自分でバトルストーリーを書いてみようVol.26

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254魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/15(火) 13:49:01 ID:???
 地面を強く蹴り込み跳ね飛んだ深紅の竜。その足元で右から左へと駆け抜けていったの
は他ならぬ髑髏の竜だ。呆気に取られた師弟。かの女教師は心に隙の多い少年を見事に制
御するが、彼女に比肩する存在を髑髏の竜の主人が帯同しているわけではなかった。
「アルン君!」
「あ、アルンさん!? 行っちゃあ駄目だ!」
 その名を呼ばれた若者は師弟の呼び掛けに耳など貸さず、声高らかに吠えた。雄叫びは
狭いコクピット内の闇を切り裂く。球体に手足と幾本ものチューブが伸びた奇妙なパイロ
ットスーツを纏う若者の造作は少年よりずっと端正で大人びている。但し頭部を包み込む
バンダナの下には短かめの金髪と、何より少年と同様に眩く輝く刻印が隠されているのは
この場で戦う者のみが知ること。今や若者アルンの怒りを押さえられる者はいない。肩を
怒らせ、レバーを握り締めれば相棒たる髑髏の竜もますます姿勢を低くし怒濤の疾走。腿
の辺りより後方へ伸びる鶏冠から吐き出される光の粒。赤と黄色に彩られた流星と化して
深紅の竜を隔てた先へと向かっていく。
「ビヨー先生が、お前みたいな奴を認めるか!」
 全身より伸びる紫水晶の刃が鮮やかに光芒を放ち、三色が折り混ざった地上の流星は標
的へとまっしぐら。瞬く間に命中すれば、鈍く心臓震わす金属音が試合場に響き渡る。
 髑髏の竜と蛇皮の竜、二匹は互いの右肩でがっちり相手の突撃を受け止める。槍の穂先
きと見紛う頭部が金属の鎧に突き立てば、空気が軋み、たちまち咲き乱れる火花。震える
空気が土埃を真横に揺さぶり、肉迫にノイズを掛ける。
 怒り心頭に達する髑髏の竜の主人に比べ、蛇皮の竜の主人は余裕綽々。ゾイド用として
は平均的な狭いコクピット内で、顔に包帯を巻く手付きは慣れたもの。ドプラーの容貌は
たちまち碧色の鋭い瞳と高い鼻、そして尖り気味の両耳を残してすっぽり覆われる。この
男、顔にはさしたる傷もなく寧ろ美男子と言える位だが、額には他の竜の主人同様に刻印
の輝きが弛まない。自らの額に刻み込まれた厄介な代物をさっさと隠すと男は一喝。
「俺みたいな奴だから認められたのさ。無論、お前のこともな!」
255魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/15(火) 13:50:02 ID:???
 肩で組み合う二匹の竜だが、懐では地味な攻防が継続中だ。爪で爪を叩き合う。或いは
組み合う。握り合うかに見えたところで素早く引き抜き、又叩く。見た限りは実力伯仲の
両ゾイドだが、上手い具合に相手の腕を逆手に捻り上げれば一気に形勢が傾く。但しパイ
ロットの実力差を無視した場合の話しだ。
 既に陽射しを隠せる位置にまで跳躍していた深紅の竜。その胸部コクピット内で目を見
開いた若き主人。
「アルンさん、後ろ!」
 既に蛇皮の竜の背中からは四本の長剣が射出されている。蛸が獲物に覆い被さるような
角度。組み合った髑髏の竜の背中へとまっしぐら。少年が、竜が右手を伸ばすがそんな動
作で援護などできよう筈もない。
 鈍い音を立て、髑髏の竜の背中に突き刺さった長剣四本。正確に、紫水晶の剣と赤い鎧
との隙間に命中している。
 喀血した若者アルン。球体状のパイロットスーツを着用しているため外見からでは伺え
ないが、深紅の竜の主人同様に相棒の受けた傷が身体に再現されているのは間違いないこ
と。彼も刻印の戦士だ。
 膝から崩れ落ちる髑髏の竜。それでも辛うじて両腕を地面に衝いて支えようとするが、
相対する蛇皮の竜に両肩を押さえ付けられたのも同時。
 かくして宿敵に両肩から引っ張り上げられた髑髏の竜。息を呑んだのはギルガメスだ。
若者主従をどうにかして助けたい。憧れの女教師の命令を無視してでも助けたい。だが蛇
皮の竜は傷を負わせた髑髏の竜を肩から引っ張り上げるや、少年主従の目前に翳してみせ
るではないか。盾とあしらわれた髑髏の竜には意識こそあれど四肢に左程の力はなく、喀
血した若者の方も咳き込み、消耗がひどい。少年は、躊躇。
 痛恨とはこういう局面をさして言うのだろう。…もしA対Bの試合でAが何らかの不都
合を生じたため、Cと結託・乱入を依頼した場合、Cが採るべきもう一つの作戦はBを血
祭りに上げることだ。当たり前の、実に簡単な作戦だがこれではAが疑われて当然である。
何しろ彼は全く傷付かないのだから…。だからこの作戦は前者よりは下策と言えるが、そ
れも時によりけりだ。
 今の時点でチーム・ギルガメスが血祭りに上げられた対戦者チーム・リバイバーを傍観
していたのは紛れもない事実である。
「ギル、突っ込みなさい!」
256魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/15(火) 13:53:04 ID:???
 怒鳴る女教師。今のままではこの蛇皮の竜達主従との結託を疑われる。打開するには髑
髏の竜を助ければ良いのだが。
「つ、突っ込めって言われても…どうしよう、どこから…」
 少年はきょろきょろと視線を移し、蛇皮の竜の隙を伺う。まともに向かっていったらそ
れこそ盾とされた髑髏の竜を血祭りにしかねない。頭を押さえた女教師。術中に嵌まった
悔しさに、唇を噛んで堪えるのみ。
 少年の躊躇が十数秒程度ですんだのは彼の精神的ダメージを多少なりとも和らげること
になっただろうか。相対する竜達の背後で門が開く。ゾイドを入場させる程巨大で丈夫な
鋼鉄の門だ。上げる悲鳴は物悲しい。そしてそれを遮るがごとくけたたましい雄叫びが幾
重にも聞こえてくる。審判団のゾイドが群れを為してのお出ましだ。

 花道をとぼとぼと戻り行く深紅の竜。常ならばピンと張るであろう首は項垂れ、尻尾も
引きずり気味だ。両腕には女教師が駆るビークルを逆手ですっぽり抱えているが、その仕
種もなけなしの小銭を抱える貧乏人のようにみすぼらしい。しかしチーム・ギルガメスが
受ける仕打ちはまだこれから。
 投擲は、予想できていた。左右の客席からはポップコーンの入った紙コップが、飲みか
けの缶ビールが、応援用の鳴り物が、次から次へと投げ込まれる。舞い散る桜花の翼も瞳
を覆う澄んだガラスも低俗な怨念によって汚される無惨。…本日屈指の好カードにして絶
好の賭け試合が僅か数分でふいになった。今頃券売所では払い戻しを要求する客でごった
返しているに違いない。すぐに換金できぬ者は代わりにこうやって鬱憤を解消する。
「馬鹿野郎、塩っぱい試合やってるんじゃあねえ!」
「折角五百ムーロア(※1ムーロア=百円程度)賭けてやったんだぞ!」
 酔客もそうでない者も皆関係なく、滅茶苦茶に物を放り投げるのが凡戦への礼儀だ。
『危険ですから! 花道に物を投げ込まないで下さい!』
 顔まで覆ったヘルメットと薄手の鎧、そして電磁警棒を握る警備員が花道を囲ったスタ
ンド席の最前列で声を枯らして怒鳴るが投擲が収まる兆しは見えない。
257魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/15(火) 14:41:06 ID:???
 外部の騒然が全方位スクリーンに映し出される中、憮然たる表情を浮かべるギルガメス。
勝ったら喜べば良い。負けたら泣けば良い。しかし勝ちも負けもせず、その上徒労感のみ
が残った試合の後は、どんな表情を浮かべれば良いのか。
「…ブレイカー、シンクロ率は下げなくていいよ。音量も、映像もこのままでいい」
 少年の呟きを胸部コクピットより耳にして、深紅の竜は弱り気味にか細く鳴いた。相次
ぐ投擲もこのゾイドにしてみれば、鬱陶しいがダメージは大したことはない。しかしオー
ガノイドシステムが備えるシンクロ機能の副作用は主人たる少年の身体に投擲のダメージ
を再現していく。それとて擦り傷・切り傷程度かも知れないが、浴びる罵声と共に大事な
主人をいつまでも傷つけるのは、仕える竜としては堪え難いものがある。
 一方竜の掌の中で、頬杖しつつ眉間に皺を寄せていたのがエステルだ。ビークルの機上
で愛弟子の声を聞き、途方に暮れる。今回、かように釈然としない決着となった原因の一
端は自身にもある。彼女の所感として、愛弟子は相当に短気だ。それを日々叱責したり諭
したりすることで、どうにか戦士として最低限の度量を備えつつあるところ。只、彼女の
誤算は愛弟子が底辺だと思っていたことだろう。今日の対戦相手・アルンがあそこまで逆
上するなら別の方策を選択すべきだったが、全ては後の祭り。
 しかし厄介なこの祭り、人によってはまだ終わっていなかったのだ。
「この…八百長野郎っ!」
 投擲と共に浴びせられた罵声にギルが、他の群衆が反応した。伏せがちだった顔を少年
は持ち上げる。群衆の罵声は小波(さざなみ)のようなざわめきに変わる。
「だってそうだろう! あそこでこいつらが逃げなきゃ、ドプラーなんかさっさと追い払
えるじゃねえか。二対一だぜ!?」
「ギルガメスとドプラーは、グルだ!」
「アルンに怖じ気付いたギルガメスは、ドプラーに試合潰しを頼んだんだ!」
 少年は円らな瞳を右に、左に。群衆が一斉に噂を口にする様子が全方位スクリーンより
映し出されては狼狽えざるを得ない。
「違う! 違う、僕らがそんなことするわけが…」
「ギル、落ち着いて!」
258魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/15(火) 14:42:35 ID:???
 コントロールパネルより飛び込む音声。翻る女教師。深紅の竜は両の掌を逆手で抱えて
ビークルを抱えているから、振り向いた彼女のすぐ頭上には竜のコクピットハッチが見え
ている。鋼鉄の扉を隔てながら焦る師弟。
「八、百、長!」
 女教師も竜の爪の間から左右の群衆をきょろきょろと見渡すが、小波が波涛に変わるの
に、そう時間は掛からない。
『八、百、長! 八、百、長! 八、百、長! 八、百、長!』
 唇を噛む女教師。投擲に代わって巻き起こった罵声の波涛を忌々しげに聞くより他ない。
女教師が恐れていたことが現実となった。それもある意味、彼女の失策によってだ。しか
し罵声を浴びているのは事実上、彼女ではない。取って代わってやることのできないこの
歯痒さ、この悔しさ。
 少年はコクピット内で独り、戦慄く。全方位スクリーンに映る群衆が、男女の顔が皆一
様に真っ白な骸骨のように見える。…敗者を地獄へ誘う死神の顔。
 主人の変調を感じ取った深紅の竜は、心配げに鼻先を胸元に近付ける。ピィピィと甘く
鳴く仕種は赤子をあやすよう。だが若き主人の激情は竜の、そして女教師の想像を超えて
いた。
 空気が抜ける音。密閉されていたコクピットハッチが開放された合図だ。深紅の竜は主
人の行動に呆気に取られ、女教師は色めき立ち上がる。
 ハッチの中から、躍り出た少年。額の刻印は明滅の乱れがひどい。
「ギル!? 何してるの、早く中に…」
 少年の円らな瞳には、女教師の鋭い蒼き瞳は映っていない。
「八百長なんか、するわけないだろ! 勝手な事を…」
「この馬鹿!」
 すぐさま竜の掌から跳ねた女教師。頭上に降りたハッチに飛び移ると少年の真正面に躍
り出るや、肩をがっしりと掴み、揺さぶる。
「危ないでしょう! 貴方の訴えに耳を貸してくれるわけないでしょう! そんなことも
わからないの!?」
 わかっているのは間違いない。だが少年は視線を重ねもしない。よくよく考えてみれば
ゾイドウォリアーなりたさに家出までする向こう見ずな彼である。覆い被さる女教師を払
い除けるように顔を出し、尚も続ける女教師の抗議。
「勝手な事を言うな! 悪いのは全部…」
259魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/15(火) 14:45:37 ID:???
 思わぬ投擲が、少年の頭上で命中した。鈍い音だ。背筋に走る悪寒。…自分自身が痛み
を全く感じない理由は、掴まれた肩から握力がすっと失せた時に理解した。円らな瞳の目
前で、面長の端正な顔立ちが、鋭くも麗しい蒼き瞳が崩れ落ちていく。左眉の上からは吹
きこぼれていく鮮血は薔薇の花弁が散るように。
 足元で女教師が両手をついた時、さしもの群衆も黙りこくった。不穏な静けさ。
 少年は憧れの女性に呼び掛ける事もできぬまま、跪いて彼女の肩を揺さぶろうとする。
だが掴もうとしたその時、少年の手首の方ががっちりと掴まれた。それを支えとして立ち
上がった女教師。群衆の方へと振り向くまでには魔女の憤怒が具現化していた。流れ落ち
る鮮血など気にも止めず、額には刻印の輝きを浮かべ、蒼き瞳の眼光で群衆を斬り付ける。
 たちまち十数人の群衆がドミノ崩しのように倒れ始めた。右も、左も。一目見た限り、
負傷者は見られない。だがそのいずれもが、完全に気を失っている。蒼き瞳の魔女エステ
ルの眼光が視線を重ねた者を片っ端から圧倒しているのだ。一睨みするたびに群衆が倒れ
る不可解に、にわかに呼び起こされる恐慌。ざわめきが、悲鳴に変わりかけようとした時。
 不意に魔女の背後から、掴み掛かった両腕。温もりと乱れた息遣いを背中越しに感じ、
我に返った魔女。女教師の冷静な表情が垣間見える。
「…ギル!?」
 憧れの女性を背後より抱き締めた少年はそのまま座席へと尻を落とした。丁度彼の膝に
女教師が座るような格好だ。彼女を抱き締めたまま怒鳴る少年。
「ブレイカー、行って! 早く!」
 深紅の竜も又我に返ると両腕と抱えたビークルをハッチの正面に掲げる。投擲が再開さ
れる中、ハッチを閉じた深紅の竜はそのまま軽く地面を蹴り上げ。ふわり、浮かび上がれ
ばマグネッサーの発動だ。花道を「罰金」を取られぬ程度の速度でさっさと駆け抜けてし
まうのが得策と竜自身が考えたのだ。
『八、百、長! 八、百、長! 八、百、長! 八、百、長!』
 再び野次の波涛が再開し、そこに投擲が加わる。しかし今度は、コクピット内には届か
ない。全方位スクリーンも暗闇と、竜自身の速度や体調、レーダー反応など最低限の情報
のみを映し出している。若き主人を思う竜の、ささやかな抵抗。
260魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/15(火) 14:46:40 ID:???
 その想いは、通じたかも知れない。
 流血する眉の上をハンカチで押さえる女教師。無表情だが時折走る痛みにはどうしても
唇が歪む。
 ふと彼女の背中で、啜り泣く声。背と腹の辺りで感じる震え。彼女は愛弟子が未だに自
身を抱き締めている事に気がついた。乳房の真下当たりで組まれた彼の両腕に、流血では
汚れていない右手を差し伸べる。
「ごめん。ちょっと、カッとなったわ…」
 震えが、ほんの少しだが止まった。しかしそれも束の間、再開された震えは一層強く、
鳴き声は哀れを誘う。
「僕が悪いんです…ごめんなさい、ごめんなさい」
 少年は気がついた。彼女と肌が触れ合う時、いつも醜態を晒している自分。情けなさに
溢れる涙が止まらない。

 赤き竜達が繰り広げる死闘を冷徹な眼差しで見つめる者もいた。
 例えばこの肌白き美少女はずっと腕組みしつつ、ソファに着席しつつも背筋を正して観
戦していた。僅かな攻防の綾で戦局が変わるたびに左右の耳上辺りで束ねた長い金髪が頬
の辺りで揺れ、大きな銀色の瞳がぎらつく。だがそれも、審判団の介入が映し出されると
頬に掛かった金髪を掻き上げ、ソファにもたれ掛かった。勢いで金髪が、白のワンピース
のスカートがふわり、舞う。両腕を一杯に伸ばす様子からは外見相応の飽きっぽさが伺え
てならない。
「ドクター・ビヨー、もう良い、消せ」
 傍らで、その名を呼ばれた白衣の男は無言のままテーブルに並べられたノート大の端末
を弄る。両腕で足りる程大きなスクリーンはたちまち輝きを失った。
 興味深げに美少女の表情を伺う白衣の男。左の頬に広がる火傷の痕を撫でながら。
「『B』よ、退屈でしたか?」
 牛乳瓶の底程も分厚い男の眼鏡。そこに映る美少女は如何にもけだる気。
「いや、十分堪能した。感謝する。
 それにしても、彼奴も進歩のない女だ…」
 不可解な言葉に対し、白衣の男は軽くパーマを当てた髪を掻くに留めた。だが会話はこ
こで終わらない。
「ドクター・ビヨー。さっさと私専用のゾイドを用意するのだ」
「は!? はいっ」
261魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/15(火) 14:48:05 ID:???
 白衣の男は慌てて起立し、敬礼を返す。不思議なものだがけだる気な彼女の態度とは裏
腹に、声色は低く物々しかったのだ。
「いいか、ライガーだ。『覇のゾイド』だぞ。貴様の言う通り熟したりんごを奪いに行く
のに相応しいゾイドを用意するのだ…」
 言いながらソファでゴロリ、横になる。呆れる程不作法、その上隙だらけ。なれど、ソ
ファの後ろでゆらりと立ち上がる者もいる。のっそりのっそりと、現れたのは大人数人分
はあろうかという銀色の獅子。彼女の足元で丸くなると大あくび。見事な忠誠心にさしも
の白衣の男ドクター・ビヨーも苦笑した。もっともこの獅子を差し置いてふしだらな事を
やらかそうとしたところで、目覚めた彼女がどれほど残虐な反撃に打って出るか想像に難
くないのは前回まで読まれた方なら御承知だろう。

 死闘を冷静に見つめる者は彼女らだけではない。
「ああもうがっかりだ! ギルガメスめ、ドプラーに幾ら払ったってんだ…」
 初老の給仕が喚く。だが一通りのメニューを平らげた客の方は落ち着いていた。東方大
陸伝来の竜神の刺繍が施された白い功夫服を纏った胸板の厚い男。黒髪は無造作に伸び、
精悍な顔立ちに刻み込まれた眉間の刀傷そして歳不相応な幾重もの皺から凄まじい戦歴は
想像に難くないが、見た目には穏やかな雰囲気が決してそうだとは感じさせない。水の軍
団暗殺ゾイド部隊の刺客・拳聖パイロンは変わらぬ落ちついた表情で部屋の天井隅に据え
付けられたテレビを見つめていた。
「ギルガメスは謀られたな」
 給仕は口をへの字に曲げた。
「へぇっ、冗談を言っちゃあいけませんぜ、旦那。
 見ていたでしょ? 彼奴め、ドプラーを追い出すどころか逃げ出しやがって…」
「良く考えてみろ、無効試合は決まっていたのだぞ? 無理に戦う必要はない。再戦に備
えるなら尚更だ。
 ギルガメスはそう、監督に説得されたのだろう。しかしアルンには指導者がいないから、
カッとなったら止める者がいない。そこを上手く突かれたのさ」
262魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/15(火) 14:49:14 ID:???
 給仕は男の話しに耳を傾ける。落ち着き払った口調についつい頷くが、どうも釈然とし
ない表情だ。
「そういうもんですかね…」
「ギルガメスの監督は女だろう? 女は損得で動く。男は名誉で動く。
 お前さんの女房も『馬鹿な喧嘩はよせ』って言うだろう?」
「あっはっは、仰る通りでござんす」
 給仕は初めて合点がいった様子で笑顔を見せた。

 濁声だが気持ちの良い「毎度あり」の挨拶を背に受け、功夫服の男は店を後にした。少
々苦笑いを浮かべつつ。
(『読み』をあっさり喋るようでは、俺もまだまだだな…)
 そうは言うが、悪い気はしない。崇高な理想は、こうした他愛無い声を何度も耳にする
事で築き上げられるのだ。
 それにしても、あのドプラーなるゾイドウォリアーは何故、ギルガメスの試合に乱入し
たのだろう。男は懐に手を伸ばす。腕時計型の端末はギルガメスらが良く使っているもの
と大差ない。左手で鏡を見るように持ちながら右手で端末を叩く。
 やがて表示された情報に、男は合点がいった様子で頷いた。
「悪法なれど、感謝せねばならぬか…」
 彼が何を知ったのかはひとまず置いて、本編を進めたい。
                                (第一章ここまで)
「キャ――――!! 怖い怖い! 誰か助けて下さいよぉ――――!」
ミスリルは涙目になりながら助けを求めていたのだが、そこで突如何処からか放たれた
一条のビームがヘルキャットを数機丸ごと撃ち抜いた。それが飛んで来た方向を
向くと、大木の枝から枝を跳び移りながらこちらに近付いてくるティアのLBアイアン
コングMK−U“ゴーストン”の姿があった。だがそれだけでは無い。今度は別の場所
から木々を薙ぎ倒しながら現れた何者かがヘルキャットを叩き潰していたのである。
そちらは本邦初公開! スノーが普段使用しているハンマーヘッド“エアット”とは別に
陸上戦力としてさり気なく所有していたカノンフォート“リクト”である!
「ティアちゃんにナットウさん! 助けに来てくれたんですね!」
「だってあそこまで派手にやれば誰だって分かるのよ!」
「ゲリラを燻り出せたと言う意味では貴女の行った事は正しい…。」
これまでゲリラが恐れられていたのは戦闘の痕跡さえ消す隠蔽力の高さにある。
しかし、今の様に一斉に大勢で姿を現して山中を駆け回れば麓からでもその位置を
特定されて当然であり、こうなれば普通の戦力と大して差は無いのであった。
「畜生! 他の連中に知られる前にあの三機まるごとやっちまえぇ!」
「了解!」
「ゲェ――――――!! 攻撃が余計に激しくなっちゃいましたよぉ――――!!」

こうして山中で激しい戦闘が勃発した。
「あーもう怖い怖いったらもう勘弁して下さいよまったく!」
やっぱりミスリルは涙目であったが、それでも何だかんだでフェレッツは高い機動性と
ステルス性で敵陣をかき回しながら小型ビームガンを撃ちまくった。
「姿を見せればこっちの物なのよ!」
ティアのゴーストンはアクロバッティングに木々を跳び移りながら右肩に装備した
ビームランチャー、左腕のパルスレーザーガン、そして右腕に格闘装備として装着した
“チタン・ミスリル・オリハルコン特殊超鋼材”、略して“TMO鋼”製のクロー
“TMOザンクロー”を炸裂させ敵を引き裂き叩き潰した。
「リクト…テンミリオンパワー全開…。」
リクトはエアット同様にスノーが持ち込んだTMO鋼を超える強度を持った外宇宙金属
“スペースアダマンタイト”製の重装甲で身を包み、敵の砲撃を物ともせずに突撃すると
共にビームホーンでヘルキャットを串刺しにし…背の大砲で吹飛ばした。とまあこんな
感じで毎度おなじみのドールチーム無双が繰り広げられていたのだが……………
もうゲリラってレベルじゃねーぞって位に後から後からヘルキャットが湧いて出てくる
のである。それ故に次第に戦況はグダグダのゴタゴタでもう何が何だかと
目を疑いたくなる様な物へと変動して行き、結局その状況を収束させるべく、
大龍神に搭載された非核型超広域破壊兵器”龍神四式反応弾”が山に撃ち込まれ…
「おわ――――――――――――!!」
龍神四式反応弾の大爆発によってゲリラは山もろともに消滅した。そのくせドールチーム
の三人とそれぞれの搭乗機はしっかり生還してやがる。

「あ〜あ〜…山が無くなっちまったよ…。」
龍神四式反応弾によって吹き飛び、無くなった山をベースキャンプから見つめ、将校は
呆然としていた。と、そこで彼の部下と思しき下士官が飛び出して来るのである。
「大変です! 自然保護団体の連中がベースキャンプ前に殺到して猛抗議してます!」
「何ぃ!? って言うか早!」
まあ戦闘で山が吹っ飛んだのだから、自然保護団体が怒って抗議して来るのはある意味
当然と言えば当然なのであるが、余りにも早過ぎる登場に将校も呆れ半分で慌てていた。

将校が実際外に出てみると、物の見事にベースキャンプの前に物凄い数の自然保護団体の
大軍団が殺到し、『自然破壊反対!!』とか『自然を守れ!!』とか書かれたプラカードを
掲げて猛抗議を行っている真っ最中であった。そして彼等は一斉に将校の方へ詰め寄る。
「あんたかいここの責任者は! 良くも取り返しの付かない事をしてくれたね!?」
「どう責任を取ってくれるんだ!?」
「え…あ…その…。」
物凄い剣幕で将校を問い詰める自然保護団体のおじさんおばさん方に将校も慌てふためき、
全身から大量の汗が吹き出し、震わせながらある一方を指差したのである。
「わ…私じゃない! これは全てあの連中がやったんだ!」
将校が指差したのは当然実際に山を吹飛ばした張本人であるドールチームの三人。
しかも彼女等は丁度ベースキャンプに帰還してそれぞれのゾイドから降りた所であり、
自然保護団体の皆様は一斉に彼女等へ殺到した。
「あんた達なのかい!? 山を吹っ飛ばすなんて事したのはぁ!」
「ええ!?」
「何なのよ!」
いきなり大勢のおじさんおばさん方に詰め寄られてミスリルとティアは慌てた。
まあスノーは相変わらずの無表情のポーカーフェイスのままだったが…。
「全く良くもまあ取り返しの付かない事してくれたねぇ! ええ!?」
「親の顔が見てみたいよ! どういう育て方したらこうなるんだい!?」
「え…あ…その………。」
なおも凄い剣幕で問い詰める自然保護団体の皆様方にミスリルとティアも思わず後ずさり。
はっきり言ってこれは怖い。怖すぎる。過去にも幾多の恐ろしい連中を相対して来た
ミスリルではあるが、自然保護団体のおじさんおばさん達の団結力と気迫はそれとは
また違った意味の恐ろしさを感じさせていた。しかもそれだけでは無く…
「う…う…僕達の自然を…返してよぉー!」
「私達の自然を返して下さい!」
「えーんえーん!!」
「これを見ろ! お前等はこの様な小さい子供まで泣かせたんだぞ!? お前等はこれを
見て何とも思わないのか!?」
「ええぇ!?」
とか、小さい子供を使った泣き落とし戦法までやってくる。もはやミスリル自身が使う
残虐ファイトさえ普通に見えるえげつ無さであった。
「この鬼! 悪魔!」
「山を返せ! 山林を返せ! 自然を返せぇぇぇぇ!!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
挙句の果てにはミスリル達を罵倒しながら号泣まで始める始末。これは非常に気まずい。
そしてついには………
「かーえせ! かーえせ!」
「かーえせ! かーえせ!」
「かーえせ! かーえせ!」
とかついには『かえせコール』まで始めてしまった。これに対しミスリルはついに……
「だぁまれ人間どもぉ!! そないな何度も言われんとも分かるんじゃぁ!!
あんまりロボット舐めてっとぶっ殺すぞぉぉ!!」
ミスリルの両眼は赤く輝き、普段“良心”と言う名のプロテクトが掛けられた彼女の
凶悪残虐な本性が露となる“ジェノサイダーモード”が起動してしまった。
これによりミスリルは両腕を変形させたガトリング砲と両眼破壊光線ミスリルビームを
自然保護団体の皆様方に情け容赦無く浴びせ始めたのであった!
「うわぁぁぁ!!」
「ギャァァァァ!!」
「アヒィィィ!!」
こうなったらもうお終い。誰もミスリルを止める事は出来ず、現場は忽ち阿鼻叫喚の
地獄絵図と化すのであった。これに対しティア、スノー、そしてベースキャンプの将校や
下士官達は何をしたのかと言うと……
「もう知〜らないっと! とばっちりが来る前に逃げるが勝ち!」
「右に同じ…。」
「この場合そうやった方が良さそうだな。」
「こういうのはもう何て言うか…しらばっくれるのが一番ですね……。」
次々と自然保護団体の皆様が蹴散らされるミスリル無双が展開され、ついには大龍神まで
使って大暴れを始めていた中を尻目に、ティア達は肩を揃えて安全な場所まで退避
しましたとさ。めでたしめでたし。
                おしまい
267魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/18(金) 14:34:33 ID:???
【第二章】

 夕暮れの荒野を駆ける深紅の竜。但し、本来の神速には程遠い。中腰で滑走するのだが、
氷上をスケートで滑るような強い蹴り込みは愚か、翼を左右一杯に広げたりも背中の鶏冠
六本を広げたりもしない。
 尋常ならざる身体能力を押さえる理由は言うまでもなく胸部コクピット内にあった。時
折小首を傾げるような仕種で竜は気遣う。…その甲斐はあった。いつしか聴覚装置に聞こ
えてくる泣き疲れた若き主人の微かな寝息。そして彼を案じる美女がついた安堵の溜め息。
 胸部コクピット内には依然として定員を越える二名が乗り込んでいる。竜にとってはそ
れだけでも胸元が息苦しい上に、若き主人は膝の上に妙齢の女性を乗せ、背後からしがみ
ついた状態で眠り込んでいる。これでは拘束具も肩に降ろせない。しかし竜にとっては問
題にならなかった。あの後味の悪い結果を踏まえるなら、多少自分が息苦しくても、主人
が気落ちして腐るよりかは断然良い。
 それは美女も同意見だ。魔女とも恐れられる彼女は、だから傷付いた眉の上をハンカチ
で押さえるのは左手で行ない、右手は背後よりしがみつく愛弟子の腕を握り続ける。…弛
みかけた理性のたがを、はめ直してくれた腕だ。
 小高い丘の上へと数歩跳躍。深紅の竜もこの程度なら今のコンディションでも軽やかに
動いてみせる。ようやく到着したチーム・ギルガメスのこじんまりとしたキャンプ。
 二つのテント、簡易キッチン、資材や仮設トイレなどが居並ぶ中、片隅に広がる空き地
が竜の寝床だ。腹這いになると首を持ち上げ胸を張る。早速開いた胸部コクピットハッチ。
 美貌の女教師が差し込む陽射しを手で防ぐ必要はなかった。夕陽は竜が背負ってくれた。
「ギル、着いたわ。…ギル?」
 背後にもたれる少年は返事の代わりに寝息をこぼす。女教師の浮かべた苦笑い。唐突に
少年の手の甲をつねる。
 寝入っているものだから悲鳴を上げるわけでもない。只、背後から一層強くしがみつい
てくるものだから彼女は少々閉口した。だからつねる指はそのまま、愛弟子の意識が戻る
のを待つ。…案の定、しがみつく両腕は振り払われた。振り返らなくともわかる、今の彼
はきっと、頬は愚か耳まで紅潮させているに違いない。
268魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/18(金) 14:36:11 ID:???
「!? せせせ先生、すみません!」
「いいわ、気にしないで。私も図々しかったわ」
 ゆっくり、腰を持ち上げる女教師。当たり前のように立ち上がるかに見えた目前の美女。
ふらつく姿は麦が風に薙がれるようだ。
 咄嗟に立ち上がった少年。どうにか掴んだ両肩の位置は、彼の頭のてっぺん辺り。…ズ
シリとのしかかってきた重さ。先程まで膝上に乗られた時には感じられなかった。大事な
ものはこんなにも、重いのか。それが両腕から滑り落ちるよりも前に、二人の目前を巨大
な鋼鉄の爪が塞いだ。
「ブレイカー、ありがとう」
 首を傾け自らの胸元を伺う深紅の竜。少年の礼に軽く鳴いてみせる。胸部と肩を押さえ
られてどうにか倒れずに済んだ美女。依然、眉上を押さえる左手は止血よりも貧血による
頭痛に苦しむ意味合いが強い。
「ギル、ごめんなさい、肩を貸して…」
 少年は彼女の右手に回り、肩で担ぐ。それを合図に徐々に指を引いていく竜。つっかえ
棒の前進に合わせて歩む二人。タラップとなった胸部ハッチを降り切ったところで竜は左
手を二人の前に差し出し逆手にひっくり返す。乗れという合図に少年は甘えることにした。
 両手で箱を作りながら、竜はふわり地を離れる。マグネッサーシステムは何も疾風迅雷
の機動力を発揮するためだけにあるのではない。資材もトイレも吹き飛ばすことなく、二
つのテントの前に降り立つ竜。地面に両手を差し出し、ようやく師弟の帰還と相成った。
 少年が右肩で大事な女性を担ぎ上げると、竜はテントの扉を開いてやる。一畳半程の内
部には簀の子(すのこ)の上に絨毯が敷かれている。その上に雪崩れ込んだ二人。内部に
は寝袋と女物の着替えが数枚、奇麗に畳まれ置かれるのみ。そして…むせ返る程に、甘い
香り。少年は鼻がむず痒くなった。テント内とはいえ女性の部屋に入ったのはこれが初め
てのことだ。
 倒れ込んだまま仰向けになる師弟。少年が先に立ち上がるのを見た深紅の竜は、ようや
く安堵したのか浮き上がって踵を返す。
 竜が自らの寝床である広場に戻っていくのを尻目に、少年は竜がテントの側に置いたビ
ークルへと駆け寄る。トランクから救急箱を取り出し戻るまでに、呻くような女性の悲鳴
を聞き付け少年は青ざめる。
269魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/18(金) 14:38:17 ID:???
 テントの扉を開けた時、女性は左の眉を強く押さえていた。上半身を持ち上げ、長く美
しい両足は靴を脱いだまま投げ出している。そして額にぼんやり宿る刻印の輝き。
「ちょっと傷口が額に近過ぎたわ…」
 女教師は苦笑する。刻印が宿る額のすぐ左下に傷口があるのだから、痛みを感じるのは
無理もない。しかし案外屈託のない彼女に比べ、少年の何と物憂気なことか。唇を真一文
字に結ぶと彼女との視線を外し、傍らに尻を着いて救急箱の蓋を開ける。中身を早速物色
するが、しかしこういうことに手慣れているのは明らかに女教師の方だ。少年が見定める
よりも早く、彼の手元から薬品や包帯を拾い上げていく。これでは少年も手を出す余地が
ない。それだけでも情けない気持ちで一杯になるのだが、女教師が2?3センチ程はある
切り傷に薬品を塗る段となると悔恨の表情を滲ませ、結んだ唇を噛み締めざるを得ない。
滲みる痛みに彼女が時折呻くたび、それは一層強く。
 女教師は己が手当てを進めながらぽつり、呟く。
「…ごめんね。判断、誤って」
 少年は息を呑んだ。憧れの女性を傷付けてその上謝罪までさせたくせに、自分は満足に
手当てしてやることすらできない。大袈裟な挙動で首を左右に振ると。
「あの時、試合は終わってましたから、その、妥当、だと思います。
 本当に謝らなければいけないのは僕の方です! 負けても傷付いてもいないのに野次に
踊らされて、一体何をやってるんだろう…」
 いつしか俯く。震える声は息が詰まる。いっそ窒息でもしてしまえば良いのだ。
 女教師が頭部に包帯を巻き終えた頃、少年はすっかり黙りこくってしまった。思わず溜
め息をついた彼女。あの白魚のように艶かしい指をそっと彼の顎の下に差し伸べてやり、
化粧師のような手付きで彼の顎を持ち上げて。
「それ位にしておきなさい。取り返しのつかないことになったわけではないでしょう?」
 憧れる女性の眼差しはあれ程の負傷を負った割にはなんとも涼し気で、それだけでも少
年が視線を反らさざるを得ない十分な理由たり得た。少年の変わらぬ胸中を察した女教師
は流石に苦笑い。彼の顎から指を離す。
「今日はもう休みなさい」
270魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/18(金) 14:41:26 ID:???
 言いながら、くたくたになった背広を脱ぎ捨てる。続いてネクタイを引き抜き、更にワ
イシャツのボタンを外し始めたところで少年の表情が急変。沈鬱だった表情がたちまち赤
面、引きつると救急箱を落とし、テントの出口まで尻をついたまま後ずさり。
 女教師のはだけた胸元から、漂ってきた甘酸っぱい香り。狭いテント内に充満して少年
を手招きするかのようだ。彼女は何ら恥じらうこともなく、当たり前のように肌を晒す。
もう一年の付き合いだがこの性癖だけはついていけない。それもよりによって、何でこの
瞬間に脱ぎ始めるのか。
「ふ、風呂湧かしてきます!」
 尻から先にテントから出て、素足を無理矢理厚手の運動靴に突っ込むと這う這うの体で
駆けていく。女教師は慌てた有り様をテントの中からちらり、見遣る。誠に微笑ましいで
はないか。

 惑星Ziを観光するなら、繁華街には余り期待しない方が良い。戦乱の続いたこの星で
は標的になりそうな高層ビルは迂闊には建てられない。当然建物は低くなり、夜のネオン
も抑え気味になる。…それでも、栄えないことはない。夜中はゾイドが闊歩するこの惑星
Ziで、娯楽の源となる繁華街はどうしても必要なものであった。
 さてそんな繁華街のとある酒場。薄暗い店内は中々の盛況だが、片隅で独りテーブルを
占拠する者がいる。包帯で顔の半分程も覆ったあの男だ。傍で見ても特に大柄という程で
はなく、筋骨隆々でもない。よれよれのパイロットスーツを纏った風体は、どこででも見
られるゾイド操縦を生業とした者の出立ちだ。やはり尖り気味の耳や鋭い眼光が包帯から
飛び出ていると奇妙な印象を周囲に与えるのかもしれない。
 包帯男はグラスを一息に傾ける。痛飲と言うに値しないのは依然絶やさぬ眼光から見て
も伺えるもの。テーブルの上には既に幾種類もの酒瓶とつまみ皿が並べられていたが、乾
いたグラスが何故かもう一つある。それ以外はどこででも見られる酒場の光景だ。
271魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/18(金) 14:42:26 ID:???
 さてこのテーブルを考慮しても、店内は誠に平穏であった。この男とて、無闇に逆鱗に
触れなければ暴発などするまい。だが世の中には他人の都合をわきまえない者は幾らでも
いる。その者は店内に入ると辺りを物色したが、標的を見定めた途端、脇目も振らず彼の
テーブルへと近付いていく。包帯男同様、よれよれのパイロットスーツを纏った若者。頭
部にはバンダナを丁寧に巻いて固定している。
 テーブルの前に立ち止まるなり、呟いた声は鈍器で殴るように重苦しい。
「話しがある」
 ギルガメスと出会った時は至極冷静だった若者アルンも、つい先程己が試合を潰した本
人を目の前にしては平静を保ってなどいられない。
 首を持ち上げると不敵な笑みを浮かべた包帯男。
「俺も、話しがある」
 乾いたグラスをテーブルの向いに差し出すと、早速傍らのビール瓶を注ごうとする。そ
れを遮った若者の声は怒気交じり。
「あんた、ビヨー先生とどういう関係だ!?」
 鼻で笑う包帯男。注ぎかけたビール瓶をひとまず置くと、その指で己が額をトントンと
軽く小突いてみせる。
「だから言っただろう、こういう奴だから認められたとな。俺も、お前も…」
 周囲では他の客がおっかなびっくり、彼らのやり取りを見守っている。しかしそれは誠
に理解し辛い。小突いた指が本来なら古代ゾイド人にしか見られない刻印を意味するなど、
誰がわかるというのか。
「それだけで認めるわけがあるか! あんたのように卑劣な奴と、つながりを持つとは思
えない。大体あんた、本当にビヨー先生と関係が…」
 若者が言いかけたその時、周囲の客が途端にざわめき始めた。不可解な現象に二人は客
達の視線の彼方を睨む。…若者がやってきた方角、そして包帯男の向かい側。
 白い功夫服の男だ。顔には隈取りの紋様が描かれた張りぼてのお面を被る酔狂なれど、
長い黒髪が全くなびかぬゆったりと歩の進め方は飢えを凌いだ猛獣を思い起こさせる。包
帯男も若者も、功夫服の男が徒者でないことはすぐにわかった。だらりと下げた両手の甲
には拳胼胝(たこ)が、反対に掌にはゾイド胼胝が隆起している。
「…おい、収穫祭には早くないんじゃあないのか」
272魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/18(金) 14:44:19 ID:???
 包帯男が喋る相手は若者か、それともこの功夫服の男か。だが言われた当の本人は全く
意に介さない。彼は若者の数歩後ろにまで近付くと立ち止まり、面を下から少々めくる。
露になった口が落ち着いた声で言い放つ。
「ドクター・ビヨーは二つの密命をこの男…ドプラーに託した」
 功夫服の男の声は低い。傍らで聞いた若者は首を捻る。
「密…命? ビヨー先生が、誰から?」
「わからぬか? 奴は『国立』ゾイドアカデミーの教授なのだぞ」
 若者はまさかと口籠る。
(…ヘリック共和国の、密命!?)
「良い手並みだった。共和国議会は天下の悪法『ゾイド貿易自由化法』推進のために、民
族自治区にゾイド輸入ノルマを突き付けるのを満場一致で可決した。…君達の試合中にだ」
 ゾイド貿易自由化法とはヘリック共和国製ゾイドを民族自治区内で販売する際、今まで
上乗せされていた関税を大幅に引き下げるというものだ。安価な共和国製ゾイドが民族自
治区内に急激に出回ったら民族自治区内のゾイド業は駆逐される。多数の養殖・販売業者
が失業の憂き目にあうのは言うまでもあるまい。
 しかし共和国の思惑通りには必ずしも上手く行かなかった。民衆にとってゾイドは単な
る道具ではなく、象徴とさえ言える存在なのだ。地域が異なれば象徴の種類も変わる。ヘ
リック産ゾイドを好き好んで輸入する自治区など大して増えなかった。ゾイド輸入ノルマ
はそれを踏まえての決定だ。
「自由化法制定時は各地で巻き起こったデモを鎮圧するのに手を焼いたが(※第八話参照)、
今回は思ったよりも平和裏に事が運んだ。…ゾイドバトルのスタープレイヤーが不祥事で
世間を騒がしてくれたお陰でな」
 目を丸くしながら聞いていた若者は、やがて忌々し気に鼻を鳴らした。
「馬鹿馬鹿しい、言い掛かりにも程がある。ヘリック人はみんな役人の犬だとでも?」
「ならば魔装竜ジェノブレイカーとも互角に渡り合えるゾイドを、ビヨーが所有していた
のは疑問に思わないのか」
273魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/18(金) 14:45:48 ID:???
 若者は押し黙った。初めてあのヴォルケーノなる髑髏の竜を預かった時は風変わりなゾ
イドだなと、その程度にしか感じなかった。いざ乗りこなしてみた時、かつて経験したこ
とのない運動性能に舌を巻いたのは事実だが、それとて一般的なゾイドと乗り比べてみて
の感想でしかない。…所詮、二十歳やそこらの若者が抱く浅い考えだ。
 包帯男がテーブルを軽く叩いたのは若者が押し黙ったのとほぼ同時。
「面を外せ」
 功夫服の男は勿体ぶった手つきでゆっくりと面を外し、テーブルに置いた。露になった
精悍な顔立ち、眉間の刀傷。見上げるような視線で睨む包帯男目掛け、眼光の切り返し。
だがそれも数秒にも満たない。
「もう一つの密命はそいつの口から聞くことだな」
 踵を返すと又もとのゆったりとした足取りで歩いていく功夫服の男。包帯男も若者も、
他の客もしばし視線が釘付けのまま。やがて向こうでドアの開閉する音が聞こえた時、包
帯男はテーブルに乗せられた面を手にとり、ひっくり返す。面の裏側には東方大陸語が毛
筆で記されていた。…見事な筆致は達筆と言って良い。
『水の軍団参上』
 見るなり面を両手で押し潰した包帯男。一体何を見たのだろうと若者は訝しむが。
「アルンと言ったな。合格した筈のジュニアトライアウトを落とされたのは、何もお前や
ギルガメスだけじゃあない」
 潰した面を丸めながら呟く。染みるような口調に若者はようやく合点した。
「あんたも落とされたというのか、ジュニアトライアウト」
「既に終わった筈の人生が面白くなるなら、俺は幾らでも卑劣な真似をしてみせるさ。
 アルン、ドクター・ビヨーは最強の『刻印の戦士』を所望だ。だが過程は問われてはい
ない。…だったら俺は、まずいつの間にか成功者になったギルガメスを殺す!
 お前とやり合うのは、その後だ」
 グラスに注がれたビールを一気に飲み干すと、すっくと立ち上がった包帯男。
 若者は、出ていく包帯男の背中を見つめるより他ない。やや猫背気味のそれは、何かが
うごめくようにも見える。
274魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/18(金) 14:46:52 ID:???
 功夫服の男は相変わらずゆったりとした足取りで夜の繁華街を抜けていく。ずっと大通
りを進んでいたのがやがて細い路地裏へと入り込んだのには誰も気付かない。それ程、自
然な挙動だ。汚い路地裏にはひっくり返ったゴミ箱くらいしか見当たらない。
「伝令。総大将殿にだ」
 声を合図に、薄暗い物陰には転がるダイヤのような輝きが二つ。
「パイロン様、何なりと」
 喋るダイヤ。いや、時折見受けられる明滅は誠に不可解。これは瞬きによるものか。
「ギルガメス以外に刻印の戦士を二名確認。ドクター・ビヨーの影ありとな」
「やはりドクター・ビヨーでございますか」
 ダイヤの輝きは落ち着いた口調なれど僅かながら上擦った。
「総大将殿の仰る通りB計画は大詰めということだ。ならば策は一つ」
「了解しました」
 ダイヤの輝きは流れ星のように物陰を泳ぎ去った。不思議な様子を目で追いもせず、功
夫服の男はもとの大通りに踏み出す。かくして刺客は東方大陸出身の風変わりな男へと戻
っていく。

「ビヨー先生、ドプラーという男について御存知ありませんか?」
 暗闇に鎮座する球体のオブジェ。頂点に生えた生身の頭部は切羽詰まった表情を浮かべ
ている。この若者、ポーカーフェイスは苦手なのか、それとも相手が相手だからか。
「…ええ、彼も私の研究したゾイドのテストパイロットです」
 闇の中に浮かび上がった白衣の男は能面のように表情を変えない。…若者アルンはにわ
かには信じ難い。少しは驚きの表情を浮かべると信じていたからだ。だから彼は、思わず
声を荒げた。
「何であんな奴を雇ったんですか!」
 全く動じない白衣の男。却って微笑を浮かべる。
「素質を見込んだからです、君と同様。
 アルン君、何をそんなに怒っているのかわからないけど、勝者にしか発言権が与えられ
ないのは君もジュニアトライアウトの件で承知している筈だ。だったら勝ってみせたまえ」
275魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/18(金) 16:17:29 ID:???
 ところで若者を主人に持つ髑髏の竜は腹這いのまま大人しくしていた。背中の鎧の隙間
に受けた傷は自己修復が進んだようで継ぎ目が出来上がっている。但し時折パチパチと火
花が弾けている辺り、もうしばらく安静が必要だろう。すぐ側にはバクパラ・スタジアム
を囲むコンクリートの高い壁がそびえ、警備員の搭乗する人が背中に跨がれる程度の二足
竜バトルローバー十数匹が点在する。壁の頂上からはサーチライトの光が照らされ、バト
ルローバーは青く透き通った全身を輝かせながら警戒中だ。今晩も既に二十二時を回った
が、取り敢えず安静するだけの余裕はありそうだ。
 ふと、自らの腹部ハッチが開いたことに気付いた髑髏の竜。そこそこ長い首を傾け様子
を案じる。かの深紅の竜のように、いきなり鼻先を寄せたりといったふしだらな真似は流
石にしない。
 そして主人の態度も違う。球体状のパイロットスーツをコクピット内に脱ぎ捨て、代わ
りに黒のTシャツの上によれよれのパイロットスーツを纏って出てきた若者は、ぽつりと
呟くのみ。
「ヴォルケーノ、俺が敗れたらどうする」
 返答に窮した髑髏の竜は、長い首を項垂れた。

 それぞれの一夜が明けた。暖かい朝、眩しい陽射し。
 深紅の竜は胸の辺りまで川に浸かっている。すっかり御機嫌な様子で四肢を、頭部や尻
尾を伸ばし、その度だらしない鳴き声を上げるのがおかしい。惑星Ziには奇麗好きなゾ
イドもいればそうでないゾイドもいる。深紅の竜は間違いなく前者だろう、その鮮烈なる
体色で獲物を圧倒する必要から汚れていない方が望ましい。加えて、昨日はビールやポッ
プコーンを浴びせ掛けられた。竜としては早く身綺麗にして主人といちゃつきたいところ。
「ほら、ブレイカー。大人しくして」
 若き主人が裸足で川に踏み込みながら、長いデッキブラシを掲げている。膝下までの半
ズボンは裾が水面に触れる。深紅の竜が動いて水面を揺らす度、デッキブラシを川底に突
いてどうにか姿勢を維持している状態だ。深紅の竜はそれを察してか大人しく鼻先を近付
けてきた。早速少年はデッキブラシの先を当ててやる。
276魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/18(金) 16:18:29 ID:???
 川幅の広さはどうにか竜が二匹は入れる程度だ。潜って全身を浸せる余裕はない。だか
ら竜は、時折右に、左に巨体を傾けて痒い鶏冠や翼の根っこ当たりを水に浸してやる。赤
い装甲は浸したところで少年に差し出し、デッキブラシを当ててもらうことにした。これ
だけでも少年は一苦労だが、操縦技術だけがゾイド乗りの価値を左右するものではない。
それに、少年にとってこれ以上はない朝の運動だ。
 やがて陸に上がった深紅の竜。鶏冠を、翼を一杯に広げて甲羅干しと相成った。少年が
左腕の腕時計型端末を見た時、時刻は既に正午を回っていた。のんびりと河原で丸くなる
竜の傍らに、少年はビニールシートを敷く。びしょ濡れのTシャツとズボンを脱ぎ、バス
タオルで身体を拭くとごろりと横たわって大きく伸び。ゾイドの洗浄は生半可な練習より
も遥かに骨が折れるものだ。竜は主人の献身に満足すると軽くあくびした。普段なら今頃
は寝ている時間だ。
 しかし竜の安眠も長くは続かない。Zi人を遥かに上回る聴覚が感じた気配に、ひょい
と首をもたげる。主人はと見てみれば早々に微睡んでいるではないか。日に照らされた腹
を爪でちょいとつついてやる。
「…ブレイカー? どうしたの、さ」
 寝ぼけ眼を擦りつつ、相棒の視線の先を見つめた時少年は凍り付いた。土手の上には昨
日挑戦を受けた若者が二足竜の背にのってこちらを見ているではないか。
「あ、アルンさん!?」
 若者は無言のまま二足竜を駆って土手を滑り降りると、少年主従のもとへと近付いた。
昨日の事について何か言うに違いない。だが、内容はなんだろう。罵倒か、それとも。と
もかく、ひとまずは挨拶だ。
「お、おはようございます…」
「ギルガメス君、君に聞きたいことがある」
 若者は二足竜から飛び降りもしない。騎乗したまま上から投げかける視線の厳しさ。乗
っているのはバトルローバー、バクパラ・スタジアムの所有を示すステッカーが胴体に張
り付いている。彼本来の相棒はもうしばらく安静を余儀無くされているようだ。
「…何故、逃げた」
 少年は息を呑んだ。罵倒されるのは覚悟していた。というよりは寧ろ、罵倒されるもの
だとばかり思い込んでここに立ち尽くしていたのだ。
277魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/18(金) 16:20:19 ID:???
 若者の問い掛けが昨日の試合終了の出来事にあるのは言うまでもあるまい。だから少年
は、吐くべき言葉を脳裏で探す。…幾つもの単語が浮かんでは消えた後、最終的に残った
言葉を彼はかき消したかった。しかし、かき消したら脳裏に大事な人が浮かぶのだ。この
人に被害が及ぶわけにはいかない。
「僕の、判断だ」
 嘘をついた。言葉を紡ぎながら少年は視線を背け、項垂れる。直視できる図々しさを持
ち合わせてはいない。
 両者の間に訪れる沈黙。せせらぎと、深紅の竜の物悲しい息遣いのみが辺りを支配する。
若者はそれが許せなかった。
「次にぶつかる時は試合と思うな」
 二足竜は踵を返すと土手を駆け上がっていく。土手の先へと下っていく姿まで見たとこ
ろで少年は崩れ落ちた。両手をつき、顔も上げない。主人の気持ちを案じ、竜はその大き
な鼻先を寄せていく。物悲しい息遣いはいつしかか細い鳴き声に変わっていた。
                                (第二章ここまで)
278魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/21(月) 14:44:51 ID:???
【第三章】

 青空の下、小高い丘の上にはテーブルに二人分の御馳走が並べられたところだ。腕を振
るった女教師は軽く背伸びした。白のタートルネックにジーンズの長いスカート。休息時
は彼女も女性らしい格好を選ぶ。額に巻いた包帯だけは誠に痛々しいが、それさえなけれ
ば昨日の出来事などまるでなかったかのよう。
 くるりと乙女のごとくひと回りし、颯爽と椅子に座ると足を組む。それにしても長い足
で、腿から膝、そして爪先へと綺麗なへの字を描いている。元々大柄な彼女はふと頬杖を
つき、物思いにふけった。
 彼女の思案はものの数分も経ずして中断された。向こうでは赤い物体が土埃を上げて近
付いている。

「アルン君と会った?」
 女教師は心持ち、眼を見開いた。対する少年の伏し目勝ちなこと。おまけにそれきり、
何も話せずにいる。テーブルに着いて向かい合ったきりこんな状態だ。ああ成る程と、女
の勘が働く。
「自分の判断だって、言ったんでしょう」
 図星の言葉。反論もできず、ますます顔を伏せる。焼き立てのバゲットを摘むこともで
きない。とぼけた方が良かったかと、女教師は溜め息をついた。
「私が指図したって、答えて良かったのよ?」
「そ、そんな! そんな返事するのは…」
 少年は慌てて顔を持ち上げる。それが女教師には少々可笑しい。
「…逆らったけれど、監督命令には従うしかなかったって。事実でしょう?
 こう見えても私は貴方の保護者なんだから、作戦を誤った批判は甘んじて受けなければ
いけないわ。アルン君が納得するかはわからないけれどね」
 少年は再び黙りこくってしまった。…仮にも自らを導いてくれた人物であり、面と向か
っては言えないが憧れの女性だ。矛先を向けるように仕向ける真似などできるわけがない。
しかし当の彼女は矛先を自らに向けさせろと言う。
 向かいの愛弟子が見せる困惑の表情。女教師はちらり、スープが冷めないか伺いながら。
「例えばね、貴方とブレイカーはどうしてシンクロするの?」
279魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/21(月) 14:46:03 ID:???
 いきなりな質問だ。少年は憮然の色を表情に織り交ぜる。傍らではうずくまる深紅の竜
が首をもたげ、尻尾の先を振っている。
「…共に痛みを分かち合うため、です」
「それだけ?」
 切れ長の蒼き瞳と、分厚いガラスの下に埋め込まれた赤い瞳が釘付けになる。女教師は
微動だにしないが竜の方は少々苛立っているのか長い前肢の爪をトントンと叩いている。
少年は舌足らずに気付いた。
「共に痛みを分かち合って、勝つためです」
「御名答。分かち合うだけなら単なる依存だものね」
 その通りだと言いたげに竜は甲高く鳴いた。師弟は微笑みを返してやるが、生徒の困惑
は依然、拭えない。
「でも、それってこの話しとどういう関係が…」
「わからない? 貴方達でさえ、そこまでやってようやく互いを理解しているのよ?
 赤の他人と理解し合うのにはもっと手間と時間が掛かるわ。関係がこじれたら尚更ね」
 女教師はそう言うとおもむろに両手を組む。昼食前のイブへの祈りを捧げ、問答無用で
会話を中断。少年は追随せざるを得ない。
(でもエステル先生、本当にそれで良かったと言うんですか)
 祈りなどそっちのけで、内心問い掛ける。
(それで先生に怒りの矛先が向くようなことにでもなったら、僕は…)
 不意のブザー音が祈りの静けさを引き裂いた。早速ビークルの方へと駆け寄る女教師。
「もしもし、チーム・ギルガメスです。はい、はい…」
 トーンを一段階上げ、代わりに心持ち遅めに語る様子は既に何度も耳にした、彼女の商
談口調だ。おまけにすぐには切り上がらない。少年はすぐにピンと来た。相手はゾイドウ
ォリアーギルドの職員だ。恐らくマッチメイクを持ち掛けてきたのだろう。
「わかりました、本人に確認を取りますので済みましたら折り返し、御連絡致します」
 ビークルから降り立ち歩いてくる女教師は顎に手を当て、何やら悩まし気。うって変わ
ってゆったりした足取りでテーブルに戻ると。
「ギル、アルン君と再戦したい?」
 単刀直入な一言に少年は声と腰を上げた。
「さ、再戦ですか!?」
「但し、ドプラーを交えて三すくみだって。巴戦ではない、あくまで三チーム同時に戦う
ことが提案されてるわ。それに、試合は三日後だって」
280魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/21(月) 14:47:27 ID:???
 滅茶苦茶な話しだ。一瞬上がったボルテージも急降下し、それと共に着席を余儀無くさ
れる。そもそも試合が成立するのだろうか。表向きには二チームが手を組んでしまえばと
てもじゃあないが試合など成立しそうにない。あくまで手を組めばの話しだが。
「何だか見せ物みたいです」
「そうね…」
 女教師も顎に手を当てたまま着席する。興味本位な思考が先行しているのは明らかだ。
三すくみで試合を成立させるのは非常に難しい。本当に興行として成功させるならルール
始め、事前の打ち合わせを何度も重ねる必要がある。それを敢えて短期間で強行しようと
いうのだ。
「ギル、止めておきましょう」
 目を剥いた少年。無言が真意を糺す。
「恐らく刻印の持ち主同士で戦うことを望んでいる奴がいるわ。それも試合ではない、修
羅場に近い闘いを見たがっている。そのための乱入であり三すくみなのでしょう」
 女教師の推理は半ば正解と言えた。ドクター・ビヨーなる人物については認識していな
いが、アルンやドプラーの影に暗躍する者がいること位は容易に想像できた。何しろ刻印
の持ち主という明確な接点があるのだから、そこに付け入ろうとする者も出てきて当然だ。
只、見せ物が本当に見せ物として機能していたということまでは、残念ながら思い付かな
かった(第二章・拳聖パイロンの発言参照)。流浪の旅を続けるが故の世事に対する疎さ
があったのかもしれないが、もっとも気付いたところでどうにもならなかっただろう。そ
の辺は次回で明らかにされるが、本編ではひとまず置いておきたい。
 少年は腕組みしたまま押し黙っていた。迂闊に返事はできない。女教師もそれがわかる
から、顎に手を当てたまま。
 妙な雰囲気に、反応した者がいた。深紅の竜は心配げにピィ、ピィと囁くように鳴き始
める。尻尾は振らず、小首を傾げたまま師弟の様子を伺うのみ。
 ふと、少年は相棒の眼差しに視線を重ね合わせた。生気に満ちた黒目勝ちの瞳を見るこ
とができて嬉しかったのか、竜は腹這いに姿勢を正し、尻尾を振ってみせる。
「ブレイカー、友達、欲しい?」
 甲高く鳴いて応える深紅の竜。少年は満足な答えが得られた様子で頷き返すと、腕組み
解きつつ蒼き瞳を見つめ直し。
「エステル先生、やらせて下さい。お願いします」
281魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/21(月) 14:48:52 ID:???
 おやと女教師は少し魅入った。愛弟子は僅かながら眉間の皺が失せ、吹っ切れた印象を
受ける。少しだけ良い表情になった。
「理由を、聞かせてくれないかしら?」
「僕はゾイドウォリアーです。試合するのが仕事です。…気持ちを、守り通してみせたい。
 果たせるなら、それがアルンさんへの謝罪になると思うんです。裏でコソコソしてる奴
らへの牽制にもなる。
 それに、あの時は悔しくても先生の指示通り、逃げることはできました。それに比べた
ら戦う方が断然楽です」
 最後の一言に苦笑した女教師。別にこの年齢で悟りの境地にでも達したわけではなさそ
うだ。一方、少年は少々別のことを考えていた。
(それ位、自然にこなせないといけないんだ。怒りに任すのはもう止めだ)
 包帯が巻かれた彼女の額をちらり、上目遣いに見ての決意だ。

 月日が経過するのは早い。
 鋼鉄の門が開く。颯爽と降り立った深紅の竜。見上げれば今日も空は青い。その恩恵で、
バクパラ・スタジアムの土は相変わらず良く乾き、踏み心地も上々だ。竜は胸元に鼻を近
付け、胸部コクピット内の若き主人に懇願する。少年の額にまだ刻印は宿っていない。だ
から彼は、肩から降ろす拘束具の具合を確認した上でコンソールを軽く突つき、合図した。
 ゴロゴロと横転する深紅の竜。少年は眼を見開くが、それも最初の一瞬だけ。…竜は痒
がっている。何しろ先日までの新人王が今日は八百長の嫌疑を掛けられた悪役にされたの
だ。食べ物、飲み物の投擲に桜花の翼はそこそこ汚れた。だから転がって砂で洗う。その
間、少年は両腕を踏ん張り重力の逆転と平衡感覚の狂いに耐えた。一見わがままこの上な
い竜の行動だが、竜が痒いままシンクロしたら少年の全身にもそれが反映されることにな
る。だからこれも相棒なりの気遣いなのだ。
 重力が安定したところで肩の力を抜く。平衡感覚がしばらく揺れて落ち着かぬ間に、全
方位スクリーンのウインドウが開いた。飛び込んできた切れ長の蒼き瞳。額の包帯は依然、
厳重に巻かれたまま少年に決意を要求し続ける。
「ギル、一つだけ注意して欲しいことがあるの」
「ドプラーの攻撃ですか?」
 眉を潜める少年。だが女教師は首を横に振っている。他に何かあるのだろうか。
282魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/21(月) 14:49:56 ID:???
「確かに彼らの攻撃には未知の部分も多いわ。でもね、それよりもアルン君が逆上した時
の方が要注意よ」
 そういうものなのかと、少年は首を傾げる。
「…わからない? 貴方だってジュニア(トライアウト)を落とされたから家出したんで
しょう? きっと誰も、予想できなかったでしょうね」
「成る程…。確かに、この前の試合を考えたらいつ逆上してもおかしくはないですね」
「貴方も冷静にね。そういうことまで対等になる必要はないわ」
 平衡感覚が気持ちの落ち着きに追い付いてくる。大丈夫ですよと、少年は内心呟く。そ
の包帯を見て我慢できないなら男が廃るというものだ。
 女教師が着席するビークルは地上に降り立ったままだ。外周には鉄柵が敷かれ、外から
十数台ものカメラが被写体の様子を伺っている。試合場の外側では審判団を始め、運営サ
イドの職員やゾイドが右往左往していた。ビークルもその中に混じっている。今日の快晴
で反射光を恐れていたが、コンクリートで仕上げられた外周の壁は上手い具合に影を落と
してくれている。そこまで神経質にならずとも済みそうだ。
 今日の試合はある種の懲罰試合だ。名目上は「公平を期すために」事実上チーム・ギル
ガメスに敗北を喫してもらうために、ビークルによるサポートも禁じられた。「仕方ない
わね」と女教師も渋々応じざるを得なかったが、今の体調ではサポートにも無理が生じる
可能性がある。少年が動揺する可能性を考えればこれで丁度良いのかもしれない。
 向かいの門からも長い影が伸びてきた。最初の一本目は周囲が紫水晶の透過で彩られた
艶やかな影。足元より見上げてみれば、思いのほか緊張感のない足取りでゆっくり入場し
てきた髑髏の竜にお目にかかる。雄叫びも何かしらのパフォーマンスもない無愛想な登場
の仕方は却って不気味だ。
「ギル、ギル、聞こえて!?」
 突如、一度は閉じた筈のウインドウが開く。女教師が、今度は額に鮮烈な刻印の輝きを
解き放ちながら。
「例え、その行く先が!」
 急な早口と共に、全方位スクリーンの左方でウインドウが開く。試合場の外から急速接
近する熱源、四つ。事態の急変を悟った少年。ならば阿吽の呼吸で求めに応えるのみ。
「…いばらの道であっても、私は、戦う!」
283魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/21(月) 14:51:00 ID:???
 不完全な「刻印」を宿したZi人の少年・ギルガメスは、古代ゾイド人・エステルの
「詠唱」によって力を解放される。「刻印の力」を備えたギルは、魔装竜ブレイカーと限
り無く同調(シンクロ)できるようになるのだ!
 詠唱を済ませるや否や、唇噛み締める女教師。それだけで眉間に寄る皺、頬にはうっす
ら滲む汗。癒え切らぬ傷の痛みを隠すべく、懸命に浮かべる作り笑いを垣間見て少年の胸
が軋む。戦う理由はそれだけで十分だ。
 たちまち眩く額の刻印輝かせれば、渾身のレバー捌きで虚空に十字を描く。応じて中腰
に身構える深紅の竜。背負いし桜花の翼を前方に展開すれば、熱源が投げ槍のごとく突き
立てられるまで数秒も掛からない。…四本の長剣。鋼鉄と悪意で鍛え上げられた禍々しき
形状は死神の肋骨のよう。
 桜花の翼を翻す深紅の竜。身構えたまま両腕を前方にぐいと伸ばせば、吸い込まれるか
のように飛び込んできた赤き弾丸。否、蛇皮の鎧纏いし二足竜が放つ渾身の頭突き。
 頭部を掴まれた蛇皮の竜は尚も顎を開き、噛み付かんとにじり寄る。鼻先には深紅の竜
の胸部コクピットハッチが。鎌を備えた両腕を振り上げる蛇皮の竜。相手の胴体に突き刺
されば一気に形勢傾くが、そうはさせじと少年主従も雄叫び上げると掴んだ両腕で強敵を
首ごと投げ飛ばす。
 意外にも、紙のごとく軽々と放り投げられた蛇皮の竜。しかしそこは相手も手練、宙返
りしながら軽やかな着地を目指す。少年主従は強敵の着地点を睨むが、追撃の手は思わぬ
横槍で緩めざるを得なくなった。深紅の竜の左翼から、飛び込んできた赤き弾丸・二発目
は髑髏の竜が放つ肩口からの体当たり。どんなゾイドも真横からの攻撃には弱いものだ。
呆気無く横転する深紅の竜。転がる先目掛けて髑髏の竜が跳躍する間に蛇皮の竜も腹這う
ように着地に成功、中腰に姿勢を正し、次なる追撃目指して土を蹴り込む。
 女教師は憤った。かの蛇皮の竜が長剣四本を放った時点で真っ当な試合になどなるまい
と覚悟はしたが、ここまであからさまな奇襲を仕掛けてくるとは。コントロールパネル上
から口角泡を飛ばして怒鳴り付ける。
「審判団、反則取りなさいよ! 試合開始してないでしょう!?」
284魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/21(月) 14:52:04 ID:???
 だがそんなことに聞く耳を持っていたら、今回のようなマッチメイクはあり得なかった
筈だ。審判団用ゾイドが介入する代わりに、試合場を包み込んだのは試合開始を告げるブ
ザー音。呆れたことに、それが鳴り響いてからようやく入場門の閉門が開始される体たら
く。女教師は歯ぎしりすると、スイッチを押してモニター表示を切り替えた。
 飛び込んできた黒め勝ちの円らな瞳は思いのほか、冷静に戦況を見つめていた。ホッと
胸を撫で下ろす女教師。
「ギル、これでは公平なジャッジは期待できないわ」
 モニターの向こうの少年はちらり、こちらを一瞥すると微笑み浮かべる。この事態で作
り笑いする余地などない筈だから、屈託のない笑顔は却って眩しい。
「そっちの期待はしてませんよ。それよりサポート、お願いします!」
「OK、まずは離れて。いつも通り、ブレイカーに有利な間合いを維持なさい」
 女教師の指示がいつも通りの落ち着いた声で聞こえてきた。刻印解放の詠唱よりは遥か
に低いトーン。これを聞きたかったし、これからも聞きたい。彼女の胸を焦がさぬために
は、まず自分自身が落ち着くことだ。
 若き主人の心の声を聞き付けたかのように、深紅の竜は構え直した。翼を水平に広げ、
両腕は脇を締め直して。吠えるのではなく躍動感で相手を威圧する。間合いはなれた宿敵
二匹がにじり寄ろうが問題になどしない。

 先程までソファで横になり大あくびまで掻いていた肌白き美少女は、試合中継が始まる
と一転、姿勢正しく身を起こした。巨大なスクリーンの向こうに深紅の竜が映し出される
と銀色の瞳が一層眩しく輝く。
「動きに迷いがない。三日前とは偉い違いだな」
 一瞬、惚れ惚れとした表情を浮かべたがそれも束の間、何ごとにも不愉快な銀色の眼差
しに立ち戻っていた。そもそも誰がかの少年主従を立ち直らせたのか。そこまで想像を巡
らすとたちまち腹立たしさが上回る。
 その傍らで、白衣の男がノート大の端末を弄り続ける。ふと、何かしらの情報を目にし
た男は指を止め、しばし端末の液晶モニターを凝視。情報に満足したのか不敵な笑みを浮
かべて立ち上がる。彼の妙な態度は美少女も気に掛かった。
285魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/21(月) 14:53:05 ID:???
「ドクター・ビヨー、如何がした?」
「…貴方に相応しい『覇のゾイド』について、一つ手掛かりを見つけましたよ」
 男の笑みは不敵さもさることながら、常から濁り勝ちな瞳が砂糖も入れないコーヒーの
ような闇色に染まっている。しかし不思議なもので、その上から牛乳瓶の底のように分厚
い眼鏡を掛けているため、却って黒真珠のように美しくも見えるのだ。
「『B』よ、これから出かけましょう。試合は録画してあります」
 不敵な笑みには、不敵な笑みで返す。美少女は闇色に染まった瞳の奥を覗き込む。
「無駄足は御免だぞ」
「大丈夫、貴方にもきっと満足して頂ける筈です。何しろかの『ヘリックの英雄』に愛さ
れたゾイドですから…」
 美少女は一笑に付した。銀色の瞳に宿る輝きは鈍い。
「面白いことを言うな、お主は。歴史は表裏一体だぞ?」
「勿論、そう解釈されるつもりでお答えしております」
 真顔で応える白衣の男。美少女は数度、頷くとすっくと立ち上がる。足元で丸まってい
た忠実なる銀色の獅子も即座に追随。白衣の男は端末を弄りスクリーンの電源を落とした。

「おや、旦那。先日はどうも…」
 暖簾をくぐった功夫服の男を目にし、初老の給仕は深々と頭を下げた。裏表の無い笑顔
には功夫服の男もホッとする。普段が余りに血塗られた生活を送っていると、何気ない一
般庶民の態度にさえ好感を抱いてしまうものなのかもしれない。もっとも汗腺の僅かな緩
みでさえ表面に出し手はならぬのが水の軍団・暗殺ゾイド部隊の戦士に課せられた掟だ。
「この前と同じものを頼む。それに、テレビもつけてくれないか」
 男が何を言わんとしているのか給仕はすぐにわかった。当然チャンネルもわかる。リモ
コンを弄り、天井隅に括り付けられたテレビが映像を映し出す。WZB(ワールドゾイド
バトル)の放送はメインイベントの時間を迎えた。丁度、劇画調の赤文字が踊ったところ。
『60分一本勝負
 チーム・ドプラー VS チーム・リバイバー VS チーム・ギルガメス
 疑惑の新人王に正義の鉄槌が下される…!』
 最後の一文には功夫服の男も苦笑を禁じ得ない。流石に笑っても何ら詮索されぬ筈だ。
給仕は給仕で呆れ顔。
286魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/21(月) 15:19:36 ID:???
「この前の試合以来、どいつもこいつもギルガメスの悪口ばかりでさ。旦那に言われなき
ゃあ、あっしも同類になってたかも知れませんがね…」
「そういうものだろう。人を褒めるは難く、貶すは易いものさ。しかし払拭するには本人
が頑張らねばな。どれ、坊やのお手並み拝見といくか」
 功夫服の男は給仕の用意したテーブルに着く。流石に店を切り盛りするだけあって近す
ぎず遠すぎず、角度も正面、良い席だ。おまけに折からの不況につき店内も閑古鳥。それ
事態は決して褒められたものではないが、店内の雰囲気は却って落ち着いている。標的の
腕前を観察するにはもってこいの環境だ。

「翼のぉっ、刃よぉっ!」
 全身翻れば翼の裏側から双剣展開。地上の旋風と化して蛇皮の竜に襲い掛かる。少年主
従は標的をあの包帯男とそのゾイドに絞り込んでいた。一足一刀の間合いから放つ渾身の
一撃は、華麗に敵の顎に命中したかに見えた。しかし赤き鎧の目前には、鈍い太刀の輝き
が躍り出た。髑髏の竜だ。全身強張らせ、無数に生える紫水晶の剣をいきり立たせる。翼
の刃をがっちりくわえ込み、深紅の竜の巨体を捉えた。
「スパイン・スクリュー」
 若者が丁寧にレバーを捌けば、髑髏の竜は早速の前転。民家二軒分程もあるこのゾイド
が同じく二軒分程もある深紅の竜を道連れに転んでみせる。辺りに弾ける土煙、だるまの
ごとく後転を余儀無くされた深紅の竜。シンクロの副作用で少年の背中にも電気が走る。
しかしこの痛みは単なる殴打とは違い電気のように激しい。それもその筈、二匹の攻防を
遠目に見れば、ひっくり返った深紅の竜の翼の根元は一杯にまで広げられている。関節を
逆に曲げられればこういう痛みにもなろうというもの。
 痛み堪えて少年はレバーを捌く。応じて深紅の竜は片手と片方の翼を地に伸ばす。髑髏
の竜がすぐ側で転がっている間に立ち上がる算段。なれど、巨体が持ち上がるよりも前に
頭上で鈍い赤の閃光が。その間に咄嗟に横転してうつ伏せになる深紅の竜。つい先程まで
暖めていた土の床が、鎌のごとき長い爪でかき乱される。蛇皮の竜が仕掛ける追撃は執念
深い。透かさず長い尻尾を使っての廻し打ち。深紅の竜は休む間もなくうつ伏せから仰向
け、又うつ伏せへと横転を繰り返す。
287魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/21(月) 15:21:26 ID:???
 肩・腿・脛の側面から、光の粒を吐き出し深紅の竜は転げ回る。同じ横転でもマグネッ
サーシステムの推進力を用いれば速さは段違い。蛇皮の竜の追撃を振り切り立ち上がり、
翼を水平に構え直して間合いを維持するが、奇妙な展開に少年は首を傾げた。
「先生、これはもしかして…」
「もしかするわね。もう一度仕掛けて御覧なさい。なるべくデスレイザーの側面からよ」
 成る程と頷く少年。今、二匹の竜は横並び。左に髑髏の竜、右には蛇皮の竜が。ならば
と地を蹴る深紅の竜。目指す角度は蛇皮の竜から見て左側面。唸る右の翼、展開する双剣。
 蛇皮の竜が反応するよりも早く、双剣の一撃の前に躍り出たのは髑髏の竜だ。又しても
全身より生えた紫水晶の剣をいきり立たせると双剣をがっちり受け止め、そして前転。深
紅の竜は巻き込まれて後転、背中を打ち付けられる危機の到来。しかし流石に少年は予想
通りといった表情でレバーを捌く。残る左の翼と左腕が広がり、背中を打ち付けた時には
十分にダメージを拡散した。綺麗な受け身が成功すれば続く追い討ちへの対処も速い。間
を置かず立ち上がるとその頃には降ってきた蛇皮の竜に対しても、相手の手首をがっちり
掴んで投げ飛ばす。
 土砂の柱が立ち、埃が舞う。その中心には横倒し去れた蛇皮の竜の姿。形勢逆転の好機
かに見えたが、夢を見るのはまだ早い。今度はすぐ傍らで前転を決めた髑髏の竜が懐に飛
び込んできた。少年は戦慄。髑髏の竜に一方的に組まれたら、待っているのは。
「『バイオ・ヴォルケーノ』狙いかよ!」
 長い両腕を前方に伸ばす髑髏の竜。強敵の胴体を抱えれば形勢は一気に傾く。そうはさ
せじと深紅の竜、両腕で相手の両肩をがっちり掴み、引き寄せる。翼を水平に傾けると側
面で相手の両腕、両脇を乱打、乱打。頑強なゾイドの身体も側面には隙が多い。長い両腕
をじたばたともがき始めた髑髏の竜。支え棒が役に立たなくなれば押し返すのも楽だ。短
い両腕を一杯に伸ばす深紅の竜。己が身長の数倍程も後方に追いやられた髑髏の竜は、そ
れでも後方に転ぶことなく構え直す。その後ろでは、既に蛇皮の竜が立ち上がっている。
 辺りに砂塵立ち篭める中、再び翼を水平に構え直す深紅の竜。今度はより低く身構える。
身体能力の爆発を溜め込む姿勢は容易ならざる形勢を思ってのこと。
288魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/21(月) 15:50:37 ID:???
 少年はやるせない気持ちで一杯だ。蛇皮の竜デスレイザー目掛けての仕掛けは二度が二
度とも髑髏の竜ヴォルケーノに阻まれた。その上でデスレイザーの反撃に繋がっている。
そして、彼らが牙を交えることはない。三すくみではない、二対一なのは明らかだ。
「アルンさん、どうしてドプラーなんかと組むんですか!?
 僕達の試合を潰した張本人でしょう!」
「言った筈だ、『次にぶつかる時は試合と思うな』と」
 若者が応えるまでにはレバーを捌き終えていた。髑髏の竜が中腰のまま両腕をだらりと
下げれば、腿より生えた鶏冠よりたちまち放出される光の粒。重心を前方に乗せれば赤き
槍と化して深紅の竜目掛けて体当たり。紫水晶の剣が至る所より生えた物々しい槍だ。
 少年主従は反応が遅れた。ずっと足元に注意を配っていたのだ。同等の体格ならばそれ
なりの踏み込みを決めるに違いないと思い込んでいた。だからあっさりと懐に潜り込まれ
た。上から押さえ付ける髑髏の竜の感触は、痛い。シンクロの副作用で掌が、両腕が灼け
付くように熱い。しかしこの後、髑髏の竜が低い突進姿勢を持ち上げ、あの長い両腕で絡
み付いてきたら…。
(『バイオ・ヴォルケーノ』の餌食だ!)
 だから少年は懸命にレバーを左右に揺さぶる。相手の体勢を崩し、地面に叩き伏せれば
必殺技の餌食から逃れられよう。そう思った矢先。
 全方位スクリーンの真正面から、襲い掛かってきた巨大な斧。柄の部分より下が長い尻
尾だと気付く頃には、深紅の竜の額に命中していた。
 髑髏の竜は長い尻尾を反り返し、先端に括り付けた斧を深紅の竜の額に浴びせた。鮮や
かな奇襲攻撃に仰け反る深紅の竜。両腕の力を容易く失い、仰向けにひっくり返る。鶏冠
の付け根にはZi人の腕が入る程深い傷が刻まれた。シンクロの影響が少年の額にもくっ
きり浮かび上がる。…刻印を両断した流血。鼻を、頬を伝うまでの時間は思いのほか遅く、
それが少年に敗北の足音を連想させてならない。
「よーし、そこまでだアルン! 後は俺に任せろ」
 長い両腕を振りかざした髑髏の竜の背後から、声は上がった。両腕を交差する蛇皮の竜。
低い姿勢で祈祷師が天に捧げるような溜めを作ると一転、羽ばたくように開いてみせる。
289魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/21(月) 15:52:27 ID:???
 一方、少年は止血に務めんとタオルを額に当てる。当てながら、足元の先に広がる光景
を懸命に注視(※深紅の竜は仰向けに倒れ、その足より先に強敵が控えている)。全方位
スクリーンは機能していればこんな時でさえ相手の状況が見えてしまう優れものだ。
 蛇皮の竜が纏いし赤き鎧が一枚、又一枚と剥がれ落ちる。しかし欠片は地には落ちず、
突風に飛ばされる屋根瓦のように吹き飛んだ。無数の欠片が髑髏の竜の頭上を越えて深紅
の竜へと襲い掛かる。
 深紅の竜は透かさず四肢を地面に付けて身を起こそうとするが、そんな余裕など全く許
されない。うつ伏せになるまでには巨体の上に、貼り付いてきた赤き鎧。そのいずれから
も光の粒が溢れている。まさかと少年は目を疑った。デスレイザーなるゾイドは、本体の
みならず鎧までもがマグネッサーシステムで空中浮遊が可能だというのか!?
「B?CASというのだそうだ。もっとも貴様さえ倒せれば名前などどうでも良いがな!」
 瓦礫の下敷きになったかのようにもがく深紅の竜。しかしのしかかる赤き鎧は微動だに
しない。反撃の糸口は何処。
                                (第三章ここまで)
290魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/24(木) 23:46:17 ID:???
【第四章】

 全く、無様なものだ。若者アルンは鼻を鳴らす。…彼を取り巻く闇の真正面に浮かび上
がるのは、深紅の竜ブレイカーが今まさに全身を拘束され、苦痛に呻いているところだ。
人・ゾイド関係なく対戦相手の悲鳴に溜飲が下がる思いを抱こうとは。
 ふと、額に感じた違和感。闇がぼんやり明るくなったから、原因はすぐにわかった。後
頭部に手を回し、弛んだバンダナを締め直してやると、又元の闇へと立ち返った。刻印の
輝きがバンダナの下から漏れていたのだ。らしからぬ百面相でも演じて眉や額を動かした
のか。自分の性根を垣間見たようで、若者は憮然となった。今は一時的に共闘するあの包
帯男とゾイドの技を観察してやろう。

 両腕をだらりと下げた髑髏の竜を背後に控え、蛇皮「を纏っていた」竜は両腕を振りか
ざす。長い鎌のような爪を羽根のように広げ、又波打つようにくねらせる。赤き鎧を全て
脱ぎ捨てた竜は全身銅色の地味な出立ち。矢尻のような兜を被った頭部は高僧のごとく丸
みを帯びた上に一回り小さくなり、先程までの迫力はない。にもかかわらず、一層の殺気
を放っているのは奇妙な両腕の動きにあるのだろう。己が纏いし赤き鎧を操っていると思
われるその挙動は邪気を放って呪いをかける祈祷師のよう。
 頭部コクピット内では包帯男が嘲笑う。
「痛かろう! 重かろう! 数百キロの鉄の塊が、音速の半分程もの速度で全身に襲い掛
かるのだからな! その上『刻印』のシンクロ機能で…ギルガメス、お前は骨まで悲鳴を
上げている筈!
 このままゾイドもろとも再起不能に追い込んでやる!」
 うつ伏せに倒れた深紅の竜の四肢を、五体を赤き鎧の欠片が締め上げる。拘束の圧力は
欠片が放出する光の粒で伺えた。帚星の勢いにも決して負けぬ長い尾が、深紅の竜の全身
から噴出されているかに見える。奇妙な彩りさえ感じさせる光景は、しかし現実には、ギ
ルガメスとブレイカーの主従を合法的に葬り去ろうという邪悪の開花。
291魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/24(木) 23:46:58 ID:???
 深紅の竜の胸部コクピット内では、少年が悲鳴を上げている。肩から降りた拘束具を越
えて、全身に覆い被さる重力の嵐。…ジュニアハイスクール時代、上級生に逆らってマッ
トにくるまれしこたま殴られたことがあったが、あんなものの比ではない。関節の至る所
まで自由が利かず、逆手に捻り上げられるかのようだ。レバーさえ、まともに握り切れな
い。激痛と脂汗が滑らせる。
「どうしよう、どうすればいいんだ!?」
 懸命に歯を食いしばる少年。脱出の好機を何とかして見い出さんと苦痛に身悶えしなが
らも全方位スクリーンを睨む。
「ギル、ギル、聞こえて!?」
 女教師の声と共にスクリーンの左側面に開いたウインドウ。女教師の懸命な呼び掛けに
対し、飼い馴らされた犬のように反応する少年。
「エステル…先生…」
「ギル、まだ攻撃を受けていない部位があるわ。ドプラーは必ずそこを狙ってくる」
「攻撃を受けていない部位って…ああ、成る程!」
 一方、鎧を纏わぬ蛇皮の竜は両腕を奇妙に動かしながらにじり寄ってくる。包帯男のほ
くそ笑み。
「咄嗟にうつ伏せになったことは褒めてやろう。ゾイドコアの直接攻撃は困難だ。
 …だが、的は絞り易くなった!」
 鎌のような爪を振りかざす。そのまま降り降ろせば、深紅の竜ブレイカーは絶命すると
誰もが思った。…蛇皮の竜の狙いは深紅の竜の背中。鶏冠に阻まれてはいるがそのすぐ下
に荷電粒子吸入口が隠されている(通常は固い獲物の消化を消化するためそこから粒子を
吸入する)。ここを突けばゾイドコアまで一気の貫通は間違いない。
 しかし狙いはあからさまだ。だから師弟はその瞬間を狙っていた。
「ギル、今よ!」
 自由が利かぬ身体で、それでも懸命にレバーを引く。神速を誇る深紅の竜は肺活量も半
端ではない。もし蛇皮の竜が手を突っ込もうとした瞬間、深呼吸したらどうなるか? 帯
電した無数の粒子と共に手を引き込まれることになる。ゾイドといえども火傷どころでは
済まない。
 だが思惑を、見抜く者もいた。
「待て、ドプラー」
292魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/24(木) 23:48:38 ID:???
 若者アルンが呼び止める。蛇皮の竜は寸前で指を止めた。目前で、流星群が落ちるよう
な無数の光の粒が流れた。鎌のような爪にはたちまち火花が咲き乱れ、熱湯に指を突っ込
んで引き抜くかのように見悶える。…それでも尚、助言は有効だ。コクピット内で包帯男
は唇を歪める。握っていたレバーを離し、火傷で腫れ上がった指を揺さぶる。だが痛がっ
てはいても不敵な笑みには何ら変わりがない。
「荷電粒子か。危うく逆転するところだったぜ」
 一方、女教師は思わぬ作戦の失敗にがっくり肩を落とした。一気に血の気が引いたのか、
コントロールパネルの上に肘を立て、辛うじて額を押さえる始末。秘策中の秘策が破られ
た今、愛弟子が敗北する姿を指をくわえて見守るより他ないのか。

 彼女の思いなど無視したまま試合は佳境を迎えつつある。
 包帯男が早速レバーを押し込めば、蛇皮の竜はしなやかな足で深紅の竜を踏み付ける。
何度も、何度も。背中を、胴体を、腕を、足を。そのたび、少年が上げる悲鳴。勢いは苛
烈を極め、その内にこの強敵に貼り付いた鎧の欠片の上からグイグイと踏み込み始めた。
細めた目は卑しい者を蔑む嫌らしさに満ち満ちている。
「刻印を持っているくせに、堂々と表舞台で活躍する身の程知らずをこの手で始末できる
とはな!」
 包帯男の言葉に少年は耳を疑った。全身を激痛が襲い、しかも打開策が見当たらない中、
彼は手掛かりを敵の言葉から探ろうと試みる。
(身の…程…? まさか『表に現れない』刻印の持ち主がもっといるのか?)
「刻印を持っているというだけで、どいつもこいつも化け物扱いだ。ドクター・ビヨーの
実験台にでもならなければ白昼堂々歩くことさえできなかっただろう。
 だが、お前は『成功』した! 刻印の持ち主が皆欲しがっていたものをいとも簡単に手
にした挙げ句、平気で見せびらかしやがる。妬ましいことこの上もないわ。
 だからギルガメス、お前のような奴は日陰者の恨みを一身に背負ってくたばれ!」
 全てを聞き及んで、少年の奥歯が鈍い音を立てた。腹立たしさに歯ぎしりしたのだ。包
帯男ドプラーの直面した闇など知る由もないが、僕が成功者だと本気で思っているのか。
293魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/24(木) 23:50:01 ID:???
 しかし少年が怒鳴るよりも前に(実際にはそんな余裕などなかったが)、蛇皮の竜の背
後から呼び掛ける者がいた。
「実験台とはどういうことだ?」
 髑髏の竜の主人だ。若者アルンは只ならぬ形相で闇に浮かぶ二匹の姿を見つめている。
それが包帯男には滑稽に映ったらしい。狭いコクピット内に響く程腹を抱えて笑い始めた。
「な、何がおかしい!?」
「お前もそこのガキに負けず劣らず、身の程知らずだな。
 ドクター・ビヨーが慈善事業で俺やお前にゾイドを与えたりするとでも思ったのか? 
 あの狂った科学者が欲しがっているのは、最強の『刻印の戦士』たった一人だ!
 最強ならギルガメスだろうが俺やお前だろうが誰でも構わないのさ!」
 髑髏の竜が地を蹴ったのは包帯男の嘲笑が終わったのとほぼ同時。深紅の竜にダメージ
を与えるのが手一杯な蛇皮の竜に、避ける余力はない。蛇皮の竜の背中に覆い被さった髑
髏の竜。剣のような翼をかき分け、切り札である胸元の紫水晶を敵の背中に密着させる。
「馬鹿野郎、離せ!」
「デタラメを言うな! ビヨー先生は、僕の…!」
「恩人か。恩だけ感じて他は何も見なかったことにするつもりか!?」
 それだけは、言われたくなかった。認めたら今まで築き上げてきたささやかな幸福が、
全て壊れてしまう。だから若者はレバーを絞り込む。握力がめきめきと音を立て、頬に伝
うものを掻き消していく。
 かくて抱え込んだ蛇皮の竜を締め上げる髑髏の竜。鎧を失ったゾイドの身体を壊すのは、
砂場の城を叩くようなもの。胸元より生えた紫水晶がいともあっさりと茶色の体皮を突き
破る。懸命にもがいて振り解こうと試みる蛇皮の竜。
 意外にも包帯男は冷静だ。鬱陶し気に舌打ちすると、相棒の背でかたかたと揺れる骨の
翼。覆い被さる髑髏の竜の腕をすり抜けるや、釣り針のような放物線を描いて真っ逆さま。
髑髏の竜の鎧の隙間に突き刺さり、噴出するどす黒い油。両足がもつれるも蛇皮の竜をそ
の腕から離さず、かくて二匹は横倒れ。

 盛大な仲間割れは少年主従にとって逃げかけた好機が戻ってきたようなものだ。
(踏みつけが止んだ。拘束も緩くなった。今なら…)
 女教師もモニターの向こうでそれを察した。肘を外すとコントロールパネルに両手を打
ち立て、じっと愛弟子の状態を観察。
294魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/24(木) 23:51:09 ID:???
「…ギル、痛む?」
 ウインドウに表示された憧れの女性の容貌に少年は息を呑んだ。すっかり青ざめた挙げ
句、頬には珠のような汗が浮いている。さては額の傷が熱を帯びたのか。原因を悟り、彼
の胸は張り裂けそうだ。しかし、気丈な彼女は目許だけは依然涼しく、向こうから蒼き瞳
の輝きを投げ掛けてくる。だから。
「死ぬ程、痛いです」
 苦笑いを浮かべてみせる。気丈には気丈のお返しだ。
 女教師は逆転を確信した。痛みのひどさは諸刃の剣であるシンクロが十分機能している
ことを意味する。
「シンクロ率を極限まで高めて、深呼吸なさい。
 ブレイカーの代謝能力を引き上げれば、後は…ね?」
 瞬きして愛弟子に奮起を促す。最近角が取れたものだと自分でも思う。
 少年は安堵した。それに、嬉しかった。女教師が秘策を鬼気迫る形相で語ってこなかっ
たということは、まだその程度のピンチだ。レバーをぐいと握り直す。要領は心得ている。
波の飛沫を斬る特訓で会得した極限の集中力を得るために、今までしてきたことだ。肩の
力を抜き、呼吸を深く、又深く。
 深紅の竜の全身至る所にはエラが仕込まれている。背中の荷電粒子吸入口や鶏冠六本は
言うに及ばず、肩・腿・脛、踝や翼の裏側などなど、至る所から磁気を吸い込み、そして
吐き出すのだ。
 深く吸って、吐いて。又深く吸って、吐いて。危機的状況であるにも関わらず、気持ち
が落ち着く。いつしかスクリーン中央には照準が表示されていた。必勝の技を繰り出す時
に使うものだ。シンクロ率を引き上げるには技を決める時と同様の気合いを発すれば良い。
これも相棒の気遣いだ。
 その相棒たる深紅の竜はうずくまったままじっと堪える。それで十分だ。エラを塞ぐ赤
き鎧の欠片が一つ、又一つ外れていく。そのたび土砂に突き刺さり、鈍い音を立てて。
 古の武術の達人がギルガメスなる少年の呼吸を見た時、どんな評を下すのだろうか。そ
んな興味が浮かぶ程まで、深い息吹き。いつもこんな調子で試合ができれば良いのにと、
苦笑いを浮かべる辺りがまだ若いのだが。
 エラを塞ぐ欠片が落ちた時、すっくと立ち上がった深紅の竜。両腕で肩を書き、両の翼
をはためかせる。かさぶたのように、ことごとく地に落ちた鎧の欠片。
295魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/24(木) 23:53:43 ID:???
 裏切りにもつれ合う二匹の竜も又、迎えた佳境。横倒れになるも、蛇皮の竜の背中に覆
い被さったままの髑髏の竜。その背中には長剣と化した骨の翼が突き刺さっている。ダメ
ージが再現されて唇を噛む若者アルンだが、それでも勝利を確信していた。
「バイオ・ヴォルケーノさえ決まれば…!」
 そう、相棒たる髑髏の竜の胸元より生えた紫水晶の剣はとっくに相手の背中を突き破っ
ているのだ。だから彼は、レバーを引く。…それで十分な筈だった。鍵をこじ開けるよう
に、胸元の剣が二つに割れようとするが、技の完成はあくまで予定だ。
 今一度、背中を走った激痛。目を剥く若者。背後を睨む。闇の中に浮かんだ映像は蛇皮
の竜の長い鎌のような爪を表示しているではないか。よく見れば、爪は手首より上がない。
「B?CASは鎧や翼だけだと思ったのか? お人好しが!」
 嘲笑する包帯男。蛇皮の竜は左腕から先が消失し、辺りには光の粒が浮かんでいる。
「それ、もう一本!」
 残る右腕が放電音を立てながら外れていく。それを為す術もなく見守りながら、若者は
恐慌状態に陥った。相棒の両腕を捌けば辛うじて右腕や長剣の攻撃を払い除けることがで
きるだろう。だが千載一遇の勝利は文字通り掌からすり抜けてしまうに違いない。迷いが、
さらなるダメージを負った。髑髏の竜の背中に鉈のごとく突き刺さるもう一本の鎌の爪。
一転砂を掘るように抉り始めれば、若者は堪え切れず悲鳴を上げた。この強敵に突き立て
た筈の紫水晶も分割が止まる。
 意識が、朦朧としてくる。闇に彩られた部屋がぼんやり明るみを帯びてくる。
(このまま終わってしまうのか…嫌だ…嫌だ…)
 頬を伝う涙。若者が呟いた時、浮かんだのは映像なのか、意識の底に眠っていたものか。
『ヴォルケーノは、切り札を持っています』
 白衣を着た恩人の姿だ。分厚いレンズの下は眩しくて表情が伺えない。
(切り札…?)
『絶体絶命の危機に及んだ時はそれを使いなさい。良いですか、『絶体絶命』ですよ…』
 ずり落ちたバンダナ。すっかり輝きが落ちていた刻印は輝きを失いかけた蓄光塗料のよ
うだ。それが再び輝きを取り戻した時、若者の眼差しに宿っていた狂気。輝きを失ったま
ま薄笑いを浮かべ、レバーを掴み直すといともあっさり、レバーを引いた。
296魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/24(木) 23:54:52 ID:???
 さしもの包帯男も敵のコクピット内に起きた異変までは気付かない。
「この甘ちゃんを片付けたら、泣き虫のガキもさっさと始末してやる。ドクター・ビヨー、
悪いがあんたの思惑通りには…な、何だ!?」
 不意に発生した熱源がモニターに表示され、若者は声を失った。相棒の背後、今や瀕死
の宿敵からだ。と、それを認知した時には背中が焼けるように熱い。
「馬鹿な、『バイオ・ヴォルケーノ』は封じた筈だ!」
 それが最後の言葉となった。
 髑髏の竜が抱え込んだものは懸命にもがきながらも見る間に白熱化していく。爆音が響
き、そして四散。しかしそれだけで事態は済まなかった。熱波が試合場の土を削り、遥か
向こうでそびえるコンクリートの壁にまでぶち当たる。
 狭い試合場内に響く爆音。命中半径は我らが深紅の竜の体格程度しかないが、破壊力に
対する言い訳になどならない。辺りには硝煙が立ち篭め、そして光が差し込んでくる。…
熱波はここバクパラ・スタジアムのゾイドバトルに耐え得る強固な壁をぶち抜いたのだ。
 むくりと起き上がった髑髏の竜。両腕に抱えた残骸を打ち捨てる。鉄屑が濛々と土埃を
巻き上げる中、背中を掻き、突き刺さった長剣や爪を払う。
 その傍らでは、深紅の竜が息吹を吐いて立ち上がっていた。
 かたや、艱難辛苦を堪え切ってみせた竜。
 かたや、狂気の武器を手にした竜。
 二匹の赤き竜が見合って済む時間などそう長くはない。

 ブザーが鳴る、サイレンが響く。前者は試合終了の合図だ。チーム・リバイバーのゾイ
ド・髑髏の竜ヴォルケーノは試合に使用するには余りに過ぎた武器を使用した。レギュレ
ーション違反での反則負けという奴だ。そして後者は…避難の合図。女教師は周囲を見渡
す。辺りには早くもきな臭い匂いが漂ってきた。周囲を取り巻いていたマスコミ共は我先
にと退避していく。何しろここは試合場のすぐ外なのだ。コンクリートの壁を貫通する武
器の使用が確認されたため、ここは一転して危険地帯と化した。
「ギル、ギル、聞こえて? 試合は終わったわ。貴方の勝ち。だから逃げて」
297魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/25(金) 00:41:01 ID:???
 女教師はきっぱりと告げた。無用な闘いを避けるのは前回とも変わらない。そもそも今
までそういう闘い方を愛弟子に勧めてきた。例え水の軍団が相手でも…いや相手だからこ
そ、生き延びることを優先させた。絶体絶命の危機に及んでも「逃げろ」と告げるのが彼
女だ。今の状況も同じこと。試合は終わってしまった。愛弟子に八百長の濡れ衣を負わせ
た者は既に黒焦げだ。前回、ひどい目にあった対戦相手はそもそも正気でいるかどうかも
疑わしい。これ以上、関わる必要はない。
 しかし愛弟子は彼女の意志をいともあっさりと、そして少しだけやんわりと拒否した。
「いや、まだ終わってません」
 言いながら、少年はレバーを捌く。応じて地を蹴る深紅の竜。横っ跳び、転げ回り。先
程まで足を付けていた箇所に着弾するや、たちまち土が爆ぜ、墓穴がいくつも掘られる。
 熱波を連発する髑髏の竜。無法な攻撃の発射口は胸元の紫水晶。
「あっははは! これが『切り札』ですか、ビヨー先生!」
 闇に包まれたコクピット内に咲く狂気の華。若者の額にバンダナはなく、代わりに刻印
がデタラメな色や形に変貌し明滅を繰り返している。トリガーを滅多矢鱈に引きまくれば、
そのたび髑髏の竜の全身より伸びた紫水晶が発光。胸元の紫水晶は開放され、内部より白
い熱波が放出される。凄まじい反動故、放出のたびに髑髏の竜は後方へ滑るが、今や若者
アルンにはそれしきの重力など問題にならない。
「これが実験台の実力ですよ、見ていてくれてますか! …ギルガメス!」
 紙が舞うように跳ねる深紅の竜。四肢を付き、翼を水平に広げて着地し身構える。
「アルンさん?」
「ブレイカーは荷電粒子砲、持ってるんだろう? 撃ってこいよ、ほら!」
 背筋に感じた悪寒。今の主従には考えられぬ選択肢をいともあっさりと投げ掛けてくる。
 ふと、スクリーン右方にウインドウが開く。表示されたのは髑髏の竜の足元だ。土を抉
る踏み込み、そして反動の後ずさり。少年は映像だけ見て直感した。ヴォルケーノなる強
敵が放つ攻撃の「隙」だ。彼の大事な相棒はこれを提示することで、かの若者の挑発に対
し無言で抗議したのだ。
「大丈夫だよ、ブレイカー。僕も考えは同じ。…エステル先生」
298魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/25(金) 00:42:27 ID:???
 眉間に皺を寄せていた女教師は急に呼び掛けられ、モニターに顔を近付ける。
「十五秒よ。それ以上掛かったら承知しないから」
 しかめっ面が左方のウインドウ一杯に広がる。少年は申し訳無さそうに頭を掻くと一転、
レバーを握り直す。今や主従一体となった深紅の竜は折り畳まれたバネのごとく身構え、
両足に力を溜める。
 髑髏の竜は再び仁王立ち。全身の紫水晶、発光。こじ開けられる胸元の紫水晶。白き熱
波の放出。
「ブレイカー、行くよ!」
 発射されたその瞬間、呼吸揃えた主従。怒濤の蹴り込みが土砂の柱を打ち立てれば、一
転して超低空からの滑り込み。狙うは反動で後ずさりする髑髏の竜の足元。この瞬間、強
敵は何もできないからだ。
 六本の鶏冠から吐き出される蒼炎。翼を左右一杯に広げ、土埃の飛沫を上げるもそれら
は熱波に掻き消される。ひりひり痛む少年の背中。シンクロの副作用がそこまで感じさせ
る程、深紅の竜は熱波のギリギリ真下をくぐり抜けた。
 そして、足元への頭突き。反動を堪えるのに精一杯な髑髏の竜はいともあっさり後方へ
と倒れ込んだ。もしアルンが正気を保っていればこれさえも鉄壁のスパイン・スクリュー
で弾き返していたかもしれない。
 熱波の残照が上空へと流れ、試合場上方にそびえ立つ鉄塔を掠める。内部にある客席の
悲鳴がこちらまで聞こえてきた。
 もがく髑髏の竜を押さえ付け、のしかかり、そして。
「ブレイカー、魔装剣!」
 引き絞った弓のごとく全身反り返すと、額の鶏冠は前方に展開。鋭利な短剣と化すや否
や、竜の巨体は放たれた弓と転じた。急所は敵の胸元で輝く紫水晶の根元。寸分の狂いも
なく突き刺さるとたちまち眩しいエネルギーの放出。辺りに飛び散る稲妻。
「1、2、3、4、5、これでどうだ!」
 短剣を引き抜いた深紅の竜。後方へと宙返りしての着地。両腕、両翼を広げて反撃に備
えるがその必要はなかった。
 髑髏の竜が腕を伸ばす。再び深紅の竜を抱え込むため。だがその夢も露と消えた。上半
身を僅かながら浮かせたものの、やがて力なく崩れ落ちる。
299魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/25(金) 00:43:20 ID:???
 若者の周囲から闇が失せた。と、むき出しになった金属の壁。我に返れば彼を取り囲む
のは鋼鉄の牢獄に過ぎない。若者は茫然自失。取り返しのつかないことをしたと、自覚す
るにはまだ時間が掛かるのか。
 強敵の沈黙を確認すると、深紅の竜は無言で踵を返した。とてもじゃあないが、それ以
上のことはできそうにない。少年は思う。一歩間違えればそこで倒れ伏す若者主従と同じ
運命が待ち構えている。それを防いでくれる存在がいて、今の彼は本当に幸せだ。
 幸せはいつも通りの低く落ち着いた声でモニターから呼び掛ける。
「ギル、東門から出てきなさい。後の始末は審判団に任せて、さあ」
 気がつけば、マスコミは愚か運営サイドの職員もゾイドもすっかり失せていた。一瞥す
ると、女教師はエンジンを吹かす。

 抜けるような青空に、美少女は手を翳した。ずっと室内にいた分、自然光は厳しく感じ
られた。
 彼女を先導するように白衣の男が進む。二人の左右にずらり並び立って固めるのは純白
の鎧を纏った屈強の戦士達。ヘリック共和国軍の兵士だ。彼らは鋪装された広場を歩く。
辺りには嵐飛竜ストームソーダーや閃竜レイノス、小翅竜プテラスなど名だたる飛行ゾイ
ド群が居並ぶが、彼らが目指すのはそのいずれでもない。
 鋼鉄の棺桶がぽつり、鋪装された地面の中央に佇んでいる。てっぺんからは二本の細長
い翼が伸びており、奇妙な形のゾイドばかりを見慣れてきたZi人なら却って奇異な印象
を受ける。白衣の男がこれを「ヘリコプター」と呼んでいるのは第十二話で御覧の通りだ。
「お待ち下さい、ドクター・ビヨー」
 呼び止められた白衣の男。振り向けば将校と思しき制服の男性が駆け寄ってきた。
「如何が致しましたか?」
「チーム・リバイバー、チーム・ドプラーが敗れました」
 白衣の男は無表情だ。但し数秒間は言葉を選んでいるかのようにも見えた。
「わかりました。早速次を手配しておきましょう」
 一礼する白衣の男。敬礼して返す将校。周囲の兵士に敬礼しながら戻る彼の背中を見て、
美少女は呟く。
「あの坊やか…」
 白衣の男はこの期に及んでさえ、表情が変わらない。
「坊やはまだ沢山抱えております」
 美少女はクスクスと笑い出した。
300魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/25(金) 00:44:12 ID:???
「ははは、そうか。私に釣り合う坊やが出てきたら面白いな」

 功夫服の男が食事を終えた時、既に試合それ自体は終了していた。深紅の竜ブレイカー
対髑髏の竜ヴォルケーノの決着は、最後のスープをすすり終えた時点で決まった。
 傍らでは給仕も立ち見しつつ共に観戦していた。不景気続きで食堂は閑古鳥故、他に大
して来客はなかったからだ。試合が決着すると給仕は「おお」と唸り、戦闘が決着すると
「大したもんだ」と驚いた。
「流石に男の子でしたね、旦那。今度は逃げないどころか正面から見事ぶつかった」
「男ならかくありたいものよ。さて…」
 やおら立ち上がる功夫服の男。伝票を手にしつつ。
「今日も美味しかったぞ。又いつ食べに来れるかわからんが…」
「えっ、そんな、つれないことを言わないでおくんなさい」
「旅をしながら仕事をしているのでな。又立ち寄った時は寄らせて頂こう」
 言いながら伝票と代金、そして妙な紙切れを渡す。ゾイドの定期便切符並みに小さな指
二本文程の紙切れだ。
「おや、これは…」
「チップだ」
 威勢の良い「毎度あり」のかけ声を背に、暖簾をくぐる功夫服の男。
 給仕は紙切れの正体を一目見て賭けゾイドの投票券だとわかった。額面を見て目を丸く
する。賭けの内容は先程の試合。あの男は迷うことなく勝者をチーム・ギルガメスと予想
してみせた。成る程、言うだけのことはあった。だが問題は賭け金だ。額面を見て素頓狂
な声が上がる。
「せ、千ムーロア!?(※1ムーロア=百円程度) 倍率は…」
 中継に耳を傾け、給仕は声を失った。
「いつの間に百倍、越えてた…おーい、母ちゃん! 当たっちゃったよ!」

 腹這いになった深紅の竜。胸を張ってみせると胸部コクピットが開き、中から少年が降
りてきた。額にはタオルを当て、止血に務めている。痛々しい表情を見兼ねたのか、それ
とも単純に甘えたくなったのか。深紅の竜は鼻先を近付けてきた。少年は呆れながらも快
くキスに応じてやる。
 そこに、群がる報道陣達。何しろ先程の惨事でこれより後の試合は中止が確定した。ま
ともに取材できるチームが彼らに限られてしまった以上、食い下がるのは当然のことだ。
301魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/25(金) 00:45:18 ID:???
 しかしそこは保護者二名が許さなかった。車体を四十五度に傾けての旋回滑り込みで、
華麗に割り込んできた女教師。周囲を見渡すと一転、切れ長の蒼き瞳で睨み付ける。これ
だけでも失神する者など出そうだが、深紅の竜が鼻息荒く、左腕で師弟の前に囲いを作る。
竜の意図をすぐに察した女教師。早速ビークルの車体を反対に傾ける。その向こうでもう
もうと舞い上がる砂埃をあっさり防御した。報道陣はもろに砂埃を被って退散と相成る。
 愛弟子の元へと近寄っていった女教師。深紅の竜と見合わせると口元抑え、ぷっと吹き
出す。少年は目を丸くするが、満面の笑みとまではいかない。女教師もそれを察したが、
出る言葉は厳しい。
「アルン君はゾイドバトル連盟本部まで連行されて、尋問に掛けられるわ。
 内容次第では刑事事件として告発されることでしょう」
「そうですか…」
 結局は浮かない顔をする少年。女教師は溜め息をついた。
「最後の最後まで、試合をやり通したでしょう? 貴方は精一杯気持ちを伝えたわ。
 あとは、受け取る側の問題でしょう。それとね…」
 おもむろに、少年の両頬を押さえる。ひんやりした指の感触に何事かと急激に心臓が高
鳴ったが、すぐにそれが気の迷いだと思い知らされた。両頬に走った電撃、見事につねら
れた。いささか、ムッとしているようだ。
「ハラハラしながら見てる人だっているんだからね?
 対戦相手以外にも、少しは気を使いなさいよ。ねえ?」
 最後の呼び掛けは頭上で見守る深紅の竜に対してのもの。竜も頷きの嘶きで返すものだ
から、少年は頭が上がらない。それでも、今日はこのままで終わって欲しかった。

 月相虫グスタフが試合場内まで乗り入れる。搬送用のトレーラーを引っ張りながら。そ
の上に、ぐったりとなった髑髏の竜が小型ゾイド数匹掛かりで引き上げられる。問題のパ
イロットは傍らで、医師数人に介抱されているところだ。あの球体のようなパイロットス
ーツは既に脱がされており、Tシャツとトランクス一丁の状態で担架に乗せられている。
 若者アルンは呆然たる表情のまま。意識の有無は、いやそもそも生きているのか。
「アルンさん、アルンさん、聞こえますか?」
 声に応じ、ゆっくりと眼差しを広げる。青空が眩しい。
「ここは…」
302魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA :2008/01/25(金) 00:47:00 ID:???
「バクパラ・スタジアムですよ。
 貴方をこれから病院まで移送します。先程の試合について体調が回復したら尋問を受け
ることになるでしょう。ですが入院中は一切の面会を拒否することができます」
「…ありがとう。ヴォルケーノは?」
「連盟の格納庫に搬送され、治療と検査が行なわれることでしょう。
 危険な武器は取り外されます。貴方の処分次第で引き渡しなどの処置は決まるでしょう」
 ゆっくりと担架が引き上げられる。患者はグスタフのコクピット内へと収められる。ト
レーラーに積まれた相棒は生死の見当もつかない。だがふと、ピクピクと動いた腕の爪。
若者は朦朧たる意識の中、相棒の命に微かな望みを抱いた。それが頬を伝って流れ落ちる。
例え禍々しい武器を備えていたとしても、共に戦い抜いてきた相棒なのだ。
 もし自分があの時、狂気に駆られたまま勝ちを収めたとして、少年に同じ気持ちを抱か
せることができただろうか?
 まだ再戦など口にはできない。いやそもそもゾイドウォリアーの免許を剥奪されるかも
しれない。だがそれでも、もう一度彼の前に立ちたい。
 西門をグスタフがくぐり抜ける。対戦相手に見守られることもなく、彼らはゆっくり搬
送されていく。荒野に出て、グスタフが加速を開始。重力を感じ始めた時、若者は天井を
まじまじと見つめた。真っ白な天井。彼が目にした最後の情景は、天井が瞬く間に焼けた
だれていく様子だ。

「チーム・リバイバーが襲われたって!?」
 声を聞き付け、二人と一匹が背筋を強張らせる。顔を見合わせると少年は立ち所に胸部
コクピット内に乗り込み、女教師はビークルに飛び乗る。西門の方角。なら出れば目前に
荒野が広がっている。見渡すだけで一目でわかる。
 案の定、爆炎が上っていた。グスタフも、トレーラーに積まれた髑髏の竜も燃え盛って
いる。…ゾイドの体液は油だ。火が燃え移ったらどんな事態になるのか、読者の皆さんに
も想像はつくだろう。小爆発を繰り返し、辺り一体が火の海になるのに時間は掛からない。
 少年は吠えた。
「アルンさん! アルンさん!?」
 女教師の駆るビークルが上空からの旋回を試みる。しかし爆風の激しさは彼女と言えど
も容易には近付けない。モニターを睨みつつ、彼女は首を横に振らざるを得なかった。
303魔装竜外伝第十四話 ◆.X9.4WzziA
「ゾイドのフレームまで焼けただれてるわ。これでは、もう…」
「ええい、それなら…!」
 若き主人の固い決意が伝わり、深紅の竜も意志を固めた。自らの傷もひどい。引火の危
険だってあるが、そんなことは言っていられない。
 上空へ躍り出る深紅の竜。真上から狙いを定める。グスタフの頭部コクピットに見定め、
急降下したその時。
 頭部コクピットの遥か前方より吹き上げてきた火炎放射。竜の尻尾程はある太さ、そし
て圧力。たまらず上空へとUターンを余儀無くされる。
「な、何者!?」
 ゆっくりとした足取りで、火炎放射の主は現れた。グスタフのコクピットまで辿り着く
と足で踏みつぶしてみせる。…雲の白色した二足竜。人のように直立するも他は曇りがか
ったキャノピー以外、何の特徴も見られない。只一つ、胸元に突き出した両腕には炎が宿
っており、先程と同等かそれ以上の火炎放射を繰り出すに違いない。炎掌竜アロザウラー
の推参。新たな敵の予感だ。
「ギルガメス君、君達はすぐには殺さない。いや、ここまで事態が進行したら殺せないの
だ。芋づるという奴でね」
「何を…言っているんだ?」
 キャノピー内でレバーを握る功夫服の男は予想通りの反応とでも受け取った様子だ。
「人呼んで拳聖パイロン。これなる相棒はオロチ。…水の軍団・暗殺ゾイド部隊所属だ」
 少年は激しい憤りに駆られた。全方位スクリーンを睨み付けるとウインドウを開かせ、
女教師に呼び掛ける。
「先生、刻印を!」
「馬鹿、あれだけ消耗した後に刻印なんて無茶を言わないで!」
 あっという間に怒鳴り返される。それすらも功夫服の男には予想通りとでも言いたげで、
思いのほか紳士的な笑みを浮かべた。
「『何がおかしい?』」
「私はね、より勝算の高い戦闘を目指すのですよ。そして今はその時ではない」
 言うなり、白き二足竜の両掌から吹き出した火炎放射。深紅の竜が旋回して避けた時、
白き二足竜は地平の彼方へと駆け抜けていく。しかし追うという選択肢はない。ないもの
の…どうすることもできなかった。グスタフもトレーラーもスクラップと化した上に燃え
盛っている。