――・・・ガガッ
参加者の諸君に緊急の連絡だ。
大変残念な話なのだが、我々の食糧輸送班を襲い、皆を全滅させようと企んでいる参加者がいる。
そのため、次の食糧配布は二箇所になる。
そして、この行いへの罰として予定より早く例の狼を放つ事にした。
くりかえす。次の食糧配布は二箇所になる。予定を繰り上げて狼を放つ
くれぐれも我々に刃向かおうなどとは考えるな。以上だ。
・・・ブツッ ――
この声は天皇のそれではない。二人の顔が、すっと引き締まる。
「なんということだ・・・」
「かぁ〜〜〜〜!!こっちの動きは筒抜けかよォ〜!上手いことやって天皇の喉元に迫ってやろうと思ってたのによォ〜!」
「いや、そのことよりもだ。狼が放たれたことのほうが気懸かりだ。恐らく我らの行いに腹を立ててのことだろう」
「狼なんぞより、人間の方がよっぽど怖いさ。たかが獣相手に生き残れないようじゃ、人間相手にここからは生き残れまい。いちいち悔いても仕方ないぜ」
「うむ・・・、しかし、こちらの動きを知られているとなると、今後、如何にしても後手後手に回らざるを得ないな」
「クッソ、つくづく面倒だな。しかも御大層なことに、お仲間もいるそうで」
「先ほどの声の主か・・・、やはり向こう側の人間と考えるのが妥当であろうな。こちらもそれなりに同志を募らねばならぬな」
「同志か・・・、幸盛や将軍様はどうしてんだろうな。上手いこと無事でいてくれりゃいいけどな」
彼らは願っていた。度重なる主君の死を乗り越えた友との再会を。そしてあの時自ら後ろを守ってくれた将軍との再会を。
突如、トラックのドアが開き、息を切らした見知らぬ男が切羽詰った様子で叫ぶ。19番磯野員昌だ。
彼が走ってくる足音は全てトラックのエンジン音にかき消された為、車内の二人はその男の存在に全く気づかなかったのである。
「助けてくれ!!」
「おわ!!なんだオッサン?何者だ?」
突然の来客の叫び声に、驚き飛び跳ねる重秀を見た員昌は、更に驚いた。
「ぎゃぁぁ!!いや、すまん!助けてくれ!」
気が動転したその男は、間髪入れずに叫び続ける。
「突然どうしたのだ?お主は一体?」
「牛ほどもある狼共に追われておるのだ」
(げ!俺達のせいだ・・・)
申し訳無さそうな顔で昌景を見つめる重秀。
(うむ・・・)
苦々しそうな表情で応えるしかない昌景であった。
「お、おうオッサン!俺達に任せときな」
謝罪は事態を終えてからと決意し、重秀は銃を片手にトラックから外に出た。
「うむ。後ろで隠れておるのが良かろう」
言いながら昌景は員昌を車内に避難させる。トラックの中に入ると、員昌は心から安堵した様子を見せた。
「かたじけない・・・」
「いや、こちらこそ申し訳ない・・・」
「??」
「重秀、気をつけろ」
トラックの窓から顔だけ出して、声をかける昌景。もうすっかり車内の居心地に慣れたようだ。
「来た来た。やつらだな・・・」
重秀の視界に、恐ろしい唸り声を上げながら数匹の狼が迫るのが映っていた。
「う・・・、うぉぉ・・・、やつらじゃ・・・」
一旦は落ち着きを取り戻したものの、執拗に追いかけられた恐怖そのものの存在であるそれを、再び目にした員昌の不安は言い知れぬものであろう。
「落ち着きなされ。あやつの腕は確かだ。」
その不安を拭い去るべく言葉をかける昌景であった。
(あいつが親玉だな・・・)
神経を研ぎ澄まし、群れの中でも一際大柄の狼に照準を当てる狙撃者。
「グアァァァオォォォォォォ!!!!!!」
本能のまま血肉を欲して襲い掛からんと迫り来る野獣達。
冷静と集中、暴走と爆発、両者対極のような位置に居た。
「ズドーーン!」
闘志を剥き出しにし、全速力でこちらに向かってくる狼の群れの中で、それらを率いる一番大きな、恐らくリーダー格であろうその銀狼を一撃で撃ち抜く。
全速力で走っていたこともあって、銀狼は物凄い勢いで前に崩れ落ちた。それを見た周りの狼達は恐れ戦き、その場に凍りついた。
「ぬはははははは!!ガァァオオオォォォォォ!!!!」
獣を真似た勝利と威嚇も含めた雄たけびを狼達に投げつける。
所詮集団行動を習性とする狼である。一瞬で我がリーダーを骸にしたバケモノの存在は彼らの恐怖そのものを意味する。そのバケモノの雄たけびを耳にしたのだ。彼らは、更なる恐怖により忽ち戦意を喪失した。
ややあって一目散に来た道を引き返し森の中へと逃げていった。中には「キャン・・・」という情けない声をあげる者や、糞尿を漏らす者までいた。
「ふははははは!人間様にさからおうなんて百年早いぜ!」
「ご苦労だったな」
「・・・。」
「ようオッサン、どうした?もう安心だぜ」
「・・・す、凄いな・・・、お主ら一体何者なんじゃ・・・?」
「おお、申し遅れた。拙者、武田家家臣、飯富昌景にござる」
「すまねぇオッサン、もうちょいそっちに詰めてくれ。どっこらせっと。俺は雑賀衆の鈴木重秀ってんだ」
「ハッ・・・、すまぬ、拙者は浅井家の磯野員昌と申す。先に名乗り出ずに失礼致した。どうも気が動転してしもうて・・・」
「はっはっは、気にすんなって。後ろに積んである食い物でも食って落ち着いてくれよ」
「何?先の緊急の放送を知らぬのか?」
「むぅ・・・、面目ない・・・。どうやら食料のことに関して、仲間内で言い争って居る内に聞き逃してしまったようだ・・・」
「う、うむ・・・、ともかく事の詳細は今お話した通りだ。申し訳ない」
「とんでもござらぬ。窮地を救っていただいて有り難き事にござる」
「まぁ、その、なんだ・・・、早く仲間と再会できるといいな、はは・・・、ははは・・・(だめだ・・・、俺はやっぱりこういう雰囲気は苦手だ・・・)」
「おお!そうであった。それではわしは約束の場へと向かいまする。世話になった。感謝申し上げる」
「お?なんだ?もう行っちまうのか?飯でも食ってきゃいいのに」
「仲間と無事合流できたなら、その後はどうなさるおつもりだ?」
「うむむ・・・、いや、そこまでは考えておらなんだ、なにしろ突然散り散りになってしもうたからのう・・・」
「それでは、もしよろしければ我々にお力を貸していただけぬであろうか?」
「おお!それは願っても無いことでござる。」
「ありがてぇぜ。オッサン、生き残れよ」
「後ろの食料は好きなだけ持ってゆくがよい。仲間と無事再会できることを祈っておるぞ。さらばだ」
「それではこれにて失礼致す」
員昌は急ぎ人らしい手短な別れを述べて、その場を後にした。
「あーあ、行っちまったな」
「うむ。律儀に、食料を一つしか持っていかなかったな」
二人は遠ざかる男の後姿と、後ろの荷台に積まれた食料を交互に眺めながら再び会話を始めた。
「そういや、コイツらどうすんだい?このまま俺達が独占するわけにもいかんだろ?」
「うむ。そうだな。残った糧食はこの場に置いていくとしよう」
「うぇ!?全部かい?一個くらいは余分に頂戴しようぜ・・・、あ!ほら!誰か新たに同志が加わるかもしれねぇじゃねぇか。な?」
「うーむ・・・、まあ・・・、一理あるな・・・、はたまた幸盛殿との再会に備えておくのも道理かもしれぬ・・・」
「お!いいねぇ。アンタァ話の分かる男でよかったぜ。うっはっはっは。おいどうだ?一個と言わず二個くらい・・・」
「却下!」
「・・・ケチ。まあそれはさておき、早いところこいつを動かしてみたいもんだな」
話しながら重秀は、荷台によじ登り食料の入った荷物を三つ、その場に置き、一つを車内に持ち運んだ。
「うむ、しかし目ぼしいところは探ってみたつもりなんだがな・・・。これでも試行錯誤が足りぬものなのか」
「しっかしよぉ。こんなデカブツがとんでもねぇ速さで動くんだなぁ。なんだか楽しくなってきちまうぜ」
「全く呑気な・・・、む?お主の足元に何かがあるようだぞ?」
「うん?おお、こんなところにも変なもんが付いてんだな。不思議なもんだ」
「どうにかならんか?」
「ちょっと待ってろ。今いじってみr・・・!!!!!おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」
「ぬおおおおおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーーー!!!!!!!!!」
突如トラックは物凄い勢いで、唸り声を上げた。と同時に鉄砲弾のように走り出した。
大地には、激しく抉れた車輪の跡と、舞い上がった無数の砂埃を被った三つの荷物が残されていた。
「うおぉぉぉぉぉーーーーーーーー!!!!!!」
「おあああああ!!!!!ととと、と、止め、止めろ止めろおぉぉぉぉぉーーーーー!!!!!!!!」
「ど、どう、ドウスンダァァッァーーーー!!!!!!!!」
「足を離せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!!!!!!」
「な、なるほどおおぉぉぉぉおおお!!!!!」
彼らにとって、尋常ではない状況の中での懸命で迅速な判断にトラックも気を利かせたのだろうか。段々と速度を落とし、やがてはその場に止まった。
「はぁ・・・、はぁ・・・、死ぬかと思ったぜ・・・」
「う・・・うむ・・・、なんとか、止まった・・・、ようだな・・・」
「こ・・・、こいつを踏み込むと動くようだ・・・、ははは・・・、いきなり踏んだら駄目みたいだな・・・」
「うむ・・・、この身で思い知ったな・・・、ふぅ・・・、ふぅ・・・」
突然の窮地に仰天した後、少々時間を置いて、草臥れた派手目の上着を整えながら重秀が呟く。
「よし、今度はゆっくり踏んでみるよ」
「お・・・、おい、ゆっくりとだぞ?穏やかに頼むぞ・・・」
さっきの出来事がすぐさま蘇り、焦りを抱く昌景であったが、トラックは先ほどとは打って変わって申し訳程度の速度で動いた。
「お、動いた。それもゆっくりと」
「うむ!ははは、い・・・、いや・・・、その、良き乗り心地だ・・・」
「おお!隣のこいつを踏むと停まるようになってるらしいぞ」
「お・・・、おい、だからって急に停まるなよ?そっちも踏むときはゆっくりと穏やかに・・・」
「おうおう!わかってるって」
「それは何の為のものなのだ?」
「お、これで進行方向が変わるようだ」
――しばし練習中―――
「わっはっはっは。楽しいなぁ!」
「うはははは!素晴らしい乗り心地だ!」
この狂った余興に在る中で、二人はそれに似つかわしくない和やかで楽しいひと時を過ごしていた。
しかし、それも長くは続かず、運命の渦中に巻きこまれることとなる。
「・・・おい、あそこに誰かいるぞ」
ふいに深刻な声をあげる重秀。
「む?どこだ?」
「走ってるな・・・、また狼の仕業かな?」
「うーむ・・・、またか・・・」
「ま、いいさ。いちいち気にしちゃもたないぜ。どれ、いっちょ腹ごなしといくか」
「むむ!!あれは!」
なにかに気づいた様子で突然トラックから外に出る昌景であった。
「なんだ?知り合いか?」
まばたきを忘れ、いつになく強張った昌景の表情にわけがわからず重秀も外へと出る。
「長尾景虎殿ォーーー!!!」
「な、なにぃぃー!?あれが軍神様か!」
「む、小生を呼ぶのは・・・?」
「こちらにお逃げくだされ!」
「ふむ。かたじけない。おお!お主は、武田家の勇敢なる若侍ではないか!久しいのう」
(敵同士なのに随分と仲良いみたいだな・・・、よくわからん)
「はっ!覚えておいでですか。光栄でございます。して、狼の類に?」
「いや、そんな生易しい者ではない。む、これはかの“とらっく”とやらではないか。おお!そうか。それでは先の放送の者が言っておった襲撃者とは、お主らのことであったか、・・・と、失礼。一方的に話しすぎたようだ」
(ははは、どうやら軍神様はちゃんと放送を聞いてたみたいだ)
にやける重秀は嬉しそうに話しかけた。
「おう。アンタと一緒で俺達までお尋ね者になっちまったぜ。わっはっは」
「ふふふ、愉快な奴じゃのう」
「この者、元来より礼儀というものを知りませぬ。どうかお許しくださりませ。それより景虎殿、大丈夫ですか?見たところだいぶ疲労が溜まっておられるようですが」
「うむ。彼此半日くらい動きっぱなしだ。正直きついな。であるから恥を晒して退いておるのだ」
「げげっ!半日動きっぱなしって・・・、アンタとんでもねぇ体力してやがんだな・・・」
「なんと!ご無理をされては、如何に景虎殿程のお方とも言えど、お体に障ります」
昌景と重秀は一斉に驚きの声をあげる。
明け方から現在にかけて、北条綱成との死闘、そしてそれに横槍を入れて尚追ってくる者との鬼ごっこに明け暮れていたのである。普通の人間ならば呼吸困難に陥り、まともに話す事等不可能である。息を乱さず平然を語ることが出来るのは、この男の真の強さからだろう。
「よっしゃ。ここは俺に任せな。昌景サンよ。アンタは軍神様を安全な場所まで連れてってやってくれ。このデカブツはさっき俺がやってたようにすりゃなんとかなるだろ」
「すまぬ。お主には世話になりっぱなしだ」
「若者よ。初対面にして面目ない。この長尾景虎、感謝申し上げ奉る」
「おう。気にするな。無事戻ったら改めて名乗るぜ。昌景サンよ、軍神様を頼むぞ。なんとか味方に引き入れてくれ」
「うむ。案ずるな。話の分かるお方だ。それよりお主、その銃だけでは弾に限りがあるだろう。これを預ける。だがきっと返せよ」
昌景は願いを込めて、吉岡一文字を重秀に手渡す。
「おう。すまねぇな。遠慮なく預かるぜ」
「すぐ追いつけよ。それでは後ほどな」
あえて死ぬなよとは言わずに相棒と別れる昌景であった。
「おう。あれはゆっくり踏むモンだぞ。いきなり踏んだらさっきの二の舞だ」
――ブォォォォーーン!!
物凄いエンジン音と砂煙を残し、トラックはその場からすっ飛んでいった。
「・・・だからゆっくり踏めって言っただろうが・・・」
苦笑を浮かべた重秀は、随分前から自分の後方に立ってその時を待っていた男に意識を向けた。
「よう。待たせたな」
そして後ろの人物、織田信長に背中を向けたまま声をかける。
「別れは済ませたか?若造」
信長の手に握られた剣は重秀に向けられていた。
「おー、怖い怖い」
重秀は、おどけて両手を上に上げ、信長のほうを向いて見せた。
信長の視線は一瞬たりとも重秀から離れず、重秀も信長の視線から逃れようとはせずにいた。
「正直アンタとやりあう理由は無い。あの軍神様とアンタとの間に何があったのかも知らん。どうしてもやるのかい?」
「そんなことはどうでもよい。お前が例の物盗りか」
信長が珍しく目の前の男に興味を示した。
「言うじゃねぇか。俺がその物盗りだってんなら、どうなるんだい?」
「ふっふっふ・・・、うぬの目的はなんだ?」
不敵な笑みを浮かべながら信長は問う。
「ここから抜けることさ。必要なら天皇さえ亡き者にするつもりだ(十中八九避けては通れぬだろうがな)」
「ふはははは。うぬ、面白いことを申すのう・・・、奪ったあの乗り物で海を渡るか?」
「・・・不気味な野郎だぜ、一体何考えてんだか・・・」
「余の目的も、うぬと一緒だと言ったら信じるか?ふっふっふ・・・」
信長は、剣だけでなく、左手に所持していたデザートイーグルの筒口までも、重秀に向けた。
「剣と銃を一緒に向けながら言う台詞では無いな」
「ふははははは、それもそうだな」
――ズガーン!
言い終えるより早く、信長はいきなり発砲した。
「尤も、余の場合は、優先順位は異なるがな」
「けっ、天皇を殺すことが第一目的ってかい?どう見ても、単に殺しを楽しんでいるようにしか窺えんがな」
「ふふふふ・・・」
――ズドーン!!
「ほう・・・」
――ズドーン!!
「うむ・・・、銃弾を避けるか。珍しい者も居るようだな」
落ち着き払った様子で信長は呟く。
「へっへっへ・・・、相手が悪かったな。アンタの腕がいくら優れていても、始点、角度、斜線軸を見切るくらい造作も無いぜ(とは言え、避けっぱなしじゃ疲労は溜まるばかりだ・・・)」
フェイクの無い弾など、自分には通用しないと彼は確信していた。・・・あくまで体力の続く限りは、という条件付きではあるが。
照準を定める時の集中力、そして引き金を引く瞬間に生じる衝撃などのことから、射撃の際にフェイントを入れるのは熟練の鉄砲使いとて不可能に近いだろう。連射などもってのほかである。
この鈴木重秀ただ一人を除いて。
「・・・なるほど、それならば」
「なに!」
重秀は絶句した。
なんと信長は、未だ銃口の煙収まらぬデザートイーグルを、恐らく奥の手として懐に忍ばせておいたベレッタ共々あろう事か、その場にあっさり投げ捨ててしまったのである。
「どういうつもりだ!」
「銃弾が効かぬ以上、この様な物は不要だ。うぬにはこいつを馳走してやろう」
正宗の剣先を重秀に向けて、信長は言い放った。
「・・・随分潔いじゃねぇか」
(正直助かったぜ・・・、あのまま銃弾を避け続けるのは流石にキツい・・・)
「遠隔手段で殺すには惜しいでな。ふっふっふ・・・」
「・・・貴様、わかっていたのか」
そう。信長はわかっていたのだ。
あのまま数十発も引き金を引き続ければ、いかに重秀が鉄砲術に長けた者であっても永遠に回避し続けるのは不可能である。
いずれ体力に限界が訪れ銃弾の餌食になるか、仮に信長の所持する全てのピストルの残弾が尽きても、乳酸の蓄積され、動きの鈍った者を刀の錆びにすることなど造作も無いであろう。
「・・・てめぇ、楽しんでやがるのか?」
「ふっふっふ、うぬ程の剛の者と出会ったのは初めてだ。楽しいなぁ・・・」
「・・・あ?いまいち理解できねぇ野郎だ」
「ゆくぞ!」
戦闘態勢に入った信長は、今にも襲い掛からんとしていた。
「ほれ」
その信長を尻目に重秀も同じように、持っていた得物の全てをその場に投げ置いた。
「む!?」
「さて、遠慮なくかかってきやがれ」
「どういうつもりだ・・・?」
先ほどの重秀と全く同じ言葉を同じ立場で口にする信長。
「てめぇなんざ素手でも勿体無いくらいだ。どっからでもかかってきやがれ」
「・・・ふざけているのか?」
しかし彼の表情からは、決してふざけている様子は窺えない。挑発しているようにも見えない。
「この剣はな、粗末な物だが、友から拝借した大事なものなのだ。貴様のような薄汚れた殺戮者の血で汚すわけには行かん。それだけだ」
「ほう、うぬには余が薄汚れて見えるか。ふふふ、若いな・・・」
そう言って信長も正宗を置く。
「良いだろう。それなら貴様と同じく拳にて存分に語るとするか。これならうぬも納得するか?若造よ」
「・・・ったく、若造若造言いやがって、俺は強いぞ。後悔するなよ!(尤も、貴様も恐ろしく強いんだろうがな)」
「ふふふ、うぬこそな。ゆくぞ!!」
「うおおぉぉぉぉーーーーーーー!!!」
暖かい日差しが大地をやさしく照らし、涼しく柔らかなそよ風が木々を揺らす。小鳥は囀り、野兎やリスは餌を求めて忙しなく動き回る。
のどかで平和そのものの情景の中に、静寂を切り裂く激しい拳撃音が響き渡る。
重秀の恐るべき速さの拳に、信長の激しい突きが交差する。幾度となく激しく衝撃を与え、そして受けているはずなのに、両者ともに疲労の色は全く無い。
精神が肉体を上回る。正に互角の戦いがそこにあった。
更に仕掛ける重秀。信長のガードが上段に集中したのを見逃さず、腹部へと渾身の鉄拳を放つ。
信長は瞬時に腹筋に力を込め、そして後ろに仰け退くことでダメージを最小限に抑える。
「ふっふっふ、うぬ、できるな」
「アンタもな」
お返しとばかりに信長の疾風の如き蹴りが重秀を襲う。
(む!入ったか!?)
しかしそれも束の間、体制を崩しながらも重秀は腕を伸ばし、膝蹴りを決めるべく信長の顔を掴もうとする。
(かかった!!)
絶好のチャンスだ。信長の頭を掴むことに成功した重秀はそのまま膝蹴りを決めようとする。
しかし次の瞬間驚くのは重秀だ。
頭を掴まれた体制から信長はなんと、自分の頭を掴んだ重秀の腕を更に掴んで関節を決めようとする。
足蹴りでなんとか信長から距離をとって逃れる重秀だったが、好機から一変、窮地に立たされたことに驚きを隠せないでいた。
一瞬のその隙を逃さず、信長は重秀に迫った。完全に隙を付かれ、距離を縮められ劣勢に立たされるかと思いきや、
助走も無しに、重秀は空中へと身を反転し、信長の後ろを取る形となった。
重秀はそのままスリーパーに入った。しかし信長も足を後ろに振り上げ振りほどく。
体制を崩した重秀の襟元を掴んで背中から地に倒れこみ、片足を相手の腹部に当てて反動で投げ飛ばした。いわゆる巴投げである。
大きく投げ飛ばされた重秀だったが空中で体制を整え見事に着地する。
「ふふふ、見事だ」
「・・・焦ったぜ」
「どうだ?これでも余のことを薄汚く見えるか?」
「げ・・・、アンタそう言われたこと根に持っていやがるのか?執念深い野郎だな」
「ふっふっふ・・・、うぬ、名はなんと申す?」
「鈴木重秀だ」
「ほう、余は織田信長である」
「げ!アンタが信長だったのか・・・(道理で強いわけだ・・・)」
「余とここまでやりあえたのは、うぬが初めてよ。先ほどの益荒男も相当な使い手と見たが、退くことを選びおった」
「そりゃあ、てめぇ中心に世の中回ってるわけじゃねぇからな」
「この次は、得物を携えてやりあいたいものよ」
「なに!逃げるのか!?」
「死に急ぐな。うぬはここで死ぬべき人物とは思えん。この勝負、日本の地で改めて決しようぞ。それまでせいぜい首を洗って待っておれ」
「な、なに!?おい、どういう意味だ?」
置いた武器を無言で拾い上げ、その場を後にしようとする信長だった。
「協力する気は・・・、あるのか?」
重秀は、言ってすぐ後悔した。どう考えても、目の前に居るこの男が自分達の考えに同調するとは思えなかったからだ。
そして彼は意外な言葉を耳にする。
「鈴木重秀、再びうぬに出会った頃にはその答えも出ているであろう」
言いながら信長は歩き出した。
「がら空きの背中を見せ付けやがって・・・、後ろから撃たれることを疑わんのか?」
「武士の礼儀を知らぬでもあるまい」
「・・・やっぱりよくわからねぇ男だぜ」
(だが・・・、拳で語り合っていた時だけは、あいつのことを少しわかったような気がする。薄汚れた殺戮者か・・・、俺の見る目も曇っていたようだな・・・、奴も一端の武人か・・・)
遠ざかる背中を見送りながら重秀は物思いに耽っていた。
「よし!さっさと昌景サンのとこに戻るとするか!軍神様、待ってろよ!」
重秀は、地面に大きく残ったタイヤの後をひたすら辿って走った。そして、先ほど拳を交えた男との再会を、彼には内緒で願うことにした。
――空はどこまでも青かった。
【19番 磯野員昌 『呉広』】3-Gから出発。3-Iの民家を目指し移動
【29番 飯富昌景 『オーク・ダブルアックス』『フルーレ』】
【69番 長尾景虎 『片鎌槍』『火炎瓶(1本)』『十手』】共に2-Eから発車
バックの運転方法は理解していません。あくまで前進運転のみ可能です。
【58番 鈴木重秀 『吉岡一文字』『USSRドラグノフ』(残り4発)『スモールボアライフル 』(残り14発)】2-Eからトラックの後を追っています
【27番 織田信長 『デザートイーグル.50AE(残弾1発)』『ベレッタM1919(残弾7発)』『相州五郎入道正宗』】2-Eから再び森の中へ移動
なおトラックはオートマ仕様とします。ガソリンは1/5程消費しました。残り4/5程です。
「くっ、某としたことが情けない・・・」
我ながら頼りない足取りに、幸盛はウンザリしたように立ち止まる。
連日続く戦闘、ろくな食べ物を口にできないことによる空腹、不眠からくる疲労、そしてなにより晴久・誠久の二人の死。
これら一つ一つが、確実に幸盛の体を弱らせている要因になっていた。
幸盛は、自分の思うように動いてくれない足を殴りつけ、なんとか歩き出すが、一向に歩は弾まない。
「某としたことが・・・」
思わず、同じ事を呟いてしまう。
このまま歩き続けるのを諦めた幸盛は、その場で大の字に寝転がってしまう。
今の幸盛を襲おうと思えば、誰でも簡単に襲うことができるだろう。
それほど無防備な格好で、幸盛は寝そべっていた。
「因果なものだ・・・。主君ら二人もが、我が宿敵と決めていた毛利の者どもに討たれるとは・・・」
霧が晴れ、ようやく晴れ間が見え出した空を眺めて、幸盛は一人涙した。
「辛いか?」
一瞬にして、幸盛の全身に緊張が走る。
不意に声がした方とは反対側に跳ね起きると、すかさず昌景から貰ったエペを引き抜く。
相手との距離は一間半。十分に相手の顔が見て取れる。
「あ、貴方は将軍様ではございませぬか!?」
そこには将軍・義輝が立っていた。
「ほう、疲労困憊の身とはいえ、なかなかの身のこなし、恐れ入った」
立ち姿同様、さりげない口調で義輝は続ける。
「山中殿だな?余は、そなたを追って参った」
これがもし、少しでも不自然な動き・口調だったら、幸盛は動かぬ体に鞭を打ち、敵わぬまでも挑み掛かっていったかもしれない。
この数日の戦闘で、『殺られる前に殺る』ということを実践しない限り、容易には生き残れないことを幸盛は嫌というほど体感している。
それが、義輝の自然で、さりげない仕草に触れ、機先を制されたような形になった。
「某を追ってきた?」
危険はないと判断した幸盛は、エペを鞘に収めながら義輝の言ったことを反芻した。
「フム、そなたに一言、謝らなければならぬことがある。・・・他でもない、そなたの主君を殺したのは余だ」
幸盛は自分の耳を疑った。今の今まで、晴久を殺したのは隆元だと思っていた。実際に自分はその現場を目撃している。が、義輝は自分がその下手人だと言う。
疲労が極限に達しようとしている幸盛の頭では、なにがなんだか訳が分からなかったが、仮に義輝の言ったことが真実ならばこれは見逃すことはできない。
「今の言葉に偽りはございませぬな?事と次第によっては義輝様、貴方といえど、某は一戦も辞しませぬぞ」
再びエペの柄に手を掛けた幸盛の顔は朱に染まっており、義輝の顔を穴が開くほどに睨みつけている。
「偽りではない。余の不徳が招いた結果だ。余が・・・余があの時、あの妖しき薬を谷川などに捨てなければ、このような事態が起きることもなかった。すまぬ、許せ」
「妖しき薬?」
その言葉に、幸盛は柄を握る手の力を緩める。
「その薬を服用すると、精神になんらかの影響を及ぼし、やがては発狂し、周りの者を見境なく襲いだすという厄介なものだ」
「それでは、隆元がおかしくなっていたのもその薬のせいで?ならば、義輝様には何の落ち度もないではありませぬか」
「いや、余が始末を怠ったゆえに起きた惨事。山中殿、すまなかったな」
深々と頭を下げて詫びる義輝の誠実な態度に、幸盛は『この男こそ、信ずるに足る者』と心の中で思い決めた。
「分かりました。事情が分かれば某は義輝様を責める理由はない。ささ、お顔をお上げくだされ」
「よいのか?斬りたければ斬っても構わんのだぞ?」
嘘ではなく、本心からそう思っているのは幸盛にも分かる。こうまでされて、幸盛が義輝を怨むことがあろうはずがなかった。
「いや、某が義輝様に刃を向けるつもりは毛頭ない。それはお断りいたそう。それに、刀も抜かず、戦意のない者を斬っては武士がすたる」
「・・・そうか。ならばこれ以上言うのは止そう。しかし、このまま別れては余の気がすまぬ。せめて何か、余に出来る事はないのか?」
「出来る事、でござりまするか・・・。・・・一つだけ、ないこともありませぬ」
そう言うと、幸盛は言葉を濁してしまった。
「なんだ、遠慮は要らん。申せ」
ならばと、幸盛は自分の存念を義輝に語った。
「某は帝を倒そうと考えておりまする。そもそも我が主君達が死んだのも、他の方々が死んでいくのも、すべてはあの方がかような事を考え付いたのが事の発端。
ならば某は帝を討とうと思い定めましてござる。義輝様には何卒、その時にお力添えいただければと」
「なんだ、そのことか」
義輝は大笑した。
「某はおかしなことを申しておるのでしょうか?」
自分の考えを笑われたのかと、幸盛は心配した。
「さにあらず。実はな、余もその口よ。昌景や重秀らと共に、大悪を斬ることを決意しておるのよ」
「なんとッ!すでに昌景殿、重秀殿のことを知っておられるか!?それは話が早い。義輝様が付いていてくれれば、百万の軍が付くよりも心強い」
幸盛は義輝の手を取らんばかりに喜んだ。
これでこの悪魔の所業から開放されるのではないかと、一筋の光明を見た思いがしたのである。
「はは、そう言ってもらえるのは嬉しいが、あまり余を買い被りすぎるなよ。いざ事が起こった時に、何の役にも立たなかったら立つ瀬がないからな」
「わっはっは。では義輝様にはあまり期待しないでおくとしよう」
「むう、それはそれで淋しいのう」
幸盛も大笑した。こんなに笑ったのは何日ぶりなのだろうか。早く、こうして笑い合える日がくればいいと思いながら、しばらく二人は大声で笑いあった。
「いやあ、楽しかった。――しかしここで話し合っていても始まらぬな。そろそろ行くとするか?」
義輝は幸盛を誘うが、当の幸盛はまだやり残した事があると言って義輝の申し出を断った。
「やり残した事とは?」
「はい、某は二つの約束をしておりまする。一つは晴久様より決して死ぬなとの事。いま一つは、誠久様より我が無念を晴らせとのこと。
某は帝を討つ前に、怨敵毛利の者どもを殲滅せねばなりませぬ。元就・隆景の首を誠久様の墓前に供えぬ限り、某は義輝様と往くことは出来もうさぬ」
それを聴いた義輝は渋い顔を作った。
「それは如何であろうか?そなたは先程、『すべては帝がかような事を考えたのが事の発端』と申したでないか。さればそなたの怨敵は毛利ではなく、帝その人ではないか。
そのようなくだらぬ私闘は止めて、余と共に昌景達と合流するとしようぞ」
「・・・それはまだ出来ませぬ。如何にくだらぬ私闘と言われようと、某に後事を託した誠久様の無念を思えば、おいそれと義輝様と往くわけにはまいりませぬ。
某はまず毛利を討ち、その後、改めて義輝様の後を追わせていただく。それでどうでありましょう?」
「主君の遺命というわけか・・・。余があれこれ言おうと、そなたの思いは変わらぬのだな?・・・致し方なし、よきようにせい」
幸盛の顔には、その意志の強さがありありと表れている。さすがの義輝も、幸盛の宿願を止めることは出来なかった。
「はッ!では某はこれで失礼します。義輝様、無事でいてくだされよ」
「そなたもな」
義輝に辞儀を済ませると、幸盛は動かぬ体を引きずって、再び歩き始めた。
「無事でまた逢えればいいのだがな・・・」
幸盛の後姿を見送る義輝には、一抹の不安が拭いきれなかった。
【11番 足利義輝 『九字の破邪刀』】3-F
【98番 山中幸盛 『エペ』】3-Fから移動 食糧少量 目的は毛利親子の首
【27番 織田信長 『デザートイーグル.50AE(残弾1発)』『ベレッタM1919(残弾7発)』『相州五郎入道正宗』】2-Eから再び森の中へ移動
【48番 斎藤朝信 『モップ型暗器』】3-C荒野から移動
【100番 和田惟政 『不明』】5-Cから出発
【63番 武田晴信 『U.S.M16A2 (残弾24発)』】現在地不明
【98番 山中幸盛 『エペ』】3-Fから移動 食糧少量
【11番 足利義輝 『九字の破邪刀』】3-F
【07番 浅井久政 『輝政』『S&W M36チーフススペシャル』】3-F森
【65番 長曽我部元親 『鎌』『ウィンチェスターM1897(残弾4発)』】2-H民家
【09番 朝比奈泰朝 『青龍偃月刀』】3-F森 目的、浅井久政の尾行。
【19番 磯野員昌 『呉広』】3-Gから出発 3-Iの民家を目指し移動
【58番 鈴木重秀 『吉岡一文字』『USSRドラグノフ』(残り4発)『スモールボアライフル 』(残り14発)】2-Eからトラックの後を追っています
【94番 村上義清 『槍・日本号』】3-Cから移動予定(武田晴信を殺る気満々で探しています)
交戦中
【54番 柴田勝家 『マテバ 2006M(弾切れ)』『備前長船』『H&K MP3(残弾13発)』】(右腕負傷)VS
【49番 斎藤義龍 『スプリングフィールド M1(弾切れ)』『スラッパー』】(4-Fにて交戦中。勝家は逃げるつもりです。義龍は追っています)
【96番 毛利元就 『梓弓(4本)』『USSR AK47 カラシニコフ(残弾少量)』『ボーガン(5本)』『十文字槍』】&
【46番 小早川隆景 『グロック17C(残弾17+1発)』二人4-Cから3−Cの方へ進行中
【37番 北条高広 『イサカM37フェザーライト(残弾2発)』『モトローラ トランシーバ T5900』『AK74(残弾2発)』】&
【39番 吉良親貞 『武器不明』『モトローラ トランシーバ T5900』】(共に3-B廃墟から移動)
【89番 松田憲秀 『スタンガン』『毒饅頭』】&【79番 北条氏照 『各種弾丸詰め合わせ』】3-Cから出発
【90番 松永久秀 『青酸カリ(小瓶に入ってます)』】&【92番 三好長慶 『ジェンダワ(矢10本)』】5-H地点に休憩中だが、そろそろ敵探しに行くつもり。
【47番 斎藤道三 『オウル・パイク』『長曾禰虎徹』】&【44番 香宗我部親泰 『武器不明』】共に3-Eから出発
【06番 浅井長政 『FN 5-7(残弾18発+mag1)』『天国・小烏丸』】&【71番 長坂長閑 『無銘匕首』】&【43番 高坂昌信 『エクストリーマ・ラティオ』】&
【63番 武田晴信 『U.S.M16A2 (残弾21発)』】4-D森
【86番 前田利家 『SPAS12(残弾1発)』『鉄槍』『矢(5本)』】& 【83番 細川藤孝 『太刀』】&
【57番 上条政繁 『書物・ジョジョの奇妙な冒険全巻(十数冊読めないものあり)』『バゼラード』】(4-E森から3-D森の前に向かっています)
【29番 飯富昌景 『オーク・ダブルアックス』『フルーレ』】&
【69番 長尾景虎 『片鎌槍』『火炎瓶(1本)』『十手』】共に2-Eから発車 バックの運転方法は理解していません。あくまで前進運転のみ可能です。
なお、島には数頭の狼が放たれています
―この馬鹿主君を見限る潮時か・・・
長尾政景の死体の傍にうち捨てられていた寸鉄―こんな非力な武器でも、この島では立派な凶器になりうる。
―そもそも、自分が見つけて、「どうぞ」と言ったのではあるが、遠慮をする知恵もなかったのか、こいつは一も二もなくそれを受け取りよった
小物といえど、初めて得た得物だけに、それを取られたという事がこの男―松永久秀に殺意を芽生えさせたことは言うまでも無い。
元々利用した果てに殺すつもりではあったが、ついにその殺意が確固たる形を持ったものとなりつつあったのだ。
―長慶、次の食事の時間がお前の臨終の時だ
心の奥底に潜む怒りと野望を、人に気付かれぬよう秘めながら、久秀は袖口に隠してあった茶色い薬ビンの重さを確認した。
「長慶様、そろそろ小腹がすいてきましたな」
小一時間後、毒殺を考え始めてから、なかなか食事の話に結びつくような話を切り出さない長慶に耐えかねて、久秀はそう切り出した。
森の静謐な空気のせいか、それとも今から死を迎える者のいわゆる死相という物なのか、長慶の顔はいつになく引き締まっている。
久秀が言葉を掛けてから、その硬い表情が崩れるのにも少しばかり時間を要した。
―どうした?もしや、感づかれたか?
久秀の背筋に冷たい物が走る。だが、
「確かにな、言われると何故か腹が減ったような感じがする、一服しよう」
一動作遅れたとは言えど、いつも通り、人を疑うことを知らない子どものように返答する長慶を見て、「思い過ごしだ。」と大きくため息をついた。
「ちと一服する前に小便に行ってきます」
準備をするためにそう理由付けて、久秀が立ち上がる。
「久秀、足は大丈夫なのか?それに行った先で襲われでもしたら・・・」
それを見た長慶は律儀にも久秀を気遣う言葉を口にする。
―ふん、わしの事より、自分の身を案じるのだな・・・
「心配ご無用、ちぃとばかし待っておってください」
心と口とで全く別の言葉を長慶に掛けながら、久秀は茂みの中へ入っていった。
鬱蒼と言うほどではないが生い茂る木の葉の影に、さほど離れていないはずの長慶の姿は既に久秀の視界から消えていた。
一応、来た方向を確認した久秀は耳を澄ませて追ってくる足音がないかを確認する。
幸い、久秀の耳に聞こえてくるのは、この島で起こっている血生臭い戦など対岸の火事とばかりにぴーちくぱーちく囀る鳥の鳴き声と、時折吹く風で梢がすれる音だけであった。
しかし、念には念を入れて、久秀は森の奥深くに踏み込もうとするが、よくよく考えると、デイバッグは長慶の元に置いてある。もしも迷ったりしたら、長慶を殺すどころではなくなるのだ。
一度、不安が頭をよぎると、これから殺す相手を前に自分の心を悟られぬよう押し殺していたネガティブな考えが次々と湧いて出て来た。
―今まで介抱してくれた主君だぞ?それを殺すことが出来るのか?
―果たして気付かれずに上手く事を運ぶことが出来るか?
―それにその後はどうするのだ?
考えられる、良くない方向に進む可能性が久秀の精神を削る。
しかし、久秀も並みの男ではない。そのネガティブな思考を一転させてポジティブに考え直す。
―確かに今、殺すのは得策ではない。よくよく考えてみろ、奴を殺したとして武器は寸鉄と弓、それにこの毒薬のみ。寸鉄と毒薬を上手く使えば懐に入り込んで殺すのも簡単だろうが、次に会う奴が騙せるとも、友好的とも限らん。
―それに、取られたといってもたかが寸鉄一つ。何をわしはこんなに熱くなっていたのだ?
頭を振って今までの怒りを捨て、体中に籠もった熱っぽさを振り払う。
久秀の中で出た結論は、『今はまだ様子見に徹して、まだ利用する』であった。
そう結論付けると、久秀の行動は早い。来た方向の道無き道を確認すると、危険な感じのするアーモンド臭を漂わせる薬ビンにさっと蓋をする。
蓋を閉める瞬間に少しだけ見えた薬の中身は、今まで後ろめたい思いがあったためか、少し減っていたように見えた。
わざと、いかにも小便を終えてきたかのように袴のしわをなおすような音を立てて長慶がいる場所に姿を現す。
それを見て、切り株に腰を掛けていた長慶は立ち上がり、屈託の無い笑顔でそれを向かえた。
「遅かったな、心配したぞ」
行って長慶が久秀の肩に手をかける。
「申し訳ありませぬ、何分慣れぬ森でちと迷うて仕舞いましてな」
久秀も、長慶を殺すと決めていた時よりも、大分落ち着いたのか、用意されていた台詞はごく自然に口からこぼれた。
「これからは余り離れぬほうが良いな」
長慶もそれを信用したように大きく頷き、切り株のほうに久秀とともに歩く
―ああ、これからも離れないさ、お前が死ぬときまでな
笑い返す善良な家臣としての表情の裏で、久秀は抜け目ない策士としての独り言を、無邪気な笑顔を見せる長慶を頭の中で冷笑した。
そう思っているうちに、長慶に促されるようにして座った倒木と長慶が座っていた切り株の間には用意がいい事に、既にペットボトルに水が用意されていた。
というのも、久しぶりに生か、さもなくば死かという決断を迫られた久秀の喉は、心身相関の作用でカラカラになっていたのだ。
「さぁ、一服しようではないか」
丸太に浅く腰掛けた所で、正面の長慶が右手でペットボトルを
「ええ、そうしましょう」
申し合わせたように、杯を酌み交わし、乾杯する風に水の入ったペットボトルを軽くぶつける。
ひしゃげた壁に押し出されるように波立った水が爆ぜる様に小さな飛沫を上げ、ごぽんという味気ない音が響いた。
だが、酌み交わした意味などないかのように、あくまで主君である長慶が口をつけた杯つまりペットボトルを久秀のほうに差し出す。
―飲めという事なのか?この島でなくともこのような慣習何の役にもたたんというのに・・・
心の中でブツブツ言いながらも、不承不承慣例に従って、今まさに口をつけんとしていたペットボトルを下ろし、差し出されたほうのペットボトルを受け取って、同じ様に久秀もごくごくと中身を飲む。
―一味神水ではあるまいし、こんな事をした所で、利用し、利用されるというわしらの関係は変わるはずなどなかろうに、全く間抜けな主君だ・・・
心の中でそう呟いた久秀は、その間抜けな主君が今どのような顔をしているかと、視線を下げた。
しかし、そこで久秀を見つめていたのは、決して間抜けな主君の瞳などではなく、かつて管領細川家を辣腕を持って支配した餓えた狼のような男の目であった。
いや、それだけではない、かすかに久秀が今までいたぶって、利用して、打ち捨てた人間に睨まれた時のその目の色もある。
―何だ、一体!?この表情、尋常の沙汰では無いぞ?
先程まで屈託なく笑っていた主君が、別人に替わった事に疑問を抱いた。
さらに奇妙な事に長慶は飲んだと思っていた水をおもむろに口から吐き出したのである。
その異常な光景を目にした瞬間、久秀は胃から込み上げる、焼けるような熱さを感じ、口の中におさまりきらなくなった鉄臭い液体が口を押さえていた手の中に溢れた。
それが血だと分かった瞬間、久秀は長慶の表情の変化と吐いた水が意味するところをようやく知ったのである
「何故だ!長慶、お前」
血反吐を森のしっとりとした地面に激しくぶちまけながら、久秀は声を上げる。
「久秀よ、策士という者はな、敵に感づかれぬようにして初めて策士たりえるのだ。貴様が蠍?笑わせるな」
その言葉に、先程までの明るさなど微塵も無い。あるのはただ、刀の身のように危うくて、重い現実を含んだ絶対の冷たさだけだ。
「お、おのれ・・・」
久秀は、先程、自分が決断をしていれば。と今更悔やみながら怨嗟の声を上げる。
―わしが思いとどまったから長らえた命を、よくも・・・
「貴様は失格だ」
夜中の内に久秀の持っていた薬のビンからくすねた毒薬の量が少なかったのか、いまだ息絶えず血走った目でこちらをねめつける久秀を見て、長慶は立ち上がり、久秀を見下げるような体勢をとる。
「貴様は今、『何故』と疑問をもっているはずだろう、何故か?弟達の無念わしが知らぬはずがあるまい?貴様が仕組んだ戦で命を落とした一存、貴様の放った刺客に眉間を撃たれて死んだ義賢、貴様の讒言で信用を失い切腹させられた冬康。」
子どもの頃の長慶を慕う3人の弟達との過去を思い出しながら、長慶は続ける。
「義興も貴様さえおらなんだら、命を長らえていただろう、まだ戦も知らぬ子であったのにな」
子のない長慶の唯一の子・義興、この子の死はまだ記憶に新しかった。
「幸いにも、証拠を掴んで処刑する必要もなく、このような余興が舞い込んできた。実は儂も天皇の余興に乗った一人なのだよ。天皇が宣教師を遣わしてわしと交渉に来よったわ、この余興を盛り上げるならば、貴様と会わせてやる、とな。」
宣教師の口から漏れる悪魔の囁きは今でも、仏のお導きの言葉として、長慶の頭に強く残っていた。
「貴様は儂を利用しようと考えていたようだが、儂が何故今まで猫をかぶっていたか分かるか?貴様を確実に、この手で殺すためよ。弓では急所を外れる可能性もあるしな。そして・・・今がその時だ。」
言って、凡愚な主君を演じて手に入れた寸鉄を握りなおす。脅しを込めて気違いのような表情を浮かべたつもりだが、久秀の血走った目はそれでも瞬き一つしない。
そのことに少し長慶はたじろいだが、しかし、そのたじろぐ様子にも久秀は全く反応しない。
とうの前に久秀は息絶えていたのだ、怨嗟で血走った目を開けながら。
―ふん、謀反人がいい根性よ。ん?こやつめ・・・
見ると、久秀は長慶が独白をしている間に久秀が飲もうとしていた水の入ったペットボトルを倒して中身をこぼしていたのである。
久秀なりの最後の抵抗だったのであろう。
水は諦めて、久秀の袖からビンを取り出すと、それを彼の分の食糧とともにデイバッグに放り込んだ。
「貴様と儂、似た者同士だったのかもしれんな」
【90番 松永久秀 死亡】
【92番 三好長慶 『ジェンダワ(矢10隻)』、『青酸カリ』、『寸鉄』】4-G森
【残り32人】
357 :
無名武将@お腹せっぷく:05/03/13 01:22:59
気まぐれにたまたま見付けたのをageてみる
【27番 織田信長 『デザートイーグル.50AE(残弾1発)』『ベレッタM1919(残弾7発)』『相州五郎入道正宗』】2-Eから再び森の中へ移動
【48番 斎藤朝信 『モップ型暗器』】3-C荒野から移動
【100番 和田惟政 『不明』】5-Cから出発
【98番 山中幸盛 『エペ』】3-Fから移動 目的、毛利親子の首
【11番 足利義輝 『九字の破邪刀』】3-F
【07番 浅井久政 『輝政』『S&W M36チーフススペシャル』】3-F森
【65番 長曽我部元親 『鎌』『ウィンチェスターM1897(残弾4発)』】2-H民家
【09番 朝比奈泰朝 『青龍偃月刀』】3-F森 目的、浅井久政の尾行
【19番 磯野員昌 『呉広』】3-Gから出発 3-Iの民家を目指し移動
【58番 鈴木重秀 『吉岡一文字』『USSRドラグノフ(残弾4発)』『スモールボアライフル(残弾14発)』】2-Eからトラックの後を追っています
【94番 村上義清 『日本号』】3-Cから移動予定(武田晴信を殺る気満々で探しています)
【80番 北条氏政 『南部十四式(弾切れ)』『クナイ(9本)』『コブラナイフ』『鍋(頭に装備)』『火炎瓶(3本)』『ヌンチャク』】3-F
【92番 三好長慶 『ジェンダワ(矢10隻)』『青酸カリ』『寸鉄』】4-G森
交戦中
【54番 柴田勝家 『マテバ 2006M(弾切れ)』『備前長船』『H&K MP3(残弾13発)』】(右腕負傷)VS
【49番 斎藤義龍 『スプリングフィールド M1(弾切れ)』『スラッパー』】(4-Fにて交戦中。勝家は逃げるつもりです。義龍は追っています
【96番 毛利元就 『梓弓(4本)』『USSR AK47 カラシニコフ(残弾少量)』『ボーガン(5本)』『十文字槍』】&
【46番 小早川隆景 『グロック17C(残弾17+1発)』二人4-Cから3−Cの方へ進行中
【37番 北条高広 『イサカM37フェザーライト(残弾2発)』『モトローラ トランシーバ T5900』『AK74(残弾2発)』】&
【39番 吉良親貞 『武器不明』『モトローラ トランシーバ T5900』】(共に3-B廃墟から移動)
【89番 松田憲秀 『スタンガン』『毒饅頭』】&【79番 北条氏照 『各種弾丸詰め合わせ』】5-Cから出発
【47番 斎藤道三 『オウル・パイク』『長曾禰虎徹』】&【44番 香宗我部親泰 『武器不明』】共に3-Eから出発
【06番 浅井長政 『FN 5-7(残弾18発+mag1)』『天国・小烏丸』】&【71番 長坂長閑 『無銘匕首』】&【43番 高坂昌信 『エクストリーマ・ラティオ』】&
【63番 武田晴信 『U.S.M16A2 (残弾21発)』】4-D森
【86番 前田利家 『SPAS12(残弾1発)』『鉄槍』『矢(5本)』】& 【83番 細川藤孝 『太刀』】&
【57番 上条政繁 『書物・ジョジョの奇妙な冒険全巻(十数冊読めないものあり)』『バゼラード』】(4-E森から3-D森の前に向かっています)
【29番 飯富昌景 『オーク・ダブルアックス』『フルーレ』】&
【69番 長尾景虎 『片鎌槍』『火炎瓶(1本)』『十手』】共に2-Eから発車 バックの運転方法は理解していません。あくまで前進運転のみ可能です。
※ 次の食糧配布は二箇所になります
※現在、島には数頭の狼が放たれています
久政は森に着いた。そして、後を尾けていた泰朝も森へと入っていった。
「さて、隠れる場所を早く探そうか」
(隠れる場所とはなんだ?しかし、大きい声を出すと敵に気づかれやすい事がわかっているのか?)
久政は常日頃から、影の薄い自分を気にしていた。
なので、自分を誇示するためにいつしか大声で話す様になったのである。
どこか抜けている久政を見ていると、泰朝は自分の子供を心配する親の気持ちがわかる様な気がした。
その後、歩いていると久政の視界がある物を捕らえた。
「ひ・・・人だ」
よほど嬉しかったのであろう。久政は大声で叫んだ。誰よりも大きく、高らかに・・・
その声に驚いたのか、北条氏政はショックを忘れ大声を発した人物に問いただした。
「あなたは誰?あなたの目的はなに?」
「わしか・・・わしは浅井久政じゃ。貴公も名ぐらいは聞いた事があるはずだ。
わしの目的は・・・ない。あえて言うなら、輝政と過ごす時間が永遠であってほしい事じゃ。」
「某は北条氏政と言います。」
「おおっ 何とあの北条氏康殿の息子であるか。お父上は勿論ご壮健じゃろうな?」
「久政殿、我が父はこのゲームで命を落としまし・・・」
最後は、カトンボの様にか細い声となり、思い出したのか氏政は涙目になった。
「そうか。知らなかったとは言え、失礼した。所で、氏政殿。わしと共に行動をせぬか?」
「真に申し訳ないのですが、それは出来ません。
某は亡き父と叔父上の為にも、一人で頑張っていこうと決心しました。」
「そうか・・・では、又どこかで会おうぞ。」
(はぁ〜。どうしてわしと行動しようって言わないかな。わしは虚勢を張っているが、本当は寂しくて、寂しくて胸がいっぱいなのに)
久政は肩を落として森の奥深くへ、氏政は決意を新たにし、久政と反対の方向へそれぞれ行くのであった・・・
【07番 浅井久政 『輝政』『S&W M36チーフススペシャル』】3-F森 目的3−Eへの移動
【09番 朝比奈泰朝 『青龍偃月刀』】3-F森 目的、浅井久政の尾行
【80番 北条氏政 『南部十四式(弾切れ)』『クナイ(9本)』『コブラナイフ』『鍋(頭に装備)』『火炎瓶(3本)』『ヌンチャク』】3-F 目的3-Gへの移動
「一体どうなっておるのじゃ!!」
部屋いっぱいに怒声が響き渡る。
叱責を受けているのはロヨラとザビエル。実質上、今大会を仕切っている二人だ。
もちろん、怒鳴りつけているのは正親町帝である。
帝は大きくて座り心地のよさそうな椅子に腰掛けて、二人はその正面に立たされている。
帝の後ろには巨大なモニターがあって、終始、帝はこの部屋で島で行われている殺戮の模様を見続けている。
帝が怒っているのは、昌景と重秀による食糧輸送班の襲撃の件だった。
彼等二人は直接、作業員達を指揮している。そのため、作業員達のミスはそのまま彼等二人のミスとなる。
そしてそれは今回のような帝の叱責へと繋がっていくのだ。
「この責任をどう取る気なのじゃ!?」
帝の怒りは収まらない。
別に帝は、殺された五人の作業員を想って怒っているのではない。自分に歯向かう者に、そして自分の思う通りに事が運ばない事に激怒しているのだった。
「お怒りはご尤もですが、この度の事はわれら二人も寝耳に水。責任を取れとはお門違いもいいところです」
対してロヨラは、顔に似合わぬ流暢な日本語で反論する。
「なんじゃ?そちは朕に意見するのかえ?」
帝の目が細められ、声が押し殺したように小さくなる。
瞬間、帝の体からは『妖気』のような、例えようのない強大なプレシャーが放たれる。
さすがにロヨラもザビエルもその異常な重圧には抗し難く、顔を背けて一歩二歩と後退りをしてしまう。
「も、申し訳ございません」
たまらず、ロヨラに変わってザビエルが詫びる。
「・・・まぁ、よいわ」
そう言うと、帝は椅子をくるりと回し、巨大モニターに映し出された参加武将達に目を向ける。
モニターには、長慶によって盛られた毒で、悶え苦しむ久秀の顔が映されていた。
島中に、隠しカメラがいくつも備え付けられている。映像はその中の一台が捉えているものだった。
「あっはははは、良い表情をしておるわ。人の死ぬ様を見ると、なんと気分の晴れやかになることか」
手を叩いて喜ぶ帝を見るロヨラとザビエルの顔は、先程の脅しによって青ざめたものに一変していた。
(変態の狂人めが)
これが、まだ若いこの国の新しい天皇に対する二人の一致した評価だった。
もっとも、一致しているのは帝への評価だけで、二人の帝へ協力する真の目的も、その思想も、その他全ての点に置いて二人は異なっている。
「今回の事は不問に処すとしよう。そのかわり、二度とこのような失態があることは罷りならんぞよ」
モニターを凝視したままで帝は言った。
二人は無言で帝の背に向けて一礼すると、いそいそと部屋を出て行った。
「その顔から察すると、どうやらお叱りを受けたようですね」
部屋を出て廊下を歩いて行く二人に、陽気な声で話し掛ける者がいた。
「フロイスか・・・。何の用だ?」
吐き捨てるようにロヨラが言う。この男は帝の叱責が余程忌々しかったのか、強く握られた拳からは血が滲んでいた。
「やだなぁ、そんなに邪険にしないでくださいよ。ボクはお二人を心配してるだけなのに」
フロイスと呼ばれた男は、ロヨラに睨みつけられても意に介さないのか、平然とてニコニコと笑い続けている。
ロヨラはその態度が気に食わなかったのか、舌打ちをして何処かに行ってしまった。
「やだやだ、年を取ると気が短くなるのかねぇ。どう思います?ザビエルさん」
「図に乗るなよ小僧。貴様を拾ったのは誰かを忘れるな。貴様ごときにさんづけで呼ばれる筋合いではないわ」
ザビエルもまた、フロイスが気に入らなかったのか、足を踏み鳴らしてその場を後にしてしまった。
やれやれとため息を吐くと、フロイスはロヨラやザビエルが歩いて行ったのとは反対側に廊下を進んでいった。
突き当たりに扉が一つある。そこを開けると、フロイスは身を中に入れ、内側から鍵を掛けた。
「どうだい?頼りになりそうな人はいたかな?」
暗い部屋の中で、黙々とディスプレイに向かって作業をする男にフロイスは話しかけた。
「一人、候補がいます。この者ならきっとワタシ達の期待に答えられるとは思いますが・・・」
「思いますが?」
もったいぶるなよと、フロイスは先を急かす。
「少々、扱いにくい人物かと・・・。しかし、現在一番の殺害人数を誇っていますし、肉体的にも精神的にも群を抜いていると思います」
「扱いにくいねぇ・・・。まぁ、アルメイダが目をつけたんなら間違いは無いさ。そいつにするとしよう。で、名前は?」
「27番・織田信長」
あぁと言って、フロイスは納得したように一人ごちた。
「あいつか・・・。確かに扱いにくそうだなぁ」
口とは裏腹に、ひどく楽しそうにフロイスは言った。
「我らが意図することに同意するかしないかはともかく、彼なら成し遂げられる筈です」
「分かった分かった。そんなに言うなら信長に賭けてみよう。――こんな馬鹿げた所業を終わらせるためにも、あの残忍な独裁者を排除するためにも、そして・・・」
一旦そこで言葉を切ったフロイスは、
「・・・そして、あの二人を消し去るためにも彼のような力が必要なんだ・・・」
と、搾り出すように言った。
あの二人とはロヨラとザビエルのことだ。
「はい。我らの手で必ず平和を取り戻しましょう。――それから他の候補者ですが、11番・足利義輝、58番・鈴木重秀、86番・前田利家などといった者もおりますが?」
「いや、まず信長に逢ってみる。今挙げた奴らは複数で動いているか、またはこれから合流しようとしている奴らだ。ボクらの真意を知る者は少ない方が良い。
かの者がどれだけ信用できるか分からないが、単独で動いてる分、少なくともその点での心配は無い」
「なるほど、では信長に決めましょう」
アルメイダは自分のデスクの引き出しを開けると、ごそごそと中を漁って黒い塊を取り出した。
「これをお持ちください」
アルメイダがフロイスに手渡した物は『ベレッタM92FC』だった。
「おいおい、こんな物は要らないよ。ボク達はこんな物を使わせないために動いているんだよ?これを使うようなことがあればボク達も奴らと同じ穴の狢じゃないか」
フロイスの言にアルメイダは首を振る。
「外には狼が放たれています。貴方を帝の手のものと勘違いし、亡き者にしようとする者もおりましょう。用心のためです。お持ちください」
「用心のためか・・・。そうだな、ボクが死んでは元も子もないものな」
フロイスは渋々ではあったが、アルメイダの言う通りにベレッタM92FCを持っていくことにした。
「フロイス、ワタシはここで監視カメラを操作し、上手く貴方のことが見えないようにするつもりです。しかし、あの聡い帝をそんなことで騙し通すことは難しいでしょう。
信長の説得に時間が掛かれば事が露見します。なるべく早く済ませてください」
「ふふふ、人使いが荒いなぁアルメイダは。心配しなくても大丈夫だよ。ボクだって血に飢えた狼や、気が狂った武将達がいるところなんて恐くて長居なんて出来ないさ」
フロイスはおどけて言うが、根が生真面目なアルメイダはニコリともしない。
「相変わらず固い奴だなぁ。まあいいや、じゃあ後は頼んだよ。アルメイダはボクが無事でいられるよう、ここで祈っていてよ」
そう言い残して、フロイスは部屋を出て行った。
【∞番 ルイス・フロイス 『ベレッタM92FC(残弾15+1)』】目的:信長の協力を得ること
高広「あれは・・・村上じゃねーか。何やってんだ?」
37番・北条高広、39番・吉良親貞が廃墟を出てから数時間。
一番最初に高広の目に写ったのは、同じ家中の者である『94番 村上義清』であった。
だが親貞の目には、『村上と評された人物』はまだ米粒程度にしか見えてはいない。
親貞(ま、豪雨の中で距離のある人間を捉えるような目だ・・・それも知り合い・・・なら判別もつくだろう)
親貞「・・・ふうん・・・知り合いかい?」
高広の視力、そして名前を呼んだ事から、親貞は答えの見えている問いを高広に発した。
高広「ああ、知り合いではある・・・・最も、それ以上ではねーけどな」
やはりと言うか、案の定というか、それが高広の答えだった。
親貞「で、どうするんだい?仲間に引き入れるか、殺すか・・・?」
高広「晴信ならともかく、アイツを景虎殺しの仲間に引き入れるのには無理がある。
・・・放っていくか・・・いや、殺しておくか。ただし、お前がやれ。お前がアイツを殺してみろ」
先ほどの答えと違い、その答えは親貞の予想を超えたものだった。
親貞「・・・僕が、かい?」
高広「ああ、そうだ。お前だ。不都合でもあるのか?」
親貞「なるほど・・・ね」
親貞には、完全に高広の手の内が読めた。
親貞(この場で、僕も殺すつもりか・・・思ったより早かったな)
いまだ高広は親貞に支給された武器を見ていない。
親貞の言葉や、状況などから
『さほどの大きさは無い物』や『強力な武器』『生きた人間にしか意味は無い』程度の推測しか
高広は得ていないのだろう。
しかもそれは、『ハッタリでないとしたら』という不安定な地盤の上の推論だ。
その疑問を払拭するためには、どうすればよいか?
完全に目にわかる、最も簡単な答えは一つである。武器を使わせればいい。
全てがハッタリなら親貞を『役立たず』と評せばいい。
あるいは役に立つ武器なら、親貞を殺しその武器を奪い取ればいい。
それだけ、今の高広にとって親貞と組むメリットは薄い。
デメリットこそないものの、せいぜい囮程度にしか役に立たない。
しかし、赤の他人に「お前は囮になれ」と言われて「はい、頑張ります!」などと答える者はいるだろうか?
親貞「僕が、ね・・・わかった。やらなきゃ君に殺されそうだからね」
親貞(やっても殺されそうだが・・・)
全ての選択の道は行き詰った親貞は、支給されたままのバッグから己の武器を取り出す。
その『武器』はとても小さく、そしてまるで玩具の様な形をした『銃』だった。
高広「・・・なんだよ・・・やっぱり銃か」
親貞「僕は『銃じゃない』などと一言でも言ったかい?」
高広「まあ、別にいいけどな・・・ただし間違ってもそれをオレに向けるなよ」
そう言いながら、高広は『AK74』を親貞の頭に向ける。
親貞「もう少し信用してくれてもいいんじゃないかい?」
高広に笑いながらそう言うと、親貞は米粒大の人間にその銃を構えた。
親貞(さて、ここで僕が生き残る道は・・・。
@村上を殺す
A僕と組むことの有利点-メリット-を不利点-デメリット-以上に高広に見せる
この二つを同時にこなさなければいけない、というわけか・・・。
@だけなら多少道義に外れた手段をとれば何とかなるが、問題はAだな・・・・。
他にはこの男-高広-を殺す、という手段もあるが・・・。
気を抜いているならともかく、今、僕がそれなりの動作を取るまでこの男は黙っているだろうか?
いいや・・・そんな愚鈍な奴ならわざわざ僕の頭に銃を突きつけたりはしない・・・)
そこまで、親貞が思考をめぐらせた時、不意に持っていたトランシーバーから、何か奇妙な音が聞こえた。
親貞(・・・なんだ?この男の仕業か?)
そう思って、銃口はそのままに高広に目を向ける。だが、どうも高広がやったわけではないらしい。
その証拠に、高広も音が漏れたトランシーバーに奇妙そうに見つめている。
親貞「・・・君がやったのかい?」
高広「いや・・・」
親貞「・・・おかしいな・・・壊れたのかな・・・?」
そこまで親貞が言った時、今度はトランシーバーから、不鮮明に、だが、人間の物とわかる声が聞こえた。
?『キ・・・チ・・・ハ・・・ガル・・・』
親貞「・・・君が殺した人間の亡霊じゃないのかい?」
高広「バカ抜かせ・・・アイツらにそんな度胸があるはずがねー」
そこまで話をしたとき、今度ははっきりとした、鮮明な人の声が聞こえた。
?『吉良親貞・・・吉良親貞様ですね?話があり・・・』
親貞「・・・どうやら亡霊殿は僕に話があるようだ。悪いが、少し話をしてくる」
高広「ああ・・・好きにしろ。亡霊と話をしたがるなんて、物好きな奴だな・・・。
ただし、ここでは話すな。亡霊と話すなんて気が気じゃねーからな・・・」
『亡霊』という言葉に恐怖があるのか、それはわからないが
高広は、親貞の頭に向けていた銃を下ろした。
親貞(多少は恐怖というものでもあるのか・・・この男がねえ・・・)
親貞も、口では『亡霊』と言っていたものの、話しかけてきた人物の推測はついていた。
・・・そして親貞の姿が見えなくなってきた頃、高広はまた村上に目を向ける。
先ほどは米粒程度だった村上が、今度は完全に『村上義清』と確認できる大きさになっていた。
高広「村上め・・・気づきやがったか・・・どうしたもんかな・・・」
?『吉良親貞様ですね・・・私は、ロヨラと申します』
親貞「ふん、やっぱりね」
他の支給者にトランシーバーが渡されるとは思えない。
では高広が話しかけてきたのではないとすれば、武器を支給した主催者としか思えない。
どんな細工があるかは知れないが、今の時代には無い武器を支給できるのだ。
この程度の小細工くらい、たやすいものだろう。
親貞「しかしこのトランシーバーとやらは僕に支給されたものではないだろう?
なぜ、僕がこれを持っているとわかった?」
ロヨラ『この島での全ての出来事は、我らの確認できる所となっております』
親貞「ふん・・・まあ確かに僕達が殺し合う様を見なければ楽しみなんてないだろうからね。
唐突に『最後に生き残ったのは私です』だけじゃあ、何がなにやらわからない」
とは言えど、新たに確認した事実に、親貞は内心、恐怖を覚えた。
親貞「いったい君達は、どこまで出来るというのかな・・・ふふふ、恐ろしいものだね」
ロヨラ『それで本題ですが・・・』
親貞「おい、待てよ」
あくまで丁寧なロヨラに対し、親貞は高広のような口調でロヨラの言葉を遮った。
親貞「くだらないお喋りはしたくない・・・僕も本題だけを言おう。
君たちはいったい何者だ?ただの宣教師とはとても思えないけど・・・?」
ロヨラ『お答えする事は出来ません』
親貞「君達はいったい何人いる?」
ロヨラ「お答えする事は出来ません』
親貞「君達の目的は?」
ロヨラ『・・・それも、お答えする事は出来ません』
親貞「・・・言えない、という答えが多いね」
ロヨラ『無論嘘をついても、真実を言っても構わないのですよ?ただ、参加者はあくまで公平に・・・』
親貞「公平、ね・・・」
親貞は、先ほどから手に持ったままの、己の支給武器である銃をふと見つめた。
ロヨラ『なぜそんな事を知りたがりますか?』
親貞「言葉が少しおかしいね・・・ふん、さすが宣教師だな。ただの興味だよ。
で、君の用件は?先ほどの報の事かい?狼がどうとか・・・」
ロヨラ『貴方には、元親という兄がいらっしゃいますね?』
親貞「!!・・・いるが・・・ああ、いるさ。だがそれがどうした!?お前には関係ないだろうがッ!!」
ロヨラ『申し上げにくいのですが・・・元親様は、どうやら帝を討つおつもりのようです』
親貞「それが僕に兄貴の名を持ち出すことと何の因果があるッ!?」
ロヨラ『私も元親様に仰いました・・・帝を討つという事は、親貞様を見捨てる事と・・・しかしそれでも・・・。
いえしかし、「帝に与する者など弟ではない」、と・・・』
親貞「!!・・・ああ、そうか・・・そういう事か・・・!!」
無論、実際は逆である。ロヨラの甘言で元親はたぶらかされたのではあるが・・・。
親貞「フッ・・・ハッハッハ・・・ああ、まあいいさ・・・で?僕は何をすればいい?」
ロヨラ『この殺し合いを促進させて欲しい事は、既にいつぞや仰いましたね?』
親貞「ああ」
ロヨラ『それを少し変えましょう・・・現在、帝に敵意を持つ者・・・つまり
『11番 足利義輝』『27番 織田信長』『29番 飯富昌景』『58番 鈴木重秀』
『63番 武田晴信』『69番 長尾景虎』『86番 前田利家』・・・この者達を優先的に殺して頂きたい』
親貞「名前も知らない奴もいるけどね・・・まあいいさ。それより、兄貴もだろう?」
ロヨラ『当然でございます』
親貞「しかし、それが僕に出来るとでも思っているのかい?」
ロヨラ『先ほども言いましたが、私達は今までこの島で起こった事全てが確認できております。
その上で、親貞様ならできると思っております』
親貞「やるだけならやってみるさ・・・でも、最後に聞こう。
僕がその者たちを殺した時・・・僕の病を完治させるという事は出来るか?」
ロヨラ『当然でございま・・・』
親貞「ふん!」
最後まで聞かず、親貞はトランシーバーを耳から下ろした。
親貞「兄貴がね・・・これは驚いた・・・はっ・・・はっはっは・・・」
乾いた笑いを少しこぼしたあと、親貞は大きく息を吸い込み・・・。
親貞「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァァァァァァァッ!!」
と人間の声とはとても思えない叫びを発した。
確かに、親貞は姫若子などと呼ばれていた兄を嫌っていた。
だが、共に出た戦での槍さばき、そして見事な指揮に、心の底で感服もしていた。
そういったアンビバレンスの中でこの島に突き落とされた際、一番最初に頼りたかったのは兄だった。
高広に吐いた言葉が全てではない。兄に会うまでは、全てを利用しようと決めていた。
だが先ほどのロヨラの甘言で、その全ては完全に崩れ去った。
アンビバレンスは大きな傾きを示し、親貞は完全に憎しみと殺意の塊となった。
親貞「ゲホッ!!ゲヘッ!!ガフッ!!・・・くそ・・・死んでたまるか・・・殺されてたまるか・・・!!」
激しい咳き込みの中、親貞は怨に染まった目で己の武器を見つめる。
親貞「ああ、いいとも・・・僕ならできる・・・僕ならできるはずだ・・・!!」
親貞は己の武器を手に持ち、その銃口を自分の口の中に向ける。
親貞「兄貴も親泰も言った奴らも・・・いやこの島に生きる全てを・・・!!」
本来なら病に死すべきところを、この余興によって救われる可能性が出てきた。
本来なら自分が撃たれるところを、突然の豪雨で高広も利用でき、一人殺させた。
本来なら高広に殺されるところを、ロヨラの突然の言葉によって生き延びる事が出来た。
親貞「僕の運は誰にも負けない・・・僕は誰にも負けない!!僕はッ!!」
そう叫ぶと、親貞は、己の口に突っ込んだ銃の引き金を引いた。
直後、一帯に大きな銃声が響いた。
高広「・・・言っただろ?」
高広が、眼下の死体を見つめ、そう呟く。
高広「お前は恨みに凝り固まりすぎてる・・・それじゃ、せっかくの運も逃げちまうぜ」
そういい残すと、高広はその死体を蹴り飛ばし、馬鹿にする口調で呟いた。
高広「確かに大したものだとは思っているぜ。少なくともオレには出来そうもねえ。
しかし、だ。お前が倒した当時の晴信は幼すぎただけだ。その勝利に固執するようじゃあ道はねえ」
蹴り飛ばした衝撃で、死体の手からから『日本号』がこぼれた。
親貞「それは君の同僚だったんじゃないのかい?」
高広「戻ってきてたのか・・・。ン?どっかで水でも飲んできたのか?唾でてるぞ」
親貞「本当に良く見てるね、君は・・・」
笑いながら、親貞は死体となった義清に近づく。そして、義清の支給武器である日本号を見つめた。
親貞「槍を持った人間なんか、殺しても君に得は無いだろう?」
高広「ああ、確かにな。しかし仕方ないだろ?どうもそいつはオレが気に入らなかったみたいだからな。
オレが普段から主君に叛意を持っていることは、同僚には周知の事実だったって事だ」
親貞「なるほど・・・」
高広「まあ、もう少し歩けば誰かに会うだろ。お前の武器はその時に見せてもらうさ」
親貞「・・・何言ってんの?」
その言葉と同時に、親貞は日本号を拾い、凄まじい速さで振るい高広の首を弾き飛ばした。
首を失った高広は、親貞に銃口を向けたまま、ゆっくりと地に向かい倒れだした。
親貞「・・・なんとなく君の考えていた事はわかる。君は僕を弱いと思っていただろう?
だからこそ、僕が槍に近づいてもさほどの危機感を覚えなかった・・・。
・・・違うかい・・・フフフ、聞こえてないか」
親貞は、醜悪な笑いを浮かべたままの高広の首に近づき、それを蹴り飛ばした。
親貞「まあ、運が良かったよ。君に撃たれる前に君を殺す事が出来て。
恨みに凝り固まっていても、別に運は逃げないらしい」
冷たい笑いを浮かべたまま、親貞は己の支給武器『水鉄砲』を取り出し・・・。
親貞「これは君にあげるよ。もう僕にいらないものだから」
と、まだわずかに動いているように見える高広の体に向かい、放り投げた。
なるほど、確かに生きた人間になら恐怖心を植え付けられるかもしれない。
この島に三日も生きていれば、銃の怖さはわかっているだろう。
そこに、小型とはいえ銃を向けられたら・・・と、生きていたら高広は思っていただろうか。
親貞「少なくなってきたとはいえ、全員殺すというのも楽ではないかな・・・まあ、やってやろうじゃないか」
【94番 村上義清 死亡】
【37番 北条高広 死亡】(『モトローラ トランシーバ T5900』と『水鉄砲』はその場に放置)
【39番 吉良親貞 『日本号』『モトローラ トランシーバ T5900』『イサカM37フェザーライト(残弾2発)』『AK74(残弾1発)』】
3-C付近から目的地無く適当に移動(対象の目的がなんであろうと全員殺す気でいます)
【残り30+1人】
また荒野に一輪の赤い赤い花が咲く。
その様子を淡々と映し出すモニターを通して狂った主催者は眺めていた。
「良いぞ、良いぞえ。もっと、もっとじゃ」
脳内に駆け巡るアドレナリンなどの昂奮物質は戦っている本人達よりも多量に分泌され、情動から来る叫びは理性に左右される事なく、そのまま口から発せられている。
時折来る宣教師は数々のお膳立てをしてくれた協力者ではあったが、今この時にはただの至福の時間を邪魔するものに他ならなかった。
・・・それでも、このゲームにおける手足といえる彼らを殺したりはしない。この島で唯一主催者の意のままになるのは彼らだけであるから。
そうして、この島でもお飾りに過ぎない事を知らない主催者の声はいつまでも響いていた。
視点は天皇が眺めている荒野に変わる。
荒野には3人の参加者がいた。そのうち一人はもう一人に背負われるようにして、少し離れた所にいる者はその二人の様子をまじまじと見つめるように。
見つめられている二人は観察者の事には気付いていない。
しかし、その二人事体もお互いのことに気付いていないかのように一言も発せず、ただ黙々と歩き続けていた。
背負われているほうの参加者はある程度回復した時期もあったが、病にでもかかったのか、今はただ弱弱しく、けれど熱い吐息を背負っている参加者の背中に吹き付けている。
少しはなれた岩陰からその様子を窺う観察者の目にも二人が病人で、もう一人はそれを助けているのだという事がすぐにわかった。
為に、岩陰から出て、その二人の傍に駆け寄ったのだ。
「そこ行く御仁、見た所病人を抱えておられるようだが?」
逃げも隠れもしないその足音に振り向いた二人を脅かさないよう声をかける。
「誰じゃ?」
病人を背負っているその男は意外と頭に白髪の混じり始めた初老の男であった。
しかし、それを補って余りある血色の良い精悍な顔つきは、その横に覗く病人の、今にも死にそうな青白い顔と対照的であった。
「私は斎藤朝信と申す者、これでも薬師の心得がある。」
男っ気の濃い越軍に在っては優男なほうではあったが、それでも武将然としている朝信の顔。
この騙し騙され、殺し殺される島では、この朝信の風体から言っている事が信じられず、有無を言わさず撃たれる可能性もあった。
しかし、彼は薬師の端くれとして病人、怪我人を放っては置けなかったのだ。
「薬師か・・・。胡散臭いな」
予想通り、疑いの眼で朝信を見る。しかし、朝信も怯む事無く、
「信じる信じないはどちらでも結構だが、急がんと手遅れになりかねんぞ。」
と、訝しむその男を諭した。
「わかった、信じよう。」
草がほとんど生えていない土臭い地面の中でも、比較的石の少ない所にゆっくりと病人の隆景が横たえられる。
「・・・おねがいします」
今まで黙っていた隆景も目を閉じながらもごもごと小さな声で朝信に礼を述べた
「うむ、始めるぞ」
言って、まず左手で脈を計りながら右手を当てて熱を診る。
―高熱に、脈が早鐘のように打っている。
体全体を見渡すと、いくつもの小さな傷の中に一際深いものがあるのを見つける。
「この傷はいつ出来たものだ?」
「昨日だ。爆風で飛んできた釘が刺さったようなのだが・・・」
「食事は?」
「すこし、咀嚼が出来ておらぬようだが、食べている」
―間違いない。ただの風邪の症状に隠れてはいるが・・・
「落ち着いてよく聞け、これは破傷風だ」
「というと・・・?」
言うか言うまいかを少しためらった。
あまりに耐えがたい事態を宣告した事で逆上した彼らが襲い掛かってくるかもしれないからだ。
しかし、薬師として、言うべきことは言うのが義務である。目を閉じて深呼吸をすると、静かに彼は言った。
「傷口から入る雑菌が全身痙攣を引き起こす病だ、治る治らぬは半々かそれ以下。よしんば治ったとしても筋が硬直したままである事もある。」
そこで一息ついて、朝信は言葉を続ける。
「こんな場所で私に出来るのは薬を調合して痛みと症状を和らげる事くらいだ。」
考えていた事ではあるが、聞いていた老人の顔は見る見る赤く、病人の顔は見る見る青くなっていった。
「・・・言いたい事はそれだけか?」
怒気を孕んだ声で元就は朝信ににじり寄る。
その足を弱弱しく隆景が掴んだ。
「父上、この病はこの薬師の方のせいではありません、どうか」
「五月蝿い、その様な事とうにわかっておるわ!」
元々、元就にも望み薄なのは分かっていた。
しかし、この薬師と名乗る胡散臭そうな輩を溺れるものが藁にもすがる思いで信じて、僅かな可能性に掛けた・・・それが裏切られたのだ。
しかも、なまじ薬師と名乗っているだけにその病状や病の実態は正確であろう。
神に唯一のこった息子の死を宣告されたような思いであった。
元就は隆景の手を荒々しく振り解き、先の欠けた十文字槍を朝信に突きつけた。
「薬師よ、朝信と言ったな?」
「ああ、そうだ」
朝信も得物に手を掛けながら答える。
「お前は一体なんなのだ?絶望を与えにきたのか?それだけか?」
「薬師として、症状を正しく伝えたのみだ。早くこの場所から―この島から搬送しないと取り返しの着かないことになる、と。」
―薬師として、いや病人を前にした人間としてこれほど自分の無力を呪った事は無い。
―確かに診断するのは早かった。恐らく病状も正確に予告している事だろう。
―しかし、私に一体何が出来た?この御老のお怒りはもっとも。なのに、何故私はこれに手を掛けている?
様々な矛盾と後悔そして絶望。・・・このような気持ちを押さえられる薬があったなら、と朝信は自信を憫笑する。
この気持ち、恐らくこれを糧にして、薬師の腕と言うのは上がっていくものなのだろう。
事実、これまでも朝信は戦場を駆けずり回って、怪我人を癒し、深傷の者を看取って、その死のたびに次の怪我人を救えるように精進してきた。
敵陣においてはその槍捌き鬼の如く、自陣においてはその慈愛は仏の如く―朝信が越軍の鐘馗と世に謳われる所以だ。
―だが、どうだ?それだけ精進しようと、打ち破る事のできないこの壁は!?
―こんな時、私に出来る事が症状を抑え、痛みを和らげる事くらいだと?笑わせるな?なんと、ちっぽけな事なのだ?
―私の生命力を分け与える事が出来たなら・・・。声をかけて、それが病人への励ましになるのであれば・・・。私はいくらでもそうしよう。
―しかし、生命力を分け与えるなど到底無理な話。それに、私はあくまで他人で健康な人間だ。どんな励ましの言葉を、どんな同情の言葉をかけようともそれは全て詭弁に過ぎない。
―結局私には何も出来なかったという事か・・・。
「それが詭弁だというのだ!出来ない事をさも簡単に言って、そんなに愉しいか?」
叫びながら、元就は十文字槍を振り上げる。
―そうだ、その通り。確かに詭弁だ。私の存在そのものが矛盾。
―戦場では何の恨みも無い敵兵の命を狩る鬼。そのくせ、自陣では何の恩も無い人間の命を助ける仏。
―これを矛盾といわずして、何と言う?
元就が槍を振り上げてから、こちらに返してくるまでの間、その長い時間に悟ったつもりになって、朝信は死を受け入れ目を閉じる。
だが、次の瞬間。
朝信がいた場所で、ぶおんと勢いよく空を斬る音がした。
「往生際の悪い・・・」
吐き捨てるように元就は言う。
「悪いな、私は人の命を救い続ける事こそが私が殺めた命へのせめてもの償いと考えておるのでな。・・・それに、私には酒の約束があるのだ。」
「酒か、この様な場所でよくもそんな悠長な事がいえるな・・・」
元春を失い、隆元を失い、娘婿の隆家を失い、さらに今残った隆景の死まで宣告された元就が憎憎しげに朝信をねめつける。
「出来るなら見逃していただきたいのだがな」
「了承すると思うかっ!?」
叫んで元就は第二撃を繰り出す。
怒りのせいか、大振りなその攻撃を紙一重でかわすと、朝信はモップを元就の足に叩き付けた。
モップが足に触れた瞬間、元就の足に激痛が走る。細い木、その上布が当たっている部分なのに、何故?
元就が抱いた疑問は、元就に痛みを与えていたその棒が元就の足から離れた時に解けた。
―仕込み針か・・・、小賢しい。
元就の目に見えたのは普段ならモップの布に隠されて見えない針であった。
そして、それを確認した瞬間、元就は片膝をつく。
しかし、それも束の間、既に怒りが痛みなどとうに凌駕していた元就は勢いよく血を噴き出す左足を立て直して、カラシニコフを背中から回して構えた。
朝信もその元就の武器を見て、危険を察知し、すかさず全身の筋をバネにして、大きく左に横っ飛びをする。
瞬間に火を噴いたカラシニコフの銃口もそれを追い、同じ様に朝信の飛んだ軌跡を辿るように次々と土ぼこりが巻き上げられる。
そして、元就のほぼ真横にいる朝信をその狂気と凶器の銃口が捕えんとした瞬間、突然にしてその銃口は動かなくなった。
カラシニコフの長い銃身が邪魔になって、それ以上右に旋回する事が不可能な位置、つまり死角であったのだ。
元就と、朝信の違い。それは激昂と冷静、そして絶望と希望であった。
死角にいる朝信を撃ち殺さんと、強引に傷ついた足を動かす元就、しかし、着地の瞬間の隙が出来ていた朝信をその銃口が捕えた瞬間、絶え間なく光り輝いていたマズルフラッシュが途切れた。
―こんな時にっ!
元就は自身の不運を呪いながらも弾切れになったカラシニコフを、肩紐を外して未練もなく投げ捨てる。
続いて、ボウガンを構えんとした元就に対して、体勢を立て直した朝信が布の方を持ってモップを大きく振る。
間合いも狙いも、力加減もてんで見当違いなその攻撃をほとんど気に止める事もなく元就はボウガンの装填を終えようとした。
が、その瞬間、モップの柄の先から飛び出した鎖分銅が、ボウガンの弦を捕え、弾けさせた。
「小癪な!仕込み分銅か」
朝信の得物である、モップ型暗器の多彩な攻撃の前に、元就はどんどん冷静さを失っていき、逆に朝信の心には僅かに余裕が浮かんだ。
元就は、遠距離戦を諦め、壊れたボウガンも投げ捨てて、最初の得物・十文字槍を手にとる。
朝信も戻ってきた分銅を柄に仕舞うと、モップの中程を持って、上下逆にひねる。
すると、上下に分かれたモップの柄の中から、先程の分銅のものと同一と思われる鎖がその姿を見せた。
朝信も、針があると分かってその針に当たる元就ではないと悟っていたのだ。
そして、モップの柄の方を握ると、布と針がある方の部分をフレイルのように勢いよく回すと、元就に飛び掛っていった。
元就も槍を振り上げて迎撃する。その十文字槍の枝とモップの部分が複雑に絡まった。
―!
―!
朝信にも、元就にも戦慄が走る。
同時に、お互いの武器を奪おうとする為に自分の武器を引っ張り合う。
ぎりり、ぎりりと軋んでいるのは両者の筋か、それとも絡まりあった武器なのかは分からない。
分からないが、はっきりしたのは、朝信の握っていたほうのモップの柄尻が砕けて、鎖分銅が抜けてしまったという事だ。
「くっ!」
余裕から出た慢心のせいかもしれない。と今更、朝信は後悔する。
「やはり、最後の最後に不運なのはお前であったな薬師よ」
投げ捨てたカラシニコフとボウガンを一瞥しても隣は愉悦の笑みを浮かべる。
両者の色々な思いが錯綜した瞬間、その思いを断ち切るように、鎖が絡みつき、先の欠けた刃先が走り、朝信の心臓を貫いた。
「父上、何故です・・・?」
全てが終わってから、少しして、元就の背後からそんな声が聞こえた。
「この薬師はホラ吹きだ、御主とわしを侮辱した。殺すには十分すぎる理由だ」
元就も自身を理論武装し、背後の隆景に言い繕う。
「父上、私にも自分のことくらいはわかります」
搾り出すような声が聞こえた。
「な、何を言っておるのだ!?」
振り向いた元就が捕えたのは膝立ちで俯いた隆景と、その米神に当てられた銃口であった。
「あの方を殺し、父上を鬼に変えてしまったのは私です。父上、同かこの親不孝な私をお許しください。」
隆景の目からこぼれた涙が地面に付くのより早く、元就が隆景の銃を取り上げようとするのより早く、隆景とその小さな凶器の僅かな隙間から火の花と、遅れて血の花が咲いた。
「何故だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
わずかに鉄の匂いが混じる風が吹きすさぶ荒野に、全てを喪った悲しい父の戦慄きが響きわたった。
【48番 斎藤朝信 死亡】『モップ型暗器』は破壊されて、十文字槍に絡みついたまま
【46番 小早川隆景 死亡】『グロック17C(残弾17発)』は96番毛利元就が回収
【96番 毛利元就 『梓弓(4本)』『十文字槍』】4-C荒野
『USSR AK47 カラシニコフ』『ボーガン(5本)』はそれぞれ弾切れ、破壊の為、4-Cに放置。
【残り28+1人】