”は辞めてくれ。気持ち悪いから」
「テツが相棒なんて言うのは100年早いの」
「ナンセンス。ウメコさんだってリーダーなんてあと200年経っても無理でしょうね」
「なによー!」
ウメコがテツの頭をぽかぽかと殴る。
「ああっ、後輩いじめなんて酷いですよ!」

 そしてまたいつものデカルームへと戻った。テツとウメコの掛け合いは、今のデカルームの清涼剤。
******************
 テツとウメコは相変わらずだね。まあ、この2人がいなかったら、デカベースは静かなまんまだっただろうから、
ある意味いいコンビかもしれない。
 そう思いながらコーヒーを飲もうとしたその時。
プルルルルルルルル……

 マスターライセンスの通信音が鳴る。俺たちは会話を止めて、ボスの方をじっと見つめた。
「――俺だ……ああ、そういえば明日だったな。今日中には出発すると言ってくれ」
たった5秒で回線を切った。
「事件、ではなさそうですね」
「ああ、明日本部の方で緊急に署長会議があるのを忘れてたんだ」
俺の問いにボスが答えてくれた。
「緊急って珍しいですね」
「まあこの広い宇宙の何処かで必ず事件はあるからな。――それでだな、セン」
「なんでしょうか」
「お前も一緒に会議に行ってくれないか?」
「――俺、ですか?」
109 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:17:12 ID:1TxDTX9p
 皆驚いたような顔をしている。当の俺だって驚いてるんだから無理はない。
そして、どうも納得の行かない顔をしながらボスに真っ先に質問したのは予想通りウメコ。

「ボスー?センさんじゃなくてこういう時はホージーさんじゃないんですかぁ?」
「そうですよボス。センさんはここでお茶飲んでるほうが似合いますよ?」
テツは相変わらず酷いことを言うなあ……図星だけどさ、後で覚えておきなよ?

「……俺の勘だ。セン、構わないな?」
「ボスがそう言うなら、別にいいですけど……」
「じゃあ、決まりだな。ホージー。俺がいない間の代わりを頼むぞ」
「ロジャー」
そして他の3人に向かって、
「何かあったらお前たちは、明日ホージーの指示に従え、わかったな?」
「「「ロジャー」」」
 やっぱりボスはホージーを信用してるんだねぇ。俺が信用されてるとかは置いといて。
こりゃ署長の椅子もそう遠くはなさそうだな。
******************
 マシンルーム。
はいどうぞとスワンからコーヒーを手渡されて、そのまま一口。
「――会議、行くの?」
「ああ、明日な。結局センも連れて行くことになった」
「センちゃんもよく行く気になったわね。珍しいわぁ」
「まあ、あいつも変な顔していたが、”俺の勘だ”って言ったらなんか納得してたぞ」
「あなたの勘を信用してる証拠じゃないの、もっと喜びなさいよ、ドゥギー」
「今回は、勘じゃないんだが……」
「ギョクちゃんから頼まれちゃ、断れない?」
「一応後輩だしな。それに、直接頼んできたのはギョクだが、本当はバンが依頼人だからな」
「バンもけっこう気が利くのよね……ああ見えて」
「けっこう酷い事言うな。そういえば、……ウメコに聞かれたとき、バンが今いる場所ついつい答えそうになりそうだった」
110 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:19:08 ID:1TxDTX9p
そう言いながらコーヒーを飲む。
「結構大変みたいね。あの子大丈夫かしら?」
「ホージーに言わせると”ラッキーマン”だから大丈夫だと信じてる。ただ……」
「ジャスミンの事?」
「全然元気がない素振りも見せない。逆に無理してるんじゃないかと思ってな」
「……しょうがないわよ。今は大変な時期なんだから。任務が一段落ついたら、
あたしがギョクちゃんにバンの休暇あげるように頼んであげるわ」
「昔からギョクはお前には弱かったからな……それより、スワンも例の依頼、出来てるか?
科捜研からの”あれ”……」
「もう、ばっちし!でも……アブレラの発明が元なんだけど、利用できるものは利用しないとね。
という訳で本部に報告宜しくね」
「ああ」
そう言って、俺はコーヒーを飲み干した。
******************
――深夜4時。

デカルームの屋上に来てみる。空を見てため息1つ。
「――やっぱりここじゃ星はあんまり見えないかぁ」
それだけ、メガロポリスの夜は明るい。

 昼間のボスの署長会議って何だろう。アブレラを倒しても、悪は滅びる事はない。重々承知のこと。
 だからバンたちファイヤースクワッドや白い特凶が宇宙中を駆け回っているのだから。
 彼が去った後の地球署は、殆どといっていいほど怪重機も現れない。最近じゃ、滅多にデカスーツを
着ることもなくなってしまった。まるで彼が赴任するちょうど1年前までの頃のよう。――それだけ、平和だってことか。
 そう思いながら空を改めて見上げると。一筋の光がキラリと流れた。
「――バン?」

 バン……何処で今、何やってるんだろう。仕事の内容も特殊な組織だからこっちには全然話は流れてこない。
任務の報告データも、探しても見つからない。
111 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:23:33 ID:1TxDTX9p

 ”流れ星を見たら俺だと思え”
 そう言われて、そのまま別れてしまったけど。それでもやっぱり寂しいものは、寂しい。
(バンに、会いたい)
 次々に流れる流星。そんな中で”いけそう”な星がキラリと光ったのを私は見逃さなかった。
 「早く戻ってこれますように」
 「早く戻ってこれますように」
 「早く戻ってこれますように」
 
――やっと言えた。これまでも流星群はやって来ていたけど、ちょうど私が夜勤とか夜勤じゃなくても
曇り空で見れる機会がなかったから、これが初めての”願い事3回”。
 
 そっとポケットの中からペンダントを取り出す。
(宇宙一のスペシャルポリスのチームの一員の癖に、甘えたらいけないよね。お仕事ですから)
 ぎゅっとそれを握り締め、次々に流れてくる流星を見ながら、彼との思い出に浸り続ける。

 でも、それが大事件への始まりだなんて、誰も予想なんてしていなかった……。
=========================
【2・本部署長会議】
「……こういうの、苦手でしょ」
あくびをしながら俺は前の席に座っているボスに尋ねる。かなりかちこちしてるのが見ただけでわかるから。
「お前も人のこと言えないじゃないか……まだ会議前だから許せるが、会議始まってもそんな調子だとお前も本部から目をつけられるぞ?」
「あっ、それだけは勘弁。俺、一生地球署でいいですから」
「……やっぱりお前を連れてこないほうがよかったかもしれん……というのは冗談だが」
たははと頭を掻いて笑ったものの、どうして俺が本部に連れてこられた理由がいまいちよく自分でも……わからないんだよねぇ。

「……そろそろ時間ですね」
「ああ」
まだ結構席が空いてる。空いてる分は本部のお偉いさん方かな?そう思っていながら、会議室に入ってきたのは。

――ギョクさん。
112 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:24:22 ID:1TxDTX9p
 席は遠かったけど、向こうからボスに向かって目礼しているのはわかった。
「……なんで、ギョクさんが来るんですかね?」
「まあ、あいつだって”一応”特凶のリーダーだからな」
”一応”というところでボスがギョクさんに対して少し対抗意識でもあるのかと思ったけど、まあ、気のせいかな。
再び、ギョクさんの方を見ると。予想通り目が合った。
『ナンデオマエガイルンダ』
と指差して口パクしている。
『……俺?』
 と自分を指差して見るとギョクさんは頷いた。……別にいたっていいじゃないですか?
一応”署長の秘書”なんだから。そう思っていた矢先に。

バタン。

 ドアの音が聞こえて、入ってきたのは、ヌマ長官だった。会議の始まりかな。
俺たちはすぐに起立して敬礼のポーズを取る。―― 一応、一番偉い人だからね。
 長官は俺たちを手振りで座らせて。
『わざわざ急に呼び出して申し訳ない。早速だが、用件から……』
******************
「――疲れますね。こういうの」
「……まあ、お前は特にそう思うだろうな……」
会議は約1時間くらいで終わった。俺とボスは今本部に設置ある食堂で遅い昼ごはん。
なーんか味気ないんだよ、ここの食事って。
「……どう思います?」
「何がだ」
「”レッドレボリューション”」
「ああいう奴らは周期的に出てくるからな。しょうがないとは言え、関係のない人たちまで巻き込むのは許せん」
「地球にもアジトがある可能性って、ありますかね」
「ないとは言えないな。それに……」
「また、”匂い”ますか?」
「かすかにな」
113 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:26:11 ID:1TxDTX9p
――会議の内容はこうだった。
 半年前から、ありとあらゆる星で武器強奪、現金強奪事件が起こっていた。
 地球も言うに及ばず。
 ただ、逮捕されても口を割らず、結局そのまま監獄衛星アルカポに収監していた。
 特凶の捜査報告によれば殆どの事件には全宇宙的反革命組織”レッドレボリューション”が
絡んでいることが判明したらしい。
 ”レッドレボリューション”の目的は、宇宙警察本部、宇宙最高裁判所等の現宇宙組織体制の殲滅。
そしてとうとうこないだ宇宙最高評議会に爆弾が打ち込まれたらしい。
 敵の正体・本アジトは不明。特徴としては、その星の住人の姿に変身して、普通の住人のように過ごしているとのこと。
 大半の惑星にアジトを作っているらしく、150の星で検挙されたという。……そのうちの半分を検挙したのが、
ギョクさんのところの”ファイヤー・スクワッド”。

 もし、武器強奪、現金強奪事件が起こったら、デリートせずに犯人の口を何がなんでも割らせて
本アジトへの手がかりを掴んでくれという命令で会議は終わった。
 そして、腹が空いたから、今、昼食の最中――

「どうして、デリートしないんですか?」
「……昔もこういう事件はあったんだが、元々潜在的にいる反体制派への”見せしめ”ってところだ。
それに、奴らにとっては”死”、イコール”名誉ある殉死”……。これじゃ奴らの思い通りになってしまうからな」
「そうですか……」
「あいつらには、また一仕事してもらわないといけないな……」
とボスが呟いた直後。
「――ここ、空いてますか?」
トレーを持って立っていたのは、
「ギョクさん?」
「ギョク……」
114 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:27:12 ID:1TxDTX9p
「1年ぶりですかね、先輩たちに会うのは」
「そうだったな。会議もなかったしな」
「で、何でセンがいるんですか?とうとう先輩も隠きょ……」
「バカモン!……俺はまだ現役だ」
あーあ、一喝されちゃった。たまに余計な事言うところ、誰かさんと一緒だ。
「――気分害した。セン、ちょっと席外すから、終わったら連絡してくれ」
「ああああっ、ちょっと待ってくださいよ〜」

 ギョクさんの呼びかけにも答えず、ボスは席を立ち上がって食堂からさっさと出て行った。
 そして俺は”元”相棒さんと2人きり。
「――相変わらずですね。ギョクさん。いっつも昔から隠居とかすぐ疲れを見せるとともう年ですよねとか」
「悪気があって言ってるわけじゃないんだけどな」
そう、この人にとっては”ちょっかい”なんだけど、どうもボスにはそれが通用しないらしい。

「しっかし、お前はなーんも変わらんな。会議中もこそっとあくびばっかしてただろ?」
話がコロリと切り替わった。なんだ、あくびバレてたのか。
「俺、こういうの苦手なんですよ」
「俺だって好きじゃないさ……ただ」
「ただ?」
「これから俺のところも忙しくなりそうだし、聞いていて損はなかったけどな」
「ファイヤースクワッドって、そんなに忙しいんですか?」
うっ、と一瞬唸ったのを俺は見逃さなかった。
「まあ、いろいろあるんだよ。これ以上はぽろっと言ってしまいそうで機密情報流してしまいそうだから
言うの辞めておく。会議で出た話だけにしておいてほしい」
「そうですか……。じゃあ、バンの事も聞けないですよね。何やってるのかって」
 こりゃジャスミンの話は無理そうだな。この調子だとバンも彼女の事はギョクさんに言ってない……言える余裕もなさそうだ。
 ギョクさんは自分に厳しい。本人が、結構お調子者だと自分で自覚しているから、その分仕事になると自制が働く。
まあ、仕事じゃないとさっきのボスみたいに怒らせたりするけど。
「……”相棒”でも、さすがに言えない。セン、ごめん」
そうボソッと呟く。
115 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:28:53 ID:1TxDTX9p
「別に気にしてないですよ。ここで会えるなんて思ってなかったですから感謝……」
「それは伴番に言ってくれ……」
「え?」
「……俺が会議に出る前に、あいつがどうしてもセンと会ってやれって言ってくるから、
先輩にお前を連れてきてもらうように頼んだんだ」
「バンが?」
 ボスの勘な訳がないとは思ってたけど、意外なところから俺が此処に連れてこられた理由がわかって、少し驚いた。
「1年前にせっかく会えたのに、どたばたしてたからすぐに帰っちまったのを見てたから、
たまには”相棒”とゆっくり話してあげてくれって言われたからさ」
「……」
 バンがそんなこと気にしてたのか。確かに俺もギョクさんとゆっくり話したかった。でも赤い特凶の
事情だともう無理だろうって思ってたから。……バンもなかなか粋なことをしてくれるねぇ。1年前のお礼かな?

 そのまま俺とギョクさんの話は30分くらい続いた。ボスが呼びに来なかったらもっと話していただろうか。
でも、それからもバンや赤い特凶の話を持ち出すと、やっぱりギョクさんは「ごめん」の一言だけで何も言わなかった。
=========================
【3・久々の事件】
 翌日。朝から早速会議が始まった。こういうのは久しぶりだ。
 昨日は署長代理だと言いながらも、ウメコには「報告書チェックお願いしまーす」と言われてチェックしたら、
読みづらい……丸文字で「やり直せ」。
 テツはテツで「署長さーん」と付きまとってくるし。俺を何だと思ってるんだ。おちょくってるのか。
 ジャスミンは……相変わらずだったな。ウメコの報告書を一緒に書いていたり、まあ、いつも通りってところか。
ただ、どことなく寂しそうな表情をたまに見せるのは、やっぱり”あいつ”がいないからか……。

「――えー?全宇宙的反革命組織……ですか?」
「そうだ。地球ではまだアジトは見つかっていないが、まあ、アブレラがあれだけ大盤振る舞いしたところだから、
ないとは言えない」
「とりあえず、現金確保・武器確保が目的ですよね。……もしかしたら、追いつめられると食料確保にも走るでしょうし……」
116 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:30:11 ID:1TxDTX9p
「”レッドレボリューション”のことは市民には非公開だ。公開なんぞしたら逆切れして何するかわからない。
……奴らは目的のためなら人の命なんて虫けらのように扱うからな」
「宇宙警察もターゲットになるんでしょうか?」
ずっと話を聞いていて、気になっていたことをボスに直接聞いてみる。
「ありえるな。全宇宙を統括している組織を殲滅するのが目的だからな……というわけで、これから事件が
増えるかもしれないが、犯人逮捕後の事情聴取は怠らないように」
「「「「「「ロジャー!」」」」」」


「――先輩、凄いですよね。75の星のアジトを検挙するなんて」
まるで自分のお手柄のように喜ぶんだな。お前は本当に楽天家というか、何ていうか……。
「あのな、テツ。相手だって武器やアリエナイザー特有の攻撃で対抗するんだぞ?検挙なんてそんなに
簡単なもんじゃないこと、お前だってわかってるだろ?」
「……すいません」
「まあ、いいさ。それだけあいつもいろんなところで頑張っているっていうのが分かっただけでも安心しただろ?」
「そうですね……俺たちも頑張りましょう!”相棒”さん!」
「……だから、相棒っていうのは辞めろ。さん付けしたかったら前のようにホージーさんにしてくれ……」
 テツは、どうしてもあいつの真似をしたがるらしい、ここでの会話は昔と変わらないが、犯人をとっ捕まえるときとか、
”待て!この○○ヤロー”初め、あいつの口調に似てきた。嫌、真似てると言った方がいいのか?俺にだっ

て”相棒”さんと呼ぶし。……俺の相棒は、あいつだけなんだ。悪いな。テツ……。
 それにしても、バンは前線で大暴れしてるのか。……無駄に命を落とさなきゃいいんだが……。
=========================
【4・地球回帰】
 これで100個目の検挙かと思ってた。やっと奴らのアジトを追いつめたと思ってたのに。
「――このやろー!とっととお縄に繋がれってんだよ!」
そう叫んだものの、無言無表情で奴らは自分で自分の胸を持っていた銃で打ち抜いて、絶命。俺たちに捕まって、口を割るのがそんなにいやなのか、怖いのか、わからない。
 
 検挙できず、そのまま自殺されるのは一番後味が悪い。
117 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:31:27 ID:1TxDTX9p
「――ご苦労だったな、また明日から移動になるが、またゆっくり休んでくれ。
また落ち着いたら休暇はくさるほどやるから」
「ロジャー」
そう言って俺たちは解散する。俺が部屋に戻ろうとすると。

「――伴番」
後ろからギョクさんに呼ばれて、立ち止まった。
「何ですか?ギョクさん……」
「ちょっとお前に話があってな……あっちで」
そう言って指差したところは、宿舎の隣に置いてあった、覆面パトカー。

「――話って、何ですか?」
「実はな。本部から連絡が入って、本アジトの場所がわかった」
「どこですか」
「地球」
「……本当ですか!? じゃあ、次の移動先って、まさか」
「その、まさかだ」
「……ぃやったー!……っ痛って!」
 地球。もう1年以上も離れてる。やっと俺帰れるんだ。そう思って喜びの余り飛び上がったけど、
車の中で頭がぶつかることに全く気付かなくて、天井に頭直撃しちまった。……候補生の頃に地球行きを告げられた時以来だ。

 痛い頭を抱えている俺に、ギョクさんは
「本当におもしろい奴だな……。センがお前のことを認めるのも無理はないな」
そう呟いた。
「センちゃんに、会議で会ったんですか?」
「先輩の後ろであくびしてたがな」
「うわー、相変わらずだ……」
よかった。俺の頼みごとギョクさん聞いてくれたんだ。
「――センちゃん、喜んでました?」
「お前に感謝してるって言ってたぞ」
センちゃんから感謝だなんて。珍しいけど、まあいろいろ世話になったしな。
118 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:32:45 ID:1TxDTX9p
「いろいろと無茶な頼み聞いてくれてすいませんでした」
「まあ、いいさ。……でな、伴番。地球生まれのお前だからこそ、念押ししておこうと思ってな」
大体何言われるのかわかってたけど。
「任務終了まで、地球署の奴らとは接触するな」
……やっぱりな。
「口も聞いたら駄目ってことですよね」
「問題外だ」
「会うだけでも駄目ってことですよね」
「それが接触というものだろ」
「連絡取るって言うのも駄目ってことですよね」
「それも接触の内だ。……とにかく、どこで情報が流れるかわからない。機密情報が流れたりしたら奴らの思う壺だ。
本アジトの場所はまだよく見つかっていないが、地球署には反革命組織にありえそうな事件が起こったら

絶対に口を割らせろという命令が降りてる。俺たちは地球署からの情報を基にまず本アジトの場所密かにを探す、
そして見つけ次第タイミングを見て、突入。そして検挙。……そういう段取りだ。地球署のほうには先輩……署長には連絡してあるがな」
 
 ”口を割らせろ”……それが無理だったら、また”あいつ”の出番か……。本人も仕事だと割り切るだろうけど、本当は嫌だろうに。
それまでに俺たちでアジトの場所、見つけないと。
「そうですか……」
「悪いが、これも仕事なんだ。わかってくれ」
「ロジャー」
「じゃ、悪かったな。長話して」
「別にいいっすよ……じゃ、おやすみなさい」
そう言って俺は車から降りた。
 ……しょうがないよな。ギョクさんだってセンちゃんと会えたの、すげー時間経っていた訳だし。
 でも、せっかく帰れるというのに、あいつと同じ星に行けるというのに、なんか複雑だ。事件が終わったら、
また次の仕事に移ってどうせすぐに移動になるだろうし。挨拶できりゃ、いいってところか……。

 いつの間にか、天井に打ち付けた頭の痛みが消えていたのにまったく気付かなかった――。
119 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:33:42 ID:1TxDTX9p
=========================
【4・取調べ】
「――おい、名前は?」
「……」
 何も言わない。のっけからこんな調子だと相当落とすのに時間がかかりそうだな。

 目の前にいるのは、昨日取り押さえた武器強盗犯。
「どこから来たんだ?」
 質問を切り替える。人間の姿をしているが逮捕直前の抵抗時は人外の姿をしていたからだ。
「……」 
 何も言わない。抵抗は逮捕時だけ。あとは言われるまま拘置所に入り、言われるまま取調室に入り、
行動は従順だが問題は一言も口にしないこと。
 これだったら抵抗しながら攻撃してくるアリエナイザーの方がまだましか?とりあえず聞いてみるか。
「お前、”レッドレボリューション”の奴か?」
「……」
 それでも何も言わない。はあとため息をついて椅子にもたれかかると。
「――ホージー、私に任せてくれない?」
隣にいたジャスミンに声をかけられた。
「いいのか」
「これぐらい大丈夫」
「悪いな……」
いくら犯人だからと言って、本当はこんなことしたくないだろうに……仕事だからしょうがない。ジャスミンは
右手の黒い手袋を脱ぎ、犯人の肩をぽんと触った。

――3分経過。黙って肩から手を外す。

「……どうだ?」
 彼女は首を黙って横に振るだけ。……駄目だったか。自分の気持ちを読まれないようにガードする
アリエナイザーもいるから仕方がないとはわかっているが、これじゃ何も手がかりは掴めないな……。
120 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:35:16 ID:1TxDTX9p
=========================
【5・真夜中】
 ――半年後。
 ボスからの報告を受けて以降、予想通りというか何と言うか、事件が増発していた。
 犯人は、性質が悪い。何も言わない。黙り込んだまま。私のエスパー能力も、効かない。まるで監獄衛星アルカポにいたニワンデのよう。
 夜勤もバンがいなくなってから1人体制だったのを、3人体制に切り替えた。いつ事件の報告があるかわからない。もしかしたら、地球にアジト、あるのではないかと勘違いしてしまうくらいだ。

「――そろそろ、パトロール行ってくるね」
「ジャスミン、1人で大丈夫?」
「うん。また何かあったら連絡頂戴ね」
「わかった」
 そう言って私はマシンドーベルマンの駐車場へと向かった。1年以上経っても、私の隣は空席。彼が帰ってくるのを待ち続けるのみ。
******************
 バンがいなくなってから、彼女の涙を見たことがない。
バンの話を出すと、「いつか帰ってくるから」そう言っていつも笑いながら答えるだけ。
 でも……いつも1人でパトロールに向かう彼女の背中は、どことなく寂しそうに見えるのは私だけ?
 後に残された私とテツ。
「ジャスミンさん、いつも1人でパトロール行って……大丈夫なんですかね?」
「1人だと、危ないって言ってるのにね。女の子だし、あんな事件もあったから危ないっていうのに」
「俺たちが乗せてって頼んだりしても絶対後ろの座席ですもんね……」
「それだけ大切な場所なんだよ」
「やっぱり、先輩のことが……」
 いくら私たちでもジャスミンの寂しさは取り除けないってことだよね……。
 バン、お願いだから早く帰ってきて……。
******************
 今日も今日とて、1人でパトロール。車に乗り込み、エンジンを唸らせ、発進。
 彼が来る前は1人で運転するのがあんなに楽しかったのに。
 今度彼はいつこの助手席、もしくは運転席に座るのか。それだけが凄く楽しみでもあり、そして不安。
 そう思いながら、車通りのない道をひたすら安全運転していたその時。
121 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:36:23 ID:1TxDTX9p

 ドン!

――銃声が鳴り響いた。 
 車を降りて、辺りを見渡すと。通りの一角にあるコンビニから1人の男が現れて、そのまま逃げるように走っていく。

「待ちなさい!」
そう言っても、逃げる足は止まりそうにない。また、強盗か……。
走りながらSPライセンスを空けて、
「ウメコ?ポイント156のコンビニ○○店で銃声。犯人は逃走中。犯人を今から追跡するから、後で援護お願い」
「――わかった。今からテツとそっちへ向かうから」
そう言われて通信を切って、犯人を追いかけるため、殆ど誰もいない通りを駆け抜ける。
 
 一気に、行くべし。 
******************
「ありがとーございましたー」
 地球に帰ってきて2日目。真夜中じゃないと歩けないのが哀しい。久しぶりに帰ってきたから、
ウメコが好きだった店のシュークリームを買おうと思っても、今の時間じゃやってねーしなあ。
……コンビニのシュークリームで我慢するか……。
 そう思って、さっき銀行から給料の一部を換金してもらって出たばかり。
 せっかく地球に帰ってきたのに、実家はおろかデカベースにも行けない。昼間は昼間で、デカベースで
情報収集した結果をもらってアジト探し。聞き込みもしなきゃいけない。
 やっぱ特凶ってすげーんだな。なんでもありだもんな。……こういうとき、改めて地球署のあいつらと
今の俺は”違う”ってことを思い知らされる。
「コンビニ寄って、帰ろっか」
122 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:37:13 ID:1TxDTX9p
 そのまま殆ど人のいない通りを歩く。昼間の通り歩いてみてーな……。そう思いながら歩いていると、
何かしら追われてるような男が俺に向かって。

どん!
 ほとんど体当たり同然。俺はそのままぶつかったついでに尻をついてしまった。
「っ痛ってーな!どこほっつき走ってんだよ!」
そう叫んだけど、そいつは何も言わずに走り去っていった。
「――なんだあれ」
ちったあぐらい謝れってんだ。立ち上がって尻についた埃をぱんぱんと払っていたら。
「……!」
 もう1人、俺の横を颯爽と走り過ぎていった。もしかして……
後ろを振り返ってそいつを見ると。黒に黄色の”SPD”マークが入った、ミニスカートの女。

 ジャスミンだ。
(まさか、あいつ1人で……)
123 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:38:35 ID:1TxDTX9p
******************
「――もう逃げられないわよ!大人しくお縄につきなさい!」
ビルに囲まれた路地裏へ犯人を追い詰めた。
「……」
拍子抜け。あんなに抵抗してたのに。しかも、おずおずと黙って自分の両手を差し出す。
「……強盗の罪で、逮捕するから」
そう言って、右手にSPシューターを持ち左手にD−ワッパーを取り出して、彼に近付こうとしたその瞬間――
「バカな女だ」
「!」
 しまった!差し出した両手がいきなり私の首を掴んだ。それと同時に持っていたシューターとワッパーをカシャンと落としてしまった。

「……くっ……」
苦しい……やっぱり、ウメコとテツを待ってからにすればよかった。
「とっとと消えな」
段々首を掴む力が強くなってくる。息が……できない……。

――わたし、このまま死ぬの?そんなの、嫌……まだ死にたくない。
死んだら、”彼”と一生会えなくなってしまう……最後に1度くらい会いたかったな……。

(――死なせてたまるか!)

突然。
薄れいく意識の中で聞こえて来た、懐かしい声と共に。
「うっ……」
犯人が呻く。それと同時に私の首を掴んでいた犯人の手の力が緩まって、私はそのまま下に座り込むようにして、解放された。
ずっと息ができなかった為、ごほごほと咳をしていたら、犯人の後ろから、ウメコとテツが駆けつけてくれた。
「ジャスミン!」
「――灼熱拳ファイヤーフィスト!」
「うわあああっ!」
犯人の背中が燃える。
「テツ!デリートは……!」
「わかってますって。……噴射拳インパルスフィスト!」
124 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:39:15 ID:1TxDTX9p
「うわあああっ!」
犯人の背中が燃える。
「テツ!デリートは……!」
「わかってますって。……噴射拳インパルスフィスト!」

 一瞬燃え上がった犯人の背中が、インパルスフィストの水圧で消え去り、そのまま犯人は気絶したらしくその場に倒れた。
「これにて、一件コンプリート、ですかね?間一髪でしたね、ジャスミンさん」
テツはD-ワッパーで犯人の手首を固定して起き上がらせた。ウメコは私に駈け寄って
「ジャスミン、大丈夫だった?」
「うん、2人が来てくれたから。ありがとう」
そう答えたものの、――違う……”2人が来てくれた”からじゃない。あの”声”……。
 犯人をちらりと見ると、左腕には微かに血が流れている。

「――ごめん、先に帰ってて!」
「ジャスミン?」
「ジャスミンさん!」
 驚く2人を現場に置き去りにして、私は走り出した。――犯人の腕の傷。あの傷からすると私の後ろから”撃った”はず。
”撃った”のは、多分”彼”。
******************
 誰もいない、電気もないビルの隙間に駆け込んで、俺は息をきらしながら壁にもたれかかった。
「やっちまったな……」
 俺も”あいつ”も懲罰もんだろうな。あの傷を調べたらすぐに俺が撃ったって、わかるだろうし。
 でも、あいつがあのままやられるの、黙って見てられなかった。せっかく地球に帰ってきたってのに、
いきなり”あいつ”が殺されそうになる場面を見て、見てるだけなんて出来るわけねーだろが。
? ◆0spd14A3pU
125 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:49:39 ID:1TxDTX9p
 それにしても……あのまま宿舎に帰ればよかったのに、何でこんなところに逃げ込んできたんだ?
……バカか俺。自問自答したってすぐに答えなんて出てくるのに。

 ジャスミンがここへ来ることを望んでいる、俺がいる。
******************
 なんとなく感じる、懐かしい”彼”の気配。
 それに引き寄せられるかのように、私はいつのまにか電気も何もない街外れの路地裏に辿り着いていた。
(ここかな)
 通りには誰もいない。まさかと思ってビルの隙間を1つずつ覗いてみる。
1つ……
2つ……
そして3つ目。――見つけた。月明かりに微かに移る人影。背を向けてはいるけど、華奢な体に長い手足。
そして、トレードマークのツンツン頭。間違いない……。

「バン?」
そっと声をかける。私の声に反応して、その人影はゆっくりと私の方を向いて。
「来てくれると思ってたぜ……」

 やっぱりバンだった……。
(あの流れ星の願い事、叶ったんだ)
 そう思いながら、私は彼に駈け寄ろうとしたその時。
 無機質な通信音が鳴り響いて……私はそのまま立ち止まったまま彼の応答を聞いていた。
****************** 
 やっぱり来てくれたんだな。駈け寄って来るジャスミンを抱き締めようと、そう思った矢先に突然鳴り響く俺のライセンス。
「――はい」
『伴番、お前どこほっつき歩いてるんだ?』
やっぱりギョクさんか。タイミング悪いな、相変わらず。
「ちょっと、腹減っちゃって……」
『食べ物くらい、宿舎にもあるだろう?まだ任務が終わってないというのに、ちょろちょろと出歩くんじゃない。すぐに戻って来い』
「……ロジャー」
 そう答えて、俺は通信を切って、ライセンスをポケットに入れた。
 せっかくジャスミンに会えたって言うのに……。でも、これも「仕事」だからしょうがない。
126 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:50:45 ID:1TxDTX9p
「ごめん……俺、もう帰らないと」
 俯きながら……いつもなら真っ直ぐジャスミンの顔を見て話す癖に、なぜかこの時に限って顔を見て話せなかった。
 ジャスミンに、触れたい。抱き締めたい……そう思ってもどうしても頭をよぎるのは。

 『任務が終わるまで地球署の奴らとは接触するな』

 ギョクさんに何度も言われたあの言葉……でも……。
******************
 せっかく会えたのにもう帰るだなんて、言わないで。
 本当はそう言いたかった。でも彼にだって事情があるのはわかってる。赤い特凶。特殊任務……。

「わかった」
そう一言だけ答えた。そしてそのまま彼は私を見ないまま通り過ぎようとしたその瞬間。

「……やっぱ我慢できねえよ」
そう言った瞬間、彼はぐっと私の腕を引き寄せて、そのまま私を抱き締めた。

 流れてくるあったかいバンの心。1年前と一緒のまま。
(もしかしたらお前も、ど叱られるかもしれないぜ……)
(助けてくれたから別にいい。さっきはありがとう……いつも足引っ張ってるね)
(油断してただろ?もうちょっと気をつけろよな。)
(ごめん……)
(……)
(バン?)
(久しぶりなのに、こんなんでごめんな。)
バンから聞こえてくる声に、
(会えただけでも、十分世は満足じゃ)
(お前、ほんっと相変わらずだな……安心するぜ)
127 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:51:43 ID:1TxDTX9p
 暫しの抱擁。そしてたった1分足らずの会話だけど、本当に十分。そのまま体を離して、
彼はビルの隙間から出て行く。それを見送る私は彼に向かって。
「また、会える?」
「……多分な」
 そう言って、手をひらひらさせながらポケットから取り出したのは、”白い”SPライセンス。
そして、突然颯爽と走り出して、彼の姿は闇の雑踏へと消えた。
(よかった)
 彼との間に”立場の違い”を感じたけれど、それでもバンはあの頃とちっとも変わってない。バンは、バンのままだ。
******************
(やっぱ、ギョクさんに怒られるよな……)
でも、ジャスミンを守れただけでも俺はそれだけでも満足だ。怒られたって別に構やしねえよ。
始末書だって、懲罰だって何でも受けてやる。
 後は、任務を早く終わらせて、あいつらに早く会いたい。
相棒、また相棒って呼んでくれるだろうか。
センちゃん、こないだのお礼してくれるだろうか。
ウメコ、またシュークリームおごってくれるだろうか。
テツ……お前の火の玉的行動が見たくてたまんねえ。

「一気に、片付けるぜー!」
そう叫びながら俺は宿舎へと走り続けた。そのすぐ後に彼女の危険を知ることもなく。
******************
(さて、そろそろ帰らないと)
ドーベルマン、現場に置きっぱなしだったっけ。けっこう歩かなきゃ……。そう思いながら、現場に戻ろうとしたその時。

「――!」
 不意打ち。後ろから顔と口を塞がれた。睡眠薬の匂いがする……。
「ちょっとあんたを利用させてもらうからな」
 犯人の仲間?もしかして”レッドレボリューション”……?駄目、意識が薄れてく……。
「おい、連れてけ。あとこれも」
ばさっと自分の体全体に布が被せられた。
「……どうやらこいつ、エスパーらしいからな。”あらゆる通信手段”は断っておかないと」
その言葉を聞いた直後、私はそのまま意識を失った……。
128 ◆0spd14A3pU :05/02/16 03:54:20 ID:1TxDTX9p
******************
「ジャスミンさん、遅いですね……」
「もう、あれから1時間も経ってるのに、何やってるんだろう」
 私とテツを置き去りにして、ジャスミンは何処かへ走り去っていってしまった。
デカルームにあたしたちは帰ってきたけど、それでもジャスミンは戻ってこない。
定期的にSPライセンスに呼びかけてるけど、それでも返事は帰ってこない。

「そういえば、ウメコさん気付いてましたか?」
「え?何を」
「なんか……俺が犯人にファイヤーフィストかける前に、銃声が聞こえたような感じがしたんです」
「そういえば、犯人の手に銃で撃たれたっぽい傷があったね」
犯人を護送したものの、気絶と火傷で今はメディカルルームで治療中。もちろんD-ワッパー付きだけど。

「ジャスミンさんの手にはSPシューターがなかったし……」
「変な話だよね」
「もしかしたら……先輩かな?」
「えー?バンが此処に戻ってきてるってこと?」
「でもジャスミンさんを助ける人って行ったら、ボスか先輩ぐらいしかいませんよ?」
「言われてみたら、そうだけど……」
 もしそうだったら、バン、めちゃくちゃ美味しいかも。映画に出てくる人みたい……と思いながら
「それよりジャスミンに連絡取らなきゃ」
そう言ってSPライセンスをもう1度手にとって、再度ジャスミンと通信を取ろうとしたけど、それでもジャスミンからの返事は返って来ない。

「――これって、なんかヤバクない?」
「ボスに、連絡取りましょう」

(続く)
******************

※後編へ続きます。暫く日数かかると思いますのでご了承を。
またスレをお借りする事になりますので宜しくお願いいたします。
129名無しさん@ピンキー:05/02/16 03:55:43 ID:z1fiSC7A
乙ですた
しかしまたジャスミン被レイプオチだったら俺はあんたを見限る
130弱虫ゴンザレス:05/02/19 14:30:51 ID:enhLPuCI
 硬い音を立てて舗装された道を疾走して行く馬車を見送りながら、ロズは黙然と立ち尽くし
た。
 浅黒い肌に浮かぶ表情は渋く、肩眉を吊り上げて袈裟懸けに下げた皮袋の中身を睨む。
 異様に丸く膨らんだその皮袋の、留め金の外された口の隙間から、八つの赤い瞳がしゅんと
こちらを覗いていた。
「お前が暴れるからだぞ」
 袋の中身はもぞもぞと動き、ロズの言葉に謝罪するように袋の奥で毛深い足を縮こまらせる。
その様子にロズは大柄な体で大げさに息を吐き、短い黒髪をガシガシと掻き乱した。
「ぶりっこはやめろ。怒れねぇだろ? ったく……」
 こんなに大人しい奴なのに、という呟きは、心の中でこぼされた。
 ずっと袋の中で大人しくしていたこの生物が、何を思ったか馬車の中で唐突に暴れ始め、そ
れを一緒に馬車に乗っていたウィザードが大げさに怯えるものだから仕方なく馬車を降りた
のである。
 高慢なくせに臆病で、知識人ぶったのが癇に障るやせっぽちだ。なぜあんなのと組んで仕事
をしなければならないのか……
 雇い主の意向に口を出す権限は無いが、馬車から降ろすのならばこちらではなく、情けなく
怯える軟弱者の方が適切なはずではないのか。
「まぁ……くさっててもしかたねぇ。折角だ。市場でも覗いて旦那の帰りをまとうや」
 袋の中身の奇妙な生物をぽんぽんと叩いてやってから、ロズはもと来た道を引き返す形で歩
き出した。――白牢の方向である。
 この街は、王立騎士団の白牢を中心に放射状に広がる形になっていた。騎士団のシンボルで
ある女神に見下ろされるように広場が開け、その中心に優美な装飾の噴水がある。そこで露天
商が店を出し、芸人たちが軽快に跳ね回るのだ。広場に店を出し損ねたものは、そこから伸び
た大通りなどに店を構え、声を張り上げ商いに勤しむのだった。
 昨晩やっとこの街に到着したロズが、朝になって広場を覗き、あまりの変わりように仰天し
たほどである。
131弱虫ゴンザレス:05/02/19 14:32:24 ID:enhLPuCI
 夜だというのに娼婦もいない、広いだけで辛気臭い街だと思っていたロズは、この市場には
感心して街への印象を改めた。
 娼婦については、仕事上騎士団の寄宿舎に泊めてもらった折それとなく聞いてみた所、治安
の悪化を防ぐために街頭での売春は禁じているとの事だった。ついでにと、なんともいえない
表情でいい子がそろっていると言う娼家も紹介された。どんなに気品と礼儀をわきまえた騎士
だろうと、性欲には適わないらしい。なんとなくその青年に親近感が沸いたのは、彼のために
も公言できない事実である。
「そういやお前、死んだ肉でも生きていけんのか? 生餌が必要なら自分で狩ってもらうこと
になるぞ?」
 もぞもぞと袋の中でせわしなく動き回る生物に声をかけながらきょろきょろと辺りに視線
をめぐらせて、生肉が売っていそうな店を探す。
 ロズはこの生物が肉を主食とする事を知っていた。見た目からして明らかに、という事もあ
るのだが、事実ネズミを襲うのを目撃したのだ。
 なにせ袋の中でうごめく生物とロズが出会ってから、僅か一晩しか経過していない。肉を食
べる、見た目が不気味以外の情報といえば、形状が蜘蛛に酷似していて怪しげな触手を持って
いる事くらいか……
 なんとなく触手に触れようとしたら例の興奮した声で威嚇されたため、未だに触手の正体は
わかっていなかった。ウィザード曰く、恐ろしい猛毒を秘めているのだそうだ。
 こればかりは、臆病者の戯言として流す事は出来なかった。
「おい、さっきから何だようざってぇな。あんまり暴れてっと売っ払っちまうぞ?」
 袋の中の居心地が悪いのか、やたらと落ち着きなく袋の中で蠢く生物にロズが声を投げた。
その声に反応するように、一瞬だけ袋の中身の動きが止まり、次いで袋の中からギチギチと興
奮した声がする。
 ギョッとして、ロズは袋の前垂れの隙間から前足を突き出している蜘蛛を見た。
「おい、一体なんだって――おい!?」
 ロズが制止を叫ぶより先に、それは袋から飛び出した。
132弱虫ゴンザレス:05/02/19 14:33:30 ID:enhLPuCI
 巨大な――一抱えほどもある異様に大きな蜘蛛だった。袋からの離陸にバランスを崩し、い
ったん転倒してから地面に張り付いたその姿は、他に形容しようも無い。
 黒に紫色の縞が入った左右八本の毛深い足。胴体に巻きつけた白い包帯が滑稽に浮いていて、
何百もの糸のような触手が太陽の光に反射してキラキラ光る。
 口からは未だにギチギチと鳴声が漏れていた。それは、昨晩この生物を拾った時のように何
かを警戒し、怒りに我を忘れたような。
「おい、袋に戻れ!」
 声を低くして叫ぶが、興奮しきって唾液をたらした巨大な蜘蛛にはもはや届いていなかった。
 雑踏が蜘蛛の存在に気付き始めていた。騒ぎになったら、殺さないわけにいかなくなる。
 慌てたロズが捕らえようと足を踏み出した瞬間、それは節足をぐっと縮めて、まるで何かを
狙うように姿勢を下げた。
 まるで? いいや、違う。
――子供を……!
「危ねぇ! お嬢ちゃん!」
 思わず叫び、数メートル先で少女が振り返った。眼帯をしている、やけに痩せた少女だった。
その片方しかない瞳が驚愕に見開かれ、醜い化け物に注がれる。
 どうせなら、屈強な戦士に向かっていけばいいものを――。
 一瞬ロズの指先が蜘蛛をかすり、しかしそれは軽々と跳躍した。
 鋭い鉤爪が太陽に閃き、毒の触手が目で追えない程の速度で少女に迫る。
 逸れた。それが蜘蛛自身の怪我のせいか、ロズのかすった指先のせいかはわからないが、爪
も触手も少女の皮膚に触れていない。
 だが、二度目の跳躍の制止にも、ロズの手は間に合わなかった。背に吊るした彼の武器も、
急所のみを覆う軽量のアーマーでさえ、この場面ではあまりに重い。
 雑踏からはすでに悲鳴が上がっていた。
 昨晩、森で見つけたこの蜘蛛は全身から黄色い体液を垂れ流し、何かに怯えるように縮まり
ながら必死に人間を警戒して鳴いていた。哀れと思い助けたのが間違いなのは分かっている。
 あぁ、あのまま森で死なせた方が遥かにましだったのだろう。人間の手で助けられ、人間の
手で処分されていくよりは……
133弱虫ゴンザレス:05/02/19 14:34:20 ID:enhLPuCI
 だめだ、もう間に合わない。そう思った瞬間、宙を舞った蜘蛛の速度があらぬ方向に加速し
た。
 直線を描いて、明らかに自らの意思とは異なる方向に直進し、そして噴水に激突する。
「……なん」
 噴水の岩を砕いて目を回し、水の中に落下した蜘蛛をしばらく呆然と見詰めてから、ロズは
再び少女の方に目を向けた。もはや数歩の距離しかない。
 そこにはローブ姿の男――恐らく男だ――と、へたり込んでいる少女の姿があった。
 どうやら、少女は腰を抜かしただけで無傷のようだった。ローブの男が気遣うように手を差
し伸べている。
 思わず安堵の吐息が漏れた。ついで、噴水に落とされた蜘蛛の事に意識が行き、直後にまた
悲鳴とどよめきが背後から湧き上がった。
「まだ生きてる!」
 甲高い、女性特有の声がした。誰かが武器を持って来いと叫んでいる。街に侵入し、人間を
襲ったモンスターの末路など、想像する労力も必要としないほどに一瞬で頭に浮かび上がった。
 驚愕して振り向いた先には、噴水の水で溺れかけ、必死にもがいている醜悪な友人の姿だっ
た。目が眩むような感覚にとらわれる。
 ロズは彼に駆け寄ろうと思い、すぐに思いとどまった。
 自分の連れだと声をあげ、助けに出て行ったとして、あの蜘蛛が死ぬのに変わりは無い。だ
が……だがせめて苦しまないように、一瞬で殺すことならば……
 不意に、ロズは視線を感じて蜘蛛に注いでいた視線を上げた。一人から注がれているもので
はない、それは、何十という数の――
「私は見たぞ! あの男がけしかけた!」
 その叫び声に、ロズは暗澹たる気分に空を仰いで瞑目した。
 考えればわかった筈だ。この雑踏、肩から下げた皮袋からあの蜘蛛が飛び出すのを見た者が、
いないはずがない。
 活路は一つきりのように思われた。蜘蛛を引っつかみ、もしくは見捨て、野次馬を殺してで
もこの場から脱出する。
 大金を受け取り高貴なお方から仕事を受けている身ではあるが、さすがにこの惨状をかばっ
て貰えるという期待は抱いていなかった。
 化け物を使い罪も無い少女を襲わせた恐ろしい大男。
134弱虫ゴンザレス:05/02/19 14:35:11 ID:enhLPuCI
 陰険ウィザードの含み笑いが目に浮かぶ。
「あれは貴様の連れか」
 ごく小さな声が至近距離で聞こえて、ロズは閉じていた目を見開き背後に冷然と立つ男の若
葉色の瞳を見た。
 やけに落ち着きのある、それはロズの雇い主に通じるような気品さえ伺える声である。
 しかしその服装は、近くで見れば何とも珍妙なものだった。異様に長いローブだとは思った
が、まさかその中身さえ包帯とマスクで隠されているとは……
「答えろ」
 追求するように更に聞かれ、ロズは背後に騎士団の足音を拾いながら苦い表情で頷いた。
 立ち上がって砂を払っているあの少女は、恐らくこの異常な装いをした男の従者か何かなの
だろう。娘という可能性もあるが、どちらにせよ、正面にいられてはなぎ倒すしかこの場を逃
れるすべは無い。
 だが、すでに地を蹴っていた蜘蛛を蹴り飛ばす反射神経と、あの重たい体を噴水に激突させ
る化け物じみた脚力の持ち主から、果たして容易に逃げられるかどうか……
 唐突に、男が勢いよく腕を振り上げた。
 殴りつけるというよりは、女が平手を放つに近い動きである。
「お集まりの見目麗しき貴婦人方! 美しき婦人に勇猛たる姿を見せんとする旦那方!」
 男が張り上げた声とその行動に、ロズは目を丸くした。
 それまで蜘蛛の一挙一動に敏感に反応していた雑踏の目が、一気に男の姿へ集中する。
 あらゆる芸人が憧れ羨む才能だろう、ただ一声で他に意識を傾ける人々の注意を引けるとは。
 振り上げられた腕を胸の辺りにしなやかに引き戻し、男は道化師がそうするように仰々しく、
深深と礼を取った。
 そして続いた言葉が、
「私共の芸にご満足は頂けたでしょうか」
135弱虫ゴンザレス:05/02/19 14:35:58 ID:enhLPuCI
 庇われた、と理解するまでしばし時間が必要だった。
 それは恐らく、しんと静まり返った広場に拍手と歓声、安堵を込めた罵声が広がるまでの時
間だっただろう。なるほど、言われてみればこの男の奇妙な出で立ちは芸人といわれても違和
感のない物だった。事実、そうなのかもしれない。
 こん、とロズの頭にコインがぶつかり、それを合図にしたように人々がコインを投げ始めた。
 物珍しいモンスターを従えた芸人たちに、人々は熱烈な声援を贈っていた。人間のこういう
現金さには時たま呆れ、文字通り救われる。
 狼狽しているのはこの場面にあまりにも滑稽な気がして、引きつった笑顔で手を振っていた
ロズの服を引っ張る者があった。
 見下ろすと、真剣な表情をしたダークブルーの髪の少女が、必死に噴水から出ようともがい
ている蜘蛛に一瞬だけ視線を送る。
「早く助けてあげて」
 自分を攻撃したモンスターに対する悪意は沸いてこないのかと、今度は少女の言動に目を丸くして、ロズはぽかんと口を開いた。
 しかしもう一度「早く」と急かされて、ロズは慌てて噴水の蜘蛛に向かって走り出した。
 その一抱えほどもある巨体が、すがるように飛びついてきて必死になって袋にもぐる。完全
に怯えきり、子供のように袋の中で蹲ってしまったその体を袋越しに撫ででやり、ロズは人ご
みから駆け出してくる小さな影に気がついた。
 少年である。
 息を切らして、頬を上気させて満面の笑顔で見上げてくる。
「ねぇ、これ、その子にあげて」
 殴りつけるような勢いで差し出された拳が開かれ、その小さく柔らかい手の上に青く丸い飴
玉が転がっていた。蜘蛛が――ましてやモンスターが飴など食べるわけが無いのだが、十にも
なっていない少年にはそんな事知った事ではないだろう。
 ロズが飴玉を受け取るのを確認すると、少年はうれしそうに笑ってまた駆け出した。
「すごくかっこよかったよ!」
136弱虫ゴンザレス:05/02/19 14:37:59 ID:enhLPuCI
 走りながらこちらに手を振る少年を見送って、ロズはしばらくしげしげと飴玉を眺めると、
それを皮袋に放り込んだ。無論、中に不気味な先客のいる袋に、だ。
 ロズは笑顔でコインを拾う少女とローブの男を交互に眺め、再び――今度はなんとも複雑な
気分で空を仰いだ。
137弱虫ゴンザレス:05/02/19 14:41:09 ID:enhLPuCI
>>135
の改行ミスすいませんごめんなさい。
前回の投下より長らく時間が空きましてすいませんごめんなさい。
そして、レス番125以降の文字が太字に見えているのは私だけなのでしょうか……
138名無しさん@ピンキー:05/02/20 00:31:17 ID:p/MnCru1
自分もです。
なんか、ここだけみたいですが。
139名無しさん@ピンキー:05/02/20 01:12:59 ID:GC5lieGx
さりげなく</b>とか入っていたからかな
140 ◆0spd14A3pU :05/02/20 19:31:42 ID:w5AkoHyx
>>128 からの続きです。大分詰めが甘すぎかも……。あまり萌えも燃えもない悪寒。
でも勇気を出して投下します。
>>137-139 すいません……太字にしてしまったのは自分のせいです。ごめんなさい。

******************
―― ……?――
「……ジャスミン?」
 一瞬、”耳鳴り”がしたものの、ほんの一瞬で消えた。気のせいか……。そう思いながら宿舎へと戻る。
(ギョクさん、絶対待ってるだろうな)

「ただいま帰りました……」
『……どこへ行ってたんだ?』
うわ、仁王立ちかよ。入り口には、予想通りギョクさんが立っていた。
「すいません……シュークリーム買いに行ってました」
『本当か?』
 シュークリームを買いに行こうとしていたのは本当だ。でも、手ぶらで帰ってきたから
そう聞くのは無理はないだろうな。
 どうする?ジャスミンのことを言うべきか……?言ったらあいつも処分もしくは始末書。
でも、俺……さっき覚悟を決めたばっかじゃねーか。始末書だって、懲罰だって何でも受けてやるって。

「……ジャスミンと、会ってました」
「――何だと?あれほど地球署とは接触するなと言っただろう!」
やっぱり怒鳴られた。
「すいません!」
頭を深く下げて謝るも、それでもギョクさんは許してくれそうにない。当たり前だよな、
あんなに俺に念入りに釘差してこれだったんだから。
「どうして会ったんだ?」
「それは……たまたま事件に遭遇して……ジャスミンが殺されそうになったから」
「助けたって訳か」
「そうです」
「それでも接触の内に入るんだぞ?何かあったら……」
141 ◆0spd14A3pU :05/02/20 19:33:43 ID:w5AkoHyx
プルルルルルルルル……

 話の途中でギョクさんのSPライセンスの通信音が鳴った。
「はい……え?……わかりました。今からそちらに……」
そう言って、通信を切って深刻そうな顔で俺の方を見ながら、
「事情が変わった。……今からデカベースへ行ってくる」
「……どうしたんすか?」
「ジャスミンが行方不明だそうだ」

――頭が真っ白になるっていうのはこういうことを言うのか。

「嘘だろ……」
さっき会ったばっかじゃないか。どうしていきなり……。
「嘘言ってもしょうがないだろ?もう2時間になるというのにデカベースに戻ってこないらしい」
さっき聞こえた”耳鳴り”は気のせいじゃなかったのか。
「ちょっとデカベースへ行ってくる」
そう言って俺に背を向けて宿舎を出ようとしたギョクさんに。
「――俺も行きます!」
そう叫んだけど、いきなり胸倉を掴まれて。
「お前が行ってどうするんだ?……お前はもう地球署の刑事じゃない。少しは立場を考えろ!」
「……」
何も反論できなかった。そのままぱっと体を離されて。
「お前は当分”謹慎”だ。部屋から一歩も出るな……わかったな」
そのままギョクさんは宿舎から出て行くのを俺はただ呆然と見つめるだけしかできなかった。

 そしてそれからずっと”耳鳴り”は聞こえないまま。
142 ◆0spd14A3pU :05/02/20 19:35:54 ID:w5AkoHyx
******************
 つんと鼻に来る”睡眠薬”の匂いでふっと目が覚める。辺りを見渡すと、真っ暗。
 ああ、私、あれから何処かに連れてこられたんだ……。椅子に座らされた状態で紐で手と体を固定されて、動けない。

 何も……されてないよね。よかった……。そう安心していると、自分がいる部屋の外から話し声が聞こえてくる。
『……』
 じっと耳をすませて話を聞いてみる。途切れ途切れに聞こえてくる話し声。
『さっき……頂いてきたわ』
『それなら……いけるか?』
女性の声と男性の声が交互に続くと暫く沈黙が続き、また再び話し声が聞こえて来た。
『……これでどう?』
『……さすがだな……覚悟……か?』
『たとえ……が散ろうと構い……から』

 突然上からドアが開いた。そこから眩しい光が私の目に入ってくる。
『すまないな、お嬢さん』
一見すると普通の人間の男性。でも、どことなく瞳は”異形”を感じさせる。
『――あんたたち、”レッドレボリューション”ね?』
「そうだが」
『ここが、本アジトって訳?』
「さあ?それはどうかな?」
やっぱり本当の事を話すわけがないか……。
「――私をどうする気?」
その男は表情を変えずに私に向かって。
『別にどうもしない。ただ大人しく其処にいてくれたらいい。あと1日限りの命だけどね』
「……宇宙警察を舐めるんじゃないよ」
『口の減らないお嬢さんだな……ちょっと大人しくしてもらおうか……』
そう言って、持っていた布を私の口に当てる。

「うっ――」
ガムテープらしきもので口を塞がれてしまった。人も呼べないじゃない……。
『……1つ教えておいてやるよ。ここはエスパー封じの作用が働いているから何をしても無駄だからね』
143 ◆0spd14A3pU :05/02/20 19:38:08 ID:w5AkoHyx
=========================
【6・夜明けのデカベース】
「……すいません、うちの馬鹿のせいで」
ジャスミンが行方不明になった直後にデカベースのマシンルームにいた俺をギョクが訪ねてきてからやってきてからもうこれで3回目だ。何もそこまで謝らなくても。
「しょうがない、こちらにも不手際があったんだ。お前たちだけのせいじゃないだろう?」
 多分これじゃ納得しないだろうなとはわかっていたが、それでも同じ言葉で返した。
「奴ら、地球にアジトがあるのはわかってるんです。多分ジャスミンはそこにいるはずです。場所さえ掴めたら絶対に”うち”でジャスミンを救出しますから」
「……」
俺はすぐに返事が出来なかった。お前の気持ちも立場もわかる。でも……。
「――ギョクちゃん」
「スワンさん!……お久しぶりです!」
隣の部屋からスワンが声をかけてきた。
「わざわざこんな朝早くから来てもらってごめんね?」
「そんな!うちの馬鹿がポカやってしまったからジャスミンが……必ず”うち”で救出しますから」

「……特凶は赤くても白くてもあんまりこういうところは変わらないみたいね」
一瞬、難しい表情をしながらスワンがギョクに話しかける。お前も俺と考えている事は一緒か。
「どういうことですか?」
意味があまりよくわからないらしく、ギョクはスワンにこう尋ねた。
「俺たちで何とかしたい……でしょ?ね、ドゥギー」

「……アジトの検挙はファイヤースクワッドに一任されてるんです。地球署には任せられません」
俺が言いたい事をスワンが代弁してくれたが、それでもやっぱりギョクからの返事は変わらない、無理か……。
「やっぱりお前は相変わらずだな。こうと決めたら頑として動かない……」
「すいません」
「謝らなくてもいいのよ。それよりも、ちょっと……」
144 ◆0spd14A3pU :05/02/20 19:40:43 ID:w5AkoHyx
=========================
【7・午前9時・突入6時間前】
 ”謹慎”しろと言われてずっとベッドでごろんとしていたけど……眠れる訳ねーよ……。
 ベッドから立って部屋をうろちょろしてたけど……落ち着かない。事件の詳細も、何もわからない。
ジャスミンがどうなったかもわからない。
 あいつからの唯一のサイン……”耳鳴り”も聴こえない。
 でもそれでも俺はずっとここにいなければならない。何もできない。自分が招いた結果だからしょうがない……でも。
「どうすりゃいいんだよ!」
 叫んでも何もならないってわかってるけど、叫ばずにはいられなかった。

 そんな時。ドアをノックする音が2回。誰だろう……。
「……はい」
客なんかいねーし、それどころじゃねーんだよ……そう思ってドアを開けると。
「先輩!」 
「バン!」
「おまえら……」
******************
 犯人からの連絡も来て、期限まで一方的に押し付けられた。
 あと6時間。打ち合わせもしなきゃいけないのはわかってる。それでも俺たちはまだデカルームで話し合っていた。
 ファイヤースクワッドか、地球署か。
 ギョクの立場もわかるが……どうしても譲れない。

「これは地球署の管轄だ。俺たちに任せてくれないか?」
「そんな……」
 それでもギョクは納得いかない顔をする。
「地球署の意地だ。必ず倒す」
ふっと”あの時”のことを思い出して思わずあいつらの言葉を少し借りてしまったじゃないか。
――ビスケスに次々と階級章を奪われて、倒れていったホージーたち。”地球署でケリをつける”と長官に宣言してた
俺もその中の1人に入ってしまい本部に任せようとしてた俺に向かって。
「地球署の意地です――必ず勝ちます」「以下同文」。
そう言って無茶をしたあの”2人”。
145 ◆0spd14A3pU :05/02/20 19:42:41 ID:w5AkoHyx
******************
 ……先輩も頑固だな。ずっとこれで俺たちはやってきたっていうのに。
”今の地球署は手こずるぞ”
 ファイヤースクワッドを立ち上げる直前に長官から言われた言葉。長官、あなたの言ってた言葉の意味が今よーくわかりますよ


「でも、決まりですから……」
俺がそう言うと、ずっと黙っていた2人が次々に俺に向かって。
「ギョクさん、お願いします。俺たちに任せて下さい」
ホージー、お前まで……あんなに金バッチに拘ってたお前が。
「無茶は地球署の専売特許ですから、俺たちに駄目だと言っても無理ですよ、ギョクさん」
セン……。お前が言うとなんか怖いぞ。


「もう……ギョクちゃんも、ドゥギーもちょっと落ち着いたら?……長官に決めてもらえばいいじゃない」
じっと黙っていたスワンさんが口を開いた。
「スワンさん……」
「それなら納得行くでしょ?」
 そう言ってスワンは通信ボタンを押しながら、長官に連絡を取った。
******************
 お前、1年以上経ってもチビだなあと言ったら、ぷうとむくれたウメコ。
 いつも磨いてるんですよと言ってピカピカの銀バッチを見せてくれたテツ。……お前ら、本当に相変わらずだな。
「……何でここの場所お前らわかったんだ?」
「スワンさんがギョクさんからここの場所を聞いて、俺たちに教えてくれたんです。
”ギョクちゃんは私には弱いのよ”って言ってましたから」
「まるでお前みたいだな」
「ナンセンス!どういう意味ですか?」
「お前だってスワンさんにメロメロだろ?」
「……」
「そんなこといいじゃない。ちょっといろいろあってあたしたち暇なの。だから……」
そう言ってウメコが事件の詳細を話し始めた。
146 ◆0spd14A3pU :05/02/20 19:45:14 ID:w5AkoHyx
「――やっぱり”レッドレボリューション”に誘拐されてたのか……」
「最初にポイント345で爆発音。それから妨害電波が入ってきてあの爆発は自分たちだ、
人質を取り返して欲しかったら今日の午後3時までにポイント444に来いって犯人側から……」
「そうしないと、ジャスミン殺すって……」
ウメコはそのまま俯いて黙ってしまった。そりゃお前だって心配だよな……。
「でも、スワットモードで何とかできるだろ?」
「スワットモード使えないんです」
「何でだよ?」
「”いろんな場所に爆弾を仕掛けてある。デカメタルを使ったら1つずつ爆発させるぞ”そう言ってきましたから」

「……バンたちが、助けに行くんでしょ?」
「そうだなー、多分ファイヤースクワ……」
そうだった……途中で俺は黙り込んでしまった。
「先輩?」
「わかんねえ……」
「何が?」
「俺たちが行くと、お前たちは見てるだけになるんだぜ?……そんなの嫌だろ?」
「でも、バンだってジャスミン助けたいんでしょ?」
「そりゃそうだけど……。地球署の意地だってあるじゃねーか。お前らだってジャスミン助けたいだろ?」
 俺だってジャスミンを助けに行きたい。
 でも、テツが最初に来たときも。リサさんがノーマルバッヂは要らないって言った時も。
ビスケスにみんなやられちまった時も。アブレラを倒した時も。全部地球署だけでやってきたんだ。
 俺だって地球署にいたんだから地球署のプライドも分かる。
 そう思うと、ファイヤースクワッドと地球署の間に挟まれてるみたいな感じがして。
「俺も地球署に入りたい……」
思わずボソッと呟いてしまった。
「先輩……」
「――今それでギョクさんとボスが揉めてるの。どっちが救出するかって……」
147 ◆0spd14A3pU :05/02/20 19:46:10 ID:w5AkoHyx
******************
【午前10時・突入5時間前】
『――地球署は私にも止められん。もし駄目だった時はギョクに任せる。それでいいな。クルーガー』
「わかりました……」
そのまま通信が途切れて隣を見るとギョクがため息をついている。悪いなギョク。こればっかりはお前にも譲れないんだ。

「ごめんね、ギョクちゃん」
「長官に言われたらどうしようもないですから……先輩、本当に大丈夫ですか?」
「ああ」
「ギョクさん、俺たちの戦いもう1度見て下さい」
「そうそう。地球署の意地って奴、直接見せてあげますから」
ホージーもセンも自信満々だ。久しぶりだからな。
「わかりました……あなたに一任します。俺たちは後方で待機する事にします」
「それでなギョク……もう1つだけ頼みがあるんだ」
「……1人貸してくれって言いたいんでしょ?」
「言わなくてもわかってたか」

******************
 ウメコとテツが帰ってからも、”謹慎”はまだ続く。俺やっぱ何にもできないんだよな……。
 そう思ってたら突然”赤い”SPライセンスの通信音が鳴り響いた。
「はい」
「俺だ」
あれから全く音沙汰がなかったギョクさん……。もしかして、どっちが担当するか決まったのか?
「何ですか?」
「さっきの罰……”謹慎”から”休暇”に変更だ。今日1日限りな」
「へ?”休暇”って……」
一瞬意味がわからなかったけど、もしかして……。
「……まだ、わからないのか?お前の好きなようにしろって言ってるんだ」
”好きなようにしろ”それでやっとわかった。
「ロジャー!今すぐデカベースに向かいます!」
148 ◆0spd14A3pU :05/02/20 19:47:00 ID:w5AkoHyx
 俺って本当に贅沢者だぜ……どうせ明日からまたこき使われるんだろうな。
 ま、いっか。たった1日だけの地球署合流に加えてジャスミン助けられるんなら構やしねーよ!
いっくらでもこれからこき使って下さい!ありがとうギョクさん。
 
 そう思いながら俺は懐かしのデカベースへとすぐさま向かった。

=========================
【7・午後1時・突入2時間前】

「透視システム、オン……」
 そのままじっと見つめる事5分。どうもタワー自体に防御機能が働いてるのか
うっすらぼんやり霞んでいて、はっきりと見えない。
 メガロポリスのど真ん中にいきなり建った建造物が1つ。あれ、なんか東京タワーみたいだなと奴が言った。
「どうだ?相棒、何か見えるか?」
「……漠然とだが、なんとなく……。椅子に座ってる人物は最上階……同じ部屋かどうかはわからんがあと2、3名か」
「それがジャスミンってことか」
「さっきあいつが捕まってる写真までわざわざ送りつけてきたぐらいだからな。あの写真からすると
屋上にいるのは間違いないだろう」
「下のほう、どうなってる?」
「5階くらいか……?普通の階段に各階1室くらい。人の影はちょっと不明……下のほうにはメカ人間が
うようよ……こんな感じでどうだ?」
そう言って俺はデカメタルを解除していつもの姿に戻った。
「……直前にもう一回確認したほうがいいな」
ため息をつきながら奴はその場に座り込んだまま、”タワー”をじっと見つめ続ける。

 ポイント444にデカベースクローラーで到着した俺たちは、敵がいきなり建てたというか、地下にずっと
潜り込んでたらしきものが

そのまま地上に姿を現した”タワー”の偵察に入った。
 もちろんその中にはジャスミンもいる。わざわざご丁寧に捕まっている写真まで届けてきてくれた。
 ボスの嘆願でジャスミン救出は地球署に一任され、贅沢なことにギョクさんは奴のレンタルも許可してくれた。
 ジャスミンには悪いが……こいつとまた一緒に戦えることを少し喜んでいる自分がいる。
149 ◆0spd14A3pU :05/02/20 19:47:44 ID:w5AkoHyx
「おい」
「何だよ相棒」
「お前、あれ以来ずっとこんな仕事ばかりしてきたのか?」
奴はちょっと息を吸ってから
「まーな……たまには聞き込みとか事情聴取とかやりたくなってさ……あ、でも昨日までちょっと捜査してたけどな?
相棒たちはどうだったんだよ」
「またいつもの地球署さ……お前が来る前のな」
「やっぱ、俺が地球にいると悪い奴を呼び寄せてしまうんだろうな……」
「そんなことない……悪い奴は何処にだっているもんだ。たまたまそれが大人しかっただけだ」
そう、大人しかった奴が暴れだす頃にお前はそれに引き寄せられるようにやって来るだけ。別にお前のせいじゃない。

「そういえば、美和ちゃんって結婚したんだろ?」
いきなり話を180℃変えてくる。相変わらず深刻な話は嫌いなんだな。
「ああ、お前が来なかったからすごく寂しがってた」
「そっか……行きたかったな、結婚式」
そしてまた黙り込んだ。

 刑事としての才能は驚くほど天才的な分、それと引き換えに”流浪”の運命を背負ってるようで
俺はお前が気の毒でたまらない。そんなお前を好きになったジャスミンも大変だろうな。

******************
 真っ暗な部屋の中。
 何もできない。動けない。会話もあれ以来殆ど聞こえなくなってしまった。私……本当に今度こそ死んでしまうのかな。
 つい昨日の夜も死んでしまうところだった。
 そういえば……私はいつも死んでしまいそうになることが多かったっけ。でも、いつも誰かに助けられてきてここまで来れた。
 だから、もう……死んでも……
 
 嫌。
 生きなきゃ……。死んだら二度とみんなと会えなくなる。……”彼”に会えなくなる。
 「今度会える?」と聞いたら、「多分な」って答えた彼。あれが最後だなんて……そんなの絶対嫌。

 お願いです、誰でもいいから私を助けて……。みんなに、彼に会わせて……。
150 ◆0spd14A3pU :05/02/20 19:48:32 ID:w5AkoHyx
=========================
【8・午後2時半・突入30分前】
『あと……30分ね。そろそろかしら?』
女が男にそう声をかけると、男は机の上においてあった通信機を手にとって。
『もうこっちに着いてるようだぞ?――おい!準備出来てるな?』
『こっちは大丈夫です』
『こっちも準備できてます』

『――頼むぞ。”逮捕”されることは”不名誉な事”だと思って心してかかれ』
そう言って再び通信機を机の上に置いた。

『……あなたも”覚悟”出来てるの?』
女がそう男に問いかけると。
『もうとっくに追い詰められてるんだ……追い詰められた状態で何が出来るかと言ったら、
”あれ”しかないだろう?そういうお前はどうなんだ?』
『あたし?”この姿”だったら1人くらい何とか出来るはずよ?見てなさいな。絶対奴ら油断するだろうから』
『今までずっと無傷らしいからな。せめて1人くらいは絶対に……。それぐらいしないとこっちの気が治まらない』
『潜んでいる奴らもこれでやる気出て、きっとあたしたちの代わりに動いてくれるはず……』
『もうあのお嬢さんは用済みだな。”奴”をおびき出す為だけに連れてきたようなものだから、何処かに”隠そう”』
『爆発は好きなくせに血を見るのが怖いから人を殺せないっていうのが変わってるわ……』
『私だって人ぐらい殺そうと思ったら殺せるさ……それと同時に私の命も終わるけどね』

 ギィッと言うドアの音と共に2回目の光が暗い部屋に差し込む。
『――お嬢さん、そろそろ移動してもらうよ』
さっきの男が彼女はそう言って、彼女を縛っていた紐を緩める。
(どうする気?)
 彼女はそう聞こうとしてもガムテープを貼られてるせいで口も聞けない。
『――おっと、ここからは見られると危ないから目隠しも……』
「っ……」
抵抗して呻く彼女を相手にせずそのまま目隠しをつけさせて男はどこかへと連れて行く。
 彼女には何も見えない。ただひたすら”助け”を呼ぶだけ――
151 ◆0spd14A3pU :05/02/20 19:49:39 ID:w5AkoHyx
******************
 なーんか、変なんだよねえ。
 ホージーが変身したの絶対にバレてると思うのに爆発の報告は入ってこないし。
 わざわざ写真まで送りつけてくるし、これといった要求もない。もっと長官の首持ってこーいとか言うと思ってたんだけど……。
 これじゃ来て下さいって言ってるようなものじゃないの?
 そう思っても、証拠はあの写真1枚とホージーが確認した透視システムからの映像のみ。
 逆立ちしようかと迷っている最中に、
「なあ、センちゃん」
 いつもは俺にあんまり話しかけてこないのに、突然バンに声をかけられた。
「どうしたの」
「あのさ……」
「……本当にいいの?」
「ああ、頼むぜセンちゃん」
 そう肩を叩かれてそのままデカルームへと向かうバン。こそっと俺に耳打ちしてきた内容はみんなには内緒だと言う。
そりゃまあ、俺だってあやしいと思ってたけど、やっぱり”以心伝心”には敵わないか。
「っておーい、俺も行くんだけどー」
 そのまま俺もバンの後をついていって、デカルームで最終打ち合わせが始まった。

「……ウメコ。長官から言われた命令、全部言ってみろ」
「えーっと、”人質は必ず救出しろ”、あとは……”犯人はデリートせずに生け捕りにしろ”?」
「そうだ。……よく覚えてたな」
ボスが感心するかのように顎に手をやる。ボス、ウメコだって刑事ですよ?
「さすがウメコさんですね!」
「だってあたしリーダーだもん」
「おい!お前らふざけてる場合じゃないぞ!」
「「はーい……」」
相変わらずホージーはウメコとテツの子守役だねえ……。
「ボス……なんで生け捕りにするんですかぁ?」
「あのなあ……”死人に口なし”って言うだろ?死んだら証拠が出てこないじゃないか」
「宇宙最高裁判所が完全公開で公正な裁判で処罰することになっているからねー」
「反体制派に見せしめて大人しくさせるってことですよね」
ウメコの素直な質問に俺たちは次々と突っ込んだけど、肝心のバンだけはじっと黙って話を聞いているだけだった。
152 ◆0spd14A3pU :05/02/20 19:51:57 ID:w5AkoHyx
「でも……うちの拘置所って殆どいっぱいじゃないですか?あのタワーに犯人が何人いるのかわかんないですけど
拘置所、溢れてしまいそうになりません?」
「大丈夫。こんなこともあろうかと……」
 テツの質問にすぐに答えたのは、いつもの”あの人”。じゃらじゃらと”それ”を机の上に並べたものの
テツは不思議そうな顔をして、
「こんなこともあろうかとって……スワンさん、これただの手錠じゃないですか」
「これは特別製なの。パトジャイラーのジャイロワッパーの転送機能、知ってるでしょ?」
「そりゃまあ……」
「それの応用版。D-ワッパーver.2。片手にかけただけで宇宙拘置所へ転送できるの」
「――マーベラス!さすがスワンさん!」
こっちに来て結構経つのに相変わらずテツはマーベラスとナンセンスしか言わないねえ……。
「1人10個くらい持っていたら大丈夫かしら?」
「足りなくなったらそのまま連れてこればいいだけの話さ。後ろにはファイヤースクワッドも控えてるしな」

 そして結局最後の偵察でも、人の配置も部屋の配置も2時間前と変わらず、ジャスミンは最上階。
そこを目指して下から突破するという単純な作戦に落ち着いた。
******************
 黒いTシャツ、黒いズボン。そして黒いベスト。訓練生の頃の服と似てる。この服着るのどれくらいぶりだろう。
スワットモード取得する時に着た以来?
 それにしても……この黒いメット本当に被らないといけないのかなあ?

 そう思いながらじっとメットを見つめていると、
「ウメコさん、それつけないと頭撃たれちゃったらおしまいですよ。早くつけましょうよ」
 テツを見るとさっきまで手に持っていたはずのメットが消えていた。
 さっきスワンさんから手渡されたこのメットは、アブレラ特製のマッスルギアを改造して作ったものらしい。
デカメタルより耐久度は落ちるけど、相手には見えない効果があるみたい。スワットモードのメットの見えない版って感じ?
 でもそういわれてもこんな無骨なメット、被りたくないよ……と思っていたらテツから頭を撃たれたらおしまいとさっき言われて。
「やっぱり相手には見えないんだ。じゃあ、付けちゃお!」
153 ◆0spd14A3pU :05/02/20 19:53:19 ID:w5AkoHyx
「本当にウメコさんって外見ばっかり気にするんですから……」
「何をー!生意気ばっか言っちゃって!」
 本当に生意気になってきた。あたしより年下だっていうのに。

「おい、そろそろ時間だ。大丈夫か?」
「あたしたち、生身でデカベース取り戻したんですよ!大丈夫です。
……それに、マーフィーもいるから、ね?マーフィー」
 クウーンとマーフィーがあたしの足元で鳴いてくれた。
 マーフィーもジャスミンの事、心配だもんね。皆でジャスミンを助けるんだから。
……1番乗りはバンに譲るけど、待っててね、ジャスミン。

=========================
【9・突入・人質殺害まであと30分】
 ”変身「だけ」しなきゃいいんでしょ”とスワンさんがそう言いながら自分たちの専用の武器を転送してくれた。
テツは正拳アクセルブローを発射する際、生身の体にかなり負担がかかるからと言って、変身後の出力の半分に
抑えられたものの攻撃可能。テツの攻撃は俺たちとは違って多種多様だから必要不可欠。

「――任せたぜ、相棒」
奴にそう言われて時間を見るともう突入の時間。
「……人質救出・犯人逮捕に全力を注げ。……ギョクさんに地球署の意地を見せてやるんだ。行くぞ!」
「「「「ロジャー」」」」
そう言って俺たちはタワーへと走り出した。

 タワーの入り口はテツが真っ先に「ライトニングフィスト」で壁をぶち破る。真っ先に入ると、
メカ人間が多数――、アブレラの”忘れ形見”か?
「こいつらはいくらでも倒せ!部屋らしきものを発見したら中を覗いて人質がいないか確認しろ!」
そう叫びながらメカ人間を倒していくと、段々アリエナイザーらしき人物が出てきた。銃をこっちに向かって
撃ってくるものの……あまり強くないらしい。何か拍子抜けだ。
「逮捕監禁容疑で逮捕だ!」
銃を避けながら手錠を腕に嵌めると、すっとアリエナイザーは何処かに消えてしまった。
「イッツァグレート……」
154 ◆0spd14A3pU :05/02/20 19:54:44 ID:w5AkoHyx
「相棒!へったくそな英語話してないでとっとと先進めよ!」
後ろから奴が叫ぶのを聞いて我に返る。
「……悪かったな、下手糞で!」
……どうも俺はこいつと一緒に難癖つけながら戦ってるのが好きらしい。
******************
『どうやら来たようだな……そのままじっとしてるんだぞ?』
『本当、単純というか何ていうか。で、あの子本当にどうするの?』
『どうもしないよ。”奴”だけ殺せたらこっちのもんだ。後は自分で何とかするか、
お仲間に助けてきてもらえばいいんだよ』

=========================
 【中階段】
 おっかしーなあ、先に行かせたはずなのに……。
「なんでテツが来てるの?君火の玉だから先頭行けばいいじゃない……はいこれで転送10人目。」
「ナンセンス!ジャスミンさんを助けるのは先輩だから先譲ったんです!……さようなら犯人さん」
 まあ、元々先頭は無理だけどね。バンが買って出てるから。そういえば……テツは知らないんだった。
まあ、時間も時間だし、テツも来てくれたしそろそろ行くかな……。

「じゃ、後は頼んだよー」
「ええ?俺1人置いてく気ですか?ナンセンスすぎます、センさん!」
「2代目火の玉君だったらこれぐらい大丈夫でしょ?終わったら上の方の援護頼むよ、じゃあね」
「センさーん!」
情けない声を出すテツをそのまま置いて、俺はまた来た道を戻っていった。
=========================
 【1F】
「ねえ、マーフィー、ほんとうにここなの?」
クウーンと言ってそうだと返事してくれるんだけど、本当にセンさんが言ってた通りなのかなあ……?
あらかじめ、センさんから『突入直後に1Fで何か変なものがないか捜してくれ』って言われたから、
ずっとあたしはここにいた。
155 ◆0spd14A3pU :05/02/20 19:57:31 ID:w5AkoHyx
「おーい、ウメコー?どう?」
「もうメカ人間もいなくなっちゃった。っていうかみんな片付けてくれたからずっとマーフィーに
捜してもらってたんだけど、ここだって言って聞かないんだけど」
そう言ってあたしが指差したのは地下。でも切れ目も何にもない綺麗なただの床なんだけど……。

「ウメコ、宝探ししようか」
「えー?何それー」
「ここ、全部穴開けちゃうって事だよ」
センさんは自分の持っていたD-ブラスターでマーフィーが示した部分の床の周りを打ち抜き始めた。
「……もしかして?」
「そのもしかして。それよりウメコも手伝ってくれよー」
「う、うん」
=========================
 【最上階】
 テツは「先に行って下さい!」って言って途中で俺たちを先に行かせてくれた。ごめんな、火の玉なのに。
 相棒も途中で「時間がない!先に行け!」って言って右に同じ。相棒に言っときゃよかったかな……。
でも相棒に言ってたら絶対に上へ行かせないだろうと思って言えなかった……悪いな相棒。

 最上階に辿り着いてドアを開けると――真っ先に目に入ったのは。椅子に紐で括られている、
「ジャスミン!」
そう叫んで真っ先にジャスミンに近寄る。
******************

「ねえ、まだかな……」
「うーん、そろそろ……」

そう言いながらD-ブラスターとD-ショットで床を撃ち続けてもうこれで5分。
「ワン!」
 マーフィーの合図で俺たちは銃の狙撃を止めた。
 床は二重構造。撃ち続けた頑丈な床の1枚目がぱらりとめくれて、そこから見えたのは地下への扉。さっそく開けてみる。
 こっそりとその時散らばった破片をポケットに入れたのは秘密。
156 ◆0spd14A3pU :05/02/20 19:58:30 ID:w5AkoHyx
「……!」
俺たちを見てもがいてる女性が1人。
ウメコがそこへ一目散に駆け出していったのは言うまでもなく。
俺はそれを見ながら通信モードを触って連絡を取った。

『――人質救出。身元確認済』

******************

――センちゃんからの通信が耳元のイヤホンから小さく流れてきた。ああこれでもう安心だ。
もちろん目の前にいる”ジャスミン”には聴こえてない。
「……助けに来てくれたの?」
そう言いながら涙目で俺を見つめる”ジャスミン”。
「俺だけじゃないぜ。みんな来てくれてる……早くみんなのところへ帰ろうぜ」
「うん」
「それにしてもお前、全然怪我してねーじゃねーか……元気そうでよかった」
そう言いながら紐を緩めようとした瞬間。

「――なんてな。あばよ、”パウチ星人”」

 俺は真っ先に腰につけていたD-ワッパーを容赦なく”パウチ星人”の手に嵌めた。そいつは顔を青ざめて。
「……畜生……何でわかっ……」
 そう言いながら、姿は消えて行き、そいつは宇宙の彼方の向こうへと旅立っていった。

「耳鳴り1つ鳴らせない様な奴がジャスミンな訳ないだろ」
 あいつからの”不安”のサインの”耳鳴り”。あいつが消えたらしき時間だけしか聴こえなかった。
 絶対あいつなら無意識にでも俺に送ってくるはずなのに、それ以降も聴こえることはなかった。
ここに入ってきても耳鳴りは聴こえてこなかった。
 俺が偽物に騙されるとでも思ってんのか……ジャスミンの偽物だけは見抜ける自信あるんだからな。

 後は、相棒と後輩だけ何とかしなきゃ……。
157 ◆0spd14A3pU :05/02/20 19:59:16 ID:w5AkoHyx
*****************
 センさんに見捨てられて、結局俺はそのままホージーさんのところへと追いついた。気がついたらもう
敵はホージーさんが転送済み。やっぱりホージーさんは凄いです。
 先輩はもう最上階かな?そんな時耳元から流れてきた意外な人からの意外な報告。


「――え?なんでセンさんがジャスミンさんを救助してるんですか?」
「……そんなの俺にもわからん!――それよりセンちゃんたちは早く外へ出ろ!」
『了解。ホージーたちもそろそろ脱出しないと……』

「わかってる――後でな」
俺、上にてっきりジャスミンさんがいると思ってたから先輩に上に行って下さいって勧めたのに……。
「――じゃあ、先輩は誰を捜してるんですか?」
「知るかそんなの……それよりも上、行くぞ!」
「はい!」
そう言って上へ向かおうとした瞬間、部屋に入ってきたのは先輩だった。

「――上はもう終わったぜ!」
「先輩?」
「バン!」
「俺たちもとっとと帰ろうぜ」

 そう言って先輩は持っていたD-マグナムで窓を撃って、出口を開けて先に行けよと俺たちを勧めてきた。
――なんか嫌な予感がする。
 けれどそんな予感よりも先に無理矢理窓に立たされて耳元で先輩がボソッと俺たちに呟いた。

「デカメタル使っても大丈夫だからここから飛び降りろ」
 先輩がそう言った瞬間。
158 ◆0spd14A3pU :05/02/20 20:00:16 ID:w5AkoHyx
どん。

「うわっ!」
「おい!何するんだ!」

 小さくなっていく窓から先輩が笑いながら
「――ジャスミンに宜しく言っといてくれよなー!」
そう叫んだのを最後に先輩は窓から消えてしまった。俺たちは、そのまま変身して地上に帰らざる得ない状況。
先輩、酷いですよ……。
=========================
 【あと数分・地上】
「どうだった、センさん?」
「――ホージーとテツは最上階の下にいるみたいだけど、多分もうすぐ脱出すると思うよ」
 センちゃんが通信を切って一言そう言った。
 地下に閉じ込められていた私を助けてくれたセンちゃんとウメコに支えられるようにデカベースクローラー
の傍へと歩いて、私たちは座り込んだ。
「ごめん……」 
 最初に私の口から出てきた一言。ウメコとセンちゃんが立て続けに
「別に謝ることないよ。ジャスミンは何にも悪くないんだよ」
「そうそう。悪いのはジャスミンをさらっていった奴……感謝の言葉はバンに言ってあげなよ」
「――バン?」
「そう。君の場所、バンが当てたようなもんだから……って、見つけたのはマーフィーだけど」
私の隣でマーフィーがくうーんと鳴いて寄り添ってくれた。
「ありがとう。マーフィー……」

「でも、何でバンは上に行っちゃったんだろうね」
「――バンも来てるの?」
 センちゃんとウメコが助けに来てくれたからてっきり地球署のみんなだけで来てくれたのかと思ってたのに……。

「今日1日だけ地球署にレンタル扱い。ボスが頼んでくれたの」
「レンタル扱いなのにわざわざ囮に行っちゃって……相変わらず無茶ばっかしてるよね。こっちがハラハラするよ」
 2人のやりとりを聞きながら、私は屋上を見続けるだけ。今の私にはそれしか出来ないのが悔しい。
159 ◆0spd14A3pU :05/02/20 20:01:04 ID:w5AkoHyx
「あれ?ちょっと!何でー?」
突然ウメコが叫ぶ。こっちに向かって歩いてきたのは、ホージーとテツ……。しかも変身してる。
「――バンは?」
「あの馬鹿……俺たちだけ先に行かせやがって……」
「もう敵はいないって言ってましたけど、あれ絶対嘘ですよ!ナンセンスすぎます!」
「そんなぁ……」

 ホージーが私の方を見て、一言ぽつりとこう言った。
「お前に宜しくって奴が言ってた……」

「――行ってくる!」
立ち上がって走りかけようとした私をウメコはしがみつきながら。
「SPライセンスもないのにどうするの!ジャスミンはここで休んでなきゃ……」

……結局私は屋上を見続けることしかできなかった。

=========================
 【最上階】
 さっきからまた”耳鳴り”が始まった。あいつ……俺のこと、心配してくれてるのか……?まさかな。
 
 ジャスミンも救出したし、相棒と後輩もタワーから追い出したし、これで大丈夫だな。悪いなみんな……。
すいません、ボス、スワンさん、ギョクさん……。
 チームプレーとか言いながら結局勝手に自分でケリつけようとしてる。
 最初は地球署皆で解決しようと思ってた。けど、時間がたつにつれて、段々みんなに迷惑かけられねーと思って、
結局俺1人で突っ走ってしまった。

 もう、これで当分会うこともないだろうから……許してくれよな。
160 ◆0spd14A3pU :05/02/20 20:02:11 ID:w5AkoHyx
 そう思いながら俺はもう1度、最上階の部屋に戻った。

「――誰かそこにいるんだろ、出て来いよ」
 誰もいないはずの部屋の片隅から1人地球人らしき男が浮かんできた。そいつが着けていたのは
懐かしのマッスルギア。まだ流れてんのか……。
「パウチ星人まで使ってご丁寧なこったな。どーせデカメタル使ったら爆発ってやつもただのハッタリだろ?」
『やっぱり君は騙せなかったか……』
「――誰だお前?」
まるで昔から俺のこと知ってるような口聞きやがって。
『君には散々な目に合わされて来てるんでね……これで思い出さないか?』
地球人の姿から、いきなり霧が立ち込めて現れたのは蛇をうじゃうじゃさせたアリエナイザー。――思い出した!
「――惑星ツカで逃げやがった奴!」
検挙しようと思って、1人で一目散に逃げやがった男……。
『私はクスネ星人メデュー。レッドレボリューションの副幹部だよ。あれから此処へ逃げてきたって訳だ。
それからもこっちに入ってくるのは検挙検挙の報告ばかりでいつも報告の中には君の名前……じゃなくて赤い服を
来たツンツン頭の男の名前が出てくるからちょっと調べさせてもらったんだよ』
 やっぱり俺がターゲットだったんだな……。
「ジャスミンを利用しやがって!あいつは関係ないだろ!」
『関係ないとは言わせないぞ?君たちファイヤースクワッドが地球に降りてきたのも承知の上。
君、昨日の夜中あのお嬢さんと会ってただろ?』

 そんなところまで見てたのか……。
「――覗き見なんて卑怯だぞ!このヘビ野郎!」
『あのお嬢さんがいれば必ず君が来るだろうと思って利用させてもらったんだ』
「――もうあいつは救出したからもう利用価値はないぜ?」

『あのお嬢さんは別にいいんだ。それよりも君だ。君のせいでレッドレボリューションは殆ど壊滅状態になってしまった……』
顔は笑っているけど、目は座っている。そして手から出したのは1つのリモコン。
161 ◆0spd14A3pU :05/02/20 20:02:58 ID:w5AkoHyx
「――何する気だ!」
『君を”道連れ”にしないと仲間に面目が立たない……じゃあ、地獄で会おう』
「やめろー!」
容赦なく押されたボタン。一瞬で爆風に吹き飛ばされる。目の前で自殺かと思ったら今度は俺まで道連れか……。

 最初っから手錠かけてれば……よかった……。まだ……死にたく……

=========================
【10・その後】
 ジャスミンは救出できた。たった1人を残してすべて拘置所行き。でも後味が悪すぎる。
 ICUの前で俺たちはただ待っているだけしかできない。バンはあれから爆風と共に落ちてきてテツが
受け止めたものの、もろに爆風を浴びて重態。
 スワンさんからもらったメットがなかったらとっくの昔に燃え尽きてたかもしれない。
 俺がジャスミンを助けた後に拾った地下室への入り口の欠片をスワンさんに調べてもらったら、
エスパー能力を封印する作用が入っていたと報告を受けた。
 そりゃ、”耳鳴り”も届かないに決まってる。

「――いくら”ミラクルマン”でも今回ばかりはさすがに無理か……」
「俺なんて”火の玉的行動”、まだ先輩に見てもらってないんですよ……逆に先輩がやっちゃって……ずるいですよ、先輩」
「ウメコは?」
「ジャスミンさんに付き添っています」
 俺はテツとホージーの会話をただ聞いているだけ。気がつくといつの間にかそこにいたのは。


「ギョクさん……」
「お前たちは大丈夫そうでよかった……。きちんと仕事ぶり見せてもらったぞ」
 あまり元気がない。当たり前か……。自分の部下が危ないって言うのにヘラヘラ笑ってる上司が
いたら俺はぶん殴ってるだろうな。
 もう手遅れかもしれないけどもうそろそろ”話”しとこうか。
「ギョクさん、ちょっといいですか?」
「セン……」
 そう言って、俺は2人にちょっとあっち行ってくるからと言って、別の場所にギョクさんを連れて行った。
162 ◆0spd14A3pU :05/02/20 20:05:14 ID:w5AkoHyx
******************
――爆風と建物の欠片と共に落ちてきた時に微かに聞こえたバンの声。
『まだ……死にたく……ねえ……』
 そんな彼を見ながら彼の事を一瞬”流れ星”みたいだと思ってしまった私はなんて不謹慎な女なんだろう。
……そう思いながら私はウメコの腕の中で気を失ってしまった――

「――ジャスミン!」
真っ先に私の目に入ってきたのはウメコ。窓を見ると光はない。――夜中?
「……ここ、メディカルルーム?」
「ずっとあれから気を失ってたんだよ……よかった……」
涙ぐむウメコ。ごめんね、ずっと心配してくれて……。

「――バンは?」
「……」
俯きながら黙り込んでしまった。それでなんとなく彼の状態がわかった。ベッドからがばっと起き上がって、
「ジャスミン !?」
ウメコが私を呼ぶ声を無視して、私はメディカルルームを飛び出す。
『また、会える?』
『多分な』
そう言ってたじゃない。死んだら2度と会えなくなるっていうのに……。

******************

「地球に戻ってきて早速これか……」
「大丈夫よ、きっとバンなら元気になるわよ」
スワンはプラス思考で羨ましい。お前がいなかったらもっと落ち込んでいただろうな……。
「バンがジャスミンを置いて先に逝くなんてことあるはずないわ……そうでしょ、ドゥギー」
「そうだといいんだが……」
163 ◆0spd14A3pU :05/02/20 20:06:55 ID:w5AkoHyx
******************
 面会謝絶になってるから中の様子は何もわからない。
 ホージーさんは目を閉じて壁にもたれ掛ってる。寝てるわけじゃないのはわかってる。多分、祈ってるんだろう。
前に俺が先輩の心臓を止めたときとは事情が違う。俺にもどうしようもない……。
 人の気配がして、一瞬センさんとギョクさんかと思って後ろを振り返ると。
「ジャスミンさん!」
「――バンは?」
「あまり状態よくないみたいです……俺たちも入れないくらいなんです」
俺がそう答えると、一瞬俯いてきゅっと唇を噛み締めて暫く黙り込むジャスミンさん。

 そしてようやく出てきた言葉。

「……行く」
「どこへですか?」
「中に入る」
「そんな……無理ですよ。行っても何もできないんですよ?」
「そんなの”やってみなければわからない”じゃない!」
”やってみなければわからない”。先輩がよく言っていた口癖で返されたら、俺何も答えられないじゃないですか……。

「……テツ、ジャスミンの好きなようにさせてやれ」
それまでずっと黙っていたホージーさんが口を開いた。
「ホージーさん……」
「行ってこいよ、ジャスミン」

「――ありがとう」
面会謝絶とはいえ、鍵は開いているICUの中にジャスミンさんの姿は消えた。
「ジャスミンだってたまにはあいつを助けたいって思ってるんだ……あいつにはいつも助けられて
ばかりいるからな、俺も昔そうだったから……」
 最後の方は本当に小さくて聞き取るのがやっとなくらいボソッと呟いた。
164 ◆0spd14A3pU :05/02/20 20:08:04 ID:w5AkoHyx
******************
 俺、ただの刑事なのに特凶のトップにえらい口叩くんだなあと思いながらも、ギョクさんだからこそ
言ってやらなきゃと思って開口一番。
「あのー、もうすこし規制緩めませんか?」
「何言ってるんだ?接触したからあんな事になったっていうのにお前、まだそんなこと言うのか?」
「俺だってギョクさんと会ってたじゃないですか」
「あれは会議で偶然……!」
「バンもジャスミンと会ってからきちんと彼女をドーベルマンまで送ってやればあんな事にはならなかったと思うんです
……バンも接触禁止なのをわかってたから会ってすぐに彼女と別れてしまって結局ああいうことになってしまった。
機密情報さえ、流さなければいいんでしょう?それ以外は接触してもいいように出来ませんか?
自分の部下、そんなに信用できません?」
「……」
 
 どうしよう、言い過ぎたかな?その時、俺のSPライセンスの通信音が鳴った。テツか……。
『ジャスミンさん、病室の中へ入っていきました』
「そっか……ありがとう」
 ジャスミンが、”動いた”か。――始めてだな。ライセンスを閉じてポケットの中へしまいこむと。

「――おい、なんでジャスミンが伴番の部屋へ行くんだ?意味がわからん」
「ジャスミンの様子、見てわからなかったんですか?」
「全く」
……相変わらず鈍感だなあ。誰かさんみたいに言わないと気付かないみたいだ。
「実は、あの2人――」

******************
「礼紋さん、まだ面会謝絶なんですよ?」
突然入って驚きを隠せないドクターに向かって。
「バンの状態は?」
「ずっと意識不明で……心拍数も少しずつ低下してます……このままだと……」
ベッドに横たわる彼は痛々しい。1年以上前に高熱で倒れたときとは比べ物にならないくらい。
モニターで心拍数等の数値を測っているらしく体中にはコードが貼り付けられていた。
165 ◆0spd14A3pU :05/02/20 20:09:56 ID:w5AkoHyx
 意識はなくても、心臓は動いてる。じゃあ、まだ心は此処にあるはず……。
今まで、殆どバンの前で外さなかった手袋を外して、バンの左手をそっと触る。
「礼紋さん……」
「私に任せて下さい」
 
 目を閉じて、バンの心へ入っていく。”三途の川”へなんか、絶対に行かせない……。
******************
「絶対に生きてやる」
 そう思ってても、自分じゃどうすることもできないことってあるんだな……。あの爆風で無理矢理意識が
奈落の底へと落ちていくのを逆らう事が出来なかった。
 テツに心臓を止められたときは「しょうがねえか」って思ってたけど、今度は嫌で嫌でしょうがない。

 そして辿り着いた先は暗い洞窟なところの真ん中をひたすら流れ続ける”三途の川”。そこに立っていたのは、予想通り。
「爺ちゃん」
『また来たのか……これでもう2度目か?』
「来たくて来ちまった訳じゃないんだよ」
『じゃあ帰るか?』
「出口なんかないのにどうやって帰るんだ?」
『今度は渡ってからゆっくり話しでもするか……こないだは渡る前にお前消えちまったからのお……』
「あんまり話なんかしたくねーんだけど、しょうがねーよな。じゃ、行くか」
そう言って爺ちゃんと川を渡ろうとした時。爺ちゃんがこっちを向いて
「おい、伴番」
「何だよ?」
「――あんなべっぴんさんにお前呼ばれてるけどどうするんじゃ?」
「へ?」
後ろを振り返ると――そこには立っていたのはいるはずのないジャスミン。お前、まさか……。

「もしかして……お呼びでない?」
166 ◆0spd14A3pU :05/02/20 20:11:17 ID:w5AkoHyx
******************
 ”あの2人は付き合ってるんですよ。”
 俺がそう言ったらギョクさんは目を見開いて廊下に響き渡るくらいの声で叫んだ。
「――嘘だろ !?」
「そんなに驚くなんて……本当にわからなかったんですね……」
「俺なんて、まだ付き合ったこともないって言うのに……ずるいぞあいつら……」
「スワンさんばかりに夢中だったから婚期逃しちゃったんですね」
テツも気をつけないとギョクさんみたいになってしまうから気をつけなよ?
「――うるさい!」
俺に背中を向けたかと思ったら突然走り出した。
「どこ行くんですか?」
「――病室に決まってるだろ!……お前も来いよ、”相棒”」
やっぱり昔っから変わってないですね、ギョクさん。
「ロジャー」
当然ながら俺もギョクさんの後を追いかける。

******************
「――んなわけねーだろ!感謝感激……に決まってるじゃないか」
「おい、このべっぴんさんどうしたんだ?」
どうしたって言われると何て答えたらいいかわからなくて。
「え……そのー……」
俺がごにょごにょと言ってたら隣にいつのまにか立ってたジャスミンが。

「あのー、赤座家の跡継ぎ必ず産みます。天国で楽しみに待ってて下さいね、おじいちゃん」
「は?」
爺ちゃんに言っちまった……。いっくら三途の川とはいえ本当にいいのかよ、ジャスミン。

「ほおぉ……それは楽しみじゃなあ……じゃあ、お嬢ちゃんとっととこいつ連れて帰ってくれや」
「かしこまりました」
「じゃあ、頼んだぞー」
 爺ちゃんはそのままどっかへ消えてしまった……。2度あることは3度あるって言うからあともう1回来るかもしれないな……。
そん時はまた宜しくな、爺ちゃん。
167 ◆0spd14A3pU :05/02/20 20:12:17 ID:w5AkoHyx
 後に残ったのは俺たち2人だけ。
「どうするんだ?これから」
「人間やめますか?」
「やだ。」
「じゃ、帰ろ」
 ジャスミンは素手を差し出してきて、俺は惹かれるように手を乗せる……

******************
「こんなこと……あっていいんだろうか」
「血圧上昇、心拍数も上昇……凄い」
あーもう、うっさいなあ。顔の上で騒がないでくれよ……まだ頭痛いんだから……。って、あれ?ここ何処だ?

「赤座さんの意識回復しました!――おい、署長に連絡だ!」
ばたばたと騒ぎ始めるドクターたちを尻目にふっと気がつくと。

――ジャスミンが俺の手を握ってこっちを向いて笑ってた。こっちに流れ込むジャスミンの心が心地よくてたまんねえ。
「お早いお帰りで……」
「ジャ……スミン……」
酸素呼吸器を付けたままで声が出ない……。
「じゃあ、声出さないで話そっか」

(便利だな、こういう時……今度はお前が助けてくれたんだな。サンキュ、ジャスミン)
(みんな怒ってるよ。無茶したって)
(あれは……みんな俺のせいだったから……みんなに迷惑かけちまったから自分でケリつけよーって思ってさ)
(バンが死にそうになったほうがみんなに迷惑かけてると思うけど?)
(俺だって死ぬつもりなんかなかったんだよ)
(……ごめんね)
(お前が謝ることじゃねーだろ?ちなみにあん時会ってたやつ、奴ら覗き見してたんだぜ?)
 俺とメデューとの最後の会話をジャスミンに送った。
(全然気付かなかった……パウチ星人がいたなんて……そういえば、どうしてそれが偽者だってわかったの?)
168 ◆0spd14A3pU :05/02/20 20:13:02 ID:w5AkoHyx
(あーあれな、お前がなんかおかしくなると”耳鳴り”が聴こえてくるのに、今回は誘拐されてるのに
いつまでたっても聴こえてこないからさ、なんかおかしいなあと思って)
(そんなこと、聞いてないよぉー)
(言うの忘れてた。ごめんな。でもあれがあったからお前を助けられたんだぜ)
(うん……)

(もう”休暇”も終わるし、またお前とも会えなくなるな)
(生きてればまた会えるからいいじゃない……)
******************
「ちょっと、ギョクさん……もうちょっと2人きりにしてあげましょうよ……」
完全無視。そのままICUへと入っていった。
「あーあ……」
「相変わらずデリカシーがないな、ギョクさんは」
「なんかバンに似てるかも!」
「だからファイヤースクワッドに入ったんですね、似たもの同士ですから」
「君もギョクさんに似てるよ……」
「え?どこがです?」
スワンさんに夢中なところがね。そして……
「多分婚期が遅くなるかも……」
「……ナンセンス!それどういう意味ですか」
そう言い合いながら俺たちはこっそりと部屋の外から立ち聞き。

「――伴番、おまえの休暇は延長だ。……とりあえず今日から1ヶ月。ちなみに来年以降は休んだ分だけ欠勤扱いな」
「それ、どういう意味ですか?」
あ、そうかバンはしゃべれないんだ。ジャスミンが代わりに質問してる。
「お前がその間伴番を養えばいいんだろ?……とっとと結婚しちまえ!」
「――ありがとうございます!」
ジャスミンは喜んでるけど、バンの反応が知りたいなあ……。
「その代わり伴番、休んだ分だけこき使ってやるから覚えとけ!いいな!」
そう言って、ギョクさんは部屋から出てきて、俺たちに向かって、
「じゃ、よろしくな」
そのまま何処かへと消えていった。
169 ◆0spd14A3pU :05/02/20 20:14:10 ID:w5AkoHyx
「……アンビリーバボー」
「……まったくもって、ナンセンス」
「ギョクさんって大胆だね、センさん」
頑固な分、考えが変わると180度転換しちゃうからなあ……。でもよかったね。これで1年に1回は会えるようになったし。

******************

 突然、デカルームにギョクがやってきて、「あいつら結婚します」と勝手に宣言して俺たちを驚か……喜ばせた。
「お前が言ってくれて逆によかったかもしれない、有難う」
「あの2人、微妙なのよね。生命線ギリギリのところじゃないと動かないから」
「それにしても、俺あいつらが付き合ってるなんて知りもしなかったんですが……」
「やっぱり気付かなかったの?やっぱ朴念仁ね、ギョクちゃんって」
「すいません……」
「まあいいじゃないか。それより、また1ヵ月経ったらバンをもっと鍛えてやってくれ。頼むぞギョク」
「わかりました」

=========================
【11・1年後】
「遅いなあ……」
 遅刻するのは昔も今も相も変わらず。私たちはデカベースの屋上で待ち合わせ。夏空でメガロポリスの明るい街並みが
災いしてあまり星は見えないけど……。

「――悪りぃ、遅れた!」
「何してたの?」
「……センちゃんの休暇に付き合って、さっき京都から戻ってきたばっかなんだよ……」
「もしかして?」
「……まだ俺のご先祖様は新撰組じゃないって言い張ってて無理矢理俺連れて証拠探し」
「で、結局証拠は上がった?」
「上がってない……行って損したぜ……」
「私きちんと見たんだけどなあ……」
170 ◆0spd14A3pU :05/02/20 20:15:46 ID:w5AkoHyx
 あれからバンは夏に1ヶ月だけ”欠勤扱い”で地球に戻ってくるようになった。まるで織姫と彦星みたいだなあといつも彼は呟く。
 もちろんその分のサラリーは0。私が働く女性でよかったでしょ?と言うと、まあなといつも答える彼。
 地球署の中でふらふらしてるかと思えば、事件のときの会議にはすっと現れるけど黙って立ち聞きしてるだけ。
 アリエナイザーが現れても見てるだけの傍観者に徹して、自分と地球署との線引きを彼なりに引いているようだ。

 そして私がドーベルマンでパトロールするときは、いつも私の”アッシー君”を買って出てくれる。
 皆がそれぞれ休暇を取ると彼はいつも皆にひっついたり、つきあわされたり。
 ホージーの時には銃撃練習場に篭って1日中銃撃練習。「やるからには100点取れ!」と怒られているのをこそっと見てしまった。
 テツが休暇のときは逆に自分が「お前はいつも正拳アクセルブローばっかだからちったあ銃の練習しとけよ」と
のた打ち回って、銃撃の苦手なテツの面倒を見ている。
 ウメコの休暇にはもちろんウメコのショッピングの荷物持ちをさせられ、シュークリームを買わされてる。
もちろんデカルームの皆の分までバンのおごり。

 そして私は……夜になるとここで2人で星空を眺めたりして、ずっと朝まで一緒にいる。
 夏の星空は流れ星はあまり見えないけどその代わり、ボスの剣の名前であること座のベガ、とスワンさんそのまんまの
白鳥座のデネブ、そしてビスケスの持っていた剣の名前のわし座のアルタイルの、”夏の大三角形”を見ながら
あーでもないこーでもないと他愛のない話ばかりをしながら……。

******************
 ギョクさんから結婚しろと言われたけど俺たちはそのまんま何にも変わらない。夫婦別姓は
今流行りなのよねとこないだスワンさんに言われた。
 今のままが楽しいから当分このままにしようかとジャスミンと話していたら突然思い出した。
「おい、三途の川で爺ちゃんに話してたこと、あれ、本気か?」
「本気と書いて、マジ」
「そういえば!”ベンジャミン”、子供の名前じゃちょっと可哀相だからなあ……、子供が大きくなって
刑事になったらボスに”お前の名前は呼びにくいからベンジャミンだ”って名付けてもらおっか?」
「よござんすね」 
171 ◆0spd14A3pU :05/02/20 20:16:48 ID:w5AkoHyx
 ベンジャミンを忘れていない俺は、最初ジャスミンから口に出たときにあんなに呆れてたはずなのに
なんとなくその名前が気に入っているようだ。

 そして、1ヵ月後また俺はファイヤースクワッドに帰って、寝る前になるとジャスミンの死語1年分のネタが入った
”白い”SPライセンスを見続ける毎日。
 ジャスミンは1人星空に向かって俺の代わりの”流星群”や”流れ星”を捜したりしている。

 七夕よりも贅沢だけど2人きりの夜を過ごせる貴重な1ヶ月。そんなこんなで俺たちの関係はこれからもずっと続く。

「――そういえば、1年前バンがタワーから落ちたとき、一瞬バンが赤い流れ星に見えちゃった……ごめんね」
「本当に”流れ星”ってか。――そういえば1年前に俺のSPライセンスに入れたネタ、やっぱりわかんねーから意味教えてくれよ」
(終)


#スレお借りしまして本当に有難うございました。
172名無しさん@ピンキー:05/02/22 20:06:37 ID:SGbXeIdx
おもろかったです
173名無しさん@ピンキー:05/02/22 21:21:04 ID:EUAkZjUw
萌えも燃えもないかもしれないけど、心が温かくなるような話をありがとうございました。
特に三途の川のシーンとか。
174名無しさん@ピンキー:05/02/23 09:46:03 ID:uXjxjYTE
>>173
そーかぁ?俺は燃えたし萌えたけどなあ。まあ人それぞれってことか。
まあ結論としては◆0spd14A3pUさんGJ!ってことは同じだが。
175名無しさん@ピンキー:05/02/24 00:34:47 ID:7F+bxAtL
◆0spd14A3pUさんGJ!
とてもおもしろかったです
176名無しさん@ピンキー:05/02/24 01:30:30 ID:YrIZrzAd
あげ
177名無しさん@ピンキー:05/02/25 19:24:06 ID:E+VZvPlI
何度も涙ぐみました
デカレン大好きだー
長期に渡り本当にGJ!
気が向いたらまた書いて下さい
178名無しさん@ピンキー:05/02/26 22:22:00 ID:dt5aFCW3
◆0spd14A3pUさん、燃え&萌えと心に残る話をありがとうございました!
病室でのシーン、1作目(>>3-45)でのバン→ジャスミンと、今回の作品の
ジャスミン→バンが対になっているのに唸らされましたし、ギョクの「とっとと
結婚しちまえ!」も良すぎです。
今後も機会がありましたら、また作品を読ませて頂くのを楽しみにしています。
179名無しさん@ピンキー:05/03/01 22:38:23 ID:yD+VROFA
保守
180弱虫ゴンザレス:05/03/04 03:59:12 ID:Z0dR+2Dj
今回投下させていただくのは、本編とは異なる番外編です。
まだ従僕はベロアとハーラの二人きりで、個別エピソード・トレスの場合といった所でしょうか。
本編の方も書け次第投下させていただきますが、こちらも同時に進行していく形になると思いますので、
ご了承ください

――Master Slave Case by T&S
『long long time ago』 

 昔話をしようか。英雄も出てこない、恐ろしいドラゴンも出てこない、悪の魔法使いも出て
こない退屈な昔話を。
 これは、ある小さな国の、小さなお城の、小さな王子様のお話だ。
 その王子様はとても聡明で、とても優しくて、小さいのに驚くほど他人の事を気にかける子
供だったんだ。いい事じゃないかって? うん、そうとも。何の問題も無い、大人に取っては
とても“都合のいい”子供だ。
 だから、回りの大人は誰も王子様の奇行に気付かなかった。
 奇行? あぁ、王子様は自分一人の庭を持っていたんだ。王子様の庭にあるのは、いつも綺
麗なお花畑さ。でもそのお花は土から生えているわけじゃない。それは、全部お墓に備えられ
たお花だったんだ。
 あぁ、違う違う。お墓を作って遊ぶなんて、そんな悪趣味な子供じゃなかった。その王子様
はとても繊細な心の持ち主で、小さい頃から虫も殺せない、本当に虫も殺せないような子供だ
ったんだ。
 王子様は死んでしまった動物や、潰されてしまった虫を見つけると、必ず自分の庭に連れて
行って土に返してあげたのさ。
 変だろう? 彼だって焼いた肉を食べるのに。でも王子様はある日気がついた、自分が食べ
ている物が全部、殺された動物だという事に。
 王子様は怖くなって、それきり食事をとらなくなった。
181弱虫ゴンザレス:05/03/04 04:00:55 ID:Z0dR+2Dj



「どこ……ここ」
 絶望的に呟いた場所は、花々の咲き乱れる春の森。時刻は日も暮れかかる夕方であり、空は
赤々と燃え上がっていた。
 現状。右にある物、木。左にある物、木。後ろにある物、背の低い木。前にある物、切り株。
 薪を集めてきてくれと言われて、蛇に遭遇。決して怖かったわけではないが、噛まれたら大
変なので蛇を迂回。蝶に遭遇し、珍しい羽をしていたので追いかける。捕まえて、手に鱗粉が
付いたので蝶釈放。薪を集めていた事を思い出し、薪を拾ったらその下に小動物が巣を作って
いて威嚇され、決して怖かったわけではないが戦略的撤退。
 そして今、リョウは森の中にぽつねんと立っていた。
 なんと言うことだろう、まさか大切な任務の最中に不慮の事故で遭難してしまうとは。
 取り合えず、正面にある切り株に腰を降ろし、リョウはベロアからもらったおやつを腰のバ
ックから引っ張り出した。
 この青い果実は、少しすっぱいけれど喉が潤う。
「でもこの状況を打開してはくれないんだよね」
 手を洗ってから食べるんだよ、と言われたが、生憎と水筒は森のどこかで紛失してしまった。
どこかに小川でも流れていればいいのだが、それを探すのは優先事項ではない気がする。
 夜になる前に身を隠せる場所を探さなければ、明日の朝にはモンスターの腹の中という事も
想定できるのだ。草を集めてテントでも作ろうか、それとも力いっぱい叫んでベロアとハーラ
の助けを待とうか。
 話によると、この前従僕に加わったハーラは耳が異常にいいらしい。歌姫と言う種族らしい
が、ならば自分の声を聞きつけて助けに来てくれるかもしれない。
 そういえば、ベロアとハーラは随分と仲が悪い。喧嘩をしていなければいいが……
「……って、切り株?」
 柔らかい果肉は、歯を立てると果汁を滴らせて辺りに甘酸っぱい香りを漂わせる。一口齧っ
ては指をぬらす果汁を舐めとりながら、リョウははたと気が付いた。
182弱虫ゴンザレス:05/03/04 04:02:27 ID:Z0dR+2Dj
 自分が今座っている物は、明らかに“切り株”だ。という事は、誰かが木を切ったのだろう。
よくよく見ればこの切り株、断面が見るからに新しい。
 もしかしたらここは街道の近くなのだろうか。それとも、近くに民家でもあるのだろうか。
「……いや、無いだろ普通。こんな森に」
 仮に誰かが住んでいたとして、まっとうな人間ではないだろう。さすがに、御伽噺に出てく
るような魔女が現れる事は無いと思うが、盗賊の類が現れる可能性は大いにあり得る。
 ここを離れた方がいいだろうか? しかし、帰り道の当ては無い。助けを呼びたい所だが、
それもなかなか勇気が要る。
 もしもここで助けを呼んで、大きな口を開けたモンスターが襲ってきたどうしよう。
「進退これきわまる……なんつって」
 難しい言葉を言ってみた。きっとこの状況にぴったりの言葉に違いない。
 軽めの現実逃避だ。それほどに、リョウは途方に暮れていた。
 この際、盗賊でもいいから助けに来てくれないだろうか? モンスターや異種族よりはマシ
かもしれない。そんな事を思った直後だった。
「誰かいるの?」
 背後の森の草がやかましく音を立て、あまつさえ声まで聞こえて、リョウは文字通り飛び上
がった。
 思わず握り締めた拳の中で、果実が潰れて草の上にぼたりと落ちる。
「な、な、な、何!? 何者!?」
 転がるように切り株の後ろに隠れながら、リョウは大げさに怯えながら声のした方向を睨み
つけた。
 喋った、という事は、モンスターでは無いだろう。ならば良くて盗賊か、悪くて美食家の異
種族か。
 大変だ。この上なくまずい事になってしまった。リョウが持っている武器といえば、草を払
うためのダガー一振りだけ。それだってベロアからの借り物で、草を払うにも苦労するほどに
使い慣れていないのだ。
183弱虫ゴンザレス:05/03/04 04:03:15 ID:Z0dR+2Dj
 速く走れない足と、非力な両手で状況を打開できるだろうか? 無理そうだったら、恐ろし
いモンスターが口をあけて迫ってくるという可能性は無視して、精一杯絶叫しよう。
 助けてベロア、犯される。
 うん、完璧だ。恐らく音速ですっとんで来てくれるだろう。
 そもそも、悪い事が起こるとは限らないではないか。先程リョウを驚かせた声は、今思い返
してみれば割と穏やかそうな声色だった。
 最悪の状況を考えて行動するのはベロアに任せて、ここはもう少し肯定的な目で状況を……
「考え事?」
「うぃ?」
 すっかり考え込んでいたリョウは、声に導かれるまま正面に視線を投げた。
 切り株を挟んだ向かい側に、フードを被ったミイラ男。冗談にしか聞こえない状況が、今ま
さにここにある。
 無駄な思考は要らない。湧き上がった感情が何なのかも、取り合えず理解する必要は無い。
 今やるべき事は、一つだけ。
「ひぎゃぁあぁあ!!」
 絶叫。目の前に現れたのが女神だろうが悪魔だろうが、この現れ方は反則だ。
 あまり上品とはいえない悲鳴をあげて飛び退いたリョウを追いかける様子も無く、切り株に
頬杖をついていたフードの男はゆっくりと立ち上がった。
 頼む、立つな。頼むから動かないでくれ。腰を抜かしている場合じゃない、なんとかここか
ら逃げなければ。
 すっかり地面にへたり込んでいたリョウは、弾かれたように立ち上がると既に視界の悪くな
っている森の奥へと駆け出した。
 そのつま先が、何かに引っかかって前方につんのめる。転ぶまいと慌てて足を踏み出して、
その足がガクン、と妙な方向へ折れ曲がる。
「危ない!」
 言われなくても、わかってます。
「わ、わ、ぅわ……!」
184弱虫ゴンザレス:05/03/04 04:04:28 ID:Z0dR+2Dj
 ぐあ、と地面が視界一杯に広がって、すぐにまぶたに遮られる。
 地面に叩きつけられる衝撃が胸から背中へと抜けていって、何かが抉れる音がした。少なく
とも、リョウの耳にはしっかりとその音が聞こえて来た。
――あぁ、嫌だな
 膝の辺りが生暖かい。血が出てる、と認識するのは難しい事ではなかった。膝を中心に痺れ
を伴った痛みが広がり、動かすと足首から激痛が這い上がる。
 膝を抉っただけでなく、どうやら足首を捻ったらしい。
「この辺りは木の根に足をつっかけやすいんだ。君、大丈――」
「来るな!」
 足音がこちらに向かうのを聞き取って、リョウは一声怒鳴ると慌てて体を持ち上げた。走り
たいが、足が思うように動かない。
 結局、数歩足を引きずった所で力尽き、リョウは険しい表情で木に背を預け、そのままずる
ずると座り込んだ。改めて見てみると、膝の傷は思った異常に深そうだった。どうやら、腐葉
土から突き出していた枝に骨の辺りまで抉られたらしい。
「凄い血じゃないか……! 止血しないと!」
「嫌だ! 来るな!」
「何もしないよ! 誓って! 絶対酷い事しない!」
「信じない! 何もしないっていう奴は絶対何かするんだ! そういう事になってるんだ!」
 かの有名などこかの誰かも言っている事じゃないか。絶対何もしないから、という男は、絶
対に何かをする気である……と。
 震える手で腰のダガーに手をやって、リョウは困ったように立ち尽くすフードの男を睨み上
げた。その男が、一旦腕を上げて空を凪ぐと、突然ため息をついてこちらに向かって歩き出す。
「来るなって言ってるだろ!? やだやだ来るな! こない――!」
 無言のまま、すぐ正面で方膝を突いた男から逃げようと身を捩るなり、何かが猛スピードで
リョウの鼻先をかすめて行った。
 思わずリョウの動きが止まる。愕然と見開かれた瞳で見詰めた先では、フードの男の腕が木
の幹に半ばめり込んでいた。
185弱虫ゴンザレス:05/03/04 04:06:46 ID:Z0dR+2Dj
 この男が木の幹を殴りつけた……と、言うことだろう。しかし、普通、拳が幹にめり込むか? 
それ以前に気のせいだろうか、腕が回らないほど立派な樹木が、鳥が逃げ出すほど激しく揺れ
たように感じたのだが――
「――話を聞け。死にたいのか」
 なんと迫力のある声だろう。先程までの声とは、トーン所か声質が全く違う。ごくりと唾を
飲み込んで、リョウは男の拳が引き戻されるのを横目で追いながら冷や汗を滴らせた。
「……ごめんなさい」
 恐る恐る首を回して木の幹に目を遣れば、見事に拳の跡が残っている。これで分かった、間
違いない。
――この男は、異種族だ……と
186弱虫ゴンザレス:05/03/04 04:10:01 ID:Z0dR+2Dj
切らせて頂きます。
訂正個所
×フードの男の腕が
○フードの男の拳が
腕が半ばまでめり込んでたら、木、倒れてるって……OTL
187名無しさん@ピンキー:05/03/04 21:59:07 ID:I8aRJ5bA
 おお、番外編ですね。相変わらずそそっかしくて元気一杯のリョウ君(時系列的にはこちらのほうが先ですか)
を見ることができて実にヨロコばしいかぎりであります。まあ題名を読んだ瞬間に「アメリカン・パイ」(しかも
なぜかマドンナ)が聞こえたということは伏せておくことに致しまして、続きを楽しみに待っております。
188名無しさん@ピンキー:05/03/14 21:52:43 ID:zCQcdLPi
保守&age
職人さん待ち
189名無しさん@ピンキー:2005/03/24(木) 02:07:47 ID:7IsJK4I1
ホッシュ
190弱虫ゴンザレス:2005/03/26(土) 22:38:28 ID:1aqS5QnA
番外の続き、はらせて頂きます


 春とは言え、夜の森は暗く寒い。
 足を負傷し、モンスターに抗う力は無く、おまけに仲間の場所もわからないとくれば、あの
状況でリョウに残された選択肢はたった一つきりだった。
 暖炉が燃える暖かい部屋の、ふかふかのソファの上。先程抉ったはずの足は痛みを忘れて溢
れる血液もすっかり止まり、暖炉の少し向こうでは、リョウをここにつれて来た男が長ったら
しいローブを壁に引っ掛けている所だった。
 完全に日が沈んだら、血の臭いにつられてモンスターがやってくる。
――おいで……ひどい事は、しないから
 リョウの足に不思議な粉で止血を施し、男は笑って――たぶん笑っていたのだろう――手を差し伸べた。
 その、伸ばされた優しい腕を振り払う事は、どう考えても自殺に等しい愚行だった。あるい
は、見ず知らずの男を信用する事こそが真の愚行なのかもしれない。だが、彼の瞳を見た時点
で、リョウの頭にその考えは浮かばなくなっていた。
 アイズレスでなくとも、瞳はその生物の心の内を映し出す。
ローブの奥で瞬く若葉色の瞳はあまりにも優しげで、だが一瞬だけ酷く寂しそうな色を宿し
て、リョウの事を安心させると同時に困惑させた。
 リョウが彼の手を取ったのは、ひょっとしたら優しさよりも、その寂しそうな色に興味をひ
かれたからかも知れない。
 鼻先を掠めた高速の拳を思い出すと、若干不安が残りはするが……
 それにしても、と思う。
 会ったばかりの男の部屋に上がりこんだなどと、ベロアが聞いたら気を失いかねないな、と
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、リョウは高い天井を見上げて溜息を吐いた。
 見上げた先にはやっと人が通れる程度の天窓があり、その四角い枠の向こうから、藍色に染まった空に浮かぶ上弦の月が、ぼうっと顔を覗かせている。
 古い家だった。それはいい意味で、本当に古い建物だった。
 薬草の臭いが少しきついが、部屋の中を漂う光球が淡いオレンジの光を発して落ち着いた雰
囲気を振りまいている。
 独り者が使うには大きすぎる木テーブルの上では、香炉が臭いを発しない白い煙をゆらゆら
漂わせていた。
191弱虫ゴンザレス:2005/03/26(土) 22:39:14 ID:1aqS5QnA
「怖がらないの?」
「え?」
 痩せ型というよりは、痩せすぎというべきか。
 声を掛けられて振り向くと、思わず心配になるほど細い体に厚手のシャツを纏った男が、茶
色いガラス容器をいくつか抱えて立っていた。
「インクルタ――そのふわふわしてるやつ」
 言いながら、男は暖炉を横切って毛足の長い絨毯を踏み、背の低いテーブルまでたどり着く
と、そこにガラス容器を並べはじめた。両手で包んでも指が回らない円柱形の容器の中に、薬
草と思しき物が詰まっている。
「だって、怖がるような怖い生き物じゃないもん」
 ただ光りながらふわふわ浮かび、昆虫を食べるだけの生物に、怖がる要素など一つも無い。
 無防備に眼前を横切ったこの部屋の照明役を、悪戯心に指先で軽くつっつくと、それは驚い
たように大きく輝き、慌てて部屋の隅へと逃げていった。
 臆病で、この上なく人畜無害。
「前に見た事あるの?」
 再び戸棚へと向かった男に肩越しに聞かれて、リョウは不可解な質問に首を傾げつつ頷いた。
「あるよ。たーくさん」
 インクルタなど、森に入ればどこにでもいるはずだ。まだ旅に出る前など、家の窓からでも
オレンジ色の光か確認できた。
 この光球は意思をもった植物だとか、妖精の一種だとか言われているが、実際はモンスター
なのだとベロアが昔教えてくれた。つまりそれは、植物にも妖精にも属さない、哺乳類とも爬
192弱虫ゴンザレス:2005/03/26(土) 22:40:10 ID:1aqS5QnA
虫類とも言いがたい、全く独立した単体の種族を意味している。
 鳥に見えても、鳥類にはなり得ない。虫に見えても、実際は虫じゃない。そういう分類不能
な生物を、便宜上モンスターと呼ぶのだそうだ。
 つまりは、インクルタはモンスターでも、怖くない。リョウは昔、このインクルタを追いか
けて遊んでいた事があった程だ。
「たくさん? でもこの辺には……」
 不思議そうに首をかしげた男の腕には、濁った青のガラス瓶。口に蓋はついていない。
「この辺には?」
 重たげな瓶を僅かばかり指に垂らし、舌に乗せて頷くと、男は瓶を軽く振りながらテーブル
に戻ってきた。
 一旦瓶をテーブルの上に置き、服の袖を肘まで捲り上げる。
「この辺りはね、ちょっと怖いモンスターが出るからインクルタは少ないんだよ。こいつらが
ここにいるのだって、僕の家が安全だからここに住んでるに過ぎないんだ」
「怖いモンスター?」
 すとん、と床にあぐらをかいて、男は用意した三種類の薬草を、浅く丸い器に少量ずつ掴み
入れた。そこに瓶の中身を数滴垂らし、木の棒でぐりぐりとすり潰す。
 答えたら怯えると思ったのだろう、リョウの質問に対し、男は少し笑っただけで明確な返答
はしなかった。
「……じゃあ、森にいるインクルタはここで全部なの?」
「まっさかぁ! この広い森にインクルタがこれだけしかいなかったら、人間が近くに町なん
て作れるわけ無いじゃないか」
 浮いて光るしか脳がないインクルタが森に少ないということは、その森には恐ろしい捕食者
が多くいることを示してる。そうでなければ、森に瘴気が満ちているかのどちらかだ。
「でも、少ないんだね……」
 寒い地方には、毛がふさふさで愛らしい動物がたくさんいると聞いたのに。
「好きなの? インクルタ」
 寂しそうに溜息を吐くと、男に楽しげに問い掛けられて、リョウは拗ねたように唇をとがら
せた。
193弱虫ゴンザレス:2005/03/26(土) 22:41:16 ID:1aqS5QnA
「どうせ僕は子供っぽいよ。だって可愛いんだからしょうがないじゃん」
「……リョウちゃんって言ったっけ?」
 薬草をすり潰す手を止めて、そっぽを向いたリョウを見る。
 名前を呼ばれて振り向いた少女の瞳をしばらく見詰め、男は包帯の奥でにっこりと微笑んだ。
「可愛い」
 一瞬、言葉の意味がわからなくて、リョウは数秒間じっと男の瞳を見詰め返した。
 非常にゆっくりとした速度でようやく意味を理解して、自分でもわかるほどみるみる頬が染
まっていく。
「な、なん……や、やめてよいきなり! は、恥ずかしいなぁ!」
 赤くなった顔を隠すように慌てて男から視線を外し、リョウはもじもじと指を絡めたり解い
たりしながら床に視線を張り付かせた。
「いやいや、久しく女の子を見てなかったけど、こんなに可愛いもんだったかなって。ちょっ
とした感動だよこれ」
「て、照れるからやめてってば……! も、なんで男の人ってみんなそんな恥ずかしいこと言
えんの? 顔から火が出るって、ほんとに!」
 こんな恥ずかしい事を平気で言えるのは、ベロアだけだと思っていたのに――
 男が楽しそうに笑う声を聞きながら、リョウは居心地悪そうに視線を床にさまよわせた。
「君は、町の子じゃないんだね。芸人かな?」
 またこの男は、唐突に妙な事を聞いてくる。
 リョウがあからさまに疑問を含んだ表情で見返すと、男は一瞬きょとんとし、不思議そうに
首をかしげた。
「違った?」
「う、ん……違うよ。どうして?」
194弱虫ゴンザレス:2005/03/26(土) 22:42:36 ID:1aqS5QnA
 逆に聞き返されてしまい、男はそりゃあ、と呟きながらすり潰された薬草を少量指ですくい、舌の上に乗せてから再び手を動かした。
「君はまだ若い。少なくとも、気ままな一人旅って年齢じゃないだろ? だったら一座の子供
かなって……アクセサリーも変わってるし」
「アクセサリー?」
 そんなもの、果たしてつけていただろうか? ピアスは一応つけているが、それはどこにで
も売っている、小さく丸い青い石だ。珍しいものでは決して無い。
 リョウが悩むように耳たぶに手をやると、男はあ、と小さく声を漏らして薬草をつぶす手を
止めた。
「もしかして……本当に目、見えないの?」
「あ……これ?」
 リョウは黒地に白で幾何学的な模様の描かれた眼帯を指差して、悪い事を聞いたな、と気ま
ずそうに視線を床へ逃がした男に慌てて首を左右に振った。
 これは、ベロアが買ってくれた物だった。おそろいにしよう、と笑って眼帯を二つ買い、そ
こにはもう存在しないリョウの瞳に当ててくれた。
 もう片方は、あるのかすらも分からない彼の隠れた右目に当てる。
ハーラが少しつらそうな顔をしていたけれど、ハーラとは瞳がおそろいで、ベロアがそれを
少し羨ましいと言っていて、ハーラは辛そうな表情を一生懸命隠して自慢げに笑っていた。
「き、気にしないでいいよ! 僕も全然気にしてないし、悲劇的な思い出があるわけでもない
し……確かに目はなくなっちゃったけど、そんなの一つで十分だって、知ってるし……」
195弱虫ゴンザレス:2005/03/26(土) 22:43:30 ID:1aqS5QnA
 自分の眼球たった一つで、あんなにも愛らしい少女に笑顔が戻り、あんなにも美しい種族に
愛される者になる事が出来た。
 心持頬を染め、胸を満たす歓喜を抑える事ができないとでも言うようにうつむき加減で微笑
みながら、リョウは照れくさそうに言葉をつないでますます顔を赤くした。
「眼帯も、目が見えないのも、眼が無いのだって全然悲しくも無いし。あの、変な奴だって思
うかもしんないけど、逆に嬉しかったり……して」
 ハーラの瞳を見るたびに、狭まった視界に気がつくたびに、鏡で眼帯を見るたびに、自分が
二人とつながっている事を実感できる。
 ついつい言ってしまってから男の反応が気になって、リョウは頬を染めてうつむいたまま、
視線だけを男に向けた。
 男はただ沈黙し、じっとこちらを眺めている。
 それがとても落ち着かなくて、リョウは再び視線を床に落としてもごもごと口篭もった。
「だ、黙り込んでないで、なんか言ってよ……は、恥ずかしいじゃん……」
「――体の一部が欠落したのを、そんなに幸せそうに話す子なんてはじめて見た」
「えぁ?」
 そんなにも、目に見えるほど幸せそうにしていただろうか? ほんの少しだけ笑っていたと
は思うけど……
 リョウは自分がどんなに幸福感に満ちた笑顔を浮かべていたか分かっていない。だから男が
驚いたように溢した言葉に疑問を抱き、そして気恥ずかしそうにうつむいた。
「傷口に薬草を当てようか。これは少し染みるけど……眼を抉られる事に幸福を感じる君には
物足りない刺激かな?」
 完全にすり潰され、半固形状の薬になった薬草を指にとり、男はからかっているのか本気な
のか分からない言動でリョウの瞳を驚愕に見開かせた。
「ちょ……ち、違う! 僕は別に痛いのが好きなわけじゃなくて……!」
「まだ若いのに、歪んだ性的嗜好もっちゃったねぇ。お兄さん悲しいよ」
「違うってば! この眼は抉られたんじゃなくて……!」
 押し殺された笑い声を耳が拾い、リョウは遊ばれているのだと気が付くと、必死の弁解をや
めにしてぐっと唇を引き結んだ。
196弱虫ゴンザレス:2005/03/26(土) 22:44:33 ID:1aqS5QnA
 嫌なからかい方をする。年端も行かない少女を相手にする冗談としては、あまりに性質が悪
いではないか。
「まぁ、事情は人それぞれさ。君は僕の包帯の理由も、名前さえ聞かないから、僕も君のあま
り深い所は聞かないよ。名前といえばそうか、そういえば名前、言ってなかったね」
「別に聞きたくない……」
「あぁ! そ、そんなに怒らないでよ、悪かったって! 可愛い子は苛めちゃうって言うのが
純粋な男の共通心理なんだ!」
「その共通心理に基づいて行動すると、女の子には嫌われるって相場が決まってるのです」
「じゃあ、森で迷った少女とそれを助けた男は恋をするって言う王道ストーリーと相殺されて、
ちょうどいい関係になれるかな?」
 一本取られるとは、こういう事を言うのだろうか。図々しい切り替えし方だが、不思議と怒
る気は失せた。
「……なんて名前?」
 不機嫌な表情はそのままに、ぼそりと男の名を問う。すると彼はほっとしたように、相変わ
らず包帯の奥で笑顔を見せた。
「シリク。そう呼んでもらって、たぶん差し支えないと思う」
 奇妙な名乗り方だった。たぶん差し支えないとは、一体どういう事だろう? ひょっとした
らこれも一つの冗談で、笑ってやるべきだったのかも知れない。
 リョウは差し出された男の手をもったいぶって握り返し、大きい手だな、と何となく驚いた。
 そして、体温が暖かい。
 触れてもひやりとしないというのは、人間と共に生きている者にとっては当然の事なのだろ
う。だがそれは、異種族と暮らし、生きてきたリョウにとっては、ひどく新鮮な感覚だった。
197弱虫ゴンザレス:2005/03/26(土) 22:48:24 ID:1aqS5QnA
切らせて頂きます。恐るべき遅筆ゆえ、保守して下さってる方々に頭が上がりません。
すいませんごめんなさいがんばります
198名無しさん@ピンキー:2005/03/28(月) 18:56:37 ID:utTfKeeh
リョウたんカワイイよカワイイよリョウたん!!!1111!!!!1!!
…相変わらず乙です。
19948:2005/03/31(木) 23:10:09 ID:HAS02sH4
3ヶ月ぶりに、生存報告を兼ねて現状を報告します。
 まず、当方の事情によって「ハーモニカ・マン」の最終章が棚上げされていることを報告せねばなりません。
将来的には再開するつもりであり、既に書きかけの原稿はあるのですが、現状では予定は立っていません。
 現在は、次期長編を優先的に進行させています。これは、以前別のスレッドに投稿させて頂いていた「生と死
の過剰な島(仮)」を発展させたものです。コンラッドの「闇の奥」の要素を導入してストーリーにある程度の
深みを持たせた点が主な変更点ですが、これに加え、バリ島の伝統舞踊の要素を導入できないか試行錯誤してい
るのが現況です。実は、1月下旬にも導入部、序章と1章だけでも投下しようと思っていたのですが、その直後
にバリダンスの導入を考え出したため、予定は完全に白紙撤回されています。
 従って、夏までに本編を投下できるかどうかも怪しいというのが正直なところです。今作では、筆者が登場人
物から話を聞きつつ物語を構成していく方式を取っているため、導入部は本編から独立しておりまして、それゆ
え現在でも導入部のみの投下は可能です。しかし導入部と本編との間隔が半年や一年も空いては意味がありませ
んので、本編をある程度進行させてから投下したいと思います。
そんな訳で、どうか気長にお待ちください。
200名無しさん@ピンキー:皇紀2665/04/01(金) 01:01:24 ID:6snEysFQ
48さんお久し振りです、楽しみにしております。
クリスマスのお話が素晴らしい完成度でとても面白かったです。
絶対長編も読んでみたいと思いながらも少しは予習してから
読みたいという気持ちと拮抗してまだ読めていないのですが、
続きが投下されるのを待ちながらそれまでに野望をかなえたいと思います。


と、折角の48さんの生存報告に続けてしまってすみません。
今日の日付のイベント小話を投下します。
クリスマスとバレンタインに投下したものと一応はつながってます。
エイプリルフールもので、オリジナルでエロはないほのぼのです。
201名無しさん@ピンキー:皇紀2665/04/01(金) 01:02:55 ID:6snEysFQ


『ever after April』




割と雪のある地方なので、春が来るのはもう少し先のようだ。
大学生になって初めて過ごすこの地方で、一人暮らしの筈なのに別の人がココアを入れてくれる。
結構それは嬉しいことで、今の関係に満足していたりするのだ。
大学一年生の私と幼なじみは数日後、別の大学で同じように新二年生になる。





**



留学先から帰ってきた人を好きになるのにはそんなに時間がかからず、
同じ県の別々の大学に進学した私たちは同学年のまま一緒にい続けることになった。
今もそういうわけで年上で長身の幼なじみは私の部屋で勝手にお湯を沸かしている。
私は春休みの宿題だった語学の辞書を睨みながら、あまり進まないので溜息をついた。
薄手のセーターをざっくりと着た彼が、狭いキッチンから戻ってきて覗き込んだので顔を上げる。
「ココア入れたけど飲むよね」
「うん。ありがとう」
「どういたしまして」
自分用のコーヒーをローテーブルに置き去りにし、戻りかけた彼の後ろで携帯電話が鳴った。
私のではない。
覗き込むと兄さんの名前が出ている。
202名無しさん@ピンキー:皇紀2665/04/01(金) 01:03:45 ID:6snEysFQ
別々の高校に進み当然進路も全然違うのに今でも二人は仲がいい。
連絡を怠っている割に気がつくと一緒に遊びに行ったりしているので謎だ。
「ああ、あいつだ。出てて」
「いいの?」
「うん。可愛い妹が出れば喜ぶだろう」
勝手なことを言っている。
仕方ないので代わりに出た。
「もしもし。兄さん?」
向こうが意表をつかれたらしくて一瞬黙った。
それから全然変わりのない声で兄さんが大声で何かを言った。
「え?なに」
『だから、おまえまだ大学生だろ馬鹿!』
「……うん、そうだけど」
話が見えない。
眉を寄せて、もうひとつのマグカップを持ってきてくれた幼なじみに電話を渡す。
大きい声なので近くにいると聞こえた。
何か怒鳴っている。
幼なじみは余裕そうに目を眇めて、私をちらと見てから電話口に向かってにやにやと笑った。
「何だ、まさか信じたのか。籍なんて入れるわけないだろう」
そうしてぶつりと切った。
私は熱いココアを飲み損ねて全身が止まった。
幼なじみが隣で爆笑している。
…確かに。
確かに今日は、4月1日だけれども。
溜息をついて大人気ないひとつ上の彼を睨む。
「…そういう嘘やめてよ、もう」
「ごめんごめん」
「兄さん、絶対騙されるの分かってるじゃない」
「だから騙したんだけどね」
私はもう一度深く溜息をついた。
203名無しさん@ピンキー:皇紀2665/04/01(金) 01:04:23 ID:6snEysFQ
いいけど。
別に嫌じゃないし。
勝手で偉そうな兄さんが毎年この日だけは徹底的に
この幼なじみに苛められるのは、慣れていることだし。
この先もそうなんだろう。
いつまでその様子を傍で見ていられるか、少し楽しみだったりもするし。
だからエイプリルフールはそんなに嫌いではない。
中学に入って初めてのクリスマスに、落ち込んだ私に「楽しい嘘」があることを
教えてくれたのは何を隠そう今ここにいる幼なじみだったのだと思い出す。
あれはとても嬉しかった。
だから少しくらいなら宜しくない嘘も許そう。
…今日はそういう日だ。

本当のことも、たまにある嘘も。
悲しいことより楽しいことの方が、ひとつでも多ければいい。
少しずつ暖かさを増す日々のように、毎日がゆっくりこうして過ぎていけばいいと思う。
私はホットココアをもうひと口飲んだ。
マフラーの季節もそろそろ終わる。
来年は何を編んであげよう。

もう一度さっきと同じ音楽で携帯電話が鳴った。
私はコーヒーを飲む幼なじみをカップの縁からこっそりと眺めた。
彼が気づいて目を細めるので、なんとなく顔を見合わせたままくすくすと二人で笑った。







And they lived hapily... ever after.
204名無しさん@ピンキー:皇紀2665/04/01(金) 01:17:13 ID:6snEysFQ
12/24、2/14と幼なじみでシリーズのように書いてきましたが、
このイベント小話は4/1のこれで完結のつもりです。
いつも楽しませていただいていたこのスレで書くことができ、とても嬉しかったです。


>>102
もしやであります。
当該スレでは本編に専念したい反面、そこから外れた少し軽いものもたまには書いてみたくて
こちらはこちらで独立した、番外シリーズのようなつもりでした。
元の名前を提示しないで書くというスタンスにしたのはそのためです。
それだけに見つかった上にこちらから辿って読んでいただけるとは思いませんでした。
感動しました。ありがとうございました。
205名無しさん@ピンキー:皇紀2665/04/01(金) 17:03:57 ID:e5eulFER
>>弱虫ゴンザレスさん
二人のなかが初々しくて、かわいいよ。こういう風に色々と仲間になっていくのでしょうか。

>>48さん
もう三ヶ月も経つのですね。無事でなによりです。
早く新作を読みたい気持ちはありますが、やはり一気に投下の方が読みやすいでしょうか。まったり待ちます。

>>幼なじみさん
…ご、ご免なさい。どう書いていいやら迷って、こんな書き方になりました。
留学から帰ってきて同学年とは。少し遠かった人が近くなったのですね。
お兄さんに対する悪戯が、半ば本気ではないかな、とも思いました。心温まる嘘もいいですね。
206名無しさん@ピンキー:2005/04/03(日) 22:32:11 ID:Y2yAE43w
☆うざい
207名無しさん@ピンキー:2005/04/04(月) 22:04:48 ID:cdLYudro
絵版とか設置したらみんな落書きするかな?

遅ればせながら、エイプリルフールネタgj!
20848:2005/04/05(火) 13:18:20 ID:NPmFrBxl
>>2○3氏
 やはりご本人でしたか。あちらが終わってもこちらで読める、と楽しみにしていたので、
完結を寿ぐと同時に少々寂しい気持ちもあります。気が向いたときにはいつ何時でも
戻ってきて頂きたい。
 しかし、そんな人が自分の文を楽しんでくださっていると思うと、少々空恐ろしさも感じます。
何しろ、以前「北の鷹匠たちの死」を書いていたとき、後からのぞきこんでいた友人は結局最後まで
エロパロ板投下用だと気づいてくれなかったほどですので。
そして残念ながら、次期長編LSXでその傾向は加速しているようにも思われます。
209名無しさん@ピンキー:2005/04/05(火) 21:50:32 ID:S47snq10
>207
もし絵板あったらリョウたんや幼馴染みさんたち描いてみたいですが…
書き手さん側としてはどうなんだろう
210名無しさん@ピンキー:2005/04/05(火) 23:43:43 ID:z1Rm8oLQ
オリジナル設定の作品も多いしね
誰かエロOKで無料なところ借りてくれないだろうか
211名無しさん@ピンキー:2005/04/07(木) 14:00:09 ID:G7It2GrW
食いついてくる住人少ないな……
書き手さんさえOKなら、自分も何か描きたい
もちろん上手くはないが……
212名無しさん@ピンキー:2005/04/08(金) 00:09:02 ID:/8cusjyO
幼なじみの中の人ですが、もし、あるとしたらいい意味でどきがむねむねします。
実現するかはおいておいても、描きたいと思っていただけるのがうれしいです。

48さんもったいないお言葉ありがとうございました。
本編も読んでいただいてたようでこちらこそ恐縮です。
このスレはパロもオリジナルも、どれもレベルが物凄い高くてすごいなーと思います。
213弱虫ゴンザレス:2005/04/08(金) 01:00:11 ID:btI1czoC
私も幼馴染氏と同じく賛成派でございます。
住人の皆さんがキャラにどんなイメージを持っているのかとこちらもむねむね……

214名無しさん@ピンキー:2005/04/09(土) 12:20:47 ID:B/wD28Jd
レンタル絵板探してみましたがエロOKなのって中々無いのな。どこか良い所ないかね。
215名無しさん@ピンキー:2005/04/09(土) 15:54:28 ID:kPbZteN/
別にエロなしでもいい気もする。
でもエロパロ板だしなぁ。
216名無しさん@ピンキー:2005/04/09(土) 21:07:44 ID:upKFvjSt
エロ無しスレだからエロなしでもいいのかも知れんが
結構いろんなスレでエロい絵版とかリンク張ってあるよな。
あれ、実はエロなしなのにこっそりエロいの書いてるんだろうか?
217名無しさん@ピンキー:2005/04/10(日) 13:47:47 ID:3ksKmf0W
エロなしで良いなら自分借りてきましょうか? 設置しかできませんが。
218名無しさん@ピンキー:2005/04/10(日) 15:37:41 ID:XmyWo90R
↑任せた
219名無しさん@ピンキー:2005/04/10(日) 15:54:20 ID:XmyWo90R
忘れてた。
参考までに
ttp://www.oekakibbs.com/
ここって成人指定でもいいんでね?
220名無しさん@ピンキー:2005/04/13(水) 19:16:22 ID:XpMi57DI
>>217
まだー?
221217:2005/04/13(水) 20:02:35 ID:xhkfoCfO
すんません、>219氏に紹介して頂いた所にレンタル申請してきて
現在審査待ちです。もうちっとお待ち下さいー。
222217:2005/04/14(木) 18:38:06 ID:PvwC/zh/
お待たせしました。絵板借りてきました。
ttp://www15.oekakibbs.com/bbs/noero/oekakibbs.cgi
此処と同じようにまったり楽しめると良いですね。
223名無しさん@ピンキー:2005/04/14(木) 20:55:02 ID:nw7obrHr
おつかれー
22448:2005/04/15(金) 21:31:44 ID:EKhvI4Wa
>217氏、219氏
 お疲れ様でした。
開設記念と言うには少々不適当かもしれませんが、拙作「北の鷹匠たちの死」の
舞台となったアンダヤ島の概略図をupしておきました。これから読みはじめると
いうような方は、手元に置いておくと便利かもしれません。ただし、うっかりして
スヨルデハウンを変なところに描いてしまったので、島の南端やや西寄りに移して
見ていただければ幸いです。
 なお不愉快に思われる方がおられましたなら、その旨言っていただければ速やかに
画像を削除いたします。
225名無しさん@ピンキー:2005/04/16(土) 01:24:18 ID:ponBuNvP
絵版で描いてたらミスで消えた……
立ち直れない……
226名無しさん@ピンキー:2005/04/16(土) 04:08:04 ID:0YgmOVvc
</b>
227名無しさん@ピンキー:2005/04/17(日) 03:24:06 ID:7Pb29a2P
絵版って、どれくらい放置OKなの?
書き込みが無さ過ぎると撤去されちゃうんでしょ?
228217:2005/04/19(火) 19:27:36 ID:A3sT7Eqo
>227
60日間書き込み無しで消去だそうです。
余裕あるんでマターリOKっす。
229弱虫ゴンザレス:2005/04/21(木) 00:37:44 ID:88u0RO4K
番外いかせていただきます

 夜の森。月明かりに白く光るような美しい肌を晒した少女が、僅かに開けた木々の間に立ち
尽くし、じっと目を閉じて耳を澄ましていた。
 人間であるならば、本来耳のあるべき場所から左右に開かれた蝙蝠羽は、遠くから見ても歌
姫のそれと確認できる。
 ハーラだった。
 ベロアと共に街道沿いの安全な場所で主の帰りを待っているはずのハーラが、一人森の奥で
森の喧騒に静かに耳を傾けていた。
 近寄りがたささえ感じさせる美しいその横顔に、焦燥の色が浮かんでいた。真剣に音を探る
表情は険しく、細く形のいい眉が眉間に浅い皺を刻んでいる。
 森は音で溢れていた。それは、楽団の演奏の中でさえ見失うはずの無い主の声を、完全に消
し去ってしまうほどに。
「もう……なんでよ……!」
 なだらかな曲線を描いた腹部に開く赤い唇から、苛立ちを含んだ声が零された。
 耳を澄ませば遥か彼方の含み笑いさえ苦も無く聞き拾う歌姫の聴力が、主の声を拾えない。
焦燥感と、思い通りにならない歯がゆさが声の震えとなって表れて、ハーラはぐっと腹の唇を
かみ締めた。
 夜風に揺れる葉の音も、激しく羽を振るわせる虫の声も、喉笛に食いつかれて身悶えする動
物たちのか細い断末魔さえ、ハーラの耳には届くのに――
「なんでマスターの声だけ聞こえないのよ! よりによってこんな時に……!」
 ヒステリックに地団駄を踏み、そっと聞き耳を立ててみても、ベロアとリョウの会話は聞こ
えてこない。それはつまり、リョウはまだベロアの所に帰れていなくて、森のどこかで膝を抱
えて一人恐怖に怯えている事を意味していた。
「マスター……」
 ハーラが従う事を決めた人間は、一人で眠るのが怖いと言って笑って見せた。一人きりだと
気付くのがどうしようもなく恐ろしいと、何気なく呟いた。
 強い人なのだと思い込んで、大して必要ともされないのだろうと思い込んで、ハーラは一人
寝に怯える主に気がついておどろいた。


230弱虫ゴンザレス:2005/04/21(木) 00:38:34 ID:88u0RO4K
 姉のようだと感じた。しかし時折、本当に押さない妹のように愛しく思えた。
 ほんの少し帰りが遅いだけでも心配でたまらなくて、泣いているんではないかと不安になっ
て、帰ってこないリョウを無視して暢気に薪を集めに行った薄情なアイズレスの帰りを待たず、
ハーラは夕暮れの森に飛び込んだ。
 探さなければ。早く森の闇から見つけ出し、笑いかけてあげなければ。
 一人きりの寂しさと恐ろしさを、ハーラはよく知っていた。
――少し、休もう
 森の中を歩き回り、常に張り詰めさせていた神経がへとへとだ。
 蝙蝠羽を力なく垂らして息を吐き、ハーラは腰の高さまで大きく張り出した木の根に腰掛け
て幹に背を預けると、眠るように目を閉じた。
 こつん、と頭を幹に当て、枝の向こうに広がる夜空を仰ぐ。
 閉じた瞼の向こうで輝く月が見えるようで、ハーラは花の香りと共に思い切り息を吸い込ん
で、ゆっくりと吐き出した。
 瞬間、背筋にぞっとする何かが駆け抜けて、ハーラは耳が捉えた不審な音にはっと闇へと視
線を投げた。
 何もいなかった。だが、聞こえていた。押し殺した荒い息遣いと、風が巨体を撫ぜる音が。
 ハーラはじっと目を凝らして見えない相手を睨み据え、聴覚が捕らえたその生物の大きさに
どっと冷や汗を滲ませた。
 ごくりと唾液の飲み下す。
 糸の切れていない歌姫が対抗できる相手ではない事は、どうやら間違いなさそうだった。そ
ろそろと注意深く木の根を降りて、ハーラは音の方向にじっと視線をやりながりじりじりと後
退った。
231弱虫ゴンザレス:2005/04/21(木) 00:39:52 ID:88u0RO4K
 何かが土に滴る音が、早いリズムでハーラの耳に届いていた。粘性を持った液体が垂れ、滴
り、塊で落ちる。
 何の音だろう。そう、ちらと頭によぎった瞬間だった。
 目が合った。――合ってしまった。
「な……」
 ぎょろりとした紫の瞳が唐突に闇に浮かび上がり、空気を激しく振動させる耳障りな羽音が
そこいらじゅうに響きわたった。
 睨みあってしまったら、もうそこからは動けない。
 最早ハーラの目には、その巨大な生物の全貌がはっきりと映し出されていた。甲殻類を思わ
せる硬い皮膚と、やたらと角のおおい角張った体。ぐっと突き出た強靭な下顎からはぶくぶく
と青い泡が吹き出して、鋭い牙が左右に開いてガチガチとかみ合わされていた。
 闇に溶けていた黒い殻が、今では絵の具をぶちまけたような極彩色に変わっている。
 硬い殻の二枚羽を大きく開いて敵を激しく威嚇して、その内側から広げられた薄い4枚羽が
唸っていた。
 激しく羽を震わせる音が耳障りで、耳元で虫が飛んでいるような錯覚に頭の奥が掻き乱され
て、ハーラはぐっと息が詰まる感覚に眩暈を覚えて冷たい汗の雫を滴らせた。
 ぽたり、と、水が滴る音がした。虫の方からも相変わらず、激しい羽音の合間に重たい粘液
の滴る音がする。
 もう一度、何の音だろう、と思った。
 そして、何故襲い掛かってこないのだろう。激しく羽を震わせるばかりで、無駄に牙をかみ
合わせるばかりで、甲殻類は一撃で仕留められるであろう脆弱な歌姫の子供に飛び掛るそぶり
も見せなかった。
 ハーラの瞳が、突き出た下顎から吹き出している青い泡を見た。視線を少し下にずらせば、
そこには青い粘性の水溜り。
「血……」
 耳障りだった虫の羽音がにわかに意味を持った言葉に代わり、ハーラは何かに背を押される
ように、気がついた時には甲殻類に向かって一歩足を踏み出していた。
232弱虫ゴンザレス:2005/04/21(木) 00:40:57 ID:88u0RO4K
 羽音がいっそう激しく響く。
 それは明らかに、ハーラの接近を激しく拒絶する物だった。接近できるギリギリの距離まで
静かにそっとと歩み寄り、じっとその生物に目を凝らす。
 恐ろしく頑丈であろうその殻に、穴がいくつも穿たれているのががはっきりと確認できた。
そこから溢れる液体は青く、間違いなくこの生物の血液だ。他の凶暴なモンスターか異種族に
でも襲われたのだろう。
 そして激しく震わせる耳障りな羽音は、息も絶え絶えにひっそりと死のうとしている哀れな
敗者が、他者の接近に怯える悲痛な叫び声だった。
「襲われたの……?」
 ハーラの問いに、一瞬羽音が弱まった。
 歌姫の言葉が通じる――どうやら知性はあるようだ。
「怖がらないで。ねぇ、もしあなたが私を助けてくれるなら、あたしがあなたを助けてあげる。
いい? 例え元気になってもあたしを襲わないって約束できる?」
 羽音が戸惑い、激しさを失い、そしてぴたりと音が止む。
 歌える。
 思った瞬間、柔らかな旋律がハーラの口から溢れ出した。高い旋律の無い、重くゆったりと
した響き。
 低く木々を震わせるハーラの歌声にうっとりと耳を澄ますように、極彩色の甲殻類は殻の色
を光沢のある枯葉色に戻してべったりと地面に張り付いた。
 傷から絶え間なく溢れていた血が止まり、口のまわりを真っ青に染めていた泡も消え、その
甲殻類は歌うハーラを目指してのそのそと動き始めた。
 白くしなやかな両腕で抱き寄せた、その硬くひんやりと甲殻類は、既に怒りも恐怖も忘れて
ハーラに角張った身体を擦り付けていた。
233弱虫ゴンザレス:2005/04/21(木) 00:44:41 ID:88u0RO4K
 恐ろしいなりはしているが、どうやら温和な生物だったのだろう。気性の荒い性質ならば、
いくら歌姫にも擦り寄ってなど来はしない。
 心地よい疲労感と共に歌を終え、ハーラは完璧に生きる力を取り戻した甲殻類の小さな瞳を
見詰めて微笑んだ。
 よく見れば、愛嬌のある顔をしているモンスターだった。よじ登るのに苦労しそうな巨大な
身体に、小さいがぎょろりとしている紫色の二つの瞳。
「あんたに睨まれた時は、さすがに死ぬかと思ったわよ」
 こん、と硬い身体を軽くこずいて、ハーラはすっかり血の止まった傷に目を留めると痛そう
に顔を顰めた。
「あんたみたいな頑丈なモンスターがこんな風になるなんて……」
 この森には、一体何がいるんだろう。
 ハーラが再びリョウの事に考えをめぐらせたその時だった。
「下手な歌が聞こえると思ったら」
 胃の奥から苛立ちが這い上がってくるような、落ち着き払った大嫌いな男の声が、背後の森
からハーラの耳に飛び込んだ。


切らせて頂きます。
>>217
お疲れ様でございます。どうもありがとうございました。
そして絵版にて当方のキャラを描いて下さった方々に涙を流しながらありがとうをいいたい!
234名無しさん@ピンキー:2005/04/24(日) 22:38:16 ID:OkKYWP5N
>弱虫ゴンザレス氏
どことなく、ハーラと虫のイメージがナウシカと蟲に重なるような感じですね。
まあ、ハーラの「蟲笛」は自前の喉(と言っていいのかどうか)ですけど。
しかし最後でまた謎の人登場ですか。やっぱり森の人?
続きが楽しみであります。
235名無しさん@ピンキー:2005/04/24(日) 23:44:12 ID:gpsjxCBb
>>234
え? ベロアじゃないの?
236名無しさん@ピンキー:2005/04/26(火) 22:17:40 ID:IGQjEAOq
「遙かなる時空の中で」の長編SS投下させてください。
ネオロマンス系のゲームが嫌いな方、スルーでお願いします。
237恋情の行方:2005/04/26(火) 22:21:24 ID:IGQjEAOq
1 警告
六月、京は龍神により、救われた。そして全てが終ったはずだった…だが、八月、再び危機が訪れていた。
「声が聞こえた…連理の榊が警告している。このままでは神子が第二の鬼と化してしまう…神子を止めなくては」
清明は青ざめた顔で泰明を呼んだ。
「どういうことだ?何故神子が鬼にならねばならぬ?鬼の気配は消えたのではなかったのか?」
清明が首を振る。
「神子の力はまだ残っているのだ…神気も神子の思いで光にも闇にも転ずるのだ…恐れていたことが起ころうとしておる」

ー清明よ。神子を止めよ。神子の気が負に変わっていく。神子に残された龍神の気が、地を焼き、水を凍らせ、空気を澱ませる。木々の悲鳴が聞こえる。このままでは京は緑を失い、不毛の地と成り果てるー

泰明が顔色を変えた。
「神子を止めなくては…どうすればよいのだ。師匠」
「神子の心を開けるのはあの男だけー天の白虎。何とか道を開き、あの二人を共に京から逃がすしかあるまい…京に居る限り、二人に未来はない」
二人は黙り込んだ。
「神子の心は元に戻るのか?お師匠」
「あの男次第じゃ…なんともいえぬな」
238恋情の行方:2005/04/26(火) 22:24:57 ID:IGQjEAOq
2 あかね
もう涙も出なくなった。救いの手はなく、一日中この美しい鳥かごにとらわれるだけ。毎日同じ問いを繰り返す。
「私はこんな結末を迎えるために京に留まったわけじゃない…どうして?どうして私の願いは叶わないの?」
京は平和を求め、私は神子として全てをなげうった。その答えがこれなの?
体中に残る赤い痕を見るたびに吐き気がわきあがる。私を取り囲むもの全てに、穢れた私自身に。どうして体は慣れてしまうのだろう。
あの人を嫌いではなかった。でも愛する人じゃないのに、感じてしまう。抱かれるたびに、もっと快楽を求めて腰を振る自分。
嫌になる。壊れてしまったほうがまし。
私は二つに割れてしまった。私の奥に本当の私が丸く固まっているの。愛する人の思い出を抱えて目を閉じて丸くなっている。
胎児のようにひざを抱え、消えてしまわないように殻を厚く張って隠れている。名前を呼ぶことも許されない人。
「奥方、そろそろ文を書いてくださいまし。殿がお待ちですよ」

私の中から何かが湧き上がってくる。怒り。絶望。悲しみ。全てのものに向かって広がっていく。皮肉だね。今ならアクラム、あなたの気持ちが分かる。
長いこと傷つけられ、苦しめられた絶望や憎悪がたまって、力になって京を壊していったんだね。
「奥方。書いてくださらなくては、また殿が怒られますよ」
のろのろと動き始める。進んで文を練習していたこともあった。愛する人に嫁ぐことを夢見ていた頃。
「戻りたい…あの頃に戻りたい…」
枯れたはずの涙が又流れる。涙が落ちて紙にシミを作った。筆を持ったまま手は動かない。
239恋情の行方:2005/04/26(火) 22:27:06 ID:IGQjEAOq
3 鷹通
「なぜこんなことをした?鷹通」
突き刺さるような視線。二色の違う瞳。かつての仲間だ。こんなに怒った顔は数えるほどしか見ない。
「もう少し遅れたら命を失うところだった」
見たこともない館の中に鷹通は寝かされていた。傷には処置が施され、清潔な布が巻かれている。痛みも熱さも感じない。
全てを思い出し、顔を覆って悲鳴を上げる。苦痛から開放されて楽になるはずだったのに。
「どうして放っておいてくださらないのです!泰明殿…私はあかねを護ることも救うこともできなかった…」
一度に思いを吐き出していく。
「私がこの京に留まると言わなければ…こんなことに…」
親友と信じていた人間の裏切りと、己の無力感に苛まれ、憔悴しきった顔。
「帝も左大臣も…父上も私に別の姫を宛がい、あかねのことは忘れろとっ…もう生きている意味はありません!」

泰明は冷静に鷹通を諭す。
「お前がそのように己を見失っては神子を救えぬぞ」
「私に何ができると?」
「橘家の庭の木々が枯れ始めた。枯れるはずのない若木が次々と緑葉を落とし丸裸になる。
神子の残った力が悪しき気と化して木々を枯らした。このままでは京中に広がる。
原因はいうまでもない…お前と引き離された神子の怒りと悲しみだ」
鷹通の表情が変わった。
「そんな…そんなことがあってはなりません!それでは鬼の首魁と同じです!」
「お師匠はいった。お前しか神子を助けられないと。神子を救ってくれ。頼む」
頭を下げる泰明に鷹通が問い返す。
「まだ私に出来ることがあるのですか?でも誰一人私ではなくあの男に味方したのに…」
「我らがいる。神子を救い出し、神泉苑から道を開き、元の世界に戻す。師匠と私が信じられぬか?」

鷹通が大きく目を開いた。手を伸ばし、泰明の手を握る。
「お願いします!あかねを取り戻せるなら、どんなことでもします!この世界を捨てても、二人で生きたいのです!泰明殿!」
「この世界を捨てるか。なら太政大臣邸にも戻るな。神子が来るまでここで静養するがいい。ここはお師匠の館だ。
誰もお前を探し出せぬ」
240恋情の行方:2005/04/26(火) 22:29:25 ID:IGQjEAOq
4 友雅
一月ほど友雅は屋敷を空けることになった。館に戻れないほどの仕事の量。
ここ一月、理屈をつけて休み続け、仕事を同僚に押し付けてあかねの側にいた付けが回った。
仕方がないね、と彼は苦笑いを浮かべた。さすがに帝も看過できなくなったと見える。
「断じてあかねをこの館から出してはならないよ。ここに戻ったときあかねがいなかったら何をするか私もわからないからね」
家人の震え上がる顔を見下ろすと、彼は普段の顔に戻って出仕の用意を命じた。

牛車の上で彼は昨日の閨を思い出していた。一月顔を見なくなるからと、あれほど抱いたのにまだ足りない。もっと、もっとと願う。
こんなに一人の女に溺れるとは思わなかった。左大臣家に頭を下げてあかねを奪ったかいがあった。
大臣の力には低位の貴族もひれ伏すしかない。
一月かけて言葉と体であかねを支配していった。今では自分以外の男の名を口にしない。館を飛び出すこともなくなった。
まだこちらの教養を身につけては居ないが、頑なだった体は友雅の愛撫で簡単に蕩けて最高の快楽を与えてくれる。
直に私を許してくれるだろう。私ならあの硬い男よりうんと贅沢な生活をあたえてやれるから。

「宝珠が消えてしまったね…あれほどうっとうしいと思っていたのに、いざなくなってみると残念だね。
あかねが逃げ出したときに探し出すのにいい目印になったのに」
宝珠の力をそんなことに使うとは思わなかったが。今まで出奔したとき、宝珠はあかねの居る方向を友雅に教えてくれた。
友雅の指示する方向に家人たちは集中し、平民に身をやつしていたあかねを探し出した。
「もう宝珠も必要ない。邪魔者も消えて、あかねは私のものだ」
治部省はあの男がいなくなって大混乱だそうだ。愚かな男。代わりに大臣の姫を貰えば出世も叶ったのに。
241恋情の行方:2005/04/26(火) 22:31:33 ID:IGQjEAOq
5 夢の逢瀬1
「まあ。枯れていた松が新芽をつけて…」
「しばらくすれば他の木々も緑を取り戻しましょう」
「なんと礼をいってよいやら…殿の見立てに間違いはございませんでしたわ」
女房たちの賛辞の声を陰陽師は素直に喜べない。
「清明様のおかげとはいえないな。まあ依頼を果たせた。いい客がつきそうだ」
無邪気に陰陽師は喜んでいた。しかし、事実は違った。数日前、清明の館に行った時、陰陽師は清明と泰明の術に縛られた。
彼の五感は二人の知るところとなり、二人の操り人形として友雅の館に術をしかけることになった。
鷹通とあかねの寝室に札が貼られ、結界が一部開かれて、夢路で二人が行き来する術が施された。

見たこともない衣を着たあかねが座っている。鷹通は駆け寄って抱きしめた。一月、会えなかった思いが行動に出る。
必死であかねの名を呼ぶ。しかし、あかねは身じろぎもしない。表情のない顔。
「どなたですか?」
「あかね、あかね、何を言っているのです?」
「私…知らない…誰も男の人は…知らない」
唖然とした表情で鷹通は呼びかける。額に、頬に、唇に口付けて、同じ言葉を繰り返す。あかねは人形のように座ったまま。
「あかね…あかね…どうか私を見てください…あかね…」
「私は橘あかね…橘あかね…橘あかね」
「私がわからないのですか?あかねっ…二人で見た星を…蛍を忘れたのですか?」
鷹通の目から涙が落ちる。その涙があかねの額に落ちた。暖かい涙の流れた痕をあかねの手がぬぐう。あかねが始めて顔を上げた。
「こんな夢…何でなの?何で今頃?夢でしょう?ねえ?」
驚きの表情が浮かぶ。ようやく鷹通を認め、首を横に振る。顔を覆う。
「あかね…許してください。私があなたをここに留めたばかりにこんなに苦しい目にあわせた…許してください」
「あかね…許してください。私があなたをここに留めたばかりにこんなに苦しい目にあわせた…許してください」
「どうして?どうして今頃なの?もう遅いよ…どうしてここにいるの?」
242恋情の行方:2005/04/26(火) 22:33:43 ID:IGQjEAOq
6 夢の逢瀬2
一月の別離は二人の心をすれ違わせた。数日間は憤り、悲しみ、怒り、激しい言葉が次々と飛び出した。それでも最後には愛情が勝った。鷹通の辛抱強い態度はあかねの荒んだ心を沈め、徐々に元に戻していった。
あかねはようやく鷹通が触れるのを厭わなくなった。衣装は神子の頃に戻った。
友雅の呪縛から解き放たれ、少しずつ館の生活を口にし始めた。
「…一番嫌だったのは、鷹通さんを忘れていくことだった」
「私を忘れる?どういうことですか?」
「館に連れてこられてから、初めは朝はご飯を食べさせてもらえなかったの。寝言で鷹通さんのことを口にしてたから」
「なんと酷いことを…」
鷹通が思わず口を抑える。自分以上にあかねは辛い日々を送っていたのか。
「あの人、私の話を覚えてたの。私の世界で結婚したら相手の苗字に変わることを…だから、橘あかね。
それが私の名前だって…何十回も言わされたの」
「そんな…それではまるで拷問だ…」
「あの人が居るときは自分だけを見ていなさいって…空や庭を見ることも許されなかった…夜も昼もなく抱かれた…」
あかねの顔が歪んだ。涙が零れ落ちる。
「だから…鷹通さんのこと…忘れちゃった…ごめんなさい…もう私穢れてる…鷹通さんのお嫁さんにはなれないの」
「あなたは悪くありません…そんなこと誰にも言わせない…言わせませんっ」
「鷹通さん…ありがとう…」

はじめ、鷹通は淡々と夢の報告をしていた。だが十日目は顔を赤くして口が重くなった。清明が事態を察して笑みを浮かべる。
「そうか、やっと契りを交わしたか…神子の気がほぼ元に戻ったのはそのせいじゃな」
「清明殿…そのようなことはっ…」
「気をつけよ。夢と違って現し身は無理が利かぬぞ」
「そうでした…心します」
243恋情の行方:2005/04/26(火) 22:38:53 ID:IGQjEAOq
7 幕間
館を空けて半月あまり過ぎた。
「これなら大丈夫だね」
使いの者から届けられた文を開いて友雅は笑う。中にはあまり上手でない字で返歌がしたためられていた。
この文字をまねできる人間はざらに居ない。
句は万葉集や古今集の借り物だがそれでも構わない。徐々にこちらの教養が身につけばよい。
今度帰宅するときはどんなみやげを持って還ろうか。衣がいいだろう。もうすぐ冬になるのだから、いくらあっても困らない。
今でも寒いともらすのだから。

女房が返事の文を持ち使いのもとへ運んでいく。ようやくあかねはひとりになれた。一月友雅は戻らない。体が徐々に回復しだした。
「あと少し…あと少しなんだから」
夢路で鷹通と逢うことで、消えかけた希望が蘇り、あかねの顔に表情が戻ってきた。
女房たちはようやく北の方としての自覚が出たのだと思っている。
「ここから出て行けるなら何でもするわ」
あの人から、この館から出て行くそのときまでうそをつこう。少しでも私を助けてくれる人たちが疑われることがないように。
244恋情の行方:2005/04/26(火) 22:40:10 ID:IGQjEAOq
鷹通さんにほんとはずっとあいたかったの。黄緑の衣を見て、穏やかな声を聞いて、侍従の香りに包まれて、その手に触れて欲しかった。体中が暖かい想いに満ちていく。殻を破って、縮こまっていた体を伸ばして、手を広げて、私はようやく一つに戻った。
今の私が本当の私なんだっていえる。
ああ、私は本当に鷹通さんが好きだったんだ。二月前、空気のようにそばにあることが当たり前だったけど。
香りは侍従…色は萌黄色…花は石楠花と桜。大好き…何度言ってもいい足りないくらい大好き。はやく夢で逢いたいよ…鷹通さん。

「すごい…」
緑に戻った庭を陰陽師は見つめる。清明の言うとおりにして、良かった。これで謝礼が貰えるだろう。
「やはり清明殿は違うのだな」
自分が操られていることも知らず、陰陽師は嬉しそうに戻っていった。

夢の中であかねは脱出の手順を聞いていた。もう鷹通を嫌がらない。腕の中に納まって、鷹通の長い髪を弄ぶ。
くるくると指に巻きつけて解く。
嬉しそうに鷹通はあかねを見つめる。ようやくもとのあかねに戻りつつある。もう人形ではない。
「天狗さんたちが助けにくるの?」
「ええ。完全に人のなりをしてあなたを奪いにきますが、彼らのいうとおりにしてください。清明殿の館に運ぶ手はずです」
「新月の夜に来るんだね…わかった」
「新月の夜に来るんだね…わかった」
「私がいければよかったのですが、それだけはならぬと留められました」
「いいよ。向き不向きがあるんだもの。もう八葉でもないし。それに鷹通さんに今度何かあったら立ち直れない」
「あかね…」
「私、二人でここから出て行くって決めてるから…」
「不甲斐ない私を選んでくださるのですか?」
あかねは返事のかわりに鷹通を抱きしめた。自分から唇を重ねる。二人はゆっくりと至福のひと時をすごした。
245恋情の行方:2005/04/26(火) 22:44:01 ID:IGQjEAOq
8 奪回
新月の晩。闇よりも黒い衣に包まれた一団が強襲した。次々と男たちは倒され、女たちが逃げ惑う。
「龍神の神子姫を頂きに参った。早く出せば命だけは助けてやる」
「どこまで迎えに行ってるんだよ。遅いな…早くしないとこいつを放り出すぜ?館ごと黒焦げになりたいか?まだ生きていたいだろう?」
一人が薄笑いを浮かべ、火のついた灯明を捕えた女房にかざす。ぱちぱちと火の粉が飛んで髪にかかり、こげる匂いに女が身をよじった。
「つまらねえ・・今夜は女一人でおしまいか」
「惜しいことだ。あの方の命がなければこの女どもも連れて行くのに」
「さすが今業平だぜ。いいのが揃ってる。よう、おれといいことしねえかい?」
髪をつかまれ、逃げられない女たちの悲鳴が飛び交う。鋭く光る刃は抵抗する力を殺いだ。家人たちは震えながら男たちの命に従った。

「ばか者!誰があかねを差し出せと言った?なぜ刺し違えてもあかねをまもらなかった?」
家人たちが縮こまって震えた。内裏から駆けつけた友雅の怒りは収まらない。一言一言が鋭く突き刺さる。逃げ出したい衝動に駆られた。
「あのままでは我らも命がありませんでした…しかも館に火を放つと…」
「お前たちの命などどうでもいいといったろう?」
「そんな…」
「さっさとここから立ち去れ!二度は言わせるな!」
「お許しを…お許しを…」
「許しを請うならあかねを奪い返してからにするのだな」
246恋情の行方:2005/04/26(火) 22:45:13 ID:IGQjEAOq
追尾に当たった男たちは、門閥貴族たちの館が並ぶ道で集団が姿を消したという。友雅は大きなため息をつく。
この誘拐には自分より上の貴族たちがからんでる。左大臣の力も万能ではなく、彼らを追い詰めてあかねを取り戻すのは難しい。
陰陽師は気配が消されているのでこれ以上は無理だと頭を下げた。
「私は諦めないよ。必ずあかねを取り戻す」
友雅は門閥貴族たちに対して戦う準備を始めた。

「今、天狗たちが戻ったが愚痴をこぼしていた。人のなりをするだけで退屈な仕事だったと」
泰明の言葉に師匠は笑いを隠せない。
「あれらは遊び好きだからな。だが此度は人の仕業と思わせたかったのじゃ」
「どういうことだ」
「門閥貴族たちは口には出さぬが姫神子を欲しがっておった。私に奪ってくれと金を出して頼んだ者もいる。もちろん断ったが」
「そうか。貴族たちが神子を奪ったと思い込めば、友雅はここには来ぬ」
「敵の敵は味方…痛くもない腹を探られてあれらが黙っているとは思えぬな」
247恋情の行方:2005/04/26(火) 22:48:36 ID:IGQjEAOq
9 比翼の鳥
阿部清明の館の側に離れがある。深夜、そこでようやく二人は再会を果たした。
「やっと逢えた…あかねっ…あかね…ああ、長かった…」
「鷹通さんっ…嬉しいよ…本物なんだね…もう夢じゃないんだね」
二人は抱き合って動かなかった。唇を重ね、涙を流す。温もりを確かめるように、腕に力が篭る。
「髪切ったんだね…」
あかねが名残惜しそうに髪に触れる。鷹通の髪の毛は肩で短く切られていた。今は髪飾りが首筋に止められている。照れたように笑う。
「治療のために切られてしまって…始めは慣れませんでしたが、肩が随分楽になりましたよ」
「治療って?何か怪我をしたの?」
「あなたを失った日から、私は私でなくなっていました。無力な私自身を消そうと自害を…泰明殿に随分迷惑をかけました」
「そんな…大丈夫なの?もう動いていいの?」
「清明殿の投薬と治療で回復しました。本当に愚かなことをしました」

あかねの目から涙が落ちた。何故あの人を責めないのだろう。いつもそうだ。この人は真っ直ぐで優しい。
自分を律している。誠実であろうとする。
私はどんなことをしたらこの人に報いることができるのだろう。
「鷹通さん…私の髪の毛を切って。お願い」
「どうしてですか?あかね。この程度なら邪魔にならないでしょう」
「ううん。鷹通さんに切って欲しいの。神子だった頃に戻ってやり直したい」
「ああ…ありがとうございます。あかね…では少し待ってください。小さな刀を持ってまいります」
「鷹通さんの護刀でお願い。私は鷹通さんのものになるから…お願い」
鷹通が意味を悟って赤くなる。あかねはにっこり笑って囁いた。
「二度も初夜が迎えられるなんて…恥ずかしいけど、嬉しい。優しくしてくれますか?」
「それは…出来るだけ努力します…あかね…」
248恋情の行方:2005/04/26(火) 22:50:01 ID:IGQjEAOq
どんどん髪の毛が落ちていく。茜色の髪。段々になって上手いとはいえない。あかねは鏡を覗き込んで嬉しそうだ。
「こっちで終わりだね。鷹通さん上手いよ」
「そうでしょうか?あかねが喜ぶのなら私は構いません…随分髪が散ってしまいましたね」
肩に、衣に落ちた髪の毛を払う。
「もういいよ。鷹通さん。はやくしないと夜明けになっちゃう」
正直、あかねから請われるとは思わなかったが、望まれるなら嬉しい。立ち上がり、奥を指す。
「では参りましょう。ここは風が入ります。もう少し奥に…」
二人の影が離れの奥に向かい、明りが消えた。

翌日二人は昼が近くなって姿を見せた。清明を見たとたん二人揃って笑みを浮かべる。
「始めまして、清明さん。ありがとうございます。なんと礼を言ったらいいのか」
「ありがとうございます。やっとあかねを取り戻せました」
「いや、詫びるのはわしらの方じゃ…神子よ、天の白虎よ、すまなかった…許してくれ…」
老人は苦渋に満ちた表情で語る。
「宝玉が抜け只人となるまで、手が出せなかった…そなたたちの偉業に礼を持って報いるべきところを…
あのような形で苦しめてすまなかった…」
「そんな…清明さん」
「そなた達はわしらが護る。後七日待ってくれぬか。神泉苑の道を開く。友人たちの世界に戻るがいい」
249恋情の行方:2005/04/26(火) 22:51:46 ID:IGQjEAOq
10 墜落の始まり
「泰明がいるから、ここにだけは来たくなかったが…しかたあるまい…京一の陰陽師なのだから、きっとあかねを探してくれるだろう」
大きなため息をついて男は館の主人の名を呼ぶ。家人に扮した式が男を館の中へ招く。

「殿。橘少将がお見えでございます」
「そうか…式よ、離れの二人には知らせたか」
「はい。決して離れから出ぬように申しておきました」
「それでよい。橘少将を案内してまいれ」
「はい」

離れでは二人が肩を寄せ合い、館のほうを見つめていた。
「大丈夫ですか?あかね?」
「こわい…」
表情が硬く、小さな体がかすかに震える。一月の悪夢は時折あかねを襲う。それでも鷹通と共にすごす事で回復に向かっていた。
「ここは清明様の術で本館から見えぬようになっています。それに私が側におります。どうしても気になるなら…」
髪が短くなったあかねの顔を振り向かせると唇を重ねる。
「ーーー!!」
「こうすれば気になりませんよ?」
250恋情の行方:2005/04/26(火) 22:52:54 ID:IGQjEAOq
清明は淡々と話を続けていた。冷めた目で此度の災厄の元凶を眺める。
「ほう?奥方をさらわれて、古だぬきたちにそ知らぬふりを決め込まれたと申しますか」
「さよう。京一の陰陽師と名高きお方なら我が妻を助けられましょう。どうか手助けをして頂きたく」
友雅は箱を取り出した。螺鈿作りの唐渡りの箱。
「我が館の家宝としてきたもの…どうかお納めください」
「断る」
箱をつき返す清明に友雅が顔をこわばらせた。上ずった声を上げる。
「なぜです?どんな願いも受けると承りました…この箱では足らぬと?」
「わしは身のほどを知っておる。この身一つで古だぬきどもに叶うとは思っておらぬよ。
そのような些細なことより、今は京の結界を張りなおさねばならぬ」
「清明殿!」
「あれらを敵に回すとどうなるか、内裏におられるおぬしが一番よく知っていることであろうに」

友雅が立ち上がった。軽蔑した表情を浮かべて、清明に宣言する。
「清明殿がそこまで臆病なお方とは思いませんでした。私の力で取り戻してまいります。たとえどんな代償を払っても」
「待ちなさい。そなたにはあまりよくない相が出ておる」
「失礼いたします。清明殿。此度のことは内密に」
険しい顔で友雅は出て行った。
「式、入り口まで案内せよ」
清明は小声で命じ、目を細めた。
「これで決まったな…あれはもう京には住めぬ」
251恋情の行方:2005/04/26(火) 22:54:33 ID:IGQjEAOq
11 帰郷
七日目。神泉苑に清明と泰明が二人で道を開いた。鬼の首魁が見せたのと同じ時空の道が二人の前にある。
歩き出した二人は感極まった表情で後ろを振り返る。
「さよなら…泰明さん、清明さん」
「式を飛ばし、今宵のことは伝えたぞ。神子。みな同じことを伝えてきた。
此度のこと、少しも力になれず、すまなかった、幸せになれと」
「もう八葉じゃないんだから責任を感じることはないのに…会えてよかったと思ってるのに」
あかねが俯いた。
「私の責任です。もっと警戒するべきでした。こんなにつらい目にあわせて…あかねっ」
鷹通があかねを強く抱きしめる。

「早く行け。神子。鷹通。あまり時間が無い。今度こそ幸せになれ」
「二人とも行きなさい。過去ではなく明日を見つめて、生きるのだよ」
二人は頭を深くたれた。桜吹雪の中に後姿が消えていく。やがて時空の道が閉じていつもと同じ風景に戻った。

「ようやくすべてがあるべき形に戻ったな・・」
「連理の榊には礼をいわなくてはならぬ。警告がなければもっと災厄は広がったろう」
ゆっくりと二人は館に向かって歩き出す。強大な術を使い、疲れた。二日ほど休まねばならないだろう。虫の声がする。
いつもと変わらぬ京の夜が戻ってきた。
「お師匠。友雅はあのままでよいのか。あれほど鷹通と神子を苦しめて何の咎も受けぬとは」
「それは我らの役目ではない。見ているがいい。泰明。あの男自身が引き寄せるモノを。
奪う者は奪われる。与える者は与えられるのだ」
252恋情の行方:2005/04/26(火) 22:57:02 ID:IGQjEAOq
12 墜落の日
朝夕に秋の気配が漂い始めた頃。京人が嫌悪の視線を向ける中、紐に繋がれた人々が門に向かって歩いていく。
罪人が流刑地に送られるのだ。事実上の死刑。生きて戻ることは叶わない。その中にかつて今業平と呼ばれた男の姿もあった。
周りの囚人たちと見分けがつかないほど、やつれ、生気が失せた。

少しでも列を乱し、膝を突けば、兵から小突かれ、罵声を浴びる。視線を移せば、道に並んだ人々から容赦ない声が浴びせられる。
彼は目を伏せた。ただ前を歩く罪人の背中を見つめる。ぼろぼろの衣と、やせ細った背中。鞭打たれた痕。
地位も名誉も館も失い、無実の罪を着せられ、友雅は絶望にまみれて流刑地に向かう。

「あかね…私のあかね…どこにいるんだ…」
報復を覚悟の上で門閥貴族に挑んだ。それでも彼女の髪の毛1本さえ見つからなかった。
ただ黙って彼らがあかねを奪うのをみていられなかった。
自分の罪を忘れ、彼はひたすら妻の名を呼ぶ。もう逢うことのない妻の名を。

「みるがいい。あれだ。思ったとおり、門閥貴族たちの報復を受けたな。流刑地があれの終焉の地となろう」
民衆の中に清明と泰明がいた。鋭い目で変わり果てた姿を見出す。
「愚かな…己の罪をいまだに悔いておらぬとは」
泰明が吐き捨てる。
「敵の敵は味方よ…以前より橘少将を煙たがっていた者は多かった。此度は帝も庇えなかったと見える」
「何故神子を苦しめると分かっていて奪った?八葉に選ばれるほどであったのに」
「それが恋情よ。厄介な、人にとって必要な感情だ…泰明」
253名無しさん@ピンキー:2005/04/26(火) 22:58:00 ID:IGQjEAOq
以上で終りです。どうも失礼しました。
254名無しさん@ピンキー:2005/04/28(木) 22:26:39 ID:fq7mYh7L
「ネオロマンス」を知らなかったので少々探してみましたが、コーエーなる会社の恋愛ゲームの総称だとかで。
原作を知らないせいで知っている登場人物が安倍晴明(ですよね?)しかおりませんが、楽しく読むことができました。
また気が向いたら書いて下さい。
# しかし、この種の話では、安倍晴明って便利なお助けキャラというか、トム・クランシー作品のミスター・クラーク的な
# 役割を与えられることが多いんですかね…
255名無しさん@ピンキー:2005/04/29(金) 01:27:40 ID:V/xbMLXF
>>253
別に文句を言うつもりは無いけど、本スレに投下した方が読者は多かったんじゃない?
向こうも、エロ無しでも受け入れてくれるスレなんだし。
256名無しさん@ピンキー:2005/05/03(火) 00:24:57 ID:zKjFzFSc
今日はじめて絵板みたけど、神がいらっしゃるな
257名無しさん@ピンキー:2005/05/10(火) 11:24:51 ID:FOiStHvE
ほしゅ
258名無しさん@ピンキー:2005/05/14(土) 20:06:02 ID:r/REE4w0
259名無しさん@ピンキー:2005/05/16(月) 14:50:33 ID:1CmGew5t
test
260sage:2005/05/17(火) 14:06:35 ID:E4U2LFaX
彼の国で大変な事件が起きていますが、48さんはご無事でしょうか。。。
26148:2005/05/17(火) 22:16:54 ID:HQEkFUqB
>260
 肝心なことをうっかり言い忘れてしまったために、心配をかけてしまって恐縮です。
実のところ、私はこの3月からずっと日本におりますし、予想できる限り今後もそうでしょう。
また、私の行動範囲は中南米と(東)南アジアであり、中東や中央アジアは守備範囲外です。
ですから、どうかご安心ください。
 なお次回作についてですが、7月までには初回投下をできると思います。
本当はその件について色々と書きたいのですが、長話は嫌われる土地柄ですので、
この辺で失礼します。
26248:2005/05/22(日) 22:03:10 ID:k3YOQRLV
戦力の逐次投入は愚の骨頂、などと言っていられるような状況ではないようですね。
(この過疎状況が私の発言のせいでなければいいのですが!)
差し当たり「序章」だけ投下します。後続の「第0章」はいつ完成するか分からないので、
遠からず他の人が応援に来てくれることを期待します。
263閉ざされた海:2005/05/22(日) 22:03:43 ID:k3YOQRLV



閉ざされた海  Blockade Zone



   死の夢幻の王国にありて
   尚更に我を行かしむるなかれ
   また殊更に我を装わしめよ
   鼠の衣 鴉の皮 十字なす杖もちて
   野中に立ちて
   風の身ぶりを振舞わしめよ
   尚更に行かしむるなかれ――
   
   この薄明の王国にて
   かの究極の出会いを我は願わず

   (T・S・エリオット『うつろなる人々』より)
264閉ざされた海:2005/05/22(日) 22:04:21 ID:k3YOQRLV
序章

 ゲルサン船長は良い船乗りだった。赤い髪は潮と日に焼かれて赤銅色の縞ができ、そのオリーヴ色の目は
指一本で嵐を操るような毒々しさには欠けるが、いわゆる「船乗りの目」だった。恐るべき正確さで舵と綱を操
り、汐と風について一種独特の勘を持っている。その腕は、かつて同様に船乗りであったその叔父に勝るとも劣
らない。しばしば火のついていないパイプを咥えているが、それは船長が苦心して作り上げたイメージに合わせ
るためである。同様の理由から、操舵室のGPS受信機は巧みに擬装されている。

 我々がいるのは、タビル海外県の主都であるアケンドラ市近郊の海上。植民地帝国が音を立てて瓦解していく
なか、最後まで保持された海外領土の一つである。「さながら制止しがたい顔の痙攣のように存続している」
というにはいささか美しすぎる街であった。市街の中央には、西洋人がこの地に足を踏み入れる遥か以前に
何者かによって建てられた建物の名残がある。人々はその壁に手を当て、歴史に刻まれることもなく消えていっ
た人々に思いを馳せる。

 一荒れ来そうな気配を感じさせる空模様だった。
機関を止めた舟は、大きな周期の波の上でゆっくりと揺れていた。
そのうち、船長がやってきて、私の隣に座った。私は本を置き、この新しい友人と紅茶を飲んだ。
私は読んだばかりの本の粗筋を語った。
一人の男の狂気により、一つの島が荒廃に帰す。脱出を試みた島民の舟は撃沈され、女たちは首を括られる。
その惨劇は、その男の死によって幕を閉じる。生存者たちは、救出に来た貴族とともに、彼らが後にした死の島
へと思いを馳せる。
「彼らは反撃すべきだった」
と船長は勇ましいことを言った。私は、敵は謎に包まれていて、しかも主人公は人数で既に圧倒されていたのだ
と説明した。
265閉ざされた海:2005/05/22(日) 22:05:05 ID:k3YOQRLV
 しばしの沈黙の後、船長は実に興味深い話を聞かせてくれた。
 かつて、ひとつの島があった。豊かな自然に恵まれた美しい島であった。その海に魅せられ、多くの人々が訪
れた。だが、やがてその繁栄に陰りが見えはじめた。新たな観光地に客を奪われ、衰退がはじまった。それでも
なお海は美しく、それに惹かれるものもいた。しかし、破滅は唐突に訪れた。
 嵐が迫るある夜、全ての住民が一夜にして発狂した。救援に赴いた艦までがこの不可解な――だが明らかに伝
播する狂気に呑み込まれるに至り、現地の当局は恐慌状態に陥った。
そして、全てが消え去った。嵐は三日三晩荒れ狂い、戦神が自らの手で謎を覆い隠した。
「鎮まったとき、艦と全ての人間――生死に関わらず――が消えていた。混乱の中で島は見捨てられた」

 ゲルサン船長は頑丈で、整った顔立ちと明るい目をしている。船長はそのときサングラスを外し、わずかに
霞んだ目で灰色の海をじっと見つめた。目元の皺がその印象を一変させていた。
私は、船長が今浮かべているような表情を持った男を知っていた。彼は某国でのPKOミッションに派遣された
が、その任務は結局無に帰した。彼の指揮官は今でも罪の意識を乗り越えられずに精神科に通院し、同僚たちの
中には飲酒や薬物の問題を抱える者も多い。彼自身もそのことをほとんど語らない。
そしてそんな表情を、船長は湛えている。
質問をしようとしたとき、海面上に鮮やかなオレンジ色のフロートが突き出した。

 翌日、船長に会いに行った。しかし既に出港した後で、3日は帰らないと言うことだった。
その翌日、私はその国を発った。それだけなら、突拍子も無い奇妙な話というだけで終わるはずだった。
266閉ざされた海:2005/05/22(日) 22:06:51 ID:k3YOQRLV
 しかし、それで終わらなかった。
一週間ほどして私はゲルサン船長から一通の封書を受け取った。封を切ると便箋と数葉の写真が落ちた。

『同封した写真はアケンドラ市の南方500キロの海上で撮影されたものである。3枚は全て、同じ艦をそれぞれ
別の角度から撮影したものだ。ロリアンのDCN工廠で建造され、シンガポールへ回航後、インド洋において慣熟
航海中のフリゲイト〈フォーミダブル〉である――とされている』

 その写真は艦首正面上方から撮られたもので、割合に背が低い上部構造物や艦橋天蓋上に据えられたピラミッ
ド型の多機能レーダーなどが見て取れる。写真には撮影された日付が添えてあった。

『しかし、これは〈フォーミダブル〉ではない』

2枚目は左舷艦首寄りから撮影されたもので、全般的にのっぺりとした中央船楼型の艦体や艦首から船楼後尾ま
での顕著なナックル・ラインなど、「フォーミダブル」級の特徴を容易に看取できた。しかし、煙突周りや艦橋に
どことなく違和感があるほか、艦首には「715」という艦番号が白文字でくっきりと描かれている。「フォーミダブル」級
の艦番号は、ネームシップの〈フォーミダブル〉が「68」であり、もっとも数字が大きな〈シュプリーム〉でも「73」である。

『三枚目の写真に注目されたい。『フォーミダブル』級には1機分の格納庫しかない。しかし、この艦には2機分の
格納庫があることが、写真からはっきりと確認できる。
さて、このことは何を意味するのであろうか?』
267閉ざされた海:2005/05/22(日) 22:09:30 ID:k3YOQRLV
 ワープロで打たれた手紙はそこで終わり、最後に流麗な筆記体で「C・G」とサインされていた。
私は3枚目の写真を取り上げた。それは艦尾方向から撮られたもので、可変深度ソナー繰り出し口と囮発射口、
そして船楼後尾のヘリコプター格納庫が見て取れた。
そこには左右に並んだ二枚のシャッターがくっきりと写っていた。
 記録に当たるまでもない。数年前、唐突に冷戦が熱い戦争と化し、散発的な交戦の末、危うく踏み止まったこと
があった。そして、西太平洋で1隻のフリゲイトが撃沈された。艦番号はF-715、艦名は〈サザランド〉。
 予算要求は「ラファイエット」級フリゲイトの6番艦としてなされたが、次期多用途フリゲイトのプロトタイプとして
建造されたため、事実上はまったくの別型艦と分類してよい。艦体は延長され、変更点は主機や主砲、レーダー
やソナーなど多岐に渡る。そして、その主機をオリジナルの「ラファイエット」級と同じディーゼルに戻し、領海警備
任務を主眼として改設計されたのが、シンガポールの「フォーミダブル」級である。
268閉ざされた海:2005/05/22(日) 22:13:39 ID:k3YOQRLV
 〈サザランド〉はステルス化演習中であったため、その最後の航海は謎に包まれている。
無寄港・単艦で大西洋を南下、途中他のMIPA軍と共同で演習を行い、また麻薬取締りに関する協定に従って
現地の税関に協力したことは分かっている。しかし、喜望峰を越える前後からの航跡は全く明らかになっていない。
 この写真が撮影された一週間後、〈サザランド〉は姿を消す。あらゆる報道によると、彼女は西太平洋、インド洋
に近い海域で交戦し、撃沈された。しかし、通常の巡航速力である18ノットはおろか、公表されている最大速力で
ある28ノットで急行していたとしても、交戦海域へ到達することは不可能である。例え1週間に渡って28ノットで航
走したとしても、なお1000キロ余りもの大洋によって隔てられているのだ。(よくあることだが)海軍当局が最大速
力を大幅に少なく公表していたとしたら、例えば1週間に渡って33ノットで航走していたとしたら、交戦海域へ到達
することは、可能ではある。だがその場合、なぜ彼女は燃料の浪費を犯してあえて全速で航行していたのか
という疑問が生じる。
 ここで、船長の話を想起せねばなるまい。
『――救援に赴いた艦までが消えた――』
その艦とは――〈サザランド〉であったのであろうか?


# 物足りなく思った読者には申し訳ありませんが、これだけです。濡れ場も戦争も無いので退屈かもしれません
# が、今作にはかなりの自信を持っていますので、どうか期待して待っていてください。
# もっとも、前作の投下時だって同じくらい自信を持っていたような気もしますが…
269名無しさん@ピンキー:2005/05/30(月) 00:20:20 ID:d7TBfbuI
>48氏
ご無事で何より、そして新作乙っす。
続き期待してます(寄生スレでのリライト版でしょうか?
270弱虫ゴンザレス:2005/05/31(火) 00:49:38 ID:oL5aTAWH
番外続き、失礼します

 声をかけられるまで、他者の接近に気づかない。雑踏の中に紛れた声が、耳を澄ましても聞
こえない。人間を含む多くの生物においてそれはごく自然な事であり、取り立てて騒ぐような
一大事にはなりえなかった。耳が完全に聞こえなければ、それは確かに致命的だ。しかし若干
の聴覚異常であるなら、その他の器官でいくらでも補うことが可能だろう。だがその一方で、
その状況が死と直接結びつく種族も存在した。
 聞くことで脅威の接近を察知し、聞くことで入り組んだ森の道を把握し、聞くことで食べ物
を探す生物にとって、聴覚異常は何よりも恐ろしい。その生物の筆頭に上げられるのが、全身
で音を聞き、妙なる歌声であらゆる生物を魅了し従える歌姫である。
 歌姫は脆弱な生物だ。鋭く美しい爪は傷つける為ではなく果実を採る時にのみ使われ、体は
人間と同じく脆く、腹の口からちらちら覗く牙も動物の肉を食いちぎれるような物ではない。
歌姫が敵に遭遇した時に取れる行動は、逃げるか歌うかのどちらかだ。大体の場合、歌姫は逃
げる道を選び、争いを避けてきた。その為に、遠くにいる敵の音を聞き、的確に位置を把握す
る鋭い聴力が必要なのだ。
 ハーラはベロアの腹立たしい言葉を聞きとめた時、彼はまだ随分と遠くにいるのだと思って
いた。少なくとも、見通しの悪い森の中で目視できる距離にはいないと確信していた。しかし
背後を振り返り、思いがけずすぐそこに立っていたベロアの姿を確認して、ハーラは驚愕する
よりもぞっとした。
271弱虫ゴンザレス:2005/05/31(火) 00:50:23 ID:oL5aTAWH
 あれがベロアでなかったら、もしも他の異種族で、涎をたらしたモンスターだったなら、ハ
ーラは逃げる事もできずにあっけなく殺されていただろう。本人は声を張り上げて否定するが、
ハーラはまだ子供であり、本来ならば大勢の大人に守られているべき存在なのだ。
 糸の切れていない歌姫が森を一人で歩き回るなど、通常では考えられない事だった。
「それで?」
 軟らかい腐葉土から突き出しあちこちでうねくっている木の根の隙間に収まって、ハーラは
巨大な虫を背もたれに座り込んでいた。
 愛らしい顔立ちをこれでもかというくらい不機嫌にゆがめ、ベロアの3度目の「それで?」
でやっと視線を若干上げる。
 ベロアは腰の高さまで張り出して、大きなアーチを作っている太い木の根に腰を下ろしてい
た。先ほどまでハーラが座っていた場所である。
 ハーラはベロアの顔までは視線を上げず、ぶらぶらと揺らされている片足を見つめてぼそぼ
そと呟いた。
「なにが……?」
「あのね……音痴の上に耳まで悪くなって極限に惨めな状況に陥ったご気分を聞いてるとで
も思うのかい? 歌姫が狂った聴覚をもって森を長々と歩き回った結果、なにかロウの痕跡の
ひとつくらいは見つけられたのかって聞いてるんだ」
 よくもここまで性格の悪い言い方ができるものだと、ハーラは顔を驚いたように目を見開い
てベロアの顔を凝視した。腹の口が何事か怒鳴ろうと大きく開き、しかし夜の森という状況が
その口を閉じさせる。
272弱虫ゴンザレス:2005/05/31(火) 00:52:03 ID:oL5aTAWH
 一部の種族はアイズレス種を『猫かぶり』と言って苦笑を漏らすが、まさしくこの男は最悪
の猫かぶりだとハーラは内心激しく何度も頷いた。リョウの前ではささやかな嫌味と冷たい無
視だけに止めているが、ハーラが従僕に加わってから現在にいたるまで、彼のハーラに対する
暴言が納まった試しは一度も無い。もしもこれをリョウが知ったら、激怒してしばらくはベロ
アと口をきいてはくれないだろう。
 その中でも飛び切りに嫌味の利いた暴言を平然と言い放たれ、ハーラは糸に縫われた口をへ
の字に曲げるとふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「聴覚障害で極限に惨めな状況に陥ってる歌姫に何を期待してるのかしら? 見つけてたら
こんな所でのんびり座っちゃいないわよ」
「つまり僕よりはるかに早く森に入っておきながら、ただ無駄に体力を消耗しただけと」
「あたしを怒らせようとしてそういう言い方してるならおあいにくさま。事実を言われた所で
もう腹も立たないわ」
 ハーラが硬い笑みを浮かべて睨み付けると、ベロアはわざとらしく肩をすくめて見せた。
「それは残念」
「あんたこそ、自分の主人が森で迷ってるって言うのにのんびりと薪なんか集めに行って、随
分と薄情じゃない」
 今頃のこのこ現れて、と非難するハーラに対し、ベロアは一瞬驚いたような間をとると、得
意げに鼻を鳴らして嫌みったらしく唇をゆがめて微笑んだ。 
「本当に君は、単純で物事を一方面しか見ないんだな」
「ちょっと、何よその言い方!」
「歌姫と違って言語能力に乏しくてね。直接的な表現しかできないんだよ。それより説明聞き
たいのかい? それとも聞きたくないのかい?」
273弱虫ゴンザレス:2005/05/31(火) 00:52:59 ID:oL5aTAWH
 ハーラは顔を不満に顰め、思わず浮かせかけた腰をしぶしぶ木の根の間に収めて再び虫の硬
く冷たい殻に寄りかかった。別にもう逃げてしまってもいいのだが、どうやらハーラの傍にい
たいらしい。
 ハーラが不満顔のまま、どうぞお話くださいと手の平を差し出すと、ベロアはややもったい
ぶってから仕方ないとでも言うように口を開いた。
「日が完全に暮れるまではロウが自力で帰ってくる可能性があったから、僕はあの場を動けな
かったんだよ。あの子が帰ってきて、僕たち二人ともいなかったら不安になるだろう? でも
日が完全に暮れてしまえば、ロウが現れる可能性は限りなくゼロに近くなる。僕はあの子を、
夜の森を一人でウロウロするようなバカには育ててないからね。日が暮れてからは、僕らを探
すより安全な寝床を探すことに努めるはずだ」
 休みなく一気に離し終え、ご質問は? と両手を肩口まで持ち上げてベロアを、ハーラはポ
カンと口を開けて理解しがたい狂人でも見るよう凝視した。
「だ、だったら……」
――だったらなぜ、一言そう言ってくれなかったのだ!
 聞かれなかったからなんて言わせるものか。あんなにさんざっぱら聞いたのに。
「だって答えたら君、大人しくキャンプに残るだろう?」
「当たり前じゃない! ってちょっと、勝手に頭の中見ないでよ。変態」
「そりゃ失礼。まともに口をきけるようになるまで数ヶ月掛かりそうに見えたから」
「数秒しか掛からなくて残念だったわね。アイズレスお得意の推理が外れた瞬間に立ち会えて
光栄だわ」
 皮肉を吐いて眉を吊り上げるハーラに対し、ベロアは悪びれる風もなく言い加えた。
「せっかく二人いるんだから、二手に分かれるのが得策だと思ったんだよ。だから君に森に入
ってもらったんだ。『探しに行かないのか』って騒ぐ君を無視し続ければ、君は必ず探しに行
くだろうって踏んでね。単純な行動パターンを持ってる生物は扱いやすくていい」
274弱虫ゴンザレス:2005/05/31(火) 00:53:55 ID:oL5aTAWH
「あぁ……そう」
 手の平の上、という言葉が一瞬浮かび、吐きそうな表情を浮かべて振り払った。自分の行動
が全て他人に誘導されていたなんて、これほど気分の悪いことはない。
「気分悪いだろう?」
 さも楽しげに聞いてくる。
 うんと答えるのも癪なので、ハーラは涼しい顔で平静を装った。
「別に」
「いい気味だ」
「ちょっと!」
 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたまま、ハーラはとうとう立ち上がってベロアを睨み
付けた。
「いい加減にしなさいよ。あんたがあたしを嫌うのは勝手だけどね、こういう状況でまでそう
いうことするのやめてくれる? あたしにだって我慢の限界ってのがあるんだから!」
「限界ね……心得ておくよ。で、あとどれくらいで限界なんだい?」
「まじめに聞きなさいよ! あたしを怒らせて楽しいの?」
「気分はいいかな」
 平然と言い放たれた言葉に半ば言葉を失って、ハーラは心底憤慨してベロアに背を向けた。
「あーやだ! もう我慢できない! いくらマスターのお願いったってこんな男、もう顔を見
るのも嫌だわ! 聴覚異常の歌姫なんて役に立たないかもしれないけどね、ご覧のとおりまだ
モンスターだって手懐けられるしあんたの筋肉が収縮する音だって聞こえてるのよ? 足手
まといだって思うならご勝手に! どうぞお好きな所へお行きになれば? あたしは一人で
マスターを探すから! おいで!」
 突然の展開に虫がしばらくその場を動けず右往左往していたが、やがてずんずんと大またで
進んでいくハーラの後をおお慌てて追いかけた。
275弱虫ゴンザレス:2005/05/31(火) 00:54:40 ID:oL5aTAWH
 ベロアの心拍数がわずかに上がるのを意識して、直後に木の幹から飛び降りる音がする。
 追いかけられるのが死ぬほど嫌で、ハーラは虫が飛べることを確認すると、木の幹に爪を食
い込ませて軽々と枝の上に飛び乗った。
「ハーラ」
「何よ! ついて来ないでちょうだい!」
「切り株が見えるかい?」
「……なんですって?」
 こんな森の真ん中に、切り株などある訳無いではないか。
 聞き返すと、ベロアは低い枝のある木を探して自分もその上によじ登った。
「やっぱりそうだ。奥の左。君が邪魔で見えなかったんだな……歌姫の視力でも目視できるか
い?」
「無理よ。暗すぎるもの。でもまって、その位置に何かいるわ。すごく小さい……たぶんアリ
みたいな小さいのが集まってるのよ。果物か何かにたかってるみたいね――それがなに?」
「別に……引き止める口実を見つけただけ」
 気付かれたか、と小さくこぼしたベロアの言葉に完全に呆れ果て、ハーラは怒る気力も失せ
てずるずると枝の上に座り込んだ。
「あん……たねぇ……」
「残念ながら、テリグリス――下でうろうろしてる甲殻類を襲うようなモンスターがいるって
分かった以上、この森はだいぶ危険だ。君を一人では行かせられない。知ってるかい? 最近
のあの子が僕にお願いする事といえばハーラ、君に関することばかりだ。もし君が死んだりし
たら、僕がロウに殺されるんだよ」
276弱虫ゴンザレス:2005/05/31(火) 00:55:49 ID:oL5aTAWH
 心底不満げに言われ、ハーラは不安定な枝の上で勢いよく立ち上がった。森で生活する歌姫
は、異種族やモンスターから逃れるために木の上で行動する事が多い。群を抜いて、というほ
どではないが、歌姫は総じて木登りが上手かった。
「アイズレスが傍にいたって、どうせ生存率なんて大して上がりはしないわよ。蝶にトンボが
付き添ったって、蜘蛛の糸に絡まるのは変わらないわ」
「僕だって好きで一緒にいるわけじゃ……あぁ、待った、待った! 分かった! 謝るよ。君
が一緒にいてくれないとロウに会わせる顔が無い。今までの暴言は全部謝るから、どうか一緒
にいてくれないかい?」
 こういう時、瞬時に今後の展開を察知できるアイズレスは潔い。止めなければそのままいく
し、止めれば留まると分かるや否や、ベロアは駆け引きに出る事もなくハーラの事を引きとめ
た。瞳の色が紫に変わっていると言うことは、よっぽど不満なのだろう。
「ちょっと、目の色が明らかに嫌そうよ? あたしの何がそんなに気に入らないのよ」
 責めるように言われ、苦労して瞳の色を穏やかな青に塗りかえると、ベロアはしばらくどう
したもんかと腕に肘を、手に顎を置いて考えた。
「君は、分かってるんだと思ってたけどな」
「やきもちでしょ。そんくらい分かってるわよ」
「じゃあどうして聞くかな……まぁ、そうだよ。僕は君がロウに愛されるのが気に食わない。
君は彼女の親友で、姉で、妹で、憧れだ。もう、僕では君の代わりは勤まらないし、あの子は
きっと、僕と君を明確に選べないほどに君の事を愛してる。わかるかい? 今までずっとあの
子には僕だけだったのに、突然君に奪われたって気分だよ。当たりたくもなるさ」
「だからって、嫉妬の形が陰険過ぎよ! マスターが言ってたわ。『ベロアはすっごいやきも
ち焼きだから、もしかしたら君にひどい事言うかもしれないけど、その時は許して上げてね。
僕がちゃーんとしかっとくから』って。隠してるくせにバレる程のやきもち焼きもどうかと思
うわよ、あたし」
 リョウの声と口調を上手に真似たハーラの台詞に、ベロアはほっといてくれと呟いた。
277弱虫ゴンザレス:2005/05/31(火) 00:56:37 ID:oL5aTAWH
「まぁ……いいわ。本当は全然許せてないけど、ねじれた針金みたいな性格してるあんたが謝
ったんだから、そこらへんは譲歩してあげるわよ。とにかく今はマスターよ。どうせ当ても無
いんだし、切り株のとこにでも行きましょう」
 言うなり、ベロアは地面に飛び降りて、ハーラはベロアを追う形で木の上を軽々と跳躍して
移動した。
 テリグリスと呼ばれた甲殻類も、飛ぶかと思いきや走るのも意外に速い。
 ベロアが発見した切り株の周りは、他の場所から比べれば少しだけ開けていた。地面は相変
わらず木の根ででこぼことしているが、確かに誰かが通った痕跡が多くある。
「……木の実に虫が集ってるわね」
「僕がロウに持たせたのと同じ木の実だね」
 到着したとたんに目に付いた、つぶれて痛み、黒ずんだ果実を見下ろしながら、二人は固い
表情を見合わせた。
 まさか、と笑おうとした顔が、どうしても引きつってしまう。
 その時、カサカサと辺りを這い回っていたテリグリスが羽音を鳴らしてハーラを呼んだ。
「何か見つけたみたい」
 駆け寄り、盛んに羽を振るわせるテリグリスを撫でて落ち着かせながら地面を覗き、ハーラ
とベロアはひやりとして立ちすくんだ。
「嫌な予感ってどうしてこう、当たるようにできてるんだろうね……」
278弱虫ゴンザレス:2005/05/31(火) 00:58:21 ID:oL5aTAWH
切らせていただきます。
一応確認はしていますが、もし誤字脱字なんかを発見した場合は、
お手数でなければどうかご指摘ください。
279元スレ49:2005/06/02(木) 21:57:08 ID:GEyNIe5h
初めてこのスレをお借りします。
『魔法戦隊マジレンジャー』の小津翼(マジイエロー)×小津芳香(マジピンク)の
姉弟ものを投下させていただきます。

元スレはこちらです。

戦隊シリーズ総合カップルスレ 2
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1114938210/

この作品は元スレの「月夜の秘めごと〜マジーロ・マジカ〜」
「風切る拳(こぶし)〜ジー・ジー・ジジル〜」の続編です。
上記の2つはエロがあるので、もし興味がありましたら、そちらもご覧ください。

何じゃこりゃと思われた方はスルー、タイトルあぼーんでお願いしまつ。
280花嫁の弟〜ジルマ・マジ・マジュナ〜 1:2005/06/02(木) 21:58:19 ID:GEyNIe5h
「私、小津芳香は結婚いたします!」

…しばし、沈黙。((((……ん????))))
「「「「え゛え゛え゛え゛え゛〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」」」」
長女の爆弾発言に、小津家は揺れた。

***********************************

翼とのことがあって間もなくのこと。
芳香はモデルの仕事を終え、撮影現場をあとにしようとしていた。
そこでカメラマンに呼び止められ、スタジオ内の人影の少ない場所に移動する。

「ほうちゃん、その…この前のこと、考えてくれた?」
テツヤはトレードマークの白ぶち眼鏡をはずした。
彼は若手のカメラマンで最近仕事で一緒になるが、モデルを笑わせたり
リラックスさせるのが抜群にうまい。
ほめられて伸びるタイプの芳香は、それでいいショットを多く撮ってもらえていた。

「かわいいね〜、今フリーなら僕が彼氏になりたいよ〜」
「やぁだ、テツヤさーん、他の子達にも言ってるんでしょ〜」
テツヤが口ぐせのように言ってくるのを、芳香はいつも適当にあしらっていた。
しかし、先日告白されてしまった。普段と違う真剣なテツヤに。
今度ばかりは、芳香も笑って流せそうにもない。

ふと、黄色い服の優しい皮肉屋の顔が浮かぶ。思い直して、芳香は目の前の男性を見つめた。
(一緒にいて、楽しい人だし…いい機会かも)

そうして、芳香とテツヤの交際は始まった。
281花嫁の弟〜ジルマ・マジ・マジュナ〜 2:2005/06/02(木) 21:59:31 ID:GEyNIe5h
***************************************

結婚式当日の朝。

翼はスーツを身に着け、鏡の前で髪もオールバックにしてみる。
普段と違い、かなり大人っぽくなった。
「ま、こんなもんかな」
そして、魔法薬を手にとった。

(まさか、こんなに早く使う日が来るなんてな)
芳香の結婚は電撃的な分、悩む時間も少なくて済んだ。
“早く彼氏作れ”とのたまったのは自分だが…まさか結婚とは。
「…らしいっちゃ、らしいよな」
嫉妬を感じるより先に蒔人が激怒、大反対したのも幸いしてか、毒気はすっかり抜かれていた。
花婿は芳香と波長の近い、一見かなりおちゃらけた感じにも思えたが、
蒔人の許しを得ようとする様子を見ていると、その真剣さは伝わってきた。

(あれだけバカップルぶりを見せ付けられたら、いっそ諦めもつくか)
全くわだかまりがないといえば嘘になるが、できる限りの祝福をしようと翼は心に誓っていた。
「いい人そうだし…よかったな、ほう姉」
そっと、小瓶をポケットに忍ばせる。
(今は苦しくても、薬を飲めば…この想いも薄れて消える)
翼は式が終わったら、それを飲むつもりでいた。

…が、結局その出番はなくなってしまった。
282花嫁の弟〜ジルマ・マジ・マジュナ〜 2:2005/06/02(木) 22:00:24 ID:GEyNIe5h

 ………

その夜、長女に振り回されっぱなしだった兄妹たち(特に蒔人)は緊張が解けたのか、
疲れてそれぞれ自室で休んでいる。

コン、コン 「ほう姉、ちょっといいか」
「ど〜ぞ〜」
芳香の部屋に入ると、芳香はなにやら忙しそうにドレスや結婚情報誌などを片付けている。
「手伝おうか?」
「あ、いいよいいよ。翼ちゃんも疲れてるでしょ」
「一番大変だったのは、ほう姉と兄貴だろ」
「そんなことないって」
「……」
芳香は振り向かず、忙しそうにしている。翼は芳香の背中に問いかけた。

「せっかく兄貴も認めてくれたのに、なんで結婚式やめたんだよ」
「ん〜?だから言ったじゃない、刺激的なカップルでいたいって」
背を向けたまま、飄々とした口調の芳香。翼はどう言葉をかけたらいいのか、迷っていた。
「…そういうのさ」
“キープとか、保留って言うんじゃねーの”と言いかけたが、さすがに止めた。
「ん?なに??」
「…いや。じゃ俺、寝るわ。ほう姉も明日にしろよ」
「うん。おやすみ、翼ちゃん」
「おやすみ」 パタン

閉まるドアの音に、芳香はハァ〜と大きく息をついた。
「…どんな顔して話しろっていうのよぅ…」
283花嫁の弟〜ジルマ・マジ・マジュナ〜 4:2005/06/02(木) 22:02:03 ID:GEyNIe5h

テツヤが髑髏の刻印を付けられたと知り、プロポーズをしたのは芳香だ。
「俺…消えてなくなるのかな…いやだよ、そんなの…」
テツヤは小さくガタガタと震えだす。芳香はその両肩を掴んだ。
「あきらめないで、助かる方法があるかもしれないじゃない」
「無理だよ…今までこれを付けられて助かった奴はいないんだ」
「そんなこと言っちゃダメ!!芳香がなんとかするから!…魔法使いに頼んでも何でも
やれるだけのことはやろう!何か方法がきっとあるはずだから、ねっ」
芳香が必死に励ましの笑顔を向けるが、テツヤは首を振る。
「ダメだよ、そんなのあるわけない…」
テツヤを抱き寄せた芳香の手に力がこもる。
「…もし…もしも万が一、そうだとしても…せめて、最後の一日を最高のものにしなくちゃ」
「……」
「だけど、絶対希望を捨てないで。私が何とかするから!!」
「ほうちゃん…」
芳香のテツヤを助けようという気持ちと、結婚の意志は本物だった。

その数日前。
“…俺が…他の女と、こんなことしてもいいのかよ…っ”
芳香は翼の腕の中で悲痛な声を聴いた。
翌日、翼は「昨日はからかって悪かった、忘れてくれ」とだけ言い、何もなかったように振舞っている。

翼との行為の後、物忘れの薬を飲みたくないと言ったのは芳香だ。
弟の気持ちがうれしくて忘れたくなかった。
同時に、ただ一度きりの事として、お互い胸に秘めておけると思ったからこその提案だった、だけど。
(忘れたくないくせに、表向きなかったことにするなんて…やっぱり、矛盾してる)
テツヤと一緒にいても…一夜を共にしても、思い出すのは翼のことばかり。
284花嫁の弟〜ジルマ・マジ・マジュナ〜 5:2005/06/02(木) 22:05:05 ID:GEyNIe5h

そしてあの声を聴いた時、はっきりと自覚してしまった。
翼は一夜の過ちでなく、自分を女として求め、芳香自身もそれを望んでしまっていることを。
知ってしまった以上、翼を苦しめるわけにいかない。弟を解放し、自分がこの罪から逃れるには…。
(ふんぎりをつけるためにも、この方がいいよね)
翼への気持ちが恋情ならば、なおさら…そう思っての決断だったのに。

芳香はウエディングドレスを握り締めたまま、うつむいていた。

 ………

一方、翼は自分の部屋に入り、机に置かれた惚れ薬に目をやった。
(俺、ホッとしてんのか、怒ってんのか…自分でわかんねぇよ)
この煩わしさから解放されると、一度諦めたはずなのに。
結婚をやめたからといって、テツヤは今後も芳香の婚約者であるのは変わりないし
仮に別れても、翼とどうにかなるわけではない、それでも。
(まだ、飲まなくていいんだよな)
もう少し猶予が与えられたようで、嬉しさがこみ上げてくる翼だった。
285花嫁の弟〜ジルマ・マジ・マジュナ〜 6:2005/06/02(木) 22:07:06 ID:GEyNIe5h
***********************************

結婚式が延期になってから、しばらくして。芳香はテツヤに呼び出され、喫茶店で会っていた。

「ほうちゃん、ありがと。もう十分だよ」
「?なにが?」
「無理しなくていいよ〜、どくろの痣も消えたしさぁ」
「ねぇ、何言ってるの?テツヤ」
スッと、テツヤからいつものおちゃらけた様子が消えた。
「わかってる、俺がいなくなることを前提にした結婚だったんだから」
「そんな言い方しないで!」
「…ごめん、あの時はほうちゃんも真剣だったね」
「今だって真剣だよ」
どこかで二人は感じていた。“カップルの方が刺激的”なんて、詭弁。
テツヤに魔法使いであるのを隠して戦いつつ、芳香が結婚生活を送るのは現実的に無理だ。
しかし、それだけではない…彼にはうすうす気づかれていたらしい。

「理由はどうであれ、当日挙式をドタキャンしたカップルの行く末は…想像つくだろ?」
テツヤは笑みは絶やさないが、それがかえって寂しさを増す。
「なんとなく予感はしてたんだ。もともと、俺が無理言って付き合ってくれてたようなもんだしさ」
「……」
否定しなければ。なのに、口が思うように動かない。
「なんでかわからないけど…きっと、ほうちゃんが精一杯がんばってくれたから
どくろの痣も消えて、俺も助かったと思うし。それだけで十分だよ」
「テツヤ…」
芳香はそれ以上言葉が継げない。
謝れば認めてしまうことになる、テツヤの気持ちを利用してしまったこと。
否定も肯定もできない、臆病な自分。もう、彼の目を見ることができなかった。
286花嫁の弟〜ジルマ・マジ・マジュナ〜 7:2005/06/02(木) 22:08:01 ID:GEyNIe5h

「ごめん…」
しかし、堪えきれず芳香から涙と言葉が溢れた。
「ほうちゃんに涙は似合わないって。あと、次からプロポーズは男からさせないとダメだよん」
また軽い口調に戻り、ウィンクするテツヤ。
それでも、彼は笑って許してくれるのだろうか。いっそ責めてくれた方が気が楽なのに。
(ごめん、ごめんね、テツヤ…芳香、酷いことしちゃった…最低)

「今までありがとね。ほうちゃん」
その言葉に、芳香はただ泣きながらうなずくことしかできなかった。

***********************************

数日後、芳香と翼は当番の買い出しに出かけた。
結婚式中止の夜以来、二人っきりになるのは久しぶりだ。
買い物荷物を手に、他愛のない話をしながらの帰り道。

「はぁ〜、疲れた。ね、ちょっとここで休まない?」
「ん、いいけど」
芳香は脇道の芝生に腰を下ろした。翼もそれに従う。

「子供の時、よくこうやって寄り道しながら翼ちゃんと帰ったね〜」
「ああ、それで遅くなって母さんに叱られてさ」
「お兄ちゃんや、麗ちゃんはちゃんと魁ちゃん連れて戻ってるのに、芳香たちだけはぐれちゃったり」
「っていうか、ほう姉がふらふらしてるのについて行って、えらい目にあったよ」
ふふっと目配せして笑う二人。そうして、しばらく景色を眺めていると。
287花嫁の弟〜ジルマ・マジ・マジュナ〜 8:2005/06/02(木) 22:08:47 ID:GEyNIe5h

「…この間、テツヤに振られちゃった」
「えっ?!!」
芳香の突然の言葉に、驚きの声を上げる翼。
「ウソだろ?!」
「……」
芳香の表情と沈黙の答えに、翼はなんと言っていいのかわからない。
「なんで?あんなに盛り上がってて、結婚寸前まで行ったのに…」
「ま、私が悪いんだけどね。当然の結果ってやつかな」
あはは、と芳香の乾いた笑いが宙に浮く。
「芳香気まぐれだから、さすがにテツヤも愛想が尽きたみたい」
「そんな…」
「ん〜しょうがないっ、また恋の魔法かけてくれる人、探さなきゃ!」
立ち上がって伸びをする芳香。前に進み、空を仰いだ。
「天空聖者もこんな魔法使い見てたら、愛想尽かしちゃうかもね」
「ほう姉…」
芳香の背中を慰めるかのように、そよ風が吹く。翼はただその姿を見つめていた。

「さ、早く帰らないと、今度は麗ちゃんに叱られちゃうよっ」
「ちょ、待てよッ!」
芳香はいつもの笑顔で振り返ると、荷物を持って駆け出した。あわててそれを追いかける翼。
姉弟は、家路を急いだ。

*****************************************

そして、ある日の小津家。…ピンポーン。

突然の来客。兄弟たちはそれぞれ出払っており、家には翼だけだった。
「ったく、誰だよ。は〜い」
気だるそうに応対し、ドアを開けると、そこにはテツヤがいた。
288花嫁の弟〜ジルマ・マジ・マジュナ〜 9:2005/06/02(木) 22:09:23 ID:GEyNIe5h

「やっ」
「!テツヤ、さん??」
芳香の紹介で現われた時と同じ、白ぶち眼鏡に人懐っこそうな笑顔。
しかし、翼は事情を知るだけに戸惑うばかりだ。
「え、と…ほう姉ならいませんけど」
「そっか…なら、やっぱり」
テツヤは一瞬帰ろうとしたが、立ち止まり何か考えている様子。
こういう場合、家に上げるべきなのかどうか…翼が迷っていると、テツヤは突然、翼に紙袋を渡した。
「あの、これ」
かなりの重さで、中には大型ファイルが何冊も入っていた。
「?」
「あ、開けてもいいよ」
「これって…!」
ファイルを開くとたくさんのネガと写真。全て芳香のポートレートだった。
さすがにプロが撮っただけあって、自然で生き生きとしたショットばかりだ。

「仕事の没ネガや、プライベートのもごっちゃなんだけどね。
思い出がこもっちゃってて、自分の作品でもあるし、どうしても処分できなくてさ…。
迷った挙句、ここまで持ってきちゃったんだけど。ほうちゃんに渡しても迷惑だよね」
「……」
「だから、翼くん。これ君にあげるよ」
「えっ?俺にッ?!」
テツヤとファイルに目線を何度も往復させて、翼は聞き返した。
「いいんですか?…こんな、大事な物」
「うん。処分するなり、好きなようにしていいから」
僕が持っていても。と、さばさばした表情でテツヤが応えた。
「でも…」
「あッ、そんな深〜い意味なんてないから。重く受け取らないで!ホント」
「そんなこと言われても…」
289花嫁の弟〜ジルマ・マジ・マジュナ〜 10:2005/06/02(木) 22:11:06 ID:GEyNIe5h

ぼやきながら翼はなんとなく写真を見る。ふくれっつらやすましたように決めてるポーズ…
いろんな表情の中、やはり笑顔が一番多い。
どれも好きな人との時間を過ごしている姉の瞬間が写し撮られている。
だが逆に、そこにはない芳香の表情を自分が知っているのにも、翼は気づく。
子供の頃からのはもちろん、インフェルシアとの戦いや、月夜に翼の腕の中で見せた顔。

そんなことが頭をよぎると、他とは異なる雰囲気の一枚が目に留まった。
夕陽の中、遠くを見つめる憂いを帯びた横顔…翼も知らない芳香の姿。
「あ、それ、ほうちゃんぽくないでしょ」
「はい」
「ぶっちゃけ、隠し撮りみたいなものなんだよね。滅多に見せない表情だから、つい」
「……」
「待ち合わせで、俺が遅れた時かな。ほうちゃん、怒ってるのと違って、
何か考えごとしてたみたいでさ」
テツヤは遠い目をして、その時のことを思い出しているらしい。
なんだか妙なことになってしまい、困惑する翼…沈黙が流れる。

「最近のほうちゃんは、どう?」
「え、まぁ…相変わらずですよ」
「そっか。好きな人がいるようだったから…上手く行くといいなって思ってるんだけど」
「ほう姉、そんなこと言ったんですか?!」
翼は仰天して、声がひっくり返ってしまった。
「あ、いやちがうよ。ほうちゃんは何も言わなかったし」

(他に好きな人???)
言葉を失う翼。気が多い姉のことだ。しかし、テツヤとあれだけラブラブだったのにいくらなんでも…。
“また恋の魔法かけてくれる人、探さなきゃ!”
芳香から別れたと聞いた時も、そんな様子には見えなかった。
290花嫁の弟〜ジルマ・マジ・マジュナ〜 11:2005/06/02(木) 22:14:33 ID:GEyNIe5h
(それって…まさか…)
頭の中に一つの答えが、消しても消しても浮かび上がる。あってはならないそれを、期待してしまう翼。

「その写真撮った時も…なんとなく、そんな感じがしたんだ」
テツヤの言葉に、改めて写真に目を落とした。思わず、翼の口が動く。
「じゃあ…原因は、その…」
「ん〜、それだけじゃなくて…ちょっと違うかな。ほうちゃんは俺のこと一生懸命考えてくれて、
そんな素振りも見せたことなかったし。ただ、俺がなんとなく…
無理してる彼女を見てるのが辛くなっちゃったっていうか。
ほら、ほうちゃんはさ、自由気ままなのが一番だから。思う通りにいてほしいなぁって」
風は閉じ込めようとしても、すり抜けるのが常。仮に繋ぎとめたなら、すでにそれは風ではない。

(この人、本当にほう姉のことが好きなんだ…)
テツヤが芳香といたのは、翼とは比べものにならないほど短い時間。
それでも彼女のことを想い、理解しようとしているのが、言葉からも写真からも伝わってきた。
自分にそれだけの度量があるだろうか。翼はいつか訪れる決断の時を想像した。

「俺に彼女を幸せにする自信がもっとあったら、こんなことにならなかったのかもなぁ」
「そんな。ほう姉のこと…大切に想ってくれてるんですね」
独り言のように呟くテツヤに、珍しく言葉で素直に表す翼。
「大げさだな〜、翼くんは。あ、ずいぶん邪魔したね。俺が来たことはナイショにして!
ほうちゃんが気にするといけないから、それじゃっ」
翼がお茶を勧めてみたが、テツヤは用事があるからと小津家を去って行ってしまった。

 ………

「…これ、どうしろっていうんだ」
部屋で大量の写真とファイルの束を前に、途方にくれる翼。
どれも写真としては捨てがたいものばかりだ、しかし。
291花嫁の弟〜ジルマ・マジ・マジュナ〜 12:2005/06/02(木) 22:15:51 ID:GEyNIe5h

(まさかほう姉に渡すわけにもいかねぇし、俺が持ってるのも変だよな…)
芳香が吸血鬼にされた時や、魁を夢から救った時といい、
昔から面倒ごとは翼にお鉢が回ってくることが多い。
黄色の魔法使いはどうも、そういう星の下に生まれたようだ。
「ったく、俺は処理係じゃないっつーの」
とにかく、テツヤが自分に託した意思を汲み取ろう。翼はそう決心し、マージフォンを取り出した。

「ジルマ・マジ・マジュナ」
復活できない呪文を唱え、写真とファイルの束を指し示す。
すると、マージフォンから溢れ出した光のシャワーが、写真とファイルを包み、
光の粒子へと拡散させた。
「これで、よかったんだよな…」
荷を降ろしたようにホッとすると、ポケットから写真が落ちた。
「あ」
夕陽の中の芳香の横顔、消し忘れた一枚。
(…これだけは持っていても、いいかな)

きっとあの時、空を見上げた芳香もこんな表情だったのかもしれない。
翼はその一枚を机の引き出しの奥に、そっとしまった。

***********************************

翌朝。魁は朝練、蒔人は朝食の材料調達と配達の作物を採りに、アニキ農場へ出てしまっている。
朝の支度を始めた麗と芳香が、食器を並べながら辺りを見回した。

「あれ、翼まだ起きてないのかな」
「めずらしいよね〜、寝坊なんて」
「そうだね。芳香ちゃん、起こしてきてくれる?」
「うん」
292花嫁の弟〜ジルマ・マジ・マジュナ〜 13:2005/06/02(木) 22:16:42 ID:GEyNIe5h

何の気なしに翼の部屋に向かう芳香。ドアの前でふと立ち止まる。
(あ…)
翼と一線を越えて以来、ここには入っていない。蘇る記憶を振り払いつつ、ノックした。
「翼ちゃーん、朝だよ〜」
…返事はない。芳香は恐る恐るドアを開ける。
「寝てるの〜?入っちゃうよ〜」

中に入ると、ベッドでは翼が寝息を立てている。普段の口の悪さからは想像できない、無垢な寝顔。
きれいな顔だと、芳香は他人事のように思う。
「寝てると、こんなにかわいいのにね」
くすっと、笑みが漏れる。
(そういえば、寝顔見るの久しぶりかも…)
枕元に跪き、しばし弟の寝姿を見つめる芳香。
なんだかいたずら心が湧き、芳香は自分の唇に触れた人差し指を、翼の唇にあてる。
(こんなことでドキドキするの、翼ちゃんだけなんだよね…まいったな)
得意の気まぐれも、今回ばかりは変わる気配がないようだ。
(翼ちゃんにもきっと、もうすぐ好きな人ができるよ。だから、それまでこのままでいて…いいかな…)

 ………

「芳香ちゃーん、翼起こしてって…あれ?」
芳香が戻ってこないので麗が翼の部屋に来ると、芳香は翼の枕元に突っ伏して眠ってしまっていた。
顔を寄せ合い、寝息を立てる姉と弟。

「んもぅ、芳香ちゃんてば!翼も早く起きて!」
けたたましくお玉で鍋を叩く麗。

また小津家の新しい朝が始まり、戦いは続くのであった。


おわり
293元スレ49:2005/06/02(木) 22:18:17 ID:GEyNIe5h
これで一応、マジ黄桃3部作?終わりです。読んでくださったかた、ありがとうございました。

Stage.12の夜〜16の朝までの経過で、裏にはこんなことがあってもいいかと(よくないか)
姉弟でしかも他3人+白菜もいるのに何回もエチーするのは、無理だよなぁと書いてるうちに
エロの割合がどんどん減り…結果、こちらのスレのお世話になりまつたorz
テツヤは再登場なしと判断して、当て馬ポジション。結果、かなり男前になったような。

チラシの裏で失礼します。
***********************************

結婚式が延期になってから、しばらくして。芳香はテツヤに呼び出され、喫茶店で会っていた。

「ほうちゃん、ありがと。もう十分だよ」
「?なにが?」
「無理しなくていいよ〜、どくろの痣も消えたしさぁ」
「ねぇ、何言ってるの?テツヤ」
スッと、テツヤからいつものおちゃらけた様子が消えた。
「わかってる、俺がいなくなることを前提にした結婚だったんだから」
「そんな言い方しないで!」
「…ごめん、あの時はほうちゃんも真剣だったね」
「今だって真剣だよ」
どこかで二人は感じていた。“カップルの方が刺激的”なんて、詭弁。
テツヤに魔法使いであるのを隠して戦いつつ、芳香が結婚生活を送るのは現実的に無理だ。
しかし、それだけではない…彼にはうすうす気づかれていたらしい。

「これでも人を見抜く力はあるんだよ、一応カメラマンだし」
好きな人のことならなおさらね、と照れ隠しに笑ってみせるテツヤ。
「もし、あのまま消えてしまうなら…黙っていようと思ってたんだけど」
「……」
まるで断罪を受ける罪人の気分。
「いるんでしょ、好きな人」
さらりと、確信を突かれた。芳香は答えられない。

「理由はどうであれ、当日挙式をドタキャンしたカップルの行く末は…想像つくだろ?」
テツヤは笑みは絶やさないが、それがかえって寂しさを増す。
「なんとなく予感はしてたんだ。もともと、俺が無理言って付き合ってくれてたようなもんだしさ」
「……」
否定しなければ。なのに、口が思うように動かない。
295元スレ49:2005/06/03(金) 12:29:39 ID:jelGRQ3V
投下ミスしてました。たびたびすみません。
296名無しさん@ピンキー:2005/06/05(日) 11:17:22 ID:MDUtiZnr
>>295
葛藤する二人に萌えました!あなたのおかげで黄桃熱が再燃。
ありがとうございます
297名無しさん@ピンキー:2005/06/07(火) 22:04:47 ID:EVdPaSNi
ふと思ったのだが、このスレの最大の問題は読み手の少なさでは?
素晴らしい書き手さんが二人も連続で降臨してくださったのに、
レスが一つしかついていないというのはちと失礼なのでは。
298名無しさん@ピンキー:2005/06/07(火) 23:09:18 ID:+oSIQ1Xs
しかし宣伝なんぞしよう物ならば恐ろしい事になる……か?
とりあえず、ageとこう
萌え滾るGJ!を叫んでおこう
299名無しさん@ピンキー:2005/06/08(水) 01:06:04 ID:kBI4ggxo
どっちかっつーとこのスレはエロパロの避難所っぽい側面もあるし、
ジャンルも特定されていない、元作品もバラバラで、コメント付けづらいというのはあるんじゃないのか。
スレの読み手は少なくないだろう。だが、作品に反応できる読み手はすくなさそうだ。

※「避難所」って表現は、エロくない作品の避難所という意味であって、
 鯖dj時に利用するアレではない。
300名無しさん@ピンキー:2005/06/08(水) 19:59:34 ID:zESKPpoI
このスレって書き手さんも読み手さんも大人な人が多いよな。
邪神が光臨する事もないし。
密かな名所カコイイ!
301名無しさん@ピンキー:2005/06/09(木) 13:13:08 ID:GMrtTh2n
保管庫の方からこのスレにやってきたんだけど、やばい、このスレ面白すぎ。
ただ残念なのはスレの過去ログが(保管庫とは別に)残ってないことなんだよね。
専ブラでも過去スレを読めるよう保管庫にdatを置いておくことって出来ないかな?
宜しかったご検討願えますか?>保管庫の中の人さま
302名無しさん@ピンキー:2005/06/09(木) 21:43:11 ID:kkv3kDis
このスレにこんなに人がいるとはしらんかった……
話は変わるけど、絵版思いのほか盛況してないね。落書き程度でも描いていいのかな?
色も塗ってない絵だとみんな嫌な気分になったりするだろうか……
303名無しさん@ピンキー:2005/06/09(木) 22:04:46 ID:blrSpOOu
>301
過去スレだったら、こういう所がありますよ。
エロパロ板ガイド
ttp://eroparo2.e-city.tv/

>302
大歓迎。
304名無しさん@ピンキー:2005/06/09(木) 23:56:33 ID:I9Ws4rIf
>302
なるものかね。歓迎歓迎
305302:2005/06/10(金) 22:16:44 ID:WwKaUuoE
がんばってみたけど、イメージの半分も描けなかった……
306名無しさん@ピンキー:2005/06/17(金) 08:29:24 ID:dx4TQ/Kt
</b>なんか途中からフォントがボールドになってるのは漏れだけ?
307名無しさん@ピンキー:2005/06/17(金) 08:32:10 ID:dx4TQ/Kt
失敗。
単純にタグを入れりゃ何とかなるって訳でもないんだね。
スレ汚しスマソ。
308名無しさん@ピンキー:2005/06/18(土) 20:06:52 ID:snxklq95
>>306
専ブラの読み込み失敗という可能性が高いからスレをリロードするといいよ。
309306=307:2005/06/19(日) 22:35:59 ID:k4BrgmB5
>308
dクス

やってみたけどうまくいかんかった…
いろいろ調べてみるよ
310名無しさん@ピンキー:2005/06/20(月) 18:11:26 ID:LQO+NqSl
純愛スレに自衛官の話を投下しようとしていた者ですが、
此処のスレの方が最適だということで誘導されてやってきました。
ということで…今度からは此処に投下しても宜しいでしょうか?
311名無しさん@ピンキー:2005/06/20(月) 21:33:38 ID:lSveohn9
なんら問題はない!
縦社会ハァハァ……
312名無しさん@ピンキー:2005/06/22(水) 21:40:06 ID:sWjnhcN5
>310
躊躇わず、どうぞ。ちなみに、このスレは以前軍板に紹介されたこともあり、
軍板住人が相当数流入しているようなので、確かに他のスレよりも反応は良さそう。
313名無しさん@ピンキー:2005/06/25(土) 23:48:47 ID:fEeyMHX/
206 :陸上自衛官なふたり・愛の富士山麓演習場 :2005/05/14(土) 23:42:42 ID:VZCpf/+o
女「レンジャー?」
   字幕:私のこと、愛してる?
男「レンジャー」
   字幕:もちろんだよ。


207 :陸上自衛官なふたり・愛の富士山麓演習場 :2005/05/14(土) 23:47:22 ID:VZCpf/+o
レンジャー、ふたりにはその言葉だけで十分だった。
そんなラブ・ストーリー。


208 :陸上自衛官なふたり・愛の富士山麓演習場 :2005/05/15(日) 00:02:14 ID:q2WXikBv
女「レンジャー、レンジャー?」
  字幕:ほんとに、行ってしまうの?
男「レンジャー」
  字幕:ごめん。
女「レンジャー、レンジャー、レンジャー!」
  字幕:普通科を出たら、あなたに行く所なんてないわ!
男「レンジャー……。レンジャー、レンジャー」
  字幕:ごめん……。でも戦車は、男の夢なんだ。
女「レンジャー? レンジャー、レンジャー?」
  字幕:ほんとに行くの? 私を置いて機甲科に?
男「レンジャー……」
  字幕:すまない……
女「れんじゃぁぁぁ」
  字幕:(泣き崩れる女)
314名無しさん@ピンキー:2005/06/26(日) 10:38:55 ID:mGv+vcJ1
>313
ワロタ。しかし、何で急にこのスレだけ字が太くなっているんだ?
315名無しさん@ピンキー:2005/06/26(日) 13:41:03 ID:4U0ya3fP
専用ブラウザの所為と思われ。スレを再取得してみれ。
316名無しさん@ピンキー:2005/06/27(月) 05:00:11 ID:aR6kIbfd
314じゃないが何度取得しても字太いまま
125以降からそうなるから、
124の最後になんかタグっぽいのが書かれてるからそれが原因なのかな・・・
317名無しさん@ピンキー:2005/06/27(月) 07:08:35 ID:9Zcj1bWK
む?不思議だ。
あぼ〜んなんて設定した覚えが無いのに、いつのまにか124をあぼ〜んしていた。
だから気付かなかったのか。なんなんだろう。ブラウザの仕様か?

というわけで、124をあぼんぬしたら直ります。
SSの1コマをあぼんぬするのは忍びないが・・・
318サモンナイト3(1/3):2005/06/30(木) 01:17:46 ID:2zXdewmX
お久しぶりです。毎度おなじみサモンナイト3でビジュアティ。



今夜は確かに蒸し暑かった。湿度は何時降り出してもおかしくない高さで不快指数を煽り、それこそ。
服に僅かばかりの風が遮られるのも、露出した肌にシーツがべったり貼りつくのも、ましてや汗で濡れて
生暖かい誰かとくんづほぐれつなぞ―――考えただけでもうんざりする夜だった。
左顔面に趣味の悪い刺青を入れた男がだらだらと手を振った。
「汗臭せェから寄るな」
長い赤毛を団子にして結い上げた女が恨めしそうに振り向いた。
「それは女の子に言う台詞ですか」
軽口にもキレがない。

何時もの医務室。時刻は深夜。ありがちなことにビジュとアティの二人きり。普段であればひとつ布団に
転がり込んでいる時分なのだが、暑さは食欲と睡眠欲だけではなく性欲まで減退させるのか、薄物一枚の
童顔巨乳美女が同じ寝台に、それこそ二秒で押し倒せる近場にいるというのに、男ときたら腰掛けたまま
手扇で風を送ろうと努力を続けるのみである。
「……帝都は我が恋しふるさとよりも北なのに、夏場のこの暑さは詐欺です……」
「テメエの所は冬きついんだろうが。お相子だろうよ」
「冬はいいんですよ、私は寒いの平気ですし」
どんなにぼやいたって今宵は熱帯夜に違いなく、健やかな眠りとはどうにも無縁。
窓の外、暗い夜を見る。
分厚い雲が天を覆いつくし不穏な唸りを上げていた。
一雨くるかもしれない。来ると好い。
このまま無意味に蒸されてゆくのは真っ平だ。
アティが了承も得ずに寝転がる。髪を留めていたピンが落ちて癖の強い赤毛がシーツに広がった。
「うっとうしい」
319サモンナイト3(2/3):2005/06/30(木) 01:18:48 ID:2zXdewmX
「暑いのは私であって貴方ではないでしょうに」
「見てるだけで暑苦しい。……切りゃあいいんだよ」
「やです。髪は女の命、です」
口とは裏腹に、汗で貼りつく髪を梳き落とす仕草は乱雑そのものだ。
ピンを探して目線が彷徨う。見つけられずに手も加わるが、それらしき影も感触もない。
「あれ〜……」
床に落ちたのだろうか、うつ伏せになりそこいらを探し回る。
アティの細い二の腕がビジュの腿に当たった。張りのある腰が視界の隅で揺れた。
「触るな。暑い」
「仕方ないでしょう……ないなあ、ちょっとどいて下さい」
「何で俺が」
「はずみで潜っちゃったのかもしれないじゃないですか」
「面倒臭せェ」
だからどかない。アティの眉間に皺が寄る。それならば、と生乾きの汗がこびりつく腕がそこいらを這う。
もう探し物をするというよりビジュへの嫌がらせが目的だ。
唯でさえ絡むズボンの布地越しに別の熱が重なる。生暖かい息がかかる。
両の膝に腹を乗っけられる段になり、元々耐久力に難ありの堪忍袋の尾が切れた。
「ンなところにあるわけねェだろ!」
上目遣いの可愛らしい(中身さえ気にしなければ)顔も、豊かな乳房が(幾重もの布越しとはいえ)当たる
のもカケラも嬉しくないのは、全部この最悪の天気のせいだ。
「だって髪の毛絡むとうっとうしいんですよ」
「切れ」
「却下」
睨み合う。しばし静寂。
320サモンナイト3(3/3):2005/06/30(木) 01:19:48 ID:2zXdewmX
話題がループしているのに気づき、どちらからともなく溜息を吐く。
「……大体ヤるわけでもねェのに同じベッドにいるのがおかしいんだよ」
当初はそのつもりだったような覚えがある。確かアティが上着を脱いでいるのもその為ではなかったか。
「暑いのが悪いんです」
つまりは全て其処に帰結する。

「……汗かいたら気化熱の関係で涼しくなるそうですけど、試します?」
「ふざけてろ」

さて。諦めて寝るか、雨が降って過ごし易くなるという都合の好い事態に好転するのを待つか、気化熱とやらを
期待してみるか―――選択の結果は、二人のみぞ知る。
321名無しさん@ピンキー:2005/07/01(金) 21:56:36 ID:IxCJAMvc
久々に乙!最近来ないから、てっきり見捨てられたのかと心配してました。
322名無しさん@ピンキー:2005/07/06(水) 11:55:46 ID:+Fao2SIF
>318
そこで海水シャワーですよ。ポンプ出してもらって水兵に押させて。
あ、でもアティがやったらまずいか。
323サモンナイト3で七夕ネタ(1/4):2005/07/07(木) 00:21:21 ID:H01zptqH
「のうヤード、お主は『七夕』を知っておるか?」
手習いの手を止め、ミスミが不意に問いかけてきた。悪戯めいたその表情は、一児の母とは思えぬ
若々しさだ。
隣で生真面目に正座していた長身の男が、開いていた本からミスミへと視線を移す。
「ええ、ゲンジさんに聞きました。確か、竹に願い事を書いた短冊を吊るす行事……でしたよね」
「なんじゃ知っておるのか」
つまらん、と口をとがらせるミスミに小さく笑いかけ、
「スバル君も随分と楽しみにしているようですね」
「そうじゃのう。裏山に笹を取りに行くのだと言って、昨日は朝からキュウマを引っ張り回しておった。
 おかげで風呂の始末が大変でな」
ころころ笑うさまには我が子への慈しみが溢れている。稽古事より山野を駆け回る方が好きだったと
いうミスミのことだから、案外幼少時の自分を重ねているのかもしれない。
ヤードは穏やかな笑みを浮かべたまま、
「では、今夜はさぞかし賑やかでしょうね……ところでミスミさま」
「なんじゃ」
ヤードは表情を崩さぬまま、文机の半紙に指をかざす。そこにはリインバウムで使用されている文字が
墨でもって記されていた。
「ここ、間違っていますよ」
「ん?」
「もう一度」
慌てて見直すミスミを尻目に涼しい顔で告げる。
「……あ、いや、しかしな、たかが一文字抜けただけじゃし……」
「ミスミさま?」
「……相分かった」
鬼め、と鬼人族のミスミがリインバウムの人間であるヤードに呟くとは奇妙な話だ。
「昼食の時間になったら今日の分は終わりましょう。それまで、きちんと進んで頂きますよ」
うう、とも、ああ、ともつかぬ珍妙な呻き声を洩らしながら、ミスミは再び文机へと向かった。
324サモンナイト3で七夕ネタ(2/4):2005/07/07(木) 00:22:28 ID:H01zptqH

ヤードがミスミにリインバウムの文字を教え始めたのは、ヤードが教師になる前のことだった。その頃
学校で(といっても今の規模ではなく、たった四人の生徒を相手にした小さな青空学級だったが)教えて
いたのは島の皆に『先生』と慕われていたかつての仲間で、ヤードはその仲間から学校を引き継いだのだ。
―――息子の宿題も手伝ってやれぬのでは母親として情けない。こちらの文字を教えて欲しい。
召喚術の影響で会話には不自由しないといっても、読み書きまではままならない。しかしただでさえ
忙しい『先生』に頼むには気が引ける。
そんな理由から、ミスミが自らの教師役として白羽の矢を立てたのがヤードだった。
頼んで初日、死ヌほど後悔した。
いや、教え方は悪くない。むしろ上手い部類だろうと思う。ミスミの実力は確実についたし、学校での評判
も上々だ。唯、穏やかな風貌からは予測もつかないくらい厳しいだけで。
「お…終わったぞ……」
どうにかこうにか仕上げた課題をヤードに渡す。この瞬間が一番胃が痛い。
「全問正解です。お疲れ様でした」
安堵のあまり文机につっぷすと、艶やかな黒髪が畳に零れた。横目で見ればヤードは澄ました面で宿題と
おぼしき綴り紙を取り出してくる。泣きたい。
「失礼します」
涼をとる為開け放した障子越しにおとないがかかる。銀髪のシノビが廊下に膝をつき苦笑いしていた。
「昼餉の用意が整いましたので、呼びに参りました。ヤード殿もご一緒下さい」
「では、お言葉に甘えさせて貰います」
退出するヤードに悟られぬようミスミがすすっとシノビであるキュウマに近づき、
「もっと早ように声を掛けてくれれば良かったのに」
「邪魔をしてはいけませんので」
「わらわが良いと言ってもか?」
「私の主人はミスミ様とスバル様ですが、手習いはきちんとした方が宜しいですから」
「ええいもう頼まんわっ」
ぷんすかと効果音をつけたくなる勢いで廊下を進むその姿は、当年とってン歳の淑女には全く見えない。
325サモンナイト3で七夕ネタ(3/4):2005/07/07(木) 00:24:23 ID:H01zptqH

昼食の席に、屋敷の住人であるミスミ、スバル、キュウマの他ヤードも加わるのが七日に一度の恒例
行事となっていた。
「母上の手習いちゃんと進んでる?」
「ええ。ミスミさまはとても真面目な生徒です。スバル君も見習うといいですよ」
ミスミはくすぐったさに首をすくめた。我が子に尊敬されるのは無上の喜びだが、それほど出来のいい
生徒でないのはミスミ自身が知っている。まさかとは思うがすれを見越して実際もそうなりなさいとの
謀略か。狡賢い教師め。
被害妄想から立ち直ると、何時の間にか話題がミスミの手習いから七夕へと移っているのに気がつく。
もうキュウマに手伝わせて短冊もこしらえたのだ、とスバルが自慢げに話すのを見て、思いついた。
「―――のう、ヤードもひとつ短冊を書いてゆかぬか?」
「よろしいの、ですか?」
「勿論じゃ。わらわの手習いの師なれば身内も同然じゃからのう」
笑みがふと曇る。
「しかしのう……ひとつ問題があってな」
「と言うと」
「実はな。
 七夕の短冊はシルターンの言葉で書かねばならぬのじゃ」
 スバルが眉を寄せ、キュウマに耳打ちした。
「(……そうなの?)」
「(いえ、私も初耳です)」
おそらく普段の憂さ晴らしに、今度は自分が鬼教師になる腹積もりなのだろうとキュウマには見当が
ついたが、武士の情けスバルには黙っておく。
「まあ心配は要らぬ。わらわが心行くまで指導しようぞ!」
「……楽しそうですね」
ヤードも意図が読めたのか苦笑している。
「ささ、昼餉も済んだことじゃし、キュウマ、短冊と墨を用意してくれるか」
326サモンナイト3で七夕ネタ(4/4):2005/07/07(木) 00:25:55 ID:H01zptqH
「はっ、只今」
「おいらも! キュウマも一緒に書くんだぞ」
スバルが元気良く手を挙げて、大人たちの間に慈しむような空気が流れた。
「では筆と硯を四人分。キュウマ、頼んだぞ」
「分かりました」
「さて、何を書こうかのう」
ついでにミスミの場合「ヤードに何を書かせるか」という要素もあるので楽しみ二倍といったところか。
「ふっふっふ、楽しみじゃのう」
「……無駄かもしれませんが、お手柔らかに」


ついでに。
「その……ミスミ様、申し上げにくいのですが……」
「なんじゃキュウマ。わらわは今ヤードへの仕返…もとい手ほどきで忙しゅうてな」
「……そこの字は点がひとつ余計です」
「なぬ?!」
幼少のみぎりより手習いが嫌いだったミスミの為、キュウマがにわか教師となったとかならなかったとか。




どうも相変わらずのサモンナイト3で七夕ネタです。前回レスくれた方ありがとう。

>322好きなのをどうぞ。
1、水流攻撃のできる召喚獣を喚び出してダメージ覚悟でシャワー代わり
2、召喚獣を喚び出してポンプを押してもらう
3、提案通り水兵にポンプ押してもらう。勿論覗いたら召喚術でこんがり丸焼きに
327名無しさん@ピンキー:2005/07/07(木) 00:45:11 ID:Ucahctgu
ミスミ様可愛すぎ。
もうなにこのキュートすぎる奥様は。
328名無しさん@ピンキー:2005/07/08(金) 03:33:43 ID:D9ro+5Gx
うおー、ヤードとミスミ様がサモ3プレイ時最萌カップリング
だった俺としては、氏ぬほど嬉しい! 万歳! 超GJ!
329閉ざされた海:2005/07/17(日) 23:15:56 ID:A17Nzu10
第0章

 黎明の洋上で、2機のヘリコプターが緊密な編隊を組み、超低空を飛翔していた。ローターの作り出すダウン
ウォッシュが黒々とした海面を叩き、闇の中にも白い飛沫の輪を作り出している。しかし、新設計の複合素材製
ローターのおかげで、その爆音は驚くほど小さい。両機にはファスト・ロープが取り付けられ、それぞれに6名
の海兵隊員からなる強襲チームが1つずつ乗り組んでいる。
先導機〈ジャニター・ワン〉のパイロットであるスザンヌ・パスカル海軍大尉はダースヴェーダーじみたヘルメ
ットをかぶり、赤外線暗視装置の緑色がかった画像を睨んでいた。
コクピットには、パスカル大尉と副操縦士のファビエ中尉に加えて2人の同乗者がいる。
1人は地元の税関の職員。もう1人はクロエ・フロトン海兵隊少尉である。
 〈サザランド〉の艦橋では、艦長のアンヌ・ベダ中佐と地元の税関の職員が並んで立っていた。
税関の男は興奮を隠せなかった。これまで彼らは、洋上哨戒能力が貧弱なせいで海上での犯罪に手をこまねき、
そのためにヨーロッパへと麻薬を発送するための中継基地として使われる羽目になってきた。
しかし、先頃発効したMIPA(中部条約機構)との合意により、その状況は変わるだろう。

「目標針路に変化なし。基線より10海里、速力8ノット、針路2-6-8」
「よし――執行せよ」
ベダ中佐が艦内電話で告げた。
CIC(戦闘情報センター)では、セルジュ・クレール海兵隊大尉が無線機に向かって言った。
「コンバット・チェック」
『シックス・チェック』
『ジャニター・チェック』
『オーメン・チェック』
『フィーチャー・チェック』
『ナイフ・チェック』
330閉ざされた海:2005/07/17(日) 23:16:15 ID:A17Nzu10
『コンバット(CIC)より全員、異常なし。行動準備――実施』
両機のキャビンでは、海兵隊員たちが薬室に弾を送り込み、安全装置をかける金属音が響いた。
『全員に告ぐ、こちらコンバット――1分前。以上』
『全員に告ぐ、こちらコンバット――30秒前。以上』
『全員に告ぐ、こちらコンバット――15秒前――10秒前――5秒前――用意、用意、用意――
――突入! 突入! 突入!』

 パスカル大尉はさっと機体を起こし、目標の上空20メートルで機体をホヴァリングさせた。
レノルズ兵曹長が投げ落としたロープの輪が甲板に命中し、重い音を立てた。パイロットが細心の注意を払って
機体を静止させるなか、次々と海兵隊員がロープを掴み、闇の中へと身を躍らせる。
闇の中から亡霊のように現れたフリゲイトから何本もの光芒が伸びた。
艦首の主砲が狙いを定めて回り、拡声器が怒鳴った。

『THIS IS THE HESPERIAN NAVY. HEAVE TO AND PREPARE TO BE BOARDED.
REPEAT!
THIS IS THE HESPERIAN NAVY. HEAVE TO AND PREPARE TO BE BOARDED. 』

 斥候がロープを掴み、機関拳銃を構えつつ一気に滑り降りた。素早くコンテナを盾にとり、船橋を牽制する。
2人目の斥候が降り立ち、極端に省略した動作で胸に下げたカービンを構えた。
船橋の賊が銃を構えようとしたが、機関拳銃の連射を胸に浴びて死んだ。
擲弾手のペアが降下し、船橋めがけて立て続けに催涙弾を叩き込んだ。その下を2人の斥候が走った。
一番機は素早く上昇し、キャビンのレノルズ兵曹長がドアの汎用機関銃について援護に回った。
その下で二番機が静止し、キャビンのドアを引き開けて第2班が降下を開始した。
331閉ざされた海:2005/07/17(日) 23:16:47 ID:A17Nzu10
 相手がレーダー画面のエコーに気づいているかどうかは分からなかったが、そうだと想定してかからなければ
ならなかった。シャーロッテ・ゴドウィン軍曹は波を観察し、そのリズムを飲み込んだと確信すると、襲撃に備
えて身構えた。彼女の部下と税関の職員もそれに倣った。
 黒い複合艇もその乗員も、完全に闇に溶けている。ゴドウィン軍曹と5名の海兵隊員は、彼らが好んで“マン
・イン・ブラック”と呼ぶ黒装束に身を包み、タグボートを偽装した売人の船へと迫りつつあった。斥候として
舳先に潜む二人の兵長は、消音装置をつけた機関拳銃を構えている。普段は軽機関銃を扱うブロー上等兵も、他
の海兵隊員と同様にカービンを携えている。税関の職員は自動拳銃を抜き、海兵隊員と同様に防弾型の救命胴衣
を着けていたが、自信が無さそうな風情だった。
「我々は、その…奴らのフネに…飛び移るんだな?」
彼は不安そうにゴドウィン軍曹に聞いた。
「そうですよ」
と、彼女は事も無げに言った。
「しかし…もし海に落ちたら?」
「大丈夫ですよ。海は温かいですから、凍える心配はありません。挟まれたら保証の限りではありませんが――
ナニ、ちょろい仕事ですよ」
ゴドウィンは笑ったが、税関の職員は冗談ではないという表情であった。

『――突入! 突入! 突入!』
艇長が艦載複合艇を敵船にぐっと近寄せた。
うねりが複合艇を持ち上げると同時に斥候のマイヤー兵長,ヤニク兵長が身を躍らせ、甲板に降り立った。
素早く機関拳銃を両手で構え、足場を固めて警戒する。
さらにゴドウィン軍曹を含めた4人の海兵隊員と税関の職員が乗り移ると、
「ドライ・フィート」
とゴドウィンが送信した。今や彼らは敵船の甲板上にあった。
332閉ざされた海:2005/07/17(日) 23:18:28 ID:A17Nzu10
 予測とは異なり、彼らはまだ敵に発見されていなかった。
船首から人が騒ぐ声が聞こえてくる。船体がわずかに傾ぎ、加速するのが靴底に感じられた。
ゴドウィン軍曹が2人の斥候を見て拳を握り、彼らが肯いた。
彼女は2丁の消音銃を両舷に配した。2人の斥候が機関拳銃で危険を探りながら船首へと前進し、その後にカー
ビンを構えた海兵隊員、そして税関職員が続く。
船橋では売人たちが恐慌の真只中だった。それゆえ、彼らは背後から忍び寄る“メン・イン・ブラック”
(および“ウーマン・イン・ブラック”)に全く気づいていなかった。
「動くな! 銃を下に置け」
カービンの背後からゴドウィンが警告し、
「おまえたちはB級麻薬(大麻)密輸の容疑で逮捕された」
と税関職員が付け加えた。
「甲板にうつ伏せて両足を広げろ――早くしろ!」
「厭なら頭をぶち抜いてやっても良いんだぞ」
ロレー伍長が脅した。
ゴドウィンと税関職員、ブロー上等兵が船橋の捕虜を確保し、2人ずつの捜索班が船内の捜索を開始した。
「サー――サー――我々は麻薬など運んでいません。ただドルを――たくさんのドルを――」
赤毛の男が抗議を迸らせた。
「ドルだけなら、な」
と税関職員が言い、左手でさっと赤毛の髭を掴みとって高笑いした。
「ほう、ほう、ほう――懐かしのベリコソスじゃないかね?」
「手配犯ですか?」
「国際手配済みだ。殺人に強盗、麻薬密売に武器密輸,売春斡旋やらなんやら、両手に余る罪状で逮捕状が出て
る。おい、いつかはもう少しのところで逃したが今度はそうはいかんぞ!」
333閉ざされた海:2005/07/17(日) 23:19:48 ID:A17Nzu10
 海兵隊第3班が捕虜 / 容疑者を連れて意気揚々と帰投し、複合艇がダビットで引き上げられたとき、
ちょうどヘリコプターの二番機が格納庫に引き入れられようとしているところだった。
税関の職員たちは自前のヘリコプターを待って帰投することになっている。甲板上を歩き回る彼らは興奮に身を
震わせ、躍り上がらんばかりに喜んでいた。
初めて洋上での要撃を成功させ、手配犯2人と300キロに及ぶ精製済みの大麻を抑えた。
そして何より、MIPAの協力姿勢が本物であることが証明された。
今回の作戦には、ヘスペリア海軍の最新鋭戦闘艦である〈サザランド〉および同艦乗艦の海兵隊が全面的に協力
している。例え油断しきった軽武装の麻薬業者相手と言えど、最新鋭戦闘艦を丸ごと貸し出すというのは生半可
な態度ではない。
 水兵たちが起こしたセーフティ・ネットに、先に降りていたパスカル大尉が寄りかかっているのが赤色の照明
に浮かび上がって見えた。遥かな水平線には曙光の気配がわずかに窺える。
(とんでもない夜遊びだったな、海兵隊)
とゴドウィン軍曹は思った。

 シャーロッテ・ゴドウィン3等軍曹(特技章保持)は25才、新しいタイプの海兵隊員――正確には海軍歩兵コ
マンドー軍団(COFUSCO)隊員――の一人である。かつて色白だった肌は洋上勤務のおかげできれいな
小麦色に焼けていて、それがまた実に佳い。

 7年前、彼女は高校を出たばかりで、生んだばかりのダニエルを抱えていて、いっそう悪いことに道を踏み外
しかけていた。のちに示す恐るべき海兵隊魂からは想像しがたいが、それまで彼女はごく普通の少女にすぎず、
幼子を抱えて社会に出る準備などできていなかった。そのとき、「白馬の王子」が彼女を救った。もっとも、
通常の意味においてではなかった――彼は親戚だったからである。ちょうど「砂漠の嵐」が終わったばかりで、
そろそろ退役して夫婦だけの生活を送ろうと考えていたゲルサン夫妻が彼女の家を訪ねたとき、見る影も無くな
った彼女と出くわした。翌日、彼女は飛行機に放り込まれ、南洋へと送り出された。
334閉ざされた海:2005/07/17(日) 23:22:41 ID:A17Nzu10
 沿岸での2ヶ月の「訓練航海」の間にゲルサン船長はこの少女の中にあるものに気づき、COFUSCOで
身につけた全てを伝える気になった。ゲルサンは現役時代、卓越した教師でもあった。
ちょうどそのとき、とある水族館との契約によってゲルサン夫妻とその愛船である〈スフリュールII〉は半年間
の航海に出ることになり、そして彼はその航海にゴドウィンを同道した。
 陸では決して得られない自由が海にはあった。そしてゲルサンは、海は傲慢なものを決して容赦しないこと、
しかし準備と知識と鍛錬、そして自分に向き合うだけの正直さがそろえば、どんな種類の危険にも対処できるこ
とを、つまり適切に立ち向かえば危険など恐れるにたりないことを教えた。
その航海の後、ゴドウィンは確実な変化を遂げていた。
不本意な形で女にされた、挫折感を抱えた少女はすでになく、今や彼女は自信に満ち溢れた海の女への着実な一
歩を踏み出していた。
 ゲルサンとしては、ゴドウィンが海軍歩兵として彼自身と同じ道を辿ってくれればよいと思っていたが、彼女
がダニエルからそれほど長く離れることを喜ぶはずがなかった。
双方が妥協し、ゴドウィンは海軍歩兵予備役の下士官志願兵を志願した。
当時の海軍歩兵予備役は、貴重な技術を持つ人材のプールというよりかなり少ない海軍歩兵の兵力を戦時に増強
する手段として見られており、戦闘職種としての選択肢は歩兵しかなく、血気盛んな彼女は後方職種を不当に低
く見るという悪癖を抱えていた。もっとも、年に2週間戦争ごっこをするだけで月に30ユーロ支給されるという
のは決して悪い話ではなかった。
 そのようにして、5年が過ぎた。しかし最近、彼女はダニーの将来についてちょっとばかり考えて、彼を大学
まで上げてやるためには、彼女だけではいささか財政的に不安があることに気づいた。そして、彼女は常々ダニ
ーに構いすぎているような一抹の不安を覚えていた。
もう7才になるのだし、そろそろ独立心を持たせる頃合いではないか?
335閉ざされた海:2005/07/17(日) 23:24:32 ID:A17Nzu10
 そんなわけで、彼女は2年間の現役編入を志願した。
ここで、彼女をどこに配属すべきかと言う点で、海軍歩兵コマンドー軍団の上層部ではちょっとした論議がまき
おこった。
 ゲルサン最先任上級曹長は、軍団随一の艇長だった。コマンドー・ユベールや近接戦闘部隊の小隊長たちが
戦闘任務を命じられたとき、支援してほしい人物リストのトップには常にゲルサン曹長がいた。その士官たちの
多くは昇進し、COFUSCOの幹部となっていた。実のところ、軍団長自らがコマンドー・ユベールの元隊長で、
ゲルサンのファンであった。
 ゴドウィンはそのゲルサンの直伝の弟子に当たる。その点で、彼女の持つ舟艇要員特技章は金色の特技章で
あると言えよう。おまけに事務処理上では彼女は単なる歩兵であり、従って、彼女を得れば専門職の舟艇要員に
加えて員数外で熟練の舟艇要員を抱えることができるのだった。彼女が予備役であり、また女性であることは
問題にならない。ゲルサン退役最先任上級曹長が“よし”と言ったなら、それは神の審判も同然なのである。
 各部隊が必要性をさんざん主張したあげく、軍団長自らの裁断により彼女は艦隊防御グループに配属された。
これは、単に艦隊防御グループがその種の才能の持ち主を必要としていたためだけではなく、政治的な問題でも
あった。
 艦隊防御グループは海軍艦艇などに分遣隊を派遣し、洋上および錨泊地における艦艇の警備などを担当する
部隊である。軍団長は、彼女を新型の多用途フリゲイトのプロトタイプ、すなわち〈サザランド〉に配属することに
していた。すべては、軍までもが「政治的公平性」とやらを求められるはめになった結果であるのみならず、
冷戦の終結に伴い、海軍歩兵コマンドー軍団に求められる役割が変化したことの結果でもあった。
 早くから女性を部隊配置してきた陸軍,空軍とは異なり、閉鎖的な環境での勤務を強要される海軍においては
女性の進出は遅れてきた。
そして、餓狼のごとく残虐非道な野党がそれを見逃すはずがない。
毎年まいとし国会では海軍長官が「男女同権」の大義名分のもと集中砲火を浴び、もともと苦手なブルボン宮周辺
での陸戦において大苦戦を余儀なくされてきた。補給艦など補助艦艇への配置でお茶を濁してきたが、
いい加減圧力にも耐えきれなくなるころだった。
336閉ざされた海:2005/07/17(日) 23:26:47 ID:A17Nzu10
 そのためもあって、今度就役する〈サザランド〉では女性乗員の乗艦が前面に押し出されていた。同艦はヘス
ペリア海軍で初めて女性の乗艦を前提に設計された戦闘艦であり、今は艦長のベダ中佐を筆頭にして12人が乗艦
しているが、必要であればさらに20人強にまで増やすことができる。それに加え、海兵隊に女性下士官、しかも
シングル・マザーを配属すれば、海軍が女性を決して軽視しておらず、そして「働く非婚の母」への支援を惜し
まないことを広告できる。
しかも、そのシングル・マザーがかのゲルサン曹長直伝の弟子ともなれば、「広報活動のために現場に役立たず
を押し付けた」という部内からの非難も躱せる。おまけに、海外領土など遠隔地での洋上作戦が主となる艦隊防
御グループが彼女のような熟練の舟艇要員を必要としていることも確かなのだった。
 それは、〈サザランド〉の海兵分遣隊にとっても朗報といえた。分遣隊を率いるクレール大尉はゲルサン曹長
を直接には知らず、その弟子と言われてもピンとこなかったし、彼女が予備役からの現役編入組であるというこ
とはその信頼を増加させるものではなかったので、彼女が率いる第3班の2人の伍長のうちの1人にはコマンド
ー・ユベール出身のロレー伍長をあて、彼女を補佐させようと考えた。
 しかし実際のところ、彼女の実力は現役組に何ら劣るものではなかった。
海軍歩兵予備役の訓練は(その人材が民間から来ているにも関わらず)現役と全く変わらず、おまけに彼女は発
展訓練まで受けていた。
特にその舟艇取り扱い能力は本職の海軍艇長にもほとんど劣らないほどのもので、5メートルのゾディアックから
11メートル級複合型艦載艇、15メートル級の哨戒艇に至るまで、海軍歩兵が関わるすべての舟艇を自在に操るこ
とができた。そしてその彼女の右腕となるのは、COFUSCO所属の特殊部隊であるコマンドー・ユベール
出身のロレー伍長である。
そのような次第で、クレール大尉が当初は予備兵力として使うつもりでいた第3班は、事実上舟艇専門の立ち入
り検査隊として運用されるに至っていた。
つまるところ彼女の配置は、現場と管理の双方が納得できるという点で、まことによろしい人事といえよう。
337閉ざされた海:2005/07/17(日) 23:31:41 ID:A17Nzu10
 そしてまた、それは彼女にとっても決して悪い話ではなかった。彼女は特技章を持っているので、実質的には
2等軍曹と同等の給与等級にいた。配偶者がいないので扶養手当は倍になるし、おまけに艦隊防御グループに
配属されたおかげで俸給の16%の乗組手当+1日あたり15ユーロの航海手当が出る。
 しかし、可愛い息子から離れての洋上生活が嬉しいはずがない。その寂しさを少しでも紛らわそうと、彼女は
毎晩衛星通信を通じて息子にメールを送っていた。そのメールはゲルサンによって印刷され、毎晩ダニエルに
手渡されることになっている。翌朝返事を読むのが、毎日の一番の楽しみだった。
 彼女が今晩のメールの文面を練っていたとき、人影がパスカル大尉に歩み寄ってくるのが見えた。
ゴドウィンはにやりと笑い、立ち去った。今夜の冒険を、ダニーに聞かせてやるのが楽しみだった。
クレール大尉とパスカル大尉が手を打ち合わせる音が、その背中を追いかけてきた。
33848:2005/07/17(日) 23:35:37 ID:A17Nzu10
 お久しぶりの48です。第0章の半ばまで落とさせていただきました。
まず、269氏へ。返事が遅れて申し訳ありませんが、そのとおり、リライト版です。
ただし、相当に改変しています。フネや登場人物の名前などの表面的なものからストーリーの根幹まで、
徹底的に手を加えました。
より良くなった、と確信していますし、読者にもそう思っていただけるだろうと思います。
 今回のお話について、説明を少々。
まず、作中の世界は現実のそれとは違います。と言うのも、筆者の要求に合致する地形が地球上に存在しない
ものですから。
また、それに伴って国名も変えてあります。それぞれの国にはモデルがあり、例えば「ヘスペリア」はフランスが
モデルです。日本は「日本」のままですが、それはどの名前に変えても違和感が残ったためです。
祖国というのはやはり、誰にとっても特別なものではありませんか?
 しかし「別の世界」である以上、それなりに変更しています。例えば「COFUSCO」は現実に存在するフランス
海軍歩兵コマンドー軍団の名前でもありますが、作中の「COFUSCO」はむしろイギリス海兵隊のそれに近い
組織です。現実のCOFUSCOは遥かに小規模で、実質的には全部隊が特殊作戦部隊であり、また、特別に
艦艇警備を任務とする部隊は存在しません(たぶんそうだと思います――筆者は全く仏語を解しません)。
 さて、筆者は今、戦闘・第1弾の構想(妄想)に夢中です。「ニンジャ・ヒルの戦闘」みたいなものにしたい
なあ、と思って書いています。先は多少長そうですが、楽しみに待っていてください。
339弱虫ゴンザレス:2005/07/19(火) 02:49:17 ID:gR52o1t1
番外続き 投下いたします

 石造りの壁と、その壁に沿うように並べられたワイン棚。棚に並べられ埃をかぶったワインに、
そのワインを飲むためのグラスがしまわれているマホガニーのサイドボード。部屋の中央には小
さなテーブルとロッキングチェアーがあり、シリクはそのロッキングチェアーに揺られながら、
一人ぶつぶつと何事かを呟いていた。
 時折乱暴にテーブルを叩いては静かになり、かと思えば不意に立ち上がるなり虚空に向けて怒
鳴りつける。この姿を目にすれば、誰もが彼に何らかの治療を勧めずにはいられないだろう。確
かに彼は異常だった。誰の目から見ても、恐らくは彼らの目から見ても正常ではないだろう。
 シリクは再び荒々しく立ち上がると、拳でテーブルを殴りつけた。マホガニーのつややかな丸
テーブルの上で、ワイングラスとボトルが危なげな音を立てる。
「いい加減にしないか! 貴様一体どういうつもりだ!」
 目に見えない誰かを怒鳴りつけたかと思うと、今度はふっと体の力を抜き、片腕を軽く振って
どさりとロッキングチェアーに腰を下ろす。
「どうもこうも、迷子の女の子がいて、そういうつもりは無かったにせよ僕が原因で怪我をして、
もうすぐ夜も迫ってたから安全な家に連れて来た。それだけの事じゃないか。一体何を怒ってる
んだよ」
「何を怒っているかだと!? 貴様、本気で……!」
 落ち着くまもなくすぐさま椅子を揺らして立ち上がり、喉まで出かけた怒声を諦めて力なく椅
子に倒れこむ。額を押さえて黙り込み、シリクはワインを注いだグラスに手を伸ばした。
「貴様のお人よしには本当に呆れ返る。わかっているのか? 人間の女だぞ! まさか忘れたわ
けではあるまいに」
「そりゃ、さすがの僕でも忘れないさ。でも、あの子は違う人間だ。トレス、分かってるんだろ? 
あの子はただ森で迷っただけの可哀想な女の子だよ」
340弱虫ゴンザレス:2005/07/19(火) 02:50:31 ID:gR52o1t1
 少年を思わせる純粋で明るい男の声と、神経質な思慮深さを備えた低い声が交互に地下室に響
き渡り、声だけ聞けば、そこには二人の男が存在しているようだった。もし戸の外で誰かが聞き
耳を立てていたら、聞き拾ったもう一つの名前から、シリクとは別にトレスという名の男がいる
のだと錯覚してしまうだろう。
 しかし実際にはこの部屋には一人しか――上の階でリョウと楽しげに会話を交わしたシリク
だけしか存在しない。だが、人数とは肉体の数量だと規定さえしなければ、そこには確かに二人
いた。
 シリクとトレス。彼らは別々に生まれ、個々に育ち、そして今、一つの体に二人いる。
「違う? 違うだと? 一体何が違うというのだ! 人間など……いや、人間に限らず己以外の
生物など、全ては信用に足るような存在ではありえない。なぜ貴様はそれが分からない! なぜ
貴様が分からないのだ! 一番の痛手を被ったはずの貴様が!」
「別に僕は痛手をこうむった覚えはないよ。昔どおりのんびりとしたもんさ。なぁ、少し落ち着
けって。あんまり怒鳴ると、さすがに上にも声が届く。僕らがこんなだって知られたら、あの子
に怯えられるだろ?」
「怯えるならば怯えさせておけばいいのだ。そのまま服を剥いでオークの巣にでも放り込んでし
まえ! 血を流し道に迷った愚鈍な生物は、人間に限らずモンスターの餌になるのが道理だろ
う! それを貴様は……!」
「服を剥いでオークの巣? 君が輪姦ショーを見る趣味があるとは知らなかったよ。随分長い事
一緒にいるけどはじめての発見だ。君は未だに虫を殺すのに躊躇する男だと思ってたよ。昨日の
今日でよくそんなに変われたね」
 石造りの床を蹴ってロッキングチェアーを激しく揺らし、シリクは無言の内にもうこれ以上話
す事はないとトレスに告げた。
 
341弱虫ゴンザレス:2005/07/19(火) 02:51:16 ID:gR52o1t1
 ギ……ギ……と、椅子が軋む音だけが、冷たい空気の漂うワイン貯蔵庫にとけていく。
 異種族の移り香と不思議な雰囲気をまとった少女を家に上げ、治療を施し終わるなり恐ろしい
剣幕で立ち上がり、足音も荒くこの部屋に飛び込むほどに、トレスはシリクの行動に憤慨していた。
 まず、昼間ならともかく、日が暮れかかっている時にわざわざ怪我人を助けに行った事が無鉄
砲だと声を荒げ、次になぜ止血だけして放り出して来なかったのかと拳を握る。何故、聞かれて
もいないし答える必要もなかったのに、名乗ったのかと憤慨し、最後にあまりにも無防備すぎる
と激怒した。
その怒りの勢いたるや、リョウに包帯を巻き終わるまで、よくぞ黙っていてくれたと感心して
しまうほどだ。
 そんなにも嫌だったなら、もっと早い段階で姿を現してリョウを脅し、森の奥にでも追い立て
ればよかったでは無いかと思うが、もしそんな事をしていたら、難儀しながらも何とかして殴り
合いの喧嘩をやらかしていただろうとも思う。
「……悪かった。少し、口が過ぎたようだ……」
 ぼそぼそと、それこそ自分の耳にしか届かないような声量でトレスが謝罪を呟いた。椅子が軋
む音が止まり、今度はシリクが息をつく。
「トレス。女の子がそんなに怖いか?」
 少しだけ、言葉を選ぶような間を置いて、シリクがトレスに問いかけた。その言葉に、そんな
に嫌ならば少女を追い出しても構わないという色が浮かんでいる。
「……いいや」
 首も振らず、トレスはうめくように呟いた。
「傷の手当をして、一晩泊めて、明日の朝街道まで送って行って、さよならする。それだけがそ
んなに気に食わない?」
「……いいや」
「なら、いいんだ……可愛い子だろ?」
「そうは思わん」
「見る目がないなぁ」
 あはは、と笑って天井を仰ぎ、グラスを無視してボトルに直接手を伸ばす。口をつけて傾ける
と、ワインの酸味が口いっぱいに広がって、シリクはまずそうに呻いてボトルを置いた。
342弱虫ゴンザレス:2005/07/19(火) 02:52:00 ID:gR52o1t1
 未だに、ワインの何がいいのか分からない。同じ体を使っているのに何故味覚が違うのか不思
議だが、トレスはとにかくワインに限らず酒好きで、シリクは甘めの酒以外は率先して飲もうと
はしなかった。
「僕も少し、軽率だった。謝るよ……でもさ、見捨てられないだろ?」
「……あぁ」
 快く、とは言いがたいが、トレスが声に出して同意を示した事に満足すると、シリクはぐっと
伸びをして立ち上がった。
 素直じゃないが、自分なんかとは比べ物にならないほど優しい男が、非力な少女を夜の森に放
り出せなんて、例え口で言っても本気で思うはずが無い。どんなに嫌がっている態度を取っても、
彼が了承したということは全面的な肯定となんら変わりは無いのである。
「そうと決まれば、あの子に食事とお風呂を用意してあげなくちゃ。育ち盛りの子供に空きっ腹
を抱えさせておくわけにはいかないからね」
 空になったグラスとまだ半分以上入っているボトルを置き去りに、シリクは軽やかな足取りで
石作りの階段に足をかけた。同時に、石の角がかけてボロボロと破片が床に転がり落ちる。
 随分昔に、階段の上で溶解液をぶちまけてしまった事が原因だろうが、きっかり10段ある石
段は目に見えて劣化しており、体重をかける場所を間違えたら簡単に崩れ落ちてしまいそうだっ
た。その危険な階段をなれた調子でひょいひょいと上げっていき、トレスは一切躊躇することな
く木製のドアを押し開けた。
 いくら月明かりを取り込む天窓があっても、他に光源がなければ部屋は暗い。ワイン貯蔵庫か
ら上がった先にあるのは寝室だった。いつもならばインクルタが2、3匹漂ってるため、ロウソ
クを灯した程度の明るさはあるのだが、この家のインクルタはどうやらリョウを気に入ったらし
く、リビングに集まったきり決してばらけようとしない。
343弱虫ゴンザレス:2005/07/19(火) 02:53:32 ID:gR52o1t1
 インクルタが人間に懐くなど聞いた事がないが、懐いているからには懐くのだろう。
 ドアを閉めてしまうとワイン貯蔵庫への道は完全に壁と一体化してしまい、そこに部屋がある
と知らなければ決して入り込めないようになっていた。恐らくは、万が一の時に隠れられる秘密
の部屋として作られた物なのだろう。
 誰一人、自主的に訪問することの無くなったこの家には最早必要の無い機能だが、二人はこの
涼しい秘密の部屋で、ロッキングチェアーに揺られているのが好きだった。
「さて。分かってるとは思うけど、リョウちゃんの前では君は存在しない物として振舞ってくれ
よ? どんなに何か言いたい事があっても絶対喋らない。いいね?」
「何が起こるかわからん内に、そんな軽率な約束など交わせるものか」
「トレス……」
 頼むから、と念を押すように言われて忌々しげに鼻を鳴らし、トレスはそれきり思考の奥に引
っ込んだ。どうせ暇なのだから、不貞寝してやろうということなのだろう。
 軽く肩をすくめて居間へと続くドアの取っ手に手をかけると、居間の光が暗い寝室に差し込ん
でやたらと明るく感じられる。先ほどと同様、そのまま勢いよく押し開こうとしたドアが中ほ
どまで開いた途端、突然何かにぶつかってガツン、と鈍い音がした。
「ぎゃん!」
「うわっ! 何だ!?」
 驚いてドアから飛びのくと、弾みで押されたドアがゆっくりと向こう側に開かれてシリクに状
況を把握させた。
 何とそこには、リョウが大量のインクルタを纏わりつかせ、痛そうに頭を押さえてうずくまって
いたのである。
「い……ったぁい!」
「リョウちゃん!? ご、ごめん! ドアの向こうにいるなんて思わなくて!」
「思ってよ少しはぁ! もぉ〜……たんこぶできたじゃんかぁ!」
 涙目で額を抑え、リョウは痛そうに呻くとシリクを恨めしげに睨み上げた。
 膝を折ってみてみると、なるほど確かに眉の上辺りが真っ赤になって、既にやや腫れている。
触ろうとするとびくりと体を強張らせ、リョウは警戒するように涙目のままじっとシリクを凝視した。
344弱虫ゴンザレス:2005/07/19(火) 02:54:27 ID:gR52o1t1
「そんなに睨まないでくれよ。ごめんねほんとに。反省してるから。ね? でもリョウちゃん、
ドアのまえで一体……」
 何してたの、という言葉は最後まで口に出さずに、シリクはなるべくリョウを怯えさせないよ
うにできうる限り優しく額に触れてみた。熱を持って痛そうなコブはどんどん赤く腫れてきて、
シリクはこれは冷やさなきゃダメだな、と内心後ろめたく思いながら苦笑した。
「……誰かいるの?」
「え?」
 井戸水を汲んでこなければな、と水差しを視線で探していたシリクは、リョウの突然の質問に
間の抜けた声で聞き返した。
「この部屋の中、誰かいるの?」
「……どうして?」
 何故、突然? とは思わなかった。この状況でそれを聞くならば、会話の断片でも聞かれてし
まったのだろう。ほんの数秒の会話を聞かれるとは、タイミングが悪いというか、運が悪いとい
うか……
 室内には誰もいないので気のせいだと言い逃れられるかもしれないため、シリクはとりあえず、
不思議そうに首を傾げてしらばっくれた。
「んーん。ただ、なんとなく誰かいるのかなって、思っただけ」
 ただ気まぐれに、なんとなく聞いてみただけだとでも言うように、リョウは何気なく首をふって
立ち上がった。追求を予想して言い訳を考えていたシリクはリョウのその行動に驚いて、一瞬リョウを
唖然として見つめてしまい、慌てて自分も立ち上がった。
345弱虫ゴンザレス:2005/07/19(火) 02:55:25 ID:gR52o1t1
――聞かれたわけじゃ、無かったのか……?
 ほんの一瞬の不自然を気取られたかという心配は、この少女には無用だろう。仮に不信感を抱
いたとしても、シリクとトレスの特異な関係には気付くまい。
「うぅ〜……ジンジンする。痛いよぉ」
 痛そうにコブをさすりながら、リョウが顔を顰めて文句を言う。
「井戸水汲んでくるね。そのおでこ、冷やさなきゃ。座って待ってて。すぐに戻るよ」
 水差しをつかんでソファを指差すと、リョウ一瞬何か言いたげにシリクを見上げ、しかしすぐ
に心配そうに飛び回っているインクルタとともによろよろとソファの方へと進んでいった。
 ドアを開けると外の冷たい風が暖炉の火を乱暴に揺らし、部屋に焚きしめてある香の臭いを巻
き上げる。夜幻鏡の花の香りは、モルフォ種の鋭い嗅覚をもってしても微かにしか感じられない
ほどに薄く儚い物だったが、トレスはずっと昔からこの花が好きだった。
「今夜も綺麗に咲いてるなぁ」
 後ろ手に戸を閉め、ふと視線をあげた先に見えたものに、シリクは感慨深げな声を漏らして口
元をほころばせた。鼻から深く息を吸い込めば、部屋にいた時と同じ香りが肺を満たす。
「包帯越しじゃなけりゃ、もっと強い香りに感じるんだろうけど……」
 特に残念がる風も無く呟いて見つめた先に、夜幻鏡の花が咲いていた。
 どんなに育っても腰の高さまでしか成長することの無い、背の低い幹から無数の白い枝が伸び、
花は指の先程度しかなく鮮やかに青い。花びらの一枚一枚が淡く青白い微光を発しているため、
その周りに根付いている囁き草の黒い花弁がぼんやりと浮かび上がっていた。
――夜幻鏡を植えよう。常々、貴様に似てると思っていた
 ふと、この植物をここに植えた時の事を思い出してしまい、シリクはくすぐったそうに首筋を
撫でて視線を地面に滑らせた。
「何を思い出している?」
「君がこいつを植えるって駄々こねた日のことさ」
 照れ隠しに、わざと捻くれて言ってみる。しかしトレスは気分を害した様子もなく、ただ先ほ
どのシリクのように感慨深げに呟いた。
346弱虫ゴンザレス:2005/07/19(火) 02:56:16 ID:gR52o1t1
「よくも育ったものだな、この気候で」
「順応能力が高いのさ。なんたってこいつは――」
 僕の分身なんだからね、と心の中でだけ呟いて、シリクはようやくつま先を井戸へと向けた。
 リョウがどさりとソファに座り込み、遅いとか痛いとか、ぶぅぶぅ文句を言っている姿が想像
できてなんとなく微笑ましい。
 冷たい井戸水を汲み上げて水差しにたっぷりと注ぎ込み、濡れた両手を軽く払う。僅かにでも傾ければこぼれてしまいそうな水差しを軽々と持ち上げて、今度は花には目もくれずに再び暖炉
の炎を揺らめかせた。
「おっそぉいよぉ!」
「ごめんごめん。ついつい夜に咲く花に目を奪われちゃってね」
「家の中では傷つけられた花が君の手当てを待ってるってゆうのに?」
「傷つけられた……って辺りに、妙な含みを感じるなぁ……」
 確かに、ドアをぶつけたのは僕だけど……と苦笑して、シリクは水差しの中身を半球の底が平
らになっている器に流しいれた。清潔な布を探し出して水に浸し、軽く絞って水を切る。
「はい、冷やしますよー……っと」
 リョウの正面に片膝をつき、シリクの手がかじかむ程冷たい布を額に当てる。
「いたッ……たたた」
「少し傷になってるからね。腫れが引いたら、傷薬をあげるよ。本当は打撲の薬も作ってあげた
いんだけど、生憎手元に薬草が無くってね」
「ん……だいじょぶ。あー、冷たい」
 シリクから布を受け取って熱を持ったコブにしばし当て、たたみ直してはまた当てるを繰り返
し、リョウは気持ち良さそうに目を閉じた。
「そうだ、リョウちゃんお腹すいたでしょ? 果実酒用の果物しかないけどそれでよければ……」
347弱虫ゴンザレス:2005/07/19(火) 02:57:02 ID:gR52o1t1
 すぅすぅと、小さいが規則正しい寝息を耳にして、シリクはしばし呆然とリョウを見た。
 最初から眠かったのか、それとも冷たい布が緊張を解して眠気を誘ったのかは分からないが、
よほど疲れていたのだろう。
 考えてみれば、まだほんの子供ではないか。それなのに突然、こんなにも不安な状況に放り出
されて疲れないはずが無い。常識的に考えれば、信頼に値するかもよく分からない異種族に対し
て通常の会話が交わせるなど、まずありえないのである。
 事実、シリクやトレスが助けた人間ないしは脆弱な種族達は、例え大人だろうと二人を恐れ、
どんなになだめても悲鳴を上げて泣き叫ぶ事も珍しい事ではなかったのだ。
「妙な子だな……君は、本当に人間かい?」
 座った状態のまま寝息を立てているリョウを慎重に抱え上げ、シリクはその寝顔を見つめてい
とおしそうに目を細めた。一晩くらい、ソファで寝たってどうって事はない。この子をベッドで
寝かせてやろう。
「んぅ……ベ……ロアぁ」
「……べ、ろあ? それが、君の保護者の名前かい?」
 トレスが文句を言うかと思ったが、どうやらリョウにベッドを使わせることに異論を唱えるつ
もりは無いらしい。
 リョウの細いが柔らかい体をゆっくりとベッドに横たえて、シリクは再び布を冷やしてきて額
の上にそっと乗せると微笑んだ。
「明日、ちゃんとベロアに会わせてあげるからね。安心してお眠り」
 まだ眠りが浅いのか、シリクがリョウの顔を覗き込むと腕が力なく伸ばされて、当然の事のよ
うにシリクの腕の服を握り締めた。
「リョウちゃん?」
「や……」
 振りほどこうとすると、更に強く握り締めて言葉にならない声で抗議する。
――眠るまで、か……
「君のベロアは随分と過保護なパパなんだね。……ママかもしれないけどさ」
 仕方なく諦めて、シリクはベッドサイドに腰掛けると、長い事飽きもせずリョウの寝顔を観察
し続けた。やがてリョウが完全に眠りに落ちると、シリクを拘束していた指が解けてぱたりとベ
ッドに落下する。
「おやすみリョウちゃん」
 殆ど唇だけ動かすように囁いて、シリクは暗い寝室を後にした。
348弱虫ゴンザレス:2005/07/19(火) 03:05:46 ID:gR52o1t1
切らせていただきます
夜幻鏡→やげんきょう(よげんきょう)

>>48
ご復活おめでとうございます。
前シリーズは残念でしたが今作も楽しみにしております。
緻密な描写と豊富な語彙をとても参考にさせていただいているので、
これからもどうぞがんばってください



349名無しさん@ピンキー:2005/07/21(木) 20:33:33 ID:Vn8CaW74
ゴンザレスさん待ってました!
続きも待ってますよ!
35048:2005/07/23(土) 22:56:00 ID:W9/tGL6U
>348
 前シリーズの失敗は端的に言って致命的でしたから、できれば触れないでください(笑)
かつては軍板筆頭紳士を含む少数の軍板住人が読んでくれており、筆者が多少濃すぎることを書いても彼らは
理解してくれるだろうと期待できたのですが――その人々がすっかりいなくなりました。
まあ過ぎたことを考えてもどうしようもありませんが、しかし、筆者の失陥のせいでスレッド住人を減らして
しまったことについては悔やんでも悔やみきれません。
(あと、少々多忙なので、必ずしも完全復活とはいかなそうな気配です。ご了承ください)
 蛇足ながら、そいつは過ぎたお言葉ではないかと思いますよ。
このスレッドには多種多様な人材が揃っていますが、その一点については全員の意見が一致するでしょう。



 そして、白状します。現在軍板の地方隊スレッドで「日の丸 Fleet Protection Group」の論議が盛んですが、
最初に英海兵隊 Fleet Protection Groupの話題を振ったのは不肖この私です。ちょうどこのお話を書くために
集めた英海兵隊やフランス海軍歩兵の資料が手元にあったもので、ついやっちまいました。ごめんなさい。
あと、〈ぱぱ〉こと対潜臼砲氏へ。「FPG」の略称がとても気に入ったので、勝手に使わせていただきます。
 そんなわけで、文中の「艦隊防御グループ」は以後「FPG」と呼ぶことにしますので、了解願います。
351名無しさん@ピンキー:2005/07/24(日) 00:22:48 ID:tl/3Asyf
>>350
ヌルい軍板住人ですが読んでますよー。今まで通りの調子で続けて下さい。
352某スレ49:2005/08/06(土) 01:56:29 ID:n+ovUlSE
再びこのスレをお借りします。
『魔法戦隊マジレンジャー』の劇中劇、忍者ネタの三次創作wを
投下させていただきます。

元スレはこちらです。

戦隊シリーズ総合カップルスレ 2
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1114938210/

この作品は元スレの「風神と雷神〜ルーマ・ゴルド〜」小津翼(マジイエロー)×小津芳香(マジピンク)
「光之丞の告白〜ルーマ・ゴルド〜」ヒカル(マジシャイン)×小津麗(マジブルー)の続編です。
上記の2つはエロがあるので、もし興味がありましたら、そちらもご覧ください。

何じゃこりゃと思われた方はスルー、タイトルあぼーんでお願いしまつ。
353赤影、緑影を救え!!〜ルーマ・ゴルド〜1:2005/08/06(土) 01:59:10 ID:n+ovUlSE
面妖な植物講談師、曼銅鑼(マンドラ)坊や、四たび登場。

ぺぺん!ぺんぺん!
「父の弟子という光之丞と運命的な出会いを果たしました麗、芳香、翼。彼らは大きな味方を得たようです。
その一方、至る所で神隠しや干乾びた人間が発見されるという、怪異が頻発しておりました。
そこであやかしの気配を追い、とある里に向かった緑影・蒔人と赤影・魁」
ぺぺんっ!
「またそこにひと波乱起きていようとは、他の四人は知る由もありません。二人はどうなったのか?残る四人の運命やいかに?!!」

 ………

星の瞬きが暁に霞む頃、山中では。

情事の後、水浴びを一緒に済ませた姉弟…芳香と翼がいた。
「そういえば、兄貴達から知らせが来ないな…」
「あの怪異のこと、何かわかったのかなぁ」
「まさか、何かあったんじゃないだろうな」
翼は魔亜自携帯(マージフォン)を取り出した。

同じ頃。
天空城の屋根に上がり、一人白む空を眺めている青の忍び。
その可憐な横顔は、夜明けと共に曇っていく。
虫の知らせだろうか…麗は膨らむ胸騒ぎに不安を覚えていた。
(なんだろう…母上を失った時と同じ、この張り裂けるような感じは…)
麗も魔亜自携帯を出し、蒔人達との連絡を試みた。

…が、共に魁と蒔人に繋がらなかった。
354赤影、緑影を救え!!〜ルーマ・ゴルド〜2:2005/08/06(土) 02:00:13 ID:n+ovUlSE

 ………

「光様!!」 ばんっ!!
麗が勢いよく寝室の飛び込んできた。
「ん…どうした。まだ足りぬのか?」
寝ぼけまなこで麗を褥に引き込もうとする光之丞。
ぱしゃあっ!
その顔に冷水を浴びせる麗。
「うわ!ひどいなぁ、麗」
「もぅっ!ふざけないで!!お兄ちゃんたちと連絡が取れないの!…どうしよう…
お兄ちゃんたちに何かあったら…」
「ちょっ…落ち着いて、事情を話して」
取り乱し、泣きそうな顔の麗の様子に光之丞もすっかり目が覚めた。

 ………

そうして。
同じ予感を覚えた翼と芳香も、間もなく天空城を訪れ…四人は対面していた。

「…姉二人が世話になったようだな」
不機嫌そうな顔で社交辞令を述べる黄色の忍者と、
「私の命も助けたもらったし、本当にありがとう、光之丞様♪
お礼に今度、お団子でも食べに行きません?」
美丈夫を前に浮かれる桃色の忍者。
(姫…いや芳香は本来こういう性格なのか…)
記憶を失っていた時のたおやかな姫との落差、気ままな彼女に少々面食らう光之丞。
しかし、その屈託のない笑顔は見る者の心を和ませてくれる。
そんな光之丞と芳香の様子に、ひどくやきもきしている水使いと雷使い。
麗が割って入るように光之丞の正体を明かした。
「光さ…光之丞様は父上の弟子なの」
「「え゛え゛え゛っ?!」」
麗の紹介に度肝を抜かれる芳香と翼。
「そなたらと会えるのを心待ちにしていた。改めてよろしく頼む」
「「よ、よろしく…」」
二人の忍びは因縁に驚きを隠せなかった。
355赤影、緑影を救え!!〜ルーマ・ゴルド〜3:2005/08/06(土) 02:02:14 ID:n+ovUlSE

ふと、麗が芳香の首筋に小さな朱の痣を見つける。
「あれ、芳香ちゃん、こことここ赤くなってるよ。虫刺され?」
「え゛っ?!そ、そうみたい。野宿だったしねー」
「翼、虫除けの薬持ってなかったの?」
「えっ?あ、あぁ…忘れた」
(虫ねぇ…)
姉弟達のそんなやりとりを眺めている光之丞。
「この辺はたちの悪い、大きな虫が多いから」
そう言うと光之丞がちらりと翼を見やり、意味深な笑みを浮かべた。
「……」
(まさか、何か勘づいてるんじゃないだろうな…)
胸中、焦る翼…と、麗の首筋にも似たような痕が。
「!!」
(うら姉、あいつに手籠めにされちまったのかよっ!!)
自分達を省ずとも何を意味しているかすぐに解ったが、人のことは言えない。
しかも麗が脅されたり、気に病んでる様子は見当たらない。
(つーか、なんだかいきいきしてるような…)
翼は内心、頭を抱えた。仮に合意だとして光之丞を追及すると、不利なのはこちらの方。
どう言い訳しても姉弟の最大の禁忌を犯しているのだから…。
そして光之丞を見ると、食わせ者の余裕の笑み。
(!!やっぱり、知ってて…!!)
黄色の忍びはぎりぎり歯軋りした。
「本当に…たちの悪い虫が多いみたいだなっ!!」
やけくそ気味の叫び。そう返すのが精一杯の翼であった。
(…やっぱり助けに行くべきだったぜ…)
雷神の後悔のため息は、太陽に届かなかった。

「さ、細かい話は後だ。早速出発しよう」
三人と新しく加わった一人は天空帚(スカイホーキー)と天空絨毯(スカーペット)で
目的の地へ向かった。

 ………

蒔人と魁が目指したはずの里に入る、光之丞、芳香、麗、翼。
漂う禍々しい空気を足を踏み入れる前から感じる…まったく人の気配がしない。
「きゃっ!」
何かにつまづいた芳香。
356赤影、緑影を救え!!〜ルーマ・ゴルド〜4:2005/08/06(土) 02:03:28 ID:n+ovUlSE
「ほう姉、何やってんだよ」
「だって、こんなところに…」
芳香が言いかけてその物体に目を落とし…他の三人も絶句した。
「「「「……!!!」」」」
土気色の、人間の干乾びた屍。
そして遠くに目をやると、一面におそらく人々の…正に死屍累々。
いずれも水気はなく、中身を全て吸い取られたかのような惨状だ。
「ひ、酷い…」
「むごいことしやがって…っ!」
怒りなのか恐ろしさなのか、震えが止まらない。
背筋が凍るとはこのことなのか…四人の忍びはその場に立ち竦んでいた。
と、その時。
かたっ。
「!!誰かいるのっ?!」
四人は警戒しながら辺りを見回し、様子を探る。
「……こんな所に…」
光之丞が小屋で気配の主を見つけた。そこには幼い女の子がひとり隠れていたのだ。
年の頃は三つか四つか。麗が小屋から連れ出し、体に異常はないか確かめる。
「よかった、怪我もないみたい。もう、大丈夫だよ」
「お話できる?」
「おい、どうしたんだ?」
「…………」
麗達がしゃがんで目線を合わせ話しかけるが、子供の虚ろな瞳は一向に表情を変えない。
「ちょっと見せてごらん」
光之丞がその目を覗き込み、事情を悟った。
「よほど恐ろしい思いをしたらしい…どうやら事の一部始終を見てしまい、
衝撃で心を閉ざしているようだ」
「「「……!!」」」
光之丞の言葉に、やりきれなさに打ちのめされる麗達。
ぱちん!
そんな中、光之丞が改札携帯(グリップフォン)で魔自券札(マジチケット)を切った。
それを子供の額に置き、自身の額をあてる。
「ごめんね、記憶を覗かせてもらうよ。記憶よ、我に移れ。留有魔・護留奴(ルーマ・ゴルド)」

閉ざされた心の奥深く…そこに見えたのは緑の髪に蒼白の顔と眼。
「こいつは…淫吸罵吸(インキュバス)・辺流美令辞(ベルビレジ)!!」
357赤影、緑影を救え!!〜ルーマ・ゴルド〜5:2005/08/06(土) 02:04:34 ID:n+ovUlSE
「なんだ?!そいつは」
「人に淫夢を見せ、未来永劫その世界に閉じ込めたまま、死ぬまで精気を吸い尽くす…
凶悪卑劣な夢魔、あやかしだ」
光之丞は顔を曇らせた。
「それでこんなことに…」
「じゃあ、お兄ちゃんと魁ちゃんは…」
「いや、ここにいないってことは、連れ去られたか…まだ無事な可能性はあるよな」
「こうしてる暇はない、辺流美令辞の居場所を突き止めないと!」
「でも、この子は?」
「連れて行くにも、置いて行くわけにもいかねぇし…どうする?」
芳香と翼が思案していると、光之丞が。
「誰か、瞬間移動の術を使える者は?」
「私がやるわ」
麗が応えた。
「麗ちゃん、あれができるようになったの?」
芳香が驚いて尋ねた。忍術力が未熟だと何処に移動するかわからない、
未だ兄弟の誰もが成功してない術なのだ。
「うん、たくさん練習したんだ。一度に何人もは無理だけど」
「すげぇよ、うら姉!」
「尊敬しちゃう!」
「この子を天空城に運んであげてくれ。相撲奇異(スモーキー)が世話をしてくれるから」
「わかったわ」
そう言って麗は子供を見た。…が、その瞳が悲しみに揺れる。
「でも…ひとりぼっちなんだね」
親を亡くしても、自分には兄弟達がいた…だが、この子は。
麗が目に涙をいっぱい溜め、たまらずぎゅっと女の子を抱きしめた。
「「「……」」」
芳香も翼も…光之丞も、悲痛な気持ちを抱えていた。
「いや、この子は私のところで引き取り、きちんとした里親を見つけるよ」
「本当?!」
「よかったぁ!」
「安心したぜ…」
光之丞の言葉に麗達は心から安堵した。
親を失った哀しみは、この姉弟が誰よりも知っているのだ。
「私達、これから物の怪をやっつけに行くからね」
「絶対、仇を取ってやるからな…!」
「ごめんね。一人でお城に行ってもらわなくちゃいけないけど、
そこには親切で優しい猫のお侍さんがいるから安心して」
心を閉ざした子供を優しく励ます姉弟達。
358赤影、緑影を救え!!〜ルーマ・ゴルド〜6:2005/08/06(土) 02:05:33 ID:n+ovUlSE
「……」
そんな様子を光之丞は万感の思いで見つめていた。

「魔呪那・魔呪那(マジュナ・マジュナ)」
麗が呪言を唱えると、子供は城へと姿を消した。
そして四人は、現場に残された針と麗の水晶玉を頼りに、蒔人と魁、辺流美令辞の行方を追った。

 ………

一方、天空城。

『留有魔・護瑠出伊露(ルーマ・ゴルディーロ)』 ぼんっ!
「に゛ゃっ!」
魔自洋灯(マジランプ)内部で破裂音が鳴り、昼寝をしていた相撲奇異が短い悲鳴をあげた。
…いつもの主人の手荒な起こし方である。

『淫負得瑠視亜の襲撃でかろうじて生き残った子だ。
世話をしてやってくれ、頼んだぞ』
寝起きの相撲奇異の耳に光之丞の声が届いた。
「ま〜ったく、久しぶりに羽をにょばしてしていたのに…」
洋灯の先から煙を上げ、ぶつぶつ文句を言いながら、相撲奇異が外に出た。
「ん?」
子供を見ると、相撲奇異の風体に怯えたのか部屋の隅からじっと見つめている。
「そんなに怖がることはにゃいぞ。俺様は光之丞様にお使えする
相撲奇異ってもんだ。お前のにゃまえは?」
「………」
「…にゃんか言ったらどうだ?」
女の子は無表情で黙ったまま。
「うぅむ…こういう時は」 ぼむぅっ。
相撲奇異は術で子供の目の前に豪勢な料理の数々を並べた。
「お前も腹が減ってるだろ、ごちそうだにゃ」
「……」
しかし子供は視線を彷徨わせたまま、動かない。
「食わにゃいなら、全部いただいちまうぜ〜」
一人ぱくぱくと勢いよくよく食べ始める相撲奇異…だが。
「…これじゃあ、俺様がまるで意地悪してるみたいじゃにゃいか」 がくり。
居心地の悪さに相撲奇異がため息と共に箸を置く。
359赤影、緑影を救え!!〜ルーマ・ゴルド〜7:2005/08/06(土) 02:06:30 ID:n+ovUlSE
「まーったく世話が焼けるにゃ」 ぽぽんっ。
びー玉やお手玉、人形と玩具を次々と出すが、女の子は関心を示さない。
「くそぅ〜こうにゃったら、俺様の歌を聞かせてやるにゃ!」
♪俺様〜の名前は相撲奇異ぃぃ〜〜♪(以下略)
洋灯(ランプ)の精の誇りにかけて、と妙な営業精神というか、対抗意識が湧く相撲奇異。
…無視されると燃える性格らしい。
「………」
躍起になって自慢の歌と踊りまで披露したものの、やはり一向に反応はない。

「むぅぅ〜…これにゃらどうだ!」 ぽんっ。
ねりねり、こねこね…びよぉぉ〜〜ん。
水飴を二本の細長い管を使い、器用に練り伸ばす相撲奇異。
ぷぅぅ〜〜
管に口をつけ、びいどろを作る要領で風船の如く膨らませた。
そして石鹸(しゃぼん)玉のようにいくつも宙に浮かせる。
術で作った乳白色の水飴の玉。それらが甘い香りを放ち、ふらふわ女の子の周りを泳いでいる。
「にゃづけて、綿飴ならぬ風船飴〜にゃんてな!」
「……」
すると女の子の目が、漂う甘い風船を追い始めた。
(お、脈あり)
「ほれ、お前もやってみ」
「……」
女の子は水飴のついた箸を受け取り、相撲奇異の見よう見真似で少しずつ動かし始めた。
「だめにゃだめにゃ。それじゃあ飴が落ちるぞ、こうやるんだにゃ」
「……」
やがて黙々と無心に水飴をこね、食べたり、膨らませたり、浮かせたり…。
一匹と一人はずっと遊んでいた。

 ………

一方、光之丞達一行は。

麗の水晶玉で魁と蒔人の足跡を辿り、襲撃で空き家となった名家の屋根裏に潜入した。
(あれは…!)
部屋を覗くと、そこには辺流美令辞と晩究理亜がいた。
そしてやはり、淫夢の虜と化し昏々と眠ったままの蒔人と魁。
辺流美令辞の手の甲から血管のような細い管が、二人の首筋へと伸びて刺さっている。
おそらく、そこから精気を吸い取っているのだろう。
360赤影、緑影を救え!!〜ルーマ・ゴルド〜8:2005/08/06(土) 02:08:09 ID:n+ovUlSE
「流石、天空忍術の者ども…美味なる精気が後から後から溢れ出る。
常人ならこのように長くは持たぬ」
蒼白の夢魔はくくっと、満足気にほくそ笑んでいた。
「こいつらを吸い尽くしたら、また他所で思う存分におやり。
…私も人の血が恋しくなってきたわ」
その横には舌なめずりする晩究理亜。

 ………

一旦、四人はそこを離れ、魁と蒔人を救う方策を考えていた。
「いつかの時みたく、夢の中に入って救い出せば?」
芳香の提案に翼は首を振った。
「無理だ、薬の材料も作る時間もない。それに一人ずつ救い出すのも効率が悪いし、危険すぎる」
「ふむ…」
その横では、一計を案じている光之丞。
「辺流美令辞は人に淫夢を見せ、虜にしてその世界に閉じ込める。
ならば、夢の中に入らずとも淫夢を淫夢でなくすれば、あるいは…」
光之丞の言葉が、雷使いに閃きを与えた。
「……そうか!」
そして翼は、神妙な面持ちで光之丞に向き直した。
「光之丞殿」
翼が初めてその名を呼んだ。身じろぎもせず、光之丞を見つめる。
「城での非礼は詫びる。兄弟を救う為、あんたの力が必要なんだ」
「翼…」
「翼ちゃん…」
皮肉屋で、誇り高い雷神が人に頭を下げて頼んでいる。
そんな弟の姿など、これまで目にしたことがない…驚く姉妹。
「………」
「頼む」
芳香奪還の際、一瞬刀を交えただけで、翼は光之丞の力量に内心感服していた。
しかし翼自身の性格や先刻の姉がらみの件もあって、素直にその感情を表す気にはなれなかった。
だが今は、彼の力がなければこれは成し遂げられない。
…頭を下げたまま、光之丞の返答を待つ翼。
一方、そんな雷使いの姿に光之丞は心打たれていた。
(相当な自信家だと思っていたが…なかなかどうして、仁義に篤い男だ)
「もちろん」
光之丞は翼の肩に手をかけ、力強く応えた。ぱっと顔を上げ、会心の笑顔を見せる翼。
「ありがたい、恩にきるぜ!」
361赤影、緑影を救え!!〜ルーマ・ゴルド〜9:2005/08/06(土) 02:09:22 ID:n+ovUlSE
翼は早速、蟲毒(こどく)と日頃、携帯している『どんな寝ぼすけも目覚める覚醒の薬』を取り出した。
蟲(こどく)とは蜘蛛、蛇、蜥蜴など、毒や霊力が強い生き物を同じ器に入れて互いに食い殺させ、
生き残った1匹のこと。
それから抽出した毒も「こどく」と呼ばれる…非常に強力で扱いの難しい代物だ。
「蟲毒って…呪いに使うものじゃない」
「翼ちゃん、それどうする気?」
「毒をもって毒を制す、ってな」
「「?」」
解せない芳香と麗に、ニヤリと自信ありげな笑みの翼。
「この二つで、いやでも淫夢から飛び出したくしてやるのさ」
「なるほど」
光之丞は翼の考えに気が付いたようだ。そんな彼に黄色の忍びは。
「淫夢を破りつつ、蟲毒の効果は最小限に留めたいんだ。
効力を調整するため、あんたの呪力も薬に込めて欲しい」
「わかった」
「それじゃ、私達は辺流美令辞と晩究理亜を引き付けておくから」
「その間によろしくね♪」
「あぁ、まかせろ」
「気をつけるんだぞ、二人とも」

芳香と麗を見送ると、翼と光之丞は目を合わせ頷いた。
目の前には小さな器…中身は覚醒の薬と蟲毒を翼が調合した液体。
魔亜自携帯(マージフォン)と改札携帯(グリップフォン)がそれを指し示した。
「いくぜ」
「いつでもどうぞ」
「陣我・魔自伊炉(ジンガ・マジーロ)!」
「護留奴・護瑠出伊露(ゴルド・ゴルディーロ)!」 パァァァ…ッ!
黄金の閃光が魔亜自携帯と改札携帯から走り、器を取り囲んだ。
そしていっそうの輝きを放って、消えた。

「絶対、戻って来いよ…!」
翼は慎重に薬を蒔人と魁の口に一滴づつ含ませた。
翼と光之丞は昏睡状態の二人に変化が現れ始めるのを、ひたすら待った…。
362赤影、緑影を救え!!〜ルーマ・ゴルド〜10:2005/08/06(土) 02:10:08 ID:n+ovUlSE

 ………

「山崎さん…」
魁が長く…本当に長く恋焦がれていた想い人が、腕の中にある。
もう幾度名を呼び、躰を求めただろう。それでも尽きるどころか、ますます精が溢れてくる。
「俺、ずっとずっとこうしたかったんだ…」
至福の表情で白い胸に甘えるように顔を埋める魁…すると頭の上から由佳の鈴を転がしたような声。
「私、胸が張り裂けるくらい小津くんのことが好きだよ…ほら」
そう言った瞬間、白い胸に亀裂が走り、からくり人形の如くカパッと開いた。
ざくろの様な赤黒く、血生臭い中身が魁の間近にさらけ出される。
「!!!」
パキッ・ピキィッ…がしっ!
咄嗟に離れようとしたが、由佳の背中も同様に割れ、異様な長さの腕が何本も伸びて魁の体を捕らえた。
その両の瞼が異様に上下に広がり、真円に開く。額にも亀裂が走り、同様の孔が四つ開いている。
それら六つの眼が真紅に光り、ぎょろりと動いた。

 ………

「蒔人くん…」
「江里子さん…」
蒔人は江里子の躰を隅々まで愛で、繋がっていた。睦み合いは終わることがない…。
そして、数え切れないほどの接吻を今また交わそうとした、その時。
がばぁぁ…! 「!!!」
突然、江里子の可憐な唇が耳まで裂けた。まるで原形を留めていない。
そこからチロチロと蛇(おろち)の如く、細い舌が蒔人の首筋から顎を舐め上げる。
「…っ…!!」
蒔人はその様に恐怖で声も出ない。
江里子の両の眼は釣り上がって蒔人を見据え、不気味に淀んでいた。
躰を離そうにも、下肢の接合内部が千本蚯蚓(みみず)…否、異様に長い繊毛蟲の群れと変化していた。
それらの蟲は蠢き絡み付いて、蒔人自身を銜えたまま離さない。
「蒔人くん、私の全てを受け止めて…」
363赤影、緑影を救え!!〜ルーマ・ゴルド〜11:2005/08/06(土) 02:11:24 ID:n+ovUlSE

 ………

「「…うッ・ぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」」 がばぁっ!!
ぜぇぜぇと荒い息、全身に脂汗を流して目覚めた赤の忍びと緑の忍び。

「なんとか帰って来たな!!」
「おはよう、気分はどうだい?」
胸を撫で下ろす翼と光之丞…が、淫夢から目覚めた魁と蒔人は。
「…な、なんで山崎さんが化け物に…」
「…悪夢だ…江里子さんの物の怪と交わるなんて…」
顔面蒼白で震える二人…爽快な目覚めとはとても言えそうになかった。
「ほらよ、特製気付け薬」
翼から竹筒を受け取り、げっそりした魁と蒔人はそれを口に運んだ。
「はぁ…だいぶましになったぜ。ありがとな、ちぃ兄」
魁がほっと一息つく。そして蒔人も。
「ああ、これなら戦える」
「あ、あんたは?」
魁が光之丞の顔を見た。
「私は社印藩藩主、黄金光之丞」
「この人は父上の弟子で、ほう姉の命の恩人なんだ」
「芳香姉ちゃん、助かったんだ!!」
「よかった!!…それにしても、父上に弟子がいたなんて…」
蒔人は光之丞の姿をまじまじと見つめていた。
「よろしく、緑影、赤影」
光之丞は人当たりのいい笑みを浮かべ、二人に挨拶をした。

 ………

一方、羽流美令辞と晩吸理亜を上手く誘い出した芳香と麗。
羽流美令辞…逆立つ緑の髪、白目を剥いたような眦と蒼白の顔つきに、落ち着いた立ち振る舞い。
智に長けた凶悪な策士といった風情である。

「…女は好みじゃないが、忍びならたいそう美味な精気が期待できる」
「なにこいつ、そっちの趣味なわけ?」
芳香と麗は身構えた。
364赤影、緑影を救え!!〜ルーマ・ゴルド〜12:2005/08/06(土) 02:12:26 ID:n+ovUlSE
「人は所詮弱い生き物。苦痛より快楽を選ぶに決まっておる。
絶えることのない淫楽の世界に自ら溺れ、精気を吸い尽くされるが良い」
「そうはいかないわ!!」
晩吸理亜の台詞に真っ向から麗が反発した。
「淫夢の中、想い人と死ぬまで契るのは本望であろう?」
羽流美令辞が淫惨な笑みを浮かべると。
「あっかんべ〜、そんなのは現(うつつ)で十分満足してますっ!」
「ほ、芳香ちゃんっ??!」
芳香の突拍子もない発言に目を丸くする麗…そう言う彼女も充実しているのだが。
「ふん、いつまでそんな口が叩けるかな…はっ!」 ビシュゥゥッ!
羽流美令辞の髪から放たれる幾多の毒針が風使いと水使いを襲う。
「桃色旋風(ピンクストーム)!!」
「青水飛沫(ブルースプラッシュ)!!」
吹き荒れる竜巻が水の螺旋を描き、毒針を撃退した…かのように思えた。
シュッ!
数本が忍者装束を掠めた。幸い躰に防御の忍術を纏わせていたが、それも心許無い。
「そんな!」
「なんで?全てかわしたはずなのに…!」
放たれた毒針は途中、個々が枝分かれし、最終的に見た目より遥かに多くなる。
しかも分散した分一本一本が細くなり、飛散時は可視できないほどの小ささだ。
羽流美令辞の執拗で厄介な毒針攻撃…これに魁と蒔人も力尽きたのだろう。
「ふふ…あの二人と同じように淫夢に堕ちな!」
晩吸理亜が嘲り笑う。
姉妹も反撃の糸口をつかめぬまま逃げ惑い、次第に避けきれなくなっていく。
これでは淫夢の餌食になるのは時間の問題だ。
「思ったより手こずるかも…」
「翼ちゃん、光之丞様、早く来て〜!」
「さぁ、観念しろ…」
羽流美令辞が幾度目かの攻撃を仕掛けた。
((もう、だめっ…!))
姉妹が力尽きようとしていた、その時。

ザザザザァァァ…!!ブゥァッ・ゴォォォッッ!!
草木が芳香と麗を守るように覆い、烈火の炎が毒針の波を駆け抜け、全て燃やし尽くした。
365赤影、緑影を救え!!〜ルーマ・ゴルド〜13:2005/08/06(土) 02:13:36 ID:n+ovUlSE
「「?!」」
「何だ?!」
「待て待て待てぃっ!!」
「俺達が来たからには、そうは行かないぜ!!」
颯爽と赤と緑の忍びが現れた。
「魁ちゃん!!」
「お兄ちゃん!!」
「お待たせっ!姉ちゃん!!」
「芳香、麗、心配かけたな!!」
「!!貴様ら!淫夢からなぜ?!!」 バシュゥッ!!
淫吸罵吸が驚愕の叫びを上げると、その足元に雷の閃光が走った。
「はっ、寝ぼすけをたたき起こすのは朝飯前だぜ!!」
「悪いね、寝た子を起こして」
翼と光之丞も加わった。
「ほう姉、うら姉!!」
「二人とも大丈夫か?!」
「「うん!!」」
兄弟達の帰還に姉妹は互いに見つめ、うなずいた。
「よーし!兄弟そろえば百人力!!」
芳香の言葉に麗も応える。
「光之丞様も加わって千人力ね!!」
全員が淫吸罵吸、晩吸理亜の前に勢揃いした。
「唸る大地の術使い!緑影、参上!!」
「吹きゆく風の術使い!桃影、参上!!」
「たゆたう水の術使い!青影、参上!!」
「走る雷の術使い!黄影、参上!!」
「燃える炎の術使い!赤影、参上!!」
「輝く太陽の術使い!光之丞、見参!!」
口上を叫び、見得を切る六人の忍び達。

「ふん!なにさ、かっこつけちゃって。やるわよ羽流美令辞!」
「言われずとも」
二人のあやかしは舌打ちした。

「同じ手は二度と食わないぜ!!」
言うが早いか、すぐさま晩吸理亜に飛びかかる魁と蒔人。
「せっかく山崎さんと両想いになって、あの柔肌を×××して、かわいらしい××××に
俺の熱い×××を×××していたのに!!」
「俺だって、愛しい江里子さんの×××をくまなく×××した後、その素晴らしい躰の
××××に××××で×××…これからがいいところだったのに!!」
怒りのあまり、とても文字にできないような淫語を大声で連発しながら、
猛襲する赤と緑の忍び。
366赤影、緑影を救え!!〜ルーマ・ゴルド〜14:2005/08/06(土) 02:14:45 ID:n+ovUlSE

「なっ、何言ってんのぉ〜〜!!魁ちゃん!!お兄ちゃんッ!!」
「あんの馬鹿…」
「もういや…一家の恥だわ」
うろたえる芳香と、額に手をやり首を振る翼。
麗も穴があったら入りたい気持ちだった。
「…何か、壮絶な勘違いをしているみたいだね、あの二人」
その様子にひたすら赤面し呆れる、光之丞を含めた四人。
どうやら魁と蒔人は、夢の中で想像を絶する恐怖を味わったらしい。
…しかも、それを晩吸理亜のせいと思い込んでいるようだった。
「…薬の件は黙っていた方がよいのかな、翼」
「…ああ、そうだな」
光之丞と翼は顔を見合わせると、苦笑いした。

「いい夢見てたのに、許さねぇっ!自伊・自伊・自々留(ジー・ジー・ジジル)!!
魔自拳(マジパンチ)!!!」
「魔自・魔亜自(マジ・マージ)!!筋肉緑(マッスルグリーン)!!!」
魁と蒔人の怒涛の連続攻撃にひとたまりもない晩吸理亜。
「うぉりゃぁぁぁぁっっ!!!」 どかどかどかどか…っ!!!
魔自拳の連打を浴びて、ずたぼろになる吸血のあやかし。
「これで逆転さよならだーー!!どりゃぁぁぁぁぁっ!!!」 どごーーーーん!!!
「きゃぁぁぁぁぁああああ…!!」
筋肉緑にとどめの一撃をお見舞いされ、晩吸理亜は空の彼方へ吹き飛ばされてしまった。

そしてこちらでは、奇声を上げ芳香と麗に襲い来る冥屍者(ゾビル)の群れ。
「いや〜ん“枯れ木も山の賑わい”ってやつ?」
「なんか違う気もするんだけど…こっちも行くわよ!芳香ちゃん!!」
「よっしゃ!」
「「自伊・自伊・自々留(ジー・ジー・ジジル)!!」」 ぽんっ!!
二人は呪文を唱え、花柳社中よろしく両手に花を出現させた。
「「それ、それ、それーーっ!!!」」 ドカッ!バキィッ!!
美しく軽やかな舞いで冥屍者達を次々なぎ倒していく忍びの姉妹。

「豪・留留度(ゴー・ルルド)」
「お呼びかにゃ」
魔自洋灯(マジランプ)を手元に召喚した光之丞。
「魔自杖弩(マジスティックボーガン)!!」
「魔自洋灯場洲汰(マジランプバスター)!!」
ビュゥッ…バシィッ!! 飛び交う数多(あまた)の光弾と淫魔の呪針。
367赤影、緑影を救え!!〜ルーマ・ゴルド〜15:2005/08/06(土) 02:16:17 ID:n+ovUlSE
「ふははははっ…!どこを狙っている!!」
高らかに笑い、素早く跳び駆ける夢魔。羽流美令辞の毒針は攻防一体のもの。
無数に放たれるそれらを避けながらの攻撃は、どうしても精彩を欠く。
「くそっ、当たりゃしねぇッ!」
「奴が恐ろしいと言われる所以は呪術だけではない。あの攻撃力の高さにもあるんだ!」

「翼ちゃん!」
「光之丞様!」
冥屍者(ゾビル)たちを一蹴した芳香と麗が合流する。
「気をつけて、あいつの毒針はきりがないの!」
「俺達もあのしつこさにやられたんだ!」
晩吸理亜を撃退し、魁と蒔人も加わった。
「とにかく、分散して四方から攻めるしか…!」
光之丞が苦肉の策に出ようとすると、羽流美令辞が言い放った。
「無駄無駄。他の人間どものように黙って精気を吸われ、我の血肉となればよいものを!」
「「「「「「!!!!!」」」」」」
その言葉が忍び達の心に油を注いだ。
あの里での惨状や、心を閉ざした女の子が目に浮かぶ。
「…兄ちゃん!!姉ちゃん!!」
魁が叫ぶと、兄弟達の魂が呼応した。
「…絶っ対に、許さない!!」
「犠牲になった人達やあの子の為にも!!」
「俺達が倒す!!」
芳香、麗、翼の決意が新たに燃える。
「行くぞ!!!」
蒔人の声に兄弟全員が魔亜自携帯(マージフォン)を掲げた。

「「「「「陣我・魔呪那(ジンガ・マジュナ )!! 魔自駆・緞帳(マジカルカーテン)!!!」」」」」
各人の魔亜自携帯から五色の力が立ち昇り、光の壁を作った。
やがて、球体へと変化し六人を包む。
「そんなもの、何の役に立つ!!」
羽流美令辞が虹色の防御壁に向け、これまで以上に大量の毒針を放つ。
しかし、膨大な妖力を持つそれが、縦横から向かってもびくともしない。
強靭な光の膜が見事、完全に跳ね返し消滅させた。
「なに…ッ?!」
「魔自洋灯場洲汰!!」 バシュッ!!ドシュゥッ!!
動揺した羽流美令辞の隙を突き、光之丞が誘導弾を放った。
「ぐ・ぁあっ!!」
368赤影、緑影を救え!!〜ルーマ・ゴルド〜16:2005/08/06(土) 02:17:03 ID:n+ovUlSE

「「「「「魔亜自・自留魔・魔自伊炉(マージ・ジルマ・マジーロ)!!!」」」」」
五人が次々と跳躍し、縦に積み重なる。
「「「「「魔自駆留立塔(マジカルタワー)!!!」」」」」
兄弟の力を最上部の桃影に昇らせ、集結させた。
そして光之丞も魔自洋灯を擦り、呪文を唱えた。
「留有魔・豪・護自可(ルーマ・ゴー・ゴジカ)!!」
「相撲奇異・社伊忍具・突撃(スモーキー・シャイニング・アタック)!!!!」
「「「「「「「成敗っっ!!!」」」」」」」
「ば・ばかな…っ……あ・ぁぁぁあああ……!!!!」 
六人の忍びの合わせ技が威力を増大させ、羽流美令辞は木っ端微塵に砕け散り、
断末魔ごと掻き消えた。

「やった!!」
「やったぜ…!!」
「やったね!!」
「やっほーー!!」
「よっしゃあっ!!」
勝利の歓喜に飛び上がる忍びの兄弟達。

(…やはりあのかたの子供達だ。個々の能力の高さもそうだが、
彼らの心と勇気が一つに合わさった時、発揮される力は凄まじいものがある。)
光之丞は彼らの秘められた力に驚嘆していた。

 ………

後日、天空城。
生き残った子供は無事里親が見つかり、引き取られることとなった。

女の子は感情を取り戻す以上にすっかり相撲奇異に懐き、「ねこちゃん」と
四六時中ぴったり付きまとうほどになっていた。
離れたくないと駄々をこねるその子を、相撲奇異がようやく説き伏せ、この日を迎えたのである。

「ばいばい、ねこちゃん」
「……達者でにゃ」
遠くに小さくなっていく女の子と里親を見送る、六人と一匹。
369赤影、緑影を救え!!〜ルーマ・ゴルド〜17:2005/08/06(土) 02:18:16 ID:n+ovUlSE

「これで…あの子が幸せになるといいな」
翼が目を細め、噛みしめるように呟いた。
「相撲奇異、別れが辛いんだろ」
「にゃっ…!!」
蒔人が魔自洋灯に話しかけると、相撲奇異の頭が蓋から飛び出した。
女の子を見送った直後から、何かに耐えるように篭っていたのだ。
「そっ、そんなことにゃいわいっ!」
涙を堪えつつ、必死に強がりを叫ぶ猫の家臣。
「同じ藩内にいるんだから、いつでも会いに行けるよ。相撲ちゃん」
そう芳香が慰めると。
「そうじゃにゃく、殿がお暇(いとま)くれにゃいんだよ。まったく人使いが荒い…」
「何か言ったか?」
ちくり、と光之丞。
「べ、別にぃ〜…」
「光之丞様お願い、相撲奇異をあの子に会わせる時間くらい作ってあげて」
愛しい麗の頼みに、光之丞は少々頬が綻んでしまう。
「もちろん、そう配慮するよ。あの子の為にも」
「ほんとかにゃ!!」
相撲奇異は魔自洋灯ごと飛び上がるほど喜んだ。
「よかったな、相撲奇異!」
魁が言うと、すかさず光之丞の次の言葉。
「その代わり、次の日は倍働いてもらうからね」
「そ、そんにゃ〜〜」

一匹のため息と六人の笑い声が、晴れやかな天空に響いていった。

 ………

ぺぺんっ!ぺんぺんっ!!
「六人の忍び達は見事、淫負得瑠視亜の物の怪を倒し、平和を取り戻したのでした。
めでたしめでたし〜で、ござりますです!
しかし、淫負得瑠視亜はまだその全容を明かしてはおりません。
天空忍術の忍び達の戦いはまだまだ続くのであります!!」
ぺぺんっ!
「さて…このお話にはおまけがありまして。
淫夢から救われた忍び二人は…黄影・翼の荒療治が後遺症となったらしく…。
赤影・魁は、醜悪な妖怪に変化する由佳の悪夢に毎夜うなされ、不眠に悩み、
緑影・蒔人も江里子の顔を見る度ひきつけを起こし、嫌われる始末でありましたとさ」

ぺんぺん!


370某スレ49:2005/08/06(土) 02:19:20 ID:n+ovUlSE
長い物語、最後まで読んでくださったかた、本当にありがとうございました。
近く自サイトを作る予定です。

あと、最初にリンクのh抜くの忘れてました…すみません。
371439:2005/08/06(土) 13:33:07 ID:bR5Rvj64
某スレの439です。
某スレはこちら。
つか某スレ49氏のと同じなのですが。
戦隊シリーズ総合カップルスレ 2
ttp://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1114938210/

デカレンジャーの赤×黄です。
>>370氏と見てくれる人に捧ぐ。

「ジャスミン!明日と明後日休みだよな?」
メガロポリスの明かりさえも少なくなる深夜である。
居住スペースの薄暗い廊下を歩いていたジャスミンをバンが呼び止めた。
「そうだけど……なに?」
「明日俺も非番なんだけど、一緒にどっか行かね?」
「バンと?どこに?」
ジャスミンは不思議そうに首を傾げた。
地球署の仲間といえど、女同士や男同士ならともかくとして
男女で――しかもジャスミンと休日を共にする者は今まで殆ど無かった。
それはとりもなおさずエスパー能力を有する彼女が仲間のプライベートを
(もしくは彼彼女に関わる人間のプライベートを)覗かない様にする為でもあり、
またその特殊な能力が元で思念に敏感なジャスミンを
人混み雑踏に連れて行かない為の仲間の心遣いでもあった。
連日連夜の仕事で、一緒に連れ立っては出かけることが無いというのも
また原因ではあるのだが。
その証拠としてジャスミンは今日までここ数週間休みらしい休みが無かった。
当然ジャスミンの「能力」の出番も度々あるわけで、
それをボスが気遣ってくれたお陰で二日連続の休みを頂戴したのだ。
「それは行ってみてのお楽しみ、ってことで。じゃ明日な!」
まるで子どものように胸を張って言うが早いかジャスミンの返事も待たず
バンはとっとと自分の部屋の方へ帰っていった。
372439:2005/08/06(土) 13:35:29 ID:bR5Rvj64
翌日、バンはTシャツにジーパン、
ジャスミンは白いノースリーブにジャケット、サブリナパンツという
一目には地球の平和を守る宇宙警察の人間とは分からぬ
今時の若者らしい格好の二人は、その今時の若者が乗るには
おおよそ似つかわしくないおんぼろバスに乗っていた。
今時床が木で出来ていて、アスファルトで舗装してあるはずの道を
走っているのにバス全体がよく軋む。
そんな車体の傷みかこの路線の重要度が低い所為かは知らないが
バスには二人以外に乗客は見当たらない。
どこに座っていいか分からず、結局一番後ろの繋がった座席に
少し間を空けてバンとジャスミンは座った。
休みの日だというのにまるでいつもみたいだな、とバンはこっそり思う。
「ねぇ、バン。どこ行くの?」
戸惑い気味にジャスミンはバンに訊ねた。
普段バスに乗る機会の無い彼女には行き先の見当もつかない。
バンは何か企んでいるかのように、にいっと笑う。
「お 楽 し み」
ようではない。企んでいる。そしてそれを
――到底隠しきれてはいないのだが――隠そうとしているのだ。
例えば今ジャスミンが手袋を外して少しバンに触れば
それは容易に分かる筈だ。だが自分がそれをしないのも、
彼女がそれをしないのも二人はお互いに分かっていた。
それがジャスミンが自分に課したルールであると、地球署の皆は分かっている。
373439:2005/08/06(土) 13:38:58 ID:bR5Rvj64
――バスの時刻表
――皆の休日の割り当て表
――休みの日の私?
「ジャスミン、着くぞ?」
頭の斜め上からの声で目を覚ましたジャスミンは、
バンに凭れて居眠りをしていたことに気付いて慌てて身を離した。
あまりにそれが素早かったので逆にバンが驚いたほどだ。
「え、俺なんかした?」
「ううん、何も……ごめん。……どこ?ここ」

「海だーーーーー!!!」
早くも砂浜でスニーカーと靴下を脱ぎ捨てて、砂に足をとられながら
波打ち際に向かって駆け出したバンの背中を見て、ジャスミンは
まるで姉のような態度で微笑んだ。
まだシーズンにはなっていない上、平日故に砂浜には誰も居ない。
「おーい!!ジャスミン、こっちこっち!」
バンは両手で大きく、もう顔も見えないほど遠くなっている
ジャスミンに手を振った。自覚は無いがこちらも弟然としている。
仕様がなく、ジャスミンも靴を脱いで砂浜を歩き出した。
(そういえば、こんな場所に来るのは初めてかな)
海も山も、夏になれば人がいる。
幼い頃から数年前まで――、いや今も
彼女にとって季節の場所というのは憧れでもあり、恐れでもあった。
374439:2005/08/06(土) 13:41:22 ID:bR5Rvj64
「どうしてここに?」
ジャスミンが波打ち際に来た時には、既にバンは
ジーパンの裾を捲り上げて脛の辺りまで海に入っていた。
「だって、一人で海は寂しいじゃんか」
「バン?」
僅かな言い淀みをジャスミンは見逃さない。
自分の名を呼ぶ声に込められた静かな尋問の調子に、
観念したようにバンは小さくため息をついて言った。
「……だってジャスミン休みの日全然出かけねぇじゃん」
「?出かけてるわよ、買い物とか公園とか」
「そうじゃなくって!あー、だから、こう……遠くにさ」
言いたいことをうまく纏めきれていない様で、
つんつん頭をバンはがしがしと掻いた。
ジャスミンは首をかしげて彼の答えを待つ。
「……俺が言いたいのは、考えず行こうぜ!って感じの」
「ふ、いきなりどうしたの?」
まだ困った様子のバンにくすくすとジャスミンが笑うと、
少し怒ったような顔をした後、真面目な顔で彼女を見つめた。
「俺、エスパー能力がどんなもんなのかなんて正直よくわかんないけど、
もっと気楽にやってもいいんじゃねぇの?ジャスミンは人の秘密が
見えるの気にしてるんだろうけど、エスパーじゃなくったって
秘密なんて結構分かっちゃうもんだろ。相棒なんてさ、
誰だかわかんないけど女の人の写真こっそり持ってるんだぜ?」
言った後で、バンは慌てて俺が言ったって内緒な、と付け加えた。
375439:2005/08/06(土) 13:43:59 ID:bR5Rvj64
「でも、秘密を知られるのは嫌でしょ?
仲間だから、知られたくないこともあると思う。
ホージーも仙ちゃんもウメコも」
「そりゃそうだけど……。そんなに恐がらなくていいじゃん」
「え?」
「ジャスミン、俺たちが何思ってるか知るの恐いんだろ?」
ジャスミンは驚いたようにバンの目を見たまま黙り込んだ。
バンはそれを見て自分が考えていたことが
間違っていなかったことを確信した。
「そりゃ、嫌な思いすること多いよな。デカの仕事だって
犯罪のこと調べたりするんだし。だけど――いや、だからさ。
……うー、だから……」
また言葉が上手く出てこなくなったらしく、バンはうんうん唸った後
いきなりジャスミンの肩をがしりと掴んだ。
「ジャスミンなんか固いじゃんか!スキンシップが足りないと思うの俺は!
俺は相棒の相棒でもあるけど、マシンドーベルマンで
ジャスミンの相棒でもあるんだし!俺のことは知ってもいいじゃん!
俺は恐くないんだからってことを言いたいの、俺は!」
うん、そうだと一人で納得してバンは両手を腰に当てて
その考えを落ち着かせるようにやたら頷いた。
376439:2005/08/06(土) 13:46:39 ID:bR5Rvj64
「……ほんとに」
「ん?」
「ほんとに恐くない?」
「ん!」
バンは精一杯真面目な顔をして頷いた。
傍から見ていたら人はこの時の彼を子どもっぽいと評したかもしれない。
「じゃ触っていい?」
「ん?うん」
黒の革手袋を外して少し腕を上に伸ばし、華奢な手がバンの頬にそろりと触れる。
その手はほんの僅か震えている。
バンは柔らかい手だな、と思った。指が細い。
親指がそっと撫でるのがくすぐったかった。
何か見えてるのかな、あとバンは思う。
だが直ぐ後にま、いっかそんなの、と暢気に思った。
小さくちゃぷり、と水音をたててジャスミンが足を一歩踏み出す。
まだ手袋をしたままのもう片方の手がバンのTシャツの肩に触れる。
水底の砂の上で色の白い足が背伸びをした。
377439:2005/08/06(土) 13:50:28 ID:bR5Rvj64
夕焼けに染まるデカベースの廊下である。
小さく疲労から来るため息をついてホージーは自室へと歩いていた。
今日はバンとジャスミンが休暇をとったために普段より仕事は多かったのだが
この男にそんなことはあまり関係なく、むしろ定刻より早く仕事を終えた。
エリートだの優秀だのの言葉が付きまとう所以である。
自室に戻って一息ついてからまた仕事に戻るつもりであった。
ふと、向かいからバンが歩いてきた。
「おい、お前夜から仕事に戻るんならそろそろ……どうしたんだ?お前」
忠言でもするつもりであったが、どうにも様子がおかしい。
呆けている。
「おい、聞いてるのか?」
聞いていない。
そのままぼぉっと歩いて何も言わずに自室へと帰っていったバンに
ホージーは怪訝な顔をして首をかしげた。



>>370
自分は好きだぞ、あんたの作品。
あんまり気にしすぎるなよ。
378名無しさん@ピンキー:2005/08/06(土) 14:29:03 ID:0dETt4D0
>>371
GJ!最後に何があったのか気になるw…
久しぶりの赤黄に(;´Д`)ハアハア
赤黄でなんか書きたくなってきた…(エロ無しでもいいのなら)

>>370
マジはあまり見ていないのですが、煽り等に振り回されずに自分の萌えを大切に。
自サイト頑張って下さいませ。
379名無しさん@ピンキー:2005/08/06(土) 14:29:56 ID:aA/juyyK
>>371 GJ!!
いいなぁ。
バンの真直ぐな裏表の無いところに
惹かれるジャスミン。
エチないのに、
高校生みたいにドキドキしてウットリしちゃったよ。
いいぞ、刑事赤黄。乙。

>>371
読む人たちはついつい贅沢になるのだ。
気にせんで〜。
いつも感心しながら読んでるよ。
380名無しさん@ピンキー:2005/08/06(土) 22:54:52 ID:XxxC3fjm
>371
ここに感想書いちゃっていいのかな?(゚Д゚≡゚Д゚)

371神GJ!
刑事赤黄を投下してくれる神を待ち続けた甲斐がありますた!
この二人の初々しさとほんのりとした切なさが好きだな〜(*´Д`)

>378
書いてください頼みます…orz
エロなしの方が赤黄は萌えるような気ガスw
381名無しさん@ピンキー:2005/08/06(土) 23:49:22 ID:U5YSucMc
>>352
‖*'A`)相撲と少女のほのぼのにコッソリ萌えた
あとちい兄酷ぇw
382某スレ49:2005/08/07(日) 15:11:04 ID:nfMa5QQh
>>371
もう、なんと言っていいのやら…こんな素敵で爽やかなお話をありがとうございます。
最後の一言とあわせて癒されました。
デカ赤黄は少しずつ歩み寄るもどかしさがたまりませんね。
その後の進展も含め、もっと読んでみたいです。赤黄熱再燃。

>>378-379
暖かい励ましのお言葉いたみいります、うれしいです。
試行錯誤ですが、サイト作りガンガリます!

>>381
あぁ、そのツボにはまってくれるかたがいて嬉しいです〜。
自分も「本編にこんなエピあったらいいな」と思って書いたものですから。
相撲ちゃん好きだわ。TVでマンドラや社員との名コンビがもっと見たい。
ラストのオチは…その後、ちぃ兄特製の秘薬で長期療養かとw
383名無しさん@ピンキー:2005/08/08(月) 23:20:58 ID:mYHBiTTu
お邪魔します。

なんとなく祭りの音を聞いていたら書きたくなったので投下します。
濡れ場は匂わせますが特にエロというほどでもないのでこちらに。
以下数レス失礼いたします。
384名無しさん@ピンキー:2005/08/08(月) 23:27:48 ID:mYHBiTTu
なにはなくとも失いたくないものを失った晩は夏の祭りでした。

顔をあげれば輝くものは提灯の宵路ばかりでありました。
髪だけが撫ぜてゆくゆく頬は紅もすっかり落ちています。

神社は小さく、村は古いようでしたが、それは伝え聞いたお話です。
失ったのは記憶の一部であったと聞いていますが、完全に信じてもおりません。
なぜならその「失われた」と口々にいわれる時期の記憶は、ひどく突飛なものとはいえ存在しているからです。
私は畑の中央に寄生する醤油バッタとして、短い一生を終えてから、
神社の鳥居の根元に蹲り人間の少女として眠りについているところを発見されました。
そうして祭りの晩に、私はちっぽけな虫としての広大な星々の身体を失って、
今ではこうして同じ晩、男に抱かれて成熟しかけた肉体の反応に人の肋骨をしならせているのです。
385名無しさん@ピンキー:2005/08/08(月) 23:28:56 ID:mYHBiTTu


「怖ろしかったわぁ。祟られっちまう」
「神の子だで言われてたどもそでもおっそろしのが?」
「そなの昔のことだよす」

雪駄を足指で引っ掛けるようにして出て行く男の後につけ、
祭囃子の途切れ途切れな山道を下り往く。
汗にべたついた残り香は髪に軽く樹肌のにおいをまとわせていた。
花火があがり木々が僅かだけ闇色から浮いた。
男の息遣いを頼りに足を進める。
虫のからだを失い人を得た晩、怖ろしかったものは彼女自身の肉体であったが。
今は男のたくましさばかりを畏敬する。
太鼓に紛れ質の悪いスピーカーからは節のついた老婆の盆踊り歌が空を覆う。
陰に隠れて忍びで逢うものは醤油バッタのみではなかった。

「そいやおまえが来たンはお祭りの日だっだな。俺が見つけたんだ。驚いたず」
「また言っでるは。懲りねの」
「だって、ありゃあ」

なあ。
男の声は髭に擦れるようにがらがらとしていた。
あれから十年が経ち、醤油バッタの胎内にはささやかに別の鼓動が宿る。
もうあまり無理もできない。
野外で抱かれようなることはおそらくこれから冬にかけてなくなることだろう。
虫だったものが子を産む。
その事実に醤油バッタは漠然とした不安を抱える。
宿したのはおそらく田植え祭の時分にさきほどと同じ秘密の逢引場で
契ったあの日であり、それはすなわちお宮の裏陰での出来事であった。
それは鳥居の最奥だ。
子宮の中心で契るような行為である。
男が節の多い地肌を気遣い女に手を伸ばす。
ごうと風が吹いた。

「えゝ。そろそろ御返しを戴かなくては」

知らぬ声が醤油バッタの娘にだけ滲み込んで薄く散じていった。
鈴がほの暗いざわめきに掠れ、どうどうと山奥から吹いた。
手を取り損ねて横転した醤油バッタは痛む下腹部を抱えて男に縋り
やがて、ああ神様に子が取られてしまったの、と悲しげに啼いた。


私は失いがたいものを祭りの晩に失いました。
そうして今でも二度とは得ません。
時が来たなら醤油バッタに戻れるかと思いましたが、今でもこうして人のままです。
それが途方も無く寂しい。
―ねえ先生。
386名無しさん@ピンキー:2005/08/08(月) 23:29:46 ID:mYHBiTTu
では、今後もスレの穏やかな繁栄を祈りつつ。
暑中お見舞い申し上げました。
387名無しさん@ピンキー:2005/08/11(木) 18:17:49 ID:3Z4K4p3s
>386
色気のある文章とはこういうことか、と思いました。
こういう話読むと日本語っていいなあと溜息つきます。


季節感とか無視して自分も投下。
何時ものサモンナイトの新作『サモンナイト エクステーゼ〜夜明けの翼』の二次です。
ほんのり百合風味なのと、発売一週間のゲームのネタバレ、あと独自解釈があるので注意。
見渡す限りの荒野と、星も月もなく唯しらじらと明るいだけの白夜。優しい声。それが、最初の記憶。


「おかえりなさいませ、ユヅキさま」
アレスパの街に立つ看護人形<フラーゼン>の挨拶に、黒髪の女は笑顔を添えて返した。
凛、という表現が良く似合う風貌だ。身体の線は女性らしいたおやかさを残しているが、纏う空気は
武人たるサムライのそれ。手にした刀と同様に、害意ある者には容赦しない苛烈さを秘めている。
その足取りは迷うことなく真直ぐ目的地を目指す。先程のように幾人からも声をかけられる姿から、
街の馴染みと見てとれた。
階段を上がる。
そして視界に入るのは、花壇の前で楽しげに土いじりをする中年女性と妙齢の女性。
ユヅキが歩み寄る前に、若い方が気がついた。立ち上がり優しい微笑みを浮かべる。
その穏やかな気配に、一本の木を連想する。枝には鳥が子を育てる為の巣を作り、獣を生い茂る葉で
優しく包むような、年輪を幾百と重ねた大木を。
「キサナ様。ツェーゼ村の魔物討伐より、只今戻りました」
「お帰りなさい、ご苦労様でした、ユヅキ」
『白夜』の創立者であるキサナは、ユヅキの帰還を何時ものように迎えた。

白夜とは、正式には組織ではない。だから「白夜に属する」という表現も正確ではない。
白夜とは『属する』ものではなく『為る』ものだ―――とはキサナの言だ。
この世界の住人は大別して二種に分類される。ひとところに住み日々を送る『定着せし者』と、それぞれの
目的故に世界を旅する『放浪者』とに。少なくともユヅキが最初に得た知識ではそうなっていた。
白夜は『放浪者』を育てる場であり、また他者への手助けを行う者の集まりである。
手助け、といってもその目的も手段も様々だ。
純粋な善意から行うもの、自らの力試しを兼ねてのもの、白夜からの報酬が目当てのもの―――
キサナはそれら全てを善しとしている。
重ねて言う。
白夜は強制をしない。
自身の為に、もしくは他人の為に『何か』をしようと行動した時から、白夜に『為る』のだ。
その方法もユヅキのように魔物退治をするばかりではなく、公道の掃除をしたりだとか、花壇作りを手伝う
だとか、そんな小さなことも入る。まだ規模は小さいが、この活動が広まれば。
(貴女の望みは、きっと叶う。いや、叶えてみせる)
ユヅキは刀を握り締めた。
忠誠の対象は、花壇作りに一段落つけて今は手ずからお茶の用意をしている。
「菓子を頂いたのです。さあ、ユヅキもどうぞ」
「では、御相伴に預かります」
街の娘が持ってきたという焼き菓子は温かい紅茶に良く合った。その甘さと何よりもキサナの笑顔に
ユヅキは満たされる。キサナを喜ばせるのは菓子自体よりも、それをキサナのために焼いた―――娘が
誰かの為に新しいことをした、という事実。
「小さなことですが、それでも―――」
「キサナ様のやっていることは、きっと実を結びます」
ありがとう。そう微笑まれることがいちばん大切だった。


ただただ明るいばかりの空の下立ち竦んでいた己れに、優しい手と、帰るべき場所をくれたひとだった。
その手に縋り―――やがて、支えたい、と願った。


「では行ってくる」
「……?」
フラーゼンはユヅキを困惑げに見て、
「申し訳ありませんが、わたしのデータベースに記録がありません。音声によるデータ入力を要求します」
ユヅキの胸中に苦いものが広がる。一度、息を整えて、
「白夜については『覚えて』いるか?」
「ビャクヤ……」
フラーゼンは人間そっくりの動作で首を傾げ、
「はい。ここアレスパの街に拠点を構える『放浪者』の相互扶助組織です」
そうか、とユヅキは安堵する。完全に『繰り返し』たわけではないらしい。
「拙者は白夜のユヅキだ。これよりカゲロウの里に魔物討伐に赴く。その間何かあればお主の治癒能力を
 役立てて欲しい」
「了解しました。ユヅキさまもお怪我の際はお申し付けください」
「ああ、有難う」

この世界に夜はない。
星も月も知識にのみ存在する。照らす太陽すら見上げても何処にも探せず、薄明るい昼が続く。それでも
時間が来れば身体は眠りを欲する。そうして闇の帳を見ぬまま眠り、相変わらずの白夜の下目覚める。
その繰り返しが一日。
時間の概念すら曖昧になる。
それが、今ユヅキの存在する世界。

「おかえりなさいませ、ユヅキさま」
「只今」
街の入り口に立つフラーゼンへと挨拶し、石造りの階段を上り。
目を遣った花壇には誰もいなかった。そもそも花壇すらなかった。まるで初めから何も存在しなかった、
とでもいうかのように、その空間は呆然とするユヅキを嘲笑っていた。
悪い予感に駆け足になる。目指すのは唯一人。
「キサナ様!」
長椅子にぼんやりと身を預けていたキサナはユヅキの声に振り向いた。
「……お帰りなさい、ユヅキ」
変わらぬ笑顔。変わらぬ声。それでもユヅキには分かる。真実を共有するからこそ、苦しみが解ってしまう。
「また、ですか」
残酷な問い。しかし引き伸ばしてもキサナ自身に言わせるだけだとこれまでの経験から知っていた。キサナに
自身を傷つける真似をさせる位なら、己れを責める方がまだましだ。
「ええ―――また、間に合わなかった」
あの花壇を作っていた女性は、どんな顔をしていただろう。どんな花を植えようとしていただろう。どんな風に
生きていたのだろう。全ての問いは無為になる。もう彼女は何処にもいない。巡り巡った末に、消えた。
「もっと、私に力があれば」
それは違う、と叫びたかった。彼女の慰めにならぬとても。
遮るのはキサナ。
「それで、ユヅキ。カゲロウの里はどうでしたか」
「え、ええ、大した被害はありませんでした。あとは里の者で対処出来ると判断し、戻ってまいりました」
「そうですか」
キサナが。真直ぐに。ユヅキを見つめる。
「―――ユヅキ」
「はっ」
「もう、貴女も充分強くなりました―――そろそろ転生の塔へ赴いても良い頃ですね」
呼吸が、上手くいかない。
「いえ拙者は未熟者。まだ、早いかと」
刀を握る手が震えていた。キサナから隠すように後ろ手に回す。
キサナはしばしその姿を見、それ以上話を続けることはせずに、ユヅキを労い休むよう告げただけだった。

与えられたのは知識と「世界を見て回りなさい」という忠告。そして帰るべき場所。
彼女の存在があったからこそ、世界の理を知っても絶望せずにいられた。
そして。彼女が『白夜』に託した夢に。
初めて―――おそらく初めて―――身を尽くしても仕えたいと望んだ。

魂は転生する。機界ロレイラル、鬼妖界シルターン、霊界サプレス、幻獣メイトルパ。そして時には
『楽園』とも『牢獄』とも呼ばれるリインバウムへと。魂は巡る。しかし、何かの弾みで零れてしまう魂がある。
―――此処は『界の狭間』と呼ばれる場所。巡りの輪より外れた世界。輪廻から零れ落ちた魂の、受け皿。
つまるところ死人の世界。
『定着せし者』も『放浪者』も皆押並べて、肉体を持たぬ魂だけの存在。両者の違いはひとつ。変わろうと
するか、己が魂を成長させようとするか否か。
変革を望む魂を選別し輪廻の輪に戻すのがこの世界の役目。
そして望まず、ただ安穏といきたいと願う者は―――繰り返す。それぞれのサイクルで、それぞれの生活を。
一度は得た記憶も思い出も全ては不必要と消去され個々の時間にのみいきる―――その果ては、『世界』
への融解。
繰り返しの終局は『個』としての魂の消滅であり、魂の持つ記憶が世界を構成する要素となる。
此処はそうして存在している。

キサナは転生の案内役たる『導き手』である。幾人もの魂を導き、より多くの魂の消滅を見てきた。
キサナは転生が可能な魂を増やそうとしていた。『放浪者』としての自覚を促し、魂の成長を願った。
ユヅキはキサナの願いに魅かれた。その夢を叶える手助けをしたいと思った。

けれどキサナはユヅキに転生を望むという。
キサナの「少しでも多くの魂を転生させる」という願いを叶えたい。キサナの側で。キサナをこの手で支えて。

ひたすらに、苦しい。


迷い。迷い。何度もの白夜を過ごし。
ユヅキは。選んだ。
「此処は転生の塔に続いています。では行きましょうか」
「……はい」
奇妙な装置を前に佇む二人は、どちらも門出には似つかわしくない表情をしている。
淡い燐光を放ち装置が起動する。此処をくぐれば。
「……」
ユヅキ、との訝しげな呼びかけにも、動けない。
キサナが望むのなら、これは正しいことなのだ。転生し新しい生を歩む。キサナの手で送り出される。
それは多分幸せなこと。キサナを置いて。キサナを独り―――この優し過ぎるひとを残して―――
動いていた。
刀が床に落ちる。武人の魂とでもいうべき刀を手放すなぞサムライにあるまじき行為だ。そうまでして
手に入れたいもの。
「ユヅキ―――」
両の腕で縋るのは、キサナの華奢な身体。装置は何時の間にか止まっている。動いているのはユヅキと
キサナの心臓のみ。謝ろうとする。非礼を詫びてもう一度あの装置に近づいて。
「厭だ」
出来ない。
「ユヅキ」
「厭なんです! お願いです―――拙者は―――拙者に―――」
自分が居なくなればこのひとはどうなるのだろう。消滅する魂を独りで見続けるのだろうか。頼れる者無しに。
「貴女を」
違う。支えが欲しいのは。
「貴女がいなければ拙者は―――拙者の刃は、貴女の為にしか振るえない」
自分自身、だ。
泣く子をあやす母親のような手つきで頭を撫ぜるのは剣を取らぬ細い指。縋りつくのは「支えになりたい」
と口ばかりのサムライ。
それでも、赦してくれる、のだと知った。


柔らかい膝に頭を預けて束の間まどろむ。細い指が黒髪を梳く感触が心地好い。
何か言おうと思って顔を上げるのだが、キサナの静かな表情に言葉は泡沫となり消える。
キサナの定位置である長椅子に半身を預け、キサナの膝を枕にして、ユヅキは虚脱感に全身を浸していた。
「後悔しませんか」
「しません。絶対に」
身体を起こし、キサナへと額づく。
キサナは少しだけ微笑ったようだ。寂しげな、悲しげな、ユヅキを止められない己れを責めるような、その底に
ある感情を抑圧するような、そんな顔で。
「―――この身はこの刃は唯一貴女の為だけに在ります」
己が全てを捧げると誓う。
巡らぬ世界で、彼女の夢見る明日を迎えるために。
393名無しさん@ピンキー:2005/08/13(土) 01:50:18 ID:vcYED4co
スレお借りします。

PC整理してたら、遠い昔に書いたもんが出てきたのでUPしてみます。
遊戯王の、海馬瀬戸→遊戯(表王両方)な独白。
カップリングにも満たない様なぬるい801ですが、駄目な方はスルー推奨で。
394Puzzle 瀬戸→遊戯(ファラオ) 1/4:2005/08/13(土) 01:55:48 ID:vcYED4co


 羊水の中にいるような
 温かく
 満ち足りた空間の中
 俺はパズルを組み立てていた



 心のパズルを…



 間違って組みあがっていたパズルを
 要らないピースをより分けて
 本来の形へ
 組み立ててゆく


 途中
 なかなかピッタリなピースがなくて
 ため息をついて休憩する
 そんなとき ふと頭を上げると
 決まって俺に微笑んでくれている少年がいた

 彼は慈愛に満ちた微笑を浮かべ
 ゆっくりと視線を他に移す
 俺もつられてそちらを見ると
 施設にいたころに遊んでいた皆がいた
 もちろんモクバもいて
 少年を見上げると
 やさしく笑って頷いてくれたから
 俺はその輪に入り チェスを始めた
 チェスはトランプになり
 かくれんぼになった

 ふと気がつくと
 俺の手にはパズルがあって
 どれも当てはまらなかったはずの空間には
 新しいピースがはめられていた

395Puzzle 瀬戸→遊戯(ファラオ) 2/4:2005/08/13(土) 01:59:10 ID:vcYED4co

 つい 微笑んで
 周りには もう遊んだ仲間の姿はなかったけど
 再びパズルを組み立て始めた。

 途中
 ここまで出来たとパズルを少年に見せる
 彼は優しく笑って 頭をなでてくれた
 俺はそれが嬉しくて
 再びピースを集め始める

 ふと
 知らないピースを見つけて手に取る
 すると少年が少し悲しそうな顔をした
 俺は見たこともない衣装を身に纏っていた
 けど 不自然じゃなくて
 何だか いつも着ていたようにしっくりきた
 少年を見ると
 彼も見たことのない服を着ていた
 俺は彼に頭を下げ 手にキスをした
 俺のすることは この人を守り抜くこと
 そう
 どこかで知っていた
 彼は戸惑うように
 悲しそうに俺を見つめた
 俺の胸も
 …何故だか痛くて…

 気がつくとパズルは少し組みあがっていた
 だけど 何だか切なくて…

 彼を見上げると 彼はやさしく抱きしめてくれた
 ……泣きそうな顔で……

 俺には そんな彼を包み込むように抱きしめてあげることしかできなくて
 やさしく髪をなで 微笑む
 切なくて 愛しくて 悲しくて
 自分の腕に収まる小さな体を
 壊れないように抱きしめた
 二度となくさないように

396Puzzle 瀬戸→遊戯(ファラオ) 3/4:2005/08/13(土) 02:04:14 ID:vcYED4co

 そうしたら
 彼は小さな小さなピースになった
 哀しそうな 嬉しそうな笑顔を残して

 俺はそのピースをパズルにはめ込み




 立ち上がった。
 瞬くと窓が見えた。
 窓の外には空。
 昔と変わらぬ青い空があった。




「お、おぼっちゃまがぁ〜〜ッ!!」


 長い夢を見ていたような気がする。
 内容はもう覚えていないけれど。
 目覚めた途端、現実は厳しい状態で。
 夢の内容を思い出す余裕もなかった。
 モクバを助けに島について、
 遊戯に会った。


…何故か懐かしく思って、
…でも気のせいだと考えを打ち消した。


 彼はもう少し落ち着いていた。
 彼はもう少し聡明だった。
 彼はもう少しやわらかく笑った。
 彼は……少し哀しそうだった。
397Puzzle 瀬戸→遊戯(ファラオ) 4/4:2005/08/13(土) 02:08:18 ID:vcYED4co


デュエルをしても、
そう思った。


 彼はもう少し明るかった。
 彼はもう少し優しげだった。
 彼はもう少し何か知っていた。
 彼は……少し淋しそうだった。

 

 何故だか、

 今は少し違うと思った。
 だが、俺は知っている。
 彼は居なくなりはしないことを。
 彼は、これから自分の前に姿を見せるのだから。
 それまで…
 俺は彼を待ち続ける。

 彼らが『彼』になるまで…


 きっと、
 彼も私も、
 覚えていることは出来ないのだろうけれど…


 幾年月過ぎ去ろうとも、
 それが永久に近い時間だとしても…
 たとえ私も忘れてしまっても、
 魂の記憶は消せないのだから…




…貴方を 待ち続けます…




…我が君…
398名無しさん@ピンキー:2005/08/13(土) 02:13:00 ID:vcYED4co
>392
エクステは、やっている最中なので、やり終わったら読ませていただきたいと
思います。

では、スレお返しします。
399名無しさん@ピンキー:2005/08/13(土) 02:30:23 ID:dW1xLKFW
801は801板でお願いします
400閉ざされた海:2005/08/13(土) 12:10:49 ID:4z2Ae9e0
これより投下します。想定7レス、即時開始。
なお次の投下時期は未定です。今回投下分の後半(露骨に『闇の奥』を意識している部分)はいささか意味不明
かもしれませんが、お話の筋の上でどうしても必要なので、ご了承ください。





 本当に、こんなことになろうとは、どこの誰に想像できたろうか?
海兵隊時代のさまざまな冒険や、信じがたいほどに入り組んだ私生活を生き抜いてきたその男は、その落ち着く
先がこんなふうになろうとは、本人にも思いもしなかったものを手にしていた。
幸せな日々を。

 その島は亜熱帯に位置していたが、海流の悪戯のおかげで熱帯と言っても差し支えない温醇な気候と海洋生物
に恵まれていた。大洋によって陸地から隔絶され、喧騒には程遠い。
そんな島の中でも、そこは町から丘を挟んで反対側で、両側をこじんまりとした、岬と呼ぶことがはばかられる
ような岩に挟まれているということもあって、プライベート・ビーチと言っても差し支えないほどだった。
体にぴっちりと合った細いビキニの娘を期待してここに来たとしたら、落胆することだけは保証できよう。

 その男は、自分で思っているような「年寄り」などではなかった。
実際、サングラスを掛けて日陰に寝そべる彼の姿は老人には程遠く、そして実態にも程遠かった。
つまり、英雄にも。

 海岸の静寂を破ってエンジンの音が響いてきた。
しかし彼も、隣に寝そべる彼の妻も、そのことに苛立ったりはしなかった。
次の瞬間、大岩を回ってボートが現れた。
彼らの娘が舳先にしゃがみ、東洋人の青年が舵輪を握っていた。青年はいつものように、桟橋に達する前にエン
ジンを切った。惰性で艇が海面を滑り、一回も後進を掛けることなく桟橋に接した。
少女が桟橋に飛び移り、両親に向かって小さく手を振った。
 彼女の名前はニコール。「まさしく火の玉娘、まぎれもないカミカゼ娘というのがぴったり」というのが、
その娘が8歳のときに与えられた評価だった。その後2年が経ち、彼女のエネルギーはどう少なく見積もっても
倍増していたが、思慮深さがそれに伴っているかどうかは――いかにも判断しかねるところであった。
401閉ざされた海:2005/08/13(土) 12:12:13 ID:4z2Ae9e0
 そのようにして、浅網渉――例の東洋人の青年――とスワガー一家は、一夏を共に過ごした。
今でも、浅網はその夏のことをあらゆる部分を鮮やかに思い出すことができる。
しかしそれと同時に彼は、その夏のその出来事が、実際には起きていない、どこか別次元での出来事であったよ
うにも感じるのだった。
 浅網はボブが泊まっている別荘の管理人であり、また申し分ないホストだった。
しかしそれと同時に、しばしば立場が入れ替わったように感じることもあった。つまり、ボブやジュリィ、ニッ
キーによって、浅網が支えられているように思うことがあった。そしてそれはしばしば真実だったろう。
 彼はシャープだった。彼は細かいところまで見逃さなかった。
しかし何よりも彼を特徴づけるのは、その徹底した沈黙だった。
一緒にいる間、初めから終わりまで、ボブは浅網に対して、質問らしい質問は一切しなかった。
夜中、二人だけで座っているときに浅網が不可解な沈黙に落ち込むことがあっても、彼は決して無理にこじあけ
ようとはしなかった。彼は何かを誤魔化したり、否定したりせざるをえない立場に浅網を追い込むことは決して
なかった。
一度だけ、何かを尋ねようとするかのように口が開きかけたことがあった。しかし彼は視線を落として微笑み、
首を振って再び沈黙するのだった。


 そのような次第で、穏やかな時間が流れていった。ボブは本当にリラックスして過ごしているようで、ジュリ
ィはそのことが心から嬉しかった。
 一回だけ、夜中にふと目を覚ますと、隣に夫がいないことがあった。ボブはバルコニーに出て、月明かりのも
とで静かに座り、そこに隠された意味を見出そうとするかのように本を見つめていた。
「それ、なんなの?」
「これ? ああ、『悪魔との握手』という本さ。著者はオリバー大佐となってる」
彼女が近寄ると、彼は表紙を見せた。白髭の男の写真だった――普段なら堂々とした、男前の顔であったろうと
想像できたが、その写真では目は落ち窪み、口は堅く結ばれ、むしろ途方に暮れているというか、焦燥を感じて
いるというか――精魂尽き果て、抜け殻になっていると言うか、そんな顔に見えた。そして彼は、国連のパッチ
がついたベレー帽をかぶっていた。
ボブは本を開き、頁を繰った。
「なぜ、これが『悪魔との握手』という題名だと思うかい?
オリバー大佐は、インテラハムェ(Interahamwe)のリーダーたちと会う機会が二度あった。
そのとき、彼はそのリーダーたちと握手した。その手は冷たかった――ただ体温が低かったというだけでなく、
まるで別の生物であるかのようだった。その目は邪悪なものを宿し――オリバーには、彼らは悪魔だとしか思え
なかった」
ボブは本を閉じた。
「でも彼らは人間だった――我々も、同じさ」
402閉ざされた海:2005/08/13(土) 12:12:50 ID:4z2Ae9e0
 2週間の休暇が過ぎ、明日には出発するという日、渉はささやかなパーティーを企画した。
楽しい夜だった。主賓の希望でアルコールは一切出なかったが、それは決してその楽しさを減退させるものでは
なかった。デジタルカメラで取った水中写真を褒められて、ニッキーは大いに満悦の態であった。
 夜もふけたころ二人の客が帰り、ジュリィがニッキーをベッドに促し、渉とボブはきれいに片付けられたテーブルを
挟んで向かい合っていた。
亜熱帯の夜だった。全き闇がすべてを覆い、その奥からかすかな波の音といささか喧しいほどの虫の声が聞こえ
てくる。
 ボブが机の上に一冊の本を置いた。
「『悪魔との握手』――実に恐るべき、戦慄すべき本だ。
だが実のところ、君はこれとさして変わらないことを、実地に体験していると思う」
ボブは手帳を開き、そこに書き付けてある文句を読んだ。
それは異国の言葉ではあったが、まるで彼自身が考え出したものであるかのように滑らかに発音した。
「――日本語で、『黄色い霧』という意味である、ということだ」
そう言われて、渉の表情に動揺が走ったのが感じ取れた。
「私が照会した人物は、この語からジェームス・ハーバートの『霧』を想起したそうだ。
しかし、君が考えているのは、それとは若干異なる意味であろうと思うが?」
渉は相変わらず一言も喋らない。
ボブは身を乗り出し、机に肘をついて両手を組んだ。
本題に入る時だった。彼ほどの男が2週間もの間、立ち入ることを躊躇いつづけた話題に。


 渉が舵柄を握り、彼らを水上飛行機のプラットフォームへと送り届けた。
飛行機がプラットフォームに横付けし、ニッキが機内に駆け込んだ。ジュリィがそれを追い、束の間、ボブと
渉だけが乗降口のところに取り残された。
 昨夜、浅網は結局一言も発さずじまいに終わった。一瞬、彼の目の中で何かが動くのを見たように思った――
しかし次の瞬間、彼は再び頑なな殻の中に引きこもってしまったのだった。
 ボブは渉の手を握り、言った。
「いつでも、いつ何時でも、連絡をくれたまえ。私はいつでも待っている」
一瞬、悲しげな表情をした。
「私は早くに正規の教育を離れた――私は生きるためにヴェトナムに学んだ――仕事のために独学をした――
君は違う――君は立派な教育を受けている――」
彼はそこで問題から外れていることに気づいた。
「君には助けが要る――幸いにも、君は独りではない。
私でも、提督でも構わない。躊躇わず、いつでも連絡をくれたまえ」
そしてもう一度強く手を握り、彼は家族のあとを追った。

 ボブは、自分には何もできなかったと思っていた。オルレンブロール提督の狙いは外れたと思っていた。
だが実のところ、提督は正しかった。
ボブは多くを語らなかった。しかしそれでもなお、彼は渉に多くを与えたのだった。
彼の名はボブ・リー・スワガー。
ジュリィの良き夫であり、ニッキの良き父であり、優れた馬の療養師である。
403閉ざされた海:2005/08/13(土) 12:13:30 ID:4z2Ae9e0
 そこから西へとはるか、はるかに離れたところに、なかば叢林に埋没した滑走路があった。
ある早暁、小型のコミューター機がその滑走路に降り立った。埃っぽい路面に飛び降りた男は機上から鞄を
受け取った。鬱蒼と茂る密林の間にぽっかりと空いた空間から黎明の紫色の空を仰ぐことができただろうし、
おそらく彼はそうしただろう。
その滑走路を中心として居留地が作られていた。そこでは人も物も建物もみなごった返していて、そのくせ何を
しているとも見当がつかない。だが、やがてロビンソンにも、そもそも目的など存在しないことが明らかになっ
てきた。彼らはただ「何か」を得ることができるだろうという期待のもとに集まり騒ぎ、熱気に浮かされたよう
にスターリング銃を抱えて当て所もなく歩き回りながらお互いに陰謀を巡らしているのだった。もっとも彼の見
るところ、彼らの報いられるところは病だけであったようだが。
ロビンソンは迎えを待って、この居留地に十日間留まった。そして、その女について彼が初めて詳しく――人名
以上のものを聞かされたのもこの地だった。到着した直後、支配人に挨拶に赴いた彼は、ふとカロツキーについ
て訊ねた。ミス・カロツキー、この女こそ彼が訪ねて来た相手であった。その途端、支配人は顔を歪めて吐き捨
てた。
「全く不愉快な奴ですよ、あの女は、――女のくせにこんなところに来るという時点でいかれてますがね、
自分の仕事のことしか頭にない、物凄く高飛車な奴です。実に厭な奴ですよ。最初は私も助手などつけてやって
世話をしていたんですがね、あるときその助手を送り返してきましてね、こんな男と仕事をするなど耐えられな
い、こんな役立たずはとっととこの大陸から追い出してしまえと抜かすんですよ。おまけに本国のほうも奴をえ
らく高く買ってましてね、まるで天気まで左右しかねないような扱いで――たかが一人の女をですよ、まったく
忌々しい話ですよ。しかし奴さんどうやら熱病にかかったようで、いい気味ですよ。その後九ヶ月も消息があり
ませんからねえ、案外もうくたばってるんじゃないですかねえ」

 ある朝、二台のトラックが停まり、一台目の運転席から青年が顔を突き出した。
「ミスタ・ロビンソンですね? さあどうぞ、乗ってください! 私がご案内します」
 その青年には道化芝居のハーリ・クインを連想させるものがあった。
服は褐色の麻か何かでできているようだったが、それが満身補綴だらけで――青,赤,黄と恐ろしく派手な補綴
布――それが背中といわず前といわず、そこらじゅうに貼り付けられ、おまけに日が当たると、それが突拍子も
無く派手に、また驚くほど洒落て見える。つまりそれほどその補綴は美しく出来ていたのだ。
髭の無いどこか子供っぽい顔、小さくて円らな碧い眼、金髪白皙だが、顔にはこれといって特徴はない。
驚くほど陽気で、ロビンソンがタジタジとなるほどにペラペラとまくしたてるのであった。おまけに秋空のよう
に表情をくるくると変え、今落ち込んでいるかと思うと次の瞬間にはまた陽気に喋りだすという具合であった。
 そして荷台の男たちはスターリング銃を抱え、熱気に眼を爛々と輝かせていた。そのくせ、彼らが知っている
のは、「何か」を得られる「何処か」に行くということだけのようだった。
 そのような次第で、とにかく彼は奥地へと出発した。
だが、その道と来たら! 確かに二車線あるが舗装はされておらず、風が吹くと埃で前が見えないという有様で
あった。その車もまたひどく、前世紀のものといっても不思議ではないほどのものであり、爆音と排煙で
咽び、熱気に噎せつつ一刻も揺られれば体の節々が痛む程。窓を開けても吹き込むのは熱と湿気に冒された風、
ひとたびエンジンを止めれば澱んだような湿気が肌に纏わりつき、死の静寂が包み込み、ちっぽけな人間を押し
潰そうと迫ってくる。
404閉ざされた海:2005/08/13(土) 12:14:00 ID:4z2Ae9e0
 運転席の青年から絶え間なく流れ出る戯言を聞き流しつつ、彼はふとカロツキーについて訊ねた。
だがこれは失策であった。とたんにその青年は饒舌さを増し、ミス・カロツキーへの賛辞を徒に重ねるのであっ
た。ミス・カロツキーが如何に高潔であるか、その言葉が如何に心を打ち「土人」たちの頑迷な魂を蕩かすか、
延々と喋りつづけるのであった。そしてまた、ミス・カロツキーの詩も青年の惜しみない賞賛の的となった。
「是非ともあの人が詩を読むのを一度聞いてみるべきですよ」と青年は熱に浮かされたように言った。
 ミス・カロツキーがああ言った、ミス・カロツキーがこう言った、あまり長く聞かされたためにまだ見ぬ
ミス・カロツキーの声が彼の耳奥で反響するほどであった。
「ミス・カロツキーとは話はしないのかね?」と訊いてみた。
「話をするなんてものじゃありませんよ、――こちらはただ聞くだけですよ、あの人の話をね、」と青年は得意
満面に答えたが、そこで頭を一つ振ったかと思うと、
「でも、それももう…」と呟き、忽ちに悄然とした失望の表情に一変した。

 密林を切り開いて作られた白い道は、緑の化物の胎内へと落ち込んでいくかのようにうねっていく。蔦と木の
葉が絡み合い、彼らを光から隔絶する。風の狂暴な叫喚が木々の奥へと響いていけば、沈黙し脈動する闇黒の叢
林が頭上に襲い掛かるように思え、豪胆な彼にすら心胆を寒からしめる程。
虚しくよじる道は滅多に陽光を見ず、得体の知れぬ虫が肌を蝕む。道を遡れば遡る程に木々は密度を増し、汁が
涌くような闇のなかで頼ることが出来るのは弱々しい車の灯だけ、時折その灯に白眼がぎらりと光る。
闇黒! これこそがもっとも性悪なものであった――そこには人間の心に恐怖を植え付け、それでいて何故だか
魅惑するような何者かが潜んでいた。文明を以って飼いならされた胸の奥にも、その猥らな闇黒に魅惑される
かすかなものがある、それはもはや原始の闇黒からあまりに遠ざかってしまったためにかすかな不安としてしか
到底理解し得ないものであったかもしれぬ、――それでもそれは確かにそこにあるのだ。

 思ったとおり、やがて車が壊れた。彼らは修理の間野営することにし、車を並べて停めた。
そのうちに霧が出てきた。何か浸蝕性の液体のような、気味の悪い霧だった。
突然何か異様な喚声が、不透明な大気の奥から沸き起こった。まるで霧全体が突然に、そして八方から、いっせ
いにこの騒がしい悲痛な叫びをあげたかのようだった。やがてそれは、急き込んだ、ほとんど絶え入らんばかり
の悲鳴に高まったかと思うと、そのままピタリとやんだ。例の男たちはしばらく茫然と口を開けて立ちすくんで
いたかと思うと、車のなかからスターリング銃を引っ張り出し、やにわにぶっ放した。甲高い銃声が霧のなかで
奇妙に反響し、不可解な化物の叫びのように響いた。そして、撃ちこまれた銃弾は虚空へと飛び去っていった。
やがて車が直り、彼らは再び出発した。

 窓にこつんと木片が当たった。雨が降るような音を立てて、屋根やらフロントガラスやらに落ちてくる。
南無三、矢だ! 森の中から喚声が上がった。停めろと叫ぶや否や、彼はサイドウィンドウを半ば下げて拳銃を
突き出し、続けざまに発砲した。一瞬の閃光に、木々の奥で蠢くおびただしい数の人影が浮かび上がる。
彼が二本目の弾倉を撃ち尽しかけたとき、青年がクラクションを鳴らした。
ひときわ高い叫喚が響いたかと思うと、唐突に静寂が蘇った。
405閉ざされた海:2005/08/13(土) 12:14:31 ID:4z2Ae9e0
 再び走り出してしばらくして、青年が全く動じていないことに驚いた。
「警笛をひとつブーッとやる方が、銃なんかよりよっぽど効き目があるんですからねえ。とにかく単純なんです
よ」
彼は拳銃を懐に滑り込ませた。
「やはり僕等を殺しに来たんだろうかね?」と訊いてみた。だが、
「とんでもない、」と青年は叫んだかと思うと、怒ったような顔になった。
「じゃ、何故僕等を襲ったのだい?」と詰め寄ると、これには青年もちょっと詰まって、オドオドしながら、
「あの人が往っちまうのを、厭だと言ってるんですよ」
「ええ?」と思わず彼は身を乗り出した。青年はなにか神秘と智慧に輝いたような表情を見せて肯いた。
「ええ、本当なんです、あの人は僕の心を広くしてくれました」
青年は大きく両腕を広げたかと思うと、小さく碧い円らな瞳を一杯に見開いて彼を見た。


 道の所々に哨所が見られるようになった。いわばそれらは、巨大な闇黒の端っこに、どうにかやっとしがみつ
いたといった形だった。崩れかかった小屋から、小銃を抱えた白人たちが飛び出してきて、歓喜と驚きと歓迎の
大袈裟な身振りをして迎えてくれるのだが、それがかえってひどく異様に見える、
――何か呪いに縛られた俘囚とでもいったように。
そして彼らは、静かな敵意が漲る沈黙の叢林を遡っていく。

 やがて、哨所に詰める男たちの肌の色が変わった。彼らは「御仕着せ」つまりどこかの放出品の迷彩服と
アーマライト銃を抱え、惨めな小屋の中から車を見る。青年に言わせると、彼らは「ミス・カロツキーに啓蒙
された土人」で、カロツキーは彼らを使って軍隊のようなものまで作っているということであった。
「じゃ、ミス・カロツキーは好かれていたのかい?」
「そんなことはありませんよ、あの人は雷親爺みたいな態度で臨むんですからね、――土人たちとしてもはじめ
ての経験だったでしょう――死の恐怖です。
そうです、一つ違えばとても恐ろしい人でした。
あの人の偉大さはとても言い表せません。
とても普通の人間を見る眼で、あのカロツキーさんを判断しちゃあ駄目ですよ」

 ミス・カロツキーは彼らを率いてしばしばさらに奥地へと踏み込み、様々なものを掠奪した。しかし、たいて
い彼女は一人で闇黒の奥へと踏み込んで行った。
「あの方が何を求めていたのかは誰にも分かりませんがねえ、」と青年は言った。
「ランダ-ランダ(Landa-landa)とかいう噂に興味をお持ちのようでしたよ――
ナニ土人の噂ですよ、大したことじゃないんですがねえ、」
 だが、ミス・カロツキーはようやく求めていたものを手に入れたらしく、数週間前に最後の――一人だけの
遠征から帰ってきたときには意気軒昂たる有様であった。
ところがそのとき、病で倒れた。
「ああ――ひどく悪い、危篤なんです。早くあの人をこんなところから出して差し上げないと…
ここにはまともな病院もないし、衛生兵もいない…薬だってろくにないんです…」
青年は憂慮のあまり身も世も無いという具合であった。ロビンソンはその泣き言を聞き流しながら前を見据えて
いた。
406閉ざされた海:2005/08/13(土) 12:15:08 ID:4z2Ae9e0
 突然、視界が開けた。
車は荒野の中を走っていた。
背の低い叢の所々に枯れ木が立ち、それ以外に朽ちかけた柵の名残と言った具合で杭が何本か並んで突き立って
いた。
ロビンソンは何気なく双眼鏡を取り上げた。
その杭の尖端には装飾と思しき円い球がついていて、辺りの風物が荒涼としているだけに、むしろ異様に感じら
れた。
 だが、丹念に見ていくと、すぐに自分の思い違いに気づくことになる。
つまり、その円い球は装飾ではなく、むしろ重大な象徴なのだった。
 ロビンソンは反射的に頭を反らせ、やがてゆっくりと見直してみた。
干からびて半ば緑色に変じ、瞼は閉じたまま、肉はすっかり落ちつくしている――まるで杭の天辺で静かに眠っ
ているかのようでもあり、萎びた唇からは真白な歯並さえ細く見えている。
 彼は双眼鏡を置いた。
と、今まで物言わぬ微笑を投げていたかのようであった首は、たちまちまるで天空の果てへと飛び退いたかのよ
うに見えた。
 これには、このカロツキー礼賛者も流石に多少しょげたようであった。青年はひどく早口で口篭もりながら、
自分もあの――象徴とでもいうか――あれだけは取り除けるわけにいかなかったのだと説明した。
 つまり、あれはカロツキーの権勢の証なのだった。
この辺りの部族の長たちが伺候しに来るとき、彼らに見せつけるためのものなのだった。
「あなたは当時の事情を知らないからなんですよ」と青年は言った。
「この首は、みんな叛逆者のものなんです」
 叛逆者! ロビンソンは笑い出していた。それはひどく甲高い、我ながら癇に障る笑い声であった。
これには青年もひどく驚いたらしかった。
「あなたにはお分かりにならないんだ、こうした生活が、どんなにカロツキーさんのような人を苦しめるか…」
もう胸が一杯になって口がきけないらしく、プツリと黙ってしまった。
「ああ、僕にはもう何が何やら分からない、」
そう呟いた次の瞬間には言葉を迸らせるのだった。
「ずいぶんひどい見放し方ですよ。あの人、あの素晴らしい思想の持ち主をね!
恥じるがいい!
恥じるがいい!
ボ、ボクは、この十日間というもの、一睡もしていないんですよ…」
青年の声は薄暮の静寂の中に消えていった。
 話している間に車は丘を越え、小さな村落を見下ろしつつあった。
森の蔭が丘の背を這い下り、例の象徴的な柱列の向かう側にまで長く伸びていた。
村落の向こうを流れる河の水面だけが落日を浴びて輝いていたが、もはや辺りは深い薄暮の闇一色に塗り込めら
れていた。村には人影の一つ炊煙の一本とて見えず、叢林も葉ずれの音一つ立てない。
死の夢幻の王国へと丘を下る車内で、風の歌のなかに人声を聞いた。
「夢を長く見続ける者は、己の影に似てくる」

<第0章・終>
40748:2005/08/13(土) 22:14:32 ID:4z2Ae9e0
 昼間に投下してから多少反省しました。少々、意味不明の度が過ぎたかもしれません。
そこで、若干の注釈を加えたいと思います。
 まず、今度のお話の大まかな流れについて。
今度のお話は4つの人間集団を軸としています。
1つめは民間人で、このカテゴリーには浅網と未登場の女の子、それと少数の人々が入ります。
2つめはミス・カロツキーを中核とする集団。
3つめはゴドウィン軍曹をはじめとする〈サザランド〉の乗員たちで、
4つめは(これも未登場ですが)アマンダ・ギャレット大佐とミサイル駆逐艦〈カニンガム〉の乗員たちです。
第0章は、この中で第4の集団を除く主要人物を導入する目的で設定されました。
そして、今回投下分の後半部は、ミス・カロツキーの心理状態について読者に承知しておいて頂く必要性から不可欠の部分でした。

 さて、今回投下分についての注釈です。
文中で「アーマライト銃」と表記されているのはM-16自動小銃、「スターリング銃」と表記されているのはSAR-80自動小銃で、
いずれも中央アフリカの紛争地域において多数が使用されている(5.56mmNATO弾を使用する)小火器です。
 文中の「ランダ-ランダ」とは、おそらくスワヒリ語(またはそれに類似した中央アフリカ言語の言葉)で、ある種の悪霊を意味します。
「ランダ」とは、「追いかける」と言う意味です。森の中で他人の罠から肉を盗って食べるなどというような悪事をすると、「ランダ-ランダ」
に追いかけられ、当人、そして家族が後を「追って」死んでいきます。キクウィトでのエボラの発生の際にクローズアップされました。
 文中で言及している『悪魔との握手』は、原題を"Shake Hands With The Devil”といい、副題の"The Failure Of Humanity In Rwanda”
から分かるとおり、94年のルワンダ虐殺事件について、当時の国連ルワンダ支援団の指揮官であったロメオ・ダレールが語った本です。
邦訳は出ていないようですが、一読の価値ありです。

 注釈が要るお話なんてのはロクなものじゃないと我ながら思っていますが、ここまで意味不明なのは今回限りの予定です。
次回からは、もっと読みやすくなっていると確信します。
408名無しさん@ピンキー:2005/08/16(火) 11:46:26 ID:1Zxw4s+S
☆様乙!
409弱虫ゴンザレス:2005/08/17(水) 23:08:34 ID:1tUQYBkf
番外続き、投下させていただきます

 少女を入れるために用意した風呂は、よく眠れるようにとシリクが浮かべたハーブが大量に踊っていた。
 土を掘り下げて板を敷き、五方を角材で囲った湯船は円形に近く無駄に広い。シリクが洒落で
浮かべたのだろう、水面を彩っている赤い花びらがあまりにも少女趣味で、トレスは湯船の中で
目を覚ました時思わず唇に苦笑を乗せた。
 湯の温度は大分低い。おおかた、間抜けなシリクが風呂でそのまま眠り込み、次に目を覚まし
たのがトレスだったという状況だろう。
 湯が完全な水になっていなかっただけでもましかもしれないと思いながら、トレスはすっかり
ふやけた体を重たそうに湯船から引き上げた。
 砕けた姿見を素通りし、薄汚れた布の間仕切りをくぐって湯殿を出ると、脱衣所には着替えと
布がたたみもせずに放ってあり、トレスは脱ぎ捨てられてあちこちに散乱している服を見つめて
嘆息した。
「これだから、細かい調合がいつまでも上手くいかんのだ」
 だらしのない、と呟いて、脱ぎ捨てられた服をまとめてかごに放り込む。几帳面に体を拭いて
からその布を腰に巻き、トレスはズボンと包帯を片手に二枚目の間仕切りをくぐって居間へ出た。
 上を見上げ、天窓から月の位置を見る。深夜を大分過ぎた時刻らしく、外の森では相変わらず、
獣の咆哮や化物の奇声が喧しく響いていた。
 眠っている時もほのかに光を放つインクルタが、天井にあつらえた寝床から室内を照らしている。
 視線を落として前を見れば、ソファの上には毛布がきちんと丸めておいてあった。丸めずに畳
め、と思うのは、今更過ぎて馬鹿馬鹿しい。床の上にだらしなく広がっていないのがむしろ意外
で、トレスはそんな事を意外に思ってしまった自分にもう一度嘆息した。
 ソファに座って、包帯で素顔を隠す。髪がまた伸びてきたな、などと思いながら、トレスは鏡
も見ずにもくもくと包帯を巻きつけた。巻き終わってからやっと、そのほかの作業に取り掛かる。
作業と言っても、あとはズボンをはくだけなのだが……
「……退屈だ。……シリク、起きろ。話せ」
 ズボンに足を通しながら、無駄だろうとは思いながら呼んでみる。当然返事は返ってこず、
トレスは完全に冴えてしまった頭をどうしたものかとソファに背を預けて目を閉じた。
 寝られるかと思ったが、どうやらどう頑張っても無理らしい。睡眠薬を使うのも馬鹿らしく、
トレスはのろのろと立ち上がると、暖炉の小さな炎に薪を一本投げ入れた。
 インクルタの明かりもあって、暖炉の炎が強くなると部屋は辛うじて端まで見渡せるほどに明
るくなる。一層、眠る気がしなくなって、トレスは軽く頭を振ると、ちらと寝室へ続くドアに視
線を投げた。
 ワインを取りにいこうにも、あのいけ好かない人間の小娘が眠る部屋を通らなければワイン貯
蔵庫には入れない。例え女未満の未熟な生物だとしても、一応は女性に分類される生物の眠る部
屋に無断で入り込むことは良識的に考えて無理だった。
410弱虫ゴンザレス:2005/08/17(水) 23:09:31 ID:1tUQYBkf
「全く……」
 シリクの悪癖には、いつも難儀させられる。そう悪態をつこうとした時、不意に違和感を覚え
てトレスはもう一度寝室へと視線を投げた。
 木製の扉と、金属の取手。その、いつもとなんら変わらない飾り気の無い戸の隙間から、寝室
の闇がほんの少しうかがえた。
 そうか、戸が――。
 風で開いたか、この家も建ってから随分たつ。
 しかし、毎日使う寝室の戸がしっかりと閉まらなければ、少なくとも今日の朝に気付いたはず
だ。かんしゃくを起こして乱暴にたたきつけた記憶も無い。
「……まさか、な」
 この家は決して大きくない。もし、リョウが寝室から出ていたとしても、家の中にいれば気配
くらいは分かるはずだ。仮に寝室にいなかったとして、それ以外の部屋にもいないのだとしたら、
それは彼女が外にいるという事になる。
 ありえない。脆弱な人間が、何を好き好んで夜の森に出るというのだ。
 だがどうにも気になってしまって落ち着かず、トレスはしばらくの間寝室の戸を睨み、とうと
う舌打ちとともに立ち上がった。
 放っておけ、と、耳元で声がする。
 放っておいた所で、特に不都合はないだろう。そうだ、シリクが勝手に連れ込んで、明日には
追い払う小娘に、一体何をしてやらねばならないというのか。勝手に部屋を出て森に入り、飢え
た化物の腹に収まっていようとこちらの知った事ではない。
 だがそれは――それはシリクが許さない。そうだ、そんな些細な事であのおせっかいに怒鳴ら
れても迷惑だ。
 止まりかけた足を再び進め、トレスは僅かに開いた寝室の戸をゆっくりと引き開けた。
 インクルタもおらず、ロウソク一本ともっていない寝室は、覗いただけでは暗くて何も分から
ない。仕方なしに一歩足を踏み込んで、足に何かが引っかかった。
「……布? ……毛布か」
 持ち上げて視線の先にかざしてみると、一部分だけ僅かに濡れている。何故、こんなところに
毛布が落ちているのだろう? そう思った瞬間、トレスは毛布を投げ捨てて走り出した。
「馬鹿な! 本気で森に入ったのか!」
 ぶちまけられた血の臭いも、腐敗し、悪臭を放つ化物どもの“食べ残し”も、思い出しただけ
で吐き気がする。ばらばらになった死体を集めて土に埋めるのはたくさんだ。
 臭いは追える。あの人間の臭いはわかりやすい。
 ローブを掴んで家の外に飛び出して、直後に視界に飛び込んで来た光景に、トレスはそのまま
しばし唖然と立ち尽くした。
 夜幻鏡の前に、探し人が立っていた。少女は淡い、青白い光に肌を染め、ぼんやりと、半ば眠
るようにその花を眺めている。
 例え外でも、この家の付近ならば安全だ。慌てて飛び出してきた自分がなんとなく滑稽で、
トレスはため息と共に肌寒さを感じて掴んできたローブを巻きつけた。
――無駄な心配を……
 思いかけて、慌てて激しく頭を振る。
 心配などしていない。していたとしてもそれは少女のみを案じるものではなく、全ては自分の
ためである。そうだ、あの人間に森で死なれると色々と厄介だから、少し慌てただけである。
 トレスは頷き、そうしてやっとまともにリョウを見た。
411弱虫ゴンザレス:2005/08/17(水) 23:10:47 ID:1tUQYBkf
 背後で凄まじい勢いで戸が開いたというのに、リョウはそれにも気付がついていないよう
だった。身じろぎもせず、ただ呆然とその花に見入っている。
 夜に咲く夜幻鏡を見れば、誰だってそうなるだろう。昼間、太陽の出ているうちは輝きもせず、
花びらは色あせてつぼみ、全て葉に隠れてしまう。枝の白さもくすみ、他の木々と同化してしま
うため、夜幻鏡の花を昼間、森で見つけることは非常に困難だった。
 そしてその花びらは、触れると幻覚を見せる毒の棘を無数に持つ。それは細く、あまりにも小
さいために痛みは一切感じないが、刺された瞬間に全身に毒が回り、腰から砕けて一昼夜は夢の
中から戻れない。
 それ故に言うのだ。夜に咲く幻を見せる花。昼には鏡のように周囲を写し、その姿を隠すため
に鏡を付けて、夜幻鏡と。
 ほうっておいても直に中に入るだろうと、トレスが踵を返しかけたその時だった。リョウの手
がふい、と上がり、花びらに伸ばされた。
 姿を現してはならない。存在さえ知られてはならない。シリクはそう念を押し、頼むから、と
約束させた。その約束を軽視しているわけでは決して無い。トレスとて、好き好んで人間と関わ
りたいとは思ってはいなかった。
 だが、それでも――。
 無意識に声が上がって、少女の腕に手が延びる。
「触るなぁッ!」
 怒鳴って、少女がこちらに気付いた瞬間、トレスの手がリョウの手首をつかんだ。乱暴に引き
寄せた体はあっけなく腕の中に倒れ込んで、リョウが驚いて目を見開く。
「なん……」
「触ったか?」
「ぇあ?」
「花に触れたのかと聞いている!」
「さ、さわって無い……と、思う……」
 何がなんだか分からない、という表情で、ただ聞かれるまま質問に答えたリョウの言葉に、ト
レスは掴んだ手を引き寄せて自らの手を翳し、夜よりも暗い影を作るとその中にじっと目を凝ら
した。
 棘が刺さっていれば、夜よりもなお暗い闇で僅かに光る。だが、どれだけ目を凝らしても、
リョウの指に光るものを確認することは出来なかった。
 思わず、安堵の息が漏れる。
「い、痛い……よ」
 遠慮がち、と言うよりは恐る恐るといった感じの声を拾って、トレスははっとしてリョウの手
を開放した。
 ぱっと体温が離れていって、痛そうに手首をさする姿が見える。
 そこまで至ってやっと、トレスは自分が何をしでかしたか気付いて愕然とした。存在を知られ
てはいけないし、名前を名乗ってもいけない。それどころか、姿も現してはいけないというのに、
この状況をどう切り抜ければいいのだろう。
 声も、態度も、言動も違うのだ。さすがに何か妙だと気付かれてしまうだろう。
 それでも自分はシリクだ、と偽われば、なんとか騙しとおせるだろうか? 特異な存在に怯え
て泣き叫ぶ子供の声など、神経を逆なでする騒音以外の何物でもない。それを回避できるならば、
大概の事はやってやる。
412弱虫ゴンザレス:2005/08/17(水) 23:11:49 ID:1tUQYBkf
「……赤くなった」
「……何?」
「君につかまれた所。すっごい力で掴むんだもん。ほら、真っ赤だよ」
 助けてもらっておいて何をいう、と言う言葉が喉まで出かけたのを必死になって飲み込んで、
トレスは無言でリョウの腕を取ると憮然としてその皮膚に指を這わせた。
 するとなるほど、確かに赤くなっていて、少し強く掴みすぎたかとも思う。痣になるかも知れ
ないが、生憎手元に薬草が無い。
「……トレス?」
「なんだ?」
 顔を上げて、リョウを見る。瞬間、トレスは全身から血の気が引いていくのを意識した。
 かち合ったままの視線の先で、片方しかない鳶色の瞳が意外そうに見開かれる。
 自分では名乗っていない。それは確かだ。シリクが名前をこぼした事も一度もないし、存在を
ほのめかした事も無いはずだ。眠っていた間の事は分からないが、約束を持ち出した本人がそれ
を破ることはまずありえない。
 ならば、一体――。
「貴様……!」
 自然と、腕を掴んだ手に力が入った。か細い、軽く力を入れれば折れそうなその腕が緊張する
のが伝わってくる。
「ご、ごめん……ごめんなさい。怒らないで、そんなつもりじゃ……」
「どこでその名を知った……何故私が私だと分かった。この『体』は『シリク』と名乗ったはず
だ。何故同じ『体』の私が『トレス』だとわかった……?」
「やだ、痛い! やめてよ、痛いってば! 放して!」
「答えろ人間。貴様の腕一本圧し折るなど造作も無い事。ためしに一本、砕いてやろうか」
「いっ……ぁ……! シリ、ク……シリクぅ!!」
 後僅か、手に力を込めれば圧し折れる。しかしリョウが泣き声混じりに叫んだ刹那、トレスは
引き剥がされるように手を放して後方へ飛びずさった。
 ローブがはためき、大げさな音を立てる。
「シリク……おのれ――邪魔をするなぁ!」
 叫んだ声はトレス。だがその体は声に反し、きつく握り締めた拳で自らの顔面を殴り飛ばした。
鈍い音が耳の奥に響き、二、三歩よろけて踏みとどまる。
「頭を冷やせ! 何を考えてるんだ! 腕を圧し折る所だったんだぞ!」
 シリクの声が怒鳴りつけ、もう一度拳を振り上げた。しかしその腕をもう片方の腕が押えつけ、
トレスの声が虚空に吼える。
「圧し折ってやるつもりだったのだ! 貴様が邪魔さえしなければな! あの人間は私の名を
呼んだ……私の名を呼んだんだぞ! 何年、私が名乗っていないと思っている! どのような人
間に接触しても、どのような種族に接触しても、相対するのはいつも貴様だ! 知られるのは貴
様の名だ! 何故昨日今日この森に訪れた人間が私の名を呼べるというのだ! 疑念を持って
何が悪い!」
「君の思考に異論は無いさ! だけど行動が飛躍しすぎてるんだよ! 何の力もない人間の女
の子の腕を圧し折ろうとするなんて……! ただ一言、聞いてみる事くらい出来ただろう! 脅
すんじゃ無くて、穏やかに!」
 勢いよくトレスの腕を振り払ったシリクの拳が、木の幹を半ばまで粉砕して血液を飛び散らせた。
413弱虫ゴンザレス:2005/08/17(水) 23:12:34 ID:1tUQYBkf
 鋭くとがった破壊箇所がローブを破いて腕を裂き、拳に深々と突き刺さっている。
 砕けた木の破片が落ちる音に混じって、溢れ、流れ出る血液の音が聞こえてくるようだった。
「……盗み聞き……してた、んだ」
 沈黙を破ったのは、地面に力なくへたり込んでいるリョウだった。
 トレスとシリクが、ほぼ同時に視線を上げてリョウを見る。今体を動かしているのがトレスな
のか、シリクなのか、それは当人達にも定かではなかった。
「そうか、あの時……」
 シリクの声を耳が拾って、トレスもはっと思い当たった。
 勢いよく開けた戸が、その向こう側にいたリョウに直撃した時である。
 シリクはどうしてそんな所に居たのかと問うたが、リョウはそれには答えずに全く違う質問を
返してやり過ごした。やはり、あの時に聞かれていたのだ。
 シリクは頷き、しかしトレスは包帯の奥で唇を歪めただけだった。なるほど、あの会話を聞い
ていたなら“トレス”という名を知っていてもおかしくは無いだろう。だが、それでは――それ
だけでは――。
「下らん……それならば何故――」
 シリクであるはずの私に、トレスと呼びかける事が出来たのだ。
 そう追求しようとしたトレスの声は、突如轟いた怖気を震うような絶叫で遮られた。


切らせていただきます
414名無しさん@ピンキー:2005/08/27(土) 02:28:52 ID:eP61lyEK
人居なさ杉にも程があるだろ
お前らちょっと点呼取りますよ
415名無しさん@ピンキー:2005/08/27(土) 12:49:15 ID:cX2opjMx
ノシ
416名無しさん@ピンキー:2005/08/27(土) 17:57:30 ID:1dYzcBMf
点呼、2
417名無しさん@ピンキー:2005/08/28(日) 22:16:01 ID:cXpD5bOv
3ゲット!
418名無しさん@ピンキー:2005/08/28(日) 22:37:10 ID:vc4wmd3z
ノシ 3
419名無しさん@ピンキー:2005/08/28(日) 22:38:09 ID:vc4wmd3z
スマソ>417 orz
420414:2005/08/28(日) 23:38:46 ID:puhtLHG7
それにしても少ないな……orz
421名無しさん@ピンキー:2005/08/29(月) 00:08:13 ID:5wtoqR2j
まて、ここに五人目がいるぞ!



まだ少ないか…
422名無しさん@ピンキー:2005/08/29(月) 09:52:56 ID:metHou86
ノシ
423名無しさん@ピンキー:2005/09/01(木) 23:04:00 ID:BrDM6idp
せめて雑談でもしないか……そうだな、例えば何か燃えトークとか萌えトークとか、
今まで投下された作品で燃えトークとか萌えトークとか……
424名無しさん@ピンキー:2005/09/03(土) 00:01:14 ID:C5ltf8gb
じゃあとりあえず、生意気系な女の子にハァハァしときますね
425名無しさん@ピンキー:2005/09/03(土) 01:24:38 ID:qyji4J2R
ノシ 6人目…かな?
426名無しさん@ピンキー:2005/09/03(土) 06:55:19 ID:ANLp2ZQw
とりあえず人外ロリと殺愛しときますね
427名無しさん@ピンキー:2005/09/03(土) 23:36:59 ID:YxOFKtz4
巨乳でおとなしい系の女子高生がひたすら岡されるようなゲームはありませんか
最近好みな子がスクナスorz
428名無しさん@ピンキー:2005/09/04(日) 02:12:08 ID:Jwlh0cvE
>427
何故よりによってこのスレに…? 普通にエロゲ板行った方が早いと思う
まあとりあえずロボが感情に目覚めて戸惑う過程に萌えときますね
429427:2005/09/04(日) 10:16:27 ID:1qvWB39j
みっけた…ここに誤爆してたのかorzゴメンヨー
430名無しさん@ピンキー:2005/09/13(火) 12:55:43 ID:lrPPqtgw
殺愛しながら保守
431名無しさん@ピンキー:2005/09/17(土) 17:13:20 ID:iWGte43Z
殺愛で死にかけているところで手当てされている保守

まてまて〜
(血まみれで刀振り回しながら)
つかまえてごらんなさ〜い
(男を切り刻みつつ)

こんなかんじ
432名無しさん@ピンキー:2005/09/27(火) 11:13:51 ID:bzACIWkP
殺愛で知り合いの女を殺された保守

もー私以外見ちゃだめ
(惨殺しつつ)
わがままだなあ
(血の涙を流しつつ)

こんなかんじ
43348:2005/10/02(日) 23:09:55 ID:1ld8Wxjv


「残照」


 心ならずもスーザン・パーカー空軍大尉がロシア人たちの客人となってから、およそ一週間が経った。
当初、彼らは友好的には程遠かった。スーザンはこの交戦で3人の部下を全て失い、一方でクレトフ少佐の部隊
は彼女に機銃掃射された。ちなみに彼らはのちに結婚することになるが、20ミリバルカン砲というのは配偶者間
暴力で使用された最大級の火器であろう。
その一方で、両者は戦争というものについておよそ古風で時代遅れな考え方を持っており、戦闘機パイロットも
空挺隊員も、それぞれがそれなりに自らをエリートだと見なしていた。このソヴィエト兵を相手にして、侵略者
に対して持つべき敵意を保っているのは難しかったし、ソヴィエト兵の側から見ればアンダヤは天国そのものに
思えた。例えば大隊長のクレトフ少佐の場合は7年前のアフガニスタン派遣が初実戦であり、その他の空挺隊員
もその種の経験を持っていた。そんな連中にとっては、ヨーロッパというだけで天にも昇るような気持ちになる
らしい。
ノルウェー人に戦士の伝統がないというわけではない――彼らがヴァイキングの末裔であることを想起されたい
――しかし少なくとも、ここにはムジャヒディンはいない。彼らがそう戦うことを余儀なくされたのは仕方ない
とは言え、戦場にそれなりのルールが存在するというか、そう期待できるというのは有難いことではある。

 そして偶然にも、捕虜になった唯ひとりの空軍士官が女性であったということが、この問題に興味深い側面を
与えていた。戦場だと女でありさえすれば絶世の美女に見えるものだが、もともとスーザンは人目を引く顔立ち
だったし、しかも島にいる三千人あまりの若者に対して女性はスーザンとプーカン軍医中尉の2人だけだった。
これが錬度の低い徴集兵であればまた別の状況が生じたろうが、双方にとって幸いなことに、島にいるソヴィエ
ト兵の大部分は老練な空挺隊員だった。彼らは環境のおかげでたいへんに大らかな気分で過ごしていたし、
スーザンは気性として男っぽい部分も多分に持っていて、おまけにロシア人たちはなべて西側の女性に幻想混じ
りの憧憬を抱いていた。

 そのような次第で、地上戦によって捕虜になった少数のノルウェー兵がソ連本国の収容所に送られた後も、
彼女だけはなんやかやと理由をつけて留められていた。彼女はそれをそれなりに楽しんでいたし、ロシア人たち
も、彼女が自分たちを機銃掃射したということは都合よく忘れ去っておおいに楽しんでいた。
 しかしそんな良好な関係に、ちょっとした暗雲が垂れ込めつつあった。
全ては彼女の軽率な発言が招いたことである。
夕食後、彼女が自室に引っ込んだころを見はからって支隊の幹部たちが集まった。
「医学上は問題ありません」プーカン中尉が言った。
「彼女の腰は完治しています。多少の運動は、むしろ良い方向に働くでしょう」
「大佐、彼女はファシストです。信用してはいけません」ロマノフ中尉が指摘した。
「そのような者を自由に出歩かせるなど正気の沙汰とは思えません。KGBは反対します」
「中尉、君が職務を果たしていることが分かって大変に喜ばしい」
シマコフ大佐が辛辣な口調で言った。貴様の義務など知ったことではない、と言外に言っていたが、もちろん
正面切ってそのようなことを言うわけにはいかない。
「しかし、これは軍の名誉の問題だ。
彼女は空挺部隊を侮辱した。我ら伝統ある第106親衛空挺師団を、だ。
とうてい看過しがたい罪である。このような罪には然るべき懲罰を与えねばならん」
集まった男たちが密かな笑いを漏らした。
434残照:2005/10/02(日) 23:10:31 ID:1ld8Wxjv
「それで、どれだけいくと思います?」とニチーキン大尉が聞いた。
「1.2に5」
「乗った」
「2に――」
「少佐は審判だから駄目ですよ」

 そして、翌朝。
 彼女が自分の愚かさを後悔するのは今にはじまったことでもないが、この朝、彼女はそれを数え切れないほど
反芻していた。
 そもそも、機会はいくらでもあったはずなのだ。
かつて飛行隊長が毎朝のジョギングを提案したとき、『血管が拡張し、高G機動中に失神しやすくなる危険があ
る』などと理屈をこねて猛烈に反対した連中の筆頭格が彼女だった。
その後、ジョギングを決意したことも何度かあった。しかし、そういうときに限って何かしらの口実が、彼女に
見つけてもらおうと向こうからやってくるのであった。

 その挙句にこのざまだった。喉がひりつき、心臓が口から飛び出しそうになっている。すっかり息を乱し、
清澄な朝の素晴らしい空気を少しでもたくさん体に取り込もうと、獣のように喘いでいる。
最悪なのは、音を上げることができないことだった。弱音を吐けば、3フィートほど後をついて来ている男――
糞忌々しい露助の空挺隊員――がさぞかし喜ぶことだろう。それだけは許せなかった。
 たいていにおいて彼女は生き生きとしている――獰猛なまでに、とみんなが思っていた。Xで終わる「スー」
というあだ名は、決して彼女のおとなしさに由来するわけではない。
しかし今の彼女は歩く死体とさほど変わらず、多少早く走っている――むしろよろめいている――ことだけが
ゾンビーとの違いだった。これはちょっとした皮肉だった。普段の彼女はゾンビーを追いまわす側なのである。
 第1中隊本部までだ、とスーザンは自分に言い聞かせた。そこまでは絶対に足を止めず、走りきろう。
その後は歩いていくんだ。絶対に止まらない。止まらないで行ける…はずだ。
 目標まであと100メートルそこそこだと分かっていた。音速で飛ぶことに馴れた女にとってはたいした距離で
はないはずだった。
『空軍士官学校のマラソン選手』と自慢した昨晩の声が頭の中で響き、自分を嘲っているようだった。

 これが10代後半とか20代前半だったら、しこたま飲んだ翌朝に飛び起きて、5マイルほど走りこんでから
平然と微笑を浮かべて朝食に出かけたものだった(と彼女は思った)。
それが今や、2キロも走っていないのに死んだほうがマシに思えてくる。本当にこれでも軍人か、と自嘲したく
もなる。いっそばったりといってしまえば、後の男も嘲る余裕は無くなるだろう。
 軍曹に率いられた兵士の一隊が、歩調を揃えて彼女らの脇を駆け抜けた。通り過ぎる数人が好色な視線で彼女
の尻や胸を撫でまわし、後にぴったりとついてくるクレトフ少佐がきつい一瞥を与えたが、当の彼女にはそんな
ことを気にしている余裕はまったくなかった。
彼女は今や蛇行しはじめており、いっそう悪いことに彼女自身それに気づいていなかった。
背の低い建物が見えてきた。あと50メートル…
435残照:2005/10/02(日) 23:11:35 ID:1ld8Wxjv
 彼女はスピードをゆるめ、歩きはじめた。止まってはだめだ、と思った。止まればもっと辛くなる…
彼女は足を止めて煉瓦造りの壁に手をつき、何度も咳き込んだ。
吐くぞ、と思ったが、幸いそうはならなかったし、そもそも吐くものがなかった。
しかし心臓が口からこぼれおちそうで、脇腹が燃えるように痛く、萎えた膝ががくがくと震えていた。
顔を上げると、壁に寄りかかった男の笑いが目に入った。何も言わないのがなおさらこたえて、また俯いた。
「降参するかね、大尉?」
「ふん! これくらい…」
「尻を叩いて走らせても構わないんだぞ、こっちとしては」彼はにやにやと笑った。
「分かった、分かったわよ――あたしの負けよ!」
ありったけの息をかき集めて自尊心と一緒に吐き出すと、やわらかな草に腰を下ろして酷使された膝を伸ばした。
「無謀な挑戦だったわ…」
「挑戦するのは構わんよ。身の程をわきまえてりゃあな」
「畜生ッ!」と吐き捨てた。
「それだけ元気があれば、心臓発作を起こす心配はなさそうだな。ちょっと前には道端でぶっ倒れるんじゃない
かと思ったんだが」
彼女はそれには答えず膝を抱えた。その首筋に張り付いた濡れた髪に、彼はなぜかひどく狼狽して目を逸らせた。
「我々は全員が心肺蘇生法の訓練を受けている――こう聞けば少しは安心だろう?
まあ、明日からは衛生兵と救急車も連れて行くことにしようか」
「信じてよ。昔だったら、本当にこれくらいどうってことなかったんだから」
「まあ、よくもったほうだと思うよ――ずっとホテルから一歩も出ないで怠けてたわりにはね。
みんなだいたい1.5キロから1キロに賭けてたしね」
「あなたは?」彼女はさりげなく聞いた。
「俺は2キロで、一番近かったかな」
「ねえ、それなら帰ったら何か奢ってよ。私のおかげで賭けに勝てたようなものでしょう?」
上目遣いで見上げる彼女に、彼は吹きだした。
「ほら! それがいけないのさ。もっと健康的な食事をして、ちゃんと走る!」
「そうすれば、あなたたちについていけると思う?」
「2週間もすればじゅうぶんに我々に伍していけるさ――1キロくらいはね」
彼女の膨れっ面を見て、セルゲイは笑った。
「そう怒りなさんな、同志。継続は力なりさ。自分の不摂生を忘れて無理をするからいけないんだ」
スーザンは身を震わせた。摂氏で15度にも達しない涼しさだというのに、彼女は水でも浴びたようにすっかり
濡れてしまっていた。彼が笑って手を差し伸べ、彼女は少し躊躇ってからその手を握った。彼女の手が意外に
華奢なことに気づき、彼は新鮮な驚きを味わった。
彼女は彼にぶつかりそうになって体を引き戻し、膝がそれを支えきれないで少しよろめいた。
黄金色の残照が残る白い頬に赤みが差し上り、彼はそれをとても美しいと思った。
436残照:2005/10/02(日) 23:12:15 ID:1ld8Wxjv
 そして、彼らは今でも走っている。スーザンの拳がセルゲイのそれと軽く打ち合わされ、挑戦がなされる。
そして、彼らは復興の槌音が響く街を走っていく。
周囲の人々は、この毎朝の儀式を若い夫婦の仲の良さの表れのひとつだと思っていた。
しかし、これには彼らの知らない側面もあるのだった。
 前の2つの大戦に比べ、今次大戦は結果としてわりあいに「すっきりと」終わったと言える。
第1次大戦はその終結によって第2次大戦を導いたし、第2次大戦は最終的に第3次大戦に発展した冷戦、
そして世界各地の数多の紛争の引き金を引いた。
それに比べ、当初の懸念にもかかわらず、第3次大戦が後に残した禍根は比較的に――比較的に、である――
少なかったと言えよう。
しかし、その第3次大戦の対立構造が唯一継続しているのが、この朝の競走なのかもしれなかった。
彼らの夫婦喧嘩はすなわち、箱庭の第4次大戦なのである――東西の両陣営で最高レベルの訓練を受けた2人が
素手でやりあうことになり、つまるところアインシュタインの予言はおおよそ正しかったという次第。

 敗北の印として彼女が淹れたコーヒーを受け取り、ソファに沈んだセルゲイは満足そうな微笑を浮かべた。
一度は足を奪われた彼だが、新しい友人たちのおかげで西ドイツ製の実に良くできた足を得ることができた。
最初は歩くだけで我慢しなければならなかったが、やがて早足に慣れ、今では走ることすらできる。
そして、三度に一度は彼女よりも早く家に着くことができるまでになった。
キッチンに立ったスーザンはそんな彼を見ながら、彼の背中を見ながら走るのもそんなに悪くない、と思うの
だった。



(補遺)
「だけど、健康的な食事なんてどうすればいいのよ?」
セルゲイは考え込むふりをした。
「とりあえず、毎晩誰かを飲み潰さないと気がすまない、なんて癖はどうにかしてくれるとうれしいな。
毎朝毎朝誰かが使い物にならなくなってるのは困るんでね」
それに応じる訳にはいかなかった。こっそりドアの裏に何列も撃墜マークを刻んで喜んでいたからである。
「それから、毎晩厨房から何かちょろまかすのはやめることだな」
「あら、そんなはしたないことしないわよ」
「じゃあ昨日の晩、アップルパイまるごと1個とキットカットひと袋とシナモンドーナツひと箱とパンケーキ
ひと皿と、それと俺が楽しみにしていたリッチミルクのハーゲンダッツを掠めていったのは誰だろうな?」
彼女は赤面した!

<残照・了>
43748:2005/10/02(日) 23:34:37 ID:1ld8Wxjv
 以上、「北の鷹匠たちの死」より派生した短編を落とさせていただきました。本当はハロウィン絡みにしたかったのですが、
姪っ子に運動会に引っ張っていかれて、パパさん綱引きだの何だのをやっているうちにこんなお話になってしまいました。
まあ、何だかんだ言ってなかなか楽しかったのですが、腰痛には参りました。年ですな!
 前にも書いたように思いますし、賢明な読者諸賢には不要とも思いますが、念のため。
これら一連のお話はファンタジーとして読んで下さい。
ロシア空挺軍の第106親衛空挺師団もノルウェー空軍の第332飛行隊も実在する部隊ですけどね。
 ところで長編についてですが、前回の反応から、大幅な自由裁量権を頂いたものと解釈しております。
よって少々間が空くかと思いますが、ご寛恕願いたく。
438名無しさん@ピンキー:2005/10/03(月) 23:10:32 ID:EefS4Crg
毎回楽しませてもらっています、GJ!
ところでスーザンさんのちょろまかしは、二三日分まとめてですよね…一遍に
食べたりはしませんよ…ね?
439名無しさん@ピンキー:2005/10/05(水) 00:42:08 ID:jueJpAKC
>48氏
投下乙であります。こういうほのぼのした話もいいですな。

スレ容量が480kbを越えたので、そろそろ次スレの時期ですかね。
440名無しさん@ピンキー:2005/10/05(水) 23:16:47 ID:fgbjZe3X
質問スレで誘導されました。
以下のような内容のSSの第一回(長編になると思います)を投下したいのですが、
新スレを待ったほうがよろしいでしょうか。


> オリジナルで、舞台は中世イタリア、ある小国の姫と、騎士の恋愛物です。
> 姫と騎士はいとこ同士で、幼馴染み。
> 小国は大国同士の戦争に巻き込まれ、その中で二人が愛に目覚めていく話(のつもり)です。
> エロパロでなくてもいいやん、ということになるかもしれませんが、
> 戦争ですんで陵辱とかレイプとかも出てくるので、21禁の方がいいと思いまして
> (あと、元々エロパロ板に愛着があるというのもありますが)
> なお、ドラゴンとか魔法使いとか、そういうファンタジー要素はありません。
441名無しさん@ピンキー:2005/10/06(木) 00:11:06 ID:0OKeJ4aG
残り12kか……微妙な所だ。
新スレたてて、景気づけにパーンと投下してもらったほうがいいかも
442名無しさん@ピンキー:2005/10/06(木) 14:00:34 ID:BqlN7k/2
では、新スレを待つ事にします。
443テンプレ案:2005/10/06(木) 19:22:16 ID:aO48TW22
・萌え主体でエロシーンが無い
・エロシーンはあるけどそれは本題じゃ無い
こんな作品はここによろしく。

過去スレはこちら
エロくない作品はこのスレに
http://www2.bbspink.com/eroparo/kako/1062/10624/1062491837.html
エロくない作品はこのスレに 1+
http://www2.bbspink.com/eroparo/kako/1064/10645/1064501857.html
エロくない作品はこのスレに2
http://pie.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1073364639/
エロくない作品はこのスレに3
http://idol.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1089502253/
エロくない作品はこのスレに4
http://idol.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1104414812/
エロくない作品はこのスレに4 (+)
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1105002475/

過去作品はこちら
2chエロパロ板SS保管庫
http://sslibrary.arings2.com/
444テンプレ案(改):2005/10/06(木) 20:58:05 ID:aO48TW22
・萌え主体でエロシーンが無い
・エロシーンはあるけどそれは本題じゃ無い
こんな作品はここによろしく。

過去スレはこちら
エロくない作品はこのスレに
http://www2.bbspink.com/eroparo/kako/1062/10624/1062491837.html
エロくない作品はこのスレに 1+
http://www2.bbspink.com/eroparo/kako/1064/10645/1064501857.html
エロくない作品はこのスレに2
http://pie.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1073364639/
エロくない作品はこのスレに3
http://idol.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1089502253/
エロくない作品はこのスレに4
http://idol.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1104414812/
エロくない作品はこのスレに4 (+)
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絵板はこちら
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445名無しさん@ピンキー:2005/10/06(木) 21:05:56 ID:aO48TW22
エロくない作品はこのスレに5
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1128600243/l50
次スレ立てました。移行願います。
44648
どうやら無事移行したようで、何よりです。
さて、ご質問があったスーザンの掠奪についてですが、まずはこの一週間前の彼女の状況を思い起こす必要があります。
祖国存亡の危機という重圧のもと、新鋭のAMRAAMを少しでも早く前線配備すべく昼夜ぶっ通しで激務をこなしていたのです。
「夜は寝るためにあるものと思うな。メシは食うためにあるものと思うな」という状況からいきなり強制的休息状態に放り込まれたわけで、
その激変を彼女の胃袋が認識していないという可能性は大いにあるといえましょう。
しかしここでは、結局(アイスクリーム以外は)ふたりで仲良く食べてしまった、という可能性を指摘するに留めておきましょうか。