スクールランブルIF14【脳内補完】

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641お弁当大作戦:04/10/10 13:40 ID:UIMV/3Kc
「……そういやちゃんとした感想言ってねぇな」
「え? 言ってましたよ。卵焼きの味付けが濃いとか……」
 答えながらサラは手早く弁当箱を包み終えた。
「そう言うんじゃなくて全体の総評って言うか……」
「?」
 サラは麻生の言わんとしている事を理解していないようだった。
「だから……チッ……美味いかどうかって事だよ」
「あっ……」
 サラは思わず両手を口元に当てた。
「そ、その……どうでしたか?」
 サラは心臓をバクバクさせながら訊ねた。
「……美味かったよ。確かに細かいところは俺の好みとは違うんだが……凄く美味いと思った」
 僅かに口元に笑みを浮かべて麻生は答えた。
「本当ですか? 嬉しいですっ」
 昨日からずっと口に合わないのではないだろうかと不安に思っていたサラは心底ホッとしたように呟いた。
「あー、それでだな……」
「あ……はい……」
 ここからが本番だった。
 本来自分はこう言う事を言うようなタイプではないがちゃんと伝えなくては、そう思って麻生は決心を固めた。
「出来れば、で良いんだが……弁当をこれからも作ってくれると嬉しい」
「……………………………え?」
 たっぷり十秒近くの間を置いてサラは言葉を発した。
「さっき言ってたろ、毎日作りたいって。……さすがに毎日ってのは困るが……一週間に一、二度なら……」
「え? あの……でも急にどうして……」
 ついさっきまではそう言う素振りを全然見せていなかったのに、とサラは思った。
「弁当が美味かったから……じゃダメか?」
「で、でも先輩は、その……」
 そんな理由で主張を変えるような人ではないのにとサラは思った。
「実際美味かったからそうして欲しいって思ったんだ。仕方ないだろう」
 それは嘘ではなかったが本当の理由ではなかった。
 本当はサラが自分のために無理をするほど頑張ってくれていたと分かったから……
だからその想いに報いたいと思ったからだった。
642お弁当大作戦:04/10/10 13:40 ID:UIMV/3Kc
「それで作ってはくれないのか?」
 くしゃくしゃくしゃ……
 髪を掻き毟りながら麻生は訊ねた。
「あっ、も、もうそれは当然作ってきますよ。ええ、気合入れて作っちゃいますね」
「ド阿呆。さっき頑張りすぎるなって忠告したばかりだろう」
 半眼で睨みながら麻生は言った。
「え、えっと、じゃあ無理しない程度に頑張りますね。えへ、期待しててくださいね」
「ああ」
 麻生は小さく笑うと戻るぞと言って歩き出した。
「はいっ」
 元気よく頷くと空になった弁当箱の包みを持ち、サラも麻生に続いて歩き出そうとしたが。
「あ、あれ?」
 ザッ
 足がもつれてしまい慌てて彼女はその場で踏ん張った。
「ん? どうかしたのか?」
「いえ、なんでもないですよ」
 サラは笑顔で答えると気合入れなきゃと口の中で呟いた。
「よいしょっと」
 もう一度弁当箱を持ち直し、気合を入れるように掛け声を出して歩き出した。
「……」
 その様子を麻生は横目でジッと観察していた。
 ザッザッザッザッ
 サラは順調に帰りのルートを歩き出した。
 ……だが。
「おい、そのままだとぶつかるぞ」
「え? きゃわっ!?」
 段差に気付くことなく直進し、サラはこけそうになってしまった。
 トサッ
「……あれ?」
 予想に反して軽すぎる衝撃にサラは目をパチクリさせた。
643お弁当大作戦:04/10/10 13:41 ID:UIMV/3Kc
「気をつけろ」
「え? ……せ、先輩っ!?」
 サラの身体は麻生に抱きしめられていた。
「……恥ずかしいことをさせるなよ」
 顔を赤らめながら麻生はサラの身体を離した。
「す、すみません」
 もっともサラの方はそれの何倍も、耳どころか身体全体を真っ赤に染めていた。
「やっぱフラフラしてるな。注意力も散漫になってるみたいだし」
「すみません。……うーん、さっきまでこんなに酷くなかったんだけどなぁ」
 サラは首を捻った。
「こんなにってことはやっぱ大なり小なり異常があったってことか?」
「あっ? はい、そうです。気合で乗り切ってたんですけどねぇ」
 はぁーっと小さくサラは溜め息をついた。
「ともかく……」
 グイッ
「え?」
 いきなり腕を引っ張られサラは戸惑ってしまった。
「保健室行くぞ」
 麻生は更に弁当箱の包みをひったくると、サラの同意も得ずにずんずんと腕を引っ張って歩き出してしまった。
644お弁当大作戦:04/10/10 13:41 ID:UIMV/3Kc
「先輩。別に私、身体が悪いわけじゃ……」
「そんなの分かってる。ベッドで寝かせてもらうんだよ」
「ベッド、ですか?」
 驚いた表情でサラは言った。
「ああ。あの先生なら事情を話せば快く貸してくれると思うぞ」
 事情を話すのは少し躊躇するがなと麻生は心の中で付け加えた。
「でも、そんなことしていたら先輩が授業に遅れちゃいます」
 もう一分もないだろうにこんなこと……とサラは思った。
「別に少しくらい遅れても問題ねぇよ。それよりお前をこのまま教室に返した方が心配で授業どころじゃなくなる」
「え?」
 サラリと恥ずかしい台詞を吐いた麻生に、思わずサラは赤面してしまった。
 先ほどから顔が赤かったため最早ゆでだこ状態だ。
「どうかしたか?」
「い、いえ、なんでも……」
「なら良いが……歩けるならちゃんと歩いてくれ。歩きにくくてしかたねぇ」
「あ、分かりました」
 サラは頷くと麻生の腕を掴みながら自分の足で歩き出した。
「まぁ、仕様がないな」
 諦めたように呟くと麻生はそのまま保健室にへと向かった。

645お弁当大作戦:04/10/10 13:42 ID:UIMV/3Kc
 そして保健室のドアの前に着いた直後。
 キンコーンカーンコーン
 昼休みの終わりを告げる鐘が鳴ってしまった。
 コンコン
 けれど麻生はそれを全く気にした風もなく保健室のドアを叩いた。
「はーい、どうぞー」
 一歩間違えれば能天気と間違えられそうな明るい声が中から聞こえてきた。
「失礼します」
「失礼しまーす」
 2人は頭を下げて中にへと入っていった。
「どうしたの? もう授業始まっちゃってるけど」
 ニコニコと人好きする笑顔で妙は問いかけてきた。
「こいつをベッドで休ませて欲しいんです」
 ドンッ
「あっ……もう、先輩」
 背中を押されてサラはじろりと麻生を睨んだ。
「あら貴女は……塚本さんの友人の……確かサラちゃんだっけ?」
「はい、そうですけど……どうして名前を……」
 姉ヶ崎先生とは直接的な知り合いではなかったはずなのに。
「うーん、ハリオの……あ、いえ、播磨君の関係者の名前は一通り知ってるわよ。……そっちの彼は……貴女の恋人?」
「ち、違います」
「違う」
 サラと麻生は揃って否定した。
「あら、そうなんだ。てっきりそう言う関係かと思ったんだけど……」
 全く邪気のない笑顔であっけらかんと妙は告げた。
「ただのバイトの知り合いってだけでそれ以上の関係じゃないです。……ちなみに播磨とは同じクラスです」
「へー、そうなの。……名前は?」
「麻生」
 短く彼は答えた。
「麻生君? ……どっかで聞いた気がするんだけど……あっ、そっか。体育祭のときに活躍してた生徒ね」
 ポンとて両手を打つと楽しそうに妙は言った。
646お弁当大作戦:04/10/10 13:42 ID:UIMV/3Kc
「たぶんそれで間違っていないと思います。……けどそれよりもこいつを……」
 これ以上話が長引くのを避けたかった麻生は、話を本題にへと戻した。
「あ、そうだったわね。ベッドで休ませたいってどうして?」
「足元も危なっかしいほどの寝不足なんです、こいつ」
 麻生は顎でサラを差した。
「あら、睡眠不足は女の子の敵なのよ。ダメだぞ」
 妙はちょんとサラの鼻先を指で弾いた。
「はーい。今度からは気をつけます」
「うん、いい返事いい返事。それじゃあこの子のことは任せてあなたは授業に戻りなさい」
「分かりました。……じゃあな、サラ」
 麻生はそう言ってドアに手をかけた。
「あ、はい。ご迷惑をかけて申し訳ないです」
「別に迷惑じゃねえよ」
 振り返らずにそれだけ言うと麻生はそのまま保健室を出て行ってしまった。

「ふぅー、今からすぐ戻れば5分くらいの遅れで済むか」
 腕時計を確認しながら麻生は呟いた。
「確か次の授業は物理だったな。なら事情をちゃんと説明すれば遅刻は許してもらえるかもな」
 刑部絃子と言う教師は学園内の教師の中でもトップクラスに物分りのいい教師だった。
 理由のある行動ならそれをしっかりと伝えれば大抵は許容してくれる数少ない人である。
 スッ
「大丈夫、だよな」
 一瞬立ち止まり来た道を振り返ったが、すぐさま麻生は自分の教室に向かって歩き出した。
「はぁー、ホントらしくねぇな」
 それはサラと関わるとよく出る彼の口癖だった。
「ふぅー……」
 もっともその変化を麻生は嫌ってはいなかった。
647お弁当大作戦:04/10/10 13:45 ID:qIivZW3I
「けど何が原因で寝不足になったのかな?」
 麻生がいなくなり、ベッドの上へと移動したサラに妙はそう言って呼びかけた。
「え、えっと、話さなきゃダメですか?」
 恥ずかしいことなので出来ればサラは話したくなかった。
「そうねぇ。ふらつくほど寝不足なのならやっぱり理由はちゃんと聞いておきたいわね。
理由いかんによってはちゃんと指導しなきゃいけないし……」
「え?」
 サラはビックリしたように顔を上げた。
「ふふ、と言うのは名目上ね。本当はまた無理をするんじゃないかって心配なだけよ」
 優しく妙は微笑んだ。
「しませんよ、もう。麻生先輩にも迷惑掛けちゃったわけですから」
「なるほどね。……でも一応聞きたいわ」
 ニコニコと微笑みながら妙はサラが話すのを待っていた。
「うーん。……分かりました。えっとですね……ちょっと夜遅くまでお弁当の準備をしてて……」
「お弁当? ああ、これのこと?」
 妙はサラが持っていた包みを指差し訊ねた。
「はい、そうです」
「ふーん、けどどうして? 寝不足になるほど頑張ってお弁当を作るだなんて」
 そう言って彼女はイスに腰掛けた。
「えっと、その……初めて先輩にお弁当を……その、作ろうと思って……はりきりすぎちゃって……それで……」
 サラは逡巡しながらも語りだした。
「ああ、なるほど。それなら寝る間も惜しんじゃうわよねぇ」
 納得と言った表情で妙は頷いた。
「でもそれならやっぱ2人は恋人同士なんじゃないの?」
 人差し指を口元に当てながら妙は首を傾げた。
「違いますよ。そんな関係じゃないです」
「けどお弁当を作ってあげる関係なんでしょ? ああ、恋人未満ってことかしら」
「そ、それも違って……私が勝手に食べて欲しくて作ってきただけです」
 あせあせとしながらサラは答えた。
「ふーん、なるほどなるほど。私もそう言う時期あったなぁ」
 妙は懐かしそうにサラの言葉に頷いた。
648お弁当大作戦:04/10/10 13:45 ID:qIivZW3I
「あの……先生……」
「うん? なあに?」
「先生は私の話を聞いて……その……私が麻生先輩のことをどう思ってるかって思います?」
 真剣な表情でサラは訊ねた。
「え? 好き……なんじゃないの? 片思いの相手にお弁当を渡そうと頑張ったんだなって思ったんだけど……」
 まぁ、両想いって気もするけど、と麻生の態度を思い出しながら妙は心の中で付け加えた。
「先生もそう思うんですか? う、うーん……」
 眉毛を寄せてサラは悩みだした。
「どうしたの?」
 心配そうに妙はサラの顔を覗き込んだ。
「先生。私、相談したいことがあるんですけど……」
「相談? なにかしら?」
 妙は口元に指を当てながら首を傾げた。
「えーっと、その……」
「あっ、もしかして恋の悩み?」
 ポンと手を打って妙は言った。
「いえ、その……自分の気持ちが良く分からなくて……それで教えて欲しくて……」
「あらあら。……良いわよ、私でよければいくらでも相談に乗ってあげるわ」
 にっこりと笑顔で妙は頷いた。
「そ、それじゃあ、その……」

 そしてサラは真剣な表情で自分の気持ちを吐露し、妙は笑顔でそれを聞き続けた。

                        〜 Fin 〜
649風光:04/10/10 13:48 ID:qIivZW3I
あぅ〜、しょっぱなの方で名前変更するの忘れていました。
分校行きのときは統一してくれるとかなり嬉しいです。はぁ〜。

それよりもサラ×麻生のお話でしたが、どうだったでしょうか。
この2人だと分かりやすいラブラブなお話にはし難いのでちょっと大変でした。
後……麻生の性格が上手く書ききれてるか不安でしょうがないです。
サラに対して冷たすぎないですかね。
もっと本編の方で活躍してくれないとキャラが掴めないっす、シクシク……。

と言うことで感想などあったらお願いします。
650Classical名無しさん :04/10/10 13:51 ID:qF6iBtHs
風光氏GJ!!
麻生の心情が巧く表せていたと思う。
漏れもサラの手作り弁当が食べたい……
651Classical名無しさん:04/10/10 14:00 ID:XiwSeup.
かなり最高です。
麻生サラがますます好きになりました。
652Classical名無しさん :04/10/10 14:05 ID:BJ1qdU62
GJでした。 サラがけなげですね。 麻生もちっと気を使ってやれって感じですか。
弁当を作ってくれる周防美琴バージョンも見たいです。
653Classical名無しさん:04/10/10 15:55 ID:CdDDT34U
サラ可愛いな
654Classical名無しさん:04/10/10 20:10 ID:m.9eh7B2
>>608
お疲れ様でした。GJです。
麻生の葛藤してる描写、いいですね。

>>風光氏
読み応えあってよかったです。少し長めでしたが飽きずに読めました。GJです。
麻生がかなりそっけなくなってましたが、後半での心情の変化が分かり易くなりますしサラのけなげさが引き立つので、これもいいんじゃないかなと思います

ハイクォリティーなアソサラ2連発でかなり満足です。お二方ともどうもありがとうございました。
655Classical名無しさん:04/10/10 22:11 ID:.IjREznI
サラ可愛いよな。
もう麻生とゴールしても俺は許すよ。
608さん、風光氏おつかれさんですた。
656Classical名無しさん:04/10/10 23:27 ID:nlUgjaPE
>>649
自分の中のベストカップル賞が麻生×サラになりました。
「麻生が主人公でサラがヒロインでも全然良い!」と思えるぐらい面白かったです。
657JACK:04/10/10 23:35 ID:AO.CrDWc
http://plaza.rakuten.co.jp/magajin
僕のHPも面白いですよ
658コンキスタ:04/10/10 23:59 ID:a8JBlB1Q
ども。コンキスタです。8話の投下に参りました。
>>578
 一応7話はコメディっぽくしたつもりなので、そう言っていただけると幸いです。ありがとうございます。
>>579
 播磨の心変わり(?)をどうしようと考えた挙句、第8話のようになりました。
 そのために6,7と、2話使って伏線っぽいものを張っておいたつもりなのですが……。
>>580
 毎回毎回行き当たりばったりで書いてる感じなので色々不安がありますが、楽しんでいただけて嬉しいです。
>>582
 ありがとうございます(笑)
>>583
 ご明察のとおり現実性については、この話を書く上での方針にしているつもりなのでそのとおりですよ。方針なので当然の背景にしてます。
 もちろん妄想だろなんてことは言われなくてもわかってますのでご心配(?)なく。^^;
 それでも『どうせ書くならなるべく面白いと思えるものを』という神経なのです。大目にみてください。
 うすっぺらいと思われるのは単純に自分のせいなので、その点のご感想ありがとうございます。
>>584
 すでにここまでやっちゃっているので、とにかく考えてる終わりまでは書きます。めっちゃ気にしてますけどw
659コンキスタ:04/10/11 00:01 ID:f/FLKQ/I
それでは投下します。
 前スレ
 ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/329-345n 『Be glad』
 ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/479-493n 『True smile』
 ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/521-535n 『True smile -2』

 現行スレ
 >>281-295 『I don't say』
 >>320-330 『Escapes from himself』
 >>433-444 『Point of a look -1』
 >>565-576 『Point of a look -2』


第8話

『Point of a look -3』
660Point of a look -3:04/10/11 00:03 ID:f/FLKQ/I
 『Point of a look -3』


 播磨がサングラスを外した日から一週間が経った。
 彼の部屋の目覚まし時計がやかましく鳴り響く。
 それを叩いて止めると、播磨拳児はむくりと起き上がった。
 彼はほとんど眠ったまま無意識のうちに着替えをすませ、部屋を出てふらふらとリビングに入っていく。
「おう。おはよう、拳児くん」
「おー……」
 大きなあくびをしながら、播磨は新聞を読んでいる絃子に返事をした。
「最近は寝坊しないな」
 視線は新聞に向けたまま絃子が言う。
「早く行かないと絃子が『私が出られない』って言うからだろうが」
「まあ、そう言うな。それよりもう時間なんじゃないか?」
 ばらりと音を立てて彼女は新聞をめくる。播磨はテーブルの上においてあったロールパンの袋からひとつだけパンを取り出した。
「わーってるって。あいつもあいつで少しでも遅れるとうっせえからな」
 彼はパンを急いで食べ終え、鞄をつかみ玄関に向かった。
 そしていつもの時間にドアを開けると、そこにはいつものように彼女が立っていた。
「ったく、やっぱりまたかよ」
「播磨君がちゃんと学校に来るって約束してくれればやめるわよ」
「嫌だっつってんだろ」
「あら、そう。ま、いいわ。行きましょ」
「おう」
 少しおかしな会話。しかし二人はそれでいいと思っている。
 心地良い時間であることは間違いなかった。わざわざそれを壊そうだなんて、二人とも無意識にすら考えなかった。
 そして播磨と愛理はバイクに乗り、いつものように学校に向かう。
661Point of a look -3:04/10/11 00:06 ID:f/FLKQ/I

 二時限目の数学が終了すると、愛理の席に播磨が歩いてきた。
 ちょうど美琴と話していた愛理がそれに気づき彼を見る。
「おい、お嬢。シャー芯くれ」
「何で私が」
「前に俺もやっただろうが」
「そんなこと覚えてるなんて小さい男ね」
 そう言いながらも愛理はシャーペンの芯のケースを取り出し、播磨に渡した。
「おう、サンキュ」
 気心知れた親友のような状態。しかし、二人の関係がそれでいいのかは本人同士でしかわからない。
 播磨はシャーペンに芯を補充すると愛理にケースを返し、自分の席に戻っていった。
「へえー」
 その後姿を見送ってから、美琴がにやにやと愛理を見た。
「な、なによ」
「いやー? やっぱ仲いいんだなーって思ってさ」
「なな、何言ってるのよアンタ。そんなわけないでしょっ」
 顔を真っ赤にして言うのでまったくもって説得力が皆無であった。
 二人で学校に登校していたりするくせ、彼女はこういう質問は恥ずかしさからいつも否定してしまう。
「……なあ、沢近。もすこし素直になりなよ。じゃないと絶対後悔するって」
 美琴は呆れているようだったが、その言葉はどこか真実味を帯びていた。
 その言葉に愛理は「知らないわよ」と言ってそっぽを向くことしかできなかった。
662Point of a look -3:04/10/11 00:09 ID:f/FLKQ/I

 その日の放課後のことだった。
 偶然先生の目に止まったばっかりに雑用を命じられてしまった天満と愛理は、二人だけ居残る羽目になった。
 放課後の廊下を、ようやく頼まれた仕事を終えた二人が疲れきった様子で歩いていた。
「やっと終わったよ〜」
「もう、なんであんなめんどくさいこと私達がやんなきゃいけないのよ」
 二人は開きっぱなしのドアを通り教室に入った。2−Cのメンバーは授業が終わるとさっさと帰るか部活に行くかのどちらかだ。
 その日もやはり誰も残っておらず、いつもの騒がしさが嘘のように教室は静かだった。
 二人は自分の席に移動し、鞄にノートや教科書をしまいはじめた。
 そのときふと、天満が鞄にしまおうとしていた一冊の教科書が愛理の目に入った。
 見覚えのある教科書。もちろん自分も同じものを持っているからという理由ではない。
 なんとなく思い出し、愛理が言った。
「そういえば天満。先週その教科書忘れて帰ったでしょ」
「ふぇっ!? え、え。し、してないよ!」
 何気ない一言のはずだった。しかしそれに対するあまりの天満の慌てぶりに、愛理は面食らった。
「え? だって私見たわよ。机の中にそれ入ってた……の」
 ――まった。それを見たのはいつだった?
「え、えーと……う、うん。そういえば忘れちゃったかも……なんてー」
 あははと笑う天満だったが様子がおかしいのは一目瞭然だった。
 それにすでに愛理は答えに行き着いていた。
 オレンジ色の教室。そこで自分が見た天満の忘れ物。その前の自分と播磨との会話。そして翌日からおかしくなった天満の態度。
 可能性として考えるだけなら、それだけでも十分に材料がそろっていた。
663Point of a look -3:04/10/11 00:11 ID:f/FLKQ/I
「天満もしかして……」
 彼女の笑顔がその瞬間すまなそうな顔になる。そのあと何を言われるか、天満にもだいたいわかった。
「そっか……。聞いてたんだ、あれ」
 彼女は顔を赤らめながら小さく頷いた。
 よくよく考えてみれば簡単に考え出せる結論だった。
 播磨があれだけ大声で叫んだのだ。聞いていた人がいてもおかしくない。
「ねえ、愛理ちゃん。播磨君に……言うの?」
「……さあ、どうかしら」
 それは本心から出た言葉だった。
 悩んでいる、教えていいのか黙っていたほうがいいのか。
 選ぶのなら、どっちが自分らしいのだろうか。
 それは――。
「愛理ちゃん。大丈夫だよ」
「え?」
「うーんと……ごめん。なんて言っていいのかわかんないや」
 困ったように天満が笑う。あまり元気はないけれど、彼女の笑顔に愛理は根拠のない安心感を得た。
「よくわかんない子ね。でも、天満。さすがにあの態度はやめたほうがいいと思うわよ」
「それはわかってるんだけど……。私、誰かに好きになられた経験ないからちょっと……」
 天満はそう言うが実際のところ彼女に想いを寄せている人間は他にもいる。だがはっきり言葉にしない限り天満は一生気づかないだろう。
 そんな彼女の返事に呆れながらも、愛理はやはり播磨に惚れられた彼女のことが羨ましかった。
664Point of a look -3:04/10/11 00:12 ID:f/FLKQ/I

 ――――少し風にあたりたい。それで頭を冷やしてから考えよう。
 愛理は天満と階段の前で別れると、屋上に向かった。
 ドアを開けると屋上に意外すぎる人物がいた。
「なにしてんのよ……」
 呆れ気味に屋上で寝ている播磨を見る。大きないびきをかいて播磨は熟睡していた。
 寝ている彼に歩み寄り、愛理は声をかけた。
「播磨君。ちょっと……! 起きなさいって」
「……ん。あ、お?」
 どうやら授業終了からさっきまでずっと寝ていたらしい。
 播磨は身を起こすと寝ぼけたままきょろきょろと周囲を見渡し、次に携帯電話を取り出して時刻を確認した。
「うおっ! そんな馬鹿な!」
 そして驚愕する。どうやらタイムワープした気分のようだ。
 聞くと最近早起きなためにどうにも眠くなり、屋上で一休みしてから帰ろうと考えたということらしい。そしたら寝過ごしたという、
ものすごく単純な話しだった。
「ほんとバカね」
「うるせえ。別にいんだよ、良く眠れたからな。それにお前だって先週教室で寝てたじゃねえか」
 立ち上がり、ズボンを軽くはたくと播磨は大きく伸びした。
「……ねえ、播磨君。ひとつ聞いていい?」
665Point of a look -3:04/10/11 00:18 ID:f/FLKQ/I
「あん?」
「天満のこと……諦めるの?」
「……さあな」
 愛理の問いに顔をしかめた播磨だったが、すぐに顔を少しそらして言った。
 そんな彼を複雑な想いで愛理は見つめていた。
 言うべきなのだろうか、最近天満が播磨を避けている理由を。
 だけど彼は諦めかけていると思う。
 それなら言う必要はないんじゃないか。
 天満を諦めてくれればもしかしたら彼も私を――――見てくれるんじゃないか。
「なあ、お嬢」
「え、あ。ご、ごめん!」
 突然謝ってきた愛理に、いぶかしげな顔をして播磨が言った。
「何がごめんなんだよ。っと、んなことより俺は帰っけどお嬢はこの後どうすんだ?」
「このあと?」
「だからお嬢も帰んのかって聞いてんだよ」
「もちろん帰るけど……」
 彼女はすでに風に当たって頭を冷やそうという目的を忘れ去っていた。
「んじゃ乗っけてってやる」
 播磨の提案に愛理は思わず間抜けな声を出した。
666Classical名無しさん:04/10/11 00:20 ID:WdzonTLM
遅い気もするけど支援
667Point of a look -3:04/10/11 00:21 ID:f/FLKQ/I

 すでに慣れた播磨の後ろ。愛理は彼にしがみつき、時折信号待ちで停止している際に自分の家への道を教えた。
 やがて沢近邸前に到着する。停止させたバイクのダンデムシートから愛理が降りたところで、播磨が彼女の家を見上げながら聞いた。
「オイ。まじでここか?」
「そうだけど? なにか変?」
「……むかつく」
「はぁ? 何よそれ」
 予想していたとはいえ、本当にお嬢様にもほどがあった。家というよりお屋敷という言葉のほうが似合う。
 自分は家賃折半でなおかつ従姉妹にコキつかわれているというのに、なんなのだろうかこの差は。
「播磨君。ここからマンションまで帰れるの?」
「馬鹿言ってんじゃねーよ。俺様を甘く見るな」
「そう……」
 去ろうとする彼を見て、天満の顔が頭によぎる。
「じゃあな、お嬢」
「あ……うん」
 手を挙げた播磨につられ、愛理も手を挙げる。
 そして播磨の乗ったバイクは動き出した――。
668Point of a look -3:04/10/11 00:21 ID:f/FLKQ/I

 愛理は自分の部屋のソファーに座っていた。帰ってきて随分経つが、いまだ制服のまま着替える気が起きない。
 彼との会話が思い出される。
「ほんとダメな女ね、私って」
 愛理は自分を嘲られずにはいられなかった。
 どうして天満があの教室での会話を聞いていたことに気づいてしまったのだろう。
 それさえわからなければ、こんなに苦しむことはなかったのに。
 自分が良くわからない。
 だって簡単なのに。
 彼を奪うのなら、何も教えなければいいだけだ。本当にそれだけなのに。
 そしたらいつか、彼も私のことを見てくれるようになるかもしれない。
 だから黙っていればいい。
 私の知っている私なら、迷わずそれを選ぶと思っていた。
 なのに自分はどうして――。
669Point of a look -3:04/10/11 00:23 ID:f/FLKQ/I
「どうして……教えちゃったんだろ」
 愛理は仰向けにソファーに寝転んだ。
 額に腕をのせる。
 愛理はバイクが動くと同時に播磨を呼び止め、彼が戸惑う暇もないうちにいっきに天満のことを話し、
全て言い終えると自分の家に逃げ込んだ。 
 彼は今頃どうしているだろうか。愛理が思う。
 あれを聞いたとき、播磨君は何を思ったのだろうか。
 彼の顔を見ることなんてできなかったから、何もわからない。
 あの時の私は何を考えていたのだろう。ホント、バカだ。これじゃ播磨君を馬鹿にすることなんてできない。
 でも――。
 それでも私は――。

「これで……よかったのよね」
 
 ため息混じりに愛理がつぶやいた。
 彼女には真実に気づき、それが自分に不都合なモノだったからといって、播磨に黙っておくだなんてできなかった。
 ただそのせいで彼が彼女から離れていってしまうのだとしたら、教えるのと黙っているの、どちらが正解だったのだろうか。
 ……そんなのはわからない。
 きっと答えなんてない。どっちも正解で、どっちも不正解だ。考えるだけ無駄なことなのだろう。彼女は思う。
 それに私はきっと――。

 ――――播磨君のことを本当は好きじゃないのだろうから。

 愛理は小さなため息をまたつくと、今まで何処を見ていたのかすらわからない目を静かに閉じた。
670Point of a look -3:04/10/11 00:25 ID:f/FLKQ/I

 翌朝。播磨がドアを開けても彼女は立っていなかった。
「んだよアイツ……寝坊か?」
 嫌な予感を覚えながらも、それに気づかないふりをして彼はドアの前に立ち、いつもどおり来るはずの彼女を待つ。
 しかし、いつになっても彼女は現れない。
「電話……すっかな」
 ズボンのポケットから携帯電話を取り出し、少し前に教えてもらい登録しておいた『お嬢』を選択する。
 あとは発信キーをプッシュすれば電話がかかるだろう。
 しかしいざとなるとそれが押せない。指はそこに乗っているのに、あと少し力を込めれば押せるのに、たったそれだけのことがどうしてもできなかった。
 彼は悪態をついて電源を押し、待ち受け画面に戻すと携帯電話をしまった。
「俺がかける必要なんてねーよな。別に約束してるわけじゃねーんだし……」
 ならば一人で学校に行くか、家に入るかすればいい。
 わかっているのに彼はその場から動くことができなかった。
 ガチャリ。
「どわぁ!」
「うおっ」
 突然開かれたドアに播磨の心臓が飛び跳ねた。数歩分飛び退く。見ると、目を丸くした絃子ドアノブを持って立ち尽くしていた。
「な、なんだ拳児君か。びっくりさせるな。それよりまだ行ってなかったのか? ……彼女はどうした?」
「あ、ああ。っと……寝坊だ」
 そう答える播磨に対し絃子は「そうか」とだけつぶやく。
「学校、行かなくていいのかい?」
「もともと俺は休んでもいいんだよ。サボるつもりだったんだからな」
 絃子はまた「そうか」とだけ言い、彼を残して出かけていった。
 それでも播磨はずっとドアの前に立っていた。
 
 何分経ったのだろうか。いまだ彼女は来ない。
 播磨は携帯電話を取り出し時刻を見る。ちょうど、一時限目が始まったところだった。
「ったく、バカヤロウが。アイツのせいで遅刻じゃねえか……」
 彼は歩き出す。バイクに乗り、学校に行くために。
 もしこれで彼女が学校に行っていたら、何か文句の一つでも言わなくてはならないから……。
671Point of a look -3:04/10/11 00:27 ID:f/FLKQ/I

 一時限目の途中で播磨が教室に入ってきたとき、愛理はそちらを見ないように努めた。
 そして授業終了と同時に案の定、彼はずんずんと愛理のほうに歩いてきた。
 ――きた。
 彼女も彼が教室に入ってきた時点でそれは覚悟していたし、当然の行動だとも思っていた
「おい、お嬢」
「なに?」
「なに、じゃねえよ。なんでこねーんだ。テメエのせいで無駄な時間使っちまっただろうが」
 愛理はさも呆れた風に偽りのため息をつく。胸がきりきりと締めつけられて苦しい。
「播磨君ってやっぱりバカね。好きな女の子がいるって男が他の女と登校してきていいわけないじゃない」
 そう播磨に小声で言う。さすがに他の人に聞こえてはまずいだろうと彼女も思ったからだ。
 しかし播磨は今さらすぎる愛理の言葉に驚いているようだった。たしかに言っていることは間違っていないが、なにかおかしい。
 それでも彼女は続ける。
「わかったでしょ。私はお邪魔虫ってわけ。OK?」
 微笑で本心を隠しながら愛理は言う。
 播磨君に天満のことを教えた時点で、私は彼を諦めたということになるんじゃないか。そう彼女は考えていた。
 私の知ってる私なら、本当に好きならきっと教えないはずだ。私はそういう女のはずだ。
 だから教えたっていうことは、本当は彼のことを好きじゃなかったということ。
 だったら私は彼を応援しよう。そう思った。
 だけど……。
 だけど自分を偽って、偽って、嘘ついて。ほんとうに私はこれでいいのだろうか。
 ほんとうに私は播磨君のことが好きじゃないのだろうか。
 後悔しないのだろうか。
 ――――いけない。泣きそうだ。
 早く、逃げなくちゃ……。
「ま、そういうわけだから。がんばりなさいよ」
「え、あ、ああ……」
 もう一度微笑むと、優雅に愛理は彼の前から立ち去った。
 教室から出ると、さっきまで堂々と上げていた顔がだんだんと下がってくる。
 やがて無機的な廊下だけが目に映り、その視界さえも少しでも気を抜けば滲んでしまう。
 そろそろ限界だ。屋上まではもたないな……。
 愛理は廊下を歩き、近くにあった女子トイレに入る。そして個室のドアを閉めると、声を出さずに泣いた。
672Point of a look -3:04/10/11 00:29 ID:f/FLKQ/I

「塚本、話しがある。屋上に来てくれ」
「え……?」
 本日の授業も全て終わり、さあ帰ろうと天満が鞄に手を伸ばした瞬間、唐突に彼女は播磨に声をかけられた。
 あまりにも突然すぎて、いつもみたいに逃げ出すタイミングもない。
 天満は愛理のほうを見る。彼女は気づいていないようで鞄の中に教科書類を入れて帰宅準備をしていた。
 今度は播磨を見た。とても、真剣な目をしていた。
 愛理があのことを話したであろうことは明白だった。いまだ困惑している心をなんとか落ち着かせようと努めながら、天満は播磨に頷いた。
 それを見た播磨はくるりと天満に背を向けて歩き出した。天満も席を立ちその後ろを歩いていく。
 教室から出て行く二人を、一人寂しげに愛理が見つめていた。

 播磨は時々ちらりと後ろに見て、天満が来てくれているかを確認する。
 天満は少しおどおどしながら、それでもしっかり彼の背中についてきていた。
 階段を上る。放課後になったばかりでまだ学校は騒がしいはずなのに、播磨には自分と天満の足音だけがやけに大きく聞こえた。
 あと三段。
 今度こそ俺は――。
 二人は屋上に出た。少し進んでから播磨は向き直る。緊張で頭が真っ白になっていた。
 天満は天満で彼の気持ちを聞く覚悟がしきれていなかった。
 その結果生まれたのは沈黙。お互い何かをしゃべろうと思ってもなかなか言葉にならない。
 ――落ち着け。落ち着け俺!
「ええとだな……」
 播磨がとりあえず何かを言おうとする。
 しかしそれがトリガーになり、いまだ不安定だった天満の頭が暴走しだした。
 ――ど、どうしよう。
 そしていつもと同じ、最も単純な答えを出そうとする。
 どうしていいのかわからない。だから――。
673Point of a look -3:04/10/11 00:31 ID:f/FLKQ/I
「ご、ごめんね!」
 それは何に対しての『ごめん』なのか。結局その場から逃れるという結論しか、彼女の頭は出してくれなかった。
 いつものように駆け出そうとする天満。
「待ってくれ、塚本!」
 しかし彼女のその腕を、播磨はとっさにつかんでいた。
 つかんでしまえば天満と播磨の力の差は歴然、彼女の動きが止まる。
 強い力に引き止められた天満が自然と振り向く。播磨と天満、二人の目が合った。
 天満の不安げな瞳。それを見た瞬間に播磨の頭は急激に冷え、あわてて手を放した。
「わ、わりぃ。……だけど塚本。俺はお前にずっと……ずっと前から、言いてえことがあったんだ」
「播磨君……」
「言わせてくれ」
 二人が見詰め合う。
 天満は決めた。
 彼の真摯な想いから逃げ出さないことを。しっかりとその想いを聞くことを。
 播磨の口が静かに開いた。
「塚本」
 拳をにぎりしめる。播磨は恥ずかしさから顔をそらしたい衝動に駆られたが、必死にそれを耐え、今にも震えそうなのどに力をこめる。
「俺は……」
 
 そして今までの想い、全てをこめて彼は――

「君が好きだ」

 ――彼女に、告白した。
674Point of a look -3:04/10/11 00:33 ID:f/FLKQ/I
 播磨の言葉とともに訪れたのは沈黙。しかし甘い雰囲気のものではない。
 やがて天満が
「ごめんなさい……」
 そう言ってゆっくりと頭を下げた。
 それは同時に彼の恋心が砕けた瞬間でもあった。
 顔を上げた天満が言った。
「播磨君の気持ち、うれしいよ。でも、私には好きな人がいるから……」
「ああ、わかってる」
 だけどこれで悔いはないはずだ。誤解も解けたのだし、彼女に想いを告げることができた。
 受け入れられることはなかったものの、受け止めてもらい、真剣に返事をしてもらった。
 それならあとは、この結果を自分自身が受け入れるだけ。どれだけ時間がかかるかはわからないが……。
「ありがとうな塚本。話しはそれだけだ。んじゃな」
「ちょっと待って」
 情けないと思いながらも足早に屋上を立ち去ろうとした播磨を、天満が呼び止めた。
「少し、いいかな?」
 播磨は振り向いたが何も言わない。天満はそれを無言の肯定ととり、話しを始めた。それは彼女が感じた播磨の真実。
675Point of a look -3:04/10/11 00:35 ID:f/FLKQ/I
「私……偶然播磨君の気持ちを知っちゃって、それですごく播磨君のこと気になっちゃったんだ」
 少し照れながら言う天満に、播磨は彼女が何を言おうとしているのか、良くわからなかった。
「たった数日だったけど私、播磨君のこと見てたの。そしたらね、播磨君が本当は誰を見てるか……わかったんだよ?」
 天満が播磨を見て素直に思った気持ち。彼の視線の先。播磨が見つめるそこには一体誰がいたのか。
 授業中。休み時間。放課後。嬉しそうなときや悲しそうなとき。彼の視線の先にはいつも彼女がいた。
「それが誰だったって言わないけど……」
 ――おい、待ってくれよ。
 瞬間、播磨には全て理解できた。天満が何を言おうとしているのか。
 なんで理解できてしまったかなんて今の彼にはどうでもよかった。
「私じゃなかった」
 ――それ以上言うな。
 しかし声には出ない。それは戸惑いからなのか、それとも他に言えない理由があるからなのか。
 播磨には天満の唇の動きが、いやにゆっくりに見えた。
「だから――」
 ――だからそれを言われたら、俺は一体なんのためにここまでやってきたかわからなくなる。
 しかしゆっくりと、
 そしてはっきり、
 彼女は彼に、
 真実を告げた。

        「播磨君が本当に好きな人はね、きっと私じゃないんだよ」

676Point of a look -3:04/10/11 00:39 ID:f/FLKQ/I
「な……」
「こんなこと言っちゃいけないのはわかってるけど、播磨君には本当に好きな人がいるはずだよ? 一番それをわかってるのは播磨君なんじゃないかな」
「お、俺は!」
「播磨君!」
 播磨の声をさえぎると、天満は柔らかい笑みを見せた。しかしその笑顔はどこか儚げで、苦しそうだった。
「素直にならなくちゃだめだよ。ね?」 
「塚、本……?」
 播磨は否定できなかった。言葉が出ない。自分が何を言いたいのかわからない。
 思考はかき乱され、困惑が心に渦巻いている。
 なんで否定しねえんだ?
 違うはずだろ?
 だって俺は天満ちゃんのことが……。

 しかしそれは本当か?

 無意識につぶやく。
「どうして――」
 ――俺は何も言えねえんだよ、おい。
「ごめんね播磨君……。でも、私はそう思ったんだ。それを、播磨君に言わないといけないと思ったんだ。本当に、ごめん、ね……」
 やはり天満はその笑顔を保つことができなかった。
 一瞬のうちに流れるように、彼女の笑みは涙をこらえる顔になり、それもかなわず瞳から涙があふれ出す。
 その涙は罪悪感からなのだろう。
 自分を好きだと言ってくれた男の子に「その気持ちは嘘だ」と否定する。
 いくら自分で正しいことだと信じていても、それは辛すぎた。
 ――ああ、なんだ。
 播磨は呆れた、結局天満を泣かせてしまった自分の馬鹿さ加減に。
「いいって、塚本。気にすんな」
「ご、めんね……」
「それによ、俺は笑ってる塚本が好きだったんだ。泣かれちゃ困る」
 それでも彼女の涙は止まらない。天満自身が泣いてはいけないとわかっていても、あふれる涙は止まってくれない。
 播磨は複雑な想いのまま笑顔をつくり、彼女の頭を優しく叩いてあげることしかできなかった。
677Point of a look -3:04/10/11 00:42 ID:f/FLKQ/I

『播磨君の本当に好きな人はね、きっと私じゃないんだよ』
 部屋のベッドに横になっている播磨の頭に、天満の言葉が何度も何度もこだまする。
 もう彼自身、自分の想いが良くわからなかった。
 自分が播磨拳児なのかどうかすら自信がなくなってくる。
 そして思い浮かぶのはブロンドの彼女の姿だった。
 ――俺はあいつのことが好きなのか?
 言われてみれば最近あいつのことを見てることが多かった気がする。
 たった数日一緒に登校しただけなのに、それが当たり前に思ってた気がする。
 やっぱり俺はあいつのことが好きなのだろうか……。
 そうかもしれない。
 だけどそれこそ本当か?
 自信がない。
 俺はあいつのことが好き?
 んなこと今さら言ったって、ふられたから手近にいた奴に逃げただけとしか思えねえよ。
 好きなふりをして、本当は誰でもいいから近くにいてほしいだけなのかもしれない。
 俺は――。
 
 ……だめだ、全然わかんねえわ。

 その日は播磨はもう何も考えず、ただ無理やりに眠ることにした……。


....TO BE CONTINUED?
678コンキスタ:04/10/11 00:42 ID:f/FLKQ/I
以上で第8話終了です。おそらく次回で完結します。
少し長くなってしまいましたが、書き終えて思ったことは
「あ、八雲の出番がない」
でした。(笑)
とりあえず播磨が天満に告白するシーンは省略されることが多い気がしたのでやってみました。
天満が天満じゃなくなってる気がしますが^^;
支援していただいた666様、ありがとうございます。
次はいつになるかわかりませんが、早いうちに終わらせたいと思っています。
ではでは。
679Classical名無しさん:04/10/11 00:43 ID:WdzonTLM
GJ
680Classical名無しさん:04/10/11 00:56 ID:SzmOkAHI
 コンキスタさん、GJ!
 愛理の行動も楽しく読ませてもらいましたが、シリアス天満がまた良かったです。
彼女が問いただした彼の心が、動揺して自分を捜す。天満活躍の一話ですね。 
 そして、完結編。愛理の行動に期待大です。
681Classical名無しさん:04/10/11 00:57 ID:cpajhe8I
ヤバイ、本当GJ!
沢近が涙をこらえるシーンや、天満の告白への返事のシーン、痺れました。
まさにネ申ですね。
次の最終回を楽しみに待っています。
682581 麻生サラ:04/10/11 01:47 ID:zTeIt.o2
>>610
お褒めの言葉、感謝感謝ですw
やはり、SS書きとして一番嬉しい事は、自分の作品を受け入れてもらえる事ですね。
タイトルをどうしようかと思いましたが、『了』で締めくくりましたので、日本語にしようかと、
で、超シンプルに

『雨、ふたり』

で……うあ、センスの欠片も感じなひ……_| ̄|○

>>654-655
読んでいただきありがとうございました。
暇があれば今後も精進して行きたいと思いますです。
>>654氏ある意味、そこが書いてて一番楽しかった所ですw

>>649風光氏
==)b!! ですw
自分のぬるま湯麻生とは大分、違いますね。正直、そちらの方が近いように思えますw
今後も素敵な麻生サラ作品をお待ちしております。
683Classical名無しさん:04/10/11 02:34 ID:HDy0SFYw
>>678コンキスタ氏へ

最初に言っておきます、私、天満が好きです。
誤解無きよう急いで付け加えます、沢近も八雲も播磨も好きです。
スクランキャラはみんな好きです。
でもその中で、一番天満が好きなんです。大好きです。
これはもうどうしようもないことなんです。

(ここからが感想ですが)だから読んでてとってもとっても哀しくて辛かった。
キーボード打ってる今も胸が痛くて痛くて、切ない。泣きたい。
勿論コンキスタさんが旗派(お子様派?)だってことは十分承知してる。
だから立場が違うってことも。それは分かってる。
でも理屈じゃどうにもならない感情を抑えることができない。だからこれを書いてる。
播磨にこんなにあっさり諦めてほしくない。天満をずっと追いかけ続けてよ。
天満は・・・難しいね。彼女にどういう行動をとってほしいのか、私には分からない。
天満の凄さ(表現下手でごめんなさい)は、他の人には表象できないところにある、
そんな気がする。私は今回の天満はもはや天満じゃない別人だと思った。
不思議だよね・・・彼女は。

胸が苦しい。天満が消えてしまうことへの底知れぬ辛さと苦痛・・・
本当にワガママなことは自分で承知してる。無理を承知の上でお願いをひとつ。
天満の話を一本書いていただけたら。いや、1レスで終わる程度の掌編で十分です。
・・・。

私情全快で申し訳ありません。
まだまだ言い足りない思いはありますが、このへんにて失礼します。
辛いですが、最終話も読みます。がんばってください。

ありがとう、の一言はやっぱり言えないです。自分勝手でごめんなさい。
684Classical名無しさん:04/10/11 08:39 ID:FjRDn1Cw
お久しぶりです。
早いもので、前作を投下してから四ヶ月が経ってしまいました。
前作「Forget-me-not」は激甘の旗だったのですが、今回は縦笛です。
皆さんの神ぶりに少し気後れしながらですが、読んで頂けると幸いです。

685Squall:04/10/11 08:43 ID:FjRDn1Cw
 少女は見上げていた。
 漆黒の闇の中、葉々の擦れ合う音に潜在的な恐怖を煽られながら、ただ一人で。
 
 少女は見上げていた。
 音も無く降り注ぐ雨などお構いなしに目を見開いて。
 
 少女は見上げていた。
 塞いだ心を開け放ってくれるような、強い星の光を探して。
 
 少女は見上げていた。
 ……涙を自覚したくなかった。ただ、それだけ。
686Squall:04/10/11 08:47 ID:FjRDn1Cw
 少し前、美琴は道場での稽古を終え、帰途に着くべく支度をしていた。
 既に他の門下生たちは帰宅しており、閑散とした場内に、彼女が着替える衣擦れの音だけが響く。
「ちっ、何だよ」
 準備を済ませ、道場を出た美琴は、いつの間にか降り出した予報外れの雨に思わず舌打ちをした。
 家は近くにあるので、急いで帰れば大したことは無いかもしれない。
しかし、翌日も学校がある身としては、できるだけ制服は汚したくなかった。道着に着換え直そうかな、とも考えたが、流石にそれは億劫である。
「しょうがない、花井に傘を借りるか」
 ふと、見上げる。道場に隣接した、少々時代がかった大きな家。
その二階の一室が花井の部屋であるが、その部屋には、在宅を示すであろう明かりが、カーテンの隙間から漏れていた。
「ったく、勝手にサボりやがって」
 気持ちは分からないでもない。花井が塚本八雲にご執心であることは事実であるし、その八雲が、播磨拳児と付き合いだしたと言う噂は、
美琴の耳にまで聞こえてきている。その真偽は定かではないが、実際に二人で会ったりしているらしいし、本人に聞いたわけではないが、
天満も認めていることであるので、可能性は高いと言えた。
687Squall:04/10/11 08:52 ID:FjRDn1Cw
 想い人の恋愛をすんなりと祝福出来るほど、大人じゃないよな……
 
 美琴の意識は、あの夏の日へ飛んでいた。
 何も出来ずに終わってしまった恋愛は、今でも思い出す度に美琴の胸を抉る。
臆病だった故に何もしてこなかったことを後悔もしたが、出会ってからの年数が自分よりも遥かに少ないであろう人を好きになった先輩は、
結局のところ自分に対して恋愛感情を持っていなかったということだ。その事実は、想い続けてきた期間がまるで無駄であったかのような気がして、
美琴を酷く惨めな気持ちにさせた。
 
 思い出は、それが良いものであろうと、苦しいものであろうと、やがて風化されるという。
しかし、たった二月程度で失恋を美化するには、美琴は余りに幼すぎた。
今でも、たまに夢を見る。

「っと、早く汗を流さないと風邪引いちまうな」
 引いていく汗が体温を奪っていくことに気付き、しばし呆けていた自分を叱咤するかのように両手で何度か頬を叩くと、
道場の庇沿いに進んで行った。
688Classical名無しさん:04/10/11 08:52 ID:WdzonTLM
支援?
689Squall:04/10/11 08:55 ID:FjRDn1Cw
「よっ」
「周防……」
 花井は参考書を顔にかぶせながら、ベッドに横になっていた。
「おばさんがさ、部屋に居るから上がってけって」
「何か僕に用か?」
 普段の花井からは想像も出来ないほど抑揚の無い声。分別をわきまえている彼らしく、
客人に対する礼儀として体を起こす姿からも、いつものような覇気が全く感じられない。
「いや、雨が降ってきたから傘を借りようと思ってな。そしたらさ、おばさんに強引に上げられちまって。まぁ、いいだろ、たまには」
 幼馴染とはいえ、流石に高校生になってから部屋に上がったことは無かった。
照れ臭いと言う感情から逃れるように、無意識に美琴は頭を掻く。

「……帰ってくれ」
「って、いきなりそれかよ」
横柄な物言いもそうだが、それ以上に「らしくない」花井の態度に思わずカチンと来る。
「じゃあ何か? お前も僕を笑いに来たのか」
「なっ……」
「滑稽だろ。誰が何と言おうと、僕は塚本君を一番想っている自信があった。
 しかし、彼女は播磨を選んだ。……僕は男として播磨に負けたんだ」
そう言うと、花井は俯いてしまう。
「はいはい、それで花井君は独りで泣き寝入りですか」
挑発的な美琴の言葉にも、花井は反応しない。
 それを見て、美琴の心は理由の分からない不快感が支配していった。
「ったくよー、情けないったりゃありゃしないぜ。男の癖にウジウジとよー」
「奪い返すぐらいの気概を見せられないもんかね」
 次々に出てくる蔑みの言葉。自分のことを棚に上げていることは分かっていたが、
花井が落ち込む姿を見ていると、無性に腹が立った。
690Squall
「……お前に何が分かる」
「あん?」
 見ると、花井の肩がわなわなと震えている。
「お前に何が分かると言ったんだ!」
 口を真一文字に結び、眉が吊り上る。気色ばんだ口調は、押し殺していた鬱憤を吐き出そうとしていることを、
如実に表していた。
「お前に……恋をしたことも無いような、人を愛する辛さを知らないお前に、責められたくは無い!」

 ……恋をしたことが無い? あたしが?  
 血の気が引いていくのが分かった。
 分かっている。花井は追い詰められているだけだ。自分自身もコイツの激情を受け止めるつもりで、
敢えて憎まれ口を叩いたのではないのか?
 至る所に意識が錯綜し、思考がオーバーヒートを起こす。しかし、その中でも揺るがないのは、
敗北者の顔を見せ続ける幼馴染の姿。一番信頼出来るであろう相手が、自分の本質を掴んでいてくれなかったという、哀しい真実。

 ……美琴自身意識していたわけではない。気が付くと、思い切り花井の頬を張っていた。
 自分の行為が意識化で下した結論と矛盾していることに、やってしまってから気付く。
 けれど、もう、止められない。

「知ったような口を叩くんじゃないよっ!」
 頬を涙が伝う。
「周防……」
 赤く染まった頬に手を当て、毒を抜かれたかのように呆然とした表情で、花井は見上げる。
「自分が世界で一番不幸だって顔してさ……あんただって、あたしのコト何にも知らない
 じゃない……」
 お互いの沈黙が、刺すような静寂を形成する。
「無神経な言い方だったかも知れない。それは謝る。……だけど、今のあんたは最低だ」
 美琴はそう言うと、踵を返して部屋を去った。
 自らの行動にすら納得のいく動機付けが出来ない。これじゃあただの八つ当たりじゃないか
 ……そう、嘲りながら。