S・R-センゴク・ロワイヤル- Part3

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1無名武将@お腹せっぷく
時は弘治三年(1557年)、日本中が新たなる時代を求めて、
戦に戦を繰り返した時代・戦国時代である。
しかし、後奈良天皇崩御の直後、正親町天皇が践祚した直後であった。
戦国の名だたる武将達100名は、ある島に集められ、天皇から地獄のゲームの開始を告げられた。

「この島で殺し合いをせよ」

人を殺すのが日常ともいえるこの時代の武将達ですら、このゲームは異色と感じるが、
有無を言わさずゲームに参加させられた武将たちは、困惑しながらも様々に行動を始める。
殺す者、殺される者。
騙す者、騙される者。
知己を探す者、獲物を探す者。
愛する者、憎む者。
信じる者、諦める者。

前前前スレ
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2無名武将@お腹せっぷく:2005/03/30(水) 18:28:27
糞スレの予感
3無名武将@お腹せっぷく:2005/03/30(水) 18:49:39
>>2
同意
4無名武将@お腹せっぷく:2005/03/30(水) 18:50:42
4様
5無名武将@お腹せっぷく:2005/03/30(水) 18:56:10
わけわかんねースレだなw
6無名武将@お腹せっぷく:2005/03/30(水) 18:59:34
クソスレ立てんな
7無名武将@お腹せっぷく:2005/03/30(水) 19:03:02
バトルロワイヤルの話しようぜ
誰か2見た奴いる?
8無名武将@お腹せっぷく:2005/03/30(水) 19:08:21
時は弘治三年(1557年)、日本中が新たなる時代を求めて、
戦に戦を繰り返した時代・戦国時代である。
しかし、後奈良天皇崩御の直後、正親町天皇が践祚した直後であった。
戦国の名だたる武将達100名は、ある島に集められ、天皇から地獄のゲームの開始を告げられた。

「この島で殺し合いをせよ」

人を殺すのが日常ともいえるこの時代の武将達ですら、このゲームは異色と感じるが、
有無を言わさずゲームに参加させられた武将たちは、困惑しながらも様々に行動を始める。
殺す者、殺される者。
騙す者、騙される者。
知己を探す者、獲物を探す者。
愛する者、憎む者。
信じる者、諦める者。

絶望と血の島で起こる、永遠の地獄と一瞬の安息の物語。

前々スレ
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前スレ
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9無名武将@お腹せっぷく:2005/03/30(水) 19:09:26
01赤尾清綱×  26岡部元信×  51佐久間信盛× 76林秀貞×
02赤穴盛清×  27織田信長○  52佐々成政×  77久武親直×
03秋山信友×  28織田信行×  53宍戸隆家×  78平手政秀×
04明智光秀×  29飯富昌景○  54柴田勝家○  79北条氏照○
05安居景健×  30小山田信茂× 55下間頼照×  80北条氏政○
06浅井長政○  31海北綱親×  56下間頼廉×  81北条氏康×
07浅井久政○  32柿崎景家×  57上条政繁○  82北条綱成×
08朝倉義景×  33桂元澄×   58鈴木重秀○  83細川藤孝○
09朝比奈泰朝○ 34金森長近×  59大道寺政繁× 84本庄繁長×
10足利義秋×  35蒲生賢秀×  60滝川一益×  85本多正信×
11足利義輝○  36河尻秀隆×  61武田信廉×  86前田利家○
12甘粕景持×  37北条高広×  62武田信繁×  87真柄直隆×
13尼子晴久×  38吉川元春×  63武田晴信○  88松平元康×
14尼子誠久×  39吉良親貞○  64竹中重治×  89松田憲秀○
15荒木村重×  40久能宗能×  65長曽我部元親○90松永久秀×
16井伊直親×  41熊谷信直×  66土橋景鏡×  91三雲成持×
17池田恒興×  42顕如×    67鳥居元忠×  92三好長慶○
18石川数正×  43高坂昌信○  68内藤昌豊×  93三好政勝×
19磯野員昌○  44香宗我部親泰○69長尾景虎○  94村上義清×
20今川氏真×  45後藤賢豊×  70長尾政景×  95毛利隆元×
21今川義元×  46小早川隆景× 71長坂長閑○  96毛利元就○
22岩成友通×  47斎藤道三○  72丹羽長秀×  97森可成×
23鵜殿長照×  48斎藤朝信×  73羽柴秀吉×  98山中幸盛○
24遠藤直経×  49斎藤義龍○  74蜂須賀正勝× 99六角義賢×
25大熊朝秀×  50酒井忠次×  75馬場信房×  100和田惟政○

×印:死亡確認者 72名
○印:生存確認者 28名
10無名武将@お腹せっぷく:2005/03/30(水) 19:11:08
〜ルール〜
これは参加リレー式小説です。
一人で暴走しないで下さい。
荒らしは放置。
sage進行。
雑談は雑談スレで。
武器は原作と同じ様な設定とし、その使用法がわかる解説書つきとします。
外交関係の認識は1555年あたりとします。(武将も大体そのあたりの者を選定)
武将の年齢は・・・あまり考えないで下さい。

なお、参加する武将は中央付近に集中させ、密度を高くしました。
地方の方々、申し訳ありません。
11無名武将@お腹せっぷく:2005/03/30(水) 19:13:05
   |    A   .|    B   .|   C  |    D   .|   E   .|   F   .|  G   |    H   .|   I    .|
______.|______.|______.|______.|______.|______.|______.|______.|______.|______.|
   |
 1 |              _,,,,,   ,,,,,,,    _,,,,,-'''"" ̄'Z,,,,_,,          北
   |  /'''''"''''"\,,._.,,-''"""  "''"   ""''"" 林 林X    i,          .↑      /'''''"''''"\
______.|  i,崖            家家家    林 林    i        西←┼→東   i     崖,,ゝ
   |  'i,,    林 林   林        林 林 林    'I,,,,,        .↓    /    崖/
 2 |   ''I,,,   林林林  林  畑畑畑           "''I          南   ,,/     崖i
   |    'I,   林    林    畑畑畑            \,,,   ,,,,,   /       ヽ,,
______.|    /             畑畑畑畑              \/,  \/         /
   |   /'         V            森森森森森                家家  "''ヽ,,,
 3 |   i    廃 廃             森森森森森森森森        田田田  家家家   "'i,
   |   |廃 廃     荒 荒     林林林林林林林林林森森     U 田田          i"
______.|   i川川川川   荒荒       林林林林林林林林林林林林              ,,,,,,_/  
12無名武将@お腹せっぷく:2005/03/30(水) 19:13:59
   |   ヽ    川川川川川川   林林林林林林林林林林林林林         浜浜,,/
 4 |    i 草草草草     川湖 森森森森森森森森森森森森         浜浜/'
   |    '-, 草森森森草草       森森高高高高高高高高森森     浜,/''"
______.|      'i, 草草森森森森草草   森山森山森山森山森山森山    浜,/'
   |      ,i'  草草草草草草      山山森山山森山山森山山森    'i,
 5 |     /  家     沼     T   山山山山山山山山山      "'i,,
   |    'i   家              山山山山山山山山山山山        \
   |   / ,,,,,,,,,,,,,,,               山山山山山高山山山山山    W     "'ヽz
      \,,,/    \,,,/\,,,,/ヽ,,,,,,,,,,,/ヽ,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,ノヽ_,,,,.,ノ\/\,,,,,,,ノ\,,._.,,-''"""ヽ,,,,,,r

廃:廃墟 荒:荒地 川:河川 湖:湖(透明度が高く飲むことができる) T〜X:それぞれのスタート位置
森:森 草:草原 沼:沼(にごっているため飲むことはできない) 林:林 崖:崖 山:山 高:高地
家:民家(簡単な医療道具や食料有り) 浜:砂浜 田:水田 畑:畑  
13無名武将@お腹せっぷく:2005/03/30(水) 19:51:12
正親町天皇・・・・・今回の狂気ともいえる余興の主催者。最後まで生き残った者に、天下を約束する。実は剣術の天才?

06番浅井長政・・・・ノドカを守るべく、昌信と行動を共にする。
07番浅井久政・・・・この島に似つかわない和み系オヤジ。出会った猫(輝政)と共に幸せのひと時を過ごしている。
09番朝比奈泰朝・・・今川父子死亡の報を聞き落胆。現在は久政の後をつけている。
11番足利義輝・・・・九字の破邪刀で大悪を斬ることを決意。仲間である重秀、昌景らとの合流を目指す。
19番磯野員昌・・・・浅井家関係の人間との接触するのが目的。現在は直経、泰朝と再会の約束を果たすべく民家に待機中。
27番織田信長・・・・天皇に魅せられた男。自分の方が天皇より優れていることを証明するため、殺し合いには積極的に参加。孤高のジェノサイダー。重秀との互角の戦いによって何かが変わった・・・?
29番飯富昌景・・・・武田家屈指の強さを誇る男。重秀と共にトラックを乗っ取り、現在は景虎と一緒に居る。
43番高坂昌信・・・・似たような境遇の朝信と友情が生まれ、善光寺での再開を誓う。ノドカを守るべく長政と行動を共にする。
49番斎藤義龍・・・・父道三を偽者だとして、敵討ちに萌える。
54番柴田勝家・・・・馬場との決闘中、仲間割れで羽柴秀吉と佐久間信盛を失う。
57番上条政繁・・・・ジョースター家の一人。景虎との合流を目的とし、義清と行動を共にする。
58番鈴木重秀・・・・鉄砲傭兵集団、雑賀衆頭領で鉄砲の名手。人や権力に縛られるのを嫌う気ままな自由人。この余興から抜けるべく、昌景トラックを襲撃する。
14無名武将@お腹せっぷく:2005/03/30(水) 19:53:18
63番武田晴信・・・・武田信玄の名で知られる名将。ひょんなことから、景虎と行動を共にする。しかしはぐれてしまい、その後長政達と出会う。
65番長曽我部元親・・弱き者に牙を向く器量無しを嫌悪する、姫若子と呼ばれた男。主催者の罠にかかり、参加者の殺戮を決意する。
69番長尾景虎・・・・上杉謙信の名で知られる名将。晴信と行動を共にしていたが、現在は昌景と共にトラックの車中に居る。相当な実力者。
71番長坂長閑・・・・ノドカ。実は歩き巫女なる女忍びで、親方・晴信を探しているところを浅井長政と会う。長政との関係に期待大。
79番北条氏照・・・・父の死を悼み、兄と合流を目指す中、松田憲秀と出会う。 豪放磊落な性格。
80番北条氏政・・・・臆病者。しかし、父・氏康の死をきっかけに、生まれ変わることを決意。まだ実力のほどは解らない。
86番前田利家・・・・相棒に死により、心に迷いが生じていたが、見事迷いから目覚めた槍の又左。目的を見据え、藤孝と行動を共にする。
89番松田憲秀・・・・氏政・氏照では心もとないと、スタンガン片手に謀反を企てる?氏照と行動を共にする。
92番三好長慶・・・・久政に踊らされるふりをし、実は久政を踊らせて殺害した策士。
96番毛利元就・・・・息子達の死によって冷静さを失っている模様?
98番山中幸盛・・・・義に篤く、主家想いの忠臣。 晴久の遺言を受ける。心の強さを磨き上げ、重秀、昌景との再会を願う。
100番和田惟政・・・忍びの心得を持つ男。滝川一益の弟弟子。主君義輝との合流を目指す。
15狼と人間と無免許運転と拳1:2005/03/30(水) 19:59:48
重秀は心を躍らせながらトラックの内部を探っていた。
「いやぁ、全然動かんな。そっちはどうだい?お、この干し肉美味いぞ」
食料にありつきながら珍しそうに車内を、そして運転席を物色する。どちらが運転する席かなんてことなど、もちろん二人に知る由はないが。
「こちらも同じだ。と言うよりそれらしき仕組みすら見つからぬぞ。やはりそちら側に座る人間が動かすものではないか?」
「うぇ?俺かい?うーむ、今ひとつ仕組みがわからんな、おお、この干し柿も美味い!」
「先ほどの連中は、お主の目の前にあるその丸い輪っかのような物を動かしていたようだぞ」
ハンドルを指差し昌景はそう言った。
「この蜜柑はもう一つだな。やはり蜜柑は紀伊のが一番だ。おお、こいつか。さっきから弄り回しているんだが、全く変化なしだ。わっはっはっは」
「全く気楽なものだな、まあよい。焦っても仕方あるまい。わからないことが多すぎるな」
「はっはっは。おうおう。そうだぞ。あんたも食うのに没頭しちまいなよ。なにしろ初めて会った時以来の飯だぜ。美味いぞ!」
「お主の陽気さが羨ましいわ・・・、お、これは美味い!」
昌景も久しぶりにありつく握り飯に、少々感動気味だった。中には好物の鮭が入っていたのだ。

二人が程なく食事を終える頃、予定のされていない聞き慣れぬ声が辺りに鳴り響いた。
16 狼と人間と無免許運転と拳2:2005/03/30(水) 20:01:04
――・・・ガガッ
参加者の諸君に緊急の連絡だ。
大変残念な話なのだが、我々の食糧輸送班を襲い、皆を全滅させようと企んでいる参加者がいる。
そのため、次の食糧配布は二箇所になる。
そして、この行いへの罰として予定より早く例の狼を放つ事にした。
くりかえす。次の食糧配布は二箇所になる。予定を繰り上げて狼を放つ
くれぐれも我々に刃向かおうなどとは考えるな。以上だ。
・・・ブツッ ――


この声は天皇のそれではない。二人の顔が、すっと引き締まる。
「なんということだ・・・」
「かぁ〜〜〜〜!!こっちの動きは筒抜けかよォ〜!上手いことやって天皇の喉元に迫ってやろうと思ってたのによォ〜!」
「いや、そのことよりもだ。狼が放たれたことのほうが気懸かりだ。恐らく我らの行いに腹を立ててのことだろう」
「狼なんぞより、人間の方がよっぽど怖いさ。たかが獣相手に生き残れないようじゃ、人間相手にここからは生き残れまい。いちいち悔いても仕方ないぜ」
「うむ・・・、しかし、こちらの動きを知られているとなると、今後、如何にしても後手後手に回らざるを得ないな」
「クッソ、つくづく面倒だな。しかも御大層なことに、お仲間もいるそうで」
「先ほどの声の主か・・・、やはり向こう側の人間と考えるのが妥当であろうな。こちらもそれなりに同志を募らねばならぬな」
「同志か・・・、幸盛や将軍様はどうしてんだろうな。上手いこと無事でいてくれりゃいいけどな」
彼らは願っていた。度重なる主君の死を乗り越えた友との再会を。そしてあの時自ら後ろを守ってくれた将軍との再会を。
17狼と人間と無免許運転と拳3:2005/03/30(水) 20:02:19
突如、トラックのドアが開き、息を切らした見知らぬ男が切羽詰った様子で叫ぶ。19番磯野員昌だ。
彼が走ってくる足音は全てトラックのエンジン音にかき消された為、車内の二人はその男の存在に全く気づかなかったのである。
「助けてくれ!!」
「おわ!!なんだオッサン?何者だ?」
突然の来客の叫び声に、驚き飛び跳ねる重秀を見た員昌は、更に驚いた。
「ぎゃぁぁ!!いや、すまん!助けてくれ!」
気が動転したその男は、間髪入れずに叫び続ける。
「突然どうしたのだ?お主は一体?」
「牛ほどもある狼共に追われておるのだ」
(げ!俺達のせいだ・・・)
申し訳無さそうな顔で昌景を見つめる重秀。
(うむ・・・)
苦々しそうな表情で応えるしかない昌景であった。
「お、おうオッサン!俺達に任せときな」
謝罪は事態を終えてからと決意し、重秀は銃を片手にトラックから外に出た。
「うむ。後ろで隠れておるのが良かろう」
言いながら昌景は員昌を車内に避難させる。トラックの中に入ると、員昌は心から安堵した様子を見せた。
「かたじけない・・・」
「いや、こちらこそ申し訳ない・・・」
「??」
「重秀、気をつけろ」
トラックの窓から顔だけ出して、声をかける昌景。もうすっかり車内の居心地に慣れたようだ。
「来た来た。やつらだな・・・」
重秀の視界に、恐ろしい唸り声を上げながら数匹の狼が迫るのが映っていた。
「う・・・、うぉぉ・・・、やつらじゃ・・・」
一旦は落ち着きを取り戻したものの、執拗に追いかけられた恐怖そのものの存在であるそれを、再び目にした員昌の不安は言い知れぬものであろう。
「落ち着きなされ。あやつの腕は確かだ。」
その不安を拭い去るべく言葉をかける昌景であった。
18狼と人間と無免許運転と拳4:2005/03/30(水) 20:03:10
(あいつが親玉だな・・・)
神経を研ぎ澄まし、群れの中でも一際大柄の狼に照準を当てる狙撃者。
「グアァァァオォォォォォォ!!!!!!」
本能のまま血肉を欲して襲い掛からんと迫り来る野獣達。
冷静と集中、暴走と爆発、両者対極のような位置に居た。
「ズドーーン!」
闘志を剥き出しにし、全速力でこちらに向かってくる狼の群れの中で、それらを率いる一番大きな、恐らくリーダー格であろうその銀狼を一撃で撃ち抜く。
全速力で走っていたこともあって、銀狼は物凄い勢いで前に崩れ落ちた。それを見た周りの狼達は恐れ戦き、その場に凍りついた。
「ぬはははははは!!ガァァオオオォォォォォ!!!!」
獣を真似た勝利と威嚇も含めた雄たけびを狼達に投げつける。
所詮集団行動を習性とする狼である。一瞬で我がリーダーを骸にしたバケモノの存在は彼らの恐怖そのものを意味する。そのバケモノの雄たけびを耳にしたのだ。彼らは、更なる恐怖により忽ち戦意を喪失した。
ややあって一目散に来た道を引き返し森の中へと逃げていった。中には「キャン・・・」という情けない声をあげる者や、糞尿を漏らす者までいた。
「ふははははは!人間様にさからおうなんて百年早いぜ!」
「ご苦労だったな」
「・・・。」
「ようオッサン、どうした?もう安心だぜ」
「・・・す、凄いな・・・、お主ら一体何者なんじゃ・・・?」
「おお、申し遅れた。拙者、武田家家臣、飯富昌景にござる」
「すまねぇオッサン、もうちょいそっちに詰めてくれ。どっこらせっと。俺は雑賀衆の鈴木重秀ってんだ」
「ハッ・・・、すまぬ、拙者は浅井家の磯野員昌と申す。先に名乗り出ずに失礼致した。どうも気が動転してしもうて・・・」
「はっはっは、気にすんなって。後ろに積んである食い物でも食って落ち着いてくれよ」
19狼と人間と無免許運転と拳5:2005/03/30(水) 20:03:55
「何?先の緊急の放送を知らぬのか?」
「むぅ・・・、面目ない・・・。どうやら食料のことに関して、仲間内で言い争って居る内に聞き逃してしまったようだ・・・」
「う、うむ・・・、ともかく事の詳細は今お話した通りだ。申し訳ない」
「とんでもござらぬ。窮地を救っていただいて有り難き事にござる」
「まぁ、その、なんだ・・・、早く仲間と再会できるといいな、はは・・・、ははは・・・(だめだ・・・、俺はやっぱりこういう雰囲気は苦手だ・・・)」
「おお!そうであった。それではわしは約束の場へと向かいまする。世話になった。感謝申し上げる」
「お?なんだ?もう行っちまうのか?飯でも食ってきゃいいのに」
「仲間と無事合流できたなら、その後はどうなさるおつもりだ?」
「うむむ・・・、いや、そこまでは考えておらなんだ、なにしろ突然散り散りになってしもうたからのう・・・」
「それでは、もしよろしければ我々にお力を貸していただけぬであろうか?」
「おお!それは願っても無いことでござる。」
「ありがてぇぜ。オッサン、生き残れよ」
「後ろの食料は好きなだけ持ってゆくがよい。仲間と無事再会できることを祈っておるぞ。さらばだ」
「それではこれにて失礼致す」
員昌は急ぎ人らしい手短な別れを述べて、その場を後にした。
20狼と人間と無免許運転と拳6:2005/03/30(水) 20:04:35
「あーあ、行っちまったな」
「うむ。律儀に、食料を一つしか持っていかなかったな」
二人は遠ざかる男の後姿と、後ろの荷台に積まれた食料を交互に眺めながら再び会話を始めた。
「そういや、コイツらどうすんだい?このまま俺達が独占するわけにもいかんだろ?」
「うむ。そうだな。残った糧食はこの場に置いていくとしよう」
「うぇ!?全部かい?一個くらいは余分に頂戴しようぜ・・・、あ!ほら!誰か新たに同志が加わるかもしれねぇじゃねぇか。な?」
「うーむ・・・、まあ・・・、一理あるな・・・、はたまた幸盛殿との再会に備えておくのも道理かもしれぬ・・・」
「お!いいねぇ。アンタァ話の分かる男でよかったぜ。うっはっはっは。おいどうだ?一個と言わず二個くらい・・・」
「却下!」
「・・・ケチ。まあそれはさておき、早いところこいつを動かしてみたいもんだな」
話しながら重秀は、荷台によじ登り食料の入った荷物を三つ、その場に置き、一つを車内に持ち運んだ。
「うむ、しかし目ぼしいところは探ってみたつもりなんだがな・・・。これでも試行錯誤が足りぬものなのか」
「しっかしよぉ。こんなデカブツがとんでもねぇ速さで動くんだなぁ。なんだか楽しくなってきちまうぜ」
「全く呑気な・・・、む?お主の足元に何かがあるようだぞ?」
「うん?おお、こんなところにも変なもんが付いてんだな。不思議なもんだ」
「どうにかならんか?」
「ちょっと待ってろ。今いじってみr・・・!!!!!おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」
「ぬおおおおおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーーー!!!!!!!!!」
突如トラックは物凄い勢いで、唸り声を上げた。と同時に鉄砲弾のように走り出した。
大地には、激しく抉れた車輪の跡と、舞い上がった無数の砂埃を被った三つの荷物が残されていた。
21狼と人間と無免許運転と拳7:2005/03/30(水) 20:05:18
「うおぉぉぉぉぉーーーーーーーー!!!!!!」
「おあああああ!!!!!ととと、と、止め、止めろ止めろおぉぉぉぉぉーーーーー!!!!!!!!」
「ど、どう、ドウスンダァァッァーーーー!!!!!!!!」
「足を離せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!!!!!!」
「な、なるほどおおぉぉぉぉおおお!!!!!」
彼らにとって、尋常ではない状況の中での懸命で迅速な判断にトラックも気を利かせたのだろうか。段々と速度を落とし、やがてはその場に止まった。
「はぁ・・・、はぁ・・・、死ぬかと思ったぜ・・・」
「う・・・うむ・・・、なんとか、止まった・・・、ようだな・・・」
「こ・・・、こいつを踏み込むと動くようだ・・・、ははは・・・、いきなり踏んだら駄目みたいだな・・・」
「うむ・・・、この身で思い知ったな・・・、ふぅ・・・、ふぅ・・・」

突然の窮地に仰天した後、少々時間を置いて、草臥れた派手目の上着を整えながら重秀が呟く。
「よし、今度はゆっくり踏んでみるよ」
「お・・・、おい、ゆっくりとだぞ?穏やかに頼むぞ・・・」
さっきの出来事がすぐさま蘇り、焦りを抱く昌景であったが、トラックは先ほどとは打って変わって申し訳程度の速度で動いた。
「お、動いた。それもゆっくりと」
「うむ!ははは、い・・・、いや・・・、その、良き乗り心地だ・・・」
「おお!隣のこいつを踏むと停まるようになってるらしいぞ」
「お・・・、おい、だからって急に停まるなよ?そっちも踏むときはゆっくりと穏やかに・・・」
「おうおう!わかってるって」
「それは何の為のものなのだ?」
「お、これで進行方向が変わるようだ」
22狼と人間と無免許運転と拳8:2005/03/30(水) 20:05:57
――しばし練習中―――

「わっはっはっは。楽しいなぁ!」
「うはははは!素晴らしい乗り心地だ!」
この狂った余興に在る中で、二人はそれに似つかわしくない和やかで楽しいひと時を過ごしていた。
しかし、それも長くは続かず、運命の渦中に巻きこまれることとなる。
「・・・おい、あそこに誰かいるぞ」
ふいに深刻な声をあげる重秀。
「む?どこだ?」
「走ってるな・・・、また狼の仕業かな?」
「うーむ・・・、またか・・・」
「ま、いいさ。いちいち気にしちゃもたないぜ。どれ、いっちょ腹ごなしといくか」
「むむ!!あれは!」
なにかに気づいた様子で突然トラックから外に出る昌景であった。
「なんだ?知り合いか?」
まばたきを忘れ、いつになく強張った昌景の表情にわけがわからず重秀も外へと出る。
「長尾景虎殿ォーーー!!!」
「な、なにぃぃー!?あれが軍神様か!」
「む、小生を呼ぶのは・・・?」
「こちらにお逃げくだされ!」
「ふむ。かたじけない。おお!お主は、武田家の勇敢なる若侍ではないか!久しいのう」
(敵同士なのに随分と仲良いみたいだな・・・、よくわからん)
「はっ!覚えておいでですか。光栄でございます。して、狼の類に?」
「いや、そんな生易しい者ではない。む、これはかの“とらっく”とやらではないか。おお!そうか。それでは先の放送の者が言っておった襲撃者とは、お主らのことであったか、・・・と、失礼。一方的に話しすぎたようだ」
(ははは、どうやら軍神様はちゃんと放送を聞いてたみたいだ)
にやける重秀は嬉しそうに話しかけた。
「おう。アンタと一緒で俺達までお尋ね者になっちまったぜ。わっはっは」
23狼と人間と無免許運転と拳9:2005/03/30(水) 20:06:55
「ふふふ、愉快な奴じゃのう」
「この者、元来より礼儀というものを知りませぬ。どうかお許しくださりませ。それより景虎殿、大丈夫ですか?見たところだいぶ疲労が溜まっておられるようですが」
「うむ。彼此半日くらい動きっぱなしだ。正直きついな。であるから恥を晒して退いておるのだ」
「げげっ!半日動きっぱなしって・・・、アンタとんでもねぇ体力してやがんだな・・・」
「なんと!ご無理をされては、如何に景虎殿程のお方とも言えど、お体に障ります」
昌景と重秀は一斉に驚きの声をあげる。
明け方から現在にかけて、北条綱成との死闘、そしてそれに横槍を入れて尚追ってくる者との鬼ごっこに明け暮れていたのである。普通の人間ならば呼吸困難に陥り、まともに話す事等不可能である。息を乱さず平然を語ることが出来るのは、この男の真の強さからだろう。
「よっしゃ。ここは俺に任せな。昌景サンよ。アンタは軍神様を安全な場所まで連れてってやってくれ。このデカブツはさっき俺がやってたようにすりゃなんとかなるだろ」
「すまぬ。お主には世話になりっぱなしだ」
「若者よ。初対面にして面目ない。この長尾景虎、感謝申し上げ奉る」
「おう。気にするな。無事戻ったら改めて名乗るぜ。昌景サンよ、軍神様を頼むぞ。なんとか味方に引き入れてくれ」
「うむ。案ずるな。話の分かるお方だ。それよりお主、その銃だけでは弾に限りがあるだろう。これを預ける。だがきっと返せよ」
昌景は願いを込めて、吉岡一文字を重秀に手渡す。
「おう。すまねぇな。遠慮なく預かるぜ」
24狼と人間と無免許運転と拳10:2005/03/30(水) 20:07:57
「すぐ追いつけよ。それでは後ほどな」
あえて死ぬなよとは言わずに相棒と別れる昌景であった。
「おう。あれはゆっくり踏むモンだぞ。いきなり踏んだらさっきの二の舞だ」

――ブォォォォーーン!!

物凄いエンジン音と砂煙を残し、トラックはその場からすっ飛んでいった。
「・・・だからゆっくり踏めって言っただろうが・・・」
苦笑を浮かべた重秀は、随分前から自分の後方に立ってその時を待っていた男に意識を向けた。
「よう。待たせたな」
そして後ろの人物、織田信長に背中を向けたまま声をかける。
「別れは済ませたか?若造」
信長の手に握られた剣は重秀に向けられていた。
「おー、怖い怖い」
重秀は、おどけて両手を上に上げ、信長のほうを向いて見せた。
信長の視線は一瞬たりとも重秀から離れず、重秀も信長の視線から逃れようとはせずにいた。
「正直アンタとやりあう理由は無い。あの軍神様とアンタとの間に何があったのかも知らん。どうしてもやるのかい?」
「そんなことはどうでもよい。お前が例の物盗りか」
信長が珍しく目の前の男に興味を示した。
「言うじゃねぇか。俺がその物盗りだってんなら、どうなるんだい?」
「ふっふっふ・・・、うぬの目的はなんだ?」
不敵な笑みを浮かべながら信長は問う。
「ここから抜けることさ。必要なら天皇さえ亡き者にするつもりだ(十中八九避けては通れぬだろうがな)」
「ふはははは。うぬ、面白いことを申すのう・・・、奪ったあの乗り物で海を渡るか?」
「・・・不気味な野郎だぜ、一体何考えてんだか・・・」
25狼と人間と無免許運転と拳11:2005/03/30(水) 20:08:35
「余の目的も、うぬと一緒だと言ったら信じるか?ふっふっふ・・・」
信長は、剣だけでなく、左手に所持していたデザートイーグルの筒口までも、重秀に向けた。
「剣と銃を一緒に向けながら言う台詞では無いな」
「ふははははは、それもそうだな」
――ズガーン!
言い終えるより早く、信長はいきなり発砲した。
「尤も、余の場合は、優先順位は異なるがな」
「けっ、天皇を殺すことが第一目的ってかい?どう見ても、単に殺しを楽しんでいるようにしか窺えんがな」
「ふふふふ・・・」
――ズドーン!!
「ほう・・・」
――ズドーン!!
「うむ・・・、銃弾を避けるか。珍しい者も居るようだな」
落ち着き払った様子で信長は呟く。
「へっへっへ・・・、相手が悪かったな。アンタの腕がいくら優れていても、始点、角度、斜線軸を見切るくらい造作も無いぜ(とは言え、避けっぱなしじゃ疲労は溜まるばかりだ・・・)」
フェイクの無い弾など、自分には通用しないと彼は確信していた。・・・あくまで体力の続く限りは、という条件付きではあるが。
照準を定める時の集中力、そして引き金を引く瞬間に生じる衝撃などのことから、射撃の際にフェイントを入れるのは熟練の鉄砲使いとて不可能に近いだろう。連射などもってのほかである。
この鈴木重秀ただ一人を除いて。
「・・・なるほど、それならば」
「なに!」
重秀は絶句した。
なんと信長は、未だ銃口の煙収まらぬデザートイーグルを、恐らく奥の手として懐に忍ばせておいたベレッタ共々あろう事か、その場にあっさり投げ捨ててしまったのである。
「どういうつもりだ!」
「銃弾が効かぬ以上、この様な物は不要だ。うぬにはこいつを馳走してやろう」
正宗の剣先を重秀に向けて、信長は言い放った。
26狼と人間と無免許運転と拳12:2005/03/30(水) 20:09:09
「・・・随分潔いじゃねぇか」
(正直助かったぜ・・・、あのまま銃弾を避け続けるのは流石にキツい・・・)
「遠隔手段で殺すには惜しいでな。ふっふっふ・・・」
「・・・貴様、わかっていたのか」
そう。信長はわかっていたのだ。
あのまま数十発も引き金を引き続ければ、いかに重秀が鉄砲術に長けた者であっても永遠に回避し続けるのは不可能である。
いずれ体力に限界が訪れ銃弾の餌食になるか、仮に信長の所持する全てのピストルの残弾が尽きても、乳酸の蓄積され、動きの鈍った者を刀の錆びにすることなど造作も無いであろう。
「・・・てめぇ、楽しんでやがるのか?」
「ふっふっふ、うぬ程の剛の者と出会ったのは初めてだ。楽しいなぁ・・・」
「・・・あ?いまいち理解できねぇ野郎だ」
「ゆくぞ!」
戦闘態勢に入った信長は、今にも襲い掛からんとしていた。
「ほれ」
その信長を尻目に重秀も同じように、持っていた得物の全てをその場に投げ置いた。
「む!?」
「さて、遠慮なくかかってきやがれ」
「どういうつもりだ・・・?」
先ほどの重秀と全く同じ言葉を同じ立場で口にする信長。
「てめぇなんざ素手でも勿体無いくらいだ。どっからでもかかってきやがれ」
「・・・ふざけているのか?」
しかし彼の表情からは、決してふざけている様子は窺えない。挑発しているようにも見えない。
「この剣はな、粗末な物だが、友から拝借した大事なものなのだ。貴様のような薄汚れた殺戮者の血で汚すわけには行かん。それだけだ」
「ほう、うぬには余が薄汚れて見えるか。ふふふ、若いな・・・」
そう言って信長も正宗を置く。
「良いだろう。それなら貴様と同じく拳にて存分に語るとするか。これならうぬも納得するか?若造よ」
「・・・ったく、若造若造言いやがって、俺は強いぞ。後悔するなよ!(尤も、貴様も恐ろしく強いんだろうがな)」
「ふふふ、うぬこそな。ゆくぞ!!」
「うおおぉぉぉぉーーーーーーー!!!」
27狼と人間と無免許運転と拳13:2005/03/30(水) 20:09:44
暖かい日差しが大地をやさしく照らし、涼しく柔らかなそよ風が木々を揺らす。小鳥は囀り、野兎やリスは餌を求めて忙しなく動き回る。
のどかで平和そのものの情景の中に、静寂を切り裂く激しい拳撃音が響き渡る。

重秀の恐るべき速さの拳に、信長の激しい突きが交差する。幾度となく激しく衝撃を与え、そして受けているはずなのに、両者ともに疲労の色は全く無い。
精神が肉体を上回る。正に互角の戦いがそこにあった。
更に仕掛ける重秀。信長のガードが上段に集中したのを見逃さず、腹部へと渾身の鉄拳を放つ。
信長は瞬時に腹筋に力を込め、そして後ろに仰け退くことでダメージを最小限に抑える。
「ふっふっふ、うぬ、できるな」
「アンタもな」
お返しとばかりに信長の疾風の如き蹴りが重秀を襲う。
(む!入ったか!?)
しかしそれも束の間、体制を崩しながらも重秀は腕を伸ばし、膝蹴りを決めるべく信長の顔を掴もうとする。
(かかった!!)
絶好のチャンスだ。信長の頭を掴むことに成功した重秀はそのまま膝蹴りを決めようとする。
しかし次の瞬間驚くのは重秀だ。
頭を掴まれた体制から信長はなんと、自分の頭を掴んだ重秀の腕を更に掴んで関節を決めようとする。
足蹴りでなんとか信長から距離をとって逃れる重秀だったが、好機から一変、窮地に立たされたことに驚きを隠せないでいた。
一瞬のその隙を逃さず、信長は重秀に迫った。完全に隙を付かれ、距離を縮められ劣勢に立たされるかと思いきや、
助走も無しに、重秀は空中へと身を反転し、信長の後ろを取る形となった。
重秀はそのままスリーパーに入った。しかし信長も足を後ろに振り上げ振りほどく。
体制を崩した重秀の襟元を掴んで背中から地に倒れこみ、片足を相手の腹部に当てて反動で投げ飛ばした。いわゆる巴投げである。
大きく投げ飛ばされた重秀だったが空中で体制を整え見事に着地する。
「ふふふ、見事だ」
「・・・焦ったぜ」
28狼と人間と無免許運転と拳14:2005/03/30(水) 20:11:50
「どうだ?これでも余のことを薄汚く見えるか?」
「げ・・・、アンタそう言われたこと根に持っていやがるのか?執念深い野郎だな」
「ふっふっふ・・・、うぬ、名はなんと申す?」
「鈴木重秀だ」
「ほう、余は織田信長である」
「げ!アンタが信長だったのか・・・(道理で強いわけだ・・・)」
「余とここまでやりあえたのは、うぬが初めてよ。先ほどの益荒男も相当な使い手と見たが、退くことを選びおった」
「そりゃあ、てめぇ中心に世の中回ってるわけじゃねぇからな」
「この次は、得物を携えてやりあいたいものよ」
「なに!逃げるのか!?」
「死に急ぐな。うぬはここで死ぬべき人物とは思えん。この勝負、日本の地で改めて決しようぞ。それまでせいぜい首を洗って待っておれ」
「な、なに!?おい、どういう意味だ?」
置いた武器を無言で拾い上げ、その場を後にしようとする信長だった。
「協力する気は・・・、あるのか?」
重秀は、言ってすぐ後悔した。どう考えても、目の前に居るこの男が自分達の考えに同調するとは思えなかったからだ。
そして彼は意外な言葉を耳にする。
「鈴木重秀、再びうぬに出会った頃にはその答えも出ているであろう」
言いながら信長は歩き出した。
「がら空きの背中を見せ付けやがって・・・、後ろから撃たれることを疑わんのか?」
「武士の礼儀を知らぬでもあるまい」
「・・・やっぱりよくわからねぇ男だぜ」
(だが・・・、拳で語り合っていた時だけは、あいつのことを少しわかったような気がする。薄汚れた殺戮者か・・・、俺の見る目も曇っていたようだな・・・、奴も一端の武人か・・・)
遠ざかる背中を見送りながら重秀は物思いに耽っていた。
「よし!さっさと昌景サンのとこに戻るとするか!軍神様、待ってろよ!」
重秀は、地面に大きく残ったタイヤの後をひたすら辿って走った。そして、先ほど拳を交えた男との再会を、彼には内緒で願うことにした。

――空はどこまでも青かった。
【19番 磯野員昌 『呉広』】3-Gから出発。3-Iの民家を目指し移動

【29番 飯富昌景 『オーク・ダブルアックス』『フルーレ』】
【69番 長尾景虎 『片鎌槍』『火炎瓶(1本)』『十手』】共に2-Eから発車
バックの運転方法は理解していません。あくまで前進運転のみ可能です。

【58番 鈴木重秀 『吉岡一文字』『USSRドラグノフ』(残り4発)『スモールボアライフル 』(残り14発)】2-Eからトラックの後を追っています

【27番 織田信長 『デザートイーグル.50AE(残弾1発)』『ベレッタM1919(残弾7発)』『相州五郎入道正宗』】2-Eから再び森の中へ移動

なおトラックはオートマ仕様とします。ガソリンは1/5程消費しました。残り4/5程です。
30信ずるに足る者1/5 ◇IVgdXngJC6:2005/03/30(水) 20:22:50
「くっ、某としたことが情けない・・・」
我ながら頼りない足取りに、幸盛はウンザリしたように立ち止まる。
連日続く戦闘、ろくな食べ物を口にできないことによる空腹、不眠からくる疲労、そしてなにより晴久・誠久の二人の死。
これら一つ一つが、確実に幸盛の体を弱らせている要因になっていた。
幸盛は、自分の思うように動いてくれない足を殴りつけ、なんとか歩き出すが、一向に歩は弾まない。
「某としたことが・・・」
思わず、同じ事を呟いてしまう。
このまま歩き続けるのを諦めた幸盛は、その場で大の字に寝転がってしまう。
今の幸盛を襲おうと思えば、誰でも簡単に襲うことができるだろう。
それほど無防備な格好で、幸盛は寝そべっていた。
「因果なものだ・・・。主君ら二人もが、我が宿敵と決めていた毛利の者どもに討たれるとは・・・」
霧が晴れ、ようやく晴れ間が見え出した空を眺めて、幸盛は一人涙した。
「辛いか?」
一瞬にして、幸盛の全身に緊張が走る。
不意に声がした方とは反対側に跳ね起きると、すかさず昌景から貰ったエペを引き抜く。
相手との距離は一間半。十分に相手の顔が見て取れる。
31信ずるに足る者2/5◇IVgdXngJC6:2005/03/30(水) 20:23:32
「あ、貴方は将軍様ではございませぬか!?」
そこには将軍・義輝が立っていた。
「ほう、疲労困憊の身とはいえ、なかなかの身のこなし、恐れ入った」
立ち姿同様、さりげない口調で義輝は続ける。
「山中殿だな?余は、そなたを追って参った」
これがもし、少しでも不自然な動き・口調だったら、幸盛は動かぬ体に鞭を打ち、敵わぬまでも挑み掛かっていったかもしれない。
この数日の戦闘で、『殺られる前に殺る』ということを実践しない限り、容易には生き残れないことを幸盛は嫌というほど体感している。
それが、義輝の自然で、さりげない仕草に触れ、機先を制されたような形になった。
「某を追ってきた?」
危険はないと判断した幸盛は、エペを鞘に収めながら義輝の言ったことを反芻した。
「フム、そなたに一言、謝らなければならぬことがある。・・・他でもない、そなたの主君を殺したのは余だ」
幸盛は自分の耳を疑った。今の今まで、晴久を殺したのは隆元だと思っていた。実際に自分はその現場を目撃している。が、義輝は自分がその下手人だと言う。
疲労が極限に達しようとしている幸盛の頭では、なにがなんだか訳が分からなかったが、仮に義輝の言ったことが真実ならばこれは見逃すことはできない。
「今の言葉に偽りはございませぬな?事と次第によっては義輝様、貴方といえど、某は一戦も辞しませぬぞ」
再びエペの柄に手を掛けた幸盛の顔は朱に染まっており、義輝の顔を穴が開くほどに睨みつけている。
32信ずるに足る者3/5◇IVgdXngJC6:2005/03/30(水) 20:24:24
「偽りではない。余の不徳が招いた結果だ。余が・・・余があの時、あの妖しき薬を谷川などに捨てなければ、このような事態が起きることもなかった。すまぬ、許せ」
「妖しき薬?」
その言葉に、幸盛は柄を握る手の力を緩める。
「その薬を服用すると、精神になんらかの影響を及ぼし、やがては発狂し、周りの者を見境なく襲いだすという厄介なものだ」
「それでは、隆元がおかしくなっていたのもその薬のせいで?ならば、義輝様には何の落ち度もないではありませぬか」
「いや、余が始末を怠ったゆえに起きた惨事。山中殿、すまなかったな」
深々と頭を下げて詫びる義輝の誠実な態度に、幸盛は『この男こそ、信ずるに足る者』と心の中で思い決めた。
「分かりました。事情が分かれば某は義輝様を責める理由はない。ささ、お顔をお上げくだされ」
「よいのか?斬りたければ斬っても構わんのだぞ?」
嘘ではなく、本心からそう思っているのは幸盛にも分かる。こうまでされて、幸盛が義輝を怨むことがあろうはずがなかった。
「いや、某が義輝様に刃を向けるつもりは毛頭ない。それはお断りいたそう。それに、刀も抜かず、戦意のない者を斬っては武士がすたる」
「・・・そうか。ならばこれ以上言うのは止そう。しかし、このまま別れては余の気がすまぬ。せめて何か、余に出来る事はないのか?」
「出来る事、でござりまするか・・・。・・・一つだけ、ないこともありませぬ」
そう言うと、幸盛は言葉を濁してしまった。
「なんだ、遠慮は要らん。申せ」
ならばと、幸盛は自分の存念を義輝に語った。
「某は帝を倒そうと考えておりまする。そもそも我が主君達が死んだのも、他の方々が死んでいくのも、すべてはあの方がかような事を考え付いたのが事の発端。
ならば某は帝を討とうと思い定めましてござる。義輝様には何卒、その時にお力添えいただければと」
「なんだ、そのことか」
義輝は大笑した。
33信ずるに足る者4/5◇IVgdXngJC6:2005/03/30(水) 20:25:09
「某はおかしなことを申しておるのでしょうか?」
自分の考えを笑われたのかと、幸盛は心配した。
「さにあらず。実はな、余もその口よ。昌景や重秀らと共に、大悪を斬ることを決意しておるのよ」
「なんとッ!すでに昌景殿、重秀殿のことを知っておられるか!?それは話が早い。義輝様が付いていてくれれば、百万の軍が付くよりも心強い」
幸盛は義輝の手を取らんばかりに喜んだ。
これでこの悪魔の所業から開放されるのではないかと、一筋の光明を見た思いがしたのである。
「はは、そう言ってもらえるのは嬉しいが、あまり余を買い被りすぎるなよ。いざ事が起こった時に、何の役にも立たなかったら立つ瀬がないからな」
「わっはっは。では義輝様にはあまり期待しないでおくとしよう」
「むう、それはそれで淋しいのう」
幸盛も大笑した。こんなに笑ったのは何日ぶりなのだろうか。早く、こうして笑い合える日がくればいいと思いながら、しばらく二人は大声で笑いあった。
「いやあ、楽しかった。――しかしここで話し合っていても始まらぬな。そろそろ行くとするか?」
義輝は幸盛を誘うが、当の幸盛はまだやり残した事があると言って義輝の申し出を断った。
「やり残した事とは?」
「はい、某は二つの約束をしておりまする。一つは晴久様より決して死ぬなとの事。いま一つは、誠久様より我が無念を晴らせとのこと。
某は帝を討つ前に、怨敵毛利の者どもを殲滅せねばなりませぬ。元就・隆景の首を誠久様の墓前に供えぬ限り、某は義輝様と往くことは出来もうさぬ」
それを聴いた義輝は渋い顔を作った。
34信ずるに足る者5/5◇IVgdXngJC6:2005/03/30(水) 20:26:00
「それは如何であろうか?そなたは先程、『すべては帝がかような事を考えたのが事の発端』と申したでないか。さればそなたの怨敵は毛利ではなく、帝その人ではないか。
そのようなくだらぬ私闘は止めて、余と共に昌景達と合流するとしようぞ」
「・・・それはまだ出来ませぬ。如何にくだらぬ私闘と言われようと、某に後事を託した誠久様の無念を思えば、おいそれと義輝様と往くわけにはまいりませぬ。
某はまず毛利を討ち、その後、改めて義輝様の後を追わせていただく。それでどうでありましょう?」
「主君の遺命というわけか・・・。余があれこれ言おうと、そなたの思いは変わらぬのだな?・・・致し方なし、よきようにせい」
幸盛の顔には、その意志の強さがありありと表れている。さすがの義輝も、幸盛の宿願を止めることは出来なかった。
「はッ!では某はこれで失礼します。義輝様、無事でいてくだされよ」
「そなたもな」
義輝に辞儀を済ませると、幸盛は動かぬ体を引きずって、再び歩き始めた。
「無事でまた逢えればいいのだがな・・・」
幸盛の後姿を見送る義輝には、一抹の不安が拭いきれなかった。

【11番 足利義輝 『九字の破邪刀』】3-F 
【98番 山中幸盛 『エペ』】3-Fから移動 食糧少量 目的は毛利親子の首
35現在の状況 :2005/03/30(水) 20:26:56
27番 織田信長 『デザートイーグル.50AE(残弾1発)』『ベレッタM1919(残弾7発)』『相州五郎入道正宗』】2-Eから再び森の中へ移動
【48番 斎藤朝信 『モップ型暗器』】3-C荒野から移動
【100番 和田惟政 『不明』】5-Cから出発
【63番 武田晴信 『U.S.M16A2 (残弾24発)』】現在地不明
【98番 山中幸盛 『エペ』】3-Fから移動 食糧少量
【11番 足利義輝 『九字の破邪刀』】3-F 
【07番 浅井久政 『輝政』『S&W M36チーフススペシャル』】3-F森
【65番 長曽我部元親 『鎌』『ウィンチェスターM1897(残弾4発)』】2-H民家
【09番 朝比奈泰朝 『青龍偃月刀』】3-F森 目的、浅井久政の尾行。
【19番 磯野員昌 『呉広』】3-Gから出発 3-Iの民家を目指し移動
【58番 鈴木重秀 『吉岡一文字』『USSRドラグノフ』(残り4発)『スモールボアライフル 』(残り14発)】2-Eからトラックの後を追っています
【94番 村上義清 『槍・日本号』】3-Cから移動予定(武田晴信を殺る気満々で探しています)

交戦中
【54番 柴田勝家 『マテバ 2006M(弾切れ)』『備前長船』『H&K MP3(残弾13発)』】(右腕負傷)VS
【49番 斎藤義龍 『スプリングフィールド M1(弾切れ)』『スラッパー』】(4-Fにて交戦中。勝家は逃げるつもりです。義龍は追っています)
36現在の状況:2005/03/30(水) 20:27:28
【96番 毛利元就 『梓弓(4本)』『USSR AK47 カラシニコフ(残弾少量)』『ボーガン(5本)』『十文字槍』】&
【46番 小早川隆景 『グロック17C(残弾17+1発)』二人4-Cから3−Cの方へ進行中
【37番 北条高広 『イサカM37フェザーライト(残弾2発)』『モトローラ トランシーバ T5900』『AK74(残弾2発)』】&
【39番 吉良親貞 『武器不明』『モトローラ トランシーバ T5900』】(共に3-B廃墟から移動)
【89番 松田憲秀 『スタンガン』『毒饅頭』】&【79番 北条氏照 『各種弾丸詰め合わせ』】3-Cから出発
【90番 松永久秀 『青酸カリ(小瓶に入ってます)』】&【92番 三好長慶 『ジェンダワ(矢10本)』】5-H地点に休憩中だが、そろそろ敵探しに行くつもり。
【47番 斎藤道三 『オウル・パイク』『長曾禰虎徹』】&【44番 香宗我部親泰 『武器不明』】共に3-Eから出発
【06番 浅井長政 『FN 5-7(残弾18発+mag1)』『天国・小烏丸』】&【71番 長坂長閑 『無銘匕首』】&【43番 高坂昌信 『エクストリーマ・ラティオ』】&
【63番 武田晴信 『U.S.M16A2 (残弾21発)』】4-D森
【86番 前田利家 『SPAS12(残弾1発)』『鉄槍』『矢(5本)』】& 【83番 細川藤孝 『太刀』】&
【57番 上条政繁 『書物・ジョジョの奇妙な冒険全巻(十数冊読めないものあり)』『バゼラード』】(4-E森から3-D森の前に向かっています)
【29番 飯富昌景 『オーク・ダブルアックス』『フルーレ』】&
【69番 長尾景虎 『片鎌槍』『火炎瓶(1本)』『十手』】共に2-Eから発車 バックの運転方法は理解していません。あくまで前進運転のみ可能です。

なお、島には数頭の狼が放たれています
37水杯 1/6:2005/03/30(水) 20:28:12
―この馬鹿主君を見限る潮時か・・・
長尾政景の死体の傍にうち捨てられていた寸鉄―こんな非力な武器でも、この島では立派な凶器になりうる。
―そもそも、自分が見つけて、「どうぞ」と言ったのではあるが、遠慮をする知恵もなかったのか、こいつは一も二もなくそれを受け取りよった
小物といえど、初めて得た得物だけに、それを取られたという事がこの男―松永久秀に殺意を芽生えさせたことは言うまでも無い。
元々利用した果てに殺すつもりではあったが、ついにその殺意が確固たる形を持ったものとなりつつあったのだ。
―長慶、次の食事の時間がお前の臨終の時だ
心の奥底に潜む怒りと野望を、人に気付かれぬよう秘めながら、久秀は袖口に隠してあった茶色い薬ビンの重さを確認した。

「長慶様、そろそろ小腹がすいてきましたな」
小一時間後、毒殺を考え始めてから、なかなか食事の話に結びつくような話を切り出さない長慶に耐えかねて、久秀はそう切り出した。
森の静謐な空気のせいか、それとも今から死を迎える者のいわゆる死相という物なのか、長慶の顔はいつになく引き締まっている。
久秀が言葉を掛けてから、その硬い表情が崩れるのにも少しばかり時間を要した。
―どうした?もしや、感づかれたか?
久秀の背筋に冷たい物が走る。だが、
「確かにな、言われると何故か腹が減ったような感じがする、一服しよう」
一動作遅れたとは言えど、いつも通り、人を疑うことを知らない子どものように返答する長慶を見て、「思い過ごしだ。」と大きくため息をついた。
「ちと一服する前に小便に行ってきます」
準備をするためにそう理由付けて、久秀が立ち上がる。
「久秀、足は大丈夫なのか?それに行った先で襲われでもしたら・・・」
それを見た長慶は律儀にも久秀を気遣う言葉を口にする。
―ふん、わしの事より、自分の身を案じるのだな・・・
「心配ご無用、ちぃとばかし待っておってください」
心と口とで全く別の言葉を長慶に掛けながら、久秀は茂みの中へ入っていった。
38水杯 2/6:2005/03/30(水) 20:28:49
鬱蒼と言うほどではないが生い茂る木の葉の影に、さほど離れていないはずの長慶の姿は既に久秀の視界から消えていた。
一応、来た方向を確認した久秀は耳を澄ませて追ってくる足音がないかを確認する。
幸い、久秀の耳に聞こえてくるのは、この島で起こっている血生臭い戦など対岸の火事とばかりにぴーちくぱーちく囀る鳥の鳴き声と、時折吹く風で梢がすれる音だけであった。
しかし、念には念を入れて、久秀は森の奥深くに踏み込もうとするが、よくよく考えると、デイバッグは長慶の元に置いてある。もしも迷ったりしたら、長慶を殺すどころではなくなるのだ。
一度、不安が頭をよぎると、これから殺す相手を前に自分の心を悟られぬよう押し殺していたネガティブな考えが次々と湧いて出て来た。

―今まで介抱してくれた主君だぞ?それを殺すことが出来るのか?
―果たして気付かれずに上手く事を運ぶことが出来るか?
―それにその後はどうするのだ?
考えられる、良くない方向に進む可能性が久秀の精神を削る。
しかし、久秀も並みの男ではない。そのネガティブな思考を一転させてポジティブに考え直す。
―確かに今、殺すのは得策ではない。よくよく考えてみろ、奴を殺したとして武器は寸鉄と弓、それにこの毒薬のみ。寸鉄と毒薬を上手く使えば懐に入り込んで殺すのも簡単だろうが、次に会う奴が騙せるとも、友好的とも限らん。
―それに、取られたといってもたかが寸鉄一つ。何をわしはこんなに熱くなっていたのだ?

頭を振って今までの怒りを捨て、体中に籠もった熱っぽさを振り払う。
久秀の中で出た結論は、『今はまだ様子見に徹して、まだ利用する』であった。
そう結論付けると、久秀の行動は早い。来た方向の道無き道を確認すると、危険な感じのするアーモンド臭を漂わせる薬ビンにさっと蓋をする。
蓋を閉める瞬間に少しだけ見えた薬の中身は、今まで後ろめたい思いがあったためか、少し減っていたように見えた。
39水杯 3/6:2005/03/30(水) 20:29:40
わざと、いかにも小便を終えてきたかのように袴のしわをなおすような音を立てて長慶がいる場所に姿を現す。
それを見て、切り株に腰を掛けていた長慶は立ち上がり、屈託の無い笑顔でそれを向かえた。
「遅かったな、心配したぞ」
行って長慶が久秀の肩に手をかける。
「申し訳ありませぬ、何分慣れぬ森でちと迷うて仕舞いましてな」
久秀も、長慶を殺すと決めていた時よりも、大分落ち着いたのか、用意されていた台詞はごく自然に口からこぼれた。
「これからは余り離れぬほうが良いな」
長慶もそれを信用したように大きく頷き、切り株のほうに久秀とともに歩く
―ああ、これからも離れないさ、お前が死ぬときまでな
笑い返す善良な家臣としての表情の裏で、久秀は抜け目ない策士としての独り言を、無邪気な笑顔を見せる長慶を頭の中で冷笑した。
そう思っているうちに、長慶に促されるようにして座った倒木と長慶が座っていた切り株の間には用意がいい事に、既にペットボトルに水が用意されていた。
というのも、久しぶりに生か、さもなくば死かという決断を迫られた久秀の喉は、心身相関の作用でカラカラになっていたのだ。
「さぁ、一服しようではないか」
丸太に浅く腰掛けた所で、正面の長慶が右手でペットボトルを
「ええ、そうしましょう」
申し合わせたように、杯を酌み交わし、乾杯する風に水の入ったペットボトルを軽くぶつける。
ひしゃげた壁に押し出されるように波立った水が爆ぜる様に小さな飛沫を上げ、ごぽんという味気ない音が響いた。
40水杯 4/6:2005/03/30(水) 20:31:07
だが、酌み交わした意味などないかのように、あくまで主君である長慶が口をつけた杯つまりペットボトルを久秀のほうに差し出す。
―飲めという事なのか?この島でなくともこのような慣習何の役にもたたんというのに・・・
心の中でブツブツ言いながらも、不承不承慣例に従って、今まさに口をつけんとしていたペットボトルを下ろし、差し出されたほうのペットボトルを受け取って、同じ様に久秀もごくごくと中身を飲む。
―一味神水ではあるまいし、こんな事をした所で、利用し、利用されるというわしらの関係は変わるはずなどなかろうに、全く間抜けな主君だ・・・
心の中でそう呟いた久秀は、その間抜けな主君が今どのような顔をしているかと、視線を下げた。
しかし、そこで久秀を見つめていたのは、決して間抜けな主君の瞳などではなく、かつて管領細川家を辣腕を持って支配した餓えた狼のような男の目であった。
いや、それだけではない、かすかに久秀が今までいたぶって、利用して、打ち捨てた人間に睨まれた時のその目の色もある。
―何だ、一体!?この表情、尋常の沙汰では無いぞ?
先程まで屈託なく笑っていた主君が、別人に替わった事に疑問を抱いた。
さらに奇妙な事に長慶は飲んだと思っていた水をおもむろに口から吐き出したのである。
その異常な光景を目にした瞬間、久秀は胃から込み上げる、焼けるような熱さを感じ、口の中におさまりきらなくなった鉄臭い液体が口を押さえていた手の中に溢れた。
それが血だと分かった瞬間、久秀は長慶の表情の変化と吐いた水が意味するところをようやく知ったのである
「何故だ!長慶、お前」
血反吐を森のしっとりとした地面に激しくぶちまけながら、久秀は声を上げる。
「久秀よ、策士という者はな、敵に感づかれぬようにして初めて策士たりえるのだ。貴様が蠍?笑わせるな」
その言葉に、先程までの明るさなど微塵も無い。あるのはただ、刀の身のように危うくて、重い現実を含んだ絶対の冷たさだけだ。
「お、おのれ・・・」
久秀は、先程、自分が決断をしていれば。と今更悔やみながら怨嗟の声を上げる。
―わしが思いとどまったから長らえた命を、よくも・・・
41水杯 5/5:2005/03/30(水) 20:31:54
「貴様は失格だ」
夜中の内に久秀の持っていた薬のビンからくすねた毒薬の量が少なかったのか、いまだ息絶えず血走った目でこちらをねめつける久秀を見て、長慶は立ち上がり、久秀を見下げるような体勢をとる。
「貴様は今、『何故』と疑問をもっているはずだろう、何故か?弟達の無念わしが知らぬはずがあるまい?貴様が仕組んだ戦で命を落とした一存、貴様の放った刺客に眉間を撃たれて死んだ義賢、貴様の讒言で信用を失い切腹させられた冬康。」
子どもの頃の長慶を慕う3人の弟達との過去を思い出しながら、長慶は続ける。
「義興も貴様さえおらなんだら、命を長らえていただろう、まだ戦も知らぬ子であったのにな」
子のない長慶の唯一の子・義興、この子の死はまだ記憶に新しかった。
「幸いにも、証拠を掴んで処刑する必要もなく、このような余興が舞い込んできた。実は儂も天皇の余興に乗った一人なのだよ。天皇が宣教師を遣わしてわしと交渉に来よったわ、この余興を盛り上げるならば、貴様と会わせてやる、とな。」
宣教師の口から漏れる悪魔の囁きは今でも、仏のお導きの言葉として、長慶の頭に強く残っていた。
「貴様は儂を利用しようと考えていたようだが、儂が何故今まで猫をかぶっていたか分かるか?貴様を確実に、この手で殺すためよ。弓では急所を外れる可能性もあるしな。そして・・・今がその時だ。」
言って、凡愚な主君を演じて手に入れた寸鉄を握りなおす。脅しを込めて気違いのような表情を浮かべたつもりだが、久秀の血走った目はそれでも瞬き一つしない。
そのことに少し長慶はたじろいだが、しかし、そのたじろぐ様子にも久秀は全く反応しない。
とうの前に久秀は息絶えていたのだ、怨嗟で血走った目を開けながら。


―ふん、謀反人がいい根性よ。ん?こやつめ・・・
見ると、久秀は長慶が独白をしている間に久秀が飲もうとしていた水の入ったペットボトルを倒して中身をこぼしていたのである。
久秀なりの最後の抵抗だったのであろう。
水は諦めて、久秀の袖からビンを取り出すと、それを彼の分の食糧とともにデイバッグに放り込んだ。
「貴様と儂、似た者同士だったのかもしれんな」

【90番 松永久秀 死亡】
【92番 三好長慶 『ジェンダワ(矢10隻)』、『青酸カリ』、『寸鉄』】4-G森

【残り32人】
42決意と寂しさ1:2005/03/30(水) 20:32:53
久政は森に着いた。そして、後を尾けていた泰朝も森へと入っていった。
「さて、隠れる場所を早く探そうか」
(隠れる場所とはなんだ?しかし、大きい声を出すと敵に気づかれやすい事がわかっているのか?)
久政は常日頃から、影の薄い自分を気にしていた。
なので、自分を誇示するためにいつしか大声で話す様になったのである。
どこか抜けている久政を見ていると、泰朝は自分の子供を心配する親の気持ちがわかる様な気がした。
その後、歩いていると久政の視界がある物を捕らえた。
「ひ・・・人だ」
よほど嬉しかったのであろう。久政は大声で叫んだ。誰よりも大きく、高らかに・・・
その声に驚いたのか、北条氏政はショックを忘れ大声を発した人物に問いただした。
「あなたは誰?あなたの目的はなに?」
「わしか・・・わしは浅井久政じゃ。貴公も名ぐらいは聞いた事があるはずだ。
 わしの目的は・・・ない。あえて言うなら、輝政と過ごす時間が永遠であってほしい事じゃ。」
43決意と寂しさ2:2005/03/30(水) 20:34:00
「私は北条氏政と言います。」
「おおっ 何とあの北条氏康殿の息子であるか。お父上は勿論ご壮健じゃろうな?」
「久政殿、我が父はこのゲームで命を落としまし・・・」
最後は、カトンボの様にか細い声となり、思い出したのか氏政は涙目になった。
「そうか。知らなかったとは言え、失礼した。所で、氏政殿。わしと共に行動をせぬか?」
「真に申し訳ないのですが、それは出来ません。
 私は亡き父と叔父上の為にも、一人で頑張っていこうと決心しました。」
「そうか・・・では、又どこかで会おうぞ。」
(はぁ〜。どうしてわしと行動しようって言わないかな。わしは虚勢を張っているが、本当は寂しくて、寂しくて胸がいっぱいなのに)
久政は肩を落として森の奥深くへ、氏政は決意を新たにし、久政と反対の方向へそれぞれ行くのであった・・・

【07番 浅井久政 『輝政』『S&W M36チーフススペシャル』】3-F森  目的3−Eへの移動
【09番 朝比奈泰朝 『青龍偃月刀』】3-F森 目的、浅井久政の尾行
【80番 北条氏政 『南部十四式(弾切れ)』『クナイ(9本)』『コブラナイフ』『鍋(頭に装備)』『火炎瓶(3本)』『ヌンチャク』】3-F 目的3-Gへの移動
44叛意1/3 ◇IVgdXngJC6 :2005/03/30(水) 20:34:45
「一体どうなっておるのじゃ!!」
部屋いっぱいに怒声が響き渡る。
叱責を受けているのはロヨラとザビエル。実質上、今大会を仕切っている二人だ。
もちろん、怒鳴りつけているのは正親町帝である。
帝は大きくて座り心地のよさそうな椅子に腰掛けて、二人はその正面に立たされている。
帝の後ろには巨大なモニターがあって、終始、帝はこの部屋で島で行われている殺戮の模様を見続けている。
帝が怒っているのは、昌景と重秀による食糧輸送班の襲撃の件だった。
彼等二人は直接、作業員達を指揮している。そのため、作業員達のミスはそのまま彼等二人のミスとなる。
そしてそれは今回のような帝の叱責へと繋がっていくのだ。
「この責任をどう取る気なのじゃ!?」
帝の怒りは収まらない。
別に帝は、殺された五人の作業員を想って怒っているのではない。自分に歯向かう者に、そして自分の思う通りに事が運ばない事に激怒しているのだった。
「お怒りはご尤もですが、この度の事はわれら二人も寝耳に水。責任を取れとはお門違いもいいところです」
対してロヨラは、顔に似合わぬ流暢な日本語で反論する。
「なんじゃ?そちは朕に意見するのかえ?」
帝の目が細められ、声が押し殺したように小さくなる。
瞬間、帝の体からは『妖気』のような、例えようのない強大なプレシャーが放たれる。
さすがにロヨラもザビエルもその異常な重圧には抗し難く、顔を背けて一歩二歩と後退りをしてしまう。
「も、申し訳ございません」
たまらず、ロヨラに変わってザビエルが詫びる。
「・・・まぁ、よいわ」
そう言うと、帝は椅子をくるりと回し、巨大モニターに映し出された参加武将達に目を向ける。
モニターには、長慶によって盛られた毒で、悶え苦しむ久秀の顔が映されていた。
島中に、隠しカメラがいくつも備え付けられている。映像はその中の一台が捉えているものだった。
45叛意2/3◇IVgdXngJC6:2005/03/30(水) 20:35:23
「あっはははは、良い表情をしておるわ。人の死ぬ様を見ると、なんと気分の晴れやかになることか」
手を叩いて喜ぶ帝を見るロヨラとザビエルの顔は、先程の脅しによって青ざめたものに一変していた。
(変態の狂人めが)
これが、まだ若いこの国の新しい天皇に対する二人の一致した評価だった。
もっとも、一致しているのは帝への評価だけで、二人の帝へ協力する真の目的も、その思想も、その他全ての点に置いて二人は異なっている。
「今回の事は不問に処すとしよう。そのかわり、二度とこのような失態があることは罷りならんぞよ」
モニターを凝視したままで帝は言った。
二人は無言で帝の背に向けて一礼すると、いそいそと部屋を出て行った。

「その顔から察すると、どうやらお叱りを受けたようですね」
部屋を出て廊下を歩いて行く二人に、陽気な声で話し掛ける者がいた。
「フロイスか・・・。何の用だ?」
吐き捨てるようにロヨラが言う。この男は帝の叱責が余程忌々しかったのか、強く握られた拳からは血が滲んでいた。
「やだなぁ、そんなに邪険にしないでくださいよ。ボクはお二人を心配してるだけなのに」
フロイスと呼ばれた男は、ロヨラに睨みつけられても意に介さないのか、平然とてニコニコと笑い続けている。
ロヨラはその態度が気に食わなかったのか、舌打ちをして何処かに行ってしまった。
「やだやだ、年を取ると気が短くなるのかねぇ。どう思います?ザビエルさん」
「図に乗るなよ小僧。貴様を拾ったのは誰かを忘れるな。貴様ごときにさんづけで呼ばれる筋合いではないわ」
ザビエルもまた、フロイスが気に入らなかったのか、足を踏み鳴らしてその場を後にしてしまった。
やれやれとため息を吐くと、フロイスはロヨラやザビエルが歩いて行ったのとは反対側に廊下を進んでいった。
突き当たりに扉が一つある。そこを開けると、フロイスは身を中に入れ、内側から鍵を掛けた。
「どうだい?頼りになりそうな人はいたかな?」
暗い部屋の中で、黙々とディスプレイに向かって作業をする男にフロイスは話しかけた。
「一人、候補がいます。この者ならきっとワタシ達の期待に答えられるとは思いますが・・・」
「思いますが?」
もったいぶるなよと、フロイスは先を急かす。
46叛意3/4◇IVgdXngJC6:2005/03/30(水) 20:36:03
「少々、扱いにくい人物かと・・・。しかし、現在一番の殺害人数を誇っていますし、肉体的にも精神的にも群を抜いていると思います」
「扱いにくいねぇ・・・。まぁ、アルメイダが目をつけたんなら間違いは無いさ。そいつにするとしよう。で、名前は?」
「27番・織田信長」
あぁと言って、フロイスは納得したように一人ごちた。
「あいつか・・・。確かに扱いにくそうだなぁ」
口とは裏腹に、ひどく楽しそうにフロイスは言った。
「我らが意図することに同意するかしないかはともかく、彼なら成し遂げられる筈です」
「分かった分かった。そんなに言うなら信長に賭けてみよう。――こんな馬鹿げた所業を終わらせるためにも、あの残忍な独裁者を排除するためにも、そして・・・」
一旦そこで言葉を切ったフロイスは、
「・・・そして、あの二人を消し去るためにも彼のような力が必要なんだ・・・」
と、搾り出すように言った。
あの二人とはロヨラとザビエルのことだ。
「はい。我らの手で必ず平和を取り戻しましょう。――それから他の候補者ですが、11番・足利義輝、58番・鈴木重秀、86番・前田利家などといった者もおりますが?」
「いや、まず信長に逢ってみる。今挙げた奴らは複数で動いているか、またはこれから合流しようとしている奴らだ。ボクらの真意を知る者は少ない方が良い。
かの者がどれだけ信用できるか分からないが、単独で動いてる分、少なくともその点での心配は無い」
「なるほど、では信長に決めましょう」
アルメイダは自分のデスクの引き出しを開けると、ごそごそと中を漁って黒い塊を取り出した。
「これをお持ちください」
アルメイダがフロイスに手渡した物は『ベレッタM92FC』だった。
「おいおい、こんな物は要らないよ。ボク達はこんな物を使わせないために動いているんだよ?これを使うようなことがあればボク達も奴らと同じ穴の狢じゃないか」
フロイスの言にアルメイダは首を振る。
47叛意4/4◇IVgdXngJC6:2005/03/30(水) 20:36:45
「外には狼が放たれています。貴方を帝の手のものと勘違いし、亡き者にしようとする者もおりましょう。用心のためです。お持ちください」
「用心のためか・・・。そうだな、ボクが死んでは元も子もないものな」
フロイスは渋々ではあったが、アルメイダの言う通りにベレッタM92FCを持っていくことにした。
「フロイス、ワタシはここで監視カメラを操作し、上手く貴方のことが見えないようにするつもりです。しかし、あの聡い帝をそんなことで騙し通すことは難しいでしょう。
信長の説得に時間が掛かれば事が露見します。なるべく早く済ませてください」
「ふふふ、人使いが荒いなぁアルメイダは。心配しなくても大丈夫だよ。ボクだって血に飢えた狼や、気が狂った武将達がいるところなんて恐くて長居なんて出来ないさ」
フロイスはおどけて言うが、根が生真面目なアルメイダはニコリともしない。
「相変わらず固い奴だなぁ。まあいいや、じゃあ後は頼んだよ。アルメイダはボクが無事でいられるよう、ここで祈っていてよ」
そう言い残して、フロイスは部屋を出て行った。

【∞番 ルイス・フロイス 『ベレッタM92FC(残弾15+1)』】目的:信長の協力を得ること
48出来損ないのカメレオン 1/8 :2005/03/30(水) 20:37:30
高広「あれは・・・村上じゃねーか。何やってんだ?」
37番・北条高広、39番・吉良親貞が廃墟を出てから数時間。
一番最初に高広の目に写ったのは、同じ家中の者である『94番 村上義清』であった。
だが親貞の目には、『村上と評された人物』はまだ米粒程度にしか見えてはいない。
親貞(ま、豪雨の中で距離のある人間を捉えるような目だ・・・それも知り合い・・・なら判別もつくだろう)
親貞「・・・ふうん・・・知り合いかい?」
高広の視力、そして名前を呼んだ事から、親貞は答えの見えている問いを高広に発した。
高広「ああ、知り合いではある・・・・最も、それ以上ではねーけどな」
やはりと言うか、案の定というか、それが高広の答えだった。
親貞「で、どうするんだい?仲間に引き入れるか、殺すか・・・?」
高広「晴信ならともかく、アイツを景虎殺しの仲間に引き入れるのには無理がある。
    ・・・放っていくか・・・いや、殺しておくか。ただし、お前がやれ。お前がアイツを殺してみろ」
先ほどの答えと違い、その答えは親貞の予想を超えたものだった。
親貞「・・・僕が、かい?」
高広「ああ、そうだ。お前だ。不都合でもあるのか?」
親貞「なるほど・・・ね」
親貞には、完全に高広の手の内が読めた。
親貞(この場で、僕も殺すつもりか・・・思ったより早かったな)
いまだ高広は親貞に支給された武器を見ていない。
親貞の言葉や、状況などから
『さほどの大きさは無い物』や『強力な武器』『生きた人間にしか意味は無い』程度の推測しか
高広は得ていないのだろう。
しかもそれは、『ハッタリでないとしたら』という不安定な地盤の上の推論だ。
その疑問を払拭するためには、どうすればよいか?
49無名武将@お腹せっぷく:2005/03/30(水) 20:38:01
なにこのコピペ
50出来損ないのカメレオン2/8:2005/03/30(水) 20:38:15
完全に目にわかる、最も簡単な答えは一つである。武器を使わせればいい。
全てがハッタリなら親貞を『役立たず』と評せばいい。
あるいは役に立つ武器なら、親貞を殺しその武器を奪い取ればいい。
それだけ、今の高広にとって親貞と組むメリットは薄い。
デメリットこそないものの、せいぜい囮程度にしか役に立たない。
しかし、赤の他人に「お前は囮になれ」と言われて「はい、頑張ります!」などと答える者はいるだろうか?
親貞「僕が、ね・・・わかった。やらなきゃ君に殺されそうだからね」
親貞(やっても殺されそうだが・・・)
全ての選択の道は行き詰った親貞は、支給されたままのバッグから己の武器を取り出す。
その『武器』はとても小さく、そしてまるで玩具の様な形をした『銃』だった。
高広「・・・なんだよ・・・やっぱり銃か」
親貞「僕は『銃じゃない』などと一言でも言ったかい?」
高広「まあ、別にいいけどな・・・ただし間違ってもそれをオレに向けるなよ」
そう言いながら、高広は『AK74』を親貞の頭に向ける。
親貞「もう少し信用してくれてもいいんじゃないかい?」
高広に笑いながらそう言うと、親貞は米粒大の人間にその銃を構えた。
親貞(さて、ここで僕が生き残る道は・・・。
    @村上を殺す
    A僕と組むことの有利点-メリット-を不利点-デメリット-以上に高広に見せる
    この二つを同時にこなさなければいけない、というわけか・・・。
    @だけなら多少道義に外れた手段をとれば何とかなるが、問題はAだな・・・・。
    他にはこの男-高広-を殺す、という手段もあるが・・・。
    気を抜いているならともかく、今、僕がそれなりの動作を取るまでこの男は黙っているだろうか?
    いいや・・・そんな愚鈍な奴ならわざわざ僕の頭に銃を突きつけたりはしない・・・)
51出来損ないのカメレオン3/8:2005/03/30(水) 20:39:13
そこまで、親貞が思考をめぐらせた時、不意に持っていたトランシーバーから、何か奇妙な音が聞こえた。
親貞(・・・なんだ?この男の仕業か?)
そう思って、銃口はそのままに高広に目を向ける。だが、どうも高広がやったわけではないらしい。
その証拠に、高広も音が漏れたトランシーバーに奇妙そうに見つめている。
親貞「・・・君がやったのかい?」
高広「いや・・・」
親貞「・・・おかしいな・・・壊れたのかな・・・?」
そこまで親貞が言った時、今度はトランシーバーから、不鮮明に、だが、人間の物とわかる声が聞こえた。
?『キ・・・チ・・・ハ・・・ガル・・・』
親貞「・・・君が殺した人間の亡霊じゃないのかい?」
高広「バカ抜かせ・・・アイツらにそんな度胸があるはずがねー」
そこまで話をしたとき、今度ははっきりとした、鮮明な人の声が聞こえた。
?『吉良親貞・・・吉良親貞様ですね?話があり・・・』
親貞「・・・どうやら亡霊殿は僕に話があるようだ。悪いが、少し話をしてくる」
高広「ああ・・・好きにしろ。亡霊と話をしたがるなんて、物好きな奴だな・・・。
    ただし、ここでは話すな。亡霊と話すなんて気が気じゃねーからな・・・」
『亡霊』という言葉に恐怖があるのか、それはわからないが
高広は、親貞の頭に向けていた銃を下ろした。
親貞(多少は恐怖というものでもあるのか・・・この男がねえ・・・)
親貞も、口では『亡霊』と言っていたものの、話しかけてきた人物の推測はついていた。
・・・そして親貞の姿が見えなくなってきた頃、高広はまた村上に目を向ける。
先ほどは米粒程度だった村上が、今度は完全に『村上義清』と確認できる大きさになっていた。
高広「村上め・・・気づきやがったか・・・どうしたもんかな・・・」
52出来損ないのカメレオン4/8:2005/03/30(水) 20:39:55
?『吉良親貞様ですね・・・私は、ロヨラと申します』
親貞「ふん、やっぱりね」
他の支給者にトランシーバーが渡されるとは思えない。
では高広が話しかけてきたのではないとすれば、武器を支給した主催者としか思えない。
どんな細工があるかは知れないが、今の時代には無い武器を支給できるのだ。
この程度の小細工くらい、たやすいものだろう。
親貞「しかしこのトランシーバーとやらは僕に支給されたものではないだろう?
    なぜ、僕がこれを持っているとわかった?」
ロヨラ『この島での全ての出来事は、我らの確認できる所となっております』
親貞「ふん・・・まあ確かに僕達が殺し合う様を見なければ楽しみなんてないだろうからね。
    唐突に『最後に生き残ったのは私です』だけじゃあ、何がなにやらわからない」
とは言えど、新たに確認した事実に、親貞は内心、恐怖を覚えた。
親貞「いったい君達は、どこまで出来るというのかな・・・ふふふ、恐ろしいものだね」
ロヨラ『それで本題ですが・・・』
親貞「おい、待てよ」
あくまで丁寧なロヨラに対し、親貞は高広のような口調でロヨラの言葉を遮った。
親貞「くだらないお喋りはしたくない・・・僕も本題だけを言おう。
    君たちはいったい何者だ?ただの宣教師とはとても思えないけど・・・?」
ロヨラ『お答えする事は出来ません』
親貞「君達はいったい何人いる?」
ロヨラ「お答えする事は出来ません』
親貞「君達の目的は?」
ロヨラ『・・・それも、お答えする事は出来ません』
53出来損ないのカメレオン5/8:2005/03/30(水) 20:40:40
親貞「・・・言えない、という答えが多いね」
ロヨラ『無論嘘をついても、真実を言っても構わないのですよ?ただ、参加者はあくまで公平に・・・』
親貞「公平、ね・・・」
親貞は、先ほどから手に持ったままの、己の支給武器である銃をふと見つめた。
ロヨラ『なぜそんな事を知りたがりますか?』
親貞「言葉が少しおかしいね・・・ふん、さすが宣教師だな。ただの興味だよ。
    で、君の用件は?先ほどの報の事かい?狼がどうとか・・・」
ロヨラ『貴方には、元親という兄がいらっしゃいますね?』
親貞「!!・・・いるが・・・ああ、いるさ。だがそれがどうした!?お前には関係ないだろうがッ!!」
ロヨラ『申し上げにくいのですが・・・元親様は、どうやら帝を討つおつもりのようです』
親貞「それが僕に兄貴の名を持ち出すことと何の因果があるッ!?」
ロヨラ『私も元親様に仰いました・・・帝を討つという事は、親貞様を見捨てる事と・・・しかしそれでも・・・。
    いえしかし、「帝に与する者など弟ではない」、と・・・』
親貞「!!・・・ああ、そうか・・・そういう事か・・・!!」
無論、実際は逆である。ロヨラの甘言で元親はたぶらかされたのではあるが・・・。
親貞「フッ・・・ハッハッハ・・・ああ、まあいいさ・・・で?僕は何をすればいい?」
ロヨラ『この殺し合いを促進させて欲しい事は、既にいつぞや仰いましたね?』
親貞「ああ」
ロヨラ『それを少し変えましょう・・・現在、帝に敵意を持つ者・・・つまり
    『11番 足利義輝』『27番 織田信長』『29番 飯富昌景』『58番 鈴木重秀』
    『63番 武田晴信』『69番 長尾景虎』『86番 前田利家』・・・この者達を優先的に殺して頂きたい』
親貞「名前も知らない奴もいるけどね・・・まあいいさ。それより、兄貴もだろう?」
ロヨラ『当然でございます』
54出来損ないのカメレオン6/8:2005/03/30(水) 20:41:31
親貞「しかし、それが僕に出来るとでも思っているのかい?」
ロヨラ『先ほども言いましたが、私達は今までこの島で起こった事全てが確認できております。
    その上で、親貞様ならできると思っております』
親貞「やるだけならやってみるさ・・・でも、最後に聞こう。
    僕がその者たちを殺した時・・・僕の病を完治させるという事は出来るか?」
ロヨラ『当然でございま・・・』
親貞「ふん!」
最後まで聞かず、親貞はトランシーバーを耳から下ろした。
親貞「兄貴がね・・・これは驚いた・・・はっ・・・はっはっは・・・」
乾いた笑いを少しこぼしたあと、親貞は大きく息を吸い込み・・・。
親貞「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァァァァァァァッ!!」
と人間の声とはとても思えない叫びを発した。
確かに、親貞は姫若子などと呼ばれていた兄を嫌っていた。
だが、共に出た戦での槍さばき、そして見事な指揮に、心の底で感服もしていた。
そういったアンビバレンスの中でこの島に突き落とされた際、一番最初に頼りたかったのは兄だった。
高広に吐いた言葉が全てではない。兄に会うまでは、全てを利用しようと決めていた。
だが先ほどのロヨラの甘言で、その全ては完全に崩れ去った。
アンビバレンスは大きな傾きを示し、親貞は完全に憎しみと殺意の塊となった。
親貞「ゲホッ!!ゲヘッ!!ガフッ!!・・・くそ・・・死んでたまるか・・・殺されてたまるか・・・!!」
激しい咳き込みの中、親貞は怨に染まった目で己の武器を見つめる。
親貞「ああ、いいとも・・・僕ならできる・・・僕ならできるはずだ・・・!!」
親貞は己の武器を手に持ち、その銃口を自分の口の中に向ける。
親貞「兄貴も親泰も言った奴らも・・・いやこの島に生きる全てを・・・!!」
55出来損ないのカメレオン7/8:2005/03/30(水) 20:42:07
本来なら病に死すべきところを、この余興によって救われる可能性が出てきた。
本来なら自分が撃たれるところを、突然の豪雨で高広も利用でき、一人殺させた。
本来なら高広に殺されるところを、ロヨラの突然の言葉によって生き延びる事が出来た。
親貞「僕の運は誰にも負けない・・・僕は誰にも負けない!!僕はッ!!」
そう叫ぶと、親貞は、己の口に突っ込んだ銃の引き金を引いた。
直後、一帯に大きな銃声が響いた。

高広「・・・言っただろ?」
高広が、眼下の死体を見つめ、そう呟く。
高広「お前は恨みに凝り固まりすぎてる・・・それじゃ、せっかくの運も逃げちまうぜ」
そういい残すと、高広はその死体を蹴り飛ばし、馬鹿にする口調で呟いた。
高広「確かに大したものだとは思っているぜ。少なくともオレには出来そうもねえ。
    しかし、だ。お前が倒した当時の晴信は幼すぎただけだ。その勝利に固執するようじゃあ道はねえ」
蹴り飛ばした衝撃で、死体の手からから『日本号』がこぼれた。
親貞「それは君の同僚だったんじゃないのかい?」
高広「戻ってきてたのか・・・。ン?どっかで水でも飲んできたのか?唾でてるぞ」
親貞「本当に良く見てるね、君は・・・」
笑いながら、親貞は死体となった義清に近づく。そして、義清の支給武器である日本号を見つめた。
親貞「槍を持った人間なんか、殺しても君に得は無いだろう?」
高広「ああ、確かにな。しかし仕方ないだろ?どうもそいつはオレが気に入らなかったみたいだからな。
    オレが普段から主君に叛意を持っていることは、同僚には周知の事実だったって事だ」
親貞「なるほど・・・」
高広「まあ、もう少し歩けば誰かに会うだろ。お前の武器はその時に見せてもらうさ」
親貞「・・・何言ってんの?」
56出来損ないのカメレオン8/8:2005/03/30(水) 20:42:55
その言葉と同時に、親貞は日本号を拾い、凄まじい速さで振るい高広の首を弾き飛ばした。
首を失った高広は、親貞に銃口を向けたまま、ゆっくりと地に向かい倒れだした。
親貞「・・・なんとなく君の考えていた事はわかる。君は僕を弱いと思っていただろう?
    だからこそ、僕が槍に近づいてもさほどの危機感を覚えなかった・・・。
    ・・・違うかい・・・フフフ、聞こえてないか」
親貞は、醜悪な笑いを浮かべたままの高広の首に近づき、それを蹴り飛ばした。
親貞「まあ、運が良かったよ。君に撃たれる前に君を殺す事が出来て。
    恨みに凝り固まっていても、別に運は逃げないらしい」
冷たい笑いを浮かべたまま、親貞は己の支給武器『水鉄砲』を取り出し・・・。
親貞「これは君にあげるよ。もう僕にいらないものだから」
と、まだわずかに動いているように見える高広の体に向かい、放り投げた。
なるほど、確かに生きた人間になら恐怖心を植え付けられるかもしれない。
この島に三日も生きていれば、銃の怖さはわかっているだろう。
そこに、小型とはいえ銃を向けられたら・・・と、生きていたら高広は思っていただろうか。
親貞「少なくなってきたとはいえ、全員殺すというのも楽ではないかな・・・まあ、やってやろうじゃないか」

【94番 村上義清 死亡】
【37番 北条高広 死亡】(『モトローラ トランシーバ T5900』と『水鉄砲』はその場に放置)

【39番 吉良親貞 『日本号』『モトローラ トランシーバ T5900』『イサカM37フェザーライト(残弾2発)』『AK74(残弾1発)』】
3-C付近から目的地無く適当に移動(対象の目的がなんであろうと全員殺す気でいます)

【残り30+1人】
57荒野の戦慄き 1/7 :2005/03/30(水) 20:43:42
また荒野に一輪の赤い赤い花が咲く。
その様子を淡々と映し出すモニターを通して狂った主催者は眺めていた。
「良いぞ、良いぞえ。もっと、もっとじゃ」
脳内に駆け巡るアドレナリンなどの昂奮物質は戦っている本人達よりも多量に分泌され、情動から来る叫びは理性に左右される事なく、そのまま口から発せられている。
時折来る宣教師は数々のお膳立てをしてくれた協力者ではあったが、今この時にはただの至福の時間を邪魔するものに他ならなかった。
・・・それでも、このゲームにおける手足といえる彼らを殺したりはしない。この島で唯一主催者の意のままになるのは彼らだけであるから。
そうして、この島でもお飾りに過ぎない事を知らない主催者の声はいつまでも響いていた。

視点は天皇が眺めている荒野に変わる。
荒野には3人の参加者がいた。そのうち一人はもう一人に背負われるようにして、少し離れた所にいる者はその二人の様子をまじまじと見つめるように。

見つめられている二人は観察者の事には気付いていない。
しかし、その二人事体もお互いのことに気付いていないかのように一言も発せず、ただ黙々と歩き続けていた。
背負われているほうの参加者はある程度回復した時期もあったが、病にでもかかったのか、今はただ弱弱しく、けれど熱い吐息を背負っている参加者の背中に吹き付けている。
少しはなれた岩陰からその様子を窺う観察者の目にも二人が病人で、もう一人はそれを助けているのだという事がすぐにわかった。
為に、岩陰から出て、その二人の傍に駆け寄ったのだ。
「そこ行く御仁、見た所病人を抱えておられるようだが?」
逃げも隠れもしないその足音に振り向いた二人を脅かさないよう声をかける。
「誰じゃ?」
病人を背負っているその男は意外と頭に白髪の混じり始めた初老の男であった。
しかし、それを補って余りある血色の良い精悍な顔つきは、その横に覗く病人の、今にも死にそうな青白い顔と対照的であった。
「私は斎藤朝信と申す者、これでも薬師の心得がある。」
58荒野の戦慄き2/7:2005/03/30(水) 20:44:21
男っ気の濃い越軍に在っては優男なほうではあったが、それでも武将然としている朝信の顔。
この騙し騙され、殺し殺される島では、この朝信の風体から言っている事が信じられず、有無を言わさず撃たれる可能性もあった。
しかし、彼は薬師の端くれとして病人、怪我人を放っては置けなかったのだ。
「薬師か・・・。胡散臭いな」
予想通り、疑いの眼で朝信を見る。しかし、朝信も怯む事無く、
「信じる信じないはどちらでも結構だが、急がんと手遅れになりかねんぞ。」
と、訝しむその男を諭した。
「わかった、信じよう。」

草がほとんど生えていない土臭い地面の中でも、比較的石の少ない所にゆっくりと病人の隆景が横たえられる。
「・・・おねがいします」
今まで黙っていた隆景も目を閉じながらもごもごと小さな声で朝信に礼を述べた
「うむ、始めるぞ」
言って、まず左手で脈を計りながら右手を当てて熱を診る。
―高熱に、脈が早鐘のように打っている。
体全体を見渡すと、いくつもの小さな傷の中に一際深いものがあるのを見つける。
「この傷はいつ出来たものだ?」
「昨日だ。爆風で飛んできた釘が刺さったようなのだが・・・」
「食事は?」
「すこし、咀嚼が出来ておらぬようだが、食べている」
―間違いない。ただの風邪の症状に隠れてはいるが・・・
「落ち着いてよく聞け、これは破傷風だ」
「というと・・・?」
言うか言うまいかを少しためらった。
あまりに耐えがたい事態を宣告した事で逆上した彼らが襲い掛かってくるかもしれないからだ。
しかし、薬師として、言うべきことは言うのが義務である。目を閉じて深呼吸をすると、静かに彼は言った。
「傷口から入る雑菌が全身痙攣を引き起こす病だ、治る治らぬは半々かそれ以下。よしんば治ったとしても筋が硬直したままである事もある。」
そこで一息ついて、朝信は言葉を続ける。
「こんな場所で私に出来るのは薬を調合して痛みと症状を和らげる事くらいだ。」
考えていた事ではあるが、聞いていた老人の顔は見る見る赤く、病人の顔は見る見る青くなっていった。
59荒野の戦慄き3/7:2005/03/30(水) 20:45:02
「・・・言いたい事はそれだけか?」
怒気を孕んだ声で元就は朝信ににじり寄る。
その足を弱弱しく隆景が掴んだ。
「父上、この病はこの薬師の方のせいではありません、どうか」
「五月蝿い、その様な事とうにわかっておるわ!」
元々、元就にも望み薄なのは分かっていた。
しかし、この薬師と名乗る胡散臭そうな輩を溺れるものが藁にもすがる思いで信じて、僅かな可能性に掛けた・・・それが裏切られたのだ。
しかも、なまじ薬師と名乗っているだけにその病状や病の実態は正確であろう。
神に唯一のこった息子の死を宣告されたような思いであった。
元就は隆景の手を荒々しく振り解き、先の欠けた十文字槍を朝信に突きつけた。
「薬師よ、朝信と言ったな?」
「ああ、そうだ」
朝信も得物に手を掛けながら答える。
「お前は一体なんなのだ?絶望を与えにきたのか?それだけか?」
「薬師として、症状を正しく伝えたのみだ。早くこの場所から―この島から搬送しないと取り返しの着かないことになる、と。」
―薬師として、いや病人を前にした人間としてこれほど自分の無力を呪った事は無い。
―確かに診断するのは早かった。恐らく病状も正確に予告している事だろう。
―しかし、私に一体何が出来た?この御老のお怒りはもっとも。なのに、何故私はこれに手を掛けている?
様々な矛盾と後悔そして絶望。・・・このような気持ちを押さえられる薬があったなら、と朝信は自信を憫笑する。
この気持ち、恐らくこれを糧にして、薬師の腕と言うのは上がっていくものなのだろう。
事実、これまでも朝信は戦場を駆けずり回って、怪我人を癒し、深傷の者を看取って、その死のたびに次の怪我人を救えるように精進してきた。
敵陣においてはその槍捌き鬼の如く、自陣においてはその慈愛は仏の如く―朝信が越軍の鐘馗と世に謳われる所以だ。

60荒野の戦慄き4/7:2005/03/30(水) 20:45:39
―だが、どうだ?それだけ精進しようと、打ち破る事のできないこの壁は!?
―こんな時、私に出来る事が症状を抑え、痛みを和らげる事くらいだと?笑わせるな?なんと、ちっぽけな事なのだ?
―私の生命力を分け与える事が出来たなら・・・。声をかけて、それが病人への励ましになるのであれば・・・。私はいくらでもそうしよう。
―しかし、生命力を分け与えるなど到底無理な話。それに、私はあくまで他人で健康な人間だ。どんな励ましの言葉を、どんな同情の言葉をかけようともそれは全て詭弁に過ぎない。
―結局私には何も出来なかったという事か・・・。

「それが詭弁だというのだ!出来ない事をさも簡単に言って、そんなに愉しいか?」
叫びながら、元就は十文字槍を振り上げる。
―そうだ、その通り。確かに詭弁だ。私の存在そのものが矛盾。
―戦場では何の恨みも無い敵兵の命を狩る鬼。そのくせ、自陣では何の恩も無い人間の命を助ける仏。
―これを矛盾といわずして、何と言う?
元就が槍を振り上げてから、こちらに返してくるまでの間、その長い時間に悟ったつもりになって、朝信は死を受け入れ目を閉じる。

だが、次の瞬間。
朝信がいた場所で、ぶおんと勢いよく空を斬る音がした。
「往生際の悪い・・・」
吐き捨てるように元就は言う。
「悪いな、私は人の命を救い続ける事こそが私が殺めた命へのせめてもの償いと考えておるのでな。・・・それに、私には酒の約束があるのだ。」
「酒か、この様な場所でよくもそんな悠長な事がいえるな・・・」
元春を失い、隆元を失い、娘婿の隆家を失い、さらに今残った隆景の死まで宣告された元就が憎憎しげに朝信をねめつける。
「出来るなら見逃していただきたいのだがな」
「了承すると思うかっ!?」
叫んで元就は第二撃を繰り出す。
怒りのせいか、大振りなその攻撃を紙一重でかわすと、朝信はモップを元就の足に叩き付けた。
モップが足に触れた瞬間、元就の足に激痛が走る。細い木、その上布が当たっている部分なのに、何故?
元就が抱いた疑問は、元就に痛みを与えていたその棒が元就の足から離れた時に解けた。
61荒野の戦慄き5/7:2005/03/30(水) 20:46:24
―仕込み針か・・・、小賢しい。
元就の目に見えたのは普段ならモップの布に隠されて見えない針であった。
そして、それを確認した瞬間、元就は片膝をつく。
しかし、それも束の間、既に怒りが痛みなどとうに凌駕していた元就は勢いよく血を噴き出す左足を立て直して、カラシニコフを背中から回して構えた。
朝信もその元就の武器を見て、危険を察知し、すかさず全身の筋をバネにして、大きく左に横っ飛びをする。
瞬間に火を噴いたカラシニコフの銃口もそれを追い、同じ様に朝信の飛んだ軌跡を辿るように次々と土ぼこりが巻き上げられる。
そして、元就のほぼ真横にいる朝信をその狂気と凶器の銃口が捕えんとした瞬間、突然にしてその銃口は動かなくなった。
カラシニコフの長い銃身が邪魔になって、それ以上右に旋回する事が不可能な位置、つまり死角であったのだ。
元就と、朝信の違い。それは激昂と冷静、そして絶望と希望であった。
死角にいる朝信を撃ち殺さんと、強引に傷ついた足を動かす元就、しかし、着地の瞬間の隙が出来ていた朝信をその銃口が捕えた瞬間、絶え間なく光り輝いていたマズルフラッシュが途切れた。
―こんな時にっ!
元就は自身の不運を呪いながらも弾切れになったカラシニコフを、肩紐を外して未練もなく投げ捨てる。
続いて、ボウガンを構えんとした元就に対して、体勢を立て直した朝信が布の方を持ってモップを大きく振る。
間合いも狙いも、力加減もてんで見当違いなその攻撃をほとんど気に止める事もなく元就はボウガンの装填を終えようとした。
が、その瞬間、モップの柄の先から飛び出した鎖分銅が、ボウガンの弦を捕え、弾けさせた。
「小癪な!仕込み分銅か」
朝信の得物である、モップ型暗器の多彩な攻撃の前に、元就はどんどん冷静さを失っていき、逆に朝信の心には僅かに余裕が浮かんだ。
元就は、遠距離戦を諦め、壊れたボウガンも投げ捨てて、最初の得物・十文字槍を手にとる。
朝信も戻ってきた分銅を柄に仕舞うと、モップの中程を持って、上下逆にひねる。
すると、上下に分かれたモップの柄の中から、先程の分銅のものと同一と思われる鎖がその姿を見せた。
朝信も、針があると分かってその針に当たる元就ではないと悟っていたのだ。
62荒野の戦慄き6/7:2005/03/30(水) 20:47:13
そして、モップの柄の方を握ると、布と針がある方の部分をフレイルのように勢いよく回すと、元就に飛び掛っていった。
元就も槍を振り上げて迎撃する。その十文字槍の枝とモップの部分が複雑に絡まった。

―!
―!
朝信にも、元就にも戦慄が走る。
同時に、お互いの武器を奪おうとする為に自分の武器を引っ張り合う。
ぎりり、ぎりりと軋んでいるのは両者の筋か、それとも絡まりあった武器なのかは分からない。
分からないが、はっきりしたのは、朝信の握っていたほうのモップの柄尻が砕けて、鎖分銅が抜けてしまったという事だ。
「くっ!」
余裕から出た慢心のせいかもしれない。と今更、朝信は後悔する。
「やはり、最後の最後に不運なのはお前であったな薬師よ」
投げ捨てたカラシニコフとボウガンを一瞥しても隣は愉悦の笑みを浮かべる。
両者の色々な思いが錯綜した瞬間、その思いを断ち切るように、鎖が絡みつき、先の欠けた刃先が走り、朝信の心臓を貫いた。


「父上、何故です・・・?」
全てが終わってから、少しして、元就の背後からそんな声が聞こえた。
「この薬師はホラ吹きだ、御主とわしを侮辱した。殺すには十分すぎる理由だ」
元就も自身を理論武装し、背後の隆景に言い繕う。
「父上、私にも自分のことくらいはわかります」
搾り出すような声が聞こえた。
「な、何を言っておるのだ!?」
振り向いた元就が捕えたのは膝立ちで俯いた隆景と、その米神に当てられた銃口であった。
「あの方を殺し、父上を鬼に変えてしまったのは私です。父上、同かこの親不孝な私をお許しください。」
隆景の目からこぼれた涙が地面に付くのより早く、元就が隆景の銃を取り上げようとするのより早く、隆景とその小さな凶器の僅かな隙間から火の花と、遅れて血の花が咲いた。

63荒野の戦慄き7/7:2005/03/30(水) 20:48:34
「何故だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
わずかに鉄の匂いが混じる風が吹きすさぶ荒野に、全てを喪った悲しい父の戦慄きが響きわたった。


【48番 斎藤朝信 死亡】『モップ型暗器』は破壊されて、十文字槍に絡みついたまま
【46番 小早川隆景 死亡】『グロック17C(残弾17発)』は96番毛利元就が回収
【96番 毛利元就 『梓弓(4本)』『十文字槍』】4-C荒野
『USSR AK47 カラシニコフ』『ボーガン(5本)』はそれぞれ弾切れ、破壊の為、4-Cに放置。

【残り28+1人】
64野望潰える1/4 ◆IVgdXngJC6 :2005/03/31(木) 16:37:30
(今しかない)
前を行く氏照を見て、憲秀は唐突にそう思った。
思えば情けないものである。殺害を決意してからというもの、ずっと氏照の影に怯えて、結局は果たせずじまいでいる。
氏照の得物が気になっていたという事もあるが、ようは気持ちの問題だった。単に憲秀にそれだけの度胸が無かっただけである。
だが今ならどうか?憲秀には自信があった。氏照の得物も把握できた。弾の詰め合わせなど、それだけでは何の用も成さないものだ。気にすることは無い。
自分の武器は、より実戦向きだ。人に使ったことこそ無いが、使い方は理解している。よもやそれでしくじる事は無い。
氏照に対する憎しみも度重なる暴行で、これ以上ないというほどに膨れ上がっている。
幸いにも、氏照は自分の事を少しも疑っていない。態度こそ悪いが、常に自分の事を気にしてくれている。つまり、それなりの信頼は得ているということだ。
勝てる条件は揃っている。ならばあとは運を天に任せ、氏照を襲うだけだ。自分にどれだけの覚悟があるかで全てが決まる。
(やってやるさ)
憲秀はついに覚悟を決めた。懐に収めたスタンガンを握り締めると、先を歩く氏照に早足で近づいていった。
氏照の方は憲秀がそんな事を考えているとは夢にも思わず、ただ前を見据えたままで歩いている。
憲秀はそっと氏照の背後に迫ると、紫電を発したスタンガンを氏照の背に押し付けた。
「ギャッ!?」
蛙を踏み潰した様な、醜い悲鳴が上がる。氏照はそのまま昏倒した。口から泡を吹き、目は半ば見開かれたままで白目を剥いている。
「へへっ、ザマァミロってんだ」
憲秀は、うつ伏せに倒れている氏照の顔に唾を吐きかけると、満足顔でにんまりと笑った。
65野望潰える2/4 ◆IVgdXngJC6 :2005/03/31(木) 16:38:24
「それにしてもあっけないものだな。あんなに悩んでいたのが馬鹿のようだ。さっさと殺してりゃ良かったわ」
あれほど自分を虚仮にしていた氏照が、今は自分の足元で事切れている。憲秀にとってこれ以上ない喜びだった。
だがその喜びは束の間でしかなかった。次の瞬間には、氏照が低い呻き声を上げて意識を取り戻した。
「ゴオェ・・・オエェ・・・オオエェェ・・・」
氏照は起き上がるなり、胃をひっくり返したように嘔吐した。
(し、死人が生き返りおった・・・)
別に死人が生き返ったわけではなく、単に気を失っていただけにすぎなかったのだが、殺したものと思い込んでいた憲秀には氏照が生き返ったように見えた。
胃の中の物を全て吐き終わると、いくらかすっきりしたのか氏照は虚ろな目で、呆然と立ち竦んでいる憲秀を見上げた。
「・・・どうなってるんだ・・・。俺になにが起こったんだ・・・?」
まだ吐き気がするのか、氏照はしきりに胸を撫でていた。
憲秀は氏照に訊ねられて、見苦しいほどに狼狽した。まさか自分がスタンガンで襲ったなどは言える訳がなかった。
「お前・・・その手に握っているのは・・・?まさか、俺を殺そうと・・・」
慌てて持っていたスタンガンを隠したが遅かった。氏照は信じられないといった目で憲秀を見つめている。
(何か言わねば・・・。何とか誤魔化さねば)
しかし言葉が出てこない。でてきたところで、今の状況を変えられる程のことを言えるとも思わなかった。
氏照はゆっくりと立ち上がると、憲秀と向かい合った。
「俺を殺る気だったのか?残念だな、生憎俺はまだ生きているぞ」
「そんな・・・殺す気だなんて・・・」
「無かったとでも言うのか?」
忌々しげに憲秀を睨む氏照は、何を言っても聞く耳を持ちそうも無かった。
66野望潰える3/4 ◆IVgdXngJC6 :2005/03/31(木) 16:39:22
「ケッ!バレちゃぁ仕方ねえ。そうだよ、お前を殺す気だったのさ。ついでに言うと、氏政も殺して、わしが北条を動かすつもりでいたのよ」
説得を諦めた憲秀は、開き直って己の野望を語った。
「お前が北条を?笑止!例え俺や兄上が死んだとて、下には弟達がいるし、幻庵のジジイだって健在だ。お前にどうこう出来るわけが無い」
「これから死ぬ事になるお前には関係の無いことだ」
そう言うと、再びスタンガンを取り出して氏照を威嚇し始めた。といっても、憲秀にここで戦う意思は無い。
まともにぶつかっては勝てぬと思ったからこそ、不意打ちを狙ったのであって、こうして真っ向から戦っては腕力、気力共に劣る憲秀に勝ち目は無い。
そこで威嚇をしながら逃げる隙を探っているのだが、氏照はそんなに甘くは無かった。
「不意打ちをしたかと思えば、今度は逃げる気か。武士の風上にも置けぬ男だな。お前は北条の恥だ。俺が成敗してくれる」
氏照はスタンガンに臆することなく、憲秀に掴み掛かった。憲秀はその勢いに負けて、難なく押し倒されてしまう。
馬乗りになると氏照はまず、憲秀のスタンガンを握る手を膝で押さえつけ動かせないように、反対の手も同様にした。
憲秀は足をバタつかせ、腰を浮かせて胸の上に乗った氏照を振るい落とそうとしたが、氏照はどっしりと腰を落としたまま動かない。
スタンガンの電源を入れて氏照を撃とうともしてみるが、手首だけしか自由にならず、電撃は氏照の身体まで届かなかった。
憲秀の顔が恐怖に染まり、凍りついた表情になる。
その憲秀の顔を、氏照は情け容赦なく殴った。
グジュ
鼻の潰れる音がした。
ゴキッ
氏照の硬く握った拳は前歯を数本折り、憲秀の口中に鉄の味が広がる。
「も・・・もうやめ・・・て・・・」
氏照は憲秀の命乞いなぞ聞いていない。構わず拳を振り下ろす。
67野望潰える4/4 ◆IVgdXngJC6 :2005/03/31(木) 16:40:02
見る見るうちに、憲秀の顔は元の二倍にも三倍にも腫れ上がってしまい、誰とも判別できない顔になった。憲秀はすでに虫の息になっている。
それでも氏照は殴る事をやめずに、一定のリズムを保って殴り続けていく。
ついに、憲秀はピクリとも動かなくなった。
氏照は肩で息を切らせて、ようやく殴るのをやめて憲秀の上から降りた。
「はぁはぁはぁ・・・。恥を知れ、愚か者めが」
口ではそう言うものの、氏照の背中は泣いているようにも見えた。

【89番 松田憲秀 死亡】『毒饅頭』はその場に放置
【79番 北条氏照 『各種弾丸詰め合わせ』『スタンガン』】5-D山中 目的:氏政との合流

【残り27+1人】
68無名武将@お腹せっぷく:2005/03/31(木) 22:50:03
申し訳ありません。>>14に関する修正です。

×92番三好長慶・・・・久政に踊らされるふりをし、実は久政を踊らせて殺害した策士。
○92番三好長慶・・・・久秀に踊らされるふりをし、実は久秀を踊らせて殺害した策士。

83番・細川藤孝・・・・仕草が美しい、風流を知る剣の達人。天皇の真意を求めようとする。
↑こちらも抜けていました。失礼いたしました。
69三日目・日没の放送:黄帝生年紀年4716/04/01(金) 00:56:26
・・・ガガッ
皆の者、大分頑張っておるようじゃな。三日目の日没である。
早速だがまず、死亡者を読み上げる。
82番北条綱成、62番武田信繁、24番遠藤直経、90番松永久秀、94番村上義清、
37番北条高広、48番斎藤朝信、46番小早川隆景、89番松田憲秀
以上の9名である。ほほほほほ、まあまあの出来と申しておこう。

次に食料配布場所である。
1-E五番トラック到着地、4-H砂浜の二箇所じゃ。
何故、二箇所になるのかは判っておるな?
皆の者の中に、またよからぬ事を企てておるものが居る。名を挙げるぞ。
29番飯富昌景、58番鈴木重秀の二人だ。
以前言っておいた、63番武田晴信、69番長尾景虎共々、殺せ。

では残り27人じゃ。頑張って殺し合い、せいぜい朕を楽しませてくりゃえ。
クハハハハハハハ。

・・・ブツンッ
70THE FOOL 1/6:黄帝生年紀年4716/04/01(金) 03:20:29
上条「なあ、食い物ない?」
利家「ないよ。・・・っていうか我慢しろ。俺だって腹が減ってるんだ」
利家、上条、そして藤孝の三人でともに出発してから、もう結構な時間が経っている。
藤孝の目的は、天皇のいる場所へ続く道を探す事。
上条の目的は、長尾景虎と村上義清-もっとも、すでに義清は殺されているのだが-を探す事。
利家の現時点の目的は、かつてともに行動し、そして力及ばず倒れた丹羽長秀が
何か、この島で生き残るための手がかりを残しているかを探す事。
それぞれ、争う理由など無い。ゆえに三人は手を組み、現時点での目的地である3-C地点を目指していた。
利家「・・・さっきは一食分食ったが・・・まあ確かに少し食を抜いていたから腹は減ったな。細川さんはどうだ?」
あまり話に入りたくないと思っていたのか、離れて歩いていた藤孝に利家が話しかける。
藤孝「・・・先ほどの帝の報では、この島には狼が放たれているらしいな」
利家「・・・まさか狼食えってのか?食えるのか知らんが細川さんは食った時あるのか?」
少々論点がズレたその答えに、珍しく藤孝が声を荒げた。
藤孝「違うわ馬鹿者!あまり馬鹿な話などせずに緊張感を保てと言いたいだけだ、このうつけどもが!」
上条「なあ、ちょっとオレ考えたんだけどよォー」
そこまで話が進んだ時に、上条が割って入った。
利家「なんだ?」
上条「狼の肉ってうまいと思う?それともマズイと思う?」
藤孝「だからやめろ、そういう話は!なんで緊張感を保たねばいかん時にそんな話をするんだうぬは!?」
藤孝の声にも怯まず、上条は話を続ける。
上条「二人ともちょっといい?まずオレ達はよく魚食うじゃん?鮎って魚知ってる?」
利家「知ってるが?」
上条「鮎は食べられる。塩焼きにしても頭まで食べられる」
利家「ああ」
71THE FOOL 2/6:黄帝生年紀年4716/04/01(金) 03:22:23
上条「鮎って何食べてるか知ってるか?」
利家「海草だろ?」
上条「その通りだ。海草を食べる鮎って魚は頭まで塩で食えるわけだ。ここまではいい?」
利家「ああ」
すでに藤孝は話の中にいないが、己の考えに確信があるのか上条は話し続ける。
上条「一方で、だ。俺達は猫は食べねー。食ったって話も聞かねー」
利家「当たり前だ。たとえ将軍がうまいって言ったって俺は猫なんか食わないぞ」
上条「猫って何食ってるか知ってるか?ありゃあ肉食だ。オレ達は肉を食う猫は食べねー。
    たぶんマズイから昔の人が食わなかったんだ。わかる?」
利家「ああ」
上条「こう考えるとオレ達は草を食う物をよく食うわけよ。鮎!鯛!めざしィィ!
    いい草を食ってるモノほどうまくなる!・・・かどうかは知らないが多分そうだ!とりあえず高くなる!」
利家「ほう・・・」
上条「つまり結論!狼は肉食ってるからマズイんだ!!
    よく南蛮人が『肉ヲ食イマショーウ。肉オイシイデース』とか言ってるじゃん!ありゃあ嘘ッパチだぜェ!」
利家「むむむ・・・なるほど、説得力あるな!どう思う細川さん!?」
藤孝「言っておくが、さっきの食糧に入っていた干物・・・あれは牛の肉だぞ」
利家「何!?」
上条「まあそうだろうな・・・この書物の中でも牛の肉食ってるからよォー」
利家「お前また書物から言葉を引用したのか!?」
藤孝「・・・む・・・馬鹿騒ぎはその辺にしておけ。誰かいるぞ。とりあえず隠れろ」
騒ぎを藤孝が御した。その言葉に利家も木の影に隠れ、前を見る。
藤孝が指差した先には三人の人間がいた。男二人と・・・。
利家「あれは・・・まさか女か?なんだってこんな島に?」
藤孝「・・・参加者であると考えるのが妥当なところであろう?」
72THE FOOL 3/6:黄帝生年紀年4716/04/01(金) 03:23:10
確かにそうである、としか利家にも考えられないのだが、それでも屈強な男達の中で
今まで女性が生き残っているという事に、利家も藤孝もやや困惑していた。
利家「どうやって生き残ってきたんだ?」
当然の疑問を利家が発する。すると藤孝も困惑しながら答えを返した。
藤孝「この島に色香で誤魔化されるような馬鹿者はいまい。
    恐らくは、周りの男二人がここまで守ってきたか・・・ずいぶんと余裕のあることだ」
利家(男二人・・・か)
利家は視点を女から男の方に回した。すると、見覚えのある男が視界の中に入ってくる。
利家「あれは・・・浅井長政じゃないか」
藤孝「知り合いか?」
利家「こっちが一方的に知ってるだけだ。あっちは俺など気にとめてはいない・・・と思う」
藤孝「長政殿とは、いかなる御仁か?」
利家「俺の主君のとっても美人な妹君を娶った、とても羨ましい男だ」
藤孝「・・・いや、そういう事を聞きたいわけでは・・・」
そこまで話した時に、また上条が口を挟んだ。
上条「・・・そっちの男は知らねーが、もう一人の男・・・ありゃあ武田家の人間だぜ。
    たしか高坂・・・って言ったかな。逃げ弾正って言えばわかるか?」
利家「その名は聞いた時があるな・・・逃げ弾正か・・・槍の又左とどっちが上かな」
上条「てめー頭脳がマヌケか?争う方向性が違うじゃねーかよ」
珍しく上条が真剣な顔つきになる。
長尾家と武田家という二代名家の争いは、利家や藤孝の耳にも入っている。
長尾家である分、武田家に対して二人より思いがあるのだろう。
藤孝「争うか、共に行くか、それとも関わらずか・・・さて、どうする?」
73THE FOOL 4/6:黄帝生年紀年4716/04/01(金) 03:24:14
上条「で、どうするんだ?気は進まねーが、少なくとも高坂は顔見知りの話ぐらいは聞いてくれると思うぜ?」
しばらく続いた沈黙を破ったのは上条だった。
三人で行動していて沈黙が訪れた時も、一番最初に言葉を発するのは上条だったが、今回は意味合いが違う。
利家「長尾と武田は敵じゃないのか?」
上条「耳クソその矢でゴリゴリほじってよーく聞け。だから気は進まないって言ってるじゃねーかこの田吾作が」
利家「いつになく強気だな・・・まあいいか。どうする、細川さん?俺としては・・・」
藤孝「結論を下す前に、少しあちらの方を見てみろ」
そういい、藤孝がある場所に指を差す。利家と上条もその方向に視点を移した。
先ほどの三人よりわずかに離れている洞窟の中には、一人の男がいた。
その人物を見た後、上条が舌打ちしながら利家と藤孝に話しかける。
上条「ずいぶん大物がいるな、まったくよォー・・・あれは・・・」
藤孝「言わなくてもわかる。武田晴信だな?」
その言葉に利家も息を呑む。
利家「・・・あれが、か・・・どういう事だ?長尾景虎とともに行動していたんじゃないのか?」
藤孝「共に行動している、とは帝の報でも言ってはいまい。さて・・・そこでどうするか?」
またしばらく沈黙が続いた。その沈黙を、また上条が破る。
上条「争うか、話し合うか、逃げるか・・・だろ?どうする?」
利家「・・・武田晴信とはあまり争いたくないな・・・無意味だし、何より武田家の当主・・・。
    それに三対四だ。あっちの武器がわからない以上、やっぱり攻撃は少し気が退ける・・・。
    共に行動するよう話し合うか、それとも気づかれてないうちに逃げるか?」
上条「いや、もうとっくに気づかれていると思うぜ?」
利家「それもそうだな・・・あっちも生き残るために細心の注意をはらってるはずだしな。となると・・・」
藤孝「しかし、武田晴信がよく知らぬ我らをそう軽々しく信用すると思うかね?」
74THE FOOL 5/6:黄帝生年紀年4716/04/01(金) 03:25:14
利家「そうだな・・・さて、進退窮まったな。どうする?」
三度目の沈黙が訪れた。そしてその沈黙を破ったのは、またも上条だった。
上条「やれやれだ・・・こいつはマジに行き詰ったかも知れん。まったく何も思いうかばねー。
    だがな・・・上条家、いや長尾家には伝統的な戦いの発想法があってな・・・。
    『ひとつだけ残された戦法』があったぜ」
妙に自信に溢れた上条の表情に、利家もふと期待を寄せる。
利家「残された戦法・・・それは!?」
上条「いいか!息がとまるまでだ!」
利家「息が止まるまでだと!?おい・・・その戦法ってまさか!?」
上条「フフフフフフ・・・」
自信に満ち溢れた表情のまま笑った上条は、そのまま後ろを向き・・・。

上条「逃げる」
一目散に駆け出した!!
利家「やっぱりかよ!別に長尾家じゃなくても進退窮まったら逃げるだろ!?別に伝統では・・・!」
藤孝「いや、ある意味戦の伝統かも知れんな」
利家「落ち着き払ってる場合か!?」
藤孝「気づかれているにしても、ここまでして仕掛けてこないと言う事は
    晴信の思惑がどうであれ、現時点では我らを襲う意志は無いのであろう。
    よほどのうつけと思われているだろうが・・・あるいは気づかれてなかったのかも知れん」
落ち着き払っていた藤孝はやや笑みを浮かべ、晴信達とは逆の方向に向け歩き出した。
藤孝「だが、そのうつけっぷりがいい。うぬも上条も表裏のつくれない者だからこそ信用できる。
    仮に武田家の当主などと組めば、その知略に我らも組み込まれるはずだ」
75THE FOOL 6/6:黄帝生年紀年4716/04/01(金) 03:26:38
利家「だが・・・」
藤孝「いいように扱われてはたまらぬ。仕掛けて来ぬのだから、ここは上条の言うとおり退いておくぞ」
利家「あ、ああ」

ずいぶん先まで逃げた上条に利家たちが合流した後、上条が晴信達のいた方向を見て言った。
上条「まあ少なくともここまで来れば、晴信の奴も追っかけてこようとは思わねーだろ」
その言葉を受け、藤孝も地図を広げ場所を確認した。
藤孝「・・・少々遠くなるが、先ほどの場所をここから迂回して3-Cを目指すか。
    地図上で言えば、ここ(4-E)〜3-E〜3-D・・・だな。まったく無駄足だ」
上条「・・・それにしても走ったからちと腹減っちまったぜ。そこで、狼って美味いと思う?だったら罠はって・・・」
藤孝「黙れうつけが。それより早く向かうぞ。もうそろそろ日没ではないか」
利家「・・・うつけか・・・」
目的地に向かい歩き出す中、ふと『うつけ』という言葉で利家はある人物を思い出した。
利家(信長様は、どうしているだろうか・・・)

日没、三人の長尾家臣の死を告げる放送が聞こえたのは、その数分後の事だった。


【86番 前田利家 『SPAS12(残弾1発)』『鉄槍』『矢(5本)』】& 【83番 細川藤孝 『太刀』】&
【57番 上条政繁 『書物・ジョジョの奇妙な冒険全巻(十数冊読めないものあり)』『バゼラード』】(4-E森から3-D森の前に向かっています)
76鬼と神巫(いちこ)と 1/9:黄帝生年紀年4716/04/01(金) 15:02:41
「長政様、何処へ?」
私の横に蹲るようにして眠っていたノドカがむっくりと首を擡げて、唐突にそう聞いてきた。
「ああノドカ、起してしまったか。見回りだ、洞窟のような逃げ場のない所に留まるのだからな、そのくらいはしておかないと無用心だろう?」
私の声が夜に備えて火を灯した、乾いた砂埃が漂う、澱んだ空間に響く。
「その通りです、ノドカ。私も先程行ってきました。」
気を引き締める為と言って装着された面頬。それを通した昌信のくぐもった声が私の声に応ずる。
先刻、妙な人影を確認して、この洞窟に入ってからは久しぶりの三人の会話だった。
理由は単純。火を囲むようにして座っている私を含む3人の他に、少し外れた所に大型銃を抱えるようにして岩にもたれている男がいるためだ。
ノドカの事は護らねばならないし、昌信も普段の冷静さを失ってよそよそとし、不安定なので、私が付いてやらねばならない。
だが、それ以上にこの男に対する嫌悪感もあった。
この男と出会うまで、ノドカがこれほどまでに怯え、昌信が追い立てられた鶏のように取り乱す事があっただろうか?
そして、何より、この3人がここまで気まずい雰囲気になった事があっただろうか?
見回りと称した嫌悪感からの逃避行為はこれで2回目だった。
昌信が行ってもいないくせに上手いフォローをしてくれたため、ノドカに気取られる事はなかったが、この事態は一刻も早くどうにかしなければならなかった。
「行ってくる。」
「私も一緒に行きます、長政様。」
「ノドカ、心配することは無い。安全を確認したらすぐ帰る。昌信の傷の様子を見てやってくれ。」
そう言い残しすと、ノドカの反応を見届けずにその場から離れた。
確かに嫌悪感からは逃れられたが、後ろ髪を引かれる思い。そんな形容がぴったりの別れだった。
77鬼と神巫(いちこ)と 2/9:黄帝生年紀年4716/04/01(金) 15:03:57
浅井とやらがいなくなった洞窟はまたしばらく無言の世界に戻る。
ノドカが昌信の面頬を外してその様子を見て、水に浸した布を交換する。その音が響くだけだ。
空気の澱みも変わりない。水に土埃が吸い込まれたせいか、少し場の空気が澄んだと思われるのは恐らく、気のせいだろう。
昌信のあの傷。あれは間違いなくわしがつけた物。
今更悔いても仕方のないことではある。分かってはいるが、後悔の念が沈黙の時にかこつけて次から次へと押し迫ってくる。
鎌倉の古くから続く武田家にとっては昌信のような新参者は闖入者でしかありえない。
勘助の一番弟子といっていい昌信を重用したいのは山々であったが、周りがそれを許さなかった。
所詮、甲州の虎と謳われるわしといえども、人に祭り上げられて、上に立っているにすぎない。
―家臣の動向に気を使い、苦慮するのは何処でも一緒よなぁ、景虎よ。
何度、戦陣でそう思った事か数知れない。

その習慣が身についてしまったのか、この島でも、昌信やノドカに対してきつい態度を取ってしまった。
景虎というわしに匹敵する頼もしい協力者をもう一度探さなければならないというのに、この雰囲気では言い出しようがない。
武田家の悪習はこんな常識の通じない島にまで付いてまわる・・・という事か。
武田家と言えば、あの浅井という男。武田家の中でもかなり浮いている昌信、親交関係などまるでないノドカとともに行動しているからには何か一癖、二癖ありそうな男であったが。
妙にぶっきらぼうで敵意が丸出しの男。景虎めに似ておるが、やはり違う。
質問をしても取り付く島も無い。さらに昌信とのあの会話は・・・。
遠くからでは良く聞こえなかったが、「けしかける」などと昌信には似つかわしくない危なげな言葉が混じっていた。
―あの男、・・・一体?
暗中模索という言葉がぴったりだ。元々理解しがたいノドカ、初めて見る浅井という男、さらにこの男だけはわしの本意を理解してたと思っていた昌信までが、今やわしの手の届かない所にいる。
手を伸ばせば触れられる位置にいるというのに、心の距離とは如何ともしがたいほど離れている。
揺らめく火が岩に映し出す昌信の影には踏み入れる事ができても、昌信の心には踏み入る事が出来ない。
なんとも皮肉な事だ。
78鬼と神巫(いちこ)と 3/9:黄帝生年紀年4716/04/01(金) 15:05:55
などと、とりとめのない考えをめぐらせていると、不意に入口の方から足音がした。
―あの男が帰って来たのか。・・・しかし、妙だな。
この洞窟を調べてみると、いくつか出入り口があったが、この足音はあの男が出て行ったほうではない。
昌信もそれに気付いたのか、ノドカに静かにするように合図して、火を消す。
元々小さな火に照らされた薄暗い空間ではあったが、その僅かな明りさえ消えた空間は真暗闇となった。
急ぐわけでも、慎重に足元を確かめている様子もない足音。それが一歩一歩こちらへ近付いてくるたびに血の流れが早鐘を打つように早くなるのを感じる。
じょじょに慣れてきた目で辺りを見回すと、昌信もいつの間にか小刀を抜いて身構えている。
かなり遠回りをしてきた足音ももはや、その息遣いが感じられるほどになる。
「ニオイガスル・・・ソコニイルナ!ドウサン!」
抑揚のおかしい声が聞こえて、入口のほうから野獣のような勢いで、巨大な影が動く。ついで、岩を砕く音がした。
―岩を砕いただと!?ありえん、滅茶苦茶だ。
頭は音から想像される光景にパニックを起していたが、体は正直に、そいつが来た方の洞窟の出口へと向かっていた。
「昌信、逃げるぞ!」
「承知しました。」
昌信は長政が出て行ったほうの入口に近い。そっちから逃げれば、相手を困惑させることが出来るだろう。そう晴信は考えた。
もっとも、声も、体格も、腕力も滅茶苦茶な相手にそれが通じるかどうかだが・・・。
しかし、今はただ逃げるしかなかった。何故なら、追ってくる足音が背後からしているからだ。
先程までの危うい足音では無い、得物を追う狼のように俊敏でかつ正確に地を踏みしめる足音だ。
振り返っている暇は無かった。幸い、甲州の野山で育った脚は洞窟に響く追跡者の足音と同等かそれ以上。
晴信は走りながらも自らの得物を肩から外し、いつでも使えるようにトリガーに指を軽く掛けていた。
79鬼と神巫(いちこ)と 4/9:黄帝生年紀年4716/04/01(金) 15:07:14
「ハァッ、ハァッ・・・」
健脚とは言えど、晴信の体格では息が上がるのも速かった。
―早く決着をつけねば、背面からやられては・・・
―出口はまだか!出口は・・・まだか、まだか、まだか、まだか!
瞬間、暗闇の中にぽっかりと空いた出口からの僅かな光が晴信の目に映った。
自然、足も速くなる。だが、追う足音も逃がすまいとばかりに、速くなる。
晴信は見えざる敵への恐怖心に追い立てられるように走った。

たった数メートルの距離。晴信の愛馬であれば息もつかぬ間に駆け抜けるその距離を走りきるのに、これほどまでに慄冽とした事があっただろうか?
走る、走る、ただそのぼんやりと浮かぶ出口を求めて。
そして、その出口に足を掛けた瞬間に晴信は倒れて、転げながらもんどりうつようにして今まで見ることのなかった真後ろの追跡者に向かって引き金を引いた。
「死ねっ・・・いや、昌信っ!?」
ダダダッ、ダダダッ。
今まで後を追っていたのが昌信だと晴信が気付いた時には、3発づつ、6発の銃弾が昌信の体に吸い込まれていった。
「あ゛っ・・・」
覆面の口から血が溢れ、昌信はうつ伏せに倒れる。
その間、晴信はショックで動くことすら出来ず、ただ、昌信が崩れ落ちる様をめで皇だけしか出来なかった。
昌信の後ろにいた、ノドカも撃たれてこそいないが、あまりにも笑えない現実に腰砕けになったのか、両ひざを地に付く。
「げ、源五郎君・・・いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ついで、わなわなと震え出したノドカの口から、想像も出来ないような絶叫があたりに響きわたった。
乾いた砂に昌信の体から流れ出た血が赤黒い水たまりを作る。
「晴信、き、貴様!」
どこからともなく長政の声が響いた。恐らく見回りから帰って、この異常事態に気付いたのだろう。
もちろん、事情を知らない彼の目にこの事態がどう映るか。考えるまでも無く、長政は憎悪と怒りを顕わにして、晴信をねめつけた。
叫ぶのと同時に、長政は晴信のほうに向かって、駆け出す。
その鬼のような形相に、事態を弁明する事もできず、晴信は新たなる恐怖に慄き、すぐさま体勢を立て直して、森の中へと逃げ込んだ。
80鬼と神巫(いちこ)と 5/9:黄帝生年紀年4716/04/01(金) 15:09:13
もともと収穫の無い事を確信していた見回りが無事に終わり、帰って来た私の耳に届いたのが、洞窟の中から響いてきた昌信のものとも晴信の声とも違う、唸るような声であった。
「何だ!?」
困惑しながらも、足だけはもう一つの入口に向けて駆け出していた。
走りながらも、様々な嫌な予感が頭の中を駆け巡る。
あの唸るような声は、3人の内の誰かの声が洞窟の影響でその声音が変わっていただけかもしれない。
しかし、あの叫び方だけはどう考えても異常だ。
時折、前をふさぐ小枝や背の高い雑草を切り払いもかき分けもせず、ただただ、前に走った。
先程見かけた、不信な人影。あいつらが何かを仕掛けたのかもしれない。とすれば、何たる不覚!
やはり、あの時躊躇わずに話をするなり、闘っておくなりすればよかったのだ。

・・・どちらにしろ、この島でのちっぽけな平穏。これだけは傷付けられたくない、無形の宝であった。
だが、もう一つの入口に私が付いた時、そんな淡い幻想はノドカの絶叫と、形容しがたい光景に軽々と打ち砕かれた。
昌信が晴信に撃たれて死んだ、何故だ?
ノドカの絶叫が小さな理性などすぐに吹き飛ばした。
そうだ、昌信は共にノドカを護ろうと誓った友なのだ。いかなる理由があろうと、それをゆるす訳には・・・
そう思えば、あとは流れるように口が怒号を上げ、足は駆け出し、顔に筋肉は強張っていった。
81鬼と神巫(いちこ)と 6/9:黄帝生年紀年4716/04/01(金) 15:12:08
逃げ出した晴信という得物を追う獣の如く、山林を駆ける。もはや、頭の中には昌信の仇を討つという事しかなかった。
―昌信、何故だ!?戦友の死を聞いて、彼の分まで生き延び、善光寺に弔うといったばかりでは無いか!!
―私、一人では・・・一人では不安が多すぎる。
などと考えていた為か、唐突に足をひねり、銃口をこちらに向けた晴信の動きに十分な対応が出来なかった。
「うであぁ!」
晴信が叫んで、森の中に銃弾がばら撒かれる。一動作遅れた私は無理矢理体をひねって、気の影に転がり込むしかなかった。
「うっ・・・」
まずい事に、まだ塞ぎきってなかった腹の傷口が無理な体制になって開いたのだ。続いて電撃のような激痛に片膝をつく。
私に着弾したと思ったのか、晴信は駆け出すが、この傷では・・・。
いや、私が弱気になってどうする!私がやらねば、誰が昌信の仇を取るのだ!
自分自身を叱咤して、腰のホルスターから、得物の5-7を抜くと、飛び出しざまに晴信の背中へとトリガーを引いた。
私の手元から轟いた爆音と、つづいて雷に打たれたように数メートル先で倒れる晴信。
左手で腹の傷を押さえつつ、右手はホルダーに銃を戻し、腰の刀に持ち替える。
接近戦で、いざというときに使えるのは銃よりも刀だ。
駆け寄ると、晴信はぴくぴくと震えながらも、まだ息を切らして、生を長らえていた。
息遣いは死に瀕しているとは思えないほど荒く、このチェイスが心身にどれだけの負担を掛けたものだったかを物語っていた。
「晴信公、昌信の仇、覚悟!」
うつ伏せになった晴信の背に刀を突きつける。幸い、晴信の得物は撃たれた時に前方に投げ出されたらしい。
「浅井、聞け!ちがう゛・・・」
ぶすっという音が晴信の弁明を最後まで聞く事無く、その全ての生命活動を止めた。刃は正確に心臓を貫いていた。
82鬼と神巫(いちこ)と 7/9:黄帝生年紀年4716/04/01(金) 15:14:00
「昌信、お前がこれで報われるとは思わぬ。しかし、私に出来るのはこやつを殺すことと・・・」
そこまで言って、私は一番大事なことを忘れていることに気が付いた。
冷たい水を頭から被せられたように、全身から血の気が失せる。特に熱くなりすぎていた頭は一瞬にして凍りついた。あまりの冷たい事実に全身が震え出した。
「ノドカ・・・、ノドカ!!」
しかし、震える唇で、三つの言葉を紡ぐと、それがあたかも呪文のように、凍り付いていた全身が、運動を再開した。
一度来た道を、来た時以上の速度で駆け戻る。
私の目は前方しか捕えていない。もし、晴信が生きていて後から狙おうものなら、まともにその弾を全て貰い受けることだろう。
今の私の目はただ、目的地に辿り着く為の遮蔽物を認識できればそれで十分だ。
倒木を飛び越え、大きな木を交し、雑草を薙ぎ払って、道無き道を戻った。
やがて、開けた場所―あの洞窟の入口へと戻る。
しかし、そこには今は亡き戦友が転がっているだけであった。彼女の姿は何処にも無い。
それでも一応、私は昌信に駆け寄る。彼の目は誰かによって閉じられ、地を嘗めていたはずの彼の体はいつのまにか空を仰ぐ形となっていた。
「昌信、何があったのかは知らないが、お前の仇は取った。」
そこで、私はもう一つの違和感に気がついた。何かを言い忘れたように口を開いたまま死んでいる昌信。彼がつけていた面頬は何処に行ったのだろうか?
「これは一体?それにノドカは・・・」
「私ならここよ、長政」
懐かしい声が私の背後から響き、その声に一も二もなく私は振り返った。だが、
「ノドカ、その面頬は・・・いや、お前は誰だ」
顔こそ、昌信の面頬をつけたノドカだった。それは見間違えようがない。
しかし、その廻りから漂う雰囲気、そして、先程の少し引っ掛った口調、私はトーンを下げた声音でそう聞いた。
83鬼と神巫(いちこ)と 8/9:黄帝生年紀年4716/04/01(金) 15:15:29
「誰?私はノドカ。いえ、私はあなたと言ったほうが言いかしら」
「どういう事だ、禅問答を聞いているわけでは無いぞ」
「貴方はそこにいる男からどれくらい話を聞いたのかは知らないけど、あなた自身に隠されたもう一人な貴方の事は知っているわね?」
全身にショックが走る。顔と声にも動揺が漏れてしまった。
「・・・どうして、それを?」
震えた私の声をそいつは鼻で嗤った。
「どうして?言ったじゃない、私はあなただと。」
『私はあなた』その言葉を聞くのは二回目だったが、おぼろげに意味が理解できた。

「昔、ある所に可愛い娘が居りました。彼女の家系はある社の宮司の家系で、多くの人々に愛され、崇められて育てられたのです。」
―昔語りか?
色々といいたいことはあったが、この話に大事な何かを感じた私は黙ってそれを聞いた。
「しかし、時は戦乱の世。彼女の父は隣国の大名に殺され、彼女自身は領民の為にその大名に嫁がなくてはならない事となりました」
・・・認めたくは無いが、良くある話だ。
「ですが、彼女は目の前で父を殺されたショックで心の中は伽藍洞。全てを拒み、そのうちに彼女の神巫としての血に招きよせられた鬼神の類いに魅入られるようになりました」
「まさか、それは!」
「話は最後まで聞きなさい、長政。・・・彼女の周りには災いが起こる。そう言って、大名も付き人も、地元の子どもも彼女に近寄らなくなりました。」
「しかし大名は彼女家の領民に対して人質を取っておかなければならないので、彼女を手放すわけには行きません。途方に暮れた大名はしかし、彼女の付き人として与えた捨て子たちの中で彼女を恐れぬ少年を見つけたのです。」
「それは・・・」
言いかけて、慌てて口を塞ぐ。そいつも一度こちらを見たが、気にせず話を続けた。
「以来、その少年と娘は名前を与えられ、大名の家臣になる有望な者として育てられました。しかし、そんな彼らはひょんな事で地獄のような島に来てしまい、そこで彼らと同じ様な異能を持つ者に出会ってしまいます」
「彼の名は・・・」
「もういい。」
私は、彼女を制止する。しかし、彼女の口が止まることは無かった。
「浅井長政・・・あなたよ」
84鬼と神巫(いちこ)と 9/9:黄帝生年紀年4716/04/01(金) 15:18:09
「ノドカの生まれの事はわかった。しかしそれと、そしてお前と、一体どういう関係があるというのだ?」
「じゃあ、あなたはそこにいる男の能は知ってる?」
「いや・・・」
昌信の能?そう言えば聞いたことが無かった。
「その男の能は自分以外の他人の能を抑制する事。」
「他人の能を抑制する?」
「そう、あなたの内なる獣を呼び覚ます鬼の能や、この体に鬼神をその身に憑依させる神巫の能。それらを抑制する能ね」
「という事は」
「ええ、彼にあってから、あなたの鬼が呼び覚まされなかったのも彼のお陰よ」
「昌信、そんな所まで・・・」
私は振り向いて、改めて昌信に黙祷を捧げた。
「でも、その男は彼女の目の前で殺されてしまった。彼女の心はまた伽藍洞になってしまう。そこに、解放された鬼がやってきたとしたら?」
「貴様、つまりそれは!」
「ええ、私はあなた。あなたの内に潜む鬼。」
「そんな・・・」
想像してはいたが、あまりにも無残なその言葉に私は崩れ落ちた。
「この期に及んで嘘は言わない。今回はあなたに挨拶をするためにね。でも、次にあった時は殺すかもしれないから」
言い残して、彼女は消えた。いや、目にも留まらぬうちに森の中に駆け込んだのだろう。
しかし、涙に溢れた私の目にはそれを視認出来るはずが無かった
「どうして・・・、私の命ならいくらでもくれてやったのに、よりによって何故彼女に・・・」
乾いた砂にこぼれた涙が染みこんでいく。前にこうやって泣いた時に私を抱き包んでくれたあの温もりが遠い日のことに思えた。

【43番 高坂昌信 死亡】『エクストリーマ・ラティオ』は06番浅井長政が回収
【63番 武田晴信 死亡】『U.S.M16A2 (残弾9発)』は71番長坂長閑が回収
【06番 浅井長政 『FN 5-7(残弾17発+mag1)』『天国・小烏丸』】4-D森
【71番 長坂長閑 『無銘匕首』】行方不明
85月のゆりかご1/11 ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:22:14
一体どれほど歩いたのか、幸盛はすっかり陽が傾いて薄暗くなり始めた森の中に腰を下した。
義輝と別れた後、毛利親子を捜し歩いて来たのだが、空腹に耐えかね、ここで夕餉を取る事にしたためだった。
夕餉といっても大したものはない。重秀に分けて貰った食料が少量あるだけで、それだけでは腹が満たされることはないだろう。
しかし食わずにいるわけにもいかず、幸盛は腰に付けた兵糧袋から貰った食料を掴みだした。
干し肉だった。何の肉かまでは判別できないが、そんな事は気にも掛けず、口に放り込んでグチャグチャと音を立てて咀嚼する。
硬いが、噛めば噛むほど味がして、なかなかに美味いものだった。
「これは重秀殿に、よくよく礼を言わねばならんな」
数枚の干し肉をペロリと平らげると、まだ物足りないと言っている腹を手で擦って宥めた。
食事を済ませると、幸盛は立ち上がって身体を動かしてみる。
重い。身体のあちこちが悲鳴を上げてるようだった。
無理もない、これまでの三日をほとんど休み無しで動き回っているのだ。如何に戦場往来の豪傑とはいえ、疲労は極限に達している。
それでも動いてくれる身体に、
「頑丈な体だ」
と、胸の辺りをドンドンと叩きながら、少し自虐的に言った。
「さて、のんびりもしてられぬ。そろそろ行くとするか」
幸盛はデイパックを背負うと、再び森の中を歩み始めた。
86月のゆりかご2/11 ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:22:55
しばらく歩き進むと、急に視界が開け、森の出口らしき所に行き着いた。
辺りはもう、宵闇に包まれている。
ふと、誰かの怒号が微かな風に乗って運ばれて来る。
『・・・何故だッ!何故、息子達は親のわしを置いて先に逝ってしまうのじゃ!』
怒号と言っても泣いているのか、悲痛な、それでいて憎悪に満ちたような、何とも表現し難い悲鳴だった。
(悲しい叫びだ)
主君らを亡くしている幸盛には、その気持ちが嫌と言うほど分かった。
自分には何もしてやれる事は無いだろうが、引き寄せられる様にして慟哭のする方へ近づいて行った。
何故だか悲鳴のような叫びを聞いてから、ひどく気分が高揚してくる。体の奥から喜びが込み上げてくる様な感覚だった。
(不謹慎な)
そうも思うのだが、自分は何処かでこの悲痛な叫びを聞きたかったのではないかとも思えてくる。
似たような境遇の者に対する同情などでは決してない。
幸盛の気持ちは本人の意志とは関係なく、ほとんど躍り上がるほどに浮き立った。
逸る気持ちがそうさせるのか、いつの間にか幸盛は走り出していた。
慟哭の方も近づいて来る。向こうも歩いているのだ。
87月のゆりかご3/11 ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:23:41
いた。
老人とおぼしき人物が、頭が半分吹き飛んだ死体を背負っている。
暗がりに僅かに照らされた老人の顔は、憑き物に憑かれた様に鬼気迫るものがあり、その顔をとめどなく溢れる涙が濡らしていた。
脇に十字槍を掻い込み、肩からは梓弓を吊るしている。
それが覚束ない足取りで歩きながら嗚咽し、かと思えば急に怒鳴り散らしたりしている。
おとぎばなしに出てくる幽鬼がいるのなら、こんな奴なのかもしれない。それ程までに異様な光景に見えた。
だがそんな不気味な老人を見て、幸盛の気分は最高に高まった。
「毛利元就・・・」
見知っていたわけではないが、幸盛の野性的な直感が老人を元就と断定し、且つ絶対に倒さねばならぬ敵だと教えてくれたのだった。
(成る程、確かに某はこの時を待っていた)
ようやく気分の高鳴りの理由を理解した幸盛は、瞬間、弾ける様に元就に向かって疾走した。
頭の中では誠久の最後の言葉が繰り返し流れている。
『・・我が怨みを晴らせ・・・必ず・・・必ず・・・』
(元就が首、ただ今挙げてご覧にいれましょう)
すでに亡い誠久に、胸の中で語りかけた。
幸盛が元就に猛然と襲い掛かった。右手にはしっかりとエペが握られている。
息子の死に落胆しきっている元就は、幸盛の存在に気付いていないらしく、焦点の定まらない目を漂わせながらふらふらと歩いている。
「ガアアアアアアァァァァァァ!!!!!」
獣の様な咆哮と同時に、幸盛は地を飛んだ。
88月のゆりかご4/11 ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:24:22
(やはり行かせるべきではなかった)
ここにもまた一人、森の中を疾駆している者がいた。
幸盛と別れ、重秀らに合流しようとしていたはずの足利義輝であった。
義輝は、去り際に見た幸盛の後姿に危機感を覚え、わざわざ引き返して来て幸盛を捜していた。
(あたら将来のある若者を、むざむざと危地に追いやるわけにはいかん。早く幸盛を見つけて、復讐の無意味なる事を説かねばなるまい)
が、行けども行けども幸盛に追いつくことは出来なかった。
途中までは地面に残った足跡を頼りにしていたのだが、暗くなってきたことと、焦る気持ちとが、義輝の明敏な判断を鈍らせてしまったのか、足跡を見失っていた。
薄昏の中にあっては来た道を戻って探すことも儘ならず、なんとか心気を静めて森の中を彷徨っていた。
『ガアアアアアアァァァァァァ!!!!!』
その時、それほど遠くない場所で凄まじい咆哮が上がった。
「あの声は幸盛!?くそ、間に合ってくれ!」
義輝は幸盛を目指して走り出していた。
89月のゆりかご5/11 ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:25:23
幸盛は中空でエペを逆手に持ちかえると、切っ先を元就の脳天に叩き込む様にして突き立てた。
いきなりの幸盛の出現に不意をつかれた元就であったが、さすがに戦に物慣れた古豪だけあって、上体を反らせて刃を避けた。
が、幸盛の斬撃の鋭さ故か、背におぶった息子の為か、刃は僅かに元就の頬を三寸ばかり掠めた。
すかさず幸盛は二の太刀を繰り出すが、元就はそれを十字槍の柄で払って受け流す。
幸盛は、返す刀でもう一太刀浴びせるが、頭上で大きく旋回させた十字槍が、それを難なく弾き返した。
二人はそこで間合いを計り合う為に跳び下がって、お互いの出方を窺う。
元就の方は幸盛の動きに注意しながらも、おぶっていた隆景を傍らに優しく降ろし、接近戦では役に立たない梓弓も一緒に置いた。
「隆景、寒いだろうが少し待ってておくれ」
未だ隆景の死を受け入れられないのか、まるで隆景が生きているかの様に話しかけた。
「そやつはとうに死んでおるわ」
幸盛が挑発する。
「隆景が死んでいる?異な事を申す・・・。隆景は寝ておるだけじゃ」
キョトンとした顔で、不思議そうに幸盛を見つめ返した。
「気でも触れたか。よく見よ、頭を半分無くして生きている者がいるか。そやつは死んでおるのだ」
幸盛の言うとおり、元就は気が触れていた。立て続けに二人の息子を亡くし、
最後に残った子に至っては、自ら命を絶った。それも自分の目の前でである。これでおかしくならない方がどうかしている。
元就のどろりと濁った目が、幸盛を睨みつける。
「それ以上ふざけたことを申すと、お主、ただでは済まぬ・・・」
ろれつの回らない舌だったが、凄みのある低い声音で言い聞かせる元就の顔は、先程までとは一変して憤怒の形相になっていた。
幸盛は構わず、
「おお、それこそ某の望むところよ。そやつ同様、貴様を屠ってくれるわ」
と言って、元就とは対照的な炯炯と光る目で睨み返した。
90月のゆりかご6/11 ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:26:12
キエェェェイ!!
幸盛の言葉が終わるか否や、耳を劈く程の裂帛の気合と共に、元就の十字槍が幸盛に向かって伸びた。
幸盛はエペを巧みに使って槍を受け流すが、元就の攻撃は止まらない。
この小さな老人の何処にこれ程の力があったのか、その攻撃は凄まじいものだった。
「くっ!」
俄かに、幸盛が劣勢に立たされた。
槍と剣では得物の長さが違いすぎ、容易に懐にもぐり込む事も出来ず、じりじりと押されていく。
(このままではさすがに不味い・・・)
他国までその武勇の程を知られた幸盛が舌を巻く程、怒りに我を忘れた元就の槍捌きは見事と言えた。
が、幸盛とて黙ってやられるつもりは毛ほども持ち合わせていない。
幸盛は、元就が槍を引くタイミングに合わせて右足を深く踏み込み、強烈な斬撃を放った。
ザクリ
肉を突き破る、嫌な音がした。
幸盛の左腿には、先の折れた十字槍の穂が深々と刺さっていた。
飛び込んできた幸盛に、偶然、槍先が当たった様だった。
「ぐあああぁぁぁ!!!」
幸盛の左腿から鮮血がほとばしる。
「フハハハハ!ザマは無いのぉ!」
元就は勝ち誇った様に高々と笑い、幸盛の腿に刺さった柄をグリグリと抉った。
「終わりだ。息子とわしを愚弄した事を、あの世で悔いるがよい」
元就はとどめを刺すため、柄をを引き抜こうとした。
が、動かない。大地に根を張った巨木の様に、柄は幸盛の腿に刺さったままピクリともしなかった。
91月のゆりかご7/11 ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:26:57
「フウウゥゥゥ・・・。これでちょこまかと動けまい」
幸盛が十字槍のけら首をガッチリと掴んでいた。
「貴様・・・まさか態と・・・!?」
「こうする以外に、動きを止めることは出来そうも無かったのでな。貴様の首を挙げられるなら、左足の一本くらい安いものだ」
刺突は誘いだった。最初から左足を犠牲にするつもりでいた。
幸盛が思い切り槍をを引いた。元就は柄を握ったままでいた為に、前のめりにつんのめる形になった。
そのつんのめって来た元就の右肩を、幸盛が渾身の刺突で迎えた。
「ギャアァァァ!!!」
エペは元就の肩を貫き、切っ先は肩甲骨をすり抜けて背に突き出ていた。
堪らず元就は跳ね退き、エペを引き抜いて転げ回った。
幸盛は、自身に刺さったままの十字槍の柄を無造作に抜くと、左足を引き摺って元就に近づいていった。
「どうやら終わるのは貴様らしい」
元就が投げ落としたエペを拾うと、幸盛は地に伏してもがき苦しんでいる元就にエペを突きつけた。
「ぐぬぅ・・・・・・」
元就は睨み上げてはいるものの、観念したのか反撃のそぶりは見せない。元就の血が、小さな池を作っていた。
「死ぬがいい」
幸盛がエペを振り下ろそうとしたその時、
「待て!!」
と、背後から声がした。
幸盛は首だけを回して、背後を確認する。
「義輝様!?何故ここに・・・?重秀殿らを追って行ったのではないのですか?」
「そなたの事が気になってな。――そんな事はどうでもよい。それよりもう勝負は着いたであろう。剣を収めたらどうだ?」
元就は、幸盛が急に現れた義輝に気を取られてる隙に、身を捩じらせて切っ先から逃れた。
92月のゆりかご8/10 ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:29:02
その血の量に驚いて、デイパックを放り出して義輝が幸盛を抱き起こす。
「すまぬ、すまぬ幸盛。頼むから死なないでくれ!」
「ふっ、某がこの程度で死ぬわけがござらん・・・。少し寝ていればすぐに良くなりましょう」
幸盛の口辺に、血が為っている。その血が喋る度に泡になり、そして弾けた。
「もういい。喋るな。血が止まらなくなる」
義輝は幸盛の腹の傷を抑えながら言った。
「義輝様・・・。某は暫しここで休んでいきまする。貴方様は一足先に昌景殿達に合流なされませ・・・」
だんだんと語尾が小さくなっていく。幸盛に残された時間が残り少なくなっていく様だった。
「・・・さあ、義輝様は先を急ぎなされ・・・」
心配されるのを嫌い、無理に言っているのは明白だった。
「そなたを置いて先に行けるものか!余にこれ以上、後悔させないでくれ!」
「なに、某も身体を休めたらすぐにでも後を追うつもりです。――そうだ、これを持って行ってはくれませぬか?昌景殿に返しておいてもらいたい・・・」
幸盛は身を横たえたまま、エペを腰から抜いて義輝に預けた。
「何でこんな物を渡す?自分で返せばよかろうが。かような物は受け取れん」
義輝はエペをつき返した。
「どうもそれは某には扱いづらい。それは二本で一対らしい。昌景殿もそれがなければ困りましょう。一足先に義輝様が返しておいてくれれば助かるのですが」
口辺に溜まった血の泡を手の甲で拭いながら幸盛は懇願した。
「・・・そういった事ならいいだろう。承った」
「では・・・」
と、幸盛はもう一度、義輝にエペを託した。
「さあ、もう行ってくだされ・・・」
「しかし・・・やはり、そなたを置いては・・・」
「今は某などに構っておらず、義輝様はやるべき事をやりなされ。貴方様の力を必要としている者がおりましょう」
93月のゆりかご9/10 ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:30:08
「そなた、分かっておるのか?その傷ではもう・・・」
それ以上は言うなと幸盛は首を振った。
「何も言われますな。さあ、お行きなさい」
義輝は、幸盛の命が長くはないと知りつつも、不承不承ながら頷くことしか出来なかった。
「・・・では、余は先に行く。・・・そなたもすぐに後を追って来いよ」
「・・・はい・・・」
出来るだけ元気に返事をしたつもりだったが、その声は消え入りそうにか細いものになっていた。
義輝は梓弓とグロック17Cを拾うと、後ろ髪を引かれるながら駆け去っていった。
義輝を見送ると、一気に気が抜けたのか、幸盛は苦しそうに噎せ返った。
「ゲホッゲホッ・・・ガホッゴホッ・・・」
また口から大量の血を吐き出す。
幸盛は喘ぎながら、一つ後悔していた。
(干し肉の事、重秀殿に礼を言えなくなってしもうた。義輝様に言伝を頼んでおけばよかったかな)
この義理堅い男は、死ぬ間際になっても人の事ばかり考えていた。
目を開けて、この島に来て何度目かの空を見上げた。
目はとうに霞んでいてほとんど何も見えなくはなっていたが、幸盛の目にはハッキリと夜空に白く浮かぶ月が見えていた。
「・・・綺麗だな・・・。・・・やはり月は良い・・・・・・」
幸盛は静かに目を閉じた。
まるで、三日月のゆりかごに抱かれて眠る赤子のように、その顔はとても穏やかなものだった。
94月のゆりかご10/10 ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:30:47
【98番 山中幸盛 死亡】
【96番 毛利元就 死亡】『十文字槍』  

【11番 足利義輝 『九字の破邪刀』『梓弓(4隻)』『グロック17C(残弾16発)』】3-C森出口 目的:昌景に『エペ』を返す

【残り23人+1人
95現在の状況:黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:31:40
【27番 織田信長 『デザートイーグル.50AE(残弾1発)』『ベレッタM1919(残弾7発)』『相州五郎入道正宗』】2-Eから再び森の中へ移動
【100番 和田惟政 『不明』】5-Cから出発
【11番 足利義輝 『九字の破邪刀』】3-F 
【07番 浅井久政 『輝政』『S&W M36チーフススペシャル』】3-F森  目的3−Eへの移動
【65番 長曽我部元親 『鎌』『ウィンチェスターM1897(残弾4発)』】2-H民家
【09番 朝比奈泰朝 『青龍偃月刀』】3-F森 目的、浅井久政の尾行
【19番 磯野員昌 『呉広』】3-Gから出発 3-Iの民家を目指し移動
【58番 鈴木重秀 『吉岡一文字』『USSRドラグノフ』(残り4発)『スモールボアライフル 』(残り14発)】2-Eからトラックの後を追っています
【92番 三好長慶 『ジェンダワ(矢10隻)』『青酸カリ』『寸鉄』】4-G森
【80番 北条氏政 『南部十四式(弾切れ)』『クナイ(9本)』『コブラナイフ』『鍋(頭に装備)』『火炎瓶(3本)』『ヌンチャク』】3-F 目的3-Gへの移動
【39番 吉良親貞 『日本号』『モトローラ トランシーバ T5900』『イサカM37フェザーライト(残弾2発)』『AK74(残弾1発)』】
3-C付近から目的地無く適当に移動(対象の目的がなんであろうと全員殺す気でいます)
【79番 北条氏照 『各種弾丸詰め合わせ』『スタンガン』】5-D山中 目的:氏政との合流
【06番 浅井長政 『FN 5-7(残弾17発+mag1)』『天国・小烏丸』】4-D森
【71番 長坂長閑 『無銘匕首』】行方不明

【∞番 ルイス・フロイス 『ベレッタM92FC(残弾15+1)』】目的:信長の協力を得ること
96現在の状況:黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:32:20
交戦中
【54番 柴田勝家 『マテバ 2006M(弾切れ)』『備前長船』『H&K MP3(残弾13発)』】(右腕負傷)VS
【49番 斎藤義龍 『スプリングフィールド M1(弾切れ)』『スラッパー』】(4-Fにて交戦中。勝家は逃げるつもりです。義龍は追っています)

【47番 斎藤道三 『オウル・パイク』『長曾禰虎徹』】&【44番 香宗我部親泰 『武器不明』】共に3-Eから出発
【86番 前田利家 『SPAS12(残弾1発)』『鉄槍』『矢(5本)』】& 【83番 細川藤孝 『太刀』】&
【57番 上条政繁 『書物・ジョジョの奇妙な冒険全巻(十数冊読めないものあり)』『バゼラード』】(4-E森から3-D森の前に向かっています)
【29番 飯富昌景 『オーク・ダブルアックス』『フルーレ』】&
【69番 長尾景虎 『片鎌槍』『火炎瓶(1本)』『十手』】共に2-Eから発車 バックの運転方法は理解していません。あくまで前進運転のみ可能です。

※島には数頭の狼が放たれています
※今回の食料配布場所は1-E五番トラック到着地、4-H砂浜
97武将一覧:黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:32:53
01赤尾清綱×  26岡部元信×  51佐久間信盛× 76林秀貞×
02赤穴盛清×  27織田信長○  52佐々成政×  77久武親直×
03秋山信友×  28織田信行×  53宍戸隆家×  78平手政秀×
04明智光秀×  29飯富昌景○  54柴田勝家○  79北条氏照○
05安居景健×  30小山田信茂× 55下間頼照×  80北条氏政○
06浅井長政○  31海北綱親×  56下間頼廉×  81北条氏康×
07浅井久政○  32柿崎景家×  57上条政繁○  82北条綱成×
08朝倉義景×  33桂元澄×   58鈴木重秀○  83細川藤孝○
09朝比奈泰朝○ 34金森長近×  59大道寺政繁× 84本庄繁長×
10足利義秋×  35蒲生賢秀×  60滝川一益×  85本多正信×
11足利義輝○  36河尻秀隆×  61武田信廉×  86前田利家○
12甘粕景持×  37北条高広×  62武田信繁×  87真柄直隆×
13尼子晴久×  38吉川元春×  63武田晴信×  88松平元康×
14尼子誠久×  39吉良親貞○  64竹中重治×  89松田憲秀×
15荒木村重×  40久能宗能×  65長曽我部元親○90松永久秀×
16井伊直親×  41熊谷信直×  66土橋景鏡×  91三雲成持×
17池田恒興×  42顕如×    67鳥居元忠×  92三好長慶○
18石川数正×  43高坂昌信×  68内藤昌豊×  93三好政勝×
19磯野員昌○  44香宗我部親泰○69長尾景虎○  94村上義清×
20今川氏真×  45後藤賢豊×  70長尾政景×  95毛利隆元×
21今川義元×  46小早川隆景× 71長坂長閑○  96毛利元就×
22岩成友通×  47斎藤道三○  72丹羽長秀×  97森可成×
23鵜殿長照×  48斎藤朝信×  73羽柴秀吉×  98山中幸盛×
24遠藤直経×  49斎藤義龍○  74蜂須賀正勝× 99六角義賢×
25大熊朝秀×  50酒井忠次×  75馬場信房×  100和田惟政○

×印:死亡確認者 77名
○印:生存確認者 23名
98月のゆりかご(抜けてた) ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:34:49
「貴様ぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!!!!!!!」
義輝が、九字の破邪刀で抜き打ちに元就を斬った。
九字の破邪刀は元就の頭蓋を叩き割り、臍まで真っ直ぐに両断した。
「・・・これで・・・ようやく・・・息子らと・・・一緒に・・・な・・・れ・・・・・・・」
それっきり、元就は動かなくなった。
「幸盛!しっかりせい!傷を見せよ!」
義輝は倒れている幸盛に走り寄ると、無理やり血に染まった小袖をくつろげ、撃たれた箇所をあらためる。
(これはとても助からぬ)
貫通していたとはいえ、背から入った弾丸は肝臓を突き破り、弾が抜け出た穴からは絶えず、どす黒い血が溢れ出てくる。
抉られた太腿の傷の方は、赤い肉の中に白い骨が見えるほどに深かく、こちらの方の出血も酷い状態だった。
「余のせいだ!余が・・・余が余計な仲裁などせねば、このような・・・」
「なに、ほんのかすり傷です・・・」
血が流れすぎた為に蒼白な顔をしている幸盛は、義輝に心配をさせまいと、その顔を歪めて笑おうとしたが、僅かに口角が上がるだけで笑顔にはならなかった。
義輝には幸盛の気遣いが辛かった。「お前のせいだ!」と責められた方がいくらマシか解らない。
が、この際、自分の気持ちがどうとも言ってられず、
「莫迦な!かすり傷ですむ様な傷ではない!待ってろ、もしかしたら膏薬の類があるかもしれぬ」
と言って、急いでデイパックを漁りだす。
しかし膏薬はおろか、包帯の一本すら入ってはいなかった。
当然の事だ。人の死ぬのを見たい帝が、傷の手当てをするような物を用意している訳が無いのである。
「きっとあるはずだ・・・。よく探せばあるはずなんだ・・・」
次第に苛立ち、デイパックを逆さまにして、入っているもの全てをぶち撒けたが、やはり何処にも目当ての物は見つからなかった。
99月のゆりかご ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:38:15
一体どれほど歩いたのか、幸盛はすっかり陽が傾いて薄暗くなり始めた森の中に腰を下した。
義輝と別れた後、毛利親子を捜し歩いて来たのだが、空腹に耐えかね、ここで夕餉を取る事にしたためだった。
夕餉といっても大したものはない。重秀に分けて貰った食料が少量あるだけで、それだけでは腹が満たされることはないだろう。
しかし食わずにいるわけにもいかず、幸盛は腰に付けた兵糧袋から貰った食料を掴みだした。
干し肉だった。何の肉かまでは判別できないが、そんな事は気にも掛けず、口に放り込んでグチャグチャと音を立てて咀嚼する。
硬いが、噛めば噛むほど味がして、なかなかに美味いものだった。
「これは重秀殿に、よくよく礼を言わねばならんな」
数枚の干し肉をペロリと平らげると、まだ物足りないと言っている腹を手で擦って宥めた。
食事を済ませると、幸盛は立ち上がって身体を動かしてみる。
重い。身体のあちこちが悲鳴を上げてるようだった。
無理もない、これまでの三日をほとんど休み無しで動き回っているのだ。如何に戦場往来の豪傑とはいえ、疲労は極限に達している。
それでも動いてくれる身体に、
「頑丈な体だ」
と、胸の辺りをドンドンと叩きながら、少し自虐的に言った。
「さて、のんびりもしてられぬ。そろそろ行くとするか」
幸盛はデイパックを背負うと、再び森の中を歩み始めた。
100月のゆりかご ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:38:46
しばらく歩き進むと、急に視界が開け、森の出口らしき所に行き着いた。
辺りはもう、宵闇に包まれている。
ふと、誰かの怒号が微かな風に乗って運ばれて来る。
『・・・何故だッ!何故、息子達は親のわしを置いて先に逝ってしまうのじゃ!』
怒号と言っても泣いているのか、悲痛な、それでいて憎悪に満ちたような、何とも表現し難い悲鳴だった。
(悲しい叫びだ)
主君らを亡くしている幸盛には、その気持ちが嫌と言うほど分かった。
自分には何もしてやれる事は無いだろうが、引き寄せられる様にして慟哭のする方へ近づいて行った。
何故だか悲鳴のような叫びを聞いてから、ひどく気分が高揚してくる。体の奥から喜びが込み上げてくる様な感覚だった。
(不謹慎な)
そうも思うのだが、自分は何処かでこの悲痛な叫びを聞きたかったのではないかとも思えてくる。
似たような境遇の者に対する同情などでは決してない。
幸盛の気持ちは本人の意志とは関係なく、ほとんど躍り上がるほどに浮き立った。
逸る気持ちがそうさせるのか、いつの間にか幸盛は走り出していた。
慟哭の方も近づいて来る。向こうも歩いているのだ。
101月のゆりかご ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:39:19
いた。
老人とおぼしき人物が、頭が半分吹き飛んだ死体を背負っている。
暗がりに僅かに照らされた老人の顔は、憑き物に憑かれた様に鬼気迫るものがあり、その顔をとめどなく溢れる涙が濡らしていた。
脇に十字槍を掻い込み、肩からは梓弓を吊るしている。
それが覚束ない足取りで歩きながら嗚咽し、かと思えば急に怒鳴り散らしたりしている。
おとぎばなしに出てくる幽鬼がいるのなら、こんな奴なのかもしれない。それ程までに異様な光景に見えた。
だがそんな不気味な老人を見て、幸盛の気分は最高に高まった。
「毛利元就・・・」
見知っていたわけではないが、幸盛の野性的な直感が老人を元就と断定し、且つ絶対に倒さねばならぬ敵だと教えてくれたのだった。
(成る程、確かに某はこの時を待っていた)
ようやく気分の高鳴りの理由を理解した幸盛は、瞬間、弾ける様に元就に向かって疾走した。
頭の中では誠久の最後の言葉が繰り返し流れている。
『・・我が怨みを晴らせ・・・必ず・・・必ず・・・』
(元就が首、ただ今挙げてご覧にいれましょう)
すでに亡い誠久に、胸の中で語りかけた。
幸盛が元就に猛然と襲い掛かった。右手にはしっかりとエペが握られている。
息子の死に落胆しきっている元就は、幸盛の存在に気付いていないらしく、焦点の定まらない目を漂わせながらふらふらと歩いている。
「ガアアアアアアァァァァァァ!!!!!」
獣の様な咆哮と同時に、幸盛は地を飛んだ。
102月のゆりかご ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:40:40
(やはり行かせるべきではなかった)
ここにもまた一人、森の中を疾駆している者がいた。
幸盛と別れ、重秀らに合流しようとしていたはずの足利義輝であった。
義輝は、去り際に見た幸盛の後姿に危機感を覚え、わざわざ引き返して来て幸盛を捜していた。
(あたら将来のある若者を、むざむざと危地に追いやるわけにはいかん。早く幸盛を見つけて、復讐の無意味なる事を説かねばなるまい)
が、行けども行けども幸盛に追いつくことは出来なかった。
途中までは地面に残った足跡を頼りにしていたのだが、暗くなってきたことと、焦る気持ちとが、義輝の明敏な判断を鈍らせてしまったのか、足跡を見失っていた。
薄昏の中にあっては来た道を戻って探すことも儘ならず、なんとか心気を静めて森の中を彷徨っていた。
『ガアアアアアアァァァァァァ!!!!!』
その時、それほど遠くない場所で凄まじい咆哮が上がった。
「あの声は幸盛!?くそ、間に合ってくれ!」
義輝は幸盛を目指して走り出していた。
103月のゆりかご ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:41:14
幸盛は中空でエペを逆手に持ちかえると、切っ先を元就の脳天に叩き込む様にして突き立てた。
いきなりの幸盛の出現に不意をつかれた元就であったが、さすがに戦に物慣れた古豪だけあって、上体を反らせて刃を避けた。
が、幸盛の斬撃の鋭さ故か、背におぶった息子の為か、刃は僅かに元就の頬を三寸ばかり掠めた。
すかさず幸盛は二の太刀を繰り出すが、元就はそれを十字槍の柄で払って受け流す。
幸盛は、返す刀でもう一太刀浴びせるが、頭上で大きく旋回させた十字槍が、それを難なく弾き返した。
二人はそこで間合いを計り合う為に跳び下がって、お互いの出方を窺う。
元就の方は幸盛の動きに注意しながらも、おぶっていた隆景を傍らに優しく降ろし、接近戦では役に立たない梓弓も一緒に置いた。
「隆景、寒いだろうが少し待ってておくれ」
未だ隆景の死を受け入れられないのか、まるで隆景が生きているかの様に話しかけた。
「そやつはとうに死んでおるわ」
幸盛が挑発する。
「隆景が死んでいる?異な事を申す・・・。隆景は寝ておるだけじゃ」
キョトンとした顔で、不思議そうに幸盛を見つめ返した。
「気でも触れたか。よく見よ、頭を半分無くして生きている者がいるか。そやつは死んでおるのだ」
幸盛の言うとおり、元就は気が触れていた。立て続けに二人の息子を亡くし、
最後に残った子に至っては、自ら命を絶った。それも自分の目の前でである。これでおかしくならない方がどうかしている。
元就のどろりと濁った目が、幸盛を睨みつける。
「それ以上ふざけたことを申すと、お主、ただでは済まぬ・・・」
ろれつの回らない舌だったが、凄みのある低い声音で言い聞かせる元就の顔は、先程までとは一変して憤怒の形相になっていた。
幸盛は構わず、
「おお、それこそ某の望むところよ。そやつ同様、貴様を屠ってくれるわ」
と言って、元就とは対照的な炯炯と光る目で睨み返した。
104月のゆりかご ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:42:16
キエェェェイ!!
幸盛の言葉が終わるか否や、耳を劈く程の裂帛の気合と共に、元就の十字槍が幸盛に向かって伸びた。
幸盛はエペを巧みに使って槍を受け流すが、元就の攻撃は止まらない。
この小さな老人の何処にこれ程の力があったのか、その攻撃は凄まじいものだった。
「くっ!」
俄かに、幸盛が劣勢に立たされた。
槍と剣では得物の長さが違いすぎ、容易に懐にもぐり込む事も出来ず、じりじりと押されていく。
(このままではさすがに不味い・・・)
他国までその武勇の程を知られた幸盛が舌を巻く程、怒りに我を忘れた元就の槍捌きは見事と言えた。
が、幸盛とて黙ってやられるつもりは毛ほども持ち合わせていない。
幸盛は、元就が槍を引くタイミングに合わせて右足を深く踏み込み、強烈な斬撃を放った。
ザクリ
肉を突き破る、嫌な音がした。
幸盛の左腿には、先の折れた十字槍の穂が深々と刺さっていた。
飛び込んできた幸盛に、偶然、槍先が当たった様だった。
「ぐあああぁぁぁ!!!」
幸盛の左腿から鮮血がほとばしる。
「フハハハハ!ザマは無いのぉ!」
元就は勝ち誇った様に高々と笑い、幸盛の腿に刺さった柄をグリグリと抉った。
「終わりだ。息子とわしを愚弄した事を、あの世で悔いるがよい」
元就はとどめを刺すため、柄をを引き抜こうとした。
が、動かない。大地に根を張った巨木の様に、柄は幸盛の腿に刺さったままピクリともしなかった。
105月のゆりかご ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:43:02
「フウウゥゥゥ・・・。これでちょこまかと動けまい」
幸盛が十字槍のけら首をガッチリと掴んでいた。
「貴様・・・まさか態と・・・!?」
「こうする以外に、動きを止めることは出来そうも無かったのでな。貴様の首を挙げられるなら、左足の一本くらい安いものだ」
刺突は誘いだった。最初から左足を犠牲にするつもりでいた。
幸盛が思い切り槍をを引いた。元就は柄を握ったままでいた為に、前のめりにつんのめる形になった。
そのつんのめって来た元就の右肩を、幸盛が渾身の刺突で迎えた。
「ギャアァァァ!!!」
エペは元就の肩を貫き、切っ先は肩甲骨をすり抜けて背に突き出ていた。
堪らず元就は跳ね退き、エペを引き抜いて転げ回った。
幸盛は、自身に刺さったままの十字槍の柄を無造作に抜くと、左足を引き摺って元就に近づいていった。
「どうやら終わるのは貴様らしい」
元就が投げ落としたエペを拾うと、幸盛は地に伏してもがき苦しんでいる元就にエペを突きつけた。
「ぐぬぅ・・・・・・」
元就は睨み上げてはいるものの、観念したのか反撃のそぶりは見せない。元就の血が、小さな池を作っていた。
「死ぬがいい」
幸盛がエペを振り下ろそうとしたその時、
「待て!!」
と、背後から声がした。
幸盛は首だけを回して、背後を確認する。
「義輝様!?何故ここに・・・?重秀殿らを追って行ったのではないのですか?」
「そなたの事が気になってな。――そんな事はどうでもよい。それよりもう勝負は着いたであろう。剣を収めたらどうだ?」
元就は、幸盛が急に現れた義輝に気を取られてる隙に、身を捩じらせて切っ先から逃れた。
106月のゆりかご ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:43:58
幸盛は元就を逃がすまいとしたが、元就が数歩も行かぬうちに倒れ込んだのを見て安堵し、義輝に向き直った。
「貴方様の言いつけであろうと、それはできませぬ。元就の首を誠久様の墓前に供えぬ限り、某は誠久様との約定を守ったことにはなりませぬ」
「幸盛よ、よくよく考えるのだ。そなたの主家がこの者におびやかされたのは戦国の世の倣いだ。それは仕方ないと諦めよ。
そなたの主君らがこの者らに討たれた事も、元を質せば大悪によって踊らされた結果に過ぎない。忘れろとは言うまいが、怒りの矛先を向ける相手が違いはせぬか?
この者も大悪の被害者だ。察するに、そこに寝かされておるのはこの者の子であろう。子を失い、右腕までも失った老人を、敢えてそなたが斬ることはあるまい。
そなたが斬るべき者は別にいるはずだ。それはそなたも分かっているはず。そなたは十分に遺命を果たした。この者の命は余に預け、そなたの復讐はここまでにせい」
義輝はいつになく多弁になって幸盛を説いた。
「・・・分かりました。少々、口惜しいが、将軍家がそこまで言って仲裁に入ったのを、否とは言えぬ。元就の命は義輝様に預けましょう」
そう言うと、幸盛は背を向けて離れた。今にも元就に飛び掛っていってしまいそうなのを抑える為だった。
「というわけだ。その方、逃げるなりなんなり好きにするといい」
義輝が、元就に向き直って言った。
元就は俯いて黙っている。その身体が瘧を発した様に、小刻みに震えていた。
「どうした?余が許すゆえ、どこぞへとも消えるがいい。傷が痛むなら見せてみよ。手当てくらいはしてやろう」
「・・・けるな・・・。・・・ざけるなよ・・・。ふざけるな!」
身体を起こした元就の手には、何処に隠し持っていたのか、隆景が残したグロック17Cが握られていた。
ターーーン
義輝が止める間も無く、グロック17Cが火を噴いた。
弾丸は義輝の横を通り、背を向けて立っている幸盛の背中に吸い込まれていった。
幸盛は声も上げず、緩慢過ぎると思えるほど、ゆっくりと倒れていった。
107月のゆりかご ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:44:33
「貴様ぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!!!!!!!」
義輝が、九字の破邪刀で抜き打ちに元就を斬った。
九字の破邪刀は元就の頭蓋を叩き割り、臍まで真っ直ぐに両断した。
「・・・これで・・・ようやく・・・息子らと・・・一緒に・・・な・・・れ・・・・・・・」
それっきり、元就は動かなくなった。
「幸盛!しっかりせい!傷を見せよ!」
義輝は倒れている幸盛に走り寄ると、無理やり血に染まった小袖をくつろげ、撃たれた箇所をあらためる。
(これはとても助からぬ)
貫通していたとはいえ、背から入った弾丸は肝臓を突き破り、弾が抜け出た穴からは絶えず、どす黒い血が溢れ出てくる。
抉られた太腿の傷の方は、赤い肉の中に白い骨が見えるほどに深かく、こちらの方の出血も酷い状態だった。
「余のせいだ!余が・・・余が余計な仲裁などせねば、このような・・・」
「なに、ほんのかすり傷です・・・」
血が流れすぎた為に蒼白な顔をしている幸盛は、義輝に心配をさせまいと、その顔を歪めて笑おうとしたが、僅かに口角が上がるだけで笑顔にはならなかった。
義輝には幸盛の気遣いが辛かった。「お前のせいだ!」と責められた方がいくらマシか解らない。
が、この際、自分の気持ちがどうとも言ってられず、
「莫迦な!かすり傷ですむ様な傷ではない!待ってろ、もしかしたら膏薬の類があるかもしれぬ」
と言って、急いでデイパックを漁りだす。
しかし膏薬はおろか、包帯の一本すら入ってはいなかった。
当然の事だ。人の死ぬのを見たい帝が、傷の手当てをするような物を用意している訳が無いのである。
「きっとあるはずだ・・・。よく探せばあるはずなんだ・・・」
次第に苛立ち、デイパックを逆さまにして、入っているもの全てをぶち撒けたが、やはり何処にも目当ての物は見つからなかった。
108月のゆりかご ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:45:05
「ゲホッゲホッゲホッ・・・ゴボッ・・・」
幸盛が大量の血を吐き出す。
「ゆ、幸盛!」
その血の量に驚いて、デイパックを放り出して義輝が幸盛を抱き起こす。
「すまぬ、すまぬ幸盛。頼むから死なないでくれ!」
「ふっ、某がこの程度で死ぬわけがござらん・・・。少し寝ていればすぐに良くなりましょう」
幸盛の口辺に、血が為っている。その血が喋る度に泡になり、そして弾けた。
「もういい。喋るな。血が止まらなくなる」
義輝は幸盛の腹の傷を抑えながら言った。
「義輝様・・・。某は暫しここで休んでいきまする。貴方様は一足先に昌景殿達に合流なされませ・・・」
だんだんと語尾が小さくなっていく。幸盛に残された時間が残り少なくなっていく様だった。
「・・・さあ、義輝様は先を急ぎなされ・・・」
心配されるのを嫌い、無理に言っているのは明白だった。
「そなたを置いて先に行けるものか!余にこれ以上、後悔させないでくれ!」
「なに、某も身体を休めたらすぐにでも後を追うつもりです。――そうだ、これを持って行ってはくれませぬか?昌景殿に返しておいてもらいたい・・・」
幸盛は身を横たえたまま、エペを腰から抜いて義輝に預けた。
「何でこんな物を渡す?自分で返せばよかろうが。かような物は受け取れん」
義輝はエペをつき返した。
「どうもそれは某には扱いづらい。それは二本で一対らしい。昌景殿もそれがなければ困りましょう。一足先に義輝様が返しておいてくれれば助かるのですが」
口辺に溜まった血の泡を手の甲で拭いながら幸盛は懇願した。
「・・・そういった事ならいいだろう。承った」
「では・・・」
と、幸盛はもう一度、義輝にエペを託した。
「さあ、もう行ってくだされ・・・」
「しかし・・・やはり、そなたを置いては・・・」
「今は某などに構っておらず、義輝様はやるべき事をやりなされ。貴方様の力を必要としている者がおりましょう」
109月のゆりかご ◆IVgdXngJC6 :黄帝生年紀年4716/04/01(金) 16:45:54
「そなた、分かっておるのか?その傷ではもう・・・」
それ以上は言うなと幸盛は首を振った。
「何も言われますな。さあ、お行きなさい」
義輝は、幸盛の命が長くはないと知りつつも、不承不承ながら頷くことしか出来なかった。
「・・・では、余は先に行く。・・・そなたもすぐに後を追って来いよ」
「・・・はい・・・」
出来るだけ元気に返事をしたつもりだったが、その声は消え入りそうにか細いものになっていた。
義輝は梓弓とグロック17Cを拾うと、後ろ髪を引かれるながら駆け去っていった。
義輝を見送ると、一気に気が抜けたのか、幸盛は苦しそうに噎せ返った。
「ゲホッゲホッ・・・ガホッゴホッ・・・」
また口から大量の血を吐き出す。
幸盛は喘ぎながら、一つ後悔していた。
(干し肉の事、重秀殿に礼を言えなくなってしもうた。義輝様に言伝を頼んでおけばよかったかな)
この義理堅い男は、死ぬ間際になっても人の事ばかり考えていた。
目を開けて、この島に来て何度目かの空を見上げた。
目はとうに霞んでいてほとんど何も見えなくはなっていたが、幸盛の目にはハッキリと夜空に白く浮かぶ月が見えていた。
「・・・綺麗だな・・・。・・・やはり月は良い・・・・・・」
幸盛は静かに目を閉じた。
まるで、三日月のゆりかごに抱かれて眠る赤子のように、その顔はとても穏やかなものだった。


【98番 山中幸盛 死亡】
【96番 毛利元就 死亡】『十文字槍』  

【11番 足利義輝 『九字の破邪刀』『梓弓(4隻)』『グロック17C(残弾16発)』】3-C森出口 目的:昌景に『エペ』を返す

【残り23人+1人】
狼の遠吠えが聞こえる夜の4-C地点、湖のほとりで吉良親貞は水を飲んでいた。
親貞「おえっ・・・なんだこの水。まあ飲むけどさ」
本当に不味いのかどうかは親貞しか知らないが、率直に親貞は感想を呟いた。
少なくともその時の彼だけを見たのなら、悪意など微塵も感じられないと余人は言うだろう。
この少年がすでに一人騙し討ったなどとは、普通の人間なら考えそうに無い。
それを意識しているのか(していたら嫌な奴だが)、それともそれが彼の自然体なのか、それはわからないが
ただ水を手にすくい、それを口に運ぶという動作を繰り返しながらただ彼は考えた。
親貞(この辺りには誰もいそうもない・・・食糧でも取りに行くかな・・・水まずっ)
今回の食糧配布地点は二ヶ所・・・1-Eと4-H。どちらかと言えば近いのは1-Eである。
現在地は4-Cであるから、4-Hに進むためにはC〜D〜E〜F〜G〜Hと五エリアを進む事になる。
さすがに遠い。その点1-Eであれば、4〜3〜2〜1-D〜1-Eと、進む距離はこちらがわずかに少ない。
あるいは次の食糧配布を待つという考えもあるが、現在の空腹や次の配布地点が不明である事を考えると
次の日の出の配布地点が仮に近場で無かった場合は、さすがに気力も尽きそうである。
親貞(あの宣教師め・・・次の配布地点ぐらい教えてくれてもいいじゃないか。それにしても水がまずい)
だが、こちらからロヨラに連絡をとる事は出来ない。
そして、仮に聞くことが出来ても、教えてくれることはまずないだろう。
水を飲み終わり、所持していた島の地図を広げた親貞は、心の中でロヨラに毒づいた。
親貞(なんで僕の武器はあんな水の銃なんだよ・・・まったく)
まあ当然の事だが水鉄砲には殺傷効果は無い。だが、所持する事によってのリスクもそれほどない。
ここ(4-C)で木っ端微塵になった後藤や久武の『闘乱武(トランプ)』に比べれば幾分かマシである。
親貞(1-Eと4-Hか・・・さて、どちらにしようかなーっと・・・よし、4-Hに向かうか)
遠い4-H砂浜の配布地点を親貞は選ぶ。無論それはランダムで決めたわけではない。
親貞(1-E地点に向かうためには、森を進んでもある程度平地を歩かなければいけない。つまり目立つし不利だ。
    人に会うのは大歓迎だが、僕が不利な状況で会うのはあまり歓迎できない・・・。
    やはり、どちらかと言えばここから進む場合平地が幾分か少ない4-Hに向かった方がいい。
    森や山の中では身を隠せるし、逃げるのも平地に比べて木などを影に出来る分容易い。
    一エリア・・・とやらがどれほどの距離か僕には測りかねるが、食糧配布地点に30分留まったら爆破と言う。
    つまり、急げば・・・いや待ち伏せ対策としての爆破なら急がずとも30分で一エリアを抜けられるはずだ。
    考えると五エリア×2〜30分・・・一時間半〜二時間半・・・隠れながら進んでもおそらく三〜四時間。余裕だな)
月明かりで地図を眺めながら、親貞は長々と考える。
親貞(・・・それに何より)
地図上の4-H地点を押さえていた指を、進むべき4-F〜D地点に滑らしながら、親貞は笑う。
親貞(僕の目的は、人に会うことだ・・・おそらく森に隠れている連中も多いはずだ。
    森に隠れる=戦いの意識が薄い・・・そんな人間達が不意に僕のような少年を撃つだろうか?
    その可能性は低い。いやもちろん、この島に常識など通用しないかもしれないが・・・。
    だが、人を殺すことにためらいがない分、意識が薄い連中よりは僕の方が早いはずだ。
    相手に仲間がいた場合なども考える必要があるが・・・まあ、それはおいおい考えるさ)
現時点での親貞の目的の比重は、『生きること』より『殺すこと』の方がはるかに増大している。
出会い頭に撃っても良いし、信用させつつ後ろから刺す、でもいい。殺し方などなんでもいい。
要するに全員殺す事が出来れば良いだけだ。
はっきり言ってしまえば現時点での親貞の生きる目的は『殺す』であるのだろう。
反面、自分よりも強い相手に会う・・・つまり『殺される』事の意識は、彼はやや薄かったかもしれない。
親貞「それにしても不味い水だったな・・・」
そんな事を呟きながら地図をバッグにしまい森に歩き出そうとした親貞の視界に、何か揺れたものが入った。
親貞(・・・?遠吠えの・・・狼か?いや、それにしては縦に長く横に細い・・・人か?)
太陽が出ている時間帯ならわかる距離だろうが、今は月明かりを頼りにするしかないため彼にも判断はつかない。
撃ってしまってもいいのだが、見間違いであった場合は弾を一発無駄にする事になる。
高広を殺した後、彼のバッグに入っていた説明書を読んだため、親貞も有限の弾の概念は知っていた。
『様子を見よう』そう考えた親貞は、あたりに隠れられそうなものを探す。が、駄目っ・・・。
辺りの木はどういうわけか焼失しているようだし、身を隠せそうなほどの大岩も無い。
『焼失は誰かに与えられた武器のせいか』と親貞は考える。その考えは正解。
木が焼失しているのはかつて今川義元が爆弾を放り投げ、この辺り一帯を大爆発させたためである。
水が不味かったのはその爆発のためかもしれない。もはや『不味い』というより『マズイ』である。
もっともそんな事など知らない親貞には『なんで僕は水の銃なんだよ』とまた毒づくだけであった。
とりあえず心の中でロヨラを散々罵倒した親貞は、また4-D方向の森に目を向ける。
さきほど揺れたものは明らかに『人である』と判断できるほどになっていた。
親貞(人だな・・・平地を歩いてくるなんてよほど自信があるのか?まあいいか。もはや隠れる必要も無い)
そう判断した親貞は『AK74』を向ける。一瞬『信用させてから殺すか?』という考えも思い浮かんだが
背中に彼の身長の1.5倍はある槍、そして両手に銃、そんな凶器を抱えた人間を誰が信用するだろうか?
親貞(・・・やっぱり撃つか。君には何の恨みも無いけど、まあ大人しく僕のために死んでくれ)
少し笑いながら親貞は『AK74』の引き金に指をかけた。が、その時。
・・・その視界の中にある人物が笑っている。恐ろしい笑みを浮かべている。そう、思えた。
親貞「!?」
いや、視界の中の存在はせいぜい人であると確認できるレベルでしかない。表情など見えるはずがない。
だが、そう感じられた。見えるはずが無いのに見えた。笑っていた。恐ろしい顔で。いや、今もだ。
いまだ銃は構えたままである。指は引き金にかかっている。だが、親貞はそれを引けなかった。
銃の引き金を引く=なにか悪夢の発端の引き金を引くかのようだった。
『蛇に睨まれた蛙』食う側の立場になるはずの彼が、その逆に立った。それが己の身で実感できた。
そうこうするうちに、人影はこちらに向かってくる。明らかに気づかれている。
その人影に『女性である』と確認できるほどに近づかれても、親貞は銃を撃てなかった。
感覚で感じられた鬼の笑みとはまったく違う美しい笑みに、親貞はより体が冷えた。
親貞(銃を持っている・・・これに僕は恐怖を感じているのか?・・・いや、ありえない。
   銃なんて確認できないほどの距離から僕は気圧されたままだ。となると・・・)
硬直した体とは別に、冷静に思考をまとめた親貞は一つの結論を出した。
親貞(・・・なるほど。ひどくありえないことだが、この女、人間じゃない)

親貞「・・・あんた、ばけもの?」
勇気を振り絞って始めて吐いた言葉がそれであった。
真顔でそんなことを言われてはたいていの女性は怒るだろう。
だがその相手の女性は意に介してもいない。持っている銃で親貞を撃とうとも考えていないようだ。
ただ笑っている。その笑みは恐ろしいほど優しく、恐ろしいほど慈愛に満ちていた。
だが、そんな見た目など『毒』でしかない事を親貞は良く知っている。
己も少年の見た目で騙そうと考えていた事もある。
いうなれば、凶悪さは雲泥の差なれど同種の毒を持つもの同士である。
親貞「・・・なにさ?」
なにが『なにさ?』なのか親貞にも良くわからない。意味などなく言ってみた。
少なくとも言葉を発している間は殺されないような気がしただけだった。
だが、その言葉に女性は反応する。とは言っても言葉ではなく、瞳であったのだが。
親貞「・・・え?ああ、銃?下ろせって?わかった・・・はいよ・・・これでいいかい?」
親貞は震えながらゆっくりと銃を下ろし、地面に投げる。
もっとも女性の方は、親貞の構えていた『AK74』を見ただけなのだが。
だが、女性はそれで満足だったのかまだ笑っている。そして次に、視点を銃から親貞の首に移した。
親貞(・・・くそッ!いや、考えろ!毒づいて時間を無駄にするな!!こんなところで死んでたまるか!)
いまだ震える口から適当な言葉を吐きながら、親貞は必死に考えをめぐらせる。
親貞(ここで問題だ!さてどうする?僕はどうなる?次から一つを選べ!
   @この女が気まぐれでどこかに消える。
   Aこの僕が突如逃げられる、あるいはこの女を殺す名案を思いつく。
   B誰か第三者が現れて助けてくれる。
   C助からない。現実は非情である・・・)
口では何も考えず適当な言葉を吐いたまま、意識の大半を思考につぎ込み、親貞はなおも考える。
親貞(@はこの女次第だ。これが一番嬉しいが、一番期待できない。
   となるとBに期待したいところだが・・・これも無理がある。まず僕に味方はいない。
   関係の無い第三者が現れても、この争いに介入するメリットなんて何も無い。
   それどころか、この女の威圧、恐怖に負けてしまう可能性が高い。
   ロヨラはどうだろう?・・・いや期待できない。所詮奴にとって僕も数あるコマの一つだ。
   奴はこの場面を見て笑っているはずだ)
意識とは別で、何を言ってるのかわからない口からため息をつくと、なおも親貞は考えた。
親貞(となるとAしかないわけだが・・・仮に何か考えついても恐怖で動けない僕が何が出来る?
   いや銃を下ろす動作は出来たが・・・だがそれはこの女がそれを望んでいたからだろう。
   仮に何か策を思いついても、高広以上の圧力の中、それらしい動作をとれるか・・・?
   いや、無理だ。つくづく蛇と相対した蛙の気持ちが身に染みてわかる)
諦めた親貞の口から喋りが止み、また大きなため息が出る。そして女の笑顔に対し語りかけようとした。
親貞「しょうがない・・・ころ―――!?」
そこまで喋った親貞に、雷光が走るような感覚が訪れる。
親貞(待てよ?・・・こいつはなぜ僕を殺さない・・・?
   まともに体が動かない今の僕を殺すことなんて、一秒もかからないはずなのに・・・?)
親貞「ころ・・・いや、この島は・・・」
すぐさま適当な言葉を喋り、また全神経を思考に置く。
親貞(殺さない理由・・・僕を利用したい?いやそんな生易しい事はない。コイツは鬼か化け物だ。
   ならば・・・コイツは僕がコイツ自身の毒-美貌、恐怖、威圧-に負け・・・。
   己が手を下さず僕が自殺する事を望んでいる?いや、そうとしか考えられない!
   己より圧倒的に弱い人間が抗おうとも逃れられない死を見て愉悦に浸る!帝と同種の魔!
   いや、確信ではない、ただの推測だ・・・だが仮にそうだとするなら・・・)
すぐに親貞は喋るのをやめる。そして、しっかりとした目で女性を見た。
親貞(よし・・・あまりやりたくないが出来るかもしれない・・・悪鬼を出し抜く鬼神的奇手!)
互い(とは言っても喋っていたのは親貞だけだが)に言葉を無くししばらくした後に
親貞はふと月を見上げ、また何度目かのため息をつき、諦めたようにこう言った。
親貞「・・・残念だ」
それ以上は言わない。何かうかつな事を言えば、この女の気が変わるかもしれない。
そう考えた親貞は、背中に持っていた『日本号』をゆっくり取り出し、柄の、刃に近い先の方を右腕で持った。
親貞「普通の人間なら・・・きっとこの瞬間あんたに向かってこの槍を振るおうと考えるだろうね」
・・・いや、その動作は許されない気がした。
引き金を引けなかった事同様、『刃を持つ』→『自分を斬る』以外の動作は取れそうもない。
その事を体で重々承知していた親貞は、槍を振るという愚を犯すことはしなかった。
彼は女性の目をしっかりと見ながら、そのままゆっくり刃を首に近づけ・・・。
親貞「・・・・・・ツッ!!」
かすり傷よりは深い傷を、その首につけた。
親貞(医学に詳しくは無いがこの程度なら大丈夫か・・・くそ、後で服か何かで止血するか・・・)
一瞬にしてそう考えた親貞は、出会ってから一度も目を離さなかった女性の瞳をしっかり睨んだ。
親貞「・・・『一思いにやったほうが楽なのに』とでも言いたそうな目だね」
女性「・・・」
女性はそんな考えをしていたのかはわからないが、親貞は自信に満ち溢れ、そう言った。
親貞「あんたは人間じゃないよ。それははっきりわかった。鬼か物の怪の類だね?」
女性「・・・」
親貞「あんた綺麗だね。そんな姿をしているのも、人を騙して意のままに操るためかい?」
女性「・・・」
親貞「はっきり言おうか?大丈夫。狂人以外なら間違いなく操れるよ」
女性「・・・」
親貞「大丈夫だって。凶悪さは違えど同じ種類の毒を使おうと考えた僕が言うんだ。保障させてくれ」
女性「・・・」
親貞が何を言おうとも女性は答えない。もっとも答えてもらおうなど親貞も考えない。
その直後、一瞬間を置いて親貞が笑った。それも、女性とは正反対の冷たい笑みを。
親貞「さっきの事だ。いくつか、あんたを出し抜く方法を考えていてね・・・」
互いに目は離さない。互いに両極端の笑みを浮かべている。
親貞「斬らないでくれるのかい?優しいね。じゃあ言わせてもらうよ。
   この島に今何人の人間が残ってると思う?23人だ。帝とかも含めればもっと増えるけど。
   そのうち何人が君の毒に負けないか?いいとこ4、5人だ。いや、それでも多いかな」
そしてまたため息をつきながら、親貞はなおも言葉を続ける。
親貞「僕は出会い頭に負けた。悔しいが負けた。・・・まあ、狂ってない事は喜ばしいかな。
   ・・・とまあ、それはおいといて。そういった、血に飢えた狂人と呼ばれる輩なら
   君の威圧にも負けない・・・つまり、この僕と君の向かい合いにも介入できる。
   でも、そうそう都合よくそんな人間は現れないよね。人生ってそんなものだからね。
   でも、狂人より血の臭いに敏感な動物が既にいた事を思い出した」
親貞(・・・頃合いか)
耳を澄ましていた親貞が、またも女性に話しかけた。今度は、問いかけるように。
親貞「・・・今度は答えてくれないか?君は、物の怪や鬼の類だろう?」
すると、向かい微笑んでいた女性は初めて親貞に対し語りかけた。
その声は、親貞が聞いたどんな音よりも優しく聞こえた。
その優しい声に、何か雑音のようなものが混じった。何かの向かってくる足音が。
女性「そうよ」
雑音は大きくなってくる。その雑音は、親貞の背後から。
親貞「そう。答えてくれてありがとう。じゃあ僕からも一つ」
その言葉が終わると同時に、初めて女性は親貞から目をそらし、親貞の背後を見た。
親貞(かかった!ここだ!全力で体を動かせッ!)
笑みが消えたその女性に対し、親貞は対照的な笑みを浮かべたまま、呪縛を解くように全力で吐き捨てた。
親貞「僕をナメるなよッ!」
動物は、それ以上の強さを持つ対象に対しては怯えるものであるらしい。
それは人間でもそうであるし、ましてや人より理性の薄いこの島の狼などはそれに従うだろう。
その習性なのか、はたまたまったく別種の何かなのか、それはわからないが
親貞の血の臭いにつられてやって来た狼は女性を見た途端どこかに逃げてしまっていた。
その後、女性が目を親貞のいた場所に戻した瞬間、すでに親貞は女性の目前から消えてしまっていた。
そして、女性が親貞を探そうとした瞬間・・・。
親貞「妙にでかい狼だ・・・それに毛が綺麗な銀だったね。あんなのどこから持ってきてるんだろう?」
その彼の声が女性の背後から聞こえた。
親貞「水を飲んでいたとき、遠吠えが聞こえた事を思い出したんだ。君が来る前さ。
   たぶん狼が近くにいる・・・狼は僕たちと違ってエサなんかもらってない・・・飢えているはず。
   狼とかは人より感覚が強いらしい。近くにいるなら新鮮な血の臭いを嗅ぎつけるんじゃないか。
   どれほど近かったか?それはわからない。血の臭いを本当にかぎつけるか?それもわからない。
   つまり一か八か・・・本当に一か八かの賭けだったけど、僕が勝った。やっぱり今の僕は運がいい」
すでに親貞に鬼に対しての恐れは無いのか、またべらべらと喋っている。
親貞「ひょっとしたら誰かの死体を食って満腹になっているのかも・・・とも考えた。
   でもあの大きさの狼じゃ人の5、6人は余裕だね。杞憂だった。帝の変態癖に感謝したよ」
親貞は女性に銃を突きつけている。
『AK74』と『日本号』は地面に放り投げているが、彼はもう一つ銃を持っていた。
高広から奪った『イサカM37フェザーライト』を。
親貞「まあ、最初から畜生なんぞが鬼を殺れるとは思ってないよ。
   一瞬でもあんたの注意が僕からそれればそれで良し、なわけだから」
ふと、女性がまた笑い出す。場に似つかわしくない、優しい笑みを。
『恐れを抱いた対象に対して勝ち誇り、その対象を平伏させなければ、この子に残る恐怖は消えない』
そう考えた女性には、背後の親貞の心が手に取るようにわかった。
まず間違いなく心はまだ恐怖に支配されている。相変わらず額からは汗が流れ、背筋は凍りついている。
親貞「・・・あんたのお陰で成長できたよ。とりあえずありがとうとお礼を言っておこうかな?」
おそらくは、何も成長などしていない。
人の精神は、恐怖から逃れた瞬間に成長するほど単純ではない。
今の状態は、女性が現れ、親貞が銃を構えたまま固まった時・・・つまり振り出しに戻っただけだ。
そう考えた女性は笑いながら、なおも恐怖を消すために強がる親貞の言葉を遮った。
親貞「だけど・・・」
女性「そんなに怖いの?」
親貞「―――え?」
まさか、これほど見事に己の心を言い当てるなど親貞は思いもしなかった。
いや当てるのはさほど難しいことではないだろう。ただそれは通常の状況なら、だ。
今、この女性は背後を取られている。何より銃も突きつけられている。だというのに・・・。
親貞(なんで・・・なんでだよ・・・震えるんじゃないのか・・・なんでそんなに・・・)
背筋に『ざわ・・・ざわ・・・』と何かが走る。体がぐにゃりと捻じ曲がった気がした。
・・・瞬間、親貞は眩めき、彼の意識は消し飛んだ。
ロヨラ『・・・親貞様』
そして彼が意識を取り戻したのは、ふところに入れていたトランシーバーから音が漏れた時だった。
親貞「いな・・・うっ!?」
気を取り戻した親貞は急いで辺りを見回す。だが、もう辺りには誰もいない。
耳を澄ましても、さらさらという風の音しか耳に入らない。
親貞「た・・・たす・・・かった・・・・・・・・・?」
うわごとの様に一言呟いた時、親貞の体中からすべての力は抜け、一気に汗が吹き出た。
親貞「ハァ・・・ハァ・・・ゲホッ!ゲフゲフッ!ハァハァッ・・・」
激しい呼吸と咳き込みを繰り返しながら、夢遊病患者のような千鳥足で親貞は湖に向かう。
丁度辿り着いたとき、今までガクガクしていた膝が崩れ落ち、彼は頭を湖に突っ込ませた。
そしてその状態のまま、湖水を精一杯飲む。
ふたたび頭を上げたあと、彼は不意に涙を流した。
親貞(くうッ!うまい!・・・うますぎるっ・・・!)
当然、その水は先ほどまで彼が『不味い』と散々けなしていた水である。
水の質が変わったわけではない。恐怖からの解放、その安堵が心に影響を与えていたのである。
そして彼は、湖から頭を上げ大きく息をついた後、自分が助かった理由について考え出した。
親貞(なぜ僕は助かった・・・?なぜ殺されなかった・・・?)
彼は頭の中で、理由にもならない思いついた事をどんどん巡らせる。
親貞(奴が僕を生かしておくことにメリットがある?・・・却下。そんなものはないはずだ。
   僕が意識を飛ばした瞬間に、第三者が現れた?・・・却下。だったら僕は殺されている。
   意外と僕を恐れた?・・・却下。だったら僕は意識を飛ばしたりはしない。
   僕が誰かに似てる?・・・却下。そんな感傷を鬼が持つとは思えない。
   僕はもう死んでいる?・・・却下。それは考えたくない)
彼は考えながらも己の衣服の袖を千切り、それを止血するため首に巻きつける。
親貞(ぐえっ絞めすぎた。しかし緩めると血が止まらないか・・・血がちゃんと巡ればいいが)
今頃やっと感じてきた首の痛みをこらえながら、彼は地面に落とした『AK74』を拾う。
親貞(槍もあるし銃もある・・・つまり武器は持っていっていない・・・僕は幻覚でも見たのか?
   いや・・・しかしありえるかも・・・宣教師達があんな化け物をこの島に運べるとは・・・)
ロヨラ『親貞様』
親貞(幻覚ではないにしても、鬼が僕を生かした事は事実。そんな例は過去あるか?
   先人の教訓・・・?つまりことわざや昔話で鬼に関わるもの・・・鬼に金棒・・・鬼の目に涙・・・。
   泣いた赤鬼・・・鬼の居ぬ間に命の洗濯・・・来年のことを言うと鬼が笑う・・・渡る世間に鬼はなし)
トランシーバーから漏れるロヨラの声を無視して、なおも親貞は考えてばかりいる。
だが、止まないロヨラの声に、親貞も止むを得ず返事を返した。
ロヨラ『親貞様』
親貞「少し待ってくれよ。僕は考え事を・・・ん?」
そこまで話したときに、親貞の頭にある考えが思い浮かんだ。
親貞「君は・・・いや、君達はこの島でのすべての出来事を見ている・・・確かさっきそう言ったね?」
ロヨラ『はい』
親貞「なら一つ聞きたいことがある。僕があの女に銃を突きつけてから・・・い、いや、なんでもない」
親貞(・・・やめた。どうせ鬼の考える事なんて人間の僕にはわかりようはずもない。
   そうだ。全てにおいて常識や理解の範疇を超えるからこそ、それは『鬼』と呼ばれる。
   意外と慈悲だったのかも知れないし、あるいはただの気まぐれなのかもしれない。
   そのうち僕が死ぬと考えて、わざわざ殺す必要も無いと判断しただけなのかもしれない)
意識が失った後の一部始終をロヨラに聞こうとしたが、親貞は言葉を止める。そして彼は追求もやめた。
『鬼』について人が知ることなど、あってはいけないのかもしれない。そう考えたのである。
ロヨラ『いかがなされましたか?』
親貞「なんでもないって言ってるだろ?それよりそっちの用事はなにさ?」
ロヨラ『武田晴信が死亡しました、以後、晴信を狙う必要はありません』
親貞「お役目ご苦労様」
それだけ呟くと、親貞は耳に当てていたトランシーバーを下ろす。
親貞(武田晴信を殺した場合は褒美があると言うが・・・そういえば高広もそれに動かされていたな。
   嘘はつくまいからなんらかのアクションはあるだろうが・・・さて、どんなものだろうか)
考えてなければ気がすまないのだろうか、彼は湖畔に腰を下ろしてなおも考えた。
親貞(いやそれより、僕自身これからどうするか、だ。食糧を・・・取りに行くか?
   いや、その必要はないか・・・ひょっとしたら『あれ』が食えるかもしれない)
彼はまたため息をつき、暗闇から向かってくる銀色に対して『AK74』の引き金を引いた。
親貞(先の狼がまた僕の血の臭いに引かれてきた・・・。しかも、また一匹だけで。狼は群れで行動するはずでは?
   群れで共食いでもしたのか?まさか!狼にそんな習性は・・・いや、もう僕の常識なんて通用しない。
   さっきの女もそうだ。きっとあんな類の化け物はこの島にまだ何人もいる。
   僕はそいつらとまともに相対できるのか?さっきの様にまた怖気づくのか?)
親貞「なめやがって・・・なめやがって!!くそっ!ちくしょう!!ちくしょうッ!!」
『生かされた』・・・この島ではほとんどないこの出来事の後、親貞は怒りを覚えた。
己に恐怖を感じさせた鬼にも、まだ見ぬ鬼にも、そして今でも震えている自分にも。
弾の当たり所が悪かったのか、一匹だけで現れた銀色の狼はすでに動かない。
親貞「だったら捨ててやるッ!僕も常識を捨ててやるッ!!」
この場に残るのは、相変わらずさらさらと優しく聞こえる風の音と、親貞の歯軋り、そして怒声。
そしてなおも引かれ続ける弾切れの銃の引き金の音だけだった。

【39番 吉良親貞 『日本号』『モトローラ トランシーバ T5900』『イサカM37フェザーライト(残弾2発)』】
(4-C湖地点で待機。『AK74(弾切れ)』はその場に放置)

【71番 長坂長閑 『無銘匕首』『U.S.M16A2 (残弾9発)』】行方不明
123迷える子羊と神父様 ◆IVgdXngJC6 :2005/04/06(水) 15:53:28
変わった奴だったな。確か鈴木重秀だったか?
帝の報でも名が出ていたが・・・成る程、名が売れているだけあったな。
あれは相当な使い手だった。あのまま続けばどちらが勝っていたことやら・・・。
フフフ、いや、俺が勝っていたさ。この世に俺の上に立つ者があってはならんのだ。俺こそが唯一無二の存在だ。
帝を殺し、俺こそが神だという事を証明してみせる。俺に逆らう者は皆殺しだ。
しかし・・・
本当にそれでいいのだろうか・・・?
誰が一番だとか、誰が優れているだとか、そんなものはくだらぬ事ではないのか?あの男に逢ってからというもの、そう思えてならん。
そういえば、あの男は帝を亡き者にすると言った。俺と同じ目的だ。しかし奴は何の為に?
帝より優れていると知りたいからか?自分が最強だと認めてもらいたいからか?帝から頂戴する天下の為か?それとも人を殺す快楽を求めてのことか?
否。
あの男はそんな事は望んでいない。何の見返りも欲せずに、ただ自由を取り戻す為だけに戦っている。
自由を取り戻す戦いか・・・。フン、それがなんになる。この島から生きて出られる保障など無いというのに、何故、無理な戦を仕掛けるのか・・・。
自分が生き残ってこその自由であって、死んでしまっては元も子もない。死んだ後で自由を手にして何になる?
あの男は他人の為に自分の命を投げ出すとでも言うんだろうか?馬鹿な、そんなものは愚かな偽善に過ぎない。
しかしあの男は・・・
くそ、解らない。俺には何がなんだか全く解らない・・・・・・
124迷える子羊と神父様 ◆IVgdXngJC6 :2005/04/06(水) 15:54:10
「――何を悩んでおられるのです?」
唐突に話しかけられ、信長は思考の海から引きずり出された。
「何者だ」
信長が感情の無い声で誰何する。すると、目の前の木陰から人が姿を現わした。
肌が白く、丸顔の幼い顔つきだが、彫りの深い目鼻立ちをしている。夜目にも異国人だということが判る。
信長はその異国人の胸に標準を合わせるように、デザートイーグル.50AEを構えた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!ボクは敵じゃないです!」
異国人が両手を胸の前に出して、信長の動きを制しようとする。
「敵ではない?フン、笑わせるな。この島には敵以外の者は居らん」
信長が引き金に指をかけ、今にも撃たんとしたその時、異国人の姿は忽然と消えていた。
「!?」
異国人の身体は宙を舞い、隠れていた木の枝に?まると、逆上がりの要領でクルリと反転して枝の上に上っていた。
「そこか!」
デザートイーグル.50AEが、異国人に目掛けて轟然と鳴り響いた。
しかし弾丸は異国人に当たらず、、変わりに足場の枝を撃ち落した。
異国人はバランスを崩すことなく、羽毛が舞い落ちるように、ふわりと静かに着地した。
「ひゅう〜!危ない、危ない。もう少しで撃たれちゃうとこでしたよ」
言うほどに危機感は持っていないらしく、この島には似つかわしくない陽気な声をしている。
信長は弾切れになったデザートイーグル.50AEを捨て、袖に隠したベレッタM1919を出そうとしたが、それより一瞬早く、異国人がベレッタM92FCを構えていた。
「おっと、動かないでください。動いたら撃っちゃうかもしれませんよ?」
異国人が不敵な笑みを浮かべる。
「・・・殺せ」
信長が諦めたように言った。
125迷える子羊と神父様 ◆IVgdXngJC6 :2005/04/06(水) 15:54:44
「殺す?とんでもない。さっきも言ったように、ボクは敵じゃないんです。だから貴方を殺す必要も無い」
しかし、異国人は銃を信長に向けたまま、警戒の色を強めている。
「だったら銃を下ろせ。銃口を向けられたまま言われても、説得力に欠ける」
「じゃあ、もう悪戯はしないね?」
ニッコリと笑うと、色の白い童顔が、より一層幼く見えた。
「初めまして、ボクはフロイス。ルイス・フロイスです」
フロイスは銃をしまいながら信長に近づいた。
「えーと、貴方は27番織田信長さんでしょ?随分と捜したよ」
「何故俺の名を知っている?何で貴様のような異国人がこの島に居る?貴様は何者だ?」
信長が畳み掛ける様に詰め寄った。
「えーまず、貴方の名前を知っている理由なんだけど、貴方の力を借りたくて調べさせてもらいました」
「俺の力を借りる?どういうことだ?」
「せっかちな人だなぁ。いいかい?順を追って話すから、少しの間黙ってボクの話を聞いておくれよ」
「・・・いいだろう」
信長は多少の苛立ちを覚えたものの、帝とはまた違った魅力を醸し出すフロイスに興味を持ったのか、大人しく従うことにした。
「えーっと、何だったかな?あーそうそう、何でボクのような異国人がこの島に居るか、だったね。うふふ、それはね、ボクは元々帝の協力者だったからさ。居て当然だよ」
「協力者?」
その言葉に敏感に反応した信長が、再び攻撃態勢に入ろうとしたが、フロイスが大きな溜息を吐きながら首を振った。
「ハァ・・・。いい加減にしてよね、話が先に進まないじゃない。ボクが協力者だとしても、貴方と争う理由は無いよ?だって、帝が見たいのは貴方達が戦って死ぬとこで、
ボクと戦うとこじゃない。それにボクは『協力者だった』と言ったんだよ。今のボクは帝に仇をなそうとしている者さ」
126迷える子羊と神父様 ◆IVgdXngJC6 :2005/04/06(水) 15:55:19
「・・・・・・」
「うん、気持ちは分かるけどね。ただ何度も言うように、ボクは敵じゃない。ボクが敵ならとっくに貴方を撃ってるよ。チャンスはいくらでもあった、でしょ?」
信長は黙って銃を下ろした。
「・・・その通りだな、貴様が俺を殺す気ならとうに俺は死んでいた。いいだろう、続けろ」
「誤解の無いようにボクの目的をハッキリさせておく。ボクは帝のやっている事を止めるつもりだ。そして、帝に協力する宣教師達を倒す。
ボクはそのために奴等と対抗できる人を捜している」
「それで俺に白羽の矢が立ったわけか。フン、買い被り過ぎだな。俺は奴を止めようなどとはこれっぽちも思っていない
むしろ奴のやっている事を肯定している。一人でも多く殺し、少しでも奴に近づきたい。それに殺せば殺すほど、後の天下が収めやすくなる。俺にとっては一石二鳥だ」
「みみっちい考えをするんだね。でもどうだろ?もし帝が言った天下を呉れてやるってのを信じてるなら、考えを改めたほうがいいよ。彼にそんな力があるとは思えないもの。
それに、例え貴方が九十九人殺したとしても、今のままじゃ帝に勝てないよ。奴の考えに乗って、奴の思い通りに動いてる人が倒せる相手じゃないもん。
良くて相打ちといったところかな・・・。フフ、それも今の貴方じゃ無理かな?」
「貴様ッ、俺を弄るかッ!」
相州五郎入道正宗が鞘走り、目にも留まらぬ抜き打ちがフロイスを襲った。しかし、信長はフロイスを斬り殺すことなく、首の皮一枚を切るに止めた。
「何故避けようとせぬ?」
「斬らないって判ってたから」
信長は忌々しげに舌打ちすると、パチリと音を立てて相州五郎入道正宗を鞘に収めた。
「・・・俺に何をさせたい?」
「協力してくれるんだね!?嬉しいなぁ」
フロイスはひょうげた仕草で喜ぶが、その身に一分の隙も見当たらない。
(こいつを斬るのは至難の業だ)
その隙の見えないフロイスに、信長は微かな戦慄を覚えた。
127迷える子羊と神父様 ◆IVgdXngJC6 :2005/04/06(水) 15:55:53
「・・・・・・」
「うん、気持ちは分かるけどね。ただ何度も言うように、ボクは敵じゃない。ボクが敵ならとっくに貴方を撃ってるよ。チャンスはいくらでもあった、でしょ?」
信長は黙って銃を下ろした。
「・・・その通りだな、貴様が俺を殺す気ならとうに俺は死んでいた。いいだろう、続けろ」
「誤解の無いようにボクの目的をハッキリさせておく。ボクは帝のやっている事を止めるつもりだ。そして、帝に協力する宣教師達を倒す。
ボクはそのために奴等と対抗できる人を捜している」
「それで俺に白羽の矢が立ったわけか。フン、買い被り過ぎだな。俺は奴を止めようなどとはこれっぽちも思っていない
むしろ奴のやっている事を肯定している。一人でも多く殺し、少しでも奴に近づきたい。それに殺せば殺すほど、後の天下が収めやすくなる。俺にとっては一石二鳥だ」
「みみっちい考えをするんだね。でもどうだろ?もし帝が言った天下を呉れてやるってのを信じてるなら、考えを改めたほうがいいよ。彼にそんな力があるとは思えないもの。
それに、例え貴方が九十九人殺したとしても、今のままじゃ帝に勝てないよ。奴の考えに乗って、奴の思い通りに動いてる人が倒せる相手じゃないもん。
良くて相打ちといったところかな・・・。フフ、それも今の貴方じゃ無理かな?」
「貴様ッ、俺を弄るかッ!」
相州五郎入道正宗が鞘走り、目にも留まらぬ抜き打ちがフロイスを襲った。しかし、信長はフロイスを斬り殺すことなく、首の皮一枚を切るに止めた。
「何故避けようとせぬ?」
「斬らないって判ってたから」
信長は忌々しげに舌打ちすると、パチリと音を立てて相州五郎入道正宗を鞘に収めた。
「・・・俺に何をさせたい?」
「協力してくれるんだね!?嬉しいなぁ」
フロイスはひょうげた仕草で喜ぶが、その身に一分の隙も見当たらない。
(こいつを斬るのは至難の業だ)
その隙の見えないフロイスに、信長は微かな戦慄を覚えた。
128迷える子羊と神父様 ◆IVgdXngJC6 :2005/04/06(水) 15:56:41
「まだ手を貸すとは言っていない」
「いいよ、いいよー!前向きに考えてくれてるってことだもんね」
「フン、うるさい奴だ。・・・まあいい、情報さえ貰えれば何だって構わない。それで敵の正確な数や居所は知れておろうな?」
「あっ、ハイ。えー、その事なんですが、敵の正確な数は判っていません」
「話にならんな。それでよく協力しろなどと言えたものだ」
信長が呆れて言う信長に、フロイスはふて腐れながらも、
「仕方ないじゃない、敵の大半は帝のお抱えの者だもん。お手伝いのボクには把握しきれないよ。でもね、奴に協力する宣教師の事なら解るよ。
なんと言ってもボクはそこで雇われてるんだもん」
誇らしげに胸を張った。
「そうだ、さっきも宣教師がどうとか言っていたな。どういう事だ?」
「帝が数名の宣教師を雇ったのさ。貴方の使っているような銃火器や、トラック、ヘリコプター等の乗り物、他にも食料やデッカイ狼とか、
その他もろもろ必要とする物を用意させるのが理由。何でボク達にそんな物を用意させたかというと、武器が優れている方が、
より高度な殺し合いが見れるからだそうだよ。マッタク悪趣味だよねぇ」
「これは貴様らが用意したのか」
信長はまじまじと自身の持つベレッタM1919に見入った。
「うん。でもボクにはどうやって用意したのかまでは判らない。そういうのは全部ザビエルさんの仕事だから」
「そうか、惜しいな。こんな鉄砲が数千丁もあれば、すぐにでも天下が取れるというのに・・・」
さも残念そうな顔をした信長が、しみじみと言った。
129迷える子羊と神父様 ◆IVgdXngJC6 :2005/04/06(水) 15:57:14
「宣教師の人数だけど、数はそんな多くないよ。主だった者は二名。イグナチオ・デ・ロヨラとフランシスコ・サビエルの二人。
彼等が今回のことを何もかも仕切ってるよ。その下にボクの様な諜報員が何人か居るけど、ほとんどがトラックの運転手やヘリコプターのパイロットで戦えやしない。
他にも本部で仕事をしている技術者なんかも居るけど、コイツ等もみんな非戦闘員。もっとも、ロヨラだけは違う。アイツだけは甘く見ちゃいけないよ。
若い時は騎士として幾度と無く戦場を駆け回っている。怪我をしてから武勇伝は聞かないけど、ボクの知る中では、今でもアイツに勝てる人はいない」
「そいつは貴様より強いのか?」
信長は、フロイスの先程の身ごなしや、刀を見切ったのを思い出していた。
「ボクより?あったりまえじゃない。ボクなんて彼の足元にも及ばない。大人と子供くらいの差があるんじゃないかな」
「ほう、それは面白いな」
「ふふふ、信長さんって変わってるって言われるでしょ?強いって聞いて興味が湧くなんて変だよ」
「余計なお世話だ、いいから続けろ」
「はいはい。彼等の目的だけど、はっきりしたことは判らない。たぶん、帝に協力する代わりに、イエズス会の後ろ盾になってもらって日本で布教する事が目的なんだろうけど、
もしかしたら別に意図があるのかも。彼等ならもっと大それた事を計画していてもおかしくないから」
信長は眼で先を促す。
「居場所なんだけど、帝を含め、みんな本部に居るよ。そこで此方を監視し、帝はそれを見て楽しんで、ロヨラとザビエルは色々と対処していく。
トラックが奪われた時もロヨラが巧く処理してた」
「その本部とやらは何処にある?」
フロイスは意地悪そうに、
「やだ、教えなーい。だって教えちゃったら一人でそこに突っ込む気でしょ?駄目だよそんなの。ちゃんと協力してくれるって言わなきゃ教えてあげない」
と言って教えようとはしなかった。
130迷える子羊と神父様 ◆IVgdXngJC6 :2005/04/06(水) 15:58:05
「馬鹿も休み休み言え。初めて逢った奴に協力など出来るか。さっさと場所だけ吐いて失せろ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・どうした、何故黙る?」
「だって貴方が休み休み言えって言うもんだから・・・」
「貴様ッ・・・!」
かっとなった信長が、右手が再び相州五郎入道正宗の柄を握り、こいくちを切った。
「わー、わー!冗談です!ゴメンナサイ」
今度は寸止めなどせず、遠慮無しに斬ってくるだろうことを肌で感じたフロイスは、慌てて信長に謝罪した。
「教えてあげてもいいけど、それはボクに協力を誓ってからね。大体、場所だけ聞いても入り込むのは不可能に近いよ。貴方達の行動は常に監視されてるし、
本部の周辺は特に警備が厳重だもん。でもボクと一緒なら怪しまれずに中に入ることが出来るよと思うよ。ボクが裏切ったのを、たぶんまだ誰も知らないから。
それにボクはそれなりの戦力にはなると思うけど?」
信長はしばらく考えていた様子だったが、仕方なくフロイスの申し出を受けることにした。
「但し、貴様に一つ聞いておくことがある。奴らを裏切るという事は、嘗ての同胞と戦うということだ。場合によっては知り合いを殺さねばならん。
貴様にその覚悟があるのか?どうだ、答えろ」
その質問に、初めてフロイスの顔が曇り、少年のような笑顔が消えた。
「・・・・・・当然だよ、必要ならばボクは躊躇わずに引き金を引く。・・・それが嘗ての仲間だろうとね。・・・みんな間違ってるんだ、こんな事していいわけない。
殺しを強要し、それを眺め楽しむなんて異常だよ。まして仲間がその手助けをするなんて許しておけない。身内の不始末は身内でつける。
心配しないで、信長さん。ボクは大丈夫だから。ボクに迷いは一切無い」
131迷える子羊と神父様 ◆IVgdXngJC6 :2005/04/06(水) 15:58:37
信長はじっとフロイスの眼を見つめた。フロイスも見つめ返してくる。
言葉通り、迷いの無い澄んだ眼をしていた。
「・・・いいだろう。俺の力、貴様に貸してやろう」
「ありがとう。貴方ならそう言ってくれると信じていたよ」
フロイスは信長の手を取ると、大きく振って握手した。
「しかし貴様は変な奴だ。姿形、声、思想、ものの考え方・・・どこにも似たところが無いのに、不思議とあの男を彷彿させる」
「あの男って?」
「いや、何でもない、こっちの話だ、気にするな」
「ふーん、まあいいや。じゃあ案内するから着いて来てね」
二人は暗い夜道を、帝の居る本部に向けて歩き出した。


【27番 織田信長 『ベレッタM1919(残弾7発)』『相州五郎入道正宗』】
【∞番 ルイス・フロイス 『ベレッタM92FC(残弾15+1)』】両者3-E森 目的:本部への潜入

【残り23人+1人】
132無情と非情と慕情の彼方1:2005/04/09(土) 14:05:36
様々な草花や木々が織り成す緑色、その隙間からほど走る陽光、照らされて輝く大地
そんな自然溢れる場所とは似つかわしくない空間・・・。
断続的に聞こえてくる機械音、謎で無骨な機材や無機質な光を放つモニター等で構成された一室。
目を瞑り、ピクリとも動かず、ただ一つの構えのみで深い瞑想に入ったままの眼下に広がる感情の通わない機械に支配された空間がそこにはあった。
その時代に生きる者にとって、未知の領域を超えない存在が蔓延する世界だ。
なおも景虎は微動だにせず瞑想を続けていた。
彼の中で展開される世界の中に、他の無感情な存在とは違う、一人の人物が現われた。
―――・・・あやつは天皇ではない。異国の者か?―――
その者は周囲に邪悪な気配を振り撒いていた。とてつもなく大きな負のオーラだ。
―――どれ・・・、一つやってみるか―――
景虎はより一層強く念じた。精神が研ぎ澄まされ、内なる冷の気が高まる。
「オンベイ シラマンダヤ ソワカ」
―――カッッッッ!!!!!――――
空間を越えて、衝撃はほど走った。
「ウゥォォーーー!!!!」
その者はかつてない衝撃を感じた。
体に痛みは無い。物理的なショックは何も感じなかった。
だが、常識を超越したそれは、肉体ではなく、精神を、そして頭脳を直接鷲掴みにされたような刺激だった。
(うむ・・・、我が城の毘沙門堂でなら、もっと深い瞑想に入れたであろう・・・)
そして、それを最後に景虎は永く深い瞑想から覚めた。背中の傷など、嘘の様に元通りになっていた。
男もやがて、何事もなかったようにその衝撃から解放される。衝撃を受けたことすら記憶から消されてしまっていた。
133無情と非情と慕情の彼方2:2005/04/09(土) 14:08:42
「・・・・・・・」
「景虎殿」
ふと気が付くと、そこは車内だった。目が覚め、徐々に広がる視界、微かに聞こえた静かな声。
「・・・うむ。すまなんだ。ようやく目覚めた」
「一瞬宙に浮いたような・・・」
「小生は毘沙門天の化身である。神の力を以ってすれば出来ぬではない」
精神統一に神経を注ぐ為、瞑想の最中は無防備になる。昌景が見張りと護衛を引き受けてくれたから景虎は深い瞑想に没頭できたのだ。
このような状況下にあって、元の世界では命の取り合いすらしていた相手に、こうした態度がごく自然に取れるのが飯富昌景という男だ。

「さきほど放送がありました」
「左様か」
「我が武田家、信繁様のお名前が読まれました・・・」

三日目日没の放送を耳にして、昌景は愕然とした。
尊敬する武田信繁の死を知ったのだ。晴信の弟である信繁は、同じく偉大な、そして親子ほど歳の離れた兄を持つ昌景のよき理解者であった。
それをきっかけに今まで相次ぐ同じ武田家の者の死を耳にしてきたことが蘇ってきた。
よく自分を可愛がってくれた父親のような存在の馬場信房、信繁と同じく晴信の弟で芸術の才ある信廉。
「・・・何故、・・・何故だ」
受け入れたくない現実に、顔色は蒼白に染まり、膝は小刻みに震えていた。吹けば飛んでしまうような、あまりに弱々しい様である。
「人を憎むな。この余興を憎め」
「・・・わかっております」
信繁の仇を討ちたくないはずはなかった。だが、本来の目的を見失わぬ為にも今は私情は捨てるべき、そんなことはとうに嫌というほど二人ともわかっていることだった。
「辛いな」
「・・・・・・はい」
「ならば泣け」
「え・・・」
「泣くことは弱きことではない。大事なのは、その後再び笑えることなのだ」
昌景は、神妙な面持ちを浮かべて景虎を見つめた。
134無情と非情と慕情の彼方3:2005/04/09(土) 14:10:13
「信繁殿を心より尊敬していたのだな?」
「・・・はい」
「戦場において、礼儀を欠かさず、それでいて実に手ごわき相手であった」
「景虎殿・・・」
「小生は、あの者と戦地で相対したことを、ひいては武田と戦えたことを誇りに思う」
「・・・・・・」
「無論、この余興にあって心乱さず、敵である小生に手を差し伸べたお主の器量も尊敬に値する」
昌景の目から幾つもの涙がこぼれた。
「ならば私は泣きませぬ。貴方様にそこまで言わしめた信繁様を誇りに思います」
涙は止まらない。それでも昌景は泣かぬと言った。その瞳には強い意志が宿っていた。
「試練は乗り越えることが出来る者にしか訪れぬ。お主も乗り越えよ、若者よ」

過ぎた時は戻らない。失った願いは二度と還らない。認めたくない現実もある。
それでもやらねばならないこともある。昌景の目に、最早迷いなど微塵もない。

「うむ、良い目だ」
景虎が呟く。日はとうに暮れていた。
武田家臣、飯富昌景が、主君晴信と、兄のように慕った高坂昌信の死を知るのはもう少しあとの話である。

「瞑想のさなか、おかしな男を見た」
「なにか御分かりになりましたか?」
「うむ。おって話そう」
135無情と非情と慕情の彼方4:2005/04/09(土) 14:12:35
時は数刻遡る。夕暮れ前の話である。
姿勢を低く保ち、木々に身を隠し、息を潜める物陰が二つ。
「次はあやつを殺せ」
最早この男の声は冷徹以外の何者でもない。
あろうことか子供は、そんな声にすら素直に従ってしまう。
標的にされた男がこちらを振り返る様子はない。背中を向け、視線を下げながら急ぎ足で歩いている。
夕日の日差しが少し和らいだ。薄っすらとした木々が陽を遮り、眩しさを和らげるが、それすら気にせず下を向くような恰好で歩いているその男、なにかを探しているのだろうか?
少年は息を呑む。足場には深い草や落ちた枝なども加わっていた。手にした長柄は大きかったが、よく手に馴染んだ。既にこれを使って一人の命を奪っているのだ。
ポキポキっと折れた枝を踏みつける音が、草を掻き分け踏みつける音がした。
――今だ!
背後の近づく足音が、自らの歩く足音にかき消されるのを見計らって、不意打ちの瞬間を開始した。

足に力を込め、めいっぱい飛び上がり、そして力いっぱい得物を背後から縦に振り払う。
「ガキ、物騒なモン持ってるじゃねえか」
親泰の背後で先ほどの男の物らしき声が聞こえた。
目の前に映るのは、枝が折れて地に落ちただけで、そこには誰も居なかった。男の踏み込みは、子供の予想を遥かに超えていたのだ。
突如親泰の体は宙を浮いた。足と頭が逆になって。
「うわわわわわ」
足首を掴まれ、そのまま持ち上げられた親泰は思わず手にしていた長柄を離し、隠し持っていた変わった形の物が服の中から落ちた。
「ったく、もう他には何も持ってねーな?なんだこりゃ?」
(ど、どうしよう・・・)
「安心しろ。ガキに向ける刃なんぞ持ち合わせておらん」
「え・・・」
「お前、名前は?」
「・・・香宗我部親泰」
「・・・ほう。土佐のモンか。俺は鈴木重秀だ」
重秀の住む紀州と長宗我部家の土佐は、海を隔ててはいるが隣国同士である。知己では無いにしても、長宗我部家のことは多少なりとも知っている。
この少年の兄がこの島にて生きていることも既に知っていた。
次の瞬間、親泰は重秀の当身を受けて気を失う。親泰と、親泰が持っていた変な物を木陰に置き、ゆっくりと振り向く。
136無情と非情と慕情の彼方5:2005/04/09(土) 14:15:37
「ちょっと眠っててもらうぜ。さてと・・・」
夕暮れ時、辺りには生暖かい風が吹いていた。生い茂る木々の枝葉、地に咲く草花がやわらかく揺れる。
「そこのジジイ、いつまで隠れてんだ?」
重秀は深い茂みに声をかけるが、誰も何も答えない。風に揺れる草だけがザワザワと返事をしているだけだ。
「おいおい、往生際が悪いぞ。俺には戦う意思なんてねぇんだよ。いい加減出て来い」
依然、静かな時間が過ぎるだけであった。
「面倒くせえジジイだな。ほれ、これでいいかい?」
武器をすてて、両手を上げた重秀を見て、ようやく斎藤道三が茂みから現われた。手には虎鉄が握られていた。
「参加者の中に、この子供の親は居ないはずだ。どう見てもじいさん、こいつの兄貴には見えねえな」
「・・・・・・」
「赤の他人のアンタが、こいつを手懐けて何するつもりなんだ?」
「・・・・・・」
「何故俺を狙わせた?よりによってこんな年端もいかない子供に」
「・・・・・・」
「血の臭いがするな・・・。既にこのガキ、手を下してるな」
「・・・くだらぬ」
「・・・なに?」
「惰弱な・・・、この世において、勝利こそ全て。支配されるほうが悪いのじゃ!勝利こそ正義よ!」
「・・・・・・」
「戦乱にあって、慈悲の心など不要じゃ。勝利の為には利用できるものは親でも子でも利用するわ!」
「妙にだんまりだと思ったが、今度は随分とよく喋るじゃねえか。ジジイ」
「そんなことより自分の命の心配でもしたらどうだ?それともこの状況を理解できぬか?」
「ジジイ、死に急ぐな」
137無情と非情と慕情の彼方6:2005/04/09(土) 14:16:46
「ほざけ若造めが!嬲り殺してくれるわ!」
名刀を手に、道三は勢い良く襲い掛かった。
「相手が素手なら勝てると思ったか!!」
重秀も拳を武器に激突を開始した。
この男がどんな猛者であろうとも、名刀虎鉄相手ではひとたまりも無いはずである。一見すると道三のほうが優勢に見える。
だが、表情にこそ出さないが、重秀のほうには余裕がある。
そして道三の体に乳酸が溜まり、運動量が落ちてきた頃、重秀はここぞとばかりに拳を振るう。
重秀の強烈なラッシュの連発に、道三の心にに次第に焦りが生まれ始める。虎鉄を振り上げるも、突き出すも、それらはことごとく空を切った。
(何故だ!)
道三は、自分が攻めているのではなく、攻めさせられていることに未だ気づかないでいた。
そして、重秀の拳がやや止まったその瞬間、
(今じゃ!)
道三は、持てる全ての力を一点に集め、剣先で渾身の突きを放った。
それは相手の心臓を突き破り、辺りを血の池に染める一撃のはずだった。
しかし、それを待っていたかのように剣先が放つ直線的な軸をずらすかのように重秀はそれを避ける。
直後バランスを崩す道三の右手首に重秀の手刀が放たれた。
突然の衝撃に思わず虎鉄が地に落ちた。道三の感情が空を浮遊している僅かの時間で重秀はそれを拾い上げる。
「俺は相手を、悦びながら嬲り殺す趣味などない。すぐに地獄に送ってやる」
重秀の手に握られた虎鉄の剣先は美しい輝きをばら撒きながら、道三に向けられた。
「貴様、卑怯だぞ」
道三は、ガクガクと震えだす膝の自由を取り戻すのに必死だった。
「人の心につけこんで子供を利用するだの騙し討ちやらの汚い勝ちを拾う外道が・・・、他人を卑怯呼ばわりとは笑止千万!!!」
重秀の拳は道三の脇腹を大きく歪ませた。内臓が数個破裂した。
「グホォッ!」
全身を万の針に襲われたような痛みが駆け巡る。今までの相手とはわけが違う。
尤も今まで殺した男も、二人で戦い傷ついた直後の瀕死状態の背後から、第三者として止めを刺しただけであるが。
目の前に迫るこの男はとてつもなく強い。自分の命を投げ出して、捨て身でうって出ても、足止めすら出来ない。自分はこの男に掠り傷一つ付けることは出来ないだろう。
138無情と非情と慕情の彼方7:2005/04/09(土) 14:22:16
「下衆が!」
「な、何をしとる!はやくこやつを討たぬか!」
と力いっぱい叫んだつもりだった。しかし最早それは言葉にならない。肺に穴が開いている為であろうか、ヒューヒューという空気音と共に濁った呻き声が出ただけであった。
答えるはずのない親泰を叱ろうとする自分の失点に気づく。
(何故、何故だ!)
尻餅をついた恰好で情けなく後ずさる。顔色はみるみる青くなる。
(これが、ワシの器なのか!)
(こ、これがワシの最期なのか)
(て、天下を・・・、この余興に勝利し・・・、天下を我が手に)
「た、たすk・・・ゲパブゥッ!」
裏切りと騙し討ちに満ちたその人生は、そこで途切れた。重秀の手から突き出された虎鉄は、道三の大きく開いた口に突き刺さり、その先端は後頭部に突き抜けていた。
「本気で怒らせた俺に近づくは、死を意味するのだ!」
重秀は振り返り、木陰で眠る親泰に近づいた。いまだ目の覚める様子はなかった。
(ここに放っておくわけにもいくまい。仕方ねえ)
重秀は親泰と、その得物らしき変な道具を背負い、再びトラックのタイヤの跡を追った。
暫く歩くと、背中の子供が少し動いたかのような感触を覚えた。
「よう。気づいたかい?」
(・・・あ、あれ?)
薄ぼんやりする意識で、少年はその声を聴いた。
「ハッ!そうだ。父上は?」
「あんなの父上じゃねえ。お前はいいように利用されてたんだ」
「・・・え?」
「もう人殺しなんてしなくていいんだよ。ガキはガキらしく無邪気に笑ってろぃ」
この島に来てから、子供の親泰にとって、色々なことがありすぎた。
恐怖や支配から逃れたことを知った彼は、心から安堵するために、大きなため息と笑顔を作った。
139無情と非情と慕情の彼方8:2005/04/09(土) 14:23:20
時間を三日目夜更けに戻そう。場所もトラックに移る。
「うむ。あちらの方角からただならぬ妖気を感じるのだ」
「先ほど瞑想の彼方に見た人物のそれと・・・?」
「うむ、酷似しておる」
――ガチャッ!
その会話を遮るように、子供を背負った男がドアを開け、乗り込んだ。
「すまねえ、随分遅れちまった」
「おお!お主は」
「ふふふ、ようやく戻りおったか」
「その子供はどうしたのだ?」
「おう。話せば長くなる」
「丁度良い。こちらも話すべきことがある」
うつらうつらと船を漕ぐ親泰を傍らに寝かせ、男達の語らいは長く続いた。

【29番 飯富昌景 『オーク・ダブルアックス』『フルーレ』】

【58番 鈴木重秀 『吉岡一文字』『長曾禰虎徹』『USSRドラグノフ』(残り4発)『スモールボアライフル 』(残り14発)】
【69番 長尾景虎 『片鎌槍』『火炎瓶(1本)』『十手』】 
【44番 香宗我部親泰 『オウル・パイク』『チャッカマン』】全員1-Dトラック車内。


【47番 斎藤道三 死亡】
140無名武将@お腹せっぷく:2005/04/10(日) 23:27:18
保守あげ
141無名武将@お腹せっぷく:2005/04/10(日) 23:35:30
ageんなよ!!ルール嫁!!
142可児:2005/04/10(日) 23:42:42
そして最後の一人が可児に討ち取られ終了。
143仇の膝の上で 1/6:2005/04/11(月) 20:51:37
「少し休め、あまり根を詰めるても何にもならん」
目の前で刀を振り回せるだけの力をつけるべく、長曾禰虎徹を上段で何度も素振りをする少年に向かって、何刻ぶりかの言葉がかけられた。
唐突な声にびくっと軽く震えて、その鋭利な刃を下ろした少年は、「でも・・・」といいたいように不安げなまなざしを向ける。
「休め。」
「はい。」
命令に従って、親泰は刀を鞘に仕舞おうとするが、腰に差した鞘に長すぎる刀身が上手く収まらなかった。
「・・・」
無言で、道三がおぼつかない親泰の手を包み込むように握る。そして、そのまま何も言葉を発する事無く、親泰から刀と鞘を預かり、静かに納刀した。
ちん、と細く冷たい音がして、また沈黙が二人の間に戻った。

あたりに響くのは、親泰のまだ上がっている息の音と、静かに鳴く虫の鳴き声だけ。あれだけさんさんと輝いていた太陽もいまやその残滓を暗い海の上に僅かに残すのみ。
二人の関係のように、暗く、静かで冷たい世界だった。
利用し、利用される関係。
騙し、騙される関係。
操り、操られる関係。
それでも、親泰は道三を父として慕っていた。半分は植え付けられた感情から。もう半分は親泰の本心から。
いくつもの戦場を凝縮したような、死臭の漂うこの島で、こんな形とは言え父と子として出会い、生活してきたのだ。
例えその生活が、その言葉が、真っ赤な嘘であっても構わない。二人の兄が居ない時、親泰を救い、導いたのは道三であるという事実は変わらないから。
人体の急所を教わり、槍の使い方を習い、食糧の得方を学んだ。どれもこれもこの島で生きていくうえで、必要不可欠なことだ。
それに、人を一人殺しただけで、極度に物怖じする自分自身にも決別が出来た。
あの時から、親泰は身も心も「道三の息子」になったのだ。
144仇の膝の上で 2/6:2005/04/11(月) 20:53:27
それからというもの、正勝ほどの猛者さえたじろかせる程の鋭かった眼光も何故だか、親泰に恐怖を与える事は無かった。
それどころか、今のように時折悲しい色さえ浮かべる。
―何でだろう?
道三の顔をはっきり正面から見据えられるようになって、初めて浮かんだ疑問がそれだった。
子ども心にも、道三が惨忍で、狡猾で、冷徹であることはわかる。しかし、その正確に最も不釣合いなこの表情を幾度となく、親泰は見かけているのだ。
「父上」
溜まらず、道三に呼びかけてしまう。
「なんだ?」
親泰と違って突然声をかけられたからといって、動じる様子など微塵も見せず、親泰のほうに目を向けないまま、道三はつまらなそうに返事をした。
「・・・」
「なんだ?用が無いなら、ワシに声をかけるな」
親泰が上手く切り出せないのを見て、道三は先を促す。
けれど、その言葉とは裏腹に語調はそれほどきついものではなかった。
「用があるなら、早く言ってみろ」
「つまらない事なんですが・・・」
親泰がおずおずと答えようとする。
「親泰、つまらない事なら話をするな。」
道三が、親泰の消え入りそうな声を、低く重い声で遮った。
親泰は驚いて身を打ち震わせ、道三の顔を見上げる。すると、いつの間にか道三は親泰の方を向いていた。
道三は親泰と目が合った瞬間、もう一度あの目をすると、親泰の頭に表皮が固くなって、ゴツゴツした手を乗せた。
「・・・もっと自分に自信を持て、お前はワシの息子だろう?」
手を置かれた時に反射的に閉じた瞳が、はっと開く。
親泰の目に映ったのは、ちっぽけな自分を包み込む、紛れも無い父の、大きな大きな手であった。
145仇の膝の上で 3/6:2005/04/11(月) 20:54:16
「父上は時々、哀しい目をされますよね・・・」
親泰が静かに切り出したその言葉に、どんな時でも同ずる事の無かった道三がぴくりと反応を示した。
「・・・ああ」
「どうしてか、教えていただけませんか?」
いつもは、すぐに物を答える道三が躊躇う。
つまらない事はすぐに切り捨てる道三が話に乗っていたのだ。
「・・・」
少しの沈黙の後、決心したように軽く首を縦に振ると、目を閉じて、深く息を吐いて道三は重い口を開いてただ一言、言った。。
「お前がワシに似ているからさ」
「・・・」
親泰はその一言の意味を図りかね、キョトンとしている。
その親泰を見て、決まりが悪そうにしわぶきをすると、
「つまらない話をしたな。十分休んだだろう、稽古の続きだ。」
と、親泰を促した。
何か言いた気であった親泰も、父の命令に逆らえず、黙々と刀を降り始めた。
146仇の膝の上で 4/6:2005/04/11(月) 20:55:33
―ワシに似ているからさ
そう道三は言った。さっきまでは黙々と振るっていた刀の剣先がぶれているのを見咎めて、道三が何度か注意し、殴られもしたが、親泰はその言葉の意味を考えた。
―父上と似ている?この僕が?
おどおどした親泰と威風堂々とした道三。
色白な親泰と、壮健で精悍な道三。
この二人はこの島での出会いがなければ、全くと言っていいほど、正反対の人間だっただろう。
では、何が似ているというのであろうか?
思いつく類似点はどれも違う。
何より、親泰は『父上』という存在をあまり深くは知っていない。それは砂漠の中から一粒の宝石を捜すのにも似ていた。
―何だろう。父上と僕が似ているところって・・・。
そう考えていると、何度目かの拳が親泰の頬に飛んだ。
どかっという音とともに、空気を切っていた素振りの音が消え、代わりに道三の重い口調の下に怒りを孕んだ言葉が響いた。
「親泰、稽古の途中に呆けるとは、貴様の父への気持ちはそんなものだったのか?」
「そ、そんなことはありません」
親泰はへたれこんだ体勢のまま、慌てて否定した。
「雑念がなければ、剣先は正確に真正面を切り、穂先は正確に中心をつく、さっきから、弛んでおる!」
「申し訳ありません・・・」
流れる汗と涙が赤くなった顔でごちゃごちゃに混ざる。しかし、道三は口を止めなかった
「全く、ワシが彼奴に育てて貰っていた時は、彼奴を食い破るつもりで稽古に打ち込んだというのに・・・」
「え・・・」
うっかり口を滑らした道三のその言葉を親泰は聞き逃さなかった。
「父上!」
「忘れろ、今すぐにだ!」
道三は、今までのどの剣幕よりも激しく、親泰に言った。
「でも」
「忘れろ」
「はい・・・」
147仇の膝の上で 5/6:2005/04/11(月) 20:58:36
親泰はそこで夢から覚めた。周りを見ると、三人のいずれ劣らぬ屈強そうな男が妙ちくりんな車を動かしている。
しかし、この島に何があろうとももはや驚く親泰ではなかった。
そこで、三人のうち、見覚えのある一人に目がとまる。
確か、「もう人殺しをしなくていい」と言った男だ。
あの言葉を聞いた時、道三が親泰を人殺しから解放してくれたのだと、喜び勇んだ。
やはり、道三は好きだが、出来るなら人を殺したくないと言う気持ちはあったからだ。
しかし、人殺しから解放してくれたはずの、「父」はこのトラックに乗っていない。
役立たずな僕はこの男に預けていかれたのか?と考えたがそれも違う。
この男が腰に差している道三の刀がそれを否定している。現実的な道三が、刀を手放すなど考えられない。
あとは、大して悩むでもなく、答えは一つに繋がった。
「おう、小僧起きたか?」
男が親泰の視線に気付いて、声をかける。
「・・・」
しかし、親泰は答えず、代わりに3人の男達が反応を見せた。
「ハハハ、まだおねむか?じゃあ寝てろ」
「事情は聞いた、この車の中に居れば安心だ、我らが居るからな」
「たりめーよ、安心しな坊主、お前に命令してた糞野郎は俺がブッ殺してやったからよ」
最後の言葉は親泰の推論を確信に変えた。
―誰が父上を殺してくれなどと頼んだ!僕は、例え嘘でも父上と居られて幸せだったのに
そう思うと、怒りが完全に顕わになった。
「童、気分が悪いのか?」
ふるふる。
慌てて首を振って、誤魔化す。ここで刃を振り上げるのは簡単だ。だが、その後は三人の男に袋叩きにされて終わりだ。
道三の仇を取るのはおろか、まさに無駄死にだ。
―父上が命と引き換えに護ってくれた僕の命を無駄にするわけにはいかない
では、どうするか?親泰は道三の言葉を思い出した。
―敵は最終的に倒していればそれでいいのだ。機を待て、いくらでも襲い掛かる時期はある。
親泰は、心の中で頷く。
148仇の膝の上で 5/6:2005/04/11(月) 21:01:35
幸い、見ると男は自分の事を護っているつもりなのか、親泰を無防備に膝の上に載せて、隣の男と話している。
隣の男も同じ様なものだ。 少し奥に居る、寡黙な男は何を考えているのかは分からないが、これも大丈夫だろう。
―貴様らの偽善のために父上は死んだ。たかが偽善の為にだ!
―僕は許さない、貴様ら偽善者を、・・・父上の仇を!
またも親泰が憤る。しかし今度は表情には出さない。
ただ手の中にある無骨な槍―道三との日々の証を固く固く握り締めるだけだ。
これは道三との日々をぶち壊しにした仇への殺意を確固たる物にするための儀式。。
―人の心とは脆いもの、何かをやろうと思っていても、時間が経つと忘れてしまう。大事なのは忘れん事だ
―そう父上は言っていた。ならば、このささやかな儀式で殺意を心に焼き付け、絶対に忘れないようにするまでだ。
―今はただ、機を待とう、確実に仇が討てるときまで。
少女のような愛らしい寝顔の奥底に殺意を秘めた少年は、仇の膝の上で揺られながら束の間の睡眠に身を任せた。


【29番 飯富昌景 『オーク・ダブルアックス』『フルーレ』】
【58番 鈴木重秀 『吉岡一文字』『長曾禰虎徹』『USSRドラグノフ』(残り4発)『スモールボアライフル 』(残り14発)】
【69番 長尾景虎 『片鎌槍』『火炎瓶(1本)』『十手』】 
【44番 香宗我部親泰 『オウル・パイク』『チャッカマン』】全員1-Eトラック車内。
149無名武将@お腹せっぷく:2005/04/12(火) 05:45:18
age
150無名武将@お腹せっぷく:2005/04/14(木) 20:15:55
ほっしゅ
151慈母の微笑み 1/7:2005/04/16(土) 22:28:51
「この男もロヨラに手をかけられた男か・・・」
モニター越しに写されているその男は、先ほど洞窟で出会った仮面の男に刺された傷を全く気にする事無く、ゆらりゆらりと歩を進めていた。
もはやこの男の頭の中には数刻前に見失った柴田勝家という敵の記憶など片隅にも無い。
「『実験薬』の被験者とはこいつの事だったとはな」
言って、モニターの前の男、ルイス=アルメイダは、心の底に沸き起こる嫌悪感と怒りを吐き出すように大きく溜息をついた。
「もはや、ただ破壊するという事しか頭に無いのであろうな」
そう言って、アルメイダは手元の資料をパラパラと捲り、49番のファイルに指を挟んで備考の欄に目を通した。
「父を恨む気持ちを逆手に取られたのだな・・・47番はもう死亡確認がでていると言うのに、まだそれを求め、破壊と殺戮を繰り返す。まさに煉獄だよ」
言って、もう一度モニターに目を戻す。
洞窟の方から義龍の足元まで点々と赤い道が続いているのは全て、彼の傷から流れ出た夥しい量の血液である。
洞窟の中で出会った男―高坂昌信は一人であれば、隙を突いて脱出する事も考えていたが、生憎彼はノドカという護るべき存在が居た。
そこで、彼は決死の覚悟で荒れ狂う義龍の肩口に自らの得物エクストリーマ・ラティオの飾り気の無い刃を付き立て、一瞬の隙を作って二人で逃げ出したのだ。
義龍は深追いせず、それ以上の交戦は避けたし、傷自体はさほど深い傷ではなかったが、義龍は流血も気にせず歩き回り、止血もしない為に、動脈に近いその傷からはどんどん血が流れ出ていったのである。
おまけに昨夜、佐々に殴られた跡も、義龍自身は気づいていないが、骨にひびが入り、こちらも悲鳴をあげていた。
薬で周りの人の声の意味を取れなくなった彼は、同じ様に自分の体からの悲鳴の意味すらも取れなくなっていたのだ。
知らぬは本人ばかりで、モニター越しに見ているアルメイダにもそのふらふらとした足取りと、その足を突き動かす狂気の表情ははっきりと分かった。
152慈母の微笑み 2/7:2005/04/16(土) 22:30:33
・・・全ては三日前、スタート地点からさほど離れていない砂浜での事だった。
「アナタ義龍サマデスカ?チョット、オ話聞イテ頂キタイ」
「うおおおお!誰だか知らんが、貴様の話など聞いている暇があるか!道三を殺すまで話し掛けんるんじゃねぇ!」
明らかに参加者ではなく、日本人ではない異形の宣教師を前に義龍は動じるどころか、かえってそれを威嚇していた。
勿論、それに動じるロヨラではない、顔色を一つも変えずに続きを話し始めた。
「ソノ道三ノ話ナノデス、時間ハトラセマセン・・・」
ロヨラの口から発せられたその呪文は、義龍の意識を惹きつけるのにこれ以上ない効果を発揮した。
あとは、怒り狂うままに角を振り立てる猛牛を誘導し、睡眠薬で眠らせたあと、作業員が『実験薬』を注射で投与する。
「ロヨラ、一体それは何だ?」
ロヨラが声のした方向に目を向けると、島の西半分の看視と管理を任せていたザビエルが、義龍への『実験薬』投与の様子を目の当たりにしていた。
「ああ、僕らの『実験薬』があっただろう、それだよ」
悪びれもせず、ロヨラは受け答えた。
「話は聞いているが、何の薬何だそれは?私は聞いてないぞ?」
ザビエルが一歩分、歩を進めてロヨラに問いただす。
「この薬は、攻撃本能に反応して体力を飛躍的に増幅させる代わりに、脳の機能を著しく低下させ、痛覚の麻痺は勿論、記憶の混濁まで引き起こす代物だ」
この大会にうってつけだとは思わないかい、と付け足してロヨラは自己への陶酔で満足げに頷いた。
「しかし、そいつはそんなモノを使わなくても十分、戦闘意欲はあったと思うのだが?」
「確かにこいつの戦闘意欲と、基礎体力は上々だ。だが、同じ様な条件のものがわんさか居る中でこいつは仇意外には目がいかない可能性があるのでな」
言いくるめられた形のザビエルは肩をすくめて、義龍を一瞥した。
「ふむ。どれにしろ、こいつが目覚めたら大変だろう、早く退避をするべきだ」
「言われなくてもそのつもりさ、破壊神の目覚めにご一緒するのはゴメンだ」
153慈母の微笑み 3/7:2005/04/16(土) 22:34:57
宣教師達が、作業員の運転するトラックに乗ってその場を去ってから数分後、彼らの言う通り、破壊の塊というべき物となったその男は目覚めた。
その後、彼は島中で破壊活動をくり返し、そして今モニターの中に居るのだ。
アルメイダは見るに見られない彼の惨状に目をそむけ、彼の映るモニターを切った。

ぐるるるるる・・・。
義龍の声とは違う唸り声がする。義龍の周りの暗闇の中には何対かの光る目がはっきりと浮かんでいた。
しかし、義龍は怯みもせず、その巨大な狼達の一団の中へと突っ込んだ。
不意の得物からの攻撃に呆然とする狼の中で最も手近に居たものに、義龍は振りかぶったスラッパーを振り下ろした。
めきり。と鈍い音がして、断末魔をあげる暇すらなく、初撃で頭蓋骨をスラッパーで叩き割られた狼が絶命した。
だが、それで怯む狼達ではない。餓えた狼達は仲間の死体が一動作遅れて地面に倒れ伏したのを合図に一斉に飛び掛った。
「グルアァァ!」
義龍の人間離れした、野太い雄叫びと、狼達の吠える声が重なる。
無闇に突っ込んだ為に、後以外の三方向を抑えられ、その三方向から同時に飛び掛ってくる狼たちに、義龍のぼやけてしまった頭では右に居る狼に向かって振り下ろすのが限界だった。
風切り音を立てる程の勢いで振られたスラッパーがまるで馬の手綱か、猿轡でも噛ませているかのように、右の狼が大きく開いた口にぴったりとはまり込み、そしてそのまま伸びきった唇の付け合せの筋肉を引き裂いた。
地面に赤い血がこぼれてどろりとした水たまりを作り、根元から折られて飛んだ白い狼の牙がその水たまりに沈み、やや遅れて、頭骸骨から引き剥がされるように顎が裂かれた狼の死骸が崩れ落ちた。
だが、残った狼達は右の方の仲間が悲惨な方法で倒されたのを見ても、怯む事無く、逆に一瞬で狙いを決めた。
大振りの攻撃の反動から体勢を保つ為に、無防備状態で虚空に振り上げられている左腕。
残った2匹の狼はほぼ同時にそこに喰らい付いた。
その瞬間、義龍の体から左腕と言う部分が消え、ただの肉塊と成り果てたそれは狼達の餌としてその口の中に入って咀嚼された。
残った左の上腕から今までの傷とは比にならない程の血が噴出する。
狼達はこれまでの狩りの経験から、体の一部分を失い、大量に失血した得物がどうなるのかを知っていた。
154慈母の微笑み 4/7:2005/04/16(土) 22:36:51
どんな大型の動物でも、この様な状態になれば大失血によるショック死で動かなくなる。首を噛みちぎって息の根を止めるよりも手っ取り早い方法だ。
狼達は夜の森の狩人としての経験から、迷わず標的を定め、過たずその標的を食いちぎって、得物への攻撃を完遂した。

鮮やかと言うほかない手並みであった。
だからこそ生まれた油断なのかもしれない。正面で、義龍の太い手を咀嚼する狼、その首の骨が折れるほどの勢いであの革製の棍棒が叩きつけられた。
その狼の口から咀嚼しきれない傷だらけで、原型をわずかに留めるのみとなった義龍の腕が吐き出され、どさりと地面に転がった。
そして、その腕に義龍の物とは違う、衝撃で破れた狼の喉から来る血が少し前まで義龍のものだった肉塊に撒き散らされた。
最後に残った狼は一瞬何が起ったのか分からなかった。
野牛ですら、体の一部が大きくえぐられるとその生命活動を止めるのだ。まして、もっと小さな目の前の獲物は動けるわけが無い。
―動けるわけが無い。
けれどその狼の目の前で、血を撒き散らしながらも、その獲物は確かに動き、そして今、その目が残った狼のほうに向いた。
―怖い。
それが狼の、正直で簡単な今の感情の形容だった。
今まで森で出会ったどんなに獲物もこの人間のような目をした獲物はいなかった。
ぎらぎらと輝き、でもその奥にはどろりした腐ったような感じのする、動物の世界には決して無かった狂気を体現したような目。
どんな獲物にも怯える事の無かった巨大な狼。それが今、喧嘩に負けた野良犬のように虚勢を張って吠えて、吠えて、吠えまくる。
だが、そんな狼の必死の虚勢もなんら功を成す事無く、ただ破壊の感情のみが籠もった狂気の凶器にその身を砕かれた。
155慈母の微笑み 5/7:2005/04/16(土) 22:37:55
義龍は道を阻む邪魔者を片付けると、肩で息をしながら、片膝をついた。
邪魔者自体は消えたが、昌信につけられた傷からの物と合わせなくても、失血はとても尋常な量とはいえない。
義龍の意思とは関係なく、失血による反応で、冷や汗が全身から噴き出た。
一瞬で湧き出た冷や汗が義龍の額で一つの雫となり、ぽたりと地面に落ちた。
その時、不意に義龍の耳元に不思議な声が響いた。
無垢な少女のような笑い声かと、思えば老練な魔女のしわがれ声のようにも思える。そんな不思議な声である。
あらゆる感覚を遮断され、今までどんな人間の声も解する事の無かった義龍も、自分を越える異常さにしきりに辺りを見回し、先ほどの狼のように唸り声をあげた。
そして、いつからいたのか、薬のせいで霞が掛かったようにぼやける義龍の視界に、まるで幻のように現れた人影が現れた。
怒り以外の感情が壊され、恐れる事など無いはずの義龍が後ずさる。先程倒した狼がそうしたように。
「・・・」
「・・・」
一方に自らの体から噴き出した血溜まりで逃げ腰ながら身構える男。
一方に不思議な、触れがたい空気をまとっているような印象を与える女。
まったく関連する点がないような二人が相対するのはこの島ならではの場面と言えよう。
両者は何をするでもなくただじっと黙っていた。男は冷や汗を書きながら、女は余裕の笑みを浮かべながら。
「憐れね、薬を使われた所で人間にも鬼にもなりきれない、大きな図体とは逆で、本当に矮小な男・・・」
「グ、グ、グルァ!」
もはや何を言われたかなど理解するだけの知性すら持ち合わせていない義龍も、その雰囲気から自分に向けて嘲笑の言葉が賭けられていることを悟り、闇雲に吠える。
そして、次の瞬間、手近にあった自身の物であった肉塊を義龍はその女に向けて投げつけた。
避けもしない女の足にあたったその肉はただ、女の履物に赤い染みを作っただけにとどまり、その足元に転がった。
ぐしゃり。転がった肉の塊が女の華奢そうに見える足からは想像もつかない力で踏み潰される。
156慈母の微笑み 6/7:2005/04/16(土) 22:39:28
「期が満ちるのを待とうと思ったけど、もうやめたわ。」
静かにに呟くような言葉、聞く場所が場所なら、独り言にも思えるその台詞は、鉄のような重さを含んでいた。
「さっきの男みたいにやり過ごせばよかったのに・・・私が解放される遠因だから一度は見逃してあげようと思ったけど、気が変わったわね」
次の瞬間、女が義龍の視界から一瞬で消え、上空に消えたのだと察知した義龍が空を仰いだ瞬間に、その顔面に上空からの軽やかな二度蹴りがクリティカルヒットした。
「ブ、グアァ!」
血が出ないのが奇跡と言うくらい鼻がものの見事に折れて、激痛に叫ぶ義龍を尻目に女は義龍の背後に降り立つ。
しかし、義龍とてただやられているだけではない。今の攻撃で完全に怒りが、そして攻撃本能が恐怖感を上回った。
義龍は図体からは想像できないほどの速さで素早く振り返り、その回転の勢いを活かして振り上げたスラッパーを女が居る方向へと勢いよく叩きつけようとする。
「・・・あまり調子に乗るなよ、ニンゲン!」
反抗的な態度だけならまだしも、人間風情に攻撃されるとは思っても見なかった女、いや鬼は完全に逆上した。
言葉の響きが森に消えるか否かの瞬間に、彼女の頭を捕えようとしたスラッパーは虚しく空を切り、それが振り切られる刹那、
スラッパーの間合いから一歩外から勢いよく踏み込んだ足が義龍の目に見えたかと思うと、容赦の無い回し蹴りが義龍の即頭部を殴打した。
ぐらん。義龍の中で世界が横転する。どんな痛みであろうと痛覚のない義龍には大して効果が無いが、脳を直接揺さぶるような今回の蹴りは義龍の動きを止めるのには十分すぎる威力だった。
「他愛ない・・・」
そう言って、懐の匕首で義龍の首を掻き切ろうとしたノドカが自分の顔に流れるものに気付く。
匕首を持つ手を止めて、頬に触れたもう一方の手を見ると、ほんの少しではあったが真紅の液体が付いていた。
―血・・・?
その血は義龍のスラッパーを紙一重で交わした時、義龍の素早い一撃から繰り出された鋭い衝撃波、・・・いわゆる「かまいたち」によって付いたものであった。
「ふ、ふふふ、犬は犬なりにやってくれるわね、すぐには殺さない」
言って、ノドカは義龍に馬乗りになり、握った匕首で先ほど狼に食われた右腕の傷口を弄り回した。
157慈母の微笑み 7/7:2005/04/16(土) 22:40:45
「―グ、グビウェヘイウェエエエーーーーー!」
もはや、まともな声にもならない義龍の悲鳴が森中に響きわたる。
異常な悲鳴と雰囲気に、鳴いていた虫たちも一斉に鳴き止み、風さえも消えて、梢を擦り合わせる音が無くなった。

そうして、幾度暗闇の森に本当の鬼に弄ばれる「玩具」の悲鳴が響きわたっただろうか、とうとう、失血と疲労がピークに達した義龍はいくら傷口を弄られても、ぴくぴくと震える反応しか見せなくなった。
「・・・薬がなければ、もう少しましな人生を遅れたでしょうに、手遅れね、終わらせてあげる、貴方の狂った人生を」
最後の最後に、義龍に向けられた言葉が慈愛に満ちた響きを持ち、義龍は目を見開いた。
ぶすり。と義龍の左胸に、わが子を愛する慈母のような微笑みを浮かべたノドカの手から小さな小さな死神の刃が突きたてられた。
―・・・父上、俺はもう疲れた。
―父上に裏切られた時はそれこそ、殺してやりたいほど憎いと思った。
―私と父上が父子でないとしたら、あの苦しかった修行は一体、何だったのだと・・・。
―でも、こうやって憎んで、憎んで、憎みつかれるまで憎む生活に比べれば、父上が父上でなくてもいい、あの生活がただただ懐かしいばかりだ。
―そんな、生活にやっと終わりを告げられる・・・。
「さようなら・・・」
先ほどまでの形相とはうって変わって、安らかな顔で静かな眠りについた義龍は、木の下に静かに横たえられていた。



【49番 斎藤義龍 死亡】『スプリングフィールド M1(弾切れ)』『スラッパー』はその場に放置
【71番 長坂長閑 『無銘匕首』『U.S.M16A2 (残弾9発)』】行方不明

【残り21+1人】
158三つ巴の乱戦?1/2:2005/04/17(日) 22:58:13
あれからどれ位経ったのだろうか。
久政の顔には汗がにじみ、隠れる場所が見つからない事により焦りの色が浮かび始めた。
「はぁ…はぁ…少し休もうか 輝政。」
久政の視界に大きな大木が入ったのでそこまで歩き、木に寄りかかって座った。
「ふぅ…」
大きなため息をつくと、久政は張り詰めた緊張から開放され、
まぶたが重くなり、彼の視界が黒くなっていった。
まるで、死への入り口へ導かれているかの様に…

それまで、ずっと尾行していた泰朝は久政が眠った事に気づき、
自分も少し休もうとした。
思えば、狼に追われた後にこの老人の後を着けたのはよいが、
一向に覇気を感じられず、何を考えているのか検討が付かなかった。
それに武器らしい武器もみつからず、もしかしてあの猫が武器なのか?
と、数々の思考を巡らしていた。
しかし、その思考を遮断されるかの様にわずかな気配を感じ取った。
「あそこの木の上か。」
自分の得物を強く握り締めて、気配のする方向へ体を向けた。
その時、木の上から何かが飛んだ。
159三つ巴の乱戦?2/2:2005/04/17(日) 22:59:09
その何かとは―それは和田惟政である。惟政は久政の前に降り立った。
(何かめぼしい得物でもないと、義輝様を守り抜く事ができない。
 可哀想な気もするけど、これも世の習え。失礼仕る。)
惟政が久政の得物を手に取った時、大声が聞こえた。
「人の寝込みを襲うとは人間の風上にも置けない奴め!!」
(しまった。もう一人いたんだ。)
「誤解しないでください。私は決して人を殺そうとしたわけではありません。」
「嘘を言うな。では、その手に持っている物は何だ!!」
久政の得物―それを、惟政が持っているのだ。
「あっ…これは…」
「それが動かぬ証拠であろう。無用な殺生はしたくなかったが、
 この余興に乗った人物となれば話は別。いざ、尋常に勝負。」

ちょっとした誤解から始まった惟政と泰朝の戦い。
所で、目の前でこんなやり取りが行われているのにも拘らず、いまだ寝ている久政。
彼はある意味大物…かもしれない。



【07番 浅井久政 『輝政』】4-E森  目的 睡眠中
【09番 朝比奈泰朝 『青龍偃月刀』】4-E森 目的、浅井久政の尾行
【100番 和田惟政 『不明』『S&W M36チーフススペシャル』】4-E
1601/3 ◆IVgdXngJC6 :2005/04/19(火) 16:35:41
綱成を目の前で亡くしてからの氏政は、明らかに変わっていた。
どこか物憂げな面持ちではあるものの、今までの氏政とは何かが違った。
腹の奥底に、青白い炎をちろちろと燃やしているような、不気味な影を持っていた。
その氏政が潮風の舞う砂浜に現れたのは、帝の放送からすでに二刻あまりが経った後だった。
氏政は波の音をおぼろげに聞きながら、真っ直ぐと食料の詰まった段ボールに向かって歩いた。
そこには『先客』が一人、食料をわし?みに持って行こうとしている最中だったが、構わずそのまま近づいた。
当然、『先客』の方は不意の氏政の出現に困惑し、警戒もしたのだが、闇夜の中では相手が誰なのか判別も出来ず、まごまごしている内に氏政の接近を許してしまった。
氏政の攻撃は唐突で、近づくなりヌンチャクを思いっ切り『先客』の頭を目掛け振るった。
ヌンチャクは綺麗に『先客』――つまり員昌の左側頭部に入り、員昌は打たれた頭を押さえてもんどりうつ事になった。
そこで員昌は自分が襲われようとしていることに気付き、まだズキンズキンと脈打つ頭を左手で庇いながら、右手に呉広を?んだ。
頭を押さえた左手の指の間から、どろりとした生暖かい血が流れ出し、頬を伝って砂に落ちて吸い込まれていくのを、氏政は醒めた眼で眺めていた。
「お、おのれ・・・。貴様は一体何者だ」
流れ出る血の量に驚きながらも、員昌の声には、突然襲われた事への怒りと、初めて死を感じさせる局面に立たされた恐怖とが、ない交ぜになった複雑な響きを持っていた。
「私を、私を殺してくれ」
いきなり襲っておいて何をふざけたことを、と員昌は思っただろうが、氏政の方はいたって真剣だった。
自分が未熟なために、父と叔父を死なせることになった氏政は、深い悔恨の念に苛まれ、自分なりの責任の取り方として死ぬ決意をした。
だが死んだ二人に助けられたの手前、自決するわけにもいかず、せめて立派に戦った後に華々しく散ってくれようと、死に場所を求めていたのだった。
1612/3 ◆IVgdXngJC6 :2005/04/19(火) 16:36:17
「この野郎!死にたいなら海にでも飛び込んで死ねばいいものを、いきなり殴りつけおって!いいだろう、望み通り殺してくれる!」
呉広を砂浜に突き刺し、それを杖にしてよろよろと立ち上がると、員昌は氏政に正対した。呉広を正眼に構え、剣尖越しに氏政の出方を待つ。
氏政はヌンチャクをだらりと垂らしたまま、少しずつ少しずつ員昌ににじり寄って行く。
もうほんの一歩も近寄れば員昌の斬撃が氏政を襲うほどの距離、氏政はピタリと止まり、代わりに足を大きく蹴り上げ、員昌の顔に砂を撒き上げた。
「うぐ!」
細かい砂の粒子が眼に入り、員昌は両手で眼を擦って砂を取り除こうとした。氏政はその一瞬につけ入り、持っていたヌンチャクでしたたかに員昌を打ちつけた。
ゴキリという骨の砕ける鈍い音と共に、痺れた感触がヌンチャクを渡って氏政に伝わる。
員昌は、声にならない叫びを上げながら、ヌンチャクによって砕かれた左の鎖骨を、呉広を持ったままの右手で押さえた。
だがすぐに気を取り直し、眼を硬く瞑ったままで呉広を振り回し始めた。その呉広が、偶然か、それとも死にたがる氏政の故意なのか、ともかく氏政の頭に吸い込まれた。
しかし氏政が斬られることは無く、金属音が響いただけで呉広が跳ね返された。
「チッ!」
小さな舌打ちをすると、氏政は被っていた鍋を放り投げ、まだ震えながら骨折の痛みを堪える員昌を蹴り倒して馬乗りになった。
氏政はヌンチャクを使い、員昌の首を絞めにかかった。ゆっくりと締めていくうちに、員昌の顔が赤黒く腫れ上がっていくのを、醒めた頭でどこか羨ましいとさえ思った。
1623/3 ◆IVgdXngJC6 :2005/04/19(火) 16:36:54
もう数秒も締め続ければ員昌の意識は無くなるだろうと思われたとき、ヌンチャクの短棒と短棒を繋ぐ紐に呉広の刃が滑り込んだ。それによって紐は切断され、員昌は窒息を免れた。
しかし員昌の反撃も虚しく、氏政は二つに別れたヌンチャクを投げ捨てると、素早くコブラナイフを抜き、員昌の首に突き立てた。そのまま体重を乗せ、一息に員昌の首を押し切った。
員昌の身体がビクビクと痙攣し、落ちた頭が転がって氏政を見つめた。その顔が、まだ自分の死を受け入れられないかのように、砂に潰れた眼をかっと見開いていた。
「誰か私を殺してくれ・・・」
返り血を浴び、全身血みどろになった氏政の足元に、員昌が再会を望む泰朝のために持ち帰ろうと思っていた食料が散乱していた。


【19番 磯野員昌 死亡】『呉広』はその場に放置
【80番 北条氏政 『クナイ(9本)』『コブラナイフ』『火炎瓶(3本)』】4-H砂浜 『南部十四式(弾切れ)』『鍋(頭に装備)』『ヌンチャク』はその場に放置

【残り20+1人】
1631/4 ◆IVgdXngJC6 :2005/04/19(火) 16:37:56
幸盛と別れてほどなく行った場所、義輝は手に幸盛から託されたエペを持ち、呆けたように朽ちた雑木に腰掛けていた。
エペをどう言って昌景に返したらよいものか、義輝には上手く話せる自信が無かった。
いずれ帝の放送で幸盛の死が伝えられるだろうが、自身の口からそれを昌景に言うのはなんともばつが悪い。
どう切り出して昌景に言っていいかが義輝には判らない。まして幸盛が死んだのは、半ば自分の所為ともいえる結果である。
自分が責められるのは仕方ないとしても、やはり言い出し難いものがある。
結局考えがまとまらないまま、暗澹とした気分で腰を上げた。
旧知の者を見つけたのはそんな折のことだった。旧知といっても、仲が良いわけではない。むしろ年来の敵といっていい。
向こうもこちらに気付くと、ゆっくりとした足取りで歩み寄って来た。
「これはこれは、義輝様ではありませぬか」
にやりと笑う長慶の顔が、義輝には下卑た笑いに見えて、ひどく気分が悪かった。
「ほう、長慶か。久しいな」
露骨に不快感を表しながら言う。
「ご無事でなによりです」
「よくもぬけぬけと言えたものだ。本心はどんなものだか」
義輝の皮肉も意に介さず、長慶は下卑た笑い(あくまで義輝にはそう見える)を絶やさずに切り返した。
「どうやら、わしは嫌われておるのかな?」
それには答えずに、無言のままで肯定の態度をとった。
1642/4 ◆IVgdXngJC6 :2005/04/19(火) 16:38:29
「まぁ、嫌われていようがいまいが、今はどっちだっていい。せっかく顔見知りに逢えたのだから、話などしながら一服しませぬか?」
憎い相手ではあったのだが、義輝とて、この様な状況では見知った顔と逢うのは悪い気はしない。いいだろうと、元居た雑木に二人並んで腰を下ろした。
「いやぁ、良かった。実はわしは久秀と行動を共にしていたのだが途中ではぐれてしまい、先刻の知らせで久秀の死を聞かされて途方に呉れておったのです。義輝様に逢えたのは心強い」
もちろん久秀を殺したのは長慶自身だったのだが、そんな事はおくびも見せない。
義輝は「残念なことだ」と一言言って、首を横に振った。
「義輝様はお一人で?」
自分に仲間が居るのか探っているのだと看破した義輝は、
「いや、どうだったかな」
と曖昧に返事をした。
長慶も深くは追求せず、相変わらずの下卑た笑いを浮かべて頷いた。
その後、当たり障りの無い会話をすると、元々お互いに良くは思っていない同士、会話が無くなり沈黙が続いた。
「そうだ」
と言って先に沈黙を破ったのは、やはり長慶の方だった。
「そうだ、喉が渇いたでしょう。これをお飲みなされ」
長慶が差し出したのは、青酸カリの混入された例のペットボトルだった。
キャップは外していない。ボトルの中でシアン化水素ガスが発生しているかも知れず、万一自分が吸ってはいけないとの配慮だろう。
義輝は差し出されたペットボトルを手に取ることは無く、長慶の申し出を黙殺していた。
1653/4 ◆IVgdXngJC6 :2005/04/19(火) 16:39:01
「どうなされた、喉が渇いたでしょう。遠慮せずにお飲みなさい」
事実、ひりつく様に喉が渇き、口の中にはねっとりとした唾液がまとわりついてはいたのだが、さすがに長慶が今迄してきた仕打ちを考えると、どうにも気が進まなかった。
「いや、いい」
短く言って断った。
「そうですか、分かりました」
長慶は意外なほどあっさりと引き、ペットボトルをデイパックに押し込んだ。
それから暫く二人でその場に居たが、頃合を見て義輝が立ち上がった。
「余はもう行くぞ。せいぜい達者でな」
言葉とは違い、義輝は冷たく言って長慶に背を向けた。
長慶もつられて立ち上がるのだが、こちらは手がそろりと矢入れに伸び、矢を束にして抜いていた。
「あぁ、そうだ」
後ろ手に矢の束を隠し持って義輝を呼び止めると、その矢の束を握る手に力を籠めながら義輝に近づいた。
義輝は振り返ることなく、顔を少し後ろの回しただけで佇んでいる。
「実は久秀の事なんですが、彼奴を殺したのは――」
そう言って、義輝の背中を串刺しにしようとしたとき、
「やめておけ」
と義輝が言った。
1664/4 ◆IVgdXngJC6 :2005/04/19(火) 16:39:33
「余は少々、気が立っておる。つまらん事をすると、容赦はせぬぞ」
長慶の顔が蒼ざめた。まさかバレていようとは思わなかったが、それ以上に義輝の放つ殺気が凄まじく、気勢を削がれてしまったのだ。
長慶は気付いていないが、義輝は小袖の袂越しにグロック17Cを長慶の腹の辺りに向け、いつでも発砲できる体勢をとっている。
何も言えず黙っている長慶を一瞥すると、
「貴様如き、余が相手をするまでもない。いずれ思い知る時が来るであろう」
と言い残し、深い闇へと消えていった。
あとには呆然と佇む長慶だけが残された。


【92番 三好長慶 『ジェンダワ(矢10隻)』『青酸カリ』『寸鉄』】3-E森
【11番 足利義輝 『九字の破邪刀』『梓弓(4隻)』『グロック17C(残弾16発)』】3-E森 目的:昌景に『エペ』を返す

【残り20+1人】
167鼠1/3 ◆IVgdXngJC6 :2005/04/19(火) 16:40:31
島全体がすっぽりと黒の世界に覆われた頃、本部の最深部にに設けられた一室で、今大会の主催者は煙管を燻らせて苛立っていた。
護衛の兵が怯えながら煙草盆を捧げている。その煙草盆に荒々しく煙管を打ちつけ灰を落とすと、正親町帝は、
「佩刀を持って参れ」
と短く命じた。
慌てて護衛の兵が部屋を出て行くのを確認すると、帝はすっかり冷めた茶を啜ってこめかみを押さえた。
いつもの頭痛がしていた。ここのとこ、ずっとこの頭痛に悩まされている。
不思議なことに、それは世の中の全てに飽き始めた頃から出た症状だった。
最初のうちは、下男などを斬って血を見ると頭痛が止んだのだが、最近はそれも利かなくなってきた。
今回の大会を開いた理由の一つには、純粋に己が楽しむという他に、より多くの血を見ることで病状の改善を図りたいという思いもあってのことだった。
しかし一向に良くならない。もう数十人と見ているのに、頭痛が止む気配が無い。むしろ頭痛がくる間隔が狭まってきたのではないかとさえ思ってしまう。
仕方なく、試みに護衛の兵でも斬ってその場を凌ごうと、佩刀を持ってくるように命じたのだ。
待つ間にモニターに眼をやる。
夜になったためにモニターに映し出される映像は、赤外線で捉えたものに変わっている。
さすがに夜ということもあって、参加者達の動きは昼間に比べて少なかった。
そういえば、武田晴信を討った浅井長政には褒美を取らせなければと考えていると、あることに気がついた。
手元のリモコンでモニターをザッピングさせて確認してみるが、やはりどうもおかしい。27番・織田信長の姿が何処にも見えないのだ。
168鼠2/3 ◆IVgdXngJC6 :2005/04/19(火) 16:41:21
「失礼します」
と声が聞こえ、護衛の兵が佩刀を携えて戻ってきた。
佩刀を受け取り、鞘から抜いてみる。
直刃の綺麗な波紋をした『童子切安綱』が、硬質な輝きを放って姿を見せた。
しばらくうっとりと眺めると、正親町帝は当初の護衛兵を斬るといった目的を忘れたかのように席を立った。
「お、お待ちを!一体何処へ参られるのですか!」
護衛兵としては勝手に出て行ってもらっては困るのだろう。本部の中なら一応は安全だとしても、警護が難しくなるし、何よりロヨラの叱責が恐い。下手をすれば首を刎ねられるのだから、少々語気が荒くなるのも無理は無い。
正親町帝は護衛兵の言葉使いをたしなめる事はせず、一言「厠じゃ」と言って部屋を出てしまった。
迷路のような通路を抜け、正親町帝は作業員達が黙々とディスプレイに向かって仕事をしている一角に現れた。
作業員達は突然の正親町帝の来訪に驚き、皆怯えた表情で固まってしまった。正親町帝は、そんな作業員一人一人に労いの言葉を掛けて回ってやった。
そうして何人かに声を掛けていると、誰かが呼びに行ったのか、何処からか血相を変えたザビエルが飛んできた。
「何か問題でもありましたか?」
ここ三日、部屋に閉じ篭っていた正親町帝が急に現れたことにザビエルも驚いている。
「散歩じゃ。気に致すな」
わざと作業員に聞こえるように大きな声で返すが、そんなことは誰も信じるわけが無い。労いの言葉を掛けられたときに感じた探るような眼差しと、腰にたばさんだ童子切安綱が、ただの散歩ではない証拠だった。
169鼠3/3 ◆IVgdXngJC6 :2005/04/19(火) 16:42:10
「そうでしたか、ではお供しましょう」
ザビエルもそれを察して正親町帝を自分のオフィスの方へ促した。
作業員達から庇うようにしてザビエルのオフィスに連れて来られると、正親町帝は、
「鼠がいる」
とだけ言って、あとを続けなかった。
ザビエルも心得たもので、
「では早速駆除しましょう」
と、正親町帝を残して早々にオフィスを出て行った。
その頃には悩みの種の頭痛もすっかりと消えていて、正親町帝は満足したように自分の薄暗い部屋へと戻って行った。


【残り20+1人】
170気まぐれ幽斎 1/11:2005/04/20(水) 02:05:49
勝家(撒いたら撒いたで・・・また一難・・・か)
3-Dの林中で木を背に腰を下ろしていた勝家は何らかの気配を感じ、なぜか笑みを浮かべそう呟いた。
彼は義龍を撒いた。いや、撒いたというのは正しくないかもしれない。
追われていた際に失血のため意識が薄れ足を踏み外し、小高い崖から落ちただけの事だ。
義龍が自分を見失ったのは僥倖かもしれない。ただ、転落が祟り彼の銃創・・・いや身体はもう取り返しのつかないほどになっていた。
すでに勝家の意識は朧である。血を失いすぎているのだ。もはや、勝家は死を免れることは出来ない。
だからこそ、冒頭の言葉を笑みを浮かべ呟く事が出来たのだろう。
『座して死ぬより、進んで死ね』脳裏に浮かんだ勝家の言葉はそういった類のものであったのだろう。
このまま失血死するよりは、誰かと戦い死ぬ。どうせ死ぬなら戦って死ぬ。
それが『懸かれ柴田』そして『鬼柴田』との異名をとる男の譲れぬ信念だったのだろう。
・・・だが、彼の目の前に現れたのは、そんな彼の信念をあざ笑うかのような類のものであった。
勝家(銀色の・・・狼・・・だと・・・!?)
そう、彼が最初に感じた気配とは、帝によってこの島に放された狼だったのだ。
瞬時、勝家の身体に熱い血が巡り、朧だった意識がはっきりとする。
『畜生ごときに食われてたまるか!』言葉ではなく魂でそう考え、奮い立ったのだ。
そして彼は『備前長船』を手に持ち、ひとかけらの力も感じられない素振りで狼に向けた。
それを受け、狼は大きく口を開け勝家を威嚇する。その時、狼が口にくわえていたものが地に落ちた。
それは同属であるはずの狼の前足であるようにも見えた。
もっとも、目がかすむ今の彼の状態では、その判別など不可能であるし、どうでもいい事だろう。
勝家(馬場殿・・・許せ。某の弱さゆえに武田晴信殿には貴殿の最後を伝えられまい・・・だが)
彼は、己の前で死を遂げた馬場信房の事を思い出し、そして決意を固め・・・。
勝家(かくなる上は、地獄で貴殿に笑われぬような最後を遂げるのみ!!)
勝家「ルオオオオオオオオオォォォォッ!!」
己の全てを振り絞り、大気を、そして大地をも揺るがす最後の雄叫びを放った。
171気まぐれ幽斎 2/11:2005/04/20(水) 02:07:50
わずかに時は戻り、3-C森前-三日目朝の食糧配布地点-に場面も変わる。
すでに夜は深く、丑三つ時といった言葉が似合う情景の中、この場所に三人の男がいた。
前田利家、上条政繁、そして細川藤孝の三人である。
もっとも死人を含めるとこの場の人間の数はさらに多くなる。
この場には、頭が半分吹き飛んだ若者、ほぼ真っ二つにされた老人、そしてとても穏やかな顔をした若者。
また同じように、穏やかな笑顔をした若者の四人の死人。
そして、生きている三人は、首を飛ばされた、しかし穏やかな笑顔をしている若者の側に位置していた。
藤孝「この者か?」
利家「・・・ああ、違いない・・・」
その死体で呆然と佇む利家に、藤孝が感情を込めず問う。
その者こそ、三日目の朝まで利家と共に行動し、ここで信長に殺された丹羽長秀であった。
その首の切り口を見て、藤孝はこの島で最初に出会った男を思い出す。
彼が仕える将軍足利義輝に葬られた『妖刀・村正』に操られた男、川尻秀隆を。
藤孝(・・・いや、あれとは違う・・・斬撃が見事すぎる)
妖刀の斬撃は、荒く粗暴な人一倍の膂力に頼る獣の剣であった。
それに比べ、長秀に対する斬撃は力と技が共存している。
藤孝(では、あちらは?)
そう思った藤孝は老人の死体に向かい歩み寄る。そして傍らに立ち、死体を見つめた。
そしてその老人を見た時、珍しく彼が驚きを示した。
その残撃は、剣の玄人である彼が感嘆するほど見事なものであった。
少なくとも彼が知る限り、これほどの技を持つ者は一人しかいない。
藤孝「なるほど・・・あの方はこの近くに居るということか・・・」
老人を斬った人物を確信した藤孝は、なぜか悟ったような笑みを浮かべた。
172気まぐれ幽斎 3/11:2005/04/20(水) 02:12:26
・・・長秀の手に握られた最後の手榴弾を見つけた利家が、一言だけ呟いた。
利家「お前一人でこんなもの持ち出しやがって・・・」
手榴弾のピンは抜かれていない。掴んでいたのは右の拳であるが、左の拳は切り落とされている。
おそらくは口あたりでピンを抜こうとしたのだろうが、それより早く首を飛ばされたのだろう。
それを推測した利家は、また長秀に対し呟いた。
利家「役割ってものがあるだろうが・・・。なんだって向かっていくんだよ・・・。
   お前は弱いんだから逃げればよかっただろうが・・・」
実際は逃げられる状況ではなかったのだろう。
だが、その場にいた上条には、長秀の気持ちがよくわかった。
彼もまた、義清と行動していたときは、幾度か訪れた危機を義清に助けられたのだ。
助かった事自体は喜ばしい。だが、助けられっぱなしでは自分はどうなる?
相棒が死んだら・・・という命の問題もあるが、何より己の尊厳の問題だ。
『また助けられた』・・・『己は何も出来ない』・・・そう思ってしまうのが何より嫌だった。
つまりは武士の誇りを無くす。それを避けるためなら命すらくれてやってもいい。
上条(おそらくはコイツもそう思ったんだろうな・・・)
そう、上条は長秀の事を思った。
武門の誉れである長尾家、養子とは言えどその一門衆という気負いのある上条ならではの考えであった。
だが、利家はそう考えなかった。事実は『利家と長秀は互いの弱点を補いながら戦ってきた』であるのだから。
だからこそ、長秀の死に顔を見た時、利家は何かを確信することが出来たのである。
・・・そして、利家は死後硬直した長秀の手から手榴弾を力強く受け、低く、だが力強く言葉を放った。
利家「待っていろ・・・・・・お前を殺した奴は、俺が必ず殺す・・・!」
173気まぐれ幽斎 4/11:2005/04/20(水) 02:14:05
上条「・・・仇を討つって事か?誰が殺したかなんて・・・」
わからないだろう、と言おうとした上条の言葉を、利家が遮る。
利家「普通はな。だが、今は別だ」
もっとも、その言葉を受けても何が別なのか上条にはわからない。
上条「・・・ま、お前がそう言うんだ。違いねーだろ」
そうは言いつつも、上条は何か違和感を感じていた。・・・死体を見るたびになぜか感じる違和感を。
利家「・・・細川さん」
そんな上条の思いをよそに、利家は老人の側にいた藤孝に声をかける。そしてそれを受け、藤孝も悠然とした態度で利家と上条の側に来た。
藤孝「・・・なんだ?」
利家「・・・俺はやらなきゃいけない事が出来た。帝の居場所を探る前に、絶対にやらなきゃいけないことが・・・」
藤孝「そうか。生憎だが、こちらもやらねばならぬ・・・いや、会わねばならぬ人間がいた。
   別段会う必要も無いと思っていたが・・・まあ、近くにいるなら決着はつけておかねばな・・・」
上条「決着?」
『決着』という言葉に何か不穏な物を感じた上条は、訝しげに藤孝に聞き返す。
しかし、藤孝はこともなげにその問いを流した。
藤孝「大したことではない。語るに足らぬ、下らぬことだ。
   それより前田利家。うぬのやらねばならぬこととはその者の仇討ちの事か?」
藤孝は、長秀の死体を指差しそう言った。それを受け、利家が返そうとした時・・・。
?『ルオオオオオオオオオォォォォッ!!』
森の中から、大きな雄叫びが響いた。直後、利家の体に『ざわ・・・』とした何かが走った。
利家「・・・あの声は・・・まさかッ!あの声はッ!!」
瞬時に利家は声のした方向へ駆け出す。
上条「お、おい!ちょっと待てコラ!」
とりあえず、上条も急いでその後についていく。
ただ空を仰いだ藤孝だけが、悟ったような笑みを浮かべその場に残っていた。
174気まぐれ幽斎 5/11:2005/04/20(水) 02:17:56
勝家(・・・!!)
ふと頭が眩めく。血を失いすぎている勝家の身体に、辺りに響く叫びは荷が重すぎた。
だが、彼は朦朧とした意識、霞がかり色彩が消えてゆく視界の中必死に狼に目をむけ、刀を構えなおす。
既に『生き残る』という選択肢は勝家の中には無い。
・・・というより彼は、もうまともに『何かを考える』という事すら出来なかった。
己の魂に刻まれた『仲間を失った怒り』そして『馬場信房の遺志』だけが彼を突き動かしていたのだ。
かつての壮健の彼を知る者は、今の彼は見るに耐えないと言うだろう。
今の彼を殺すのに武器はいらない。
この島の人間全て誰であろうと、赤子の手を捻るように一押ししただけで葬れるだろう。
特別な空間で生きてきた狼はそれを知っていた。彼(彼女かもしれないが)にとってこれほど倒しやすい相手もいないだろう。
そして狼が、勝家を食いちぎり己の餌にせんとした時・・・ふと大きな声がそこに響いた。
?『何やってんだ前田利家ーッ!槍投げはともかく理由を言えーッ!!』
?『俺の銃は当たらねえんだよッ!!つべこべ言わず黙って見てろッ!』
勝家にその声は聞こえない。だが狼の耳には、新たな敵の出現の印としてよく響いた。
すぐに狼は声のした方向・・・つまり新たに現れた敵の方向を見る。
するとそこには、銀色の巨大な何かを自分(狼)に向かい、投げつけようとする男がいた。
?「うるああァァ―――――――ッ!!」
大きな咆哮とともに、男から放たれたその銀色の何かは狼に向かい、信じられない速度で一直線に突っ込んでくる。
『これは避けなければ!当たらねばどうという事はない!』・・・思考を人間の様に解釈するなら、狼はそう思っただろう。
すぐに狼は後ろ足に力を入れ横に跳躍したが、わずかに時遅く銀色の何か・・・利家の投げた鉄槍は狼の後ろ足を跳ね飛ばす。
直後、狼は勢いに押し飛ばされ、空中でおかしな回転をして、そのまま地面に叩きつけられた。
そして鉄槍はそのまま近くにあった巨木に突き刺さり、その木を大きく揺るがした。
175気まぐれ幽斎 6/11:2005/04/20(水) 02:19:38
勝家は銀色に光るその『鉄槍』を見る。
・・・というより、色も何も消えた勝家の視界に、唯一鈍く光る鉄槍がたまたま入った、といった方が正しいだろうか。
勝家にとってもただならぬ思いがあるその槍が、勝家の中に残った最後の魂に火をつけた。
瞬時に、勝家の記憶が蘇り、消えてゆく。己を慕ってくれていた者達の記憶が。
そして同じ信行派であった林秀貞が。己の失策で失った佐久間信盛、羽柴秀吉が。そして信行が。
信行が脳裏に現れた時、すでに思考の中でも言葉をなくした彼がわずかに反応した。
この島で、とうとう勝家と信行は出会う事はなかった。
信行の死を耳にした時の勝家の悲しみ、そして怒りはいかほどであったのだろうか?
その消しようの無い悔恨こそが、義龍に後れを取った間接的な要因であると言っても良かった。
もう彼の目は見えない。音も聞こえない。五感はおろか、思考さえまともに紡ぐ事も出来ない。
そんな中、最後に彼が思ったのは信行の事ではなかった。
無論信行の事を深く思ってはいたが、思考と記憶が次々と薄れゆく中で信行の事も次第に消えていった。
そして彼は、最後に見た鉄槍の事を思い出す。
・・・誰かが持っていた気がする。誰かとは誰だ?そこまで考えは及ばない。
ただ、鉄槍を見た時、なぜか彼の心の中の『誰かに伝えなければいけない大切な何か』は消えた。
彼の中に生きていた『馬場信房の遺志』はその瞬間満たされたのだ。
その時の勝家の思考は計れない。
『生きていたのだ』と感じたのかもしれない。
『誰かが遺志を継いだのだ』と感じたのかもしれない。
はたまた、死に逝く中でその考えもただ消えていっただけなのかもしれない。
それが自身にもわからぬまま、勝家は逝った。
全ての怒り、悲しみを忘れ、ただ静かに逝った。
176気まぐれ幽斎 7/11:2005/04/20(水) 02:22:28
藤孝「・・・戻ってきたか」
3-C森前地点に利家と上条が戻ってきたときも、藤孝は彼らを見ず、そう言った。
利家「・・・親父と慕っていた人だった。絶対に死ぬとは思えない人だった」
鉄槍を背に抱えて、淡々と利家が言う。
利家「・・・死ぬって事は、意外と幸せに繋がったりするのか?」
藤孝「ほう・・・なぜ、そう思う?」
利家「さあな。その人が逝った時、なんだかそう思っただけだ・・・なんていうのかな、静かだったんだよ」
藤孝「そうか」
利家「今までの人間はそうじゃなかった。でかい刀を持った奴も、今川家の当主も静かとはかけ離れてた。
   そいつらとはまったく異質の死に様だったんだ。だからそう思ったのかもな」
藤孝「死は幸せである、か・・・」
少し人差し指を眉間に縦に当て考えた後、わずかに笑いながら藤孝は言う。
藤孝「うぬも死んでみればわかるかも知れんな」
利家「それはゴメンだ。そんなこと知るために死にたかねえや」
藤孝「だろうな」
その言葉の後わずかに笑みを浮かべたまま、藤孝は利家と上条に振り返り、決意を固めたかのようにまた言う。
藤孝「・・・今からうぬどもとは別行動を取らせてもらう」
利家「さっきの『決着』の件か?」
藤孝「そうだ」
利家「俺達は力になれないか?」
藤孝「・・・強いて言うなら兄弟喧嘩だからな。それに力を貸してもらっては情けない事限りない」
利家「そうか。『兄弟喧嘩は犬も食わぬ』っていうからな」
藤孝「うつけが。それは夫婦喧嘩だろうが」
利家「俺の幼名は『犬千代』ってんだ。それに免じて許してくれや」
つまらない諧謔に、藤孝もまた空を見ながらわずかに笑った。
177気まぐれ幽斎 8/11:2005/04/20(水) 02:25:26
利家「そうだ、細川さん。これ、渡しておくよ」
そう言いながら、利家は懐から『備前長船』を取り出し、藤孝に差し出した。
藤孝「刀・・・か。それもかなりの業物だな。こんなものどこで手に入れた?」
利家「さっきの、親父と慕っていた人が最後に手に持っていたものだ。譲り受けた」
藤孝「・・・それはうぬが持っているべきだろうが」
利家「俺はどっちかって言うと槍の方が得手だからな。これがあれば十分だ」
そう言いながら、利家は重量のある槍を器用に回す。
そして槍を両手で持ち上に掲げた後、また藤孝に向かい語りだした。
利家「・・・それに、あんたにも生きていて欲しいからな。
   もう何人も、俺の仲間はいなくなった。これ以上仲間の名前を帝から聞くのはゴメンだ」
藤孝「仲間・・・か」
利家と藤孝、上条が共に行動した時間は短い。
それでも己を仲間という利家に藤孝は能天気さを感じたが、反面、人の情も思い出した。
もともと利家も、今この状況で能天気であるはずがない。
だからこそ容易くはいえない『仲間』という言葉に、藤孝は人の情を感じたのだろう。
己の心理をそう推測すると、藤孝は何も言わず利家から『備前長船』を受け取った。
利家「それじゃあ、お互いの目的を達成するまで、しばらくお別れだ。今度会った時には風流な歌を読んでくれよ」
藤孝「いや、断る」
利家「・・・そうか」
藤孝「・・・もっとも、うぬ・・・いやうぬどもが茶の一つもまともに点てるようになれば、考えぬでもないがな」
利家「・・・島から出たらやってみるよ。その日を楽しみにしていてくれよ」
その言葉を残し、利家は森の中へ消えていった。
藤孝はその後姿を見送った後に、また空を仰ぎ、またわずかに笑った。
178気まぐれ幽斎 9/11:2005/04/20(水) 02:28:04
上条「よう」
利家「・・・いたのか。一言も喋らないからどっかに行ったのかと思ったぞ」
別れてしばらく後、森の中を歩く利家に上条が話しかける。その言葉を受け、利家もそれを返した。
利家「・・・そういえば、お前も俺と一緒に行動する必要なんてないんだぞ。
   景虎殿も死んでないようだし、そっちを探した方がいいんじゃないのか?」
上条「仲間の仇討ちをするつもりなんだろ?それについてちょっと違和感を感じたんだけどよ」
利家「違和感?どういう事だ?」
『違和感』という言葉に利家が反応する。
上条「お前の友人だったか?あいつは仇討ちなんて望んでねえんじゃあねえかな」
利家「・・・そんな事は知ってるよ。きっとそうだろうな・・・」
上条「なんだと?」
予想に反した答えに上条が驚く。すぐに利家は言葉を返した。
利家「・・・笑って死んだんだ。あいつは死んだとはいえ、きっと幸せだったんだろう」
上条「そうわかってるなら、なんで・・・」
利家「笑ったまま死ぬ・・・そうやってあいつを殺せる人間なんて一人しかいない。理屈じゃなく経験でそれがわかる。
   甘っちょろいし、間違ってるかもしれないが、同家中の者を殺した人間がただ許せない。それだけだ。
   ・・・仇討ちとか、復讐とか、そんな類の物じゃない。言うなれば、それが俺の決着だ」
上条「・・・確かに甘いな」
上条にもそんな感情は足枷にしかならない事はよくわかっている。
だが、それは自分でも重々承知しているであろう利家に、上条は人間の情けを感じた。
上条「なるほど・・・見届けてやろうじゃあないか。お屋形様を探すのはその後でいいさ」
利家「足手まといには間違ってもなるなよ?」
同家中の者を殺した人間が許せない・・・利家が目的を成せば、それは彼にもそのまま当てはまる。
成した後はどうするのか。利家はMk2破片式手榴弾を見つめ、己の心の中で『その後』の決意を固めていた。
179気まぐれ幽斎 10/11:2005/04/20(水) 02:30:08
上条「・・・そういえば、細川サンも決着つけるって言ってたが・・・あの人の腕前ってのはどの程度なんだ?」
上条のちょっとした疑問に、ふと利家は藤孝に対し槍を振るった時の事を思い出す。
有利であるはずの重い鉄槍の撃がすべて軽く受け流された、あの時の事を。
利家「・・・俺よりは強いよ。圧倒的にな」

藤孝「この藤孝も気分屋だな・・・一貫性がない」
藤孝はなおも3-C地点に留まり、空を見つめ呟いた。
ふと以前利家にした話・・・『善悪の概念』の事を思い出す。
あれは、己に向ける免罪符として言っていたのかもしれない。ふと、藤孝はそう思った。
藤孝(思い出すまでは会う気もなかったのだから、この藤孝も薄情なものだ・・・)
老人の死体を殺した者・・・それは十中八九己の主君であると考えた時、彼は己に秘めた事実をふと思い出した。
幼き頃、義父である細川元常から『決して知ってはならない事』として明かされた事実を。
なぜそれが明かされたのか、それは今でもわからない。もとより知る気もあまりない。
普通に生きていたのなら、それは一生明かされる事はなかっただろう。
だが、今この生死を賭けた島で幾度か考える中、藤孝はふと悪戯心に誘われた。
知ってはならない事・・・『己は12代将軍足利義晴の落胤である』ということを明かしたい、という悪戯心に。
他意はない。それを言ったらどうなってしまうのか?その先を見たい!という衝動だけが藤孝をその気にさせた。
藤孝「戯興の始まりと行こうか・・・フフフ、相見えたいな、我が弟よ」
180気まぐれ幽斎 11/11:2005/04/20(水) 02:31:18
【54番 柴田勝家 死亡】

【83番 細川藤孝 『太刀』『備前長船』】3-C森前(気が変わるまで足利義輝を探します)

【86番 前田利家 『SPAS12(残弾1発)』『鉄槍』『矢(5本)』】
&【57番 上条政繁 『書物・ジョジョの奇妙な冒険全巻(十数冊読めないものあり)』『バゼラード』『H&K MP3(残弾13発)』】3-D
(目的は織田信長殺害)

【残り19+1人】
181修正:2005/04/20(水) 02:35:37
申し訳ありませんが、>>180の修正をします。

【86番 前田利家 『SPAS12(残弾1発)』『鉄槍』『矢(5本)』】

【86番 前田利家 『SPAS12(残弾1発)』『鉄槍』『矢(5本)』『Mk2破片式手榴弾(一個)』】
182武将一覧:2005/04/20(水) 17:04:55
01赤尾清綱×  26岡部元信×  51佐久間信盛× 76林秀貞×
02赤穴盛清×  27織田信長○  52佐々成政×  77久武親直×
03秋山信友×  28織田信行×  53宍戸隆家×  78平手政秀×
04明智光秀×  29飯富昌景○  54柴田勝家×  79北条氏照○
05安居景健×  30小山田信茂× 55下間頼照×  80北条氏政○
06浅井長政○  31海北綱親×  56下間頼廉×  81北条氏康×
07浅井久政○  32柿崎景家×  57上条政繁○  82北条綱成×
08朝倉義景×  33桂元澄×   58鈴木重秀○  83細川藤孝○
09朝比奈泰朝○ 34金森長近×  59大道寺政繁× 84本庄繁長×
10足利義秋×  35蒲生賢秀×  60滝川一益×  85本多正信×
11足利義輝○  36河尻秀隆×  61武田信廉×  86前田利家○
12甘粕景持×  37北条高広×  62武田信繁×  87真柄直隆×
13尼子晴久×  38吉川元春×  63武田晴信×  88松平元康×
14尼子誠久×  39吉良親貞○  64竹中重治×  89松田憲秀×
15荒木村重×  40久能宗能×  65長曽我部元親○90松永久秀×
16井伊直親×  41熊谷信直×  66土橋景鏡×  91三雲成持×
17池田恒興×  42顕如×    67鳥居元忠×  92三好長慶○
18石川数正×  43高坂昌信×  68内藤昌豊×  93三好政勝×
19磯野員昌×  44香宗我部親泰○69長尾景虎○  94村上義清×
20今川氏真×  45後藤賢豊×  70長尾政景×  95毛利隆元×
21今川義元×  46小早川隆景× 71長坂長閑○  96毛利元就×
22岩成友通×  47斎藤道三×  72丹羽長秀×  97森可成×
23鵜殿長照×  48斎藤朝信×  73羽柴秀吉×  98山中幸盛×
24遠藤直経×  49斎藤義龍×  74蜂須賀正勝× 99六角義賢×
25大熊朝秀×  50酒井忠次×  75馬場信房×  100和田惟政○

×印:死亡確認者 81名
○印:生存確認者 19名
183壁の向こうの戦争 1/7:2005/04/22(金) 23:55:33
「くそっ、一体どうなってやがる!」
「夜闇に紛れて、複数で狙うとは。余興に乗ったものらしいな・・・」
「一人、増えましたね、この銃の持ち主が・・・いや、まさか」
暗闇の中で三人分の男の声が所々で響く。
眠る久政を囲むようにして、三つ巴の戦いを繰り広げる、北条氏照、朝比奈泰朝、和田惟政の三人の声だ。
怒声が響く暗闇の中に、氏照があるいは闘っているのは兄かも知れないと頭を突っ込んで、お互いに混乱を極めているのだ。
氏照がここに来るまでに拾った『大斧』をあわせても、三人の武器は和田が久政から奪ったチーフス・スペシャルを除いて、全て近接格闘兵器である。
さらに、和田はまだ説明書を読んでおらず、チーフス・スペシャルは使えない。
自ずと森の中で付かず離れずの戦闘になったのだ。

氏照が、相手の位置を探る為に少しづつ移動をしながら、周囲に石を投げる。
とっさに木の上に登りなおした和田には当たらなかったが、何個かの石が泰朝の胸元を掠める。
泰朝が微かに仰け反り、暗闇の濃淡が微妙に変わったのを氏照は見逃さなかった。
すぐさま、足を返して、泰朝の居る所まで弾丸のように一直線に駆ける。
しかし、泰朝とて、氏照が突進してくるのをただじっと待っている訳が無い。
彼も戦国を生きる武人である。暗闇の中でもこちらに駆けて来る足音の方向や距離くらいは十分わかる。
そして、その足音が彼の間合いに入った瞬間、泰朝は身を翻しながら木の影から現れて氏照の前に出ると、全身の筋を一揆に伸縮させて、常人には考えられないスピードとパワーを持った突きを繰り出した。
暗闇の中でさえ鈍く光る大振りな刃が目の前の空間を真っ二つに引き裂きながら、氏照の喉元に迫る。
いきなり、暗闇から飛び出してきた刃に氏照が反応できたのは彼もまた戦国を生きる武人だからであった。
刃の軌道と一直線に並んでいた自身の体を倒れこむようにして無理矢理ひねる。
だが、氏照が体をひねりきるより前にその肩から、勢いよく鮮血が迸る。
刃の存在を確認できても、突進をしていた勢いで氏照の回避行動は一瞬遅れざるを得なかったからだ。
184壁の向こうの戦争 2/7:2005/04/22(金) 23:58:12
いや、正確に言うならば、青龍偃月刀の刀身は氏照の体を突いてはいなかった。
ただ、繰り出された刀身が氏照の衣服に軽く触れ、その周りに巻き起こる恐ろしいまでの風圧が真空の刃となって、氏照の皮膚と肉を削ったのだ。
まさに必殺。泰朝の全身全霊を賭けたその技から繰り出される風は、それ自体が凶器になり得るほどの威力をもつ。
そして、氏照の後方で事態を見守っていた惟政もその風の余波か、泰朝の気迫の壁かに気圧されてバランスを崩し、地上に降り立った。いや、降り立たされた。

後方でそんな事が起こってるとは知らずに、技を撃ち終わって残身状態の泰朝と、技を無理矢理避けて体制を崩し座り込んだ氏照は、お互い無防備な状態で硬直していた。
ただ、二人の視線が、その真ん中で火花を散らさんばかりに激烈に交錯するだけだ。
「あ、兄上ではないのだな」
先に口を開いたのは氏照だった。泰朝の睨みに気圧されないように、表情こそ固くしているが、あの技を避けられただけでも幸運というほどのショックを受けていたので、言葉が震えている。
「ああ、そうだ。」
泰朝も体勢を崩さずに、そのまま顔だけを氏照のほうに向けて答える。
「・・・では、俺達が争う理由は無い、俺は兄を探しているだけだ」
武器から手を離して、両の手の平を泰朝に見せる。
しかし、泰朝はただ顔をしかめるばかりだった。
「兄を探しているだけ、と?」
「ああ、そうだ。この場には通りがかっただけだ。」
泰朝は顔こそしかめているが、その話の流れから氏照はそのまま見逃してもらい、あわよくば泰朝と共に行動をしようと目論んでいた。だが、
「お前が挙げている腕の袖についている血と、隠しきれていない死臭、それでも争うつもりが無いと言うのか?下衆め!」
泰朝が睨んだ氏照の袖口には確かに赤黒く乾いた血がついていた。憲秀を殴り殺した時に付いたものだった。
それを見て、氏照の体からさぁーっと血の気が引く。
泰朝の口調からしても、明らかに敵視されている。このままでは仲間になってもらうのはおろか、見逃してもらう事すら敵わない雰囲気である。
「ち、違う、これは違う!」
「何が違うというのだ?」
もはや、泰朝は聞く耳もたずと言った感じで、いつでも得物を構えなおせるように身構えている。
185壁の向こうの戦争 3/7:2005/04/22(金) 23:59:20
「違ーう!俺じゃない!聞け!」
もはや、冷静さを完全に失い、語順がバラバラになった氏照の大声が響く。すると、
「その声、北条殿ですか!?」
氏照の背後から泰朝のものでも、氏照自信のものでも無い声が響いた。
地上に落ちたものの上手く気配を消して今まで気付かれずにいた惟政だった。

「あ、あ、あの時の忍びか?」
予想外の展開に泰朝も氏照も動揺が表情に現れる。
「ええ、そうです。」
駆け寄りながら惟政は答えた。
「やはり、貴様ら組んでおったのだな、初めから二対一でも受けて立ってやったと言うのに、とことん腹黒い者共だな」
泰朝は言う。今の言葉は泰朝の心情をそのまま表していた。
このよくわからないゲームで主君らを喪い、同僚らを喪った彼にはゲームに関わっている全ての者に対してのパラノイアが根付いてしまっていたのだ。
それと見えた相手はとことん穿った見方しか出来なくなってしまうのだ。
「北条殿と私は確かに初対面ではありませんが、組んで貴方を襲おうなどとは考えておりません、どうか冷静に・・・」
惟政が泰朝の心情を察知して、慌てて弁解をする。
「そ、その通りだ。俺はたまたまここに来ただけで・・・」
氏照も惟政を思い出し、事態を飲み込んだ事でやっと声を取り戻した。
「・・・だが、北条殿、その手の機械を握っていた憲秀殿、彼は一体どうされたのです?」
氏照の背筋に冷たい物が走った。日没の放送で憲秀の名前は呼ばれている。
折角、来てくれた協力者は同時に、氏照と憲秀が一緒に行動をしていたことを確認している目撃者でもあったのだ。
さらに彼の手元にあるスタンガン。これを持っている事から想像される憲秀の死に様は自ずと限られてくる。
それに加えて、袖口に染み付いた血が誰よりも雄弁に憲秀に手を下したの誰であるかを、視覚を通して惟政に語りかけていることだろう。
―憲秀め、こんな所までわしに不運をもたらしおって!
彼は心の中でこうした事態を招いた者罵りながらも、頭の中ではこの事態を切り抜ける言い訳を考えていた。
「どうやら、お前らは仲間では無いかも知れぬが、お前が人を、しかも仲間を手にかけたという事は事実のようだな。」
重い泰朝の声に、言い訳を考えていた氏照の思考が止まる。
同時に、その重い声は惟政にも十分すぎる恐怖を与えていた。
186壁の向こうの戦争 4/7:2005/04/23(土) 00:00:12
「盗人と、裏切り者。あの天皇に協力する者らしい経歴だな。・・・殺すには申し分ない」
その一言で、泰朝と、氏照そして、惟政の間は完全に断たれた。
普通なら、ここで氏照と惟政が組みそうなものだが、運が悪い事に惟政は憲秀の事で、氏照に疑いの眼を向けている。
泰朝との関係よりはマシであるといえるが、非常に悪い状況といえた。
―かくなる上は俺の手で道を切り拓くまで!
氏照はそう、心の中で叫ぶと、開き直って、スタンガンをおもむろに懐にしまい、大斧を杖にして立ち上がった。
「先にお前か。よい、掛かって来い、この下衆が!」
氏照が、大斧を両手で構え、泰朝の声に応じてその間合いへと迫る。
すると、案の定、泰朝は無形の位から素早く青龍偃月刀を引き、先ほどと比べれば勢いは無いが、それでもかなりの重さを持った突きを繰り出す。
その突きを紙一重でかわすと、氏照は大斧を振り上げて、一気に打ち下ろす。
だが、泰朝も体をよじって、これをひらりとかわす。
しかし、避けきった泰朝の側方から惟政の拳が飛んでくる。
思わぬ事態に一瞬困惑した泰朝ではあったが、素早く青龍偃月刀から離した手でその拳を受け止める。
みし。という音とともに泰朝の手の平に、拳とは別の冷たく固い感触がした。
「暗器を使うとは、素早く木に登れる軽い身のこなしといい、忍びか?」
ぎりぎりとその固い物ごと惟政の拳を、林檎か何かを握りつぶすかのように締め付ける泰朝が気を抜く事無くそう聞いた。
「木に上っていた事を知っておいででしたか、いかにも甲賀の名も無い乱波です」
「忍びと刃を交えるのはこれが初めてだが、存分に相手を・・・」
そこまで言いかけて、惟政が無理矢理に泰朝の拳の呪縛を振りほどいて、飛びのき、真後ろに迫っている殺気に気が付いた。
そして、直感に従って、得物を手放して、中腰の状態から右に横転する。
直後に、唸るような音を上げて、泰朝と惟政が居た場所に大斧の刃が土にめり込んだ。
187壁の向こうの戦争 5/7:2005/04/23(土) 00:01:21
「不意打ちで仲間ごと背中から真っ二つか、まったく裏切り者らしい戦い方よ・・・所詮天皇の狗か!」
吐き捨てるように泰朝が叫ぶ。
「不意打ち上等、兄者を助けてこの島から生き延びる為なら、天皇とでも手を組むわ」
氏照にしてみれば、ただ単に「兄と逃げたいから、不意打ちもする」というメッセージだった。
しかし、その言い回しは大いに泰朝に誤解を与えた。そう、天皇方と組んでいると思われたのだ。
天皇と組んでいる事をほのめかすかのようなその言葉は氏照の意志とは無関係に、泰朝の氏照に対する敵愾心を確固たる物にした。
「キ、サ、マァァァァァ!」
突然逆上した泰朝の雄叫びにたじろぐ氏照。
泰朝の得物は泰朝から見て、氏照の真後ろに投げ出され、さらに泰朝は体勢も立て直しきっていない。
そこまで有利な状況にあるにもかかわらず、しかも歴戦の兵である氏照をたじろがせる泰朝の雄叫びはそれほどのものであったという事だ。
―落ち着け、落ち着くんだ。得物は俺の後、こいつに攻撃手段は無い!落ちつ・・・
氏照が心を落ち着かせるのをじっと待っている泰朝ではない、即座に立ち上がり、身構えながら、氏照のほうに突進する。
直後に、激しいタックルを受けた氏照が泰朝と折り重なるようにして倒れた。
そのまま、氏照と泰朝はまだ湿気の残る土の上を重なりながら、巴模様でも描くかのようにごろんごろんと転がる。
どちらも上を取りたいが為にこのように転がっているのだが、肩に受けた傷の分、氏照が幾分か不利であった。
程なく、泰朝が氏照の上にのしかかる形となり、泰朝は左手で上半身を支えて、浮いた右の拳で氏照の顔を二、三度殴りつける
だが、もう一度拳を振り上げようとした泰朝の体に、鋭い痛みの感覚が走る。
氏照が懐に入れなおしていたスタンガンを、泰朝のわき腹に押し当てたのだ。
電流で海老反りにのけぞる泰朝を押しのけ、重圧から解放された氏照は素早く立ち上がり、泰朝の重い拳で痛む頬を抱えつつもすぐに大斧を取り直す。
泰朝はいまだかつて無い痛みと痺れにまだ、朦朧としている。
氏照にはチャンスと言えた。だが、氏照は惟政の奇襲を警戒して一度辺りを見回す。
188壁の向こうの戦争 6/7:2005/04/23(土) 00:03:41
結果からすると、氏照の感は当たっていた。
惟政の武器は泰朝、氏照の両者の持っている武器と比べるとあまりにもリーチと威力が無いために、木の影から様子を窺っていたのだ。
そして、氏照の警戒に木の影に引っ込まざるを得なくなり、一度警戒をした氏照がこれから、惟政が飛び出して行けるほどの隙を見せるはずも無く、惟政は千載一遇の機会を逃したのである。

惟政からの襲撃の危機を退けた警戒、しかしそれは泰朝への攻撃に関しては、大きなタイムロスでしかなかった。
辺りを見回し終えて、大斧を振り上げた氏照だったが、そのときにはもう、泰朝は全身の痺れから解放され、意識を取り戻していたのである。
頭だけを持ち上げた泰朝の視線と、大斧を頭の上で止めている氏照の視線が合う。
―なんて回復力だ!・・・そ、その目で俺を見るな!
氏照はもう何も考えずに勢いよく大斧を振り下ろした。
その一撃を、泰朝はごろごろと転がって避ける。
氏照はその様子を確認したのか、確認していないのか、目を閉じたまま農夫が鍬で畑を耕すかのような動きで、何度も何度も大斧を打ち下ろす。
しかし、泰朝も小刻みに転がりながら、隙を見い出して氏照の足元にあった青龍偃月刀を取り戻し、氏照と十分に距離を取ってから、それを杖に立ち上がる。
何度目かの攻撃で大斧を下ろして、目を開けた氏照の目にはこの光景がどのように映ったことだろう?
不安感、絶望感、諦め、あらゆる負の感情が渦巻く。
「兄上とこの島を脱する、いや、兄上に合うまで死ぬわけにはいかんのだ!」
氏照は自身の心の真ん中に居座る弱い自分自身を叱咤し、追い出すかのように氏照は叫んで、大斧を構える。
「天皇の狗如きが吠えるな!」
泰朝も負けじと声を張り上げる。
お互い、一歩も動いていないが、これで最後と悟った両者はにらみ合いという名の決闘を続けていた。
ぴりぴりとした裂帛の空気が二人の間をせき止められた奔流のように渦巻き、飛沫をあげる。
二人から声と共に発せられるの気合はもはや、何人も近づけない結界のようになっていた。
「うおおぉぉぉぉ!」
先に仕掛けたのは泰朝だった。一足飛びで氏照の間合いに踏み込み、あの突きの構えを作る。
初動が遅れた氏照は、しかし、遅れを取り戻さんばかりの勢いで、大斧を横に薙ぐ。
189壁の向こうの戦争 7/7:2005/04/23(土) 00:04:52
今までのように振り上げてから攻撃していたのでは遅すぎる。そう判断しての、足を狙った横薙ぎであった。
が、しかし、大斧を持つ氏照の手に大きな加重が掛かったかと思うと、その柄がみしみしっ。と乾いた音を立てて砕け、真っ二つに折れた大斧の木の柄だけが虚しく泰朝の足元で空を切った。

―な、何故だ!!
見ると、大斧は大木の根元に食い込むように引っ掛って、今まで何度も地面に叩き付けられて、弱っていた柄が折れていた。
「最後に、運に見放されたな、狗が!」
その言葉が氏照の耳に届くのを待たずに、打ち出された強烈な突きが氏照の胸に大穴をあけ、血飛沫が迸り出た。
どさりと音を立てて、足から力が抜けた氏照の体が重力に従って崩れ落ちる。
「あ、兄上・・・」
穿たれた穴は肺に達しており、いくら意識があっても氏照はそれ以上何も言えずに動かなくなった。

はぁ、はぁ、はぁ・・・。
森の中に惟政の吐息がこだまする。
隙をつけなくなった以上、勝利は望み薄と見て、そのまま逃走してきたのだ。
―そもそも、何故私はアレに関わり合ってしまったのだろう
惟政は、先ほど死んだ氏照の死にざまを思い出して身震いする。
―武器など盗もうと考えなければ、それに、見つかった時も逃げればよかったのだ。
―戦いなどに参加しなければ、あんな場面に遭わずにすんだというのに
走りながら思案をしていると、最後に浮かんだのは何回か前の放送で名前を呼ばれた兄弟子・滝川一益の顔だった。
―兄弟子、いや一益様、あなたもこのようにして殺されたのですか・・・?

丁度その時、目の前を勢いよく走り去る足音に気付く者がいた。
久政と一緒に何日か前に手に入れた、睡眠薬入りの水を飲んで眠りこけてしまっていた猫・輝政だ。
すぐそこで地獄絵図の戦いが繰り広げられていたと言うのに、久政は薬のせいもあるとは言え、場違いなほどとぼけた顔で眠っていた。
そんな久政の顔を見飽きた輝政は、久政の足元に転がっていた見慣れない袋をくわえて、弄り始めた。
・・・彼ら二人(?)にとっては平和な夜だった。
190壁の向こうの戦争:2005/04/23(土) 00:05:46
【79番 北条氏照 死亡】『スタンガン』は懐に入ったまま放置。『大斧』は大破。
【07番 浅井久政 『各種弾丸詰め合わせ』『輝政』】4-E森 睡眠中
【09番 朝比奈泰朝 『青龍偃月刀』】4-E森
【100番 和田惟政 『不明』『S&W M36チーフススペシャル』】4-E森から逃走。

【残り18+1人】
191現在の状況:2005/04/24(日) 01:33:58
個人
【100番 和田惟政 『不明』『S&W M36チーフススペシャル』】4-E森から逃走
【11番 足利義輝 『九字の破邪刀』『梓弓(4隻)』『グロック17C(残弾16発)』】3-E森 目的:昌景に『エペ』を返す
【07番 浅井久政 『各種弾丸詰め合わせ』『輝政』】4-E森 睡眠中
【65番 長曽我部元親 『鎌』『ウィンチェスターM1897(残弾4発)』】2-H民家
【09番 朝比奈泰朝 『青龍偃月刀』】4-E森
【92番 三好長慶 『ジェンダワ(矢10隻)』『青酸カリ』『寸鉄』】3-E森
【80番 北条氏政 『クナイ(9本)』『コブラナイフ』『火炎瓶(3本)』】4-H砂浜
【39番 吉良親貞 『日本号』『モトローラ トランシーバ T5900』『イサカM37フェザーライト(残弾2発)』】
(4-C湖地点で待機。『AK74(弾切れ)』はその場に放置)
【06番 浅井長政 『FN 5-7(残弾17発+mag1)』『天国・小烏丸』】4-D森
【71番 長坂長閑 『無銘匕首』『U.S.M16A2 (残弾9発)』】行方不明
【83番 細川藤孝 『太刀』『備前長船』】3-C森前(気が変わるまで足利義輝を探します)

パーティ
【29番 飯富昌景 『オーク・ダブルアックス』『フルーレ』】
【58番 鈴木重秀 『吉岡一文字』『長曾禰虎徹』『USSRドラグノフ』(残り4発)『スモールボアライフル 』(残り14発)】
【69番 長尾景虎 『片鎌槍』『火炎瓶(1本)』『十手』】 
【44番 香宗我部親泰 『オウル・パイク』『チャッカマン』】全員1-Eトラック車内。
【86番 前田利家 『SPAS12(残弾1発)』『鉄槍』『矢(5本)』『Mk2破片式手榴弾(一個)』】
&【57番 上条政繁 『書物・ジョジョの奇妙な冒険全巻(十数冊読めないものあり)』『バゼラード』『H&K MP3(残弾13発)』】3-D
【27番 織田信長 『ベレッタM1919(残弾7発)』『相州五郎入道正宗』】
&【∞番 ルイス・フロイス 『ベレッタM92FC(残弾15+1)』】両者3-E森 目的:本部への潜入

【残り18+1人】

※島には数頭の狼が放たれています
※今回の食料配布場所は1-E五番トラック到着地、4-H砂浜
※武田晴信を討った浅井長政には、何らかの褒美が帝から送られることになります
192四日目・日の出の放送:2005/04/25(月) 23:57:10
――・・・ガガッ、ピー、ガガッ
えー、あー、オホン。おはよう。
早いもので三日が過ぎ、四日目の朝を迎える次第となった。
頑張っておるのう。朕は嬉しいぞよ。
そうじゃ、皆の者、空を見るがよい。良い天気じゃのう。まさに殺し合い日和じゃ。
こんな日は野点などしながらそなた等の働きをじかに見たいものじゃわ。ほっほっほ。

さて、昨夜から今朝にかけて死亡した者の名を読み上げるとするかの。
43番高坂昌信、63番武田晴信、96番毛利元就、98番山中幸盛、47番斎藤道三、
49番斎藤義龍、19番磯野員昌、54番柴田勝家、79番北条氏照
以上、9名じゃ。
ふむ、残り少なくなってきたとはいえ、まずまずの出来じゃのう。
誉めてつかわす。せいぜいこの調子で頼むぞ。

それから食料配布場所だが、ほほほ、人数も減ってきたことだし、今回は一ヶ所だけとしようかのう。
場所はそうじゃな、島の中心3-Eの森といたすか。
一ヶ所ならば他の参加者を捜しに行く手間が省けて楽であろう?
頑張っておるそなた等への朕のせめてもの心遣いじゃ。ありがたく思うがいい。

そうそう、忘れるところであった。
06番浅井長政よ、とうとう武田晴信を討ち取ったのう。随分と待たされたものだが、よい、大儀である。
浅井長政には約束どおり、朕から褒美を取らそう。そうだのう、何がよいものか・・・。
そのうちに使いをやるから、詳しくはその者に聞くとよい。まぁ楽しみにしておりゃえ。
他の者もしっかりいたせよ。お尋ね者はまだ残っておる。早う、そやつ等を殺すのじゃ。よいな。

では、残り18人じゃ。気を抜かず、しっかりと殺しあってたもれ。
そち等の血と断末魔が、朕には何よりの馳走じゃからのう。アッハハハハハ・・・・・・
ガー、ガガッ、ブツン・・・――
193無名武将@お腹せっぷく:2005/04/30(土) 00:15:01
保守
194無名武将@お腹せっぷく:2005/04/30(土) 00:40:55
保持
195幼馴染1:2005/05/03(火) 08:36:41
そこは甲斐の片隅、青々とした草花に覆われたとある高地に、二人の少年と一人の少女が居た。
年下の少年は、その小さな体に似つかわない刀をおぼつかぬ様子で懸命に、そして楽しそうに振っていた。
年上の少年が時折後ろから支え、優しく丁寧に構えや型を指導していた。
色とりどりの花模様が織り込まれた若草色の絨毯の上に腰を下ろし、少女はその穏やかな様子を、柔らかに微笑みながら見守っていた。
「さあ、今日の稽古はこれくらいにしておこう」
「え〜、僕ならまだ大丈夫だよ〜」
「ははは、さすが飯富家の子だ。でももう日が傾きかけているぞ」
この地は標高が高く、天候が変わりやすい。日没ともなると体の芯まで凍える程気温が低下する。
また、他人とは異なる能を持つ源五郎少年に近づく者は少なかった。そしてその異能故、拾い子としては別格の扱いを受けていることを面白く思わぬ者も居た。
人から疎まれる自分が名家の子と共に居るのを気に入らないとする人間が居ることなど、やはり彼も理解していた。
自分がどう思われようがかまわない。だが面倒事を起こすとあってはこの少年にも迷惑が及ぶであろう。
それは人々から避けられていた自分を兄のように慕ってくれるこの少年に対する配慮、かけがえの無い存在への扱いを子供ながら心得ていたのだ。
「随分上達したな。偉いぞ源四郎。また明日待ってるからな。さあノドカ、僕達ももう帰ろう」
「ええ、源四郎ちゃん、またね」
「うん、源五郎兄ちゃん、ノドカ姉ちゃん、また明日ー!」
この後、幼き彼らが人目を忍んで遊んでいる事実を知った源四郎の実兄、虎昌は不憫に思い、温厚な信繁や馬場等をはじめとした話のわかる重臣達の協力を得、
その取り成しにより昌信への疎みの念は次第に薄れていくのである。それでも嫉みを拭いきれぬ者も完全に居なくなったわけではないのだが。
196幼馴染2:2005/05/03(火) 08:37:50
その後、彼らは誰にも遠慮することなく共に剣に励み、共に乗馬を楽しみ、そして寝食を共にした。
また、時には釣りもした。どっちの魚が大きいだの釣った魚が逃げただの、賑やかで楽しい時間を共有したのだった。
ある時、一方が足を滑らせて川へ転落した。川は浅く、命に関ることは無いのだが、その流れは思ったより激しく子供の力では思ったように動けない。
助けようとしたもう一方も見事に嵌ってしまい、二人揃ってバタバタともがくばかりで状況は好転しなかった。
それまで岸に佇んで、一緒に笑っていた少女は、突然の事態に困惑しながら右往左往し、チョコマカと動き回っていた。
その三人の様子を通りすがりに垣間見て、それがあまりにも可愛らしくてつい笑ってしまった身なりと恰幅の良い青年に気づき、少女は勢いよく掛けてきた。
勢い余ってごちんと彼の大きな腹に顔をぶつけてしまったのだが。
「そこの方、笑ってないで早くお助けください!!」
「ははは、ああ、すまぬ。元よりそのつもりである。安心致せ」
立派な屋敷に連れられ、濡れた服を乾かされ、新たに用意させた服を着せられ、食べ物を与えられた子供達は、寄り添って寝息を立て始めた。
「若様、そろそろ行きませぬと」
「おお、馬場、そうであったな。それでは後は侍女に任す故、丁重に扱えよ。未来の武田家の財産達ぞ」
武田晴信と馬場信房は、天使のような子供達の寝顔にやさしく微笑むと、音を立てないように静かにその場を後にした。
197幼馴染3:2005/05/03(火) 08:45:01
源四郎と実兄虎昌との歳の差は父子ほどあり、実際父親に極近い存在なのだ。身分は違えど実の兄のように思える存在は源五郎だけであった。
「源五郎兄ちゃん、こんなとこで何してるんだい?」
「やあ源四郎か。何をしているわけでもないさ。ただ風に当たりながら富士の山を眺めているのさ」
「いい風だね」
「源四郎、俺ももうすぐ元服だ、晴信様が俺を近侍として取り立ててくれるらしい」
「すごいじゃないか。いよいよ侍になるんだね」
「ああ、お前も早く元服して、共に戦場を駆けよう」
「うん!約束だよ!」
彼らはまだ見ぬ戦場に思いを馳せた。そして想いを膨らまし、よく夢を語り合ったりもした。
また、成人を迎えた後も二人の仲は変わらず、よく暇を見つけては共に盃を交わしたりした。
「これは上等な酒だ」
「昌信殿、そのような飲み方をしては勿体ない」
「ふふふ、よいではないか。今日はとことん付き合ってもらうぞ」
「ノドカ殿が心配なさいまするぞ」
「・・・痛いところをつくのう、わっはっは」
屋敷から聞こえる笑い声は、朝まで途切れることは無かったという。
198幼馴染4:2005/05/03(火) 08:46:37
やがて二人は徐々に武将として力を発揮し、家中でも無くてはならない存在となった。武田軍が各地で連勝を挙げることが出来たのも、この若い二人あってのものだろう。
しかし、時として若さ故、力に任せて無謀に走ることもある。無類の強さを誇るが故、果敢に攻めすぎてしまう昌景のブレーキ役が、昌信であった。
とある戦場にて、それは起こった。
「危ない!そのままこっちに戻ってくるんだ!」
「くっ!伏兵がおったとは!」
「昌景!奴らは俺が退けるからお前は早く逃れろ!」
昌景を先頭として、敵兵数十人がこちらに勢いよく迫ってくる。源四郎を素早く後ろに庇い、槍を繰り出す昌信のその姿は壮観だった。

(あの時、昌信殿の声が聞こえなかったら、私の命は無かったかも知れませぬ・・・)


・・・


・・・・・・




「よう。目覚めたか」
「・・・」
「話しがある」
「うむ」
「酷な話しだ。心して聞いてくれ。約束だ。いいか?」
「うむ」
「さっき、放送があったんだ」
「・・・」
「武田家の高坂昌信と・・・」
「・・・」
「当主さんの名前が読まれた」
199幼馴染5:2005/05/03(火) 08:49:25
「気を落とすな」
「・・・」
「主を持たない俺が何言っても気休めにもならんだろうが・・・」
「・・・」
「・・・その、すまねぇな。アンタの殿様を探す約束だったのにな・・・」
「よいのだ。お主のせいではあるまい」
「ああ・・・、仇の名は・・・」
「いや、それもよい。仇討ちをするつもりもない」
「お、おいおい、何言ってんだよ」
「憎むべきは他にある。私怨に囚われ本来の目的を見失うべきではない」
「本気か?」
「信繁様の死を耳にした時、既に決めたのだ。私に最早、微塵も迷いは無い。お主も要らぬ気遣いは無用。この島から抜け出すことだけ考えておればよい」
「いいのか?」
「よい」
「そうか、アンタが問題ねえならそれでいいさ。俺はそれに従うまでだ」
「恩に着る」
辛い現実から逃げず、歯を食いしばりそれと対峙する、少しも心取り乱さず自分の成すべき事から目を逸らさない。
それは並大抵の人間には出来ぬことだろう。重秀は目の前の漢を心底尊敬した。景虎は、言葉を一切口にせず、背中で昌景の強い生命力と魂を感じていた。
親泰も目を覚まし、子供の自分には不思議とも言えるその光景をぼんやりと見つめるだけだった。

(お館様・・・、昌信殿・・・)
昌景の瞳に橙色の朝日が映った。そしてその景色が次第に滲んできたことに昌景は気付いた。
重秀は、最後までその滲んだ瞳に気付かないフリをしたのだった。
200幼馴染6:2005/05/03(火) 08:50:21
【29番 飯富昌景 『オーク・ダブルアックス』『フルーレ』『吉岡一文字』】
【58番 鈴木重秀 『長曾禰虎徹』『USSRドラグノフ』(残り4発)『スモールボアライフル 』(残り14発)】
【69番 長尾景虎 『片鎌槍』『火炎瓶(1本)』『十手』】 
【44番 香宗我部親泰 『オウル・パイク』『チャッカマン』】全員1-Eトラック車内。
201不幸はいつまでも続く1/2:2005/05/03(火) 12:15:32
「ふぁ〜」
大きなあくびをすると、睡眠薬にいざなわれた深い眠りから久政は目覚めた。
辺りは久政が眠りこけた頃と同じくらい明るくなっている。
「やはり、眠い時には寝るに限るのぅ」
などと場違いなほど平和な台詞を吐きながら、辺りを見渡すと久政の寝ぼけ眼に見慣れない物が留まった。
襤褸切れのようにも見えるし、もしかしたら、近江の英雄たる自分に仕えたがっているのかもしれない。
ともかく、昨夜眠る時には無かったものだ。と、久政の頭は認識した。
「何であろうか?」
言って、久政は四つんばいになって、その見慣れない物の方へと何の警戒もせずに進んだ。
だが、その見慣れない物へ近づくにつれ、息子・長政の行く先行く先で漂う鉄臭い匂いに、久政の顔は青ざめていった。
程なく、不安の元となっていたそれを、しかもその見開かれた目を久政はまともに見てしまった。
「ぎゃあ、し・・・死体じゃ!」
自分が寝ている間にすぐ傍で起きていた死闘、そしてその証拠といえる残骸。
しばらく目を指で覆ったが、意を決して指と指の隙間からそおっとその残骸を覗く。
胸のあたりに、至近距離で大鉄砲を打ち込まれたように大きく抉り取られた風穴が空いていた。
下手をすれば、自分がこの様に死んでいたかもしれないという、途轍もない恐怖感が久政に襲いかかる。
今まで、争いに巻き込まれた事はおろか、人に会った事すらない久政は、
(これは全部嘘なんじゃないのか?)
(誰も死んでいないんじゃないのか?)
などと現実逃避の甘い幻想を抱いていたが、自分の腕の中にあるはずの感覚がないのに気付き、幻想からふと現実に立ち戻った。
202不幸はいつまでも続く1:2005/05/03(火) 12:17:21
「ふぁ〜」
大きなあくびをすると、睡眠薬にいざなわれた深い眠りから久政は目覚めた。
辺りは久政が眠りこけた頃と同じくらい明るくなっている。
「やはり、眠い時には寝るに限るのぅ」
などと場違いなほど平和な台詞を吐きながら、辺りを見渡すと久政の寝ぼけ眼に見慣れない物が留まった。
襤褸切れのようにも見えるし、もしかしたら、近江の英雄たる自分に仕えたがっているのかもしれない。
ともかく、昨夜眠る時には無かったものだ。と、久政の頭は認識した。
「何であろうか?」
言って、久政は四つんばいになって、その見慣れない物の方へと何の警戒もせずに進んだ。
だが、その見慣れない物へ近づくにつれ、息子・長政の行く先行く先で漂う鉄臭い匂いに、久政の顔は青ざめていった。
程なく、不安の元となっていたそれを、しかもその見開かれた目を久政はまともに見てしまった。
「ぎゃあ、し・・・死体じゃ!」
自分が寝ている間にすぐ傍で起きていた死闘、そしてその証拠といえる残骸。
しばらく目を指で覆ったが、意を決して指と指の隙間からそおっとその残骸を覗く。
胸のあたりに、至近距離で大鉄砲を打ち込まれたように大きく抉り取られた風穴が空いていた。
下手をすれば、自分がこの様に死んでいたかもしれないという、途轍もない恐怖感が久政に襲いかかる。
今まで、争いに巻き込まれた事はおろか、人に会った事すらない久政は、
(これは全部嘘なんじゃないのか?)
(誰も死んでいないんじゃないのか?)
などと現実逃避の甘い幻想を抱いていたが、自分の腕の中にあるはずの感覚がないのに気付き、幻想からふと現実に立ち戻った。
203不幸はいつまでも続く2:2005/05/03(火) 12:18:34
「そ・・・そうじゃ。輝政はどこじゃ。輝政〜?」
見あたらない輝政。もしかしたら久政に愛想をつかして逃げてしまったのかもしれない。
「そんなのはいやじゃ!いやじゃ!」
駄々をこねるように喚くと、すっくと立ち上がり、なるべく先の死体を見ないように辺りを廻った。
すると、死体のあった木のすぐ裏で、見慣れない袋をくわえ、それにじゃれ付いている輝政が程なく見つかった。
「おお輝政、お前も無事だったか。しかし、この袋は何じゃ?」
この袋も昨夜には見慣れなかったものだ。この中に何が入ってるかなどわからない。
輝政も何となく久政の言っている事が分かったのか、飽きた玩具を捨てるように、ぽいっと久政の前にそれを投げてよこした。
「何であろうか」
言って、それを拾い上げる。
小さな見た目に反してその袋は重く、びっくりした久政が手を離すとじゃらりと音を立てて、また地面に転がった。
「奇怪な、また怖いものでも入っているのか?」
久政のまぶたの裏に先ほどの惨状が浮かぶ。しかし、首を振って想像を打ち消すと、
「輝政が持っていたものだ、怖いものが入っているはずなど無かろう、むしろ天の恵みに違いない」
楽観的に言うと、天の恵みが入っているかもしれないその袋の中を覗こうとした時、不意に雑音交じりの放送が久政の耳に入った。
――・・・ガガッ、ピー、ガガッ 〜
 食料〜  島の中心3-Eの森
ガー、ガガッ、ブツン・・・――
204不幸はいつまでも続く3:2005/05/03(火) 12:19:21
「3-Eの森ってここからすぐそこじゃな。そういえば、ここ数日、ほとんど何にも食べていなかったのぅ。よし!行ってみるか。」
(そういえば、食料ってどうやって運ばれるんじゃろ?やっぱり空から降ってくるのかのぅ。
 あ〜そういえば、琵琶湖の鮎は美味しかったな。魚もあるのかな?)
「おい、輝政。魚があったらわしと一緒に焼いて食おう!」
「にゃあ」
(そういえば、猫が生魚をくわえているというのは良く聞くが、焼き魚は食べるのだろうか?)
「ま、どちらでもいい!わしは釣った魚や鷹に取らせた鳥を食うのが趣味でな、美味いぞ!」
(しかし、火の役はおらんし、どうしようか・・・)
「まぁいい、わしにはお前がいればそれで十分じゃ」
(でも、輝政がおっても腹だけは減るのう・・・)
などと、この島で歯誰一人として考えていないような考え事をしながら歩く事数分、久政と輝政は3-Eの隅に到着した。
205不幸はいつまでも続く4:2005/05/03(火) 12:20:36
ぞんざいにばら撒かれていた箱の中には、久政の予想通り魚も入っていた。
もっとも、それは鮮魚ではなく、干し魚であったが。
食欲を刺激する匂いに輝政が素早くそれにかぶりつこうとする。それを久政は手で制止した。
「こらこら、輝政、魚は焼いて食べるもんじゃ、この魚も干からびておるが、焼けば美味い焼き魚になるぞ」
と、見当違いというか、世間知らずも甚だしい事を言うと、あたりから火付け役が使っている、火打石・・・のようなただの石ころと細い枯れ草を久政は集めてきた。
「できれば、塩なんてあれば最高なんじゃがな。まぁ、魚が食べれるだけでも、よしとするか。」
呟いて、火打石でも何でも無い石ころを枯れ草の上で何度も何度も叩きあわせる。
しかし、当然ながら火が付くはずも無い。
「何故、火が付かん!?いつもなら2,3度でつくじゃろうに!」
必死に思い出した、間違いの火をつける知恵と、馴れない動作。
久政の体力が切れるのが先か、久政の我慢の限界が来るのが先か、あるいは久政がこの間違いに気付くのが先か。
しかし、間違った知識で必死に火をつけようとする久政に神すら折れたのか、意志から飛んだ赤い欠片が運良く枯れ草に火を付ける。
「おお、付いた付いた!流石はわし、見様見真似で何でもできるのは天下広しと言えどもこのわしくらいじゃな」
久政が感嘆(?)の声を上げる。
206不幸はいつまでも続く5:2005/05/03(火) 12:21:29
だが、やはりというか、なんというか、急に吹いてきた風に、折角つけた火は右へ左へ大きくゆれる。
このままでは程なく消えてしまうのは正に火を見るよりも明らかだった。
「なにか、燃える物はないか?火が消えるではないか!」
と、何度も石を打ち合わせて赤く晴れた久政の手に明らかに地面とは違うおかしな感触がした。
見るとそれは輝政がくわえていた、あの袋だった。。
「この袋って何であったか・・・まぁ、覚えておらんからたいした物ではないか。」
まだ中身も確認しないまま、その袋を火の中に投げ入れた。
丁度、風も程よい程度に就、袋は一気に燃え上がる。
そして、その火が爆発的に燃え、いくつもの目映い光が見えたかと思うと、

            久政の思考は停止した。


もし、氏照が死ななければ・・・
もし、輝政がくわえてなければ・・・
もし、確認しようとした際に放送が流れなければ・・・
もし、火に投げ込む前にきちんと確認しておけば・・・


【07番 浅井久政 死亡】3-E森 『各種弾丸詰め合わせ』は燃え尽きてなくなりました。
207久政 ◆c7t0idYOLg :2005/05/03(火) 12:23:42
「不幸は続く1/2」はミスだったので、無視してください。
208朔 1/10:2005/05/04(水) 03:42:30
帝の不愉快な声が朝を告げたというのに、今だ長慶は3-E森地点で動くことなく考え込んでいた。
彼は先ほどの(とは言ってもしばらく時が経つのだが)義輝の、威厳にも似た威圧から今だ抜け出す事は出来なかったのだ。
長慶(・・・早計過ぎた、というのか・・・?)
確かに、あの疑り深い久秀すら完璧に騙しきった己にしては、やや早計だったかもしれない。
もっとも、信用させるにはやや無理があった。
疑り深い・・・というより根深い因縁を持つ義輝には己を信用させるのは。
だが、付け入るスキなら確かにあった。間違いなくあった。
己が今だ殺されず生きていることが、何よりのその証拠であるといえる。
そこを突けば、あるいは今とは違う結末が待っていたかもしれない。
長慶(なぜそこを突こうとしなかった・・・なぜ・・・?)
その『なぜ』・・・辿り着けそうで辿り着けない。『なぜ』に触れども『なぜ』を掴めない。
悶々とした嫌な感覚が、彼を包んでいた。
またもや、彼との因縁浅からぬ人物が眼前に現れたのは、まさにその時であった。

藤孝「畿内の覇者ともあろうお方が、何を呆けているのかね?」
鮮やかに色づいた声・・・という言い方はおかしいが、その類の何かを含む声に長慶は『はっ』と考えを止め、その方向・・・己の背後を振り返る。
長慶「・・・細川、か・・・」
『また厄介な奴が現れたものだ』それが長慶の率直な感想であった。
三好と細川、家名同士の因縁はかなり根深い物がある。が、長慶と藤孝はさほど擦れ合う縁はない。
当然手を組み『今までの事は忘れよう』などと仲良くなどなるはずもない事は確かであるのだが・・・。、
その藤孝が何ゆえわざわざ己に話しかけるのか?長慶はそう疑問を抱く。
『殺すためであろう』そう考えるのはたやすいが、ならば長慶が呆けている間に切り捨てればよいだけだ。
細川藤孝という男なら、呆けている者を斬り殺す剣技程度心得ているだろうし、また後ろから斬り殺す事に卑怯だという躊躇いなどあるはずもない。
209朔 2/10:2005/05/04(水) 03:44:40
長慶(はて、ならば・・・?まさかこの長慶に対し与しやすいとでも考えたのか?細川が、か?)
足利家中、まして細川なら有り得るはずがない。が、藤孝ならわからない。
細川藤孝という男、たやすく掴める様で決して掴めない。
満ち足りた望月が足利義輝ならば、何も掴むとっかかりがない朔月なのが細川藤孝という男だ。
長慶(ある意味では、こやつも紛う事なき異常者か・・・)
常人ではない。狂人でもない。細川藤孝という人間はつまり『細川藤孝』という種類なのである。
が、そこまで考えたところで、長慶は考えるのをやめた。
長慶(・・・いかんな。恋焦がれた少女ではあるまいし、この者の性質なぞ追求して何になる?くだらぬ。
   ま、こやつの考える事などわからぬし、あるいはわしに与しようと考えても不思議ではない。ならば・・・)
そう考えた長慶は、先ほど足利義輝に見せた上品な笑顔を出し、そして・・・。
長慶「傷を負ってもいないようだな。生きていたことは知っていたが、まあ、お主も無事で何よりだ」
と、先ほど義輝に向かって言った、心にもないことを再び口にした。
藤孝「・・・ほう、うぬがこの藤孝を心にかけるというのか?それはありがたい・・・フフフ」
これを皮切りに、互いに思ってもいない(?)言葉の応酬が行われる。
長慶「思ったほど嫌われてもいないようだな。まあ、そんな事はどうでもいい。
   袖擦り合うも多少の縁と言うし、話などしながら一服せぬか?」
藤孝「それも良いかも知れぬ」
長慶「実はわしは、この島に寄越されてから久秀と共におったのだが・・・」
藤孝「・・・久秀は死んだようだな」
長慶「うむ・・・報を聞いたときは途方に呉れたわ。三好家、いや天下に比類なき者であったと言うのに・・・」
藤孝「心中お察しする」
長慶「(フゥハハ・・・察せぬわ。貴様にはわかるまい・・・)
   うむ、足利の縁者は・・・いや、これは失言であった、許せ」
藤孝「咎めはせぬ」
長慶「そう言ってもらうとありがたい。・・・うむ、足利将軍家もお主がいる限りは磐石であろう」
藤孝「・・・」
210朔 3/10:2005/05/04(水) 03:47:32
長慶「お主は一人か?」
藤孝「この藤孝と組みたがる者などいると思うか?」
長慶「ふむ・・・」
長慶は、先ほど義輝に言った言葉と似た言葉をわざわざ繰り返す。義輝との格と比べるために。
長慶(そして、これが仕上げだ・・・)
長慶「おお、そうだ」
思い出したような言葉と共に、長慶は懐から毒入りのペットボトルを取り出す。
長慶「これだけの山々、道ならぬ道を歩けば喉も渇くであろう。これを飲むが良い」
藤孝「ほう・・・いいのかね?」
相手は三好長慶だというのに、藤孝は何の疑いも見せない素振りをする。
長慶が、数分前に『早計だ』と戒めたはずの策をまたほいほいと持ち出したのは、あるいはそのせいもあったのかも知れない。
長慶「気にするな。お主とはさほどの面識もなかったが、信頼に値する人物だとはわかった。遠慮せず飲むが良い」
その言葉を受け、藤孝はペットボトルに手を差し出し・・・。
藤孝「そうか。では受け取ろう」
長慶が持っていたペットボトルを、礼儀欠かさぬ素振りで受け取った。
長慶(貴様は与しようと考えたかもしれないが・・・馬鹿が!!)
笑いたくなる衝動を必死に長慶はこらえる。ここで笑っては全て水の泡だ。
だが、そんな長慶の心の内などまるで気にせぬように、藤孝はのんきとしか思えない言動をする。
藤孝「全てもらっていいのかね?」
その言葉に、さらに長慶が笑いたくなったのは言うまでもない。少し笑いが漏れてしまったほどだ。
長慶「フゥハッ・・・ハッハッハ・・・意外と強欲だな。まあよい、まだあるからな。それはくれてやるわ」
長慶(もっとも、貴様は一口目で死ぬがな・・・末期の水、よく味わうがいい!!馬鹿者め!!)
そう、長慶が心中勝ち誇った時、藤孝は―――
211朔 4/10:2005/05/04(水) 03:50:13
―――ふと、ぽつりと呟いた。
藤孝「うぬはまことに三好長慶かね?」
その言葉は、勝ち誇っていた長慶には何を指しているのかよくわからなかった。
瞬時、藤孝は立ち上がり長慶からわずかに距離をとる。
長慶「ほ、細川の・・・どこへ行く?」
どこへ行く、と声をかけるほどの距離でもないのだが、予想だにせぬ行動に長慶は焦った。
直後、藤孝は振り向き、長慶に向かい声をかける。
藤孝「どこにも行かぬ」
見下した口調でそう言うと、藤孝は持っていたペットボトルを長慶に向かい放り投げ・・・。
音も無く抜刀し、音も無くペットボトルに刃を通し、音も無くまた剣を鞘に戻した。
斬られた事にも気づかぬペットボトルはそのまま放物線を描き、そして・・・。
ボトンと地に落ちた時やっと思い出したかのように真っ二つに割れた。
長慶「グッ!?」
とっさに長慶は飛び退いた。
ガスの事を一番気にかけていたのは長慶である。万が一にもガスを吸うわけにはいかない。
その有様を見て、さも可笑しそうに藤孝は笑う。
藤孝「ははははは・・・ただの水を無くした様には見えぬぞ、三好長慶」
長慶「き、貴様・・・・!!」
言葉と同時に、とっさに長慶は考えをまとめようとする。『なぜ見破られたのか』と。
だが、その考えを打ち消すかのように、藤孝が見下したように言葉を発した。
藤孝「今だ己の滑稽極まりない姿に気づかぬか?三好長慶。覇者も堕ちたものだな」
長慶「・・・うぬ!!待てィ細川ァーッ!!」
背を向け立ち去ろうとする藤孝に、長慶は作法も何もない動作ですぐさま弓を構える。
212朔 5/10:2005/05/04(水) 03:53:42
長慶からすれば、ここで逃がすわけにもいかない。
藤孝「・・・なんぞまだ用でもあるのかね?」
長慶「用など何もないわァ!!」
吐き捨てながら長慶は弓の弦を目一杯引く。狙いを藤孝の頸にあわせて。
弦が立てるキリキリという音が藤孝に聞こえているのかいないのか、それはわからないが藤孝は長慶に背を向けながらも、歩くのをやめた。
長慶と藤孝の距離はわずかに距離があるとは言えど、焙烙玉を射抜く事の出来る長慶ならば狙いの場所に矢を当てる事など造作もない。
藤孝「・・・」
今だ頭は混乱しているというのに、矢の照準を的確に藤孝に定めた長慶の腕は賞賛に値する。
だが・・・。
長慶(なぜだ・・・矢が向けられている事を察していないはずはあるまい!?
   わしがこの指を離せばこやつは頸を射抜かれ瞬時に絶命に至る!!なのに・・・)

長慶(なぜ、こやつはこんなに静かなのだ・・・・?)
長慶の考えたとおり、その瞬間の藤孝は『朔月』そのものを体現したかのようだった。

長慶がしばらく矢を放つのを躊躇っていると、藤孝は今だ背を向けたまま急に言葉を発した。
藤孝「・・・少し面白い話をしてやろう」
その声に震えや怯えなどの恐怖の類は何もない。最初の声色と何も変化していない。
長慶が射ようか射まいか、返事をしようかしまいか迷っていると、藤孝は振り向き言葉を続けた。
藤孝「人の心という物は面白きもの、いかに隠そうとしても必ず言葉の色や形に表れる。
   例えば、嘘をつき通そうとしても、どこかで何かが不自然だったりするものだ。
   嘘、怯え・・・感情は、強調、色、語頭語尾、文法、まとまり・・・必ず何かに合図として現れる。
   言うなれば『心の種が成す言の葉』・・・とでも言えばよいか」
長慶「・・・それを読み取れるのが貴様だと言うわけか?」
213朔 6/10:2005/05/04(水) 03:55:58
藤孝「でなければ言わぬ。あまり古今伝授を舐めてもらっては困る」
長慶「なるほど・・・信じなどせぬが、それでこのわしの毒を見破ったというわけか?」
藤孝「馬鹿者か?うぬは」
長慶「ぬ!?・・・ふん。それで終わりではあるまい。まだあるなら続けるがよい。
   わざわざそんな寝言をほざいたのだ、何かしら本意があるのであろう?」
唐突に『馬鹿者』呼ばわりされ、長慶は少し苛立った。が、すぐに冷静とした態度をとる。
今、藤孝を射抜くことは簡単である。ならば、もう少し話を聞いてみてもいい。
そんな長慶の心を意に介してか、藤孝は話を続けた。
藤孝「まあ、そうだな。貴様の今までの所業を振り返れば毒などたやすく見抜けるわ。
   この藤孝が貴様から見抜いたのは、唯一にして最大の、致命的な貴様の弱点・・・か」
長慶「・・・弱点・・・だと?」
思いも寄らぬ事を言われ、長慶はわずかに戸惑った。
長慶(この畿内の覇者たる三好長慶に・・・弱点だと?)
よく考えてみると、『弱点などないわ馬鹿者!』という否定は出来なかった。
義輝、藤孝と会った際『早計』を持ち込んだ何かが、藤孝の指摘した『弱点』にある気がして仕方なかったからだ。
そう考えると、ますます藤孝の言う己の弱点に興味が出てくる。
長慶「面白い・・・この三好長慶にあるはずのない弱点を指摘し、恥をかき死ぬが良いわ」
しかし、口では強気である。もっとも、仮に藤孝が心意を掴めるのなら意味などないのだが・・・。
藤孝「・・・知りたくて仕方が無いようだな。では、言ってやろう」
そう呟くと、藤孝は長慶を威圧するかのような姿勢で指差し、静かに告げた。
藤孝「三好長慶。『お前はもう、死んでいる』」

直後、藤孝の方向に矢が飛んだ。
214朔 7/10:2005/05/04(水) 03:58:51
矢はビュンと鋭い音を立て、藤孝のすぐ横にある木にサクッと突き刺さった。
それを確認すると、長慶はニヤリと笑い、弓を収め、軽く呟いた。
長慶「・・・そういう事か」
藤孝「そういう事だ。あの一言でわかるという事は、まだ捨てたものではないな」
長慶「・・・抜かせ。その指を下げろ。指差されるのは好かぬ」
ぽつり呟いた長慶の言葉で藤孝は指した指を収める。それを確認すると、長慶はまた呟いた。
長慶「『死にたい』という考えが、この長慶の長慶たるべきものを失わせた・・・という事か・・・」
そう己で確認すると、長慶は冒頭の『なぜ』・・・早計を持ち込んだ己の弱点が痛いほどよくわかった。
つまり、長慶は死にたかったのだ。
その破滅思考は久秀を殺した後から、ずっと彼の心の裏側に隠れていた。
長慶は松永久秀を殺すため、ただそのためだけに天皇の誘いに乗った。
天皇に与した時天皇が提示した条件は、この殺し合いを促進させろ、という事だった。
だが、己は『嘘、裏切り』をお家芸とした三好家の当主その人である。
嘘、裏切りは頭が良い者にだけ許される。そう考える長慶が天皇を裏切らないはずがなかった。
つまり、『殺し合いを促進させよ』そんな条件などクソ食らえだ。参加前から彼はそう考えていた。
そして、自分の目的を完全に遂行した今、もう天皇の思い通りに動く必要はない。
だが、久秀を殺した今、自分は何をすればいいのだろう?どこに向かえば?何を目的とすれば?
そんな、言わば何もすることがなくなった長慶がよく思い出したのが、弟や息子であった。
そして息子達の幻想の一部はいつしか、もともとは穏やかな文化人であった長慶に『破滅思考』『死にたい』というネガティブな重石となり変化した。
だが、それは先ほどの通り、心の裏側の一部であり、全てではない。
その破滅思考が長慶の行動を影で操り、義輝、藤孝に対する『早計』という形で現れたのである。
破滅思考に囚われた後、一番最初に会ったのは義輝だったという事が彼にとって最大の不幸だった。
なまじ知ったもの同士だからこそ、『早計』を持ちかけてしまったのだから。
215朔 8/10:2005/05/04(水) 04:01:14
久秀を殺した後、他に見知らぬ者と最初に会っていれば?その時はどんな道を辿ったかは今となってはわからない。
だが、足利に怖気づき、そしてまた細川に見抜かれるという惨め極まりない結末にはならなかったはずだ。

長慶「・・・フゥハハハハ・・・フゥハハハハ・・・一存・・・義賢・・・冬康・・・・・・義興・・・」
ただ長慶は明け方の空を見て、息子達の名を呼び笑った。
元来の性格である、穏やかな文化人としての、静かな笑いだった。
だが、少しして長慶はその笑いをやめ、ゆっくりと藤孝に目を向けて、こう言った。
長慶「格付けは済んだ。もはや今のわしでは貴様には絶対に及ぶまい」
『策士とは敵に感づかれぬからこそ策士足り得る』。
その己が敵に心の裏側まで見抜かれてしまったのだ。長慶は、格の違いをはっきり思い知らされた。
長慶「だが、最期に聞かせてもらいたいことがある」
藤孝「この木に突き刺さった矢の事か。この藤孝が、お前がわざと外した事に気づかないとでも思ったか?」
長慶「わかっていたか・・・だが、仮にこの長慶が貴様を本気で射抜こうと矢を放っていたらどうした?」
藤孝「この藤孝、剣法は塚原卜伝殿、弓術は波々伯部貞弘殿、馬術は武田信富殿から授けられている。
   貴様がいかに弓に長けていようと、真正面から向けられた矢などに臆する必要はまるでない」
そこまで続けると、藤孝はかすかに笑い、自信に満ちた口調で続けた。
藤孝「それに、死に憑かれた者の矢がこの藤孝に当たる事など、天が許すまい?」
長慶「・・・天・・・か。恐ろしき男よ、細川藤孝・・・」
諦めた様に長慶は呟く。そして、彼は死を覚悟した。不思議な事に、彼に死への恐怖はさほどなかった。
だが、藤孝はまた踵を返し長慶に背を向け、森の中へ歩き去ろうとする。
その行動に一番戸惑ったのは(とはいえど一人しかいないが)他ならぬ、死を覚悟した長慶であった。
そんな長慶など見えるはずもないのだが、まるでそこまで把握しているかの様に、藤孝が喋る。
藤孝「はっきり言おう。この藤孝、己が興味のない者とは関わる気はない。敵対すれば即座に斬る。
   今のうぬの姿、まるで天下に巣食う蛆(うじ)よ。だが、ありうるだろうか?蛆ごときが畿内の覇者と呼ばれる、と。
   ならば、見なくてはなるまい?細川主流を追い落としたうぬの真の姿とも言えるべきものを」
216朔 9/10:2005/05/04(水) 04:03:10
そこまで言うと、藤孝は振り返り、最後に長慶に向かい、挑発的な態度でこう言った。
藤孝「いずれまた会おう。その時こそ蛆の姿ではなく、我ら朔望(さくぼう)に並ぶ覇者の姿を見せて頂こう」

藤孝が去った後、長慶はまた義輝、藤孝の事を思い出していた。
圧倒的な威圧で潰す義輝、心の全てを見抜き潰す藤孝、そのどちらに対しても己は怖気づいた。
その二人の事を思い出すと、背筋に『ぞくり』とする寒気が走る。
だが、それとは対照的に、長慶の顔はなぜか笑っていた。
長慶「目的・・・フゥハハハハ、見つけたわ・・・」
長慶が二人のことを思うたび、寒気と共にその二人の弱点が思い浮かぶ。
蛆と揶揄されたと言えど、『三好長慶』の器は相対した二人の弱点を己に気づかせていた。
その弱点をいかに突くか?どのように利用するか?それさえ長慶の頭の中でシミュレートされていく。
長慶(勝てる・・・!!人を超えし者ども、これならば勝てる!!)
二人を殺す策が完全に成り立った時、長慶は失っていた自信を取り戻した。
そしてまた長慶の矜持(きょうじ)も蘇ってくる。破滅思考に囚われているうちに、消えていった覇気も。
文化人としての長慶の目は、義輝と藤孝の弱点を彼に気づかせた。
策士としての長慶の頭脳は、弱点を突く必勝の策を彼に授けた。
そして、武人としての長慶の心がその時無くしていた彼の覇者たる全てを蘇らせたのだ。
そしてその自信と矜持と覇気を纏った自分が以前の自分を圧倒的に超えた時、彼は大声で決意を口にした。
長慶「足利、細川・・・そして帝すら何するものぞ!!
   我は何者にも屈さぬ!何者にも怯えぬ!与さぬ!属さぬ!!従わぬ!!!」
その彼に、破滅思考など微塵もない。弟や息子の事など既に頭の中から消し飛んでいた。
今の彼なら弟や息子はおろか、己のためには己すらたやすく裏切るだろう。
今の彼に穏やかな文化人の様相はない。優秀な政務家としての様相もない。
管領細川家を追い落とした稀代の策士の様相も、圧倒的軍事力を誇る三好の武士の様相もない。
それらすべてを複合し全ての頂点と立つべき者・・・。
畿内はおろか天下すら掴み潰す事の出来る『覇王』としての様相がそこにあった。
217朔 10/10:2005/05/04(水) 04:04:36
このあまりにも早すぎる復活、そして恐ろしすぎる成長は藤孝の予測に含まれていたのだろうか?
それもまた、両者が出会う時までわからない。

【83番 細川藤孝 『太刀』『備前長船』】3-E付近(足利義輝を探します)

【92番 三好長慶 『ジェンダワ(矢10隻)』『青酸カリ』『寸鉄』】3-E森
(足利義輝、細川藤孝を殺す気で動きます)
218東雲(しののめ)の歩み 1/9:2005/05/07(土) 21:18:19
「朝か・・・」
梢の間から差し込む一条の淡い光を見受けて、私はぽつりと呟くように言った。
同時にあの時から今まで、まるで他人を見ているような感覚だった自我という物が久しく私の胸の中に戻ってきた。
そして、静謐な空気を宿す森が、朝を迎えて眠りから徐々に目覚めていくように私の頭もゆっくりと動き始めた。
木にもたれかかって、片膝を抱くようにしていた体勢を崩して、静かに足を伸ばす。
疲れはあまり取れていなかったが、それ以上に精神的な疲労が心身に祟っていた。
この島に来て、初めて過ごす一人の夜は言葉では言い表せないほど悲しく、寂しいものだった。
いっそ、このまま消え去りたいとも考えた。
しかし、一縷の希望と、私自身の生命としての本能が私を生き長らえさせたのだ。
「未練・・・だな・・・」
否定的な私が声にだして自嘲するのを聞きながら、私は木を掴んで、ゆっくりと立ち上がった。
ずっと同じ体勢でいた為おぼつかなくなっていた足でゆっくりと地を踏みしめ、木から手を離す。
体が安定した事を確かめると、先ほどまで木を掴んでいた手の平を体の前にもってきて、ゆっくりと胸に当て、そして徐々に下ろしていって、腹の傷口に触れたところで止める。
そうやって、残された体力を推し量って、ギリギリ体が人並みに動かせる程度のモノだと実感する。今誰かに襲われたらひとたまりもあるまい。
それというのも、昨日あいつが、私の体を抜ける時に大量の体力を奪っていった為だ。
もっとも、体力は回復しないものではない。しばらく戦闘など意識を集中する行為にハンデがあるだけで、あと一刻もすれば普通に活動できるだろう。
結論づけると、当てていた手で、まだ目覚めきっていない森の沈澱した空気を、ゆっくりと撫でた。
219東雲の歩み 2/9:2005/05/07(土) 21:19:12
自分の中の問題を片付けると、先ほど放送で流れた内容が気になった。
そんな事など、頭の片隅にもなかったが、晴信はその首に天皇から懸賞をかけられていたらしい。
元々、それを狙って殺したわけではないので、先の放送の事は瓢箪から駒が出たような話であった。
しかしその裏で、殺したのは私だと印象付ける事によって、高坂の同僚達の復讐心を煽らせるという魂胆があるという事は疑うまでも無い。
―獲物を狩った私を、今度は獲物にする・・・か・・・。
不思議とこんなにいやらしいことを考えてくる天皇への怒りはほとんどなく、むしろ、自分自身への憫笑が大きかった。
無謀な夢を見て、無理な事をやろうとして、無駄な足掻きをして。
それで結局、私は何を得たと言うのであろう。
悲愴、空虚感、喪失感・・・。

などとネガティブな事が頭を巡り巡っている中、不意に派手な銃声が立て続けに響く。
その銃声に静かに眠っていた鳥も、早く起きて餌をついばんでいた鳥も一斉に空へと飛び立った。
「・・・近い」
まだ、体力はそれほど回復していないが、これだけの音だ。放って置いても、人は寄ってくる。
なら、自分から情報を集めてその場に対応できるようにするべきだ。
そう考えて、私は音のした方向に静かに小走りで近付いた。
―硝煙の臭い・・・。
近付けば近付くほど濃くなる火薬が破裂した時に発せられる独特の臭い。相当量の火薬が使われたようだ。
いつしか、その火薬臭に混じって、錆びた鉄のような重い臭いが鼻を突く。
―恐らく、一気に弾丸を打ち込まれて死んだのだろう。
この異常な事態を感じさせる雰囲気を冷静に考えられる辺り、私も場に染まってきたのかもしれない。
しかし、少し開けた、音の源に辿り着いた時、それが他人事でないという事と、私もまだこのゲームの参加者になりきってなかった事を知った。
「ち、父上・・・。」
派手に血飛沫を撒き散らし、穴だらけになってはいたが、そこにあったのは紛れもなく、父・久政のなれの果てであった。
220東雲の歩み 3/9:2005/05/07(土) 21:20:47
―なんて事だ。
確かに、彼の存在はこの島に着てからの非日常の記憶に塗りつぶされていた。
それに、彼は私の事など気にしていない、むしろ嫌っていると思っていた。それは、ついこの前、ノドカに胸中を打ち明けた時に言った通りだ。
だが、死という物を目の当たりにして、私は今まで以上の、どうしようもない悲しみに捕えまえられた。
正直何度も、憎いと思ったり、忘れたいとも思った。
だから、父とはあまり話さなかったし、父のやり方と正反対にしてきた。
では、胸に空いた大穴から、父という存在が抜けていくこの痛さは何だろう?
あれきり声すら出ず、立ち尽くした状態で体は動かなかったが、頭は休む事無くその痛みを受信しつづけて、活動を続ける。
その間にも、吹く風は血の臭いを私の鼻元に運び、血の流れは私の目に焼きついた。
だが、胸がはちきれそうな痛み・・・喪失感はやがて、私に教えてくれた。
―私は上辺でいくら彼を憎んで、貶しても、心の奥では父上を慕い、護りたかったのだ。
―それはこの島でもそうだった。でも、その護りたい人はもういない。
―では、もう一人の護るべき人は?
私は気付いた。私はまだ全てを喪っているわけではない。
どんな状態であろうと、ノドカはまだ生きて、この島のどこかにいる。
それに、当初は気付かなかったが、私がコントロールしていた部分の鬼はまだ私の中に根付いている。
彼女はいずれ、この残滓を取り戻しに、必ずもう一度私の前に現れるだろう。
その時こそ私は・・・。
221東雲の歩み 4/9:2005/05/07(土) 21:22:23
その死を以って私に真実を教えてくれた父。
ネガティブな自分に決別すると、私は彼を葬るべく役立ちそうなものを探したが、そうそうそんなモノが転がっているはずも無く、今はとりあえず昌信の遺体が安置されているあの洞窟に運び込んだ。
虫こそちらほら見えるが、暗く冷たい空気が死体の腐敗を遅らせていたので、昌信の遺体は昨夜とほとんど変わっていない。
その昌信の遺体と並べるように父の遺体を静かに横たえた。
体中に空いた穴などはもはやどうにもならなかったが、血は水できれいに洗い流して、その身を清めてある。
―今はこのような事しかできません。ですが、私が成すべき事を成した後、必ず戻ってきます。
心の中でそう誓って、その場を後にする。
その際、心なしか、振り向きざまに見えた父がいつもの無邪気な笑顔を浮かべているように見えた。

洞窟から出ると眩しい陽光を受けて、洞窟の暗さになれた目が一瞬くらむ。
だが、いつもなら気持ちのいいそのくらみを享受する私は、そのときに限ってすぐさま立ち直って、刀の柄に手を添えた。
目がくらむその瞬間に人影を確認したからだ。
柄に添えた手を離さないまま、急いで目の焦点をあわせたが、その影は堂々として動く気配はない。
どうやら、洞窟から出てきたところを不意打ちにする気ではなかったらしい。
ようやく目の焦点が合って、少しほつれてはいるが立派であったろう服を着たその男の顔を私が確認すると、それを見計らったかのように男が名乗りをあげた。
「余は足利十三代将軍・義輝だ。名を。」
―なるほど、初日に天皇に食って掛かっていたあの御仁か・・・
「お初にお目にかかる。私は浅井備前守長政、将軍殿が何用か?」
距離にして三間(約5.5m)も離れていなかったが、怖じていると思われないために少し大きな声でこちらも名乗る。
「浅井・・・長政。先ほど天皇に名前を呼ばれていたのはそちか?」
いや、そちだな?と低い口調で付け加えて、義輝も腰に帯びている刀に手をかけた。
早速、天皇が望んでいたであろう空気が私達二人の間で渦巻き始める。
「確かに名前を呼ばれたのは私だ。だが、貴方に狙われる覚えなどないな」
無駄だと思いながら、それでも動じたそぶりを一切見せないように弁解をする。
222東雲の歩み 5/9:2005/05/07(土) 21:23:52
しかし、目にも留まらぬ速さで抜き放たれ、切っ先が私のほうに向いている刀が何よりも雄弁に、そして明白に彼の意向を示していた。
こちらも静かに鞘から刀を抜き放って、正眼に構える。

「いざ」
義輝の口から発せられた懐かしい響きを含む静かな決闘の合図に、デジャヴュを感じて反応が一瞬遅れる。
その瞬間を剣の達人と謳われる彼は見逃しはしない。刀を振りかぶる事無く、一気に走りよって、そのまま串刺しにしようとこちらの間合いに入る。
反応が遅れたといえど、負けるわけにはいかない。
まるで一陣の風が吹き荒ぶかのような義輝の第一撃を、大きく横っ飛びをしてかわし、横からがら空きの背中に刀を振り下ろす。
しかし、義輝は臆する事無く、さらにスピードをあげて一閃の軌道を駆け抜け、それを悠々とかわす。
直後、急旋回した義輝が、旋回の勢いを活かしつつ、片手で刀を握る事によってリーチを伸ばした右薙ぎを放つ。
間を置かない第二撃を辛うじて鍔元で受け止めると、お互いの距離はかなり縮まり、刺突が使えぬ間合いになった。
義輝は刀を握りなおし、続く第三撃の右薙ぎ、返す刀で第四撃の唐竹割りを続け様に繰り出す。
こちらはただただ、防御に廻る一方だ。しかし、苦しいというわけではない。
あちらの攻撃は三撃目から目に見えて、次の攻撃が読みやすくなっている。
―剣豪将軍らしくもない、まるで素人剣法だ。
何度も、演舞のような切り結びが続く。その間に義輝の剣にヒビが入っているのを見咎めたられたほどだ。
―剣豪と呼ばれるほどであれば、刀にヒビが入っているのに気付かないはずがない。
―だのに、何故無意味に切り結びを続けようとする?
ヒビが入っている刀で、切り結びを続ければ、その刀が折れやすくなる事なぞ、さほどその手の兵法に通じていない私でもわかる。
とすれば、相手は必殺の一撃に賭けるはずである。第一撃と続く第二撃は正にそれだっただろう。
―では、その後の無駄な切り結びはなんだ?何故、間合いをあけようとしない?この男は何を狙っているのだ?
簡単に剣閃を読める、しかし相手の反撃を許さない、剣術の師匠が弟子に稽古をつけるような切り結び。
それが、何時まで続くのだろうと思っていたその瞬間だった。
223東雲の歩み 6/9:2005/05/07(土) 21:24:58
不意に義輝が大きく振りかぶり、そこから繰り出される大上段を避けきったその直後に、その避けきったはずの義輝の刀が、私の股ぐらを跳ね上げるように構えられていたのである。
そしてその刀が時間が逆行しているかのように、今までの軌道を逆戻りして私の体を下から切り上げんとする。
・・・軽い切り結びで相手の隙を見つけ、最後のこの技で必殺を期す。これこそが、今回の彼の奥の手であったのだ。
一度回避行動を取って、止まっていた体を力任せにひねろうとするが、このままでは確実に避けきれない。
様々な思いが錯綜するその一瞬が終わった瞬間に、止まっていたような一瞬の世界も終わりを告げ、一気に刃が私に迫り来る。

が、その刃が私の肉を断つことはなかった。
その代わり、その刃は蹲踞のような姿勢で構えられた私の刀の柄尻に食い込んでいた。
剣豪将軍と謳われる義輝の必殺となれば、防御のために刀を横にしていたらへし折られてしまう。もちろん避ける事など無理。
それならばと左手で鍔を抑えて、私の刀の柄尻を義輝の刀の軌道上に垂直に当てたのである。
それは義輝の腕がまさにロボットのような精密さでブレなく、刀を切り上げていたので出来た芸当だった。
もし、少しでも義輝の刀がブレていたならば、私の手は切り落とされていたかもしれない。
ともあれ、義輝は必殺を逃し、私は防御した状態から次の行動を起せず、二人は硬直状態なった。
しかし、私も義輝も先ほどまでのしかめっ面はなく、お互い微妙に笑みを浮かべていた。
「良い腕をしておるわ」
その言葉と同時に、柄尻に食い込んでいた刀から力が抜かれる。
「将軍殿も・・・」
言って、私も刀を握る手を緩めた。
そして、二人同じ様なタイミングで、刀を納める。
224東雲の歩み 7/9:2005/05/07(土) 21:26:55
「いきなり切りかかったようで、すまぬな。」
最初に会ったときのような威厳のある、しかしどこか優しい声で義輝が謝罪する。
「いえ、それに応じたのは私です」
私の声からも強張りが抜け、少し自然体に近付いた口調でそれに受け答えた。
「そちが天皇に手を貸していたならばと思ったが、最後の時に間近でそちの目を見て即座にわかった」
言って、私の目を軽く指差す。
「闘っている時にやっと相手の本質が分かるという狭量、重ね重ね許されよ」
「誤解が解けて何よりです」
私も義輝も、徐々に肩の力を抜いて、相手に対する親近感を強めていた。

「しかし、かの武田晴信をそちが屠ったというのは本当か?」
あの時から少し間を置いて、義輝がそう尋ねてくる。
「はい、友の仇であったために」
言いつつ、昨夜のあの情景が目に浮かぶ。
あの時に私も、ノドカも、昌信もバラバラになってしまったのだ。
鮮烈に残っている昌信の死に顔と、ノドカのあの時の不敵な顔。
記憶から来る情動で、私はもう一度、息を吸って「近しい友の仇であったために」ともう一度言った。
すると、意外にあっさりと「そうか・・・」と口にして、義輝は頷いた。
「で、その褒美とやらも貰っていないと?」
「まだそれらしきものは。」
「しかし、いつかは現れるであろうな・・・」
「恐らく」
225東雲の歩み 8/9:2005/05/07(土) 21:27:39
またも、義輝は一人で深く頷く。何度か見る仕草なので癖なのかもしれない。
一通り頷き終わると、ふと真剣な眼差しで、義輝がこちらに向きなおった。
「長政殿、そちは天皇を敵とみなしておるか?」
天皇が敵かどうか・・・。あまり考えた事がなかった。
今思えば、私は止めようとは思いつつも、当たり前のようにこのゲームに参加していたのだ。
だが、ノドカを護る為と謳っていた私は、一体何からノドカを護ろうとしていたのだ?
この島に溢れる殺人鬼から?彼らの存在から生み出される恐怖から?放たれた狼達から?
それらはどれも二次的なことに過ぎない。突き詰めれば、事の元凶は天皇とその取り巻き。
彼らは何の目的か分からないがここで、このような狂った遊戯を開催している。
こんな事がなければ、昌信は死ぬ事はなかったし、ノドカがあのようになることもなかった。
さらに、父の死に目に遭えないこともなかった。
そう、私は彼らの目的すら分からずに、彼らの手の平で踊っていたのだ。ただ目先の正義のために。
ただ、その目先の正義は悪い事だとは思わないし、今からもそれを遂行しようという気は変わらない。
しかし、私は最も大事な何故、こんな事をしているのかという認識が足りなかったのだ。
私はこの島のシステムを改めて認識しなおし、そして言った。
「ミカドさえいなければ友も父も死ぬ事はなかった。この身に籠められていた不幸をまく事もなかった」
私はノドカを助けたい。そして、ミカドの狂った絶対の掟を定められたこの島から解放したい。
「ミカドは私の真なる仇だ。」
226東雲の歩み 9/9:2005/05/07(土) 21:29:45
「では、今私は天皇を討たんとしている仲間の所に戻る所だったのだ、一緒に来ぬか?そち程の腕を持つ者であれば歓迎するぞ」
そうやって、義輝は私に軽く、一度手招きをする。
だが、私の決心は変わらなかった。いや、すがすがしい気分だからこそ、心に残る憂いを全て片付けておきたいのだ。
「私には探す人がいるのです。」
言って、高く、限り無く広い蒼穹を見上げる。
「それは仇・・・ではなさそうだな。わかった、だがくれぐれも無理はするな。」
この時義輝の頭に、私と同じ様な台詞を言って、そして死んでいった男のことがあったことは知らなかったが、それでも彼の思いやりの言葉は心に染み入った。
「その人を探して、助けられたなら、私も将軍殿の所に。」
「わかった。その時は歓迎するぞ。」
言って義輝は、雄雄しく踵を返して、ゆっくりと歩を進め始める。
その背中を見送り、やがて私も東雲の刻にはあれほどあったもやが、嘘のように晴れきった明るい森の中を歩き始めた。



【06番 浅井長政 『FN 5-7(残弾17発+mag1)』『天国・小烏丸』】4-D森
【11番 足利義輝 『九字の破邪刀(ヒビ)』『梓弓(4隻)』『グロック17C(残弾16発)』】4-D森 目的:昌景に『エペ』を返す
227希望と絶望の狭間で:2005/05/10(火) 23:59:05
「弟達を大切にしてやれよ」
それは鬼として生きることを選ばされた元親が、最初に手にかけた武田信繁の最後の言葉であった。
(私は・・もう迷ってはいられぬ・・早く弟達を探さねば・・しかし、ただ探しているだけでは奴らも納得はすまい・・血の雨を降らせと言われたのだ・・遭った者には悪いが死んでもらわねばならん
・・それが私に科せられた使命・・やるべきことなのだ)
元親は自分のすることを少しでも軽くしたかったからか殺戮を「使命」だと言い聞かせた。正義に生きたかった自分をまだ心のどこかで求めていたのかもしれない。
血に塗られた鎌と自分の手を信繁の服のきれいな部分で拭いながら元親は二人の弟のことを考えていた。
「放送の中にまだ名前はない・・未だ生きて居るのだろう・・?すぐにこの兄が助けてやる・・待っていろ・・」
元親は2−Hを後にした。目的地は3−E、食糧配布場所である。そこに行けば多くの敵、そして弟達が来るはずだ。
まさか弟達が他の人間を残酷に殺しているとは思いもせず、元親は期待と絶望を抱きつつその足を速めた。
 
【65番 長曽我部元親『鎌』『ウィンチェスターM1897(残弾4発)』】
2−Hより3−E目指しているためまず3−Hへ進行中

228火遁の術:2005/05/13(金) 23:59:28
早朝に、小鳥のさえずりが、軽快なリズムを奏でて響き渡っている。
その小さな合唱団の唄う舞台の下を、惟政は一目散に駆けていた。
樹の間を縫うように走り、ときには大きく跳躍して足元の障害物を避けて行く。
右に左に飛び跳ねる様は、さながらカモシカの様にしなやかなものがある。
やがて森は途切れ、平坦な野に出る。遠くに、僅かに白い砂浜が見え、その先に青い海が、青い空と綺麗に溶け合ってどこまでも広がっていた。
惟政は切れる息を整えつつ、しばらくその景色に魅入った。
そのうち思い出したように、袖で額や鼻の頭に浮き出た汗を拭った。拭うと緊張が解けたのか、ほんの少し前に起きた出来事を思い返し、背筋がスッと寒くなった。

つい義輝を守る一心で寝ている老人から得物を拝借しようとしたばっかりに、危うく殺されるところだった。
幸いにして現れた氏照(氏照にしてみれば不幸に違いないのだが)が、老人の同行者とおぼしき男と争っている隙に難を逃れることが出来たが、氏照が現れなければ死んでいたかもしれない。
そう考えると、
(やはり安易に動くべきではない。極力人前には出ず、忍びに忍んだ隠密行動に徹するべきだ)
己の軽率な行動を反省し、今後は自粛していこうと決めた。
(ところで氏照殿は無事なのだろうか・・・。老人の同行者には有無を言わさぬ迫力があった。あるいは氏照殿は無事では済まなかったのかもしれぬな)
とも思う。
逃げるのに夢中になっていた惟政は、帝の放送を聞き逃していた。
229火遁の術:2005/05/14(土) 00:00:16
氏照には気の毒な事をした、などと考え込んでいるうちに、
ヒュンヒュンヒュン
と、小鳥のさえずりとは別の、不気味な風切音がした。
したかと思った時には、惟政のすぐ目の前に強烈な勢いで何かが迫っていた。惟政は、身体を捻ることで辛うじてかわした。
次いでゴツンと、後ろから鈍い音がする。振り返ると、黒光りするクナイが、惟政の後ろに立つ樹に深々と突き刺さっていた。
おかげで小鳥の合唱団は慌しく解散し、あとには静寂と惟政の息づかいだけが残った。
しかし惟政にそんなことを気にしている余裕は無く、突き刺さるクナイを確認するや否や真横に転がり飛んだ。
と同時に、またも風を切り裂いて二本のクナイが回転しながら飛んで来たのを、視界の端に捉えた。
クナイの一本は今まで惟政が立っていた場所を通り抜け、最初に樹に刺さったクナイの隣に突き刺さる。
もう一本は刺さることはなかったが、激しく樹にぶつかって落ちた。当たった部分は無残に抉り取られ、中から生木が肌を現していた。
重く頑丈な作りのクナイは、刺さらず当たっただけでも十分な破壊力を持つことを、甲賀の出である惟政は良く知っている。また、良く知っているからこそ戦慄もした。
投げ手が素人ならさほど脅威とは感じないが、このクナイの投げ手は間違いなく経験を積んだ者だった。それも相当な修練を積んだ使い手である。
惟政はそれを瞬時に悟ると、素早く手近の樹の裏に身を隠した。息を殺し、己の気配を完全に消し去る。
230火遁の術:2005/05/14(土) 00:00:51
樹の陰から顔を出してクナイの飛来してきた方を覗いてみる。
それは先ほど景色に魅入っていた海辺の方向であり、今はいくらも離れていない場所に、何者かがのっそりと立っているのが見て取れた。背負ったデイパックを降ろしているようだ。
いつの間に現れたのだろうか、景色を見ていた時には気付かなかった。それとも、景色に気を取られて見落としてでもいたのだろうか。しかし、こうなった今では、それはどちらでもいい事だった。
大事なのは如何にしてこの場を切り抜けるかであり、最悪の場合は相手を殺すつもりでいなければならない。まだ今大会で誰も殺していない惟政には、少々心苦しかった。

海辺の方向に佇む何者かとは、結果として惟政を救う事となった氏照の兄・氏政なのだが、それは惟政に知る由はない。
氏政のクナイ投げの術は、風魔小太郎より直々に手解きを受けたものであった。近い将来、関八州を束ねる氏政に、何がしかの自信になればと綱成が提案したものだった。
もっとも、氏政の習ったのはクナイ投げだけではない。一から忍のイロハを叩き込まれもした。だが残念なことに、そちらの方は非常に不向きだったようで、一向に上達することは無かった。
しかし、ことクナイ投げに関しては別で、小太郎の教えが上手かったのか、はたまた氏政に才能があったのかは判らないが、氏政の腕はメキメキと上達した。
10本投げたうち、8本までは容易に的に当てられる。動くものにも対応でき、低く飛ぶ燕をも刺し殺した事があった。これには師である小太郎も舌を巻いた。
弟の氏照も兄同様に、箱根の山中で小太郎からみっちりと忍の術を仕込まれた。此方の方は兄とは違い、小太郎の与える課題を器用にこなし、優秀な教え子に育っていった。
だが元々忍になるための修行ではなく、心身を鍛えるのを目的としていた為、修行自体は本格的なものではなかった。とはいえ、その修行は過酷を極めた。ときには綱成が来て、体術の手解きをすることもしばしば見られた。
結果、氏照は頑強な肉体を手に入れ、氏政は稀に見るクナイ投げの名手になった。
当初に綱成が目論んでいた氏政に自信をつけさせるという目的こそ果たせなかったが、それなりの成果は上げられたという事だ。
皮肉にも、氏政はその成果をこんな形で発揮せねばならなかったのが、残念なことと言えなくも無い。
231火遁の術:2005/05/14(土) 00:01:54
一方惟政は、M36チーフススペシャルを抜くと、慣れない手つきで胸元に銃を構えていた。シリンダーには手付かずの5発の弾が残されており、万一の場合にはこれに頼る他ない。
もう一度、樹の陰から眼だけを覗かせ氏政の様子を見やる。氏政との距離はだいぶ縮まっていた。ほんの数間先に氏政がいるこの状況では、迂闊に逃げ出すこともままならなかった。背後から串刺しにされる恐れがあるからだ。
「ま、待て!そこもとは何か料簡違いをなされてはおる!手前の名は和田惟政、そこもとに、いきなりクナイを投げつけられる覚えは一切ござらんぞ!」
潜んでる位置がバレないように、忍が使う独特の声音で氏政に叫んだ。惟政の声は、聞く者にとっては様々な角度から聞こえ、位置が特定できないはずだ。
案の定、氏政は惟政の術に嵌まり、辺りをキョロキョロと見回し始めた。その隙に、惟政は別の樹に移動する。
「・・・貴方が誰であろうが関係無い。私は、私を殺してくれる人を捜している。貴方には私と戦ってもらう。嫌と言うなら殺すまでだ」
「何とッ!?――・・・どういった事情があるかは解らぬが、手前が関わり合う事ではない。申し訳ないが他を当たってくれ」
先ほど同様、独特の声音を使い、氏政に語りかける。そして氏政が気を取られているうちに移動をする。
「悪いが出来ないよ。本当は誰でもいいのだけれど、弟も・・・氏照まで死んだ今となっては、相手が誰だとかは関係ない」
「氏照だって!?」
つい、大声を上げてしまう。
氏政がめざとく感付き、此方にクナイを投げてきた。それも立て続けに三本。
「くっ!」
クナイの行方を見届ける間も無く、地を這って場所を変える。
「待たれよ、そこもとの弟御は北条氏照殿か!?氏照殿は亡くなられたのか!?」
弱冠、惟政の声がうわずっている。氏照があの後、自分の代わりに殺されたと思うと、二度しか面識が無いとはいえ良い気分はしない。
232火遁の術:2005/05/14(土) 00:02:34
「弟を知っているのですか!?」
氏政の動きが止まる。
「知っているもなにも、弟御は、手前の身代わりになったようなものだ。そうか、やはり氏照殿は死んだか・・・」
樹の裏に隠れたままで、惟政は感慨深げに呟いた。
「弟は、弟はどんな様子で――。・・・いや、今更訊いたところで詮無きことだ。無駄話は止めにしましょう。貴方は私と戦う、それだけでいい」
「しかし我々には争う理由は無いぞ!くだらぬ事は止めて、氏照殿を弔ってやろう。手前が氏照殿の居る所へ案内仕ろう」
「残念だがそれは出来ません。それに、ここまできて争うのに理由が要りますか?私の父も叔父も、理由も無く殺された。この島で、常識を持とうと思うのが間違いなんだ。そう、私のように・・・」
氏政はそこで言葉を切り、一呼吸置いて続けた。
「それに理由なら相応のものがあるじゃないですか。弟は貴方の代わりに殺されたのでしょう?ならば、貴方は私にとって弟の仇だ。命を賭して戦うには、十分すぎる理由でしょう」
そう言われては惟政には引け目がある為に、無下に断るわけにもいかなかった。
「――致し方無いか・・・。デウス様、惟政はこの者の申し出を受けねばなりません。罪深き惟政をお許しください」
胸前で十字を切り、片手にS&W M36チーフススペシャルを握ったまま手と手を握り合う仕草をし、目を瞑って天を仰いだ。
祈りを終えると、惟政は覚悟を決めた。
233火遁の術:2005/05/14(土) 00:03:27
惟政は一か八かうって出ることにした。このまま隠れていてもいずれ見つけられることは必定だし、何より座して死を待つほど酔狂でもなかったからだ。
惟政は隠れている樹を背にしたまま静かに立ち上がり、全身の神経を総動員して背後に迫り来る氏政の動きを読み取ろうと努めた。
近い。氏政がすぐ側まで来ていることが、ひしひしと伝わって来る。
氏政の呼吸に自分の呼吸を合わせ、飛び出すタイミングを計る。
(――・・・三、二、一、今だ!)
惟政は勢い良く飛び出し、威嚇の為、M36チーフススペシャルを二発撃った。
ダブルアクションのこの銃は、今だ嘗てこんな形の銃を撃ったことの無い惟政にも、造作も無く扱うことが出来た。
弾は外れたが、十分に氏政の意表を突いた。だが惟政の動きに反応して、氏政の方もクナイを投げつける。
クナイが頬を掠めていく。が、惟政はそのまま脇目も振らず氏政に突進すると、腰に飛びついて押し倒した。
片手で銃を手にし、空いた手で氏政の首を絞める。そして銃を氏政に向けようとする。
だが氏政の方も必死で抵抗し、簡単には惟政の思う通りにはさせてくれない。
両手はそれぞれ惟政の手の動きを遮り、あまつさえ首を伸ばして銃を持つ惟政の腕に噛み付くという反撃をしてみせた。
「ギャッ!」
あまりの痛さに惟政が跳ね退く。
噛まれた腕は肉を食いちぎられ、みるみるうちに血が溢れ出した。痛みも酷く、痺れて思うように動かない。
234火遁の術:2005/05/14(土) 00:04:26
口中を血塗れにした氏政が、腰のシースからコブラナイフを抜き、殺気の篭った眼で睨みつけてくる。
その殺気を受け流し、惟政はもう一つの得物『カッターナイフ』を、怪我のしていない手に持つ。M36チーフススペシャルは噛まれた拍子に落としてしまっていたからだ。
惟政はそのカッターナイフを前に突き出すように構え、氏政の次の攻撃に備える。
お互いに睨みあう。不用意に動くことは出来ない。じりじりとしながらも、時間だけが過ぎてゆく。
先にシビレを切らせたのは氏政の方だった。氏政はコブラナイフを腹の位置で半身に構え、惟政に向け突進した。
その突進をかわした惟政は、擦れ違い様にカッターナイフで横薙ぎに払った。が、僅かに数センチ届かない。利き腕ではないのと、食い千切られた腕の痛みで、満足な働きが出来ないでいる。
氏政が反転し、遠心力を利用してコブラナイフを振るう。その腕を掻い潜り、懐に飛び込んだ惟政は、右逆袈裟に氏政を斬り払った。今度こそカッターナイフの鋭利な刃が氏政の身体に食い込み、鮮血が迸る。
「くっ!」
とっさに傷口を押さえるが、氏政の衣服を血が黒く染めていく。
それを見て、すかさず惟政が攻撃に出る。氏政に反撃のチャンスは与えないつもりだ。
氏政はなんとか凌いではいるが、次第に切り傷が増えていく。
だんだんと動きが鈍り、呼吸が荒くなっていく。
しかし薄いカッターナイフの刃ではそこまでが限界だったようで、パキッという小さな音を残して折れ飛んでしまった。
刃の無くなったカッターナイフを氏政の顔に投げる。カッターナイフを避けようとして、一瞬氏政が隙を見せる。
235火遁の術:2005/05/14(土) 00:05:34
惟政はその氏政の手を無理やり取ると、思い切り捻り上げた。手からコブラナイフがこぼれ落ちる。それを拾い上げると、遠くに放り投げた。
腹に一撃当身を打ち、以後の氏政の動きを封じる。それで抵抗する気をなくしたのか、ガックリと肩を落としてしまった。だが眼だけは死んでおらず、まだ十分な闘争心を残しているのを感じ取れた。
「さあ、これで決着はついたであろう。つまらぬ考えは捨て、共に生き延びる道を探そうではないか」
惟政が優しく諭す。
「何を馬鹿なことを。この島から生きて出られるはずが無い。それに、例え逃げ道があったとして、私は逃げるわけにはいかない。父や弟や叔父が眠るこの島で、私も一生を終えると決めたんだ」
「馬鹿はどっちだ、良く考えろ!ここで一生を終えるだと?甘ったれるな!貴様それでも武士か!武士ならばどんな事があろうと最後まで諦めるな!」
いきなりの大声に驚いたのか、氏政が惟政の顔をまじまじと見つめる。
「・・・いや、大きな声を出して申し訳ない。だが命を粗末にする事はならんぞ。それだけは絶対にしてはならん。・・・この先どうなるかは解らぬが、やるだけやってみようではないか」
そっと手を差し出す。
「・・・確かに、確かに貴方の言う通りだ。最後まで諦めてはいけない」
「そうだ、その通りだ」
氏政は、惟政の差し出した手に伸ばしかけ、途中で止めた。
「ふふ、優しいんですね。でも――――」
言い終わらぬうちに、惟政に伸ばしていた手が最後まで隠し持っていたクナイを抜いた。
236火遁の術:2005/05/14(土) 00:06:10
「しまっ――!?」
咄嗟に後ろに跳ね飛ぶが、一瞬氏政のほうが速い。
腹部に衝撃を感じた直後、全身を激痛が走った。惟政は立っている事が出来ず、二、三歩よろめいて崩れ落ちる。
「でも、それじゃあ甘すぎますよ。この島では甘さを持つのも厳禁。甘さを捨て、非情にならなければいけない。それがこの島で身内を亡くして得た私の教訓です」
惟政は深く息を吐き、恐る恐る傷口に手を伸ばしてみる。手に硬いものが触れた。途端にまた激痛が襲ってくる。
意識が飛びそうになるのを、思い切り頭を振ることで何とか耐える。
だが強い吐き気が込み上げて来て、たまらず吐き出してしまう。ドス黒い血が、惟政の口から吐瀉される。吐くといくらか落ち着いた。
大量に脳内麻薬が分泌されたことで、痛みの方も和らいだ気がする。
(肝臓をやられたか・・・。・・・動けるか?・・・大丈夫だ、まだ少しくらい動けるはずだ。それほどヤワな鍛え方はしていない)
忍の悲しい特性ゆえか、己の身体を客観的に分析してしまう。だが簡単に動ける傷ではないのは、流れ出た血の量が物語っていた。
「どうやら貴方では私の望みをかなえることは出来ないようだ」
氏政が惟政に背を向けて離れて行く。何処に行くのかと見ていると、しゃがんで何かを拾った。その手にM36チーフススペシャルが握られていた。
これは不味いと惟政は感じた。お互いに身を守るべき得物を失っていたからこそ、何処かに好機を見出せるかと思っていたのに、銃を取られては話にならない。
まして自分は辛うじて体を動かせるかどうかといった瀕死の状態である。これでは万に一つの勝ち目もなかった。
(いや、諦めるな!最後まで無駄な足掻きをしてやろう。覚悟を決めるのはそれからでも遅くは無い)
萎えそうになる気持ちを自ら激励する。氏政に語ったことを、体現するつもりでいた。
惟政は立ち上がろうと努力した。だが腰から下に力が全く入らない。仕方なく上半身だけを起こして、腕の力だけで後ろに下がっていく。
237火遁の術:2005/05/14(土) 00:06:51
(どうする、どうすれば・・・)
頭がフル回転で動いていく。どうしたら生き残れるのか、どうしたら死なずに済むのか、それだかを考えて。
目が状況を探る。耳が周囲の音を聴く。鼻が周りの臭いを嗅ぐ。肌が風を触る。
使える五感を全て使って、残された生きる術を探す。
(諦めの悪い奴だと言われるかもしれない。生に執着した見苦しい奴だと罵られるかもしれない。
だが言いたい奴には言わせておけばいいと思った。
諦めの悪いのは武士の本来の姿だ。何事もすんなり諦めてしまう奴が戦乱の世に生き残れるか。生に執着するのは人間の本来の姿だ。それの何が悪い。
早く死にたい?きれい事を言うな!
冗談じゃない。絶対に死にたくない。死んでたまるか)
頭の中で、様々な思いが交錯する。
目が何かを捕らえた。氏政が降ろして置いていたデイパックだ。口から何かが出ている。よく見えない。腕に渾身の力を籠めて近づいて行く。
見えた。瓶だ。液体を入れた瓶が入っている。異臭が鼻を突く。何かの油の類だろうか。
「さぁ、これで終わりにしましょう」
氏政が銃口を向ける。考えている暇は無い。これに賭けるしか道は無い。
惟政は瓶を取り上げると、氏政に投げた。瓶が弧を描いて氏政に飛んで行く。
同時に、氏政が撃った。
238火遁の術:2005/05/14(土) 00:07:45
ボンッ
弾丸によって打ち砕かれた瓶が、中の液体を撒き散らす。その液体にM36チーフススペシャルから出た火花が引火した。
一瞬、氏政を炎が包み隠す。
「ギャア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!!!!!!」
火達磨になった氏政が炎を消そうと転げまわる。だが炎が消える気配は無く、轟然と燃え続けた。
次第に氏政の悲鳴が小さくなり、やがて消えた。
だが惟政の表情に生気は無い。
光の無くなりつつある両目だけが、炎を反射して輝いているだけだった。
胸に新しい穴が開いている。クナイによるものではない。瓶を貫通した弾丸によるものだった。
蝋の様に白くなった顔には、既に死期が迫っていた。
惟政は炎をぼんやりと眺めている。
薄れゆく意識の下で、惟政は詫びた。
(主よ、お許しくだされ)
惟政の指した主が、尊敬してやまない義輝なのか、信仰する神なのか、それは判らない。
炎が、なおも消えることなく、氏政の身体を燃やし続けていた。
239火遁の術:2005/05/14(土) 00:08:27
【80番 北条氏政 死亡】『クナイ(9本)』は辺り一帯に飛散。『コブラナイフ』は不明。『火炎瓶(2本)』はその場に放置
【100番 和田惟政 死亡】『カッターナイフ』は破損してしてその場に放置。『S&W M36チーフススペシャル(残弾2発)』は氏政と共に焼失
240天皇の狗1:2005/05/14(土) 16:21:39
義元様・・氏真殿・・」
今では残虐とも言える余興に巻き込まれ死亡した主君のことを思い心を痛めるのは
4−Eに居る朝比奈泰朝である。辺りでは小鳥の囀り。
本来なら爽やかな朝と言いたいところだが泰朝にはそうは思えなかった。
「4日目の朝・・それを告げるのが忌々しい帝・・真に忌々しいことよ・・!」
青龍偃月刀をギュッと持ち眼を地へ向ける。そこには自分が突き殺した北条氏照の遺体があった。(天皇の狗)を泰朝は許せなかった。
『不意打ち上等、兄者を助けてこの島から生き延びるためなら、天皇とでも手を組むわ』
その言葉は泰朝を逆上させた氏照の言葉であったが、ふと泰朝は考えた。
(もし主君のためなら天皇の狗になってでも・・)
一瞬、泰朝の表情が曇った。が、すぐにそんな迷いは消えた。
「主君を守るにしても他の方法を探す・・天皇の狗になんぞ成り下がれるものか!!」
忠義の心を持ち・正義感ある泰朝は卑怯な手を使う奴が許せなかった。
「殺した今でも思い出すだけで反吐が出そうだ・・」
何度切り刻んでも飽き足らぬ気がしたが、もちろんそんな非道なことはしない。
「死してしまえばどんな下衆でも仏よ・・成仏いたせ」
氏照に一瞥してから泰朝はその場を後にした。
241天皇の狗2:2005/05/14(土) 16:22:31
「先刻の放送によれば3−Eが食糧配給場であるとか・・某は4−Eにいるはずであるから
・・距離的には近いな」
地図を片手に歩きながら一人呟く。
「そういえば・・逃がしてしまったあの忍び・・いずこへ去ったのか・・」
すでに絶命していることを知らない泰朝は、逃がしてしまったことに対し舌打ちした。
「一人でも多く天皇に味方するような輩は、この手で殺しておきたかったのだがな」
殺し合いに巻き込まれてようやく4日目の朝。初めは100人いたはずの武将達も今では残り少ない。自分が生き残っていることに奇跡のような思いを感じた。
「死した者の中には某も認めれるほどの実直な戦士もいたが・・今生き残っている者の中にそんな者達がいようか?」
もしかしたら・・自分以外は天皇の味方をするような外道達ばかりかもしれない。そう思うと恐ろしくもなる。
(そんな奴らが優勝したらどうなる?間違いを犯している者どもを正すものがいないではないか!・・いや・・下衆が生き残ること自体が間違っているのだ!!)
「・・・?」
ふと、泰朝の足が止まる。先ほどまで聞こえていたはずの小鳥の鳴き声が聞こえない。
泰朝は背後の嫌な気配に振り返る。少しはなれた氏照の遺体のところに、前に見た狼が立っている。
「どうせ逃げても追ってくるのだろ「どうやらその死体の血の臭いに誘われたらしいな。・・化け物が・・再び某の目の前に現れるとは・・」
前に直経・員昌達といたときに襲われかけたときは皆バラバラになり逃げた。だが、今回泰朝は逃げようとは思っていない。
う?考えればこの狼こそ本当の天皇の狗だ。幸い一匹らしい・・ここで討ち取ってやるわ!」
242天皇の狗3:2005/05/14(土) 16:23:21
青龍偃月刀を持ち直し狼目掛けて突撃する。俊敏な狼は泰朝が青龍偃月刀を振り下ろそうとする前に鋭い牙でその腕に噛み付く。
が、寸前のところで泰朝は腕を後ろへ引いた。
ガチンッと狼の牙が噛みそこなった音。一瞬の判断で泰朝は避けはしたものの少しかすったらしく血が流れる。
「本能で解かってるのか・・致命的な場所を狙ってきやがる・・」
手首から流れる血を舐め泰朝は呟いた。狼は泰朝の喉元を狙って襲い掛かってきた。
ザシュッ
泰朝は咄嗟に小さく身をかがめ、喉元に飛び掛ろうと空中を舞った狼を青龍偃月刀で斬りつけた。狼の悲鳴があがり、地でもがいている。傷は結構深手である。
「駿河には狼くらいいるからな・・慣れてないわけじゃない。一瞬の遅れが命取りなのは獣でも人間が相手でも同じではあるがな。まあ、相手の動きが見えんと戦場では生き残れまい」
自分の得物で苦しみもがく狼の首をはね、泰朝はその場を去った。
「さて・・敵も大勢来るであろう場所にすぐさま顔を出すのはいかなるものかな」
手首の傷を止血しつつ泰朝は呟いた

【09番 朝比奈泰朝 『青龍偃月刀』】4-E森から3−Eの近くまで移動し様子を伺う予定
243鬼小島 1/10:2005/05/14(土) 18:23:43
3-Eの食糧配布地点に辿り着いた上条は、まだいくつかそこに残っている食糧を見て、嬉しそうに呟いた。
上条「へへへ、まだ残ってるな・・・。
   ・・・まあオレは優しくねーし、ちょいと多めに持って行かせてもらうぜ。腹も減ってるんだ。
   余分に三人・・・いやっ、二人分ぐらいなら毘沙門天も許してくれるだろ」
とは言うものの、『もっと持って行きたい』という感は、彼自身にも否めない。
この先何があるのかわからないのだ。ひょっとしたら食糧配布ごとストップするかも・・・?
そう考えると三人分どころか全部持って行きたくなる。
・・・とは言えど、現在利家と別行動している上条一人では、多くても5人分が限度なのだが・・・。
上条(・・・こんな事ならアホな事やらず二人で来ればよかったかもしれねーなぁ・・・)
と、彼は心の中で先ほどの己の行動に毒づいた。
数分前・・・ほとんど一、二分前に起きた事の顛末は以下の通りである。

利家『・・・浅井長政が武田晴信を、か・・・ふーん・・・さっきは合流しなくて良かったよな』
朝を告げる帝の放送、その内容を一通り聞いた後、利家がそう呟いた。
上条『オレに感謝しろよお前。ていうかその浅井っつーのは何で殺したんだ?』
利家『最初から殺す気で近づいたか・・・うーん、しかしそれが気づかない武田晴信とは思えないしなぁ』
上条『だから感謝しろよ。ていうか、愛憎入り混じる悲劇の結末とか?女一人いたしな』
利家『お前のくせに難しい言葉知ってるな、お前。まあそれはないとして。
   考えてもわかるワケないし、興味はあるけど会うことも無いだろうし、この話は打ち切りだ』
そう言いながら、利家はバッグの中から地図を取り出し広げ、一点を指差した。
利家『それより食糧配布地点、ここからかなり近いな。少し歩くだけで着けるぞ。以前もそうだったし、やっぱりツイてるな、俺』
上条『だから感謝しろって。んじゃあ行くしかねーな』
利家『わかったわかった、感謝してやる。じゃあ礼と言ってはなんだが、今回は俺が食糧を取りに行ってやる』
244鬼小島 2/10:2005/05/14(土) 18:25:32
ため息をつきながらそう言うと、利家は鉄槍を持ち、食糧配布地点と思われる場所へ歩き出そうとした。
それを見て一番あわてたのは上条である。
上条『待て待て、時に落ち着け。お前が行くと余計な騒ぎを起こしそうでたまらねー』
と、理由はそれだけではないのだが、とりあえず上条は利家を引き止める。
その引き止めを聞いた利家は足を止めたが、代わりにある事を喋りだした。
利家『人も少なくなった。いくら一ヶ所と言えど、そうそう鉢合わせはしないだろう。
   それに、さっきお前も見た俺の仲間・・・あれは一人で食糧配布地点に行って死んだんだ。
   別にお前は仲間と言うより腐れ縁って感じだが、それでも死なれちゃ夢見が悪いからな』
その言葉を聞いた途端、なぜか上条の嫌な予感はまた膨れ上がる。
上条『いや待て、オレが死ぬと決め付けるんじゃあねーぜこの田ゴ作が。
   それにそんな気分で行ったらお前ますますいらん騒ぎ起こしそうじゃあねーか。
   ここは誰が相手でも余裕で逃げ切る自信のあるオレに任せとけ。いざとなりゃあ銃もある』
利家『そういうわけにはいかないな。俺だって逃げる事は出来るし、一発だけだが銃もある。ほとんど当たらないけどな』
上条『いや、だから・・・』
そうやって何度も上条は諭すが、利家も引かない。
二、三回言い争いが続いた後、もう諭しても聞かないと思ったのか、上条は諦めたように言った。
上条『しょーがねぇーなぁ・・・じゃあここは一発ジャンケンで決めようじゃあねーかよ』
利家『邪拳・・・聞いたことないがなんだそれは?』
上条『ほらここ見ろ。この書物には、やり方描いてあるぜ』
利家『なるほどな。じゃあそれで決めるか』
思ったよりあっさり利家も頷く。どの道言い争うよりは早めに行って早めに帰ってくるほうがいい、と判断したのだろう。
上条『おっしゃあ!行くぜジャーンケーンポンッ!!』
245鬼小島 3/10:2005/05/14(土) 18:27:38
そして上条は負けた。パーにグーで負けた。だが、彼は今この食糧配布場所にいる。
手っ取り早く言えば、彼は利家を騙したのである。ジャンケンのルールもあやふやな利家を騙す事など造作もない。
彼はこれまでも幾度か利家に助けられた。共に行動している限りこれからも助けられるだろう。
上条もそれなりの武士だが、利家ほどの膂力も技もセンスもない。彼が戦闘の面で利家を助ける事は恐らくないだろう。
『だったらこのぐらいは役になっておかなきゃあな』その考え、言うなれば養子とはいえ長尾一門衆である、との気負いとプライドがが己を食糧配布地点へ向かわせた最たるものであった。
『二人で向かうか』という考えが、その時の彼に浮かばなかったのはそのためかもしれない。
上条(まあ、いまさら二人で来なかった事を嘆いてもしかたがねーな。とりあえずオレに出来る事は食糧持てるだけ持って行くってことか)
上条はそう考え、食糧の方へ向かう。そして彼が全力で食糧を己のデイバッグに入れようとした時・・・。
?「あっ、全部持っていくのは困るよ?ボクにはもう一人お腹を空かせている仲間がいるんだから」
と声が聞こえた。
上条(ヤッベ!敵か!?)
とっさにそう考えた上条は、それなりに素早い動きで距離をとり、すぐさま木の陰に隠れた。
が、声の主はノンキなアクセントでまた何度も話しかけてくる。
?「ボクは敵じゃないよ?隠れなくていいのに」
上条(誰だッ!?何が起こっているッ!?)
?「食糧、いらないの?」
上条(あっ、そーいや食糧とってねえ・・・が、どうする!?放って逃げるべきじゃねーか今のこの状況!?)
?「ねえ」
上条「うるせーなボケッ!!人が考えてる時ぐらい黙ってられねーのかこのスッタコッ!!」
とりあえず、見えないところで上条は声の主に毒づくが、当然黙るとは上条も考えていない。
が、そんな考えとは裏腹に、なぜか声の主は急に黙りだした。
246鬼小島 4/10:2005/05/14(土) 18:29:08
しばらくして、上条はまた考え出す。
上条(・・・いなくなったか?)
声は聞こえない。
上条(ちょいと覗いてみるか・・・?いや、そのちょっとしたスキに撃とうとしてるんじゃねーか?)
まだ声は聞こえない。
上条(弥太郎兄貴の団子を盗み食いしたあの時のような緊張感だぜ・・・いや、やったことねーけど)
・・・もう声は聞こえない。ひょっとしたらいなくなったのかもしれない。
上条(そういやあ、いつだったか帝が『食糧配布地点に四半時留まったら爆破』とか言ってたな・・・。
   となるとたぶん先にいるオレの方がヤバイ・・・仕方ねえ・・・)
意を決した上条は、そろりそろりと食糧配布地点を覗き見る。
上条(・・・いない・・・か?)
覗き見のためそれほどの視界ではないが、とりあえずいないと言う事は確認できた。食糧を取りに行くチャンスかもしれない。
上条(一応念のためにこいつらを持っていくか・・・)
そう考えると、上条は右手に『バゼラード』左手に『H&K MP3』を装備し、少しずつ音を立てずに食糧へ向かう。
木陰から出た時も確認したが、とりあえず視界の中にノンキなアクセントの男はいない。
わずかに安堵の気持ちが乗除に訪れるが、やはり油断はせずに食糧へ近づく。
そして食糧をありったけバッグの中に詰め込もうとした時、またノンキなアクセントを持った声がした。
?「だから全部持っていかないでってば」
上条「出やがったなタコッ!!」
さほど驚きの気持ちがなかったのは、まだその場所にその声の主が留まっている事を覚悟していたからだろう。
とっさに上条は声のした方向に『H&K MP3』を向けるが・・・。
上条「!?・・・いな・・・」
いるべきはずの声の主がいない事に、一瞬上条は戸惑う。
直後、近くの木の上から飛び降りた影から繰り出された手刀が、上条の左手にある『H&K MP3』を叩き落とした。
上条「イッ!?どわっ!!」
影はそのまま痛みに気を取られた上条の左手を見事な脇固めに持っていく。
これでは右手に持っていた『バゼラード』も影には届かない。
247鬼小島 5/10:2005/05/14(土) 18:31:18
?「ごめんね。こうでもしてくれないと君、話すら聞いてくれないと思ったから」
上条「イデデデうるせーボケッ!!てめーなんでオレが食糧全部持っていこうとするのがわかったッ!?イでッ!!」
上条(いや違うだろ・・・本当は違うことが聞きたかったはずだがそれはオレがこいつにビビッちまってるみたいで気にいらねー・・・)
言葉と思考が上条の中で別々に紡がれる。その直後、彼は『離せ』といった類の事を声の主に言おうとしたが・・・。
上条「イデデデ離せボケッ!!・・・・って・・・?異人かお前?イッ!」
上条には全身は見えなかったが、わずかに見えた部分でも明らかに日本人とは違う事から、彼は率直な考えをそのまま言葉にした。
フロイス「そう、ボクは異人。君の事も知っているよ、57番、上条政繁」

上条「・・・なるほど。ってーことは、要するにお前は裏切り者ってワケだな」
フロイスの話が終わり、やっと脇固めから解放された上条が左腕を振り回しながら呟く。
さすがにあっさり力の差を見せ付けられては、上条も大人しく話を聞かざるをえない。殺されないだけマシだ。
フロイス「まあ、そうだね」
フロイスが言うには、彼も一応『反天皇派』と呼べる人物、その仲間は名前も顔も知っているらしい。
もっとも知識は昨夜に入るかそのあたりで途切れているらしく、今だ藤孝と共にいると考えていたようだが。
上条「・・・で?真意を知る者は少ないほうがいいんだろ?なんだってオレに言った?」
フロイス「言わなきゃ退いてくれなさそうだからね。出来れば、時が来るまで黙っていて欲しいんだけど、いいかい?」
上条「さっき言った監視亀羅(かんしかめら)って奴か?信じられねーが・・・まあ、いいさ」
元より天皇を快く思っていないし、殺し合いもしたくはない上条に異存はない。
上条「そんな事よりいいのかよ?もうここに来てからしばらく経ってるぜ。
   誰もこねーとこを見ると、そう思うだけなのかもしれねーけどよー・・・」
フロイス「四半時留まれば爆破、かい?そこでキミに聞きたいんだけど、何を爆破するんだと思う?」
上条「え?・・・って言われてもな・・・」
248鬼小島 6/10:2005/05/14(土) 18:33:05
フロイス「本来なら支給された武器を爆破させるつもりだった。でもね、もうそれは何時間居ても起こらない。
     送られてくるはずの爆破信号を誰にも解けない平方根式の暗号に変えて・・・・」
上条「あーわかんねわかんねー。いや嘘、わかったわかった。了解しました。要するに爆破しないのね?」
確かに上条にとって未来のものなど理解の範疇を超えている。さっさと話を打ち切るため上条は適当な返事を返した。
そのまま、彼は食糧を三人分程度取り、またフロイスをみて喋りだす。
上条「んじゃオレは戻るぞ。食糧全部は持っていかねーからよー、心配するなよ。
   お前も監視亀羅(かんしかめら)だったかなんだかに写らないとはいえ、ちょいと一箇所に留まりすぎだぜ」
確かに、もっとも人の集まりが予想される食糧配布地点に監視カメラが長時間写らないのはおかしい、と帝は思うかもしれない。
いやそもそも帝にとっては興味深い信長が長時間写らない事にもうそろそろ疑問を持ってもおかしくない。
そうフロイスが考えていると、上条はフロイスに対し呟いた。
上条「お前、いい奴だな。ありがとよ。また会えたら会おうぜ」
そう呟くと、上条は背を向け少し小走りで歩き出す。
確かに真実を隠蔽するのであれば、上条を撃ち殺すのが一番手っ取り早い。
いや、真実など話さずに上条が食糧を取り消えるのを待っていればよかっただろう。
フロイス(なぜかって?・・・そう、異端には異端と思ったのかもしれないな)
上条はこの参加者の中でも(与えられた武器のためとはいえ)信長達が持つ異端、義龍達が持つ異端とはまたパターンの違う異端児である。
そう考えたフロイスは、自分達宣教師の中でも異端な存在である一人を思い出す。
フロイス(上条政繁、か・・・時代を飛び越えてしまったかのような彼なら、あるいは『あいつ』をこちらに引き込めるかも・・・)
・・・が、フロイスはすぐさま考えを止め、己と信長の分の食糧を取り、また森の中へ歩き出した。
フロイス(誰も来ないのだからそれほど時間は経っていないだろうけど・・・)
なぜか、フロイスに嫌な予感が走った。
249鬼小島 7/9:2005/05/14(土) 18:36:23
上条「よう。ちゃんと取ってきたぜ」
利家「お、少し遅かったな・・・よっと」
食糧を取り帰ってきた上条を、利家は己の武器である『矢』をボキンと折りながら迎えた。
上条「何やってんだお前?」
利家「少し面白いことを思いついた。まあ、対信長様用って奴かな・・・。
   一本ずつならたやすく折れるんだが、三本五本まとめるとなかなか折れないんだこれが・・・よっ!」
そう言いながら、利家は三本まとめた矢をわざわざ膝を使って折る。
利家「よし、これで五本全部折ったな。おい、お前小太刀みたいなもの持ってたろ?あれ貸してくれないか?」
上条「小太刀?」
利家「ほら、お前が細川さんから盗んだまま返さなかったあれだ、あれ」
上条「盗んだわけじゃあねえ。なし崩し的にもらったんだよ。人聞きの悪い事言うな」
そう言いながら上条は『バゼラード』を利家に渡す。それを受けた利家は、そのまま『バゼラード』で矢の先を切り落とした。
上条「・・・なんだ?何に使うんだ?」
利家「・・・突然だがお前、武器の説明書にはよくを目を通したか?・・・って、お前の武器はその書物なんだよな・・・」
上条「ああ」
利家「俺が持っていた銃(SPAS12)の解説書にはこんな一文があった。
   『弾の補充は銃口からではない。銃身に物を詰めて引き金を引くと爆発する』ってな。
   まあ、いつだったか解説書を読んでる最中にちょっとした奴に襲われて、そのまま無くしたんだが・・・」
と言いながら、利家はそのまま矢の束の部分をSPAS12の銃身に詰めていく。
利家「むむむ・・・ちょっと寸法合わないな・・・少し削るしかないか。まだこの小太刀借りるぞ」
そう言うと、利家は『バゼラード』で矢をシャッ、シャッ、と削っていく。
250鬼小島 8/9:2005/05/14(土) 18:41:27
利家「・・・『なんでそこまで手間のかかることをするんだ、見つけりゃ即撃てばいいのに』・・・そう思ってるだろ?」
上条「物凄く思ってる」
利家「じゃあ言ってやろう。今まで俺はこの銃を六発ほどぶっ放した。そのうち当たったのが二発・・・しかもほとんど動かない相手だ。
   俺は運はいいようだが、この銃には嫌われているらしい。そんな俺が残りたったの一発を当てられると思うか?」
上条「物凄く思わねー」
利家「そういうわけだ。当たらないなら吹き飛ばせって感じだな・・・。
   それに、俺は意外とソロバンいじるのが好きだからな。もともとなんか考えるのも性にあってるのかもな」
上条「お前の槍でもかなわないほどの腕前ってわけか?その同家中の・・・名前なんだっけ?」
利家「名前は言わない。まあ、槍一本でかなうかどうかはわからないが、これは奥の手・・・って奴だな」
隙間がほとんど無いほど銃身にピッタリ矢を詰め込む動作を取った利家にも、『かなわないからこんな手段をとるのだ』というのはよくわかっていた。
しかもその手段をとり、仮に利家の思惑通り事が運んだところで、良くて可能性は五分だろう。
上条「・・・どこにいるのかな?そいつ」
利家「さあな」
上条「まあ、それはいーや。オラ、食い物取ってきたからまあ食え。感謝しろよお前。オレはお前の命の恩人だぜ?」
利家「大げさだバカ」
フロイスの同行者を上条は聞いていない。
彼がフロイスから聞いたことは、この島の壮大な仕掛けのほんの一部である。
またフロイスに『共に同行しよう』と言う気も彼にはなかった。
だが、仮に利家が食糧配布地点に行けば、彼もフロイスに会っていたかもしれない。
そしてまた仮に利家がフロイス、つまりは信長と出会っていたら?
命の恩人、という言葉は、意せずとも決して誇張ではなかった。
利家「おい、生魚入ってるぞこれ。どうやって食うんだ?」
上条「根性で食え。オレの田舎じゃ弥太郎って兄貴はたぶん生でも頭ごと食うぜ」
利家「・・・そのお方は人間か?」
上条「たぶん違う」
251鬼小島 9/9:2005/05/14(土) 18:43:12
【27番 織田信長 『ベレッタM1919(残弾7発)』『相州五郎入道正宗』】
&【∞番 ルイス・フロイス 『ベレッタM92FC(残弾15+1)』】両者3-E森 目的:本部への潜入 (食糧入手)

【86番 前田利家 『SPAS12(残弾1発・暴発の可能性あり)』『鉄槍』『Mk2破片式手榴弾(一個)』】
&【57番 上条政繁 『書物・ジョジョの奇妙な冒険全巻(十数冊読めないものあり)』『バゼラード』『H&K MP3(残弾13発)』】3-D (食糧入手)
252暗い部屋 1/6:2005/05/14(土) 18:45:26
この島のどこかにある建物、その薄暗い一室の中で、男が一人本を読んでいた。
普通のペースより随分早くページをめくる音だけが響く、他には誰もいないひどく薄暗い部屋だ。
唯一の明かりはその部屋にも二、三個置いてあるモニター程度だが、それすら部屋を照らすには物足りない。
?「・・・入るんですか?」
ふとページをめくるのをやめた彼が、その部屋の唯一の出入り口のドアに向かい不意に喋りだした。
その言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、それはわからないが、その唯一の出入り口が開き、その向こうからロヨラが姿を現した。
?「・・・珍しいですね。貴方がここに来るなんて・・・いや、人がここに来る事自体が珍しいんですけどね・・・」
ロヨラ「そうだね。しかし随分暗いな・・・」
仕事もせず本を読んでいたことをロヨラは咎めない。これがフロイスならば、どんな怒声が飛ぶかわからない。
それを知ってか知らないか、本を読んでいた男は少し笑いながら答えた。
?「本ですか?まあ、何千回何万回も読み直した本ですし、ページ数さえわかれば内容も思い出します・・・見えなくても」
ロヨラ「・・・」
?「『本が読めるのか』・・・そう聞きたかったんでしょう?」
男が『何の用ですか』と問いかけたりはせず、己の心の中の疑問に対する答えを返した事に、ついロヨラは感嘆の声を上げた。
ロヨラ「ほう、よくわかったものだ・・・では、他に私の言いたい事がわかるかね?」
?「『浅井長政への褒美の使いなら自分が行く』・・・先ほどヴァリニャーノさんが扉の向こうでそう言っていた気がします」
ロヨラ「うむ、ヴァリニャーノか・・・いや、しかし君が行かなかったのは意外だったな」
?「・・・なぜでしょう?」
ロヨラ「君は以前『日本人が好きだ』と、そう言っていなかったかい?嫌いにでもなったのか?」
?「いえ、人に限らず、日本の大半は変わらず好きですよ」
ロヨラ「では、なぜ?」
?「・・・外に出たくないからです」
仕事を放棄する理由にしてはあまりにも説得力の無いその言葉を、本を広げた男は言う。
だがロヨラもその言葉を受け、興味深そうに問い返した。
253暗い部屋 2/6:2005/05/14(土) 18:47:07
ロヨラ「なるほど・・・いいだろう」
?「・・・申し訳ありません。明るいところは嫌いなもので」
その言葉を受け『やれやれ』といったポーズを取ると、ロヨラはその部屋においてあったモニターを見る。
そこには、長曽我部元親が何かを呟きながら歩いている風景が抜き出されていた。
ロヨラ「彼は確か長曽我部元親だったか・・・」
それを見て、ロヨラは誰に言うでもなく呟く。
ロヨラ「どうやら彼は我々の思うように動いてくれそうだな・・・」
?「その点での問題児・・・と言えば、三好長慶と吉良親貞でしょうか?」
ロヨラ「ふむ、いや・・・確かに三好長慶は危険人物だが、吉良親貞は病という縛りがある以上、我々と相対する可能性は低い。
    だが、仮に叛旗を翻したとしても、だ。その時は君が作ったシステムで吹き飛ばしてしまえばいい」
?「武器爆破ですか・・・あれはあまり使うべきではないと思います。一度も試験した事はない以上は・・・」
ロヨラ「ふむ、そうだな。余裕があるうちはいいだろう・・・しかし、いくら『君の目』でも暗い部屋で本を読む事は感心しないね」
ロヨラはそう呟くと、部屋の明かりのスイッチをパチンと入れると、部屋に灯された紅灯が男の顔を照らした。
初めて彼を見る人間は、一般的には端整だと言われるかもしれないその顔立ちよりも、その両目に視線が行くだろう。
まるでアトラクションにいるピエロの化粧のような深い、とても深い剣傷が残る彼の両目に。
ロヨラ「まあ、目が見えない君には明かりなんて必要ないかい?なあ、オルガンティノ。ははは・・・」
そう言い残し、ロヨラは部屋を出て行った。

オルガンティノ「・・・相変わらず、か・・・どれほど従順な態度を取っていても、やはり下っ端は気に入らないようだ」
ロヨラが部屋から出たことを音で確認すると、オルガンティノはそう呟き、持っていた本を扉のほうへ軽く投げた。
彼の手から離れた本はうまく扉の横にある電灯のOFFスイッチに当たり、部屋はまた暗くなる。
それを確認すると彼は少し微笑み向きかえり、まだ痛みがかすかに残る目の傷に触れた。
オルガンティノ「最後にこの傷に触れたのは・・・そう、フロイスと話した時か・・・」
彼はそう呟くと、つい先ほど起こったかのように色褪せない記憶を呼び起こした。
254暗い部屋 3/6:2005/05/14(土) 18:52:09
フロイス『・・・というワケなんだけど、武器の爆破を防ぐ方法はないかな?』
オルガンティノ『・・・話はわかった。そこで突然だが聞こう。4の平方根、その正数は?』
フロイス『・・・2だよね。それが・・・』
オルガンティノ『次に、9の平方根』
フロイス『3』
オルガンティノ『では・・・10の平方根は?』
フロイス『10か・・・あれ?ちょっと待ってくれよ。ボクは数学の勉強をしにここに来たんじゃ・・・』
オルガンティノ『10の平方根を『超正確』に言うのなら、それは3.16227766・・・と延々と続く。
        こう言った『平方根は無限に続く数』はそれこそ無限にある』
フロイス『・・・それはそうだね。でも、それと武器爆破と何の関係があるんだい?』
オルガンティノ『この島に存在する全ての武器、それを爆破させるためのコードは000〜198の3桁の数字だったと記憶している。
        例えば僕が持っている果物ナイフなら『000』、スモールボアライフルなら『126』といった具合だ。        
        つまりスモールボアライフルを爆破させるためには、たぶん今ザビエルさんがいる部屋から『126』と入力すればいい』
フロイス『うん』
オルガンティノ『つまり誰にも爆破が出来ないようにするためには、本来の爆破コードの『超正確』な平方根を入力する様に設定すればいい。
        例えば本来のコードが『010』の『鍋』を爆破させるなら、先ほどの3.162277・・・と宇宙が終わっても終わらない数字を入力しなければならない。
        大会が開催されてしばらく経った時にやっと爆破の設定が変更されている事に気づいても、もう爆破させる事はできない』
フロイス『平方根式に爆破の設定を変える、ねえ・・・それはどうやったら・・・いや、それ以前にそんな事はできるのかい?』
オルガンティノ『僕ならできる。5分で終わるよ、僕がそのシステムを考えたのだから』
フロイス『・・・目が見えないのに、かい?』
オルガンティノ『フロイス。僕と君の付き合いは長い。僕の目が傷ついたのは爆破のシステムを完成させた後という事も知っているだろう』
フロイス『ごもっとも』
オルガンティノ『だったらくだらないことは聞くな。あまりこの目の事に触れられるのは好きじゃあないんだ』
255暗い部屋 4/6:2005/05/14(土) 18:55:17
そしてまた彼はため息をつき、近くにあった机の上の本の右から五番目を手に取る。
オルガンティノ『ここは581-2・・・いや583-4?・・・違う、579から580だな・・・うん、やはりここか』
彼はその本の579ページを開きそう呟くと、丁度そこに挟んであった紙を一枚取り出し何かを書き
それをフロイスに渡した。
オルガンティノ『これをアルメイダに渡せばいい。
        たぶん読みにくいと思うが、どこを変えればいいかぐらいはわかるはずだ。
        ついでに言うがこれはかなり強引な方法だ。
        つまり、これをやった以上もう二度と元の設定には直せない。構わないな?』
フロイス『わかった。
     でも平方根と言うのなら、ザビエルさんが4番の武器を爆破させる場合、2番の武器が爆発するんじゃ?』
オルガンティノ『そういった武器を拾った人間は『不運だったな』とパライソでデウスに慰めてもらうしかない。
        まあ、あるいは、4〜196までの平方根が素数な番号の武器を海に投げ捨ててしまえばいい。
        全部あわせて13個しかないんだ。ほぼ200の内の13・・・それくらい無くなっても大した事はない』
フロイス『ザビエルさんにはどう言えばいいんだい?』
オルガンティノ『そこは適当に「公平を規す武器とは判断できなかったので捨てました」とでも言っておけばいい』
フロイス『通用するわけないだろ・・・?』
オルガンティノ『じゃあ、誰か他の人間が勝手にやった事にでもしろ。
        海に捨てた後に知らぬ存ぜぬで押し通してもいいだろう。
        ・・・今のうち言っておくが、僕は君の考えを否定する気も無いが、かといって肯定する気も無い。
        なぜ手を貸すかと問われるなら、君にも君の目的があるように、僕にも僕なりの目的はある。
        君が目的に向かうように動けば、それだけ僕の目的も達成しやすくなる。
        ただそれだけのために、僕は手を貸すんだ』
256暗い部屋 5/6:2005/05/14(土) 18:58:28
オルガンティノ「そこで目に触れたんだったかな・・・」
彼は、そこで一旦思い返すのをやめた。
本来の爆破コードが004、009等の武器が参加者に渡されていない事から
フロイスは本当に海に投げ捨てたか、あるいはこの建物に保管してあるのだろう、と彼は推測した。
次に彼は、机の上の右から四番目の聖書を手に取る。そして中に入った『武器爆破用リモコン』を取り出す。
即席で作られたそのリモコンのボタンは『0』と『1』しかついていない。
ここから彼が爆破させる事が出来るのは、変更された・・・。
つまり現在の爆破コードが『000』『001』『010』『011』の四つしかない。
その中の『010・日月乾坤刀』『011・リングダガー』の行方は知らない。島には無いのだろう。
オルガンティノ「用意周到だな、フロイス・・・だが、0と1という数字にも平方根はあるんだぜ」
オルガンティノ(もっとも僕はその二つを爆破させたかっただけだが・・・)
武器の爆発は、この島で一度だけ起こっている。
二日目の明け方、本来なら対人用地雷であったクレイモアが全て爆発したのは彼がこの暗い部屋から遠距離で爆破操作したためだ。
クレイモアの爆破コードは『001』。つまりオルガンティノが爆破できる二つのうちの一つだ。
別にオルガンティノは竹中重治に恨みを抱いているわけではない。面識さえないのだから。
彼はただ計算どおりの武器爆破の威力ではなく、実際の武器爆破の威力が知りたいがために、クレイモアを爆破した。
顕如の乱入は予想外だったが、そのおかげで武器のデータの詳細を知らない人間を欺く事は出来た。
もっとも、本来なら起きないはずの爆発に、武器を用意したザビエルあたりは疑問に思い、調べたかもしれない。
だがその後にトラックへの襲撃が起こった事で、もはやクレイモアの爆発の原因を究明するヒマなど彼にはなくなっただろう。
余裕の出来た彼は、記録されていたクレイモア爆発のデータを作業員から聞き、机上の威力と実際の威力を比べ計算した。
そして最後に彼は『おそらく1,2メートル範囲内なら絶命させる事も可能だろう』という答えに辿り着いた。
これまで全ての事を、彼は『聴覚』と『頭脳』だけで判断した。
その時にも、触れたくなかった目の傷に触れたような気がする。
そう考えると、己の目を傷つけた人間の事を思い出した時にだけ触れている気がする。
257暗い部屋 6/6:2005/05/14(土) 19:00:50
彼はまた思い出す。フロイスがこの部屋から出る前に、フロイスに聞いたことを。

オルガンティノ『フロイス。純粋な興味だけで聞くんだが・・・君はなぜロヨラ達に対して、あんな態度を取るんだ?
        僕の様に表面上だけでも従順な態度を取っていれば、多少は・・・』

その時に、フロイスが言った答えはすでに忘れた。答えなかったような気もする。
『それなりに長い付き合い』というだけで、さほどの理解者とも思ってなかったフロイスになぜそんな事を聞いたのか、それはよくわからない。
あるいは、さほどの理解者ではないからこそ、そんなことを聞いたのかもしれない。
・・・フロイスにはアルメイダという理解者がいる。ロヨラにもザビエルにも理解者はいる。
自分にはいない。
参加者達にもそれぞれの理解者はいるのだろう。
だが自分にはいない。しかし、彼自身はそれでいい、いやそれこそ最良と思っていた。
『自分を理解できるのはこの自分しかいない。他の人間がこのオルガンティノを10%ですら理解できるはずがない』
それが彼の持論だった。
彼は、自分の唯一の理解者である『自分』というものを誰よりも、何よりも深く愛していた。
だから彼は、この暗くて狭い部屋に閉じこもっている。誰よりも愛した人間の、目を失った姿を光の下に晒したくないから。
だから彼は、フロイスに協力した。自分をその様な人生に追い込んだ・・・己の目を傷つけた人間を、参加者同士の殺し合いで死ぬのを待つのではなく、己の手で殺すために。
確実にこの部屋に招き入れ、そして己の才を結集し形成した『武器爆破』というシステムで確実に葬り去るために。

そして彼は、明かりをつけない暗い部屋で唯一面識のある参加者を待ち続ける。
彼が爆破できるもう一つの武器『果物ナイフ』と『武器爆破用リモコン』を机の上にある聖書に忍ばせて。
世界から遮断された島からさらに遮断された建物、そしてまたそこからも遮断された暗い部屋で、彼はただ一人を待ち続ける。

【残り15+1人】
258無名武将@お腹せっぷく:2005/05/15(日) 16:49:26

259無名武将@お腹せっぷく:2005/05/15(日) 20:51:04

260無名武将@お腹せっぷく:2005/05/15(日) 21:39:15















261無名武将@お腹せっぷく:2005/05/15(日) 21:47:43

262ちんこ:2005/05/15(日) 23:47:22
ちんちんこ〜
263無名武将@お腹せっぷく:2005/05/17(火) 20:09:54
個人
【100番 和田惟政 『不明』『S&W M36チーフススペシャル』】4-E森から逃走
【06番 浅井長政 『FN 5-7(残弾17発+mag1)』『天国・小烏丸』】4-D森
【11番 足利義輝 『九字の破邪刀(ヒビ)』『梓弓(4隻)』『グロック17C(残弾16発)』】4-D森 目的:昌景に『エペ』を返す
【65番 長曽我部元親『鎌』『ウィンチェスターM1897(残弾4発)』】2-H→3-Eへ進行
【09番 朝比奈泰朝 『青龍偃月刀』】3-E
【83番 細川藤孝 『太刀』『備前長船』】3-E付近(足利義輝を探します)
【92番 三好長慶 『ジェンダワ(矢10隻)』『青酸カリ』『寸鉄』】3-E森(義輝、藤孝を殺す気)
【80番 北条氏政 『クナイ(9本)』『コブラナイフ』『火炎瓶(3本)』】4-H砂浜
【39番 吉良親貞 『日本号』『モトローラ トランシーバ T5900』『イサカM37フェザーライト(残弾2発)』】
(4-C湖地点で待機。『AK74(弾切れ)』はその場に放置)
【71番 長坂長閑 『無銘匕首』『U.S.M16A2 (残弾9発)』】行方不明

パーティ
【29番 飯富昌景 『オーク・ダブルアックス』『フルーレ』『吉岡一文字』】
【58番 鈴木重秀 『長曾禰虎徹』『USSRドラグノフ』(残り4発)『スモールボアライフル 』(残り14発)】
【69番 長尾景虎 『片鎌槍』『火炎瓶(1本)』『十手』】 
【44番 香宗我部親泰 『オウル・パイク』『チャッカマン』】全員1-Eトラック車内。
【27番 織田信長 『ベレッタM1919(残弾7発)』『相州五郎入道正宗』】
&【∞番 ルイス・フロイス 『ベレッタM92FC(残弾15+1)』】両者3-E森 目的:本部への潜入 (食糧入手)
【86番 前田利家 『SPAS12(残弾1発・暴発の可能性あり)』『鉄槍』『Mk2破片式手榴弾(一個)』】
&【57番 上条政繁 『書物・ジョジョの奇妙な冒険全巻(十数冊読めないものあり)』『バゼラード』『H&K MP3(残弾13発)』】3-D (食糧入手)

【残り15+1人】

※島には数頭の狼が放たれています
※今回の食料配布場所は1-E五番トラック到着地、4-H砂浜
※武田晴信を討った浅井長政には、何らかの褒美が帝から送られることになります
264無名武将@お腹せっぷく:2005/05/17(火) 21:21:59
>>263死亡者訂正

個人
【06番 浅井長政 『FN 5-7(残弾17発+mag1)』『天国・小烏丸』】4-D森
【11番 足利義輝 『九字の破邪刀(ヒビ)』『梓弓(4隻)』『グロック17C(残弾16発)』】4-D森 目的:昌景に『エペ』を返す
【65番 長曽我部元親『鎌』『ウィンチェスターM1897(残弾4発)』】2-H→3-Eへ進行
【09番 朝比奈泰朝 『青龍偃月刀』】3-E
【83番 細川藤孝 『太刀』『備前長船』】3-E付近(足利義輝を探します)
【92番 三好長慶 『ジェンダワ(矢10隻)』『青酸カリ』『寸鉄』】3-E森(義輝、藤孝を殺す気)
【39番 吉良親貞 『日本号』『モトローラ トランシーバ T5900』『イサカM37フェザーライト(残弾2発)』】
(4-C湖地点で待機。『AK74(弾切れ)』はその場に放置)
【71番 長坂長閑 『無銘匕首』『U.S.M16A2 (残弾9発)』】行方不明

パーティ
【29番 飯富昌景 『オーク・ダブルアックス』『フルーレ』『吉岡一文字』】
【58番 鈴木重秀 『長曾禰虎徹』『USSRドラグノフ』(残り4発)『スモールボアライフル 』(残り14発)】
【69番 長尾景虎 『片鎌槍』『火炎瓶(1本)』『十手』】 
【44番 香宗我部親泰 『オウル・パイク』『チャッカマン』】全員1-Eトラック車内。
【27番 織田信長 『ベレッタM1919(残弾7発)』『相州五郎入道正宗』】
&【∞番 ルイス・フロイス 『ベレッタM92FC(残弾15+1)』】両者3-E森 目的:本部への潜入 (食糧入手)
【86番 前田利家 『SPAS12(残弾1発・暴発の可能性あり)』『鉄槍』『Mk2破片式手榴弾(一個)』】
&【57番 上条政繁 『書物・ジョジョの奇妙な冒険全巻(十数冊読めないものあり)』『バゼラード』『H&K MP3(残弾13発)』】3-D (食糧入手)

【残り15+1人】

※島には数頭の狼が放たれています
※今回の食料配布場所は1-E五番トラック到着地、4-H砂浜
※武田晴信を討った浅井長政には、何らかの褒美が帝から送られることになります
265無名武将@お腹せっぷく:2005/05/18(水) 02:10:41
正親町天皇・・・・・今回の狂気ともいえる余興の主催者。最後まで生き残った者に、天下を約束する。実は剣術の天才?

06番浅井長政・・・・ノドカと出会い、昌信らの死を経て、自身の中の鬼に憑かれたノドカを追う。
09番朝比奈泰朝・・・天皇を嫌悪し、余興に乗る者を誅殺するストーカー。悪・即・斬。
11番足利義輝・・・・昌景達や幸盛との約束を護るべく、九字の破邪刀を片手に、島中を駆け回る。
27番織田信長・・・・重秀との互角の戦いによって、何かが変わる。天皇に会うため、フロイスと共に本部の潜入を試みる。
29番飯富昌景・・・・武田家屈指の強さを誇る男。重秀と共にトラックを乗っ取り、現在は景虎・重秀・親泰と一緒に居る。
39番吉良親貞・・・・病を直すためにロヨラの誘いに手を貸すが、真意の程は不明。元親を敵視し、また、ノドカに怯える。
44番香宗我部親泰・・父と慕っていた道三を、重秀に殺される。今はその仇と共に居るが、虎視眈々と寝首を掻く機会を窺っている。
57番上条政繁・・・・ 利家とコンビを組む。
58番鈴木重秀・・・・余興を脱すべく昌景、後に景虎とも行動を共にする。作品中最強と謳われる信長とも互角の戦いを演じた。
65番長曽我部元親・・ロヨラの誘いに乗ったと見せかけて、実は弟達を救うべく動く。
69番長尾景虎・・・・現在、 昌景一向と共にトラックにいる。今は目立った動きは無い。
71番長坂長閑・・・・長政の中に居た『鬼』を宿す。目的は不明。
83番細川藤孝・・・・弟である義輝に相見えるために彼を捜す。その真意は謎である。
86番前田利家・・・・相棒に死により、心に迷いが生じていたが、見事迷いから目覚めた槍の又左。信長に確かめたい事があるらしい。
92番三好長慶・・・・弱点を知り、急速に成長を遂げる。藤孝と義輝に殺意を抱く。
266無名武将@お腹せっぷく:2005/05/18(水) 22:32:54

267無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 13:18:25

268無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 13:21:49

269無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 13:22:50

270無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 13:23:40

271無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 13:25:56

272無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 13:27:27

273無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 13:28:54

274無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 13:32:57

275無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 13:33:57

276無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 13:42:32

277無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 13:50:12

278無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 13:52:36

279無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 13:56:25

280無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 14:12:30


281無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 14:19:51

282無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 15:58:49

283無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 16:02:46

284無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 16:52:19

285無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 16:57:13

286無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 16:58:46

287無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 17:01:17

288無名武将@お腹せっぷく:2005/05/19(木) 17:06:36

289無名武将@お腹せっぷく:2005/05/20(金) 13:12:16
個人
【06番 浅井長政 『FN 5-7(残弾17発+mag1)』『天国・小烏丸』】4-D森
【11番 足利義輝 『九字の破邪刀(ヒビ)』『梓弓(4隻)』『グロック17C(残弾16発)』】4-D森 目的:昌景に『エペ』を返す
【65番 長曽我部元親『鎌』『ウィンチェスターM1897(残弾4発)』】2-H→3-Eへ進行
【09番 朝比奈泰朝 『青龍偃月刀』】3-E
【83番 細川藤孝 『太刀』『備前長船』】3-E付近(足利義輝を探します)
【92番 三好長慶 『ジェンダワ(矢10隻)』『青酸カリ』『寸鉄』】3-E森(義輝、藤孝を殺す気)
【39番 吉良親貞 『日本号』『モトローラ トランシーバ T5900』『イサカM37フェザーライト(残弾2発)』】
(4-C湖地点で待機。『AK74(弾切れ)』はその場に放置)
【71番 長坂長閑 『無銘匕首』『U.S.M16A2 (残弾9発)』】行方不明

パーティ
【29番 飯富昌景 『オーク・ダブルアックス』『フルーレ』『吉岡一文字』】
【58番 鈴木重秀 『長曾禰虎徹』『USSRドラグノフ』(残り4発)『スモールボアライフル 』(残り14発)】
【69番 長尾景虎 『片鎌槍』『火炎瓶(1本)』『十手』】 
【44番 香宗我部親泰 『オウル・パイク』『チャッカマン』】全員1-Eトラック車内。
【27番 織田信長 『ベレッタM1919(残弾7発)』『相州五郎入道正宗』】
&【∞番 ルイス・フロイス 『ベレッタM92FC(残弾15+1)』】両者3-E森 目的:本部への潜入 (食糧入手)
【86番 前田利家 『SPAS12(残弾1発・暴発の可能性あり)』『鉄槍』『Mk2破片式手榴弾(一個)』】
&【57番 上条政繁 『書物・ジョジョの奇妙な冒険全巻(十数冊読めないものあり)』『バゼラード』『H&K MP3(残弾13発)』】3-D (食糧入手)

【残り15+1人】

※島には数頭の狼が放たれています
※今回の食料配布場所は3-Eの森
※武田晴信を討った浅井長政には、何らかの褒美が帝から送られることになります
290紅(アカ)の世界 1/8:2005/05/21(土) 01:37:09
「親泰よ、起きているか?」
不意に声を掛けられて少年はむっくりと起き上がろうとする。
だが、幾度も槍豆が出来て皮膚が固くなった手で道三が親泰の体を留めた。
「寝たままでよい、愚痴代わりの薀蓄だ。付き合え。」
石にデイバッグを敷いた簡単な枕を並べて隣同士に寝転ぶ二人は、しかしお互い違う方向を見て、その視線が交わされることは無い。
もっとも、親泰は横目でちらちらと道三の方を見ているが、道三はそれに反応するそぶりを見せない。
ただ、本物の親が子に語りかけるように、ゆっくりと話し始めた。
「親泰、お前は海を見たことがあるか?」
道三の口から、今までの厳しく現実的な話ではなく、なんとも平穏な話題が出たことに親泰は軽い動揺を覚えた。
「・・・はい、土佐は海が近いので」
どう答えればいいのか分からず、もごもごと口ごもった声で親泰は答える。
しかし、いつもならはきはきしない返事に怒るであろう道三は、この時はただ感慨深そうにうんうんと頷き、何も言わなかった。
「お前は波をじっと見つめた事があるか?」
「えと、海の波ですか?」
的を射ない道三の発言に困惑して、親泰も聞き返す。
「ああ、そうだ。」
「見たことはありますけど、そんなじっと見続けたって事は・・・」
「そうか、」
道三は瞼を閉じながら、軽く息を飲み込んだ。
「ワシは波をじっと見つめた事がある。」
なんと言っていいか分からず、親泰は答えられなかった。
291紅の世界 2/8:2005/05/21(土) 01:39:17
「今も剃髪しているが、ワシは昔、小坊主だった。でもまあ、親が勝手に決めた事だ。
 ワシの生まれた村は貧しくてな、ワシのような望みもしない子が生まれると殺されるか、それとも寺に預けられるかだ
 運良くワシは親の胸三寸で殺されずに寺に預けられたわけだが、寺も寺だ。ワシのような小坊主が来るたび、『また、乞食の餓鬼が来た』といっていじめられた物だ」
親泰は、信じられなかった。
この島に来て着替えていないせいか、服はなえてしわがよっているが、それでもきちんとした身なりであるし、
道三のような精神的にも肉体的にも『強い人間』がいじめられるなど、想像も出来なかったからだ。
何か言いたげな親泰を横目に、道三は、構わず後を続けた。
「ワシは思ったよ、いつか高僧になってこいつらを見返してやるとな。でもさっきも言ったように末法の世では寺も腐っているんだ。
 ワシのような身分も財も無いものは、いくら徳が高かろうと、修行を積もうと高僧にはなれない。
 逆にどんな悪逆非道であろうと、財とそれに見合う身分があればいくらでもどこぞやの寺からお招きが掛かる。そんな物だ。
 そんな現実を知ってまで慣れない空気の世界にいたくない。だからすぐにそこを抜け出したわ。」
今まで信じていた概念が崩される時というのは、どんな衝撃よりも人の気持ちを揺り動かす。
即ち、何かを発見したり、新しい面を見たりしたときには程度の差こそあれど人は狂喜乱舞し、悪い面や、信じられないことが起こったとき、人は悲嘆にくれるのだ。
親泰はまだ世間の様子を知らない子どもだ。今の親泰の気持ちは言うまでもなく後者だろう。
この話で彼が受けたショックは丁度同じ年頃に現実を知った道三と同様のショックだっただろう。
「寺に出たあといく当てもなくぶらついた。家に帰っても温かい飯など出るはずがない。出すような家なら子を寺に預けんだろう。
 しばらくは商人の真似事をして、その日その日の路銀を稼いでいたが、なれないことには手をだすべきとは良く言ったもの。
 すぐに一文無しになって、途方に暮れたワシは水に入ろうと思ったのよ。」
親泰は益々信じられなくなった。今目の前にいる生きるという意志の塊のようなこの父親が、最も似つかわしくない発言をしたからだ。
一息置いて、やや声のトーンを高くして感慨深げに道三はその先を語った。
292紅の世界 3/8:2005/05/21(土) 01:42:41
「その時だ。今にも水に入らんとした時にワシはいくら水に入ろうとしても、ぐいぐいと陸へと押し返す波の力に気付いたのよ。
 波なんて物は、桶で汲んでしまえばただの水だ。そうでなくても凪が無ければ海もただの大きなじったんぼに過ぎん。
 だが、そのたかが水が一度勢いを持ったなら、人はもちろん、嵐に乗れば村一つ軽く押し流す力となるのだ。」

「そしてワシは気付いたのだ。ワシはこの波と同じ。嵐がなければ力のないただの水。坊主や商人などと平和な暮らしをしていたのでは何時までもただの水だと。
 しかし、その廻りではどうだ?日々、戦という嵐が吹き荒れる。嵐に巻き込まれればそれまでと考えるのは実に惜しい。考え方を変えれば勢い良く出船が出来るよい時節なのだ。
 時にベタ凪の時もあるだろう、しかしワシは波だ。嵐のたびに再び蘇える。そう思ってワシは槍の稽古を始め、仕官したのよ。」
親泰はやっと道三の言わんとしている事が分かった。これは薀蓄の名を借りた、道三の昔語りだったのだ。
しかし、この話を聞いて、親泰は一抹の疑問を覚えた。
―おかしいな、父上はそのようなおひとだっただろうか・・・?
道三はプロとは言っても全能では無い。道三の昔語りで、同じ様に昔語りをした本当の父・国親との記憶が戻りかけ、綻びが生じたのだ。
しかし、道三は起き上がっていた親泰の肩をがっしりと掴んで、その双眸をしっかりと見ながら言った。
「人は波。そして波は力だ。親泰、お前もそうだ。ワシの子たるお前はワシよりもよい嵐を受けて大きな津波となれ。
 この島はいわば、吹き荒ぶ風が集い、吹きだまる場所だ。この嵐の中で大いなる波になれるか、それとも風に打ち砕かれるかはお前次第だ。
 弱ければ、風に木っ端微塵にされ、強ければ風に乗った大いなる五百重波(いおえなみ)となる。」
親泰は道三の厳しい言葉に気圧され、気後れした。親泰ほどの子どもなら当たり前の反応だろう。
それを見た道三は、不意にいつもの道三とは全く違う目をして言った。
「今度、共に海の波を見に行こう。お前も一度あの雄大で力強い波を実感するといい。」
厳しい時の道三の声でもない、郷愁に想いを乗せる昔語りの声でもない、今までとは明らかに異質な道三の声と言葉に親泰は目をぱちくりとしばたたく。
遅れて、顔に満面の笑みを浮かべて「はいっ」と明るく返事をした。
293紅の世界 4/8:2005/05/21(土) 01:44:48
夜の名残が残る少し冷たい空気が漂う中、一台のトラックが森の中を慎重に、かつ大胆に走っていく。
その助手席で、少年は既に目を覚ましていた。
隣には父と仰いだ道三の仇・重秀がトラックのステアリングを握って、右へ左へと、そのトラックを操っているのが見えた。
後では、少し揺れるのも気にせず、無愛想で何を考えているのか良く分からない男と、鎖帷子の片篭手をつけた男が静かに寝息を立てていた。
恐らく、交代で一人が車を動かして移動し、その間に後で一人ないしは残った二人が休んで英気を養っていく算段なのだろう。
少年が寝首を掻こうとしても、簡単にはそうさせてくれないらしい。
―こんな時、どうすれば良いのですか、父上?
少年は寝ているふりをしながら、道三が物を思案していたときのように黙って考え始めた。

恐らくこの車に乗っている三人が三人とも、お互いを認め合うほどの実力の持ち主。
仇の男が鈴木重秀といって、鉄砲を使わせれば右に出るものは居ないらしい。
そして、僕の真後ろに座っているとっつき難い男は長尾景虎。この漢については良く分からないが、その屈強な体つきを見る限り、戦闘慣れはしているだろう。
残った片篭手の男が飯富昌景、実力の程は・・・木で出来た柄にとても一人分とは思えない血の染み込んだ両刃の斧を見れば大体分かる。
この三人に囲まれている状態では、例え寝ている一人を不意討ちにしたところで、起きている人間に抑えられるだけだ。
かといって、起きている人間に襲い掛かっても、一撃で留めをさせなければ、声を上げられてそれまでである。
今もって居る武器で一撃必殺を期すには僕の居る場所からでは大きく構えなければならない、そうすると、気付かれずにというのが無理になる。
八方手詰まりとはこの事だ。
294紅の世界 5/8:2005/05/21(土) 01:45:53
このまま好機を待ってもいいが、これ以上仇のこの男に馴れ馴れしくされるのは真っ平御免だ。
この男は私が難しい顔をするたび、「あの男はお前の親父では無い、俺が倒してやったからお前は自由だ」と誇らしげに言うが、何が自由だ。
あの人を失って僕は今、こんなにも嫌な男と一緒に居なければならない。
この部屋は狭く、嫌でもこの男の手が、足が、そして顔が僕の目に映る。
そして、つい数刻前に父を殺したその男が、平然と後ろの男達との話を楽しんでいた。
その一つ一つが僕には耐えがたく、許せないものだった。

深く考え込んでいて、遠くに行っていた親泰の意識は、不意に足にコツンと当たった堅い感触によって引き戻された
―なんだ?
親泰は重秀に気付かれないよう、なるべく動かないでそれに触れる。
冷たい、―丁度、この小さな部屋の三方に張られたビードロのような感触が、親泰の手の平に伝わってきた。
大きさも重さもそれほどない小物だ。武器だったとしてもそれほど意味のありそうなものではない。
しかし、今、少しでも武器が欲しい親泰にとっては、相手の武器を減らし自分の武器を増やす良い機会だった。
親泰はその丸い小物を拾い上げると、静かにそれを自分の股の中にはさんだ。
すると、なんとも形容しがたい糞水(石油)の臭いが親泰の鼻を突いた。
細目を開けて見てみると、澄んだ糞水がビードロの容器に入っており、その口から、糞水に浸された布が覗いている。
油の入った容器と、その口から出ている油に浸された布。その用途は考えるまでもなくすぐに分かった。
着火の為の火縄は景虎が火を消した状態で持っていたが、幸いな事に親泰は今までハズレ武器だとしか考えようのなかった武器を持っている。
―父上・・・これも父上のお導きなのですね。
親泰は静かに、亡き『父』に感謝の祈りを捧げた。
295紅の世界 6/8:2005/05/21(土) 01:46:57
だが、そこで親泰はすぐにも火をつけようとする自分の手を止めて考えた。
―確かに、この狭い部屋ではこれだけの油でも十分な殺傷力を持つだろう。
―だが、本当にそれでこの男を確実に殺すことができるか?
親泰の疑問。それは最もだった。
火炎という物は、人が思っているよりもあまり殺傷力がない。
ただ、人間を含む全ての生物は火炎に対して恐れを持ち、その存在に困惑する。それが一番恐ろしいのだ。
―だが、この男達は戦慣れしている。もしも火に対しても耐性を持っていて、冷静に対処されたら?
火に対して冷静に対処できる人間に火はあまり効果を発揮しない。
―それに、今まで僕は何を勘違いしていたんだ。
―仇の仲間は多くても、とるべき仇はただ一人。残りの二人はその他大勢に過ぎない。気付かれてもかまうものか!
「仇さえ取れれば」。
その言葉は奇しくも道三の残した「物事の本質を見極める」という教えに親泰の脳内で見事に合致し、それまでの思考を全て切り替えた。

―そうさ、仇さえ取る事ができればいいんだ。
思ってからの親泰の行動は早かった。
素早く、重秀の隣に立てかけるようにしておいてあったオウル・パイクを手にする。
予想通り、重秀が親泰の妙な動きに気付き、親泰の方を向く。
「坊主、何か・・・」
言いかけたときに重秀は、血走った目でこちらを睨む親泰と、それと同じ方向を向いている銀色の矛先を見てしまった。
その刹那、親泰の目がカッと見開かれたかと思うと、その刃が重秀の心臓にに向かって迫り来る。
296紅の世界 7/8:2005/05/21(土) 01:47:57
重秀は勘違いしていた。
確かに、常識的な人間を助けたのならば彼は感謝されこそすれ、憎まれたりなどしないだろう。
しかし、それはあくまで常識の範疇での話である。
道三の催眠効果は、親泰の若さもあって、重秀の予想を遥かに上回る浸透度であったのだ。
そして何よりも、催眠効果と相乗して、「どんな形であれ、この島で自分を護ってくれた」という親泰の意識が重秀には予想も、理解も出来なかった。
その心は小さくあるがゆえに、染まりやすく、歪みやすく、壊れやすい。
道三の手に染まり、考えを歪まされ、理性の壊れた親泰の思考は常識のものさしではかれる範疇の物ではなかった。
いまや、親泰の頭の中には重秀という仇を討つ事しか考えがなく、その瞳は年相応の輝きを失い、まるでひびが入ったかのように血走り、どろりと濁っていた、
その瞳に映る珍しく驚いた顔をした重秀から血が吹き出て、小さな部屋の屋根と窓ガラスにに赤い血飛沫が迸る。
キキーーー。
痛みに、筋が強張った重秀の足が思い切りブレーキを踏みつけて、車は凸凹した地面の上に積もる落ち葉の上を滑るようにバウンドして、大きく横に傾いたあと、激しい衝撃と共に止まった。
その衝撃で後の二人も目を覚ました。
親泰も、いきなりのブレーキに閉じていた目を開いた。
すると、狙っていた心臓ではなく、重秀の左の上腕あたりに穂先が深々と突き刺さり、動脈でも貫いたのか、夥しい量の血がガラスやら屋根やらを染めていた。
「ぐおああああ!」
重秀の苦悶の声と、目の前で起こっている異常事態に、二人も一瞬で覚醒し、全身の神経を研ぎ澄ませて状況を把握せんとする。
「どうした、重秀!」
律儀に閉めてあったシートベルトの擦れる音がして昌景がシートの間から身を乗り出すと、初めて昌景もその異常事態に気付く。
あの悲しみと暗闇を湛えたような瞳をした少年が、その瞳を充血させて重秀を貫いている。
それだけで、修羅場慣れしている昌景には大体この異常事態が理解できた。
297紅の世界 8/8:2005/05/21(土) 01:48:59
親泰も昌景らの様子に気がつく。彼らは今にも親泰をシート越しに取り押さえんとしている。
槍を引き抜いて、狙いを定めなおしていたのでは遅すぎる。
予定はくるっていたが、親泰は躊躇う事無く、膝に挟んで立てていた火炎瓶を後方助手席に投げ入れる。
あらかじめ布を取り除かれていた瓶はくるくると空中を舞うごとに中に入った油を撒き散らし、逆さまに昌景の膝の上へと落ちて、割れる事はなかったが、その膝を油で濡らした。
重秀も景虎もいきなり投げ込まれた瓶とそこから出た異臭を漂わせる液体に一瞬怯んで、仰け反ったような形になる。
親泰はもう、迷わなかった。
昌景が立ち直るより早く、景虎が親泰の腕を抑えようとするより早く、重秀が槍を抜くよりも早く、その小さな「狂気」のトリガーを引き絞って火を灯した。
その瞬間、空気中に漂っていた火炎瓶の中の気体化したガソリンに火が燃え移り、爆発的な炎が小さなトラックの運転室を包みこむ。
静かだった景虎も、何かと世話を焼いた昌景も、仇の重秀も。3人が3人とも、それぞれ口々に悲鳴をあげる。
ただ一人だけ、親泰だけが燃えさかる炎の中で叫びもせず、ただ安らかな笑みを浮かべていた。
―は、はは、これでよかったんですよね父上・・・。
親泰はその炎から逃れようとしない。そのちんまりした服も、小さな体も、歪み始めた心も全てが燃えていくだけだ。
その中で、赤い赤い炎の中に、親泰は父との思い出の一つを見つけてそれを握り締めた。
長曾禰虎徹。
重秀を狙うといったとき、父は戦闘に有利であるといって、自身が一番使い慣れていた槍をあっさりと私に渡して、
自身は代わりに不慣れな刀を持ったために殺されてしまった。その因縁の刀だ。
重秀が炎の中で取り上げようとするその刀を親泰が全身全霊で力いっぱい引いて奪い取ると、その刀を抱きしめるようにして目を閉じた。
廻りから、ガサガサと音がしていたが、一際大きな音がして、重秀らが燃えさかる車内から逃げ出したという事がわかった。
でも、そんな事は今更どうでもよかった。
―仇、討てませんでした。父上。でも、冥土の国まで私が刀を持って槍をお届けします。
―だから、いつか、いつか、一緒に海を見に連れて行ってください・・・。

一瞬、光が煌めいて、爆音の中に親泰の意識は消えた。
298紅の世界:2005/05/21(土) 01:50:01
【44番 香宗我部親泰 死亡】
【29番 飯富昌景 死亡】(一番油をかぶっていた+シートベルトをつけていた為に)
『O・W・アックス』『フルーレ』『吉岡一文字』『オウル・パイク』『チャッカマン』『長曾禰虎徹』は焼失。

【58番 鈴木重秀 『USSRドラグノフ(残弾4発)』『SBライフル(残弾14発)』】
【69番 長尾景虎 『片鎌槍』『十手』】 
トラックは爆発して無くなりました。誰かがこの騒ぎに気付いた可能性があります。

【残り13+1人】
299無名武将@お腹せっぷく:2005/05/22(日) 03:05:22
>>290-298は無効になりました。詳細は雑談スレにて。
また、指摘の声が多く上がった部分を修正して近々描き直される予定だそうです。
そちらの方を乞うご期待ください。
300外伝・猫ネコ物語 ◆c7t0idYOLg :2005/05/23(月) 15:16:41
輝政が銜えていた袋を火の中に入れた。
その後、自分の体を銃弾が貫いた。即死だった・・・

そこからこの物語が始まる。
(ん…)
猫は目覚めた。
(ここはどこだ・・・袋を火の中に入れた後からの記憶がないが…)
周りの物が普段よりずっと大きく見える。
「とりあえず、焼いていた魚でも食べようか。輝政」と、自分では言ったつもりだったが、
「にゃ〜にゃ〜」としか声が聞こえない。
何かがおかしい…いつも、自分が見ている景色とは違う。声も出ない。目線も低い。
そういえば、さっきから立とうと試みたが、立てない。
(どういう事だ…)
その後、後ろを見渡した輝政にはかつて自分の体であった者が息絶えていた。
(あれ…俺があそこに居る。じゃあ、これは誰だ)
自分の足の裏を見た。にく…きゅう?
(ま…ま…ま…まかさ…わ…わしは猫になったのか…な、。。。。なんだってーーーーーー!!)


そう。久政の魂が輝政の体を乗っ取ったのだ。
銃弾が久政の体を貫通した。そこで久政は死んだのだ。
だが、彼自身、自分が死んだという自覚をしていなかった。
一瞬の出来事…鈍感な久政…この二つの要因が重なり合い、
久政の魂は辺りをさまよい続け、近くに居た輝政の中に入り込んだのだ。

(ハハハ…夢だよな。わしが猫になるはずはない。)
前足の爪で、自分を引っ掻いてみた。この悪夢を終わらせるために。
(ぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜!!)
あまりの痛さに、気絶をしてしまった久政。彼の終わりかけた人生は猫という形で再び復活するのであった。
301露見:2005/05/24(火) 15:43:28
「本当にココに間違いないのだな?」
本部の中でもほとんど誰も近寄ることもないだろう薄暗い廊下、ザビエルは連れている作業員に再度確認をした。
天井に備え付けられた蛍光灯が騒がしく明滅し、その明かりが小さな影を落としているのに気がついた。
顔を上げると、毒々しい羽を持った大きな蛾が、明滅を繰り返す蛍光灯の周りを狂った様に飛んでいた。
ザビエルにはその光景がとても不愉快で、忌々しげに眉を顰めた。
「はい、間違いありません」
作業員が緊張した面持ちで直立し、ザビエルの質問に答える。
ザビエルは、何人かの作業員に命じて帝の言う鼠を捜索させていたのだが、どうやらその鼠がこの先の扉の奥に居るらしいことがこれで分かった。
「分かった。あとは俺に任せて、貴様は少し待っていろ。なに、時間は掛からん。すぐ終わる」
顔を天井から下ろし、作業員に言う。
「はッ!」
作業員が、従順な犬の様にザビエルの命令に従う。
それを見て、ご主人様のザビエルは少し不思議に思った。
何故、コイツらは外で“同じ時代に暮らす同じ国の人間”が殺されているにも拘らず、こうも従順に尽くしてくれるのか。
それを考えると、奇妙だなと感じると共に、なんとも滑稽な感じがして思わず笑みがこぼれてしまう。
「まったく馬鹿な奴らだな」
嘲笑しながら吐き捨てるザビエルの頭の中に、既に忌々しい蛾の事は消えている。

ザビエルは作業員をその場に残すと、廊下の更に先にある扉へ向けて歩いて行った。
扉の前に来ると一度立ち止まり、耳を済ませて中の様子を探る。気配で、やはり中に何者かが居るのを確認すると、その重い鉄の扉を開けて中に入った。
「こんな所で何をしている」
部屋に入ると同時に、ザビエルは中に向かっていきなり声を掛けた。
302露見:2005/05/24(火) 15:44:01
デスクに置かれたディスプレイの映像を注視しながらキーボードを叩いていた男が、ザビエルの声に驚き肩をすくめたあとに、首だけを後ろに捻じ曲げて振り向いた。
男がザビエルが入って来るまでその存在に気付かずにいたのは、監視カメラを弄っていたためだった。フロイスの姿がカメラに映り込まない様に操作してやっていたのだ。
男は入ってきたのがザビエルだと認めると、居ずまいを正して立ち上がった。
「これは・・・ザビエルさん、どうしてここへ?」
その男――アルメイダは、なるべく平静を装った声で逆に訊き返した。本当は、ザビエルの来訪の理由など訊かずとも解っているのだが。
「まずは俺の質問に答えたらどうだ」
ザビエルが厳しく咎める。
「これは失礼しました。私は少し調べモノがあったものですから、静かなこの場所につい長居をしております」
「そうだな、ココなら滅多に人も来ないし、落ち着いて何かをするにはうってつけの場所だ」
ザビエルが部屋の中を見回す。薄暗く、狭苦しい部屋だ。
ついさっきまでアルメイダが使用していたデスクと椅子、それに一脚のソファーと小さなテーブルがあるくらいで、全体的に寂しい感じがした。
ザビエルは嘗め回すように部屋を観察すると、アルメイダの使っていたデスクまで歩み寄り、そのデスクの上に乱雑していた参加者に関係する資料を手に取った。
「で、何について調べていた」
資料をさして興味もなさそうに捲りながら、ザビエルが訊いた。口調には、追及しているような鋭いものがある。
「まだ生き残っている参加者についてです。彼等のデータから、今後彼等が取るであろう行動を、推測してみようかと思いまして」
「なるほど。なかなか面白い事をしているな」
「必要とあれば、報告書を作成して提出しますが?」
「いや、それには及ばない。確かに面白そうではあるが、所詮は机上論に過ぎん。奴らがどう動くかなどは、正確に推測できるものではない。現にトラックが一台襲われているのだからな」
「ええ、それもそうですね。失礼しました」
303露見:2005/05/24(火) 15:44:33
持っていた資料を元の場所に放り投げると、ザビエルは部屋の片隅にあるソファーに腰を落ち着けた。ソファーが小さく軋みを上げる。
足をテーブルの上に投げ出し、身体を深々とソファーの中に埋める。
アルメイダの方はザビエルに習うことなく、依然として立ったままでいた。幾分、顔が引き攣っている様にも見えた。
「ところで俺のココに来た理由だが――」
そこでザビエルが表情を変え、アルメイダの眼を覗き込むようにして続けた。
「どうやら残念なことに、我々の仲間の中に裏切り者が出たようだ。俺は天皇の言いつけで、その鼠を捜している」
「裏切り者・・・ですか。それは許せませんな」
「鼠は見つけ次第殺す」
全く感情を込めず、ザビエルは言った。
その言葉に、アルメイダの喉から唾を嚥下する音が小さく漏れる。
「・・・当然でしょうな。裏切り者には死あるのみ。――それでその鼠に心当たりはおありなので?」
「ああ、まあな」
「ほお、それは誰でしょうか?」
「さて、誰だろうな」
お互い目を逸らすことなく、しばらく睨み合う。どちらも腹の探り合いをしているかのようだった。
かなりの時間、そうして二人で睨み合っていたが、不意にザビエルの方から口を切った。
「――で、裏で糸を引く首謀者は誰だ?フロイスか、ヴァリニャーノか、オルガンティノか、それともその全員か?」
「・・・一体何のことでしょうか。質問の意味を図りかねますが」
「お前に我々に叛意を抱くというような、大それた考えが出来るとは思えん。大方、他の者が考え出したことだろう。そうだな、多分フロイス辺りだろうか。奴の考えそうな事だ」
「何のことだかさっぱり・・・」
304露見:2005/05/24(火) 15:45:12
「あくまでシラを切る気か?知っていることを全て吐けば、お前だけは楽に殺してやる。言わなければ楽には殺さんぞ」
「私は何も知りませんし、何もしていません。だからお話しなければならないことも、何もありません」
腹を括ったのか、アルメイダは胸を張って言った。
「フッ、強情な奴だ」
ザビエルが呆れたように鼻で笑い、次いでソファーから腰を上げた。
反射的にアルメイダが身構える。殺されると思ったのだろう。だが、ザビエルはそれを手をかざして制して見せた。
「慌てるな。貴様如き、俺はいつでも殺せる」
「・・・・・・」
アルメイダは何も言わなかったが、今は明らかに引き攣った顔が、ザビエルがどう出るのかをいぶかしんでいる風だった。
「貴様の強情さに免じて猶予をくれてやる。考え直す猶予だ。フロイスを裏切り、もう一度我々に付くも良し。そのまま寝返るも良し。どちらでも好きにしろ。次に逢う時までに考えておくといい」
ザビエルが言いながら扉に向けて歩いた。そして扉の前で思い出した様に、
「それから、フロイスに会うことがあれば言っておけ。我々に牙をむく以上、容赦はしない。必ず後悔させてやる、とな」
そう言って、ザビエルはアルメイダを残して部屋を出た。

「・・・あの、どうでしたか?」
部屋の外で待っていた作業員が、急き込むようにしてザビエルに訊いた。
「別にどうという事もない」
それをザビエルが冷たく切って捨てる。
「殺したのですか?」
今度は少し怯える風にして、作業員がそれでもなおも食い下がってくる。
「おい、いいかげんに黙れ。いちいち貴様らに教えてやる義務はない。貴様らは言われた事だけをしていればいい。余計な真似はするな」
わざと怒気を孕んだ物言いで返してやる。もちろん眼は作業員をきつく睨みつけるのも忘れずに。
「も、申し訳ありませんでした・・・」
ザビエルの迫力に気圧されたのか、作業員の顔が一気に蒼ざめるのが判った。声も大袈裟なくらい震えている。
305露見:2005/05/24(火) 15:45:44
ザビエルはその謝罪を黙殺して、今逢って来たばかりのアルメイダのことを考えた。
果たしてフロイスを裏切って此方の寝返るだろうか?
いや、ないな。そう思う。
アルメイダがフロイスを裏切るとは思えないし、また、裏切るような奴なら最初からフロイスが信用するはずがなかった。
ならばフロイスはどうか。本当に牙を向けて来るのか。
向かって来るならそれでもいい。そうも思う。
その時は帝の言葉じゃないが、存分に楽しんでやろう、フロイスの力を。
そこでまた蛍光灯が明滅し、その周りを飛ぶ蛾が視界に入ってくる。
非常に目障りに思い、手を伸ばしてそれを?んだ。手の中に囲われた蛾が、激しく悶えるこそばゆい感触がザビエルの手を伝う。
ザビエルはその手を振り上げ、蛾を床に叩きつけた。ぺちっと音を立てて潰れた蛾を足で踏みつけ、傍らの作業員を顧みて言った。
「鼠はもう一匹居る。捜すぞ」
ザビエルの顔が醜悪に歪んだようだった。


【残り15+1人】
306愛宕白山:2005/05/24(火) 15:46:27
パタンとドアが閉まり、張り詰めていた空気が一気に解ける。
「ふぅ・・・」
ザビエルが出て行って一人残されたアルメイダが、安堵の溜息を漏らす。
余程緊張していたのか、全身が汗に濡れていた。
椅子を引き寄せ、静かに腰を下ろす。たった数分間の出来事だったのに、身体が疲れきっていた。
体重を背凭れに預け、緊張で強張っていた筋を休ませてやる。暫しの安息の時。
だがそれも束の間で、すぐザビエルの言った言葉が頭を占める。
「フロイスを裏切る、か・・・」
一瞬、アルメイダに潜む悪魔が叫んだ。フロイスを裏切れと。
そうしようかと迷う。
なにせ向こうは、ロヨラ、ザビエル、帝の三人に加え、まだ近代兵器も保有している。
フロイスと自分、それから参加者の協力を得れたとしても、勝てる見込みは極めて薄いだろう。
それならいっそ、フロイスを裏切った方がいいんではないかと思ってしまう。
今ここでザビエルを追いかけていって、彼に従えばよい。それだけで事は終わる。
それでフロイスは死に、他の参加者達も間違いなく死ぬはずである。当初の目的は達成されるわけだ。
それと引き換えに、自分は助かる。悪い話ではない気がする。
しかし、それは正しい道ではないのだろう。たぶんきっと、それは間違っている。
アルメイダの理性が戻り始める。
フロイスと交わした約束を思い出す。忌まわしい所業を止め、二人で平和を取り戻すと誓った事を。
「私にフロイスは裏切れないな」
アルメイダは苦笑の混じった顔を横に振り、自分の中の悪魔を打ち消した。
「死ぬまで付き合うさ、フロイス」
相棒の顔を思い浮かべ、アルメイダは小さく呟いた。


【残り15+1人】
307筆頭家老 ◆IVgdXngJC6 :2005/05/24(火) 16:26:28
ちょっと訂正。
>>305の下から四行目

×手を伸ばしてそれを?んだ。
○手を伸ばしてそれを?んだ。

すまね。
308筆頭家老 ◆IVgdXngJC6 :2005/05/24(火) 16:28:03
あれ?なんでだろ、まただ。

×手を伸ばしてそれを?んだ。
○手を伸ばしてそれを掴んだ。

重ね重ねすまん。
309長政 ◆u9W1ry1S9Y :2005/05/25(水) 19:24:53
この度は多々問題があった「紅の世界」で書き手の皆さんや、読み手の方々に迷惑を掛けてしまって申し訳ありませんでした。
問題の作品は責任上、ボツにするべき作品でしたが、孫市氏を始め、何人かの読み手の方のご好意でリメイクという形で復活させる事となりました。
つきましては、スレの皆さんの御指摘、御忠告をよくよく読ませて頂いて、今回「紅の世界」改め「鬼の巣食う心」を完成させさせましたので、あげたいと思います。
しかし、まだまだ稚拙な私の技術では問題があると思いますので、問題があったときには雑談スレでの新たなご忠告をお願いします。

敬具
310鬼の巣食う心:2005/05/25(水) 19:26:02
「親泰よ、起きているか?」
不意に声を掛けられて少年はむっくりと起き上がろうとする。
だが、幾度も槍豆が出来て皮膚が固くなった手で道三が親泰の体を留めた。
「寝たままでよい、愚痴代わりの薀蓄だ。付き合え。」
石にデイバッグを敷いた簡単な枕を並べて隣同士に寝転ぶ二人は、しかしお互い違う方向を見て、その視線が交わされることは無い。
もっとも、親泰は横目でちらちらと道三の方を見ているが、道三はそれに反応するそぶりを見せない。
ただ、本物の親が子に語りかけるように、ゆっくりと話し始めた。
「親泰、お前は海を見たことがあるか?」
道三の口から、今までの厳しく現実的な話ではなく、なんとも平穏な話題が出たことに親泰は軽い動揺を覚えた。
「・・・はい、土佐は海が近いので」
どう答えればいいのか分からず、もごもごと口ごもった声で親泰は答える。
しかし、いつもならはきはきしない返事に怒るであろう道三は、この時はただ感慨深そうにうんうんと頷き、何も言わなかった。
「お前は波をじっと見つめた事があるか?」
「えと、海の波ですか?」
的を射ない道三の発言に困惑して、親泰も聞き返す。
「ああ、そうだ。」
「見たことはありますけど、そんなじっと見続けたって事は・・・」
「そうか、」
道三は瞼を閉じながら、軽く息を飲み込んだ。
「ワシは波をじっと見つめた事がある。」
なんと言っていいか分からず、親泰は答えられなかった。
「今も剃髪しているが、ワシは昔、小坊主だった。でもまあ、親が勝手に決めた事だ。
 ワシの生まれた村は貧しくてな、ワシのような望みもしない子が生まれると殺されるか、それとも寺に預けられるかだ
 運良くワシは親の胸三寸で殺されずに寺に預けられたわけだが、寺も寺だ。ワシのような小坊主が来るたび、『また、乞食の餓鬼が来た』といっていじめられた物だ」
311鬼の巣食う心 2/9:2005/05/25(水) 19:37:51
親泰は、信じられなかった。
この島に来て着替えていないせいか、服はなえてしわがよっているが、それでもきちんとした身なりであるし、
道三のような精神的にも肉体的にも『強い人間』がいじめられるなど、想像も出来なかったからだ。
何か言いたげな親泰を横目に、道三は、構わず後を続けた。
「ワシは思ったよ、いつか高僧になってこいつらを見返してやるとな。でもさっきも言ったように末法の世では寺も腐っているんだ。
 ワシのような身分も財も無いものは、いくら徳が高かろうと、修行を積もうと高僧にはなれない。
 逆にどんな悪逆非道であろうと、財とそれに見合う身分があればいくらでもどこぞやの寺からお招きが掛かる。そんな物だ。
 そんな現実を知ってまで慣れない空気の世界にいたくない。だからすぐにそこを抜け出したわ。」
今まで信じていた概念が崩される時というのは、どんな衝撃よりも人の気持ちを揺り動かす。
即ち、何かを発見したり、新しい面を見たりしたときには程度の差こそあれど人は狂喜乱舞し、悪い面や、信じられないことが起こったとき、人は悲嘆にくれるのだ。
親泰はまだ世間の様子を知らない子どもだ。今の親泰の気持ちは言うまでもなく後者だろう。
この話で彼が受けたショックは丁度同じ年頃に現実を知った道三と同様のショックだっただろう。
「寺に出たあといく当てもなくぶらついた。家に帰っても温かい飯など出るはずがない。出すような家なら子を寺に預けんだろう。
 しばらくは商人の真似事をして、その日その日の路銀を稼いでいたが、なれないことには手をだすべきとは良く言ったもの。
 すぐに一文無しになって、途方に暮れたワシは水に入ろうと思ったのよ。」
親泰は益々信じられなくなった。今目の前にいる生きるという意志の塊のようなこの父親が、最も似つかわしくない発言をしたからだ。
一息置いて、やや声のトーンを高くして感慨深げに道三はその先を語った。
312鬼の巣食う心 3/9:2005/05/25(水) 19:39:10
「その時だ。今にも水に入らんとした時にワシは波の力に気付いたのよ。いくら水に入ろうとしても、ぐいぐいと陸へと押し返す波の力に。
 波なんて物は、桶で汲み取ってしまえばただの水だ。そうでなくても凪が無ければ海もただの大きなじったんぼ(水たまり)に過ぎん。
 しかし、そのたかが水が、一度勢いを持ったなら、人ひとりはもちろん、嵐に乗れば村一つ軽く押し流す力となるのだ。」
「そしてワシは気付いたのだ。ワシはこの波と同じ。嵐がなければ力のないただの水。坊主や商人などと平和な暮らしをしていたのでは何時までもただの水だと。
 しかし、その廻りではどうだ?日々、戦という嵐が吹き荒れる。嵐に巻き込まれればそれまでと考えるのは実に惜しい。考え方を変えれば勢い良く出船が出来るよい時節なのだ。
 時にベタ凪の時もあるだろう、しかしワシは波だ。嵐のたびに再び蘇える。そう思ってワシは槍の稽古を始め、仕官したのよ。」
親泰はやっと道三の言わんとしている事が分かった。これは薀蓄の名を借りた、道三の昔語りだったのだ。
しかし、この話を聞いて、親泰は一抹の疑問を覚えた。
―おかしいな、父上はそのようなおひとだっただろうか・・・?
道三はプロとは言っても全能では無い。道三の昔語りで、同じ様に昔語りをした本当の父・国親との記憶が戻りかけ、綻びが生じたのだ。
しかし、道三は起き上がっていた親泰の肩をがっしりと掴んで、その双眸をしっかりと見ながら言った。
「人は波。そして波は力だ。親泰、お前もそうだ。ワシの子たるお前はワシよりもよい嵐を受けて大きな津波となれ。
 この島はいわば、吹き荒ぶ風が集い、吹きだまる場所だ。この嵐の中で大いなる波になれるか、それとも風に打ち砕かれるかはお前次第だ。
 弱ければ、風に木っ端微塵にされ、強ければ風に乗った大いなる五百重波(いおえなみ)となる。」
親泰は道三の厳しい言葉に気圧され、気後れした。親泰ほどの子どもなら当たり前の反応だろう。
それを見た道三は、不意にいつもの道三とは全く違う目をして言った。
「今度、共に海の波を見に行こう。お前も一度あの雄大で力強い波を実感するといい。」
313鬼の巣食う心 4/9:2005/05/25(水) 19:40:17
厳しい時の道三の声でもない、郷愁に想いを乗せる昔語りの声でもない、今までとは明らかに異質な道三の声と言葉に親泰は目をぱちくりとしばたたく。
遅れて、顔に満面の笑みを浮かべて、
「はいっ、是非とも」と明るく返事をした。

―完全に堕ちたな
道三は親泰の無邪気な笑顔を見て、そうほくそえんだ。
自分の身の上話をする事によって相手に親近感を湧かせる。・・・道三の常套手段であった。
現代でも結婚詐欺師などにこの方法で騙される人間が大勢いるのだ、親泰のような子どもなど、道三にとってはまさに赤子の手をひねるような物であったろう。
今や、親泰は最後の綻びさえも疑う事はない。道三の飴と鞭の洗脳はこれでほぼ完成に至ったのである。
こうして、一も二も無く親泰は、道三の思惑通り「子」を演じ続ける操り人形と成る最後の糸をその心に結ばれた。

夜の名残が残る少し冷たい空気が漂う中、一台のトラックが森の中を慎重に、かつ大胆に走っていく。
その助手席で、少年は既に目を覚ましていた。
隣には父と仰いだ道三の仇・重秀がトラックのステアリングを握って、右へ左へと、そのトラックを操っているのが見えた。
後では、少し揺れるのも気にせず、無愛想で何を考えているのか良く分からない男と、鎖帷子の片篭手をつけた男が静かに寝息を立てている。
恐らく、交代で一人が車を動かして移動して義輝を探し、その間に後で一人ないしは残った二人が休んで英気を養っていく算段である。
少年が寝首を掻こうとしても、簡単にはそうさせてくれないらしい。
―こんな時、どうすれば良いのですか、父上?
少年は寝ているふりをしながら、道三が物を思案していたときのように黙って考え始めた。
314鬼の巣食う心 5/10:2005/05/25(水) 19:42:24
恐らくこの車に乗っている三人が三人とも、お互いを認め合うほどの実力の持ち主。
仇の男が鈴木重秀といって、鉄砲を使わせれば右に出るものは居ないらしい。
そして、僕の真後ろに座っているとっつき難い男は長尾景虎。この漢については良く分からないが、その屈強な体つきを見る限り、戦闘慣れはしているだろう。
残った片篭手の男が飯富昌景、実力の程は・・・木で出来た柄にとても一人分とは思えない血の染み込んだ両刃の斧を見れば大体分かる。
さらに、今この車を走らせて、迎えに行く者がいるという。そいつも刀の腕が立つらしく、これ以上増えては敵討ちどころではない。
何とかその「ショウグン」が来る前に敵討ちは遂行しなければならない。父上の為にも。
だが、今も屈強な三人に囲まれている状態では、例え寝ている二人のうち一人を不意討ちにしたところで、起きている人間に抑えられるだけだ。
かといって、起きている人間に襲い掛かっても、一撃で留めをさせなければ、声を上げられてそれまでである。
今もって居る武器で一撃必殺を期すには僕の居る場所からでは大きく構えなければならない、そうすると、気付かれずにというのが無理になる。
八方手詰まりとはこの事だ。

親泰はこのまま好機を待っても良かったのだが、仇である重秀と一緒にいるのを嫌い、4人目の存在に焦っていた。。
トラックの運転席は狭く、重秀の手が、足が、そして顔が親泰の目に映るたび、親泰は殺意を煮えたぎらせていた。
つい5日前まで虫すら殺したことも無かった親泰が、ここまで憎悪に身を委ねる事があっただろうか?
殺す、懲ろす、頃す、葫蘆す、蠱賂す、ころす、こロす、コロす、コロス、コロス、コロス・・・
今、親泰の心にはただ一つ、その言葉だけがぐるぐると渦巻き、頭にはその実行方法を導く計算式しかなかった。
ここまで、親泰を文字通り変心させた道三がその作品より先に死んだのが何よりも皮肉であった。
315鬼の巣食う心 6/10:2005/05/25(水) 19:43:02
深く考え込んでいて、遠くに行っていた親泰の意識は、不意に足にコツンと当たった堅い感触によって引き戻された
―なんだ?
親泰は重秀に気付かれないよう、なるべく動かないでそれに触れる。
冷たい、―丁度、この小さな部屋の三方に張られたビードロのような感触が、親泰の手の平に伝わってきた。
大きさも重さもそれほどない小物だ。武器だったとしてもそれほど意味のありそうなものではない。
しかし、今、少しでも武器が欲しい親泰にとっては、相手の武器を減らし自分の武器を増やす良い機会だった。
親泰はその丸い小物を拾い上げると、静かにそれを自分の股の中にはさんだ。
すると、なんとも形容しがたい糞水(石油)の臭いが親泰の鼻を突いた。
細目を開けて見てみると、澄んだ糞水がビードロの容器に入っており、その口から、糞水に浸された布が覗いている。
油の入った容器と、その口から出ている油に浸された布。その用途は考えるまでもなくすぐに分かった。
着火の為の火縄は景虎が火を消した状態で持っていたが、幸いな事に親泰は今までハズレ武器だとしか考えようのなかった武器を持っている。
―父上・・・これも父上のお導きなのですね。
親泰は静かに、亡き『父』に感謝の祈りを捧げた。

だが、そこで親泰はすぐにも火をつけようとする自分の手を止めて考えた。
―確かに、この狭い部屋ではこれだけの油でも十分な殺傷力を持つだろう。
―だが、本当にそれでこの男を確実に殺すことができるか?
親泰の疑問。それは最もだった。
火炎という物は、人が思っているよりもあまり殺傷力がない。
ただ、人間を含む全ての生物は火炎に対して恐れを持ち、その存在に困惑する。それが一番恐ろしいのだ。
―だが、この男達は戦慣れしている。もしも火に対しても耐性を持っていて、冷静に対処されたら?
火に対して冷静に対処できる人間に火はあまり効果を発揮しない。
―それに、今まで僕は何を勘違いしていたんだ。
―仇の仲間は多くても、とるべき仇はただ一人。残りの二人はその他大勢に過ぎない。気付かれてもかまうものか!
「仇さえ取れれば」。
その言葉は奇しくも道三の残した「物事の本質を見極める」という教えに親泰の脳内で見事に合致し、それまでの思考を全て切り替えた。
316鬼の巣食う心 7/10:2005/05/25(水) 19:43:31
―そうさ、仇さえ取る事ができればいいんだ。
思ってからの親泰の行動は早かった。
素早く、重秀の隣に立てかけるようにしておいてあったオウル・パイクを手にする。
しかし、重秀は槍を取った親泰の妙な動きに即座に気付き、親泰の方を向いた。
「おい坊主、何か・・・」
言いかけたときに重秀は、血走った目でこちらを睨む親泰と、それと同じ方向を向いている銀色の矛先を見てしまった。
その刹那、親泰の目がカッと見開かれたかと思うと、その刃が重秀の心臓にに向かって迫り来る。

重秀は道三の洗脳を甘く見ていた。
確かに、常識的な人間を助けたのならば彼は感謝されこそすれ、憎まれたりなどしないだろう。
しかし、それはあくまで常識の範疇での話である。
道三の催眠効果は、親泰の若さもあって、重秀の予想を遥かに上回る浸透度であったのだ。
そして何よりも、催眠効果と相乗して、「どんな形であれ、この島で自分を護ってくれた」という親泰の意識が重秀にも、いや育て上げた道三にすら予想出来なかった。
その心は小さくあるがゆえに、染まりやすく、歪みやすく、壊れやすい。
道三の手に染まり、考えを歪まされ、理性の壊れた親泰の思考は常識のものさしではかれる範疇の物ではなかった。
いまや、重秀という仇しか見えないその瞳は年相応の輝きを失い、まるでひびが入ったかのように血走り、どろりと濁っていた。

しかし、重秀もそこは並大抵の人間ではない。とっさに空いていた右手で槍の軌道を変える。
心臓を狙っていた穂先はステアリングを握っていた重秀の左手を貫き、なんとかいきなりの攻撃で命を落とす事は無くなった。
だが、動脈に近い場所を貫かれたらしく、小さな部屋の屋根と窓ガラスに重秀の腕から赤い血飛沫が吹き付けられる。
同時に、刺された痛みで、筋が強張った重秀の足が思い切りブレーキを踏みつけて、車は凸凹した地面の上に積もる落ち葉の上を滑るようにバウンドして、
激しい衝撃と共に止まり、後の二人も鼻先を突く血の臭いといきなりの震動に目を覚ました。
317鬼の巣食う心 7/10:2005/05/25(水) 19:44:45
―慣れない物を動かしている時に不意を突かれたとは言え、やっちまった。
重秀は苦悶の声をかみ殺して、深く刺さった穂先を自身の左上腕から引き抜く。
ずぶりと言う音と共に、赤色の化粧が掛かった鉄の光沢が姿を現し、それを追うように血が流れ出た。
その血を拭き取る事も無く、重秀は親泰の方を振り向く。
道三といえども、生物的な面までは変えることは出来なかったのか、親泰はブレーキの衝撃に怯えて槍を手放し、キッと閉じていた目を恐る恐る開けた。
「重秀殿、その傷は一体どうしたのだ!」
重秀の濃い血の臭いとで、後部座席で体力を回復していた二人も一瞬で覚醒し、目の前で起こっている異常事態に気付く。
あの悲しみと暗闇を湛えたような瞳をした少年が、その瞳を充血させており、その視線の先で重秀が血を流している。
それだけで、修羅場慣れしている昌景と謙信には大体この異常事態が理解できた。
理解はできたが、予想だにしていなかったこの異常事態に、戦慣れしているとは言えど、体は動かない。
その点ではブレーキを予想していなかった親泰も同じであったが、不意を突かれ、激痛に思考が占領されている重秀や、起きたばかりで思考がままなっていない状態の昌景や謙信より、
どうやって3人を仕留めるかという考えで、頭がずっと覚醒していた親泰のほうが先に次の行動に移ることが出来た。

だが、落ちた槍を拾って、狙いを定めなおしていたのでは遅すぎる。相手は武術の達人だ。
予定は狂ってしまったが、親泰は躊躇う事無く、膝に挟んで立てていた火炎瓶を後方助手席に投げ込む。
あらかじめ布を取り除かれていた瓶はくるくると空中を舞うごとに中に入った油を撒き散らし、運転席中に油が引っ掛った。
特に、重秀も景虎もいきなり投げ込まれた瓶とそこから出た異臭を漂わせる液体を避けようともしなかった為、多くの油を被った。
親泰が謙信によって座席越しに羽交い絞めにされ、昌景が槍の近くにある親泰の細い手を握って抑えつける。

親泰はもう、迷わなかった。
完全に取り押さえられる前に自由になっている最後の手で、その小さな「狂気」のトリガーを引き絞って火を灯した。
318鬼の巣食う心 7/10:2005/05/25(水) 19:47:06
その瞬間、空気中に漂っている気体化したガソリンに火が燃え移り、一瞬にして大きな音と、目を焼きつくさんばかりのまぶしい光、そして爆発的な炎にトラックの小さな運転席が包まれる。
当の親泰すら予想しなかった、音と光そして炎の三重奏には一騎当千の男達三人も脳に叩きつけられた危険信号に、親泰の事を忘れて脱出の事に頭が切り替わる。
だが、ただ一人だけ、親泰だけが燃えさかる炎の中で動こうともせず、ただ安らかな笑みを浮かべていた。
―は、はは、これでよかったんですよね父上・・・。
親泰はその炎から逃れようとしない。そのちんまりした服も、小さな体も、歪み始めた心も全てが燃えていく。
その中で、赤い赤い炎の中に、親泰は父との思い出の一つを見つけてそれを握り締めた。
長曾禰虎徹。
重秀を狙うといったとき、父は戦闘に有利であるといって、自身が一番使い慣れていた槍をあっさりと親泰に渡して、
自身は代わりに不慣れな刀を持ったために殺されてしまった。その因縁の刀だ。
―僕、父上のように賢くなくて、上手く仇を討つ事ができませんでした・・・。
―でも、仇討つ事ができないのなら、せめて父上の元で冥土の露払いをいたします。
―だから、いつか、いつか、一緒に海を見に連れて行ってください・・・。
そう考えて、覚悟を決めたように目に蓋をして、ただ親泰は死の時を待とうとした。
すると、その刀を握った手が、厚い皮が張ってごつごつした大きな手で包まれる。
―この手は・・・父上、お迎えに来てくださったのですか?
思って、その手を強く握り返す。

次の瞬間、握り返したその手に勢い良く体が引っ張られ、追いすがる炎よりも早く親泰の体が車の外へと出て、そのまま森の奥へと引かれる。
慌てて親泰が見上げると、重秀が自身の肩の辺りに炎が燻り、傷口を焼いているにも拘らず、残った右手で、親泰の手を握っていた。
直後に着火の時とは比べ物にならない、耳を劈くような轟音と、瞼を閉じてても焼きつくような光、そして激しい熱波を出す炎がトラック全体を包んだ。
319鬼の巣食う心 8/10:2005/05/25(水) 19:48:26
運転席から漏れた火がトラックのガソリンに引火したのだ。黒煙がもうもうと立ち上る。
重秀の誘導でかなり離れていたにも拘らず、その爆発は親泰の肌にひしひしと感じられた。
離れていてそうなのだから、あのトラックの中に居て、生き残れる人間など居よう筈も無い。
もし、重秀が少しでも親泰を引っ張り出すのが遅かったのならば、親泰は勿論、重秀もあの炎に包まれて、消し炭になっていたことであろう。
―そんな、危険を冒してまで、どうして・・・?
親泰には分からなかった。道三は現実的な事だけを教え、他人に助けてもらうという不確定要素は当てにしないよう、
同時に、危険時に人を助けるなど愚の骨頂であり、自分が生き残る事こそが最重要と教えられてきたからだ。
道三の考えを逐一叩き込まれた親泰には重秀の行動は不可解極まりない物だったのである。
「どうして・・・?」
煙を含んだ声で、親泰の口から素直な疑問が漏れた。
重秀も昌景達を探していたのか辺りを見回していたが、親泰の声に気付いて振り返る。
「馬鹿野郎・・・、いいか、桃太郎は目の前で鬼が何もしていない人を殺したり、苦しめていた時にどうした?」
いきなり、重秀が顔に似合わない御伽噺を持ち出したことに困惑するが、親泰も素直に答える。
「鬼を退治して、皆を助けました。」
「そうだ。そして、今お前の心の中には鬼が巣食っている。その鬼がお前を焼き殺そうとしたんだ。」
「えっ・・・?」
「だから、俺はお前を助けたんだ。そして、今からお前の心の中の鬼を退治しようと思う。手伝ってくれるか?」

道三の洗脳はあくまで洗脳。脳の深層、幼児時代の記憶にまでは届かない。小さな頃の記憶と善悪感は親泰の首を元気良く縦に振らせた。
「そうか。こうやってると、歳相応の素直さじゃないか。・・・っと、昌景、景虎、無事だったか?」
重秀の四川の方に振り向くと、大きな斧をぶら下げた片篭手の男と無愛想な男がこちらに歩いてきていた。
「ああ、刀を車の中に忘れてしまったが、火傷の方はまぁ大丈夫だ。ついでに、火事にならないように、車の周りの気を切り倒してきた所だ。」
「だな。私も両腕がしばらく痛みそうだが、問題ない。」
二人とも、親泰の方を見ても全く怒ったそぶりを見せない。
320鬼の巣食う心 9/9:2005/05/25(水) 19:49:17
「ごめんなさい」
三人が振り向く。以前の親泰であれば、こんなにも無防備な三人に襲い掛かっていたかもしれない。
だが、親泰が道三から教えられた世界観と、この三人の行動はまったく違う。いわばイレギュラーだ。
三人の行動は理解できない。その為に、道三に教えられた世界観にひびが入り、代わりに幼児時代の世界観が親泰に謝罪の言葉を述べさせたのだ。
「ごめんなさい」
もう一度、親泰が言う。
「子どもの頃に間違いはある物だ、気にする事は無い。」
「火遊びは火傷せん程度にな」
「景虎は火遊びをしたことがあるのか?」
「ああ、天室和尚に後でひっぱたかれたがな。ん、昌景どうした?」
「いや、越軍の景虎殿にそういう話があるのが意外でな」
「まぁ、火遊びはしない方がいい。私のようにひっぱたかれたくなかったらな。」

「だな、親泰そういうことだ。」
三人は親泰の罪の意識を刺激しないよう、ぴったりと意気のあった会話で、親泰を許していた。
そして、それを聞いていた親泰の顔にもだんだん笑みが戻ってきた。
「じゃあ火は見飽きたし、今度は海に行ってみるか?」
「そうだな、この火は義輝殿を引き付ける以上に敵をひきつけかねんしな。」
「火傷の治療は早いほうが良い。以前、朝信がそう言っていた。」
三人が口々に自分の違憲を言う中、親泰は一人呆けたような顔をして黙っていた。
「どうした、親泰?」
親泰の様子にかがついた重秀が尋ねる。
―海・・・何かあったような。何だったっけ?
親泰の心から少しずつ鬼が追い散らされていっていた。

【44番 香宗我部親泰 『長曾禰虎徹』】
【29番 飯富昌景 『オーク・Wアックス』『フルーレ』】
【58番 鈴木重秀 『USSRドラグノフ(残弾4発)』『SBライフル(残弾14発)』】
【69番 長尾景虎 『片鎌槍』『十手』】 
トラックは爆発して無くなりました。誰かがこの騒ぎに気付いた可能性があります。
『チャッカマン』、『吉岡一文字』『オウル・パイク』は焼失。
321外伝・復活の狼煙?1 ◆c7t0idYOLg :2005/05/28(土) 23:22:16
猫である自分…
もう、人間として生きていけない…
天下を取る夢も捨てなければならない…
もう、全国のおなごと戯れる事ができない…
あれこれ考えていると、人間であった自分が恋しくなったのだろうか涙が溢れた。
(これから、如何しようか。猫として生きる?それは嫌だ。
 じゃあ、人間に戻る?どうやって…)
頭の中に数々の思考が巡った。
(わしは猫? 猫は輝政? 輝政はわしの息子? わしの息子は・・・
 長政・・・長政・・・そうだ・・・長政なら何とかしてくれるかもしれない。)
322外伝・復活の狼煙?2 ◆c7t0idYOLg :2005/05/28(土) 23:22:46
その後、何処からともなく声が聞こえてきた。
「あはは〜さっきから聞いてたけど、おかし〜」
(だ・・・誰だ。名を名乗れ。)
「気づかないの〜?わたしはわたしだよ。わからないの?」
(むむむ・・・わからぬ。)
「あなたはあ・た・し。これでも分からない?」
(わからぬ・・・)
「もういいよ。おしえてあげな〜い」
(そう言われると、気になって来た。教えてくだされ。)
「あたしのなまえはて・る・ま・さだよ。」
(て・・・輝政?なんで輝政がいるんだ?)
「これはもともとあたしの体だよ。人の体乗っ取ってそれはないんじゃない?」

そう。久政は輝政の体を乗っ取ったが、如何せん頭が悪いのか脳全体を支配できなかった。
つまり、この猫は輝政と久政の二人が共有しているという状況である。

「そういえば、元の体に戻りたいんだよね。」
(うむ。如何すればよいのだろうか?)
「多分、あなたの言っている長政でも無理だと思うよ。それよりも、もう一度このゲームに参加したほうがいいんじゃない?
 ほら、誰かを倒したら、天皇から褒美を貰えるって放送あったじゃん。」
(そういえば、そういう事を言っていたな。しかし、この体では無理…じゃないかもな)

猫になった久政はゲームに復帰するのか!?
それはまだ誰にも分からないのであった。
323弟同盟1:2005/06/02(木) 20:17:16
炎と黒煙は全て消え、荒々しい油の臭いはもうしない。肌をくすぐる涼しい風がとても心地いい。
風に乗り、舞い上がる花びらが雪のように儚げに散ってゆく。踊らされた花びら越しに見るその世界は、それ自体夢のようにおぼろげ。さっき起こった事態などとは別の世界に居るようだ。
静かな時間を取り戻した四人は、爆発地点から少々離れた深めの草原地帯で穏やかな風に身を任せ、簡素な応急措置を施しながら話していた。

昌景「気に病むことはない。あのような狭い部屋に男四人で、いい加減むさいと思ってたところだ」
重秀「でぇーい!今さらなにを!」
景虎「はっはっは」
重秀「オレはむさくねえ!」
景虎「はっはっは」
重秀「はっはっはじゃねー!」
景虎「ふっふっふ」
重秀「はっはっはじゃねーし、ふっふっふでもねえ!」
景虎「ふふ、変わった男だ・・・」
昌景「ははは、そうですな」
親泰「・・・(ぼーぜん)」
重秀「黙ってねーでお前もなんとか言え!」
親泰「あてっ!」
ペチンと頭をはたく重秀。どうやら丁度いい高さに親泰の頭があったかららしい。

重秀(いててて・・・、血は止まったがまだかなり痛むな・・・)
軽く叩いたつもりだったが、どうやらその程度でも彼の手は痛むようだ。いや、むしろ何もしていなくとも傷口はジンジン痛む。
324弟同盟2:2005/06/02(木) 20:17:54
重秀「お前の親父の名前は?」
親泰「斎藤道三」
重秀「だから違うっつーの!!痛ぇっ!」
怪我している方の手で小突いてしまった。咄嗟の行動だが、なかなか代償は大きかったようだ。
親泰「お兄さん手が真っ赤だよ(血で)」
重秀「お前がやったんだろうが!あでっ!」
昌景「おお!関西名物手の甲突っ込み!」
景虎「否!重秀は紀伊の者、あの童は土佐の生まれらしいぞ」
――ビシィィッ!

昌景「・・・?・・・(ビシィィッ!?)」
景虎「・・・、・・・、・・・、・・・」
昌景は、視線を段々下げて、自分の胸部に鋭く炸裂する景虎の手の甲をじっと見つめた。
・・・そのまま暫し時間が止まる。
二人の居るその僅かな空間だけ、冷たい空気が流れた。

昌景「景虎殿・・・、その手・・・」
景虎「!!」
昌景「・・・、・・・、・・・、まさかその・・・」
景虎「・・・、・・・、・・・、・・・き、気にするな」
突っ込みである。それはもう、見事な型のそれであった・・・。
あまりに突然の遭遇となった意外な一面に、昌景は見事に射抜かれ、精神と肉体の一致が出来ないで、ただその場に立ち尽くしていた。
――世に名を知られた軍神と言えど、踏み込んでみたい領域もある・・・、らしい・・・。
その空間だけ隔絶され、虚無の空気が漂っていた。
やがて一呼吸おいて、意識を取り戻したときには、二人そろって大声を上げて笑った。先程の修羅場が嘘のようだ。

親泰「うわ!びっくりした!」
重秀「・・・まあ、あれだ。・・・いいか?今のあいつらは見て見ぬフリをしろ。バカがうつる」
親泰「え・・・、う、うん・・・」
重秀「よし。ここからが大事だ。いいか?よく聞けよ」
親泰「は、はい」
325弟同盟3:2005/06/02(木) 20:18:57
重秀「長宗我部国親、この名前に覚えあるだろ?」
親泰「・・・チョウソカベクニチカ・・・」
その名を耳にした親泰の表情は、それまでのそれとは明らかに違う。その微妙な変化は重秀にも伝わっていた。
重秀「おう、それがお前の本当の親父の名前だ」
親泰「・・・チョウ・・・ベ・・・、クニチ・・・」
重秀「そうだ」

(――チョウソカベクニチカ)
(――チョウ・・・ベ・・・・カ・・・)
(――不思議な名前だ)
(――どこかで聞いたことあるような・・・)
(――う、うぅぅ・・・、あぁ・・・・)

重秀「・・・どうした?」
その様子に気づいて、景虎と昌景も振り返る。
親泰「・・・・・・!!あ、頭が・・・、頭が痛い・・・!」
重秀「お、おい!大丈夫か?}
景虎「む、それは恐らく外部的な物ではないだろう。内に潜むそれと戦っておるのだ」
重秀「やれやれ、思ったよりやっかいな代物だな。ここまでとは・・・、正直甘く見ていたぜ」
現実味はないが、それは確かに現実だった。
昌景「木陰へ運ぼう。少し横になるがよかろう」
あくまで冷静さを失わない景虎と昌景はさすがだ。現時点で出来うる最良の手段を瞬時に判断し、行動に移る。
326弟同盟4:2005/06/02(木) 20:22:17
重秀はあの時、すぐさま武器を捨て、戦意が無いことを相手に示した。だがそれは知りもしない相手には、軽率過ぎた行動だ。
警戒を解くどころか、逆に警戒を強めた道三は、敵意を剥き出しにして襲ってきた。結果降りかかる火の粉を払う形となった。
だがこの子供はそれを知らない。重秀本人によって当身を食らわされ気を失っていたのだ。重秀を一方的に疑うのも無理はない。そして更には洗脳という内に潜む悪魔の存在。
この子供が自分を攻撃的な目で見ることには気付いていた。いや、それは他の二人も気付いていただろう。

重秀(「非道を犯す者なら本来斬って捨てるところだが、そうも行くまい。救えそうな者はなるだけ救いたい。ましてや子供を見過ごすことなど出来ぬ」ってな感じに言うだろうな。昌景サンなら)
それは重秀も同じ考えだった。

重秀(まあ・・・、てめぇで気絶させといてシカト決め込むわけにもいかないよな・・・)
重秀(でも、結局、俺が感情に任せてあの爺さんを殺っちまったことから、小僧の苦悩は始まったんだ)
重秀(小僧の心に未だ残るやっかいなこの悪魔を、俺は取り去ることが出来るんだろうか?現に、本当の父親の名前を聞いただけで苦しんでいる程だ。こいつはだいぶシャレにならねえ)

木陰で横たわる子供の姿を見て、重秀の胸にはなんとも言い難い、やりきれない気持ちが在った。
以前の虚無よりもなお暗い闇を湛えていたこの少年の瞳は、今はもう大分透き通っていた。それだけが重秀にとって救いだった。

景虎「・・・お前もあまり苦しまぬことだ・・・」
重秀「ああ、そうだな。・・・え?う、うわ!軍神サン!!突然びっくりした!」
明るく振舞う重秀の言葉裏に、迷いや後悔がたっぷり詰まっていることなど景虎ほどの男が見抜かぬはずはないだろう。
重秀「(・・・ははは、この人には勝てんな・・・)ま、全く、人の心に土足でヅカヅカと入ってきやがって・・・。まあいい。ちょっくら辺りを見張ってくるぜ。おい小僧、安心して休んでな。昌景サン、小僧をよろしく頼むぜ。アンタが一番好かれてるみたいだ」
昌景「油断するな。気をつけろ」
重秀「なに。心配するな。俺様は視力も逃げ足も天下一品よ」
景虎「それでは小生も共に行こう」
重秀「あ?ああ、・・・すまねえ軍神サン。ありがてえ(一応心配してくれてんだよな?)」
327弟同盟5:2005/06/02(木) 20:23:43
自分で収拾をつけたかった重秀の心情を酌んで、あえて傍らで見守っていただけの景虎だが、そろそろ協力を申し出てもよい頃合と判断したのだろう。
見張りは口実で、苦悩する己の心を見透かされた気恥ずかしさにより気分転換を図ろうと試みたはずの重秀だったが、共を申し出てくれたこの相棒の気持ちは素直に嬉しかった。
そして強さの点でも申し分無い。あの長尾景虎をお供に連れることが出来るとは、なんて贅沢な事であろうか。重秀は武人の心を震えさせ、景虎を連れてその場を離れた。
その場で見送った昌景には、去り際の重秀の横顔は戦士の顔つきを取り戻していたように見えた。時折悩みの色を浮かべていた表情も、一瞬だけ安堵を見せた後、きっとすぐさま凛々しい本来のものとなっているだろうと、重秀の後姿を見ながら昌景は思った。

昌景「あやつはあれでも申し訳ないと思っているのさ」
親泰「・・・え?」
昌景「元来不器用者故、心内を語りたがらぬが、あやつの心は、自らの軽率な行動によってお主を苦しめたことを悔いておる」
親泰「・・・なんとなく、わかります」
昌景「優しい子だな。それを知ったらきっとあやつも喜ぶだろう」
親泰「い、いえ」
昌景「ふふふ、照れるな。さあ、今はあやつらを信じてゆっくり休め。生きてここから帰る為にもな」
親泰「はい!」
328弟同盟6:2005/06/02(木) 20:24:36
暫く辺りを見張っていた二人だが、やがて近辺に一人の人影が現れた。人の笑い声とは得てして人を引き付け易い。恐らく先ほどの景虎と昌景の大きな笑い声に釣られてやってきたのだろう。
迂闊に大声を出したことを詫びようと、景虎が言葉を発するより早く、重秀の目が輝いた。
恐るべきその視力と下心とで、その人物が女性であることにすぐ気付き、心を躍らせていた。

重秀「これはこれはなんと麗しい、こんなところで素敵な女性に出会えるとは。俺は重秀、この余興から君を護る為に帝に一泡吹かせようと思うんだ」
先ほどの難問題等どこ吹く風か、重秀は恐るべき速さでその女性、ノドカに近づき、プレイボーイ特有の、ナンパ用の爽やかスマイルとスウィートボイスでさり気なく肩に手をまわした。

ノドカ「あら、ウフフ・・・、いい男ね」
ノドカの言葉に重秀はウィンクと調子のいい口笛で答えた。が、その言葉に特別な感情が含んでおらず、軽くあしらわれたこともすぐに察知できたので、重秀にとっては残念な反応であった。
しかし、ノドカから離れようとしない重秀を見かねた景虎は静かに忠告する。

景虎「・・・状況を見極め、時には退く判断も必要だぞ」

――パチーーーン!!!
その直後、辺りに渇いた大きな打撃音が響いた。
景虎「・・・天の戒めに感謝する」
その言葉に気付いたのか、ノドカは景虎に微笑を浮かべながら去っていった。
329弟同盟7:2005/06/02(木) 20:25:41
さて、しばらく経って、彼は自らの若い行動を省みている頃だろうか。

重秀「はっはっは!いやぁ、気の強い姉ちゃんだった!」
どうやらそうでもないようだ。元来お気楽者の彼の辞書に、そのような言葉は無いらしい。
重秀はマンガのように、ほんのり焦げてチリチリになった髪の毛に手を突っ込んで掻きながら愉快に言った。
ほっぺたには、真っ赤に腫れた手の平の痕が付いていた。やはりそれも、マンガのようだった。

景虎「ふっ、憎めん奴だ」
重秀「おうおう軍神サンよォ!オレはやるときはやる男だぜ!はっはっは」
景虎「・・・ふっ」
重秀「さて、そろそろ戻るとするか!」
景虎「恋の傷は子供にでも癒してもらうんだな」
重秀「アーアー、聞こえないフリ聞こえないフリ・・・、っと、なんだ、こっちに来たのか。よく俺達の居場所がわかったな」

昌景「全くお前はこんなときでも気楽なものよ・・・。よく響いておるぞ、お主のデカい笑い声は。・・・少しは用心せい」
すっかり回復した親泰を背負い、どこからともなく現れた昌景が呆れた様子で呟く。
重秀「おお?なんだ?お前今笑いやがったか?このガキが!」
今度は頭をやめて、親泰の脇腹を擽っている。
親泰「うわわわわ、あ、あはは、あはははは!や、やめてよぉ、もう」
景虎「・・・ふっ」
昌景「お前は全く、やかましいな」
二人もついつい笑みが零れる。戦い慣れした男二人の、ひと時の優しい笑顔だ。
330弟同盟8:2005/06/02(木) 20:26:47
重秀「お前の親父の名前は?」
親泰「え?またそれ?」
重秀「いいから言ってみやがれ」
昌景「お、おい!具合もたった今良くなったばかり・・・」
親泰「長宗我部国親!」
いきなりの成り行きに、親泰は重秀を見つめ、目をしばたいたが、やがてはっきりと、そして堂々と言い放って見せた。
昌景「おお!」
景虎「・・・長かったな」
重秀「ああ。まだこの島のどこかで生きてる兄貴を探して、国で待ってる親父の元へ帰ろうぜ」
親泰「はい!」
重秀「で、お前の兄貴の名前は?」
親泰「・・・、サ、サイトウ、ドウサ・・・」
重秀「あーあー、聞こえないフリ聞こえないフリ」
昌景「・・・やはりかなりやっかいな代物のようだ」
景虎「・・・腹が減ったな」

トラックに詰めてあった食料はもうない。
小柄な昌景に背負われた、もっと小さな子供の罪悪感を掘り起こさない為にも、彼らはそのことには触れずに食料配布地点に足を向けた。
この僅かな間に、色々なことがありすぎたのだ。子供の親泰だけでなく、屈強な武人三人も己の空腹に気づいていたところだ。
331弟同盟9:2005/06/02(木) 20:28:16
昌景「迂闊にも出遅れてしまったようだ。放送から大分経っておるな。まだ残っておるかな?」
重秀「無かったら、本当に海にでも行って釣りでもすっかい?おりゃ紀伊の海でよくやったもんだぜ。はっはっは」
景虎「ふふふ、小生もだ」
親泰「あ、僕もです。土佐の魚は美味しいですよ」
昌景「ほう。景虎殿や親泰もか。山育ちの私は川釣りしかしたことはありませぬな。国へ帰ったら土佐にご馳走に参ってもよろしいかな?」
親泰「はい!お待ちしております!ああ、もう自分一人で歩けます」
昌景「そうか。だが無理はするなよ。決してだ」
親泰「はい」
重秀(ふぅ・・・、よかったぜ・・・。とりあえずなんとか元気になってくれたようだ。ちょっとは俺にも心開いてくれたのかな?)
重秀「・・・」
親泰「・・・?」
重秀「おう」
親泰「は、はい?」

無言で見つめられたあと突然声をかけられ、子供の親泰は驚いた。
――真剣な顔だ。爆発から救ってくれたときと同じ顔だ。
重秀「一時の感情に流され、道三とかいう爺さんを殺っちまったのは謝る。仇と思いたいなら一向に構わん。この命が欲しいのならくれてやる」
親泰「え?」
重秀「だが、この島を脱出するまで、すまないが預けてくれ」
親泰「ええ?」
重秀「お前の兄貴には恩があるんだ」
親泰「僕の兄上に?」
重秀「ああ、すまねえ、一番上の兄貴の元親の方だ。ま、いきなりこんなこと言われてもわからんだろう。詳しく聞きたけりゃいずれ話す。とにかく、弟であるお前を無事な姿で兄貴に会わせることが、勝手だが俺の恩返しになるんだ」
親泰「え?あ、はい・・・」
重秀「俺も末弟だ。お前と同じく兄貴が居る」
親泰「え?お兄さんにも?」
重秀「ああ。あいつらの背中を追ったから俺は強くなれたんだ。お前にも元親という大きな背中がある。その背中を忘れない限りお前はどんな難にも負けはしない」
332弟同盟10:2005/06/02(木) 20:30:17
この人は悪くない。でもだから道三が悪いのかといったら、それも違うように思えてならなかった。理由や経緯は異なれど、二人共自分を護ってくれたことには違いない。
この島に居る誰もが、狂った余興に放り込まれた被害者なのだ。段々と意識がはっきりしてきた親泰の頭に、この余興そのものに対する怒りの感情が生まれ始めていた。
昌景「ふふ、兄貴か。私にも故郷に兄者が居てな。故にそやつの言うこともよく分かる」
親泰「・・・あに、・・・うえ?モ・・・、モトチカ・・・?」
親泰は、重秀の顔を見、その後ゆっくりと空を見上げた。その名前は、聞いたことあるような無いような、やっぱり不思議な名前だと思えた。
――兄上・・・?
景虎「・・・ふふふ。そのような者が小生にも居たな。そういえば・・・」


自分の息のかかった者を、余興を動かす駒として送りこむ、常套手段の一つ故、それ自体は容易に予想は出来るだろう。
だがまさか、長宗我部元親、これほどの男が“それ”であるとは
この時・・・
まだ・・・
・・・誰も知る由もない・・・。
333弟同盟11:2005/06/02(木) 20:31:10
【44番 香宗我部親泰 『長曾禰虎徹』】
【29番 飯富昌景 『オーク・Wアックス』『フルーレ』】
【58番 鈴木重秀 『USSRドラグノフ(残弾4発)』『SBライフル(残弾14発)』】
【69番 長尾景虎 『片鎌槍』『十手』】 
食料配布地点3-Eを目指します。
334KISS ME & KILL ME 1/14:2005/06/04(土) 22:58:31
「失礼します」
軽いノックの後、廊下に響く声と共にゆっくりと鉄製の扉が開かれる。
「待っていたぞ、ここに来い」
このゲームの名目的主催者である天皇のいるモニタールームより一回りか二回りほど小さい部屋。
その四方の壁を埋め尽くさんばかりの本棚と、その間に所狭しと並べられた書籍が入ってきた者を圧倒する。
その真ん中に少し古びた木製の机と、簡素な肘掛のついた椅子が置いてある。だが、椅子には誰も座っていなかった。
「早く来い、渡す物がある」
部屋の主でこの大会の実質的主催者のロヨラは部屋の右手にあるロッキングチェアに大きな革の袋を乗せて、立っていた。
手すさびにロッキングチェアをきいきいと軋ませながら、揺らしている彼はとても、この島で起こっているような邪知暴虐な事を考える人間には思えなかった。
頭から黒いローブを着込んだ従者はその姿を見つけると小走りでロヨラの傍に駆け寄る。
ロヨラはその従者の方を見やると、揺れるロッキングチェアを静かに手で止めた。
「お前にこれをある参加者の元に持っていって欲しい。」
言いながら、ゴルフバッグ大の革の袋を軽々と持ち上げて床に下ろし、そのチャックを静かに開けていく。
そこから姿を現したのはいくつかのパーツに分解されてもなお、かなりの長さをもつ『USSR PTRS1941』―通称「シモノフ対戦車ライフル」であった。
「その参加者とは、以前話されていた?」
その長大な銃身に少しばかりたじろぎながらも、従者が冷静に聞き返す。
「ああ、そうだ。」
言いながら、ロヨラは分解された銃身をそれぞれ、静かに床に並べて、その一つ一つを確認する。
「よほどイレギュラーを討った06番が気にいったのか、褒賞の品を聞くと、悪趣味な事を考える帝の割にはこんな物を出せといってきた。」
手を休める事無く、ロヨラは答えた。
そのまま、全ての部品と弾薬、そして説明書があることを確認し終えると、それを元通りに皮袋の中に戻していく。
335KISS ME & KILL ME 2/14:2005/06/04(土) 22:59:51
「ヴァリニャーノが出るとは言っていたが、今まで黙っていた彼奴がいきなり行動を起そうとするのも妙だ。」
言って、部品を入れ終わると金属のチャックをしめ直し、それを従者の方に差し出す。
「とはいえ、58番や69番のような者が我々には向かう動きを見せているからな。私は不測の事態に備えてここに残らなければならない。」
従者はその体に対してもかなり大きい皮袋を背負いながら、ロヨラの話を黙って聞いていたが、主の意を察して発言した。
「ですから、自分が浅井長政のもとへ行けばよろしいのですね?」
「そうだ。06番は今現在4-D付近で確認されている。、RouteTを使えばすぐに接触できるはずだ。」
「わかりました。仰せのままに。」
言い残して、かがみ込んでいた腰を上げて、そのまま部屋を出て行こうとする。
「待て」
今までになく、そそくさと立ち去ろうとする従者の様子を見咎めて、ロヨラが強い声で引き止めた。
「何か?」
振り向いた際に、烏色のローブの間から従者の横顔がちらりと覗く。
その奥の澄んだ瞳は紛れもなく、ロヨラの知っている従者のそれであった。
「いや、何でも無い。今、島は危険だ。フロイス達もきな臭い動きをしている。地下通路を通っている時も油断はするなよ、後から撃たれぬようにな。」
「お気使いありがとうございます。」
一礼して、従者は入ってきた時のように静かにドアを開ける。
そのままドアが閉まる、無骨な音が響き、部屋はまた無音の世界に戻った。
336KISS ME & KILL ME 3/14:2005/06/04(土) 23:01:45
・・・・・・。
しばらく前からあった誰かに見られている感覚は、気のせいなどではなく、やはり今、目の前に居る彼女の視線であった。
いつか会いに来ると予測はしていたが、それでも唐突な再開に動揺は隠し切れなかった。
当然、向こうにもこちらの心理状態は筒抜けらしく、ノドカの姿を借りたそいつは腕組みをして、余裕の笑みを浮かべている。
こちらは、ばれていると知りつつも少しでも自身の心理状態を悟られないよう、表情を堅く、無言のまま、相手の目を見据える。
沈黙が保たれたまま、お互いの視線が交錯、いや一方は頑なに見据え、一方は底の知れない目でそれを受け流した。
「震えているの?」
長かったのか短かったのかは分からないが、沈黙の睨みあいを崩したのはノドカの口から出た一言だった。
彼女は少しも身構える事も無く、腕組みをしたまま、先程よりも心理状態を読みにくい笑みを浮かべている。
だが、沈黙の空間にどんな物と言えども、一言入っただけで、私の体を硬直させていた空気は薄れ、こちらも簡単な言葉なら返答できるような空気になった。
「ああ、震えている。」
本当に簡単に、しかも包み隠す事無く、正直に答えた。
―どうせ、嘘を言ってもさらに動揺を誘われる様な事を言われるだけだろう。
そう思ってのことだった。
「怖いの、私が?」
「ああ、怖いさ。だが、それ以上に私もお前に聞きたいことがある」
おどろおどろしい雰囲気に気圧されぬよう、こちらからも話を切り出す。
ノドカもどうぞと促すかのように頷いた。
「お前との付き合いは長いから、お前の性質は知っているつもりだ。だが、そもそもお前は一体何なのだ?」
その疑問は、以前からずっと持っていて、時間と共に重要性を無くしたはずの疑問だった。
だが、ノドカがこうなった以上、うやむやにしてはおけない、今最も重要な疑問である。
337KISS ME & KILL ME 4/14:2005/06/04(土) 23:03:56
「ハハハ、ハハハハハ!」
ノドカの口から、鬼の甲高い高笑いがする。
「何が可笑しいっ!!」
鬼によって歪められたノドカのあどけない顔が、虫唾が走るような醜悪な笑みを浮かべ、その透き通った声が耳障りな高笑いをするのに激昂した私はそれらを止めるかのように叫ぶ。
「何が可笑しいって?あなたの全てが可笑しいわ」
言って、今まで以上の癇に障る高笑いをしたかと思うと、急にそいつは俯いて静まった。
「あなたは、昨今では珍しく私達にかなり近い資質を持っていたし、分かっていると思っていたけど、見込み違いね。」
さも残念そうな台詞を、まったく残念ではなさそうに話す。
「近い?私とお前がか?笑止、私はお前と肉体を共有してはいたが、似てると思った事などないな。」
こちらが断じて否定する所を見て、興が冷めたのか、ノドカの顔が少し真剣な物になる。
「・・・では聞きましょうか、あなたは人が激昂したところで、肉体の能力が上がると思う?」
今までとは正反対な現実的な話に、激昂して上っていた血が徐々に収まり、代わりに冷静な脳が質問に対する答えを返す。。
「いや、怒りは実力以上の成果を引き出すこともあるが、それは多少の問題だな」
「その通りね。人間は感情によってある程度、クオリティの差は出るけど、それにも自ずと限界があるわ。」
満足そうに頷きながら答える。すると、不意にノドカが私の方を指差した。
「じゃあ、あなたはどうなの?」
「何?」
「もしあなたが、ただの人間だというなら、怒り狂った所で素手で軽々と人を殺すことができる?」
私ははっとした。確かに、私には怒りに身を任せて人を殺してしまっていると言う自覚はあった。
だが、その行為自体は鬼がやっていたせいか、今言われたような疑問が伴わなかったのだ。
しかし、私が疑問にしなくとも、怒りに身を任せて相手を殴り殺し、刀を持っていた時には敵を鎧ごと叩き斬っていたのは紛れも無い私自身の手なのだ。
338KISS ME & KILL ME 5/14:2005/06/04(土) 23:05:32
「だが、それはお前が私の肉体に・・・」
私の中の陳腐な理性が、慌ててそれを否定しようと、言い繕い、反論しようとする。だが、
「違うわ」
と、何を言わんとしているか見透かされているように、一声で制止される。
「私はただの意識と理念の集合体。あなたに分かりやすいように言えばただの霊魂よ。人の体を作り変えるなんてできない。それどころか、選ばれた人間にしか憑依することもできない脆弱な霊よ。」
「では、何故?」
先を促すように問いただす。
「急かさないで。・・・あなたはあの日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が何故死んだか知っている?」
「確か、尾張国に寄った後、伊吹山の神に祟られて死んだと・・・」
「もう一つ、あなたは先祖の事をどれくらいまで知っている?」
一種の策略なのかもしれないが、こいつの質問はいつも人を深く考え込ませる。
何故なら、そのどれもが的を射ない質問であるように見えて、しかし、後から思い直すと結果的に、重要な意味を帯びている質問であったりするからだ。

今回もそうだ。考えた事もなかったが、私は祖父以前の浅井の家のことを全くと言っていいほど知らない。
気付けば、小谷にいることが当然となり、私の中での浅井家は祖父・亮政から始まったも同然なのだ。
しかし、その祖父自身は何処の出身だったのであろうか?鎌倉の昔から近江に根付いてきた佐々木氏を倒すほどなのだから、有名であるはずなのだが・・・。
「私が言い当ててあげましょうか?貴方にとっての祖先とは、あなたのお祖父さんの代まででしょう?」
「ああ、癪ではあるが、確かにそうだ。しかし、それとお前と何の関係がある?」
「聞きなさい、・・・日本武尊を倒したのは神などではないわ。伊吹の民よ。」
伊吹の民。聞いたこともなかったが、確かにあの辺り一体は数多くの薬草が芽吹く日本でも有数の産地であるし、古来から人が住んでいてもおかしくは無かった。
「それが、お前だと言うのか?」
「察しがいいわね。そうね、私は元々その民の皇だった人間ね。・・・これであなたの一つ目の質問の答えになったわね」
確かにこれで、ノドカと私の体に居る別の存在が、何なのかという疑問は晴れた。
339KISS ME & KILL ME 6/14:2005/06/04(土) 23:07:32
「そして二つ目の質問。あなたと私の関係。これはその私達、皇がなんと呼ばれていたかを語った方が早いわね。伊吹の民は自らの事を「アサ」と呼んでいたわ。」
 貴方が今使っている大和言葉も、伊吹の民の言葉も近い言葉だからわかると思うけど、『アサ』と言う言葉は、全ての始まりとか、明白なという事を意味しているの。」
 つまり、「朝」であり、「浅」でもある。伊吹、つまり全ての始まる『息吹の山』っていう意味だったんでしょうね。」
眉唾な話ではあるが、確かに理にかなう話である。しかし、やはりというか、冗漫なその話に首をかしげた所で次の話が始まった。

「あと、大和の『忌部』の民の字からも分かるかもしれないけど、『イ』という言葉は元々、『忌』の意味も『斎』の意味も含む、神聖なものや目に見えないもの、
 さらに、人の心を表す『意』でもあるわ。そして、彼らは忌まれる物であり、斎まれる物であり、意を体現する物、即ち私のような皇の事をそう呼んだわ。」
「しかしそれでは語呂が悪くは無いか?」
冗長ではあったが、何となく興味がもてる話に、私は相槌を打つ。
「そうね、彼らも、そのまま呼んでいたわけでは無いわ。琉球の言葉で琉球人自身のことを「内なる人」という意味で、『ウチナンチュ』、
 大和人の事を『大和の人』という意味で『ヤマトンチュ』と呼んだように、彼らもまた、伊吹の皇という呼び方をしていたわ。」
「つまり、それは・・・えっ・・・」
その時私は自分の頭に浮かんだ言葉に、凍りついた。
「彼らの王の名は『朝忌(アサイ)』。時の流れで『アザイ』と濁ったけれど・・・あなたの祖先、それは早い話、私。これが二つ目の質問の答えよ。」
自分でも考え付いた事ではあるが、念を押されたような、そいつの言葉に私は愕然とした。

言えるものなら「出鱈目なっ」とでも言いたかった。しかし、理性が彼女の話を嘘だと否定する以上に、私の血というか、直感がそれが嘘ではないと分かってしまっていた。
「信じられないのも分かるわ。あなたが分かりやすいようにもう一つの視点から話しましょうか・・・。
 日本武尊との激しい戦の後、辛うじて日本武尊は倒す事が出来ても、その後の状況ではいくら異能の一族と言っても、二次、三次の討伐隊を防ぎきる事は出来ずに伊吹の国は滅んだわ」
340KISS ME & KILL ME 7/14:2005/06/04(土) 23:09:24
そして、ゆっくりこちらの目を見据えるようにして、ノドカが一歩踏み出す。
「けれど、一族は散り散りになりながらも生きていたの。根付いた土地の人間と睦み、子を育み、そして死んでいったわ。そうして、朝忌の血は確実に薄れ、徐々に他の人間と区別のつかない者となっていった・・・」
 でもね、日本武尊との戦いで命を落とした皇も、その能力で、意識と理念を、それを受け入れるだけの器があった、一族の人間に移す事で生きていたのよ」
「それは・・・」
「わかったようね。その皇の意識が、あなたが鬼と呼んでいた私。そして、私を受け入れられる器を持った一族の生き残り。それがあなたよ」
「しかし・・・しかし、ノドカは何も関係がなかったではないか!どうして、お前は彼女に!?」
「私とて初めは驚いたわ。でも、前にも話したように禰宜の一族だったようだから、この娘もまたどこかの異能の一族だったのでしょうね。」
言って、ノドカが昌信のつけていた、あの面頬をその顔に装着する。

「あなたを使って私達の怨念を晴らそうかと思ってたけど、めったに思いのままにならぬあなたよりこの体の方がよっぽど使いやすいし・・・」
目にも留まらぬ速さでノドカが匕首を抜いて、その鈍色に光る切っ先をこちらに向ける。
「『朝忌』の名を持つ者は二人も要らないわ。私の残滓を返して早々に消え去りなさい!」
叫んだ瞬間、ノドカのいた場所にはただ砂埃だけが舞い、5間(約9m)は開いていたはずの間合いが一瞬にして詰められ、その手に握られた刃が私の胸に向かって迫り来る。
私は得物を抜く暇すら与えられず、大きく左に飛んで、第一撃の刺突をさける。
しかし、避けきった後、ノドカの姿を確認しようとした瞬間、ノドカの鞭のようにしなった蹴りが私の肩に炸裂した。
恐らく、走りこんできた勢いを殺す事無く、右足を軸にして回し蹴りへと転換したのだろう。さほど痛むわけではないが、軽量のノドカの体からは考えられない威力だった。
―小烏は使えない。あれではノドカの匕首の素早い攻撃に対応できない。かといって、5-7も駄目だ。
―ノドカを護らなくてはいけないのだ。今はただ受け流し、耐え忍ぶしかない。
そこでようやく、腰に差してあった昌信の形見であるエクストリーマ・ラティオを抜き放つ。
341KISS ME & KILL ME 8/14:2005/06/04(土) 23:10:18
飾り気のない、シンプルな拵えが妙に頼もしく思えた。
考えつつ振り返ると、ノドカはこちらの反撃を警戒してか、またかなりの距離をとっていた。

「朝忌の皇よ、お前に話がある。」
お互いの攻撃が始まる前に私は声を張り上げる。
「何なの?命乞いなら受け付けないわよ?」
低俗な邪推だと思いつつもそれは気に留めず、ただ自分の主張だけを口にした。
「ノドカを解放しろ。私の体ならお前にくれてやる。私の体の方がお前も扱い慣れているだろう?」
「駄目ね。そうはいってもあなたの我は強すぎるわ。この抜け殻同然の娘ならば、力はあなたに劣ろうとも意のままになるわ。こんな良い体を諦める話があって?」
「しかし・・・」
「交渉決裂ね」
鼻で嗤うと、先ほどには劣るが、かなりのスピードでこちらの間合いに切り込んでくる。
その匕首は正眼に構えられていて刺突にも、唐竹割にも転じる事ができるので、こちらもその切っ先の動きに集中して待ち構える。
不意に切っ先が突いて来るでもなく、唐竹の方向に振り上げられるでもなく、大きく、後ろに引き下げられ、そちらに視線が行く。
その刹那、右手を注目していた私の顔はノドカの左手の掌底で一気に殴りつけられ、顎への一撃でぐらりとよろめいた瞬間に、間をおかず、胸と鳩尾に追撃の蹴りを喰らう。
「私が匕首を持ってるからといって、それで攻撃してくるとは限らないわ。今みたいにね。」
そのまま、ノドカはナイフを振り上げようとする。
だが、私はよろけながらも、目だけはノドカの方に向けており、ノドカもそれに感づいたのか、それ以上の追撃はなかった。

ノドカの攻撃がゆるんだのを機に、次はこちらから仕掛けていく。
右手にナイフは握っているが、それはあくまで、向こうの匕首を払うためだけにある。
必然的に、左手と両足が主体の攻撃となり、それぞれ一撃と一撃の短い間で正確に狙いを定めたにも拘らず、その全てが見切られて、軽々とかわされた。
342KISS ME & KILL ME 9/14:2005/06/04(土) 23:11:19
しかし、それは計算の内だ。こちらの攻撃が緩慢になってきたのを見計らって、ノドカが今までバックステップしていた足を切り返し、そのままナイフを私の胸に目掛けて突いてくる。
その突き出されてきたノドカの右の手首を、私の左手で掴んで背負い込み、一気に投げつけようとする。
このいくらノドカの動きが速かろうと、掴んでしまえば、力の面で私に分があると考えた上での作戦だった。
しかし、
「甘いっ!」
と、声が聞こえたかと思うと、背負い投げ直前の体勢でノドカの左手が、私の首に巻きつき、一気に締め上げられる。
「ぐ、ぐ・・・」
これでは、ただ後ろを取られたのと同じ格好だ。しかも、徐々に締め上げられている首に力が掛かっている。
片手ではへし折られる事はないだろうが、鞭打ちになるかもしれない。
―このままではいけない。
悟った私は、一気に力を振り絞って、ノドカの右手を力の限り前方に引っ張る。すると、いきなり引き伸ばされたノドカの筋が悲鳴をあげ、彼女自身も小さな声を上げた。
そのまま、耐え切れなくなったのか、私の脇を通ってノドカの体が私から離れる。やはり、力自体は私のほうが上のようだ。
それに、皮肉な事ではあるが、戦闘による昂奮で、私の中の血も目覚めてきたのか、大分身が軽くなり、力が湧いてきた。
直後、感覚的に大きく後に跳んで、間合いを取る。頭はそうでなくとも、体は完全に戦闘体制に入っているようだ。
そして、睨み合いというほどの時間も無く、お互いが走り出し、影と影が重なり合った瞬間にナイフとナイフが交錯し、火花が散る。
鍔迫り合いでは、ノドカの匕首よりもこちらのエクストリーマラティオの方が長い分、有利である。
だが、ノドカはそのことに気付いているのか、すかさず、刀の峰に左手を押し当て、力を上乗せしてきた。
こちらは両刃だ。同じ事は出来ない。いくら、力の差があるとは言えど、腕一本で、腕二本分の力は凌ぎきれない。
―このままじりじりと押し込まれるよりは、いっそ・・・
思い立ってすぐ、あえて刀から力を抜いて、斜めに体を引く、思惑通りそれにつられてノドカがつんのめった形になって、一瞬バランスを崩した。
同時に、引いた左足を軸に、右足でノドカの鳩尾に膝蹴りを、追い討ちに、空いた背中に肘鉄を入れる。
343KISS ME & KILL ME 10/14:2005/06/04(土) 23:12:24
「がはっ・・・」
苦悶の声を上げて、ノドカの唇から赤い物が覗く。恐らく、今の攻撃で内臓のどこかを痛めたのだろう。
だが、苦痛にもがきながらも、素早く体をスライドさせて私の更なる追撃から逃れたのは流石と言えた。
「やっぱり、殺しておくべきだわ。あなたの体は魅力的だけど、危険が多すぎる」
言って、今の打撲傷を覆っていた手を構え直し、まだまだ戦意が衰えていない事を示す。
「その体でまだやる気か?」
「・・・言ったでしょ、『朝忌』の渾名は私にこそ相応しいと。」

お互い、息が上がってきている。鬼の血が活性化している間は運動効率もよくなる代わりに、体力の消耗も激しい。
―このまま、どちらかの死でしか、決着がつかないのだろうか?
―そうなのであれば、私はこの手でノドカを殺すことができるのか?
―否、断じて否。昌信との約束を、私の誓いを忘れたか?
私にとっては大事な考えであるが、今のノドカ・・・つまり朝忌にはその様な事は関係ない。
こちらの考えなどおかまいなしに襲ってきたノドカに、私は大きく遅れをとってしまった。
低い体勢のまま、一気に間合いを詰められ、握られた刃が勢いよく切り上げられる。
体をそらしてそれを避けようとしたが、それでも、刃の一部が左の頬から額にかけて、ちょうど瞼を両断し、その奥の瞳も斬りつけられた。
かつて無い激痛にパニック状態になりながらも、慌てて、確認もする事無く後ろに跳躍して、間を開ける。
だが、どれだけ間があいたのかは分からなかった。恐らく、左目を切られたショックで、右目も一時的な盲目状態に陥ってしまったのだろう。
私の司会は一瞬にして奪われたのだ。
ともかく、傷の状態を知ろうと手で触れてみると、当然ながら、切られた箇所からは盛大に血が噴き出ていた。
光を失った自分にはわからないが、目の周りの傷から流れ出てきた血は、さながら私が血の涙を流しているようにも見えたことだろう。
344KISS ME & KILL ME 11/14:2005/06/04(土) 23:13:32
その時、私の血の涙で呼び起こされる物があったのか、ふと朝忌の気配が消え、代わりに懐かしい気配が感じられた。
「長政様、泣いているんですか?」
―懐かしく、優しい、慈母のような声だった。
「ノドカ・・・なのか?」
尋ねた瞬間、ノドカの声が震えて、荒い息遣いに代わり、気配もノドカと朝忌の気配が混濁したような物になる。
「何故!?急にこの娘の空虚さが消えるなどありえないわ・・・!」
苦しんだような朝忌の声が聞こえる。ともかくノドカの意識が戻ってきている事は確からしい。
森の土にどさりと倒れこむ音が聞こえ、見えなかったが私は手探りで、倒れこんでいたノドカに触れて彼女の体を抱き寄せる。
「ノドカ、聞こえていたら返事してくれ」
「う゛、う゛ぅぅ・・・」
ノドカの口から、痛ましい声が断続的に漏れていおり、励まさなければならないと思った。
「頑張れ、ノドカ!何か、私に出来る事は無いのか・・・?」
そう聞くと、私の腕の中のノドカの体が急にびくんと震えて、小さな震えは止まり、気配も完全にノドカのそれとなった。

「長政様、目が・・・」
「ああ、左目は見ての通りだが、今は右目も見えないようだ。だけど、ノドカが無事ならば私はそれで十分だ。」
この言葉は強がりでも何でも無い、私の正直な本心だった。
これから、ノドカを護る者としての能力は半減するだろうが、今はノドカを護れたという事だけが嬉しかった。
「・・・嘘です・・・。」
「大丈夫だ、心配するな。それより、ノドカこそ大丈夫なのか?鬼の気配は消えたようだが・・・。」
聞くと、何故かまたノドカが小さく震え出した。
345KISS ME & KILL ME 12/14:2005/06/04(土) 23:14:19
「長政様、落ち着いて聞いてくださいね。今、私の家に伝わる秘術を使って、私の意識を表面に出しました。」
「秘術?」
「はい、身に取り付いた霊を、自らの器に取り込む秘術です。」
言葉の真意はまだわからないが、私は全身が凍て付いたような感じがした。
「それは一体、どういう事なんだ?」
自分の予感が外れている事を祈りつつ、ノドカに聞く。しかし、
「私という人格の器の中に長政様の鬼を取り込んで、私の支配下において、おとなしくさせると言う物なんですけど、でも、やっぱり長政様の鬼は強いです。このままだと、私という人格が逆に取り込まれてしまいます。」
「冗談を申すな。」
「いいえ、今も私という意識が私の内側から突き崩されそうなんです。」
「では、すぐに私の中に、私の中に返すんだ。私なら大丈夫だから、早く!」
こんな時に、ノドカの顔を見ることが出来ないのが何よりも残念であり、ノドカの苦痛の表情を見ないで済むのが嬉しくもあった。
「完全に取り込んでしまったんです。もう返す事は出来ません。ごめんなさい、でしゃばった事をしてしまって。」
「いいんだ、それよりどうすればいいんだ、私に何が出来る?」
「何も。」
私は自らの無力感に脱力した。私は自分の先祖すら自分で処理できないのかという憤慨が胸を食い破りそうだった。
「・・・でも・・・」
ぽつりと、ノドカが呟いた。それに一縷の希望を見い出して、先を促す。
「でも、何だ。何でも聞いてやる。」
「じゃあ、一つだけ・・・」

「私を殺してください」
346KISS ME & KILL ME 12/14:2005/06/04(土) 23:15:36
文字通りの絶句だった。先ほどまで、ノドカを心配して、ひっきりなしに動いていた唇と舌がまるで凍りついたかのように動かなくなった。
「悪い冗談はよせ。」
凍りついた心を必死にふりしぼって出せたのがその短い言葉だった。
「いいえ、このままだと、私の人格が逆に鬼に取り込まれて、私という存在は消えて、この体はただ単に鬼のものになってしまいます。でも今なら、私ごと鬼を殺すことが出来るんです。」
「しかし、それでは何にもならないでは無いか!私には出来ない。」
「長政様、何でもしてくれるって、言ったじゃないですか。」
心の中から心を突き崩されると言う私には想像も出来ないような痛みをこらえて、ノドカがはにかんだような声を出す。
その時私は、この暗闇を恨んだ。こんな時、もっと性格にノドカの挙止動作の一つ一つを見守りたいのに。
「私、父とも母とも死に別れ、この島で源五郎君も失っちゃって・・・もう、失うことに慣れれてますから。だから・・・」
「言うな。もう自分を苦しめるんじゃない。」
「長政様、お優しいんですね。う、ううっ・・・」
「どうした、ノドカ!」
「ちょっと、暴れてるんですよ・・・。お願いします。この苦しみから解放してください。・・・でも、その前に」
ノドカが、少し言葉を止める。その間に苦しげな荒い息遣いが聞こえた。
「私を殺す前に、その、あの時のように・・・口付けをしていただけませんか?」
その言葉に私は面食らい、滑稽なほどうろたえた。この状況になって初めて、ノドカの何一つ隠さぬ本心を聞き、驚いたからだ。
「だ、駄目ですか?」
ノドカが不安げな声で聞いてくる。見えないけれど、おそらく、捨てられた猫のような顔をして私の開いていても見えていない右目を見つめているのだろう。
「ノドカ、私達が共に生きる道は無かったのか?」
「あったでしょう。でも今はこれが最善だったと思います。」
「何が最善なものか!ノドカが死んでしまっては何にもならないだろう!」
「でも、誰かがどうにかしなくちゃならないんです。それがたまたま私だったんですよ。・・・でもたとえ自己満足だとしても、それが―好きな人の役に立てるのが嬉しいんです。」
347KISS ME & KILL ME 14/14:2005/06/04(土) 23:16:50
「私のわがままで、長政様につらい思いをさせることは分かっています。でも、私の後を追う様な事だけはやめて下さいね・・・あ゛あ゛っ」
ノドカの痛みを堪える声がまた一段と強くなる。恐らく、もうノドカの心が食い破られかけているのだろう。
「ですから長政様、私の一生で一度のわがままを聞いていただけませんか?」
「ノドカ・・・。」
言われて、手探りで静かにノドカの顎を探し、あの日のような、ぎこちない口付けをする。
「あたたかい・・・。長政様を感じます。」
「私もだ。ノドカ。」
「う゛・・・長政様、思い残す事はありません。お願いします、私の心が殺される前に殺してください。」
私は静かに頷いて、ノドカから手渡しで渡された匕首を握り、それがノドカの手でノドカの心臓と思われる位置に導かれた。
「ノドカ・・・」
「長政様、愛しています・・・」

次の瞬間、私の手に力が入り、一瞬、匕首を握った掌に震えを感じたかと思うと、ノドカの気配も、朝忌の気配も、直感で感じられる全ての生命の気配と言う物が消えた。
その時、私はショックで右目の視力を回復することが出来た。
しかし、私は永遠にノドカという掛け替えのない女(ひと)を喪ってしまった。

私はただ声の限り哭いた。―真紅に染まった涙を流しながら。


【71番 長坂長閑 死亡】『無銘匕首』『U.S.M16A2 (残弾9発)』は06番浅井長政が回収。
【06番 浅井長政 『FN 5-7(残弾17発+mag1)』『天国・小烏丸』】左眼失明。4-D森

【残り14人】
348無名武将@お腹せっぷく:2005/06/05(日) 00:12:29
ちょっとageときましょうね
349傷心1/6:2005/06/06(月) 21:48:01
「ようやく・・ここまで着いたか・・」
弟達の安否を気遣うが故か、元親は全速力で3−Hを抜け3−Gまで来ていた。
天皇の放送があるたび内心冷や冷やし、死亡者の中に弟達の名前が無いことを知って何度も胸を
撫で下ろす。だが、放送のない間にもこの余興は進行している。
今も危険な目に遭っているのではないかと思うと、元親は落着いていられないのである。
そんな思いが気力になっているのか、あまり疲れを感じず走り続けていた。
といっても化け物ではないのだから呼吸は荒れているし、身体的には疲れを感じている。
だがその足を止めようと思えない。少しでも早く目的地へ着きたかった。
(3−Fに着いたら少し休もう・・)
もしかしたら弟達も自分と同じように3−Eから離れている場所に居て安全かもしれない。
お互いの場所が何らかの形で確認できたら少しは安心できるかもしれない。
(あの天皇がそんな気の利いたことをするはずはないが・・)
元親はいろいろなことを考えながら走り続けた。

その頃、朝比奈泰朝は3−Eへ着いたものの様子を覗おうとワザと通り抜け、3−Fの森で
身を潜めようと移動していた。
食糧配給場所と言っていたわりに3−Eには人が居ないように思えた。
が、それぞれが警戒しているであろうからそんなに堂々と居るはずもない。
(油断は出来んな・・如何なる時でも警戒しておかねば)
3−Fでようやく腰を落着ける。
(もう狼とか出てこないだろうな・・?)
耳を澄まし辺りを警戒する。周囲には気配は感じない。
少しはなれた場所から来る者が居ないかを確認するために、耳を地へ伏す。
350傷心2/6:2005/06/06(月) 21:48:53
(・・・・・)
(・・・・・)
(・・・・!)
足音と思える振動が泰朝の耳に感じられた。
(何かが来るな・・獣の動きではないと思うが・・誰だ?また天皇の狗か?)
姿の見えない敵に泰朝の緊張は高まった。静かなせいか自分の心の拍動が聞こえる。
ドッ・・ドッ・・ドッ・・ドッ
泰朝は足音の方向を予測しその方向を見据え待つ。
そこへ駆け込んできたのは自分より遥かに若い青年元親である。
元親は息を乱しその場へ座り込む。疲れきっているためか、周囲に警戒する余裕が見られず、
泰朝の存在にも気がついていないようだ。今、泰朝が得物を片手に襲い掛かっても元親は反応で
きず易々と討ち取られてしまうだろう。しかし、そんなことは起きなかった。
ここに居たのが泰朝でなかったら状況は変わっていたであろうが。
「御主は誰だ?」
いきなり聞こえた声に驚き元親は身体を強張らせた。木の陰から老将が姿を見せる。
「・・・・・」
自分より長いリーチの得物を持つ男を前に元親は言葉を失った。誰も居ないだろうと心のどこか
で安心していた元親には、泰朝の存在がどれほどの恐怖に思えたであろうか。
「もう一度聞く。御主は誰だ?」
「わ、私は・・ハァ・・長曽我部・・元親・・だ」
まだ回復していないため、息を苦しそうに荒げながら元親は名乗った。
「某は朝比奈泰朝だ。」
「ハァ・・ハァ・・」
泰朝の真っ直ぐ自分を見据える眼に、元親は鬼になる前の自分と似ていると感じた。
前の自分なら『正義』を持つ者に出会えたことに喜びを感じていたであろう。
だが、今の元親には苦痛に思えた。
(私が鬼に魂を売る前に出会いたかったものだ・・)
351傷心3/6:2005/06/06(月) 21:49:42
「御主は余興に乗るものか?」
「・・・・」
「このくだらぬ殺し合いに御主は何を望む?」
「・・・・」
次から次へと出される泰朝の質問攻めに元親の心は穏やかではなかった。
前の自分ならやましい事も無く、素直に率直な返事をしていたであろう。
だが、殺し合いに乗ってしまった今では、泰朝を納得させる答えが見つからない。
(やはり戦うしかないのか・・?)
弟達のために鬼となろうと決めたはずの心が痛む。
だが、ここで躊躇している間に自分の知らないところで展開が動いているかもしれない。
「答えられぬか?」
泰朝の声が微かに低くなる。元親はその小さな変化をも聞き逃さなかった。
(私を敵だとみなしたか・・争いは避けられそうに無いな。この男は余興に乗るものを悪である
と定めているのだろう。ならば、私は立派な敵だ・・)
ようやく整ってきた呼吸。恐怖心も最初よりは薄らいできていた。
「私は弟達を救うために余興に加担すると決めた。くだらぬ殺し合いに望むは弟達の無事と幸せ
だけだ!」
「天皇の狗ということか」
「理由があるとはいえ、結果的にはそうなるな」
「ならばここで某に殺されても文句はないな」
「・・ここで死ぬつもりはない。弟らを守るためにもこんなところで歩みを止めるつもりはない
のでな」
「ほざけっ!!」
怒りに任せた泰朝の一撃は恐ろしいほどに力任せであった。
当たっていれば即死であったであろうが、元親は冷静に相手の動きを見切りその一撃を避けた。
ブオンッと大きな音がし宙を斬る。巻き起こった刃風で木がなぎ倒された。

352傷心4/6:2005/06/06(月) 21:50:21
「ふぅ・・嫌な得物だ。私の持つ鎌の何倍だろう・・その得物のリーチは(当たっていないのに
木がなぎ倒された・・下手な回避をしていたらやられかねないな)」
元親はリーチの不利を考え、相手の攻撃を警戒し間合いを取りつつわざと木のある方へ相手を誘
う。チラッと視線を泰朝から外し、木のほうへ向けた元親。次に視線を戻したときには既に遅く
泰朝の体当たりが元親の身体を捕らえていた。
「がはっ・・!」
泰朝の左肘が元親の腹に入った。一瞬の隙を突かれたことで防御体勢の取れなかった元親は、勢
いのある泰朝の体当りで吹き飛ばされてしまった。
「ゴホッ・・ゴホッ!」
苦しそうに咳き込む元親に泰朝は容赦なく襲い掛かった。青龍偃月刀が元親には死神の鎌のよう
に思えた。
「クッ・・!!」
必死にかわすが、次から次と泰朝の攻めの手は休まらない。致命傷は必死で避けるが、掠り傷は
避けられなかった。手や足のいたる所から血が流れる。
(この余興でここまで追い込まれたのは初めてだ・・)
「天皇の狗はなかなかしぶといな。まだ頑張るか」
泰朝は怒りで力任せの大振りであったために元親はかわせていた。冷静な攻撃であれば致命傷を
受けていたかもしれない。
「一つ聞かせて欲しい・・どうしてそこまで余興に乗るものを赦せぬのだ?」
「大切なものを奪い去ったこの忌々しい余興に加担する蛆虫どもが赦せぬだけのこと。他に理由
はいるまい」
「このような争い無意味とは思わぬか?」
「よくほざく・・命乞いならもっとマシに・・」
「さっきも申したが、私は弟達のことしか考えていない。私はただ大切なものを守りたいのだ!」
「どのような理由にせよ天皇の狗には相違なかろうが!!」
「ぐっ!?」
青龍偃月刀の柄で足を払われ、元親は体勢を崩す。
353傷心5/6:2005/06/06(月) 21:50:59
「このように争うことが天皇を喜ばせていると思わぬのか?」
言葉を止めた時点ですべてが終わるような気がして、後ろへ後ずさりつつ元親は発し続けた。
ドンと背中に木があたる。
「御主の申すとおり、どれほどもがいても天皇の手中で転がされているだけかもしれん。
だが・・」

「それでも悪を斬り捨てなければならんような気がしてな」
農民が田を耕すような体勢で青龍偃月刀を振り上げる。
全身全霊を込めて元親に振り落とされた。
ガキイイイイィィンッ
刃が重なり合った音が響いた。
「!・・・」
寝転んだ体勢の元親は自分だけでは受けきれないとみて、木に鎌を突き刺し、力を込めて泰朝の
一撃を受け止めた。直撃は免れたが元親の身体から血が滲んだ。
「受けとめる所を高めにとったが・・やはりその刃風は恐ろしい。もう少し低ければ血が滲むく
らいじゃすまなかったであろうな・・」
「・・そこまで短時間の中計算したのか?腕一杯挙げた場所で受けとめる。まさか木を使うとは
思わなかった、・・それに、これも某には計算できなかった」
自分の心臓に置かれたウィンチェスターM1897に眼を向けつつ泰朝は無念そうに発した。
「某の負けか」
「私は・・・・・」
その時元親にロヨラの言葉が思い出された。
『貴方がこのまま血の雨を降らせないというのであれば、代わりに我々の手の者がお二人に血の
雨を降らせて貰うだけですよ』
(この戦いとて誰に見られてるかわからぬ。今更何を迷う?私は仏を既に裏切ったではないか!
甘い感情はもう捨てなければ・・・)
元親は泰朝に言葉を告げた。
「本当は御仁のような方を殺したくは無い。だが、弟達を助けるために私はここで貴殿を殺さな
くてはならない。赦してくれとは申しません。恨んでくださって結構です」
354傷心6/6:2005/06/06(月) 21:51:40
「何を今更・・・」
元親の瞳に涙が見えた。と同時に、泰朝は怒りに熱していた体が徐々に冷めていく感じがした。
「大切な者を守るために狗に成り下がるは某、認められぬと思っていた。だが、綺麗事だけでは
この余興の中生き残れぬのかもしれん。悪を斬っていたとはいえ『殺し』に変わりないのだ。某
は己自身を正当化しすぎていたのだろう」
「・・私も初めは同様だった・・」
元親の銃を持つ手が微かに震える。泰朝はそれに気づき手を伸ばす。
引き金にかかる元親の手を優しく握り微笑んだ。
「この細腕で修羅の道を歩むか。だが、まだ鬼になりきれておらぬとみえる。某は最期に御主と
一戦交えて良かったと思うぞ。―ようやく・・主君の元へ詫びに逝ける」
「どうして・・・」
「侍として戦で散るは本望。たとえ、くだらぬ殺し合いでもな。某の武器は御主が使ってくれ。
戦利品と思ってな。義元様、朝比奈泰朝、これより参りますぞ!」
泰朝の手に力が入り元親は引き金を引かされる形となった。銃音が響き、地に倒れた体勢の元親
に覆いかぶさるように泰朝の身体は崩れ落ちた。元親は暫らく動かなかった。泰朝の返り血を浴
び、血に汚れた元親はただ涙を流した。
(いっそあの一撃を食らったほうが楽であったかもしれぬ・・親貞、親泰・・どうか生きていて
くれ。でなければ、自分の心を捨ててまで生き残る意味がない―)
元親の負った傷が今頃になって痛み始めた。

【65番 長曽我部元親『鎌』『ウィンチェスターM1897(残弾3発)』『青龍偃月刀』】
3−Fで少し休息して3−Eへ向う予定
【09番 朝比奈泰朝 】3−Fにて死亡
残り13人
355外伝・凛 ◆c7t0idYOLg :2005/06/08(水) 23:50:38
「とりあえず、ここに居ても仕方ないから、長政の所へでも行ってみる?」
(うむ。ここに居ても仕方ないしな。そうしようか。)
それから数分後・・・
「そういえば、人間と猫とどっちの方が楽しい?」
(人間と猫?わしは人間の方が好きな事ができるからな。なにより、猫は立てないから不便じゃ)
「だよね〜。あたしも人間に戻りたいよ。」
(そうか。わしと一緒なのか。おぬしも大変じゃな)
「あれ?あたし今すごい事言ったんだけど、何も感じないの?」
(何か言ったか?)
「だ・か・ら・、あたしも人間に戻りたい」
(人間に戻りたい・・・人間・・・な・・なんだって!?もしかして、おぬしも元は人間なのか?)
「実はそうなんだ。テヘッ。あたしの人間だった時の名前は凛って言うんだよ。」
(凛と申すか。何処の国に住んでいたのだ?)
「え〜と、なんだっけ?お殿様は浅井って言うのは覚えているんだけど・・」
(浅井・・・もしかして、近江の国か?)
「まだ、3歳の時だから覚えていないんだけど、そうだったと思う」
(3歳と申したな。猫になってからどれぐらいたった?)
「え〜と、もう5年かな・・・戻りたくても戻れない。グスン」
(5年か・・・そういえば、どうやって猫になったのだ?)
「え〜と、あたしがこけた時に、猫の頭とぶつかってその時に入れ替わったみたい。」
(ふむ・・・わしの時とは場合が違うようだな。なんとかして、元に戻れないだろうか)
「そういえば、久政って何て言うの?偉い人?」
(わしか・・・浅井久政と申す。お主の住んでいたところのお殿様と言っておこうか)
「えぇ〜お殿様なの?ほらをついちゃだめだよ。こんなに頼りないお殿様なんていないよ〜」
(いや・・・わしは・・・)
「もうほらを吹くのはいいから・・・とりあえず、長政の所へ行こう!!」
(だから・・わしはおとの・・・)


猫の体を共有する久政と凛。はたして、この先どうなるのであろうか
356覚ゆ悟り 1/18:2005/06/11(土) 01:19:21
義輝「・・・いい加減隠れていないで出て来たらどうだ?余が死ぬまで姿を現さぬつもりか?」
トラックが爆発する数分前に話は戻るが、何者かが己を尾行している気配を感じた義輝は振り向きそう呟いた。
いや、気配・・・というより足音と言った方がいいのかもしれない。
つい数分前から、義輝が歩くたびに後ろで『パキパキ』や『バキッ』という小枝を踏む音がしっかりついてくるのだ。
そして己が止まると、その音もピタリと止まる。
当然先ほどから何回も義輝は振り返っている。が、一応隠れる術は心得ているのか、足音の主の姿は見えない。
もっとも尾行する時に足音を立てながら歩いている時点で隠れる術も何も無いのだが・・・。
なんとなく、いや十中八九この足音の主が推測できた義輝は、少し声を荒げてその人間の名を呼んだ。
義輝「・・・余は少々気が荒立っておる。いかにお前でもあまり余をからかうと承知せんぞ?・・・藤孝」
さすがに名前が呼ばれると・・・というより、まるで名前が呼ばれるまで待っていたかのように
義輝を尾けていたその足音の主『細川藤孝』は木の影から姿を現した。
藤孝「ほう、これはこれは。上様ではありませんか。どうやらお元気そうで」
まるで今たまたま会ったかのような藤孝の台詞に、さすがに義輝も呆れた。
いや、そんなことよりおよそ将軍に向かって使うべき行動や言葉ではない。
が、さすがに付き合いが長いせいか、あるいは見えぬ何らかの縁か、義輝もそのことは追求しない。
義輝「あまり余を見くびるな」
藤孝「ほう。しかし意外とその正体に気づくのが遅かったですな。上様ともあろうお方が」
義輝「む・・・まったくああ言えばこう言う・・・まあ、それはよかろう。
   で、なぜわざわざ余を尾けていた?何か異端の用が無ければ、お前もそんな事はしまい」
確かに、ただ合流しようとするだけなら声をかければいいだけだし、攻撃するなら、わざと『ばれる尾行』などは決してできない。
それは藤孝であれども例外ではない。おかしなマネをして義輝を怒らせてしまっては元も子もない。
とするなら、何かそれなりの用があったのでは?というのが義輝の推測であった。だが・・・。
藤孝「・・・ふむ」
義輝「む・・・なぜ考える?」
『何か用か』そんな言葉をかけられて、用があるはずの藤孝は真剣に考え込む。
さすがにこれは義輝も想定外だった。
357覚ゆ悟り 2/18:2005/06/11(土) 01:20:52
無論藤孝には義輝に用がある。『落胤』と明かす、という用が。
だがこの状況でいきなりそんなことを言っても『突飛な冗談だ』とか『くだらん事を言うな』と言われるだけだろう。
この状況では後者が有力だが、つまり、まず義輝は信じない。そして話はそこで終わる。
下手をすれば、間に遺恨や欺瞞が残る。
そこで藤孝は『どうしたものか』と考える。そしてその結果、彼はある展開を思いつく。
藤孝「・・・よし」
義輝「・・・何を言っている?余は急いでいる。大した用でもなければ後に回すがよい」
当然藤孝の考えがわかるはずもない義輝は、そう言い残しその場を立ち去ろうとする。が、それを藤孝が止めた。
藤孝「心せわしきお方かな・・・しばし待たれよ」
義輝「む・・・なんだ?」
藤孝「・・・一手、手合わせを所望致す」

義輝「・・・手合わせ?」
当然、こんな言葉は義輝の想定外中の想定外である。
義輝、藤孝、実力の差はあれどこの二人は互いに剣の玄人である。そして持っているのは真剣。
それでやるとするなら間違いなくどちらか、あるいはどちらも死ぬだろう。
というより、はっきり言って手合わせをする必要などどこにもない。
だが、義輝の剣技においてのプライドは『手合わせ』という言葉を聞いて、わずかばかり心が沸き立った。
藤孝とは同門・・・つまり同じく塚原卜伝の『香取神道流(新当流)』を学んだ門徒でもある。
にも関わらず、今まで手合わせをした事は一度もない。一度たりとも、ただの稽古すらないのである。
無論、過去に『手合わせをしてみないか?』と義輝が言ったこともある。
全て『いやです』の類の言葉であっさり返された。
そんな藤孝が自分から『手合わせしてみよう』と言い出したのである。
心、とりわけ義輝の中にもある『上昇志向』『向上心』が沸き立つのも無理は無い。
だが、その義輝の『藤孝と手合わせをしてみたい』と言った思いは、他の要因によってかき消された。
358覚ゆ悟り 3/18:2005/06/11(土) 01:22:06
義輝「手合わせ・・・か、ふむ。いや、それは出来ぬ。互いに持っているのは真剣・・・。
   それになにより、そんなことをする必要はどこにもないのではないか?
   余もお前も、油断さえせねばこの島で命を落とすような人間ではない。戻れば付き合ってやろう」
少し後ろ髪を惹かれるような物言いをして、義輝は藤孝の想定外の望みを断った。だが、藤孝はさらに言葉を返す。
藤孝「感覚は狂いますが、刀を返して棟で寸止めでもよいし、その辺の木の枝でもいい。
   およそ実力とは無縁の勝負になりそうですが、まあ、互いの体調程度はうかがえる。それに・・・」
義輝「・・・それに?」
藤孝「先ほど『必要のない勝負』と仰いましたが、この島では『必要のなさ』すら戦いの理由になる。
   必要の無い勝負がこれまでどれだけ繰り広げられたか、そしてそれで何人・・・いや何十人命を落としたことか?
   それを把握するため、とまではいけないが、その戦いがどんなものか・・・それを知るのもいいでしょう」
『剣豪将軍』と言えどもやはり人間である。わずかな感情の揺れを信用している相手に隠す事は出来ない。
いや、むしろ『剣豪』と呼ばれるほど剣技を鍛えた人間だからこそ、過敏に反応してしまったのではないだろうか。
あるいは卜伝から『一之太刀(ひとつのたち)』という香取神道流秘伝を授けられた己が、剣技でまさか藤孝に遅れはとらぬという慢心だったのか。
とにかくどれにせよ、わずかに義輝が見せた『スキ』を藤孝は見逃さなかった。
この後藤孝にとって手合わせに持ち込むことは非常に容易であると言えた。
決して上手に出ず、だが決して己の威厳を損なわず、相手の心のスキとも呼べるようなものを最大限に引き出し利用する。
無論これは古今無双の教養者である細川藤孝の、言葉の文法、アクセント、声色、威厳その他諸々の彼にしか出来ない究極至高の技術であり
我々現代人に彼の真似が出来ようはずが無いのだが。
そして事はどうなったかというと・・・。
義輝「・・・まあ、構うまい」
少々粗暴な言い方だが、つまり義輝は違和感を感じながらもまんまと藤孝の術中に嵌ってしまったわけである。
藤孝「左様でございますか。では、参りましょう」
そう言いながら、藤孝はそのあたりの小枝を拾い、軽く手中で振り回す。
359覚ゆ悟り 4/18:2005/06/11(土) 01:23:33
藤孝「・・・・・・・・・・・・おっと、そういえば、少々失念していた事が」
藤孝はまた手中の小枝を回転させ、思い出したかのようにそう呟く。
義輝「何のことだ?言ってみよ」
藤孝「手合わせとは言ってもさほど儀式ばる必要はなし。軽く身体を慣らす程度か、互いの程度を測る程度」
義輝「そのような事か?」
藤孝「いや、『その程度』と認識し、かつ、この手合わせにおいて申し上げたい事が一つ。
   ・・・この手合わせは」
そこまで呟いたとき、藤孝は不意に回転させていた手中の小枝を最低限の動作で義輝の顔に投げつける。
義輝「ぬ!?」
まさか唐突にそんなものが来るとは思わず、一瞬不意を突かれた義輝がすぐに正面に目を向けると
藤孝はすでに眼前にいた。
直後、剣閃が音を立てず己の頭上ギリギリをかすめていく。
義輝が我に返り刀に手をかけた瞬間には、すでに藤孝は必殺の間合いから遠く飛びのいていた。
藤孝「すこし気が抜けているようなので、元から言いましょう。この手合わせは」

藤孝「こういうのもアリでいくつもりですので、つまるところ・・・覚悟なされよ」
義輝「藤孝・・・貴様!!」

義輝「・・・貴様ともあろう者がこの島で狂ったか!このたわけがッ!」
藤孝「・・・さて?それはどうだか」
すぐに義輝は刀を抜く。ヒビが入っていることも忘れてはいないが、もはやそんな事を言ってはいられない。
本来なら銃を抜くべき状況だが、銃を構えようとする動作より
慣れた刀を抜く動作の方がスキが少ないと瞬時に判断したからだろう。
あるいは今だ所持している銃を撃ったことが無いのも、そう考える要因となったのかもしれない。
とにかく、義輝はいつの間にか剣を構えている藤孝に向かい、また剣を構える。
極限の緊張感、一歩も動けない威圧感が、その時から空間に広がっていった。
360覚ゆ悟り 5/18:2005/06/11(土) 01:25:10
その一部始終のやり取りを、近くの木陰に隠れ解剖するように『観察』していた三好長慶は笑いを浮かべ呟いた。
長慶「ふ、義輝よ・・・互いに家臣には苦労するものだな」
長慶(しかし相変わらず細川め、解せぬ奴よ・・・ここで義輝を殺して奴に何の意味がある?
   いや、殺すなら今の剣閃で頸を飛ばせばよい・・・と、なれば・・・?)
たまたま居合わせただけ、というわけでもないが、この状況は長慶にとっては千載一遇のチャンスでもある。
だがだからと言ってただ浮かれて状況を見守るほど三好長慶という男は愚鈍ではない。
長慶(今矢を放つか・・・?さすればどちらかは殺せよう。
   だが、この長慶の目的、策はあくまでこの二人、共々の抹殺。
   さすればもう一方はわしに気づく・・・後、わしは生きられまい。
   やはり予定外の動作はわしに利をもたらすとは思えぬ・・・)
生来の慎重性からそう考えた長慶は『ここは見(ケン)でいく』と判断した。
長慶(今・・・このわしに気がつけるほど義輝も藤孝も余裕があるとは思えん・・・。
   しかし、この二人が揃うのは良しだが、この状況では我が策は万全というわけではない・・・。
   今は奴らの一挙一動何一つとして見逃さぬ・・・勝機は必ず我に訪れる!その時までただ『観』るのだ・・・)
先ほど長慶が食糧配布場所で手に入れた、水の入ったペットボトル・・・。当然その中にはすでに毒を入れている。
彼はその『毒入りペットボトル』をどのように使うか、木陰でまたもシミュレートしながら両者の対峙を観察した。

長慶の推測は当たっていた。
まず、まさかの裏切りで激昂している義輝は、木陰で完全に気配を殺した長慶に気がつくはずなどない。
そして藤孝も・・・いや、義輝、藤孝、長慶、この三人の中で今一番他に割く余裕が無いのは他でもない藤孝である。
義輝は藤孝の剣技の程を知らないが、藤孝は道場で義輝の稽古を観察していた分、しっかりと承知している。
藤孝と義輝が『まとも』に戦えば、まず間違いなく藤孝が負ける。
つまるところ、剣豪将軍と相対する威圧、プレッシャーは並々ならぬものがある、ということだろう。
藤孝(さて、と・・・ここからが重要だ。もはや一足ですら間違いは許されぬ・・・)
刀を握る藤孝の手が汗ばむ。
361覚ゆ悟り 6/18:2005/06/11(土) 01:26:46
少し刀を握る手が汗ばむ。
藤孝が、なぜそこまでして『興味と悪戯心』のためにこのような行動を取るのか?と余人は疑問に思うだろう。
だが逆に言えば、それこそが我々凡人には決して到達する事の無い『天才の原動力』と言えるのではないだろうか。
顕如の前に散った本田正信の言葉を借りるなら、興味こそが藤孝の原動力であると共に原点となるのだろう。
誰しもが経験するように『人の反応』は想像し得ないからこそ受ける感覚は楽しいし、また痛む。
そして興味が沸く。
だからこそ人は人と接しあうのである。機械的な反応を繰り返されても人は何の感動も感じることは無い。
むしろ怒りを覚えるだろう。
今の藤孝は、ただその予測のつかない反応への興味のために、暴挙とも言える試みを起こした。
なぜ『落胤』が養父から明かされたのか、そのわけも知らずに。

義輝「・・・なぜだ?」
当然の事ながら今相対している義輝もまた別個の分野の天才でもある。
一分も経ってはいないが、相対している間に少し冷静になったのか、種々の疑問が彼にも浮かんでいた。
藤孝「なぜ・・・とは?」
義輝「・・・なぜ余を裏切る?余に何か落ち度があったとでも言うのか?」
以前重秀に『能無し』呼ばわりされた事も少しは要因なのか、まず己に非があるのか、と義輝は問う。
だが、その疑問は藤孝に大きな失望を与えた。
藤孝(さて・・・問われたいのはそんなことではないが・・・)
なおも藤孝は思案する。己の狙い通りに事を進ませる方法を。
藤孝(ならばもう一度・・・)
義輝の『なぜ』という疑問に答えず、藤孝は持っていた剣を上に構え足を直し、いわゆる『上段の構え』を取る。
義輝(む・・・『上段の構え』・・・これがこやつの基本形か・・・)
藤孝の剣術においての実力が未だ明確に見えてこないこと、そしてなにより己の刀にヒビが入っていることから
義輝の気概は藤孝を『現在の自分と同等、あるいは以上の実力を持つ相手』と認識した。
その後、義輝は姿勢をただし、剣を下に構える、いわゆる『下段の構え』を取る。
362覚ゆ悟り 7/18:2005/06/11(土) 01:29:12
長慶(ほう・・・さて、剣術は得手というわけではないが、この場合有利なのは義輝か・・・)
いまだ木陰から機会を窺っていた長慶は、この対峙を『義輝有利』と判断した。
そもそも剣術において実力が上なのは義輝である。まっとうに戦えば十中八九義輝が藤孝を斬るだろう。
だが、それはあくまで『まっとう』に戦えば、の話だ。少なくとも虚実の戦い、心理戦においては藤孝が上である。
だが義輝もそのことは承知しているだろうし、生半可な陽動や揺さぶりでは義輝は恐らく揺るがない。
そういった要因から判断し、長慶は『義輝有利』と判断した。
長慶(気勢の甘い、だが勢いのある方が先に動くか・・・)
いまだどちらも剣の届く間合いから離れている。が、もう二歩ほど踏み込めばまさに『一足一刀、必殺の間合い』へと届くだろう。

その間合いに近づいたのは義輝からであった。下段の構えのまま、じりじりとすり足でわずかに前に進んでいく。
長慶(下段の構えで必殺の間合いに近づくか・・・なるほど・・・足を狙うつもりか?)
長慶がそう思うのも当然であった。全ての動作において、足動は決して欠かせない。
現代で言えば、野球選手はバットを振る際に手の力だけではなく足を重心にして体全体の力を引き出し、そして打つ。
野球と剣は同じ理論ではないが、なににせよ足の動きは体全体の力を引き出すために決して欠かせないものである。
その足を狙うというのは決して悪い戦術ではない。むしろ、戦局を磐石にするための定石とも言える。
それに足ではなくても、そのまま勢いを持ち突き出せば腰に刺さり、重傷を負わせる事も可能だ。
ただし、それはあくまで『相手の攻撃に自分が当たらなければ』という状況での話だ。
義輝が剣を振ろうと動作を示せば、わずかに遅れるものの藤孝も剣を降り降ろすだろう。
たとえ足の一本奪おうとも、上段から飛んでくる剣撃で頭をかち割られてしまっては何の意味も無い。
長慶(なれば義輝、どう動くか・・・・む!)
先に動いていた義輝に気を取られていたが、藤孝も少しずつ近づいている事に長慶も気づく。
互いにすり足でじわりじわりと近づき、必殺の間合いまであと一歩となった時・・・。

まず藤孝が勢い良く剣を振り下ろした。
363覚ゆ悟り 8/18:2005/06/11(土) 01:30:52
長慶(ぬ!焦ったか!)
いまだ両者は間合いに入らない。それでは剣が届こうと相手に致命傷など与えられない。
かわされて仕切り直しとなるのが関の山だ。だが・・・。
義輝「しぇや!!」
義輝は一歩も後ろに退かず、下段に構えていた剣をそのまま上に振り上げる。
直後激しい金属音が響き、藤孝の剣は義輝の剣の圧力に負け、また腕ごと上まで戻された。
長慶(ぬう、応じ返し!!下段はそのための布石だったか!)
実際、『上段からの剣閃を下段からはじき返す返し技』を狙える人間などそういるものではない。
しかも、藤孝も剣術の玄人である。それだけで義輝がどれだけの実力者か推測できる。
先ほど長慶が考えた『足を奪うという定石』それを藤孝にも思い込ませるために、義輝は下段を構えたのだ。
そして今、義輝の目的どおり事は成ったのだが・・・。
義輝「ぐっ!」
義輝は下段から剣を振り上げたまま、なぜか怯んだ声を挙げる。直後、すぐに藤孝は後ろに飛びのいた。
藤孝「あまりこの藤孝を甘く見てもらっては困る。その程度、予測はついていた」
長慶(むう!なぜ細川が先に動く!?あのまま義輝が剣を振り下ろしていれば・・・ぬ!?)
必殺の間合いから両者が離れた後、義輝が片手で顔を押さえているのを見た長慶は藤孝が打った仕掛けに気づいた。
長慶(・・・石を蹴り上げたと!?)
長慶の推測は当たっていた。
義輝が剣で剣を弾き返そうとすれば、間違いなく藤孝の剣に目がいく。
ならば視界外の足で石を蹴り上げ顔に当てれば、攻撃のさなかにある義輝が怯むのも無理はない。
もっとも一度不意打ちを受けている義輝が怯むのはほんの一瞬だ。姿勢の問題もあるし通常では避ける事は不可能。
だからこそ、その怯んだ瞬間に後ろに飛ぶため、藤孝は必殺の間合いから一歩離れた場所で剣撃を繰り出したのだ。
・・・下段、返し技、義輝の思惑とその返しの返し、状況からここまで思いつくことはさほどの読みではない。
だが、一歩間違えばそれこそ即死か致命傷という重圧の中、こんな行動を取れる者など通常いるだろうか?
よほどの度胸、そして絶対なる自分への自信がなければこんなマネなど出来るはずが無い。
364覚ゆ悟り 9/18:2005/06/11(土) 01:33:13
長慶(なんという胆!なんという自信!あやつ、まことに人間なのか!?)
長慶は思わず驚嘆の声を上げそうになる。が、その直後、長慶にまたも驚きが訪れた。
長慶(義輝・・・あの剣が折れたか!)
耐久力の限界だった義輝の破邪刀は、擦り上げ返しの勢いに耐えられず、ヒビの部分から割れていた。

藤孝(・・・上様の剣が割れたか。どうやら今までの事で少々無理をさせすぎだったようだな・・・)
今の一撃で藤孝の『太刀』も腰が伸びた(反りが大きくなった)が、割れてしまうほど大きな問題ではない。
そしてもう一度、藤孝は腰の伸びた太刀を上段に構える。
藤孝(こうなるとは思わなかったが・・・さて・・・)
そう藤孝が思った時・・・。
義輝「・・・帝に与したか?」
ふと、義輝が一言呟く。
この時、義輝の脳裏に一人の男が過ぎる。
LSDによって己の意志を無くし、己と対峙した井伊直親が。
思い起こしたのは、今の瞬間がその時の状況にあまりにも似ているからかも知れない。
だが義輝には、藤孝が彼や妖刀の男の様に狂ってしまった、つまり『大悪』だとはとても考えられなかった。
己にとっての股肱の臣であるという事もあるのかもしれないが・・・。
藤孝「まさか。我が命、そして意志は己だけのもの」
義輝「左様か」
藤孝「・・・」
義輝「お前の行動、今だ余には不可解・・・だが、余に知れぬ意志は込められているのだろう。
   ・・・だが余に刃を向けた以上、覚悟は出来ているのだろうな?」
藤孝「愚問。そして『覚悟』というものは決して軽いものではない事も承知」
義輝「ならば是非も無し・・・いや、是こそあり・・・。
   余も見せよう。余の生涯に於いて究極無比の『覚悟』を」
365覚ゆ悟り 10/18:2005/06/11(土) 01:37:40
藤孝の言葉をそう返すと、義輝が割れた破邪刀を、今度は『中段の構え』に構えなおした。
藤孝(割れ刀で中段だと・・・?)
たいてい動作の端々から相手の心のベクトルがわかる藤孝も、さすがに戸惑った。
割れた刀ではあるが、今の構えは彼等の師『塚原卜伝』を彷彿とさせるのである。
いや、あるいはこの気概こそ藤孝も名前しか知らない義輝の師匠、上泉秀綱の教えなのかも知れない。
とにかく、最初に対峙していた時の義輝の気概をさらに超える、時を止めたような『氣』という物を
今藤孝は身に感じていた。
一里先の針の落ちるさえ聞き分けられる状態とはまさにこの瞬間の事を言うのだろう。
今、義輝が構えているものは割れた刀にすぎない。
だが、藤孝は何か今までに無い一撃、己が耐えられぬ一撃が来る事を予感していた。
つまり、直感的に『次の一撃で己は死ぬ』と藤孝は感じたのである。
そして必殺の間合いにまた互いがじりじりと近づいていった時、不意に義輝は静かな声でまた藤孝に問う。
義輝「今・・・また問おう。なぜだ?」
藤孝「なぜ・・・とは?」
先ほどと同じ言葉が繰り返される。だが、次の言葉は先ほどとは異なったものだった。
義輝「生み出される全ての疑問・・・其に答えよ」
藤孝の望んでいた問い・・・つまり『最初になぜ義輝に手合わせを所望し、わざわざ怒らせるようなことをしたか』
その答えがそれであった。
『落胤』を信じさせるためにはどうするのか?それなりの流れ、とりわけ『嘘のつけない空気』というものが必要だ。
ではどうすればよいのか?そこで藤孝はこう考えた。
股肱の臣である己が叛逆すれば義輝は激怒しよう。だが、己が欲するのは『激情』ではない。
それすらも超えた、人間が持ちうる最高峰の感情『覚悟』が支配する空間なのだ、と。
つまり、その流れを生み出すために藤孝は義輝に斬りかかった。そして、挑発し、誘導した。
そして今彼の筋書き通りそれは成った。
異質の天才細川藤孝の覚悟は、また異質の天才足利義輝が持つ覚悟と混ざり合い、究極の空間を生み出した。
366覚ゆ悟り 11/18:2005/06/11(土) 01:39:07
今この場で偽りや小細工は出来ない。いや、先ほどまで義輝が抱いていた怒りも存在しない。
あるのは互いの覚悟だけだ。
この空間、生半可な者では呼吸すら忘れてしまうだろう。
だが、その空間は同時に藤孝にもある種の悟りを引き出すことになる。
藤孝「・・・なるほど。さて、どう答えたものか?」
義輝「・・・」
藤孝「・・・」
しばらく極度の緊張感を保ったまま、言葉はそこで途切れる。
・・・そして不意に口を開いたのは、やはり問いかけられた藤孝だった。
藤孝「世の中には、知ってはいけない事がある。誰とて例外ではない」
義輝「・・・そうか」
藤孝は今ようやくわかった。なぜ養父は『己の血』について知ってはいけないと言ったのか、と。
秘密を知れば明かしたくなるのが人間である。ましてや興味を原動力にする藤孝であればそれはなお当然の事となる。
だが、突飛な秘密を明かすためには信じ込ませるための舞台が必要だ。
この場合はこの手合わせの域を超えた試合ならぬ『死合』だろう。この島でならそれは可能となる。
そして、全てのお膳立てを整えた今、まさに今、藤孝の命は風前の灯となる。
藤孝(父はなぜ話したのか?おそらくこの藤孝を試したのだ。そこまで見抜けるかどうか。だがこの藤孝は見抜けなかった)
命が助かるような状況ならともかく、確実に死ぬような状況ではさすがに藤孝も言うまい。
だが仮に普通の世界で藤孝がその事を漏らしたのなら?間違いなく藤孝に秘密を話した父もまず生きてはいまい。
おそらく藤孝の血については、細川家の最大のタブーの一つなのだろうから。
つまり、父は己の命を賭けてまで藤孝を試した・・・いや、つまり己の命を藤孝に託した事となるのだろう。
藤孝(見事だ、父よ)
養父の本心はわからない。だが、養父と共に生きてきた藤孝はそう判断を下した。
藤孝(こうなれば是非も無し・・・いや、是こそあり!覚悟を越えて見せよう!)
言うなれば、人智を超えた才によって撒いた火種。
その火種を刈り取るため、今藤孝は己の血に込められた秘密を決して明かさぬ覚悟を決めた。
367覚ゆ悟り 12/18:2005/06/11(土) 01:41:07
長慶(先ほど細川が飛びのいた距離は、必殺の間合いから五歩程度・・・そして今は四歩と言ったところか・・・。
   過程から言えば、先ほどと違いまだ隠し種を持っているはずの細川が有利か・・・だが・・・)
そう、だが今の義輝から発せられる気のようなものは並大抵ではない。
『義輝は何か企んでいる』と長慶も感じざるを得なかった。
長慶(だが生半可・・・いや、どれほどの陽動でも細川は揺るぐまい・・・先ほどとは立場が一転したが、さて・・・?)
義輝と藤孝は、ともに中段の構えのまますり足でじりじりと近寄っていく。
そして必殺の間合いまで後三歩ほどとなった時、藤孝は唐突に口を開いた。
藤孝「・・・父は偉大であった」
義輝「・・・其は晴員か、元常か?」
藤孝「のみならず全て」
義輝「左様か」
そこで会話は途切れた。また互いにじわりじわりと近づいていく。
長慶(必殺の間合いまで残り二歩・・・そして一歩・・・)
その時だった。

突如、周囲の世界すべてを破壊するほどの激しい爆音が響き渡った。
長慶「ぬう!?」
その音に思わず長慶も声を出す。
だが長慶が義輝と藤孝から目を離した瞬間、その爆音を契機にして義輝は動いた。
必殺の間合いまであと二歩。割れ刀ではその距離はさらに広まる。
だが、義輝はそんな常識を無視するかのような超速で突っ込んでいった。
長慶「なんと!?」
そして爆音に気を取られた長慶がまた二人を見た時、そこでは既に勝負はついていた。
義輝は、先ほど藤孝がいた場所に割れ刀を突きつけている。だが、そこに藤孝はいなかった。
藤孝は義輝の側面に、また距離を離した場所に位置していたのだ。
つまり、藤孝は超速の義輝の剣閃をかわしていたのである。
368覚ゆ悟り 13/18:2005/06/11(土) 01:44:54
義輝「・・・見事。『一之太刀』をかわすとは・・・お前の腕、これほどまでとは思いもしなかった」
藤孝「見事なのは上様の方。今の一撃の心技体、気概、そのすべてがこの藤孝の予想を完全に上回っていた。
   惜しむらくは、刀が割れなければ。そして後一歩踏み込んでいれば・・・」
義輝「・・・あの音に動かされた。あの音が偶然というのなら、それは天がお前に味方した証・・・。
   それに今の一撃で『一之太刀』の秘は明かされた」
長慶にはその会話は聞こえなかったが、その次の義輝の言葉はしっかりと耳に届いた。
義輝「・・・もはや、これまで」
この言葉が契機となって、その場に充満していた鬼気は緩やかに流れ出し、覚悟の境地も終消えた。
それはつまり、この二人の『手合わせ』という名の『死合』が終幕した事を意味していた。
その後義輝は何も言わず、持っていた『九字の破邪刀』を後ろに引く。藤孝もまた『太刀』を収めた。
藤孝「では、見事に隠れていた部外者には退場していただきましょう」
藤孝はそう言うと、『九字の破邪刀』の割れた先端部分を拾い・・・。

思いっきり真正面に投げ飛ばした。
先端はそのまま回転しながら飛び、長慶が隠れている木に勢い良く突き刺さった。
長慶「む!」
長慶(・・・ほう。気づかれていたか・・・いや、先ほど声を出したときに気づいたと考える方が自然か)
長慶とて凡人ではない。先ほどの『覚悟の境地』が超人的なものである事も気づいていた。
その空間ならば、爆音の際に己が漏らしたわずかな声でさえ聞き分けても不思議は無いと思ったのである。
長慶(さて、気づかれてはもはや我が策も用いる事は出来ぬ。ここは一時撤退と行こうか・・・)
そう考えた長慶はとっさに身を翻し、また森の中へ消えていった。

藤孝「ほう、長慶は逃げたようですな。なかなか見事な逃げっぷり」
藤孝はそう言うが、これは別に長慶を卑下しているわけではない。むしろその逆である。
藤孝「あやつめ、おそらく化けましたぞ。これはそう簡単に制す事は出来ませぬな。
369覚ゆ悟り 14/18:2005/06/11(土) 01:46:01
   ところで上様、いつまでそうしているつもりで?」
と、藤孝は軽い口調で、満足と無念入り混じる複雑極まりない表情で空を仰いでいた義輝に声をかける。
義輝「これほどまでに充実した、清清しい気分は、この島に来てから初めてかも知れぬ。
   過程はともかく最後の一太刀、あれには憤りも憎しみも何も無かった。
   そう、あの覚悟こそが幾多の先人が追い求めた『無我』なのかも知れぬ」
藤孝「ほう」
義輝「・・・だが、余はそのために刀を失った。己の力とも言うべき破邪の力を・・・」
そう言いながら、義輝は簡潔に語りだす。今までの事・・・井伊直親の事や、妖刀の事を。
藤孝「なるほど、妖刀。この藤孝もこの島で見たことはあるが、先ほどの割れ刀がそれと対を成す刀と?」
義輝「おそらく」
その言葉を受け、ふむ、と藤孝は少し考える。が、またすぐ簡単な口調で突飛な事を言い出した。
藤孝「ならばまたくっつくのでは?」
義輝「な、なんだと?」
藤孝「先ほどの話の流れでは、妖刀はまだこの世に存在しているはず。
   なれば対を成すものも存在していなければならぬのが、世の常とも言える。
   これは理屈ではなく、世の中の流れ・・・というか、決まりのようなもの。そういうものです」
義輝「・・・いかにとくとくと説こうが、割れたものは戻るまい・・・死んでしまった者と同様に。
   無くしてしまったものを返らせる事など、余にもお前にも出来る事ではない。つまり・・・」
対を成すものがある、という藤孝の弁が世の道理ならば、死者が蘇らないのは常識過ぎる世の道理だ。
義輝の言う事は至極真っ当な事だった。
藤孝「無理だと?」
義輝「ああ、そうだ。無理であろう・・・違うか?」
藤孝「いや、その通り。無理でございます。死者を蘇らせるなどという事は。
   しかし、既に今までの我々のこの島での行動は、常識を超えた『無理』な事ばかりやってきたのでは?」
義輝「・・・それはそうだが・・・」
370覚ゆ悟り 15/18:2005/06/11(土) 01:49:11
藤孝「そもそも帝にしても、我々百人をこの島まで運んだのも『無理』があったことでしょう」
義輝「・・・うむ・・・」
藤孝「だが奴らはその無理を超えた。ならば我々も道理や無理を超え、奴等の度肝を抜いてやりませんか?」
義輝「他人事と思いおって・・・」
苦笑しながら義輝は言う。が、藤孝は『心外な』と言った様な表情をし、また饒舌に語りだした。
藤孝「他人事ではありませんよ。貴方が死ねば、この藤孝とてまた困る。
   いいですか?貴方が生きて将軍としているからこそ、この藤孝もまた己の研鑽に全力を注ぐ事が出来る。
   言い換えれば、この藤孝が先ほど上様の太刀をかわせたのも、また上様のお陰とも言える」
その言葉を受け、ハハハという義輝の笑いが響いた。その後、また落ち着いた表情で義輝が問う。
義輝「三度目の正直だ。なぜか、と今又問おう」
藤孝「ほう。なぜ、とは?」
義輝「茶化すな。余の頸を取るつもりであれば初太刀でも今でも悠々と取れるであろう。
   何でも良い。言え。お主の命を賭けた覚悟、その理由を。たとえどのような理由であっても、咎めはせぬ」
藤孝「左様か。では申しましょう。私が命を賭け、そして上様にも命を賭けさせてまで伝えたかった理由を」
義輝「・・・」
藤孝「・・・」
しばし藤孝は考え込み、沈黙が辺りに訪れる。が、藤孝は唐突に口を開いた。
藤孝「上様は甘すぎる」
義輝「ぬ?」
藤孝「そうではありませんか?今、私が生きていることが何よりの証。
   主に刃を向けるどころか散々挑発した者など当然。
   なぜそれをなさらぬのか?」
義輝「意志の問題だ・・・お前の意志は『人殺しの愉悦』や『天下への野心』というものではない。
   帝に与せぬものをなぜわざわざ殺すことがある?
   この島でその様な者をあやめる事、それこそやってはならぬ愚行であろう」
371覚ゆ悟り 16/18:2005/06/11(土) 01:53:22
藤孝「なるほど。まあこの藤孝も言及はしません。ただし、心には留めておいてもらいたい。
   人の話は三割信用し、七割は疑う、という事を」
義輝「む・・・」
藤孝「人は嘘をつく。だが嘘をつくのは決しておかしな事でも、悪い事でもない。
   問題は、その嘘が信じるべき嘘か、信じてはいけない嘘か・・・そこにあるのです」
義輝「信じてはいけない嘘・・・それは人を欺き、陥れ、亡き者にしてしまおうとする嘘か」
藤孝「左様」
義輝「・・・」
藤孝「無論、これまでも上様を助けたものはおりましょう。しかし誰であれ、心が揺らぐ事はある。
   そして、そのものを疑う事、あるいは斬らねばならぬ事は苦になることも必至。
   だが、それをせねばならぬのが上に立つものの宿命」
義輝「・・・それはわかっている。だが」
『だが』という言葉を残した義輝は、そこで一度言葉を途切れさせ、大きくため息をつく。
そしてその後すぐに藤孝の顔を見据え、しっかりと言い放った。
義輝「・・・人を信頼してこそ、得られる信頼もある。余は救いがある人間ならば、一人でも多く助けたいのだ」
藤孝「それも良いでしょう。それも一つの真理。真理は一つというわけではない」
そう言い残すと、藤孝は腰の伸びた太刀をその場に投げ捨て、またどこかへ歩き出そうとした。
義輝「共には来ぬのか?」
藤孝「長慶が気になります。先ほどの音も確かに気になる。
   だが、我ら二人でのこのこ歩いていたら長慶に餌を与えるようなもの」
義輝「ふむ・・・」
藤孝「上様はお仲間と合流するおつもりで?」
義輝「うむ・・・お前もか?」
藤孝「・・・そうですな。先ほどの爆音も気になりますが、まあ、おおかた誰ぞの武器でありましょう」
含みを残したようなはっきりしない言葉で、藤孝は肯定する。
372覚ゆ悟り 17/18:2005/06/11(土) 01:55:06
藤孝「では、私はこの辺で。あまり一場所に長居するのも好きではないので」
義輝「うむ」
藤孝「・・・ああ、それと」
少し歩いた藤孝が、思い出したように義輝に顔を向け、神妙な面持ちで言った。
藤孝「一之太刀は一撃必殺、究極至高の奥義。外れる事などまずありえない。
   裏を返せば、この藤孝がかわせたという事は、あれは一之太刀ではない」
義輝「・・・何が言いたいのだ?」
藤孝「割れ刀の撃が外れるは道理過ぎる道理。あまり気にやむ必要はない」
それだけ言うと、また藤孝は森の中へ消えていった。

義輝「甘すぎる、か・・・」
藤孝が去った後も、しばらく義輝はその場で佇んでいた。
将軍としての気位は持っていたつもりだったが、あるいはそんな甘さはあったのかもしれない。
確かに『しめし』という点では、ここは藤孝を斬らねばならかったのかもしれない。
だが、それは通常の場合だ。この様に狂ってしまった島の中で、なぜそんなことをしなければならないのだろう。
力を持つものを、何より、帝に与したわけでも、天下を狙っているわけでもない人間を斬るということを。
義輝「いいや、藤孝よ。お前は自分しか見ていない。皆が皆お前の様な人間ばかりではないのだ。
   人は時に迷う。それを、利と力、そして情によって先導していかねばならぬのが・・・将軍なのだ」
人に対する疑いは伝染する。そしてそれはそのうち、皆を疑心暗鬼に陥れるだろう。
その不協和音は、帝に向かう者達にとってあってはならない事だ。
義輝「お前が正しいか、余が正しいか。あるいはどちらも正しいのか、はたまたどちらも間違っているのか。
   それはわからん・・・だが、余は初志を貫徹するのみ」
初志をまた口にした義輝は、木に刺さった九字の破邪刀の割れ端を取る。
373覚ゆ悟り 18/18:2005/06/11(土) 02:01:13
そしてそれを己が刺さらないように持つと、刀に語りかけるように呟いた。
義輝「砕けたのも、まだまだ余が未熟ゆえ。許せ。だが、我が心は決して折れぬ」
そして、また義輝は切れ端を持ったまま、先ほど爆音がした方向へと向かう。
その音は、彼にとって信頼足りえる者達が起こした『トラックの爆発』であることを、まだ彼は知らない。
彼がその道を進むのも、あるいは割れた破邪刀が示した道だったのかもしれない。
そして歩く道筋の途中で義輝は藤孝を思い出す。
義輝「・・・父は偉大であった、か・・・あるいはあ奴、己の血の事を漠然ながらも知っているのか・・・。
   であればこそ、あ奴は余にあのような態度を取るのやも知れぬな」
そう呟くと、義輝はすこし呆れたような、しかし濁りの無い笑いを残し、また歩き出した。

足利義輝、細川藤孝、三好長慶。
死するが当然のこの『手合わせ』で、この三人は傷一つ負わなかった。
それを成したのは、義輝の威厳か、藤孝の誘導か、卜伝の教えか、長慶の存在か。
はたまた、互いに知ってはいれども明かす事は無かった奇妙な兄弟の縁がそうさせたのか。
あるいは、いまだ成すべき事が残るこの三人の早すぎる死を、超越的な何かが許さなかったのか。
その答えもまた、覚悟の境地の先にあるものかもしれない。

【11番 足利義輝 『九字の破邪刀(破砕)』『梓弓(4隻)』『グロック17C(残弾16発)』】
(3-E森地点から爆発したトラックの元へ移動予定)

【83番 細川藤孝 『備前長船』】
(3-E近辺、なんとなく利家&上条を探すが、他に面白いものがあればそれに向かう)

【92番 三好長慶 『ジェンダワ(矢10隻)』『青酸カリ』『寸鉄』】
(行方は不明、目的・義輝と藤孝暗殺に変わり無しだが、誰に対しても殺意と警戒十分)
374Invincible 1/6:2005/06/11(土) 02:08:13
本部の暗い一室で、相変わらずオルガンティノは考え事をしていた。
オルガンティノ(以下オル):
(奴をこの部屋に引きずり込むこと・・・それ自体は容易い。
 僕の計画通りなら、僕が彼に恨みを抱いているように、彼も僕に恨みを抱いているはずだ。
 だから彼は僕を見た途端、喜びと復讐心に満ちた目でこの部屋に入ってくることだろう。
 だがその後の計画は・・・ん?)
ギイィと重い扉が開く音がした時、彼は考える事をやめた。
オル「珍しい事もあるものですね。大した間も無く、この部屋に二人も訪れるとは・・・何用ですか?」
オルガンティノは眼が見えないため、誰かまでは声を聞くまで判別できない。
だが、一応彼は物腰穏やかな口調で扉を開けた人物に声をかける。
もっとも、そう声をかけた時も、決して警戒は止めなかったのだが。
オル(さて、まさかフロイスではないだろうし、先ほど訪れたロヨラさんとも考えづらい。となると・・・)
だが、彼が頭の中で人物を特定する前に、あまりにも特徴ある声・・・というか音を彼は聞くことになる。
?「ドゥンドゥンドゥンドゥンドゥン♪ドゥンドゥンドゥンドゥンドゥン♪」
扉を開けたその男は、鼻歌と共に奇妙な歩き方で部屋の中に入ってくる。
もっともその歩き方まではオルガンティノも見えてはいないが、もう既に鼻歌の一小節目で彼は人物を特定していた。
オル「・・・ヴァリニャーノさん、浅井長政の褒美に行ったのでは?」
ウンザリしたような口調でその名前が呼ばれた時、鼻歌はピタリと止まった。

ヴァリニャーノ(以下ヴァリ):
「『その鼻歌、マイケルジャクソンのスリラーですね』ぐらい言えよ。付き合いがいのない奴だな、お前」
ヴァリニャーノと呼ばれた男は『やれやれだぜ』と言ったポーズを取りながら、口を尖らせる。
だがオルガンティノは至極興味なさそうな、ぶっきらぼうな言葉で返した。
オル「それで結構。そんな事より、浅井長政への褒美はどうしたんですか?」
『この部屋からとっとと出て行け』と暗に示すオルガンティノの言葉を、事も無げにヴァリニャーノはかわす。
375Invincible 2/6:2005/06/11(土) 02:09:02
ヴァリ「いや、それがさ。ロヨラに止められちゃったんだよね。アイツ行くってよ、名前忘れたけど。
    で、暇つぶしにどっか行こうと思ってたんだけど、なんか皆いないのよ」
オル「当然です。今は忙しいでしょう」
『僕もね』と言おうとしたところでオルガンティノは留まる。何が忙しいかと問われては答えられない。
少なくともこの男は『考え事をしているから』という理由では引き下がりそうに無い。
こんな男に対し言葉に詰まってしまうのは、己を天才と称するオルガンティノには耐えられない恥だった。
ヴァリ「あー、そうだよな。トラック襲撃から皆忙しそうに動いてるし。みんなやるじゃん、頑張るじゃん。
    まあ俺は時代を超えたスーパーヒーロー『マイケル・ジャクソン』聴けるぐらいヒマなんだけど」
オル「はあ、そうですか」
『誰もお前に期待してないんだよ』という侮蔑をオルガンティノはぐっとこらえる。
オル(いや、こういう手合いには何を言っても無駄なんだ。だって馬鹿なんだから・・・)
そんな心など当然知るはずもなく、ヴァリニャーノは物珍しそうに部屋の中を眺める。
やがて彼は、部屋に備え付けてあるモニターを眺めた。
そのモニターの画面は分割されている。いくつかのエリアか、参加者を同時に移しているのだろう。
四つに区分けされた画面の一つには爆発後のトラックが、一つには誰とも知れない腐乱した死体以外に何も無い山中が。
一つには、生魚を手に持ったまま口にすることを躊躇っている前田利家が。
最後の一つには、草の根をかじっている吉良親貞が映し出されていた。
『草の根かじり泥水すする』を地で行っている親貞を見て、ヴァリニャーノは感嘆の声を上げた。
ヴァリ「やるじゃん」
オルガンティノは無視を決め込む。
ヴァリ「ところでお前、モニターとかその目でわかんのか?」
オル「耳で。わからないところは内線かなにかで作業員に聞きます」
ヴァリ「ふーん。やるじゃん」

ヴァリ「ところでお前、この残り13人の参加者達の中のただ一人の生き残りに賭けるなら、誰に賭けるよ?」
376Invincible 3/6:2005/06/11(土) 02:10:00
モニターの中をしばらく興味深そうに眺めていたヴァリニャーノが、唐突に呟いた。
オル「・・・なぜ急にそんな事を?」
ヴァリ「さあ・・・まあ、強いて言うなら偏屈トップクラスのお前の視点は誰なのかっていう興味だな」
オル「偏屈なつもりなんてありませんが」
ヴァリ「いいから答えろよ」
オル「はあ」
答えたいわけではないが、答えたくないわけでもない。
そう考えたオルガンティノは、無意識に両目の傷を手で覆い、静かに答えた。
オル「生き残り、ではなく生き残ってもらいたいというなら・・・吉良親貞・・・ですかね。
   少なくとも僕に会うまでは、彼には死んで頂きたくはない」
ヴァリ「ふーん」
部屋のモニターを眺めながら、ヴァリニャーノは『予想通り』と言ったような顔をする。
ヴァリ「そりゃあお前にとっては大切な目の仇だからな」
オル「目というか・・・自分の仇というか・・・そんなものです」
モニターの中には今だ草の根をかじる吉良親貞が映し出されていた。
ヴァリ「しかしすげえ根性だな、コイツ」
オル「恐ろしいと思いますよ。生を欲するのはこの島では決して珍しくはありませんが
   彼は病に侵されている分、その欲望・・・というか執念が人一倍ずば抜けて強い。
   それだけ人一倍、死というものを身近に感じているのでしょう。
   いうなれば、ナイフで身体を少しずつ削られていってる様なものですからね」
その吉良の事を、オルガンティノは『恐ろしい』とも感じ、また『醜い』『無様だ』とも感じていた。
『己の分を超える大金を賭け、必死で神頼みする人間』を見ている時に生まれる感情、といった感じだろうか。
人間なら誰でも持つ黒い感情がそう思わせたのだろう、とオルガンティノは己を分析した。
377Invincible 4/6
この島に100人が連れだされるより前のことになる。
宣教師達は『余興促進のための協力者』を作り出すために数人の人物に接触した。
顕如や三好長慶ら、朝比奈の言葉を言葉を借りるなら生粋の『天皇の狗』と呼ばれる者達である。
そういった人物と交渉する役目はオルガンティノやヴァリニャーノにも与えられた。
オルガンティノが割り当てられた人物は、『吉良親貞』であった。
病に悩む吉良親貞なら協力するだろう、と誰もが信じて疑わなかった。
だがその予想に反し、帰ってきたオルガンティノは目の刀傷から血の涙を流し恨み言を叫んでいた。
その時何があったのかは誰も知らないし、オルガンティノは今でもその時のことは決して話そうとはしない。
おおかた、吉良親貞の逆鱗に触れたのだろう、というのが全員の一致した見解だった。
だが、『出来て当たり前』を失敗し、視力を無くしたオルガンティノはその時からこの部屋に閉じこもる。
そして彼は不眠不休で恨み言を吐いた。時には激しい怒声もあったし、消え入りそうな声で泣くこともあった。
部屋からの怒声が聞こえるもあったし、壁に何かをぶつけるような鈍音が響く日もあった。
恐怖や侮蔑から、誰もその部屋の扉を開ける事は無かった。
そしてそれが一週間ほど続き誰もが慣れた頃、あくびをしながら部屋の前を通りがかったヴァリニャーノはふと足を止めた。
今日は怒声も罵声も怨声も鈍音も聞こえない。
無音なのはその日が初めてではなかったが、なぜかいつも以上に好奇心と恐怖心を煽られたヴァリニャーノは、勢いよくドアを開けた。
そして開けた瞬間だっただろうか、開ける前だろうか。唐突に穏やかな声がヴァリニャーノを迎えた。

オル『おはようございます。素晴らしい一日の始まりですね』
部屋の中心には、こびりついた己の血で顔から胸元にかけて真っ赤に染められたオルガンティノが笑顔で立っていた。

そしてその後余興が開催された時、吉良親貞は帝側の人間となり、北条高広と組み甘粕景持を間接的に殺害した。