1 :
テンプレ1/2:
ここは【二つ名】を持つ異能者達が普通の人間にはない【第三の眼】を使って
架空の現代日本を舞台に異能力バトルを展開する邪気眼系TRPスレッドです。
登場キャラクターの詳細、各用語、過去ログのミラーは【まとめwiki】に載っております。
*基本ルール
[壱]参加者には【sage】進行、【トリップ】を推奨しております。
[弐]版権キャラは受け付けておりません。オリジナルでお願いします。
[参]参加される方は【テンプレ】を記入し【避難所】に投下して下さい。
[肆]参加者は絡んでる相手の書き込みから【三日以内】に書き込むのが原則となっております。
不足な事態が発生しそれが不可能である場合はまずその旨を【避難所】に報告されるようお願いします。
報告もなく【四日以上書き込みが無い場合】は居なくなったと見なされますのでご注意下さい。
*参加者用テンプレ
名前:
性別:
年齢:
身長:
体重:
職業:
容姿:
眼名:○○眼
能力:
人物紹介:
2 :
テンプレ2/2:2012/04/30(月) 05:13:19.20 0
前スレ
>>181>>182>>187 「あれは……アイリーン。彼女も今着いたみたいね」
自宅が視界に入り、ラストスパートとばかりに速度を上げた篠の目に映ったのは、開きかけの門と美しい銀髪だった。
「アイリーン」
速度を落として歩く彼女に並び、横から声をかける。
「お嬢様。私も今到着したところです。火急の用件とは一体?」
「それはこれから話すわ。彼も交えて、ね」
視線の先には開かれた扉と玄関に集まっている様々な格好をした女性達。そして──
「―――とりあえず礼を言っとくぜ、御影。その様子だと厄介事が発生か?」
その中でただ一人の男性──獅子堂の姿があった。
「ええ、そうなの。実は──」
ピー、ピー、ピー──
篠が獅子堂に話をしようと口を開いた瞬間、隣にいたアイリーンの通信機から音が鳴る。
「失礼、部下からのようです」
ここに来るまでに振動機能から切り替えていたようで、本人は慌てた様子もなく取り出して通信を始めた。
「どうした?何かあったのか?」
『緊急事態です。先程東地区の地下街にて原因不明の煙が確認されました。
それと同時に地下街から複数の能力者と思われる人間が出現。スイーパーが迎撃に当たっている模様です』
「……被害状況は?」
『今のところ軽微です。出現地点の周囲が倒壊してはいますが。
それともう一つ。首謀者と見られる秋雨 流辿が市街地全体で大規模な演説を行った模様』
「演説?秋雨 流辿が出てきたと言うのか?」
『いえ、演説はソリッドビジョンで行ったようです。彼の居場所は現在特定できません』
「そうか……。お嬢様、どうされますか?」
その場にいた全ての人間が黙って通信に耳を傾けていた。アイリーンは篠に指示を仰ぐ。
「……どうもこうもないわ。当初の予定通り、ISSと連携して市民の避難誘導を最優先に。
流石に九鬼もこの状況になってまで静観するほど馬鹿じゃないでしょうから。
メイとエリに連絡して、彼女達にも即時行動するように伝えなさい」
「だ、そうだ。頼んだぞ」
『了解致しました。これより任務に当たります。では──』
通信が切れたと同時に動き出そうとする者がいた。獅子堂だ。
「待ちなさい」
それを静かに制する篠。獅子堂は苛立たしげにこちらを睨む。
「慌てても仕方ないわ。さっき聞いた通り、今は市民の避難誘導が最優先。
あなた一人が加わったところで状況がそう大きく変わることもない。
それに話をすると言ったでしょう?行くのはそれからでも遅くないわ」
理解はしたが納得はし兼ねる、と言った表情だったが、獅子堂はその場で止まった。
「ごめんなさいね。あなたの気持ちも分からなくはないけれど……。
今はこっちの方を優先しておきたいの。取り敢えず一旦屋敷に入って──」
「…獅子堂がここに居ると聞いた、んだが…」
皆で屋敷に入ろうとしたその時、背後より足音と共に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「な、何ですかあなたは!現在当屋敷は立ち入り禁止です!どうかお引取りを──」
「やめなさい。彼が二神君よ」
門を通りこちらに歩いてくる二神を追い返そうとするメイドを静かに止める。
「遅れてすまない。…あの医者からここだと聞いて来たんだが。
…途中で『宣戦布告』の一端を見てきた。得体のしれない邪気を孕んだ霧がこっちにも迫ってるようだ」
「霧の特性についてはまだ解らないが、通達を待つよりはこっちで動いて判断した方が…」
「貴重な情報ありがとう、と言いたいところだけど──既にこちらにも連絡が来ているわ。
それに丁度良かった。今からする話、あなたにも関係があるのよ。中に入りましょう?」
再度全員を促し、篠は先立って屋敷の中へと入っていった。
「さて……何から話せばいいかしら」
メイド達に屋敷の警備などを任せ、藍とアイリーンだけを連れて獅子堂達を自室に招く。
藍が皆に紅茶を入れて回り、ふわりとした香りが部屋を満たす。
「そうね……まずはこれを見て頂戴」
部屋の中央にソリッドビジョンが出現し、とある航空写真が映し出される。
「見れば分かると思うけど、これはツタの館の跡地よ」
そんなことは分かっている。それよりもこの光景は何だ──とでも言いたげな視線が獅子堂と二神から飛んでくる。
「これはエリのパソコンに残っていた映像よ。それと合わせて傍受したISSの通信も残っていたわ」
幾度かリモコンを操作する。すると部屋の中に音声が流れ始めた。
「──い、以上、報告を終わります!」
音声は終始慌てた、と言うより怯えたようなような声音で録音されており、現場が如何に凄惨だったかを如実に現していた。
「聞いての通り、ツタの館跡地でスイーパーの惨殺事件が発生したわ。
被害に遭ったのは鬼怒 輝光を含めた医療班のスイーパー五人」
獅子堂は怒りとも悲しみとも取れる表情で拳を握り締めていた。二神も表情を曇らせている。
「酷い事件だけど、本題はここからなの。これは今のところ私の推測だけど……」
真剣な表情で獅子堂と二神を見据え、静かに口を開く。
「──あなた達二人に、五人の殺害容疑がかかっているかも知れないの」
その言葉に怒りを露にする獅子堂。二神は驚いている。
「私に当たらないで頂戴。いい?今から説明するからよく聞いて。
さっきの写真を見て分かる通り、犯人の姿は確認できなかったわ。
そうなると当然、容疑者に上がるのは犯行時刻にアリバイがない者──それも、現場にいたとなれば尚更だわ。
つまり、医療班到着の時点であの場所にいたあなた達が一番怪しいのよ」
「犯行時間は医療班到着から警備班到着までの十分間。
獅子堂君は藍達が連れて来たからアリバイを証明することは出来るわ。──向こうが信じるかは別だけどね。
でも二神君はそうもいかない。何せここに来るまで単独行動みたいだったからね。
それに恐らく幹部連中──特に鬼怒 輝明は血眼になってあなた達を探し出し、何としてでも殺しに来るでしょうね。
そうなった人間には何を言っても言い訳にしか聞こえないわ」
紅茶を一口飲み、フッと息を吐く。
「まぁ、結局何が言いたいのかと言うと、今からどこへ行くにも気をつけなさいって事。
これから会う人間、全て疑ってかかった方がいいわ。それが例えISSの人間でも──いえ、寧ろISSの人間だからこそ、ね」
飲みかけの紅茶をソーサーに置き、椅子から立ち上がる。
「私の方でも出来るだけサポートはするわ。でも一番いいのは二人一緒に行動することね。
本来今みたいな状況ならあなた達位の能力者が二人固まっていることは余りいいことじゃないけど……。
緊急時だし、そうも言ってられないわね」
ぐるりと部屋の中を見回し、一つ嘆息した。
「はい、取り敢えず話はこれでお終い。各自準備が整い次第街へ向かいましょ。
二神君、何か必要なものがあれば遠慮なく言ってね?用意させるから」
最後に二神にそう告げ、篠は自室を後にした。
(落葉のことは……話す必要はなかったわね。両親のことも含めて彼らには余り関係のないことだし)
廊下を歩きながら、篠は先程の話の場を思い返していた。
(あくまでも私個人の問題。他人を巻き込むわけにはいかないわ)
出撃に必要なものを揃える為、篠は研究班のいる地下へと足を向けた。
【御影 篠:獅子堂らに殺害容疑の話をし、街へ向かう準備を始める】
前スレ
>>188>>189 「いや、結構。改めて念を押す必要はないでしょう。皆さんはどうですか?」
エリの軽い口調に対し、九鬼はその場にいる幹部達に視線を送る。
反対の意見は出なかったようで、満場一致で賛成された。
「では、事後処理の件については、会長補佐に一任する旨をご本人にお伝え願いましょう。
それでは次の議題──これは秋雨一派の対策とは何ら関係のないものになりますが、
このように幹部が一同に会する機会もそう無いことですので、この場を借りて来年度の予算についての審議を──」
『緊急報告、緊急報告。正体不明の一団が市内東地区に出現。現在、中央区に向かって進攻中。
繰り返す──』
九鬼が会議を再開しようとした時、室内に女性の声が響いた。
俄かに緊張感が漂う室内。メイとエリは慌てるでもなく状況を見守っていた。
「ようやく来たみたいですねー、敵さん」
「そのようですね。お嬢様に連絡を──」
通信機を取り出した瞬間、その通信機が振動する。
「受信……お嬢様じゃないですね。……はい」
部屋の隅に行き通信を始める。相手は主ではなかったものの、聞き覚えのある声だった。
『その声、メイさんですか〜?』
間延びした声が通信機から発せられる。今の状況には余りそぐわない。
「貴女は……確か尹(ゆん)さん、でしたか?」
『はい〜。お久し振りです〜』
相手はどうやら『ヴァルキリー』の一人である尹 明華(ゆん みんふぁ)のようだ。
「どうしました、とは聞きません。どうすればいいですか?」
この状況で街にいる彼女から通信が来ると言うことは、用件は一つしかあり得ない。
『お話が早くて助かります〜。あなた達にも動いて欲しいんですよ〜』
「分かりました。すぐに、とはいきませんがいいですか?いくつか所用がありますので」
『了解です〜。なるべく早めにお願いしますね〜。では〜』
最後まで緊張感のない声で通信は終わった。
「それではこれを現時点での最終決定として一先ず会議を終了とします。各自、解散──」
明華と話している内に、会議の方も終わったようだ。話を聞いていたエリに尋ねる。
「どうでした?」
「こっちの方も動き出すみたい」
幹部が一人、また一人と退室する。残っているのは二人だ。
「では会議も終わったようですし私達も──」
先に退室した幹部に続き、自分達も退室しようと残った二人に礼をするべく振り向くと、幹部の中でただ一人の女性であった人物が手招きをしていた。
「私達、だよね?」
「この場に残っているのは私達以外ではあちらの二人しかいません。
ならば呼んでいるのは私達でしょう」
篠の顔に泥を塗るわけにもいかないので、急ぐ心を抑えて女性の元へ向かう。
「あら……間近で見ると随分とまた可愛らしく……篠らしい趣味ですわ」
いきなり頬を撫でられ一瞬驚いたが、黙って受け入れる。
次いで首、肩と降りてきた手は、気がつけば胸の辺りをまさぐっていた。
「今度、篠と一緒にあたしのおうちに遊びにいらして? 歓迎いたしますわよ、ふふふ……」
妖艶な笑みを浮かべ、二人の体をまさぐっていた女性は、ゾッとするような笑い声と共に退室した。
「はー……お嬢様とはまた違う、綺麗な方でしたねー……」
「ええ……でも何か、それだけではないような……」
二人は余り経験のない行為に暫し呆然と立ち尽くしていた。そこに残った最後の一人からも声がかかる。
「そなたらは御影 篠の遣いであったな? ……わしからも伝言を頼む。
今は互いに秋雨一派の対処に追われて無理だろうが、『話をしたい』……と、そう言っていたと伝えておいてくれ」
低く威厳のある、しかし優しげな声が二人の耳に届く。
二人はその声に一瞬で姿勢を但し、背筋を伸ばす。先程までの雰囲気は既に払拭していた。
去り際に頭を軽く撫で、最後に残った男性は少し寂しそうな背中で退室して行った。
「男性の方はいいとして、女性の方は何か危ないものを感じましたね……」
「あー、確かに……」
「まぁ今はどうでもいいです。それよりもお嬢様に連絡してこちらも行動を始めなければ」
「だね。んじゃサクっと行こうか!」
エレベーターを降りた二人は、足早に本部ビルを後にした。
ビルから出たところでエリが通信機を取り出し、メイが周囲を警戒する。
どうやらまだここ中央区まで進行はされていないようだ。
「あー、お嬢様ですか?エリです。会議の方は無事に終了しました。いくつか伝言がありますのでお聞き下さい」
『いいわ。手短にね』
篠は歩いているようで、カツカツと足音が聞こえる。
「はーい。ではまず会議の方から。副会長より、事後処理の件はお嬢様に一任されるそうです」
『そう。それは予想していたわ。他には?』
「えーと、次に女性の方から。今度私達と一緒にウチに遊びにいらっしゃい、との事です。
執拗に体を撫でられながら言われました……」
げんなりとした表情で告げるエリ。通信機の向こうからも溜め息が聞こえた。
『あぁ……柊ね、きっと。私も幹部になりたての頃はよくやられたわ』
「お嬢様。あの方もしかしてレ──」
『例えそうだとしても、個人の趣味をとやかく言える権利はないわ』
エリの声を遮るように少し大きい声が通信機から聞こえた。
「気を取り直して三つ目です。威厳のある初老の男性の方から。『話がしたい』、とのことです」
『初老……禿山さん──じゃないわよね。失礼だけど、あの日と威厳の欠片もないもの。
とすると……閏さん、かしら』
「名前まではお聞きできませんでした。すいません」
『構わないわ。報告有難う。貴女達もヴァルキリーと連携を取って行動を始めなさい。
私達もこれから街へ向かうから、ついたら合流しましょう』
「はーい。お気をつけて」
『今気をつけるのは貴女達の方でしょう?そこは既に戦場よ』
「はい!ではこれから行動を開始します。ではまた後ほど!」
「お話〜終わりました〜?」
いきなり背後から声をかけられ、ビクリと身を竦める二人。次いで弾かれたように振り返って距離をとる。
「あらら〜驚かせちゃいましたか〜。失礼しました〜」
「ゆ、尹さん?」
そこにいたのは長い黒髪を大きな三つ編みにし、後ろで垂らした小柄な女性──尹 明華が立っていた。
(エリはともかく、警戒していた私にすら気取られることもなく背後に立つとは……。
流石はヴァルキリー、恐るべき集団ですね……)
頬に一筋の冷や汗を流しながら、メイは目の前の女性を見ていた。
「余り時間がないので〜、ちゃっちゃと話しますよ〜。
現在、敵さんは東地区よりここ、ISS本部ビルのある中央区に向かって進行中です〜。
しかし〜予想していた戦力より少ないので〜、第二波、第三波が予想されます〜。
そこで〜我々ヴァルキリーは〜それぞれの地区に分散して〜市民の非難・迎撃に当たっています〜。
私は〜隊長が来るまでの代理として〜中央区を任されました〜。
ですので〜あなた達にも〜本部の警護もかねて〜手伝っていただきたいのです〜」
ちゃっちゃと、と言う割りに喋り方のせいでやけに時間のかかった説明が終わり、二人は理解したように頷く。
「我々はどのように動けばよろしいですか?」
メイが明華に尋ねる。彼女はう〜ん、と首を捻り暫し考えた後、こう告げた。
「そうですね〜、北地区方面はもうすぐ隊長とお嬢様達が到着するはずですので〜。
貴女達は〜西地区と南地区方面をお願いします〜」
「貴女はどうされるのですか?」
「私は〜東地区からここに繋がる大通りに向かいます〜。
敵さんが来るのは東からなので〜そこが一番重要なんです〜」
説明を聞くや否やメイとエリは頷いて、それぞれ西と南へ走っていった。
【尹 明華・メイ・エリの三名が本部ビル周辺にて行動開始】
>>前スレ186-187
ピピッ、と電子音と共に装着したゴーグルに明滅する赤丸が表示されたのを確認して、
茶髪のロン毛男は──もとい、鬼怒 輝明は「プッ」と咥えていたタバコを吐き出した。
「ご苦労さん。約束の金は今日中に振り込んでおいてやる」
「は、はい! ありがとうござ──」
全てを聞かずして携帯の通話を切った鬼怒は、「聞いたな?」とその首を背後に振り向けた。
「聞いた聞いた。命綱に発信機を仕込ませるたぁ考えたじゃないっスかァ」
「でも大胆じゃねーの。同胞をその手にかけておいて何食わぬ顔で現われるなんてよ」
「何言ってんだよ。犯罪者というのは狡猾で、時に大胆なものだろうが」
「でも、大胆って言えば、この俺達の武装も大胆だぜ? 何せ“押収品”を勝手に使ってんだからよ」
自分達の体を見やる白衣の男達の顔は総じてニヤケている。
それは期待感からくるものか、それとも背徳感くるものなのか。
いずれにしても、と──新しいタバコを咥えた鬼怒は、「フン」と鼻を鳴らして火を点した。
「あぁん? 不満があるってか?」
それに対し、部下の一人は更に口元を歪めて、手にした仰々しい形の黒いライフルをジャキッ、と鳴らした。
「まさか。この“邪気集束銃”に、白衣の下に仕込んだ“邪気拡散防護服”、そして“多目的ゴーグル”──
不満なんかあるはずもねぇ。けどよ、こいつがバレた時、一体どうやって言い訳する気かとね?
それにセンター長よぉ、俺には一つ解せねぇことがある。任務は裏切り者の処分つったろ?
にしてはよぉー……なんで名ばかりのスイーパーみてーな俺ら医療センターの人間が指名されたんだ?
治安維持部門なり何なり、もー少し適当な奴らがいただろうによぉー?」
男の疑問はもっともなものであった。
そもそも鬼怒は今回の任務の件、彼が半ば強引に引き受けたことを全く説明していなかったのだから。
説明したのは「同じセンターに所属する部下がスイーパーに殺害された」という詳細を省いた事実のみ。
確かに部下からすればISSの決定は疑問だらけであろう。
「それに俺、ちょこっと聞いたんスけど……今回の任務、センター長はここに居る俺達以外には話してないそうじゃないスか?
センター長なら一声でもっと多くの人間を動かせるはずでしょ? どうしてそうしなかったんスか?
……センター長、これってもしかして、輝光さんに関係あることなんじゃないスか?」
言うもう一人の男に、鬼怒は「ふぅー」と平然とした顔で煙をふかすと、冷たい瞳でジッと彼を見据えた。
「……弟(あのバカ)がなんだって?」
「い、いえ……。でもセンター長……俺らに隠し事は無しにして下さい。これでも俺ら、十年来の付き合いじゃないッスか!」
その一声は、その場に居る全員の部下達の口を一斉に開かせた。
「そうですよ! 俺ら、ずっと苦楽を共にしてきた間柄じゃないですか!」
「もっと俺らのこと信じて下さい。輝明さんだって多少なりともそう思ってるから俺らにだけ声をかけてくれたんでしょ?」
「俺ら力になりたいんです! 例え誰が相手だって、輝明さんの命令一つでこの命、喜んで投げ出しまっさぁ!」
「センター長! 何があったんですか!?」
問い詰めてくる部下達に、しばしあっけらかんとしていた鬼怒だったが、
彼はやがて「ククク」と不気味に笑い出すと、直ぐに神妙な顔付きとなって静かに答えた。
「……ありがとよ、おめーら。……けどよ、話すわけにはいかねーんだよ。
おめーらまでつまらねー感情に囚われて医者としてのプロ意識をなくすこたぁーねぇからな……。
……いいか! おめーらはこの件について一切何も知らされず、俺の命令に黙って従っただけだ!
今後、ISSのお偉方に何を聞かれようが問われようが、それだけを言え! 遠慮なくなぁ!」
黙って互いに顔を見合わせる部下達に、最後、鬼怒は声を張り上げた。
「……返事が聞こえねーぞ!! 返事はどォーしたァーッ!!?」
「「「「は、はいっ!!」」」」
ビシッと、背筋を伸ばして叫ぶ部下達にニィッと笑い、鬼怒は前を向き直った。
そして、「行くぞぉー!」と一言残し、先頭を切って用意された装甲車に乗り込んでいった。
後に続く部下達はもう何も訊こうとはしなかったが、この時点で既に、あらかた事情は察していた。
──あぁ、弟・輝光に何があったのだ。そして彼は、その復讐の為に立場を捨てて立ち上がったのだ、と──。
御影家。そこで異変が起きたのは、調度、御影 篠が地下へと足を向けた時のことであった。
キキィイイイイイ──ギャギャギャギャッ!!
一台の装甲車が凄まじい勢いで道路を疾走してきたかと思えば、屋敷の門を目指して一目散に向かってきたのだ。
「そこの車! 止まりなさい!」
門番の一人がスピーカーを手に制止を呼びかけるも車は聞かず。
とうとう時速100kmはありそうなスピードで門に激突──とてつもない轟音をあげて辺りのものを蹴散らした。
「いたたたた……何なんですか、も──」
衝撃で地面に倒れたメイドの一人が文句を言いながら立ち上がろうとしたその時──
ふとこめかみ部分から伝わったひんやりした鉄の感触が、思わず彼女の身を縮込ませていた。
「よォ、姉ちゃん。ちょっと質問に答えてもらおうかぁ?」
「し……質問?」
メイドは恐る恐る目だけを感触が伝わる左に向ける。
そこにはタバコを咥えた茶髪ロングの男が、医者か研究者を思わせるような白衣を纏いながらも、
その手には銀色の拳銃というまるでその姿には似つかわしくない凶器をもって彼女を狂気の瞳で睨みつけていた。
「あぁ……ここに殺人者が来てるはずだが知らねーかい? 名は獅子堂と二神ってんだがよぉー」
獅子堂と二神。それを聞いて彼の目的が篠の客としてきたあの二人であることに気が付いた彼女は、
一転してその目つきを気丈なものへと変えて言い放った。
「……人に物を訊ねるならその物騒な物を仕舞ってからにしたらどうですか?
第一、他人の家の門を壊しておいて、こうして脅迫紛いのことをするなんて常識外れも──」
だが、それは彼女がこの世に残した最後の言葉となった。
ドン──という音と共に、銀色の銃口から“黄色い光弾”が飛び出し、彼女の頭蓋を木端微塵に吹き飛ばしたのだ。
彼女の言ったことは正論だった。しかし、それは相手とて承知の上でやった狂気の行いなのである。
故に最初から聞く耳など持っているはずがない。
常識外れ
「教えてやるぜ? てめーらがかくまってる野郎どもはなぁ、てめーの言う人殺しをやってのけてんだよ。
……お門違いの説教垂れる余裕があんなら素直に質問に答えろや、ボケ」
冷たい殺戮者の目つきで物言わぬ遺体を見下ろす鬼怒のもとに、
転倒した装甲車からやっとこ飛び出してきた部下達が駆け寄る。
「き、鬼怒さん! よ、よろしいんですか!?」
「言ったろ。ここには犯罪者がいるってな。かくまってる奴等も同罪だろーが」
「い、いえ、そうじゃなくて……」
「ああん?」
鬼怒は面倒臭そうに顔を向ける。部下の一人は、青ざめた顔で手にした端末の画面を見せ付けた。
「見てください、市内の地図ですが……。ここ……御影家って……御影ってまさか……」
しばし、画面をまじまじと見つめていた鬼怒は、やがて「ククク」と笑い出して屋敷を見据えた。
「こいつぁ想像以上な大捕り物になりそうだぜ」
「ど、どうします!? こいつぁヤバイっスよ! 俺達だけじゃ……」
ざわざわと部下達に動揺が走るのを見て、鬼怒は空に向かってズドンと一発、一喝代わりに銃を鳴らした。
「怖気づいんてじゃねーぞ! 御影だかなんだか知らねーが人殺し野郎に加担してる奴ぁ全員犯罪者だ!
法の前には何人も平等だってなぁー!!」
ドン──銃声と共に門番であったもう一人のメイドの脳天が撃ち抜かれ、脳みそが爆裂する。
「……いいか、さっきも言ったがおめーらは俺の命令に従っただけだ。……やれ。歯向かう奴は全員ぶっ殺せ!
後でてめーらに責任を及ぼすような連中がいたらこの俺が何とかしてやっからよォー!!」
ドン、ドン、ドン──部下達は屋敷に向けて銃を乱射する鬼怒を唖然と見つめていたが、
やがてその内の一人が手にしたライフルを騒ぎを聞きつけて屋敷から出てくるメイドの集団に向けると、
未だ唖然と立ち尽くす残りの部下達に対し声を張り上げた。
「な、何ボサッとしてんだ! 敵だ! あれは“敵”だ!!」
「だ、だけどよ──」
「バカ野郎! 俺達は輝明さんを信じてついてきたんだろーが! この人のやることに間違いはねぇ!
撃て! 撃ちまくれ!! 犯罪者は皆殺しだッ!!」
「ち──ちくしょおおおおおお!!」
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
けたたましい銃音と共に銃口から飛び出す無数の破壊光弾。
それは瞬く間に辺りを破壊の色で染め上げ、美しい屋敷の庭園を地獄さながらの光景へと変えていった。
一方その頃、鬼怒らが発砲する様子を遥か遠くの廃ビルから“肉眼”で眺めていた者達がいた。
「派手にやってるじゃん? 医者っていうからもっと慈悲深いかと思ったけど、意外と情け容赦ないね」
位置的に屋敷から一番近い、粉々に割れた小さな嵌め殺しの窓から闘いの様子を観察している
髪の色を赤く染めたオールバックの長髪男が、「フッ」と鼻を鳴らしながらニヤリと笑った。
「別にそんなもん珍しくないでしょ。民族対立が根深い地域じゃ、対立民族に対し神父が機関銃をぶっ放すんだから」
と、その傍らですました顔をしているのは、金髪でサイドをドリルのような縦ロールに決めた女性。
胸に自信があるのかそれとも多めの露出が趣味なだけか、大きく開かれた胸元に太陽光が当たり、
ただでさえ大きな胸があたかも輝いているように見え、より一層目立つようになっている。
そんな胸が不意にブニュッと鷲掴みにされたのは次の瞬間だった。
「──ふにゃ! ゆりりんも見たいのだー!」
胸を掴み、金髪の足元でバッタようにぴょんぴょん飛び跳ねるのは、水色の髪の毛を盛大に外はねにした小さな少女だった。
正に童顔といえるその顔を見れば幼女と呼ぶほうが似つかわしいかもしれない。
しかし、彼女も他二人の服と全く同じ色の“赤い装束”を着込んでいることから、年齢的には恐らく少女なのだろう。
では、服の色だけで何故そう判断できるのか?
答えは簡単である。現行法ではスイーパーは12歳以上でないとなれない。
つまり“スイーパーからメンバーを選りすぐるレッドフォースの隊員も当然12歳以上”なのである。
「ずるい、ずるいー! 二人ばっか楽しんでー! ゆりりんも見たいー!」
「あーもー、騒がないの。ほらほら、高いたかーい」
と、呆れた顔で金髪が少女の胴体を持ち上げ、窓の傍へ顔を持ってゆく。
少女は丸い目をぱちくりさせると、やがて「おおー!」と初めて見たアトラクションに感動する子供のように声をあげた。
「ねぇねぇ! どーしてアチシ達も行かないのー? あんな楽しそうな場所が目の前にあるのに、どーしてー?」
「──痛ててて! 髪の毛を引っ張るな『百合真(ゆりま)』!」
隣の赤毛が苦痛の声をあげるが、百合真と呼ばれた童顔少女は聞いていないのか更に髪の毛を引っ張った。
「ねーねーどーしてー?」
「バカ抜ける! おい!」
そのやり取りを今まで部屋の最も奥で静観していた黒髪ホウキ頭──
もとい、爆動 塵一は、開口一番──「それは隊長の意思だ」と、静かな声で言った。
「初めから説明すれば、要するに隊長としては俺らを公に動かす理由が欲しかったんだよ。
いくら俺らが独立部隊っつっても、普段以上にスイーパーがうろつくこの街の中をこそこそ動き回ってりゃ
誰かがそれに気付いてこの一連の事件に俺らが関わってるんじゃねぇかと思うかもしれねぇ。
そうなると面倒だろ? だから不自然にならねーようわざわざ幹部連からお墨付きを貰ったってわけだ」
「……だからさー、どーして直ぐにアチシ達で殺っちゃわないの? 許可下りたんでしょー?」
「まぁ、あの程度の雑魚、医者どもや秋雨達に任せればいいとそう思ってんのかもしれねーが……」
「? しれねーが?」
目を丸くして続きを問う少女に、今度は髪の毛を引っ張られていた赤毛が答えた。
「俺らにはもう一つ他の仕事ができるかもしれないからだよ。今はその為の待機なんだ」
「? 別の仕事?」
「そう。……ってか、さっき隊長代理が言ってたじゃん、聞いてなかったのかよ?」
「うん、なんだっけ?」
「──痛ててててて! マジ抜ける! 引っ張るなー!」
二人のやり取りを見ながら「ふぅ」と溜息をついた爆動は、目を別の方角に流した。
(……さて)
その方角こそ、会議を終えた隊長代理カイ・エクスナーが真っ先に向かって行った方向であった。
>>前スレ185
──街のとある廃ビル。
今そこには、争乱の第二幕を主導している張本人・秋雨 流辿の姿が、同胞であるチィシャ猫と共に在った。
だが、彼は直ぐに気がつくことになる。その部屋には他にもう一人がいたことを。
「──やぁ、作戦が成功してよかったね。ご機嫌のようで何よりだよ」
背後からの声。流辿達はすぐさまその方向に目を向け、やがて意味深に目を細めた。
そこには室内の暗がりに身を潜めながら、壁に腕を組んで背を預ける小柄な男が一人、立っていた。
「エンジェルはやられたけど、それは想定内。君たちは予定通り事を起こした。うん、順調だよね。
……けどね、ちょっと気になる事があってね。今日はそれを確かめに来たんだよ」
【鬼怒率いる武装グループが御影家を急襲。門を破壊して押収品の武器で二人のメイドを殺害する。
一方、廃ビルではカイ・エクスナーが流辿の前に現れる】
前スレ
>>187 >>3 >>7 「ええ、そうなの。実は──」
やはり、と獅子堂は苦虫を10匹も噛み潰した様な顔をする。そもそも慌てた人間が朗報を携えて来ること等そうそう無い。
そして御影の部下からの通信―――遂に秋雨一派が動き出したことを告げるものだった。
報告によると敵勢力は多数にして詳細不明。だが直感が告げていた、その進撃の矢面には高槍がいるに違いないと。
「俺は行く。かつての相棒として…“双魔”の片割れだった『銀の魔槍』を止めるのは俺の役目―――」
「待ちなさい」
「―――あぁん?」
1秒でも早く現場に行こうとする足を止めたのは御影の声。苛立ちを隠す事も無く獅子堂は御影を睨む。
「慌てても仕方ないわ。さっき聞いた通り、今は市民の避難誘導が最優先。 あなた一人が加わったところで状況がそう大きく変わることもない。
それに話をすると言ったでしょう? 行くのはそれからでも遅くないわ」
(…一理ある…俺1人で止められる勢力ではないかもしれん…ああ、くそっ…Fuck…)
「ごめんなさいね。あなたの気持ちも分からなくはないけれど……今はこっちの方を優先しておきたいの。取り敢えず一旦屋敷に入って──」
「…獅子堂がここに居ると聞いた、んだが…」
屋敷に入り掛ける皆の足を止めたのは聞き覚えのある声―――二神だった。
「な、何ですかあなたは!現在当屋敷は立ち入り禁止です!どうかお引取りを──」
「やめなさい。彼が二神君よ」
「…そうそう、俺の友人(ダチ)に無礼な態度取ったら許さんぞ?」
冷ややかな眼差しを送ると、二神を追い出そうとしたメイドは文字通り凍り付くように固まった。
「…邪気が増えている…どうやったんだ?」
「…申し訳ないが企業秘密だ。いや…企業じゃないな…とにかく秘密だ。お前も体験するなら、秘密の共有になるが…」
ふっふっふ、と悪の親玉の様に苦笑いする獅子堂。
「役者は揃ったのかな?…とりあえず御影の言う事を聞いてからだ」
「さて……何から話せばいいかしら」
藍が淹れた紅茶の香りに満たされる部屋。それは次に展開される凄惨な光景を少しでも和らげようとする御影の配慮だったのか。
「そうね……まずはこれを見て頂戴」
ビジョンに映し出されたのは崩壊したツタの館―――いや、重要なのはそれではない。
肉片、血痕、恐怖にひきつった断末魔の顔、顔、顔―――その中にあったのは―――
「―――鬼怒…? 何が…何があった!?」
救い難く粗暴で不器用で、たまに互いに顔を合わせれば軽口が絶えなかった。だが確たる信頼があった友の死。
誰がやった? どうしてアイツを? 言い表せぬ怒りと悲しみを秘めて、獅子堂は拳を握りしめた。
「酷い事件だけど、本題はここからなの。これは今のところ私の推測だけど ──あなた達二人に、五人の殺害容疑がかかっているかも知れないの」
ビキッ、と陶器が砕ける音が部屋に響く。友を殺され、しかもその容疑が自分に掛かっているだと?
怒りのままに獅子堂は掌に収めたカップを、誇張なく瞬時に粉砕して砂と化し、ビジョンに叩き付けた。
「ふざけるな!!」
「私に当たらないで頂戴。いい?今から説明するからよく聞いて。 さっきの写真を見て分かる通り、犯人の姿は確認できなかったわ。
そうなると当然、容疑者に上がるのは犯行時刻にアリバイがない者──それも、現場にいたとなれば尚更だわ。
つまり、医療班到着の時点であの場所にいたあなた達が一番怪しいのよ。
犯行時間は医療班到着から警備班到着までの十分間。 獅子堂君は藍達が連れて来たからアリバイを証明することは出来るわ──向こうが信じるかは別だけどね。
でも二神君はそうもいかない。何せここに来るまで単独行動みたいだったからね。
それに恐らく幹部連中──特に鬼怒 輝明は血眼になってあなた達を探し出し、何としてでも殺しに来るでしょうね。
そうなった人間には何を言っても言い訳にしか聞こえないわ」
「……これほどの怒りを覚えたのは何年振りか…」
手の甲に、額に、青筋を立てたまま獅子堂は卓上の砂糖入れの容器を叩き割り、角砂糖を両手一杯に掴み取った。
そのまま白い立方体を口に1個1個放り込んでは、ガリガリと噛み砕く。
その様子を御影、二神、藍が―――中でも藍はおびえた様子で―――見守る。
「まぁ、結局何が言いたいのかと言うと、今からどこへ行くにも気をつけなさいって事。
これから会う人間、全て疑ってかかった方がいいわ。それが例えISSの人間でも──いえ、寧ろISSの人間だからこそ、ね。
私の方でも出来るだけサポートはするわ。でも一番いいのは二人一緒に行動することね。
本来今みたいな状況ならあなた達位の能力者が二人固まっていることは余りいいことじゃないけど……。
緊急時だし、そうも言ってられないわね」
御影は溜息をついて部屋を見渡す。
「はい、取り敢えず話はこれでお終い。各自準備が整い次第街へ向かいましょ。
二神君、何か必要なものがあれば遠慮なく言ってね? 用意させるから」
「…心配なのはこの屋敷の連中だ。鬼怒 輝明は激情家として有名でな。万が一にもここに踏み込んで来たら何をするか分からん」
御影が去った部屋で二神に言い聞かせるように、あるいは独り言の様に呟く。
「最悪、一戦交えることに―――?」
屋敷の門を通して街を眺める視界に飛び込んできたのは1台の装甲車。門に向かって一直線、それも止まる気配はない。
次の瞬間、轟音と地響きに屋敷がつつまれた。メイド達の悲鳴が聞こえてくる。
「―――噂をすれば何とやら、ちょっくら黙らしてこようかね」
助走で勢いをつけて窓を突き破り、獅子堂は庭へと身を躍らせた。
庭園ではメイドの一団と鬼怒の率いる部隊が、今まさに血で血を洗う戦いを繰り広げんとしている。
「バカ野郎! 俺達は輝明さんを信じてついてきたんだろーが! この人のやることに間違いはねぇ!
撃て! 撃ちまくれ!! 犯罪者は皆殺しだッ!!」
「ち──ちくしょおおおおおお!!」
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
怒声と共にライフル弾が飛び交う。次の瞬間には互いのメンバーが血煙を上げて倒れ伏すはずだったが―――
「“まず疑って掛かり、納得しても心から信じるな”―――哲学の基本だ」
双方の弾丸を止めたのは何十もの青白い六角形の光壁。そして鬼怒の前に獅子堂が降り立つ。
刹那、獅子堂の右ストレートが鬼怒の腹をえぐり、優に5メートル吹き飛ばした。
「おおお!?」
「部下の教育が成ってないな? 上のやることに間違いは無いだと? そういう題目で人類はどれだけ間違ってきた?
こんなだからISSから離反者が出て、挙句に宣戦布告してきたんだとは思わなかったか? ええ?」
「…ぐっ…手前ぇ…手前があああああああ!!」
起き上がった鬼怒が邪気集束銃を乱射しながら突進してくる。獅子堂は光弾を『シールド・フォース』でことごとく弾き返す。
「らああああぁぁぁ!!!」
「―――はあっ!!」
真正面から打ち込まれた鉄拳を獅子堂は事も無げに左手で受け切った。
「俺は輝光を殺しちゃいない」
「黙れぇぇえええ!!」
超至近距離からの収束銃の連射。だがそれは、獅子堂の背中から出現した紫色の透明な人型の拳によって霧散した。
「なっ…!?」
「…“逢魔”…どうやって出てきた?」
『くははっ、肉体を得られないんでなぁ…お前の『降魔蒼纏』を研究してみたわけだ。“気(オーラ)”の塊で疑似的なカラダを造り…
こうして顕現することが可能になったのさ! 喜べ、『闇墜』なんぞとは次元の違う邪気眼の可能性だ。俺達だけのな!』
「ああ、そう」
「っつ!」
闇の人格たる“逢魔”と言葉を交わしながらも、獅子堂は鬼怒の隙を逃さなかった。
いつの間にか具現化した『銃剣』で邪気収束銃をバラバラに分解し、“逢魔”の拳が鬼怒の顔面をクリーンヒット。
「がは!」
再び鬼怒は吹き飛ばされて塀に体を陥没させ、ガラガラと崩れる煉瓦に身を埋もれさせた。
「アンタの怒りはごもっとも、俺もかつて家族を奪われた…怒りを受け止めてやってもいい。
だがな! 無実の罪で殺されてやるわけにはいかんぜ!」
【獅子堂 弥陸:鬼怒 輝明の部隊を迎撃。“逢魔”と共に邪気眼の新たな可能性を発現。
鬼怒を圧倒する】
>>8>>12 ビー、ビー、ビー──
篠が降りてすぐに、屋敷中にけたたましい警報が響いた。
耳を澄ますと、玄関の外──恐らく門の付近で銃声がする。
「誰か来たみたいね。予想より早いお出ましだわ」
呟いて、すぐさまアイリーンに連絡する。
「アイリーン。今何処?」
『三階のお嬢様のお部屋から出てすぐの廊下です』
「庭の状況は見える?」
『はい。何者かが装甲車にて門を突破。門番に当たっていたメイド二人を殺害。
現在窓から飛び出していかれた獅子堂殿と戦闘中です』
「……連中の格好や特徴は?」
『リーダー格と思われる男は白衣姿。長髪で茶色に染めています。
一緒にいる男達は……どうも余り戦闘向きとはいえないようですね。銃の扱いにも慣れていない様子です』
「そう、有難う。襲撃者は恐らく鬼怒 輝明。先の映像の被害者である鬼怒 輝光の兄よ。
アイリーン、貴女も出なさい。くれぐれも一人も殺さないように。
屋敷に攻めてきた連中を客人に任せるなんて、御影家当主として恥でしかないわ」
『はっ。仰せのままに』
通信を切った後、篠は研究室に到着していた。
(襲撃者は間違いなく鬼怒 輝明。にしても早すぎるわ)
ガチャリと扉を開けて中に入る。中でコンソールに向かっていた何人かが振り返った。
「お嬢様。どうされました?今は敵襲中では?」
ツナギに手袋、頭にゴーグルといった見事なまでに技術屋の格好をした女性が歩いてくる。
「アイーシャ。だからこそここに来たのよ。折角だしアレ、試してみましょう?」
「アレですか。確かにいい機会かもしれませんね」
アイーシャと呼ばれた女性はニヤリと笑い、篠の提案に賛成の意を見せた。
「しかしお嬢様は行かれなくてよろしいので?」
「私が出るまでもないわ。アイリーンが行っているもの。
相手は戦闘に関しては素人に近い集団よ。アイリーンなら負ける要素がないわ」
「なるほど。それなら納得です」
「じゃ、お願いね。ここがただの邸宅ではないところを見せてやりなさい」
「聞こえたかいお前らァ!?ようやく出番だァ!」
『よっしゃー!』
女性とは思えない掛け声と共に、研究班の女性達は活き活きと動き始めた──。
主から出撃の許可が下りたアイリーンは、改めて戦場である庭に目を向けた。
(敵は少数。しかしながら見たこともない武器、防具を所持している。
戦闘に不慣れとは言え油断は禁物か……)
少し思案した後、獅子堂が出て行った窓から外に飛び出していった。
アイリーンが獅子堂の横に着地したのは、獅子堂が鬼怒を二度目に吹き飛ばした直後だった。
「客人に敵の排除を任せたとあってはお嬢様の、延いては当家の恥」
一度目を伏せてから横にいる獅子堂に目を向ける。
「故に、お嬢様の顔を立ててここは任せてもらえないだろうか」
一歩前に踏み出し鬼怒たちに相対した。
「さて、ここが何処か知っていて攻めてきたのならその度胸だけは褒めてやろう。
だが──噛み付く相手を間違えた犬は躾けられて当然だ。そうだろう?」
スッと目を細め、殺気と怒気を合わせたような気配を出し、周りにいる男達を一瞥する。
「ヒッ……」
その気配に気圧された男達は一歩後退るが、自らを奮い立たせるように一歩踏み出す。
「お、俺達はあの人に着いて行くと決めたんだ!何言われようが引き下がれねぇぜ!」
「そうか。では仕方ないな。ならば──」
抑揚のない声でポツリと呟く。次の瞬間──アイリーンは一人の男の真横に立っていた。
「なっ──」
その続きは発せられることはなく、延髄に手刀を叩き込まれた男は昏倒した。
「全員この男と同じ末路を辿ってもらうことになる。覚悟はいいな?」
ギロリと男達を睨みつけ、静かに言い放った。
「おいおい、その中には俺も含まれてるってのかァ?」
ガラガラと瓦礫を押しのけ、鬼怒が起き上がる。
(あれだけの攻撃を受けてたいした外傷は見受けられない。やはり特殊な防具を身につけているようだな)
「無論だ。と言うより貴方は気絶だけで済ませるつもりはない。
メイドの殺害、屋敷の損壊……何より首謀者として相応の責任を取ってもらう」
アイリーンはその場から動かず視線だけを鬼怒に向ける。
「ハッ!殺人者を匿っておいてその言い草かよ。人の事言えんのか?あァ?」
鬼怒は隠すこともなく殺気をぶつけてくる。アイリーンは溜め息を吐いて言葉を返した。
「貴方は彼等が貴方の弟を殺した瞬間をその目で見たのか?」
「うるせェ!幹部連中だって雁首揃えてそいつらが怪しいって言ってんだよォ!
実際現場にいたのはそいつらだけだしなぁ!疑うのは当然だろう!?」
「誰も疑うなとは言っていない。まずは事実確認が先だと言っているんだ。
全く、こんな男がよく幹部など勤まるものだ……。視野が狭すぎる」
ヤレヤレ、と言いたげに首を横に振る。
「人の上に立つと言うことは、常に冷静な判断で状況を見なければならないのだ。
例えそれが肉親の死であっても、私情だけで動いていいのは組織に属さない人間だけだ」
「黙れェ!テメェらも同罪だろォがよォ!」
「ふむ。最早話にならないな。では先程言った通り、責任を取ってもらおう。
なに、安心するといい。お嬢様の命令で殺すことはしない」
アイリーンの言葉に鬼怒は更に怒りを露にする。
「ふ、ふざけやがってェ……!」
「大事な情報源だからな。手足の一本や二本は折れていても喋れるなら問題ない。
どれ、素人とプロの差を教えてやろう。これは──外す必要はないな」
一度アイパッチに手をかけて外そうとし、しかし外さずに手を下ろした。
「さぁ、この屋敷に手を出したことを後悔させてやろう」
アイリーンが不適に笑ったのと姿を消したのはほぼ同時の出来事だった──。
【御影 篠:地下研究室にて何かを起動する準備を始める
アイリーン:鬼怒達の前に現れ、部下の一人を気絶させる】
>>11-14 「!? ──ごはぁっ!!」
鬼怒が地面を跳ねたのは、アイリーンが姿を消してからほぼコンマ一秒後のことだった。
頬に走るのは激痛──しかし、鬼怒は一体何をされたのか理解できなかった。
文字通りの刹那の攻撃。自身の反応速度を遥かに上回るスピード。頭の処理が追いつかないのだ。
「うっ……ぐほっ、がぁっ……!!」
ゴムボールのように地面を跳ねて地に沈んだ鬼怒が口から鼻から血を流しながら尚も片膝をついて立ち上がる。
しかし、歴然とした実力の差はもはや如何ともしがたく、鬼怒の一挙一動は既に死にかけの虫のように弱々しかった。
「いィイイ痛ェえええ……っ! いイぃっ、今のは効いたぜぇぇえエエエ〜〜……奥歯が二本も折れちまったぁぁあ〜〜」
「き……鬼怒サン!」
口からダラダラと血を流す鬼怒のもとに部下達が駆け寄る。
「鬼怒さん、も、もうこれ以上は……」
「そうッスよ……や、やっぱ無茶だったんだ!」
「……あぁ?」
と、ドスをきかせた声を発する鬼怒の額には、無数の血管が浮かんでいる。
二人はそれを見て思わず後ずさったが、三人目の部下はそれでも怯まなかった。
「このままじゃ鬼怒さんのお体が……!」
「体……だと……?」
「あいつらは殺しはしないと言ってますが、死にはしなくても死人同然のお体にでもなったら……
もし鬼怒さんがそうなったらそれこそ輝光さんがどう思うか……」
「……」
しばし、鬼怒は穏やかな目をして押し黙った。
自分よりも彼を思いやる部下の一言が彼の狂気を止めるのか。そう思われた。
「……ヒッ、ヒヒヒヒヒ」
しかし、それから開口一番に飛び出した鬼怒の声は、これまで以上の尋常では無い狂気に彩られていた。
「ヒハハハハハハハハハハハハハ!!」
「!? き……鬼怒……さん?」
「殺しはしない、か! そいつぁありがてぇぜ!
情けをかけるその甘さが命取りになるってことを、その身をもって教えてやれるからよォオオオオッ!!」
「なっ……何を……────!!?」
刹那、部下は異変に気がついた。
目が、霞む──そして目から涙が……いや、真っ赤な血が涙のように止め処なく流れ出てきたではないか。
しかも、鬼怒を除いたその場にいる全員から一斉に、である。
「とうとう“発症”したか。どうだ、痛くねぇだろ? けど、かといって安心するのは早ぇぜ?
その内、鼻や耳や口から、体中のあらゆる穴から血が噴き出し、想像を絶する痛みが体内を駆け巡る。
そんでおよそ“三分後”には全身のあらゆる臓器を破壊され確実に死に至る。
これが俺の邪気眼、『病毒眼(びょうどくがん)』の能力──!
ククク、俺が何の力もねぇ無能力者とでも思ったか? ──バカが、何もかもが甘ェんだよォオオオオオ!!」
ヒュッ、と不意に鬼怒の手から小さな何かが空中に放たれる。
その正体が明らかとなったのは、正にそれが凄まじい光を発して炸裂した時であった。
──閃光弾──。
眩い閃光が辺りを包み、その場にいる全員の視力を一時的に奪い去った。
「──オラァアッ!!」
呻り声と共に強烈なボディーブローがアイリーンの鳩尾にぶち込まれる。
不意の目潰しと奇襲のコンボに、流石のアイリーンも苦しげな息を漏らす。
だが、鬼怒はそこに容赦なくフックを頬に叩き込むと、更にすかさず腰から予備の拳銃を取り出し、
そのグリップ部を無防備な後頭部に打ち付けた。
「借りを返すぜ、このクソ女(アマ)がァ! 後悔すんのはテメェだったなボケがァアアアッ!!」
地面に倒れたアイリーンの頭を鬼怒の足がズンと踏みつける。
不覚──そう言いたげな彼女の目に、鬼怒は「ククク」と蔑むような目を返した。
「一つ言っとくぜ? 俺を殺そうだなんて思っても無駄だ。テメェらの体を蝕んでいるのは俺が作り出した殺人ウィルス。
ワクチンなんざ存在しねぇし、例え俺を殺してもウィルスは宿主を殺すまで活動し続ける。そういう能力なんでな。
つまり、一度感染させちまえば俺に敵う奴ァいねーのよォォオオオ〜〜〜〜ッ!!」
「うっ……がぁぁあ……! ……き、きど……さん、ぐはっ!」
地面に手をつき吐血を始めた部下をふと見やった鬼怒は、途端に神妙な顔付きで火を点したタバコを咥えた。
「……だが、ウイルスを消滅させる手が一つもないわけじゃねェ。
これは俺の能力。故に、俺が自らの意思で能力を解除すればウイルスは跡形も無く消え去る。
この能力は無差別に発動するってのが欠点でな。
見ての通り、このままじゃテメェらを始末できても俺の部下まで殺すことになっちまう。そこで、だ……」
視線がアイリーンから獅子堂に移った時、鬼怒の表情はうそ寒い、冷酷なものへと変わっていた。
「ここで取引と行こうじゃねーか。テメーの命と引き換えにならこの女の命は部下達と共に助けてやるぜ?
わかるか? この女の命を救いたければ今すぐ自分で自分の首を切り落とせや。
それが嫌なら精々残り三分の命を楽しめ。そしてなす術なくこの女を地獄の道連れにするがいいぜ。
何なら俺も道連れにしてみるか? ククク、いいぜ。テメェをぶっ殺せるならもう構わねェとも思ってるからよォ。
……さぁ、ゆっくり考えてる時間はねーぜ? なんせ三分しかねーんだからなァ!
自己犠牲か道連れか、正義の味方はどっちを選ぶぅ!? 聞かせてくれよォオオオ!!」
【鬼怒 輝明:能力発動。アイリーンと獅子堂を殺人ウイルスに感染させ、取引を持ちかける】
〜医療班〜
「さて、ではこの元シスター達の『自雷眼』の摘出手術をしてもらいたい。失敗は許されないぞ」
秘社が、医療班に命令をする
「了解です、社長。この黒衣の廃病院(ブラックジャック)、黒崎 療治(くろさき りょうじ)が必ず成功させてみせましょう」
と、医療班の一人、黒崎 療治が言う
「お前だけではない…。これは私達医療班全員への命令だ…」
赤衣の給血鬼(ブラッドクリエイト)赤江 献次(あかえ けんじ)が黒崎をたしなめる
「うふふふふふふ…相変わらず可愛いわぁ治尋…。ねぇ、この後…」
「お、お止め下さい百合花様…! 目が怖いです!」
体をうねらせ、薬師寺 百合花(やくしじ ゆりか)が治尋に絡み付いている。薬師寺は、『大罪七人蜂』の一人、『色欲』担当である
「うふふふふ…照れちゃって、可愛い…」
「ちょ、ちょっと、本当にやめてくださいって! 流石の私も怒りますよ! ガンジーも助走つけて殴るレベルですよ!」
「あらあら、そんなこと言って…。口では嫌がってても、体の方は正…」
「『堕天使のカルテ(カルテットカルテ)』…“鉄欠乏性貧血”」
「き…………?」
突如、百合花の顔色が白っぽくなり、ふらついたかと思うと、その場に倒れてしまった
「全く、どさくさに紛れて私の体内に媚薬を注入しようとするなんて…油断も隙もありませんね」
これが、『白衣の堕天使』白衣治尋の“対象を発病させる”能力である…もっとも、この能力は彼女の邪気眼の能力の一部に過ぎないのだが
「…では。私は仕事に戻る。健闘を祈るぞ」
秘社が医務室から退出した
「…………よし。では始めようか。手術を開始します」
と、真面目な表情になった療治が言い
「「「「了解」」」」
今回の手術を担当する医療班が口を揃えてそう言った
【医療班:元廃天使の『自雷眼』摘出手術を開始】
>>13 >>15 「客人に敵の排除を任せたとあってはお嬢様の、延いては当家の恥。故に、お嬢様の顔を立ててここは任せてもらえないだろうか」
突然、真横に現れた凛々しい女。言動から察するに御影の部下だろう。
「…お言葉に甘えるかな。じゃあ後は頼むよ、レディ―――」
「―――アイリーンだ」
「綺麗な名前だな。まあ、任せた―――“逢魔”、いったん消えろ」
『あ? 何だ突然に、もう少し楽しませろよ』
「貴様が出てるだけでエネルギー食うんだよ。暴れたいなら機会を待て…そん時は体を貸してやる」
『くはっ。言ったな? 前言撤回は無しだぜ? まあ、あの美人の顔を立ててやるか…じゃあな』
紫色の人型は獅子堂の握る銃の中に入り込み、銃身を微かに輝かせた。
(何となくだが、体が怠いな―――おっ?)
自分の1歩手前にいたはずのアイリーンの姿が消え、次の瞬間に鬼怒の部下の真横に。
そして手刀の一撃で、悲鳴も発せさせずに昏倒させたではないか。相当な手練れであることが容易に見て取れる。
(…静かで、速く、力強い…並のスイーパーより余程手強いねぇ…御影が味方で良かったよ)
「おいおい、その中には俺も含まれてるってのかァ?」
アイリーンが鬼怒の一団の無力化を宣言した直後に、ガラガラと瓦礫を払いながら鬼怒が起き上がった。
先程の獅子堂の一撃も、大したダメージを与えてはいない―――怒りのままに飛び込んできたにせよ、それなりの装備はしてきたのか。
「無論だ。と言うより貴方は気絶だけで済ませるつもりはない。 メイドの殺害、屋敷の損壊……何より首謀者として相応の責任を取ってもらう」
「ハッ!殺人者を匿っておいてその言い草かよ。人の事言えんのか?あァ?」
「貴方は彼等が貴方の弟を殺した瞬間をその目で見たのか?」
「うるせェ!幹部連中だって雁首揃えてそいつらが怪しいって言ってんだよォ!
実際現場にいたのはそいつらだけだしなぁ!疑うのは当然だろう!?」
「誰も疑うなとは言っていない。まずは事実確認が先だと言っているんだ。 全く、こんな男がよく幹部など勤まるものだ……。視野が狭すぎる」
アイリーンと応酬を繰り広げながらも、鬼怒は決して獅子堂を視界の外にやることは無かった。
いや、殺意に満ちた目は獅子堂を捉えて離さない。
肉親を失うことの悲しみ、増してやそれが何者かの手による暴力的な殺害となれば、残された者の怒りは計り知れない。
アイリーンに殆ど一方的に打ちのめされ、それでも怒りと狂気の笑い声を発して立ち上がる鬼怒の姿に、
獅子堂は過去の自分をいつの間にか投影していた―――そしてその光景が赤黒く曇る。
「っ!?」
両脚から力が抜け、獅子堂は膝をつく。立ち上がろうとするも地面についた手はいう事を聞かない。
「…これ…は…まさか!?」
鬼怒の部下たちが目から血を流しているではないか。そして自分も同様―――
「とうとう“発症”したか。どうだ、痛くねぇだろ? けど、かといって安心するのは早ぇぜ?
その内、鼻や耳や口から、体中のあらゆる穴から血が噴き出し、想像を絶する痛みが体内を駆け巡る。
そんでおよそ“三分後”には全身のあらゆる臓器を破壊され確実に死に至る。
これが俺の邪気眼、『病毒眼(びょうどくがん)』の能力──!
ククク、俺が何の力もねぇ無能力者とでも思ったか? ──バカが、何もかもが甘ェんだよォオオオオオ!!」
それからは完全に形勢が逆転した。圧倒的な速度を誇るハズのアイリーンが鬼怒になす術なく打ち倒された。
「一つ言っとくぜ? 俺を殺そうだなんて思っても無駄だ。テメェらの体を蝕んでいるのは俺が作り出した殺人ウィルス。
ワクチンなんざ存在しねぇし、例え俺を殺してもウィルスは宿主を殺すまで活動し続ける。そういう能力なんでな。
つまり、一度感染させちまえば俺に敵う奴ァいねーのよォォオオオ〜〜〜〜ッ!!」
「ここで取引と行こうじゃねーか。テメーの命と引き換えにならこの女の命は部下達と共に助けてやるぜ?
わかるか? この女の命を救いたければ今すぐ自分で自分の首を切り落とせや。
それが嫌なら精々残り三分の命を楽しめ。そしてなす術なくこの女を地獄の道連れにするがいいぜ。
何なら俺も道連れにしてみるか? ククク、いいぜ。テメェをぶっ殺せるならもう構わねェとも思ってるからよォ。
……さぁ、ゆっくり考えてる時間はねーぜ? なんせ三分しかねーんだからなァ!
自己犠牲か道連れか、正義の味方はどっちを選ぶぅ!? 聞かせてくれよォオオオ!!」
ありったけの憎悪と侮蔑を孕んだ視線が獅子堂に向けられる。
渾身―――少なくとも今の状態では―――の力を振り絞って獅子堂は立ち上がり、鬼怒の目を真っ向から見据えた。
「…くはっ…流石に首なし死体じゃ、そ、ぞうしぎ、も…様にならねえだろ?ゴホッゴホ…」
口から血を吐きながら獅子堂は答える。軽口を忘れないのは流石と言ったところだろうか。
「くはは…悪趣味だねえ? 殺しに来ておいて、じ、ぶん、で…死ね、か…まあいい…」
「“まあいい”か、思いのほか殊勝じゃねえかよおぉ! さっさと―――」
「―――拳銃使い…らし、く、死なせてくれよ…げふっ…」
そこまで言うと獅子堂は両手で銃を持ち、その銃身を口に咥え―――意を決してトリガーを引いた。
ガァン! と金属音が響くのと同時に獅子堂は後頭部から血を噴きだし、倒れ伏す。
―――撃ち出された弾丸は、神経系を傷つける事無く、頭蓋骨に到達。
そして脳と頭蓋骨の隙間を縫う弾道で動き、後頭部から排出された。
そう、軌道を自在に操る魔弾でもって、まさに命懸けの死の偽装を獅子堂はやってのけたのだ。
だが偽装と言っても大きなダメージの伴う方法。更にウイルスに侵された体は、もはや動かない。
「ハハハハ!! ざまぁねえな! “銃王”の最期ってわけか! だが、念には念を入れるって言葉があるよなあ…」
鬼怒はどこからか大ぶりのナイフを取り出し、獅子堂の首を切り落とさんと刃を振り下ろした。
【獅子堂 弥陸:死を偽装し、戦闘不能の重傷。鬼怒が完全に息の根を止めようとする】
>>15>>16 「!? ──ごはぁっ!!」
鬼怒の体が宙を舞い、地面を跳ねて飛んでいく。
(やはり戦闘に関しては素人同然……。
素質はあるようだがやはり研究職。道具に頼るしかないようだな)
この時、アイリーンの心には僅かな油断があった。
研究職であるこの男達が戦闘のプロである自分にかなうはずがない──。
その僅かな、ほんの僅かな油断が後の展開を左右するとは、今の彼女には知る由もなかった。
「……ヒッ、ヒヒヒヒヒ」
周囲の部下達に心配されていた鬼怒が突然笑い出す。
「ヒハハハハハハハハハハハハハ!!」
小さな笑いはやがて大きな高笑いに変わり、周囲に響き渡った。
「殺しはしない、か! そいつぁありがてぇぜ!
情けをかけるその甘さが命取りになるってことを、その身をもって教えてやれるからよォオオオオッ!!」
異変に気付いたときはもう遅かった。
目が霞む。手で拭うとそこには真っ赤な血液が付着していた。
(こ、これは──!)
「とうとう“発症”したか。どうだ、痛くねぇだろ? けど、かといって安心するのは早ぇぜ?
その内、鼻や耳や口から、体中のあらゆる穴から血が噴き出し、想像を絶する痛みが体内を駆け巡る。
そんでおよそ“三分後”には全身のあらゆる臓器を破壊され確実に死に至る。
これが俺の邪気眼、『病毒眼(びょうどくがん)』の能力──!
ククク、俺が何の力もねぇ無能力者とでも思ったか? ──バカが、何もかもが甘ェんだよォオオオオオ!!」
鬼怒の言葉を聞き、アイリーンは初めて自分が如何に愚かだったかを悟った。
だが相手は後悔する時間すらも与えてはくれない。
いつの間にか鬼怒の手から放たれた物体は、空中で激しく閃光を放つ。
(スタングレネード──!)
唐突な閃光に防御は間に合わず、アイリーンは一時的に視界を失う。
(クッ──だがまだ!)
アイリーンは咄嗟に左目に手をかけた。
そう──彼女は左目にアイパッチをしていたので、左目は閃光の影響を受けていなかったのだ。
(最早出し惜しみをしている場合ではない!今ここで──)
引き千切るようにアイパッチを外そうとする。もし外すことが出来れば、鬼怒程度の男など十秒あれば瀕死に出来る。
その自信が彼女にはあった。いや、実際に出来ていたかも知れない。外すことが出来れば、だが。
「──オラァアッ!!」
しかしアイリーンの目からアイパッチが外れることはなかった。
それより早く仕掛けてきた鬼怒の攻撃が鳩尾に炸裂したからだ。
「グッ……!」
次いで何か硬いもので後頭部を殴られ、地面に倒され、上から頭を踏みつけられる。
(何と言う失態……!お嬢様、申し訳ございません……!)
反撃を試みようとするが、既にウィルスによって動かなくなりつつある体ではそれすらも叶わなかった。
『お、お嬢様!』
地下の研究室にいた篠の元に、藍から慌てた声で通信が入る。
「落ち着きなさい。どうしたの?」
『は、はい。報告がございます』
深呼吸をして落ち着いた藍が少し暗い声で返す。
「いい報告じゃなさそうね……。聞かせて」
『監視班より通達です。アイリーン様、獅子堂様共にお倒れになった、と』
「何ですって……?」
この報告には流石の篠も驚きを隠せなかった。
治安維持部門所属のスイーパーである獅子堂と、それに匹敵する戦闘力を持ったアイリーン。
化け物じみた戦闘力を持つ二人がたった数人の医者に負けた……?
「アイリーンは"アレ"を使わなかったの?」
『はい。アイパッチは外されていません』
「何てことっ……!」
篠は通信機を破壊船ばかりの力で握った。
己の不手際が原因だ。アイリーンにちゃんと指示を出していれば──!
「今更後悔したって仕方ないわね。状況はどうなってる?」
『現在、倒れている獅子堂様の下に一人の医者が向かっています。恐らく止めを刺すつもりかと。
それと音声を拾ったのですが、どうやらお二人がやられた原因は医者の能力によるウィルスとの事。
発症した者は三分以内に死亡してしまうようです』
「そう、ならその間にあの男を──!」
通信機を持ったまま走り出す篠。目指すのは当然鬼怒だ。
『お、お待ち下さい!』
そこに藍から制止の声がかかる。
「何?報告はもういいわ。貴女は自分の仕事をしなさい」
苛立たしげに返す篠。しかし藍も引かなかった。
『報告はまだ終わっていません!寧ろここからが重要なんです!
いいですか?件のウィルスは能力者を殺したところで止まらないんです!』
「何ですって!?じゃあどうしたら──ああ、そう言う事、ね」
藍に食って掛かろうとした篠だが、納得したように頷いた、
「つまり相手が自分の意思で解かない限りウィルスは進行し続ける──そう言うことでしょ?」
『は、はい。更にウィルスは無差別にばら撒かれているようで、その場に近づくことすら危険です』
「その点は大丈夫よ。私だって無策で突撃するわけじゃないわ」
『で、ですが──』
「主を信じなさい。貴女は自分に出来ることをやるの。あるでしょ?」
『──!わ、分かりました。御武運を』
「ええ」
「アイーシャも、アレの起動は今度でいいわ。相手はそこまでの火力じゃないみたいだし」
通信を切り、背後でその様子を見ていたアイーシャに声をかける。
「残念ですが、仕方がありませんね。今回は諦めます」
心底残念そうな顔のアイーシャだったが、すぐに切り替え、部下に指示を飛ばしていった。
「さて──」
篠は玄関の扉の前に立っていた。
「ウィルス、ね。空気感染もするみたいだからかなり厄介だけど──」
グッ、っと腰を落として右腕を引く。その体は僅かに発光していた。
「私には関係ない。私は──全てを"崩壊"へ導く者だから」
限界まで溜めた力を込めて、右腕を振り抜いた──。
>>19 ドガァァァァァアアン──!!
突如として屋敷の扉が破壊され、吹き飛ぶ。
「あァん?一体何──ガハッ!」
獅子堂の首を切り落とそうとしていた鬼怒に、吹っ飛ばされてきた扉が直撃する。
空気感染するウィルスが蔓延するこの場で扉を破壊するなど馬鹿なことを、と思った者もいただろう。
しかし篠が一歩外に出ると、すぐさま分厚いシャッターが降り、壊れた扉の部分を埋めた。
「鬼怒 輝明……。馬鹿なことをしてくれたわね」
頭から血を流しながら立ち上がる鬼怒に冷ややかな視線を送る。
「馬鹿なことォ……?殺人鬼を匿ってる奴に言われたかねェなァ!!」
チラリと門の方を見る。門の付近に倒れている二人のメイドはもう助からないだろう。
(ごめんなさい……。私が不甲斐ないばかりに……)
静かに黙祷し、更に周囲を見渡す。アイリーンらを含めたその他の者達も早く助けなくては手遅れになってしまうだろう。
「ハハッ。しかし馬鹿な奴だなァオイ。自分からノコノコ出てくるなんてよォ」
鬼怒は愉悦に満ちた表情でこちらを見ている。勝ちを確信した表情だ。
「俺の能力は聞いてんだろ?せめて防護服でも着てくるんだったなァ!」
鬼怒の嘲りに対し、篠は溜め息を吐いて応えた。
「防護服ねぇ……それなら着てるわよ?最高のモノを、ね」
ここにきて鬼怒は異変に気付いた。篠は未だに"発症"していない。更にその体が僅かに発光していることも。
「テ、テメェまさか……!」
鬼怒が僅かに動揺する。異変の正体に気付きかけているようだ。
「あなたの想像通り、私にあなたのウィルスは効かない。何故なら──」
篠がゆっくりと歩き出す。その足元にはピシピシという音と共に亀裂が入っていた。
そしてその地面が爆発するのと同時に、篠の姿は粉塵と共に鬼怒の眼前にあった。
「私の体に入る前に"壊れる"からよ」
渾身の力を込めて、鬼怒の腹目掛けてパンチを繰り出した。
「ガハァッ!!」
鬼怒は再び吹き飛ばされ、屋敷の塀に叩きつけられ、ガラガラと崩れ落ちる。
しかし篠は表情を変えずに瓦礫の山を見ていた。
(手応えはあったけど致命傷には至らなかった。骨の二、三本は折れると思ったけど……。
あれが噂の邪気拡散防護服……大した物だわ。あの女もやるじゃない)
人としては苦手な部類に入るが、柊の研究者としての能力は認めていた。
(でも……それも限界が近いみたいね。所詮は試作品ってことかしら)
「ッテェ〜……どいつもこいつも人様をボコボコ殴りやがってよォ〜」
鬼怒がガラガラと瓦礫から顔を出す。しかし篠はその前に動いていた。
立ち上がった鬼怒の顔面を掴み、足をかけて地面に引き倒す。
そのままマウントポジションを取り、顔に手をかけたまま両足で鬼怒の両手を封じる。
「皆にかけた能力を解きなさい。そうすれば命は助けてあげる。
それとあなたの弟──鬼怒 輝光が死んだ時の状況を見せてあげるわ」
ピクリ、と鬼怒の表情が反応したのを篠は見逃さなかった。
「当然あなたの部下も助けてあげる。──勿論罰は受けてもらうけど。
ああ、因みに──」
グッっと指先に僅かに力を込める。それだけで鬼怒の頭はミシミシと音を立てた。
苦しそうな声を上げる鬼怒を見て、篠はニヤリと笑いこう言い放った。
「あなたのご自慢のこのウィルス。あなたが死んだところで解除方法がないわけでもないから、下手な抵抗は無意味よ?
タイムリミットは三十秒。さ、考えなさい」
【アイリーン:鬼怒のウィルスと攻撃を受け、行動不能。
御影 篠:屋敷から出撃し、鬼怒の動きを封じた上で能力を解除するように要求する】
「手術を開始します」
「ほら、百合花様、起きてください」
治尋が百合花に手をかざすと、忽ち百合花の顔色は戻り、立ち上がった
「ひどい目にあったわ…」
「自業自得ですよ。では、お願いしますね」
「んー…了解っ! 『全身麻酔』」
百合花の腕が数本の細い触手のように変形すると、患者達の口の中に入り、何かを注入した
すると、患者達は眠ってしまった…つまり麻酔である
「『健康診断(バイタルサーチ)』。………なるほど、『自雷眼』は胸部に埋まっているようです」
医療班の一人、青衣の聴診器(ブルードック)こと葵 みつめが言った
「よし。『心網眼』から情報を受信しました。では…“徒手執刀(エアメス)”」
そう言い、療治が患者達の胸部に手をかざしてなぞるように動かすと、患者達の胸部がまるで鋭い刃物で切られたかのようにパックリと開いた。勿論出血はしていない
「この技で切った傷はしばらく出血しない…が、それも時間の問題です。“摘出手術(エクストラクトオペレーション)”」
療治がそう呟くと、患者達の切り口から『自雷眼』が出て、宙に浮いた。そして、それを療治は取り皿に乗せた
「よし。摘出完了です。あとはこれと彼女達の関係を断ち切れば…」
「いえ、お待ち下さい」
「どうしました?」
「まずいです…その人工邪気眼、“患者達の重要な血管に直結しています”。しかも離れた瞬間、周囲の血管を傷付けて血液を吸い取るようにプログラムされているようで…
つまり無理に切り離せば、大量出血で間違いなく死にます。タイムリミットは5分といったところでしょうか」
「っ……! 普通1、2時間はもつというのに…どれだけ大量の血を吸い取るのですか…!」
みつめの言葉を聞き、戦慄する療治
「ええ、ちなみに…全ての血を抜き取るまでに5分という意味で…実際にはもっと早く死にます」
「成る程、時間との勝負という訳ですか…皆さん、心してかかって下さい」
「「「「了解」」」」
「『細巧血作(フラットブラッド)』…これで輸血の準備は万全です」
献次が血液の塊を浮かべながら言う
「私もスタンバイ完了です」
治尋が言う
「では行きます…『切除』」
療治が『自雷眼』と患者達の関係を断ち切る。その瞬間、患者達の体から出血が始まった
「来たっ…! 『当てない手当て(リモートハンドエイド)』」
治尋がそう唱えると、患者達の傷が治癒し始める…しかしその速度は遅い
「くっ…流石にこの数となると、これが精一杯ですか…」
これも彼女の能力の応用である。しかし、彼女の回復能力は本来一人相手に使うもので…つまり多人数相手だと力を発揮しにくいのだ
「では、『縫合手術(クローズオペレーション)』」
>>24 「あなたのご自慢のこのウィルス。あなたが死んだところで解除方法がないわけでもないから、下手な抵抗は無意味よ?
タイムリミットは三十秒。さ、考えなさい」
「ぐっ……!」
ギリリッ、と歯軋りしながら鬼怒は必死に両手を動かそうとする。
しかし、完全に固定された両手はどんなに力んでも動く気配はなかった。
(くそっ! くそぉっ!)
鬼怒は迷っていた。
このまま足掻いていても獅子堂もろとも部下を殺すことになる。
かといって能力を解いていいものか? 獅子堂の死を確認したわけではない。
もし彼が生きているならこの時点で能力を解いても全てが無意味になる。
とはいえ──気になるのは御影の言い様である。
『鬼怒 輝光が死んだ時の状況を見せてあげるわ』
これはどういう意味だ? 見せたところで何になるというのだ?
もしかして、自分の知らない何かがそれにはあるのだろうか?
仮に、仮にもしそれが獅子堂らが犯人であるという前提を覆すものだったら……?
(──バカな! そんなバカなことがあるはずねぇ!)
「ぐ、はっ……き……ど、さ……ん……」
「──!」
ふと目に飛び込んできたのは目から鼻から真っ赤な血をドロっと垂らして倒れていく部下の姿。
御影の言いたい事が何であるにせよ、部下の命を救けたいのならばもう迷っている時間はない。
(……ちくしょう……)
無念そうに固定された両手をわなわなと震わせた鬼怒は、直後に「おああああああっ!!」と吠えた。
「御影……御影 篠ォッ……! てめぇは、テメェは前から気に入らなかった……!
親の七光りで幹部の座についた世間知らずのクソッたれの分際で、何でもお見通しって目をするテメェがなァッ!!
……クソが、クソがァァァアアアア!! 我ながら情けねぇぜ……! てめぇに降参することになるたァよォオオオ!!」
そして、首にかつてない力を入れて頭を掴む御影の手を強制的に振り払った彼は、
鬼のような形相をして首を背後に回し、冷然とする御影と視線を合わせた。
──二人の目が突如として大きく見開かれたのは、その直後であった。
(──!?)
ドォン、という爆発音。それに伴う視界を覆う真っ白な閃光。──これは閃光弾。
ボディスーツに仕込んでいた閃光弾が何らかの原因で暴発したのだろう。
咄嗟に目を閉じてももう遅い。正に光速の速さで広がる圧倒的閃光は、
瞬時にその場に居る全ての生物の視界を奪い去った。
しかし──御影や獅子堂らが真に驚いたのは、この後だった。
閃光が収まり、やっと目が視力を取り戻しかけた時──二人はほぼ同時に愕然とした表情となっていた。
二人の目の前にあるのは首から上がどこかに消えてしまった鬼怒の死体だったのだ。
しかもそうなっていたのは鬼怒だけではなかった。他の彼の部下も、全員が一様に頭部が失われていたのだ。
一体何故こうなったのか? 閃光弾が炸裂した瞬間、彼らの身に何が起きたのか?
その疑問に答えられる者は誰一人としていなかった。──少なくとも、この場には。
御影の屋敷から約1km南に位置する廃ビル。
そこに、現在、二人が抱く全ての疑問に答えられる者がいた。
名は『スナイプ・ドレイバー』。
レッドフォースの一員であり、赤髪のオールバックが特徴的なあの男である。
「……ありり?」
割れた窓から見える遥か遠くの御影邸を見捨えるスナイプの肩から小柄な少女が顔を出す。
「もしかして殺っちゃったの?」
その彼女、『百合真 岬(ゆりま みさき)』はぽかんと口を開けて目をぱちくりとさせた。
「あぁ」
「なんでさー!? これから面白くなるとこだったじゃーん! バカバカー!」
頬をフグのように膨らませて喚く百合真。
スナイプはそれを無視して、まるで独り言をいうかのように冷やかな声で呟いた。
「いいんだよ。勝負は既に見えていた。あのままだと鬼怒 輝明は能力を解除していただろう。
彼が生きたまま捕えられれば洗い浚い全てを話していた。幹部会議での決定も何もかもね。
そうなると、敵にも味方にも悪名高い俺らに、疑いの目が向けられないとも限らない。
だから始末したのさ。幹部殺害の容疑を彼らに押し付ける一石二鳥のこのタイミングでね」
「それにしても、この距離から閃光弾を撃ち出し、抜群のタイミングで炸裂させると同時に五人を瞬時に射殺するなんて……
流石に『スナイパー』の名は伊達じゃないわね」
そう言って胸を揺らしながらスナイプの傍らに立ったのは金髪の美女、『テレーザ・アントワーヌ』。
「でも、殺す相手を間違えたんじゃない?
鬼怒を殺しちゃったら能力を解除する手段がなくなって、あいつらだって死ぬんでしょ?
それじゃあ容疑を押し付けるも何もなくなって、第三者の犯行の線が浮上するだけじゃない?」
「それはないな」
スナイプは前髪をかき上げて続けた。
「そもそも“自分が死んでも能力は発動し続ける”だなんて、一度実際に死んでみなきゃ判らないことだ。
あれは敵を殺し、かつ自分は生き残る、その為のハッタリさ。
真正面からぶつかっても勝てないと判断した彼が咄嗟に思いついたんだろう」
「なるほど。それじゃあ鬼怒の死はあたし達にとって何の問題もないわけか。
いやむしろ……これでより一層不自然ではなくなる、そういうことね?」
いうテレーザに、スナイプは不敵な笑みをもって返した。
「そういうこと。これで命令は事実確認から容疑者の抹殺に正式に変更される。そしてその件は俺達に一任される。
もうどんなに派手にやっても不自然じゃなくなるってわけさ」
今度は爆動が不敵に笑った。
ア イ ツ
「そう、そして後は……隊長代理が戻ってからだ」
──それは秋雨 流辿が、「何を確かめにだ?」と言うより先だった。
カイ・エクスナーは飄々と、つかみどころのない微笑をもって続けた。
「なに、大したことじゃないんだよ。確か……貴方には実の娘がいたよね?
僕……いや、僕らの隊長がね、貴方の娘に興味をもっておられるんだ。
だから居場所が知りたくてね。……貴方のことだ、知ってるんだろう? 教えてもらえないかな?」
──同じ頃、御影邸の裏山、屋敷をすっかり見下ろせる山道から、一台の黒塗りの乗用車が発進していた。
「情報室、情報室。こちら『梟』所属のSNB-008。手配中の容疑者を御影 篠の屋敷にて発見。
容疑者は御影 篠と共闘して鬼怒 輝明センター長率いる計五名のスイーパーを撃退。
敗北した鬼怒 輝明ら五名の死亡を確認致しました。繰り返す──」
【鬼怒 輝明:死亡。能力が解除される】
【カイ・エクスナー:秋雨 流辿に娘の居場所を訊ねる】
【情報室のスパイによって御影邸での戦闘と鬼怒一味の敗死がISS幹部に伝わる。
それによって獅子堂と二神の立場が更に悪化し、御影も協力者として見なされるようになる】
>>27 眼下の鬼怒は迷っているようだった。
恐らくは部下の命と獅子堂の命を天秤にかけているのだろう。
更にこちらの言った『鬼怒 輝光死亡時の状況を見せる』と言う言葉。
全てを信じてはいないだろうが、頭から否定することも出来ない。
その疑念が、迷いに拍車をかけているのは明白だった。
「ぐ、はっ……き……ど、さ……ん……」
そこに鬼怒の部下の呻き声が聞こえる。鬼怒に残された時間は少ない。
(決まり、かしらね)
「おああああああっ!!」
突如、鬼怒が叫び声を上げる。
「御影……御影 篠ォッ……! てめぇは、テメェは前から気に入らなかった……!
親の七光りで幹部の座についた世間知らずのクソッたれの分際で、何でもお見通しって目をするテメェがなァッ!!
……クソが、クソがァァァアアアア!! 我ながら情けねぇぜ……! てめぇに降参することになるたァよォオオオ!!」
地獄の底から響いてくるような声音で、鬼怒が怒りをぶつけてくる。
火事場の馬鹿力──ではないかも知れないが──で拘束を振り解くが、攻撃の意思はないようだった。
「あなたが私を何と思おうと私にはどうでもいいわ。あなたの事、私も好きじゃないから。
ただ、この場でその選択をしたのは賞賛に値する行動よ。それに──」
言葉を続けようとした篠だったが、突然の閃光に視界を奪われる。
(──!!閃光弾──!)
気付いた時には視界は既にゼロ。襲撃に備えて身を守ることしか出来なかった。
結果として、篠が襲われることはなかった。
しかし、閃光が収まり徐々に視界が戻りかけてきた時、そこには信じられない光景が広がっていた。
「なっ──!!」
目の前に広がる光景。それは普段から冷静な篠を呆然とさせるには充分な代物だった。
閃光弾による影響は僅か十秒ほど。その間に周囲は一変していた。
眼前に映るのは鬼怒とその部下達──だったモノ。全てが一様に首から上を失い、地面に倒れ伏していた。
「一体何が……!」
瞬時に屋敷の周囲の気配を探る。しかし確認できる範囲で人の気配はなかった。
(自殺……はあり得ないわね。部下を助けるために降伏したのにその部下ごと巻き込むなんて。
ならこれは確実に外部の仕業。となると──まさか狙撃!?でも一体誰が……)
悠長に考えている暇はなかった。それより身近な事態を思い出したからだ。
「藍!聞こえているわね!無事な者を総動員して急いで後始末の準備を!」
「はい!」
窓から顔を出した藍が大きな声で返事をし、すぐさま屋敷に残るメイド達を引き連れて外へ出てくる。
「オリビア達にも連絡して。負傷者の搬送を急ぐわよ!」
『はいっ!』
篠の指示を受けて、メイド達はテキパキと動き出した。
「フゥ……」
後始末は迅速に終わった。恐らく大した時間はかかっていないだろう。
今頃医務室は忙しいだろうが、篠にそれを気にする余裕はなかった。
「さて──眠り姫と眠り銃王様を起こしましょうか」
自室のベッドの上に寝かされている獅子堂とアイリーンに近づく。
「──『リバイヴ』」
二人の頭に手を翳し、能力を行使する。淡い光が二人を包み、やがて消えた。
「これで暫くすれば目が覚めるでしょ。問題はこれから──ね」
ハアァ、と一際盛大な溜め息を吐き、篠は椅子の深く腰掛けた。
少しして二人が目を覚ます。目を閉じて体を休めていた篠も目を開け、二人を見据える。
「おはよう。早速だけど、事態は最悪の方向へ向かっているわ」
起き抜けの二人に先程までの出来事を具に伝える。
「現状としては、私達が鬼怒 輝明ら五人を殺害したとISS(向こう)には伝わっている筈よ。
この事により、あなたと二神君の立場は勿論、私も共犯者と言う立場になるわ」
自ら淹れた紅茶を一口飲み、話を続ける。
「仮に鬼怒 輝光殺害の容疑は映像を見せて説得は出来るかも知れない。
でも、今回の鬼怒 輝明のことは限りなく不可能に近い。何せ閃光の中での出来事だったからね。
いくら映像があっても見えないんじゃ何の意味もない。私達とあなた達は追われる立場になる」
チラリと獅子堂に目を向ける。今は冷静なようだ。
「そこで私は三つの提案をするわ。でも勘違いしないで頂戴ね?
これはあくまでも提案であって、必ずしもこの中から選ぶと言うわけではないから」
「聞かせて下さい」
アイリーンに促され、頷いてピッと指を一本立て、先に進める。
「一つ──このまま大人しくISSに捕まること。
その先に待っているのは聴取、或いは拷問。その後投獄、処刑の流れでしょうね」
二本目の指を立て、更に続ける。
「二つ──このまま尻尾を巻いて逃げること。
この国を抜け出してしまえば後はどうにでもなる。母様の実家に行くのもいいしね。
この場合、少なくとも今後日本に帰れるとは考えない方がいいわ」
三本目の指を立て、声を低くして言葉を紡いだ。
「そして三つ──ISSに牙を剥くこと」
二人が息を呑むのが伝わってきた。獅子堂すらも驚いた表情をしている。
「この三つ目の選択肢には色々なことが含まれるの。
細かいことは決まってから話すとして……最終目標は、現ISSの崩壊よ。
話し合いで解決できるなら良いに越したことはないけど、それはもう無理でしょ?何せこっちは殺人鬼なんだから。
ならいっそ、壊してしまった方が手っ取り早いじゃない?」
フフフ、と妖しげな笑みを浮かべて語る篠。その目は既に未来を描いているようだった。
「不可能ではないと自分では思っているわ。この都市には地下に潜伏している者達がごまんといる。
その内八割は私が声をかければ動くわ。そしてその八割が声をかければ残りの二割も動く」
再び獅子堂の方に目を向け、問いかける。
「あなたはどうする?選択肢によっては犯罪者である『ブラッディ・マリー』と手を組むことになる。
それが嫌なら、別の提案を上げるか、すぐにここを出て行ったほうが良いわ」
クスクスと笑いながら告げるその瞳の奥では、彼女は既に未来を決めているのかも知れない──。
【御影 篠:鬼怒一味を撃退。獅子堂に現状を話した上で今後の動向を訪ねる】
>>31 「混乱に乗じて…何を言っている」
屋敷の塀の上から飛び降りながら二神が言い放った。
狙撃されたと直感し方向を確かめたものの、強化された脚力ですら捕捉できない位置に居る事を知って戻ってきたのだ。
足早に三人に近づきながら二神は吐き捨てるように続ける。
「ISSの崩壊…?それがお前の最終目標か…。そのために俺達の立場を利用しようとしてるんじゃ無いのか?」
異能犯罪者を倒す。その目的の為にISSに所属していたのだ。
彼にとってISSに反抗するという事は、自らが倒されるべきモノに堕ちる事に他ならなかった。
「…本気で狙われている事は今の事で十分解っている。だが…」
「俺は、組織を裏切ることは、…」
できない、という言葉は小さく零れた。
ISSの為、友の為、必死で敵を捕らえ、殺し、屠ってきたのにこの有様だ。
自分が見つけた居場所に攻撃されたことの絶望感は、彼の判断力を奪っていた。
「まだ、…まだ道はあるはずだ。
ISSに説明するのは無理かもしれないが…秋雨一派の戦力を削ったり、…今の、鬼怒を攻撃した奴を捕まえれば…」
あやふやな説明は空しく庭に拡散した。
俯いたまま、白髪の少年は銃王に問う。
「獅子堂は、どうなんだ。お前は、どうする。」
【二神 歪、御影の提案を拒否する。自分の立ち位置を決める為、獅子堂に問う。】
>>26 療治が呟くと、切開された患者達の体が塞がっていく…そして、完全に癒着した
「『給血(ブラッディヒール)』」
更に、献次が生成した血液を患者達に供給する。血色が良くなった
「…………バイタル安定。『自雷眼』の摘出、無事完了しました」
「よし…皆さん、よくやってくれました。手術完了です」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「しかし、これで良いのだろうか!? 少数派の弱者の意見が多数の強者に踏み潰され、数多の弱者の意見が少数の強者に押さえつけられる…!
許せるのか? ロリコンは性犯罪者だと蔑まれ、同性愛は気持ち悪いと罵られ、兄弟姉妹を愛することが異常であると煙たがれる! そのような社会を許せるか?
幼子に恋する事は悪か? 同性を愛したら罪なのか? 画面の中の存在に惹かれることは逃げか? 動物に、植物に恋慕を抱くのは病気か? 死体が、人形が好きなのは異常者か? 年頃の異性と恋できなかった奴は負けか?
ならばいいだろう! それが王道だというのなら、堂々と胸を張って、這ってでも邪道を突き進もう! もう苦しむ事はない、我々は弱者(きみたち)の味方だ!」
「「「「「「「「おおおおおおおおお〜〜〜!!!!」」」」」」」」」
一方その頃、秘社は新メンバー勧誘の為の演説をしていた。建物の屋根をステージ代わりに、大きな声で演説する…気づけばそこには、人気アイドルの握手会のような、有名バンドのライブの如き、甲子園会場みたいな、人だかりができていた
「我々の仲間になりたいものはならんでくれたまえ! 我々はどんな者でも受け入れる!」
【医療班:手術完了
秘社境介:新たに10万人程勧誘】
(…痛ぇ…死ぬほど痛え…つーか死ぬ。マジで死ぬ…)
弾丸が通り抜けた喉の奥が焼ける様に痛む。いや、そんな事は問題ではない。“痛い”という感覚だけなら無視できる。
重要なのは頭蓋骨を貫いた後頭部の穴だ。脳自体に傷は負っていないとはいえ、脳液と血液の大量流出は言うまでも無く死を招く。
倒れて仰ぐ青空が妙に薄暗くなっていく。それは意識が保てないレベルのダメージを示していた。
(悪いな、黒羽…決着に固執した俺が、先に逝く事に―――)
焦点の定まらない視界に刃の煌めきを見て、死を覚悟した瞬間だった。
木と金属が同時に破壊される音が聞こえたと思ったら、派手に吹き飛んだドアが鬼怒を直撃したのだ。
「…み……御影…」
薄れていく意識の中で何とか絞り出した声。だが、余りにか細く御影には聞こえていなかった様だ。
それからの出来事を、獅子堂ははっきりとは覚えていない。混濁した意識の中で御影が鬼怒を制した事だけは理解した。
そして暗い景色を覆い尽くす眩い閃光。直後に襲撃者達の首から上が無くなり、血の噴水と化した光景に驚愕したところで獅子堂の意識は完全に消失した。
「──『リバイヴ』」
声が聞こえた。いや、聞こえた気がした。だがそれが気のせいではなかった事は意識が戻ってから分かったことだ。
目に映ったのはどこかの部屋の天井―――それが御影の屋敷であることはすぐに分かった。
コキコキと肩を鳴らしながら獅子堂はベッドから身を起こす。目の前に椅子に深くもたれ掛かった御影の姿を見て溜息をつく。
「またお前に助けられた…恩に着るよ。死に掛けては命を拾っては、2日間で忙しすぎるぜ、ったく」
「おはよう。早速だけど、事態は最悪の方向へ向かっているわ。
現状としては、私達が鬼怒 輝明ら五人を殺害したとISS(向こう)には伝わっている筈よ。
この事により、あなたと二神君の立場は勿論、私も共犯者と言う立場になるわ」
御影が紅茶を口に含む。対する獅子堂はというと、ティーポットの近くに置かれた砂糖入れを『悪魔の蒼腕』で引き寄せ、中の角砂糖を貪る。
「仮に鬼怒 輝光殺害の容疑は映像を見せて説得は出来るかも知れない。
でも、今回の鬼怒 輝明のことは限りなく不可能に近い。何せ閃光の中での出来事だったからね。
いくら映像があっても見えないんじゃ何の意味もない。私達とあなた達は追われる立場になる」
「…だろうな。頭吹っ飛ばしかけて…ムカつきもすっ飛んた気分だよ…や〜れやれだ」
獅子堂と御影の視線が交錯する。目から冷静な気配を感じ取ったのだろう、御影は言葉を続ける。
「そこで私は三つの提案をするわ。でも勘違いしないで頂戴ね?
これはあくまでも提案であって、必ずしもこの中から選ぶと言うわけではないから」
「聞かせて下さい」
「おう、聞かせろ」
アイリーンとほとんど同じタイミングで続きを促し、御影もそれに答えた。
「一つ──このまま大人しくISSに捕まること。 その先に待っているのは聴取、或いは拷問。その後投獄、処刑の流れでしょうね」
(却下。冤罪で死刑なんざ屈辱ってレベルじゃねえぞ)
「二つ──このまま尻尾を巻いて逃げること。 この国を抜け出してしまえば後はどうにでもなる。母様の実家に行くのもいいしね。
この場合、少なくとも今後日本に帰れるとは考えない方がいいわ」
(これまた却下。逃げ隠れるのは趣味じゃねーよ)
「そして三つ──ISSに牙を剥くこと」
「―――ぶふっ!!」
舌で転がしていた上質甘味の白い立方体を思わず吹き出す。ISSに牙を剥く―――それはつまり―――
「この三つ目の選択肢には色々なことが含まれるの。
細かいことは決まってから話すとして……最終目標は、現ISSの崩壊よ。
話し合いで解決できるなら良いに越したことはないけど、それはもう無理でしょ?何せこっちは殺人鬼なんだから。
ならいっそ、壊してしまった方が手っ取り早いじゃない?」
獅子堂が心中で思い描いたことを余さず言葉にする御影。その顔に浮かぶ笑みの妖しく楽しげな事といったら―――
「あなたはどうする?選択肢によっては犯罪者である『ブラッディ・マリー』と手を組むことになる。
それが嫌なら、別の提案を上げるか、すぐにここを出て行ったほうが良いわ」
「混乱に乗じて…何を言っている」
強烈な拒絶の意思を感じさせる言葉と共に現れたのは二神だ。
「ISSの崩壊…? それがお前の最終目標か…。そのために俺達の立場を利用しようとしてるんじゃ無いのか?」
(…御影の目的がそうだとしたら、俺達2人は体の良い山車に過ぎん…それに、恐らく二神は―――)
―――二神はISSを裏切れない。世間から忌避の対象になっていた様な寂しげな雰囲気を出会った時から感じていた。
十中八九、二神は“ISSのスイーパーである”ということがアイデンティティになっている。
「…本気で狙われている事は今の事で十分解っている。だが…俺は、組織を裏切ることは、…」
“できない”という小さな小さな言葉の綴りは一種の悲愴さすら漂わせていた。
「まだ、…まだ道はあるはずだ。
ISSに説明するのは無理かもしれないが…秋雨一派の戦力を削ったり、…今の、鬼怒を攻撃した奴を捕まえれば…」
「無駄無駄。そいつは“罪一等を減ずる”という言葉を引き出しこそすれ、無実の証明には繋がんねえよ」
獅子堂は冷たく突っぱねる。
「獅子堂は、どうなんだ。お前は、どうする。」
「―――蓮子さん以外に誰にも言ったことが俺の“本音”を吐かせてもらおうかね」
その言葉にアイリーン、御影、二神の視線が集中する。それを意識して、3人の心に刻むように獅子堂は続ける。
「俺はISSは“手段”に過ぎないと思ってる。スイーパーの超法規的行動を合法化、正当化する後ろ盾でしかないと。
……逆に言えばISSと同じ役割を果たしてくれれば何だって構わないんだ。少なくとも俺はな。
組織の旨味を俺は利用してるだけ。組織自体はそんなに信頼を置ける代物ではないと…。
ぶっちゃけるとな、今のこの事態を演出してるのは…もしかして…とすら、憶測だが考えてる」
二神が突然、獅子堂に向かって駆け寄り、胸ぐらを掴んだ。
「…まあ落ち着けよ、二神…お前の気持ちは分からんでもない。だが聞け。
俺は“居場所”ってのは自分が正しいと信じられる思想、理念を行動に起こせる仲間と共にあることだと思う。
確かにISSがあってのスイーパー。だが、少なくとも今この瞬間、俺の正義とISSの存在は同じ方向は向いていない。
―――ISSを切り捨てるには、それだけで十二分なんだ。俺は」
そこまで言い切ると、二神は獅子堂の胸ぐらから手を離し、一歩後ずさった。そして獅子堂は御影に向き直る。
「俺は組織の実働者が運営者を粛清した例を知っている。理由は俺達に起きている事態と似たようなものだ。
―――結論として、俺はISSを撃滅することに罪悪感も躊躇も後悔もない。
ただ、教えて欲しいのは『ブラッディ・マリー』の目的だ。俺は蓮子さんから授かった力に溺れて、
結局は勘違いをしていた気がするんでな…お前の“2つの顔”の目的だけ教えてくれないかな?」
【獅子堂 弥陸:ISSからの離反の意思を表明。御影と組むにあたって『ブラッディ・マリー』の目的を尋ねる】
「はい、政府には既に手を回し戒厳令を。そうです、一時的に厨弐市はISSの統治下に……パニックを防ぐ為です。
えぇ、えぇ……勿論です、国連の反発は承知しております。
しかし、最悪の事態を防ぐ為の一時的な処置といえば、彼らとて何をすることもできないでしょう」
コポコポと、ティーカップに温かい紅茶が注がれる。
芳ばしい香りを含んだ湯気が沸き立ち、人の嗅覚と食欲をこれでもかというくらい刺激する。
しかし、それを前にしても、九鬼は焦点を虚空に合わせたまま、意識を受話器の向こう側の人物にのみ向けている。
「……」
紅茶を淹れた女性秘書、彼女にとっては別に珍しくもない、ことさら意識することでもない今更な光景ではあるが、
やはり「紅茶を一杯」と頼んでわざわざ持って来させたならば、手をつけてもらいたいと思うのが人情というものだ。
だが、相手は自分が仕える上司。しかも電話中となれば、「どうぞ」とわざとらしく声をかけて誘導するわけにもいかない。
だから腹ふくるる思いをする。
(はぁ……)
女性は心の中で大げさに溜息をついてみせた。
九鬼 義隆という男に仕えてしまった自分に対する不幸──そして、彼に対する嫌気──
そろそろ転職しようかな──溜息には、そんな思いも含まれていただろうか。
「えぇ……ですがその通り、既に市内で被害を出してしまっている以上、
この件が片付いてからそれに対する責任を問う声が内外から挙がることでしょう。
……えぇ、ですからそれは、できうる限り最小限に留めたいと考えております。
そこでニューヨーク支部長の貴方にはホワイトハウスへの根回しをお願いしたいと……
……無論です、その暁にはISS本部長の椅子を……はい、私は構いません。
元々、本部長と副会長の兼任は荷が重いと私自身が感じ始めていたところですので、調度いいかと……。
ご心配なく。既に国連・EUへの根回しにはベルリン支部長とロンドン支部長の協力を取り付けております。
成功すれば本部の最低限の人事異動で済ませられるでしょう。……えぇ、勿論彼らにも……そうです。
私としては治安維持部門統括を見返りにと考えております。そしてできれば会長補佐の椅子をも、と……
そうです、この機に本部を一枚岩に…………いえ、買い被りですよ」
九鬼と話す、相手の声は流石に彼女の耳にまでは届かない。
しかし、時折九鬼の顔に浮かぶ黒ずんだ冷たい微笑みは、彼女に二人の会話の内容をハッキリと把握させるものだった。
(狐と狸の真っ黒い会話ってとこかしら……はぁ〜あ、嫌になる……)
一度、まるで汚職政治家を見るかのような冷ややかな目で九鬼を見やる彼女。
すると偶然か一瞬九鬼と目が会う。彼女はそそくさと視線を外し、部屋の隅で前手を組んでかしこまった。
「……えぇ、えぇ……わかりました、お願いします。それでは……」
それは調度、九鬼が受話器を置いて会話を終えたのと同じだった。
だが、彼の手は直ぐに再び受話器を取ることになる。
ピー、ピー、と緊急連絡を意味するコール音がスピーカーから発せられたのである。
「私だ」
取った受話器から聞こえてきたのは「副会長、夜霞です」という情報室長の声だった。
『たった今、新たな報告が部下より入りました』
「何ですか?」
『獅子堂 弥陸・二神 歪の両重要参考人は現在、御影 篠の屋敷に潜伏しているとのことです』
「御影 篠の……?」
『しかもそれだけではありません。
両名は御影 篠と共に医療センター長・鬼怒 輝明率いるスイーパー部隊と交戦し、鬼怒らを殺害したと』
「────なんですって?」
九鬼の眉が一瞬、ピクリと動く。
『はい、鬼怒 輝明が死亡したと、そう申し上げました』
「確かですか?」
『私の命令で鬼怒 輝明を尾行していた部下からの報告です。信頼できる情報かと』
「わかりました……。なるほど……それほどまでに凶悪な人物でしたか……。
しかも裏切り者が幹部の中からも出るとは……こうなればもはや悠長に構えているわけにもいきませんね。
情報室長、今すぐレッドフォースに報せて下さい。
内容は命令の変更。獅子堂・二神・御影 篠の三名を、裏切り者として速やかに“処分”せよ、と」
『承知しました。ですが、一つ申し上げておきますが』
「なんです?」
『念の為、カイ・エクスナーにも尾行をつけさせていたのですが……部下は彼の姿を見失ったと。
先程から彼らの部隊通信にも居場所を報せるよう呼びかけているのですが、応答は無く……』
「……それでは今から全力で彼らを探して下さい。
もし御影らが秋雨一派と組んでいるなら、事が公になるのは時間の問題です。
そうなる前に彼らに動いてもらわねばなりません。……よろしいですね?」
「はっ。それでは」
ガチャリ。
受話器を置いた九鬼はしばし腕を組んで何やらと思いふけっていたが、
やがて目の前に自分が頼んだ紅茶が淹れられていることに気付くと、
静かにそれに手を伸ばして口に含んだ。
「……ぬるいですね。申し訳ありませんが、淹れ直していただけますか?」
「は、……はい……」
平然とした表情で残酷な物言いをする九鬼に、秘書は引きつった笑顔で答えた。
【スパイの報告が九鬼のもとに届き、獅子堂・二神・御影の抹殺命令がレッドフォースに下される。
なお、その命令は幹部の中でも九鬼と夜霞しか知らない】
>>32>>35 「混乱に乗じて…何を言っている」
不意に、その場にいた三人以外の新たな声が聞こえた。
「二神君……もう行ったものと思っていたわ」
声の主──二神に対して篠は若干冷ややかな視線を送る。
「ISSの崩壊…?それがお前の最終目標か…。そのために俺達の立場を利用しようとしてるんじゃ無いのか?」
「そう、そうだったわね──」
(彼は良くも悪くもISSの"狗"。飼い主を裏切ることは出来ない、か)
二神の厳しい視線の理由を悟り、篠は諦観の意味を込めた溜め息を吐いた。
「まだ、…まだ道はあるはずだ。
ISSに説明するのは無理かもしれないが…秋雨一派の戦力を削ったり、…今の、鬼怒を攻撃した奴を捕まえれば…」
それでも尚、仲間意識が残っているのか、二神は篠とは逆の方向で現状を打破しようとしているようだ。
「無駄無駄。そいつは“罪一等を減ずる”という言葉を引き出しこそすれ、無実の証明には繋がんねえよ」
対して獅子堂はどちらかと言うと篠に考えが近いようだ。
二神の意見を冷たくあしらい、その意見が現状如何に無意味なものかを伝える。
「そうね。それに──」
「獅子堂は、どうなんだ。お前は、どうする。」
篠が何か言いかけたところで、二神が獅子堂に対し問いかける。
「―――蓮子さん以外に誰にも言ったことが俺の“本音”を吐かせてもらおうかね」
獅子堂のその言葉に、その場にいる三人の視線が彼に集中する。
そして獅子堂は己の中に持つ"本音"を語り出した──。
「俺は組織の実働者が運営者を粛清した例を知っている。理由は俺達に起きている事態と似たようなものだ。
―――結論として、俺はISSを撃滅することに罪悪感も躊躇も後悔もない。
ただ、教えて欲しいのは『ブラッディ・マリー』の目的だ。俺は蓮子さんから授かった力に溺れて、
結局は勘違いをしていた気がするんでな…お前の“2つの顔”の目的だけ教えてくれないかな?」
獅子堂は篠を真っ直ぐに見つめて話を終えた。
(目的、ね……)
篠は心の中で呟いて、改めて獅子堂を見、口を開いた。
「それは私と組むということでいいのかしら?」
獅子堂はゆっくりと頷く。それを見て満足そうに目を細めると、篠はゆっくりと語り出した。
「……目的はおいそれと口には出来ないわ。私はまだ貴方を完全に信用したわけじゃない。それに──」
チラリと二神の方を向き、すぐに視線を戻す。
「今ここで全て話してしまったら、この場で彼と殺し合うことになりかねないわよ?
互いに戦友としてそれは避けたいんじゃないかしら?」
ピクリと眉を動かした二神を見て見ぬ振りをし、篠は再び紅茶に口をつけた。
「まぁ……目的は近い内に話すわ。今は少し待って頂戴。それより──」
篠の言葉を黙って聞いていた二神に言葉を投げかける。
「私は今すぐに事を起こす気はないわ。降りかかる火の粉は払わせてもらうけど。
それより、今ISS本部は秋雨一派の蜂起で窮地に陥っているわよ?
私達と来る気がないなら急いで街に戻った方が良いんじゃない?」
その言葉にハッとしたような表情になり、慌ててその場を立ち去った。
(本当に忠実な狗だこと。……それが彼のいいところでもあるのだけど。
彼はまだ若い。出来ることならその芽を摘むことがないよう祈っているわ)
その様子を見送り、篠は視線を戻した。
「さて、今後の予定──は今のところないのだけど、話しておくことがあるわ。
先の鬼怒 輝明の殺害……あれは十中八九ISSの──いえ、"ある部隊"の仕業よ」
そう、先程篠が言いかけていたのはこの事だった。
「ISSの中にあれだけの芸当が出来る人間はいないわ。──例え治安維持部門の人間でもね」
「では一体何者なのでしょうか?その部隊とは」
間髪入れずにアイリーンが質問してくる。篠は目を閉じて一拍置くと、ゆっくりとある名前を口にした。
「──"レッドフォース"」
獅子堂の表情が変わる。もしかすると名前ぐらいは聞いたことがあるのかも知れない。
「元は治安維持部門から始まり、今では完全に独立している特殊部隊。
現在隊長は所在が分からないけど、部隊自体は隊長代理であるカイが動かしているわ」
「カイ──?お嬢様、もしかしてその人物はカイ・エクスナーという名前では?」
意外なことに、ISSとは関係がないと思われたアイリーンからフルネームでカイの名前が出た。
「アイリーン、貴女あの男を知っているの?」
「ええ、昔に少々……」
目を伏せるアイリーン。表情から感情を読み取ることは出来なかった。
「恐らく、暫くの間はこのレッドフォースの動向に注意した方が良いでしょう。勿論、他の部門の動きにもね」
(閏さんと暫く闘わなくて済むのは僥倖、と言えるかしら)
メイドから聞いた閏の『話がしたい』と言う伝言。篠も彼とは一度ちゃんと話しがしてみたいと思っていた。
父のことも含めて話したいことは山ほどある。話題には事欠かないだろう。
思えば、十六で治安維持部門に配属された時からプライベートで彼と言葉を交わした時はほぼなかった。
(あの人は私にとって第二の父だった。そんな人に背を向けるのは少し悲しいけど……。
ISS(向こう)がその気ならこちらもむざむざ命をくれてやるつもりはないわ)
「獅子堂君。屋敷の中は好きに使って構わないわ。何かあったら言って頂戴。
アイリーンは私と来て。街にやった者達を呼び戻すわ」
「はっ」
少し寂しげな表情で、篠はアイリーンを伴って獅子堂と分かれた。
『──御影家所属の者に告げる。全員、直ちに屋敷に戻りなさい。
これは最優先の命令事項よ。二度は言わないわ』
街にいる者達全員の通信機に、同時に篠の声が流れた。
「え?帰還命令?何で?」
突然の出来事に着いていけず、ポカンとしているエリ。
「何でも何もないでしょう。お嬢様が戻れと言われたのですから戻るだけです。
エリ、行きますよ」
「あ、ま、待ってよー!」
走り出すメイに続き、チラリと背後の巨大なビルを一瞥して、エリも慌てて追いかけていった。
「帰還命令ですか〜。みんなも聞こえましたね〜?
メイさんとエリさんも〜戻り始めたようですし〜、私達も〜戻りましょうか〜」
『了解(ヤー)』
遠くに感じ、徐々にこちらに近づいてくる大量の気配を前に、尹 明華は市街地からその姿を消した。
【御影 篠:ISSより離反。市街地に展開していた御影家の人間が撤退する。
尹 明華達が消えたことにより、ISS本部ビル周辺の防衛が一般レベルになる】
前スレ
>>87-88 秋雨流辿が動き出すよりも前。
応龍会の敷地内で、対峙する正体不明のマネキン男と凛音の体に眠っていた第二人格たる少女がいた。
少女は麻酔掛けられ弛緩しきった体に邪封の鎖を掛けられ、一方死んだ魚のような顔をした男の手には自動小銃のトカレフ。
圧倒的に不利な状況下で、少女は一つ賭けに出る。
餓鬼野戦と同じく危険な賭けへの即決は、彼女の特性故の判断だが今回はその決断が最悪の結果を招くことになるだと少女には知る術もなかった。
■
「行きましょうか、ね。残念だが、そんな色気もへったくれもない言葉じゃ女子は付いて来ねえ――――ぜっ!!」
瞬間、少女の体から乱気流の如き暴風が吹き荒れる。
墨汁を流し込んだかのような漆黒の風は少女の灰色の髪や白いワンピースを激しく揺らし、眼前の男が怯むほどの勢いを出していた。
「こ、これは邪気? あなた、鎖を巻いた状態で邪気を最大限に解放しているのですか!?」
瞬きもしないマネキンみたいな男だったが、彼を通して出る何者かの声色は動揺の色を隠せていなかった。
「確かに、昨夜見た限り凛音ちゃんの邪気眼は一度発動さえすれば十二分に戦うことが出来る」
邪気眼と邪気の関係はいわば、エンジンとガソリンだ。
エンジン ガソリン バリキ デ
邪気眼に邪気が抽入されれば、能力が発動する。
「しかし、いまのあなたは邪封の鎖で邪気がダダ漏れの状態だ。仮に発動できたとしても、不完全な形になりあなたの体を蝕む結果にしかならない」
だから男は一旦冷静になり、少女の愚行を静観する。
突然の行為で驚いたが、なんのことはない。ただ少女がヤケを起こした、とそう決めつけた。
力尽きたところを捕えれば、それで目的は達成される、と。
だが少女から放出される邪気はその量も、勢いも一向に治まる気配を見せない。
「おかしい。凛音ちゃん、あなたは一体どれほどの邪気を……!!」
「ぐっ……、ハハ。俺様の行為を妨害しなかったことを……一生悔やむんだな、マネキン野郎」
額に脂汗を滲ませ、体力を明らかに消費しているのに関わらず少女は普段通りに高飛車に言い放つ。
「さぁ……出てこい餓獣共ぉ!! 主様のピンチをさっさと救いやがれ!!」
烈風の邪気は少女の周囲で渦巻いて集合し始める。
その数は、四つ。
円盤状に成形された邪気はゲートだ。そのゲートの中心部から、獰猛な眼光が男を捉える。
デッド・ビースト
餓獣。
満たされぬ餓鬼の獣達がいま、この世界に這い出ようとしていた。
「馬鹿な、そんな……あなたは何の訓練も受けていない。これほど邪気を精製できる訳がない。いや、まさかあなたは……お前は……っ!!」
「ぐ、なんだ……あああああああああアアアアアアアアアアアアアアアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
バチン、と少女の何かが弾けた。
ゲートから飛び出す異形の怪物たち。
伝説上の生き物に頑強な鎧と爪牙が加えられた彼らは、これ以上ないほどの暴虐を男に見舞った。
■
「組長! 侵入者どもは全員ブッ倒しました! 何人か捕虜も手に入りましたよ!」
「おう、ようやく片付いたか」
屋敷での騒乱が一段落し、龍神は胸中で溜息をこぼした。
目的も所属も不明なまま戦うことになった相手のことについてはなにひとつ分からないままだったが、とりあえず死者でなかったことには安心する。
だが、いまだ安否がわからぬ人物を思い出した。
「おい、凛音嬢は無事か? だれか確認に行った奴ぁ、いないのか」
「いや、それが見に行った奴がまだ戻っていなくて……」
「――!!」
緩んだ気が再び一瞬で引き締められ、龍神は急いで離れへと向かう。
敵の目的、それは凛音のことだと嫌な予感が頭を駆け巡る。
対秋雨一派戦で重要なカードになるかもしれない彼女を簡単に渡せない。
(いや、それよりもだ。俺の周りでガキを攫うなんて下種なことをさせるかよ―――)
組員共々離れ周辺に到着した龍神が目にしたのは予想外なものだった。
「な、んだこりゃ――――」
それはおびただしい量の血液によって作られた真紅のカーペット。
そこらに『ナニか』の肉片が飛び散り、まるで趣味が悪いホラー映画のような惨劇の跡地であった。
「ん、そこに居るのは凛音嬢……なのか?」
血だまりの隅でポツンと座りこんでいたワンピースの後ろ姿。
あまりに返り血を浴びすぎて、ほとんど赤色のワンピースと化していたがその服装は間違いなく龍神の記憶の中にある凛音嬢の格好であった。
「足リナイ……」
ぼそ、と紡がれた言葉。
え?、と聞き返す間もなく少女は呪詛のように繰り返した。
「足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ
足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ
足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ…………」
「おい、大丈夫か。凛音じょ……」
その時、龍神の真横を血の匂いと共に朱い風が過ぎ去った。
「ぎいああああああああああああ」
悲鳴を上げたのはもっとも凛音から離れた位置に居た組員の一人であった。
他の組員は龍神含め、全員が悲鳴から一拍遅れて振り返る。
組員は首筋から血を大量に流ていた。突如、喰らいついた凛音の歯を突きたてられて。
「マダ、ダメ。モットモットモットモット、チョウダイ」
その声は、言葉というより鳴き声を放っているような声音であった。
凛音の体から獣のような腕や頭部が生えるように現れると、そのまま組員を鋭い牙と爪を使って細断し飲み込んでしまった。
「…………………」
あっという間の出来事にその場に居た他の応龍会の人間は誰一人として、反応できなかった。
『捕食』を終えた凛音の目がこちらを見据える。
虹彩が黒く、瞳孔が白くなって色彩が逆転した瞳には猛獣のような本能的な恐怖を呼び起こすモノがあった。
「……アナタタチジャ、ダメ。モットモットモットモット……」
凛音は獣のように四足で跳躍して、近くの塀へと飛び乗った。
「モット大キナモノジャナイト、ダメ……」
そして、そのまま猫のように最寄りの建物へと飛び移り、街中へと姿を消した。
「な、なんだったんだ。ありゃあ……」
いまだ理解が追いつかぬ龍神の足元で奇妙なことに笑い声が聞こえた。
「あぁ〜そうですか。どうりでおかしいと思った。アッハッハ」
ぎょっと龍神達が視線を下ろすと、そこには首だけとなった無表情の男が転がっていた。
「あれは凛音ちゃんじゃなくて、ユイのほうだったのですねぇ。そうか、昔と若干キャラが違っていたのは他から何らかの干渉があったのでしょうね。
しかし、彼女の闇堕をこの目で見れるとは。はぁ〜、中々有意義な失敗でした」
「闇堕? お前、それは一体どういう……」
「さて、私もそろそろおいとましましょうか。あ、死体処理の方はお任せしますね。では……」
次の瞬間、生首の男から僅かながら宿っていた生気が瞳から完全に消え失せ、今度こそ絶命した。
「一体なんだってえんだ。なにも解決してねえじゃないか! くそ!」
■
応龍会から姿を消した凛音。
彼女が再び、人の目に触れたときは奇しくも彼女自身も知らない二つ名『喰闇の霧』のピッタリの舞台であった。
「モットモット……」
モンスター
数刻後、混迷を極める霧の街に再び闇堕凛音は現れた。
【秋雨凛音:闇堕。秋雨一派襲撃時、街の北区に出現】
「これはまた……」
朱雀堂の地下室に通された黒羽は、そこで驚きとも呆れともつかない声をあげた。
お世辞にも綺麗で上品とはいえない古めかしい造りの漢方店。
その地下室ならば、薄暗くカビ臭く無機質で、漆喰の壁に囲まれた六畳ほどの広さの閉鎖空間だろう──
実際、部屋の中には何もなく、ただ白塗りの壁だけがそこにはあった。
しかし、空間の広大さはどうだ。
これは六畳一間どころではない。高さも広さも、予想の遥か上を行く大規模なものではないか。
広さはそうだ、学校のグラウンド一個分。高さはそう、十階建てビルがまるまるすっぽり入るほどか。
「何してるんだい、はやくおいで」
前から雀舞の声がする。普段より小さく聞こえるのは気のせいではない。
彼女は既に空間の調度真ん中辺りにまで達していたのだ。距離にして100mはあろう。
黒羽は歩き出す。いつもなら特に何も意識することはないたかだか100m。
だが、白塗りの壁だけが広がるこの世界では、遠近感が狂うせいか体感ではいつもより遠く感じる。
(それにしても……)
徐々に大きくなっていく雀舞の姿を捉えながら、黒羽は一つの疑問を感じざるを得なかった。
だが、それは思ってもまだ口にはしない。
焦る必要は無い。その疑問は直ぐに口にできる。後、数秒のうちに──
「……」
前方三メートルほどの位置で立ち止まった黒羽を見て、雀舞は改めてカツンと杖をついた。
「フン……随分驚いている様子だね。この部屋はあたし専用の秘密の特訓部屋。
壁は邪気を吸収し、酸素に変換する特殊な素材を使っていてね。気配が外部に漏れることは決して無い。
この歳になると日々体力が衰えていくからね。自己鍛錬の為に長い年月をかけてコツコツと──」
黒羽の疑問を見透かしたように雀舞はペラペラと口を開く。
しかし、それは黒羽が抱いていた疑問の答えとはかけ離れたものだった。
「──婆さん。あんた、何でここまでする?」
「──なに?」
思い掛けないリアクションに雀舞は唖然たる面持ちをするが、
「あんたにとって俺は単なる赤の他人。
商売上、お得意様と見ていたとしても、俺に対してそれ以上の情は持ち合わせていないはずだ。
それがどうして命を救け、更には俺の力を向上させようとここまで尽くす。俺にはそれが解らない」
次のこの言葉で、彼女は直ぐに神妙な面持ちに切り替えた。
「黒羽家の先代当主……つまりお前の父親・幻蔵だが……」
黒羽は訝しげに目を細めた。どうしてここで父親の名が──そう思ったのも無理からぬことだ。
「あたしはあいつからお前の事を頼まれていてね。
どうか、影葉を一人前にと……それが最後に逢った時、あいつがあたしに残した言葉だ」
「なんだと……?」
眉を顰めて黒羽は呻る。そして、直後にそれを「ハハハ」と乾いた小さな笑いで包んだ。
「自分の手でゴミのように捨てておきながら婆さんに俺を頼むとはな……
……反吐が出るような偽善だ。どうやらあの男、マジで正気を失っちまってたようだな」
「正気じゃない……確かにお前を捨てる以前から、ずっとそうだったんだろう。
……恐らく、お前の妹を養子に出したのも、自分の変異に気がついていたからなんだろうね」
その言葉に黒羽は再び「なに?」と訝しげに目を細めた。
「影葉、お前は生まれついて邪気眼を持たない、いわば後天性異能者だ。
だから父親の変異を単なる堕落としか受け取れなかった。
だが、仮にお前がその時邪気眼に覚醒していたら、恐らく漠然とだが解ったはずだ。父親の変異の原因をね」
「……どういうことだ?」
黒羽は問う。今度は、彼が神妙な面持ちとなる番だった。
「そう……お前は父親について何も知らない。だから話してあげるよ、あたしがあいつについて知っていること全てをね」
こうして雀舞は黒羽ですら知らなかった父親の秘密を話し始めた。
重々しく、悲哀の念すら感じ取れる声で────。
「今から20年前のことだ。お前の父親・幻蔵は当時、『暗裏 雀康(あんり すずやす)』と名乗る一人の隠密(しのび)であり、
そして黒羽一族を抹殺する為に暗裏家から遣わされた一人の刺客だった」
「──暗裏家?」
「そうだ。お前も黒羽の当主を名乗るなら知っているだろう、黒羽家の歴史と『異牙忍(いがにん)』をな」
黒羽はしばしの沈黙の後、小さく「あぁ……」と返した。
異牙忍──それは古来より時の権力者に仕え、数百年の長きに渡って裏の世界で暗躍してきた忍者の一派である。
『妖術』、すなわち今でいう異能力のことだが、それを忍特有の体術と融合させて独自の忍術を編み出し、
比類なき最強の戦闘集団として武士政権を裏で支え続けてきたいわば歴史の影の支配者達──。
黒羽家は、数千とも数万ともいわれるその忍達の頂点に立つ、『四つの名門家』の一つに数えられていた。
暗裏家もその一つである。
四つの名門家は代々上忍を輩出し、異牙忍軍とその本拠地を共同で統率・統治してきた間柄であったが、
幕末の動乱期に黒羽家が主君である徳川を見限り維新志士側についたことでその関係は一変。
以降、黒羽家は数世代に渡って他の名門三家に狙われ、一族に多くの犠牲者を出すことになる。
(あの男が暗裏家の……)
父親が婿養子であったことは幼い頃に聞いていた。
しかし、まさか敵である暗裏家の出であったことは、黒羽にとっては正に寝耳に水というやつであった。
「ある夜、あいつは単身黒羽の住処に忍びこみ、寝首を欠くチャンスを待った。
当時、黒羽家の当主は老いと病に伏せ、その実子も一人しかおらず、それもまだ若く病弱だった。
あいつにとっては正に赤子の手を捻るようなもの。黒羽家を断絶させ、幕末以来の悲願を果たせるはずだった。
しかし、あいつは殺せなかった。……憎っくき敵の末裔は、花のように可憐で儚い、美しい女性だったからだ。
100年の怨念すら一瞬にして忘れ去る程の衝撃……お前の父を止めた女性こそお前の母親・『影菜(えいな)』だった」
「……母さんが……」
「影菜も雀康も互いに一目で恋に落ちた。そして、やがて周囲の反対を押し切り結ばれた。
最終的には暗裏の当主も黒羽の当主もそれを事実として受け止める他は無く、
他の名門家には明かさぬまま秘密裏に和議が結ばれ、以降、暗裏家は黒羽家誅殺から手を引いた。
それから間もなくだよ、お前が生まれたのはな……。
あいつが黒羽の婿養子となったと同時に名を『幻蔵』と改め、自分の息子にすら出生を明かさなかったのは、
互いの家に不幸が及ばないようにとの配慮だ。
もし、暗裏の人間が黒羽の血筋となることが他の家に知られれば、暗裏家もまた狙われることになる……
そうなれば幻蔵への愛を貫いた影菜をも苦しめることになる……あいつは本来、そういう心優しき男だよ」
「……わからないな」
黒羽は静かに首を横に振った。
わからない──それは心優しき男、という科白に対してのものではないことは、雀舞も解っていた。
「それがあの男の変異とどう繋がるのか……話がいまいち見えてこない」
「重要なのはここからさ。幻蔵は確かに隠密として一流の技能を有していたが、たった一つ欠けていたものがあった。
それは異牙忍として、名門家の人間としては必要不可欠な才能──つまり異能力だ。
名門家に生まれついた人間は普通、皆誰しもが生まれついての邪気眼使い。
だが、あいつはそうじゃなかった。あいつは長年の鍛錬の成果として後天的に異能力に覚醒めた男。
故に──自身の“内なる存在”に干渉された時、その精神的抵抗力は酷く弱かった──」
「内なる存在……まさか、それが婆さんが言ってた“闇”か!」
「そうだ。お前ら一族が俗に『影羅』と呼んでいる異能者の奥底に潜む“魔物”だ。
あいつはそれを発症してからおよそ10年もの間、内なる存在との闘争を続けていた。
だが、とうとう御しきることができず、最後には闇に喰われて自らの人格を失った……。
お前を捨てたのも、お前の妹を自分のもとから離したのも、僅かに残っていた親心からだろう。
自分の下に置いておけばいつか必ずお前達を喰らう……その思いが過ぎったに違いない」
ドクン──。再び心臓が大きく鼓動した。
(あの男は……父親じゃなかった……? 俺が恨み続けていたのは……心の奥底に潜んだ魔物……?)
微かに震えていた手を、黒羽はグッと握り締めた。
(だとしたら……俺は……あの獅子堂の父に対する憎悪は…………)
ドクン、ドクン──。
怒りとも哀しみとつかない、得体の知れない感情が胸に湧きあがってくるようだった。
自分の運命を変えたのは──闇(魔物)──? ならば、これまで自分は一体何の為に──!
(俺は…………俺の憎悪は…………間違っていたのか……?)
……爪が皮膚に突き刺さり、握り締めていた手から鮮血を滴らせた。
「影葉」
その一声が得体の知れない感情に喰われつつあった黒羽を我に返させた。
「──!」
「お前も後天的に異能力に覚醒めたんだろう? ──そう、お前は強いよ。だが、才能が無い。
少なくとも、天性の才能を持つ連中と比べれば、その才覚は圧倒的に乏しいと言っていい。
だが──才能があれば必ずしも闇を御しきれるわけではない。才能がなくても闇を御しきることはできる。
闇との闘争は精神力の勝負。──困難に立ち向かっていった数が多ければ多いほど、
困難を乗り越えた数が多ければ多いほど、精神力とは養われていくものだ。
例え若くても、多くの修羅場と地獄を潜ってきたお前なら、闇を屈服させる“資格”はあるはずだ。
──影葉、あたしはそれをお前に伝えたかった」
「……婆さん」
「忘れるな。“憎悪に呑まれるな。逆に、憎悪を喰っておやり。そして、後悔だけはするな”──。
それさえ守れば、必ずや闇を呑むことができる……いいね!」
「……あぁ……」
後悔はするな──そう、もう後悔はしない。
闇に呑まれていたとは知らずただ父を憎んでいた自分を、悔いたりはしない。
だから、これからはせめて誇りに思おう。
怨念を捨て、母を愛し、子供の為に敢えて孤独を選んだ父を。
少しずつでいい。父を、愛せるように──。
「影葉、これからお前はお前自身に闘いを挑みに行く。こいつを使ってね」
と、雀舞が指に挟んで取り出したのは、白いトローチのような物体だった。
「こいつは砕くと煙状に変化し、吸い込んだ者を強制的に仮死状態にする薬でね」
「仮死薬か」
「闇というのは肉体に死の危険性が迫った時に“本体”の精神世界に現れる。
本体が死ねば闇も自ずと消える。だから、そうなる前に肉体を奪おうとしてね。
これからお前を強制的に死の淵に立たせ、闇と引き合わせる──覚悟はいいかい?」
もはや言葉はいらなかった。
眉一つ動かさずジッと視線を合わせ続ける黒羽を見て、雀舞は「フッ」と口元に微笑を浮かべ、
手にしていたトローチをパキン、と砕いた。
刹那、視界に広がり勢い良く迫ってくる白い煙。
(……父さん……あんたを負かした『影羅』……俺が負かしてみせる。だから……)
鼻に迫った煙を、黒羽は肺に目一杯、吸い込んだ。
(だから…………安心して見ててくれ。俺はあんたの息子……黒羽家20代目当主、黒羽 影葉!)
カッ、と力強く目が見開かれる。
──それと同時に、黒羽の意識は真っ白な光に染まっていった──。
「仮死薬の効果はおよそ一時間。その間に勝つことができなければ……目覚めた時、お前はお前じゃなくなる。
影葉……闇に堕ちちゃあいけないよ……。もし闇に堕ちれば、あたしはお前を…………」
【黒羽 影葉:朱雀堂の地下にて闇との『内在闘争』に突入。】
【父・幻蔵の変異は闇堕が原因であったことが判明する。】
疾駆する。
街を飲みこんだ霧と共に歩く異能者の群れ、その流れに沿って。
邪気を孕んだ霧が、市民が邪気眼を突然発眼するという症状の原因ならば、霧を、市民を操る者がいる。
霧の規模からして、そう遠くには居ないはずだ。そう、その何者かを倒せば、恐らく、きっと――二神への疑いは、晴れるのではないか。
そう考えていた事にした。
獅子堂達に着いていくことが嫌だった訳では無い。
現状で自分を守る手段としては最良のように思える。だが。
死んだ親友の為、邪気犯罪者を罰する、という生き方を与えてくれたのは、ISSという組織だ。
その自分が、自分の為に組織に反旗を翻す事。
生き方を失う事が、不安で仕方が無かったのだ。
二神は、そんな自分自身の心の動きに気付きながらも、第二の方法を取り続けていた。
「くそ、…重力使いに変身、光子収束…か、おまけに…」
飛び上がる。狙いを外した熱光線が向かいに居た市民の肩を貫く。
「同士討ちを気にしない!…人心掌握と異能発現、これらを同時にやっているとは…」
膨れ上がった巨大な筋肉の塊が、拳を振り下ろす。
かろうじて二神はバックステップで避けたが、さっきまで二神の居た場所はアスファルトが砕け地肌が見えていた。
「思えない、な。パワーが強すぎる。」
二つ、だ。この事態には恐らく二つの原因がある。
異能発現と人の操作。そして、後者には誰かの意思が必要だ。
だが、そいつは――どこにいる?
「チッ」
ビルの壁を駆け上がり、市民との戦闘を避けて先に急ぐ。
どこにいる。敵は、どこに…
――瞬間、二神の体を強烈なプレッシャーが襲った。
何かいる。この先、霧の向こうにどす黒い影が見える。
(…なんて邪気だ、…禍々し過ぎる…ッ)
ゴボ、と体内の血が騒いだ。黒い血の記憶が蘇る。
(明らかに、他の奴と違うが…まさか、こいつが?)
とにかく視認だ、そう考えてビルの壁を登ろうとした二神を、察知するかのように闇が動いた。
複数の手と頭部で蜘蛛のようにビルをよじ登ってくるソレに、二神は見覚えがあった。
「お前、何故そんな事に…!?」
返答の代わりに、二神の足場であったビルの壁が破壊された。
「…答える気は無し、か…ッ!」
道路に降り立ちながら体勢を整える二神の頬を、一筋の汗が流れ落ちた。
【二神 歪:暴徒の先導者を確かめる為に街の北区へ。闇堕ちした凛音と交戦。】
>>38 二神が去り3人だけになった部屋。ぼんやりと天井を仰ぎながら獅子堂は溜息をつく。
(敵として刃を交える事だけは避けられるかな…? いや、ISS上層部が俺と二神を再び接触させることは…)
恐らく、その可能性は万に一つ。共犯者として手配した人間をおいそれと合流させることはまず有り得ない。
―――相手を粛清する事によって無実を示せと言う“悪意”が無ければの話ではあるが。
「ISSの中にあれだけの芸当が出来る人間はいないわ。──例え治安維持部門の人間でもね」
「では一体何者なのでしょうか?その部隊とは」
(…視界が奪われたのは10秒足らず、近くに他の異能者の気配は無かった。多分、遠距離からの狙撃…
俺の能力でも不可能だ。かと言って、俺の他に僅かでもアレをやるだけの腕を持つ輩は治安維持部門にもいない―――)
「──"レッドフォース"」
獅子堂のこめかみがピクリと引きつる。かつて鬼怒と酒を酌み交わしていた時に、酔いに酔った彼から噂だけ聞いた事があったのだ。
―――並の異能者を一蹴する、遥かに強大な異能力を持つ特務部隊がISSに存在する“らしい”と―――
「元は治安維持部門から始まり、今では完全に独立している特殊部隊。
現在隊長は所在が分からないけど、部隊自体は隊長代理であるカイが動かしているわ」
「…へえ、噂だけは聞いた事がある。どこの組織もそういう類は抱えてるもんだろうが…そいつらが何か企んでるって線か」
御影が頷くのを正面から眺め、獅子堂は再び角砂糖に手を伸ばす。
ガリガリと砂糖を噛み砕きながら、レッドフォースの指揮官の名を聞いて複雑な表情を浮かべるアイリーンにも目をやる。
(『闇照眼』で探りを入れてもいいが、他人の心を盗み見るのは悪趣味だよなぁ…)
命懸けの状況を覆し生き残るためなら止む無し。しかし、その能力故に獅子堂は他者の心を覗き見る事に抵抗感を抱いている。
かつて岡崎が為した所業を思い出すのだ。それは端的に言って悍ましく、禁忌に踏み込むものだった。
「獅子堂君。屋敷の中は好きに使って構わないわ。何かあったら言って頂戴。
アイリーンは私と来て。街にやった者達を呼び戻すわ」
「はっ」
「まあ、言葉に甘えるよ。訓練施設と医療施設の世話になろうかね」
数分後、朝方にメイ、エリの2人と戦った場所に獅子堂の姿はあった。
送り出される標的を文字通り粉になるまで撃ち抜き、繰り出される攻撃を避け、あるいは身に受けた上で耐える。
サポートに回るメイド達が怯える程の鬼気迫る勢いで演武を、特訓を開始したのだ。
「3度目! 回復装置を!」
「はっ、はい!」
今この瞬間にも迫りつつある脅威。それに備えるためには僅かでも力を増さねばならない。
無理矢理すぎる底力の強化、潜在能力の覚醒―――それに伴って心の中で“逢魔”が目覚め始めた事に獅子堂は気付いていなかった。
【獅子堂 弥陸:戦闘に備え、能力の底上げを図って特訓を開始。
強引な能力の強化と共に闇の人格が徐々に表に出始める】
秘社は先ほど新しく入社した3万人(演説した10万のうち、3万は入社、4万は考えておく、残りの3万はまた今度、だった)
とシスター達をホールに集めていた
「さて、まずは諸君が我々の結社に入ってくれたことを感謝する。ありがとう。
さしあたって、君達には紹介しなければならない人物がいる…入ってきてくれたまえ」
「「はーい」」
秘社がそういうと、瓜二つの少女…双子が2人入って来た
「彼女達にはある特別な事情と異能があるんだ…さ、自己紹介してくれ」
「「「「……?」」」」
新入社員達は不思議そうな顔をする。邪気眼はしってるが、この含みのある言い方はなんだろう? といった風だ
「そう…じゃあまずは僕からだ。僕の名前は百咲 瞳。双子の姉のほうだよ。こう見えて君達よりはずっと年上だからね?」
と、落ち着いた雰囲気の少女は言った
「で、その特別な事情だけど…その為には僕がなんと呼ばれているのか。――何と呼ばれ続けてきたかを伝えなければならない」
ここで一旦言葉を切り、
「――『百々眼鬼』。それが僕の通り名だ」
瞳はそう言い放った
「で、そんな名前がついた理由だけど」
そこまで言って、彼女は左手に巻いた包帯をするすると解き、そして
「『百々眼(ひゃくひゃくがん)』」
と呟いた。すると、彼女の全身に無数の…数えるのが嫌になるくらい夥しい数の目玉模様が現れた
「これが僕の邪気眼、『百々眼』。100×100、つまり10000の能力を扱う能力さ。
…尤も、能力を使う場合全身に10000個の目玉模様が現れるんだけどね」
「「「「「……ッ!?」」」」」
その圧倒的過ぎる数字に、新入社員達は戦慄したようだ
「…あれ? でも邪気眼は基本的に1人一つ、多くても2つで…しかも掌以外には発現しないんじゃあ…?」
そんな中、1人のシスターがそう言った
「へぇ、なかなか鋭いねぇ君。僕はそういう子は大好きだよ―名前は?」
「あ、は、はい。聖 ひかり(ひじり‐)です…」
シスターは恐縮気味に答えた
「へぇ、ひかりちゃんね…じゃ、その質問に対する答えだけど。
僕の『百々眼』はあくまで10000の能力を扱うという能力を持つ一つの邪気眼だからねぇ…
全身に現れる目玉模様もただの模様だしね。だからつまりルールにはなんら違反してないのさ。
まぁ、僕の能力の中には、能力の貸し借りをする能力『貸し項千(スキルバンク)』があるから、
これらの能力を邪気眼にして渡すことはできるんだけどね?」
もっとも反則ギリギリってところだろうけどねぇ、と付け加えた
「つまり、僕は実質17743個の能力を扱えるのさ。だからそんな能力の多さと大量の目玉という異形のせいで人から怖れられたんだよ」
「17743…? 10000じゃないんですか?」
シスターの1人が訊ねる
「ああ、僕の能力の中には、能力を盗む能力『典化盗一(スキルスティール)』があるからね。
それで7120個の邪気眼を盗んだのさ…尤も、盗むのにはいくつか条件があるけどね」
「なるほど、7120個も…。では、残りの623個は…?」
「そ、それについては私が説明します…」
大人しそうな少女が口を開いた
「わ、私の名前は百咲 眼…双子の妹です。私も、貴方達より年上です…。
それで、私の二つ名ですけれど…私、秘境の『お眼憑け役』と呼ばれているんです。由来ですけど…」
眼は右手の包帯を解き、そこにある邪気眼を見せた
「『眼憑眼(めつけがん)』。見た目こそ普通ですけど、能力は異常そのもの…
『邪気眼の能力を作る』。それが私の能力です…尤も、一度に一つまでしか作れないうえに、どんな能力でも作成に丸一日かかりますが…」
と紹介した
「これで分かったろう? つまり僕は残りの620個をこの子に作ってもらったのさ」
「まぁ、そんなわけでだ。こういう事情で、彼女達は狙われていた…だから秘境に匿っているのさ」
秘社がそう説明した
「なるほど、そんなことが…。でも良いんですか? 私たちのような新入りにそのような大事なことを教えてしまって…」
「いや、だからこそ教えるのさ…私は仲間を全面的に信用するようにしているからね」
「新入りも古参も私は同じように信用している…。我々は1人じゃ何もできないからな。
仲間割れや内輪揉めは厳禁なのだよ。まぁ、喧嘩くらいなら良いがね」
我々と言ったが、しかし誰よりも『1人じゃ何もできない』のは秘社本人だった―
彼の邪気眼も、カリスマ性も強運も。他人が居て初めて役に立つのだから。
「そんなわけで、彼女達を君達に紹介したわけだが…何か質問はあるかな? 名前と質問内容を言ってくれたまえ」
と、秘社は話をまとめて、新入社員達に質問を促した
「はい…」
1人のシスターが手を挙げた
「何かな?」
「はい、巫 凪沙(かんなぎ なぎさ)です。この結社は、一体何をしているのですか?」
「何をしているのか…そう聞かれれば、それは『何もかも』だよ。我々の社訓は『目的の為ならどんな手でも使う』だからな。
地域のゴミ拾いから企業の新製品開発、異能犯罪者の調査まで…何でもやっているよ。
我々は世界中のあらゆる地域に支社を持つが…本社のあるこの町に限って言えば、この町に『秘境』の息がかかっていない企業は無いと言っていい。
勿論ISSも例外ではないさ…我々はこの町のあらゆる組織に何らかの方法で関わっている」
言うまでもなく秘密裏にだがね、と付け加えた
「と、まぁ我々のやっていることはこんな感じだ。他に質問はあるかね?」
「はい」
今度は別のシスターが手を挙げた
「何かな?」
「修道院 クリス(しゅうどういん‐)と申しますわ。社長は先ほど『目的の為ならどんな手でも使う』とおっしゃいましたけれど、
それならば、その目的とは…何なんですの?」
と、お嬢様のような、あるいはどこぞの変態でテレポーターのジャッジメントのような口調で訊ねた
そんな仰々しい名前の持ち主が何故廃天使になっていたのかと疑問に思わなくも無いが、しかしよく考えれば能力と名前は関係ない。漫画や小説でもない限りは。
「目的…我々の目的は明白だ。そう、つまり…」
ここで一旦言葉を区切り
「『ドヴァ帝国』の復興。そしてその帝国の女王にして女神、“絶氷の魔女”ルーフレンテ様の復活だ」
と説明した
「『ドヴァ帝国』…?」
「ああ。名前くらいなら聞いたことがあるだろう?」
「ただいま戻りました、お嬢様」
「帰還しましたー」
メイ、エリの両名が帰還する。
「ご苦労様。街の様子はどうだった?」
アイリーンと共に自室でそれを迎える篠。途中で合流した藍は人数分の紅茶を淹れている。
「状況に余り変化はありません。
東地区より現れた異能者の集団は依然として本部ビルを目指していると思われます」
「ですねー。あ、でもちょっとだけ変化もありましたよ」
小型の端末を弄りながら、思い出したようにエリが言葉を洩らす。
「何でもいいわ、教えて」
「はーい。えっと、私達が脱出する少し前、新たな異能者が出現したとの情報がありました。
その中でも特筆すべきは二つ。一つは恐らく二神 歪であるということ。
そしてもう一つは……その二神サンと交戦状態に入っているのがヒトではないかも、ということです」
「何ですって?ヒトじゃない?」
エリの報告を聞いて首を傾げる篠。
「ヒトじゃなければ何?機械の類だとでも言うの?」
「私もそこまで詳しい情報は手に入らなかったので今調べて──」
「そこからは〜私達が〜続けます〜」
突然の声にその場にいた五人が一斉に扉の方を向く。
そこには大きな帽子を被った小柄な女性──尹 明華が立っていた。
「明華、貴女がいるということは──」
「はい〜。では改めて〜」
コホン、と一つ咳払いをして、普段の緩い表情からキリっとした表情へ変わった。
「お嬢様、並びに隊長。尹 明華以下四名、全員無事に帰還致しました」
ピッと敬礼して、尹が普段からは想像がつかないハッキリとした口調で帰還を報告した。
「よく無事で戻ってきた。して、街の様子はどうなっている?」
アイリーンが代表して返し、先程の情報の詳細を訊ねる。
「はい〜。私もチラッとしか見ていませんが〜、何だか〜蜘蛛のように見えました〜」
「蜘蛛?一体どう言うこと?」
「え〜と〜、それは〜」
「──!お嬢様!映像入手しました!」
尹が何かを言いかけたところで横からエリの声が入る。
「映像?今言ってたことと関係あるの?」
「大アリですよ!まさしくその映像なんですから」
操作していた端末を篠に見せるエリ。それを見た篠の表情が変わった。
「お嬢様、何か……知っているのですね?」
硬い表情で訊ねるアイリーン。篠はゆっくりと頷いて答えた。
「──この子、前に火葬場での戦闘の時に巻き込まれた一般人の子よ」
「あぁ!あの時の!」
エリがポン、と手を叩いて納得する。
「まさかこんなことになってるなんて……。これはまさか──」
『──闇堕、だな』
突如として頭の中に声が響く。その声には聞き覚えがあった。
(出てきていいなんて言ってないわよ?)
『そう固いこと言うな。とにかく、これは闇堕だ。このアタシが言うんだ、間違いない』
マリーの声は確信に満ちていた。
確かに彼女は『闇』そのものだ。謂わば専門家のようなものだろう。
(まぁ……彼女が闇堕だとして、私達に何か関係があるの?)
『いや、ない。こちらから接触しない限りはな』
(そう、ならこの話はお終い。寝てていいわよ)
『折角答えてやったのに冷たいねぇ』
(頼んでないからね。じゃ、お休みなさい)
「お嬢様……?」
急に黙ってしまった篠を心配し、メイが声をかける。
「ごめんなさい、何でもないわ。それよりこの子だけど……。
結論を先に言うわ──放っておきなさい」
その言葉に大小様々な驚きを見せる面々。
「よろしいのですか?このままでは下手したら本部ビルも──」
「結論を先に、と言ったわ。理由は今から話すから」
メイの言葉を遮るように篠はピシャリと言い放った。
「いい?大事なことだからよく聞いて。
私達は──正確には私と獅子堂君と二神君はISSから命を狙われているわ」
先程よりも大きな驚きが場を支配する。予め話を聞いていた人間は驚かなかったが。
「理由は省くけどこれは事実よ。私は獅子堂君と組むことにして、ISSから離反するつもり。
よって、今更本部がどうなろうと知ったことじゃない、と言うことよ」
沈黙が場を支配する。しかしそれは沈痛なものではない。
皆待っているのだ。篠が次に発する言葉を。
「そう言うことで、今現在よりISSとの全面戦争に突入するわ。
嫌ならこの屋敷を出て行って構わないわ。後の生活も保障する」
そう言ってグルリと周囲を見回す。そこに悲痛な面持ちはなく、自信に満ちた笑みだけがあった。
「いい顔ね。後で後悔しても知らないわよ?」
小さく笑いながら、しかし皆の笑顔を嬉しく思いながら篠は言葉を続ける。
「とは言っても今すぐにどうこう、と言うわけではないわ。
暫くは様子見。秋雨一派に暴れてもらいましょ。各自鍛錬を怠らないように」
ヤー
『はっ(はい)(了解)!』
「皆──私に命を預けてくれてありがとう。誰一人死なせはしないわ」
【御影 篠:ISSとの戦闘に備え準備開始。
以降街の方には極力関わらない模様】
──鼻をつくのはツンとした、青臭い草木の香り。
どこからともなく聞こえてくるのは野鳥のさえずり。
そして目に付くのは、果てし無く続く新緑の森林地帯の中にぽつんと佇む、古いわらぶき屋根の一軒家──。
「ここは……」
ところどころ土壁が崩れ落ちたその家を見上げながら、黒羽は呟いた。
その声に驚きはあっても戸惑いは無い。
その目には驚きの色がありながらも、瞳の奥底からは懐かしさが溢れているようだった。
そう──彼はこの風景を知っている、覚えている。見紛うことなどありはしない。
何故ならここは、彼が幼少時代を過ごした、あらゆる意味で思い出深い場所に他ならないからだ。
「……俺の家……」
この世に生まれ落ちてから、父親に追い出されるまでを過ごした旧黒羽家の邸宅。
異牙の刺客から逃れる為に、敢えて人里離れた山奥に建てられた抜忍の住み処。
金が無い、物が無い、電気が無い、人がいない──
およそ現代人とは思えない暮らしを強いられ、ただ、昔ながらの厳しい修業を黙々とこなしていた日々。
目を瞑れば、それがまるで昨日のことであったかのように思い出せる。
──子供心に、自分の境遇がおかしいと感じたものだ。
何故、自分は毎日体を鍛えられているのだろう?
何故、自分には父と母しかいないのだろう?
何故、自分の命を狙う人達がいるのだろう?
母や父に、それを訊ねると、二人はいつも黒羽家の歴史を話してくれた。
それで理由は解った。けれども、全てが納得できたわけではなかった。
見たことも無い先祖の行いのせいで自分は毎日クタクタになり、傷だらけになっているのか──
そう思うとなんともやり切れない気分がした。だから先祖を恨んだこともある。
成長し、徐々に過酷な修業も平然とこなせるようになり、過酷こそが日常と思うようになってからは、
やがて自然と先祖に対する恨み辛みもどこかに忘れるようにはなったが、
それでもここでは母が亡くなり、父が変異したという悲しい、苦々しい記憶もまたある。
だから、この風景は嫌なことを思い出させるもの、できれば記憶から消したいものと思っていた。
なのに、この“夢”を見ると懐かしさと共に安らぎのようなものを感じてしまう。不思議である。
(久しく見ていなかったが……)
不思議である。どうして今になってこの夢を見るのかが。
(あるいは俺の中で、この当時の記憶こそが、紛れも無い原点になっているからか……)
「──その通り。これはお前の心象風景。お前の心に無意識の内に刻まれた、最も印象深い場所──」
不意の、背後からの声。
黒羽は最初驚いたが、慌てることなく直ぐに平静を取り戻し、静かに拳を握った。
──それは知っている声。忘れたくても、忘れようもない声。
──“自分であって、自分ではない者の声”──。
「誤解するな、夢などでは無い。こここそがお前が持つ唯一の精神世界────
そして俺こそが、この世界の唯一の住人にして、“お前自身”だ──」
振り向く。自然と顔が引き締まった。
「……そうだった、忘れてたぜ。俺は夢を見る為じゃなく、わざわざお前に逢いに来たんだっけな」
氷のような視線を叩きつけられた“そいつ”は、左片方しかない白黒反転した眼を、不気味に歪ませた。
「歓迎するぜ? 茶の一杯も出せねぇが、まぁゆっくりしてけや。──永久になぁ」
ヤミ
黒羽家の伝承にある『影羅』──すなわち、異能者の内面に潜むもう一つの人格・『魔物』──。
今、黒羽と対面する独眼の男こそ、彼自身の闇であった。
「そう言わず茶の一杯くらい出せ。自分自身とはいえ、それが客に対する礼儀だろうが」
「客? 勘違いするんじゃねぇよ。テメェは本来、俺の主となる人格。
だがな、それが気にくわねぇ俺は、これから下克上を起こそうとしているんだぜ?
追い落とそうとしてる奴にわざわざ礼儀を尽くすバカがいるかァ?
これからテメェにやるのは俺の前に跪くって“事実”だけ──いわばそれが茶代わりだ」
笑う闇に、黒羽は「フッ」と小さく失笑した。
「それにしては随分と回りくどい真似をするものだ。
俺の肉体を乗っ取るつもりなら俺を無能力者のままにしておけば、いつでも奪えただろうに」
すると。闇は「クックック」と肩を揺らし、言った。
「……いいだろう、何も知らねぇようだから教えてやるぜ。闇が主人格にわざわざ自分の眼を貸してやる理由をな。
“闇(俺)”が眼を貸してやるのは、別に“主人格(お前)”を強くしてやろうとか、そういう親切な思いがあるからじゃねぇんだよ。
異能者の掌に現われた邪気眼はなァ、精神の奥底に閉じ込められた闇を現実世界に呼び起こす為のいわば“道具”なのさ。
主人格がその道具に馴染めば馴染むほど闇は容易に現実世界の肉体に干渉できるようになる……
皮肉にも強さを手に入れれば手に入れるほどなァ。……だが、何も悲観することはねぇ、むしろ喜んでいいことだぜ?
逆を言えば、自分の邪気眼(チカラ)さえ満足に使いこなせねぇ二流・三流の異能者は半堕にすらなれねぇってことだからなぁ。
あの婆さんが言ってたようにお前はそれだけ強ェってことだぜ、ククククク」
「だが──」
冷静な声で言葉を遮る黒羽に、闇は「あん?」と首をかしげた。
「この右手の邪気眼が『借りもの』ならば、どうしてお前は回収しようとしない。
貸せるってことはいつでも取り上げることも可能なんだろう?
この様子じゃお前も俺と同じ能力を、同じ身体能力を発揮できると見た。つまり現在実力は互角。
それでも尚、自分の邪気眼(チカラ)を俺に分け与えたまま闘うってのは、余裕か? ハンデのつもりか?」
闇は、しばしぽかんと言葉を失っていたが、やがて再び「ククク」と嘲笑を漏らすと、こう叫んだ。
「……第二人格が主人格となるには何が必要かわかるか?
それは主人格に“決定的な敗北感”を与えることだ。心底、『こいつには勝てねぇ』ってビビリあがらせ、
どっちが飼い犬でどっちが飼い主かを、その“魂”にくっきりと刻み込ませる必要があるのさぁ!
じゃあそれにはどうするか? 徒手空拳の野郎をナイフで切り刻む? ナイフを持った奴を銃で撃ち殺す?
それじゃあダメだ。例えそれで圧倒したとしても、相手は心から敗北は認めねぇ。
決定的な敗北感ってのはなぁ──“対等の条件”でぶちのめされて初めて味わうもんなんだよォ!
だから俺は今でもテメェに邪気眼(チカラ)を貸してやってんのさ! 五分の条件で闘り合う為になぁ!」
「なるほど……。それじゃあお前を完全に従えるには、お前よりも俺が“お前のチカラ”を上手く使えることを証明するしかない。
それがこの闘いに置ける俺の目的ってわけだ」
「自分の闇(チカラ)を持て余すような雑魚を主と仰ぐわけにゃいかねぇ。
主が雑魚なら俺が主に取って代わり、この肉体を支配する! 弱肉強食は自然の摂理だろう!?
動物も人間も、結局は一番強ェ奴が“自由”を気ままに貪れるのさ!
強ェ奴が首輪をはめられ、弱者の言いなりにされるなんざ、摂理に反してるってもんだろうがァ!」
「……かもな」
黒羽は視線を落とし、静かにそう呟いた。
そして右手に巻かれた包帯を解き放つと、再び視線を上げて闇と改めて相対した。
「話は終わりだ。そろそろ決めようぜ? お前と俺、果たしてどっちが強いかをな」
開かれた掌から──いや、邪気眼から、紅いオーラが湧き上がる。
それは黒羽 影葉特有の邪気の色であり、精神の色──。
「引き摺り降ろしてやるぜぇ、影葉ァ……。テメェを玉座からなァ……」
対する闇は、その左眼から漆黒のオーラを放ち、自分の周りをその色で満たしていく。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
双方のオーラが広がる度に、地と大気が鳴動する──
──そして、広がり切った双方の色がぶつかり、爆発が起きたように激しく弾けた瞬間だった────
「「いくぞっ!!」」
運命を決する死闘の火蓋が、切って落とされたのは──。
【黒羽 影葉:精神世界にて内在闘争開始】
「ええ、もちろん存じておりますけれど…でも、その国はオカルトなのでは…?」
「いや。オカルトでも伝説でもなく実在する…いや、実在したと言うべきかな」
秘社は答える
「『ドヴァ帝国』。1000年前、神の悪の意思により、楽園(ソウルメイト)と共に生まれた国。
まぁ、もっともこの“悪”というのには語弊がある…。楽園が『善』『正義』『強さ』『正々堂々』といった正(プラス)の力の恩赦に守られているとするなら、
ドヴァ帝国は『悪』『不正』『弱さ』『卑怯』といった負(マイナス)の恩赦に守られているのさ…守られていたのさ」
「しかし、そんなマイナスの塊のような国だったから当然そこにいた生物も地上に存在するものとはいくらか異なり。そして、地上の人間に虐げられてきた。
そう、この世界の人間が魔族と呼ぶもの…それがドヴァの住民なんだ。
勿論、それ以外にも魔族と呼ばれたものはいただろうがね。
神に敵対してる、なんて言われているけど実際は少し正確じゃあない。勿論、『反逆』や『敵対』『反目』といったマイナスの側面を持つのがドヴァ帝国だけれど…しかし、それだって神から“与えられた”ものだ」
「神は本来中立的な存在だからな。だから善(プラス)の側面も悪(マイナス)の側面も持ち、そしてそのそれぞれの側面から楽園とドヴァが生まれ、
その二つが対立することでバランスを保っていた」
>>54ミス 1000年前→100万年前
「だが約1666年前、転機が訪れた。いつものように楽園とドヴァは対立していた訳だが…
ある日突然何かの不調でな…楽園側の正義感とドヴァ帝国側の悪意が侵略意識して…まぁRPGの勇者と魔王みたいなことになってしまったんだ。
…有名な666年戦争だよ。楽園側は勇者作り出してドヴァ帝国に進出し、ドヴァ帝国側はドヴァの生物達を楽園に送り込んで侵略し…その争いは666年間続いた。
リンゴさえ食べれば子を生め兵士を補充できる楽園側と、100万人の臣民全員がドヴァ帝国の万能エネルギーであるダークマターを生み出せる帝国側の争いが長引くのは当然だった。
で、その結果だが。ドヴァ帝国は負けた…そして滅ぼされた。勇者によってルーフレンテ様が殺されたのだ…
いや、殺されたというのは適切ではないな。ルーフレンテ様は建国当初からたった一人で国を治めている、言わば不老不死なのだから」
「1000年前、楽園側と帝国側の争いの中、楽園側の勇者がルーフレンテ様の下に辿り着いた…そして、光の、聖の、正の剣で…ルーフレンテ様を斬ったんだ。
勿論そんなことで死ぬルーフレンテ様ではない…が、その剣には闇を、悪を、負を浄化する力があったんだ。
はっきり言って天敵だ…例えるならゴキブリに洗剤をかけるようなもので、パラスににほんばれブラストバーンを撃つようなものなのだから。
負を浄化されるということはルーフレンテ様がルーフレンテ様で無くなるということだ。負が無くなり正が全てを支配するということだ…それはまずい。非常にまずい。
考えてもみてくれ…光があれば影があり、悪役がいるからこそ正義の味方は存在し、欲があるから物は生まれ、文明は進み…
嫉妬があるから人は成長でき、傲慢さがあるから自分を信じられるんだ。つまりそういう負が無いということは…つまり世界のバランスが、神の均衡が崩れるということで…つまり世界の終焉を意味する。
それを危惧したルーフレンテ様の行動は早かった。ルーフレンテ様はダークマターを魔力に変換して魔法を使うことができるのだが…たった一人で10000もの魔法を扱っていた。左手でな。
そしてその魔力と、ドヴァ帝国全土のダークマターの大半…殆どを左目に収束させた。
そして、その魔力を収束させた左目を、近くに居た幼子の掌に埋め込んだ…。その幼子がルーフレンテ様の131313番目の子供にして、原初にして最強の邪気眼使い、吉岡邪気だ。
楽園側がリンゴだけで子を産めるように、帝国民はダークマターによって子を産めるのだよ。
そしてその吉岡の掌に埋め込まれたルーフレンテ様の左目こそが私達の持つ邪気眼の大元になったものだ。
兎に角、ルーフレンテ様は自分の体から目が外れたところで同じように見ることができる。だからその左目を起点に、自らの魔力と吉岡の精神を同調させ…一先ず吉岡を遠くに逃がした。瞬間移動だ。
そして、なんとか負の存続を保った後はだ。10000ある魔法の内の1つ、肉体を分裂させる魔法を用いて肉体を大量の部位(パーツ)に分解し、そして時空を越える魔法によってそれを時空の彼方に…未来に送り込んだ。
そしてルーフレンテ様は消え去り…楽園は勝利した。ドヴァ帝国は滅んだ。
まぁ、それによって善悪の均衡が崩れから、楽園もその数年後滅びた訳だが」
「しかし、ルーフレンテ様の分裂した肉体は、様々な時代の、ルーフレンテ様が決められた生物に入り込み、“部位”とした。
つまり、ルーフレンテ様は誰かの中で生きておられるのだよ。そしてその部位を全て集めれば、ルーフレンテ様は復活するはずなのだ。
君達の体の何処かに壺のような紋章はないか? ある者は、更に黒い雪の結晶のような紋章はないか?
壺の紋章はドヴァ帝国の転生体、または血を引く者の証、黒雪の紋章は、ルーフレンテ様の部位の証だ。
ちなみに私はルーフレンテ様の“脳”をしている。
…私が知っているのはここまでだ。先程邪気眼の原初と言ったが、しかし私には原初と昔と現代しか分からん。
つまりだ。邪気眼がどのように進化、変化、分化していったのか分からんのだよ…。
何せ、原初の邪気眼…『邪気眼』は邪気であるダークマターをそのまま液状だったり高温だったり固体だったりに変化させ、扱ったり力にしたりするものだったそうなのだから…。
だからここまで細分化したのは不思議でならんのだ。
だが、それも部位を集めれば分かる筈だ。
そしてだ、闇とやらの存在も気になる…原初であればルーフレンテ様の目と魔力が取り憑いているから、それが人の形をなすことに何の違和感もないのだが…
その血を引く、若しくは何らかの方法で関わる、それが何年も続いた、かどうかは知らないが、ともかく直接関わったとは思えない現代の『邪気眼使い』達の中の『闇』の存在…あれも謎めいている。
何しろ邪気眼はその『闇』が本体に片眼を貸しているものらしいからな。そこを解明できれば…ドヴァの復興へ近づける、と私は践んでいる」
「ちなみに僕は左手だよ」
「私は右手です」
秘社の説明が終わる
「あ…ありました、壺の紋章」
「私も…」「俺も…」
シスター達の中から2人、勧誘の中から1000人、帝国民が見つかった
「そして黒雪も…ありました」
そして、更にその中から、シスターの中では1人、勧誘の中では3人、部位が見つかった
【秘社境介:新入社員達に結社の事を説明。ドヴァ帝国の事が明らかになる】
『おかしい』
五メートル先も見えぬ濃霧の中を疾走するスイーパー。今、彼の脳内を占める言葉はただそれだけだった。
ついに決行された秋雨一派による進攻。
市民を即席の軍隊へと次々に変えるという卑劣な犯行を止めるべく、自分は仲間と共に路地裏を抜けようとしていた。
そう、ただ通り抜けようとしただけだった。なのにどうして――――
「ダメ、ソンナノジャ。私ガ欲シイノハ……」
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
どうして俺はこんな少女から、両手をもがれた挙句に逃げ回ってるんだ?
「私ヲ埋メ尽クス程ノ、邪気」
生肉が一瞬で押しつぶされる音と共に、人の気配がまたひとつ路地裏から消える。
■
>>45 不明瞭な霧の中は今の凛音にとって、絶好の狩場であった。
この邪気を孕んだ霧は視覚のみならず、邪気眼使いが常日頃から使っている『邪気を察知する能力』までも妨害していた。
十メートルも寄れば認識できるだろうが、逆にそれ以上の距離では闇堕という邪気の塊のような存在でも察知されることはない。
だから、凛音が邪気を察知したならそれは間近に獲物が迫ってる証であり、相手は凛音という獣の標的にされたことを表していた。
「……見ツケタ」
四足で地を駆け、跳躍して獲物を眼前に捉えた。
凛音が着地したビルの壁部の真上に、長い白髪と黒衣を身に纏う少年が同じくビルを外側から登ろうとしているところだった。
「お前、何故そんな事に…!?」
戸惑いの声をあげる少年の名は、二神歪。
それは昨夜、凛音が身を案じた相手であった。
その時、名も知らぬ彼のために黒羽影葉という凶悪犯に挑んだ事もあったが、現在の凛音はそんなことには気付くことはなく、また気付いても意味をなさないだろう。
黒衣の少年の驚愕をよそに、赤衣の少女はすでに攻撃を始めていた。
凛音の体から中途半端に露出していた餓獣たちの頭部や腕部。
それらが完全な獣の形となって、二神へと突進していった。
「…答える気は無し、か…ッ!」
足場を崩されたことにより、二神は地上へと降り立った。
同時に彼と凛音の間に立ち塞がるように餓獣が着地する。
その獣の名は『バイコーン』。
シルエットだけを例えれば、黒い雄馬に前方へと鋭く伸びた二本の角が生えたと言えば分かりやすいだろう。
ただ圧倒的な威圧感を与えるのは、その全長五メートルにも及ぶ巨躯であろう。
馬や牛どころか、象並みのサイズを持った二角獣は身に着けた馬鎧をガチャガチャ鳴らしつつ、二神を見据えた。
「アナタナラ、私ヲ満タセル?」
バイコーンの背後で、さらに大きな餓獣『バジリスク』の頭部に乗った凛音の体は元通りの少女の矮躯のままだった。
しかし、白黒逆転の瞳は以前の彼女とは全く違った野獣の如き光を鈍く放っていた。
「サァ、アナタモ私ノ一部ニ……!!」
バイコーンが地響きのような足音を鳴らし、突進を始めた。
乗り捨てられた乗用車も、標識や看板までのあらゆるものを轟音をあげて破壊しながら、二神へと肉薄する。
普通の馬の何倍もの速度で、バイコーンの重機の如き前脚は対象へと振り下ろされた。
【闇堕凛音:二角獣バイコーンを召喚。二神へと突進させる】
「……もう、何度目でしょうか…このままでは…」
カプセル内に横たわる獅子堂の姿を見て、オリビアは不安を滲ませつつ溜息をついた。
余りに急激な邪気の消耗と回復を繰り返し、強引に潜在している邪気を呼び覚まそうとする獅子堂。
オリビアが眺めるディスプレイには、回復の度に獅子堂が吸収する邪気の量が増えているデータが示されている。
メイド達は皆、言い表せない不安を抱き始めていた―――獅子堂の様子が不気味に変化しつつあったからだ。
撃ち砕いた標的を見る目が邪悪に光る。対人訓練での振る舞いが残酷になっていく。そして発し始めた「くはは」という笑い声。
(まるで…力が増強されるにつれて人格がすり替わって行く様な…力に酔っている?
いや、力に精神が侵食されていると言った方が的を射ていますね…もしや…)
『回復完了。開錠します』
オリビアの思考を遮ったのは邪気の供給完了を告げるアナウンス。
「―――っ! 獅子堂様!?」
カプセルが開くのと同時にオリビアが獅子堂に向かって駆け寄った。
「……く…来るな…」
異常な様子だったのは言うまでもない。回復したはずなのに獅子堂は膝を付き、冷や汗を額に浮かばせている。
「お…逢魔が…来る……! お前達、離れろ! 奴は危険だ…!」
オリビア達の目に驚愕の色が浮かぶ。制止する獅子堂の手の甲の邪気眼が青色から紫色になっていたのだ。
「―――あああぁあああぁぁあああぁ!!」
獅子堂は頭を抱え、絶叫が医務室全体に響き渡った。
「―――くはぁ…お前は“よくやってくれた”よ。弥陸ぅ」
「…逢魔……貴…様…!」
現実でどれほど時間が経ったのかは分からない。獅子堂の意識が戻った時、そこは精神世界だった。
そこでは獅子堂の両手両脚は黒い結晶体に埋もれ、身動き一つ出来なくなっていた。
それは自分の意思が現実の肉体に伝わらなくなっている―――肉体が闇に囚われた事を示していた。
「めでてぇ奴だな。『パーフェクト・ジェミニ』に完全に適合しただけで、邪気眼を支配したと思い込んで…
俺の存在をしっかり認知しながら、主導権を俺にくれる様な真似をして…この通りだ」
「どういう…ことだ…?」
意識が朦朧としていく。その様を見て逢魔はほくそ笑む。
「異能力の源がすなわち“闇(オレ)”だ。それを引き出そうとすればするほど、“闇”もまた肉体との距離が近付いていく。
…ここまで言えば、賢いお前だ。分かるだろ?」
「俺に取って代わるつもりか!」
「くはは! “いずれは”な! 残念だが主導権はまだまだお前にある…だが、今この瞬間は俺の方が上…精々楽しませてもらうぜ?
ああ、安心しろ。決着は一切の邪魔無く着けたいからなぁ。当面はお前の代わりに、お前のやりたい事を代わりにやってやる」
逢魔の姿が霞んでいく。獅子堂は何か言いかけたが、それは言葉にならなかった。
「…くく…」
「獅子堂…様…?」
恐らく現実では時間にして数秒の出来事だったのだろう。メイド達は獅子堂―――正確には“逢魔”の宿った獅子堂の体―――を囲んでいた。
「―――くははぁっ!!」
邪悪な笑い声と共に逢魔は立ち上がり、メイド達を突き飛ばした。
「くはっ、いい気分だ! なあ、お前ら御影の所に俺を案内しろよ。あいつに俺の敵を教えさせろよ。
―――戦場に! 俺を! 連れてけよぉ!! くははははは!!」
【獅子堂 弥陸:半堕により闇の人格“逢魔”に肉体を一時的に奪われる。
逢魔:御影の戦闘指示を得るべくメイド達を恫喝】
「──予定より遅かったな。一体どこで道草食ってやがった?」
たった今、部屋の扉を開いて入った来た“男”に、爆動 塵一は静かな、
それでいて若干の怒気を確かに込めて言い放った。
「うーん……“僕にとって”は予定外だったよ。あの様子じゃもしかしたら本人は本当に知らなかったのかもしれない」
視線を合わそうとせずに、ただ虚空をぼうっとした目つきで凝視するその男──
カイ・エクスナーは、まるで独り言を零すかのように小さく言葉を紡いだ。
「?」
質問の答えになっていない言葉と、いつもとは違う“らしさ”のないカイの態度に、思わず訝しげな顔をする爆動。
「変だなぁ……僕の予想が外れるなんて滅多に無いことなんだけど……」
上の空で首を傾げるカイに対し、その場に集う一同はしばし互いに無言で視線を合わせるしか術をもたなかったが、
やがて何ともいえぬ沈黙にしびれを切らしたスナイプの一言が、その空気を切り裂いた。
「……あのさぁ、こっちにもわかるように喋ってくれよ。一体、流辿との間に何があったんだい?」
「うーん、まぁ……つまり……」
未だ心ここに在らず、という感じながらも、カイは天井を見上げ、一つ一つ思い出すように話し始めた。
──時は、今から半刻ほど前に遡る。
「知らない?」
カイは、目を見開いて、“彼”の言葉を疑問系にして復唱した。
「聞いての通りだ。二度は言わぬ」
その彼──秋雨 流辿は、即座に威厳ある声をカイに返した。
「あれれぇ? それじゃあ偶然かなぁ? 昨晩、二条院さん達が接触した何名かのスイーパーの中に、
貴方の娘と思しき人物がいたはずだって言うんだけどねぇ?」
「……誰がそのようなことを?」
流辿は目を細め、訝るように眉を顰めた。なるほど、当然のリアクションだ。
仮に天使の一派の中に、過去、彼の娘と一度でも接触したことがある者がいとたしても、
一体何を根拠に昨晩遭遇したスイーパーの中にその彼女が居たと断言できるのか?
見た目で一致していただけならば、他人の空似ということも充分に考えられる筈である。
「天使 九怨さ」
カイは、うっすらと微笑を浮かべながら、流辿の疑問を見透かしたように続けた。
「彼の能力は果実を使って“遺伝子レベル”で他者の能力と融合するというものだ。
その彼が言っていたんだよ。昨晩、現場から回収したスイーパー達の細胞の中に、
貴方と極めて酷似した遺伝子を持つものがあったってね」
「……」
押し黙る流辿。
初め、一体どうやって天使が自分の遺伝子情報を知りえたのか、一抹の疑問を感じないわけではなかった。
確かにISSの重要人物であった時代、本部のコンピュータに彼の個人情報が詳細に記録されていたことはあったが、
それも離反の際にイデアのデータもろとも二度と復元できないように抹消しているのだから、知る術はないはずである。
しかし、細胞一欠けらあれば対象の遺伝情報を取得できる天使の能力の前では、データの抹消など無意味なのだ。
実際に顔を合わせた機会はそう多くはなかったが、抜け目のない天使一派のこと、
髪の毛の一本ぐらい手にいれていたとしても不思議は無いだろう。だから流辿は疑問を打ち消し、口にしなかったのだ。
「だから調べてみたんだよ。そしたら、貴方は副会長を辞する以前に“娘”さんを儲けていたっていうじゃない?
二条院さんの報告によれば女性も何人か含まれていたみたいだから、現場にその娘が居た可能性は極めて高い。
そこで念の為に、そのことを“レッドフォース(僕ら)”の隊長に伝えたんだ。そしたら意外にも強く興味をもたれてね。
……いや、正確に言えば彼女の存在そのものにではなく、天使から伝え聞いた“彼女の能力”になんだけどさ……
とにかく、そういう理由で僕は貴方の娘さんを探してるってわけ。これで大体、事情は理解してもらえたかな?」
相手の訊き返してきそうなことは予め言っておく、というようにペラペラと言葉を紡ぐカイ。
「そういうことか……」と、呟いた流辿は、考え込むようにしばし腕を組み目を瞑ったが、
だからといって流辿自身、前言を撤回する気は微塵も無かった。
「君の言っていることは理解した。しかし、改めて断っておくが、娘については私の与り知らぬこと。
どこにいるのか、何を目的に行動しているのか、私に訊いても無駄というものだ」
「……」
動揺も焦りも無い、ただ厳しいまでの強い光を放つ流辿の目を見て、カイはそれ以上追求できなかった。
「……ふーん。まぁ、知らないっていうんだったらそれを信じるしかないよね。お邪魔したね」
と、あっさり踵を返していくカイ。
だが、一歩、二歩と進みかけてふと足を止めた彼は、最後に背中越しから流辿に言い残す。
「……そうそう、今後僕らに隊長がどういう命令を下すかは知らないけど、
もし仮に君の娘さんの捜索と捕縛を命じられたら、僕らはその通り動かなきゃならない。
その時、くれぐれも邪魔はしないでね? ……何故かは言わないでも解ると思うけど」
コツ、コツ──。靴を鳴らして去っていくカイ。
流辿はただ、それを無言で見つめていた。
「──とまぁ、こんな感じでさ。予想に反して無駄足だったよ」
と、溜息混じりに両手を広げるカイに、まず「それで……」と問いかけたのはテレーザであった。
「隊長は何て?」
「もし、これから与える任務の途中で彼女と遭遇したら捕縛しろってさ」
「俺達が独自に入手した情報から判っているのは、精々その娘の名前と年齢くらい。これじゃ骨が折れる。
つまり……娘は後回し、流辿から情報を得られなければ期待はしていないってことか」
言う爆動に、「隊長にしてみれば想定内だったんだろうね」とカイが頷く。
「それでそれで? 次にアチシ達は何をすればいいの? もしかして鬼怒っちをぶっ殺した御影っち達の征伐ぅ?」
純粋無垢を思わせる声ながら過激な単語を遠慮なく並べる百合真。
カイはまず「まぁ、鬼怒さんを殺したのは僕達だけどね」と突っ込み、
次に先程体内通信から齎された命令を、一同にありのまま伝えた。
「──御影は流辿らに任せて置けば良い。ISS内部に不穏な動きがあると察知していても、
御影にとって流辿らは所詮、看過できぬ存在に違いは無い。衝突するのは時間の問題だ。
お前達には別のことをしてもらう。まずは……『治安維持部門』を秘密裏に“浄化”せよ──」
「それってつまりぃ……」
頬に指を当て、珍しく難しい顔をする百合真。
恐らく内容が遠回しに聞こえて、今いち理解できなかったのだろう。
「要するに『これまでと同じ手口で“奴”を処分しろ』ってことだ」
だが、軽く頬を吊り上げる爆動を見て、百合真は「あ、そっかー」と笑い、はしゃぐ。
そして、直ぐに顔を黒く染め上げて、今までにない程に口元に兇笑を貼り付けた。
「ねぇねぇ、今度はゆりりんにやらせてよぉ〜! アチシがやったと思われないよう、ぐちゃぐちゃのミンチにしちゃうからぁ〜」
「バカ、そんな目立つことしなくても、とにかくスマートに決めればいいんだよ。決して足がつかないようにな」
「えぇ〜!? それじゃあつまんなーい! ねぇねぇ、カイくんはどう思うぅ? アチシとスナイプ派、どっちぃ〜?」
輝いた瞳を向けられたカイは、スナイプと百合真の双方を交互に見やりながら、「フッ」と不敵な笑みを返した。
【カイ・エクスナー:流辿のもとを去る。隊長と連絡を取り、レッドフォースに新たな命令が下される】
61 :
二神 歪 ◆WS9cBo9MH6 :2012/06/13(水) 23:00:29.33 0
>>57 事態は予想しえないものになっていた。
敵の計画を停滞・破綻させ無実を証明する為にここに来たのに、何故自分は顔見知りの少女から攻撃を受けているのか?
現状、彼女が敵の計画の一部だという可能性もある。
だが、凄まじい邪気を感じるものの、出力の不安定さゆえに彼女は敵の切り札とはなり得ない。
逃走し、彼女を放置して真相を追及する方が近道だろう。
「…と、考えたところで…実際にその行動が出来るかどうか、はまた別物だな。」
ざり、と右足を地面に擦り付けて、二神は秋雨と対峙する。
理由は、と聞かれれば、あの『館』に踏み込んだ時に目にした、『堕ちた』少女が重なって見えたからだ。
御影が葬ったという少女の眼、狂気の邪気。それは目の前の赤い衣の少女の症状と酷似していた。
「アナタナラ、私ヲ満タセル?」
少女は何かの獣――いや、バケモノ、の上に乗り、そう言い放った。
「サァ、アナタモ私ノ一部ニ……!!」
間に立つ二角の戦車のような体躯の馬が、近づく群衆の怒号をかき消すような声で嘶いた。
まるで軍靴のような蹄の音が鳴り響き、二神と獣の距離は一気に縮まって――
振り下ろされた前脚を、ギリギリで二神はかわす。
予想以上の速度に、反応が遅れていた。
横っ飛びの合間に胴体へ針のように鋭い蹴りを数発入れ、反動で通常の倍程度の間合いを取る。
だが、その巨躯は少々のダメージなどものともしないようだった。
(とにもかくにも『鉄血武装』を発動しなければ、コイツ一匹にも勝てない…が、『受けて無事な攻撃』が、本当にあるのか…!?)
瞬時に考え、出した結論は、敵の武器であり、命ともいえる脚への攻撃である。
関節には装甲を施せない。カウンターを狙うのだ。
そして、もう一つ。
、 、 、 、 、 、 、
組織の援助が受けられない以上、二神は血を温存して戦う必要がある。
「決まりだ、な。」
呟く。二角獣が走り出したそのタイミングで、二神も突進する。
ハードル走のように。最適な距離に合わせる為、人も獣も無意識にその歩幅を調節する。
二神は交錯する少し手前でスピードを落とした。攻撃目標への距離が伸びた二角獣は当然攻撃前の最後の歩幅を大きくして――
白い軌跡があった。
二神は振り上げられたその前脚を正面から蹴りで叩き落とす。
完全にタイミングが狂った二角獣が下げた、その美しい首の根本へ。
命を刈り取る大鎌のような、左足の脚撃が吸い込まれていく。
【二神 歪:秋雨の獣、二角獣と交戦中。】
>>58 皆を送り出した後、篠は藍と二人自室に残っていた。
藍の淹れた紅茶を飲みながら考えに耽る。
(ISS──特にレッドフォースとの闘いはもはや避けられない。
でも今の私じゃ彼らに対抗できるかどうか……)
『なぁに、いざとなったらアタシが力を貸してやるよ』
頭の中にマリーの声が響く。篠は嘆息しながら言葉を返した。
(力を貸す?冗談じゃないわ。そんなことをしていたらいずれ肉体の支配権をあなたに奪われる。
それが目的のあなたに頼ると思う?)
『だがアタシの力なくして闇人である奴らには適わない。そうだろ?』
(ええ、そうね。でも何も方法は一つじゃない。
あなたから力を借りるんじゃなく、あなたの力を従えてしまえばいいのよ)
『……へぇ。今のアンタにそれが出来るのかい?』
(出来る出来ないの問題じゃないわ。やるしかないのよ。
どの道失敗しても私の体は彼らに狙われる。あなたが相手するのよ?)
『それもそうだね。んじゃやるかい?』
(……そうね。従えるなら早い方がいいわ。それだけ慣らす時間も増える)
『クク……いいねぇ。じゃあ始めるかい?』
(ええ。オリビアに言って仮死薬でも──)
バァン!!という音と共に扉が開かれたのは篠が椅子から立ち上がったのとほぼ同時だった。
「何事?」
開かれたドアから入ってきたのは、怯えた表情のメイド一人と獅子堂。
「どうしたの?何かあった?」
聞かれたメイドはビクリと一瞬体を竦ませ、慌てて答えた。
「は、はい。獅子堂様がお話があると」
「そう。で、話って何かしら?獅子堂く──」
それまで黙っていた獅子堂に視線を移した篠は僅かな違和感を覚えた。
いつもの獅子堂とは身に纏う雰囲気が違う。
(──『闇』、ね。間違いなく)
「……あなた、誰?」
問いかけた瞬間、獅子堂はけたたましく笑い出す。そして医療班に言ったのと同じ旨の内容を篠に告げた。
「あなたの敵、ですって?そんなものは自分で考えなさい。私が組んだのは『獅子堂 弥陸』であってあなたじゃない。
そんなに闘いたいなら何処へでも行きなさい。一人でね。私の知るところではないわ。
そうね……どうしてもと言うのなら街へ行ってみたら?今なら敵がわんさかいるわよ?」
これで話はお終い、とでも言うようにヒラヒラと手を振る。
「行くならさっさと行きなさい。今のあなたにはこの屋敷にいる資格はないわ」
早く出て行け、と言いたげに扉を指差し、再び椅子に座り、マリーとの会話に戻った。
(……興が削げたわ。勝負は次の機会にしましょ)
『お前がそれでいいならアタシは何も言わないよ。
しかし……いいのかい?あの男を放っておいて』
(構わないわ。私に害を為すようだったら容赦なく殺すから)
『おぉ、怖いねぇ』
「……彼とは利害が一致しているだけの関係。それ以上でも以下でもない。
私の邪魔になるようなら潰す──そうでなければ利用するだけよ」
最後にそう告げると、静かに眼を閉じて眠りに落ちていった。
【御影 篠:部屋に来た逢魔を追い返し、眠り始める】
「よし。それでは、ルーフレンテ様の部位だと確認できた者は残ってくれ。その他は解散だ。他の社員達との親睦を深めてくれたまえ」
「「「「「「了解しました」」」」」
」
「さて、と。今回見つかった部位は4人か…。君達、黒雪の紋章は体のどの位置にあった?」
「私はその…左胸でした」
「クスクス………私は顔でしたよぉ…」
「俺は腰骨の辺りにありました」
「あたしは髪の毛にありました〜」
「なるほど。左からルーフレンテ様の『心臓』『顔』『骨』『髪』と言ったところだな…ククッ、心臓が見付かるとは幸先が良い…。
さて、ありがとう…この中でまだ能力に覚醒(めざ)めていない者はいるかね?」
「クスクス…私は既に能力者ですよぉ?」
「俺も能力は持っています」
「あたしも能力持ちですよ〜」
「あっ…その、私はまだ覚醒してません…」
「なるほど、そうか。では、えー…」
「あ、はい。その、太鼓堂 心(たいこどう こころ)と申します…」
「ふむ、では太鼓堂。能力開発室に行ってくれたまえ。君の邪気眼能力の覚醒を促進する部屋だ。では、行くぞ?
『社員転送(メンバーワープ)』!」
「あ、あの…了解です!」
こうして、秘社は太鼓堂を能力開発室に送り込んだ
「他の者は解散だ。社内の雰囲気に慣れてくれたまえ」
「「「はい!」」」
>>61 神殿の柱のように太いバイコーンの首筋に二神の蹴りが見舞われた。
歩幅を利用した一瞬の攻防により、その大技は確実に漆黒の二角獣に命中した。
した、のだが――
ガギィン!!、と。
その蹴りが生み出した結果は、鋼鉄のような硬質の音を鳴り響かせる、ただそれだけであった。
『VAGOOOOOOOO―――――!!』
ディーゼルエンジンのような盛大な咆哮と共に二角獣の象徴たる一対の角が動いた。
本体い同様に巨大な角は、まるで狙いを定めるように二神に角の切っ先を向ける形で曲がると、
最初の突進をも超える速度で伸張した。
真上から降りかかるような突然の攻撃に、二神も咄嗟の回避を試みる。
文句なしの回避運動ではあったものの、二角獣の角の片割れは彼の右肩を貫き、
なお勢いを衰えさせずにアスファルトの道路に突き刺さった。
二神は地面に縫い付けられるように仰向けに道路に固定されたのだった。
「……アナタデモ、足リナイネ」
身動きが取れない二神の周囲に、無数の門(ゲート)が出現した。
深淵の闇しか見えない門の奥底からは、美醜さまざまな餓獣たちが這い出てくる。
闇堕前の凛音なら、考えられないような能力の同時多用。
闇堕した凛音――いや、本来の主である闇の人格がその能力を行使することによってその離れ業を可能にしているのであろう。
加えて、餓獣たち自身も今までとは比べ物にならないほどの進化を果てしており、もともと黒羽影葉の“メテオライトボム”すら防ぐほどの
頑強な鎧や爪牙は決して砕けぬ絶対のものとなっていたのだ。
「私ハ、早ク解放サレタイ。コノ体モ、力モ全テ自由ニシテヤリタイ。
ダカラ、コノ穴ダラケノ精神ヲ補完シナクチャ。アナタモ、アナタ以外モ犠牲ニシテ」
召喚された餓獣たちは、ハイエナのごとく周囲を巡回しながら、その時を待っていた。
バジリスクの上から二神を見下ろす闇の人格は何のためらいも情けもなく、宣言する。
「食ベチャッテ」
飢えた魔獣たちを解き放った。
大量の唸り声と共に餓獣たちが一斉に二角獣の足元へと殺到する。
ある獣は爪をたて、ある獣は牙を生え揃えた口を開かせる。
地面に固定された二神に、血肉を求める黒い群れは一斉に飛び掛かった。
【闇堕凛音:大量の餓獣を召喚し、二神を捕食するように命じる】
■
「ここ……は?」
眼を開けると、そこは懐かしさと共にありえなさを孕んだ風景であった。
凛音が飛び出してきた孤児を対象とした保護施設。
凛音が先程までいた厨弐市とは何十キロと離れた所にあるはずの建物の内部であった。
「わたしは、さっきまで龍神さんの屋敷にいて……あれ、記憶が……」
不鮮明な記憶に、また能力を使ったのだろうかと自分でも驚くほど冷静に頭を整理をしていた。
「ハッ、冷静で当然さ。ここはお前の心の内側、いわばお前の精神がもっとも落ち着く場所なんだから」
不意の声。
その声は初めて聞いたようで、それでいてよく知っているようなものだった。
凛音が振り向くと、そこには
「こうして会うのは初めてだな。凛音」
灰色をしたセミショートの髪に、まだ幼さを残した顔立ち。
身に着けている白いワンピースと藍色のストールもどこか内向的な印象を持たせる。
しかし、瞳には傲慢といっていいほどの過剰な自信が溢れ、小柄でスレンダーな体躯も腕を組んで威風堂々といった立ち姿だった。
「わ……たし?」
【凛音:???にてユイと出逢う】
66 :
名無しになりきれ:2012/06/20(水) 04:01:32.72 0
その目気色悪すぎこっち見んなど田舎富山男死ね。その目気色悪すぎこっち見んなど田舎富山男死ね。その目気色悪すぎこっち見んなど田舎富山男死ね。その目気色悪すぎこっち見んなど田舎富山男死ね。
>>62 「…こ…この部屋です。ど、どうか穏便に…」
「案内ご苦労―――っと!」
逢魔は怯えるメイドに邪悪に笑いかける。その直後、けたたましくドアを蹴り開けた。
「何事?」
落ち着いた御影の声が部屋に静かに染み渡る。逢魔は『闇』たる自分の存在が認知されていることを感じ取っていた。
「……あなた、誰?」
「…くっ…くはっ…くはははは!! 分かってるだろう? ええ? 御影ぇ…弥勒の奴が世話になったなぁ。
お蔭で俺もこうして存在出来てる…どれだけ感謝しても感謝しきれないってのはこの事だなぁ。
まあ、本題に入ろうか。俺は『獅子堂 逢魔』―――弥陸の、言うなれば暗黒面の人格だ。お前も覚えが有るだろう?」
コツコツと踵を鳴らしながら、逢魔はゆっくりと御影に歩み寄る。
「俺と弥陸は利害が一致してるんでな、お前の指揮下にいる事に…俺も不満は無い。
ただ、教えて欲しいんだよなぁ…今…俺達が叩き潰す相手を、ブチ殺す相手をなぁ!
邪魔になる輩にゃあ俺自身が出向いて抹殺しようじゃないか。その対象を―――」
「あなたの敵、ですって?そんなものは自分で考えなさい。私が組んだのは『獅子堂 弥陸』であってあなたじゃない。
そんなに闘いたいなら何処へでも行きなさい。一人でね。私の知るところではないわ。
そうね……どうしてもと言うのなら街へ行ってみたら?今なら敵がわんさかいるわよ?」
「―――おお、これは冷たい…弥陸も中々買われてるじゃあないか。それはそうと俺は好き勝手に殺ってもOKって事かぁ?」
逢魔と御影の視線が交錯する。逢魔の目は邪悪な破壊欲で暗く輝き、御影の目は失望と侮蔑の混じった様な雰囲気を醸し出している。
ヒラヒラと手を振る御影の姿―――これ以上話す事など無いというサイン―――を見て逢魔は踵を返す。
「行くならさっさと行きなさい。今のあなたにはこの屋敷にいる資格はないわ」
「クク…じゃあ霧の中で遊んでくるよ。そういやスペインの怪談で“霧魔の吸血鬼”ってのがあったなぁ…くはっ」
逢魔の心は決まった。秋雨一派の起こした奇怪な霧の中へ出向こうと言うのだ。
部屋を出る直前、その足を止めて一言だけ逢魔は零した。
「心配なぞしてねーと思うが言っとくぜ…弥陸はちゃんと帰ってくるからよぉ…」
それだけ言い残すと、逢魔の姿は屋敷から消えた。
「どーこーへ行くのかなあ?」
「ひっ…ひいい…本部! 本部! 何故繋がらない!? 誰か―――」
鈍い金属音を伴って逃げ惑う男の後頭部を無慈悲に砕いたのは、紫色に輝く銃弾。
「―――だ…ずけ…で…」
哀れな男の命の灯が尽きる。男を殺したのは逢魔。そして男はISSのスイーパー。
これで6人目―――秋雨一派の起こした怪霧の中で逃げ惑っていた姿を見つけるや、逢魔は彼を無慈悲に殺しにかかったのだ。
ゴロンと死体を仰向けにして胸のポケットからライセンスを取り上げると、逢魔は男の顔に唾を吐きかけた。
「この5流が…治安維持部門じゃあねぇな? こんなカス共に頼るほど余裕がねーのか?」
―――どの道、『獅子堂 弥陸』はもうISSに戻れない。ならば座して待つよりも自ら望む事態を作り出す方がいい―――
逢魔の目的は弥陸の人格を無に還し、その後釜と成り生きる事。そこに至るまでの経緯が共通ならば、
“恐らくは弥陸もやったであろう”行動を代わりに成せば良い―――ここまで無慈悲で残虐かは分からないが。
「まあ、壊すなら楽しくやらにゃあ救いが無ぇ。ISSを敵に回すなら、その戦力を削るに越した事は……?」
一人独白する逢魔は遠くを見据えた。霧で視界は遮られている。見えはしない、が感じたのだ。
戦いの気配。そこにある強力な2つの邪気。そして片方は自分と同じ『闇』であると。
「くははは! 面白そうな事してるじゃねえか!!」
2発の銃声が響く。両脚に念動力を纏わせて、逢魔は戦いの気配に向かって文字通り飛ぶように駆けていった。
【逢魔:御影の屋敷を出て霧の中へ突入。6人のスイーパーを殺害。二神と凛音の気配に向かって移動開始】
「──中々しぶてぇなァ。こんだけ撃ち込んでもまだ立ってられるたァよォ──」
身体を包む黒い制服、腰をも覆い隠さんと伸びた長い黒髪、
そして、通常ではありえない色合いの片目を持つその男が、ニィと口元を歪める。
男の瞳に映るは、顔面から流血し、身体のあちこちに爆裂傷を負った彼自身とそっくりな男──。
「がっ……はぁっ……」
所謂『内在闘争』と呼ばれる自身の内に潜む存在との闘いを始めてからおよそ十分。
黒羽 影葉は既に、激しく傷付いていた。
超人的な身体能力と科学を超越した力を発揮する異能者同士の闘いにおいて、
十分の攻防は一般人同士が十分間殴り合う喧嘩のそれとは比較にならないほど濃密である。
全ての過程を圧倒的な超速でこなし、一秒、コンマ一秒の判断が生死を分かつ。
故にたかだか数分、十数分の攻防で致命的ダメージを受けたとしても、それは不自然なことではない。
むしろ往々にして有り得ることなのだ。だが──
(こ、こいつ……)
黒羽は今、“有り得ない”現実を目の当たりにしていた。
自分の身体は既にボロボロ──にも拘らず、一方の相手は未だ“無傷”。
五分の力を持つ者同士が闘ったならば、これほどまでに一方的な展開になることはまず考えられないことである。
(何故だ……何故、あいつの攻撃は俺に当たり、俺の攻撃はあいつに通用しない……!)
グッ、と握り締める拳に、腕から伝う真っ赤な血が流れ込む。
全身に開いた傷口が自然と顔を険しくさせ、脂汗を額に浮かばせる。
一方の相対する敵の顔は至って涼しげだ。まるで、この十分間など初めから無かったかのように。
(────ッ!!)
黒羽はギリッと歯軋りし、続いてダン、と力強く跳躍する。
そして自身が持つ異能の力をその掌に溜め、素早く『空気を圧縮する能力』を発動させる。
自身の周囲に在る大量の空気が一点に集まり、凝縮される──
すると、それによって空気に含まれた元素も圧縮され、引き起こされた小規模な核融合反応によって
生み出された爆発エネルギーが紅色の圧縮球体、メテオライトボムとなって顕現する──
「ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお──ッ!!」
腹の底からの雄たけびと同時、黒羽の腕がサイド気味に振り抜かれ、紅球が空中を疾駆する。
そして、けたたましい爆発音と共に着弾。
“爆発そのものにも能力がかかっている”為、爆発も半径一メートル程と狭いが、
その分威力が凝縮されているのでまともに食らえば大ダメージは免れない。
だが、黒羽は尚も新たな紅球を次々と生み出しては爆煙に向かって一斉に撃ち放つ。数は全部で十。
煙で視界を覆われた敵がその存在を認識するのは困難であり、避けるには尚一層困難な数とタイミング。
しかし──
「!?」
直後、黒羽の顔は驚愕の色に染まる。
煙の内側から飛び出してきた別の無数の紅球により、放った紅球が正確無比に撃墜されたのだ。
「──数撃ちゃ当たるとでも思ったか? ──テメェの技は一生俺には届かねぇよ」
煙の内から放たれる、平然とした低い声。
それは、初撃のメテオライトボムさえも相手には届かなかった事を示していた。
(ならば……!!)
が、それでも黒羽が諦めることはない。
今度は広範囲に渡って全ての物を破壊し尽くすとっておきの爆弾──
ディザスターボムを生成せんとその手にこれまでにない程の邪気を集約する。
巻き添えを食わない為に同時に空中跳躍を行い更なる上空に飛び上がりながら。
「数撃っても当たらねぇなら、一発で仕留めるまで……! くらえ──ディザスタァァァァアアア──」
だが、そうして漆黒の球体を顕現させた掌を、未だ爆煙の中に居る闇に向けた瞬間だった。
再び煙の内側から一発の光球が勢いよく放たれたのだ。
それは、メテオライトボムとは違う漆黒に染まった球体──。
(ディザスターボム!? ──チィッ!)
咄嗟に、黒羽もその手から発射する。
狙った先は煙の中の闇ではなく、自分に向かって飛んでくる漆黒の爆弾──。
ディザスターボムの威力を考慮すれば、目的を敵への着弾ではなく相殺に変更するのは止むを得ないことだ。
仮に直撃させて相手を倒したとしても、相討ちでは意味が無いのだから。
(もう一発──)
すかさず黒羽は掌に再び力を込める。
ディザスターボムが互いにぶつかれば、自分にまで被害が及ばなくとも、そこには巨大な爆発が生まれる。
その煙に紛れて今度は相手よりも早く爆弾を放ち、直撃までいかなくとも至近で爆発させることができれば
ダメージを与えることができる、そこに勝機がある──そう踏んだのである。
──しかし
────轟音。そして、視界に目一杯広がるどす黒い爆発。全身に吹き付ける激しい突風。
その刹那、黒羽はまたしても有り得ない光景を目にし、目を見開いた。
「なっ──!?」
自分のディザスターボムの爆発が、闇のディザスターボムの爆発に“呑まれていく”──。
つまり“相殺できていない”のだ。
威力が拮抗した技ならば威力は中間でくすぶり、炸裂範囲はその場に限定されるはず。
だが現実はどうだ。あっという間に片方の爆発が片方を侵食し、こちらに向かって勢い良く爆熱と衝撃を広げてくるではないか。
(俺の技より────────クッ!!)
黒羽は自分の前方に作り出した空気の塊を蹴り、ただ力強く真後ろに跳ぶ。
巻き添えを避けんとの判断であったが、一瞬の逡巡により生じたロスは、完全なる回避を許さなかった。
瞬く間に追いすがり、その身体を飲み込んだ圧倒的爆発は、黒羽の全身をいいように弄び、
細胞一つ一つに凶悪なダメージを容赦なく刻み付けた。
「がはぁぁああっ!!!!」
精神世界に構成された建物に凄まじいスピードで突っ込み、更に床を抉って数十メートル彼方の大地に吹っ飛ばされる。
地を抉りながら滑る背中がやっとその動きを止めた時、黒羽の身体はもはや焼け残ったゴミ同然のそれと化していた。
「……ぐっ……く、くそ……またか!」
それでも尚、意識を保ち続ける強靭な精神力は、黒羽の身体を突き動かす。
腕を動かし、上半身を起こし、流石に立ち上がるまでにはいかないまでも、片足をつかせる。
その目は未だ戦闘意欲を失っていない。
「フン、しぶてぇ奴だ。これだけの力の差を見せ付けられても、まだ負けを認めねぇってか? いい加減楽になれよ」
と、驚嘆とも呆れともつかない溜息を漏らして、闇が爆煙の中から現われ、歩み寄ってくる。
しかも、相変わらずの無傷で、堂々と。
「……お前が負けを認めれば、望みどおり俺も楽になれるんだがな」
黒羽も口元を若干吊り上げて言い返す。
瀕死同然の身でありながら、それを思わせないような口振り。流石の精神力といえば聞こえはいい。
しかし、追い詰められているのは確実に彼の方なのだから、これは痩せ我慢以外の何物でもなかった。
それを解っているからこそ、闇もその顔から余裕の笑みを消そうとしない。
「減らず口もそれくらいにしておくんだな。自分でも解ってんだろ?
最大の必殺技・ディザスターボムさえ通用しなかった以上、もう俺を倒す策は残ってねぇってな」
「……どうかな。ゼロ距離で炸裂させれば如何なお前とて無事じゃ済むまい」
そう、既に策は無い。故にゼロ距離での使用など、本心から言っているわけではない。
仮にそれでダメージを与えられたとしても、もう己の身体が自らの起こした爆発に耐え切れず、
犬死にしかならないことは誰よりも理解している。
「ククク、自爆覚悟ってか? まぁ、俺としちゃあそれで片がつくんだからな、ある意味じゃ手っ取り早ぇってもんだ」
そう、自分が死ぬだけならば、相手にとって都合が良いだけである。
(チッ……いよいよ追い込まれたぜ……どうする? どうする……?)
だから黒羽は考える。
絶望の闇の中から黒く染まった一欠けらの希望を探し当てるようなものだと自覚していても、そうする他は無いのだ。
諦めればそれで全てが終わるのだから。
(……くそ、わからねぇ。一体どうなってやがる? ……対等の条件、五分の力。
ならば、何故こうも使用する技の威力に差が出る……?)
だが、やはり思考は一つの疑問の前で立ち往生する。
戦闘が始まってから何度と無く頭を巡った「何故?」──自問しても答えは一向に見つからない。
(質が違う? では、質とは何だ? 俺とあいつで、一体何が違う……? 一体……)
自分と闇、何が違いがあるはずだ────
その強い思いが、黒羽の脳裏に戦闘開始前後に見た光景を詳細に映し出す。
──だがそれも、これまで既に何度も繰り返し回想し、見飽きたリプレイ映像に過ぎない。
だから黒羽自身、恐らく新しい発見は無いだろうという思いが、心のどこかにあったのは確かだ。
(──……)
しかし──諦めかけた正にその途端場で、彼はふとあることに気がつく。
浮かぶのはあの爆動と相対した時の光景。
そしてそれと重なるように浮かび上がるのは、自身の闇と今正に闘わんとする時に目の当たりにした光景。
──異なる光景の中で、唯一“相手が身体から黒いオーラを湧き上がらせた”という点が一致したのだ──。
しかし、“気がついた点”はそんな共通項などではない。
異能者のオーラ。邪気。能力を発動させるに必要不可欠なエネルギーの、もう一つの“利用法”に漠然と気がついたのだ。
「おいおい……何を迷ってんだ? 自爆する覚悟が無くなったか?」
ザッ、と一歩、闇は前へと歩を進める。
それでも沈黙を守る黒羽を、闇は目を細めて見下ろすと、瞬時に紅球を作り出したその右掌を、ゆっくりと差し出した。
「まぁいい。何を考えてるのか知らんが抵抗する気も起きねぇってなら終いにしてやるよ。
じゃあな──後は俺に任せてゆっくり眠りな。永遠に──だがな」
闇の口元に勝利を確信した兇笑が張り付く。
だが──手にした爆弾を放とうとしたその刹那、彼はその笑みを打ち消した。
虫の息の黒羽が、自分と同じようにその右掌に紅球を作り出したのを見たからだ。
「ククク」
とはいえ、彼が再び笑みを取り戻すのにそう時間はかからない。
なぜなら、彼にしてみれば結果はわかりきっている勝負──
撃ち合いになったところで、自分の紅球が黒羽の紅球を飲み込むのは目に見えているのだから。
「最後の悪足掻き、か……。いいだろう、その爆弾に全ての力を込めな。俺はそれを、木端微塵に打ち砕く──」
「……」
睨み合う二人。
その二人の目が同時に見開かれた時、双方の爆弾が呻りをあげて撃ち放たれた。
──爆弾は互いに、双方から一メートルの位置で激突──瞬時に赤黒い爆発が展開された。
本来ならどちらにも衝撃が広がることはなくその場で相殺されるが、
どちらかの威力が上回っていれば力は一方に流れ、二発分の爆発がどちらか一方の真正面に向かうことになる。
先程までは、悉く黒羽の方に流れていた。しかし──今回はそうではなかった。
「──なにっ!?」
驚きに思わず呻ったのは闇であった。
爆発の威力が全て、“自分に向かって流れて来た”のだ。
「ぐっ──!? ──チィイイイッ!」
真後ろに飛び退き、ザシャァァっと地を滑りながら、体中を覆う黒煙を手で振り払う闇。
身体には焦げ痕がつき、ヒリヒリと痺れる爆裂傷が生まれていた。
それは紛れも無く、自分の爆弾が始めて黒羽の爆弾に押し負けたことを意味していた。
「なん……だと……? 俺のメテオライトボムが…………テメェ、まさか……」
険しい目つきで見やる闇に、黒羽はゆっくりと立ち上がり、「あぁ……」と小さく漏らす。
「お前と“同じ手”を使わせてもらった。……やっと気がついたんでな、カラクリに──」
黒羽の手から再びメテオライトボムが現われ、間髪入れず撃ち出される。
それは、闇が咄嗟に撃ち出したメテオライトボムをも容易く飲み込み、再度、闇を爆発で覆いつくした。
「──この威力! 馬鹿な! まさか、俺よりも……!?」
地面を転がり、ギリリッと歯軋りする闇に向けて、黒羽はただ冷然と言葉を紡ぐ。
「元素だけじゃない……大気中に遍在する邪気も同時に取り込み圧縮する。
お前の爆弾が常に俺よりワンランク上の威力を発揮したカラクリがそれだ。
それさえ解れば同じモノを作り出すのは容易い……
いや……どうやら俺の方が完成度が高いらしいから、“同じモノ”とは言えないか」
極限状態の中、冷静や平常心とは程遠い精神状態が偶然生み出した一つの発想(アイデア)──
黒羽はそう信じて疑わなかった。実際、確かにその通りなのだろう。
空気を操る能力を持つ彼だからこそ実現可能という点だけを見ても、
新たな手段に“気がついた”というよりは、実は漠然と“閃いた”というニュアンスの方が恐らく近い。
だから、彼はまだ知る由もなかったのである。
異能に染まっていない“純粋邪気”を利用し、自らの攻撃能力を高める──
これは本来、闇人特有の発想であるということに。
だが──今はそれでもいい。今は、目の前の敵を倒すことだけを考えなければならないのだから。
「さぁ、そろそろ終幕にしようぜ? 来いよ──次で最後だ」
【黒羽 影葉:瀕死の一歩手前まで傷付けられるが、土壇場で形成逆転。次で決着をつける】
72 :
二神 歪 ◆WS9cBo9MH6 :2012/06/22(金) 22:55:31.82 0
>>64,
>>67 「……なッ!?」
打撃力に留まらず、切断力すら持つ足技が弾かれたのだ。その一瞬は二神から判断力を奪った。
直後に襲いくる、角の膨張を利用した追尾攻撃への反応が遅れたのもその為だ。
先端の側面を転がるように一本目は回避したものの、二本目が肩を貫きアスファルトに縫い止められる。
「ぐぅッ!!!」
(こいつの耐久力は、通常状態の俺では太刀打ち出来ない…ッ!)
瞬時に角の切断を行おうとする二神だったが、その視界に次の脅威が降りかかる。
モンスター
恐らくは、この二角獣と同じ力量を持つであろう怪物の群れ。
「私ハ、早ク解放サレタイ。コノ体モ、力モ全テ自由ニシテヤリタイ。
ダカラ、コノ穴ダラケノ精神ヲ補完シナクチャ。アナタモ、アナタ以外モ犠牲ニシテ」
この敵の狂気、それに伴う実力を二神は改めて実感する。
「食ベチャッテ」
その言葉と共に一斉に獣が襲ってくる。
トモトノヤクソクヲヤブル
このままでは、 死ぬ 。
冷えた感情と裏腹に、邪気眼は肩の傷を作った相手に対して、濃密な憎悪を生成していく。
体に、異能の力が漲ってくる。
ココデ コロシテ ナルモノカ。
オレヲ コロシテ エタイノチヲ。
マダオワラセナイ。
メノマエノ アクヲ。オレヲコロシタ アクヲコロセ。
「解ってる。」
二神は、この状況で、笑って呟いた。もちろんだ、と笑って、彼はその憎悪を解放する。
レッドアームズ゙
「 鉄血武装 、ブラッディアサルト発動!」
肩口から溢れだした血が固まり、右肩、右胸から手までを覆う局部装甲を作り出す。
同時に
そして、その腕は角ではなく、自分が縫いつけられている地面に叩き込まれた。
爆発のような粉塵の中、二神は押さえつけられていたアスファルトを砕くことで角の拘束から抜け出す。
「悪いが、まだ殺されるわけにはいかない」
「ドウスルツモリ?アナタノ攻撃ハ コノ子達ニハ効カナイノニ」
「物理的な攻撃ならば。だが、『傷つける』能力は物理的な媒介を必要としないッ」
肩口から右手によって引き抜かれたのは、紫の煙のような長剣である。
カースドアームズ
「同じ傷を負え…、怨殺武装 ッ!」
73 :
二神 歪 ◆WS9cBo9MH6 :2012/06/22(金) 22:56:46.03 0
周囲から迫りくる獣達に対して、二神はその長剣を薙ぐように振るった。
紫煙の剣は物理的な防御を意に介さず獣たちの体を通過し、そして全員に等しく、肩口を貫く傷が生成される。
だが、次の瞬間、肩口から漏れ出す血が黒く濁った。
ゴボ、と吹き出すその漆黒の血液は、彼の闇が顕現した事を表していた。
「もう、か…ッ」
血液が黒く染め上げられたとき、二神はその意思を闇にゆだねる事になる。
そして、内なる自分の声が聞こえる。
[そうじゃねェ。貸してみろ]
左手が強引に動き、肩口の傷から更に何かを引き摺り出す。
それは赤黒い血液の剣。
眼前には迫りくる二角獣が居た。その角がもう一度、二神を貫かんと突進してくる。
[傷を返す、だけじゃねェ。傷を作った『攻撃』そのものを作り出す]
「…手を、貸すのか」
[闇化が始まってるからな。お前の時間は少ない。上手く切り抜けろ]
「ああ、解った…ッ」
コーサル・カースドアームズ
「怨殺『因果』武装 !そう、どれだけ堅くても…」
その迫りくる角を右手で払い、上手くかわして。二神は剣を振るった。
「その体は、『自分の角の攻撃』には耐えられないッ!!!」
二角獣の体を剣が通過した瞬間、二神を貫いた強固な『角』の攻撃が、その場所に再現された。
あれだけ堅かった獣の皮膚がやすやすと裂けて貫通する攻撃が作り出され、二角獣は悶えて崩れる。
「…だが、…」
周囲にはまだ数多の獣が残っている。今の自分で、これを切り抜ける事が出来るのか。
しかも。
[気付いたか]
別の場所から、目の前の化け物を作り出した少女と同質の気が近づいてきている。
[こりゃ、マジでピンチかもしれねぇな]
「切り抜けて見せるさ」
二神は強気に言い放ち、消えた剣の代わりに血の爪を生成した右拳を構えた。
【二神 歪:二角獣に自身の角の攻撃を返したものの、未だ劣勢。獅子堂の接近に気付く。】
「何でしょう、ここ妙に落ち着くような…」
能力開発室に入った太鼓堂は、その不思議な雰囲気に驚く
『この部屋にはダークマターを充満させてある。我々ドヴァ帝国民の心身を癒すと共に邪気眼エネルギーを活性化させ、能力の覚醒を促進する効能がある』
モニター越しに、秘社が言う
『早くて30分、遅くても3時間もあれば能力に覚醒るはずだ。しばらく寛いでいてくれたまえ』
「あ、は、はい!」
「さて、我々も行動を起こした方が良いな…町を徘徊している社員からの情報によると、御影先生と獅子堂さんはスイーパーに反逆、獅子堂さんは闇と人格を交代中、黒羽君は恐らく闇との交戦、
そして二神さんと秋雨さんが交戦中…但し秋雨さんは闇堕ち、とのことだ」
「ふむ…二神さんが劣勢か…。ここは増援を送って恩を売っておくのも良いだろう。
彼の傷つけられる程強くなる不屈の能力は、『秘境』にこそ相応しいからな。そして、秋雨さんも仲間にできれば万々歳だ。『社員召喚(メンバーズサモン)』」
>>73 「やれやれ…幾ら私の能力が二神歪と相性が良いとはいえ、私は本来戦うようなタイプではないのだがな…。社長も人使いが荒い…」
「まぁ、良いじゃないですか。私も戦うタイプじゃありませんけど、私達の目的は二神さんのサポートと、秋雨ちゃんの無力化なんですから。
戦闘はともかく、無力化なら私の右に出る者はあまりいませんよ」
「うふ、うふふふふふふ…あの秋雨漓音ちゃんって娘、タイプだわぁ…
ねぇ、あの子私の物にしちゃって良いかしら…?」
「やめてください。私達の任務はそれではありません」
「ええー…ちょっと私、欲望を抑えられる自信がないんだけどー…」
「お前達、駄弁っている場合ではない…。二神も秋雨も誰だこいつらみたいな顔をしているぞ」
「あっ…ごめんなさい、突然現れて名乗らないなんて失礼ですよね!
…『白衣の堕天使』白衣治尋です」
「秘密結社『秘境』、大罪七人蜂『色欲』担当、『薬蜂』薬師寺百合花よ」
「『赤衣の給血鬼』こと赤江献次だ…」
秘社によって、治尋、献次、百合花の三人が二神と秋雨のもとに召喚された
【太鼓堂心:能力開発中
秘社境介:治尋、献次、百合花を召喚】
「クッ、ククククク……いいだろう、その話、乗ってやるぜ。そろそろ終わりにしようじゃねぇか。
そう──俺がテメェをぶっ殺すって結末をもって、この闘いは幕引きだァッ!!」
「残念だな。そんな二流の脚本じゃ、観客は納得しねーぜ」
「それはどうかなァ?」
闇は目を大きく見開き、かつてないほどに両口角をグィイ、っと広げて立ち上がる。
その不気味なまでに自信に満ち溢れた顔に、黒羽は最初、警戒するように目を細め、相手の出方を窺ったが、
やがて意を決したように体中からオーラを解き放ち、能力を発動させた。
──まるでブラックホールが掌の上に現われたかのように、周囲の空気が掌目掛けて吸い込まれ、風を起こす。
それは遠く離れた位置にいる闇でさえ、皮膚を引っ張られるような感覚を覚える程であった。
「……なるほど、流石は俺の分身。それだけの圧倒的凝縮力を発揮できるようになるとはな、大したもんだ」
珍しく感嘆の声を素直に漏らす闇。
事実、黒羽が掌の上に顕現させた漆黒の爆弾は、かつてない程の圧倒的エネルギーを内包していた。
空気中の全元素だけでなく、そこに大量の邪気をも加え、空気中に存在する文字通りの全ての粒子を
100%使用して作(ね)り上げた究極の爆弾。
恐らく、その威力はこれまでのディザスターボムを遥かに上回るものだろう。
「けどよォ──」
しかし、それを理解しても尚、闇は絶対の自信を崩さなかった。
「言ったろォ、影葉ァ? 俺がテメェぶっ殺して、この闘いは幕引きだってなァ……。
この能力は元々俺が生み出したもんだ。だから、テメェに対する俺の優位性は永久に揺るがねェ!
そいつを今から見せ付けてやるよォ……この俺様の、圧倒的センスって奴をなァアアアアッ!!」
「──ッ」
瞬間、黒羽は目を見張る。
とてつもない量の漆黒のオーラが闇を包んだかと思えば、次の瞬間──
なんと闇の“両手”から“二つのディザスターボム”が生まれ出でたのだ。
勿論、言うまでもなくその二つも、黒羽同様、究極形態のディザスターボムである。
(こいつ──)
「『ツイン・ディザスター』!! 驚いたか影葉ァッ!! これが今の俺と、テメェの“差”ってやつだァーーッ!!
さァ────お待ちかねの力比べといこうじゃねェかァッ!!
テメェのその一つの爆弾とォ──俺の、この二つの爆弾のどっちが上かよォオオオオッ!!!!」
「──いいだろう!」
切って落とされた最後の決戦の火蓋──────先手を取ったのは闇であった。
互いに掌を向けたのはほぼ同時だったが、爆弾の射出は闇の方が早かったのである。
空気を掻き分けることで発生した風圧で地面をも抉り、うなりをあげて高速で迫り来る黒球。
直撃を免れたとしても、予想される爆発範囲を考慮すれば、もはや選択肢は一つしかない。
つまり、回避行動を取った上で、更に相殺するしかないのである。
「ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおッ!!」
これまでになく力強く大地を蹴り、凄まじい勢いで斜め後方に跳び上がった黒羽は、手に滞空させていた黒球を投げ放った。
──コンマ数秒後、二つの黒球は混ざり合い、炸裂──
瞬く間に、炸裂地点から半径五十メートル内の大地、及びその直線状数百メートルの上空までを、
細長く黒い圧倒的灼熱の爆炎が染め尽くした。
その光景はあたかも巨大な漆黒の柱が大地に打ちたてられたかのようだった。
(相殺してこの範囲、この威力──! 相殺しなかったらその四方への破壊範囲は数百メートルってレベルか!
この技は危険すぎる……現実世界じゃ使いようもねぇな……!)
間一髪。少しでも回避行動が遅れていたら、巻き込まれていたに違いない。
爆発によって生じたとてつもない突風をその身に受けながら、黒羽は思わず身震いしていた。
だが、震えている場合ではない。気を緩めている時間は無い。闘いはまだ続いているのだから。
これで、互いに爆弾は一発使用したことになる。
黒羽の“手元”に爆弾は残っていないが、闇には今の爆弾と同規模の威力を誇る爆弾がもう一発、残っている。
隙を突かれて撃ち込まれたりでもしたらそれで終わりだ。何故なら相殺してこれだけの炸裂範囲である──
相殺できなければ、どんなに素早く回避行動を取ったところで巻き込まれるだろうから。
「奴は油断しているはずだ……。“つまりこの勝負の決め手は”……」
視線を左右上下、交互に動かして、黒羽は闇の居場所を探る。
爆発に巻き込まれないよう、闇も黒羽同様、どこかに移動しているはず。
──どこだ、どこに居る──心で、まるで念仏のように唱えながら、
空中跳躍を繰り返して空を高速で疾走する──
そして、それが起きたのはそんな最中であった──。
「そう──勝負の決め手は、“如何に早く相手を見つけるか”、だ──」
その背後からの声に、黒羽の思考は一瞬、停止する。
いや、厳密には予想だにしない方向からの声に驚き、思考が停止されたのではない。
声がしたのと同時、背中に走った衝撃によって、思わず思考が止まったのである。
「──ぐうっ!?」
背中から撒き散らされる黒煙──。恐らく、メテオライトボムだろう。
ダメージの正体を正確に見抜いた黒羽は、すぐさま思考を再会──
何故、闇がわざわざメテオライトボムを使ったのか──考えられるそのケースを、瞬時に導き出す。
──黒羽の考えではこうである。
恐らく、自分の姿を発見した闇であったが、手元に残した黒球を使わなかったのは、恐らく距離が近すぎた為。
そこで背後からのメテオライトボムで追い込み、こちらが怯んだところで距離を取り、遠距離から止めを刺すつもりなのだ。
当然、こちらがその間に、相殺の為の新たな黒球を高速で生み出す力をもはや有していないと計算した上で。
元々ディザスターボムは生成に時間がかかる技である。
黒羽が先程、一瞬の内に生成できたのは、能力を一時的にフル出力で発動させたからに過ぎない。
これは反動が大きく、何度も使える手ではない。事実、黒羽の体力は既に限界まで削られていた。
「くっ……」
バランスを崩した黒羽は、そのまま前のめりに倒れ込む形で落下した。
それにより体の向きが上下前後反転したことで、黒羽はやっと闇の居場所を把握する。
闇は既に大地に降り立ち、黒羽からおよそ二百メートルほど離れた位置で、
彼が頭から落下していく様を悠然とした表情で見据えていた。
「クク、ざまぁねぇな影葉ァ。このまま地面に落ちてグシャリといくか? それとも今すぐ俺の爆弾で木端微塵になるかァ?」
「……」
「そうだなァ……折角二つも用意したんだしなァ……やっぱり、最後はこいつで決めておくかァ?」
兇笑を口に貼り付けて、掌の上に滞空する黒球を嘗め回すような目で見つめる闇。
その時、黒羽はぽつりと、小さな声で独りごちた。
「……お前は勘違いをしている……二つほどな」
そんなことは露知らずの闇は、再び目線を黒羽に向けて、掌をゆっくりと差し出す。
「ククク、じゃあな影葉ァ。後のことは俺に任せなァ」
絶体絶命。──だが、黒羽は尚もマイペースに言葉を紡ぎ続ける。
「一つは──この勝負の決め手は“如何に早く相手を見つけるか”じゃあない──……。
早さ比べよりも、肝心なのは“俺が生きてお前を見つけられるか”どうかだったんだ。
“例え俺より先にお前が俺を見つけても、俺が死ぬ前にお前を見つけることができれば”問題は無かったんだ。
つまり、“お前の敗因は”──」
「精々、悔やめ。自分の無力さを、あの世でなァ────ハハハハハハハハハ!!」
勝者の哄笑、敗者への嘲笑、そのいずれも含んだ笑い声を、闇は堂々と辺りに響かせた。
しかし────
「ハッ────」
彼の声は、彼が止めの黒球を撃つよりも早く、止まっていた。
──気がついたのである。自分の背後から迫り来る、圧倒的な存在感を放つモノに──。
「お前の敗因は──俺を発見した時、ディザスターボムを使えなかったことだ──」
「ッ!? なっ──ん──だとっ!!?」
闇は背後に振り向き、途端にその顔をかつてない驚愕の色に染め上げた。
彼が目にしたモノは、既に至近にまで迫っていた自分のものとは違う別のディザスターボム。
「そして二つ目……」
黒羽は、冷徹に、はっきりとした口調で紡ぐ。あたかも死刑囚に死刑執行を言い渡す拘置所の所長のように。
「俺は、“お前が二つのディザスターボムを同時発現したことに驚いたんじゃない”。
“あれを見てお前を倒す策が浮かび、思わず感激してたのさ”──」
「バカな、一体いつ二発も──!! ──まさか、一発目を放ったと同時に──あの時!?」
「それは正解。爆発が目くらましになってくれたお陰で存在を気取られず、これまで隠しておくことができた。
後は“油断している”お前の位置を把握して、遠隔操作するだけだったのさ」
「クソッ──この俺がッ……この俺がァァァァアアアアアアアッ────
────クソォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
──炸裂。
瞬時に広がった圧倒的閃光と爆熱は、闇の断末魔をも完全に飲み込んで、辺り一面に容赦の無い地獄を広げた。
再び体に浴びせられた凄まじい突風によって黒羽は地面に叩きつけられる寸前に真横に飛ばされ、
そのまま勢いよくゴロゴロと地面を転げまわった。
「がっ……ぐぅっ!」
ズズズズズズ……!!
轟音を轟かせ、激しく振動する地面に手をつき、大きく息をしながら最後の力を振り絞って立ち上がる黒羽。
「ハァ、ハァ……!」
疲労とダメージは激しいが、生きている。
一方の闇は爆発に呑まれ、もはやその生命反応は完全に掻き消えていた。
それはつまり、今この瞬間をもって、勝者と敗者が明確に分かれたことを意味していた。
空にできた巨大なキノコ雲を見上げながら、黒羽は闇の言葉を思い出す。
『精々、悔やめ。自分の無力さを、あの世でなァ────』
視線をふと落とす。網膜に映るのは開かれた自分の両手。
──見れば、本来何も無かった左手にはいつの間にか新たな邪気眼が発眼していた。
「……何があっても、もう後悔はしねーよ。……そう、誓ったからな……」
語りかけるように言葉を紡いで、黒羽はその手を静かに握りしめた。
【黒羽 影葉:内在闘争に勝利し、『闇人』となる。次で精神世界から現実世界へと帰還】
眠りから覚めた後、篠はオリビアの元を訪れていた。
動き回るメイド達の後ろで治療を受けているメイド達もいる。
「オリビア。調子はどう?」
「あ、お嬢様……。ええ、いつも通りですよ」
明らかにいつも通りではない顔を見て篠は嘆息する。
「……獅子堂君ね?」
「えっ……!?あ、会われたのですか、彼に」
「ええ、ついさっきね。何だか変な感じだったから屋敷から追い出したけど」
「変な感じですか……。確かにあれは普通ではない気が──」
「──闇、でしょう?」
「──!?」
驚いた顔をするオリビア。しかしそれは驚愕した時のそれではなかった。
どちらかといえば恐怖に近い──そんな表情だった。
「闇、ですか……」
「ええ、貴女も知らないわけじゃないでしょう?」
オリビアの内心を知ってか知らずか、篠は話を続ける。
「え、ええ。知識としては存じておりますけど……目にしたのは初めてです」
心の中の『嘘』を篠に悟られないよう意識しながらオリビアは答えた。
「まぁ……彼の事は今はいいの。それよりも頼みがあって来たのよ」
ここに来た当初の目的を果たすべく、篠は話題を変えた。
オリビアにとっては有難かったし、篠の話も気になった。
「頼みですか。何でしょう?」
「──仮死薬を用意して欲しいの」
「……!?」
オリビアの表情は再び驚きに染まった。今度はハッキリと驚愕しているのが分かる。
「用途は聞かなくても分かるわよね?今すぐに用意して」
篠の表情にオリビアはゾクリと背筋を震わせた。驚くほど冷たい表情だったからだ。
「……こちらになります。どうぞ」
オリビアから仮死薬を貰い、礼を言って医務室を後にする。
『おや、次の機会と言っていたが随分早いんだねぇ』
それを待っていたかのように頭の中に声が響く。
(よく考えたら、暫くは動かない以上時間は沢山あるのよね。
だから機会を待つんじゃなくて作ればいいのよ)
『ふむ、それも一理あるか。まぁアタシはどっちでもいいけどねぇ』
(部屋に着いたら始めるわ。精々負けたときの言い訳でも考えてなさい)
『ククク……言うねぇ。そっちこそ言い訳を考えておいた方がいいんじゃないかい?』
(……)
マリーの言葉に返答することなく、篠は足早に自室に向かった。
ベッドに座り、先程貰った薬を眺めながら、去り際に聞いたオリビアの言葉を思い出す。
『お嬢様が何をするかはお聞きしません。ですが仮死薬である以上蘇生も必要です。
近くに誰か置き、有事の際はすぐに対処できるようにして下さい』
「じゃあお願いね、藍」
「かしこまりました、お嬢様」
言われた通り、藍をベッドの近くに座らせ、薬を飲んで横になる。
(さて、生きて帰らなくちゃね──)
やがて意識は深い闇の中へと埋没していった──。
「ん……」
目覚めると、そこには見慣れた天井があった。
体を起こして周囲を見回す。と、そこで違和感に気が付いた。
見慣れた自分の部屋ではあるのだが、家具の配置や部屋の雰囲気が若干違う。
「ここは一体……屋敷の中であることは間違いないけれど」
部屋から廊下に出て改めて現在との違いを認識する。
(一体何が──そうか!)
ここで違和感の正体に気付く。──古めかしいのだ。家具も、照明器具も、屋内の雰囲気も。
全て現代のものではなく、何処か質素な感じさえ受ける。それに使用人が一人も見当たらない。
『気が付いたかい?』
突然声が響く。しかしそれは頭の中ではなく、空間全体から聞こえてきていた。
「……そう、ここは"あなたの"屋敷なのね?」
声の主──マリーはククク、と笑いを漏らした。
『ご明察。ここは三百年前の御影の屋敷さ。今とは少し違うだろう?』
「そうね。で、あなたは何処にいるのかしら?」
興味なさ気に返すと、マリーの嘆息が聞こえる。
『せっかちだねぇ。まぁいい、私は闘技場にいるよ。
昔はそんなものなかったが、何かと不便だからそこだけは再現しておいた』
「それは有難いわ。じゃあそこで待ってなさい。お祈りでもしながらね」
クスクスと笑い、篠は闘技場に向けて歩き出した。
闘技場に向かう際に、少し屋敷の中を探索してみる。
基本的に造りは同じだが、やはり何処か古めかしく、所々現代とは違うものもある。
「三百年って言ってたけど、まさか──」
一つの予測を頭に浮かべ、闘技場へ足を速めた。
「待ってたよ。少し遅かったじゃないか」
闘技場に着くと、中央にマリーが腕を組んで立っていた。
「ちょっと位いいじゃない。初めての場所なんだから少しくらい見て回っても」
「クックック……まぁそんなに慌てて見なくてもいいじゃないか。
──これからはお前がここの住人になるんだからねぇ」
マリーの雰囲気が変わる。彼女の体を濃密な邪気が覆っていく。
「あらそう?でも私には勿体無いし、あなたに譲るわ」
対する篠も、オーラを体中に充満させていく。
「始める前に一つ確認させて頂戴。あなたの正体は──」
「おっと、今はそんな話をしている場合じゃないだろう?
余所見してると一瞬で終わっちまうよ?」
言葉を続けようとした篠を遮るようにマリーは返し、両手に出現した邪気眼が妖しく光る。
(やっぱりあいつ、いえあの人は──)
「今の私は『ブラッディ・マリー』。それでいいさ」
「……そうね。終わった後でじっくり聞かせてもらうわ」
篠も手袋を外す。右手にある邪気眼が静かな光を放っていた。
『さぁ、始めましょうか(始めようか)──』
互いの存在をかけた闘いが、今始まった──。
【御影 篠:精神世界にて内在闘争開始】
>>72 >>74 強化された脚力で踏み締められたアスファルトを軋ませながら、戦いの気配に向かって逢魔は駆ける。
狂気を孕んだ愉悦の微笑―――口元は赤く染まった下弦の月の様だ。
「―――っ!」
一瞬で逢魔の目から邪悪な笑みが消え、目付きは冷徹な殺戮機械の電子眼を思わせる物に変わった。
獣じみた人外の反射速度で身を翻し、霧の中から自身に向かってきた黒い“何か”を紙一重で躱す。
時間にしてコンマ1秒にも満たない2つの影の交錯。だが逢魔は見抜いていた。今、自分が“切り裂いた”のが何だったのかを。
「この邪気、覚えが有るぜぇ…昨夜の、正体不明のお嬢ちゃんだな…」
銃口から生えた刃が赤黒い血の糸を引く。それを辿った後方に目を向けると、縦に真っ二つに切断された烏の姿。
それは異形だった。単眼、1枚1枚がブレード状になった羽毛、先にグロテスクな触手が生えた爪―――感知した『闇』の産物だ。
既に眼前には数々の異形の怪物が、その影が霧に映っている。それに抗う二神の姿も。
リボルバー弾倉部から青紫の光が逢魔の体に放たれる。それは一旦体を取り巻いた後、2メートルばかりの人型となった。
「『降魔蒼纏』―――来い、“弥陸”―――精々、お友達を助けな」
『―――言われるまでも―――』
逢魔が二神と餓獣達の間に割って入った。そして響く銃声。鋭く輝く弾丸が餓獣達の肉を穿ち怯ませる。
『―――ない!!』
僅かに生じた獣達の隙、そこを半透明の巨漢の拳が薙ぎ払う。
「ほう…『闇』たる俺の真似事がこうも簡単に出来るとはなぁ…もっときつく縛っといた方が良かったか?」
『よく言う…俺の体を乗っ取っておいて、いざ戦いと成れば呼び戻す…勝手な野郎だ。
この場を切り抜けたら、もう貴様に容赦はしない―――“主”を決めようじゃないか』
「くはは! いいねえ! だが、その前にやる事はやっとかないとなぁ。今は手を組め」
『…いいだろう』
「さて、事情は…いや、理解しなくていい。兎にも角にも二神、別れてすぐだが、お前を助けに来たって事だ。
見慣れぬ3人組にもご助力願うぜ? ああ、言っとくが邪魔するなら殲滅するんで、そこんとこヨロシク―――くはぁっ!!」
吹き飛ばされた餓獣達が禍々しい咆哮と共に獅子堂に向かって飛び掛かった。
【逢魔:二神に助力。戦闘開始
弥陸:逢魔が見せた念動力の肉体を造る技を模倣し、意識を覚醒。戦闘開始】
ドンッ──!!
突如としてあがった衝撃音が密室を満たす。
雀舞は口に含んだタバコの煙を「ふぅー」と虚空に舞い上がらせると、ゆっくりとその音の方向を振り返った。
──地に伏す黒羽 影葉の体から、真っ黒いオーラが勢い良く噴き出している。
まるで体内に圧縮されていた高圧ガスが一気に解き放たれているかのように。
「……」
それが意味することは、現状、二つしか考えられないことを雀舞は知っている。
“闇”がついに肉体を支配するに至ったか、あるいは逆に主人格が“闇”を呑みこんだのか。
──いずれにしても現段階ではどちらかまだわからない。
「さて……」
杖を握るその手に自然と力が篭る。
目覚めた黒羽が果たして“ヒト”なのか、それとも“悪魔”なのか──場合によっては闘うことになるだろう。
だから気を一瞬でも緩めることはできないのだ。
「──」
しかし、しばしの間をおいた後、雀舞はその顔を不意に崩した。
黒羽の体から噴きあがったオーラが渦を巻いて彼の左手に吸い込まれていったのだ。
それが意味するところを彼女は知っている。
(“自分自身”に、勝つことができたか……)
コツ、コツ、と彼の元まで歩み寄り、杖の先でコン、と頭を小突く。
「どうなんだい? 気分は」
……ゆっくりと瞼を開いて、黒羽はその瞳に自分を覗き込む雀舞の顔を映し出す。
「あぁ……悪くねぇよ……」
そして、うっすらと微笑して、静かに言った。
「上出来だ──」
すると、雀舞も、同じように微笑んだ。
──黒羽の右手の邪気眼は、白い瞳と黒い虹彩を持つ眼に変化し、
左手にはそれと同じもう一つの邪気眼が現われていた。
そう、それが意味するところは一つ。──彼は今、確かに『闇人』となったのだ。
「婆さん……咽が渇いた。……できれば、飯も食いてぇ気分だな」
言う黒羽に、雀舞は「フッ」と鼻で笑みを零すと、その場からくるりと踵を返した。
「まったく、手がかかるよ。さ──おいで。1階(うえ)に上がりな」
【黒羽 影葉:『闇人』となって現実世界に帰還。食事を要求】
82 :
名無しになりきれ:2012/07/02(月) 05:45:30.76 0
その目気色悪すぎこっち見んなど田舎富山男死ね。その目気色悪すぎこっち見んなど田舎富山男死ね。その目気色悪すぎこっち見んなど田舎富山男死ね。その目気色悪すぎこっち見んなど田舎富山男死ね。
先に仕掛けたのは篠だった。
地を蹴ってマリーに瞬時に肉薄する。その腕に異能の力を込めて。
「食らいなさい──クラッシュ!」
崩壊の力を伴った腕は、触れるものを粉砕する凶器となってマリーに迫る。しかし──
「フッ……クラッシュ」
マリーも同時に腕を突き出し、互いの力が激突する。
「力比べを受けてくれるとは思わなかったわ……!どう言うつもりかしら……!?」
そのまま鍔迫り合いのようにギリギリと互いに腕を押し合う。
「なぁに、とりあえずアタシの力を見せておこうと思ってね」
余裕を含んだマリーの声。篠は内心少し焦っていた。
(私は全力だって言うのに、向こうはまだ余力があるというの……!?)
押し合いに負ければ相手の力に飲み込まれる。そうなれば致命傷は免れない。
競り合っては負けると判断した篠は、腕を曲げて伸ばすことで、その反動を利用して後ろに飛び退る。
「力比べは不利ってわけね」
とは言え、相手に致命傷を与える為には今の自分では接近するしかない。
「どうだい?アタシの力、分かってもらえたかねぇ」
(やっぱり闇の方が純粋に能力の質が高いわね。加えて向こうには遠距離攻撃がある)
そう、篠は接近しなければ能力による攻撃が出来ない。
しかし相手はこの距離においても攻撃方法には困らないのだ。つまり──
(何とか隙を作って、最大の一撃を叩き込む。それしかないわね)
一撃で勝負を決めるしかないのだ。
長引けばそれだけ不利になる。余力のある最初の内に何とかしなければジリ貧になるだけだ。
しかし互いに持っている能力は崩壊だけではない。結合、即ち再生の能力も持っているのだ。
ではどちらかの能力が尽きるまで終わらないのか、と言えばそうでもない。
互いに口にはしないが、暗黙の内に了承しているのだ。──『相手の頭に手をつけた方が勝者だ』、と。
「ボーっとしてる暇があるのかい?」
マリーが再び腕を突き出す。この距離でその行為を行う意味は一つ。
(点壊──!)
慌ててその場を飛び退く。直後に篠がいた地面が爆発した。
「ほらほら、ボーっとしてる暇はないって言ったろう?」
マリーは飛び退いた先に腕を向け、再び点壊を放つ。
「くっ……!」
半ば転げ回るように回避を続ける篠。それでも余波をよけきれず、少しずつ傷を負っていく。
(これじゃ早くもジリ貧コースじゃない……!何とかして反撃しないと!)
とその時、回避した際の次の攻撃までに僅かな時間──といっても一秒にも満たない──が生じた。
「──っ!そこ!」
やっと巡って来た反撃のチャンスを逃すまいとばかりに地を蹴り、マリーに接近する。
「今度こそ……!貰った──」
そこでふと気がつく。先程からマリーは"片手でしか点壊を撃っていない"──!
「──!?」
「ほぉ、気がついたかい」
そう言ってマリーはニヤリと笑い、もう片方の腕を篠に向けた。
「マズい……!」
攻撃に回していたエネルギーを即座に全て防御に回す。
体の前で腕をクロスし、そこにマリーの撃った点壊が激突した。
「くぅ……!」
それでも至近距離からの攻撃に耐え切れず、派手に吹き飛ばされる。
「ガッ、ハッ──!」
更に余波を防ぎ切れず、四肢に激痛が走る。
激しく地面を転がり、十メートルほど離れた地点で止まり、ゆっくりと膝を立てて起き上がる。
「余波だけでこの威力……皹くらいはいってそうね」
苦しげに顔を歪める篠。対してマリーは未だ余裕が崩れていない。
(悔しいけど……これが今の彼我の実力差ってわけね。なら──)
ゆっくりと深呼吸し、息を整える。同時に篠の体を薄っすらと紫色のオーラが覆っていいく。
(出し惜しみしている場合じゃない。ここから全力よ──!)
点壊が地面に着弾した時の影響で、周囲には粉塵が舞っている。
(これを利用しないてはないわね。晴れない内にしかける)
マリーのいる方向は分かっている。性格上その場から動くこともないだろう。
(さぁ、今度こそ一泡吹かせてやるわ!)
粉塵の中、勢いよく跳び出す。果たしてその先にマリーは予想通り佇んでいた。
「性懲りもなくまた突撃かい……。もう少し頭のいい奴だと思ってたんだけどねぇ」
向かってくる篠に対し、ゆっくりと腕を向けるマリー。
余裕のせいか、はたまた態とかは分からないが、篠の体を覆う光には気がついていないようだった。
「……!?」
そして点壊が直撃したはずの篠が勢いを変えずそのままこちらに向かってくるのを目にして、初めて表情が変わる。
「そうか、そんな技もあったねぇ」
「そうよ、そしてその油断があなたの隙に繋がる」
篠は一瞬の攻防の内に間合いを詰めていた。
マリーも間に合わないと悟ったのか、全身に邪気を込めて構えを取る。
『──!』 インファイト
そして始まったのは接近戦。
普段舞うように闘う篠からは想像もつかない泥臭い殴り合い。
互いに崩壊の力が込められた拳を繰り出し、同じ力で防御する。
異能の力は互いに相殺される──篠は相殺しきれず微弱な影響がある──が、格闘によるダメージは蓄積される。
「クッ……!」
そして徐々にだがマリーが押され始めた。
「私は今まで様々な格闘術を覚えてきた。部下に頭を下げてまでね。そして──」
突如、マリーの体制が崩れる。
「──!?」
右肩に痛みを覚えたマリーは、飛び退いて確認する。服が破けたそこには小さな痣があった。
「こ、これは……」
「『ブレイク・ショット』。考えたのは私じゃないけどね」
ツカツカと歩み寄りながら先程の種明かしをする。
「あなたと殴り合ってる時に、能力を込めた小石を上空に投げておいたの。
後は落下地点まであなたを誘導すれば──BANG。
遠距離攻撃があなただけのものと思ったら大間違いよ」
マリーの前に立ち、まっすぐに瞳を見つめる。
「さぁ、続けましょう?そろそろ殴り合いも飽きてきたわ」
【御影 篠:ダメージ大。戦闘継続の限界が近づく】
>>74 >>74 >>80 紫煙の長剣で、窮地を脱する二神。
突如出現する謎の三人組。
青紫の光で出来たヒトガタと共に戦い始める獅子堂。
闇の人格が意図していない乱入者たちはどうやら二神と結託して、餓獣たちに立ち向かうようだ。
「獲物ガ増エルノハ嬉シイケド、チョット鬱陶シイカナ」
『闇』の白黒が反転した瞳が妖しげな光をボゥ、と灯した。
その光に反応するように、途端に餓獣たちの行動パターンが変化する。
思考ロジックを全く別の生き物のものに切り替えたかのように動きの“質”が変わったのだ。
<喰え、貪れ、獣たちよ。お前たちの飢えはその程度か? お前たちの強欲はもう満たされたのか?>
<そんな筈はない。そうであってはわたしが困る>
<傷を負ったなら這ってでも喰らいつけ。怯むことなど許されない>
<お前たちにそんなただの獣の条理など通用しない>
<永遠の飢餓、果てぬ欲望。それらを埋めるためだけに血肉を求め続けろ>
<お前たちは『満たされぬ獣(デッドビースト)』なのだから>
美醜様々な黒き獣たちは狂ったかのようにその身を動かし続けていた。
強固な肉体と無限の如く供給される邪気によってのみ実現される力任せの駆動が、暴風のようなスピードと破壊力を生み出している。
足場となった地面やビルの壁に蜘蛛の巣のような破壊の痕を残すほどの、破壊的加速方法。
それは傷を負った餓獣も例外ではなく、もはやこの生き物たちに痛みや恐怖といった存在は無意味なものとなっていた。
そして、動きの変化はそういった基本動作だけではない。
餓獣たちは今までのような闇雲な突撃だけの戦術をとっていなかったのである。
二神には、長剣同様の特性を持つだろう爪に触れぬように一撃離脱のスタイル。
だがその一撃は脳、心臓、首元、といった致命傷に至る部分のみを狙っていた。
そう、自分と同様の傷を相手に与えるということは『先に』自分がダメージを受けなければいけない。
その点を考慮し、主に【大狼】フェンリルや【霊犬】ヘルハウンドなどの俊敏な餓獣たちは二神の確実に絶命に繋がる箇所へと攻撃を集中させていたのだった。
治尋、献次、百合花にはその能力も目的も分からぬままだ。
しかし、だからといって様子見なんてことは今の狂獣たちはしない。
三人を分断するように、【六牙】アイラーヴァタや【群獣】ベヒモスといったとりわけ巨大な餓獣たちが壁のように肉薄していった。
獅子堂は現れて早々に、餓獣を撃破するといった高い攻撃力があった。
だから餓獣たちは搦め手で攻める他ない。
【枯息】カトブレパスによる相手を枯れさせる毒息や、【多手】クラーケンのように複数の触手によって相手を拘束するような餓獣がにじり寄るようにジワジワと攻め入っていた。
「人間ニ飼ワレテイタカラカナ。ズイブンコノ子タチモ、甘クナッタ」
小規模な戦争のように激しく入り乱れた戦場を闇は三階建ての雑居ビルへと移動し、見下ろしていた。
一帯を埋め尽くす程の餓獣を召喚したが、この体の特有のモノなのか不思議と邪気の枯渇も心身の疲労も体には見られなかった。
「デモ未ダ万全デハ無イ、カ。急ガナクチャ。トットト、コノ体ノ持チ主トアノ闇モドキヲ抹殺シテ、コノ『花蓮』ガ完全ナ自由ヲ手ニ入レテミセル」
【闇の人格 花蓮:餓獣たちの思考レベルを上げて、相手ごとに別々の戦術を執らせる】
86 :
二神 歪 ◆WS9cBo9MH6 :2012/07/04(水) 20:52:34.08 0
>>80 「なんだ、お前か」
二神は呆れたような、それでいて安心するような笑みを薄く浮かべた。
「悪いが、状況は最悪だ。お前がなぜそんな気を宿しているかは知らないが…味方で良い、んだな?」
>>74 「名前を…それに、このタイミングってことは」
前回もあった、不自然な増援の介入を思い出す。この能力は、自分が交換された事のある、この能力は秘社のものだろう。
ということは、彼らは秘社の部下、ということか。
考えているうちに、3人が名乗る。思ったとおりの出所だ。
「増援、だな?前のやつらと違うって事は、各々に特定の目的があって此処にいる。
ヤバい状況だが、…戦うぞ、あいつらと」
>>80 希望は見えたかに思えた。
不利な状況だが、圧倒的な力を持つ戦友と、適材適所の秘社の部下。これだけの増援があれば倒せるかもしれない。
あの少女を、おぞましい邪気から救えるかもしれない。
だが、それを打ち砕くさらなる闇の能力が開放される。
「…ッ、戦闘思考能力、か…!?」
パターンが変わった。
単純な攻撃方式から各々の獣は学習し、己の能力の相性の良い相手を選び、最善の手段で攻撃を開始したのだ。
爪や強化不足の足でいなせるレベルを軽く超えた。
数と能力、そのどちらも備えた対個人用の布陣は、3人を容易く分断する。
「俺に、来たのはお前らか…ッ」
犬と狼、野生の獣。対するは手負いの、ISSの『狗』。
「上等だ…ッ」
一撃一撃が確実に死をもたらすであろう攻撃を、二神は寸前で避け続ける。
「こうも素早いと…、『因果』の剣も使えない…ッ」
「おまけに手数が…多いッ!援軍とも合流できないのは…致命的だ」
一撃でも受ければ死ぬだろう。
死は怖く、無い。
だが、二神の邪気眼である友の怨念が、友の遺志が彼を死なせはしないはずだ。
苦痛多き生を。苦痛多き生を!
ゴボ、と彼の赤い武装が、さらに黒く濁る。
自分の中のもう一人の自分が、唇を噛んだような気がした。
87 :
二神 歪 ◆WS9cBo9MH6 :2012/07/04(水) 20:54:09.21 0
レッドアームズ・ビーストモード
「鉄血『獣化』武装―――。」
手を包んでいた武装が滑らかに彼の足や背中にまとわりつく。そして、それらは足装甲と獣のような尾の武装に変化する。
赤と黒の混じったまだらの獣。それが、間隙を縫って足と尾を使い、上空に飛び上がる。
「思考パターンを変えた、って事は」
浮かび上がる。まだ、まだ遠くへ。限界を超えた脚力と、獣の尾の力をして、二神は霧の中を飛ぶ。
「つまりそいつらは複雑な『機械的攻撃』を繰り返している事に他ならない。」
二頭の獣が飛び上がる。彼の急所へ、首筋へ、心臓へ!!!
「だが、上空でお前達が俺を狙ってやってくる方向はただ一つ、一つきり」
二神は、ニヤリと笑って傷を負った方の腕を降ろした。
「真下、だ。ブラッド・レイ!!!」
超高圧の血液の噴射。ただそれだけで、二神の血液はさながら収束光線のような貫通威力を見せる。
だが、それも獣の強固な皮膚を薄く傷つけるだけだった。この攻撃の目的はほかにある。
『反作用』により、二神の落ちる速度が幾分弱まった。
結果として、獣たちの攻撃予想座標より二神の体は上空に残り――獣達は上空で、あってはならない『交錯』を行う。
「じゃぁな、とっとと堕ちろッ!」
ブラッドレイ
まだらの色で武装強化された、ブラッディアサルト状態の二神の右足が、血の噴射による速度ブーストを行いながら二匹の獣に真上から襲い掛かった。
皮膚の破ける音が、肉をつぶす音が、血の装甲が骨を砕き、筋を断ち切る感覚が伝わった。
重力加速度を優に超える速さで、二匹の獣は地上に堕とされる。
「少し前に、同じ手をくらったからな」
そして、二神は地上に落ちながら、高みの見物を決める闇の少女を見据える。
「待ってろ。終わらせてやる」
それは闇の中の人格に呼びかけた声だったのだろう。
砕けたアスファルトの地面に降り立った二神は、ちら、と獅子堂のほうを伺う。
お前なら大丈夫だろう、という軽い目線が後に残った。
「こっちは…は、俺よりよっぽど厄介そうだな」
大型の獣と戦う3人の元へ、二神は駆ける。
【二神 歪:布陣の中の二体を倒し、残りはそのままに援軍との合流を図る。残った獣が二神を追いかけている。】
色あせた六つの畳が敷き詰められた小さな居間。
所々日焼けした黄ばんだ障子、今時の漆喰の壁、上座に掛かる鯉の掛け軸。
そして、部屋の真ん中にポツンと置かれたちゃぶ台。
典型的な純和風の部屋。如何にも一人暮らしの老婦人が好みそうな骨董趣味。
黒羽はちゃぶ台の前で胡坐をかきながら、「はぁ」と小さく溜息をついていた。
確かに、この部屋に通された時から、「期待はできないな」と、覚悟はしていた。
よくよく考えても見れば雀舞 美緑という老婦人とは三回り以上、年歳が離れているのだ。
そうなれば、食事の好みも、食事に対する考え方も違って当然。
食事と聞いてどういうメニューを想像するか、そこに差があって当たり前だ。
家の造りもそうだが、雀舞の趣味は明らかに和に偏っており、加えて本質は質素である。
だから黒羽が予想したメニューは野菜中心の煮物であり、また味噌汁であり納豆であり豆腐であった──
──(別に和食は嫌いではないが)。
そんなだからこそ、実際に出てきた食事を目の当たりにして、思わず溜息を漏らしたのだ。
事前に予想しておきながらいざそれが現実となると、やはり幻滅は隠せないもの。それが人間の性だ。
だが──実のところ、黒羽は決して幻滅して溜息をついたわけではなかった。
むしろその逆で、予想に反したものが出てきた為に、思わず呆れ驚いてしまったのである。
「……これはこれは」
まるで珍獣でも見るかのような目つきで、黒羽は改めてちゃぶ台を見渡す。
一枚の鉄板にタワーのように重ねられた熱々のステーキ肉に、巨大な皿に山と盛られた豚カツ。
それだけでも驚きなのに、更にちゃぶ台に居場所を見つけられない無数のローストチキンと鰻重箱達が、
畳の上でところせましとひしめき合っている──。
「驚きだな……」
ボリューム、栄養、油、カロリー、炭水化物──
それらの予想だにしない大軍勢を前にして、流石の黒羽も顔を引きつらせる。
「なんだ、まさか幻滅したってぇのかい?」
──そんなわけはないが、敢えて答えない。
したり顔をする雀舞には、いちいちそんなことは言うまでもないことだ。
「生憎、あたしは人の期待を裏切るというのが好きでねぇ。仰天する顔を拝むのは愉快そのものさ。
どいつもこいつも、人間、歳を取ると粗食を好むと勘違いする。
そんなバカな話があるかい? 異能者は平均、常人の五倍から十倍のエネルギーを必要とするんだ。
歳をどれだけ取ろうと質素な食生活なんか送れるもんかい。そんなのただの自殺行為さ」
と、力説するが、当の黒羽の耳には入っていなかった。
──自分が知りたいのはそんなことではない。その思いが余計な情報の記憶を拒んでいたのだ。
「驚きついでに一つ……訊いておきたい」
「……何だい?」
「あんたが“闇”を支配する方法を知っていたということは、当然……婆さん、あんたも“闇を支配した人間の側”なんだろ?
……俺は精神世界で確かに闇を倒し、もう一つの邪気眼をこの左手に手に入れた。だが──」
言いながら、黒羽は左手を差し出し、中を開いて見せる。
そこには“何の変哲も無い、ただの掌”があるだけであった。
それを見て、雀舞は瞬時に彼の意図を見抜く。──ああ、なるほど。そのことか、と。
「地下室からここに上がり、食事が運ばれてくるのを待つ間に、この掌に在ったはずの眼は消えてしまった。
……まるで煙のように、跡形もなく霧散してな。
さっきからもう一度出そうと思って試しているんだが、この通り何も起こらん。
婆さん……あんたは影羅、いや……所謂闇人でありながら、常に“左手だけ”を手袋で隠している。
そして右手には何も嵌めていないにも拘らず、あるはずの眼の存在が全く見受けられない……。
俺の眼が消えた理由もあんたが右手を隠さないところにありそうだが……詳しく説明して貰おう」
「……そうか、やはり“もって数分”ってところだったようだね」
初めにそう呟いた雀舞は、訝しげに目を細める黒羽に「まぁ、見な」と、手袋を外した右掌を見せつけた。
そこには在るのは瞳孔が赤く染まった魔眼。
だが──彼女の目つきがにわかに変化した時──その魔眼は突如として色を変えるのだった。
(──!)
白目の部分が墨汁に塗りつぶされていくかのように真っ黒に染まっていくのだ。
しかも変化はそれだけに留まらない。
赤かった瞳が強力な漂白剤に曝されたかのように、瞬く間に白くなっていくではないか。
白い瞳に黒い白目──それは正しく“闇”の眼そのもの。
「……」
無言でそれを凝視する黒羽の前に、更に雀舞の右手が静かに翳される。
──右手にも同じ闇の眼が在る──。先程までは影も形も無かった存在(モノ)だ。
(つまり……)
と、黒羽は目の前の光景、それが示す意味を結論付ける。
「自分の意思でもう一つの──第四の眼を出したり消したりできる。……状況によって使い分けているということか」
「闇の力は絶大だ。そして“闇人”というのはその力を支配した人間に対する呼び名だ。
だが……優れた力には必ず制限がある。鳥が永遠に飛ぶことはできないように、
チーターが時速100kmを超えるスピードを長時間持続できないように……闇の力とて例外ではない。
闇の力の発動──所謂“闇人化”は、それぞれ個体差はあれど、必ず“制限時間”がある。
その制限時間を過ぎれば己の意思に反して闇人状態は強制的に解除され、しばらく力の使役は不可能となる。
──今のあんたのようにね。だから闇人は普段、闇の力を自らの内に“封印”しているのさ」
恐らくは、通常の異能者を装えるというカムフラージュの意味もそこにはあるのだろう──
等と推測しながら、しかし気になるのは──と、更に言葉を紡ぐ。
「持続時間……俺の持続時間は“五分”ほどだった。婆さん、これは短いのか、それとも長いのか……?」
問われた雀舞は、しばし目線を横に流した後、やがてゆっくりと再び視線を合わせて、こう答えた。
「そうだね、参考までに言っておくなら…………『レッド・フォース』──
噂によれば彼らの平均持続時間はおよそ──“一時間”──と言われている」
(!? い、一時間、だと……?)
絶句とは、このことであったろう。
単純計算で十二倍。同じ闇人でありながら十二倍の時間差があるというのだ。
そのような現実を突きつけられて、冷静でいられる者が果たしているだろうか?
「まぁ、持続時間が長ければ長いほど戦闘に有利なのは確かだが、イコールそれが強さというわけではないさ。
だから影葉、お前は──」
「……婆さん」
言葉を遮る声に、一瞬、雀舞は不快そうにその目を細める。
だが、次の瞬間には言いかけた黒羽の口を制止する形で、手を翳していた。
「おやめ、それ以上は。言いたいことはわかっているつもりだ」
「ならば……」
「だから、黙って聞きな。……いいかい影葉?
持続時間というのは数多の戦闘経験と修業で延ばせるものだ。
だが、通常、時間を“一分”延ばすのに必要な修業時間は“一年”といわれている。
お前にそんな時間は無いだろう?」
「……あぁ」
「いいかい、焦ることは無い。さっきも言ったが、持続時間の差が実力の差になるとは限らない。
お前に与えられた五分、要はそれをどう使うかだ。
相手じゃないよ、影葉……お前の闘い方次第でお前の生死が決まるんだ。
……レッドフォースと闘うまで、そこのところをじっくりと考えておくんだね」
黒羽は目を瞑り、押し黙る。
そして閉じられた瞼が開かれた時、もう彼は何も言おうとはしなかった。
ただ、来るべき決戦の時に備えるかのように、がむしゃらに食べ物を口に運ぶだけであった。
「……良く噛んでお食べ。急がなくても逃げやしないんだ」
その声には、確かな優しさが篭っており、その目には温かい光が宿っていた。
【黒羽 影葉:エネルギー補給中。『闇人化』の持続時間が五分であることが判明】
>>89上から二行目訂正
×>手袋を外した右掌を見せつけた。
○>手袋を外した左掌を見せつけた。
>>85-87 巨大な餓獣が治尋達を分断するように近づいていく。無論三人は逃げるように距離をとり。つまり花蓮の思惑通り分断された
「ふふ…なるほど。チームで戦う事を生業とする私達には個人戦、ってわけですね。確かに私達は集団戦・混戦には強くても一対一には滅法弱い…。
但し、分断された程度で私達は集団戦が出来なくなるわけではないし…。
それに私の戦闘スタイルからすれば、私達を分断するのに便利だった巨大な体は、戦いやすいんですよ!」
そう言うと、治尋は白衣から赤い液体の入った注射器を8本取り出し。【六牙】アイラヴァータに向かってダーツのように投げ付けた
しかし、そのような人間用の一般的な注射器が巨大な餓獣に通用する筈もなく。8本全てを割られてしまった…その際、赤い液体が着いて血塗れのようにはなったが。
「ふふ…まさか私の攻撃が全て無効化されてしまうなんて…流石『闇』の能力、と言ったところでしょうか…」
口ではそう言いつつも、治尋の表情は余裕を失っていなかった。それを怪訝に思う機能が【六牙】に存在しているかどうかは知らないが、刹那。
いつの間にか治尋が【六牙】の目の前まで肉薄していた。当然、動揺はするものの攻撃する。しかし、そこには何もなく。攻撃は空しく空を切った…
「おやおや、どこを狙っているんです?」
治尋は挑発するように言う。振り払うように攻撃する【六牙】。しかし、目の前にいるはずなのに攻撃するとまるで手応えがなく。まるで幽霊、さながら幻影のように素通りしてしまうのであった。
結論から言うと、これは幽霊でもなければ幻影でもない。病気である。『不思議の国のアリス症候群』。何だそのふざけた病名は、と思うかもしれないが実在する。
近くの物が遠く見えたり、遠くの物が近く見えたり、大きなものが小さく見えたり、小さな物が大きく見えたりする、そんな病気だ
視覚に頼っていても無駄なことに気付いたのか、【六牙】は目を閉じる。嗅覚に頼ることにしたのだ。『餓える獣』であるところの【六牙】は鼻が良く効く。
その嗅覚で治尋の居場所を突き止め、攻撃するために走るが、しかし、突然足下がふらつき、倒れてしまう。
起立性貧血と乗り物酔い。この二つの症状を同時に出した、立ちくらみとふらつきである。
ここまでくれば分かるとは思うが、治尋の能力である。邪気眼名は『傷病眼』。病気と傷を操るという、生物相手では無類の強さを誇る能力である。
発動条件は『直接、もしくは間接的に対象に触れること』、即ち体の一部(血液や髪の毛なども含む)で相手に触れるか、自分が触れて1時間以内の物に相手が触れるか、である。
ちなみに彼女が投げ付けた注射器に入っていた赤い液体は彼女の血液。即ち、8×2で16回、病を操れる計算になるのだ
>>85 >>86 醜悪な異形の獣達が獅子堂の体目掛けて飛び掛かる。だが―――
「―――遅い―――」
『―――トロい―――』
例えるなら、まるでアクション映画のフィルムの一部を切り取り“過程”を素っ飛ばした様な映像を見ているかのようだ。
極限まで無駄をそぎ落とし、かつ驚異的な速度で繰り出されたのは、青紫の剛拳と無数の弾丸。
毒滴る爪牙を以って襲い来る獣たちは、全身に風穴を開けられ、あるいは挽肉となって躯を地面に撒き散らす事となった。
「『―――鈍すぎる!!』」
弥陸と逢魔。およそ肉体の主導権を巡って争う者同士とは思えない、余りに見事な連携で迫る脅威を薙ぎ払う。
「くはは! 単純だねえ! 良い的だぜ? 本気で来いよ、これが全力ってわけじゃあねえだろ―――!?」
『―――っ! 逢魔、敵の動きが―――!』
そう、突然に餓獣の動きが変わった。まるで今までは準備運動だと言わんばかりに動きが高度な物となったのだ。
力任せな点は変わらないが、狙いの精度、動きの軌跡、連携、全てが一瞬で変わった。
不遜で不敵な逢魔の顔からも相手を侮る冷笑が消え、無数の氷針を含んだかのような戦闘機械さながらの目で敵を見やる。
「…弥陸、俺の後方90度を守れ。その範囲に入った化け物は容赦なくミンチにしろ」
『270度は手前がやるってのか? いくら何でも―――』
「―――言っておくぜ。俺の人格は“俺だけの物じゃない”」
うねうねと伸びてくる無数の吸盤を持つ触手。その1本1本の1点ずつに精密に弾丸を浴びせながら逢魔は言葉を紡ぐ。
「俺達の能力は“パーフェクト・ジェミニ”によってもたらされたもんだ。
知ってるだろうが、コイツは能力が1人歩きして適合者を見つけ―――」
伝説の海の魔物、クラーケンを思わせる触手が熾烈な攻撃の果てに1本、また1本と千切れていく。
背筋が凍るような人外の咆哮と共に魔物が身悶える。その様を眺めつつ逢魔は続ける。
「―――適合者が新たな力を発現させ、それを吸収して能力自身が限りなく全能に近付こうとする。
それが200年ほど続いているのさ…さて、適合した異能者達の『闇』は“一体何処へ行ったのかなぁ?”」
『まさか―――』
辺りを腐臭が覆う。だが弥陸の判断は早かった。今の自身は念動力の塊、容易かった。
毒ガスを退け、新鮮な空気を肉体に供給する気流を作りだし、その間にも元凶たる鎧を被った様な怪物に鉄拳を浴びせる。
「―――そう、俺だ。200年に渡る力の、戦闘技術の、人格の、『闇』の集合体…
それがこの“逢魔”だ…くっははは…お前は俺に勝てるかな?」
『……勝つさ―――るあああああ!!』
渾身―――弥陸は全霊の威力を込めた剛拳でカトブレパスの頭部を真上から打ち抜く。
不気味に肥大した頭部は胴体に陥没し、そこから気味の悪い体液が噴水の様にほとばしる。
獅子堂に向かって来た2体の異形は完全に沈黙し、再び牙を剥くことは無かった。
「…っくふふふ、くははははは!! 頼もしい! それでこそだ!
さぁて兎にも角にも大掃除だ! その後で派手に力比べと洒落込もうか!」
獅子堂の周囲には餓獣の群れ―――それが肉片を撒き散らす血風となって渦を巻き始めたのはその直後だった。
【弥陸:自身の『闇』の強大さを認識するも立ち向かう意思を見せる。
逢魔:弥陸と共にカトブレパス、クラーケンを撃破。周囲の餓獣の殲滅を開始】
治尋が病でアイラヴァータを翻弄している向こうで、献次と百合花はベヒモスと対峙していた。
もっとも、位置としては献次がベヒモスの正面、百合花が背後なのだが
「ふむ…やれやれ。私としてはできれば背後に回りたかったのだがな。
薬師寺の能力も正面にいた方が有効なそれだし、ポジショニングを失敗したとしか言えんな…
ま、過ぎたことを悔やんでも仕方ないか。『細巧血作』」
献次の周囲に赤い液体…血液が現れる
「食らうといい。『血弾式(ブラッドバレット)』」
その血液を集約させ、弾丸の形にしてベヒモスに対して飛ばした
が、しかしベヒモスには通じず。ただ顔面が赤くたった程度だった。
焼け石に水、蛙の面に水…いや、寧ろ魔獣の面に血液、か
「ふむ…やはりその図体では、この程度の血液は通じんか。ならば量を増やすまでだ。時間はかかるが仕方あるまい…薬師寺、時間稼ぎは任せたぞ」
そう言い、献次は邪気を強める。彼の周囲には血液がどんどん生まれていった
彼の邪気眼は『創血眼』。そのものずばり、『血』を作る能力である。『血』であればどんな血でも作れるのだ
A型だろうとB型O型だろうとAB型だろうと哺乳類だろうと鳥類だろうと爬虫類だろうと…毒や病に侵された血液だろうと。
一方百合花は。
「なんでベヒモスなのよ!雄じゃないこいつ! レヴィアタンが良かった!」
この変態(ガチレズ)、動物や魔獣も守備範囲らしい。餓獣とは別の意味で餓えている女である
「しかし社長からの命令となればやるしかないわよね…これが終わったら秋雨ちゃんと治尋ちゃんを頂くとしましょう」
この瞬間、秋雨漓音と白衣治尋は謎の悪寒を感じたのであった
「くらいなさいバハムート!」
百合花は自分の右腕を蟹鋏のように変形させ、ベヒモスを狙うが
「きゃあ!?」
尻尾に吹っ飛ばされてしまった
(続き)
「テケリ…どうやら蟹鋏(これ)じゃ貴方は倒せないみたいね…。なら鎌(これ)よ。テケリ・リ!」
今度は腕をカマキリの鎌のように変え、ベヒモスの尻尾を狙う百合花。しかし、皮と肉が分厚く通らない
「テケ、鎌(これ)でも駄目なのね…流石ギリシア神話の魔獣だわ。
…しかし所詮地球の神話。この私が属する神話は! スケールも恐怖も宇宙的(コズミック)よ…! 少し、本気(ちから)を見せましょう…テケリ・リ!」
百合花は、両腕を蜂の針のように変え、全身を、半透明でナマコのようなうねうねした体内で、
名状しがたい液体が混沌と混ざりあっているよくな…この世のものとは思えない、見るだけで正気を失いそうな姿に変化した
そして、その両腕をベヒモスの後ろに刺し込み…何かを注入した。
ベヒモスに針自体によるダメージは見られないが、少し動きが鈍ったようだ。今注入したものは麻酔と毒。そう、百合花の能力である
百合花の邪気眼は『調薬眼』。体内で毒素や薬物などの化学物質を合成する能力である。魔法薬や媚薬などの架空の薬物も合成できる。
また、このような能力の特性上、彼女はあらゆる化学物質の影響を無効化できるのだ
では先程の変身はなんなのか? それは能力ではなく機能…彼女の種族としての機能である
不定形目スライム科の最高位に属する種族、ショゴス族…それが百合花だ
クトゥルフ神話において、古のものに造られた奴隷種族で、現在は南極に生息するとされるその神話生物は、ドヴァ帝国にも入っていたのだ。
そして、そこで他の魔物との交配や、ダークマターによる突然変異等を経て、独自の進化を遂げていった…その一個体が百合花なのだ
「…とは言え流石の巨体。毒の回りが遅いわね…。ここはサポートに徹するのが吉かしら? テケリ」
「む? 二神、助太刀に来てくれたのか…ありがたい。
お礼と言ってはなんだが、自由に使ってくれるといい」
献次は生成した血液の一部を、二神の方へ送った
【白衣治尋 赤衣献次 薬師寺百合花:戦闘中】
氷結の魔女ペロペロ
「フフ……中々やるじゃないか。まさか能力で覆ってない肩を狙うとはねぇ」
マリーはブレイク・ショットによるダメージなど気にも留めないという風に見つめ返してくる。
「正直侮ってたよ。いや、すまないねぇ」
「急にお喋りになったわね。時間稼ぎ?」
「まぁまぁ、少しくらい付き合ってくれよ。お前も知りたがっていることを話そうってんだ」
「それはあなたの正体──ということでいいのかしら?」
「そんなところだ」
マリーは懐から煙管を取り出すと、火をつけて煙を吐き出す。
「アタシは──御影の初代当主だ」
「……薄々は感じていたわ」
あまり驚いた様子もなく返す篠。ここに至るまでにヒントは幾つもあったのだ。
古めかしい屋敷に存在しない使用人。『昔は』というマリーの台詞。
そして三百年前の屋敷を再現できる記憶の持ち主──。
それら全てを統合すれば自ずと答えは見えてくる。
「改めて自己紹介するよ。アタシの名前は御影 緋那(ひな)。
三百五十年前に御影を立ち上げた者さ」
トントンと灰を落として、再び煙を吸い込む。
「丁寧にどうも。折角の自己紹介だけど、あまり意味はないわよ?
どうせすぐにいなくなるんだから。いい加減時間稼ぎはやめた方がいいんじゃない?」
「まぁそう言うな。それに稼いだところでアタシの傷が癒えるわけじゃない」
「……?私に気付かれないよう能力で治すことくらいあなたなら容易いんじゃない?」
マリーの台詞に違和感を覚える篠。会話が微妙に噛み合わない。
「お前は何か勘違いしているようだね。アタシが使える能力は『破壊』の力だけだよ」
「嘘……以前使っていたじゃない。いつだったか忘れたけど……」
「あれはお前の体を使っていたからさ。アタシ個人じゃどう頑張っても無理だ。
それに『結合』の力はお前自身が母親から譲り受けたものだろう?
御影に代々伝わるのは『破壊』の力だけだ」
フー、と煙を吐き出して最後の灰を落とし、マリーは煙管を懐にしまった。
「さて、あまり長話をしてると誰かさんが痺れを切らしそうだからそろそろ始めるとしようかねぇ」
再開を宣言するマリー。次の瞬間、篠は目を見張った。マリーを覆っている邪気の質が変わったのだ。
目には見えないが、先程までとは明らかに雰囲気が違う。
(いよいよ本気ってわけね……!正直こっちはもう限界が近いけど……やるしかない!)
スッ、っとマリーが手を正面に突き出す。
点壊が来ると予想した篠は軸をずらして回避に移る。しかし──
「キャッ……!」
射線上から回避したはずなのに、篠のすぐ傍で破壊の力が爆発する。
予期せぬ所からの攻撃で回避が間に合うはずもなく、衝撃で吹き飛ばされる。
「よけた筈なのに……クッ……」
思いの外ダメージが大きく、起き上がるのにも苦労する。
「これがアタシの──『御影』の持つ破壊の力の真髄さ。お前はまだこの領域には到達していないだろう?
固体でも液体でも気体でもない──『空間』を破壊する力さ」
「空間、ですって……!?そんなのアリなの……?」
「アタシにとっては、な。ほら、こんな風に──『破間』(はがん)」
パチン、と指を鳴らす緋那。直後に篠のすぐ近くの空間が爆発する。
何とか回避に成功するが、如何せんタイミングが分からないために完全な回避は出来ず、ダメージを負う。
(これじゃ嬲り殺しにされるだけだわ……。ブレイク・ショットはもう通じない。
私にも遠距離攻撃手段があれば──)
ふと思い出す。以前、聖堂で天使と闘っていた緋那のことを──。
(あの時、私と緋那は意識を共有していた。あの時の感覚を思い出せば──!)
記憶を遡り、天使との闘いを思い出す。
(あの時も緋那は一度だけ点壊を使っていた。私にも御影の血が流れてるなら使えるはず──!)
手に崩壊の力を込め、緋那に向ける。
(お願い、飛んで……!)
しかしどれだけ力を込めても緋那に届くことはなかった。
「ダメ、なの……?」
更にデストロイ・アーマーの使用による消耗が激しく、足がもつれて転んでしまう。
「あ──」
転んで拍子に腕が振り下ろされるように地面に落ちる。その時、篠と緋那を隔てる床にピシリと亀裂が入った。
「残念だったねぇ。ま、今のお前さんじゃ点壊を扱うには技量不足さ」
緋那はそれを気に留めた様子はなくゆっくりとこちらに歩いてくる。
(……確かに"点壊は"失敗した。でも──)
緋那が亀裂の上を通過する。そこで篠は攻勢に出た。
「今よ──ブレイク!」
掛け声と共に緋那の足元が一気に崩れる。
「何……!?」
緋那は床の崩壊に一瞬足をとられるが、すぐに上空へ飛び上がる。
「予想通りの動きね。もう逃げられないわよ」
そこへその行動を呼んでいた篠が既に迫っていた。その手に剣のようなオーラをまとって──。
「そ、それは──」
「確かに私じゃ"対象に向けて射出すること"は出来なかった。それで閃いたのがこれよ」
篠は既に腕を振り上げている。今からでは点壊も間に合わない。
「ここまで、かねぇ……」
緋那は諦めとも安堵とも取れる表情で小さく笑った。
「これで終わりよ!ハァァアアアア!」
篠の剣が緋那を貫いた後、二人とも床へと落下していった。
「ハァ、ハァ……。もうダメ……動けないわ……」
床に大の字に倒れる篠。そこへ緋那が近づいてきた。
「やるじゃないか。アンタの勝ちだよ、篠」
体は既に崩壊が始まっているようで、離している間にも崩れていく。
「最後のアレ、見事だったよ。"同時に二つも"閃くとはねぇ」
「あら、気付いてたのね」
「終わった後だよ。まさか『遠距離攻撃』ではなく『遠隔操作』とはね。恐れ入ったよ」
いよいよ本格的に体が崩れ始める。もう長くはないだろう。
「さて、アタシの"今代"での役目はここまでのようだ。破壊の力、お前さんに預けるよ」
「あなたは一体……」
「もうどうでもいいだろ?兎に角、力の使い方、間違えるなよ?もし間違えたらその時は──」
台詞は最後まで続くことはなく、緋那は粒子となって崩れ去り、虚空へ消えていった。
自分の両手を見つめる。左の掌には闇を従えた証である白黒の瞳が静かに輝いていた──。
【御影 篠:内在闘争終了。緋那に勝利し『闇人』になる】
モンスター
二神や獅子堂らが闇堕と化した秋雨 凛音と激闘を繰り広げていた頃──
厨弐市東地区でも、激しい死闘が繰り広げられていた。
「一団の数は現在、二百から三百──まだ増えているという報告も入っております! 特定できません!」
「奴等は依然として反時計回りにゆっくりとした速度で中央区に向かって進攻中!」
「東区ASX-0098ポイント通信途絶! 同じくASQ-0007ポイント応答ありません!」
「どうなってんだ! あのポイントには二十名以上のスイーパーを配置させておいたはずだぞ! おい、応答しろ! おい!」
「報告! 東区ZZA-0002から0045ポイントに配置させていたスイーパーの全滅を確認しました!」
「奴等の被害は!?」
「不明です! かなりの被害を出しているはずですが、新手が次から次へと出てきて際限がありません!!」
「どのポイントからも奇妙なガスを目撃したという報告が入っておりますが、その成分については未だ不明。
研究部門が総力をあげて解析に務めておりますが、もうしばらく時間がかかるものと思われます」
「急がせろ! これ以上の被害を出せば中央への突破を許すことになる!」
「現在、スイーパーの死者及び行方不明者は百五十人から二百人前後!
一般人への被害は不明ですが、かなりの数が巻き込まれているものと思われます!」
「こんな短時間の内に……クソッ! なんてことだ!」
「GHY-9991ポイント通信途絶!!」
──ISS本部ビルから1kmほど東に位置する場所にあるISS所有の研究施設。
そこは今、秋雨一派に対する治安維持部門の暫定的な対策本部となっていた。
「やりたい放題か……」
その三階にあるメインフロアにて、先程から苦虫を噛み潰したような顔をする男が一人。
研究部門統括──閏 渇人──。
次から次へとフロアに響く部下達の声は全て、彼にとって何もかもが芳しくない情報(もの)であった。
状勢は完全に劣勢。進攻ルートを想定して予め配置させておいたスイーパー達が、悉く撃破されているという現実。
後手に回らぬつもりが常に先手先手を取られているという許しがたい事実。
「閏様! 被害は拡大する一方……一体どうすれば……」
「やはり……奴らが宣戦布告してきた時点で、せめて中央の守りだけでも固めておくべきだったのだ……!」
険しい表情で拳を握り締める閏に、後ろから話しかけた部下はビクッ、と背筋を強張らせた。
「我々は初めから後手を選択していた……そのツケがこれか……!」
「う、閏様……」
「しかも、そのツケを払わされているのが上層部を信じた現場の人間だ!
事務室のソファで呑気にふんぞり返っている者などではない!
おのれ……九鬼め! この失態、この責任! 一体、どう取るつもりだ……!!」
閏は込み上げてくる怒りに肩を震わせる。──確かに九鬼の決定は失態といってもいい。
だが、最終的にその決定に従ったのが他でも無い他の幹部連であり、自分自身なのだ。
だから、後悔がある。自分も責められるべきと理解しているから、その怒りを九鬼本人にぶつけることはできない。
それが何とも歯痒いのだ。
「……情けない……これが統括者の立場にある者とはな……。所詮はこのわしも、奴と同じ無能者よ……」
──閏 渇人は古風で不器用な男だ。
恐らく、本来は現場の第一線で泥と血と汗に塗れてこそ力を発揮するタイプ。
謀略や裏工作に長けているような一癖も二癖もある現幹部連の前では、
当然、駆け引きの面で一手も二手も遅れを取ってしまい、結局上手く丸め込まれてしまうのだろう。
「閏様……」
やるせない気持ちを背中に乗せる彼を見ていると、口を出すのが憚られる。
しかし、そうだからこそ、敢えて言わなければならない。
彼に必要なのは補佐であり助言。部下の支えなのだから。
「閏様、しっかりなさって下さい!」
部下は背筋を正して、敢えてはっきりとした強い口調で言った。
「貴方は治安維持部門の責任者! この街の運命は貴方の双肩にかかっているのです!
いつまでも過去を悔いるだけで目の前の悪しきテロリストに立ち向かわないのであれば、
今すぐにでもこの私に全権をお渡し下さい! 例えこの身が滅びても、必ずや奴らを駆逐してご覧に入れましょう!」
「……」
閏はゆっくりと振り向き、目を瞑った。そして再び瞼を開けたとき、小さく頷いた。
「……指揮官が、誰よりも先に逃げるわけにはいかん。……作戦を練り直す。皆を集めてくれ」
敬礼し、無言で去っていく部下。彼の顔は何よりも優しい微笑で包まれていた。
──部下との話し合いで決まったことは、おおよそ以下の二つであった。
一つはスイーパー達の配置ポイントの変更。
教科書通りに配置させていた部下達を、これまでに得た敵の特性や有益な情報をもとに再編成し、
敵に対して合理的かつ柔軟な対応が取れる布陣に変えたのである。
そしてもう一つは、“民間”への援軍の要請であった。
数の上ではまだISSが圧倒的に有利である。
しかし、実際に前線で闘っているのは治安維持部門のスイーパーだけであり、
他の部門のスイーパー達はそれぞれの統括者の命令のもとに動いているので、
全体の動きはまるで一貫性がなく、数の有利を生かせないでいた。
それをどうにかする力は閏本人にはない。
各部門に直接命令を下すことができる権限を持つのは会長を除けば副会長である九鬼 義隆しかいないが、
彼は先の会議以降、追加で命令を発することなく事態の静観を決め込んでいる。
となれば直接彼に直談判して動かす他ないわけだが、話し合いの時間が無駄だし、
何より彼が耳を貸すはずがないと思っていた閏は、援軍要請の対象からISSを外したのである。
では、どこから援軍を呼ぶのか?
そこで白羽の矢が立ったのが御影 篠である。
彼女は自らの屋敷に私兵ともいうべき異能者の集団を抱えており、その情報は以前より閏の耳に入っていた。
他の幹部連とはともかく、彼女との個人的な関係は決して悪くは無い。
──篠ならば必ず聞き入れてくれる。必ず動いてくれる──そんな確信めいた思いが、閏にはあったのだ。
部下達もあてにならない本部の援軍を待つよりは……と、全会一致で彼の主張に賛同。
早速、『治安維持部門統括の名』で、御影の屋敷に使者を遣わすこととなった。
濡れ衣
──もっとも既にこの時、御影は自身が“鬼怒兄弟殺害の容疑”を着せられた事に気付き、
折角手配させていた部隊を帰還させていただけでなく、ISSに対し明確な敵意を抱くに至っていたのだが……
会議終了後からこれまで、ずっと秋雨一派の対応に追われ、更に情報室による情報封鎖で
何の連絡も受けていなかった閏達がそれを知るはずもなかったのは無理からぬことだ。
ただ、この閏の判断が結果として御影 篠の行動にどう影響を及ぼすか……
仮に“双方、全ての事情を知っていた”者がいたとしても、この時点で断言することは難しいであろう。
(篠よ……)
いずれにしても、閏としては手は打ったつもりだ。
故に彼はただ、吉報を待つ。
(この組織は既に腐りかけている……。それを正すことができる者は、わしのような先の見えた老人では無い。
お前のようなこれからの世界を背負って立つ、未来ある若者よ。
……この闘いが終われば、わしの後任にお前を推薦しよう。そしてわしは、刺し違えてでも九鬼を……)
──だが、彼にはもう一つだけ知らぬことがあった。
そう、同じ吉報を望む者が、この場にいる彼らだけではなかったということを──。
グッドタイミング
「ふーん……彼女を呼ぶ気かぁ。これは好都合だねぇ。これは是非、動いてもらわなくちゃ。
ま、どっちにしろ“この事実”さえあれば、どうにでもなるんだけど……さ」
対策本部から更に1km西にある廃ビル。
その屋上で、コートのような装束を風にはためかせるカイ・エクスナーは、ニヤリと微笑んだ。
【秋雨一派に対し治安維持部門苦戦。閏 渇人の使者が御影の屋敷に向かう。】
見慣れた孤児院で、見慣れた人物と出会った凛音。
だが、その二つは見慣れているからこそありあえない光景であった。
「そ、俺様の名はユイ。もう一人のお前……と言いたいとこだが、違うんだな〜これが。」
眼の前に現れた自分そっくりの人物を凛音はただ茫然と眺めていた。
夢でも見ているのかと思いたくなるが、不思議と彼女の存在を受け入れつつある自分がいた。
「あなたは、もしかして……」
「ま、詳しい事はこれで」
ユイと名乗った少女は握手を求めるように右手を差し伸べた。
凛音にその行動の意図がなんとなく分かるのは、ここが二人が共有する精神世界だからだろうか。
「時間もねえことだしな」
数瞬の迷いの末、凛音はユイの手を掴んだ。
途端、右手を伝って体の内側にナニかが流れ込む感覚に凛音は襲われた。
「くっ……」
光の筋のようなものがユイの右腕から、凛音の右腕を通り、そして体全体に広がっていく。
痛みはないが、内側からの圧迫感に声を漏らしつつなんとかその衝動を抑え込んだ。
「そうか、やっぱりあなたが」
いつのまにか片膝をついていた凛音は立ち上がりながらユイと視線を合わせる。
「あなたが、邪気眼を使ってる間のわたしの体を操ってたのね」
「その通りだ。それで、さっきも言ったが時間がない。悪いが、あとの説明は逃げながらにさせてもらうぜ」
ユイが凛音のその全く同じ腕を掴み、そして走り出そうと――――
【逃げる? 残念だけどここで行き止まりだよ】
ドゴォ!という硬質な破壊音は走り出そうとした二人の周辺の壁が破壊されたものだ。
天井や壁から這い出てきたのは、多種の猛獣を組み合わせたような醜悪な生き物たち。
「チッ。もうここまで来やがったか。しつけー野郎だな」
「この子たちは……餓獣?」
凛音たちを包囲したのはキマイラの集団。
ライオンの頭に山羊の胴体、蛇の尻尾を持ち、口から炎を吐き出すという合成獣だ。
その中でも一際大きなキマイラの背中に立っていたのは、
「しつこい悪足掻きを続けてるのはお前のほうだよ。闇モドキが。とっとと死んでくれないかな」
辛辣な言葉と共に凛音たちを見下ろす、赤いワンピースを着た“凛音”であった。
「え……また、わたし!?」
「あ〜それもおいおい説明しようと思ってたんだが。おいコラ、お前が先に出てきたから凛音が混乱してるじゃねえか!」
「知るか。そんなもの」
ユイの抗議を突っぱねた赤衣の少女はキマイラたちに命じる。
全方向から黒焦げにしてやれ、と。
ゴォォ!、と一度に大量の酸素を燃焼させる音とともに合成獣は火球を撃ち放った。
「くそ! 来い、バジリスク!」
コンマ数秒の差で灼熱地獄から回避し、天井を突き破ってバジリスクは上階へと二人を運んだ。
「……逃がさない」
■
アストラルサイド
精神世界での戦闘をこなしながらも、花蓮は現実世界でも気を抜いていなかった。
(それぞれ対策立てて放った餓獣たちもやられたか。期待はしてなかったけど、あまり良い展開じゃないな)
ビルの上から見下ろす戦場は一見無勢に多勢と思えるが、どうやら無勢のほうが優勢のようだ。
餓獣たちは今なお、ゲートから流れ出るように戦いに赴いているが、その投入速度を上回る勢いで敵は餓獣たちを駆逐していく。
(……【闇】が二人ほど混じってる)
同族だから見出したその存在たちを、花蓮は嫌悪するように顔をしかめた。
(闇にもいろいろ種別はいるから、一概には言えないけど。でも、私には人間に手を貸すなど理解不能かな。
私達を閉じ込めるだけで、闇の力を借りることしか出来ない連中に一体なんの価値があるのやら)
そこで頭を横に振って、いらない雑念を振り払い花蓮は次なる手を打とうとした。
「クゥ!?……クッ、ヤッテクレタナ」
急に平衡感覚を失ったかのように、花蓮はふらつき始めた。
どうやら押されているのは現実(こちらがわ)だけではないようだ。
、、、
「コウナッタラ、仕方ナイナ。アイツヲ出シテ、下ノ連中モサッサト片ヅケヨウカ」
■
暗い森林の中を、一匹の獣を多数の獣が追うように疾駆していた。
逃亡側の大蛇は主人二人を頭部に乗せたまま、流れる水のように木々の間を縫って移動していた。
追跡側の合成獣たちは対照的に、あらゆる障害をその怪力や火焔で打破しながら大蛇に追いすがっていた。
「あ、あれ。わたしたちさっきまで孤児院にいたのに」
「ここは凛音や俺様たちの記憶と思い出で出来た精神世界だ。故に、記憶としても思い出としても強く心に残ったもので
形成されてるってことだ。ここは、二年に俺様たちが彷徨ってた厨弐市の山林だな」
ユイは的確にバジリスクを危なげなく操りつつ、凛音の疑問に答えた。
その態度といつも通りの不敵な笑み。
余裕に見えるその態度も、凛音にはブラフなのだとすぐに見て取れた。
なにしろ、先程の窮地を脱してから一度もこちらから攻撃を仕掛けられていないのだ。
「ついでに説明しておこうか。いま追っかけてきてる赤凛音、名前は花蓮って言うんだが。あれは通称『闇』って呼ばれる人格でな。
まぁ、邪気眼に眠る意思というか、いま凛音の体は闇堕してあいつに乗っ取られてるってことになる」
闇、闇堕と聞きなれない単語が混じるその説明は凛音には正しく理解できていた。
さきほどユイと握手を交わしたことで、彼女の知識や記憶を凛音と共有したのだ。
「でも、闇堕って完全に乗っ取られた状態なんだよね。じゃあ、どうして花蓮はわたしたちを狙ってるの」
「厳密にいうといまの状態は闇堕に限りなく近い、半堕ってとこだ。俺様の存在が、半堕を悪化させちまったがな。
だから、あいつは体の乗っ取りに邪魔な俺様たちを狩りに来たってわけさ」
「……ひとつ、共有した記憶の中で不可解なことがあるの。あなたは、いったい何者なの?」
出会い頭に否定された、凛音のもうひとつの人格という説。
そして、闇はユイを闇モドキと呼び、本人は自分が闇の侵略を進ませたと言う。
「あなたは、わたしが生み出した邪気眼を使うための人格だと思ってた。ううん、事実あなたもそう自覚していたはず。
でも、今のあなたは自分が何者かはっきりと分かるはず。わたしにはその知識と記憶は渡されなかったけど」
「意外と鋭いやつなんだなお前って……そうだな、それはこの戦いがひと段落したら話そうか。そのためには――」
はっ!と不意に小柄な少女の体はバジリスクの頭部から後方へと跳躍し、太い木の枝に着地する。
「バジリスク、出来るだけ遠くへ行け!!」
「えっ!? そ、そんな―――」
凛音は自分の邪気眼を使って、バジリスクを制止させようとしたが、
「いいから、行けって!!」
その叫びに凛音の手が止まる。
「……分かった。絶対さっきの続き聞かせてよね、ユイ!!」
「――――――っん」
その呼びかけにユイの心がしばし揺れた。
初めての出来事だったのだ。
凛音の体内に居続けた間、少女は常に殺戮の場でしか他人に触れることは出来なかったから。
そう、自分の名を呼ばれるという事が。
遠ざかるバジリスクの追跡を止め、キマイラたちはユイを取り囲み始めた。
「出来れば、二人まとめて始末したかったんだけど。いいよ、まずはあなたから噛み砕いてあげる」
花蓮の指示を受け、飛び掛かる合成獣たち。
その凶悪なまでに巨大な爪牙が、ユイの体に触れるより先に別の爪牙がキマイラたちの心臓を正確に貫いた。
「なっ!?」
崩れ落ちるキマイラの背から飛び降り、地上へと花蓮は着地した。
同じように降り立ったユイの顔は嬉々とした表情を浮かべている。
「悪いな、いま俺様はとーっても機嫌がいいんだ。だから、いたぶらずにさくっと死んでもらうぜ」
キマイラたちを貫いたのはユイの体から伸びた、牙や爪であった。
それは花蓮がはじめて現実世界へと出たときや、また餓鬼野戦にて凛音の体に入った黒羽が邪気眼を使った際に起きた現象。
どちらも、暴走という形でしか発現しなかった餓獣と人間の融合であった。
「そんな、私ですら長時間の使用は出来ないのに。いいの? そのままでいると餓獣の意識と自分の意識が混ざり合って、もとに戻れなくなるけど」
「はっ! この俺様が! たかが獣の意識と自分のを判別出来なくなるわけないだろ!?
さぁ、来いよ花蓮。てめえも餓獣みたく屈服させて獣同然に扱ってやるよ」
全身から鋭い牙を、巨大な爪を、堅牢な毛並みを、雄大な翼を広げるその姿はまるで魔王か悪魔のようであった。
「いい気になるなよ、この人に造られし闇の偽物が!」
「偽物だぁ? いつ俺様が自分を闇なんかだと偽った。俺様は――――俺様だ!!」
全身をバネにして、ユイは四足獣の如く瞬発力で花蓮を切り裂いた。
胸の中心を射るような突進で、致命傷とまでいかなくとも十分な深さをユイの爪先は抉った。
ぐ……、と苦悶の声を漏らしつつふらつく花蓮の体勢は追撃の絶好のチャンスであった。
「そらぁ、これで終いだ!」
大木を蹴って勢いをつけ、翼を広げ、今度は首筋へとその巨大な爪牙を穿つ。
「……仕方ないな」
だが、その必殺の一撃は突如現れた人影に遮られ、ガキィン!という金属音をならして動きを止めた。
、、、
「チ、餓獣を呼ばれたか……いや、なんだコイツは!?」
「ドウヤラ、コノ体ノ持チ主ハコイツヲ呼ブコトハ、出来ナカッタヨウネ」
「どうやら、この体の持ち主はこいつを呼ぶことは、出来なかったようね」
現実世界と精神世界、その両方で現れたのは漆黒の西洋甲冑。
黒いプレートメイルは金の縁取りを施され、至る所に牙を生やした口のような装飾を加えられていた。
豪奢さと野蛮さを混ぜ合わせたようなその騎士は、剣も持たず空手であった。
「――――――喰fneo奪fenrio喰afifeae寄越iff我sef王!!!!」
奇怪な慟哭と共に、西洋甲冑は動き出す。
「行け、『暴食の王』よ」
「行ケ、『暴食の王』ヨ」
【内在闘争中。現実世界、精神世界で暴食の王を召喚する】
ISS本部ビル地下に、朱雀堂の地下室に匹敵する大きさと広さを持つフロアがあった。
その名も“ISS本部技術開発総合研究所”。
ここに所属するのは普段は黙々と己の研究欲を満たすことに集中する総勢二百名の研究員達であるが、
その彼らも秋雨一派の反乱が起きて以降は流石に日々の研究は頭の隅に追いやり、
ただひたすらに敵の使用した兵器の解析とそれに対する対抗手段を講じることに没頭していた。
そんな中、たった一人だけ別の事に集中している者が一人。
「……」
ISS研究部門統括・柊 冬箕──。
彼女だけは、カタカタとキーボードを鳴らすわけでもなく、他の研究員のように解析の結果を言い合うわけでもなく、
ただ、自分のデスクに腰掛て、コンピュータの画面をまんじりともせずにじっと見つめていた。
「あのぉ、博士ぇ、採取したガスの成分分析の結果ですが……」
と、そんな彼女の背後からひょっこり現われたのは、白衣を着た小柄な三つ編みの女性。
「……?」
だが、返事がない。
「あの、なにをなさって…………」
痺れを切らして思わず柊の肩口から顔を覗かせた彼女は、その瞬間、思わず訝しげに眉を顰めた。
──画面に映っていたのは複数の顔写真。
そのどれもが現ISSの幹部のものであり、写真の下にはそれぞれ各自の生年月日やこれまでの経歴が、
英語で詳細に書き記されていた。
(ISS本部長兼副会長・九鬼 義隆さん……ISS治安維持部門統括・閏 渇人さん……
更に医療センター長の鬼怒さんに情報室長の夜霞さん、会長補佐の御影さん……これって……)
思っていると、不意にガッ! と、下顎を掴まれ、耳元に吐息がかかるのを彼女は感じた。
「いやらしい娘ですわねぇ。いつ私が覗いていいと言ったかしら?」
「あっ……しょのぉ……つい、しゅびばせん」
舌が回らないおちょぼ口で目をぱちくり。
柊はクスッと笑うと、手を離して前髪をかきあげ、デスクの上に放置されいてた冷たい紅茶に口をつけた。
「あの……予習ですかぁ? 今度の幹部会議でテストでもあるとか?」
と、冗談交じりに問われた柊は、カチャッとカップを置いて、
「ただ、個人的に気になる点を調べてるだけですわ」と感情の読み取れないトーンで返した。
「気になる点……とおっしゃいますと?」
「貴女が気にしてもしょうがありませんわ。ただ、どうしても知りたいというなら……」
不意に柊の手が、女性の胸や太ももに指を這わす。
思わずビクッと体を震わせる女性に、柊はその口に妖しい笑みを貼り付けて囁いた。
「今晩からの“ストレステスト”をクリアしたら、教えてあげてもよくってよ?」
「は、はわわ……」 ストレステスト
言葉の意味を瞬時に理解した女性は、頬を桜色に染めて戸惑った。──柊 冬箕との一晩。
噂では、その被験者である女性は一晩中天国を感じる代わり、確実に正気を奪われてしまうという。
噛み砕いて言えばその内容は麻薬みたいなものなのかもしれないが、
そうだと解っていても興味と好奇心を捨てきれず、返答に迷ってしまう。それはヒトの性かもしれない。
「ふふ……そうやって理性と情欲の鬩ぎ合う顔を見るのは楽しいですわ。
けど、安心なさって? 今のは冗談ですわよ」
冗談、という言葉を聞いて、途端に女性の顔から安堵感があふれ出す。
しかし、一方で残念そうな感情が見え隠れしているのは、恐らく気のせいではないだろう。
「そ、そうですよね、冗談……ですよね〜。あはははは、あたしったら何を本気に……」
などと笑って誤魔化す女性であったが、その顔がふと真顔になったのは次の瞬間のことだった。
彼女は聞いたのである。柊がポツリと、「もしかしたら、明日は来ないかもしれませんもの……」と、言ったのを。
言葉の意味はわからない。だが、いつになく神妙な柊の顔が、その言葉の重さを物語っているかのようだった。
【本部地下の研究所で柊 冬箕が現ISS幹部の経歴を調査。そこで意味深な発言を残す】
105 :
二神 歪 ◆WS9cBo9MH6 :2012/07/26(木) 02:42:19.67 0
>>94 >>103 二神が向かった先では、秘社の部下達が戦いを繰り広げていた。
特に、巨体【ベヒモス】相手の二人は思うように効果が出ずに苦戦しているようである。
「そうだろうな、秘社のスタイルは弱者の数の暴力…強力すぎる個には苦戦するのも無理は無い、か」
黒赤まだらの足の装甲で、アスファルトを砕きながら駆け抜ける。
「なんだ、あの女の能力は…!?いや、こいつら3人の戦闘は…搦め手かッ!」
直接的な攻撃には見えない。だが、確実に相手の内部を侵す能力。
そして、おそらく秘社は二神のサポートとしてこの三人を【召喚】したのだろう。
「貸せ!血液の作成は無理だが、『操作』なら俺の方が良い筈だ」
赤衣献次がそれに気づき、生成した病毒の血液を球状にして二神に送る。
数はおよそ10。それぞれを支配下に置き、十の指先から銃の如く、血液の球を弾に換え。
スピア ブラッドバレット
「ブラッド・レイ――串刺しの血弾式」
病毒の血液が弾丸のように飛び出し、途中で針状に姿を変えてベヒモスの太い足を貫く。
一つ一つは致命傷では無いが、その毒は獣の体内に、より確実に浸透していく。
更に。
ウェブコネクション
「ブラッド・レイ――多角接続」
動きの鈍ったその足の傷口に、新たな血の槍弾を打ち込むことは容易かった。
その傷口と二神の間に、血の道が出来上がる。
二神は戦う二人を見すえて言い放つ。
「今だ、送り込め!! その毒、その穢れを存分に!」
そして自身も参戦しようとしたその時、二神はそれに気づいた。
異質がある。
獣では無い。それは人型をしていた。
だが、人では無い。なんだ、これは……!?
現れた西洋甲冑。無視して本体の元へ行くことは容易く思えるが。
いやおう無く対峙させる圧力がそこにはあった。一瞬たりとも、それに無防備な背中を向けたくない、という感情が。
「まだ、そんな奴が出てくるのか…悪いな、そいつらを少し任せる。俺はあいつの相手をする」
ゴボ、と二神の装甲の黒色が少し多くなる。
「だが、構ってる暇は無い。全力でぶち抜かせてもらう」
先程自分で踏み抜いたアスファルトの大きな瓦礫に走りこみ、溜め、蹴り抜くモーション。
足が高く上がり、踏み込んで――
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
―――そして、過程をすっ飛ばす。
瓦礫を足が蹴る動作はどこにも無かった。次にあるのは、蹴り抜いたフォームと、超速で飛来する砲弾のような瓦礫、そして爆発のような音、である。
蹴る過程が無くなるほどの速さで蹴り飛ばされた瓦礫が、西洋甲冑の体を抉らんと飛来する。
【二神 歪:暴食の王に対して攻撃。超速の瓦礫の砲弾を飛ばす。】
106 :
名無しになりきれ:2012/07/26(木) 03:12:01.71 0
その目気色悪すぎこっち見んなど田舎男死ね。その目気色悪すぎこっち見んなど田舎男死ね。その目気色悪すぎこっち見んなど田舎男死ね。その目気色悪すぎこっち見んなど田舎男死ね。
「お嬢様……」
ベッドで眠る──厳密には仮死状態だが──篠を心配そうに見つめる藍。
篠が眠りについてからどれほどの時間が経ったのだろうか。十分?一時間?それとももっと?
篠を信じる藍としては、ただ祈りながら待つほか手はなかった。
コンコン──。
部屋の扉がノックされたのは、藍が三度冷めてしまった紅茶を淹れ直していた時だった。
「どうぞ」
「失礼する」
扉を開けて入ってきたのはアイリーンとオリビアの二人。
「藍殿、お嬢様の様子は?」
「今のところ特に変化は……。ずっと眠り続けておられます」
「そうですか……」
ソファに腰掛け篠の様子を見守る二人に、藍は淹れ直した紅茶を出した。
「あの、お嬢様は一体どうされているのですか?」
異能者でない藍には、篠がどうなっているか見当もつかない。
「お嬢様は今、自身の内に眠る力と闘っているのですよ」
紅茶を飲みながら答えたのはオリビア。その言葉に、藍は疑問符を浮かべた。
「内に眠る力、ですか。それは皆さんが持っている能力のことではないんですか?
その能力と闘うとは一体……?」
異能者でないのだから、当然藍は闇についての知識も皆無である。
「大雑把に言って、パワーアップのための試練、とでもお考え下さい。
失礼ながら、異能者でない方に説明するのは少々骨が折れます」
「そう、ですか……。わかりました」
藍はこの時ほど自分が異能者でないことを悔やんだことは今までなかった。
悔しさの余り拳を内出血するほど強く握る。
「人は誰しも異能の力を持っているのです。それが発現するかしないかは別として。
……大丈夫。藍殿ならそう遠くない内に発現するでしょう。それだけの資質はお持ちだ」
諭すように声をかけるアイリーン。その言葉を聞いて、藍は少し落ち着いた。
「……ありがとうございます。精進を怠らないよう頑張ります」
それでも、悔しさだけは拭いきれなかった──。
ドンッ──!
突如、室内に爆発音が響く。三人はすぐさま室内を見回し、視線が一点に集中した。
音の出処は、何とベッドに横たわる篠からだったのだ。
篠の体から黒い煙のようなものが噴き出し、彼女の体を覆っている。
それは吸い込まれるように篠の左の掌に収束していき、やがて消えた。
「藍殿、私の後ろに」
アイリーンが藍を庇うように手を翳し、ベッドから二、三歩後退る。
オリビアも同じようにベッドの傍から少し離れた位置に移動していた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
「い、一体何が起こったのですか?お嬢様は無事なのですか?」
藍が困惑気味に訊ねる。
「それはこれから分かります。どちらにせよパワーアップは終了、ということでしょうね」
オリビアが答え、一同の視線は再びベッドに集中した。
篠はゆっくりと目を開け、周囲にいる三人に視線を向けた。
「──ただいま」
その一言を聞いた直後、三人の表情が緊張から安堵へと変わった──。
「随分と心配をかけたみたいね。まさかオリビアまでここにいるなんて」
ベッドに腰掛け、藍の淹れた紅茶を飲みながらクスクスと笑う篠。
「それは心配もしますよ。事が事ですからね。
しかしその様子では……上手くいったようですね」
「当然よ。私を誰だと思っているの?」
ほら、と左手を翳して見せる。そこには右手にあるものと同様の瞳が存在していた。
それは闇人の特徴である『白黒の瞳』であり、彼女が闇人になった証拠に他ならなかった。
「結構危なかったけど何とか──あら?」
話していた篠が首を傾げる。
「どうされたのですか?」
「眼が、消えたわ」
ああ、と頷き、オリビアは篠に説明を始めた。
「お嬢様、闇人になったからといって、闇の力は常に使えるものではありません。
個人差はありますが、誰しも制限時間を有しています」
「まぁ、それはそうよね」
「お嬢様の制限時間がどれほどのものかはまだ分かりませんが……。
通常、制限を一分を延ばす為には一年の修行が必要と言われています」
「一年……気の遠くなる話ね。差し当たっては私の制限時間を調べるところから──」
ピー、ピー──
話の途中で内線が鳴り、近くにいた藍が受話器をとる。
「はい。…はい、はい。分かりました」
短いやり取りで通話を終えた藍がこちらを向いた。
「お嬢様、お客様のようです」
「今の私に客?誰?」
「それが……」
言い辛そうに言葉を濁す藍。篠は構わず先を促した。
「どうやら『ISS治安維持部門統括の使者』、ということでして……」
「何ですって?閏さんの……?
──分かった。ホールで待たせておいて。私もすぐに向かうわ」
篠の言葉を聞いた藍は、一礼してすぐに部屋を出て行った。
「お嬢様、よろしいので?」
アイリーンが訊ねる。篠はヒラヒラと手を振りながら部屋の扉へと歩いていく。
「大丈夫よ。閏さんはそこまで愚かな人じゃない。
まぁ万が一そうであったとしても……ここから帰さなければいいだけの話よ」
そう言うと、扉を開けて廊下へと姿を消した。
「あなたが閏さんの使いかしら?」
階段を下りながら、玄関付近に藍と共にいた数人に声をかける。
「あ、あなたが会長補佐ですか……?」
代表らしき男がこちらへ歩いてきて、篠と対面する。顔には僅かな焦りが張り付いていた。
「……えぇ、そう言うことになるわね」
(どう言うこと?裏切り者の屋敷にこんな少人数だけを送り込むなんて)
顔には出さなかったが、篠は内心疑問に思っていた。
「取り敢えず用件を聞きましょうか」
使者に先を促し、篠は話に耳を傾けた。
「は、はい。現在、市街地が秋雨 流辿一派に襲撃されているのは既にご存知ですね?」
「えぇ」
「我々治安維持部門は市街地の防衛に当たっております。
しかし状況は極めて劣勢。本部からの救援も望めない状態にあります」
「……」
仮に篠がまだISSに在籍していたならば、九鬼に悪態の一つも吐きながら、すぐに増援を送っただろう。
しかしそのISSに命を狙われている今、本部の窮地など彼女にとっては瑣末なことでしかなかった。
「それで──私に増援を寄越せ、と?」
「は、はい。閏様の話によれば、御影様は精強な異能者の集団をお抱えとの事。
この度はその力を是非ともお借りしたいと、閏様の命により馳せ参じた次第です」
「……」
篠は考え込む仕草を見せる。
本来なら答えは決まっているのだが、それを良しとしない部分が自分の中にあるのも確かだ。
「──分かったわ。力を貸してあげる」
「ほ、本当ですか!?ありがとう──」
「但し」
来たときの悲痛な表情から、歓喜の表情へと変わった使者の言葉を遮る。
「条件があるわ」
「条件、ですか」
「えぇ。それも含めて一度閏さんと話をさせて頂戴。いいかしら?」
「構いません。そのように報告いたしましょう」
「そう。ならあなた達は先に戻りなさい。私もすぐに行くから」
「はっ。それではお待ちしております。場所は──」
使者は場所を告げてすぐに屋敷を後にした。一刻を争う事態なのだろう、その顔には再び焦りが浮かんでいた。
「さて──いるんでしょ?」
使者が去った扉から視線を外さずに呼びかける。すると、その声に応じて三人の人物が姿を現した。
「ここに」
「あはは、流石に気付いてましたか」
「お呼びとあらば何処へでも」
出てきたのはメイ、エリ、アイリーンの三名。各々違う場所から現れた。
「話は聞いてたわね?今から街へ行くわ。メイ、アイリーン、明華の三名は私に同行しなさい」
「かしこまりました」
「了解しました。すぐに呼んで参ります」
返事と共にアイリーンは階段を上っていった。
「エリと藍は屋敷に残って守りを固めて頂戴。ヴァルキリーも四人残るから大丈夫だとは思うけど」
「任せて下さい!バッチリ守っておきますよ!」
「身命を賭してお守り致します」
対照的な雰囲気の二人に苦笑しながら、篠は準備を始めた。
「さ、行くわよ」
三人に目配せし、玄関の扉を開く。
「行ってらっしゃいませ。御武運を」
藍に見送られながら、四人は屋敷を後にした。
一刻後、四人は使者から聞かされていた施設の前にいた。
市街地に入ってからここに来るまで、数回異能者の集団に襲われたが、この四人には問題にもならなかった。
「ここね。入りましょう」
扉を開けて中へ入る。すると扉付近にいたスイーパーに呼び止められる。
「誰だ?何の用でここへ来た?」
「閏さんに呼ばれて来た御影よ。話は聞いているでしょう?」
「──失礼しました。閏様は三回におられます。どうぞお進み下さい」
「ありがとう」
スイーパーに礼を言って奥にあるエレベーターに乗り込み、閏の待つ三階へと向かった。
エレベーターを降りると、すぐ目の前に扉があった。恐らくここが治安維持部門の臨時対策本部、といったところだろう。
コンコン──
「御影です。救援要請に応じて参りました」
「入ってくれ……」
「失礼します」
扉を開けて入室する。閏は部屋の奥にある大きめの椅子に座っていた。
「よく来てくれた。要請に応じてくれたこと、心より感謝する」
「他でもない閏さんの頼みですもの、断る訳には参りませんわ」
「そうか……。使者から大体の話は聞いているな?」
「えぇ。ですがその前にお話したいことが」
手近にあった椅子に腰掛けながら、篠は話を切り出した。
「話、とは?」
「協力するに当たっていくつか条件があります。本来なら無条件で協力して差し上げたいのですが……。
それから、その条件を出す理由をまずお話致します」
そう言って篠は、屋敷で起こった出来事と自身の推測を、レッドフォースのことを除いて閏に全て話した。
「そうか、そんなことが……」
今まで事情を知らなかったであろう閏は、怒りと申し訳なさが入り混じったような表情でポツリと呟いた。
「後半は私の推測ですが、ほぼ間違いないでしょう。そこで先程言った条件の話に移ります。
まず、私が手伝うのは今回限り。それも閏さんの指示でのみ動きます。
次に、もしISSの連中が私達を狙ってきたなら、それを撃退します」
そこまで言って一旦言葉を切り、少し悲しそうな表情で再び口を開いた。
「最後に──これは一つ目の続きのようなものですが、この件が終われば私はISSと闘うつもりです」
閏は驚きこそしなかったが、やはり同じように悲しそうな表情をしていた。
「貴方とも闘うことになるかも知れません。
実際に罪を犯したのならばいざ知らず、それが冤罪となれば話は別。
今までの恩を仇で返すような形になってしまって申し訳ないのですが、自分の命には代えられません」
表情を元に戻し、最後の言葉を告げた。
「以上の条件が飲んでいただけるなら、私、御影 篠は全力で『閏 渇人に』力をお貸し致しますわ」
【御影 篠:現実世界に帰還。閏の元を訪れ、協力するにあって条件を出す】
>>103 >>105 どす黒い血飛沫が、滴る様な肉片が、人外の悲鳴が、凶気の男を中心に渦を巻く。
それはさながら竜巻―――いや、魔人の行進か―――怪霧の街に現れた餓獣の群れが壊滅しつつあった。
はち切れんばかりの邪気を以って敵対する全てを屍に変えつつ、弥陸と逢魔は闇と化した少女を視界に収める。
「さーて、どうする弥陸? ぶち殺すかぁ?」
『…いつもなら、四の五の言わずにとうにやってるがね…』
「乗り気じゃねえな。どうするんだ?」
獅子堂は考える―――ISSと秋雨一派、両者を敵に回す今、異形を操る目の前の闇には利用価値があるのでは?
―――だが、想像を超える力を以って無辜の人々を襲い始めたら、それを防ぐ事が出来なかったら?
―――万が一にも自分では歯が立たない強大な敵として、再び対峙した時…止められるのか?
「――――――喰fneo奪fenrio喰afifeae寄越iff我sef王!!!!」
思考を遮ったのは今までの人生で聞いた事も無い咆哮だった。
「何やら来なすったぜ? 弥陸ぅ…俺の目からしてもアレは“明らかにヤバイ”」
『…闇たる貴様がそう言うなら間違いないだろうな』
逢魔の判断は速かった。瞬時に全弾倉から弾丸を撃ち出し、西洋甲冑向けて放つ。
弥陸は不慮の事態に備え、全方位を警戒。僅かな隙も見せず力場を展開する。
数にして20近い弾丸は甲冑の周囲を旋回し始めた。魔弾『惑星』である。
本来は中心にいる撃ち手を守るはずの弾は、今は全方位から敵を穿つ瞬間を待つ。
叫んだ甲冑はまだ動きを見せない。だが2人は感じたのだ、無視出来ない脅威を。
そして次の瞬間、破砕音が響いた。音の主は他ならぬ二神。
アスファルトを砕き、瓦礫と化してそれを相手に打ち込む―――異常な膂力が可能にした攻撃だった。
「『行け!!』」
タイミングはコンマ1秒も遅らせない。『惑星』が甲冑向けて放たれた。
【弥陸、逢魔:二神の攻撃に合わせて暴食の王に対して同時に攻撃を放つ】
>>110 「以上の条件が飲んでいただけるなら、私、御影 篠は全力で『閏 渇人に』力をお貸し致しますわ」
──閏は腕を組み、天を仰いで目を瞑った。
脳裏に先程の御影の言葉が蘇る。
『この件が終われば私はISSと闘うつもりです』
『以上の条件が飲んでいただけるなら、私、御影 篠は全力で『閏 渇人に』力をお貸し致しますわ』
ISSに対し明確な敵意を抱く危険人物。
条件を呑むということは、その危険人物が行おうとしている反乱行為を
事もあろうにISS本部の“治安維持部門統括者”が容認するということだ。
治安を護るべき責任者としては言語道断というべき取引である。
しかし、仮に御影が言ったこと、ISS内部の不穏な動きが事実であるならどうだろう?
むしろ御影の反乱を容認する事こそが人々と街の平和を護ることに繋がるのではないだろうか?
本来の目的を忘れ、利権闘争と汚職にまみれつつある現ISSの体制──
異能犯罪すらも己の野心や私欲の為に利用しようとする動きがあるのは今に始まったことではない。
そのような腐敗に対し不満を持ち、自浄と変革を強く望んでいる者は少なく無い。
これはチャンスなのだ。今の腐敗体制を一掃し、ISSに変革を齎す絶好の──。
(それに……)
御影の武力による反乱。
理由はどうあれ、それを容認しては治安維持の総責任者たる閏の、組織人としての常識を疑う声が挙がるだろう。
だが……だが、それが一体何だというのだろう?
元々、秋雨一派との闘いが片付けば職を辞すつもりでいたのだ。
独善といわれようとも無能と罵られようとも腐敗を道連れにできるのならば本望ではないか。
(それに、目の前の秋雨一派に対処するには、篠の力が必要不可欠)
ならば……ならばもう迷うことは無い。
──腕を解き、ゆっくりと目を開けた閏は、目の前の“反乱者”に対して手を差し伸べた。
「何の異存があろう。お主がわしに力を貸す。わしは、それが聞ければ十分だ。
その後の行動に関してはとやかく言う気は無い。己が信じることならば黙って貫き通すが良い。
お主の父がそうであったようにな」
そして、微笑んだ。
御影は一つ間を置いて、差し出された手を握り返さんと同じように手を出す。
──これで交渉成立。この場に居る誰もがそう思ったことだろう。
だが、“それ”が起きたのは、正に手と手が互いに触れ合わんとした時であった。
「──グッ!」
突然、閏が呻き声を発し、口からゴボッと血を吐き出したのだ。
服に口から滴り落ちる血が染み込んでいく──。
そこで初めて気がつく“違和感”──。おかしい、服が既に真っ赤に染まっている──。
そして、初めて気がつく胸の痛み──。
(なっ──……これ、は──……!?)
閏は驚愕した。
いつの間にか左胸にぽっかりと丸い穴が空いており、そこからボタボタと血が流れ出しているではないか。
一体いつ──そもそも何があってこうなったのか──。
閏を含めて、答えられる者は誰一人として居なかった。
胸に爆弾のようなものが仕込まれていたのか?
ならば何故、誰も“爆発に気がつけなかった”のか?
胸に穴を空けるほどの内部爆発が起きたのなら、その音ぐらいは認識できるはずであろう。
あるいは狙撃されたのだろうか?
ならば何故、閏が背にしている窓ガラスには弾痕が無いのだろうか?
そして胸を貫通したはずの弾丸はどこへ行ったのだろうか?
──わからない。何もかもがわからない。
閏の身に起きた突然の異様な事態は、ただ、それだけを御影達に伝えるのみだった。
「──うっ、ゴホッ……! ……し……の……わし……は…………ガッ」
血を吐きつくした閏の顔が土気色に染まり、その目がぐるんと裏返る。
生気を失った彼の体はやがてグラリと傾き、そのままドシャッと、うつ伏せになって倒れ伏した。
御影が駆け寄る。
だが、いくら揺さぶっても、いくら声をかけても、閏はもはや何の反応も示さなかった。
──屍が物言わぬのは当たり前。
血の海に沈んだ閏の姿は、御影達に死という残酷な現実を突きつけると共に、
彼女らの立場が一層危うくなったことを語りかけているかのようだった。
──ビー! ビー!
突如として部屋中に鳴り響いたのは、施設中の人間に司令室の異変を伝える警報音。
それは彼女らに、一つのことを確信させたに違いない。
そう──自分達は嵌められたのだ──と。
「なんだ……? 司令室からだぞ!」
「閏様? 閏様どうなさったのです!?」
部屋の外ではバタバタと複数の足音が近付いてきていた。
部屋の中で立ち尽くす御影達……その足元で倒れ伏す閏。
それを彼らが見たらどう思うか、もはや論じるまでも無いだろう。
一方その頃──人知れず、施設の門を悠々たる面持ちで出て行った者が一人いた。
「うん、僕だよ。ターゲットは予定通り始末した。それも最高の形でね。
彼女達が何の疑いもせずわざわざ来てくれたお陰だよ、あはは」
コートのような赤装束をはためかせて、その人物──カイ・エクスナーは無邪気な笑い声をあげる。
「百合真が怒ってる? あはは、そうか。じゃあ何とか上手くあやしといてよ。
今回ばかりは僕がやった方が良かったからね。彼女じゃあそこに居る全員、皆殺しにしちゃってただろうし。
……うん、良くわかるじゃん。見知った顔がいたんでね。今はちょっとだけ機嫌がいいんだ。
じゃあ、話はまた後で。通信、切るよ?」
それだけ言うと、カイは口を閉ざした。
だが、やがて足を止めてふと施設に向かって振り向くと、ポツリと呟いた。
「そう、ちょっとだけ、ね……。キミもそうかい? アイリーン──」
【カイ・エクスナーの謎の能力により、閏 渇人が暗殺される。】
>>103>>105>>111 六つの牙を持つ餓獣、アイラヴァータを病で翻弄し圧倒する治尋
「花粉症、高山病、後天性免疫不全症候群、夏風邪、
インフルエンザ、白血病、動脈硬化、胃潰瘍、鼻炎、髄膜炎、慢性胃炎、歯周病、
…とどめです。狭心症!」
様々な種類の病で苦しめ、最後は狭心症で心臓を停止させた
「ふぅ。結構手強かったですね…けど、生き物である以上病には敵いませんよ?
さて、百合花さん達の補佐に行くとしましょう」
「やれやれ…なかなかどうしてタフな獣だ…」
「私の薬がまだ回りきってないわね…テケリリ」
それに対し、かなり苦戦している様子の献次と百合花。翻弄はできているが圧倒はできていない、という風だ
「貸せ!血液の作成は無理だが、『操作』なら俺の方が良い筈だ」
「感謝する…存分に使ってくれるといい」
献次が送った血液の球を槍状にしてベヒモスに突き刺す二神
「今だ、送り込め!! その毒、その穢れを存分に!」
血液の道を作り、二神が言う
「テケリ・リ(了解)! 『甘い悪薬(スイートポイズン)』!」
「ああ、了解した。『毒の沼血(ブラックブラッド)』!」
血液の道を使い、毒薬・劇薬を送る百合花と毒に冒された血液を送る献次
その時だった。突然西洋甲冑が現れたのだ。そこには、全てを喰らい尽くしてしまいそうな圧力があった…
「行け、『暴食の王』よ」
「まだ、そんな奴が出てくるのか…悪いな、そいつらを少し任せる。俺はあいつの相手をする」
「ああ、任せておいてくれるといい。我々は医療従事者。食べすぎを止めるのが仕事だ」
「ええ、勿論よ…その代わり、凛音ちゃんは私が戴くけどね…テケリ」
「やめろ。…行くぞ」
「ちぇー…ま、とりあえずあの怪物(ベヒモス)を倒すとしようかしら!」
「そうですね。傷病(わたし)と血液(あかえさん)と薬物(ゆりかさん)が組めば…巨大な魔獣だって倒せますよ」
さっきの毒の沼血と甘い悪薬が効いたのだろう。ベヒモスはかなり苦しんでいるようだ
「さぁ、お注射します! 『憂慮注射場城(コインペイシング)!』」
「…献血の時間だ。『鮮血の結末(スクールデイズ)』」
「テケリ…お薬出すわね? 『故意の処方箋(メディカルインテンション)』」
献次、治尋、百合花の三人がそれぞれベヒモスを倒すべく、攻撃した
【献次 治尋 百合花:ベヒモスに畳み掛ける】
>>112>>113 「何の異存があろう。お主がわしに力を貸す。わしは、それが聞ければ十分だ。
その後の行動に関してはとやかく言う気は無い。己が信じることならば黙って貫き通すが良い。
お主の父がそうであったようにな」
(取り敢えず交渉は成立。障害が一つ減──)
差し出された閏の手を握り返そうとした瞬間、それは起こった。
「──グッ!」
突然閏が胸に手を当て、その場に膝を突いた。
(なっ──!)
そこには何かで抉られたような──いや、切り取られたような穴がぽっかりと空いていた。
「──うっ、ゴホッ……! ……し……の……わし……は…………ガッ」
「閏さん!閏さん!?しっかりして下さい!」
無駄だと分かっていても駆け寄らずにはいられなかった。
ISS本部に就任してから、最前線にいた父に代わって色々と面倒を見てくれた閏(ひと)。
自分にとっては第二の父といっても過言ではなかった人物。
その人物が目の前で無念の死を遂げたのだ。立場が同じなら、誰もが篠と同じ行動をとっただろう。
──ビー! ビー!
その時、施設に警報が鳴り響く。恐らく異変を伝えるためのものだろう。
(鬼怒の時と同じ、か)
そう理解した篠の判断は素早かった。
「明華、この部屋の人間を一人残らず排除しなさい」
「は〜い、了解しました〜」
「なっ──」
その言葉は周囲の者を戦慄させた。
つい先程、統括と協力しようとしていた人物が自分達を排除?何故──?
その疑問に応える者は既にいなかった。
一人を除いて皆一様に喉から血を噴き出し、その場に倒れていたのだ。
「な、何故だ……?何故我々を──」
「さて〜?私は〜お嬢様の命に従うだけですから〜」
「ま、待っ──ギャアアアアアアア!!」
部屋には篠達四人以外動く者はいなくなった。
「ご苦労様。後はこの部屋に来る人間を同じように排除しなさい」
「了解です〜」
応えて、明華は入り口のドアへと消えていった。
「アイリーンは直ちにISS本部に行ってヘリを盗ってきて頂戴。
邪魔する人間は排除して構わないわ」
「はっ」
「メイは本部の連中と面識があるから余り動かない方がいいわね。私とここにいなさい」
「了解しました。ではお茶にしましょう」
アイリーンは窓から飛び出して行き、メイは部屋にあったコーヒーメーカーでコーヒーを淹れに向かった。
(あの手口……アレはあの男の──)
周囲のスイーパーを蹴散らしながら本部に向かう途中、アイリーンは先程の現場を思い出していた。
彼女はあのように人が死ぬ様を見るのは初めてのことではなかった。同じような死に方を何度も目撃している。
それは、以前彼女と行動を共にしていた『ある男』のやり方と同じだったのだ。
「やはりお前なのか?カイ・エクスナー──」
複雑な胸中の元、ポツリと漏らした一言は、風に乗って街中に消えていった──。
「司令室で異変発生!直ちに急行せよ!」
施設の下層階ではスイーパー達が走っていた。
エレベーターで向かう者、階段を駆け上がる者──皆、目指すのは司令室である。
「司令室はすぐそこだ!早く──」
しかし三階に到着した彼らは皆、足を止めざるを得なかった。
司令室へと続く廊下──そこは既に死体で埋め尽くされており、その中に一人の女性が佇んでいたからだ。
「ここから先は〜通行止めですよ〜」
「な、何だ貴様は!」
女性──尹 明華は場にそぐわないニッコリとした笑顔で答えた。
「名乗る必要は〜ありません〜。
なぜなら〜あなた達は〜ここで死ぬんですから〜」
間延びした口調と笑顔、それが彼らが見た最後の光景となった──。
「ここか……」
ISS本部の巨大なビルの前に、アイリーンはいた。
歩いて中へと入ろうとする。と、入り口にいたスイーパーに止められる。
「おい、何だ貴様は。今は緊急事態──」
「邪魔だ」
最後まで言い切ることなく、スイーパーの首は宙を舞っていた。
「ふむ、ヘリと言えば──屋上か」
周囲を見回し、エレベーターを見つけたので乗り込む。
Rと書かれたボタンを押し、壁に背をもたれた。
エレベーターはゆっくりと動き出し、彼女を乗せて屋上へと向かい始めた。
「しかし……ここまで雑な警備体制だったとは。これでは私のように簡単に敵に入られてしまうぞ」
仮に如何に屈強な警備がいたとしても、それが並の異能者であれば、彼女なら同じくして容易く侵入出来ただろう。
チン──エレベーターが目的の階に到着したことを示す電子音が鳴る。
「着いたか。では行くとしよう」
屋上へと続く最後の階段に向かって、アイリーンは走り出した。
【御影 篠:メイと共に司令室に待機
尹 明華:司令室前の廊下にて、司令室に向かう者を迎撃中
アイリーン:ISS本部に侵入。ヘリを奪取すべく屋上へと向かう】
治安維持部門・秋雨一派暫定対策本部で起きた事件の一報がISS本部に齎されたのは早かった。
もはや事実上の反乱者となった御影一派が、暫定本部に居る全ての人間を口封じに始末しなかったこと。
それが暫定本部の人間にとって不幸中の幸いといえた。
確かに、尹 明華という名の女性が既に複数のスイーパーの命を無残に奪い去っていたのは事実であるが、
彼女は司令室に向かおうとする者達にのみ狙いを絞っており、
それ以外の人間に対しては積極的なアクションを起こさずにいたのである。
つまり、生き残っている大多数の人間達が通信機器を用いて本部に異常を報せるには十分な余裕があったのだ。
「──繰り返す! こちら治安維持部門・秋雨一派暫定対策本部!
先程、司令官・閏 渇人と会長補佐・御影 篠の会談が行われた司令室にて異常発生!
複数のスイーパー達が司令室に向かいましたが、途中で御影 篠の部下に阻まれ、交戦状態に突入!
既に十数名の死傷者を出すなど、御影 篠の反逆は明らかであります!
なお、司令官の安否は不明! 繰り返す──」
──。
場面は変わってISS本部・副会長室。
室内に響き渡っていた通信の声をボタンひとつで消した九鬼 義隆は、
両手を前に組んでデスクの前に並んで立つ幹部連を一瞥した。
「これが先程、秋雨一派暫定対策本部から齎された通信です。
──やれやれ、最悪な形で御影 篠の反逆が証明されることになりましたね」
「お待ちになって」
言う鬼怒に、口を差し挟んだのは柊 冬箕。
「その口振りですと、副会長は御影 篠の反逆を以前から予想していたように聞こえますわね?」
九鬼は「あぁ……」と何かを思い出したように呟くと、目を柊の右隣に立つ夜霞 龍之介へ向けた。
「ご説明しましょう」
その意を察した夜霞は後ろ手を組んで事のあらましを語り始めた。
幹部会議の後、医療班殺害の容疑がかかっていた二神と獅子堂の二人が御影の屋敷に向かったこと──
それを突き止めた鬼怒 輝明が屋敷に乗り込んだものの、そこで無残に返り討ちにあったこと──
それにより会議で話題に出ていた“幹部の裏切り者”が御影であったという可能性が強まったことを──。
「──事情はわかりましたわ。
でも、情報室長と副会長のお二方だけがその情報を共有していただなんて、納得しかねますわ」
不満顔の柊に、九鬼は言う。
「この事が公になればISSの信頼問題に繋がりかねません。
ですからできる限り情報を伏せ、事を内密に済ませる他なかったのです。貴女の不満は尤もですが、どうかご理解頂きたい」
「えぇ、理解はしてますわ。でも──」
それでも、柊は食い下がる。
「結果として情報を伏せたことが閏さんと御影 篠の接触を招いたのではなくて?
少なくとも御影 篠に鬼怒殺害の容疑がかかっていることを彼に報せていれば、
治安維持部門の中枢たる司令室の占拠という事態を招くことは無かったでしょうに。
理解と納得は別ですのよ。貴方の判断に対し私が納得するにはいささか軽率な点が多すぎますわ」
柊の言い分は正論であった。
副会長兼ISS本部長たる肩書きを持つ九鬼が、組織としての根幹を揺るがす不祥事に対し、
水面下で内密に処理しようとした事については致し方ない面もあろう。
だが、問題はそれによって事がどうプラス、あるいはマイナスに働いたかなのだ。
今回の場合は本当に極一部の人間にのみ情報の共有を許したことが
治安維持部門にとって最悪な結果を招かせたのであり、その責任は大きい。
「そうですね……」
しかし、当の九鬼はそれを承知している風ながらも、特に悪びれた様子も無くあっさりと言ってのけた。
「結果として私の判断が凶と出たのは事実。これを糧として、次は慎重に事を進めるとしましょう。
ご不満ならば事の一件が終わり次第、私を査問にかけるのも結構。
次の幹部会で私に対する不信任を提出して下さっても結構。どんな懲罰にも甘んじてお受けしましょう」
まるで台本を暗記しているかのようにスラスラと隙の無い言葉を並べる九鬼に、
流石の柊も不快感を露にするかのように繭を潜めたが、結局何も言い返すことができずに、
「そこまでご理解しているのならば納得ですわ」と答えるしか無かった。
しかし、当然彼女も言うほど全てを納得しているわけではない。
九鬼は理詰めの頭で今の地位を築いており、そのせいか意外と筋を通す男として知られている。
故に自分の言ったことは、確かに守るだろう。
しかし、査問会? 幹部会? そのようなものにむざむざ足を掬われる程、軽率な男ではない。
査問委員など裏で手を回し自分の息のかかった者達で占めればどうとにでもなる。
それは鬼怒や閏を失った次代の幹部会でも同じことだ。
彼らの後釜には既に大体の目星をつけており、それこそ水面下で極秘に人選を進めているに違いない。
筋を通しながら、自分の地位はかつ守る──それくらいの狡猾さと周到さがなければ、
秋雨亡き後の副会長の座に八年という永きに渡って居座ることなどできなかったであろう。
(これも一種の才能ですわね……。でも……気になるのは……)
と、柊はふと何かを思う。
その間、彼女をよそに九鬼や他の幹部連は次から次へとトントン拍子で話を進めていた。
「情報室長、閏さんの安否は不明との事でしたが、貴方から見てどうです? 彼はまだ生きていると思いますか?」
問われた夜霞は、特に考え込む風も無く即答した。
「いえ、その可能性は極めて低いでしょう」
「どうしてですか?」
「まず報告を聞くに、御影とその手下達は司令室を占拠し、篭城の構えを見せているものと判断できます。
ならば閏氏が生存していると仮定した場合、二つのケースが考えられます。
一つは彼女の反逆行為に閏氏が秘かに加担したケース。一つは反逆に巻き込まれ、人質とされているケース。
ですが、前者ならばわざわざ警報音を鳴らして自身の反逆を部下、ひいては我々に報せる必要はありません。
また、後者ならば既に御影側からその旨が我々に伝えられているはずです。
人質をとるという事は何らかの条件を我々に突きつけるのが目的、生死をうやむやにするはずがありません。
つまり、閏氏の現状は以上のケースに当てはまらず、残念ながら既に亡くなっていると見て宜しいでしょう」
冷静に、理路整然と言葉を紡ぐ夜霞に反論する者はいなかった。
言われずとも予感していたことではあったが、ここに至って閏の死は誰の中でも決定事項となったのである。
「今日だけで二名の幹部が死に至るとは……まったく、前代未聞ですよ。
まぁ、正式な後任人事はこの一件が片付いた後にするとしても……
一先ず穴を埋めるくらいはしなくてはらないでしょう。そこで禿山さん」
「へっ!?」
これまでただ一言も発さずに柊の左隣で縮こまっていたよれたスーツの中年男性──
警備部門統括・禿山 貢がすっとんきょうな声をあげた。
「貴方には閏さんに代わって治安維持部門の総責任者を兼ねて頂きます」
「ひぇっ? わ、わわわ私がですか!?」
「はい。柊さんには鬼怒さんに代わって医療センター長を兼ねて頂き、
夜霞さんには情報の統括者として任務に専念していただけねばなりませんので、他に適任者がいないのです」
「そうかしら? 治安維持部門統括の名に相応しい方なら、もう一人適任者がおられるのでは?」
と、言う柊は、静かに首を向け、後ろのソファに腰をかける一人の男をその瞳に映し出した。
それはカイ・エクスナー。幹部の誰もが九鬼の呼び出しを受けて集結した中、
これまで所在不明で情報室すら居場所をつかめず何の連絡も受けていないにもかかわらず、
まるで緊急召集があることを予想していたかのようにひょっこり本部に戻ってきた彼であった。
「えぇ? ボクぅ? はは、買い被りだねぇ。ボクは部隊員をまとめるだけで精一杯の人間だよぉ。
とても大勢の人たちをまとめあげるだけの器量は持ち合わせていないよぉ」
へらへらと笑う純真そうな美少年に、柊もまた「謙遜ですわね」と意味深な笑みを返す。
その態度から二人は互いに譲るつもりはないようで、ただ二人の視線が交錯するだけの
なんとも言えない微妙な沈黙が周囲に流れつつあった。
それを打ち破ったのが九鬼の一言であった。
「そもそもレッド・フォースはISSの秘密実行部隊。
治安維持部門の統括者として表に出すのはあまり好ましいとは言えません。
現場のスイーパー達の士気にも影響しかねませんし。
……それに、レッド・フォースには他にやって頂く事がありますので」
「へぇ? 今度はなんだい?」
九鬼にカイの無邪気な笑顔が届く。
九鬼は至って平然とした目をしながらも、冷たささえ感じる声をカイに放った。
「鬼怒 輝光率いる医療班殺害容疑及び、鬼怒 輝明・閏 渇人の両幹部の殺害容疑で、
二神 歪と獅子堂 弥陸の両元スイーパー、そして元幹部である御影 篠の“処分”をお願いしたいのです──」
それは調査命令から、正式な抹殺命令への変更であった。
「方法は?」
「……問いません。御影の反逆行為が公のものとなった以上、放っておけば全てのスイーパーに混乱が生じます。
もはや手を拱いている時間はありません。とにかく、迅速に処分して下されば結構です」
「うふふ、りょーかい!」
カイはニッと笑って、ソファから腰をあげた。
カイと九鬼を除いた他の幹部連──特に夜霞と柊の心中は複雑であった。
『とにかく速やかに処分すればいい』──そんな彼の命令は、
二人には“ターゲットを始末する為なら無差別攻撃すらも致し方ない”というように聞こえたのだ。
それが意図したものなのか、単なるいつもの無能さが炸裂しただけの不手際(ミス)なのか──
いずれにしてもカイが二人と同じ解釈をしていても不思議ではない。
何故なら彼はレッド・フォースという極めて好戦的なチームに所属する“鬼”の親玉なのだから。
「それでは各自、持ち場に戻ってください。
禿山さんはこれから警備部門の方々と共に前線に出向き、新たな暫定対策本部を設置して下さい」
「……副会長、未だ御影一派との攻防が続く現在の暫定本部の方は?」
訊ねる夜霞に、九鬼はまた非情な言葉を紡いだ。
「閏さんと多くの直属の部下達が亡くなり、更に未だ御影の反乱が続いているあそこでは、
もうまともな指令を発するのは不可能でしょう。
ならば、新たな場所に本部を設けそこから前線の方々に指令を発した方が合理的というもの。
残念ですが平和の為、彼らには彼らだけであの場に留まり奮戦して頂きましょう」
「……見捨てる、と?」
「別に彼らが救援を求めたわけではないのでしょう?」
「……はっ」
「では皆さん、お願いします──」
部屋からカイが去り、禿山が去り、最後に部屋のドアを閉めて出て行った夜霞は、
ふと目の前を歩いていた柊に小声でぽつりと呟かれた。
「……これから秘かに医療センターと研究部門総出で市民の市外退避を進めますわ。
協力して下さると嬉しいのですけれど」
夜霞もまた、会話をするような風を見せずに小声で呟く。
「意外ですね。貴女がそんなことを言い出すなど」
「……放っておけば万単位の死傷者が出ますわ。私、後世に無能の名を残すのだけは耐えられませんの」
「その予感には……根拠がおありですか?」
「この機に乗じてISSから更なる離反者が出ますわ。
恐らく、そいつらは流辿一派とグル……。……確証はありませんけど、もしかしたらレッド・フォースも……」
「……大胆ですな」
「でも……貴方も考えていたことではなくて?」
夜霞は答えない。だが、その沈黙こそが正に肯定を意味することを、柊は知っていた。
「──さぁ、参りましょう。手遅れになる前に」
早足で廊下を一直線に通り抜けていく二人を、カイ・エクスナーはまるで重力が逆転したような
廊下の天井に逆さに張り付いた格好で佇み、腕を組んでじっと見据えていた。
「さっすが、曲者揃いと言われる幹部連だけはあるねぇ。
早速ボクも疑われちゃってる上に、“あの人”の行動まで先読みしちゃってるなんてねぇ〜。
でも! でもでもでも〜〜!」
タン、と天井を蹴ったカイは、そのまま重力に従う形で頭から真っ逆さまに降下。
だが、脳天が床と接触せんとしたその瞬間に、くるりと半回転し、何事もなかったようにその足を地面に降り立たせた。
「でも、市民の市外退避に持てる戦力を注ぎ込んでくれるのは有難いよね〜。
これはボクらにとっては好都合! 残念ながら点数は70点から35点に減点ってとこかなぁ?
うふふふふ……ざーんねーん、お姉さんにお兄さん!
いくら頭がキレたって、ボクが嫌がることしなきゃダメダメ〜。これじゃいつまで経っても赤点だよぉ〜?」
人差し指をチッ、チッ、と振って、しばし一人気取っていたカイであるが、
彼はやがて視線を自らの頭上に向けると、その顔をいつになく神妙なものに変えてため息をついた。
「そう……いつまで経っても赤点だよ、それじゃ。
ここに来るのがちょっと早かった。まさかボクがいるとは思わなかったかい?
……少しは賢くなっていると思っていたのに……変わってないね、キミは」
──。
──ISS本部屋上。三つのヘリポートが並び、普段は常にヘリの発着が見られるこの場所だが、
街の治安悪化を受けて数時間前より九鬼の命令で発着が制限されて以降は、流石にいつもの人気と喧騒はない。
あるのは搭乗者に待ちくたびれてただひたすら沈黙を守っているだけの無人のヘリが一機──。
だが、ヘリにとって待ち望んだ搭乗者は、ある時颯爽と現れた。
御影 篠の命を受けてヘリの奪取に来たアイリーンである。
彼女はたった一機だけぽつんと残された寂しげなヘリを認めると、
さながら獲物に向かう捕食者の如く加速で駆け寄った──
しかし、ヘリまで後ほんの数メートルといった位置で、彼女の足は突如として急ブレーキをかけた。
全身を真っ赤な装束で包み込んだ小男が、背をヘリに靠れ掛けさせながら待ち構えていたのである。
「血の臭いがする……その様子じゃ誰かを殺してきたみたいだね。
全く、本当に変わっていないね……その大雑把なところが特に」
嘲るわけでも再会を喜んだわけでもないのに、その小男──カイはニッコリと笑った。
【緊急措置として禿山 貢が治安維持部門統括を兼任し、柊 冬箕が医療センター長を兼任する。】
【九鬼の命により禿山を司令官とする新たな暫定本部の設置が決定され、旧暫定本部は事実上の捨石とされる。】
【夜霞と柊が新たな離反者の存在を察知し、それによる被害を最小限に抑えるべく秘かに市民の市外退去を進める。】
【レッド・フォースに下された命令が事実調査から抹殺に正式に変更される。】
【カイ・エクスナーがアイリーンの前に現れる。】
>>105>>111 純粋な脚力のみで蹴り飛ばした高速の瓦礫と、周囲を覆う魔弾群。
速さと数を同時に叩き込むその連携攻撃は暴食の王の逃げ道を完全に断っていた。
だが、そんなものは始めから不要だ。
凶弾の加速から着弾までの間、その刹那。
漆黒の鎧が歪んだ。
そして、歪みも瓦礫も魔弾もその何もかもが消え去っていた。
破壊音も無く、ただそこに王は依然として悠然とその場に佇んでいた。
「戴esff貰tjyk得lkiug」
その正体は口であった。
飾りと思われた全身に施された牙の装飾は実際に獣のように口を広げ、魔弾と瓦礫を飲み込んだのだった。
王は雑居ビルの屋上から降り立ち、道路に着地する。
同じ地面に立つことで、その鎧姿が二神らよりも巨体な二メートルほどの大きさだと識別できた。
ヤ
「私ノ指示ニ従ワヌオマエニ言ッテモ、意味ハナイダロウガ……徹底的ニ喰レ」
王はその言葉には反応しなかった。
ただ自らの獲物を見据え、そして――――――自らの拳で鎧の胴部を抉った。
ベキベキ、と甲殻生物の硬い殻を破るような音を響かせ、そして何かを取り出した。
それは純白の剣の柄であった。
ただし、その先には刀身はなくただ真っ白な鍔と柄だけの代物である。
「来bdo我jvr臣下vss」
鎧の隙間から、人間には到底発音できぬような奇怪な言葉が発せられる。
すると、その言葉を言った直後この場のあるモノが次々に浮き上がった。
それは餓獣たちの亡骸。すでに動かなくなった死体たちであった。
浮遊する亡骸たちは綿毛が風に流されるように、王のもとへ集結していく。 ・ ・ ・ ・
亡骸が勢いよく鎧に衝突すると、今度は勢いよく血肉を吹きあげてそれを体の全身の口を使って、捕食し始めた。
「―――――ッ!!――――――ッ!!!」
二百に届かんとする、数多の餓獣の亡骸は集まることで既に山のような異様な塊と化していた。
その隙間から漏れる肉を噛み千切る音と、歓喜にも悲哀にも聞こえる奇怪な叫び。
そして、死肉の塊が消え去った時、王が握っていた純白の柄には同じく純白の刀身が備えられていた。
長さは六メートルにも及ぶ、人間には扱うことは不可能であろう大剣である。
だが、眼を張るのはその大きさよりも内包された邪気の密度であった。
目に見えぬ熱気が立ち込めているかのように、その刀身からはむせ返るような邪気を纏っていた。
暴食の王は餓獣を、いや邪気であるならすべてを破壊の力へと変換する特質をもっていた。
獰猛な捕食者たる餓獣たちを捕食する、完全上位者――――故に王。
その手にあるのは血肉を捧げることで、底無しの切れ味をみせる魔剣ダーインスレイヴ。
「行gfew貴vu様xe等veten」
王は何の重さを感じさせない軽やかな動作で、大剣を振りかぶる。
一歩も動かずして、王は構えを取った。つまり、すでにスイーパー二人は王の間合いの内なのだ。
大剣は圧倒的な暴風と共に振り払われた。
その斬撃は空気だけでなく、途中にあった瓦礫や街路樹や乗用車をも巻き込んで切り裂いた。
その速度は大きさに反して鈍重さの欠片も見せることなく、老練の達人のものと言っても過言ではなかった。
【秋雨 花蓮:暴食の王を用いて戦闘中】
町はずれの廃ビル。
突然の訪問者が帰り、再び二人っきりになった秋雨一派の頭角秋雨流辿とチィシャ猫。
「おい、聞いたか。猫」
カイ・エクスナーが立ち去った後、流辿は彼から聞いた話がたまらなくおかしいとでも言いたいかのように
笑みを含んだ声音でそう尋ねた。
「俺の娘が、凛音が『生きて』るんだとさ。はは、こんな笑えねえ冗談もあったもんだ」
背後に立っている猫には流辿の表情は分からない。
ただこの男がいま、恐ろしく冷たい顔をしていることは容易に理解できた。
秋雨流辿は気持ちがが高ぶると、言葉と表情が一致しないのだ。
「そう、ですね。おかしな出来事もあったものです。凛音ちゃんが生きてる?
馬鹿げていますね。何故なら、凛音ちゃんは確かに二年前我々の目の前で――」
ジジツ
死んだ、と答えた猫は自分でその言葉が信用できなくなっていた。
そう、確かにあの秋雨凛音は死んだのだ。
すぐそばにいるこの男の手で。
「いや、あくまで死んだ『はず』だろ? 生きている確率が天文学的に絶望的だってだけでよ。
そういう殺し方をしたんだが、アイツは中々のラッキーガールだったみたいだな」
流辿の声は変わらず、陽気なものだった。
だがモニターと埃まみれのソファしかない小部屋を、肌を刺すような緊張感が徐々に満たしていく。
本当はこうなる前に凛音を確保しておきたかったのだ。
私の計画には彼女が必要だ。
彼女が要れば、あと何年掛かるか分からない過程を一気に省略できる。
だが、それをこの男が許すわけがない。
「ただ、理解できないのは昨晩にエンジェルの連中と居たって点だ。
俺が知る限りじゃあ、あの場に居たのは全員『邪気眼使い』だって聞いてるんだがな」
この街にはロイドと呼ばれる秋雨一派のメンバーの一人が、無数の偵察機を街に放って情報を収集している。
ただ、それを統括して情報を収集するのはロイド一人のため、集められる情報にも限りがあった。
その為、普段は主要な場所にしか偵察機は配置しておらず、昨晩の郊外での戦いはハッキリと監視することは出来ていない。
ただ、遠目でも分かる範囲での分析の結果、その場に居た全員何かしらの邪気眼を持っていることが分かっていた。
「それはおかしいよな。アイツは邪気眼なんて持っちゃいねえはずだ。だが、確か
猫、お前はアイツに随分と興味を示していたよな。お前、もしかすると――――」
冷や汗が顔に沿って流れていくが猫にはそんな些細なことを気にする余裕はなかった。
こうなったら、計画を早めるしかない。
唐突に廃ビルのガラスが外から蹴り破られた。
激しい音に反応して流辿が振り向くと、
「……一体どうした、高槍?」
侵入者は意外にも、同じメンバーである高槍一成であった。
だが、様子がおかしい。
その目は血走っており、極度の興奮状態であることが見て取れた。
ここで流辿は全てを悟る、だがそれは遅すぎた。
「残念です、流辿さん」
ズドド、と背後から無数の黄金の剣が流辿を貫いた。
【秋雨 流辿:―――――――――】
治安維持部門・秋雨一派残対策本部が置かれた研究施設。
当初より御影一派の反乱とその抵抗に苦戦していたここでは、
一階に篭る全てのスイーパーも既に八名にまで減り、本部としての機能が麻痺しつつあった。
「対・御影のスイーパー隊も第三陣が全滅! 一向に通路を突破できません!」
「えぇい、相手は足ったの一人だというのに!」
「やむを得ん! 増援だ、増援の通信を送れ! このままでは本部は丸ごと壊滅し、全ての戦線に影響が出る!」
「それが……通信が送れません!」
「こっちもだ! 本部や、前線のスイーパーに繋いだ回線が次々と遮断されている! ど、どうなってるんだ!」
「敵の妨害か!?」
「い、いや……まさかこれは……“内側”からでは……?」
怒声が飛び交う中、一人がポツリと言った「内側」という「まさか」の言葉──。
それが途端にこの場に居る全員の顔をこわばらせた。
できれば想像もしたくなかった事態──無意識の内に“ありえないもの”として頭の隅に追いやった最悪の展開。
(まさか──)
今になって“その可能性は充分にある”と認識しながらも、誰もが尚もそれが非現実的なものと信じ込もうとする。
しかし──
「──こちらはISS本部。こちらはISS本部。前線のスイーパー諸君、これより重大な決定を発表する。
治安維持部門統括・閏 渇人の戦死により、現時刻をもって治安維持部門は警備部門統括・禿山 貢の指揮下となる。
同時に秋雨一派対策本部の司令官は禿山 貢が引き継ぎ、
警備部門の管轄の元、新たに設置される本部に全権限を移行するものとする。
前線のスイーパー諸君らにはこれを冷静に受け止め、決して浮き足立たず節度ある行動を期待する。
なお、旧本部で今も尚孤軍奮闘続ける勇士達は、引き続き反逆者の鎮圧に専念せよ。
繰り返す、こちらはISS本部。前線のスイーパー諸君──」
不意にインカムから流れた通信は、正に彼らの頭を過ぎった「まさか」が現実化したことを意味していた。
「──くそったれがァッ!!」
一人がインカムを掴み取り、地面に叩きつける。
他の面々も椅子を蹴り飛ばしたり、両手を机に叩きつけたりその行動は様々であったが、
等しく言えることは誰もが言いようの無い怒りに包まれていたということである。
なぜなら本部の通信は、未だこの場に留まり奮戦する彼らを、事実上見捨てたというものなのだ。
これから死ぬも生きるも彼ら次第。こちらは一切関知しないのでどうぞご勝手に──
彼らの耳にはそう聞こえたことだろう。
「本部の回線も前線のスイーパーとの回線も全部向こうで切りやがった!! 生きるも死ぬもご勝手にってかぁ!?」
「本部を差し置いて、独断で御影と接触した俺達を見せしめにする気か!? ……くそがぁぁぁあ!!」
「ど……どうします? 俺達だけじゃ御影をどうにかする力は…………、に……逃げますか?」
「逃げる? どこに逃げる!? こいつは民間からの“依頼”じゃ無ェんだぜ? ISS直々の命令だ!
それに背いた奴らがどうなってきたか、お前ェだってわかってんだろ!!」
「じゃ、じゃあ……」
「やってやろうじゃねぇか……! 進むも地獄、戻るも地獄とくりゃ一か八か特攻かけてやんよ!」
「仲間と司令官の仇だ! 行くぞお前ら!!」
────こうしてISSから非情な命令を受けた八人は、口々に気勢をあげて通路へと突入していった。
だが、彼らの昂ぶりは全体から見れば正に異様であったといえるだろう。
──場面は変わってとある前線の一つ。
「本部が代わる!? しかも司令官が禿山だと!? あの禿山!?」
「どうなってんだ! 何であんな役立たずの“警備主任”が俺達の──」
「まさか……司令官の閏サン以外にも大勢亡くなられたのか……?」
「だとしても、俺達が警備部門の管轄に入るなんてどういうことだ! 一体何を考えてやがる!」
「シロートの指揮に従えってのかよ!! クソッ、俺達の命を何だと思ってやがるんだ幹部の馬鹿共は!」
ここでは絵に描いたような混乱が広がっていた。
いや、ここだけではない。前線のあらゆるポイントで、あらゆる戦場で同様の戸惑いが伝播しつつあったのだ。
それは正に司令官・閏への信頼感で結束し、個々の数多の戦闘経験で敵の攻勢を押しとどめていた前線が、
“崩壊”という一つの化物(カタチ)となって具現化される前兆そのものであった。
「クソォ! やってられるかチクショウ!」
「お、おい! どこへ行く待て!」
「うるせぇ! こんな馬鹿馬鹿しい命令聞いて──ぎゃぁぁぁああああ!!」
「た、田中ァ!! ちくしょうよくも──がぁぁぁあああ!?」
「マサ──ぐぁぁああっ!?」
次々と各地であがる悲鳴と絶叫。
私は羊に率いられた獅子の群れは恐れない。私は獅子に率いられた羊の群れを恐れる──
とはアレクサンダー大王であるが、もし彼がこの光景を目の当たりにしていたら、
今のISSこそが獅子を率いる羊に見えることであろう。
【前線が崩壊しかけ、スイーパーの死傷者が一気に400名を越える】
「明華?そっちはどうなっているかしら?」
閏亡き後の司令室で、篠はメイに淹れて貰ったコーヒーを飲みながら尹に連絡を取っていた。
『さっきまでは〜そこそこ来てたんですけど〜今は〜ぱったりです〜』
「そう、全滅したか増援を呼んでいるか……どっちかでしょうね」
『どうしますか〜?』
「とりあえずそこで待機していなさい。まだ増援が来るようなら──」
「──こちらはISS本部。こちらはISS本部。前線のスイーパー諸君、これより重大な決定を発表する。
治安維持部門統括・閏 渇人の戦死により、現時刻をもって治安維持部門は警備部門統括・禿山 貢の指揮下となる。
同時に秋雨一派対策本部の司令官は禿山 貢が引き継ぎ、
警備部門の管轄の元、新たに設置される本部に全権限を移行するものとする。
前線のスイーパー諸君らにはこれを冷静に受け止め、決して浮き足立たず節度ある行動を期待する。
なお、旧本部で今も尚孤軍奮闘続ける勇士達は、引き続き反逆者の鎮圧に専念せよ。
繰り返す、こちらはISS本部。前線のスイーパー諸君──」
と、そこで先程倒れていたスイーパーから奪い、手元に置いておいたインカムから音声が流れる。
そしてその音声は、ここにまだスイーパーが残存していることを裏付けるものであった。
尤も、その彼らにとっては事実上の死刑宣告に他ならない内容だったが。
「──明華、一度こちらへ戻ってきなさい」
その通信を聞いて、篠は尹に撤退を呼びかける。
『いいんですか〜?まだ来ると思いますけど〜』
「だからこそ、よ。彼らをこの部屋へ呼ぶのよ。少し状況が変わったわ」
『分かりました〜。では一旦戻りますね〜』
通信が切れてすぐに、尹が部屋へと戻ってきた。
そしてそれを追いかけるようにドタドタと複数の荒い足音が通路から部屋へと近づいてくる。
「御影 篠、覚悟おおおおおおおお!!」
鬼気迫る表情で部屋に押し入ってきた八人を、篠は椅子から立ち上がって出迎えた。
「ようこそ、あなた達を待っていたわ」
「待っていただと?ふざけるな!俺達は皆の仇を──」
「確かに!」
興奮していたスイーパーの台詞を大きめの声で遮る。
「確かに、ここにいた"閏さん以外の"スイーパーを殺したのは他でもない私達よ。それは認めるわ」
篠の声量に若干気圧されたスイーパー達は何かを言いかけたが、言葉を発することはなかった。
「でも、あなた達も本部から切り捨てられて破れかぶれでこの部屋に来た。違う?」
「そ、それは──」
八人は一様に口篭る。それが事実であることが自分達にも分かっているが故に、反論できないのだ。
「そこで提案があるの。あなた達──私と組まない?」
「仲間と司令官を殺した人間と手を組む?──冗談じゃない!」
八人が口々に叫ぶ。彼らの言い分はもっともだろう。
仲間と上司を殺した人間達と手を組めば、自分達も殺されかねない──そう思うのは自明の理であった。
「あなた達の気持ちも分かるわ。でも、何度も言うけど『私達は閏さんを殺してはいない』。
それに、これから閏さんの遺体を埋葬しようと思っているの。今仲間がヘリを奪いに行っているわ」
「そ、そんなこと信じられるか!」
「信じる信じないはあなた達の勝手よ。でも、もし私達が閏さんを殺したのだとすれば──あなた達、今生きてないわよ?
確かに私達はあなた達の仲間を殺したわ。でもそれはそちらから仕掛けてきたこと。
私達はあくまで自衛の手段をとったに過ぎないの。そこは分かって貰いたいわね。
あなた達だって、襲われたら抵抗するでしょう?」
篠は口にしなかったが、最初からこの部屋にいたスイーパーは自分達に危害を加えようとしたわけではなかった。
しかし、放っておけばその限りではなかっただろう。結局は同じなのだ。
そして篠は、最後の言葉を口にした。
「さぁ──ここで死ぬか、私達と組んで"あなた達を捨てたISSを倒すか"……選びなさい」
八人の間に再度衝撃が走った──。
>>121 「ヘリは……あるな」
ヘリポートに到着したアイリーンは、周囲を見渡すと、一機だけ残っているヘリを発見した。
周囲を警戒しながらヘリに向かって走り出す。──尤も、警戒したところで並の異能者ならば反応すら出来ない速度であったのだが。
しかし、その速度に反応──否、まるで彼女を待っていたかのようにヘリに寄りかかる小柄な男がいた。
「血の臭いがする……その様子じゃ誰かを殺してきたみたいだね。
全く、本当に変わっていないね……その大雑把なところが特に」
聞き覚えのある口調に見覚えのある顔──装いこそ変わっているが、彼女のよく知る男に間違いはなかった。
「カイ・エクスナー……」
瞬時にブレーキをかけて止まり、男──カイと対峙する。
「フッ、大雑把なのは仕方あるまい。昔は『乙女』等と呼ばれていたが、私自身今も昔も『戦車』だと思っているからな。
戦車が一々壊したものを気にすると思うか?」
好きではない異名を口にし、自嘲気味に笑う。
「それよりも……あの司令室にいた御仁、延いては鬼怒 輝明を殺したのはお前──いや、"お前達"だな?」
カイは答えない。が、この場での沈黙は肯定と同じ意味を持っていた。
「だんまりか、まぁいい。今はお前に構っている暇はない。
お前の後ろにあるものに用がある。そこをどけ」
カイは笑みを浮かべたまま動かない。
「…心配せずとも"お前達のお陰で"私達はISSと闘うことになった。
いずれお前とも刃を交える時が来るだろう。
──ああ、因みに今街で暴れ回っている連中に私達は干渉するつもりはない。お前達で好きにするがいい」
カイは未だ動かない。が、表情は先程と少し変わっていた。
「仮に今ここで私とお前がぶつかれば、双方無事では済むまい。──無論、この建物もな。
どんな思惑があって『利用している』のかは知らないが、それではマズイのではないか?」
一歩ずつ近付いて行く。彼女に戦闘の意思はないが、万事に対応できるよう警戒は怠らない。
「それでも尚そこを動かないというのならば──残念だがこのビルには犠牲になって貰うしかないな」
二メートル程の距離まで近づき、表情を変えないままアイリーンは告げた。
【御影 篠:施設に残ったスイーパーを司令室に招き入れ、協力を持ちかける。
アイリーン:カイにヘリを渡すよう告げる。今のところ戦闘の意思はない】
>>122 西洋甲冑を襲う無数の瓦礫と弾丸―――回避は不可能。どれ程の防御力があっても相応のダメージは免れない。
だが、現実は違った。生々しく黒い装甲が一瞬、混ざる様に歪むと全ての攻撃が文字通り“喰われた”。
「…あのメス餓鬼は“暴食の王”とか言ったか? 名は体を表す…くははっ、参ったね」
『最初(ハナ)から予想してたみたいな言い草だな、逢魔』
「200年のキャリアを舐めて貰っちゃ困る。あの手の異能者を何回か見た事はあるぜ? もっとも―――」
王は体内から純白の剣―――いや、正確には剣の柄―――を取り出し、臣下に命ずるが如く人外の言葉を紡ぐ。
「来bdo我jvr臣下vss」
瞬間、獅子堂の周囲に横たわる餓獣達の死骸が王の下へと吸い込まれていく。
「―――こんなヤバイのは初めてだがな!」
それは攻撃ではなかった。が、王に向かって飛んでいく死骸の一部は肉弾と化して獅子堂にも向かって来る。
逢魔は躱し、弥陸は逸らす。十数秒に渡る血肉の嵐が止んだと思えば、王は集めた全てを喰らい尽くした。
次の瞬間、弥陸と逢魔の目に飛び込んできたのは、強大な邪気で形成された巨大な、余りに巨大すぎる白刃。
そして2人が瞬きをした時だった―――視界が瞼に遮られる前に構えていた王は、目を開けた時には既に剣を振り払っていたのだ。
獅子堂の目に飛び込んできたのは異様な光景。刃が“まだ届いていない”空間にある物を切り裂いていく。
「『―――っ!!』」
あとコンマ01秒でも遅れていれば体は真っ二つになって宙を舞っていただろう。
見えざる域に達した超高速の斬撃が、地に伏せた獅子堂の長い後ろ髪を切り払う。
だが、それが攻撃の全てでは無かった。絶大な膂力が生み出した殺傷力すら伴う風圧、音速を超えた速さが生み出す衝撃波。
直撃を避けたとは言え、それでも常識外れの剣圧が無視出来ないダメージを獅子堂に残していった。
『今は勝てんな』
「同感だねぇ。俺達が完璧に闇(オレ)に成るか、あるいはお前が闇(オレ)を支配しねぇと勝ち目は無いな」
『…言うまでも無く後者しか俺に選択肢は無いぜ?』
「さっさと“主”を決めたいが…ゴリ押しで本体を殺すか、御影の屋敷に逃げ帰るか…」
『俺が決めよう…『闇照』!』
弥陸は『闇照眼』の能力で闇に堕ちた少女を視界に捉え、その心に微かに侵入した。
余りにも混沌とした闇の力が強い。全霊を傾けても本来の思考、精神はほとんど読み取れない。
それでも僅かに手に入れた情報から弥陸は迷う事無く“逃げ”を選んだ。
『あの女の名は秋雨! 流辿の娘だ、泳がせておけばいい!』
「くはは、お前の考えは良く分からんが乗った! 尻尾巻いて逃げ帰ろうか―――おい、手前ら!」
逢魔が声を掛けたのは二神、秘社の部下達だ。
「俺らはそろそろお暇するぜ! 精々生き残るこった! あばよ!」
それだけ言い捨てると御影の屋敷を目指して、怪霧の街に獅子堂の姿は消えていった。
(…街中の異能者の気配が減っていく…不甲斐無いなISS…俺達に吉と出るか凶と出るか…)
【弥陸、逢魔:戦力差から秋雨 花蓮の打倒は不可能と判断。内在闘争を行う為に御影の屋敷を目指して逃亡開始】
>>127 「やれやれ……本当に変わっていないね、キミは。おっちょこちょいなのも相変わらずだ」
言いながら、カイは目だけを横に流す。
その顔には相変わらず笑みが絶えない。
科白ほど相手の滑稽さを笑っているようにも見えず、かといって特に意味無く作り笑いを浮かべているようにも見えない。
むしろ純粋に昔馴染みとの正式な再会を喜んでいるようにも見えるし、懐かしんでいるようにも見える。それが不気味だ。
アイリーンはカイの策略に気がついており、カイ自身も彼女がそれに気がついていることを知っている。
つまり互いに互いを明確な敵と認識しての対面。
ならば、本来であれば懐かしさをしみじみと感じ入ることなど無いはずである。
にも拘らず、まるでそれを思わせないような素振りをする。だから人は不気味と思う。
しかし、アイリーンがそれを前にしても特に何を気にする風もないのは、
恐らくそれがカイという男の本質であるということを明確に認識しているからであろうか。
彼女は知っているし、解っているのだ。
何をするにしても彼は常に掴み所が無い。その一挙手一投足が実像であるようで、実は虚像のようにも見える。
それがカイ・エクスナーという男なのだと。
「相手の行動に何の意味があるのか、それを深く考えぬまま突っ走ろうとする。
だからキミは時に致命的な思い違いをするんだ。
──アイリーン。ボクはね、キミの目的がこのヘリの奪取にあり、
キミが一連の事件の裏にボクの影を見ている事を知った上でここに来たんだよ。
なんでかわかるかい?」
屋上から望める東の空に向けられていた目が、ふとアイリーンに戻る。
同時に依然としてうっすらと微笑を浮かべていた唇が答えを待たずして続きを紡いだ。
「これ以上、ISSにもボクにも、反逆者となった御影 篠と関わっていてもキミには何一つ良いことはない。
それを教えてあげようと思ってね」
それだけ言うと突然くるりと体の向きを変えたカイは、これまで背にしていたヘリ手をやり、
まるで子猫か何かを撫でるように機体の外板をさすり始めた。
いきなり無防備な背中を向けられたアイリーンも、ただそれを眺めることしかできない。
あまりに隙だらけな為に却って毒気を抜かれたのか、
それとも隙だらけのように見えて実は隙など微塵も無いということを心のどこかで感じているからなのか……
──いずれにしても、唯一確かであるのは、次の瞬間彼女が一瞬息を呑んだということである。
カイが「よっと」と小さく声をあげたかと思えば、突然、グンっとヘリが一メートルほど浮き上がったのだ。
重さ四トンはあろうかというヘリを、カイが片手で軽々と持ち上げて見せたのである。
あたかも段ボールや発泡スチロールの塊を持ち上げているかのように。
だが、あるいは本当に息を呑んだのはこの後であったろうか。
──持ち上げたヘリをボールを飛ばすようにして投げ放ったのだ。
しかも、投げた先に在ったのは治安維持部門の対策本部──
弾丸を思わせるスピードで建物の最上階部分に勢い良く突き刺さったヘリは、やがて爆音を市内に轟かせた。
それは正に、無邪気な笑顔からは想像もつかないような凶行であった。
「あぁ、ボクって優しいね〜。何て優しいんだろ。わざわざ届けてあげちゃうなんてね〜。
いよ! 日本一の好青年! なーんてね、あははははは」
などと、独り笑うカイ。
──何がそんなに面白いのか、まるで壊れた人形がずーっと同じ事を繰り返し言っているように、
ただケラケラとした笑い声を挙げ続ける。
それが納まり、ようやく彼が落ち着きを取り戻すに至ったのは、二十秒か、三十秒が経過した時のことであったろう。
その時、彼は依然として口元に微笑を貼り付けながらも、それとは裏腹な、
これまで見せたことのないような暗い、冷たく沈んだ目をして、アイリーンを見据えていた。
「アイリーン……キミは自分を『戦車』と言い、ボクと闘えば互いに無事では済まないと、そう言ったね?
──残念だけどそれは思い上がりだよ?
今、この場で闘ったとしても、キミはボクに指一本触れられない。ビルを破壊する程、激しい戦闘にはなりえない。
ボクにとって『戦車』など単なる鉄屑さ。その気になれば“処分”するのに一秒とかからないんだよ。
──キミはボクに勝てない。今も昔も、これから先も、永久に。──わかったら、このまま黙って街を立ち去るんだね」
>>126 時は多少遡って──場所は御影 篠に占拠された司令室。
反逆者たるその御影 篠に不名誉な二者択一を迫られた八人のスイーパー達は、困惑を隠しきれ無かった。
(正気か、こいつ……)
誰もが一様にそんな思いを抱いていた。
ISSを倒すなど、考えもしなかったことだ。
仮に考え付いたとしても、馬鹿らしいと即座に頭の中から消し去ることだろう。
それだけ御影の言うことは非常識であり、常人離れした発想そのものなのである。
そこが要するに“差”であるわけだが、彼らがそんなことを自覚しているはずもない。
「くくく……あっはははははははは!」
やがて、一人が笑い出した。
それは眼鏡をかけ、八人の中では最も冷静なタイプに見える小柄な男であった。
「……ど、どうした?」
たまらず隣の男が問いかける。
極限状態にあってとうとう神経が焼切れてしまったのかと思われてもそれは仕方が無いといえた。
だが、問われた眼鏡の方は、至って平然とした顔で言った。
「もう一度言うぜ? “ふざけるなよ”──。
ここで死ぬか、お前らと組むか選べ、だと? 取引のつもりか? 俺には程度の低い脅迫にしか聞こえねぇよ。
……そんなものに屈するとでも思うか?
如何な理屈を並べたところで大勢の仲間を殺した事実に違いは無い。そんな奴らと組むと思うか?
……俺は御免だね。貴様に従うくらいなら“死”を選ぶ! 貴様の首を冥土の土産にしてなぁっ!」
──残った七人は互いに顔を見合わせた。
彼らの中でも、もはや一切の迷いは無かった。
「覚悟しろ、御影 篠!」
「仲間の仇、討たせてもらう!」
「あの世で待ってるぜ? 貴様に殺された仲間がよぉ」
ザザッ、と御影達を取り囲むように、八人のスイーパーが室内に散らばる。
その誰もが既に敵意を剥き出しにしてその手に封印された邪気眼を解放しつつあった。
格下とはいえ、相手は八人。
しかもこの狭い室内で、まだ見ぬ能力を相手に闘わなければならない。
最終的には勝利するとしても、意外に手間取るかもしれない──
囲まれた御影らにはそんな思いが過ぎっただろうか。
だが、そのような予感、あるいは杞憂は、次の瞬間には“消し飛んで”いた。
「──!?」
突如、窓を暗い影が覆いつくしたかと思えば──
そこから巨大な鉄の塊が轟音をあげて文字通り割って入ってきたのだ。
「なっ──!?」
突然の予期せぬ展開に八人は声にならない声をあげるのが精一杯であった。
そして、それこそが彼らがこの世に残した最後の言葉となった──。
──爆発。洩れた燃料に引火したことで発生した灼熱の衝撃波が容赦なく室内を満たしたのである。
【カイ・エクスナー:アイリーンに手を引くよう諭す】
【旧本部のスイーパー達:ヘリの爆発に巻き込まれ焼死】
131 :
名無しになりきれ:
その目気色悪すぎこっち見んなど田舎男死ね。その目気色悪すぎこっち見んなど田舎男死ね。その目気色悪すぎこっち見んなど田舎男死ね。その目気色悪すぎこっち見んなど田舎男死ね。