古代朝鮮半島三国史

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1世界@名無史さん
新羅百済高句麗の三国が鼎立していた時代を中心に古代朝鮮半島の情勢について語りましょう
新羅統一まで
2世界@名無史さん:2013/09/05(木) 12:30:44.59 O
興味あります知りたいです。朝鮮半島には3つの国があったんですか?
3世界@名無史さん:2013/09/05(木) 12:40:26.37 0
>>2
辰韓(のちの新羅) 馬韓(のちの百済) 弁韓(伽耶といわれるところ)

または

新羅(シルラ) 百済(ペクチェ) 高句麗(コグリョ)
4世界@名無史さん:2013/09/05(木) 13:27:05.90 0
金庾信(キム・ユシン)vs階伯(ケベク)vs淵蓋蘇文(ヨンゲソムン)
5世界@名無史さん:2013/09/05(木) 13:39:05.92 0
味鄒尼師今(タレイサグム)vs近肖古王(クンチョゴワン)vs広開土太王(クァンゲトテワン)
6世界@名無史さん:2013/09/05(木) 14:03:28.16 O
>>3
ありがとうございます♪

今、放送されている韓国時代劇は、コリョ?
7世界@名無史さん:2013/09/05(木) 14:07:10.90 O
コリョは国名じゃないですね、すみません。
8世界@名無史さん:2013/09/05(木) 14:29:13.35 0
高麗(コリョ)

コリアの語源
9世界@名無史さん:2013/09/05(木) 14:32:49.44 0
>>6
このスレに関係するものでは

朱蒙 (高句麗)
善徳女王 (新羅)
階伯(百済)
広開土太王(高句麗)
鉄の王キムスロ(金官伽耶(弁韓))
百済の王 近肖古王(百済)

こんなとことかな?
他にあれば教えてください
10世界@名無史さん:2013/09/05(木) 14:39:33.74 0
>>9
風の国(高句麗)
幻の王女 チャミョンゴ(高句麗)
ヨンゲソムン(高句麗)
大祚榮(渤海)
薯童謡(百済)
11世界@名無史さん:2013/09/05(木) 14:43:02.20 0
>>9
大王の夢(新羅)
12世界@名無史さん:2013/09/05(木) 16:02:27.10 0
ヨン様の太王四神記もそうかな?

ところで新羅の王様の称号「尼師今」って何て読むのですか?
13世界@名無史さん:2013/09/05(木) 16:03:47.47 O
>>8>>9
ありがとうございます♪コリョは3国が、1つになってからの国名ですか?
14世界@名無史さん:2013/09/05(木) 16:06:33.96 0
高句麗人と新羅人は通訳なしで会話できたのか
15世界@名無史さん:2013/09/05(木) 16:08:11.03 0
高句麗人と鮮卑族は通訳なしで会話できたのか
16世界@名無史さん:2013/09/05(木) 16:09:21.38 0
高句麗人と靺鞨族は通訳なしで会話できたのか
17世界@名無史さん:2013/09/05(木) 16:10:35.24 0
高句麗人と契丹族は通訳なしで会話できたのか
18世界@名無史さん:2013/09/05(木) 16:14:00.37 0
高句麗人と倭人は通訳なしで会話できたのか
19世界@名無史さん:2013/09/05(木) 16:26:25.05 0
>>13
>>13
>ありがとうございます♪コリョは3国が、1つになってからの国名ですか?

違う違う
新羅が百済と高句麗を滅ぼして朝鮮半島を統一するんだよ
その後高句麗の遺民と靺鞨という民族が渤海という国を建てて統一新羅とともに南北国時代といわれる
渤海は滅びるんだけど新羅では高句麗の血をひくといわれる王建という人物が新羅を倒して高麗(コリョ)を建国
その高麗ものちに李桂成という将軍のクーデターで倒され李王朝が成立
20世界@名無史さん:2013/09/05(木) 16:29:38.76 0
このスレは女が多い
21世界@名無史さん:2013/09/05(木) 16:42:21.00 0
韓国の歴史ドラマってデタラメで史実に基づいたものではないと思っていたが「広開土太王」に出てくる高句麗の国相の次男高雲が後燕の皇太子(慕容宝)の養子になってその将軍馮抜(のちに北燕の皇帝)に押され後燕の皇帝(慕容雲)についたのは事実だったんだな
22世界@名無史さん:2013/09/05(木) 16:48:34.43 0
【朝鮮民族の王朝?】渤海【中国の地方政権?】
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1318947075/
23世界@名無史さん:2013/09/05(木) 16:53:30.06 O
唐、新羅、が滅びたのに日本は続いたのは何故か
24世界@名無史さん:2013/09/05(木) 17:15:34.90 0
大陸に大軍を渡海させられる程の勢力がいなかったから
25世界@名無史さん:2013/09/05(木) 18:19:03.97 0
唐は大軍を渡海させて百済を滅ぼしたのに・・・
26世界@名無史さん:2013/09/05(木) 18:39:18.03 0
黄海と対馬海峡じゃ潮の流れが違いすぎる
27世界@名無史さん:2013/09/05(木) 19:41:24.18 0
日本は白村江の戦いで4万の大軍を対馬海峡渡海させてるよ
28世界@名無史さん:2013/09/05(木) 19:45:59.45 0
日本の方が大陸より渡航能力が上だからな
29世界@名無史さん:2013/09/05(木) 19:55:15.22 0
日本は海洋国家だからね
30世界@名無史さん:2013/09/05(木) 20:26:39.51 0
<朴氏>
初代 赫居世居西干(ヒョコッセゴソガン)
第二代 南解次次雄 (ナメチャチャウン)
第三代 儒理尼師今 (ユリイサグム)
<昔氏>
第四代 脱解尼師今 (タレイサグム)
<朴氏>
第五代 婆娑尼師今 (パサイサグム)
第六代 祇摩尼師今 (ギマイサグム)
第七代 逸聖尼師今 (イルソンイサグム)
第八代 阿達羅尼師今(アダライサグム)
<昔氏>
第九代 伐休尼師今 (ボルヒュイサグム)
第10代 奈解尼師今 (ネヘイサグム)
第11代 助賁尼師今 (チョブンイサグム)
第12代 沾解尼師今 (チョムヘイサグム)
<金氏>
第13代 味鄒尼師今 (ミチュイサグム)
<昔氏>
第14代 儒礼尼師今 (ユリェイサグム)
第15代 基臨尼師今 (キリムイサグム)
第16代 訖解尼師今 (フルヘイサグム)
<金氏>
第17代 奈勿尼師今 (ネムルイサグム)
第18代 実聖尼師今 (ジルソンイサグム)
第19代 訥祇麻立干 (ヌルジマリッカン)
第20代 慈悲麻立干 (チャビマリッカン)
第21代 火召知麻立干 (ソジマリッカン)
第22代 智証麻立干 (チジュンマリッカン)
31世界@名無史さん:2013/09/05(木) 21:50:01.33 0
『宋書』「東は毛人を征すること、五十五国。西は衆夷を服すること六十六国。渡りて海北を平らぐること、九十五国。」

『三國志』弁辰韓は合わせて二十四国、馬韓は五十五国
『百濟本記』任那は十国
『駕洛國記』伽耶は六国
合わせて九十五国
32世界@名無史さん:2013/09/05(木) 22:45:03.40 0
>>31
任那と伽耶は同じ国じゃないのか?
その95カ国には高句麗は入ってないのか?
33世界@名無史さん:2013/09/05(木) 23:52:11.91 0
倭王武が求めた「使持節都督倭・百済・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓七国諸軍事安東大将軍倭国王」の領域だろう
34世界@名無史さん:2013/09/06(金) 01:54:48.90 0
あんな狭い半島に国が三つだって?
ちなみに言語は3っつとも違ってたのか?
35世界@名無史さん:2013/09/06(金) 08:14:13.09 0
>>34
違ってたらしい
高句麗語は現代朝鮮語より日本語に近かったそうだ
36世界@名無史さん:2013/09/06(金) 15:06:14.97 0
何をもって近いというか、だな
37世界@名無史さん:2013/09/06(金) 15:14:52.27 0
高句麗は漢人系の支配者層と扶余系の非支配者層で言語が異なってそう
38世界@名無史さん:2013/09/06(金) 15:48:37.91 0
>>36
数詞
39世界@名無史さん:2013/09/06(金) 16:15:36.75 0
高句麗は満洲南部が本土で、朝鮮半島北部は征服地
40世界@名無史さん:2013/09/06(金) 20:01:28.57 0
>>38
現代の日本語と中国語の数詞はよく似てるぜw
言語に限らず、近いとか遠いとか言うには、何か物差しを用意せんといかん
41世界@名無史さん:2013/09/06(金) 23:57:50.58 0
高句麗語と言われているあの地名は実際は帯方郡まで交易に赴いた倭人が付けただけで、実際に話されてた高句麗語は日本語に似てなかったりして
42世界@名無史さん:2013/09/09(月) 04:15:32.64 0
なんか朝鮮人と韓流バカ女しかいなさそうなスレだな
43世界@名無史さん:2013/09/09(月) 22:10:09.84 0
「中国では高句麗や渤海が中国の属国という事になっていた」・・韓国人留学生、中国に広まる間違った韓国情報の調査開始
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/dqnplus/1378719856/l50
44世界@名無史さん:2013/09/09(月) 22:45:23.28 0
この分野について研究してみたいと思い何かよい教科書はないかと探しています。
調べたら講談社文庫の「古代朝鮮」(井上秀雄著)という本を見つけたのですがいかがでしょうか?
他に何かいい本があれば教えていただけないでしょうか。
よろしくお願いします。
45世界@名無史さん:2013/09/10(火) 01:39:49.68 0
>>44
『日韓上古史の裏面』西川権(&椎川亀五郎)・偕行社・M43
↑これだな
46世界@名無史さん:2013/09/10(火) 02:05:33.66 0
今の朝鮮半島とは民族も違うんだし、嫌韓抜きで行こうよ

島国や余程の山岳地域でもなければ、人間の集団は常に集合離散してる
七万年(トバ・カタストロフ〜第二次出アフリカ)遡れば人類皆兄弟だ
47世界@名無史さん:2013/09/10(火) 05:49:29.63 0
半島史と民族史は違うしね
もっと挹婁族の歴史を掘り下げるべきだよね
48世界@名無史さん:2013/09/11(水) 01:43:37.31 0
馬韓弁韓辰韓ってひとつの国だと思っていたけどどうも小さな国が集まって出来た地域名なんだな
49世界@名無史さん:2013/09/11(水) 21:00:38.96 0
>>47
東アジア史で重要な位置にいるのは確かだね
でも粛慎〜?婁の流れは難しいなあ
女真や渤海国を興した人達に近いみたいだけど

まったくドイツもコイツも、自分史を書きやがって
特に漢民族、記録への執念は物凄いが異民族関連は
作為が過ぎるぜ
50世界@名無史さん:2013/09/12(木) 07:52:14.85 0
>>49
西欧でもそうなんだけど、現在の主権国家の枠から外れる歴史は、とかく軽視されるな
51世界@名無史さん:2013/09/12(木) 12:28:09.41 0
李氏朝鮮以降の歴史はクソみたいで面白くも何ともないがそれまでの歴史は我が国も関わっているから大変興味深い
しかしその頃の史料を握っているのはあの民族だからろくな研究がない
中国の研究に頼らざるを得ないのだろうか?
52世界@名無史さん:2013/09/12(木) 17:18:32.21 0
挹婁から女真や靺鞨、渤海、金、清まで流れるからね
53世界@名無史さん:2013/09/12(木) 22:16:35.19 0
濊貊や沃沮は?
54世界@名無史さん:2013/09/13(金) 02:16:39.72 O
新羅の対唐外交は朝鮮史上稀に見る成功だったね
55世界@名無史さん:2013/09/13(金) 02:49:58.75 0
挹婁って深く掘った竪穴に住んでて、小便で顔を洗ったらしいな。
外が寒かったから部屋の中で水をためられる小便を重宝したのか。
56世界@名無史さん:2013/09/13(金) 04:35:14.42 0
>>54
いや成功どころか大失敗
倭が撤退し高句麗って干渉地帯を失った新羅は結局
民族ごと消滅してしまった
今の南朝鮮に住んでるのは10世紀に侵入した靺鞨人だし
57世界@名無史さん:2013/09/13(金) 07:44:59.39 0
>>56
何年後の話だ……
そんなあとのことは、あとの時代の責任だろう
唐を実質的に建国した李世民は、結局滅亡したから糞って言ってるようなもんだぞ
58世界@名無史さん:2013/09/13(金) 08:02:32.54 0
地政学的に半島は海洋勢力の後ろ盾が無いと大陸勢力に飲み込まれてしまう
割と反映していた三韓から日本が手を引いた後の悲惨な朝鮮半島は偶然じゃない
59世界@名無史さん:2013/09/13(金) 09:20:55.10 O
統一新羅後の朝鮮が大陸にいたぶられまくるようになるのは騎馬民族が育ってからだろう
それは日本の後援があろうとどうしようもないことだと思うよ
中国相手ならともかく
60世界@名無史さん:2013/09/13(金) 09:30:42.43 i
朝鮮半島の衰退は資源の枯渇が大きいんじゃないかな
古代レベルの技術水準で環境破壊しまくった後、中国には江南、日本には関東・東北という新しいフロンティアが残っていたけど、半島は騎馬民族がひしめく満洲に進出できるはずもなく、そのまま力尽きた。
61世界@名無史さん:2013/09/13(金) 09:41:02.33 0
オンドルを燃やしまくったせいか
62世界@名無史さん:2013/09/13(金) 12:57:30.46 0
>>56
事大主義の末路だね
63世界@名無史さん:2013/09/13(金) 14:02:49.73 0
>>59
統一新羅後に成長した騎馬民族って狩猟民から遊牧民にジョブチェンジした女真くらいじゃん?
しかもこれたぶん渤海が滅びなかったらそうなってなかった
同じくモンゴルも女真に契丹が滅ぼされてなかったら弱小のまま
いずれも高句麗が存在してたら伸長しなかったんじゃん?
64世界@名無史さん:2013/09/13(金) 15:04:30.55 0
女真って黒水靺鞨のことだね
もう一方の粟末靺鞨は渤海を構成する主要民族よなった
黒水靺鞨は渤海に服属しつつも唐に接近するなどして渤海が契丹にに滅ぼされたのちも独立を保っっていたんだよね
65世界@名無史さん:2013/09/13(金) 15:36:09.21 0
渤海滅亡は白頭山大噴火って物理イベントのせいなんでワリと運が悪い
契丹の侵攻はトドメだね
渤海の東側が火山灰で埋もれて生活が成り立たなくなったので
粟末靺鞨が朝鮮半島に移動
(とゆうか東に女真、北に契丹、西は宋なので朝鮮半島しか選択肢が無い)
無人地帯兼縦深防御領域化した渤海を女真が自由に使えるようになった(噴火の影響は数十年程度)
女真族の聖山が白頭山なのも当然だよね
66世界@名無史さん:2013/09/13(金) 20:59:08.87 O
粟末が高句麗の支配者層?
67世界@名無史さん:2013/09/13(金) 21:23:47.61 O
どのみち遼の時代からすでに属国コースだっただろ
遼が衰退したなら金の代わりに何かの騎馬民族が台頭しただけで対して変わらないと思うよ
つうか高句麗を過大評価し過ぎだろ
68世界@名無史さん:2013/09/13(金) 21:38:30.50 P
日本と支配層は同じだったと言われてるのになんでこうも差が付いてしまったんだろうね

民度も気質も文化も国力も正反対の評価

モンゴルの高麗侵攻とか見てると、既にこの時に今の朝鮮人とまったく同じメンタリティーが見て取れる(モンゴルとの条約破り騙まし討ち裏切り、庶民見捨てて王と貴族だけ逃亡しまくりなど)

日本の支配層が朝鮮人と同人種なのになんで武士道や元寇襲来時に1対1で正々堂々と戦おうとしたり
メンタリティーが違うんだろ
69世界@名無史さん:2013/09/13(金) 21:48:05.63 O
新羅は白村江の後もそれなりに身を低くして日本との関係を求めた
日本も奈良時代中期頃まではまだまだ半島に介入する気があったが
後期になって新羅との関係を止めると同じ頃大幅な軍縮を行ったので
武士が軍団規模に育つまでもう半島に介入する力は無い
70世界@名無史さん:2013/09/13(金) 22:14:26.08 0
>>68
>日本の支配層が朝鮮人と同人種

この前提がまず間違ってるからだろう
71世界@名無史さん:2013/09/13(金) 23:12:27.15 0
>>68
武士道の元といわれるものが新羅の花郎にあったのだが>>56のいう理由で廃れたのが原因だろうね
この花郎を潰したのは李朝といわれているからあの辺が現代朝鮮に至る大きな問題点なんだろうな
正直高麗までの朝鮮の歴史には興味あるが李朝以降はつまんなくてつまんなくて・・・
72世界@名無史さん:2013/09/13(金) 23:22:59.33 0
ねーよ
73世界@名無史さん:2013/09/13(金) 23:30:24.12 O
>>71
つまんない最大の理由は、
高麗による三韓統一から一度も群雄割拠になってないことでは。
74世界@名無史さん:2013/09/13(金) 23:49:03.76 0
李朝じゃなく高麗の時点で今とまったく同じ卑劣うんこりあん
75世界@名無史さん:2013/09/13(金) 23:51:58.14 0
韓国が主張するところの南北国時代を分裂時代と認めたら、朝鮮半島は南北分裂している方が自然である様にも見える
76世界@名無史さん:2013/09/13(金) 23:55:14.64 0
【画像あり】北朝鮮人と韓国人の顔が全然違うと話題に【同じミンジョク…じゃない】 2ch「南朝鮮に犯罪者や障害者が追放され、全てにおいて劣った性質が濃縮された」「北朝鮮のほうが背が高いだろ、満州人に近いから」「北朝鮮は昭和天皇のスパイが創った国家」
http://www.news-us.jp/article/372240687.html
77世界@名無史さん:2013/09/14(土) 00:04:36.12 0
高句麗が半島統一してたほうが面白かったかもな。
日本も脅威にはならないけど腐った国より、武闘派の騎馬民族国家がライバルとして隣にあって、攻めたり攻められたりの死闘を繰り返してたほうが外交センスも育まれて良い方向に向かったような気がする。
78世界@名無史さん:2013/09/14(土) 00:56:35.94 0
花郎と比較されるべき日本文化は若衆制だろうな
東北アジアではなく南島でみられる若者文化
79世界@名無史さん:2013/09/14(土) 01:01:49.85 0
花郎って武士じゃねーし
むしろ完全に反対の集団
80世界@名無史さん:2013/09/14(土) 01:08:33.97 0
>>66
ちがう
高句麗は余夫系高句麗の東側に住んでたのが粟末靺鞨
高句麗滅亡の後東側の住民が靺鞨居住域に逃げた
西側は唐に強制移住させられてる
渤海は高句麗の統治機構や軍政をそのまま再構築した国家
日本に来た渤海の使者は高麗人を名乗ってる
81世界@名無史さん:2013/09/14(土) 01:10:17.76 0
粟末靺鞨と濊貊沃沮との関係は?
82世界@名無史さん:2013/09/14(土) 01:12:04.34 0
>>68
その戦い方は高句麗の対隋戦の時点でもうやってる・・
83世界@名無史さん:2013/09/14(土) 01:15:28.50 0
>>81
同じツングース系とも言われてるけ北朝鮮住民と韓国住民で顔立ち違うんで
別系統なんだろうね
濊貊沃沮のトーテムは虎だか雪豹
粟末靺鞨は熊がトーテム
檀君神話見れば最終的に朝鮮半島で勝ったのは熊
つまり粟末靺鞨
檀君神話が成立したのは李氏朝鮮時代なんだけどね
84世界@名無史さん:2013/09/14(土) 01:17:17.72 0
なお、「花郎道」なる用語は史料には登場しない。「武士道」との類推から作られたと見られる。
85世界@名無史さん:2013/09/14(土) 01:25:34.35 0
扶余の子孫はどこに行ったの?
86世界@名無史さん:2013/09/14(土) 01:39:11.03 0
>>85
よくわからない
推測すると血統としては北朝鮮地域の住民に残ってる「かも」しれない
文化的にはどうなんだろうね・・
ただ現在の朝鮮語の元になったのは高句麗語なんじゃないか?と思ってる
新羅語って定説は凄く怪しい
遡れるのは高麗語まででそれ以前は「わからない」のが実情
87世界@名無史さん:2013/09/14(土) 01:59:00.49 0
韓国人のY染色体だと15パーセントぐらいハプログループC3が占めている
これはモンゴルやツングースに多いので、この15パーセントから元代のモンゴル人や女真人を先祖に持つ奴をのぞいた奴は、扶余系が先祖かもな
88世界@名無史さん:2013/09/14(土) 02:03:24.56 0
北朝鮮→扶余・濊貊・沃沮・黒水靺鞨
南朝鮮→粛慎・挹婁・勿吉・粟末靺鞨

こういう認識でいい?
他にも豆莫婁、烏洛侯、地豆于、奚、霫とかいて分けがわからん。
89世界@名無史さん:2013/09/14(土) 02:06:23.82 0
烏桓の子孫はどれに当たるの?
90世界@名無史さん:2013/09/14(土) 02:12:58.12 0
>>89
鄂温克
91世界@名無史さん:2013/09/14(土) 02:14:09.35 0
わが国との関係でいえばわが国の神話がアマテラスに代表されるような太陽神信仰であるのに対し
朝鮮は檀君神話に代表されるようなクマ信仰神話だから明らかに系統が異なるような気がする。
それと熊襲(=当時の朝鮮半島にいたクマ信仰の人たち)といわれた連中が九州にいたということは
彼らは機会があるごとに日本列島に進入していたのではなかろうか?
92世界@名無史さん:2013/09/14(土) 02:16:19.14 0
烏桓って濊の西に住んでた部族だよね
あの辺は北方遊牧民に高頻度で上書きされた領域だから
もうわかんないんじゃない?
93世界@名無史さん:2013/09/14(土) 02:19:14.07 0
>>91
その頃だとまだ半島にすら入ってきてないよ
靺鞨の侵入は中世に入ってから
日本との接触は刀伊の入寇あたりから
94世界@名無史さん:2013/09/14(土) 04:10:00.26 0
熊襲のクマって、すみっこを意味する隈
九州に熊いないし
95世界@名無史さん:2013/09/14(土) 04:17:38.05 0
今とほぼ同じ民族構成になったの、はいつ頃と言えるんだろう?
面白いのは、それ以前までかなー
96世界@名無史さん:2013/09/14(土) 04:31:10.05 0
靺鞨には薛延陀とかチュルク系の民族も流入してるっぽいな
97世界@名無史さん:2013/09/14(土) 06:55:16.73 0
荒川五郎による大韓帝国の記録でも、朝鮮人は小便で顔を洗うと書かれてる
挹婁や勿吉が同じように小便で顔を洗うと書かれてるが、高句麗、百済、新羅にはそういう文化があったとは書かれてない
やはり、挹婁もしくはその後継民族が半島に流入したのだろう
98世界@名無史さん:2013/09/14(土) 08:32:44.29 O
>>91
けど、朝鮮では熊のことも神のことも「コム」と言うらしいが、
日本語と似てるような
99世界@名無史さん:2013/09/14(土) 09:48:03.08 0
半島には神なんていないよ?悪霊しかいないからw
100世界@名無史さん:2013/09/14(土) 09:59:19.38 0
>>98
アイヌ語のカムイも。
101世界@名無史さん:2013/09/14(土) 10:08:38.12 0
>>86
姓だって高句麗じゃなく、新羅のものを継承してるし、
血統以外はあんま高句麗関係ないんじゃないの?
102世界@名無史さん:2013/09/14(土) 11:22:08.50 0
>>93
スサノオの神話に出てくるヤマタノオロチのオロチってツングース系のオロチ族ことで濊貊とか靺鞨などに近い民族じゃないのか?
103世界@名無史さん:2013/09/14(土) 13:00:39.47 0
>>101
そうすると曲がりなにりも文字文化圏のはずの新羅住民なのに
13世紀以前の文献を全く残さず
何故だかしらないけど習俗が靺鞨になってるって超不思議現象
に説明がつかない
でも名前だけは継いでる・・
なんでだろーね
104世界@名無史さん:2013/09/14(土) 13:19:39.27 0
その辺の朝鮮側の資料が三国史記しかなく
これを嘘ではなく正とすると高麗は新羅の継承国家になるよね

でもこの話には前提があって
三国史記は宋に朝貢するために作成された「履歴書」なんだよ
当然だけど漢族に気に入られるような事しか書かれて無い
伸長する金や遼に圧迫されるてる高麗が国運を賭けて何が何でも
朝貢を成功させないといけない・・みたいな状況で作成されてる
どこら辺まで正確に書かれてんだろうね・・

もうこの頃には今と大して変わらないメンタリティしてるんだけど
そうゆう視点で見て三国史記ってどれくらい信用に値すると思う?
105世界@名無史さん:2013/09/14(土) 14:19:18.32 i
朝鮮半島が急速に中国文化に染まったのは中世・近世以降で、それ以前は漢文の読み書きができる者が少なすぎて、仮に誰かが何か書き残しても写本が残らなかったと考えるのが自然なのでは?
朝鮮といえば小中華思想、事大と思いがちだけど、案外とある時期までは中国に攻めて来られる心配がないので基本親中派、中国かぶれの大和朝廷と、頑なに中国文化に染まることを拒む靺鞨民族主義の半島という構図だったのかも。
106世界@名無史さん:2013/09/14(土) 14:37:13.34 0
靺鞨が入ってくるのは、新羅滅亡以降だから違うんじゃないか 
107世界@名無史さん:2013/09/14(土) 15:12:28.55 0
>>103
>でも名前だけは継いでる・・
なんでだろーね

朝鮮人の成りすまし文化は遥か大昔からの習性だったんじゃないの?
108世界@名無史さん:2013/09/14(土) 15:39:36.37 0
朝鮮半島の極端な事大主義は朱子学入ってからなので高麗中期以降
高麗の頃はまだ仏教
もちろんだけど三国史記にうちらの祖先は靺鞨だなんて事は
一文たりとも入ってないよw
渤海についても白頭山の噴火についても一切触れられて無い
109世界@名無史さん:2013/09/14(土) 15:42:06.13 O
例えば高麗の王建は高句麗人の末裔で、
その当時も高句麗語をしゃべっていたとか。
少なくともバイリンガル?
110世界@名無史さん:2013/09/14(土) 15:54:25.02 0
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E7%A5%96_%28%E9%AB%98%E9%BA%97%E7%8E%8B%29
『編年通録』によると王建の最初の先祖は虎景という人物だった。
虎景の孫に損乎述あり、損乎述は宝育と改名した(国祖)。
宝育は姪(兄の娘)の徳国を娶り娘の辰義をもうけた。
辰義は名も知らぬ中国人の商人との間に作帝建(懿祖)を生んだ。
作帝建の息子、竜建(世祖)は松岳(現在の開城)を拠点に半島西南の海岸部で貿易をしていた豪族だった。
王建は新羅憲康王3年(877年)1月31日に竜建の息子として生まれた。

宗族制を考えれば王建は中国系になっちゃうわけだが、高句麗人は男系継承にこだわっていたわけじゃないの?
111世界@名無史さん:2013/09/14(土) 15:58:26.77 0
編年通録がいつ書かれたかによるんじゃん?
112世界@名無史さん:2013/09/14(土) 16:22:00.30 0
wikipediaに、鮎貝房之進の『朝鮮姓氏・族制考』によると、「王健」は土着の固有語で黍を意味する言葉に漢字を当てたものとかいてあるけど、
どう考えても朝鮮語の黍(susu)ではないよね
これって高句麗語?それとも鮎貝房之進のフカシ?
113世界@名無史さん:2013/09/14(土) 17:20:19.83 O
いや正直小便で顔を洗う文化くらいは模倣しただけの可能性は高いと思うよ
高麗を自称したのは単純に根拠地が高麗の故地だったからじゃないの
中国だって根拠地にちなんで国号を決めるでしょ

相手が朝鮮だって言うだけで何でもすぐ否定的に捉えようとするのはどうかと
114世界@名無史さん:2013/09/14(土) 17:57:44.50 0
朝鮮人が(在日含め)やたらと正体を隠したがる癖は余程先祖がろくでもない連中なんだろうか
どうやったらあんなに出自を隠したがる民族になっちゃうんだろう
115世界@名無史さん:2013/09/14(土) 18:20:15.16 O
出自を隠したがるというか単純に卑怯な気質のだけだろ
韓流みたいに、韓国人であることが肯定的な場合では猛烈にアピールするよ
116世界@名無史さん:2013/09/14(土) 19:45:33.15 0
正しくは、歴史を知ったら生きていけない国。
先日もうっかり昔は良かったを語った老人が・・・
117世界@名無史さん:2013/09/14(土) 20:04:05.88 0
多分全て強烈なコンプレックスの裏返し
ヒント:ハゲてない奴をハゲ呼ばわりしても笑ってすまされるが、気にしまくってる奴に言ったら最悪殺されるかもしれない
118世界@名無史さん:2013/09/14(土) 21:17:41.43 0
>>113
でも、
例えば高麗の王や貴族はもともと高句麗人で、
あとから韓族に組み込まれたという可能性くらいはあるだろう。
日本のエミシみたいに。
119世界@名無史さん:2013/09/14(土) 21:34:21.78 0
韓国人「嫌韓定番素材、韓国人の顔型模型について」
http://blog.livedoor.jp/kaikaihanno/archives/29693275.html

22. 韓国人
弥生人は新羅、伽耶、百済、高句麗から渡った人たちである
伽耶が最初に滅び、日本に最初に渡って行った
120世界@名無史さん:2013/09/14(土) 21:46:35.00 0
魏志倭人伝にでてくる倭人って弥生人でしょ?
新羅、伽耶、百済、高句麗とかは時代が違いそう
121世界@名無史さん:2013/09/14(土) 22:13:27.56 0
>>107
色んな民族が入り乱れているのに、そんな習性が継承されるなんて
超巨大地縛霊でも憑いてるのか!?
122世界@名無史さん:2013/09/14(土) 22:27:00.45 0
なりすましって言うなら鮮卑だってやってるだろ
中国人風の姓名ってのは、出自の民族性を消すのに強い力を発揮する
123世界@名無史さん:2013/09/14(土) 22:29:27.27 0
慕容部
124世界@名無史さん:2013/09/14(土) 22:32:52.90 0
宇文部
125世界@名無史さん:2013/09/14(土) 22:33:49.46 0
拓跋部
126世界@名無史さん:2013/09/14(土) 22:35:05.49 0
段部
127世界@名無史さん:2013/09/14(土) 22:43:34.08 0
漢人起源説(拓跋部)

『魏書』序紀において、拓跋氏は黄帝の子孫としている。
黄帝は伝説の人物であるが、漢民族は古くから自らを黄帝の子孫としており、拓跋氏と漢人とは同じ起源ということになる。
『宋書』索虜伝には、「索頭虜、姓は托跋氏といい、その祖先は漢の将軍李陵の後裔なり。陵は匈奴に降り、匈奴の一部落の索頭部となる」とあり、拓跋氏の祖先は漢人の李陵としている。
また、『翰苑』註所引の『漢名臣奏』では、「鮮卑は秦始皇の時代に、長城建築の際に逃亡した者たち」とあり、やはり漢人起源としている。
これらの理由としては、匈奴人が西方系の深目、高鼻、多鬚、赤髪、緑目であったのに対し、鮮卑人が身体的に漢人と酷似していたために、鮮卑は漢人起源とされたと思われる。


習俗(宇文部)

かつては南匈奴の遠属で、代々鮮卑の東部大人(たいじん:部族長)を務めた。
その言葉は鮮卑とはやや異なる。人々は皆伸びたひげを切り揃え、その頭頂部でとめて頭飾りにする。
数寸長くなったらこれを短くととのえる。婦女は足まで長い肌着を着る、すなわち裳(スカート)はない。
秋の収穫に鳥頭を毒薬とし、鳥や獣を射る。〈『魏書』列伝第九十一〉
128世界@名無史さん:2013/09/14(土) 22:53:11.83 0
鮮卑はモンゴル系では?
129世界@名無史さん:2013/09/15(日) 00:22:17.77 0
そもそも漢人ってたまたま早い時期に豊かな中原に移り住んで文明化したってだけで中身は最初から周辺の雑多な蛮族が混ざり合ったような感じだったのでは?
130世界@名無史さん:2013/09/15(日) 01:12:45.39 O
>>129
そんなの数千年前では
131世界@名無史さん:2013/09/15(日) 01:16:42.69 0
古代朝鮮の国号はかっこいいよな。百済とか新羅とか。漢字の素養とセンスが感じられる。高句麗は微妙だが
朝鮮とか韓国とか今はネーミングセンス無さ杉
132世界@名無史さん:2013/09/15(日) 01:22:42.90 0
後漢末期〜三国時代付近で人口が1/7なったりとか
その後異民族流入で人口回復とかだし
民族としての漢族定義って漢字使ってる・・くらいしか無いような気もする
133世界@名無史さん:2013/09/15(日) 01:28:56.52 0
朝鮮って国号は脱高麗化政策の為だろうね
漢族の殖民都市の名前を国号にしたくらいだし
簒奪王朝だからクーデターの恐怖に軍備をわざと削り
中華遠征軍を後ろ盾に王権を全面依存させた奇形国家が李氏朝鮮
でも500年持ってるくらいだから
ある意味性に合ってたとしか評価しようが無い
134世界@名無史さん:2013/09/15(日) 01:34:49.04 0
>>132
別に戦乱が続いたって核兵器とかがあるわけでもなし、単にドサクサに紛れて戸籍登録を逃れる=税金払わない奴が増えてるだけ
135世界@名無史さん:2013/09/15(日) 01:47:58.23 0
朝鮮とか韓国も別にセンスの悪い名前だとは思わんがな
単純に朝鮮人や韓国人が悪いイメージを付加してるだけで
136世界@名無史さん:2013/09/15(日) 02:07:47.40 0
今の南北の国号は地名由来なのか民族名由来なのか?
137世界@名無史さん:2013/09/15(日) 02:15:23.62 0
とにかくクダラやシンラはかっこいい!
138世界@名無史さん:2013/09/15(日) 02:27:20.65 O
高麗がコリョとなってコリアとなったらしいが
カルピニ・ルブルクの記述だとソランギ人とか呼ばれてたな
139世界@名無史さん:2013/09/15(日) 02:28:56.52 0
お前がそう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな
140世界@名無史さん:2013/09/15(日) 02:40:23.06 0
>>138
モンゴル人は朝鮮のことをソロンゴスという
141世界@名無史さん:2013/09/15(日) 05:11:07.90 0
>>134
核兵器は無くても流民がいる
流民が暴れ回ると食料生産がアフリカ化する
村を襲って根こそぎ奪う→襲われた村人が流民化するってゾンビプロセスでね
当時農業生産や流通効率から考えると余力はほとんど無いので
食料生産能力=人口

1人あたりの農業生産能力が飛躍的に高くなった現代基準で考えるのはまずい
現代においては数%の農業人口で食料生産を賄えるので
食糧生産と人口の間に相関関係がなくなってる
(潜在余力で人口増加を余裕で吸収できるので貧困国でも人口増加できる)
142世界@名無史さん:2013/09/15(日) 05:19:06.03 0
鄂温克にソロン族ってのがいたな
143世界@名無史さん:2013/09/15(日) 08:40:12.79 O
>>141
日本の戦国時代とかも流民はいたが、人口激減したの?
144世界@名無史さん:2013/09/15(日) 08:47:55.35 0
>>143
日本では大陸型の流民が発生した事無いもの
日本の場合は山地の間の盆地が隘路で繋がってる独立セル構造なので
隘路防衛戦が主体で防御側が絶対有利
なので大陸型の流民ゾンビプロセスが発生しようが無い
145世界@名無史さん:2013/09/15(日) 08:54:10.65 0
これなぜ華北が騎馬民族にやられっぱなしで
都市は城壁で囲まないとダメなのか?
日本ではなぜ逆に城壁都市がほとんど存在しないのか?って話ね
ほぼ地形要因なんだよね
146世界@名無史さん:2013/09/15(日) 08:58:36.64 0
あと温暖湿潤気候なので食料生産の余力が割りと高いので
飢餓発生が広範囲に発生しにくい点も大きい
物流も海を使えるので効率が良く損失が少ない
147世界@名無史さん:2013/09/15(日) 09:15:51.82 0
この手の話はグーグルアース見ると一目瞭然
日本は地形にホント恵まれてるよ
148世界@名無史さん:2013/09/15(日) 09:37:55.69 0
>>146
温暖湿潤で人口稠密……
「 え き び ょ う ♪ 」
149世界@名無史さん:2013/09/15(日) 09:41:44.56 0
>>148
当然疫病に強い遺伝特性を持つ人間だけが生き残ってる
日本が西洋人と接触しても大してダメージを受けなかった要因の一つ

新大陸じゃえらいことになってるでしょ
150世界@名無史さん:2013/09/15(日) 10:12:47.10 0
でも本当にそんなに人口、食料生産が激減してたら秩序が回復しても数百年単位でなかなか人口が回復しないで中国は超過疎地帯になってたはず
151世界@名無史さん:2013/09/15(日) 10:15:13.08 0
いや大陸の場合は周辺の部族や華南からの移民でまかなえちゃうから
とにかく人間が消耗品扱いなのが華北の特徴だし
152世界@名無史さん:2013/09/15(日) 10:29:47.75 0
流民ごときに農民がなすすべもなく略奪されるかな?
善良でおとなしい良民ってイメージに引っ張られすぎのような気がする。中国人のことだから腹すかしてフラフラの流民や敗残兵が流れてきたら、逆に身ぐるみ奪って今夜のおかずにしてしまいそうw
153世界@名無史さん:2013/09/15(日) 10:31:39.57 0
北と南って民族的に違うような気がするけどな。
154世界@名無史さん:2013/09/15(日) 10:31:56.76 0
たとえば北魏の鮮卑編入プロセスも人口大激減で
放棄農地が余りまくってたからだし
全然珍しくもなんとも無い
周辺異民族視点から見ると華北って定期的に空家になるフロンティアだよ
155世界@名無史さん:2013/09/15(日) 10:36:57.95 0
>>152
流民って盗賊化した農民だけど千単位万単位大集団だもん
蝗の襲来に例えられるけど
この流民集団が略奪しながら農村を破壊して元農民が流民に加わり
さらに大集団化するのがゾンビプロセス
こんな大集団が複数存在して延々移動し続けるのが華北の王朝末期
156世界@名無史さん:2013/09/15(日) 10:41:57.29 0
それとこの流民に正規軍が負けちゃうw
ホント弱いのよ中華正規軍って
157世界@名無史さん:2013/09/15(日) 10:57:36.49 0
>>153
朝鮮半島ならYes
シナ大陸でもYes
158世界@名無史さん:2013/09/15(日) 11:51:03.17 0
>>152
流民ごとき、と言うか
西欧でもインドでもそうだけど、流民って武器持った大集団だからね
敗残兵とかじゃなく、農地を放棄した元農民に失業傭兵やらなんやらが加わるから
とんでもなく脅威

この流民が社会的上層の人間や宗教指導者担ぐと大反乱になるわけだ
159世界@名無史さん:2013/09/15(日) 12:20:02.97 O
>>153
日本でもそうじゃね
160世界@名無史さん:2013/09/15(日) 12:24:18.00 0
日本で九州の人間と東北の人間で顔立ち違うなんて事あったけ?
161世界@名無史さん:2013/09/15(日) 13:14:16.25 0
日本列島は大陸と比べると旧モンゴロイド成分が濃い。その最たるがアイヌ。
一時期コーカソイド説まで流行ったが、実際は実質的には肌の白いオーストラロイドとも言える旧モンゴロイドだと遺伝子で証明された(オーストラロイドをモンゴロイド化しなかった側系統群と考えた場合)。
新モンゴロイドの形質が強い弥生人は九州から瀬戸内を経て畿内に集中して定着したため、現在でも関西人は「平らな顔族」と評された日本人の中でも比較的平らな顔が多いことになる。
無論世界一の「平らな顔族」と言えば漢民族の様な大陸の新モンゴロイドというのは満場一致だろうがね。
162世界@名無史さん:2013/09/15(日) 14:25:36.41 O
日本の話で言うと
延喜基準国図では二万九百八十余町あった上総国が
平将門の乱、平忠常の乱を経験した凡そ200年後には
わずか十八余町にまで減少してたらしいよ
163世界@名無史さん:2013/09/15(日) 14:50:18.94 0
それは農民の逃散で流民化じゃないよ
農民の逃散はワリと有る話
当時の関東は未開拓地が一杯残っていて
どこも人手不足だったし
164世界@名無史さん:2013/09/15(日) 15:02:00.30 0
農業生産低下による生存限界点低下に伴う人口減少は無いって意味ね
165世界@名無史さん:2013/09/15(日) 15:18:19.29 0
農民が荘園に逃げてくんで朝廷の税収がどんどん減っていって
律令体制が崩壊していったのは教科書どうりですね
166世界@名無史さん:2013/09/15(日) 15:31:48.53 0
なんでこんな違いが生じるのか?
っていったら農作物の収穫倍率が
日本と華北&半島じゃ全然違うから
日本の水稲作の収穫倍率は当時でも2〜30倍
冷帯の華北や半島では3〜4倍・・
飢餓で人口調整やってた歴史は伊達じゃないんです
167世界@名無史さん:2013/09/15(日) 15:34:42.09 O
けどヨーロッパよりは全然収穫率いいわけだろ
168世界@名無史さん:2013/09/15(日) 15:45:33.41 0
緯度があんま変わらないから同じだよ
中国全体で見ると華南があるから高くなるけど
169世界@名無史さん:2013/09/15(日) 16:09:56.16 O
古代中国の技術を書いた本を読むと
中国の農法は西洋に比べて物凄く進んでて数十倍の収穫率があったみたいな書き方なんだけど
どの程度信じたらいいの
170世界@名無史さん:2013/09/15(日) 16:39:58.06 0
>>169
華南の生産力は、確かに土地面積当たりでは西欧の100倍以上の効率だったよ
それは米と水田が偉大だったわけだけど

小麦と高粱に頼ってた河北はそこまで劇的じゃないから
171世界@名無史さん:2013/09/15(日) 17:31:38.42 0
100倍だと現代超えてるんですけど・・
172世界@名無史さん:2013/09/15(日) 17:32:48.90 0
華南と華北は全然違うので同じ中国じゃないのよ
173世界@名無史さん:2013/09/15(日) 17:53:00.33 0
でもさー華南は生産力すごい(日本水準?)で人口も多いし
文化も進んでるのになんであんな弱いんだろうね?
戦争にあると華北>華南だし
あれ昔から不思議でしょうがないんだよね
弱いって事実はホントなんでどうしようもないんだけど
174世界@名無史さん:2013/09/15(日) 17:58:36.16 0
豊かな国が強いわけじゃない
侵略のモチベーションは貧しい国のほうが上
175世界@名無史さん:2013/09/15(日) 18:00:00.16 0
歴史的にモンゴル人やゲルマン人など北方の蛮族の方が南方の先進国家より強いから
176世界@名無史さん:2013/09/15(日) 18:01:16.88 0
いやローマは強かったじゃん?
177世界@名無史さん:2013/09/15(日) 18:13:13.73 0
別に先進国で技術が進んでたところで、近代以前は勝敗を決定できるような兵器が造れるわけでもないし
兵士となる庶民まで普段から豊かな暮らしをしてたら、いざという時過酷な戦場に耐えきれずに負けてしまうという要素のほうが大きかったのでは?
178世界@名無史さん:2013/09/15(日) 18:21:35.37 O
万里の長城みたいなシステムは膨大な官僚制を維持できる豊かさがないと無理だろうけどな
179世界@名無史さん:2013/09/15(日) 19:42:35.96 0
>>171
ぜんっぜん越えないから
西欧の生産力が極端に低いんだよ
180世界@名無史さん:2013/09/16(月) 04:08:33.58 0
例えば収穫倍率は現代の米品種で100倍程度だよ?
1/100だと農業自体が成り立たなくなるじゃん
収穫倍率ではなく単位面積あたりの収穫量(これもおかしい)
か1人あたりの収穫量(これもちょっとなぁ・・)もしくは
単位作業時間の収穫量とか中国の話だと全く信用ないんで騙されてないかな?
181世界@名無史さん:2013/09/16(月) 04:40:25.54 0
まぁヨーロッパの輪作で1/5カウントとか三毛作で3倍カウントとか
すれば可能かもしれないけど
182世界@名無史さん:2013/09/16(月) 10:54:22.23 0
>>180
注 単位面積当たり
また、西欧は連作障害により三圃制が軌道に乗るまではほとんど焼畑
地中海沿岸の灌漑農業は除く

これで良いか?
183世界@名無史さん:2013/09/16(月) 11:35:57.11 0
とりあえず「中国では五胡十六国時代に人がほとんど入れ替わった」
というソースはないのか?
トルコやハンガリーみたいに言語は入れ替わっていないようだが。
184世界@名無史さん:2013/09/16(月) 13:12:07.27 0
漢字からは発音わかんないからね
185世界@名無史さん:2013/09/16(月) 13:16:12.74 0
>>183
そう考えた方が自然なんじゃね?くらいの予想でしょ
発掘される人骨のDNA分布を時代ごとにマップ化した・・
なんてモノは無いんだし
186世界@名無史さん:2013/09/16(月) 13:22:21.02 0
とりあえずここを読め
一番正確に古代の雰囲気が分かる
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/kanbun-mokuji.htm
187世界@名無史さん:2013/09/16(月) 14:08:29.99 0
>>186
現代韓国人の祖先として最有力候補は挹婁であると確信した
188世界@名無史さん:2013/09/16(月) 14:10:05.41 0
もしくは何故新羅人が挹婁の習俗を身につけ朝鮮人になったのか
私気になります
189世界@名無史さん:2013/09/16(月) 17:31:28.01 0
女真人(清)の影響を強く受けたから?
190世界@名無史さん:2013/09/16(月) 18:10:55.73 0
女真は元は黒水靺鞨だけど後年騎馬民族化(契丹化?)して
挹婁の習俗は捨てちゃってるんだよね
挹婁の習俗は粟末靺鞨が継いでる
191世界@名無史さん:2013/09/16(月) 20:46:53.12 0
>>184
モンゴル語やトルコ語からの語彙の流入はなかったの?
192世界@名無史さん:2013/09/16(月) 21:11:10.19 0
黄文雄は五胡十六国時代に漢文がアルタイ語化したとか書いてるけど
そのソースが何処なのか?ホントなのかは判断つかない
193世界@名無史さん:2013/09/19(木) 18:57:19.49 0
>>187,>>188
それはありえん
「邑婁→黒水靺鞨→女真→満族」って流れは定説で動かしようがない
おまえはただ小便に執着してるだけだろw
194世界@名無史さん:2013/09/19(木) 19:50:14.35 0
漢の起源は中国南部だと思うが
漢服も和服や呉服の様な感じだし
195世界@名無史さん:2013/09/19(木) 21:06:04.91 0
江蘇省沛県出身だけど南部になるのかな?
確かにのちの呉の支配領域にははまっているけど
196世界@名無史さん:2013/09/19(木) 21:31:41.54 0
>>193
邑婁→粟末靺鞨の系統でしょ
粟末靺鞨は渤海構成要員だし当時はウラジオストック付近に住んでた
粟末靺鞨が10世紀初頭の白頭山大噴火で渤海が壊滅状態になった時に
海岸つたいに新羅地域に侵入して乗っ取ったんじゃないのか?って疑惑
197世界@名無史さん:2013/09/19(木) 23:08:20.63 0
>>195
勢力として黄河と長江に分けられるから
長江だと思う
荊州とか蜀とかも長江流域
198世界@名無史さん:2013/09/20(金) 00:08:19.06 O
>>196
高麗の話とかではないの?
旧高句麗人の王建が、
北方の文化を持ち込んだとか。
199世界@名無史さん:2013/09/20(金) 00:53:59.29 0
旧高句麗とゆうか旧高句麗の渤海人じゃないかと思うけど
文化的には余夫系じゃないかな王建は
新羅だって高麗に併合後にそのまま新羅王は太守になってる
正史的には靺鞨人の入る余地は無いんだけど・・

でも何故か後の朝鮮人は靺鞨人にしか見えない振る舞いをし
何故か13世紀以前の文献がことごとく消滅し
言語は高麗以前には全く遡れない珍現象が起こってるので
こんな推測>>196がされてる
200世界@名無史さん:2013/09/20(金) 01:01:05.55 0
日本の教科書「新羅と渤海は日本の属国」・・韓国の歴史を歪曲していると韓国野党議員が指摘
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/dqnplus/1379478850/

韓国のニュースサイト「ノーカットニュース」によると、
韓国の野党、民主党の朴洪根(パク・ホングン)議員が15日、
日本の小中高校向けの14種類の教科書が韓国の歴史を歪曲していると指摘した。
16日付で環球網が伝えた。

それによると、日本の高校教科書の中には
「日本が百済を打ち負かした後、百済を支配した」
との記述や、
「百済の義慈王が軍事政変を発動して権力を掌握した」
「日本は統一新羅と渤海を日本の属国とした」
などの内容もみられる。

このほか、
「若い女性も工場などの場所で労役に服し、戦争に協力した」
との記述が慰安婦が存在したという事実を隠ぺいするものだと批判されている。
http://www.xinhua.jp/socioeconomy/economic_exchange/359742/
201世界@名無史さん:2013/09/20(金) 01:54:17.75 0
【教科書】 「日本の教科書、韓国史を悪意をもって歪曲」〜日本14出版社の歴史教科書分析した結果「日本政府の主張だけ記述」[09/15]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1379256675/

【ソウル=ニューシス】パク・テロ記者=今年検定を通過した日本国内歴史教科書が韓国史を悪意
をもって歪曲しているという主張が15日提起された。

民主党パク・ホングン議員がこの日、東北アジア歴史財団に依頼して日本国内14出版社の歴史
教科書を分析した結果、日本実教出版の教科書は広開土大王碑の碑文を引用し「倭(日本)が百
残(百済)に勝って新羅を臣民とした」として倭が百済やその他の国を支配したと解説していること
が分かった。

パク議員は「山川出版高校日本史B教科書は百済の義慈王がクーデターで執権したと記述し事
実と違った歴史的誤りを犯し、外交書信に言及しながら当時、倭が統一新羅と渤海を属国と感じ
ていたと記述した」と明らかにした。

彼はまた「清水書院高校日本史A教科書は朝鮮通信使に言及しながら'琉球(今の沖縄)とアイヌ
(今の北海道とサハリンに居住した少数民族)とともに日本地域の辺境にあった政権の外交行列と
共に扱うことによって朝鮮もまた、日本に従属した国家だったように見えた'と記述して朝鮮が日本
の属国のように描写した」と内容を紹介した。

ソース:ニューシス(韓国語) パク・ホングン"日歴史教科書、韓歴史悪義賊歪曲"
http://www.newsis.com/ar_detail/view.html?ar_id=NISX20130915_0012362401&cID=10205&pID=10200
202世界@名無史さん:2013/09/20(金) 12:36:40.43 0
>>201
当時の日本(倭)の技術や軍事力で百済や新羅を荒らしまくったなんて話はあり得ないからな
203世界@名無史さん:2013/09/20(金) 13:18:16.15 0
いや高句麗vs倭が主軸で百済や新羅なんて雑魚ですが何か?
204世界@名無史さん:2013/09/20(金) 14:57:53.43 O
>>202
九州の地方政権だろうが近畿の全国的政権だろうが、百済や新羅より規模は上だよ
三国史記ですら、三世紀末にすでに倭が城攻めをできるほどの規模であることを書いてる
四世紀にはもう本格的に半島に政治介入している
その上好太王碑があり、中国の史書の記述とも矛盾しない
ハッキリ言って疑う余地が無い
統一新羅は唐によって百済高句麗を滅ぼしてもらいながら、その唐から自立を保つという危ない橋を渡っていたから日本にも従属して保険を作っておこうとするのは当たり前
まして当時の飛鳥奈良の律令制軍団は数十万規模で古代における絶頂

と言っても、中国が新羅の王を任命したり人質が取ったりしていたことに比べれば
形式的な朝貢に過ぎないだろうけどね
205世界@名無史さん:2013/09/20(金) 19:47:09.99 O
>>199
しかし初期の高麗は新羅や日本と同じような、
バリバリの近親婚だな。
206世界@名無史さん:2013/09/20(金) 21:23:57.39 0
>>205
継体朝とか天武朝とかもそうだけど後付けとしか思えない
血縁関係が発生するのは後代の政治的要請じゃないかな・・
高麗も新羅もその系譜の元ネタは三国史記だし
三国史記は意図的に捏造された系譜の可能性が高いと思う
207世界@名無史さん:2013/09/20(金) 21:34:35.87 O
>>206
いや、新羅も高麗も王家が一族内で近親婚しているという意味。
208世界@名無史さん:2013/09/20(金) 23:31:05.17 0
>>202
新羅が初めて朝貢したのが521年
百済が400年ごろ
倭は1世紀から朝貢の記録が有り、古くは周代の記録も有る
国家としての成熟度がまるで違う

統一新羅が倭の属国と言うのは言い過ぎだが
唐を裏切った新羅が倭にすり寄ったのは事実
渤海は何故か倭に媚びている
だけども倭は海外出兵を避け鎖国みたいになるw
209世界@名無史さん:2013/09/20(金) 23:34:30.59 0
遊牧民は同姓不婚が多いな。
扶余はわからんが。
210世界@名無史さん:2013/09/20(金) 23:46:18.53 0
扶余ってなんちゃって遊牧民でしょ
騎馬民族とかお茶を濁してごまかしてるけど
211世界@名無史さん:2013/09/21(土) 00:58:31.93 0
>だけども倭は海外出兵を避け鎖国みたいになる

これがようわからん
白村江で懲りたということか?
いや白村江で戦ったり新羅や百済を荒らしまくっていたのはのちに大和朝廷といわれる連中とは別の列島内にいた国だったのではないか?
具体的にいうと九州の
212世界@名無史さん:2013/09/21(土) 01:08:04.70 0
倭の半島進出は鉄生産が目的だったからじゃないかな
でも7世紀には半島南部の森林資源が枯渇し始めた
鉄の精製には大量の燃料が必要だからね
元々半島じゃ森林資源の再生は遅いしもうコスト的に
半島の鉄に価値がなくなってたからじゃないかな
国内の開発が進んで鉄供給が十分なら半島は必要ない
213世界@名無史さん:2013/09/21(土) 01:17:13.11 O
奈良時代中期ぐらいまではまだまだ半島に軍事介入しようという気運があった(藤原仲麻呂など)
けど律令制に基づく大規模な軍隊自体が、民に多大な負担を強いていた
奈良時代末、桓武天皇が大幅な軍縮(健児制)を行って実質半島介入は不可能になる
その隙間を埋めるように数百年かけて武士が台頭していくわけだな

後にというかさすがに白村江の時代には全国的な政権ができてるよ
214世界@名無史さん:2013/09/21(土) 01:20:09.66 0
つうか単純に懲りただけだと思う
奈良から琵琶湖畔に遷都したぐらいだからなw

鉄生産はもっと前から国内で出来た
なんというか
近代の欧米の植民地が続々独立したのと似ている
百済は属国で、新羅は属植民地という感じだな
215世界@名無史さん:2013/09/21(土) 01:23:41.20 0
>>214
属植民地は植民地のミス

>>213
ところが朝廷は蝦夷征討に方針を転換する
民の負担と言うより本能だねw
216世界@名無史さん:2013/09/21(土) 01:39:41.21 0
イングランドが大陸から手を引いた経緯に似てるな
217世界@名無史さん:2013/09/21(土) 01:44:22.00 0
>>216
そのイングランド王は元々大陸にいた
(ノルマンディー公ウイリアム)
よって倭人も高句麗新羅百済伽耶のいずれかっちゅことやね
218世界@名無史さん:2013/09/21(土) 01:46:58.55 O
>>215
いやどのみち蝦夷を従えた後じゃないと軍縮はできなかったと思うよ
中国の場合だと、力を持ちすぎた地方軍に対抗するため逆に軍拡してるんだよな
219世界@名無史さん:2013/09/21(土) 01:53:41.90 O
>>217
イングランドは遺産相続のために介入
日本は百済・渤海の支援
そもそも日本はヨーロッパのようにヨーロッパ王族同士の複雑な婚姻関係は無い

つーかそれ以前にそんな意味不明な類比が根拠になるわけないだろ
狂ってるのか
220世界@名無史さん:2013/09/21(土) 02:01:35.59 0
イングランドは後に海洋国家に転換して大成功を治めた
日本は・・・まあいいか

>>217
それ無茶過ぎw
221世界@名無史さん:2013/09/21(土) 03:23:34.82 0
>>213
藤原氏って元朝鮮人(百済人)だからあんなに半島に執着してたの?
222世界@名無史さん:2013/09/21(土) 04:32:46.38 0
執着してるか?
一部だけだろ
223世界@名無史さん:2013/09/21(土) 04:37:01.97 O
藤氏家伝に百済出自みたいなことが書かれていない時点で少なくとも仲麻呂の時代の藤原氏とは関係無い
鎌足の百済人だとかいうのも古代史を陰謀論にしたい奴が乏しい根拠で想像を膨らませているだけ

つーか日本人を朝鮮人認定すること以外に興味無いんかい
224世界@名無史さん:2013/09/21(土) 06:17:38.95 0
また関東人が歴史を捏造! 「中臣鎌足は蝦夷民族」
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/news/1109512547/

鎌足蝦夷説の真相はどうなのか?
225世界@名無史さん:2013/09/21(土) 08:38:58.17 O
>>217
四択なら馬韓かな?
稲作盛んだったぽいから
226世界@名無史さん:2013/09/21(土) 09:04:18.99 0
結局王建うんぬん以前に、
高句麗の民族構成みたいのが全然わからんな。
227世界@名無史さん:2013/09/21(土) 09:38:35.22 0
>>196
今の朝鮮と靺鞨の共通点について教えてください。
228世界@名無史さん:2013/09/21(土) 09:42:25.05 0
あと新羅と高麗以降の断絶とかも根拠分からんな。
229世界@名無史さん:2013/09/21(土) 12:50:03.34 0
>>224
朝鮮人にされるぐらいなら同じ列島内の倭人の一種であるエミシのがマシだボケ
230世界@名無史さん:2013/09/21(土) 13:17:09.90 0
231世界@名無史さん:2013/09/21(土) 13:51:24.87 0
>>228
新羅の時代は花郎制度=ホモ関係が共同体や軍の結束を保つ基礎となっていた。
挨拶がわりにホモ関係を結ぶことによって互いを信頼しあうというのが新羅の社会であった。
従って儒教的な価値観が中国から流入してホモ=悪ということになると、社会基盤が大きく揺らいで文明が一度崩壊してしまった。
232世界@名無史さん:2013/09/21(土) 22:57:56.84 0
新羅時代は花郎は貴族子弟の若衆のサロンみたいなものだったらしいけど
後代が男娼扱いになったのは不思議な話だよねw
実際にそうなったんでしょう
233世界@名無史さん:2013/09/21(土) 23:47:48.04 0
ソロンゴスの秘密ばらしちゃうぞ byチンギスハーン
234世界@名無史さん:2013/09/22(日) 01:55:29.80 0
花郎制度ってポリネシアとかメラネシアっぽいよね
日本だと若者組か
235世界@名無史さん:2013/09/22(日) 02:09:37.23 0
日本でも中国でも男色はそう珍しいことではなかったけど、多くは個人の趣味の範疇で、それが共同体の結束を固める手段として制度化されてたのはかなり特殊じゃないかな?

あえて言えば薩摩の郷中教育もなんかそれらしい雰囲気がする。
236世界@名無史さん:2013/09/22(日) 07:47:49.29 0
高麗って男系継承にこだわっていたわけではないのか
宗族で考えたら王建は名もなき中国人の子孫になっちまうもんな
今みたいにガチガチに男系社会になったのはモンゴルに支配されてからかな
237世界@名無史さん:2013/09/22(日) 08:36:52.81 0
朱子学導入してからだよ
ハングル版の現代語訳の三国史記って初期の近親相姦系図が削除されてるって話も
238世界@名無史さん:2013/09/22(日) 09:13:50.71 0
建前上、王建は
半島の外に移住してた高句麗王朝の末裔ってことになってるんじゃなかったっけ
239世界@名無史さん:2013/09/22(日) 09:32:30.12 O
>>237
新羅なんか同時代の日本やハプスブルク家と変わらぬ近親婚ぶり。
真骨、聖骨とか。
240世界@名無史さん:2013/09/22(日) 10:15:44.17 0
日本は、朝鮮半島と中国への侵略を繰り返した

http://music.geocities.jp/jphope21/0203/34/225.html

日本は事あるごとに歴史が始まって以来、起こしていた。

( http://music.geocities.jp/jphope21/0103/31/200.html )
241世界@名無史さん:2013/09/22(日) 11:00:19.92 0
>>238
全然なっていない。
高句麗王族は高氏を名乗っている。
高麗はどこの馬の骨か分からない中国行商の倅=中国人が建てた中国系王朝。
ちなみに後の李朝は女真族の李成桂が建てた、これも中国系王朝。
242世界@名無史さん:2013/09/22(日) 11:07:42.31 O
>>241
李成桂が女真であるのが当然みたいに言われてるが、
証拠ってあったっけ。
243世界@名無史さん:2013/09/22(日) 11:21:18.80 0
>>242
李成桂の出身地は咸鏡道とされているが、あの一帯は李氏朝鮮が成立して大分後になって併合されるまでは完全に女真族の支配地帯(それ以前に新羅や高麗に属したこともない)
244世界@名無史さん:2013/09/22(日) 12:15:35.16 0
李成桂の出身地は咸鏡道の南端の方みたいだが・・・
それに李成桂の出身地を治める双城というのは
高麗から元に寝返ったみたいな書き方だけど。
245世界@名無史さん:2013/09/22(日) 15:16:57.70 O
まあ簡単に決めつけるようなことではないな
まして貶めるような意味で言っているなら
246世界@名無史さん:2013/09/22(日) 15:59:44.49 0
>>225
辰韓 弁韓(伽耶) 馬韓(百済)という列島に近い順に侵入してきて各地で王朝を築いたと思われ
辰韓は出雲 弁韓は北九州 馬韓は南九州→大和
247世界@名無史さん:2013/09/22(日) 19:28:42.12 0
>>246
残念だけど、卑弥呼の時代まで
三韓の南に倭が有ったんだがw
248世界@名無史さん:2013/09/23(月) 00:07:43.18 0
三韓程度の規模で日本征服(笑)に出かけたら、本国のほうはじっちゃばっちゃだけで留守番ってことになりそう
249世界@名無史さん:2013/09/23(月) 00:31:18.38 0
>>199
住民が入れ替わったとは言わないまでも、
西ローマ帝国が滅びたときのような、
文明の断絶的な衰退が起こったのかもしれない。
モンゴルシャン略時や日本と女真に侵略された時とか最低二時期。
250世界@名無史さん:2013/09/23(月) 21:23:31.00 0
どっかのスレで「南解次次雄」がナカツツノオと読めると言ったのはなるほどと思った。

あと新羅の初期の王号が「尼師今(にしきん)」と読めるのに対して、白村江の戦いの後百済王族が賜った姓が「百済王(くだらのこにきし)」なんだよね。
251世界@名無史さん:2013/09/24(火) 01:32:46.00 0
ちなみに「尼師今(にしきん)」は錦の御旗のニシキの事。
「百済王(くだらのこにきし)」は国吉士[師]つまり国主の事ね。
千字文を伝えた和邇吉師などの吉師。
252世界@名無史さん:2013/09/24(火) 08:06:29.50 0
>>251
電波乙
少々物知ってればおまえの与太話誰も信じないよ
253世界@名無史さん:2013/09/24(火) 12:51:08.54 0
>>250-251
居西干 次次雄 尼師今 麻立干という斯蘆国(のちの新羅)の王に相当する称号は王朝交代に伴うものらしい
いわゆる中国風の王に統一されるのは六世紀初頭の法興王から
それまでの新羅王は金氏が独占するまで朴
昔(ソク) 金で激しく交代しており特に重要なのは第四代王脱解尼師今(昔脱解)で彼は一説によると日本列島から渡ってきた倭人ではないかと言われている
彼はタバナ国(丹波但馬丹後あたり)からきたといわれている
またそれよりも前から重臣として斯蘆国に仕えてた瓠公も日本からの渡来人といわれ浦島太郎伝説のモデルといわれている
なお南解次次雄の次次雄は巫王を意味する
254世界@名無史さん:2013/09/24(火) 14:44:37.17 0
『隋東藩風俗記』および『隋書』東夷伝には「新羅の王はもと百済人で、海から逃げて新羅に入り、ついにその国に王となった」とある。
521年に梁に朝貢した新羅王は、姓は募、名は秦と記される。「募」という姓は、慕韓とも書かれる馬韓、つまり百済のことである。
564年に北斉に朝貢した新羅王は金真興であったが、これは百済との絶縁のため、金官国の王の金姓を対外用に採用したものであった。
百済が実際に建国されたのは345年頃で、その王家は夫余に起源を持つ高句麗の分派であったため余(夫余)を姓とした。
ならば新羅王が募を姓としたのは、彼らが高句麗や百済の王家につながる系統ではなく、土着の馬韓(慕韓)人であったということになろうか。
255世界@名無史さん:2013/09/24(火) 21:26:44.41 0
第四代王脱解尼師今(昔脱解)とは(タケニシキ)の事だね。
古代 武勇にすぐれ若々しい指導者に(タケル)(タケ)を良くつける。
(例)ヤマトタケル クマソタケル ワカタケル 等々。
256世界@名無史さん:2013/09/24(火) 21:33:20.32 O
>>254
扶余に母国を追い出されたとか。
257世界@名無史さん:2013/09/24(火) 21:50:33.02 0
>521年に梁に朝貢した新羅王は、姓は募、名は秦と記される

秦?
秦氏と何らか関係がありそうだな
258世界@名無史さん:2013/09/24(火) 22:28:30.42 0
稲飯命(いなひのみこと) 稲氷命 彦稲氷命は古代日本の皇族。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E9%A3%AF%E5%91%BD

『新撰姓氏録』右京皇別下新良貴条は、「是出於新良国 即為国主 稲飯命出於新羅国王者組合」とあり稲飯命は新羅王の祖であるとする異説を載せている
(朝鮮の歴史書『三国史記』新羅本紀・脱解尼師今紀では、「脱解本多婆那國所生也 其國在倭國東北一千里」とあり
新羅の4代目の王にして昔氏王統の初代である脱解尼師今は倭国の東北千里にある多婆那国の出であるとされている。
一方で1世紀余時代を下った13世紀末に私撰された高麗の歴史書『三国遺事』では脱解の出身地は龍城国と記されている。
259世界@名無史さん:2013/09/24(火) 22:45:26.63 O
それは、信じたい奴には十分だが
そうでない人間には大して説得力を持たない程度の論拠だな
260世界@名無史さん:2013/09/25(水) 12:18:31.22 0
質問ですが衛氏朝鮮時代に栄えていたといわれる辰国と三韓時代の辰韓は別の国ですか?
聞くところによるとその辰国は馬韓に属していたとか
261世界@名無史さん:2013/09/26(木) 21:11:05.88 P
もし、朝鮮半島を統一したのが
新羅ではなく百済や高句麗だったら
現在の日朝間の関係はかなり違ったものになっていたかもね。
少なくとも恨の精神はなかった気がする。
262世界@名無史さん:2013/09/26(木) 21:42:13.57 O
とりあえず檀君は旧高句麗領の神話で間違いないはず
263世界@名無史さん:2013/09/26(木) 22:01:34.96 0
>>241-245
2chで歪曲されきった朝鮮史がつつかれてきた歴史と蓄積がどんだけあるか知らないのか
過去スレみてこいよ
幸いにも最近じゃ2chの外にもソース豊富な時代になったし、昔の2chからは隔世の感があるな

無知なふりして何が「貶める目的」だよ、反論に困って誘導とはねw
264世界@名無史さん:2013/09/26(木) 22:16:47.88 0
>>253
王朝交代とは関係ないと思われ。
居西干と次次雄は初代と第2代の一人づつしかいないんだからまだ君号が定まっていなかったっけだけだろ
尼師今と麻立干も三国史記と三国遺事くらべると2代ずれてる、つまりこの2代間は併用されてたとみるのが自然だろ
265世界@名無史さん:2013/09/26(木) 22:31:14.32 0
>>260
それは電波説。

結論からいうと「辰国」というのは存在しない。
衛氏朝鮮は中国人の王朝だが、当時の半島南部は先住民が住んでたってだけで
衛氏朝鮮の支配を受けていたことにかわりはない
直轄支配じゃなくて「尼谿相」または「歴谿卿」という官吏か貴族による間接支配だったみたいだが
尼谿とか歴谿ってのは今の慶尚北道内の地名で三国志の時代は「那奚」と書いた。
この先住民地域はすでに「真」(後の辰韓?)「番」(後の弁韓?)に分かれてたらしいが
この時代はまだ馬韓・弁韓・辰韓という言い方はない。

>衛氏朝鮮時代に栄えていたといわれる辰国
>辰国は馬韓に属していた

これ↑はおかしいだろ
衛氏朝鮮の時代に馬韓なんて存在しないし
しかも馬韓に属していたのに栄えていたのは馬韓じゃなくて辰国とか
266世界@名無史さん:2013/09/26(木) 22:34:21.46 0
半島南部を「韓」と呼ぶようになったのは後漢初期からで、それまでは「真番」と呼ばれていた。
武帝時代の「史記」では、朝鮮が「真番の旁らの衆国が」漢に朝貢するのを妨害したと記すが、
後漢前期成立の「漢書」では「真番辰国が」と書き換えられており、辰国も前漢末から後漢初期に出来たらしい。

前108年に朝鮮王国(衛氏朝鮮)が漢によって滅ぼされると、漢は真番をも征服して真番郡を置いた。
真番郡は15の県(城壁に囲まれた町)からなり、郡庁がある[雨言](トウ)県は漢書によれば「長安から7640里(3300km)」にあったとされ、
里程を計算するとソウルを通り越して釜山近郊の金海あたりになる。内陸河川流域の邑を転々と繋いで交易路を抑えたのだろう。
これらの植民市には、漢により燕や斉から移民が送られ、先住民と混血した。

前82年、真番郡は維持コストがかさんで廃止され、北部7県は楽浪郡の管轄となった。これが3世紀初頭に帯方郡となる。
一方、洛東江流域の南部8県にいた中国系住民は、旧県城を根拠地として国々を立て、自ら韓人・秦人を称した。
韓氏は燕の名族で、秦は支那と同じく中国系であることを指す。これが辰国(東の国)、または辰韓である。

半島南西部には県城が少なく、真番の子孫である馬韓の諸族が野蛮な生活をしていた。
辰韓の諸国は、隣国馬韓の小王を辰王に共立して辰韓諸国共通の利益代表とし、
馬韓に交易の利潤を融通して余計な争いを避け、庇護も取り付けたと見られる。のち、辰韓から分離(弁別)した国々が弁辰となった。
267世界@名無史さん:2013/09/26(木) 22:40:02.07 0
半島南部には倭が有った
韓の南には倭が有った
268世界@名無史さん:2013/09/26(木) 22:40:25.23 0
>>262
いや、それも微妙だよ
檀君神話の舞台というか伝承地である妙香山は鴨緑江と平壌の中間くらいの場所
旧高句麗領だってのは理屈の上では合ってるが
高句麗時代に檀君神話ができてから高麗領になったわけではない
高句麗が滅んだ後、あそこ(平壌付近)は新羅と渤海国の国境付近となり
両国の辺境として寂れてしまってからの歴史が長い
人文学の素材となるような文化は途絶えていたんであって
古い歴史を遡るような伝承を期待するのは無理
王氏高麗が北進して領土を北に伸ばしてから仏教が栄えて
その後で仏教説話の一環として檀君神話が書かれてる
つまり高句麗がどうたらって話は無理
269世界@名無史さん:2013/09/26(木) 23:05:10.36 0
じゃあどちら側から持ち込まれたのかもわかりませんね。
270世界@名無史さん:2013/09/26(木) 23:13:38.15 0
>>266
なるほど。
辰王が>>254に出てきた慕秦という人物ですな。
271世界@名無史さん:2013/09/27(金) 02:05:49.96 0
檀君神話では熊が女になって桓雄の嫁になり
2人の間に檀君が誕生
虎は途中で試練にガマンできなくて人間になれない
高句麗つまり余夫族のトーテムは虎
靺鞨は熊・・
まぁそうゆう事でしょ
272世界@名無史さん:2013/09/27(金) 02:27:23.75 0
高句麗の自称は少なくとも6世紀からは高麗だったのに(これを受けて日本書紀も高麗=コマと表記している)、高麗(コウライ)の時期に書かれた正史である三国史記には高句麗本紀となっているくらいだからな。
王建個人の出自はどうあれ、高句麗と高麗の間は伝承もほとんど断絶していると見るべき。
273世界@名無史さん:2013/09/28(土) 01:10:14.45 0
新羅の朴 昔 金の三氏による王朝交代はその起源から政情が不安定だったことを物語っている
日本の古代王朝も似たようなことがあったと思うのだが新羅は日本みたいに捏造した歴史書を書いて万世一系などと偽らなかっただけマシだな
274世界@名無史さん:2013/09/28(土) 03:45:07.82 0
>>273
いやいや
記紀も捏造じゃないぞ、事実だ
その証拠に出雲から高層神殿が見つかった
銅鐸・銅鉾も大量に見つかった
学者が馬鹿ぞろいだから付いて行けないだけ
275世界@名無史さん:2013/09/28(土) 09:24:03.37 O
>>273
王朝交代というより、
最低三氏族による回り持ちから
金氏だけになったんかも
でも金氏は馬韓人だったな
276世界@名無史さん:2013/09/28(土) 12:23:32.48 0
10世紀に貴族の朴氏が王位を簒奪した時に系譜を加上した
277世界@名無史さん:2013/09/28(土) 13:20:51.93 0
>>274
>記紀も捏造じゃないぞ、事実だ

事実かも知れんが記紀は天皇家が朝鮮半島にいた頃の思い出話なんだよ
278世界@名無史さん:2013/09/28(土) 13:33:19.18 O
金、朴以外の姓はどうなった
279世界@名無史さん:2013/09/28(土) 13:46:01.00 0
あ、でもベトナムは固有姓なんか一個もないからまだマシか。
280世界@名無史さん:2013/09/28(土) 13:55:33.22 0
ベトナムは中原における覇権争いから途中でドロップアウトしただけで、れっきとした長江文明の末裔だから宗主国様に媚びて創氏改名したどこかの半万年属国と比較にならない
281世界@名無史さん:2013/09/28(土) 14:05:16.38 0
ドンソン文化はベトナムにあらずってことか。断絶説は人気あるからな
282世界@名無史さん:2013/09/28(土) 14:32:56.03 0
>>280
それでも古代(春秋時代?)に改名したことになっちゃうよ。
283世界@名無史さん:2013/09/28(土) 14:47:50.30 0
>>272
そりゃ紛らわしいから、
古代高麗のほうを高句麗に変えただけのような気が。
284世界@名無史さん:2013/09/28(土) 15:04:00.67 0
唐あたりは高句麗って書いてるよね?
高句麗って当て字が気に食わなかったから高麗にしたんじゃない?
あと日本に来た渤海の使者は自分は高麗人だって言ってたので
平安時代の日本では渤海=高麗だった
285世界@名無史さん:2013/09/28(土) 15:04:44.84 0
朝鮮では20世紀でも女や子供、身分の低い男は固有語名だったらしいが、
ベトナムではどうだったんかね?
286世界@名無史さん:2013/09/28(土) 21:56:29.50 0
>>278
昔(ソク)氏は渡来人という理由で廃れたのかも知れんね
287世界@名無史さん:2013/09/28(土) 22:39:45.44 0
済州島の伝説だと穴から出て来た先住民に
倭から来た姫が農業を教えたw
288世界@名無史さん:2013/09/28(土) 22:47:03.90 0
>>286
とはいえ金氏も馬韓からの渡来人みたいだけどね。
289世界@名無史さん:2013/09/28(土) 23:18:10.44 0
 
歴史は日本では「ヒストリー」だが、中国では「プロパガンダ」、韓国では「ファンタジー」であるという話がある。

5年前に米スタンフォード大学の研究グループが米国、台湾を加えた各国の歴史教科書を比較研究して得た結論だ(読売新聞2008年12月16日付)。
290世界@名無史さん:2013/09/29(日) 02:50:46.32 0
韓国人「高麗人はどのような暮らしをしていたのだろうか?」
http://blog.livedoor.jp/kaikaihanno/archives/33415686.html
291世界@名無史さん:2013/09/29(日) 04:03:57.28 0
>>290
役人が文書で記録することも保管することもしない…
いわゆるケンチャナヨ精神ってことだろうか。
高麗以前からずっとそんな感じだったとすると、文献がなにも残っていないのも当然だな。
292世界@名無史さん:2013/09/29(日) 08:48:47.33 0
>>288
昔は日本列島からの渡来人だったから嫌われたのかもね
そんな時代にナショナリズムはなかったって?
倭寇で半島内荒らしまくってたからな当時の倭人は
293世界@名無史さん:2013/09/29(日) 09:01:39.65 0
>>289
最もデタラメな史書「記紀」を元にしている日本(倭)が「ヒストリー」って君w
韓国朝鮮はともかく正史二十四書をもった中国の史料が最も信頼がおける
従って朝鮮韓国日本の古代史の第一級史料は中国のもであって日本のものなんてありえない
「記紀」こそ当時の倭国の分国体制の事実を否定するものであり現天皇家の一元的支配及び万世一系説といった誤った歴史観を植え付ける「プロパガンダ」に過ぎない
こんなくだらない史料を元にしているから未だ邪馬台国の位置すら否定できないでいる
294世界@名無史さん:2013/09/29(日) 10:25:49.73 0
>>292
そういや平安時代の日本でも、
渡来系氏族がその出自を恥じるようになっていたらしい。
295世界@名無史さん:2013/09/29(日) 10:47:35.27 P
新羅が平安時代にいろいろやらかしたのも原因じゃないかな

新羅の僧侶が熱田神宮に忍び込み草薙の剣を新羅に持ち出そうとしたり
対馬に度々、新羅が侵攻してきて、人浚いをしたり
296世界@名無史さん:2013/09/29(日) 10:50:32.26 0
>>295
今とやってることが全く変わらないな
297世界@名無史さん:2013/09/29(日) 11:26:00.40 P
>>296
そう他の百済や高句麗が比較的普通な国なのに対し
新羅は今の韓国とやっている事は完全に同じという。
やっぱり新羅がもし半島を統一していなかったら
朝鮮半島は普通の国になっていたような気がする
298世界@名無史さん:2013/09/29(日) 11:26:17.42 O
>>296
上に倭寇の話が出てます
299世界@名無史さん:2013/09/29(日) 11:59:35.97 0
>>298
1.この時代には倭寇などまだ存在しない
2.日本は国家レベルで海賊行為を推奨したことは一度もない(古代の軍事行動は中華王朝のお墨付きも得た上での治安維持活動)
3.倭寇は、ごく初期の個人レベルでの元寇に対する報復と思われる小規模の襲撃を除いて高麗人(日本人を騙って悪事を働くのも今と同じw)、後にはチャイナマフィアが主体
以上
300世界@名無史さん:2013/09/29(日) 12:17:50.34 0
>>299
じゃあ新羅や百済や伽耶諸国を荒らしまわった倭の海賊行為は何て呼ぶの?
301世界@名無史さん:2013/09/29(日) 12:23:09.94 0
>>297
だから言ってんじゃん
統一新羅は唐も植民地みたいなものだって
一方高句麗遺民は粟末靺鞨と組んでつくったのが渤海だって
渤海は長続きしなかったけどな
302世界@名無史さん:2013/09/29(日) 12:36:01.89 0
>>300
そもそも最初は高句麗、後には新羅が半島を荒らしまわっていたから百済や伽耶諸国は倭に保護を求めた。
海の向こうからきて沿岸荒らして回るだけの海賊に、盗人に追い銭よろしくわざわざ朝貢したりする馬鹿はいないだろw
303世界@名無史さん:2013/09/29(日) 12:47:29.19 0
【韓国】日帝は韓国の歴史書を焼き捨てたり、略奪して正倉院に隠した。古代史が根こそぎ奪われたのだ★2 [09/23]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1379998427/
304世界@名無史さん:2013/09/29(日) 14:20:29.28 0
>>299
元寇が始まる前に初期倭寇もあるし、
倭寇が本格的に活発になるのは元寇から数十年経ってて遺族はいない。
前期倭寇も大多数が高麗人だったなんて言ってる奴なんか聞いたことない。

要するに、治安の悪くなった方がもう片方に対して海賊行為やってた、
というだけの話じゃね?
305世界@名無史さん:2013/09/29(日) 15:36:46.73 0
306世界@名無史さん:2013/09/29(日) 16:13:30.97 O
>>304
いや、実際に被害を受けた世代より次世代の方が被害者感情が強くなることもあるのは
実感で分かるだろう
307世界@名無史さん:2013/09/29(日) 16:39:08.99 0
経済的理由で攻めたくなった時にゃ古事記・日本書紀や三国史記やそのネタ本とか
とにかく都合の良い理由を拾えれば良い程度の扱いかもね
308世界@名無史さん:2013/09/29(日) 19:05:20.02 0
>>304
前期倭冦は対馬など被害を受けた地域が主体だった
あと治安が悪いと海外遠征は出来ないよ
本拠地を留守にするわけだからな
309世界@名無史さん:2013/09/29(日) 20:37:04.62 0
じぇじぇじぇ
韓国、「海女」の世界遺産登録急ぐ…ライバルは日本
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=0929&f=national_0929_043.shtml
>報道によると、「海女」の文化は日本と韓国にしか存在せず、

北朝鮮に無いようだし中国起源の文化でも無いようだ
まあ半島南部は古代は倭だったから韓国に微小に残っているのも当然かな
310世界@名無史さん:2013/09/30(月) 01:17:31.10 0
>>308
海賊の基地は海賊やそれと結んだ勢力によって治められているだろうけど
それを治安が良いと言ったものかどうかってとこだな
中央集権・統制が緩んでいるとは言えそうだ
311世界@名無史さん:2013/09/30(月) 13:41:02.42 0
>>266
真番ってシマに近い音だっただろう
312世界@名無史さん:2013/10/01(火) 00:03:35.87 0
他スレ(エベンキスレ)に俺が書いた内容を転載してみる。

608:世界@名無史さん[sage] 投稿日:2013/09/23(月) 20:46:57.90 0
585の、着眼点と言いたいことは分かるが、推論は間違ってると思うなあ。

これ、朝鮮の「民族的アイデンティティ」に、本音と建前の2つの方向性があるという問題。
これは、事大するか独立するか、という問題ではない。
朝鮮というのは、本音では新羅の末という「現実がある」が、建前では高句麗の末と「思いたい」んだ。
なぜこうなったのかといえば、(いわゆる統一)新羅の成立事情が悲惨で、目を背けたいから。
朝鮮南部というのは、地政学的な草刈り場で、
北方の大陸満州国家の高句麗と、南方海洋島嶼国家の大和(倭国)の確執の場だった。
この状況から脱するため、西方の中華帝国に全面事大して、中華の威光をバックに存立を図ろうとしたのが、
朝鮮南部の土豪たちで、彼らの最終勝者が新羅ということになる。
ところが、これでは半島南部に逼塞することが必定となるから、鏡を見るのも辛いwww
新羅が内乱状態になり、新羅北方辺境の豪族が高麗を建てると、ただの新羅北方辺縁にすぎないのに、
これを斜め上に伸ばして、「高句麗勢力の末裔としての高麗」と自らを位置づけ始めた。
ここに「建前としての高句麗の末」という発想が始まる。
だが、中身はあくまで新羅の後継であって、言語・文化・血統は新羅そのものであって、
「ボーは高句麗の末ろ」と言えず、「ウリは高句麗の末ニダ」と言わざるを得なかった。
ここに、朝鮮の自画像の矛盾が生じる。


高氏高麗は、建国以来執拗に「高句麗」と「平壌」にこだわっているが、実際には無関係と思われる。
むしろ、単に新羅辺境の田吾作が政権を簒奪しただけで、本当は無関係だったからこそ、
必死で、都市伝説的な嘘ルーツにこだわったのではないか。
313世界@名無史さん:2013/10/01(火) 01:28:58.43 0
しかし旧百済領が百済を名乗った程度の理由かもしれん
314世界@名無史さん:2013/10/01(火) 07:06:44.37 0
王氏高麗が高麗を名乗ったのは高句麗の跡地だったからで深い意味はないでそ
高麗は新羅の禅譲を受けているのだから建前上新羅の後継国家で
公式には高句麗でなく新羅を正統としている
315世界@名無史さん:2013/10/01(火) 07:37:53.25 0
宋以前の中国の王朝名と同じノリだろう
王統の連続性じゃなくて最初に王朝が興った地が基準
316世界@名無史さん:2013/10/01(火) 08:13:58.54 0
じゃあ高麗は高句麗との民族的連続性はないと
317世界@名無史さん:2013/10/01(火) 10:08:29.39 O
>>314
そういや「鶏林」とか名乗ってたな
318世界@名無史さん:2013/10/01(火) 20:42:24.28 0
http://bloodtypes.jigsy.com/East_Asia-bloodtypes

China
中華人民共和国

ABO O48 A28 B19 AB5
Rh negative 0.6


Korea
朝鮮

ABO BLOOD TYPES

ABO
O37 A33 B21 AB9
Rh
Rh negative 0.72
319世界@名無史さん:2013/10/01(火) 20:51:30.27 0
http://www47.atwiki.jp/wikirace/pages/24.html
朝鮮民族の血液型の比率
平壌 O型51% A型23% B型17% AB型9%
議政府市 O型40% A型30% B型20% AB型10%
金浦市 O型41% A型31% B型19% AB型9%
高陽市 O型43% A型27% B型22% AB型8%
ソウル O型39% A型31% B型23% AB型7%
南楊州市 O型36% A型33% B型22% AB型9%
城南市 O型39% A型31% B型23% AB型7%
光明市 O型40% A型30% B型20% AB型10%
春川市 O型40% A型30% B型21% AB型9%
富川市 O型42% A型29% B型21% AB型7%
安養市 O型40% A型29% B型23% AB型8%
水原市 O型42% A型28% B型21% AB型9%
仁川 O型34% A型34% B型23% AB型9%
大田 O型33% A型33% B型24% AB型10%
清州市 O型36% A型33% B型23% AB型8%
大邱 A型36% O型31% B型25% AB型8%
光州広域市 A型38% O型28% B型26% AB型8%
釜山 A型38% O型27% B型27% AB型8%
金海市 A型38% O型28% B型25% AB型9%
昌原市 A型40% O型28% B型23% AB型9%
全州市 A型37% O型28% B型27% AB型8%
蔚山 A型32% B型31% O型27% AB型10%
羅州市 A型41% O型33% B型18% AB型8%
人口の多い都市の資料
320世界@名無史さん:2013/10/01(火) 21:00:51.27 0
※朝鮮民族が建てた朝鮮民族による朝鮮民族の為の 国家は有史以来存在しません。 箕子朝鮮は中国の殷の中国人箕子の国で、衛氏朝鮮 は中国の燕の中国人衛満の国で、 箕子朝鮮の準王が馬韓で韓王となり馬韓を支配し、
馬韓が百済となり、
その後は楽浪郡・真番郡・臨屯 郡・玄菟郡の漢四郡が設置され、
朝鮮半島中北部は400年間中国の植民地で、
高句麗 と渤海はツングース民族で同じツングース民族の満 州族と同系で、
新羅は『後漢書』『三国志』『晋書』『北史』によ ると、
秦の始皇帝の労役から逃亡してきた秦人の国 で、
その後、唐が旧高句麗領を安東都護府、旧百済領を 熊津都督府、新羅を鶏林大都督府として朝鮮半島全 域を支配して、
高麗王朝時代には朝鮮半島北西部は東寧府、双城総 管府の植民地となり、
忠烈王以後のの高麗王はモン ゴル人で、
李氏朝鮮の創始者で朝鮮王の李成桂は女真族。

中国のEthnic groupの血液型

Manchu people 满族
O49 A34 B13 AB4

Koreans in China 朝鲜族
O49 A29 B18 AB4

Mongols in China 蒙古族
O56 A29 B13 AB2
321世界@名無史さん:2013/10/01(火) 21:40:02.58 P
日本にA型が多いのは縄文人のおかげだろうな。白人もAが多いらしい
322世界@名無史さん:2013/10/01(火) 22:02:59.61 0
弥生人は朝鮮人ではない1999年3月 18日に、すでに江南人骨日中共同調査団が 「長江下流域の古人骨と北部九州・山口の渡来系弥 生人骨のミトコンドリアDNAが一致した」と発表 している。
323世界@名無史さん:2013/10/01(火) 22:43:54.54 0
縄文時代は1万5千年から始まるから 

まだ氷河期で北東アジアのツングースの祖先がアメリカ大陸に渡っていった時期だから 初期縄文人はインディアンと同じくO型だよ 

ロシアのツングース系の血液型は80%がO型 
アメリカ先住民も90%O型だからね 
後期太平洋の南方からきた人はA型が多かったんじゃないのかね
324世界@名無史さん:2013/10/01(火) 23:05:17.35 0
日本人A型のルーツは. チベット系とインドとビルマの南の海上にあるアンダマン諸島。

血液型も日本チベットアンダマン諸島はA型が多い。
アンダマン諸島の祖先がヒマラヤに進出してチベット民族になった  
その後 
チベット系民族は揚子江に進出したが中国春秋戦国時代末期 

秦の大陸統一前後に日本に逃げ込むようにやって来たと推察する 

これが弥生人でしょう
325世界@名無史さん:2013/10/01(火) 23:36:28.87 0
ABO 血液型遺伝子多型のPCR-SSCP 法による解析とその応用
http://www.tech.tsukuba.ac.jp/2007/report/08_Nakamura_Report_2007.pdf

人類学分野への応用

A101 alleleとA102 alleleはともにA1alleleグループに属し、np467がCからTに置換しそれに伴いアミノ酸156コドンがprolineからleucineに変化している。
しかしアミノ酸置換に伴う糖転移酵素の活性には変化は見られない。図5は、A101とA102の出現頻度の比較を行った結果をグラフで示したものである。
コロンビアはA型alleleの数が10と少ないので統計から除いた。A101とA102の頻度に大きな人種による差が存在する。

今回の調査ででCaucasian(米国白人)では遺伝子頻度がA101(0.25) > A102(0.083)でA101の頻度が高かったが、
Oriental(アジア人)では全体の平均ではA101(0.054) < A102(0.199)とA102の頻度が高く、Caucasianと逆転していた。
文献検索によるとペルシャ湾岸のクエートでもA101(0.112) > A102(0.018)でA101の頻度が高く、
米国白人ではA101がA型全体の75%であるのに対しクエートでは86%を占めている。

一方ミャンマーのA101の頻度は0.064でA型全体でA101型の占める割合が32%であるが、中国上海は0.031で14%と低く、
一方モンゴルでは0.038、23%、日本全体では0.057、21%とその中間の値であった。

太平洋ソロモン諸島ではA101(0.180) > A102(0.130)でA101が58%と若干上回っている。
A101を基準とした場合アジアでは古い地域にA101遺伝子が多く残り、新たに変異したA102遺伝子があとからアジア地域に広まっていったのではないかと示唆されるが、
これにはさらに多くの民族の検証が必要である。

また日本各県の比較では最もA101頻度の高い高知県と頻度の低い山口県の間にP<0.03の有意差があるが、これも日本列島に各地からの民族が移り住んだ結果かもしれない。

図5.A101とA102のallele頻度のA型全体に対する割合の地域別比較米国白人とアジア人では頻度が大きく異なっている。
またアジア各地域の他、日本各県の頻度にも差がある。
326世界@名無史さん:2013/10/02(水) 00:18:58.93 0
>>324
ウリナラ人みたいなモノの考え方をするなよ
なんでおもっくそスレ違いなことをスレで扱ってる土地に現在住んでる人々みたいな思考回路で土人起源ニダって言うんだ(´・ω・`)

マジレスするとアンダマン諸島人は島にいたから大陸のモンゴロイド化(B型の割合の増大や顔の平坦化や肌の色素の減少などといった遺伝子プールの流行の変化)に取り残された顔の凸凹したいわゆるオーストラロイドだ
アイヌ・縄文人は旧モンゴロイドなので見方によっては白いオーストラロイドともいえなくもない
チベット人は新モンゴロイドだが山岳地帯なので(人の行き来が少なくあんまりマジェマジェされないで)周囲から取り残されて保存される遺伝子の持ち主も少なくないだろう
両者の祖先が元々いたのはスンダランド周辺のアジア南部であり、アンダマン諸島に局限された話ではない

だから「日本人A型のルーツは. チベット系とインドとビルマの南の海上にあるアンダマン諸島。」というのは人間の移動は一方向しかないという点でウリナラ式思考が甚だしいニダ<丶`∀´>
327世界@名無史さん:2013/10/02(水) 00:29:35.25 0
>>318-326
遺伝子厨はまとめて氏んでください
328世界@名無史さん:2013/10/02(水) 00:31:33.02 0
>>326

お前馬鹿なの 
アンダマンの人々はアボジリニと一緒で出アフリカからユーラシアに最初にでてきた人々と言われてる 

そういった人たちが寒冷地のヒマラヤやらシベリアに進出し環境適応してモンゴロイドになるわけだよ        
329世界@名無史さん:2013/10/02(水) 00:35:55.88 0
>>319
俺の持っているのと割合が違うんだが。
俺の持っているのでは韓国人全体で、ABOABで33、32、23、12ぐらいだったはず。
0型が少なく、北方系に近い割合。
またB型が多くモンゴルに近い。
330世界@名無史さん:2013/10/02(水) 00:54:06.40 0
これは荒らしとみなしてよろしいでしょうか ? >血液型云々いってる奴
331世界@名無史さん:2013/10/02(水) 00:59:19.61 0
>>329
韓国自体がいい加減なんじゃね 
最近じゃ韓国の血液型構成は、O型27% A型33% B型27% AB型13%だそうです(韓国保健福祉部の調査)
オランダ人の調査のほうが信じられるし 
都市部血液型でもO型が多い 
歴史的背景はツクグース系はO型80%だからねそういった人々が朝鮮半島に流れ込んでいる歴史的事実がある  
ソウル以南にA型が増えるのは謎だがね ルーツが違うんだと思う 戦前でも北はガタイが大きいで知られていたから
332世界@名無史さん:2013/10/02(水) 01:09:36.06 P
>>331
>ソウル以南にA型が増えるのは謎だがね ルーツが違うんだと思う

古代百済(倭人)の子孫しか考えられないだろ
333世界@名無史さん:2013/10/02(水) 01:10:01.46 0
AOやBOがO型として発現しないのに、O型がやたら多いって
外部との交雑が相当少なかったんだろうな
334世界@名無史さん:2013/10/02(水) 01:23:31.21 0
>>333
日本人もO型30%だし華北や満州もO型多いんだからどう混血してもO型減らねえだろ
335世界@名無史さん:2013/10/02(水) 02:48:43.31 0
>>328
日本語と空気が読めないキョッポは釜山港へ帰って兵役行って来いニダ
336世界@名無史さん:2013/10/02(水) 03:09:18.92 0
>>320
凄いなあっている
>高句麗と渤海はツングース民族で同じツングース民族の満州族と同系で
これは少し違うが
337世界@名無史さん:2013/10/02(水) 07:53:01.10 0
なにせ女真と靺鞨は近いからねぇ・・
338世界@名無史さん:2013/10/02(水) 11:41:12.13 0
血液型よりYDNAのほうが分り易い
339世界@名無史さん:2013/10/02(水) 13:30:03.04 0
Polymorphisms and allele frequencies of the ABO blood group gene among the Jomon, Epi-Jomon and Okhotsk people in Hokkaido, northern Japan, revealed by ancient DNA analysis
http://www.nature.com/jhg/journal/v55/n10/fig_tab/jhg201090ft.html
Allele frequencies of the ABCC11 gene for earwax phenotypes among ancient populations of Hokkaido, Japan
http://www.nature.com/jhg/journal/v54/n7/fig_tab/jhg200956ft.html
340世界@名無史さん:2013/10/02(水) 13:43:08.97 0
Table 1. Genotypes of the ABO blood group gene of the Jomon/Epi-Jomon and Okhotsk specimens
http://www.nature.com/jhg/journal/v55/n10/fig_tab/jhg201090t1.html
Table 2. Allele frequencies of the ABO blood group gene in ancient populations of Hokkaido, and Asian, European and Oceanic populations
http://www.nature.com/jhg/journal/v55/n10/fig_tab/jhg201090t2.html

Allele frequencies of the ABCC11 gene for earwax phenotypes among ancient populations of Hokkaido, Japan
http://www.nature.com/jhg/journal/v54/n7/fig_tab/jhg200956f2.html
Table 1. The ABCC11 genotypes of the Jomon/Epi-Jomon and Okhotsk specimens
http://www.nature.com/jhg/journal/v54/n7/fig_tab/jhg200956t1.html
341世界@名無史さん:2013/10/02(水) 14:02:24.63 0
●Luminexシステムを用いたABO血液型遺伝子解析 ―日本人および韓国人の集団試料について―
http://abs-kyushu.kenkyuukai.jp/images/sys%5Cinformation%5C20120204140318-4306C97987F05454C1B7940827C7B633BA4E08633F0989CFCB912A3A608BD3B6.pdf
342世界@名無史さん:2013/10/02(水) 14:10:08.74 0
Luminexシステムを用いたABO血液型遺伝子の自動解析
http://bsacsb.files.wordpress.com/2010/12/e68a84e98cb2e4b880e888ace6bc94e9a18c2-7.pdf
343世界@名無史さん:2013/10/02(水) 14:17:26.40 0
ABO血液型におけるA-weak表現型関連アリールの解析

○沖浦 達幸1)、小野寺 到1)、田邉 亮介 1)、宍野 宏治1)、西向 弘明1)、福森 泰雄2)

1)愛媛大学大学院病態解析学講座法医学分野、2)大阪府赤十字血液センター

【目的】 ABO血液型にはA101、A102、B101、O01およびO02の主要な5種類のアリールがあり、それらの頻度は世界の集団間に差が見られる。
そして今日では稀な変異型に関係するアリールの解析が進められている。
今回、我々は日本人から検出したA型変異表現型のうち、A-weak表現型(A抗原量が非常に低いタイプ)に関連するアリールの解析を行った。

【方法】 試料は血清学的方法でA-weak表現型をもつと判定された日本人のDNAを使用した。
ABO遺伝子のエクソン6および7の塩基を、PCRダイレクト・シークェンシングを行い解析した。

【結果とまとめ】 DNA塩基配列を解析したところ、15種類のA-weak表現型関連アリールが検出され、2つのグループに分類できた。
グループ1は、基本配列はA101またはA102と同様であるが467番より下流に塩基変異が1ヶ所あるもの(12種類)、グループ2は、646番塩基はAで、
それより下流に塩基変異が1ヶ所または3ヶ所あるもの(3種類)であった。
グループ2はすべてAel表現型関連アリールであり、検出数はA-weak全検体数のほとんど(90%)を占めていた。
344世界@名無史さん:2013/10/02(水) 14:25:05.57 0
血型分子诊断技术进展与应用 浙江省血液中心
http://www.jsblood.com.cn/data/download/1372979340597587468.pdf
345世界@名無史さん:2013/10/02(水) 14:45:08.95 0
ゲノムから読み解く 日本人の起源
http://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_files/gf_14/4/notes/ja/04saito.pdf
346世界@名無史さん:2013/10/02(水) 16:16:27.46 0
血液型馬鹿は出て行けよ
347世界@名無史さん:2013/10/02(水) 19:29:57.48 0
>>334
いや中国では南方はO型が四割超えるけど、華北では三割切る。
東南アジアやフィリピンなどはO型が五割超える。
逆にモンゴルや北方狩猟民(アイヌも)はO型が少ない。アイヌは二割くらいだったかと。
古くて純潔っぽいアイヌが最も古いO型が少ないのは違和感あったから覚えている。
348世界@名無史さん:2013/10/02(水) 19:58:37.08 0
アイヌはAとBが3割以上で拮抗してる
349世界@名無史さん:2013/10/02(水) 20:01:44.79 0
アイヌの血液型頻度

日高平取
A32 B32 O18 AB18

日高静内
A44 O36 B15 AB5

全体 A37 O30 B24 AB9
350世界@名無史さん:2013/10/02(水) 20:07:25.10 0
古畑種基(1962年)サンプル、32430人
沖縄…O型32.96% A型36.03% B型21.61% AB型9.40%

サンプル509人←日高平取地区での途中経過だと思われます。
アイヌ (O型)17.0% (A型)31.8% (B型)32.4% (AB型)18.4%
http://www10.ocn.ne.jp/~kanam/distribution_of_a_blood_type.html
アイヌ(サンプル563人)1934年調査
日高平取(O型)17%(A型)32%(B型)33%(AB型)18%

アイヌ
(サンプル504人)1936年調査
日高静内(O型)36%(A型)44%(B型)15%(AB型)5%

※アイヌ(O型)28%(A型)36%(B型)26%(AB型)11%
http://www.human-abo.org/databank/japanmap.html
351世界@名無史さん:2013/10/02(水) 21:04:50.67 0
>>348
そうそう、血液型の割合でいけば、アイヌと朝鮮人は一致度が高かった。
ABがほぼ同じで、Oが少なく、必然的にABがわりと多い。
>>349
日高平取が近いな途中経過だったのか?
352世界@名無史さん:2013/10/02(水) 21:26:24.69 0
アイヌにBも多いのはオホーツク人の遊牧民と交わった分
朝鮮人にBが多いのはモンゴル人や女真やエベンキの遊牧民にレイプされたから
353世界@名無史さん:2013/10/02(水) 22:05:30.68 0
354世界@名無史さん:2013/10/02(水) 23:27:36.17 0
血液型で起源なんか
絶対に分かりませんから
355世界@名無史さん:2013/10/03(木) 03:23:37.94 0
遺伝子解析のが頼りになると思う
356世界@名無史さん:2013/10/03(木) 04:29:39.56 0
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

カラオケボックスで女性を泥酔させレイプした在日韓国人
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21896717

暴力団員を装い12歳〜24歳の日本人女性
     18人をレイプしまくった在日朝鮮人逮捕
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21896539

女子高生のかぎっ子を狙って連続レイプした韓国人を逮捕
         余罪20件以上
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21896599

女性をバッグに詰め込んで、自宅でレイプした韓国人を逮捕
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21896435

日本の猟奇事件のほとんどすべてが在日朝鮮人の仕業だった
http://www.youtube.com/watch?v=cjfppNK9ObI

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
357世界@名無史さん:2013/10/03(木) 07:38:55.62 0
血液型の割合。
国際赤十字出展
日本.Japan:A39%O28%B23%AB10%
中国.China:O54%A23%B21%AB2%
チベット.Tibetan:A42%O24%B24%AB10%
モンゴル.Mongolia:O57%A28%B13%AB2%
朝鮮.Korea:O38%A30%B21%AB11%

日本とチベットを除けばO型が最多い       
 中国国内の満州人や朝鮮族もO型が半分を占める 
 ロシア国内のツクグース族は80%はO型
358世界@名無史さん:2013/10/03(木) 07:45:02.03 0
ツクグースとアメリカインディアンは遺伝子が似通います
朝鮮民族もツクグースと似ているし
359世界@名無史さん:2013/10/03(木) 09:20:17.69 P
韓国は身長詐欺や整形詐欺はもちろん、血液型詐欺もしてるだろう。日本人に少しでも似るようにA型を誇張しB型を少なく申請
360世界@名無史さん:2013/10/03(木) 11:46:10.00 0
>>332 
あり得ない話ではない 

百済王に倭人がなっているぐらいだから。 

で現在百済地域の人々が昔から差別の対象になっている理由だと思う
361世界@名無史さん:2013/10/03(木) 12:55:21.04 0
遺伝子とか血液型はスレ違いだろ
古代朝鮮三国史の話しろ
362世界@名無史さん:2013/10/03(木) 13:27:20.70 0
日本と百済VS唐と新羅の戦争であった白村江の戦い。
韓国では全羅道(旧百済地域=朝鮮半島南西端の地方)出身者が1300年たった今でも差別され、
新羅であった今の慶尚道と対立している。

なぜ1300年も経過した今でも変わらないのか??
363世界@名無史さん:2013/10/03(木) 13:44:06.24 i
>>362
確かに現代の中国で呉人と越人が対立してるとか、蘇漢の人間がいがみあってるなんて話は聞かないし、日本でも出雲や熊襲の末裔が今だに差別されているなんてこともない。
なぜ半島だけそこまで対立が根深いのかはちょっと謎だ。
364世界@名無史さん:2013/10/03(木) 15:51:02.13 0
新羅地域の住民の頭がおかしいと考えれば大体の説明はつくよw
365世界@名無史さん:2013/10/03(木) 16:12:12.69 0
粟末靺鞨の血が濃い新羅地域の住民
366世界@名無史さん:2013/10/03(木) 16:35:13.05 0
一方百済の方は扶餘系だろ
367世界@名無史さん:2013/10/03(木) 18:05:21.34 0
新羅の方も差別されてたような
つまり韓国は朝鮮の被差別地帯
368世界@名無史さん:2013/10/03(木) 18:15:24.57 0
369世界@名無史さん:2013/10/03(木) 18:49:15.60 0
Yes
高麗以降は旧高句麗→旧新羅→旧百済地域のカースト
370世界@名無史さん:2013/10/03(木) 20:25:47.32 0
>>368
そういう顔は朝鮮では賎民と見られてたような
371世界@名無史さん:2013/10/03(木) 20:52:19.25 0
まとめ

高句麗 扶餘
百済 扶餘
新羅 粟末靺鞨
高麗 扶餘
李朝 女眞(黒水靺鞨)
372世界@名無史さん:2013/10/03(木) 21:00:45.98 i
「ぷよぷよ」なるゲームはもともとは「扶余扶余」と表記し、統一新羅で流行った旧高句麗・百済の遺民を崖から蹴落として死亡者の人数を競うスポーツが起源(嘘)
373世界@名無史さん:2013/10/03(木) 21:22:44.69 0
全羅道差別って前近代からあったんか?
http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/03/29/2882428
374世界@名無史さん:2013/10/03(木) 21:59:18.12 0
済州島差別は昔からだと思う
375世界@名無史さん:2013/10/03(木) 23:55:08.87 0
>>373
どうも朴政権下における朴大統領と金大中の権力闘争がもとみたいだね
新羅百済の両故地の争いというのは後付けみたいだね

>>374
元々済州島には耽羅(タムナ)という王国があって言語的には朝鮮半島とは異なるという
三国時代は百済に朝貢していたが新羅統一後は新羅に朝貢しておりそれとは別に日本にも朝貢していたらしい
高麗時代済州として組み込まれれ李朝では全羅道に編入される
古くからこの済州島は江華島と並ぶ流刑地でもあったこともあり李朝ではここの住民の多くは白丁という被差別民として差別された
いわゆる在日朝鮮人といわれる人の多くはこの島出身の白丁階級であり日本への移住は日韓併合の際両班からの厳しい搾取から逃れ近代国家日本に移ってきた時と戦後済州島四三事件の煽りで日本に渡ってきた時と主に二回のピークがあったといわれる
376世界@名無史さん:2013/10/04(金) 00:01:23.45 P
韓国人の脳内では扶余とか自分らが靺鞨とか一切忘れてて、
単に自分らは半島を統一した偉大な新羅の直系の末裔と信じてて、百済(日本人のルーツのひとつ)と高句麗を滅ぼしたから日本人や北朝鮮人より偉いって認識なのかな?
自分らが古代に打ち負かした負け犬の百済人は未開地の倭に逃げ込み、原住民(縄文人)を征服し大化の改新と称した日本を建国したと。

文明人の端くれであった百済人が日本を文化的に導いたのでそれらに勝った韓国人がもっと位が高いと。

こんな感じ?韓国人がこの辺をどう解釈してんのか知りたいな
377世界@名無史さん:2013/10/04(金) 00:03:51.82 0
魏志東夷伝によれば、3世紀には満洲から半島にかけて、6種族がいた。

「夫余、高句麗、沃沮、穢」の4種族は似た言葉を話していたが、
「邑婁」はそれらとは言語が異なる、とあり
「馬韓」と辰韓弁韓は言語が違う。
「辰韓、弁韓」は中国語の一種を話していたとある。

「邑婁」がツングース(後の女真族やオロチョン族)であることは歴史的に明白なので、
「夫余、高句麗、沃沮、穢」の4種族の言語はツングース語ではないことになる。
378世界@名無史さん:2013/10/04(金) 00:05:01.61 0
222 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/21(水) 18:37 ID:JB/z.ddo

 『三国志』魏書東夷伝には、高句麗・東沃沮・[シ歳]の言語についてそれぞれ
以下のように記しています。

◎高句麗
 東夷ハ旧語ニ、以テ為ス/2夫餘ノ別種ト/1。言語諸事、多ク与/2夫餘/1同ジ。其ノ
 性気衣服有リ/v異ナル。
◎東沃沮
 其ノ言語ハ与/2句麗/1大同ス。時時小異ス。
◎[シ歳]
 其ノ耆老旧ク自ラ謂フ、与/2句麗/1同種ナリト。(中略)言語法俗大抵与/2句麗/1
 同ジ。衣服有リ/v異ナル。

 この記述をもとに夫餘・高句麗・(東)沃沮・[シ歳]の各言語の系統図を作成
すれば以下のようになります。

         ┌─夫餘語
         ├─高句麗語
.夫餘系祖語─┤
         ├─(東)沃沮語
         └─[シ歳]語
379世界@名無史さん:2013/10/04(金) 00:05:32.45 0
223 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/21(水) 18:38 ID:JB/z.ddo

 更に、『梁書』百済伝によれば、「今言語服章、略(ほ)ボ/2句驪/1同ジ。」
とありますので、上記の夫餘系諸語の中に百済語を含めることが可能です。
ただし、『周書』異域伝百済条には「王姓ハ夫餘氏。号ス/2於羅瑕ト/1。民
呼ビテ為ス/2[革建]吉支ト/1。夏言ノ王也。」とあり、支配層(王)と被支配層
(民)とで言語が違っていたことが窺えます。百済の前身は馬韓の伯済国
ですから、馬韓の住民はもともと韓系の言語を話していた可能性が高く、
そこを外来の夫餘系言語を話す部族(高句麗の一支族か)が征服・支配
していたという構図が透けて見えます。そもそも百済は王の姓も夫餘氏
ですし、建国神話も高句麗のそれに直接繋がるものですから、この推定
はまず確実なものと思われます。

 てなわけで、夫餘系諸語の系統図は最終的に以下のようなものになります。

         ┌─夫餘語
         ├─高句麗語
.夫餘系祖語─┼─百済語(支配層)
         ├─(東)沃沮語
         └─[シ歳]語
380世界@名無史さん:2013/10/04(金) 00:06:03.45 0
224 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/21(水) 20:25 ID:JB/z.ddo

 次に、韓の地域の言語ですが、こちらは夫餘系諸語に比べてかなり情報が
錯綜しています。

『三国志』魏書東夷伝より
◎弁韓
 弁辰ハ与/2辰韓/1雑居ス。亦(ま)タ有リ/2城郭/1。衣服居処与/2辰韓/1同ジ。
 言語法俗ハ相似ル。
◎辰韓
 其ノ耆老伝フルニ/v世ニ、自ラ言フ古之亡人ナリト。避ケテ/2秦ノ役ヲ/1来リテ適(ゆ)ク
/2韓国ニ/1。馬韓割キテ/2其ノ東界ノ地ヲ/1与フ/v之ニ。有リ/2城柵/1。其ノ言語ハ
不/G与/2馬韓/1同ジカラ/J。

『後漢書』東夷伝より
◎弁韓
 弁辰ハ与/2辰韓/1雑居ス。城郭衣服皆ナ同ジ。言語風俗有リ/v異ナル。
◎辰韓
 辰韓ノ耆老自ラ言フ、秦之亡人ナリト。避ケテ/2苦役ヲ/1、適ク/2韓国ニ/1。馬韓
 割キテ/2東界ノ地ヲ/1与フ/v之ニ。其レ名ヅケテ/v国ヲ為シ/v邦ト、弓ヲ為シ/v弧ト、
 賊ヲ為/v寇ト、行酒ヲ為シ/2行觴ト/1、相呼ビテ為ス/v徒ト。有リ/v似タル/2秦ノ
 語ニ/1。故ニ或イハ名ヅケテ/v之レヲ為ス/2秦韓ト/1。
381世界@名無史さん:2013/10/04(金) 00:06:35.89 0
225 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/21(水) 20:25 ID:JB/z.ddo

『南斉書』東南夷伝加羅条より
  加羅国ハ三韓ノ種也。

『梁書』東夷伝新羅条より
 新羅者其ノ先本辰韓ノ種也。辰韓亦タ曰フ/2秦韓ト/1.相去ルコト万里。伝ニ言フ
 秦ノ世ノ亡人避ケテ/v役ヲ来リテ適ク/2馬韓ニ/1。馬韓亦タ割キテ/2其ノ東界ヲ/1
 居セシム/v之レニ。以テ/2秦人ナルヲ/1、故ニ名ヅケテ/v之レヲ曰フ/2秦韓ト/1。其ノ
 言語名物有リ/v似タル/2中国人ニ/1。名ヅケテ/v国ヲ為シ/v邦ト、弓ヲ為/v弧ト、賊ヲ
 為シ/v 寇ト、行酒ヲ為シ/v行觴ト/1、相呼ビテ皆ナ為ス/v徒ト。不/v与/2馬韓/1
 同ジカラ。又タ辰韓ノ王ハ常ニ用ヰテ/2馬韓ノ人ヲ作シ/v之レニ、世ニ相係ハル。辰韓ハ
 不/v得/2自ラ立チテ為ルヲ/1v王。明ラカニ其レ流移之人故也。恒ニ為ル/2馬韓ノ
 所ト/1v制スル。

『北史』新羅伝より
 其ノ人雑/2-有ス華夏ヲ/1。(中略)其ノ王ハ本百済人。自(よ)リ/v 海逃ゲ/2-入リテ
 新羅ニ/1、遂ニ王タリ/2其ノ国ニ/1。

『旧唐書』新羅伝より
 新羅国ハ本弁韓之苗裔也。
382世界@名無史さん:2013/10/04(金) 00:07:22.98 0
226 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/21(水) 21:18 ID:JB/z.ddo

 弁韓と辰韓の言語について、『三国志』はよく似ているとしているのに対し、
『後漢書』はそれぞれの言語には違いがあると述べています。この点について
李基文は「この両言語が相当な違いを有していたと見るのが穏当であろう」と
述べています。まぁ「有異」という言い方ですから、似ている点の方が多いが
多少の違いもあるという程度なのではないでしょうか。

 辰韓、またその後進の新羅に関して興味深いのは、『三国志』を始めとする
複数の史書において中国との関連が述べられている点です。『三国志』の
「避秦役」云々はいかにも辰韓の「辰」と「秦」の発音が似ていることに基づく
付会の説といった感じですが、その根拠として『後漢書』が挙げている例は
いずれも中国語の方言の違いを示しているように見えますし、『北史』の「雑有
華夏」は新羅人の中に一定の中国人が雑じっていることをはっきりと指摘する
記述です。以上を鑑みるに、辰韓語(新羅語)は三韓諸言語の中でも特に強く
中国語の影響を受けている言語であると見なしてよさそうです。

 最後に馬韓の言語ですが、辰韓とはかなり言語が異なっていたようです。
問題はともに「韓」と称する国の言語どうしがかくも異なるに至ったかですが、
一応理由としては二つほど考えられます。一つ目は馬韓の地に既に夫餘系
言語を話す部族が侵入していて、馬韓の言語に影響を与えていたからという
もの。二つ目は辰韓の方が中国語の影響により大きく変質してしまっていた
というものです。もし前者なら馬韓の言語と夫餘の言語を比較した記述があり
そうなものですが、『三国志』『後漢書』ともにそのような記述はありません。
よって、私としては後者の方を取りたいところであります。
383世界@名無史さん:2013/10/04(金) 00:08:09.79 0
227 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/21(水) 21:38 ID:JB/z.ddo

 以上の考察に基づいて韓系諸語の系統関係をまとめれば、大略以下のように
なります。
                  中国語
                   ↓
                 . ┌─辰韓語──新羅語
        ┌─弁辰祖語─┤
.韓系祖語─┤        . └─弁韓語
        |
        └────────馬韓語──百済語(被支配層)

 一応こんな感じになりましたけど、夫餘系諸語に比べて韓系諸語は問題が
多いので、系統図としての信頼性は数段落ちるものと思われます。また、弁韓
の扱いも難しいですね。弁韓はもともと辰韓系住民が混在していた地域ですし、
結局統一国家を作れず小部族連合国家の段階にとどまった上、三国に先駆け
て6世紀に滅んでしまったため、中国の史書の記述にも乏しいと来ていますから。
実際には弁韓には弁韓語と言えるだけの統一的な言語が存在しなかった可能
性の方が高そうです。それに、弁韓地域には夫餘系の地名がいくつか存すると
いう指摘もなされており、また同地域は倭(日本)との交流が活発であったこと
も知られています。即ち、弁韓の言語を考える場合には、倭語や夫餘系言語の
影響も考慮する必要があるというわけです罠。まったくやれやれです。
384世界@名無史さん:2013/10/04(金) 00:12:49.40 0
>>371
それだと新羅と渤海、李朝と清が同一民族になりそうだが
どうもそうは見えんのだが
385世界@名無史さん:2013/10/04(金) 00:15:00.68 0
>>376
韓国は8000年前から統一国家で文化に優れ
中国や日本は韓国を敬い文化を学んでいた
特に日本人は偉大な歴史のある韓国が羨ましくて仕方が無い

こんな漢字らしい
386世界@名無史さん:2013/10/04(金) 00:32:09.37 0
辰韓=秦韓=秦氏の国
で、地理的には辰韓→新羅でも一回支配層が入れ替わってるんでは?で、祖国を追われた旧辰韓の秦人=中国系住民は大挙して日本に亡命した、と。
387世界@名無史さん:2013/10/04(金) 00:37:52.67 0
新羅の支配階級はシベリアを横断して日本海側を南下し迎日湾付近から慶州平野に入ったスキタイ族に近い勢力で彼らは扶餘系の高句麗や百済とは異なる
そういった新羅も高句麗百済の扶餘系とは別系統の民族であるという条初期には馬韓王に指名された王をすなわち百済人を推戴している
新羅初代王朴赫居世の卵生神話をみる限り伽耶の金首露王や高句麗の東明聖王と同じく扶餘系とみなしても差し支えないがその後は扶餘系ではない別系統の王を輩出することになる
新羅の王家は少なくとも朴・昔・金という三つの姓氏があって王の称号も初代が「居西干」二代目が「次次雄」三代から十八代が「尼師今」十九代から二十二代までが「麻立干」
そして二十三代以降は中国式の「王」を使用しているがこのように号が異なるというのは民族が異なることを示唆している
388世界@名無史さん:2013/10/04(金) 00:50:34.44 0
梁書東夷伝新羅条の後半に
「冠を遺子禮、襦を尉解、袴を柯半、靴を洗という。その拝及び行は高句麗と類似している。
 文字はなく、木を刻んで通信とする。言語は百済の通訳を待って初めて通じる」とある。

新羅の支配層は、百済から亡命した馬韓人(辰王?)の子孫だから、
夫余語でも漢語でもなく、百済の被支配層である馬韓人の通訳によって言葉が通じたのだろう。
辰韓・弁辰では古い漢語が通じたのに、遺子禮・尉解・柯半・洗などは現地語丸出しで、漢語の訛りですらない。

一方で梁書東夷伝百済条では
「帽を冠、襦を復衫、袴を褌と言う。その言語には諸夏(漢語)が混じっていて、秦韓(辰韓)の遺俗という」
とあり、辰韓にいた中国系住民は百済へ移ったのかもしれない。
389世界@名無史さん:2013/10/04(金) 08:08:06.88 0
>>373
日本統治時代は目立たなかったが

全羅道(旧百済地域=朝鮮半島南西端の地方)出身者に対する差別は高麗時代から始まった。


李朝時代には「西北」と呼ばれた北部地域(北朝鮮領咸鏡北道)に対する差別も盛んだった
かつてこの地域は女真族の領域。

ただし、李氏朝鮮の李氏は実際には女真族の出自である
390世界@名無史さん:2013/10/04(金) 09:57:25.98 0
百済は倭によって支配を受けていたことも明らかとなっており主従関係が存在した
百済の王族は、倭によってその婚姻が決められており、基本的には百済王の后は倭人の中から選ばれ、その王子が王位に付くまでは人質として倭国に来ていた
391世界@名無史さん:2013/10/04(金) 12:21:32.44 0
李氏=女真ってよく聞くけどマジなの?
もしそうだったら古代朝鮮が目の敵にしていた靺鞨族が朝鮮半島を支配したことになる
392世界@名無史さん:2013/10/04(金) 12:28:06.60 i
>>385
そんなに歴史コンプレックスで苦しむくらいなら、今からでも遅くないから中国に併合してもらって中華民族の一員になれば、誰からもケチつけられることなく思う存分悠久の歴史を誇ることができるのにw
393世界@名無史さん:2013/10/04(金) 17:23:36.29 O
>>375
長州と会津みたいに、
あとの人間が本気にしたのかな
394世界@名無史さん:2013/10/04(金) 18:45:32.71 0
朝鮮語の起源と系統について語るスレ
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/gengo/1380866633/l50
395世界@名無史さん:2013/10/04(金) 21:01:01.93 0
 数詞対照表  by娜々志娑无

  古代日本語 高句麗語 新羅語 高麗語 中期朝鮮語 現代朝鮮語

1   Φi1to2    −−  hっtっn hっtっn   hΛnah    hana
                 (一等)  (河屯)
2   Φuta    −−  tu¨pっ¨l tuβっr   tulh      tu:l
                 (二尸)  (途孛)
3    mi1     mil    siet    sei     s∂ih     se:s
            (密)    (悉)   (洒)
4    'jo2     −−   −−   nei     n∂ih     ne:s
                       (廼)
5    'itu     'utsu   −−   ta∫us   tasΛs    tasっs
           (于次)        (打戍)
6    mu    −−   −−  'jul∫us  'jっsΛs    'jっsっs
                       (逸戍)
7   nana    nanun  −−  'ilkup    nilgub    'ilgob
            (難隠)        (一急)
8    'ja     −−   −−  'jultap   'jっdщlp    'jっdっl
                       (逸答)
9  ko2ko2no2  −−   −−  'ahop    'ahob     'ahob
                       (鴉好)
10   to2'wo    t∂k   −−   'jっl     'jっlh     'jっ:l
            (徳)         (噎)

※古代日本語の[i1]はイ列甲類、[o2]はオ列乙類。[っ]は母音[?]の代用。
 高句麗語の数詞「5」については村山説を挙げたが、李基文や板橋義三は
 再構語形を[uc]としている。
396世界@名無史さん:2013/10/04(金) 21:01:50.43 0
高句麗語の再構築の方法の概略
三国史記の地志で旧高句麗領地の地名を新羅の景徳王が変更した、という記事が多数出てくる。
これで、高句麗語地名の漢字表記と新羅地名に変換後の漢字表記を対比することが可能となる。
例えば「兎山郡、本、高句麗、烏斯含達県」というのがあり、
「達」が「山」に対応するので、「烏斯含」が「兎」対応するものと考えられる。
そうすると「烏斯含」の音はosieGemなので、日本語 wosagi に対応する。。

新羅意訳 高句麗語
三餐郡 密波兮 「み(つ)はけ」(中国語フォントでは餐が山+見になる)
五谷郡 于次-呑忽 「いつたに/たむ」
七重県 難隠-別 「ななへ」
十谷県 徳頓忽 「とたに/たむ」
兎山郡 烏斯含達県「うさぎだけ?」
海曲/海西県 波旦県 「わた」

三 mit (jap.み(つ))
頂上が平らな山 pua-kei (jap.はけ、はげは山梨・神奈川でまだ使われているようです)
五 (h)u-tsi (いつ)
谷 ta/on-mut (呑忽 = 頓忽) (たに、たむ?)
七 nan-in (Tungusic nadan)
重 in-pet,pet
十 to/ek (と(を))
兎 o/u-si/e-g/ke/am (をさぎ)
山 d/ta
海 pua-dan(波旦)? (Korean pada / Jap.わた)
http://www.sun-inet.or.jp/~ryr58037/kr_orig.htm#chuki06
水 買 mai (Jap.*mi-)
深 伏斯 b/puk-si/e(ふかし?)
谷 呑,旦 (たに)
鉛 乃勿 nai-mut (Korean nab) (なまり?)
口 忽次 kut-tsi (くち)
397世界@名無史さん:2013/10/04(金) 23:01:45.71 O
よー分からん
結局その音は何に基づいて再現してるんだ?
398世界@名無史さん:2013/10/05(土) 01:34:44.88 O
>>396
おそらく騎馬民族征服説は、
ここから来た説だろうな
399世界@名無史さん:2013/10/05(土) 01:46:12.39 0
400世界@名無史さん:2013/10/05(土) 02:07:29.75 0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

南トンスル土人の食事風景
http://img04.ti-da.net/usr/wishcomestrue/ramen2.jpg
http://img04.ti-da.net/usr/wishcomestrue/1850-8.jpg
http://img04.ti-da.net/usr/wishcomestrue/1850-7.jpg

韓国の一般的キッチン
キッチンに便器は南トンスルランドでは常識
http://www.iza.ne.jp/images/user/20091227/725947.jpg


【韓国】韓流兵隊訓練 ※肛門の舐めあい※

http://img.news-us.jp/fuckorea/seikatsu03.jpg
http://img.news-us.jp/fuckorea/MdBAW1P.jpg
http://img.news-us.jp/fuckorea/yjGZs6E.jpg
http://img.news-us.jp/fuckorea/www_dotup_org4308473.jpg

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
401世界@名無史さん:2013/10/05(土) 02:24:08.78 O
>>391
李成桂が女真なら、何らかの形で女真の言葉や文化が
持ち込まれてそうなもんだが
402世界@名無史さん:2013/10/05(土) 03:08:43.63 O
高麗図経によると物凄く綺麗好きだったらしい高麗人が
不潔の極みになってはいるな
403世界@名無史さん:2013/10/05(土) 06:10:18.48 0
>>371
>新羅 粟末靺鞨
>高麗 扶餘

↑これはおかしいだろ。さらっと電波発してんじゃねーよ

>>398
あほか。そんなわけないだろ

>>401-402
李朝の話はスレチ

>>397
漢字音の上古音や中古音は推定されてるからそれで漢字で当て字表記されてりゃ音はわかる

>>387
新羅文化にスキタイの影響あるのはわかるが、新羅王が高句麗や百済などの夫餘系よりもスキタイに近いなんてのは言い過ぎ

>新羅の王家は少なくとも朴・昔・金という三つの姓氏があって王の称号も初代が「居西干」
>二代目が「次次雄」三代から十八代が「尼師今」十九代から二十二代までが「麻立干」
>そして二十三代以降は中国式の「王」を使用しているがこのように号が異なるというのは民族が異なることを示唆している

居西干と次次雄は初代と第二代で一回づつしか使われてないんだから当初まだ君号が定まってなかったとみるのが自然だろ
実際このへんはまだ王朝交代の前
尼師今と麻立干は併用期間が二代あるしここも王朝交代の時でない。王号もそう。
王朝交代は何度も平気で記してるのに君号の変化したタイミングと一致していない。
これは王朝交代と君号の変化が関係ないってことだよ

>>388
三国志韓伝の記述はかなり混乱してるけど要するに中国系を辰韓人、先住民を馬韓人といってるだけだろう
辰韓の頃に馬韓人を王にしていたというのは
単に中国人でなく王が先住民系だったというだけで百済は関係ないと思う
404世界@名無史さん:2013/10/05(土) 06:48:35.27 O
いや異民族への当て字を見るに
どういう音だったか意見が分かれまくっているようだけど
405世界@名無史さん:2013/10/05(土) 08:48:11.07 0
穢人て倭人の成れの果てような気がするんだが
406世界@名無史さん:2013/10/05(土) 09:18:08.68 0
■ソウル大教授「韓国人は北方モンゴロイドのエベンキ族と南方原住民の血が混ざって形成された民族」

2005年、「韓・露ユーラシア大長征推進委員会」がロシアの「バイカル湖」近隣
イルクーツク国立大学図書館で韓・露両国のシベリア文明研究者たちを集めて
「韓-ロシア ユーラシア文化フォーラム」を開催した。
委員会やフォラムの趣旨は、最初からバイカル湖周辺で韓国民族の始祖を探すのが目的
そこでも報告をまとめると;
・バイカル近隣の少数民族「エベンキ族」は現在まで「アリラン」と「スリラン」という単語を使っている。
 韓国でもっとも有名な民謡である「アリラン」の歌詞(リフレーン?)の「アリラン」は
「迎える」、「スリラン」は「感じて知る」という意味だという。
・シベリア原住民の遺伝子と韓国人の遺伝子型を分析した結果、約70%が典型的な
モンゴロイドの遺伝型を見せた。父系を知らせてくれるY染色体の場合、シベリア原住民は
主にO型、南アジア原住民はC・D型。韓国人はO型とC・D型が混ざっているという。
 イ・ホンギュ ソウル大医大教授は「韓国人は北方モンゴロイドのエベンキ族と
南方原住民の血が混ざって形成された民族」と主張した。
407世界@名無史さん:2013/10/05(土) 09:18:41.64 0
■韓国大教授「韓国人のルーツはエベンキ人」
韓国聯合ニュース

韓国外国語大学ロシア語科のカン・トクス教授はサハ共和国南北辺境に住んでいるエベンキ人たちが使うエベンキ(ツングース)語は
数字や一家親戚を称する単語が韓国語と非常に似ていると話した。
韓国人のルーツはエベンキ人ではないかと主張している。
エベンキ語のデョルは韓国語のドルで「石」
デュルはドゥルで「2(二)」
デュル-レはドゥル-レで「周り」
ムはムルで「水」
アミはアビで「父」
エニはエミで「母」
アシはアッシで「若い女性(アガシ)」
アキはアチで「おじさん(アジョシ)」
べイェはべで「輩」
〜ンイは〜ウイで「〜の」を意味する。

カン教授によれば「韓国語の起源がツングース語だという学説を後押しできる
実体的証拠が発見された、さらに多い研究が必要だ」ということ。
教授はまた、エベンキ人と韓国人の人種的類似性と関連、「何年か前にDNA検査のためにエベンキ人の髪の毛をソウル大学に渡したことがあるが、
まだ研究結果は聞けなかった。エベンキ人たちも私たち(韓国人)のようにモンゴル斑点があり、顔付きも似ている」とも話した。
・バイカル近隣の少数民族「エベンキ族」は現在まで「アリラン」と「スリラン」という単語を使っている。
韓国でもっとも有名な民謡である「アリラン」の歌詞(リフレーン?)の「アリラン」は「迎える」、
「スリラン」は「感じて知る」という意味だという。
・シベリア原住民の遺伝子と韓国人の遺伝子型を分析した結果、約70%が典型的なモンゴロイドの遺伝型を見せた。
父系を知らせてくれるY染色体の場合、シベリア
原住民は主にO型、南アジア原住民はC・D型。韓国人はO型とC・D型が混ざっているという。
イ・ホンギュ ソウル大医大教授は「韓国人は北方モンゴロイドのエベンキ族と南方原住民の血が混ざって形成された民族」と主張した。
408世界@名無史さん:2013/10/05(土) 12:26:58.36 0
夫余の末裔の豆莫婁は、言語が勿吉(靺鞨)と異なり、室韋・庫莫奚・契丹と同じだったという
室韋には蒙兀(モンゴル)部族が含まれるし、契丹や庫莫奚は鮮卑の末裔で、遡れば烏丸・東胡と同じ
409世界@名無史さん:2013/10/05(土) 13:32:54.16 0
日本の朝鮮半島と中国への侵略

http://music.geocities.jp/jphope21/0203/34/225.html

日本は歴史が始まって以来、日本は事あるごとにあった。

( http://music.geocities.jp/jphope21/01/2/14.html )
410世界@名無史さん:2013/10/05(土) 18:21:50.76 0
【社会】百済・武寧王の生誕地・加唐島など、九州の中の韓国を歩いて探そう…駐福岡韓国総領事館が企画、「市民と意見交換の場に」
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1380815161/

 駐福岡韓国総領事館は朴鎮雄(パクジンウン)総領事が日本の市民と一緒に、九州に点在する韓国ゆかりの地をめぐるツアーを
5日から始める。初回は、韓国で人気のトレッキングコースの手法を取り入れた佐賀県武雄市を訪問。今後、朝鮮陶工の李参平を
陶祖とする有田焼の地元、同県有田町などを回る。朴総領事が訪問先と朝鮮半島の関係について説明し、日本の人々と意見交換
する場にしたい考えだ。

 同総領事館は「古来、朝鮮半島と活発に交流してきた九州には、関連した名所が多数点在している」とツアーを企画。日本と韓国の
外交関係が冷え込む中、総領事ら韓国の外交官が現地に足を運び、市民と両国関係の将来を考える狙いがある。

 5日は、韓国の文化や旅行に関心がある人々の親睦団体「日韓交流博多会・ナドリ倶楽部(クラブ)」(坂口隆義会長)の会員らが
参加し、トレッキングコース「九州オルレ武雄コース」を歩く。オルレは韓国の済州島の人気トレッキングコースの愛称。この「済州オルレ」
をモデルに、九州観光推進機構は、武雄などの8コースを「九州オルレ」として設定済みだ。

 今後、ツアーは公募で40人程度を集めて、福岡市発着のバスツアーとして続ける方針。有田町や古代国家百済の武寧王(ぶねいおう)
の生誕地とされる同県唐津市の加唐島などを予定しており、佐賀以外の九州各県での開催も検討中。

 朴総領事は「韓国との歴史的なゆかりや、オルレのような現代的なつながりに基づき、若い世代の交流の活性化につなげたい」と
話している。

ソース(西日本新聞) http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/43820
写真=韓国総領事館のツアーが5日訪ねる佐賀県武雄市内のオルレコース。散策しているのは韓国人旅行者
http://www.nishinippon.co.jp/import/national/20131004/201310040001_000.jpg
411世界@名無史さん:2013/10/06(日) 11:46:33.44 0
>>389
「実際の出身地」とやらのソースは聞かんが(どうせ一次史料なくて憶測だけなんだろ)
李氏朝鮮時代通じて王族李氏の本貫である全州(全羅道)も、「実際の出身地」である咸鏡道も
差別の対象だったんだーふっしぎー
出身地の人や物(全羅道とか一番豊かな土地だが)を頼らない李氏だけの力で、
他の有力門閥やシナ王朝に召し上げられることもなく400年王朝保たせたとかすごいね。
412世界@名無史さん:2013/10/06(日) 12:14:01.79 0
そもそも人の移動が制限された朝鮮時代までで<出身地差別>というのは、
「科挙に受かっても官職を与えない」ということに尽きる。

李朝末期に西北からの民衆反乱が多かったのは、
・作物が得られないのに税を収奪される農民の不満
・科挙に受かっても官職を得られない両班の不満
・中国との貿易で財力を付けて中央に行こうとする商人のバックアップ
が合わさって起きたから。農民が一番数多いから民衆反乱という見た目になるけど、
農民が差別に起こって反乱したというわけではない。
半島で出身地別の人のシャッフルが起こるのは朝鮮戦争後。

更に朝鮮時代の身分制度は良賤制で良民か賤民しかないが、賤民に該当するのは奴婢
(官奴婢=公務員であるキーセンや楽人を含む)、仏僧・巫女・旅芸人など。
白丁は身分上良民だが、動物加工者が周辺住民から「ケガレ」扱いされたもので、
出身地とは関係ない。
413世界@名無史さん:2013/10/06(日) 12:32:36.18 0
>>412
中国語での元の意味では官職についてない良民だけど、李氏朝鮮では白丁は制度的にも最底辺の賎民
414世界@名無史さん:2013/10/06(日) 23:02:15.54 0
>>411
そもそもその「差別」というのが、
日本で言うと東北の人間に対する、
ただの「田舎ものを低く見る」というだけのことなのか、
被差別部落みたいな明確な差別なのかが全く不明。
前者ならどこの国にも無数にあるし。
415世界@名無史さん:2013/10/06(日) 23:32:07.57 0
罪人は差別対象
416世界@名無史さん:2013/10/10(木) 06:29:28.05 0
>>414
どっちでもない。強いていえば部族意識
417世界@名無史さん:2013/10/10(木) 06:37:05.45 0
>>407
それってマトモな言語学のうちに入ってないんだが…

英語の"name"(名前)は日本語の「名前」(namae)、"bone"(骨)は背骨の「骨」(bone)
とか言うのと同レベル。まちがいなくマトモな学者じゃなくて
『ムー』のライターレベルの物書きか
せいぜい学者であっても専門分野違いの実質素人だよ

つかしつこくエベンキ連呼するやついるけど、
電波説をひっぱってきてまでエベンキ説に粘着したい意図がさっぱりわからん
418世界@名無史さん:2013/10/10(木) 15:59:34.33 0
>>417
電波はお前
いくら韓国人でも教授クラスはまとも

>韓国外国語大学ロシア語科のカン・トクス教授
>ソウル大医大のイ・ホンギュ教授

韓国人の専門家がエベンキ説を唱え韓国人はそれを受け入れるが
パンチョッパリはエベンキ族を忌み嫌いエベンキ説を拒絶するのはなぜなのか?
419世界@名無史さん:2013/10/12(土) 11:07:19.12 0
>>411
全くその通りだな・・
なんで誰も指摘しない?
420世界@名無史さん:2013/10/12(土) 11:17:13.50 0
李氏朝鮮が朝鮮を守った?
そんな事実どこにも無いぞ
負け、負け、負けの歴史だと思ったが?

つまり中国迎合、反抗的な南部蔑視に繋がったんでね?
421世界@名無史さん:2013/10/12(土) 11:36:32.07 O
>>412
革職人、宗教者、遊女の差別って
その面子は日本とほぼ同じか
422世界@名無史さん:2013/10/12(土) 12:19:01.13 O
李朝が比較的安定してたのは明清のおかげだろう
高麗時代なんて遼金元に代わる代わる侵攻されて朝貢し、最後には元に征服された
元の衰退によって独立した後は紅巾の乱が半島に押し寄せた

昔っから大陸の脅威は
・中国が分裂して遼東に独立政権が出来ては半島に勢力を伸ばす
・中国を統一した政権がデビュー戦のように半島に兵を送る
・北の騎馬民族が侵攻する

のどれかだったけど
李朝においては清に侵攻されるだけで済んだ
423世界@名無史さん:2013/10/12(土) 12:41:46.11 O
遊女と革職人の地位の低さは世界共通か
424世界@名無史さん:2013/10/12(土) 13:01:08.50 0
清に土下座したのに
その後は使者にも土下座したのに
侵攻だけで済んだとはこれ如何に
425世界@名無史さん:2013/10/12(土) 13:39:31.68 O
アホか
お前にとっては朝鮮の劣等的な地位を強調することだけが重要なのかもしれないが今はんなことどうでもいいんだよ
426世界@名無史さん:2013/10/12(土) 14:46:02.77 0
つまり清に降伏したって事だろ
侵攻だけで済んだとか恥ずかしい詭弁

日本はアメリカに侵攻されただけだとか
恥ずかしくて言えんよなw
427世界@名無史さん:2013/10/12(土) 18:11:06.97 0
ここは古代朝鮮について語るスレだから
李朝や高麗は当該スレで
428世界@名無史さん:2013/10/13(日) 00:13:15.03 0
清の成立時期は火器の発達で遊牧民の優越性が決定的に失われた時代だからね
ある意味最後の仇花
でも李氏朝鮮自体は歴代王朝でも一番荒廃してたんじゃない?
どうも反乱を起こすだけの資力兵力を地方に絶対与えないって方針で
中央だけは清からの派遣軍で守られるって感じで
貧国窮民で長期安定(飢餓で人口調整、虎の主食が人間)ってあんまり類例が見つけられない
安定ポイントを発見してる
今はまさに金氏北朝鮮が実践して実際安定してるw
ある意味朝鮮人統治のつぼだったんだろうなぁ・・
429世界@名無史さん:2013/10/13(日) 01:59:00.34 O
ある意味面白く興味深い歴史ではあるんだよ
430世界@名無史さん:2013/10/13(日) 10:01:39.76 O
朝鮮虎ってどこ行ったの?
それとイザベラバードが言ってた朝鮮馬も
431世界@名無史さん:2013/10/13(日) 10:08:34.54 0
>>430
虎は日帝時代にほとんど駆除された
基本マンイーター・・とゆうか主食を人間にして生き延びた猛獣だし
(こんなの中世以降では類例がない)
駆除以外に方法が無かった
文明世界では共存は無理だった
植林で森林が復活するのにも時間が掛かったからね
432世界@名無史さん:2013/10/13(日) 11:07:02.69 P
>>428
例え自分の命が飢餓で消えかかっても暴徒化し行動に移さない
というのは支配者にとっては理想的な国民なんだろうな…
433世界@名無史さん:2013/10/13(日) 11:16:02.64 0
>>431
そりゃ日帝も酷いことをしたもんだな。虎は世界的にも絶滅危惧種だから半島全域を特別保護区に指定しても良かったくらいだ。
別にチョンが食われたところでいくらでもかわりがいるわけだし、かわりがいなくても別に困らんし。
434世界@名無史さん:2013/10/13(日) 12:11:22.45 0
>>432
税を払わん両班が激増し良民は激減、賤民は多分登録漏れだらけと聞くから
それが政府に対する対策だったということかな
435世界@名無史さん:2013/10/13(日) 22:06:01.67 0
【日韓友好】 宮城・涌谷町で百済王敬福顕彰 1200年余の日韓交流の礎を築いた敬福の事績を振り返り、日韓友好を誓う[10/12]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1381622593/

★百済王敬福顕彰:日韓友好を誓う−−きょう涌谷で /宮城

 涌谷町と町国際交流協会は今年3月に友好都市協定を結んだ韓国・忠清南道扶余郡の
林川(リンセン)面(村)の金成泰(ソンテ)面長(村長)らを招き、
12日午後2時から同町黄金山の天平ろまん館で「第1回陸奥国守・百済王(くだらのこにきし)敬福(きょうふく)を顕彰する会」を開く。

 敬福は滅亡した古代百済から亡命した王族の帰化子孫で、
奈良時代に陸奥国守となった人物。聖武天皇が奈良・東大寺に大仏を建立する際の749年には、
メッキ用の金を黄金山一帯で採掘し献上した。涌谷町はこの史実に基づき、
百済の都のあった扶余にある林川面と20年にわたる交流を重ね、協定を結んだ。

 会では、1200年余の日韓交流の礎を築いた敬福の事績を振り返り、末永い友好を誓う。
韓国伝統舞踊家の金順子(スンジャ)さんの舞なども披露される。【小原博人】

毎日新聞 2013年10月12日 地方版 http://mainichi.jp/area/miyagi/news/20131012ddlk04040088000c.html

▽関連リンク
・涌谷町の国際交流 http://www.town.wakuya.miyagi.jp/shokai/gaiyo/shimaitoshi.html
436世界@名無史さん:2013/10/13(日) 22:07:11.59 0
日本人が朝鮮人を嫌うのは白江の戦いで新羅にめっためたにやられたため
http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1381507563/
437世界@名無史さん:2013/10/13(日) 23:34:45.33 0
百済人って何人だったんだろうね・・

古代では船を通じて移動するのは男性だけで
女は現地固定なんだよね
つまりゲルマン民族大移動やアメリカ開拓みたいな感じの
完全な異人種交代って起らない
Y染色体のハプロタイプによる男系人的拡散傾向は
ワリと素直に出ると推測できると思う

日本人はだいたいD2:40%、O2b1:30%、O3:20%、残りその他
朝鮮人はO2b*:30%、C3:45%、C3:12%残りその他
実は共通部分って華北中国人のO3だけなんだよね・・

つまり半島経由の移民って人種的にはほぼ中華系なんだよね

O3が華北で猛威をふるってその他を駆逐し始めたのは紀元前10世紀ごろ
丁度日本に水稲作がもたらされた頃と符合してる
O3系黄河文明人に圧迫された長江文明人が九州や半島に移動したと見るのが自然でしょう
遅れて起源前後に中華文明と共に渤海経由で現れたO3系
日本に半島経由で入ってきたのってこのO3系なんだよね・・

百済人って中国人なのか?
そもそも百済国はあっても百済人などとゆう固有種があったのか
百済語などとゆう言語が存在したのか・・
438世界@名無史さん:2013/10/13(日) 23:36:45.66 0
Oh・・
訂正
>朝鮮人はO2b*:30%、C3:45%、C3:12%残りその他
朝鮮人はO2b*:30%、O3:45%、C3:12%残りその他
439世界@名無史さん:2013/10/13(日) 23:54:49.96 0
>>437
奈良時代、日本の人口が500〜700万人の頃、秦氏が17万人(総人口の2.5〜3%)程度だったらしい。
大挙して(村や都市国家丸ごと?)海を渡るだけの財力と技術力を持ってたのは中国系だけで、後は個人や多くて数十人単位での渡来で大勢には影響しなかったんでは?
440世界@名無史さん:2013/10/14(月) 00:19:15.40 0
百済の支配層は夫余(穢)、中間層が秦(漢)、被支配層は韓(真番)
441世界@名無史さん:2013/10/14(月) 16:08:11.15 0
北朝鮮の兵士
http://i.imgur.com/I6S6Cnm.jpg
442世界@名無史さん:2013/10/15(火) 21:33:39.72 0
>>418
似てる単語いくら並べても学問にはならんのよ
それだと英語と日本語は同系、ヘブライ語と日本語も同系、なんでもいえてしまう

例えばドイツ語の「馬」とギリシア語の「馬」は一見したところぜんぜん似ていないけど
祖形を遡ると同一の単語だったと推測されてる
こういうのは膨大な研究の積み重ねがあってわかることで
素人が安直に口はさめることじゃない
443世界@名無史さん:2013/10/20(日) 14:14:05.87 0
知っていますか、任那日本府 韓国がけっして教えない歴史
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1382233495/

 ■大陸進出の軍事的要衝立証

 本書は、著者が精魂傾けて連続出版した『日本古代史 正解』(全3巻、講談社)に続くものである。
第3巻の「渡海編」では、日韓の古代史学会がその存在を否定する神功(じんぐう)皇后の新羅征伐が、
まぎれもない歴史的事実であることを突き止め、さらに倭国の朝鮮半島進出の橋頭堡(きょうとうほ)として半島南部沿海地域に手を伸ばし、
ここを任那(みまな)日本府とした事実を立証している。碑文や石碑の位置関係、
さらに歴史的文脈からこの事実を初めて証(あか)したことの意味には圧倒的なものがある。

 今回の著作は、この任那日本府という、古代日本人の大陸進出の軍事的要衝(ようしょう)が、
これも日韓の古代史学会による否定にもかかわらず、確実に存在し、その存在のありようにまで想像力を働かせた意欲的作品である。
立証の基点は、朝鮮半島南西部の全羅北道、全羅南道の、任那日本府とその周辺地域で、1980年代に相次いで発見された前方後円墳(14基)である。
これだけの数の発見は、前方後円墳が半島を経て日本に伝わったものであることの証(あかし)だとする説となって流布したものの、
古墳の造営の年代が、全土で多数発見されている日本のものより新しく、この説は受け入れられないという。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/131020/bks13102009290005-n1.htm
444世界@名無史さん:2013/10/21(月) 02:14:54.02 0
任那日本府があったといわれる伽耶からそれを関連づけるようなものが全く発掘されてないわけだが
445世界@名無史さん:2013/10/21(月) 02:59:43.83 0
朝鮮半島の前方後円墳は、いずれも5世紀後半から6世紀中葉という極めて限られた時期に成立したもので、
百済が南遷して併呑を進める以前に存在した任那地域の西部や半島の南端部に存在し、
円筒埴輪や南島産貝製品、内部をベンガラで塗った石室といった倭系遺物を伴うことが知られている。

ヤマト王権の勢力を示す他の傍証としては、新羅・百済・任那の勢力圏内で大量に出土(高句麗の旧領では稀)しているヒスイ製勾玉などがある。
朝鮮半島にはヒスイの原産地がなく、古代においては東アジア全体でも日本の糸魚川周辺以外にヒスイ工房が発見されないことに加えて、
最新の化学組成の検査により朝鮮半島出土の勾玉が糸魚川周辺遺跡のものと同じことが判明し、日本からの輸出品であることがわかった。
446世界@名無史さん:2013/10/21(月) 12:55:40.49 0
そりゃ当時の倭は百済(または伽耶)の属国だったからヒスイが朝貢品としていくらでも入ってくるだろ
447世界@名無史さん:2013/10/21(月) 13:55:27.96 0
使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事、安東大将軍、倭国王
448世界@名無史さん:2013/10/21(月) 23:32:54.20 0
百済は家の子分だ、没。他は…滅多に来ねぇしどうでもええわ
449世界@名無史さん:2013/10/22(火) 02:01:33.92 0
崇神王朝 伽耶
応神王朝 熊津百済
継体王朝 漢陽百済
450世界@名無史さん:2013/10/22(火) 03:22:53.34 0
↑まーたお花畑の朝鮮こじつけ説かよ
451世界@名無史さん:2013/10/22(火) 12:41:30.40 0
>>450
じゃあ天皇家はどこから来たん?
自然に発生したわけ?
今上天皇陛下も桓武天皇の母親は百済の武 寧王の末裔の高野新笠っておっしゃっているのだよ
452世界@名無史さん:2013/10/22(火) 13:06:16.07 0
その200年前に帰化して和(倭)姓を賜ってるけどな
453世界@名無史さん:2013/10/22(火) 13:31:14.62 0
天孫は今から1万5千年前に太平洋に有った陸地から流れて来た
つまり縄文人で元居た所は海面上昇で水没している
454世界@名無史さん:2013/10/22(火) 16:43:56.54 0
百済は倭によって支配を受けていたことも明らかとなっており主従関係が存在した
百済の王族は、倭によってその婚姻が決められており、基本的には百済王の后は倭人の中から選ばれ、その王子が王位に付くまでは人質として倭国に来ていた
455世界@名無史さん:2013/10/22(火) 16:55:50.05 0
>百済は倭によって支配を受けていたことも明らかとなっており主従関係が存在した

逆だろw
456世界@名無史さん:2013/10/22(火) 18:23:35.18 0
「新羅・百濟は、みな倭を以て大国にして珍物多しとなし、並びにこれを敬い仰ぎて、恒に使いを通わせ往来す」(隋書)
457世界@名無史さん:2013/10/22(火) 22:07:04.60 0
人送って影響力を行使しようとすると拗れるけど珍物のやり取りなら拗れないのかもな
中国の朝貢だと下賜が大変おいしいのでそれで繋ぎとめてるようなもんらしいが
倭・日本はどうしたんだろ。記紀にゃあんまり書いてないようだしな
458世界@名無史さん:2013/10/22(火) 22:22:20.34 0
下手な奴送って拗れたり、百済王子を人質に出させたり、そういう奴を即位させたりしてるが
459世界@名無史さん:2013/10/22(火) 22:26:36.83 0
明らかに軍事力で百済・新羅を支配下に置いてるぞ
「百済の辰斯王が天皇に失礼であった(倭国との同盟に背き高句麗と結んだ)ので、
 紀角宿禰らを遣わして責めたところ、百済の国人は王を殺して謝罪した。紀角宿禰らは阿華を王として帰国した」(応神紀)
「辛卯年より倭が百残(百済)・○○(おそらく加羅)・新羅を破り臣民とした」(好太王碑)

阿華の子の直支も倭国に人質として送られ、倭国の支援を受けて王位についたし、
蓋鹵王が高句麗に敗れて百済が一時滅亡した時も、倭国の支援で熊津に遷都した
末多王も武寧王も倭国で生まれている
460世界@名無史さん:2013/10/22(火) 22:37:35.15 0
>>455
百済は倭の忠実な属国
新羅は反抗的な属国
これは確定してるわけだが?
知らないのは無学な朝鮮人ぐらいだよ
461世界@名無史さん:2013/10/22(火) 22:43:20.25 0
知らないというか、知りたくない知らせたくない、なかったことにしたいんだろ
そして裏返して「倭を属国にしていた」という妄想に耽りたいだけだよ
いつものことさ
462世界@名無史さん:2013/10/22(火) 23:05:05.88 0
好太王碑を信ずる場合、新羅はあっさり高句麗側に戻ったように見えるな
463世界@名無史さん:2013/10/22(火) 23:15:03.61 0
新羅は高句麗と倭に人質を送っていた
倭王は反乱とか税を納めないと軍を派遣した
新羅にはしょっちゅう派遣したようだ
464世界@名無史さん:2013/10/22(火) 23:21:57.01 0
記紀だと軍事力で貢がせてたように見えるし隋書だと珍物で使いを
出させてるように見えるがさてどんなもんだったんだろ
465世界@名無史さん:2013/10/22(火) 23:32:29.55 0
軍事力でしょ
珍物が多いだけなら侵略されるのがオチw
466世界@名無史さん:2013/10/22(火) 23:53:11.41 0
肖古王と貴須が七支刀を贈った時点(372年)では、百済と倭国は対等な同盟関係で、
高句麗が北魏や前秦と結んだのに対抗して、東晋を宗主国としていた。
新羅は百済の附庸(属国)だったが、まもなく百済と対立し、高句麗に服属して共に前秦に朝貢している。

前秦が383年に東晋に敗れて崩壊すると、高句麗は遼東を攻めたが後燕に撃退されたので、百済への攻撃に力を入れた。
百済は倭国へ支援を要請し、新羅は倭国に占領される(391年)。
恐れて高句麗に降ろうとした百済王は殺され、倭と高句麗の戦争となる。
やがて高句麗は西の燕に背後を脅かされて撤退。
百済はそのまま倭国の属国となり、新羅は高句麗と倭に両属するような形になった。
467世界@名無史さん:2013/10/23(水) 00:04:28.63 0
5世紀に六国諸軍事から百済を外させたのは百済の外交的勝利なのだろーか

記紀で貢がせる記事ばかりなのは俺強い力で貢がせるのがかっこいい
下賜で繋ぐのはかっこわるいというセンスなのだろうか?
468世界@名無史さん:2013/10/23(水) 00:11:45.00 0
>>464
隋書
新羅、百濟皆以倭為大國、多珍物、並敬仰之、恒通使往來。

隋書でも倭を大国としてあるな
百済新羅は小国扱い
469世界@名無史さん:2013/10/23(水) 00:23:23.08 0
>>467
倭の五王が安東将軍になる前に
百済王が鎮東將軍になっていたのが大きいだろう

百済王が鎮東將軍になったのを見て倭王もオレもオレもと
中国に朝貢したのかもしれん
記紀はもちろん帝王記だから占領した貢がせたが重視される
細かい負けた貢いだは無視してるだろう
470世界@名無史さん:2013/10/23(水) 00:38:03.59 0
斯羅國,本東夷辰韓之小國也。魏時曰新羅,宋時曰斯羅,其實一也。
或屬韓或屬倭,國王不能自通使聘。
普通二年,其王姓募名泰,始使隨百濟奉表献方物。(梁職貢図)

新羅は倭の属国だったわけだが、韓というのは加羅か百済か。

其先附庸於百濟、後因百濟征高麗、高麗人不堪戎役、
相率歸之、遂致強盛、因襲百濟附庸於迦羅國。(隋書)
471世界@名無史さん:2013/10/23(水) 00:51:02.01 0
普通2年となると521年、この辺から法興王、真興王の急膨張が始まるわけやな
472世界@名無史さん:2013/10/23(水) 01:08:19.85 0
531年に、倭国では大王(おそらく武烈天皇)が崩じ、いわゆる播磨王朝が断絶したらしい。
これに乗じて、翌532年に新羅が金官加羅国を滅ぼし、新羅王はその後継者を称して金姓を名乗った
さらに高句麗と百済の争いに乗じて勢力を拡大し、554年には百済王を戦死させ、562年に任那を征服。
高句麗も突厥の侵攻や内紛で衰退し、新羅が半島における強国として台頭した。
473世界@名無史さん:2013/10/23(水) 21:06:33.37 O
>>472
圧迫していた敵国が弱体化し、
統一が進むという構図は他にもありそう
474世界@名無史さん:2013/10/23(水) 23:08:20.30 0
明とヌルハチとか
475世界@名無史さん:2013/10/24(木) 00:01:03.08 0
>>472
>これに乗じて、翌532年に新羅が金官加羅国を滅ぼし、新羅王はその後継者を称して金姓を名乗った

おいおい金首露の金海金氏と金閼智の慶州金氏はそもそも本貫が異なるぞ
ソクタレ(脱解尼師今)が見出したのが新羅金王朝の祖である金閼智なのにソクタレとほぼ同時代人の金首露王の姓を名乗ったとは考えられないぞ
476世界@名無史さん:2013/10/24(木) 00:09:17.01 0
新羅は百済に勝つため創氏改名して中国風の名字に変えた
本貫なんてその時点でおかしくなってるはず
477世界@名無史さん:2013/10/24(木) 00:18:39.47 0
>>475
後世の神話伝説と、同時代史料をごたまぜにしてもなあ
>>254にあるように、521年に梁に朝貢した新羅王は「姓が募、名は秦」だった
しかし564年に北斉に朝貢した新羅王は「金真興」で、姓が金に変わっている
478世界@名無史さん:2013/10/24(木) 00:22:46.24 O
>>477
もともと馬(慕)韓から来たから“慕”だったが
加羅から妻を迎えたかなんかで“金”に変えたのかな
479世界@名無史さん:2013/10/24(木) 00:25:32.14 0
いや、日本の天皇家みたいに、
本来は姓なんか無かったけど、
中国人に聞かれたから適当になのった可能性があるな。
480世界@名無史さん:2013/10/24(木) 00:40:41.16 0
倭王なんて「姓が阿毎(あめ)、字が多利思比孤(たりしひこ)、号が阿輩鶏彌(おほきみ)」だしな
ただ当時は推古女帝だったはずなのに、隋書では男王なんだが(新唐書では用明天皇にしてあるけど)
481世界@名無史さん:2013/10/24(木) 00:45:18.86 0
そいや石碑に牟即智寐錦王とあって牟即智が募秦かもって推定もあるそやね
482世界@名無史さん:2013/10/24(木) 00:47:07.48 0
>>477-478
じゃあ朴姓とか昔姓は創作だったのか?
483世界@名無史さん:2013/10/24(木) 00:50:02.39 0
>>482
中国風に姓を付けましょう、ということになって、
自身の家系の伝承から名付けたんじゃね?
484世界@名無史さん:2013/10/24(木) 01:19:40.99 0
金姓は愛新覚羅氏をはじめ、女真族が中国風の姓を名乗る時に一般的に使われている(そもそも愛新覚羅のアイシンも金という意味で部族名らしい)。
朝鮮の金氏も似たような由来でツングース系の部族名を訳したものだろうな。
485世界@名無史さん:2013/10/24(木) 01:32:13.95 0
三国史記以前の史料に昔姓はあるのだろうか
旧唐書新羅伝には「国人には金、朴の両姓が多い」とはあるが
486世界@名無史さん:2013/10/24(木) 01:59:50.66 0
金は日本で言う"広義の"王氏、朴は藤原氏みたいなもんだろうが、
なんで日本と違って多種類の名字が発生しなかったのか気になる。
487世界@名無史さん:2013/10/24(木) 02:12:15.64 0
旧唐書新羅伝だと異姓との婚姻はしないとある
>國人多金、朴兩姓、異姓不為婚
不思議w
488世界@名無史さん:2013/10/24(木) 09:24:16.22 0
中国でも穢でも同姓不婚なのに
489世界@名無史さん:2013/10/24(木) 10:10:03.62 O
>>487
日本でも皇族や藤原氏は同姓婚多いが、
“異姓不婚”は不自然だな
490世界@名無史さん:2013/10/24(木) 11:55:04.38 0
>>486
調べてみたら結構韓国の姓って多いよ
俺も最初は金 朴 李しかないと思ってたもんなw
中には岡田とか辻とか日本人みたいな姓もあるがこれって帰化人なんでしょうね
491世界@名無史さん:2013/10/24(木) 12:24:04.38 0
一応250種あるが、韓国では金が21.6%、李が14.8%、朴が8.5%
この三姓だけで44.9%だからかなり偏ってる
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA%E3%81%AE%E5%A7%93%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7
http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/choes/etc/kanyocho/seimei.html

まあ族譜なんて李朝末期以後の捏造がほとんどだが
492世界@名無史さん:2013/10/24(木) 15:39:08.62 0
そもそも下々には姓ないだろ、日本もそうだったけど
493世界@名無史さん:2013/10/24(木) 16:39:46.37 i
むしろもともとは部族の識別子で、酋長から奴隷まで皆同じ「姓」だったんでは?
それだと異姓不婚も(かく部族がいがみ合っていたという前提だと)おかしくない。
494世界@名無史さん:2013/10/24(木) 21:08:12.20 0
>>491
で、なんでそこから日本みたいに
各地名を冠した名字見たいのが発生しなかったんでしょう
495世界@名無史さん:2013/10/24(木) 21:24:17.33 i
>>494
中央集権的な律令国家や封建制が誕生せずに、近代までずっと部族社会(アフガニスタンやパキスタンの部族地域のような感じ)が続いたから
496世界@名無史さん:2013/10/24(木) 21:56:14.55 0
普通に不便だと思うんだけど。
宮廷が源氏と藤原だけになったら分かりにくいのと同じで、
みんなが金と朴だけになったら分かりにくい。
497世界@名無史さん:2013/10/24(木) 22:09:56.45 i
>>496
それは部族を離れた氏族や個人という概念が存在する文明社会に生きる人間の発想
個体としての自我さえまだ誕生してない原始的な社会では何も困ることはない。
498世界@名無史さん:2013/10/25(金) 00:48:41.14 0
>>492
姓が奪われたのは江戸時代後期だけだよ
499世界@名無史さん:2013/10/25(金) 01:12:13.85 O
>>496
いや中国も同じ
500世界@名無史さん:2013/10/25(金) 03:22:51.84 0
屋号みたいなものがあるんじゃないの、
うちの地域でも、今でも屋号でよんでるし
501世界@名無史さん:2013/10/25(金) 19:42:15.87 0
502世界@名無史さん:2013/10/27(日) 11:07:59.45 0
>>460
>百済は倭の忠実な属国

はあ?
だったら何で応神みたいな近肖古王の息子が日本に渡ってきて倭の王になれるんだよ
逆だろ
503世界@名無史さん:2013/10/27(日) 11:27:29.59 0
応神がそうだという学問的な裏付けのある理由を述べよ
504世界@名無史さん:2013/10/27(日) 11:28:14.75 i
>>502
これはスゴイ
どうしようもなくスゴイ
ここまで低脳が実在したのか

韓国ドラマが史実なんだと勘違いしたのだろうが
そんな根拠はどこにも存在してない
源義経がチンギスハーンなったよりトンデモなんだが
505名無しさん:2013/10/27(日) 14:47:16.24 0
韓国ドラマ「近肖古王」の設定らしい
506世界@名無史さん:2013/10/27(日) 14:56:52.41 i
その設定でいくと、いわゆる日帝による朝鮮併合は女真族による侵略王朝である李氏朝鮮を廃して、古代百済からの由緒ある正統な後継者がめでたく半島を解放したということか。
また独立してしまって残念だったな
507世界@名無史さん:2013/10/27(日) 15:17:32.82 0
百済王族は夫余・高句麗系だから
新羅の末裔たる現代韓国からしたら仇敵だと思うが
508世界@名無史さん:2013/10/27(日) 19:33:38.16 0
【米国】 「古代日本が韓半島支配?」〜米国の授業を正した韓国人留学生、教授の謝罪受ける[10/25]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1382713817/

http://img.sbs.co.kr/newimg/news/20131025/200698937.jpg

米国ボストンカレッジで交換学生として勉強している西江(ソガン)大政治外交学科2年イ・ヒョンさ
んは11日、西江大フェイスブックに任那日本府説に反論できる資料を探しているという文を載せ
ました。

アジアの歴史授業で米国人教授が日本が4〜6世紀にかけて韓半島を支配したという任那日本
府説をそのまま教えているという情報を該当授業を受けた友人に聞いたからです。受講生は200
人を越え、韓国学生も一部いましたが不満や抗議をする学生はいませんでした。

フェイスブックにはあっという間に40余りのコメントが集まり、任那日本府説の説明と共に参考資
料の英文書籍を推薦する文等が続きました。コメント内容を基ににイさんは友人のキ・ミンヒョンさ
んと一緒に資料収集し、第2期韓日歴史共同研究会議で両国の歴史学者が任那日本府説を公
式に廃棄したという情報を得ました。

多様な資料を収集した二人は担当教授を訪ね、間違いがあったという教授の謝罪を受けました。
教授は学校のポータルサイトに誤りを正す文を載せて既存の授業計画で一週を定めて韓国の歴
史授業をすると明らかにしました。

二人は教授の提案を受けて来月26日、授業時間に韓国の歴史について発表する計画です。

ソース:SBSニュース(韓国語) "古代日本が韓半島支配?"米授業正した韓学生
http://news.sbs.co.kr/section_news/news_read.jsp?news_id=N1002045990
509世界@名無史さん:2013/10/27(日) 19:34:37.77 0
高句麗は中国なの?韓国なの?あえて北朝鮮?
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1382836872/

韓国史教科書、教育部が求める修正・補完事項とは

 韓国教育部(省に相当)が今月21日に発表した「高校韓国史教科書修正・補完事項」は、近現代史のデリケートな問題だけでなく、古代史・中世史分野でも広い範囲にわたって、
学界の新たな研究成果を少なからず反映させている。この中には、一般の韓国人が持つ漠然とした歴史的常識とは異なる部分も多い。

■「紀元前2333年古朝鮮建国」の根拠は『三国遺事』ではない?

 来年から使われる8種類の教科書のうち、教学社・金星出版社・天才教育社の教科書では、古朝鮮の建国年代を「紀元前2333年」だとする記録を紹介し、その根拠を『三国遺事』に求めている。
檀紀や「半万年の歴史」という表現を生んだこの建国年代については、実際に多くの韓国人が、一然の編さんした『三国遺事』に出てくるものだと思っている。

 しかし教育部は「紀元前2333年というのは、『三国遺事』ではなく『東国通鑑』に出てくるものであって、修正すべき」と指摘した。『東国通鑑』は1485(成宗16)年に著された編年体(年代順に記録をつける方式)の歴史書で、
中国の堯が即位した甲辰年より後の戌辰年に檀君が即位したと記している。北宋の司馬光が著した『資治通鑑』では、堯の即位年を紀元前2357年とみていることから、「戌辰年」は紀元前2333年になるという計算結果が出てきたのだ。

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2013/10/23/2013102301264.html
510世界@名無史さん:2013/10/27(日) 20:14:44.59 O
恐らく百済の前身である馬韓が魏に滅ぼされていた頃
既に倭人は三韓より規模のデカい国を作っていたことをまず理解していないだろ

半島で比較的進んでいて大きいのは高句麗だけで
他の国は糞雑魚だったことを理解できていない
511世界@名無史さん:2013/10/27(日) 21:10:37.76 0
>>508
アメリカまで皇国史観に毒されていたのか?
512世界@名無史さん:2013/10/27(日) 23:36:37.68 0
その教授バカだなw
513世界@名無史さん:2013/10/27(日) 23:38:50.00 0
最後は韓国側が泣いて頼んで日本側を引っ込めさせたwww
日本側は韓国に同情し情けをかけて施しをした
それを真に受けるとはwww
514世界@名無史さん:2013/10/28(月) 01:43:17.39 0
古代史に今のイデオロギーや領土問題もちこむなよw
515世界@名無史さん:2013/10/28(月) 10:07:55.86 0
【韓国】 「日本の墓」前方後円墳ではなく伝統様式の「ハゲ山」だった〜河南一帯から先史時代遺物が出土[10/26]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1382793898/
516世界@名無史さん:2013/10/28(月) 10:09:34.49 0
http://www.newscj.com/news/photo/201310/211042_164040_2818.jpg
▲1-1地点(ハゲ山)調査後の全景。(写真提供:文化財庁)

[天地日報=イ・ヒョンジョン記者]2005年10月、某メディアが百済時代の前方後円墳を報じてから
韓国考古学界で論議が止まらない京畿河南(ハナム)一帯の、I沙ポグムジャリ住宅団地造成地
区から先史時代の遺物が出土した。

2005年当時、河南地域の在野の史学者らが日本列島古墳時代に集中確認される独特の墓の様
式である前方後円墳だと主張した山は、発掘調査の結果、新石器から朝鮮時代に至るまで家と
墓に使った‘ハゲ山’であることが明らかになった。

埋蔵文化財専門調査機関である韓白文化財研究院と文化財庁は24日午後2時、河南I沙ポグ
ムジャリ住宅団地造成地区内にある1-1地点と3地点を中心に説明会を開いた。1-1地点のハゲ
山は先史時代の生活遺跡と朝鮮時代の墳墓遺跡が出土した。新石器時代の遺跡はハゲ山の南
側斜面下段部で住居地1棟と野外露地2基が確認された。住居地は火災によって廃棄され、櫛文
土器の破片が出土した。青銅器時代の遺跡は住居地6棟と竪穴3基が確認され、ハゲ山の北側
斜面を中心に分布している。

http://www.newscj.com/news/photo/201310/211042_164041_2842.jpg
▲出土した石。(写真提供:文化財庁)

住居地は内部施設は確認されなかったが、二重口縁単斜線文土器、長頚壷(首の長い壷)、紡錘
車)等が出土した。出土遺物で見れば、青銅器時代前期に造成されたと判断されると調査団は明
らかにした。初期鉄器時代の遺跡は長方形の住居地6棟と竪穴5基が確認された。

調査団は今回の調査で旧石器時代と初期鉄器時代の遺跡が確認され、河南一帯の漢江(ハンガ
ン)流域の歴史性と文化性に新しい資料が提供されると期待した。また、ハゲ山一代で前方後円
墳と関係した遺跡は全く確認されず、河南市前方後円墳の真偽論議は終わらせることができると
判断した。

ソース:ニュース天地(韓国語) ‘日本墓’論議河南(ハナム)一帯、先史時代遺物ら出土
http://www.newscj.com/news/articleView.html?idxno=211042
517世界@名無史さん:2013/10/28(月) 11:20:34.60 0
馬韓国の妄想を持ち込まれても困る
ここは学術板だろ
518世界@名無史さん:2013/10/28(月) 15:50:59.19 0
朝鮮総督府みたいなもんだと思ってアレルギー反応してるんだろう
ところで668年以前に「日本」という国号はないから原名は「倭府」だと思うんだが
519世界@名無史さん:2013/10/28(月) 18:25:39.48 O
んーというか
一方的な優越状態にある朝鮮が野蛮なる倭人に文明を与えてやった、っていう韓国人の求める構図が崩れるのが嫌なんだと思うよ
520世界@名無史さん:2013/10/28(月) 18:31:10.85 0
一方的な優越状態にある中国が野蛮なる朝鮮人に文明を与えてやった
一方南朝鮮には文鮮明が現れた
521世界@名無史さん:2013/10/29(火) 19:49:08.12 O
>>489
中国人が新羅王家の近親婚を見てそう判断しただけかも
522世界@名無史さん:2013/10/29(火) 23:51:48.73 0
倭:漢委奴国王、親魏倭王
穢:穢王之印(夫余)、高句麗王
韓:漢廉斯邑君
523世界@名無史さん:2013/10/30(水) 00:25:28.30 0
>>522
廉斯邑君の蘇馬ィの記述の前には準が韓王になったとか馬韓人が再び辰王
になったとかあるが朝貢してきたのは廉斯邑君
当時の韓は中国とわりと距離を置いてたのかな。霊帝の末にゃ韓、ワイが
コントロール不能になったなんてこともあったな

倭に対しては遠交近攻策って面もあるのだろうか
524世界@名無史さん:2013/10/30(水) 00:47:50.62 0
箕子朝鮮は実在が確認できない
史記には満が「朝鮮・真番の蛮人を役属した」とあるだけで、既存の朝鮮王国を滅ぼしたとは書いていない
「箕準が亡命して韓王になった」「衛右渠を諌めた朝鮮の相の歴谿卿が辰国に亡命した」
という話は、ともに3世紀の魏略に初めて見え、5世紀に成立した後漢書に採用されたようだ
よって韓人が中国に自分たちのルーツを説明する際、箕子朝鮮や衛氏朝鮮を持ちだして箔をつけてみせただけと思われる
525世界@名無史さん:2013/11/01(金) 16:38:42.03 0
王莽の地皇年間(20-23年)に辰韓の右渠帥となった廉斯[金歯]は、
楽浪郡と手を結んで辰韓と戦い、拉致されて奴隷化されていた漢人1000人を救出して表彰されている
そして光武帝の建武20年(44年)、韓人の廉斯の人の蘇馬是が朝貢して漢廉斯邑君に任命された
金歯と蘇馬是はともに廉斯の人であり、蘇馬是は漢の後ろ盾を得て辰王になったかもしれない
ただ辰韓・弁韓・馬韓の78国に廉斯という国は一つもなく、月支国に辰王が住むというから、これがもとの廉斯邑だろうか
526世界@名無史さん:2013/11/11(月) 02:33:50.05 0
廉斯はあくまで辰韓の右渠帥。これは衛氏朝鮮の最後の王、右渠王に通じる。
右渠王の本名は張路(正確には路でなく[阝各])
右渠帥とか右渠王とかってのは匈奴の右賢王みたいなもので西部方面の方伯だろう
だから廉斯[金歯]の頃はすでに辰王(=辰韓の王)は別に東のほうにいて
形式上はその配下。それを廉斯[金歯]は裏切って楽浪郡についたってこと。
蘇馬是は廉斯[金歯]の後継者で孫ぐらいの世代かな
ちなみに廉斯は月支とぜんぜん別の場所、三国志は月支と目支を混同してる
527世界@名無史さん:2013/11/11(月) 13:04:06.77 0
なるほど右賢王か、匈奴はけっこう半島に影響を与えているな
百済にも左賢王・右賢王がいたし

ところで右渠の本名が張路というのは初耳だが、右渠の子の「長」のことか
「左將軍使右渠子長、降相路人子最告諭其民…」を「右渠子長降、相路人子最」と区切れば
右渠の子の名が「長降」と読めるが、王子の名に降があっちゃ縁起悪くないか
528世界@名無史さん:2013/11/11(月) 13:49:23.12 0
>>527
むろん通説はしってる。「張[阝各]」って名は史記の年表にあるよ
[阝各]の字は読みは「路」と同じだから「路」で代用
しかし降だとして諱は必ずしも好字美字とは限らないしそこが問題ではないんでは。
降を[阝各]に誤るのと長を張に誤るのを二重に誤ったとして成り立つのが通説
これはありうるっちゃありうるけど考えにくいと思えば思えなくもない
それより辰王のネタで絡まれると思ったから予想外なレスだった
529世界@名無史さん:2013/11/11(月) 19:21:27.47 0
馬韓人で馬韓にいる辰王の権威はもともと弱そうだなあ
245年に楽浪郡が辰韓八国の所管を帯方郡から自郡に移そうとして、
馬韓の臣濆沽国が怒って反乱したというが、これに辰王は関われているのかどうか
530世界@名無史さん:2013/11/12(火) 23:35:50.23 O
新羅王家の金氏はもともと馬韓人だが、
関係ある?
531世界@名無史さん:2013/11/13(水) 02:12:09.03 0
>>530
辰韓の地域には漢人系の住民と先住民が混在してたと思われ
中国語を話してた辰韓人というのが前者
後者は馬韓人と同一種族だったから辰韓に住んでても
「民族的には馬韓系」という意味で三国志では馬韓人といってる。
そう考えれば後世の新羅語が中国語でない理由が解けるし
辰王は馬韓人を立てるというのも辰王は漢人系でなく先住民系って意味にすぎない
532世界@名無史さん:2013/11/13(水) 02:19:36.66 0
>>529
辰王がいた月支国ってのは
馬韓五十四国の中の「目支国」と
辰韓の斯蘆国にいた辰王の都城「月支」を混同したものではないかな
月支は後世「月城」とよばれた新羅王の都城
目支国は今の京畿道禝山県で全然別の場所、
ただしここ(禝山)も何か王都的なものがあったらしいので
俺の仮説が間違いの可能性ももちろんある
あるいは目支に辰王がいたんじゃなくて「辰王の使」がいただけなのを
脱字したんじゃないかとも思う。よくわからんが
533世界@名無史さん:2013/11/13(水) 10:55:43.53 0
月城が月支だとすると、三国史記によれば月城は倭人の瓠公の屋敷で、
多婆那国から来た昔脱解が奪い、朴氏や昔氏が居城にしたという
そこにいた辰王は倭人系ということになるな
534世界@名無史さん:2013/11/13(水) 12:25:23.81 O
>>531
なるほど。
それに対して、新羅王家の金氏は、
文字通り馬韓人でしょうから
無関係でしょうね。
535世界@名無史さん:2013/11/13(水) 12:29:06.35 0
月支=月氏であり辰韓=秦韓である
つまり大秦国からアレキサンダー大王に率いられて来た
金髪碧眼のスキタイ人の末裔が秦の始皇帝で
その子孫が韓国に来て月支辰王となり
倭を属国とし天皇となったに違いない
536世界@名無史さん:2013/11/13(水) 12:41:09.26 0
月氏ってインドの近くにいた民族だぞ
そんなのが朝鮮半島に来るか?
537世界@名無史さん:2013/11/13(水) 12:54:28.94 0
匈奴に追い払われるまでは甘粛省にもいた
538世界@名無史さん:2013/11/13(水) 15:33:58.36 0
月支=筑紫
539世界@名無史さん:2013/11/13(水) 16:36:32.49 0
>>537
あ、そうか
インドの近くにいたのは大月氏だったわ
こいつらがバクトリア王国やクシャン王朝建てたんだったな
ところで大月氏と月氏の違いって何?
540世界@名無史さん:2013/11/13(水) 17:22:05.99 0
もともとは月氏
近くに残ったのが小月氏、遠くへ逃げ延びた本体が大月氏
541世界@名無史さん:2013/11/13(水) 20:29:14.31 0
魏志東夷伝韓条にでてくる「月支国」は後漢書では「目支国」になってる。
どっちかっていうと「目支」が正しく「月支」はただの誤写とする説のほうが有力
542世界@名無史さん:2013/11/13(水) 21:26:33.01 0
稷山県は忠清南道天安市に属し、ソウルや広州から100kmほど南
ここが目支(月支)国であるなら、楽浪・帯方から馬韓への入口に位置し、中国との物流を扼する(慶長の役でも戦場となった)
衛氏朝鮮が平壌に、倭奴国が博多にあったように、辰王もここで交易路を抑え、みかじめ料を取り立てていたのだろう

ただ楽浪・帯方から辰韓・弁辰・倭国を結ぶ南漢江ルートは、中国側が抑えて含資県(忠州)を置いていたようだ
黄巾の乱で漢と楽浪郡が衰弱したため、韓では辰王が、倭では倭奴国王が勢威を失ったのだろう
そのうち韓は遼東公孫氏に制圧され、交易路の保護のため帯方郡が設置された
543世界@名無史さん:2013/11/14(木) 14:41:57.46 0
辰王が目支国にいる状態はあくまでも魏が公孫氏を滅ぼして二郡を接収した後の話。
245/246年に臣濆沽国の反乱の際の落ちとして「二郡遂に韓を滅ぼす」とあり、
これ以後も韓は存在してるのだからこれは旧体制を滅ぼしたの意味でしかない。
その戦後処理の結果にできた新体制なのじゃないかな
三国志には温厚な辰韓弁韓と違って馬韓は凶暴で扱いにくい民族とあるから
韓族たちのまとめ役として辰韓十二国の宗主である辰王(辰韓の王)が
担ぎだされただけだろう
その証拠というわけでもないが辰王の朝廷(辰王のとりまき)には
皆その身分の上下に応じた魏の官爵が授けられてる、つまり魏の傀儡。
ただ、これがうまくいったかどうかは不明、
辰王はほどなく本来の場所(辰韓)に戻ったと思う。もしくは目支国に置かれたのは
辰王本人じゃなく辰王の代理(使者)なのを原文に脱字があったんじゃないか
544世界@名無史さん:2013/11/14(木) 16:33:46.79 0
しかし辰王が斯蘆国にいたとは思えんなあ
545世界@名無史さん:2013/11/14(木) 22:15:49.46 0
なんで?
辰韓の十二国は辰王に属してるんだからその中にいるのが普通じゃないか?
三国志では、韓の臣濆沽国を「臣濆沽韓国」といい、韓の狗邪国を「狗邪韓国」といってる
これからすると馬韓とは韓の乾馬国=「乾馬韓国」=馬韓
弁韓とは韓の半跛国=「半跛韓国」=半韓(魏略で牟韓、弁も牟も半の誤写)
辰韓とは韓の斯蘆国=「斯蘆韓国」=辰韓(古音silaの頭音silの転sin)
三国志に説明されてる情況はすでに相当のすったもんだあった後の情況であって、
古くは乾馬国に馬王・半跛国に弁王・斯蘆国に辰王がいたという
わかりやすい情況があったと想定しないと同じ韓という名称を共有しながら
三韓にわかれている事態を説明するのに難渋すると思う
546世界@名無史さん:2013/11/15(金) 08:55:56.32 0
高句麗の領土って地図で見ると結構広いけど、質はどうだったの?
人口とか土地の豊かさとか
547世界@名無史さん:2013/11/15(金) 10:54:19.63 0
山ばっかりで耕作地はほとんど無し
人口も少なかった
もともとも高句麗は山賊国家のようなもの、山奥過ぎて中国も攻める気が起きなかった
高句麗が勢力を持ったのは漢が滅び棚ぼたで楽浪郡を手に入れてから
米は穫れないから高級品
548世界@名無史さん:2013/11/15(金) 11:11:58.90 0
後漢書によると拘邪韓国は倭の西北界ってことで
倭に属している
549世界@名無史さん:2013/11/15(金) 13:07:18.52 0
交易拠点として倭人の居留地もある、ぐらいなもんだろ
550世界@名無史さん:2013/11/15(金) 13:20:32.75 0
三国志魏書馬韓伝
「韓在帶方之南、東西以海為限、南與倭接、方可四千里。有三種、一曰馬韓、二曰辰韓、三曰弁韓。」

>南與倭接
>韓は帯方郡の南に在り、東西は海で尽きる。南に倭と接し、
551世界@名無史さん:2013/11/15(金) 13:26:21.66 0
【大阪】「日本人なら何人も殺そうと思った」生野区通り魔事件 韓国籍の男を不起訴に 心神喪失で刑事責任能力認められず★7
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1384485419/
552世界@名無史さん:2013/11/15(金) 13:54:33.95 0
>>546-547
高句麗はもともと>>547の言うように中朝国境山岳地帯だけの貧乏な国だった
>>546がいってる広大な地図はずっと後の最盛期の地図だろう
高句麗は玄菟郡から独立して玄菟郡を侵食しながら拡大した経緯があるので
他の東夷諸民族と比べると伝統的に中国と仲が悪かった
北の夫余、西の遼東郡には何度も侵攻して略奪している。
広開土王の時に東西北に拡大、特に西の遼東郡を併合したのが大きい
そっから西へは鮮卑に阻まれて拡大停止
次の長寿王の時に南下して楽浪郡を併合したんだけど
これは積極的に取りにいったというより
>>547のいうようにちょっと棚ボタな事情もあった
長寿王の頃から山賊国家やめて文化政策に力を入れて普通の国っぽくなった
そのかわり武力も並みの国に落ちた感じ。
親の世代は山賊でも豊かになると子の世代は学問して上品になっちゃうからな
553世界@名無史さん:2013/11/15(金) 14:47:48.25 0
でも三国で恐らく一番進んでたよね
で一番遅れていた成り上がりが勝っちゃうこともあるのが歴史
554世界@名無史さん:2013/11/17(日) 13:29:17.30 0
高句麗と渤海の民族的な繋がりって何かあるの?
555世界@名無史さん:2013/11/17(日) 13:42:11.65 0
高句麗が滅んで残党が渤海を建国
556世界@名無史さん:2013/11/18(月) 15:12:32.22 0
>>555
大祚栄の父親って乞乞仲象っていうんだろ
名前だけみても高句麗人ではなさそうだけど
557世界@名無史さん:2013/11/18(月) 16:25:40.81 0
粟末靺鞨が主体で高句麗人もいる
558世界@名無史さん:2013/11/18(月) 23:42:59.65 0
>>554
渤海人ってのは靺鞨人が主でそれにいくらかの高句麗人が混血してできた民族
ただし靺鞨ももともと一つの民族ってわけではない
詳しくは渤海スレがあるからそちらで
559世界@名無史さん:2013/11/19(火) 00:08:07.17 0
高句麗自体、徐々に膨張して四百年目ぐらいで大膨張、概ねその領域を
二百数十年維持した国なわけで民族的に均質では有り得ぬだろう
長年維持したあたり、なかなか巧みな統治ではあったのか
560世界@名無史さん:2013/11/20(水) 18:30:33.21 0
>>559
二百数十年も維持したかなAD469年に勿吉と百済が連合して南北から侵入
この時、高句麗の北部の領土がかなり独立してしまったんじゃないかと予想するが
隋代の粟末靺鞨と高句麗は太白山(長白山)で国境が接してたような記述もあるし
世界史の資料集みたいな地図には全盛期の高句麗領土がでてるけど
あれは南北朝時代一時期で隋唐の頃の領土じゃない
561世界@名無史さん:2013/11/21(木) 00:08:14.11 0
>>560
南はソウル以南のラインは百年もたず、結局今の軍事境界線あたりに
なったみたいですね
北は一時押し込まれたかもですが、高句麗の千里長城は扶余城(長春市農安県)
に達したということだから押し返したかな
粟末靺鞨は高麗(高句麗)に附いてたというからその押し返した時に
取り込んだのかも
562世界@名無史さん:2013/11/21(木) 15:38:39.69 0
>>561
なるほど。そうすっと結局、高句麗の本国は
1)初期の比較的狭い中朝国境山岳部(初期玄菟郡の西半)、
2)楽浪郡、3)帯方郡の北半、4)遼東郡だけで、
それ以外(日本海沿岸と満州の北方含む)は
服属したり離反したり繰り返してた感じかぬ
563世界@名無史さん:2013/11/21(木) 17:07:47.19 0
ほぼ高句麗の発祥地から満洲族が興ってるんだよな
高句麗も時代状況によっては中原王朝になれたかもしれん
564世界@名無史さん:2013/11/22(金) 21:24:56.77 0
つか満州平原自体が地政学的に重要なんであって
民族の発祥地(中朝国境山岳部)は関係ないかもしれない
565世界@名無史さん:2013/11/23(土) 17:17:08.10 0
高句麗って乙支文徳とか淵蓋蘇文など朝鮮人らしからぬ中国人みたいな名前の人がいたしな
566世界@名無史さん:2013/11/23(土) 17:27:14.96 0
淵・蓋蘇文はイリ・カスミと読む
567世界@名無史さん:2013/11/24(日) 18:36:48.39 0
>>3
三国史なの?何故、秦韓・慕韓は仲間に入れてくれないの?
568世界@名無史さん:2013/11/25(月) 12:55:50.39 0
>>567
弁韓 辰韓(秦韓)馬韓(慕韓)は三韓時代

ここは高句麗 新羅 百済の三国時代

まあどっちの話をしてくれてもいいけどね
569世界@名無史さん:2013/11/25(月) 13:03:58.43 0
任那加羅が滅ぶまでは四国時代
570世界@名無史さん:2013/11/25(月) 13:13:45.44 0
>>568
三韓の北には半島の半分を占める巨大な帯方郡・楽浪郡が有ったけどな
高句麗は更にその北
しかも三韓の南に倭がでーんと有ったし

三韓は小さすぎて三国史ではないが
その時代は「中国、韓、倭」の三国時代と言っていいと思う
571世界@名無史さん:2013/11/25(月) 14:00:22.45 0
倭がいたのは日本列島でしょ
南といやあ南だがw
572世界@名無史さん:2013/11/25(月) 14:12:56.04 0
>>550
>韓は帯方郡の南に在り、東西は海で尽きる。南に倭と接し
573世界@名無史さん:2013/11/25(月) 23:45:59.49 0
ぶっちゃけそれ大して根拠にならんと思うよ
ただの海を含めてそう言ったのか否か不明なだけでしょ
そんなもんでも周りが言ってりゃ確たる根拠に見えてしまうのが時代なんだろうけどは
574世界@名無史さん:2013/11/25(月) 23:57:19.69 0
倭は大海中にあるとも言うとるからなあ
575世界@名無史さん:2013/11/26(火) 00:40:28.01 0
魏志倭人伝
「從郡至倭、循海岸水行、歴韓國、乍南乍東、到其北岸狗邪韓國、七千餘里。」

後漢書倭人伝
「其大倭王居邪馬臺國。樂浪郡徼去其國萬二千里、去其西北界拘邪韓國七千餘里。」

魏志と後漢書にも、拘邪韓國は倭に属すると明記されてる
576世界@名無史さん:2013/11/26(火) 12:26:30.49 0
狗邪韓国って金官伽耶のことでしょ?
577世界@名無史さん:2013/11/30(土) 01:54:16.35 0
狗邪倭国とは言わんのかね
578世界@名無史さん:2013/11/30(土) 10:21:45.72 0
>>577
日本列島にあった狗邪韓国系の国が狗邪国でしょ?
狗邪韓国と狗邪国は日韓間で同君連合にような政体をとってた思う
579世界@名無史さん:2013/11/30(土) 23:32:48.62 0
>>575
後の書は前の書の説明文を引用してるだけだから、加算するのは微妙。
一番古い書でこう書かれている、で十分。
580世界@名無史さん:2013/11/30(土) 23:56:04.21 0
「その北岸」や「西北界」は倭のほうに含まれるのかね

ちなみに隋書だと「竹斯(筑紫)國より以東は皆倭に附庸す」とあるので
都斯麻(対馬)と一支(壱岐)が倭から独立しているが
581世界@名無史さん:2013/12/01(日) 00:07:37.42 0
>>580
『後漢書』馬韓伝
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/bakan-kanbun2-gokanzho.htm
>馬韓在西、有五十四國、其北與樂浪、南與倭接。
>辰韓在東、十有二國、其北與濊貊接。
>弁辰在辰韓之南、亦十有二國、其南亦與倭接。

馬韓が西、南に倭
辰韓が東
辰韓の南に弁韓、南に倭
つまり倭はけっこうデカイぞ
582世界@名無史さん:2013/12/05(木) 14:47:01.65 0
朝鮮半島南部にいた倭って日本列島にあった大和朝廷とは関係ないらしいね
583世界@名無史さん:2013/12/05(木) 15:10:37.71 O
>>582
ルーシ人とロシア帝国みたいな関係かな
584世界@名無史さん:2013/12/05(木) 22:55:55.25 0
【古代史】 イネ栽培は韓国を経て日本に伝わった〜東アジアで最初に米を作った漢江文明★2[12/04]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1386242897/
【新・悪韓論】「対馬は韓国領」論のずさんな根拠 『三国志』の原典を読めばわかるのだが…[12/05]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1386241855/
585世界@名無史さん:2013/12/07(土) 20:08:30.23 0
>>581
『宋書』「東は毛人を征すること、五十五国。西は衆夷を服すること六十六国。渡りて海北を平らぐること、九十五国。」
95か国‐54か国-24か国=16か国
朝鮮半島南部に倭人の国が16か国有ったんだね。
586世界@名無史さん:2013/12/07(土) 20:29:09.62 0
ぜひとも、朝鮮史の専門家である在特会の桜井誠氏の意見を聞いてみたいものだwww
587世界@名無史さん:2013/12/07(土) 20:47:10.24 0
倭王武が称した六国諸軍事のうち
「新羅・任那・加羅・秦韓(辰韓=新羅)・慕韓(馬韓=百済)」で海北九十五国
百済諸軍事はもらえなかったから慕韓と名を変えた
新羅は秦韓、任那・加羅は弁辰になるが別物として水増し
任那十国と加羅六国で合計九十五国
播磨王朝って実在?
東征かそれとも王朝非継続説の1つ?
589世界@名無史さん:2013/12/17(火) 21:38:48.16 0
>>588
古代朝鮮と関係ないじゃん
だってなぞの世紀の話だろ
関係あるわさw
>>590
誰も知らんのは問題だろ
考古学が黙っているから文献学は何も解釈できないの?
一時期3代くらいが岡山県の西に権力があったのがまずいのかww
593世界@名無史さん:2013/12/17(火) 22:48:31.82 0
日本史板でやれ
うん?何故そういうか権力が移動する事は力関係を示している事位分からないのか?
それを無視したら歴史は理解できないぞ
>一時期3代くらいが岡山県の西に権力があったのがまずいのかww
趣味でやっているないいけど学者としては落第だなww
単なる朝鮮史おたくだろww頑張ってください
中国にしても日本しても権力の中枢が移動するという事は他国の圧力の影響があるという事
謎の4世紀に権力中枢が西へ移動しつつある事が実証できればどうなると思う?
あ,スレチだったかww済みません
でも朝鮮の歴史と並行的に見れば面白いでしょうw
598世界@名無史さん:2013/12/17(火) 23:45:44.29 0
で,朝鮮半島の南半分はに
で,朝鮮半島の南半分は日本がある時期まで占領していたって事でいいわけね
反論が無いのはなぜ?ww
知っているよ
こいつら分かっているくせにいえないんだ
馬鹿の集団wwなんか言ってみろよ権力にしがみつきたいだけなんだろ
あ、遺跡を壊す集団だ
本音は分かっているけどそのうち無くなるぞ
603世界@名無史さん:2013/12/18(水) 01:58:36.10 0
王朝交替説は水野先生に始まって鳥越さんなどが主張しているが誰一人として朝鮮半島との関係を主張した人はいないんだよね
どちらかといえば江上さんの騎馬民族王朝説や古田さんの九州王朝説の方面からアプローチした人たちの間では散見するが
まあ何でもいいけど
古代の日本,朝鮮の6000年くらいの真実の歴史を書いてみたら?
勿論命にの保証はしないけど
605世界@名無史さん:2013/12/18(水) 03:22:39.64 0
>>604さんが殺しに来るの?
606世界@名無史さん:2013/12/18(水) 09:46:30.24 0
6000千年前の朝鮮半島なんて何も無いぞ
遺跡がほとんど無い
607世界@名無史さん:2013/12/18(水) 12:10:41.31 0
檀君神話より古い倍達国(ペダル)とかの歴史(神話?)も入れたらゆうに5000年を超えるらしい
608世界@名無史さん:2013/12/19(木) 02:07:30.18 0
>>607
檀君神話は鮮卑の檀石槐が元ネタらしいね

在日朝鮮人の戯言
http://blog.livedoor.jp/whokilledxxxxx/tag/%E7%9F%B3%E5%AF%A8%E5%B1%B1%26%2328359%3B%E5%9B%BD%E7%8E%8B%E6%97%8F%E5%A2%93
日本人の起源と朝鮮人の起源と檀君神話と
(略)
「朝鮮」の意味は何でしょう?
「朝鮮」とは中華から見て朝日が昇る方向にある「東の鮮卑」という意味で
「鮮卑」とは元を正せば「匈奴」と呼ばれる北方騎馬民族により
居住地を蹂躙され飛散した原住民の事で烏山に逃げた者は「烏丸」
鮮卑山に逃げた者は「鮮卑」と呼ばれた流浪の民です
そして鮮卑は太古の昔より遼東郡に属していました
(略)
東の鮮卑と謂われた源である「鮮卑」は
あくまで鮮卑山周辺に逃げた流浪の民で朝鮮と全く関係ありません(笑)

そんな鮮卑に画期的な英雄が現れます 彼の名は檀石槐と云います

彼の父親は投鹿候で 鮮卑の部族長として遼東郡の大守と共に匈奴討伐に3年間の遠征に出ます
3年振りに帰国すると投鹿候の妻はナゼか妊娠してました(笑)

投鹿候も童貞ぢゃありませんから 妊娠する為には何をしないとダメなのか知ってるので
「俺の留守の間に浮気しやがって!!」と激怒します すると嫁は「浮気はしてないです!!
ある晴れた日に急に雷が鳴ってビックリして空を見上げるとアラレが降ってきて
ソレを飲み込んだら妊娠しちゃったの!」

非常に胡散臭い言い訳で当たり前ですが離婚されました(笑)
さてそんな出生にナゾの多い檀石槐は智勇兼備の才能があり 鮮卑全体の「君主」に任命されましたが
同時に前漢の支配秩序から離脱し鮮卑史上最大の領土を手に入れました
609世界@名無史さん:2013/12/19(木) 02:08:09.12 0
東の鮮卑と謂われた源である「鮮卑」は
あくまで鮮卑山周辺に逃げた流浪の民で朝鮮と全く関係ありません(笑)

そんな鮮卑に画期的な英雄が現れます その名は檀石槐と云います

彼の父親は投鹿候で鮮卑の部族長として遼東郡の大守と共に匈奴討伐に3年間の遠征に出ます
3年振りに帰国すると投鹿候の妻はナゼか妊娠してました(笑)

投鹿候も童貞ぢゃありませんから
妊娠する為には何をしないとダメなのか知ってるので
「俺の留守の間に浮気しやがって!!」と激怒します
すると嫁は「浮気はしてないです!!
ある晴れた日に急に雷が鳴ってビックリして空を見上げるとアラレが降ってきて
ソレを飲み込んだら妊娠しちゃったの!」

非常に胡散臭い言い訳で当たり前ですが離婚されました(笑)
さてそんな出生にナゾの多い檀石槐は智勇兼備の才能があり
鮮卑全体の「君主」に任命されましたが
同時に前漢の支配秩序から離脱し鮮卑史上最大の領土を手に入れました
610世界@名無史さん:2013/12/19(木) 02:09:43.63 0
>>608つづき
朝鮮半島には「檀君神話」というモノがあります
「檀君王倹」が朝鮮を建国し1500年ほど統治した事に由来するそうですが
そもそも「檀君王倹」は13世紀に書かれた「三国遺事」という書物に
突然に建国神話として登場しました(笑)

「檀君王倹」という名前ですが個人名ではありません
まず「王倹」とは平壌の古称です。そして檀君の「君」とは
「君主」の事で国の行政権を掌握した国家の象徴の人物に与えられるモノです

つまり「檀君王倹」という名前はの意味は
「壇」という人物が○○から「平壌」の行政権を任された「君主」という意味になります

檀君伝説では帝釋天が息子の解慕漱に天上界では無く地上に住み人間の数を増やせと命令し
帝釋天から天符印(神の子供の証)として鏡・剣・鈴を授かり3000の下級神を率い白頭山に降臨
人間の数を増やそうとしていると虎と熊が人間になりたいと訴えヨモギ1握りニンニク20個を与え
「コレを食べて太陽の光を100日間浴びなければ人間になれる」と解慕漱は云ったので虎と熊は実行します
虎は挫折し人間になれませんでしたがナゼか100日でなく21日目で熊は人間になれ解慕漱は熊女と夫婦になり檀君が誕生しました

帝釋天の名前を聞くと日本では「男はつらいよ」で有名な浅草は柴又の帝釋天題経寺が有名ですが
帝釋天は日本発祥の神ではありませんが韓国発祥の神でもありません(笑)

帝釋天とは密教の守護神の天部の1つでバラモン教・ヒンズー教・ゾロアスター教では天帝の事です

ちなみに解慕漱は扶余族の太陽神の事で実際には帝釋天の子供でも何でもありません(笑)
天符印は日本でいう三種の神器との類似してますし
檀君神話は「三国遺事」の筆者が意図的に創造した建国神話だという事が解りますよね?
そして檀石槐と檀君王倹は同一人物のような気はしませんか?
611世界@名無史さん:2013/12/19(木) 02:10:27.84 0
>>610つづき

史実に直せば胥余は殷の時代の人物で檀石槐は前漢の時代の人物ですから
檀石槐が仮に檀君王倹だったとしても国を譲る事は出来ませんが
仮定の話で既に他国には歴史書が相当数現存していました
「三国遺事」もイロイロな書物を参考とした可能性はあり
朝鮮が東の鮮卑の意味だという事は解ってた可能性は非常に強く
鮮卑の英雄だった檀石槐を朝鮮半島の建国神話を組み込んだと考えられます

もう1つ不思議な話があります
後漢書には扶余族の神話が載っています

北夷には索離国という国があり
索離国の王が寵愛していた侍女(妾)が
王が遠征中の間に妊娠したので浮気を疑い殺そうとしました
すると「空にあった鶏の卵のような霊気が私に降ってきて身籠りました
浮気はしてません!!」王は神の子供などとは信じませんでしたが
侍女を寵愛していたので侍女だけを許し生まれた子供は豚小屋に捨てました
しかし豚が息を吹きかけ乳を与えたので死ななかった
ソレを見た王は馬小屋に子供を捨て直した
しかし馬も息を吹きかけ乳をあげるので
王も「これだけ獣が生かそうとするのだからマジで神の子供かもしれん…」と思い
手元に置き東明と名を授けました
東明は成長すると弓と乗馬の上達が優れ過ぎており
ちょうど東明の反抗期と被った為に
王が「叱った時に逆ギレされたら殺されるかもしれん…」と思い索離国から追放しました
追放された東明は扶余族の地に辿り着き持ち前の弓で扶余族を平定しました

この扶余族を平定した東明と
鮮卑の英雄である檀石槐の出生部分は意外と似ていませんか?
612世界@名無史さん:2013/12/19(木) 02:43:12.23 0
仏像返せ!
613世界@名無史さん:2013/12/19(木) 12:52:32.76 0
>>608-610

その元ネタのサイトにこんなことが書いてあったんだけど

>後漢書や三国志魏志書によると胥余の子孫だった箕準は衛満に王倹を占領されると南下し馬韓を平定し百済を建国します

これっておかしくね?
百済を建国したのは高句麗の朱蒙の子(義理の子)である溫祚と沸流の兄弟じゃなかったっけ?
ちなみに溫祚は慰礼城(現在のソウル特別市)に沸流はもっと海沿いの味鄒忽(現在の仁川広域市)にそれぞれ国を建てたのだが後者は湿っぽい土地だったので安住することが出来ず自分を恥じて自害
一方溫祚の方は十人の臣下のおかげで建国できたのではじめは十済といってたのだが百姓たちも加わり百済になったそうだが
だから百済は箕氏朝鮮の系統ではなく朱蒙直系の扶余系の国家だと思うんだけど
ちなみに最近の研究では百済は溫祚の一系統だけなく前述の沸流系に加え同じ扶余系統の仇台系の百済というのもあったらしく五世紀後半蓋鹵王のとき高句麗の長寿王によって漢陽が陥落し
熊津(現在の光州広域市)に遷都したとき溫祚系から沸流系に王朝が代わったそうだがどうなんでしょうか?
614世界@名無史さん:2013/12/19(木) 14:43:08.50 0
朝鮮という地名は東胡が匈奴に敗れ鮮卑となる以前からある
遼東郡の設置は戦国末期の燕国によるが、すでに燕の東に朝鮮があった
檀石槐は前漢ではなく後漢時代の人(136頃〜181)で、本拠地は内モンゴル南部の陰山山脈
夫余の建国神話はそのまま好太王碑で鄒牟王の建国神話に採用され、
北斉で編纂された魏書では鄒牟が朱蒙となっている
615世界@名無史さん:2013/12/19(木) 14:46:25.74 0
>>613
それは12世紀に書かれた『三国史記』の中の神話伝説で、同時代史料とはまるで違う。
朱蒙にしたって王莽に殺された高句麗侯と夫余の建国神話をくっつけただけだし、
3世紀の馬韓には隣の辰韓に宗主権(商取引権)を持つ月支国の辰王しか王がいない。
「箕準が亡命して韓王になった」なんてのも、>>524にあるとおり後付け臭い。

4世紀に実在した肖古を「近(2世)」とし、即位年の六十干支を3巡(180年)遡らせて作ったのが『三国史記』の肖古(1世)。
肖古の子の貴須(仇首)も同様にして「近仇首」にされた。「近」肖古の父は比流とされるが、これは温祚の兄の沸流と同じ。
蓋婁は5世紀の蓋鹵から引っ張ってきて、5世紀の方を「近蓋婁」にした。
あとは適当に系図をつなぎ合わせて、高句麗の始祖からの系譜のできあがり。
616世界@名無史さん:2013/12/19(木) 16:27:39.29 0
何だ
百済も日本書紀や古事記に書いてあるような王朝の捏造をやってた訳だな
617世界@名無史さん:2013/12/19(木) 19:54:59.41 0
百済滅亡から500年も後に高麗時代の三国史記の編纂者がやったこと
618世界@名無史さん:2013/12/19(木) 22:42:57.49 0
記紀に王朝の捏造は無い
619世界@名無史さん:2013/12/19(木) 23:20:29.23 0
神武は架空の人物
620世界@名無史さん:2013/12/19(木) 23:22:35.26 0
【書籍】 東北アジア歴史財団「訳注日本書紀」発行〜訳注と解題で補完し韓国古代史の歪曲正す[12/19]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1387457098/

(ソウル=聯合ニュース)イム・キチャン記者=東北アジア歴史財団は古代韓日関係研究の必須資料
と評価される「日本書紀」を翻訳し注釈と解題を加えた3冊「訳注日本書紀」を発行したと19日、
明らかにした。

日本書紀は日本建国の始祖として知られる神武天皇から7世紀末の持統天皇に及ぶ古代日本
の歴史を天皇中心に構成した編年体史書だ。日本という国号と天皇という君主号が使われ始め、
中央集権体制が構築される時期に編纂された本なので古代日本支配層の政治理念を理解する
上で重要な資料と見なされる。

古代韓半島帝国と関連した記述も相当な分量を占めており、日本古代史だけでなく韓国古代史
研究にも使える資料だ。

しかし、韓半島南部地域が当時、日本の植民地だったとする任那日本府説の根拠を提供するな
ど韓半島帝国を日本の服属国と見る歴史認識があり、歴史歪曲論議を呼び起こす本でもある。
「訳注日本書紀」は原典のこのような主観性を訳注と解題で補完し、資料批判を通じて韓国古代
史に対する歪曲された認識を正す方向で執筆された。

東北アジア歴史財団関係者は「‘訳注日本書紀’の発行は日本書紀研究の出発点」とし、「日本古
代史と古代韓日関係史、進んで東アジアの正しい歴史観確立の踏み石になるだろう」と話した。

ソース:ファイナンシャル・タイムズ(韓国語) 東北アジア歴史財団‘訳注日本書紀’発行
http://www.fnnews.com/view?ra=Sent1301m_View&corp=fnnews&arcid=13121917373319&cDateYear=2013&cDateMonth=12&cDateDay=19
http://www.fnnews.com/images/fnnews/2013/12/19/20131219173733193.jpg
▲東北アジア歴史財団「訳注日本書紀」
621世界@名無史さん:2013/12/19(木) 23:45:08.78 0
三国志魏書馬韓伝
「韓在帶方之南、東西以海為限、南與倭接」

馬韓は南で倭と国境を接していた。

『後漢書』馬韓伝
韓有三種:一曰馬韓、二曰辰韓、三曰弁辰。馬韓在西、有五十四國、其北與樂浪、南與倭接。
辰韓在東、十有二國、其北與濊貊接。弁辰在辰韓之南、亦十有二國、其南亦與倭接。

馬韓は南を倭と接し
弁韓も南を倭と接していた
622世界@名無史さん:2013/12/19(木) 23:48:14.20 0
中国の史書も頑張って訂正しないといけないな
正しい歴史認識を布教するためには
623世界@名無史さん:2013/12/19(木) 23:49:31.75 0
一方で三国志魏書の倭人条では
倭人在帶方東南大海之中、依山島為國邑。
海で接していたのか?
624世界@名無史さん:2013/12/19(木) 23:51:29.32 0
あはは
日本列島が本拠地で半島南部が飛び地
それだけだ
625世界@名無史さん:2013/12/19(木) 23:53:42.80 0
>>624
それ逆
626世界@名無史さん:2013/12/19(木) 23:56:02.09 0
『三国志魏書』倭人伝
從郡至倭、循海岸水行、歴韓國、乍南乍東、到其北岸狗邪韓國、

狗邪韓國は倭の北岸だなあ

『後漢書』倭人伝
去其西北界拘邪韓國

拘邪韓國は倭の西北界、つまり西北界は倭の領土

『隋書』倭国伝
新羅、百濟皆以倭為大國、多珍物、並敬仰之、恒通使往來。

新羅や百済は倭を敬仰して常に通使が往来していたそうだ
627世界@名無史さん:2013/12/19(木) 23:57:40.09 0
朝鮮人は歴史を捏造するのは止めようなw
628世界@名無史さん:2013/12/19(木) 23:59:17.14 0
その倭って一体何よ?

大和朝廷なの?
奴国なの?
邪馬台国なの?

その倭の支配者は誰で本拠地(都)はどこよ?
629世界@名無史さん:2013/12/20(金) 00:01:32.25 0
>>628
魏書、後漢書は邪馬台国だろう
隋書は大和朝廷で間違いない
630世界@名無史さん:2013/12/20(金) 00:12:00.50 0
珍物目当ての朝貢となると後期の渤海みたいなものだろうか
631世界@名無史さん:2013/12/20(金) 00:15:44.14 0
>>460-470らへん参考
632世界@名無史さん:2013/12/20(金) 00:15:47.75 0
>>630
大國が抜けてるw
633世界@名無史さん:2013/12/20(金) 00:20:59.66 0
>>459もな
634世界@名無史さん:2013/12/20(金) 00:21:31.11 0
倭が主で百済が従?
そんな訳ないよw
635世界@名無史さん:2013/12/20(金) 00:43:55.35 0
「三国史記」にも「百済王は太子の腆支を人質として倭に送った」
「新羅の奈勿王が子の未斯欣を人質として倭に送った」とかちゃんと書いてあるな
韓国人は自分たちの歴史書である三国史記も訂正しなければなるまい
636世界@名無史さん:2013/12/20(金) 00:45:10.62 0
>>634
三国時代はヒスイ勾玉が半島に広まっているが
ヒスイ勾玉は倭の習慣
637世界@名無史さん:2013/12/20(金) 01:37:19.19 0
都督六国諸軍事に馬韓、辰韓が含まれてる時点で立場が解るわな
638世界@名無史さん:2013/12/21(土) 10:59:09.47 0
韓国が海女のユネスコ登録を目指すらしいけど
魏志倭人伝には海女が倭の風俗として出て来る

海女の分布を見たら半島南部が倭だった事は明白だな
半島が倭の領土だった証拠である海女の存在を
韓国人は理解できるのかなw
639世界@名無史さん:2013/12/21(土) 11:21:43.61 0
米国グレ市の在日本人に嫌がらせ、慰安婦問題で

【緊急避難】グレンデール市慰安婦像、在米邦人の安全を守るために[桜H25/12/16]
http://www.youtube.com/watch?v=fKwSq4DKGGo

●テキサス親父がホワイトハウス公式サイト上で
グレンデール市の売春婦像を撤去しろという署名を立ち上げました。
サインと拡散を是非、宜しくお願いします。

2014年1月10日までに100,000筆の署名が必要です。
初めて署名される方への解説です。 
http://staff.texas-daddy.com/?eid=454

署名サイトはこちら
https://petitions.whitehouse.gov/petition/remove-offensive-state-glendale-ca-public-park/3zLr8dZh
640世界@名無史さん:2013/12/21(土) 23:11:02.28 0
【考古学】韓国の技術で作られたものか? 6世紀初めの骨製小札 群馬・渋川の金井東裏遺跡
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1387600430/

★【群馬】国内初の骨製小札 6世紀初め渋川の金井東裏遺跡
2013年12月21日

六世紀初め(古墳時代)の火山灰層からよろいを着けた男性の骨が出土した渋川市の
金井東裏(かないひがしうら)遺跡で、動物の骨でつくられた小札(こざね)と呼ばれる
短冊状の板が新たに見つかったことが二十日、県埋蔵文化財調査事業団の調査で分かった。

数十枚が連結された状態で、よろいの一部か付属品とみられる。事業団によると、骨製小札が
見つかったのは国内で初めて。同日、県の検討委員会で報告した。

骨製小札は、一枚が縦六・六センチ、横約三センチ、厚さ数ミリ。一段あたり十数枚が、
三段にとじられていた。男性の骨の出土場所近くで、巻かれた状態で見つかった別の
鉄製よろいの内部にあった。

韓国で四世紀の骨製小札が出土した例があるとされ、今回の小札は穴の開け方から、
韓国の技術を用いて日本でつくられた可能性が高いという。

事業団の右島和夫理事は「材質から考えて、防具としての機能よりも視覚的なアピールが
重視されたのではないか。遺跡の意義を東アジアの枠組みで考える必要性が高まった」
と話している。また、男性がつけていたよろいは羽織った状態だったことも、
CTスキャンを使った調査で新たに分かった。

東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20131221/CK2013122102000174.html
渋川市の金井東裏遺跡で見つかった骨製小札(県埋蔵文化財調査事業団提供)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20131221/images/PK2013122102100058_size0.jpg
641世界@名無史さん:2013/12/22(日) 00:11:43.56 0
骨の飾りか、成程原始人らしいなw
642世界@名無史さん:2013/12/22(日) 13:15:47.21 0
骨に穴を開けるぐらいでなんで韓国の技術なの?
頭おかしいんでないのこの記者w
643世界@名無史さん:2013/12/22(日) 15:36:50.37 0
ああ、火山の噴火を鎮めるために武装して火砕流に突っ込んで死んだ人か
644世界@名無史さん:2013/12/22(日) 18:53:44.54 0
下人にむりやりってk
下人にむりやりってことだったら
反吐が出そうだな
646世界@名無史さん:2013/12/22(日) 19:19:36.91 0
古代韓半島帝国の技術で作られた骨製小札
647世界@名無史さん:2013/12/22(日) 21:57:25.48 0
朝鮮人が骨に穴を開ける2000年以上前に
倭人は翡翠に穴を開けていた
648世界@名無史さん:2013/12/24(火) 22:41:02.01 0
【民主党】韓国訪問中の細野氏「百済と言えば日本の仏教ルーツの一つ。飛鳥文化は百済を抜きに語れません」[12/24]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1387868887/

韓国訪問中の細野豪志氏 日韓関係解きほぐす鍵を語る

2013年12月24日 13時33分

 現在3年ぶりに韓国を訪問中の細野豪志衆議院議員が、日韓関係を解きほぐす
鍵についてツイッターで語っている。細野氏は「静岡県と関係の深い忠清南道を
訪れて安知事と会談します」と、忠清南道安熙正知事と会うことを明かした。

 ここでいう「静岡県と関係が深い」に関しては、静岡県庁によると「百済
最後の戦となった663年の白村江(はくすきのえ)の戦(戦場も忠清南道)
では、静岡から1万余りの軍勢が援軍として向かったといわれている」との
こと。

 細野氏は歴史的背景も踏まえ、「忠清南道と言えば百済が栄えたところ。
百済と言えば日本の仏教ルーツの一つ。日本文化の源流とも言うべき飛鳥
文化は、百済を抜きに語れません。膠着状態にある日韓関係を解きほぐす
鍵は、文化を中核に据えた国際交流、地域外交、スポーツ交流あたりに
あると思います」と日韓関係の改善の鍵を語っている。

http://yukan-news.ameba.jp/20131224-170/
細野君百済は消えてなくなったんだよ
650世界@名無史さん:2013/12/25(水) 18:22:16.67 0
百済を滅ぼした新羅の末裔に何言ってんだろね
651世界@名無史さん:2013/12/25(水) 21:00:24.84 O
>>649
百済人はどこに行ったの
652世界@名無史さん:2013/12/25(水) 21:15:03.68 0
王族とかなんぼかは唐や倭国へ逃げ込んだが
大部分は新羅の支配下に入った
653世界@名無史さん:2013/12/25(水) 21:55:46.47 0
>>567-570
秦韓は新羅に併合されず残ってた辰韓の国々、慕韓は百済に併合されず残ってた国々
弁韓は南部の金官や安羅を中心にした国々(狭義の任那)と北部の伴跛(中国史書の加羅)を中心にした国々にわかれた
秦韓・慕韓・任那(金官連合)・加羅(伴跛連合)を合計したのが広義の任那

>>585
それ計算がおかしい。三世紀には「54か国+24か国」だったのが五世紀には16か国増えただけでしょ。
三世紀の段階で半島に倭人の国が16か国あったらそれがなぜ魏志倭人伝にないのか?
宋書のいう「95か国」ってのは倭が支配権を主張している「百済・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓」
の範囲内の合計でないとそもそも上表文の文脈がおかしなことになる。

>>587
名前をかえたとか水増しとかいわなくても整合性はとれるよ
秦韓は碌・卓淳・優中、慕韓は任那四県、
新羅百済にまだ併合されてない馬韓辰韓の残党みたいな地域はあった
むしろ任那十国や加羅六国をもちだすほうがおかしい
任那十国は任那滅亡時点での任那の範囲をいってるだけ
三国遺事の加羅六国に至っては歴史的にどの段階をいった史料なのかも判定不能で史料価値が低い
654世界@名無史さん:2013/12/25(水) 22:21:31.23 0
>>571-583
倭と韓の境を対馬海峡とみるか半島南部の陸上に線を引くかの論争か
政治的な帰属をいってるのか住民の民族系統をいってるのか
純然たる地名の範囲の境界線をいってるのか、そのへんごちゃまぜだと解決しないね

>>572
「接する」という表現は「接壌」とかいうように陸地でつながってる感じはする

>>574
「海中」は海洋の意味じゃない。朝鮮は海中にあり、ビン(福建省)は海中にありって例文がある。
島だってことをいう場合には「海上」というのが正しい

>>575
政治的な帰属なら確かに狗邪韓国は倭に属していたろう
住民は半島にしろ列島にしろ倭人も韓人もいたろう、でも当時は住民なんて領主の所有物だから重要じゃないわけで

>>577
臣責恬韓国とか不耐穢王とかの例からすると「都市名+広域地名」ってパターンじゃないかと思われ
ここで倭とか韓とかいうのも地名で使われてるんじゃないの?
住んでる人が誰で政治的な帰属がどうであろうがm狗邪韓国は「韓国」であって狗邪倭国とはいわない

>>576
yes

>>580
その程度には中国史書の記述がいい加減だともいえるな

>>582-583
それの実質的な意味は、室町時代の倭寇が室町幕府とは関係ないらしいね、っていう程度の話にすぎない
井上秀雄とかの昔世代の日本人学者がなんとか朝鮮人の機嫌そこねないように言い方を工夫してるだけだw
655世界@名無史さん:2013/12/25(水) 22:46:28.90 0
弁韓南部は狗邪韓国(金官国)だった任那が膨張したと思うんだわ
倭人が入植した範囲が任那で、倭国に属したが住人が韓族なのが加羅という風に
656世界@名無史さん:2013/12/25(水) 22:56:15.35 0
半島南部は倭人と中国人と韓人?が混在していた
文字が無いとか刺青していたという記述も
657世界@名無史さん:2013/12/25(水) 22:59:57.39 0
>>608-614
檀石槐を檀君と結びつけたり鮮卑と朝鮮をこじつけたりするのは完全なる電波

>>615-617
百済本紀の史実にあわない系譜は肖古王(1世)が境目でそれ以降はそこそこ認めていいと思う
肖古王(1世)以前はデタラメだろうけど、肖古王(1世)から肖古王(2世)までの間の伝承は積極的に否定すべき具体的な根拠はない
まぁあまり何かの議論を主張する時の根拠にはできんが、馬韓の中の伯済国があったわけだし首長の家系は存在したはずで
肖古王(1世)以前の王統譜と違ってそれ以降の王統譜はそれ自体は中国史料とまっこうから矛盾するようなものじゃない

>>623
「依山島為國邑」は使えない。山島には普通に島って意味と半島の意味が両方あるから
どっちの側に立った場合でも決め手にならない

>>651-652
王族や貴族は日本に帰化、庶民は新羅の支配下に入った。だがしかし
百済は典型的な征服王朝で二重国家。王族貴族は夫餘系の外来民族、庶民は馬韓人で言語もちがう
夫餘人は日本へ帰化。新羅の支配下に入ったのは馬韓人。民族によってわかれたともいえる
658世界@名無史さん:2013/12/25(水) 23:00:00.97 0
倭人の男と韓人の女の混血を韓子(からこ)という
659世界@名無史さん:2013/12/25(水) 23:15:00.93 0
>>654
ようするに、
朝鮮半島にも多くの倭人がいたし、
日本列島にも多くの韓人がいたが、
前者は新羅の、後者は日本の支配下にはいって
別の民族となったということね
660世界@名無史さん:2013/12/25(水) 23:17:11.99 0
九州の南部に韓国岳ってあるじゃん
想像だけどあの辺まで伽耶の勢力が来てたんじゃないかな?
661世界@名無史さん:2013/12/25(水) 23:20:32.58 0
百済は韓人じゃないだろ
元は帯方郡だし
662世界@名無史さん:2013/12/26(木) 03:31:49.25 0
倭王武の478年上表文の東征毛人五十五國,西服?夷六十六國,渡平海北九十五國
からすると少なくとも5世紀後半の時点で倭の本拠地は海の南で海を渡って征服した
との見解を公にしているということで間違いは無さそうやな
百済に対する軍事権の主張はするけれど通らないという状態で
663世界@名無史さん:2013/12/26(木) 22:09:59.58 0
>>655
そんなに簡単に割り切れそうに思えないが。住民はどこも混在してたでしょ

>>656
半島南部に限らず倭韓穢漢はどこでも混在してた
情況から考えてどこでも外交担当部署なら文字はあったろう

>>660
地名はただの当て字ってことも多いからそれだけで妄想ふくらますのはどうかなぁ

>>661
確かにルーツとしては百済の王族貴族は韓人じゃないが
元帯方郡だからって百済の漢人の比率を過大にイメージすべきではない。
百済王室はルーツとしては漢人ではなくて穢人だな、夫餘系だから。
それとルーツが夫餘系だろうと漢系だろうと「韓の地に住んでる」って意味では韓人といっても間違いではないし
現代人の発想と違って昔の歴史書ではそういう表記や自称もある

が、百済は典型的な征服王朝で多民族だったわけで当然漢人も相当いたろうね
百済八姓のうちの国氏は山東半島の漢系だし貴族階級には中国系がいたのは確か、元帯方郡だし。
王仁の王氏も山東系だから王氏と同じく山東から楽浪郡にきた移民の子孫なんだろう。
技能職的な下級貴族や大商人的な下級貴族には漢系の率がさらに高かったかも、
継体朝に百済から献上された暦博士とかも漢系だし。

>>662
そうそう、その通り。
ただし百済に対する軍事指揮権権は事実上倭国がもっていたから
倭国側では当然追認してくれると思ってたのにアテがはずれて
「中国人っておかしくね?」ってことになったってこと。

南朝にしてみれば地政学的に考えて高句麗・百済・倭は仲良くまとまって北朝への牽制になってほしいわけ。
いってみれば今の米国が日本の軍拡を支援しつつ「韓国に配慮しろ」というのと似たような話。
664世界@名無史さん:2013/12/26(木) 22:49:30.23 O
>>660
まさか日本書記とかから付けた地名じゃあるまいな
665世界@名無史さん:2013/12/26(木) 23:19:49.86 0
wikipeより

名称の由来として、江戸時代以前は山頂付近の登山道が険しく難路であり登山者がほとんどいなかったこと、
あるいは山頂付近に草木が乏しいことから空虚の地すなわち空国(むなくに、からくに)あるいは虚国(からくに)と呼ばれるようになったという説がある。
また、韓の国(朝鮮半島)まで見渡すことができるほど高く「韓国の見岳」と呼ばれたためとの説もあるが、実際には見えない。
古くは霧島岳西峰、筈野岳、雪岳、甑岳とも呼ばれていた。
666世界@名無史さん:2013/12/26(木) 23:43:08.60 O
>>665
もともと天孫降臨に“韓国が見える”という記述があるが
本当は北九州の話では?
667世界@名無史さん:2013/12/26(木) 23:44:57.27 0
ネトウヨ「三国志は好きだが古代漢民族は滅んで今の中国人とは別モノ」←何でこういう嘘平気でつくの?
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1388060879/
668世界@名無史さん:2013/12/26(木) 23:55:00.66 0
>>660,>>664,>>665,>>666
>古くは霧島岳西峰、筈野岳、雪岳、甑岳とも呼ばれていた
>天孫降臨に“韓国が見える”という記述があるが本当は北九州の話では?

今の韓国岳から韓国はみえないし、古い時代の別名がいろいろわかってるし
日本書紀の神話にちなんで後からつけた名前なのは明白だろ
669世界@名無史さん:2013/12/27(金) 00:02:35.50 0
http://www3.point.ne.jp/~ama/w71.html

日本書紀では「日向の襲(そ)の高千穂」に天降ったのであり、
襲は熊襲の襲(鹿児島県曽於郡)を指す
670世界@名無史さん:2013/12/27(金) 00:02:54.55 0
>>667
周代の民度から
今の中国とは完全に別物と分かるよ
実は漢民族の一員の「龍の子孫」が一番残ってるのが日本なんだよ

中国人は漢民族を名乗るに値しない
日本人に平伏せ
671世界@名無史さん:2013/12/27(金) 00:19:10.73 0
ごめん、逆だw
龍の子孫の一部が漢民族だったw

龍の子孫の直系が日本には数割もいるよ
中国は1%ぐらいだけどね
672世界@名無史さん:2013/12/27(金) 00:23:02.41 0
なにその厨二病なネーミング
673世界@名無史さん:2013/12/27(金) 00:31:26.69 0
龍の子孫も知らないヤツが漢民族を語るなよ
中国に古くから伝わる神秘の民族
ぐぐれよ低脳

龍の子孫の証
http://ameblo.jp/yu-suzuki117/entry-11210631087.html

ちなみに龍の子孫は大陸から日本に渡ってきたのではない
もともと日本に住んでいたのだ
674世界@名無史さん:2013/12/27(金) 00:46:11.12 0
>>667
これ何の分布図?

47 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2013/12/26(木) 23:31:44.07 ID:Vp+a/uPm0
遺伝的な調査では調べがついてる
http://cdn.theatlantic.com/static/mt/assets/jamesfallows/assets_c/2009/10/GeneMap-thumb-550x468-17735.jpg
開封付近と南部の客家系だけが生き残ってるな
675世界@名無史さん:2013/12/27(金) 00:47:34.23 0
昔から言われていたのは以下の二つ
・足の小指の爪が2つに割れている。正確には小指の爪の外側にもう1つ小さい爪が有る。
・肘の内側の関節部分先、2cm〜3cm手首側に横に長い皺がある。

こっちは最近の付けたしっぽい
・前歯の裏がスプーン状に凹んでる。
・蒙古斑が出ない。
・蒙古襞が無い。蒙古襞が有る場合でも、クッキリとした二重瞼で眼が大きい。

台湾では龍の子孫の証しが無いとフラレルらしいぞ
676世界@名無史さん:2013/12/27(金) 00:47:42.07 0
下戸遺伝子と似ている

この地図は酒の飲めない下戸の人口図
http://i.imgur.com/jAMWVLN.jpg
世界的に見て揚子江下流と近畿地方に集中している
677世界@名無史さん:2013/12/27(金) 00:58:48.42 0
>>674
それおもしろいな
なんか参考になるサイトない?
678世界@名無史さん:2013/12/27(金) 01:05:21.61 0
下戸遺伝子は江南で発生した呉越等膠着語の民族が持ってた遺伝子で
漢族と関係無いんだけどね

長江下流の集団は新石器時代後期から末期に掛けて
淮河下流域や黄河中下流域へ稲作と共に広がった事が知られている
679世界@名無史さん:2013/12/27(金) 01:06:54.50 0
神武天皇の祖母と母親はワニ
680世界@名無史さん:2013/12/27(金) 01:07:33.53 0
弥生人は江南起源が決定かー
681世界@名無史さん:2013/12/27(金) 01:08:29.96 0
ワニ = 龍
682世界@名無史さん:2013/12/27(金) 01:15:23.22 0
夏人は呉越から水路を伝って内陸へやってきた
683世界@名無史さん:2013/12/27(金) 01:16:07.25 0
羊だ龍だ云うのは中国の血統論。羊と貝と云う言い方も在る。「偉大な中華民族の復興」なんて看板は挙げたがあたふたしてるな民度低い国民に下手な燃料投下為れば中共自身の崩壊に繋がる。チベットだ琉球だ廻り煽り過ぎたツケなのよ。
684世界@名無史さん:2013/12/27(金) 01:21:17.60 0
「青龍」は東なw
685世界@名無史さん:2013/12/27(金) 01:41:44.28 0
中国人の99%は真の漢民族ではない
漢民族を偽証してるだけだ
686世界@名無史さん:2013/12/27(金) 01:43:11.98 0
>>679>>681
ワニは鰐鮫の事で、漁労民だった事が解るだけ
687世界@名無史さん:2013/12/27(金) 01:45:31.09 0
>>686
揚子江ワニ長江にワニが居たんだよ。
688世界@名無史さん:2013/12/27(金) 01:52:02.22 0
>>670-687
おまえら>>667に釣られんなよ、スレ違いだし
釣られるなら>>667が誘導してるスレに逝けよ
689世界@名無史さん:2013/12/27(金) 02:00:53.79 0
漢人なんてくくりが出来たのは漢ができてからだろ
劉邦は楚人で始皇帝は秦人だ
夏人なんてのもあるが
690世界@名無史さん:2013/12/28(土) 00:40:53.47 0
>>689
完全に同意する
魏人もいるし殷人もいるし呉人もいるし倭人もいるし趙人もいるし
周人もいるし燕人もいるし越人もいるし韓人もいるし斉人もいるよな
691世界@名無史さん:2013/12/28(土) 00:41:49.26 0
>>667はスレ違いだからスルーするとして
このスレのスレタイ「朝鮮の三国史」つまり百済滅亡までの
「古代半島民族は滅んで統一新羅以降の半島人とは別モノ」ってテーマに
置き換えて考えてみようか(続く)
692世界@名無史さん:2013/12/28(土) 00:52:16.97 0
劉淵は匈奴だけど漢人の血を引き漢姓を持ち
漢人の文化を身につけ漢の皇帝を名乗ったぞ
693世界@名無史さん:2013/12/28(土) 00:54:54.03 0
新羅はけっこう三韓を継承してると思う
問題は高麗
ほぼモンゴル系だろ
694世界@名無史さん:2013/12/28(土) 00:56:43.63 0
これ見たら三国史ってどこ?っと言いたくなったw
http://ja.wikipedia.org/wiki/朝鮮の歴史

詰め込み過ぎだろw
695世界@名無史さん:2013/12/28(土) 04:45:58.73 0
>>693
モンゴル系が半島を征服するのは遼、元の時代じゃね?
高麗の多数派は新羅化したワイ貊系でしょ、箕氏朝鮮衛氏朝鮮の下民の子孫はこっち
696世界@名無史さん:2013/12/28(土) 12:25:22.57 O
>>695
南から移住した可能性は?
次の李成桂はそう主張してるな
697世界@名無史さん:2013/12/29(日) 18:45:03.27 0
高麗太祖の曽祖父は唐の粛宗だとの伝説がある
698世界@名無史さん:2014/01/03(金) 22:33:46.09 0
【長野】甲信越に息づく「午」 朝鮮半島との交流にロマン
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1388705176/

 ■浅川端遺跡の馬形帯鉤

 長野市の浅川端(あさかわばた)遺跡から出土した馬の形をした青銅でできたベルトのバックルは、
「馬形帯鉤(うまがたたいこう)」と呼ばれ、国内で唯一、正式な発掘調査で確認されたものだ。
大きさは縦6・7センチ、横9・2センチで約40グラムの重さがある。朝鮮半島特有の様式で、
くらを背に乗せた馬が前脚を前方に伸ばした姿をかたどっており、馬を乗りこなす技術を持った渡来人が長野の地を踏んでいたことを推測させる。

 同様の馬形帯鉤は、岡山市の古墳から出土した6点があり、宮内庁が所管する。しかし、これを発掘したのは当時の土地所有者で、
詳しい出土状況の確認ができないため、学術資料として一級の価値を持つのは浅川端遺跡のものだけだ。
国内の博物館や美術館でも30点ほどの馬形帯鉤が所蔵されているが、一部に贋(がん)作もあるといわれている。

 朝鮮半島との関係から研究者の間で「いつかは発掘されるだろう」と期待され続け、浅川端遺跡で馬形帯鉤が出土したのは平成13年。
待望の発見に考古学ファンは興奮したが、その後も国内で出土はない。馬形帯鉤を研究する同市教育委員会文化財課の風間栄一係長によると、
馬形帯鉤は北方系騎馬民族のスキタイが好んだ「動物意匠」(動物を図案化した文様)と、
中国で広がっていたバックルの文化が組み合わさり、朝鮮半島で生まれた。出土地域は、朝鮮半島の南東部や内陸中西部に集中する。
近年、韓国国内で多数の発掘調査が進み、馬形帯鉤の出土事例も急増しており、製造時期の確認も含めて本格的な研究はこれからだという。
699世界@名無史さん:2014/01/03(金) 22:34:28.80 0
 弥生時代の終わりから古墳時代前半にかけて、日本と朝鮮半島の交流は非常に頻繁になり、多くの人やモノが行き来するようになる。
馬形帯鉤も国内各地でもっと多数見つかっても不思議ではないが、風間さんは「これだけ日本中で発掘調査が行われても
馬形帯鉤が見つからないのは、日本にはベルトのバックルが文化として根付かなかったからではないか」と話す。

 古墳時代に入ると政治の中枢は大和政権に集中する。風間さんは「その大和で馬形帯鉤は出土しておらず、
今でいうところの政府を経由しない、地域間交流が行われていたのは間違いない」と話す。
13年前に出土した国内唯一の馬形帯鉤は、朝鮮半島と日本の内陸部にある信濃の地との交流が濃密に行われていたことの証しでもある。

2014.1.3 02:12 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/region/news/140103/ngn14010302120000-n1.htm
700世界@名無史さん:2014/01/03(金) 23:13:43.48 0
当時の半島は倭だったから
交流が活発になるのも当然
701世界@名無史さん:2014/01/03(金) 23:41:41.67 0
東アジアのラ・ミゼラブル
702世界@名無史さん:2014/01/04(土) 00:18:54.46 0
>>695
安倍氏みたいなもんかな
703世界@名無史さん:2014/01/04(土) 02:13:01.07 0
安倍氏というより安東氏かな、奥州藤原氏ではない
蝦夷(カイ、エゾ)、アイヌと蝦夷(エミシ)は別物だからね
704世界@名無史さん:2014/01/04(土) 12:37:04.40 O
もともと王建が扶余・高句麗系なら
渤海人にシンパシーを感じるのは自然
705世界@名無史さん:2014/01/06(月) 19:30:39.42 0
てす
706世界@名無史さん:2014/01/06(月) 21:30:56.30 0
王建が夫余高句麗の末裔なら中国の属国となるのは自然
707世界@名無史さん:2014/01/07(火) 00:09:47.06 0
じゃあ女真の末裔の李成桂が中国の属国になったのは何で?
708世界@名無史さん:2014/01/07(火) 22:24:52.61 0
>>707
李成桂はO3a2c1だから女真(C3)の末裔ではないよ

新羅 朴氏(O2b) 昔氏(不明) 金氏(C3)
高麗 王氏(不明)
李朝 李氏(O3a2c1)

韓国の五大姓(人口の半数を占める)のC3率 韓国人全体のC3率は12.3%
・金 21.2%
・李 18.8%
・朴 12.7%  O2bが46.5%と特出している 韓国人全体のO2b率は31.4%
・崔 12〜13%
・鄭 24%以上

キム(金)氏の父方のハプロ分布推定
http://yayul.egloos.com/2896475
http://pds23.egloos.com/pds/201206/23/76/d0022076_4fe591b0d0c82.jpg

韓国の父方のハプロとM134李成桂モーダル-1
http://yayul.egloos.com/2902477
http://pds24.egloos.com/pds/201206/24/76/d0022076_4fe6b1d9d7a94.jpg
http://pds23.egloos.com/pds/201202/12/76/d0022076_4f3690a1be7a0.jpg

O2b-M176、朴氏の父方のハプロ
http://yayul.egloos.com/2908088
http://pds24.egloos.com/pds/201206/23/76/d0022076_4fe5b88651b85.jpg

韓国人のY染色体ハプロタイプ  Shin et al. (2012)
http://pds24.egloos.com/pds/201205/15/76/d0022076_4fb131ca3a9f8.jpg
http://pds21.egloos.com/pds/201205/15/76/d0022076_4fb131deb8a77.jpg
709世界@名無史さん:2014/01/07(火) 23:34:09.90 0
>>707
中国の地方政権となって発展した渤海の顰みに倣ったのだろう
710世界@名無史さん:2014/01/08(水) 19:00:17.10 0
李成桂が女真族で、韓人に民族を変更したというなら
なんで李之蘭も韓人に変更しなかったの?
711世界@名無史さん:2014/01/08(水) 20:26:00.13 0
李成桂は女真人で、李朝は朝鮮族を女真人が支配した征服王朝、韓族?朝鮮族の下だ
712世界@名無史さん:2014/01/09(木) 23:49:06.37 0
【佐賀】韓国からの観光訪問団、弥生土器に触れ古代ロマンに思いをはせる 徐福ゆかりの地で
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1389271206/

★済州島の観光訪問団、徐福ゆかりの地を見学

韓国・済州島からの観光訪問団15人が9日、佐賀市金立町の徐福長寿館・薬用植物園や
金立神社など、徐福ゆかりの地を見学した。徐福が探した不老不死の薬草とされる
カンアオイや弥生土器に触れ、古代ロマンに思いをはせた。

済州島は、徐福が佐賀に向かう途中で寄港したとされる地。参加者は徐福の足跡を
たどるDVDを鑑賞した後、徐福長寿館の澤野隆館長から徐福を祭る金立神社や
弥生人の生活について解説を受けた。

参加者が「なぜ徐福たちは済州島に立ち寄ったか」と質問すると、澤野館長は
「四季や緑に恵まれた韓国に憧れたのかもしれない」と答えた。

済州島の徐福研究会理事で、済州国際大学校経営・観光学部の金昌植教授(60)は
「中国を含め3国の観光交流を盛んにし、徐福を平和共存のゆかりとしたい」と語った。
澤野館長は「領土問題が難しい時期に日本に親しみをもってくれてうれしい。
徐福の偉大な功績のおかげ」と笑顔だった。

一行は10日、ハウステンボス(佐世保市)やキャナルシティ博多(福岡市)などを観光し、
11日に帰国する。

http://www.saga-s.co.jp/news/saga.0.2606358.article.html
713世界@名無史さん:2014/01/09(木) 23:49:42.87 0
【東京新聞】朝鮮半島から埼玉・日高市に移住して1300年 「高麗郡」学べる冊子、全中学生への配布計画
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1389247232/

★歴史が苦手でも 高麗郡学べる冊子 日高市など作成
2014年1月9日

朝鮮半島・高句麗(こうくり)から現在の日高市などに移住した人たちが高麗(こま)郡を開いてから
二〇一六年に千三百年を迎えるのを前に、同市の記念事業実行委員会などが、高麗郡の歴史を分かり
やすく解説した冊子を作成した。新年度に市内の全中学生への配布も計画している。

冊子は「早わかり高麗郡入門Q&A」で、全四十三ページ。大学教授や自治体の学芸員ら専門家で作る
「高麗浪漫(ろまん)学会」のメンバー十人が執筆した。

「なぜ今、高麗郡か」「渡来人ってどんな人」「どうして明治に高麗郡はなくなったの」など、
読者の目を引く項目を三十五本立て、いずれも一ページを使って説明している。文章の表現を簡潔にして
写真や地図なども盛り込んでいるため、歴史が苦手な人でも読みやすくなっている。人物名や地名には
ふりがなもつけている。

昨年十一月に二千部を発行したが、すぐ品切れになったため二千部を増刷。今月十四日から日高市産業
振興課で希望者に無償配布される予定だ。地域の歴史が分かりやすく記されていることから、市では
新年度、市立中学校の生徒約千五百人に個別配布する方向で準備を進めている。

冊子の入手方法などに関する問い合わせは日高市産業振興課=(電話番号省略)へ。(上田融)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/saitama/20140109/CK2014010902000127.html
http://www.tokyo-np.co.jp/article/saitama/20140109/images/PK2014010902100045_size0.jpg
714世界@名無史さん:2014/01/10(金) 01:50:56.03 0
イ・ソンゲ自身靺鞨の血が若干入ってることは知っていても自分が女真族である自覚はなかっただろ
祖先は恐らく中国東北部だと思われるが本貫は何故か全州李氏
715世界@名無史さん:2014/01/10(金) 09:43:47.77 0
三国時代の朝鮮半島では、
高句麗、新羅、百済の三国により
はげしい覇権あらそいが繰り広げられていました。

さて仮に、一番北にある高句麗が日本を領有すれば、
高句麗は、新羅、百済を
南北から挟み撃ちにすることが可能となり、
朝鮮半島の統一の大きな足がかりをえることができます。

一方、新羅、百済としては、
どうしてもそれだけは防がなくてはいけません。
そこで、この三国の諸勢力が日本へ渡り、
日本の領有合戦のようなものが繰り広げられます。
その中の代表的な勢力が、日本の古代の豪族、皇族と教えられている人々であり、
彼らが、日本を統一的に支配する最初の政体を生み出したのだ、と思います。
「渡来人」「帰化人」とよばれる人々は、お客さん的な人々ではなくて、
日本の真の支配者そのものだったのです。

そして朝鮮半島が新羅に統一されそうになると、
日本では百済勢がつよかったため、全力で百済に援軍を送りますが、
百済はそれに敗れ、百済は丸ごと日本に亡命し、近江朝を開きます。
しかしその後、半島を制覇した新羅に繋がる日本の勢力が、日本で近江朝に反乱をしかけます。
これが壬申の乱。
さらにその後、再び日本は、持統朝から百済勢の手におさまります。

平安京には、外国からの客人を迎える施設があり、
東鴻臚館、西鴻臚館といいましたが、
もっぱら渤海からの使節しかこなかったそうです。
高句麗の後継国家である渤海が、日本と、
新羅を挟撃する作戦が有効性をのこしていたためでしょう。
ちなみに最後の客人は900年ころらしいので、これもリアルな数字です。
716世界@名無史さん:2014/01/10(金) 18:51:05.17 0
妄想乙
717世界@名無史さん:2014/01/11(土) 05:16:30.43 0
おのさ、妄想だけで語る前に実際に史書を読みなよ
ハッキリ言って朝鮮に対しては下に見る感情しか書かれてないよ
718世界@名無史さん:2014/01/11(土) 16:08:05.61 0
中国や朝鮮半島側の史書にすら
そんなこと書いてないもんな
719世界@名無史さん:2014/01/12(日) 02:16:49.14 0
大韓の教科書には書いてあるニダ
720世界@名無史さん:2014/01/13(月) 22:35:52.75 0
【韓国】「日本書紀は日本の歴史歪曲の根源。任那日本府説は『新羅コンプレックス』の産物」 歴史家らが日本書紀注釈書を発表★2[01/12]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1389542769/
721世界@名無史さん:2014/01/14(火) 16:47:26.79 0
変なもん持ち込むのもええかげんにせい
722世界@名無史さん:2014/01/14(火) 23:47:58.17 0
>>720
『隋書』倭国伝
新羅、百濟皆以倭為大國、多珍物、並敬仰之、恒通使往來。

新羅と百済は、倭国が大国であるとして敬仰し、使者が往来していた
723世界@名無史さん:2014/01/15(水) 19:12:24.95 0
古代日本に来たのはほとんど半島を経由した漢人で
朝鮮系原住民は渡ってきてないよ
そんなの遺伝子分布見れば一目瞭然なんだけど・・
日韓で共通なのはO3系だけ(韓国50%日本20%)
O2b*(韓国50%)とO2b1(日本40%)の遺伝距離が
1000年以上離れてる事から考えて
大陸南部から別ルートで別時期に移住したとしか思えず
紀元後に朝鮮半島住民が渡ってきてれば
O3系と同比率程度のO2b*が存在しないとおかしい話になるけど
実際には全然いない
724世界@名無史さん:2014/01/15(水) 19:16:34.82 0
失敬1000年じゃなくて4000年ね
日本に水稲作が到来したのが大体そのころ
725世界@名無史さん:2014/01/16(木) 23:18:25.10 0
>>724
言語がアルタイ語族だから支配者階級は古代日本は北方系だとおもうが
混血して今はわからないような状態になってる。
明治維新後、ドイツ軍人が日本にやってきたとき日本には2種の種族がいると思ったらしいw
騎馬民族征服説は取らないけどね。
後、一重まぶたは劣等遺伝で二重まぶたと混血すると子供は基本二重まぶたになる。

怒られるかもしれんが同和の先祖は朝鮮半島の戦争捕虜だったと思うがな

俺の説どう?
726世界@名無史さん:2014/01/17(金) 00:07:35.54 0
>>725
形質人類学のデータ
http://ryuchan56.269g.net/article/17864123.html

第1章で説明したように、エミシは和人とアイヌの中間の形質をもち、頭型などの点で、
東北・裏日本型に属するとみられるが、近畿・山陽・山陰・九州に散在する四七部落を含む、
全国的な日本人の形質調査の資料を整理した形質人類学者小浜基次(「形質人類学から見た日本の東と西」『国文学の解釈と鑑賞』二八巻五号)は、

部落民の形質は異質的なものではなく、現代日本人構成の有力な地方型である東北・裏日本形質に一致している。

とし、

頭部については、いずれの地区も共通の中頭型を示し、頭長は大きく、頭幅は小さい。
したがって、畿内のような高度の短頭地区内にはさまった部落は、一般集団との間に明らかな差異がみとめられる。
しかし、山陰・北九州・四国東北部などの中頭地区内にある部落は、一般集団と近似し、差異は少ない。

と書き、さらに、

大陸朝鮮型形質のもっとも濃厚な畿内地区に、もっとも非朝鮮的な形質をもつ東北・裏日本型の部落が孤島として介在することは、注目に値(あたい)する。
おそらくは、婚姻と住居の制限によって内婚率が高く、特異の形質がよく保たれているものと思われる。

と述べている(図2参照)。
http://ryuchan56.up.269g.net/image/ryuchan56-2013-07-12T11:25:23-1.jpg

重要なことは、小浜基次が「一般集団と近似し、差異は少ない」とする山陰の例をみても、部落民が頭型は、
中頭を示す一般の住民の頭型よりも、さらに中頭の度が高く、エミシの血を引いている現代東北北部人の頭型と一致することである。

つまり、形質人類学のデータは、エミシが部落民の先祖であることを明確に裏づけているのである。
727世界@名無史さん:2014/01/17(金) 00:17:25.01 0
http://www.ahsjapan.com/introduct/#a03
>古くから、米国では赤ちゃんをうつ伏せで寝かせることが常で、後頭部にかかる重力が軽減されていたため、
>今ほど「頭蓋変形症」は問題になっていませんでした。

>しかし、乳幼児突然死症候群(SIDS)撲滅のため、1992年に乳幼児の仰向け寝が推進され始めてから、
>赤ちゃんが自力で体位変換できるようになるまで仰向け寝で寝かせられるようになりました。
>結果として突然死は劇的に減少しましたが、仰向け寝が赤ちゃんの体位と運動を制限し、
>後頭部が扁平になる赤ちゃんが急増しました。

>後頭部が扁平になる赤ちゃんが急増しました。
>後頭部が扁平になる赤ちゃんが急増しました。
>後頭部が扁平になる赤ちゃんが急増しました。
728世界@名無史さん:2014/01/17(金) 00:24:25.84 0
>>726
生活スタイルの違う朝鮮と畿内が同じ頭型なのは興味深いね。
729世界@名無史さん:2014/01/17(金) 01:02:09.54 P
科学の進歩で形質人類学自体が学問でなくなっちゃったのが残念だね
730世界@名無史さん:2014/01/17(金) 01:38:52.17 0
>>725
逆だっつうの新モンゴロイド形質が増殖形質。

朝鮮人と沖縄人が結婚すれば餓鬼子孫は朝鮮方向に形質壊れて行く
731世界@名無史さん:2014/01/17(金) 01:46:21.77 0
ヒト顔面形態の個体差および集団差に関与する遺伝子の同定
http://kaken.nii.ac.jp/pdf/2010/seika/mext/18001/20770196seika.pdf

既報の研究成果に関して特筆すべきものは、アジア人特有の毛髪の太さに関連すると報告されているEDAR遺伝子の非同義多型が、
シャベル型・ダブルシャベル型切歯や歯の大きさと強く関連していることを見出したことである。
シャベル型切歯は、古人骨形態研究において、北東アジア人およびアメリカ先住民のマーカーとして用いられてきた形質であった。
これまで、アジア人の太い毛髪やシャベル型切歯は、それぞれ独立に東アジアにおいて何らかの自然選択を受けて広まったと考えられることもあったが、
これらの遺伝要因が同一であったことから、少なくとも一方の形質は副産物であった可能性が考えられる。
また、これらの研究成果は、遺物から抽出したDNA配列を基に形態的特徴を類推する目的で参照されることもあり、
人類学・法医学研究において世界的に大きなインパクトを与えたと言える。
732世界@名無史さん:2014/01/17(金) 01:52:52.81 0
だからその形質部位書き換えが北方集団の方が優位に働くんだろ。シベリアに東アジアを埋め尽くす人種供給力なんて無いが形質は乗っとれる。
733世界@名無史さん:2014/01/17(金) 02:12:43.19 0
EDAR非同義多型(EDAR-1540T/C)の分布図
http://gazo.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/gakui/data/h19/123810/123810a.pdf

日本で地方別に調査したら地理的勾配が確認できそうだな。
やはりアイヌや沖縄人より日本本土人の方が高い値を示すだろう。
734世界@名無史さん:2014/01/17(金) 02:16:54.17 P
>>731
それは稀な幸運事例
頭部の縦横比は栄養状態と食生活に依存すると結論が出ている。

平安、鎌倉時代の関東人と縄文時代の人骨には差が少なく
平安鎌倉時代と江戸時代、江戸時代と明治時代、明治時代と現代では
大きな差が存在している上に、明治時代以降は関東と近畿の差はほぼ無い

つまり、>>726は完全な電波
735世界@名無史さん:2014/01/17(金) 02:21:05.09 0
島五郎、寺門之隆によれば、近畿地方の古墳時代人は、
短頭性が強く現れ、顔高や必骨弓幅も大きく、
現代近畿人の形質は、この時代にできあがっている。
736世界@名無史さん:2014/01/17(金) 02:22:39.27 0
近世と現代の間に起きた脳頭蓋の時代変化をみると、近畿地方人は、関東地方人や北九州・山口地方人と同様に短頭化が起きていた。
しかし、3地域共通の現象である短頭化の様相には地域的な違いが存在する。
近畿地方人の短頭化は頭長の短縮が認められず、頭幅の拡大のみによって進行している。
このことは頭長の短縮を伴って短頭化した関東地方人や北九州・山口地方人とは異なる。
特に近世以降の関東地方人は、頭長の縮小が大きく、近畿地方人との相違が明確であった。
近畿地方人は、関東地方人や北九州・山口地方人と同様に短頭化を示すが、短頭化をもたらす要因が異なっていたことになる。
737世界@名無史さん:2014/01/17(金) 11:33:18.96 0
>>730
まぶたに関しては一重は完全に劣等遺伝で
二重と結婚したら子供は二重じゃw

隔世遺伝で孫が一重になる可能性があるけどw

遺伝の法則小学生から習い直せw
738世界@名無史さん:2014/01/17(金) 11:43:19.38 0
二重まぶたの遺伝子を呼び起こす方法
http://limitman.net/dist/report/eye_dna_ltr.pdf
739世界@名無史さん:2014/01/17(金) 12:01:55.06 0
>>737
東アジアはこんな悲惨状態に成って無いわw
>>738
日本人は歳とると二重まぶたに成る奴が多いのは新モンゴロイドとの混血で形質支配為れてる奴が多い事の裏返し
740世界@名無史さん:2014/01/17(金) 13:44:49.52 P
>>736
関東人は旧石器時代前期から縄文末期に掛けて頭長の伸びによる長頭化が進んでいる
また、明治時代〜現代に掛けては、頭長の短縮が認められず頭幅の拡大のみによって進行している。

そして、重要な点として腐食の早い土壌、急峻で狭い平野部の地形により
縄文時代近畿の人骨は殆ど見つかっていない、というより弥生時代の物すら少ない
つまり北九州の縄文系弥生人が稲作を伝えた以前の縄文時代の近畿人の骨格は必要なサンプル数が無い
741世界@名無史さん:2014/01/17(金) 17:15:03.35 0
>>739
悲惨なのは民族すべて基本一重な朝鮮半島だろw
あれは多分近親相姦の文化があったと思うぞ
世界でもまれな一重まぶたの国だ。
742世界@名無史さん:2014/01/17(金) 17:29:29.99 0
近畿地方、関東地方、北九州・山口地方における、近世人と現代人の脳頭蓋の計測値を比較した(男性)。
近世から現代にかけて、頭蓋長幅示数の値は3地域とも増大傾向があった。しかし、近畿地方は頭幅の
拡大のみによって短頭化が進み、頭長の短縮を伴って短頭化が進んだ関東地方や北九州・山口地方とは異
なっていた。**は1%、*は5%水準で時代差があることを示す。1近畿地方の現代人は、欠田(1959)の
現代畿内人のデータを使用した。

頭蓋長幅示数
近畿 近世78.7 現代80.7**
関東 近世76.9 現代78.5*
北九州・山口 近世75.6 現代76.6

脳頭蓋最大長
近畿 近世178.2 現代177.3
関東 近世181.9 現代178.9**
北九州・山口 近世183.1 現代181.2*

脳頭蓋最大幅
近畿 近世139.5 現代142.9**
関東 近世139.8 現代140.3
北九州・山口 近世138.0 現代138.8
743世界@名無史さん:2014/01/17(金) 17:31:51.82 0
>>742
DNAのよる探査が可能になった時点で
過去の事例でしかないぞそれ
744世界@名無史さん:2014/01/17(金) 17:35:45.69 0
韓国ってDNAの詳細なデータ公表してなかっただろ
中国も地域別だしてたっけ?
745世界@名無史さん:2014/01/17(金) 17:43:37.05 0
746世界@名無史さん:2014/01/17(金) 18:04:00.92 0
>>725
>明治維新後、ドイツ軍人が日本にやってきたとき日本には2種の種族がいると思ったらしいw

白馬青牛なに名無しで普通口調で書き込んでんの?2重人格かよ
747世界@名無史さん:2014/01/17(金) 18:29:46.54 0
>>746

それは、日本には白人(アイヌ人をそうまちがえた)との混血だから
明治維新をやりとげ近代化できたのだという説じゃねえの?

アジア人ならば白人のようなことはできないが、日本人は白人とアジア人の
混血民族だからアジアから頭一つ抜けることができた。というもの。
748世界@名無史さん:2014/01/17(金) 18:34:14.87 0
ベルツ氏
749世界@名無史さん:2014/01/17(金) 18:37:47.08 0
白人じゃ無いが昔からユダヤ妄想は有ったなw今でもイスラエルから真顔で調査に来るな。YーE系D系の上位がYーDEまあ間違ってもイスラエルにYーD系は存在しないだろがな。
750世界@名無史さん:2014/01/17(金) 18:41:05.49 0
751世界@名無史さん:2014/01/17(金) 18:44:36.73 0
歴史上の人物のY-DNAハプロタイプ
http://www1.parkcity.ne.jp/garapagos/1-6.htm
752世界@名無史さん:2014/01/17(金) 18:58:29.40 0
>>751
羨ましいですね。
戦争やり尽くした場所はオープンでまあ、ある程度の隠匿は在るかも知れんが以外なのがウエールズのYーE系かな
753世界@名無史さん:2014/01/17(金) 19:18:30.17 P
縄文・古墳時代の頭蓋・四肢骨計測値における地理的勾配の原因は気温差か

縄文・古墳時代の頭蓋・四肢骨計測値における地理的変異パターンと、
現代の気温、湿度、降水量などの環境変数の地理的変異パターンを、マンテルの行列順列検定法を使って比較した。
その結果、以下のようなことが示された。

・頭蓋の変異パターン
 ・縄文・古墳間に関連なし
 ・縄文・古墳ともに緯度と関連 (緯度を固定して偏相関をとると、縄文・古墳間に関連なし)
 ・古墳で年平均湿度と関連
・頭蓋+四肢骨の変異パターン
 ・縄文・古墳間に関連あり
 ・縄文・古墳ともに年平均気温と関連 (気温を固定して偏相関をとると、縄文・古墳間に関連なし)

以上の結果は、骨の計測値が縄文時代から古墳時代にかけて地域ごとにバラバラに時代的変化をしてきたことを示唆する。

これ(骨計測値の地理的変異パターンに時代間の類似性がないこと)が、今回の分析により、
縄文・古墳時代のそれぞれで、骨の計測値が緯度あるいは気温と関連していることを示唆するが、
なぜ、古墳頭蓋のみ湿度と関連することに意味はあるのか?といった新たな問題が出てきた。
754世界@名無史さん:2014/01/17(金) 19:31:11.96 P
日本の中世の人々の形態特徴は、
長頭化と咀嚼器官の退化で表される。
北海道南部から九州に至る地域での共通した特徴である、
古代から中世にかけての長頭化、その後の短頭化の原因は、
咀嚼器官の退化による顔面頭蓋の変化が脳頭蓋にも影響をもたらしたようだ。

鎌倉時代からは、前歯の咬耗が格段に軽くなり、
奥歯の咬耗は、中世以降、とくに近世からは、ぐっと軽くなることで証明される。
755世界@名無史さん:2014/01/17(金) 20:38:34.94 0
>>754
それ食い物で顔が変わった論だろ。

江戸時代の殿様はみんなのっぺりして頭が長く顎が小さくなってる。

消化のいいものしか食べないからw
756世界@名無史さん:2014/01/17(金) 20:55:23.16 0
それにしても朝鮮人の短頭は何なんだろうな。

エラが張ってるのに後頭部は絶壁頭w
757世界@名無史さん:2014/01/17(金) 21:04:03.04 0
>>756
だから、近親相姦で劣等遺伝が拡大したんだろ?

そいやいつの間にかためし腹の項目のウキが削除されてるぞ。
758世界@名無史さん:2014/01/17(金) 21:45:15.92 0
>>745
韓国ってほんとに歴史が浅いな
759世界@名無史さん:2014/01/17(金) 22:11:51.35 0
>>744
金、李、朴のY染色体ハプロ

韓国の五大姓(人口の半数を占める)のC3率 韓国人全体のC3率は12.3%
・金 21.2%
・李 18.8%
・朴 12.7%  O2bが46.5%と特出している 韓国人全体のO2b率は31.4%
・崔 12〜13%
・鄭 24%以上

キム(金)氏の父方のハプロ分布推定
http://yayul.egloos.com/2896475
http://pds23.egloos.com/pds/201206/23/76/d0022076_4fe591b0d0c82.jpg

韓国の父方のハプロとM134李成桂モーダル-1
http://yayul.egloos.com/2902477
http://pds24.egloos.com/pds/201206/24/76/d0022076_4fe6b1d9d7a94.jpg
http://pds23.egloos.com/pds/201202/12/76/d0022076_4f3690a1be7a0.jpg
>私が持って苗字別データには、実はキムさんのサンプル全201中の一つ、
>パクさんのサンプル全体の72中一つずつ別の苗字の例では2台のモーダルに属する。
>しかし、李さんの中、上記の表では黄色で表示されたbaseタイプに対応する12 y-strのLoci値が
>完全に同一のものが8個表示されるので、氏の特徴的なモーダルでなければならない。
>ここさんモーダルに含まれているキムさんとパクさんの方には申し訳ない話だが、この方の父方の祖先は、明らかに李さんだったのだ。

O2b-M176、朴氏の父方のハプロ
http://yayul.egloos.com/2908088
http://pds24.egloos.com/pds/201206/23/76/d0022076_4fe5b88651b85.jpg

韓国人のY染色体ハプロタイプ
Shin et al. (2012)
http://pds24.egloos.com/pds/201205/15/76/d0022076_4fb131ca3a9f8.jpg
http://pds21.egloos.com/pds/201205/15/76/d0022076_4fb131deb8a77.jpg
760世界@名無史さん:2014/01/18(土) 20:34:13.03 0
>>746
それと似たような話で秋山好古は白人に間違えられたという話もあるぞ。
761世界@名無史さん:2014/01/22(水) 23:40:49.38 0
最も国力の乏しい新羅が何故半島を統一出来たのかとうことが重要
新羅は確かに唐の力を借りて三韓統一を成し遂げたがそれだけが原因ではなかったと思う
762世界@名無史さん:2014/01/22(水) 23:45:32.02 0
国力って奴は一定では無いからな
763世界@名無史さん:2014/01/23(木) 01:43:25.07 0
>>761
唐の力だよ
それ以外って何だよ
唐をさんざん利用して裏切った嘘の力か?
764世界@名無史さん:2014/01/23(木) 08:57:08.25 0
「外交力」と言って欲しい。
武烈王なんか若い時に唐や日本、高句麗等を訪問していて、
周辺諸国事情を熟知していた。

唐を利用したのは事実だが、
国内の「唐派」を皆殺し粛清して、統制した上で、唐との交渉に望んでいる。

内外の情報に通じ、国内の体制を固めた上での外交力が、
新羅の躍進に繋がっている。
765世界@名無史さん:2014/01/23(木) 10:34:38.85 0
弱者の強み
766世界@名無史さん:2014/01/23(木) 14:40:44.18 0
百済の先見性のなさは異常
日本列島に助け求めてもダメに決まってるのに
金玉均にかぶる
767世界@名無史さん:2014/01/23(木) 19:18:16.50 0
何故唐が新羅と組んだかと言うと、高句麗を南北から挟撃するため。
高句麗を滅ぼした後、用済みになった新羅は自国領にするつもりだったのだが(鶏林都督府などを参照)、
7世紀後半ごろから唐は西域で突厥や吐蕃に対して劣勢に立つようになり、朝鮮半島に関わっている余裕がなくなった。(なお百済の降将である黒歯常之も突厥や吐蕃の戦線に投入されている。)
ぶっちゃけ、新羅が生き残ったのは単に運が良かったから。

>>766
百済復興軍が助けを求めるとしたら高句麗か倭ぐらいしかないが、百済滅亡の翌年に唐が大軍をもって高句麗に侵攻しているのでとても百済復興軍を助けている余裕はない。
百済の滅亡を回避させるとしたら、正直義慈王が堅実な国家運営をして半島南部に介入する口実をつくらせないところ位まで遡らないと。
768世界@名無史さん:2014/01/23(木) 20:14:55.11 P
>>764
知唐派を全員消してしまい、自分だけが唐を知っている状態に持ち込んで、
自分はさっさと唐の軍門に下り、唐の庇護の下で、安定した酋長権力を確立してから、
下々には「独立した統一新羅を建国した」と言い張って、内外で二枚舌を使った。
大唐帝国は、最後まで鶏林都督府を廃止しておらず、新羅は朝貢国ではなくどこまでも属領。
まあ、うまいと言えばうまいが、外交力ではなく詭弁力だなw
首都も、「谷間をグリッドで埋めただけ」で、身分制も倭国なら「古墳期そのまま」のレベルだったのに、
国家運営がうまくいっていたのは、この二枚舌のもとで、唐の属領としての庇護を受けていたから。
冷戦期、アメリカの庇護のもとで、酋長そのままの腐敗した独裁大統領をやってた小国と同じパターン。

ガチ朝貢国になった日本と渤海は、国体それ自体を文明化するために、
この時期に、かなりの国政改革を行っている。

>>766
李完用総理をお忘れですよw
日本の支援は実効性が強すぎて、併合までいったけどなw
769世界@名無史さん:2014/01/24(金) 14:45:48.49 0
新羅国内で「知唐派」が粛清されたのは、
「知唐派」が唐の王族の一人を新羅王に擁立する企てを持って反乱を起こしたためだった。
もちろん唐が「知唐派」を操っていた。
企てが成功すれば、新羅は名実ともに唐の一部になるところだった。
企てを阻止したものの、唐に従属する路線は変わらない。
他に百済-倭連合に対抗する方法はない。

大国に従属する道というのは、
ギリギリの綱渡りをする手品師と、
機を見て手のひら返しをやってのける寝業師の技量を要するのだ。
それを卑怯だの、二枚舌などと蔑んではいけない。
770世界@名無史さん:2014/01/24(金) 15:30:28.52 0
>>766
白村江の戦いの戦力比較を見る限り、
当時の倭国の動員力は凄いので、
百済が倭国に救援を願ったのは、
必ずしも間違ってはいない。
兵力自体は、新羅・唐連合を上回っているじゃないか。

豊璋王が疑心と対抗心から
百済復興軍を主に率いていた鬼室福信を殺害したのはまずかった。
あれで百済復興の勢いが半減した。

ちなみに白村江敗戦後、鬼室一族数百名が倭国に亡命し、
近江国蒲生郡に住み着いている。

何で倭国はあんなに総力を上げて百済を救援しようとしたのだろう?
771世界@名無史さん:2014/01/24(金) 16:31:35.50 0
倭と百済が同君連合だったか倭が百済の植民地だったかのどちらかだろ
772世界@名無史さん:2014/01/24(金) 18:27:33.29 0
正解:百済が倭の植民地だったから
773世界@名無史さん:2014/01/24(金) 19:27:59.94 0
実際困ったのは中華との通交路が使えなくなったくらいだなあ
774世界@名無史さん:2014/01/24(金) 21:32:44.31 0
>>766
「豊知之、帥親信、掩殺福信、遣使高句麗、倭國、乞師以拒唐兵。」
とあるので倭だけでなく高句麗にも援軍を要請している。
775世界@名無史さん:2014/01/24(金) 22:23:30.26 0
>>770
そりゃ百済が倭の属国だったからだよ
776世界@名無史さん:2014/01/24(金) 22:46:55.49 0
>>769
どうやってつい数年前まで敵対していた三国の人間をまとめたんだ?
途中でもめそうなもんだが。
777世界@名無史さん:2014/01/24(金) 22:51:41.56 0
中朝にとって約束や条約は破って問題無し
嘘は付いても問題無し
自分が得すりゃそれが正義
778世界@名無史さん:2014/01/24(金) 22:54:38.95 0
でもそれは悪い事ではない
単にそういうお国柄なのだ
779世界@名無史さん:2014/01/24(金) 22:58:12.21 0
>>770
朝鮮戦争みたいなもの

唐   中国 
新羅 北朝鮮

百済 韓国
日本 アメリカ 
780世界@名無史さん:2014/01/24(金) 23:45:08.28 0
>>768
>「谷間をグリッドで埋めただけ」
って三国の首都はどれも地形に沿った形してね? 城壁無く山城と海側の遮断壁を
設けるやり方は日本も同じだし

李完用は併合と同化を望んでるというのでも無い限り先見性があるとは
言えないのでは
後の独立まで読んでたというなら先見性というか予言者レベルだけど
781世界@名無史さん:2014/01/25(土) 02:01:41.29 0
成忠(百済)
興首(百済)
階伯(百済)
金庾信(新羅)
金春秋(新羅)
淵蓋蘇文(高句麗)
楊萬忠(高句麗)
大仲象(高句麗)

だいたい同世代だがこれらが一つの国にいたら韓国は最強だったかも知れん
782世界@名無史さん:2014/01/25(土) 08:30:08.63 0
彼らが協力しあうとは限らないが…
783世界@名無史さん:2014/01/25(土) 11:00:57.82 O
日本の戦国時代のように、
競い合って強くなる
784世界@名無史さん:2014/01/25(土) 11:08:08.96 0
唐に利用されて食い合って終わりだろ
785世界@名無史さん:2014/01/25(土) 11:24:40.97 0
中国韓国の問題は人材じゃないんだよね
性格とか社会とかが壮絶に駄目
能力なら日本人と同じ
786世界@名無史さん:2014/01/25(土) 11:29:30.43 O
>>768
>最後まで鶏林都督府を廃止しておらず、

普通に考えて、こっちのが詭弁じゃね?
787世界@名無史さん:2014/01/25(土) 14:36:56.27 P
>>782
そもそも半分は夫余族の北鮮になるから南韓と無関係だしな
788世界@名無史さん:2014/01/25(土) 16:44:54.87 0
>>781
別に同時期の人物と比べてとりたてて優秀とは思えんがそいつら
789世界@名無史さん:2014/01/26(日) 23:36:21.92 0
統一しても同じ首都なのも不思議だが
すごい端っこ
790世界@名無史さん:2014/01/26(日) 23:39:58.19 0
大嘘つき


辛淑玉「あなた達が強姦して産ませた子供が在日韓国朝鮮人」

動画 You Tube 1分12秒

http://www.youtube.com/watch?v=gvczLDrOLSE


大嘘つき 大嘘つき 大嘘つき
791世界@名無史さん:2014/01/29(水) 20:39:40.99 P
もし朝鮮半島を統一する前に新羅が滅んでいたら
歴史はかなり変わった気がする
792世界@名無史さん:2014/01/30(木) 00:08:43.58 0
普通に考えたら高句麗が統一してないとおかしいんだな
これはひとえに金庾信と淵蓋蘇文との差だな
淵蓋蘇文は長男のナムセンはじめ息子達がダメすぎた
一方武烈王の息子文武王も偉かったし金庾信の子供たちも偉かったんだろうな
793世界@名無史さん:2014/01/30(木) 00:30:25.31 0
ソウルの辺りを百済や新羅に取られた時も内部で揉めてたらしいな
見た目の面積比ほどには国力の差が無いのだろうとも思う
794世界@名無史さん:2014/01/30(木) 03:17:52.62 0
アイデンティティと言うと
ヨーロッパはキリスト教と古代ギリシア
中東はイスラムとエジプト
アメリカは移民と開拓(是非はおいとく)

アジアは・・・・
中国は漢民族だけど、歴史を作ったのはモンゴル人だし
朝鮮は中国の属国で何も無いし
東南アジアの方がまとも
795世界@名無史さん:2014/01/30(木) 03:28:44.43 P
東南亜はずっと中華帝国の属国、琉球みたいな存在
>>792
卑屈に中国様へ媚び諂ったか、調子扱いて独立を望んでしまったかの差だな
796世界@名無史さん:2014/01/30(木) 03:30:33.88 0
中郷文明なんてインドの亜流だしな
797世界@名無史さん:2014/01/30(木) 08:57:24.44 O
>>793
領土を南へ南へ広げてるから、
民族が雑多で治めにくいとか
798世界@名無史さん:2014/01/30(木) 12:22:58.66 0
毒ガス攻撃あるだろ、ふつーに。

うちは無臭だけどスゴイ匂い? のガス封入された小包を二回送り付けられて、
パトカー呼びつけて、これ検査してくんね? って聞いたら、
ものすごいやんわりと、でもてってー的に断られたぞ。

仕方ないから自分でネットで調べたら、たぶん果実とかの消毒用の
青酸ガスだろうという結論になったけど、
警察に引き取り拒否されて、だれも話を信じてくんないから、
そのまま忘れてたわ・・。

そしたらね、何年かして市内の某食肉加工工場の地下水から、
シアン化化合物が検出されたってニュースやってて、
マスコミでもさんざんやって大騒ぎになったことあるんだけど、
じつはその工場は細い道をはさんで、となりの敷地が
某宗教団体の会館だったんですよねー。
ほーら見なさい、やっぱり暗殺用の青酸ガスを
貯めこんでたのが地下に流れ出てんじゃねーかよ、
ってテレビのニュース見ながら
ひとりで喜んでた記憶あるわ。。
今日のマルハニチロのニュース見てて、久々に思い出したな・・。
799世界@名無史さん:2014/01/31(金) 14:47:36.53 0
>>793
それは渤海にもいえるな
ただ面積がだだ広いだけでいとも簡単に契丹に滅ぼされたんだから
800世界@名無史さん:2014/01/31(金) 15:54:56.45 0
滅びかけの所を契丹に征服されたんだよ
ほぼ滅亡していた所を併合して貰った李朝と同じ
801世界@名無史さん:2014/01/31(金) 22:50:07.00 0
韓国朝鮮総合掲示板: http://jbbs.shitaraba.net/news/5250/

朝鮮韓国のよいところわるいところを語り合いましょう。 いろんな情報、朝鮮韓国の宣伝もOKです。 朝鮮韓国語で書く場合は日本語訳もお願い致します。

実名OKです。 真実を書き込みましょう。よろしくお願い致します。
802世界@名無史さん:2014/02/01(土) 09:20:25.42 O
>>799
反乱軍みたいの沢山いたじゃん
803世界@名無史さん:2014/02/26(水) 15:51:50.17 0
渤海の後に興った定安国っていうのも謎だな
建国した烈万華という人物も朝鮮系の民族なのか? それとも靺鞨や契丹系の民族なのか?
また後渤海という国もあったらしいね
804世界@名無史さん:2014/03/11(火) 00:05:15.35 0
新羅土偶っていうものの存在を知って
学んでみたいんだが、
日本語で学ぶ方法ないかな
805世界@名無史さん:2014/03/13(木) 01:21:15.03 0
>>792
亀だが、人間(為政者)というより、地政学的問題が大きい気がする。
高句麗には「半島統一」は、地政学的に困難だったんだよ。
高句麗は、本来は満州の大陸国家といったほうがよい。
好太王碑の事績を提携に追うと、高句麗軍は、半島南部に差し掛かると
勢いが削がれてgdgd化することが、なんとなく透けてくる。
故郷と気候が異なり(暑さによる疾病蔓延と思われる)、兵站線も延びて戦いづらかったと見える。

朝鮮南端部では、むしろ西南日本の倭国軍のほうが戦意旺盛で、
渡海のハンデがあっても、慶州くらいなら自力で落とせるし、
全羅道南端部くらいなら、直接的な植民活動すら行えるが、
それ以上北上しようとすると、今度は寒冷気候に悩まされて足が止まる。

この、高句麗と倭国の地政学的なマンネリ対立構造の狭間で、
わずかな生存領域を確保して、「統一したニダ」と言い張ったのが新羅なのだから、
この芸当をやれる資格があるのは、半島南部の土着国家だけだった、ということになると思う。

なお、高句麗としては、隋唐の攻撃を受けた際に、「日本との関係を改善させて、半島奥部に逃げ込む」
という選択肢も、無いわけではなかった。実際、日本との関係改善は試みられてる。
でも、地政学的に「半島への逼塞」は自殺行為だから、結局、北鮮・南満での討死を選んだのだろうと思う。
806世界@名無史さん:2014/03/13(木) 11:19:23.00 0
それが渤海国じゃね?
807世界@名無史さん:2014/04/10(木) 23:11:42.35 0
>>726-756
なんで国内のエタヒニンの話になってんだよ半島三国の話しろ
808世界@名無史さん:2014/04/13(日) 23:07:39.86 0
>>799
「いとも簡単」っておまえ世界史なにもしらんだろw
809世界@名無史さん:2014/04/14(月) 17:43:32.77 0
>>806
靺鞨の建てた渤海国は半島と無関係なのでスレ違い
版図も高句麗より北寄りだしな
810世界@名無史さん:2014/04/16(水) 15:03:20.89 0
高句麗は半島を南下する前に
アムール川周辺の盆地を押さえれば良かったんじゃね?
実際、渤海国は押さえてるし

東北平原の方が肥沃な気がするけど、
そっちは遊牧民がコンニチワーしてきそうで怖いよね
811世界@名無史さん:2014/04/16(水) 15:46:05.85 0
満州は前2千年〜紀元前後に掛けて急速に寒冷乾燥化して
5世紀〜10世紀に掛けて温暖湿潤化してるから
高句麗の頃は価値が無かったんだろ。
812世界@名無史さん:2014/04/16(水) 18:29:03.28 0
東北の蝦夷も暖かくなったから征服されたんだろうな
百済や高句麗が滅んだのって、阿倍比羅夫が東北探検したちょっと後だし
隋から唐への移行がもっと混乱してれば高句麗は外満州に領土広げられたかも
813世界@名無史さん:2014/04/16(水) 19:04:35.26 0
好太王碑も高句麗古墳群も中国側に有るんだよな
814世界@名無史さん:2014/04/16(水) 19:20:40.31 0
高句麗ってのは元々満州で建てられた国で
五胡十六国時代の混乱に乗じて半島に南下してきただけだからね
しかも高句麗が征服した半島北部は楽浪郡や帯方郡といった中国人の住む地域や
ワイ貊・沃沮といった扶余系が済む地域で、韓族は少なかったんじゃないかな
815世界@名無史さん:2014/04/16(水) 20:37:26.05 0
少なかったってか居たのか?
816世界@名無史さん:2014/04/16(水) 23:50:54.98 0
ピーク時には韓族居住地帯に達したかもな。やがて押し返されるけど
817世界@名無史さん:2014/04/18(金) 22:00:49.78 0
初期の頃と、
後期の「三韓」の一国とされていた時代では
文化はもちろんのこと構成する民族すら違いそう。
818世界@名無史さん:2014/04/27(日) 00:51:44.32 0
>>817
辰韓・弁韓と新羅・任那ではそんなに違わないんじゃないか?
馬韓と百済ではだいぶ違うだろうけど…
819世界@名無史さん:2014/04/27(日) 03:23:04.68 0
弁韓の頃は倭人や倭人の国はそんなに多くなかったんじゃないの
任那はかなり広いけど
820世界@名無史さん:2014/04/27(日) 10:53:14.43 0
>>819
そんなことはない、なぜそう思うの?
韓には倭人もたくさんいると三国志韓伝にあるし違いといえば
弁韓時代よりは任那時代のほうが漢人系の住民が減ったぐらいかな
弁韓時代が多すぎたから減っただけで任那時代も漢人系はいたろうけど。

あと任那が広いのは東側の加羅(=弁韓)と西側の四県(=馬韓の一部)を
含んでるからだぬ
821世界@名無史さん:2014/04/27(日) 12:51:30.22 0
>>529
>馬韓人で馬韓にいる辰王の権威はもともと弱そうだなあ
>245年に楽浪郡が辰韓八国の所管を帯方郡から自郡に移そうとして、
>馬韓の臣濆沽国が怒って反乱したというが、これに辰王は関われているのかどうか

帯方郡ができてからは、かつての楽浪郡の韓国の外交窓口という役割は帯方郡に交代し
楽浪郡の役割は北方や西方の日本海沿岸の穢族の窓口になっていた
ところが245年の前後(貫丘倹の石碑が発見されて三国志の記述は2、3年ずれてるのがわかってる)
貫丘倹が高句麗を征伐して高句麗王が日本海沿岸の穢族(沃沮も穢族の一部)の地を北へ南へ逃げ回った
そこで楽浪郡の管轄範囲の日本海沿岸部を少し南に伸ばそう、つまり辰韓の北部の担当を
帯方郡から楽浪郡に移管しようということになったのは貫丘倹の命令だろう
馬韓は120年頃、玄菟郡に侵攻する高句麗に援軍だしたりして仲がいいので
高句麗を支援しようとしたのではないかな
百済本紀によると百済の古尓王は貫丘倹の高句麗攻めの隙をついて楽浪郡を侵略したが
楽浪太守劉茂が貫丘倹の本隊から帰ってきたので百済王は恐れて捕虜を返したという
この時の百済側の武将が真忠。中国風な名になってるけど、真氏の真は臣濆沽国の臣の字で
真忠ってのは臣濆沽国の首長(領主?)だった可能性がある
822世界@名無史さん:2014/04/27(日) 12:52:37.93 0
>>529
>馬韓人で馬韓にいる辰王の権威はもともと弱そうだなあ
>245年に楽浪郡が辰韓八国の所管を帯方郡から自郡に移そうとして、
>馬韓の臣濆沽国が怒って反乱したというが、これに辰王は関われているのかどうか

三国志には百済が出てこないので
通説ではこの頃百済はまだ馬韓諸国の中の一つにすぎなかったと思われてる
しかし時代が下がると百済の伝承も知られるようになり
夫余王尉仇台が公孫氏と婚姻して帯方故地(これは故城の誤写と思う)に建国したのが百済という
つまり百済は魏からすると公孫氏の一味。
なので帯方郡が魏の領有に帰して郡が滅亡するまでの間実質的に馬韓諸国の宗主だったにかかわらず
建前上ただの馬韓諸国の一国にすぎないという態度を押し通したのではないか
なので臣濆沽国の反乱(楽浪襲撃)も魏からみると百済と関係なく
彼らが独自判断でやったようにみえたんだろう
三国志に辰王(辰韓の王)がみえるのに馬王(馬韓の王)がでてこない謎も解ける
「辰王は目支國に治す」の直後に「優呼、臣雲遣支報、安邪踧支、濆臣離兒不例、拘邪秦支廉之号」とあり
これ馬韓の臣雲新国と臣濆沽国、弁韓の安邪国と狗邪国だろう、これからするとおそらく目支国は三韓全体の主だった首長層が大集会をする場所でそれを形式上辰王が主催したので、
常駐してたわけではないと思う。それでも全国規模の重大な集会を主催するのだから
「目支国に治す」の文章は不適切とはいえない。
其官有魏率善、邑君、歸義侯、中郎將、都尉、伯長。
823世界@名無史さん:2014/04/27(日) 19:27:34.12 0
古来の朝鮮半島は来たが中国領土
南が倭の領土だった
824世界@名無史さん:2014/05/01(木) 15:19:42.21 0
>>823
一律に領土だったわけでなく属国もあれば直轄領もありでいろいろだから
勢力圏といったほうがよいのでは。
825世界@名無史さん:2014/05/01(木) 22:22:40.10 O
金氏ももともと馬韓から来た(慕氏)らしいが、
辰王と関係あるの?
826世界@名無史さん:2014/05/02(金) 02:16:03.63 0
>>825
募秦は「姓が募氏で名が秦」って意味じゃない。岡田英弘の解読は誤り、
この件に関しては井上秀雄のほうが正しい。新羅の法興王の諱。
だから馬韓からきたわけではない。
辰王は辰韓の王。魏の時代に該当するのは
三国史記でいうと大雑把に奈解・助賁・沾解の三代間でどれも昔氏だぬ
金氏も昔氏も朴氏も倭人系じゃないかな
新羅は急速に倭人色を脱していくけど初期にさかのぼるほど倭人色が強い
827世界@名無史さん:2014/05/02(金) 03:08:44.06 0
井上秀雄と岡田英弘ならどちらも間違い
慕韓に新羅法興王の諱の意味など存在しないよ
828世界@名無史さん:2014/05/02(金) 06:13:28.21 0
>>827
無知なくせに知ったか乙、「慕韓」の話じゃない、「募秦」だ。よくみろ
829世界@名無史さん:2014/05/02(金) 09:53:46.32 0
三国史記では、法興王は姓が金、名が原宗で法興は諡
募秦でも募泰でもない

http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/siragi-kanbun1-ryosho.htm
ここでは「王姓募名秦」を「王姓を秦の名から募り」と読んでいるが
朝貢国の王の姓名を記さないというのもなあ
「王の姓は募、名は秦」じゃあ駄目なのかね
830世界@名無史さん:2014/05/02(金) 09:58:02.87 0
募秦=寐錦(むきん)、牟即智
831世界@名無史さん:2014/05/02(金) 10:33:12.03 O
>>829
“慕”が姓だとすると、
即席感満載だな。
天皇家の“天”氏みたいなもんか。
832世界@名無史さん:2014/05/02(金) 11:11:13.42 0
募姓なんて中国でも珍しそう
833世界@名無史さん:2014/05/02(金) 16:32:39.86 O
>>829
「王姓を秦の名から募り」って意味がわからない
834世界@名無史さん:2014/05/02(金) 21:06:05.44 0
井上説だと「原宗」(意訳)=「募秦」(音写)らしいな。
835世界@名無史さん:2014/05/02(金) 21:50:28.13 0
姓がなかった頃の半島人が
自分の名前の最初の一字を切り離して中華風の姓にした例は多いよ
王建もそうだし張保皐とか
募秦を「姓が募だ」なんてのはその先駆だろう
836世界@名無史さん:2014/05/04(日) 02:06:14.61 0
王建と張保皐は下の名前だけ元々あって、
上に中国人姓をつけたんじゃないの?
自分の名前の一部を切り離して姓にした例なんてあったっけ
837世界@名無史さん:2014/05/04(日) 02:25:03.32 0
>>835
>王建と張保皐は下の名前だけ元々あって、上に中国人姓をつけた

それ具体的に主張してる本あった?あったら教えてくれ、検討してみたい
838世界@名無史さん:2014/05/04(日) 08:07:13.38 0
>>834
その説に基づくなら、「募秦」という発音は、現代朝鮮語か中期朝鮮語で「原宗」という意味なの?
それとも、意味はよくわかんないけど、状況からそうに違いないって説なの?
839世界@名無史さん:2014/05/04(日) 19:00:15.03 0
状況からしてそんな筈はないって説だよ、井上英男の時点で信憑性0
840世界@名無史さん:2014/05/05(月) 09:06:55.49 O
>>837
王建は知らない
841世界@名無史さん:2014/05/05(月) 12:31:07.97 0
>>839
なるほど
古代朝鮮史ってそんなのが多いよね
842世界@名無史さん:2014/05/05(月) 14:41:56.95 0
>>826
朴氏(O2b)は倭人だけど金氏(C3)はツングース系
ちなみに李成桂は(O3a2c1)韓国で20%、中国で10%、日本で3%
世田谷事件の犯人もO3a2c1

韓国の五大姓(人口の半数を占める)のC3率 韓国人全体のC3率は12.3%
・金 21.6%(992万5949人) C3率 21.2%
・李 14.8%(679万4637人) C3率 18.8%
・朴  8.5%(389万5121人) C3率 12.7%  O2bが46.5%と特出している 韓国人全体のO2b率は31.4%
・崔  4.7%(216万9704人) C3率 12〜13%
・鄭  4.4%(201万0117人) C3率 24%以上

キム(金)氏の父方のハプロ分布推定
http://yayul.egloos.com/2896475
http://pds23.egloos.com/pds/201206/23/76/d0022076_4fe591b0d0c82.jpg

韓国の父方のハプロとM134李成桂モーダル-1
http://yayul.egloos.com/2902477
http://pds24.egloos.com/pds/201206/24/76/d0022076_4fe6b1d9d7a94.jpg
http://pds23.egloos.com/pds/201202/12/76/d0022076_4f3690a1be7a0.jpg

O2b-M176、朴氏の父方のハプロ
http://yayul.egloos.com/2908088
http://pds24.egloos.com/pds/201206/23/76/d0022076_4fe5b88651b85.jpg

韓国人のY染色体ハプロタイプ
Shin et al. (2012)
http://pds24.egloos.com/pds/201205/15/76/d0022076_4fb131ca3a9f8.jpg
http://pds21.egloos.com/pds/201205/15/76/d0022076_4fb131deb8a77.jpg
843世界@名無史さん:2014/05/05(月) 17:05:51.05 0
語源とか音韻の想像を論拠にするとフリーダムになるからなあ
844世界@名無史さん:2014/05/06(火) 01:10:23.47 0
>>842
また遺伝子厨かよ…朝鮮の姓は本貫別に統計とらないと意味ないだろ、あほか
845世界@名無史さん:2014/05/06(火) 01:12:25.14 0
>>839
おまえの説はどうなん? 罵倒はいいから井上よりましな見解を発表しろ
846世界@名無史さん:2014/05/06(火) 17:39:28.14 0
>>842 >>844
朴姓はほとんど密陽朴氏だから他の本貫を無視していい
李姓は李氏朝鮮建国後500年で急増したハプロからの推定だから本貫別に統計をとる必要はない
金姓は金海金氏約50%慶州金氏20%だから本貫別に統計を取る必要がある

データからわかること
密陽朴氏 O2b
全州李氏 O3a2c1
ここまでは疑う余地はない

金海金氏 C3の可能性が高い
慶州金氏 不明
847世界@名無史さん:2014/05/08(木) 00:27:28.47 0
そもそも族譜の史料的価値は絶対視できる性質のものではなく
族譜の捏造や創作、売買も李朝末期まで絶えなかった
従って姓別の遺伝子調査に意味があるとは思えない。

百歩譲って族譜が信頼できるとしても、
朝鮮人が宗族制=父系リネージを取るようになったのは
李氏朝鮮が朱子学を全国民に強要してから。
それ以前はそもそも姓なんて便宜上のもので同姓不婚も守られていなかった
従って姓別の遺伝子調査で高麗朝以前の歴史を推測することはできない
848世界@名無史さん:2014/05/12(月) 08:53:13.56 0
そんなことよりwikipediaの箕子朝鮮に
清州韓氏の子孫ネタと麻田連ネタ書いとくといちいち消しに来るアホがうざい
やっぱ朝鮮人なんだろうか?
849世界@名無史さん:2014/05/12(月) 21:51:03.58 0
南韓人の可能性もあるよ
850世界@名無史さん:2014/05/12(月) 22:06:13.72 0
>>848自身がチョンなんだろうな
851世界@名無史さん:2014/05/14(水) 04:16:04.27 0
>>850はチョンが錯乱してんのか?
852世界@名無史さん:2014/05/17(土) 14:40:15.50 0
>>842
安東金氏はO3a2c1aだから金海金氏が旧C3(C2)の可能性が高まるな
慶州金氏もC2なんじゃないか?

安東金氏
韓国・安東金氏のY染色体は、ハプログループO3a2c1a(O-M117)である[186]。
福澤諭吉の支援を受け、日本の明治維新を模範として朝鮮の近代化と、
清朝からの独立を目指した金玉均は、この安東金氏の出身である。
金玉均は、閔氏政権打倒を目指して甲申事変を決起するが敗れて日本に亡命した。
その後、再起をはかろうと上海へ渡るが閔妃の刺客・洪鐘宇の手に掛り暗殺された。
853世界@名無史さん:2014/06/05(木) 03:04:50.98 0
847 :世界@名無史さん:2014/05/08(木) 00:27:28.47 0
そもそも族譜の史料的価値は絶対視できる性質のものではなく
族譜の捏造や創作、売買も李朝末期まで絶えなかった
従って姓別の遺伝子調査に意味があるとは思えない。

百歩譲って族譜が信頼できるとしても、
朝鮮人が宗族制=父系リネージを取るようになったのは
李氏朝鮮が朱子学を全国民に強要してから。
それ以前はそもそも姓なんて便宜上のもので同姓不婚も守られていなかった
従って姓別の遺伝子調査で高麗朝以前の歴史を推測することはできない
854世界@名無史さん:2014/06/05(木) 21:09:12.39 0
842 :世界@名無史さん:2014/05/05(月) 14:41:56.95 0
>>826
朴氏(O2b)は倭人だけど金氏(C3)はツングース系
ちなみに李成桂は(O3a2c1)韓国で20%、中国で10%、日本で3%
世田谷事件の犯人もO3a2c1

韓国の五大姓(人口の半数を占める)のC3率 韓国人全体のC3率は12.3%
・金 21.6%(992万5949人) C3率 21.2%
・李 14.8%(679万4637人) C3率 18.8%
・朴  8.5%(389万5121人) C3率 12.7%  O2bが46.5%と特出している 韓国人全体のO2b率は31.4%
・崔  4.7%(216万9704人) C3率 12〜13%
・鄭  4.4%(201万0117人) C3率 24%以上

キム(金)氏の父方のハプロ分布推定
http://yayul.egloos.com/2896475
http://pds23.egloos.com/pds/201206/23/76/d0022076_4fe591b0d0c82.jpg

韓国の父方のハプロとM134李成桂モーダル-1
http://yayul.egloos.com/2902477
http://pds24.egloos.com/pds/201206/24/76/d0022076_4fe6b1d9d7a94.jpg
http://pds23.egloos.com/pds/201202/12/76/d0022076_4f3690a1be7a0.jpg

O2b-M176、朴氏の父方のハプロ
http://yayul.egloos.com/2908088
http://pds24.egloos.com/pds/201206/23/76/d0022076_4fe5b88651b85.jpg

韓国人のY染色体ハプロタイプ
Shin et al. (2012)
http://pds24.egloos.com/pds/201205/15/76/d0022076_4fb131ca3a9f8.jpg
http://pds21.egloos.com/pds/201205/15/76/d0022076_4fb131deb8a77.jpg
855世界@名無史さん:2014/06/05(木) 21:12:32.25 0

姓ごとにY染色体ハプロに違いがあるから
韓国の族譜はある程度信頼できる事の証明になる
856世界@名無史さん:2014/06/13(金) 10:20:45.34 0
>>855
「ある程度」って付ければそりゃ何だっていえるだろw
「ある程度」が実際に「どの程度」なのか明らかにできないなら
「いつか当たる予言」と同じで言葉のマジックにすぎない。
857世界@名無史さん:2014/06/14(土) 13:19:56.95 0
朝鮮の同姓は出身地域集団とほぼイコールだからそういう差違が多少なりとでるのであって、
だからといって偽造、改変、売買が当然のように行われていた族譜の信憑性の担保には
全くならんわな。
858世界@名無史さん:2014/06/15(日) 00:21:41.00 0
李氏朝鮮成立後に爆発的に増えたハプロがO3a2c1
李姓のO3a2c1率20.6%(李姓を除く韓国人のO3a2c1率6.6%)
李成桂はO3a2c1で間違いないな

新羅だけでなく高麗以降も重臣であり続け
数多くの子孫を残した朴氏は日本の藤原氏みたいなもの
朴姓のO2b率32.4%(朴姓を除く韓国人のO2b率18.8%)
朴赫居世はO2bで間違いないな
859世界@名無史さん:2014/06/15(日) 09:15:11.94 0
族譜なんかもってたのは人口のわずかを占める両班だけだぞ
他のほとんどは李朝時代になってから中国式の姓を強要されて適当につけた連中。
確かに李朝以来数百年、宗族制を守ってれば
男系遺伝子については偏りが生じるのは当たり前だが
それで高麗以前の歴史を推測する根拠にするのはめちゃくちゃな話
860世界@名無史さん:2014/06/15(日) 10:17:30.54 0
李朝時代じゃなくて日本統治時代だよ。李朝じゃ人口の半分ほども
占めていた奴婢は姓なんて持ってないし。
しかも、身分解放で戸籍が出来た際に主人の姓をそのまま名乗るという例が
多かったそうな。で、今はそういうのも皆両班の血筋ということになってるらしいが。
861世界@名無史さん:2014/06/16(月) 00:04:02.22 0
>>860
じゃ、まずます姓別の遺伝子調査なんて意味ないね
862世界@名無史さん:2014/06/17(火) 20:16:28.33 0
任那や百済にいた木氏とかどうなったの?
統一新羅に滅ぼされた?
863世界@名無史さん:2014/06/18(水) 01:59:26.70 0
>>860
じゃあ人口の半分は姓を持ってたんだ
韓国の姓とYDNAが一致する確率は50%なんだね
864世界@名無史さん:2014/06/18(水) 02:09:58.35 0
>>863
5割の人間が有名な姓になったのなら
確率はもっと低いね
865世界@名無史さん:2014/06/18(水) 08:09:26.39 0
>>862
昔は朝鮮にもいろんな姓があったんだな
866世界@名無史さん:2014/06/18(水) 18:50:07.84 O
>>860
岩波新書の創氏改名の本読んだら、
李朝時代は女や庶民は朝鮮語名を名乗ってたみたい
多分中国名名乗ってたのは上層部だけかも
867世界@名無史さん:2014/06/18(水) 20:57:15.44 0
両班も子供時代は
朝鮮語名を名乗っていたんだろうか。
日本でも子供時代は「○○丸」みたいな日本風の名、
成長したら「家康」とか「道長」みたいな中国風の名
868世界@名無史さん:2014/06/18(水) 23:11:00.87 0
紀元前から半島には倭人が居住していました。
その後560年頃まで任那や狗邪等の倭人国家が存在しています。

【実際は多民族な半島】
当時の多民族地域である半島
(当時の半島の人口は日本の数分の一で特に人口密度が低い地域。そこに中国系の棄民(渡来)20万や、倭人国家、現在の満州族に近い高句麗・百済人の渡来、更に北方系の少数民族、中国南方からの渡来と2桁以上の民族が渡来する完全な混血地域)
元々人口密度が低かった為、先住の倭人や北方系・中国系の少ない地域に各地からの難民等が流入・渡来しました。

【大規模な混血と他民族支配】
これらの民族に更に時代が下り、李氏朝鮮時代に女真族(モンゴル系)が支配するにいたり大規模な混血が発生します。
現在の朝鮮人の顔(未整形)がモンゴル人にそっくりなのはこの頃のハイブリッドが原因です。(その後、元にも支配されます)

2世紀遅れの純血思想・民族主義に酔っている朝鮮民族(韓国人)は
言わば正真正銘・混血民族でしかも近年においてモンゴル系による塗り替えを経験しています。

【古代に存在しない朝鮮人】
朝鮮民族の成立はおよそ1000年前と新しく、彼らが主張する古朝鮮民族というのは、
倭人・中国人・満州系・その他多民族を指す言葉です。古代に朝鮮民族が存在したのではなく、
現在も存在する他民族が半島にごった返していた状況に民族主義を無理やり当て嵌めたのが古朝鮮民族という捏造の人種です。

在日朝鮮民族が好む「古代半島の朝鮮系が・・・」と言うセリフは、過去に朝鮮民族が存在していないため〜系とぼかしを入れた表現です。
実際には朝鮮系すら存在せず、他民族がそれぞれの民族史を作り上げていただけです。

ちなみに、韓民族という人種は現在の韓国人とは全く別人種です。過去中国中部・北部や半島に存在しましたが、この民族を近年の朝鮮民族が偽称して盗用しているだけです。
ですので、本来の韓民族≠現在の韓国人、となります。
869世界@名無史さん:2014/06/19(木) 00:28:44.63 0
>>868
人口密度が低いと言うのは何によるのでしょうか
魏書の東夷伝ではさほど変わらないように見えますが
870世界@名無史さん:2014/06/19(木) 01:12:10.38 0
女真は満洲系だろw
871世界@名無史さん:2014/06/19(木) 01:19:20.48 0
>>862
木氏に限らず百済の貴族階級は日本とか渤海とか中国とかに逃げたろうね
872世界@名無史さん:2014/06/19(木) 01:26:11.17 0
>>868
>韓民族という人種は現在の韓国人とは全く別人種
>過去中国中部・北部や半島に存在したが、この民族を
>近年の朝鮮民族が偽称して盗用しているだけ
>ですので、本来の韓民族≠現在の韓国人、となります

「韓」だけじゃない。「朝鮮」も「コリア」も同様。
現在の半島民族が偽称・盗用しているだけ、
古代にいた本来の朝鮮人≠現在の自称朝鮮人
古代にいた本来のコリアン≠現在の自称コリアン
873世界@名無史さん:2014/06/19(木) 02:15:16.89 0
>>872
あのさ、今の朝鮮人はいつ朝鮮半島に来たわけ?
で、どの民族の子孫なの?
874世界@名無史さん:2014/06/19(木) 02:15:43.12 0
>>869
魏書高句麗伝だと「方形は二千里、戸数は三万」
人口密度低すぎる

百済と新羅の魏書は無い
なぜかというとまだ国になっていないから
馬韓辰韓弁韓の時代だけど
魏書によれば馬韓は総数で十万戸、辰韓は五万戸、弁韓は五万戸

倭は邪馬台国のみで七万戸、奴国二万戸、投馬国五万戸
その他女王の勢力内で人口の書かれてない国が数十あり、それ以外に敵対した勢力もあった
つまり半島と倭では圧倒的な差が有ったということ
875世界@名無史さん:2014/06/19(木) 02:20:04.75 0
>>874
そんな時代の記述が信用できるの?
876世界@名無史さん:2014/06/19(木) 02:23:00.65 0
『梁書』倭国伝
齊建元中、除武持節、督倭新羅任那伽羅秦韓慕韓六國諸軍事、鎮東大將軍。高祖即位、進武號征東大將軍。
>斉の建元中(315−316年)、武を持節、督倭・新羅・任那・伽羅・秦韓・慕韓六国諸軍事、鎮東大将軍に除した。高祖が即位すると、武の号を征東大将軍に進めた。

つまり四世紀初頭には半島は完全に倭に支配されていた
877世界@名無史さん:2014/06/19(木) 02:34:43.41 O
>>876
てか天皇自体が先住民を
878世界@名無史さん:2014/06/19(木) 02:47:50.29 0
>>875
出来るよ。高度な官僚制が敷かれ
その公文書記録を参照して書かれるのが史書だから
879世界@名無史さん:2014/06/19(木) 04:21:40.01 0
>>876
百済と高句麗は入ってないんじゃね
880世界@名無史さん:2014/06/19(木) 07:51:14.91 O
>>878
倭や三韓のどこに「高度な官僚制」が
881世界@名無史さん:2014/06/19(木) 08:52:28.40 0
>>868
食糞の文化はどの時代からなんだろう…
882世界@名無史さん:2014/06/19(木) 18:37:51.42 0
>>880
委任統治領の韓地方には漢の官吏が常駐してたよ
883世界@名無史さん:2014/06/20(金) 00:26:48.71 0
>>880,>>882
インカ帝国みたいに史料に残りにくい官僚制もあるけど
文書行政って意味では帯方郡が記録したりそれに基づいた報告を中央にあげてたろ
「委任統治領」って言い方がふさわしいかどうかは問題だが。
邪馬台国の王を後漢書は「大倭王」といってる。その他には百余国もあるうち
伊都国と狗奴国のたった2国にしか王はなく、
諸国のトップ(卑狗とか)は『王でも侯でも酋でもなく「官」だといってる』が
このことはとてつもない重大な事実。当時の倭は部族連合じゃなくて
中央集権的な官僚国家だと魏志倭人伝の原文が主張している。
「大率」と「刺史の如きもの有り」、「諸国これを畏憚す」等は
さらにそれを具体的に描写してる。刺史ってのは中央集権のシンボル的存在。
884世界@名無史さん:2014/06/20(金) 02:35:07.49 0
>>874
>魏書高句麗伝だと「方形は二千里、戸数は三万」
>人口密度低すぎる
楽浪郡の盛時の戸数が6万数千とか4万数千なんだしそんなもんじゃね?
滅亡時でも高句麗より百済のほうが戸数多かったから北のほうは人口扶養力少なめなんしょ

馬韓、辰韓、弁韓は帯方郡やワイ貊より南のみ、んで邪馬台国九州説を
とるならばそりゃあ北九州の人口密度は圧倒的であろう
しかし畿内説をとるならばさほどの違いは無いのでは。戸数記載の無い国は
有る国より戸数少なかろうし
885世界@名無史さん:2014/06/20(金) 03:28:24.01 0
>邪馬台国九州説をとるならばそりゃあ北九州の人口密度は圧倒的

どっちをとっても奴国二万戸、投馬国五万戸は変わらんだろ。
886世界@名無史さん:2014/06/20(金) 20:13:05.57 0
>>874,>>884
高句麗の人口を考える時、魏書高句麗伝の三万戸という数値は
まだ楽浪郡も遼東郡も併合しておらず
朝鮮の満州の国境山岳地帯に逼塞してた時代だってことを考えると妥当か
むしろ多過ぎるぐらいに思うが…
887世界@名無史さん:2014/06/22(日) 00:49:00.22 0
>>885
馬韓は10万戸余りで大国は1万戸、小国は数千戸で54ヶ国あるようだが
さしあたり1万戸6ヶ国、残り千戸ずつで10万戸を超える
倭国のほうが統合が進んでいるようではある。統合が進んだから統一されたのか
カリスマ女王擁立の策で纏めた結果、統合集中が進んだのか
よくわからんけど

http://fast-uploader.com/file/6958920767089/
んで魏書の東夷伝の戸数を畿内説で並べてみるとまあこんなかんじ
倭国の戸数記載の無い国については
"自女王國以北、其戸數道里可得略載、其餘旁國遠絶、不可得詳"
とあるので大体邪馬台国より向こうにあるとすれば記載のある範囲では概ね
人口密度は同じかと
ただし北九州説をとり戸数記載を信じるならば面積はざっと数分の一、
そして人口密度は数倍に跳ね上がります
888世界@名無史さん:2014/06/22(日) 01:24:35.19 0
邪馬台国畿内説採ってる学者なんて今居ないよ
889世界@名無史さん:2014/06/22(日) 02:17:36.05 0
>>887
その機内説地図で投馬国を備後に比定してみても、倭国第2の人口なんだし、
じゃ、北九州説で奴国後背地域の有明沿岸がすっぽり抜け落ちてるのは
どうなのよ、という感じだよな。まぁ、さすがに有明沿岸が句奴国はねーだろ、と
思うし。
890889:2014/06/22(日) 02:22:41.20 0
おと、ちと訂正。 ×北九州説で ○北九州で
891世界@名無史さん:2014/06/22(日) 08:01:32.29 0
http://www.geocities.jp/historyscholajp/sangokusin/sin/sintirisi.htm
晋280年は245万9840戸の1616万3863人だそうだが(地理志)司州や冀州のような
でかい州もあれば数万戸の州も多い
半島南1/2〜1/3で15万戸ならまあそんなもんじゃね? 特に少ないとも思えん
倭の戸数がある分を集めると15万戸、となると75万人程度?
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E4%BB%A3%E4%BB%A5%E5%89%8D%E3%81%AE%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E7%B5%B1%E8%A8%88
こっちの推定でも概ねそんなもんのよう。倭のほうが一部の国が突出する傾向
だが総人口は双方たいして違いはないような
892世界@名無史さん:2014/06/22(日) 10:18:19.77 0
倭人伝だと
邪馬台国 7万余戸
投馬国  5万余戸
不彌国  千余家
奴国   2万余戸
伊都国  千余戸
末盧国  四千余戸
一大国  三千ほど

7カ国で15万戸ほど
一国当りの戸数は2万、軽く馬韓の大国を凌ぐ

>>886
方形は二千里だが?
まあ今で言うと北朝鮮北部だからな
人口密度がかなり低いのは間違いない
893世界@名無史さん:2014/06/22(日) 12:58:20.00 0
897 マンセー名無しさん [sage] 2014/05/31(土) 11:09:02.67 ID:0Xg3gggQ Be:
あと面白そうだから、「歴史上の推定地域人口」も貼っておこうかな。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E4%B8%8A%E3%81%AE%E6%8E%A8%E5%AE%9A%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E4%BA%BA%E5%8F%A3

西暦 -200 1 200  400  600  800   1000 1100 1200 1300 1400   1500   1600

朝鮮 100 200 300  500 1,000 2,000 2,500 3,000 4,000 3,000 3,500  4,000  5,000
日本 100 300 700 1,500 3,000 4,000 4,500 5,750 7,500 9,750 12,500 17,000 22,000

McEvedy & Jones (1978)による各地域別人口推定値(単位: 千人)
894世界@名無史さん:2014/06/22(日) 13:31:41.86 0
>>892
>方形は二千里だが?
二千里≒800kmとすると夫余(8万戸、吉林市あたりが中心)も楽浪郡も入れる余地
が無くなってしまう。不正確、ないし観念的な値ではないかなあ

>>893
その推定だとモンゴル侵攻や文禄・慶長の役以外は新羅・高麗・李朝を通じて
右肩上がりに膨張していったように見えるな

唐書だと百済76万戸、高句麗69万7千戸。新羅が百済と同程度とすれば221万7千戸
、戸あたり5人ならば1108万5千人。これだと日本より多いぐらいで既に前近代
の天井近くになってしまってあとは横ばいに近い状態になってしまったように見える
895世界@名無史さん:2014/06/22(日) 13:48:36.44 0
一応言っておくと、忠清道と全羅道合わせてやっとこさ九州程度なんだが
896世界@名無史さん:2014/06/22(日) 17:52:48.52 0
>>893
一応、元統治時代の人口は減らしてあるんだなw
この手の推計は基本ド素人の空想と大差無いが
897世界@名無史さん:2014/06/22(日) 18:13:59.00 0
>>894
その里は76メートル
よって高句麗の土地は150km四方だ
白山の南や西辺りで妥当な広さになる
898世界@名無史さん:2014/06/23(月) 00:32:18.03 0
下関で古代史シンポ 弥生時代の響灘・関門 地域の謎探る 山口
http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/news/1403400863/

「古代史から国際交流を考える」 をテーマに、弥生時代の響灘・関門 地域の謎を探る「第1回古代史シンポジウム」が21日、山口県下関市の海峡メッセ下関で開催された=写真。

福岡大学教授の武末純一氏が「弥 生時代の日韓の国々」と題して基調講演。
武末氏は「両地域とも青銅製武器を所持していた集団が上位に立ち、首長層は相互のネットワークで結ばれていた」と述べ、
日本列島と朝鮮半島に政治的連合体が存在していたと主張した。

http://sankei.jp.msn.com/region/news/140622/ymc14062202060001-n1.htm
899世界@名無史さん:2014/06/23(月) 18:26:52.17 0
>>894
もまえは高句麗がずっと同じ面積だったとでも思ってるの?w

>二千里≒800kmとすると夫余(8万戸、吉林市あたりが中心)も楽浪郡も
>入れる余地が無くなってしまう。不正確、ないし観念的な値ではないかなあ

↑不正確なのはおまえの脳味噌だろうがw
三国志の高句麗はまだ夫餘も楽浪郡も遼東郡も併合してない。
朝鮮と満州の国境山岳地帯に逼塞してた時代だっていってるだろ
「方二千里」って記述で完全に整合してるだろうに
900世界@名無史さん:2014/06/23(月) 18:28:15.04 0
>>897
短里説はデンパ。日本史板の邪馬台国スレにでも帰っとれw
901世界@名無史さん:2014/06/23(月) 23:41:28.44 0
>>900
バカだな
全部整合性が取れてるのに見ない不利w
902世界@名無史さん:2014/06/24(火) 23:51:25.67 0
短里だと高句麗の二千里はいくらなんでも狭すぎ
何がどう整合してるんだよ
903世界@名無史さん:2014/06/25(水) 12:45:09.80 0
>>902
西に遼東郡に楽浪郡があったからな
北は夫余、東が沃沮
3世紀頃として妥当だぞ
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/b/bc/Map_ofThe_east_barbarian_1.png/1024px-Map_ofThe_east_barbarian_1.png

四世紀以降に高句麗、百済は楽浪郡と帯方郡を吸収して急拡大する
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/4/4a/Map_of_The_east_barbarian_3.png/1024px-Map_of_The_east_barbarian_3.png
904世界@名無史さん:2014/06/25(水) 20:28:01.88 0
>>903
その地図はイイ加減でwikipediaのあちこちに貼られてるのも問題だが
その話は置いといて、短里説だと一里=76mじゃないの?
遼東郡や楽浪郡を入れないのは当たり前としてそれでも狭すぎるだろ?
905世界@名無史さん:2014/06/25(水) 21:38:33.07 0
短里は90b前後だろ
906世界@名無史さん:2014/06/26(木) 00:43:59.85 0
北の地で8万戸あったという夫餘も方可二千里だが、800kmだとえらく広いように
見えるし150〜180kmだとちょっと狭いような気がする
907世界@名無史さん:2014/06/27(金) 22:42:30.41 0
>>905
そうだとしても狭すぎることに変わりない
908世界@名無史さん:2014/06/27(金) 22:53:11.95 0
初期の高句麗なんて超小国だぞ
909世界@名無史さん:2014/06/27(金) 22:55:01.76 0
山岳地帯の奥地に居た山賊集団
これが初期の高句麗
910世界@名無史さん:2014/06/27(金) 23:03:23.46 0
『三国志魏書』高句麗伝
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/kanbun-kokuri-1sangokusi.htm

多大山深谷、無原澤。隨山谷以為居、食澗水。無良田、雖力佃作、不足以實口腹。
>多くの大山や深い渓谷があり、原野や沢はない。山や谷に住居を置き、谷川の水を飲む。良田はない、農作業に努めているのだが、腹を満たすには至らない。

其人性凶急、善寇鈔。
>その族人の性質は凶暴で性急、金品を強奪することを喜びとする。

其俗淫。
>風俗は淫乱。

どうみても山賊w
911世界@名無史さん:2014/06/27(金) 23:06:26.15 0
『三国志魏書』倭人伝
其風俗不淫
>その風俗は淫乱ではない

婦人不淫、不妒忌。不盜竊、少諍訟。
>婦人は淫乱ではなく、嫉妬をしない。窃盗をせず、訴訟は少ない。

高句麗と真逆w
912世界@名無史さん:2014/06/27(金) 23:39:52.86 0
民族性って1800年前から変わってないんだな

感慨深いものが有るなあ
913世界@名無史さん:2014/06/28(土) 00:11:44.50 0
ただし綺麗好きなところは一致
914世界@名無史さん:2014/06/29(日) 00:07:22.91 0
「朝鮮民族は古代には存在してない」と言ってみたり
「1800年前から変わらない」と言ってみたり
その時々の気分的解釈で一貫性なしw 御都合主義、つまりデマカセじゃん

要するにこいつらが本当に言いたいことは
「高句麗はウリナラ民族ニダ、倭奴(ウェノム)の同類のはずはないニダ」
ってことだろ
915世界@名無史さん:2014/06/29(日) 00:10:03.55 0
>>911
で、おまえは同じ三国志の穢伝は引用しないの?w

賑やかしは要らんから、釣りとかやめてくれないかね?
916世界@名無史さん:2014/06/29(日) 02:21:17.10 0
朝鮮人
必死だなw

そんなに歴史を直視できないのか?
917世界@名無史さん:2014/06/29(日) 03:54:19.31 0
穢がどうかしたの?
918世界@名無史さん:2014/06/29(日) 05:02:22.35 0
>>910
>その族人の性質は凶暴で性急、金品を強奪することを喜びとする。
>風俗は淫乱。
<ヽ`∀´>!?
919世界@名無史さん:2014/07/01(火) 23:32:17.92 0
烏丸・韓・鮮卑・高句麗・夫餘・沃沮・倭・穢
どれとどれが似ててどれとどれが似てないのかは
ぜんぶ比較しないとだめだろ。
920世界@名無史さん:2014/07/02(水) 00:01:37.73 0
倭   日本
穢   大陸に取り残された縄文人の子孫
鮮卑  大陸系遊牧民
夫餘  遊牧民が農耕化
高句麗 夫餘の山賊
韓   上記全部の混合
烏丸  知らんがな
921世界@名無史さん:2014/07/02(水) 00:04:02.80 0
なんでワイがそんな扱いになってるんだ?
922世界@名無史さん:2014/07/02(水) 03:04:14.29 0
烏丸  クラリオンガール
923世界@名無史さん:2014/07/02(水) 12:17:39.92 0
>>919
倭≒日本人
烏丸、鮮卑≒蒙古族
夫餘、高句麗、沃沮、穢≒滅亡した民族、満洲南部から半島北中部の原住民
韓≒半島南部の原住民
924世界@名無史さん:2014/07/07(月) 11:02:06.93 0
韓国人「日本人が自慢する『日本書紀』とかいう歴史書の捏造が酷すぎる まるでファンタジー小説」
http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1404660097/
925世界@名無史さん:2014/07/07(月) 20:27:29.60 0
烏丸ってのはモンゴル系の遊牧民
韓ってのは前漢期に移民してきた山東省・河北省あたりからの中国人と「環日本海原住民」との混血
鮮卑ってのは「環日本海原住民」の一部が西へ分派して烏丸に同化された集団
高句麗(貊)は玄菟郡に支配されてから最後に独立した西部の穢族(高句驪穢)
夫餘は玄菟郡ができた時に支配を拒否して北に逃げた穢族
沃沮は玄菟郡に支配された後で独立した東部の穢族(夫租穢)
倭は日本列島に残存した「環日本海原住民」
穢(東穢)は玄菟郡に支配されてから最初独立した南部の穢族(東施穢)
高句麗・夫餘・沃沮・東穢の4種族は前漢の頃は一つの民族で単に「穢」といったがこれは「環日本海原住民」が大陸側に取り残されたもの
926925:2014/07/07(月) 20:51:36.16 0
>>925
邑婁を忘れてた、邑婁はツングース系の狩猟民
927世界@名無史さん:2014/07/07(月) 22:55:35.71 0
【古代韓流】日本へ百済の伎楽を伝授 「韓流援助のミマジ」が高等教科書に収録される[07/07]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1404734419/
928世界@名無史さん:2014/07/08(火) 23:26:49.28 0
雅楽の中に狛楽はあるけど、百済楽は聞いたことなかったな。
百済も全部が全部、中国文化を修めていたわけではないんだろうな。
929世界@名無史さん:2014/07/09(水) 03:30:43.56 0
ま、歌舞伎の起源は百済伎楽!! 故に歌舞伎から百済伎楽を復元するニダ!とか
平気で言っちゃうナモモノですしw
930世界@名無史さん:2014/07/09(水) 03:31:58.16 0
おっとっと ×ナモモノ ○ナマモノ
931世界@名無史さん:2014/07/09(水) 04:45:19.08 0
>>928
一部は加羅や百済から伝わった物もあるけど
多くは中国直だからな
932世界@名無史さん:2014/07/10(木) 09:53:00.61 0
>>931
加羅や百済から伝わった演目ってあるの?
それが独立してないってのは、オリジナリティがなかったんだろうな
933世界@名無史さん
>>928
伎楽と雅楽は別だし。伎楽は呉国の文化で寺院でやるもの。雅楽は宮廷でやるもの。

>>932
宮本小一が朝鮮末期に王に謁見した際、向こうの雅楽で歓待されたようで「絵画に見るところの天人の如し」で
「久しく支那においては絶えたものであるが、朝鮮には残り唐の時代から伝えて今日に至ると言う。その古風を失わざるをもって誇ると言う。」
から早々に漢化されたのがそのまま続いたんでは。
http://f48.aaacafe.ne.jp/~adsawada/siryou/060/resi020.html