1 :
日出づる処の名無し :
04/06/06 16:59 ID:ZxTzHoAq 日本国再生の為には教育勅語の復活は絶対必要。
2 :
日出づる処の名無し :04/06/06 17:02 ID:OsfuHaY2
2げっとアンド賛成
3 :
日出づる処の名無し :04/06/06 17:03 ID:WqDwxa9F
>>1 軍隊式の体育会系を教育現場で復活させた方が効果が高い!
教育勅語の内容しらない まとめサイトかエロい人の要約希望ぬ
5 :
第六天魔王 ◆ODA7WdIm6U :04/06/06 17:38 ID:uHiKm0Px
6 :
日出づる処の名無し :04/06/06 18:51 ID:/hrk5DnL
それならば、 父母に孝養を尽くし、 兄弟は仲良くし、 夫婦合和して行く事を心がける事。 「緩急あれば義勇公に奉じ」の前にちゃんと書いてあるから。
7 :
日出づる処の名無し :04/06/06 18:55 ID:uvA0vrU+
8 :
abc(コピペ) :04/06/06 19:35 ID:++6nH6Rq
>>5 > はいよ。
>
http://www.meijijingu.or.jp/intro/education/ 教育勅語 十二の徳目
孝行(こうこう) 親に孝養をつくしましょう
友愛(ゆうあい) 兄弟・姉妹は仲良くしましょう
夫婦(ふうふ)ノ(の)和(わ) 夫婦はいつも仲むつまじくしましょう
朋友(ほうゆう)ノ(の)信(しん) 友だちはお互いに信じあって付き合いましょう
謙遜(けんそん) 自分の言動をつつしみましょう
博愛(はくあい) 広く全ての人に愛の手をさしのべましょう
修学(しゅうがく)習業(しゅうぎょう) 勉学に励み職業を身につけましょう
智能(ちのう)啓発(けいはつ) 知識を養い才能を伸ばしましょう
徳器(とくき)成就(じょうじゅ) 人格の向上につとめましょう
公益(こうえき)世務(せいむ) 広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう
遵法(じゅんぽう) 法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう
義勇(ぎゆう) 正しい勇気をもって国のため真心を尽くしましょう
9 :
abc(コピペ) :04/06/06 19:46 ID:++6nH6Rq
>>8 補足
これもいいね
聖徳太子の定めた17条の憲法
第1条 人の和を大切にしなさい。
第2条 仏教をあつくうやまいなさい。
第3条 天皇の命令には必ず従いなさい。↓
第4条 役人は礼儀を正しくしなさい。
第5条 裁判は公平に行いなさい。
第6条 悪をこらしめ、善を行いなさい。
第7条 その役めにあった人に仕事をさせなさい。
第8条 役人は、朝早くから夕方おそくまで熱心に仕事をしなさい。
第9条 おたがいに信じあいなさい。
第10条 異なる意見に対しても、おこらないようにしなさい。
第11条 功績、過失を明かにし、必ず賞罰をくわえなさい。
第12条 役人は、勝手に税をとってはいけない。
第13条 役人は、他人の役目もよく知っておきなさい。
第14条 役人は、おたがいにしっと心をもってはいけない。
第15条 自分の利益を考えずに、国のことを大事に考えなさい。
第16条 人を使ううときは、その時期をよく考えなさい。
第17条 大事なとは、必ずみんなと相談しなさい。
10 :
abc(コピペ) :04/06/06 19:48 ID:++6nH6Rq
>>9 ついでに
【五箇条のご誓文】
一、広く会議を興し、万機公論に決すべし
一、上下心を一にして、盛んに経綸を行うべし。
一、官武一途庶民に至るまで、おのおのその志を遂げ、人心をして倦まざらしめんことを要す。
一、旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし。
一、知識を世界に求め、おおいに皇基を振起すべし。
【五 省(昭和7年以降)】
一、 至誠(しせい)に悖(もと)るなかりしか
一、 言行に恥ずるなかりしか
一、 気力に欠くるなかりしか
一、 努力に憾(うら)みなかりしか
一、 不精に亘るなかりしか
【軍人勅諭】
一 軍人は忠節を尽すを本分とすへし
一 軍人は礼儀を正くすへし
一 軍人は武勇を尚(たふと)ふへし
一 軍人は信義を重んすへし
一 軍人は質素を旨とすへし
教育勅語、その内容は真人間ならば自然に守っているような事ばかり。 教育勅語を否定する者は、その内容をを教えられず ただただ悪いものだと教え込まれ洗脳されたか、 アカの手先のオフェr(略
12 :
日出づる処の名無し :04/06/06 22:38 ID:uljNkaiD
反教育勅語の実験が半世紀も続いてきたけど 日本はよくもってると思う。たまに小学生が人殺しやったりするけど。 しかしもうそろそろヤバイ時期だね。普通の生活もままならなくなる。
13 :
日出づる処の名無し :04/06/06 22:52 ID:BKL0enTo
>>1 復活も何も、そんなにこの掟だかおまじないだかが好きやったら、自分の
部屋の壁にでもはっときゃいいだろ。何とか学会の信者が、マントラとやらを
貼って拝んでいるようにさ。嫌いな人にまで押し付けるなよ。
15 :
日出づる処の名無し :04/06/07 12:36 ID:GS/L1Opf
長崎の小学生が同級生を刺殺した事件も、 戦後の道徳教育が間違っていた証拠ですね。
16 :
日出づる処の名無し :04/06/07 12:44 ID:YXVa+oJG
「にほんごであそぼ」でぜひともやってほしいですな。 5歳児が「朕思うに・・・」とか呪文のように唱えているの
自分は五省が好き。 部屋の本棚に貼ってる。
18 :
日出づる処の名無し :04/06/07 13:51 ID:r+kHLJAE
家永三郎先生だって教育勅語に書いてあることは「根本的には」正しいって言っている
でも教育勅語そのものは憲法98条の規定(その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない)
によって失効している
http://www.geocities.jp/tai_i/law/1890r_edu.html しかし、だからといって、GHQの指令は修身を永久に禁止したものではなく(中止 suspention)、
GHQの指令によって日本の教育改革を行った米国使節団も
倫理のための特別の教科を設けることを否定せず、かえってそれを日本の伝統的な教え方として許容する立場だった。
だから教育勅語そのものを教えることは無理でも、徳目を学校で教えることは可能
19 :
日出づる処の名無し :04/06/07 13:55 ID:r+kHLJAE
それと五箇条のご誓文は昭和天皇が”いわゆる”「人間宣言」でも掲げた明治以来の日本の国是 決して一部の教科書で言われるような、五箇条の「誓文」でも五条の掲示とセットで語れるようなものではない
http://www.kobe-np.co.jp/rensai/tbcho/kyoukasho-3.html 「新しい歴史教科書をつくる会」の理事らが執筆した教科書だけが、
「父母への孝行や、非常時には国のために尽くす姿勢、近代国家の国民としての心得をといた教え」であり、
「近代日本人の人格の背骨をなすもの」と記述する。
男性教諭も、現代の基準で過去を見るのは間違いだと思う。
ただし、教育勅語を「いいことも書いてあると受け止めていいのか」と指摘する。
「侵略戦争や他民族蔑視は間違っていた。私たちは辛酸の末、その価値観をやっと手に入れた。
それぞれの時代にそれぞれの価値観があったという理由だけで容認するわけにいかない」
歴史を振り返る基本姿勢は同じでも、歴史観はまったく異なる。
「(勅語の内容は)すこぶる普遍性豊かにして、近代的国家道徳を多分に盛った教訓となっていたのである」
家永三郎「教育勅語成立の思想史的考察」『史学雑誌』56巻12号、1946
勅語が「近代国家の国民としての心得をといた教え」であり、「近代日本人の人格の背骨をなすもの」と言っているのは
他ならぬアカ教師が神と崇める家永三郎!!
実際「教育勅語」はそのイメージとは裏腹に、無媒介に超法規的な天皇からの諭旨ではなく、
あくまでも大日本帝国憲法に基づき、「まず何よりも「明治憲法」の条文、
さらにはその条文を成り立たせている原理・精神と、厳密に整合する」(「天皇と日本の近代化」八木公生)ものであり、
決して超越的なものではない。
今も一種の吸引力を持っている文章であり、あの家永三郎氏をして
「頗る普遍性豊かにして近代的国家道徳を多分に盛った教訓」(「教育勅語成立の思想史的研究」)と評価せしめたものとなった。
従来の勅語観は、その内容や語られている思想・倫理に対する肯定・否定を問わず、
「成文化された勅語の内容」ではなく、その影響を含めて、
この文章をめぐって外部的に行われた儀礼や荘厳の呪縛から逃れていないところに問題がある。
というより、もっとストレートにいえば、内容への議論を回避、
あるいは議論に参加できないレベルの人々が、その内容ではなく、
外部的要素のみからの判断をだけを元に、肯定・否定を論じているところに問題がある
ttp://www.t3.rim.or.jp/~boogie/e182.htm
22 :
日出づる処の名無し :04/06/07 19:31 ID:m+SJps5i
大日本帝国憲法の復活キボン!!
23 :
日出づる処の名無し :04/06/07 21:28 ID:lznbvYL3
丸暗記は思考力を鈍らせ、記憶力を向上させる。 条件反射的で直情的、短絡的な人間が増えるだろう。
我が国の教育理論をして教育勅語の解釈を誤らしめた他の原因は、 一般世人の間に誤れる勅語解釈が行はれて居たことにあると思ふ。 従来の多くの人々は、勅語中の箇々の徳目が『以テ天壌無窮ノ皇運ヲ 扶翼スヘシ』といふ統一原理に摂取せられて初めて聖旨に叶ふ所以となることに 気附かなかつたのである。孝といへば父母の心を慰むれば足るとなし、 友といへば兄弟姉妹の親睦に止まると解するが如く、箇々の徳目を孤立的に考へ、 それが天壌無窮の皇運扶翼に統括せられて初めて臣民たるの徳となることに 思ひ到らなかつたのである。かくして教育勅語の御訓を狭隘なる家族主義と 混同するが如き誤解を生ずるに至つたのである。又『一旦緩急』ある場合に於て 『義勇公ニ奉』ずる熱情と意力とは我が臣民の等しく所持する所ではあるが、 『公益ヲ広メ世務ヲ開』くこと『国憲ヲ重シ国法に遵』ふことと『天壌無窮ノ 皇運ヲ扶翼』することの不可分的関係を理解せざるものが少くなかつた。況や 『夫婦相和シ朋友相信シ恭倹己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ』と『学ヲ修メ業ヲ習ヒ 以テ智能ヲ啓発シ徳器ヲ成就シ』との御訓は、皆『以テ天壌無窮ノ皇運ヲ 扶翼スヘシ』と連関して初めて我が臣民道となることを理解するものが如きは、 極めて僅少であつたのではあるまいか。これ我が国民は誰一人として教育勅語を 遵奉する精神を欠くものが無いにも拘らず、我が国民の現実生活の中には 聖旨に背反するものが頗る多い所以である。かゝる欠陥が教育勅語の御訓を 誤り解せしむる一原因となつたのである。誠に恐れ多き極みと言ふべきである。 (トチ) 「教育勅語と我が国の教育」 吉田熊次 昭和15年
26 :
日出づる処の名無し :04/06/07 22:18 ID:uiXXq6KL
つーか、近代国家では道徳と法を峻別するのは原則なんだが。 道徳教育はあくまで家や教会などのプライベートセクターでやるものだ。 教育勅語復活なんて言ってる人はそこのところ分かってるんだろうか。
今上天皇陛下に、教育について発言して欲しいということですかね。
28 :
日出づる処の名無し :04/06/07 23:14 ID:qIZMHGWJ
教育勅語自体は社会の常識ともいえる内容で誰も復活に何も依存は無い だけど厳格な家父長制、上下関係、体罰、精神論に言及しだすと 2chウヨにも途端に反発する輩が出てくる 何やかんや言って俺達も戦後の民主主義、平等教育を享受してきたんで 今更引き返せない部分も多々有る
29 :
28 :04/06/07 23:17 ID:qIZMHGWJ
>>教育勅語自体は社会の常識ともいえる内容で誰も復活に何も依存は無い 間違えた。「誰も」って事はないな 文句言う奴いっぱいおります
以前は「教育勅語って素晴らしい!」と思って毎日唱えていたが、 ある時ふと気づいた。 これってそんなに「素晴らしい」のか? 教育勅語 十二の徳目 「親に孝養をつくしましょう」 「兄弟・姉妹は仲良くしましょう」 「夫婦はいつも仲むつまじくしましょう」 ・ ・ ・ 「法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう」 「正しい勇気をもって国のため真心を尽くしましょう」 これらの徳目は別段素晴らしいものではなく、「当たり前のこと」 ではないのか? 単に我々が、「当たり前のこと」が「素晴らしいこと」に感じられる ほど堕落した世界に生きているだけではないのか? そんな世界だからこそ教育勅語が必要なのではあるが。
戦後の自由、平和、平等は結構だが、それ(理想)を裏付ける規範が無い。 武士道に代わる規範としての教育勅語は良かったと思うが、、 戦後の自由礼賛が自由を律する規範の流布を阻害している。 無軌道な自由を律する、教育勅語の復活は良いと思う。
32 :
abc :04/06/08 09:16 ID:NqtbUC2g
結局人間「自由」「平等」だと言っても自分を見失い結局自分を縛るために 「自由」「平等」を捨てたがる。その現れが「オーム教」であり「創価学会」であり 「赤軍」であり「統一協会」であります。 ここは一番発展途上の少年少女に公共心・道徳・愛国心の教育は必要かと 感じる次第です。であれば林君みたいな優秀な人間がオームに舞い上がる こともなかったでしょう。
>>26 日本では教会がないうえに家庭教育もやばくなってる。
しかも外国では教会は国が保護してる例が多いやんけ。
法と道徳は峻別されるべきってのは一つの見解に過ぎないね。
34 :
日出づる処の名無し :04/06/08 11:34 ID:IfQtSWoh
>>33 一つの見解じゃないよ。近代国家はどこでもカント以降の啓蒙主義をベースにしてる
訳だから、国が国民の内心に介入をしてはならないというのが原則なんだよ。
まあ、確かに日本の場合は家庭の教育力が落ちてるから、自然法的な道徳なら国
が教えてもいいかもしれん。
教育勅語の場合は内容自体はそんなの悪くないが、天皇という権威が臣民を諭す
という形式をとっているところが問題なんだよ。近代国家の市民なら、たとえどのような
素晴らしい内容であっても権威が命令しているという理由で服従してはならない。
35 :
日出づる処の名無し :04/06/08 11:40 ID:ggZZbSmQ
日本における天皇は、キリスト教圏における法王みたいなもんでしょ、 問題ないと思うが。
日本と欧米のもっとも大きな違いは神(創造主)が人間を造ったか、造ってないかってこと 「人間は創造主の造り給いしもの」という考え方の欧米ではすべて人間は神の下に平等で、 その基本である「法の論理」は国王であろうと皇帝であろうと従わなければならない普遍の原理 それが「大憲章(マグナ・カルタ)」以来の欧米民主主義の基本。 日本の民主主義の原理というのは、17条の憲法にあるように、 「話し合い」で決めたことを、日本を創造した神の子孫である天皇の”権威”に拠って施行していくこと 日本では「話し合い」の体制が絶えず変わっていくので、 教育勅語が明治憲法下における立憲君主である天皇の言葉として出されているのはまったく問題がない 逆にいえば「話し合い」体制が変わった以上、前体制のもとで出された勅語をそのまま用いることは出来ない
つまり欧米では人間が神のもとで平等だが、戦前の日本は人間が神のもとで不平等だった だから、「人間は神のもとで平等」という欧米の体制を組み入れた以上、「人間が神のもとで不平等」だったころの 勅語”そのもの”は否定されねばならない
38 :
abc :04/06/08 12:59 ID:NqtbUC2g
>>37 勅語”そのもの”は否定されねばならない
というようなことをわざわざ主張する必要はない。
教育勅語の徳目は自然発生的など疎くないようであり
それを誰が言おうが真実は真実。石川五右衛門が
「親に孝養を尽くしましょう」といったら
>>37 は石川五
右衛門のような悪党が言ったことは否定されなければ
ならないというのか。結局
>>37 は
孝行、忠節、和順、友愛、信義、勤学、立志、誠実、仁慈、礼譲、
倹素、忍耐、貞操、廉潔、敏智、剛勇、公平、度量、識断、勉職。
というような徳目を否定し孝行するな…勉職に励むなというわけだな。
日教組崩れの教員みたいなやつだな。
だから”そのもの”っていってんじゃないの? 精神自体はさんざんがいしゅつだが家永三郎だって礼賛してる
>>37 体制が変わったから前のものはあぼーんしなきゃいけないて思考じゃシナチョンと同じでないかい?
前のものだって良いものならそのままキャリーオーバーしても問題あるめぇ
>>37 欧米では神の下で平等だった?冗談だろう?
近代国家成立以降でも欧米各国の人種差別の凄さを知らんわけでは無かろうに。
42 :
abc :04/06/08 17:13 ID:NqtbUC2g
>>39 だから”そのもの”っていってんじゃないの
はっきり言ってよくわかりません。温故知新という場合
過去の文献や事件を100%鵜呑みに信じるわけではなく
現在のにも通用するところを抽出してよくしていこうと言うことでしょう。
中国の思想「温故知新」を中国は捨てて3流国にまっしぐら。朝鮮は元々
温故知新の思想が無く4流国から脱し切れていない。
憲法17条、五箇条のご誓文、教育勅語、軍人勅諭、五省。何れも温故知新の
精神に基づいて今日の日本に不足する道徳的精神の礎を築こうといっているわけ。
何でも十把一絡げにして排除するものではない。捨てれば過去の遺産は全て灰燼
にきしますぞ。
>>36 マグナ・カルタは自然法をベースなんかにしてないよ。
だいたいマグナカルタ提案したの貴族だし。
今でも英国やらでは貴族精度が色濃くのこってんジャン。
あくまで祖先から相続された法(コモン・ロー)により国王の権力を制限する
というのがマグナカルタの考え方。立憲君主制の起源だな。
自然法的な考えとはちがうし、それはフランス革命以後だろう。
日本のインチキ憲法学者の学説なんか信用せずに
バークやらアーレントやらをちゃんと読みなさいよ
44 :
日出づる処の名無し :04/06/08 17:47 ID:pDe07CNX
>孝行、忠節、和順、友愛、信義、勤学、立志、誠実、仁慈、礼譲、 >倹素、忍耐、貞操、廉潔、敏智、剛勇、公平、度量、識断、勉職。 これらをすべて持ち合わせていないのがネット右翼というわけか。 おっと失礼。一生童貞の引きこもりネット右翼は「貞操」だけは持ち合わせているようだな。(w
45 :
日出づる処の名無し :04/06/08 17:49 ID:24UGiduO
>>36 日本の神話でも、神が人間をつくっていたような・・・。
46 :
日出づる処の名無し :04/06/08 17:49 ID:IprYhc/b
【歴史問題】日韓「歴史共同研究委」 政治性強い韓国学者に戸惑い[06/08]
http://news17.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1086660907/l50 (略)
>日本側の研究者たちの間では政治性の強い政治家志向の韓国の学者たちとの“歴史共同研究”
>には当初から戸惑いがある。
>そのため逆に韓国側では、研究委員会で一つの目標になっている
>資料の発掘・収集と共同利用という客観的な作業についても不満がある。
>韓国側は当初から国内世論を意識したかたちで日本に対し歴史認識の共有と研究結果の
>教科書への反映を主張しているが、日本側は研究者レベルでの実証的研究の積み上げや
>研究支援を主張している。
「客観的な作業に不満」 「政治家志望の学者」 「国内世論を意識」
韓国の「学者」さんは何を言っているの…?
>>41 ヤツらの頭のなかじゃキリスト教徒の白人以外は人間じゃないから平等である必要がないもんな
いいねぇ、教育勅語復活キボン!!
49 :
abc :04/06/08 22:16 ID:8puQrrar
>>44 > >孝行、忠節、和順、友愛、信義、勤学、立志、誠実、仁慈、礼譲、
> >倹素、忍耐、貞操、廉潔、敏智、剛勇、公平、度量、識断、勉職。
>
> これらをすべて持ち合わせていないのがネット右翼というわけか。
> おっと失礼。一生童貞の引きこもりネット右翼は「貞操」だけは持ち合わせているようだな。(w
>
何が言いたいのかな。ネット右翼が持ち合わせていないという主張はどこから来たのかな。
そうか
>>44 がネット右翼なのか。それならばしょうがないな。
50 :
日出づる処の名無し :04/06/10 18:39 ID:B3UjCXKO
天皇陛下、ばんざーい!!!
51 :
日出づる処の名無し :04/06/10 18:40 ID:Fi0UPmAo
○ネット右翼への道: (1)学校を卒業しても定職に就けない。 ↓ (2)「俺が職に就けないのは社会が悪いんだ!」と考えし始める。 原因を探し始める、2ちゃんなどのネット上で。 ↓ (3)工場などの就業機会が人件費などの生産コストが安い中国へ移転しているのを知り、 「俺が就職が出来ないのは、シナに職を奪われているからだ!それを放置している 今の日本政府は何だ?やっぱ在日チョンが日本を裏で支配しているからなのか?」 云々と排他主義的な考え(妄想)の虜になる。 ↓ (4)SAPIOや正論や諸君の論文・記事、小林よしのりのゴーマニズム宣言に感化される。 例えば、靖国参拝や尖閣諸島などで内政干渉がやられても中国へのODAを止めないし、 なおかつ米国に貢いでは媚びる事で米国の核の傘に保護してもらっているなど、 今現在の日本は情けない、格好悪い、 近代化してわずか五十年以内で中国や欧米に対して戦争した大日本帝国は格好良い と思い始める。 ↓ (5)「俺が不幸なのは戦後民主主義のせいだ!」と妄想がさらに強化される。 ついには、戦後民主主義を否定し、それの代替として六十年以上も前の大日本帝国を ユートピアだと、妄想を強く抱く。 ↓ (6)考え(妄想)を書かずにはいられなくなり、2ちゃんねるで、 街宣を頻繁にやるようになる、定職に就いていないので。
52 :
日出づる処の名無し :04/06/10 19:13 ID:gXzBMM11
>>51 それコピペ?
それとも一生懸命考えたの?
53 :
abc :04/06/10 20:37 ID:Q46vqPsf
>>52 >
>>51 > それコピペ?
> それとも一生懸命考えたの?
所見だから「一生懸命考えた」ものと思われます。
結局、勅語の説く徳目は普遍的な道徳だから、 当然子供に教えるべきlことを教えようとすることにすらアカが「教育勅語の復活だ」などと騒いでしまうんだよな
でも日曜に学校来て教育勅語読んでる間ずっとお辞儀しなくちゃいけなくて 鼻すすっただけで教師に殴られるのはいやだなあ。
そもそも日本は検定制度でいろんな会社が教科書作ってるんだから、政治的にやらなくてもすぐできるじゃん
58 :
日出づる処の名無し :04/06/21 23:55 ID:f3Ya3VdY
教育勅語って孟子の五倫のコピーだろ。 孟子も読んだ事無い奴らが日本の伝統とか言ってるの見ると笑えるよな(藁
亀レスですが、
>>37 >つまり欧米では人間が神のもとで平等だが、戦前の日本は人間が神のもとで不平等だった
江戸時代は士農工商だったけど、明治維新以降は、天皇陛下のもとで皆平等になったんでそ。
60 :
abc :04/06/22 08:43 ID:7U4QNVX8
>>59 江戸時代は士農工商だったけど
日本の身分制度は比較的緩やかで町人・百姓といえど
努力次第で武士階級にもなれましたぞ。
嶋田虎之助、近藤勇、大村益次郎、そして秀吉。
61 :
:04/06/22 09:02 ID:TEVyiNrh
>>59 立花宗茂
実父 高橋勝招運
養父 立花道雪
関が原で西軍について
領土没収→町人→御相伴衆→柳川に大名として復帰
徳川に弓をひいても復帰した人がいる
62 :
日出づる処の名無し :04/06/22 09:41 ID:/mA22Zt9
保守
64 :
日出づる処の名無し :04/06/30 22:50 ID:d7JOdfab
上げ
67 :
日出づる処の名無し :04/06/30 23:13 ID:qgvwWy6V
家族や友達を大切にしなさい、社会のために役立つ人間になりなさい この程度しか言ってない文章なのに、一部のバカは「教育勅語」と 聞いただけで目を吊り上げて、金切り声を張り上げることよ。 だったら、「金ジョンイルみたいな人間になりなさい」がいいのかよ。 年下の子供や友達を刃物で殺す人間になって欲しいんだろうね。きっと。
69 :
日出づる処の名無し :04/06/30 23:26 ID:Xuq4YPox
>>55 ここで戦前教育の素晴らしさを唱えてる人も
「目上には絶対服従」「体罰容認根性主義」といった
厳しく辛い部分には目を瞑りできれば復活しないで欲しいな・・・てのが本音でしょ?
>>69 > 「目上には絶対服従」「体罰容認根性主義」といった
君は何を読んでいるのかね?ここは教育勅語を語るスレなんだが。
71 :
日出づる処の名無し :04/06/30 23:51 ID:oE/3UvLN
道徳を学校で教えると言うこと自体が間違い、 そんなものは家庭や日々の生活のなかで学んでいくものだろう
>>71 家庭の中の道徳が空洞化してるから、どこかで指導すべきなんじゃない?
73 :
日出づる処の名無し :04/06/30 23:57 ID:w0/D9PXQ
近代民主主義国家で・・・なんて、ひと括りにすると具体的な事象が見えなくなります。 例えば、いくつかを例にとりますが。 イギリスの場合、近代国家化は専制君主から封建領主たちが政治の権利を勝ち取った形で始まり ます。その後のイギリスは比較的緩やかな形で民主主義に移行していきます。まず、封建領主達 は同時に資本家となり市民階層の有力者(ブルジョア)に対して投資を行っていきます。結果として 封建領主と市民階層の共存という形を とりながら緩やかに民主化が進んでいきます。 フランスの場合は、はなんと云ってもフランス革命でしょう。市民による革命によって、旧体制を一気 に 転覆させてしまったということは、イギリスの緩やかな民主化とは対極にあるともいえます。 また、徴兵制度が最も発達した国としても特徴を持っています。フランスにとって徴兵制度とは、市民 が戦争に参加する権利であり、フランス軍とはフランス国民による 国民軍であるという意識が高いのです つまりフランスでは、国王(施政者)と国民は対立するものであり、専制君主そのものを絶対悪だと いう考えがあります。 (つづく)
74 :
日出づる処の名無し :04/07/01 00:00 ID:y745BauJ
(つづき) 一方日本では、大局において階級間の闘争という形で歴史が動いてきたわけではありません。(細か い部分ではいろいろありましたが) 特に教育勅語の根源である「徳」の精神は、江戸中期に水戸にて 熟成していきます。光圀の歴史書編纂からはじまった国史学、その中で見つかったものとは、異なる 階級間での相互扶助です。君主は臣民を一方的に搾取する(これは欧州の概念ですね)ではなく、 君主は臣民のために施政をし、臣民は君主のために尽くす。つまり階級間は闘争するのではなく、相互 扶助による共産関係がもっとも安定することを、長い歴史の中で日本人は学習していきます。 その総体系が教育勅語に現れています。改めて文書化し、それを天皇が勅旨するという形です。 教育勅語には国務大臣の副署がありません。大日本帝国憲法を見れば明白ですが、国務大臣の 副署がないものは「法令」ではなく、単なる私論になります。しかし日本の場合天皇のお言葉=承る ものという感覚があるため、法令よりもより深い道徳観として国民にしみこんでいきます。 日本人が勝ち得た社会システムの箍としての「徳」は、実は臣民の天皇に対する忠誠と同時に、施政 者である天皇にも臣民のことを考えることを強要しています。施政者にはより重い徳が必要なのです。 そういう日本独特の状況を考えると、教育勅語自体に問題があるわけでも、国民に強要しているわけ でもありません。 例えば、今の天皇家は国民にとって何であるかということを考えればわかります。天皇家は道徳上の 国民の規範であることを期待されています。だからこそ天皇には国民以上の徳が必要です。 そういった意味で、天皇からの言葉としての教育勅語は今の時代でも差別的ではなく、権力的でも ないのではないかと思います。 ただ、戦後教育の成果として、天皇に対するアレルギーが国民にある以上、教育勅語の現代風に書 き換え、再編集は必要だと思います。
>>71 じゃあ、なんで算数や国語を家庭や日々の生活のなかだけで教えないの?
76 :
日出づる処の名無し :04/07/01 00:14 ID:y745BauJ
ちなみに、少し話題がずれますが・・・・ 現代日本人のアレルギーとなっている、戦前の天皇の名の下での軍国主義。 正しくきちんと歴史を見直すと、その姿が見えてきます。 軍の暴走は実は大日本帝国憲法のシステム上の不備です。軍の統帥権(権威)は天皇にありま すが、実際の権限の規定があやふやです。軍部が暴走しても止めるすべが憲法に含まれて居ま せん。(国政においては憲法の規定にもあるように、天皇には権力はなく権威のみ、権力としての 立法権は帝国議会にあります。実際の運用も帝国議会の立法結果に対して天皇は署名するの みです。開戦決議も帝国議会で行われ、天皇は拒否権がないためしぶしぶ署名をします。) ところが、軍部の暴走の引き金を引いたのは実は帝国議会でした。ロンドン軍縮会議における 条約結果に対して不満が噴出し、議会にて軍拡の方向性が示されていきます。この帝国議会 の議決が発端となった、抑えるシステムが存在しない軍の権限が、後に軍部の決定手法に 引き継がれていきます。 つまり、民主主義は戦争を抑えることが出来きるというのは幻想でしかないということです。
77 :
日出づる処の名無し :04/07/01 00:18 ID:y745BauJ
そういう私は、教育勅語の復活だけではなく、修身の復活を望んでいる者です。 ちなみに、数年前、あまり大人しいとは思えない高校生グループと知り合いになり、彼らに 現代風にアレンジした教育勅語を印刷して渡しました。彼らは「こんなこと誰も教えてくれな かった」「これあたりまえのことだよね」と全員がいたく感動して何度も読んでいました。 今の若い連中が、あまりにもおかしいのは、彼らを教育すべき大人が駄目だからでしょう。 何が共同社会に必要なことで、どんなことはしてはいけないことか。それをわかりやすく 伝えていない。それではこんな世の中になって当然ですよね。 子供たちは、きちんとした道徳を教えてもらうことを欲しています。
78 :
日出づる処の名無し :04/07/01 00:56 ID:mQDN7xkw
>>77 >現代風にアレンジした教育勅語
面白そうですね。
ここに公開していただけませんか?
世のためになるのではないでしょうか?
ところで、天皇は庶民のことを、
「おほみたから」と言っていますね。
これは、元来は「大御宝」の意味でしょうか?
79 :
日出づる処の名無し :04/07/01 01:10 ID:le+iZJYS
以前から、「教育勅語」の復活を望む声というのは、結構ありましたね。 社会が混乱し、人心の荒廃が加速度的に進む今こそ、 そういう「道徳」が求められてるのだと思います。 ちなみに左翼やジェンダーフリー推進者は、「道徳」というと、 すぐに拒否反応を示しますね。「平和主義者」が「社会の安穏」を 一番嫌がっているというのは、彼等は実は、平和など望んでいない ということの、証左であると思います。
80 :
日出づる処の名無し :04/07/01 01:26 ID:r46yc7Hm
245 名前:異邦人さん 投稿日:04/06/22 00:43 ID:DeQBFEtr
しかし、左翼は何故こうもセックス大好きなのだろうか?
なんか理論的説明できるのかねえ?
247 名前:異邦人さん 投稿日:04/06/22 08:39 ID:OoHVugDg
>>245 自由奔放に性欲を発散するため、モラルのない理想社会を作ろうとしたのが左翼思想の始まり。
道徳として儒教の復活で良いんじゃない? 日本では朱子学か。 ミチもトクも、孔子の教え。 親中左翼も納得。 中国でも孔子批判は一時的なもので、廃仏毀釈のようなものでしかなかったようだし。 論語は纏まりがなくて教科書としては難しいだろうけど、 昔孔子のアニメがあったので、あれでも使えばいい(内容は知らんが)
83 :
日出づる処の名無し :04/07/01 01:50 ID:mQDN7xkw
>>81 孔子は俺は嫌いじゃないが、
儒教には「毒」があるぞ。
84 :
日出づる処の名無し :04/07/01 01:53 ID:r46yc7Hm
>>1 漏れは靖国でもらった教育勅語の原語版と口語版を
額に入れて部屋に飾ってあるよ。
86 :
日出づる処の名無し :04/07/01 02:02 ID:y745BauJ
>>81 いえ、儒教や朱子学では不十分ではないでしょうか?
私自身、皇国史観の人間ではないのですが、なぜ儒教や朱子学ではだめなのかは水戸学を
学ぶと理解できます。
儒教では、父子、君臣、夫婦、長幼、朋友の間での道徳が大切と説いています。これを五倫
と呼びますが、では、儒教の祖である中華ではどのような世になっていたでしょうか?ほとん
ど乱世が続きます。臣は君を倒し、子は父を疎にします。
山崎闇斎はこの問題点に気づき、革命否定を盛り込んでいきます。儒教で建国の英主として
崇められるのは、実は道義を欠いた革命家なのです。
この儒教の不全点を補っていくのが水戸学です。この水戸学の流れの末に教育勅語が生ま
れてきます。(実は、明治維新の立役者たちは、この水戸学の流れを汲んでいます)
明治維新では、大政奉還というかたちで、征夷大将軍(天皇から任命される武士の長)が実権
をいったん天皇に奉還し、その後大日本帝国憲法にて国民に主権が委譲されます(当時は
まだ制限選挙でしたが)
徳川家はそのまま華族として、他の大名と同じ扱いにより地位の保全が行われます。(ここで
も革命否定の思想が生きています)
ということで、教育勅語が良いのではないでしょうか?
>>77 すみません、今手元に、すぐに見つかるところにないので、時間をください。よろしいでしょうか?
教育勅語でも良いが、短すぎて教育に適さないんじゃないか? それを芯に、事例などを混ぜて教育するのかな? 水戸学がいいなら水戸学で良いんじゃない? しかし明治維新の立役者と言っても、その中身はかなりの無茶・非道もあるので、 一方的な明治維新賛美になるような内容なら、ちょっと嫌な感じだが
88 :
日出づる処の名無し :04/07/01 02:09 ID:IaZBRIq9
89 :
日出づる処の名無し :04/07/01 02:14 ID:y745BauJ
>>87 >教育勅語でも良いが、短すぎて教育に適さないんじゃないか?
> それを芯に、事例などを混ぜて教育するのかな?
そういった意味で、修身がいいのではないかとw
>徳川家はそのまま華族として、他の大名と同じ扱いにより地位の保全が行われます。 >(ここでも革命否定の思想が生きています) これはようわからん 地位の保全はあっても、革命は革命だろ 中国でも倒しまくって、しかし地位は保全するのは珍しくない 三国志やフケン、またはそもそもの禅譲の理想である尭舜の世など 日本の主権者の地位から引きずり倒して、 その相手は日本国王(天皇)として主権者の地位についたのだから、 そのあと近代的に立憲君主にしたとしても、やっぱり革命な気もするぽ
珍しくないと書いたが、比率でいうと圧倒的に珍しいな
92 :
日出づる処の名無し :04/07/01 02:30 ID:le+iZJYS
>>80 >モラルのない理想社会
って凄いね。左翼ってのは、人間社会が滅びることが目的なのか…
93 :
日出づる処の名無し :04/07/01 03:09 ID:mQDN7xkw
>>81 支那人はウソつきだよ。
言葉を飾るからな。
「女子と小人は養い難し」と言った孔子も、男尊女卑だった。
男尊女卑は支那の男の願望ではないかな。
これは「女性蔑視」ではなくして、「女性恐怖症」なのだ。
「牝鶏ヒンケイ晨トキすることなし。牝鶏もし晨すれば、
これ家を索ツクすなりと。(雌鶏がトキをつくれば、
その家は滅びる)」と言うが、支那の歴史には
しばしば驚くべき牝鶏が現れてトキをつくる。
漢の呂太后・唐の則天武后・清の西太后・中共の江青。
支那には、恐妻家の笑い話も多い。
それに、東方礼儀国とか自賛する朝鮮の無礼と
形式主義はどうだ?
支那人の言う事を真に受けたら、ロクな事にならんぞ。
94 :
日出づる処の名無し :04/07/01 03:56 ID:CSSZ55fN
教育勅語(現代語訳) 俺思うんだけどさ、俺様の先祖ってすげー偉いんだ。いつまでも天皇家がお前ら下民共 を支配できるようなシステムを構築したんだよね。で、天皇家の先祖達はお前ら下民共を 生かさぬように殺さぬように上手く支配してきたわけだ。 お前ら下民共の犬のような忠誠心は俺様にとってすごく都合がいいんだよね。だから これからも俺様の為にせいぜい汗水垂らして働いてくれ。 お前ら下民共は放置しておくとロクな行いをしないから、取り敢えずオヤジオフクロの言うことを 良く聞いてだな、夫婦で揉め事を起こすなんてもっての他だ。 俺様を尊敬することを片時も忘れずに、俺様の帝国をグレートにするために、せいぜい勉強して すすんで俺様の帝国のために奉仕し、俺様の決めた法律は絶対破るんじゃねーぞ。 もしも一大事があったら進んで俺様の手駒として死ね。身も心も俺様に捧げるつもりで死ね。 そうして俺様の帝国をもっともっとグレートにするんだ。 お前ら下民共は先祖代々、俺様達天皇家の奴隷だったのだから、これからも忠実な犬の何倍も 奴隷根性を発揮して働くんだぞ。 もちろんこのシステムは世界中に当てはめても間違いではない。つまり世界征服も視野に入っ てるって事だ。すげえだろ? お前ら下民は俺様のグレートな帝国の下僕で有る事を有り難いと思って、俺様の命令に従え。 明治二十三年十月三十日 世界に冠たる明治天皇
95 :
abc :04/07/01 05:38 ID:m3BCJwAf
>>94 品性劣情。気高さがない。駄文の一言に尽きる。
民のかまどの煙の立ち上る様を見て、嬉しく思う「帝王」なら、 「奴隷」にもなりがいがあります。 ああ隣国でなくて良かった。
97 :
日出づる処の名無し :04/07/01 06:30 ID:xQHn8prt
昭和天皇以降は『人間』だが、
明治天皇は『神』だったわけだ(当時の価値観では)。
『天皇=人間』だという前提でしか
>>94 の文は成り立たない。
正しく『天皇=神(当時の価値観)』という前提で訳さなければ。
子供に「なんで勉強しなければいけないの?」と聞かれれば
今は『・・・・?それはね、、(持論爆発!)』だろうが、
昔は『教育勅語を読みなさい!』だった訳だ。
『神』の権威をもって教育に答えを出し、国民に意義を諭した。
それが教育勅語。その方法は現代には通用しないが、
国家が、教育に統一見解&意義付けをした時点で、その評価は高い。
98 :
abc :04/07/01 07:59 ID:hRjtcPvv
>>97 その方法は現代には通用しないが
内容は十分通用すると思いますぞ。尤も20の徳目も
現代風ぬ解釈に耐えるものとして、12の徳目に改変
されました。以下【コピペ】
○教育勅語「20の徳目」
孝行 第一、忠節 第二、和順 第三、友愛 第四、信義 第五、
勤学 第六、立志 第七、誠実 第八、仁慈 第九、礼譲 第十、
倹素 第十一、忍耐 第十二、貞操 第十三、廉潔 第十四、敏智 第十五、
剛勇 第十六、公平 第十七、度量 第十八、識断 第十九、勉職 第二十。
〇教育勅語 十二の徳目
孝行(こうこう) 親に孝養をつくしましょう
友愛(ゆうあい) 兄弟・姉妹は仲良くしましょう
夫婦(ふうふ)ノ(の)和(わ) 夫婦はいつも仲むつまじくしましょう
朋友(ほうゆう)ノ(の)信(しん) 友だちはお互いに信じあって付き合いましょう
謙遜(けんそん) 自分の言動をつつしみましょう
博愛(はくあい) 広く全ての人に愛の手をさしのべましょう
修学(しゅうがく)習業(しゅうぎょう) 勉学に励み職業を身につけましょう
智能(ちのう)啓発(けいはつ) 知識を養い才能を伸ばしましょう
徳器(とくき)成就(じょうじゅ) 人格の向上につとめましょう
公益(こうえき)世務(せいむ) 広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう
遵法(じゅんぽう) 法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう
義勇(ぎゆう) 正しい勇気をもって国のため真心を尽くしましょう
(
http://www.meijijingu.or.jp )
99 :
122 :04/07/01 21:23 ID:hRtZB/Gm
では ひとつひとつ
>>90 > これはようわからん
> 地位の保全はあっても、革命は革命だろ
つまり、実態がどうであれ、先に「革命」という言葉がなぜ出てくるのですか?
実態を示して、整理して、それに対しての評価が出てくるのであって、先に結果ありき?
> 日本の主権者の地位から引きずり倒して、
> その相手は日本国王(天皇)として主権者の地位についたのだから、
天皇が主権者?
どこからそういう解釈が出ますか?
大日本帝国憲法より
>第五条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ
天皇は帝国議会で決定した立法を公布することが職務。(天皇単独では立法権はない)
>第五五条 国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス
> 2凡テ法律勅令其ノ他国務ニ関ル詔勅ハ国務大臣ノ副署ヲ要ス
つまり、法律、勅命、その他国務に関する行為は国務大臣の責任であり、国務大臣の副署
がなければ有効にはならない。
その他条項でも、大日本帝国憲法発布時からすでに立憲君主です。
欧米の憲法学者の解釈でも、まったく同じです。
実際に、天皇は議会や内閣の決定を覆しては居ません。開戦決議(内閣決議)ですら、平和
を案じながら忠告はすれども、決議承認を行っています(拒否権がありませんので)
100 :
122 :04/07/01 21:25 ID:hRtZB/Gm
>>97 >昭和天皇以降は『人間』だが、
> 明治天皇は『神』だったわけだ(当時の価値観では)。
当時の価値観で神というのは、どういう論拠でしょうか?
当時から天皇は、神と人間の間の存在であり、神に対する祭祀の長として明治神道では
位置づけられています。
ところが実際には・・・ ・・・軍は天皇機関説問題に対して、何故こうも過剰とも思える反応を示した のであろうか。天皇自身、異常なばかりの天皇機関説排撃運動に戸惑い、本庄 侍従長に対し「自分の位はもちろん別なりとするも、肉体的には武官長等と何 等変る所なきはずなり。従って機関説を排撃せんがめ、自分をして動きのとれ ないものにすることは精神的にも身体的にも迷惑の次第なり」といったほどで、 しばしば軍方面の天皇機関説論議に批判的意見をもらしたという。こういう天皇 の態度に対し、侍従武官長の本庄陸軍大将は陸軍の態度を次のように弁明した のだが、これは、軍が天皇機関説を徹底的に排除しようとした理由をよく表し ている。 軍においては天皇を現人神(生きている神様)と信仰しあり。これを機関説 により人間並に扱うが如きは、軍隊教育および統帥上至難なり。 若槻泰雄『日本の戦争責任』小学館ライブラリー
>>99 革命は革命だろ。
主権者を変え、社会構造まで変えようとした。
これを革命と言わずに、なにを革命と言う。
憲法公布なんていつの話だよ。
その前の王政復古であり、中身も憲法云々の話ではないだろ。
まあ主権者云々は別としても、武家支配から一旦公家に戻すかとおもいきや、
そのまま議会制民主主義に行ったとしても、それら自体が思いっきり革命だろ。
革命否定なら、尊皇敬幕のまま攘夷路線を続けるんじゃないか。
103 :
122 :04/07/01 21:52 ID:hRtZB/Gm
>>102 なにをそんなにあせっているのですか?
三省堂提供「大辞林 第二版」より
かくめい 0 【革命】
〔「易経(革卦)」による。「革」はあらためる、「命」は天命の意〕
(1)支配者階級が握っていた国家権力を被支配者階級が奪い
取って、政治や経済の社会構造を根本的に覆す変革。
江戸時代が支配階級と被支配階級で成立していたという誤解と、藩→県
という封建体制から中央集権制への権限委譲。そういう状況を見る限り
欧州で作られた言葉としての「革命」を日本の大政奉還に当てはめること
は、正しくないと思われます。
一般的な解釈としての「革命」と、あなたの解釈がどうもずれているようです。
104 :
122 :04/07/01 21:59 ID:hRtZB/Gm
>>102 > 革命否定なら、尊皇敬幕のまま攘夷路線を続けるんじゃないか。
必要なのは封建制度ではなく中央集権制度だったのです。
幕藩体制ではペリー来航およびその後の開国につながる各施政が困難であったのは明白
です。実際にペリーとの条約締結でも幕府はまともな手を出せなかった。その後の外来船
に対する施策も国防という観点からお粗末だった。その結果、長州の赤間が関にての単独
対応などが起き、幕藩体制から中央集権制への機構変化が必要だった。
しかし、それを革命という手段ではなく、徳川を大名の筆頭として、幕府が実権を一度天皇
に返上し、その後の国家体制の整備(これは憲法発布まで20余年掛かりましたが)が行わ
れていきます。
>>103 >江戸時代が支配階級と被支配階級で成立していたという誤解
公家は特殊としても武家も農も将軍の支配下にある。
支配下になかったら軍役制度自体が崩壊するじゃないか。
>〔「易経(革卦)」による。「革」はあらためる、「命」は天命の意〕
そのまんま明治維新だろ。
単に支配された名も無き庶民の反乱による主権交代を言うだけなら、
中国でも革命はほとんどない。劉邦や朱元だけが革命なのか?
>>104 >徳川を大名の筆頭として、幕府が実権を一度天皇に返上し、
>その後の国家体制の整備(これは憲法発布まで20余年掛かりましたが)
そんな上っ面だけで言うなら、倒幕・奥州・萩佐嘉西南戦争まで起こらんつーの。
朱元璋 最もこれらも出身が庶民などというだけで、 その後は支配階級の地位につき、その後に相手を倒して皇帝になるのだが。 単に庶民の反乱・フランス革命のようなのを革命と言うのなら、 中国でそんな言葉が生まれないだろ。
>>94 俺は人間だが、お前は犬以下だな。
犬でも、主人には忠誠を尽くすが、お前は珠玉の文章に
糞便をぬったくることしか知らない。
108 :
122 :04/07/01 22:40 ID:hRtZB/Gm
>>105 結局「革命」という言葉の定義論争になっていますが、明治維新を革命であり、国学の革命否定
思想そのものに多重性(ダブスタ)があるという指摘ですか?
回りくどく言わずに、ストレートに議論しませんか?
>>108 お前が革命を市民革命のような「庶民の反乱→庶民の建国」と
規定しているだけじゃないか?
逆に、そんなのってフランスくらいしかないんじゃない?
フランスもそのあとすぐにぐちゃぐちゃになってしまって、庶民の建国とも違うかもしれんが。
革命は、主権者を交代させ、社会制度をも変えることだろ。
交代させるだけならクーデターか。
かくめい 0 【革命】
〔「易経(革卦)」による。「革」はあらためる、「命」は天命の意〕
(1)支配者階級が握っていた国家権力を被支配者階級が奪い
取って、政治や経済の社会構造を根本的に覆す変革。
このままでも明治維新は革命だろ。
水戸学で革命否定で、その流れは明治維新活動家に引き継がれたとしても、
やったことは革命で、水戸学の方針とは反する。明治維新は立派な革命であった。
明治維新が革命であっては困るのか?
110 :
122 :04/07/01 22:58 ID:hRtZB/Gm
>>109 >>99 で私が書いた
>> これはようわからん
>> 地位の保全はあっても、革命は革命だろ
>
>つまり、実態がどうであれ、先に「革命」という言葉がなぜ出てくるのですか?
>実態を示して、整理して、それに対しての評価が出てくるのであって、先に結果ありき?
を読みましたか?
あなたの書き込みは、結論ありきにしか見えなかったので、それを問うたのです。
その後、それこそ言葉の定義議論に。
何が言いたいのか、ストレートに言ってもらえます?
>やったことは革命で、水戸学の方針とは反する。明治維新は立派な革命であった。
が言いたいことですか?
であれば、あなたが革命と結論付けた具体的な論拠をいくつかあげてもらえますか?
それとも、なんとなくそう思った が論拠?
具体的にあげないと、先に進めません。
ちなみに、私は革命ではないとか革命であるという識別はありません。日本は独自の文化
があり、欧州的革命でも中華的革命でも言い切れない、正しく言えば維新は維新でしか
ないというのが自論です。
>>110 >であれば、あなたが革命と結論付けた具体的な論拠をいくつかあげてもらえますか?
武家制度の変革を出した幕府に王政復古で対向したことから、
武家制度の終焉、議会民主主義に至るまで、それら各々の政策自体が革命を現している。
逆にお前が革命でないという理由は「旧支配者の地位を保全した」「実行者は庶民ではない」
ということのようだが、それらは革命のおいて内包する手法の一つであって、それがあっても革命。
>正しく言えば維新は維新
維新自体が中国人の言葉だろ。
日本独自と言いたいのなら、御一新、明治御一新と言うべきだ。
尤も御一新自体が革命の主たる内容であり、それがなければ単なるクーデターだが。
>何が言いたいのか、ストレートに言ってもらえます?
明治維新は立派な革命であった
尤も、「旧支配者の地位を保全した」と言っても、それは名前と金だけのもので、 あらゆる権限を取り上げたものである。
維新は破廉恥なクーデターだし、薩長は悪。 であるが、教育勅語は問題なし。これでべつに矛盾はしない。
114 :
122 :04/07/01 23:27 ID:hRtZB/Gm
>>110 なぜ「革命ではなく維新」だという結論に至ったかといえば・・・・
倒幕の機運が高まった幕末においても、宮中では倒幕派より幕府依存派が多数を占めていました。
幕府は倒幕の叛乱を抑えるために号令を発しますが、すでに封建制度は機能せず、長州征伐に
関してもなにも動かなくなります。幕府機能がすでに崩壊していました。
その後、安政の大獄にて幽閉されていた宮中の主要人物たちが開放され、そこに薩長が加わります。
薩長は強く倒幕を、土佐、安芸藩は和平解決を提案しますが、慶応3年10月14日に、倒幕の密勅が
出されます(同時に、会津、桑名の両藩の沙汰も出ます)
土佐藩の山内容堂が和平解決のために、慶喜に大政奉還の提言をしますが(安芸藩の浅野も
支持)、同日10月14日に「従来の旧習を改め、政権を朝廷に帰し奉り、広く天下の公儀を尽くし、
聖断を仰ぎ、同心協力、共に皇国を保護」する旨、朝廷に上奏します。翌10月15日に朝廷がこれ
を了承、大政奉還が決定します。
その後、鳥羽伏見の戦いによる新政権に対する旧幕藩体制の抵抗、その後西南戦争まで国内で
の体制間の争いが起きますが、これは戦争で言えば戦後処理。慶応3年10月15日に大勢は既に
決まり、中央集権制国家への歩みが始まります。
そういった流れで、一種の革命の火種はありましたが、それが大規模に行われることなく封建制度
(諸藩と幕府の間での兵と土地の封建。諸藩内での施政に関しては幕府は基本ノータッチ)から中
央集権制(中央政府が国内すべての責任を持ち施政をする)への委譲が始まったと解しています。
幕府の封建制度が力を失ったこと、朝廷を中心とする新体制に有力藩が挙って賛同したこと、旧体
制側に統率がすでになかったことなどの条件が重なったが故に、革命という形をとらなかったと
考えています。つまり偶然のファクターが重なった。
それゆえ、革命ではなく維新 という見方をしています。
115 :
122 :04/07/01 23:31 ID:hRtZB/Gm
>>111 つまり、広義の革命か、狭義の革命かという、結局は単語の定義の問題だけですね。
私は、禅譲(大政奉還)は革命ではないと考えていますので。
大政奉還後は単なる改革。ひとつの体制内での制度改革・制度確立です。
で、明治維新は革命ということですが、単に私の「革命」という定義が気に食わなかっただけ?
116 :
122 :04/07/01 23:35 ID:hRtZB/Gm
>>112 華族として家を残したこと、従来の征夷大将軍としての権限はなくなったが、社会的地位
は保全した(金品、命など)のでは?
社会的権限ではなく社会的地位と書いたのはそういう理由です。
通常革命の場合、前権力者は幽閉、殺害、追放が普通なのでは?
>>114 お前は革命を悪とし、革命を否定したいだけなのでは?
>>113 がいうようにクーデター時に破廉恥さは沢山あったし、
またその理由と、その後の政策が社会構造変化に及んでいるから、革命なのだよ。
>それが大規模に行われることなく封建制度から中央集権制
>(中央政府が国内すべての責任を持ち施政をする)への委譲が始まったと解しています。
これも革命を現しているだろ。革命じゃないなら社会体制を変える必要もない。
それに封建が中央集権になるなど、始皇帝ですらやっており、そのような変革こそ革命なのだ。
逆に聞くが、お前がいう「革命という形」って、何のこと?
それこそフランス市民革命をイメージしてるだけなのでは。
118 :
日出づる処の名無し :04/07/01 23:39 ID:UHoyd/MF
教育勅語はいいけど、誰が書いて誰が交付するの?
119 :
122 :04/07/01 23:48 ID:hRtZB/Gm
>>117 >
>>114 > お前は革命を悪とし、革命を否定したいだけなのでは?
はずれ。いつ悪だと書きました?
> 逆に聞くが、お前がいう「革命という形」って、何のこと?
革命は、新体制が旧体制を否定し、新しく実権を作ること。
つまり旧体制から禅譲もなく、新たに体制を起こすこと。
大政奉還は徳川幕府からの禅譲があったので革命ではないということです。
清王朝から中華民国も形式的には革命ではないです(禅譲しているので)
> それこそフランス市民革命をイメージしてるだけなのでは。
はずれ
120 :
122 :04/07/01 23:51 ID:hRtZB/Gm
>>119 > 清王朝から中華民国も形式的には革命ではないです(禅譲しているので)
形式的と書いたのは、禅譲時の条件をその後中華民国が反故にしたから。実質は
禅譲かどうかの判断が難しい。
>>115 >禅譲(大政奉還)は革命ではないと考えていますので。
>>116 >通常革命の場合、前権力者は幽閉、殺害、追放が普通なのでは?
禅譲は単に権力・地位を譲るだけでなく、その使命をも譲ることだよ。
つまり「私は天に代わってやってきましたが、私のやり方は既に違ったようです、だから変わります」
だからこそ政策自体をも変えることが出来る。
禅譲・革命において殺害・追放が当たり前というイメージはあるだろうが、
その根本である尭舜では、別にそんなことをやりたいわけではないだろ。
思想と現実は違うが、その現実のイメージのために嫌がって革命と言いたくないだけだろ。
>大政奉還後は単なる改革。ひとつの体制内での制度改革・制度確立です。
大政奉還後は王政復古。堂々と「大昔そのままに戻す」として、
その制度はそのままに、自分らが勝手に任命して、それぞれの職務を果たすとした。
それを五箇条のご誓文において覆そうとすることも革命。
その前に武家制度を王政復古しようとするのも革命だろ。
体制を変えること自体が革命で、その後の体制変革は革命ではなく改革だろうが、
その前に武家制度を終焉したり、神武からの王制を終焉したりしてるじゃないか。
明治の元勲たちは最初は太政大臣や参議としての権限で政策を進めている。
122 :
日出づる処の名無し :04/07/01 23:54 ID:xig9oS2s
まああれだ、普通の若者は今、「革命」という単語が出ただけで拒否反応を起こすぐらい、 売国左翼の事を嫌っている事だけは間違いない。
>>119 >革命は、新体制が旧体制を否定し、新しく実権を作ること。
>つまり旧体制から禅譲もなく、新たに体制を起こすこと。
それは禅譲か簒奪とかという部類の話しだろ。
易姓革命思想ではむしろ「駄目な奴は譲っとけ。譲られた奴は正統」
という意味で、禅譲を勧めてる。
だから馬鹿みたいな演技してまで禅譲の儀式に拘ってきた面もある。
>大政奉還は徳川幕府からの禅譲があったので革命ではないということです。
尭舜の易姓革命は、そのまま譲った革命だぞ。神話・思想の話しだろうが。
124 :
122 :04/07/02 00:01 ID:9AoXT5kY
結局「革命」という言葉にこだわっているだけなんですね。
革命という言葉に酔う?
>>121 >
>>115 >禅譲(大政奉還)は革命ではないと考えていますので。
>
>>116 >通常革命の場合、前権力者は幽閉、殺害、追放が普通なのでは?
> 禅譲は単に権力・地位を譲るだけでなく、その使命をも譲ることだよ。
> つまり「私は天に代わってやってきましたが、私のやり方は既に違ったようです、だから変わります」
> だからこそ政策自体をも変えることが出来る。
> 禅譲・革命において殺害・追放が当たり前というイメージはあるだろうが、
> その根本である尭舜では、別にそんなことをやりたいわけではないだろ。
上記はすべて同意だが
> 思想と現実は違うが、その現実のイメージのために嫌がって革命と言いたくないだけだろ。
はずれ。
もっと言えば、現代での「革命」という言葉を無秩序にレッテルとして使う人間が多いので
実態を詳細に分類して、それに即した言葉を使いたいだけです。
広義の意味での用法で、恣意的に思想操作をしているのが左翼教育であり、それが教育勅語
を排斥しているから。
だから、言葉はなるべく狭義で使いたいというのが意図です。
わかりましたか?
125 :
122 :04/07/02 00:05 ID:9AoXT5kY
>>123 > 易姓革命思想ではむしろ「駄目な奴は譲っとけ。譲られた奴は正統」
> という意味で、禅譲を勧めてる。
いや、禅譲を進めているのは、当初の易姓革命思想であり、その後の中国では
武力による王朝交代を易姓革命と呼んでいます。
>>124 >もっと言えば、現代での「革命」という言葉を無秩序にレッテルとして使う人間が多いので
>実態を詳細に分類して、それに即した言葉を使いたいだけです。
>広義の意味での用法で、恣意的に思想操作をしているのが左翼教育であり、それが教育勅語
>を排斥しているから。
>だから、言葉はなるべく狭義で使いたいというのが意図です。
現実のイメージを元に「レッテル」を張っているのはお前だろ。
お前は「革命は暴力・簒奪である。明治維新は違う」と言いたいのだろうが、
明治維新は暴力・簒奪であるぞ。また武家制度や王政復古を革命してるだろ。
イメージが悪いから革命と言いたくない。独自だ。維新だ・・・
という意見は良いが、それなら維新ではなく御一新としろよ。中途半端だな。
127 :
122 :04/07/02 00:09 ID:9AoXT5kY
孟子は、民意に発現する天命の向背(なりゆき)による王朝の平和的(禅譲)・武力的(放伐)交 代をするという易姓革命思想を構築しますが、その後の中国での易姓革命自体の意味合いは 後者の放伐交代に狭義されていきます。 そういった意味でも、禅譲と放伐は厳密には分けるべきだと
128 :
122 :04/07/02 00:12 ID:9AoXT5kY
>>126 > 明治維新は暴力・簒奪であるぞ。また武家制度や王政復古を革命してるだろ。
だから、具体的に示してください。何度も言ってますが。
どの暴力・簒奪により体制が変わりました?
>>125 武力によるかどうかは手法の問題であって、
>武力による王朝交代を易姓革命と呼んでいます。
と言うのこそ、その本来の意味ではなく、イメージを考慮して使いたくないってことだろ。
それこそ革命と言う意味にレッテルを貼ってる。
思想や理想、または原語について、それが持つ意味ではなく、
現実はこうだったから使いたくないってことだろう。
確かに中国もフランスも暴力的で、中身を見れば良いイメージは
持たれないかもしれないが、イメージが悪いから「革命ではない」とするのはおかしい。
そもそも革命に暴力などのイメージを持たせた相手が悪いだけだろ。
130 :
122 :04/07/02 00:18 ID:9AoXT5kY
>>129 >
>>125 > 武力によるかどうかは手法の問題であって、
> >武力による王朝交代を易姓革命と呼んでいます。
> と言うのこそ、その本来の意味ではなく、イメージを考慮して使いたくないってことだろ。
ちがいます。現代の意味で言葉を使いましょうということです。
一部の人間たちが理解できる言葉の使い方で他人に論ずるつもりですか?
現代の言葉の意味で話をすべきです。
孟子の革命思想は、その後の中国で放伐がその意味になっているから、革命という言葉
は合わないと言っているだけです。
> 思想や理想、または原語について、それが持つ意味ではなく、
> 現実はこうだったから使いたくないってことだろう。
現実ではなく現代用法に従ってということです。
> 持たれないかもしれないが、イメージが悪いから「革命ではない」とするのはおかしい。
何度も言っていますが、イメージでは言葉は選んでいません。
131 :
122 :04/07/02 00:20 ID:9AoXT5kY
>>111 > 日本独自と言いたいのなら、御一新、明治御一新と言うべきだ。
個人的には使いたいですよ。
でも、御一新と書いて通用する人たちがどれだけ居ることか・・・
>>128 >だから、具体的に示してください。何度も言ってますが。
>どの暴力・簒奪により体制が変わりました?
体制変化に対して神風連などが反対したのは、体制変化を嫌ったから。
その前に戊辰・奥州戦争で武力討伐しているじゃないか。
体制そのままでいいなら、別に抵抗もなかった。
井伊直弼を襲撃したり、禁門の変で兵を挙げたり、挙句は戊辰戦争。
別に慶喜は「平和裏に話し合ったら王政復古・新政府がいいと思った」わけねーだろ。
そんなのも「禅譲・平和」とするだけなら、イメージ悪い中国易姓革命でもたくさんあるぞ。
むしろ全面戦争で皇帝軍と大激突したあとに禅譲などと言うのは、少ないくらいだろ。
>>130 つまり「本来の革命では、明治維新は革命」で良いんだろ、
ただ「イメージが悪い・実際は革命と言っても云々」なんだろ。
しかし「だから革命ではない」とまで言うから、「革命だ」と言うんだよ。
そんなに革命のイメージ・今持つ意味が悪いから使いたくない、と言うのなら、
それはそれで構わないが、その場合は「中国で革命と言って血を流したような革命ではない」
「尭舜的革命であって、秦漢的革命ではない」という風に言えよ。
ややこしいな・・・
134 :
122 :04/07/02 00:32 ID:9AoXT5kY
何がいいたいのかよくわからないのですけど
>>90 で言いたいことは、明治維新で水戸学の影響はそれほどなく、維新後に再び掘り起こして
啓蒙したといいたいのかな?
135 :
122 :04/07/02 00:35 ID:9AoXT5kY
>>133 変な人w
私がいつ「革命が悪い」といいました?w 指摘してね
意味が違うから使いたくないと言っているだけです。意味が伝わらないから使うべきではない
と言っているだけ。
>「尭舜的革命であって、秦漢的革命ではない」
これはいい言い方ですね。
でも、どれだけの人がわかるか・・・
136 :
122 :04/07/02 00:37 ID:9AoXT5kY
他人の書き込みをここまで読んでないとはw
>>133 > しかし「だから革命ではない」とまで言うから、「革命だ」と言うんだよ。
狭義の革命ではないと書き直しているでしょw
言葉の定義の広さが違うから、用法が違ってきている。そこが論点?と確認をとっても
やれ「革命だ!」「革命だ!」の一辺倒。おもしろいですね。
>>134 水戸学が発端であったり、志士が利用したとしても、やったのは革命そのもの。
水戸学そのものなら、明治維新起こしたら遺憾だろ。
>>135 >私がいつ「革命が悪い」といいました?
↓
>>136 狭義の意味でこそ革命。
その意味に「簒奪・武力」と広義の意味を持たせて
否定したがっているのはお前だろ。
>127 名前:122[] 投稿日:04/07/02 00:09 ID:9AoXT5kY
>孟子は、民意に発現する天命の向背(なりゆき)による王朝の平和的(禅譲)・
>武力的(放伐)交代をするという易姓革命思想を構築します
平和的(禅譲)・武力的(放伐)交代も本来の革命なら、
明治維新がどっちであろうと革命だろ。
138 :
122 :04/07/02 00:57 ID:f19eus8D
>>124 いみわかんねー
人の番号を騙るな。うっとおしい。
このスレにおいては「本来の教育勅語・教育勅語そのものも」は良いから「復活」させたいんだろ。 そういう人が「最近のイメージが悪い・実際はこんな風に悪い結果」だから 「言葉やそのものの持つ意味が悪くなった・変わったから使わずにおこう」とするのは、 そのまんま教育勅語否定にもなってしまいそうだ。 あれが否定されているのも「悪の根源的イメージ・または結果(世界大戦)」を一方的に決め付けられ、 反対論者や左翼や平和主義者らに嫌だといわれているんだろ。 誰が言っているかは知らんが。 「革命」「教育勅語」なども、本来持つものをきちんと認識し、使うことが大事なんだと思うよ。
革命って王朝の交代のことだよ。
>>139 >「革命」「教育勅語」なども、本来持つものをきちんと認識し、使うことが大事なんだと思うよ。
教育勅語って、「先人は高い理想を持ってこの国を作ったと信じます。
それは、親や家族や友人を大切にし、社会公共の為に貢献し、いざ
国の危機となれば力を合わせてこれに立ち向うことです。
先祖から受け継がれたこの良き伝統を守っていきましょう。
朕もがんばるので、国民の皆さんもがんばって下さい。」って趣旨でしょう?
極めてまとも。
朕もがんばるので、ってところがこの国なりに朱子学を消化して実際に血肉としてると感じさせる部分だな。
143 :
日出づる処の名無し :04/07/02 03:19 ID:8cSDVgRL
144 :
ケンペーくん :04/07/02 03:27 ID:gNElnqPS
>>1 小学生に一番教えたいよね、これ。
思うに、こういうのが風化されて(GHQが入ってきて、毛唐の文化が入ってきて)日本って日本の思想ってのが、根本的に変えられていったと思う。
正す必要を感じる。
ROMってたけど、やっと、革命の話が終わったか。 あまり生産性が高い議論とも思われないから、やめれ。 それよか、教育勅語に話を戻そう。 まず、「教育勅語」、または、「現代風にアレンジした教育勅語」が、 現代社会に、何故必要か。社会についての認識と、社会の病理を 解決するために「教育勅語」が果たす役割の確認をしなければならない。 上とだぶるけど、必要という論拠があるとしたうえで、 1.内容そのものは、普遍性がある。←異議なしでいいかな? 2.発布が、天皇によってなされ、「朕が臣民に」というのが、 今日に合わない。 3.「教育勅語」という陰がちらつくだけで、拒絶反応を覚える人がいる。 4.公教育で思想教育をしてはならない、という、建前との整合性。 5.家庭での教育との関連。 ちなみに、2について、ひとこと。(分かり切ったことで恐縮) 近代国家を作ったばかりの日本にとって、「国民」を成立させるうえで、 共通の倫理規範が必要だった。黒船来襲時みたいに、戦は武士が やること、と言って、百姓・町人が逃げ出したのでは困る。 5については、家庭でやれれば、それが一番いい。しかし、現状を 見れば分かるように、全くと言っても大げさではないほど期待できない。 一部はできるだろうが・・・友達夫婦、友達親子が作る家庭では、 教育勅語を、よほどアレンジしなければ、親が途方に暮れるだろう。 4については、もはや、個人・・市民・民族・国民の統合体、集合体としての、 国家とはなんぞや、という大問題。思想・良心の自由とか、信教分離とかの 法律論では、上っ滑りをするだけ。発言者の口封じにはいいだろうけど。 3については、アレンジした教育勅語を、地道に、いいものはいい、と 布教するしかないかもな。
146 :
abc(コピペ) :04/07/03 00:57 ID:/WdowO0g
http://www.sun-inet.or.jp/~hba7615n/tyokugo07.htm 教育勅語に対する評価
日露戦争の開戦直前に元老伊藤博文の命を受けて、あらかじめ戦争終結の斡旋を工作するために米国へ派遣されていた金子堅太郎という人物がいる。金子によれば、大方の
予想に反して日本軍が連戦連勝するのを見て驚いた米国人に、「日本の勝利は国民の教育が必ず然らしめるところであろう。日本
の教育はどうなっているか、伺いたい」と質問された。
そこで金子は、軍人勅諭を挙げるとともに、まず一般教育において教育勅語がその根底を成していることを指摘し、求めに応じて前もっ
て翻訳しておいた教育勅語の英訳を披露したところ、多くの米国人から共感と称賛の声が寄せられたという。
その後、明治四十年に英訳本が公にされ、次いで漢訳がなり、四十二年に至って仏訳・独訳が完成し、在外公館を通じて世界各国に配
布された。四十一年にロンドンで開催された国際道徳会議においては、その要請に応じて菊池大麓が教育勅語について講演し、好評を博した。こうした事例はほかにもあり、欧
米の識者の間での教育勅語の評価は高かった。
147 :
abc :04/07/03 01:01 ID:/WdowO0g
149 :
日出づる処の名無し :04/07/03 07:23 ID:IURTPDcf
アレンジする必要なんてあるのか???
>>146 教育勅語の仏訳探してるのだが誰か知ってる人いたら教えて。
外務省へもメールで問い合わせたがスルー。
>>146 出来れば英訳が欲しいです。
留学先で日本の事を紹介する時に役立てたい。
Know ye, Our subjects: Our Imperial Ancestors have founded Our Empire on a basis broad and everlasting and have deeply and firmly implanted virtue; Our subjects ever united in loyalty and filial piety have from generation to generation illustrated the beauty thereof. This is the glory of the fundamental character of Our Empire, and herein also lies the source of our education. Ye, Our subjects, be filial to your parents, affectionate to your brothers and sisters; as husbands and wives be harmonious, as friends true; bear yourselves in modesty and moderation; extend your benevolence to all; pursue learning and cultivate arts, and thereby develop intellectual faculties and perfect moral powers; furthermore advance public good and promote common interests; always respect the Constitution and observe the laws; should emergency arise, offer yourselves courageously to the State; and thus guard and maintain the prosperity of Our Imperial Throne coeval with heaven and earth. So shall ye not only be our good and faithful subjects, but render illustrious the best traditions of your forefathers. The Way here set forth is indeed the teaching bequeathed by Our Imperial Ancestors, to be observed alike by Their Descendants and the subjects, infallible for all ages and true in all places. It is Our wish to lay it to heart in all reverence, in common with you, Our subjects, that we may thus attain to the same virtue. The 30th day of the 10th month of the 23rd year of Meiji (October 30, 1890). (Imperial Sign Manual. Imperial Seal).
154 :
日出づる処の名無し :04/07/03 18:43 ID:eOn+4ViC
恥と言う日常的な感受性は教えられたから知るのでは無く 規範を破った時に身内から疎外された恐怖心が内在化して身につく。 又、規範も教えられなければ知る事は出来ないと言う訳では無い。 もしそうなら人類発祥以前に規範があった事になる。 個人にとって経験的、心情的正しいと学び取った規範か 疎外されたく無い人間の求める規範が守るべき物として動機付けられる。 この規範が「道徳」である。 我々が人を殺さないのは、「仲間を殺すな」というルールののせいじゃない。 仲間を殺せないように育つからです。 他者から肯定され、承認されて尊厳を獲得してきたひとは、 自分が自分であることにとって他者や社会は必要不可欠だから通常の精神状態じゃ殺せない。 だが、極限状態のため日常的感受性から離脱してしまうと人間は道徳心を失う。 そこで倫理が必要となる。 倫理とは心情的、経験的にそれが正しいと認識するには困難だが 科学的、叉は一神教的神の視線から普遍的に正しいとされた規範が「倫理」。 これは教えてもらうか統計学的調査等をしないと解らない。 身に付ける物では無く理解するか信じる物である。 科学的には個人が道徳心を身に付ける為に他人の尊厳を犯さない限り 自由な試行錯誤を保証する為の規範が倫理とされる。
155 :
日出づる処の名無し :04/07/03 18:45 ID:eOn+4ViC
幼少時にはあえて無節操に自由な行動をあえてさせるべき。 責任をとることを覚えさせるためには、あるいは覚え学んでもらうためには、 自由に振る舞って、自由に振る舞った帰結を自分で、 つまり、しりをぬぐうといいますが、自分で処理してもらう,そういう訓練が必要です。 自分が不快な状態にあるとすれば、周りが悪いというよりも、 まず、自分の選び方が悪かったのじゃないか、 自分の試行錯誤に問題があるのじゃないかと自分に引きつけて責任をとる,つまり自分でやり直す、 そういう態度が実は責任のある態度に結びついていく。 友達を殴れば殴り返される、我が強ければ敬遠される,壊れた人間関係を自分で修復すると言った わざわざ問うまでも無い当たり前の事が閉鎖的な教室内では出来ない所が問題な訳です。 猿山のボスが君臨する様な環境では結局、暴力が正義になってしまい 自分の行いに責任を持たないでも我を押しとうせばどうにかなてしまう。 そのつど誰かが責任を問うのでは無く自分の行いに対してリスクがストレートに帰ってくる環境が必要です。 なんでも教師が教えられるなんて傲慢ですし教える必要もありません。 人が責任をとれる様になるには周囲が余計な手を出さない事が大切。 つまり「そのつど責任が問われる」環境が大切。 過保護な子供をマニュアルを暗記させただけで公の場に放てば事件を起こすのは当然。
156 :
日出づる処の名無し :04/07/03 18:48 ID:eOn+4ViC
お前等が馬鹿な事を言っている間に教育改革は進んでいる。
2002年から実施された学習指導要領では、「指導要領は学ぶげ最低基準」であると文部科学省は説目した。
指導要領からはみ出して教えては行けないという、従来の方針を変更したことで、
各学校では、何を教えるか選択するチャンスが生まれた。
荒れた学校で非行を短期間で解決した事例を調べたことがある。
その解決策は、生徒の問題行動を力でい押さえ込むのではなく、
「よく分かる授業をする」「教師が生徒を信頼する「地域との信頼関係作りをする」という、
当たり前のことを徹底したことだった。
よく分かる授業をすれば子どもは良くなるし、
自分たちで意志決定が出来るし余地があれば教師は創造的になる。
教育の在り方を考えるとき、不信からスタートするのではなく、
信頼と理解からスタートすべきである。
ttp://www.tcp-ip.or.jp/~mrym/sugie.html
157 :
日出づる処の名無し :04/07/03 18:51 ID:eOn+4ViC
教える’と身につく’は違う。 視点を生徒側に置くと、ヒトに教えられる’のと自分が身につける’の違いだ。 この相違点の根本は、知識ファイル’として記憶するのか、行動プログラム’ として体内OSに組み込む’のかほどの違いがある。 教える←が単なる知識の断片ファイルなら→時間とともに忘れられてゆく。 一方、学び取る体得プログラムなら、使えるから便利に使い始める。 このことは→公衆道徳などで、違いがハッキリ出てくる。 本スレで放任・ほったらかし・野放し・・の若年層非難や咎めるレスが目立つが、 単に学校内という一時的空間で→守るべき規則を暗記させ、罰をもって強制 するやり方では、本当に身につけさせた’とはいいがたい。 実際の社会=パブリック・スペースは広く、あらゆる予測困難な状況が待ち受けて いるからだ。子供達はそこで「自分で通用する基本を身につけて」いないと衝突し、 ブチ切れ、暴れることになる。とりわけ、重要なパブリック・マナーは次だろう。 この習得は→驚くほど、公衆道徳の遵守をもたらす。それは↓ ---主体性の為に行う相互扶助だ--- それができて初めて、人は ---社会あるいは社会性を媒介しないと本当は自分がしたいことさえできない--- ---自分の幸せさえやってこない事を知るからだ---
>>156 子供たちが授業を理解できるよう、さっさと能力別クラス編成をして、その子に
合わせた指導をすべきってことだな。持って生まれた才能の違いをアカ教師どもが
否定して一緒くたに扱おうとする限り、教育の再生はありえない。
159 :
日出づる処の名無し :04/07/03 19:03 ID:VzLn726K
160 :
日出づる処の名無し :04/07/03 19:14 ID:aEwqvpnP
161 :
日出づる処の名無し :04/07/03 19:35 ID:N4A9FzvV
教師が全体主義的な指導方法で規則を一方的に押しつけるという点も問題だが、それ以上に深刻なのは、 生徒同士で目立った人間を潰すという傾向にあることだと思う。 実際子供は行動する際、先生の目よりもクラスの友達の目を過度に気にするでしょう。 同世代の人間が一日中同じ教室で生活するという点が大きな問題だと思う。 そういう問題をスルーして教育勅語って・・・・
162 :
日出づる処の名無し :04/07/03 19:45 ID:N4A9FzvV
163 :
日出づる処の名無し :04/07/03 20:41 ID:3ZegIOnJ
「教育勅語はイイ」といってるウヨクに限って金さえもらえば人殺しも 厭わないならず者集団なわけだが。
>>163 金をもらって人殺しを働いた「教育勅語はイイ」といってるウヨク、のソースを
提示してから言ってくれ。ならず者集団?革マルとか中核とか、過激派の残党のことか?
>163 久々に、ここまでアタマの悪い発言に出会った。 異常な発言なら、チョンのレスが常にあふれているが。 ここまで、低脳なのは・・・・。イヤハヤ・・
>164 たしかに。 163のようなヤツは、最近、みかけんな。 冷凍庫の保存されていて、チンして出てきたような感じ。 なつかしくもある。
472 名前:名スレの予感君(ごくとう) ◆593GOKUTOU 投稿日:2004/07/03(土) 23:52 ID:o4vdyZ94 朕惟ふに 我が皇祖皇宗國を肇むること宏遠に徳を樹つること深厚なり 我が臣民克く忠に克く孝に億兆心を一にして世世厥の美を濟せるは 此れ我が國軆の精華にして教育の淵源亦實に此に存す爾臣民父母に孝に 兄弟に友に夫婦相和し朋友相信じ恭儉己れを持し博愛衆に及ぼし學を修め 業を習ひ以て智能を啓發し徳器を成就し進て公益を廣の世務を開き 常に國憲を重じ國法に遵ひ一旦緩急あれば義勇公に奉じ以て天壌無窮の皇運を扶翼すべし 是の如きは獨り朕が忠良の臣民たるのみならず又以て爾祖先の遺風を顕彰するに足らん 斯の道は實に我が皇祖皇宗の遺訓にして子孫臣民の倶に遵守すべき所之を 古今に通じて謬らず之を中外に施して悖らず 朕爾臣民と倶に挙挙服膺して咸其徳を一にせんことを庶幾ふ 明治二十三年十月三十日 御名御璽
168 :
abc :04/07/04 06:06 ID:TcFaiTLi
>>164 連合赤軍というのはならず者集団になるのでしょうか。
169 :
abc :04/07/04 06:20 ID:TcFaiTLi
スレタイの趣旨に添って教育勅語の十二徳(精神)を検証してみようじゃない。 第一 孝行。 概意:親孝行しましょう 。 日本人たる者の第一の徳目は「親に感謝し、親を尊敬し、親を大事にしましょう」ということだ。 この徳目について何か意見のある人はいるかな。
>169 異議申し立てするヤツは、いないよ。 ただ、「何故」「どうやって感謝すればいいの」 というヤツが、わんさか出てくる。 徳目とはなんぞや、というところから始めないと 話が前に進まない。
>>169 もし孝がほかの徳目と矛盾する時はどうなるのか?
たとえば病気で死にかけの親が左翼で、子供が靖国に参拝したら
ショックで死ぬかもしれない、という場合。
あるいは玄関に日の丸を掲揚するかどうかで親と喧嘩になった場合。
ものごころついた頃から親から虐待されてきた少年は、
それでも孝道を守らねばならんのか?
172 :
日出づる処の名無し :04/07/04 15:28 ID:x5+tipw4
366 :素人 :04/07/02 05:37 ID:PAieM8BT
右翼組合って何ですか?
367 :名無しさん@5周年 :04/07/02 06:09 ID:Td2N3zJm
福岡の公立高校で跋扈する「福岡教育連盟」(新高教組)のこと。
福翔の「血の反省文」教師や柏陵の「女子高生暴行」教師などの不祥事を次々と
引き起こしている。出来た頃は ある意味純粋な教員団体だったと思われるが、人事に
おいて優遇されるようになり、メンバーが増え、権力と一体化するようになり、5〜6年前
から不祥事を次々と引き起こすようになった。「反日教組」さえ唱えるとチヤホヤする
教育界の土壌が、
>>364 さんが指摘するような教師を大量に生んでいる。
左翼信奉者が、子供には孝道を求めるというのも手前勝手なものだ。 某共産主義国で実際に合ったことだが、反革命言動の密告を学校で奨励された子供が、 自分の父母の言動を党組織に告発し、表彰されたことがあるが、父母は強制収容所行き で、告発した子供は親戚中から見放され、とうとう世話してくれる者もなく餓死した という事件もある。
174 :
日出づる処の名無し :04/07/04 18:51 ID:h+EwVaTF
>>169 厳しい「しつけ」によって、自制心のある人間が育つというのであればこれほど簡単なことはない。
子どもが小さいうちは、親の思い通りになるため、叱ったり怒鳴ったり、
叩くなどの身体的苦痛を与えることは誰にでもできるからである。昨年11月の新聞報道によると、
「厳しいしつけ」を含む「児童虐待」は7年前の10倍、5253件にも達し過去最高の数にのぼった。
そのうち殴る、蹴るなどの身体的暴力(体罰)は全体の半数、食事を与えないなどの「保護怠慢」が32%も占めている。
専門家によると、これは氷山の一角で、実際には保護者による暴力的な苦痛を与える育児はこの10倍以上になっているとみている。
ttp://onko.ncf.or.jp/mori/ryoyuki/situke/situke.html
自制心とは原理原則の押し付けによって育まれる。 なぜ叱られたのか。なぜ怒鳴られたのか。つねにその理由を教え、原理原則を理解させる。 そして自分の行動とその原理原則を照らし合わせる習慣をつける。 これを怠ると、子供はなぜ自分が叱られたのか理解できない。
176 :
日出づる処の名無し :04/07/04 19:14 ID:h+EwVaTF
よく読んだら
>>157 でこのスレ完全論破されてるじゃん(w
177 :
abc :04/07/04 19:50 ID:TcFaiTLi
>>169 続き
第二 友愛。 (ゆうあい) 概意:兄弟・姉妹は仲良くしましょう
日本人たる者の第二の徳目は「兄弟姉妹は喧嘩せず仲良く助け合いましょう」ということだ。
178 :
abc :04/07/04 19:59 ID:TcFaiTLi
>>171 もし孝がほかの徳目と矛盾する時はどうなるのか?
「優先順位の高い徳目>低い徳目」として次のように優先順位が定義されます
孝行>友愛>夫婦の和>朋友の信>謙遜>博愛>修学習業>智能啓発>徳器成就>公益世務>遵法>義勇
179 :
abc :04/07/04 20:12 ID:TcFaiTLi
>>178 補遺
ここでは省かれていますが嘗ては20の徳目といわれていました。
教育勅語「20の徳目」
孝行 第一、忠節 第二、和順 第三、友愛 以下省略
行政側からすれば忠節を第一にしたいところでしょうが、教育勅語では
忠節の上位に孝行を持ってきています。基本的には何が何でも
孝行第一です。即ち「親の恩は山より高く海より深い」のです。
180 :
abc :04/07/04 20:24 ID:TcFaiTLi
>>175 > 自制心とは原理原則の押し付けによって育まれる。
禿胴。
宇宙の戦士(著者:ロバート・A・ハインライン)というのはガンダムの先駆けとなった小説です。
そこには、こんな話があります。
君が子犬を育てて、悪さをすると優しく頭をなでてやり、許してやったとする。ある日、そのわ
がままな子犬がどう猛な成犬になり、人に怪我をさせたとする。
君は、その犬を、撃ち殺さなくてはならない。
しかし、本当の罪をおうべき者は、だれだ? 君だ。
181 :
日出づる処の名無し :04/07/04 23:06 ID:f3b3hskM
>>178 その序列は誰がきめたんだ?藻前の趣味か?
はじめまして。極東板の他のスレで教育勅語を否定的に書いた僕の文に
かなりの反論がありました。で、そこのスレは教育勅語の話をするスレではないので
ここに書かせて頂きます。
----------------------------
僕は「教育勅語を鼻で笑っちゃうような」人間だと書いたが、少しこの文について補足させていただく。
それは教育勅語が明治期の日本人に与えた影響、という観点で評価する時に
「鼻で笑う」という程度の評価にしかならない、という意味ではない。
むしろ、極めて大きな役割を果たしたと思っている。
私が「鼻で笑う」と書いたのは教育勅語に対し現在にも使える理念である、また、
現在の世の中に教育直後を復活させよという考え方に対してのものである。
それを簡単にまとめるなら次の通りとなる。
1…現在の日本国憲法下に成り立つ社会システムとあいいれない部分が存在する
たとえば原文の「一旦緩急あれば義勇公に奉じ」「我が臣民」「皇運を扶翼」など。
どう考えても現行の社会システムと矛盾してしまう。
2…訳文の微妙なニュアンス
別に「俺様のグレートな帝国を」なんて
>>94 みたいな訳文が正しいと主張するわけではないが。
再現するなら当時の教育の行われ方に即した訳があてられるべきだろう。
果たして「べし」を「しましょう」なんてキレイで生易しい訳し方でいいのだろうか、と思う。
3…教育勅語を今でも使うなら、現在の天皇(思想の都合で尊称はつけない)の名で公布するのか
現在の天皇の名で公布するならば、それ自体が天皇の政治利用(あるいは政治参加)であり、
象徴天皇制との兼ね合いはどうするのか、という問題がある。
それさえも国家の儀礼、と位置付けるわけにはいかないと思うのだが。
3…教育勅語を今でも使うなら、現在の天皇(思想の都合で尊称はつけない)の名で公布するのか 現在の天皇の名で公布するならば、それ自体が天皇の政治利用(あるいは政治参加)であり、 象徴天皇制との兼ね合いはどうするのか、という問題がある。 それさえも国家の儀礼、と位置付けるわけにはいかないと思うのだが。 逆に、そのままでいいというなら明治天皇の名で覚えさせる事になるが、ここでも問題が生じる。 原文には「國憲」という言葉が出てくる。これは憲法の事である(現代語訳でも『憲法』と 訳しているサイトもある)と考えるのが妥当だろう。 今の天皇の名において教育勅語をそのまま公布すれば、この憲法は日本國憲法を指しているもの として理解できよう。しかし、明治天皇の名のままではこの憲法は大日本帝国憲法以外には 解釈し様がない。明治天皇は日本国憲法ができるより前に逝去しているのだから。 となると、子供達に対して日本國憲法の元で生きていながら、大日本帝国憲法を重んじなさい、 というよく分からない状況が発生してしまう。 4…「人類にとって普遍的な事柄を多く含んでいる、だから素晴らしい」論について 教育勅語制定の目的は子供達が社会の中で生きていく上で必要な事を学ばせるためではない。 それは、臣民化教育・国民統合のためである。 「お父さんお母さんを大切にする」のは現代でももちろん重要だが、それはもっと 自発的なものであり、人間の本能に近いといってもよいだろう。しかし、教育勅語はどうか。 「親を愛し、隣人を愛し、勉学に励みなさい。国家のため、天皇陛下のためになるのだから」 そういった意味合いを多く含むのが教育勅語だと僕は考える。 果たして普遍的だろうか。 もし、「それが」以降が僕の恣意的な訳文だというならば、普遍的な要素を含んでいるのなら 別に教育勅語でなくてもよい、という風になってしまうがその辺りはどうだろうか。 教育勅語にこだわる理由…って?と思ってしまう。 「大人になれなかった弟たちへ」だろうが「二十四の瞳」だろうがナンボでも道徳教育に 使えそうな教材はありますし(ちなみに二つとも反戦色が濃い児童向け文学です。藁)。
5…そもそも無効
教育勅語は昭和23年に無効が国会で決議されている。
明治神宮HPの訳文については「文章がキレイ過ぎる」以外には個人的に一点だけ文句がある(後述)が、
やはり、無効となった、いや、現在でも無効となっているものを現代語訳して(アレンジして)
教育に取り入れよ、というのはやはり暴論であろう。
また、無効を取り消して復活させる事も難しいと思われる。
なぜなら憲法98条に違反する(この事は無効決議でも確認されている)ので、改憲が
必要となるからである。
ちなみにこのスレにはいまだ「無効」という言葉が出てきていないので、皆さんも無効である事を
わざわざ書くまでもない前提として議論されているのだと思うが、一応書いておきます。
最後に、教育勅語を学習する事自体は大変有意義だと思います。
役割を学んだり、訳文を考えたり、教育基本法との比較をしたり、など。
あと、明治神宮HPの訳文で「非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕
しなければなりません。」は、たぶん訳を書いた人も苦労したのだと思いますが、僕を含む現代人の
多くは難色を示すでしょうね。非常事態が発生した場合、逃げるか対処するかはあくまで個人の
考え方(あるいはケースバイケース)だと思うので。僕自身、必ず「真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕」
する事が出来るとは思えません。一言で言えば「国のために死ねるとは限らない」、というか。
ご拝読ありがとうございました。
参考URL
ttp://members.at.infoseek.co.jp/kkotani/kyoikuchokugo/kyoikuchokugo.htm ttp://www.meijijingu.or.jp/intro/education/ ttp://www.mirai-city.org/data/edu.html
>182 オマイなあ、現行憲法との整合性とか、「我が臣民」がどうたらとか、 訳し方がおかしいとか、「天皇陛下のためになる」という意味合いを 含んでいるからうんたらとか、国会決議による無効の取り消しだとか、 そんなことを、ここでは議論しとらんだろうが。 >教育勅語にこだわる理由…って?と思ってしまう なら、教育勅語の復活を望まないスレでも立てろや。 議論に参加したいんなら、このスレの論点を理解してから 議論になるように書き込めよ。
186 :
abc :04/07/05 12:50 ID:efLmR+o2
>>181 >
>>178 > その序列は誰がきめたんだ?藻前の趣味か?
此はしたり。聖徳太子の御代から重要なものから先に記述していくのは筋ではないか。
187 :
abc :04/07/05 13:00 ID:efLmR+o2
>>182-183 日本人は温故知新と言うことで文明が発達してきました。
古きことを暖め、新しい解釈を立て時代にそぐうものに変化させていくのです。
マルキストの様に字句の解釈ばかりにとらわれていては。時代に取り残されますぞ。
古典が読まれること。此は古い思想を勉強し新しい考え方を確立しようと言うことよ。
中国朝鮮のように一句一字の解釈で論争しそこに流れる思想の背景をとらえようと
しないのは三流国の通弊だな。少しは時代の流れに身を任せたらどうだ。
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にはあらず。 よどみに浮かぶうたか
たはかつ消え、 かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。 〜方丈記: 鴨長明.
でなければ世の中に図書館なんぞ必要ないわな。
189 :
日出づる処の名無し :04/07/05 13:39 ID:ti63qYJX
とりあえず・・・オトーさんオカーさんをもっと大事にしましょう 別にかつての厳格な家父長制を復活させろとまで言わないが 親の事を悪く言うのがカッコいい、親孝行=マザコン、ファザコンと捉えかれない 変な風潮はいつからできたんだろうか 欧米型の個人主義導入の結果なんて言うけどさ 欧米人の方が遥かに家族関係を重視し両親への尊敬の念を表に出している あちらの芸能人・スポーツ選手は表彰スピーチなんかでも 両親への感謝の言葉を忘れないよな
とりあえず儒教や武士道では序列のようなものは定められているが、
>>178 のような序列は聞いたことがない。
それに聖徳太子の時代からというが、例えば武士道の序列とも違う。
>>186 の勝手に決めた序列じゃないの?
遵法がめっちゃ低い地位になってるし
どうやらその序列は教育勅語より若干古い幼学綱要の序列のようだが、 教育勅語の土台のようなものだから、そのままその序列に使用ってことかな?
参考。 子供教育だから「親を大事に。それが一番」というわけだろうが、 臣の忠節を子の孝行に並べて、人倫の最大義とすとあるように、 大人も含めた全体に対しては、序列はまた別かもな 幼学綱要頒賜ノ勅諭(明治15年12月2日) 徳は教育の主本、我朝支那の専ら崇尚する所、欧米各国も亦修身の学ありと雖も、之を本朝 に採用する未だ其要を得ず。方今学科多端、本末を誤る者亦鮮からず。年少就学最も当に 忠孝を本とし仁義を先んずべし。 因て儒臣に命じて此書を編纂し群下に頒賜し、明倫修徳の要茲に在る事を知らしむ。 聖論の大旨読者謹て奉体服膺あらんことを要す。 明治十五年十二月 宮内卿徳大寺実則 孝行第一 天地の間、父母無き人無し。其初め胎を受けて生誕するより、成長の後に至り、其恩愛教養の深き、 父母に若(し)く者莫し。能く其恩を思ひ、其身を慎み、其力を竭(つく)して、以て之に事(つか)へ、其愛敬を尽すは、 子たるの道なり。故に孝行を以て、人倫の最大義とす。 忠節第二 宇内万国、国体各々異なりと雖も、主宰有らざるの民無し。凡そ人臣たる者、其君を敬し、其国を愛し、其職を勤め、 其分を尽し、以て其恩義に報ずるを以て常道とす。況や万世一系の君を戴き、千古不易の臣民たる者に於てをや。 故に臣の忠節を子の孝行に並べて、人倫の最大義とす。 (元田永孚『幼学提要(巻之一)』明治十四年八月)
孝行第一なんてのはシナ思想。
>>171 の問いかけに対してまともな回答はひとつもないね。
194 :
日出づる処の名無し :04/07/05 18:27 ID:PQ0iMJlt
倫理の範疇 1.博愛=民主主義の基本 2.遵法=立憲政治の基本 社会的道徳の範疇 3.徳器成就 4.智能啓発 5.修学習業 6.義勇 7.公益世務 内輪の道徳の範疇 8.夫婦の和 9.友愛 10.朋友の信 11.孝行 12.謙遜
195 :
日出づる処の名無し :04/07/05 18:41 ID:num9Dvfe
>>180 ハイラインの言う事が正しいと思う所がイタイ(w
あれは只の軍国主義者のエロジジイ。
境界性人格障害とは?
気分、対人関係、自己像の全般的な不安定さが著しく、成人期早期に始まる人格障害で、女性に多くみられる。
対人関係が不安定で、対人操作で他者を巻き込み、トラブルメーカーとなりやすいため、
家庭や職場などで問題が生じることが多い。
幼小児期に親から虐待されたり、過保護・過干渉、あるいは感情的拒絶を受けた子供が思春期以降になってなりやすい。
a)不安定な対人関係:過剰な理想化と過小評価との両極端を揺れ動く。
b)衝動のコントロールが悪い:自傷行為、薬物乱用、過食、万引きなどの問題行動。
c)感情が不安定:抑うつ、不安・焦燥感、不適切な怒り。
d)慢性的な空虚感、退屈感、見捨てられ不安、孤独に耐えられない。
境界性人格障害は治るのか?
アメリカでの報告によれば、入院した境界性人格障害の患者さんの3分の2は
30代と40代になって良好ないし回復したと見なされている。
経過の良かった患者さんのグループは、好ましさ、率直さ、忍耐強さ、魅力的、才能がある、知的に高い、
強迫的傾向があるという特徴を認めている。
反対に、経過の悪かった患者さんのグループの特徴は、怒りやすく感情的に不安定、
物質依存(アルコール、薬物など)の持続、社会的問題(浪費、ギャンブル、性的逸脱行為、摂食障害など)、
幼小児期に親からの虐待歴がある人が多くいた。約9%の患者さんが自殺をしていた。
孝行第一なんて逝ってる奴はエセ右翼。正体は支那かぶれ。 たいじなのは「敬神崇祖、護国尊皇」だ。
序列などない。
198 :
abc :04/07/05 22:05 ID:JTva8euk
>>196 > 孝行第一なんて逝ってる奴はエセ右翼。正体は支那かぶれ。
> たいじなのは「敬神崇祖、護国尊皇」だ。
「敬神崇祖、護国尊皇」と教育勅語がどう関係するのかな。
199 :
abc :04/07/05 22:08 ID:JTva8euk
200 :
日出づる処の名無し :04/07/05 22:13 ID:kxtvfVQu
>>199 自分で考えれ。
そんなことまで人に決めてもらおうなどとするな。
基本的な道徳というのは子供に規範と人間としての基礎を与え
自分でものを判断する、 きっかけ を与えるものだ
マニュアル人間を作る為にあるんじゃねえ。
ところで博愛っていうのは、その対象の中には 当然朝鮮人・中国人も含まれるんだよな?
正義を愛して悪を憎む心
はくあい 0 【博愛】 すべての人を等しく愛すること。 「―の精神」 ぎゆう 1 【義勇】 (1)正義と勇気。 (2)正義を守ろうという気持ちから発する勇気。
205 :
abc :04/07/06 08:28 ID:k2q+wwDk
206 :
abc :04/07/06 08:34 ID:k2q+wwDk
>>202 > ところで博愛っていうのは、その対象の中には
> 当然朝鮮人・中国人も含まれるんだよな?
左様。当時は西洋人に対する東洋人の旗頭としての勢いがあったのよ。
しかし1世紀たった今日かの「脱亜入欧」の格言に沿った形に変化せざるを得ないのかな。
一方的な片思いで手びどく裏切られ・捨てられた男性の感情はトラウマとして100年1000年と
残ることでしょうな。「嗚呼。父母たる中国、兄姉たる朝鮮は今何処」・
207 :
日出づる処の名無し :04/07/06 12:42 ID:2+8kakBs
>>abc ちゃんと教育勅語を解説してみれ。 「皇祖皇宗」は神代の時代からなのか神武からなのか? 誰により起草され、誰が何を避けるために批判し、何を追記したのか この辺も理解してろんだろうなw 教育勅語の一つ一つの言葉には深い意味と意図があり、それを理解してなきゃ そんな尊大な対応は出来ないはずだ。 藻前はいつも見当はずれな主張をして突付かれるとスルーしちまうからなw なんぞや知らんが、愛国者的スタンスをとるならちゃんと解説してみれ で き る な ら な w
208 :
日出づる処の名無し :04/07/06 17:03 ID:K9QIMlJC
教育勅語(現代語訳) 俺思うんだけどさ、俺様の先祖ってすげー偉いんだ。いつまでも天皇家がお前ら下民共 を支配できるようなシステムを構築したんだよね。で、天皇家の先祖達はお前ら下民共を 生かさぬように殺さぬように上手く支配してきたわけだ。 お前ら下民共の犬のような忠誠心は俺様にとってすごく都合がいいんだよね。だから これからも俺様の為にせいぜい汗水垂らして働いてくれ。俺?俺は支配者だから関係ないよ お前ら下民共は放置しておくとロクな行いをしないから、取り敢えずオヤジオフクロの言うことを 良く聞いてだな、夫婦で揉め事を起こすなんてもっての他、フェミニストは死ね 俺様を尊敬することを片時も忘れずに、俺様の帝国をグレートにするために、せいぜい勉強して すすんで俺様の帝国のために奉仕し、俺様の決めた法律は絶対破るんじゃねーぞ。 もしも一大事があったら進んで俺様の手駒として死ね。身も心も俺様に捧げるつもりで死ね。 そうして俺様の帝国をもっともっとグレートにするんだ。 お前ら下民共は先祖代々、俺様達天皇家の奴隷だったのだから、これからも忠実な犬の何倍も 奴隷根性を発揮して働くんだぞ。 もちろんこのシステムは世界中に当てはめても間違いではない。つまり世界征服も視野に入っ てるって事だ。すげえだろ? お前ら下民は俺様のグレートな帝国の下僕で有る事を有り難いと思って、俺様の命令に従え。 明治二十三年十月三十日 世界に冠たる明治天皇
教育勅語と中等以上の学校教育 然るに中等以上の学校教育にあつては、其の修身科教授要旨にありても漠然と人 倫の要旨を授けるにありと規定し、明治三十年代に入りて定められたる中学校修身 科教授要旨などには、一言も教育勅語に及ぶことなく、西洋倫理学上の本務の分類 を主として徳目を配列して居る。況や高等教育に於てをやである。後、大正・昭和 の御代に至つて学生・生徒の間に思想問題が勃興し、朝野を挙げてこれが対策に腐 心するが如き珍現象を呈するに至りし所以のものは、国民の間にも学生・生徒の間 にも教育勅語の聖旨が未だ十分に徹底し居らざりしことを証拠立てるものと見るべ きである。所謂教学刷新の問題の如きも、其の帰着点が教育勅語の聖旨の徹底にあ ることを深く自覚すべきである。
教育勅語解釈上の誤謬 我が国の教育理論をして教育勅語の解釈を誤らしめた他の原因は、一般世人の間 に誤れる勅語解釈が行はれて居たことにあると思ふ。従来の多くの人々は、勅語中 の箇々の徳目が『以テ天壌無窮ノ皇速ヲ扶翼スヘシ』といふ統一原理に摂取せられ て初めて聖旨に叶ふ所以となることに気附かなかつたのである。孝といへば父母 の心を慰むれば足るとなし、友といへば兄弟姉妹の親陸に止まると解するが如く、 箇々の徳目を孤立的に考へ、それが天壌無窮の皇運扶翼に統括せられて初めて臣民 たるの徳となることに思ひ到らなかつたのである。かくして教育勅語の御訓を狭隘 なる家族主義と混同するが如き誤解を生ずるに至つたのである。又『一旦緩急』あ る場合に於て『義勇公ニ奉』ずる熱情と意力とは我が臣民の等しく所持する所では あるが、『公益ヲ広メ世務ヲ開』くこと『国憲ヲ重シ国法に遵』ふことと『天壌無窮 ノ皇運ヲ扶翼』することの不可分的関係を理解せざるものが少くなかつた。況や 『夫婦相和シ朋友相信シ恭倹己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ』と『学ヲ修メ業ヲ習ヒ以 テ智能ヲ啓発シ徳器ヲ成就シ』との御訓は、皆『以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ』 と連関して初めて我が臣民道となることを理解するものが如きは、極めて僅少であ つたのではあるまいか。これ我が国民は誰一人として教育勅語を遵奉する精神を欠 くものが無いにも拘らず、我が国民の現実生活の中には聖旨に背反するものが頗る 多い所以である。かゝる欠陥が教育勅語の御訓を誤り解せしむる一原因となつたの である。誠に恐れ多き極みと言ふべきである。最近に至り漸くかゝる誤謬が訂正せ られ、内閣当局にありて或は万民輔翼を説き一億一心を唱ふるに至つたことは、教 育勅語の聖旨が自覚に上つたものと見ることが出来る。
>>205 有りがたいだろうな。真摯にうけとめるべきだ。
>>182 お前、教育勅語の現代文訳に「グレートな俺様」とか糞みたいな文章書いて、
こき下ろそうとした本人だろ?
品性下劣なチンピラが何を偉そうに、歴史上の名文の名声にケチをつけるんだか。
213 :
abc :04/07/06 22:48 ID:5ZLHxmTF
>>207 ちゃんと教育勅語を解説してみれ
教条主義者出現。
214 :
ID:2+8kakBs :04/07/06 22:52 ID:C+G5sDdo
>>213 まあ、藻前の返答はそんなもんだろうなw
つうか、そういう逃げ方だもんな毎回ww
215 :
abc :04/07/06 22:55 ID:5ZLHxmTF
>>213 補遺
というわけで浅学故に口語文訳をコピペしよう。わざわざ解説しなくても判ると思うが。
【コピペ】
教育勅語の口語文訳
私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして
、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の
道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事
な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物とい
わねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信
じます。
国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせ
て助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そ
して自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、
職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために
貢献し、また、法律や,秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場
合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、
これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、
私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっ
そう明らかにすることでもあります。
このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなけ
ればならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道で
あり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、
私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人とな
るように、心から念願するものであります。
〜国民道徳協会訳文による〜
216 :
abc :04/07/06 22:57 ID:5ZLHxmTF
217 :
ID:2+8kakBs :04/07/06 22:57 ID:C+G5sDdo
まさか
>>207 への回答がこれじゃないよなぁ?
解説とabc個人の見解を待つ。
218 :
abc :04/07/06 23:15 ID:5ZLHxmTF
219 :
ID:2+8kakBs :04/07/06 23:26 ID:C+G5sDdo
>>abc また今回も逃亡かw 考える頭の無いおまえがゾンビなんだよw ちいたぁ自覚しろコピペ基地外
220 :
日出づる処の名無し :04/07/06 23:28 ID:WH6M/ng5
軍人勅諭の復活を!
222 :
abc :04/07/06 23:31 ID:5ZLHxmTF
>>219 …
口糞垂れて何が楽しい。教育勅語など浅学の小生が解説せずとも代に多くの解説書がある。
解説して欲しければ金出して買うんだな。他人に集(たか)るのは○○の悪癖だぞ。
223 :
国際貴族主義連合 :04/07/06 23:34 ID:jyaO0nRg
愛とは力の争いに過ぎない。この事から全ての道徳が反駁される。人生は力の争いである。
愛とは力の争いに過ぎない。このことから民主主義が反駁される。
高貴な人間達の為に国際貴族主義連合を旗揚げします
貴族政治の為の自然革命は不可能だ。民衆には歯車として高機能な社会(民主主義なのだが)を提供させ、
貴族は労働せず、寄生して生きよう。
貴族は貴族たちの中での文化を持ち他者から自閉すべきだ。
流転する世界でのディオニュソス的な生き方でも多くは貴族主義である。
貴族よ集え。己たちのみでの自閉した文化で楽しもう
http://www.geocities.jp/hikarurutakashi2000/framepage5.htm
224 :
abc :04/07/06 23:34 ID:5ZLHxmTF
>>221 軍人勅諭の復活を!
小生は「五省」が簡明で好きですな。但し解説はしませんぞ。
漏れへの回答はないのだな。 結局、融通のきかいない教条主義的道徳を連呼するだけの マニュアル人間を作ろうというのが勅語復活派ということでいいのかな?
226 :
abc :04/07/06 23:56 ID:5ZLHxmTF
>>225 勅語復活派
でた。レッテル貼りのマルキストゾンビだ。
227 :
教育勅語マンセーの教師の実像 :04/07/07 00:01 ID:biMrP16Q
366 :素人 :04/07/02 05:37 ID:PAieM8BT
右翼組合って何ですか?
367 :名無しさん@5周年 :04/07/02 06:09 ID:Td2N3zJm
福岡の公立高校で跋扈する「福岡教育連盟」(新高教組)のこと。
福翔の「血の反省文」教師や柏陵の「女子高生暴行」教師などの不祥事を次々と
引き起こしている。出来た頃は ある意味純粋な教員団体だったと思われるが、人事に
おいて優遇されるようになり、メンバーが増え、権力と一体化するようになり、5〜6年前
から不祥事を次々と引き起こすようになった。「反日教組」さえ唱えるとチヤホヤする
教育界の土壌が、
>>364 さんが指摘するような教師を大量に生んでいる。
228 :
abc :04/07/07 00:12 ID:OIVXPtT/
229 :
193=171 :04/07/07 02:18 ID:opK6ol9J
>>226 レッテル貼りは感心しないね。漏れはマルキストでもゾンビでもない。
勅語復活派といったのがレッテル貼りだというのなら撤回するよ。
で、なんといえばよいのかな?
せめて具体的に聞いている
>「皇祖皇宗」は神代の時代からなのか神武からなのか?
>誰により起草され、誰が何を避けるために批判し、何を追記したのか
または
>>171 などに答えとけよ<abc
231 :
abc :04/07/07 05:20 ID:OIVXPtT/
>>230 だから中国朝鮮のように字句の解釈に捕らわれず、その流れる思想を自分なりに感じ取り
つまり
>>218 の引用左記にもある通り
両班は科挙の試験科目である「大学」「中庸」「論語」「孟子」の四書と、「易経」「書経」「詩経」「礼記」「春秋」の五経などを学んだ。
しかし、これは美辞麗句を並べる、虚ろな稽古でしかなかった
と同じように教育勅語を扱うべきではない。「皇祖皇宗」の解釈に捕らわれたり、誰によって寄贈されたかなどの本質から外れたところを
あれこれ追求するのがチャンチョン思考である。以前から述べているがきょういくちょくごは現代にそぐわないことも多々ある。
そこで教育勅語の精神、基本的な思想を現代に合うようアレンジして幼年者の教育に採用してはどうかといっている。
当然10歳程度の(と思う)幼年者を対象にするから「言葉遣い」なども判りやすく弾き直す必要があるでしょう。極論すれば
英訳された教育勅語を和訳したらどうなるかと考えてみるのも面白いと思う。
即ち教育勅語は温故知新の対象であって、それを現代の教育にそのまま使えといっているわけではない。
とabc波長している。だから「皇祖皇宗」なだはそれこそ敬して遠ざけるのみですな。お分かりか教条主義者殿。
なんでこのように当たり前のことが書いてあるものを取り上げると 「右翼」になるのか不思議でならない(;´Д`) あ、「朕」の一言が文頭にあるから、か……?
233 :
abc :04/07/07 05:34 ID:OIVXPtT/
>>231 アイチャ。之は失礼。誤字訂正です。
引用左記→引用先
寄贈→起草
きょういくちょくご→教育勅語
弾き直す→引きなおす
abc波長している→abcは主張している
「皇祖皇宗」なだ→「皇祖皇宗」など
ホットゾヌの調子が悪くレスナンバー150くらいから
表示しません。でオリジナルで書き込みしてますが
書き込み画面が狭く検証しにくくて。と言い訳しても
しょうがないか。
>>231 193=171が言いたいのは、単に序列を決めて従えばよいというような”虚ろな稽古や”、
孝行を一番とするという一発言に”捕らわれたり”、”本質から外れたところをあれこれ
追求するのが””教条主義者”abcお前そのものだと言いたいのだろう。
それが
>>201 の発言の意味や、
>教育勅語の一つ一つの言葉には深い意味と意図があり、それを理解してなきゃ
>そんな尊大な対応は出来ないはずだ。
なのだろう。たぶんだがな。
おっと、193=171=201ではないかもしれないが、abcに対するレス一連と言うことで。
ついでに言うと、コピペの
>>227 は、また話が全く違うと思うよ。
>>228
236 :
193=171 :04/07/07 08:01 ID:0MPzWy4a
>>231 >だから中国朝鮮のように字句の解釈に捕らわれず、
>その流れる思想を自分なりに感じ取り
それじゃ各自勝手に解釈しろと???
(漏れは201ではないが234には賛同)
>>232 漏れは教育勅語そのものには別に反対してないよ。
ただabcみたいに曲解してるくせに自分が正しいといわんばかりに
講釈たれる奴は右翼の恥さらしだから一言釘さしておかざるを得んな。
237 :
193=171 :04/07/07 08:07 ID:0MPzWy4a
>>231 は皇祖皇宗云々を除外したら、教育勅語の本題である國體が
わからなくなるだろ。しかもわかりやすい現代語に訳してしまったら
温故知新もくそもあるかよ。ただの道徳の教科書だろ。そんなもので
道徳が身に付いたら誰も教育で苦労しないよ
238 :
abc :04/07/07 08:35 ID:TWOaMDa/
239 :
abc :04/07/07 08:46 ID:TWOaMDa/
>>236 それじゃ各自勝手に解釈しろと???
そう。当たり。
でもって、様々な分野の老若男女を問わなみんなの意見を持ち寄って新しい「教育勅語」を作り上げ
国家100年の計に寄与しようと言うのが最初からの提言である。そして参考資料として
修身教科書
17条の憲法
五箇条のご誓文
軍人勅諭
五省
をも温故知新という意味からも加えたらどうだろうかということです。時代の移り変わりとともに変化していくものもあれば
1000年の歴史を経てさえ変わらない。というか現在でも通用するものがあるだろう。そういったものを集大成しようということよ。
240 :
日出づる処の名無し :04/07/07 09:26 ID:Ul+Pq3EH
>様々な分野の老若男女を問わなみんなの意見を持ち寄って新しい「教育勅語」を作り上げ 「勅語」の意味を理解していないな。 みんなの意見なら勅語にならない。
241 :
日出づる処の名無し :04/07/07 10:16 ID:6iA36W1+
242 :
日出づる処の名無し :04/07/07 10:28 ID:2/eYTZnS
少年殺人犯検挙人員 昭和11年 153 昭和12年 155 昭和13年 161 平成2年 71 平成12年 105 平成14年 83
243 :
日出づる処の名無し :04/07/07 10:59 ID:YgykX9NG
教育勅語的世界が具現されているのはいまんとこ北朝鮮ぐらいなものか。
244 :
教条主義者ID:2+8kakBs :04/07/07 11:25 ID:9J+oP9PZ
ほう、自分の言葉で答えられるのかw
「コピペ基地外」だけは撤回しとくよ。
>>222 解説書は右左問わずに読んでますが何か?
自分の意見ももてずに人に
>>207 のような問いかけはできんだろ普通
人の問いかけに、尊大な態度をとるのは○鮮人の特徴らしいがねw
しかも、違う方にまでレッテル貼ってるしwww
>>231 本当に根本部分の理解ができてないねぇw
これだけ至極真っ当な「教育勅語」に対し左派があれだけアレルギー
を示すのは、「朕」とか「皇」とかの言葉が入っているからだけじゃないだろ。
元来示した「皇祖皇宗」を戦前に御用学者がへんな見解を付けて
「国家神道」成立の道しるべに教育勅語を利用した事が欠落してる。
「勅語」としての復活を望むなら、皇室の恩名を二次利用させない事を
も考えなきゃなんないだろ。
というよりも・・・・・
abcは「教育勅語」の復活を望んでいるのか?
天皇陛下の御名御璽により下賜された「勅語」というのは理解している
だろうが、読み進めていくうちに疑問に思った。
単に「教育基本法」に「教育勅語」のエッセンス・・・・・・
「父母に孝に 兄弟に友に夫婦相和し朋友相信じ恭儉己れを持し博愛
衆に及ぼし學を修め 業を習ひ以て智能を啓發し徳器を成就し進て
公益を廣の世務を開き 常に國憲を重じ國法に遵ひ一旦緩急あれば
義勇公に奉じ」の部分だけあれば良いと読める。
245 :
教条主義者ID:2+8kakBs :04/07/07 11:26 ID:9J+oP9PZ
今スレを見直したが、
>>8 >>20-21 では家永三郎教授の教育勅語肯定意見
>>34 では時代的矛盾への定義
>>86 では教育勅語の出来る歴史変遷、
>>182-183 左派の論点(欠落部分は多いが・・)
>>192 では教育勅語の原型ともいえる元田永孚『幼学提要(巻之一)』
(忠孝第二までしかないが、第三編の和順、第四編の友愛も教育勅語
に直結する部分)
これだけ潤沢に系統立てた議論がなされてきているのに全てすっとばし
漏れを教条主義者でマルキストゾンビと評してくれたが
abc、君は凄いよ。主体思想の継続者としての正当性を見事にあらわしているw
ついででカミングアウトしとくと、漏れは「皇国史観主義者」なんだよ。
246 :
教条主義者ID:2+8kakBs :04/07/07 11:46 ID:9J+oP9PZ
247 :
教条主義者ID:2+8kakBs :04/07/07 12:25 ID:9J+oP9PZ
おっと、こぼしてたw
>>58 が教育勅語を孟子の五倫のコピーと称してるけどせめて系列じゃないかなぁ「五倫」のなかの
「人倫」においては「父子、親有り。君臣、義あり。夫婦、別あり。長幼、序あり。朋友、信あり。」
「教育勅語」では「父母に孝に、兄弟に友に、夫婦相和し、朋友相信じ」となってるわけで
孟子の人倫から見て大きく異なるのは「夫婦には区別があり、夫が上位である。」「長幼に
は序列があり、兄が上位である。」となる訳で、教育勅語の原型(?)ともいえる『幼学提要』
の第三編の和順で「夫は其の外を治め、婦は其の内を納める者なり」と説明して「夫婦和順
なれば一家斉整う」としている。これは完全に日本ライズされた考え方に置き換えていると
いえる。面倒臭いんでその他の部分は割愛しますが、他部分も同じように直接思想を入れ込む
のではなく、日本に合うように変形させて居ます。
当然
>>231 で四書5経を>美辞麗句を並べる、虚ろな稽古でしかなかった と評したabcは
四書の聖典大學は拒否してるのだと思うけど、聖典大學の中の経一章において「明徳」が
何により成立するか理解して、拒否してるんだろうと思うw
まあ、
>>86 で後期水戸学の話もちゃんと出てるから、自己思想に凝り固まっていなけりゃ
>>207 の質問に対して教条主義者なんて間違えてもいえないと思うんだけどねぇww
さて、仕事に戻ろう♪
248 :
abc :04/07/07 14:20 ID:TWOaMDa/
>>240 「教育勅語」
そんなことは判っているわい。本当に一字一句に拘る奴やのう。
困難が居たんじゃ議会も踊るはずじゃ。
>>240 勅とか、皇とかの意味がいまいちわかってないな。
国の単位で公式に認められたという意味だろ。
最終的に実印が押されましたってことだ。
250 :
後期水戸学の話もちゃんと出てる :04/07/07 23:03 ID:UTsNsqzg
教育勅語(原文)
http://zenkyoto68.tripod.com/kyoikucyokugo01.htm おれ、近頃つくづく思うんだけどよ、おれの先祖ってすげー偉いんだぞ。
おれ様一家はおまいら奴隷国民共をいつまでもいつまでも支配できるようなチョーシステムを構築したんだ。
そんでもって、おれの先祖さまはおまいら奴隷国民共を生かさぬように殺さぬように特に甘やかさないように上手くうまく支配してカモってきたわけだわな。
犬も魂消(たまげ)るようなおまいら奴隷国民の忠誠心はおれにとってメッチャ都合がいいんだよね。
だからこれからもおれ様一家のために朝早くから布団と職場の間を往復してだな一生汗水垂らして働くんだぞ。
おまいらは放し飼いにしておくとロクなことをしないから、ま、オヤジとオフクロの言うことは何を言われても良く聞いて、
つまらん夫婦ゲンカなんてするんじゃねぇぞ。
取り敢えずフェミと社民党のオナゴは死ね。
おれ様を尊敬し敬うことを片時も忘れずに朝から晩まで有り難く拝め、拝め。
abcは何にもわかってないと思う。字句を並べることが学問ではないよ。 245=246の逝ってることがまったく正解。ちなみに漏れも皇国史観。
252 :
abc :04/07/08 05:54 ID:xIg0ijFj
人間が集団生活をし始めてから相当長い年月が経ったが最初は行動規範は存在せず 本能の赴くまま各自好き勝手なことをしていたのだろう。その様な社会では当然力が優先し 隣人は元より親子兄弟の間でも争いごとが耐えなかったことだろう。そういった状態から 自然発生的に他人に迷惑を掛けるような行動は慎みましょうというような行動規範が出てきた と考えます。そしてその様な行動規範は長い年月の内に生活様式に合わず廃棄されたり 逆に生活様式の変化で新たな問題が発生し、行動規範が創設されたりしたことでしょう。 この様な行動規範は小さな集団では古老が若い人たちに口伝すると言うことで充分効果を あげたでしょうが集団が大きくなると単に口伝では浸透しなくなりそこに何らかの権威付け を行い。偉い人がこういう事を言ってるよ。之は守らなければならない事よ。などと有る一種の 押し付け的教訓へと進化してきたのです。集団が大きくなると利害関係の調整が重要な案件 になります。そこで行動規範も段々抽象的にならざるを得ず。幼少の者には理解しづらくなっ てきます。で単に偉い人がいったでは収まりがつかなくなり宗教・思想の出番となるわけです。 つまり行動規範の権威付けを宗教や思想で行うのです。欧米人はキリスト教でアラビア人は 回教で中国人は共産主義でそして日本人は…。 行動規範が宗教・思想に権威付けされ手居るとすればこの行動規範と宗教・思想と切り離して 純粋に行動規範のみの閉じた教訓という者が出来るのではないでしょうか。一部には問題点の 多い行動規範は必要なし。自由放任主義でいいのではないかという論議もありますが、そこが 今日の幼児の殺人事件などに繋がるし援交などの非道徳的行動を起こして何が悪い。私の勝 手でしょうなどという非社会的少年少女を生み出すのです。実行した方がいいこと実行してはい けないことを現行の社会情勢に合わせて行動規範を整理することは重要なことだと思います。 法律が有るではないかという人もいるでしょうが少年少女に対して大上段的に法律を振りかざ すのは好ましいこととは思えません。 …続く…
253 :
abc :04/07/08 05:54 ID:xIg0ijFj
>>252 …続き…
日本には法律ほど仰々しくないが行動規範としては優れている行動規範集が多々有ります。
先に述べた
>>8-10 などがそうです。もっと他にあるかも知れません。これらの行動規範集は
長い年月に晒されても生き残ってきたのですから吟味すれば十分今日でも通用する者を含
んでいる者と思われます。「ツアラトゥストラはかく語りき」「子曰く」というような権威付け的用語
あるいは枕詞。この様な者は行動規範とは関係ない者として排除し純粋な規範のみを抽出し
一般性・普遍性・公平性を吟味し更に少年少女に判りやすく簡易な語りかけ口調で簡潔に
纏めた。所謂新しい教育勅語を国民全体で創り上げていきたいねといっているわけ。
最初からその様な話をしているが「皇祖」がどうたら「勅語」がどうたら「行動規範で相矛盾
するのはどうする」がどうたらと私にとっては埒のあかない方向に話が展開しています。
皆は一体日本の少年少女に対する行動規範の教育をどうしたいのかが全然見えない。
「教育勅語」の文言を詳細に論議しても役になることは余り無いと思うが。それよりも
教育勅語は元より古今東西あらゆる文献から今日の少年少女に必要な行動規範を
創り上げること我肝要かと思われます。そういった意味で
>>8-10 では述べなかったが
執心教科書(古)心のノート(今)論語(東)聖書(西)なども行動規範を考える上での
資料たり得ると思います。
254 :
abc :04/07/08 05:56 ID:xIg0ijFj
>>253 やだ。
執心教科書(古) ×
修身教科書(古) ○
>>abc殿
明確にご自分の意図を出されておりますので、呼び捨てはやめましょう。
しかしながら、根本的に理解されていないが故に再度申し上げます。
あなたが、私を教条主義者と断定した
>>207 の問いかけを再度コピペしましょう。
>誰により起草され、誰が何を避けるために批判し、何を追記したのか
>教育勅語の一つ一つの言葉には深い意味と意図があり・・・・
と記載しましたが、教育勅語成立の過程ですでに西東古今を問わず
あらゆる文献の指針をチョイスし儒教をベースにし成立しているのです。
貴殿も社会人であろうと拝しますが、仕事で作る書類でも「表記」には
「意図」があるはずです。「意図」のない文章は通用しないはず。
教育勅語とは一語一語に深大な「意図」があり、それを纏めた文章となります。
貴殿はその「意図」を全て無視し、「表層的」な「言葉」の「意味」しか捉えて
いない事に対し苦言を呈しているのです。
教育勅語の復活は非常に望ましい事で諸手を挙げて声援を送りたい事ですが
仮にナアナアで「表層的」な「言葉」の「意味」で作れば、それは反目する輩から
復活の否定を強固づける資料を提供する事になります。
貴殿がこのまま逃げれば、追い討ちとして使おうと思っていた文章を下記に記しますが
これは「孝」という言葉を例として使っています。
実際、漏れがabcをオカシイと感じたのは
>>169 が元凶だったわけだが・・・
abcは「孝」を単純に「親孝行」と単純限定しちまってるが。
確かに教育勅語においては「父母に孝に」となっているから短絡的に見れば「親孝行」だけでも成立するが
これはabcが嫌いだと察する儒教において「祖先祭祀」「子の親への愛」「子孫一族の繁栄」この3つが
「孝」を構成する要因で、一言に「親孝行」と限定できるものではない。ちなみに「爾祖先の遺風を顕彰
するに足らん 」と「孝」を構成する要因の「祖先祭祀(崇拝)」も明記されてる。
さらに「孝」においては本来裏切りの概念が成立しない。
(親は絶対であり、従うものであり、それが「孝」である←左派はココだけ抜き出して論じるが
子供に対する親の慈愛はあえて無視するw また、親の資格のない親は、祖先に対する「孝」や
始祖運繁栄への「孝」が欠落している人間であり「孝」は現世だけの親子に関係するものではない。)
閑話休題、それ(裏切りの概念が成立しない)を上手に利用すると奇しくもabcが
>>179 で「行政側か
らすれば忠節を第一にしたいところでしょうが・・・・」の「忠節」を「孝」と並立させ第一とし成立する
概念が出来上がる。
本来一致しない「忠」「孝」という概念を、後期水戸学ではこれを一致させてしまった。
即ち『天皇陛下の恩は親が子に懸ける恩と同じである、子が「孝」を持って答える如く、我ら臣民は
天皇陛下の赤子として、「孝」で報いる』ようは『忠孝一致』という話までいっちゃうわけだぁw
さてもさても「孝」一つとってもこれだけの話が出来るし教育勅語全体にも、根底に儒教を日本風に
応用した「孝」も貫かれてるし、
>>196 で193=171氏の質問に対する回答のさわりぐらいにはなる。
まあ、支那かぶれ!と罵倒される可能性もないではないがw
もう一方、皇国史観主義者(=236=237=193=171氏)の方がおられますが、この方 が疑問を呈されているのも同じ事だと思います。ただし当方の意見とはまた異なる見解 をされている可能性はあります。 彼方には埒が明かないかも知れませんが、教育勅語の「勅語」とは非常に重い意味を 持ちます。天皇陛下の御名御璽により公布される勅語は、現憲法では禁じられています。 復活を望むというのは、この事まで考慮しなければならないという事は理解してください。 そこまで考えていないというのであれば、「新たな道徳基本法を作ろう」とか「教育勅語の エッセンスを再利用する」などと最初に表記すべきだったと感じます。 もっとも、言葉の「意図」に対しては同じ反応になったとはおもいますがね。
258 :
abc :04/07/08 13:16 ID:7NGLZHu3
実を言うと曾祖父は若くして校長になり、若くして村長に推され、そして当然のごとく地域の翼賛会会長となり 戦後は公職追放の憂き目にあっている。祖父母は何れも教員で古事記や教育勅語それに歴代天皇の故事は 子守歌代わりに帰化された。一昨年二人とも相次いで身罷ったが、昨今の教育については思うところがあった 様だが目して語らなかったな。というわけで教育勅語や古事記については幼年時代の思い出として懐かしく考 えるが古事記にはわくわくし、教育勅語には身の引き締まる思いがした。というかする。その後軍人勅諭や 五省などを知るに及び自分自身では身の引き締まる思いがし、昨今の日教組かぶれした中身のない教師や 車で登校し出勤簿に押印したら自分の車に戻り下校時間まで車中昼寝をむさぼる教師が居て誰も何も言わない というのを叔母から聞いて何と馬鹿なと思ったね。何故やめさせないのだと聞いたら組合が五月蠅いからだという。 日本の教育はというか教師はかくも腐り果ててしまっているのです。因みに我が家は曾祖父まで入れて教員 元教員は直系で5人、傍系は叔父叔母レベルで2名、大叔父大叔母レベルで6名も居るぞ。正月集まると 教育勅語が空でいえるかどうか大叔母レベルで競い合っているな。コチトラにはお経の様にも聞こえるが何回鋳物 がある。 まあはっきり言って私の「教育勅語」に対する思いでは祖母の子守歌代わりの郷愁でしかないが昨今の少年少女の 犯罪については可哀想という反面防止策をどうして真剣に考えないのだろうかと疑問に感ずるのです。つまり素人だ と言うことです。そう深いものがあるわけではないということです。真剣に討議されている方々には口糞もどきの悪口雑言 失礼致しました。悪気はございません。笑納のほどお願い致します。
>>258 >失礼致しました。悪気はございません。笑納のほどお願い致します。
生憎、口糞もどきの悪口雑言を 悪気がなくても、「笑納」出来る程当方も人格者ではありません。
「お前は教条主義者で○○の悪癖を持ったゾンビだ、俺様がそういう言葉を贈ってやったんだから
笑って受け取れ」という意味で解釈しますが宜しいですか?
笑納を「笑って許して欲しい」という意図で間違えて使ったのであれば、こちらも扇動的に書きすぎた
非礼を詫び、貴殿の面子を潰さない考慮は出来ますが、意味を分りながら故意に「笑納」を誤用
したのであれば、謹んでお断りし、今後このスレに関わらずabcという表記を見つけましたら、徹底的に
糾弾を行っていきます。
だいたい貴殿は罵倒時以外はアンカーすら付けないので誰に対してレスしているのか掴みかねます。
ココまで流れ上、当方と複数の方だと察しレスをしているのですが、貴殿のやっている事は実社会に
おいて相手の目を見ずに自分の事だけ話しているのと変わらないのです。
非常に無礼な事、言葉使いをしている貴殿が日本人の道徳を心配する事自体片腹痛いw
abc殿、襟を正しなさい。
最後に、貴殿から「笑納」が誤用であり、謝罪があること(賠償は不要ですw)を期待し一言・・
貴殿はご自分を素人と称されましたが、私も素人に過ぎません。
たまたま皇国史観を学ぶ機会が有り、その体系を一般の方より多少理解出来ているだけです。
このスレの主題である「教育勅語」を更に深くご理解いただき、大いに議論していただければ・・・
多くの方に考えていただければ、当方にとって嬉しい事であり、日本再生のためにも望ましい事だと
理解しております。この後も大いに議論を深めてください。
今回、当方の主張はほぼ一冊の本からの抜粋であり、貴殿が真摯な方である事を期待して
この本をご紹介しておきます。
タイトル:〈教養〉は死んだか 日本人の古典・道徳・宗教(181)
出版社:PHP新書
著者:加地伸行
260 :
abc :04/07/08 19:22 ID:xIg0ijFj
>>259 >
>>258 > >失礼致しました。悪気はございません。笑納のほどお願い致します。
こちとら「失礼しました」がお詫びでこのお詫びを馬鹿な奴がついに侘びを入れたか
ならぬ堪忍ではあるがここは笑って引き下がろうか。という展開になるかと思ったので
すが怒り心頭に発し、「失礼しました」程度ではとても許せぬと来ましたか。
我らは「失礼しました」といえば相当なお詫びになると思いますが違ったでしょうか
>>260 「失礼しました。」で終わってればそれで済んだんですが
「笑納」は出来ません。
おかしいですか?
あなたはのいう「笑納」は笑って引き下がるという意味ですか?
こちらもこれ以上不毛な書き込みはしたくなく、譲歩を込めて書いてましたが
なんなら「最悪版」で徹底的にやりますか?
腹立つなぁ 失礼「笑納」の意味を取り違えてました。 この一言で済む事を言に事欠いて「馬鹿」扱いかぁw こっちもいつまでも「教条主義者」なんぞのレッテルを固定で使いたかぁねぇよ。 見境なくレッテル貼りまくって、コッチが長々と説明して、やっと相互理解で幕引き かと思ってたら、最後まで日本語を間違えて使って、それを指摘されたら 馬鹿扱いの逆切れかぁ? いいかい、こっちがわざわざ手の内を明かしてまで譲歩してるんだよ。 体外にしろよ。失礼しました。で終わらせたかったけど、こっちも頭にきた。 まず、手前が貼ったレッテルをすべて撤回しろ。 それと最後の馬鹿も撤回してもらおうか。 それとも、俺のレスの頭だけ読んで脊髄反射の書き込みかぁ? 頭冷やして読み直せ!
>>260 すまん
「馬鹿」扱いはされてなかった
これは、俺が脊髄反射だったので
>>262 での「馬鹿」扱いに
関する表記は取り消します。
下らない言い争いしても、
>>250 みたいな主体制信奉者のヴァカを
喜ばせるだけのこと。
>>156-157 ヘの反論はまだか?
道徳感を身に付けるにはコミュニケーションを通じる以外に無いぞ。
abcの子守りをするスレになってしまいますたw
268 :
abc :04/07/09 06:44 ID:ZqbP2cBJ
>>266 >
>>156-157 ヘの反論はまだか?
反論と言うほどではないし誰に主張しているのか判らないが少々思うところを述べ指して頂く。
学習、教育などと人間が社会生活を営む上での行動規範を習得するための方法は段階がある
と考える。無垢の赤子が習得するのはまず「真似」でしょうな。この段階は又「習うより慣れろ」とも
言い古されているようです。経験が増えて多くの行動規範を雑多に習得すると之を大系付けて
整理しようと言うことになるでしょう。ここで親の行動に習うというより体験していない行動規範をも
言うならば教条主義的に学ぶということになるのでしょう。それは盗み、恐喝、殺人、などの不道
徳的行動です。こういった不道徳行動は「慣れる」「習う」で取得しても本人のためには消してなり
ませんから、教える人がいてそれこそ教条主義的に教え込む以外に習得させる方法はないので
はないかと考えます。「援交」を経験させて将来に禍根を残させるわけにはいかないですからね。
学校における行動規範の教育は社会生活を営む上での共通的な土俵を整備することにあると思
います。民族に因らない広範な行動規範、「十戒」なんぞはほぼこの領域の概念でしょうな。
近年の情報の氾濫は少年少女にとって体験し・吟味し・習得していくという旧来の教育概念を
危うい者にしています。「刃物で人を刺す」「人を抱き上げビルの屋上より落とす」「援交して小遣
いを稼ぐ」こういった反社会的行動は教え諭すことにより習得させるより良い方法はないと思うが。
ある人から言われましたが例えば少年院なんぞで体験談を聞くのはどうかと。一寸非現実的だと
思ったし、それって実現したとしても教師が教えることと何処が違うのかといってやった。
◆続く◆
269 :
abc :04/07/09 06:46 ID:ZqbP2cBJ
>>268 ◆続き◆
少年少女への行動規範の習得はここまでなんでしょうな。即ちレベルを合わせると言うことです。
「守破離」というのがあります。しゅはりと読みます。物事を学び始めてから,独り立ちしていくまでの
三つの段階。最初は教えを守り,次に自分なりの発展を試み,最後には型を離れて独自の世界を
創り出していく。即ち。執念少女への行動規範の教育とは「守」ではないかと思うのです。「守」が
なければ「破」がないし、「離」もないと思うのです。
学生の頃ルソーの「エミール」を学習した。というより乱読したという方がいいだろうか。教授は礼賛
していたが、こんな糞忙しい世の中で無人島じゃ有るまいし仕事を放り出して子供にかまい付けるの
はどうだろうか。と思ったね。
というわけで乱暴に区分すれば
〜8歳 :習うより慣れろ:慣れの時代
〜13歳 :教え諭す :習う時代
〜19歳 :自我の衝突 :調整の時代
20歳〜 :同一の価値観による衝突の防止:協調の時代
ではないでしょうか。で色々な段階がある中で例えば小学生の行動の規範の教育はどうあるべきか
ということでしょうから私は教育勅語的な者で言うなれば教条主義的に教え込むべきだと主張するの
です。
270 :
abc :04/07/09 06:50 ID:ZqbP2cBJ
271 :
abc :04/07/09 06:56 ID:ZqbP2cBJ
>>267 > abcの子守りをするスレになってしまいますたw
と思っている内が花よ。教育勅語なんぞは子守歌代わりに
聞いてきたので心に染みて居るぞ。今更子守して貰わなくて
も結構。何たって曾祖父は地域の翼賛会快調だったからね。
273 :
abc :04/07/09 12:46 ID:lVUwbAwj
スレとは関係ないがここへきてやっと 「ホットゾヌ2β(age14)がまともになってきた様だ。
>>271 あいかわらずワケワカメなレスだなぁ
272は同意してるんだから意味がわかってるんだろうなぁ・・・
>と思っている内が花よ。教育勅語なんぞは子守歌代わりに
聞いてきたので心に染みて居るぞ。
そこまで嘯くのであれば、期待して見てるぞ。
>何たって曾祖父は地域の翼賛会快調だったからね。
曾祖父は地域翼賛会快調(会長?)や大叔父、大叔母から
レクチャーを子守唄代わりに受けたという意味でいいんかぁ?
まあ、どっちにしろ期待を裏切るなよ。
哀れな奴…。曾祖父があの世で泣いてるぞ
276 :
日出づる処の名無し :04/07/09 21:28 ID:6Zy046Op
>>268 確かに恥と言う日常的な感受性は教えられたから知るのでは無く
規範を破った時に身内から疎外された恐怖心が内在化して身につく。
又、規範も教えられなければ知る事は出来ないと言う訳では無い。
もしそうなら人類発祥以前に規範があった事になる。
個人にとって経験的、心情的正しいと学び取った規範か
疎外されたく無い人間の求める規範が守るべき物として動機付けられる。
この規範が「道徳」である。
しかし
我々が人を殺さないのは、「仲間を殺すな」というルールののせいじゃない。
仲間を殺せないように育つからです。
他者から肯定され、承認されて尊厳を獲得してきたひとは、
自分が自分であることにとって他者や社会は必要不可欠だから通常の精神状態じゃ殺せない。
援助交際も同じで他者から肯定され、承認されて尊厳を獲得してきたひとは、
自分が自分であることにとって貞操は必要不可欠だから通常の精神状態じゃ乱交出来ない。
だが、他者から肯定されなかたり承認されなかったりして虐待を受けたり
極限状態のため日常的感受性から離脱してしまう状態=尊厳を犯されると人間は道徳心を失う。
そこで倫理が必要となる。
倫理とは心情的、経験的にそれが正しいと認識するには困難だが
科学的、叉は一神教的神の視線から普遍的に正しいとされた規範が「倫理」。
これは教えてもらうか統計学的調査等をしないと解らない。
身に付ける物では無く理解するか信じる物である。
科学的には個人が道徳心を身に付ける為に他人の尊厳を犯さない限り
自由な試行錯誤を保証する為の規範が倫理とされる。
教育勅語の出番は無い訳だ
277 :
日出づる処の名無し :04/07/09 21:49 ID:6Zy046Op
>>269 しかし
>>156 ヘの反論は無いんだな。
「守破離」で言えばトイレなど日常の躾、挨拶などコミュニケーションの方法
身の回りの物の扱い方等、基礎的で日常的な作法や技術が「守」。
既に世界的に進んでいる少人数制と協同学習による子供同士のコミュニケーションが
自ら学び心豊かでたくましく生きる子供を育成する「破」。
「豊かな学び方をつくる子どもの育成」
ttp://www.ink.or.jp/~hanashou/kenkyu.htm バイトやクラブ、コミケ、スポーツクラブ、大学での研究、
祭り、就職、恋愛、生涯学習等、主体的な行動と相互扶助が「離」
278 :
日出づる処の名無し :04/07/09 22:00 ID:6Zy046Op
ピーター・フランクル著 「よいニッポン だめなニッポン」 扶桑社 1998年刊 より 「エネルギーレベル」の活用 ・・・・エネルギーレベルは生まれつきのもので、その差は小さな子どもでも顕著だ。 エネルギーレベルの高い幼稚園児は好奇心が旺盛で、あれこれ新しいことを勉強する のが意外に好きである。エネルギーレベルの低い子の場合、その親はいくら努力して、 素晴らしい学習環境を整えても、ほとんど無駄である。 たとえ音楽が随一の才能に恵まれていても日々練習しないかぎり演奏家になれない ように、エネルギーレベルの低い子どもは何をやっても結局伸びないのだ。この問題に 苦しんでいる欧米の知り合いが何人もいる。 この点では日本の状況の方がずっとましである。子供だけではなく、年配の方々まで エネルギーがみなぎっている。全国で講演会を行っているとき、話を熱中して聞いている、 六、七十歳の人たちが多い。 日本の問題はその間、つまり六才と六十歳の間の年齢層である。その時まで楽しく 学習してきた子供は小学生になると突然、勉強がつまらなくなる。原因はもちろん、 日本の集団生活を重んじる学校制度にある。ランドセルや通学路をはじめ、全てが きめ細かく決められ、しかも学校で過ごす時間も欧米より長い。 子供の個性と一緒に、その興味や好奇心も打ち殺されていく。明治時代の遺産である この軍隊主義教育の結果、高校卒業の時には既に、型にはまった人間ができあがって いる。このような、命令にめったに逆らわない人材は確かに、企業にとっては扱いやすい。 本人にとっても自分の側に責任を感じる必要がほとんどないから楽かもしれない。 しかし外から見て、そんな人生は面白くない。二十一世紀に向けて教育制度を自由に して、日本人の高いエネルギーレベルを元に勉強が楽しくて仕方がない新時代を育てて 欲しい。・・・・
> 本人にとっても自分の側に責任を感じる必要がほとんどないから楽かもしれない。 自由な試行錯誤を保証された「だけ」の無責任放任主義な環境が生み出した、 徹底的に自分の責任を回避するように誘導されて育った子供のなれのはて。
何の理念も示さず、義侠心の発達も促さず、子供の快感原則を原始的で低俗なままに留め置き、 思うまま、ほしいまま、恣意的に刺激をあたえて子供を誘導していく教育は、子供をアメとムチで動く 単なる野獣として成人するまで調教しつづけるだけの単なる実験にすぎない。 子供を文化発祥以前の動物の段階まで引き戻すだけの単なる実験。
281 :
abc :04/07/09 22:46 ID:ZqbP2cBJ
>>277 >>156 には禿胴のレスを建てたが今見ると書き込めてませんね。
唯その様な教育を実行するに当たっては教師の質が重要になっ
てくるのも確かです。付属小学校のような所で実験するのは効果
が現れやすいと思うが意パンの小学校では一寸無理だと思うね。
昨今の教師の行動を見るに付け実現は非常に困難だと思う。
例えば「心のノート」は教条的な者は何もないです。みんなで考
えようという方針を貫いていますが少なくない教師が「心のノート」
で授業するのを拒否しており付和雷同組の教師も引き面れて
反対している。
ということを考えると少年少女にどういう教育を施すかと言うことに
先立って教師の最高位句が必要なのかも知れません。
282 :
日出づる処の名無し :04/07/09 22:47 ID:6Zy046Op
>>279 >日本の集団生活を重んじる学校制度にある。ランドセルや通学路をはじめ、全てが
>きめ細かく決められ、しかも学校で過ごす時間も欧米より長い。
>子供の個性と一緒に、その興味や好奇心も打ち殺されていく。明治時代の遺産である
>この軍隊主義教育の結果、高校卒業の時には既に、型にはまった人間ができあがっている。
何処に自由な試行錯誤があるんだ?
普通、自由に行動すれば自然と責任をとわれる場面が発生するぞ。
283 :
abc :04/07/09 22:57 ID:ZqbP2cBJ
>>274 >>272 は同意してるんだから意味がわかってるんだろうなぁ・・・
意味が全然分かりません。
>>274 期待して見てるぞ。
といわれても心の内は見せられないからね。
>>274 大叔父、大叔母からレクチャーを子守唄代わりに受けたという意味でいいんかぁ?
残念ね。子守歌は祖母からだよ。
で結局
>>274 は何が言いたいのだろう。
284 :
日出づる処の名無し :04/07/09 23:47 ID:WayNaJaj
>>282 > 何処に自由な試行錯誤があるんだ?
似たようなランドセルかついでると自由がないのか?
君のいう自由とはなんだ?
「欧米とおなじくらいの時間」学校で過ごす事か。
> 普通、自由に行動すれば自然と責任をとわれる場面が発生するぞ。
あたりまえだ。
そして、成長の度合いによって定められた範囲で自由に振舞うこと、
その範囲における自分の行動を「正義」に照らし合わせて定めること。
そしてその行動に対して責任をもつこと。
そういうことを教えずにただ放任してると、自分の責任を徹底的に回避しつつ
己の欲望だけは満足させようとする人間ばかりになるぞ。
まさか、自由な試行錯誤の中で「正義」を見つけろとか馬鹿なこというつもりじゃあるまい。
286 :
日出づる処の名無し :04/07/10 00:43 ID:yrkPjoMr
>>285 > 君のいう自由とはなんだ?
何をしても良いと言う「選択的自由」だ。
自ら考え次に何をするか考える自由。
> そういうことを教えずにただ放任してると、自分の責任を徹底的に回避しつつ
> 己の欲望だけは満足させようとする人間ばかりになるぞ。
それはありえ無い。
己の欲望を満足させるには他人の協力が必要不可欠となる。
鬼ごっこするのにルール以外のルールを破った時の責任までは教えまい。
> まさか、自由な試行錯誤の中で「正義」を見つけろとか馬鹿なこというつもりじゃあるまい。
他人の尊厳を犯さない限り自由という正義=ルールは教えなきゃいけない。
>>154-155 を読んでね。
>>286 > > 君のいう自由とはなんだ?
> 何をしても良いと言う「選択的自由」だ。
それをわたしは、
自由な試行錯誤を保証された「だけ」の無責任放任主義な環境
といっている。
> 己の欲望を満足させるには他人の協力が必要不可欠となる。
> 鬼ごっこするのにルール以外のルールを破った時の責任までは教えまい。
自分が責任を負わずに他人に協力させることができればOKなわけだ。
大体、他人の尊厳を侵さないというルール、のみ、を強制できるわけないだろうが
頭おかしいんじゃネーの?
288 :
日出づる処の名無し :04/07/10 00:57 ID:yrkPjoMr
>自由な試行錯誤を保証された「だけ」の無責任放任主義な環境
だから
>>155 を読んだのか?
自由な試行錯誤を保証され「ない」の歪んだ責任追求主義な環境が問題。
>自分が責任を負わずに他人に協力させることができればOKなわけだ。
そんな事自由な空間で出来る訳ないだろ。
友達無くすぞ。
日本の教育の問題点は教師が全体主義的な指導方法で規則を一方的に押しつけるという点だが
それ以上に深刻なのは、生徒同士で目立った人間を潰すという傾向にあることだ。
実際子供は行動する際、先生の目よりもクラスの友達の目を過度に気にする。
同世代の人間が一日中同じ教室で生活するという点が 大きな問題で
自由な試行錯誤が出来ない。。
>>288 > だから
>>155 を読んだのか?
そのコピペに説得力があると思ってんの?
> 自由な試行錯誤を保証され「ない」の歪んだ責任追求主義な環境が問題。
慎重に誘導されながらの、責任ある自由の行使の訓練が必要なんだろ。
自由は水泳のように溺れ死ぬ危険性を秘めてんだよ。
> そんな事自由な空間で出来る訳ないだろ。
出来ないでいて欲しいと願っているだけだろ。
> 日本の教育の問題点は教師が全体主義的な指導方法で規則を一方的に押しつけるという点だが
教師が倫理をないがしろにして恣意的に強制力を用いているという点だよ。
> それ以上に深刻なのは、生徒同士で目立った人間を潰すという傾向にあることだ。
自由な試行錯誤を保証された「だけ」の無責任放任主義な環境だからだよ。
290 :
abc :04/07/10 04:28 ID:J5b3NLn8
>>284 > >abc
>
>>276-278 はムシかな?
無視はしていないが自由な教育は今日の多様な要求、価値観の変化に
指導監督する教師が対応しきれない部分がある。ディベート一つとっても
きちんと対応がとれる教師は非常に少ない。荒れる教室に判りやすい授業を
導入して解決したと言ってもその対応が万人の子供に有効かどうかケース
バイケースだろう。又日本の近代化は少年少女のリテラシーを一定の水準に
高めながら一定の方向に導いていったことにより品質の高い工業製品を
創り出すことの出来る労働者を大量に送り出したことに因らないか。
自由という理念は非常に素晴らしい者がある。しかし自由には相手にも自由
を要求する権利があるといったことを理解してこその自由である。そしてまた
自由にはその権利を要求する以上に義務が付いて回ります。こういったこ
とを各自が一定の早さで同じように理解させるのは体験的学習では困難だと
考えます。又自由に体験させられないような者もあるわけでこういったものは
戒律という形で教師が言葉で少年少女に教え諭していく必要があります。
「盗むな」「いじめるな」「暴力を振るうな」「不純異性交遊をするな」「買収するな」
「殺人するな」こういったものは自由に体得させられる者ではありません。
そこで「教育勅語」のようなも出番が有るわけです。
…続く…
291 :
abc :04/07/10 04:28 ID:J5b3NLn8
>>290 …続き…
「リテラシ」15歳の少年少女が社会生活を円滑に行っていくための習得しなけ
ればならない「読み」「書き」「計算」「宗教」ということらしいです。日本では所謂
「読み書き算盤」といったところでしょうな。日露戦争が終わったとき日本の教育
制度をべた褒めした外人が「宗教」の教育がないのを訝しがったが「軍人勅諭」
「教育勅語」の短いがよく纏まった「教本」に之が「宗教」に代わる者かと納得した
そうである。
前にも述べたが「自由な教育」はコストがかかりすぎる。多くの少年少女は
「自由でない教育」を受けるに耐えられる感性を持っています。ではその様な
感性を有していない者はどうするか。「フリースクール」「養護学校」の活用が
期待されます。反社会的あるいは社会的に一定の水準に達していないもの
彼らは少数とはいえ存在するのも事実です。彼らこそは言葉でのリテラシー
習得は出来ないのでマンツ−マン的体験教育が必要なんでしょう。
しかし多くの少年少女にとってはその様な自由教育は逆に間怠っこいと感じる
に違い有りません。
292 :
abc :04/07/10 04:30 ID:J5b3NLn8
>>291 補遺
【以下コピペ】
http://www.angel.ne.jp/~arrow/insist/ikenjizai/1125.htm 【高山正之の異見自在】発泡酒増税の理由 政治生命は自腹で賭けよう
[2000年11月25日 東京夕刊]
--------------------------------------------------------------------------------
ノーベル経済学賞を受賞したアマーティア・センが大江健三郎の非常識を噛んで含めるように
さとした一文をこの前、紹介した。
「日本はまだ経済の足腰もしっかりしていないころから教育に力を入れ、諸外国の文献をせっ
せと翻訳し、二十世紀の入り口での出版物の量は米国の二倍にも達していた」と。
欧米の収奪にあえぐアジアの国々にもこの情報は伝わり、中国の変法派、張之洞は「勧学篇」
を著して「アジアで唯一、近代化を成し遂げた日本には中国では得られない世界の文献がそろっ
ている。日本に行き、日本語を学んで、そうした文献すべてを習得するときだ」と呼びかけた。
そして孫文や魯迅、周作人兄弟など約一万人もが明治三十年代の日本にきて勉強した。
朝鮮からはもっと早い時期に数十人が慶応義塾に入ったが、ドロボウ騒動を起こしたりして、
福沢諭吉が怒った記録もある。
以下省略
293 :
日出づる処の名無し :04/07/10 12:05 ID:73jbCz2z
>>290 >abc
内容読んでないだろ。
>価値観の変化に指導監督する教師が対応しきれない部分がある。
教育勅語こそ対応出来ないだろ。
呪文を唱えればOKなんてどうかしている。
>>156 のリンク先は教師の限界を子供同士が本来持っている相互性でフォローすると言うもの。
相互性が無い奴は精神障害の疑いがある。
これくらい読んでおけ
ttp://www.ink.or.jp/~hanashou/framepage1.htm >又日本の近代化は少年少女のリテラシーを一定の水準に
>高めながら一定の方向に導いていったことにより品質の高い工業製品を
>創り出すことの出来る労働者を大量に送り出したことに因らないか。
近代過渡期まではそうだが成熟期の現代では問題外。
だいたい日本が生産設備をフル稼働させると、世界が必要とする工業製品の七割を 作ってしまが
コストを考えれば生産されたもの全てが市場で勝ち抜ける訳が無い。
石原慎太郎がこんな事を言っている
現在の日本の危機を克服するには、ステレオタイプや横並び主義が跋扈する、
官僚機構に代表される既存の大組織の自己改革を待っているわけにはいかないと思う。
元来、企業家、創業者という人たちは、良い意味でも、悪い意味でも、他人とは異なろうとする、
独創的であろうとする、そして伝統的な枠からはみ出そうとする、そういう種類の人間でしょう。
松下幸之助だって、本田宗一郎だって、井深大や盛田昭夫だって、京セラの稲盛和夫だって、
皆そうだよね。そういう人たちがいつの時代でも世の中を変えてきた。
ttp://www.dreamincubator.co.jp/info/article/publish07.html
294 :
日出づる処の名無し :04/07/10 12:29 ID:73jbCz2z
>>290 >「盗むな」「いじめるな」「暴力を振るうな」「不純異性交遊をするな」「買収するな」
> 「殺人するな」こういったものは自由に体得させられる者ではありません。
>>276 で論破されている。
ついでに言えば教育勅語は戒律では無い。
教育勅語に何をやれこれをやれなどという命令は書いて無い。
何が良き事かという基準のみだ。
> 「自由でない教育」を受けるに耐えられる感性を持っています。
持って無いから学級崩壊がおきている。
>>278 を読め。
村上龍の希望の国のエクソダスにも興味深い事が書いてあった。
「そのフリースクールの生徒たちと会ったとき、非常に驚いたことがあるんです。
それは彼らのボキャブラリーというか、
使う言葉の豊穣さと彼らが非常に言葉を慎重に選んで話すということなんです。
(中略、同年齢の一般の生徒たちの場合は)だっせー、とか、うざってー、とか
そういう常套句でしか連中は喋れないんです。
若者言葉がどうのというより、表象能力がない。ボキャブラリーが極度に貧困なんです。
考えてみれば当たり前ですよ。学校に行ってれば簡単なんです。
サバイバルする必要もないし、マスコミとかテレビでもてはやす若者言葉というのを喋ってさえいれば、
少なくともアイデンティティの危機はないわけです。
http://www.jpnc.com/~aplac/thisweek/essay80/thisweek021118.html
基準を与えるから一貫した人格が育まれるんだろうが。 それがなければ人類発祥以前の規範が無い状態に逆戻りだ。 規範もなく、一貫した人格の発達も促されなければ 子供の個性と一緒にその興味や好奇心も打ち殺されていくぞ。 それを見て、○○国の子供達はみな瞳かがやき、ボキャブラリも豊富。 とか言い出す嘘つきが出てきたらどうするんだ。
296 :
日出づる処の名無し :04/07/10 12:47 ID:73jbCz2z
>>295 その場合基準ってのは人間の持っている性質、環境や社会の状態を指訳で規範の事では無い。
規範が基準なら人類発祥以前にそれがあった事になる。
人間の本来持っている傾向に合わせて作られた規範が
「他人の尊厳を犯さなければ何をしても自由」という民主主義の基本。
憲法も法律もこの規範を元に作られている。
「個人の自由には自由にならない社会的前提が存在する」という認識は
社会学の学問常識であるが現代の社会システム理論の水準では稚拙すぎます。
初めに規則ありきといった考えは二千年前にイエスによって否定されています。
ユダヤ教では戒律を守った人間が者達が救われます。
しかし食うや食わずでその日暮らしをする人間に戒律を守る余裕はありません。
戒律を守れる人間は初めから救われている人間に限られてしまいます。
もし神が全能ならば予め救われる人間だけ救うという事はあり得えません
社会システム理論では自由を認めれば秩序はなり立たないと言った考えを
自由と秩序のゼロサム理論と言って徹底的に否定します。
要は秩序が信頼可能である程人々は自由に振る舞え
人々が自由である程結果的に得られた秩序は信頼可能だと言う事です。
こうした批判はデュルケルムや経験論哲学者ヒュームにもあります。
戦後教育が自由を重視しすぎたから教育現場も社会もむちゃくちゃになったと言うウヨ厨的な考えや
子供は判断力がないから保護されるべきといったサヨ厨的な考えは
社会科学的無教養として笑ってやりましょう。
297 :
日出づる処の名無し :04/07/10 13:03 ID:73jbCz2z
ttp://www.ritsumei.ac.jp/kic/~tit03611/ncom.html この問題に対するヒュームの解答は、諸個人が人間として生存するための条件は、
それ自体が社会的なものであるという洞察にもとづいている。
人間は喜びを求め、苦しみを避けようとする動物であるという限りにおいて、
ヒュームの人間観はのちの功利主義者たちと軌を一にするものである。
だが、ヒュームによれば、人間は単に快苦の感覚を受動的に受け取る存在ではなく、
人間として最大の喜びは、ある目的に向かって精神と身体を活発に活動させることに存するのである。
そして、何ものかがそのような活動の目的になりうるためには、
それが社会的に認められた有用性をもつ必要がある。
そのうえ、目的の達成は、それが長期的なものであればあるほど、他から干渉を受けない自由と、
さらには他者の協力を多くの場合に必要とする。
社会のなかで生きる人間の物質的な生活条件は、このような諸個人の活動の協調と、
その成果の交換と流通によって成立する。
ここにおいて、各人の利益は、自由な活動と他の個人との協力を可能にする社会秩序の維持に一致する。
そればかりでなく、各人は、他の諸個人が、社会的に有用な目的を目指して等しく
自由に活動することを必要とするのである。
>>296 > 規範が基準なら人類発祥以前にそれがあった事になる。
人類発祥以前には文字もなければ車輪もありませんでしたよ。
> 「他人の尊厳を犯さなければ何をしても自由」という民主主義の基本。
「教育が終了し、成人した、責任ある自由人」はね。
> 戦後教育が自由を重視しすぎたから教育現場も社会もむちゃくちゃになったと言うウヨ厨的な考えや
自由を誤解したから、そして自由の教育方法を間違ったから。
> 子供は判断力がないから保護されるべきといったサヨ厨的な考えは
判断力が弱いから、鍛えなければならない。
> 社会科学的無教養として笑ってやりましょう。
笑いたければ、自分の責任で自分ひとりが笑うべきだと思う。
私はこういう理由で笑っているという説明に共感できる人がいたら同じく笑ってくれるかもしれない。
300 :
日出づる処の名無し :04/07/10 15:55 ID:/xOID1wF
age
現代の学校とは富国強兵の為の機能集団であり第二次産業に対しては かなり有効なシステムである。 戦後『豊かな生活』と国民的目標が変わったが日本では人々にとって幸福とは何か ルールとは何かと言う事が一元化できた。 そういう背景があったからこそ学校は生徒を画一的に捉えて教育できた。 だが『豊かな生活』という国民的目標が達成され失う事によって行き詰まり感が蔓延する。 その原因を、社会が悪いと考え社会を作り直せばいいと学生運動が起きる。 おかげで学生運動の反動により全国の学校の校則が厳しくなってしまう。 70年代に中盤に入るとその目標が達成されて個人個人が自分にとって幸福とは何か? と考えなければならなくなるはずだったのだが、学歴幻想でごまかされてしまう。 家庭と地域と学校とが力を合わせれば貧富の差は関係なく誰でも勉強すれば大学に入れるという 『学びの共同体』という考えが社会全体を学校の出店の状態にしてしまい 家・地域・学校と言ったそれぞれ違う物差で子どもを計るといった多様性を持った社会が 無くなってしまい全てが学校的な価値観で計られ戦後を支えた偉人達が育った 自由に試行錯誤出来る空間が無くなってしまった。 その後、期第二時ベビーブームの世代が思春期に差し掛かり受験戦争が激化する。 社会と学校は受験戦争に勝利した人間以外の実存的尊厳を認めようとしなくなり 勝ち組、負け組という言葉が生まれ偏差値や進学した学校で人間性まで 評価されるようになる。 負け組の落ちこぼれは自暴自棄になり社会に反発す様になりこの時期から ツーリングチームが狂暴化し暴走族になったり校内暴力が社会問題になる。 勝ち組は社会的交流をしなくても勉強ができる程度で暫定され自尊心が肥大化してしまう。 高学歴のオウム幹部にはこの世代が多い。
80年代に入リジェネレーションギャップが激しくなり教師は子供が理解出来なくなる。 だが一人の教師が理解出来る人間なんて5人位が限度なのに生徒の心を理解できれば子供達を 無害な存在として一元化できるといった風潮が広まり(金八先生w 教師の自己満足的にされた評価が子どもを計る唯一無二の物差となってしまい 学校的な価値の物差しの外側で自尊心を抱くチャンスが推奨されるどころか、 むしろ徹底的に抑圧され、尊厳を貶められる様になる。 暴走族はこの時期全盛期を迎え横浜連合は綱島街道の端から端まで一杯になる程の数だったらしい。 ニュースでは起業戦士のお父さんが自宅に居場所が無いという社会問題が取りざたされる様になる。 中曽根総理の元で行われた臨時教育委員会の影響か学校がおかしいと メディアで取りざたされる様になりこんな変な校則があるというお国自慢がブームとなる。 90年代に入りバブル経済崩壊、年功序列と終身雇用制度の崩壊が起き 学校教育が決して個人の幸福と結びつかない逆に相反する可能性がある物だという認識が一般化してきた。 学歴幻想が崩壊し「おたく」「バンド」「クラブ」「スケーター」と 子供文化も複雑になっていき仲よくできる範囲に限界が出てくる。 子供達の接する世界はどんどん小さくなり自由に試行錯誤して自我を形成することが出来なくなっていく 教室は満員電車に無関係な人間を押し込んだ様になり子供達ののストレスは過剰になり 教室で異質な存在であると言うだけでいじめが激烈化し自殺者が後を絶えなくなる。 女子高生校門圧死事件で過剰な管理教育に一応歯止めがかかる様になる。 21世紀を迎え文化のインターネットの発達で子供達に新たな居場所が出来た為に 自由に試行錯誤出来る空間が再生する。 だが低年齢の少年が学校で自我を形成出来ない上に親の過保護で厳しい躾の為に更に追い込まれた子供が 自分の命に価値が無い様に他人の命に価値が有ると思えなくなり 万引きする感覚で殺人を犯してしまう様な事件が続発する。 産業の中心は第三次産業に移行し新たな人材には生産性より想像力が求められる様になるが 現代の学校は少人数制などようやく対応が始まったばかりだ。。
303 :
abc :04/07/12 04:23 ID:DBAWV+Xn
教育勅語と十戒の思想の根本を為すのは十戒がベカラズ集であるのに対し 養育長後が行動推薦集であるのは自明であると考えます。そもそもカオスの 弱肉強食の時代から集団生活を営み始めた人類は集団組織の運営を円滑に するために「あれするなこれするな」的行動規範が制定されます。「目には目を 歯に歯は」の世界最古のハムラビ法典がその嚆矢でしょう。 やがて時代の進化とともに否定的行動規範では副座湯女社会の仕組みに 対応できなくなり肯定的行動規範を採用するようになります。所謂「ベカラズ 集」から「スベシ集」への行動規範基本のパラダイムシフトです。 行動規範の枠組みを与えもせず。自由な試行錯誤を与えるのは自然発生的な 「弱肉強食」→「ベカラズ」→「スベシ」を必然的に辿る者と思われます。この様な 教育は非効率的であり非生産的でもあります。先人が長い歴史を経て築きあげ た財産を一顧するだになく少年少女に自由な試行錯誤をさせろというのは教育 放棄の無責任という者でしょう。また、最近の馬鹿教師に自由錯誤教育を間違 いなく正しい方向へ導けるとも思えません。学校卒業して社会に出たとき同一の 行動規範がなければ就職することも出来ないでしょう。 確かに社会のパラダイムシフトには異能戦士が必要でしょう。しかしその様な戦 士が1億2000万人にもいる日本を考えるとぞーっとします。誰も他人の命令に は従わない「織田信長」的人間からなる日本に住みたいと思うか。
304 :
abc :04/07/12 04:44 ID:DBAWV+Xn
>>303 補遺
>>293 > 元来、企業家、創業者という人たちは、良い意味でも、悪い意味でも、他人とは異なろうとする、
> 独創的であろうとする、そして伝統的な枠からはみ出そうとする、そういう種類の人間でしょう。
> 松下幸之助だって、本田宗一郎だって、井深大や盛田昭夫だって、京セラの稲盛和夫だって、
> 皆そうだよね。そういう人たちがいつの時代でも世の中を変えてきた。
>
ttp://www.dreamincubator.co.jp/info/article/publish07.html 日本人の全てが「織田信長」になり得ないように、日本人の全てが「起業家・創業者」にはなり得
ません。なり得るのは100万分の一とか1000万分の一とか言う低い程度の人々です。
彼の「エジソン」は劣等生で奉公されたと言います。彼は全てのことに対し疑問を持ち「1+1=2」
をどうしても理解できなかったと言います。そして彼は学校という教育の枠組みを離れ独創の世界
へと進んでいきます。では米公人全てが「エジソン」的教育を受けさせると言うことで「算数」は教
えない。としたらどうなったでしょう。パラダイムシフトをするような人間は確かに学校教育で育て
上げることは困難です。かといってその様な能力を具備しない者に「1+1=2」の正当性を学術的に
教育しても意味無いと考える。小学校低学年に対しては「1+1=2」「1+2=3」「1+3=4」で充分
だし「2×2=4」「2×3=6」で充分なのです。
リテラシー教育は自由錯誤ではなく「決まり・規則」を教え込むことの方が重要なのです。
それが99.98%の人間に与えるべき教育です。自由度の高い教育を与えると言うことは弱肉強食的
社会人を排出し社会不安を巻き起こすと思われます。
>>303 「弱肉強食」→「ベカラズ」→「スベシ=自由な試行錯誤」
>>301-302 の後に馬鹿な事を書くな。
だいたい近代天皇制はキリスト教と儒学を足して作ったものだ。
ユダヤ教の十戒と同じにするな。
>>296 を読め。
お前の言いそうな事は先手を討って否定去れてるんだボケ。
キリスト教圏は戒律無しと隣人愛(カリタス)の教義のもと爆発的な進歩を遂げた訳だ。
敬天愛人はキリスト教のカリタスの教義を日本的に訳した物で。
この概念があって共同体に束縛されない近代的な「公」というものが成立する。
明治初期の思想界・教育界で指導的役割を果たした中村正直がイギリスから持ってきた概念で
優れた政治・経済・軍事を支える 「天を敬し人を愛する心」
「上帝に仕え、 礼拝を尊び、 持経を尚び、 好んで貧者の者を調済」 するキリスト教精神で
持ち帰った課題は 「神とは何か、 神の愛とは何か」 という問いだ。
その課題に応えるべく、 帰国した明治元年に 『敬天愛人説』を書いた。
「人は、 吾と同じく天の生ずるところとなす者にして、 すなわち吾が兄弟なり。」
「人の上帝における、 なお弱子の父母におけるがごとし。」
これはキリスト教の隣人愛の「神の様に等しく人を愛せよ」の日本版だ。
只、キリスト教の隣人愛の様に同じ民族、宗教でなくても同じ様に愛するという隣人愛に対して
天皇制の場合同じ民族である国内でしか通用しない誇大妄想体系で
それを根拠にした国際関係は、悪くはなっても良くなることはない。
306 :
日出づる処の名無し :04/07/12 21:26 ID:s41fXgzc
>>304 >日本人の全てが「起業家・創業者」にはなり得ません。
フィンランドは国民総起業家の旗印のもと教育改革を実行。
「経済成長率」、「15才の平均学力」世界一です。
「政府のムダの少なさ」「契約と法令への信頼性」
「政治腐敗認知指数」「政府の効率性」の全てで世界一。
ttp://it.nikkei.co.jp/it/njh/njh.cfm?i=20040313s2003s2&p=1 近代成熟期になると商業・金融業・運輸通信業・サービス業・
自由業など、第三次産業が経済を動かす中心となる。
企業の寿命は短くなり規模は縮小する。
つまり、社会のパラダイムシフトが継続的に起きると言う事。
だいたい
>>157 は読んだのか?
>実際の社会=パブリック・スペースは広く、あらゆる予測困難な状況が待ち受けて
>いるからだ。子供達はそこで「自分で通用する基本を身につけて」いないと衝突し、
>ブチ切れ、暴れることになる。
フィンランド共和国教育事情調査報告(速報)
その中で、諸外国の実態についても調査することとし、特にOECDの学習到達度調査(PISA)における
2000年調査国際結果において、「読解力」において世界一の水準を示すとともに、
「数学的リテラシー」や「科学的リテラシー」についても高水準を示すなど、
フィンランドの学力水準は国際的にトップクラスであることから、
そのフィンランドにおける教員給与制度や教育行財政、優秀教員の確保策など参考とすべき点について、
調査することとしたところである。
ttp://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/009/04040904/001.htm
307 :
abc :04/07/12 22:02 ID:DBAWV+Xn
>>306 フィンランドは国民総起業家の旗印のもと教育改革を実行。
で誰がそれを日本で推進するんだろうか。話は色々出てくるけれど
実現性という面から非常に迫力に乏しい。まるで学生運動家が教
室に乗り込んでアジしてる要にしか見えないぞ。
それに十戒と教育勅語についての見解もおかしい者がある。
ディベート式に表現すると。
甲:A≠Bです
乙:甲は馬鹿かA=Bではないぞ
甲:???
308 :
abc :04/07/12 22:06 ID:DBAWV+Xn
>>307 補遺
フィンランドの周りに中国や朝鮮がない苦さ祝いしたね。
また夢やぶれて起業家になれなかった者はどの様なフォローがあるのかな。
下手打つとインドのようなカースト制度に傾かないか。
309 :
abc :04/07/12 22:24 ID:DBAWV+Xn
>>305 お前の言いそうな事は先手を討って否定去れてるんだボケ
そんなことはどうでも良い。げんざいの少年少女の教育をどうするかを論じているに
関係ないことを持ち出すな。
>>305 ユダヤ教の十戒と同じにするな
と誰が言った。と之は重複か失礼
>>305 だいたい近代天皇制はキリスト教と儒学を足して作ったものだ
それは初耳だ。でそれはカソリックかプロテスタントかそれとも…
>>305 キリスト教圏は戒律無しと隣人愛(カリタス)の教義のもと爆発的な進歩を遂げた
そうかキリスト教は隣人愛の協議で亜米利加大陸の住民を虐殺し、ハワイ帝国を滅亡させ
アフリカ大陸から奴隷を調達したのか。隣人愛というのは立派な教義なのだな。
>>305 共同体に束縛されない近代的な「公」
では「公」は共同体ではないのだろうか。
310 :
日出づる処の名無し :04/07/12 22:35 ID:s41fXgzc
>>307 > 実現性という面から非常に迫力に乏しい。
今まで「もう始まっている」って話をしていたが理解出来なかったか?
現場の教師はもう文部省の学習要項に縛られていない。
「守」
トイレなど日常的な身の回りの物の扱い方等の躾、
挨拶などコミュニケーションの方法等、基礎的で日常的な作法や技術。
「破」
既に世界的に進んでいる少人数制と協同学習による子供同士のコミュニケーション。
自ら学び心豊かでたくましく生きる子供を育成する教育。
「豊かな学び方をつくる子どもの育成」
ttp://www.ink.or.jp/~hanashou/kenkyu.htm 「破」
バイトやクラブ、コミケ、スポーツクラブ、大学での研究、
祭り、就職、恋愛、生涯学習等、主体的な行動と相互扶助。
311 :
日出づる処の名無し :04/07/12 22:47 ID:s41fXgzc
>>309 >そんなことはどうでも良い。げんざいの少年少女の教育をどうするかを論じているに
>関係ないことを持ち出すな。
お前の言うげんざいの少年少女の教育をどうするかと言う事を先手を討って否定しているんだよ。
>それは初耳だ。
本当に知らないのか?
ほら、資料だ。
ttp://www.nanzan-u.ac.jp/TOSHOKAN/publication/bulletin/kiyo7/kiyou11.htm 近代国家が異なる共同体を調停する装置だって事も知らないのか?
おかしいな・・・前スレでお前もこの話は読んでいるはず。
> では「公」は共同体ではないのだろうか。
日本で公とかパブリックっていう概念が、ほとんど理解されていないのはなぜか、
つまり、田舎のおやじの発想なんです。つまり、日本のパブリックっていうと、
せいぜい世間様なんです。確かに西洋の歴史を見ても、ギリシア時代なんかは、
あるいは、中世なんか、そういう感じでよかったんですが、18世紀、19世紀以降のパブリックっていうのは、
そういうものとは全く別のものに変わりました。どういうことかというと、
今の日本なんかも中世のヨーロッパと同じような感覚でパブリックと考えている。
それは、要するにみんな同じ、つまり、パブリックっていうの共同体なんです。
自分の属する共同体の作法に従うことがパブリックなんです。
ところが、18世紀、19世紀以降の市民社会のパブリックは、それとは違うパブリック。
そうではなくて、簡単に言えば、同じ共同体に属さない人間、民族も違えば、作法も違う、
場合によっては言葉も違う人間が一つの社会で共存するために必要なルールや創造力の領域を
パブリックと呼ぶわけです。ぜんぜん違うでしょ。
ttp://www.geocities.co.jp/Playtown-Dice/6503/txt14.html
312 :
日出づる処の名無し :04/07/12 23:13 ID:s41fXgzc
313 :
abc :04/07/13 07:59 ID:UcMQj/NR
314 :
abc :04/07/13 08:31 ID:UcMQj/NR
>>310 >
>>307 > > 実現性という面から非常に迫力に乏しい。
> 今まで「もう始まっている」って話をしていたが理解出来なかったか?
だからどの程度の進捗率なのだといいたい。大学の附属小・中学校が
が実験的や立っているのは始まっているとはいえないぞ。全児童の1%
も対象になっているのかな小学生全体で600万人はいると思うが、6万人
も居るのかな。
> 現場の教師はもう文部省の学習要項に縛られていない。
阿保やな。「ゆとりの教育」とかでゆるめにゆるめた教育基準を今更強化も
しにくいので「学習指導要領」は最低基準です。教諭の皆さんはこの最低基準を
満たすことは勿論、これ以上の成果を上げるべく奮闘して欲しいと暗に学習指
導要領の強化を言っているのだ。端的に言えば教諭は「学習指導要領」に
縛られた上に「学習指導要領」以上の成果を上げることを要求されているのだ。
すなわち「学習指導要領」の強化であり「学習指導要領」を無視して言い訳ではない。
…続く…
315 :
abc :04/07/13 08:32 ID:UcMQj/NR
>>314 続き
今論じているのは少年少女の低学年に対する教育だ。当然年代とともに教育のあり方は
変わっていく。いつまでも変わらないと思う方がどうかしている・
守:小学生 …「きまり」を教える
破:中学生・高校生 …「きまり」の枠内でいろいろな事象について討議していく
離:大学生 …「きまり」の埒外について深く考察する。新しい「きまり」を考案していく
と思うが、小学生に園児に「自ら学び心豊かでたくましく生きる子供を育成する教育。」
を規則も何も教えずに自由奔放にさせてもカオスの状態が発生するだけだ。
こういう教育を導入しても指導という名で必ず教諭が口を挟み得てして参加者の不平
不満が募るのみだ。企業計画における「PLAN・DO・SEE」だな。最近は最後にACTION
が加わり「PDSA」なども業務サイクルに取り入れられているがね。
>「豊かな学び方をつくる子どもの育成」
ttp://www.ink.or.jp/~hanashou/kenkyu.htm 内容的には「破」の段階、中学生・高校生レベルだな。私が言いたいに破小学生に
「守」のレベルの教育だ。
316 :
日出づる処の名無し :04/07/13 22:20 ID:Wsi/G5H0
>>313 >の回答か。一体何処に「近代天皇制はキリスト教と儒学を足して作ったものだ」に
>かいているのかな。その部分を教えてくれ。
それは前スレで説明したが忘れたのかな?
頭弱いね(w
元ネタがカソリックかプロテスタントかといえばプロテスタントだ。
明治以後の国家神道は、西欧のキリスト教に対抗して模造され強制された宗教で
旧約聖書に当たるのが古事記で、イエス・キリストと新約聖書の代わりに天皇を神とする国家神道を急造した付け焼き刃だ。
「一君万民」「天皇の赤子」という教義の基、日本人は皆身内、日本人は皆共同体と言った感受性を作り上げた訳だが
これはイエスの説教からパウロが採りだした「隣人愛」(カリタス)の教義
親や故郷の親しき者を愛する自然感情をエゴイズムとして退け異なる共同体を受け入れる
脱共同体的な機能を果たすことによって異教徒・異民族が集う社会で、共同体にもう一つの宗教共同体をつけ加えるのではなく
一つの社会(公)の中で異なる共同体が平等な立場で混在する事を可能とし近代国家の基礎を築いた。
天皇制はそれをパクって近代以前の日本人が村や身分に基づいた共同体の一員であるとしか意識していなかったのを
国民の擁護者である天皇が出現し宣伝や教育が成功して、人々が自ら宣伝された区分での国民であると自覚し
国家の三要素「領土」「国民「統治権」を日本が手に入れ近代化が成功した。
317 :
日出づる処の名無し :04/07/13 22:38 ID:Wsi/G5H0
>>314 >これ以上の成果を上げるべく奮闘して欲しいと暗に学習指導要領の強化を言っているのだ。
全然違う。
NHKスペシャル「学力世界一のフィンランドに学べ」で樋口修資(文部科学省大臣官房審議官)が
日本も教育改革をしなければならないと話していた。
この番組をみたがフィンランドでは文部省の指導要領は従来の1/3以下
本の厚さにすると17ミリから5ミリ程度だ。
学習指導要領の強化なんて一言も言っていない。
教師への権限移譲は進んでいると同時に教師への的確な評価制度も導入された。
「少人数授業を徹底し、子ども一人一人に合った指導を 行うべきだと言う事は以前から解り切っていましたよね
何故今まで変えようとしなかったのですか?」
という質問に文部官僚がしどろもどろになって謝っていたのが笑えた。
教師に権限を委譲するには、教師が信頼に足る存在である必要がある。 >何故今まで変えようとしなかったのですか まともな教師が足りないからだ。
319 :
日出づる処の名無し :04/07/13 22:52 ID:Wsi/G5H0
>>315 >を規則も何も教えずに自由奔放にさせてもカオスの状態が発生するだけだ。
与えるのは規則では無く自由。
自由=カオスと考えるのが大きな間違いで社会システム理論は不自由を(従って自由を)三類型に分ける。
第一は、選択肢が端的 に不在だという不自由。
第二は、選択肢は存在するが特定の選択が抑圧されるという不自由。
第三は、選択肢があり、選択抑圧もないが、選択能力が不在で選べないという不自由。
カオス状態は第三の不自由に値する。
要するに 自分が何をしたいかという選択肢を見つける為に問題を与え
そこから試行錯誤しコミュニケーションをとる事によって
社会あるいは社会性を媒介しないと本当は自分がしたいことさえできない
と言う事を学び取らせる訳だ。
守:幼稚園 …遊びを通して「きまり」を身に付けさせる
破:小中学校(義務教育はここまで) …問題を与え「きまり」の枠内でいろいろな事象について討議していく
離:様々な共同体 …「きまり」の埒外について深く考察する。新しい「きまり」を考案していく
320 :
日出づる処の名無し :04/07/13 23:15 ID:Wsi/G5H0
所で教育勅語が現代の教育で有効だという証明はできるのかな?
2000年の春に、大学受験産業の会員名簿から抽出した標本(大学生)に対して、
性行動と性意識を問う社会調査を行い、「両親は性道徳に厳格だったかどうか」という問と、
「今まで何人とセックスしたか」という問いに対する答えをクロス集計した。
その結果、「両親は性道徳に厳格だった」と答える者のほうが、
「両親は性道徳に寛大だった」と答える者に比べると、セックスをする人数が多くなる事が解った。
(前者平均1.74人、後者平均1.58人、有意差あり)。
親が性道徳に寛大で、性について率直なコミュニケーションができ、
性情報を親から獲得しやすい場合には、総じてコミュニケーション志向が高まり
愛のある関係に入りやすい。
逆に、親が性道徳に厳格で、性について率直なコミュニケーションができない場合、
インパーソナルなルート──例えばメディア──から影響を受ける傾向が高まると同時に、
コミュニケーション志向が下がり(属性志向が上がり)、愛のない性関係に入りやすい。
また、戦前と現代の少年の凶悪犯罪をくらべると
昭和11年 153 昭和12年 155 昭和13年 161 平成2年 71 平成12年 105 平成14年 83
と教育勅語が実施していた時期の方が圧倒的に多い。
http://kangaeru.s59.xrea.com/senzen.htmでは少年刑法犯の主要罪名別検挙人員の人口比 (殺人)は
昭11年が1.05%、平14年0.62(警察庁「犯罪統計書」より)と現代より戦前の方が多い。
http://www.yomiuri.co.jp/yomidas/meiji/meiji33d.htmを読むと少年事件は明治時代も深刻な社会問題であった事が解る 。
321 :
日出づる処の名無し :04/07/14 03:47 ID:6dIb7PqE
>>316 国学の系譜と教部省の興廃が視野に入っていないようだが。
322 :
日出づる処の名無し :04/07/14 03:48 ID:6dIb7PqE
323 :
abc :04/07/14 04:13 ID:IyZGhoMD
>>319 守:幼稚園 …遊びを通して「きまり」を身に付けさせる
「きまり」を教えなくては遊びを通じても「きまり」は身に付きませんぞ。
324 :
日出づる処の名無し :04/07/14 07:44 ID:L/GoLUw1
>>320 昔の方が少年犯罪が多いのは当然だよ。
盗まなければ生きられない。
学校にも行けない。
字も読めない。
飯も喰えない。
少女が身売りしなければならない。
家族と死に別れ。
家族と生き別れ。
あるいは飢え死にする。
家族の為に働かされる。働くことすらできない子供多数。
教育勅語など知らない子供、教育すら受けられない子供が大勢いたんだからな。
時代背景、生活環境が全く違うのだから、現在の恵まれた少年と比較したところで意味はない。
意味があるとすれば生活に困らぬ恵まれた現代、いかに少年犯罪が多いかだ。
325 :
日出づる処の名無し :04/07/14 07:46 ID:L/GoLUw1
>>320 いずれにしても、そんな資料を提示して教育勅語を否定しようなどという意図があるならば、噴飯ものだ。
326 :
(○´ー`○)はカワイイ ◆a7G9QH2uOQ :04/07/14 08:04 ID:pRsSysNC
>>325 米粒吹き出すのは不道徳だな。
お百姓さんが汗水たらして作った米は大切に喰わなきゃね
327 :
(○´ー`○)はカワイイ ◆a7G9QH2uOQ :04/07/14 08:12 ID:pRsSysNC
>現在の恵まれた少年と比較したところで意味はない。 経済的に豊かなコトがすべてではないわな。オレから見てると、今の子供は可哀想だぜ。 オレがガキのときは、後に東大逝った秀才も中卒で土方の現場監督になった香具師も 一緒に遊んだもんだ。今のガキの世界は階層化が進み、そんな交流がすくない。秀才は秀才同志、 DQNはDQN同志の世界で閉じてる。
328 :
日出づる処の名無し :04/07/14 08:22 ID:L/GoLUw1
>>325 厳格すぎると反動ってことがよくある。
この厳格ってどの程度なのか?
資料からはなにもわからない。
330 :
日出づる処の名無し :04/07/14 08:59 ID:6dIb7PqE
>>327 大きくなって活躍の場を異にしても、
「相身互い」という感覚もあった。
今後はどうだろう。
自分の日常世界の外側に暮らす人々の哀歓にまで、
想像の及ぶ大人が育つだろうか。
331 :
(○´ー`○)はカワイイ ◆a7G9QH2uOQ :04/07/14 09:08 ID:pRsSysNC
>>328 そうだね。
あんましディープなのも嫌だけど。
>>330 階層化が進むと、階層外に対する想像力はなくなるだろ〜な
高偏差値大学の合格者の多くは高収入だそうだが、立身出世に可能性を見いだすのは
こんな社会だと難しい。階層は固定していく。
>>324 それだと、「最も貧しかったはずの昭和20年代より、経済が上り調子に
なってきた昭和30年代の方が少年犯罪が多い」ことの説明がつかんが。
333 :
日出づる処の名無し :04/07/14 09:41 ID:L/GoLUw1
>>332 それは、戦後の教育が狂ってきたということさ。
>>333 それだと、昭和40年代に入ってから犯罪件数が下降の一途を辿り、
平成2年で最低件数を記録したことの説明がつかんが。
335 :
日出づる処の名無し :04/07/14 10:00 ID:L/GoLUw1
>>334 それは、経済が安定してある程度、子供達の心が満たされて豊かさを感じていたからさ。
>>335 最近の犯罪の増加は外国人なのは言うまでもない?
治安の悪化は目を覆うばかり。
うちのすぐ近所で空き巣があった。
最近のスリも空き巣も暴力的でこわ〜い。
337 :
日出づる処の名無し :04/07/14 10:13 ID:L/GoLUw1
外国人窃盗団は数千円盗むだけでも、目撃されれば殺されるそうだから気をつけましょう。 私も韓国人窃盗団と捜査員が、大捕物しているところにでくわしたことがあります。
同意
339 :
日出づる処の名無し :04/07/14 14:34 ID:sfC2n6Uj
西尾さんのHPより 今の会社では年代を越えて会話ができない。若者は年寄りの話題のグループに入りたが らない。社会や家族のあり方はどうあるべきか、という年配者の好むテーマを口にするのを若 い人は好まない。ましてや政治、ことに国際政治の話はさらにもしない。親米も反米も関心 がない。 「そういう話は出版社の編集者からも聞きました。」と、私は応じた。「インテリの集団のはず の編集者同士が会社で話すことといえば、銀座のどの店のフランス料理はうまかったとか、 そんなことばかりらしい。それで私が、シリアスな話題を交すときもあって、平生はバカ話なのだろう、 と問うたら、否、そうではない、シリアスな話題を交すときは絶無である、と言っていました。」 お二人の勤務する会社はエネルギーという、国家の背骨を支える企業である。そんなこと は社員の誰もが分っているらしい。国家のために必要な重要企業、国策として行われている 仕事だということは勿論社員の中で知らない人はいない。けれども今のこの国がどうなっているのか、 世界の中でいかにきわどい位置にあるのかについて、誰ひとり雑談中に口にする者はいない。 国際問題なんぞ誰も決して論じない。 そういう重要な問題は誰かが教えてくれるに違いないと思っている。誰かから情報が届けられる。 自分は考えなくてもいい、というスタンスである。私の前にいるお二人はそのことが不安でならなかった。 長い間に二人だけでヒソヒソ声で何となく話し合うようになり、近づき合った。ほとんど例外らしい。 #こんな日本人の低レベル化は戦後教育の結果か? #「鉄は熱いうちに打て」という。 #小学生から勅語を教えるべし。
340 :
日出づる処の名無し :04/07/14 22:05 ID:nDxopqJa
恥と言う日常的な感受性は教えられたから知るのでは無く 規範を破った時に身内から疎外された恐怖心が内在化して身につく。 又、規範も教えられなければ知る事は出来ないと言う訳では無い。 もしそうなら人類発祥以前に規範があった事になる。 そうでなくて元々人間は社会性をもった生き物なのである。 個人にとって経験的、心情的正しいと学び取った規範か 疎外されたく無い人間の求める規範が守るべき物として動機付けられる。 この規範が「道徳」である。 教育勅語の場合、規範に従う様に求める人間が疎外されたく無い人間でなければ 効果を発揮しない訳だが天皇にそんな影響力が無いのは現代では常識だ。 さて、我々が人を殺さないのは、「仲間を殺すな」というルールののせいじゃない。 仲間を殺せないように育つからです。 他者から肯定され、承認されて尊厳を獲得してきたひとは、 自分が自分であることにとって他者や社会は必要不可欠だから通常の精神状態じゃ殺せない。 だが、極限状態のため日常的感受性から離脱してしまうと人間は道徳心を失う。 そこを補う為に倫理が必要となる。 倫理とは心情的、経験的にそれが正しいと認識するには困難だが 科学的、叉は一神教的神の視線から普遍的に正しいとされた規範が「倫理」。 これは教えてもらうか統計学的調査等をしないと解らない。 身に付ける物では無く理解するか信じる物である。 科学的には個人が道徳心を身に付ける為に他人の尊厳を犯さない限り 自由な試行錯誤を保証する為の規範が倫理とされる。 又、不自由は(従って自由は)三類型に分けられる。 第一は、選択肢が端的 に不在だという不自由。 第二は、選択肢は存在するが特定の選択が抑圧されるという不自由。 第三は、選択肢があり、選択抑圧もないが、選択能力が不在で選べないという不自由。 この三種類の不自由が極限に達した時アノミー(無規範)が生じる。 教育勅語にこれを解決する効力は無い。
341 :
abc :04/07/14 22:49 ID:IyZGhoMD
>>317 学習指導要領の強化なんて一言も言っていない。
嘗ては学習指導要領の通り授業を進めなさい。学習指導要領に書いてないことを授業でしてはいけません。
であったのが今日では学習指導要領は授業を進める上で最低の条件です。教諭はこの最低の条件に創意
工夫を重ねて授業しなさい。といっているのだろう。之を学習指導要領の強化といわずして何と意のかな。
それとも学習指導要領は一切無視して黒人の思惑で授業を進めていいよとでもなったのかな。
342 :
abc :04/07/14 22:56 ID:IyZGhoMD
>>341 補遺
>「少人数授業を徹底し、子ども一人一人に合った指導を 行うべきだと言う事は以前から解り切っていましたよね
>何故今まで変えようとしなかったのですか?」
エミールでは有るまいし。そんなにコストのかかる教育が日本の全国津々浦々までしんとうするとおもっているのか。
その様な脅威kが実践できるのは一部の私立学校、そして大学付属学校だけでしょう。多くの生徒は従前道理の教育に
留まる者と思われます。又その様な教育を実践できる教諭も不足し高い人件費が払える学校にその様な人材は偏る
ことでしょう。
344 :
日出づる処の名無し :04/07/14 23:06 ID:nDxopqJa
>>341 確かに基準性は明確化し歯止め規定は取り除かれたが「強化」するのは現場であって学習指導要領でない。
345 :
日出づる処の名無し :04/07/14 23:21 ID:nDxopqJa
>>342 教育改革は元々30年前から計画はたてられていた。
20年前の臨時教育審議会で具体性を帯びてきた訳で
テレビでも学校がおかしいと散々話題になっていた。
それでも管理教育のあり方が問われる事は無く
教師を査定するシステムもなく女子高生校門圧死事件まで放置されていた訳だ。
千葉県管理教育・体罰被害者の会
ttp://school4.2ch.net/test/read.cgi/edu/1012840265/l50 今の日本は子どもから見れば社会は学校であり、
学校は社会全体の出店みたいなものになってしまい
家・地域・学校と言ったそれぞれ違う物差で子どもを計るといった
多様性を持った社会が無くなり教育システムが学校に『画一化』されている。
子どもとコミュニケーしョンがとれない 教師の自己満足的にされた評価が
子どもを計る唯一無二の物差となってしまい
学校に対する敵意は社会全体の敵意につながり、
社会全体に対する敵意は学校に集約されてしまう構造になっている。
学校的な価値の物差しの外側で自尊心を抱くチャンスが推奨されるどころか、
むしろ徹底的に抑圧され、尊厳を貶められる上に
学校での教育が将来役にたつのだろうかと言う疑問が
DQNを大量発生させるという悪循環が教育の抱えている問題。
コスト面で不可能な部分を除いてもやるべき事はあった訳だ。
346 :
日出づる処の名無し :04/07/14 23:53 ID:nDxopqJa
少子化と共に現代では少人数授業を徹底し、子ども一人一人に合った指導を行う事が可能になってきた訳で コスト面で苦悩する事は無くなってきた。 学校設備については、かつてのベビー・ブーム時に建設された教室が多くの学校で 余っている状況であり、 新規に建設する必要性は少ない。 学級崩壊、少年犯罪の低年齢化に伴い日本の将来を考えれば従前道理の教育に留まる訳にはいかないのが現状。 文部省は全省庁の中で官僚が貪る無駄な経費が非常に多く全省庁の中で確か2位。 何より学級崩壊のおきている今のシステムの方が無駄にコストがかかっている。 ドブに公費を捨てている様なものだ。
347 :
日出づる処の名無し :04/07/15 00:03 ID:txy9Ohtq
近代初頭の時代じゃあるまいし、学校制度がそもそも意味ないよ。 教育勅語を暗唱するのに学校がいるか???
349 :
abc :04/07/15 05:38 ID:tyontC9P
>>344 >
>>341 > 確かに基準性は明確化し歯止め規定は取り除かれたが「強化」するのは現場であって学習指導要領でない。
そうですね。「学習指導要領」そのものは何ら変わっていないですな。変わったのは「学習指導要領」の位置づけ
ですか。以前は「学習指導要領」に書かれていることは全て守れ、書かれていないことは絶対するな。であったのが
書かれていることを守るのは当然として書かれていないことは教諭の裁量によって実践せよですか。
「学習指導要領」の運用基準が変わったと解釈し、「学習指導要領」の運用基準の強化といった方が良かったかな。
350 :
abc :04/07/15 05:53 ID:tyontC9P
>>346 > 少子化と共に現代では少人数授業を徹底し、子ども一人一人に合った指導を行う事が可能になってきた訳で
> コスト面で苦悩する事は無くなってきた。
組織を運営する場合、命令・実行・復命という従前方の組織の場合は1名もしくは2名の管理者にとって部下は10人でも
100人でも良い。但しプロジェクトチームで相互共同作業でなく指導的作業の場合部下の数は極端に減じて2人〜5人が
限度と聞きましたぞ。少人数教育を教諭当たり3人の学生を担当するとして小学校生徒600万人(?)に対し教諭が
200万人必要となるが、設備面のコストはクリアできても人材的コストは果たしてどうだろうね。
しかし少人数クラスとは教諭一人当たりに対する生徒の数は何人なんだろうね。エミールのように生徒一人に教諭一人
ということはないわな。
351 :
abc :04/07/15 05:59 ID:tyontC9P
>>348 > 近代初頭の時代じゃあるまいし、学校制度がそもそも意味ないよ。
意味がよく分からない。
ついでに
>教育勅語を暗唱するのに学校がいるか???
九九を暗記するのに学校がいるか???
連立方程式の公式を暗記するのに学校がいるか???
都道府県名を覚えるのに学校がいるか???
英語を学習するのに学校がいるか???
…するのに学校がいるか???
馬鹿みたい。
352 :
会奉行 :04/07/15 06:39 ID:D0wRr5Cp
教育勅語を復活するのは素晴らしいですが、日教組が蔓延る現在の学校で、正しく教えられる教師が果たして何人いるか・・・・。 明治大帝の大御心を正しく伝えられる教師が育つ迄には、相当の年月を要します。 それより先に、もっと一般に普及させて、認知してもらわなくては話になりません。 最近、時代に合わせて子供にも解るような意訳を作ったり、新しくに現代語の文章を作って普及させようとしていますが、私は反対です。 そんな物は、後から解説資料にするなら良いですが、先ず教育勅語本文を教えなければなりません。 順番が逆です。
353 :
abc :04/07/15 08:22 ID:zSQSEq7k
>>352 …
うーん。
私は現代風に構築し直す方を押してきましたが、形よりはいるということにも魅力を感じます。
鵺の様な発言は良くないな。やはり時代に即して少年少女にわかりやすい行動規範を作成してもらいたいものだ。
原文については中学校3年くらいで古典道徳(?)当たりで教授してはどうだろうか。
354 :
会奉行 :04/07/15 08:43 ID:D0wRr5Cp
>>353 私は教育勅語のマガイモノのようなのが、正当な顔をして蔓延るのを怖れるのです。
解説、解釈は子供に解る平易なものがあってしかるべきですが、それのみを広めたとしたら、それは教育勅語をベースにしただけのものであって、決して教育勅語そのものが広まったわけではないのです。
355 :
日出づる処の名無し :04/07/15 08:47 ID:yTjq2C+9
356 :
日出づる処の名無し :04/07/15 09:01 ID:yTjq2C+9
>>352 >教育勅語を復活するのは素晴らしいですが、日教組が蔓延る現在の学校で、正しく教えられる教師が果たして何人いるか・・・・。
>明治大帝の大御心を正しく伝えられる教師が育つ迄には、相当の年月を要します。
それ以前に子供達が教義を理解できるかどうかも大きな問題です。
極端な話例えば、ここに一つのリンゴがあるとしよう。
赤に対する色覚異常の人がそのリンゴを見たとき灰色に見えているのかも知れない。
だが、正常な人が見ればそれは赤に見える。
この違いは、人がその対象を見るとき、自己の肉体を媒介としてしかその対象を捉えることが
出来ない事による。
極端に言えば、私が赤と認識している色が他人にとって同じように見えているとは限らない。
ただ単に同じ対象に対して、赤という言語上の記号を与えているに過ぎないと考えることが
出来る訳です。
同様にして他人の教義というか、倫理的とか道徳的な規律のようなものを理解するためには
自分の生まれ持った資質と、育ってきた環境によって作り出されたフィルターを通してしか
物事を認識することが不可能なのです。
友愛、義勇、朋友、義勇、人格の向上と言われても本質的にそれがなんなのかということは
結局個人の自由な試行錯誤の上でしか築くことは出来ないわけです。
又、教義を守ろうという動機付けが無ければ無視されてしまいます。
>>340 を読んでね。
357 :
会奉行 :04/07/15 09:07 ID:D0wRr5Cp
>>356 それを誰にでも解るようにするのが教育です。
358 :
会奉行 :04/07/15 09:26 ID:D0wRr5Cp
私が願うのは、教育勅語の原文に是非とも親しんで欲しいということです。 「神社新報」という神職向けの新聞があり、数年前、教育勅語を子供用に現代的な再構築をしたようなものが載っていました。 それはもはや、現代人に聞こえが良いだけの「ただの道徳標語」「スローガン」の類で、全く力無いものでした。 直ぐに忘れ去られるようなものであり、企画は良かったものの完全にスベッていました。 それ以来、私は再構築版の教育勅語は気乗りしないのです。
359 :
日出づる処の名無し :04/07/15 10:16 ID:yTjq2C+9
>>357-358 勅語は教えるのが目的では無く人格の向上が目的。
しかし
>>356 で説明した通り教条主義では人格の向上は不可能。
環境とシステムを与える事によって子供に試行錯誤してもらい人格の向上を触発するしか無い訳です。
教える’と身につく’は違う。
視点を生徒側に置くと、ヒトに教えられる’のと自分が身につける’の違いだ。
この相違点の根本は、知識ファイル’として記憶するのか、行動プログラム’
として体内OSに組み込む’のかほどの違いがある。
教える←が単なる知識の断片ファイルなら→時間とともに忘れられてゆく。
一方、学び取る体得プログラムなら、使えるから便利に使い始める。
このことは→公衆道徳などで、違いがハッキリ出てくる。
本スレで放任・ほったらかし・野放し・・の若年層非難や咎めるレスが目立つが、
単に学校内という一時的空間で→守るべき規則を暗記させ、罰をもって強制
するやり方では、本当に身につけさせた’とはいいがたい。
実際の社会=パブリック・スペースは広く、あらゆる予測困難な状況が待ち受けて
いるからだ。子供達はそこで「自分で通用する基本を身につけて」いないと衝突し、
ブチ切れ、暴れることになる。とりわけ、重要なパブリック・マナーは次だろう。
この習得は→驚くほど、公衆道徳の遵守をもたらす。それは↓
---主体性の為に行う相互扶助---
それができて初めて、人は
---社会あるいは社会性を媒介しないと本当は自分がしたいことさえできない---
---自分の幸せさえやってこない事を知るからだ---
>私が願うのは、教育勅語の原文に是非とも親しんで欲しいということです。
個人の趣味を他人に押し付けたいだけですか?
>>359 左翼くさい教育論だね。
そういうのはもうあきた。
というか、戦後そういう教育をしてきた結果が
現在の教育の荒廃になっているということを自覚しろ。
361 :
大陸浪人 :04/07/15 13:24 ID:eu7gZQW3
>359 子供に試行錯誤してもらい人格の向上を触発するしか無い 面白いことを言う。本気で言っているのではあるまいが。 人類数千年の智恵を伝えずにゼロから出発させるとはな。 科学技術でこれをやったら原始時代に逆戻りだが、道徳教育においても然りだ。 教条こそ教育の基本。正しいと信じることは無理にでもたたき込むべきなのだ。
あんまり書きたくないけが・・・ 教育勅語は「骨」でしかない。 戦前は修身教育の他に小学校の国語の素読で 孔子の話や楠公遺訓を教材にしていた。 こっちの教育が「肉」 どっちが欠けても成立しない。
訂正
>>362 ×)あんまり書きたくないけが・・・
○)あんまり書きたくないけど
>>361 現憲法下において教育勅語を
そのままあわせるのは無理だと思う。
時代にあった対応はやはり必要だと思う。
もっとも、勅語として復活するのであれば大賛成。
364 :
会奉行 :04/07/15 13:54 ID:D0wRr5Cp
>>359 >勅語は教えるのが目的では無く人格・・・・
↑
ごもっともですが、教えることから一歩が始まるのです。
>個人の趣味を他人に押し付けたいだけですか?
↑
もう一度書きます。
「私が願うのは、教育勅語の原文に是非とも親しんで欲しいということです」
これを読んで、押し付けているように思われたなら残念です。私はかなり控え目に書いたつもりです。
ちなみに個人的な趣味ではありません。私と同じ考えの人は沢山います。
365 :
会奉行 :04/07/15 14:21 ID:D0wRr5Cp
>>363 現憲法下で教育勅語が社会に、あるいは時代にそぐわない箇所があるとしたら、それは憲法や社会が間違っているのです。
左翼の如く、意図的に曲解しない限りは、古今に通じ、中外にも通じる道が教育勅語の精神だからです。
平成の御世には通用しないなんていうのはおかしいのです。
まぁ、私はこのように考えますけどね。
>>365 「勅語」として「下賜」された状態で復活するならば大いに同意しましょう。
多分に当方の意図を取り違えておられるようですので、あえて申し上げますと
教育勅語に取り込まれた各種思想や教えは「勅語」であるから成立するものと考えます。
勅語が公布できない現憲法下においては、「心のより所を何処に置くべきか」という根本
部分が不明確となります。
そういう意図において「現憲法下にあった対応が必要」と申し上げた次第です。
まぁ自己欺瞞のような気は薄々・・・・
367 :
日出づる処の名無し :04/07/15 17:55 ID:yTjq2C+9
>>361 >正しいと信じることは無理にでもたたき込むべきなのだ。
お前頭悪すぎ
>>340 で論破。
>>195 に書いてある通り無理にでも叩き込めば境界性人格障害になる。
教育の腐敗はこれが原因。
現代の教育の問題は教師が全体主義的な指導方法で規則を一方的に押しつけるという点だが
それ以上に深刻なのは、生徒同士で目立った人間を潰すという傾向にある。
実際子供は行動する際、先生の目よりもクラスの友達の目を過度に気にする。
同世代の人間が一日中同じ教室で生活するという点が既に異常なんだ。
>>156 >>312 に貼ってある様に既に改革は始まっている。
>人類数千年の智恵を伝えずにゼロから出発させるとはな。
言葉では無くシステムと問題を与える事によって学び取ってもらうと言う事。
>>366 >「心のより所を何処に置くべきか」という根本部分が不明確となります。
コミュニケーションに決まっている。
これも
>>340 で論破だな。
368 :
日出づる処の名無し :04/07/15 18:29 ID:yTjq2C+9
>>296-297 も読むべきだな。
>>365 >左翼の如く、意図的に曲解しない限りは、古今に通じ、中外にも通じる道が教育勅語の精神だからです。
人間は自己の肉体を媒介としてしかその対象を捉えることが出来ない故に
その精神を理解するに為には既にそれを身に付けている必要がある。
教育勅語を教えるのでは無くその精神を実現する教育が必要な訳だ。
日本の教育がおかしくなったのは維新以降で江戸時代の方が科学的で近代的だったりする。
伝統とは実質的に人間の持っている傾向にそっているからこそそれになり得る訳だ。
伝統と言う概念は近代化経由して見い出された概念なんだ。
伝統的共同体を生きる人間は日々生きるのに用いる作法が伝統そのものだから伝統と言う概念は無い。
つまり近代を徹底する事によってしか日本が日本である事は観念化出来ないって事。
例えば合理化の為に年度の変わりを欧米に合わせて9月にしたとする。
4月の桜の中での入学式といった様な風情は無くなるが
逆に桜の咲く寸前には彼岸から死者が訪れて我々と交流するといった
桜の美しさが感受性に触れてこれから新しい世界が始まるという
日本人としての「共通感覚」を 濃密に体験出来る訳だ。
我々は天皇を忘れてもこの「共通感覚」は忘れる事は出来ない。
369 :
教条主義者ID:2+8kakBs :04/07/15 19:00 ID:wCypokJV
>>367 あほ、「心のより所」は御国への奉公じゃ。
教育勅語が勅語としての効力を持ち、各科目がそれを補完する
教育内容になる事で初めて「教育勅語」の効力が出る。
>>340 で論破云々はどうでもいい。
という以前に、違う階層の話をしている事すら読解できんのか?
メンドクサイから放置しといたが、340を検証してみると
>>340 でのは「自我の確立」をすっ飛ばして
>元々人間は社会性をもった生き物なのである。
「自我の確立」があり「社会性を身につけていく」のが一般論じゃないか?
ここで破綻していては説得力がない。
自我の確立後「親」や「社会」により「共同生存ルール」を教えられ成長して
いく訳で、その後「心情的に正しい」「疎外されたくない」との生存要求で
「社会に適応できる」人間に成長するわけだ。
その際のガイドラインとして道徳が存在する。
ここではそのガイドラインに教育勅語を使用できないかを検討している。
先にも述べたが、教育勅語は骨であり、肉付けをしてやらなければ意味がない。
その肉付けを行うモノの中に倫理は含まれる。ただし、国によりその倫理は異なる。
なんども繰り返すが、「現憲法下では勅語の公布は出来ない。」それが一番嘆く事だ。
最近聞かなくなったが、「子供を立派に育てて国にお返しする」とはどういう事か?
国が存在しなければ、今の我々が存在しないから次代を担う人間を育てるという事だ。
今この国に一番欠けているのは「自分も国の一員であり構成員である」という自覚の欠如だ
一番問題なのは、御国という観念の欠落が今の道徳的廃頽を招いている。
まさに泪羅の淵に波騒ぎ坐山の雲は乱れ飛ぶ状態になっている。
メンドクサイからあとはabcと遊んでろ。
>>368 >伝統的共同体を生きる人間は日々生きるのに用いる作法が伝統そのものだから伝統と言う概念は無い。
>つまり近代を徹底する事によってしか日本が日本である事は観念化出来ないって事。
ハア?
ほとんど詭弁だな
「伝統的共同体を生きる人間」であっても日々「日本人としての「共通感覚」を 濃密に体験」出来てる。
つーかその以下に続く文章もナンセンス。意味不明。
年度が代わりが4月だろうが9月だろうが日本人の意識にはなにも変わりない。
濃密もへったくれもあるか w
泣く子とコピペには勝てん。 コピペ愛好者は一種の教条主義者だからな。道徳は信仰には勝てない。
372 :
日出づる処の名無し :04/07/15 19:42 ID:yTjq2C+9
>>369 公っていうのは
>>311 で述べられている様に
人間が一つの社会で共存するために必要なルールや創造力の領域の事。
国家もそれぞれ異なる人間が共存する為のシステム。
>ただし、国によりその倫理は異なる。
異ならない。
倫理とは人間の傾向性にそった普遍的な規範。
>
>>340 でのは「自我の確立」をすっ飛ばして
逆だ社会的な生き物だから他者とのコミュニケーションを通じて自我が形成される。
>その際のガイドラインとして道徳が存在する。
ガイドラインは倫理。
倫理に補われて道徳が実る。
ついでに言えば道徳も自我の一部。
ヒュームは、自我などというものは、それ自体実在する訳でなく、
さまざまな知覚なんかの束にすぎない。
あるいは知覚印象・観念の一過的な(その場限りの)
構成の結果(うたかたのようなもの)にすぎない と言っています。
いろんな思いや感情や知覚や何かは、 様々にインプットされ、互いに関わり合い、
結び付き、あるいは分割されて、 いくつかはメモリーされ、いくつかは、
また別の思いや感情や知覚や何か関わり合い、 結び付き、あるいは分割されて……、
といった「心のシステム」。
ヒュームは自我なんてものでなく、もっと個別的な、 たとえば暑いとか寒いとか、愛とか憎しみとか、苦しみとか快楽とか、
そういった何か(知覚や情念や感覚印象やなにか)です。
こういった個別的な知覚なんかなしに決して「自分自身」と呼ばれるものを捉えることはできないとも言っています。
373 :
日出づる処の名無し :04/07/15 19:48 ID:yTjq2C+9
>>369 国に対する認識が間違っている。
※※※※※国とは何か?愛国心とはなにか?※※※※※
1.国とは広辞苑で「国家」「国土」とある。「国土」とは国の統治権のある領域。
2.国家とは国民とその財産を守る為に存在する「公共」の機関であり、国民の自己実現の為の道具である。
3.公とは異なる共同体やそれに属さない人達と互いに侵害しあわないで共生するための、
ルールや想像力の領域である。
4.公共の機関である国家には使う者が互いに侵害しあわないで使用する為のルールがある。
5.道具に対する愛とは使おうとする意欲であり、愛国心とは国家とコミットしようとする意欲である。
6.現代の国と言う概念が出来たのは明治維新以降でそれまでは「くに」とは
行政区画の一つとか故郷のことを指すことに他ならなかった。
自分が生まれ育った「くに」やそこに住む人々とその財産を愛するというのは
「愛国心(ナショナリズム)」というより「愛郷の志(パトリオティシズム)」というものである。
7.有事の際や国家が民主主義の理念に反した時等、状況がが変われば価値観も変わるので
国家へのコミットのしかたやそれをしようとする動機は特定できない。
8.7により国家に対する憎しみも国家に対してコミットしようとする究極的な(一般的ではない)
愛の形として認められる。
9.2により売国奴の国へのコミットも愛国心として認められるがその愛の形は4.により不当な物とされる。
10.「日の丸」「君が代」は戦後民主主義国家「日本」の理念や形態等を表していないので
「愛郷の志」とは関係あっても「愛国心」とは関係ない。
11.近代以前の概念で愛国と言うなら当事の愛には「性愛」という意味しか無い。
つまり愛国とは国とセックスしたいという意味になる(w
仏教の十二支縁起の愛で近代以前の愛国を考えれば国をむさぼろうとする欲望となり売国を指す。
12.愛国と愛郷、日本と言う国(ステイト)と日本と言うくに(カントリー)機構である国と国民の共同体を混同する事は
国民が一つにまとまる事をを政治家に対する不信感によって阻む反日的な考え方である。
叉は国民が国家にコミットしようとする事を伝統の名の基に阻もうとする国賊的な考え方でもある。
374 :
日出づる処の名無し :04/07/15 19:58 ID:yTjq2C+9
>>369 >今この国に一番欠けているのは「自分も国の一員であり構成員である」という自覚の欠如だ
国の一員じゃなくて国民の一員だろ。
お前こそ御国という観念が欠落している。
>>370 皆が必然的に同じ日本人だという感覚もどうかしている。
「共同性」は言語・民族・宗教をはじめ、所属における必然性、いかなるものを「共通善」とするか、
というように、ある一定の価値観の共有が前提となる空間である。
国民(ネイション)が共同体だというイメージを説明すると、
具体的に煎じ詰めていえば、国民議会に参加して自分たちのためになるように政府を動かそうとする
参加意欲を一緒にもつという意味で互いに同感可能な「我々=共同体」である、ということ。
又、同じ郷里(くに)に住む同じ日本人というなら日本人としての「共通感覚」が必要。
375 :
日出づる処の名無し :04/07/15 20:03 ID:KZmrpf2U
【人生の負け組】 ドッカーン! / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ (⌒⌒⌒)... | 欧米の真似して公衆の面前でキスするな!危機管理だ! |||. | 米兵に尽くせ!それが報国精神だ!平等は共産主義。 _____ | お前チョン?北鮮へ帰れ!誰のおかげで日本があるんだ! /::::::::::::::::::::::::::\〜プーン. | それが外国で通用するか? /::::::::::::::::::::憂●國:::\〜プーン | マスコミはサヨ、受信料は払わん。 |マンガ頭;;;|_|_|_|_|〜プーン.. | 人権は反日思想!日本に人権は不要。弁護士をヤッツケロ! |;;;;;;;;;;ノ∪ \,) ,,/ ヽ〜 | 俺の学歴を悪くした戦後サヨ教科書ヤメロ!キリスト団体はアカ。 |::( 6∪ ー─◎─◎ )〜 | 教育勅語はイイ!日本軍は全て正しい、民間人の犠牲ゼロ! |ノ (∵∴ ( o o)∴)〜 .| 徴兵だ!1億奉仕活動義務化!丸刈りにしろ!子供はシネ! | ∪< ∵∵ 3 ∵> ムッキー! < テロだ!テロだ!明日にもテロが起こるぞ!炭疽菌テロだ! \ ⌒ ノ______ | 日本に戦争を起こせ!戦争こそ平和だ!氏ね氏ねぇ〜! \_____/ | | ̄ ̄\ \ \________________________ ___/コヴァ ウヨク \ .| 低収入 | ̄ ̄| ↑自分の立場に納得できず社会混乱を望んでいる。 |:::::::/ \___ \| 2ch専用 .|__| (その心は、高学歴、交際男女、高収入への嫉妬。 |:::::::| \____|⊃⊂|__|__/ / 自衛隊には絶対入隊しない。親は学生運動経験者。 |:::::/ アホ 童貞 | ̄ ̄ ̄ ̄| 〔 ̄ ̄〕 彼女いない歴=年齢、失うものは何もない。)
376 :
教条主義者ID:2+8kakBs :04/07/15 20:09 ID:wCypokJV
>>372-373 悪いが、メンドクサイ。
これをID:yTjq2C+9自身が書いたのであればお相手するのが礼儀だが
コピペであればご勘弁いただきたい。
ただ
>>373 に関しては、「宝祚無窮」「蒼生安寧」「国体尊厳」「蛮夷戎狄卒服」
これを欠いては「日本」をとはいえなくなってくる。
国の定義以前に「日本」が何かを知るのが先ではないのか?
377 :
日出づる処の名無し :04/07/15 21:03 ID:yTjq2C+9
>>376 >これを欠いては「日本」をとはいえなくなってくる。
果して日本という「国家」なのか「郷里」なのか全然解らん。
宝祚無窮=只の血縁幻想
蒼生安寧=国家の理念として必要不可欠
国体尊厳=個人の尊厳の間違いか?
蛮夷戎狄卒服=妄想
378 :
日出づる処の名無し :04/07/15 21:47 ID:yTjq2C+9
高々百年余りの歴史しかない家制度や倫理観を,あたかも日本の伝統であるかの如く言う保守派の人々は 少しも保守派ではなく,近代革命派と言うべきでしょう。 罪を定める神、それを赦す神 我々が生きる日本の社会には、元来一神教的な神は存在しなかった。 だから神によって定められた「罪」への意識も希薄である。 また、誰に指摘されようが「私はこれを信じるのだ」と言い続けられるような内的な堅信も従来では存在し難かった。 日本の社会は一神教的な神が存在した伝統が無いが故に、宗教的倫理観が欠如した社会である。 この日本の社会が倫理の代わりに持っていたのは、自分の所属する集団のメンバーによって良きことこそ良きことである、 という内部への視線によって規定されてきた、善悪の判断のものさしである。 いわばそれは、所属集団の視線によって自らを持する「外的な確かさ」、即ち道徳であった。 所属社会の中にあっての「良心」といった抽象的な概念は、 神のまなざしといったような固定的なものさしに基づく「倫理」と、 集団に所属するメンバーの視線によって判断される「道徳」という排他的な二つに分類できる。 しかし、かつての日本のように、その所属する集団にほとんど流動性が見られないような場合には、 この所属集団のメンバーの視線によるものさしもある程度固定されたものであったが、 近代に至って各地の流動性が高まり、また、都市化した社会に見られる各所属集団のディスコミュニケーションは、 従来存在したはずの集団のメンバーによる視線を脆弱なものとした。 かくして神無き=倫理無き社会において、道徳の母体である村落社会が消失した時に残ったのは、 何が良心のものさしとなるのかという、大きな問題である。
379 :
abc :04/07/15 21:51 ID:tyontC9P
>>355 提示された資料全然呼んで無いな・・・・
というより20人なんて無理でしょう。20人に一人当たり15分取って5時間。
教室で教諭と生徒が15分間コミューニケーションする間のこりの19人は
4時間45分の間何をしてるのかな。
380 :
abc :04/07/15 21:55 ID:tyontC9P
>>358 私は再構築版の教育勅語は気乗りしないのです
うーん。納得しそうになる。
>>378 おまえさんの言う
「道徳の母体である村落社会が消失し」
ても日本人には倫理観は根強く残っている。
イラク3バカ人質に対する世論の厳しさをみてもわかるだろう。
外国のメディアにはこの日本の世論が奇妙に映ったようだ。
>日本の社会は一神教的な神が存在した伝統が無いが故に、宗教的倫理観が欠如した社会である。
これも表層的な見方
宗教的倫理観をどういう意味で使うかによるが、定義によっては日本人ほど宗教的倫理観
をもった民族はいない。
底の浅い論理と独断だけのおまえの書き込みはたいくつだ。
382 :
abc :04/07/15 22:01 ID:tyontC9P
>>361 …
禿胴。
「温故知新」の精神で精選された者を教条的に仕込むのが躾だろう。
躾に理屈はイランだろう。
といってみたが
>>361 さんの主張と合っているかな。
日本人は必然的に皆おなじ日本人だし、そうじゃない奴はそうじゃないんだよ。
温故を勧めて知新に導くのが教育なわけだ。バランスを欠くとびっくりどっきりメカの大量生産と変わらん。
385 :
教条主義者 ID:2+8kakBs :04/07/15 23:09 ID:ZFFqfE2G
>>ID:yTjq2C+9 相手するのが凄くメンドクサイんだけど・・・・ まず「国」てのは国民も国家も郷里もすべて含めて「国」なんだよ。 この国には神代の伝説を継がれる万系一世の天皇陛下がおわします。 国民は皇室を民族の誉れとし天皇陛下は限りない慈愛を民草におあたえになる。 天皇陛下が民草のためにご親政を行われ民草が幸せに暮らせれば異民族も 自ら頭を下げこの国の一員となる事を望む。 これが、「宝祚無窮」「蒼生安寧」「国体尊厳」「蛮夷戎狄卒服」 という事。 これをさらに進めると八紘一宇が成立してくるわけだ。 教育勅語てのは道義国家として恥じない国民を育成するために定められた道徳規範 まあ科学主義者には何がなんだかわからんだろうけどね。
>>385 >これをさらに進めると八紘一宇が成立してくるわけだ。
わけわからん。
わからん奴に解説もとめんなノータリン。
なんかツカレタよw
391 :
日出づる処の名無し :04/07/16 00:15 ID:4g6Wev+5
>>385 >まず「国」てのは国民も国家も郷里もすべて含めて「国」なんだよ。
デタラメ。
岸田氏によれば、国家を支えるための物語の必要条件は次のようなものです。
(イ)国家のアイデンティティの連続性を保証するものであること。
(ロ)国家の構成メンバーである国民の心情をできるかぎり自覚的に汲み上げていること。
(ハ)国民の誇り、価値などを支えるものであること。
(ニ)それ自体としてできるかぎり内部的に論理的首尾一貫性があること。
(ホ)できるかぎり他の諸国に承認されるものであること
しかし、この物語は同時にさまざまな欠陥を持っていた。(ロ)や(ハ)の条件はかなりうまく満たしていたが、
(ニ)の点で問題があった。「わが国の伝統的要素と欧米の近代国家の物語から借用した要素とのツギハギ細工の面があり、
首尾一貫性にいささか欠けていた」のである。しかし、もっとも「致命的」であったのは、(ホ)の点であった。
大日本帝国の物語は国内でしか通用しない誇大妄想体系であり、したがって、それを根拠にした国際関係は、
悪くはなっても良くなることはなかった。また(イ)に関しても、一応は日本の伝統に根ざしていることを主張はしていたものの、
実際は、数百年のあいだ国民の間ではとっくに忘れ去られていた天皇を担ぎ出して、
インスタントにつくられた西欧列強のものまねにすぎなかった。このように、大日本帝国の物語は評価されています。
ttp://www.j-world.com/usr/sakura/japan/national_story.html
392 :
日出づる処の名無し :04/07/16 00:18 ID:4g6Wev+5
>>379 >>355 に互いに学び合いながら、社会的な態度を身につけていくと書いてあるが・・・・
教えるんじゃ無くて学び取らせると言う意味が解らないのかな?
ttp://www.tcp-ip.or.jp/~mrym/sugie.html >「互いに学び合いながら、社会的な態度を身につけていくこことが学力なのか」
> 特に、習熟度別学習では、「出来ない組」という思いが生じかねない。
>「出来ないグループ」といわれる子どもは学習意欲が低下し、学びの放棄につながる。
>逆に理解度の異なった子ども混ぜたグループを編成すると、上達の早い子どもは、
>人に教えることで、さらに学びが定着し、教わる子どもも学習態度を学ぶことが出来る。
393 :
日出づる処の名無し :04/07/16 00:21 ID:4g6Wev+5
>>381 福田元官房長官は「政府に迷惑をかけておいて」だと。「外務省職員は寝てないんだ」とさ。
雪印食品の社長に噛みついた記者の「俺だって寝てないんだ」発言を思い出す。
取材で眠らないのは記者の仕事。パスポートを持つ国民の救出で眠らないのは役人の仕
事。国民の憲法的命令に服するは公僕たる役人の本務。犯罪者だろうと国民救出に全力を
尽くすのは憲法的義務。寝ないでやれ。
政府組織や軍隊に先立って非政府組織(NGO)が現地活動するのは国際常識。
この者たちの命を危険に晒すのが所属国の出兵だというのも国際常識。
それを知りつつあえて出 兵した「国民的決定の自己責任」が問われるのも国際常識。
冬山の軽装登山で遭難した者が自己責任を問われ、捜索した現地山岳団体から費用の一
部を請求されるのは珍しくなくなったが一民間団体の費用請求を、
憲法上の国民保護義務を負う政府による費用請求と同列に論じるのはアホくさい。
「国民的決定の自己責任が問われる」の意味が日本人には分からないだろう。
ここでの 焦点は「立場可換の想像力」だ。パウエル国務長官の
「命がけで活動する者がいるのを誇るべし」の発言もこれに関連する。
歌舞伎町が危険地帯だと知って犯罪に遭う場合、「危険と知って出かけた以上、
自己責任たから費用を払え」との議論は出てこない。
寝煙草で失火する場合もそう。
なぜか。要は「明日は我が身」的な「立場可換の想像力」が適用されるから。
395 :
日出づる処の名無し :04/07/16 02:50 ID:HF//MWb9
>>385 「王化」「王業」と言えば済むことでは?
396 :
日出づる処の名無し :04/07/16 02:52 ID:HF//MWb9
>>393 ID:4g6Wev+5君の書き込みは2行しか読んでいないが、
鼻っ柱の強さは買いたい。
397 :
会奉行 :04/07/16 04:37 ID:b9BUBLci
なんだか、読むのが凄く面倒なスレになりましたね。
>>393 なにを言いたいのかわからん
内容もないくせに
おまえの書き込みは長すぎる
もっと端的に書け!
399 :
abc :04/07/16 08:36 ID:+OkcVv9c
>>393 …者たちの命を危険に晒すのが所属国の出兵だというのも国際常識。
そして
「出兵して国際協力」するのも国際常識。
出兵に伴う危機管理に十分な手だてを施すのが国の責任というのも国際常識。
国の危機管理に従わず自分勝手なスタンドプレーするものは自己責任というのも国際常識。
反政府活動するものがその反政府活動により危機に見舞われたとき政府が無視するのは国際常識。
いろいろな国際常識を上げてきたがこれらは正しいのだろうか。揚げ足取りなるかも知れないが
自衛隊がイラクに派遣されたことを「出兵」といっていいのだろうか。どうも語感がなじまない。
では「出兵」を「復興支援」に変えてみよう。
「復興支援して国際協力」するのも国際常識。
復興支援に伴う危機管理に十分な手だてを施すのが国の責任というのも国際常識。
何かぴいたりくるし、2番目は復興支援する人を対象に危機管理するのが順当であろう。
400 :
日出づる処の名無し :04/07/16 09:28 ID:4g6Wev+5
>>399 >国の危機管理に従わず自分勝手なスタンドプレーするものは自己責任というのも国際常識。
それ以上でもそれ以下でも無く他人に馬鹿にされる事はあっても
国から非難される筋合いは全く無い。
>反政府活動するものがその反政府活動により危機に見舞われたとき政府が無視するのは国際常識。
無視はしない。
>>394 >国とは、国民と国土と政府ですよ。
根拠が無い。
>1.国とは広辞苑で「国家」「国土」とある。「国土」とは国の統治権のある領域。
>2.国家とは国民とその財産を守る為に存在する「公共」の機関であり、国民の自己実現の為の道具である。
近代以降「くに(カントリー)」と「国(ステイト)」と「国民、民族(ネイション)」は分化されています。
国民は共通属性の産物ではなく政治の産物であり国民の擁護者が出現し
その宣伝や教育が成功して、人々が自ら宣伝された区分での国民であると自覚した時
国民はその地域に生まれる。
江戸時代後期・末期、明治3年以降の法制化を通じて、日本人が国民意識を持つようになっていった。
それ以前の江戸時代にはそのような国民意識は存在しなかったというのは歴史的常識で
国家の三要素「領土」「国民」「統治権」を日本が手に入れたのはこの時期。
それ以前の日本は封建社会であっても封建国家では無い。
近代以前の日本人は村や身分に基づいた共同体の一員であるとしか意識していなかったが
日本の昔からあった日本神話をネタに使い、伝統的幻想である家幻想、血縁幻想を採り入れ
「一君万民」「天皇の赤子」という教義の基、日本人は皆身内、日本人は皆共同体
と言った感受性を作り上げ村的共同体から離脱し国民共同体に人為的に所属しなおさせた。
401 :
日出づる処の名無し :04/07/16 09:47 ID:4g6Wev+5
産業の中心が農業などの第一次産業から工業などの第ニ次産業に移り変わり 近代以前の村的な自然共同体は消滅していく。 敗戦後アメリカの戦後政策により天皇制的な感受性が解除され政治的自由を手に入れ 日本人は貧しさも手伝ってアメリカ的生活という豊さを欲望する様になる。 つまり「一君万民」「天皇の赤子」が「豊かな生活」と入れ代わってしまう。 都市化や環境整備が進み自然に対する驚異が薄れ神道的感受性も薄れる。 60年代から「豊かな生活」が実現されだし総中流化が進むと階級所属を意識しないで済むが 何をしても自由だけど、何を見ていいのか、何を楽しめばいいのか分からないという 別の不自由が浮上しする。 70年代「豊かな生活」という国民的目標が実現する事によって失われる。 その不全感を、社会を作り直せば解消されるとサヨク運動が起きるが 結局何の問題解決もされず80年代の学歴幻想や会社幻想、拝金主義へと 目的が摺り替えられその場凌ぎになってしまった。 90年代に入り冷戦体制とバブル経済の崩壊と共にこれらの幻想は破壊され 企業戦士のお父さんが自宅に居場所が無い等家族幻想も崩壊する。 若者が自立的にアイデンティティーの中心を模索する様になり文化の細分化が始まる。 20世紀に入るとインターネット等のコミュニケーションツールの発達により この流れが全国的に広がりボーダレス化が始まって日本は異なる共同体が共生する 経済的市民社会という国家の本質が露になる様になった。 国民の共同体とは国民議会に参加して自分たちのためになるように政府を動かそうとする 参加意欲を一緒にもつという意味で互いに同感可能な「我々=共同体」である という意味でしか実現出来なくなる。 現代では「一君万民」「天皇の赤子」なんて誇大妄想以外の何物でも無い。
>>400 >日本の昔からあった日本神話をネタに使い、伝統的幻想である家幻想、血縁幻想を採り入れ
>「一君万民」「天皇の赤子」という教義の基、日本人は皆身内、日本人は皆共同体
>と言った感受性を作り上げ村的共同体から離脱し国民共同体に人為的に所属しなおさせた。
おまえにはこれが気に入らないのか?
だれもそんなことを言っていない。
教育勅語を教えることによってこれを狙っているとでもおまえは妄想しているのか?
>>401 >20世紀に入るとインターネット等のコミュニケーションツールの発達により
この流れが全国的に広がりボーダレス化が始まって日本は異なる共同体が共生する
経済的市民社会という国家の本質が露になる様になった。
国民の共同体とは国民議会に参加して自分たちのためになるように政府を動かそうとする
参加意欲を一緒にもつという意味で互いに同感可能な「我々=共同体」である
という意味でしか実現出来なくなる。
一面でしか事物をみていない。経済的利害だけで共同体ができるのではない。
「経済的市民社会」が国家の本質なわけない。
404 :
埼玉県民jp :04/07/16 09:57 ID:cMivmUwK
出典は当時の小学校の歴史教科書でしょ? それは建前。中学→高校→大学と進学していくにつれ、 だんだん科学的になって、大学では天皇機関説も当たり前のように習っていたようだよ。 これは漏れの大学の先生が言ってた事なので、一年以内に調べをつけようと 思いまつ。
405 :
埼玉県民jp :04/07/16 09:58 ID:cMivmUwK
406 :
日出づる処の名無し :04/07/16 10:27 ID:4g6Wev+5
>>402 ん?
民族統合が行われた過程を端的に書いただけだが・・・・
>>403 >経済的利害だけで共同体ができるのではない。
只の共同体ではなくて国民の共同体について話している。
>「経済的市民社会」が国家の本質なわけない。
現代では「国家(ステイト)」は「経済的市民社会」を「国民、民族(ネイション)」とするには
国民の共同体とは国民議会に参加して自分たちのためになるように政府を動かそうとする
参加意欲を一緒にもつという意味で互いに同感可能な「我々=共同体」にする以外無いです 。
そうしないと国家の三要素「領土」「国民」「統治権」が揃いません。
>>406 「経済的市民社会」ってなによ?
>「経済的市民社会」を「国民、民族(ネイション)」とするには
>国民の共同体とは国民議会に参加して自分たちのためになるように政府を動かそうとする
>参加意欲を一緒にもつという意味で互いに同感可能な「我々=共同体」にする以外無いです 。
まったく不明
反日の人にとっちゃ教育勅語自体が問題なのではなくて天皇が言ったから問題なのだろう 仮に毛沢東が同じ内容のことを言っていたら彼らは決して問題にしないだろう
410 :
日出づる処の名無し :04/07/16 10:53 ID:4g6Wev+5
日本は植民地にならないための政策として無理やり西洋から輸入して、国民国家にしています。 国民国家に献身する市民を作り出すのが「国民化」だけど、その国民化が、 「国民益を増大するべく命懸けで国家にコミットする市民を作り出す」のではなく、 「崇高なる魂に一体化するべく命懸けで国体にコミットする臣民を作り出す」という形でなされていて、 その結果としての国民国家化であるわけです。 北一輝の『日本改造法案大綱』に「国民の天皇」という概念が出てきます。 天皇を機関としてとらえる思想の機関説の典型ですが、北の場合は、国家の機関としてよりも、 国民の機関として捉えているので、そこは近代的だと言えます。 すなわち、統治権力としての国=国家=ステイツと、統治権力こそが貢献するべき国=国民=ネーションを、 まず分けて、天皇を統治権力という機関の一部だと考える。 ここで「くに(カントリー)」と「国(ステイト)」と「国民、民族(ネイション)」は分化されます。 日本は箱だけがあって、中心がなくなってしまっているんですね。 箱を国家だと考えますと、普通なら箱が中身の間尺に合うかどうかが問題になります。 つまり国家が国民のために機能しているかどうかを検討することが当たり前になります。 でも、日本では中身はどうでもよくて、箱がすべてなんです。 「崇高なる魂に一体化するべく命懸けで国体にコミットする臣民を作り出す」から 「国民のすべてが死んでも守られる国体の本義がある」という発想が生まれる。 国家が国民のためにまともに機能しているのであれば、国家の命令で戦場で死ぬことは、 間接的に国民のために死ぬことになるが国家なるものがまともかどうかを検証しようじゃないか というものがない。 明治初期の人たちはリアリストで「天皇機関説」では「国民のための天皇であり得ないなら討ってよし」が 公言する者こそわずかで常識としてあった。 昭和になると妄想的になっていき水戸学ルーツの純粋国体思想のごときの単なるネタが ベタに信じられてしまうようになる。 日本には本来は現実主義的にならないと救われないはずなのに、 逆に精神主義的になる悪いクセがあります。 これは科学と論理で徹底的に阻止しなければならない。 その為に戦後民主主義は科学主義で無くてはならない。
411 :
日出づる処の名無し :04/07/16 11:06 ID:4g6Wev+5
>>407 >「経済的市民社会」ってなによ?
公の事。
>>373 で説明されている様に
>3.公とは異なる共同体やそれに属さない人達と互いに侵害しあわないで共生するための、
>ルールや想像力の領域である。
>>374 に書いたが「共同性」は言語・民族・宗教をはじめ、所属における必然性、
いかなるものを「共通善」とするか、というように、ある一定の価値観の共有が前提となる空間である。
国民(ネイション)が共同体だというイメージを説明すると、
具体的に煎じ詰めていえば、国民議会に参加して自分たちのためになるように政府を動かそうとする
参加意欲を一緒にもつという意味で互いに同感可能な「共通善+我々=共同体」である、ということ。
>>410 >「国民益を増大するべく命懸けで国家にコミットする市民を作り出す」のではなく、
>「崇高なる魂に一体化するべく命懸けで国体にコミットする臣民を作り出す」という形でなされていて、
>その結果としての国民国家化であるわけです。
>「崇高なる魂に一体化するべく命懸けで国体にコミットする臣民を作り出す」から
>「国民のすべてが死んでも守られる国体の本義がある」という発想が生まれる。
このスレでだれがこんなことを言っているのか?
妄想もいい加減にしろ。
>日本には本来は現実主義的にならないと救われないはずなのに、
>逆に精神主義的になる悪いクセがあります。
現実主義と精神主義を対立的にみるのは間違っている。
どちらも必要だ。
現実主義で救われる(なんだ?救われるとは)などとおまえが断言できることでない。
>これは科学と論理で徹底的に阻止しなければならない。
>その為に戦後民主主義は科学主義で無くてはならない。
日共が好んで使う「科学」的共産主義と用法は良く似てるのう。
その為に戦後民主主義は科学主義で無くてはならない。
>>411 「公」という用語が独自のようだが
おまえの独創なのか?それともだれかの説なのか?
共同体に属する人間を繋いでいる共通の価値観、道徳感
はむしろ現代では希薄になる一方だ。
かろうじて、人を繋いでいるのは経済的な価値感くらいしかない。
戦後は国民の価値観の多様性が推奨され、個人の自由を強調された。
共同体の幻想は衰退する一方だっただろう。
現在になってこのスレの「教育勅語の復活」を望む声があがるのはそれに
対する反省からだ。
415 :
日出づる処の名無し :04/07/16 11:37 ID:4g6Wev+5
>>412 >このスレでだれがこんなことを言っているのか?
>>385 がこう言っている。
>この国には神代の伝説を継がれる万系一世の天皇陛下がおわします。
>国民は皇室を民族の誉れとし天皇陛下は限りない慈愛を民草におあたえになる。
>天皇陛下が民草のためにご親政を行われ民草が幸せに暮らせれば異民族も
>自ら頭を下げこの国の一員となる事を望む。
これが「崇高なる魂に一体化するべく命懸けで国体にコミットする臣民を作り出す」ということ。
天皇>国民と言う図式がここにある。
だから「国民のすべてが死んでも守られる国体の本義がある」という発想が生まれる。
>現実主義と精神主義を対立的にみるのは間違っている。
レイテ戦では、兵隊さんの九割以上が餓死と病死で、戦って死んだ兵隊がほとんどいません。
インパール作戦では事前に敗北が予想されながら、作戦が不合理だから中止しようという参謀は
誰一人いませんでした。
まさしく「戦車で国民を踏みつぶすがごとし」。
それでも「国のため」が通用したのです。
>日共が好んで使う「科学」的共産主義と用法は良く似てるのう。
あれって何だろうね?
俺が言いたいのは
>>320 と
>>340 で示す様に教条主義は通用しない。
教育勅語で子供の人格が向上されるというのは誇大妄想である。
子供の成長を促すのは環境とシステムのみだということ。
416 :
日出づる処の名無し :04/07/16 11:43 ID:4g6Wev+5
>>414 ポリスが政治共同体であることはいうまでもない。その内実というのは、ソキエタス=キウィリス
(政治的市民社会)である。ポリスの運営に実質的に関わるのは経済的特権階級のオイコス(家)の家長
であった。彼らはアゴラ(広場)に集まり、オイコスの利害を超えたポリスの利害に関して議論した。
こういった、ポリス的政治共同体の内においてはオイコス(家)という私的領域を超えたポリスにおけ
る公的領域が存在していたことは確かである。しかし、外的には明らかに万人に開かれたものではな
く、閉じた共同体に他ならなかった。
しかし、この古代から中世にかけてのソキエタス=キウィリス(政治的市民社会)に根ざした、古代
ギリシャ=ローマにおける「公」の概念は18-19世紀に大きな構造転換を図られることになる。という
のは、商業圏の発達により、もはや、ポリスという閉じた共同体に収まらないブルジョワジーが商業
経済を担うという状態が顕在化するようになったからである。そういった時代背景とあいまって、市
民社会の観念がソキエタス=キウィリス(政治的市民社会)的「公」からビュルガーリッヘ=ゲゼルシ
ャフト(経済的市民社会)的「公」のことをさすようになるのである。
ここにおいて、商業経済の主体をなす個々のブルジョワジーが他者を侵害しない一定の規範を見出
すコミュニケーション的空間を市民社会と呼ぶようになるのである。この空間は、もはやポリスのよ
うな政治共同体的空間ではなく、共同体的カテゴリーを超えた、共同体の〈間〉に他ならない。
人はそれぞれ、多様な共同体に属しているといってもいい。しかし、これが、ひとたび経済的主体
になれば、共同体云々を論じるのはもはやナンセンスである。こういった、社会思想史的背景を踏ま
え、近代における「公」=パブリックの概念とはソキエタス=キウィリス(政治的市民社会)的「公」
ならぬ、ビュルガーリッヘ=ゲゼルシャフト(経済的市民社会)的「公」を指すのが社会科学の常識と
なったのである。
>>415 ならば今後は385のみに反論すべし。
>レイテ戦では、兵隊さんの九割以上が餓死と病死で、戦って死んだ兵隊がほとんどいません。
>インパール作戦では事前に敗北が予想されながら、作戦が不合理だから中止しようという参謀は
>誰一人いませんでした。
この辺の話は決まって出てくる話だが、すべて精神主義のせいにするのは無理がある。
戦況が敗戦の色が濃くなったとき、行き過ぎが生じたことは反省すべきことだ。
だから両方必要なのだ。どちらに傾いても弊害が出る。
>まさしく「戦車で国民を踏みつぶすがごとし」。
>それでも「国のため」が通用したのです。
これは中国が最近したことだ。共産思想こそ最大の精神主義だろう。
>教育勅語で子供の人格が向上されるというのは誇大妄想である。
>子供の成長を促すのは環境とシステムのみだということ。
「教育勅語」というものを勘違いしている。
日本人がかつてもっていた常識を説いているにすぎない。
子供の人格が向上するかどうかはやってみないとわからない。
「環境とシステム」のなかには学校の教育環境などもろもろの物が含まれる。
勅語はその中の一教材として使われる。金科玉条に勅語が子供の頭に
叩き込まれるとでも思っているのかな w
418 :
日出づる処の名無し :04/07/16 11:52 ID:4g6Wev+5
>>414 >戦後は国民の価値観の多様性が推奨され、個人の自由を強調された。
>共同体の幻想は衰退する一方だっただろう。
それは関係無い。
バラバラになり縮小はするが自由だからこそ自分の好む幻想を持ち
自己選択して共同体に所属し共通の価値観、道徳感を養う事ができるはずだが
現実は
>>345 で示した通り不自由だ。
ここで教育勅語なんか押し付けたら逆に道徳破壊に繋がる。
>>418 >自分の好む幻想を持ち
>自己選択して共同体に所属し共通の価値観、道徳感を養う事ができるはずだが
現代はそれが出来てないと言っているのだが。
過度の自由は人間を迷わせ途方にされるだけなのだ。
完全な自由という重さに絶えられる人間などこの世にいない。w
420 :
日出づる処の名無し :04/07/16 12:07 ID:eQgfUp86
勅語復活派のみなさん、儒教が浸透する韓国を見習わなければいけませんね…w
421 :
日出づる処の名無し :04/07/16 12:08 ID:4g6Wev+5
>>417 >子供の人格が向上するかどうかはやってみないとわからない。
>>320 で既にダメだったと解っているが・・・・
無規範(アノミー)の原因は
>>340 に示してあるが
これを教条主義で解決する事が出来ない事もそこで示している。
教育勅語は神代の伝説を継がれる万系一世の天皇陛下の言葉だからこそそこそこ影響力がある訳で
>>401 が示す様に天皇のカリスマ性が失われた今では効果は無い。
>過度の自由は人間を迷わせ途方にされるだけなのだ。
これも不自由だと
>>340 に示してある。
別に共同体なんて自然に発生するもの。
問題は言う事を聞きなさいと「過剰」に抑圧する大人。
これが境界性人格障害の原因となる。
ttp://homepage1.nifty.com/eggs/borderline.html 境界性人格障害(ボーダー)が共通の価値観、道徳感を失わせるもう一つの要員。
社会に出れば解決するアノミーよりタチが悪い。
422 :
日出づる処の名無し :04/07/16 12:10 ID:HF//MWb9
>>416 生兵法は止めておけ。ラテン語とギリシア語の使い分けも出来ていないではないか。
423 :
日出づる処の名無し :04/07/16 12:21 ID:2KFzE1XL
に ほ ん ご で あ そ ぼ で教育勅語を放送すればいい。 教育勅語を土佐弁でやってみたりして・・・ まずはとっつきやすくする為に 教育テレビで放送するのが得策
>>421 >問題は言う事を聞きなさいと「過剰」に抑圧する大人。
まったく問題意識がずれている。
「言う事を聞きなさいと「過剰」に抑圧」する教師などいない。
戦後増えたのはその逆。
子供の行動に問題があって、子供の過度の自主性を重じて
なにも注意しない教師が多すぎ。すなわちほったらかし。
価値観や道徳感の多様化や自由度の増大は社会から秩序を奪い
人生の目標も進路も定まらない、また教えてくる師もいない
夢も希望ももてない子供を生み出す一方だ。
「価値観や道徳感の多様化や自由度の増大」はいけないと言っているのではない。
程度問題。現代は度を越しているということ。
まだ、若いようだが、そうでないなら戦後のアホ教育の被害者か。
425 :
会奉行 :04/07/16 12:35 ID:b9BUBLci
426 :
日出づる処の名無し :04/07/16 12:38 ID:4g6Wev+5
>>424 それは現代の教育システムが対応しきれないだけ。
過剰に抑圧する事が無かったなんて妄想。
>>418 で
>>345 を示したが読んで無いな。
>>301-302 に戦後からの教育の経緯が書いてある。
女子高生校門圧死事件まで学校の抑圧はかなり過剰だった。
当事はお国自慢みたいな感じで変な校則を自慢しあったものだ。
なにも注意しない教師が増えたのはこの反動から保護者のクレームが一気に増えた事による。
問題点だけモグラ叩き式に取り除いて原因についてはおざなり。
中曽根総理のもとで行われた臨時教育審議会で既に何が悪いかは解っていたにも関わらずだ。
>>355 に張った様に最近になってやっと対応されてきた。
>価値観や道徳感の多様化や自由度の増大は社会から秩序を奪い
こんな事は起きていない。
>>296-297 で論破されている。
>まだ、若いようだが、そうでないなら戦後のアホ教育の被害者か。
女子高生校門圧死事件以降の世代かと思っていたが只の無知な糞ジジイだったか(W
427 :
日出づる処の名無し :04/07/16 12:39 ID:eQgfUp86
教育勅語よりも、一人っ子を減らして大家族化したほうがよっぽど 道徳には効果があると思うのだが。 形だけとりつくろったって、社会が付いてこなければ意味ないんだよ。
428 :
日出づる処の名無し :04/07/16 12:41 ID:eQgfUp86
だいたい遺産相続も平等になっちまったから 長男とかは家族の跡継ぎとかいう意識もなくなっているしなw
>>425 だね。w
子供の犯罪が凶悪化したのは最近だと思う。
小学生が殺人を犯すということは昔はなかった。
「殺人は悪いことなのか?」などと疑問を呈する厨房もいなかった。
なにが良いことでなにが悪いことかさえわからないのか。
なんかこのスレ見てると少年犯罪とかをすべて学校教育のせいに 押し付けようとしているわけだが…家庭教育というのを放棄しているのか?
433 :
会奉行 :04/07/16 12:53 ID:b9BUBLci
>>429 最近の子供の凶悪犯罪をみると、どこか「狂って」ますよね。
動機が「人を殺してみたかった・・・・」
とか。こんな事例は戦前にはありませんよ。
435 :
会奉行 :04/07/16 12:56 ID:b9BUBLci
>>432 学校教育にも家庭教育にも問題があります。
>>426 「女子高生校門圧死事件」
こういった事件があると、日本中の学校では
「「問題は言う事を聞きなさいと「過剰」に抑圧する大人。」
ばかりだと思ってしまうのか?
少し頭おかしいのとちゃうか?
>>433 戦前じゃないが・・・
昭和31年(1956).11.19〔小5女子が学校に放火〕
東京都葛飾区の小学校と民家4件で放火があり、同校の5年生女子(11)を
捕まえた。9月に8教室と民家7軒が全焼した放火など8件を自供した。
「おもしろくてなんとなくやった」と言っている。服装検査のときはセーターの
脇の下にマッチを隠していた。
>>437 家で火遊びしてもう少しで家を燃やしてしまうことがあった。
小学校あがる前だったかな。
かすかな記憶しかないが、親から今でも言われる。
ただ、少年犯罪データベースにしても
>>434 で挙げたサイトにしても
戦前のデータってのは出て来ないんだよな。
非常に興味深いところなんだが。
単に統計が存在しないだけなのか、空襲で燃えちゃったのか・・・
>>435 では家庭教育の改善点を教えてください。
2chウヨでも実践できるようなものをね…
441 :
日出づる処の名無し :04/07/16 13:15 ID:4g6Wev+5
>>425 >>320 のレスは
>>324 >で批判できていません。
ttp://www.yomiuri.co.jp/yomidas/meiji/meiji33d.htm 「士族の自殺は、息子による刺殺と判明/東京・芝浜松町」(1875年=明治8年9月5日)は14歳の犯行。
父親が所蔵していた短刀「備前長船」を使い、自殺を偽装したもので、記事は「大胆な奴では有りませんか」と
ややあきれ気味に書いています。
「中学生の刃傷事件 私立関西中学生が喧嘩、相手殺して逃亡中/岡山県」(1906年=明治39年12月5日)
http://kangaeru.s59.xrea.com/13.htm 昭和24年(1949).4.4〔小6女子(満12〜13歳)が裸リンチ〕
福島県の小学校でクラス一番の成績の6年生女子(14)が手下12人を従えて同級生を脅したり
賭け事をさせて金を巻き上げていた。
逆らう女子は裏山に連れて行き裸にして手足を縛り暴行を加え、一人を仮死状態にしていた。
なお同じ頃、東京の子供のあいだで映画をマネた「肉体の門」ごっこが流行っていた。
女の子の両手を縛って吊し、上衣を剥いで男の子がリンチを加える。女の子は真剣に痛がる演技をするというもの。
昭和29年(1954).10.23〔小学生が幼女を刺殺〕
北海道旭川の「七人の侍」上映中の映画館のトイレで、女の子(5)が首と左胸に深さ12センチの傷を受けて殺害された。
一ヶ月後にナイフでの脅しや盗みをしている男子小学生(11)を取り調べたところ、ナイフで殺害したことを自供。
映画が静かな場面になって退屈で廊下に出たが、トイレで女の子を見たときにまた映画の大音響が聞こえてきて
夢中で刺したと話す。
昭和35年(1960).1.8〔小5が友だち殺害〕
滋賀県草津市の公園で、小学5年生(10)が4年生(9)を何度も殴って足を抱えて引きずった。
4年生は翌日意識がなくなり、10日に脳内血管破裂で死亡した。野球遊びに入れなかったためカッとしたもの。
>>440 ネットをやらせない。
とくに2chは厳禁。
ネットは高校生からだな。w
小学生までには、日頃からやって良いこと悪いこと
をはっきりと教える。
今は、こういうことは
学校行ってるだけでは、テレビをみているだけでは
な〜も身につかないから。
>>441 おまえはひとつの考えで頭が凝り固まっているからなにを言っても無駄だ。
現代の問題となっている現象の原因の認識からして根本的に誤っている。
445 :
日出づる処の名無し :04/07/16 13:29 ID:4g6Wev+5
>>436 >こういった事件があると、日本中の学校では
>「「問題は言う事を聞きなさいと「過剰」に抑圧する大人。」
>ばかりだと思ってしまうのか?
別に教師に殴られて生徒が死ぬなんて珍しい事件じゃ無かったけどね。
>>301-302 に書かれている様に学校教育が「過剰」に抑圧的になったのは学生運動の反動。
必死になって子供をコントロールしようとした結果どんどん悪循環になってしまったのが戦後教育。
管理教育が社会問題になってきたのが80年代で。
中曽根総理(誰もが知る様にこの人は右寄りの人です)のもと官僚抜きで有識者のみで行われた
臨時教育審議会が開かれその結果教育勅語の復活というものは出てこなかった。
ttp://www.tabiken.com/history/doc/U/U355C200.HTM
>>445 >必死になって子供をコントロールしようとした結果どんどん悪循環になってしまったのが戦後教育。
これは違うと思うよ。
日本のどこでそんな教育が行われていたのか?
447 :
会奉行 :04/07/16 13:34 ID:b9BUBLci
>>441 いえ。批判するに充分だと思います。
教育勅語による教育を受けて、少年犯罪数が0になるとは限りません。
従って、教育勅語を知っていながら、犯罪を犯す少年が少数いても教育勅語の効果全てが否定できるものではありません。
精神に異常をきたして犯罪を犯す少年だっていた筈すし。
448 :
日出づる処の名無し :04/07/16 13:37 ID:4g6Wev+5
>>445 >学校教育が「過剰」に抑圧的になったのは学生運動の反動。
>必死になって子供をコントロールしようとした結果どんどん悪循環になってしまったのが戦後教育。
なぜこういうふうに断定できるのか?
何様?
教育評論家か?
底の浅い考察による思い込みの激しさに辟易する。
450 :
日出づる処の名無し :04/07/16 13:48 ID:4g6Wev+5
>>447 どうやって精神に異常をきたすかと言うと
ttp://homepage1.nifty.com/eggs/borderline.html 見捨てるという脅しが子どもの心に与える影響は、「自分は親から見捨てられてしまうような、
愛される価値のない人間なんだ」という、間違った考えを形成してしまうことです。
そして、親が自分に対して取った態度を、子どもは自分自身に対しても取るようになります。
つまり、自分で自分を見捨ててしまうのです。
こういった一連のメカニズムによって、親からの精神的な分離が恐怖となり、
自分が何者なのか分からないような混沌とした自己イメージを作り上げてゆきます。
そして、このメカニズムが抱えている様々な問題点は、子どもが成長して青年期に達したときに一気に表面化します。
なぜなら、この時期こそ親からの分離を否応なく求められるからです。思春期の性の目覚め。
社会人としての生活。恋愛と結婚。あらゆる面で自立しなければならないのですが、
長年にわたって親から刷り込まれた歪んだメカニズムから抜け出すことができずに苦しむことになります。
このように、境界例は原因が乳幼児期にあるのに、青年期になってから問題が表面化するため
「青年期境界例」と呼ばれることもあります。
この親が学校と変わるとどうなる?
勅語の教義がどんなに正しくても維新後からの子供を画一的に捉える教育システムの中で
擦り込まれた歪んだ価値観から抜けだせずに精神に異常をきたす可能性は十分ある。
>>450 「維新後からの子供を画一的に捉える教育システム」
そんなものがいったいどこにあるというのか?
脳内か?w
452 :
日出づる処の名無し :04/07/16 13:58 ID:HF//MWb9
>>450 書き殴り、書き散らかすのはいいが、君少し休み給えよ。
精神に異常を来すところまで墜ちているぞ。
453 :
日出づる処の名無し :04/07/16 14:02 ID:FkoBhiXq
少年殺人犯検挙人員 昭和11年 153 昭和12年 155 昭和13年 161 平成2年 71 平成12年 105 平成14年 83
454 :
会奉行 :04/07/16 14:03 ID:b9BUBLci
455 :
日出づる処の名無し :04/07/16 14:07 ID:4g6Wev+5
>>451 石原慎太郎の言葉
違ったベクトルでみると、戦後に私たちは結局大事なものを失ったゆえんのひとつは、
戦争中と同じような画一主義というのが、中央集権の官僚統制のなかで続いてきたんですね。
今日の日本の若い人たちはかわいそうだった。それは教育が悪かった。
教育は日教組じゃない。
みんな私たちの責任なんですよ。いかに画一化が徹底していまでも続くかと。
私はとにかく、海軍兵学校の予備校みたいな湘南中学へいって、
旧制から新制になって、延べ6年そこにいたの。
戦争中は、海軍の士官なんて玉砕するのが最高のなんとかっていったら先生はキュと変わっちゃって、
戦後は、とにかく東大にいって、法学部に入って大蔵省の役人になるのが最大のご奉公だと
馬鹿じゃないかと思った。
こんな事も言っている
現在の日本の危機を克服するには、ステレオタイプや横並び主義が跋扈する、
官僚機構に代表される既存の大組織の自己改革を待っているわけにはいかないと思う。
元来、企業家、創業者という人たちは、良い意味でも、悪い意味でも、他人とは異なろうとする、
独創的であろうとする、そして伝統的な枠からはみ出そうとする、そういう種類の人間でしょう。
松下幸之助だって、本田宗一郎だって、井深大や盛田昭夫だって、京セラの稲盛和夫だって、
皆そうだよね。そういう人たちがいつの時代でも世の中を変えてきた。
ttp://www.dreamincubator.co.jp/info/article/publish07.html >>278 も読め
456 :
日出づる処の名無し :04/07/16 14:12 ID:4g6Wev+5
>>454 教師とシステムがクソなら確実になる。
教育勅語を暗唱できても子供達が教義を理解できるかどうかも大きな問題です。
極端な話例えば、ここに一つのリンゴがあるとしよう。
赤に対する色覚異常の人がそのリンゴを見たとき灰色に見えているのかも知れない。
だが、正常な人が見ればそれは赤に見える。
この違いは、人がその対象を見るとき、自己の肉体を媒介としてしかその対象を捉えることが出来ない事による。
極端に言えば、私が赤と認識している色が他人にとって同じように見えているとは限らない。
ただ単に同じ対象に対して、赤という言語上の記号を与えているに過ぎないと考えることが出来る訳です。
同様にして他人の教義というか、倫理的とか道徳的な規律のようなものを理解するためには
自分の生まれ持った資質と、育ってきた環境によって作り出されたフィルターを通してしか
物事を認識することが不可能なのです。
友愛、義勇、朋友、義勇、人格の向上と言われても本質的にそれがなんなのかということは
結局個人の自由な試行錯誤の上でしか築くことは出来ないわけです。
>>455 意味がわかっていない。
戦前の画一化と戦後の画一化は原因が違う。
人間は自由が不足しても
自由が過剰でも画一化する。
ピーターフランクリンに言ってることは完全なDQNだ。w
というか、こいつのいうような論理が日本の教育を破壊してしまった。
自由が過剰だからといって教育勅語に走るのがワケワカラン
>>458 「教育勅語」って人間をガチガチの型にはめるものなのか?
>>459 ガチガチの型にはめようとするシステム(戦前)の体系では効果があった。
国民国家という概念が世界的に克服され(アジアの一部では残っているが)
システムが全く変貌してしまった現代において、教育勅語だけを抜き出しても
意味がないと思うがね。
461 :
日出づる処の名無し :04/07/16 14:26 ID:4g6Wev+5
>>457 それも選択肢があり、選択抑圧もないが、選択能力が不在で選べないという不自由だ。
つまり自由とは経験的に自分にとって何が正しいか知っており
選択能力があり特定の選択が抑圧されるという事が無いと言う事。
>>460 「教育勅語」は人間をガチガチの型にはめるものではない
と言っているのだが。
>>461 もっとわかりやすく言ってくれないか。
おれはおまえほど頭がよくないのだから。
>>462 型にはめるものなんだよ。
教育勅語の字面だけを理解してもまったく意味ないぞ。
>>463 教育勅語の字面だけを理解して
型にはめるものと思っていないか?
466 :
会奉行 :04/07/16 14:46 ID:b9BUBLci
教育勅語が広まれば、もっとましな世の中になることは間違いありません。 失効を取り消すべきです。
>>465 字面だけでなく、戦前の国民教育における教育勅語の役割から
型にはめるものと理解しているよ。
>>467 「戦前の国民教育における教育勅語の役割」
とはなにか?
>>468 単なる道徳教訓以上の効果をもたせようとすること。
内村鑑三の不敬事件とかな。
日本政府は国是たる五箇条の御誓文の方針に従って、欧米列強に対抗出来、独立国家を 維持する為には人材の育成が最重要課題と考えられました。学制を公布し、義務教育制度 を確立し、教育の普及に努めましたが、当時の日本は、文明開化の影響で洋学が重んじら れて、日本国伝統の倫理道徳規範の教育が軽視されがちでした。 そこで倫理道徳教育を推進する目的で、教育勅語は中村敬宇によって起草されるが、 国家官僚である井上毅がこの草案を批判する手紙を山県有朋首相に出した。その内容 は、勅語に「敬天・尊神」の語を避ける事で宗教論争を回避すべきであり、政教分離を 主張する。同時に日本国民の道徳は、皇室や日本国が存在してきた事実を踏まえた 国体から考えられるべきである。この国体の意味は、「実際の権力者は将軍であり、 摂政でありながらも、京都で形骸化した律令政府が、1000年間続いており、律令君主 が天皇であった」事を指すものである。従って、昭和の「国体」とはニュアンスを異にする ものである。第2点は、勅語の哲学論争を避けるべきこと。3番目は政治臭の払拭、4番目 は儒教のようなものを外す(日本固有的であること)、5番目は君子は臣民の自由に干渉 せず善を発展させるべき、6番目は各派の宗旨の一を喜ばせ他を怒らせる語気を避ける であった。それに山県有朋が賛同し、井上が起草する事になった。井上毅は明治14年の 自由民権運動の盛り上がりを見せた時に、明治23年に国会開設の詔書を出させる事で、 自由民権運動を骨抜きにさせた人物である。しかし、自由民権の理論的最左翼であった 中江兆民が、それを理解した上で、井上毅を評価してるのは「日本を東洋中のヨーロッパ 的島国にしたい」という究極の中江兆民の目標・考え方に、教育勅語は矛盾しないからで あるり、急速な近代化を計るという点では井上毅と中江兆民は通じていたと言えるからです。 井上毅・元田永孚によって起草され、明治二十三年十月三十日発布されたのが教育勅語 (教育に関する勅諭)です。人が生きていくうえで重要と思われる12の徳目が簡潔に記され ており、それが近代日本の礎を築いた偉大な明治の人々、それ以降の人々(戦中まで)の 精神的な支柱になりました。
井上毅の狙いは、早く日本をヨーロッパ風近代国家に移行させて、比較的自由に国民が
動ける事狙っていた。そうする為のナショナル・アイデンティティーの確立であり、それを妨
げる思想的混乱の回避にある。海外視察経験もあり西欧流合理主義者で政教分離主義者
だった。宗教や道徳は国家の政務とは異なると考えたのに対し、密顧問官の元田永孚と
法制局長官の井上毅の間に大きな対立がありました。元田永孚は、国家神道を国教(国教
にはなっていない)にして、宗教道徳の双方から国家が方向付けして、国民を教化すべきで
あるという教育勅語構想の持ち主であった。これらの対立や神道への配慮要求が議会で持ち
上がったことから、井上毅の意図したものと若干変質していく。そして1891(明治24)年には、
小学校令で、祝祭日における御真影への最敬礼、教育勅語奉読などの、国家神道儀礼が
定められたのです。
教育勅語の本質が天皇崇拝、天皇主権と思われがちですが、本来の本質は道徳教育
そのものです。また天皇主権を謳った五箇条のご誓文に沿う形での教育勅語の発布故
にそういった誤解が生まれたと思われます。この教育勅語は、日露戦争の仲介担当の
米国人の依頼によって明治四十年に英訳されて、多くのアメリカ人に称賛され、日本近
代化の要である教育の中枢であると認識されました。次いで漢訳がなり、明治四十二年
に至って仏訳・独訳が完成してます。そして在外大使館や領事館から世界各国に配布
された。明治四十一年にロンドンで開催された国際道徳会議においては、その要請に応
じて菊池大麓が教育勅語について講演し、欧米の識者から高い評価を受けました。
ttp://www.h7.dion.ne.jp/~speed/kyouikutyokugo.htm
>>471 なぜそこでいまさら教育勅語そのものを持ってくるのかが分からん。
>>472 危機感だろ
おまえは今の日本で良しとするのか?
明治維新後の闇雲な西洋文化への礼賛により、我が国古来の文化、精神的支柱が軽んじ
られることに危惧した明治天皇が、古来からの忠孝、節義、誠実の美風を教育の礎とすべく、
臣民(国民)に対して、父母への孝行や夫婦の和合、遵法精神など十二の徳目(道徳)を語り、
臣民(国民)と共に天皇自らもさらなる発展に努力したいと願い誓う形式でまとめられている。
西洋の学問・制度が入る中、軽視されがちな道徳教育(特に儒教)を重視した物であり、英国
初め諸外国から高い評価を得た。また、自国の教育指針を決定する際にあたって、この勅語
を参考にした国も存在する。
内村鑑三による教育勅語排礼拒否(不敬事件)をきっかけに、大切に取り扱う旨の訓令が発
せられた。小学校令施行規則(明治33年)により、学校等で式典がある場合には必ず朗読
されることとなった。
昭和期に入ると国民教育の思想的基礎として神聖化された。この為、この文章を暗記する
ことを求められた。特に戦時下にあっては国家総動員態勢を正当化するために利用された。
そのため、本来の趣旨からかけ離れる形で国家神道の教典として利用されるに至った。
太平洋戦争後、GHQは教育勅語が神聖化されている点を特に問題視し、1946年(昭和21)
に奉読と神聖的な取り扱いを禁止した。しかし、その一方で、カトリックの倫理綱領と同じであり、
日本人としての根本倫理を表したものとして講義を続けたグスタフ・フォス校長(神父)のような
教育者も存在した。その後1948年(昭和23年)6月19日には「教育勅語等排除に関する決議」が
衆議院で、さらに同日「教育勅語等の失効確認に関する決議」が参議院で決議され、教育勅語
は廃止された。
その後、教育勅語は軍人の規律を説く軍人勅諭と同列に置くことで軍事教育や軍国主義を彷彿
とさせる嫌いがあるとして、戦後日本で公の場で教育勅語を耳にすることは皆無となったが、
2003年11月1日に大阪市立柴島中学校の新校舎落成式典の来賓挨拶の中で自由民主党の
床田正勝大阪市会議員が暗唱したことで市民団体から異議申立てや教育基本法の是非も
含めた反対運動が起きている。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%99%E8%82%B2%E5%8B%85%E8%AA%9E
>>473 2chがない方が日本は良くなるかもなw
>>474 >明治維新後の闇雲な西洋文化への礼賛により、我が国古来の文化、
>精神的支柱が軽んじられることに危惧した明治天皇が、古来からの
>忠孝、節義、誠実の美風を教育の礎とすべく、
今改めてこういうのが必要と思える。
教育勅語そのものである必要はない。時代に合ったものを。
479 :
日出づる処の名無し :04/07/16 17:24 ID:4g6Wev+5
形骸化された単なる教訓である勅語が我が国古来の文化、精神的支柱になるわけないだろう。 文化、精神的支柱というのは感受性に訴えるもので無ければ概念化しない。 現代の子供が天皇が「私(天皇)は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、 日本の国をおはじめになったものと信じます。」なんて誇大妄想を信じる訳無いだろう。 「我が臣民克く忠に克く孝に億兆心を一にして」なんて御免被る自分は自分の為に生き 自分の愛するものを愛するとしか思わない。 人間の本来の姿が=自然状態というのは、全ての人間は生まれながらにして平等であり、自らの 生命保持のためにいかなることでも為しうる存在だからだ。 しかし人間は、自己の快感原則にそのまま従っていては、まわりとの絶え間ない衝突を生み出して、 自己や種族の保存どころか、自己や種族の破滅に陥る(「人間は本能が壊れている」)ため、 むしろ、それを抑圧し、環境との折り合いをつける、自己や種族を保存をするための「自我」が形成される。 ここをどううまく導くか?天皇のお言葉でみちびけるか?そんな訳無い。 天皇に対して親しみを持っていても信頼はしていないし教育勅語は漠然とし過ぎていて 具体的にそれが何なのかはつかみきれない。 何より何の為にその教義に従わなければならないという動機付けがない。
>>479 分かったから、否定ばっかりしてないで「じゃあどうするべきか」を
挙げてくれ。
481 :
会奉行 :04/07/16 17:40 ID:b9BUBLci
>>479 教育勅語は海外でも掲げている国があります。
>>479 >人間の本来の姿が=自然状態というのは、全ての人間は生まれながらにして平等であり、自らの
>生命保持のためにいかなることでも為しうる存在だからだ。
>しかし人間は、自己の快感原則にそのまま従っていては、まわりとの絶え間ない衝突を生み出して、
>自己や種族の保存どころか、自己や種族の破滅に陥る(「人間は本能が壊れている」)ため、
>むしろ、それを抑圧し、環境との折り合いをつける、自己や種族を保存をするための「自我」が形成される。
おまえの人間観は浅薄すぎてヘドがでる。
おまえの思想的バックボーンはヒュームか?
483 :
日出づる処の名無し :04/07/16 18:03 ID:HF//MWb9
シュタイナー教育かも知れない。
484 :
新しい教育勅語 :04/07/16 18:41 ID:4g6Wev+5
私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、 日本の国をおはじめになったものと信じます。 そして、国民は自分の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、 今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、 もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、 道義立国の達成にあると信じます。 君たちは何がしたい事はありますか? それがしたいんだったらみんなに言わないと言わなきゃ周りに伝わりませんよ。 でも、ひとりじゃできません。 だれかに助けてもらわなきゃ。そのためには友達をつくらなきゃいけません。 友達をつくるには、君、魅力的じゃなきゃだめですよ。 さらに、友達がしてほしいことをしてあげれば、友達は君がしてほしいことをしてくれますよ。 だからこそ子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、 夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、 全ての人々に愛の手を差し伸べる様にしてください。 そして魅力的な人間になる為に学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨いて下さい。 それが社会公共のために貢献する事に繋がります。 また、他人の尊厳を犯す様な事はしてはいけません。 法律や,秩序は君や友達や家族、国民の尊厳をを守るためにありますのでこれを守りましょう。 非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。 また、国家なるものがまともかどうかを常に検証し国家が国民益を犯す事は阻止しなければなりません。 そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、 また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、 さらにいっそう明らかにすることでもあります。 このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、 この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、 間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、 立派な日本人となるように、心から念願するものであります。
486 :
日出づる処の名無し :04/07/16 20:00 ID:4g6Wev+5
でも教義を守ろうとする動機付けが押し付けになって無いし 理論的にも矛盾が無くて良いんじゃ無いの?
487 :
日出づる処の名無し :04/07/17 01:29 ID:7v6/lhNO
>>486 教育勅語原文のニュアンスが判っていないようだ。
ルソーも逝っちゃってるけどヒュームも相当なアホだよ
ヒュームは自分の頭でものを考えてるけど、ルソーは単にだだをこねてるだけ。
491 :
abc :04/07/17 09:09 ID:gzrDxNn/
>>472 >
>>471 > なぜそこでいまさら教育勅語そのものを持ってくるのかが分からん。
「教育勅語」に代わる者がないことが原因だろう。
やはり必要だった、が結論そして出発点だとすると、 言葉の力を取り戻して新しい文章を書き起こすことが必要です。
要するに「西洋的価値観の礼讃」と「日本文化への卑下」を是正するための 指針が何か欲しいわけだよ。 明治においては教育勅語がその役割を果たした。 では現代においてその役割を果たすものは何か。教育勅語でないなら別の 何かを新たに作り出す必要がある訳で。 これを成すことは東京裁判史観、そしてウォー・ギルト・インフォメーション・ プログラムの悪影響を打破することにもつながる。
494 :
埼玉県民jp :04/07/17 10:54 ID:RRyCPlEA
>>493 それもそうだけど、道徳面での不安が大きいから
一時期、教育勅語の復活が考えられたわけで。
日本に宗教教育があればなと、つくづく思う。
海外は一神教がバックボーンになっているから道徳教育をし易い。
日本も宗教教育がダメなら、教育勅語のかわりに武士道を条文化して教えられないかな。
と思ふ。
なぜなら、「死」を親しみ、今を一生懸命に生きる思想がそこにあったから。
>>494 武士道は確かにいい。新渡戸稲造なんか教科書に載せてもいいぐらいだ。
だが「死を親しみ」とかいうとプロ市民が騒ぎ出すw
連中の頭ではそれが「戦争賛美」に何故か直結してるからな。
>493 普通に日本文学とか読ませたら?
>494-495 生命の価値が現在とは違う時代のイデオロギーだから、今には即していないと思う。
498 :
日出づる処の名無し :04/07/17 11:39 ID:NcCQIJtO
>>495 彼はまともに武士をやっていた人間ではない。
幼少時に維新を迎え、その後の生活で「武士道」を聞きかじる。
長じてキリスト教道徳に張り合うために
武士道を構築した(武士は「武士道」などという言い方を嫌った)。
それは新渡戸の愛国心のなせる業であるが、その一方で
「キリスト教の信仰を除けば、武士道を有する日本は西洋に匹敵する」と言ったことを忘れてはならない。
最終的には日本国をキリスト教化する魂胆が彼にはあった。
新渡戸はオリエンタリストである。
それでも「キリスト教の信仰がない日本は西洋以下だ」とは言わなかった その姿勢を評価したい。 それに聞き齧ったものだとしても、彼が「武士道」という言葉に集約させた 日本国民の精神性というものは確かにあったと思う。 「逝きし世の面影」とか読むとそう感じる。 それを明快な形で文章化し、世界に紹介したことは大きな功績だ。
500 :
(○´ー`○)はカワイイ ◆a7G9QH2uOQ :04/07/17 11:57 ID:3UX545kj
>>498 新渡戸の武士道は「葉隠れ」が土台になっているわな。
鍋島藩のそれは正統ではないが、変革期の為の武士道であり
江戸の安定期には似つかわしくない。
501 :
日出づる処の名無し :04/07/17 11:59 ID:xTXAJOyS
ロクに働きもせず暴力ふるうクズ親にも「孝行」せにゃならんの? 無能な癖にやたら高圧的な糞上司にまで「忠節」を尽くさにゃならんの? かつてはこの辺を都合よく論理すり替えされてしまい 家父長制・年功序列はじめとする理不尽なまでに厳格な上下関係が形成され 散々に辛苦を舐めた人間が多かった 昨今は個性尊重の名の下で我侭三昧な利己主義が蔓延してるし 基本的な概念は至極真っ当でも解釈の仕方によっては悪用されてしまうもんだ
502 :
日出づる処の名無し :04/07/17 12:21 ID:NcCQIJtO
>>499 > 彼が「武士道」という言葉に集約させた
> 日本国民の精神性というものは確かにあったと思う。
彼の「武士道」が彼独自の術語であり、
そこに収まりきれないものも多々あったことを認めた上で、
「日本国民の精神性」の存在には同意したい。
但し、新渡戸を経由して「武士道」に接するのは、
オリエンタリズムに骨絡みとなった一クリスチャンの目で
再構成された概念、西洋に 対 す る 概念を経由して
「武士道」に至る危険性は認識しておきたい。
その点でカワイイ氏が見せた、
新渡戸「武士道」を迂回し、
直に武士道的なるものに迫る手続の重要性を指摘しておく。
新渡戸が葉隠に依らざるを得なかったのは、
彼自身が江戸の武士として生きたことのなかった証である。
日本といえばフジヤマ、ゲイシャを連想する外国人がいる。
新渡戸にとっての武士道もまた、その手のステレオタイプに依るものである。
彼は外国人なのである。
503 :
日出づる処の名無し :04/07/17 12:26 ID:NcCQIJtO
>>499 > それでも「キリスト教の信仰がない日本は西洋以下だ」とは言わなかった
> その姿勢を評価したい。
実はそれに類することを言っている。キリスト教的「愛」に重きを置かなかった武士道に対する批判の件である。
彼にとってはキリスト教に合致する限りで武士道が評価されているのである。
なお船曳建夫『「日本人論」再考』(NHK出版、15年)の分析が明快である。お薦めしたい(但し人類学者たる船曳氏は、往々にして歴史学的な手続を疎かにし、
安易な解釈に走る傾向も見られるため、注意を要する)。
「葉隠」自体がただのマニュアルだろ。 主君のために盲目的に氏ぬようなイデオロギー教育の書で、 本来の武士だったら主君を見限って別の主君に仕える、なんてのは日常茶飯事だった。
まあねえ。新渡戸武士道もそうだし「逝きし世の面影」もそうだが、 外国人視点なんだよな。 ただ、幕末から明治初期にかけての日本というのは今とはまったく 異なる精神文化を持っていたので、結局のところ現在の日本人から 見てもそれはほとんど異文明なのであり、フィルターを介してしか 解釈できないというのもまた事実だと思う。 原点回帰を主張してはみても、今の我々に出来るのはせいぜい 原点の模倣までだろう。
506 :
日出づる処の名無し :04/07/17 12:34 ID:NcCQIJtO
要約。新渡戸「武士道」はある程度現実に根ざしたファンタジーであり、 現実そのものではない。 このファンタジーから現実を推知するのは危険である。 映画「パールハーバー」から真珠湾攻撃の史実を解明する愚に等しい。 外国人新渡戸の見た「武士道」は、内国人の知る日本的精神性を相対化するための 参考意見に留めるべきである。
507 :
日出づる処の名無し :04/07/17 12:35 ID:NcCQIJtO
>>505 被ってしまいました。
見事にまとめてくださり、有難う。
508 :
日出づる処の名無し :04/07/17 15:32 ID:eRBdypQ+
保田與重郎とか日本ロマン主義とかそっちの人達って賢くって 伝統的共同体を生きる人間は日々生きるのに用いる作法が伝統そのものだから 伝統と言う概念は近代化を通さないと見い出せないって良くわかってた。 つまり近代を徹底する事によってしか日本が日本である事は観念化出来ないって事。 こういう事を無視して近代より伝統が大切と言うのは(ry
509 :
日出づる処の名無し :04/07/17 16:56 ID:yHYYNDkE
教育勅語はすばらしい.反対する人は、これを読んだことがあるのかな.まともな日本仁ならば、読めばきっと感動するよ.
511 :
日出づる処の名無し :04/07/18 12:09 ID:wf5WGBKY
明治以後の国家神道は、西欧のキリスト教に対抗して模造され強制された宗教で 旧約聖書に当たるのが古事記で、イエス・キリストと新約聖書の代わりに天皇を神とする国家神道を急造した付け焼き刃だ。 「一君万民」「天皇の赤子」という教義の基、日本人は皆身内、日本人は皆共同体と言った感受性を作り上げた訳だが これはイエスの説教からパウロが採りだした「隣人愛」(カリタス)の教義 親や故郷の親しき者を愛する自然感情をエゴイズムとして退け異なる共同体を受け入れる 脱共同体的な機能を果たすことによって異教徒・異民族が集う社会で、共同体にもう一つの宗教共同体をつけ加えるのではなく 一つの社会(公)の中で異なる共同体が平等な立場で混在する事を可能とし近代国家の基礎を築いた。 基本的人権という概念が生まれたのはこのころ。 天皇制はそれをパクって近代以前の日本人が村や身分に基づいた共同体の一員であるとしか意識していなかったのを 国民の擁護者である天皇が出現し宣伝や教育が成功して、人々が自ら宣伝された区分での国民であると自覚し 国家の三要素「領土」「国民「統治権」を日本が手に入れ近代化が成功した。 近代的な公の概念というものは明治初期の思想界・教育界で指導的役割を果たした中村正直がイギリスから持ってきた概念で 優れた政治・経済・軍事を支える 「天を敬し人を愛する心」 「上帝に仕え、 礼拝を尊び、 持経を尚び、 好んで貧者の者を調済」 するキリスト教精神で 持ち帰った課題は 「神とは何か、 神の愛とは何か」 という問いだ。 その課題に応えるべく、 帰国した明治元年に 『敬天愛人説』を書いた。 「人は、 吾と同じく天の生ずるところとなす者にして、 すなわち吾が兄弟なり。」 「人の上帝における、 なお弱子の父母におけるがごとし。」 これはキリスト教の隣人愛の「神の様に等しく人を愛せよ」の日本版だ。 只、キリスト教の隣人愛の様に同じ民族、宗教でなくても同じ様に愛するという隣人愛に対して 天皇制の場合同じ民族である国内でしか通用しない誇大妄想体系で それを根拠にした国際関係は、悪くはなっても良くなることはない。
512 :
日出づる処の名無し :04/07/18 12:49 ID:SA5LA4BA
>>511 耶蘇教の教義を二千年来かわらずに守られてきた伝統だと誤解しているような・・・
コピペにマジレス、カコワルイかw
513 :
日出づる処の名無し :04/07/18 12:54 ID:SA5LA4BA
>>511 仁の概念は耶蘇よりも大分古いよ。このコピペと同じ論理を使えば、
孔子の言動から仁の理念を取り出し、王化の理想のもとに積み重ねた集大成が教育勅語、ということになる。
始めと終わりをくっつけただけの、弱い主張だと思うけどねw
旧約のいかがわしさ、新約の危うさを知っていれば、
このコピペがいかにデンパか分かりそうなものだが、
頭の悪い護教論者が必死で作文したものなのかも知れないな。
>>511 国家神道を復活させろなんて主張しているヤシなどいないが、
教育勅語でそれを行おうなんてだれも考えていない。
国家神道は本来の神道から遺脱したやや特殊なもの、時代の要請
で作り出されたのであって、本来の神道とは少し違う。
それに、日本人は本来外国人には優しいし、柔軟な心をもっている。
排他的ではない。
「敬天愛人」は信仰として学ぶまでもなく、昔の日本人には身についていた。
(現代の日本人は物質的・利己的になったのであやしいが w)
515 :
511 :04/07/18 13:26 ID:wf5WGBKY
御爆死定ましたスマソ。
>>514 > 「敬天愛人」は信仰として学ぶまでもなく、昔の日本人には身についていた。
唐心といって嫌われていたと思うが。
「敬天愛人」は真心とか仁とか慈愛とか心情的な良心ではなく
天が正しいとする善であり日本にはそういった伝統はないはず。
>>511 「近代以前の日本人が村や身分に基づいた共同体の一員であるとしか意識していなかった」
近代っていつのこと?明治か?
明治以降にようやく日本人が国家意識をもつようになったと言ってるのか?
それ以前の日本人には国家意識はなかったと。
まるで近代以前の日本人を未開民族扱いだな。
こういうことを言うやつは非常に多いのだが、はたして事実なのか?
日本の歴史が本当にわかっていて、そんなことを言っているとはとても思えないのだが。
それにしても
「村や身分に基づいた共同体の一員であるとしか意識していなかった」
とは
ハア?だな。
518 :
日出づる処の名無し :04/07/18 14:39 ID:SA5LA4BA
>>515 > 真心とか仁とか慈愛とか心情的な良心
だいぶアレですね・・・
カリタスとかには敏感なのに、
国語には鈍(ry
519 :
日出づる処の名無し :04/07/18 14:41 ID:SA5LA4BA
>>516 見事な問いだ。脱帽です。
2ちゃんねるで見たカキコでは
白眉なんじゃないかな。
520 :
511 :04/07/18 19:04 ID:wf5WGBKY
>>517 >明治以降にようやく日本人が国家意識をもつようになったと言ってるのか?
>>400 を読め。
>>518 カリタス=博愛=敬天愛人
カリタスってのはチャリティーの語源で神が愛する様に人々を等しく愛せよと
親や故郷の親しき者を愛する自然感情をエゴイズムとして退ける事によって
キリスト教徒は信仰心から心情的に理解出来ない異教徒に施しをする様になったのが博愛のルーツ。
521 :
abc :04/07/18 19:11 ID:t0A5yC6Q
>>516 >
>>515 > 天とはなにか?
天とは大きく構えれば「宇宙の森羅万象」。小さく構えて「自然」でしょうかね。
考えようによっては「人智の及ばざる事」とでも言いましょうか。はっきり言っ
てよく分かりません。よく分からなくともいいとも考えますね。それが日本人の
特質の様な気がします。
522 :
日出づる処の名無し :04/07/18 19:30 ID:wf5WGBKY
>>521 天は神(God)と同義。
真理という意味もある。
>>520 「近代以前の日本人は村や身分に基づいた共同体の一員であるとしか意識していなかったが」
んなわけないだろうが、アホが!
524 :
日出づる処の名無し :04/07/18 23:37 ID:69QXxkbX
>>520 gratias tibi maximas quod me docuisti
latinistam quid caritatem sit (pu
etenim certius factus sum hoc quam
stultus sis, qui non poteris quaestionem
meam.
525 :
日出づる処の名無し :04/07/18 23:41 ID:69QXxkbX
>>524 > quid caritatem sit (pu
ita corrigam ut:
quid caritas sit (pupu
526 :
日出づる処の名無し :04/07/18 23:44 ID:69QXxkbX
>>522 オマイの脳内では、だろ。
「天」の語義を知らないところをみると、
クリの手前味噌なプロパガンダを聞いて育った口だな。
なおらないだろうな。まあ狭い社会で生きていってくれたまい。アーメン
527 :
日出づる処の名無し :04/07/19 00:16 ID:mbXz4gSx
>>527 融合したかどうかは知らんが、
もともと違うものなのだろ。
529 :
日出づる処の名無し :04/07/19 00:39 ID:mbXz4gSx
>>528 元々は違った(過去形)ものですよ。
国家神道においては同義と言った方が良いかも。
530 :
日出づる処の名無し :04/07/19 01:09 ID:Ns/3t3U+
>>527 アーハーハーハー腹痛エ
マテオリッチかよ
しかも南○大学のキヨー
531 :
日出づる処の名無し :04/07/19 01:11 ID:Ns/3t3U+
532 :
日出づる処の名無し :04/07/19 01:18 ID:Ns/3t3U+
>>529 同義と言い募る香具師がいる、の間違いだろ。
自分の頭の悪さを人になすりつけないでくれYO
>>524-525 にも返事してやれ。
ラテン語みたいだぞ。お前得意だろ。
つーか新約を持ち出すのにラテン語なのは痛い。
お前の元ネタが痛いということだろうなあ
>>529 国家神道はどうもいい。
教育勅語とは関係ない。
534 :
埼玉県民jp :04/07/19 12:03 ID:MDX+1f2r
まぁ、俺の言いたい事は 今までの教育では「生きる事の素晴らしさ」を教えることを大事にしていた。 ただ、それを大事にしすぎたために「生き返ることが出来る」なんて考える 馬鹿な考えを持つ児童が出てきた。(ソースはちょっと前のNHKのドキュメント) そうではなくて、 @死と言うのは「絶対的にある」ことで、後戻りが利かないこと。 Aだからこそ人は、むやみやたらに人の命を奪う権利をもたず、奪われない権利を持つこと。 B現在・過去・未来を通じて一生懸命に生きる事。 これを根本的に教える事が大事であると思う。 これが出来るなら教えるのは何でもいいんだ。極論を言うなら、 教育勅語+禅+戒律+武士道÷2って感じでオリジナルの教訓を作ればいい。 っということで、私はこれを教えるべく、教員を目指してます。
>>501 > ロクに働きもせず暴力ふるうクズ親にも「孝行」せにゃならんの?
当たり前じゃねえか。親が障害事件起こしたら警察呼べよ。それも親孝行だ。
> 無能な癖にやたら高圧的な糞上司にまで「忠節」を尽くさにゃならんの?
当然だろうが。「無能で高圧的だとボクは思うので職務命令には従いません」ってか。
「尊属殺しは刑が重過ぎるので憲法違反です。刑はケースバイケースで
裁判官が決めることとし、立法府の作ったこの法律は今後用いません」
とほざいた最高裁の判事連中を超えるほどの馬鹿だな。
536 :
日出づる処の名無し :04/07/19 15:15 ID:lIYJMfgy
>>535 >>501 は選別主義者なんだろう。
自分は偉くて、自分の判断は常に正しいと。
子供はどんなことがあっても親を敬うのはあたりまえ。
自分は青年期、親をうとんでいたけど、自分が親の年代になったらわかった。
親は偉いです。一生越えられないだろうなって思う。親から見れば、越えてほしいんだろうけど。
素直に親を尊敬できるよ。
だから子供のころから、「親を尊敬しなさい」という教育は必要。
尊敬=服従なんて、つまんない価値観を持たせるからいけない。
子供から尊敬を受けるから、親はその分以上に徳を積まなきゃいけないって感じるし。
相互扶助の基本ですよ。 親を尊敬することは。
だいだい
>>501 みたいに「親に育ててもらった覚えはない」みたいに言う香具師ほど、何かあっ
たらすぐ他人を頼るんだよね。あまえんぼうさん(はぁと)
537 :
日出づる処の名無し :04/07/19 15:37 ID:TYbslVpd
教育勅語で洗脳解けました。
538 :
日出づる処の名無し :04/07/19 22:01 ID:B1ya4XCq
青少年犯罪は「厳しいしつけ」の欠落が原因だったのか
ttp://onko.ncf.or.jp/mori/ryoyuki/situke/situke.html 少年達は幼少期から「厳しいしつけ」の下に育てられたにもかかわらず重大な犯罪を犯したのである。
幼少期の子どもの「厳しいしつけ」が、自律や自制力を身につけるのだという意見はここではあたらない。
これらの事件の共通する問題点は何か、子どもの「しつけ」はどのようなことが
基本的に大切なのかを深く考えなければならない。
新聞報道による神戸の少年の場合、とても厳しくしつけられている。食事、
後片付けには繰り返しの叱責と注意。
幼い頃は「お母さんには、泣くまで許してもらえなかった。だから、
悲しくなくても涙が流せるようになった」「お母さんの攻撃から自分を守るため。
いつも縫ぐるみを全て並べた」と、少年は、その厳しいしつけに対処するためとった行動を語っている。
弟との比較で「お兄ちゃんだから」「お兄ちゃんのくせに」と我慢が強要された。
人目のかまわず叩かれた。弟のお手本となるため「できる子」「よい子」を求められ 過剰な期待がかけられた。
「幼稚園に行って恥をかかないように」というのは母親の虚栄心であろう。
のびのび育てられている子どもは、集団の中でできないことがあっても、
失敗やいたずらをしてもそれほど恥と思ったりはしないであろう。
まだ、未発達な幼児には「恥をかく」などという虚栄心は芽生えていないはずであり、
多少のいたずらや失敗はむしろ当然の年齢である。
青少年犯罪は「道徳教育を伴った厳しいしつけ」の欠落が原因。
540 :
日出づる処の名無し :04/07/19 22:26 ID:B1ya4XCq
最近の凶悪犯罪は厳しすぎる「しつけ」による境界性人格障害が原因。
境界例
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A2%83%E7%95%8C%E4%BE%8B 育った家庭環境に問題が有るという点で一致している。現時点では「利己的な対人関係が基本となり、
対等の人間関係が無く上下関係のみの環境」しか存在しない家庭に育った人間が、
すべての人間関係をそうであると認識し、なおかつ「自分の家族は利己的ではなく良い家族であった」と
無理な虚像の認識を幼少時に強いられたことが根本的な原因であると考えられている。
クソな環境を教育勅語で美化すれば悪影響を及ぼす。
教育勅語には本来人間が持っている傾向に基づいた動機付けが無い為に只の虚構になってしまっている。
541 :
日出づる処の名無し :04/07/19 22:35 ID:lIYJMfgy
>>540 >最近の凶悪犯罪は厳しすぎる「しつけ」による境界性人格障害が原因。
>
> 境界例
>
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A2%83%E7%95%8C%E4%BE%8B > 育った家庭環境に問題が有るという点で一致している。現時点では「利己的な対人関係が基本となり、
> 対等の人間関係が無く上下関係のみの環境」しか存在しない家庭に育った人間が、
まさに、戦後サヨク教育そのものですね。
今も、日本人の命>イラク人の命 というように、問答無用で階級を作る。その階級には一切の
理屈が存在しないし、階級間では上が下を搾取するという朝鮮式儒教関係でしか物事を考え
られない。
教育勅語を初めとする流れは、階級の上は下よりも徳を積むことが必須であり、より厳しい。
こういう階級間相互扶助のシステムの一部だけ取り上げて、自分たちの選民意識の下での教育
をサヨクが行ったが故の被害者なんですね。
542 :
日出づる処の名無し :04/07/19 22:48 ID:B1ya4XCq
>>441 を読む限り明治から既に教育はおかしくなっている。
543 :
日出づる処の名無し :04/07/19 23:01 ID:B1ya4XCq
私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、 日本の国をおはじめになったものと信じます。 そして、国民は自分の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、 今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、 もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、 道義立国の達成にあると信じます。 皆さんは主体を重んじ自らの願望を叶える為に魅力的で無ければなりません。 だからこそ子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、 夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、 全ての人々に愛の手を差し伸べる様にしてください。 そうすればあなたの周りの人達がしてほしいことをしてくれるようになります。 そして魅力的な人間になる為に学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨いて下さい。 それが社会公共のために貢献する事に繋がります。 また、他人の主体性には尊厳がありますので、これを犯す様な事はしてはいけません。 法律や秩序は皆さんと友達や家族、国民の尊厳をを守るためにありますのでこれを守りましょう。 非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。 また、国家なるものがまともかどうかを常に検証し国家が国民益を犯す事は阻止しなければなりません。 そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、 また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、 さらにいっそう明らかにすることでもあります。 このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、 この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、 間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、 立派な日本人となるように、心から念願するものであります。
最近の凶悪犯罪は道徳を伴わない「しつけ」による境界性人格障害が原因。
545 :
日出づる処の名無し :04/07/19 23:17 ID:B1ya4XCq
最近の凶悪犯罪は倫理を伴わない道徳の共生による境界性人格障害が原因です。
>>340 を読んで下さい。
なぜ崩壊したのか
それは、親と教師が倫理・道徳の教育を伴った行動の強制、を行っていないから。 単に行動を強制する。 全く行動に制限を加えない。 これじゃ崩壊もするし、道徳も荒廃する。
俺がガキの頃の50代以上といったら立派な人が多かったけどな。男に限らずね。 一本筋が通って凛としていた。厳しいが温もりもあった。 大人が率先して手本にならないとな。
>>548 ,549
強制はよくないという考え方だからね、強制しないならそもそも教育に
ならないと思うが。
子供の自由を尊重、人権を尊重する。
子供の自主性を奪うな、自主性を尊重して創造性を養う。
人間は平等だから順位付けはよくない。競争は良くない。
こんな教育を戦後してきて、レベルの低い人間を大量生産してしまった。
ま、おれも含めてダメな大人だらけになってしまったわけだ。
ガキなんて殴る蹴るして育てないとダメ。ロクなもんにならないよ。 今の世の中と教育みてればわかるだろ
そうやって家庭内暴力が量産されていくのか
>>553 体罰も
子供が憎くて行うのと、子供に道理をわかって欲しくて行うのとでは違う。
子供には直感でそれがわかる。
体罰をくわえるということは子供に強い思いがないととてもできないし、
エネルギーを使う。子供に真剣に向かい合う気持ちがないとできない。
そういう気持ちがなく持とうともしないで、子供の自主性を尊重するとか
子供の人権を尊重するとか理屈をつけて放任する親よりは
体罰加える親の方が100倍まともなのである。
少なくとも
>>554 のような親を持ちたくないことだけは確かだ。
557 :
日出づる処の名無し :04/07/20 21:16 ID:TIIyiv6q
>>554 >>538 を読む限りそうは思えない。
親の馬鹿がうつるより放任でも社会の中で様々な人間に揉まれた
いろんな視点から物事を測れる人間に育ったほうがよい。
親は子供が失敗しても返ってきて反省出来るバックボーンを作ってやることが大切。
それ以上のことをたった一人か二人の人間にできる訳が無い。
おまえらどおせサイレントチルドレンも知らないだろう。
558 :
日出づる処の名無し :04/07/20 21:17 ID:TIIyiv6q
>>554 >>538 を読む限りそうは思えない。
親の馬鹿がうつるより放任でも社会の中で様々な人間に揉まれた
いろんな視点から物事を測れる人間に育ったほうがよい。
親は子供が失敗しても返ってきて反省出来るバックボーンを作ってやることが大切。
それ以上のことをたった一人か二人の人間にできる訳が無い。
おまえらどおせサイレントチルドレンも知らないだろう。
道理もなくしばきあげる親もあほちんだが、 何にもコミットしないくせにバックボーンとかいってるやつもあほちんだ。
>>557 538は親のエゴだろ。
子供を自分のペットのようにしか思っていないキチガイ親の例だ。
こんな例をあげてもなんの説得力もない。
561 :
日出づる処の名無し :04/07/21 21:24 ID:z0uS2aPr
>>320 > 所で教育勅語が現代の教育で有効だという証明はできるのかな?
> 2000年の春に、大学受験産業の会員名簿から抽出した標本(大学生)に対して、
> 性行動と性意識を問う社会調査を行い、「両親は性道徳に厳格だったかどうか」という問と、
> 「今まで何人とセックスしたか」という問いに対する答えをクロス集計した。
> その結果、「両親は性道徳に厳格だった」と答える者のほうが、
> 「両親は性道徳に寛大だった」と答える者に比べると、セックスをする人数が多くなる事が解った。
> (前者平均1.74人、後者平均1.58人、有意差あり)。
> 親が性道徳に寛大で、性について率直なコミュニケーションができ、
> 性情報を親から獲得しやすい場合には、総じてコミュニケーション志向が高まり
> 愛のある関係に入りやすい。
> 逆に、親が性道徳に厳格で、性について率直なコミュニケーションができない場合、
> インパーソナルなルート──例えばメディア──から影響を受ける傾向が高まると同時に、
> コミュニケーション志向が下がり(属性志向が上がり)、愛のない性関係に入りやすい。
こっちの方が説得力あるな
562 :
日出づる処の名無し :04/07/21 21:39 ID:z0uS2aPr
>>51 お前は自由や個人主義の意味すらわかってないだろ。
近代過渡期まではそうだが成熟期の現代では問題外。
だいたい日本が生産設備をフル稼働させると、世界が必要とする工業製品の七割を 作ってしまが
コストを考えれば生産されたもの全てが市場で勝ち抜ける訳が無い。
近代成熟期になると商業・金融業・運輸通信業・サービス業・
自由業など、第三次産業が経済を動かす中心となる。
企業の寿命は短くなり規模は縮小する。
日本人の全てが「起業家・創業者」になる様な教育をしないとお先真っ暗。
村上龍の希望の国のエクソダスにも興味深い事が書いてあった。
「そのフリースクールの生徒たちと会ったとき、非常に驚いたことがあるんです。
それは彼らのボキャブラリーというか、
使う言葉の豊穣さと彼らが非常に言葉を慎重に選んで話すということなんです。
(中略、同年齢の一般の生徒たちの場合は)だっせー、とか、うざってー、とか
そういう常套句でしか連中は喋れないんです。
若者言葉がどうのというより、表象能力がない。ボキャブラリーが極度に貧困なんです。
考えてみれば当たり前ですよ。学校に行ってれば簡単なんです。
サバイバルする必要もないし、マスコミとかテレビでもてはやす若者言葉というのを喋ってさえいれば、
少なくともアイデンティティの危機はないわけです。
ttp://www.jpnc.com/~aplac/thisweek/essay80/thisweek021118.html
563 :
abc :04/07/21 21:47 ID:TZ9xpAv8
>>561 こっちの方が説得力あるな
局所的に例を引いても我田引水で説得力は皆無だぞ。
564 :
R :04/07/21 22:00 ID:+DbJpTnT
>>562 ボキャブラリーが貧困だというのは日本全体に言えることですね。
テレビ見てるとよくわかる。
なにか事あるごとに自分の感情を表す言葉として「すごい」を使う。
美しい光景を目にしてもコレ。
565 :
日出づる処の名無し :04/07/21 22:20 ID:z0uS2aPr
また誤爆してしまった。
>>563 局所的では無い事は今まで議論してきただろ。
反抗期は自分のアイデンティティを確立するためにある。
つまり親とは違う人格(自分)を見つけるために、まず親を否定する。
ここで親から押し付けられたモラルはリセットされる。
そして親から押し付けられた規範が多ければ多いほどそれに対する反抗から無規範になる。
自ら試行錯誤して身に付けた規範が多ければそれほど酷くはならない。
親から押し付けられた規範は、それを材料に自分でものを考えるためにある。 それを放棄しては人間としての成長はない。 単に成功体験をもとにした視野の狭い経験則をもったまま成人するだけ。
567 :
(○´ー`○)はカワイイ ◆a7G9QH2uOQ :04/07/21 22:58 ID:WZ/2djDI
子供ってのは親と教師が育てるんではない。社会が育てるんだぜ。 もちろん教育は必要だし、親の影響力も強い。だが、社会から影響を受けて 子供は大人になっていく。今の子供に問題があるとすれば社会に問題があるってコトだ。 大人が金が第一だと考え、行動すれば子供も同様の価値観を身につける。 大人が人の命を軽く考えれば、子供も同じ価値観を持つ。
568 :
R :04/07/21 23:09 ID:+DbJpTnT
今テレビ見てたら、古館伊知朗が谷に転落した男性が一週間川の水で生き延びた というニュースのあとに言ってました。「それはすごいですねえ」
569 :
日出づる処の名無し :04/07/21 23:11 ID:Y+oDq2sy
>>567 違う、子供は親が育てるんだ。
子供が犯罪を犯したら、社会の所為ではなく、「本人と親」の所為。
お前のような共産主義者が家庭を破壊し、子供から母親を取り上げるのだ。
570 :
日出づる処の名無し :04/07/21 23:15 ID:ZEzjXEDy
知能が低い一般人は公立学校で均質化教育をして 知能の高い子供は私立学校と家庭の両方で教育すればいい。
>>567 自分の子供に問題があるとすれば、自分と学校の教師に問題がある。
572 :
(○´ー`○)はカワイイ ◆a7G9QH2uOQ :04/07/21 23:16 ID:hZ3tGHBB
>>569 オレは共産主義者じゃねえが?
子供の直接的な責任は親が背負うが、子供は親の影響だけで大人になるわけではない。
人工都市に数奇な子供の犯罪が多いのも社会環境が与える影響の大きさを物語ってる。
573 :
(○´ー`○)はカワイイ ◆a7G9QH2uOQ :04/07/21 23:20 ID:hZ3tGHBB
精神分析学でもいわれる様に、子供は親の影響を乗り越えて大人になる。 親離れは自己と近親者との葛藤からはじまるんだぜ。おまいらも、中学高校生の頃 親をうざく思わなかったか?それは成長過程では当たり前の現象だわな。 そうした経験が少ないと、歪んだエディプスコンプレックスやグレードマザーに 支配された精神構造を持った大人になる。
574 :
日出づる処の名無し :04/07/21 23:21 ID:z0uS2aPr
>>566 >親から押し付けられた規範は、それを材料に自分でものを考えるためにある。
そう、反抗期に一旦規範を破壊して無規範になりそこで起きたトラブルを通じて獲た経験と
親から押し付けられた規範を照らし合わせて自分のものとしていく。
ずいぶんトラブルをおこした学生運動の闘士たちみたいだな。 トラブルを通じて得た経験を自分のものとしていまだにトラブルのタネみたいな。
教育においての「おおやけ」の精神とか、 国家意識の復活ということならわかるが 教育勅語自体は、皇民思想がベースにあるわけだから まるごとの復活はむずかしいだろうと、ふつうに思います。
577 :
abc :04/07/22 08:54 ID:kg0hABvr
>>565 局所的では無い事は今まで議論してきただろ。
教育勅語の20の徳目(現在は12に絞り込まれている)を性道徳的(局所的)一分野で比喩し
しかも「守離破」で言えば守(教育直後を学ぶ段階)と破(自己を確立し親離れする段階)を
比較してどうする。教育直が破年端も行かない少年少女に対する人間のあるべき姿を教え
諭すものだと思うが如何かな。
578 :
日出づる処の名無し :04/07/22 08:54 ID:3KdJgDLU
k
580 :
565を少し訂正 :04/07/22 20:34 ID:apH95NMw
反抗期は自分のアイデンティティを確立するためにある。
つまり親とは違う人格(自分)を見つけるために、まず親を否定する。
ここで親から押し付けられた教条主義的な規範はリセットされる。
そして親から押し付けられた教条主義的な規範が多ければ多いほどそれに対する反抗から無規範になる。
自ら試行錯誤しコミュニケーションを通じてて身に付けた肉体的実感のある
規範が多ければそれほど酷くはならない。
>教育直が破年端も行かない少年少女に対する人間のあるべき姿を教え
>諭すものだと思うが如何かな。
>>543 の様に訂正して初めてまともに機能する。
よっぽど自分の親と何かあったのかね。 反抗期に殊更酷い親への敵愾心が生まれる奴って、大抵は 自分が壁を乗り越えられない苛立ちを(いちばん身近な)親にぶつけてるだけだろ。 大杉栄みたいに。
582 :
日出づる処の名無し :04/07/23 00:04 ID:lIn7E1LT
>>581 だからそういう話をしているんじゃないか
なら、無意味に親を否定する事など自分のアイデンティティを確立するためじゃなく ただのやつあたり、子供がだだをこねているだけだと知れ。 おもちゃ屋で泣き叫んでる子供とおんなじじゃねーか。 「まず親を否定した」 奴に何いっても通じないかもしれないが。
584 :
(○´ー`○)はカワイイ ◆a7G9QH2uOQ :04/07/23 11:36 ID:eeznXo08
>>579 >喪前さん、「否定する」と「乗り越える」を混同しとりゃあせんかね?
うんにゃ。
心理学でも精神分析学でも、もちろん教育学でも反抗期は健全な自己確立の発露だし、
成長過程に欠かせない重要な時期だ。ココで失敗するとロクデナシDQNになっちまう。
「乗り越える」のは「否定する」コトからはじまる。通常であれば、様々な経験を経て
一定の時期を過ぎると親の愛情を理解し社会性を身につけるワケだ。
復活に反対しないしむしろ賛成だが。 実際に世の中を良くしたり教育問題を解決したり するようなものにはならないだろうな。 正直、なんの役にも立たないと思う。
586 :
日出づる処の名無し :04/07/23 22:27 ID:lIn7E1LT
>>583 >おもちゃ屋で泣き叫んでる子供とおんなじじゃねーか。
>「まず親を否定した」 奴に何いっても通じないかもしれないが。
だからそういうのが反抗期だって。
>>585 むしろ性病の危険性を小学生から教えるべきだよな。
>>586 > だからそういうのが反抗期だって。
いや、親から与えられたおもちゃを拒否するのが反抗期だ。
自分で選ぶということに価値を見出していく。
そして親は親であり、自分は自分であると考えるようになる。
そして自分の願いがかなわないからといって親に八つ当たりするのは
自分の不満をうまく解消できない、制御できないことによる。
つまり、自己を制御する訓練が不足しているために自我の発達に耐え切れずに起こる現象であって、
それ自体が反抗期なのではない。
何の準備もなく自我が発達するにまかせればそうなる。
次第に自己を制御できるようになればおさまるかもしれないが、そうなる保証は全く無い。
それを期待するのは単に時間がたてば精神的に成長してくれるだろうと考えているだけだ。
また、自我の発達に合わせて、自分自身の責任で行動できる範囲を
次第に自分で押し広げられるように周囲が導かない場合もそうなる。
自分で処理しきれないほどのストレスを子供にかけてしまっているわけだ。
最悪なケースは子供が自我の発達によって欲しがるようになる自由を
子供の求められるままに周囲がすべて与えてしまうことだ。
反抗期は、私は私であるという主張であり、次に私はあなたではないという主張へと続く。 自分の存在を認めて欲しいための行動を起こしているのであって、 他人の存在を認めないための行動を起こしているのではない。 自分の肥大した欲望を満足させるために他人を否定することを成長と考えるのはよくない。
589 :
日出づる処の名無し :04/07/24 01:22 ID:R4IrU7Sv
>>587 >いや、親から与えられたおもちゃを拒否するのが反抗期だ。
親が良き事とする事に反抗するのが反抗期。
別に親から与えられたおもちゃを拒否するだけでなく
贅沢は良く無いとか遊んでばかりいては駄目だと言う事を拒否する事も含まれる。
そして親は親であり、自分は自分であると考えるようになるが
その自分の願いがかなわず親に八つ当たりする。
つまり、自己を制御する訓練が不足しているために自我の発達に耐え切れずに起こる現象である。
最悪なケースは子供が自我の発達によって求めるようになる欲望を
子供の求められるままに周囲がすべて与えてしまい
選択肢があり、選択抑圧もないが、選択能力が不在で選べないという不自由が生じてしまう事だ。
教育というのは、程度加減が非常に難しいものだと思う。 最初は行動の規範を与え、自分の行動とそれを常に照らし合わせることを教える。 それを習慣として訓練させる。 やっていいことと悪いことは、最初は教えられる必要がある。 少し知恵がついてくると、その規範自体についても考えさせるようにする。 どうしてその規範が大切なのか。その意味について考えさせる。 それについて友人とも意見の交換をさせる。 次第に自分なりの価値観、行動の基準を培わせる。 そして各人が少しずつ違った基準、違った正義をもって社会で暮らしながら、 どのような基準のもとで公教育を行うべきかを話し合える大人となるだろう。
591 :
abc :04/07/24 01:46 ID:WviIUSwL
つまるところ学問、勉強の目的とは、人間が何を為すべきか、何を為すべきでないか 何をしたほうがよいか、何をしてはいけないか、何が正しいか、何が邪まなのか なにが善で、何が悪なのか 何が正義なのか という問いに対する自分なりの答えを探すためにあるのだと思う。 漢字の書き取りや九九も含め、高等教育、社会人教育に至るまで、全ての目的はこれだと考える。 まあ、それはそれとして、教育勅語はいい出来だ。
「教育勅語」が教育指針としていい出来だとはとても思わない。 たしかに全体として普遍的な理念を語っているようににも見えるが、 実はたいしたことを言ってるわけではないし、よけいなこともかなり言ってる。 つか、あれはそもそも皇民教育の文脈で語られたもので、維新以降敗戦以前の 限定的な日本国家でのみ説得力をもつたぐいのものだろう。 わたしは日本の国家体制として明治国家を最上とするもので、戦後国家にたいしては きわめて批判的であるが、平成の今、ただ教育勅語のみを復活したところで、 なんの意味があろうかと思う。 教育勅語の復活は、戦後日本の再革命をともなわなければ、単なる駄文と帰す。
594 :
(○´ー`○)はカワイイ ◆a7G9QH2uOQ :04/07/24 09:05 ID:j/MwnmAH
>>593 >たしかに全体として普遍的な理念を語っているようににも見えるが、
徳目のベースが儒学(朱子学)だからだろ。儒学の影響が強い日本では、こ〜した徳目は
普遍的原理であると思われやすいわな。
勅語は自由民権運動の隆盛に危機感を持った政府中枢が、それを抑えるために軍人勅諭の
教育版の必要性を感じてつくられたものだ。目的がはっきりしているんであって、普遍の
原理の必要性から出てきた発想じゃねえからな。
595 :
abc :04/07/24 09:35 ID:WviIUSwL
>>585 > 復活に反対しないしむしろ賛成だが。
> 実際に世の中を良くしたり教育問題を解決したり
> するようなものにはならないだろうな。
> 正直、なんの役にも立たないと思う。
いやいや、音読するだけで心が引き締まる気がするけどね。
お経や賛美歌もこういう効果を狙っているのではないでしょうか。
自由民権運動が無政府主義運動に転化しないための措置としては妥当なところ。 日本儒学はおおいに見直されていい。
>>596 > 日本儒学はおおいに見直されていい。
同感だな。
朝鮮儒学のような形式主義に堕落しなかったのはなぜか、とかね。
まあ彼の国の儒学は本宗たる支那にも「?」だったようだけれども。
>>595 お経や賛美歌をさんざん聞いている国々にも悪人は絶えないし
戦前の日本もまたしかり。
教育の役に立たざることかくのごとしだよ。
599 :
abc :04/07/25 03:20 ID:FDxXFzfi
>>598 >
>>595 > お経や賛美歌をさんざん聞いている国々にも悪人は絶えないし
> 戦前の日本もまたしかり。
> 教育の役に立たざることかくのごとしだよ。
教育の役に立った効果は表面に出ないからね。細かく分析すると
@ 教育勅語教育をしたけれど悪人のままであった
A 教育勅語教育をしたので悪人が善人に変わった
B 教育勅語教育をしなくても善人だった
C 教育勅語教育をしたので善人が悪人に変わった
教育というのは悪人を教え諭して善人にする事だと思う。
家庭の事情で学校教育ぐらいでは手の施しようもない悪人が
居ることもあるでしょう。しかしかなりの人間が悪人とは言わないが
教育によって善人に目覚める者と思われます。一部の例外を
取り上げて効果が無いというのは早とちりという者です。
>>598 の様な論理で有れば全ての教育を否定することになりますな。
曰く「算数の授業をしても九九が言えない子はたえないしぃ」
曰く「国語の授業をしても読み書きが出来ない子はたえないしぃ」
曰く…、曰く…。
↑つまり、教育がなんらかの効果をあげるのはその子供の資質に依拠するわけだよ そこで効率がわるければ根本的に何かがまちがってる。 「学校教育」「公教育」というシステムは近代初頭の状況に対応したもので 現在の状況には必ずしも適切とはいえないってことだと思うんだが。 むろん漏れは教育全般を否定するわけではないが。
>>599 >家庭の事情で学校教育ぐらいでは手の施しようもない悪人が
>居ることもあるでしょう。
現代人の倫理観のなさは、学校教育のせいよりも、むしろ家庭環境や
家庭での教育が悪化しているからだと思うが。
倫理というものはそもそも学校で教えるべきものなのか…。
では何故、家庭環境や家庭での教育が悪化したのか というところに行き着くべきではないのかね。
603 :
日出づる処の名無し :04/07/25 10:16 ID:CjIw9J23
教育の悪化は近代システムから必然的に導かれる結果であって 小手先の改革なんかでどうにかできる問題ではないよ。
605 :
日出づる処の名無し :04/07/27 04:22 ID:uWKdXbkG
戦前の日本が悪いから、 教育勅語も、国家も、国旗も、天皇も悪いって言いたいんだよな。 共産主義者って馬鹿だな。
606 :
日出づる処の名無し :04/07/27 04:30 ID:UJZDSk4c
教育勅語(・∀・)イイ!!
>>605 戦前の日本では実際に肉体的被害を受けたんだから
単純に馬鹿と言い切れるもんでもないと思うがな。
608 :
(○´ー`○)はカワイイ ◆a7G9QH2uOQ :04/07/27 08:01 ID:LkYz9CoO
つ〜か、「朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス」なんて思ってる香具師はウヨたん以外、 誰もいねえだろ。忠良ノ臣民ってアンタ・・・
609 :
日出づる処の名無し :04/07/27 08:09 ID:gqCFj2nw
まー、国民がみんなこのとおりに動いたら統治者は楽になるんだろ。
610 :
双子の西兄弟 :04/07/27 08:12 ID:T+Jibnbi
在日で国体出場させ果たせなかった王貞治に惜しげもなく 国民栄誉賞を授与するあたり、日本は途轍もなく節操が なく、駄目であります。
611 :
(○´ー`○)はカワイイ ◆a7G9QH2uOQ :04/07/27 08:18 ID:LkYz9CoO
>>610 つ〜より、王さんは中国人と日本人のハーフだわな。
何度か帰化の話しがあったが、王さんを利用したい大陸や台湾に翻弄され
結果台湾籍を選んでるんだよん。
つまり、教育勅語は戦意を駆り立てる物ではなく、人間性を磨く為の言葉って事でFA?
614 :
(○´ー`○)はカワイイ ◆a7G9QH2uOQ :04/07/27 19:52 ID:LGqNhTeu
>>612 ノン、ノン。
天皇を助ける忠君を育てるコトバでFAdawa。
>>608 国家の善良な国民であることが前提だが・・・ってことだと思うがの。
善良、忠良な国民ってあんた、ええことですがな。真面目で誠実なんだから。
ちょっと待てよ。戦前にも凶悪犯がいたし少年犯罪もあったって話は どこいった? 「国民として善良」になるためには、なんの理屈もなく ただ「善良であれ」というだけでは不十分。 欧米にはキリスト教があり、日本では天皇でそれに代用したってことだろ。 そのへんの話ぬきに、ただ形式上ならべられた徳目の話して 「ほら、いいだろ」っていっても無意味だろ?
何が善良であるか、という共通の認識を子供に教えることが第一歩だろ。 そこらへんの話ぬきに、ただ善良であれっていっても子供には何が何やらわからんよ。
618 :
日出づる処の名無し :04/07/29 05:06 ID:nCb+G+wq
良スレ、上げ!!
619 :
日出づる処の名無し :04/07/29 21:02 ID:VYwTomDw
620 :
abc :04/07/31 06:13 ID:OQYfAHTa
>>616 そのへんの話ぬきに、ただ形式上ならべられた徳目の話して「ほら、いいだろ」っていっても無意味だろ?
「櫂より始めよ」というではないか。言葉のすり込みだけでも充分役に立つと思う。
学校への憎しみが徳目への否定に転化されたりしてね(w 学校自体が徳目を実現した様な環境である事が大切。 守破離と言うが「守」とはただ徳目を守るんじゃなくて その時代それが何か明確に解る様に社会が成り立っていた訳で 学校のシステム自体を変えなければどうしようもなかったりする。
イギリスのパブリックスクールは閉鎖的で現代社会に対応出来る人材を育成出来ないと言う批判も有る。 2000年に行われたOECD調査で15才の平均学力の順位では日本は科学、数学は上位にいるが これは応用力が無くてもこの年齢までは高得点がとれるお手本のような科目である。 読解力については正解率が低いうえに無回答目立つ。 すでに「その中に答えのある」問題は解答できるが、「自分で答えを書かねばならない」問題は 答えられないわけである。 さらにOECDの調査によると日本の子どもたちの学力は世界トツプクラスであるが、 同時に無類の勉強嫌いであると言う事であり、そのままにしておけばこの事が学力低下の原因になります。 ちなみに上位のフィンランドは少人数性を10年前に導入して世界トップに輝いている。 外国からの教育視察団が絶えなくなり「あまりの視察の多さに圧倒された。ふだんの仕事ができないほど忙しい」 教育省の研究機関である国家教育委員会のユッカ・サルヤラ委員長は驚きをこめて話す。
623 :
日出づる処の名無し :04/07/31 13:00 ID:arIXZ8ND
� 【読解力】 【数学的分野】 【科学的分野】 1 フィンランド 日本 韓国 2 カナダ 韓国 日本 3 ニュージーランド ニュージーランド フィンランド 4 オーストラリア フィンランド イギリス 5 アイルランド オーストラリア カナダ 6 韓国 カナダ ニュージーランド 7 イギリス スイス オーストラリア 8 日本 イギリス オーストリア 9 スウェーデン ベルギー アイルランド 10 オーストリア フランス スウェーデン 11 ベルギー オーストリア チェコ 12 アイスランド デンマーク フランス 13 ノルウェー アイスランド ノルウェー 14 フランス リヒテンシュタイン 米国 15 米国 スウェーデン ハンガリー 16 デンマーク アイルランド アイスランド 17 スイス ノルウェー ベルギー 18 スペイン チェコ スイス 19 チェコ 米国 スペイン 20 イタリア ドイツ ドイツ 21 ドイツ ハンガリー ポーランド
>>623 この表だけ見ると日本はかなりの水準を維持しているように見える。
627 :
日出づる処の名無し :04/07/31 16:54 ID:arIXZ8ND
>>622 を読め。
>2000年に行われたOECD調査で15才の平均学力の順位では日本は科学、数学は上位にいるが
>これは応用力が無くてもこの年齢までは高得点がとれるお手本のような科目である。
>読解力については正解率が低いうえに無回答目立つ。
>すでに「その中に答えのある」問題は解答できるが、「自分で答えを書かねばならない」問題は
>答えられないわけである。
628 :
日出づる処の名無し :04/07/31 16:59 ID:Up+Palut
-------------------------------------------------- < 町のチンピラやクズ > 今日も今日とて威圧的な愛国心をちらつかせながら虚勢をはる。 自分の暴力や傲慢なわがままを通す為に愛国を口に出す者。 それが右翼の原点。 政治マフィア活動である。 --------------------------------------------------
まあ、WCの開会式や重慶の件でもわかるが、集団として統合された意思決定、行動、 自己の制御というものを十分に訓練されないまま集団としての自我だけが肥大した場合、 自分の肥大した欲望を満足させるために他の集団に対して必要以上に攻撃的になる、と。 いずれ精神的にも成長するだろうというのは、ただの希望的観測に過ぎんな。
630 :
日出づる処の名無し :04/08/01 15:23 ID:GuBs9k/r
学校での集団生活や団体行動なんて社会生活では体験する事の無い異常な状態だよな。
631 :
abc :04/08/02 03:21 ID:Ce8vFH+5
age
632 :
日出づる処の名無し :04/08/02 05:44 ID:fs1Ou4tl
633 :
日出づる処の名無し :04/08/03 06:35 ID:5g5wD5u5
「…常ニ国憲ヲ重ジ国法ニ遵ヒ…」 の「国憲」は「こくけん」とルビがふってありますが、「こっけん」とは発音しないんですか? 実際に奉唱している方、昔学校で習った方がいたら教えて下さい。
国憲って国の拳法のことだろ?
635 :
abc :04/08/04 08:35 ID:YdXNBiRg
>>630 >
学校での集団生活や団体行動なんて社会生活では体験する事の無い貴重な体験だ。
ていうか、普通に「道徳」の時間を復活させればいいんでねーの?
最近は「道徳」の時間は無いの? しかし俺はそんな時間に近代社会や差別の問題ばかりやってた気も駿河
638 :
日出づる処の名無し :04/08/05 01:18 ID:Sew/6kwD
道徳の授業は効果なかったからね。
お題目並べて素晴らしいとか言っている時点で子供に馬鹿にされるよ。
>>619 と
>>622-623 で説明している様に少人数制で全て解決。
639 :
日出づる処の名無し :04/08/05 01:23 ID:Sew/6kwD
ピーター・フランクル著 「よいニッポン だめなニッポン」 扶桑社 1998年刊 より 「いじめ」について思うこと ・・・・・僕は日本が大好きだ。その理由の一つに日本の人々の「優しさ」がある。僕は 日本へ来てから「優しさ」の現れである「親切」に幾度出会ったか知れない。道を尋ね れば、だれもが丁寧に説明してくれる。通りすがりの僕に笑顔で挨拶を返し、時には ちょっとした手土産−甘い蜜柑等々−をプレゼントしてくれる。など挙げればきりがない ほど、僕は親切にされた。そしてその都度日本の人々の「優しさ」を痛感した。けれど 何ヶ月かおきに新聞で悲しい事件を目にする。遅刻した生徒の校門圧死、マットの中で 窒息死してしまった少年、そして、恨みと無念さを残して自殺した幾人もの子供たち......。 こうした、子供たちにとってあまりに残酷で悲しい事件の報道を見る度に僕は悲しくなる。 そして不思議にも思う。この「残酷さ」と前述の「優しさ」とがなぜ同じ日本人の中で 両立しつるのか。「いじめ」という問題を考えてみて僕なりの答えを見つけたように思う ので、ちょっと述べてみたい。 「いじめ」は万国共通の問題だ。もちろん欧米の学校にも「いじめ」はあるが日本の 場合とは異なり、いじめる側もいじめられる側もたえず変わる。いじめに参加するのは ごく限られた人数であり、他の者は完全に中立かむしろ仲裁にまわる。けれど日本では あたかもいじめることが一つの共通の目的であるかのように、特定の誰かを対象に 全員で継続して行われる。
640 :
日出づる処の名無し :04/08/05 01:24 ID:Sew/6kwD
日本が他国と違うのは、まさにこの共同意識によることだ。僕は共同体意識を持つこと 自体は悪いことではないと思う。しかしなぜそれが人をいじめる行為を通してでなくては ならないのだろう。このことは日本の歴史的社会構造や習慣といった複雑な背景にも 関係しているように思われる。いずれにせよこのような共同体意識の持ち方では今の 日本の子供たち、少なくとも学童にはプラスにはなるまい。 日本の学童は質問どころか、挙手さえもしない。小学校も高学年になるにつれそうなって しまう。日本の学校教育は知識の教授よりむしろ集団生活に慣れることに重点を置いて いる。「みんなと同じように」というこのやり方が今の「出る杭は打たれる」教育に繋がる のだ。実際小学校に入る前の子供たちのなんと魅力的なことか。親ならば誰もが、何事 につけ「どうして?」「どうして?」を連発する我が子の可愛い問いかけを浴びた経験が あるはず。その好奇心の旺盛さよ。そのひたむきさに当惑こそすれ、決して嫌ではなかった はずだ。この好奇心こそが彼らの最大の魅力でありかつ可能性でもあるのに、今の 「学校」では、それを伸ばすどころか抑えつけてしまっている。日本でいう民主主義とは 万人平等である。しかし僕は民主主義とは万人に等しくチャンスを与えることだと思う。 人には個性があるのだから等しいチャンスが与えられた以上それを生かすのは己の責任 であろう。 日本は「みんな」が頑張って現在の繁栄を手に入れた。次は個人が豊かになる番だ。 一人一人が個性を生かし、才能を伸ばせるような教育を一刻も早く始めるべきだ。・・・・・
あー、また無意味な文字列連続投稿野郎が
642 :
日出づる処の名無し :04/08/09 21:03 ID:68jXboWU
教育勅語は軍国主義につながる悪しき物と教えられてきましたが、
その内容は素直に受け入れれば、とても良いものと思えるのですが?
↓
教育勅語 十二の徳目
孝行(こうこう) 親に孝養をつくしましょう
友愛(ゆうあい) 兄弟・姉妹は仲良くしましょう
夫婦(ふうふ)ノ(の)和(わ) 夫婦はいつも仲むつまじくしましょう
朋友(ほうゆう)ノ(の)信(しん) 友だちはお互いに信じあって付き合いましょう
謙遜(けんそん) 自分の言動をつつしみましょう
博愛(はくあい) 広く全ての人に愛の手をさしのべましょう
修学(しゅうがく)習業(しゅうぎょう) 勉学に励み職業を身につけましょう
智能(ちのう)啓発(けいはつ) 知識を養い才能を伸ばしましょう
徳器(とくき)成就(じょうじゅ) 人格の向上につとめましょう
公益(こうえき)世務(せいむ) 広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう
遵法(じゅんぽう) 法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう
義勇(ぎゆう) 正しい勇気をもって国のため真心を尽くしましょう
ttp://www.meijijingu.or.jp/intro/education/ でもこんな意見もあります
↓
> 勅語には、命の大切さも、人権や平等の大切さものべられていません。“良いところ”など何もないのです。
http://www.jcp.or.jp/faq_box/001/2000525_faq.html どう思われます?
日本コミンテルンの方々には素直さが足りないのかな?
643 :
日出づる処の名無し :04/08/09 21:06 ID:wXA49Nco
で、お前らは12のうち幾つを守って生きているんだ?
644 :
日出づる処の名無し :04/08/09 21:21 ID:rkkG4CU7
三つ!
大抵の社会人なら、どれもそれなりに守って生きてるんじゃないの? 問題はそういう成熟した大人になるまで、昔より時間がかかりすぎている、 成長が遅い、だから修整が効かずに成人する者も目立ってきた、ということなのではないかな。
646 :
日出づる処の名無し :04/08/09 21:36 ID:wXA49Nco
嫌韓なやつは博愛がかけている。 ファイル共有ソフト使ってるやつは遵法がかけている。 2chで暴言はいてるやつは謙遜がかけている。 無職のやつは公益世務、引きこもりは孝行がかけている。
647 :
日出づる処の名無し :04/08/09 21:39 ID:CSdFwS1m
>>642 何度も言うがお題目並べて素晴らしいとか言っている時点で子供に馬鹿にされるよ。
素直=単純馬鹿ってこと。
>>543 に人権や平等の大切さものべられている教育勅語の改訂版が有るから読め。
私達は言葉を用いて物事をかんがえています。
物事を分析し、論理的文章を書き、他人と建設的に論じあえる力。
具体的には自分の考えを提示し論証したり、大量の情報の要点を整理したり
情報をわかりやすく伝達する技術はあらゆる言葉を使う上で普遍的な技術だが
日本ではこれらが系統立てて教えられていません。
日本で言語技術の教育が行われなかった背景には言葉で情報を明確に伝達する事を
重んじてこなかった日本の文化があります。
はっきり言わない、察しの文化です。
十二の徳目を素直に受け入れるとは言っても実際の社会=パブリック・スペースは広く、
あらゆる予測困難な状況が待ち受けている。
単に学校内という一時的空間で→守るべき徳目を暗記させても、知識ファイルとして記憶するのみで
行動プログラムとして体内OSに組み込む訳では無い。
教える’と身につく’は違う。
ヒトに教えられるのと自分が身につけるの違いはかなり大きい。
予測困難な状況にぶつかると子供達はそこで「自分で通用する行動プログラムを身につけて」いないと衝突し、
ブチ切れ、暴れることになる。
徳目を唱えてもなんの力にもならないのである。
648 :
日出づる処の名無し :04/08/09 22:49 ID:hAVBZDpD
まさか、教育勅語を復活させろと声高に叫んでいる人に その十二の徳を遵守していない人はいないよね。。。
650 :
abc :04/08/10 08:31 ID:f+qDL/6w
>>642 補遺
昔は20だったな。
教育勅語「20の徳目」
孝行 第一、忠節 第二、和順 第三、友愛 第四、信義 第五、
勤学 第六、立志 第七、誠実 第八、仁慈 第九、礼譲 第十、
倹素 第十一、忍耐 第十二、貞操 第十三、廉潔 第十四、敏智 第十五、
剛勇 第十六、公平 第十七、度量 第十八、識断 第十九、勉職 第二十。
独断と偏見で命大切と人権と平等を20の徳目と対応させてみよう。
命大切:≒仁慈(他人の命を大切に)、忍耐(自分の命を大切に)
人権:≒友愛、信義、誠実、礼譲、仁慈
平等:≒誠実、公平
651 :
abc :04/08/10 08:34 ID:f+qDL/6w
>>646 > 嫌韓なやつは博愛がかけている。
> ファイル共有ソフト使ってるやつは遵法がかけている。
> 2chで暴言はいてるやつは謙遜がかけている。
> 無職のやつは公益世務、引きこもりは孝行がかけている。
>
であるから人の振りみてわが振りを直すのだ。そのためにも
徳目は引用される。良い例だ。
652 :
abc :04/08/10 08:35 ID:f+qDL/6w
>>651 補遺
ゴキブリが嫌いなやつは博愛がかけている。
んー。博愛とはなかなか難しい。
653 :
日出づる処の名無し :04/08/10 09:01 ID:elJwGCCc
>>648 そんなことできていたら
教育勅語を求めません
654 :
日出づる処の名無し :04/08/10 09:20 ID:LeWBuLKE
>646 まあ同意ですね。 ここの人たちの言う 「マスコミに騙されている一般人」の大多数の方が、公益、ルール遵守、礼儀、そういった点で遥かに「教育勅語」の精神を満たしてるんですよ。 むしろ、>646で挙げられたような平気で暴言吐いている人こそが、「戦後民主主義教育」の集大成なんでしょうね。 それと、これ読んでいる人の中にどれほどいるのかは知りませんが、無職ひきこもりとかの人は、 愛国心だとか民族の誇りだとか、あんまりそういうのを考える必要はないと思いますよ。 そういうのを考えてしまうと、否応なく「自分と同じ日本人」として、過去の偉人その他立派な人を思い起こしてしまって、 どうしても比較しちゃうじゃないですか、自分自身と。 そんな酷薄な事はとても要求できない。
655 :
日出づる処の名無し :04/08/10 22:10 ID:WpHQsaqj
>>652 誰もゴキブリを愛せよと入ってないでしょ。
すべての人に愛の手を差し伸べよと言ってるんですよ。
日本語読めますよね?
>>655 大抵の日本人は、日本の国法が及ぶ範囲に存在するすべての人に愛の手を差し伸べているようだ。
教育勅語の内容そのものはいいと思うけどさ。 日本が好き=右翼=戦闘服着たヤクザ、軍国主義を求める狂信者 というイメージが強いから 右翼団体が日の丸、国歌、教育勅語に敬礼しているかぎり 日本人はこれらを腫れ物扱いだろうね。 右翼団体=反日団体のようなもの
658 :
日出づる処の名無し :04/08/11 07:57 ID:Xpwuregl
>>656 そんな限定するなって、すべての人に愛の手を差し伸べるのが
教育勅語の言う博愛なんだから。
659 :
abc :04/08/11 08:54 ID:H34Tosst
>>655 おや。「朝鮮人が嫌いな奴は博愛にかけている」はご推奨か。
660 :
abc :04/08/11 08:55 ID:H34Tosst
教育勅語を問題視してるやつって教育勅語が嫌いなんじゃなくて天皇が嫌いなだけだろ 毛沢東が言ってればすばらしいお言葉、とかいって感動してたんだろーなー
662 :
(○´ー`○)はカワイイ ◆a7G9QH2uOQ :04/08/11 09:48 ID:UkjHX4xd
>教育勅語が嫌いなんじゃなくて天皇が嫌いなだけだろ つ〜より「朕カ忠良ノ臣民タル」存在なんてゴメンだし「天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼」 するなんてやだな〜ってコトだよ。ましてや天皇だろ〜が毛沢東だろ〜が、 上から押しつけられるのは愉快じゃない。
663 :
日出づる処の名無し :04/08/11 09:59 ID:nrw3mTb1
教育勅語がどうして必要なの? それによって何がどう変わると考える?
664 :
日出づる処の名無し :04/08/11 11:03 ID:p0pW/kq/
665 :
大陸浪人 :04/08/11 11:19 ID:GiHehI1V
666 :
日出づる処の名無し :04/08/11 11:26 ID:eywCawhN
っていうかこのスレ
>>647 で終了している(w
教育勅語なんておまじないを唱えれば良い子になりますよっていう幼稚な発想(w
667 :
大陸浪人 :04/08/11 11:31 ID:GiHehI1V
>>666 も教育勅語を理解できるまで読むとよろしい。
呪文でもいい。 九九も最初は呪文だが 実生活に大きく影響のある呪文だ。 意味は後からついてくるで ok
669 :
日出づる処の名無し :04/08/11 11:39 ID:ODg8ctd+
汝臣民と今頃、言われてモナ〜
670 :
647を少し訂正 :04/08/11 12:04 ID:eywCawhN
私達は言葉を用いて物事をかんがえています。 物事を分析し、論理的文章を書き、他人と建設的に論じあえる力。 具体的には自分の考えを提示し論証したり、大量の情報の要点を整理したり 情報をわかりやすく伝達する技術はあらゆる言葉を使う上で普遍的な技術だが 日本ではこれらが系統立てて教えられていません。 日本で言語技術の教育が行われなかった背景には言葉で情報を明確に伝達する事を 重んじてこなかった日本の文化があります。 はっきり言わない、察しの文化です。 教育勅語にはその徳目が何かという事が関連付けて解る様な説明が全く無い 十二の徳目を素直に受け入れるとは言っても実際の社会=パブリック・スペースは広く、 あらゆる予測困難な状況が待ち受けている。 単に学校内という一時的空間で→守るべき徳目を暗記させても、知識ファイルとして記憶するのみで 行動プログラムとして体内OSに組み込む訳では無い。 教える’と身につく’は違う。 ヒトに教えられるのと自分が身につけるの違いはかなり大きい。 予測困難な状況にぶつかると子供達はそこで「自分で通用する行動プログラムを身につけて」いないと衝突し、 ブチ切れ、暴れることになる。 徳目を唱えてもなんの力にもならないのである。 さらに教育勅語にはその徳目を何故守らなければならないかという動機付けも全く無い。
671 :
日出づる処の名無し :04/08/11 12:12 ID:nrw3mTb1
672 :
647を少し訂正 :04/08/11 12:13 ID:eywCawhN
教育勅語を暗唱できても子供達が教義を理解できるかどうかも大きな問題です。 極端な話例えば、ここに一つのリンゴがあるとしよう。 赤に対する色覚異常の人がそのリンゴを見たとき灰色に見えているのかも知れない。 だが、正常な人が見ればそれは赤に見える。 この違いは、人がその対象を見るとき、自己の肉体を媒介としてしかその対象を捉えることが出来ない事による。 極端に言えば、私が赤と認識している色が他人にとって同じように見えているとは限らない。 ただ単に同じ対象に対して、赤という言語上の記号を与えているに過ぎないと考えることが出来る訳です。 同様にして他人の教義というか、倫理的とか道徳的な規律のようなものを理解するためには 自分の生まれ持った資質と、育ってきた環境によって作り出されたフィルターを通してしか 物事を認識することが不可能なのです。 友愛、義勇、朋友、義勇、人格の向上と言われても本質的にそれがなんなのかということは 結局個人の自由な試行錯誤の上でしか築くことは出来ないわけです。 子供が自我を形成する学校環境に問題が有と教育勅語は人格障害を引き起こす可能性をも持つ。 「利己的な対人関係が基本となり、 対等の人間関係が無く上下関係のみの環境」しか存在しない学校に育った人間が、 すべての人間関係をそうであると認識し、なおかつ教育勅語により「自分の家族は利己的ではなく良い家族であった」と 無理な虚像の認識を幼少時に強いられたことが境界性人格障害の原因となる。 クソな環境を教育勅語で美化すれば悪影響を及ぼす。 教育勅語には本来人間が持っている傾向に基づいた動機付けが無い為に只の虚構になってしまっている
673 :
まとめ :04/08/11 12:17 ID:eywCawhN
でも公務員の凶悪犯罪は戦前が多いよなボソ
675 :
まとめ :04/08/11 12:37 ID:eywCawhN
反抗期は自分のアイデンティティを確立するためにある。 つまり学校や親の求める人格とは違う人格(自分)を見つけるために、まず規範を否定する。 ここで学校や親から押し付けられた教条主義的な規範はリセットされる。 そして学校や親から押し付けられた教条主義的な規範が多ければ多いほどそれに対する反抗から無規範になる。 教育勅語が反抗期の暴発を触発する可能性はかなり大きい。 自ら試行錯誤しコミュニケーションを通じてて身に付けた肉体的実感のある規範が多ければそれほど酷くはならない。 つまり自我の発達に合わせて、自分自身の責任で行動できる範囲を次第に自分で押し広げられるように周囲が導かない場合もそうなる。 自分で処理しきれないほどのストレスを子供にかけてしまっているわけだ。 簡単に言えば自己を制御する訓練が不足しているために自我の発達に耐え切れずに起こる現象が反抗期である。 個人の尊厳とは自己責任によってなされた試行錯誤の結果、積み重ねられた、自信や自尊心です。 それを「朕カ忠良ノ臣民タル」「天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼」という教義でもわかるが 崇高なる天皇と一体化するという形で尊厳を保とうとすれば暴発は避けられません。
>自ら試行錯誤しコミュニケーションを通じてて身に付けた肉体的実感のある規範 俺様ルールね。
孝行(親の恩に感謝すること)、
忠節(国家に忠誠を尽くすこと)、
和順(夫婦は仲むつまじくすること)、
友愛(兄弟姉妹は仲良くすること)、
信義(友人は助け合うこと)、
勤学(一心に勉強すること)、
立志(志を立てること)、
誠実(正直で真面目なこと)、
仁慈(じんじ=思いやりの心を持つこと)、
礼儀(礼儀正しいこと)、
倹素(けんそ=無駄遣いを慎むこと)、
忍耐(我慢して忍ぶこと)、
貞節(女子として操を守ること)、
廉潔(れんけつ=心や行いをきれいにすること)、
敏智(機敏に知恵を出すこと)、
剛勇(不動心を養うこと)、
公平(えこひいきをしないこと)、
度量(心を大きく持つこと)、
識断(しきだん=正しく判断すること)
勉職(べんしき=真面目に仕事をすること)
ttp://www6.plala.or.jp/bakumatu/han/higo/MOTODA.HTM
678 :
まとめ :04/08/12 10:44 ID:0WkL2RRp
>>676 俺様ルールが自然と社会のルールと矛盾して考えているのだろうか?。
諸個人が人間として生存するための条件は、それ自体が社会的なものでなければなりません。
人間は喜びを求め、苦しみを避けようとする動物であるという限りにおいて、
人間は単に快苦の感覚を受動的に受け取る存在ではなく、
人間として最大の喜びは、ある目的に向かって精神と身体を活発に活動させることに存するのです。
そして、何ものかがそのような活動の目的になりうるためには、
それが社会的に認められた有用性をもつ必要がある。
そのうえ、目的の達成は、それが長期的なものであればあるほど、他から干渉を受けない自由と、
さらには他者の協力を多くの場合に必要とする。
社会のなかで生きる人間の物質的な生活条件は、このような諸個人の活動の協調と、
その成果の交換と流通によって成立する。
ここにおいて、各人の利益は、自由な活動と他の個人との協力を可能にする社会秩序の維持に一致する。
そればかりでなく、各人は、他の諸個人が、社会的に有用な目的を目指して等しく自由に活動することを必要とする。
又、不自由は(従って自由は)三類型に分けられる。
第一は、選択肢が端的 に不在だという不自由。
第二は、選択肢は存在するが特定の選択が抑圧されるという不自由。
第三は、選択肢があり、選択抑圧もないが、選択能力が不在で選べないという不自由。
この三種類の不自由が極限に達した時アノミー(無規範)が生じる。
679 :
日出づる処の名無し :04/08/12 23:23 ID:pVMtJbLc
復活復活といってるやつに限って、教育勅語の精神に従った 生活を送ってなさそうなのは気のせいだろうか?
680 :
日出づる処の名無し :04/08/12 23:24 ID:QQj1Hzks
682 :
まとめ :04/08/12 23:40 ID:0WkL2RRp
683 :
日出づる処の名無し :04/08/13 14:04 ID:bZdIsmM6
今日の徹子の部屋 「戦争に泣いた二人の妻…蜂谷弥三郎」 スパイ容疑でシベリアの強制収容所に。その後現地で結婚。 日ソ国交正常化で日本の妻が待っていることを知る。現在は帰国。 番組の最後、 「こんなことを今言うのはなんですが、 五箇条のご誓文と教育勅語が日本人としての自分を支えてきた」 #言葉は正確ではないけど、大体こんなことを言ってた
台湾人民は当時兵役の義務がなかったが志願までして国難に赴いた。戦後見捨てられて異国民となり、 報われぬ境遇にありながらも何等悔いることなく、むしろ聖戦に参加できたを誇りにしている。 (略) ところが、不思議でならないのは聖戦に参加した正真正銘の日本人がどうして 「大東亜戦争は聖戦である、侵略戦争ではない」と胸をはって堂々と名乗り出る者がいないのは 一体どういう理由なのか?これで祖国の復興が望まれようか?(p190-191) 国民学校の教師達は、修身・道徳の基盤である教育勅語の精神、徳目の徹底普及に精励した。 (略) 昭和六年に満州事変が起こり、更に支那事変から大東亜戦争となって、義勇奉公の時が来た。 我々にとっては千載一隅の好機である。台湾青少年が、国の為に死しても悔いなし、時こそ今と ばかりに争って陸海軍人軍属を志願し、二十余万人も従軍した。その中、戦歿者が三万有余である。 就中鬼神をも泣かした山の青年高砂義勇隊の忠勇義烈は青史の一頁を飾り、後世に永く伝えられるであろう。 植民地台湾の青少年が祖国日本の為にかくも従容として死地に投ずることが出来たのはとりもなおさず 教育勅語の薫陶に外ならず、母国人にも勝るその精神こそは不滅で改隷既に半世紀を経た今日、 なお脈々として生き続けている事実を特に付言する。 これがすなわち台湾教育五十年の成果であったのだ。(p253-254) (台湾人元志願兵と大東亜戦争・いとほしき日本へ 鄭春河/著)
685 :
633 :04/08/13 16:53 ID:7rri2aIH
このスレには教育勅語を奉読している人はいないのか…。
686 :
日出づる処の名無し :04/08/13 17:45 ID:GJ8PtEg0
>>678 一連の投稿、すべて宮台の丸写し。
やめたほうがいい。
全く説得力なし。
教育勅語は今こそ必要だ。
687 :
日出づる処の名無し :04/08/13 22:29 ID:24IKCJP8
教育勅語の内容をロクに見もせずに イメージだけで封建的、抑圧的で堅苦しいものと思い込んでた人が多いと思う よく見りゃどれも全時代に通用する普遍的な内容だよね 別に天皇陛下の為に命を捨てろとか書いてなくて 戦前の厳格な家父長制や上下関係を強制してるわけでもないんでしょ
692 :
abc :04/09/05 00:30 ID:7MQ+42jU
お題目でも宜しい。いやお題目だからこそ少年少女に判りやすい。 お経・賛美歌・説教。こういったお題目が人間の道徳心を唯占めてきました。 してはいけないこと・すれば喜ばれること。こういったはっきりした けじめを判らせることはいいことです。
693 :
日出づる処の名無し :04/09/05 01:09 ID:XDJHzP1P
こんな儒教主義的なのはもう日本にいらないからw
なんで儒教がいらないのかを考えましょう。
695 :
abc :04/09/05 20:26 ID:7MQ+42jU
>>694 > なんで儒教がいらないのかを考えましょう。
勤勉を卑しみアイドルでもないのに歌ばっかり謡っているから。
勤勉を卑しむ儒教なんて知らない。
ある(何でも良い)漢字をずっと見ていると、その漢字がパーツに分解されるような感覚を突然覚え、 ただの線の組み合わせに見えなくなりその意味や漢字が認識しにくくなるという現象があります。 ゲシュタルト崩壊、って現象だそうです。 教育勅語も毎日奉読しているとゲシュタルト崩壊が起きます。 奉読しているうちに言語が分解されるような感覚を突然覚え、 口から何か音を発しているだけのように感じるようになります。 教条主義なんてこんなもんです。
699 :
日出づる処の名無し :04/09/07 12:51 ID:mENbDwLW
701 :
abc :04/09/08 06:03 ID:WSXhldZz
>>696 > 勤勉を卑しむ儒教なんて知らない。
では両班専用にに特化された儒教かな。
もしくは両班は反儒教民族でしょうか。
朝鮮のことはうろ覚えですので堪忍やで。
教育勅語の口語訳文にある 「そして、国民は忠孝両全の道を全うして、・・・」の部分の 「忠孝両全」とは、「ただたかりょうぜん」と読むのですか?
>>701 朝鮮のことはどうでもいいから、日本人なら論語くらい読もう。
親から「一流大学にいかないと駄目な人間になる!」と教養され、もし、好きでもない勉強をさせられた子供は、
親のいうことを聞く“いい子”として育っていきます。
親のいう事を聞かない子はダメな子と思わされて育てられ、他にやりたいことがあったとしても、
それを言えないままの生活が続き、たとえ、言ったとしても否定され、そ
の家庭内にて居づらくなってきても一緒に生活する事になります。
親は自分の言う事を聞かせようとした時、子供の自己主張や意見をまったく取り入れようとしない、
接し方がわからない等、多々の原因があります。
子供は「意見を聞き入れてもらえないのであれば…」と心に“蓋(ふた)”をするようになり、
一人でもないのに虚しくなったり、親からの違和感を感じながら育ってゆきます。
そして、意見交換やコミュニケーションを上手く取れない等の支障をきたします。
たとえば、家庭内で親から理屈や理論、教養を無理に虐げられて育った子供は、
誰に対しても理屈や理論を語り教養するようになりやすく、そのままほおっておくと
他人との会話やコミュニケーションを上手く取れない等の支障をきたします。
ttp://www.09chan.com/~adultchild/acod/
706 :
日出づる処の名無し :04/09/16 14:55:30 ID:SuVsNIzt
>>698 隊に帰りなさい・・・・。
帰らんかっ!
707 :
abc :04/09/17 12:46:46 ID:xHKxK92+
人間生まれてまずコミケすることはお母さんの口まねでしょう。 教育勅語は幼児に対する口真似教育よ。意味や理解は後からついてきます。 まずは12の徳目を諳んじることだね。
708 :
大陸浪人 :04/09/17 12:57:28 ID:muwLW4YD
然り、教育勅語は諳んじればよい。ただ諳んじればよいのだ。
709 :
abc :04/09/18 07:21:14 ID:0lckEWAb
>>707 補遺
教育勅語に対して批判する者は人間は生まれながらにして
言葉を理解し、善悪の判断がつくかまたは試行錯誤できる能力を
有しているように聞こえるがまるで全人類が「天上天下唯我独尊」
といって生まれてくるのか。全世界がお釈迦様で埋まってしまうぞ。
>>709 最初に規則が無ければ人間は秩序を造りだせないというなら人類創世以前に規則があったことになる。
本能に従うことがそのまま自己保存の方法でもあるような動物と違って、
人間は「現実原則に従う自我と快感原則に従うエスとの対立」あるいは分裂状態にあるところに その根本的原因があります。
人間は、自己の快感原則にそのまま従っていては、まわりとの絶え間ない衝突を生み出して、
自己や種族の破滅に陥るため、自然的には無秩序なのです。
この自我が人間の「確かに持っている普遍的な壊れた本能(快感原則に従うエス)」に対して
環境との折り合いをつけ自己や種族を保存をするため共同体内のコミュニケーションを通じて
形成される「内輪だけが持っている確かな物では無い共同幻想」とされる。
諸個人が人間として生存するための条件は、それ自体が社会的なものであり
個人の目的の達成は、それが長期的なものであればあるほど、他から干渉を受けない自由と、
さらには他者の協力を多くの場合に必要とする。
他者から肯定され、承認されて尊厳を獲得してきたひとは、自分が自分であることにとって
他者や社会は必要不可欠だからそれらから疎外される事を恐れ責任感や罪悪感が産まれる。
個人が責任をもって何かをすることに障害(束縛・強制など)がない自由(リベラル)な状況でこそが
環境や所属する共同体が変わったり失敗した場合でも万人の万人に対する戦い(抑圧)を通じて
お互いが妥協点を見つけたり反省したりして社会的秩序を形成する事ができる。
又、不自由は(従って自由は)三類型に分けられる。
第一は、選択肢が端的 に不在だという不自由。
第二は、選択肢は存在するが特定の選択が抑圧されるという不自由。
第三は、選択肢があり、選択抑圧もないが、選択能力が不在で選べないという不自由。
この三種類の不自由の内どれかが極限に達し折り合いが付けられなくなった時アノミー(無規範)が生じ秩序が崩壊する。
要は社会的秩序が信頼可能である程、人々は自由に振る舞え
人々が自由である程結果的に得られた社会的秩序は信頼可能になると言う事です。
>>711 他人に教えてもらって理解するんじゃなく、実践と経験の中から自分で考えるもんだ。
>>712 ちょっと質問ですが
表面的ではなく、その真の意味まで掘り下げて、しかも現代社会にあわせるために
はどうすればいいかという考察の仕方は感服いたします。
しかし、議論を切り分けないと混乱します。
・教育勅語そのものに関して
・教育勅語の実践方法論
の二つを明確にわけてみませんか?
実践論に関してはvTQTglMA氏の意見にかなり同意です。自分はまあそこそこの年であり
母親(戦前教育体験者)から、事あるごとに諭されたものです。教育勅語そのものを覚え
させられたわけじゃないですけど、小さな子供の社会でもいろいろな事が起き、その度に
「あのようなことをしてはだめ」「もっとしっかり考えなさい」と教えられてきました。今を振り返
れば、実は十二の徳目だったんです。
教育勅語の復活はいいです。それを暗誦させるのも悪くは無いです。しかしそれは導入で
あり、実践は日ごろの生活の中で、常に教育勅語と照らし合わせ、自らの行為を省みる環境
を、いかにして子供に与えていくか、与え続けていくかということだと思います。
戦前の教育勅語の「朕は〜」に関しては、軍人勅諭と同じで、単に教条の神格化を行った
だけで、大した意味はないと思います。つまり教条に「ありがたい」という位置づけをするだけ
の目的だと。このあたりは文化人類学からの切り口として、濱口恵俊 ・公文俊平編『日本的
集団主義』有斐閣 を参考にしてもらうといいです。
>>714 うぅぅぅ・・・・事故レス
× ちょっと質問ですが
○ ちょっと提案ですが
716 :
日出づる処の名無し :04/09/18 21:42:47 ID:KejwQ5js
>>698 嫌なものを拒否するときだけは理窟が一流ですね。
教育勅語を拒否したところで、所詮は別の「教条主義」に絡めとられてしまうのが落ちです。
もうそうなっちゃってるのかな? 共産主義かな?
完全にすべてのイデオロギーから自由な人なんていませんよ。
題目題目って、 お題目は一般人には意味がわからんが、 教育勅語は意味がわかるだろ。
719 :
abc :04/09/19 17:14:55 ID:Crln5SM1
>>710 >
>>709 > 最初に規則が無ければ人間は秩序を造りだせないというなら人類創世以前に規則があったことになる。
>
温故知新をご存じないか。人類は知恵という者を親から子へ、子から孫へと伝えてきた。
我々が学ぶ三平方の定理なぞピタゴラスの前には教科書で学ぶことが出来なかったが
今日では御細目として覚えることが出来、活用することが出来る。
@ 円周12mの縄にある点から3mと7mの位置に印を付け、ある点と3mの所と7mの所を持って
ピント張ればドッジボールの線が格好良く引ける。 小学3年生
A 直角三角形の辺をa、b、c(c>a,b)とすればc^2=a~2+b~2です 小学校校5年生
B 中学校入試問題。 Aを証明せよ
C (sinθ)^2+(cosθ)^2=1 を証明せよ。
と学習してきたけれど@なんぞは運動場でいくつかの班に分かれてわいわいがやがやとやったよ。
君の言いぐさによると小学生にはドッジボールのラインはひけないことになるのかな。
我々は12mの縄がありある点に目印を付けそこから3mと7mの点に目印を付けその点を3人で持てば
ラインが引けるんですがね。
人間の偉いところは鮮人の知識を有効に活用できるところにあります。貴方の例は人間は全て
ゼロから出発するといって非難していることになる。
というわけで折角先人が創り上げた教育勅語(12の徳目でさえ1000年の知恵が詰まっている者と思われます)
や17ヶ条の憲法、5ヶ条のご誓文、軍人勅諭、五省…のお題目も「∠c=R⇒c^2=a~2+b~2」の三平方の定理
も知恵を積み上げていく過程は同じと思います。「温故知新」之が人類科学の発達を容易にしてきたのです。
720 :
abc :04/09/19 17:20:40 ID:Crln5SM1
>>719 補遺
知恵を積み上げていく上で、不都合が生じたり矛盾が発生したら
その部分は修正するなり削除していけば宜しい。全てを捨てる必要は無いのです。
教育勅語の「朕は…」外野なら適当に言い換えれば宜しい。木を見て山を論じるような
真似はやめようよ。
教育勅語? なんだ、今のちびっこは知らんのか。 おいらは今28だが、国語だか道徳で習ったぞ。 親孝行して勉強して強くなって、立派な人になりなさいとか言うのだと思ったけど・・・ うむ、おもしろげだ。調べよう。 ざっとこのスレ、板を眺めたが面白いな。 偶にはPINK以外も覗いて見るものだ。
>>721 pink系しか見たことなかったんですか。
教育勅語は近代国民の道徳を説いているのであって、儒教道徳を説いているのではないだろ。 キリスト教が旧約聖書を引用しているからといってユダヤ教ではないのと同じ。
724 :
日出づる処の名無し :04/09/20 06:57:28 ID:pUAMI40x
今月号の[voice]は教育勅語のこと結構詳しく書いてましたね。 みなさん読みましたか?
というか、名前を変えて(勅語、が気に入らない輩がいるなら)しまえばいいのではないか? 内容は至極まっとうな、……まっとうすぎるというか「あたりまえ」なことを言ってると思うがな。 これを読んで「ウゼー!」とかいう奴は、最初から「まっとうな人間として暮らせてないやつ」だろうしな。 これに反対してるやつが、読んだ事があるのかどうか激しく疑問だが。
726 :
abc :04/09/20 15:42:58 ID:ZR7W/yAs
>>725 横槍ご意見
我が幼稚園では「みんなのきまり」だったね。
>>719 >温故知新をご存じないか。人類は知恵という者を親から子へ、子から孫へと伝えてきた。
だからこそ教育勅語は邪道なのよ。
>>712 の江戸時代の教育を読んだか?
>近代日本のなかで見えなくなった「教育の原郷」を探す、という目的から、江戸期の村の習俗、小さな
>共同体内部での自発的な文字学習のあり方がいわば理想化され、それがいかに近代
>公教育の中で抑圧されていったかという図式が描かれるのだが、それは本当に妥当な議論なのだろうか。
近代化以降の産物である教育勅語こそ自発性を踏みにじる悪しき産物。
少人数制こそが温故知新である。
だから
>教育勅語の復活が『識断(しきだん=正しく判断すること)』に反する
と言った訳だ。
日本以外の国では、宗教によって人間に社会規範を植え付けている。 欧州では主にキリスト経、中東はイスラム、アジアは仏教といった具合に、社会の決まり が宗教関連の本の中に書いてある。 昔、外国人が日本人に、日本人は特定の宗教を持っていないがどうやって社会規範を身に着けているのか と質問して、日本人は英訳した教育勅語をその外国人に見せて絶賛されたという記録があるように、 教育勅語には正しいことが書いてある。 しかし、子供は結論に対してその意味を求めるものである。 教育勅語をただ暗唱させるだけではなく、12の徳目は何故正しいのかという理由付けが必要である。 我々大人が教育勅語の内容は素晴らしいと思っているのは、何故素晴らしいのか分かっているから であって、子供に素晴らしいから暗唱しろと言っても子供は納得しない。意味が分からないから。 子供だから意味が分からないのではなく、教えないから意味が分からないのだ。 教育勅語 十二の徳目 孝行(こうこう) 親に孝養をつくしましょう これに対して子供は「何故親に孝養を尽くさなければいけないのか」という疑問がわく。 ここできちんと子供でも理解できるように理由を説明してあげなければならない。 他の徳目でも一緒で、全ての徳目に子供でも理解できるような説明をつけなければならない。 ただ単に暗唱させるだけの教育勅語など復活させる意味はない。 教育勅語を復活させるならば、その徳目一つ一つの理由付けもきちんと行うべきだろう。 そうすれば、大人から「廊下で走るな」「授業中は静かに」「道路で広がって歩くな」...と叱られる度に、 自らその言葉の持つ意味を考え、答えを導き出し、やがて自然と場所や環境に応じた対応(社会での生き方)を 身につけるだろう。 そうして初めて、子供が大人になった時、それを次の子供(世代)へと受け継がせることができるのである。
729 :
728 :04/09/21 11:33:07 ID:KWy5P7FU
文中で私は自分の事を「大人」と書きましたが、正確には18の未成年です。 間違った部分もあると思うので、もし間違いがあったら年輩の皆さんに指摘して頂きたいです。
sage
>>731 おもしろいけどなー。ちょっとアレだなー。
アレってのがうんまく説明できないけど。
なんつーかなー。ん〜〜〜〜〜上向き過ぎ?
>>732 言っていることはまともなのに、ひとりで行っちゃってるw
「ゴルァ 俺が正論だぁ!」(確かに正論)
「あれ? 周りに誰もいなくなっちゃった」
って感じかな?w
「勅語」は法的にどのように復活すべきなのか? 毎日の授業の初めに皆で唱えるのか?
736 :
abc :04/09/24 12:03:55 ID:InudZX2h
>>727 >
>>719 > >温故知新をご存じないか。人類は知恵という者を親から子へ、子から孫へと伝えてきた。
> だからこそ教育勅語は邪道なのよ。
親が実践・経験したことをそれなりに解釈して子に伝えることが何故邪道なんだろうか。
文明の発達というのはこの様なもでしょう。
親が経験したことを子に伝えず子は子で最初から全てやり直すなんぞは非効率的でありましょう。
737 :
abc :04/09/24 12:36:44 ID:InudZX2h
>>670 単に学校内という一時的空間で→守るべき徳目を暗記させても、知識ファイルとして記憶するのみで
行動プログラムとして体内OSに組み込む訳では無い。
教育勅語は人間が守るべき最低の行動規範をyていぎしている訳で時代とともにこの行動規範が変われば
改定すれば宜しい。現にかっては20合ったものがこんいちでは12に減っています。
教育には知識教育と定着教育があるが、主に学校教育では知識教育主体になっており、企業教育でOJTや
小集団活動で定着をはかっています。
というのも学校教育は各生徒がどの様な道に進むか判らないので実際の社会を想定するのに限界があります。
従って定着教育は目標をうんと絞り込んで例えば教育勅語のようにどの道に進もうがコアとして必要なものを
知識教育で教えて、日常の行動に於いて教師が指導するのです。余り漠然とした指導要領では教える側が
ついていけません。きちんと善悪の判断が付けやすい徳目を精選して教育することが肝要です。
>>670 の意見はある程度この様な道徳の狭い範囲での知識教育並びに定着教育を経た後に実施すれば
指導する側もされる側も無理なく実施することが出来るがいきなりではマズ無理でしょうな。
「会して議せず」「議して決せず」「決して行わず」の「会議は踊る」状態をつくリあげるだけでしょう。
幼少の頃より、12の徳目を提示し意味をそれなりに解説し暗記せしめそして皹の活動で12の徳目を
如何に実践したか、如何に反したことをしたかを反省させて定着させていけば自然と身に付くでしょう。
国際化社会の流れの中で価値観の違いによる衝突が起こりやすく確かに日本人だけでの「察し」の
手法は役に立たなくなるでしょう。「ディベート」はその様な察しの弊害を除去する手法ですが
12の徳目を題材に「ディベート」的手法でクラス全員で話し合いをさせれば効果も上がるでしょう。
確かに「孝行」はするべきかそうでないかを議論するのは小学生には難しいかも知れませんがそこはそれ
教育指導要領とやらを創り上げて生徒の活発な発言を引き出すようにすると良いでしょう。
738 :
日出づる処の名無し :04/09/24 13:00:04 ID:fOGGulxU
うちの甥っ子は今学校で教育勅語を暗記中です いや〜私立に言ってくれてよかった
739 :
↑ :04/09/24 15:47:12 ID:BfRTEFZT
低学歴のDQNが一人誕生だな。(プッゲラゲラ
740 :
日出づる処の名無し :04/09/24 15:58:09 ID:0yZiHKjp
教育勅語復活いいんじゃないの。 こういった俗流道徳もあってもいいと思うし。 教育勅語をセクハラ狂死や暴力狂死に指導されると、 建前道徳の欺瞞を子供達に学ばせることができるんじゃない。 日教組の人権教育も、奴らのファシスト体質から欺瞞が暴かれたわけで、 教育勅語が公教育に導入されたら、ま、同じ轍を踏むでしょう。 それも教育の一環としていいんじゃないの〜
741 :
abc :04/09/24 19:36:40 ID:InudZX2h
>>740 建前道徳の欺瞞を子供達に学ばせることができるんじゃない
建前というのは非常に重要なことです。所謂標準化というわけです。
段取りをうまく付けると均一的な道徳教育が出来るわけです。
続いて「守破離」の原則で各の生活条件で学習を積み重ねていくた
めの基礎が「守」で涵養されるわけです。「守」を飛ばしていきなり
「破」やら「離」とか二兆千四手も人格が破壊されるだけdす。
「建前=「守」と考えて「建前」をきちんと学習することが重要です。
【コピペ】
http://www.showen.co.jp/denseihp/syuhari.htm 『守(しゅ)』『破(は)』『離(り)』とは
指導者から何かを学び始めてから、ひとり立ちしていくまでに人は、
『守』・『破』・『離』という順に段階を進んでいきます。
後略
742 :
日出づる処の名無し :04/09/24 20:16:58 ID:I7rUAsWt
そんなもの復活させて何がどうなるというんだ? そんなもので、今日本が抱えてる問題が解決するとは思えんよ。 結局は自分たちのイデオロギーマンセーなんだろ 結局、護憲原理主義者、中核派とかと同じなんだよ
むしろ俺には教育勅語で「今日本が抱えている問題」への解決が全くできない理由がわからない。
だから、親を大切にしよう、兄弟仲よくしましょうっていっただけで問題解決するかって事 そんな事いっただけで解決するなら、そもそも問題なんて存在しない
問題解決の第一歩。 一歩くらい踏み出そう。
746 :
abc :04/09/25 09:50:49 ID:ln2QgdYL
>>744 > だから、親を大切にしよう、兄弟仲よくしましょうっていっただけで問題解決するかって事
> そんな事いっただけで解決するなら、そもそも問題なんて存在しない
言霊信仰というのをご存じか。口にしたことは必ず実現する可能性が高いと言うことを。
兄弟げんかをするのを見た親は「兄弟仲良くしなさい」というだろう。そして兄弟げんかは収まる。
之と同じよ。「親を大事にしましょう」「兄弟は仲良くしましょう」「夫婦は仲良くしましょう」
「友達とは仲良くしましょう」と周りから言われ、自分も言えばその通りに事態は進んでいくのです。
言わないから問題が解決しないのです。解決しないなら桎梏何度も何度も言うのです。
そしたら問題は解決します。貴方の問題が解決しないのは貴方がそういわないからです。
自分自身に言い聞かせて問題を解決するというのは古来から唯一と言っていいほどの
問題解決法です。
言わなければ物事は進展・解決しません。「お題目」は重要です。
ほれ火災防止運動は「マッチ一本火の用心」の標語から始まりましたよ。
747 :
d´m`゙b すまんな… :04/09/25 09:56:55 ID:k12GHhgR
敗戦で帝国を支えた貴族と士族(軍人)が没落してしまい、ドキュソな平民や賎民、 さらには三国人までもが、大手を振ってカッ歩するようになってしまったからな。 d´m`゙b すまんな… \(○m○)/ワシをもっと評価せんかい! [●]大日本帝國萬歳
748 :
@在日外国人参政権反対 :04/09/25 10:24:36 ID:FOTgx5Wo
教育勅語いいな。 すばらしい。
749 :
abc(コピペ) :04/09/25 20:27:16 ID:ln2QgdYL
750 :
abc(コピペ) :04/09/26 11:04:16 ID:UohmgLZg
http://www.chunichi.co.jp/00/sya/20040926/mng_____sya_____001.shtml 教育基本法改正、59%が賛成
全国世論調査 「愛国心」容認66%
本社加盟の日本世論調査会は、政府・与党が進める教育基本法改正について十一、十二両日、面接方式で全国世論調
査を行い、国民の意識を探った。基本法改正については「賛成」が23%、「どちらかといえば賛成」が36%で合わせて59%が賛成し、反対は計23%にとどまった。
賛成する人の55%は、理由として「現代の教育を取り巻く問題に対応できていない」ことを挙げ、特に二十歳未満の子ども
がいる層では69%に達した。教育の現状への根強い不満が改正への支持につながっていることを浮き彫りにした。これとは
別に、与党間で焦点となっている「愛国心」の扱いを尋ねたところ、基本法に盛り込むことに「賛成」「どちらかといえば賛成」が
計66%で、「反対」「どちらかといえば反対」の計26%を大きく上回った。
基本法改正に賛成する人の中で、自民党が重視する「伝統文化の尊重や、愛国心、道徳心を入れる必要がある」を理由に
挙げたのは17%、「憲法改正につながる」も3%だけだった。
改正に反対する人のうち「平和主義など現行法の理念は大切」は20%、「現行法に問題はない」が18%で、40%近くが
現行法を評価。42%は「改正しても教育問題に対応できると限らない」と答えた。改正問題への関心度は「ある程度」を含めて
68%と高かった。
小学校で英語を必修化することには計82%が賛成。理由は「国際社会では英語が大切」が43%、「英語教育は早い方が
いい」が38%だった。
<調査の方法>層化二段無作為抽出法により、1億人余の有権者の縮図となるように全国250地点から20歳以上の
男女3000人を調査対象者に選び、11、12の両日、調査員がそれぞれ直接面接して答えてもらった。1800人から回答を
得た。回収率は60・0%で回答者の内訳は男性50・5%、女性49・5%だった。
751 :
abc(コピペ) :04/09/26 11:15:12 ID:UohmgLZg
>>750 補遺
教育勅語というベースを基調とした教育基本法が成立後教育勅語が廃止され
砂上楼閣的教育基本法が改正されることになりました。注目の「愛国心」は
全国世論調査では教育基本法改正賛成者で18%が反対。基本法改正反対者
で47%が賛成で居たて、愛国新教育を盛り込むことに66%が賛成しました。
752 :
abc :04/09/26 11:18:48 ID:UohmgLZg
>>751 砂上楼閣的教育基本法が改正されることになりました。 ×
砂上楼閣的教育基本法改正に59%が全国世論調査で賛成しました。 ○
753 :
abc(コピペ) :04/09/26 11:30:44 ID:UohmgLZg
>>752 補遺
教育基本法問題核心はどこにあるか
http://www.bekkoame.ne.jp/~j-carp/04education/01-06/02.htm ■教育基本法改正問題核心はどこにあるか
ムーニズム教育問題研究班
今、学校ではいじめや不登校、学級崩壊、学力の低下が問題となっている。また、子どもの自殺、凶悪犯罪へ
の子どもの関与など、子ども関する様々な問題が発生し、社会問題化している。高度経済成長の傍らで、「詰め込み
教育」「高学歴競争社会」「受験戦争」等が社会問題化したという考えから、文部省では八十年代以降「ゆとりの教育
」を揚げて改革に取り組んできた。
一方で、多発する子ども達の様々な問題は、戦後の行きすぎた個人主義により子供への道徳教育が低下し、
教師の質の低下したためであるという考えが近年、主導権を握りつつある(図1、図2参照)。
これを受け、日本政府は昨年、有識者三十人より成る教育改革国民会議を結成し、これまでの教育のあり方を
見直し、自らが学び、考える力を養い、豊かな人間性をはぐくみ、多様な個性や能力を伸ばす教育を目標に、教育基
本法の改正を含む提言をまとめた。この改正問題が持つ意義について、考えてみたい。
以下省略。
754 :
日出づる処の名無し :04/09/26 11:36:01 ID:5ZVPmjIx
>一方で、多発する子ども達の様々な問題は、戦後の行きすぎた個人主義により子供への道徳教育が低下し、 戦前の行過ぎた全体主義の残滓が道徳の低下を招いているが。
755 :
保守派 ◆4T3UlnNmQc :04/09/26 11:50:25 ID:enS078Qw
国教は国家神道に。 「宗教の自由」など認められません。
756 :
日出づる処の名無し :04/09/26 12:08:53 ID:A6YkTO7i
>行過ぎた全体主義の残滓 残滓が行過ぎる?
757 :
日出づる処の名無し :04/09/26 12:21:18 ID:3pdqSYWv
こうゆうスレの住人こそ新風を応援すべき。
758 :
日出づる処の名無し :04/09/26 12:29:05 ID:2iBIs16d
学校で学んだことを一切忘れてしまった時に、 なお残っているもの、それこそ教育だ。 -----アインシュタイン
759 :
日出づる処の名無し :04/09/26 12:37:29 ID:OA/D2TkW
教育基本法の制定の段階での話しだが、当然パネルが設置された。 委員の一人が「教育勅語の精神を否定する必要はない。」と発言している。他の委員から異論はなかったそうだ。
>>760 で、自ら学び、考え、解決能力を養う能力を育むためにはどのような教育を施せばいいか具体的に教えて下さい。
>>761 作業実行型から始まり計画立案遂行型へ至る段階的な訓練
最初は計画を教え、それに沿って(興味を引き付け誘導しつつ)実行させる。
次第に目標のみを与えて自分自身で計画を立てさせ、その実行を自己管理させる。
最終的には目標の設定から自分自身で行わせる。
教育勅語、大学、論語などは素読させたほうが良いと思う。低年齢むけに噛み砕いた形で。
763 :
abc(コピペ) :04/09/26 13:57:32 ID:UohmgLZg
>>754 > 戦前の行過ぎた全体主義の残滓が道徳の低下を招いているが。
>
具体的の情景が目に浮かばない。状況説明を希望する。
このままだったら連合赤軍のプロパガンダみたい。
764 :
abc(コピペ) :04/09/26 14:09:01 ID:UohmgLZg
>>761 …
教育の段階を説明するには『守(しゅ)』『破(は)』『離(り)』が適切かと思います。
【コピペ】
指導者から何かを学び始めてから、ひとり立ちしていくまでに人は、『守』・『破』・『離』という順に段階を進んでいきます。
『守』
最初の段階では、指導者の教えを守っていきます。
できるだけ多くの話を聞き、指導者の行動を見習って、指導者の価値観をも自分のものにしていきます。
学ぶ人は、すべてを習得できたと感じるまでは、指導者の指導の通りの行動をします。
そして、指導者が「疑問に対して自分で考えろ」と言うことが多くなったら、次の段階に移っていきます。
『破』
次の段階では、指導者の教えを守るだけではなく、破る行為をしてみます。
自分独自に工夫して、指導者の教えになかった方法を試してみます。
そして、うまくいけば、自分なりの発展を試みていきます。
『離』
最後の段階では、指導者のもとから離れて、自分自身で学んだ内容を発展させていきます。
どの道にも必ず型というものがある。そして、繰り返し繰り返し、型の稽古をしなければならない。型は昔から代々受け
継がれてきているが、実は少しずつ工夫が加わって次第に良いものだけが残されてきている。 型は常に同じものではな
く、変化している。
受け継いだものを守り、現代(いま)に合わなくなったものを捨て去り、そこに新しく、独自の工夫を加え、それを繰り返す。
そして今までの型を越える、独自の世界(オリジナリティ)を創り出していく。
765 :
abc :04/09/26 14:28:22 ID:UohmgLZg
>>764 補遺
>>760 がやたらと力説する教育段階は「破」の段階です。
一方、教育勅語を学習する段階は「守」の段階なのです。
「守」無くして「破」にいれば生徒は何をしていいか分から
なくなり自分勝手な行動を起こすようになります。
生徒はみんな放っておいても努力して「破」の段階の学習
が出来る。出来るはずだとの性善説的前提で始めると
理解できないものに興味を示さない生徒に私がこんな一生
懸命指導しているのに生徒は全然ついて来無い。これは
きっと社会が悪いだの家庭が悪いだのと決めつけてしまうのです。
幼児は母親の口まねから言語教育が始まります。赤ちゃんに
自主性を持たせて…という教育を施そうとする人はいません。
最初は親の教師の口まねでいいのです。九九なんぞはその最たるのものです。
そして小学校一年生に何をどう教えるか、小学校二年生に何をどう教えるか、…
そしてその教育課程で「守破離」をどう位置づけるかなのです。之を「破守離」
とか「守離破」などと段階を間違えては教育の効果が上がるどころか弊害ばか
りが発生します。そして「教育勅語」は最も最初に始める「守」なのです。努々
「守」を飛ばして「破」の段階から始めないようにしましょう。
766 :
日出づる処の名無し :04/09/26 14:29:14 ID:fScEohhf
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767 :
日出づる処の名無し :04/09/26 15:06:52 ID:HDeiXMtV
>>756 常日頃2ちゃんねらーが批判している(極東板には少ないんだが)
体罰、管理教育、団体行動、厳格な上下関係といった辺りの事か>>全体主義の残滓
戦前教育をやたらベタ褒めする割には
その思想を受け継いだ体育会系体質を異常に忌み嫌うという矛盾
>767 君、阿呆でしょw 「体育会系体質」は先の大戦の軍隊における「新兵教育の残滓」だよん。 戦前の教育とはあまり関係ないねェw
769 :
abc :04/09/27 00:19:07 ID:clj9AL4y
何か暇になってしまったな。
このスレで一番笑った詭弁が「ゲシュタルト崩壊→教育勅語は役に立たない」 という理屈。 こういうこと言い出すヤツは教科書に対してもゲシュタルト崩壊起こしてたんだろうなw
771 :
日出づる処の名無し :04/09/27 12:56:38 ID:a9o7Bv78
もー十何年になろうか、台湾の人が日本のテレビで 台湾でも「教育勅語」を読んでます。 と、聞いたのですが、レスを一通り見ましたが出てませんでした。 記憶違いか、それとも廃止になったのか・・・・・
>>765 >
>>760 がやたらと力説する教育段階は「破」の段階です。
>一方、教育勅語を学習する段階は「守」の段階なのです。
阿呆か
お前はまだリンク先の江戸時代の教育を読んでいないのか。
「守」「破」「離」が実現する為にはベースとなる「小さな共同体」が必要だ。
これが無ければ
>>705 で示したように「守」の時点で失敗する。
>>772 まず、そのリンク先の江戸時代の教育についての要点を自分で簡潔にまとめてみれ。
それから、「ベースとなる小さな共同体」についての自分の考えを書き添えれ。
そして、「まず小さな共同体を確立してから守の段階に入る」のが良いと考えるのか
「小さな共同体など確立できないので守の段階に入ろうとするのは無意味」と考えるのか
それとも何か他の意見があるのならそれを表明して、その理由を書きなさい。
>素読を通じて〈身体化されたテキスト〉は、それ自体で直ちに実用の役に立
>つような知識ではない。しかしやがて実践的な体験を重ねるうちに、それらの
>さまざまな場面のうちに新たなリアリティーをもって実感され、よみがえって
>くる。いわば具体的な実践の場において実感的にテキストの意味が理解され、
>かつそれが道徳的な実践主体として、人としての生き方のうちに具体化されて
>示されるようなものである。経書というテキストの〈身体化〉によって獲得さ
>れる「儒学の知」とは、このような性質をもっていたと思われる。
>近代日本のなかで見えなくなった「教育の原郷」を探す、という目的から、江戸期の村の習俗、小さな
>共同体内部での自発的な文字学習のあり方がいわば理想化され、それがいかに近代
>公教育の中で抑圧されていったかという図式が描かれるのだが、それは本当に妥当な議論なのだろうか。
ttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/4254/shibun/shohyo/93-nakamura.html 他者から肯定され、承認されて尊厳を獲得してきたひとは、
自分が自分であることにとって他者や社会は必要不可欠だから
盗みや傷害、殺し等、他者に疎外されるような事は通常の精神状態じゃ出来無い様になります。
つまり個人の所属した小さな共同体で学習する事が他者から肯定され、承認されるような環境が教育の必要条件です。
逆に他者を肯定や、承認せず我がままを通そうとする人間は疎外されても反省しやりなおせる環境が必要となります。
現代の教育のように満員電車に無理矢理無関係な子供達を押し込んだような学級で教育勅語を実行すれば
力関係と同調圧力で雁字搦めのなか
>>639-640 参照
『朋友(ほうゆう)ノ(の)信(しん) 友だちはお互いに信じあって付き合いましょう』
を押し付ければ子供は心に“蓋(ふた)”をするようになり、一人でもないのに虚しくなったり、
他人からの違和感を感じながら育ってゆきます。
そして、意見交換やコミュニケーションを上手く取れない等の支障をきたします。
つまりアダルトチルドレンになってしまい引きこもり(不登校)や、摂食障害(過食嘔吐)、自称行為(リスカ)
の原因となってしまうのです。
776 :
abc :04/09/30 03:27:43 ID:Qr0vd8oc
>>772 >
>>765 > >
>>760 がやたらと力説する教育段階は「破」の段階です。
> >一方、教育勅語を学習する段階は「守」の段階なのです。
> 阿呆か
> お前はまだリンク先の江戸時代の教育を読んでいないのか。
> 「守」「破」「離」が実現する為にはベースとなる「小さな共同体」が必要だ。
> これが無ければ
>>705 で示したように「守」の時点で失敗する。
何を寝ぼけているのやら。学習するには先生がいて生徒たる同級生がいるではないか。
これは共同体とは言わないのかな。
>>776 >これは共同体とは言わないのかな。
共同体をゲマインシャフトと考えるならいわね〜だろ〜なあ。
>776 共同体というものを、どの規模で考えるか……というより「学童たちの生活圏」がどの程度の大きさなのかによると思われ。 教育勅語が「しごくまっとうな内容」であるのは事実だけれども、実際問題として彼ら(学童)がそれを読み、聞いて、納得し、 自らに反映させてゆくかどうかは、彼らを取り巻く(教室だけでなく)社会全体が、その理念を体現しているかにかかっているのでは? ……まあ、読んで、教えて、考えて、という機会をどれだけ作れるかによるでしょうな。
>>776 >何を寝ぼけているのやら。学習するには先生がいて生徒たる同級生がいるではないか。
>これは共同体とは言わないのかな。
相変わらずトロ臭いやつだな(w
>>775 ですでに書かれている。
>現代の教育のように満員電車に無理矢理無関係な子供達を押し込んだような学級で教育勅語を実行すれば
>力関係と同調圧力で雁字搦めのなか
>>639-640 参照
>『朋友(ほうゆう)ノ(の)信(しん) 友だちはお互いに信じあって付き合いましょう』
>を押し付ければ子供は心に“蓋(ふた)”をするようになり、一人でもないのに虚しくなったり、
>他人からの違和感を感じながら育ってゆきます。
>>779 ほんとうの朋友というものは一生にひとりかふたり出会えればいい方だ。
・・・・・と教えればよい。
そんなに誰も彼も手当たり次第信じろ、なんて教育は
すでに教育の名に値しないだろ。
781 :
780 :04/10/01 17:50:10 ID:cRSJalYG
西洋には「悪魔も聖書を引用する」という諺があるそうじゃないか。 教育勅語というすばらしいものも解釈をひとつ間違えるとロクなことにならない。 逆にいえば、教育勅語なんてくだらないものでも解釈次第ではすばらしいものでありうる。 要するに器が小さい今みたいなDQN教師どもに与えても 教育勅語を使いこなせるとは思えないんだが。 もっとも、だからといって復活に反対しているわけではないが。
782 :
日出づる処の名無し :04/10/01 17:54:27 ID:G5vUDsSV
>>781 昔は高等師範学校制度と言う良い物があったからな
>>780 > ほんとうの朋友というものは一生にひとりかふたり出会えればいい方だ。
>・・・・・と教えればよい。
それ以前に環境が子供をアダルトチルドレンにしてしまっているという話なんだが・・・・・
朋友を作れる様な人格すら育たない環境なんだよ
解る?
>>783 それはわかるが、全部が全部真性のACじゃないよ。真性はそう多くないだろ。
ACという言葉はみそもくそもごっちゃに安直に使われすぎ。
786 :
abc :04/10/01 23:43:42 ID:XxSqz7W0
>>779 現代の教育のように満員電車に無理矢理無関係な子供達を押し込んだような学級で教育勅語を実行すれば
たとえ二人であっても無関係は無関係だろう。だから教師はクラスが共同体なるように苦心するのだ。
しかし教わる側にその様な観点を感じはさせない。
クラスの運営方法と教科内容の吟味を混同しては議論は空回りだね。
教育勅語ってのは主体性や自発性より集団生活に合わせることに重点を置いている所に大きな問題がある。 なおしてみたのがこれ。 私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、 日本の国をおはじめになったものと信じます。 そして、国民は自分の道を全うするために、全国民が心を合わせて努力した結果、 今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、 もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、 道義立国の達成にあると信じます。 皆さんは主体を重んじ自らの願望を叶える為に魅力的で無ければなりません。 だからこそ子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、 夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、 全ての人々に愛の手を差し伸べる様にしてください。 そうすればあなたの周りの人達がしてほしいことをしてくれるようになります。 そして魅力的な人間になる為に学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨いて下さい。 それが社会公共のために貢献する事に繋がります。 また、他人の主体性には尊厳がありますので、これを犯す様な事はしてはいけません。 法律や秩序は皆さんと友達や家族、国民の尊厳をを守るためにありますのでこれを守りましょう。 非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。 また、国家なるものがまともかどうかを常に検証し国家が国民益を犯す事は阻止しなければなりません。 そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、 また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、 さらにいっそう明らかにすることでもあります。 このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、 この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、 間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、 立派な日本人となるように、心から念願するものであります。
集団生活できるようにするのが教育だろうに。 今みたいな学級崩壊するようなご時世にこの上個人主義を助長させるような教育は 下痢なのに浣腸するようなもので馬鹿げている。
小学生には理解できんだろ
小学生を馬鹿にするな。頭でも理解できるし体でも理解できるよ。
むしろ理解できないのは中途半端に育った大人だ。
>>786 >クラスの運営方法と教科内容の吟味を混同しては議論は空回りだね。
クラスの運営方法がクソな現代の教育で教科内容をどんなに変えても無意味。
>>639-640 > 日本の学童は質問どころか、挙手さえもしない。小学校も高学年になるにつれそうなって
>しまう。日本の学校教育は知識の教授よりむしろ集団生活に慣れることに重点を置いて
>いる。「みんなと同じように」というこのやり方が今の「出る杭は打たれる」教育に繋がる
>のだ。
793 :
日出づる処の名無し :04/10/03 20:20:55 ID:9Zd0y0Nk
>>787 さすがである。
しかし、教育勅語の精神のどこに問題があるのだ?
794 :
日出づる処の名無し :04/10/03 20:31:17 ID:pxFprabZ
>国家なるものがまともかどうかを常に検証し国家が国民益を犯す事は阻止しなければなりません。 教育勅語、戦前の軍部に見事に裏切られているね。
795 :
abc :04/10/03 21:05:20 ID:FUCXWgvW
>>794 教育勅語、戦前の軍部に見事に裏切られているね
そんなことを急に言われてもねぇ。
一体、軍部は教育勅語の何を裏切ったのですか。
>>793 問題があるとすれば、おまいらが大嫌いなシナの思想である
儒学を下敷きにしてるところじゃねえか?
>>793 教育勅語の口語文だと
>国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、
>今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、
天祖の直系の末裔である天皇は日本の家長であり
それに忠義と孝行を尽くした事によって今日の発展があった事になっている。
本来、民主主義国家とは人々が自由に振る舞うために、苦心して作り上げてきた道具であり
忠義を尽くす物では無く人と人が自分の尊厳を守る為にお互いの信頼を支える公共財です。
>>794 それは改定された内容。
本来は「非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。」
としか書いていない。
「国民が全部死んでも国の本質は守られる」というデタラメがまかり通る危険性を孕んでいる。
798 :
日出づる処の名無し :04/10/03 23:05:28 ID:pxFprabZ
>「国民が全部死んでも国の本質は守られる」というデタラメがまかり通る危険性を孕んでいる。 でたらめじゃない。 終戦の際、昭和天皇にとって一番大事だったのは 三種の神器 であり、国民の命ではなかった。 三種の神器さえ守られれば、あとはどうとでもなると考えていたぞ。
799 :
日出づる処の名無し :04/10/04 09:00:52 ID:ml8JkW7B
中学校で中・韓国語教育 京丹後市が特区申請へ [ 10月04日 07時20分 ] 共同通信 京都府京丹後市は4日までに、市立中学校で2005年度から中国語と韓国語を教える構造改革特区を近く国に申請する方針を決めた。同市によると、認定されれば韓国語の授業導入は全国の自治体で初めて。 京丹後市は今年4月、丹後半島の6町が合併して誕生。古代に「丹後王国」として大陸との交易で栄えた歴史を踏まえ、文化的にも関係が深い中国、韓国と国際交流ができる人材育成が狙い。 計画では、市内の9中学校のうち4校程度で、総合学習の時間を利用し、英語に次ぐ第二外国語として中国語か韓国語の授業を導入。順次、ほかの中学校にも広げる。 1年生は週1時間(年間35時間)、2、3年生は週2時間(同70時間)を充てる。指導教員は新たに採用し、会話中心の授業にする
>>798 そんな話初めて聞いたが、何に書いてあったんだか。
つーか三種の神器って現存してないのもあるんじゃなかったっけ。
801 :
sage :04/10/04 13:42:40 ID:CwSoL1rY
>800 天皇から皇太子(終戦当時の)に対する手紙。
何に載ってる? それだけじゃ判断のしようがないや。逆に「自分はどうなってもいいから 国民を飢えさせないでくれ」と頼んだって話もあるし。 こつちはマッカーサーの自伝だったかな。
803 :
日出づる処の名無し :04/10/04 17:03:47 ID:CwSoL1rY
>802 象徴天皇(高橋紘) 「・・・・戦争を続ければ三種の神器を守ることも出来ず国民をも殺さなければ ならなくなったので涙を呑んで国民の種を残すべく努めたのである」
804 :
日出づる処の名無し :04/10/04 17:06:36 ID:CwSoL1rY
>「自分はどうなってもいいから 三種の神器が残っていれば、 皇族の誰かが天皇になり日本が続くからな。
一連の発言から判断してCwSoL1rYは歪んだ読解力しか持っていない ようなので以降ローカルあぼーんしよう。
>>803 立派だと思うがなんかまずいことでもあるの?
807 :
abc :04/10/05 08:19:30 ID:W9+sGvoO
>>803 「歴史的私物(?)の保存・存続の責任」と「日本民族の滅亡の危機解除」
私的公的責任を果たすためにポッダム受諾の御聖断を為されたのでしょう。
当たり前のことでわざわざ取り上げる趣旨が分かりませんが。
808 :
abc :04/10/05 08:23:35 ID:W9+sGvoO
>>805 一連の発言とはこのことか。ウーン。
801 名前:sage 投稿日:04/10/04 13:42:40 CwSoL1rY
>800
天皇から皇太子(終戦当時の)に対する手紙。
803 名前:日出づる処の名無し 投稿日:04/10/04 17:03:47 CwSoL1rY
>802
象徴天皇(高橋紘)
「・・・・戦争を続ければ三種の神器を守ることも出来ず国民をも殺さなければ
ならなくなったので涙を呑んで国民の種を残すべく努めたのである」
804 名前:日出づる処の名無し 投稿日:04/10/04 17:06:36 CwSoL1rY
>「自分はどうなってもいいから
三種の神器が残っていれば、
皇族の誰かが天皇になり日本が続くからな。
>796 む?別に漏れは「耶蘇教」でも「儒学」でもクルアーンでも構わんが?
>>809 おまいがそれでいいのなら、オレも別にど〜でもいいわ。
ひろく知識を世界に求めよう。
812 :
abc :04/10/30 21:25:15 ID:IMyuoTfI
孝行したい時親はなし。率先して親孝行致しましょう。
813 :
日出づる処の名無し :04/10/30 21:32:57 ID:MXHDyUr3
久々に陛下が教育についてお言葉を述べられたぞ。よかったな。
814 :
日出づる処の名無し :
04/10/30 21:52:05 ID:qXHnynx8 陛下の教育はまさにスパルタですぞ。 あの雰囲気からは想像できない。