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気軽な参加をお待ちしております。:
銀河系の遥か彼方、地球から6万光年の距離に惑星Ziと呼ばれる星がある。
長い戦いの歴史を持つこの星であったが、その戦乱も終わり、
平和な時代が訪れた。しかし、その星に住む人と、巨大なメカ生体ゾイドの
おりなすドラマはまだまだ続く。
平和な時代を記した物語。過去の戦争の時代を記した物語。そして未来の物語。
そこには数々のバトルストーリーが確かに存在した。
歴史の狭間に消えた物語達が本当にあった事なのか、確かめる術はないに等しい。
されど語り部達はただ語るのみ。
故に、真実か否かはこれを読む貴方が決める事である。
過去に埋没した物語達や、ルールは
>>2-7辺りに記される。
・題材について
ゾイドに関係する物語なら、アニメや漫画、バトスト等何を題材にしても良いです。
時間軸及び世界情勢に制約は有りません。自由で柔軟な発想の作品をお待ちしています。
過剰な性的表現・暴力表現を主体とした作品の投稿は御遠慮下さい。
・次スレの用意
1.長文を書き込むスレッドの性格上、1000レス消化するより先に、
スレッドの容量が512KBに達して書き込み不可能となります。
そのため容量が【450〜470Kb】位に達したのを確認したら、
まずは運営スレまで御連絡下さい。書き込みを希望する方を確認します。
"自分でバトルストーリーを書いてみよう"運営スレその2(現行)
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/zoid/1161403612/ 2.一週間書き込みが確認できない、又はスレッドが書き込み不可能になった場合、
次のスレを用意して下さい。又、その時には以下を実行して下さい。
a.旧スレにて新スレへの誘導を行なって下さい。(URL記入必須!)
b.運営スレにて新スレを用意したことを告知して下さい。
c.下記スレにて倉庫格納依頼を行なって下さい。
★ 倉庫格納 ★ (現行)
http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/saku/1047244816/l50 ・定期ageについて
投稿作品が人の目に触れ易くするため、新規スレッドが立ち上がってから一ヶ月ごとのageを推奨します。
投稿作品がある場合は投稿時にageて下さい。ない場合は「定期age」を書き込んだ上でageて下さい。
・書式
一行の文字数は最高四十字前後に納めて下さい。
・書き込み量の制限と再開
スレッド一本の書き込み量は一人につき最大100kb前後です(四百字詰め原稿用紙約128枚分)。
100kb前後に達し、更に書き込みを希望される方は、スレッドが最終書き込み日時から
三日間放置された時、運営スレッドでその旨を御報告下さい。
この時、トリップを使用した三人の同意のレスがあれば書き込みを再開できます。(※)
又、三人に満たなくとも三日間経過した場合は黙認と看做し、書き込みを再開できます。
再開時の最大書き込み量は25KBです。
反対のレスがあった場合は理由を確認し、協議して下さい。異議申し立ても可能です。
※ 騙り対策のため、作品投稿経験のある方は定期的なチェックをよろしくお願いします。
・作品の完結とまとめ
投稿作品はスレッド一本での完結を推奨します。
続き物はなるべく区切りの良いところで終わらせて下さい。
複数のスレッドに跨がって書き込む人は「まとめサイト」の自作を推奨します。
・その他、禁止事項
誤字など修正のみの書き込みは原則禁止です。但し張り順ミスの説明のみ例外とします。
投稿された物語の感想等は運営スレにてお待ちしております。
スレのルール等もこのスレで随時検討中ですので、よろしければお立ち寄りください。
Q&Aです。作品投稿の際に御役立てください。
Q.自作品の容量はどう調べればいいの?
A.全角一文字につき2バイト、改行一回につき1バイト消費します。
一行を四十字とすると、最大81バイト消費します。
そのため自作品の行数×81で概算は導き出せます。
Q.一回の書き込みは何バイトできるの?
A.2KB、2048バイトです。
又、最大32行書き込むことができます。
Q.書き込み時に容量が水増しされてるみたいだけど…?
A.レス番号・名前・書き込み日時・ID・メール欄、書き込まれた文章の各行頭に追加された
空白部分などによって容量が水増しされているようです。
当スレではこの数値は無視し、書き込まれる方の自己申告を尊重するものとします。
Q.トリップはどうやってつけるの?
A.名前の後に#(半角で)、任意の文字列でトリップができます。
1#マイバト擦れ123abc
…とすると、#以降がトリップ表記に変化します。尚、名前は省略可能です。
弾け飛ぶ装甲。真紅を黒に落とした様なヘルアーマーの追撃。
相手が本気でじゃれ付いて来ているだけなのが非常に痛い。
飛びそうになる意識を何とか保ちながら俺は珍客の相手を余儀なくされている。
相手は…バイオゾイド。
しかも…事も有ろうか相棒のデーターベース内で最も危険度の高い合成種。
ようするにキメラって言う分別不明の正体不明と言う奴だったという事だ。
当然のように時間を少し巻き戻してみよう…お約束だが勘弁して欲しい。
これでは誰が聞いたって見たってその場の状況を切り取っただけでしかないから…。
ー 二日前 ー
「ロウフェンさん良かったですね。知った方に出会えて。」
「しかしな…まさか無能少将と討伐軍主力の確か…ルージ君か。
真逆あの時会った気弱そうな少年が大した成長をしたようで。」
ミロード村から約300kmほどの海の上。
二年ほどの周期でこの大陸を回るこの巨大ウルトラザウルス。停止位置は…
丁度村と外海を阻む海峡の岩山の裏と言う事でこの巨体でも見る事はできない。
しかし今回は飛行が可能なゾイドが居たからなのだろう。
彼方から直接この甲板に現れたというくだりだ。
「残念な話だ…貴重な物が手に入る機会だったもので楽しみにしていたのですが。
しかし空にはまだ複数のソラシティが有るなんて途方もない話ですね。」
村を事実上治めているラージ・ファミロンは直接惨状を見て述べる。
「まあしょうがないかな。複数有ったソラシティ同士も結構仲が悪かったみたいだし…
酷い所は軍備増強のために地上の各部族にバイオゾイドを配って争わせたって話。
そんなものもあるぐらいですからねぇ。」
ちょっとシープと雰囲気の似た服装の眼鏡の男が残念そうに甲板を眺めている。
胸元には拳銃を一挺隠している所を見るに天空人なのだろう…。
「久しぶりだねぇロウフェン君。君の武勇伝は聞いているよ〜。
あ?そうそう僕はロンだ。名前を知らなきゃ会話が成立しなさそうだからね。」
「どうもご親切に…ところで?ロン?何で無能少将とルージ少年が並んでいるんだ?」
「ああ…彼方の元少将の土産話を聞いていた時にこれが来たからね〜。」
その話の種となって居る元無能少将と元討伐軍の英雄は…
カリンと何やら話し込んでいる。
内容はどうでもいい。とりあえずやっとの事で立ち直りを実感できる状況は、
とても嬉しくある。一ヶ月半洋上で孤立した経験で精神的にも太くなったのだろう。
俺はロンから頂いたミロードライムを齧り付きながらロンの話を聞いている。
「君のコマンドウルフ…コアが特別みたいだね。
ディガルドの兵士から聞いた話だけどエヴォルトをしたって話じゃないか。」
「そう。あの時は驚いたよ…そんな話は聞いた事も無かったしな。
野良の癖に一緒に旅を始めてからは妙に人懐っこいから妙な奴だとは思ったけど。」
ロンと俺は相棒を見る…その視線に気付いたのか?
相棒の方は恥ずかしいじゃね〜かコンチクショ〜!と言っているかのように、
ひょいとそっぽを向いたのには流石の俺も笑うしかなかった。
その直後に一発コクピット周辺に閉まっておいたスナイパーライフルで足元を撃たれたが。
「随分と…利口じゃないか。所で…エヴォルトを起こした回数は何回だい?」
「一回。俺と会う前にしていたとしても二回だろう。
件のムラサメライガーも二回成長したらしいからな…成長と言っていいかは知らんけど。」
「ならきっと一回だね。今のゾイドは人と共にある存在だ。
ルージ君のムラサメライガーは彼の成長にあわせてエヴォルトをした。
そして…今はミロード村のジェネレーターと融合している。」
突然凄い状況に突入していることに気づいた俺は素っ頓狂な声を上げ、
周囲の目を一気に集めてしまったが気にしないで話を進める。
別のソラシティの住人からの情報収集なんて滅多にできないことなのだから…。
収穫はシープが別途に集めていた無事な高級食器等セットと交換で…
柑橘類の樹木二本と野菜の種。
がらくたやゾイドの残骸から好きな物を持っていって貰い、それと交換で…
俺達全員が乗り熟せたシーパンツァー一機。
復興後のミロード村周辺で発見されて随分と経つが誰も乗れなかった代物だったらしい。
このシーパンツァーは正に海を拠点とする俺達には必要不可欠なゾイドだったのだ。
これで海藻にありつける!壊血病とのお隣さん生活とはおさらばだ!食卓も輝く!
あぼーん
かつて大きな戦争があった。大陸一帯の支配を目指すディガルド武国と、それに抗う
反ディガルド討伐軍によって行われたその戦争は“自由の丘”と呼ばれる地において
行われた戦いにより、唯一絶対神を名乗ったディガルド武国の支配者“ジーン”の
戦死により、討伐軍の勝利に終わった。そして人々は自由の丘に慰霊碑を建てた。
この戦争によって命を落とした全ての人々の霊を慰める為に・・・
「ここに帰って来るのも久し振りですね〜。」
「ミスリル知ってるの〜?」
何でも屋“ドールチーム”の責任者である人の心を持つ機械“SBHI−04 ミスリル”
の操る特機型ギルドラゴン“大龍神”は、ドールチーム構成員であるドールの体を持つ
幽霊少女“ティア=ロレンス”の操るLBアイアンコングMK−U“ゴーストン”を背に
乗せ、その大陸の浜辺に降り立った。世界の彼方此方を大龍神と共に飛び回ってきた
ミスリルではあるが、実はディガルド武国と討伐軍の戦争の行われた大陸が故郷である。
俗に“神々の怒り”と呼ばれる大災害によって記憶を失った彼女がこの大陸で目を
覚ました時、そこではディガルドと討伐軍による戦争が行われていた。ミスリルが
目を覚ますまで神像に身をやつして地元民に崇められていた大龍神と共に旅立つが、
彼女の様な規格外の存在を世間が見逃すはずが無い。討伐軍・ディガルド・ソラの三勢力
から目を付けられ、攻撃を受けたり壮絶な引き抜き合戦が行われたり、もう無茶苦茶。
そうこうしている間に、ミスリルは自分と同じ様に規格外の存在として人々から畏怖
されていた者達と出会うなど様々な体験をしながら新たな記憶を学習していき、討伐軍と
ディガルドの戦争が終結して数日後、新天地を求めて外大陸に旅立つ事になる。
それから100年近い時が流れて現在に至るのであるが、ロボット故に歳を取らぬ彼女は
大龍神共々に100年前と全く違わぬ美しさを維持していた。まあそんな事はどうでも
良いとして、何故ミスリルが久し振りにこの大陸に帰って来たのかと言うと、良く彼女に
仕事の依頼を持って来る謎の覆面怪人“覆面X”の紹介でディガルド戦争の際に大きな
働きをした事で現在もこの大陸における最大勢力となっている“キダ藩”が現在何か
大きな問題が起こっているらしく、その問題の解決を依頼して来たのである。その大きな
問題と言うのが彼女には分からなかったが、とりあえずキダ藩に行けば分かる事である。
それ故にミスリルは大龍神を飛ばし、キダ藩へ向かった。
大陸外に飛び出し、世界を広く見て行って初めて分かった事だが、この大陸は田舎だった。
それはミスリルが外大陸に旅立った100年近い時が経過した現在でも変わらない。
未だにただ木を組んだり土を固めたりして作った簡素な家が並んでいるし、人々の服装も
民族衣装的な物が多い。この様子ではどうやらゾイド=発掘する物と言うこの大陸特有の
認識も変化していなさそうである。
「相変わらず田舎・・・けど・・・平和で活気に満ち溢れてますね。」
上空から街並みを見下ろす程度の事しかしていなかったが、そこは平和だった。そして
人々の表情も明るい。ディガルドに支配された街や村の多かった昔とは大違いな程
街は活気に溢れていた。さらに下を見ると未だに飛行ゾイドが珍しいのか、大龍神を
見上げながら追い駆ける子供達の姿が見られた。100年前はゴツイ顔をしたディガルド
軍人や討伐軍人がゾイドに乗って追い駆けてくる事が多かったのだが、この変化も
この大陸がどれだけ平和になったのかを示しているのであろう。しかし、では何故これ
だけ平和でありながらキダ藩が抱える問題とは何なのだろうか・・・
「いずれにせよ・・・現場に向かえば分かる事ですか・・・。」
ミスリルは大龍神のスピードを上げた。目指すは覆面Xから指定されたキダ藩の城である。
「ここがキダ藩ですか・・・。この大陸では首都的な位置にありますけど・・・それでも何処か
時代かかってますね〜。ま、文化の違いと言う奴なのでしょうけど・・・。」
「まるでTVの時代劇に出て来そうな街なのよ〜。」
キダ藩の上空までやって来た大龍神から街並みを見下ろしたミスリルとティアはそれぞれ
そのような感想を残した。現在この大陸では多数の小国の繋がりからなる連合国家となり、
政治も各小国や街の代表者が集まっての合議制が行われている。その中でも最大勢力で
あるキダ藩が連合国家の中で首都的な位置におり、議会でも議長の立場を執っている
のだが、外大陸での生活が長く、多数の高度文明圏を見て回った為にすっかり目が肥えて
しまったミスリルにとってはどうも発展途上国から脱せ無いイメージが強く残っていた。
「それはともかく・・・何処に下りたら良いかな〜。ここじゃ飛行場も無いし・・・。」
「ミスリルあれ何?」
「え?」
着陸出来そうな場所を探して大龍神はキダ藩上空を旋廻していたのだが、そんな時に
ティアのゴーストンがある方向を指差した。その先にはキダ藩の中心に位置する王城の
城門のすぐ近くにあった広場で一体のランスタッグがこちらに光の点滅による合図を
送りつつ、槍に付けた旗を振っていた。
「あ! こっちに来なさいって事ですか!」
とりあえず着陸場所を把握したミスリルは大龍神の高度をゆっくりと下げて行った。
「いやいや良く来てくれた! 良く来てくれたよミスリル君!」
ランスタッグの誘導によって、街から駆けつけてきた野次馬に見守られつつ広場に着陸
した大龍神を最初に出迎えたのは今回の仕事の仲介役をやっている覆面Xであった。
「覆面Xさん・・・で、今回の仕事は一体どんな内容なんですか?」
「その事なのだがな、まあとにかく詳しい話は城の中でな。」
「分かりました。でもその前に・・・。」
ミスリルは、大龍神を興味深く観察していたキダ藩の兵隊や野次馬の一般市民に対し
こう言い放った。
「私の大龍神に変な真似したら多分この辺り一面まるごと吹き飛びますからその辺気を
付けて下さいね。」
「あ・・・はい・・・。」
何よりも…やっと手に入ったカリンが乗ることができるゾイドである事。
これが非常に大きく戦闘等で生身を晒す危険が少なくなった事は安全性の向上。
それとかなりの長距離からの砲撃支援までも可能である。
まあ…性格上自衛以外の目的では絶対に発砲しなさそうな性格だが、
たまにゾイドに乗ると性格が変わる人も居るのでまだ確定ではない。
「なあ?ここのソラシティは落ちちまったって聞いたが本当なのか?」
「ああ本当だよ。まあジーンの手綱を絞めていると思い込んでいた思い上がりの代償さ。
結局この大陸はジーンの一人舞台だったんだしね。
居なくなったら居なくなったで今また焦臭い部族が出てきているのも事実。
ジーンの巨大な陰に隠れていた悪事が今頃になって明るみに出て西へ東へ大騒ぎさ。」
「それはご愁傷様。でも何でこっちにまで出張ってきたんだ?
待ってればこっちから出向いたのに…って事で本題といかないか?ロン?」
「そうだね。あんまり勿体ぶって折角の戦力を逃しちゃガラガに半殺しにされるよ。」
そう言うことで…俺とロンはウルトラの内部。
俺の自室と決めつけた場所まで行くことにした。
「正体不明のバイオゾイド。それはご愁傷様で。」
「さっきも言わなかったかい?まあ別に構わないけど…そうなんだ。
僕のパンブリアンならともかくコア二つを装備して破格のパワーを持つデッドリーコング。
それでも押さえつける事ができなかった。バイオティラノ以来の超大型さ。」
嫌な予感はすぐに当たった。しかも賞金総額金貨一億枚クラスの大当たりだ。
「で?其奴をどうしたいんだ?殺っちまうなら別に頭数はそれ程必要ないだろ。」
「そう。可能なら捕獲してゾイド乗りを見つけたい。そうすれば少しは大人しくなるから。
倒すだけなら簡単かもしれないよ?でもそれじゃあ僕達は何時までもリーオに、
メタルZiに縋る生活を余儀なくされる。でももうここでは種切れだ。
次が無い以上何とかしてそれに頼らない解決法を実践する必要があるのさ。」
「解った。でもじゃあ何で武装がリーオの塊の俺の相棒が必要になるんだ?
支離滅裂になっているぜ?」
「”鼻”さ。君の相棒の鼻は背中のものを足して通常のコマンドウルフの6倍以上。
ディガルドの技術士官が調べていたらしいから間違いないさ。」
ー 一日前 ー
「居ないね。」
「そだね。」
「そうだな。」
「逃げられたのかな?」
「足並みの揃わないゾイドで無理に動いたのが迂闊だったか…。」
そう言うことで謎のバイオゾイド捕獲部隊の出動は見事に空振りに終わった。
隣に居る迂闊元少将の迂闊発言で締めくくられた今日の行軍。
その構成は…
前衛にバイオヴォルケーノと追跡と痕跡調査を勤める俺の相棒。
中央にパンブリアン…じゃなくてバンブリアンとデカルトドラゴン。
後衛には前後への格闘が行いやすいデッドリーコング。
それと慣らし運転中のカリンが乗るシーパンツァー。
どう見ても珍道中を余儀なくされるステキな構成だ。
一応足取りは歩き回った範囲で調べられており…結構な範囲を彷徨いている事が解る。
しかし、この足跡の大きさが非常に不味い相手の予想図を構築する。
最低でもエレファンダークラスの機動性を常に維持し、
その巨大な足と脚力で悪路をものともしない強靭な移動力を持っている。
その大きさは最低でも巨大化処置を受ける前のバイオティラノ2機分。
それだけで充分危険な存在だ。
それはそうと…昨日何故ロンはバンブリアンをパンブリアンと呼んだのか?
その理由はその姿にあった。
大きくカラフルな玉を転がしている。見ていると何か可愛い…。
「こいつで彼と遊べれば意思の疎通の初期段階はいけるかな?と思ってね。」
そのロンの言葉に俺達は唖然とし、
カリンだけは妙に感心していたのが印象的だった…。
信じるものは…救われるのだろうか?妙な疑問が俺の頭の中でぐるぐる回るのみだ。
そして…今日を迎える。
幾つかのレッゲル溜まりで浸み出たそれを美味そうに舐めている巨大な影。
遂に俺達中傷”仲良くなり隊”は森の奥にお友達の姿を捉えることに成功したのだった。
この一言で彼等は一斉に退いた。顔は笑顔であったが、雰囲気は逆であり、冗談を言って
いるように思えなかった。ミスリルの笑顔の影に隠れた非情さを垣間見たのである。
「そう・・・分かれば良いのです。」
それを確認したミスリルはティアを連れ、覆面Xの後に付いて城の中へ入って行った。
「にっしても遅いですね〜。実はそんな大した問題じゃなかったり?」
「うんうん。」
城内の客室に案内された二人だったが、それっきり仕事の件の話もされないまま待たされ
続け、ついには夜になってしまった。そして蝋燭の明かりに照らされた客室の中で
城の者から出された宮廷料理を召し上がっていた。
「宮廷料理の割には動物の丸焼きとか結構簡素なのはどういう事でしょう・・・。」
「でもでも、こんなに待たせるなんてここの人達酷いのよ。」
「まあそう言わないで、食事を楽しみましょう。でも・・・案外罠だったりして・・・。」
「え・・・。」
ミスリルの言葉に反応して不安な顔で硬直したティアを見て、ミスリルは笑みを浮かべた。
「だって今までもあったじゃありませんか。真っ当に仕事の依頼をする振りをして、実は
私達を陥れる為の罠だったって言うパターンが・・・。実際キダ藩の人達には私を殺す理由が
あるわけですよ。100年前に色々ありましたからね。で、このテーブルにならんでる
料理にも毒が仕込まれてるかもしれませんね〜。」
「え・・・そんな・・・沢山食べちゃったのよ・・・。」
ティアは真っ青になり、今にも泣きそうな顔だった。が、直後ミスリルはテーブルが
壊れない程度に叩きながら笑った。
「冗談! 冗談ですよ! だって良く考えてみても下さいよ! 覆面Xさんが紹介した
お仕事ですよ! あの人は確かに得体の知れない所がありますけど・・・信用出来る人です。
それにもし仮に毒が仕込まれていた所で・・・私はロボットで、ティアちゃんはドールを
体として使ってる幽霊。効くわけ無いじゃないですか!」
「も〜ミスリルったら冗談きついのよ〜!」
ミスリルの説得力のあったジョークにティアが頬を膨らませていた時だった。閉じられて
いた戸が開き、立派な服に身を包み、腰には煌びやかな刀を差した、見るからに位の
高い役職に付いているのが分かる中年の髭男が現れた。
「機械でありながら飯を食うとは変わった奴だな君は・・・。」
「あら・・・。」
客室に入り、戸を閉じた中年男は二人の前に立った。
「私は今回の依頼に関する説明をする事になるキダ藩家臣の“ガン=ジュツ”と申します。」
「それはどうも・・・私はドールチーム責任者のSBHI−04 ミスリルです。
で、こっちが私の連れのティア=ロレンスちゃん。」
「はじめましてなのよ。」
双方自己紹介を済ませた後、ガン=ジュツはミスリルとティアの向かい側に座り込んだ。
「で・・・やっと教えてくれるのですね? 今回の依頼と言うのを・・・。」
ガン=ジュツがあんまりにも険しい顔をしている為か、ミスリルも知らず知らずに
真面目な顔になっていた。
「我々とて不本意なのだがな・・・お主の様な者に頼らねばならないと言うのが・・・。」
「だから何がですか? それだけ大変な依頼と言う事ですか?」
「ま・・・まあそうだ・・・。君にとっては違うのかもしれないが・・・。」
依頼主であるとは言え、ガン=ジュツの表情からは不満がにじみ出ていた。
「だが、君も君だ。私は当時のディガルド戦争の事を直接的に知らない世代ではあるが・・・
君はその実力を評価され、討伐軍に何度も誘われながらもそれを一蹴したそうじゃないか。
であるにも関わらず今回の依頼は引き受けてくれた。まずその理由を聞かせて欲しい。」
「まあ100年前と今とでは状況が違うと言う事です。今はこうして何でも屋をやってる
わけですから、きちんとビジネスとして成立していれば受けますけど、当時はまだそう
いう事はやってませんでした。それに・・・単純に興味が無かったと言うのもあります。
まあそれなりの報酬が頂ければ多分受けていたと思いますけど・・・その辺突っ込まれると
かなり苦しそうな顔してましたね〜討伐軍。」
「そ・・・そうか・・・。では話を元に戻そう。(多分法外な報酬を要求したんだろうな・・・?)」
ガン=ジュツは軽く咳き込んだ後、気を取り直してミスリルの目を見つめた。
「実は・・・この大陸に正体不明の怪物が現れたのだ・・・。それを退治して欲しい。」
「へ? いたって単純な仕事ですね。」
かなりシンプルな内容に二人は拍子抜けてしまうが、ガン=ジュツはやや戸惑った様子だ。
「だがそれが単純に行かないから君達の力を必要としたんだ。そもそもその怪物は・・・。」
と、その時だった。突然戸が開き、一人の老人を連れた十代前半の若い兵士が入って来た。
「何だ!? カルフ=ラーカ! こんな時に何用だ!?」
「ガン=ジュツ様! 無礼を承知で言わせて頂きます! 彼女等への仕事の依頼の件・・・
無かった事に頂とう御座います!」
「何!?」
ガン=ジュツに“カルフ=ラーカ”と呼ばれた表裏の無い正義感の強く真っ直ぐな目を
した若い兵士はそう言ってガン=ジュツに対しお辞儀をすると、彼が連れて来た100歳
以上は軽く行っていると思われる程にまで禿げ上がった老人が前に出た。
「ガン=ジュツ様・・・貴方様はご存知でありますか? あの者が100年前・・・討伐軍に
何をしたか・・・。」
「ご老人は確かカルフの曾祖父のラルフ爺さんですね? 確か貴方は当時のディガルド
戦争にも参戦した事があったとか・・・。私は当時まだ生まれてませんから、一体何が
あったのですか?」
ラルフと呼ばれた老人に対しガン=ジュツはやや困った面持ちであったが、それ以上に
困った顔をしていたのはラルフの方だった。
「嘆かわしいですじゃ・・・。あの壮絶な戦争を知る世代がドンドン減っていく・・・。無論
あ奴が討伐軍にした事もな・・・。」
「だから彼女が何をしたんですか? 討伐軍が何度も参戦を願い出てもその都度一蹴した
と言う位しか私は知らないのですが・・・。」
「ん〜・・・何か良く分からない事態に・・・。」
ミスリルは他人事のように事の次第を見守っていたが、直後ラルフに怒鳴り付けられた。
「張本人のお前が他人事の様に語ってどうするんじゃ! お主は忘れてしまったであろう
がワシは忘れぬぞ! 100年前にお前が討伐軍に行った悪行を・・・。」
「悪行?」
「ミスリル何か悪い事でもしたの?」
ティアも少し不安そうにミスリルの手を少し引っ張った。それにはミスリルも困る。
因みに…ボールの力は偉大だった。
奴はボールを見ると一目散にこっちに突撃してきて…
俺達を容赦無く吹き飛ばしてしまったのだ。
そしてやっとの事で時間が追い付くわけだ…って効果がありすぎだって!!!
並べられた的が一気に弾かれるように俺達は成す術もなく宙を舞う。
空中からぼ〜っと眺めたその姿は、
哺乳類の尻尾が魚っぽいと言う感じが丁度いいだろう。
遠くに逝く意識を引き戻したのは相棒がまた脳内の引き出しから引っ張ってきた詳細。
「ばいお・・・・・・び〜ば〜ぁ・・・ぎがんてぃあ・・・?」
バイオビーバーギガンティア…全長34,5m、全高19,8m。
推定体重400t。最大巡航速度150m/h最大戦速270m/h…
えっと…何と申し上げたら良いか解らんが凄いスペックだ!
その上水中水上で行動でき木を伐り出す能力も持っている。
従来機との大きさ当機比5倍の行動能力は据え置きとまあよくやるものだと感心する。
だが、バイオゾイドが恐竜型でないという新たな遭遇に当然驚きを隠せない者も出る。
「前は暗くてよくわからなかった!でもこれはでかすぎだろうよ!」
当然の感想を叫ぶガラガ。デッドリーコングは飛ばされた際に木々を掴む事で、
かなりの飛距離を減らしたらしくもう着地しており必死にビーバーを宥めている。
「いやあ…ジーンもこんなゾイドを開発していたとは考えにくいな。
きっと掘り出し物か別のソラシティ辺りが様子見に誰かに渡したって所かな?」
吹き飛ばされながらそれでもあくまで冷静に調べているロン。
「これで…無人というのか!?これではブレーキに壊れた暴走ゾイドだ!」
迂闊元少将も戦列に加わり宥めているのだが相手が悪い。
「カリン!?カリンはどこだっ!?おいっロウフェン!目を覚ませ!」
「あれ?ここは…?」
「…ああああああああああああああああああああ!?背中にシーパンツァー!!!」
最後のは俺だ。どうやらあのビーバー君は丸い物が好みらしい。
シープの声で意識が完全に覚醒した途端にその状況を目の当たりしては焦る!
焦って相棒共々ジタバタしてみるが…当然空中では無駄な事である。
弾け飛んだ右肩の装甲の接続部からは紫電が走り、
相棒のコンディションはあっと言う間に最悪の状態にまで落ちている。
何とか着地を試みるが結果がどうなるかは果てしなく悪い方へ傾いている。
「んなろおおおお!着地するぞこのやろおおおおおお!」
木々を盛大に薙ぎ倒しながら相棒は何とかダメージを最低限に押さえて着地する。
だがそれでも足首やらから小規模の爆発が起こり火花が辺りを彩る。
「くそ…このままじゃ引火しちまうぞ…ってあああああああああああああああああ!?」
俺の記憶はとりあえずここで途切れた。
ー 半日後 ー
俺は相棒共々、カリンのシーパンツァーと共にビーバーの上の人となって居た。
このビーバーはこっちの状況を見た途端猛烈なスピードで森を15分の1も損失させ、
そんな勢いでこっち駆けてきたらしい。
どうやらロンの言う掴みはまずまずだったようで今ミロード村から15km程の場所にいる。
「コクピットの中は無人だった。やっぱり彼は自力自分で動いていたよ。
プログラミングなんかじゃない野生の本能を持っている。バイオゾイドにしては珍しい物だ。
きっとパイロット無しでの運用を考慮した固体だと思うよ。」
ロンは感心したようにでかビーバーを見上げている。
「すごいですね。野良ゾイドと同じぐらい機敏で軽快に動くバイオゾイドなんて…
俺達が戦っていたディガルドのバイオゾイドはまっすぐで機械的だった。」
わざわざ状況を確認しにルージ君達もきていたらしい。
だが…何故俺は乙女のビンタを喰らっていたのだろう?
意識が戻り頬が無駄に熱いし痛いと思っていたら、その張本人が今度はルージ君に…
それを放っていた。よくもまあビンタを連続して打ち込めるものだと俺は感心する。
「あんたねぇ!ゾイドにも乗れないのにこんなに危ないところに来るんじゃないの!
叔父様がわざわざ村のお見舞いにきてくれたって言うのに何でこんな所にいるのよ!」
丸焼き姫の略筋違いの説教に頭を抱えて逃げるルージ君の姿はちょっと微笑ましい。
きっとその叔父様はムラサメライガーの状況を心配しているのだろう…。
その叔父様ったら…ルージ君の父親ラージと酒をチビチビやっていた。
完全にお忍びなのであろう。ラ・カンの顔には苦労の跡と言って良い程皺が深く見える。
「よう…頑張ったみたいだな。藩主様。」
こっちに気付いたらしいので膨れた頬を隠さず俺は明かりの中に入る。
「久しぶりだな。しかし無事で何よりだ。お前が居なくなってはだらけてしまいそうでな。」
「酷いことを言わないでくれ、
今度あんたの首取りに入ればどれだけの関係ない人死にが出るか想像もつかん。」
「それもそうだ。笑える話ではないな…でお前は戻る気は無いのか?
せめて私が言えた口ではないが一度ぐらい墓参りはしてもバチは当たらんだろう?」
ラ・カンの言うのはもっともだが俺には俺の事情も在る。
「直ぐは無理だな。あんたも話は聞いたろ?別のソラシティ同士の抗争に巻き込まれた。
奴等は今こそなりを潜めているが何時現れるのか解らん。
こんな俺でも貴重な戦力である以上あの甲板を離れるわけにはいかない。」
あリがたいお誘いだがこっちにも事情がある。
デカルトドラゴンの一個小隊を迎撃できない戦力では先が見えきっている。
夜が明ける兆しを東の空から感じて俺は寝ることにした。
どうせ相棒が動けない以上は俺に出番は無い。
そうである筈だった…と思う。
「ロウフェンさん!起きてください!ビーバーが!ビーバーが!」
突然カリンに揺さぶられ俺は目を覚ます…がもう暗いのは夕方なのであろうか?
いや違う!俺達をすっぽり包む巨大な物に日の光を遮られているだけだった。
ビーバーだ。でかビーバーが俺達を興味の眼差しで見つめている。
最大級の警戒警報が俺の中で響き渡る!
WARNING!WARNING!A Huge BATTLE ZOIDS!
と言う警報が鳴り響く脳内は俺の反応速度を置いてけぼりを喰らわしているので…
指一つ動かせないと言う情けない状況に陥っていた。
それで次の瞬間にはビーバーの巨大な舌に舐められ…見も毛もよだつ気分を味わう。
それだけならまだ良かったのだが…
現実は甘くなく俺は前足で器用に摘まれると背中の穴に放り込まれてしまうのだった…。
「悪行って言われても私には何の事か・・・。と言うかお爺さん昔会いました?」
「うむ・・・まあ分からなくても仕方ない。あれから100年・・・ワシもこの通りの
ジジイじゃ。お主と違ってな・・・。ではお主・・・昔、討伐軍に参加して欲しいと号泣
しながら土下座までした少年がいなかったか?」
「土下座・・・。あああ! 思い出しましたよ!」
ミスリルは何か思い出したようで両手を叩いた。
「貴方あの時の人間を嘗めるなとか人間賛美的なセリフを吐いておきながら、本人は
もろに私の様な機械を嘗め腐ってたウジウジ系の土下座君ですね!」
「う・・・凄く腹の立つ呼ばれ方じゃが・・・その通りじゃ・・・。」
「何それ・・・。」
ミスリルのその呼び方にラルフを含め、その場にいた皆が気まずい顔となった。そして
ガン=ジュツが気まずい顔のままラルフの肩を軽く叩いた。
「で・・・ラルフ爺・・・彼女が昔・・・一体何をしたのですかな?」
「破壊じゃよ・・・。恐るべき力による無差別破壊ですじゃ・・・。討伐軍とディガルド軍の
戦いに突如割って入り、両軍とも見境なしに破壊しまくったんじゃ・・・。忘れもせぬ
全てを破壊し、炎の中に浮かぶあ奴の姿はまさに破壊神としか言い様が無い・・・。」
「それは貴方達が私がせっかく夜のおかずの為に釣ったお魚さんを流れ弾で吹っ飛ばした
からでしょう!?」
「だからじゃ! たった一匹の魚の為に多くの人間やゾイドが殺されたんじゃぞ!
お主は血も涙も無いのか!」
「嫌・・・無いだろ爺さん・・・。奴は機械だぞ・・・。」
「う・・・。」
すっごい真面目な話をしていたのにガン=ジュツの突っ込みに阻まれてしまった。
そして今度はガン=ジュツがミスリルに問う。
「だが・・・ラルフ爺さんの言う事は本当か?」
「ハイ本当です。せっかく私が夜のおかずの為に釣ったお魚さんを討伐軍とディガルドが
広げた戦火のせいで台無しにされて・・・怒って両軍の間に割って入った事がありました。」
「・・・。」
あっさりと肯定するミスリルにガン=ジュツも眉を細めてしまうが・・・
「まぁ・・・その件は所詮100年も昔の話だ。と言う事で本題に戻るぞ。」
「な・・・。」
ミスリルに対し全くお咎め無しで事を進めるガン=ジュツにカルフとラルフは唖然とした。
「何故見過ごすのですじゃ! 奴は大罪人ですぞ! いや、あれだけの力を持ちながら
討伐軍に参加しなかっただけで十分犯罪じゃ!」
「大罪人とは酷いですね。私はお魚さんを台無しにされた報復と、自身の身を守る為に
貴方達の戦いに一度だけ割って入った事があるだけですよ。私だって生き延びたいん
ですよ。貴方が昔所属していた討伐軍だってディガルドの理不尽な支配から逃れる為に
組織されたのでしょう? 私のした事と討伐軍がした事、何か違いがありますか?」
「き・・・機械兵の亜種ごときが偉そうな口を聞くなぁ!」
「ほらそうやって機械を嘗める。別に人間がこの世で一番偉いわけでも無いのに・・・。」
「まぁまぁ二人とも落ち着け落ち着け!」
いまにもラルフが杖を振り回してミスリルに殴りかからんとしていた時、二人の間に
ガン=ジュツが割って入った。
「とにかくだ・・・。彼女が100年前にした事に関しては不問とする。何故なら犯罪を
起こしても15年で時効となるからだ。と言う事で本題に戻るぞ。いいな!」
「ハイ良いですよ。」
「う・・・。」
とりあえずカルフとラルフの二人は一歩引いたが、今度はこっちの話題に切り替えて
ミスリルに対し反論を始めたではないか。
「ガン=ジュツ様! ワシはあの様な者達に頼るのは断固反対ですじゃ! 確かに
あの者達ならばあのバケモノも倒してしまえよう・・・。じゃが、外部の者に頼って
事件を解決した所で・・・キダ藩の名誉に傷が付くだけですぞ! それは実に嘆かわしい事
ですじゃ・・・。100年前の討伐軍は・・・あのルージ=ファミロン様が率いた討伐軍は
あの様な者に頼らずとも己の力だけでディガルドを退治したと言うのに・・・。」
「(私を討伐軍に引き入れる為に土下座までしたボーヤが良く言うよ・・・。)」
何か号泣しながら必死に主張するラルフにミスリルは呆れていた。
「しかしラルフ爺さん。100年前と今とでは状況が違う。それに・・・こういうことわざが
ある。“毒を持って毒を制す”と。つまりバケモノにはバケモノをぶつけよ! と言う事だ。」
「(私もバケモノなのね・・・ここの認識じゃ・・・。まぁ無理も無いですけど・・・。)」
「ガン=ジュツ様! それが女々しいと言う事ですじゃ! 誇り高きキダ藩の家臣で
あるならば己の力だけで国を守るべきですじゃ!」
「お言葉ですがご老人。記録によりますと討伐軍もディガルド戦争の最終決戦直前、
ディガルド側に出来た反ジーン派を味方に引き入れて戦力を増強したそうですが・・・。」
「覆面Xさん!」
いつの間にかラルフの背後に、ディガルド戦争に関して記した巻物を持った覆面Xが
立っていた。そしてラルフは彼の方を向き、食って掛かった。
「お・・・お主じゃな! あの者達を紹介したのは! 変な覆面被りおって! お主等の
せいでキダ藩のメンツは丸つぶれじゃ!」
「それは済みません・・・。ですが・・・キダ藩が怪物によって丸ごと食われて無くなって
しまうよりかは良いじゃありませんか。」
「つまりそういう事だ。この件は殿のご了解も得ている。不本意である事は我々も
承知だ。しかし、キダ藩の存亡には代えられぬ。ここは退いては貰えんか?」
ガン=ジュツに言われ、ついにラルフは退く事になるが、それでもミスリルを強く
睨み付け続けていた。
「じゃが・・・ワシは認めんからな・・・お主を・・・。ワシだけじゃない・・・お主を怨んどる奴は
この大陸に沢山おるんじゃ!」
「いや、この大陸だけとかみみっちい事言わずに・・・世界中敵だらけですよ私。」
「う・・・。」
結局ミスリルに切り返されて不本意のままカルフとラルフは部屋から去っていった。
畜生。どうしてこんなことになった。
重力が左向きに働いている。即ち、俺のゾイドは横倒しになっているのだ。
見回せば、ひび割れてノイズが走るモニターに映る光景は一変していた。先ほどまでは
土色と乳白色だった洞窟の内壁は、今や炎の照り返しに煌く氷壁と化している。鍾乳石の
代わりに氷柱が垂れ下がり、こんな状況でさえなければ美しいとさえ思っただろう。
息も絶え絶えの無線に友の名を呼ぶ。数度目の呼びかけに、聞きなれた声が答える。
「けっ、借金取りみてえに人の名前を連呼するんじゃねえよ。ちゃんと生きてるぜ」
憎まれ口を叩く元気が残っているなら命に別状はあるまい。
「しばらく気絶してたらしい。戦況は?」
「味方の先頭集団、つまり俺たちは氷の壁で孤立させられて壊滅状態よ。野郎、悠然と氷
の上に立ってやがるぜ……後続の応援は期待しない方がいいな」
「なに、俺とお前だけで敵の包囲を抜けたこともあったろ。味方になんとかして道を作れ
れば、あるいは形勢逆転も狙えるはずだ」
自己修復能力がモニターを復調させた。あらためて、状況の悲惨さに閉口する。
関節からバラバラになったコング、落ちてきた氷柱にコックピットをぶち抜かれて沈黙
するコマンドウルフ、人間ごと氷に閉じ込められたビークル。「氷を使ってアートを作れ」
と悪魔に注文をつけたら、きっとこんな景色が出来上がる。
まともに立っているゾイドは半数を割り、氷柱の影に隠れて砲撃を続けている。火砲が
効かないのは連中とて解っているんだろうが、恐怖に駆られたとき人間は何かせずにはい
られない生き物だ。結果としてその攻撃が敵の注意をひきつけ、寿命を縮めるものだと解
っていても、その手に銃があれば撃ちたくなる。
まあ、そこで我慢できるかどうかが熟練兵と素人の差なんだがな――。
俺達のようになりを潜めて機会を窺う奴は必ずいる。そうした連中を糾合し、素人諸君
を囮に使って不意を衝くしか勝機はない。
「勝機なんぞ最初からないかもしれんがな……」
不意を衝いて何をするというんだ? 奴のとんでもない能力を無効化して攻撃を当てる
手段も解らないってのに、勝機があるなんて考えは楽観視も度が過ぎる。
常識で考えれば撤退すべきだ。ここから逃れ、落ち着いて対策を考え、再攻略を試みる。
しかし今回ばかりは……撤退しても状況が悪化するのは目に見えている。再攻略の準備
が整う頃には、ここら一帯の気温は寒冷地仕様のゾイドでも即死するようなものになって
いるだろう。
「だがどうする。火力を集中しようが、対シールド弾頭だろうが、奴の防御を破ることな
んて出来ないじゃねえか」
誰に言ったわけでもなかったが、返事があった。
「エネルギーの放出と吸収は、同時にはできないのではないでしょうか?」
この声。キャンプでのシート貼りの時に会った女の子か。
「よう、生きてたかお嬢ちゃん。先頭に居合わせたのは災難だったな――そんで、放出と
吸収が同時に出来ないってのは何のことだい?」
「ええと、放出というのはつまりあの騎士からの攻撃です。剣以外の武装、荷電粒子砲や
ミサイル、レーザーなどはどうしてもエネルギーを持ちますから、自分の攻撃まで無力化
してしまわないように、攻撃の瞬間だけ力場のようなものを解除しているのでは?」
「なるほど……」
ありそうな話だ。この子は歳のわりによく頭が回る。
「だが、奴が攻撃と防御を同時にこなせるとしたら?」
「お手上げですね」
絶句するほかないシンプルな答えだ。
「……俺は気に入ったぜ。そいつを元に作戦を考えようか」
どうしてコイツはそう、命がけの決断を昼飯の場所みたいな口調で決めるかね。
「あ! 昨日はどうもお世話になりまし――」
「いいのいいの、俺らはなーんもしてねえから。オイみんな聞いてたか? 俺たちは今か
ら、あのいかつい騎士の寒い一人舞台をやめさせに行くぜ!」
なんと、配布された共通回線から無数の雄叫びが聞こえてくるではないか。
「俺のホーンはまだ動くぜ。反荷電粒子シールドがあるからな、囮ぐらいやってやる」
「俺のバイパーも動けるぞ! 逃げ足には自信があんだ、蛇のダンスで挑発してやるぜ」
「僕のグランチャーも行けます! 地下の戦いなら……!」
思いのほか生存者は多かった。手柄を狙う歴戦の勇士たちは、簡単には死なないのだ。
「よし……囮役をやってくれる奴は適当に挑発、然るのち逃げ回れ! その間に他の奴が
攻撃して注意を引き付けろ! 隙が見え次第、奴に手痛い一発をくれてやるぞ」
二度目の雄叫びはより勇壮に唱和、機能停止していると見えた多くのゾイドが一斉に動
き出す。
「ああ、グランチャーの奴はちょっと待て。お前は壁を掘って味方に連絡だ」
「了解!」
さて、敵さんはどう出る?
どう出たにせよ、隙を見せようものなら俺のゴジュラスと相棒のゴルドスが首を戴く。
こんな陰気なところを、墓穴にしてたまるかよ――。
“能力”は、その持ち主の意思や願望を何らかの形で反映すると言われている。
赤子の段階で覚醒する者も、成長してから抱いた想念が自らの力と奇妙に符合すること
を不思議に思うのだと言う。研究の結果では、思念は時間軸に縛られないため自らの過去
における能力の発露に干渉することが可能である――とする仮説が有力だ。
そうした話を聞くたびに少女は不思議がったものだ。自分の能力は、およそ望んだこと
など無いようなものなのに、と。
とかく、彼女の能力は『自分と同化した機体にかかる慣性を無くす』力だった。
「役に立つの? こんな敵を相手にして、私の能力なんかが……」
もともと、ゾイドと融合した時点で対G限界は機体の構造上の限界まで引き上げられる。
それ以上の機動が出来たところで、他の能力者たちに見劣りする地味な能力であることは
否めない。
彼女の機体、ライジャーのすぐ横でエレファンダーが爆ぜた。一方の敵機はというと、
未だ損傷を負っていない。こちらの動きに気付いたのか、可能な限り攻撃時の隙を消すよ
うな立ち回りをしつつ、確実に一機ずつ仕留める作戦に出ている。
やはり、強い――! 剣の力にばかり目が行きがちだが、真に恐るべきはそれを柔軟に
運用する騎士に他ならない。己の力でできることを見極めた者は、格上の相手や圧倒的多
数の敵にも抗し得るのである。
ロックオンを警告する表示が空のコックピットを赤く照らす。
「駄目だよ……やっぱり私じゃ、こんな奴に勝つなんて」
急激に身体を捻り、直角に近い軌道で右へ飛ぶ。髪一筋の差で左側を光の矢が飛び過ぎ、
その余波で装甲表面が泡立つのが感じられた。
警告はまだ消えない。敵の肩部アーマーが展開し、ミサイルを放ってこようとしていた。
再び急角度の跳躍で回避しようと飛ぶが、知らず知らずの内に壁際まで追い詰められてい
たことに気付かず、したたか半身を氷壁に打ちつける。
噴射炎の輝きが広がり、弾頭が飛び来る。少女は閉じることも出来ない目を逸らした。
「…………?」
人間のそれより格段に広い視界の右端には、自分に命中することなく爆散したミサイル
が。中央には、肩口に刺さった巨大な銀の槍に苦悶する竜の姿があった。
「どうだッ! 俺のゴジュラスは槍投げの名手でもあるんだぜ――見てろ!」
突き刺さった槍はもともとミサイルである。したがって、目標に突き刺さったのち遅動
式の信管が作動、爆発に至る。
竜の左腕が肩から吹き飛び、怒りの咆哮が上がった。
「リアクティブアーマーが逆に被害を大きくしたな。ざまあみやがれ」
呆気に取られる少女の傍らに一機のゴルドスが着ける。
「諦めるぐらいなら、それまでの自分じゃ出来なかった何かをしてみるモンだ嬢ちゃん!
自分を諦めていいのは、本当に出来ることが何もなくなったときだけだぜ!」
「カッコつけやがって、とどめはお前のランスでやれ! 次のタイミングを逃すなよ!」
マグネッサーホバーにより、彼らの機体は思いのほか軽快な動きを見せていた。巨体の
ゴルドスが横滑りしながらリニアキャノンを連射し、敵の注意を引き付ける。
「おらおら、撃って来い三流芸人! 特大のツッコミくれてやるからよぉ!」
眼前で墜落する弾丸を踏み潰し、騎士セルゲイの機体は四足竜へ向かって疾駆した。
「なに、格闘戦で殺りにくるつもりか! ますます面白くねえぜ、お前」
後ろに滑りつつ更に連射。しかしそれは不可視の壁に阻まれ、勢い減ずる助けとならず。
行き着く先には氷壁――ここは巨大な袋小路だ。逃げ場は無い。
「どうしよう。あの人、死んじゃう」
少女は無意識の内に機体を走らせるが、追いついたとて何が出来るのであろう。単に、
各個撃破の対象が一体増えるだけである。どうすれば……。
『自分を諦めていいのは、本当に出来ることが何もなくなったときだけ――』
諦めてはならない! まだ自分は全て出し切ってなどいない。己を知る者こそが最後の
勝利者となるのであれば、己に何が出来るかを考え抜くまでだ。
「私の能力に何か使い道は!? 慣性の打ち消し……反作用の中和…………そうか!」
少女は遂に偶然の神に与えられた力の本質を理解した。地を駆けていたライジャーが浮
き上がり、空を翔けて敵の背後に迫る。
「ライジャーが飛んだ!?」
「何だ、あの能力は?」
セルゲイは剣を新たな敵に向け、凍てる圧縮空気の波動を放った。防御を崩さずに撃て
る飛び道具だったが、横手から飛んできた氷塊に遮られて冷気が霧散する。
地上に降り立ったライジャーの周囲には、氷塊やゾイドの破片が円を描くように浮遊し
ていた。
「驚いた――念動力か、こりゃあ?」
「違う、彼女の周囲に重力偏差が起きてる。これは……重力子の疎密を変動させる能力か」
重力を遮断、あるいはベクトルを変えることによって自機や周囲の物体を動かす。持ち
主さえ気付かなかった力だが、素粒子に干渉する能力は非常に強力なものだ。
ゴルドスに向き直ろうとしたセルゲイは、眼前に氷の山が出来ていることに気付く。ど
うやら新手の能力は厄介なものらしい。ならば――
「……貴様らに、騎士としての敬意を表そう」
これまで口を開かなかった敵手の声は予想に反せず、重々しく厳かだった。
「我は身の守りを解く。全ての力を攻めることに振り向ける。己の限界まで力を引き出せ。
長短問わず、戦いの中で培ってきた経験の全てを活かせ。さもなくば――」
白刃の切っ先に光が見える。だが……“黒い光”など存在してよいものだろうか?
「さもなくば、我が敵手たる資格はない。行くぞ、絶対零度<アブソリュート・ゼロ>!」
その瞬間――。
黒き光の中、全ての原子がスピンを止めた。全き静寂。一切の“動”を拒む静謐。
そして、位置を完全に確定された量子は理論上、無限にまで高いポテンシャル・エネル
ギーを確率として持つ。絶対零度を生み出すとは即ち、宇宙の創造と同義なのだ!
音もなく揺らぐ真空の小波が収斂し、やがて黒い光は転じて目も眩む白光の巨塊と化す。
セルゲイを除き、その光を正視し得た者は全員即死した。生身の人間は影のみを残して消
滅し、光の直撃を受けたゾイドも溶解するか、異常な熱量に爆発するかの二択を迫られた。
「は……っ、はあっ、くそ! 何だあの攻撃は?」
「穴ぐらに身をかわせたから良かったものの、さっきまでそこらを覆ってた氷が殆ど水蒸
気になっちまったな。湿気が多いのは嫌いだぜ――日焼けはもっと嫌いだ」
「お二人、大丈夫ですか!? ほかに生存者は……」
通信機から弱々しい声が名乗りを上げてくる。だが、その声も先ほどと比べてなんと少
ないことか。あの光を浴びた味方は全員死んだと見て間違いない。レーダーの反応がそれ
を裏付けている。
唐突に警報が鳴った。飛び上がる男はモニターに、敵襲とは異なる危機を見て取る。
「放射能汚染? ……さっきの攻撃か!」
「ゾイドは一応対放射線能力がありますが、歩兵や車両の方たちには危険です。彼らは物
陰から出ちゃ駄目ですね。さっきの攻撃は熱量からして、破壊力の大部分がガンマ線かと
思われますが……コヒーレント化もせず放射するだけであんな威力を出すなんて。ゾイド
の装甲は、銀河宇宙線に耐えられる船舶より上なのに」
「最近の日焼けサロンは、客を消し炭にしちまう上に汚染までしてくれるのか。サービス
精神旺盛なこって何よりだねぇ」
このひとの軽口に際限というものはないんだろうか。緊張感の無さを危ぶむと共に、不
思議と安心を覚える少女であった。
「とにかく、もう一回アレをやらせたらおしまいだ。何とかして、光を遮る手段を……」
「いやいや待てよ。さっきの攻撃でそこら中の岩が溶けてやがる。もう一発ぶっ放したら
あの野郎も一緒に生き埋めだぜ。二度目はないと見るね」
「また、『二度目があったらお手上げ』――ってか?」
男二人と少女、極限状態での談笑。
「まあ、別の攻撃はいろいろ仕掛けてくるだろうからな。こういう作戦でどうだ」
歴戦の兵が練る策とは。
「……まず最初に、嬢ちゃんがその辺のゾイドの残骸をぶっ飛ばして囮にする」
ステップワン。少女のイメージするままに横向きの引力が発生し、パイロットと共に息
絶えたシャドーフォックスが敵に向かって飛んでいく。
「どう迎撃するかを見て敵の手の内を探るんだ。連続して、いろんな方向からだぞ」
砲弾に使う機体と沈黙せる乗り手に無言の謝罪を述べながら、少女は次々と攻撃を仕掛
ける。第一波は見えない射線に貫かれて蒸発し、後方の壁面が煮え滾る溶岩に変わった。
「ガンマ線を集束、レーザーにして撃ってきているようです。確かにさっきの攻撃はもう
できないみたい――」
と、今度は後方から飛ばした残骸の一群が上下左右より突き出す氷の槍に貫かれて止ま
る。水分の多い土壌とはいえ、あれほど正確に水分子の挙動を操るとは!
「おい、危ねえ!」
少女のライジャーと数機のゾイドは横に飛んで回避できたが、反応が遅れた十数機が透
き通る魔槍に貫かれて絶命した。死角の敵にまで攻撃をかけてくるというのか。
「ステップツーだ! 行けッ!」
敵の手がある程度割れたところで、高速機が散開、接近を試みる。しかし決死の突撃を
無慈悲になぎ払う白熱の光条。残忍に噛み砕く氷のあぎと。
一体残らず非力な者たちは消滅したと見えた。だが。
「上手くやったな、お嬢ちゃん!」
彼らは一人とて欠けてはいなかった。少女の全霊をこめた重力偏差がガンマ線を跳ね返
し、氷柱が形成されるそばから吹き飛ばしたのだ。
そして、セルゲイの背後に現れるゴジュラスとゴルドス。前後挟撃、必殺の体勢!
「ステップスリーだッ!」
「見縊るな!」
今や切っ先に黒き太陽を掲げた杖にも見える白刃・シェヴォルを高く上げる。再び閃光
の塊と化した小宇宙から双方に放たれる、見えざる死の光。
少女は己の力が及ぶ領域の中で光を回折させんと念じた。
隙あらば敵機そのものを壁や天井に叩きつけてやろうと考えていたのだが、余力がない。
能力者は確かに無限の平行宇宙からエネルギーを得られるが、単位時間当たりに行使で
きるエネルギーまで無限というわけには行かない。己の限界近い力を引き出し続ければ、
無秩序なエネルギーの波濤を望みの形として顕現させるフィルターの役割を果たす能力者
の脳にかかる負荷は過大なものとなるのだ。
光の放出。それの歪曲。彼女とセルゲイの、これは精神力を競う一騎打ちだった。
「ううっ、くうぅ……っ」
鋼の精神を持つセルゲイが徐々に押し始め、押し返す力の弱まったガンマ線があらぬ方
向へ飛散し岩壁を溶かす。
彼女に守られている者たちは必死の攻撃をかけたが、凄まじいエネルギーの衝突に阻ま
れて砲弾もビームも霧消してしまう。万事休すときか。
しかし、その男は未だ諦めを知らず。
「嬢ちゃん、俺たち二人の方の守りを取っ払え!」
「できま……せん、そんなことは」
「大丈夫だ、信じろ!」
彼女とて限界だった。その声に込められた自信に賭け、敵を境界線として半分の重力を
正常に戻す。二人の男は恐るべき熱量の光線をまともに浴び――
「……ねえように対策はしてあんだよ! 特注品ぶち込め!」
白い光が巨大な氷塊に遮られた。氷など一瞬で蒸発させてしまう熱であったが、彼らに
はその一瞬さえあればこと足りる。初速秒当たり8km、今こそ必殺の一撃。
「ヤブ医者参上! この注射は致命的に痛いから無料でくれてやる!」
ゴルドスの背負った砲身から放たれた白銀の槍。ゾイマグナイト性の穂先はガンマ線を
ものともせず真っ直ぐ飛び、振り返りかけた巨竜のわき腹を貫いてコアを砕く。
弾頭の爆発と共にコアが臨界し、反応兵器に匹敵する爆発を生じた。少女は最後の力を
振り絞って爆心地に重力子を集め、ブラックホール級の重力を持って火球の膨張を阻止し
た挙句、愛機との融合も解け気絶した状態でコックピットに弾き戻されたのである。
「……答せよ、応答せよ。障壁の破壊を確認、援軍を……」
「馬鹿が。手柄は全部もらっちまったぜ」
遅きに失する味方からの通信を聞きながら、一割に満たぬ生存者達は己の幸運を祝った。
味方を連れてきた少年兵のグランチャーが、惨憺たる光景を目にして恥じ入ったのか慌て
て地中に潜ってしまう。
とどめを持っていった男が思うに、いたいけな少女が頑張っているのを見た“マエストロ”
ルガールが地獄から手を貸してくれたに違いない。
「ロ○コンだからな……ご利益あったねえ」
<続く>
定期ageです。
翌日、かすかに差し込む朝日を浴びながら大龍神はゴーストンを背に乗せ、広大な大地を
飛んでいた。
「にしても・・・バケモノってどんなんでしょう?」
ガン=ジュツが言うには、ある日突然正体不明の怪物が現れ、彼方此方の村や街を壊して
回っていると言う。キダ藩やその近辺の街などは今の所無事なのだが、いつ怪物が襲って
くるとも限らない。故に周辺の国と協力して怪物討伐隊を組織し、何度も攻撃しているの
だが、全く歯が立たないとの事である。そこで困っていた時に、その噂を聞き付けた
覆面Xがミスリルを紹介したと・・・そういう事だそうな。
「毒を持って毒を制す・・・か・・・。さ〜て鬼が出るか蛇が出るか・・・どんなバケモノが
現れるんでしょうね〜っと・・・。ってあれ? ティアちゃんさっきからずっと黙ってるけど
どうしたの?」
さりげなく朝からずっと緊張しっぱなしだったティアに疑問を感じたミスリルは
そう問うが、ティアはやはり緊張したままだった。
「何か・・・嫌な予感がするのよ・・・。こういう感じの相手は今までにもあったからかなり
慣れてるはずなのに・・・何か嫌な・・・嫌な予感がするのよ・・・。」
「嫌な予感・・・ですか?」
ティアの言葉を気がかりにしながらも、ミスリルは大龍神を飛ばし、ガン=ジュツから
指定されたポイントへ向かった。そこで各国から派遣された怪物討伐隊が陣を張っている
との事なのだが・・・
「え!?」
地平線の彼方にどす黒い煙が高々と上がっているのが見えた。ミスリルの目から見た距離
と煙の規模から行ってかなり大きな物が燃えていると言う事になる。
「あれってまさか・・・。」
嫌な予感がしたミスリルは大龍神のスピードを上げた。この大陸において人々の知り得る
飛行ゾイドであるレインボージャークを遥かに凌ぐ速度を持つ大龍神は瞬く間に煙が
上がっている場所まで到着するのであるが、そこでミスリルが見た者は激しく燃え上がる
かつては基地であったと思われる木を組み、土を盛って作られた建築物と、かなりの数の
ゾイドの残骸だった。そして周囲の土地さえ焼け焦げ、大規模な戦闘があった事は想像に
難くなかった。
「ちょっと! 大丈夫ですか!?」
ミスリルは大急ぎで大龍神を地上に降ろし、こんな事もあろうかと大龍神に装備して
あった消火剤をばら撒いて火を消しつつ生存者を探した。
「誰か生存者はいませんか〜?」
「いたら返事するのよ〜。」
「お〜い・・・ここだー。」
すると、まだ辛うじて火の手の回っていなかった所に生存者が沢山残っていた。
そちらはそちらで既に何とか健在だった者が救助活動をしていた様子であるし、怪我人も
自力で治療などは出来ていた様である。
「私達はキダ藩の要請で来た者ですが、一体どうしたんですか?」
「ああ・・・連絡は受けていたが・・・あんたらがそうか。見ての通り・・・派手にやられたよ。
奴は恐ろしい怪物だ。あんな奴今まで見た事が無い。だが、それ以上に奴はどこか得体の
知れない所がある・・・。」
とりあえず基地跡に生き残っていた兵士の中で一番階級が高いと思われる男が
ミスリルとティアの応対を行っていたが、その男は後にいた他の兵士を指差した。
「うわぁぁぁぁ! 来る・・・来る・・・俺を地獄に連れて行くなぁぁ!」
「助けてくれ! 助けてくれ! 怨霊に呪われるぅぅ!」
「こ・・・これは・・・。」
と、この様に数多くの兵士がまるで何か恐ろしい物を見て狂ってしまったかのように
呻き声を上げていた。
「私は後方で指揮を取っていたから直接奴と戦ってはいないが、奴と直接戦った奴は
みんなああなってしまった。まったく奴は恐ろしい奴だ。ただ強いだけの奴じゃない。
まるでこの世の物じゃないような・・・そんな気がするんだ・・・。」
その男も冷静に説明はしていたが、その手は小刻みに震えていた。やはり余程恐ろしい
物を見てしまったに違いない。そして、ふとティアがミスリルの手を引っ張った。
「ミスリル・・・私・・・これと同じ症状の人達を見た事があるのよ。」
「うん・・・。」
ミスリルは軽く頷いた後、大龍神の通信機を使ってキダ藩に討伐部隊の救援を要請した。
「とりあえず・・・救援の要請はしました。で、所でその恐ろしい奴ってのは何処に
行ったんですか?」
「お前まさか奴と戦うつもりなのか!? 無茶だ! 確かにお前の乗ってるゾイドは
大型でかなり強そうだと見受けられるが・・・奴はバケモノだぞ! たった2機で敵うはず
が無い!」
「それは多分大丈夫ですよ。私達も貴方達の言う所の・・・バケモノですから。」
「え・・・。」
男は唖然とするが、ミスリルとティアはそれぞれのゾイドに乗り、男の言った方向へ
飛んで行った。
男の指定した方角へ大龍神を飛ばすミスリルだが、自身もティアと同じ様に緊張していた。
「あの人達にあれだけのトラウマを残すなんて・・・これはもしかして・・・。」
「うん・・・。」
強力な敵との戦いを前にする時はミスリルがコンピューターに組み込まれたプログラム
とは異なる、己の経験の中で培った危機察知能力が反応する物であるが、今回のそれは
ただ強いだけの相手とは異質な物を感じ取っていた。しかもミスリルは以前にもこれに
似た異質な雰囲気を感じた事があった。
「ミスリル・・・あれなのよ・・・。」
大龍神の首まで身を乗り出したゴーストンがゆっくりと正面を指差した時、正面に
一体の巨大なゾイドが歩いているのが見えた。そしてミスリルの危機察知能力の感じた
異質な何かもそのゾイドから発せられている様だった。
で…このビーバー君のコクピットの中というわけだが。
何とも操縦し甲斐のあるコントロールスティックの数にちょっと焦る。
各々右側の内蔵装備と左側の内蔵装備を別々に使用する物らしい。
やはり機体内部からこのビーバーを見る限りこの種はカスタムタイプである事は確実。
コアこそ正真正銘のビーバー型の物だが見た目自体は装甲でそう言う風に見せて在る物。
フレーム部を確認する限りビーバーの見た目に誂えた恐竜型バイオゾイドのそれだ。
どうりでキメラなんて言葉が出てきた訳だ。…と成れば!
徐ろに弄ってみたくなるのが心情。俺は折角だから赤い右側のレバーを引いた。
「おお〜顔が増えたぞ!なら戻すか。見た目が危険すぎる。」
慌ててレバーを戻し右肩口から登場した顔を元にしまう。
しかし時既に遅く野次馬根性でビーバーを見に来た人々は蜘蛛の子を散らすように逃げる。
「こら〜!変な装置を動かすな〜!この乙女の敵!」
丸焼き姫ことレ・ミィから大音量で非難の声が上がるが…何で俺が乙女の敵なのか?
その理由がよく解らない。
そもそも姉二人と妹と弟で育った俺には理解不能の境地である事だけは確かだ。
お手伝いさんも全員女性で父親は早くから居ない黒二点の生活はどうやら世間では異端。
この後乙女のビンタと共に初めて知った事実である。ハーレム生活という奴だったらしい…。
本来は男にとってウハウハなのだと言う。
「全くあの丸焼き姫は…。それにしてもこいつは…甘えん坊だ。」
コクピットから降りた後もジャイアントビーバー君は何故か俺と相棒にべったりである。
「これはもう君たちに引き取ってもらうしかないかな〜。ほかの人でも乗れるけど、
ロウフェン君とカリンさんにくびったけだからねぇ〜。」
ロンよ…頼むから好かれる方の身にもなってくれ!完全に厄介払いだろ!これ!
確かに今相棒は動けそうにも無い。確かにカリン一人では水中戦も無理だろう…。
だからと言ってこいつを連れ歩くのは至難の技だ。
何よりも一番こう言った機体を動かせるであろう英雄ルージ君は…
ムラサメライガー以外に乗ることができず以前村ではその事をバカにされていたと言う話。
何もかもが逆風で俺達一行に襲いかかっている状況である。
夜…俺は相棒の寝る姿を確認した後でギスギスする体を動かして移動する。
ミロード村周辺は既に家々の明かりも消え暗くなっているが俺には関係ない。
相棒曰く鼻であるレーダーも有るし夜目も利く。何より俺は狼!夜行性だ。
「よう!ビー介。何でこんな所に居る?お前アルナ塞のジェネレーターを守ってたろ?」
「兄貴!聞いてくださいよ!昨日のぶちかましごめんです!とにかく…
変な奴等が来てみんな仲間が捕まったっス!当然おいらも捕まったっス!
でも余り数が多くなかったから逃げてきたっス!」
「随分やるようになったじゃねぇ〜か!それでこそ俺の舎弟だ。
でもそいつ等はまだしめてないんだろ?それならそろそろここに来るじゃね〜か!」
「ですから!兄貴!兄貴の中の人貸して欲しいっス!」
「そう言うことか…ちゃんと後で返せよ!」
ロウフェンの夢の中の話である。
早朝に目が覚めた俺は昨夜の妙な夢が気になったのでのそのそとベッドから這い出し…
遠く離れた場所からビーバー君にこう言ってみた。
「ようビー介!おはようさん!」
数秒経った後に…ビーバー君は猛烈な勢いでこっちに走ってきているではないか!
カクテルパーティー効果ここにあり!昨日のはどうやら俺の妄想ではなかったらしい…
数秒後ビー介に頬ずりをされて3m程吹き飛ばされてしまった俺は、
朝っぱらから騒々しいと言うことでレ・ミィストラングルなる必殺技を喰らいベッドに沈んだ。
キダ藩の王族は手が早いというがきっと彼女は歴代でも五指に入る程の英傑だろうと思う。
そんな事をぼ〜っと考えていたら…止めが来たらしく意識が飛ぶ。
意識が戻った俺はビー介のコクピットに居た。
ビー介は結構な速度で森を這っておりレーダーには…
人間を示す光点とゾイドを示す光点が複数表示されている。
どうやら昨夜の話通り俺はビー介の拉致された仲間を助ける為の作戦行動を強いられている。
大きさからいって相棒と同じぐらいのサイズ。それで此奴を捕まえることができた。
そう言う関係からゾイド乗りは手練。ゾイドもそれなりの装備で固められていることだろう…
目の前に現れる装備の使い方を必死に覚える…ディガルド語は少々読みづらい。
本来は空の物であろうが自国語が在るのが偉いみたいな感じで困ったものだ。
そう言うわけで機能の理解に時間が掛かる一方どんどん相対距離が縮まっていく。
「こいつは困ったねぇ…今回の主軸はそのビー介君なのにもうすぐ戦闘だね。」
この男は…飄々と絶望的なことを言ってのける。
ロンの愚痴を無視して必死にマニュアルを目を皿にして読むのだが…
装備の名前が固有名詞でしか記されていないのでどうにも出たとこ勝負である。
だ・れ・だ?こんなどうしようも無いマニュアルを作った士官は!
恨み言をぶつぶつ言いながらでも何とか解決の糸口が無いか探す。
今回の布陣は前衛が俺の乗るビー介。後衛がロンのバンブリアンの二機。
残りはミロード村で待機組と丸焼き姫御一行はウルトラザウルスの調査。
調査に携わる際にはギンちゃんこと元ディガルド将校のソウタが居る。
ギルドラゴンの件を考えればもしかしたら自由に動かせるかもしれないからという話。
そうでなくとも行き先の設定ができればそれでも問題無い。ちょっぴり期待してしまう。
そんな事よりも…この固有名詞の森をどうにかして欲しいと本気で思う…。
そろそろタイムアップ。もうすぐ俺はビー介で奇襲を敢行しなければならない。
「タイムアップ…結局と言うか解るか!コンチクショウ!」
勝鬨を上げて奇襲ではなく強襲を仕掛ける俺とビー介。
それでもさすがは巨大バイオゾイド。並み居るコマンドウルフをストライク。
どっか〜んと言う擬音が似合うほど襲撃位置の敵を弾き飛ばす。
当然だが俺は基本的に戦闘では無慈悲を基本スタンスとするので人など知った事ではない。
避けれなければ死ねだ。大体作戦行動を執っている時点で敵なので気にするものか。
だが少々ヤバゲな匂いがプンプンする。ビー介をまがりなりに捕獲できた集団。
きっと裏がある。致命的なレベルの何かが。
それでも今は強襲した手前相手を踏みにじるのみ。ここで手を抜けばビー介の二の舞だ。
だが強烈な危機感を覚え三、四回サイドステップ行うと…ビー介の居た場所に赤い影。
その姿を見た俺は驚愕する。
「なんてこった…俺の相棒と同じタイプがいやがったのか!!!」
背にブーメランと銛を装備したコマンドウルフ。その爪や牙武器の輝きはリーオだ。
更に強烈な気配を覚えてそこから逃げると…元居た場所には網の雨。
撃ったのは血のように赤いセイバータイガー。
「くそ!こいつ等赤熊山賊団じゃないか!」
「んん〜その声は?貴様いつぞやの猟犬!ならここであったが100年目!
てめえ等!たたんじまいな!何時かの借りを返してやれっ!」
「「「「「「「「「「「「「お〜っ!!!」」」」」」」」」」」」」
多勢に無勢だ。こいつ等どこで爪や牙等武備をリーオで固めているゾイド達。
拾い物にしては豪勢を通り越して異次元の領域を感じる程統一感が無い。
ハウンドソルジャーやヘビーライモス等のレア者まで居る始末だ。
「ロン?聞こえるか?」
「聞こえているよ。突然通信なんてどういう事だい?」
「プラン変更だ。俺達を陽動に使ってこいつ等のアジトに案内してもらおう。
後は…解るよな?」
「了解。そう言うことなら任せてよ。元々山賊もやっていたんだしね。
ガラガも付けて一緒に行くさ!」
「頼んだぜ!」
俺は伝説の勇者さまでも死にたがりの凶戦士でも無い。命あってのものだねな傭兵だ。
ならばやることは一つ。
「へっへ〜ん!お〜にさ〜んこちらっ!爪なる方へ!」
「ああああああああああああああああああ!!!あっさり逃げやがった!追え!追え!
必負の勇を捉えるのだあああああああああああああ!」
掛かった!全速力でロンの居る場所からビー介を離れさせる。
内部で俺は言葉が通じるようなのでビー介にある提案を出す。
「いいか?ビー介?良く聞けよ。一度森の中に逃げ込む。
そうしたら俺を肩の顔の中に匿ってくれ!そうしてもう一度捕まってくれればいい…。
その後俺をそっと出してくれ。
そうすればあいつ等を連れてこれる。そうしたら今度こそ奇襲を掛けて内側から潰す!」
その言葉が終わると数秒直進した後ビー介は森に飛び込む。
そして手筈通り肩の顔の口に俺を咥えると…また無軌道に走り出す。
少し適当走った後に大木にぶつかりビー介はぶっ倒れた。気絶までするとは芸が細かい。
「あいつはどこ行った?そうそう隠れるところなんて…って!
川があるぞ…奴目逃げたな。まあコマンドウルフに乗ってなきゃ何もできない。
今の内にこいつを運ぶぞ。折角の目玉商品を取り戻せたから文句なしだ!
どこの馬の骨か知らんがリーオで固めた武器を持つゾイドにそうそう手は出せん。
とりあえず手に入れた力は確り使わせてもらうそれだけだって!」
なるほど…あいつ等のゾイドは全部俺が切り刻んで戦闘に耐えない状態にしてやった。
その代わりに誰かが依頼と一緒にあの豪勢なゾイドを手付金代わりに渡したって訳だ。
しかし俺が隠れていることは気付いていないんだろう。ベラベラ内情を晒している。
俺の性格から考えれば川に飛び込んで逃げたの方がしっくりくるってもんだ!
ここまで思って少々自己嫌悪に陥るがそれも生きているって証だ。
そう言う風に前向きに考える事で悲しみに耐える事にする…
さあ俺を運びやがれ!お前等のアジトに。そこで一網打尽にしてやるぜ。
「とまあ…そう言う訳さ。ガラガ?頼めるかい?」
「あったり前だろ!赤熊の野郎共はディガルド討伐前から金だけで動いてた奴等だ。
儲けのみで動いて俺の村の山の木を半分捕ったりもした金の亡者を放っておけるか!
しかもリーオ付きたあ我慢なんねえ!」
えらい話である。山の半分を禿げさせたのだからきっと大雨が降ったときには地滑り確定。
ロンは秘かに考えて渋い顔をする。
「ロン?どうした?渋い顔してよ?」
「いや…その山がちょっと可愛そうに思えてね。」
約三時間も移動して付いた先には激しい水の音。
結構な規模を持つ滝だろう…しかしあの場所から三時間圏内にこんな場所が有るとは、
人類未踏の地は結構有るが…ロマンも糞も無い賊の住み家というのが悲しい事この上ない。
賊でも嘗て世話になった荒法師の所は随分と良い所だったから余計にがっかりだ。
まあそんなところも今日明日で綺麗すっきりとしてロマン溢れる秘境に戻るって寸法だ。
しかし…現実は余りよろしくない方向へころがっていっている様である。
「アルナ塞まで戻るぞ。あそこで受け渡しだ。」
アルナ塞…一体どこだ?そこ?非常に困った事になりつつあるらしい…
大丈夫なのか?俺は?
「あれが・・・あの人達の基地を破壊し・・・そしてキダ藩の依頼にあった怪物ですね?
ようし・・・やってやりますよ!」
大龍神は高度を下げ、そのゾイドへ向かって突っ込んだ。
「そこのゾイド! ちょ〜っと間って下さい・・・ってうわぁ!!」
大龍神が依頼にあったバケモノと思われるゾイドを追い越し、正面に立ち塞がる形で着地
した直後、ミスリルは思わず叫んでしまった。何故ならばそのゾイドは実にグロテスクな
物だったのだから・・・。
「こっこっこっここれはぁぁぁ!?」
「怖いのよ〜。」
そのバケモノ、外見的にはバイオティラノをベースにしている様子であるが、全身を覆う
装甲表面は有機的で、むしろグロテスクささえ感じさせる程であり、さらにザラツキが
目立つ物だった。その上彼方此方にバイオヴォルケーノが持っていたクリスタルパインが
不規則に生え、まさにバケモノとしか言い様の無い気色の悪さを誇っていた。
「ちょ・・・ちょっと怖そうな外見してたって無駄ですよ! 退治させて頂きます!」
ミスリルは大龍神からゴーストンを下ろした後にレバーを正面に大きく傾け、大龍神は
バケモノ目掛けて体当たりを仕掛けた。サイズはバイオティラノがベースになっていると
思われるバケモノの方が、特機型ギルタイプの大龍神より一回りも二回りも巨大であるが
パワーなら負けない自信がミスリルにはあった。が・・・なんとそのバケモノは大龍神の
ぶちかましを正面から受け止めたではないか。
「うそ!? 大龍神よりパワーあるの!?」
『大・・・龍・・・神・・・だと・・・?』
「え!?」
バケモノから発せられた謎の声にミスリルは一瞬硬直した。まるでこの世の物とは思えぬ
地獄の底から響いてくる様な低い声。このバケモノを操る主の物である様だが、直後
そのバケモノが丁度プロレスのフロントスープレックスに似た体勢で大龍神を後方に
投げ飛ばしてしまった。即行で体勢を立て直し、綺麗に着地する大龍神だが、その
バケモノは静かに敵意を剥き出しにしつつ、大龍神を睨み付けていた。
『貴様ごときが神の名を名乗るなど片腹痛い・・・。我こそが・・・この我こそが唯一にして
絶対の神である。いかなる世界においても我の他に神は存在してはならぬのだ!』
「またそのパターンですか? ・・・と一言で片付けられはしない様子ですね・・・。」
神を名乗る相手ならミスリルとて今までも沢山相手をして来たが、その中には大きく
分けて二つの種類があった。一つはハッタリだけで神を名乗る者。そしてもう一つは
本当に神と思われても可笑しくない程の力を持った物である。特に後者に関して
ミスリルは以前ナノマシンをさらに小型高性能化させた“ピコマシン”の集合体で、
ミスリルを遥かに超えた万能性を持った、まさに低文明圏の者が見れば間違いなく神と
しか思えない様な相手と戦った事があった。そして、今ミスリルと相対している
唯一にして絶対の神を名乗るバケモノも、恐らくはハッタリではなく後者に入る方で
ある事をミスリルは予感していた。先程見せた実力もさる事ながら、そう思わせる
気配や雰囲気がバケモノからは漂っていたのである。
「だからと言って退く私ではありませんよ!」
再び神を名乗るバケモノに突撃した大龍神は右翼を大きく広げ、横一文字で斬り付けた。
数多くの強敵を斬り裂いて来た“ドラゴンウィングカッター”である。バケモノの装甲は
バイオティラノのダークネスヘルアーマーを強化した物の様であったが、大龍神のそれ
には意味を成さず、横向きに容易く斬り裂かれてしまう。が・・・
「え!?」
確かに断面が綺麗な程あっさりと斬れた。しかしおかしい。装甲はともかく、中身の
フレームを斬った手ごたえが全く感じられなかったのである。
『フッフフ・・・神を斬る事など出来るはずがあるまい。』
「ってああ!」
なんと言う事か、目の前のバケモノの装甲の中身は何も無い。空洞だったのである。
いかにバイオゾイドと言えど装甲の内側、本体と言えるフレームは通常のゾイドと
そう変わらない。だが、目の前のバケモノはそのフレームが無い。装甲だけだったのだ。
であるにも関わらずゾイドとしての形を取っているのか理解が出来なかった。
「あわわわわ・・・オラは見てはいけねぇ物を見ちまったぜよ・・・。」
衝撃の余りミスリルは口調まで変化してしまい、大龍神も慌て退いていた。
「ミスリル・・・あれ・・・生きている者じゃないのよ・・・。あれは私と同じ・・・。」
「ティアちゃん?」
恐る恐る大龍神に近寄ったゴーストンの中でティアは震えていた。前述の通りティアは
ドールを体として使っているが、元は既に一度死んで霊だけになった存在だ。
それと同じと言うのであるならば・・・
「でも違うのよ・・・。あれは・・・恨み・・・怨み・・・妬み・・・悪意で一杯なのよ・・・。」
「って言う事は・・・まさか怨霊!?」
ミスリルはバケモノを見つめながら青ざめた。かつてティアもミスリルと行動を共に
する以前、他の不成仏霊を取り込んだ幽霊ゾイド“Zゴースト”としてゾイド乗り達を
キャーキャー言わせた事があるが、それはあくまで生前ゾイド乗りに憧れながらも
病死してしまった少女だったティアの願いによって誕生した物である。しかし、目の前に
いるバケモノ。いわば“バイオゴースト”とも言うべきそれはZゴーストと似て非なる物。
幾多の怨霊の集合体による悪意の塊。だからこそ容赦無く全てを破壊する事が出来る。
『怨霊だと? 我は神だ。唯一絶対の神なのだぞ。確かに我も100年前は一人の
人間であった。その時も唯一絶対の神となり、世界を支配する野望に燃えていたが
人間は無力成り。それ故に志半ばにして死んでしまったが、我は死して真の神へと
転生したのだ。』
「神じゃなくバケモノの間違いじゃありません?」
ミスリルの突っ込みに顔色一つ変えず、バイオゴーストの先程斬り裂かれた部分が
元通りにくっ付き、合わせ目も消えていた。
「しっかし・・・怨霊が本体の中身がらんどうなゾイドなんて・・・そんなゾイド版悪○将○
みたいな相手をどうやって倒せば良いんでしょう? 流石にZゴーストみたいに満足する
まで戦ってあげる作戦が通用するはずもありませんし・・・。」
ミスリルは苦笑いしていたが、一つ疑問に思った事があったので訪ねてみる事にした。
「済みません神様。訪ねたい事があります。」
『何だ? 苦しゅうない。冥土の土産に聞いてやろう。』
「じゃあ神様の目的は一体何なのでしょう?」
『お前は馬鹿か? 我は唯一にして絶対の神であるぞ。だからこそこの世を新しく
作り変えるのだ。今ある世界を一度焼き尽くして無にし、我の望む神の世界を作るのだ。
それをして人々は永遠普遍の平穏を手にする事が出来るのだよ。』
「ハイそうですか。それは素晴らしいお考えですね。ですが・・・私は貴方を退治する為に
雇われた傭兵なんですよ! と言う事で! 超斬鋼光輪ドラゴンスマッシャァァ!」
大龍神の両翼に輝く円形ノコギリから高エネルギーの塊が発射された。
「怨霊なら光には弱いはずですよね! 多分・・・。」
確かにドラゴンスマッシャーの一撃はバイオゴーストの身体を容易く斬り裂いた。
だが、外殻を覆う装甲は斬る事は出来てもその内側にあるがらんどうの部分。すなわち
本体である霊の部分にはダメージを与える事は出来なかった。
『無駄だ。神の力は滅びの龍の力さえ超越しているのだ。』
「滅びの龍ですか・・・懐かしいですね。そんな事言われるの100年振りですよ。」
ミスリルは顔では笑っていたが心中は穏やかでは無かった。正直言って滅茶苦茶怯えてる。
が、目の前のバイオゴーストがミスリルと大龍神を見逃すはずが無い。自らを唯一絶対の
神と称するバイオゴーストにとって、大龍神と言う神の名を冠しているだけで十分排除の
対象となり得るのである。
『貴様に神の裁きを与えてやる。さあ行け! 我が下僕達よ!』
バイオゴーストの全身から数十にも及ぶエネルギーの塊の様な物が大龍神目掛けて発射
された。それに似た物をミスリルは見た事がある。100年前、ディガルド戦争終結と
共にバイオゾイドの呪縛から解放された人間の魂。しかし、その時見た魂が淡く輝いて
いたのに対し、目の前のそれはどす黒く、まるで全ての光を否定するかのようだった。
これはただの魂ではない。バイオゴーストの核となる神に従いし怨霊なのである。
「うわぁ! 気持ち悪い!」
忽ちの内に怨霊は大龍神の全身に纏わり付き、動きを封じてしまった。ドラゴンクローや
ドラゴンウィングカッターで斬り裂こうにも相手は霊なので物理的な攻撃は通用しない。
そのくせ相手はこちらに触れ放題なのだから理不尽この上無い。しかし、科学的にどう
だとか、物理的にどうだとかの理論が通用するような相手では無いのである。
「キャァァ! 気持ち悪い気持ち悪い!」
怨霊達に纏わり付かれる感触は気持ち悪い事この上ない。ミスリル共々にもがく大龍神
だが、こちらからの攻撃はすり抜けてしまう為に振り払う事も出来ない。そうこうして
いる間に今度はバイオゴーストが大龍神に組み付いていた。
『貴様の魂も我が神の下僕の中に加えてやろう・・・フフフフフ・・・。』
バイオゴーストが左腕で大龍神の首元を掴んで大きく持ち上げた時、右腕がモーフィング
変形を起こし巨大な槍に姿を変えた。直後に大龍神の腹部を一突きにする。明らかに
ゾイドコアをピンポイントで破壊する攻撃。が、槍は通らなかった。
『くっ・・・どんな物質で出来ているかは分からぬが・・・何と言う頑丈さだ。』
バイオゴーストの本体は怨霊であろうとも外殻を覆う装甲、そして大龍神を突こうとした
槍は幸いにも物理的な実体があり、それ故に大龍神の全身を覆うTMO鋼で防御する事
が出来た。そしてバイオゴーストは大龍神を放り投げるが、今度は大きく口を開いていた。
『まあよい・・・。ならば代わりに受けてみるが良い・・・この神の雷を・・・。』
“神の雷”バイオティラノが装備しているバイオ粒子砲の通称である。外大陸に亡命した
ディガルド技術者によって作られたバイオティラノと相対した事もあるミスリルにとって
知らないワケでは無かったが、バイオゴーストのそれは全くの別物であった。前述の通り
バイオゴーストの中身はがらんどうであり、何処にもそのエネルギーを発生させる装置の
類は見られない。ましてや粒子砲と言うより、怨霊の塊をぶつける禍々しい物だった。
「キャァ! 何か怖い!」
ミスリルはとっさに大龍神のドラゴニックプラズマ砲を発射した。発射速度に関しては
こちらの方が速い様で、高プラズマエネルギーの塊は未だチャージ中であったバイオ
ゴーストを飲み込むが、バイオゴーストは平然としていた。いかに装甲を消す事が出来
ようとも本体の怨霊を消す事は出来ない。そして怨霊が力を持ち続ける限り装甲も
無限に再生するのだ。その様にミスリルは恐怖した・・・
「あわわわわ・・・。」
『さあ・・・この一撃で貴様も我が一員へ新生するのだ・・・。ってうぉっ!』
その時だった。突然バイオゴーストが仰け反った。
「そんな事はさせないのよ!」
ティアのゴーストンの拳がバイオゴーストの後頭部に叩き付けられていた。しかし、
大龍神の攻撃にも平然としていた彼が何故ゴーストンの攻撃で仰け反ったのだろうか。
『何故だ!? 何故神である我がこの程度の攻撃で・・・まさか!?』
「私もおじちゃんと同じ霊だから触れる事だって出来るのよ!」
ゴーストンの拳の単純な威力ではバイオゴーストの装甲にはダメージを与えられなかった。
しかし、パイロットであるティアの霊力の作用により、本体である怨霊にはダメージを
与える事が出来た。だが倒すには至らない。忽ちゴーストンは怨霊達に捕まってしまった。
『だが・・・高々亡霊ごときが神を倒せるはずが無かろう。』
「キャァァァァ!! ミスリル!!」
「ティアちゃん!?」
同じ霊であるが故にティアがバイオゴーストに触れる事が出来ると言う事はその逆も然り。
ティアの本体たる霊は怨霊と対消滅されてしまい、ゴーストンもただの抜け殻と化した。
「う・・・そ・・・で・・・しょ・・・?」
最初はティアが本当に成仏する気になるまで面倒を見るつもりだったし、いつかは
永遠の別れの日が来る事も分かっていた。しかし、彼女は何時しかミスリルにとって
掛け替えの無い仲間となっていた。それ故に許せなかった・・・バイオゴーストの所業を。
「きぃさまぁぁぁぁぁ!!」
ミスリルの両眼は赤く輝き、怒りの余り口調も変化していた。普段優しさと言う名の
理性によって抑えられている彼女本来の残虐性が怒りによって全開となるという俗に
“ジェノサイダーモード”と呼ばれる状態の彼女は如何なる大量破壊大量殺人も辞さない。
上手いこと相手のとりあえずの本拠地に潜入成功とあいなる訳だが。
商品のビー介の周辺で囁く山賊の会話でとりあえずの情報を手に入れる。
もうガラクタだと思ったが…”万能聴診器”成る物を持っていて良かったと思う。
アルナ塞…
この大陸の南側、ミロード村やらが含まれるこの地の水源の一つ。
アルナ川(一般には正確な地名無し)の水源でから流れる汚水を処理する場所である。
川が定期的な大水で道が変わり…
ここの塞に有る超大型ジェネレーターを通らない事を避ける為バイオビーバーを配備。
しかし時間が経つ毎に空からも忘れられ、ビーバー君達だけが今も仕事をしていた…
と言う事らしい。既に要塞としての機能は部屋に電気程度しか無いらしく、
山賊共の侵入をたやすく許し今の状況となったと言うセキュリティのセの字も無い場所。
ズーリやディグに在った物と同様の大陸最大のジェネレーターの一つだそうだ。
因みにこれが破損しようものなら…ミロード村どころの話ではなく、
ここから南側の汚染は手の付けられない状況になるらしい…。
随分と暴れにくい場所に隠れたものである。
「もしもし?そこに誰か居ますね?今開けます。」
「ココニハダレモイナイアルヨ。ワタシユウレイネ。キニシナイデヨロシ。」
「またまたご冗談を…直ぐ開けますね。」
駄目だ!?装甲の外に居る誰かは状況が全く解っていない!?
俺の心臓は早鐘を打つがごとく鳴り脈拍が異常に上昇していることが解る。
動悸…息切れ…眩暈…ではないが気分はそんな物。
蒼白になった俺の顔が明かりに当たると…そこには眼鏡が在った。
「どうも。お久しぶりです。ロウフェンさん?お〜い?あなたはここにいますか〜?」
静止した時間が少々流れる…
目前に在る眼鏡は少し距離が離れていき、ようやく目鼻顔立ちが確認できるようになると、
ようやく知った顔がそこに現れた。
「忘れましたか?博識の美少女フリ・テンですよ?」
「…解るか。後一歩も無く仮契約できそうな距離で人の顔を確認できるかってんだ。」
「「「「「「我ら天下無敵の〜無敵団!β!」」」」」」
久しぶりの定例会議?の会場は…アルナ塞の厨房。
どうやら無敵団の面々もここに突然現れ勢力を拡大している赤熊山賊団。
これの所持するゾイドをせしめると言う計画の元潜入および入団したらしい。
まあ商業もろくにできなければ炊事など以ての外だろう…。
思うに確実な需要を利用した基本的且つ巧妙な作戦だと言える。
「…でロウフェン。そっちはそう言う行動方針な訳か。
ならこっちの計画も前倒しできそうだ。ふっふっふっふ…。」
妙に嬉しそうなア・カン達を後目に俺はラ・ムゥの作ってくれた賄いを食う。
「どうですか?」
「美味いよラ・ムゥ。やっぱり男児三日も在れば刮目しちゃうぞって感じだ。」
「相変わらず一口ねぇ〜やっぱり男はこうでなくちゃ!」
ゴトシの悩殺ポーズに一瞬喉を詰まらせるが勢いで飲み込む。
折角誉めてくれた後に吐き出すと流石に悪い気がする。それがゴトシだろうと誰だろうと。
突然サイコに後ろから脇を擽られようともだ!と言うか何故この仕打ち?
「流石はサイコ流二人目の達人だ!良く鍛えられている。」
もう嫌…最近は弄られっぱなしな気がする。クールでステキな俺は何処?
とにかく狼煙を上げれそうな場所を探さないとならない。
…と言う事で今俺は発煙筒を持ってジェネレーターを上っている最中だ。
夜間に乗じて何処からか仕入れたらしいサーチライトの光を避けて行動中だ。
展開が妙に速くて俺の体は大丈夫なのかと気になるが今回はしょうがない。
サーチライトも含めて。どうも運勢は暗剣殺辺りなのだろう。
今が最低ならこれからは…上り調子!ならば俺の独壇場な筈だ!
「こちらフリ・テンです。もうすぐ内部への入り口がある筈なので気を付けてください。」
「こちらロウフェン。了解した。何ならリアルファイトで蹴散らしてもいいぜ。」
「じゃあお願いします。」
「え?」
「頑張ってくださいねロウフェンさん。」
やっちまった様だ…どうやら俺は入り口の中に居る誰かを殴り倒す事になってしまった。
口は…やっぱり災いの元だ!無敵団と係わるとろくな目に遇わないな…。
怒り狂ったミスリルが今にも大龍神共々にバイオゴーストへ飛びかかろうとした時だった。
「おっとそこまでだミスリル君! 一時撤退するぞ!」
「!?」
突然ミスリルの背の上に一機のジェノブレイカーが現れた。それを操るのは何と
覆面Xであった。
「離せ! 離せ! ティアちゃんの仇を討つんだぁ!」
「いかん。怒りで我を失っている。とにかく一時撤退だ。」
覆面Xのジェノブレイカーは大龍神の背を抱きしめ、直後にフッとその場から消え去った。
『消えた!? 一体何が起こった・・・?』
目の前の不可解な現象にバイオゴーストも一瞬驚きを隠せない様子であったが、
同時に笑みも浮かべていた。
『だがまあ良い・・・これで私を邪魔する者はいなくなった・・・。』
ミスリルが気付いた時、キダ藩にいた。覆面Xが何をしたのかは分からない。だが、
一瞬でキダ藩まで瞬間移動していた事は確かだった。ワープの類なら大龍神も可能である。
しかし、それも一度空間を切り開いてワープ用の亜空間や超空間に突入し、そこを通る
と言う手順を踏まなければならない。だが覆面Xのそれは前述の手順を踏まずに一瞬で
キダ藩に到着すると言う物だった。全く彼は謎の多い男である。
「それでおめおめ逃げ帰ったと言うのか?」
報告して早々、依頼主であるガン=ジュツに大目玉食らわされるのは仕方の無い事だった。
如何に相手が怨霊であろうとも逃げ帰ったと言う事実は事実なのだから・・・。
「だからワシの言った通りこの様な者達に頼るべきでは無いのですじゃ。キダ藩の問題は
同じキダ藩の中で解決するべきなのですじゃ!」
挙句の果てには何かいつの間にかラルフ爺さんが城内に現れてそう言う始末。
とりあえずミスリルを強制的に帰還させた張本人である事もあって、覆面Xが責任を
取ってくれていた様子であるが、ミスリルの精神的なショックも大きい物だった。
別に負けた事や敵前逃亡はどうでも良い。ただティアがバイオゴーストを構成する
怨霊によって消されてしまった事。そして主を失ったドールの体とゴーストンは
あの場に残された。それがミスリルにとって気がかりだった。
「大体幾ら相手がバケモノだからと言って怨霊は無いだろう? 怨霊は?」
「お言葉ですがガン=ジュツ殿。100年前のディガルド戦争でバイオゾイドを操縦する
機械兵はエネルギーに人間の魂を使っていたと言う記録が残っています。既にそういう
存在が明確に確認されていると言う事ならば怨霊の類もあり得ないはずはありません。」
「うるさいうるさい! もう一度だけチャンスをやる・・・次はしくじるで無いぞ!
奴を野放しにしていれば、それだけこの大陸に生きる民が死ぬ事になるのだから・・・。」
ガン=ジュツは覆面Xとミスリルにそう良い捨てると自室に帰って言った。厳しい言い方
であるが、彼とてキダ藩の民を守る為に必死なのだ。
「は〜・・・。」
とりあえずミスリルと覆面Xは城下町に出てブラブラしていた。こうしている内にも
バイオゴーストは神の名の下にした破壊を続けているのだろうが、闇雲に攻撃した所で
倒せる相手でもない。そうして失意のまま入った店が“ソラ寿司”と言う寿司屋だった。
100年前のディガルド戦争の際、地上に落ちたソラシティーの生き残りが始めた
寿司屋で、店内には辛うじて残ったソラの技術を応用したベルトコンベアーによる、
いわゆる回転寿司店となっていた。
「とりあえずあのバケモノ・・・バイオゴーストの正体。即ち神を名乗っていた男の
怨霊の正体が分かった。これを見て欲しい。」
ティアを失った悲しみか、はたまたワサビが効いたのか、目に涙を浮かべ、落ち込んだ
表情でタコを口に運ぶにミスリルに対し覆面Xは一冊の本のあるページを見せると、
そこには立派な軍服に身を包んだ中年の男の肖像画が描かれていた。
「神と名乗っていた男と言う事で過去の記録を調べて見付けたのがこの男だ。コイツは
かのディガルド戦争でディガルド武国のトップに君臨していたジーンと言う男だ。」
「はい・・・私も知ってます。その人の影武者をやっていた人と戦った事もありますから。」
「記録によるとジーンは己を神と称して大陸支配を目指すも、惜しくも討伐軍によって
敗北し、乗っていたバイオティラノ共々に死亡したと言う事になっているが・・・
自らを神と称し、他の存在を許さないと言う強烈なエゴが他の怨霊をも取り込んで
あの様な姿になってしまったのだろうな・・・。」
「しかし何故あれから100年も経った今更その様な事をするのでしょう? 死んで
直ぐにそうなっても良いはずなのに・・・。」
「うむ、そこが問題なのだ。その辺も調べなければならない。」
と、様々な謎を残しつつ、二人が再び寿司を口に運んでいた時だった。
「あー! あんたミスリルじゃない!」
「え?」
突然ミスリルは何者かに声を掛けられふり向いた時、そこには未だこの大陸では珍しい
手持ちカメラを携えた一人の少女の姿があった。彼女はこの世の規格外を求め、
ミスリルをして“地上最強のジャーナリスト“と言わしめている若きジャーナリスト、
“ハーリッヒ=スーミャ”(15)であった。
「ハーリッヒさん・・・。」
「な〜に〜こんな落ち込んだ顔して! あんたらしくないよ!」
ハーリッヒはなおも落ち込んでいるミスリルの背中を数回叩いた。ミスリルとは対照的に
彼女は妙にテンションが高かった。
「ハーリッヒさんお元気そうですね。」
「うん! だって良い収穫があったもの! ああそうそう! ほら、あんたにお土産!」
そう言ってハーリッヒは一つのお守りを取り出し、ミスリルの首に掛けた。
「何かさー、ここからかなり離れた山奥に悪霊退治を生業としてる一族の村があって、
そこで買った悪霊避けの効果があるらしいお守りなのよねーこれ!」
「え!?」
ミスリルの目の色が変わった。
「ハーリッヒさん! その事について教えて!?」
「良いけど・・・どうしたの!?」
「何か良く分からんが・・・勝利の鍵を見付ける事が出来そうだな。とりあえず私は
今回の件の原因の方を調べておくから、ミスリル君はそっちを頑張りたまえ。」
もうこうなれば自棄だ。またしても奇襲しようとしているのに強襲に。
複数見張りが居ない事を祈って俺は入り口の上の縁を掴むと…
半回転ひねりでドロップキックを中に向かって放つ。
結果は…その場には誰も居なくて、奥に人影らしき物が一つ。
それは立ち上がるとパチパチと拍手しながらこっちに向かってくる。
驚異的な速度で…その上!上半身が微動だにしない!
手練だ!それも絶望する程の力を持つ存在。
俺は苦し紛れに足を伸ばしてその走る影を引っ掻けようと足掻く。
「あ〜〜〜〜〜れ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
高速で走り寄る人影は上手いこと俺の足に引っ掛かり…
そのままジェネレーターから飛び出してしまっていた。俺を道連れに!
「うそおおおおおおおおおおおおおん!!!」
虚しい叫び声。俺は何時もの如く用意周到に装備しているワイヤークローを飛ばし、
何とかさっきの入り口に突き刺せたのでそのまま張り付こうとするが…
「み〜〜〜〜〜す〜〜〜て〜〜〜ちゃ〜〜〜い〜〜〜〜や〜〜〜〜〜〜〜。」
俺の足に何とかしがみ着いている誰かと一緒に壁にダイブする羽目になった。
「はぁ…はぁ…はぁ…たっ助かった…。」
「本当によかったよかった。」
「誰のせいだああああああああああああっ!!!」
「ご免なさい!ご免なさい!ご免なさい!うえ〜ん…やっぱり用心棒なんて無理だよぉ!」
泣かれてしまった!?本当に泣きたいのはこっちだ!見ず知らずの用心棒と床の染。
そんな目に遭いそうだったのだから。
よくそのおっちょこちょいのその顔を見て俺は頭を抱える。間違いない!こいつは…
俺専用疫病神のアレフだ。俺の知る限りこいつは俺より優れた猟犬だった。
生身の格闘戦ははっきりいって俺が勝てない所かバイオラプターが一撃で気絶する強さ。
だがいつもこれだ。気が弱い上に執拗に俺を面倒に巻き込む。
風の噂によると…間違って味方の筈のバイオゾイド一個連隊を全滅させたらしい。
人間災害レベルの危険人物でありその上何故か俺を不幸のズン底に追い込む達人である。
そう言えばこいつのウルファンダーが居たからプランを変更したんだった。俺も迂闊だ。
「で…これは何?」
「象縛りという奴だ。」
「何で?」
「付いてこられると面倒だから。」
「泣くよ?」
「泣け。好きなだけ。そのかわり…こうだ!」
「むぐっ!ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ〜…。」
猿ぐつわをきめて俺はその場を足早に去る。あいつには付き合っていられない。
”トラ・トラ・チラ・ワレキシュウニシッパイセリ”
ようやくジェネレーターの頂上へ到着した俺は狼煙をはたいている。
そうすると…遠くから同じく狼煙の煙がちょこちょこ切れた物が…
”ネコ・ネコ・ネコ・ジョウキョウヲホウコクセヨ”ロンからメッセージが返ってきた。
端から見ると…遥か遠くでお互いに煙をはたく馬鹿の図である。
”パンダ・パンダ・パンダ・ムテキダントソウグウ・ニゲルヤツハムテキダンナリ”
”クマ・クマ・クマ・ッリョウカイセリ・コレヨリコウゲキヲカイシスル”
数分程で陽動の攻撃が始まる。俺は急いでジェネレーターを降りることにした。
「なあロン?今のは何だ?」
「ああ…これはアニマル式煙文って言う古い通信方法さ。」
「”エンブン”ねえ…。」
「そう。ガラガこれからこっちは攻撃をしかけるよ。」
「よっしゃ!すり抜ける相手以外ぶっ飛ばせ!だな。」
無敵団の方はもう逃走を開始したらしい…。
コマンドウルフやらハウンドソルジャー、ヘビーライモスにカノンフォート。
最後に…ウルファンダー!?アレフの機体を動かせるメンバーが居たのだろうか?
「ロウフェン!喜べ!通算9人目のメンバーだ!」
俺はその目を疑った…まるで夢でも見ているようだった。
ついさっき縛った筈のアレフが行程にして5km以上も離れたその場所にいるのだ。
「ああ…滝を下ったんだよ♪滝壷近くの枝で縄を引っ掻けて切ったんだ。」
何を楽しそうに喋っているのか…それでも俺の運はとりあえずまだ上向きの様だ。
「なあ…ア・カン?ちょっと聞きたい。」
「何だロウフェン?」
「警戒はしないのか?そいつに?」
「ああ!こいつ?いやあ何か同じ匂いがするんだよ!お前等と!」
同じ匂い…つまり…ガラガとルージ君と俺も同じ存在って事か。別な意味でがっかりだ。
何の匂いが一緒なのか知らないが嫌な符号が一致していそうで困る。
急ぎビー介のもとに走る俺だったのだが当然騒ぎが起こった以上山賊は総出の状態。
よりによってボスの赤熊と鉢合わせになってしまう。
「てめえ!いつの間に紛れ込んでいやがったんだ!」
そう言うが速いか手に持つ斧を振り下ろしている。危ない奴だ。
俺も無言で腰のベルトから縞模様で短めの棒を引き抜く。持ち手は利き手でない左手。
「そんな棒で何ができるってんだぁ!」
奴の獲物は両手が必要な大斧。こっちは利き手が開いている状態。
これがどういう意味が解っているなら奴は攻撃してこない筈だ。
だが…奴は俺の利き手を知らないしそこまで判断できる程思慮深くないらしい…。
少し落ち着けば解るものもこれだけ手が早ければ落ち着いていても無駄だ!
俺は右袈裟に振り下ろされる赤熊の大斧を棒で叩き逸らすとそのままダッシュ!
まんまと逃げ果せることに成功したのだ。ついでにこの棒は…
キダ藩所領でごく稀に採掘された劣化リーオと呼ばれるシナリオン鉱石を精製した棒。
金属とは思えない迅性を持つリーオの粉末を微量に含んだ鉄鉱石を打ち鍛えた一品。
異常に曲がって角がぶつかり激しく火花を散らす。一時的な目つぶし効果も抜群だ。
「てめえ!そんなレア物まで持っていやがったかぁ!くそっ!」
目利きだけは一級品だった赤熊の悲痛な恨み言を背に受け俺は走る。
更に途中山賊共に出逢うことも有るが赤熊以外はゾイドに乗らなきゃ雑魚。
死なない程度に殴り倒す…気絶させる必要も無い。道が開ければ良いのだ。
長々相手をしていればまた赤熊とやり合う事になる。今度は逃げは通用しない。
「後少し!って足速すぎだろ!赤熊っ!」
「てめえに言えた口かよおるぁっ!脳味噌ぶちまけて死ねよやぁあああ!」
「嫌だ!断る!」
「堅いこと言うな!俺の為に今すぐ死んでくれええええええ!」
翌日、ミスリルはハーリッヒが愛機としているスナイプ装備をカメラに交換したスナイプ
マスター“スクープマスター”を大龍神の背に乗せ、飛び立った。ハーリッヒが見付けた
と言う悪霊退治を生業とする一族の村を訪ねる為だ。相手が怨霊であるならば、その手の
力を持つ者の力を借りるのが一番であるし、そうでなくても何かしらのバイオゴースト
打倒のヒントを掴む事が出来るのかもしれない。ちなみに覆面Xはバイオゴースト発生の
原因を調査する為にミスリルと一時分かれていた。
「へ〜そんな事があったのね? でも怨霊のゾイドなんて見てみたいわ〜。」
「でもその前に・・・貴女が会ったと言う人達のお話を聞かないといけません。これは
ただ単純にキダ藩の依頼による仕事を遂行する為だけではなく、ティアちゃんの仇を
討つ為でもあるのです!」
目的の村のある山は険しく、陸路を伝って行く場合は山岳地の移動が得意なゾイドを
使っても相当に時間の掛かる距離だったのかもしれない。しかし、大龍神は飛行可能で
あるし、現在確認されている飛行ゾイドの中でもトップクラスのスピードを持つ。それ故
に山を一つ二つ越える事等容易い。そしてわずか30分程度であっさり到着した。
「あれあれ! あの村よ!」
その村は中心部に大きな神社が建ち、その周囲に家々や畑が並ぶと言う形をした村であり
ハーリッヒの紹介で神社の神主兼村長をやっている“オン=ミョウ”と言う老人に
コンタクトを取る事が出来た。
「なるほど・・・怨霊の塊によって作られたゾイドか・・・。」
古ぼけてはいるがそれでも風情や神聖さの感じさせる神社の中の一室でミスリルが
オン=ミョウにバイオゴーストの事を説明した。その際ミスリルが両眼から立体映像を
投影したりした為、文明水準の都合でそんな物を知るはずもないオン=ミョウが驚いて
腰を抜かすと言う微笑ましい出来事もあったが、気を取り直して話は進んだ。
「うむ・・・かなり難しい話じゃな・・・。」
「え?」
「確かに我等一族は長年悪霊退治を生業として来た。じゃが、今回の相手は強力過ぎる。
一つ二つ所の騒ぎではない。数千・・・いや下手をすれば数万にも及ぶ悪霊の集合体じゃ。
我等の力を持ってしてもどうにもならんのかもしれん。力に差があり過ぎるのじゃ。」
「・・・。」
ティアと同じだ。確かに彼等の力であるならばバイオゴーストの本体たる怨霊に
打撃を与える事も可能かもしれない。しかし、決定的なダメージを与えられるだけの
打撃力が足りないのだ。それにはミスリルも腕組みして考え込んでしまった。
「早い話が貴方達の様な霊にもダメージを与えられる力と私の大龍神の攻撃力の
両方があれば良いんですけど・・・何とか貴方達の力で大龍神にそういう力を与えられ
ませんかね〜?」
「無理でしょ? だってこういうのって相当修行しなきゃいけなさそうだし。」
ハーリッヒも困った顔でミスリルを見つめていたが、突然オン=ミョウは立ち上がった。
「いや待て! 良い方法があるぞ! 手っ取り早い方法が!」
「え!? どうやるんですか!?」
その頃、バイオゴーストの神の名の下による侵攻と破壊は続いていた。のしのしと
ゆっくり歩を進めていくバイオゴーストに対し、各国軍は攻撃を仕掛けて行くが
大龍神さえ歯が立たなかった相手にどうやって勝ち得ようか。長い平和が続き弱体化した
各国軍にバイオゴーストを倒し得る力は無い。100年前のディガルド戦争の時の様な
ムラサメライガーと言う人々の希望となるゾイドも、人々を纏め上げるカリスマを持った
ルージ=ファミロンの様な天才少年も今はいないのだ。そしてバイオゴーストの通った先
は焦土となり、死した人々の魂はバイオゴーストの尖兵たる怨霊に取り込まれる。
まさに地獄。神の裁きか悪魔の洗礼か、この世の地獄が描き出されていた。
『だが・・・如何に神であるこの我でもたった一人では余りにも時間が掛かりすぎる。
さあ行け・・・我が下僕達よ・・・。共に神の世界を創ろうぞ。』
広大な荒野のど真ん中に立ったバイオゴーストが大きく両腕を左右に広げると、そこから
大量のどす黒い魂、すなわち怨霊が姿を現した。怨霊が何も無い大地に吸い込まれる様に
入っていくと、なんと地が盛り上がり、さながら物語に登場するゾンビの様に多数の
バイオゾイドが姿を現した。
『さあ行け・・・。神を否定し者達を滅し、神の世界を創ろうぞ。』
バイオゴーストの号令により、バイオゾイド・・・否、“バイオゾンビ”達は各地に散った。
この大陸に存在する各国軍はバイオゾンビという新たな脅威に晒される事になるのだ。
「お〜い! ミスリル君! 分かった分かった! 恐らくだが、多分バイオゴースト発生
の原因と思われる物が分かったぞ〜!」
「何じゃあの変な覆面の男は・・・。」
どうやってミスリルの居場所が分かったのか、覆面Xはジェノブレイカーと共に
ミスリルとハーリッヒのいる村まで駆けつけて来ていた。
「と、その前にだ・・・あれは何だね?」
「ああ・・・あれは・・・バイオゴースト打倒の切り札・・・ですね。」
村の広場では村中から集められた術師が大龍神を囲い、なにやら作業をしていた。
ある者はお祓いをし、ある者はなにやら呪文のような者を唱え、またある者は大龍神の
装甲表面に呪詛を書き込んで行き、さらにまたある者は護符を貼り付けていく。それらは
彼等の力を込めた呪詛や護符によって大龍神に悪霊にもダメージを与えうる力を持たせる、
いわば“アンチゴースト処理”とでも言うべき物なのであったが、全身に呪詛が描かれ
たり護符が貼り付けられたりしている大龍神の様相は相当に不気味であった。しかも
どさくさに紛れて覆面Xのジェノブレイカーにまで同じ処理を始める術師まで現れる始末。
「なるほど・・・超科学と呪力の融合と言うわけか・・・。」
「で、覆面Xさん? バイオゴースト発生の原因とは何ですか?」
「ああそうそう。実はディガルド戦争の最終決戦が行われた“自由の丘”と言う地に
その戦争で命を落とした人々の霊を慰める為に慰霊碑が建てられていたのだが・・・
何者かに破壊されている事が分かった。恐らくは単なるイタズラ目的で壊したのだろうが
バイオゴーストが突然現れたのはそこからなのだ。」
「確かにそういうのを壊したら祟りがあるなんて話もあるけど・・・。」
「ちょっと待ちなされ覆面のお主! 自由の丘に建てられた慰霊碑と申したな!?」
突然オン=ミョウが覆面Xの前に立った。
「慰霊碑に付いて何か知っているのですか?」
「うむ。100年前にその慰霊碑を建てたのはワシ等の先人達じゃ。一体誰がやったの
かは知らぬが・・・なんと言う罰当たりな事を・・・。」
慰霊碑が破壊された事が原因になると言われると普通なら馬鹿らしいと思われる
かもしれない。しかし、今はその馬鹿らしい事が現実に起こっているのである。
前回までのあらすじ:
ゾイドファイター・アレスは愛機のコマンドウルフ、相棒のユーリと共に中央大陸ゼネ
バス領のとある山中の城をめぐる攻防戦の渦中にいた。彼の目的は篭城中の兄弟子の救出
である。総攻撃の前夜、単身城内への潜入に成功したアレスは、大剣でゾイドど戦う大男
と出会う。その大男こそ。兄弟子のグラハムであった。酒を酌み交わし一時の楽しい夜を
過ごす。そこで語られる事件の本質。戦闘の本当の理由はこの山里に眠る膨大な地下資源
だった。攻撃側の陣中でも時を同じくして語られる真実、篭城側が鉱物資源だと思ってい
るものは、古代文明のゾイドそのものであった!
そして夜明けと共に攻撃側の総攻撃が始まる。城門を破って城内に突入する攻撃側のゾ
イド部隊、対する篭城側も善戦するが圧倒的な戦力差の前に、遂に全滅する。皇帝からの
停戦命令が到着したのは戦闘が終わった後だった。
アレスは戦闘中にユーリと合流、どさくさに紛れて場外に脱出、帝都へと向かう。この
内戦が帝国対共和国の戦争へと拡大させないために・・・
登場人物:
アレス・サージェス:流浪のゾイドファイター。年間最多勝記録保持者で「五百勝」の異
名を持つ。瑞巌流の達人。愛機はコマンドウルフ。
ユーリ:アレスの相棒?幼少時に狂科学者に偽オーガノイドシステムの実験台にされ、コ
マンドウルフの生体ユニットにされる。脳をいじられた副作用か、魔術めいた手術の
影響か、いくつかの異能力を持つ。
グラハム・メッチェ:元ゼネバス帝国軍人。篭城側の実質的指揮官。アレスの師匠の部隊
にいた事があり、その時期に瑞巌流を勉んでいる。身長210cmの巨漢で、自分の身
長ほどもあるMetal−Zi製の大刀を振るう。
コルネリアス(小コルネリアス):ゼネバス帝国貴族。戦闘のある山間部も含めたこの地域
一帯の大領主。高齢の父親が亡くなり家督を襲名したばかりで、まだ若い。欲に目が
くらんで家老の領地を奪おうとする。
ゼン・サーナ:地方行政のスペシャリストでコルネリアス家の家老をつとめていた。戦闘
のあった山間部を治めていて、古代遺跡を改修して城にしていた。若い当主と折り合
いが悪く、奸計にあって殺害される。
商人:攻撃側の軍事物資の采配をしている人物。小コルネリアスの昔からの知り合い。つ
ねにスーツ&ネクタイ姿。
レイノルズ・ササキ:瑞巌流宗家。元ゼネバス帝国士官。アレスの師匠であり、グラハム
達の上官であった。今回は元部下のために皇帝に停戦命令まで出させ、勅使に同行し
てワンカットだけ登場。愛機はブレードライガー改。
戦闘が終了したその日の夕方、
一面の赤茶けた荒野。見渡す限り草がぽつぽつと生えている程度で、動物の影すら見ら
れない。かつて、この一帯が中央大陸有数の穀倉地帯だったという話を、誰が信じるだろ
う。それもほんの数年前のことである。地球のテラフォーミング技術によって、地下水脈
を地表に持ち上げ、西部森林地帯の肥沃な腐葉土、空中窒素固定菌と西方大陸から輸入し
た燐鉱石によって不毛の荒野が一面の田園地帯になったのがZAC2000年代の終わり
頃。ルイーズ大統領が陣頭指揮に立ったと言われる。だが2111年、ゼネバス帝国とヘ
リック共和国との領土割譲条約の際、ここに国境線を引いたため、以後は緩衝地帯として
全く人の手が加えられなくなり、たった数年であるべき自然の状態に逆戻りしてしまった。
人間の叡智など大いなる自然の前には如何に無力であるかという見本といえる。
その荒野を、大地を分断するかのように亀裂が走っている。昔の川跡だろう。今ではそ
の名残をわずかに残しているにすぎない。風や直射日光を防げるため、旅人が道として利
用している数少ないルートだ。ただ両幅が狭く、随所で曲がりくねっているため、グスタ
フ級の大型ゾイドではちょっと通りにくい道だが、そこを二機のゾイドが東へと進んでい
た。
一機は赤い胴体から細長い足がすらりと伸びている。ダチョウのように優雅な足捌きだ。
マーダである。軽量で素早いフットワークを得意とし、時速三百キロメートル以上を叩き
出す。もう一機、そのマーダの後を追うようにしてくるゾイドは、青い機体に胴体両脇に
金色に光る刃を装備したライオン型ゾイド、共和国軍の誇る高速戦闘ゾイド、ブレードラ
イガーである。
先頭のマーダに乗っているのは、スーツにネクタイ姿という、この場にそぐわない格好
をしている。知っている者がみれば、この男がつい先刻までコルネリアスの本陣にいた男
と同一人物であることが分かる。更に世間に詳しい者からみれば、どんなところでもスー
ツにネクタイという格好をしているのは、地球系のとある会社員だけであることは一目瞭
然だ。
既に夕焼けが西の空を染め始めており、日が暮れるまでに次の町に到着できるかどうか、
ぎりぎりの時間帯であった。日が暮れてからの道は危険が一杯で、まともな人間は夜道を
旅しようとは思わない。自然、二機のゾイドは早足になっていた。
そんな彼等の前に、一体のゾイドが立ち塞がった。
「おいてめぇら、うちらのシマを黙って通ろうなんて思ってねぇよな!」
コマンドウルフだ。中央大陸では珍しくもない。背中に五十ミリビーム砲をつけた一般
的な装備で、機体はモスグリーンの迷彩模様と趣味はあまり良くない。絵に描いたような
山賊の風体である。
「通行料を置いていきな」
これは無茶な話ではない。ゼネバス帝国だけでなくどこの国も財政は厳しい。いちいち
辺境地域にまでカネとニンゲンを割く余裕がない。ましてや国境近くの緩衝地帯に役人が
いるのは好ましくない。かといって放置するわけにもいかないので、分別のある山賊や海
賊は逮捕することなくお目こぼししてやり、その代わりにその地域の治安が乱れることの
ないよう監視する義務を負わせている。「訴えられるほどの無茶をしない限り、政府は黙認
してやる。そのかわり自分のシマはきっちり管理しろ」というわけだ。こういうアウトロー
な連中は通行料を取る代償に、道路の整備や野良ゾイドの駆除など旅人の安全と便宜を
図ってやるわけだ。無論、法外な通行料の請求や暴力行為をすれば軍隊が出動して皆殺し
にされるから、無茶はしない。外見や口調が悪いのは、ま、お約束というものだ。
「あぁすまんな。この道はあまり使ったことがないんで勝手が分からなかったんだ。これ
でいいのか」
とマーダに乗ったスーツ男は、一般的な通行料の相場分、金貨で支払おうとする。
「てめぇ、俺達をなめてんのか!」「そうそう、この大強盗ボニー&クライド様がこんな
はした金で納得するわけねぇだろうが!」
コマンドウルフに乗った山賊は男女二人組のようだ。スーツ男から見れば、交渉の仕方
がなっちゃいない、とんでもない田舎者に引っかかったと思ったことだろう。
「じゃあ、さっきの倍、支払おうじゃないか」
「なめてんじゃねぇぞコラ!」
「じゃあ、いくらなら納得するのかね?」
「全部だ」
「全部?」
「そうだ、カネも含めて一切合財、全部だ!」
これはまっとうな山賊の交渉ではない。追い剥ぎだ。通常の旅行ルートになぜこんな
無頼漢が入り込んだのか?
ようやく異常な雰囲気を察知したブレードライガーのパイロットが
「マスター、ここは私におまかせを!」
と言うと数歩、前に出てマーダとコマンドウルフの間に割り込んできた。だが既にウル
フは動き出している。
ウルフはライガーに向かってまっすぐ走ると、直前で両足を折りたたみ、”伏せ”の姿
勢になる。そのまま氷面のように地面をザーッと滑っていき、ライガーの下に潜り込む。
途端、首を伸ばしてライガーの喉下を咥え、ぐいと捻った。予想外の動きに全くついてい
けないライガーはぐるっと半回転し、頭から地面に叩きつけられ、停止する。
パイロットは気絶、機体もフリーズ状態になってしまっている。この間、一秒弱。Eシ
ールドを展開する暇さえなかった。
「馬鹿な、ブレードライガーだぞ!パイロットも閃光師団(レイフォース)出身だという
のに、なぜコマンドウルフごときにこんな簡単に負ける!」
「本当の閃光師団あがりなら、こんなに弱いわけないだろうが、バーカ」
と山賊に言われて、どうやら思い当たる節があったらしく、ハッとしている。
ゾイドバトルでは自称「元閃光師団」のライガー乗りなど腐るほどいるのだ。
「さて、邪魔者がいなくなったところで商談といこうや。カネなんぞいらん。お前のトラ
ンクに入っている仕事関係の一切合財、貰うぞ。あと、お前の命もな!」
「貴様!盗賊の類じゃないのか」
「ここを通らなきゃ、命まで取る必要はなかったんだがな」
途端にマーダは背中のロケットブースターに点火すると、最大加速で逃走を図った。機
体が軽いために最高速度に到達するまでの時間が短い。マグネッサーを併用すればなおさ
らだ。こと直線の速さに関してはコマンドウルフよりマーダの方に分がある。あっという
間に視界から消えようとしている。
普通なら追いつけないよな。だが、こっちは普通じゃないんだなぁ。
「跳べ!」
その瞬間、コマンドウルフの姿はその場から消え、同時にマーダの頭上に出現する。い
きなり体重以上のものにのしかかられたマーダは、思い切りバランスを崩して地面に激突
し、慣性で五十メートルほど滑って、ようやく止まる。
ウルフは数秒間、光彩を放っていた。虹のようだがぬらぬらと輝きながらめまぐるしく
色を変えるそれは見るものを不快にさせずにはおれない異様さであったが、しばらくたつ
と何事もなかったかのようにおさまり、後には趣味の悪いコマンドウルフだけが残った。
『空間跳躍』を使ったのだ。発光現象は「この世でないどこか」の空間を通る時に付着
する残渣らしい。目で確認できる範囲内しか使えないのと、この光のせいで自分も気持ち
悪くなるのが欠点ではあるが。
賢明な読者ならすでにお分かりであろう。このコマンドウルフに乗った山賊こそ、俺、
アレス・サージェスである。
「とりあえずこれで一つの謎は解けたけど・・・。」
と、その時今度は一人の若い術師が走って来た。
「村長! 悪霊が・・・悪霊の群が村に迫っておりまする!」
「何じゃと!?」
ミスリルは大急ぎで村の周囲を見渡せる高見台まで跳んだ。そこから見えるのは村に
迫りつつあるバイオゾンビの大軍であった。
「何あれ!?」
「あれはバイオゴーストの尖兵の悪霊が地に眠っていたバイオゾイドの死骸に取り付いて
誕生したバイオゾンビだ! 奴はあれを使って大陸中全てを破壊するつもりなのだ!
バイオゴースト程強くは無いとはいえ、現存するこの大陸の戦力では歯が立ちまい。」
何かいつのまにか高見台まで来ていた覆面Xが分かりやすく説明してくれてはいたが
そのバイオゾンビを迎撃しようにも未だ大龍神のアンチゴースト処理は完了していない。
「どうしようどうしよう! まだ大龍神の処理は終わって無いし・・・。」
慌てふためいてその場で地団駄を踏むミスリルだが、覆面Xは彼女の肩を叩いた。
「時間なら私が稼ごう。幸い君の大龍神より私のジェノブレイカーの方が小さい故
作業も手早く終わった様子であるしな。」
「え・・・?」
覆面Xは高見台からジェノブレイカーまで華麗にジャンプし、愛機を起動させた。
「覆面Xさんの・・・戦い・・・一体どんな戦いを?」
ミスリルをして得体の知れない所のある謎の多い男、覆面X。彼が直接戦う姿は
見た事が無かったが、自然と不安は感じなかった。
「ようし! あの覆面男が時間を稼いでいる間に作業を進めるのじゃ!」
「ハイ!」
村の守りを覆面Xに託し、術師達は大龍神のアンチゴースト処理作業に集中した。
得体の知れぬ素性に違わず覆面Xは強かった。高性能な反面乗りこなすだけでも
相当な実力を必要とするジェノブレイカーを手足のように操り、バイオゾンビ達を
容易く葬っていく。幸いバイオゴーストと異なり、バイオゾンビは本体となる怨霊の
霊力の都合なのか、バイオゾイドの残骸を霊がコントロールすると言う形でバイオ
ゴースト程の不死身さは無いらしく、それ相応の戦闘力さえあれば割と普通に倒す事も
可能であった。そして覆面Xのジェノブレイカーに装備されたアンチゴースト処理の
されたエクスブレイカーや爪が次々にバイゾンビを怨霊ごと斬り裂いていく。
「凄いじゃないあの覆面のおじさん! これは撮影し甲斐があるわ!」
挙句の果てにはどさくさに紛れてハーリッヒのスクープマスターが戦況を撮影する始末。
しかし、ミスリルも手をこまねいてただ大龍神のアンチゴースト処理が完了するのを
待ってはいられなかった。流石にバイオゾイビの方も数が多いし、少しでも戦力があった
方が良いに越した事は無い。
「あ〜どうしましょどうしましょ!」
そう言いって地団駄を踏みつつ、ミスリルは高見台の上から両眼破壊光線ミスリルビーム
でジェノブレイカーを援護したりしていたのだが、その時ふとある事を思い出した。
「ああ! そうだ! 私ったらいっけな〜い! こういう状況こそあの子の出番なのに
すっかり忘れてしまっていたじゃありませんか! てへっ!」
ミスリルは軽く自分の頭を小突きながら、服のポケットの中から一つの小さなカプセルを
取り出し、戦闘が行われている地点へ向けて投げ付けた。するとどうだろうか。空中で
開いたカプセルは一体の白銀に輝くデススティンガーへと変化したでは無いか。
「ゲー! いきなり見た事も無いサソリ型ゾイドが出たー!」
村人がお決まり(?)の驚き役を演じつつ、ミスリルはデススティンガーに呼びかけた。
「時間稼ぎお願いね! カプセル機獣! 大蠍神!」
「うわぁ! 一体どうなってるのどうなってるの!?」
常識を超越した規格外が大好きなハーリッヒは思わず凄く嬉しそうな顔でミスリルに
大蠍神と呼ばれたデススティンガーの方にスクープマスターを走らせていた。
「細かい理論とかは割愛させて頂きますが、微小化させたこの子をカプセルに収納して
こうやって大龍神が戦えない時に使う様にしたりしなかったり・・・。」
「なるほど・・・某光の巨人が使っていたカプセル怪○みたいな物か。」
さりげなく覆面Xもそうコメントを入れたりする今日この頃。そして大蠍神はミスリルの
命令の下、バイオゴースト軍団へ向けて駆け出した。
かつて某国が先史文明の遺跡の中からデススティンガーコアと機体設計図を発見した。
その高度文明圏であり既に高度な技術を持っていた彼等がそこからデススティンガーを
再現する事は容易い物だった。が、彼等は知らなかった。普通のデススティンガーならば
オーガノイドシステムを弱めたり、インターフェースを使って精神ストレスを肩代わり
させるなど、パイロットの負担を考慮して作られるが、そのデススティンガーは逆に
オーガノイドシステムの効果が最大限に発揮され、明らかに生身の人間が操縦出来る代物
では無かった。“デススティンガー・ゼノンタイプ”と設計図に書かれていたそれは
最初から生身の人間の操縦など想定してはいなかった。大昔、ネオゼネバス帝国が人員
不足を解消する為に研究していたものの、結局量産には至らなかった人型のインター
フェースシリーズ、通称SBHIシリーズの3号機“ハガネ”の専用機として徹底的な
非人道的(だって人じゃなくてロボットだもん彼女)な改造が施されたデススティンガー。
設計図に描かれていたのはその同型機である。ロボットであるが故に精神ストレスなど
とは無縁だからこそ彼女はそれを問題なく操縦出来たが、某国はその意図を読む事が
出来ず、デススティンガーはいたずらに多くのパイロットを殺し、またあるいは廃人と
変えてしまった。結局制御不可能な欠陥品として扱われ、破棄もやむなしと言う状況に
置かれたデススティンガーを拾い上げたのはSBHIシリーズの4号機にしてハガネの
娘にあたるミスリルであった。そしてミスリルに“大蠍神”と命名され、ドールチームの
一員として働く事になった。流石に戦闘力としてはギルタイプの大龍神に勝るべくもない。
しかし大龍神には無い手先の器用さや無人機としての適正を買われ、普段は微小化された
状態でカプセルに収納されると言う“カプセル機獣”化しているが、大龍神が戦えない
状況や別同部隊が必要な作戦などで駆り出されるなど、そこそこ活躍していた。
大蠍神は強烈なパワーと鋭い鋏や牙、刃でバイオゾンビを斬り裂き、潰し、砕いた。
デススティンガーベースであるが故に大蠍神の陸戦における運動性は大龍神より高い。
相手のバイオゾンビも決して遅くは無いが、八本の足が目覚しく動き回りる大蠍神の
スピードに圧倒されていた。人間達には制御不能の悪魔の兵器として忌み嫌われる彼も
ミスリルにとっては素直で可愛い子だったのである。
「わぁ! 凄い凄い!」
「おーやれやれーもっとやれー!」
ハーリッヒは興奮気味で戦況を撮影し、村人も山奥であるが故に娯楽があまり無いのか
面白がって見物していた。その行動は不謹慎かもしれないが、それだけジェノブレイカー
と大蠍神がバイオゾンビ軍団を圧倒していたと言う事になる。それと忘れてはならないが
ミスリルも村の周囲を見下ろす高見台から両眼破壊光線でバイオゾンビの装甲の無い部分
を正確に狙った援護射撃。だが、ここで後方から新手が現れていた。
『お前達それでも神の仕える戦士なのか? あの程度の相手に手こずるなど・・・。』
新手の正体はバイオトリケラ・・・そのゾンビ版とも言うべきおぞましい物だった。
そしてバイオゴーストのそれとは異なるが、バイオゾンビトリケラにも確固たる自我が
存在している様子であり、その目は正面の村の広場に立っている大龍神へ向けられていた。
『あれは・・・100年前の戦争でディガルドと討伐軍のどちらにも着かず、それによって
戦線を混乱させた小さき滅びの龍・・・。あれがまだ生きていたとは・・・。唯一絶対神様の
命によりあれは必ず破壊せねばならぬ・・・。』
憎悪の炎を燃やすバイオゾンビトリケラは村へ突撃する。しかしそこを大蠍神が阻む。
「大蠍神! 一機たりとも村に入れちゃダメだからね!」
『大・・・蠍・・・神・・・だとぉ・・・? 私は認めぬ! 唯一絶対神様以外にその様な存在は
あってはならぬのだぁ!』
俺の後ろをビュンビュン風切り音を鳴らし赤熊の大斧が舞う。
「くそ!当たりゃしねえ!てめえどうしてそんなに避けられるんだ!こら!」
「当たり前田のスーパーハッカー!大体持ち方が決まっている武器なんて…
軌道が限定されるだろうがっ!」
「成る程!そう言うことだったっか…ってしまった!また逃げられた!」
凄く物分かりが良い赤熊がその答えに手をポンと鳴らして関心している間に、
上手いこと距離を取りその上あの獲物が振り回せない細い廊下に逃げ込む。
「へっへ〜これでお前は振り下ろしと振り上げしかできないぜ!」
「あああああああ卑怯だぞ!てめぇえええ〜!」
「好きに言え!また会おう!赤熊山賊団の諸君!ふははははははははっ!」
大勝利だ…逃げ果せるのに。悲しくなんかないやい!クスン…。
格納庫に使っているらしい場所に到達した俺を待っていたのは…
赤熊山賊団のフラッグシップのレッドマンドリルって熊じゃないのかよ!
以前はベアファイターに確り乗っていたのに…。
「てめえの所為だろうがあぁ!」
「だから速いって!」
糞真面目に大上段からの振り下ろしで飛び込んできた赤熊を左に避け蹴りを一発。
「あ〜〜〜〜〜〜れ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
奴は格納庫の床へダイブする軌道を執った。今度こそ少しは時間が稼げるは…ず…
「な〜〜んてな!死に晒せえええええっ!」
「そんなのって有かよおおおおおおおおおっ!!!」
キャットウォークの手すりを蹴って三角飛びをかまし俺の目の前に戻ってくる!?
「ええい!鬱陶しいんだよ!」
俺は諦めてシナリオンの棒を持ち出すと思い切り赤熊の顔面に叩きつける。
「覚えてろよおおおおお!必ず腸を引っ張り出して喰ってやる!」
…ええと?普通なら致命傷の筈だが?
たん瘤一つを額に生やして床に落下していく赤熊。
やっぱりこの塞はおかしい。何か怪しい力でも働いているのだろうか?
アレは普通なら即死ものの一撃だったのに…。
計り知れない恐怖を覚えて俺は一心不乱にビー介の元に走り出した。
「もうやだ…俺帰る……。」
走っている最中にカリカリと何かを削る音が聞こえてきたので俺は…
壁を思い切り手に持つ棒で叩いてみた。
案の定悪い予感は現実のものとなり壁が裂け、壁の裂け目からは丸い目。
捕まっていたらしいビー介の仲間。通常サイズのバイオビーバーである。
当然俺と面識は無い為思い切り目の前を爪が通り抜けていた。
「何もかもが逆風だ!俺の運が上向きでも周りの運が急転直下の最悪じゃないか!
全くどうして俺がこんな目ばかりに遭うんだ!?」
泣き言が極自然に口から漏れてきている俺はもう駄目なのかもしれない…
そう言う風に思い始めている。当然悪いことは立て続けに起こるもの。
そのお約束を裏切ること無く突然巨大な拳が俺の目の前を掠め、
派手な音を上げて壁に風穴を開けた。
「ちっ!外したか!もう少しで晩飯ができ上がるところだったのによ!」
「趣味悪いぞ!赤熊!本気で俺を喰う気なのか!?」
「食事が嫌なら…別の意味で喰ってやろうか?」
「全力で断る!このホモ野郎!!!」
「なら死ね!」
「そっちもやだやだ!」
「何方かにしろよ!」
「そんな無限ループ選択肢はお断りだっ!」
既に子供の喧嘩以下になりつつある…
何が悲しくて筋肉達磨と漫才をしなければならないんだ?
今の一撃でバイオビーバーが一斉に逃げ出した為に赤熊は…
レッドマンドリル共々バイオビーバーの群に足蹴にされている。今がチャンスだ!
俺は息も絶え絶え方々な呈で状況でその場を逃げ出すのであった…。
「おい…あいつ遅くないか?」
ガラガの疑問は当然である。本来時刻的にはもう片が付いていておかしくない。
「きっと彼の事だ…相当厄介目にあっているんだろうね。」
「赤熊は体力馬鹿だからな。俺が言うのも許されるぐらい…ってやばいぞ!おい!」
「そうだね。急ごうっ!」
雑魚を蹴散らしたガラガとロンは急ぎ塞へ移動を開始した。
「くそっ振りきれない!って言うかゾイドの足に人間さま足が敵うかつ〜の!
おおっと!?落とし穴ああああああああああっ!?」
レッドマンドリルの猛攻から必死に逃げる俺だったが…
目の前にできてしまったレッドマンドリルの拳型の穴に落下してしまう。
「今度こそ止めといくか?それとも…やらないか?」
どん詰まりか!?まさか赤熊が衆道を嗜んでいるとは思いもしなかった事だ。
何方にしろ…人生が終わると言う事には間違いない!
こうなれば自棄でこう叫んでみた。
「カムヒアアアアアアアアアアア!ビー介えええええ!」
「馬鹿か?そんな風に助けを呼んでも現実は甘くぼぉあああ!?」
…来た。流石はカクテルパーティー効果だ。
人間限定の効果じゃないの?と言う突っ込みは無用だ。まだ確り解っていないから。
キングサイズのバイオビーバーであるビー介の体当たりを喰らい…
レッドマンドリルは十数m程滑って外壁へ激突する。
今が我が時と急ぎビー介のコクピットに滑り込むとさっさと外に逃げ出す。
しかし相変わらず回復が早い赤熊とレッドマンドリルは後を追ってくる。
「くおおおおらあああ!待ちやがれええ!」
「嫌だ!待たない!」
「つれないことを言うなよ!ブラザー!」
「何時俺とお前はそんな関係になったんだよっ!」
「さっき。」
今度は俺がコクピットの中でこけた。次いってみよう!
「くそっ!こいつは何だ!?」
「どうやら…もう一つこの事件に噛んでいた奴のお出ましみたいだね。」
デッドリーコングとバンブリアンは青い装甲の大きなバイオゾイドに道を阻まれている。
所々金に輝く刺や角が闇に映え…そのシルエットが浮かび上がると、
ロンとガラガは口を揃えて驚く。
「「バイオライガー!?」」
「何と…初見でこいつの名前を見破るとは…貴様等できるでござるな!」
妙な喋り方だが独特の語尾からかなりの手練であろう事が伺える。
バイオゾンビトリケラはまるでヒステリーでも起こしたかのように大蠍神へ角で突き
かかるが、なんとか大蠍神は両腕のカッターで弾き反らした。やはり己を唯一絶対神と
名乗るバイオゴーストの配下。例え名前だけでも神と付く存在は許さない様子である。
早くも冷静さを失って激しく角で突きかかり、大蠍神も両腕の鋏やカッターで弾き反らす
事しか出来ない。体格こそミスリルの知り得るバイオトリケラと代わらないが、馬力や
運動性は段違いだ。と、ここで別に誰も頼んでないのに態々覆面Xが解説を始めやがった。
「彼の正体が分かったぞ! 記録によるとディガルド軍でジーンの腹心として活躍した
ゲオルグと言う鬼軍人がいたのだが、そいつが正体に違いない!」
「別にそんな事言われても勝つヒントにもならないでしょ?」
ミスリルは少し呆れていたが、大蠍神はバイオゾンビトリケラの懐に掴み掛かり、動きを
止めた後、至近距離から尾に搭載された荷電粒子砲をぶっ放した。
『うお!』
いくらビームが効かないと言われるバイオ装甲に身を包んでいると言えど、それはあくま
でも平均レベルのビームの話である。流石に大蠍神の荷電粒子砲の前には意味を成さず
エネルギーの着弾面が抉れるように消滅し、殆どバイオゾンビトリケラの体で残っていた
のは身体を支える4本の足だけだった。さらに大蠍神は荷電粒子砲を発射し続けたまま
尾を動かして周囲の他のバイオゾンビもまとめて消して行った。
「やったぁ! 凄いサソリだ!」
村人もまるで自分の事のように大喜びしていたが、そうは問屋は卸さなかった。アンチ
ゴースト処理の行われていない大蠍神の力ではバイオゾンビの体は破壊出来ても本体たる
怨霊を倒す事は出来なかった。そして多数の怨霊はバイオゾンビトリケラに集合し、
その霊力によってバイオゾンビトリケラをさらに巨大に恐ろしい怪物へ変えていた。
「うわぁ! そんなずるいですよぉ!」
『唯一絶対神の忠実な下僕たる我らを倒す事など不可能なのだ。』
思わず大蠍神も退いていたが、その時高見台にいたミスリルに朗報が飛び込んで来た。
「作業終了しました! 何時でも行けます!」
「え!? 本当!? 分かりました! 行きます!」
ミスリルは高見台から一気に大龍神へ跳んだ。全身に悪霊退散の護符が貼られ、そして
呪詛が描かれていると言う何も知らない人間からすれば正気を疑いかねない姿の大龍神が
起動し、すぐさまバイオトリケラゾンビへ向かって駆け出した。
「さーてこの護符や呪詛が何処まで奴に通用するのでしょうか・・・。」
バイオゴーストに圧倒された記憶が少々トラウマになっていた彼女の心に不安が無いわけ
でも無かったが、結果は意外な物だった。まず軽くジャブ的な攻撃として考えて放った
前脚蹴りがバイオゾンビトリケラの頭から尾まで全てを潰していたのである。
「え?」
余りにも圧倒的過ぎてミスリルも呆れていたが、それだけではない。大龍神の全身の
護符や呪詛の力なのか、バイオゾンビトリケラに憑依していた多数の怨霊が忽ちの内に
浄化されて行ったではないか。
『何だこれは・・・敗れたのに憎しみの心が沸いてこない・・・むしろ清々しい気持ちだ・・・。』
「これは・・・。」
かつてどす黒い怨霊だったそれは綺麗な光を放つ魂へ姿を変え、天へ昇っていった。
「わぁ! 凄い! 何か良くわからないけど凄いよミスリル!」
ハーリッヒは興奮気味で天に昇る魂をカメラに収めつつスクープマスターを大龍神へ
走らせていたが、やはりミスリルはしばし呆然としていた。
「これは・・・やっぱり悪霊退散の護符とか呪詛の力・・・で良いんでしょうかね・・・?」
やはりこの世には科学では解明できない物は沢山ある。過去にもそういう例は沢山
見てきたミスリルであるが、今回の事で改めてそれを思い知った。とにかくこの護符と
呪詛によってインスタントアンチゴーストゾイドとして仕上がった大龍神ならば
バイオゴーストとも互角に戦えるであろう。
「それじゃ奴にリベンジ行ってみましょうか! ティアちゃんの仇討ちも兼ねて・・・。」
と意気込みつつも少し震えてるミスリルと大龍神であったが、そこで大切な事に気付く。
「そう言えば・・・あいつ何処にいるんでしょ・・・。」
「ああそれだがな・・・。やつは“ミロード”と言う村に向かっているらしいのだ。」
覆面Xの返答にミスリルとハーリッヒは少し呆れた。
「へ? 何でそんな村を? 大都市とかならともかく・・・。」
「まあ普通ならそんなチンケな村を襲った所で戦略的な価値は全く無いが、ミロード村
には100年前のディガルド戦争で人々の希望となった“ムラサメライガー”があるのだ。
奴・・・バイオゴーストを構成する怨霊達を束ねているのが本当にジーンの怨霊と言うなら
ムラサメライガーを狙うのは無理も無い事だ。奴にトドメを刺したのはそれだからな。」
ミスリルは外大陸で稼動するムラサメライガーの同型機は吐いて捨てる程見て来たが、
この大陸の人々にとってムラサメライガーは特別な存在である。ディガルド戦争を
終結させるきっかけとなったゾイドであり、同時に討伐軍のシンボルにもなるという
まさに人々の希望であった。戦後はそのムラサメが持っていた死と再生を繰り返すと言う
未知の能力によって一度死滅したミロード村ジェネレーターを蘇らせ、今もミロード村に
大陸中の人々の希望の象徴として祭られている。それ以後ミロード村は観光地として
発展したりしなかったりするのだが、今なおムラサメライガーの収められていると言う
ジェネレーターを一目見ようと訪れる人々は多く、まるで神の様に崇められている。
だからこそ唯一絶対神を自称するバイオゴーストにとって目障りな物なのであろう。
「なるほど・・・やっこさん私の大龍神や大蠍神にも激怒するくらい唯一絶対神に
こだわってるからそういうの見たら真っ先に壊しに行きそうですよね。」
「だがそれだけではない。ムラサメライガーはこの大陸に生きる全ての人々にとっての
希望だ。それが破壊されると言う事は人々から希望を奪うと言う事になる。どんな苦難に
陥ろうとも希望さえあれば人は幾らでもやりなおせる。しかし、その希望が無くなれば
どうなるか…それは君にも分かるはずだ。まあとにかくだ。今から奴が向かっていると
いうミロード村の地図をそちらに転送する。表示通りに進めば直ぐに付くはずだ。」
「分かりました。」
覆面Xのジェノブレイカーから転送されたマップデータが大龍神コクピットディスプレイ
に表示され、それが指す方向に向いた大龍神の背にスクープマスターが乗った。
戦場を離脱した後、俺はまっすぐ帝都に向かうつもりだった。懐にはグラハムから預か
った書類がある、この事件の発端になったと思われる地質調査資料だ。これを帝都にいる
グラハムの知人に渡し、極秘裏に処理して貰うのが、兄弟子の遺言だった。
だが帝都へ向かってコマンドウルフを走らせながら、俺はユーリから昨晩、本陣のテン
トの中で交わされていた会話のことを聞いたのだ。いつもならコクビットがカラの状態で
動き回るのは叱るべきところではあるが、今回はお手柄だと褒めるしかない。
「ユーリ、行く先の変更だ。東の国境のほうへ向かえ」
小コルネリウスと会話していた商人が、この機会を利用してさらに儲けようと考えてい
るなら、共和国を利用しようとするはずだった。
山岳地帯を越えて共和国との国境へ向かうルートは他にもある。実はそちらを使わせな
いよう先行して手を打っておいた。こいつらがこんな遅い時間帯にここに来たということ
は、向こうで打っておいた足止め策が効いたということか。こちらの道に誘きよせたのは、
こちらの道の方が不便で、利用者が少ないためだ。目撃者はいないに越したことはない。
ちなみにウルフは、いつものメタリックピンクの装甲の上に迷彩模様のシートを貼って
ごまかしている。ビニールシートの裏側にのりが付いていて、貼るだけで塗装しなくても
模様替えのできる便利な品だ。桃色で刀を背負ったコマンドウルフなど、この惑星中探し
たって他にはない。素性がばれて後々までトラブルを引きずるのは御免だ。
「ぬうう・・・お、重い・・」
「失礼ね、あたしゃそんなに重くないわよ!」
「いや、そういう意味じゃないと思うぞ」
ウルフの前肢は、マーダの足を押さえている。正確には、膝を踏んづけている。どんな
にパワーがあろうが動くはずがない。ちなみに、胴体は横を向かせている。このテの民間
機は軍から払い下げられる時にデチューンして出力を落とし、武装も外すのが普通だ。現
に背中には電磁砲の代わりにロケットブースターを積んでいる。とはいえ、どんな隠し武
器を積んでいるか知れたものではないから用心するに越したことはない。
「さあ覚悟を決めてもらおうか」
時間はあまりない。つい近くで続いていたドンパチを狙ってジャーナリストや各国の諜
報機関、企業の情報収集部員が多数、入り込んでいる。彼らに嗅ぎつけられる前に事を済
ませたかった。
「そうか分かったぞ、貴様らどこのスパイだ!どうやって俺のことを調べたか知らんが、
お前らの思い通りにはさせんぞ!このゾイド人め・・・うわなんだやめ・・・ひぃぃぃ・・・」
「なにか言ったか地球人」
途中で押さえつけるのをやめて口でマーダの足首を咥え、ぶんぶんと振ってやったのだ。
分かりにくいかもしれないが、この場合のゾイド人というのは地球人がZi由来の人間に
対する蔑称として使われる。戦闘機怪獣と同レベルの生物、と言いたいんだろう。ま、今
どき純粋な『地球人』も数えるほどしかいないんだが。
振り回すのをやめて再び前肢で踏んづけてやる。無線を通じてケロケロと嘔吐物がコク
ピットを汚す音が聞こえてくる。
「さあて、どうしよっか?煮て食うおうか焼いて食おうか。頭からまるかじり、なんてどう?」
「食事の算段は後にしろ。どっちみちこんな奴食ったら、腹壊すぞ」
「ケラケラケラ、そりゃそうだよね」
冗談でこいつを脅そうとしてるんだと思いたい。シャレになってないぞ。
マーダのコクピットごとバイトファングで噛み砕くのが一番てっとり早いのだが、それ
では重要書類が破片と一緒になって紛失しかねない。間違いなく、俺の持っているのと同
様の書類を持っているはずだった。状況説明してへリックを動かすためには物的証拠が不
可欠だからだ。コクピットをこじ開けて中の人間を引きずり出し、荷物を没収、男本人は
・・・ま、ユーリに脳の記憶視野の一部をいじって記憶喪失にでもするしかない。面倒だ
がそれが一番確実な方法だ。
その前に俺は確認しておきたいことがあった。
「ここに来たという事は、情報をヘリック側に売るつもりだな。その情報が引き金になって
大規模な戦争が起きるかもしれん。そんなに戦争が好きか」
「何を言ってる!この情報を一刻も早くヘリック側に伝えて、早急に対策を打たなければ
本当に戦争になってしまうぞ!」
なんだか話が噛み合わないような気がするんだが、気のせいか?
「ちょっと待って! 私も行く!」
「ハーリッヒさん!? 危ないですよ!」
「危ないのは承知! でも亡霊ゾイドなんて絶対に見逃せない!」
「ハイハイ分かりましたよ・・・。」
仕方なくミスリルはハーリッヒの同行を了承した。どうせ彼女の性格なら例え拒否しても
無理矢理追い駆けていただろうから・・・。
「さて、では私は大陸各国軍と協力し、大陸周辺で暴れている他のバイオゾンビの掃討に
当たろう。どうせ現各国軍の戦力じゃ奴等には歯が立たないだろうからな。」
「んじゃあ大蠍神、貴方もそっちの方をおねがいね。」
そうして大龍神はスクープマスターを背に乗せてミロード村へ飛び立ち、覆面Xのジェノ
ブレイカーと大蠍神も大陸各地のバイオゾンビが暴れている地域へ向かった。
「がんばれよ〜。」
残された村の人々は手を振ってミスリル等を見送った。彼等にとってやれるだけの事は
やった。後はミスリル達の頑張り次第なのである。
「ここは・・・何処なのよ・・・。」
ティアが目を覚ました時、そこは今まで見た事の無い不思議な空間だった。
暗くもあり、明るくもある。足の付く地面もなく、広大な空間の中にティアは浮いていた。
「ここはきっとあの世なのよ・・・。別に可笑しくないのよ。本当なら私も死んですぐに
ここに来なきゃいけなかったんだから・・・。」
「嫌・・・違うな・・・。」
「え?」
するとどうだろうか・・・今までは気付かなかったが、よく見ると周囲に幾千幾万にも
及ぶ数多くの人々に取り囲まれていた。
「な・・・私に何をするのよ・・・。」
「怖がることは無い。我等は君を助けに来たのだよ。」
そう言って群集の中から一人の武士を思わせる人が前に出た。
「ここは生界と霊界の狭間。生界でも霊界でも無い空間。」
「どういう事かワケが分からないのよ。」
10歳にも満た無い若さで死した身である為、精神年齢が10歳以下で止まっている
ティアには武士っぽい人の説明が良く分からなかったが、普通ではない事は理解出来た。
「ならあ・・・あれを見るが良い。」
武士っぽい人がある方向を指差す。すると何も無い空間にスクリーンの様な物が生じ、
生界の様子が映し出されたではないか。
「これは・・・。」
生きる者が住む世界・・・即ち生界は、あの世から蘇った亡者達の手によってさながら地獄の
様であった。何万にも及ぶ強い怨みを持った怨霊達はバイオゴーストとなり、そこから
さらにディガルド戦争で倒され破棄されたバイオゾイドの残骸に憑依してバイオゾンビ
なった。幾千幾万にも及ぶ亡者達は今生きる者達を情け容赦なく蹂躪していく・・・
生きる者達も必死で戦っているがまるで歯が立たない。
「こんな・・・こんなの酷すぎるのよ・・・。でも・・・私じゃ歯が立たないのよ・・・。」
ティアはがっくりと肩を落とした。いくら怒った所で一度バイオゴーストに敗れた彼女に
何が出来ようか・・・が、武士っぽい人が突然彼女の肩をポンと叩いた。
「だからこそ私達がここにいるのだ。」
「え?」
「君は一度死して霊になっているにも関わらず生界に留まり続けている。だからこそ
君は再び生界に戻る事が出来る。そこで私達が君に力を貸そうと言うのだ。」
「でも・・・私の力じゃアレには歯が立たないのよ・・・。」
「だから言っているだろう? 私達が力を貸すと。奴が幾千幾万の怨霊の集合体と言う
ならば、こちらも幾千幾万の魂の集合体で対抗すればよい。現に君は一度、あの者達の
様に幾多の魂達を束ねた事があったと言うではないか。」
「え?」
ティアは一瞬ワケがわからなかったが、すぐにはっと事を理解した。そう、武士っぽい人
を初めとし、ティアを取り囲む数多くの人々もまたティア同様に一度死んで魂だけと
なった人々だった。しかし、バイオゴーストのような怨霊達ではない。切に平和を願い、
力無き人々を護る為に戦った者達の霊・・・言わば善霊とも言える者達だったのである。
「霊界の者が生界に干渉するのはルールに反する事だが、今回は非常事態であるが故に
話は別だ。100年前の戦争で死んだ全ての者の霊達を慰める為に建てられた自由の丘の
慰霊碑が壊され、生界に強い恨みを持つ者達・・・すなわち怨霊が解き放たれてしまった。
だが全ての霊がその様な怨霊では無い。我等の気持ちは一つ。君に協力し、奴と戦おう。」
「我等が犠牲になってせっかく平和にした世界が亡者の手で滅茶苦茶にされるのは
同じ霊として見てられんからな!」
周囲の人々も口々にそう言い、ティアも少しだけ勇気付けられた。
「お・・・おじちゃん達・・・ありがとうなのよ・・・。」
涙を流しながらティアは礼を言い、お辞儀をした。そして幾千幾万の魂達はティアと融合、
巨大な善霊の集合体となったそれは空間の壁を突き破って生界へ突入。バイオゴーストに
敗れ、広大な荒野に放置されたままになっていたゴーストンに憑依し、ゴーストンは
復活した。かつてティアはバイオゴーストと同じ様に幾多の不成仏霊を束ね、“Zゴースト”
と呼ばれていた時期があった。それがミスリルとの出会いによって今の様になっていた
のだが、今日その時、幾多の善霊達の力添えによってZゴーストとしてのティアが
復活した。いや、言わばこれは“超Zゴースト”と言った方が良いのかもしれない。
「よーし! 行くのよ!」
幾多の魂の集合体であるとは言え、ティアの精神が主となっている超Zゴーストは天
高く飛び立った。目標は無論幾多の怨霊を束ねるバイオゴーストである。
バイオゴースト率いるバイオゾンビの大軍はミロード村へ近付きつつあった。
ディガルド戦争で人々の希望となったムラサメライガーの存在するミロード村は
何としても守らねばならない。キダ藩も軍をミロード村に派遣して徹底抗戦の構えを
取っていたが、長い間平和が続き弱体化した現軍ではバイオゾンビ軍団に歯が立たない。
「うわぁ! 奴等撃っても撃っても倒れず近付いて来やがる!」
「ひぃ! こえぇぇ!」
「怯むな! 何としてもこの絶対防衛線は死守するのだ!」
ミロード村から数キロ離れた地点を絶対防衛線とし、ガン=ジュツ自らが指揮を取って
いたが兵の士気は低かった。相手のバイオゴースト&バイオゾンビ軍団が質の面でも
量の面でも圧倒的だったと言うのは言わずともだが、何より現在はディガルド戦争の
時の様な、こういう絶望的な状況にあって人々の支持を集め、束ねられるルージ=
ファミロンの様なカリスマがいなかったと言う所もあるのかもしれない。
「ひぃ! うわぁ! 助けてくれぁ!」
キダ藩側のゾイドはある者はバイオゾンビに組み付かれ、またある者は火炎弾によって
容易く破壊されていく。そして殺された者達の霊はバイオゴーストへと取り込まれるの
である。その恐怖は残された者達にも強く影響を与え、士気はますます下がっていく。
戦線はまさに崩壊寸前だった。
「こ・・・このままでは・・・。」
ガン=ジュツの乗るランスタッグも満身創痍となり、いつやられても不思議では無かった。
後方には未だ人々の避難の完了せず、村民の混乱が続いているミロード村、正面には
辺り一面を埋め尽くすバイオゾンビの大軍と、それにやられた死体と残骸の山が
築き上げられている。もはや地獄・・・この世の地獄である。
「絶対に・・・絶対に死守しろ! せめて・・・せめて村民の避難が完了するまではぁ!」
「ガン=ジュツ様! 敵軍の遥か後方から何者かが高速で接近しています!
こ・・・この速度はレインボージャークさえ上回る程です!」
「何?」
配下である兵士の一人の報告にガン=ジュツはレーダーに目を向けた。そこには確かに
何かが猛烈な速度で接近しているのが確認された。
「これだけのスピードを出せるのは・・・まさか!」
そのまさかである。その正体はバイオゴースト&バイオゾンビ軍団の後方からミロード村
へ向けて飛んで来た大龍神であった。陸路では何日もかかる距離も大龍神の速度を
持ってすればわずか数時間で到達出来るのである。
「でも・・・ハーリッヒさん・・・大丈夫ですか?」
「ふぁ・・・ふぁい・・・しょうぶれふ・・・。」
ミスリルはロボット故に平気だが、明らかに生身の人間ではGで潰れても可笑しくない程
の速度で大龍神は飛んでいた。それ故に背にしがみ付いているスクープマスターに乗って
いたハーリッヒはかなり苦しそうだったが、辛うじて生存していた。流石はミスリルに
“地上最強のジャーナリスト”と言わしめるだけの事はある。
「じゃあそろそろ下ろしますね?」
「う・・・うん・・・。」
大龍神は瞬く間に地を埋め尽くすバイオゾンビ軍団の上空を通り過ぎ、ジャーナリスト
たるハーリッヒが戦況を撮影しやすいように周囲を見渡せる高い山にスクープマスターを
下ろした後、再びバイオゾンビ軍団の方へ向かった。
「わー! 何だお前のゾイドは!? 滅茶苦茶気味が悪いぞ!」
大龍神の全身に貼られた悪霊退散の護符や呪詛が速攻ガン=ジュツに突っ込まれていたが、
彼はすぐさまこう続けた。
「そんな事はもうこの際どうでも良い! とにかく奴等を何とかしてくれ! 特に後方の
ミロード村のジェネレーター内のムラサメライガーを死守する事が出来たら報酬は
三割り増しにしてやるし、今夜だってビフテキたらふく食わしてやるぞ!」
「な・・・なぁんですってぇ!? よっしゃ任して下さい! 汚名返上してみせますよ!」
ミスリルは妙に気合を入れ、大龍神をバイオゾンビ軍団の正面へ向かわせた。
「しかし・・・機械兵の亜種の癖に何と食い意地の張った奴だ・・・。」
呆れるガン=ジュツではあるがミスリルは真剣だ。バイオゾンビ軍団の火炎弾が雨の様に
飛び交う最前線に構わず大龍神を飛ばしていく。だが、それに気付かないバイオゴースト
では無かった。
『あれは・・・あの偽神か・・・。我に敵わぬと知りながらまたも来るとは愚かな奴だ・・・。
まあ良い・・・お前達・・・やってしまえ・・・。』
バイオゾンビが大龍神へ向けて手を振ると同時にバイオゾンビ軍団の火炎弾の照準が
一斉に大龍神へ向けられた。バイオゾンビの火炎弾は従来のバイオゾイドが装備していた
物とは異なり、怨霊の怨念の込められた炎である。これにより物理的なダメージと同時に
相手の精神にも打撃を与えてしまう。しかし・・・
『何?』
大龍神の全身に貼られ、描かれた悪霊退散の護符や呪詛はバイオゾンビの怨霊の炎を
容易く弾き返し、細かい傷さえ付ける事は出来なかった。それにはバイオゾンビ軍団も
一瞬浮き足立つが、今度は大龍神の各部の装甲が開き、内側からミサイルが現れた。
「さぁて! パワーアップした大龍神の強さ見せてあげますよ! ドラゴンミサイル
ディバイダァァ!! ドラゴンレェェザァァシャワァァァ!!」
大龍神の全身からミサイルが、四肢の爪からはレーザーがシャワーの様に発射された。
特にミサイルはそこからさらに多数の小型ミサイルが発射され、一気に戦場中のバイオ
ゾンビ軍団に降り注がれていくではないか。
「うわぁ! 俺達までやっちまうのかぁ!?」
最前線でバイオゾンビと戦っていた者達はたまった物ではない。何しろバイオゾンビと
入り乱れて戦っているのだから、このままじゃ彼等も大龍神の攻撃に巻き込まれ・・・る事は
無かった。何とまあミサイルもレーザーもバイオゾンビだけを正確に狙い撃ち、友軍の
被害は殆どゼロだった。
「地獄の火山島戦役の教訓って奴ですよ! あれでかなり痛い目に遭いましたからね!
乱戦でも使える敵味方識別式超広域破壊兵器の研究をやらないわけが無いでしょう?」
「すげぇ・・・何か良くわかんないけどすげぇ・・・。あいつがもし100年前のディガルド
戦争に本格的に参戦してたら・・・どうなってたんだ・・・。」
「と言うかあのバケモノを痛い目に遭わせる奴がいたのか…。」
日々進歩していくのは人類だけの特権にあらず。ミスリルもちょくちょく己を・・・そして
大龍神をパワーアップさせて来たのである。
「ドラゴンミサイルディバイダァァァ!! ドラゴンレェェザァァシャワァァ!!」
ミスリルの叫び声が戦場中に響き渡り、大龍神から放たれるミサイルとレーザーの雨が
あたり一面を埋め尽くすバイオゾンビ軍団を次々に破壊して行き、その様子をハーリッヒ
は興奮しながらカメラに収めていた。
「凄い凄い! やっぱり彼女は凄いわ!」
「でも何でわざわざ武器名を叫ぶんだ?」
態々武器名を叫びながら攻撃するミスリルにガン=ジュツは少し呆れていたが、これは
まあ文化の違いと言う奴である。地域によってはそれが当たり前な場所もあるが、
この大陸ではあまり一般的な事では無いのであろう。
「何故武器の名前を叫んで攻撃するかですって? そりゃぁ叫ばなくても別に出来ます
けど・・・叫んだ方が格好良いじゃありませんか? もっとこー派手にエコー効かせてさ!」
「いや・・・それはどうかと・・・。」
やはりガン=ジュツをはじめ、こちらの大陸の面々に武器名を叫ぶ文化は理解し難い物が
あったが、それでも大龍神のドラゴンミサイルディバイダーとドラゴンレーザーシャワー
は友軍を巻き添えにせずにバイオゾンビだけを正確に狙い撃ち、破壊して行った。
それだけではない。悪霊退散の護符や呪詛の効果がそれら武装にも影響され、バイオ
ゾンビの本体たる怨霊さえ浄化させて行った。
「ドラゴンミサイルディバイダァァ!! ドラゴンレェェザァァシャワァァ!!」
「って言うかお前のゾイド・・・どんだけ武器弾薬内蔵してんだよ・・・殆ど底無しじゃん。」
元々から単機で大規模勢力と戦う事を前提とした一対多用兵器として作られた大龍神で
あるが、デッドリーコングよりも若干大きい程度の体格でありながらも底無しとも取れる
異常な弾薬積載量に皆唖然とする他は無かった。
「むう…だが我が獅子は特別でござるよ?」
そのござる口調の男の言うとおりバイオライガーは一味も二味も違う。
昨日一昨日に鹵獲したバイオビーバーのビー介と違い…
このバイオライガーは明らかにライガーとしてパーツを作られた専用のフレーム。
所々にロンとガラガは見慣れたゾイドの姿を思い出すのだ。
「(こいつは…あのフレーム構造と足首に有るパイルバンカーの形。
ムラサメライガーだ。どういう手順で一回りも巨大なバイオゾイドに仕立てたのか?)」
「(何処かのソラシティだろ?あいつの話じゃカリンとか言う娘。
あいつの村を焼き討ちしたのがデカルトドラゴンだったって話じゃないか。)」
「(まあそうだね。でもバイオゾイドってのは起源が確り有る。普通の技術だけじゃ…
良くて大型でも戦闘力はラプター程度。ここまでの性能を誇るものには成らないんだ。)」
「その通りでござる。ご明察な貴公等に拙者が説明しよう…。
フレームの大型化などは既に周知の事実かもしれん。だが一般ゾイドのバイオゾイド化。
それには複数の手順と時間が必要でござるよ。まあ空の御屋形様の受け売りだがな。」
何処かのソラシティには一般ゾイドをバイオゾイドとして加工する技術が有る。
その上元のゾイドの特性を奪う事は無いらしいと言う事。
それを示すが如く大柄のバイオライガーは自らの背中を自ら切り開き…
サイズ相応のムラサメブレードを機体の外へ持ち出したのだ。
「では始めよう。いざ!尋常に…勝負でござる!」
三機のゾイドはお互いに向かって飛びかかる。
其処らで燃えている炎が揺らめき、それの照らし出す3機のゾイドの影が一つになり、
また三つに分かれる。そしてまたその手順を幾度と無く繰り返すゾイド達。
一歩も引くことの敵わぬ勝負は闇夜に金属の衝突が上げる閃光の軌跡を描き…
揺らめく炎はそれを煽るように勢いを増していく事になる。
「くそっ!大猿型はどうにも相手にしにくい!」
俺は困っていた。そもそも一般にコングと言われる類人猿型のゾイドは希少価値が高く、
余りお目に掛かれない所為もあって俺はまだこいつ等の戦闘方法に対する知識は浅い。
そんな物を更に豪華絢爛な改造を施されているマンドリル型。
折角なら熊型に変えれば良かったのにと無駄なことが俺の脳裏を過る。
「それ!それ!それ!それぇ!」
「おいっ!お姉え言葉になっているぞっ!?はっ!もしかして…そっちが本性ってか!?」
俺のテンションは赤熊のお姉え言葉の気持ち悪さに最底辺にまで下降している。
やる気がでなければどうにも調子に乗らないのがゾイドの操縦。
固有名詞の山を越え幾つかの装備を駆使してレッドマンドリルの攻撃を防ぐも…
完全に後手に回ってしまっている。肩から飛び出すハイドヘッダーで拳を受けると、
ビリビリと振動がビー介全体を包む。
全く大したパワーだ…明らかにサイズ負けしているのにパワーではビー介以上。
バイオゾイドとは言えかなりのパワーを持っている筈だがそんな事を全く気にしていない。
内部機構までかなり手が入っているのだろう…はっきり言って勝てる気がしない。
既にザ・烏合の山賊達は俺に壮絶な駄目出しを捲し立てられたために…
あっと言う間に足を洗った根性無し…アレフのウルファンダーの餌食と化していたようだ。
正直言って惨たらしい惨状が周囲に広がっている。
せめてもの存在の証と言った所であろうか?リーオの武器が姿を残すのみだ。
しかしこのロケーションは非常に不味い!
相手は類人猿型。其処らの武器を握って振り回す事など造作も無い。
当然其処らに転がった槍を手にとり素早く突きを放つレッドマンドリル。
いや!だから速い!速いって!こちらも必死で応戦するように長刀を咥えて善戦する。
しかし実力差は明白。昨日今日乗り込んだビー介で熟練の技を受けるのは難しい。
だがビー介の方も頭の回転が早くなり始めたのか?的確な装備の指示を出し始める。
「しめた!これで何とか五分にまで持っていける!」
「お〜ほっほっほほほほ〜〜〜!そんなに簡単に差を埋められるかよっ!」
言葉が混じっている。どうやら…素でこう言う微妙なハイブリット言語らしい。
どうしてこう成ったかは知らないが非常に残念な言葉使いだ。
「おまっ!お前のせいでしょうが〜!」
また槍の一撃が思考を呼んだらしい赤熊のレッドマンドリルから放たれる。
じきに俺は拡声器で呟きながら戦闘していた事を知るのだが…
はっきり言って誰にも突っ込んで欲しくなかったのはまた別の物語である。
と言うか…これで…また新しい一生の不覚が生まれてしまった瞬間だった。
「それでも…きつい!何か飛び道具でも有れば…?
こっこれは!?バイオ粒子砲!これなら少しは牽制に使えるかも?」
当然駄々漏れなのだがこれを聞いた赤熊は一気に動きに制限が掛かる。
じっと構えて逃げ道を見失わないように周囲を見渡している…そんな動き。
程なくしてバイオ粒子が砲撃に足るエネルギーを得て体中に循環。
極小の発射口から吹き出すように発射される。
序でにハイドヘッダーの口中からも発射されるので俺は思い切り寒気を覚えた。
「この…世…には…知らなくて良い事も有るって…ほんと…だね…。」
「ああ…まったくよ…ブラザー…。」
寸分の狂いも無いタイミングで敵の赤熊に相づちを打たれる俺。
そろそろ気付け!俺!きっと何処かでそう言う懸念が有ったのだが今は気付いていない。
なんて…鈍感なんだ!俺!東西馬鹿合戦はまだまだ決着には遠い。
「これで…全部かな?」
「ふっ…拍子抜けだな。折角のサイコ流を見せる暇すらなかったらしい。
そもそもサイコ流は(以下大量略)」
「どうやらロウフェンさんの方も塞から抜け出すことはできたみたいですが…?」
「きっと赤熊と戦っている最中です。」
「戻って方が良いんじゃないの?」
「気にするな。奴も無敵団の漢。絶対大丈夫だ。」
無敵団+アレフは山賊団を軽く蹴散らし移動中だ。口々に軽口を叩いているが…
本質的な危機が去っていない事は流石に分かる。
今度は赤の次は青。装甲の色が青で統一されたゾイド達が遠巻きで6人を囲んでいる。
「…ふうん。コマンドウルフ、モルガ、ん…?珍しいね〜純粋な恐竜型。」
アレフは極自然にその言葉を呟くが…この大陸では意図的に間引かれた種。
無敵団には見覚えのない姿が現れたことに成る。
「アレフ?知っているのか?」
ア・カンの何か説明を求めるような言葉に特に気にする事無くアレフは答える。
「バイオゾイドはアレを元にして作られたものだよ。彼奴はレブラプター。
バイオラプターの元になっていると言われるゾイド。それにしても…数だけなら多い。
どうします?良ければ僕だけでたたんでしまいますが?」
その問いに受信画像のア・カンは親指を下に向けた。
戦いが行われていたのはミロード村近辺のみにあらず、バイオゴーストの尖兵たる
バイオゾンビ軍団は大陸各地に分散し、各地を破壊して行った。
「敵の侵攻は止まりません!」
「ズーリやトラフ駐留軍は既に壊滅した模様!」
「これでは援軍も期待出来ないか・・・。」
とある都市での戦闘。慌しく飛び交う戦況報告に指揮官は諦めにも似た言葉を放った。
敵の数も性能も統率力も圧倒的。都市周辺に立つ防壁も何時まで持つか分からない。
休む事を知らぬバイオゾンビの大軍に成す術無く蹂躪されるのを待つだけだった。が・・・
突如都市から遠く離れた地点から放たれた強烈な光がバイオゾンビの一群を包み込み、
薙ぎ払い、消滅させた。覆面Xのジェノブレイカーから放たれた荷電粒子砲である。
しかも覆面X特製なだけあって荷電粒子砲の威力もノーマルとは比較にならない威力だ。
「あれは何だ!? 見た事の無いゾイドだぞ!」
「ディガルド戦争で使われたと言うバイオヴォルケーノに似ているが違う!」
「だが・・・とりあえず味方の様だぞ・・・。」
突然の彼等にとって正体不明の援軍に都市防衛部隊は浮き足立った。無理も無い話だ。
この大陸の人々はジェノブレイカーはおろかバイオゾイドではない恐竜型を知らないの
だから。だが、覆面Xは構わずジェノブレイカーを持ってバイオゾンビを掃討して回った。
「うぬぬ・・・だが何と言う数だ。これと同規模の連中がこの大陸中に分散してると言うの
だから恐ろしい話だ。これならミスリル君以外にももっと色々雇っとくんだったな〜。」
覆面Xは己の采配ミスに少し後悔していたが、今はそれを悔やんでいる場合ではない。
とにかくひたすらに荷電粒子砲でバイオゾンビを消していかなければならないのである。
また別の都市での戦闘。こちらは既に都市内部にバイオゾンビ軍団が侵入し、壮絶な
市街戦に突入していた。その上未だ市民の避難が完了しない内にそうなってしまったの
だから、もう阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「キャァァァ!!」
「ウワァァァ!!」
彼方此方で市民の絶叫が響き渡る。バイオゾンビは怨霊によって操られる、良心の存在
しない悪意の塊。だからこそ彼等は戦う術を持たぬ一般市民に対しても情け容赦なく
踏み潰し、消し飛ばした。その行為がますます市民の恐怖感をかきたて、市民同士の
衝突や押し合いへし合いによって圧死する市民や、転んだ為に群集に踏み潰される市民、
崩れた建物に潰される人々など、とても見ていられる物では無かった。
「一人でも! 一人でも多くの市民を非難させるんだ!」
この状況にあって防衛部隊は勇敢に任務を遂行した。しかし実力が伴わぬ彼等もまた
バイオゾンビに蹂躙されていく事しか出来なかった。が・・・その時突如バイオゾンビの
一群が空中から放たれた光の帯によって消滅し、消し飛ばされた。
「何だあれは!?」
何かに気付いた市民の一人が天高く指差す。その天高くには大蠍神の姿が合った。
背中からトンボの羽を思わせる透明の羽を生やし、超高速で羽ばたきながら華麗に宙を
舞いつつ、大蠍神は尾から放つ荷電粒子砲でバイオゾンビを次々に消して行った。
そしてバイオゾンビ軍団の気を引くがごとく、都市の外に降り立つ。
「もしかして・・・俺達を助けてくれるのか?」
バイオゾンビ軍団が大蠍神を標的と定め、追撃を開始した時、市民の一人がそう呟いた。
「ドラゴンミサイルディバイダァァ!! ドラゴンレェェザァァシャワァァ!!」
ミロード村近辺では、なおもミスリルの叫び声が周囲に響き渡り、多数のミサイルや
レーザーの超精密射撃がバイオゾンビ軍団を次々に蹴散らし、さらに護符や呪詛の力に
よって本体の怨霊を浄化させていた。
『まずい! ここは我直々に囮になる! 貴様等はムラサメライガーを潰せ!』
これ以上配下を潰させはせぬとバイオゴーストが前に出た。するとどうだろうか。何と
背中からモーフィング変形のごとくバイオプテラのそれをさらに禍々しくさせた様な
翼が生え、大龍神の所まで飛んで来たでは無いか。
「あらら、意外に部下にお優しい一面もあるのですね? 貴方らしくない・・・。」
『黙れ・・・これも目的達成の為なのだよ・・・。』
バイオゴーストは大龍神へ突撃し組み付いた。しかし何と言う事か、護符や呪詛による
効果ここにも現れ、大龍神に触れただけで焼ける様な激痛に見舞われた。如何なる
兵器の直撃にも全く平気だったと言うのに・・・
『うぉ・・・こ・・・これは・・・。』
「貴方に対抗出来る様に悪霊退散の護符やら呪詛やらを大龍神にね・・・。ちょっと不格好
ですけど・・・効果は大みたいですね。」
『なるほど・・・やっかいな事だな・・・。』
バイオゴースト本体の怨霊の表情は分からなかったが、表層に見えるバイオティラノを
さらに禍々しくさせたその顔からは苦笑いした表情が見受けられた。だが、それでも
バイオゴーストは激痛に耐え、配下のバイオゾンビ達に指令を送っていた。
『今だ! 我がこうして奴を押さえ込んでいる間にムラサメライガーを破壊せよ!』
「ちょっ・・・! そんな事はさせませんよ! 私にだってまだまだ手はあります!」
大龍神がバイオゴーストを蹴り上げて後方に下がった後ミスリルはキャノピーを少し開く、
そして彼女の右手の人差し指と中指には一つの小さなカプセルが摘まれていた。
「カプセル機獣ナンバー2! 大砲神! 敵の足止めお願いね!」
その掛け声の下放り投げられたカプセルから一体のセイスモサウルスが現れた。
「うわぁ! 何だあれは!? 首が凄く長いぞ!」
「キリンか!?」
「嫌・・・違う! アレは何だ!?」
91 :
◆.X9.4WzziA :2007/06/03(日) 08:11:36 ID:/kad7f/2
定期ageです。
この大陸ではセイスモサウルスはおろか恐竜型と言う概念さえ存在しないので人々が
戸惑うのも無理は無かったが、このセイスモもまた大蠍神と同じ様にハガネ専用機として
作られたセイスモゼノンタイプの同型機で、結局生身の人間の操縦を前提としない
超ピーキーなセッティングに扱えるパイロットが存在せず、結局ミスリルの下に流れ着き
“大砲神”の名を与えられると共にカプセル機獣化したと言う経緯がある。
ただ、砲撃の射程距離と言う意味では大龍神にさえ勝るが、それは事前に各地に分散
させた電子戦ゾイドのサポートがある事が前提である為、人出の問題でその様な真似が
出来ぬドールチームでは結構宝の持ち腐れ的な面が強かった。機動力も低いが故に
大蠍神の様に単独行動も出来ず、結局は大龍神の支援砲撃的なサポートに徹する事が
多かったのだが、それでも申し訳程度にミスリルの手によってマグネイズスピアを改造
して作られた感電では無く敵の分子結合の破壊を目的とした超高電圧ビーム砲
“簡易ドラゴンサンダー”を胴体側面に装備する事で中・近距離戦能力をカバーし、
その他頭部にスティルアーマーのスティルシールドを装備する事で弱点となりやすい
頭部を保護するなど、低予算ながらもそれなりの強化は施されてあった。
「あーっとこれはセイスモサウルスです! セイスモサウルスが現れました!
ミスリルの第二のカプセル機獣です! これは凄い! ここまで来ると反則です!」
戦場を広く見渡せる山の上で撮影に勤しんでいたはずのハーリッヒはあまりの熱狂ぶりに
実況まで始めてしまった。ぶっちゃけアナウンサーでも食えるのでは? と思える程・・・
『大砲神・・・またも唯一絶対神たる我を冒涜するか・・・。』
「そんな大げさな、ただ名前に神って付くだけなのに・・・。神様なんて八百万の神って
言う位沢山いるでしょうに。」
『その様な事は認めんな。まあ良い。ここで我が実力を示して本当の神は誰なのか
分からせれば良い事だ!』
バイオゴーストは再び大龍神へ突撃し、爪と爪のぶつかり合う空中格闘戦が始まった。
「これは凄い! チョップチョップ! チョップの連打だー!」
なおも実況を続けるハーリッヒであったが、大砲神はバイオゾンビの行く手を阻むかの
様に仁王立ちし、その大きく開かれた口を辺り一面のバイオゾンビへ向けた。
そして口腔部から放たれる超集束荷電粒子砲“ゼネバス砲”の一撃。地平線の彼方から
迫り来るバイオゾンビ軍団の左端から右端までを横薙ぎに放ち、直後に大爆発。まるで
爆風で一つの巨大なドームが形作られる程の物である。かつて悪魔の光と呼ばれたそれは
今度は怨霊から人々を守る希望の光となったのか・・・
「凄い! 敵の一群がまとめて吹き飛んだぁぁ!!」
ハーリッヒは大熱狂で実況を続け、大砲神はゼネバス砲に加え、全身に装備された各種
レーザー兵器を雨の様に撃ち出しバイオゾンビ軍団を蹴散らし続けていたが、その光景に
キダ藩兵士やミロード村から非難して高台から見守っていた村人達は微妙な心境だった。
「何と言う恐ろしい事だ・・・どっちが化物かわかりはしない・・・。」
「所詮毒を持って毒を制すと言う事なのだろうが・・・果たしてあんな化物に頼って
生き延びても良いのだろうか・・・。」
「ああ・・・ルージ様が・・・ルージ=ファミロン様がご健在なればあの様な化物に頼らず
とも良かったと言うのに・・・。」
だがそのような事を悔やんだ所で仕方が無い。彼の様な存在が今の時代にいない以上
生き延びる為には例え屈辱を味わったとしても、また別の化物と言える存在に
頼らなくてはならない。それが現実なのである。
「超斬鋼光輪ドラゴンスマッシャァァ!!」
大龍神の両翼の丸ノコギリから放たれる荷電粒子エネルギーの塊がバイオゴーストへ
放たれた。ギルタイプの代名詞とさえ言われるビームスマッシャーの超強化版である
それは悪霊退散の護符や呪詛の力で怨霊さえ斬り裂く事を可能にしていた。が・・・
『なんの!』
なんとバイオゴーストは自らで身体を切り離し、分断する事でドラゴンスマッシャーを
回避していた。実体として存在するのは外部の装甲部分のみで、その内部には何も無い
がらんどうであるからこそ可能な技である。今のドラゴンスマッシャーは怨霊を切断する
所か触れるだけで浄化させてしまえる力を持っているのだが、逆に言えば完全に回避され
触れられ無ければ意味は無かった。
『その様な付け焼刃で神を斬る事など出来るわけがあるまい。』
今度はバイオゴーストが己の力で分断した体の部位の一つ一つが大龍神に襲い掛かった。
バイオゴーストは幾千幾万の怨霊の集合体であるが故に、その各部が独立して稼動する事
も可能であった。それ故に各部のそれぞれがバイオメタル製の質量砲弾として大龍神に
襲い掛かるのである。
「キャッ! 痛い痛い!」
悪霊退散の護符や呪詛の恩恵で大龍神も防御力が上がっているとは言え、あらゆる角度
から何度も打ち付けてくるバイオメタル塊の攻撃は痛かった。しかもバイオメタル塊の中
にはクリスタルパインも含まれているのだから、TMO鋼で全身を覆う大龍神で無ければ
今頃細切れにされていたであろう。
『やはり最大の取り得は頑丈さか・・・だがな・・・。』
バイオメタル塊による連撃で怯んだ大龍神に対し、再度一つの体として再結合したバイオ
ゴーストはその巨体で大龍神の上にのしかかった。その間も護符や呪詛によってあちこち
が焼け付いていたのだが、それでもバイオゴーストは大龍神を強く抱きかかえ、己の
巨大な翼を広げて急降下を始めたのである。彼等の標的であるミロード村へ向けて・・・
『貴様のその頑丈な体そのものをムラサメライガーへぶつけてやろう・・・。』
「きゃぁぁぁ! それは勘弁して下さいよ!!」
大龍神を抱えたバイオゴーストはミロード村へ突撃して行く。しかしミスリルはそう
させない為に雇われた。大龍神の翼の出力を上げ、逆噴射をかける。
「でぇぇぇい!!」
惑星Ziの重力圏さえ振り切る事が可能な大龍神の翼の力によってバイオゴーストの
スピードは緩み、辛うじてミロード村の一歩手前に落下する事で突撃を防いでいた。
「これならどうです!? ドラゴンプレッシャァァ!!」
素早く体勢を立て直した後、大龍神は己の前脚の爪をバイオゴーストの頭部側面に押し
当てて挟み込み、そのまま潰そうとする。そこからさらに後脚を使ってムエタイの膝蹴り
を髣髴とさせる強烈な蹴りでバイオゴーストの下顎を蹴り上げた。
『ぐおぉ!?』
蹴りによって強く噛み込まれ、己の牙で上顎と下顎がぐちゃぐちゃとなると共に大きく
怯んだバイオゴーストをさらに後脚だけで立ち上がった大龍神の両前脚による強烈な
張り手が何度も叩き付けられた。
「今度は張り手! 張り手! 張り手の連打だー! これは横綱も狙えますよー!」
何かいつの間にかにスクープマスターがミロード村まで駆け付けて来ており、ハーリッヒ
の熱狂的な実況が行われた。しかし、ついにミロード村のすぐそこまで戦線が移行して
しまったが為に非難していた村人は大騒ぎだった。
「うわぁ! オラ達の村がぁ!」
「もっとしっかりやってくれぇ!」
ミロード村の遠くでは大砲神が孤軍奮闘してバイオゾンビの大軍を押さえてくれていたが、
大龍神とバイオゴーストと言う超規格外同士の激闘が行われればムラサメライガーの眠る
ジェネレーターどころかミロード村そのものが地図から無くなってしまう事も必至だった。
「もし本当にそんな事になったら報酬所か私の方が賠償金を払わないといけなくなるかも
しれません! その様な事は絶対にさせませんよ!」
大龍神はバイオゴーストの顔面に張り手を何発も打ち込みながら少しでもミロード村から
バイオゴーストを引き離そうとした。
『偽神の癖に唯一絶対神を嘗めるなぁ!』
「それは私と大龍神を実際に討ち破ってから言って下さいよ!」
護符と呪詛の恩恵によって怨霊にもダメージが入る張り手でバイオゴーストは大きな
ダメージを受け、後退を余儀無くされていたがその目は死んでおらず、むしろ勝利を
確信している様な・・・そんな目をしていた。
『集まれ・・・我の下僕達よ・・・我の手となり足となって偽神を討ち破ろうぞ。』
そもそもバイオゾンビそのものは、あくまでも亡者の怨霊によってゾンビとして蘇った
バイオゾイドである為、それ相応の攻撃力があれば倒す事は可能である。だがその本体の
怨霊に対して物理的な攻撃は無意味に等しい故、完全なる解決には程遠い。そして、
バイオゾンビの体は破壊されようとも、本体は健在であった怨霊達が大陸各地からバイオ
ゴーストの召集の下に集結。そのままでも強力な怨霊の塊であったバイオゴーストは
さらなる怨霊の結合による霊力を得てより強大に進化していた。
「えぇぇぇ!? そんなの反則ですよぉ!」
『何とでも言うがよい・・・。これだけの数の配下を束ねるこの私の強力なカリスマ。
これもまた唯一絶対神の成せる業だとは思わないか?』
「でも従ってるのはみんな悪霊じゃないですか。神どころか大魔王ですよ。
それに・・・大切なのは数では無いと私は思うのです。」
『言ったな・・・。ならば神の戦士の結束力を見るが良い・・・。』
直後バイオゴーストの右腕部の爪が3割程度巨大化し、一気に大龍神に叩き付けた。
大龍神もとっさにドラゴンクローで受け止めてはいたが、さらなる怨霊の集結によって
強化されたバイオゴーストのパワーは以前の比較にあらず、派手に吹っ飛ばされた挙句
ミロード村の民家を10棟程潰してしまっていた。
「あー! オラの家がー!」
「こらぁ! もっとしっかりやれぇ!」
非難していた高台からはその様な村人の悲痛の叫びが飛び交うが、残念ながらミスリルの
耳には届かず、結局戦闘による音とハーリッヒの実況しか聞こえる事は無かった。
「なんと言う事でしょうか! 怨霊の王はさらなるパワーアップを遂げたぁ! これでは
流石のミスリルと大龍神も大ピンチかー!?」
『さあ立て。貴様の様な神を冒涜する愚か者に唯一絶対神の戦いと言う物を見せてやる。』
バイオゴーストはゆっくりと大龍神へ歩を進めていくが、その時だった。
「それ以上はさせないのよぉぉ!!」
突如として何者かが超高空から急降下し、バイオゴーストの後頭部に叩き付けていた。
『うぉぉ!』
バイオゴーストは大きく怯み、項垂れた。いい加減くどい様だが、怨霊が本体である
彼等に物理的な攻撃は通用しない。それ故に今の大龍神の様に怨霊にも効果がある処理を
施すか、同じ霊そのものでなければダメージを与えられ無いのであるが・・・、そう、
バイオゴーストに奇襲をかけたのは幾千幾万の善霊を味方に付けて復活したティアの
ゴーストンだったのである。
「ミスリル大丈夫なの!? ってキャハハハ! 何その全身にベタベタ貼られたお札!」
「余計なお世話です! って…ティアちゃん無事だったの・・・うわぁぁぁん! 無事で
良かったぁぁ!」
余程嬉しかったのだろう。場の空気を読まずに大龍神がゴーストンに掴みかかり、
物凄い速度で頬擦りしていたのだが、その隙をバイオゴーストが突かぬはずはない。
『き・・・貴様・・・まだ生きておったのかぁ・・・!?』
「いや・・・既に死んで霊になってるんだからそういうのはどうかと・・・。」
だが、幾千幾万の善霊の力を得てパワーアップしたティアとゴーストンの力は圧倒的
だった。たった一発のパンチで巨体を吹き飛ばし、本体の霊にもダメージを与える。
しかしそれだけで終わらない。パンチの勢いで空中回転したゴーストンの脚がローリング
ソバットの様な形となって追い討ちをかけ、さらに霊力によって遥かにパワーアップした
ビームランチャーの一撃がバイオゴーストの巨体を飲み込んでいた。
『おのれ・・・たかが小娘一人の霊ごときに何故神である我が・・・。』
「一人では無いのよ! おじちゃんが沢山の怨霊の塊なら・・・私も沢山の人の協力で
ここにいるのよ!」
「え? それって・・・。」
バイオゴーストが怨霊の集合体ならば今のティアとゴーストンは、人々を守る為、
平和を守る為の礎、捨石となって行った者達・・・善霊の集合体。そしてティアとゴーストン
を護るように背後にオーラとして存在する幾多の善霊達の姿がミスリルの目にも
一瞬見えたような気がした。
「あ・・・あれは・・・一体どういう事なのでしょうか・・・?」
疑問を抱えながらも実況を続けようとするハーリッヒであるが、突然覆面Xからの
通信が彼女のスクープマスターに届いた。
「ハーリッヒ君・・・君はZゴースト事件をご存知かね?」
「Zゴースト事件って言うとあの幾多の凄腕ゾイド乗り達を廃人寸前にまで追い込んだ
って言う謎の幽霊ゾイドが起こした事件の事でしょ? あれがどうしたの?」
「フッフフ・・・実はミスリル君と一緒に入るティア君こそがZゴーストの正体なのだよ。」
「あーっと! そ・・・それはひょっとしてギャグで言っているのかー!」
何か実況的な突込みを入れているハーリッヒだが、覆面Xは両手を振る。
「戦争になったほうがお前さんの会社は儲かるンじゃないのか?」
「世の中のことが分かっとらんようだな。これだからゾ・・学のない奴は困る。そうだな
・・・分かりやすく説明してやろう。例えばゾイドを作るためには大量の金属が必要に
なる。その鉱山はどこにある」
「西方大陸だな」
「そうだ。中央大陸では長年の戦争で主要な資源はあらかた採掘し尽くされ、北方大陸も
同様。世界中が西方大陸の鉱山に依存している。ところがそれらを使うゾイド工場の大半
は、東方大陸にある。原料を採った場所で製品を作るのが最も効率のいい方法だが、もと
もとゾイテックをはじめとするゾイドメーカーは東方大陸に生産拠点を持っていた上に西
方大陸が政情不安定なために設備投資するのを嫌っている。このため、わざわざ海を渡っ
て東方大陸に原料を送ってゾイドを作り、製造後に中央大陸ほか世界中に出荷しているの
が現状だ」
「なるほど、経済のグローバル化、だな」
「山賊風情にしては察しがいいな。かつての中央大陸戦争までは、自前の鉱山で掘った原
料を使って自前の工場でゾイドを作り、自分の領地を守るために戦うのが一般的だった。
まさに自給自足の世界だな。だがそういう前時代的な、生産効率の低いスタイルは今や
ナンセンス。しかしこれだけグローバル化すると、物流コストというのも馬鹿にならん。
もし戦争なんぞになってみろ。運賃は上がる、保険料も上がる、こちとら商売あがったりだ。
それが小規模かつ地域限定の紛争ならそれでもいいだろう。ヘリックとゼネバスの全面
戦争となれば話は別だ。ガイロスも状況によっては介入してくる。中央大陸だけでは話は
終わらない。各国の属領を持った西方大陸も巻き込んだ世界戦争になる」
「先刻までやってたような一地方の小競り合いで済むならこちらも利益になるから大いに
結構だが、世界規模となればどうシュミレートしても儲けにはならん」
「言いたいことはそれだけか」
「む?どうした」
自分でもぞっとするほど冷たい声が口から流れ出る。相手も俺の態度の変化に気がつい
たようだ。
「お前は越えてはならない一線を越えた」
俺のように世の中の底辺を生きている者には、いや最低の行き方だからこそ、必要最低限
のモラルは持っている。それを失えばもう人間以下になるという境界線。男の尊厳と言って
もいい。俺の脳裏には篭城していた連中の顔が一人一人、焼きついている。あの気のいい
連中は勝てないと分かっていながら、胸を張って戦い、死んでいった。それをこいつは損得
勘定でビジネスとして量ろうとしている。俺にはそれが我慢できなかった。
もういい!資料なんぞくそくらえだ。このまま中の人間ごとコクピットを押し潰して、
製鉄所の溶鉱炉の中に叩きこんでやろう!それだけでは生ぬるい。二度と日の目を見ない
ようにオリンポス山の火口に放り込んでやる!
俺はコマンドウルフの首をマーダのコクピットに向ける。バイトファングは既にエネル
ギー注入され、発光している。そのまま首を伸ばして一息に噛み砕こうとする。
「死ねいっ!」
だがその瞬間、軽い違和感をおぼえた。まるで自由落下をしているような・・・
「重力低下、0.7Gを切ってさらに増加中」
自然条件で重力が低下するわけがない。とすれば「マグネッサーか!」
マグネッサーの指向性をこちらに向けて、こちらの重量を減少させているのだ。
「パイルアンカー、作動」
俺の意識を感じて、ウルフの足首に装備された緊急停止用の杭が射出される。軽い衝撃
がコクピットにも伝わる。前肢のはマーダの装甲に食い込み、後脚のは地面に固定される。
だがこれで一安心というわけにはいかなかった。マグネッサーの影響でこちらの重量は
半分以下に抑えられているはずだ。マーダは寝転んだ姿勢で、上になっている右足を軽く
揺すり、次いでぶんと大きく振った。その右足にはコマンドウルフが刺さったままだ。
重量が低下しても質量そのものが減少しているわけではない。振られた勢いで俺のウルフ
は跳ね飛ばされたが、杭の刺さったままのマーダの右足も、根元からちぎれて飛んでいく。
ところが、マーダはその勢いを利用して上半身を起こすと、あろうことか片足で立ち上
がり、何事もないかのように静止する。
「な・・・」
俺は二の句がつげなかった。通常、二足歩行ゾイドは足を失った際には無理に立とうと
せず、安全に倒れるようプログラムされている。戦闘中に不安定に立っていれば敵の格好
の標的になる。まだ倒れている方がましだからだ。搭乗者の速やかな脱出のためにも倒れ
ていた方が都合よい。ということは、今マーダが左足一本で立っているというのは、操縦
者がマニュアルで立たせているということだ。これは相当な操縦技術を必要とする。荒事
に無縁な生っちろいセールスマンに出来る芸当ではない。
「ちょっとちょっと、面白そうなことやってんじゃないの。でも私をさしおいて勝手に話
を進めるのはいただけないわね」
無線からは、聞きなれない女の声が返ってきた。いや、俺にとっては久しぶりの声か。
頭が痛くなってきた。
「いやいや、別にジョークでもギャグ何でもないのだよ。Zゴーストだった頃のティア君
もまた、あのバイオゴーストと同じ様に幾多の霊を取り込んで力としていた時期があった
のだ、それがミスリル君との戦いの結果、今の様になっていたのだが・・・どうやら
ティア君はバイオゴーストとは真逆の存在・・・すなわち善霊の力を得て再びZゴースト
としての力を取り戻した・・・いやもはや超Zゴーストと呼んでも過言ではあるまい。」
「超Zゴースト・・・。」
「そうだ。怨霊と言う存在が明確に確認されたと言う事は、その逆の存在・・・即ち
善霊がいた所で何ら可笑しい話ではあるまい。」
大龍神と超Zゴーストとなったゴーストンのダブル攻撃にバイオゴーストも
ここまでか・・・と思われた。
『ほざくなぁ! たかが霊の寄せ集めごときが唯一絶対神に勝ると思うか!?』
「おじちゃんだって霊の集まりじゃないのよ!」
バイオゴーストは己の顔面目掛けて放たれたゴーストンの拳を片手で受け止めた。
『唯一絶対神と、我に従いし神の戦士達との結束を甘く見た様だな・・・。』
なんと言う事か、大陸各地からかつてバイオゾンビであった怨霊達がバイオゴーストの
下へ集結し、融合しているではないか。それ即ちバイオゴーストはまだまだ強くなる事を
意味している。確かに悪霊退散の護符や呪詛によって浄化させた怨霊も多いが、それでも
全体から見れば氷山の一角でしかないのである。
「こ・・・これはまずい!」
とっさに大龍神のドラゴンスマッシャーでバイオゴーストからゴーストンを切り離すが
それでもなお彼方此方から怨霊達がバイオゴーストへ集結しているでは無いか。
「な・・・何と言う事でしょう・・・。」
ミロード村の遥か外では大砲神が仁王立ちし、バイオゾンビ軍団を足止めしている。
それ以外の各地でも大蠍神、覆面Xのジェノブレイカー、各国軍がバイオゾンビの猛攻を
止める為に死に物狂いの抗戦を続けているのだろう。しかし、霊にもダメージを与えうる
装備無しで破壊した所で怨霊は倒せない。つまりバイオゾンビを倒せば倒す程、怨霊が
バイオゴーストへ集まり、よりパワーアップさせる事に繋がっていた。
『フフフ・・・だがもう貴様等に我を攻撃する事は不可能だ・・・。』
「何ですって!?」
『これを見るが良い!』
その時だった。バイオゴーストの実体のある部分、装甲の各部に幾百もの人の顔が
浮かび上がったのである。
「うわぁ! 怖い! これが噂に聞く人面疽って奴ですか!?」
思わず大龍神も退いてしまう程、バイオゴーストの全身に浮かび上がった人の顔は
不気味であったが、それは形だけの代物では無かった。
『助けてくれぇ・・・。』
『うわぁぁ・・・苦しいぃぃ・・・。』
『ママー! ママー!』
「え!? こ・・・これは・・・。」
なんと言う事か、その人の顔は一つ一つが生きているかのように動き、呻き声を
上げているではないか。
『フッフフ・・・我を形作っているのは貴様等の言う怨霊だけでは無い・・・。我等によって
死した者の魂達もまた我等によって取り込まれ、力となるのだ・・・。』
「と・・・言う事は・・・その人面疽は・・・貴方達に殺され、取り込まれた人々の霊・・・。」
かつてディガルド武国もまた機械兵の動力源として人々の魂を使っていたと聞く。それが
100年の時を得て、かつてのそれ以上の悲劇が目の前で繰り広げられたのである。
「じゃ・・・じゃあ私達が貴方に与えたダメージは怨霊だけじゃなく・・・貴方に取り込まれた
罪無き人々の魂達にも与えていたと言う事ですか?」
『そういう事だ・・・。』
「あーっと何と卑劣なぁ! これでは沢山の人々を人質に取られてるも同義だー!」
相変わらず実況を続けるハーリッヒだが、その間もバイオゴースト全身の人の顔は
悲痛な叫び声を上げ続けていた。
『うぎゃー! 助けてくれぇぇ!』
『お母さーん!』
『うわぁぁぁ!』
「こ・・・こんなの・・・とても攻撃出来ないのよ・・・。」
ゴーストンは砲を下げてしまった。融合している善霊達が罪無き民間人に銃を向ける事を
拒んだのである。そうなってしまえばバイオゴーストにとってカモも同然。尾の一振りで
村に面する海にまで吹っ飛ばされてしまった。
「ティアちゃん!」
『さあ次はお前の番だぞ・・・。』
なおもバイオゴーストの全身の顔が悲痛な呻き声を上げ続け、大龍神へと近寄った。
『お前にこれだけの罪無き人々を巻き添えにしてまで攻撃出来るかな?』
「ドラゴォォン!! ガトリンングッ!!」
『!?』
有無を言わせずに響き渡るミスリルの声と共に大龍神の首下のプラズマ砲のさらに下に
位置するシャッター部から巨大なガトリング砲が現れ、幾多の人面ごとバイオゴーストに
撃ちまくったではないか。
『ギャァァァァ!!』
『ウギィィィ!!』
『助けうぇぇ!!』
構わずガトリング砲を乱射するミスリルと大龍神にその場にいた誰もが愕然とした。
ガトリング砲から無数に放たれる弾丸はバイオゴーストの装甲を、装甲表面に浮かび
上がっている人の顔もろともに貫いた。人面の悲鳴が周囲にはさらに悲痛に響き渡り、
真っ赤な血が飛び散り、バイオゴーストの漆黒の装甲を赤く染め上げていた。
『な・・・何故だ・・・何故こうもあっさり・・・。』
「ごめんなさいね・・・私・・・貴方が思ってる程良い子じゃなくってさぁ!!」
素早くガトリング砲を内に収め、急接近した大龍神はドラゴンクローで無数の人面ごと
バイオゴーストの身体を斬り裂き、斬り潰した。バイオゴーストの本体は怨霊であり、
装甲も確かに金属質であるが、装甲表面に浮かび上がったバイオゴースト&バイオゾンビ
によって命を奪われた人々の顔は普通の人間となんら変わらない。それをミスリルと
大龍神は構わず潰し、斬り裂いた。
『うぎょぁぁぁ!!』
『ぎひぃぃぃ!!』
「止めて!! 止めてぇぇぇ!!」
何とも言い難い悲痛の叫び声が響き渡り、それを避難先から見た村人は耳と目を塞ぎ
必死に泣き叫んだ。しかし、ミスリルと大龍神は止めない。その上笑っていたでは無いか。
「既に一度死んでる人間でしょうがぁ! んなの構ってられますかぁぁ!!」
ミスリルの両眼は鋭くなると共に赤く輝き、全てを見下すような不敵な笑みを浮かべて
人面共々にバイオゴーストを斬り潰し続けた。ジェノサイドモード・・・。普段優しさと言う
理性に抑えられたミスリルの本性が解放される状態。こうなったミスリルは誰にも
止められない。無論超Zゴーストとなったティアとゴーストンも・・・
「アハハハ!! アァァッハッハッハッハッハ!!」
『うごぁぁ!!』
『やめ・・・やめぇうおぇわぉ!!』
ハーリッヒの実況さえも止まり、ただただミスリルの笑い声と人面の絶叫が響き渡るのみ。
ミロード村は忽ちの内にミスリルと大龍神の殺戮ショー会場と化してしまった。
まあ既に死んでる者を傷付ける行為が殺戮と言うのかは怪しい所であるが・・・。
『おのれぇぇ!! 唯一絶対神を嘗めるなぁ!!』
バイオゴーストとて何時までもやられっぱなしではない。怨霊を右腕に集結させ、コング
タイプさえ凌ぐ程巨大化させた後にそれを持って大龍神を殴り飛ばした後でミロード村の
中心に位置するジェネレーターへ己の口を向けた。
『我の目的はあのジェネレーターの中で眠るムラサメライガーを破壊し、この大陸の
愚民全ての希望を奪い去る事にある。貴様の相手はその後でゆっくりやってくれるわ。』
バイオゴーストの口腔が黒く輝き、怨霊の怨念が集束されて行く。バイオゴーストの持つ
怨霊粒子砲を放とうと言うのである。この様な物が命中してしまえばムラサメライガー
所かジェネレーターそのものがまとめて消滅してしまうだろう。
『唯一絶対神に逆らった報いを受けよ・・・食らえ・・・神の雷!』
100年近い長きに渡って怨み、つらんで来た怨霊の悪意の塊が放たれた。地を、民家を
消し飛ばしながらジェネレーターへ迫っていくが、その時、大龍神が行く手を遮った。
「さて…指令承りましたっと。」
そう言い終わるが速いかウルファンダーは青装束のゾイドに襲いかかる。
普通に考えて象型とも言えばのっしのっし歩くと言うのが常識だが?
実際こいつものっしのっし歩いている。歩調はむしろノーマルの方が速いぐらい。
だが問題は…一歩の歩行距離である。
妙な浮力が加わっているのか一歩で30mは軽く歩いているウルファンダー。
あっと言う間に森に消えてしまう。
そして…十秒も経たない内に大乱戦に発展する。
「ちょっ!?ちょっと待て!!!エレファンダーだぞ!エレファンダーだぞ!
何でレブラプターよぎゃああああああっ!?」
「うわっ…来るな…くるぎやあああああ!!!」
「ばっ馬鹿!下手に乱射するっ!?……」
ウルファンダーに戦線を割って入られた青装束のゾイド達は大混乱に陥る。
同士討ちで散るゾイド。ウルファンダーに踏み潰されるゾイド。
鼻に束になってな伎払われるゾイド達。
器用なまでに行われる戦闘はウルファンダーの軽やかな足取りから浮き世離れ…。
夢で見ると寝起きが悪そうになる悪夢の一ページを開いたかの如く。
「耳で羽ばたけ!〇〇〇!だな。」
「ダ〇〇は不味いんじゃないですか?」
「〇〇ボなら大丈夫であろう!これぞ(以下略)」
「もう〇ン〇でいいじゃな〜い?」
「伏せてる意味が無いですよ…。もう…。」
実際にウルファンダーの耳は非常に大きいのでこう言う事になってしまったのであろう。
ラ・ムゥの呆れ返った突っ込みを残り四人は完全に無視している。
そんな間にも青装束のキャノリーモルガが牙に打ち上げられ空中で爆散。
それを合図にしたのか?生き残ったゾイドは各自解散退却を始める。
「逃がさないよぉ〜…ってあれっ?乱数加速!味な真似をっ!」
一定時間単位に加速減速をゾイドに任せる必殺の逃走術の前に…
ウルファンダーは残りを取り逃してしまう。ここいらの技術は腕で如何こうするのは不可能。
アレフは諦めて無敵団の後を追う…だがその先では更に面倒が前倒しに成っているのだ。
「ぬう…流石はディガルドを討ち果たしただけは有る。だが!
拙者を軽くあしらおうとは不届至極!我が剣その程度の覚悟で捌けるものか!」
全く以てその男の言うとおりだ。
一回りも大きいムラサメブレードの斬撃の威力は既にジーンのバイオティラノの域。
そう言う領域に達する衝撃を同時に相手に与える。
「こいつは参ったね…ガラガ!こっちのグランドスターはもうそろそろ限界だ。
もしもの時には…ね?」
「もしもだろ!まだ決まったわけじゃねえ!行くぜ!うおりゃああああ!」
「それでこそ!やっと本気を見れそうでござる!いざ!参るっ!」
しかしバイオライガーの攻撃はムラサメブレードではなく角や爪等の突起物。
今まではムラサメブレードのみでの攻撃しか行わなかった相手の手の変化。
手加減を加えられていた事を改めて思い知ったからには…
もう逃げなんて手は通用しない。
「てめぇ…俺の腹を括らせたことを公開させてやるぜ!」
既にゾイド同士のサイズ差は戦力差と成らない。なら手数で優れる二対一。
形勢は少しづつガラガ、ロン側に傾き始めていた筈だった。
「なんだぁ!?この青尽くめのゾイドの群れはっ!赤熊!お前の援軍か?」
「そんな訳ないでしょ〜!てめえの味方じゃねえのぉ?」
一切話が噛み合わない。俺と赤熊が相手の増援と思っているという事は…?
最悪の状況が俺の脳内で成立する。序でにビー介の方も気付いているようだった。
検証や、確認の為に粉を振り掛ける必要のない答えが返ってくるのは正直…
勘弁しろ!
レッドマンドリルとビー介の元居た場所には小規模のクレーター。
「「敵だぁああああああああ!!!」」
何とも情けない声がはもり微妙に嫌な気分になるがそんな事を気に掛ける暇など無い。
逃げ道が前方しかなかった為マンドリルとビーバーのラブシーン…ができ上がる。
「おい!休戦だ!休戦!前もこのパターンでタコ殴りにされた!」
「わかった!わったから!落ち着きなさい!もうっ!」
ここまで来てもお姐言葉が抜けないとは…もしや?
「赤熊…つかぬ事を尋ねて良いか?」
「良いわよ?」
「ちょっとちょっと、面白そうなことやってんじゃないの。でも私をさしおいて勝手に話
を進めるのはいただけないわね」
「うわぁ!何だお前は!」
「やれやれ・・・」
「え〜、なになにどうしたの」
無線も使って四者四様の言葉がこだまする。
「何だお前は!どうやってここにいつから入ってきた!?」
「失礼ね、最初っからいたわよ。あんた、今日の昼過ぎ、このマーダに乗ったときから一緒
に乗ってたのに気づかなかったの」
「そんな馬鹿な!これは一人乗りだぞ!そんなスペースあるわけないだろう」
「馬鹿とは何よ馬鹿とは。そんな悪い言葉遣いする子には、お仕置きよ、えい!」
「ひとの尻を勝手に叩くんじゃない!・・いやちょっと待て、シートの上から、今どうや
って俺の尻を叩いたんだ!」
「あーもううるさいなあ。男は寡黙な方がモテるって知らないの。そんなだから未だに童貞
なんだよ」
「うるさい、余計なお世話だ!」
あーほんとに騒がしい。セールスマンの相手をしているのは二十代半ば位の艶のある女性
の声だ。予想外の闖入者だが、俺にはだいたい見当がついていた。
「おい、ひとつ聞きたいんだが、そこにいる女は黒髪で、黒い服を着てるだろう」
「なんだよく分かったな」
「ついでに、その女の目の色は、碧(みどり)色じゃないか?」
「その通りだ。そういえば珍しい色だな。知り合いだったのか」
「いや知り合いってほどのもんでもないけど・・・」
「なんだったらゾイドイブと呼んでもいいわよ〜♪」
「ふざけやがって・・・」
都市伝説の類だ。年に一度あるかないか、地方新聞の一隅やオカルト雑誌に奇妙な女性
の記事が掲載されることがある。昨年はテュルクのとある町で発生した正体不明の伝染病
患者を癒し、一昨年は旱魃に苦しむ東エウロペの村に雨を降らせて一夜で水没させたり、
その前には大量発生した野良ゾイドの群れを不思議な呪文で追い払ったとか・・・いずれ
も黒い服を着た黒髪の女性であること。名を名乗ることがないが人智を超えた能力を発揮
することからゾイドイブと呼んで神聖視する者が多い。
そしてその瞳の色。エメラルドを思わせる碧色の瞳など、この惑星中捜したって、他に
はいない。
間違いない。16歳のあの夜、俺と師匠を引き合わせた人物。俺が「魔女」と呼んで捜
している女。ユーリを普通の人間に戻してやることの出来る可能性。おそらく師匠にブレ
ードライガーを与えたのと同一人物。
何年も探して全く手がかりがつかめなかったというのに、こんなところで出会うとは。
予想外で何の準備もしてないが、この偶然を逃すことはできない
「最初から乗ってた、と言ったな。ではあの戦場にいたわけだ」
「まあね。最近では滅多にないドンパチだったからね。ずーっと見てたわけ。そしたら後
始末も終わってないのに、この兄ちゃんがいそいそと移動するじゃない。ははん、これは
何かあるなと思って一緒にゾイドにもぐり込んで、ついて来たわけ。まさかこんなところ
で足止めくらうとは思いもよらなかったわ」
「悪かったな」
「ひとつ、良い事を教えてあげる。あの城の近くに埋もれてるっていう金属の塊ね、あれ
はゾイドの残骸。そこまではあんたたちの推察の通り。遠い遠い昔、古代人は神々に対抗
するためにゾイドを使って長い長い戦いを続けていた。それは種としての生存を賭けた戦
い。その戦いに負けたゾイドの多くが捕獲され、餌にされた。噛み砕かれ、齧られ、啜ら
れたあとの残骸は一箇所に捨てられ、やがて戦いが終わり異様な神々が姿を消しても弔わ
れることもなく、風雨にさらされ、除々に土が積もって人目につくことすらなくなった・・・
あれは戦士の残骸、神々の食べかす。人間で言うところの貝塚。動くもの一つとしてなく、
掘り出したって屑鉄の原料にしかならないけどね」
「神々との戦い?古(いにしえ)の書物に記されたあれか。おとぎ話じゃないか。それを
信じろと言うのか」
「信じるか信じないかは自由だけどね」
俺もにわかには信じがたい。確かに人間がゾイドを使って神々(と称する怪物)と戦う
話は伝承として世界各地にあるし、古代遺跡の壁画にも残っている。だが考古学者や文化
人類学者達は単なる作り話と認識している。為政者が自分の偉大さを喧伝するために話を
作るのは古今東西よくある事だ。人間と争ったという神々の痕跡、例えば化石などの物的
証拠もない。彼らはどこに消えたのか?オカルト系狂信者どもは神々は滅んだのではなく、
今も或いは地底深く、或いは海底の深遠に潜んで復活する機会を伺っていると主張してい
る。ま、死体があったとしても長年の地殻変動でばらばらになって判別がつくはずもない
んだが。
どちらにしても、こいつが俺達に嘘をつく必要がないのだから、この説明は正しいとい
うことになるのだが、
「問題は、それを全ての人が信じるかどうか、だな」
西方大陸戦争時には遺跡から発掘されたテクノロジーを利用したゾイドが幾つも作られ
ている。どこの国も軍備にまわす余分な金はなく、限られた予算で効率的に、つまりゾイ
ド一機の性能をどれだけ上げられるかの研究に躍起になっている。未確認の古代ゾイドが
発掘されるとしたら、噂半分でも奪い合いになること必至だ。
主人公=一人前のゾイド乗りになるのを夢見る少年:搭乗機 ガリウス
ヒロイン=主人公の幼馴染の少女:搭乗機 グライドラー
ライバル=主人公の幼馴染にして親友でありライバル:搭乗機 エレファンタス
「……なあ、アレックス」
「はい、何でしょう」
敬語表現の片鱗すらなく話しかけられた年長者は、あくまでたおやかに返事をする。
「二年前、私にはルガールの考えのすべてを理解することはできなかった。命を擲ってで
も果たさねばならない任務や約束などというものは、しょせん悪しきロマンチズムの産物
でしかないとさえ思っていたんだ」
「改めて話すということは、今は違う――と?」
「彼が生かしてくれたこの命で、二年の間にいろいろなことを学んだ。アレックスやエメ
ットらが、私にいろいろと良くしてくれたことで、機械のようだった『心』が多少なりと
も温かさを持つことができたように思う。
守りたいものができたんだ。きっと、正常な人間が聞けば鼻で哂うのだろうけど……」
「言ってごらんなさい、こんな所に『正常な人間』はいませんよ」
皮肉も嘲笑もない、純粋なやさしさが乗せられた声だった。沈着な彼とて人を憎みもす
るであろうし、己の力が及ばない事象に悲しみ嘆いたこともあるはずだ。しかし、そうし
た負の感情がどれほど秘められているにせよ、他者にこれほど純粋な包容性を示せるこ
とは、間違いなく一つの才能だとリニアは思う。
どんな荒唐無稽な言葉でも哂わない。そう宣言した彼に、少女は答えた。
「……この星に生きる、すべての命を守りたい」
アレックスはそれを狂言とは取らなかった。ただ、その覚悟への試問を口にする。
「なるほど。ですが、知ってのとおり命の営みは時として醜い。生きとし生ける者の謡う
コーラスには、不協和音のほうが多いかもしれない。あなたはそれでも守りますか」
「私は博愛主義者になったわけじゃないさ。人やゾイドは、放っておいても滅びる存在か
もしれない。だが、彼らを生かす権利も滅ぼす権利も彼らの中にのみあるはずだ。これば
かりは、機械仕掛けの神<デウス・エクス・マキナ>に幕を引かせるわけにはいかない」
「……じつに民主主義的な意見ですね。秘密警察まがいの組織なんて持ってる議長に聞か
せてやりたいくらいだ」
そうではない――しかしリニアは、後に続けようとした言葉を飲み込んだ。
主義主張などと形式ばったものではなく、この考え方はルガールのそれをトレースした
に過ぎない。ヒトを「ろくでもない」と断じながら、一縷の希望を捨てられず、利のない
戦いに身を投じた男。そうして散った彼のすべてが、今日のリニアの礎となっている。
「人間には馬鹿馬鹿しい考えだと思うが、人ならざるモノとして生まれた私だからこそ
人が築いてきた一つの世界がいとおしく思えるのかもしれないな」
彼女がそう言うと、アレックスはモニターの中で笑みを消した。
「あまり自虐をするものではありませんよ。気づいていないかもしれませんが、あなた以外
の誰もそんなことであなたを遠ざけたためしは無いのですから。
オリバー君はこう言ったはずです。『人とゾイドが分かり合えるのに、俺たちと師匠が
分かり合えないはずは無い』と。いささか強引な論理ですが、私は嫌いじゃない」
リニアが口を開く前に、会話を途切れさせる変化があった。
突如明けた視界。暗い地下であるにもかかわらず、ここは地面から天井に至るまで岩が
青白く発光し、地上ではどの時間帯にも見られない神秘的な明るさを有している。
そして、その巨大な半球の中心に立つ者。
「なかなかいい所だろう? ここの美しさは格別だ。僕にふさわしく、ね……」
アレックスはラインハルトの情報を反芻していた。あれはグローバリー号で戦った騎士
だ。確か、セラードとか言ったか……。
「運の悪い奴だ。反能力で剣を封じられた上に二対一では勝ち目もあるまい」
「ふふ、本当にそうかい?」
セラードが優雅に抜剣するのを見て、リニアは精神を集中した。力の源とする宇宙から
敵へと流れ込むエネルギーの通り道に反波動をぶつけ、それを断つ。
だが、手ごたえが無い。
「!? これは――」
「先手、いただくよ!」
なんら力を発揮できないはずのセラードの剣が、刹那、陽炎のように揺れた。彼がその
剣を振るうと、横に大きく弧を描いて銀色の光がリニアをめがけ襲い来る。その距離数百
メートル、剣が形を変えているのだ。
虚を突かれた彼女は間一髪でビームブレードを出力し、蛇のようにうねる切っ先を弾き
飛ばすが、そのこめかみを流れる汗は決して気温ゆえのものではない。
「やはりね、反能力がどんな原理で働いているかは君も知らないんだろう。僕たち騎士は
“神”の智恵を借りることで、その邪悪な力に対抗できるようになったのさ!」
セラードの演説はしかし、そこまでだった。殺気を感知し、盾代わりに揚げた剣に遮ら
れて、デスザウラーの眼前でビームが弾ける。
「確かに美しい景色だ。あなたにふさわしい場所と言うのであれば、私がここをあなたの
墓穴にして差し上げますよ――無料でね」
エナジーライガーに宿る輝きは、“能力”発動の証。
彼の力は未来を見通す目『メビウスヴィジョン』。
「私たちはこの先へ行きます。そして、私の目が映す未来にあなたは存在しない!」
激しい憎悪の波濤が返礼となった。
殺気のうねりに合わせるように白銀の大蛇が迫る。その牙を逃れ、黒い竜と獅子は二手
に分かれて敵手の横へ回り込まんと地を蹴る。
挟撃の意図を察知した敵はすぐさま次の行動に出た。投げ縄のように頭上で剣を一回転、
その動きに応えて剣が弧を描き、円を形作る。二度三度と回せば銀光の螺旋と化して――
輝く障壁は、左右から飛び掛った二体をしなやかに弾き飛ばす。
むろん、アレックスの目にはその未来が見えていた。敢えて飛ばされてやると、そのまま
赤く輝く翼を展開。符号はマイナス、タキオンのエネルギーが制動を司る。はたして寸分
の狂いもなく身を翻し、宙を駆ける獅子。煌く一本角を振りかざし、再度、突撃。
柔と剛の激突が、あたりかまわず鈍い衝撃の波紋をぶちまけた。
「リニアさん、今――」
「言われるまでもない! もう少し買い被ってくれていいぞ!」
「!? 待ってください、駄目です!」
数の優位を生かすことこそ最善。百も承知のリニアは、アレックスが叫びだす前から
九重のビームブレードを全開して間合いに飛び込まんとしていた。だが。
それまで“防壁”であった銀の繭が、窓に取り付けるブラインドのごとく角度を変えて。
気づけばそれは、鋭利な刃が全方位を覆った“攻壁”に転じているではないか。
「……っ!」
最大加速で突っ込んでいたのだ、減速など間に合うはずがない。目の前に迫る死の螺旋
が彼女に決断を強いた。全てのビームブレードを前方に向ける――間に合え。
シャドーエッジがなます切りになるという瞬間に、荷電粒子の刃が攻壁と衝突した。
干渉されたプラズマが固着フィールドの裂け目から飛び出し、目くるめく電光の乱舞が
この広大な空間を照らしていた岩の光をもかき消す。
リニアはその爆発的な反発力を利用して自分と相手とを吹き飛ばし、窮地を脱していた。
彼女の危機とその無謀な解決策を一足先に見ていたアレックスは巻き添えを食うことなく
逃れていたが、これほど肝を冷やしたのは久しぶりだ。
「あせり過ぎです! こんな閉所で飛行ゾイドみたいな加速をして、あなたらしくもない」
「す、すまない。……そうか、焦っているのか、私は」
セラードの機体は柔軟な剣をクッションとして用い、傷を負うでもなく立ち上がっている。
「何を考えているかはだいたい解ります。反能力が通用しない相手に、自分の存在意義を
揺るがされたような気分になっているのでしょう?」
「なんでそんなことが……未来だけじゃなく、人の心まで見えるのか、その能力?」
「違いますよ。あなたの思考は基本的に否定的、ネガティブな向きを取ろうとする。
……たとえ剣を封じられずとも、あなたは必要な人ですよ。私たち皆にとって、ね」
語りながらも、横手から伸びてくる剣の切っ先を見もせずにひらりとかわし、お返しと
ばかりにガトリングを撃ちかける。回転する砲身が矢つぎ早に吐き出す光弾は、剣をバネ
として跳躍する巨体を追って壁を抉っていく。
――また、不要な心配をかけてしまったな。
リニアはまた自責の念に囚われかける心を無理やりに引っ張りあげた。今ここで心中の
泥濘に落ち込んでは、本当に足手まといにしかならない。後悔も自嘲も、戦いが終わった
後で好きなだけやれば良いではないか……。
「ドラゴォォン!! バリアァァ!!」
ミスリルは大龍神の持つバリアシステムを広範囲に展開してジェネレーターを包み込み、
護符や呪詛の効果と合わせて怨霊粒子砲を受け止め、防ぎきった。ミロード村の民家や
その他建築物、畑などは完全に消滅し、不毛の焦土と化してしまったがジェネレーターは
何とか無事に留める事が出来た。
「いっつぅ〜・・・。」
『な・・・。』
唯一絶対神であると言う絶対の自信を持って放った怨霊粒子砲を防がれたバイオゴースト
のショックも大きかったのだろうが、何とか防ぎきったとは言え大龍神のダメージも
それなりにある様であり、所々で護符が剥がれ落ち、呪詛も消えかけつつあった。
『ならばもう一度受けてみるが良い!』
しかしミスリルは・・・大龍神は怨霊粒子砲に耐えた。後に聳えるジェネレーターが、
ムラサメライガーが破壊された時点でミッション失敗であり、またこの大陸に生きる
全ての人々の希望の崩壊にも繋がるのである。
『何故だ・・・何故貴様はこうも耐える? 無駄だと分かっていながら・・・。』
「フフフ・・・それが私のお仕事ですから・・・。」
なおも大陸中から怨霊や殺された人々の魂が集結し、バイオゴーストは力を付けつつある。
それに対し大龍神は戦闘による消耗に加え、悪霊退散の護符や呪詛も徐々にその力を
失いつつある。明らかに分の悪い戦い。それでもミスリルは止めないのである。
『何故だぁ!?』
いてもたってもいられなくなったのか、バイオゴーストはその爪を大龍神に叩き付けた。
「だから言ったでしょう? そういう事をするのが私のお仕事・・・。お金を貰う為に
やっているのですよ。」
『ええい機械兵の亜種ごときが唯一絶対神に向かって偉そうな口を聞きおってぇ!
そもそも貴様は一体何者なのだ!? 100年前からそう考えていた。人間であった頃の
私が作った機械兵でもない! ソラの技術とも違う! 我等が知り得る物とは全く異質の
技術体系・・・貴様の様な不可解な存在は唯一絶対神である我にとってあってはならない!
何故なら貴様の様な不可思議な存在は存在するだけで世界の秩序を乱すからだ!』
バイオゴーストは何度も殴り、蹴り付けるがそれでも大龍神は耐え続けた。
「ハッハッハッハッ! そんな機械相手にムキになる神様の方が哀れと言う物ですよ。」
『な・・・。』
滅多打ちにされながらも笑うミスリルにバイオゴーストの動きが一瞬止まった。
「今までにも色々いましたよ。人間を嘗めるなとか、安っぽいヒューマニズムかざして
機械に生きる資格は無いとか言う輩・・・。馬鹿じゃないんですか・・・? だってそう
でしょう? この世で人間が一番偉いんですか?」
バイオゴーストに打たれながらも大龍神は前進した。
「そうやって人間賛美する様な人程人間以外を嘗めてるんですよ・・・。私を倒して名を
上げたいなんて人はまあ誰でも有名になりたい・・・凄い奴になりたいって言う気持ちが
あるから百歩譲って分からないでも無いですけど・・・。独善的な人間賛美思想によって
私を潰そうとする者。そんな輩は大嫌いなのですよ・・・。」
『突然何を言い出す・・・。我は神であるぞ・・・。』
「いやいや、貴方も所詮は人間ですよ。人間の怨霊の集まりに過ぎません。本当の神様
ならこの世への干渉などするはずがありませんから・・・。」
『ならば何故貴様はそうやって人間共を守ろうとする!? 100年前の戦争の時には
何もしなかったと言うのに・・・。』
「だからそう言うお仕事だと言っているではありませんか。私は人間が何人死のうが
知った事ではありません・・・流石に絶滅されるのは寂しいですから嫌ですけど・・・。
とにかく私がやっている事はこういうお仕事ですから仕方ないのですよ。私にだって
生活がありますし、生き延びたいですからねぇ・・・。」
『生き延びたいなら何故我に向かって来る!? 素直に逃げればよかろう!?』
バイオゴーストの尾が大龍神の首元に叩き付けられた。それでも大龍神は踏ん張る。
「おやおや、名前に神が付いてるだけで怒って潰そうとする人らしからぬ発言ですね・・・。
どうせここで逃げても貴方はいずれ私を潰す気でしょう? そんな事はさせませんよ。
何より・・・今夜のビフテキの為に私は貴方を倒させていただきます!」
『ビ・・・ビフテキだと・・・それだけ・・・それだけの為に倒されてたまるかぁ!』
バイオゴーストは巨大な口を広げ、大龍神の頭にまるごと噛り付こうとした。
が、その時である。突然強烈な光が周囲を包み込んだではないか。
『うぉ!』
「何!?」
何も見えなくなる程の強烈な光に両機は後に仰け反った。その光はなんと大龍神の後に
聳えるジェネレーターから発せられていたのである。
『動機は不純だが・・・その意気や良し! ならば少しだけ力を貸そうではないか。』
「え?」
ミスリルの脳に直接語りかけてくる謎の声。そして後方のジェネレーターから一本の
大刀が飛び出し、大龍神の顔面の正面に浮き、静止していた。それこそあのムラサメ
ライガーが持っていたとされるムラサメブレードである。
『この刀ならば怨霊の怨念をも断つ事が出来よう・・・。後はお前次第だ・・・。』
「え・・・。」
謎の声の語りかけはそこで終わった。しかし、ムラサメブレードは大龍神の眼前で
静止し続けている。つまりこれを使えと言うのである。
「な・・・何がなんだか分かりませんが・・・。」
大龍神はムラサメブレードをガッチリと口に咥え込んだ。そして光が消滅したと同時に
バイオゴーストも大龍神へ向けて突撃をかけて来ていた。
『貴様ぁぁ!』
「うわぁ!」
バイオゴーストの突撃を払うかのように大龍神は口に咥える大刀を振った。と・・・その
直後である。バイオゴーストの右腕が苦も無く切断され、その怨霊さえも浄化させて
いたではないか。
『う・・・うぉぉぉ!』
「え・・・。」
ミスリルと大龍神は思わず戸惑った。バイオゴーストの苦しみ様、怨霊の浄化される様
など、明らかに護符や呪詛の効果を遥かに凌ぐ力を大刀は持っていたのである。
「なあに、残骸なら残骸で構わない。重要なのはそれが古代文明の遺産であるか否か、だ」
と例のセールスマンは気楽な口調で言ってきた。もうその非常識な女と一緒にいる事を気
にするのはやめたらしい。切り替えの早い奴だ。
「待て、戦争にしないためにヘリックに行くと言ってたな。どういうことだ」
「俺が何のために苦労してあの馬鹿貴族を焚きつけて掘り出させようとしてるのか分から
んのか。あいつはこれから喜んで掘削作業にかかるだろう。ただし、帝国にも内緒でな。
公開して国家事業にでもなれば自分で手柄を独り占め出来んだろうからな。そこでこっそり
掘り出した直後に俺の知り合いのヘリック共和国のハト派の将軍を動かして、ブツを奪う。
そして技術情報を公開する。ガイロスもヘリックもゼネバスも分け隔てなく。情報は秘匿
してこそ価値がある。誰もが共有する情報には危険性がない。争って奪い合う必要はなくなる」
「その共有ってのは、お前さんの会社にカネを払った相手には共有してもらう、ということだな」
「勿論だ。これだけの手間をかけたのだ。それくらいの役得はあって然るべきだ」
聞いてて反吐が出そうだ。やっぱりこいつは戦争を餌に金儲けを考えている。
「お前の話に乗る気になれんな。やはりそこのブツは回収させてもらおう」
軍隊を動かすためには物的証拠は不可欠で、逆に物的証拠さえなければ、敢えて国際社会
の反発を招くリスクを犯したがる奴はいない。
「仕方がない。お前にも分け前をやってもいいんだぞ」
「いらん。さあ早くしろ。俺は気が短い。いつまでもそのコクピットに閉じこもってるよう
なら、無理にでもこじ開けるぞ」
「やれるもんならやってごらん。ただし、私が相手だけどね」
「「お前が!」」
男二人が思わずハモってしまった。
「このヘボ兄ちゃんの操縦テクニックじゃあ、あんたに適わないのは分かってるからね。
ま、あんたの腕も、あたしには遠く及ばないと思うけどね」
「言ってくれるぜ・・・」
「一年前も約束約束とわめいてた割には大したことなかったけど、ちゃんと上達したんで
しょうね。あんまりお粗末だったら、遠慮なく殺すからね」
「一年前?何のことだ」
「あー、まあ憶えてないか。気にしないで」
何のことだ?こいつとは何年も会ってない。あまりにも時間がたちすぎて、あの夜のこ
とは夢だったんじゃないかと何度も思った。一年前などに会ってるわけがない。ブラフで
俺の心理状態を揺さぶるつもりか?
そうだ。あの日この女は言った。「あたしを捉まえてみな。どんな願いでも一つだけ叶え
てやろう」と・・・
この千載一遇の機会を逃したら、次は何年先になるか分からない。
「約束を果たしてもらうぞ。行くぞ!手加減なしだ!」
戦いが始まって十分が経過していた。いや、それを戦いと呼んでいいのかどうか。
俺は持てる限りのテクニックを駆使してコマンドウルフを操った。走る、跳ぶ、噛み付く、
尻尾で払う、フェイントもからめて思いつく技は全て出した。なのにマーダは未だ片足の
まま、平然として立っている。俺が攻撃する度に軽くステップを踏み、あるいは上半身を
わずかにひねって、必要最小限の動きで避けている。最初に立っていた位置とほとんど
変わっていない。
俺の方は、汗びっしょりになっていた。十分というのは決して長い時間ではないが、全力
疾走するにはちと長い時間だ。
最初に相手をナメてかかっていたのは認める。何しろ相手は女だし、乗ってるマーダは
片足だ。これで勝てないほうがどうかしている。だが、結果はごらんの通り。相手のマーダ
が武装してないから反撃もないのだが、これではラチがあかない。
ツーステップで間合いをとり、五十ミリビーム砲を発射する。タイミングと射線をずら
して三連射。二発目と三発目はユーリに回避行動を予測させて放ったのだが、マーダは難
なく躱して見せる。
「格闘も、射撃も通用しないか・・・」
「へいへいどーしたの、その中途半端な攻撃は!本気でやる気がないならどっか行っちゃうよ」
カタナが欲しい。だがあれはグスタフに積んだまま、はるか後方にある。換装している
ような時間を与えてくれるとは思えない。今ある装備で何とかするしかない。その事が
ますますもどかしい。
『き・・・貴様ぁ!』
焦ったバイオゴーストはさらに怨霊を集め、怨霊粒子砲を放った。とっさにドラゴン
バリアーを展開して防ぎきるも、護符や呪詛は完全に使い物にならなくなった。
この状態では例えドラゴンバリアーでも防ぎきる事は出来ない。
「うわっつつ・・・やっばぁ・・・。」
護符は剥がれ落ち、呪詛も消えて本来の白い装甲が露出した大龍神に怨霊に対抗出来る
力は残っていない。ただし、口に咥えた大刀を除いては・・・
『これで貴様も終わりだ! 100年間怨み募らせた我に貴様等が敵うはずあるまい!』
「それはどうですか!? 私も100年間ずっと戦って実力を付けて来たのですよ!」
再び怨霊粒子砲を放とうとしたバイオゴーストめがけ、大龍神は頭部を横に傾け、
斜めの角度から一気に大刀でその頭部を斬り裂く。バイオゴーストの装甲ごと、内側の
がらんどうの位置に充満する怨霊が斬れ、浄化されていく。
『う・・・うおあぁぁ!!』
「まだまだぁ!」
今までかつて無い苦しみを味わうバイオゴーストだがミスリルと大龍神は攻撃を止めない。
さらに首元に斜め45度の角度から斬り付け、そこから一気に尾までバイオゴーストの
巨体を両断していた。
『ぐ・・・ぐおあぁぁ!!』
何ともいえない呻き声を上げてのた打ち回るバイオゴースト。そしてやっと復活した
ティアのゴーストンが大龍神の背に乗った。
「今なのよ!」
『ここからは同じ霊である我等の仕事・・・。』
『ありがとうな、カラクリのお嬢ちゃん。』
「え・・・。」
ゴーストンの全身から無数に輝く何かが放たれ、バイオゴーストの怨霊を浄化させていく。
ティアとゴーストンに力を貸していた善霊達が怨霊と対消滅し、成仏させていたのである。
「うわぁ・・・綺麗・・・。」
善霊によって怨霊が浄化され、天へ昇っていく霊達の姿は100年前、ディガルド戦争
集結によってバイオゾイドから解き放たれた人々の魂の姿・・・それを彷彿とさせていた。
怨霊の浄化は大陸規模で発生していた。無数のバイオゾンビと戦う各国軍や覆面Xの
ジェノブレイカー、そしてカプセル機獣大蠍神、大砲神もその物量に圧倒され取り囲まれ
絶体絶命のピンチとなっていたのだが、寸前の所でバイオゾンビの本体たる怨霊が
浄化され、危機を脱する事が出来たのである。
怨霊の浄化によってバイオゴーストに取り込まれた罪無き人々の魂もまた無事に成仏して
いたのだが、かつてバイオゴーストであった金属の塊の中に一つだけ、どす黒い魂が
浄化されずに残っていた。
『お・・・おのれ・・・我は神・・・我は神であるぞぉぉ!』
それこそバイオゴーストの真の本体。己を唯一絶対の神と信じて疑わず、幾多の
怨霊を束ねる程にまでに強大に進化した100年前の独裁者の魂である。
「指導者殺すのに武器はいらない。部下がみんな離れてしまえばいい・・・とは良く言った物
ですね。さあ貴方も他の霊と同様に大人しく成仏したらどうですか?」
配下として束ねていた怨霊を全て失った彼はもうただの中年男の霊に過ぎない。
しかし、この状況になってもなお彼は笑みを浮かべていた。
『ふ・・・ふふ・・・これで終わったと思ってか!?』
彼は飛んだ。それも大龍神の頭部へ真っ直ぐに・・・
『ならば貴様の身体を頂く! その強靭な機械の身体を乗っ取って再び神として君臨して
やるわ!』
「ええ!?」
彼の目的はミスリルの身体に憑依し、乗っ取る事にあった。ティアでさえただのドールを
体として使う事が出来るのだから、彼にそれが不可能なはずはない。そして護符や呪詛の
恩恵を受けぬ今の大龍神に彼を防護する術は無く、霊も斬れる大刀で防ごうにも目標が
小さすぎた。
『はっはっはっはっ! 貴様の体我が貰ったぁ!』
「キャァ!」
コクピット内にまで侵入され、思わず悲鳴を上げるミスリル。が、その直後である。
なんと彼はミスリルの体に憑依する事が出来ず、あろう事か弾かれてしまったではないか。
『な・・・何ぃ!?』
「え・・・何故・・・ってああ!」
ミスリルはある事に気付く。それはソラ寿司でハーリッヒと会った時に貰った悪霊退散の
お守りを首に下げていた事を…。そう、すなわちその悪霊退散のお守りの力によって
ミスリルは憑依されずに済んだのである。
「ハ・・・ハーリッヒさん・・・ありがとうございます・・・。」
ミスリルはお守りを右手に取り、強く握り締めた。そして最後の怨霊目掛けて振りかざす。
「この一撃でぇ! あの世に帰りなさぁぁい!」
『な・・・うぉぉぉぉぉ!』
悪霊退散のお守りの力の恩恵を受けたミスリルのTMO鋼の拳が最後の怨霊の顔面に
叩き込まれ、潰され、そのまま浄化された。幾多の怨霊を操って大陸全土を蹂躪し、
多くの人々を死に至らしめた怨霊の唯一絶対神もその最期はあっけない物だった・・・。
「これで・・・終わったの・・・ですよね?」
お守りを握り締めたまましばし呆然とするミスリルであったが、直後大刀は大龍神の
口から離れ、ジェネレーターの中へ吸い込まれて行った。これで戦いは終わった。
つまりそういう事なのであろう。
「ところでアーくん、さっきから誰かとしゃべってるの?やけに独り言が多いけど」
状況を理解してないユーリのコメントに、さらに苛立ちがつのる。
「何言ってるんだ」あのマーダに乗ってる女にきまってるじゃないかと言おうとしたところで
「あー無駄無駄。その子には私が認識できてないから」突っ込みが入る。
「は?」意味が分からない。
「ユーリ、あのマーダには、何人乗ってる?」
「何言ってんのよ。一人に決まってるじゃない。赤外線、紫外線、音響センサーも一人分
の心拍音しか感知してないわよ」
「だから認識できない、って言ったでしょうが。その子も昨夜使ってたでしょう。「意識
乖離」とかいう技。相手の注意を他方に逸らす事で自分自身を相手の認識の死角に置く技」
人間の意識というのは実はザルのようなもので穴だらけなのだ。例えば、街中にいる時、
周囲にいる全ての人がどんな会話をしているか、聞き分けて認識することができるだろうか。
大抵は隣にいる友人や恋人の喋ることしか聞いていない。聞いていても頭に入らない。人は
意識したものしか認識できず、それ以外のものは無意識に見ない聞かないように出来ている。
そうしなければ膨大な情報を脳が処理しきれないからだ。この技はそれを逆手にとって、
相手の感覚器官をちょいといじって、自分のいるのとは逆の方向に意識を向けさせるという
技だ。たったそれだけで、透明人間のように認識できなくなる。だが、ユーリの場合はくしゃみ
一つで破れるし、カメラには写る。ところが、この魔女は人間どころかゾイドのセンサーすら
だましていることになる。レベルが違いすぎる。
だか、いつまでも感心しているわけにはいかない。
(そろそろいいか・・・)
五十ミリビーム砲を連射する。そこまではさっきと同じ。だが今度は砲塔を分離させ浮遊
させる。そちらのコントロールはユーリに任せ、俺は身軽になったウルフを地面すれすれに
疾走させる。その体勢から狙ったのは相手の足首、ただ一点。これまでずっと胴体や頭ばかり
狙って攻撃して、相手の注意を上に上にもっていったのは、この一撃のための布石だった。
相手は片足。体当たりでもできれば必ず倒れて身動きとれなくなるはず。
だがこの必殺の攻撃も寸前で躱される。マーダはその場でひらりとジャンプすると、俺の
背中を踏み台にして、何事もなかったかのように着地する。鳥を思わせる優雅な動きだが、
俺のほうはそれどころではない。冷や汗で背中がびっしょりだった。今の一連の動き、
向こうがその気なら、背中ではなく頭部のコクピットを踏んづけることも出来たはずだ。
そうなれば、俺は今ごろ肉団子と化していた・・・
戦いは終わった。しかしその爪跡は大きく、各地の街は破壊され、多くの人が亡くなった。
だが生き残った者も多いし、これからも彼等は生きていかねばならない。その日の夜も、
大陸各地で復興作業が行われ、キダ藩からも各地への復興支援へと人々が派遣されたり
など城下町でも慌しくなっていたのだが、そんな様子を尻目にミスリルらは城の中で
のん気にビフテキなんか食ってやがる。挙句の果てにはどさくさに紛れてハーリッヒも
一緒にいる始末。だが無理も無い話である。なにしろ彼女等の仕事はバイオゴーストを
倒す事であり、復興作業は関係無いのである。
「あんだけ派手に破壊されたら元に戻すのはかなり時間が掛かりそうよね。」
「でもまあそれでもあんなに皆が奔走してるんですから結構大丈夫でしょ。」
ミスリル等が食事をしている横でもキダ藩家臣などが後の処理などで慌しく走り回って
おり、そんな状況でのん気に飯食ってるミスリル等の方が異常に思える程だった。
しかし、あまり良い目で見て貰えていないと言うのは確かである。人は人を超える存在を
恐れると言う習性があるし、何より既に一度死しているとは言え、バイオゴーストに
取り込まれた罪無き人々を笑いながら潰しまくった事が大きいと言えるだろう。
その後、自由の丘に新たな慰霊碑が建てられた。今度はもう二度と壊される事が無い様に
ミスリルの提供したTMO鋼で作られ、(勿論TMO鋼を加工出来るのはミスリル本人のみ
なのでそこも込みで)その後で悪霊退散を生業とする村の人々の力が込められ、再び
死した人々の魂を慰める慰霊碑となった。
「この事実を忘れずに、もう二度と壊されないように気を付けるべきですな。でなければ
第二第三の怪物が現れても不思議では無い。人の怨みとは本当に恐ろしい物なのじゃ。」
「もうニ度と来るんじゃないぞ! 第一ルージ様ならあれしきの窮地もっとあっさりと
解決しておったわ!」
「まだ言ってますよあのおじいちゃん・・・。」
ガン=ジュツから正式に報酬を貰う時にもさりげなくラルフ爺が現れて結局ミスリルを
罵倒する。まあ余所者に助けられると言う事実が本当に嫌だったのだろう。
実際キダ藩側も情報をコントロールし、総力を結集して怪物を打倒したと言う事に
していると言う。国家の権威を守ると言う意味でもミスリルの様な存在に頼った事実が
国民に知れるのは困るのだろう。
「あ〜あ〜、そういうの抹消しちゃうなんて勿体無い! どうしてみんなそんなに
規格外の存在が嫌なのかしら?」
「まあ良いじゃありませんか。とりあえずお仕事はこれで完全に終了です。次は何処へ
行きましょうかな?」
「うん。」
キダ藩から出たミスリル・ティア・ハーリッヒの3人はそう言い合っていたが、覆面Xの
姿は無い。彼の事だから新たな場所へもう向かったのであろう。そして彼女等もまた
新たなる場所へ旅立たねばならない。
「それじゃあまた、何処かでお会いしましょう。」
「またねー。」
大龍神はゴーストンを背に乗せて飛び立ち、その姿をスクープマスターの中でハーリッヒ
が見送った。ミスリルもまたティアと共に新たな気持ちで旅立つが、そんな彼女の首には
今回の仕事で勝利の決め手となったハーリッヒから貰ったお守りが下げられていた。
彼女等の旅はまだまだ続くのである。
おわり
宮沢喜一
コマンドウルフの攻撃としては定番だか、普通は操縦者と砲手の二人がいないと出来ない
技のため、一人乗りの俺がこれをやると大抵の奴が引っかかる。今の装備でできるベスト
の攻撃法に事前の仕込みまでして仕掛けた必殺の二段構え、こうもあっさり返されるとは
予想していなかった。だが、
「まただっ!」
俺は叫ぶ。萎えそうになる気力を自らを奮い立たせるために。そうだ、まだ負けたわけ
じゃない。そしてスモークディスチャージャーから黒煙を噴きながらマーダの周りをぐる
ぐると回る。
「あらあら、そんなに回ってバターになってもしらないわよ〜♪」
「俺は虎じゃないんでね。おあいにくさま」
完全にマーダが見えなくなったところでスモークを止めた。直径五十米ほどの黒灰色の
ドームの完成だ。スモークの成分には微細な金属粉も含まれるので目視だけでなくレーダー
その他のセンサーも効かなくなる。俺の方は既に九字の印を切って観想の状態になって
いる。心の眼を凝らすと煙の中のマーダが見えてくる。案の定、一歩も動いてはいない。
周囲の状況を確認できないのに闇雲に動く馬鹿はいない。ベテランになるほどジッと相手
の出方を待つものだ。予想通り。側面に回りこんだはずなのに、頭がこちらを向いている
のが少し気になるが、こちらが見えるはずがないのだから偶然だろう。
「ユーリ、エネルギーチャージ!」
「え、素人相手にそれはやりすぎじゃ・・・」
「状況を認識しろ!手を抜いていい相手じゃない!」
ゾイドの能力を表すとき、攻撃力とか最高速度とか反応速度とか、性能を数値で表すこ
とがよくある。だがそれが本来の性能ではない。あれは「この位なら故障もなく安定して
使えますよ」という保証値にすぎない。設計上の限界地はもっと高く、リミッター等で過
負荷がかからないように抑制して使用するわけだ。ということは、リミッターを外してや
れば通常以上のスペックを発揮させることが出来る。これが「チャージ攻撃」と呼ばれる
攻撃法だ。
チャージ攻撃とは、ゾイドコアで発生したエネルギーをジェネレーターを介して各武器
へ供給される際、リミッターを一時的に解除し、威力を通常の二〜三倍に増加させる裏技
だ。あるゾイドファイターが「発明」して以来、いわば必殺技としてバトルでは定番に
なっている。ただし、武器が傷むし、チャージ中に数秒のタイムラグが発生するため、
おいそれと使うことはできない。俺がスモークで目くらましをかけたのも、俺の意図を
悟らせないためと、時間稼ぎのためだ。
「何倍?」
「三倍だ。ただし収束率は五○%まで下げろ」
「ああ、なるほどね」
ユーリもようやく俺の意図を理解したようだ。収束率が下がる分、命中しても単位面積
あたりの破壊力は大幅に低下する。並のゾイドなら装甲をこんがり焼く程度にしかならな
いが、片足のマーダを機能不全にするには十分のはずだった。
ヘルメットのバイザーに臨時のインジケータか表示される。表示部分の半分がイエロー
ゾーン、ブルーが僅かという不自然なインジケータだ。既に表示は通常の三百パーセント
のエネルギー量を示す赤色を表示している。
「砕け散れいッ!」
絶叫と共に右操縦桿の親指側レバーを押し込めば、背部五十糎ビーム砲から発射された
拡散ビームがマーダとその周辺の空間を焼き尽くす・・・というところで、その俺の頬に、
ふわり、と風があたり、その風は俺の身体を素通りして、後ろのほうへと流れていった。
「何だ?」
密閉されたコクピット内に風が吹くことなどありえない。いや、今のは風というより
波のようにも感じられた。そして一瞬気をとられていた俺は
「何これ!」
というユーリの素っ頓狂な声で我に返り、つづいて驚愕する。
「何だこれは!」
さきほどまで臨界を越えて表示していたインジケータは、いつの間にか通常値の青色を
示している。俺はまだトリガーボタンを押してはいない。
俺ははっとした。心眼で見る限り、マーダは一歩も動いてはいなかったが頭を上下に
こくりこくりと動かしていた。まるでリズムを取るような動き。そして、エネルギーが臨界
を超え、俺が撃とうとした瞬間、軽くジャンプしたのだ。そうだ、あの風というか波というか、
奇妙な感覚が襲ってきたのはその直後だった。
聞いたことはある。エネルギーチャージ攻撃の際には、ゾイドコアの出力を最大に引き
上げる。そのゾイドコアを制御する波長を乱す、あるいは相殺する波長を与えてやれば、
ゾイドコアの出力は通常以下になり、エネルギーチャージが不可能になる。だがこれは
机上の理論であり、現実には不可能とされている。事前に相手ゾイドの制御波長の特性を
掴み、エネルギーチャージ直前の臨界時のタイミングで妨害波長を送らねば何の意味も
ない。現実のバトルでよーいドンで仕掛ける馬鹿はいない。よって理論はあるけれど誰も
使った事のないと言われる、まぼろしの技。
「『ギガ・ブリザード』まで使うかよ・・・」
ようやくスモークが晴れて、マーダが肉眼でも確認できるようになった。相変わらず、
何もなかったかのように悠然として一本足で立ってやがる。
もはや、こいつにまともに対抗できそうな手段は一つしかない。出来ればやりたくなか
ったのだが・・・
「ユーリ・・・やるぞ、『融合化』だ。唱えよ!「和賛礼唱」」
「ちょっとちょっと、さすがにそれはやりすぎだって!さっきから手抜きの攻撃してみたり、
チャージ攻撃しそうになったり、ほんとに今日のアーくんはおかしいよ」
「黙ってやれ!・・・ん?」
ユーリの言葉に引っかかるものを感じて俺は質問する。
「手抜きの攻撃、だと?」
「そうだよ!さっきから反射速度も瞬発力も通常の半分も出てないじゃない!見当違いの
ところに突進したり、照準も合わせないでビームぶっ放してみたり」
「いやそんなはずは・・・」と戸惑うが、ユーリが俺に嘘を言うはずがない(オーガノイド
化された時、パイロットには嘘がつけないよう条件付けされているのだ)。
考える。
考える。
考える・・・
こわい考えになってしまった・・・
いやいや、そんなぼのってる場合じゃなかった。
現在確認されている限りでは唯一人の心を持つロボット“SBHI−04 ミスリル”が
経営している何でも屋“ドールチーム”は世界各地を飛び回ってゴミ掃除から怪ゾイド
退治まで様々な仕事を承っていたが、その存在を快く思わない者も多かった。
AIに人並みの心を持たせると言う、多くの人々にとっての技術的常識を無視した特異な
存在である事や、彼女が運用している特機型ギルドラゴン“大龍神”が単機で戦局を
覆しうる力を持っている事などがそれに当たる。こういう決戦機級の力を持った機体が
個人によって運用されて世界中好き勝手飛び回っていると言う状況を各国の政治家が
危機感を感じないはずは無かった。別にミスリルらに何の理由も無く各国を攻撃する様な
強欲さは無いのだが、各国政治家はどうしても考えてしまう。もしもドールチームが
本気で攻撃をしてきたら…と。自国の内政だけでも大変なのに、その上この様な状況に
追い詰められた政治家の精神的な負担は計り知れない。中にはそのせいで過労死して
しまったり、辞職して今では田舎でのんびり畑を耕している元宰相もいるらしい。
とはいえ、彼等も彼等でドールチームを国際指名手配したり、表立って軍を派遣する事が
出来ない理由があった。その最大の理由は前述した通り、ドールチームに各国を攻撃する
理由も強欲さが無いと言う事があげられる。別に何もやってないのに各国政治家が
勝手に危機感を持っているだけ故に簡単に指名手配出来ないし、軍も派遣出来ない。
逆にドールチームの方が攻撃して来るのであるならば、指名手配も軍の派遣も容易だし、
国を守る為の戦いであるならばどんなに軍事費をつぎ込もうとも国民は支持してくれる。
だが現実はそうは行かないのが問題なのである。ドールチームが各国に対し人畜無害な
立場を取っている現段階で攻撃を仕掛ければ間違い無くその国が悪者になるだろうし、
たった一体のゾイドの存在を恐れて軍を動かしましたと言う事実が国民に知られれば
軍事費の無駄使いだとバッシングされてしまうのは目に見えている。こういうのは特に
国民の支持率が第一の民主国家ではまずい。さらに反政府組織に知られれば体制の
アンチテーゼとして祭り上げられる可能性とて否定出来ない。
それ以外にも、中には平和にだらけて軍が弱体化しない為、軍人に緊張感を与え続ける様
にと、ドールチームを必要悪として存在させようと考えている国や、正当な報酬さえ
支払えば結構言う事聞いてくれるので、上手く利用してやろうと考えている国、いっそ
金にいとめは付けないから味方に引き込んでしまえと考えている国など、白黒や○×では
割り切れない大人の事情と言う各国の思惑がドールチームの知らない所で交錯し、
そのバランスの拮抗によってドールチームは結構平和にやっていたりする。
とりあえずドールチームに攻撃を仕掛ける者の大半は獣王騎士団に代表される正規軍とは
指揮系統の異なる特殊独立部隊や、ドールチームの大龍神を倒す事で名を上げようとする
自称ゾイドバトル世界一のゾイド乗り達、また新兵器を軍に売り込む前の話題作りとして
大龍神を相手にテストをしようとする軍事メーカーなどが多かったのだが、今回の相手は
少々変わり種だった。
とある街でテロリストによって運用されるデスザウラーが金棒を振り回して大暴れを
していた。地元の自警団や軍隊では歯が立たず、彼等は援軍を頼みつつ長期戦の覚悟を
していたのだが、そんな時突然一体のゴドスがデスザウラーの前に歩いて来た。
「おい君! 危ないぞ!」
自警団のアロザウラーがデスザウラーに対し恐れず近寄って行くゴドスを下がらせようと
走るが、キャノピーごしに見えた顔を見て突然動きを止めた。
「まさか…あの少年は…。」
ゴドスがデスザウラーの正面に立った時、威嚇の為なのだろう、ゴドスの正面5メートル
の地点に金棒が振り下ろされたが、それでもゴドスは怯む事は無かった。
「小僧…。俺とやる気か?」
デスザウラーが金棒の先端をゴドスに向け、他のテロリストのゾイドもまた砲をゴドスに
向けていたのだが、それを見て恐れる所かゴドスは両手を叩いていたではないか。
「いや〜貴方はお強いですね。」
「そんな事言われるまでもねぇ。俺とこのデスザウラーの強さは世界一よ!」
「でもそんなにお強いのにどうしてそんなしょうもない人間の命令を聞いているのです?
貴方の方がずっと強いのに…。」
「は? お前一体何を言っているのだ?」
その時、突然デスザウラーが操縦不能に陥った。そしてまるでパイロットを拒絶して
自由になりたいとばかりに乗っていたパイロットを振り飛ばし、走り去ってしまった。
「何か良く分からんが…今だしょっぴけい!」
「おい!? 一体何が起こったんだ!? ってうわぁ!」
デスザウラーから放り出されたテロリストは瞬く間に逮捕され、デスザウラーを後ろ盾に
していた他のテロリストもまた各個撃破された。
「それにしても突然現れたあのゴドスは一体何だったんだ?」
「お前あのゴドスに乗っているお方を知らないのか?」
作戦終了後の処理を行いながら、自警団や軍隊の人間はその様な事を言っていたが、
そのゴドスはまるで何事も無かったかのように姿を消していた。
“カナッツ=キャーツ”。これが何処からともなくテロリストの前に現れ、デスザウラー
を忽ち操縦不能にさせたゴドスのパイロットであった。彼は別に力も強くないし、ゾイド
の操縦が上手いわけでも無い。勿論乗っているゴドスも至って普通のゴドスである。
しかし彼にはそれを補ってあまりある程の不思議な能力があった。その能力とは
“ゾイドと心通わせる事が出来る”と言う物である。彼はその能力で先程テロリストの
デスザウラーに対してやった様に人間に無理矢理操縦されているゾイドを解放したり
また、制御出来ずに暴走したゾイドを説得して大人しくさせたりなど、“武”を持ってせず、
“徳”を持って争いを収める彼を人々は“神の子”と呼び、尊んだ。
俺はようやくひとつの可能性に到る。いつもより頭の回転が鈍い。
「お前の仕業か!」
「あったりぃ〜。気づくのが遅かったわね。あんたのシナプスの反応速度をちょいと遅ら
せておいたのよ。運動能力は一般人並み。ついでに三半規管も微妙に狂ってるからね。」
予想通りの答えが無線を通じてマーダのコクピットから流れてくる。そうだった。ユーリ
にも出来る大抵のことは、この魔女もやってのけるのだ。それも更に高いレベルで。
それにしてもシナプスとは、ナノレベル単位で他人の身体をいじれるのかよ。
だが、そうだとすると、たとえ今よりもスピードとパワーが上がっても、見当違いの攻撃
を続けるだけ、という事になる。ホントに打つ手がねえじゃねえか!
その時だった。
「貴様ら、いい加減にしろ!」
男の怒鳴り声が無線から響き渡る。さっきから静かだったので忘れていたが、マーダの
コクピットにはあの地球人セールスマンが乗っている。
「さっきから俺を無視して勝手にドンパチしやがって!いいか!俺が本気になったら」
しーん
「あれ?」
どうしようか悩んだが、俺のほうが緊張感に耐えられなくなった。
「もしもーし、どうしたー?」
「アーくん、死んでるよ」
「あーあ、くたばっちまいやんの」
二種類の女の声はひとつの事実を示していたが、咄嗟には理解できない。
「死んでるってのはどういうことだ?」
「心肺停止、脳波停止、体温も急激に低下中。これって死んだってことだよね」
ユーリがセンサーから得た情報を的確に伝えてくれる。だが、何故だ?
「無理もないよ。さっきからその人、脈拍は150超えてるし、血圧も下が100、上は
180以上になってたし」
「脳溢血か心筋梗塞か・・・」
当初から聞いた事を何でもべらべら喋ってたのはそういうわけか。ハイになってたわけ
だ。原因には心当たりがある。戦場だ。後方で事務処理していたとはいえ、いつ弾丸が飛
んでくるか分からない状況というのは想像を絶する心的負担を強いられるのだ。普段から
訓練を積んでいるはずの軍人や戦い慣れてるはずのゾイドファイターですら、何人もノイ
ローゼになっている。しかもこの男、一人でその事務処理全てを仕切って、毎日二十時間
働いていたと聞いている。金の亡者とはいえ、半端でないストレスにさらされていたわけだ。
そして一段落したと思ったらこんなところで予想外のトラブルに巻き込まれ、戦闘に巻き
込まれ、ついに限界を超えちまったわけだな。
「あーあ、どっちらけ。これでさよならするね」
「ちょ、ちょっと待て」
「今日はこれくらいにしといてあげる。あんたの師匠も近くにきてるみたいだからね」
「なんだと?師匠がここに来るのには最短でもあと一週間はかかるはず・・・」
「時間はないけど最後に伝えることは伝えとかないとね。今のあなたはまだ力不足。その
子をコマンドウルフから開放してあげるだけなら、私にも出来ないこともない。でも、そ
れ自体が私にとっても命がけの作業なのよ。今のその子は、卵に埋もれて生まれてくるの
を待っている雛に等しい。今の状態でも人間離れした能力を使ってるけど、それでも本来
の能力の百分の一にも満たない。ひとたび殻から開放されれば、本来の力も開放される。
そうなれば、私ごときは一瞬で塵にされかねない。下手すれば存在自体すら消されかねな
いわね。貴方のパートナーはそれだけの力を持ってるのよ。だからこれは賭け。貴方がそ
の子を御せるだけの力を持った時、私と対等以上の力を持った時こそ、私も命を賭けてそ
の子を開放してあげる。私としてもそのままの状態に放っておくわけにはいかないのよ。
その子こそ、一万年前に神々の世界を作り出す可能性の一つなのだから。そして上手くい
けば二千年前に人類の世紀を作り出した救世主になる可能性も秘めている。全てはあなた
にかかっているのよ、アレス・サージェス。精進なさい」
その瞬間、片足のマーダはバランスを失い、というか過負荷のかかりまくった右足の
関節部分が一斉に砕け、ぐしゃっと潰れた。
制止する声を上げる暇すらなかった。
☆☆ 魔装竜外伝第十二話「思い出に、還れ」 ☆☆
【前回まで】
不可解な理由でゾイドウォリアーへの道を閉ざされた少年、ギルガメス(ギル)。再起
の旅の途中、伝説の魔装竜ジェノブレイカーと一太刀交えたことが切っ掛けで、額に得体
の知れぬ「刻印」が浮かぶようになった。謎の美女エステルを加え、二人と一匹で旅を再
開する。
ギルとブレイカーは、フェイ達シュバルツセイバー獣勇士に拉致された。エステルは銃
神ブロンコと共闘、ギル達を救出する。ブロンコは見返りに決闘を仕掛けて勝利を目前に
するが、謎の空戦ゾイドの攻撃に散った。翻弄される少年だが、それでも生きている…!
夢破れた少年がいた。
愛を亡くした魔女がいた。
友に飢えた竜がいた。
大事なものを取り戻すため、結集した彼らの名はチーム・ギルガメス!
【第一章】
奇跡が万人に対し、平等に与えられるものだということは意外と知られていない。それ
こそ善人も悪人も、お構い無しだから信心深い者は注意が必要だ。悪魔の為す奇跡もこの
世にはある。
滴り落ちた墨汁のごとく、のたうつ黒雲。脈動が強風を巻き起こし、鱗から無数の雨粒
を撒き散らす。その上虚空を掻きむしれば、傷口は稲妻となって濁る海原を滅茶苦茶に突
き刺した。暴虐に脅かされた波間は恐慌した群衆同様乱れに乱れ、収拾する気配もない。
そんな嵐の海を、平然と飛び交う翼の持ち主がいた。だがその姿を本編読者諸君が目に
した時、皆一様に我が目を疑うだろう。各登場人物も同様の感想を抱くに違いない、それ
位奇異な姿だ。棺桶を彷佛とさせる灰色の胴体。その前方、後方にそれぞれ伸びた羽根が
伸び、怒濤の勢いで旋回している。その速さたるや時計周りかその反対かもわからぬ程だ。
こんな金属生命体ゾイドはここ惑星Ziには生息しない。
棺桶の先端を覆う強化ガラスは卵の殻に似ていた。叩き付けては流れ落ちる雨粒の合間
を注意深く覗けば、コクピットらしき座席と計器類に二人が着席しているのが見て取れる。
右に着席する人物はこの棺桶のパイロットなのだろう、慎重にレバーを操作していた。
…全身を固めるパイロットスーツは白と青を基調とした、紛れもないヘリック共和国軍謹
製のもの。表情は頑丈なヘルメットに隠され伺い知れぬ。だが両腕に収まったレバーを捌
くその手慣れた動きは、相当な訓練と年輪を積んだ兵士であろうと誰もが推測できるレベ
ルだ。
一方左に着席する人物は、カーキ色のコートを羽織っていた。この気密性の高い室内で
襟まで立てているものだからコートの下は全くわからない。頭部は隣のパイロット同様、
ヘルメットで覆っている。只、この人物の属性は今も膝に敷いた鞄大の端末を絶え間なく
操作する様子からある程度想像できた。細長い指には傷の一つも確認できない。
「尻が…むず痒くなってきましたよ」
パイロットは気さくそうに話し掛けた。コートの人物もそれに応えて指を止める。
「『ヘリコプター』はゾイド程暴れませんからねぇ。却って落ち着きませんか?」
声質が両者の年齢差、経験差を浮かび上がらせる。低く落ち着いたパイロットの声に比
べ、コートの人物が発するくぐもり勝ちな声は彼の内向性そのものと言って良い。
「ええ、まあ…。
でも仕方がありませんよ。『トライアングルダラス』をゾイドで横断するのは不可能だ」
「そういうことです。これも『遠き星の民』が残した偉大なる技術。有効に使わねば」
きっと、彼らにとっては取るに足らない会話。それが続く内に、パイロットの手前で光
る弁当箱程のモニターが明滅を始めた。
強化ガラスの向こうは依然として黒雲がうねっているが、その隙間にちらほらと見え隠
れするものがある。…岩肌。ふと雷光がその辺りを照らした瞬間、岩肌を備える物体のシ
ルエットが明らかになった。鍾乳石のように鋭く尖った山々が、波間に浮かんでいる。地
獄の剣山さながらの光景。
灰色の棺桶は速度を上げ、剣山に吸い込まれていく。
この禍々しき島にも砂浜はあった。緩い傾斜。灰色の棺桶は徐々に且つ垂直に、高度を
落としていく。砂は水気を十分吸っているため塵は舞わぬが荒々しく土砂が吹き飛び、辺
りに土色の花が咲いた。棺桶が無事、着陸した証。勢い良く旋回していた二枚の羽根もこ
の時までには速度を落とし、着陸後には細長いその形を露にした。
着陸した棺桶に向かって砂柱が乱立し、十数名の兵士が追随した。いずれも纏った純白
の鎧はあろうことか、ヘリック共和国謹製のものではないか。
鎧の兵士達は整然とした足取りで棺桶の左方に集まると二手に分かれた。屈強な肉体と
鎧で構築された天然のバリケード。棺桶の先頭・強化ガラスで囲まれた部分にまで築き上
げられると、その一部がドアと化しておもむろに開かれた。
棺桶の中から降り立ったのはコートの男一人。ヘルメットは外さぬまま、右手を上げる。
それが合図とばかりに肉体の壁は如何にも軍人らしい整然とした行進の開始。歩調は思い
のほか緩やか。彼らに挟まれたコートの男が如何にものんびりと歩を進めるものだから、
無理矢理にでも合わせているかのようにも見える。
バランスを欠いた行軍が砂浜を進む内に、磯が広がってきた。満ち潮に削られた岩が至
る所で細長く隆起し、迷路のような道が彫り込まれている。
行軍は正確に道を選び、進んだ先に広がったのは見渡す限りの絶壁。中央にはポッカリ
口を広げた洞窟が待ち構えていた。…入り口の直径に、初めて見る者は必ず息を呑む筈だ。
田舎町の礼拝堂位はある。我らが深紅の竜が真正面から肩をすぼめればどうにか入れるだ
ろう。
しかし行軍は、洞窟の先に続く暗闇にも躊躇しない。構わず足を踏み入れ、先頭の者が
懐中電灯を照らす。雷鳴や雨音がかき消される代わりに水溜まりが弾け、岩肌を蹴散らす
軍靴の音が谺する。そんな中、遂に訪れた風景の劇的な変化。…行き止まりである筈の岩
壁が三角状に切り崩され、金属の壁で覆われている。更にその中央は焼けただれた上に、
ポッカリと風穴が開いているではないか。この入り口は行軍が隊列を崩さず入れる程広く、
彼らはさも当たり前のように侵入した。
内部に広がる暗闇は懐中電灯ごときでは届かぬ程だ。行軍はそこで停止しつつ解散し、
各自持ち場に付こうとする。突如天井が輝きを帯びた。一面見渡す限りの照明が室内を照
らす。…光沢を授かったその広さたるや礼拝堂ごときではすまない。読者諸君がよく御存
知の金属生命体ゾイドなら、数匹は十分に戯れることができるだろう。その上、風穴を除
く辺り一体はゴミや汚れが殆ど見当たらない。ここに入り込んだ者は行軍の連中を除いて
殆どいないのではないか。
さてこの部屋の中央にはまたも風穴が広がっていた。こちらは十数名が手を繋いで結べ
る程度の規模だが、何らかの工作機械でも使ったのだろうか、実に正確な真円の穴である。
それを真正面にし、只一人コートの男は直立姿勢を崩さない。
と、おもむろにヘルメットを外し始める。…思いのほか若い造作。中肉、軽くパーマを
当てた髪。掛けた眼鏡は牛乳瓶の底のように分厚い。只、この男の左の頬には火傷の痕が
広がっており、それだけはやけに目立つ。それ以外は意外なでに凡庸。
彼がヘルメットを脱ぎ捨てたのが合図であるかのように、部屋の片隅では数名の兵士が
壁に埋め込まれた計器類を慣れた手つきで弄り始めた(計器の類いはそれだけではなく、
外部から持ち込んだであろうケーブル剥き出しの機材も多数壁際に並べられている。この
場に相当長期間滞在しているのは間違いあるまい)。やがて辺りを包み込んだ地響き。ひ
どく渇いた音質はモーターの起動音に近い。しかしコートの男も他の兵士もそれ自体には
何ら動揺を見せず、やがて起動音は穴の奥底からある物体が競り上がってきたことによっ
て収まった。
氷の、立方体。小部屋程の規模はある。辺りには冷気が立ち篭め、男のかける眼鏡も忽
ち真っ白になった。コートを濡らす滴さえも。しかしそれさえも当たり前の現象であるか
のごとく男は眼鏡を外し、ハンカチをポケットから取り出す。レンズを丁寧に拭きながら
氷塊を見つめる男。…氷塊の中をよく目を凝らして見つめてみれば、銀色の鉄塊が見える
ではないか。いや、これは金属生命体ゾイドの一種に違いない。というのもこの鉄塊、よ
く観察してみれば短かめの胴体に手足が生え、氷塊中央でうずくまっている。しかも頭部
は猫科の丸みを帯びた顔立ちを備えた上に、襟には錣(しころ)のごとき鬣(たてがみ)
が生え、首の接合部を完全に覆い隠している。この星の時代によっては「ライガータイプ」
と呼ばれ、我々地球人には「ライオン型」と呼ばれるゾイドの形状にそっくりだ。
氷漬けにされたライオン型ゾイド。四肢に突き刺さったチューブはエネルギー補給のた
めにあるようだが、何やら拘束具のようにも見える。無惨な姿が男の濁りがちな瞳に映っ
た。彼の口元にいつしか宿った狂気の笑み。鉄の棺桶内で見せた気さくな一面が奇麗さっ
ぱり失せている。
「多重冷凍刑だ。素晴らしい、文献にある通りです。…内部は?」
兵士の一人が傍らに近付いた。男の微妙な変化を気に留めることもない。
「スキャンしてみたところ、ゾイドコアの稼動を確認。それに大量の有機物を確認してお
ります」
「有機物について、詳しく」
「…人型です。外見上の特徴から生別は、女。
体長145センチ程、未成熟の器官も多く、少女と呼んで差し支えないでしょう。
この少女はユニットと思われるこのゾイドによって冷凍睡眠が施され、現在仮死状態に
あります」
傍らの兵士が男に紙の束を差し出す。クリップで止められたそれは彼らの背後で操作さ
れる様々な機材が出力したものらしく、印刷されたものとそっくりの内容がモニターに表
示されている。
コートの男は全身を小刻みに震わせている。浮かべる表情は歓喜か、恍惚か。
「素晴らしい! 素晴らしいです! まさしく『B』! 文献に誤りがなければ彼女のポ
テンシャルは計り知れません!
早速蘇生措置を開始しましょう。ユニットは外部よりエネルギーを得ています。慎重に、
氷を砕くのです」
男のコートからいつしか垂れる滴。氷の檻が発する冷気さえも彼の歪んだ熱意には叶わ
ぬようだ。
洞窟の外では依然豪雨が岩肌を叩き、雷鳴が吠える。止む気配は未だ伺えない。
とある丘の上にも朝日は昇った。真冬の澄み切った空気が陽射しの勢いを鈍らせる。
さて我らが深紅の竜は大あくびを長々と続けた挙げ句、うずくまった。民家二軒分程も
ある巨体に翼二枚と鶏冠六本を背負った物々しい姿ではあるが、この金属生命体ゾイドに
も愛嬌がある。背中の武装は一切折り畳み、長い尻尾と短かめの首を丸めつつ大人しそう
に寝息を立てる様子を遠目に見たら、膝上に乗せて可愛がってやろうと思う者もいるだろ
う。傍目には人畜無害のこの竜こそ人呼んで魔装竜ジェノブレイカー。惑星Ziの生きた
伝説と呼んでも大袈裟ではあるまい。
「ブレイカー、おはよう。狩りは上手くいった?」
眠りこけようとした竜は少年の快活な声を耳にするや否や尻尾と首を直角に立てた。傍
らにはボサ髪の少年が両手を上げてお出迎えだ。いつもなら大きめで白無地のTシャツに
膝下までの半ズボンを着用している筈だが今日は紺のブレザーをぎこちなく羽織っている。
ギルガメスの円らな瞳に巨大なる相棒が映った時、迷うことなく鼻をすり寄せてくるのは
彼も先刻承知だ。…甘く鳴いてキスを強請る深紅の竜。だが今朝、鼻先に感じた微妙な感
触の違いに首を捻り、この若き主人の数倍もある頭部を離して正体を伺う。
「ふふっ、どう? エステル先生が作ってくれたんだ」
毛糸の手袋だ。年頃の少年が如何にも喜びそうな黒一色のシンプルな作り。彼はキスの
代わりに手袋を嵌めて鼻先を撫でたのだ。
しかし、深紅の竜は思いのほか不満そうだ。ブーイングと言うには余りにも可愛らしく
鼻を鳴らすと再度鼻先を近付けてきた(本当にこの竜が起こったら大地を引き裂かんばか
りに吠える!)。金属の皮膚がひんやりと目に染みて、少年は目を細めた。
「ああっ、こらブレイカーったら冷たいよ」
「ブレイカー、暖めたらギルもキスしてくれるかもよ?」
少年の背後で響く女性の声はよく落ち着いている。しかし台詞は助け舟になっているか、
どうか。…背の高い、面長の美女。少年の両肩に手を乗せた時、頭一つ以上もある体格差
に誰もが驚くだろう(少年は憧憬と劣等感がない交ぜになって胸を焦がすのだが…)。手
入れの行き届いた紺の背広と、肩にも届かぬ黒の短髪が風になびく。魔女とも恐れられる
女教師エステル。切れ長の鋭い蒼き瞳も今は誠に涼しげだ。
「せ、先生ったら妙な入れ知恵しないで下さいよー」
「あら、スキンシップは大事よ、ねえ?」
女教師の済んだ声に深紅の竜はピィと一声鳴いて相槌を打つ。胸に抱えた短かめの両腕
を伸ばすと自らの頬骨の辺りに近付け、爪を一本づつ立ててみせた。
「耳を…塞げって?」
若き主人の問い掛けに、竜はもう一度甲高い相槌で返した。耳を塞ぐ二人。だが首を捻
る少年とは反対に、女教師は竜の意図を察したのかやけに悪戯っぽく微笑んでいる。
突如響いた金属の悲鳴。少年は慌てて耳に当てた両腕を強く抑えた。鼻先を爪で擦った
深紅の竜。頭部も長い指も半端な攻撃では傷付かぬ強度を誇る。それだけに擦れ合う音も
尋常ではない。
十数回も鼻先を擦った竜は、今一度とばかりに鼻先を少年の顔に近付けてきた。追随す
る微かな暖気は彼をひとまず安心させるもの。逆に熱過ぎたらどう反応しようかと、彼は
内心落ち着けずにいたがそれは杞憂だったようだ。苦笑し、毛糸の手袋を外す。
「しょうがないなあ、ほら…」
頬を、両掌を何度も擦り付けてやる。少年の胸の奥底にいつしか伝わってくる竜の鼓動。
ひとしきりキスを続けた甘えん坊はようやく少年を解放し、一声甲高く鳴いて感謝の意思
表示。
「ブレイカー、ゾイド乗りは手が命より大事なんだからね。無闇に強請るのはいけないわ」
女教師が諭すタイミングは絶妙だ。竜は畏まりつつもう一声、鳴いてみせる。少年も満
足したのか表情を緩めた。
「ギル、ちょっと…」
両手を少年の襟元に近付け、弄る女教師。着こなしを整えるのに今更確認を取るまでも
ない。少年もお洒落の感覚は到底叶わないからこういう時は黙って従うのみだ。荒野と深
紅の竜を背景に少年が女性に襟元を直される光景は遠目には親子とも姉弟とも見て取れる。
「あとはテントを片付けるだけ?」
「はい、先生は?」
「私の方は掃き掃除でおしまいよ。…よーし、男前」
女教師は少年の着こなしに満足したのか両腕を腰に当てて微笑んだ。彼女は最近、愛弟
子に対して長期移動の際はブレザーを着用するように言い聞かせている。所謂身だしなみ
というものだ。教えるべきをゾイドの操縦技術に限定しないのが彼女の流儀。
少年はどうにも照れくさい。師弟とは言え相手は妙齢の美女。ちらり、顔を見上げるが
視線が重なると慌てて反らす。
「あ、ありがとうございます…」
「折角の里帰りなんだから、ビシッと決めて乗り込みましょう?」
「は、はいっ」
少年は頭を掻きつつ頷く。このブレザーは彼が一人前になったことをアピールする重要
な小道具でもある。
今回の旅は転戦だけが目的ではない。チーム・ギルガメスは新人王戦に勝ち抜き、優勝
を果たした。言うなれば、時の人になった。ギルは家出をしてゾイドウォリアーになった
が、それだけの成果で里帰りでもしたら彼の両親は全力で引き止めるだろう。所詮は家出
少年のすることだ。しかし誰もが納得する成績を上げて今後もやっていけることを証明し
たのならば、納得させる、或いは諦めさせるのに十分な材料となる。里帰りするには今が
チャンスと言えた。
「じゃあ、さっさと支度を済ませましょう。昼の定期便にはまだ十分間に合うわ。
ブレイカーはいつも通り借り物をお願い。…お昼寝、もう少し我慢してね?」
深紅の竜は軽く鳴いて即答した。既に何度か紹介しているが、ゾイドウォリアーは野宿
することも多いため、ゾイドウォリアーギルドが有料でキャンプ道具を貸し出している。
簡易キッチンや仮設トイレ、貯水タンクやゴミ箱などなど、高価且つ生活に欠かせないも
のは十分当てにできる仕組みだ。勿論、使用を終えたキャンプ道具は最寄りのギルドに返
却しないといけない。ギル達一行は「定期便」なるものの出発する都市に赴いた際、そこ
のギルドに一式を返却する段取りである。
服装と目的地以外はいつも通りの旅路だと、少年は思う。意外にも、今の時点で不安材
料はたった一つしかない。
コクピットを覆うキャノピーは開いたままだから、柔らかい陽射しも内部に差し込んで
くる。その男が座席を倒し、両掌を後頭部に組んで午睡を楽しむには丁度良い暖かさだ。
…それにしても、男臭さが目立つ。もみ上げと繋がった伸び放題の無精髭。頭部は変色し
た白タオルで被われている。分厚い胸板は冬山の猟師が着るような毛皮のベストで覆い隠
すが、まくり上げた両腕は丸太のように太く、この男が誇るべき筋肉の鎧を身に纏ってい
ることを暗に証明するものだ。
不意のアラームが午睡を邪魔した。猟師風の男は組んでいた両腕を左右に広げて伸びを
数秒、おもむろに上半身を持ち上げるとどっかと掌を膝に叩き付け、太く短い指で目前の
コントロールパネルを弄る。凡そ精密機械の操縦に向いているとは思えない指だがいざ触
れてみると軽快そのもの。
「水の総大将殿、直々に御指令でございまするか…」
野太い声には風格さえ漂う。開いた眼(まなこ)からほとばしらせる眼光は、これが先
程まで眠っていた者のそれとは思えない。
「暗い月のランケルヤよ、早速だが君にチーム・ギルガメス暗殺の任務を授ける」
モニターに映る声の主を読者諸君は御存知の筈だ。馬面に痩けた頬、守宮のように大き
く落ち窪んだ瞳はまさに異相。モニター上からは全身まで見えぬが、水色の軍服と軍帽を
折り目正しく着こなしているのは言うまでもあるまい。
猟師風の男は目を丸くした。
「大役、嬉しく存じます。…しかし総大将殿、ここボーグマは彼奴らの現在地アンチブル
より大分離れております。その上我が相棒は追跡の任には不得手でございますれば…」
「案ずるな、ランケルヤ。情報によれば彼らはアンチブルより東のシジアブルに移動中だ」
異相の男が告げた一言に、猟師風の男は口元を緩めた。
「彼奴ら、レヴニア以東へ向かうと言うのですか」
「ギルガメスの故郷はアーミタ。レヴニア、ボーグマより更に東だ。
北への遠征も考えられるが、彼らの現状を考えればその可能性は極めて少ない」
「わかり申した。ならば私もアーミタに向かいましょう」
「成功を祈る。惑星Ziの!」
「平和のために!」
水の軍団らしい敬礼を交わし、通信は途切れた。
猟師風の男が決めた敬礼は、実に切れが良い。それを崩す挙動さえも。
「聞いたな、ジャキ。久々の任務、それも大変な強敵が相手だ。しかし腕が鳴る!」
太い指でレバーを握り、倒す男。開いていたキャノピーがゆっくりと閉まり、柔らかな
陽射しに別れを告げた。…彼の着席するコクピットは金属生命体ゾイドの頭部だ。それも
頭頂部から上顎付近までを橙色のキャノピーで被った典型的なヘリック共和国産。但しこ
の頭部、やけに丸っこい。顎には一応牙も生え、勇猛な獣の面構えを維持してはいるもの
の、かの深紅の竜と比べたら愛嬌が先に立つ。短い四肢で立ち上がった姿もずんぐりとし
ており、このゾイドの主人が「追跡の任に向かない」と語ったのも成る程と頷ける。唯一、
地味な茶色の皮膚に所々彫り込まれたかすり傷が歴戦の兵たる証を示してはいるが…。人
呼んで「熊鬼(ゆうき)」ベアファイター。ランケルヤは一見戦闘には向かないこのゾイ
ドの飼い主ながら「暗い月」の徒名で呼ばれた。この不気味な徒名の由来が気になるとこ
ろではある。
「チーム・ギルガメスさんお待たせ。返却のCセット一式、確かに欠品無しだね。
十五日にアンチブルで借りて今日で五日間と二時間だから、お代は…」
野ざらしの貯水タンクやら仮設トイレやらがずらりと並ぶ中、ぽつりぽつりと地道に働
くゾイドの姿が確認できる。滅茶苦茶に積み上げられてはいないため、鉄屑の山が発する
ような胡散臭さは感じられない。ここはギルドのキャンプ道具賃貸場。ギルガメスは意識
的に背筋を伸ばしながら係の小太りな中年と相対した。すぐ後ろではブレイカーが行儀良
く座っている。
少年は係の中年が弾いた計算機を覗き込むと、早々に胸ポケットからクレジットカード
を取り出す。「お願いします」の声に中年は腰に付けた読み取り機をカードに当てた。ビ
ープ音が鳴ればそれで決済完了。ゾイドウォリアーに限った話しではないが、惑星Ziを
旅する者は殆ど現金を所持しない。利便性もあるが、何より貴金属類はゾイドの好物だ。
食われる危険を考えたらカードの方が絶対的に安全である。
領収書を書いてもらうと少年は深々と一礼した。だがこれで用件が全て済んだわけでは
ない。
「あの、あいつに手を洗わせてやりたいんですけど…」
中年は左方を指差した。見ればゾイド数匹がパイロットらしき人物にホースで水浴びし
てもらっている。
「ブルーレ川の水だけど、余り長く使うとお代を頂くからね」
少年が返した不器用な愛想笑いは承知の合図。彼は背後を向いて右手を上げた。深紅の
竜は使用許可を確認すると軽く鳴き、慎重な足捌きで極力地響きを抑えながら水浴び場へ
と向かう。蛇口の目前に立つと大きく長い爪で丁寧につまんで開放し、己が両腕を、次い
で口をすすぎ始めた。仮設トイレや簡易キッチンといった雑菌の塊を掴んだり噛んだりし
て運搬した以上、それ位の水洗いはするよう躾けられてはいる。だが余りの器用ぶりに周
囲の人もゾイドも目を見張る始末だ。
と、相棒の影が消えた彼方からマグネッサーの軽快な起動音が聞こえてきた。ビークル
だ。機上の主は目標である少年の側まで一気に駆け寄ると鮮やかにターンを決める。女教
師の華麗な操縦技術。
「ギル、お疲れさま」
「エステル先生、席は…どうでした?」
言いながらクレジットカードを渡す。財布の紐を握るのはやはり大人の役目だ。
「十二時半の便が取れたわ。急ぎましょう?」
辺りは何ら鋪装されていない。背後にはシジアブルの城壁と開放された城門が見える。
切り分けたりんごをつなぎ合わせたようなゾイドが整然と並んでいる。月相虫グスタフ
の隊列は六匹が二列縦隊を組む物々しい構成。いずれも太い鎖を尻に繋ぎ、牧場のサイロ
を倒したような客車数台と連結している。そのあとに続く平台の行列が貨物車だ。沢山の
コンテナが作業用ゾイドの手によって積み上げられていく中、最後尾には深紅の竜が思い
のほかもっさりとした動きで乗り上がった。四肢を平台について首をもたげると胸部コク
ピットハッチが開く。若き主人が平台の下に降りるのを確認してから竜は猫のように丸く
なった。只、荷造りはこれで終わりではなく、左右を数匹のゾイドが群がって縄を何本も
縛っていく。
「ブレイカー、抑えて、抑えて」
言い聞かせる少年は、相棒がいつへそを曲げるか気が気ではない。しかしそうやって主
人が側にいてやったことが幸いしたようだ。大人しく、但し少しでも乱暴に縛られたらそ
の度じろりと睨みを効かせ、結局はものの数分で竜の荷造りが完成した。鬱陶しい連中が
引き上げると竜は大あくび。少年は胸を撫で下ろす。
「意外とすんなり終わったわね」
少年の背後にいつのまにやら近付いていた女教師。滑車のついたトランクを両手に握る。
「ああ先生、ビークルは…」
「貨物車の一両目に押し込んでもらったわ。それより、あの子がふて腐れる前に…」
頷いた少年は今一度平台に駆け上がる。竜の鼻先を今度は自分の手袋で何度か擦り、キ
スしてやるのが主人の努め。
「ブレイカー、しばらく我慢してね」
深紅の竜は寝ぼけつつ、でもしっかりと鼻先を擦り付けた。首を丸めて本格的に寝入る
までは中々、時間が掛かる。少年がそれを見定めて貨物車から降りるまでには「五分後に
発車する」とのアナウンス。
少年と女教師は顔を見合わせると苦笑し、車両に向かった。歩きながらトランクを分け
合うのに確認の会話はいらない。
(第一章ここまで)
【第二章】
流れ行く荒野を目にして、少年は惚けたような表情を垣間見せた。岩山や雲の並び具合
に人を幻惑させるような規則性はない筈だ。
「ギル?」
心配げに女教師が話し掛け、それが少年を白昼夢から引き戻す切っ掛けとなった。女教
師はサングラスを軽く持ち上げ、あの鋭い蒼き瞳の光彩を極力抑えつつ愛弟子の心中を覗
き込む。隙を鮮やかに突かれ、少年は溜まらず仰け反った。しかし全てを見透かす魔女の
瞳に魅入られたら大人しく白状せざるを得ない。
「す、すみません。ちょっと、思い出していたんです。
レヴニアに来た時のこと。あれからもう七ヶ月経ったんだなって…」
最後の言葉に掛かる重さを女教師も理解し、静かに頷く。目前の愛弟子にとって、七ヶ
月前は意を決して家出した直後だし、女教師と出会う直前でもある。…言わば丸い瞳に飛
び込んでくる既視感が、少年に時の狭間を泳がせたのだ。
師弟は現在、「定期便」なる列車に乗り込んでいる。内部は地球における鉄道の客車と
大差ない。左右の壁面には、ピザよりは広い窓と前後向い合せの座席が車両の端から端ま
でずらりと並んでいる。但し床は板張り、座席や様々な意匠もあと十数年で骨董品扱いで
きそうだ。こんな内部構造の客車数台のあとに貨物車数台が続き、これらを月相虫グスタ
フが六匹で二列縦隊を組んで牽引する。
因みにこの列車、地球のように線路を走ったりはしない。そもそも惑星Ziに都市間を
結ぶ線路など殆ど存在しない筈だ。金属生命体ゾイドが多数生息するこの星では敢えて線
路を整備するよりも、ゾイドにそのまま牽引させた方が遥かに安価且つ安全なのである。
さて師弟は客車の最後尾に向い合せだ。前は女教師、後ろは生徒。他の客席が意外な程
まばらなので、少年は拍子抜けした。
女教師は右手で口元を遮り、小声で告げる。
「ロブ行きの特急だからね。客は少ない方が、何かと好都合でしょう?」
その通りだ。万が一水の軍団の刺客が乗り込んでいたとしても、人込みに紛れて仕掛け
てくる率は格段に低くなる。だが、少年には気になることもあった。
「ええ、それは。でも僕は、乗車券の値段が凄く気になります。
寝台付き、シャワー付き、でもって食堂付きですよね。凄く…高そうな気が…」
途端に吹き出した女教師。すぐさま口元を掌で塞ぎ、笑いを堪える。何事かと少年は訝
しんだ。
「そっちに気が行くなら大丈夫ね。安心したわ。
乗車券はね、私の分はポケットマネーから(※第三話第二章参照)。貴方の分はちゃん
と貴方の稼いだファイトマネーから差し引かせてもらったわ。学割も効いて一試合分にも
ならなかったから、心配し、な、さ、ん、な」
言いつつ、少年の可愛い額を指で軽く突いた。子供扱いされたように彼は思えて頬を膨
らませる。…女教師としては、今は経済的負担で安全を買う方が得策だと考えていたのだ。
それに少年もさることながら彼の相棒たる深紅の竜を休ませたいという考えもあった。そ
ういった様々な事情があって今回の定期便の利用になったのだが、少年は意外にも、自ら
の身の危険より旅費の方に注意がいっていた。彼も少しは図太くなった。
と、少年の左腕に結んだ腕時計型の端末がブザーを鳴らす。音の種類と端末が示す情報
に師弟は苦笑。少年は窓を開けると強風の侵入に眉をしかめつつも後方を覗いてみる。
客車、貨物車のあとに続く平台の上で、今やすっかり荷物扱いされて厳重に縛り上げら
れた深紅の竜が尻尾の先を軽く振っている。口元を半開きにして小声でピイピイ鳴く様子
は如何にも不満タラタラといった風。師弟の会話が楽しげで、それを端末から盗み聞いて
いた竜は抗議の意味でブザーを鳴らしたのだ。
少年は右の人指し指を口元に立てて「静かに」のジェスチャーを見せると、端末越しに
話し掛ける。
「ブレイカー、次の停車まで我慢してよ。そっちにはちゃんと行くから…」
竜の方は納得してはいない様子で、不満の視線を投げ掛けたままうずくまった。少年は
溜め息をつき、女教師は悪戯っぽく微笑む。
「良いのかしら。次の停車予定時間は…」
女教師は長い両掌を広げ、次に右の親指を抑える。少年は十九時、と口にしかかり慌て
て手をかざす。
「ボーグマまで五日間。下車してアーミタまで、ブレイカーで走って二?三時間。
少し、のんびりしましょう。オフなんだから」
しばらくは、夢のような時が続いた。
出発初日の夕方、停車中に恐る恐る相棒の顔色を伺った少年は、小さな身体をくわえら
れて何分も鈴のように振り回される憂き目を見た。彼は迂闊な一言を猛省したが、女教師
は大いに満足していたのだ。こんなに戯れるコンビを見たのはいつ以来だろう。
旅は確実に、皆を優しくしていく。日中の停車駅では必ずと言って良い位、観光客や地
元の土産物屋に「写真を撮らせてくれ」と強請られた。被写体は大概、深紅の竜が中心だ。
このやんちゃなゾイドは時には胸を張り、又時には細長い爪でVサインを決めてみたり、
又ある時には若き主人に顔を寄せ合うよう促したりした。戸惑う少年と楽しげな竜のツー
ショットは何とも初々しい。
一方、時には女教師単独での写真撮影を乞われることもあった。意外にも彼女はノリノ
リだが(その自信故、素肌を晒すことに何の躊躇いもない女性だ)、少年の方はそんな要
請がある度に表情を引きつらせる始末。何しろ願い出るものは若い男性が多かった。しか
し女教師はそんなことなどお構い無しにファインダーが向けられると胸を張り、ポーズを
決めてみせる。埃が立ち篭める停車場の片隅で、その場だけ超一流モデルによる華やかな
ファッションショーが開催されるようなものだ。
「でも、お茶に誘われることは一度もなかったのよね。ああ残念」
彼女の一言に少年はますます顔を引きつらせる。もっとも彼女自身がずっとサングラス
を掛けていたこともあって、ハンターは思いのほか隙を伺えない。少年の危機感はいつも
杞憂で終わっていた。
食事は停車中なら土産物屋で弁当を、走行中なら食堂車でとった。どちらも食べたこと
のない味が新鮮だ。只、食堂車のテレビ放送だけは師弟を困らせた。惑星Ziの定期便で
ある以上しばしばゾイドバトルが放送される。少年も女教師もしばしば魅入ってしまい
「あそこはああすべきではなかったのか」とまさにプロの視点で議論し、気がつけば熱い
スープが冷めていたりということにもなる。師弟はやむを得ず放送時間を外して食堂車に
乗り込むことにした。
そして、就寝。寝台車に移動して眠りにつく。二段ベッドの上段が少年、下段が女教師
だ。少年は二段ベッド自体初めての経験だが、それ以上に寝つけない自分自身に驚いた。
常に練習と試合に明け暮れていた先日までと違い、疲労が少ないからだ。やむを得ず枕元
に置かれたバイブルを紐解き、脳裏がボォッとぼやけるのを待った。一方女教師の方は布
団の中に頭からすっぽり入り込み、表向き深く寝入ったかのように見える。が、やがて頭
半分だけひょいと覗かせた。彼女はバイブルのめくれる音を天井の上から聞くに及び、よ
うやく潜り直す。音を聞いて愛弟子が寝入るために工夫していると判断したからだ。
この旅路で少年は悪意を肌で感じずに過ごした。その事実さえ気に留めていなければ忘
れてしまう位、消費した時間は心地良かったのだ。
そして、余りに情熱的な借金の返済。
深紅の竜は四肢を荒野につくと、引き絞った弓のように背筋を反り上げる。背負いし二
枚の翼も六本の鶏冠も、長い尻尾までも天を脅かす程伸ばし、次の瞬間放たれた矢のごと
く地面を蹴った。砂埃が飛沫のごとく舞い、地響きが埃をも揺らす。
赤い矢尻が滑る。低い姿勢をますます低くし、地表を一歩又一歩と勢い良く蹴り込んで
いく深紅の竜。砂の柱も一本又一本と屹立。翼や鶏冠、それに長い尻尾までも風になびか
せ、己が自由の旗印を満天下に知らしめた。
しかし、そんなことは竜の主人にしてみれば今更のことだ。
「ああもうブレイカーったら! 落ち着けよ、落ち着けったら!」
胸部コクピット内で少年がなだめるのを聞いているのかいないのか。整然とした歩調か
らその手の感情は読み取れないが…。
「五日も寝て過ごすのは飽きたって言ってるわ」
竜に遅れて続くビークルの機上で、女教師が悪戯っぽく微笑む。
「だ、だからってそんなに暴れたら…。ブレイカー、意地悪は止めてよ、頼むから!」
その程度の呼び掛けに竜のはしゃぎようが収まるわけもない。少年を取り囲む全方位ス
クリーンの下方に開いたウインドウ。相棒の意思表示だが、内容を一目見て少年は面喰ら
った。
「…宙返り!?」
止めてくれと叫ぶ余裕も、このやんちゃな相棒は与えてくれない。どっちの足で踏み切
ったのか、とにかく竜は虚空を蹴った。絡み付く埃が虚空に描いたそれは半月。一回転し
た竜の巨体は地表の太陽と化した。
もし少年が戦闘時と同様「刻印」を開放し、相棒とのシンクロを果たしていればこの程
度の動作は軽い準備運動で済んだだろう。しかし少年の額にはそれを示す奇妙な紋様の光
輝は確認できない。となるといくら肩から拘束器具でがっちり押さえ込まれた身体とは言
え、重力の支配をまともに受け止めざるを得なくなる。深紅の竜が着地した時、胸部コク
ピット内で少年は頭部を何度も振って酔い覚ましをする始末。
しかし加速を止めぬ相棒は、全方位スクリーン下方に再び次の「作戦」を提示する。
「又宙返りかよ!? それも二回て…んっ!」
拒絶の機会など与えない。この押しの強さ、流石に魔装竜ジェノブレイカーと呼ばれる
程のことはある。若き主人としてはこんなことに発揮して欲しくないのだが仕方がない。
「先生、エステル先生! お願い、もう助けて…」
すっかり涙目の映像をコントロールパネル上で垣間見、女教師は流石に可愛そうに思え
てきた。そもそも彼女の搭乗するビークルからして時速二百キロ以上を軽く弾き出す筈だ
が、機上から見る深紅の竜は食パンよりも小さい。
「ブレイカー、速度を落としなさい。法定速度、越えてるわ。
それに余り暴れてると、守備隊に絡まれるわよ!」
実際のところ守備隊なんてレーダー上は見当たらない。しかし竜はこれが少年への助け
舟であること位は理解できた。ならば彼女に怒られない程度にやれば良いだけ。
速度は抑えたが、本当にそれ以上のことはしない竜の態度に女教師も少年もお手上げだ。
やがて竜は地面を蹴り込むのを止め、両足を真横に揃えてしゃがみ込む。それでも砂埃
は追い掛けるがようやく滑空速度は落ち始め、丁度良い頃合で左足を軸に90度回転。前
方に伸びた前足はストッパー。砂の壁に蹴り込むような姿勢で竜の滑空はひとまず停止と
相成った。
埃の澱みが収まると共に、竜は姿勢を戻して腹這いになる。胸部コクピットが開き、中
から現れた少年は酔っ払いのように足元をふらつかせた。
「ぶ、ブレイカー、もう許して…」
五日間ですっかり血色が良くなった少年は、たった数時間のゾイド操縦で顔面蒼白。丸
い瞳は精気でも抜かれたように虚ろだ。と、ここでくしゃみを数発。
おやと首を傾げる深紅の竜。と、少年は肩に柔らかな重みを感じた。彼の背後に立った
女教師がコートを引っ掛けたのだ。彼女の頭髪と同色の、黒いコート。
「あ、ありがとうございます」
少年は早速右腕を伸ばし、袖を通す。同時に乱れた呼吸を整える中、己が吐く息の白さ
も目にして彼は辺り一帯の思わぬ寒さを再認識した。
女教師もビークルのトランクからコートを取り出し身に纏う。やはり黒いコートだ。
「そのうち、降るかもね」
見上げれば、どんより曇っている上に雲の鈍い動きが目立つ。少年もこの雲の流れをよ
く知っている。生まれた時から何度も目にした曇り空だ。
「その前に着いて良かった…」
少年の感想を耳にした深紅の竜が、背後で小気味良く鳴いて相槌。さも自分のお陰と言
わんばかりに胸を張る。挑発的な態度の竜を背にした少年は、しかし相棒に抗議する心の
余裕を持ち得なかった。曇天の下に広がる光景をじっと眺める。何度も漏れる溜め息。五
秒、十秒…。釘付けになった己の視線が軽い錯乱状態の表れであることを、彼はまだ認識
できていない。
別の吐息が頬に触れた。暖かさにようやく我に返った少年。見かねた女教師が少年の顔
を覗き込んでいる。瞳はサングラスの下に隠れていても、この曇天より蒼い。
「到着したら、大泣きするんじゃあないかと思ってました…」
「強くなったのよ」
そんなものかなと、少年は思った。
二人と一匹の前方には丘が広がっている。金属生命体ゾイドが生息するこの惑星Ziに
おいて、彼らの侵入を阻止するのには実に好都合な立地だ。高所に人が住まえば、低い場
所は自然と「ゾイド溜まり」となり、集落の秩序が形成される。だがこういった集落は決
して裕福とは言えない。堅固な城壁を周囲に張り巡らす余裕がないからだ。
事実、丘の中腹には塹壕がまばらに築き上げられているのに留まる。それ以外は砂と石
ころばかりが転がり、雑草さえ生えない。只、少年はあの丘を越えた先に広がる光景をよ
く憶えている。貧しいがきっと外よりは平和な世界。少年は故郷アーミタに里帰りした。
「…二通とも、きちんと配達されてる筈よ」
女教師の言葉は今日のこの日を想定するならまず間違いなく選択するだろう行動を指し
ている。
「そうですよね。
リゼリアのトライアウトに合格した時、それに新人王戦で優勝した時、近況はちゃんと
書いて手紙で送りました。叱られるのは覚悟してますけど…少しは、認めてくれると思い
ます」
師弟が交わす微笑みの何と素直なことか。
だが邪魔者は、ほかならぬ彼らの目的地から現れたのだ。丘の上から土煙が稲妻状に走
る、その先端。…二足竜だ。それも深紅の竜と比べれば格段に小さい。何しろ背中にはボ
ロ切れを纏った人間が一名、跨がれる程度の大きさだ。真っ青の体皮が透き通るように美
しい。墨小竜バトルローバー、ヘリック共和国領ならどこにでもいる筈のこのゾイドの機
敏な動作を、しかし少年は(ぎこちないなあ、訓練が行き届いていないのかな?)と感じ
てしまった。半年以上に渡って死闘を繰り広げてきた経験が、彼の「見る目」を肥えさせ
たようだ。
瞬く間に近付いてくる二足竜を凝視した時、少年が感じた違和感は襟を引っ張られる感
触。そんなことをする者は彼の相棒以外に考えられない。いざと言う時はこの若き主人を
瞬時に胸部コクピットに叩き込むつもりだ。一方、女教師はサングラスに手を掛けた。い
ざとなれば視線を刃に変えて迎え撃つ。魔女への変身をも辞さぬ覚悟。
しかし女教師と竜の不安は杞憂に終わった。…まっ逆さまに丘を下る二足竜は、いつま
で経っても仕掛ける素振りを見せない。数十メートル程も間近に寄ってきた時点で女教師
はサングラスから手を離し、竜も主人の襟を摘むのを止めた。不審に思った少年だが、真
意を彼らに問い質す間にも、二足竜が着々と近付いてくる。
「エステル先生…?」
「貴方のこと、良く知ってるみたいよ」
思わず少年が口にした声は、急停止した二足竜の土を削る音でかき消された。颯爽と降
り立ってきたボロ切れの人物。右肩には小銃を引っ掛けて武装している。どうやらこの辺
りの守備隊や自警団に所属する者なのだろう。と、頭部に被せた布をはね除けるや否やこ
の人物は叫んだ。
「兄ちゃん! ギル兄ちゃん!」
大声で喚き散らし、抱き着いてきた。女教師程ではないが少年よりは遥かに背が高く、
その上中々の腕力に面喰らう。一方で声を耳にしても、しばらくは何者なのかイメージす
ることさえできない。…それで良かったのだ、この人物の慟哭を一生懸命聞いてやること
で、彼は帰郷を実感した。
「ニーバ、ただいま」
「馬鹿野郎、心配したんだぞ…」
「ああ、ごめんよ」
少年は頭半分も高いこの人物を抱き止めてやった。ボロ切れの下から露になった「彼」
は、少年同様黒のボサ髪。涙を滝のように零す眼(まなこ)も丸い。只、顔の造作は少年
よりもやや丸みを帯び、成長したらいずれは通る鼻筋や頬骨の輪郭もまだまだ朧げ。間違
いない、体格こそ逆転してはいるが、彼はこの少年ギルガメスの弟だ。
ひとしきりの抱擁を目の当たりにし、女教師は深紅の竜と顔を見合わせ、微笑んだ。宿
敵を遠ざけた時を上回る安堵の色。
「ギル、紹介して」
頃合を見計らって話し掛けた女教師。少年は我に返ると胸元でしがみつく弟の背中を軽
く叩く。
「ああ、はい。ニーバ、そろそろ…」
少年の描いたシナリオは誠に穏やかだったが、この直後いともあっさりと瓦解した。弟
は少年の肩を掴むと強い腕力でその身を引き離す。おやと驚いた少年の心に更なる不意打
ちが襲い掛かった。
「ギル兄ちゃん、後ろの人、彼女?」
青天の霹靂とはこういう場面を指すのだろう。たった二文字で硬直を余儀無くされた少
年の背筋。見る間に赤面していく様子は熱帯の温度計かと見紛うばかり。その上適切な反
論が思い浮かばないのか、言葉を紡ごうにも鯉のように口をパクパクさせるに留まる。彼
は完全否定できる程ガキでもなく、さらりと受け流せる程大人でもなかった。
それをとっくの昔に見越しているのか、弟の追及は容赦ない。兄同様の円らな瞳に輝き
を浮かべ、まくしたてる。
「うわすっげー、兄ちゃんモテモテじゃん!
ねえねえどこまで『いった』の? 手ぇ繋いだ? チューした? それともそれとも…」
「いい加減にしろ!」
反撃する少年だが既に半べそ。小走りに逃げ回る弟を無我夢中で追い掛ける。
女教師は切れ長の瞳を丸くさせながら兄弟の戯れ合いを見つめていた。…彼女は嬉しい。
愛弟子は出会ってから今に至るまで、どこか少年らしからぬ影のような雰囲気をたたえてい
た。それが弟と再会するや屈託なく笑い、怒鳴り、泣き叫ぶ、どこにでもいる子供の表情を
取り戻しているではないか(自分が肴にされている事実は脇に置く。子供の言うことだ…)。
と、彼女の右脇から顔を寄せてきた深紅の竜。このゾイドも彼女同様、主人の思わぬ表情
の豊かさを興味深げに見つめている。只、顎を何度もしゃくる動作を見せることから助け舟
を希望しているのは間違いない。
「ニーバ君、初めまして」
凛とした響きで割って入った女教師。兄弟が気付いた時には既に傍らに近付いている。
「私はエステル。よろしくね」
言葉は短いが清々しい挨拶。サングラスこそ掛けてはいるものの、成熟した大人の女性だ
からこそ発し得る落ち着いた微笑みは少年の弟を恐縮させるに十分だ。
「こ、こちらこそよろしく…うわっ」
深紅の竜が女教師の背後から右の指を伸ばしてきた。握手を求めてきたのだ。
「ブレイカーよ。ギルの大事な友達」
少年の弟は唖然とした表情で応じる。これほど巨大且つ賢いゾイドに出会ったのは初めて。
ある意味水の軍団の襲撃以上にスリリングな攻撃から逃れた少年は、ホッと胸を撫で下ろ
しつつもこの機を逃さない。
「ニーバ、早速なんだけれど父さんや母さんに会いたいんだ。
心配掛けたことは謝りたいし、エステル先生も紹介したい。それに…」
「ギル兄ちゃん、母さんは会わないよ」
少年の溢れかけた思いを、弟はたった一言で凍り付かせた。それどころか、さっきまで戯
けていた彼の表情は墨滴を落としたように深い影で包み込まれている。
「何、それ…」
「歩きながら話そう」
弟は二足竜の背中に飛び乗った。兄程身のこなしが軽くないのは惜しいところだ。
かくてアーミタのゾイド溜まりにうずくまる深紅の竜。懐にはビークルを抱え、お留守番。
辺りは他にゾイドなど見当たらず寂しい限りだが、神経質なこのゾイドにはむしろ気楽と見
え、誠に大人しい。
相棒に手を振りつつ、ギルガメスは帰郷を果たした。憧れの女性を伴い実弟の出迎えも受
けた、ここまではまさに故郷に錦を掲げた瞬間だったが、この先待ち受けている筈の運命は
闇に閉ざされ、少年に安堵のひとときを与えはしない。
三人の行く先はランケルヤの双眼鏡からも伺えた。小高い岩山の上より動向を監視する猟
師風の男。勿論岩山の影には彼の相棒・熊鬼ベアファイター「ジャキ」が小さくうずくまり
ながら潜んでいる。…それにしても、この丸まりようは大したものだ。尻尾の長さを覗けば
深紅の竜にも決してひけを撮らない体格の持ち主が、民家の倉程度の大きさにまでその身を
小さくしているのだ。
「故郷に錦、か。味なことを。ジャキ、しばらく待て」
言い放つと猟師風の男はその場より跳躍。下方の隆起伝いに一歩又一歩と跳ね降りていく。
(第二章ここまで)
【第三章】
アーミタの入り口は、正門と言うよりは壊れた塹壕と言って良いのかも知れない。一応、
人よりは大きなゾイドが通れる程度の広さが確保されてはいるものの(往来がなきに等し
いため比較のしようがないが…)、積み上げられた土のうは所々崩れ、或いはほころび、
溢れた土もカサカサに干涸びている。土のうの下には地下数メートル程も掘り込まれた溝
が広がっており、簡素な土の階段の上に木の板が埋め込まれてはいるが、それでさえも所
々が折れて階段の形を為さぬ箇所が見受けられる。
それでも正門と確認できたのは、詰め所がすぐ側にあるからだ。…薄汚れた掘建て小屋
だが。
「悪い、ちょっとだけ外すからさ。お客さんなんだ」
ニーバが…ギルガメスの弟が入った小屋の内部は町の交番と大差ない。数畳程の土間に
テーブルが一つ、外周には若者がだらしなく座り、或いは眠りこけたりしている。小銃だ
けは壁に掛けられてはいるものの、それ以外はジュニアハイスクールのクラブ室と大差な
い雰囲気だ。
「客…?」
若者達がドアの外を遠目で覗く。一人は窓の縁に近付きながら、又別の一人はテーブル
からその顔をもたげながら。…一人はやけに背の高い女。もう一人を見た時、ある者は吃
逆のように息を呑んだが別の者が慌てて口を塞いだ。
「おう、行ってきな」
ぶっきらぼうな返事。だが彼らはニーバの客人から視線を外さない。
少年の弟が立ち去った後、この部屋の住人どもはしばらく息を潜めていた。…弟の客人
である女性がチラリ、又チラリと小屋の様子を伺っていたからだ。
「エステル先生?」
「ああ、ごめんなさい。話しの続きを…」
連中の様子を不審に思う彼女だったが、ある意味相手が悪かった。チーム・ギルガメス
に向けられる悪意は「惑星Ziの平和のために」などという大袈裟な志ばかりではない。
「行ったか…ゾイドは?」
「でけえ。流石に魔装竜ジェノブレイカーとか名乗るだけのことはあるぜ。リミッター二、
三個はいけるかもしれねえ」
殺意は容易に鼻につくが、コソ泥の悪意は中々読めないものだ。それも注意の矛先が目
前にあるならば…。
正門を越えると農道が続く。もう年の暮れだ、左右に広がる畑は既に収穫を終えており、
干涸びた土の広場が広がり、所々干し草が積まれているに留まる。田園の、冬。
それにしても、往来を見掛けない。寂しい村だ。東リゼリアよりは遥かに豊潤な土地で
あることが伺えるものの、雰囲気は雲泥の差。それでも数百メートルも進めば町並みが見
えるのが救いか。
だからこそ、兄弟の会話は辺りによく響く。…殆ど弟の独演会だが。
「兄ちゃんが家出しても、最初の内はアーミタどころかジュニアハイスクールの中でさえ
騒ぎにはならなかったんだ。よくある話しじゃん、ジュニアトライアウトに落ちた奴が家
出するなんて。母さんは捜索願いを出したけれど、それで解決すると俺も皆も思ってた。
レヴニアで水の軍団…だっけ? そいつらに連行されるテロリストの中に兄ちゃんらし
い人物がいるってことが知れて、初めて大騒ぎになった。ぐれて、テロリストになったん
じゃあないかって…」
それを聞いただけで、兄は途方に暮れてしまった。深く、湿った溜め息は傍らの女教師
も聞いたことがない。辛い時、悔しい時には寧ろ大声で泣いていた少年だ。
「ごめん、そうだったんだ。でもあそこにはブレイカーが出るっていうから…」
「黒騎士祭りでしょ? まああの辺りには時々『ジェノ』ブレイカーが出るって言われて
るけれど、まさか兄ちゃん、噂話しにマジになった?」
「信じてたから、ボーグマまで夜通し、歩いた。そこからは一番安い便に乗って…」
「別に道順はどうでもいいよ。テロリスト志望じゃなかったんでしょ?」
ぷいと、弟は顔を背けた。兄の胃袋は穴が開けられたように痛い。レヴニアのテロ騒ぎ
に巻き込まれたというそれだけのことで、彼の家族が浴びた誹謗中傷は十分想像できた。
押し黙る兄。ちらり横目で見た弟は、視線を合わさぬようにして会話を再開。
「次の騒ぎはリゼリアのトライアウトさ。めざとくもスポーツ新聞の合格発表の中に『チ
ーム・ギルガメス』の文字を見つけた奴がいた。
アーミタの誰かさんが何故か余所の国でデビューしている。調べてみたら良くわからな
い理由でジュニアトライアウトを落とされた。けれどリゼリアでのトライアウトはあっさ
り合格。美人のお姉さんまで侍らせちゃってさ」
暗に名指しされた女教師はサングラスに隠した瞳をおやと刮目。表情にこそ出さないも
のの、この話しの流れで自分が良い方向に評価されてなどいないことはよく理解できる。
農道を進む内に、商店街と思しき町並みが道伝いに連なってきた。但し都会の八百屋や
魚屋のように元気良く店主がまくしたてる光景など全く見られない。どの店もドアを閉め
たり、日よけのカーテンを降ろしたりしている。…そもそも、人影が見当たらないのだ!
これには師弟も首を捻った。只、女教師は薄々勘付いた。大して風も吹いていないのにチ
ラリチラリと、ドアやカーテンが揺れているではないか。
(私達は招かれざる客なのかも知れない…)
「ジュニアハイスクールはごった返した。数日後には…マスコミが来た。日に日に人数は
増えて、仕舞いには数十人も常駐した。正門前には十何匹もゾイドが待機する始末さ。そ
れで俺もそうだけど、村の皆はほぼ全員、取材を受けた筈だよ。どいつもこいつもギル兄
ちゃんについて、しつこく聞き回っていたさ。
この前の新人王戦で騒ぎはピークを迎えた。…遂に、テレビ局が動いた。WZB(ワー
ルドゾイドバトル)じゃあない、普通のニュース番組だよ。
今度はギル兄ちゃんに何のフォローもしてやらなかった先公連中が取材攻勢を受けた。
こんな田舎町の先公共だ、取材慣れなんてしてるわけないから事実上の袋叩きでさ。
『あんなにいい選手がどうしてジュニアを不合格になったのか』
『何故彼の名誉を回復させなかったのか』
毎日そんな、質問攻め。
いい気味だ、ざまあ見ろって思った。思ったけれど、笑えたのはその瞬間だけさ」
両腕を左右に広げ、弟は戯けた。
商店街を越えると再び農道が続く。道は緩やかに下り、その先はこんな曇り空でも宝石
のように輝いている。…小川が見えてきた。風景だけは、思い出という名の幻想をなんと
かして描こうとしている。
「ジュニアトライアウトは毎年凄い受験者数で、しかも片っ端から落とされる。この前の
ジュニアだって(※ジュニアトライアウトは七ヶ月前に実施)、兄ちゃん以外にも沢山落
とされたじゃあないか。
それに、受かっても皆大部屋入りだから試合なんてすぐには出させてもらえない。必死
に這い上がろうとしたけど練習中に事故ったりで一試合もできずに引退する奴だっている。
そういう奴らの中に、うちを妬む奴がいてもおかしくはないよな」
弟のちょっとした一言を、女教師は聞き逃さなかった。
「『うち』って…ニーバ君、まさか」
「その『まさか』。麦畑、荒らされるなんて思わなかったよ」
例えばそれは、双児の月が黒雲と戯れる夜更けに起こった。こんな暗がりでも、麦畑は
収穫を控え穂に黄金をたたえていた。
一家の畑は四方を防風林に固められていることもあって見た目よりは狭く見える。その
隙間から、ひょっこり表れたバトルローバーの頭部。この小さなゾイドは雑食性なれど、
人間や家畜の主食でもある麦を食べよう筈がない。だがそんな二足竜が防風林をかき分け
までして、畑の中に入ってきた。…誰かが乗っているものの、この暗がりで造作・表情は
確認できない。
闖入者はそのまま麦の前に経つと、突如その長い両腕を振りかざした。忽ち無数の麦穂
が折られ、引き抜かれ、踏み荒らされる。無抵抗の市民を虐殺するように二足竜は麦を弄
った。夜空に舞った穂の黄金は美しくも儚い。
と、防風林の外から突き刺すように放たれた怒鳴り声。鍬(くわ)を両腕に握り締めて、
懸命に走ってきた中年男性。彼がギルガメスの父親だ。息子達同様の黒髪なれど眉間や目
尻の皺は年不相応に深く彫り込まれている。
父の突撃を察知するや、二足竜はあっさり畑荒らしを止め、疾走を開始した。かように
情けないことに借り出された二足竜といえどもゾイドだ。Zi人の追走などあっさり振り
切ってしまう。
肩で息する父。すっかり踏み荒らされた麦畑を目の当たりにして膝から崩れ落ちないわ
けがない。
「父さんはすっかり参っちゃった。これじゃあ夜は眠れないし、昼間も仕事にならないし。
出稼ぎの季節だけど、今年は絶対安静。今頃も布団で横になってる筈さ。
母さんはその分、内職を増やすことになった。
俺は自警団のバイトを始めた。まあ就職難だからさ、今の内にコネを作る意味もあるん
だけど、母さんだけに任せるわけにはいけないしな。エアもいるし」
いつしか三人の目前に広がってきた小川は冷たく穏やかなせせらぎを奏でている。川涸
る季節だ、水際の土もすっかり乾き、固い。
川幅は少年の相棒がどうにか全身を浸かれる程度。左手の対岸には、きっとあれがジュ
ニアハイスクールなのだろう横長の建物が確認できる。但し校庭の外周はまるでビルの解
体工事現場のように無数の鉄板が建てられ、被われていた。勿論少年の過去の記憶にこう
も不粋な防壁はなかった筈だ。一方、右手の対岸にはすっかり収穫を終えて土がむき出し
の畑の中に、民家がまばらに確認できる。記憶通りの風景はここ位か。
三人は右手を歩いていく。途中、木製の橋が対岸に渡されているがここも大して往来が
確認できない。誠に寂れた村だ。
「そう言えば、エアは?」
「エアは…ええと、相変わらず、クレヨンでお絵書きさ。
よーし兄ちゃん、ちょっと待っててくれる? 一応、母さんに話してみるから…」
弟は彼の身長よりは高い土手を踏み越えていった。
見守る兄の表情は暗い。女教師は背中越しにでさえ様子が伺えた。見かねて彼女は、彼
の両肩に手を掛ける。
「気にしたら、駄目よ?」
少年は寂しくも、精一杯笑みを作った。だが不器用な少年のそれだ、自然と自嘲が重な
ってしまう。
「大丈夫です。今までが、上手く行き過ぎていたんだと思います…そ、それより!」
振り返った少年は気丈に笑ってみせると両腕を広げた。
「ここら辺がアーミタでの僕の練習場でした。毎朝、毎日、ここで走ってたんですよ」
間近で見る小川が放つ、精一杯の輝き。少年の脳裏に浮かぶ思い出。春夏秋冬、朝昼夜、
目まぐるしく変わる天候の中、変わらず走り続けてきた記憶。女教師は彼の肩越しに辺り
を見渡した。せめて記憶の断片だけでもと、分かち合おうとしたひととき。
「兄ちゃん! エステルさん!」
不粋な一声に、少年は慌てて振り向いた。肩伝いの絆を解かざるを得ない口惜しさ。
「な、な、何? えっと、母さんは…」
「二人とも、来てよ。まずエステルさんに会いたいって」
クレヨンの殴り書き。だが描く当人のひたむきな姿勢が、第三者にも確実に被写体を説
明している。金属生命体ゾイドの躍動。なれど…なれど、画用紙に乱舞するのは青や灰色
ばかり。
「ゴージュ、ゴージュ、ライガ、ライガ、…」
鼻歌を唄う描き手はおかっぱの女児。黒髪と円らな瞳は遺伝のようだ。すっかり使い込
まれて薄っぺらくなった絨毯の上に胡座をかき、膳の上に画用紙を広げている。
一方、決して狭くはないが調度に恵まれないこの部屋の、片隅に敷かれた布団。痩せこ
けた中年男性が上半身を起こし、虚ろげに、しかし思いのほか優しげに見守っている。寝
巻きは敗残兵のように皺が寄り、肩に掛けたガウンでどうにか隠す有り様。眉間や目尻の
皺も深く、黒髪には所々白髪が混じっていた。
「できた!」
立ち上がった女児。部屋の片隅に向けて小走りで駆け寄ると布団の傍らにぴたり、寄り
添うと男性に描き上げた画用紙を手渡す。
男性の細める眼(まなこ)は潤みがちだ。軽く咳き込みつつも嗄れた声で歓迎する。
「上手だね、エア。でも『赤』は、使わないのかい?」
女児はさして表情を変えることもなく、だがきっぱりと言い放った。
「『赤』は、嫌い。大嫌い」
父娘の間に流れている澱んだ空気。それを感じ取れない、感じ取らない娘の態度が父を
一層憂鬱にさせる。
気まずい空気は、二人の距離を一時的に切り離すことによってのみ、解消された。
「エア、そろそろお終いになさい。夕飯の支度、手伝ってね」
「はーい」
呼び掛けた女性の声に、即答した女児の素直なこと。膳に戻るとぎこちない指使いでク
レヨンを箱にしまい、画用紙もろとも別の片隅に並べられた段ボール箱の上に置くと、後
は一目散に台所へ向けて走るのみ。
狭い台所は薄暗いが、この部屋を支配する者が室内を懸命に照らしていた。但し凛とし
た輝きは蛍光灯よりも研ぎ澄まされ、暖かみにはやや乏しい。それでも女児が戸を開けた
時には橙色の彩りが確かに混じった筈だ。
流しで野菜を切り捌く中年女性。黒髪を簡単に束ね、洒落気が微塵も伺えない白無地の
エプロンを着用して調理に従事している。夫同様に痩せた顔立ち。端正な造作も今は随所
に小皺が増え、老いを隠せない。しかし背筋を真直ぐ伸ばしながら調理に取り組む後ろ姿
には誰もが一瞬引き込まれる筈だ。美しく老いるとはきっと彼女のことを言うのだろう。
「エアはドレッシングを作ってね。出来上がったら交ぜ交ぜして」
「はーい。交ぜ、交ぜ。交ぜ、交ぜ…」
女児は踏み台を引っ張り出し、流しに割り込む。母がまな板を引き、娘が両手を差し出
し洗浄する阿吽の呼吸は流石に親子ならではのもの。しかしどこにでも見られる支度の風
景は不粋な…しかしやはり親子の関係にある者の手によってひとまず中断された。
「母さん、連れてきたよ」
窓越しに聞こえてきた息子の声に、室内からは一瞬穏やかな彩りが失せたかに見えた。
だがそれもほんの数秒。
「ニーバ、玄関に案内して。エアはそれ、お願いね」
再度まな板を引っ込め手を洗うと傍らのタオルで濡れた手を吹き、エプロンを外して背
後の椅子に掛ける。鍋の火を止めることも忘れない。
足早に台所を出てきびきびとした動きで廊下を進む。寝床の夫は俯いた。
左右を防風林で囲まれた小道を師弟は進む。足早に進む少年に影のごとく寄り添う女教
師だが、遠めにはどうしても影の方が目立った。路面は鋪装されてはいないがその必要も
ない位、乾き固くなっている。木々の隙間に散乱する枯れ草を、少年は毎年のように目に
していた筈だ。しかし今年見るこの風景には、一歩進む度に息苦しくさせる。
小道を進むにつれて何度も脇道を通過。その内に少年の視線が釘付けになった。
(確か、ここだ…何だ、そりゃ)
家出して一年も経たぬ内に、自らの記憶に念を押さなければならない事実に苦笑した少
年。…大丈夫だ、道の角には丸太が打ち込まれ、鉄の表札が二枚、釘打ちされている。辺
りの番地と父親の名が刻まれたもの。
脇道は緩い下り坂。そのすぐ先で少年の弟が右手を振って待っていた。
彼の後ろでひっそりと佇むトタン屋根の民家。木造一階建て、外周はすっかり葉の散っ
た木々の群れを塀代わりとしている。物置きも見当たらないが、庭先には使い古された農
具が整然と並べられ、或いは壁に立て掛けられたりしており、持ち主の実直さが伺えた。
小道の中腹まで駆け上がってきた弟。
「それじゃあ兄ちゃんは、ここまで。エステルさん、お願いします」
頷いた女教師。彼女が踏み締める土の小道は本の十数メートル先に建つ民家まで直結し
ている。歩きながらコートを脱げば、翻る紺の背広。但しサングラスを外すのには躊躇し
た。己が眼差しが背負いし業にはいつも悩まされるが、外すわけにはいかないだろう。
「御免下さい」
凛とした響きが辺り一帯を震わせる。農村の寂れ具合が空気を研ぎ澄ましているからだ。
…ものの数秒も建たぬ内に、錆びた蝶番が嘶いた。
ふと、少年は女教師の格好に気がついた。彼もそそくさと黒のコートを脱ぎに掛かる。
おやと驚いた弟は、兄のブレザー姿にしばし魅入る。彼の覚えている兄の姿よりもどこか
大人びて見えるから不思議だ。
「そう言えば、兄ちゃん。その服って…」
「これは先生が用意してくれたんだ。勿論、稼ぎで買った服もある。
家出したことは謝りたい。けど、これからは…」
この盛装位の親孝行は幾らでもできるし、しなければなるまい。少年は次いでコートを
右腕に引っ掛けようとするが、弟は無言で手を差し伸べた。…兄の心意気を認めた証。感
謝した少年はコートを預けると手袋を外しに掛かる。相変わらずゾイド胼胝(たこ)まみ
れの掌だが全くの無傷であることも、彼は見せたかった。通常のゾイドウォリアーなら大
概怪我をしている。
そんな愛弟子の会話を耳にしながら、民家のドアが開くのを直立して待ち構えていた女
教師。…ドアは、半開きで静止した。サンダルの擦れる音が聞こえ、現れた中年女性。女
教師は張り手を打たれたような衝撃を覚え、深々と一礼した。…実際問題として、この女
性の背丈は愛弟子より数センチ高い程度。しかしピンと張った背筋と、刮目した円らな瞳
が放つ威厳に満ちた輝きには刻んだ年輪だけが醸し出せる迫力がある。だから女教師は、
全身で敬意を表した。
「始めまして、エステルと申します。故あって今までギルガメス君をお預かりしておりま
した」
口上は、頭(こうべ)を垂れたまま簡潔に。如何なる罵詈雑言が浴びせられようとも甘
んじて受けると決めたから。
思わぬ光景を目の当たりにし、愛弟子は唇を噛んだ。あんなにすらっとした紺の太刀が、
直角に折れるなどとは思いも寄らなかった。女教師は、愛弟子が本来果たすべき義務の大
半を代わりに務めたのだ。改めて、胸を締め付ける罪悪感。…しかし後悔は、それだけで
は済まなかった。別の音色が、空気を震わす。
「ギルガメスは、死にました」
少年は息を呑んだ。いや彼の弟も、そして発言者の真正面に立つ女教師でさえも。だか
ら空気は、教会の鐘よりも低くどんよりと揺れる。しかし当の発言者は、周囲の状況に怯
む様子などない。
「遠い異国の地であの子は倒れたと伝え聞いております。
私達は、あの子が夢破れても受け止めてやるつもりでした。家族とはそういうものです。
しかしあの子は見果てぬ夢を追い求め、行ってしまった…。
あの子は異国の地で夢を掴んだかも知れない。でもその代わり、私達はごくささやかな
幸せを奪われました。
だから私は、夫や子供達のためにもあの子の亡骸を抱いてやるわけにはいかないのです」
返答に窮した女教師。彼女には自覚できる。元々白い己の肌が、増々蒼白になっていく
ことを。…彼女は半年以上に渡って少年に付き添ってきた。彼の味わった苦難を共に分か
ち合ってきたのだ。しかしそれを理解してくれなどと果たして言えるか。所詮、彼が夢を
追い掛けた代償に過ぎない。それよりも、彼一人が抜けたことでできた傷口の深さ。
女教師が唇を噛みかけて堪えようとした、その時。背後で土を蹴る音がした。
「ちょ、ちょっとギル兄ちゃん、待ってよ! 待ってったら!」
制止しようと弟は手を伸ばす。しかし一般人とゾイドウォリアーとでは反応速度は比べ
物にならない。土埃の軌跡を残し、忽ち小道を駆け上がっていった。辺りには散乱した黒
のコートと手袋が残るのみ。
「失礼します」
女教師、追走。小道にもう一着、コートが撒かれる。弟はおろおろしながらもついてい
こうとするが、彼女の駆け足は兄のそれをも上回った。あっという間に小さくなっていく
彼女の後ろ姿。弟は呆気に取られ、早々に追跡を断念すると発端となった人物のもとへと
向かう。
「母さん、そこまで言わなくて良いじゃん! 幾ら何でもひど過ぎる!」
猛烈な抗議にも、しかし母は怯まない。
「ニーバ、貴方は仕事に戻りなさい」
「それとこれとは…!」
「その前に、そこにバラ撒かれたコートは拾っていきなさいね。二着とも埃は良く払って」
他愛のない小道が果てしない苦難の道にも思えた。だから一気に駆け上がった時には左
右を見渡すこともできず、足場を確かめる余裕さえ持たない。だから少年は…土手を、転
げ落ちた。
息を詰まらせ二転、三転。水際の辺りで大の字になったのも束の間、よろめき立ち上が
り、しかし全身を襲う打撲痛に結局は膝から崩れる。それでも頑健な少年の身体だ。顔を
持ち上げられないのは単に身体の痛みによるのではない。
涸れた土が、揺れた。鈍い自虐の音色を立てて、何度も、何度も。右腕を振り上げる。
土目掛けて叩き付ける。腕も土も泣き叫ぶ口は持たないから、刹那にも満たぬ破裂音しか
発しない。再び少年は腕を振り上げる。今度は両腕。力任せに叩き付けて、又振り上げて。
忽ち拳が腫れ上がり、皮膚が切れていくが寧ろそれを望むかのようだ。いつしか土は凹み、
中央には時折水滴が落ち、濡れた。その味はきっと、塩辛い。
「ギル、止めなさい! 何やってるの!? 命より大事な腕を…」
自虐の演奏を食い止めた女教師。少年の背中越しに、振り上げた両腕をひしと掴む。腕
力のある女性だ、それだけで十分暴走を抑制する力となったが、少年は尚も腕を震わせ、
或いは全身をくねらせ、頑強なまでに抵抗を止めない。
「何の意味も、なかった!」
曇天を見上げ、吠えた。
「今まで何度も死にかけて、そのたび逃げ出したくなった。けれどずっと我慢してきたん
だ! きっと、今日のこの日を迎えるために…。
でもそんなものは、僕一人の妄想に過ぎなかった。僕が家を出た時から、皆の中で僕は
死んでいた。
だったら今更こんなにちっぽけな身体を大事にする必要なんてどこにもないでしょう!?」
共振。川の流れが、乾いた空気が、土が、弦となって。絶望と言う名の楽曲は、しかし
ささやかな不協和音によってかき消された。
染み入るようなその音色は、乱れた鼓動、呼吸音と共に少年の耳に、両腕に届いた。…
不意に少年の鼻に漂ってくる石鹸の香り。彼の右肩に、女教師が項垂れる。
「止めなさい。もう、止めて…」
少年の抵抗を今度こそ封じたのは肩ごしに伝わる涙声。憧れる女性が、自分の肩で泣き
崩れた。慟哭だけは、せめて堪えて。サングラスに隠された蒼き瞳でさえも、今や溢れ出
る悲痛の結晶でいつもの迫力を失っている。少年は二重に後悔した。自分が激情に駆られ
ればその分だけ、彼に関わってきた沢山の人を傷付けるのだ。
振り上げられた拳が、腕が、音もなく脱力。
ふと、両手の甲に広がるそれは冷たい温もり。絹を触るように優しく撫で摩る女教師の
両手。長い指に包み込まれ、徐々に暖まったところで十本の指同士が絡み合う。
少年は瞳を閉じて涙を枯らし、しばし懺悔の祈りを捧げるのみ。
それが例え数秒に過ぎないとしても、二人にとっては相当長い時間の共有であった。曇
天より僅かながら差し込む陽射しが冬の川を照らし、雪の結晶のごとく輝かせる。淡い乱
反射をしばし二人が背負ったひとときは、しかしいともあっさりと中断された。
邪魔は二人の左腕より聞こえた。腕時計型の端末から飛び込んだブザーは危機を伝える
合図。師弟は顔を見合わせた。
鋼色の円柱をあぶるバーナーの炎。火花が無数に飛び散るが、円柱は今のところびくと
もしない。しかし時間の問題かも知れないのだ、徐々にではあるが炎を当てられた部分は
熱を帯び、飴色になりかけている。
バーナーを両腕で抱える持ち主はボロ切れを纏った若者だ。地味ながら徐々に現れてき
た戦果に目を細める。
「いいぞ、もう少しだ。最強ゾイドもこれだけの近距離でゾイド解体用のバーナーを浴び
せてやればちょろいってもんだ」
深紅の竜がうずくまったまま、震えている。いかにも盗まれ易そうな女教師が駆るビー
クルはどうにか両腕で抱えてはいるものの、肝心の己が五体はと言えば、左足のかかとに
取り付けられたリミッターがバーナーで焼かれ、もぎ取られるのは時間の問題。そしてそ
の場を取り囲む面々に我々は見覚えがある筈だ。…詰め所で控えていた自警団の若者達が、
こともあろうにコソ泥の周囲を固めている。それにしても、何故深紅の竜はこんな卑劣な
連中を弾き飛ばさないのか。
「ジェノブレイカーさんよ、リミッターで勘弁してやるから変な考えを起こすんじゃあね
えぞ?」
「一般人の俺達に手を出そうものなら大事な御主人様がどんな目にあうか、わかるよな?」
ゾイドの最強伝説など戦場の夢幻に過ぎない。この深紅の竜のように平和な時代に生き
たいのなら、Zi人には絶対服従が強いられよう(人に使役する全てのゾイドは法を破ら
せないよう封印プログラムをインストールされる。頭の良い深紅の竜はそんなものなど幾
らでも無効にできるが、それとこれとは話しが別だ)。それも相手が名も知らぬ一般人な
ら尚更のこと。しかしそこに付け入る下衆も当然、現れる。だから竜は、耐えるのみ。己
が体内に秘めた通信手段で主人を呼び寄せるのが、せめてもの反撃手段。
しかし賢い竜の思惑は、珍客によって微妙に外された。…囲みに切り込んできたのは若
き主人ではない。猟師風の男だ。瞬く間に数人を殴りつけ、吹っ飛ばすとバーナーを持つ
若者を軽々と両腕で持ち上げ、投げ飛ばす。炎が滅多矢鱈に飛び散り、辺りは修羅場と化
した。ボロ切れに炎が燃え移り、或いは火傷を追う若者達。
「な、なんだオッサン! なにしやがる!?」
「俺達をアーミタの自警団と知っての…」
妄言を鼻で笑って聞き流した猟師風の男。問答無用で若者達の襟を掴み、鉄拳をお見舞
いする。ある若者は小銃を向けようとしたが、猟師風の男は全く意に介さず、掌中に掴ん
だ若者を投げ付ける。これがたった一人でも徹底的に軍事的な訓練を積んだ者と烏合の衆
との差だ。
師弟が駆け付けた時、辺りには制裁を貰ってのたうち回る若者達の惨たらしい光景が広
がっていた。
「助けて、助けて…」
こともあろうに悪意を向けた筈の相手に命の保証を懇願し、よろよろ手を伸ばす。いや
手元の人物が他ならぬギルガメスであることなど理解できていないだろう。それほどまで
に猟師風の男が下した制裁は暴虐を極めた。
「これは…」
少年は焦げ付いた相棒のかかとを、そしてバーナーを抱えた若者がのたうち回るのを見
て確信した。辺りに倒れているのはゾイド荒らしだ。自警団の連中もいるということは、
始めからグルだったのか。だとしたら手荒いながらも相棒を守ってくれた猟師風の男に感
謝せねばなるまい…そう思いかけた時。
「チーム・ギルガメスの諸君、お初にお目にかかる。私は水の軍団暗殺ゾイド部隊所属、
暗い月のランケルヤ」
背筋が凍り付いた少年。身構えるのは女教師。思わぬ名乗りに深紅の竜までもが首をも
たげ、師弟の前方を固めるべく手を伸ばす。だが猟師風の男は気にも止めない。
「良い反応だな」
もみ上げを掻きながら余裕綽々。女教師は訝しんだ。
「水の軍団の刺客がブレイカーをゾイド荒らしから救ってくれるとは、どういう風の吹き
回し?」
「諸君らは偉大な戦士だ。我らが同志の挑戦を何度も退けてきた。尊敬して余りある。
そんな諸君らが高々ゾイド荒らしごときに苦しめられるのを、黙って見ているわけには
いかなかった。
偉大なる戦士は正々堂々たる戦いの末、気高く葬られるべきなのだ…ジャキ!」
主人の呼び掛けに応え、今や遅しと待ち構えていた巨大なる熊が天を衝く程高く吠えた。
岩山から表れると背中に積んだ大砲が熱弾を放出。正確に標的目掛けて狙い撃つ。しかし
この事態になれば深紅の竜も黙ってはいない。透かさず右の翼を広げて師弟を庇うと左腕
を振りかざして猟師風の男を払い除けんとする。しかし敵もさる者、毛皮のベストの隙間
から光の粒が溢れ、猟師風の男は一段と高く跳躍。マグネッサージャケットだ。
「諸君、人質を取るのは本意じゃあない。わかるなら、我らと戦え!」
爆風の中でも良く通る野太い声に、女教師が…魔女が反応した。サングラスを乱暴に外
すと蒼き瞳が眼光ほとばしらせ、そして額が眩く明滅。
「ギル!…例え、その行く先が!」
口籠った少年。だがそれも数秒のことだ。大事な者は、側にいる。
「‥いばらの道であっても、私は、戦う!」
負けじと魔女と、見つめあう。忽ち少年の額にも宿した光輝。
不完全な「刻印」を宿したZi人の少年・ギルガメスは、古代ゾイド人・エステルの
「詠唱」によって力を解放される。「刻印の力」を備えたギルは、魔装竜ブレイカーと限
り無く同調できるようになるのだ!
待ってましたとばかりに少年の小さな身体を掴んだ深紅の竜。胸部ハッチを開き、すぐ
さまコクピットへ放り込めばこの若き主人も意気込んで座席に飛び移る。両肩に拘束具が
降り、全方位スクリーンで視界を共有。ふと左足のかかとが焼け付くように痛むのは相棒
とのシンクロを果たした証。少年は、それが嬉しい。
「ブレイカー、行くよ! エステル先生…」
「任せて!」
少年がシンクロを果たすまでに、ビークルに飛び乗った魔女。慣れた手つきでエンジン
を、システムを立ち上げる。
竜が翼広げるのとビークルがエンジンを吹かすのはほぼ同時だ。
(第三章ここまで)
【第四章】
アーミタの寂れたゾイド溜まりに、次いでやってきたのは少年の弟であった。足元には
職場の先輩達が倒れ、悶えているではないか。まさか彼らが少年の相棒に危害を加えたな
どとは露にも思わず、うめき声を上げる若者達を揺さぶり、介抱する。
「おいみんな、一体何があったっていうんだ!? しっかりしろ!」
皆、意識はあるようだが僅かなエネルギーは全て悲鳴を上げるのに回さざるを得ない様
子。そんな者ばかり十数人も横たわっているのでは埒が開かない
「急いでローバーを引っ張ってくるから待っててくれ!」
その場を発とうとした彼の足を掴む者がいた。弟は思わず肩をすくめる。
「おい、ちょっとこんな時に冗談は止めろよ!」
だが相手は真剣だ。そうせずにはいられない疑問があったからだ。
「お前の兄貴…一体、何者だ?」
不意に、弟の耳元に飛び込んできた金属音。落雷を受けたかのような衝撃に、溜まらず
彼は彼方を見た。荒野の向こうでは濛々と埃が舞い上がり、その間を赤と茶色の鉄塊が激
しくぶつかり合っている。
虚空見上げた深紅の竜。短い両腕を胸元で十字に重ねれば、全身に埋め込まれたリミッ
ターが唸り声と共に高速回転、火花を散らす。しなやかな足を振り上げ地を蹴れば空高く
土砂の柱が発ち、十字に組んだ腕を解き放てば火花が弾けて深紅の竜は流星と化す。
「翼のぉっ、刃よぉっ!」
竜の胸元で吠える若き主人の気合いは裂帛。全方位スクリーンにて相棒と視界を共有し、
目前の強敵にも心身合一して挑みに掛かる。咆哮と共に翼を左右に広げれば、忽ち内側か
ら双剣、展開。
しかし今日の刺客たる茶色い熊は真っ向勝負が好みなのか。低い姿勢のまま砂塵巻き上
げで突っ込んでくる。
弧を描く双剣。翼の刃は誠に正確に、熊の左の脇腹を捉えた。だがそれは、熊が低い姿
勢のまま爪の一撃を繰り出したのとほぼ同時だ。より正確な一撃を目指すべく踏み込んだ
竜の左脛(すね)に、熊の爪が突き当たる。斜めに一歩逃げて間合いを取った深紅の竜。
だがこの賢いゾイドは己自身の体感したダメージより、若き主人がシンクロの結果受けた
それの方が大きいことに気が付いた。…そう、脛を殴られたのだ。
胸元のコクピット内で顔をしかめる若き主人。痺れるような痛みだが手で摩る余裕など
なく、左足を軽く揺さぶり対処するのみ。
「ブレイカー、大丈夫、気にしないで。それより相手は…」
茶色い熊は竜の猛攻に怯む様子もない。おかしい、翼の刃は正確に命中した筈だが…。
「ギル、ギル、聞こえて!?」
全方位スクリーンの左方に展開されたウインドウ。既にサングラスからゴーグルに変え
た魔女。鋭い眼差し傾けて、主従に送るアドバイス。
「ベアファイターは重装甲よ。それに貴方達が攻撃するタイミングを見切っているわ」
「軸足を突かれたからブレイカーの体重が乗り切らなかったのか…!」
茶色い熊はのっそりと、しかし流水のごとき緩やかな動きで小刻みに間合いを測る。額
に広がる橙色のキャノピー内では、あの猟師風の男が太い両腕を広げて左右のレバーをち
まちまと動かし続けているのが良く見える。
「今の一撃で崩れないとは、流石に我らが同志の挑戦を退けてきただけのことはある。
地形は集落付近、我らには不利よ…」
ジリジリと、摺り足で右方へと横滑りする茶色い熊。深紅の竜も翼を水平に広げつつ相
手に合わせる。これぞ一足一刀の間合い。果てしなき荒野と少々の岩山を舞台にした筈の
この決闘は、いつしかお互いの太刀筋、砲撃、爪や牙の一閃を読み合わざるを得ない閉鎖
空間へと変貌を遂げた。曇天が、一帯を増々息辛くする。
竜の後方にあって、ビークルを駆る魔女は爪を噛んだ。非常に割り込み辛いのだ。彼女
の愛機は小回りが効くが、視界の広過ぎるこの戦場で睨み合いを演じられたら容易にこち
らの動向を探られてしまう。事実、茶色い熊の頭部に張り巡らされた橙色のキャノピー内
ではちらり、ちらりと猟師風の男が鋭い視線を飛ばしてきている。
魔女は気が付いた。…円を描くようにお互いが移動したものだから、先程まで竜が背負
っていた筈の風景が視界に飛び込んできた。彼女の愛弟子にとって、どんなに嫌な思い出
があろうとそれは「故郷」なのだ。これは不味い!
「ギル、間合いを…!」
離して、と言い掛けたが時、既に遅し。少年は悲鳴のような咆哮を上げた。レバーを一
心に傾けたかに見えたが彼の円らな瞳の奥で、故郷の丘や塹壕は陽炎のように歪んで映っ
ている。迷いが、レバー捌きに影を落とした。
「踏み込みが甘い!」
事実、深紅の竜の左足は大して砂塵を巻き上げず、かといって折り曲げたバネのような
力の溜めも見せずに半歩進んだ。僅かな瞬間ではあったが、竜は明らかに棒立ちだ。
滑り込むような熊の突撃。砂塵を後方に飛ばしつつ、先程よりも深く飛び込んだその狙
いは肩口からの体当たり。脛に決めた一撃は先程の相撃ちを凌駕した。ぐらり、機先を制
された深紅の竜。残る右足を強く地面に打ち付ければ、かかとより伸びる爪が地面に振り
降ろされ巨体を支えるアンカーと化す。それにしても、如何に魔装竜ジェノブレイカーと
言えども踏み込みが甘ければ揺らぐのだ。慌てて両肩を突っ張る少年だが、敵は先の先ま
で計算していた。
全方位スクリーンの果報に、橙色のキャノピーが見える。当然だ、懐に潜り込まれてし
まったから敵は竜の胸元辺りにまでにじり寄っている。引き離さねばとレバーを小刻みに
動かす。狙いは短い両腕で押し返すこと。だが竜が腕を伸ばした時、この主従が受けた吸
い込まれるような衝撃。同時に、スクリーンの奥から迫ってくる橙色のキャノピー。その
奥より見える猟師風の男が見せた不敵な笑い。
立ち上がった熊。がっちりと、竜の右腕を抱え込むと左足で足払い。
表情で不覚を取ったように竜は横転。だがその巨体を支えたのがほかならぬ熊の右腕。
もとより助ける狙いなどなく、閂(かんぬき)のごとく右腕を絞りつつ竜の巨体に馬乗り
になった。…両者の体格は一見して竜が勝るかに見えるが、翼や鶏冠の規模を無視すれば
そう大差ないのだ。ましてや自慢の翼や鶏冠を地に落とされ封じられては、熊の巨体が何
倍にも巨大に見える。
もがく、深紅の竜。極められた左腕はびくともせず、やむなく右腕で押し返そうとする
が、この近接距離では熊の爪に難無く捌かれる。手段に窮した竜は右腕を胸元にまで引き
寄せ、身構えた。
左腕を振り上げた茶色い熊。決して長くはない筈だが、この有利な状況下では妖刀のご
とく長くしなやかに見えるから不思議なもの。
「機獣殺法『暗い月』。ギルガメス、覚悟!」
少年は敵の技が持つ名前の意味を喰らうまでは理解できなかった。熊の爪が描く軌道は
三日月のごとく。だが振り降ろされた瞬間、爪は全方位スクリーンが確保した視界の外へ
と消えた。少年がハッと刮目したその時、右の脇腹を襲った激痛に溜まらず呻いた。
竜の脇腹に、がっちりと突き当たった熊の爪。右腕が防御していた筈だが肘のすぐ後ろ
目掛けて正確に叩き込まれている。鎧がどうにか守りを果たしてはいるものの、何度も貰
って防ぎきれるような代物でないことはシンクロにより伝わる激痛で理解できる。
だが、こんな一撃が何度も叩き込まれるとまでは思わなかった。竜の右脇腹に、胸に、
腰に。或いは肘や二の腕に。そのたび三日月の軌道を描き突き当たる熊の爪。少年に襲い
掛かる痛みも相当なもの。突っ張っていた右腕は痛みに堪え切れず何度もくねる。胸や腹
に当たればそのたび息を詰まらせ、咳き込む始末。きっとブレザーを脱げばワイシャツの
下に眠る肌は赤や紫に腫れ上がり透けて見えるに違いない。
しかしと、歯を食いしばりながらも少年は思案。一発で仕留められる程破壊力があるわ
けではない。とにかく耐えて、隙を伺えば。主人の計算に応え、竜はチラリチラリと相手
を見遣る。
だがふと、揺さぶられた少年の身体。引力の流れが背中から左肩へと急激に移動。
(隙を突かれた!?)
直感した少年は右のレバーを倒す。それがひとまずは正解だった。左半身を押し込まれ
た深紅の竜は元の仰向けに姿勢を戻す。と、肩口に叩き込まれた熊の爪。
(背中が狙いかよ!)
竜の背中には蒼炎を吐き出し爆発的な運動能力の糧とする六本の鶏冠と、荷電粒子を吸
い込む「口」が埋め込まれている(通常は固い獲物の消化に使うべくそこから吸収するの
だ)。全身を守る鋼鉄の鎧と比べれば遥かに脆弱且つ破壊即致命傷になりかねない器官。
だが背中を庇った瞬間、今度は胸元が曝け出された。…コクピットと熊の爪との間を遮
るものは何もない。
ええいままよと少年は瞳を閉じつつレバーを捌く。応じて右腕を水平に構えた深紅の竜。
だが…一秒にも満たぬが、戦闘中としては明らかに微妙な間。瞳を半開きにした時、スク
リーンには左腕を振り上げたままの熊が仁王立ち。胸元を防御した分がら空きとなった脇
腹目掛け、満を持して爪が叩き込まれる。仰け反る少年。コクピット内に悲鳴が響き渡る。
「『暗い月』は『喰らい付き』よ!」
読み切れぬ軌道のみを説明する名前ではない。この強敵の恐るべき執念が少年主従に揺
さぶりを掛け、着々と勝利目指して前進している。このままではブレイカーが、ギルガメ
スが危ない!
不意に熊の首や腕に、叩き込まれた銃弾。何事かと横目で睨む猟師風の男。…ビークル
が急激に間合いを詰め、援護射撃を敢行中。
ビークルの後方から伸びる銃身は物干竿程も長く、人の腿程も太い。これぞAZ(アン
チゾイド)ライフル。正確に急所を狙いさえすればゾイドでさえも絶命させよう。銃身の
傍らには身を低く屈めた魔女。ゴーグルに映る標的。姿勢のお陰で顔のすぐ側に見えるモ
ニターに、茶色い熊の様々なスペックが表示される。それをちらり覗いて魔女は唇を噛ん
だ。…敵が受けたダメージは思いのほか低い。命中した箇所の熱量が変化していないのだ。
それを見越してか、猟師風の男は不敵な笑みを浮かべつつレバーを操る。ジリジリと、
背中に積んだ大砲がビークルの方角に傾き発射、又発射。鬱陶しい敵は旋回しながら間合
いを維持。だが熊にとってはそれで十分だ。
「ベアファイターの装甲を、舐めてもらっては困る」
言いながら、早々に横たわる竜目掛けて攻撃を再開。熊の爪は容赦ない。重い一撃に竜
は払い除けるのがやっとだ。
(返す技は、ないわけじゃあない。ないわけじゃあ、ないのだけど…)
額に輝く刻印が明滅。危機を知らせる合図。痺れる右腕をまくり、少年は額の汗を甲で
拭う。彼の相棒はこの近接距離で高い破壊力を誇る武器を持たないが、それでも唯一、逆
転の手掛かりを引き当てる技はある。だが敵が急所目掛けて引っ切りなしに攻撃を仕掛け、
挙げ句の果てに主導権を握られた現状では発動できそうにない。隙が欲しい、隙が…。
「エステル先生…」
「隙を作るわ。ちょっと待っていて」
「え…!? 僕はまだ何も…」
まだ何も言っていないのに、即答した魔女。すぐさまエンジンを吹かしビークルの機体
を右に傾ければ、鮮やかに弧を描き、熊の背後から竜の背後へと周り込んでいく。
猟師風の男は鼻で笑った。
「物陰から仕掛けるか! 小賢しい…」
光の粒を吐き出し流れ行く鋼鉄の妖精をキャノピー越しに凝視。「蒼き瞳の魔女」の狙
いは熊の頭部(つまりこのキャノピーだ!)への直接攻撃だろう。狙い易い真正面からよ
り正確な射撃を試みるつもりだ。
「その程度、避けてやるわ。来い!」
汗ばむ両腕握り直し、男は吠える。
だが彼の予想は外れたのだ。熊の右方から正面へと周り込んできたビークル。直後に射
撃が敢行されると、彼は睨んでいた。…ところが光の粒は、留まることなく正面から左方
へと流れていく。
先端に座る魔女はゴーグルをかなぐり捨てると手早く胸ポケットにしまった。切れ長の
蒼き瞳が増々妖しく眼光ほとばしらせれば、額の刻印が彼女の額から頬全体にまで見る間
に広がる。
「古代ゾイド人を、舐めるなぁっ!」
既に自動操縦に切り換えている。満を持して長い両腕を振りかざした時、刻印が迎えた
光輝の絶頂。交差された両腕から放たれた光の渦。古代の大悪竜のごときうねりを上げて
茶色い熊へと襲い掛かった。振り上げられた左腕に絡み付く。
猟師風の男は何の幻惑かと迷わず左のレバーを押し込んだ。しかしレバーはびくともし
ない。…何度入れても、変わらない。彼の相棒も独自で拘束を試みようとしているのがキ
ャノピーから見て取れる。左腕は痙攣こそするが結局はびくともしない。
「こ、これはどうしたことだ。さてはデータにあった…!」
水の軍団の元傭兵・風斬りのヒムニーザが深紅の竜に一度は勝利した時、間一髪脱出す
る切っ掛けとなった技だ(第六話参照)。
だがビークルは、余りにも敵に近付き過ぎている。熊の頭上、数メートル程。この強敵
が竜を拘束する右腕を振り解けば叩き落とされるのは目に見えている。青ざめる少年。猟
師風の男はほくそ笑む。
「せ、先生、危ない! 離れて!」
「小賢しい真似を…!」
熊の右腕が、弛んだ。少年は直感、レバーを傾ける。主従の、そして憧れる女性を救う
好機は他にない。
右半身を捻る深紅の竜。肩が浮くと潰されていた鶏冠の内、右の三本が地面に向けて突
き立てられる。忽ち弾ける蒼炎三つ。この勢いに乗じて竜は右肘を前方に突き出した。そ
う、熊の爪の攻撃を凌いだ固い肘だ。
鈍い金属音は熊の左脇腹から。突き刺さった竜の肘は常ならば音速を弾き出すのに用い
る鶏冠の推進力を借りて、通常の何倍もの破壊力を得た。
魔女は愛弟子主従の勝利を確信、光輝の鎖を断ち切る。それを合図に、蒼炎と砂塵巻き
上げ巨体を持ち上げる深紅の竜。今度は己が馬乗りになる番。右肘を突き刺したまま熊を
持ち上げ、地面に叩き付ける。
曇天が震え、土埃に汚れた。激痛に、この日始めて悲鳴を上げた茶色い熊。そしてそれ
が断末魔ともなった。竜が右肘を引いた時、この強敵の固い装甲に走っていた無惨な亀裂。
「ブレイカー、魔装剣!」
若き主人が吐き出す裂帛の気合いを合図に、竜は上半身をしなやかに反り返る。額の鶏
冠は前方に展開、鋭利な短剣と化すと放たれた弓のごとく上半身を振り降ろした。
亀裂に短剣が突き刺さる。立ち篭める埃に彩りを添える稲妻のほとばしり。熊は負けじ
と両腕を殴打しに掛かるが仰向けに寝かされたこの態勢では児戯に等しい。
「1、2、3、4、5、これでどうだ!」
上半身を持ち上げ、短剣を引き抜いた深紅の竜。茶色い熊は依然、両腕もがいて抵抗を
試みたが時間の問題であった。鋭い金属音は徐々に鈍くなり、遂に力なく崩れ落ちた両腕。
熊の巨体から離れた深紅の竜。雄叫びを上げることもなくじっと足元の茶色い熊を見つ
める。…大丈夫だ、この強敵は彼ら主従の必殺技を受け、確かに失神した。
だが敵の主人には意識があるのだ。この結果に青ざめることもなく浮かべた笑みの不敵。
「見事だ、チーム・ギルガメス! 我らの負けだ。しかし水の軍団はいずれ必ず勝利する。
惑星Ziの、平和のために!」
辺りを包み込んだ爆風。深紅の竜は翼を前方に展開。魔女のビークルもその後ろに隠れ
る。強風に混じり彼らを襲う鉄の破片。竜は腰を落とし、かかとの爪を地面に突き立てて
これを凌いだ。翼越しに鈍い音が何度も響き、それが収まった時辺りには散乱した鉄屑と
炎が、そして頭上には信号弾が放たれていた。…真っ赤な、信号弾だ。それはアーミタの
塹壕付近の詰め所で負傷者の介抱を続ける弟にも、その先にあるトタン屋根の民家で束の
間の団らんを迎える夫婦と娘にもはっきりと見えた。
妻は憂いの表情を、赤い閃光の方角には浮かべていた。それだけは間違いない。
ひとまず深紅の竜は腹這いになった。胸部ハッチが開き、中からよろよろと少年が降り
てくる。その真正面に降り立ったビークル。女教師が飛び降り、駆け寄ってくる。流石に
刻印の力を極限まで発動させると疲労は激しいようだ。額に浮かぶ汗は半端ではない。
「ギル、大丈夫? 怪我は…」
意外にも少年は、しかめっ面を浮かべていた。…余り見たことのない表情だ。
「…ギル?」
「何であんなに危ないこと、したんですか!」
頬は膨れ、円らな瞳は充血がひどい。唇をわななかせ、少年は怒鳴り続けた。
「僕は『隙を作ってくれ』って言うつもりでした。でもあの時はまだ何も言ってないし、
あんなやり方も望んではいない。危な過ぎる! 先生ももっと、自分を大事に…」
それきり顔を伏せ、黙ってしまった。しかし彼はまだまだ嘘を付くのは下手だ。肩は震
え、頬は溢れる涙を溜め切れない。良く見れば、彼は震える両腕を握ったきり広げようと
はしない。
彼の両拳を今一度長い指が包み込んだ。見上げた少年の真正面に、接近していた女教師。
「ごめん、気を付けるから。…ね?」
切れ長の蒼き瞳は微かに潤んでいた。砂埃が目に入っただけかも知れぬが。だが少年は
正視し切れず、赤面し再度項垂れてしまった。
師弟を胸元に置いて、深紅の竜は軽く溜め息を付いた。このゾイドは賢いが自己中心的
だ。そろそろ構って欲しいな…そう思った時、格好のネタが接近してきたのを確認。軽く
尻尾を立てピィピィと歓迎の鳴き声を上げてみせる。
「ギル兄ちゃん!」
少年の弟だ。自警団の先輩達を介抱したお陰で身に纏ったボロ切れは鮮血で汚れている。
声に気が付いた少年はあれ程握り締めた拳を広げ、女教師から距離を取った。女教師は
不快感より依然として少年が宿す子供っぽさに苦笑することしきり。
「な、な、何だよニーバ」
「えーと、お楽しみのところ済みませーん」
「べ、別に楽しんでなんかいないよ。それより…」
辺りを見渡し、今一度弟の顔を見つめ直す。強敵の残骸が散らばる辺り一帯。先程の照
明弾と言い、どうにも隠せそうにない。
「僕らを、どうする?」
真剣な少年の眼差し。ちらり、視線を外した弟。しかし外した先にはサングラスを外し
たままの女教師の厳しい眼差しが控えている。弟は嘆息した。
「ええとさ、二人ともバーナーが転がってるの、見なかった?」
何のことだか意味がわからず、目を丸くした少年。だが女教師は理解したのか、彼の前
に立って話しに加わる。
「いいえ、見てないわ。どこにも」
「そう、そうですか。ありがとう、僕もこの辺りは何も見ていません」
少年は理解した。取引だ。こんな村付近で死闘を繰り広げたら大問題だが、自警団がゾ
イド荒らしの片棒を担ぐのも大問題。だからお互い不問に伏すことにしようというのだ。
「良いのか、ニーバ。ばれたらお前も…」
「先輩達に恩を売れた方が大きいさ。お互い、逞しく生きようぜ?」
言いながら、懐かに抱えたコート二着を引っ張り出す。すっかり恐縮して前に出た少年。
右腕はまだ痛むが何とか持ち上げ、両腕に引っ掛けてもらう。
弟はコートの上に手袋を乗せると不意に、少年に耳打ち。
(ところでさ…)
(何?)
(兄ちゃんの机の引き出しの一番奥、片付けてたら結構見つけちゃってさ)
「な…!」
叫ぼうとした少年の口元をがっちりと押さえる。いかに兄弟とは言え体格が逆転してい
るとこういう時に抵抗できない。両腕を塞がれているのでは尚更。
(奥手だと思ってたけど、見直した。エステルさんってモロ兄ちゃんの好みじゃん)
見る間に頬を紫色に染める少年。年頃の青少年が引き出しに隠すものなど説明の必要は
あるまい。
(あ、あんな切り抜き、捨てろ!)
(いいや、有り難く使わせて頂く)
にやにや笑いながら、弟は身体を離した。兄は見るからに悔しそうだ。
「エステルさん、お役に立てなくてごめんなさい。
ギル兄ちゃん、いつかはほとぼりも冷める筈さ。もうちょっとしたら又、来なよ」
言いながら踵を返した。少し距離を置いたところでくるり、振り向く。
「お幸せにー」
少年はひとしきり怒鳴り散らしたが、追い掛けはしなかった。アーミタの自警団が動か
なくとも付近を巡回する守備隊が嗅ぎ付けるのは時間の問題だ。倒した敵が死に際に打ち
上げたのは信号弾。少年達の居場所を同志に知らせる合図に間違いない。
丘へと向かう弟を見つめるその視界を、消し去るかのように舞い降りてきた雪の粒。溶
けにくい小さめの粒だ。これは積もるだろう。降雪はは着々と量を増していく。
ふと、頬に降り掛かるひんやりした雪の感触が遮られた。深紅の竜が両腕をかざし、傘
の役目を果たす。師弟は竜の心遣いに感謝すると今一度頷き合った。ここを発とうという
合図だ。敵は水の軍団だけではない。だが今は痛み分かち合える仲間がいる。
さて本編冒頭、登場したコートの男達はどうなったであろう。
決して止むことのない嵐が岩肌に叩き付けられる。それはこの洞窟内にまでは届かない
が、こちらも先程までは意外と騒々しかったのだ。
礼拝堂のごとく広いこの部屋ではほぼ作業が終わりを迎えていた。辺りに散らばる氷の
欠片を純白の鎧を身に纏った兵士達が搬出していく。部屋の中央に残されたのは銀色の鉄
塊。…いや、氷を全て砕いた今、明らかになった形状はまさしく猫科の猛獣のものだ。低
くうつ伏せ、襟の錣(しころ)のごとき鬣で首を覆い隠す。背中以外の弱点をほぼ隠した
隙のない姿勢からは威厳さえ感じ取れる。
それにしても…体皮の銀色が眩しい。錆一つない上に室内はひどく明るいから反射光が
厳しい。長時間凝視していたら目が灼けてしまいそうだ。
だからこそ兵士達は皆ヘルメットを被り視界をゴーグルで被っているのだが、只独り、
コートを纏った男だけは決してゴーグルを掛けない。見かねて側にいる兵士が着用を勧め
るが、
「なるべく生の目で実物を観察したいのです。大丈夫、危険と判断したらすぐに掛けます」
と言って譲らない。そうこうしている内に作業の方が終わっていた。
「さて、残るは内部の解凍措置です。端末はここと、ここと…」
指示通りに兵士は動いた。全身至る箇所にケーブルが突き刺さり、それぞれにノート大
の端末が接続されている。
「ユニット(※銀色の鉄塊のこと)のゾイドコアは生きています。まず四肢や牙など危険
な部分との接続を絶ち…」
スキャニングされた映像を元に、四肢に込められた熱量が低下して人で言う「麻痺」に
近い状態になるのを確認。
「こうすればユニットに暴れられることもありません。では内部の蘇生措置を施します」
胴体より伸ばされた無数のケーブルにはノート大の端末が幾つも接続され、それをひた
すらコートの男が弄り回している。彼が「ユニット」と称する銀色の鉄塊は理論上、動け
ない筈だがそれでも男の周りは数名の兵士が取り囲み、警備を怠らない。そんな兵士も交
代を繰り替えし、十数時間も経過したところで。
「脈拍、再開。呼吸、再開。脳波、検出。
いずれの数値も睡眠状態にある少女のそれと大差ありません」
「やった! 遂にやりました! 古代ゾイド人独自の技術である冷凍睡眠の解凍措置を、
よもやZI人である我々が達成できるとは…」
辺りを包み込むどよめき。よもやこのような場所に借り出される面々が地方のならず者
風情であるわけでもない。コートの男が何を言っているのか理解できぬわけではなかろう
が、だとしても夢のような話しにしか聞こえない。
「だが、これは計画実現の第一歩に過ぎません。これから彼女を目覚めさせないと…」
独り言の真っ最中に、事件は起こった。
「ユニットのゾイドコア、温度上昇」
他の兵士が懸命に端末を弄るが。
「四肢の接続、回復。尻尾の接続、回復」
「馬鹿な、物理的に接続は切った筈。いやまさか…脳波は?」
「高いアルファ波を検出! ユニット頭部の接ぞきゅーっ」
眼鏡が見る間に曇り、その上に被さった血のり。
銀色の鉄塊が四肢に力を込めた。立ち上がったその姿、まさに獅子のごとく。
取り囲む兵士達が一斉に銃口を向ける。その場で座り込み端末を弄る兵士達も咄嗟に離
れ、銃を引き抜いた。コートの男は襟から引き摺られ、囲みの外へ。
空気が幾重にも破裂し、獅子の皮膚を、顎を、関節を叩く。十数秒の内に立ち篭める硝
煙、散る火花。それがひとまず止んだ時、兵士達が襲われた無力感。銀色の獅子には傷一
つ見当たらない。反り返って背筋を伸ばすデモンストレーション。挑発に負けじと兵士達
は銃撃の再開を試みるが、それは叶わなかった。獅子が前肢を数度、左右に揺さぶるだけ
で兵士達は吹き飛ばされ、忽ち生命が単なる肉塊へと変わり果てていく。
その光景を、他ならぬコートの男だけは笑みを浮かべて見つめていた。幾分、引きつっ
てはいたが。
やがて銃声が完全に途絶えた時、辺りには血煙に浮かび上がる獅子だけが佇んでいた。
のっそり、のっそりと歩を進め、立ち上がることが叶わぬコートの男の元へと詰め寄った
その時。
獅子の背中が裂けた。中からは冷気が吐き出され、それと共に浮かび上がった影に男は
息を呑んだ。‥肌白き、少女。体格は小さく全体的に痩せており、乳房の未発達ぶりが目
に付く。顔は幾分丸いがよく鼻筋が通り、あと数年成長を遂げれば並ぶ者なき美女との賞
賛を受けるに違いない。そんな容貌を、肢体を隠すかのように長い金髪が尻の辺りにまで
伸びている。
少女は眠そうな瞼を持ち上げた。…コートの男は明らかに博学だが、彼をもってしても
銀色の瞳など見たことなどない。
「つまらぬ、命だ」
それが彼女の第一声。それさえも続くあくびでかき消されたが、続く変貌はコートの男
に狂喜と戦慄を同時に体感させた。…額に浮かび上がる金色の刻印。それと共に長い金髪
がうねりを上げて男に襲い掛かる。
男は立ち上がることも後ずさりもできず、瞬く間に金髪の拘束を受けた。手足や首など
大したことはない。恐るべきは鼻や目許、口内にまで迫っていること。明らかに殺戮を嗜
む者のやり方だ。
だが男は顔を引きつらせつつも狂気の笑みを止めない。
「素晴らしい、これが『B』の力! 『蒼き瞳の魔女』といずれが勝るか…」
言い掛けた時、少女は刮目。同時に、男の全身から金髪がスルスルと抜けていく。…少
女は透かさず右腕で男の首根っこを掴んだ。
「『蒼き瞳の魔女』はどこだぁっ!」
「『B』よ、『蒼き瞳の魔女』はこの時代に蘇りました。魔装竜ジェノブレイカーも」
「ジェノブレイカーのパイロットは!?」
「ZI人の少年、ギルガメスが…」
言い終えるまでには床に叩き付けられていた。少女は憤怒の形相、肩を激しく震わせる。
「あの売女…!」
男は咳き込みながらも上半身を持ち上げた。
「『B』よ、ここがトライアングルダラス内の孤島であることは御存知でしょう。しかし
私達をもってすれば脱出は可能だ。貴方に相応しいゾイドだって幾らでも提供できる」
「代わりに力を貸せと申すか。面白い。貴様、名前は?」
「ビヨーと申します」
銀色の眼差しが濁りがちな瞳に映し出される。不意に少女は、この男の左の頬を…火傷
の痕を、撫でた。
「成る程、同族か。貴様、望みは?」
「新、秩、序」
途端に少女は、声高らかに笑い始めた。
「それでこそ私が『B』と呼ばれる証だ。『蒼き瞳の魔女』よ、必ずやこの手で…!」
笑い声に重ねるがごとく、銀色の獅子もひとしきり吠えた。ビヨーと名乗ったコートの
男も笑みを返すが濁った瞳同様にどす黒い。
(了)
【次回予告】
「ギルガメスは魔女に出会えなかったもう一人の自分とあいまみえるのかも知れない。
気をつけろ、ギル! 敵の奥義は『バイオ・ヴォルケーノ』!
次回、魔装竜外伝第十三話『刻印の戦士、もう一人』 ギルガメス、覚悟!」
魔装竜外伝第十二話の書き込みレス番号は以下の通りです。
(第一章)142-152 (第二章)153-162 (第三章)163-176 (第四章)177-189
魔装竜外伝まとめサイトはこちら
ttp://masouryu.hp.infoseek.co.jp/
「ドールチームに使役されているゾイドの説得…ですか?」
「そうです。悪逆非道の限りを尽くすあの者達に我々は手をやいておりまして…、
しかしゾイドに罪はありませぬ。せめてドールチームからゾイドだけを切り離す事は
出来ないでしょうか?」
カナッツの噂を聞き付けたある国のエージェントが彼に接触し、ドールチームを
何とかさせようとするのはある意味必然であったのかもしれない。人間や怪ゾイド、果て
には超能力者・亡霊・悪魔・神と様々な敵を相手にして来た百戦錬磨のドールチームと
言えども武力では無く、徳を持って接すると言うカナッツの様なタイプとの相手は
初めてであろうし、ミスリルから大龍神を切り離せば勝機はあると言う魂胆だった。
「既にドールチームの手によって私達の仲間が数多く殺されました。無論殺された者の
家族もまたドールチームを怨んでおりまする。しかしだからと言って殺した所で我々も
連中と同じ事になってしまいます。ですから貴方様のお力で連中を無力化して頂き、
その後で逮捕して罪を償わせようと考えている所存であります。」
とまあ嘘泣きをしながら嘘八百を付くエージェントであるが、純真なカナッツ少年は
嘘に気付かず心打たれたようであった。
「分かりました。貴方の話によると相当な悪人の様子ですが、話せば分からないゾイドは
いません。僕に任せてください。」
さて、その頃ドールチームは何をしていたかと言うと、ドールチームの存在を肯定し
上手く利用してやろうと考えている国の依頼によって、ほぼテロリスト化していて
その国を苦しめていたカルト教団の総本部を攻撃していた。カルト教団とは言え本当に
教団かと疑いたくなる程総本部の神殿は要塞じみており、その周囲を覆う外壁もまた
正規軍の装備では破壊出来ない程の頑丈さを持っていた故、ドールチームの出番となった。
「さ〜てお仕事張り切って行って見ましょうか!」
「怨霊の集合体に比べれば遥かに楽な相手なのよ〜。」
ドールチームはミスリルと、ドールを身体として使っている幽霊少女ティア=ロレンスの
二人による、ロボット=機械人形&憑依霊付きドール=呪い人形の組み合わせこそが
チーム名の所以であり、主な戦力もまたミスリルの操縦する特機型ギルドラゴン“大龍神”
とティアの使うLBアイアンコングMK−U“ゴーストン”の二体である。
しかし、今回は妙に奮発して普段予備兵力として微小化させてカプセルに収納している
カプセル機獣のデススティンガー・ゼノンタイプ“大蠍神”&セイスモサウルス・ゼノン
タイプ“大砲神”まで総動員してカルト教団本部要塞を攻撃していた。こうでもしないと
教団本部要塞外壁を突破出来ないと言うのがあったし、また力の差を見せ付けて自主的な
自首を促すと言う意味合いもあったりするが、これはあくまでも立派なお仕事。
ミスリルも結構容赦無くやらせて頂いた。大砲神がゼネバス砲で要塞各部から覗く
固定砲台を沈黙させ、大蠍神が外壁を突破する。これで十分だった。要塞内への
突入が可能になれば正規軍の歩兵隊が突撃して教団本部を制圧する…と言うのが
主な流れであったのだが、そこからが違っていた。この手のカルト教団にありがちな
パターンであるが、彼等の崇める神像が実は教団最終兵器とも言える巨大ゾイドで
教祖自身が乗り込んで襲って来たのである。当然歩兵隊では歯が立たない。しかし
こういう時の為に大龍神が後方で待機していたのである。
「大蠍神&大砲神は一時撤退。私が前衛に出るからティアちゃんは支援砲撃お願い。」
「うん。わかったのよ!」
ゴーストンがビームランチャーで牽制を行い、大蠍神&大砲神と正規軍の撤退を支援
しつつ大龍神が破壊された要塞外壁から這い出て来た敵巨大ゾイドへ接近したのだが、
それは何とまあ巨大なタコ型だったのである。
「まあこれもこの手のカルトにありがちなパターンですけど…まさかタコを神として
崇めるなんて凄い人達ですね〜…。まあ私も寿司のタコとか好きですけど。」
「龍などと言う悪魔の使いは神に代わって成敗してくれようぞ。」
どうやらこのカルトでは龍は悪魔の使いとされている様子である。まあ他所様の神様が
悪魔として扱われるのは一神教にありがちな事なのだが…。
「ゆけゴッドオクトパス! 奴に絡み付き絞め殺してしまえ!」
“ゴッドオクトパス”と呼ばれた巨大タコ型ゾイドは機獣とは思えぬ柔軟性で地をうねり
ながら大龍神に迫るが、そうは問屋が卸さない。ゴッドオクトパスの八本の足が襲い
掛かる前に大龍神の両前脚ドラゴンクローがゴッドオクトパスの頭部を潰…せなかった。
ただへこむだけであり、そこから物凄い弾力性で弾かれてしまった。
「ええ!?」
ゴッドオクトパスの弾力性にしばし呆然とするミスリルであったが、その隙を突かれて
全身に絡み突かれてしまった。流石は軟体動物型ゾイドと言った様子で、隙間の無い程
全てがびっしりと密着していた。
「キャア! 何て事でしょう! 私がロボットじゃなかったら確実に18禁ですよ!」
「ただ装甲を堅くするだけが能では無い。このように柔らかくする手もあるのだ!」
「そりゃ柔らかくないと軟体動物の意味無いですし…でも!」
大龍神の背と両翼に装備されたビームスマッシャー用丸ノコギリを高速回転させた。
これでゴッドオクトパスの足を斬り裂こうと言うのだが…斬り裂けない。
「無駄無駄無駄! タコ神様のご加護を得たゴッドオクトパスを斬る事など不可能!」
「なるほど…ただ柔らかいだけの装甲では無いと言う事ですか…。」
このままでは実に不味いのは必至だ。ゴッドオクトパスの装甲は打撃はおろか斬撃さえ
弾き返す柔軟性と衝撃吸収性を持ち合わせた恐るべき金属で出来ている。しかし…
「ならこれならばどうですか!?」
キャノピーを開き、コクピットから身を乗り出したミスリルが右腕をガトリング砲に
変形させて撃ちまくった。狙うはゴッドオクトパスの右目。確かにゴッドオクトパスの
装甲にはこの様な物が通用するはずはないが、目は別。忽ちカメラを覆うレンズ部を
破壊し、内部機構にもダメージを与えて右目を使い物にならなくさせ、それに怯んだ隙を
付いて何とか大龍神はゴッドオクトパスから脱出する事が出来た。
「どうやら目は弱かったみたいですね!?」
「それがどうした!? だからと言ってゴッドオクトパスはまだ戦えるぞ!」
確かに彼の言う通り。ただ脱出出来ただけであり、ゴッドオクトパスを倒したワケでは
無いのである。しかし、ミスリルの頭の中にはゴッドオクトパスの超弾力性装甲を
破る方法が浮かんでいた。
「貴方のゾイドが柔軟性弾力性衝撃吸収性でこちらの攻撃を弾き返すと言うのならば…
その柔軟性弾力性衝撃吸収性を奪ってしまえば良いのです!」
「その様な事出来るものか!」
「それはどうですか!? ドラゴンフリーザァァ!」
大龍神の口腔部から放たれる冷凍光線が瞬間的にゴッドオクトパスを氷結させた。
だがそれだけで終わらない。今度は大龍神の口腔内の武装が火炎砲に切り替わる。
「お次はドラゴンファイヤァァ!」
氷結したゴッドオクトパスに向けてこんどは超高熱火炎が吐きかけられた。
せっかく凍らせたのに氷を溶かして何になる? と思われるかもしれない。
しかしミスリルの考え方は違う。超低温から超高温と急激な温度変化は物質を
脆くさせる効果がある。これによってゴッドオクトパスの装甲の特性を無力化させようと
言うのである。そして思惑通りゴッドオクトパスの装甲にヒビが入った。
「なななな! そんな馬鹿なぁ…。」
「それじゃあトドメ行ってみましょうか! ドラゴンウィングカッター三枚下ろし!」
次の瞬間、大龍神の両翼であるチタン・ミスリル・オリハルコン特殊超鋼材、略して
TMO鋼製の切断翼が大龍神の軽快なステップと共にゴッドオクトパスを左右水平に
二度斬り付け、忽ちの内にその巨体を三つに分断、完全に沈黙させた。そしてコクピット
から這い出て来たカルト教団教祖も無事逮捕。ドールチームのお仕事はここに終了した。
俺はコマンドウルフを降りて、マーダのハッチを開ける。さいわい、内側のロックはさ
れてなかったので、ボタン操作一つで簡単に開いた。
中には、シートに固定された男が一人。いや、男だったもの、と呼んだ方が正しいか。
端正だった顔は夜叉のごとく、口をかっと開き、そのまなじりも目玉が飛び出さんばかり
に開かれたまま。右手は人差し指だけが伸びていて、何かを示そうとしているようだが、
これだけでは何がしたいのかよく分からない。
「うわっ、こりゃひどいね。血管ボロボロ、血液ドロドロだわ。あ、大脳右側辺に血瘤が
あるね。これが直接の死因かな」
ユーリが音波探知機をCRT代わりにして冷静に分析する。その声を聞きながら、俺は
別のことを考えていた。この男は間違いなくコルネリアス軍で最も働いていた。同じ陣地
にいながら滅多に顔を合わせたことはなかったが、こいつが毎日二十時間働いていたとい
うのは有名な話だ。この男は一人でコルネリアス軍の経理から物流の一切合財を全て仕切
っていたわけで、それを快く思わなかった連中も多い。大半は「金の亡者」と軽蔑して見
ていたが、実際に一人でコルネリアス軍の屋台骨を支えるのはとんでもないハードワーク
だったはずだ。働いて働いて、まさかこんな荒野の真ん中で見ず知らずの俺に見看られて
死んでいくとは思いもよらなかったろうな。
金の亡者かどうかは別に、その働きっぷりには男として敬意を払わにゃならんだろう。
「俺が本気を出せば・・・何だったんだ」
最後に何を言いたかったのか気になる。言いかけて途中で止められると気になる上に、
それが末期の言葉となればますます気になる。だがこの口が言葉を紡ぐことは二度とない。
「他には・・・誰も乗ってないよなぁ」
「先刻もそんなこと聞いてきたけど、乗ってるわけないじゃん」
「そりゃそうだけど」
ハッチを開けた時にも何か出てくるんじゃないかと身構えたが、鼠一匹出てこなかった。
シート後方の空間にも、毛布や着替えの入ったバッグが入っているが、人一人の入れる余裕
はない。
自慢じゃないが俺はゾイドバトル年間最多勝数のタイトルホルダーだ。あまり勝ちすぎ
るのも問題なので最近は試合数を減らして意図的に負けてやってるような状態で、むしろ
手応えのある相手を探しているくらいだ。そんな俺を相手に素人のはずのこの男は互角以
上の戦いを演じてみせた。特に途中からの動きは見事の一語に尽きる。まるで途中で別人
に交代したような動きだった。窮鼠猫を噛むというやつか火事場の馬鹿力というやつだろ
うか。それともユーリが指摘するように俺のほうがおかしかったのか。
俺もまだまだ精進が足りない。
死体が邪魔だが、俺はシートの下に腕を突っ込んでみる。はたして、スーツケースが一
つ、出てきた。鍵がかかっていたが、鍵は男のスーツのポケットの中から見つけることが
出来たので、開けるのは簡単だった。
中には、社員証とクレジットカードを含むカード類、筆記用具、黒くて四角で平べった
い箱、それきりだった。
「これだな」
携帯用情報端末、いわゆるパソコンである。とはいえディスプレイもキーボードもない。
ゾイドの操縦のように精神感応で動くタイプで、目で見たもの耳で聞いたものを脳波とし
て記憶できるのが最大の特徴だ。本体の上に手をのせるだけでいちいち手で文字を入力す
る必要がなく、頭で描いたものをそのまま処理できるので、熟練者が使えば通常のパソコ
ンの一万倍の処理が可能だと言われている。しかも持ち主の脳波で動き脳波として記憶す
るため、ハッキングする事は不可能だし分解して解析しようとしても読み取ることは不可
能。セキュリティ対策も万全だ。ただし、利用者は事前に脳波にシンクロするよう調整が
必要で、本体価格も通常のラップトップ型の十倍はする高額商品のため、俺達庶民はキー
ボードを叩いてディスプレイを見るような情報端末しか使うことはない。
こいつらインテリは機密性が必要な情報ほど、この情報端末に保存する傾向が強い。目
で確認することはできないが、間違いなくこの中にある。
「ところでアーくん、これ、どうするのよ」
「これ、ってお前、言い方には気をつけろよ。仏様に対して敬意を払えって」
「なにがホトケサマよ。師匠の受け売りじゃない。自分だって信じてないくせに」
「うっ・・・」
痛いところを突きやがる。確かにその通りだ。旅の途中で倒れてるゾイドからパーツを
抜いたり死体から金目のものを取ったりしても、それで心が痛んだことはない。それがこ
の星での旅の常識だからな。だが、こいつは企業に属して社会的身分の保証されたサラリ
ーマンだ。単なる旅行者や貿易商人とはわけが違う。死体が見つかって自然死なのはすぐ
に分かるとして、マーダの破損状況やら諸々の状況を突っ込んで調べられると面倒なこと
になる。ここは“行方不明”になってもらうのが一番だった。
「ま、いつもの通り、粛々と片をつけるとしようや。もうすぐ師匠が来るかもしれんから
急ぐぞ」
「え?師匠って?ニクスからここまで、どう計算してもあと一週間以上はかかるはずだよ」
「そうなんだよなぁ」
誰かにそんなことを言われたような気がする。誰に聞いたのかは思い出せないが。
「それと、これはいいとして、あっちはどうするの」
言われて向いた先には―――ブレードライガーが寝転がっていた。自称閃光師団あがり。
序盤に一撃で倒して、そろそろ三○分は経とうというのに依然として動く気配がない。
「ほっとけ」
お仕事終了後、報酬等の手続きを済ませたドールチームはゴーストンを背に乗せた大龍神
を先頭に、その後から大蠍神&大砲神が付いて来る形で道を進んでいた。
「さ〜て、お仕事も終わってお金も入ったし! 今夜は寿司屋でパーッと行きましょう!」
「でもどうせ回る寿司屋なんでしょ? 私回らない寿司屋が良いのよ〜。」
「回らない寿司屋は時価で高いでしょ?」
とまあミスリルとティアがそんなやりとりをしていた時、ドールチームの前に一体の
ゴドスが現れた。それこそカナッツ=キャーツの乗るゴドスであった。
「こんにちは。僕はカナッツ=キャーツと言います。あの…ドールチームの
ミスリルさん…ですよね?」
「そうですけど…何か用ですか?」
「ハイ…少しお話がありまして…。」
カナッツはかすかに微笑みながらゴドスを大龍神へ近寄らせて行った。
「(また新手の刺客…と言うワケでは無さそうですね? 殺気とや殺意と言う物が全く
感じられません…。)」
ミスリルは今までとは違った対応を見せるカナッツにやや戸惑いを隠せなかったが、
カナッツの目は大龍神・大蠍神・大砲神へ向けられていた。
「あれ? どうしたんですか?」
「…。」
何やらカナッツとドールチームのゾイド達が沈黙の中見つめ合い始めた。
しかしそこから一分位経過した時だろうか、突然カナッツが困った表情へ変わった。
「参りました…僕の負けです…。」
「へ?」
「さようなら…。」
ゴドスを反転させ、去って行くカナッツにミスリルとティアは一体何が起こったのか
さっぱり理解が出来ず、あっけに取られたように開いた口が塞がらなかった。
「あの〜済みません…何故何もせずに帰って来たのでしょうか?」
何もせずに帰ったカナッツに対し某国のエージェントがその様に問い詰めるのは
当然の事である。その顔には焦りが見えていたが、カナッツの表情は明るかった。
「何故って…それは僕の完敗だからです…。」
「だから何で完敗なんだ!?」
「彼女のゾイド達は決して無理矢理従わされているワケではありませんでした…。
彼女等はファミリーなのです。だから何時でも喜びや悲しみ、苦しみを分かち合う…。
そしてあのミスリルと言う女の子…貴方達が言うには酷い人と言う事でしょうけど…
ゾイドにとっては良いパイロットなのでしょうね…。あそこまで強い結束で結ばれた
人とゾイドを無理矢理引き離す為に僕のこの力があるワケではありません…。」
「何故貴方達はその様な素晴らしい力を持っていると言うのに…どうしてあの様な
小さなロボットの下で働いているのですか? 自由に生きようとは思いませんか?」
『お前がそう考えていると言うのならそれはお門違いと言う奴だ。』
『我等は家族なんだよ。』
『姉さんを悪く言う奴は許さねぇ…。俺の荷電粒子砲が暴発しない内に帰んな…。』
「…。」
カナッツはただゾイドと会話出来るだけではない。ゾイドに対してのみ通じる
テレパシーと言う物も持っている。これで大龍神達の心に訴えかけて初めて分かった。
ドールチームがどれだけ強い結束で結ばれているかが…。彼の言う通り、この様な
強い結束で結ばれた者同志を引き離す事はカナッツのやる事では無いし、やったと
しても簡単な事では無いだろう。
「な…このクソガキ!」
掌を返し、本性を現したエージェントはカナッツを殴り飛ばした。
「もうお前には頼らん! お前等行くぞ!」
作戦が失敗した焦りで冷静さを失ってしまったのか、エージェントは軍を率いて
真正面からドールチームへ攻撃を仕掛けに行ってしまった。そしてカナッツは殴られて
腫れた頬を撫でながらその様子を困った顔で見つめていた。
「そんな事したって無駄なのに…。」
案の定一分もかからずにエージェントの率いた軍団は全滅させられたそうである。
おしまい
老人の目は若かりし日よりも多少長い時間をかけて、彼と相棒を包み込む明るみに目を
慣らした。広く、浅いすり鉢状の空間だ――おそらくは、水が枯れた地底湖。
コロセウムを思わせる緩やかな傾斜の折り返し点に、『彼女』は悠然と、しかし一分の
隙もなく佇んでいた。
その機体は毒々しさと美しさの境界線上で危うげに、しかし絶妙にバランスをとる深紅。
極限まで余分な装甲は削がれ、スマートになったボディは一見してデスザウラーの改造型
とは解らないかもしれない。とりわけ、頭部はまるごと一回り小さいものに挿げ替えられ
ていた。コア以外の全器官をユニット化する第二世代戦闘ゾイドならではの改装だ。
「そこな御方、すまんが、黙って通してはもらえんかのう。あんたがたのなさることには
まったく理由が見えん。あんたとて、好きでこんなことに加担しているわけではあるまい」
ワンの呼びかけに、ひんやりとした空気の中、しばしの沈黙。やがてスピーカーより流
れ出る答えは。
「望むと望まざるとに関わらず――」
女の声であった。妖艶でありながら、敵に媚びる響きとは無縁の声。
「私たちは作られ、実験材料として終えるはずだった生に使命を与えられた。だから、人
間の犠牲が多く必要であるなら、目的のためにはそれをいとわない」
「目的とは何です!? 能力者を――偶然力を手にしたに過ぎない、ただの人間を――殺
し尽くすことで成就する目的って、何なんですか!」
叫んでしまった。少年は耐えられなかった――相手と自分の道は決して交わらぬものだ
ということに。素直に、従順に命の尊さを信ずる彼にとっては、何であれその「目的」と
やらは許せないものに違いなかったからだ。
それでも、彼は敵を理解したかった。理解の及ばぬ存在であるままに、怒りに任せて戦
えば、自分はきっと敵を絶対悪の権化か何かであるように思ってしまうだろう。師であっ
たルガールは説いたものだ。上古、地球でも幾度となく口にされた言葉を。
『善と悪の戦いなんてものはない。あるのは異なる正義と正義、独善と独善――そのぶつ
かり合いに過ぎない。考えてもみろ、磁石で反発するのはいつだって同極どうしだろう?』
磁石のたとえは少年に二つのことを教えた。一つは言葉どおり、人は対極のものよりも
むしろ近しく、それでいて相容れないものに反発するのだということ。もうひとつは、一
見して遠く離れた存在に思える善と悪は、実のところ表裏を成す関係にあるということ。
大人でさえ気づかぬままに生を終えることがあるこの事実に、少年は気づいていた。
だからこそ、どれほど非道な敵であろうとも、理解する努力もせず悪と断じてしまうこ
とは絶対にしたくなかった。視野狭窄はスナイパーにとって致命的な障害ではないか。
その、愚かしくも純粋な思いに対して放たれた答えは。
「私たちの目的は、惑星Ziと全宇宙の消滅を防ぐこと」
荒唐無稽であった。あまりに脈絡がなかった。
その刹那、動揺の一瞬を狙ったのであろうか。深紅の竜が短い光輝と共に消えた。
「!?――」
その一撃を、ワンが避けられたのは何故だったろうか。老兵の勘、予知能力、それとも
ただの偶然であったのか……とかく、ワン・ジンキは何かわけのわからぬものに全身を突
き動かされ、唐突に背後から突き出された細い切っ先をかわしおおせていた。
何のために戦う者かを問わず、この場に驚かなかった者は居ない。一方は枯れた地底湖
の底にいたはずの敵が一瞬で背後に回り込み、自分に刃を突き入れようとしてきた。他方
はこれまでかわされたことのない必殺の一撃を、電光のように回避された。
「いまのは――?」
「高速移動の能力か!? それとも、空間を捻じ曲げて瞬間移動する類の……?」
半瞬、垣間見えた女騎士の狼狽は二度目の閃光と共に消え去った。再び老人の視界から
消える機体――消える殺気。
そのベクトルがパートナーのほうへ移ったのを感じ取り、ワンは警告を発しようとした。
だが、最初の音が声帯から吐き出される前にエメットのガンブラスターが激しく身をひ
ねり、次の瞬間にはその右肩が大きく切り裂かれていた。少年が絶対知覚能力に頼ってい
なければ、その剣閃は間違いなく彼の身体を――コックピットを薙いでいたはずだ。
彼の目は望むなら分子一つ一つの動きを目で追い、ゾイドの体内で駆動するモーター音
のすべてを聞き分けることが出来た。だが、見て理解することが出来ようとも、時の流れ
を遅くすることは出来ない。目の前で光の中から現れ出でんとする敵機を前に、彼には機
体を左へひねることが精一杯だったのだ。
冷や汗がどっと吹き出る。もともと低い気温もあるのだろうが、寒気が止まらぬのは汗
が冷えたためだけではあるまい。
しかし少年は、身を震わしながらも、その絶対的なまでに強化された動体視力によって
敵の力の一端を見ていた。半ば無意識にマグネッサードライブを起動し、滑るような高速
移動で敵の間合いから逃れつつ、噛み付くようにマイクを引き寄せる。
「ワンさんっ! 彼女の能力は――高速移動です! けど、これは速すぎる――」
「なに、速いだけなら怖いものか。こちとら、五倍速のストームソーダーを相手取ったこ
ともあるのだぞ」
違う。そんなものじゃない。エメットの全感覚がざわざわと訴えた。この敵は音速の何
倍とかいった次元ではなく、まさしく瞬間移動とも言うべき速さで動いている。にもかか
わらず、攻撃してくる瞬間の速度は普通であるように見えるし、ほとんど赤い影しか見え
ない機動の最中にも風一つ起こしていないのだ。
“増速”の能力は、ゾイドの持つ運動エネルギーのベクトルを増幅することで成り立つ
力だ。だから、音速を超えるような速度を出せば空気の壁にぶつかるし、衝撃波も発生す
る。その効果は能力者が融合を解除するか、主従いずれかが死ぬことによってしか途切れ
ず、戦闘中は常に早送りの映像記録のような動きをするはずなのだ。
だが、目の前の敵は……速すぎてエメットにも全容は見えなかったが、空気と衝突して
いる様子が見受けられない。あのスピードで普通に走れば、衝撃波だけで自分たちは粉々
にされてしまうであろうし、それ以前にあの機体が一瞬で蒸発してしまうはずだ。さらに
攻撃の瞬間だけは普通の速度に戻るというのは……。
「速すぎて狙いが効かない? それとも、別の理由が?」
三度、閃く光輝。動体視力に集中力を振り絞る。人間のそれより極度に広い視界の中、
ロックオンカーソルが紅色の残影を追って動き出すより早く襲いくる、強力な一撃。
左。やはり、向かってくる剣の動きは先ほどまでの異常な速度のそれではない。避ける
には近すぎるが、致命傷を避ける程度ならば。
衝撃。深く、深く突き刺さる細い切っ先。ガンブラスターが起こした、ほんのわずかな
『身じろぎ』によって、その刺突は急所を――コアを逸れた。浅くはない傷だが、こんな
ものが何だというのか? 剣を引き抜く隙など、あの老練な試験官にあるはずもない。
「撃って!」
「応ッ!」
赤き竜のわき腹で淡紅色の光がはじけ、装甲が溶融してぎらぎらと照った。ライトニン
グサイクスの背に備えられた大型レーザーライフルだ。通常、命中率の問題で正面固定の
砲塔だが、この機体は違う。旋回砲塔として三百六十度を狙えるよう改修されたそれは、
まさにこの男、ワン・ジンキが極度のマイナス補正下でも正確に的を射抜けることの証。
二度目の閃光は肩口。デスザウラー本来の装甲であれば焦げ目が付く程度の効き目でし
かなかっただろうが、敏速さを求めて軽量化した結果薄くなった装甲を融解させるのなら
このレーザーライフルでもこと足りる。
そして、その輝きの残滓が消えぬうちに振り下ろされる、サイクスの爪――。
「覚悟!」
この間、一秒あったか否か。長身の剣を引き抜いて逃げるには、当然短すぎる時間だ。
融けかけた装甲を鋭い爪が貫くか、剣を手放してかわすか。後者でも寿命がわずかに延び
るだけだろう。剣がなければ、能力は使えない。
強いられた二択。しかし、敵はどちらも選ばなかった。
ゾイドと同化しているエメットにとって、それは奇妙な感覚だった。自分の腹を貫いて
いた刃が、突然実体を失い、あの赤い影となって視界の外へ消えていく。赤い影の軌跡は
彼自身と、ワンのサイクスをすり抜けて伸びていた。
「どういうことだ、剣を素早く抜いて逃げたか」
「違います。僕は刺されたときにコアを避けると同時に、わずかに身体をよじって、剣が
抜けにくいよう力を入れていたんです。力に任せて引き抜こうとしていたら、この勝負は
あそこで終わっていたでしょう」
「だが――ならば、奴はどうやって?」
いつのまにか敵は影ではなく、実体の見える姿で斜面に立ち、こちらを見下ろしている。
「ワンさん、これは非常に手ごわい能力です――けど、戦い方はわかりましたよ」
敵の力の秘密はおおかた理解した。圧倒的不利には違いないが、勝機も絶無ではない。
額から頬へ、そして顎へ、エメット・ノーブルの顔を伝う汗。その一滴に意識というも
のがあったなら、口元を通りかかったときに疑問を呈したに違いない。
どうして君は笑っているのか――と。
<続く>
「おい、あんた、大丈夫か、生きてるなら返事をしろ」
言われて男は目をさました。どれだけ眠っていたのだろう。目の前には見覚えのない若
い男がいる。
「ああ、生きてる・・・」
「名前と所属を言えるか?」
意識が混濁して単語が出てこない。俺は誰だ?ここはどこだ?ヘルメットを脱いで頭を
振ると少しだけ気持ちが落ち着いてきた。
「アダムス・パースキン、元共和国軍中尉。配属部隊は・・・」
かつて所属していた部隊名をいくつか並べる。喋っているうちに頭が整理されてきた。
そうだ、俺はあのセールスマンのボディガードに雇われてたんだった。あの山城での戦闘
が終わって共和国に移動していた途中で山賊に襲われ・・・
よく見れば目の前の若い男はゾイド乗り特有のパイロットスーツを着ている。朱色ベース
に赤と金でアクセントをつけたデザインは、機能性だけでなく見た目の格好良さを意識して
いる。そしてその右胸と肩には、翼を持った蛇が大きく口を開けた意匠のワッペンがついて
いる。アダムスは漸く気がついた。これはネオゼネバス正規軍のパイロットスーツではない
か。しかもその胸には百合の花をアレンジした意匠が付いている。
(近衛軍!)
ネオゼネバス軍二○万将兵の中でもトップエリートが、なぜこんなところに?
だが、そんなアダムスの思惑とは別に
「ほう!もしや閃光師団では!なるほどそれで希少なブレードライガーを持ってるわけで
すか・・・」
と言って目の前の男は妙に感心している。言葉遣いもやや敬意を含んだものになっている。
軍人なら部隊名を聞いただけで(ましてや隣接する敵性国家であればなおさら)どんな
部隊か知っていて当然だ。
アダムスにはその男の態度の理由が分かっていた。閃光師団(レイフォース)は設立当初
こそ共和国軍の中でも生え抜きを揃えた精鋭部隊であったが、共和国軍の度重なる敗戦の
中でいつの間にか裏切り者扱いされ、懲罰部隊に落とされたことすらあった。政府と軍に
対する国民の不満をそらすための呈のいいスケープゴートである。国内ではすこぶる判が
悪いが、本来は敵であるはずのガイロスやネオゼネバスでは非常に人気がある。実力は
もとより、悲劇の部隊としてのドラマ性も含めて。
「それでこんなところで、何をされていたのですか」
「いやそれが・・・」
と言いかけて途中でやめる。山賊風勢にやられてノビてました、なんて言えないことに
気づいたのだ。こちらに敬意を払ってくれそうな雰囲気をぶち壊したくはなかった。とり
あえずセールスマンの護衛でこの道を通っていたところ、急に具合が悪くなって休憩して
いた、雇主のセールスマンは時間がないので一人で先に行っている、と適当な嘘をついた。
「ははぁなるほど、それは災難でしたね。それで具合はいかがですか」
「おかげさまで、すっかり良くなったようです。昼間は陽射しがきつかったので、それに
あたったんですかね」
簡単に信じてくれたようだ。閃光師団という金看板のご利益は予想以上だ。
「ところで、このあたりでコマンドウルフを見ませんでしたか。ピンク色で、背中に細長
い刀を背負ったやつですがね」
アダムスはコマンドウルフと聞いてぎょっとしたが、探しているウルフの特徴を聞いて
少し混乱した。知らないはずがない。もともとゾイドバトルで有名なゾイドなのだ。会話
したことはないが、今朝まで同じ陣地にいたのだから何度も見ている。そういえば自分達
が昼前に陣地から離れる直前、敵前逃亡したとか何とか言ってたような・・・出発前で忙
しかったのと直接関係ないので聞き流していたが。
「それって“五百勝のアレス”じゃないんですか。いいえ、見ませんでしたよ。あんな目
立つゾイド、他に見間違えようがありませんよ」
一瞬、脳裏に浮かんだのは山賊の明細模様のコマンドウルフだったが、やはり黙ってい
ることにした。
「そうですか」
「あいつ、何かしたんですか」
「いえいえ、彼の剣の師匠という人がうちの隊長と一緒にそこまで来てましてね。で丁度
さっきまでいたってんで、見つけ次第ご案内するように命令されてましてね」
「へぇ、“五百勝”の師匠といえば、“剣聖”レイノルズ・ササキじゃないですか!あんな
有名人がこんなところに来てるんですか」
会話をしながらもアダムスの指先はライガーの計器類をチェックする。ゾイドコアだけ
は仮眠状態になっているが、リセットボタンを押すと再起動を始めた。他には特に問題は
ないようだ。少なくともコクピットの計器類でチェックできる範囲では問題なし。地面に
叩きつけられた時の衝撃で故障した箇所があったかもしれないが、自動修復で直る程度の
軽微なものだったのだろう。
そこでふと気がついた。空には満天の星空が広がっている。今までライガーのコクピッ
トは灯のついてない状態だった。月明かりだけでこんなに明るいはずはない・・・
(あっ!)
アダムスはようやく気がついた。ライガーの脇には一体の飛行型ゾイドが止まっていた。
その翼やとさか等に光る部分が部分があって、あたりを照らしていたのだ。そして何より、
アダムスはその機体に見覚えがあった。昼間であればゼネバスカラーに赤く塗装されて異
なる印象を受けるかもしれないが、周囲が暗いためにかえってシルエットが目立つ。細長
い首、三日月のような前進翼、腹部にはプロペラントタンクが鈍く光っている。
彼はそのゾイドの由来をよく知っていた。自身、整備したことすらあるのだから。
アダムス・パースキン元中尉は閃光師団あがりである。これは間違いない。だが、彼が
吹聴していることと異なるのは、実は彼が整備兵で実戦経験に乏しいということだ。
西方大陸戦争の開戦直前に工業高校を卒業していたアダムスは、志願して兵役に就いた。
整備兵志望である。戦局が厳しくなれば国民皆兵制度が敷かれて兵役に就いてない者も徴
兵されることは容易に予想できた。徴兵されて歩兵になる位なら先に志願してより安全な
部署に行きたいという彼の目論見はまんまと当たった。もともと機械好きゾイド大好きの
彼にとって戦闘用ゾイドをいじれる整備部隊は天職であった。生え抜きの閃光師団に配属
され、さらに戦局が泥沼化して十年近くも部隊と共に転々とすることになるとは思っても
いなかったが。
2011年、終戦後の軍事費削減に伴う早期退役に彼は応募した。戦場での暮らしはも
ううんざりだった。入隊して十年もたつうちに上官や先輩が戦死したり怪我や病気でリタ
イヤしていき、なりゆきで少尉に昇進していた。早期退役に併せて軍からのオマケで中尉
になった。退役後の再就職に少しでも箔がつくようにという配慮だが、終戦後の混乱期に
数十万人単位のリストラである。少尉が中尉になったからといって大した違いはない。
結局、親戚の経営する整備工場で働くようになった彼は、休日に小遣い稼ぎと憂さ晴ら
しを兼ねてゾイドバトルを始める。ゾイドを動かすこと自体には慣れていたし、もともと
手先の器用な男である。どんどんのめり込んでいき、遂に有り金はたいて廃棄寸前のシー
ルドライガーを購入し、ブレードライガーに改造してしまうところまではまってしまった。
実際に整備した経験もあるアダムス自身が改造したのだから、見た目は誰にも分からない
ほど完璧な出来である。原型のシールドライガーが不良品でEシールドが使えない上に通
常の七割の出力しか出せないのだが、ブレードライガーと元閃光師団という肩書きだけで、
大抵の相手は位負けしてしまう。
そんなこんなでゾイドバトルをやっているうちに、友人から別の誘いがきた。護衛や警
護の仕事である。そろそろゾイドバトルでは「閃光師団にしてはそんなに強くないよう
な・・・」と噂になり始めたこともあり、この際バトルには見切りをつけて護衛専門に転
向することにした。
主な仕事は街と街を移動する貿易商の隊商の護衛や金持ちの家の警備だ。楽な仕事だっ
た。大抵は報酬と別に三食付くし、何も襲ってくるものがなければ何もすることがない。
何もなくても契約だから報酬は入ってくる。しかも契約は短くても一週間、普通は一ヶ月
かそれ以上。危険といっても野外で野良ゾイドの群れに襲われたことは何度かあるが、大
抵は小型種ばかりだからライガーの体格だけで簡単に蹴散らせる。野盗にしても大半は
ブレードライガーを見ただけで仕掛けてはこないし、たまに仕掛けてくる連中も逃亡兵の
集団や生活に困って盗みを働く農民くずれ。追い払うのは雑作もない。
そんな経歴を持つアダムスにとって、目の前の飛行型ゾイドはまさに青天の霹靂、お盆
前の幽霊であった。忘れるはずがない。忘れてはいけなかったのだ。これに乗って出撃し
ていった同胞達の顔が次々と思い浮かぶ。みんな、いい連中だった。今も生きていれば俺
なんかよりもっと有意義な人生を送っていたであろうに。なぜこのゾイドがネオゼネバス
にあるのか?恐らくアレだ。キマイラ要塞攻略戦に出撃した二十九機のうち、全てが撃墜
され、回収されたのは幾つかの部品とパイロットの遺体だった・・・
ブロックスは通常のゾイドと違って破損したパーツを廃棄して新たなパーツと交換する
だけで使用可能だ。極めてメンテナンス性が高い。逆に言えば、破損してないパーツを継
ぎ合わせるだけで、簡単に修復できてしまう・・・・
その機体の腹部側面にはPF108−06というマーキングが確認できた。PはPro
totyp、FはFliegenの略だろうか。最後の二桁の数字が気になる。同型機種
が最低でも6機は存在するということではないか?
青色ゾイド軍団の砲撃は続きどんどん地面に突き刺さった武器達はリーオを残し消える。
刃物のみが残った姿は非常に哀れだが俺にそんな事を気にする余裕は無い。
「商売の相手は誰だ?」
「格好良いお兄さん。よだれものよぉ!」
嫌な感じがする。この手の話で素敵なお兄様と来れば見事な黒幕イメージ。
微笑んで鼻歌を歌いながら館の裏で食事用のナイフで殺人を行なっていたりすれば理想形。
「そんな人嫌。」
「なんで俺の小言が?」
「…拡声器のスイッチが入りっぱなしよ。」
「…。」
悪夢であったという。俺のお馬鹿!
「(全く…青鱗兵団が総出で離反って話は聞いたけどこれは酷い。)」
「アレフ?何か言ったか?」
「いいえ団長。」
「そうか。」
なんとも聞き分けの良いア・カン団長のお陰でアレフはとりあえずの危機を脱する。
そんな頃…シープはやはり不安が隠せずデカルトドラゴンを飛ばす。
「どういう事だ?不干渉を破ってまで青鱗兵団が動いているだとっ!?」
彼女の元々の配属元は正に目の前の青色ゾイド軍団の青鱗兵団。
上位に属していた彼女の所属していたのは航空隊である蒼天騎士団。
指揮系統の頂点に位置する部隊だった。
「と成れば!来た!」
エレクトリックディスチャージャーの一撃がシープのデカルトドラゴンを掠めていく。
「生きていたか。不忠者めが…。」
「不忠?一方的に攻撃をしてその言葉を口に出すのか?快楽殺人者め!」
「黙れ!崇高な使命を忘れ地に足を付けた…。」
それ以上の言葉を聞く必要は無い。その卑下する髭面を拝む理由すらシープにはない。
返礼のレールガンが闇を切り裂く。どうやら避けられたようだが次弾が無い。
態勢を立て直す必要が有るほど緊急に回避をしなければならなかったらしい。
「少しはやるようになったな。」
「おかげさまでな。だが誉めてもやる物のは電撃と鉛玉だ!」
崇高な使命とは笑わせてくれる。シープはそう思う。
空から集落を襲撃し逃げ惑う住人を略抹殺…しかも調べればその内の複数。
その痕跡をみれば明らかに人一人を狙って発砲された跡。
カリンは早々に瓦礫の中に隠れその後の状況により気絶したらしく免れた虐殺。
ロウフェンと調べた結果同じ答えに達した。
間違いなく目の前に居る竜の騎士はその名に有るまじき罪人だ。
そんな事を考えている間にもレールガンやエレクトリックディスチャージャーが迫る。
しかし直線的な起動の兵器を躱すことは容易だ。
「他の騎士共はどうした?手駒を温存して勝てると思っているなら…
その報いを”地に足を付ける”事で受けるがいいっ!」
シープのデカルトドラゴンが瞬時に音速域に到達しソニックブームを纏う。
瞬時の加速に追い付けず同色の相手のデカルトドラゴンはシープ饑を見失う。
しかし焦る様子は無い。
「諦めたのか?ならば受けろ…私の必殺一撃をっ!ソニックブレード!」
それは本来相手のデカルトドラゴンの翼を叩き落とすはずの一撃であった。
結果はソニックブレードの一撃が光輪に阻まれ逆に切り裂かれる。
「ビームスマッシャ!?こんな長距離から…?っく!図られたか。」
何とか態勢を立て直すも翼一枚の存在の消滅は飛行不能を意味する。
どんどん高度が下がりシープはデカルトドラゴンを見失うがそれ以上に…
見えない場所に居るであろうギルタイプの存在を探すので必死だ。
「青鱗兵団のギルタイプ。ライトナイツナイト。遠距離砲撃タイプとは言われたが。
ここまで圧倒的な射程の差があるとは、まだまだ未熟者だな。私も…。」
地上に降り立ったシープのデカルトドラゴンはもう一枚の翼を放棄し森へ飛び込む。
「くっくっくっく…逃げられると思っているのか?やれい!ライトナイツナイト!」
遥か遠く透過隠蔽浮遊石に足を付けたライトナイツナイトは自慢の光輪を作り出す。
端からシープに接触したデカルトドラゴンは無人操縦。
蒼天騎士団騎士団長代理アモウは始めからライトナイツナイトに乗っていたのだ。
一風趣の変わった鷲顔の大竜が光輪を複数放つ。
しかし手応えは無いどころか直進軌道を執り空の彼方へ消えていった。
「既に射程から逃れていたか。だがこれは躱しきれんぞ。」
「何?コアを強制排除?外部からコントロールを奪われているのか!?」
デカルトドラゴンが動きを止め自らのコアを外に吐き出そうとしている。
既にネオコアブロックは脱落しており、残るはデスレイザーの物だけ。
当然無理矢理にコアを引き出されそうになっているので拒否反応は強く…
直ぐにその居場所はライトナイツナイトに知られることになる。
粛正用の装備エクシテンスブレイカー。兵団最高ランクの者にのみ知らされる装備だ。
結果は見えている。見えていないのはこれを知らないシープだけ。
その努力はむなしく結果として迫る光輪を前に最悪の手段を実行に移すのみ。
「すまん!デカルト!」
先に分離したパーツでデスレイザーのコアを取り外し生命の消失を避ける。
それだけだった。デスレイザー本体はやけただれた切断面を残し二つになる…。
逃げるビー介とレッドマンドリル。
爆風が後から付いてくるが追い付けないなら問題無い。
今の状態はビー介にレッドマンドリルが跨り、直上の攻撃を捌き逃げる。
塞に逃げ込めばとりあえず直撃は避ける事はできるだろうが、
それでは本末転倒だ。俺達は何故かこの周辺の命運を握る羽目になっている。
端から端に直走っていた道だったはずが気付くとど真ん中を突っ走る。
俺の恒例の失敗模様。どうしてかちょっとでも何か重要な事象が関係すると…
いつの間にか主要メンバー。
誰かに仕組まれたかのようにこうなるのがかなり納得がいかない。
例えば?
二つの箱が有ったとして何方か一つを開けるともう一つが消えてしまう仕掛け。
そして何方かが当たりでもう一つは大当たり。
そんなところで何に当たるか知らぬまま大当たりを引いてしまう。
そんな極大級の大型地雷な目に遭いやすいのだ。
「距離が離れすぎた。バイオ粒子砲は届かないな。ビー介のは近距離乱射型。
この距離ではめ眩まし程度に…!?それだ!赤熊!一旦下りて離れろ。」
「何かやる気ね。了解よ〜ん。」
俺達自称日陰者は危機に陥ればさっきまでの事はひとまず横に置いて置くことができる。
赤熊に文字で出した指示は幾つか有るがそれは奴にとっては朝飯前。
逆襲の狼煙を盛大に打ち上げてやるのだ。
「あちらは…ほう?今だ健在か。やはり地上の者は粘りが違う。
だが!ビームスマッシャを受け止めきれるかな?」
ライトナイツナイトはビームスマッシゃの目標をビー介ヘと変える。
「…師団長ですか。バイオビーバーの捕獲の状況は?
逃げ出したと…困りましたな。アレは河川侵攻の貴重な兵力。
成らば逃がした張本人を始末することとしましょう。」
その男の表情がにやける。余程相手を仕留めることが楽しいのであろう…。
「全く…血の気の多い奴だ。余程今の地位に居られなかった理由が解らないと見える。
だが道化には充分すぎるコマだ。せいぜい僕のために頑張ってくれたまえ。」
通信を切ると青年は夜の空を見上げる。
「地上が誰の物でもないならせいぜい遊ばせてもらうとするさ。」
青鱗兵団を統べる頂点に立つ男…彼は何が可笑しいともなく笑う。
しかしそれは嘲笑である事だけは確実だった。
突然装甲に鈍い衝突音がして俺は顔をしかめる。
ヘルアーマーは光学兵器を余すことなく無効化する。それが荷電粒子であったとしてもだ。
とんできた回転鋸をそうやってヘルアーマーでブロックしていくこと数度。
あまりにも単調な自己誘導式のそれにイライラが高まってくる俺。
しかしバイオ粒子砲の煙幕成らぬ粒子幕は張らなければならない。
赤熊に任せた奇襲を成功させるには俺がビー介と共に踏ん張る必要性がある。
なので空から降ってくる切り裂き光輪発射役は無視することにする。
「…あくまで私を無視すると。それなら私にも考えがある!」
実に考えがない男。彼は自らの優位を棄てて地表近くまで下りてきたのだ。
「…こいつ。バカか?」
俺は正直理解ができない…優位を棄ててまでその巨体を見せびらかす必要は無いのだ。
「人を馬鹿呼ばわりか。良く聞け!貴様のお供は始末した。
今頃森の中を一人寂しく過ごしている事だろうな。はっはっはっは!」
「どわっはっはっはっはっは!そんな言葉言いたくてここまで来たのか?
だから世間知らずは迷惑だって言われるんだよ。ア〜ヒャヒャヒャヒャ!傑作だっ!」
大げさに反す。きっと今頃パイロットの顔はゆでだこ状態だろうw
単純な罵り合いなら俺は絶対に負けない!ちっとも嬉しくはないが…。
そして・・・この機体にはパイロットにも知らされていなかった秘密がある。凱竜騎と
同時期に開発されて機能として組み込まれながら、機体とのバランスの問題で実戦で使用
されることはなかった。ただし、プログラム自体はブロックスの中に封印されたままだ。
問題はそのことにネオゼネバスが気づいたかどうか。B−CASを単に便利なCASだと
思ってくれているのならいいが、もし本来の用途に気づいて帝国軍の新型機の開発に応用
されたら・・・そう思った瞬間、アダムスの目の前には、荒野が広がっていた。それは今
の目の前にある砂漠のような荒野ではない。彼の心象風景。破壊されて瓦礫の山と化した
共和国首都のなれの果てだった。セイスモサウルスは凱竜騎で対抗することが出来たが、
エナジーライガーには辛うじてライガーゼロファルコンで対抗できたのみ。もしこのシス
テムを応用してネオゼネバスが本格的に既存機をパワーアップするなり、新型機を開発し
たなら・・・今度こそ、共和国が勝てる見込みはなくなる。
「どうしました?」
と声をかけられてアダムスははっとした。自分の思いに耽っていて、目の前にいる帝国
パイロットのことすら失念していた。
「ああ、いえ、その・・・あのゾイド、格好いいですね。何て言うゾイドですか」
「あれですか?いやまあ実験機なんで名前なんてありませんよ。我々は08(ゼロナハト)
と呼んでます。ああそうそう。一応軍事機密に関わるんで、見たことは内緒にしといて下
さいよ」
既にこの時点で機密もへったくれもあったもんじゃないのだが、この若い帝国パイロット
はどこまでも屈託がない。
「いやしかし勿体ないですね。名無しなんて。こんなに格好いいのに」
アダムスは別の意味で無念だった。名前すら失われてしまうとは!これに乗って戦って
死んでいった多くの英霊のことも忘れられてしまうように思われた。
「『ファイヤフェニックス』」
「え?」
「いや、こいつの名前にどうかな、と思って。色も赤いみたいだし、発光しているさまが
燃えてるように見えるじゃないですか」
「ファイヤフェニックス、ねぇ・・・」
しばらく考えていたが、
「いい名じゃないですか!うん、ぴったりだ!」
どうやら気に入ってくれたようだ。これで同胞の霊が少しでも浮かばれればいいのだが。
今までの会話で分かったことがある。ネオゼネバスはこのゾイドの本来の重要性を理解
していない。単なるライガーゼロのCASと考えている可能性が高い。普通のCASとは
違って独立して稼動し、こういう哨戒任務にも使えて便利なのだ。状況に応じて合体・分
離して変幻自在の運用が可能。その程度にしか考えていないようだ。共和国との国境付近
でこのゾイドの試験をするというのは、もともと共和国からの鹵獲機であり、データ収集
されても問題ないと軍上層部が考えている証左であろう。
だが、当面の心配がなくなっただけで本当の危機が去ったわけではない。帝国軍技術者
とて阿呆ではない。いずれ秘密に到達する者も出よう。何とかしなければ!
アダムスの胸には今、熱いものが燃えていた。それは“愛国心”と呼べるものだった。
今までヘリック共和国を“祖国”などと考えたことはなかった。物心ついた時から国家は
そこにあった。空気のようなものだ。だか軍に入ってからは、部隊ごと裏切り者扱いされ、
切り捨てられた。そしてその軍からも放り出され、今では用心棒家業で食っている始末だ。
国に対してどうして愛を感じることができよう。
だが、このゾイドを見て思い出したのだ。その自分がどうでもいいと思っていた“国”
というものを守るために、命を賭けて戦って、死んでいった者達がいた事を。彼らの死を
無駄にすることは、今のアダムスにとっては絶対に出来なかった。
双方黒い、獅子と竜の連携が、騎士セラードを追い詰める。
リニアとアレックスはエメットらのようにタッグを組んでの戦いに慣れているわけでは
なかったが、彼ら個々の腕とアレックスの能力がそのコンビネーションをかなりの完成度
に高めていた。距離をとれば十字砲火、どちらも飛行能力を有するために立体的な攻撃も
織り交ぜつつ。敵が近づいてくれば、他方がその後背を狙う。
変幻自在の剣が騎士の頭上で振り回され、その動きに合わせて見る間に刀身が延びる。
例の“攻壁”を思い切り巨大化させたような、ゆるやかに螺旋を描く銀閃である。
半径が大きければその間隙もまた拡大。エナジーとシャドーエッジはそれぞれ背部から
光の翼を出力し、自らが錐揉み回転しながら突撃。
タキオンドライブが全開稼動した際に放出される微量の反陽子が、膨大なガンマ線を放
って消滅し、熱せられた空気が輝くプラズマとなって吹き出す。溶けも煤けもせぬ騎士の
剣といえど、その勢いに歪められ、果たして獅子を嵐のうちに侵入させてしまう。
かたや、高エネルギーの荷電粒子を量子皮膜の内側で高速回転させることで刃状に固着
させる荷電粒子ブレード――それが九基。アレックスとは真逆の方向から、やはり苦もな
く嵐の中へと飛び込む。
銀色の竜巻。その中心に立つセラードの機体は、剣よりもやや青みがかった銀。
「突破してきたッ!?」
急激に螺旋が縮む。不敵にも身中に入り込んだ機獣を細切れにせんと、恐るべき勢いで
縮小。だが、神速をもって鳴る二機の方が、より速い。
そのことを悟ったセラードも剣の回転を止め、致命的な挟撃から逃れようと、バネのよ
うな形にした剣でとっさに上へ跳ぶが、回避されることを予測していない相手ではない。
あわや正面衝突という瞬間に両機はそれぞれ右手へ回避し、そのまま二重螺旋を描いて上
昇。来るべき一撃を防ぐべく、刃を外へ向けた“攻壁”の繭を展開するセラードだったが
……これは失策であった。迫り来る勢いに恐怖した彼は、敵が当然格闘攻撃を叩き込んで
くるものと判断し、攻防一体の“攻壁”を展開したのだが、カウンターを決めようなどと
いう欲をかかずに、鉄壁の守りを誇る“防壁”を展開していれば、その後の隙を衝くこと
もできただろう。
美貌の騎士が敵の意図に気づいたときには、隙間だらけの“攻壁”をすり抜けて、荷電
粒子砲とエナジーライガーの全火力が彼に撃ち込まれていた。
閃光が迸った。一点に集中したビームの巨大なエネルギーが、デスザウラーの装甲と周
囲の気体分子をハドロンやレプトンの単位にまで分解し、同時にあらゆる波長の光が無秩
序に空気を加熱、巨大な火球を産み出したのだ。衝撃波に天井の一部が崩壊し、この半球
状の空間全体に崩落が広まるのではと身構えるアレックスだったが、未来のビジョンにそ
れらしい兆候が見えないのを確認すると、ほっと胸をなでおろす。
「殺ったな、あれだけの熱量なら……」
リニアのつぶやきは勝利宣言であっただろうか。それとも願望か。
何にせよ彼らの前では、落ちてきた岩塊が堆く山を築いていた。デスザウラーの改造機
だから、さっきの攻撃で蒸発とまでは行かなかっただろうが、それでも深手だったはずだ。
おまけに、位置関係からすると敵は目の前の瓦礫の下でそのまま生き埋めになっている。
「……あまり時間を無駄にできない。行こう」
まだ倒すべき敵は数多く残っている。一人一人の騎士にまんまと足止めされてやる義理
は無い。アレックスも首肯し、二人は奥へと続く道に――
「……てよ……」
スピーカーから漏れ聞こえる声。リニアとアレックスは互いに何か言ったか、と確認し
合い、それが自分たちの声ではないと気づいたところで、瓦礫の中から立ち上る凄まじい
殺気の放射を受け、半ば脊髄反射で振り返った。
「待てよ……待てよ、待てよォォッ!」
爆発するかのように堆積物が吹き飛び、そこには――
『銀色の、不定形のなにか』があった。
絶えず姿を変えるそれは、ときに苦悶に身をよじるかの如く歪み、ときに人の顔のよう
なものを表面に―クラインの壷状にひっくり返った『それ』に表面があれば、だが―浮か
べて見せ、その他ありとあらゆるカオス的形態変化を繰り返しながら叫ぶ。
「貴様らぁぁ、あああ、ああああァァッ!」
混沌の坩堝に秩序が訪れた。『それ』が絶えざる変幻をやめ、収斂し、剣の形へと戻る。
それを握る機体は見るも無残。美しかった白銀の装甲は爛れ落ち、全身に醜い傷を刻んで
いる。装甲の隙間から流れ込んだ高エネルギーの粒子線がフレームを灼いたのだ。
「殺す――殺してやる――僕に、僕の機体に! 傷を付けやがってェェェ!」
フレームをむき出しにした機体は、まるで傷口から殺意を噴出させているかのようだっ
た。その手に持った剣が、ふと、輪郭をぼやけさせる。
剣が爆発した。
火を噴いて爆ぜたのではない。ジークフリートの剣のように、周囲の分子を質量欠損、
核分裂させたのでもない。それは刀身の爆発的な変容とでも言うべきものだった。
全方向に長く突刺が伸び、その一本一本から新たな刃が突き出てくる。そこからまた枝
分かれし……瞬く間に、彼の頭上の空間が剣で満たされた。巨大な木にも似て見える。
「冗談じゃない――私が一番嫌いなタイプの攻撃だ」
アレックスが想起するはかつてセディールと戦ったあの日のこと。空間を切り裂いて出
現するビームの刃は、いくら予測できたところで物理的に回避が不可能なものだった。
なおも空洞を侵蝕し続けるあの剣は、まさしく「見えているのに避けられない」ものに
違いない。
「来るぞ!」
銀色の稲妻が降り注いだ。二機は回避し、引き付け、絡ませ、回避し弾きまた回避し――
避け切れなかった白銀の茨が、粘り強く先を見て回避していたエナジーライガーを床に
縫い付けた。四肢と尾と肩口を幾重にも貫かれ、もはや一寸の身動きすらかなわない。
機敏に動く九重の翼で、襲い来る切先の暴風を捌いていたシャドーエッジも、もはや敵
も味方も見えぬ飽和攻撃に晒されてはなす術がない。薄明かりを投げかける岩肌に磔とな
り、機体のそこかしこを貫かれた。能力者のように同化することはできなくとも、リニア
には愛機の苦悶がはっきりと伝わってくる。
コアを貫かない攻撃に、ふと少女は戦慄した。奴は狂気に囚われただけでなく、敵を嬲
り殺そうと企む残忍性まで発露してしまったらしい。
「楽に死ねるとは思うな――ゾイドを殺し、貴様らをコックピットから引きずり出して、
焙りながらセンチ刻みでバラバラにしてやる……ッ!」
自分でも意外なほど、アレックスは冷静だった。もしかしたら恐怖が麻痺しているだけ
かもしれない。しかし、思考はいたって正常だ――QX。
完全に狂ってしまった相手というのは、何を言ってもこちらを殺すことしか考えない。
だが、こうして相手を弄んで殺そうとする手合いには付け入る隙がある。
アレックスはうごめく刃の密林をライガーの目で走査し、やがて突破口を見つけた。
「リニアさん、天使の羽です!」
「羽ぇぇ……?」
接触回線はゾイドが生命体である限り遮断できない。セラードはぎょろりとリニアの機
体に目を向け、口の端を吊り上げた。
「羽がどうしたってェ、磔の天使ちゃんよォォ!」
無数の蛇が襲い掛かるがごとく――シャドーエッジが背負った九枚の翼、全てが針の山
と化して破壊された。
「ひゃはは、はは、はーッ……羽は破壊したぞ! どうするどうするどうするッ!?」
狂おしく高笑いするセラードの声を耳にとらえながら、リニアは微動だにせず――
そして、ふと、笑った。
「……おまえが馬鹿で、本当に良かったよ、セラード」
銀色の茂みが、その中心部からの閃光を乱反射し、ぱっと光った。
「ぁ……あ?」
地底のドームを埋め尽くしていた、剣が消えてゆく。束縛から放たれ、地に堕ちた機体
の中で、痛みに顔をしかめながらもリニアはザラつくモニターに目をやった。
装甲が融け、フレームだけになっていた敵機が、全身から煙を吹き出して棒立ちになっ
ていた。手にした剣はもはや刃を失い、柄しか残っていない。
「いい考えだった、アレックス」
「たまたま、あれが落ちてるのが見えましてね。攻撃されたときに外れたんでしょう」
彼が示唆した『天使の羽』とは、リニアが「天使」と呼ばれていることと、シャドーエ
ッジに搭載された荷電粒子ブレード発振ウイングをかけた暗喩などではなく、バックパッ
クに内蔵された独立ビームポッド“セラフィックフェザー”を直接指したものだったのだ。
その固有名詞を知らないセラードは言葉の意味を誤解し、機体の「羽」を破壊した。
だが、攻撃の瞬間はどうしても防御が緩くなる。心理的な間隙が生まれる。
油断の一瞬、リニアは地に落ちていたビームポッド全基を遠隔操作で起動し、四方から
その全火力を敵に叩き付けた。
装甲を失っては、デスザウラーといえども、低出力ビームですら致命傷となりうる。
加えて、剛性を追及した二重骨格の強化フレームは炭素ベースの材質で形成されている。
軽量かつ強靭な複合カーボンのフレームも、耐熱性能の低さという弱点を有していたので
ある……。
すでに死に掛けていたコアは臨界することなく、ビームに貫かれた瞬間に停止した。
身体を支える鋼鉄の筋肉が信号の途絶とともに弛緩し、やがてその巨体は、とうの昔に
耐久限界を遥かに超えていた間接から、崩壊していった。
「ぼ……くは……」
騎士セラードは光の中にいた。
自身を捕らえていた怒りも、狂気も、どこかへ流れ去ってしまい、更にもっと根源的な
くびきからも放たれたような気分であった。
見覚えのない記憶が目の前を流れてゆく。これが、走馬燈という奴なのか――?
それらの記憶の中では、幼い自分がどこかの家の庭で遊んでいた。かなり大きい家だ。
豪邸といってもいい。……自分に『幼い頃』など無いはずなのに。
そうしたビジョンが見せる少年の顔は、程度の差こそあれ、どこか幸せそうであった。
そして、彼と手をつないで走る、赤い服の少女――。
「……リノー?」
長い黒髪、勝ち気そうな表情。輪郭は丸くとも、それはどこか馬が合わないと思ってい
たはずの騎士、リノーだった。そんな馬鹿な。なんで僕が、あいつなんかと。
記憶の中の自分が成長し、やがて青年となる。
誇らしげに軍服を着込んだセラード。大戦前の、西方大陸連邦の軍服だ。見たこともな
い飛行空母が膨大な数のゾイドを飲み込み、それがまた膨大な数で空へと舞い上がってゆ
く。自分の機体に乗り込むセラードと、傍らでやはり自機のラダーに足をかけている、
リノーに良く似た女。「私がいないとあんたは駄目だから」……唇の動きがそう言っている。
そうか。
円卓の騎士と名乗った、強化人間GXシリーズは、それぞれが戦場で大きな戦果を挙げた
特定の人間をベースにして作られていると聞いた。
なら、この記憶は――。
走馬燈のフィルムが回転をやめる。静止画となった最後のコマは、戦場の只中でかたく
抱き合った男と女の頭上に、爆弾が落ちてくるところであった。
そのイメージを最後に、騎士セラードの脳細胞は活動電位の発火を完全に停止した。
<つづく>
南方の多数の島国で成り立つ“マードカル諸島”。周囲が海に囲まれたそこでは、島から
島へ移動する為に船舶や航空技術が発達していた。それ故に今日も海を見れば水中用の
ゾイドが海中を移動していたし、空を見れば飛行ゾイドが飛びまわっている。ここでは
内陸部の地域と異なりライガーもゴジュラスもコングもいない。魚類型や鳥類、翼竜など
水中及び飛行型のゾイドが主役なのである。
現在確認されている上では唯一人の心を持つロボットである“SBHI−04 ミスリル”
の経営する何でも屋“ドールチーム”はマードカル諸島を構成する島の一つである、
“アルバトロス島”にやって来ていた。そこの浜辺からミスリルは己の剣であり盾であり
また脚でもある特機型ギルドラゴン“大龍神”と共に空を眺めていたのだが、彼女等の
視線の先には島からやや離れた大空を飛びまわるジェットファルコンの姿が見られた。
そのジェットファルコンを操るはドールチーム構成員の一人、ドールの身体を持つ幽霊の
少女“ティア=ロレンス”。本来彼女はLBアイアンコングMK−U“ゴーストン”を
操縦しているのだが、今回は航空戦力の必要性に迫られた為にジェットファルコン
“ファントマー”を操縦する事となった。普段ゴーストンは大龍神の背に乗っている事が
多い。単純に移動するだけならば問題は無いのだが、いざ空中戦ともなると足手纏いに
なってしまう点は否めない。その為飛行能力を持たないゴーストンは一度地上に降りて
地上から支援を行うのだが、超高空戦になったら完全に蚊帳の外になってしまう。
単純に飛行能力を持たせるだけならばゴーストンの背中にフライシザースの翼でも
付ければ十分かもしれないが、機動性に欠ける為に良い標的になる恐れがある。
それを憂いたミスリルはティアに対して大龍神ともある程度追随出来る高性能な
飛行ゾイドの必要性を考え、その結果ジェットファルコンを購入する事となった。
ジェットファルコンと言えばライガーゼロの強化用ゾイドだとか、おまけ的なイメージで
捉えられる傾向にあるが、決してそんな事は無い。確かに大龍神には勝るべくも無いが
通常のブロックスシリーズとしては規格外とも言える強力なパワーを持っているし、
空気が濃いが故にその分空気の抵抗も強い超低空をマッハ3で飛べるのが当たり前な程
強固な機体構造も併せ持ち、さらにバスタークローも装備している強力な飛行ゾイドと
言える。ブロックスにしては多少値は張るが、それでもレイノスやレドラー級のゾイドに
比べれば半額以下の値段であり、せっかく何でも屋の仕事で沢山稼いでも大半が大龍神の
強化費用に消え、いつも安い回転寿司で食事なドールチームの財政下でも十分購入出来た。
そしてゴーストンがゴーストと言う単語をもじって付けられた様に、同じ幽霊と言う意味
のファントムをもじって“ファントマー”と命名されたのである。その他、小型ミサイル、
チャフフレアディスペンサーが追加され、どれだけミスリルが入れ込んでいるかが分かる。
だが、勘違いして欲しく無いのが、決してゴーストンがお払い箱になったワケでは無いと
言う事である。ファントマーが起用されたのはあくまでも航空戦力の必要性が故であり、
陸戦においてはやはりゴーストンが主役。特に起用な両腕による作業性など、ゴーストン
の使い勝手の方が良い局面も多いのである。ちなみにそのゴーストンが何処に行ったのか
と言うと、ミスリルが、ゾイドを微小化させてカプセルに収納してカプセル機獣化させる
技術を持っており、(その方法で予備戦力として既にデススティンガー&セイスモサウルス
が後に控えている)それを同じ方法で現在カプセル機獣化した状態でティアのポケットの
中に常駐している。
「上手い上手い! いや〜随分上達したんじゃありません?」
「そうなの?」
「そうですよ。乗ったばかりの頃は何度も墜落しそうになってましたから。」
ジェットファルコン程強力なゾイドともなると、それだけパイロットにも操縦技術とGに
屈しない耐久力が必要になる。それを見誤り、ギルタイプを無理に操縦しようとして
Gで潰れて死亡した素人を知っているだけに、ミスリルはその辺を気を付けた。
とりあえず既に死んで霊だけになっており、ドールの体に憑依して使っているティアが
Gで脳震盪を起こしたり血管がどうこうで死亡と言うのはまず有り得ない。
またゴーストンに乗った状態で高速飛行中の大龍神にしがみ付き続けていた為に
Gには慣れているだろうからその辺は問題無いだろう。後は操縦技術の問題であるが、
10にも満たぬ幼さで死亡したが故に精神年齢が10以下で止まっているとは言え
ティアはドールチームの一員である。それ故に幾多の修羅場を潜っているし、彼女の
素質はミスリル自身が良く分かっている。その上からさらに飛行ゾイドのスペシャリスト
たるミスリル直々のご教授が加わり、数日もすればティアはそれなりにファントマーを
操縦出来る様になった。
ティアが無事にファントマーの操縦を物にしたと言う事で、ミスリルとティアは
近所の喫茶店で休憩ついでに今後の予定について話し合っていたのだが、そんな時
突然一人の少女が彼女達の前に現れた。
「ドールチームのSBHI−04 ミスリルは貴女?」
「そうですけど…何か用ですか?」
「私は“スノー=ナットウ”。貴女を探していた…。」
「何か納豆が好きそうな名前ですね。」
突如としてドールチームの前に姿を現した“スノー=ナットウ”はどこか不思議な雰囲気
を持つ少女だった。紫の髪に澄んだ瞳で、顔もどちらかと言うと人形的な要素を思わせる
整った顔付きをしており、背はミスリルより少し低い方。そんな彼女がミスリルを
無表情のまま見詰めているのだから、ミスリルも無意識の内に気圧されていた。
「ま…まあスノーさん…、とりあえずこちらに座って…。」
「…。」
そうやってスノーを席に座らせた後、彼女の分の茶も注文してから本題に入る事とした。
「それで…私に一体どんな用事ですか…?」
「私は通常の生態系とは異なる存在…いわゆる神・悪魔・妖怪と呼ばれる者達を調べる為
に旅をしている…。そしてミスリル…貴女がその存在との遭遇率が高く、またそのような
話をしても真面目に聞いてくれる人であると覆面の人から聞いてここに来た…。」
「覆面の人…覆面Xさんの事ですね…。」
覆面X。ミスリルによく仕事の依頼を持って来るこれはこれで謎の多い覆面怪人であるが
ミスリルも一目置いている彼の紹介でスノーがここまで来たと言うのならミスリルとて
真面目に話を聞く他無かった。
「そしてこのマードカル諸島には“ナインズテイル”と呼ばれる未確認生命体の出没
報告が出ている。その調査に協力して欲しい。」
「ナインズテイル?」
ミスリルは首を傾げるが、そこでスノーは新聞を出した。
「九つの尾を持つ謎の狐型ゾイドがこのマードカル諸島の近海上空に出没するように
なったと言う記事がここに書かれている。それを調べる為にマードカル諸島周辺を探し
回ったが中々見付からない。それで覆面の人から貴女の話を聞いてここに来た。」
「九つの尾を持つ狐ですか…“九尾の狐”を連想させますね。シーゲル=ミズーキ先生の
本で読みましたよ。それで尾が九つあるからナインズテイルと言う事ですね。」
「…。」
スノーは無言で頷いた。“九尾の狐”。その名の通り九つの尾を持つ狐の妖怪で、
幾多の伝承にも登場する有名な存在。無論一般常識的にはあくまで想像上の動物として
捉えられている為、この様な存在がいるはず無いとされているが、ミスリルなど
一部の者達はその非常識な存在が実在する事を知っていた。
「くどいようだが私はこのナインズテイルを調査したい。協力してくれる?」
「良いですよ。」
あっさりミスリルは承諾したが、これにティアはやや戸惑った。
「え!? ミスリル! 良いの? 何か得体が知れなくて怖いのよ!」
「何言ってるんですか! ティアちゃんだってドールに憑依した幽霊で、人間から見れば
十分妖怪ですよ。勿論心を持つロボットたる私もです…。それに九尾の狐なんて
見てみたいじゃありませんか!」
「あ〜また始まったのよ…。」
ミスリルは興味のある物に対しては例えただ働きになる事であろうとも自分から
首を突っ込みたがる。このナインズテイルの噂がまさにそれだった。
「デジタル式のコンピューターに人間並の心を持たせる技術を持ったミスリルに関しても
私は興味を持っている。しかし今はナインズテイルの調査に集中したい。どう?」
「OKです! それで…ナットウさん…貴女はナットウなだけに納豆好きなんですか?」
「ノーコメント…。」
「さあ、それでは私はそろそろ行かないと」
とアダムスが言うと、若い帝国パイロットは
「え?こんな時間に?」
と驚く。ここは地盤の割れ目を利用した道だから辿っていくだけで目的地には着けない
こともない。雲がなくて月は出ている。とはいえ、街灯ひとつない真っ暗な荒野を移動す
るなど、普通の旅人なら絶対にしない。
「夜明けまで待って、それから出発した方がいいですよ」
それが普通の旅人の常識だ。だが、
「いえ、クライアントが先に行ってしまってます。そちらの方が心配ですので」
「なるほどそういうことなら仕方ないですね。私が誘導してあげれればいいのですが、実は
帰還命令が出ているので隊に戻らないといけません。お気をつけて」
冗談じゃない、とアダムスは思っている。帝国と共和国の間に停戦協定は締結したが、
未だに緊張状態は続いているのだ。今は民間人とはいえ元共和国軍人が帝国軍人と仲良く
夜道を並んで歩く、などという気分ではなかった。少なくとも昨日までの気楽なアダムス
ならそうは思わなかったかもしれない。だが今日は違う。
「残念ですね。それではこれで。」
ブレードライガーを歩き出させたところで
「ああ、ちょっと待って」
と呼び止められた。帝国軍パイロットも既に飛行型ゾイドに乗り込んでいる。
“ゾイドが気に入った”という表現にちょっと引っかかるものを感じるアダムスだった。
確かにアダムスはそういう感じ方をするパイロットを何人か知っている。研究者はゾイド
の操縦時の精神感応が更に特化した状態であると分析している。実際そういうのはベテラ
ンパイロットに多い。一方、目の前にいる帝国パイロットはかなり若い。軍規に染まって
ない雰囲気からも、士官学校を卒業して間がない感じがする。こんな若僧が、と反発心が
ある。しかもブロックスゾイドの感情を読み取る?機械のユニットに人工的に組み込まれ
たプログラムに感情が発生する?そんな話は聞いたこともない。だが、なんとなく納得す
る面もあった。
(新世代、ということなんだろう)
ガラモス家といえば旧ゼネバス帝国以来の名家であるが、単に家柄だけで近衛軍に配属
されたわけではなかろう。ネオゼネバスも新たな力をつけようとしている。そんな感じが
した。
アダムスは夜道を急いだ。幸い、何の異常も問題もなく国境まで辿りつくことが出来た。
ここで帝国側、共和国側でそれぞれ出国手続と入国手続をするわけだが、さすがにお役所
仕事、深夜の受付を断られ、朝まで待たされることになった。手続き自体は雇主の会社が
発行した証明書があるので、簡単にパスすることができた。ただし、彼の雇主は昨日夕方
に通らなかったらしい。それは半ば予想されたことだった。
今回の雇い主とは1年以上の付き合いになる。何かというと地球人である(両親の家系
とも地球移民の血統で、Zi人との血縁関係がない)ことをひけらかすところはあったが、
金払いはよかった。ただ、あの男が護衛役が寝てるのをほったらかして先に行くはずがない。
絶対に叩き起こされるはずなのだ。それが取り残されているという時点で、容易に彼が
どうなったか想像に難くない。
だがもうそんなことは今のアダムスにとってどうでもよかった。むしろ契約をふりかざ
して行動を制限する者がいなくなって清々したくらいだ。
定期age。運営スレにて告知済み。
それから後のアダムス・パースキンについては、既に幾つものメディアで紹介されてい
る通りだ。改めてくどく説明する必要はあるまい。東方大陸に渡った彼はゾイテック社に
時給契約の雑用係で入り込み、その後頭角を顕してゾイテック社の技術開発本部長にまで
出世する。技術系のトップ職で社長や専務ですら頭があがらない。そんなポジションに
四十手前の中途採用から努力だけで昇り詰めたわけで、立志伝中の人物として有名である。
だが彼のゾイテック入社前のエピソードが語られることはあまりなかった。
俺がこの話を聞いて、あの日のブレードライガーのパイロットが誰であったのか知った
のは、あの日から二十年以上も経って刊行された、アダムス・パースキン取締役技術開発
本部長の自叙伝がきっかけだった。
彼はあの日のことを「天命を授かった、天の導きだった」と簡単に解釈しているが、事態
がそんな単純なものでない事は俺には分かる。なぜ帝国軍は戦場近くに倒れていた不審人
物をろくに尋問もしないで開放したのか?何年もやくざな用心棒家業を続けてきた人間が
ゾイド一体見たくらいで性格まで変わってしまうものなのか?答えはひとつ。あの日あの
場所には、普通の人間には及びもつかない能力を発揮できる異能者がいたことを忘れては
ならない。俺も今ではあの日起きたことを思い出している。そうだ、あの“魔女”が如何
なる目的で不幸なアダムス・パースキンの運命的な邂逅を演出したのかは分からない。が、
これも彼女の遠大な計画の一環であったことは間違いない。
ま、このことに気づいた今では、既に俺もユーリもこの世にはいないんだが。
こうして会計を済ませた後、スノーを加えたドールチームはナインズテイル調査に
向けて出発しようとしたが…その時だった。
「おっとそこのお前! ちょっと待ってもらおうか!?」
「へ?」
突然何者かに声を掛けられたミスリルが後を向くと、そこには4人の男達の姿があった。
30代のムキムキの親父・20代後半のインテリ風の美形・20代前半のパンク風・
そして何か場違いな雰囲気を感じさせる10代前半の弱気でナイーブそうな少年の
4人で構成される変なグループであり、そしてムキムキの親父がミスリルの前に出た。
「我々はお前と白いギルタイプを倒す為に結成されたチーム“スカイ軍団”。その名の通り
全員飛行ゾイド乗りのチーム! そしてこの俺がリーダーのガッツ=バッカスだ!」
次にインテリ風の美形男が前に出る。
「コリス=フィフです…。」
インテリなだけに口調もどこかクールさを感じさせるが、次にパンク風男が出た。
「俺はジョー=ミクリンってんだ! 世路死苦!」
パンク風な外見のみならずかなり不良っぽさが滲み出ていたが、どんじりは
見るからに弱気そうなナイーブ系の少年である。
「ろ…ローナ=マルカです…。」
「つーわけで! 俺達スカイ軍団はお前に挑戦する!」
「…。」
ミスリルは呆れて声も出なかった。この手の挑戦者はもはや日常茶飯事であったが…
「まあ貴方達3人はともかくとして…こっちの見るからにウジウジしてそうな子は
ダメでしょ…。まだ子供じゃないですか。」
「何だと!? お前ん所にもガキがいるじゃねーか!」
スカイ軍団の言うガキとは勿論ティアの事であるが、それにティアはむっとした。
「私はガキじゃないのよ!」
「そうですよ。この子はこれでも私と共に幾多の修羅場を駆け巡った仲ですし…
何よりこの子の恐ろしさは実際に戦った私が知っているのです。」
「な…。」
スカイ軍団の4人は一瞬たじろいだ。彼等など、一般のゾイド乗りにとってミスリルは
超規格外のモンスター。それ故にミスリルを倒せば有名になって金も名誉も権力も思いの
ままと挑戦する者は後を絶たなかったのだが、彼女を苦しめられる存在がいる事など
知る由も無い。それ故に信じられなかった。
「ど…どうせハッタリだろうが!」
「そう思うのは貴方達の勝手ですけど…このローナって子は私に挑戦するに値しないと
思うんですよね。まあ弱気で泣き虫でも強い人はいますけど…この子はそれさえ無い。」
ミスリルは単純に外見だけでその様な事を言っているのではない。目に見えない部分、
すなわち人の発する“気”と言う物を見て言っているのである。これは彼女の知り合いの
拳法の使い手から学んだ技であるが、これで弱そうな外見をしている者でも強い者を
気である程度探る事が出来た。そしてローナは外見のみならず気も弱かった。
「確かに…僕の力じゃ勝てないかもしれないけど…僕には皆がいる…仲間がいるんだよ。」
「そうだ! 一人一人は弱くても、俺達4人が力を合わせれば勝てない相手は無い!」
「そうですか…。」
妙に熱い友情パワーを見せ付けるスカイ軍団だったが、やはりミスリル達は呆れていた。
「そしてこのローナだってな! 絶対にお前に勝たなければならない理由があるのだ!
こいつには姉ちゃんがいてな。お前に殺されたんだそうだ。」
「泣かせるじゃねぇか! 俺達は最初は単純に私利私欲で集まったが、こいつのせいで
変わった。俺達もコイツの姉ちゃんの仇討ちに協力してやろうってな!」
「そうですか…で、何時の戦いでそのお姉さんは私に殺されたんですか?」
ミスリルがローナの目を見てそう言うと、ローナは今にも泣きそうにオドオドしながら…
「う…お姉ちゃんは…地獄の火山島戦役にシンカーで参戦していたんだけど…
その時に…お前のギルタイプのプラズマ粒子砲で…骨も残さず消されたって…。」
「うおお!! 泣かせるじゃねぇか! お前は鬼か!」
「…。」
ミスリルはやはり呆れるしか無かった。
「あのね…貴方のお姉さんは傭兵で参加してたんでしょ? 確かに私もその戦いに参戦
していましたが、やはりあくまでも一傭兵としての参加です。それなら私個人を怨む
なんてお門違いも甚だしいですよ。」
「そうなのよ! それに地獄の火山島戦役では他にも強〜い人はいっぱいいて、
ミスリルだって滅茶苦茶痛い目にあってるのよ!」
「何!? そ…そんなタマが何処にいるってんだよ!」
「さぁどこでしょうね…。」
「と…とにかく…僕は…僕はお前をやっつけて天国のお姉ちゃんの仇を討つんだ…。」
ローナが半泣き状態になりながらも必死にそう言っていた時だった。
「無理無理! 貴方達のような三流のゾイド乗りに彼女は倒せませんよ。」
「何!?」
スカイ軍団の背後にスーツを着たサラリーマン風のメガネの男が立っていた。
「初めまして。私はゾイド用AIの研究をしている“コンピュータブレイン研究所”から
派遣されました“ランタル=ブレータ”と申します。そしてドールチームのミスリルさん
を倒すのは我々なのですよ。」
「また変なのが来たのよ…。」
新たな挑戦者にミスリル達は呆れるが、ランタルにスカイ軍団が食ってかかるのは
無理も無い事だった。
「ふざけるなよ! お前の様なひょろっこい野郎がコイツに勝てるものか!」
「確かに私はひょろっこいですが…勘違いして欲しくはありませんね。別に私が直接
彼女と戦うわけではありません。我がコンピュータブレイン研究所が開発した超AIを
搭載した全自動無人ゾイド軍団なのです。」
「何だと!?」
「AI制御された無人ゾイドなんて…要するにこのロボット女と同じ思想じゃねーか!」
「何を言いますか。兵器に人間らしさを与えるなどナンセンスなのですよ。それに比べて
我々の作った超AIは的確に敵を倒せます。無論彼女もね…。」
「なんかもう何が何やら…。」
もはやドールチーム・スカイ軍団・コンピュータブレイン研究所の三つ巴になりそうな
雰囲気が漂っていたが、そんな時に今まで沈黙していたスノーがミスリルの前に立った。
「私達はこれからナインズテイルの調査に行く。貴方達の相手をする暇は無い。」
「ナインズテイル? あの新聞で現代の妖怪か? とか書かれてた奴か!?」
「馬鹿じゃねーの! 妖怪なんてこの世にいるワケ無いじゃねーか!」
こうしてスカイ軍団とランタルは笑いだしてしまったが、それにスノーは無表情を
維持しつつもその奥底から殺気の様な物が込み上げている事をミスリルは感付いていた。
「私の邪魔をする者は容赦しない…。」
「まあまあナットウさん、抑えて抑えて! ここは私が何とかしてあげます!」
スカイ軍団とランタルと違い、既に妖怪等の科学では未だ解明出来ぬ存在がいる事を
知っているミスリルはスノーを笑ったりしない。そして彼女に代わってこの場を
何とかしようと前に出ると共に、一枚の写真を取り出した。
「ここに一枚の写真があります。これでこの場は勘弁して頂けませんか?」
「写真!? そんなので勘弁出来るわけないだろ!?」
「あれあれ〜? 良いんですか〜? Tバックの二人が裸で抱き合ってる写真なのに〜。」
「何ぃ!?」
ミスリルの言葉に男達の顔色が変わった。無論彼等からは写真の裏側しか見えないのだが
やや興奮気味の彼等を煽るようにこう続けた。
「男の人ってこう言うの好きなんでしょ〜? この場は引き下がるならこの写真見せて
あげてもかまいませんよ〜。それ〜!」
ミスリルが写真を天高く放り投げると、男達は興奮して写真へ向けて跳んだ。
「うおおおお! Tバックの二人が裸で抱き合ってる写真!!」
男の性には勝てないのか、男達は血眼になってヒラヒラと舞い落ちる写真を手に取ろうと
していたが、その隙にミスリルはティアをおぶった。
「さあ今の内に逃げますよ!」
「…。」
こうしてミスリル達がそそくさと逃げた後、男達は写真を取る事に成功したのだが…
「これがTバックの二人が裸で抱き合う写真って…騙されたぁ!!」
Tバックの二人が裸で抱き合う写真と言う事で、男達はHな写真を連想したのであろうが
実際はその様な要素は一切無く、二人の巨漢の力士が土俵上で相撲を取る写真だった。
「畜生! 詐欺だぁぁ!! 何がTバックだ! 相撲の写真じゃねーか!」
「ってあいついないぞ! 畜生! 魔女かあの女は!」
「ロボット相手に魔女って言うのはどうかと思うけど…。」
皆は口々にそう愚痴っていたが、何とか冷静さを取り戻したコリスが言った。
「でも…あながち間違ってはいないな…。この力士のまわしはTバックとも取れるし…。
相撲もある意味裸で抱き合う奴だし…。」
「…。」
時間を戻してあの山城での戦闘の顛末について語りたいと思う。
コルネリウス伯領の内戦が終了して一週間後、若きコルネリウス伯はゼネバス帝国帝都
に呼び出される。召還状の差出人はゼネバス元老院となっており、当日はオブザーバーと
してヴォルフ・ムーロア皇帝も出席したらしい。
メツラ−・ゴートン・ガラモス・ガンビーノといえば旧ゼネバス帝国の礎を作り、家柄
も実力も、現当主の器量もコルネリアス家などとは比較にならない大貴族である。そんな
相手に若いコルネリウス伯が何をどう釈明したのか。そこで話し合われた内容は公表され
ていない。よんどころのない方々の内輪の話など、我々のような下々の者には伝えられな
いのが普通だ。だがその議題は、俺がグラハム・メッチェから預かり、ブレックナー中将
に渡した書類が関係していることは想像できる。実はもうひとつ問題がある。この戦闘で
篭城側の生き残りは一人もいなかったのは既に書いた通り。抵抗が頑強で降伏者が一人も
いないのはともかく、生存者がゼロということは長いZi戦史の中でも滅多にない。負傷
などで戦闘不能な人間は確率的に発生するはずで、つまりは「攻撃側が戦闘続行不能者に
トドメをさした」つまり戦場での虐殺についての嫌疑がかけられており、そちらの方が
マスコミの関心事になっていた。
数時間の協議の末、コルネリウス伯は引退し親戚筋から後継を立てる事、当人は“療養”
のため南海の孤島にある病院で静養する事、問題の山城については、その地域一帯を皇帝
直轄領とする事が決定された。
元コルネリウス伯が送られたのは南海の孤島にある精神病院で、当然ながらこの処置に
不満があった彼は、判明しているだけで二十件以上の脱出計画を企てる。だが皮肉好きな
地球人にセントヘレナと名づけられた病院島は政治犯と重犯罪を犯した本物の精神病患者
の“隔離病棟”であった。精神病患者は豊かな自然に抱かれて穏やかな気持ちで死を迎え、
政治犯は精神病患者に狂気を移され、徐々に狂いながら死を迎えるための施設である。
医者や看護婦まで元患者、という徹底ぶりである。付近の海域はウォディック一個艦隊が
秘密裏に警備して政治犯を助けにくる愚か者をてぐすね引いて待っているという寸法だ。
入って出たものはなく、彼は百六十歳の天寿を全うするまで二度と中央大陸の土を踏む
ことはなかった。
ゼン・サーナの遺族であるが、長男は山城で戦死したがそれ以外の妻子の行方はなぜか
行方不明であった。そして事件から十年経ったある日、ゼンの妻が末子を伴ってゼネバス
帝国の王宮の門を叩く。彼女は戦って死んでいった者達の遺族に申し訳がなくて菩提を弔
いつつ、人目をしのんで暮らしていたらしい。子供が成長していつまでも隠棲を続けるこ
とができず、財政的にも苦しくなっていた彼女は帝国に保護を求め、皇帝はこれに応えた。
末子は皇帝の期待に応えて順調に成長し、父親のゼン・サーナのように地方行政官として
大成したと云う。
「ここまで逃げればもう安心ですねってあ!」
スカイ軍団&ランタルから逃げ切った後でミスリルはスノーの事を思い出した。
ミスリルはスーパーの付くロボットであるからティアをおぶった状態でも楽に超高速走行
可能であるが、スノーは人間である。まさか置いて来てしまったのでは無いかと慌てて
引き返そうとしたらスノーはあっさりと付いて来ていた。
「あ! ナットウさん!」
「何…?」
「いや…まさか私の脚に付いてこれてたのですか?」
「そうだけど…何か可笑しい事でも…?」
「…。」
ミスリルは開いた口が塞がらなかった。最初会った時からミスリルはスノーから普通では
無い雰囲気を薄々感じていたが、特に運動などもやっていなさそうなか細い脚でミスリル
に付いて来れた時点で明らかに普通では無い事を改めて実感した。
「ま…とりあえず…ナインズテイルの調査に行きましょうか?」
そうして三人はそれぞれのゾイドの場所へ移動し、ミスリル達は大龍神に、ティアは
ファントマーに乗り込むのである。
「あ、そう言えばナットウさんは一体どんなゾイドをお持ちなのでしょう…。」
それで疑問に思っていた時に一体のハンマーヘッドが飛んで来た。
「待たせた。これが私のゾイド…。“エアット”とでも呼べば良い。」
スノーの乗るハンマーヘッド“エアット”は外見上はただのハンマーヘッドであったが、
さり気なく音速飛行中の大龍神&ファントマーにしっかり付いて来る事が出来るあたり、
スノー同様に普通では無い様子であった。
「(なるほど…見た目で分かる部分以外にも色々と強化されてそうですね…。ナットウさん
共々に不思議な方です。)」
「それでミスリル、これから何処へ行くの?」
「そりゃ〜ナインズテイルの目撃された海域でしょう。ねぇナットウさん?」
「…。」
スノーは無言で頷き、三人と三機はアルバトロス島から飛び離れて行くのであったが
そんな時、後方から彼女達を追跡する幾つかの反応をレーダーがキャッチしていた。
「待て―! この詐欺女―!」
「何がTバックの二人が裸で抱き合ってる写真だ! ただの力士の相撲じゃねーか!」
「まあさっきも言った通り力士のまわしもTバックと取れるが…。」
「こ…こんな物で誑かしたって…お…お姉ちゃんを殺した罪は消えないんだよ…。」
どうやって此方の位置を掴んだのか、スカイ軍団が追って来ていた。
ガッツはごつい外見に似合わず“フェニックス”と言う優雅な機体をチョイスしており、
コリスはハリケンホークにディメトロプテラの翼を装備して電子戦能力を高めると共に
高性能ミサイルをも搭載した“ディメトロハリケン”に搭乗。ジョーはディアントラー
の頭部にフライシザースの翼と脚と尾を持つ“レッドラゴ”。そしてローナは
“グレイヴクアマ”に搭乗していた。
「あーもー! せっかく撒いたのにもう見付かっちゃったのよ!」
「私のディメトロハリケンのレーダーから逃れられぬ者はいませんよ…。」
スカイ軍団のクール&インテリポジションたるコリスはかすかに笑みを浮かべた。
伊達にマグネッサー3Dレーダーを搭載していないと言う所だろうが…これって
単純に大龍神が目立つから見付かったと言う事にもなるのでは無かろうかとも思える事
かもしれないがここはあえてコリスに花を持たせる意味で黙っておこう。
「もう逃げられんぞ! 俺達スカイ軍団の挑戦を受けろ!」
「お前にやる気が無くても俺達はやる気なんだ!」
「あーもー! うざったい! うざったい!」
ミスリルに戦う気は無いと言うか、戦った所で何のメリットも無いのだが
そんな理屈がスカイ軍団に通用するはずが無く、容赦無く襲い掛かって来た。
「本当に面倒臭くて嫌ですよ。あ、そうです。ティアちゃん、ファントマーの
実戦訓練代わりとしてあの人達の相手をしてみるのってどうです?」
「え〜!」
ミスリルにスカイ軍団の相手を押し付けられてティアも相当嫌がっていた様子であったが
その時、またさらに3機のゾイドが超高速で接近して来たのである。
「キャ!」
「わっ!」
「何だ!?」
3体のゾイドはそれぞれ紅・翠・蒼の3色の光を放ちながら超高速でドールチームと
スカイ軍団を追い越し、さらにスピードを殆ど落とす事無く方向転換して戻って来ていた。
「何だあのスピードは! それにあの機動…生身の人間が耐えられるはずがない!」
「その通り! あの3機こそ我等コンピュータブレイン研究所の開発した超AIを
搭載したゾイドなのですよ!」
その声はランタルの物であり、スカイ軍団の背後から現れたホバーカーゴのブリッジに
彼は他のクルー達と共に立っていた。
「行きなさい! “紅のホウホウ”、“翠のフライソー”、“蒼のシノビ”よ! 目標は
あの白いギルタイプです! 奴を倒して実績を残せば我が研究所の開発した超AIを軍は
高く評価してますよ!」
コンピュータブレイン研究所の送り込んだ3体のゾイド。フライシザースの翼に
ディプロガンズの頭部を持ち、かつ様々なブロックスのパーツを使用して戦闘機型として
組んだ“紅のホウオウ”、モサスレッジを戦闘機的に組み替え、テイルソーを機首とした
“翠のフライソー”、ブレードホークの各能力を強化した“蒼のシノビ”。これらはただ
組み替えただけに見えるが、搭載している超AIの性能と合わせてその辺の戦闘機型
ゾイドなど足元にも及ばぬ高度な飛行性能を持っている様であり、無人機であるが故の
無茶な機動も難無くこなしていた。
「あーもう怖い怖いって何でこういう忙しい日に限って色々出て来るんですか!?」
「もう嫌なのよ〜!」
「畜生この無人機野郎! 俺達の邪魔をするんじゃねぇ!」
次から次へと出てくる無理難題にミスリルもティアも浮き足立ち、スカイ軍団もまた
獲物を奪われる事を危惧して相当に焦っていたのだが、スノー一人は違った。
「私の目的の邪魔をする者は許さない…。」
「はっ!」
ミスリルは強烈な殺気と悪寒を感じ取った。それはエアットに乗るスノーから発せられて
おり、見た目は普通と何ら変わらない無表情のままであったが、その奥底に存在する
“気”は尋常な物では無かった。そしてエアットが一気にブースト!
コンピュータブレイン研の3大無人ゾイドへ向けて突っ込んだのである。
「ナットウさん!? って速!」
ミスリルが当初見立てた通り、スノーのエアットは普通では無かった。
無人機故にパイロットの負担を考慮する必要の無い超高速機動が可能な3大無人ゾイドに
ピッタリと付いて行っているのである。単純なスピードのみならず反応も素早く、急激な
方向転換にもあっさり追随していた。
「あっら〜ナットウさん!? 貴女やっぱり普通じゃありませんでした!」
「凄いのよ〜。」
ハンマーヘッドにそこまでの高度な空戦能力を持たせるだけでも凄い事だが、それ以上に
あれだけの機動をやってもなおGで失神しないスノーの耐久力が異常だった。
くどい様だが、3大無人ゾイドは生身の人間の体では到底耐えきれず失神、下手をすれば
死亡さえ必至な程の急加速、急旋回、急制動を巧みに組み合わせた超アクロバット飛行を
披露している。これを単純にやる事自体はミスリル&ティアでも可能であるが、二人は
生身の人間では無い。それ故に生身の人間であっさり3大無人ゾイドに付いて行くスノー
の耐久力は異常であると言えた。やはり彼女は普通では無い。
「ま…まあとにかくあの3機はナットウさんが相手してくれると言う事で…じゃあ
私達は残りのスイカ軍団とやらの相手をしてあげましょうか。タダで。」
「は〜結局こうなっちゃうのよ〜。」
「スイカ軍団じゃなくてスカイ軍団だ!」
さて、城、である。今回の戦場となった山城は帝国から派遣された代官によって管理さ
れることになったが、城の建物自体はゼン・サーナが改修した通りの白亜の華麗な建築物
として、つまり戦闘前の状態に復元された。
ただ一つ以前と違うのは、前庭に一本の石碑が建てられたことだ。そこには「忠良の士
ここに眠る」と大書され、その下にはこの城で篭城して命を落とした戦士達の名前が彫ら
れている。
帝国行政府も彼らの処置をめぐって苦慮したらしい。ことは封建制度の思想の根幹に関
わる問題である。扱いを間違えると帝国のアイデンティティそのものが崩壊しかねない危
険性をはらんでいた。コルネリアス伯がいかに無体であっても、彼らの主君筋には違いな
い。それに反抗したのだから反乱分子として処罰すべきだという意見があった。また一方
では、彼らは直接的にはゼン・サーナの部下であり、直属上司の命令を聞くのは筋として
正しいという意見もあった。議論紛糾した末、結局は直接の当事者が全て死亡しているの
で処罰することは不可能で、世論は篭城した彼らに同情的であったため議論はうやむやに
なり、世論を慮って「忠士」という曖昧な称号で彼らを扱うことにした。
そして復元されたその城は『ヴァイスゲレヒティヒカイトブルク』と名づけられ、その
周辺一体が国定観光地域に指定された。静謐な空気の中、高原特有の草原と険しい山々の
コントラスト、そしてひときわ華麗な白い塔のそびえ立つ城の美しさは多くの人々を魅了
し、今では年間十数万人が訪れる観光名所となっている。周辺一帯は法令で自然環境を破
壊する行為が一切禁止され、美観を損なう建築物の構築はもちろん、地下百メートル以上
の掘削(井戸掘りも含まれる)の禁止という奇妙な条項がついていたが、そんな細かいこ
とを気にする者は誰もいなかった。
そして俺達といえば・・・
「アーくん、ギャラを貰えないってのはどういうことよ!三週間分ただ働きってことじゃ
ないのよ!」
「うるせーなぁ・・・しょうがないだろうがああいう状況だったんだし。ま、新品のロン
グレンジライフルと八連装ミサイルポッドが手に入ったんだから、売っ払って金に換える
としようや」
攻城戦用に支給された武器はこっそり隠しておいて、実際には以前から持っていたやつ
を使用したから、支給された方は未開封未使用品である。売れば結構な金になる。
俺達は戦闘終了前に職場放棄して出てきたから、今さら報酬なんぞ取りに行ったら脱走
兵扱いで処罰されかねない。現金のほうは諦めるしかなかった(どのみちこの後のコルネ
リアス家の騒動で傭兵部隊への報酬は払うの払わんのと一騒動あったらしいが)
「まあしょうがないわね。こっちもオイルやら予備パーツやら、貰えるだけ貰ってきたし。
しっかし軍っていいわね。M.リキッドも市販品と比べると段違いに質がいいわ」
「ふっふっふ、ユーリ、おぬしもワルよのう・・」
また明日からは根無し草、ゾイドファイター稼業に精を出さなきゃならん。
二人の旅はまだまだ続く。
<おわり>
こうしてミスリルとティアはスカイ軍団の相手をしてあげる事になり、アルバトロス島
近海上空を舞台に三つ巴の大空中戦が繰り広げられるワケだが、スノーのエアットにより
3大無人ゾイドの大龍神攻撃が妨害されていたコンピュータブレイン研のホバーカーゴ
ブリッジ内のクルーは焦っていた。
「あ〜! 大丈夫なんですか? あのハンマーヘッド…我々の機体を追尾出来る位
強いんですけど…。」
「大丈夫ですよ。あの3機は我々の技術の粋を集めて作った超AIを搭載しているの
ですよ。この程度の窮地はこちらから命令せずとも自力で何とか出来る力があるのです。」
ランタルは自信たっぷりに言うが、確かに彼の言う通りと言えた。3大無人ゾイドは
3機で1組であると言う事も利用して3方向に分散し、連携攻撃によってエアットを
逆に追い詰めようとしていた。
「見なさい、見れますよ。我々の作ったゾイドの恐ろしさが…。」
3大無人ゾイドの反撃が始まった。蒼のシノビがそのステルス性と機動力に物を言わせ、
エアットに接触するギリギリの所を何度もすれ違いかき回し、紅のホウオウがレールガン
やミサイルなど各種火器で牽制。そして浮き足立った所で翠のフライソーがミサイルを
撃ちながら機首のテイルソーで相手の身体をズタズタに切り裂き、最後は3機の一斉爆撃
によってトドメを刺す。これが3機のAIが互いにリンクし、この場で最も適切であると
判断した攻撃であった。が…
「確かにここの水準で言えばこれでも十分高性能かもしれないが…私には通用しない…。」
「な!」
確かに直撃は受けている。しかしエアットは健在であり、装甲にも傷一つ無かった。
ハンマーヘッドは重装甲が売りであるが、この防御力は異常である。エアットが健在で
ある事を確認した3大無人ゾイドのAIは再攻撃を開始、瞬時にエアットをロックオン
すると共にミサイルが放たれた。が、エアットはブースト全開による急加速を行いながら
身体を柔軟にくねらせ、連続バレルロールでミサイルをさながら板○サーカスのごとく
華麗にかわして行く。3大無人ゾイド同様に高性能AIを積んだミサイルが一発も
当たらないのだから流石のランタルも焦った。
「な…何だあいつはぁぁぁ!!」
「私の邪魔をする者は容赦しない…。」
エアットと3大無人ゾイドの高度な大空中戦が行われていた頃、別の海域上空で
ドールチームVSスカイ軍団の空中戦が行われていたのだが、こちらの戦いはどうも
見劣りした。ミスリルは手加減して大龍神を低速でしか飛ばせていないし、ティアも
飛行ゾイド操縦による実戦は今回が初めてで不慣れ。対するスカイ軍団は決して弱くは
無いが、そこまで強いと言うワケでは無く、凡戦としか言い様の無いのどかな戦いが
繰り広げられていた。
「なぁ、あの白いギルタイプも案外大した事無いんじゃないのか? これならもしかする
なら結構俺達でも勝てるかもしれねぇぜ。」
「それはどうでしょうジョーさん? 私が事前に仕入れていたデータによると敵はもっと
速度が出ますし、全身に様々な武装を持っています。ですが今の相手はそれを一切使って
いません。これがどう言う事か分かりますか?」
「何って、今日の奴は調子が悪いって事だろ?」
「バカ! 俺達は嘗められてるんだよ!」
ミスリルの思惑を悟れなかったジョーはコリス&ガッツにそう言われていたが、
これは考え様によっては彼等にとって勝機にもなり得た。
「あ…あいつが僕達を嘗めてるって事は…それだけ隙があるって事だよね…。」
「あ! なるほど! ローナ、お前の言う通りかもしれねぇ! そこを突けばお前の
姉ちゃんの仇を討てるかもしえねぇぜ!」
「あの〜そう言うのって私に聞こえないようにやって貰えません?」
「あ…。」
スカイ軍団のお涙頂戴的人間ドラマもミスリルにかかると滑稽になってしまうから悲しい。
そしてミスリルを倒す事ばかりに集中してティアの事をすっかり忘れ去られるていたが
故に彼等はファントマーの突撃に気が付かなかった。
「ほらほらぁ! 油断したらダメなのよぉ! ストライクレーザーランス!」
「うぉ!」
ファントマーは二つのバスタークローから光の突撃槍を伸ばし、エンジン全開でガッツの
フェニックスへ向けて突撃する。しかし、ティア自身が空中戦に不慣れな為に直線的な
動きはあっさりかわされ、後を取られてしまった。
「ジェットファルコンの性能はスゲーが、お嬢ちゃんの腕が追い付かなかったな。
それにドッグファイトで後を取られる事は即狙い撃ちしてくれと言っている様な物だぜ。」
フェニックス、そしてコリスのディメトロハリケンがファントマーへ向けてミサイルを
放とうとした。しかしその時、ファントマーは両脚を前に突き出すと共に足の裏の
ブーストを全開、逆噴射をかけたのである。
「早過ぎて追い越しちゃった時の対処法は分かってるのよ!」
「何ぃ! この速度で逆噴射をやってのけるのか!?」
超音速飛行からの急激な逆噴射。ミスリル同様に生身の人間では無いが故にGによる負担
に気を遣う必要の無いティアだからこそ出来た芸当。こうしてファントマーは忽ちの内に
フェニックス&ディメトロハリケンの背後を取り、4連バルカン砲を撃ちまくった。
「落ちてなのよー!」
「くそっ! 素人だと思って甘く見たか!」
二機は二手に分散するが、ファントマーのバスタークローがそれぞれ追尾してビームを
放ち追った。一方ミスリルの方はと言うと、相変わらずマイペースに大龍神を低速で
飛ばせており、健気に立ち向かって来るジョーのレッドラゴとローナのグレイヴクアマを
適当にあしらったりしていた。
「畜生! なんて堅い奴だ! あれだけ直撃弾を当ててもビクともしてない!」
「ど…どうすれば…どうすればいいの!?」
ローナの手は震えていた。ミスリルと大龍神から放たれる“気”を本能的に察知し
恐れていたのである。元来から弱気な彼はそれに飲まれるしか無かった。
「恐れちゃだめ…恐れちゃダメなのに…でも…。」
ローナは今にも泣きそうだった。だが、ただミスリルが怖いからと言うだけではない。
ミスリルに殺された姉の仇を討つ為だけにここまで来たと言うのに、恐れて何も出来ない
自分が悔しかった。
「あの赤い機体は、光よりも速く動いています」
少年がさらりと言ってのけた内容を理解するまでに、ワンが常ならぬ時間をかけたのは
老齢のせいばかりとは言えまい。
「……しかしノーブルよ、軍学校で学んだ物理なぞほとんど忘れてしもうたワシですら、
ゾイドほどの大きさの物体が地表でそんな速度を出せばただでは済まぬとわかるぞ。
だいたい、質量を持つ物質は、連続的な移動の速度において光速を越えることはできん
はずだ……もちろん、荷電粒子砲の初速を例外としてだぞ」
「もちろんです。しかし思い出してください――あの機体、こちらに攻撃してくるときだ
けは見えてましたよね?」
「ああ、確かに」
「それは、ふつうの速さに戻らないと攻撃ができないからなんです。彼女は自分自身を含
めた機体の質量をすべて純粋エネルギーに変換し、その符号を虚数にしてタキオン化する
という二段のステップをあの一瞬――『ピカッ』の時ですよ――に踏んでいるんです」
タキオンは実数質量の世界に直接影響を及ぼすことができない。ゆえに、超光速で動い
ている間は敵からの攻撃も受けない(そもそも、いかなるFCSでも捕捉すら不可能だが)
代わりに、女騎士の側からも攻撃ができないということなのだ。
「……黙って聞いてくれてたということは、当たりなのでしょう? 騎士のかた」
この間、いつでも赤い巨竜はワンとエメットを討てたはずである。見抜かれたとはいえ、
相手の反射反応すら追いつかない速さで死角を取れる能力は、それだけで絶対的なアドバ
ンテージとなり得るのだ。
彼女がそうしなかったのは、純粋な興味からだ。
「リノーよ。……坊や、どうして解ったのかしら」
「僕の能力は『絶対知覚』、あらゆる感覚機能・知覚能力を望むだけ強化できる力です。
あなたの動きには対応できないけど、動体視力を極限まで高めれば、見ることだけはできる。
おかしいと思ったのはさっきの攻撃のとき。注意深く見てたら、高速移動に入った瞬間
の残像が見えるよりも早く、あなたは僕の左に現れた。機体に反射した光子が僕の目に届
くより早く、移動してきたんです。光より速く、連続的に動けるのはタキオンしかありえない。
イコール、あなたは自身と機体の情報をタキオンに変換している……」
「凄いわ! 能力者って馬鹿が多いのに、賢いのね」
けどね、と哂う艶かしい声。
「それが解ったところで――どうするのかしらッ!?」
光輝。エメットがそれを認識する頃には、おそらくリノーは後ろにいる。
予想通り、前方の残光が消えぬうちに背後で閃く白光。これは賭けだ。もしも予想が外
れていたら、あえて隙をさらした自分に致命傷を回避するすべはない。
しかし、その衝撃がやってこないことこそ、彼が賭けに勝った証明となった。
「……何をした?」
真後ろの至近距離、剣が最も破壊力を発揮する間合いに現れたはずのリノー機が、いつ
の間にかその数歩外まで後退していた。そして、優美な紅い機体の右ひざから突き出てい
たはずの装甲が無くなっている。
「さあ、何でしょうね……ワンさん! 僕のガンブラスターに寄せて!」
こういうとき、少年の五倍近く生きているワンは文句一つ言わずに従う。立場の上下が
あるわけではなく、即座に反応できるほど彼の判断を信頼しているのだ。
二体がそれぞれ逆方向を向いて隣り合い、次の攻撃を警戒する。
リノーは自分が何によってダメージを被ったのか解らなかったため、とりあえずはガン
ブラスターの後背に隠された武器があるものと判断し、サイクスが付いている右側は避け
て、唯一残った迎撃能力上の死角である左側へと超光速で回りこんだ。
剣の長さを考えると、ほとんど密着した二機ならまとめて貫ける。突きの構えに入り、
必殺の間合いで機体を実数質量に戻す――
だしぬけに、彼女を衝撃が襲った。
「またか――何だ、これは!?」
即座に四半回転して全砲門をこちらに向けてくるガンブラスターが目に入り、夢中で剣
の力を発動した。当たらないと解っていても、ビームやレーザーの雨が自機を通り抜ける
というのはあまりぞっとしない。とりわけ、コックピットに座すリノー自身の、豊満な胸
の谷間をすり抜けてゆくパルスレーザーの火線と来たら!
大きく距離をとって再び実数化し、機体の損傷を確かめた。今度は先ほどより更に近く
まで接近したせいなのか、腰から左腿にかけての装甲がパックリ避けている。
……いったい、私は何をされている?
敵の力がまるで解らないことほど怖いものはない。それはメンタル面でも優秀な戦士を
元に作られた騎士とて、同じことであった。
超光速に移相したままでは相手の動きは止まっているため、相手が何らかの隠し武器を
持っていたとしても解らない。しかし、実数速度では、注意深く見るために立ち止まって
いる暇はない。ガンブラスターの大火力が、サイクスの旋回砲塔が、休むことなく動いて
彼女を狙っているのだ。
遠くでは移相をくり返してもダメージを受けない。なら、少なくともあの少年が使って
いる何らかの武器は、射程が短いはず――そう推測したリノーは、腹部に仕込まれたビー
ムガンを展開し、機体を実体化させると、撃たれるより前に光の矢を射掛けた。
しかし、ガンブラスターの電磁シールドに弾かれる。お返しとばかりに光の壁の中から
飛んでくるレーザーライフルの火線。それが当たる頃には、既にリノーはタキオンの流れ
と化している。
「小火器で駄目なら、これはどう?」
小型化された頭が二つに割れた。否、口を開いたのだ。そして喉元からせり出してくる
短い砲身。短くてよいのだ――加速器は、長い首そのもの。
実数化と同時に飛んでくる砲火。先ほどより反応が早くなっているが、どこに撃ってく
るかはすでに予測が付いていた。剣で受け、散った光に熱せられて空気が閃く。
シールドはマジックミラーの原理で成立している。電磁波や荷電粒子の運動ベクトルを
外側からは弾き返し、内側からは透過する。だが、透過する際にビームやレーザーはその
威力を半減してしまうという弱点を持つ。ガンブラスターの火力ならば、半減したところ
で耐えうる敵が少ないことには変わりないからこそ、相性がいい装備なのだ。
だが、リノーはいまガンブラスターの後ろを取っている。互いの後ろを守るように、肩
を接して立つ二機のうち、サイクスが撃ってくるのも予定の内だ。
ガンブラスターの火力を捌ききることはできなくとも、サイクスのライフル程度なら。
そして周知の事実――シールドは度を越えて強力な攻撃によって過負荷を掛けられれば、
容易に突破される。
「収束、荷電粒子砲よッ!」
出力はベース機のデスザウラー以上。火線はより細く絞られた、貫くための光輝。
光の槍が、光の壁に激突した。
「恐れちゃ…恐れちゃダメなのにぃぃ!」
「いやいや、怖い物は素直に怖いと言った方がすっきりしますよ。」
「!」
ミスリルの一言にローナは一瞬硬直するが、直ぐに言い返した。
「そんな! 怖い物無しのお前に言われたって説得力無いよ! お前みたいな人の痛みの
分からない機械なんかに僕の気持ちが分かってたまるもんか!」
ローナの必死の主張も、残念ながらミスリルを笑わせる事しか出来ない。
「アッハッハッ! 本気でそう思ってるんなら貴方はその程度って事ですよ!」
「何だって!?」
「そうやって機械を嘗める者がどうあがこうとも私を倒せるはずがありません!
それに私にも怖い物はあるのです。貴方達一般人の常識で知り得る範囲内だけがこの世の
全てではありません。この世には私の想像さえ超越するする恐ろしいバケモノがゴロゴロ
しているのですよ。と言うか、以前あの世から侵略して来た奴もいましたし…。」
「そ…そんなの嘘だ! そんな物いるものか!」
ローナは悔しさの余り逆切れしてしまったが、ミスリルは表情一つ変えない。
「果たしてそうでしょうか。例えば…今私達のいる空域に急接近している者なんか
案外そうかもしれませんよ…。」
「え!?」
直後、まるで新たな太陽が誕生したかの様にその空域全体が強烈な光に包まれた。
『私の眠りを妨げる者達は貴様等かぁ…。』
「ゲー! シャドーフォックス野生体が空中に浮かんでる!」
「と言うか尻尾がひいふうみい…九つあるぞ!」
突如出現した新たな勢力にスカイ軍団とコンピュータブレイン研は焦った。
これこそシャドーフォックスの野生体が数百年の時を生きた末に妖怪化し、
九つの尾をも手に入れた“ナインズテイル”なのである。既にこの様な常識を
超越した存在がいる事を知っているミスリル達と違い、一般常識範囲内の住人である
スカイ軍団&コンピュータブレイン研にとってそのショックは計り知れなかった。
「何だ何だ何だ!? 何なんだあいつはぁぁ!」
『人間ごときが九尾の狐たる私の眠りを妨げる愚かさを知るが良い…。』
ナインズテイルの外見は九つの尾を持っている所以外は普通のシャドーフォックス野生体
と何ら変わらない。しかし彼は人語を話す事が出来、またさながら空中に地面があるかの
ように空を駆ける事が出来た。この様な生態は通常の生態系では有り得ない。これこそ
科学では解明する事の出来ない領域の存在なのである。
『この平和な空にまで争いを持ち込む愚か者達よ…去れぇぇぇ!!』
ナインズテイルが九つの尾をさながら孔雀の尾のごとく大きく広げた直後、そこから
放たれた強烈な衝撃波は忽ちの内にスカイ軍団とコンピュータブレイン研を吹き飛ばした。
「ええええ!? だから一体何なんだよぉぉぉぉ!」
「畜生! 次また来るからなぁぁぁ!」
ナインズテイルの恐るべき妖力により、何が起こったのか分からない程にまであっさり
退場させられたスカイ軍団とコンピュータブレイン研であったが、ドールチームと
スノーは未だなお健在。そして大龍神がナインズテイルへ向けて突撃した。
「済みませんが捕獲させて頂きます! ドラゴンフィンガーネェェェット!!」
大龍神の右前脚の掌部からTMO鋼繊維製のワイヤーで織られたネットが発射され、
ナインズテイルに襲い掛かった。しかし、ナインズテイルの九つの尾が炎を発し
ワイヤーネットを焼き切ったのである。
『その様な物で私を捕まえられると思うか!?』
「ええ!? 嘘ぉ!」
その辺の店で一般的に市販されているワイヤーネットと違い、大龍神に装備してあるのは
TMO鋼繊維製の超特別製。デスザウラークラスの荷電粒子砲でも焼く事は出来ないと
言うのにナインズテイルはあっさりと焼き切って抜け出てしまった。
「それなら…大龍神パワー全開!」
ドラゴンフィンガーネットが通用しなかった以上、大龍神の超パワーで強引に押さえ込む
しか無い。そしてナインズテイルへ向けて襲い掛かる大龍神であったが、またも大きく
広がった九つの尾がまるで鞭の様にしなり、大龍神の全身に引っ掛けられると共に
逆に振り回され吹っ飛ばされてしまった。ナインズテイル自身、シャドーフォックスと
同程度の体格しか無いと言うのに物凄いパワーである。
「キャァ! 嘘ぉ!」
『くどいな! カラクリ人形ごときが私をどうにか出来ると思うか!?』
「ハハハ…人間に見下されるのはとても腹が立つのに…貴方の様な妖怪に見下されても
ちっとも悔しくないのは何故でしょう…。」
ミスリルはそう苦笑いしていたが、やはり科学ではどうにも出来ない相手にはちと
勝手が違っていた。過去にも亡霊の集合体と戦った事もあるミスリルであるが、それは
あくまでも人間の霊であって、生粋の妖怪であるナインズテイルはワケが違うのだ。
「な…あのギルタイプがまるで子供扱いだ…何者だあいつは…。」
「じょ…冗談じゃねぇよ…。」
「あれが僕達の常識を超越するバケモノ…。」
アルバトロス島の浜辺まで吹っ飛ばされていたスカイ軍団&コンピュータブレイン研の
面々はナインズテイルに圧倒される大龍神の様を見てそう唖然とするしか無かった。
「ミスリル危ないのよ!」
ミスリル&大龍神救援の為にティア&ファントマーが出力全開で突っかけた。
「お化けは死なないって言うし、多少怪我させたって問題無いよね!」
『だがその怪我さえさせられなければ意味が無かろう!?』
「キャア!」
なんと言う事か、ファントマーのアフターバーナー&ストライクレーザーランス全開の
突撃を睨み付けただけで弾き飛ばしたのである。
「流石妖怪! 念力まで使えますか…。」
危うく墜落しかけたファントマーを何とか救出した後、ミスリルは苦笑いしていたが
そこで今更になって遅れてスノーのエアットがやってくるのであった。
「ふん…どうせお決まりの必殺道具かなんかだろ?
操縦技術に頼らない奴が強いとすればゾイドか其方方面の素敵アイテム。
定番中の定番!幾らギルタイプと言えど傷一つないのはおかしいからな。」
こう言う奴は直接戦闘を嫌う性癖を持つ者が多い。
ご多分に漏れず見えないところから丁寧に同じ場所に攻撃を喰らわす。
腕がいいのだから真面に勝負をすればすぐ片が付くだろうに…
色々な意味で残念な男だ。
「いいのか?俺にへばりつくような真似をして?彼方!彼方!」
「なんだと…?あっち…。うん!見なかったことにするとしよう!」
「それで終わりかいっ!」
まあそう言いたくなるのは解る気がする。
既に青装束のゾイド軍団は赤熊に制圧されていた。ゾイドの能力だけで戦う。
あそこに居たのは基本に忠実な一般のパイロットだったようだ。
「おや?やっぱり頭でっかちな彼等では実戦派アウトローには役不足だったね。」
青年は双眼鏡でロウフェン達の居る塞の状況を確認している。
彼の足には片足づつにフロートブーツを履き隣にはデスレイザーとパラブレード。
二体のゾイドのコアに寄り添うシープの姿が有る。
「何故助ける?袂を別ったのではないのか?デスティン!」
「まあまあ落ち着きなよ…ふぃお…おっとごめんシープだったね。今は。
と言う事で突然だが取引を要請したい。この二体のコアとゾイドの交換だ。」
ふに落ちない。今さっき自分達で体から引っ剥がしたコアと完品のゾイドとの交換の要請。
どう言う風の吹き回しなのか?師団長に就いてから更に分からない双子の兄に問う。
「何でそんな交渉事に発展するんだ?いつも…」
「ストップ!事態は火急を要する。はいか、いいえ、どちらかしか認めない。
その答えでこっちの対応も教えられる事も変わってくる。さあ?」
「はい。だ!どうせ断ったところで二体のコアの生存は其方の働きに掛かっている。」
その言葉が終わるか終わらないかでデスティンは地上に降り立つと、
森の斜面を指さしその指を鳴らす。
パチン!と乾いた音が響き渡ると斜面にできた偽装ゲートが開き出す。
その後ろに四肢を立てる竜の姿に流石のシープも鳩が豆鉄砲を喰らったような微妙な顔。
「そう!蒼天騎士団が一姫!フェ・デ・リュミエールだ!」
「見付けた…ここは私に任せて…。」
「ナットウさん! 私の大龍神でもダメだったのに危ないですよ!」
今度はエアットがナインズテイルへ突撃する。しかし大龍神さえ歯が立たなかった
相手に何が出来ようか…と思われた。何と言う事か、エアットはナインズテイルの
念力を弾き返し、逆に体当たりをお見舞いしていたのである。
『何ぃ!? き…貴様ぁ!』
一瞬焦りの表情を見せるナインズテイル。だが、そこで何かに感付いた様子であった。
『貴様…人間では無いな!? まさか星の異世界から来た者か!! 一体何の用だ!?
またこの世界の人間に余計な知を授けてさらなる戦いに誘おうと言うのか!?』
「私はその様な用でここに来たのでは無い。ただ通常の生態系とは異なる生命体。
すなわち神・悪魔・妖怪と呼ばれる存在を調べる事が目的。だからこそ貴方を調べたい。」
『させぬ!』
ナインズテイルの九つの尾から炎が放たれる。しかし、大龍神のTMO鋼製のワイヤー
ネットさえ焼き切った炎をエアットは錐揉み飛行でかわし、また弾いて行った。
「嘘っ! 何て頑丈なんでしょ!」
エアットの冗談の様な強さにミスリルは大慌てであったが、ナインズテイルはそれ以上に
動揺していた。
『おのれ! また妖しげな物を用意しおって! お前達がその様な余計な知を人間に
授けた為に我等がどの様に苦しめられて来たか知らないのか!?』
「私にその様な野心は無い。ただ貴方を調べたいだけ…。」
『くそっ! 何故私がこの様な者達ごときを相手にせねばならないのだ!』
苦し紛れにナインズテイルは逃げ出した。まるで空中に地面が有るかのように空を駆け、
その速度は超音速にも達していた。特に空中に踏み込みを行える分、急激な方向転換も
可能にしていたのだが、エアットはそれにピッタリくっ付いてくるのである。
「逃がさない…。」
『く…くそぉぉ! 何故私が貴様等ごときにこの術を使わねばぁ!』
ナインズテイルがそう泣き言にも近い叫びを上げた直後だった。その全身が炎の様に
燃え上がり、その炎が消えると同時にナインズテイルもまた姿を消していた。
「逃げられた…。」
一体どう言う理論なのかはミスリルもさっぱりであったが、スノーもまたあっけに
取られていた様子であるから尋常な物ではあるまい。そして彼女がミスリル達の方に
戻って来た。
「逃げられてしまった。貴女達に協力を依頼しておきながらすまない…。」
「代わりに面白い物を見せてもらいましたから別に構いませんが…ナットウさん…
あの九尾の狐が仰っていた“星の異世界から来た者”とは…もしかして…。」
スノー=ナットウ。彼女にはミスリルでも不思議だと思う点が幾つもあった。
見た目も何処か普通じゃない不思議な雰囲気を感じていた上に妖怪さえ恐れるあの実力。
その上“星の異世界から来た者”と来た物だ。これは明らかに何かがある。
「隠すつもりは無い。私はこの星の人間では無い。」
「ってまさか貴女宇宙人!?」
「別に驚く事では無い。この星は既に数千年の昔に異星文明の移民を受け入れている。
それ故に現在生きているこの星の人類の何割かは先住民とその異星移民の混血であるし、
現在使われている科学技術も大半は異星移民が持ち込んだ技術の応用発展に過ぎない。」
「そ…そうなんですか〜?」
「凄いのよ〜科学史がひっくり返るくらいの凄い事実が明らかになったのよ〜。」
スノーが言っている異星移民とは地球人の事を指しているのだが、既にその事実さえ
忘れ去られた現時点でその様な事があったとはミスリル&ティアも驚きであった。
「ま…神だの悪魔だの妖怪だの亡霊だの超能力者だの色々見てきましたから宇宙人が
いても不思議ではありませんが…まさかこの星の侵略の為の下準備の為に来たとか
そんなんじゃ無いでしょうね…。」
「私にその様な野心は無い。先にも言った通りこの星に存在する通常の生態系とは
異なる生命体…すなわち神・悪魔・妖怪と呼ばれる存在を調べる為に来た…。」
「あ…やっぱりそれですか…。」
スノーはやはりその一点張りであり、現時点ではそれを信じる他は無いだろう。
「とりあえず貴女がどの星から来たかまでは問わない事にしましょう。と言うか話の
スケールがとてつも無く大きくなりそうで私の頭では付いて行けないかもしれませんから。
でもこれだけは質問させて下さい。貴女のハンマーヘッド…エアットと言いましたっけ…
あれの異常な性能もやっぱり…。」
恐る恐るそう言うミスリルにスノーは軽く頷いた。
「確かに私の持っている技術で多少の強化はしている。その大半はこの星の技術レベル
では理解する事は不可能な物だが…装甲素材に関しては“スペースアダマンタイト”
と言うこの星に存在しない金属で作っている。しかし…これでもこの星の人間に怪しまれ
ない程度に手加減している方…。」
「そう…ですか…。」
エアットに使われた技術の大半は結局大宇宙の神秘と言う名の謎に包まれたままで
あったが、とりあえず明らかにされた“スペースアダマンタイト”と呼ばれる異星金属。
ナインズテイルの攻撃さえ弾き返した防御力から見てメタルZiはおろかTMO鋼さえ
凌駕しているかもしれない。世の中“上には上がいる”と言う事をミスリルは改めて
実感していたが、スノーはさらに言った。
「今回の事で一つ分かった事がある。それは貴女と一緒にいると目的の相手と遭遇し
やすい言う事。だからこれから私も貴女の仲間に入れて欲しい。勿論世話になる分の
働きもする。」
「そ…そりゃ貴女のあの強さを見た後ですから断りはしませんが…良いんですか?
貴女には元々の目的があるのでしょ?」
「しかし私一人では見付ける事は出来なかった。そして貴女と共に行動をしていた方が
相手と遭遇出来る可能性は高いと考えた。それに…原始的なデジタル式コンピューターに
生きている人間並の感情を与えると言う貴女に使われている技術…これはこれで私は
興味がある。だから貴女に付いて行きたい…。」
「げ…原始的と来ましたか…。」
ミスリルはかすかに苦笑いしたが、とりあえずスノーの要求を呑む事とした。
「ま…まあナットウさんのドールチーム入りは認めますけど…どうして自分の詳細を
私達にあっさりばらしたりしたのですか?」
「それは貴女達もこの星の大多数の人間とは違う存在であるし、また私の目的としている
相手の存在もまた否定していないから。」
「難しい話は私には分からないけど…これからもよろしくなのよ〜。」
スノー=ナットウは今日からドールチーム三人目のメンバーとして働く事になったのだが、
浜辺で先程の戦いの様子を唖然と眺める事しか出来なかったスカイ軍団とコンピュータ
ブレイン研もまた“上には上がいる”事を知り、出直す事を決意していた。
「それにしても今日はワケの分からん事ばかりだったな。」
「ああ…。」
「だが、とりあえず今のままでは奴には勝てんと言う事は分かった。」
「う…うん…だから僕も今度は勝てる様に沢山練習しようと思うんだ…。」
こうしてスカイ軍団は再戦の為に実力を蓄える事を決意し、去って行った。
そしてコンピュータブレイン研も
「研究所に戻って超AIのプログラムをし直しましょう。次はあの様な者も倒せる様な
強力な奴を作ってやるのです。」
そうして、ナインズテイルの謎は結局分からずじまいであったが、ドールチーム・
スカイ軍団・コンピュータブレイン研の三勢力はそれぞれの道を行く事となった。
ちなみに…その日の晩飯で、ミスリル&ティアはご飯に卵をかけて食べていたが、
スノーは納豆をかけて食べていたそうである。
おわり
フェ・デ・リュミエール。嘗てフランス語と言われた言語で光の妖精の意味を持つ。
既に蒼天騎士団ではとか青鱗兵団とかと言う問題では無く…
女性のペルソナ(性格の意味合い)のみが存在する希有のギルタイプゾイドである。
その為存在は騎士団のみに知らされるものであり秘匿理由も格別の存在だ。
はっきり言って今の世界に現存するゾイド達の生命力は限界に近く、
野生体は動物型に至るまで空かもはや人の手に届かぬ地底にのみ存在する程度。
ごく稀に地上にまで続く複雑な自然の迷宮を越え…
地底レッゲル層を突破した固体のみが地上に進出する権利を得るのである。
当然レッゲル層はジェネレーターを通らなければ汚染物質の塊。
生命力の低い固体は近付いただけでダウンだ。
そんな自然に生まれ人の手に収まる野生体ゾイドの固体は非常に少ない最中で、
このフェ・デ・リュミエールは何と胎生で子孫を生み出すのである。
全身くまなく機械化されたこの固体が貴重なギルタイプを生み出す。しかも安全に。
こんな事は世間の目に触れればまた世界は戦争の真っただ中に突き落とされる。
それ故の存在の秘匿。それだけでも貴重なのにこの娘と来たら?
体のサイズはデカルトドラゴン並みの小兵で固体戦闘力は据え置き。
翼の無い背には4枚の板状オーバルチューブらしき物。
シープの姿を確認したリュミエールはその名の通りそのチューブから光を吹かせる。
光の妖精が宙を舞う為に広げる光の翼だ。
「なんで?って顔をしてるね。とりあえず言えることは…
彼女は君を選んだ。どうにも操縦センスが僕より劣る君が騎士になれたのも彼女の意思。
僕が師団長の地位に居るのも彼女を君に届けるためだ。」
またいけしゃあしゃあととんでもない事をさらりと話す兄に刺さる妹の視線は非常に痛い。
しかし兄は気にせず続ける。
「今の状況はどうだ?と言う顔もしているから…これは他言無用でね。
七鱗兵団の歴史で非常に造反が多いという歴史は知っていると思う。
でもね…これは師団長の仕事の一つなんだ。常に人は野心に衝き動かされるものだ。
だからその吐き出し口を定期的に与えているという事さ。
流石に今回の団員が全会一致で蜂起するとは思わなかったんだけど…。てへっ。」
「まずい……っ、こんなに密度の高い荷電粒子砲なんて! シールドが、破れる……!」
ジェノザウラー級の荷電粒子砲ならば、理論上は十秒以上も受け止められるとされる、
ガンブラスターの強固なシールド。それが、わずか四秒たらずで突破された。
「ワンさん、逃げ――」
サイクスを跳ね除ける形で、エメットの機体が細い光条の直撃を受ける。
貫通力に重点が置かれていたため、逆に機体ごと消し去られることはなかった。しかし
コックピットの直上を掠めた火線は、最大にして唯一の武器たる背部のローリングキャノ
ンを、その基部から吹き飛ばしていた。
「く……使える武装は?」
敵の動きを警戒しつつ、機体の状態を手早く確認する。背面砲塔群、全滅。シールド、
発生器過熱により一時機能停止。頭部サンダーホーン、使用可能。
ガンブラスターの運動性で、そんなリーチの短い格闘武器が使えたところで何になる。
気休めにもならないではないか。
無力だ――攻めることも守ることもできない。戦う力は、もう残されていない。
視線の先で、敵が白い光と共に超光速へと移相した。
「……違う、僕にはまだ!」
通信機の周波数帯を絞り込む。敵に聞かれないように、最後の抵抗を悟られぬように。
「ワンさん、右っ!」
言い終える前に、閃光。そして横薙ぎに振られる剣閃を、紙一重で回避するサイクス。
絶望などするものか! 自分にはまだ、この能力があるのだ。年老いたパートナーの、
目となり耳となる、この力が!
「次、後ろ! ――前!」
後ろで一度姿を現し、再度移相して正面から攻撃する。反応のいいパイロットほど引っ
かかるフェイントだ。ワンは自分の力だけではこれをかわすことはできなかっただろう。
年若きパートナーへの信頼。
ゆえに、遠くなった耳に飛び込んでくる、簡潔な情報だけを伝える声に身を任せている。
指示された方向と逆に一足飛びのステップを踏み、旋回砲塔で現れた敵を狙い撃つ……。
「かわされる? ……あの子か!」
自分の動きが見えるのは能力者の少年のみ。一瞬ですらない短時間に情報を伝えるには
特別な方法があるのかと疑いたくなるが、とかくリノーは少年こそが厄介なのだと気づく。
すでに継戦能力の大半は奪った。例の隠し武器が使える状態でもないはずだ。
「賢い子は好きよ。でも……能力者は嫌いね! そう刷り込まれてるからさぁっ!」
突撃。ガンブラスターの側面、ゼロ距離で刃を振りかぶる。吹き飛んだ背中には如何な
る武器も見当たらず、勝利を確信する女騎士。
機体を構成するタキオンが、膨大な―いちど移相する度に宇宙がひとつ消えるような―
エネルギーを消費して実数質量のボソンに、次いでフェルミオンへと変換される。
そして、彼女の機体は静止した世界から動的な世界へと躍り出た。
次の瞬間、衝撃。コックピット内が警報とエラーメッセージで埋め尽くされる。
「なに――シンクロトロンジェネレーター断裂、左肩部ジョイント破損、右腕肘部破断?
またこの攻撃! いったい……そうか、電磁シールド!」
「なんとかシールドジェネレーターの冷却が間に合ってよかった。今ので完全におじゃん
になっちゃったけど……」
エメットがリノーの奇襲を防いだ謎の兵器とは、この電磁シールドそのものだった。
彼は超光速から通常速度への移相の際に、タキオンからフェルミオン(物質を形成する
粒子)に直接変換されるのではなく、間にボソン(力を伝える粒子)への変化が挟まるこ
とを見抜いていた。この場合のボソンは光子で、移相の際に発生する光はここから漏れた
微小な質量欠損の結果だったのだ。
電磁波の密集場となったデスザウラーが電磁シールドの力場に触れると、著しく位置を
乱される形となり、その乱れは個体としての実数化の際にも現れる。先に二度、装甲を破
壊したのもこうした原理である。
実数化の際の位相の乱れは分子レベルでの破壊をもたらし、防ぐすべはない。
シールドの出力が100%であれば、リノーの機体は真っ二つに裂壊していただろう。
「だが、力場の密度が十分じゃなかったねぇ!」
彼を叩けば自分の勝ち、と強引に振り下ろした剣は、飛んできた『何か』によって遮ら
れた。正確には、サイクスのブースターパックだけが飛んできて、二本の砲身の間にその
右腕を捉えたのだ。
後を追うように飛来するバルカンの雨。切り離したブースターが蜂の巣のように撃ち抜
かれ、それを受け止めた体勢で足を踏ん張る機体の眼前で爆発する。
ガタガタになった関節が弾けとび、右手もろとも“オートクレール”が宙を舞う――。
「ワンさん!? ライフルがないと!」
「よい。どうせ弾切れだった」
走ってきた彼の機体がエメットを飛び越え、そのまま地に叩き付けられた敵機に向かう。
サイクスの格闘兵装では、軽量化されているとはいえ騎士の機体を完全に破壊すること
はできない。逆に敵機は、各部が損壊していようと、もとはデスザウラーである。フレー
ムもエンジンも強化されている以上、元々が軽量高速機であるサイクスにとっては一撃が
致命傷となるだろう。
装甲は厚くとも、少年の機体とて同じである。
剣を弾き飛ばした今という最大のチャンスですら、ワンとエメットには勝機など残され
ていないはずであった――まともな方法では。
そんな状況で、真紅の巨竜に飛び掛かるサイクス。反抗せんとデスザウラーが振り上げ
た左腕は、ほとんど断裂していた肩口がその動きで外れ、もろに突撃を受ける形となった。
エメットは悟る。ワン・ジンキは『まともでない』方法を使うつもりなのだ、と。
「……駄目だぁッ! やめてくださいっ! 僕は言いましたよ、『生きてください』って!
僕たちはチームじゃないですか、世界大会だって狙える腕じゃないですか、なのに!」
「他に方法がないのだ、ノーブル。奴は必要なら口ででもあの剣を扱えるだろう。そして、
ワシとお前のどちらにも決め手は『これ』しかない。ならば、それは老兵の仕事だ」
「他に……他にきっと手はあります! 向こうだってボロボロなんだ、二体で掛かれば!」
「クァッドのスペックを見たのなら解るだろう? ブリガンダイン・フレームの強固さは
コイツやガンブラスターの爪牙では手に余る」
怒りに双眸を赤く光らせ、デスザウラーの首が伸びた。牙がサイクスの顎を捉え、コッ
クピットをも噛み砕かんと唸っている。
――いかん、いま殺られては……!
しかし、唐突にその牙が猛然たる圧力を失い、目に宿った凶暴な光も消えてしまった。
それは、パイロットであるリノーの精神状態が原因だった。
――セラードが死んだ。
まさにこの瞬間、いくつもの岩盤を隔てた場所で、“セラフィックフェザー”に四方から
貫かれた騎士セラードが、記憶の回廊を通って冥界の門扉をくぐっていたのである。
彼女はそれを、まったく不可知の神秘的な繋がりによって悟ったのだった。
そりが合わないと思っていた。彼の言うこと全てに、いちいち違和感を感じて、互いに
角を突き合わせてばかりだった気がする。死ねばいいと思ったことも、一度ではない。
だが、実際にそのときが訪れると……。
「――泣いている? 私が?」
知らない記憶が浮かんでは消えた。自分と、セラードに良く似た男が、幼なじみの二人
から恋人へ、やがては将来を誓いながら、共に戦場へと向かうに至るまで。
二人は戦場の只中、敵に包囲された部隊のなか、異体同心の連携で最後まで戦い抜いた。
やがて恐れをなした敵が彼らを遠巻きにし、高空からの爆撃で仕留める作戦に出るころ、
彼らはコックピットから這い出して笑いあったものだ。自分たちのゾイドはもう限界を超
えて戦い抜いたから動かない、爆撃なんて不要なのに……と。
蒼穹に弧を描き、一機の飛行ゾイドが二人の頭上で爆弾を切り離す。
最後の抱擁。唇を重ねて確かめたはずだった。死してのちも、この愛は消えぬと。
「あ……わたし、どうして」
互いに感じていた違和感は、かつて愛し合っていたにも関わらず互いがわからないとい
うもどかしさから来るものだったのだ。
どうして気づかなかった。どうして思い出せなかったのだろう。今や、全てが遅い。
ふとメインカメラの映像を見る。このままサイクスのコックピットを潰してしまえば、
手負いとはいえ、砲撃のできないガンブラスター程度はものの数ではない。
けれど、もう、そんなことはどうでもいいように思えた。
ただ、頬を伝う涙が、冷たい……。
突如として惚けたように動かなくなった敵機の牙に、依然、捉えられたままのサイクス。
これで逃げ場はなくなったな、などと考えていたワンは、新兵の頃から共に戦ってきた
最後の戦友たる愛機の戸惑いを感じ、笑った。
「おう、おう、脱出装置が無いので驚いておるな? こやつ、かわいい子猫め。ワシだけ
脱出させようなどとしおって、お前も解っておらんな。
ワシはな、死に場所はこのコックピットと決めておったのだ。お前と共に逝く、とな」
歓喜と悲嘆がない交ぜになったような気持ちが流れ込んでくる。能力者でなくとも、人
はゾイドの想いを理解することができるのだ。
そうして人とゾイドは数千年の歴史を紡いできたし、これからもそうであろう。
「すまん、と思っておるよ、ノーブル。しかし、年寄りというのは頑固なものでな。これ
以上ない往生の機会を見逃しとうはない」
コンソールを叩き、コマンドを呼び出す。パスワードを打ち込み、カウントが始まる。
愛機とめぐり合った遠き日に、風のように駆ける喜びを知ったあの時に、決して使わぬ
と誓った機能。いま、彼は――彼らは、その誓いを破る。
戦闘ゾイドの自爆コマンドというのは、たいていはゾイドの拒絶意志をねじ伏せて実行
されるプログラムである。しかし、ワンのサイクスはなんら拒むことなく、自らの心臓で
あり脳であるコアに過負荷をかけ始めた。
パイロットとの間に、非常に強い絆を持つゾイドだけが、自爆命令を承認するのだ。
「大戦よりこっち、医学上の平均寿命は五十を切ると聞く。ワシはもう、充分に生きたと
思うのだ。……ありがとう、ノーブル。まるで、孫を育てているようであったよ」
カウントツー。若者たちがこの戦いに勝つことを祈って。
カウントワン。戦友たちよ、ずいぶん長く待たせた。俺も今、そっちへ行く。
カウントゼロ。栄えあれかし――人とゾイドの、未来に!
閃光、衝撃波、轟音――。
ゾイドコア一つ分のエネルギーが、ゾイド自身の抵抗なしに放たれたその威力は、想像
を遥かに超えて凄まじいものだった。
放射状に広がっていった爆風が、その中心に発生した真空に向かって引き込まれてゆく。
渦巻く熱風の中心にゾイドの反応はない。二体とも完全破壊、完璧な相討ち。
エメットはその場に生き残った、唯一の勝利者だった。
そこに喜ばしさなどは欠片もない。まこと、人は戦う限り何かを失ってゆく生き物なの
だと思い知る。
「『充分に生きた』なんて……」
感謝してもしきれない。ありがとう、の一言には乗せきれない想いがあふれ出す。
「わがままだと……解ってるけど、僕には『充分』ではありません……!」
――まるで、孫を育てているようであった。
僕にとってもあなたは祖父であり、父親であり、親友であり……。
「ごめんなさい、あなたがこうしたかったのはわかるんです。でも」
人はいつか死ぬだとか、医学上の平均寿命よりは長く生きたなんてことは関係ない。
そんなことはわかっている。これは単なる、僕のわがまま。
「ただ、僕は……!」
火傷しそうなほどに熱い涙をこぼしながらの、二度目の敬礼。あれから二年経っても、
やはり同じように泣いてしまう。
「……ただ、僕は、一分一秒でも長く、あなたに生きて欲しかったんですよ――」
<続く>
その言葉が終わるか終わらないかの間にデスティンの頭部は柔らかい土に埋まる。
デスティンの頭部の在っただろう場所には怒りの篭もったシープの踵が在ったという。
「ま、まあそう言う事だから乗ってあげてって話だよ。
君は知らないと思うだろうけどリュミエールと君は同日同刻コンマ単位までも一緒。
そのせいでどうも勝手に運命付けてる節があってね…誰も乗ることができないんだよ。
今のところは彼女の母親や祖母の代の固体が居るからいいとして、
今の彼女は何処かのウサギみたいに寂しくて死にそうなんだ!
馬鹿みたいなことを言うと思うかもしれないが刻一刻と生命エネルギーが目減りする。
結果は確り寂しいと死ぬというとんでもない結論にしか結びつかないんだよ…。
参ったねこりぶはああ!?」
「参ったねじゃない!重要な事を何処まで遠回しにすれば気が済むんだ!馬鹿兄め!」
もう一回踵落としを喰らいデスティンの頭部は土の中に舞い戻る。
そんなデスティンは土の柔らかみに心から感謝する。
ソラシティの堅い金属の床に叩き落とされ二三回死線を彷徨った事を思い出しながら。
だがしかし現実は甘くはなく威力が低いことをあっさり妹に見透かされ、
ろくにガードもできないまま鳩尾に二三発強力なストレートを喰らい気絶。
無理矢理気付けを中てられ立たされている状況となる。
結局の所シープには選択肢が全く存在しなかった。
そんな自分がそばから離れたら寂しくて死んじゃうなとんでもゾイドが居るのなら余計に。
自分の存在価値と言う物を常日頃疑っていた。だが自分の存在そのものに意味が在る。
そんなオチが待っているとは少々気が滅入る話だ。
しょうがないととりあえず側に向かい歩き出す。
そうすると闇夜にぼやけた輪郭が露になり…
それどころか全身の装甲の隙間から生命の脈動とも言える輝きが増す。
それに従い遠目では確認できなかった特徴も露に成りその姿にシープは驚機を隠せない。
尾に在る切断翼は円を描き頭部の角も同じく円を形成している。
「広げる光の翼にも円は2枚づつ。合計12枚。それぞれが更なる光を生む。
事光学兵器とくれば多分この分野では最も器用なゾイドということになる。低い威力を、
数で補う小型高収束リングレーザーとか色々とね。まあそこらは自分で確かめてくれ。」
更に近付くにつれてキュウ〜キュウ〜と言う音が聞こえてくる。
嫌な予感と言うより何か既視感を感じてならない今の状況。
それを少し前のロウフェンのコマンドウルフだった事に気付くが遅かった。
「うわああああああああああああああああああ!?落ち着け!落ち着いて!
そんなにがっつかれても何も出ないからっ!」
流石に大型ゾイド対人間でのぶちかましこそ無かったが鼻先をこすり付けられて…
…痛い。
「全くもう!リュミエールってばあまえんぼさんですぬぇええええええええっ!!!」
「黙れ!馬鹿兄っ!」
デスティンは何とかクロスガードで妹の変速回し蹴りを受け流す。
しかし彼のリストガードにはシープのブーツの爪先部分と略同じ大きさのえぐれ傷。
「(足技の魔女は健在か…もう軽はずみでからかうのは止そう。アレは凶器だ。)」
リュミエールの方はキュウキュウ猫なで声ならぬ竜なで声?でシープにすりすり。
少しの間シープはフェ・デ・リュミエールから愛の篭もったスキンシップに突き合された。
ついでで巻き添えを喰った兄の方は…今度は泥濘にダイブしていたという。
「これは…工房か?」
「そのようですね。真逆過去の遺物とは聞いていましたがこれ程の規模の物が在るとは、
正直驚きです。」
ここはウルトラザウルスの腹部に当たる場所。
ラ・カンはロウフェンに手渡された地図を辿りここに行き着く事となったのだが、
一緒に同行したプロメ等もその技術の健在ぶりに目を丸くしている。
「ソラシティに在った物より遥かに優れています。確かにこれなら欲しがる者もでる。
材料さえ揃えばバイオゾイドでも通常のゾイドでも簡単に作れるでしょう…。
現行では在庫として余ったらしい鉱石や樹脂の類が残るのみですがね。」
「しかしブリッジですか?それもギルドラゴンと同じく巨大。
何もかも巨大なゾイドというのは何時見ても驚かされる…。」
ラ・カンの方もあまりに広大な内部に少々歩き疲れている始末。
その数時間も後には動く床が起動するのだがその頃には全員へばっていたという話。
多分ギンちゃん(ソウタ)が居なかったら全員内部で飢え死に。
そんな結末まで覚悟しなければならなかったと言う又聞きの話だ。
主要通路が俺の相棒で歩き回れる規模と言う時点で歩いていった方が悪いと思う…。
おっす!私はユーリ!幼馴染のアーくんと旅をしています!
「やけに張り切ってんなぁ。どうしたの? 。が!になってるけど」
そりゃテンションも上がるってもんですよぉ。なんといっても、今回のゾイドバトルの相手は、あの
「天空の守護神」オルディオスなんですから!幼年学校の頃読んだ絵本のことは、今でもそらで語れる
ほど、私の心に染み付いちゃってるんです。いや、私だけじゃなく、少女時代に通る、いわば登竜門!
絶滅種のはずのオルディオスとバトルできるなんて、いや、じかに見ることができるなんで、思っても
みなかった幸運ですよ!
おっと、そんなことを考えてる間に、青コーナーから対戦相手のオルディオスの入場です。どきどき!
対面のゲートが開いて、馬型のシルエットのゾイドが、蹄の音も高らかに、ゆっくりと入場してきま
した。白い胴体、細長く伸びた首、胴体両側から生える翼、額部分から伸びた角・・・
「あー、あれって名前忘れたけど東方大陸の山岳民族が使ってるシカ型だよな?耳の後ろに角を取った
跡が残ってるもンな。羽はフライシザースじゃね?ナイトワイズかな?あのサイズじゃ揚力もマグネッ
サーも足りンから飛ぶのは無理だな。あの角も、マグネイズスピアを半分に切っただけだろ。もうちょ
っとバランス考えて削るか何かしろよな。おまけにグレートバスターときたら、って、あれ、ユーリ、
どしたの?」
「アーくんごめん。もう解説しないで・・・」
ついでにコマンドウルフのセンサーは、私の気持ちに関わりなく、そのゾイドの胴体から発する独特
の高周波をキャッチしてます。ゾイドコアを高速で回転させてさらに高い出力を出すためのシステム、
本来のオルディオスには絶対についてないはずのグラビティユニットの稼動音を・・・
その時、
「お前達か、今回の俺の相手というのは」
「ををっ!その声は!」
マイクから流れてくる声は、私が子供の頃見ててハマった、今でもときおり再放送で見てる、あの
地球製アニメの主人公の、ちょっと舌足らずで若干ねっとりとした甘い声!もしや!
「だが俺は、アテナの名にかけて、負けるわけにはいかない」
そしてゆっくりとキャノピーを開けて出てきたパイロットは、
全身の要所々々を青みがかった銀色のプロテクターで包んだ戦士、その顔は妙に脂ぎっててらてらと
光り、腹部はメタボリックにぼってりとせり上がり、よくよく見れば喉についてるのはボイスチェンジ
ャー。
観客席からは大喝采。どうやらお馴染みのようですね。歓声というよりは嘲笑に近いですが。
「あああぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・」
何かが私の中で音を立てて崩壊していきます・・・
「何じゃこりゃあああぁぁぁぁぁあああああぁぁ!!!」
精神制御によって感情の抑揚を抑えられてる私ですが、許せるものと許せないものがあります!
「いやまてユーリ、とりあえず落ち着け、ちょっと時間をくれ、な?」
と言いながら、アーくんは無線を携帯電話モードにしてどこかに電話します。
「ハーイ、アレスちゃ〜ん、やっぱり電話してきたわね」
と、三秒コールで電話を取ったのは、今回のバトルを組んだマッチメーカー、キサラさんです。五十
近いオヤジのくせにどぎついメイクに紫色の髪におネエ言葉。あー、顔を思い出しただけで破壊衝動が
増してきました。
「おいキサラ!こりゃ一体どういう事だ」
「ごめんなさいねぇ。実は彼、この街のゾイドバトル組合長の息子なの。でも見ての通りのヲタクでし
ょおー、気持ち悪がって誰もバトルの相手をしてくれないのよ。でも私達もこの街で商売してる手前、
月に一人くらいは相手を用意してあげないと、たちまちホされちゃうのよね。まあアナタくらいのレベ
ルならその辺の事情は理解して、うまく立ち回ってくれるでしょうから、期待してるわよ。ああ、分か
ってると思うけど、そこの彼を負かしちゃうとロクな事にならないと思うから。じゃあ頑張ってね〜」
ツーツー
一方的に切りやがりましたね。
「アーくん、このバトル、私が仕切らせてもらいますからね!」
「まあいいけど。俺もこんな変態の相手したくないし」
ぷっちーん!投げやりなアーくんの態度に、何かが私の中で音を立てて切れました。
「おいてめー、その胴体から上に出てる汚いもンを俺に見せンじゃねーよ!包茎チ○ポかと思ったぜ!」
観客席が一瞬だけ静寂に包まれ、続いて起こる大爆笑。おっし!ウケてるウケてる。コマンドウルフ
のスピーカーから流れる声は、アーくんの声そのもの。私の声に、アーくんの声紋パターンと周波数を
イコライザーかけて流してますから、専門家でも絶対に見切れません。
「やっぱりやったか・・・まあ好きにしてくれ・・・」
アーくんは完全にあきらめモードです。
「おい聞こえてねえのかよ!餃子の食いすぎで耳まで餃子になっちまんたンじゃねーのか?あーくさい
くさい、何かクサイと思ったら、お前の息が臭かったのか。その臭い息を人前でたれ流してンじゃねー
よ、世間様に迷惑だろーが!」
観客は大爆笑。ますますヒートアップしてます。対して私達の目の前にいるメタボ坊やは顔色が赤く
なったり青くなったり、信号みたいに明滅させながら、とりあえずコクピットを閉めました。そして、
それと同時にバトルフィールドに鳴り響くバトル開始のサイレン。
「カウントダウンなし?運営委員もグルか!」
既にオルディオス?は突進を開始しています。
「ペガサス、流星拳!」
「うわっ、危なっ!」
辛うじて横に跳んで避けると、相手はバトルフィールドの壁ぎりぎりまで突進して方向転換し、また
もやこちらに突進してきます。
「流星拳!流星拳!流星拳!」
「うおっとっと」
単純な動きなので避けるのは難しくないのですが、翼が何らかのフィールドを発生しているらしく、
妙な光を放っています。このため、どうしても大きな避け方になってしまうのです。あー、ストレスが
たまる。
「流星拳!」
「ええいうっとおしい!」
何度目かの突進、既に分かりきったパターンで突進してくるそいつの横に軽くステップして、足をひ
っかけてやります。勢いのままに派手に転ぶと、ゴロゴロと転がっていきました。
数秒後に起き上がります。大きな破損箇所はないようですが、もうよれよれ。
「立っているのが精一杯のようだな」
「やるな・・・だが、俺は・・姉さんに会うまでは負けるわけにはいかないンだ!」
関節部からぶぉっと炎が噴き出します。比喩ではなくて本当の炎が。
「今こそ燃えろ!俺の小宇宙(コスモ)よ!」
関節部の炎は燃えさかり、それに呼応するかのようにグラビティホイールの駆動音がますます高まっ
ていきます。エネルギーチャージの一種でしょうが、普通はあんな炎は出ないはず。
「おおすげぇ。『燃える男のゾイド魂』Aキットか。いいなー」
ゾイドバトル用に発売されている特殊効果キット。値段は高いくせに使い捨てで、しかも性能向上に
は全く効果がないという見かけ倒し。いろんな意味でお目にかかれない代物です。
そして、エネルギーチャージが完了し、今度は装甲の隙間からまばゆい光を発して、甲高くいななく
オルディオス?
「『燃える男のゾイド魂』Cキットもつけてるのか。金持ちはうらやましいねぇ〜。俺も一回でいいから
使ってみたいな〜」
「アーくん、そんな無駄遣いは私が許しませンからね!」
「自分で買うわけねぇよ。誰かモニターでくれないかなぁ」
などと他愛もない内輪話をしているうちに、炎を噴出したままで先刻の数倍の勢いで突進してきまし
た。額にあやしく輝くマグネイズスピア!
「ペガサス!彗星拳!」
「それはペガサスじゃねえだろ!」
背中のカタナをぶうんと振ります。
ばっち〜〜ん!派手な音を立てて頭部にカタナがジャストミート!
「うわああぁぁぁ!!ユーリ!てめえ何しやがった!!」
「案ずるでない、ミネ打ちぢゃ」
「峰じゃねえだろ峰じゃ、完全に平で打ちやがったな!折れたらどうすんだ!Metal−Ziとはい
え日本刀の拵えは繊細なんだぞ!!」
「男のくせにちっちぇ〜な〜」
アーくんの文句が飛んできましたが、折れても曲がってもないんだからいいじゃないですか。
オルディオス?の方は虎の伝統工芸人形よろしく首だけがぐいんぐいんとローリングしてましたが、
ようやく止まりました。
「・・・ぶ・・・・」
「ぶ?」
「・・・ぶったな」
・・・嫌な予感。
「それがどうした!」
「親父にもぶたれたことないのに」
「それは違うキャラだろうが〜〜!!」
背中に飛び乗って翼に噛み付いて引きちぎり、飛び降りて喉笛に噛み付いて地面に引きずり倒し、
前脚で胴体をガシガシと踏みつけます。
「・・た・・・たすけ・・」
「ああ?何言ってンだ?聞こえねえなあ」
脚に噛み付いて引っ張ったら、踏みつけられたダメージがあったのか簡単に取れちゃいました。胴体
に頭を突っ込んで吹っ飛ばして壁に叩き付け、さらに前脚でガシガシ
(我ガ愛シキ小サキ娘ヨ。心ヲ平静ニハデキヌカ)
ウルフもフォローを入れてきましたが、こんな時に案外つまんないこと言いますね。
「うわははははは!死ねや!死ねや!死ねやあぁぁ!!」
(ヤレヤレ・・・)
コロシアムには私の(アーくんの声で)嘲笑だけが朗々と響き渡るのでした。
**********************
バトルは私達の反則負けになりました。コクピットへの直接攻撃および転倒後の過剰攻撃が理由です。
でも、ご希望通り負けてあげたのに、バトル組合の人はカンカンに怒ってました。その後に予定していた
バトルはキャンセルさせられ、おまけに翌日にはシティからの強制退去を命じられてしまいました。
翌朝の新聞のスポーツ欄には「ショッキングピンク、ご乱行」なんて書かれるし、さんざんです。
おまけにアーくんまで、カタナの扱いが乱暴だったと言って怒りまくりで「今月一杯はワックス禁止」
と言われてしまいました。
私は何にも悪いことしてないのに、ひどいと思いません?
二人の旅はまだまだ続きます。
こう言った状況であるのに関わらずラ・カン達は探索の手を緩めない。
在庫だったらしい素材が何かを調べ始めるとすぐに目が点になる。
「リーオがこれ程までに満載。それ以外でもかなり硬い鉱石がこれ程までに、
大した宝が周囲の海を常に回っていたとは誰も思いはしない…。」
「確かにそうですが私達ですら見落としていたものならばしょうがないでしょう。
しかし私達も知らない事が多すぎますね。
他のソラシティの存在も私達の間では伝説の様にしか語られていません。
実在していたこと自体が驚きの話です。」
プロメの言葉はラ・カンの脳裏に嘗て見せられた凄惨な争いを思い出させる。
しかしそれは理解力不足の絵でしかない。
所々に霞が掛かる微妙な脳内映像であるが阿鼻叫喚の坩堝に成ってるのは間違いない。
今のところ完全に無視されている現状に不安と同じぐらいの安堵。
指導者の顔は常にこう言う懸念材料の中で一喜一憂するのが仕事。
しかし口からでてきたのは乾いた笑い声だった。
そんな頃…
…甲板でお留守番を仰せつかったレ・ミィと俺の相棒を運んでいたザイリン。
「なんであんたなんかと一緒な訳?」
「しらん。」
「ま…まあまあ、落ち着いて?お茶でもどうぞ。」
「そうそう。ミィもザイリンも。美味しいよ。」
「ルージ!あんたは遠慮なさすぎっ!」
護衛(ザ・役立たず)の面々は、
甲板に仮説された本陣でカリンの出したお茶を啜っていたという。
通信機が故障したと言うわけでもなくウルトラ内部への通信は、
通信用コードが合ってないと遮断されるらしくギンちゃんからの連絡待ち。
「でも…なんでギンちゃんだけに仕事させているのかしら?叔父様は?」
「多分ミィだとこわ…。」
「乙女のビンタ!乙女のビンタ!」
最後までは言わせない…流石はキダ藩の女。
なのかどうかは知らないがとにかく丸焼き姫の言論統制は厳しい。
キダ藩特有なのだろうか?俺の家族もそうだった気もするがきっと小さな事だろう。
今回甲板護衛を勤めている戦力の殆どは有人バイオゾイド。
内訳は空襲を警戒した布陣となっておりバイオラプターグイを主力とし、
甲板施設防衛用に最終決戦の地に横たわって役目を終わらせられれず…
野晒しにされていたバイオケントロが二小隊(ディガルド基準)配備。
バイオトリケラも同じく二小隊。バイオメガラプトル四小隊。
それらが率いるバイオラプターが30機と言う大部隊。
レ・ミィとルージはともかくザイリンの方はこれ等を指揮する仕事がある。
しかも…中の人がジ・烏合の衆であるならば余計に心配である。
乗っている者の殆どが傭兵でもない素人ばかり。
それでも多分そう簡単に排除できない戦力だがそんな中に異質のゾイドが居る。
「ザイリン!替わってくれよ。もう交代の時間だぜ!」
「そうか。じゃあ交代だな。ハック。」
死神ハック。エレファンダー遊撃隊の隊長を務める剛の者。
偶々移動していたところをルージが誘うことで今回バイオゾイドに混じり布陣されている。
今回唯一統制の取れた部隊だけに並み居るバイオゾイドの中最も信頼されているという。
不思議な話もあったものだ…。
「全く自分達を見ているようで情けない節があるな…。きっと何か有れば?
まあ何もないと思うがな。一番攻めてくる心配がある所からは今のところ可能性はない。
でもよ、別のソラシティから来る飛行ゾイド相手じゃたいして持たないぜ。きっとな。」
「そうよね。一応エレファンダーは対空戦闘ができるけどバイオゾイドじゃ。
それにザイリンに付いて来ている人以外は役に立たないのは決まってるし。」
「ミィ!幾ら何でも失礼だよ。本当は別の所で仕事がある筈だったんだから…。」
「ルージの癖に生意気よっ!」
「まあまあ押さえて押さえて。こう言うときは…これを噛んでいると落ち着きますよ。」
カリンがポケットから何やら取り出し口論に決着がつかなそうな二人に差し出す。
「これはガームと呼ばれるものです。本当は伸ばさずガムと言うらしいのですが。」
「どうして伸ばすようになったんでしょうね?」
ルージが怪訝そうに聞くと、
「きっと耳の遠いお爺さんお婆さんに渡すときにこう言っていたからでしょうか?
海の波の音って結構大きいですから。」
「あ…ハックさんも良ければどうぞ。味が無くなったら紙に包んでゴミ箱に。」
「おっ?くれるのか?ありがとさん。」
ザイリンと入れ替わりでハックが団欒の輪?に入る。
因みに今度の交代はミィの番である。
そんなのどかなのか?緊張状態なのか?良く解らないウルトラの甲板の上…
それを遠くで見ているバイオゾイドが一機。
「全くザイリンの旦那も人使いが荒いことで…ま遠方監視は私に任せて下せえ。
このバイオスナイパー。多少の暗闇位じゃこいつの目は眩ませる事はできませんぜ。」
工場生産のバイオラプタータイプ。
その中で数千機に一機の割合で生まれる超規格外の固体を便宜上こう呼ぶ。
通常百機に一機の割合で生まれるものをバイオメガラプトルの素体としている。
この事を知る物もあまり居ない。だからこそこの固体の存在はまず知られていない。
ザイリン等の最上級仕官が独自に有能なゾイド乗りに与える事のできる特注品である。
「ふっ斥候ですかい?しかしそんな偽装じゃこいつの目は逃れられませんぜ。」
尾より放たれる一条の光。極限にまで絞られ3万度を越えるヘルファイヤー。
それが無人の小型ゾイドを焼失させる。
「これで二十機目ですかい。どれも違ったゾイド達…
一体あれはどれだけの相手に狙われているのか解りやせんねぇ…?」
この男の名はマサジロウ・ミカミ。その狙撃術に定評のある男だ。
ザイリンの抱える私兵では最強の部類に入るダンディでもある。
ルージは俺の相棒が傷を負いながらもずるずると這って進むのを見ている。
それを見て止せばいいのに付いていく情け大きな少年。
周りは何も気にしている事は無い。だからこそルージは心配なのだろう。
相棒の方はそれに気付いてはいるが気にする暇は無い。
気分的には一刻も早く寝床に収まり回復を速める。それだけで頭の中が一杯。
だが…寄り添うように付いてくる少年は?
あれ…?ルージ・ファミロン…?
その時相棒の脳裏には邪悪かつ成功すれば値千金の妙案を思いついた越後谷&悪代官の顔。
その後俺はその状況を伝え聞いたときに…
その手があった!とじたんだを踏んだ。そう覚えている。
冗談の様な最終手段が実在していたのだ。
「…斥候は全機バイオスナイパーに一掃されたか。」
「アレが相手では大型ゾイドですら危ないからな。」
モニターを覗くソラノヒト等は口々に興ざめした声を上げている。
「申し訳ございません。あのザイリン・ド・ザルツと言う男…勘が良すぎでして、
陽動の掛け方が不十分だったと思われます。」
召使らしき男が謝罪を述べる。
「もうよい。侮っていたのは儂等の方だ。
主が侮った相手を召使の手腕だけで何とかできるとは思わんよ。
だが次は確実にやらせてもらおう。ザバット部隊を出せ。
行動パターンはスーサイドクラッシュ。幾らつぎ込んでも構わん!
蒼天騎士団が落としきれなかった以上儂等の手駒で無傷の勝利は在りえん。」
「仰せつかりました。ご主人様。」
「来るな…マサが落とした斥候の数が多すぎる。
周囲に伝達!可能な限り警戒を解かず食事と休憩を取らせろ!
相手は上から来るぞ。マサ!其方の状況はどうだ?」
「こっちは取り込み中ですぜ!やっこさんはこんな場所に、
見たこともねえゾイドを落としていきやした。背を向ければ蜂の巣でさあ!」
バイオスナイパーが一撃必殺とするならば立ちはだかるゾイドは数で勝負。
正面にマサの知りうるありとあらゆるゾイド用銃器を背負った化け物。
その後ろにも二機。同じゾイドだが背負う箱は中を見せず…
その箱自と本体がミロード村周辺の植生と全く同じものが生えている。偽装伏兵だ。
「こいつ等二体は始めから伏せてあったのですかい?技巧が溢れてまさあね。」
進退窮まった状況にマサジロウは早々と死を覚悟する。
「ったく随分と高く買われてしまったものでさあ!掛かってきなせえ!
あっしの桜を散らすことができるか?勝負ですぜ!”たま”が惜しけりゃ退きなせえ!」
ミロード村周辺も長い夜はまだ明けない。何方に転んでも安眠はできなかったらしい…。
外の大陸からの来客は戦火しか齎さないのだろうか?はっきり言って別のものが欲しい。
「おいおいおい…こんなときに増援かよ!?俺はこんな話聞いていないぞ!」
「当たり前であろう!こっちだって知らぬわ!」
「「えっ?ちょっ!ちょっと待て!」」
俺とアモウの声がはもる!大変な事になった事だけは確実だ。
大体黒幕はこいつ等だと俺は思っていた。
俺だけでなくそいつ本人も自分が黒幕だと思っていた。
そんな事象の認識が行き違う先にあるものとすれば…?
「赤熊!塞に逃げ込むぞ!一刻の猶予もない!
お前も死にたくなければさっさと空に逃げ帰れっ!時間が無いっ!」
「了解よ〜ん!」
俺達はライトナイツナイトを無視して一目散に塞に逃げ込む。
だが…奴の方はと言うと…無駄に高速で落下してくるザバット共を迎撃している。
馬鹿な奴だ。俺はそう思う。
大体空三のザバット七。そんな割合で落ちてくるものにたかがゾイド一機。
どこまで購えるものか?さしものギルタイプだって無理が有る。
案の定爆薬満載のザバットの大量の体当たりにドラゴンアーマーは屈し翼がもげる。
あの高さからの落下ではパイロットは生きてはいないだろう…ゾイドは無事っぽいが。
何から何まで本当に残念な男だったようだ。
だがそれだけで終わるならまだ良かった…
俺達の目の前には自走式の爆雷が次々と投下されていき、進退が窮まってしまったようだ。
ー 強襲!甘えん坊極限生命体 終 ー
287 :
名無し獣@リアルに歩行:2007/09/06(木) 13:37:23 ID:7kZOF7gM
↑暇だな
なんで次スレが落ちてこのスレは落ちないんだ?
>>292 URLに書いてあるhobby鯖が古い9のままだな
今のゾイド板は11に移行されてるから、移行したときに持っていかれなかったんだろう
ここも使い切ってから次スレに移行すればよかったのに・・・
☆☆ 魔装竜外伝第十六話「花嫁が誘う(いざなう)地獄」 ☆☆
【前回まで】
不可解な理由でゾイドウォリアーへの道を閉ざされた少年、ギルガメス(ギル)。再起
の旅の途中、伝説の魔装竜ジェノブレイカーと一太刀交えたことが切っ掛けで、額に得体
の知れぬ「刻印」が浮かぶようになった。謎の美女エステルを加え、二人と一匹で旅を再
開する。
迷いが晴れぬギルガメス。ヒントを探すべく引き受けた過疎村での一日授業。たまたま
直面したゾイドの暴走はヘリック共和国の封印プログラムが原因だった。刻印の持ち主を
排斥するその仕掛けは既に少年達を包囲しつつあった…!
夢破れた少年がいた。
愛を亡くした魔女がいた。
友に飢えた竜がいた。
大事なものを取り戻すため、結集した彼らの名はチーム・ギルガメス!
【第一章】
全てを沈黙の朱色に染め上げる夕陽さえ、どうにもならぬものがあった。リズム感の著
しく欠如した爆音、炎上音。先程まで憤るように脈動していた鉄塊が、紅蓮の炎に包まれ、
徐々にその形を崩し虚無へと変貌を遂げていく無惨。
死せる敗北者に背を向けたまま、彼の地を去る竜もいた。桜花の翼を水平に広げ、前傾
姿勢で滑空。巨体が纏うその鎧が夕陽を浴びて発色する紅色の何と深きこと。背負いし鶏
冠六本を扇のごとく広げ先端より吐き出す蒼き炎は敗者への手向けにも見えたが、舵を取
る長い尻尾は後方へ伸ばせば伸ばす程、鉄塊に引き寄せられているようにも見えた。
この深紅の竜こそ我らが魔装竜ジェノブレイカー。優しき金属生命体ゾイドの一種は、
先程まで死闘を繰り広げた強敵(ライガーゼロフェニックスと呼ぶらしい、獅子の背中に
翼の生えた奇妙なゾイドだ)が上げる断末魔が聞こえぬところまで逃れようと、急ぎ翼を
羽ばたく。彼方では地響きがした。強敵の名前の由来ともなった巨大な翼が落下したのだ。
あのゾイド特有の奇怪な四つ目は熱したガラスのように砕け、内部より黒煙を吹き上げて
いる。
深紅の竜はちらり、己が胸元に視線を投げかけた。胸元を覆う鋼鉄の箱。内部に何が入
っているのか百も承知だ。竜の大事な若き主人。共に痛みを分かち合ってくれる者を、竜
は気遣わずにはおれない。
箱に蓋するハッチの奥は手洗いよりも十分に広い。その上四方・天井・床下にまで描か
れる映像。竜の視界に飛び込んだものが映し出されているらしい。しかしそれは、竜の背
後で繰り広げられる惨劇も映し出すことに他ならない。
この全方位スクリーンの中央で、少年は座席についたまま独り項垂れていた。拘束具で
固定された上半身は積極的に彼の絶望を拒絶するが、黒のボサ髪は汗で濡れそぼり、稲穂
のように垂れて彼の素顔を隠す。それでも額に宿りし刻印は、その青白き輝きで覆い被さ
る闇を散らそうと懸命だ。ギルガメスは右手でTシャツの裾を掴むと頬の、額の汗を拭っ
た。先程の激闘で白かったTシャツも汗と流血で染まっており、それが顔にも移り滲んで
いく。替えのタオルなど座席の下部ポケットに幾らでも入っていた。しかしそれを全く使
わぬ辺り、如何に彼の動揺が大きいかわかるというもの。
「いつから…」
声が、肩が震える。壁より伸びるレバーをすがるように握る左手。自らに差し向けられ
た刺客の正体は余りにもおぞましく、そして儚い代物であった。
「いつから、気付いていたんですか!?」
今や荼毘に伏されようとしている強敵の頭部コクピット内に、よもや人の胎児らしき代
物が水槽に浸かり鎮座しているとは想像できる筈もなかった。ましてや少年同様、ゾイド
を操縦していたとは…(前話「見えざる包囲網」参照)。しかも胎児は悪辣な犯罪者のよ
うに喋り、禍々しき己が身を少年に晒してみせたのである。底知れぬ闇はその色だけで少
年の心を深く傷付けるに足りた。
しかし返ってきた女声の澄んだ響きは、彼の心の深手が滲みる程に冷たい。
「戦ってる間に、透視したわ」
気色ばんだ少年。すっくと首をもたげる。
「気付いたのなら、どうして止めてくれなかったんですか!」
女声の主は、竜の両手で掴む年代物のビークルに着席していた。やはり少年同様、拘束
具で固定された上半身。表向きは平静を装うためか長い両腕で腕組みし頬杖している。そ
れでも色白の頬や額、肩にも届かぬ黒の短髪にはうっすら汗が光る辺り、先程まで繰り広
げられた激闘の様子が伺えた。
彼女…エステルは被ったゴーグルの鼻止めを少々押し上げる。面長で端正な顔立ちは無
表情。なれど額には刻印の輝きが止まず、きっとゴーグルの下でも本人が気にする程、蒼
き瞳を爛々と輝かせているに違いない。古代ゾイド人の超能力による「透視」はこの厳し
い眼差しによって実行されたのだ。
「…助けたところで、命を救えるわけないでしょう?
医者でも呼ぶの? 胎児を水槽に保存してくれとでも?」
女教師の反撃は手厳しい。現実問題として、まだ赤ん坊の形にさえなっていない肉塊を
どうすれば救済できるのか。刺客に敢えて止めを指さないのとは意味が違う。言葉が詰ま
る少年をコントロールパネル上のモニターで見つめつつ、彼女が振るう舌鋒。
「いいこと? 貴方の命はとっくの昔に貴方一人だけのものではなくなってるの。
最善を尽くすために厳しい判断をすることだってあるわ。覚えておいて欲しいわね」
不意に少年の胸元がくすぐったく感じられた。深紅の竜がその長い鼻先で自らの胸部を
擦ったのだ。少年が額に刻印を浮かべ、このコクピット内に着席する限り、彼はこの優し
き相棒とシンクロ(同調)する。共有した感覚は時に少年の五体を深く傷付けるが、今の
ように相棒の労りを直に伝えることもできる。
胸をさする少年。愛撫の実感こそ、少年が他の命を抱え込んだ証。女教師の言葉を良い
タイミングで裏付けされて、少年は唇を噛み締めた。只…抱え込んだ命はもう一つある筈
なのだ。全方位スクリーンの下方に映る竜の掌、そして掴んだビークル。着席している女
性がどれほど気丈に背筋を正そうとも、無理に怒らせるなで肩だけは隠せない。少年は未
だ、彼女の肩さえ抱くに足りないのだ。
前方を向き直した深紅の竜。渾身の蹴り込みで土が爆ぜる。大事な者達が落ち着いてく
れれば後はこの場を去るだけだ。
二人と一匹がキャンプに到着した時には夕陽も完全に沈み、その日の役割を終えていた。
死闘…それも刺客との決闘を終えた直後は慌ただしい。刺客を振り切った程度ならば、
そもそもキャンプに帰るのさえ危険だ。夜が明けるまで山なり河原なり、安全なところに
潜伏するより他ないだろう。その上でゾイドウォリアー・ギルドより借りたキャンプ道具
を回収することになるが、待ち伏せの危険もあり決して油断は出来ない。それにキャンプ
道具を軒並み破壊されることもあり得る。今や強豪チームの仲間入りを果たしつつある彼
らだが、弁償金を毎回のように支払っていたら家計の逼迫は愚かチームの信用が失墜する
危険だってあると言えよう(そこまで想像を巡らせながら本編を読み直せば一層楽しんで
頂けるのではないか)。
今日のように蹴散らせればひとまずは安心だ。急ぎキャンプまで戻り、さっさと済ませ
るべきを済ます。
深紅の竜はふわり、格好な丘の上に着地。辺りの半分をテント二つ、仮設トイレや簡易
キッチン、薬莢風呂やら資材の数々が占拠する。竜は翼を柔らかく羽ばたきながら、広場
の残るもう半分にゆっくり舞い降りた。
ビークルをそっと地面に置く。女教師が軽快な足取りで降りるのを見ながら腹這い、尻
尾は折り畳むが胸と首はピンと張る待機の姿勢。早速胸部を覆うハッチが開いて坂道を作
った。駆け降りてきた少年の左手には布袋がゾイドチェスの駒を混ぜるような音を立てる。
真下に現れた若き主人の姿を目にし、竜は悪戯っぽく鼻先を近付けてきた。難しい顔を
していた少年は、いつもと変わらぬ相棒の振る舞いに呆れつつも胸を撫で下ろすことがで
きたのである。それは降車後まずは電気ランタンの明りが無事に灯るのを確認後、振り向
きざまに薬莢風呂へと向かっていった女教師も同様のこと。湯を湧かしに掛かりながら横
目でちらり、様子を伺うと自然に口元が弛む。
「ほらブレイカー、大人しくしないと油、あげないよ?」
若き主人にそう言われ、竜は改めて畏まると甲高く一声嘶く。相棒は激闘を終えて尚甘
えん坊で、そうした行為はどれも少年に日常への帰還を促すものだった。少年はもったい
付けることなく右手で布袋の中身を引っ張り出す。マグライトのような筒がその手に握ら
れているのを見て、竜はピィピィ鳴きながら首を傾けてきた。少年が握るのは油の入った
カートリッジ。ゾイドにとって油は人の血液、水分に相当する。ゾイドたる深紅の竜も早
く渇きを潤したいのだ。
首を守る鎧と鎧の隙間に掌を当てる少年。激闘そして逃走の疲れからか鋼の皮膚が篭る
ように熱いが、我慢するのは主人の務め。ここを撫でさすると毛が抜けるように出てきた
カートリッジは、紙コップ並みに軽い。そこに油の詰まったずっしり重いカートリッジを
突っ込んでやれば、呑み込むように吸い込まれる。かくて凝りをほぐすように首を左右に
伸ばす竜。気持ち良さそうに呻く様子からは威厳など微塵も感じられない。少年は竜をも
っと癒すべく周囲を巡る。腹、肩、肘、足の付け根、膝、尻尾、そして翼の付け根…。そ
れだけでざっと二、三十分程も掛かるのだから、巨大なゾイドの主人になるのも大変だ。
それだけの時間が掛かるのだから、女教師が予め水を張った薬莢風呂(対ゾイド用の実
弾はしばしば規格外のサイズが作られる。放置された薬莢を流用するからこう呼ばれるの
だ)に火を掛け、その合間に二人分の食事を作るだけの余裕は十分にあった。テント内に
身を隠す時間は数分もないが、再び現れた時には背広を脱ぎ、ネクタイそしてサングラス
を外して腕まくりの臨戦体勢。家事は彼女の大事な仕事。少年には林檎の皮剥きでさえや
らせない徹底ぶりだ(彼女は常々「ゾイド乗りたる者、手を大事になさい」と言う)。
バゲットの香ばしい匂いが流れてきた。あれだけ理不尽な出来事があっても胃袋は正直
なもので、少年は悶える腹を抑えつつちらり、女教師の奮闘を伺う。着々とテーブルに出
来上がる今晩の食事を見た時、彼は気付いた。盛り付けられるプラスチックの大皿・小皿。
…数が、少ない。テーブルの余白が目立つ程に。
「油は注(さ)し終わったー?」
気さくな口調は女教師と言うよりは隣家に住む妙齢の女性のような。先程までの厳しい
口調は何だったのか。万華鏡のような彼女の機嫌に面喰らうのはいつものことではあるが。
「あ、はい。もうすぐ終わります」
「夕食、できたわ。風呂も湧いてるから、上がったら教えてね。
ちょっと…横になってるから」
そう言うと彼女は両腕で背伸びしつつ、そそくさとテントの方へと向かっていく。一番
風呂は絶対に少年に譲るのも彼女のこだわり。
テントの前で革靴(実際は安全靴だ)を脱ぎ捨て、入り込む。どさっ、と倒れ込むよう
な音がした。すぐその後に白い右手だけが出てきて転がった革靴を直すのは御愛嬌。
少年は呆気に取られた。それは深紅の竜も同じことで、主従は間抜けな表情を横並びに
揃えた。
テーブルの中央に置かれた電気ランタン。それを中心にバゲットとスープ、サラダや炒
めものが並ぶ、簡素ながら短時間で作った夕食にしては上等。激闘の直後でもそれ位の準
備はするのが女教師エステルだ。
イブへの祈りもそこそこに済ませ、湯上がりの二人はバゲットをちぎり、スープをすす
った。少年はいつも通りの白のTシャツ、膝下までの半ズボンにパーカーを羽織る。女教
師も紺のジャージを着込み、乾かぬ頭髪はタオルで覆うというらしからぬ気楽な出立ち。
それでも握ったスプーンには自分の蒼過ぎる眼光が映ることがあるため、その時だけは少
々渋い顔をして視線を反らす。
黙々と食事が続くのは必然と言えたが、一般的な家庭なら自然に成り立つこの無言の均
衡は思いのほかあっさり破られた。
バゲットを皿に置いた少年。女教師の視線は一瞬、バゲットではなく愛弟子の唇へと向
いたが、すぐに目前の皿へと流れる。
「え、エステル先生…」
女教師は答えない。代わりに傍らで猫のようにうずくまっていた深紅の竜が首を傾ける。
「その…剣を、教えて頂けませんか?」
初めて彼女の口が、指が止まった。頬に残った残りを噛み砕き、飲み込み。
「どうして?」
「もっと、強くなりたい。そのためのヒントが欲しいんです。
魔装剣の極意を教えてくれた時のように(※第六話参照)、僕に一から剣を教えて下さい!
強くなれば、昼のような敵にも…」
「パス」
遮るように言い放つ。その一言が余りにも凛としていたためか、少年は息を呑み、深紅
の竜は首を持ち上げ二人のやり取りを見つめる。小さな主人は血相変えて半立ちになった。
「ぱ、パスって…!?」
次の頬張りを飲み込んでから、言葉を続ける女教師の余裕綽々。
「貴方は強敵が現れたから強くなりたいと。こう言いたいわけでしょう。
…馬鹿なことを言ってるんじゃあないわよ。強敵が現れなかったら、強くならなくても
良かったわけ?」
「そ、そんなこと言ってなんか…!」
「言ってるわよ。怖じ気付いての言葉だもの。
強敵を恐れるより前に、大事なものを思い浮かべなさい。
それができないと貴方…潰れるわよ?」
女教師のひと睨み。凍える眼差しに少年の瞳が、心臓が射抜かれた時、彼は強固な反発
の意志を持ち合わせていた筈だ。失速を余儀無くされたのは、蒼き瞳の奥底を見つめてし
まったから。電気ランタンの弱い輝きを借りてさえ、艶やかに乱反射する微かな潤み。気
付いているのかいないのか、彼女の真意は定かではない。だが一触即発に違いはあるまい。
凍り付いた二人の時間は、深紅の竜が溶かした。少年の頭上を暗くし、甘く鳴きながら
鼻先を近付けてくる。虚を突かれた少年。ともかく自分の身体以上もあるそれに頬を擦り
付けて応えてやる。
竜と少年の触れ合いを間近で見せつけられ、さしもの女教師も呆れ混じりの微笑みを浮
かべざるを得ない。
「…剣は、明日から教えてあげるわ」
くるり、振り向いた少年。晴れ渡る心がそのまま表情に出た。
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。…缶ビール、取ってきて」
言いながら、女教師が渡したのはカードキー。簡易キッチンの脇に据え付けられた小さ
な冷蔵庫の鍵だ。
妙な切り返しに首を捻りつつも、冷蔵庫から缶ビールを取ってきた少年。テーブル越し
に手渡し、着席しようとした時少年は思わず声を上げた。
「あーっ!? 僕の蒸留水!」
樹脂製の少年のコップを掴むや、瞬く間に呑み込んでいく美女。少年が悲鳴を上げたの
は無理もない。ワインより飲料水の方が高価なのが惑星Ziだ。しかし本当に問題なのは
この後で、プルトップを引き抜いた彼女は勢い良く少年のコップにビールを注ぎ始めた。
「これでも呑んで、今日はもう寝なさい。ブレイカーのことをよく思い浮かべながらね」
泡が溢れる寸前でピタリと止めた。きっと酒飲みなら舌鼓を打つに違いないが、目前の
少年は面喰らうばかり。一方この初心な未成年に飲酒を勧めた美女は、目を白黒させる少
年のことなどまるっきり意に介さず、半分程残った缶ビールに口をつけている。
試されているのかと訝しんだ少年は、だから意を決した。コップを口元に寄せ、一気に
傾ける。ちらり、伏し目を上げた女教師の蒼き瞳がやや丸くなった。
飲み干すまでは二十秒もいらなかった。続く少年の溜め息は実に深い。初めて口にした
味は余りにも苦く、舌が痺れそう。それでも強がってどうだ、見たかと目前の美女を見遣
るが、それも束の間。すぐに脳裏が、視界がぼんやりとしてきた。何度も、瞬き。何度も、
何度も。
口元を長い指で押さえる女教師。らしからぬ茶目っ気が溢れるのを抑えつつ。
「何もゾイドばかりが強敵じゃあないわよ。ふふ…」
(こんなことなら拒否すれば良かった…)
そういう考えに至った時、少年は女教師の考えを少し理解できる気がした。挑発に釣ら
れるのと強敵を恐れるのと、どれほどの違いがあるのか。…思い知らされた自分の弱さは
幸い、目前の女性が滅多に見せぬ悪戯っぽい笑顔を浮かべたのを目の当たりにして幾分緩
和された。大事なものは、そこにいてくれている。
もし惑星Ziを旅する間にゾイドの死骸を見掛けたとしよう。その周囲に得体の知れぬ
者がうろついていたら決して目を合わせてはならない。気付かぬ振りして立ち去るのが賢
明だ。
この日の晩も、激闘の跡をうろつく者がいた。纏う功夫服の白さが暗がりには薄気味悪
い。その上、隈取りの紋様を描いた張りぼてのお面やら無造作に長い黒髪やらと来れば、
辺りに古の戦士の亡霊が彷徨うように錯覚しかねない。
この者が亡霊とは少なくとも別の人種であることは、チーム・ギルガメスに敗れた獅子
の死骸に何やらのみでも打ちつけていることからすぐに判明した。如何に炎上し黒焦げに
なったとて、所詮は金属生命体ゾイドの巨体。打ちつければ時を刻む鐘のような音が暗闇
に谺する。やがて地に落ちた欠片をこの者は前屈みになって吟味し、適当な大きさのもの
を拾い上げた。裾からビニール袋を取り出し包み込むと丁寧に畳み、下の裾に隠そうとし
たその時。
「私が本隊に送り届けましょう」
功夫服が振り向いたその足下に、跪く黒影。
「かたじけない、礼を言うぞ」
しまいかけた袋を渡す。男声の即答がそれ相応の信頼関係を伺わせた。
功夫服はおもむろに、被っていた張りぼての面を外した。精悍な顔立ちに刻まれた幾重
もの皺、そして眉間の刀傷。目前の黒影が同志とわかっているならば、この拳聖パイロン
も自らの素顔を隠す必要はない。曇天の夜は特徴的な彼の容貌を大地に晒すのを拒んだが、
彼らの眼力ならば十分だ。
パイロンの地道な努力こそ、水の軍団の実力を支える行為の一つだ。彼の採集した欠片
は水の軍団・本隊の手によって入念に調査され、記録される。彼ら…いや、惑星Ziの平
和に仇為す者達の出自を調べ上げ、後の作戦に役立てるわけだ。事実、我らが魔装竜ジェ
ノブレイカーも初戦で大方の正体を分析された結果、窮地に陥った(第二話参照)。ゾイ
ドの死骸(いや、死骸でなくとも)には彼らがいつ群がり標本採集しているかも知れない。
「…面子は揃ったか?」
パイロンの呟きに黒影はさっと右手を掲げる。
途端に、その背後で万華鏡が瞬いた。赤や青、黄や橙。様々な輝きが互いの纏う鋼鉄の
鎧を照らす。雄叫びを上げたくてうずうずしているようだが唸り声さえ上げず、息遣いの
みで我慢するのがよく訓練されたゾイド、そして戦士達の証。
「この戦闘でチーム・ギルガメスも『B計画』も討ち果たせるとあらば、応じない者など
おりません」
黒影の言葉に、功夫服の男は満面の笑みを浮かべた。余りにも屈託のない笑顔。殺戮の
果てに平和が訪れると信じたそれは狂気と言い換えて良い。
「その通りだな。さて諸君。状況は…見ての通りだ。
チーム・ギルガメスはドクター・ビヨー配下のライガーゼロフェニックスをも屠った。
各地で暗躍し、かの銃神ブロンコさえ敗れたあのゾイドをだ」
功夫服の男は親指で背後を指す。それでも万華鏡の瞬きはざわめきさえもしないのだか
ら不気味だ。
「こいつが連中にとっても楔(くさび)となる筈だ。
ギルガメスがビヨーの切り札さえも倒したのであれば、彼奴はギルガメスを『B』と接
触させるに妥当と考えるに違いない。ごく短期間の内に、彼奴らはギルガメスへの接近を
試みるだろう。
そこで諸君らの出番だ。チーム・ギルガメスを倒し、返す刀で現れたビヨーと『B』を
倒す。最悪でも手傷を負わせ、目印をつける。
この絶好の機会、逃してはならない。必ずや勝利するのだ。
惑星Ziの、平和のために!」
途端に万華鏡が雄叫びを上げた。暗闇に落ちた霹靂は空気を震わせ、荒野の向こうでこ
そこそと這いずり回る野生の小型ゾイドがことごとく縮み上がった。
(第一章ここまで)
【第二章】
再び何度目かの、朝を迎えた。その内何日晴れたか、雨が降ったかなどということは流
石に覚えていない。だが少なくとも師弟と竜の体力を多少なりとも回復させるだけの余裕
はあった。…できればこのまま追撃を諦めて欲しいところだが、それが叶わぬ夢であるこ
とも又事実だ。
「ほら、ギル。ボオッとしないで…」
我に返った少年は頭を掻いた。今朝もいつも通り、純白のTシャツに膝下までの半ズボ
ン。工夫の必要がないこの服装こそ、臨戦体勢を暗黙で語るもの。但し一つだけ違うのは、
彼の両腕には革の鞘に収められたナイフが握られていること。ズシリと重く、少年の腕程
もあるゾイド猟用のナイフは、かつて深紅の竜が少年の器量を試し、又ある時は少年に特
訓を促し、又ある時は少年の危機を救ったもの。
「す、すみません…」
叱った女教師も、口調とは裏腹に思いのほか穏やかな表情だ。こちらも練習用の紺のジ
ャージを纏う凡そお洒落とは無縁な姿。自身も身体を動かす準備は万端のようで、右のポ
ケットにはタオルが見えるし、腰には水筒も括りつけられている。勿論、彼女ならば無粋
な服装もマネキンがショーケースから抜け出したように華麗に着こなしてしまうのだから
大したものだ。背筋を伸ばし、すたすたと歩き近付くだけで辺りが気品に満ち溢れる。
「剣を握るのもレバーを握るのも基本は同じよ。雑巾を絞るように…」
女教師が少年の背後に立つと、彼の力んだ肩口から覆い被さる。何のことはない練習光
景だが、少年の耳元から又細かな指示を受ける度、背中に肩に、柔らかい感触が伝わって
くる。…しかしいつもと違っていたものがあり、それは彼女の視界に入りようがなかった。
少年の眼差しが見る間に険しくなっていく。円らな瞳のその奥に、映り込んだ見えない
敵の何と大きなこと。影のようなそれは如何なる魔物か、機械獣か。
女教師の両腕を自らの甲に添えられたまま、少年はジリジリとナイフを天高く振り上げ
る。最上段の構えを静止させる数秒間はやけに長く感じられた。踏み込み。振り降ろし。
一閃、見えない敵を叩き斬る。風切るような吐息は見事なまでにお揃い。
そのままの姿勢で静止する二人。一秒、二秒…。やがて見えない敵が再び現れたかのよ
うに、師弟は構え直した。感じる大きさにどれほどの隔たりがあるかわからないまま。
少年は堪え切れず、呼吸を整えた。気疲れが、ゆっくり肩を上下に揺らす。…女教師は
しばし、抱え込んだ彼の頭頂部を薮睨み。少年の表情などこの体勢では見える筈もないが、
彼女が何処かで積んだ経験は察知の障壁たり得ない。但し、対処の仕方には彼女なりの流
儀がある。
女教師は少年の背からそっと離れた。いつものように腕を組み、右手を頬に添える。少
年はナイフを握ったまま両腕を降ろした。彼女は少年の外周を回り見るように正面に立ち。
「それじゃあ今日も素振り百回…」
少年は首を傾げた。感情がいとも簡単に表情に浮かぶのが女教師にはおかしい。
「不満?」
「不満と言うか…少ないと思います。
ブレイカーの操縦だったら、翼の薙ぎ払いだけで日に千回とかいつもやってるのに…」
女教師は苦笑が止まらない。少年はいささかムッとしたが。
「貴方、剣の方は初心者でしょう? いくら波の飛沫を斬ったとしても(※第六話参照)、
それ以上のことは教わっていないんだからね。実力相応よ。
楽勝だと思うならやってみせなさい」
少年は不貞腐れたまま、しかし彼女の言い分には無言で応えるより他なかった。精一杯
の反抗を女教師は一歩後退して見守る。
肩が強張っている。虚空を斬っているのに感じる筈のない手応えを求めているようだ。
「止め」
彼女の一声でピタリと挙動を止めるのは大したもの。
「もっと肩を楽になさい。
見えない敵を斬ろうなんて…考えたら駄目よ?」
息を呑んだ少年。彼女の一言が余程図星だったようだ。構えを解き、俯いたのは眼力で
敗れるのを恐れたのか。只、今までなら心を見透かされた彼は、いささかヒステリックな
反応をしたかも知れない。今日の彼は俯いたまま微笑んだ。それも不自然に乾いた微笑み。
「流石にそれ位は、お見通しか…。エステル先生」
「なあに?」
女教師は返事に応じ、小首を傾げた。少年は依然、視線を合わせようとはしない。
「僕にも少し、見通せたことがある。
…あの赤ん坊、見てて怖くなかったですか?」
切れ長の蒼き瞳を見開いたのが、質問を余り想定していなかった証だ。それでも見た限
りは平静を装い、彼女は呟く。
「怖かったわ。薄気味悪くて、正視に耐えなかった…」
「本当に?」
持ち上がった顎、溢れた円らな瞳。猜疑心と、微かな期待が瞳孔を小さく絞り込ませて
いる。可愛いけれど触れたら噛み付きかねない小動物のような眼差しに、女教師は溜め息
を漏らした。
「何か、言いたいことがあるのね? いいわ、話して頂戴」
「ああいうの、今までにも見たことがあるんじゃあないんですか?」
二人の間を静寂の帳が降りる。遠くで深紅の竜が寝息を立てていない限り、静けさで息
が詰まってしまうかもしれない。
静寂を、女教師は苦笑で解きほぐしたかったが。
「馬鹿なこと、言わないでよ…」
「馬鹿じゃあない!」
それを決して許さぬ愛弟子が詰め寄ってきた。
「本当に知らなかったら、あの赤ん坊が乗ってたライガーゼロ、僕らが倒したところで
『逃げろ』って言った筈だ。
先生は僕に厳しいけれど、一か八かの時は僕のことさえ守れれば良いって、いつも考え
てる。そのために今まであれだけ無茶なことをしてきた女性(ひと)が、あんな得体の知
れない赤ん坊が乗っていることを承知したのは『見る分には安全だ、自分の出る幕じゃあ
ない』と判断したからじゃあないですか?
何も知らなければ、きっとそこまで判断できないですよね?」
女教師と比べて頭一つも低い少年の見上げる眼差しは、怒りの炎と願いの輝きで入り交
じっていた。これだけ言えば、目前の背の高い女性が誠実な答えをきっと出してくれる、
出して欲しいと、そう願っている。
(嫌われる程、厳しく接したつもりだけど…。
この子には些細なことになっちゃったのかしらね)
女教師は溜め息を漏らさずにはおれない。
「多少は、ね。でも今は…少しだけ、時間を頂戴」
少年の表情は、見る間に落胆の色を濃くしていく。
「どうして、今話してくれないんですか…」
右手には鞘に収まったナイフを携えたまま、肩が、拳が震え始める。女教師はそれが見
るに耐えなかった。腹立たしさだけではないとわかっていたから。だから彼女は愛弟子の
両肩を掴んだ。彼が再び項垂れるのは阻止された。
円らな瞳の奥を、面長の端正な顔立ちが占拠する。丁寧に作り込まれた彫刻のような女
教師の容貌なれど、唇の歪みだけは創造主の本意とは外れた。人は完全なものより不完全
なものに心惹かれると言うが、今の少年は確かに彼女の唇からどんな言葉が零れるのか待
ち望んでいた。
「女の刺客が現れた時は、逃げて。どんなことがあっても…」
女教師の返事を、少年は聞けて嬉しかった。だが、その短い言葉は余りに突拍子もない。
「女の、刺客…ですか?」
「そいつが出てこないのなら、見えない敵は大したことはない。
水の軍団以外、忘れちゃっても大丈夫。
出てきたのならとにかく逃げて。逃げ切れてから知ってることを話すわ」
さっぱり意味がわからず、少年は目を白黒させるままだ。
さて我らが深紅の竜は、師弟のやり取りなどどこ吹く風。民家二軒分程もある巨体を犬
猫のように丸め、気持ち良く熟睡していた(一応の警戒はしているようだ。でなければ真
横に倒れ、四肢を投げ出して寝る筈である)。長い尻尾は首の辺りまで伸ばして枕代わり、
桜花の翼は丁寧に折り畳んで布団代わり。
このゾイドは夜行性だ。昇る朝日にあくびして、愛する人達の朝仕度を子守唄に昼まで
寝入るのが理想的な生活サイクル。師弟もそれは承知しており、試合や移動は必ず午後に
なってから行なうことにしている。…だから強烈な悪意は、しばしばこの生活サイクルを
乱そうとする。
突如、首をもたげた深紅の竜。そして今更驚くまでもないが、女教師が愛弟子から視線
を外して竜と同じ方角を睨んだのも又同時だ。
竜と女教師は顔を見合わせ頷き合った。肩を掴まれたままの少年は頭上でどんな会話が
なされたか知る由もないが、流石に想像はついた。
モニターには小高い丘が映っていた。ふもとより遠く離れたその位置からは、深紅の竜
がうごめくさまも良く見える。
「陽動に注意せよ。目標は先手を取っての分断だからな」
「了解」
「了解」
「了解」
「『惑星Ziの、平和のために!』」
光の飛礫が一斉に、丘の頂上まで駆け上がっていく。たちまち咲き乱れる爆炎の華。そ
の隙間を縫って、赤い影が抜けていく。追随する飛礫、そして爆炎。
荒れ果てた地表には土砂の蕾が開花した。鬼百合のように長い花弁。…その中央でしゃ
がみ込んでいた深紅の竜。腹這うように低く。桜花の翼は左右一杯に広げ。尻尾は着地時
に地に打ちつけた反動で軽く反り返った。後肢は完全に折り畳まれた膝をすぐさま持ち上
げるが、前肢は…腕は右でのみ巨体を支える。何故なら左腕には女教師の駆る年代物のビ
ークルを抱えていたからだ。
肝心の乗り手は紺のジャージを着たまま拘束具で上半身を固定していた。衝撃で彼女自
身もハンドルに掴まりその身を縮こませるように身構えていたが、復帰するのも早い。
「ギル、ギル、聞こえて?
このまま東へ、突っ走るのよ!」
「そうは、させん」