その時、
「お前達か、今回の俺の相手というのは」
「ををっ!その声は!」
マイクから流れてくる声は、私が子供の頃見ててハマった、今でもときおり再放送で見てる、あの
地球製アニメの主人公の、ちょっと舌足らずで若干ねっとりとした甘い声!もしや!
「だが俺は、アテナの名にかけて、負けるわけにはいかない」
そしてゆっくりとキャノピーを開けて出てきたパイロットは、
全身の要所々々を青みがかった銀色のプロテクターで包んだ戦士、その顔は妙に脂ぎっててらてらと
光り、腹部はメタボリックにぼってりとせり上がり、よくよく見れば喉についてるのはボイスチェンジ
ャー。
観客席からは大喝采。どうやらお馴染みのようですね。歓声というよりは嘲笑に近いですが。
「あああぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・」
何かが私の中で音を立てて崩壊していきます・・・
「何じゃこりゃあああぁぁぁぁぁあああああぁぁ!!!」
精神制御によって感情の抑揚を抑えられてる私ですが、許せるものと許せないものがあります!
「いやまてユーリ、とりあえず落ち着け、ちょっと時間をくれ、な?」
と言いながら、アーくんは無線を携帯電話モードにしてどこかに電話します。
「ハーイ、アレスちゃ〜ん、やっぱり電話してきたわね」
と、三秒コールで電話を取ったのは、今回のバトルを組んだマッチメーカー、キサラさんです。五十
近いオヤジのくせにどぎついメイクに紫色の髪におネエ言葉。あー、顔を思い出しただけで破壊衝動が
増してきました。
「おいキサラ!こりゃ一体どういう事だ」
「ごめんなさいねぇ。実は彼、この街のゾイドバトル組合長の息子なの。でも見ての通りのヲタクでし
ょおー、気持ち悪がって誰もバトルの相手をしてくれないのよ。でも私達もこの街で商売してる手前、
月に一人くらいは相手を用意してあげないと、たちまちホされちゃうのよね。まあアナタくらいのレベ
ルならその辺の事情は理解して、うまく立ち回ってくれるでしょうから、期待してるわよ。ああ、分か
ってると思うけど、そこの彼を負かしちゃうとロクな事にならないと思うから。じゃあ頑張ってね〜」
ツーツー
一方的に切りやがりましたね。
「アーくん、このバトル、私が仕切らせてもらいますからね!」
「まあいいけど。俺もこんな変態の相手したくないし」
ぷっちーん!投げやりなアーくんの態度に、何かが私の中で音を立てて切れました。
「おいてめー、その胴体から上に出てる汚いもンを俺に見せンじゃねーよ!包茎チ○ポかと思ったぜ!」
観客席が一瞬だけ静寂に包まれ、続いて起こる大爆笑。おっし!ウケてるウケてる。コマンドウルフ
のスピーカーから流れる声は、アーくんの声そのもの。私の声に、アーくんの声紋パターンと周波数を
イコライザーかけて流してますから、専門家でも絶対に見切れません。
「やっぱりやったか・・・まあ好きにしてくれ・・・」
アーくんは完全にあきらめモードです。
「おい聞こえてねえのかよ!餃子の食いすぎで耳まで餃子になっちまんたンじゃねーのか?あーくさい
くさい、何かクサイと思ったら、お前の息が臭かったのか。その臭い息を人前でたれ流してンじゃねー
よ、世間様に迷惑だろーが!」
観客は大爆笑。ますますヒートアップしてます。対して私達の目の前にいるメタボ坊やは顔色が赤く
なったり青くなったり、信号みたいに明滅させながら、とりあえずコクピットを閉めました。そして、
それと同時にバトルフィールドに鳴り響くバトル開始のサイレン。
「カウントダウンなし?運営委員もグルか!」
既にオルディオス?は突進を開始しています。
「ペガサス、流星拳!」
「うわっ、危なっ!」
辛うじて横に跳んで避けると、相手はバトルフィールドの壁ぎりぎりまで突進して方向転換し、また
もやこちらに突進してきます。
「流星拳!流星拳!流星拳!」
「うおっとっと」
単純な動きなので避けるのは難しくないのですが、翼が何らかのフィールドを発生しているらしく、
妙な光を放っています。このため、どうしても大きな避け方になってしまうのです。あー、ストレスが
たまる。
「流星拳!」
「ええいうっとおしい!」
何度目かの突進、既に分かりきったパターンで突進してくるそいつの横に軽くステップして、足をひ
っかけてやります。勢いのままに派手に転ぶと、ゴロゴロと転がっていきました。
数秒後に起き上がります。大きな破損箇所はないようですが、もうよれよれ。
「立っているのが精一杯のようだな」
「やるな・・・だが、俺は・・姉さんに会うまでは負けるわけにはいかないンだ!」
関節部からぶぉっと炎が噴き出します。比喩ではなくて本当の炎が。
「今こそ燃えろ!俺の小宇宙(コスモ)よ!」
関節部の炎は燃えさかり、それに呼応するかのようにグラビティホイールの駆動音がますます高まっ
ていきます。エネルギーチャージの一種でしょうが、普通はあんな炎は出ないはず。
「おおすげぇ。『燃える男のゾイド魂』Aキットか。いいなー」
ゾイドバトル用に発売されている特殊効果キット。値段は高いくせに使い捨てで、しかも性能向上に
は全く効果がないという見かけ倒し。いろんな意味でお目にかかれない代物です。
そして、エネルギーチャージが完了し、今度は装甲の隙間からまばゆい光を発して、甲高くいななく
オルディオス?
「『燃える男のゾイド魂』Cキットもつけてるのか。金持ちはうらやましいねぇ〜。俺も一回でいいから
使ってみたいな〜」
「アーくん、そんな無駄遣いは私が許しませンからね!」
「自分で買うわけねぇよ。誰かモニターでくれないかなぁ」
などと他愛もない内輪話をしているうちに、炎を噴出したままで先刻の数倍の勢いで突進してきまし
た。額にあやしく輝くマグネイズスピア!
「ペガサス!彗星拳!」
「それはペガサスじゃねえだろ!」
背中のカタナをぶうんと振ります。
ばっち〜〜ん!派手な音を立てて頭部にカタナがジャストミート!
「うわああぁぁぁ!!ユーリ!てめえ何しやがった!!」
「案ずるでない、ミネ打ちぢゃ」
「峰じゃねえだろ峰じゃ、完全に平で打ちやがったな!折れたらどうすんだ!Metal−Ziとはい
え日本刀の拵えは繊細なんだぞ!!」
「男のくせにちっちぇ〜な〜」
アーくんの文句が飛んできましたが、折れても曲がってもないんだからいいじゃないですか。
オルディオス?の方は虎の伝統工芸人形よろしく首だけがぐいんぐいんとローリングしてましたが、
ようやく止まりました。
「・・・ぶ・・・・」
「ぶ?」
「・・・ぶったな」
・・・嫌な予感。
「それがどうした!」
「親父にもぶたれたことないのに」
「それは違うキャラだろうが〜〜!!」
背中に飛び乗って翼に噛み付いて引きちぎり、飛び降りて喉笛に噛み付いて地面に引きずり倒し、
前脚で胴体をガシガシと踏みつけます。
「・・た・・・たすけ・・」
「ああ?何言ってンだ?聞こえねえなあ」
脚に噛み付いて引っ張ったら、踏みつけられたダメージがあったのか簡単に取れちゃいました。胴体
に頭を突っ込んで吹っ飛ばして壁に叩き付け、さらに前脚でガシガシ
(我ガ愛シキ小サキ娘ヨ。心ヲ平静ニハデキヌカ)
ウルフもフォローを入れてきましたが、こんな時に案外つまんないこと言いますね。
「うわははははは!死ねや!死ねや!死ねやあぁぁ!!」
(ヤレヤレ・・・)
コロシアムには私の(アーくんの声で)嘲笑だけが朗々と響き渡るのでした。
**********************
バトルは私達の反則負けになりました。コクピットへの直接攻撃および転倒後の過剰攻撃が理由です。
でも、ご希望通り負けてあげたのに、バトル組合の人はカンカンに怒ってました。その後に予定していた
バトルはキャンセルさせられ、おまけに翌日にはシティからの強制退去を命じられてしまいました。
翌朝の新聞のスポーツ欄には「ショッキングピンク、ご乱行」なんて書かれるし、さんざんです。
おまけにアーくんまで、カタナの扱いが乱暴だったと言って怒りまくりで「今月一杯はワックス禁止」
と言われてしまいました。
私は何にも悪いことしてないのに、ひどいと思いません?
二人の旅はまだまだ続きます。
こう言った状況であるのに関わらずラ・カン達は探索の手を緩めない。
在庫だったらしい素材が何かを調べ始めるとすぐに目が点になる。
「リーオがこれ程までに満載。それ以外でもかなり硬い鉱石がこれ程までに、
大した宝が周囲の海を常に回っていたとは誰も思いはしない…。」
「確かにそうですが私達ですら見落としていたものならばしょうがないでしょう。
しかし私達も知らない事が多すぎますね。
他のソラシティの存在も私達の間では伝説の様にしか語られていません。
実在していたこと自体が驚きの話です。」
プロメの言葉はラ・カンの脳裏に嘗て見せられた凄惨な争いを思い出させる。
しかしそれは理解力不足の絵でしかない。
所々に霞が掛かる微妙な脳内映像であるが阿鼻叫喚の坩堝に成ってるのは間違いない。
今のところ完全に無視されている現状に不安と同じぐらいの安堵。
指導者の顔は常にこう言う懸念材料の中で一喜一憂するのが仕事。
しかし口からでてきたのは乾いた笑い声だった。
そんな頃…
…甲板でお留守番を仰せつかったレ・ミィと俺の相棒を運んでいたザイリン。
「なんであんたなんかと一緒な訳?」
「しらん。」
「ま…まあまあ、落ち着いて?お茶でもどうぞ。」
「そうそう。ミィもザイリンも。美味しいよ。」
「ルージ!あんたは遠慮なさすぎっ!」
護衛(ザ・役立たず)の面々は、
甲板に仮説された本陣でカリンの出したお茶を啜っていたという。
通信機が故障したと言うわけでもなくウルトラ内部への通信は、
通信用コードが合ってないと遮断されるらしくギンちゃんからの連絡待ち。
「でも…なんでギンちゃんだけに仕事させているのかしら?叔父様は?」
「多分ミィだとこわ…。」
「乙女のビンタ!乙女のビンタ!」
最後までは言わせない…流石はキダ藩の女。
なのかどうかは知らないがとにかく丸焼き姫の言論統制は厳しい。
キダ藩特有なのだろうか?俺の家族もそうだった気もするがきっと小さな事だろう。
今回甲板護衛を勤めている戦力の殆どは有人バイオゾイド。
内訳は空襲を警戒した布陣となっておりバイオラプターグイを主力とし、
甲板施設防衛用に最終決戦の地に横たわって役目を終わらせられれず…
野晒しにされていたバイオケントロが二小隊(ディガルド基準)配備。
バイオトリケラも同じく二小隊。バイオメガラプトル四小隊。
それらが率いるバイオラプターが30機と言う大部隊。
レ・ミィとルージはともかくザイリンの方はこれ等を指揮する仕事がある。
しかも…中の人がジ・烏合の衆であるならば余計に心配である。
乗っている者の殆どが傭兵でもない素人ばかり。
それでも多分そう簡単に排除できない戦力だがそんな中に異質のゾイドが居る。
「ザイリン!替わってくれよ。もう交代の時間だぜ!」
「そうか。じゃあ交代だな。ハック。」
死神ハック。エレファンダー遊撃隊の隊長を務める剛の者。
偶々移動していたところをルージが誘うことで今回バイオゾイドに混じり布陣されている。
今回唯一統制の取れた部隊だけに並み居るバイオゾイドの中最も信頼されているという。
不思議な話もあったものだ…。
「全く自分達を見ているようで情けない節があるな…。きっと何か有れば?
まあ何もないと思うがな。一番攻めてくる心配がある所からは今のところ可能性はない。
でもよ、別のソラシティから来る飛行ゾイド相手じゃたいして持たないぜ。きっとな。」
「そうよね。一応エレファンダーは対空戦闘ができるけどバイオゾイドじゃ。
それにザイリンに付いて来ている人以外は役に立たないのは決まってるし。」
「ミィ!幾ら何でも失礼だよ。本当は別の所で仕事がある筈だったんだから…。」
「ルージの癖に生意気よっ!」
「まあまあ押さえて押さえて。こう言うときは…これを噛んでいると落ち着きますよ。」
カリンがポケットから何やら取り出し口論に決着がつかなそうな二人に差し出す。
「これはガームと呼ばれるものです。本当は伸ばさずガムと言うらしいのですが。」
「どうして伸ばすようになったんでしょうね?」
ルージが怪訝そうに聞くと、
「きっと耳の遠いお爺さんお婆さんに渡すときにこう言っていたからでしょうか?
海の波の音って結構大きいですから。」
「あ…ハックさんも良ければどうぞ。味が無くなったら紙に包んでゴミ箱に。」
「おっ?くれるのか?ありがとさん。」
ザイリンと入れ替わりでハックが団欒の輪?に入る。
因みに今度の交代はミィの番である。
そんなのどかなのか?緊張状態なのか?良く解らないウルトラの甲板の上…
それを遠くで見ているバイオゾイドが一機。
「全くザイリンの旦那も人使いが荒いことで…ま遠方監視は私に任せて下せえ。
このバイオスナイパー。多少の暗闇位じゃこいつの目は眩ませる事はできませんぜ。」
工場生産のバイオラプタータイプ。
その中で数千機に一機の割合で生まれる超規格外の固体を便宜上こう呼ぶ。
通常百機に一機の割合で生まれるものをバイオメガラプトルの素体としている。
この事を知る物もあまり居ない。だからこそこの固体の存在はまず知られていない。
ザイリン等の最上級仕官が独自に有能なゾイド乗りに与える事のできる特注品である。
「ふっ斥候ですかい?しかしそんな偽装じゃこいつの目は逃れられませんぜ。」
尾より放たれる一条の光。極限にまで絞られ3万度を越えるヘルファイヤー。
それが無人の小型ゾイドを焼失させる。
「これで二十機目ですかい。どれも違ったゾイド達…
一体あれはどれだけの相手に狙われているのか解りやせんねぇ…?」
この男の名はマサジロウ・ミカミ。その狙撃術に定評のある男だ。
ザイリンの抱える私兵では最強の部類に入るダンディでもある。
ルージは俺の相棒が傷を負いながらもずるずると這って進むのを見ている。
それを見て止せばいいのに付いていく情け大きな少年。
周りは何も気にしている事は無い。だからこそルージは心配なのだろう。
相棒の方はそれに気付いてはいるが気にする暇は無い。
気分的には一刻も早く寝床に収まり回復を速める。それだけで頭の中が一杯。
だが…寄り添うように付いてくる少年は?
あれ…?ルージ・ファミロン…?
その時相棒の脳裏には邪悪かつ成功すれば値千金の妙案を思いついた越後谷&悪代官の顔。
その後俺はその状況を伝え聞いたときに…
その手があった!とじたんだを踏んだ。そう覚えている。
冗談の様な最終手段が実在していたのだ。
「…斥候は全機バイオスナイパーに一掃されたか。」
「アレが相手では大型ゾイドですら危ないからな。」
モニターを覗くソラノヒト等は口々に興ざめした声を上げている。
「申し訳ございません。あのザイリン・ド・ザルツと言う男…勘が良すぎでして、
陽動の掛け方が不十分だったと思われます。」
召使らしき男が謝罪を述べる。
「もうよい。侮っていたのは儂等の方だ。
主が侮った相手を召使の手腕だけで何とかできるとは思わんよ。
だが次は確実にやらせてもらおう。ザバット部隊を出せ。
行動パターンはスーサイドクラッシュ。幾らつぎ込んでも構わん!
蒼天騎士団が落としきれなかった以上儂等の手駒で無傷の勝利は在りえん。」
「仰せつかりました。ご主人様。」
「来るな…マサが落とした斥候の数が多すぎる。
周囲に伝達!可能な限り警戒を解かず食事と休憩を取らせろ!
相手は上から来るぞ。マサ!其方の状況はどうだ?」
「こっちは取り込み中ですぜ!やっこさんはこんな場所に、
見たこともねえゾイドを落としていきやした。背を向ければ蜂の巣でさあ!」
バイオスナイパーが一撃必殺とするならば立ちはだかるゾイドは数で勝負。
正面にマサの知りうるありとあらゆるゾイド用銃器を背負った化け物。
その後ろにも二機。同じゾイドだが背負う箱は中を見せず…
その箱自と本体がミロード村周辺の植生と全く同じものが生えている。偽装伏兵だ。
「こいつ等二体は始めから伏せてあったのですかい?技巧が溢れてまさあね。」
進退窮まった状況にマサジロウは早々と死を覚悟する。
「ったく随分と高く買われてしまったものでさあ!掛かってきなせえ!
あっしの桜を散らすことができるか?勝負ですぜ!”たま”が惜しけりゃ退きなせえ!」
ミロード村周辺も長い夜はまだ明けない。何方に転んでも安眠はできなかったらしい…。
外の大陸からの来客は戦火しか齎さないのだろうか?はっきり言って別のものが欲しい。
「おいおいおい…こんなときに増援かよ!?俺はこんな話聞いていないぞ!」
「当たり前であろう!こっちだって知らぬわ!」
「「えっ?ちょっ!ちょっと待て!」」
俺とアモウの声がはもる!大変な事になった事だけは確実だ。
大体黒幕はこいつ等だと俺は思っていた。
俺だけでなくそいつ本人も自分が黒幕だと思っていた。
そんな事象の認識が行き違う先にあるものとすれば…?
「赤熊!塞に逃げ込むぞ!一刻の猶予もない!
お前も死にたくなければさっさと空に逃げ帰れっ!時間が無いっ!」
「了解よ〜ん!」
俺達はライトナイツナイトを無視して一目散に塞に逃げ込む。
だが…奴の方はと言うと…無駄に高速で落下してくるザバット共を迎撃している。
馬鹿な奴だ。俺はそう思う。
大体空三のザバット七。そんな割合で落ちてくるものにたかがゾイド一機。
どこまで購えるものか?さしものギルタイプだって無理が有る。
案の定爆薬満載のザバットの大量の体当たりにドラゴンアーマーは屈し翼がもげる。
あの高さからの落下ではパイロットは生きてはいないだろう…ゾイドは無事っぽいが。
何から何まで本当に残念な男だったようだ。
だがそれだけで終わるならまだ良かった…
俺達の目の前には自走式の爆雷が次々と投下されていき、進退が窮まってしまったようだ。
ー 強襲!甘えん坊極限生命体 終 ー
287 :
名無し獣@リアルに歩行:2007/09/06(木) 13:37:23 ID:7kZOF7gM
↑暇だな
なんで次スレが落ちてこのスレは落ちないんだ?
>>292 URLに書いてあるhobby鯖が古い9のままだな
今のゾイド板は11に移行されてるから、移行したときに持っていかれなかったんだろう
ここも使い切ってから次スレに移行すればよかったのに・・・
☆☆ 魔装竜外伝第十六話「花嫁が誘う(いざなう)地獄」 ☆☆
【前回まで】
不可解な理由でゾイドウォリアーへの道を閉ざされた少年、ギルガメス(ギル)。再起
の旅の途中、伝説の魔装竜ジェノブレイカーと一太刀交えたことが切っ掛けで、額に得体
の知れぬ「刻印」が浮かぶようになった。謎の美女エステルを加え、二人と一匹で旅を再
開する。
迷いが晴れぬギルガメス。ヒントを探すべく引き受けた過疎村での一日授業。たまたま
直面したゾイドの暴走はヘリック共和国の封印プログラムが原因だった。刻印の持ち主を
排斥するその仕掛けは既に少年達を包囲しつつあった…!
夢破れた少年がいた。
愛を亡くした魔女がいた。
友に飢えた竜がいた。
大事なものを取り戻すため、結集した彼らの名はチーム・ギルガメス!
【第一章】
全てを沈黙の朱色に染め上げる夕陽さえ、どうにもならぬものがあった。リズム感の著
しく欠如した爆音、炎上音。先程まで憤るように脈動していた鉄塊が、紅蓮の炎に包まれ、
徐々にその形を崩し虚無へと変貌を遂げていく無惨。
死せる敗北者に背を向けたまま、彼の地を去る竜もいた。桜花の翼を水平に広げ、前傾
姿勢で滑空。巨体が纏うその鎧が夕陽を浴びて発色する紅色の何と深きこと。背負いし鶏
冠六本を扇のごとく広げ先端より吐き出す蒼き炎は敗者への手向けにも見えたが、舵を取
る長い尻尾は後方へ伸ばせば伸ばす程、鉄塊に引き寄せられているようにも見えた。
この深紅の竜こそ我らが魔装竜ジェノブレイカー。優しき金属生命体ゾイドの一種は、
先程まで死闘を繰り広げた強敵(ライガーゼロフェニックスと呼ぶらしい、獅子の背中に
翼の生えた奇妙なゾイドだ)が上げる断末魔が聞こえぬところまで逃れようと、急ぎ翼を
羽ばたく。彼方では地響きがした。強敵の名前の由来ともなった巨大な翼が落下したのだ。
あのゾイド特有の奇怪な四つ目は熱したガラスのように砕け、内部より黒煙を吹き上げて
いる。
深紅の竜はちらり、己が胸元に視線を投げかけた。胸元を覆う鋼鉄の箱。内部に何が入
っているのか百も承知だ。竜の大事な若き主人。共に痛みを分かち合ってくれる者を、竜
は気遣わずにはおれない。
箱に蓋するハッチの奥は手洗いよりも十分に広い。その上四方・天井・床下にまで描か
れる映像。竜の視界に飛び込んだものが映し出されているらしい。しかしそれは、竜の背
後で繰り広げられる惨劇も映し出すことに他ならない。
この全方位スクリーンの中央で、少年は座席についたまま独り項垂れていた。拘束具で
固定された上半身は積極的に彼の絶望を拒絶するが、黒のボサ髪は汗で濡れそぼり、稲穂
のように垂れて彼の素顔を隠す。それでも額に宿りし刻印は、その青白き輝きで覆い被さ
る闇を散らそうと懸命だ。ギルガメスは右手でTシャツの裾を掴むと頬の、額の汗を拭っ
た。先程の激闘で白かったTシャツも汗と流血で染まっており、それが顔にも移り滲んで
いく。替えのタオルなど座席の下部ポケットに幾らでも入っていた。しかしそれを全く使
わぬ辺り、如何に彼の動揺が大きいかわかるというもの。
「いつから…」
声が、肩が震える。壁より伸びるレバーをすがるように握る左手。自らに差し向けられ
た刺客の正体は余りにもおぞましく、そして儚い代物であった。
「いつから、気付いていたんですか!?」
今や荼毘に伏されようとしている強敵の頭部コクピット内に、よもや人の胎児らしき代
物が水槽に浸かり鎮座しているとは想像できる筈もなかった。ましてや少年同様、ゾイド
を操縦していたとは…(前話「見えざる包囲網」参照)。しかも胎児は悪辣な犯罪者のよ
うに喋り、禍々しき己が身を少年に晒してみせたのである。底知れぬ闇はその色だけで少
年の心を深く傷付けるに足りた。
しかし返ってきた女声の澄んだ響きは、彼の心の深手が滲みる程に冷たい。
「戦ってる間に、透視したわ」
気色ばんだ少年。すっくと首をもたげる。
「気付いたのなら、どうして止めてくれなかったんですか!」
女声の主は、竜の両手で掴む年代物のビークルに着席していた。やはり少年同様、拘束
具で固定された上半身。表向きは平静を装うためか長い両腕で腕組みし頬杖している。そ
れでも色白の頬や額、肩にも届かぬ黒の短髪にはうっすら汗が光る辺り、先程まで繰り広
げられた激闘の様子が伺えた。
彼女…エステルは被ったゴーグルの鼻止めを少々押し上げる。面長で端正な顔立ちは無
表情。なれど額には刻印の輝きが止まず、きっとゴーグルの下でも本人が気にする程、蒼
き瞳を爛々と輝かせているに違いない。古代ゾイド人の超能力による「透視」はこの厳し
い眼差しによって実行されたのだ。
「…助けたところで、命を救えるわけないでしょう?
医者でも呼ぶの? 胎児を水槽に保存してくれとでも?」
女教師の反撃は手厳しい。現実問題として、まだ赤ん坊の形にさえなっていない肉塊を
どうすれば救済できるのか。刺客に敢えて止めを指さないのとは意味が違う。言葉が詰ま
る少年をコントロールパネル上のモニターで見つめつつ、彼女が振るう舌鋒。
「いいこと? 貴方の命はとっくの昔に貴方一人だけのものではなくなってるの。
最善を尽くすために厳しい判断をすることだってあるわ。覚えておいて欲しいわね」
不意に少年の胸元がくすぐったく感じられた。深紅の竜がその長い鼻先で自らの胸部を
擦ったのだ。少年が額に刻印を浮かべ、このコクピット内に着席する限り、彼はこの優し
き相棒とシンクロ(同調)する。共有した感覚は時に少年の五体を深く傷付けるが、今の
ように相棒の労りを直に伝えることもできる。
胸をさする少年。愛撫の実感こそ、少年が他の命を抱え込んだ証。女教師の言葉を良い
タイミングで裏付けされて、少年は唇を噛み締めた。只…抱え込んだ命はもう一つある筈
なのだ。全方位スクリーンの下方に映る竜の掌、そして掴んだビークル。着席している女
性がどれほど気丈に背筋を正そうとも、無理に怒らせるなで肩だけは隠せない。少年は未
だ、彼女の肩さえ抱くに足りないのだ。
前方を向き直した深紅の竜。渾身の蹴り込みで土が爆ぜる。大事な者達が落ち着いてく
れれば後はこの場を去るだけだ。
二人と一匹がキャンプに到着した時には夕陽も完全に沈み、その日の役割を終えていた。
死闘…それも刺客との決闘を終えた直後は慌ただしい。刺客を振り切った程度ならば、
そもそもキャンプに帰るのさえ危険だ。夜が明けるまで山なり河原なり、安全なところに
潜伏するより他ないだろう。その上でゾイドウォリアー・ギルドより借りたキャンプ道具
を回収することになるが、待ち伏せの危険もあり決して油断は出来ない。それにキャンプ
道具を軒並み破壊されることもあり得る。今や強豪チームの仲間入りを果たしつつある彼
らだが、弁償金を毎回のように支払っていたら家計の逼迫は愚かチームの信用が失墜する
危険だってあると言えよう(そこまで想像を巡らせながら本編を読み直せば一層楽しんで
頂けるのではないか)。
今日のように蹴散らせればひとまずは安心だ。急ぎキャンプまで戻り、さっさと済ませ
るべきを済ます。
深紅の竜はふわり、格好な丘の上に着地。辺りの半分をテント二つ、仮設トイレや簡易
キッチン、薬莢風呂やら資材の数々が占拠する。竜は翼を柔らかく羽ばたきながら、広場
の残るもう半分にゆっくり舞い降りた。
ビークルをそっと地面に置く。女教師が軽快な足取りで降りるのを見ながら腹這い、尻
尾は折り畳むが胸と首はピンと張る待機の姿勢。早速胸部を覆うハッチが開いて坂道を作
った。駆け降りてきた少年の左手には布袋がゾイドチェスの駒を混ぜるような音を立てる。
真下に現れた若き主人の姿を目にし、竜は悪戯っぽく鼻先を近付けてきた。難しい顔を
していた少年は、いつもと変わらぬ相棒の振る舞いに呆れつつも胸を撫で下ろすことがで
きたのである。それは降車後まずは電気ランタンの明りが無事に灯るのを確認後、振り向
きざまに薬莢風呂へと向かっていった女教師も同様のこと。湯を湧かしに掛かりながら横
目でちらり、様子を伺うと自然に口元が弛む。
「ほらブレイカー、大人しくしないと油、あげないよ?」
若き主人にそう言われ、竜は改めて畏まると甲高く一声嘶く。相棒は激闘を終えて尚甘
えん坊で、そうした行為はどれも少年に日常への帰還を促すものだった。少年はもったい
付けることなく右手で布袋の中身を引っ張り出す。マグライトのような筒がその手に握ら
れているのを見て、竜はピィピィ鳴きながら首を傾けてきた。少年が握るのは油の入った
カートリッジ。ゾイドにとって油は人の血液、水分に相当する。ゾイドたる深紅の竜も早
く渇きを潤したいのだ。
首を守る鎧と鎧の隙間に掌を当てる少年。激闘そして逃走の疲れからか鋼の皮膚が篭る
ように熱いが、我慢するのは主人の務め。ここを撫でさすると毛が抜けるように出てきた
カートリッジは、紙コップ並みに軽い。そこに油の詰まったずっしり重いカートリッジを
突っ込んでやれば、呑み込むように吸い込まれる。かくて凝りをほぐすように首を左右に
伸ばす竜。気持ち良さそうに呻く様子からは威厳など微塵も感じられない。少年は竜をも
っと癒すべく周囲を巡る。腹、肩、肘、足の付け根、膝、尻尾、そして翼の付け根…。そ
れだけでざっと二、三十分程も掛かるのだから、巨大なゾイドの主人になるのも大変だ。
それだけの時間が掛かるのだから、女教師が予め水を張った薬莢風呂(対ゾイド用の実
弾はしばしば規格外のサイズが作られる。放置された薬莢を流用するからこう呼ばれるの
だ)に火を掛け、その合間に二人分の食事を作るだけの余裕は十分にあった。テント内に
身を隠す時間は数分もないが、再び現れた時には背広を脱ぎ、ネクタイそしてサングラス
を外して腕まくりの臨戦体勢。家事は彼女の大事な仕事。少年には林檎の皮剥きでさえや
らせない徹底ぶりだ(彼女は常々「ゾイド乗りたる者、手を大事になさい」と言う)。
バゲットの香ばしい匂いが流れてきた。あれだけ理不尽な出来事があっても胃袋は正直
なもので、少年は悶える腹を抑えつつちらり、女教師の奮闘を伺う。着々とテーブルに出
来上がる今晩の食事を見た時、彼は気付いた。盛り付けられるプラスチックの大皿・小皿。
…数が、少ない。テーブルの余白が目立つ程に。
「油は注(さ)し終わったー?」
気さくな口調は女教師と言うよりは隣家に住む妙齢の女性のような。先程までの厳しい
口調は何だったのか。万華鏡のような彼女の機嫌に面喰らうのはいつものことではあるが。
「あ、はい。もうすぐ終わります」
「夕食、できたわ。風呂も湧いてるから、上がったら教えてね。
ちょっと…横になってるから」
そう言うと彼女は両腕で背伸びしつつ、そそくさとテントの方へと向かっていく。一番
風呂は絶対に少年に譲るのも彼女のこだわり。
テントの前で革靴(実際は安全靴だ)を脱ぎ捨て、入り込む。どさっ、と倒れ込むよう
な音がした。すぐその後に白い右手だけが出てきて転がった革靴を直すのは御愛嬌。
少年は呆気に取られた。それは深紅の竜も同じことで、主従は間抜けな表情を横並びに
揃えた。
テーブルの中央に置かれた電気ランタン。それを中心にバゲットとスープ、サラダや炒
めものが並ぶ、簡素ながら短時間で作った夕食にしては上等。激闘の直後でもそれ位の準
備はするのが女教師エステルだ。
イブへの祈りもそこそこに済ませ、湯上がりの二人はバゲットをちぎり、スープをすす
った。少年はいつも通りの白のTシャツ、膝下までの半ズボンにパーカーを羽織る。女教
師も紺のジャージを着込み、乾かぬ頭髪はタオルで覆うというらしからぬ気楽な出立ち。
それでも握ったスプーンには自分の蒼過ぎる眼光が映ることがあるため、その時だけは少
々渋い顔をして視線を反らす。
黙々と食事が続くのは必然と言えたが、一般的な家庭なら自然に成り立つこの無言の均
衡は思いのほかあっさり破られた。
バゲットを皿に置いた少年。女教師の視線は一瞬、バゲットではなく愛弟子の唇へと向
いたが、すぐに目前の皿へと流れる。
「え、エステル先生…」
女教師は答えない。代わりに傍らで猫のようにうずくまっていた深紅の竜が首を傾ける。
「その…剣を、教えて頂けませんか?」
初めて彼女の口が、指が止まった。頬に残った残りを噛み砕き、飲み込み。
「どうして?」
「もっと、強くなりたい。そのためのヒントが欲しいんです。
魔装剣の極意を教えてくれた時のように(※第六話参照)、僕に一から剣を教えて下さい!
強くなれば、昼のような敵にも…」
「パス」
遮るように言い放つ。その一言が余りにも凛としていたためか、少年は息を呑み、深紅
の竜は首を持ち上げ二人のやり取りを見つめる。小さな主人は血相変えて半立ちになった。
「ぱ、パスって…!?」
次の頬張りを飲み込んでから、言葉を続ける女教師の余裕綽々。
「貴方は強敵が現れたから強くなりたいと。こう言いたいわけでしょう。
…馬鹿なことを言ってるんじゃあないわよ。強敵が現れなかったら、強くならなくても
良かったわけ?」
「そ、そんなこと言ってなんか…!」
「言ってるわよ。怖じ気付いての言葉だもの。
強敵を恐れるより前に、大事なものを思い浮かべなさい。
それができないと貴方…潰れるわよ?」
女教師のひと睨み。凍える眼差しに少年の瞳が、心臓が射抜かれた時、彼は強固な反発
の意志を持ち合わせていた筈だ。失速を余儀無くされたのは、蒼き瞳の奥底を見つめてし
まったから。電気ランタンの弱い輝きを借りてさえ、艶やかに乱反射する微かな潤み。気
付いているのかいないのか、彼女の真意は定かではない。だが一触即発に違いはあるまい。
凍り付いた二人の時間は、深紅の竜が溶かした。少年の頭上を暗くし、甘く鳴きながら
鼻先を近付けてくる。虚を突かれた少年。ともかく自分の身体以上もあるそれに頬を擦り
付けて応えてやる。
竜と少年の触れ合いを間近で見せつけられ、さしもの女教師も呆れ混じりの微笑みを浮
かべざるを得ない。
「…剣は、明日から教えてあげるわ」
くるり、振り向いた少年。晴れ渡る心がそのまま表情に出た。
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。…缶ビール、取ってきて」
言いながら、女教師が渡したのはカードキー。簡易キッチンの脇に据え付けられた小さ
な冷蔵庫の鍵だ。
妙な切り返しに首を捻りつつも、冷蔵庫から缶ビールを取ってきた少年。テーブル越し
に手渡し、着席しようとした時少年は思わず声を上げた。
「あーっ!? 僕の蒸留水!」
樹脂製の少年のコップを掴むや、瞬く間に呑み込んでいく美女。少年が悲鳴を上げたの
は無理もない。ワインより飲料水の方が高価なのが惑星Ziだ。しかし本当に問題なのは
この後で、プルトップを引き抜いた彼女は勢い良く少年のコップにビールを注ぎ始めた。
「これでも呑んで、今日はもう寝なさい。ブレイカーのことをよく思い浮かべながらね」
泡が溢れる寸前でピタリと止めた。きっと酒飲みなら舌鼓を打つに違いないが、目前の
少年は面喰らうばかり。一方この初心な未成年に飲酒を勧めた美女は、目を白黒させる少
年のことなどまるっきり意に介さず、半分程残った缶ビールに口をつけている。
試されているのかと訝しんだ少年は、だから意を決した。コップを口元に寄せ、一気に
傾ける。ちらり、伏し目を上げた女教師の蒼き瞳がやや丸くなった。
飲み干すまでは二十秒もいらなかった。続く少年の溜め息は実に深い。初めて口にした
味は余りにも苦く、舌が痺れそう。それでも強がってどうだ、見たかと目前の美女を見遣
るが、それも束の間。すぐに脳裏が、視界がぼんやりとしてきた。何度も、瞬き。何度も、
何度も。
口元を長い指で押さえる女教師。らしからぬ茶目っ気が溢れるのを抑えつつ。
「何もゾイドばかりが強敵じゃあないわよ。ふふ…」
(こんなことなら拒否すれば良かった…)
そういう考えに至った時、少年は女教師の考えを少し理解できる気がした。挑発に釣ら
れるのと強敵を恐れるのと、どれほどの違いがあるのか。…思い知らされた自分の弱さは
幸い、目前の女性が滅多に見せぬ悪戯っぽい笑顔を浮かべたのを目の当たりにして幾分緩
和された。大事なものは、そこにいてくれている。
もし惑星Ziを旅する間にゾイドの死骸を見掛けたとしよう。その周囲に得体の知れぬ
者がうろついていたら決して目を合わせてはならない。気付かぬ振りして立ち去るのが賢
明だ。
この日の晩も、激闘の跡をうろつく者がいた。纏う功夫服の白さが暗がりには薄気味悪
い。その上、隈取りの紋様を描いた張りぼてのお面やら無造作に長い黒髪やらと来れば、
辺りに古の戦士の亡霊が彷徨うように錯覚しかねない。
この者が亡霊とは少なくとも別の人種であることは、チーム・ギルガメスに敗れた獅子
の死骸に何やらのみでも打ちつけていることからすぐに判明した。如何に炎上し黒焦げに
なったとて、所詮は金属生命体ゾイドの巨体。打ちつければ時を刻む鐘のような音が暗闇
に谺する。やがて地に落ちた欠片をこの者は前屈みになって吟味し、適当な大きさのもの
を拾い上げた。裾からビニール袋を取り出し包み込むと丁寧に畳み、下の裾に隠そうとし
たその時。
「私が本隊に送り届けましょう」
功夫服が振り向いたその足下に、跪く黒影。
「かたじけない、礼を言うぞ」
しまいかけた袋を渡す。男声の即答がそれ相応の信頼関係を伺わせた。
功夫服はおもむろに、被っていた張りぼての面を外した。精悍な顔立ちに刻まれた幾重
もの皺、そして眉間の刀傷。目前の黒影が同志とわかっているならば、この拳聖パイロン
も自らの素顔を隠す必要はない。曇天の夜は特徴的な彼の容貌を大地に晒すのを拒んだが、
彼らの眼力ならば十分だ。
パイロンの地道な努力こそ、水の軍団の実力を支える行為の一つだ。彼の採集した欠片
は水の軍団・本隊の手によって入念に調査され、記録される。彼ら…いや、惑星Ziの平
和に仇為す者達の出自を調べ上げ、後の作戦に役立てるわけだ。事実、我らが魔装竜ジェ
ノブレイカーも初戦で大方の正体を分析された結果、窮地に陥った(第二話参照)。ゾイ
ドの死骸(いや、死骸でなくとも)には彼らがいつ群がり標本採集しているかも知れない。
「…面子は揃ったか?」
パイロンの呟きに黒影はさっと右手を掲げる。
途端に、その背後で万華鏡が瞬いた。赤や青、黄や橙。様々な輝きが互いの纏う鋼鉄の
鎧を照らす。雄叫びを上げたくてうずうずしているようだが唸り声さえ上げず、息遣いの
みで我慢するのがよく訓練されたゾイド、そして戦士達の証。
「この戦闘でチーム・ギルガメスも『B計画』も討ち果たせるとあらば、応じない者など
おりません」
黒影の言葉に、功夫服の男は満面の笑みを浮かべた。余りにも屈託のない笑顔。殺戮の
果てに平和が訪れると信じたそれは狂気と言い換えて良い。
「その通りだな。さて諸君。状況は…見ての通りだ。
チーム・ギルガメスはドクター・ビヨー配下のライガーゼロフェニックスをも屠った。
各地で暗躍し、かの銃神ブロンコさえ敗れたあのゾイドをだ」
功夫服の男は親指で背後を指す。それでも万華鏡の瞬きはざわめきさえもしないのだか
ら不気味だ。
「こいつが連中にとっても楔(くさび)となる筈だ。
ギルガメスがビヨーの切り札さえも倒したのであれば、彼奴はギルガメスを『B』と接
触させるに妥当と考えるに違いない。ごく短期間の内に、彼奴らはギルガメスへの接近を
試みるだろう。
そこで諸君らの出番だ。チーム・ギルガメスを倒し、返す刀で現れたビヨーと『B』を
倒す。最悪でも手傷を負わせ、目印をつける。
この絶好の機会、逃してはならない。必ずや勝利するのだ。
惑星Ziの、平和のために!」
途端に万華鏡が雄叫びを上げた。暗闇に落ちた霹靂は空気を震わせ、荒野の向こうでこ
そこそと這いずり回る野生の小型ゾイドがことごとく縮み上がった。
(第一章ここまで)
【第二章】
再び何度目かの、朝を迎えた。その内何日晴れたか、雨が降ったかなどということは流
石に覚えていない。だが少なくとも師弟と竜の体力を多少なりとも回復させるだけの余裕
はあった。…できればこのまま追撃を諦めて欲しいところだが、それが叶わぬ夢であるこ
とも又事実だ。
「ほら、ギル。ボオッとしないで…」
我に返った少年は頭を掻いた。今朝もいつも通り、純白のTシャツに膝下までの半ズボ
ン。工夫の必要がないこの服装こそ、臨戦体勢を暗黙で語るもの。但し一つだけ違うのは、
彼の両腕には革の鞘に収められたナイフが握られていること。ズシリと重く、少年の腕程
もあるゾイド猟用のナイフは、かつて深紅の竜が少年の器量を試し、又ある時は少年に特
訓を促し、又ある時は少年の危機を救ったもの。
「す、すみません…」
叱った女教師も、口調とは裏腹に思いのほか穏やかな表情だ。こちらも練習用の紺のジ
ャージを纏う凡そお洒落とは無縁な姿。自身も身体を動かす準備は万端のようで、右のポ
ケットにはタオルが見えるし、腰には水筒も括りつけられている。勿論、彼女ならば無粋
な服装もマネキンがショーケースから抜け出したように華麗に着こなしてしまうのだから
大したものだ。背筋を伸ばし、すたすたと歩き近付くだけで辺りが気品に満ち溢れる。
「剣を握るのもレバーを握るのも基本は同じよ。雑巾を絞るように…」
女教師が少年の背後に立つと、彼の力んだ肩口から覆い被さる。何のことはない練習光
景だが、少年の耳元から又細かな指示を受ける度、背中に肩に、柔らかい感触が伝わって
くる。…しかしいつもと違っていたものがあり、それは彼女の視界に入りようがなかった。
少年の眼差しが見る間に険しくなっていく。円らな瞳のその奥に、映り込んだ見えない
敵の何と大きなこと。影のようなそれは如何なる魔物か、機械獣か。
女教師の両腕を自らの甲に添えられたまま、少年はジリジリとナイフを天高く振り上げ
る。最上段の構えを静止させる数秒間はやけに長く感じられた。踏み込み。振り降ろし。
一閃、見えない敵を叩き斬る。風切るような吐息は見事なまでにお揃い。
そのままの姿勢で静止する二人。一秒、二秒…。やがて見えない敵が再び現れたかのよ
うに、師弟は構え直した。感じる大きさにどれほどの隔たりがあるかわからないまま。
少年は堪え切れず、呼吸を整えた。気疲れが、ゆっくり肩を上下に揺らす。…女教師は
しばし、抱え込んだ彼の頭頂部を薮睨み。少年の表情などこの体勢では見える筈もないが、
彼女が何処かで積んだ経験は察知の障壁たり得ない。但し、対処の仕方には彼女なりの流
儀がある。
女教師は少年の背からそっと離れた。いつものように腕を組み、右手を頬に添える。少
年はナイフを握ったまま両腕を降ろした。彼女は少年の外周を回り見るように正面に立ち。
「それじゃあ今日も素振り百回…」
少年は首を傾げた。感情がいとも簡単に表情に浮かぶのが女教師にはおかしい。
「不満?」
「不満と言うか…少ないと思います。
ブレイカーの操縦だったら、翼の薙ぎ払いだけで日に千回とかいつもやってるのに…」
女教師は苦笑が止まらない。少年はいささかムッとしたが。
「貴方、剣の方は初心者でしょう? いくら波の飛沫を斬ったとしても(※第六話参照)、
それ以上のことは教わっていないんだからね。実力相応よ。
楽勝だと思うならやってみせなさい」
少年は不貞腐れたまま、しかし彼女の言い分には無言で応えるより他なかった。精一杯
の反抗を女教師は一歩後退して見守る。
肩が強張っている。虚空を斬っているのに感じる筈のない手応えを求めているようだ。
「止め」
彼女の一声でピタリと挙動を止めるのは大したもの。
「もっと肩を楽になさい。
見えない敵を斬ろうなんて…考えたら駄目よ?」
息を呑んだ少年。彼女の一言が余程図星だったようだ。構えを解き、俯いたのは眼力で
敗れるのを恐れたのか。只、今までなら心を見透かされた彼は、いささかヒステリックな
反応をしたかも知れない。今日の彼は俯いたまま微笑んだ。それも不自然に乾いた微笑み。
「流石にそれ位は、お見通しか…。エステル先生」
「なあに?」
女教師は返事に応じ、小首を傾げた。少年は依然、視線を合わせようとはしない。
「僕にも少し、見通せたことがある。
…あの赤ん坊、見てて怖くなかったですか?」
切れ長の蒼き瞳を見開いたのが、質問を余り想定していなかった証だ。それでも見た限
りは平静を装い、彼女は呟く。
「怖かったわ。薄気味悪くて、正視に耐えなかった…」
「本当に?」
持ち上がった顎、溢れた円らな瞳。猜疑心と、微かな期待が瞳孔を小さく絞り込ませて
いる。可愛いけれど触れたら噛み付きかねない小動物のような眼差しに、女教師は溜め息
を漏らした。
「何か、言いたいことがあるのね? いいわ、話して頂戴」
「ああいうの、今までにも見たことがあるんじゃあないんですか?」
二人の間を静寂の帳が降りる。遠くで深紅の竜が寝息を立てていない限り、静けさで息
が詰まってしまうかもしれない。
静寂を、女教師は苦笑で解きほぐしたかったが。
「馬鹿なこと、言わないでよ…」
「馬鹿じゃあない!」
それを決して許さぬ愛弟子が詰め寄ってきた。
「本当に知らなかったら、あの赤ん坊が乗ってたライガーゼロ、僕らが倒したところで
『逃げろ』って言った筈だ。
先生は僕に厳しいけれど、一か八かの時は僕のことさえ守れれば良いって、いつも考え
てる。そのために今まであれだけ無茶なことをしてきた女性(ひと)が、あんな得体の知
れない赤ん坊が乗っていることを承知したのは『見る分には安全だ、自分の出る幕じゃあ
ない』と判断したからじゃあないですか?
何も知らなければ、きっとそこまで判断できないですよね?」
女教師と比べて頭一つも低い少年の見上げる眼差しは、怒りの炎と願いの輝きで入り交
じっていた。これだけ言えば、目前の背の高い女性が誠実な答えをきっと出してくれる、
出して欲しいと、そう願っている。
(嫌われる程、厳しく接したつもりだけど…。
この子には些細なことになっちゃったのかしらね)
女教師は溜め息を漏らさずにはおれない。
「多少は、ね。でも今は…少しだけ、時間を頂戴」
少年の表情は、見る間に落胆の色を濃くしていく。
「どうして、今話してくれないんですか…」
右手には鞘に収まったナイフを携えたまま、肩が、拳が震え始める。女教師はそれが見
るに耐えなかった。腹立たしさだけではないとわかっていたから。だから彼女は愛弟子の
両肩を掴んだ。彼が再び項垂れるのは阻止された。
円らな瞳の奥を、面長の端正な顔立ちが占拠する。丁寧に作り込まれた彫刻のような女
教師の容貌なれど、唇の歪みだけは創造主の本意とは外れた。人は完全なものより不完全
なものに心惹かれると言うが、今の少年は確かに彼女の唇からどんな言葉が零れるのか待
ち望んでいた。
「女の刺客が現れた時は、逃げて。どんなことがあっても…」
女教師の返事を、少年は聞けて嬉しかった。だが、その短い言葉は余りに突拍子もない。
「女の、刺客…ですか?」
「そいつが出てこないのなら、見えない敵は大したことはない。
水の軍団以外、忘れちゃっても大丈夫。
出てきたのならとにかく逃げて。逃げ切れてから知ってることを話すわ」
さっぱり意味がわからず、少年は目を白黒させるままだ。
さて我らが深紅の竜は、師弟のやり取りなどどこ吹く風。民家二軒分程もある巨体を犬
猫のように丸め、気持ち良く熟睡していた(一応の警戒はしているようだ。でなければ真
横に倒れ、四肢を投げ出して寝る筈である)。長い尻尾は首の辺りまで伸ばして枕代わり、
桜花の翼は丁寧に折り畳んで布団代わり。
このゾイドは夜行性だ。昇る朝日にあくびして、愛する人達の朝仕度を子守唄に昼まで
寝入るのが理想的な生活サイクル。師弟もそれは承知しており、試合や移動は必ず午後に
なってから行なうことにしている。…だから強烈な悪意は、しばしばこの生活サイクルを
乱そうとする。
突如、首をもたげた深紅の竜。そして今更驚くまでもないが、女教師が愛弟子から視線
を外して竜と同じ方角を睨んだのも又同時だ。
竜と女教師は顔を見合わせ頷き合った。肩を掴まれたままの少年は頭上でどんな会話が
なされたか知る由もないが、流石に想像はついた。
モニターには小高い丘が映っていた。ふもとより遠く離れたその位置からは、深紅の竜
がうごめくさまも良く見える。
「陽動に注意せよ。目標は先手を取っての分断だからな」
「了解」
「了解」
「了解」
「『惑星Ziの、平和のために!』」
光の飛礫が一斉に、丘の頂上まで駆け上がっていく。たちまち咲き乱れる爆炎の華。そ
の隙間を縫って、赤い影が抜けていく。追随する飛礫、そして爆炎。
荒れ果てた地表には土砂の蕾が開花した。鬼百合のように長い花弁。…その中央でしゃ
がみ込んでいた深紅の竜。腹這うように低く。桜花の翼は左右一杯に広げ。尻尾は着地時
に地に打ちつけた反動で軽く反り返った。後肢は完全に折り畳まれた膝をすぐさま持ち上
げるが、前肢は…腕は右でのみ巨体を支える。何故なら左腕には女教師の駆る年代物のビ
ークルを抱えていたからだ。
肝心の乗り手は紺のジャージを着たまま拘束具で上半身を固定していた。衝撃で彼女自
身もハンドルに掴まりその身を縮こませるように身構えていたが、復帰するのも早い。
「ギル、ギル、聞こえて?
このまま東へ、突っ走るのよ!」
「そうは、させん」