異世界系リプレイスレ 〜武田騎馬軍団vs三國志 その2

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1馬キユ
このスレは異世界、異時代から季漢〜三国時代に紛れ込んでしまった人(?)たちが
主役を務める異色リプレイスレッドです。
関連スレは>>2-3で。


ビクッ. ∧ ∧ ∧ ∧   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  Σ(゚∀゚;≡;゚∀゚) < うお!なんかすごいとこに来ちまったぞキュアア!
     ./ つ つ    \______________________
  〜(_⌒ヽ ドキドキ  
     )ノ `Jззз

−前スレ−
◆ 武田騎馬軍団 vs 三國志VIII ◆
http://hobby.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1013798344/
2馬キユ:02/10/22 01:06
−本家スレ−
ワシ、韓玄だけど
http://salad.2ch.net/warhis/kako/978/978918037.html

三國志リプレイスレ〜ワシ、韓玄だけど。その2
http://salad.2ch.net/warhis/kako/984/984668468.html

三國志リプレイスレ〜ワシ、韓玄だけど。その3
http://salad.2ch.net/warhis/kako/988/988779718.html

三國志リプレイスレ〜ワシ、韓玄だけど。その4
http://curry.2ch.net/warhis/kako/997/997375984.html

三國志リプレイスレ〜ワシ、韓玄だけど。その5
http://curry.2ch.net/warhis/kako/1012/10127/1012745159.html

三國志リプレイスレ〜ワシ、韓玄だけど。その6
http://hobby.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1016174423/

三國志リプレイスレ〜ワシ、韓玄だけど。その7
http://hobby.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1033234266/
3馬キユ:02/10/22 01:07
−関連スレ−
今から三國志7をやります
http://salad.2ch.net/warhis/kako/978/978463544.html

三  国  志  プ  レ  イ  日  記
http://curry.2ch.net/warhis/kako/1013/10132/1013232951.html

三 国 志 プ レ イ 日 記 そ の 2
http://hobby.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1017856984/

三国志[プレイ日記
http://hobby.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1013170420/

無理矢理マルチプレイin三国志VII
http://curry.2ch.net/warhis/kako/1023/10234/1023460425.html

無理矢理マルチプレイ三国志8〜その2〜
http://hobby.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1030204230/


−リプレイ練習・討論・雑談スレ(再利用)−
三 国 志 プ レ イ 日 記
http://hobby.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1028594017/
4馬キユ:02/10/22 01:09
建安十七(212)年10月
【野心の長安】
―長安―
「ったく、虚報に惑わされて退却しちゃうなんてどうかしてるわ」
 いまだにグチグチ言ってるのは雲碌だ。今回は留守番をしてたくせに
何で知ってるんだか。
 月は明けて10月。辺りはすっかり冬めき、北方に連なる山々は既に
雪化粧を始めていた。
 山ですら化粧をするのに、ウチの妹は化粧の「け」の字もまだ知らない
らしい。しかし武芸と嫌味にはますます磨きをかけている昨今だ。
 雲碌は僕の机に腰掛けると、淡い栗色の長髪を解きながら続けた。
「おかげでまたお兄様と同じ街で生活しなきゃならないなんて」
 それがいちばんの不満かよ。
「悪かったな。そんなに僕が疎ましいならさっさと父さんのところにでも
兄さんのところにでも行けばいいだろう」
 僕は言い返しながら、雲碌の失礼な尻を巻物の先で小突いた。
「きゃっ」
 雲碌は全く予期していなかったのか、こっちが驚くくらいの勢いで飛び
上がった。そして振り返って
「何するのよ、エッチ」
とのたまった。
「はっ、エッチときましたか。胸もケツもないガキがいっちょ前に女気取り
ですか?」
「何ですって?!」
「怒るなよ。ほんとの事…おぐっ!」
 僕が言い終わる前に、雲碌の飛び膝蹴りが僕の頬を直撃した。
 今、机を利用してジャンプしたよな。…シャイニングウィザード?
 堪らず床に倒れ込んだ僕に、雲碌がスタンピングの嵐を見舞う。
 ああ、意識が遠のく……。
5馬キユ:02/10/22 01:10
「相変わらず仲がいいな」
 薄れゆく聴覚の片隅に、別の誰かの声が引っかかった。
 同時にスタンピングの嵐が止む。「そんな事ありませんわ」と言ってるのは
雲碌だろう。
 僕は朦朧としながらも首を巡らした。
「韓遂さん…?」
「うむ。元気そうで何よりだ」
「たった今怪我人になりましたが。誰かさんのお陰で」
「悪いのはお兄様でしょ」
「はっはっはっ」
 韓遂は笑って鷹揚に手を振った。
「それで韓遂さん、今日はどういったご用件でしょうか」
 僕は起き直ると、韓遂に席を勧めながら訊ねた。
「うむ。かなり重要な話だ」
 韓遂は含みを持たせながら席に着いた。
「まあわかっているとは思うが、寿成が弘農に駐屯している以上、この長安
には太守が必要だ」
「そうですね」
「そこでだ、休。お前にその長安太守を務めてもらいたい」
「…………はい?」
6馬キユ:02/10/22 01:12
 韓遂の言う事はいつも唐突で重大で、僕はその度に気が遠くなる。
「この人事は儂が推薦し、寿成も承認したものだ。実を言うとな、休。儂は
お前にこそ、寿成の後を継いでもらいたいと思っている」
「え……っ?」
「武勇に秀でる事も確かに大事だ。だがそれは所詮犬馬の業でしかない。
人の上に立つ者は必ずしも武勇に秀でる必要はない。そうした人物はもっと
大局的なものの見方ができればそれでよい。そして儂は、お前ならそれが
できると思っている」
「それは…買い被りです」
 僕は呟いた。事実そう思う。そもそも長安太守って事はアレでしょ、現代
日本で言えば京都府知事なわけで。そんなの僕に務まるはずがない。
「だが武威太守は無事に務めたではないか」
「あれはたまたまです。武威太守ですら僕には分不相応でした。それに
兄さんがこの話を聞いたらどう思うか…」
「孟起の事など気にする事はない」
「そんな…」
「叔父様!」
 雲碌が勃然と声を上げた。漸く我に返ったらしい。
「叔父様はご自分が何を仰言っているのかお分かりなんですか?あなたは
家中を割ろうとしているんですのよ?!」
 けど、対する韓遂は冷ややかだった。
「儂も当分は長安にあって休を後見する。実績を示せば誰も異は唱えまい」
「莫迦な……」
 言いかけて雲碌が躊躇った。
 雲碌は暫く何か考えているふうだったけど、やがて韓遂に一つの質問をした。
「…叔父様。お父様はこの話をご存知ですの?」
「この話とは」
「叔父様が休兄様に後を継がせるおつもりだという事です」
「いや、まだ話してはおらん。寿成は信頼できる者に長安を任せたいと言って
おったから、子が親を裏切る事はないだろうと話して、この人事に承諾を得た」
「では私がこれから、お父様の許へ帰るついでに話して参ります。覚悟して
おいて下さい」
7馬キユ:02/10/22 01:14
「それは無理だな」
 韓遂があまりにも落ち着いているせいで、雲碌の柳眉が撥ね上がった。
「なぜですか」
「そなたには寿成より直々に、休の部隊への編入が命じられている」
「何ですって?!」
「軍務においては閻行ともども休を佐けてやれとの仰せだ」
「ではその件も纏めて抗議してきます」
 雲碌はそう言い捨てて、大股で部屋を出て行った。
「やれやれ、とんだじゃじゃ馬だ」
 韓遂は相変わらず落ち着いている。何でそんなに落ち着いていられるん
だろう?
 いや、そんな事はいいんだ。それより。
「韓遂さん。やっぱり僕には荷が重いと思います」
「何がだ」
「長安太守の件です」
「ほう。すると寿成の後を継ぐのは問題ないというわけだな。それは頼もしい」
 韓遂が呵呵と笑う。
 いや、そうじゃないんだって。
「僕がお父さんの後を継ぐ事は端から論外です。太守の件は…僕よりもっと
太守に相応しい人はいくらでもいると思います」
「ふむ。確かに士燮などは交趾を治めて名太守と呼ばれた男だ。長安を任せて
も何の遺漏もあるまい。だがな、今いちばん大事な事は、寿成に後顧の憂いを
無くさせる事だ。それには実子であるお前が適任だと、そう言っているのだ。
違うか?」
 僕はそれには答えられなかった。僕は父さんを裏切るつもりはないけれど、
でも本当は…。
 韓遂は僕の無言を自信がない顕れと解釈したらしい。僕の背中をぽんぽんと
叩いて
「ま、今は不安かもしれんが、そのうち馴れる。楊秋、沙摩柯の2人も長安の
配属になった。何よりこの儂がいる。大船に乗ったつもりでいろ」
と言った。
8馬キユ:02/10/22 01:17
 数日後、弘農――。
「ふむ、文約がそんな事をな」
 愛娘からの注進を聞いて、馬騰は唇を歪めた。どうやらあの男、またぞろ
叛心が疼いてきたらしい。奴はかつて辺章を立て、王国を立て、儂を立てた。
次は休の番というわけか。
「このまま叔父様を放置しておいては家中を割る事になります。早急に対策を
講じるべきですわ」
「解った、文約については善処しよう。だがその他の人事については変更しない」
「なぜですか?」
 馬騰の返事に再び問い質す雲碌は意外さを禁じ得ない。
「まあ聞け、雲碌。儂はできれば、休には周公旦のようになってもらいたいと
思っている。言ってみれば、これは儂が休に課した試練だ。
そして雲碌。そなたは休がこの試練を無事に乗り切れるよう、あ奴を支えて
やって欲しい。そう思ってそなたを休の麾下に入れたのだ。解ってくれるな?」
 馬騰はそう言って雲碌の頭を撫でた。
 そう言われると、雲碌としても否とは言えなかった。
「…解りました。君命には逆らえません。ですが最悪の場合、休兄様をこの手で
葬る事になるかもしれません。それでもいいですか」
 馬騰は渋面を作った。そうならないための人事を行ったはずなのだが。
 だが、万一の話ですと言い直されては、馬騰も否とは言い辛かった。
「…わかった。だが、その時は必ず儂の判断を仰げ。くれぐれも早まるでないぞ」
 馬騰は渋々認めた。
 雲碌は手を束ねて一礼した。
9馬キユ:02/10/22 01:17

 馬騰は独り、長安へ帰っていく雲碌の馬影を櫓上から見送っていた。
 雲碌は馬騰にとっては、目の中に入れても痛くないほど可愛い娘だ。初陣を
済ませたといってもまだ十四の少女である。手許においておかなければまだまだ
心配事は多い。
 それでも馬騰は、キユに雲碌を任せようと思った。
 雲碌にキユの事を頼むのと同時に、キユに雲碌の事を託したのだ。
 なぜ、キユに託すのが最善だと思ったのか、馬騰自身明確な解答は得られて
いない。ただ、その時はそれが最善だと思えた。
「頼んだぞ、二人とも…」
 馬騰は遠ざかる馬影に向かって、そう呟いた。
∋8/ハヽ8∈
 川 ’ー’川<しわしわ♪
応援sage
応援12げと
13馬キユ:02/10/23 21:24
【212年12月】
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※薊※※※※北平※※襄平※※楽浪※※
※※※※※※※※※※※※※※※※┏━━━○━━┳━○━━━○━━━○─┐※
※※※※※※※※※※※※※※※※┃※※※※※※┃※※※※※※※※※※※│※
※※※※※※※※※※※※※※※※┃※※※※※※┃南皮※※※※※※※※※│※
※※※※※※※※※※※※※※晋陽○━┓※┏━━☆━━┓※※※※※※※※│※
※※※※※※※※※※※※※※※※┃※┃※┃※※※※※┃※※※※※※※※│※
※※※※※※※※※※※※※※※※┃※┗┓┃業β※※※┃北海※※※※※※│※
※※※※※※※※※※※※※※上党■┓※┗■━━☆━━■━━┓※※※※※│※
※※※※武威※※※※※※※※※※※┃※※┃※※平原※┃※※┃※※※※※│※
※※┏━●━┓※※※※※※※※※※┃※※┃※※┏━━┛※※┃城陽※※※│※
※※┃※※※┃※※※※※※※河内┏★※※┣━━■濮陽※※※┗■────┤※
※※┃※※※┃安定※※※※※※※┃※※※┃※※┗━━┓※※※┃※※※※│※
西平●※※※●━┓※※※※※※※┃洛陽※┃陳留※※※┃小沛※┃下丕β※│※
※※┃※※※┃※┃※※※弘農┏━■━┳━■━━━━━■━━━☆━┓※※│※
※※┃※天水┃※┃長安┏●━┛※┃※┗┓※※※※┏━┛※※※┃※┃※※│※
※※┗━●━┛┏●━━┛※※※※┃宛※┗┓許昌※┃言焦※┏━┛※┃建業│※
※※※※┃※※┃┗━━━━━━━■━━━■━━━■━┓※┃※※┏☆┓※│※
※※※※┃※※┗┓漢中※※※※※┃※※※┗┓※※※※┣━☆━┳┛┃┃※│※
※※武都●━┳━◇┓※上庸※襄陽┗┓新野※┃汝南※※┃※寿春┃※┃┃※│※
※※※※※※┃※※┗━◇━━◇━┳◆━━━■━━━━┛※※┏┛※┃┃呉│※
※※※※※※┃※※※※※※※┃※┃※※※※※※※※※※※※┃※┏┛☆─┘※
14馬キユ:02/10/23 21:24
※※※※※※┃※※※※※※※┃※┗━━━━┓※※※※※廬江┃※┃※┃※※※
※※※※※※◇梓潼※※※※※┗━━━┓※※┗┓江夏※┏━☆┛※┃※┃※※※
※※※※※※┃※※※※※※※※江陵┏☆━━━◆━━━┫※※※┏┛※┃会稽※
※※※※※※┃※※※※※※※※※※┃┃※※※※※※※┃※※※┃※※☆┐※※
※※※※※※┃※※※※※永安※※※┃┗━━━┳━━━☆━━━┛※※┃│※※
※※※※※※┃※江州※※☆━━━━┫※※※※┃※柴桑┃※※※※※┏┛│※※
※※成都◇━┻━◇━━━┛※※※※┃※※※※┃※※※┃※※建安※┃※│※※
※※※※┃※※※┃※※※※※※武陵☆━━━━☆長沙※┗━━━☆━┛※│※※
※※※※┃※※※┃※※※※※※※※┃※※※※┃※※※※※※※┃※※※│※※
※※※※┃※※※◇建寧※※※※※※┃※※桂陽┃※※※※※※┏┛※※※|※※
※※雲南┃┏━━┛※※※※※※零陵◆━━━━◇━┓※※※┏┛※※※※|※※
◇━━━◇┛※※※※※※交趾※※※※※※※※※※┃南海┏┛※※※※※|※※
永昌※※┗━━━━━━━━━☆━━━━━━━━━☆━━┛※※※※※※|※※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※└─────────┘※※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
                                          (C)武田騎馬軍団
■曹操    ★劉備   ●馬騰  ◆劉g  
        ☆孫策   ○袁熙  ◇劉璋
      
キユ(馬休) 35歳
名声9567 功績8658
武力 84(+2)
知力 58
政治 61(+10)
魅力 84
特技…諜報・商才・応射・反計・収拾・偵察・無双・突撃・一騎・強行・火矢・乱射・
    扇動・神算・鼓舞・罵声・穴攻・行動・鍛錬(19個)
装備…弓・騎馬
アイテム…双鉄戟、春秋左氏伝
15馬キユ:02/10/23 21:26
建安十八(213)年2月
【馬騰、上洛】
 董卓の乱以来、幾度戦火に見舞われた事だろう。宮殿に燃え盛る炎を、
洛陽の市民は虚ろな目で眺めやった。
 洛陽城は今、馬騰軍の包囲下にあった。至る所で火の手が上がり、城壁
は突き崩され、地面には坑道が穿たれ、城門が打ち破られるのも時間の
問題となっていた。洛陽を預かる程cの胸中を、無念の思いが蚕食しつつ
あった。
「これまでのようですな」
 楊脩が程cに話し掛けた。
 いちいち口に出して言うな、と毒づこうとして、程cは唖然とした。楊脩が
甲冑を身に纏っていなかったのだ。
「徳祖殿、何故甲冑を召されておらんのじゃ?」
「重いのですよ」楊脩が笑って返答する。「それに私は甲冑を着込む事に
馴れておりませんので」
「何じゃと」程cの眉が小さく撥ねた。思わず声が荒くなる。「今がどういう時か
解っておるのか!」
「勿論です。この洛陽城は最早落城寸前、一刻も早く逃亡の算段を立てるべき
時です。そのような時に重く不慣れな甲冑を身に纏うのは、寧ろ自殺行為と
いうものでしょう」
 楊脩は平静さを失わない。
 程cは憮然とした。これが負け戦である事は彼自身よく解っていた。生きて
虜囚となるつもりも毛頭なかった。それだけに明確な反論ができなかったのだ。
「…じゃが、儂らは一刻でも長く時を稼がねばならん。陛下の御車が陳留に
無事逃れるまで、何としてもここを支えねばならんのじゃ」
「荀尚書(荀ケ)であれば心配は無用かと存じますが」
 程cは頷いたが、口に出しては別の事を命じた。
「子孝(曹仁)殿も子丹(曹真)殿も苦戦しているようじゃな。それぞれ王平と
子和(曹純)殿に援護させよ」
16馬キユ:02/10/23 21:28
 馬騰は本陣を出て洛陽城を遠望した。随所に火の手が見られる。南門は
既に打ち破られ、南西の城壁もまた瓦解し、両所から自軍が城内に雪崩れ
込んでいくのが見える。
「これで洛陽城も落ちたな」
 馬騰が確信を込めて言うと、傍らで韓遂が頷いた。だが晴れやかな馬騰の
表情とは対照的に、韓遂の表情は複雑だった。
「どうした文約。表情が冴えないが」
「そんな事はないが」
「そうか。儂はてっきり自分の身でも案じているのかと思ったが」
「何を馬鹿な」
 韓遂は笑い飛ばしたが、その声は心なしか乾いていた。
 馬騰の指摘が当たっていないわけがなかった。今回の戦では軍師として
出陣し、今まで平静を装って采配を振るってきたが、内心では針の筵だった。
「殊更に超でないというのは、超では馭し難いとの判断か?」
 馬騰が更に追い討ちをかける。韓遂は返答に窮したが、馬騰は待たずに
続けた。
「休が長安太守により適任であると判断したのは儂自身だから、そこは兎や角
言うまい。だが唆すのは感心せんな。暫くは儂の傍にいるがよい」
「……承知した」
 親娘の情愛を軽視したのは失敗だったか。今は罪を問われないだけまし
だろう。韓遂はそう思った。
「申し上げます!」
 伝馬が駆けつけて拱手した。
「曹操軍は撤退を始めた模様です。また王宮に帝のお姿が見られなかった由。
蔡瑁、雷銅の両将軍が追撃の許可を仰いでおられます」
17馬キユ:02/10/23 21:29
「うむ!」
 馬騰は頷いた。馬騰の追求が止んで、韓遂は胸を撫で下ろした。
「全軍、追撃。蔡瑁は洛水を下って逃げる敵に先回りせよ。何としても帝の
玉体を保護し奉るのだ!」
「御意!」
 伝馬が再び駆け去っていく。
 馬騰軍は、荀ケが一足先に帝の車駕を衛って洛陽を脱出した事をまだ
知らなかった。
「さて、儂らも追撃の態勢に入るか。行くぞ文約」
 馬騰がそう言って馬首を巡らせると、韓遂は黙然と頷いた。

 馬騰軍は殿軍の曹彰の部隊を打ち破って、これを虜にした。
 曹彰は馬騰の前に引き据えられても、黙したまま昂然と胸を張っていた。
馬騰はその若さと剛毅を惜しんで曹彰を解放した。
「そうか、曹彰は解放されたか」
キユは長安でその報告を受けて喜んだ。いつもの事である。以前その曹彰
に追い回されたという事は、すっかり忘れているキユだった。
「ふうん。孟起兄様とどちらが強いのかしら」
 報告を横から覗き見た雲碌が問う。
「それは難しい質問だなあ」
 キユは考え込んだ。こればっかりは実際仕合ってみなければ判りそうにない。
 だが、その時はどちらかが死ぬ事になるのだろうか。
 それも嫌なキユだった。
18馬キユ:02/10/24 00:28
建安十八(213)年8月
【稀代の障害馬】
―長安―
 今月、僕は馬を買った。ただの馬じゃない。僕専用の馬だ。
 …いや、今までも僕専用の馬はいたんだけど、それは馬軍団が抱えている
軍馬の1頭に過ぎなかったからね。昨日たまたま、城内の視察中に馬商人が
連れていた流星葦毛の1頭に目が止まり、金一千を払って譲り受けた。
 馬の名は的廬と云う。

 長安城内の馬場にて。
「どうだ、いい馬だろう」
 僕は的廬に跨って馬場を一周すると、腕組みをしている雲碌に話し掛けた。
「ふん。そんな馬、大した事ありませんわ」
 雲碌はそう答えてそっぽを向いた。
 あはは。口ではああ言ってるけど、内心ではよっぽど羨ましいんだな。
「ほんとにいい馬だぞ。脚は速いし温厚だし、騎手の意をよく汲み取ってくれる。
どこかのじゃじゃ馬とは大違いだな」
「…何が言いたいの。お兄様?」
 雲碌がジト目で睨んでくる。そんな雲碌も今日だけは可愛く見える。
「どうだい。雲碌も乗ってみないか」
 僕は雲碌の問いをさりげなく聞き流して、雲碌にも試乗を勧めた。
 でも雲碌はそれを拒否した。
「結構です。何の話かと思えば馬自慢?くっだらない。私は練兵や生産の指示で
忙しいんですから、こんなくだらない用事でいちいち呼び出さないで下さい」
 …あ、雲碌が行っちゃった。
 あーあ、本当にいい馬なのになあ。勿体無い。
19馬キユ:02/10/24 00:30
 ところで僕の太守就任以来、長安の方針は「委任」のまま変わっていない。
「…僕にどうしろって言うんだい、父さん?(;´Д`) 」
などと悩んでいると、雲碌が勝手に徴兵、訓練、生産と次々に軍備を進めて
いた。これってもう自衛の為の軍備じゃなくなってると思うんだけど…。
「あんまり勝手な事をしてくれちゃ困るんだけど」
 ある時僕が雲碌を捕まえて苦情を言うと、雲碌は一瞥をくれて
「何を悠長な。孟起兄様は先月、梓潼郡を占拠なさいましたわ」
と言い残して立ち去ってしまった。
「それと長安の軍備とどういう関係が?」
 僕の頭では答えが出なかった。
 実のところ、雲碌は馬超に対して若干の競争意識を持っていた。兄弟間の
不和を避けるにはキユが手柄を立てない方がいいとは解っているが、それだけ
では収まりきらない功名心というものがあった。――が、キユは気がつかない。
 僕が的廬をもう一周させようと馬首を反していると、鉄がやって来て来客を
取り次いだ。
「誰?」
「宛の司馬仲達殿です」

「お久しぶりですな」
「久しぶりだね。いつ以来だっけ?」
 僕は司馬懿の拱手に応えながら問うた。
「一年余り経ったな。以前会った時はキユ殿は長安に転属になったばかりで
あった」
「そうか、あの時以来だっけ」
「遅れ馳せながらキユ殿の長安太守・破虜将軍への昇進をお祝いさせて頂こう」
 司馬懿はそう言って従卒に合図した。
 やがて司馬懿の従卒が運んできたのは酒樽だった。
20馬キユ:02/10/24 00:32
「五十樽ばかり持ってきた。つまらんものだが受け取ってくれ」
「なんか悪いなあ。仲達さんが南陽太守になったときは僕は愛想無しだったのに」
「お兄様、涎が出てますわよ」
「おっと、いかんいかん」
 雲碌の指摘を受けて、僕は慌てて口を拭った。
「ふむ、喜んでもらえたようで何よりだ。先月は文烈殿が虎の毛皮を贈ってあまり
歓迎されなかったと聞いたからな」
「だって使い道ないし」
「なるほど」
 司馬懿が苦笑する。
「しかしこうして前線で対峙しているのは天意かもしれん。能う事なら仲良くしたい
ものだ」
「確かにね」
 僕は頷いた。みんなこれくらい話の解る人になってほしいもんだよ。
「なあ、雲碌?」
「漢室の権威が復興すれば戦争はなくなりますわ」
 雲碌がしれっと答える。あ、そう…。
「…って、そういや何でお前がここにいるんだよ」
「兵士の訓練なら鉄兄様に代わって頂きました。練兵場には彦明様もおられます
から問題ありません」
「や、それもあるけど。僕の私事に首を突っ込むなと…」
「私はお兄様のお目付け役ですから、こういう時にお兄様から目を離すわけには
いきません」
 雲碌がきっぱりと言い切る。
「誰が決めたよ、そんな事」
「お父様ですわ」
21馬キユ:02/10/24 00:34
「いつそんな事になったよ」
「お兄様が長安太守になった時からですわ」
「聞いてないよ(;´Д`) 」
「言ってませんもの」
 僕は唖然とした。何だよそれ。どーゆー事だよ?
「ま、そーゆーわけですから。お兄様は黙って見張られてて下さい」
 雲碌が無表情に言う。
 司馬懿がポツリと漏らした。
「キユ殿、貴殿信用されてないな」
 僕には反論できなかった。
 そんな時。
「大変ですぞ〜」
 緊張感のまるでない声とともに、韓玄が駆け込んできた。
「何よ」
 太守の僕を差し置いて、雲碌が応える。
「うひょ。これはこれはお嬢様、今日もお美しいですな」
「あら、ありがとう。それで大変な事って何?」
「おおそうでした。洛陽から急報が入りましてな。まずはこれをご覧ください」
 そう言って韓玄が懐から一通の書状を取り出した。そしてそれを雲碌に
手渡す。
「…おい韓玄、何で僕に渡さない?」
「うひょ?…おお、これは失礼致しました。しかし成り行きと申しますか、
何となくこう、お嬢様にと」
「あのね…」
 僕は大きく溜息を吐いた。こいつ天然か?
22馬キユ:02/10/24 00:35
「で、雲碌。どんな報せだったんだい」
「…洛陽の我が軍が河内を攻めて敗れました。蔡瑁が劉備に降ったとあります」
 答える雲碌の声は流石に暗い。なるほど、確かにいい報せじゃないな。
 ちらりと司馬懿の方を見やると、司馬懿は少し楽しそうな顔をしていた。
「ふうん。で、死者は?」
「兵士は5万余。ただ、馘られた将はいないみたいね。それが僥倖といった
ところかしら」
「解った」
 僕は頷いた。劉備という人は噂どおり仁君らしいな。
「さて、長居が過ぎたようだし、私はそろそろお暇するかな」
 司馬懿がそう言って席を立った。今から曹操に報せに行くんだろうな。それくらい
の事は僕にでも判るよ。知られちゃったからには仕方ないだろうし、いつもは僕が
司馬懿の情報提供のお世話になってる身だ、こんな時だけ引き留めるのも友達
甲斐がない。
 僕は司馬懿を鄭重に見送った。
誘導してあるのに二次スレ気づかんかった
応援sage
24馬キユ:02/10/28 20:56
建安十八(213)年9月
【一得一失 〜その頃の馬超〜】
 劉備軍が洛陽を占領したという報せが届いたのは今月初旬の事だった。
 戦傷いまだ癒えぬ馬騰軍は篭城策を採ったが、劉備軍先鋒の関羽の
武名を聞いて兵士達が相次いで逃亡、まるで戦にならなかった。お陰で
死者らしい死者も出なかった事は、キユの大いに喜ぶところだったが。
 その洛陽が更に曹操軍の占領下に入ったという報せが届いたのは今月
中旬だ。
 曹操自ら本隊を率いていた事は劉備を震え上がらせた。劉備は洛陽の
守備を関羽に任せるといち早く河内へ撤退、残っていた関羽も数日後には
重囲を突破して野王に退却した。
「脱兎とは彼奴の為にある言葉だな」
 曹操は難なく洛陽を奪還した余裕からか、劉備の大耳を皮肉ってそう
周囲に話した。

―江州―
「そうか、洛陽が落ちたか…」
 報告を受け取った馬超の表情は苦い。敵に降った将や戦死した将がいない
のがせめてもの救いだった。
 彼は彼で今、梓潼太守張嶷に従って、江州県の北五十里の地に布陣して
いる。
 戦は彼の望むところだった。次弟のキユに太守を歴任されて、焦りと不安が
日に日に増していく昨今である。少しでも多くの功績を挙げ、自分が後継者に
相応しい事を内外に示さなければならないと思っていた。
 こんなところでもたついているわけにはいかない。
「江州への総攻撃を許可してほしいと、ご嫡子はそう申されますか」
 軍議の場で張嶷は、むしろおっとりとした声で訊き返した。
 いかにも、と馬超が頷く。
「一昨日の野戦で敵は壊滅的な打撃を受けている。城門を壊す事も重要だが、
今は一気に片を付ける事こそ肝要かと思われる」
「ふむ、ご嫡子の言には一理ありますね。皆はどうお考えですかな」
25馬キユ:02/10/28 20:58
「僭越を承知で申し上げたいのですが」
 張嶷の声を受けて、降将の張ガイが発言を求めた。
 張嶷が鷹揚に促す。
「されば申し上げます。敵――は既に一度敗れたとはいえ、江州は堅城、
加えて尚幾多の良将が守っております。少数と雖も侮るべきではありません」
「張ガイ、貴殿が言う良将とは?」
 馬超が問う。
「智に法正、張松。勇に厳顔、孟達」
「はっ、その程度の輩など――」
 馬超は鼻先で笑った。厳顔、孟達に至っては過日の野戦で彼自らが打ち
破った敵だった。
「彼らを侮ってはなりません。彼らはこの巴蜀の智勇の要ですぞ」
「だとすれば劉璋軍の質など高が知れているな」
「ご嫡子。御自身に自信がおありなのは結構ですが、今少し言葉を選んで
頂けませんかな」
 張嶷が鷹揚に釘を刺した。
「過日の勝利は巴蜀の軍勢が騎兵を相手とする戦に不慣れだった事に因り
ます。決して敵が弱卒だったからではありません。一度の勝利に驕るのは
兵法の固く戒める処ですぞ」
 張嶷自身、かつて劉璋軍から馬騰軍に降った身である。それだけに馬超の
物言いには憮然たるものがあった。
 今度は馬超が憮然とした。
「では伯岐(張嶷)殿は無為無策のままこうして滞陣を続けるおつもりか」
「そうではありません。今城を攻めないのは機を窺っているからです」
「機とは」
「内応です」
ほう、という声が挙がった。
「詳しくお聞かせ願えませんか」
 言ったのはホウ徳だった。
26馬キユ:02/10/28 21:00
 張嶷は野戦に勝利してすぐ、法正、孟達の両者に内応の打診を行って
いた。城を攻めあぐねてから打診するより、騎虎の勢にあるうちに打診
した方がよいと判断したからである。
 法正、孟達の両者は莫逆の友である張松を交えて、江州城内の一隅で
鳩首凝議していた。
「すると永年は内応に賛成するというのか」
 孟達が驚いて問うと、張松は平然と頷いた。
「左様。このまま劉益州に仕えていても意味がない。固より明主を仰ぐのは
我らの悲願であった」
「だが果たして馬騰は明主と呼ぶに相応しい人物か?」
「子敬(孟達)の言は解らんでもないが、少なくとも劉璋よりはマシだろうな」
 法正は既に意を決しているらしく、主君を呼び捨てにして憚らなかった。
「馬北中郎将(馬騰)は我々と同じ扶風郡の生まれだ。郷里を治める同郷人
に帰順するのは非道ではない。それにこれは先方からの誘いだ」
「おびき出されて殺されたのでは目も当てられんぞ」
「まあ確かに、伯岐はそれくらいやってのける男だが…」
 張松は顎に指を宛てて思案顔をした。
「子敬が賛成してくれるなら交渉はそれがしがしよう。責任の一切はそれがし
が持つ」
「だがな孝直。張嶷は別に馬騰の命を受けて勧誘しているわけじゃない」
「子敬。お前の懸念は明主を仰ぐ事と謀殺される事と、どっちだ」
 法正が苛だたしげに声を荒げる。
「いやそれは…」
 孟達は言い澱んだ。主君劉璋に日頃から不満を抱いていたのは彼とて同じ
である。今更忠義を振りかざす気にもなれなかった。
 結局、孟達は二人の友人に同調する事にした。状況に流されたと言っていい。
27馬キユ:02/10/28 21:01
 この選択の是非に煩悶する孟達を尻目に、法正と張松は更に協議を
凝らしていた。
「だが、どうする?いくら先方から誘われたからといって、手ぶらで帰順
するのも些か芸がないが」
「そうだな…手土産に一芝居打つとするか」
「どうやって」
「実は一つ、策がない事もない」

 二日後、江州城は突如乱れた。
「厳顔内応」の流言を信じた巴郡太守・董和が厳顔を拘禁したため、厳顔
麾下の将兵がこれを不満として叛乱を起こしたのだ。背後に法正らの暗躍
があったのは言うまでもないが、董和らはそれに気付かなかった。
 城内の乱れを察知した馬騰軍が急進し、攻城戦が始まった。劉璋軍は
いきなり内憂外患を突きつけられて、混乱の度を更に深めていった。
 その最中、法正は煽動と部隊の掌握を孟達に任せると、密かに獄に入って
厳顔と対面した。
「おお孝直殿、よいところへ参られた。どうも地上が騒がしいようじゃが、
敵襲でもあったのか」
 厳顔は張りのある声で訊ねた。厳顔は投獄されてまだ数刻であり、また
投獄される際に抵抗する暇がなかったので、かえって元気があった。
「それもありますが、貴殿の部下が暴れて内紛になっているところです」
「何じゃと」
「よい部下に恵まれましたな」
 法正のにこやかな顔とは反対に、厳顔の顔は蒼白になっていた。
「馬鹿な。このようなときに内輪揉めなどと…」
28馬キユ:02/10/28 21:03
「そうですか?私は貴殿の部下と同じ考えですが。明日は我が身かも
しれませんから」
 しれっと言ってのける法正の言葉を、しかし厳顔は額面どおりに受け
取って眉を顰めた。
「信が損なわれたか…この城もここまでのようじゃな」
「そうですね。貴殿の部下が貴殿を奪還して馬騰軍に降る事で一致
しています」
「儂は降らんぞ」
「貴殿ならきっとそう申されると思い、私が説得を引き受けました」
「なに…」
 厳顔が格子を激しく掴んだ。法正は厳顔を宥めながら続けた。
「まあお聞き下さい。貴殿が節義を重んじる人物である事は私もよく
存じています。しかるに董君は貴殿を信じる事が出来ず、今斯様な
恥辱を貴殿に強いておられる。それどころか今馬騰軍の攻勢に遭い、
貴殿への疑念をますます深めておられます。万一益州軍が勝利を得た
としても、貴殿の居場所は最早この巴蜀の地にはありませんぞ」
 董和という土壌に疑念という種を植え、それにせっせと水をやっている
のが張松だとは、法正は一言も漏らさない。だが嘘もつかない。故事を
引きつつ、ただひたすらに離間の言辞を弄し続けた。
 法正の熱弁に、やがて厳顔も屈した。
 厳顔は法正の助けで牢から脱すると、直ちに部下に開門を命じた。
張・孟・法の部隊がこれに加勢した。
 開け放たれた門から馬騰軍が雪崩れ込む。

 かくて江州城は落ちた。
29馬キユ:02/10/28 21:05
建安十八(213)年10月
【韓遂、降格】
 長安の将、蒋義渠が亡くなった。僕は長安太守として告別式に臨席したけど、
哭礼というものがあんなに五月蝿いものだとは知らなかった。哭く声が大きく
激しければそれだけ死者を悼む気持が強いというのは解るけど、形式化された
それってどうよ?

 まあそんな事はいいや。今月はビッグニュースがある。
 なんとあの韓遂が軍師の座を逐われたんだ。後任に据えられたのは江州の
法正。そして韓遂は皮肉にも、その江州の太守に任命された。あっちには
兄さんもいるし、相当人間関係に歪みが生じそうだなあ。今度機会があれば
江州に遊びに行こっと。もしかしたら幻の商店街とか見つかるかもしれない。
 韓遂が左遷の途上で長安に立ち寄った。かなり荒れていたけど、これって
やっぱり自業自得だよね。
 まあでもこの先何かあったらいけないから、梓潼まで楊秋に同道させる事に
した。
 楊秋はそのまま梓潼に留まってもらう事にしよう。
 僕はそれだけの指示を出すと、法正らに進呈するイラストカードを描き始めた。
30馬キユ:02/10/28 21:09
>>10-12,>>23
いつも応援ありがとうございます。
なんとか年内に終わらせられるといいんですが・・・(^^;
>>30
がんばってくらはい。応援sage
32馬キユ:02/11/01 20:58
建安十八(213)年12月
【有朋来自遠方不亦楽也…?】
 長安は今日も平和だ――雲碌の監視の目がなければ。
 こんなときにはたまに訊ねてきてくれる友人の存在が有り難い――が、
それが敵対する勢力からだと雲碌の視線が更に厳しくなる。
 くそ、何でそこまで疑われなきゃならんのよ?
「あー、こうやってたまに城外に出ると解放感を覚えるなあ」
「そうか。それはよかった」
 快活に笑うのは曹休だ。こいつも暫く出番がなかったせいか、随分楽し
そうだ。
「じゃあ、巻き狩りなんて尚更ご無沙汰だろう。ひとつ巻き狩りと洒落込ま
ないか」
「いや、それはいいよ」
 僕は手を振った。巻き狩りは好きじゃないし、今から準備するのもかっ
たるいし。
「そうか。残念だな(´・ω・`)」
 曹休がうな垂れる。…本当に残念そうだ。
 でも虎と出くわすのもナンだしなあ。うーん…
「じゃあさ、始皇帝陵にでも…」
 言いかけて僕はやめた。男が男をデートに誘ってどーするつもりだ。僕に
そんな趣味はない。大体行き先がお墓ってのも失礼な話だ。
「はぁ〜、何をするかね〜」
「だから巻き狩り」
「え〜、でもな〜」
「いいじゃないか」
33馬キユ:02/11/01 20:59
「何でそんなに巻き狩りが好きなのさ」
「巻き狩りは武人の嗜みだ」
「でも僕は武人じゃないからなー」
「じゃあ何だ。儒者か?方技士か?」
「いや、漫画家だ」
「……そういやそう言ってたっけか」
 曹休が苦笑する。いい加減覚えてくれててもよさそうなもんだけどなー。
「…あ。思い出した」
「どうした」
「そういや僕、今月は父さんから人材捜索を命じられてたんだった」
 ついでに横江将軍に降格される辞令が届いて、雲碌にはおおいに馬鹿
にされたが、それは内緒の話だ。
「長安の名士か。だが今の長安に優れた人士などいたかな」
「城内ではこれといって聞かないね」
「じゃあどうするんだ」
「農村山間でも当たってみる」
「手伝おうか」
「助かるよ」
「なに、お互い様だ」
 僕たちは日没前に城門で落ち合う事を約して二手に分かれた。
34馬キユ:02/11/01 21:02
 それから一刻後――
「やっぱ二手に分かれるもんじゃないなあ」
 僕は帰途の山道で溜息を吐いた。
 目の前には一匹の虎。
 まあ今まで出くわした虎の中では断然小さいけど、それでも刷り込みというか、
虎が怖いという気持には変わりがない。
 それにしても、虎って治安の悪い都市に頻出するんじゃなかったっけ?
「僕、なんか間違えてたかなあ」
 あ、そうか。雲碌が頻繁に徴兵してるからそりゃ治安も落ちるか。でも見廻りの
兵士はいつも「異常なし」って言ってるんだけどなあ…。
 って愚痴っても始まらないんだけど。現実に目の前には虎がいるわけで。
 今回ばかりはどー考えても他人の助太刀は望めない。けど、虎の方も小柄で
威嚇してくるだけだ。うーん、気品が高ければ説得して退散させるところなんだ
けど(註)。
「頼むから道を開けてくれっつって開けてくれたりは…」
「ぐるるるるー、ガァー」
「…しないか。やっぱり」
 僕は仕方なく佩剣を抜き払った。これで脅かして逃げてくれるなら…
「ガアアッ!」
「おほーっ!」
 僕がまだ剣を構えないうちに、虎の前脚が僕の肩を打った。僕は思わず悲鳴(?)
を上げた。
「…あれ?あんまり痛くないや」
 僕は打たれた左肩を見て首を傾げた。鎧は着ていない。
 肩は多少痺れはするけど、動かせないほどじゃない。虎もピンキリって事かな。
この様子なら威嚇するだけで逃げてくれそうだ。


註:プリンセスメーカー。宮須弥の同人誌にこのネタあり。
35馬キユ:02/11/01 21:03
「いやあああっ」
 別に女性の悲鳴ではない。僕が気合を入れた声だ。僕は声とともに切っ先を
虎に向けて構えた。
「ぐる……」
 虎が一歩、二歩と後ずさる。よし、そのまま逃げ帰ってくれ…

 突然、弓鳴りの音がした。
 一本の矢が吸い込まれるように虎の額に突き立った。
 どさり、と音を立てて虎が崩れ落ちる。
 矢が飛んできた方向へ振り向くと、弓を収める雲碌がいた。
「山野の一人歩きは危険ですわ、お兄様」
「そうだね。気を付けるよ」
 僕も剣を収めながら答えた。
 雲碌だって一人歩きしてるじゃないか――と思ったけど、分かりきった反論が
期待されるので、それは言わない事にする。代わりに僕は虎の死体をちらりと
眺めやって言った。
「でも、何も殺す事はないと思うんだけど」
「何を言ってるんですか。虎が民草を襲いでもしたら一大事でしょう」
「あ、そうか」
「まったく、お兄様は太守なんですから、民衆の安全にも気を配って頂かないと
困ります」
「……ごめん」
「それから、自分の身にも気を遣って頂かないと周りが困ります」
「……ごめん」
 全く反論の余地がない。僕は凹みまくってただただ謝るばかりだった。
「解って頂ければ結構です」
 雲碌はそう言うと、淡い栗色の髪を掻き揚げながらクスリと笑った。
36馬キユ:02/11/01 21:04
「何だよ」
「何でもありませんわ。では帰城しましょうか。冬は日が暮れるのも早い事
ですし」
「ちょっと待った。僕は人材捜索の任務が」
「明日からまた続ければいいのではありませんか?」
「ま、そりゃそうだけど…」
「では決まりです。さあ行きましょう」
「あ、うん…」
 僕は雲碌に追い立てられるようにして、長安城への帰途に就いた。

 キユは小虎(76)を退治しました。キユの名声が50上がりました。


 梓潼の馬騰軍が漢中を占拠しました。
 楊懐、蔡和、兀突骨、ケ芝が馬騰に降りました。
37馬キユ:02/11/01 21:05
建安十九(214)年1月
【そういえばそろそろ冬コミ当落通知の時期ですね、和月師匠】
 年明けとともに、僕はお父さんから呼び出しを食らった。
「何のお話でしたの?」
 数日後、長安に戻ると、雲碌が開口一番訊ねてきた。
「大した事じゃないよ。勤続20年の恩賞として金400を下賜されただけ。んで
ちょっとお酒をね」
「ふーん。私もお酒飲みたかったなあ」
「長安の酒の方が美味いよ…っていうかコラ。未成年がお酒なんか飲むもん
じゃない」
「失礼ね。私も今年で十五よ」
「無駄に年だけは重ねてるよな」
「……何が言いたいのかしら?」
 おお、雲碌のこめかみに青筋が。
「おっと、いかんいかん。年賀状の続きを描かないとな」
 僕は慌ててその場から逃げ出した。
「もう、お兄様ったら」
 雲碌はその場で腕組みをして溜息を吐いた。
38馬キユ:02/11/01 21:07
 今月、漢中から成宜、雷銅の2人がこの長安に移動してきた。彼らとは
酒宴がてら挨拶を交わしたからいいだろう。問題は先月新たに父さんの
配下になった4人だよな。特にケ芝は早速梓潼太守に任命されたし、
挨拶は欠かせないな。
「うん、よし。こんなもんでいいだろう」
 僕は描き上げた書簡をアシスタントに渡して、漢中に届けるよう伝えた。
 そして月末――。
「えっ、蔡和から返事が届いたって?漢中軍が上庸攻めて負けたから
心配してたんだよな。そーか、生き長らえてたのか。どれどれ?」

『拝復。現在上庸から本書を認めております。それがしは元々荊州の豪族
ですし、先月までは劉益州に仕えておりました。劉益州は忝けなくも、一度
節を変じたそれがしを、過去の罪は問わないと仰せられ、それがしはその
大海の如き度量に感服しました。また楊懐も元々益州の人士であり、……
(以下略)』

「…………」
39馬キユ:02/11/01 21:10
>>31
いつも応援して頂きありがとうございます。

某所で「リプレイ冬の時代」とか言われてあまりにも申し訳なく、
身の縮こまる思いです。ハイ・・・
なんとか頑張って仕上げたいです。
40馬キユ:02/11/02 01:32
建安十九(214)年6月
【人臣として】
―長安―
 僕は半年ぶりに父さんから呼び出され、弘農まで行ってきた。
 弘農から帰ってきた僕を、長安の諸将が拱手で僕を出迎えた。
「兄さん、一品官への昇進おめでとうございます。長安の軍民一同、この度の
人事を喜ばぬ者はおりません」
 鉄が諸将を代表して祝辞を述べる。隣にはなぜか韓遂が立っていた。
「文約の叔父さんも祝賀の挨拶に駆けつけて下さいました」
「日々励んでいるようだな。流石は儂の見込んだ男だ」
「はは、そんな大したもんじゃないけどね」
 僕は答えながら諸将の顔を見渡した。と、閻行の陰に隠れるようにして立っ
ている雲碌を見つけた。
 雲碌は仏頂面だった。
 僕は雲碌に声をかけようとしたけど、その前に鉄たちが僕を宴の席へと促した。

 長安の政庁では酒宴が続いている。誰かが昇進する度にこんな宴会やって
たら保たないと思うんだけど、祝ってもらってるのは僕自身だし、みんな楽しそう
に飲食してるから止めろとも言い辛い。
41馬キユ:02/11/02 01:34
 いつしか隠し芸大会が始まっていた。閻行の剣舞、馬鉄の馬頭琴、
韓玄のドジョウ掬いが次々と繰り広げられ、僕にも何か求められた。
 無下に断るわけにもいかないし、酒の席で絵を描いても仕方ない
ので、僕はJUDY&MARYの『クラシック』を歌った。みんな曲のテンポ
に唖然としていたけど、まあいいや。
 僕はマイク代わりに持っていた杯(たかつき)を置くと、テラスで独り
觴を温めている雲碌に歩み寄った。
「さっきからどうしたんだい、雲碌?」
「別に。何でもありませんわ」
 雲碌の返事は素っ気無い。いろいろと歓迎してないのは確かだな。
「まあ雲碌が僕の昇進を望まない気持は解らなくもないけど。てゆーか
僕自身昇進したいとはあんまり思ってないんだけど――でも、妹に祝っ
てもらえないというのはやっぱり残念だな」
「別に。孟起兄様より遅れての昇進なら問題ありませんわ。でも…」
 やっぱりそーゆー事か。
 僕は苦笑の溜息を一つついて、雲碌の淡い栗色の頭を撫でた。
「心配要らないよ。僕は――」
「おお、こんな処におったのか」
 突然、韓遂が首を突っ込んできた。
「主役がおらんと宴が進まん。ほら行くぞ。皆が待っておる」
「あっ、ちょっ…」
 韓遂は僕の抗議の声を無視して、ずるずると引きずって行った。
「……私だって、本当はこんな心配したくないわ」
 韓遂がキユを連れ去った後、雲碌は悄然と呟いた。
「でも、それが私の務めなんです」
42馬キユ:02/11/04 01:55
建安十九(214)年7月
【キユファンタジー】
―弘農―
 武術大会も今年で何回目になるだろう。そろそろ数える気力もなくなった。
 僕なんかが出るよりも閻行や雲碌が出た方がよっぽどいい勝負になるん
だろうに、なぜか毎回僕や鉄が呼び出される。なんでだよ?
「我々は武将登録されていないからな」
「しーっ、それは言わないお約束よ」
 閻行の返事に雲碌が肘鉄をくれる。何の話なんだか。
「続いて第2試合。馬休VS厳顔」
 場内アナウンスが流れる。ほら出番よ、と言って雲碌が小突いた。
 しゃーない、行ってくるか。

「ほう、貴殿が高名な馬休殿か。一度手合わせしてみたかった」
 厳顔が槍を構える。槍といっても穂先はなく、代わりに先端が石灰入りの布で
覆われている。
 どうやら今回から本物の武器を使っての試合は止めたらしい。
 ちなみに僕の今回の獲物は棍棒。ドラゴンクエスト風のではなく、普通の棍棒だ。
「別に武名で鳴らした覚えはないんだけど」
 僕は棍棒を無造作に小脇に抱えた。正式な武術を習った覚えがないんだから
構えてもしょうがない。
 開始の合図とともに、厳顔が猛然と突きを繰り出してきた。僕はそれをひょいと
避ける。厳顔は突き出した槍をそのまま横に薙いできた。僕は今度は後ろに
退いて躱す。厳顔は空振りした槍を円弧を描いて頭上に掲げ、そして振り下ろし
てきた。
 …それって槍の使い方じゃないだろ。と思いつつ僕は再び横に身を躱す。厳顔が
振り下ろした槍を腰のあたりで止め、再び水平に薙ぎ払う。僕ははじめて棍棒で
受け止めた。
 一旦間合いを取る。
「よく見えているな」
 閻行が呟く。雲碌は不本意ながら頷いた。
43馬キユ:02/11/04 01:56
 厳顔は今度は連続突きを入れてきた。白い穂先が僕の眼前に幾度となく
迫る。それを棍棒で弾いていると、厳顔の穂先は一転して僕の水月を突いて
きた。咄嗟に左手が動いて、棍棒の柄が穂先を弾いた。
「流石に音に聞こえた勇士じゃな。じゃが攻撃してこないのはなぜじゃ」
 厳顔が呼吸を整えながら訊いてきた。
「いやだから、僕は別に武名で鳴らした事はないし鳴らす気もないし」
「儂も甘く見られたもんじゃな」
 甘く見た覚えはないんだけど。
 てゆーか僕、何相手の攻撃を躱し続けてますか?
 そう思って気が緩んだ刹那。厳顔の槍が僕の棍棒を絡め取っていた。
「あっ…」
「我が渾身の一撃を食らえぇっ」
 厳顔が裂帛の気合とともに槍を突き出す。
 だが次の瞬間、地面に崩れ落ちたのは厳顔だった。
 会場中が息を呑んだ。
「……あれっ?」
 僕は首を捻った。今負けたと思ったんだけどな。
 なぜか僕の左足が宙に浮いていた。
 一呼吸を措いて会場が沸き返った。
 勝利の宣告を受けて試合場から降りると、鉄が笑顔で迎えてくれた。
「兄さん、お見事でした。いつの間にあんなに強くなってたんですか」
「…なあ鉄。僕今どうやって勝ったの?」
「何言ってるんですか。厳顔殿の右脇腹を打つ、綺麗な左回し蹴りでしたよ」
「間合いの詰め方も鮮やかだった」
 閻行が相槌を打つ。はて、僕がそんな事を?
44馬キユ:02/11/04 01:58
「雲碌、今の話本当かい?」
 雲碌にも訊ねてみると――雲碌は何か放心したような顔をしていた。
「雲碌?」
「――はっ。な、何ですかお兄様」
 雲碌は漸く我に返ったのか、逆に訊いてきた。
「いや、僕は本当に回し蹴りなんか出来たのかなーと思ったんだけど…あれ、
どうかしたのか?少し顔が赤いみたいだけど」
「な、何でもありません。…すみません、気分がすぐれないので私は少し休ん
できます」
 雲碌はそう答えて、ぱたぱたと駆け去っていった。
「何だ、変な奴」
 僕が鉄に言うと、鉄も
「さっきまで元気そうでしたけどねえ」
と答えて首を捻った。

「どうかしてるわ」
 雲碌は水に濡れた顔を左右に振った。
 アレは惰弱でお人好しな愚兄にすぎなかったはず。なのに一瞬でも格好いい
と思ってしまったなんて――。
 雲碌は再び顔を洗った。頭から水を被りたいくらいだが今はできない。
「あれは技が綺麗だっただけ。それも偶然の産物。そうに決まってるわ」
 でも、本当にただの偶然であんな綺麗な回し蹴りが出せるものだろうか。
もしかすると私が気付いていなかっただけで、いや本人もまだ気付いていない
だけで、実は凄く強いんじゃないだろうか。もし仮に休兄様が文武において
孟起兄様を圧倒し、群臣の支持を集めるようになったら、私はどうすればいいん
だろうか。
「…我ながら馬鹿げてるわ」
 雲碌は大きく一息ついた。孟起兄様の武勇は絶倫だ。休兄様に引けを取るとは
思えない。そもそも休兄様は従兄弟の馬岱にも敵わないはず――。
45馬キユ:02/11/04 01:59
 だが、試合場に戻った雲碌を待っていたのは、キユの決勝進出の報せ
だった。
 キユは準決勝で馬岱をも破った。馬岱はキユの足技に気を取られすぎて
棍棒の連続突きを食らい、TKO負けを喫していた。
 キユの決勝進出は初めての事で、馬鉄や韓遂がキユの周囲で騒ぎたてて
いた。普段寡黙な閻行も今は微笑んでいるような気がする。
 雲碌は唖然とした。このまま万一、休兄様が孟起兄様まで打ち破るような
事があっては――。
 雲碌は意を決すると、馬超の許へ行った。
「おお雲碌か。どうした」
 馬超は可愛い妹を笑顔で迎えた。
「孟起兄様にお願いがあって来ました」
「何だ」
「次の決勝戦、必ず勝って下さい」
「当然だ」
 突如、馬超の表情が猛った。
「休如きに負けはせん。否、叩き潰す」
 馬超の豹変ぶりに雲碌は、頼みに来た身でありながら却って怯んだ。
 これはもしかして、嫉妬を通り越して憎悪になっているのではないだろうか。
「決勝戦、馬超VS馬休」
 場内アナウンスが流れ、歓声が沸き起こる。
 馬超は槍を持って立ち上がった。
「待っていろ雲碌。1秒で片を付けてくる」
「……はい」
 雲碌はそれだけ答えるのですら、少なからぬ時間を要した。
46馬キユ:02/11/04 02:01
 決勝戦は10秒で終わった。開始の合図とともに馬超が捻り込むような突きを
繰り出す。馬超の突きは正確にキユの胸を捉え、そして吹き飛ばした。地面に
落ちたとき、キユの意識は既になかった。
 馬超の絶技に会場は一瞬静まりかえり、そして爆発した。

「――…あ、ここは…?」
 僕は目を覚ました。
「あ、お兄様。気がつきましたか」
 雲碌の声がした。
「ここは長安のお兄様の部屋です。運ぶのが大変でしたのよ」
「…ああ」
 思い出した。武術大会の決勝戦で兄さんに吹き飛ばされたんだっけ。アレは
痛かった。しかし長安まで運ばれる間にも意識が戻らないとは随分だなあ。
「あ、まだ起きては駄目です。凄い大怪我だったんだから」
 起き上がろうとする僕を雲碌が押し留める。
 確かに胸が軋んだ。
 僕は仕方なく雲碌の言うとおりにした。
「…ごめんなさい」
 雲碌はベッドの脇に座ると、しおらしくそう言って謝った。
「何がだい」
「こうなったのは私のせいですから」
「解らないな。僕が武術大会で負けて怪我をして、それが何で雲碌のせいになる
んだ?」
「でも、これは私のせいなんです」
「はあ」
 僕は溜息を吐いた。本当にわけが解らない。
47馬キユ:02/11/04 02:02
「何があったのかは知らないけど、雲碌が背負い込むような事は何もない」
「でも」
「僕がそう言ってるんだ。だから雲碌は何も気にしなくていい。解ったな?」
「……はい」
 数瞬の沈黙の後、雲碌が頷いた。その顔には微かに笑みが戻っていた。
「ところでさ。僕が気を失ってた間に、何か変わった事はなかったかい?」
 僕が訊ねると、雲碌の表情が再び曇った。
「まず、孟起兄様が洛陽の奪還を進言して容れられ、弘農に留まりました」
「それが顔を曇らせるような事かい?」
「いえ、そうではなく…こちらをご覧下さい」
 雲碌は僕に一通の書簡を手渡した。差出人は司馬懿だった。
 司馬懿はそれまで曹操が支配していた新野が劉璋軍に占領された事を
告げ、併せて程普が劉璋に斬首された事を伝えてきていた。
「程普が……?」
「徳謀様には私も以前一度お会いした事がありますから、やはり他人事とは
思えませんでした」
「そうか…いつかお礼参りが必要かもしれないな」
「はい」
「それから、新野の鞏志と連絡を取ってくれ。以前手紙を送ったから、向こうも
僕の事は知ってると思う」
「連絡を取ってどうするんですか」
「できれば長安に迎えたい」
「わかりました」

 キユは鞏志の推挙に成功しました。
>リプレイヤー様

現在、リプレイの保存サイトを製作中です。
http://isweb41.infoseek.co.jp/play/urakusai/frame.html
「転載不可」という方、おられましたら一報お願いいたします。
49馬キユ:02/11/05 23:24
建安十九(214)年9月
【キユ、初志なる戦い】
―長安―
 コンコンとノックの音がした。
「お兄様、宜しいですか」
 雲碌の声だ。
「ああいいよ。ドアは開いてる」
 僕はベッドから起き上がって応えた。
 雲碌は幾つかの書簡を携えて入室してきた。
「お休みのところをすみません」
「いいっていいって」
 僕はひらひらと手を振った。
 僕は先月の武術大会で胸骨でも骨折していたのか、いまだに起き上がると
胸が痛む。それで政務の殆どは雲碌と閻行に暫く任せっきりになっている。
殊に雲碌は、僕の看病にも足繁く通ってきている。
「こっちこそ済まないな。いろいろと手を煩わせちまって」
「いえ、身から出た錆ですし、それにいつもの事ですから」
 うーん、まだ気にしてたのか。しかし否定してやろうにも、後半の台詞が否定
しようがないので言葉がない。
「で、何か用かな?」
「はい。幾つか朗報が入っているので報せに来ました。それと指令が一つ」
「まず報せの方から聞こうか」
「はい。まずお父様たちの軍が洛陽を奪還しました。呂義が降ったそうです。
また先月孫策軍に占拠された江州ですが、これも梓潼の我が軍が奪還しました。
呉班、申儀が降ったそうです」
50馬キユ:02/11/05 23:26
「わかった。確かに朗報だな。父さんたちにとっては」
「貴方とっては違うんですか?」
「死んだ人達の事を考えるとね、手放しでは喜べないな」
 それを聞いて雲碌が溜息を吐いた。
「はあ。貴方はそういう人でしたね。では貴方にとってはこっちの方がもっと
辛い話かもしれません」
「何だい」
「曹操軍は洛陽に、宛から援軍を送っていたそうです。ですから今の宛は
敗残兵ばかりで、攻め取る好機だそうです」
 僕の背中を冷たい物が滑り落ちた。
「…つまり何かい。お父さんは僕に戦争を仕掛けろと?」
「…そうです」
「それも司馬懿を相手に?」
「そうです」
「Shit!」
 思わず英語で罵る。何てこった。僕に大量殺人の総責任者になれってのか?
「どうしますか、お兄様?今なら怪我を理由に断る事もできると思いますが」
「…ああそうか。雲碌にとってもその方が都合がいいよな」
「そんな…別にそういうつもりで言ったわけじゃ…」
 えっ?どういう事だろう。
 てゆーかこの間の武術大会以降、雲碌が妙にしおらしい。変なものでも
食べたのかな?
「それで出陣の是非はどうしますか」
「…僕は1つ決めている事がある。それはお父さんの命令は絶対だって事だ」
「では出陣するのですか」
「不本意だけど、しょうがない。みんなを政庁に呼び集めてくれ」
「まさか登庁するつもりですか?」
「でないと示しがつかないだろう?」
「…解りました」
51馬キユ:02/11/05 23:28
 僕は痛む胸を堪えながら政庁に足を運んだ。
 政庁に集まった武将は鉄、韓玄、雷銅、沙摩柯、鞏志、そして雲碌、閻行。
(この面子で攻めろっていうのかよ)
 僕は胸以上に頭が痛くなった。
「此度の召集はいかなる事態でしょうか」
 鉄が代表して僕に問い掛けた。
「うん、その事なんだけどね。父さんからこの長安に、宛攻略の命令が下った」
 ざわめきが起こった。
「従軍するのは鞏志以外の全軍だ。鞏志は万一に備えて長安を守っていて
ほしい」
「安んじてお任せあれ」
「援軍は洛陽から出してもらうことにする。急使は閻行にお願いする」
「御意」
「では(不本意ながら)出陣!」
「おおっ!」

―宛―
(キユも案外如才ないな)
 劉曄が戦況を説明する傍らで司馬懿は舌打ちをした。
 まさかあの柔弱な男が戦を仕掛けてくるとは思わなかった。ついこの間夏侯恩
が戦死し、曹熊が首を斬られたばかりで、宛の陣容はかなり薄くなっていた。誰の
差し金かは知らないが痛いところを突いてくる。
「――確かに宛の軍勢は弱体化していますが、許昌からの援軍を効率的に運用
するには野戦に如かずと存じます。太守殿の御裁可を得たいのですが」
 劉曄の問いかけに司馬懿は頷いた。
「若には早急に熊耳山に赴き、砦を築いて敵を少しでも長く引きつけて頂きたい。
やがて許昌からの援軍が到着すれば戦況は一変しましょう」
「わかった。頼りにしているぞ、仲達」
 曹丕の返事に司馬懿は頷いた。
52馬キユ:02/11/05 23:31
―武関―
(人間、何か取り柄があるものね)
 雲碌は半ば感心して地図を眺めた。
 その地図は斥候の報告を元にキユが作図したものだが、流石に漫画家を
名乗るだけあって緻密で正確だった。
 勿論、過日の武術大会以来、雲碌はキユの実力評価に対して上方修正を
加えているが…。
「……っ!」
 雲碌は不意に唇を噛み締めた。胸元で組み合せている腕に爪が立つ。
(まさかこんなときにくるなんて…)
 傍らでは馬鉄が戦況を説明しているが、雲碌の頭にはあまり入ってこなか
った。
「――というわけで正面突破を提案します」
「解った、それでいこう。戦うからには勝たなきゃ意味がない。みんなの健闘
を祈る」
「ははっ!」
 軍議が終わり、武将たちがそれぞれの部署に散っていく。
 キユはそれを見送ってふと、雲碌が黙然と立ち尽くしているのに気付いた。
「あれ、雲碌。残ってたのか?」
「…………」
「雲碌?どうかしたのか?」
 キユが重ねて問い掛けると、漸く雲碌は我に返った。
「――はっ。あ、お兄様?もう軍議は終わったんですか?」
「ああ。まずは総力を挙げて熊耳山を占拠する事にしたんだけど――聞いて
なかったのか?」
53馬キユ:02/11/05 23:31
「え、ええ。ちょっと考え事をしてたもので。ごめんなさい」
「別に謝らなくてもいいけど…何か顔色悪くないか?」
「気のせいです。お兄様の方こそ無理をなさってるんじゃありませんか?」
「そうだな。正直ちょっと辛い」
「では部隊の指揮は私が執ります。お兄様は安んじて後方で休養なさって
下さい」
「けどな」
「何ですか」
「雲碌、お前の事が心配だ」
「私なら大丈夫です。さあ、これ以上心配させないで下さい」
 雲碌にそう言われるとキユも反論できず、渋々後陣に退いた。
 休養するといっても戦陣の事、寝床が用意されているわけではない。
せいぜい車椅子に座って居眠りするくらいが関の山であったが。
54馬キユ:02/11/05 23:33
 3日後。後陣で開戦の報告を受けて僕は身震いした。
 僕の命令で戦争が始まったんだ。これから何日間かをかけて、何の罪もない
人たちが命を落としていく。僕のせいで。
 本当にこれでよかったんだろうか。
 実戦なら既に一度、安定で経験した。けどあの時は、死臭は嗅いだけど僕自身
は戦っていない。しかもあれは仕掛けられた戦いだった。
 今度は違う。お父さんから命令があったとはいえ、これは僕が仕掛けた戦争だ。
 けど。考えてみれば、僕が指揮を執らなくても、毎月この大陸のどこかで戦が
起こり、そのたびに人が死んでいく。僕が指揮を執らなくてもいずれこの戦は起きた
だろうし、僕が指揮を執らなかったから死者が減るとも限らない。
 …いや違う。そんなのは詭弁に過ぎない。戦争そのものが悪である筈だ。戦争を
なくさないといけない。どうすればなくなる?誰も平和的な解決をしようとはしていない
このご時世で。
 ――結局、誰かが武力で統一する他ないんだろうか。「一将功成って万骨枯る」
とはこういう事なんだろうか。だとすればなるほど、「平和」とは随分と貴重なものな
わけだ。
 僕は人を殺したくない。その思いは今でも変わらない。でも現実には今、こうして
座っている間にも、人はどんどん死んでいく。僕の命令のせいで。それだけじゃない。
僕のせいで、人殺しの数もどんどん増えていくんだ。鉄も雲碌もそうだ。それなのに
僕は一人、こんなところで安穏と過ごしている。生死を賭し、流血の罪に塗れる役目
を年端も行かない少女に押し付けて。
 これは許されることなんだろうか。一体全体、僕はこうしてただ守られるだけである
ことに値する人間なんだろうか――。
 胸が苦しい。怪我の痛みだけじゃない。吐きそうなほど胸が灼けつく。心臓が早鐘
を打つ。
 戦争は怖い。死ぬのは怖い。人を殺すのは怖い。
「――そうだ。 あ れ が あ っ た」
 僕は立ち上がった。
 いつしか雨が降り始めていた。
55馬キユ:02/11/05 23:35
 驟雨の中、曹丕は馬上から雲碌の姿を眺望した。敵の将が歳若い女だと
聞いて興味を抱き、砦を一時劉曄に預けて前線近くまで下りてきたのだ。
 かなりの美女ではないか。
 曹丕は素直にそう思った。幾分幼さを残した面立ちがまたいい。縛せられて
父の前に引きずり出されれば、父も放ってはおかないだろう。そうなる前に
手をつけておかなければ。何より、一目見た時から彼の一物が反応していた。
 砦には馬鉄と韓玄の部隊が取りついているが、馬鉄は既に刺客に襲われて
重態、韓玄は偽伝に踊らされて右も左も分からない状態だ。まず暫くは持ち
堪えるだろう。今のうちに――。
 曹丕は騎兵の一隊を率いて山を駆け下った。

 雲碌はややもすれば遠のく意識を必死で保ちながら、軍の指揮を執っていた。
 下腹部が熱い。だが身体は冷たい。降りしきる雨が容赦なく体温を奪っていく。
 疲れた。うまく頭が働かない。
 突如、左翼が乱れた。
 思考が追いつかないうちに、敵という名の楔が眼前に迫る。
「ふん、随分と顔色が悪いな。折角の美貌が台無しじゃないか」
 敵将が先頭に進み出てきてそう言った。
「何奴?」
 雲碌は頭を押さえ、漸くそれだけを訊ねた。
「曹孟徳が次子、曹子桓。そなたの名は今は問わぬ。後でその冷えた肌を温めて
やるから、その時存分に聞かせてもらおう」
 曹丕が好色な笑みを浮かべて剣を構える。
 雲碌の顔に微かに朱が戻った。怒りと羞恥の為だ。
56馬キユ:02/11/05 23:37
「下種が!」
 雲碌は我を忘れて曹丕に斬りかかった。
 雲碌は馬超らの猛将を師範として武芸を磨いてきた。片や曹丕は都で剣術を
学び、4つの流派を極めていた。五分と五分で戦えばどちらに軍配が上がったか
しれないが、今この場においては、雲碌が既に体力を消耗し切っていた。僅か
三合撃ち合っただけで、雲碌は剣を弾き飛ばされた。
 曹丕は雲碌の小手を捻り上げて胸元に引き寄せた。
「見れば見るほど美しい」
「くっ、放しなさい…!」
 雲碌は抵抗を試みたが、その声も力も弱々しかった。
 そんな雲碌の姿を見て、曹丕はますますいきり立つものを感じた。
「そうはいかぬ。今からお前は私のものだ」
 曹丕は戦場である事も忘れて、自らの口を雲碌の唇に近づけた。雲碌が顔を
背けてその口から逃れる。
「往生際の悪い…」
 曹丕は苦笑した。雲碌を逃がすまいと、剣を収めて、空いた手を雲碌の柳腰に
回す。
「いや……!」
 雲碌はその手を引き剥がそうとしたが、力が入らない。
 のみならず、男の力とはこんなに強いものだったのかという思いが思考を混乱
させる。
 …ただその中で一つ、思い浮かんだ言葉があった。

「お兄様、助けて……!」
57馬キユ:02/11/05 23:38
 不意に、何かがぶつかってきた。
 曹丕は突然の横撃に馬ごとよろめき、思わず雲碌を手離してしまった。
「何奴?!」
 曹丕は態勢を立て直しつつ誰何した。が、返事は要らなかった。
「その顔はキユか…!」
「妹が嫌がってるんだ。無体な真似は止めてほしいんだけど」
 返答するキユの胸には、既に雲碌の身体が抱きかかえられていた。
 現在この戦場には、三人の兄が出揃っている。雲碌が助けを求めたのはどの
兄だったのか、それは本人自身よく解らない。ただ、雲碌の窮状を知る事が
できたのはキユだけだった。キユは援軍到着の報告に戻ってきた閻行に馬鉄の
部隊の収拾を委ねると、軋む胸を堪えて単騎駆けた。
「よくやった、的廬」
 キユが的廬の首筋を軽く叩く。キユは馬ごと曹丕に体当たりしたらしかった。
 的廬はもっと褒めろといわんばかりに、一声嘶いた。
「そうか、貴様の妹という事は馬騰の娘か。ますます凌辱し甲斐がある」
 曹丕は佩剣を抜き払った。ここでキユを討ち取れば勝利と、女と双方を手に
入れることができる。周囲では総指揮官が現れた事で馬騰軍が盛り返しており、
用兵家としての意識が撤退の警鐘を鳴らしている。だが曹丕はそれを無理矢理
押え込んだ。
「いざ、尋常に勝負!」
 曹丕は猛然とキユに斬りかかった。
 キユは剣を抜かない。ただ大きく息を吸い込んで、一喝した。

「曹丕! オ レ の 歌 を 聴 け ー ー ー っ !!」
58馬キユ:02/11/05 23:40
「なっ……?!」
 曹丕は意表を突かれて思わず手綱を絞った。曹丕の馬が棹立ちになる。
 そんな事は構わず、キユは『突撃ラブハート』を熱唱し始めた。
 キユの歌に両軍の兵士たちは呆然として戦いの手を休め、いつしかその
一帯だけ、干戈の音が消えていた。
 キユが歌い終わる。一瞬、静謐が訪れた。
「んじゃ!」
 キユはその隙に的廬の脇腹を一つ蹴って、逃げ出した。
「あっ、待て……!」
 曹丕は慌ててその後を追おうとしたが、折悪しく伝令が駆けつけた。
「何事だ」
 曹丕は気もそぞろに問い質した。
 伝令は熊耳山の砦の陥落と、劉曄の討死を伝えてきた。曹操軍が築いた
砦は雷銅、韓玄の手によって尽く失陥し、曹植らが率いる援軍も馬超らの
部隊によって既に打ち破られていた。
「くそっ、子建の役立たずめが!」
 曹丕は地団駄を踏んで悔しがったが、手後れである。曹丕はやむなくキユと
雲碌の追跡をあきらめて撤退を開始したが、宛城の手前で法正の伏兵に遭って
生け捕られた。

 宛城を守っていた司馬懿は味方の全滅を聞いて嘆息し、キユとの友誼を
恃んで白旗を掲げた。
59馬キユ:02/11/05 23:43
「――……ん」
 雲碌はふと目を覚ました。周囲を見回して、見覚えのない室内風景に戸惑う。
「目が覚めたか」
 馬超が覗き込んできた。
「はい。あの――ここは?」
「宛城の一室だ。宛は我が軍が占拠した」
「そうですか。勝ったんですね」
 雲碌は胸を撫で下ろした。だが馬超の表情は相変わらず険しい。雲碌は不審に
思って理由を尋ねた。
「お前達は戦を舐めてるんじゃないか?」
 それが馬超の返事だった。
 キユは元々怪我人、馬鉄は刺客に襲われて重体、雲碌まで発熱で倒れたと
あっては、馬超が顔をしかめるのも当然だった。
「……ごめんなさい」
 雲碌はそれだけしか言えなかった。
 馬超は一つ鼻を鳴らすと、
「俺はこれで帰京するが、戦場で足を引っ張るような真似は今後謹んで欲しい
ものだな」
と言って立ち上がった。
 雲碌は何も言えず、兄の背中を悄然と見送った。
 馬超と入れ替わりでキユがやってきた。二人が扉のあたりで鉢合わせて、一瞬
気まずい空気が漂う。馬超が先にフイと視線を逸らせて去っていった。
「やあ雲碌、熱の方は大丈夫かい?」
 キユは殊更陽気に声を掛けた。
「ええ、たいぶよくなりました。ご迷惑をおかけしてすみません」
 雲碌はほっとしながら応えた。
60馬キユ:02/11/05 23:44
 …あれ?申し訳ないはずなのにほっとするのは何故だろう?
 雲碌はふとそう思ったが、その理由を探る間もなく、キユが耳許に口を近づけて
きた。そして声を潜めて
「生理だったんだな。ゴメンな、無理させて」
 雲碌は顔が灼熱するのを覚えた。
 恥ずかしかった。だが、ただ恥ずかしかったわけではない。キユに知られたという
のが無性に気恥ずかしかった。声を潜められたのも、かえって気恥ずかしさを掻き
立てられた。
 ――だが、なぜか嫌ではなかった。
 幾許かの沈黙の後、雲碌がやっと口に出したのは
「ごめんなさい」
 結局それだった。キユは苦笑すると、妹の淡い栗色の髪を撫でながら言った。
「お前は何も悪くないだろ。知らずに無理をさせたのは僕なんだから。本当に悪かっ
た。でも次からはちゃんと言ってくれよ。言ってくれないとわかんないんだから」
 雲碌は少し困ったような顔をした。
「…ああそうか。言い辛い事だよな、確かに」
 キユが頭を掻く。それを見て雲碌は小さく微笑った。
「まあでもほんと、無理はするなよ」
「…はい、解りました。これからはきちんとお兄様にお伝えします。お兄様こそ今は
怪我人なんですから、あまり無理はなさらないで下さい」
「解ったよ」
 キユは苦笑して腰を上げた。これから司馬懿を連れて郡内の巡察に出るつもり
だった。
 と、立ち上がろうとしたキユの手を、雲碌が掴んだ。
「なに?」
 訊ねるキユに対して、雲碌は困惑したような顔をした。なぜ咄嗟に引き留めたのか、
自分でもよく解らなかったのだ。
61馬キユ:02/11/05 23:45
 ややあって雲碌は漸く口を開いた。
「あの、この度は救けて頂いてありがとうございました」
「なに、お互い様だよ」
 虎の事を指して言っているのだという事は、雲碌にもすぐに察しがついた。
「でも、歌は本気でくだらなかったですわ」

 キユが部屋から出て行くと、雲碌は独り、病床で物思いに耽った。
 二人の兄の事、そして家の事。
 ついこの間まで、迷う事は一つもなかった。なのに。
 ここ最近、孟起兄様と休兄様は明らかな度量の違いを見せ始めている。孟起
兄様では先が思いやられるかもしれない。
 私はこれからどうすればいいんだろうか…。
62馬キユ@プレイヤー:02/11/05 23:47
こ、こんな展開でほんとによかったんだろーか…(´д`;)

>>48
本スレの方でも韓玄五代目の名前で書きましたが、
私は一向に構いません。ご随意になさってください。
63無名武将@お腹せっぷく:02/11/06 02:46
かっこいいよ…キユなのにw
文遠山田乱舞キボンヌ
>オ レ の 歌 を 聴 け ー ー ー っ !
激ワラタ

>馬キユ殿
馬キユ殿=五代目殿だったのですか。
今始めて知りました^^;
転載許可ありがとうございます。
66馬キユ@プレイヤー:02/11/07 00:57
>>63
しかし今後こいつをどう動かすべきかで悩んでいます。

>>64
張遼の出番があればやってみましょう(笑)
でもまだ手紙すら送ってないんだよなあ…

>>65
ま、ロックなんで。アレがロックかって話もありますが(笑)
ファイアーボンバーのアルバムがどっかいっちゃった…
67馬キユ@プレイヤー:02/11/09 00:28
【奴の名はMARIAの頃の方が絵はよかったと思うんですが、道元先生】
―宛―
 胸の痛みもそろそろ癒えてきた。また巡察や政務に意を用いる事ができ
そうだ。
 司馬懿にあれこれと相談したかったんだけど、生憎司馬懿は江州太守に
赴任した。そうだよなあ、僕なんかの下で使わせてくれる人材じゃないよ
なあ…。
 長安の後任太守には張松が命じられた。張松に長安の後事を頼む旨の
手紙を送ったが、返書には「鞏志が曹操に引き抜かれた」とあった。

「――ってわけなんだけど、そのへんどーよ?」
 僕は曹操に向かって訊ねた。
 今、目の前には曹操がいる。政務の合間を縫って、城陽からわざわざ訪問
してきてくれたものだ。
「こっちこそ先月は馬騰やキユに随分と世話になったが」
 曹操が逆に追求してくる。むむ、それを言われるとイタイな〜。
「まあそれはともかく。息子さんの教育はきちんとしてくれないと困りますよ」
「誰か何かしたか?」
「曹丕が戦場で僕の妹にちょっかいを出そうとしまして」
「なに、そなた妹がいたのか?」
「ええまあ。勝手に戦場についてくるじゃじゃ馬ですけど」
「美人か?…いや、そなたの評価はいい。まずは会ってみたい。連れてきて
くれ」
 曹操は随分と興味を惹かれたらしい。やたらと催促し始めた。
 …このへんが血なのかな?(;´Д`)
68馬キユ@プレイヤー:02/11/09 00:29
「なんで私が…」
 雲碌は兄に頼み込まれて仕方なく曹操と対面したが、不機嫌さを露ほども
隠そうとせず、キユをハラハラさせた。
 一方。
 かなりの美女ではないか。
 曹操は素直にそう思った。キツそうな性格が顔に表れているが、それでいて
幼さを残した面立ちがまたいい。子桓が欲情した気持も宜なるかな――。
 雲碌の背筋を悪寒が走り抜けた。しかもつい最近味わったばかりの不快感を
伴って。
「お兄様、この人先月のあの男と同じ匂いがします」
 雲碌はキユにそう囁いた。
「そりゃ仕方ない。親子だから」
 キユが囁き返す。
「冗談でしょ?なんで私がそんな男に紹介されなければならないんですか」
「これも付き合いってヤツで。頼むから変な事は言わないでくれよ」
「難しいですね」
「頼むから」
「鍛錬」
「はい?」
「今月いっぱい武芸の鍛錬に付き合って頂けるなら」
「それは厳しい」
「嫌ならいいんですけど」
「……解った。解ったから穏便にな」

 暖簾に腕押しするような対面の後、暫く雑談が続き、やがて各地の情勢へと
話題は移行した。南海には丁奉、甘寧、馬良といった良将が揃っているという。
 かなり興味を惹かれた。
69馬キユ@プレイヤー:02/11/09 00:31
 帰り際に曹操が僕に耳打ちした。
「最後は何の話でしたの、お兄様?」
 曹操がいなくなると、雲碌が早速問い詰めてきた。お勤めとはいえご苦労な
こった。
「いや、まあ、なあ…言っていいものやら」
「何ですの?はっきりおっしゃって下さい」
 雲碌が睨みつけてくる。怖…。
「いやね、だから、曹操がお前を側室にしたいって…」
「何ですって?!」
 雲碌の眼光が更に鋭くなった。だから怖いって…。
「ちゃんと断ってくれたんでしょうね?」
「それは勿論。やめた方がいいですよって…おぶぅ!」
 雲碌の回し蹴りが僕の左脇腹にヒットした。ナイスだ雲碌。会心の一撃だよ…。
「そんな断り方がありますか。人を何だと思ってらっしゃるんですか!」
 痛みに耐え兼ねて膝を突いた僕を見下ろしながら、雲碌がなおも責め立てる。
「冗談だよ、冗談。…でも曹操は、歳はとってるけど漢の大将軍だよ。そんなに
魅力ないかな」
「冗談じゃありません。あんな男の許へ嫁ぐくらいだったら、ずっとお兄様の傍に
いた方がマシです」
「えっ…?」
 僕は絶句した。
 雲碌は僕の反応に怪訝そうな顔をしたが、直後、ハッとして口を押えた。
「…いえ、その…別に変な意味じゃありませんわ。最低の喩をしたただけです」
「…あ、ああ、そうだよなあ」
 僕は乾いた笑い声を上げた。
 当り前だ。雲碌は僕の妹なんだ、変な意味があるわけがない。
 …気まずい雰囲気が漂う。
70馬キユ@プレイヤー:02/11/09 00:32
「…あの、お兄様。先程の件ですが」
「えっ?」
「武芸の鍛錬の話です」
「あっ、ああ、あれね」
「また後日という事にしても宜しいでしょうか」
「全然構わないけど」
「ありがとうございます。では失礼します」
 雲碌はそれだけ言うと、そそくさとこの場を去って行った。
 うーん……。
「まいっか。甘寧たちに手紙でも書こう」

(どうして――)
 雲碌は枕に顔を埋めて、独り煩悶していた。
 どうしてあんな言葉が口をついて出てきたのか。それも自然に。
(わからない)
 いや、本当はわかりかけてる。
(わかりたくない)
 だって、それは思ってはいけないことだから。
(どうしよう。私――)
71馬キユ@プレイヤー:02/11/09 00:35
建安二十(215)年2月
【流々舞でも邪拳でもありませんが、何か?】
―宛―
 桃の花が舞い散る季節。こんな日は「もののあはれ」を感じながら酒でも
飲みたいところなのに……。
「――呀ッ。哈ッ!」
 雲碌の連続蹴りが僕を襲う。僕は両腕で喉と胸を庇ったけど、下腹部に
一発食らってちょっとよろめいた。すかさず雲碌の上段蹴りが僕の側頭部
目掛けて飛んでくる。僕は両腕を上げてこれをガードした。
 僕は今、雲碌の鍛錬につき合っている。正確には5ヶ月も前の約束につき
合わされている。
 今度は何の武器で苛められるのかとびくびくしながら錬兵場に行ってみる
と、意外にも雲碌は組手を要求してきた。武器を使わないってのは正直
助かる。気が凄く楽になるんだな、これが。
 雲碌が僕の懐に飛び込んでくる。僕は咄嗟に雲碌の袖を引っ張って、雲碌
の体勢を流させた。
「疾ッ!」
 雲碌が素早く体勢を立て直して、距離を取ろうとする僕に詰め寄る。そして
拳撃の連打。僕は「肉のカーテン」でこれを防いだ。
 と、視界が悪くなった僕の脇腹に、雲碌が至近距離から蹴りを叩き込んで
きた。流石にこれは避け切れなかった。
「参った。降参だ」
 僕は尻餅をついて言った。けど雲碌は苛立たしげに僕を見下ろしてきた。
「お兄様、どうして本気を出さないのですか?」
72馬キユ@プレイヤー:02/11/09 00:36
「え?僕は十分本気だけど」
「嘘をおっしゃらないで下さい!貴方は防戦一方で全然手を出してきて
ないじゃないですか」
「だってそれが精一杯だし。お前速いし。…つーか雲碌、お前の方こそ
手加減してないか」
「何故」
「技にいつものキレがない。…いや、何か違うな。なんつーかこう…
遠慮してるような?」
「……っ!」
 雲碌が声を失った。頬が仄かに紅潮している。
「なんだ。自分の方が手加減してんじゃん」
「いえ、手加減したつもりはありません…」
「じゃ、何?」
「…っ、そんな事言えません!」
 雲碌はそう言い放つと、ぱたぱたと駆け去っていった。
「『そんな事言えません』って、何でだよ?」
 考えてみたけど、答えは出なかった。
73馬キユ@プレイヤー:02/11/09 00:37
 そんなキユたちの様子を、酒を酌み交わしながら見守る影があった。
「青春ですなあ」
 司馬懿が目を細めながら言うと、韓遂が皮肉っぽい笑みを浮かべた。ともに
私用でキユを訪ねてきたのだが、キユが錬兵場にいると聞いて足を伸ばした
のだった。
「もっとも、いま一人はいい加減中年なんじゃがな」
 韓遂が盃を呷る。司馬懿はそれを聞いて首を傾げた。
「中年?キユがでござるか?」
「他に誰がいる」
「それにしては若々しいですな。それがしはてっきり、自分より年少だと思って
いた」
「ふム?」
 韓遂は片眉を上げてキユを盗み見た。
 40年も見てきたので今まで気付かなかったが、言われてみれば確かに若々
しい。20代半ばといっても通りそうな気さえする。
「じゃからといって、それがどうという事もなかろう」
「それは確かに」
 司馬懿は苦笑して頷いた。
「ところで仲達。キユと仲の良いそなたにちと訊ねたいが」
 韓遂が声を潜める。
「何でござろう」
「寿成もそろそろ歳じゃ。跡継ぎの事を考えてもよい頃であろう」
 司馬懿の眉がぴくりと動いた。
74馬キユ@プレイヤー:02/11/09 00:39
「そうですな。だがそれはご嫡子で決まりなのではあるまいか」
 司馬懿は慎重に答えた。だが韓遂は言葉を止めない。
「そなたは孟起が天下を担える器だと思えるか?」
「それを忖度するのはそれがしの分ではござらぬゆえ」
「キユにはその器がある。奴なれば中原を統一する事も可能であろう。そう
なれば儂やそなたのように近しい者は身の栄達も思うがままじゃ」
「…………閥を作れと仰せられるか」
「そうじゃ」
 司馬懿は驚いた。何よりも韓遂の直球勝負に驚いた。そして悩んだ。
 今や自分の兄弟よりもキユの方が仲が良い。それほど懇意な者を主君に
仰ぐ事になれば、欲得を抜きにしても働き甲斐がある。反対に疎遠な馬超が
主君となれば、やる気を殺がれる事このうえないし、いつ我が身が危うくなる
かしれない。確かに、キユが後を継いでくれる方が万事都合がいい。
「勝算はあるのだろうな?」
「無論じゃ。そもそもキユは身分の上下を問わず評判がいい。奴自身同僚に
は挨拶を欠かんしな」
「解った、協力しよう」
75馬キユ@プレイヤー:02/11/09 00:40
 僕が雲碌の真意を図りかねて首を捻っていると、韓玄がやってきた。
「うひょ、こちらでござったか」
「何だい韓玄。お前らには今月は城の補修を言い渡しといた筈だけど」
「今月分のノルマを達成したのでご報告に参りました」
「そりゃご苦労」
「つきましては空き時間を利用して、政治についてご教示願えませんかな」
「僕が?」
「御意」
「うーん、僕の政治の知識なんて大した事ないんだけど…それでもいいの?」
「はい」
「解った。後で僕の部屋に来てくれ。汗を拭いたらすぐ戻るから」
「うひょ」

 漢中の馬騰軍が上庸を攻めて敗れました。トウ頓が劉璋に降りました。
萌え
77馬キユ:02/11/15 05:36
建安二十(215)年7月
【女子高生って…ゲフンゴフン、島袋先生?】
―洛陽―
 帝都洛陽で漢詩大会が開かれ、僕たちはそれを見物しにきた。
 僕と鉄は父さんの隣に並べられた席に着いた。
「父さん、雲碌はどうしたんですか?」
 鉄が一つある空席を見やって訊ねた。閻行を含めて四人で同道してきたのに、
洛陽に着いてから雲碌は一人、父さんに呼び出されていた。
「うむ。あれももう十六じゃから、こういう場ではそろそろ改まってもよいと思うて
な。もうじき出てくる筈じゃが」
 父さんはそう答えたけど、さすがに本人も気になっていたのか、侍臣に命じて
雲碌を催促させた。
 やがて、雲碌は二人の侍女に傅(かしず)かれながら現れた。
 参列者たちから讃嘆の吐息が漏れた。
「綺麗ですね、兄さん」
 鉄が雲碌に見蕩れながら、同意を求めてきた。僕は觴を手にして答えた。
「ああ、輝いてるね。衣装が」
「…大きなお世話です」
 雲碌は何かをじっと堪えるように言うと、
「琥珀、翡翠。下がっていいわ」
 と言って二人の侍女を下がらせた。
(やれやれ、仲の悪さは相変わらずか。困ったもんじゃ)
 馬騰は顔をしかめたが、今は先にするべき事があった。
「皆よく集まってくれた。今日は各々その詩才を存分に発揮し、秋の風流を愛でて
くれ」
78馬キユ:02/11/15 05:37
 司馬懿、張松らが次々に詩を披露していく。ゲスト審査員として呼ばれた
阮[王禹]は、司馬懿の詩を聞いて思わず「下手糞」と呟いたが、これはまた
別の話だ。てゆーか僕に詩の良し悪しは皆目解らなかった。
「休。雲碌とは仲良くやっているか」
 許靖が漢詩を披露しているとき、父さんが小声で僕に話し掛けてきた。
「さあ」僕は我ながら素っ気無く答えた。「雲碌は僕のお目付け役だそうで。
あっちの方がどう思ってる事やら」
「それはあれが言い出した事でな。儂のせいではない」
「お陰で僕は毎日が針の筵ですよ。どうして痛くもない腹を探られなきゃなん
ないんだか」
「兄弟間で不和が起こらぬように気を遣っておるのじゃろうが」父さんが苦笑
する。「あれも大人びているようでまだまだ子供じゃからな。視野が狭くなる
のも仕方ない」
「他人事だと思って」
「すまんすまん」
 父さんは苦笑いしたまま謝った。そして。
「ま、あれだ。折角上洛したんじゃし、兄妹の絆を深めるために、二人で少し
洛中を散策してくるとよい」
「ぶーっ!」
 僕は思わず酒を噴き出していた。兄さんたちが何事かとこっちの様子を窺って
くる。
 父さんは兄さんたちに「何でもない」と手振りで示した。
「そこまで驚くほどの事でもなかろう」
「いや驚きますよ。兄妹でデートだなんて…」
 っと、僕は実際には血が繋がってないから、実はそんなに変じゃないか。
 …いや、やっぱり変だ。周りから見りゃどー見たって兄妹デートだ。
79馬キユ:02/11/15 05:39
「でぇととは何だ?」
「そりゃあ…あー、いややっぱ何でもないです」
 言っても解らんだろーし。
「そうか。ではゆっくり楽しんでこい」
「でもなあ」
「儂の命令が聞けんか?」
「…ぅわかりました」
 僕は渋々承諾した。
 父さんはほっとしたように笑うと、今度は目を細めて雲碌の晴れ姿を眺めた。
「……それにしても、よく育ってくれた。孟起ほどの美丈夫は他におらんと思う
ていたが、雲碌も負けず劣らず美人に育った」
 いや、その比較はちょっと間違ってると思うんだけど…。
「そういえば父さん、今日は雲碌の髪の色が黒いですね。染めたんですか?」
「うむ。あんなに赤くては見栄えが悪いからな」
 …そうかな?僕はあの栗色の淡い感じがいいと思うんだけど。つーかあれを
「赤い」と言うんですか?
「後は立派な婿を見つけてやりたいと思うが、こればかりはなかなか侭ならぬ
ものよな」
 父さんはうってかわって溜息を吐いた。まああんな性格だしねえ。
「じゃからというわけではないが、休よ。あれに良い人ができるまでは、何とか
見守ってやってほしい。儂の代わりに」
「…まあ、僕でできる範囲の事なら」
「頼んだぞ」
80馬キユ:02/11/15 05:41
結局優勝したのは張松だった。
漢詩大会が終わって、僕が雲碌を街に誘うと、雲碌はそっぽを向いてこう答えた。
「お、お父様がそうおっしゃったのでしたら、し、仕方ありませんわ」
 そして、着替える間少し待ってほしいと言って、雲碌は一旦奥に消えた。
 …意外だ。承諾されるとは。つーかこのままいったらマジ兄妹デートになるん
だけどどーしよー?(;´Д`)
 僕があれこれ煩悶しているうちに、雲碌は着替えが終わったらしく、比較的
軽装で現れた。
 ただ驚いた事に、雲碌は裳をつけていた。思えば雲碌が僕の前で裳を着ける
のは、武威で別れて以来の気がする。
「で、どこへ行くんですか?」
 雲碌は相変わらずそっぽを向いたまま訊ねた。下ろした左腕に右手を添えて
いる仕草が妙に可愛い。
 ……可愛い?僕は今そう思ったか?
 そうだ。今日の雲碌は何かいつもと違う。漢詩大会での雲碌は控えめな小林
幸子くらいには着飾ってて、化粧も(多分はじめてじゃなかろうか)妙にケバケバ
しくて見てらんなかったけど、今僕の目の前にいる雲碌はすごく「女の子」をして
いる。
 何だかすごく新鮮だった。
 でも、何か物足りない。
81馬キユ:02/11/15 05:41
「何ですか?人のことをじろじろ見て」
 雲碌の質問に答えず、僕は雲碌の頭から簪を引き抜いた。
 射干玉色に染め上げられた雲碌の髪がばさりと解け落ちる。
「な…何をなさるんですか?!」
 雲碌は慌てて頭を押えながら抗議したが、僕はそれを無視して、雲碌の頬に
流れ落ちた髪を掻き揚げてやった。
「こっちの方が似合ってる」
「えっ……?」
「雲碌は髪を下ろしてる方がキレイだ」
 瞬時に、雲碌の顔が真っ赤になった。
「…あ、ありがとうございます……」
 俯いて、どもりながらそう言う雲碌。
 はは、何から何まで新鮮だな。この調子なら兄妹デートも悪くない。役得だと
思って今日は楽しむか。
82馬キユ:02/11/15 05:42
 洛中をざっと見廻って、僕たちは城外に出た。そして日も傾きかけた頃、
白馬寺に着いた。
 白馬寺は洛陽都の東、約三十里のところに建っている。
「へえ、こんな時代にもお寺があったんだ」
 僕はちょっと感動しながら境内を見渡した。
「こんな時代って何ですか?」
「い、いや、何でもない」
「…おかしな人」
 雲碌は僅かに首を傾げたけど、あまり気にならなかったのか、境内に視線
を移した。
 あぶねーあぶねー、もうちょいで僕の素性が怪しまれるところだった。
「この白馬寺は明帝の永平十一(西暦68)年に創建されたものです。中原で
初めて建てられた浮屠寺院で、寺名の由来は、摂摩騰と竺法蘭という天竺の
浮屠僧が白馬を連れて来朝したからだと聞いています」
 雲碌の話によれば、後漢の明帝が夢のお告げを真に受けてインドに使者を
送り、それに応えた上座部が布教の為にその二人の仏教僧を中国に寄越した
そうだ。そのときその二人の僧侶が白馬に経典と仏画を積んで来て、彼らの
居住のために建立したのがこの白馬寺という事らしい。
「博識なんだな、雲碌は」
「そんな事は……」
 雲碌が照れた様子で俯く。
 いつもの雲碌とは全然違う。
 可愛かった。
 なぜか胸がドキドキしてきた。
「そうだ、あそこへ登ってみようか」
 僕は照れ隠しに、清涼台を指差した。
83馬キユ:02/11/15 05:44
「えっ、でもそっちは……」
 雲碌が逡巡する。はて、あっちは何があるんだ?
「浮屠僧が写経をする場です」
 …ああ、なるほど。要するに仕事場か。
「そりゃ邪魔しちゃ悪いな。じゃあどうするかなあ…」
 僕がそう言うと、雲碌はちらりと右に視線を動かした。
 雲碌の視線に合わせて振り向くと…その先には水面に浮かぶ八角の阿舎(あずまや)が。
(ふ、雰囲気ありまくりだね……)
 雲碌の顔を盗み見る。
 陽が翳っていて判り辛いけど、頬が微かに上気しているような…?
 ヤバイ。そんな表情(かお)をされたら、忘れてた感情を思い出してしまいそうだ。
 ……でも、このままというわけにもいかない。
「行こうか」
 僕が誘うと、雲碌はふわりと微笑んで「はい」と答えた。
 が。雲碌が足を踏み出したと思ったら、急にバランスを崩した。
「危ない!」
 僕は咄嗟に雲碌の身体を抱きとめた。
 ――そう、抱きとめた。抱きとめてしまった。
 雲碌の長い髪が僕の腕に流れ落ちる。
 その腕で、僕は雲碌の体重を感じた。
 心臓が早鐘を打つどころじゃない。バクバクいってパンクしそうな気さえする。
「あ――」
 雲碌と目が遭った。お互い上気しているのがよく解る。
 何か言いたいんだけど、何を言えばいいかわからない。
 声も出ない。
 時間が止まったかと思った。
84馬キユ:02/11/15 05:45
 でも、間の悪い奴というのはどこにでもいるもんで。
「ご府君。ご府君はおわしますかの〜?」
 実にいいタイミングで、呑気な声が聞こえてきた。
 僕たちは慌ててぱっと離れた。
「おお、こちらにおわしましたか」
 韓玄が僕たちの前に姿を現す。
「おお、お嬢様。今はまた一段とお美しいですな」
「あ、ありがとう」
 韓玄はいつもどおり、雲碌に先に愛想を振り撒く。対する雲碌は、今日に
限って歯切れの悪い返事だ。…まあ、当然か。
「で、韓玄。宛からわざわざ何の用事だ?宛に大事でも起きたのかい?」
「うひょ。儂も漢詩大会で酒を飲んでおりましたぞ」
「そうだっけ?で、何の用事?」
「南中郎将(馬騰)様が、お二人のご帰城が遅いので心配しておられます。
儂も行方の捜索を命じられました。もうすぐ日が落ちますので、早々に
ご帰城願えませんかな」
「解った。帰ろう」
 僕は半分安堵の、半分遺憾の溜息を吐いて答えた。
85馬キユ@プレイヤー:02/11/15 05:47
>>76
ありがとうございます(^^

…私、暴走してないよね…?(´д`;)
86馬キユ@プレイヤー:02/11/15 05:56
…人に聞くまでもなく暴走してますね(´д`;)
暴走(・∀・)イイ!!
おもしろいです。続きを楽しみにしてます。
>琥珀・翡翠

・・・・・・・・ひょとして、月――――
89馬キユ@プレイヤー:02/11/15 15:34
>>87
ご声援ありがとうございます。m(_ _)m
リプレイ日記であることを忘れることなく、うまく羽目を外せるように、
これからも試行錯誤しつつ続けていこうと思います。

>>88
(゚д゚)アラヤダ! モウバレチャッタ

まあでもこの2人はあと1,2回出番があるかないかってところです。
…今のところはね(笑)
最高に(・∀・)イイ
(・∀・)イイ!!
92馬キユ:02/11/17 08:38
建安二十(215)年8月
【劉備、関羽、諸葛亮】
―宛―
 記述が遅れたけど、去る6月に司馬懿が指揮する馬騰軍が永安を占拠し、
後任の江州太守には孟達が抜擢された。
 また、同じ6月には韓遂が零陵の情報を持って来てくれた。内容に目を通す
のは今日がはじめてだ。なになに…へえ、かの有名な孔明が零陵にいるん
だ。これは一つ僕の事を知ってもらわないと。
「お兄様、早馬から報せです」
 僕が手紙を描いていると、雲碌がノックの音とともに入ってきた。
 白馬寺での事は、あれからお互い口にしていない。
 雲碌は黙々と僕の補佐を続けている。
 あれは夢だったんだろうか。
 雲碌の仕事ぶりを見ながら、ときどきその思いに囚われる。
 僕は平静を装ってはいるけど、内心穏やかではいられない。
 穏やかではいられなくなった。
 でももしあれが夢だとしたら、僕はとんでもない暴走をしてる事になる。
 じゃあ、現実だったらいいのか?…それはそれで十分暴走している。
 とにかく、雲碌にはこの感情は知られないようにしないと。
「お父様が河内を陥しました。かの劉皇叔がお父様に臣従を誓ったそうです」
「…………」
「お兄様?」
「…ん?あ、ああ、そりゃすごいや」
 僕は慌てて我に返った。
93馬キユ:02/11/17 08:39
「で、関羽は?張飛は?」
「関羽は子息の関平とともに野に下ったようです。張飛はいませんでした」
「いなかった?」
「はい。恐らく曹操との戦いで落命したのだと思います」
「それは勿体無い…(´・ω・`)」
 でも今更仕方ないか。今は劉備、関羽にも手紙を送って僕の事を知ってもらう
だけでもよしとしよう。
「ところで、髪下ろす事にしたの?」
 僕は雲碌に何気なく訊ねた。
「えっ、ええ。…お兄様がその方が似合ってるとおっしゃいましたから」
 雲碌は素っ気無い素振りで答えた。もしかして照れてる…のかな?
 まあ、少なくともこれは現実のようだ。
「琥珀と翡翠には随分反対されましたのよ。良家の姫君がはしたないって」
「雲碌は姫って柄じゃないもんな」
「何ですって?」
 雲碌のガラが瞬時にして変わった。豹変するのは君子だけにあらず、と。
 ……うう、物凄い形相で睨んでくる。これはちょっと…マズイかな?(;´Д`)
「いや、その…今のは僕が悪かった。謝るよ、うん」
 …雲碌の怒りはまだ解けないらしい。
「すごくよく似合ってる。キレイだよ。ほんと」
 お、少し複雑そうな表情に変わった。もう一押しか。
「お願い、赦して。このとーり」
 僕が手を合わせて拝むと、雲碌は長い息をついて、穏やかな表情に戻った。
「いいわ、赦してあげます。その代わり貸し一つですからね」
 ……マジですか? (;´Д`)
94馬キユ:02/11/17 08:42
―零陵―
「ほう、宛の馬休殿からこの私に書簡とな?」
 孔明は白羽扇を動かす手を止めて、属僚から書簡を受け取った。
 面識はないし、自分はまだまだ無名に近いと思っている。馬休が自分の事を
どう評価しているかは然程気にならなかったが、自分の名がどのようにして宛
にまで届いているのか、かなり興味があった。
「……っ!」
 孔明は一読するや否や、書簡をひっくり返して額を押えた。
 美辞麗句の奔流に頭が痛くなったのだ。「三国一の天才軍師」「清廉にして
忠烈無比」「不世出の名将」等々…。
 何がどう伝わってこういう評価が生まれたのだ?考えてみたが解らない。
 そして、書面に時折見受けられる「蜀」「三国」の文字。この者は私の腹案を
知っているのか?だとすればなぜ?
「解らんな。――しかしまあ」
 孔明はひとりごちた。高く評価されているのはそれ自体は悪い気がしない。
それに説三分に関する疑問。
 馬休か。よく覚えておこう。

―洛陽―
 みすぼらしい民家の軒先に、二頭の馬が繋がれている。そのうちの一頭は
燃えるような赤毛を持った巨馬だ。赤い巨馬は使者が去っていくのを見送ると、
大きく一つ、欠伸をした。
「父上。宛の馬休から書簡が届いています」
 関平は父・関羽に一通の書簡を手渡した。
「馬休?何者だそいつは」
 関羽は書簡を受け取りながら息子に問い質した。
「馬騰の次男と聞き及んでいます。今は南陽郡太守として宛県に駐屯しているそうで」
「ふん、血を頼りに太守か。おめでたい奴だ」
「そうですね」関平はやんわりと相槌を打って「ところで、皇叔が馬騰の頤使に
甘んじるとは思いもよりませんでした」と言った。
95馬キユ:02/11/17 08:44
「む……」
 関羽は美髯をしごきながら沈思した。
 関羽もそれは可能性の一つとは考えていたが、実際に劉備が降るとは思って
いなかったのだ。自尊心ゆえに今更「やっぱり兄者の傍にいたい」とも言い出せ
ず、やむなく洛陽郊外のあばら屋に寓居しつつ、時節を待つ事にしたのだった。
 こんな時張飛がいれば、辛気臭い思いをせずに済んだのだろうが…。
(どうしたものか)
 関羽は思案しながら書簡を開いた。
 読み進むうちに、関羽の目が輝き出した。読み終えた時には、満面に喜色の
笑みを浮かべていた。
「いかがなさいましたか?」
「遠く東夷の地、倭国では儂を神として崇め奉っているそうだ。これを喜ばずして
何とする」
「まことですか?」
 関平が訝しげな顔をする。当然といえば当然だ。
「お前も侍神として奉られているらしい。これを見よ」
 関羽は息子に書簡を放り投げた。関平は投げ渡された書簡に目を通した。
 書簡には横浜中華街の関帝廟のカットが描かれていた。
「これがまことなら望外の幸せですね」
「うむ。とりあえず詳しい話が聞きたい。そなた先刻の使者に追いついて返書を
渡してこい」
「わかりました」
「戻ってきたら旅支度だ。宛に行くぞ」
「御意」
 関平は父から返書を受け取ると、屋外へ駆け出した。
 奇貨置くべし。うまくいけば馬休をつてに馬騰への仕官が叶おう。それは即ち、
兄者の許へ戻れるということだ。
「無為な日々は意外と短く済みそうだぞ、赤兎」
 関羽は屋外に繋がれている赤兎馬にそう呼びかけた。
 赤兎馬は雷鳴の如く、高く嘶いた。
96馬キユ:02/11/17 08:45

 キユは関羽と関平の推挙に成功しました。
97馬キユ:02/11/17 08:47
建安二十(215)年9月
【虎牢関の戦い】
―宛―
「お兄様、急報です。洛陽が曹操軍に攻め込まれました。太守不在の間隙を
突かれたようです。先程、早馬が来て援軍の要請がありました」
「解った。みんなを政庁に集めてくれ」

 政庁に呼び出された武将は関羽、関平、韓玄、馬鉄、雷銅、トウ頓、廖立の
6名。沙摩柯は宛攻略に際して虚報に引っかかり、長安に退却した。その後は
洛陽に転属したらしい。廖立は宛を陥したときの降将だ。いま一人、トウ頓は
僕の推挙によって、この3月から馬騰軍に復帰している。
 そして僕の両脇に立つのが閻行と雲碌だ。
「韓玄殿。ここでは軍議に女を侍らせるのが習わしなのかな?」
 雲碌を横目で見ながら、関羽が侮蔑し切った顔で囁く。
「うひょ?あの方は妹君の馬雲碌様じゃよ。昔からお美しかったが、最近とみに
お美しくなられたようじゃ。華があってよいと儂は思うぞ」
 韓玄の緩んだ面を見て、関羽は「話にならん」とばかりに鼻を鳴らした。
「改めて説明するまでもないと思うけど、洛陽が曹操軍に攻め込まれた。趙範が
虎牢関まで迎撃に出ているそうだけど、いつまで支えきれるかわからない。
洛陽から要請もあった事だし、この宛から援軍を派遣しようと思う」
 僕が話を切り出すと、関羽が真っ先に進み出て言った。
「では儂に騎兵2万をお与え下さい。曹操軍など蜘蛛の子の如く蹴散らしてご覧
に入れましょう」
「鶏を割くに牛刀を用いること勿れ」
 続いて進み出たのは雷銅だ。
「関将軍が出陣すれば万が一にも心配はありません。しかし残念ながら再編成が
済んでおらず、関将軍には手勢がありません。ここはそれがし等にお任せありたい」
98馬キユ:02/11/17 08:47
「む……」
 関羽が小さく唸った。まあ確かに、先月は関羽に兵を預ける時間がなかった。
「趙範が苦戦しているとあれば、儂も出陣せんわけにはいかんのう」
 韓玄が指先で鬚(あごひげ)を弄びながら言う。
「じゃあ鉄、韓玄、雷銅、トウ頓は騎兵で、廖立は弩兵で、それぞれ出陣してほしい」
「御意!」
「閻行。君は鉄に随行して救援軍全体を統率してほしい」
「御意」
99馬キユ:02/11/17 08:49
 執務室に戻る途中で、僕は雲碌に呼び止められた。
「何だい」
「私も出陣します。許可をお願いします」
「ダメ」
「何故ですか。洛陽を奪われたらお父様が孤立してしまいます。曹操軍の将帥は
綺羅星の如く並び、その兵は精強…」
「わかってるわかってる」
 僕は雲碌の頭に手を置いた。
「大丈夫だ。鉄…が優れた将帥かはさて置き、閻行がついている。洛陽の本隊も
そう簡単に負けはしないさ」
「ですが」
「それにな、雲碌。僕は雲碌に、その手を血で汚してほしくないんだよ」
 嘘じゃない。――ただ、それが本音の本音でもないって事には気付いてる。
 雲碌の頬に朱が入った。一瞬目が潤んだ――かと思うと、一転して寂しそうに
俯いた。
「……でも、それは手後れです。それに私は……覚悟はできてます」
 僕は長嘆息した。やれやれ、強情な妹だ。
「とにかく、ダメと言ったらダメだ。鉄たちがいない間にも仕事は山積みなんだから
ね。むしろそっちを手伝ってくれ」
「手伝う…のですか?」
「そ。僕の手伝いだ。…嫌かい?」
「あ……」
 雲碌は何かすごく言いたそうな顔をしたけど、すぐにそっぽを向いて
「お、お兄様の命令でしたらし、仕方ありませんわ」
 と答えた。
 うーん、何が言いたかったんだか。
100馬キユ:02/11/17 08:50
―司隷―
 季節外れの雷雨に、馬鉄たち救援軍は悩まされていた。
「困ったな。山道がぬかるんで馬が脚を取られてる。公淵(廖立)殿、どうにか
ならないかな」
「どうにかと仰せられてもどうにも致しかねます。鬼道を行える者がいれば天に
祈りもするのですが」
 廖立がぼやき返す。
「そうだ。トウ頓、貴殿なら何とかできるのではないか?」
「無茶を言うな。烏丸は騎馬民族だ。雨がどうだの晴れがどうだの知るか」
 トウ頓が訛りの強い漢語で答える。
 誰ともなしに溜息が漏れ出た。
「馬鉄様、申将軍(申儀)より早馬です!」
 伝令が駆け込んできた。
「敵が虎牢関の攻撃を始めた模様です。一刻も早く救援に回って頂きたいとの
事!」
「やれやれ、簡単に言ってくれるのう」
「だが、確かに急いだ方がいいな。趙範一人では虎牢関を保ち得まい」
「強行軍ですか?しかし騎兵ならともかく、それがしの部隊は弩兵です。無理は
させられません」
「では公淵殿の部隊は間道を伝って密かに敵の後背を扼してください。残る騎兵
は全速前進!」
「ははっ!」
101馬キユ:02/11/17 08:53
 洛陽の守備軍が援軍を急がせたものの、虎牢関に攻め寄せる曹操軍の
士気は、実はあまり揮っていなかった。というのも、その指揮官が司馬朗
だったからである。
 司馬朗は次弟の司馬懿と違って、軍務には疎かった。ただ知略にはそこ
そこ見るべきものがあったので、今回の戦の参軍として抜擢された。
 司馬朗は関北を大きく迂回して敵の本陣を突くという作戦を提案し、了承
された。よって今の司馬朗の任務は虎牢関を固守する敵を足止めする事で
あった――が、その虎牢関を任されているのが趙範では、あまり意味が
なかったといえる。
 だが、それでも司馬朗は関に対して総攻撃を行わなかった。趙範に倍する
兵力で弩を放ち続ければ、そのうち関を抜けると判断したからだった。
 しかし、馬騰軍の援軍はその間に確実に近付きつつあった。曹操軍の本隊
が関北の無人の砦を占拠した時、砦は宛からの援軍に囲まれていた。
「しまった、誘い込まれたか?!」
 軻比能は山下を見下ろして臍を噛んだ。砦を占拠した軻比能の部隊は友軍
の劉勳とも分断され、馬騰軍の完全な包囲下にあった。
「敵は袋の鼠だ!叩き潰せ!」
 雷銅の号令一下、馬騰軍の騎兵が砦に攻めかかった。既に戦意を喪失して
いた軻比能の部隊は、忽ち麾下数百騎にまで打ち減らされた。
「余とした事が何たる不覚…!」
 軻比能の口から歯ぎしりの音が漏れる。
 どうしますかと側近に訊かれて、軻比能は「逃げる」と怒鳴るや、馬首を反した。
「どこへ行く軻比能。貴様の道はそっちではないぞ」
 軻比能は慌てて振り返った。いつの間にこんなに敵の接近を許していた?!
「貴様は烏丸の…トウ頓!」
102馬キユ:02/11/17 08:54
「ほう、余を覚えていたか。しかし暫く見ぬうちに、鮮卑の王は随分と腑抜けに
なったようだな。戦わずして敵に背を見せるか」
「戯れ言ならいずれたっぷり付き合ってやる。今は預けておくぞ!」
 軻比能は馬に鞭を入れた。
「逃がすか!追え!」
 トウ頓が怒号した。
 逃げる軻比能をトウ頓軍が執拗に追う。いつしか軻比能は道に迷い、雷銅の
部隊に見つかって縛せられた。
 また、それとほぼ前後して劉勳の部隊も壊滅、劉勳は韓玄によって生け捕ら
れた。

 後少しで関が抜ける。そろそろ総攻撃の命を下すか。
 司馬朗がそう考えていた時、早馬が駆け込んできた。
「何事だ」
 質しつつも、司馬朗は早馬の顔が蒼白なのを看取して、凶報である事をほぼ
確信した。
 司馬朗は本隊壊滅の報告を黙って聞いた。
(遂に許昌からの増援は来ず、か。カン沢とやらはなぜ友軍に協力しない…?)
 …いや、もしかしたらこの遠征そのものが無謀だったのかもしれない。
 いずれにせよこれ以上の戦いは無意味だ。再起を図るに如かず。
 司馬朗はそう判断すると、早急に退却を開始した。
 しかし。
「何者かが退路を塞いでいるようです!『廖』の字が翻っています!」
「背後から敵が迫ってきます!旗印は『烏丸』!」
 次々ともたらされる凶報に、司馬朗は暗澹たる思いに囚われた。悪かったのは
他でもない、私自身の作戦案ではないか。虎牢関の堅牢さを畏れて迂回したの
がまずかったのだ。
「已んぬる哉……!」
 司馬朗は虚しく天を仰いだ。
103馬キユ:02/11/17 08:57
―宛―
「鉄、よくやったな。他のみんなもご苦労様。士匡(本隊総大将)からもお礼の
書簡が届いてるよ」
 僕は凱旋する味方を笑顔で出迎えた。閻行がうまくやってくれたのか、損害
は微々たるものだった。…本当は少なかったからそれでいいってもんでもない
んだけど。
「で、忙しいとは思うんだけど、関将軍とトウ頓には河内への移動の命令が出て
いる。捕虜を連れて早急に移動してほしい」
「御意」
「そうそう。劉備…じゃない、劉皇叔が洛陽太守に任命されたから、関将軍は
途中で会っていくといいよ」
「お気遣い忝けない」
 関羽は拱手すると、トウ頓を連れて出て行った。
「で、手薄になった分の補強だけど」
 僕は上党で流離ってた卓膺と江陵から連れてきた文聘を紹介した。
「卓膺です。遠回りしてしまいましたが、再び明主を仰ぐ事ができ、歓喜の極み
です」
「文仲業と申します。主家を度々替えるのは武門の恥なれど、漸く真の主君を
見出した思いにございます」

「司馬朗が斬首された?!」
 三日後、僕はその報せを受けて驚くとともに、激しく後悔した。
 司馬懿の兄さんだし、父さんも少なくとも一度くらいは寛容なところを見せるだ
ろうと思って甘く見ていた。こんな事ならきちんと助命嘆願書を持たせてやれば
よかった。
「司馬懿はさぞ怨んでるだろうな」
 僕は机上に書類を放り出して背凭れに凭れかかった。
「ですが大義は親を滅すといいます。司馬懿も私情の為に国家を誤るような事は
ないと思いますが」
「…そうかもしれない。けど、最初からそれを期待するのは非道だと思う」
104馬キユ:02/11/17 08:59
「……そうかもしれません」
 ややあって、雲碌は耳に落ちかかる髪を掻き揚げながら答えた。
 雲碌のその仕草が、憂いを帯びたその顔が、キレイだと思った。
「どうかしましたか、お兄様?」
「…いや、なんでもない」
 雲碌に声をかけられて、僕は我に返った。
「とにかく。司馬朗の事はもう手後れだけど、今後の事を考えて父さんに一筆
書いておこう。早馬は誰を立てようかな。閻行には働いてもらったばかりだし…」
「私が行きます」
 雲碌が僕の言葉を遮った。
 僕は目を丸くした後、さすがに渋い顔をした。
 それを見て、雲碌は随分と真摯な表情で迫ってきた。何をそんな真剣に…。
「お兄様には確か貸しが一つありましたよね」
「貸しって…こないだのアレ?ああ、そんなのもあったっけなあ…」
 そうは言うけどなあ…。
「行かせて下さい」
 雲碌がなおも迫ってくる。
 お前、「いかせて下さい」って…その台詞は反則だよ(;´Д`)
 いやいやそれはともかく。ここで無理矢理押さえつけたら嫌われるのかなあ、
やっぱり?
「……解ったよ。雲碌、的廬を貸すからこれを父さんに渡してきてほしい」
 僕はがっくりとうなだれて、雲碌に書状を差し出した。
「わかりました」
 雲碌は書状を受け取って一礼した。
105馬キユ@プレイヤー:02/11/17 09:01
>>90-91
どうやら好評を博しているようで、書いている身として
これほど幸せなことはありません。
拙文ですが、これからもごゆるりとお付合い下さいませ。
106馬キユ:02/11/18 22:45
建安二十(215)年10月
【それぞれの道・それぞれの思い】
―上党―
「さて、これで洛北にある曹操の拠点は全て陥落したわけだが」
「おめでとうございます、父上」
 馬騰が太守の椅子に座ると、馬超が拱手して言祝いだ。
 しかし、軍師の法正が注意を喚起した。
「曹操はいまだ魏、鄭の地を押えており、その地盤は強固です。曹操にとって
洛北の失陥は大きいとはいえ、決定的な損害ではありません。加えて北方に
はいまだ袁氏の勢力が幅を利かせており、油断は禁物でございます」
 馬騰と馬超は謹厳に頷いた。
 頷いたが、馬超は心中面白くなかった。それくらいの事は誰でも解っている。
そのうえでまず勝利を祝う事の何が悪いのか。そのような陰気な事で兵士の
戦意を鼓舞できるか。
 …だが口には出さない。無用の事だし、狭量だと思われたくないからだ。
 そんな馬超の心中を無視して、馬騰と法正は捕虜の処遇について語り始めた。
「――すると軍師は、将を生かして帰すべきではないと申すか」
「御意。殊に夏侯惇、曹休などは曹操の一門として、また宿将として上下から
厚く信頼されています。彼らのような手足をもぎ取る事こそ、曹操軍の弱体化
に繋がりましょう」
 馬超は先刻の不満はさて置いて、これには賛成だった。しかし馬騰は決断を
渋った。
 今回の戦には雲碌が随行している。出陣の間際に雲碌から上書を受け取った
ので、そのまま連れてきていたのだ。
 キユは「将を無闇に斬るのはよくない」と言っていた。
 ますます面白くないのは馬超である。わざわざ利敵行為な進言をするキユも
キユだが、そんな上書を届けに来る雲碌も雲碌で、惑わされる父上も父上だった。
107馬キユ:02/11/18 22:47
「父上、戦乱の世はキユが言うほど甘くありません。将来の禍根は今ここで
絶っておくべきです」
「孟起兄様に敢えて反論いたします」
 雲碌は進み出て一礼した。
「天下を平らぐるも天下を治むるも基は人です。人なくして天下は有り得ません。
弱卒は得易く勇将は得難し。今ここで斬り捨てるよりも、将来の天下の為に
役立てるべきだと思います」
「キユが言いたいのは『朋友だから命だけは助けてくれ』であろう。大義親を
滅すというのに、何を戯けた事を」
「孟起兄様のおっしゃる事は否定しません。ですが、朋友が赦される事を期待
してはいけませんか?」
「期待するなら心の中だけでしておればよい。第一、軍師も斬るべしと言って
いる。今更お前達が口を差し挟む余地など……!」
「止めよ、超」
 馬騰が馬超の言葉を遮った。馬超は尚も強弁しようとしたが、馬騰に睨まれ
て渋々口を噤んだ。
「キユ並びに雲碌の言う事も尤もじゃ。さりとてただ解放するわけにもいくまい。
 法正。そなたは捕虜に、降らなければ斬ると伝えよ。それで降る者は使うし、
降らない者は逃がす。それでどうじゃ」
「結構かと存じます」
 法正は深々と頭を下げた。
(――尤も、肝腎なのは使者に立てられたのが姫君だという事であろうが)
 此度の勝利で得た虜将はキユと懇意な者が多い。彼らを助けるために事前に
手を打ってくるとは如才ない。しかも愛娘から助言されれば心が揺れると踏んだか?
 法正はキユから何度か手紙を受け取っており、その中でキユの為人をある程度
掴んだつもりでいたが、少し侮っていたかもしれないと思い直した。
 別にキユは意図してこの人選をしたわけではない。雲碌に、彼女を信頼している
というところを見せたかっただけである。本音は傍から離したくないにも関わらず。
 しかし周りはそうは思わなかった。
108馬キユ:02/11/18 22:48
 通達を受けて膝を屈したのは孟獲、費詩。
 キユの好意が働いたと聞いて落涕し、帰順したのは陳羣。
 それでもなお膝を屈しなかったのは夏侯惇、曹休、伏完だった。
「解放されるとは意外でしたね」
 曹休は馬を走らせながら、併走している夏侯惇に話し掛けた。
 夏侯惇のこめかみには青筋が浮き出ている。
「くそっ!キユめ、儂らに恩でも売ったつもりか!」
「どうでしょうなあ?」
 伏完が慣れない手つきで手綱を捌きながら呟いた。
「単にキユが甘ちゃんなだけではないですかな」
「では、そんなキユに乗せられる馬騰は甘々で、そんな馬騰に敗れた儂らは
どうしようもない甘ちゃんというわけか!」
「伏完殿が言っているのはそういう事じゃないでしょう。しかし折角拾った命
です。捲土重来を期す為にも早く大将軍の許へ」
「喀ッ。――くそっ!」
 夏侯惇は痰を吐き捨てて罵った。
「キユめ、馬騰め、今に見ていろ!この借りは必ず返す!」
109馬キユ:02/11/18 22:51
 雲碌は宛に帰るために的廬の手綱を解いていた。
「雲碌」
 振り返ると、馬超が立っていた。
「何でしょうか」
「お前、なぜあのような進言をした。そもそもなぜあのような上書をキユに許し
た?」
 馬超は咎めるような視線を放った。並の人間であれば竦みあがるようなその
視線を、しかし雲碌は平然と受け止めた。
「いけませんか」
「答えろ」
「私は休兄様のご意向に添ったまでです。太守の指示に口を差し挟む権限は
私にはありません」
「お前は以前、自分はキユの監視役だと言ってたじゃないか」
「…はい。ですがそれと今回の上申とは関係ないと思います」
 雲碌は一瞬言葉に詰まったが、馬超はその綻びに気付かなかった。むしろ
雲碌の取りつく島もない返事に、馬超は寂しそうな顔をした。
「……なあ雲碌。お前いつからそうなってしまったんだ?」
「そうなったとは何ですか?」
「昔はあれほどキユの事を毛嫌いしてたじゃないか」
「そうでしたか?自分では幼い頃から休兄様の看病などもしていたように記憶
していますが」
「それは…そうだったかもしれないが」
「ではいいでしょう」
110馬キユ:02/11/18 22:51
「うっ…。だが身嗜みすらおかしくなっている。だいたい何だこの頭は」
 馬超は真っ直ぐに下ろした雲碌の髪に手を伸ばした。
 だがその髪に触れる前に、馬超は雲碌に手を弾かれた。
「なっ……?」
 馬超は妹の意外な動作に戸惑った。
 一方、雲碌も気まずそうな表情をした。しかしそれもほんの一瞬の事で、雲碌
はすぐに平静を装うと、抑揚のない声で言った。
「貴方には関係のない事です」
「な…んだと。もう一遍言ってみろ」
「関係ないから関係ないと言ったまでです。私は急ぎますので、これで」
 雲碌はひらりと的廬に跨った。
 訓戒しているつもりだった馬超は慌てた。
「ま、待てよ。そんなに急ぐ事はないだろう。父さんと三人、親子水入らずで晩餐
でも摂ろう。一晩くらい泊まっていけ」
「こちらでは十分に時間を過ごしました。それにこの馬は休兄様からの借り物な
んです。すみませんがまたの機会にお願いします」
「あっ……」
 馬超が止める暇もなく、的廬は雲碌を乗せて駆け去った。
 一抹の砂塵が馬超の足元を吹き抜けた。
「……やっぱり変わったぞ、お前…。何故なんだ……?」

 文聘、雷銅が永安に移動しました。
111馬キユ:02/11/18 22:53
【215年12月】                     (C)武田騎馬軍団
※※※※※※※※※※※※※※薊※※※北平※襄平※楽浪※※
※※※※※※※※※※※┏━━○━━┳━○━━○━━○─┐
※※※※※※※※※※※┃※※※南皮┃※※※※※※※※※│
※※※※※※※※※晋陽●━┓┏━━☆━━┓北※※※※※│
※※※※※※※※※※※┃※┃┃※平原※※┃海※※※※※│
※武威※※※※※※上党●※┗■━━☆━━■┓※※※※※│
※┏●┓※※※※※※※┃業β┃※※┏━━┛┗┓城陽※※│
西┃※┃安定※※※河内●※※┣━━■濮陽※小■────┤
平●※●━┓※※弘※※┃洛陽┃陳留┗━━┓沛┃下丕β※│
※┃天┃※┃長※農┏━●━┳■━━━━━■━■━┓※※│
※┃水┃※┃安┏●┛※┃※┃※※※※┏━┛※┃※┃※※│
※┗●┛┏●━┛※※宛┃※┗┓許昌※┃言焦┏┛※┃建業│
※※┃※┃┗━━━━━●━━■━━━■※┏┛※┏■┓※│
※※┃※┃※※※※※※┃※新┗━┓※┣━■━┳┛┃┃※│
※武●┳●┓※※※襄陽┗┓野┏━■━┛※寿春┃※┃┃呉│
※都※┃漢┗━◇━━◇┳◇━┛汝南※※※※┏┛┏┛■─┘
※※※┃中※上庸※※┃┗━━━┓※※※廬江┃※┃※┃※※
※※梓●※※※※※※┗━━┓※┃江夏┏━■┛※┃※┃会稽
※※潼┃※※※※※※江陵┏☆━◆━━┫※※※┏┛※■┐※
※成※┃※江州※※※※※┃┗━┳━━■━━━┛※┏┛│※
※都●┻━●━━●━━━┫※※┃※※┃柴桑※※┏┛※│※
※※┃※※┃※永安※武陵☆━━☆長沙┗━━━■┛※※│※
※雲┃※※◇建※※※※※┃※※┃※※※※※┏┛建安※|※
※南┃┏━┛寧※※※零陵◆━━☆桂陽※※┏┛※※※※|※
◇━◇┛※※※※※※※※※※※┃※※┏━┛※※※※※|※
永※┗━━━━━☆━━━━━━☆━━┛※※※※※※※|※
昌※※※※※※※交趾※※※南海└──────────┘※

■曹操   ●馬騰  ◆劉g  ☆孫策   ○袁熙  ◇劉璋
112馬キユ:02/11/18 22:54
キユ(馬休) 38歳
身分 宛太守、盪寇将軍
名声13347 功績12388
武力 85(+2)
知力 58
政治 61(+10)
魅力 90
特技…諜報・商才・応射・反計・収拾・偵察・無双・突撃・一騎・強行・火矢・乱射・
    扇動・神算・鼓舞・罵声・穴攻・行動・鍛錬(19個)
装備…弓・騎馬
アイテム…双鉄戟、春秋左氏伝、的廬
113馬キユ@プレイヤー:02/11/18 23:12
あーっとっとっとっ、>>112訂正です。

×盪寇将軍
○昭武将軍

盪寇将軍になったのは翌1月でした。すみません。
翌1月の事はまた後日です。
114馬キユ@プレイヤー:02/11/19 22:59
すみません、落ち過ぎているのであげます。
115無名武将@お腹せっぷく:02/11/20 10:32
このリプレイ読んでから、三国志をプレイしていても馬休を斬首できなくなりました。
キユ育ってるな。
いつの間にか名将じゃないか。
孫策と劉璋の領土のブチ切れっぷりに萌え
魅力90ってすげえ
119馬キユ:02/11/21 00:44
建安二十一(216)年1月
【日常、或いは平穏な日々】
―宛―
 …いや、平穏な日々なんてないんだけどね、ほんとは。
 とりあえずこの3ヶ月ばかり身の回りに変化がないので、書く事がない。
 とはいえ、昨年11月には徐晃が曹操に引き抜かれた。
「…えっ、徐晃ってウチの陣営にいたの?」
「弘農にいたようですね」
 その弘農の太守、士燮が年明けに亡くなった。
「葬儀に参列するべきかな」
「弔辞の書簡を送っておけば十分ではないでしょうか」
 また戻って、昨年11月には廖立が河内太守に赴任した。
 張嶷率いる漢中軍は劉璋領上庸を攻めて敗れた。
「捕虜は全員解放されました」
「助かった」
 司馬懿率いる永安軍は孫策領江陵を攻めて敗れた。
「雷銅が孫策に降りました」
「う、うーん(;´Д`) 」
 翌12月。関羽が雷銅を取り返し、お父さんたちは晋陽を占領した。
「敵将にはほとんど逃げられました」
「それは残念」
 そして今月。関羽が晋陽太守に赴任した。
120馬キユ:02/11/21 00:46
「なんつーか、暇だなあ」
僕は筆を弄びながらぼやいた。
 布告、政令、軍務。太守の仕事は本来暇じゃないけど、閻行と雲碌が軍事政治
を代行してくれてるから楽でいい。…楽させてもらっといて「暇だ」ってのも失礼な
話か。
「……雲碌かあ」
 僕は布告文を書き記すはずだった白絹に筆を下ろした。
「なんかときどき、兄貴の僕でもドキッとする事があるよなー」
 それどころか最近は意識しまくりだ。もしかして僕、雲碌の事が好きなのかな?
 …………多分好きなんだろうなあ。
 雲碌の方はどうだろう?白馬寺での事を考えると…考えると…
「単に女らしさを覚えただけかな?何にしろ女心はよーわからん」
 さらさらと筆を進めていくと、いつしか雲碌の顔を描いていた。
「…む。うまく描けてないな」
 僕は失敗作を丸めると、新しい布に手を伸ばした。
「お兄様、宜しいですか」
「あわわわわわわわ!」
 突然の雲碌の声に、僕は本気で驚いた。
 失敗作を握り締めた手を後ろに回して、慌てて振り返る。
「う、雲碌!ドアはノックしろって言ってるじゃないか」
「しましたけど」
「…え、そうなの?」
「気がつかなかったんですか?」
「う、うん…」
 雲碌は溜息を吐いた。
「はあ…。何をしていたのかは知りませんが、サボるのだけはやめて下さいね」
「う、うん。わかったよ」
 僕は頷きながら、雲碌に見えないように失敗作をごみ箱に突っ込んだ。
121馬キユ:02/11/21 00:47
 …ちょっと待て。僕は絵を描いてただけだ。疚しい事なんか何もしていない。
なのになんで僕はこんなにコソコソしてるんだ?
 ……疚しい気持があるからだね(;´Д`)
「…ま、それはともかく。何の用事だい」
「はい。お父様が漢朝から右中郎将に任じられました。そこでお兄様を盪寇将軍
に任じる辞令が、先程届きました」
 雲碌は僕に書状を手渡してくれた。その書状にざっと目を通す。
「…成程、確かにそう書いてあるね」
「おめでとうございます、お兄様」
 思いがけない雲碌の台詞に、僕は目を瞬(しばた)かせた。
「どうかしましたか?」
「いや、雲碌が昇進を祝ってくれるのは初めてだなーと思って」
 雲碌はなぜか顔を赤くした。
「べ、別に他意はありません。今日はたまたまそういう気分だっただけですから」
 そっぽを向いてそう言う。
 …そう言えば最近、雲碌のこういう表情をよく見かけるような気がする。何で
だろう?
「どうかしましたか?」
 雲碌が怪訝そうに訊ねてくる。
 いつもどおりの雲碌だ。気のせいだったかな。
「いや、何でもない。ありがとう」
 僕はそう言って雲碌の頭を撫でた。
 はいと答えて、雲碌は穏やかに微笑んだ。
122馬キユ@プレイヤー:02/11/21 01:00
ぬあ〜今日はなんかありあわせのネタでやってしまいました。
どうもすみません(;´Д`)

>>115
そう言われると何だか嬉しいです。ご贔屓ありがとうございます。
でも別に斬っちゃっても構いませんよ?(笑)

>>116,>>118
魅力は手紙を書きまくってますからねー。
武力は閻行や馬雲碌が頑張っていると思って頂ければ。
ま、とはいえせめてこれくらいないと雲碌には役不足でしょ(笑)

>>117
対孫策には曹操が親征しているようです。
劉璋は漢中から荊州に入ったのでああなっちゃってます。
ああいう状況から盛り返すのがプレイヤーとしては面白かったり
するんですけどね。
>リプレイヤー諸氏及びリプスレファンの方々
『三国志リプレイ集』の掲示板にて、
「もう少し宣伝すべきではないか」という意見を頂きました。
私は他人の作品を纏めているだけにすぎないため、
2ch外への紹介に躊躇いがあり、今まで2chにしかアドレスを晒しておりませんでした。
友人がリプレイヤーをしているので(名前は伏せといてくれと言われております)
意見を聞いたところ、
「リプスレを紹介するのは意味があることだし、
纏めてあるサイトがあるということは宣伝もしやすいし、
スレの活性化にもつながる。
リプレイヤーとして言わせて貰うと、自分の作品をせっかうだからもっと多くの人に
見てもらいたい」
との事でした。
皆様にも意見が聞きたいです。
検索サイトやウェブリンクに登録すべきか、否か。
お願いいたします。
124馬キユ:02/11/24 20:07
建安二十一(216)年4月
【たまには落としたっていいですよね、うすた先生。…いや、ギターの話】
―桂陽―
「ああ、これだよこれー!」
 僕は思わず船から身を乗り出した。
 目の前にあるのは有名な桂林だ。烏龍茶のCMではよく見かけてたけど、
生で見るのははじめてだ。世に漫画家は数あれど、三国時代の桂林を生で
見たのはきっと僕だけだね。
 巍巍と林立する奇岩、霏霏とたなびく薄靄。その景勝に僕はしばしの間
見蕩れた。
「ありがとうございます、興覇さん」
 我に返って振り向くと、甘寧はにやりと笑って盃を呷った。
 うーん、見てるだけじゃ勿体無いな。一丁筆を揮いますか。
125馬キユ:02/11/24 20:09
「……で、雲長殿。あれが有名なキユなのか?」
 甘寧は目の前で同じように盃を傾けている関羽に訊ねた。
「左様」
 関羽の返事は短い。
 関羽は息子の平の様子を見るついでにキユの許へ立ち寄ったのだが、キユは
その時ちょうど、甘寧に会いに出かけるところだった。関羽は甘寧の武名に興味
を示し、キユについてきたのだった。
 当初は雲碌がついてくると言い張っていたが、キユは馬の能力の違いを理由に
これを退けた。ただ、これはあからさまな方便である。キユは雲碌が監視という
使命感に従って随行するのを嫌がったし、何より雲碌が「傾奇者」といわれる甘寧
に魅せられるのが怖かったのだった。
 それはともかく。
「信じられんな」
 甘寧はキユを一瞥して呟いた。文人であろうと武人であろうと、然程の名声を
築いた人物のようには到底思えない。むしろ以前程普や呂蒙が受け取った電波
書簡そのままのイメージだった。濫吹ではないのか、という思いが拭えない。
「何より、まだ青二才じゃねぇか」
「坊やだからな」
 関羽が鼻先で笑う。
「だが、あれでも来年で不惑だ」
「冗談がきついな、あんたも」
「…………」
「…ほんとなのか?」
「そうだと言っている」
「はあ〜、世の中わからんなあ〜」
 甘寧は、むしろ信じたくないといった面持ちで激しく頭を振った。
126馬キユ:02/11/24 20:10
―宛―
 宛に帰ると、自室のドアの前で一人の女官に出会った。
 歳の程は雲碌とそんなに変わらなさそうだ。もしかしたら一つ二つ上かもしれ
ない。
 女官は僕の姿を認めると、驚いてというよりはむしろ脅えたような様子で身を
固めた。
 僕がその理由を測りかねて何も言えないでいると、その間に女官は精神的に
立ち直ったらしく、
「お帰りなさいませ」
 と言って深々と頭を下げた。
「ああ、ただいま。ところで、今僕の部屋から出てきたみたいだけど」
「はい」
「僕に何か用事だったのかな」
「はい。お嬢様が、キユ様がお戻りになられているかどうか確認してくるようにと
の仰せでしたので、勝手ながら入室させて頂きました。申し訳ありません」
「や、まあそれはいいんだけど」
 雲碌も心配性に過ぎる、と思いながらも、一方で心配される事が嬉しく感じられ
るのは、やっぱり僕の心境の変化のせいだろうか。
(それにしても…)
 僕はこの女官に視線を走らせた。
 それにしてもやり辛い。なんでこうも無表情なんだか、このコは。
 折角可愛い顔立ちをしてるのに、勿体無い。
「…ま、いいや。じゃあ雲碌がどこにいるか教えてくれないかな。顔出しとくし」
「ではついてきて下さい。ご案内します」
 女官はそう言ってすたすたと歩き始めた。
「あ、ちょ…待ってよ」
 僕は慌てて後を追った。
127馬キユ:02/11/24 20:12
 ついて来いなんて言わなくても、どこにいるか言ってくれれば十分んだけど
なー。なんでわざわざ手間のかかる事をするかねー、このコは。僕はそう思い
ながら女官の後を歩く。
 沈黙が続いた。二人の跫音だけが廊下に響く。
「ねえ。君、名前は何ていうの?」
 僕は沈黙に耐えかねて訊ねた。返事はない。
 もう一度同じ質問をしてみた。今度はややあって返事が返ってきた。
「私の名前を聞いて何か意味がありますか」
「いやまあ、便宜的なものだから…言いたくないんなら仕方ないけど」
 不意に女官が立ち止まった。びっくりして僕も立ち止まる。
 女官は振り返ると、僕を睨むように見上げた。
「翡翠です」
 翡翠と名乗った女官は、それだけ言うとまた歩き始めた。
 …もしかして嫌われてるのかな?僕、このコに何かしたっけ?(;´Д`)
 再び沈黙が支配する。僕はどうする事もできず、ただ跟随した。
 暫くして翡翠の足が止まった。
 翡翠がコンコン、とドアをノックする。
「って、ここ雲碌の部屋じゃん」
 僕はますます拍子抜けして翡翠を見た。
 翡翠は答えない。相変わらず無表情のままだ。
「誰?」
 ドアの向こうから声が聞こえた。雲碌の声じゃないな…。
「姉さん、私です。キユ様をお連れしました」
 翡翠の声に答えてドアが開く。
「あらあら、ご苦労様」
 ドアを開けて現れたのは、翡翠とそっくりの顔をした女官だった。
 …なるほど、双子の姉妹か。
128馬キユ:02/11/24 20:13
「キユ様ですね。お嬢様ならそちらの机で政務を執っておられます」
 翡翠の姉は平手で指し示しながら、くすくすと笑った。
「愛しいお兄様につれなくされて、随分と拗ねておいでですよ」
「琥珀」
 雲碌が押し殺したような声で女官を威嚇する。琥珀と呼ばれた女官は「いっけない」
とばかりに、肩を竦めて苦笑してみせた。
 双子の姉妹なのに随分と性格が違うんだな。
 …ま、それはともかく。
「ただいま、雲碌」
「今月購入した軍馬の購入先と支出はこちらです。新兵の訓練の進捗状況はそちら
に報告がまとめてあります」
 …すごく素っ気無い。「おかえりなさい」の一言もない。
「もしかして拗ねてる?」
「拗ねてません!」
 雲碌がキッと振り向く。
「今月は忙しいんです。遊んでる暇があったら仕事をして下さい」
「何だよ。こないだは自分もついて行くとか言ってたのに」
「何か言いましたか」
 雲碌が鬼のような形相で睨んでくる。
 正直、怖い。
「いや、何も」
 僕は首を竦めた。
 こりゃ心配してくれてたわけじゃなさそうだ。琥珀さんも冗談がキツイ。
 雲碌に嫌われる前にさっさと退散しよう。
129馬キユ:02/11/24 20:15
 キユが退室して気が落ち着くと、雲碌は急激に忸怩たる思いに囚われた。
 何を意地を張ってるんだろう、私は。
 お兄様に連れていってもらえなくて寂しかった筈なのに。
 お兄様が来てくれてすごく嬉しかった筈なのに。
 琥珀の一言に恥ずかしさのあまり赫となって、心にもない台詞ばかり吐いて
しまった。
 寂しさを紛らわせるために仕事に打ち込んでいたのに、今度は仕事を理由に
お兄様を追い返してしまった。
 嫌われたよね、私。
 元々好かれてはいないと思うけど。好かれるような事は何一つしてこなかった
し。
 私を連れていってくれないのも当然だ。
 白馬寺だって、お父様の命令じゃなきゃ、きっと誘ってはもらえなかった。
「……馬鹿だな、私……」
 雲碌は呟きながら、そっと机に伏した。

 漢中の馬騰軍が上庸を占拠しました。魏延、王伉が馬騰に降りました。
 天水の馬遵が劉璋に引き抜かれました。
130馬キユ@プレイヤー:02/11/24 20:33
>>123
もう結論が出ておられるようなので、その是非について私から言う事は
ありませんが、一つだけご注意を喚起しておきたいと思います。

私のリプレイはネタがネタなので、事によるとウェブコンテンツの削除を
求めてくる団体があるかもしれません。(例:J○SR○Cなど)
もしそのような事態になりました場合は、速やかに該当コンテンツを削除
されるよう宜しくお願い申し上げます。
これは万一に備えて私の意思の所在を事前に明確にしておくものです。
宜しくご内諾下さい。m(_ _)m
131馬キユ:02/11/24 23:28
建安二十一(216)年6月
【博望坡・その弌】
―宛―
 暑い日が続く。幸い台風は襲ってこず、代わりに旱天が大地を灼く。
 宛城を埋め尽くす旌幟が、陽炎の中に揺蕩(たゆた)っている。
「これから出陣の予定でもあるのか?」
 正門の上で、曹操が冷酒を口に運びながら訊ねてきた。人の心を射抜くような
鋭い眼光とともに。
「はい。新野を目指そうと思います」
 僕は答えた。
 やっと程普の仇を取るチャンスに恵まれた。
 恨みつらみで軍を動かしたり、ましてや他人を使って殺し合いをさせる事の愚か
しさは解ってるつもりだ。
 かといって何の理非もなく曹操領の許昌に攻め込む事もできないし、ましてや
目の前に曹操がいるのに、「今からあなたの領地に攻め込みます」とも言えない。
(大義名分の欠片もない戦だな)
 僕は自嘲した。戦争が嫌いで人が死ぬ事が嫌いな筈なのに、なぜ僕は今、率先
して戦争を起こそうとしているんだろう。早く戦争をなくすために戦争を起こさなけれ
ばならないとすれば、これほど矛盾した話はなかった。
「どうした。何か悩み事か?」
 曹操が訊ねてくる。僕は曖昧に笑った。
「ふむ。騎兵を揃えたとはいえ、敵はこれに倍する兵力で迎え撃ってくるだろうな。
気になるのは仕方があるまい」
 どうやら曹操は勘違いしたらしい。ついでに新野の現状にも詳しいらしい。僕は
今回の戦に6万5千の兵力を動員したけど、劉璋軍は約13万で迎撃してくる、と
いう事になるか。
「野戦になれば騎兵の威力がものを言います。惰弱な荊州兵など物の数ではあり
ません」
 甲冑に身を固めた雲碌が言い放つ。曹操は苦笑した。
132馬キユ:02/11/24 23:29
「雲碌。体調の方はいいのか?」
 僕は傍らにいる雲碌に訊ねた。この場合の体調とは勿論、月経の事だ。
「はい。問題ありません」
 訊ねる方も気恥ずかしいけど、答える方も気恥ずかしい。雲碌は微かに頬を
赤らめて答えた。
「…どうしても従軍するのか?」
「はい。…お兄様を傍で見張る事が私の役目ですから」
 雲碌は伏し目がちに答えた。
「やれやれ」
 僕は鼻頭を掻いた。どういう顔をすればいいか解らなかったからだ。
 雲碌を危ない目には遭わせたくない。この間の曹丕の時みたく。でも、傍には
いてほしい。
 傍にいてくれるのは嬉しい。でもそんな「お役目」でいられると悲しい。
(やれやれ、不器用な奴等だな)
 曹操は傍で見ていて、口の端を曲げて盃を呷った。
 多才多感な曹操であればこそ、僅かな男女の機微を垣間見ただけでも、その
心根を推し量る事ができた。
(過日の対面の時には気がつかなかったが…或いはあの後何か進展があったの
かもしれん。兎も角、この二人の間にはどうやら余の入り込む余地はなさそうだ)
 曹操は残念さを酒と共に、腹の底に流し込んだ。
 …しかしまあ、実の兄妹ともなれば世間の風当たりも強かろう。馬騰や馬超では
受け入れられまいな。できれば余の下で使ってみたいものだ――。
「では、大将軍。僕たちはこれから出立しますので」
「そうか。ならその前にこれを渡しておこう」
 曹操は僕に、一巻の巻き物を差し出した。
「楽浪郡の情報だ。何かあれば役立てるがいい」
133馬キユ:02/11/24 23:31
「ありがとうございます」
 僕は頭を下げて巻き物を受け取った。
「それと、これは余からの餞だ」
 曹操は眼下を見下ろすと、深く息を吸い込んだ。

神亀雖壽 猶有竟時 
騰蛇乗霧 終爲土灰 
老驥伏櫪 志在千里 
烈士暮年 壮心不已 
盈縮之期 不但在天 
養怡之a@可得永年 
幸甚至哉 歌以詠志 (註1)
         
 曹操の朗々とした詠声が宛城に響き渡る。
 僕も、雲碌も、自然と耳を傾けていた。
 いつしか誰もがその詠声に聞き入っていた。
 曹操が最後の一声を紡ぎ終わる。静寂が訪れた。
 けど、辺りの静かさとは反対に、僕は肌がひとりでに粟立ってくるのを感じた。
 寒気?いや違う。これは武者震いだ。
「おおおおおおおおおおっ!!」
 どこからともなく、鬨の声が上がった。一人、また一人とそれに倣う。いつしか
それは大きなうねりとなって、全軍を包み込んだ。
 これが歌の力なのか。曹操の詩の力なのか。
 僕ははじめて、曹操の偉大さを知った。
「では、出陣!」


 註1:曹操『歩出夏門行』
134馬キユ:02/11/24 23:33
―南陽郡博望県―
「敵は迎撃に出ているようですが、その陣容ははっきりしません」
 参軍の関平が斥候の報告を元に説明する。
「敵の兵力は現在7万余。戦力的には我が軍有利です。敵の援軍が到着する前に
正面突破でケリを着けられてはいかがでしょうか」
「いいんじゃないかな。各自作戦に従って軍を動かすように」
 僕がそう言って軍議を締めくくると、鉄たちはそれぞれの持ち場へ戻って行った。
 この場に残っているのは僕、雲碌、閻行、関平の四人だ。
「ところでお兄様。あれは何ですか」
 雲碌は僕の部隊の一隅を占める集団に目をやった。
「あれかい?見てのとおり軍楽隊だよ」
「それは見れば解ります。一体何人いるんですか」
「三〇〇人」
 僕の返事に、雲碌は呆れたような顔をした。
「昔斉の宣王が[竹于](註2)を好み、三〇〇人の合奏団を形成したといいますが、
流石に軍楽隊ではありませんでした。遊びにも程がありませんか」
「遊びじゃないさ。僕は至って大真面目だ」
 雲碌が長い溜息を吐く。
 そんなに心配するなよ。これにはちゃんと意味があるんだから。
「じゃあ関平、あれを頼む」
「御意」
 関平は「なんで私がこんな事をしなきゃならないんだ」と心中で愚痴りつつも、指揮
棒を振りかぶった。

 パーッパパパーッパパパー(パパパパー)
 パパパパー(パパパパー)
 パパパパー(パパパパー)
 パッパパッパッパッパッパッパー
 パッパッパッパッパッパー…………パパパパー
135馬キユ:02/11/24 23:36
 的廬が高く嘶く。続いて全軍の軍馬が激しく入れ込みだした。
「な…何ですかこれは?」
 雲碌は手綱を絞って馬を宥めながら、驚いた様子で訊ねてきた。
「うん?東京競馬場のG1ファンファーレだよ。やっぱ時代は違っても馬は馬
だね。気合いが乗るらしい」
「ふぁんふぁあれ?時代が違っても?」
「ああいや、何でもない。人は曹操のお陰で戦意十分だから、あとは馬だと
思ってね」
 僕は慌てて誤魔化した。雲碌は不審そうな表情を見せたけど、それ以上は
追求してこなかった。
 何か最近、ちょっとした事でボロが出てるな、僕。気を付けないと。
 そして僕たちは進軍を開始した。


註2:たけかんむりに于と書いて「う」と読む。竹製の管楽器。笙の大形のもの
   で笙より一オクターブ低い。古くは三六管、のち一九管、または一七管。
   日本では上代に中国から伝わり平安中期にすたれた。
136馬キユ:02/11/24 23:40
 日が改まって、僕は急に忸怩とした思いに囚われた。曹操に士心を鼓舞して
もらった。馬の戦意も掻き立てた。戦争に臨むのであれば必要な事だろう。け
ど、それは所詮殺人行為を煽る為のものでしかない。僕が志しているものとは
正反対の方向性にあるものだ。どうして煽ってしまったんだろう。
 …多分曹操の詩のせいだ。あれのお陰でここ数日、僕自身も気分が昂揚して
いた。すごく戦闘的な気分になってたと思う。これはよくない傾向だ。
 熱気バサラが戦ってた相手はえーっと…ゼントラーディは違うな。あれはリン・
ミンメイの時だ。まあいいや。とにかく、歌で戦争を止めさせようという熱意があっ
て、その熱意が遂に通じたんだ(註3)。僕もリン・ミンメイやバサラみたいに歌で
戦争を止めさせる事ができないかな。
 …って、今回の戦争は僕が仕掛けたんだっけ。止めたければこのまま撤収すれ
ばいいんだよな。
 でも、今回はそれはできない。殺された程普のためにも。
(だーもう、どーすりゃいーんだよ)
 僕は兜を脱いで頭を掻き毟った。
「何か悩み事ですか?」
 傍らで駒を進める雲碌が訊ねてきた。僕は「まあね」と曖昧に答えた。
「わ、私でよろしければ相談に乗りますが」
 雲碌が声を僅かに吃らせながら言う。
137馬キユ:02/11/24 23:42
「んー?でもお前に訊いても答えは解りきってるしなー」
 僕がそう答えると、雲碌はむっとした顔つきになった。
「そうですか。では聞かせてもらいましょうか、その悩み事とやらを」
「じゃあ言うよ。僕は戦争が嫌いだ。人を殺す事が嫌いだ。早く戦争がなくなって
くれればいいと思ってる。僕はどうすればいい?」
「中華が再統一されれば戦争はなくなります。お兄様はその日が一刻も早く来る
よう、鋭意邁進するべきです」
「けど僕は戦いたくない」
「無理です。話し合いだけで万事解決できるなら誰も苦労はしません。かつて隆盛
を誇った墨家がこれほど廃れている昨今を見れば明らかです」
「やっぱり予想通りだ」
 僕がそう言うと、雲碌は赤くなって俯いた。
 はは、こういうところはやっぱりまだまだ十代の女の子だ。
 可愛い。そして……好きだ。
(――まあでも、結局雲碌の言うとおりなんだろうな)
 兎も角も反論できない。けど、このままあきらめるわけにもいかない。
 ただとりあえず、軍を動かした以上は責任を取らなきゃなんない。そしてこの戦い
が終わったら、あの軍楽隊をリン・ミンメイやファイヤーボンバーのように使えるよう、
訓練する必要がありそうだ。


註3:アニメと現実を混同してはいけません。…といっても、熱気バサラのメンタリティ
   は平安貴族のそれと同じものなんですが。
138馬キユ:02/11/24 23:43
 翌朝、陣営に伝令が駆け込んできた。
「どうしたの?」
 僕は眠い目を擦りながら訊ねた。
「凶報です。弟君が刺客に襲われました」
「鉄が?!また?!」
 僕と雲碌は顔を見合わせた。すっかり目が覚めちゃったよ。
「で、命は?」
「辛うじて取りとめましたが、重体です。部隊の指揮を執り続けるのは無理かと」
 僕は思わず舌打ちをした。それにしてもよく狙われる奴だ。
「お兄様。鉄兄様の部隊の指揮は私が引き継ぎます」
「いや、待って」
 馬に鞭を入れようとする雲碌を、僕は咄嗟に引き留めた。
「ここは閻行に行ってもらおう。閻行、頼んだよ」
 閻行は黙って頷いたけど、すぐに動こうとはせず、雲碌に視線を投じた。
 雲碌は憤慨しているみたいだった。…それに、ちょっと悲しそうにも見えた。
「なぜですか、お兄様。私の能力がそんなに信用できませんか?…それは、過日
は不覚を取りましたけど…」
「いや、そうじゃない」
 僕は否定したけど、後に続ける言葉が思い浮かばなかった。
 咄嗟に引き留めたのは、雲碌を傍から離したくないからだ。それは解ってる。けど
それは言えない。
「…そうじゃない。雲碌に人殺しをさせたくないんだ」
「覚悟はできていると言った筈です」
「それに、宛を攻めた時に」
「結局それですか」
 雲碌がきゅっと唇を噛み締める。
139馬キユ:02/11/24 23:45
「ああいや、そうじゃない。…あの時も鉄が刺客に襲われて、閻行に鉄の部隊を
引き継いでもらった。鉄の部隊にとっては慣れた指揮官になる。その方がいい」
 僕がそう言うと、雲碌は暫く押し黙ってたけど、やがて俯いて「わかりました」と
答えた。
 閻行はその返事を聞くと、馬に飛び乗って駆け去った。

 「わかりました」と答えた時、雲碌は確かに落胆していた。だが、その理由はキユ
の想像とは違っていた。
 キユは雲碌が純粋に部隊を指揮できないのが残念なんだと思っていた。だが
そうではなかった。
(そんなわけないか…)
 雲碌は人知れず吐息を漏らした。
「傍にいてほしいから」と言ってほしかった。或いは「いざという時に守ってやりたい
から」でもよかった。
 お兄様の役に立てないのは無論残念だ。けど、引き留められた事で「もしかして」
などと期待してしまった。戦場で不謹慎だと解っていても。
 期待しているのが顔に出そうで、思わず唇を噛んだ。
 でも、望んだ答えは得られなかった。
 お兄様は優しい。けどそれは誰に対してもで、どちらかと言えば人畜無害という
べきものだ。
 妹としては大事に扱ってくれる。けれどそれ以上の存在として見てはくれない。
 それがどうしようもなく寂しかった。
(――ダメよ。集中しないと)
 雲碌は頭(かぶり)を振った。今は戦場にいる。戦場で浮ついた事を考えていては
いけない。今はその事は忘れよう。戦に勝ってからまた考えよう。
 雲碌は両頬を一つ叩いて気を引き締めると、騎上の人となった。
140馬キユ@プレイヤー:02/11/24 23:52
なぁー、まさか今月がこんな文量になるとは(´д`;)
そういうわけで216年6月は前後編に分かれます。

ここで次回予告! 雲碌の剣が血風を巻き起こす!!
迎え撃つ敵は!? ヒストリックに突き抜けろ!!

って嘘歴史じゃん…(´д`;)
モエタ―――――――!!!!
程普の怨念が憑いた雲碌の大暴れに期待
>>130馬キユ殿
了解しました。
事前のご指摘ありがとうございます。
まあ、集○社は、個人サイトで商用やアダルトでない場合は非常に寛容らしいですし、
J○S○ACも、小規模サイトの一部に少々歌詞が引用されているくらいで警告しないと思います、たぶん。(^^;

閑話休題(それはさておき)、
前スレがdat落ちしちゃっておりますな・・・
だいぶ前に落ちた韓玄その6もまだhtml化されてないみたいですし、html化されるのはいつになるんでしょうか(^^;

では、馬キユの益々の活躍とお約束ボケを期待しつつ。


[追伸]
韓玄その6、三日前くらいに見たときはhtml化されてたんですよね・・・
今見たら、なってない・・・
謎だ・・・・・・・・・・
144馬キユ:02/11/28 00:22
【博望坡・その弐】
―南陽郡新野県―
「そうか。よくやった」
 蒋エンは間者から馬鉄重体の報告を聞いて頷いた。
 今回迎撃の作戦案を練っているのは彼である。軍務にとりたてて自信があるわけ
ではないが、参軍に指名された以上はやらなければならない。
(とにかく、敵は指揮官の数が圧倒的に足りていない。頭数を削る事こそ肝要だ)
 三日もあれば襄陽から援軍が到着する筈だ。総攻撃に転じるのはそれからでも
遅くないだろう。
 蒋エンは目の前の間者を下がらせると、二度指を鳴らした。
 別の間者がすっと姿を現す。
「韓玄を虚報で惑わせる策はどうなっている」
「今のところ、韓玄が宛に引き返したという連絡はありません」
「他に連絡はないのか」
「いえ。むしろ昨日から連絡が途絶えております」
 蒋エンは鋭く舌打ちの音を立てた。その舌打ちは自分と、韓玄と、目の前にいる間者
の三者に対して向けられたものだった。間者は慌てて付け加えた。
「昨夜、別の者が夜陰に乗じて韓玄の部隊に紛れこんだ筈です」
 だが間者の努力は報われなかった。蒋エンは間者の引き上げを命じたのだ。
 一旦連絡が途絶えた以上、この策は失敗だ。これ以上拘っても詮無き事。連絡が
途絶えた理由さえ判れば十分だった。
 蒋エンは間者を下がらせると、太守執務室に向かった。
 南陽郡の太守はキユである。しかしそれは馬騰にとっての太守であり、劉璋にとって
の南陽郡太守は楊儀だった。そして楊儀はこの新野県を治所として、南陽郡南半の
政治を閲していた。
145馬キユ:02/11/28 00:24
「おお、公エン殿。いかがなさいましたか」
 楊儀は笑顔で出迎えた。
 蒋エンはつい最近まで上庸太守の任にあった。ともに若くして高位を得た者同士、
相通じるものがあると、楊儀は思っている。
「馬鉄の暗殺は成功しかけましたが、一命は取りとめたようです。また韓玄を退却
させる事に失敗しました。申し訳ありません」
「貴殿が謝る事はありません。敵の指揮官はたったの四人。一人削れただけでも
よいではありませんか」
「しかしまさか韓玄如きに策を見破られるとは」
「あのご老体も無為に歳を重ねたわけではなかったのでしょう。気になさらぬ事
です」
 楊儀は蒋エンの肩をぽんぽんと叩いた。
「で、それだけですか?用事は」
 勿論それだけではない筈ですよね?という思いが言外に込められている。
 確かにそのとおりなのだが、楊儀のこの先回りして「解っていますよ」といわんば
かりの態度が、蒋エンには少々鼻につくように思われた。
「馬玩、梁興両将軍の部隊を囮にして、敵を博望坡に誘い込みたいと思います。
いかがでしょうか」
「馬玩、梁興の二人ですか?その両名はかつて韓遂の麾下にいた者たちでしょう。
果たして信用するに足りますかな」
「信用できませんか」
「私なら呉蘭将軍を囮にします。呉蘭将軍ほどの者であれば囮とは気付かれない
でしょうし、敵の攻勢が予想以上に苛烈でも十分凌ぎ切れると考えます」
146馬キユ:02/11/28 00:26
「呉蘭将軍には主力として敵を叩いて頂きたいのですが」
「それには襄陽からの援軍を割り当てればよいでしょう」
「では馬玩、梁興の両将軍は?」
「彼らには敵の退路を絶ってもらえばよいでしょう。もし寝返られても敵が退路を
確保するだけ。大した問題にはなりません」
「…解りました。早速襄陽に早馬を立てましょう」
 蒋エンは深々と頭を下げた。
 太守執務室から退出すると、蒋エンはそっと溜息を吐いた。
 呉蘭を囮にするべきだという楊儀の意見には一理ある。彼も当初、呉蘭を囮と
する計画を立てた。断念したのは馬玩、梁興の両者に指揮官としての器量が足り
ないと判断したからである。そのうえ呉蘭の部隊までもが壊滅させられたら堪った
ものではない。
 関羽の息子の関平は侮れないし、何より馬休には閻行、馬雲碌という二人の
豪勇がついている。襄陽からは傅[丹彡]、楊懐、高沛、蔡和の四人が進発したと
聞いたが、この四人が彼らに敵し得るとは、到底思えなかった。
 そもそも博望坡に間に合うのかすら疑問だ。そんな状況でわざわざ遊軍を作ろう
という考えにも納得し難かった。
(――まあいい、給料分の仕事はした。あとは敵味方のお手並み拝見といくか)
 蒋エンは属僚に早馬の手配を命じつつ、そんな事を考えていた。
147馬キユ:02/11/28 00:28
―博望県―
「すみません兄さん。足を引っ張ってばかりで」
 鉄がベッドの上から謝る。
「あー、いいっていいって。気にするな」
 僕はひらひらと手を振った。
 鉄は今、本陣に誂えた即席ベッドの上に横たわっている。
「それより傷の方は大丈夫なの?」
「はい、これしきの傷…」
 鉄は起き上がろうとして、苦痛に顔を歪めた。
「いけません、鉄兄様。無理をすると身体に障りますよ」
 雲碌が鉄を無理矢理寝かしつける。鉄はすまないと言って再び身体を横たえた。
「まあ、今日くらいは雲碌に甘えるといいよ。いつもは僕が独占してるからね」
「いい歳をして、娘のような年齢の妹に甘えるのもどうかと思いますが」
 鉄が苦笑する。
「じゃあ娘に甘えると思えばいいさ」
「…なるほど、それは名案ですね。ではお言葉に甘えて」
 馬鉄はそう答えながらふと、雲碌の顔が赤くなっているのに気付いた。
 何だろう。馬鉄は一瞬胸の動悸を覚えたが、すぐに何か違う事に気付いた。
 雲碌はこっちを向いている。兄さんからは雲碌の顔が見えない。
 雲碌は私の顔を見てはいない。だが故意に視線を逸らしている様子もない。
 振り返りもしなければ反論もしない。
 それらの事に何か意味があるのか。
 と、傷口が疼いた。思考が乱れる。
(――まあ、甘えるという言葉に照れたんだろう)
 私も照れくさいしな。
 馬鉄は考えるのが面倒臭くなって、勝手にそう結論づけた。
148馬キユ:02/11/28 00:29
「閻行将軍より報告!敵将の馬玩を捕えた由」
「関平将軍より報告!敵将の梁興を捕えた由」
 立て続けに伝令が駆けつけた。
 どうやらもう敵との戦端は開かれているらしい。
「生きていたんですか、あの二人?」
 手拭いを絞りながら、雲碌が驚いたような顔をした。
「そうみたいだねえ」
 僕はぼんやりと答えた。
 この世の有為転変はほんとに定まりないなあ。昔味方だった人が、今敵として
捕虜になるだなんて。
 何となく、そんな事を考えた。
 更に、僕の前を進む韓玄も伝令を寄越してきた。
「博望坡の手前に敵が陣を敷いているようです。旗幟に『呉』の文字が見えると
の事」
「…『呉』だけじゃ誰かわかんないよ」
「呉懿でしょうか、呉班でしょうか」
 雲碌も首を捻る。
「韓玄殿は攻撃のご裁可を請うておられます」
「いいけど、なるべく死人が出ないようにね」
 伝令は戸惑ったような表情をした。
「無理な攻撃はせず、損害をできるだけ抑えるようにという意味です」
 雲碌が傍らから口を挟んだ。それで伝令は漸く納得したのか、「ははっ」と答え
て駆け去った。
 …ちょっと意味が違うけど、まあそう解釈してもいいか。
149馬キユ:02/11/28 00:30
「ところでお兄様。地図によればこの先の博望坡は山林が迫った道のようです。
伏兵があるかもしれません。私たち中軍も韓玄様に呼応する一方、彦明様と関平
様にも急いで援護に回って頂くべきかと思います」
「それはいいけど、僕は戦いたくないなあ」
「何を今更……」
 雲碌が呆れ顔になる。
「今更なのは解ってるんだけどさ」
「では、今度こそ私が指揮を執ります。お兄様はここで鉄兄様の看病でもなさって
いて下さい」
 言いつつ雲碌がぽん、と僕に何かを手渡す。
 僕は何だかよく解らないまま受け取って、その何かに視線を落とした。
 乾いた手拭い…に、何か異様な物が塗りたくられていた。
「ち…ちょっと待って雲碌!これ何?!(;´Д`) 」
「何って、薬です」
「いや、それ絶対違う!これ薬に見えない!何か磨り潰したんだろーけど、めっちゃ
グロい!」
「蟷螂を磨り潰しました。あと本草生薬が数種類」
「カマキリ?!」
 思わず声が裏返る。
「温湿布の代わりになります」
「冗談でしょ?(;´Д`) 」
「何を今更。この薬で何度お兄様の傷を治したと思ってるんですか」
「うそ?!」
「こんな事で嘘をついてもしょうがないでしょう。あとそっちに当帰の粉末があります
から、食事に混ぜてあげて下さい。増血作用がありますから」
 雲碌はそう言い残すと、すたすたと陣屋から出て行った。
 僕はへなへなとその場に座り込んだ。
(こ、こんなグロいもんを僕は知らないうちに…よく治ったな、僕……)
 いや、知らなかったから治ったのかもしれない。
 けど今後は治りそうな気がしない。
 怪我にだけは気を付けよう。僕は固く心に誓った。
150馬キユ:02/11/28 00:32
 前線に立ち上る土煙を眺めながら、呉蘭は気難しげに腕を組んだ。
 襄陽からの援軍が来る前に戦端が開かれたのは計算外だった。しかし敵将が
韓玄だと知ると、「ならば一揉みに揉み潰さん」と意気込んでぶつかった。
 ところが。たかが韓玄、されど騎兵。しかも韓玄の部隊は思ったより統制が利いて
いて、呉蘭の部隊は意外な出血を強いられた。
 やむなく今は守備を固めて援軍の到着を待ち、誘引の機会を窺っているが、今度
はつかず離れずの戦闘を続ける事の苦労を身に染みて感じていた。
 馬玩、梁興の両部隊はともに敵の「本隊」と遭遇戦を始めて、進む事も退く事も
ままならない状況だと、斥候からの報告があった。退路を脅かして意気阻喪させる
作戦も失敗に終わっている。
 無論、偽情報である。馬玩、梁興の部隊は既に敗退している。呉蘭が放った斥候
は閻行の部隊の哨戒隊に捕まり、偽情報を流す事を条件に助命されていた。斥候は
呉蘭に復命すると、再び任務の為に出て行った。ただし、この斥候は二度と呉蘭の
許へ帰ってくるつもりはない。
 だが呉蘭はいずれも気付かなかった。作戦が失敗しただけで戦況は五分と五分。
援軍が到着すれば一気に形勢は傾く。そう信じていた。
 どう、と地響きが鳴った。左側面からだった。
 振り返って何事かと目を凝らす呉蘭の許へ、伝令が駆けつけた。
「将軍!左翼より敵襲です!」
「馬鹿な?!」
 呉蘭は思わず叫んでいた。敵は馬玩たちが戦っている本隊と、今目の前にいる
韓玄の部隊とで全ての筈だ。どこにそんな戦力が残っていたというのだ?
「何かの見間違いではないのか?その『敵』の旗印は何だ?」
「『馬』です」
「なに、馬鉄だと?馬鹿な、奴は刺客に襲われて重体の筈」
「違います、敵将は葦毛の馬に乗った女です!」
「まさか……!」
 呉蘭の背中を戦慄が走った。
151馬キユ:02/11/28 00:34
 慌てて物見台に駆け上がる。
 馬騰軍は錐行の陣を敷いて、呉蘭の部隊を後方から一直線に切り裂こうとして
いた。
 騎兵の機動力を最大限に活かした、猛々しいまでの突撃。そしてその先頭で
血刃を振るう、雉尾の羽飾りのついた額冠を被った、一人の女将。
 4年前、長安で見た。ぶかぶかの甲冑を身に纏った、年端も行かない少女。
そんな少女が張任殿の従弟を一刀の下に斬り捨てた。あの少女のせいで我が軍
は意気阻喪し、戦うどころではなくなってしまった。
 馬騰の娘で、確か名は――。
「敵将呉蘭はどこですか?この馬雲碌が相手になります!」
 雲碌の名乗りが遠雷の如く戦場に轟いた。
 一閃、また一閃。雲碌の剣が閃く度に血霧が舞い上がる。呉蘭は思わず震え
上がった。
 あれから4年。更に成長して、今度は俺の前に立ちはだかるのか…!
「どうしますか、将軍」
 副将が訊いてくる。彼もやはり顔が蒼かった。
 逃げろと言いたかったが、腹背に敵を抱えている以上、事はそう容易ではない。
それに味方は左右に分断されようとしているが、馬雲碌の豪勇に味方が懼れを
なして道を開けているだけだ。損害自体は大きくない。徒に混乱を煽るような命令
を下す事は将としての誇りが許さなかった。
「前後に分断されるならそれでいい。俺は前の軍を指揮する。お前は後ろの軍を
指揮して新野まで撤退しろ。その場で無理に軍を纏めようとするな。水の高きが
低きに流れるように、敵の鋭鋒を躱しながら退け」
「ですがそれでは作戦が遂行できません」
「作戦などとうの昔に失敗している!…今は時間がない。急げ」
「…御意!」
152馬キユ:02/11/28 00:35
 ――だが結局、呉蘭の決断は報われなかった。彼は騎兵と弩兵の機動力の差を
失念していたのだ。二手に分かれた呉蘭軍は雲碌、韓玄の両部隊に後背から叩か
れ削られ、更に追いついてきた閻行、関平の横撃を受けて散々に打ち減らされた。
「関平将軍より早馬です。敵将の呉蘭を捕えた由」
 伝令がそう伝えてきた。
 雲碌は黙って頷いた。もしどこかの山に逃げ込まれて固守されたら、少々厄介な
事になるところだった。そのあたり敵は判断を誤ったと言える。
「うひょ。敵の援軍が到着したようですぞ」
 隣で韓玄が小手をかざしながら言った。
「迅速な到着ね」
 雲碌はせせら笑った。こうもいいタイミングで現れられると、皮肉の一つでも言い
たい気分になるのだった。
 だが今はまだその時ではない。この戦いの勝利をお兄様に捧げる為にも、油断は
禁物だ。
 雲碌はきっと表情を引き締めると、人血に塗れた剣を高らかにかざし、そして振り
下ろした。
「全軍、突撃!」
 勢いからして既に違っていた。馬騰軍は行軍に疲れた敵の援軍に、騎虎の勢その
ままに襲い掛かった。劉璋軍の援軍は瞬く間に壊滅し、4人の将も遂に捕虜となった。
153馬キユ:02/11/28 00:36
―新野―
「なに、全滅ですと……」
 蒋エンから敗戦の報告を受けて、楊儀は思わず筆を取り落とした。
「作戦はどうなったのですか?」
「破れました。敵の進軍速度が思いの他速く、みすみす各個撃破の対象になって
しまいました」
「予測し切れなかったですと?それでも参軍ですか」
「申し訳ありません」
 深く頭を垂れながら、蒋エンは心中で毒づいた。お前が援軍に頼り過ぎるからこう
なったのではないか。
「…で、私たちはこれからどうすればよいのでしょうか」
 楊儀は明らかにうろたえていた。
「降伏するしかないでしょう」
 蒋エンが沈痛な面持ちで言う。楊儀は赫怒した。
「公エン殿、貴殿は私に生き恥を晒せとおっしゃるのか!」
「では府君はこの城を守り抜けるとおっしゃるのですか?」
「それは……」
 楊儀は途端に口篭もった。新野の城壁が脆いとは思わない。だが指揮官としての
自分には自信がない。何より命が惜しかった。
「守り切れないまでも無事に逃げ切る事さえできれば……」
「無用無用。敵は騎兵で統一されております。彼らの快足を振り切れる自信があり
ますか?」
「……」
「こういう時は決断が早いほど吉です。それに府君は馬休とは書簡を取り交わす仲
だと聞き及んでいます。馬休も無下には扱わないでしょう」
154馬キユ:02/11/28 00:37
 楊儀は頭(こうべ)を垂れた。
 キユとは程公(程普)を介して知り合った。これも今は亡き程公の導きなのかも
しれない。
「……解りました。このうえは潔く降伏しましょう」
 長い間考えた末、楊儀は決断した。
「公エン殿には降伏の使者として馬騰軍に赴いて頂きたいのですが、宜しいですか」
「仰せとあれば」
 蒋エンは深々と頭を下げた。

 キユは新野に入城を果たしました。
155馬キユ@プレイヤー:02/11/28 00:44
なぁー疲れた。疲れました。なんでこんなに長くなっちゃったんだか(´д`;)

>>141
どうもありがとうございます。これからも宜しくお願いしますヽ(´ー`)ノ

>>142
程普の件を活かしきれませんでした。すみません(;´Д`)

>>143
お聞き届け頂きありがとうございます。変な注文つけてすみませんでした。
私もチョト気にしすぎかなーとは思うんですけどね。まあ予防措置という事で。
過去ログのhtml化の順序や条件は私にもわからないです。すみません。
156馬キユ@プレイヤー:02/11/28 01:43
>>151訂正
×後方から一直線に
○左から右へ一直線に

×腹背に敵を抱えている以上
○二方向に敵を抱えている以上

×左右に分断されようとしているが
○前後に分断されようとしているが

最初は背後を強襲させてたんですよ。このあたり直し忘れてました。
変更しなきゃよかった…
戦場で生贄になり続ける馬鉄に萌え〜
応援
159馬キユ@プレイヤー:02/11/30 23:17
建安二十一(216)年7月
【若いってほんとにいいですね、島袋先生(;´Д`) ハァハァ】
「何ですかお兄様、今の手抜きぶりは」
 雲碌が手拭いを差し出しながら、憤慨して言った。
 今日は二年に一度の恒例行事、武術大会。結局今回も断り切れずに、僕は
出場した。
 一回戦の相手は前回と同じく厳顔。厳顔は前回の雪辱を果たそうと意気込ん
できたけど、さすがにそろそろ歳の方が回り出したらしい。意気込みだけだった。
 二回戦の相手は猛将、魏延。呵呵大笑しながら「それがしを殺せる者があるか」
と叫んで突っ込んできた。たかが武術大会でそんな事言うなんて、魏延はかなり
アブナイ人みたいだ。おまけに強い。左の上腕部を強かに打ち据えられて、棍棒
を持つ手に力が入らなくなった。あのまま続けたらどうなるかしれなかったから、
僕はとっとと降参した。
「勝ち負けなんてどっちでもいーんだけどね」
 僕は答えながら雲碌から手拭いを受け取った。そんな事より、下手に怪我して
カマキリを塗りたくられる事の方が御免だ。いくら雲碌に看病して貰えるとはいえ、
こればっかりは譲れない。それに、万一利き手をやられでもしたら漫画家生命に
関わる。
(お兄様はよくても私がよくないんです)
 雲碌はそう言いたいのを堪えた。一歩を踏み出す事が、どうしても躊躇われた。
 会場では決勝戦が始まっていた。関羽VS魏延という好カード。ただ、関羽の
方は二回戦で兄さんと戦って負傷している。
「関羽、苦戦してるな」
「ええ。やはり利き腕を怪我していたみたいですね」
 二回戦の関羽VS馬超こそが事実上の決勝戦だっただろう。美髯公VS錦馬超。
ともに岱山並みに高いプライドと実力の持ち主同士の戦いだった。
 けど、威風が違うというか、経験に差があったというか。勝負は関羽が終始優勢
に進めていた。余裕があった。
160馬キユ:02/11/30 23:19
 ただ、余裕を持ち過ぎたのかもしれない。兄さんの苦し紛れの一撃が利き腕を
強かに打ち据えたのだ。その時は何事もなかったかのようにそのまま兄さんを
打ち負かした関羽だけど、やはりダメージは大きかったらしい。
 翻って魏延は一回戦で馬岱を軽くいなし、二回戦ではキユの手抜きに恵まれ、
ほとんど疲労を溜めずに決勝まで上がってきた。更には若さがあった。
 大歓声が上がった。
 魏延が関羽の青龍刀(模擬刀)を打ち落とし、石灰の詰まった穂先を関羽の
喉元に突きつけたのだ。
「ほへ〜、魏延が優勝するかよ」
 僕は手で額を叩いた。
「お陰でお兄様の面目も立ちましたね」
 雲碌はなぜか安堵の表情を浮かべていた。まあ、本当は馬家の面目と言いたい
んだろーけどさ。
 …あれ、待てよ?よく考えたら兄さんは関羽に負けてるんだから、この結果は
「魏延>関羽>馬超」という図式になる筈だ。こっちの方が面目が立たない。って
事は純粋に僕の事でほっとしてるんだろうか。
 だとしたらちょっと嬉しいな。
 僕は雲碌の横顔をそっと盗み見た。穏やかに微笑むその横顔がすごくキレイ
だった。
 ざあっと、秋風が流れた。
 その時一瞬垣間見えた、雲碌の白く細いうなじ。
「あ――」
 思わず喘ぐ。喉がごくりと鳴った。
「どうかしましたか?」
 雲碌の声にはっと我に返る。
 やばい、変に思われてないだろうな?
「な、何でもない。喉に痰が絡んだだけだ」
 僕は慌てて誤魔化した。
 雲碌は何か気になったのか、痰を止める薬を処方しましょうかと訊いてきた。
「いや、いい。大丈夫だ。さ、新野に帰ろうか」
 僕はそう言って帰途を急かした。
161馬キユ:02/11/30 23:20
―その夜、旅の宿―
(――寝られん)
 僕はベッドの上で寝返りをうった。
 昼間見た雲碌の白いうなじが目に灼きついて離れない。
 それだけじゃない。あれを思い出すだけで股間のものが反応してしまう。
 …正直、あれが雲碌じゃなくっても、ただのキレイなお姉さんだったとしても、
ドキッとはしただろう。そりゃ僕だって男だから、勃つ事だってあるかもしれない。
 けど、相手は雲碌だ。僕の妹だ(血は繋がってないけど)。「好き」だけなら
まだしも(いやそれもどうかと思うが)、性欲まで感じるようになったら――マジで
ヤバイ。
(今日の事は一時の気の迷いです。おながいだから鎮まって下さい、僕ちん)
 僕はそう祈りながら、延々と寝返りをうち続けた。

 陳羣が宛太守に任命されました。
 永安の馬騰軍が江陵を占拠しました。
162馬キユ@プレイヤー:02/11/30 23:21
>>157-158
ご声援ありがとうございます。

馬鉄とか韓玄とか、虚報・暗殺が飛んでくるとめっちゃ怖いです(笑)
163馬キユ:02/12/01 18:30
建安二十一(216)年8月
【少女たちの想い】
―新野―
 先月以来、悶々とした想いが澱(おり)のように少しずつ心の底に溜まりつつある。
(絵でも描いてたら気が晴れるだろうか)
 僕はそう思って、人目を盗んで雲碌の絵を描き始めた。
 そんなある日。
 コンコンと、ドアをノックする音がした。僕は画材を手早く片付けて入室を許した。
 入ってきたのはアシスタントだった。
「右中郎将(馬騰)様より布告です」
「どれどれ」
 僕は書簡を受け取って中身を検めた。
 蒋エンを永安太守として転出させるように書いてあった。
「うん、わかった。すぐに蒋エンに伝えてくれ。僕からも祝辞を一筆添えて置こう」
「御意。それから、曹操がお忍びで来て府君への面会を要求していますが、どうしま
しょうか」
「わかった、庭に案内しといて。すぐ行くから」
「御意」
164馬キユ:02/12/01 18:31
「おお、キユか」
 僕が庭に姿を見せると、曹操は立ち上がって胸を広げた。
 僕は拱手して、遅くなった事を詫びた。
「気にするな。余が勝手に来たのだ。それにそんな様子ではどちらが客か分からん」
 曹操が口の端を上げて笑う。
 曹操はもう60歳くらいの筈だ。僕に言わせりゃ中学生くらいの身長しかない。けど
その威風は相変わらず周囲を圧している。このへんはもう人間としての格かもしれ
ない。
「こっちは涼しくていいな。仲秋というのに呉はいまだに蒸し暑い。なかなか厳しい
風土だな」
 曹操が觴を傾けながら愚痴をこぼす。…このあたりはさすがにもう歳なのかもしれ
ない。
 けど、何と答えたらよいものやら分からず、僕は「へー」と言いながらお酒を口に
運んだ。
 ふと、曹操が何かに気付いてきょろきょろと辺りを見回した。
「どうかしましたか」
「うん?そう言えば今日は妹がいないと思ってな。どうしたんだ?」
「よく知らないけど、お父さんに用事があるっていうから晋陽まで出掛けてます」
「そうか。華がないのは惜しいな。月を愛でながら舞楽でも楽しもうかと思ったのだが」
「風流ですね」
 僕は言いながら曹操の觴に酒を注ぎ足した。
「そなた何か楽器は使えるか」
「弟ならバンドのヴォーカルやってるんですけど」
「何だそれは」
 曹操は好奇心を刺激されたみたいだった。
「いや、何でもないっス。鉄が馬頭琴を弾けるんですが、今は怪我で療養中です」
「まったく、つまらん事ばかりだな」
「すみません」
「まあいい。今日は紅葉狩りでもして、舞楽はまたの楽しみにとっておこう」
165馬キユ:02/12/01 18:33
―晋陽―
 ここは晋陽の政庁の一室。今は馬騰の執務室として利用されている。
 その部屋の中で、雲碌は形のよい眉を顰めて父親を見つめていた。
「お父様。お兄様の将軍位を降格するとはどういうわけでしょうか」
「いや、大した理由はないが…親の贔屓目を無しにすれば、あれより優秀な武将が
まだいると思うてな。少し将軍位をいじくった」
 馬騰はいつもと違う雲碌の様子に戸惑いながらも、正直に答えた。
 雲碌の柳眉がきっと撥ね上がった。
「南陽郡を経略したのはお兄様の功績です。なぜそれを無視するかのような人事を
なさるのですか。しかも功績を上げたばかりだというのに」
「雲碌…そなた、休の擁護をするようになったの」
 馬騰の指摘に、雲碌の頬に朱が入った。
「…べ、別に擁護したくてしてるわけじゃありません。このような人事が繰り返されて
はお兄様のみならず、他の武将たちのやる気を殺いでしまいます。私はそれが心配
なだけです」
「擁護してはいかんとは言っておらん」
 馬騰がくっくっと笑う。
「そなたたちが仲良くなるのはむしろ好ましい傾向じゃ。儂としてもそなたを休の傍に
置いた甲斐があったわ。去年の漢詩大会の時はまだまだという感じじゃったが、あの
後何ぞ慶い事でもあったか?」
「お父様…!」
 雲碌は頬が火照るのを自覚して、父の言葉を遮った。
 馬騰はそれを見て更に笑った。
「まあ落ち着け、雲碌。話が逸れた。人事の件じゃが、これは変更しない。じゃが他意
あっての事ではない。休が腐らんように、そのへんをそなたからしっかり言い聞かせて
おいてくれ」
 雲碌は納得いかないといった表情を見せた。
「儂は休を信用しておる。そして自惚れでなければ、休もまた儂を信用してくれている
と思う。じゃがそれは血で繋がった親子だからこそでもある。他の何の所縁もない者
に対してはそうはいかん。彼らには欲得を食らわせ、信用し任用している事を象
(かたち)で表さねばならん。じゃが与えられる地位にも限りがある。身内に甘えるよう
で悪いと思うが、解ってくれ」
166馬キユ:02/12/01 18:35
「…………解りました」
 雲碌は不承不承頷いた。
 馬騰は安堵の溜息を漏らすと、机に頬杖をついて微笑んだ。
「それにしても綺麗になったな、雲碌。随分と女らしい格好をするようになったじゃ
ないか」
 父の指摘に雲碌は頬を赤くして俯いた。
「しかし髪の毛がそれではだらしないな。なぜ結い上げない?孟起も気にかけて
いたぞ」
「ごめんなさい、お父様。これは確たる信念に基づいてやってる事なんです。です
から例えお父様や孟起兄様がどう思われようと、こればかりは譲れません」
 雲碌が本当に申し訳なさそうな顔をしたのを見て、馬騰は軽く溜息を吐いた。
「そうか。そなたがそう言うのであれば兎や角言うわけにもいくまい。折角そなたが
女らしくなった事じゃし、縁談でも勧めようかと思ったのじゃが」
「縁談…ですか?」
 雲碌は目を見張った。馬騰が頷く。
「そなたももう妙齢じゃ。誰ぞ良い縁を捜したいとは思わんか?」
「何ですか急に」
「いやな。儂ももういい歳じゃ。いつ死ぬかわからん」
「お気の弱い事をおっしゃらないで下さい」
「はは、すまんな。…まあそうでなくとも、死ぬまでにはそなたの花嫁姿を見てみたい。
どうじゃ、誰かおらんかな」
 ちらりと、キユの顔が脳裡に浮かんだ。
「……申し訳ありません、お父様。私は当分誰とも結婚する気はありません」
「そうか…そなたがそうなら仕方ないな。無理強いはできん。じゃがまあ、頭の片隅
にくらいは留めておいてくれ」
「……はい」
 雲碌は嫌々ながら、そう答えるしかなかった。

 キユは昭文将軍に降格されました。
167馬キユ:02/12/01 18:37
―新野―
 曹操が来た翌日。僕は雲碌の部屋を訪ねた。
「ああ、翡翠。雲碌は帰ってきてるかな」
「キユ様?お嬢様ならまだ帰ってきておられませんが」
 応対に出た翡翠は無表情でそう答えたけど、ふと、僕の顔を凝視して眉を顰めた。
「キユ様、少し顔色がお悪いのではありませんか?」
「え?い、いや、そんな事はないけど」
 僕は慌てて否定した。
 翡翠の指摘は当たっている。最近、雲碌の事を考えて悶々として眠れない日が
多い。顔色も悪くなろうというものだ。
 翡翠はなおもじっと僕の顔を見ている。この気持を覚られちゃいけない。僕は空
元気を出して笑った。
「そうか…鉄を見舞に行くから漢方薬を処方してやってもらえたらと思ったんだけど」
「あら、漢方ですか?でしたら私が処方しましょうか?」
 琥珀さんが部屋の奥から出てきてそう言った。
 ナイスタイミング。しかも渡りに舟だ。僕はこの話に飛びついた。
「琥珀さん、そんな事できるの?」
 翡翠が複雑そうな顔をする。しかしキユは気付かなかった。
「ええ。お嬢様に漢方の知識をお教えしているのは私ですから」
168馬キユ:02/12/01 18:38
「えっ、そうだったの?」
 僕はますます驚いた。琥珀さんは「はい」と答えてにっこりと笑った。
「じゃあ頼むよ」
「解りました。ところでキユ様、顔色が少し優れないようですね。睡眠不足か何か
ですか?」
「…判る?」
 キユが訊き返すと、翡翠の表情が憮然としたものになった。しかしキユはやはり気が
つかない。
「実は当てずっぽうだったんですけどね」
「うっ…ひどいな、誘導尋問かよ」
 僕が困った顔をしてみせると、琥珀さんはくすくすと笑った。
「――解りました。キユ様にもお薬を差し上げますから、少し待っていて下さいね」
「悪いね」
 僕は答えて、琥珀さんが部屋の奥に引っ込むのを見送った。
169馬キユ@プレイヤー:02/12/01 18:40
ここで選択肢です。:琥珀さんがキユに処方してくれた薬の正体は?

1.睡眠薬
2.強壮剤
3.催淫剤


…なんつってみたりして。
170無名武将@お腹せっぷく:02/12/01 20:46
>>169
不惑を迎えたキユならば、2でパワーつけないと雲碌相手に暴走できないです〜。
翡翠は、キユの事が嫌いなのか否か。
無難に1を選びますが、他のも見てみたい(笑)
172馬キユ@プレイヤー:02/12/04 19:26
>>170-171
レスを下さりありがとうございます。私としては

1→トゥルーエンド(当初の予定どおり)
2→グッドエンド(当初の予定からは外れます)
3→バッドエンド(ゲームオーバー)

という感じで考えています。リプレイ書いてると手が勝手に2の文章を
タイプしちゃうんですよねー。暴走(^^;

>翡翠は、キユの事が嫌いなのか否か。

2,3だとすぐに判りますが、1の場合エピローグまで書かないんじゃない
かなあと思います。どのみち今後琥珀と翡翠の出番は増えそうですが。
まあ1か2ってところですね。両方タイプしながらもう少し考えてみます。
173馬キユ@プレイヤー:02/12/07 18:41
当初の予定を貫徹する方向で進めたいと思います。
>>170さん、すみません。ですが一緒に考えて下さって本当にありがとうございました。
174馬キユ:02/12/07 18:42
建安二十一(216)年10月
【密議】
―新野―
 月の半ば頃、韓遂と司馬懿が連れ立ってやって来た。
 僕は画材を部屋の隅に放り込んで二人を出迎えた。
「キユ、元気だったか」
「お蔭様で。それにしても先月は災難だったね」
 僕が言うと、司馬懿は大きな溜息を吐いた。
「うむ…江陵を失陥したのは申し訳ない。おかげで宛に舞い戻る事になった。
…しかし、宛は私が治めていた頃とほとんど変わってないな」
 司馬懿が宛を失陥してから丸二年が経った。宛の太守はその時から僕、
陳羣と引き継がれている。その間父さんは軍備の最優先を指示した。お陰で
宛の町並みはほとんどと言っていいほど景観を変えていない。
「前線のままだからねー、仕方ないよ。陳羣は元気してる?」
「今のところ壮健なようだ。まあまだ健康が気になるほどの歳でもあるまい」
「それもそうか」
「お取込中のところすみません」
 開いているドアをノックして雲碌が部屋に入ってくる。
「お兄様。上庸の伯岐様が襄陽に攻め込むので増援を派遣してほしいと申し
出ておられます」
 僕は雲碌から書簡を受け取って目を通した。
175馬キユ:02/12/07 18:43
「張嶷がね。ふーん」
「どうなさいますか」
「動かせるだけ動かしていいよ」
「鉄兄様はまだ傷が完治したとは言えませんが」
「閻行に補佐させるといいよ」
「わかりました」
 雲碌が一礼して踵を返す。
「ところでキユ、曹叡という者を知っているか」
 不意に韓遂がそんな事を訊ねてきた。
「曹…というからには曹操の一門なのかな?」
「うむ。曹丕の嫡男なのだが――」
「私の面前で曹丕の話をしないで頂けますか」
 ぴしゃりと、雲碌の声が飛んだ。
 流石の韓遂もその勢いに呑まれたのか、吃りながら謝った。
(何かあったのか?)
 韓遂が耳打ちをしてくる。
(うん。宛を攻めた時にちょっとね)
 僕は囁き返した。隣では司馬懿が複雑そうな顔で、部屋を出て行く雲碌の
後ろ姿を見送っていた。
176馬キユ:02/12/07 18:45
 軍靴の跫音がコツコツと廊下に鳴り響く。
「――で、文約殿。先刻曹叡の話を振ったのは故あっての事ですかな?」
 司馬懿が傍らを歩く韓遂に訊ねた。
「あると言えばある。ないと言えばない」
 韓遂の返事は曖昧だった。
「まあ我ながら迂遠すぎる話じゃった。この話は措こう。それより、近頃の首尾は
どうなっておる?」
「至って順調です。キユ殿ご自身が愛想を欠かさない人柄ゆえ、新参者ほど取り
込み易い状況ですな。…ただ、古参の者や劉備のように正統を云々する者は
些か動かしにくいようですが」
「劉備か…ちと厄介じゃな」
「いっその事粛清しますか?」
「急くな仲達よ。いくら反対しようと、キユが家督を継いでしまえば奴等もキユの
手足となるべき人間だ。軽軽に斬り捨てるべきではない。それに反動で事前に
合従されても困る」
「なるほど」
 頷いて、ふと。司馬懿は跫音の数が増えているのに気がついた。
 ぎょっとして振り返る。
 その視線の先に立っていたのは雲碌だった。
「なかなか楽しそうな相談をなさっておられますね」
 雲碌がにっこりと笑う。
「げえっ、雲碌?!」
 韓遂は飛び上がらんばかりに驚いた。咄嗟に佩剣の柄に手がかかる。
 シャッと鞘走る音が響く。
177馬キユ:02/12/07 18:47
 韓遂が剣を抜くより早く、雲碌の細身の佩剣が閃光を煌かせて韓遂の喉元に
宛てられていた。
「物騒な真似は慎んで頂けますか、叔父様」
「…あ、ああ。わかった……」
 韓遂はごくりと喉を鳴らせて、剣の柄から手を放した。
「……どこから聞いておった?」
「ほぼ最初から、と言っておきます。叔父様がまだそんな策謀を巡らせておられる
とは驚きでした」
「そうか…バレてしまっては仕方ないな」韓遂が溜息を吐く。「この場で儂を斬るか?
それとも寿成に注進するか?」
 だが意外にも、雲碌は剣を下ろして鞘に収めた。
「叔父様はお父様にとって大事な盟友です。今後身を慎んで頂けるのであれば
今日の事は水に流しましょう」
「やれやれ、有り難い話じゃな――などと殊勝な事を、この儂が言うとでも思った
か?」
 韓遂が喉を撫でながら不敵に笑う。雲碌はキッと柳眉を逆立てた。
「まあそう怒るな。折角の美人が台無しじゃ。…で、そなたは孟起が人の上に立つ
に相応しい器量の持ち主だと思えるかな?」
 雲碌は目に見えて怯んだ。それはここ最近、いつも悩みの種として心の中に蟠っ
ている事だった。
「おや。反論がないところをみると、そなたもそれは認めるのじゃな?」
 韓遂がにやりと笑う。
「……ですが、孟起兄様が他人の下風に立つ事も考えられません。まして相手が
実弟とあっては。無用の波風を立てるべきではありません」
「じゃが儂らが何もせずとも、孟起の方が既にキユを快く思っておらん。破局するのは
時間の問題じゃろう」
「私がいる限りそうはさせません」
 雲碌は昂然と言い放った。
178馬キユ:02/12/07 18:48
 雲碌は自分の部屋へ戻ると、ベッドの上にばさりと身を投げ出した。
「私がいる限り兄弟の係争なんてさせない」
 私は確かにそう言った。言い切った。
 けど、その困難さは私自身が誰よりもよく解っている。
 孟起兄様の事はまだ嫌いではない。けど、好きであるとは言えなくなった。
それに過日、私の髪に触ろうとした孟起兄様の手を弾いて謝っていない事に、
蟠りを覚えている。
 休兄様に「似合ってる」と言われた髪型を否定されてムッとなったのは確か
だ。けど手を弾いた直後は「そこまでする必要はなかった」と思う気持もあった。
でもその場で謝る事は、どうしてもできなかった。大体わざわざ手を伸ばして
きた方も悪いと思う。あんな風に居丈高に言われたら、誰だって反発したくなる。
 ――でも、そのせいで今は、孟起兄様との間に距離を感じずにはいられなく
なっている。
 私は一体どうすればいいんだろう……。

 馬騰軍が襄陽を占拠しました。蔡和が馬騰に降りました。
179馬キユ:02/12/07 18:50
建安二十一(216)年12月
【ノルマンディー、グラナダときたら次は何でしょうか、伊藤先生】
―新野―
 うう、今年の冬はやけに冷えるな。ぶるぶる。こんなに手がかじかんでちゃ筆が
進まないよ。ストーブがあれとは言わない。せめて暖炉の文化くらいないんかいな、
このへんは?
 暫く竈の火にでもあたっていよう。
 ……ああ、幸せ――。
「キユ様、どいて下さい。炊事の邪魔です」
 声がした方向を見上げると、翡翠が睨むように僕を見下ろしていた。
「いいじゃん。寒いんだから。ちょっとだけ」
「……」
 琥珀が無言で右手を構える。太い薪を持っていた。
「や、やだなあ。冗談だよ冗談。怒っちゃヤーよ」
 僕は愛想笑いを浮かべながら、慌てて竈から離れた。そんな僕を無視するかの
ように、翡翠は無言で薪を竈の中に放り込んだ。…とても虚しい。
「そう言えばさ。翡翠って雲碌の侍女だろ。何で炊事なんかやってるんだ?職務外
じゃないの?」
「……」
 翡翠は答えてくれない。何でそんなに嫌われてるんだ、僕は?
 そこへ運よく。
「翡翠ちゃん、出来た?」
 厨房の入り口から、琥珀さんがひょいと顔を覗かせてきた。
「あ、琥珀さん」
「あらキユ様」
 琥珀さんがにっこりと微笑んでくる。うーん、これも幸せ。翡翠じゃ話になんないから
琥珀さんと――。
180馬キユ:02/12/07 18:52
「火力が弱かったようなので今薪を足したところです。もう少し待って下さい」
 …翡翠に遮られた。鬱だ。
「解ったわ。お嬢様にはそう伝えときます」
 そう答えて引っ込もうとする琥珀さんを、僕は慌てて呼び止めた。
「何でしょうか」
「ねえ琥珀さん、何で翡翠が厨房に立ってるの?」
「お嬢様は月のものの日には少しお食事が変わるんですよ」
「姉さん!」
 翡翠が咎めるような視線を放った。けど琥珀さんは悪びれない。
「いいのよ翡翠ちゃん。キユ様はお嬢様の体調くらいちゃんと管理してるんだか
ら」
 琥珀さんはそう言って、くすくすと笑いながら僕の顔を見た。
 ――赤面してしまって言葉がない。
「そう言えば、キユ様はどうして厨房にいらっしゃるんですか?」
 琥珀さんに逆に訊かれた。
「寒いから」
 正直に答える。琥珀さんは「まあ」と言ってくすくすと笑った。本当に笑顔の絶え
ないコだ。
「では後で火桶をお持ちしますので、お部屋で待っていて下さいね。男子厨房に
入るべからず、ですよ」
 笑顔でそう言われてしまっては返す言葉がない。僕はやむなく承服した。
 にこにこと笑う琥珀さん。一方僕の後ろで、翡翠は黙々と鞴(ふいご)を吹いて
いる。
 何だかなあ……。
181馬キユ:02/12/07 18:54
「うぉ〜あったけぇ〜。これで多少は絵が捗るな」
 僕は背中を丸めながら、寒さでかじかんだ手を火桶の上にかざした。手がぽか
ぽかと温まる。
「これが琥珀さんの優しさかな〜。うーん温かい」
 コンコンとドアをノックする音がした。僕が入室を促すと、ドアが開いてアシスタ
ントが入ってきた。
「将軍、陳留の曹きゅ……」
「うぃーす、元気かー!」
 アシスタントの言葉も終わらないうちから曹休が入ってきた。
「…元気そうだね」
 僕は呆れ顔で迎えた。
「当然だ。…おっ、それ俺がやったヤツだろ。役に立ってるじゃないか」
 曹休は僕が身体に巻いている虎の毛皮を見て言った。曹休の指摘どおり、この
毛皮は僕が長安太守になった時に、彼が僕にくれた引き出物だ。ちなみに雲碌
が仕留めた虎の毛皮は全部雲碌の部屋に飾ってある。
「ああそうだね。役に立ってるよ。ありがとう」
 曹休は満足げに頷いた。
「なあキユ、巻き狩りに行こうぜ」
 …またそれか。
「やだ。外寒い」
「汗を掻けば暖まる」
「部屋で熱燗飲んでた方が暖まる」
 曹休は憮然とした顔になった。
「お前最近つれないぞ。ちっともこっちに遊びに来ないじゃないか」
「あー…まあそれは悪いと思ってる。ごめん。けどこれでも手一杯なんだ」
182馬キユ:02/12/07 18:55
「あーそうか。お前今太守なんだっけ。そりゃ忙しいよな…」
 曹休はそう言って頭を掻いた。――と、その視線がキャンバスで止められた。
「何だこりゃ。絵か?」
「そうだよ。まだ描きかけだけど」
 今描いているのは春に筆を執った桂林の風景画だ。僕的に桂林からはロック
な感じがしないんで、至って普通に描いている。彩色したいんだけどなかなか
いい顔料が手に入らなくて困っている。現代だったらコピックとかでささっと描い
ちゃうところなんだけど。
「はあ、まさかこれのせいで手一杯とか言うんじゃないだろうな?こんなもん描い
てる暇があったら巻き狩りだ巻き狩り。Let's go hunting!」
「この火桶を見たら解るだろ。寒いんだよ。動物だって寒がってるに決まってる。
…そうだ文烈、今からお前の肖像画を描いてやるよ」
「なに、俺の肖像画だと」
 曹休は驚いたような顔をした。
「うん。折角だからモデルになってよ」
「ふーむ…まあいいだろう。格好よく描けよ」
 曹休はちょっと考え込んでからそう言った。
「解った。ロックな感じで頑張るよ」
 僕はそう言いながら新しいキャンバスを用意した。

 数日後、孫策軍が零陵を陥したという情報が入った。
「諸葛亮と王粲が孫策に降ったようです」
 雲碌からその話を聞いて僕は小躍りした。
おっ、諸葛孔明引抜ですかな?
頑張れ応援sage
185武田騎馬軍団:02/12/11 13:10
ブラクラ注意報が出ています。諸兄、ご注意召されよ。
186馬キユ:02/12/11 23:39
建安二十二(217)年1月
【予感】
 今はいつなのか。ここはどこなのか。
 何もわからない。
 ただ、白い世界の中に、3人の男女の姿だけがあった。
 玉座から見下す兄。
 玉座に背を向ける兄。

『どうした休。俺の決定に何か不服があるか』
『……兄さん。僕はあなたを許さない』

 生まれて初めて見る、兄の険しい顔。そして薄れゆく兄の影。
 呼び止めなければならなかった。
 でも、声が出なかった。
 ――そして目が覚めた。
187馬キユ:02/12/11 23:41
―新野―
 また年が明けた。この時代に来てからもう何年経っただろうか。
「……僕、今年で四十歳になるのかよ?」
 思わずがっくりとうなだれる。漫画家を志し、晴れて漫画家になり、連載も勝ち
取った。けど、そこから前進する事なく17年が過ぎた。
 四十にして惑はず。孔子の言葉だ。けど僕は道に迷い時代を迷い、今となって
は雲碌という妹にすら迷っている。まったく、孔子も無責任な言葉を残してくれた
もんだ。
 登城してみると既に上元節(三箇日のお祭り)はとっくに始まっていた。韓玄が
フライング乾杯を始めたのがきっかけらしい。どうも韓玄という奴は横紙破りな事
が好きなようだ。
「明けましておめでとう」
 僕は雲碌に声をかけた。けど。
「…ええ、おめでとうございます」
 そう答える雲碌の声はどこか心ここにあらずといった様子だった。
 そんな表情も可愛い……というのはともかくとして。
「どうしたの雲碌。何かあったのか?」
「…何でもありません。ちょっと夢見が悪かっただけですから」
 やっぱり元気がない。ふーん、夢見がねえ?まあ初夢の縁起が悪いと不安に
なるのもしょうがないか。
「大丈夫だよ。確かにこんな時代だけど、雲碌が心配するような事はきっと起こら
ないから」
 僕はそう言いながら雲碌の頭にそっと触れた。
 たったそれだけの事で胸がどきどきした。
 昔は当たり前のように頭を撫でていた。でも今では無心になれない。僕が触れる
のを雲碌が許してくれる、それだけですごく嬉しくて…無性に抱きしめたくなる。
188馬キユ:02/12/11 23:42
「……はい」
 けど、そう答える雲碌の愁眉はちっとも晴れなかった。
 うーん、一体どんな夢を見たんだろう?僕が力になれる事があればいいんだ
けど…。
 そんなところへ琥珀さんが楚々と歩み寄ってきた。
「キユ様。先程正門の前に二人の男の人が来て、キユ様にお目通りを願い出て
おられますがどうしますか?」
「誰が来たの?」
「解りませんが、老人と青年だと門番が言っています。いずれ劣らぬ気品の持ち
主で、無下に追い返すのもどうかと思って上申してきました」
「…分かった、ここに通して」
「解りました」
189馬キユ:02/12/11 23:44
 宴席に通された二人の客人は、確かに人品賤しからぬ風貌をしていた。僕たちは
自然と居住まいを正した。
「で、何の用事?」
「まずは新年の挨拶をと思うてな、言祝ぎに参った」
 僕が訊ねると、老人の方が代表して答えた。
「ああそりゃご苦労様。酒も肴もたくさんあるから好きなだけ食べていくといいよ」
「忝けないお言葉じゃな」
 そう言って老人が顔で青年を促す。青年は頷いて僕を見た。
「府君の名声は既に天下に普く知れ渡っております。本日はその名声をお慕いして、
かくは参上致しました。外に驢馬を2匹連れてきておりますが、その背中に計三千両
の金を持って参りました。是非お納め下さい」
「三千両?また随分と大金だね。そんなに要らないよ。僕なんかにくれるより、もっと
有効な使い方があるでしょ」
 僕はむしろ呆れてそう言った。
「その私心の無さを見込んでの事です。府君なればこの金を天下の為に正しく、有効
に使ってくれるでしょう」
「褒め過ぎだって。僕にも欲くらいある」
「無論、全てを私してしまっても構わん。使いたい途もあろうしの」
 僕は老人の曰くありげな表情にぎくりとした。僕は老人の目の前まで歩み寄って
囁くように訊ねた。
「…おじいさん、もしかして何か知ってる?」
「…耳を貸されよ」
 老人はそう言った。僕は耳を老人の口許に近づけた。
「そなた、二兎を追うておるな?」
 老人の言葉に再びぎくりとする。けど老人は構わず続けた。
「心を正しく持ち続ければ、或いはいずれか一方は手に入れる事ができるかもしれん」
「『かもしれない』?」
「左様。片方は確実に手に入れられるものかどうか儂にも解らん。じゃが両(ふたつ)
ながら手に入れる事は決して叶わん。心して選ぶがよい」
190馬キユ:02/12/11 23:45
「今少し装備を強化されよ。さすればまた慶い事があるでしょう」
 最後に青年がそう言い残して、その二人は飄然と立ち去っていった。

―晋陽―
 キユが大陸屈指の名士と評されたという噂は、すぐに馬超の耳にも届いた。
「こんな馬鹿げた話があるか!」
 馬超は手にしていた玉盃を床に鋭く叩きつけた。玉盃が乾いた音を立てて
砕け散る。
 ホウ徳は平然と馬超を見守っているが、馬岱は従兄の形相に慄然とした。
「誰も彼もがキユという。何故だ!?馬家の嫡男はこの俺だ。違うか!?」
「おっしゃるとおりです、若君」
 ホウ徳が口を開く。
「父君も若君を後継ぎであると認めておられます。何も心配は要りません」
「だが文約の叔父貴が暗躍している。知らんわけではあるまい」
「文約殿が何と言おうと、我が君のご意志が揺らぐ事はありません。若君は泰然
自若としておられれば十分です」
「だがキユは諸葛孔明という男を父上に推挙した。父上も法正も此奴の事を高く
評価していて、近く正軍師に任命されるらしい。キユが俺を出し抜こうとしている
のは明白だ。こんな状況で安穏としていられるか」
 ホウ徳は心中で溜息を吐いた。キユが天下に名声を轟かせている事に驚かずに
いられないのは彼とて同じだ。しかし馬超がこのような発言を繰り返していては
鼎の軽重を問われる。
「有能な家臣、有能な親族を御するのも人の上に立つ者の器量ですぞ」
「……解っている」
 馬超は頷いたが、不安と焦燥は一向に拭えなかった。
191馬キユ@プレイヤー:02/12/11 23:47
>>183
はい、引き抜きました(笑)
ご声援ありがとうございます。これからも宜しくお願い致します。

>>185
ご警告痛み入ります。
お、お、中身がキユといえど馬休(弟)に戦慄する馬超と言うのは
新鮮だ。頑張ってください。
193馬キユ:02/12/15 22:34
建安二十二(217)年3月
【劉g懾服】
―江夏―
 劉gは朝廷に献金を重ねて司空の官位を得た。だが劉gの勢力は孫策、劉璋の
挟撃によって江夏に追いつめられており、三公とは名ばかりの存在だった。
 劉gは残り少ない家臣を集めて、この事態を打開する策を協議させた。その結果
劉gは、先月左中郎将に任命されたばかりの馬騰に、特使として弟の劉jを派遣
することにした。
 今回の外交の目的は馬騰に進物をし、以って友好を深めることである。馬騰とは
一度も先端を開いたことがなく、比較的友好な関係が続いている。かつ孫策、劉璋
という共通の敵を抱えている。いずれ同盟を結ぶことができれば、極めて強力な
盟友となる筈だった。
 やがて戻ってきた劉jは兄に対してこう復命した。
「兄上、左中郎将殿は進物を殊の他喜ばれ、答礼の使者を寄越しました」
「おおそうか。大儀であった。すぐにここへ通せ」
 劉gは喜色を顔に湛えた。
194馬キユ:02/12/15 22:34
 やがて、答礼の使者として陳羣が案内されてきた。陳羣は恭しく一礼した。
「この度は司空へのご就任、おめでとうございます。また我が君も先日の司空殿から
のご進物を大層嘉しておられます」
「それは何よりです。して貴殿の今回の用向きは何でしょうか」
「――しかしながら私の愚考するところ、三公職など貴殿には些か荷が重いように
思われますな」
「なん…ですと」
 劉gの顔に怒気が閃いた。しかし陳羣は平然と続けた。
「貴殿の意が届くのは今やこの江夏のみ。三公としての職務を果たせるとはとても
思えません。速やかに官位を朝廷にお返しし、我が君の足下に拝跪なされてはいかが
ですかな」
「ぶ、無礼者!礼には非礼を以って応じ、貢物には恐喝を以って応じるのが馬騰殿の
流儀か!」
「応じて頂けないのであればやむを得ません。襄陽、新野にいる我が軍がこの江夏を
蹂躪するまでです。今の貴殿らにこの両軍に抗するだけの力がありますかな?よくよく
お考えの上ご返答頂きたい」
 怒りと恥辱に全身を戦慄かせる劉gに対して、陳羣は冷徹に言い放った。
195馬キユ:02/12/15 22:36
―新野―
 現在新野には僕、鉄、関平、韓玄、梁興、孔明、王粲、郭淮、雷銅、赫昭の10人
がいる。
 楊儀は去年の11月、上庸太守に任命された。そこで僕は代わりに、孫策に降って
いた雷銅を推挙した。王粲と郭淮は先月、孫策から引き抜いた。
 赫昭は今月、在野にいたところを僕が推挙した。
「貴殿が馬休殿か。顔を合わせるのは初めてだな」
 法正が僕に向かって拱手した。
「ええ。はじめまして。キユと呼んで下さい」
 法正は値踏みをするようにキユを見た。体格はいい。長身の孔明と並ぶと若干
低く見えるが、それでも背は高く肉付きもいい。馬騰や馬超の事を考えると、これは
血筋かもしれない。
 細面だが精悍さに欠けた、やや温和な顔。これも大体想像どおりの顔だ。策を巡ら
せるようなタイプではなさそうだ。とすると過日の件は偶然の事だったのだろうか?
「しかし孝直殿、なぜ貴方がこちらへ?」
 孔明が白羽扇で扇ぎながら訊ねる。法正は我に返った。
「おいおい、劉gを恐喝するよう我が君に勧めたのは孔明だろう。劉gが降伏しない
とあれば即座に進軍するようにとのご内命だ」
「なるほど」
「うそん?!(;´Д`) 」
 孔明が頷く一方で僕は素っ頓狂な声を上げていた。法正がちらりと僕の顔を見た。
「でだ。劉gが素直に屈服するようなら孔明は郭淮を連れて上党へ移れとのご命令だ」
「はて、晋陽ではないのですか?」
「来月にはそうなるのではないかな」
「やれやれ、移動は1回で済まさせてほしいものですね」
 孔明は仕方ないといった面持ちで嘆息した。
196馬キユ:02/12/15 22:37
 そこへ。コンコンとノックの音がして、雲碌が入ってきた。
「お兄様、長文様がお見えになっています」
 ほう、と孔明と法正が声を上げる。雲碌の後から陳羣が入ってきた。
「キユ殿、孝直殿お久しぶりです。そして軍師殿はお初にお目にかかります」
「いらっしゃい」
「こちらこそはじめまして」
「ちょうど貴殿の話をしていたところだ。劉gの件はどうなったかな」
「その事で立ち寄りました」
 法正の問いに陳羣が莞爾と笑う。
「お慶び下さい。劉gは屈服しましたぞ」
「おおそうですか。これで無駄な血を流さずに済みましたね」
「そうだね」
 孔明の言葉に、僕は満腔の同意を示した。人が死なずに済むなら、人を殺さずに
済むなら、これほど嬉しい事はない。
「私も無事に大役を果たせて安堵していますよ」
 陳羣はそう言った。
197馬キユ:02/12/15 22:38
 夜、孔明と郭淮の送別会を兼ねて酒宴を開いた。
 残念ながら桃や桜の季節はもう過ぎてしまった。山々はそろそろ藤と山吹の色に
包まれる頃だ。僕たちは藤棚の下に筵を敷いて宴席を設け、花を愛で月を愛でなが
ら宴に興じた。
 孔明が『梁父吟』を詠う。王粲が、陳羣が、法正が、次々と即興で詩を作っては
詠む。関平と雷銅が剣舞を舞う。鉄が馬頭琴を奏で、閻行と梁興が胡楽を舞う。
孔明の箏、王粲の笙、郭淮の笛、赫昭の鼓。四重奏の玲瓏たる響きが春の風に
乗って耳を楽しませる。韓玄は王粲に耳打ちされて、たどたどしくも『長歌行』という
詠み人知らずの詩を詠った。
「楽しいですね」
 傍に座っている雲碌が穏やかに微笑みながらそう言った。
「そうだね」
 答えながら觴を口に運ぶ。そういえば私事でこんな豪華な宴席を設けたのは初め
てだ。父さんが時々開く漢詩大会よりも、ひょっとすると豪勢かもしれない。我ながら
贅沢なことをやってるなあ。
 藤の花房が戦(そよ)いだ。
 晩春の夜風に吹かれて雲碌の薄い栗色の髪が靡く。ほつれた髪を掻きあげる仕草
がすごく色っぽくて、つい見蕩れてしまう。
「何ですか?」
 雲碌がふっと小首を傾げながら訊ねてくる。お酒のせいか頬がほんのりと赤い。
目も少し潤んでるように見えるのは気のせいだろうか。
 すごくドキドキした。
「……いや」
 僕は言葉を濁した。
198馬キユ:02/12/15 22:40
 以前なら「キレイだ」と褒めるのは簡単な事だった。けど、好きだと気付いてしまって
からの僕はどうにも臆病になっている。
 理由は解ってる。一つは気恥ずかしいからだ。いま一つは兄妹だという意識がある
からだ。
 でももう一つ。僕はこの時代に執着を持つ事が怖いんだ。
 元の時代に戻れなくなるんじゃないか、戻りたくなくなるんじゃないか。そんな不安が
胸を過る。正月に老人に指摘されてハッとした事だ。僕はそれが怖い。
 ――けど、僕が雲碌を好きだという気持も本物だ。
 どちらを選べばいいのか。どちらを選ぶべきなのか。今の僕には解らない。解らない
限り、僕にはどうする事もできない。
「兄さん。あと何もしていないのは兄さんたちだけですよ」
 鉄が僕の肩を揺すった。
「えっそう?困ったな、何をしようか…」
 僕は顎に手を宛てた。Jポップは以前長安で歌って引かれた。流石にもう一回やるの
は無しだろう。
「お兄様、私の舞のお相手をして頂けませんか」
「えっ……?」
 雲碌の意外な言葉に、僕は戸惑いながらも高鳴る胸の鼓動を治めることができなか
った。
「だめですか?」
 雲碌が寂しそうな顔をする。
199馬キユ:02/12/15 22:41
「い、いや!だめな事はない、全然!」
 舞なんて舞えるわけないのに、その時僕は反射的にそう答えていた。
「随分と気負い込んだ返事ですね」
 くっくっと孔明が笑う。慌てて見回すと周りの皆も忍び笑いをしている。
 僕は赤面してしまった。ま、まさか皆にバレたんじゃないだろーな?(;´Д`)
 雲碌の顔をちらりと見る。雲碌も真っ赤になって俯いている。
 すごく照れくさかった。
「だーもう!孔明、お前変な事言うなよ!罰として即興で詠め!それに合わせて舞う
から!」
 僕は照れと舞えない事を誤魔化す為にそう怒鳴った。
 孔明は一つ肩を竦めると、王粲と何やら相談を始めた。やがて。
「まあ何とか出来ました。仲宣(王粲)殿の笙に合わせますので、宜しくお願いします」
 孔明が莞爾と笑ってそうのたまう。くそ、才のある奴は堪らんな…。
「ではお兄様、お願いします」
 雲碌が立ち上がって、僕に手を差し出した。
 雲碌が風に靡く髪を手で押えながら、優しく微笑んでいる。僕はその笑顔に吸い込ま
れるように、雲碌の手を取った。
200馬キユ@プレイヤー:02/12/15 22:44
>>192
ご声援ありがとうございます。
馬超の不安とか焦りとかを上手く活かしていけたらなあと思っていますが、
このへんはどうなる事か、はてさて。まあでも頑張ってみます。

年内に終わらせるのは難しいかも。年末進行でちょっと忙しいです…
戦場で行われる戦いよりもキユの中における理性と暴走の戦いが熾烈かも。
おもしろいんだけど、何か方向性が別へ向かっているようで・・・
正直引いてしまう。
しかし応援してますんで。
>>202
いやあ、でもこういうリプレイは他にないですからねえ。
まあ馬休と雲碌が本当の兄妹ならちょっとやばげだけど、
中身はキユですからねえ。異質恋愛ものをみているようで私は好きです。
204馬キユ:02/12/23 01:05
建安二十二(217)年4月
【誤解】
―新野―
 ドアをノックする音がして、法正が入室してきた。
「キユ殿、お呼びかな」
「うん、まあね」僕は父さんからの書簡を示しながら応じる。「父さんが江州に移動
するようにだって」
「成程。せわしない話ですが君命とあれば仕方ないですな」
 法正は書簡の文面を検めながら呟いた。
「仲達殿、親交を温める間もなくてすまんな」
「なに、気になさるな」
 僕の傍で司馬懿は莞爾と笑った。
「私は江夏太守に任じられたので途中立ち寄った、というか立ち寄らされたまでだ。
我が君は今月、この新野にいろいろと注文がおありのようでな」
「そうか。しかし慌ただしい事には違いない。私も漢中回りで江州まで行くのは時間
がかかる。のんびりとはしていられん。一席設けられないのが残念だ」
 法正はそう言ってふっと遠い目をした。
「そういえば先月やった酒宴はよかった。風情があって、漢詩大会もかくやという
レベルだった」
「僕は玩具にされたけどな」
 僕は憮然とした。司馬懿が苦笑する。
「はは。…しかしそれは来なくて正解だったな。私は作詩が苦手なんだよ」
 ああ、そういや以前漢詩大会で阮[王禹]がぼやいてたっけ。
205馬キユ:02/12/23 01:06
「そうそう、玩具で思い出した。先月のキユ殿は面白かった。貴殿相当妹君を
可愛がっておられるようだな」
 法正がくっくっと笑う。くそ、しまったな。薮蛇を突ついちまったか…。
「ほう、どういう事かな」と司馬懿が興味津々で法正に訊ねる。
「何でもないよ」
 ぶっきらぼうに言う。けど無視された。
「実は斯々然々(かくかくしかじか)」
「ほうほう成程。まあ長い付合いの私に言わせれば、それは相当な変わりよう
だな。昔は妹御の監視や嘲笑に脅える毎日だったのにな」
 先年の組み手の稽古の様子を思い出しながら司馬懿は訊ねた。
「どうだキユ殿。妹御は可愛いかな」
「可愛くなんかない!」
 僕は赫となって咄嗟にそう言い返した。その時。
 キィッ……。
 ドアが揺れる音がした。ハッとして振り返る。
 部屋の入り口には雲碌が立っていた。
「…あ、あの…お兄様が私をお呼びだと聞いていたんですが……」
 雲碌の声が震えている。引きつった笑顔。
「……っごめんなさい……!」
 一瞬の後、雲碌は口許を抑えて駆け去った。
206馬キユ:02/12/23 01:07
(聞かれた――)
 後悔の念が僕の胸中に吹き荒れた。
 雲碌を呼んだのは僕だ。盪寇将軍に復帰した事を一緒に喜んでほしくて呼んだ。
父さんからの指令を伝える為に呼んだ。だから雲碌が来るのは判っていた。
 何であんな事を言ってしまったんだろう。雲碌に聞かれるかもしれないと判って
いたのに。女の子の事でからかわれて赫となって本心を偽るなんて、今時小学生
でもやらない。ぼくは馬鹿だ。そして幼稚だ。
 僕は雲碌から好かれているとは思っていない。そんな自惚れるつもりはない。
けどそれでも、あれは兄として、男として、言うべき台詞じゃなかった。きっと雲碌の
心を傷付けた。優しい気持を忘れていた。
(どうしよう――)
 僕は独りうな垂れた。
 司馬懿と法正はまずいと思ったのか、お互いに顔を見合わせると、そそくさと部屋
から出て行った。けどそれが今はかえって有り難かった。
207馬キユ@プレイヤー:02/12/23 01:07
いつも応援して頂きありがとうございます。

>>201
理性と本音の葛藤はもう暫く続きます。一応理性が勝つ予定…?

>>202
ちょっと暴走が過ぎたかもしれません。すみませんでした。
ですが展開というものもありますので、もう少し続きます。申し訳ありません。
今しばらく温かい目で見守ってやって頂けると幸いです。

>>203
雲碌から見たキユは実の兄なんですけどね。物心ついたときから既にいたわけですから(^^;
実はそうじゃない事を雲碌に知らせるのはいつにするか、そこも悩みの一つだったり。

ていうか最近「キユらしさ」が足りてませんね。これはいけない傾向かもです。
40で未婚ってやばくない?
キユらしさ復活祈願保守
210馬キユ:02/12/30 01:18
建安二十二(217)年6月
【募る想い】
―汝南―
 この月、僕は父さんの指示に従って汝南に攻め込んだ。4月に父さんから受けた指令
とはこの事だ。
 戦争はしたくない。まして汝南は曹操の領地だ。攻めたくない。けど江夏が降伏して、
新野が隣接する「敵」はこの汝南の曹操軍だけになった。選択の余地はなかった。
 テンションが上がらない。勿論僕が戦争に臨んでテンションが上がるわけはないけど、
理由はもう一つある。そう、雲碌の件だ。
 あれ以来、僕と雲碌はほとんどまともに口を利いていない。
 僕が一言「ごめん」と謝れば済む話だ。早くそう言わなければいけない。――なのに、
それが言えないでいる。
(いや、「ごめん」じゃ駄目だ。何を謝ったのか伝わらない)
 じゃあ「あれは嘘でした」と言うか?
(あれが嘘なら本心は何なのか――そう訊かれたら僕はどう答えたらいいんだろうか)
 「可愛い」?「大事な妹」?それとも「好きだ」?確かにそれは全て僕の本心だ。けど
雲碌の気持が判らないのに迂闊な事――兄妹の関係を壊すような事――は言えない。
「……将軍、将軍」
 参軍の関平に度々呼ばれて、僕は漸く我に返った。
「なに?」
「伝令より報告です。馬鉄将軍が城を占領なさいました。馬鉄将軍は渡河して引き続き
北の砦を攻略する事を請うておられます。どうなさいますか」
「ああ、いいんじゃないかな。城の占領で被害はどれくらいあったの?」
「城は無人で、被害はなかったとの事」
 伝令が答える。そうか、それは僥倖だ。
「解った。引き続き作戦を遂行してね」
 「ははっ」と答えて伝令は駆け去った。
211馬キユ:02/12/30 01:19
「将軍、少し宜しいですか」
 関平が緊張した面持ちで言う。
「なに?」
「将軍は総大将です。もっと気を引き締めて下さい。将軍がそのように茫洋として
おられては兵士たちの気が緩みます」
「そうか…ごめんね。でも柄じゃないんだ」
「それは言い訳になりませんぞ」
「でも気分が乗らないものは仕方がない」
 関平は溜息を吐いた。
「では軍楽隊の指揮権を一時私にお預け下さい。兵士を鼓舞しますので」
「……好きにして」
 僕は投げ遣りに言った。関平が拱手して陣幕を出て行った。
 僕は誰もいなくなった周囲を見回した。いつもなら閻行がいて雲碌がいる。けど
今はいない。閻行はあまりにもよく身辺を狙われている鉄の護衛につけた。けど
雲碌は違う。今回は新野に置いてきた。出陣を伝える機会を逸していたからだ。
その事が新たな棘(とげ)となって、僕の胸にちくりと突き刺さっていた。
212馬キユ:02/12/30 01:20
 2日後、鉄が砦を臨んで野戦陣を築いた。陣屋に入ったのは僕、鉄、赫昭の3人の
部隊。
「ってなに、これだけ?他の皆はどうしたの?」
「新野で叛乱が起こったとかで退却しました」
 赫昭が憮然として応じる。どうやら関平、韓玄、雷銅の3人は虚報に引っかかって
退却したらしい。戦力は戦う前から半分以上減っていた。
「将軍、現在彼我の戦力比は4:1です。まずもって勝ち目はありません。退却するのが
賢明かと存じます」
 赫昭が進言した。
「砦にいる敵の戦力は?」
「王朗、馮習、張紹の約5万。これだけで現在の我が軍の全軍に匹敵します」
「間者の報告では、王朗の部隊に配備されている弩が見た事もない形をしているそう
です」
 鉄が続いて言う。それは危険な匂いを感じるね。
「ふう…仕方ないね。赫昭の意見を採用する。全軍直ちに渡渉。新野に撤退する」
「御意」
 鉄と赫昭が拱手する。
「敵を眼前に望みながら背を見せなければならないとは残念です、兄さん」
「いや、そうでもないさ」
 僕は鉄にそう答えた。元々僕は戦いが好きじゃない。勝ち目がない戦争になった
のはむしろ有り難い。
 それに、新野に帰れば雲碌がいる。新野に帰ったらきちんと雲碌に謝ろう。その
チャンスを与えられた事を僕は天に感謝するべきだ。そう思った。
213馬キユ:02/12/30 01:22
―新野―
「はあ……」
 気がつけば、口から漏れるのは溜息ばかりだった。
 ここ数日、私はずっと寝台の上で枕に突っ伏している。
 置いて行かれた。声をかけて貰えなかった。それだけじゃない。あれ以来ほとんど
会話らしい会話もしていない。きっと本音を私に聞かれた気まずさがあるんだろう。
もしかしたら二度と……嫌だ、そんな事考えたくもない。でも不安は拭えない。
 白馬寺での出来事が夢か幻だったかのように、今では思える。あの時の優しい
お兄様はもう二度と見られないんだろうか。あの時間は二度と戻ってこないんだろうか。
 遠くでコンコンとノックする音がした。誰かが衣擦れの音をたてながら扉に歩み寄る。
きっと琥珀か翡翠のどっちかだろう。
「あらキユ様」
 琥珀の声にどきっとした。お兄様が帰ってきた…?
「どうなさったんですか?汝南に出兵されたと聞いてましたけど」
「ああうん、ちょっとね。戦況が不利になったから慌てて逃げ帰ってきたよ。まあ戦わず
に済んで僕としてはラッキーなんだけど」
「まあ」
 お兄様と琥珀が仲良さげに笑い合っている。
 すごく、イライラした。
「ところで琥珀さん、雲碌はいるかな」
 どきっ。
「ええ。ご寝所で不貞寝しておられます」
 くすくすと笑う声が聞こえた。こういう時琥珀は意地が悪い。いつも人の心を見透かした
かのような事を言ってはくすくすと笑う。…まあ、あの笑い方は琥珀の癖なだけなんだけど。
214馬キユ:02/12/30 01:24
「えと…どうしようか。ベッドのところまで行くのは失礼だよね」
「あら。案外期待で胸を膨らませておられるかもしれませんよ?」
 ぎくっ。
「はは…琥珀さんも冗談がキツイ」
 お兄様は真に受けていないようだ。それはそうだろう。お兄様にとって私は何でも
ない。可愛げの欠片もない、ただの生意気な妹に過ぎないんだから。…けど、それが
すごく寂しい。
「くすくす。では私がお嬢様にお訊きしてきましょうか?キユ様をお嬢様の寝所まで
ご案内しても宜しいですか、と」
「余計な事はしなくて結構です、琥珀。私ならもう起きました」
「あらあら」
 私は寝台から下りて応接室まで出ていった。琥珀はそれを見て、私に困ったような
苦笑を向けた。私はそれを無視してお兄様に視線を転じた。
「や、やあ雲碌」
 お兄様は決まり悪そうな顔をして私を見ている。
 ああ、本当なら今すぐにでもお兄様の胸に飛び込みたい。「お帰りなさい、寂しかった」
と言って甘えたい。――けど、拒絶されるのが怖い。私は努めて平静を装った。
「何でしょうかお兄様。汝南に出兵したんじゃなかったんですか?」
 ああ、わざとらしい。
「ああうん。さっき琥珀さんにも話したんだけどね。戦況が不利になったから帰ってきた」
 やめて。琥珀に先に話しただなんて言わないで。
「それで私のところに愚痴でも言いにいらしたんですか?」
 ああ、どうしてこうも可愛くない事ばかり口をついて出るんだろう。
 お兄様が困ったような顔をした。…困らせてしまった。
215馬キユ:02/12/30 01:25
「違うんだ。その…なんて言うかな。…あ、謝りに来たんだ」
 お兄様が吃りながら言う。私は目を見張った。
「その、何て言えばいいかな。こないだのあれは僕の本心じゃないっていうか…」
「えっ……」
 どういう意味だろう。胸の鼓動がどんどん速くなる。
「雲碌は可愛い。キレイだ。そして僕の大事な妹だよ」
「あ――」
 どくん。胸が大きく高鳴った。
 あの時のお兄様が帰ってきてくれた。私がこんなにも可愛くない態度を取ってる
のに、お兄様は可愛いと言ってくれた。大事な妹だと言ってくれた。
「僕みたいな奴にこんな事言われても嬉しくないと思うけど、そういう事だから。
じゃあまたね」
「あ――」
 私が声を掛ける間もなく、お兄様はあたふたと部屋を出ていった。私の伸ばした
手が所在ない。
 嬉しかった。嬉しくない筈がなかった。もっとお話ししたかった。今なら私も素直に
なれた気がする。私の気持も聞いて欲しかった。そんなに急いで出て行かなくても
よかったのに。
 私はまた少し寂しくなった。
 でも、部屋を出て行く時の、真っ赤になったお兄様の顔。すごく可愛いと思った。
 今はまだ「妹」かもしれない。けどいつか、妹以上の存在として、一人の女として
見てくれますか――?
216馬キユ:02/12/30 01:26
>>208
そこはキユですから(笑)

>>209
何とか頑張ってみます。…が、今回はまだちょっと…ですかね。すみません。
217馬キユ@プレイヤー:02/12/30 01:27
しまった、「馬キユ」のままで書いてしまった…↑
218馬キユ@プレイヤー:03/01/03 21:04
すみません、保守です。
219名無しさん:03/01/04 01:24
              / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
Λ_Λ  | 君さぁ こんなスレッド立てるから          |
( ´∀`)< 厨房って言われちゃうんだよ             |
( ΛΛ つ >―――――――――――――――――――‐<
 ( ゚Д゚) < おまえのことを必要としてる奴なんて         |
 /つつ  | いないんだからさっさと回線切って首吊れ     |
       \____________________/

(-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ…
(∩∩) (∩∩) (∩∩)

(-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ…
(∩∩) (∩∩) (∩∩)

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(∩∩) (∩∩) (∩∩)
220雑煮:03/01/04 02:02
復活キボンヌ
221馬キユ:03/01/04 21:25
建安二十二(217)年7月
【熱】
―晋陽―
 先月謝った事で雲碌とは仲直りできたような気がする。漢詩大会の見物に誘ったら、
二つ返事でOKしてくれた。けどその視線はいつもと違って少し熱っぽかった。
 漢詩大会の席次は、今回は父さんの右に兄さん、左に雲碌。兄さんの右に鉄、雲碌の
左に僕という順番だ。正直、兄さんの隣じゃない事にほっとする。そして雲碌の隣である
事にドキドキした。ちなみに前回は右から雲碌、兄さん、父さん、僕、鉄の順番だった。
 今回の出場者は蒋エン、陳羣、張松、諸葛亮、法正。審査員が司馬懿、司馬徽、王粲。
みんないずれ劣らぬ文人だ。
「ふう――」
 宴も酣となった頃、僕は箸を休めて床に手をついた。今日は酔いの回りがいつもより
早いような気がする。雲碌が隣にいるというだけで、右半身が異様に熱気を感じる。その
せいかもしれない。とにかくすごく暑かった。
「……!?」
 床に突いた僕の指先に、不意に何かが触れた。いや、何が触れたのかはすぐに判った。
これは指だ。すごく熱い。この状況で僕の右手に触れる事ができるのは一人しかいない。
僕は高鳴る胸の鼓動を必死で抑えながら、ちらりと視線を動かした。
222馬キユ:03/01/04 21:26
 雲碌は微かに俯いていた。顔の色が赤い。視線を下にずらしていく。戦場での武勇とは
裏腹に華奢な肩。そこからすらりと伸びる腕は、確かに僕の方に向かっていた。
 雲碌の指先がきゅっと締まった。――僕の指先を握っていた。雲碌の身体が指先まで
火照っている。その熱が僕の指先を包んだ。
(雲碌……?)
 胸が高鳴った。もしかすると雲碌は僕に気があるんじゃないだろうか。そんな都合のいい
事を考えてしまう。心臓の鼓動が抑え切れない。身体中の血が股間に集まってくる。
 僕は手首を反して雲碌の指を握り返した。視界の隅で雲碌がぴくりと震えた。そして握り
返してきた。
 熱い。雲碌の指を握っている手が熱い。全身が熱い。
 我慢の限界だった。もしここに他に誰もいなければ、僕は雲碌を荒々しく抱き寄せていた
だろう。雲碌が嫌だと言っても離さない。だって雲碌の方から誘ってきたようなもんじゃない
か。
 ……けど、できない。雲碌を取るか元の時代へ帰る事を取るか、僕はまだ結論を出せて
いない。だから今は自制しなければいけない。人目が多いのがかえって幸いした。
 だけど今はこの手を離したくない。僕は中途半端な気持に揺れながら、至福とも思える
時間を過ごした。
223馬キユ:03/01/04 21:27
―汝南―
 今月、再び汝南に攻め込んだ。先月は損害と呼べるほどの損害を受けていないので、
再度の侵攻には何ら差し障りがなかった。何より、今度は傍に雲碌がいた。
 こっちの陣容は僕が2万、馬鉄、韓玄、雷銅が各1万7千、関平が1万4千、赫昭が1万。
全て騎兵だ。参軍は先月と同様関平。
「敵はこのまま直進した先に砦を築いて待ち構えているようです。また北方より援軍が
来るようなので、この援軍を排除しながら左に迂回して敵本陣を衝くのがよいかと存じ
ます」
「いや、それは駄目だ」
 関平の提案を僕は却下した。
「敵が北から来るのなら、前回同様南の城をまず占領するのがいい。こっちはどうせまた
無人なんだろう。もし敵がこの城を取り返しに来るようなら水際に展開して敵を防ぐ」
「敵が出て来ないようであれば?」
「出て来ないようなら中央の砦に篭る敵を排除する」
「成程、結構かと存じます」
 関平は拱手して僕の作戦案に肯んじた。正攻法だけど僕には奇策なんか思い付かない
から、まあこれが精一杯だ。あとは兵力差を各個撃破で覆せるかどうかだ。
「それにしても今回の将軍は前回とは大違いですな」
 関平が言う。
「そうかな」
「はい。失礼ながら前回はどこから見てもやる気なさげでした。今回は頗る気力が充実して
おられるようですな」
「そ、そうかな」
 僕は照れた。言われてみれば今回の僕は確かに元気がある。
224馬キユ:03/01/04 21:29
 理由は…解ってる。雲碌と手を握り合ったからだ。たったあれだけの事で、今の僕は
元気が満ち溢れている。雲碌に力を分けて貰ったような、そんな気分だ。
 今の僕ならきっと戦える。そう思った。要は殺さないように倒していけばいいんだから。
 ちらりと、雲碌の顔を見やった。雲碌が僕の視線に気付いて頬を染める。それだけで
更に元気が出た。
「では進軍!」
225馬キユ:03/01/04 21:29
―汝南郡新息県―
 汝南太守張既は、治所新息県の政庁で満寵と防衛作戦を練っていた。
「先月に続いてまたもや攻めてくるとは、なかなか執拗な連中だな」
「先月は虚報が上手く決まり過ぎましたな。お陰で損害らしい損害も与えられず、かえって
今回の再侵攻を招いてしまった」
 満寵が溜息交じりに応える。認めたくはないが先月の大成功は今月の失敗へと繋がって
いたようだ。
「しかし馬休とやらは恩義というものを知らんのか?大将軍閣下にどれだけ世話になって
いると思ってるんだ」
「平時の付合いは私事、師を起こすは国家の事。まあそういう事だろう。キユの為人は争い
を好まぬと聞いている。どうせ父親の馬騰からの命令だろうよ」
「それなら先月の敗退で懲りればよかろうものを」
 張既が嘆息しているところに伝令が駆け込んできた。
「申し上げます、敵は安陽県に入城したようです」
「また裏をかかれたか」
 満寵は思わずピシャリと額を叩いた。先月は直進してくると読んで中央に砦を築き、
重点的に守った。しかし敵は安陽県に入城した。今月は同じ策を使ってこないだろうと
いう事と、前回こっちが中央を厚く守った事から北を迂回してくるのではないかと踏んだ。
「これで北側に張った罠は無駄になってしまったな」
「絶対という事はないが、悲観的だな。さてこれからどうする?」
 張既が訊ねる。
「敵が安陽県に入ったという事は、敵の次の狙いはやはり前回同様中央の砦だろう。ここ
には今回景興(王朗)殿しか入っていない。急いで救援を差し向けるべきだ。許昌からの
援軍にもそう伝えよう」
「間者を上手く用いて後方を撹乱してくれるとなお助かる」
「解った、善処しよう」
 満寵は頷いた。
226馬キユ:03/01/04 21:30
 関平は新野で叛乱が起こったとの報告を受け取って忌々しげに舌打ちした。
「またしてもこのような戯れ言を。今度は引っかかるものか」
 書簡を引き裂きながら伝令の兵士を引き据える。
「貴様誰の部隊の者だ。言ってみよ」
「わ、私は王粲殿の……」
 喋り終わる前に伝令の首は宙を舞っていた。
「仮にも上官の諱を口にする兵士があるか。彼奴らの間者の質も落ちたものだな。友軍に
伝えよ。陣内に敵の間者が跳梁している、努々騙されるなと」
「ははっ」
 伝令の兵士たちが命令を受けて散っていく。関平はそれを見送ると部隊に宿営の準備
を始めさせた。
 山上の砦の様子は望見できる。砦に翻っている旗幟には「王」の字が見える。強敵では
ないが兵力は多い。友軍の到着を待って攻撃を仕掛けるべきだろう。そう考えた。
227馬キユ:03/01/04 21:32
 王朗が篭る砦を抜いたのは、それから二日後の事だった。王朗の部隊が持っていた
連弩の威力は確かに強烈だった。けど四方から囲んで突撃を仕掛けると脆くも崩れ
去った。
「たくさん死んでるね……」
 僕は砦に入ると、その中を雲碌と一緒に見廻りながらそう呟いた。「敵」はそこかしこ
にその屍を晒していた。
 自分が昂奮しているのか、それとも血の臭いに慣れてしまったのか。以前ほど噎せ
返るような事はない。ただ、嘔吐感だけは微かながら、相変わらず疼いていた。
「包囲されて降らなかったのです。仕方ありません」
 雲碌が答える。その顔や手に血痕はない。けどその甲冑には点々と血飛沫の跡が
残っていた。
「けどそれは指揮官の罪だ。ここで死んでいる人たちは皆、こんなところで死ななきゃ
ならない人じゃなかった筈だ」
「それが悔やまれますか」
「当然だ」
「では『こんな事』で無駄な死者が出なくて済むような世の中を一刻も早く招来すべきです。
そうすれば彼らの魂も救われるでしょう。否、そうでもないと彼らの魂は救われません」
「……そうだな。雲碌の言うとおりだ」
 僕は肯んじた。まあ僕もこの時代、この世界というものに対して「現代」の常識が通用
しない事くらいはいい加減解ってきている。それでもやっぱり人の死には慣れない。いや、
慣れたくなかった。
「本当にお兄様はお優しいんですね」
 雲碌が少し呆れたような笑顔を僕に向けた。どうやら思ってた事が顔に出てたらしい。
「その上甘ったれでお人好しで、戦争は起こすくせに戦いたくないなどと愚痴ってみたり」
「……おい。褒めるのか貶すのかどっちかにしろ」
「あら、最初から貶してますけど」
228馬キユ:03/01/04 21:34
「…………」
 僕は憮然としてそっぽを向いた。
 けど雲碌の口の悪さを憎めない。嫌いにはなれない。惚れた弱みというやつだろうか。
好きという気持が強すぎて、こんな喧嘩のような会話でさえ心が浮つく。
 ふと、馬蹄の音が近付いてくるのが聞こえた。
「将軍、こちらでしたか」
 関平は僕の近くまで馬を寄せると、ひらりと飛び降りて一礼した。
「この砦に北と東の二方向から曹操軍が迫ってきているようです。いかが致しますか」
「そうだな…雲碌はどう思う?」
「敵の指揮官によります。関平様、敵の指揮官は誰ですか?」
「北方の曹操軍は曹、糜、刑の旗印。東の敵は張、張、馮の旗印が見えます。それぞれ
曹植、糜芳、刑道栄、張苞、張紹、馮習の部隊かと思われます」
「では恐るべき何物もありません。お兄様と関平様と韓玄様の部隊で北の敵を防ぎ、残る
半数で東の敵を倒せば宜しいかと思います」
「ん。それでいいよ。けど敵には後続部隊もあるだろうから、慎重にね」
「御意」
 関平は拱手するや、再び騎乗の人となって駆け去った。
 関平を見送るキユの背中を見つめながら、雲碌はささやかな幸せに浸っていた。
 お兄様が私に作戦を訊ねてくれた。私の意見を採用してくれた。たったそれだけの事で、
雲碌は気分が浮つくのだった。
(それはお兄様が甘い人でお人好しだからかもしれない。――けど、そんなお兄様が今は
好きです)
 雲碌は心の中でそっと呟いた。
229馬キユ:03/01/04 21:35
 全軍を半分に割り、その一方を以って僕たちは許昌から来た曹操軍の援軍と対峙した。
兵力はほぼ互角。僕たちは偽伝令で混乱する韓玄、刑道栄の部隊を無視して、敵援軍の
真っ只中へ斬り込んだ。
「公には畏くも天子の軍に弓を引き、私には大将軍の恩顧を忘れる逆賊忘恩の徒、馬休よ。
人の心あらば聞け!」
 誰かがありったけの声を嗄らして何か叫んでいる。けど喊声が煩いせいかその声が大きく
ないせいか、あまりよく聞こえない。
「雲碌、あの人が何て言ってるか解る?」
「いいえ。少し声が遠すぎるようです。…聞こえるようにしましょうか?」
「どうするの?」
「生け捕ってきます。大将を失えば麾下の兵士も四散するでしょう」
「名案だ。頼む」
 はいと答えて、雲碌は葦毛の愛馬「胡蝶蘭」に鞭を入れた。
 一騎駆けである。だが胡蝶蘭の快脚と雲碌の驍勇の前に敵はいない。加えて指揮官が
無能なのか、曹操軍の戦意が低い。雲碌が槍を振り回して数人を薙ぎ払うと、曹操軍は
雪崩を打って道を雲碌に譲った。瞬く間に指揮官の姿が雲碌の眼前に捉えられた。
「何奴?!」
 側近たちが抜剣しながら指揮官を守るように取り囲む。その真ん中で指揮官は、なぜか
茫然としていた。
230馬キユ:03/01/04 21:36
(美しい――)
 曹植は雲碌の美貌に思わず見蕩れていた。兄さんが妻に迎えた甄氏は絶世の美女と
いうべきだったが、突如目の前に現れたこの女性も美貌ではおさおさ劣らない。甄氏が
天女だとすればこの女性は戦女神だ。キユの非を鳴らす声を喉鳴りの音とともに飲み込む。
むしろ目の前にいるこの美女を讃美する詩(うた)が泉のように湧き上がり、奔流となって
口から溢れ出そうですらあった。
 一方の雲碌は内心ひどく憤慨していた。目的の指揮官は線こそ細いものの、どこかの
誰かたちによく似ている。特に若い方の顔を思い出すと、苦い過去のお陰で虫酸が走った。
よりにもよってなぜこいつを捕まえてくると言ってしまったのか。雲碌は自分を罵った。だが
これは愛する兄に誓った事である。
「ここの指揮官は貴方ですね?曹操殿のご子息とお見受けします」
 曹植に話し掛けながら、その側近たちを瞬時のうちに突き伏せる。側近の全てが血泥の
中に崩れ落ちて初めて、曹植は恐怖に顔を引き攣らせた。
 今目の前にいる美しい胡蝶は、ただ美しいだけではない。それは一度(ひとたび)舞えば
辺り一面に鮮血の虹をかける、美しい死神でもあったのだ。
 曹植は震えていた。身体が動かない。雲碌が穂先から血を滴らせながら槍を振りかぶる。
「た、頼む…命だけは……!」
 曹植は我を忘れてそう哀願していた。胸に強い衝撃が走る。曹植は息を詰まらせて馬から
転げ落ち、そのまま気を失った。
231馬キユ:03/01/04 21:38
 雲碌が曹植を生け捕りにした事で、曹植の部隊は完全に戦意を失った。逃げ出す者、
降伏する者、いずれも多数続出した。
「ご苦労様、雲碌」
 僕は剥き出しの雲碌の頭を撫でながら労(ねぎら)った。万事こんな感じで死者を減らす
事ができたら万々歳だ。
 はいと答えながら雲碌が顔を微かに紅潮させた。
「逃亡兵と投降兵のせいで敵味方ともやや乱れが生じています。いかがなさいますか?」
 関平が訊ねてきた。
「お前はどう思うの?」
「はっ。私であれば投降兵をしばし放置して敵の乱れに乗じます」
「糜芳と刑道栄、片付けるならどっちが先?」
「糜芳がよいでしょう」
「申し上げます。敵援軍の後続が近付いています。それぞれ楊脩、簡雍の部隊と思われ
ます」
 伝令が駆けつけてきてそう報告する。
「あまり悠長な事はしていられませんな」
「先にあっちを叩くという策もあるけどね」
「その間に砦を奪回されると厄介かと存じます」
「成程。じゃあ早急に糜芳を倒そう。最悪刑道栄は最後まで放置だ」
「御意」
 とはいえ糜芳も流石に歴戦の勇者、なかなか簡単には敗走してくれない。楊脩、簡雍の
部隊が間に合って乱戦になった。韓玄が今度は楊脩の偽伝令に惑わされて右往左往を
始める。
232馬キユ:03/01/04 21:39
「韓玄使えねぇ…」
「韓玄ですからな」
 僕のぼやきに関平が応えた。
「収拾しましょうか?」
「いや、いい。こうなったら先に楊脩、簡雍の部隊を潰そう。韓玄も今の糜芳の攻撃なら
支えられるだろうし、刑道栄は弩を持ってない。関平は簡雍を捕えてくれ。僕は楊脩を
捕まえる」
「お兄様自ら戦われるのですか?」
 雲碌が目を見張った。…まあ驚くのも無理はないけど。
「戦うっていうか、まあそうだなあ…今さっきの雲碌を見て思ったんだけど、指揮官を
倒せばそれ以上無駄な死者が出ないわけだから、そういう戦い方ならまあアリなんじゃ
ないかと思ったんだ」
「成程。武人として奮い立つような作戦ですね」
「……そういう風に解釈(と)るか」
 莞爾と笑う雲碌に向かって、僕は嘆息した。雲碌はどうしてこうも血の気が多いんだろう。
「とにかく、相手の武将を殺しちゃダメだよ」
「解りました」
「じゃあ全軍に命令だ。 ロ ケ ッ ト で 突 き 抜 け ろ !!」
233馬キユ:03/01/04 21:40
 肚を括ったキユは意外に勇敢だった。双鉄戟を振りかざして自ら陣頭に立ち、的廬に
跨って曹操軍の人津波の中に踊り込んだ。雲碌が、2万の騎兵がその後に続く。楊脩は
頭は切れるが戦場の勇者でも優れた指揮官でもない。キユの軍の疾さについていく事が
出来ず、忽ちのうちに捕虜となった。
 ここで運良く、韓玄の部隊が刑道栄より先に立ち直った。韓玄は簡雍の部隊に突撃して
これを捕えると、更にキユ、関平とともに刑道栄を囲んでこれを投降させた。
「申し上げます。雷銅将軍が敵本陣の包囲を完成させたとの事です」
 伝令が駆けつけてそう報告する。僕は黙って頷いた。
 僕の掌中には今、双鉄戟が握られている。その矛先が僅かに人血に濡れていた。
 僕は刑道栄を投降させるまでに、この武器で何人かの人を傷つけた。今回は戦う前から
覚悟していた事だ。けど流石に罪悪感は拭えない。僕が直接殺した人はいない筈だけど、
僕に怪我を負わされた人がその後どうなったかは知らない。ただときどき、馬蹄がグシャリ
と何かを踏む音は聞こえてきていた。何度聞いても嫌な音。その音を思い出すだけで僕は
身体が寒くなった。歯がガチガチと音を立てて鳴った。
「お兄様、どうかしましたか?顔色が悪いみたいですけど」
 雲碌が駒を寄せてきてそう訊ねた。
「――ああ、雲碌か。ごめん、やっぱ慣れない事はするもんじゃないのかもしれないな」
234馬キユ:03/01/04 21:42
「そうですか?でも先陣を突っ切る様は随分と堂に入っていましたよ」
「おだてても何も出ないよ」
 悄然と答える僕の手を、でも雲碌がきゅっと握り締めた。僕はハッとした。
「大丈夫です。お兄様は武人としても優れています。それは私が保証します。もっと自信を
持って下さい」
 雲碌の目は熱っぽい。多分本心からそう言ってるんだろう。それはそれで嬉しかった。
不謹慎にも心が昂揚する。けどそれは今僕が抱えてる悩みとは問題が根本的に違った。
 つくづく思った。志狼とかかごめとか、漫画の主人公は戦乱の時代にタイムスリップしても
何とか時代に合わせてやっていってるけど、僕はそんな風にはなれない。
 ……けど。嫌でも慣れなければならない事もある。少なくともこの時代を生き抜く為に、
生き抜いて元の時代に戻る為に、已むを得ない事というものもある。なれなくとも、嫌でも
慣れていかなければならない事なのかもしれない。
 けど、それを認めてしまうのは怖かった。自分が優しい心をなくした大人になってしまい
そうで、堪らなく怖かった。
(こんな論法、現代にいた頃なら唾棄すべき詭弁だと思えたんだけどな……)
 僕は雲碌に笑顔で応えてやる事が出来ず、沈痛な面持ちで僅かに頷いた。

 五日後、曹操軍は全滅した。僕たちは無人となった新息城に入城した。
235馬キユ@プレイヤー:03/01/04 21:44
>>219
保守ageして頂きありがとうございます。

>>220
御心配をおかけしてすみませんでした。馬キユはエンディングを迎えるまで、
今年も続けて行きます。今後とも何卒宜しくお願い致します。

キユが赤マルジャンプで読み切り描いたみたいですね。
キユが暴走したらまずいだろう、と思いながらも「暴走しないかな〜」なんて思ってしまいます。
まったり保守sage
237山崎渉:03/01/11 01:29
(^^)
238馬キユ:03/01/13 23:13
建安二十二(217)年8月
【友か敵か】
―汝南―
 新野の新太守には司馬徽という老人が任命された。何でも孔明の先生らしく、今年まで
劉gに仕官していたという話だ。孔明の先生という事はよっぽど頭のいい人なんだろう
から、きっと新野を上手く治めてくれるだろう。そっちの方の心配はもうない。
「ふう。やっぱり上手く描けないな」
 僕は手を休めて一息ついた。
 最近、気がつけば絵筆を動かしている僕がいる。描いているのは勿論雲碌だ。昂ぶる
想いを現実に持ち込んじゃいけない。かといって心の中に溜め込み続けたら、いつか
絶対に心がパンクしてしまう。だからせめて、その想いを絵にして発散させている。
 けどいつも思うようには描けない。雲碌のキレイさ、可愛さというものを全然表現し切れ
なくて、それがまたフラストレーションに繋がっていく。それでも漫画家かと自分を罵りたく
なるけれど、桂先生みたく写実的な描き方もできるというわけでもないから、自分の未熟
さを呪うばかりだ。
(たまには琥珀さんでも描いてみるかな。気分転換だと思って――)
 そう思った時、ドアをノックする音がした。
「お兄様、長文様から伝令が駆けつけています」
「わああああ!待て、待て!まだ部屋に入るな!」
 勝手にドアを開けて入ってくる雲碌を、僕は慌てて部屋から押し出した。僕がこんな事を
してるなんて、雲碌に知られるわけにはいかない。少なくとも今はまだ。
 僕は画材を急いでベッドの下に放り込むと、室内に絵を描いていた痕跡が残っていない
事をもう一度確認してから、雲碌を室内に招き入れた。
「何なんですか一体」
 雲碌は部屋に入るなり、不審そうな視線でそう問い掛けてきた。
239馬キユ:03/01/13 23:14
「いや、何でもない。部屋が少し散らかっていたから片付けてたんだ。この部屋を
使うようになってからまだ日が浅いしね。雲碌だってそうだろ?」
「私には琥珀と翡翠がいますから」
 ……ああそうか。すっかり忘れてたよ。
「まあそれはともかく、相手の諒解なしに勝手に部屋に入るのはよくない。前から
言ってると思うけど」
「それはそうですけど……」
 雲碌は目を伏せた。さすがに今回は自分に非があったと覚ったみたいだ。
 けど、ほっとしたのも束の間。雲碌は今度は上目遣いで僕の方を見た。
「あの、宜しければ私が手伝いましょうか?」
「何を?」
「ですから部屋の片付けをです」
「いや、いい。いい」
 僕は慌てて首を横に振った。誰かに手伝われるのすらマズイのに、それが雲碌と
あってはマズイ事この上ない。
「どうしても人手が欲しくなったらアシスタントを使うから」
「そうですか?」
「うん」
 早くこの話題から離れて欲しいのに、雲碌はそれでも何か推し量るように僕をじっと
見詰める。そして言った。
「お兄様、私に何か隠していませんか?」
 ギクリ。
240馬キユ:03/01/13 23:16
「……いや、何も隠してないよ。何で?」
 辛うじてそれだけを言う。雲碌が僕の目をじっと見据えてくる。目を反らせたら負けだ。
僕は冷や汗を流しながら雲碌の視線に耐えた。
 やがて。雲碌がふっと溜息を吐いた。
「そうですか。ならいいんですけど……」
 雲碌はそう言って、寂しそうに肩をすぼめた。
 ごめん、雲碌。でもこの気持はまだ知られるわけにはいかないんだ。
「で、陳羣からの伝令は何て言ってるの?」
 漸く本題に移れた。雲碌はハッとして懐から書簡を取り出した。
「長文様から援軍の要請が来ています。許昌を攻めるので増援軍を出して欲しいとの事
です」
 そう言いながら僕に書簡を差し出す。僕は書簡を受け取って中身を検めた。
「確かにそう書いてあるね。――解った。鉄、赫昭、雷銅、韓玄、刑道栄を行かせよう」
 関平は月の初めに江夏に移動になったのでいない。他には簡雍しかいないので、これ
が現状ベストだろう。
「それから閻行を鉄につけてやってくれ。鉄が心配だ」
「解りました」
 雲碌は名残惜しそうにしながらも、伝達の為に部屋を出ていった。
 部屋のドアが外から閉じられると、僕はふと、今し方手渡された書簡に目を落とした。
 これは陳羣が書いた書簡だ。けど、さっきまで雲碌の懐の中に入っていた。懐って事は、
雲碌の(小っちゃな)胸に挟まれていたという事だ。
 書簡にはまだ、雲碌の胸の温もりが微かに残っている。
「……やべ、勃ってきた(;´Д`) 」
241馬キユ:03/01/13 23:17
―穎川郡―
 援軍として出陣した馬鉄たちは、穎水を渡って平地に陣を構えた。
「陳長文殿は王昶という若者を参軍に抜擢されているようですな」
 赫昭はぽつりと呟いた。同郷の若者が抜擢されているのを好ましく思う一方で、まるっ
きり嫉妬しないという事もなかった。
 馬騰軍の正規軍は陳羣、王昶、ホウ徳、トウ頓、劉勳の5人から成っている。しかしトウ頓
の率いる鉄騎兵はその負担重量のゆえに進軍が遅い。結果、ホウ徳一人が突出した形
となっていた。
 ホウ徳は手始めに曹植が篭る襄城を抜いたものの、その後は援軍として現れた曹休、
軻比能の部隊に纏わりつかれていた。更にトウ頓が不用意に進んで火罠にかかり、火は
秋の乾いた風に煽られてたちどころに燎原の炎と化した。
「正面を突破しようという意気込みは結構だが、今のところ空回りしているようだな」
「むしろ遠回りと言うべきかもしれませんがな」
 雷銅が舌打ち混じりに言うと、赫昭がそれに応じた。
「ところで斥候の報告によれば、この平地の先に曹操軍の本陣があるようですが、馬鉄
殿はどうお考えですかな。作戦を一歩ずつ進めていくために正規軍の援護に向かいます
か?それともこのまま一気に敵本陣を抜きますか?」
 馬鉄は腕組みをした。こんな時父さんならどうするだろう。孟起兄さんやキユ兄さんなら
どうするだろう。
「鉄殿は敵の刺客を恐れた方がいいな」
 閻行がぽつりと漏らした言葉に馬鉄は粛然とした。そうだ、まずは敵の参軍を潰すべき
だ。
「まずは敵本陣を目指します。カン沢、楊脩を捕えるのが先決でしょう。正規軍の援護は
残敵掃討と併せて行えば十分でしょう」
「ははっ」
242馬キユ:03/01/13 23:19
 曹休は胃がキリキリと痛むのを堪えながら指揮を執っていた。相手は勇将と名高い
ホウ徳だ。軻比能の援護があってさえ、ホウ徳が指揮する騎兵の攻勢に対して劣勢を
強いられている。自分がホウ徳と比べて部隊の指揮能力に劣っているとは思わないが、
指揮官の驍勇が戦意を鼓舞するという点において、数歩を譲らなければならないよう
だった。
(だが、ホウ徳を倒さねば子建の身柄を取り返せない)
 曹休にとっては主君であり、また義理の父親とも言うべき曹操が溺愛しているのが
曹植である。わざわざ援軍の要請を受けて「救えませんでした」では、あまりにも面目
が立たない。
「者共、火を放て。馬とて生き物、火を見れば怯える」
 曹休は部下に命じた。延焼によって敵兵が死傷すれば儲けものだ。
 枯れ草が秋の乾燥した空気に煽られて次々と燃え上がった。ホウ徳の部隊の統率が
乱れる。
「ちぃっ、小癪な」
 乱れた部隊を立て直しながら、ホウ徳は舌打ちをした。火を消そうと思えば一旦馬から
下りないと無理がある。全部隊挙げて消火活動をするわけではないが、自然攻撃の
手は緩めざるを得なかった。
 だがその一方で、曹休は曹休で一息ついている暇もなく、凶報に接していた。即ち
司令部の壊滅である。
「楊脩もカン沢も何をしている!?」
 曹休は思わずそう怒鳴っていた。
「汝南から駆けつけた馬騰軍に本陣を急襲され、我が軍は武運拙く……」
「武運?奴等に一体どんな武運があるというのだ。文官は文官らしく城に篭っておれば
よいものを……!」
 伝令の返答に対して、曹休が音高く歯ぎしりをする。まして馬鉄や韓玄が如き凡将の
虜囚となるとは、情けないにも程がある。日頃どれだけ賢しらげに振る舞っていても、
所詮文弱の輩でしかないという事か。
243馬キユ:03/01/13 23:20
「将軍、いかがなされますか」
 伝令が恐る恐る訊ねる。
「いかがも何も、我が軍はまだ負けたわけではない。押し返せ!」
「文烈殿、落ち着かれよ。ここは引き際ですぞ」
 だがいつの間にか軻比能が自ら駆けつけて、曹休の手綱を握り締めていた。
「何を言う軻比能。我が軍はまだ戦える。ここが正念場ではないか。何としても許都を
守り抜くのだ。ええい者共、ホウ徳軍を蹴散らしてやれ!」
 曹休は声を嗄らして麾下の将兵を叱咤したが、軻比能が沈痛な面持ちで苦言した。
「確かに我々の軍はまだ戦えますが、他の友軍は既に壊走を始めております。孤軍が
奮闘するのは敗者の美学に過ぎません。ここは我々だけでも傷の浅いうちに引き上げ、
捲土重来を期すべきでしょう。土地など一時的に失ってもまたいくらでも取り返せます」
「だが子建の檻車が目と鼻の先にある。このままおめおめと引き下がれるか。第一閣下
に対して申し訳が立たん」
「虜囚となってしまった以上どうしようもありません。戦場に出る以上、ある程度の事は
覚悟せねばならんのです」
「そんな事は言われずとも解っている!」
「では御自重なされませ。子建殿に加えて文烈殿まで失ったとあっては閣下の御心痛
はますます深いものとなりましょう。子脩殿と典韋殿を失われた時の事を思い出されませ」
 曹休は沈黙した。軻比能が更に続ける。
「大丈夫です。子建殿なれば必ずや解放されましょう。今我々がすべき事は敗軍を纏め、
損害をこれ以上大きくしない事です」
244馬キユ:03/01/13 23:22
「……解った」
 半瞬の後、曹休は呻くように答えた。こんな時に決断を迷っていては身命に関わる。
そして彼の理性は軻比能の進言を是としていた。だが無念の思いは抑え切れなかった。
「……それにしても我が軍の懐中深くにいきなり斬り込んでくるとは、敵の指揮官は
なかなか侮れませんな。汝南太守は確か馬騰の次男と聞き及んでいますが、奴の
指図によるものなのでしょうか」
 軻比能がぽつりと呟く。その一言に曹休はぎょっとした。
 もし今軻比能が言った事が当たっているとすれば、キユが自分の邪魔をしたという事
になる。
(あのキユが……まさか、そんな――)
 キユは漫画家を名乗り平和主義を標榜し、人はおろか鳥獣一匹すら殺せない男の
筈だ。自分はキユとは長年親しく交わっているが、キユから威圧感や知略への畏怖を
感じた事は一度もない。そのキユが、自分や曹操軍の前に今後立ちはだかってくると
いうのか。
(馬鹿々々しい――)
 曹休はその考えを一蹴しかけてふと、キユの戦績を思い出した。
 安定ではキユ一人に逃げ粘られて一時撤退した。宛はこっちが戦い疲れた隙を突か
れて陥された。新野、汝南では倍する敵を打ち破って入城した。
 曹休は不意に慄然とした。キユが本人の意志とは裏腹に、侮るべからざる将才を有した
名将のように思えたのである。
 友か敵か。新たな悩みを抱える事となって、曹休は鬱々と楽しまないまま陳留へと駒を
飛ばした。
245馬キユ@プレイヤー:03/01/13 23:25
>>236
ええと、確かにキユが暴走するとマズイんですよね。ちょっと反省です…。

>>237
あちこちの板、あちこちのスレでお見かけしてますから、ご本人ではないと
拝察しますが、書き込んで頂きありがとうございます。
応援してます!がんばってくさい
247山崎渉:03/01/22 14:43
(^^;
248馬キユ@実家から:03/01/23 01:26
現在時期はずれの帰省をしていて執筆がすすみません。
応援してくださっている皆様にはすみませんが、今しばらくお待ちください。
陳謝、陳謝。
保守
ガンガレ保守
応援保守
がんばれ保守
曹休と馬キユ。
いづれ戦場であいまみえる事になるのだろうか。

「悲しいけどこれ戦争なのよね」
期待保守
おう、スレッド最下層にあるのですな。
まあ保守書き込みをしているかぎり大丈夫でしょう。
糞スレが上がってる時に良スレが最下層てのも乙とりあえず保守
本当に最下層にいるので、一応保守。
258某歌詠み:03/02/08 10:56
休を煮て羹となす

休をこし以て汁と為す
鉄は釜の下に在りて燃え
休は釜の中に在りて泣く
本是馬騰より生じたるに
相煎ること何ぞ太く急なる


馬一族の行く末を思う。
259 ◆WjH3ipsgKg :03/02/11 22:37
asa
age
捕手
264馬キユ:03/03/01 13:37
建安二十二(217)年10月
【翳】
―魏郡―
 現在[業β]を支配しているのは、かつて「江東の小覇王」の異名を取った孫策である。
孫策は既に不惑を過ぎて威風に威厳を加えているが、その勢力は馬騰、曹操の軍勢に
食い散らされており、往年の勢威と比べればかなり汲々としている。かつ次弟の孫権は
北方にあって孤立していた。一歩間違えば全滅の憂き目を見るこの状況下で孫権は
よく守り、よく攻め、遂に[業β]を陥した。
[業β]を失った曹操はかなり焦り、濮陽の程cに[業β]の奪還を命じた。程cは直ちに、
曹彰を総大将として師を起こした。
 孫権は迎撃策を採った。自ら黎陽まで出陣して本陣を構える。
「いかに南船北馬とはいえ、黄河の水上では舟が強いに決まっている。敵の大将は
愚物だな」
「そうですな」
 太史慈の言葉に朱然は頷いた。二人は今、楼船の楼閣に上って戦況を遠望している。
前線では黄蓋が指揮する先鋒が曹操軍と既に戦端を開いていた。
 敵の総大将は曹操の三男だと聞いている。武勇には自信があるようだが、戦場の
有利不利の見極めすらつかないようでは只の猪武者だ。恐れるべき何物もない。
朱然はそう思った。
265馬キユ:03/03/01 13:37
「しかし公覆(黄蓋)殿の用兵はますます老練さを増していますな」
「うむ。あれでは最早大人と赤子の戦いだ。いくら敵が水戦に不慣れだとはいえ、こうも
不甲斐なくてはかえって興を殺ぐな」
 太史慈が苦笑する。事実、白馬津を出港した曹操軍は全軍で黄蓋の一部隊に襲い
掛かっているのに、逆に黄蓋によっていいように手玉に取られていた。
「これでは我々の出る幕はありませんかな」
 朱然は自問するように呟いたが、太史慈はふっと真顔に戻った。
「いや、そうもいくまい。猛将はその手綱を取る将の如何によって虎にも龍にもなる。
将来の禍根は今のうちに絶っておくべきだろう」
 太史慈のその言葉は自らの過去を振り返ったものでもあり、それだけに朱然は確かな
説得力を感じた。
「では我々も軍を動かしますか」
「そうだな。蒙衝、走舸を主力として速やかに敵の後背を絶つとしよう」
266馬キユ:03/03/01 13:39
 結局、孫策軍はさしたる損害もなく曹操軍を撃退した。勝鬨を挙げながら意気揚々と
凱旋しようとした太史慈たちだったが、そこへ伝令が駆けつけて急報を伝えた。
「 [業β]が馬騰軍に陥されただと?!一体どういう事だ!」
 太史慈は色めき立って伝令の胸座を掴んだ。伝令は太史慈の形相に怯えながらも、
[業β]の留守を預かっていた閻圃、文欽の両名が城ごと馬騰に寝返った事を付け加えた。
「うぬう、降将の分際でよくも……!」
「むしろ降将のゆえかもしれん。奴等如きに大事な城を預けた儂らも間違っておった。
子義殿も鎮まられよ。その伝令のせいではないゆえな。それより伝令殿、儂らはこれから
どうすればよいか、ご府君より承っておるのかな?」
 地団駄を踏んで悔しがる朱然と太史慈を宥めながら、黄蓋は伝令の兵士に向かって
訊ねた。伝令はほっと胸を撫で下ろしながら答えた。
「はっ。我が軍は既に労、馬騰軍は佚、加えて陸上で戦っても勝ち目はない。このまま
黄河を下って逃げよとの仰せです」
「はて。それでは南皮に帰る事が出来ないが」
 朱然は首を傾げた。確かに黄河を下れば騎馬の馬騰軍は追ってこれないが、それでは
南皮ではなく平原に向かう事になってしまう。
「御意。そのまま平原を陥せとの仰せです」
267馬キユ:03/03/01 13:39
「面白い」
 伝令の返答に太史慈がにやりと笑った。無為に南皮に帰るのは芸がない。孫権のこの
命令は我が意を得たものであった。
「ふむ、解った。しかしそうするとこの捕虜はどうするかな?」
 黄蓋は傍らで縄目を受けて転がっている曹彰を一瞥した。曹彰は捕まる際に溺れて
黄河の水をたらふく飲まされたのか、その顔には生気がまるでなかった。朱然はせせら
笑って言った。
「そのような者に拘泥している暇はないでしょう。そのまま黄河に突き落としておいては
如何ですかな。時を経ずして藻屑と化すでしょうよ」
「なるほどな」
 太史慈は一つ頷くと、曹彰の身体を河面へ蹴り落とした。黄蓋が止める間もなかった。
「結局河に突き落とすのであっては、何の為に捕まえたか解らんわい」
「そういう事もままあります。お気に召されるな」
 黄蓋がやれやれという表情で、黄色い水面に見え隠れしながらどんどん遠ざかって
いく「もの」を見送る。その肩を太史慈が軽く叩いた。
268馬キユ:03/03/01 13:40
―業β―
「此度の軍師殿の作戦は見事であった。神算鬼謀とはまさにこの事であろう」
  [業β]に入城した馬騰は、開口一番、階下に向かってそう語りかけた。馬騰の視線の
先で孔明が恭しく一礼した。
「臣は一筆認めたまでです。我が君のご威光こそ此度の勝利を導いた根本でしょう」
「いや、その一筆こそがこの[業β]を無血開城させた。機を見るにも敏。軍師殿の知謀は
三軍に匹敵する」
「過分なお褒めを頂き恐縮の極みです」
 孔明は再び一礼した。
 とその時、馬騰が軽く咳き込んだ。
「我が君、どうかなさいましたか」
「いや、何でもない」
 孔明の問いかけに馬騰は軽く手を挙げて答えると、降将の閻圃と文欽の名を呼んだ。
「はっ」と答えて両名が一歩進み出た。
「そなたらもよくぞ正道に立ち戻った。今後は逆賊を討ち天下に再び安寧を将来する為に、
儂に力を貸して欲しい」
「御意」
 閻圃と文欽は同時に手を高く束ねて一礼した。
269馬キユ:03/03/01 13:41
 馬騰は新たに自分に宛がわれた私室に戻ると、我慢しきれなくなったのか、顔を
歪めて胸を鷲掴みにした。続いて喉道を何かが込み上げてきて、馬騰は空いている
手で口を押えた。
 ごほごほと、さっきよりも激しく咳き込む。少しして、指の隙間から僅かに、赤いもの
が漏れた。
(くっ、ここまで来ながら病に冒されるとは……)
 馬騰は暗澹たる思いに囚われた。
 不意に膝ががくりと落ちた。慌てて床に手をつき、体を支える。
 落ち着くまでに多少の時間を要した。
「儂の身体もそろそろ限界か……」
 馬騰は椅子に深く凭れ掛かると長嘆息した。今し方自分が膝をついた場所に視線を
転じる。床には赤い手形がくっきりと残っていた。
 馬騰は今年で63歳である。決して短い人生だったとは思わないし、今までの人生が
充実していなかったとも思わない。だが道は未だ半ばであり、為さなければならない
事はまだまだ多かった。まだ死ぬわけにはいかない。だが自分に残された時間があと
僅かである事は、本能的に理解していた。
 もしかするとこの冬はもう越せないかもしれない。それはもう仕方がない。だがそれ
までに自分ができる事は何か。しておきたい事は何か。馬騰は血に塗れた手を拭い
ながら、そんな事に思いを馳せ始めた。
270馬キユ@プレイヤー:03/03/01 13:47
>>249-263の皆様

1月末以来の音信不通及び続きが遅くなってしまいました事は本当にすみませんでした。
私がこのように甲斐性のない人間でありながら、その間保守・応援して下さっていた
皆様には感謝の言葉もありません。改めて御礼申し上げます。
何とか、完結するまでは何とか続けていくつもりですので、今後とも改めて宜しくお願い
いたします。

平成癸未 弥生朔日 馬キユ拝
>>270
お帰りなさい。
yahooBBに対するアク禁で家からは書き込みできぬ始末。
今日もこっそり○○から保守。
>>270
いつも愉しく見させていただいいております。
新作を待つのも心愉しいもの。
無理はなさらずに。
273山崎渉:03/03/13 16:25
(^^)
ホシュ
>>274
保守らないように。
276馬キユ:03/03/30 19:48
建安二十二(217)年12月
【偽りの華燭】
―業β―
『左中郎将、危篤』
 僕たちはその急報を受け取って、取るものもとりあえず[業β]に駆けつけた。
出迎えた閻圃に案内されて、父さんの病室のドアを開ける。
「お父様!」
 ドアを開けた僕の脇を、雲碌がすり抜けて室内に駆け込んだ。
「む。来たか」
 兄さんは腕組みをしたまま振り返った。雲碌の姿を見て綻んだ顔が、僕の姿を
見つけて不機嫌な表情に戻る。こんな時までそんな露骨にヤな顔をしなくても
いいだろうに……。
 僕は努めて冷静を装いながら、兄さんの反対側に立っている孔明に
「父さんの容態は?」
 と訊ねた。けど孔明は
「詳しいお話は後に致しましょう。今はまず、我が君にご挨拶なされませ」
 と言ってベッドに視線を落とした。
 僕は孔明の視線に促されて、病床に横たわっている父さんを見た。父さんは
ここ最近急激に衰えたのか、顔も身体も痩せて小さくなっていた。
「父さん、キユです。遅くなってすみません」
「おお、キユか」
 父さんは雲碌にしがみつかれたまま、首を僅かに僕の方に向けて答えた。その
声は弱々しく、往年の張りも威厳もなかった。
 病人というより死人のようなその顔色。僕はふっと、うそ寒いものを覚えた。
「よく来たな。今年の冬は寒さが殊に身に染みる。そなたたちも気を付けるがよい」
「……はい」
 僕は頷いた。頷くしかなかった。
277馬キユ:03/03/30 19:50
「ところで鉄はおるか」
「はい。ここに」
 鉄が進み出て父さんに顔を見せた。父さんは鉄の顔を見てほっとしたのか、
弱々しく微笑んだ。
「うむ、そなたも元気そうで何よりじゃ。死ぬ前にそなたらの顔をもう一度見れて
安堵した」
「気弱な事をおっしゃいますな。父上は漢朝にとって重要な御方、まだまだ
死なれては困ります」
「気休めは要らんぞ、鉄。儂はもう長くない。自分の事じゃ、自分がいちばん
よう解っておる」
「何をおっしゃいますか。文約の伯父御などはまだまだ矍鑠(かくしゃく)としたもの
ではありませんか」
「文約か。確かに彼奴は元気なものじゃな。儂より10も年長だというのに。そして
強かじゃ」
 父さんは苦笑混じりの溜息を吐いた。
「そう言えばまだ文約の姿は見えんの。孟起、軍師殿、彼奴は呼んだのか?」
「はい。しかし何分文約殿は四川の地におられますゆえ、報せが届くにも時間が
かかります。今は漸く成都を発した頃ではないでしょうか」
 憮然とする兄さんを放置して、孔明がそう答えた。もしかしたらこの二人の間で、
韓遂を呼び寄せるか否かで揉め事があったのかもしれない。
 父さんはちょっと寂しそうな顔をした。
「そうか、なら仕方ないの。奴が着くまで待ってやらねばなるまい。……ときに雲碌」
「何でしょうか」
 不意に名前を呼ばれて、雲碌は目許を拭いながら顔を上げた。
278馬キユ:03/03/30 19:51
「儂は今そなたらに会えてほっとしておるが、しかしまだ心残りがないわけではない。
それは偏にそなたの事じゃ――と言えば解ってくれるな」
 けど雲碌は本気で何の話か解らなかったのか、きょとんとした。父さんは苦笑した。
「仕方ないの、はっきり言おう。そなたまだ結婚するつもりはないのか?儂は死ぬ前に
…一度でいい、一度だけでいいからそなたの花嫁姿を見てみたい。前にも言うた事
じゃが。せめてもの親孝行じゃ、何とかしてくれんものか」
 雲碌が目を見張って指先を口許に宛てた。よっぽど驚いたのか、声がない。
 ……けど、この話は僕にとっても青天の霹靂だった。雲碌が誰か他の人のものに
なると思うと、頭がくらくらした。
「ですが私は……」
 雲碌が口篭もりながらちらりと僕の方を見た。思わずドキリとする。
「儂はそなたが女として一人前になったのを見てから九泉の下へ旅立ちたい。頼む、
このとおりじゃ」
 父さんは咳き込みながらそう言った。雲碌はそれを聞いて眉を曇らせた。
 孔明はそんな両者に視線を走らせると、
「我が君、長話はお身体に毒です。この話はまた後刻として、今は少し休まれませ」
 と促した。父さんは少し不服そうな表情をしたけど、
「そうじゃな。皆の顔を見れてほっとした。今は軍師殿の助言に従おう」
 と言って僕たちを退室させた。
279馬キユ:03/03/30 19:52
 暫くして孔明も父さんの部屋から出てきた。それを待っていた僕は早速孔明に
声を掛けた。
「キユ殿、に姫君ですか。ご嫡子と鉄殿はもうおられないようですね」
「ああ。兄さんは鉄を連れてどっかに行ったよ。それより父さんの容態は」
「あまり宜しくありません」
 孔明は静かに頭を振った。
「正直、今度の正月を迎えられるかどうか」
「そんな……」
 雲碌が眉間に憂いを湛えた。孔明はそんな雲碌を一瞥して言葉を続けた。
「ですから焦っておられるのですよ。勿論天下の統一ではなく、姫君のご結婚を
ですが。しかし我が君のお気持は解りますが、結婚というものは相手があって
初めて出来る事。かといって無理強いされて肯んずる姫君でもなし。難しいもの
ですな」
 雲碌はずきんと胸が痛んだ。不意に先刻の父の姿が思い出された。
 あれが本当にあの父だろうか。巌のように大きくて水牛のような力を誇っていた
父。漢朝の臣下として高位に昇り、四方に威厳を払っていた父。その父が今は
見る影もなく痩せ衰え、弱々しく自分の手を握ってきた。その手を無下に振り払う
のは彼女にとってあまりにも辛すぎた。
280馬キユ:03/03/30 19:53
 考え抜いた末に、雲碌は一つの案を思いついた。
「軍師様。私はどうしても結婚せねばなりませんか」
 雲碌の言葉に僕は吃驚した。まさか雲碌は真剣に結婚を考え出したんだろうか。
「妙齢だとは思いますが、年齢的にはまだ急がれるほどではありませんね。それとも
誰か意中の人でもおありですか」
 孔明が細い顎鬚を軽くしごきながら訊ねた。雲碌は不意に頬を桃色に染めた。
そんな雲碌の様子を見て、僕はすごく不安になった。
「……いえ、意中の人というか、そういうのとは少し違いますが」
 なんだ。僕は心中ほっと胸を撫で下ろした。
「ですが、花嫁の真似事ならば出来るかもしれません」
「真似事ですか?」
「はい」
 孔明は雲碌の真意が掴めずに首を傾げた。僕も同じ気分だ。
「よく解りませんが、つまり誰かの許へ嫁ぐわけですか」
「いいえ、華燭の典を挙げる事なら出来るという意味です。あくまで宴だけですが」
「偽りの華燭、ですか」
「はい」
「しかしそれで我が君が納得されますかな」
「それで納得して頂くより他はありません。それ以上の事は私には出来ませんから」
「……解りました。我が君にはそういう事で話してみましょう」
 孔明は嘆息してそう答えた。
「ところで、偽の花婿には誰かお心当たりはおありですか?……愚問かもしれませんが」
 孔明がそう訊ねると、雲碌は今度こそ耳まで赤く染めて俯いた。
281馬キユ:03/03/30 19:55
 [業β]でささやかながら結婚式の真似事が行われたのはそれから暫く後、
24日の事だった。
 宴の主役は勿論雲碌だ。そしてもう一人の主役、花婿の役目を務めたのは
……僕だった。
 最初に雲碌の口からこの申し出を聞いた時、僕は驚きのあまり言葉がなかった。
何より雲碌自らがそれを望んでいるというのが嬉しくて、天にも昇る心地がした。
真似事だとは解っていても、顔が緩んでしまうのをどうしても止められなかった。
 この案件は、父さんには孔明が伝えた。父さんは話を聞いた瞬間、胸を抑えて
悶絶したらしい。…気持は解るよ。だって傍目には兄妹なんだから。
 父さんは気を取り直すと雲碌を呼びつけて、長い間話し込んだみたいだ。そこで
どんな事を話し合ったのかは知らないけど、結局は雲碌の主張が通ったという事
だった。
「臣もその場に同席していたわけではありませんので」
 父さんと雲碌が後刻話し込んだという事を教えてくれた孔明も、そう言って詳しい
話は聞かせてくれなかった。
 宴の間、父さんはあきらめたような顔をしていた。韓遂は素で僕たちを冷やかしに
来たけど、鉄は複雑そうな表情で、兄さんはあからさまに憮然とした表情で、ともに
近くに座りながら距離を取っているような感じだった。
 宴は最後まで、どこか上の空で過ぎて行った。
 そして今、僕と雲碌は [業β]城内の一室に下がっていた。
 もう夜はだいぶ更けた。室内には僕たちの二人だけだ。目の前には天蓋つきの
ベッドがあり、絹のシーツが蝋燭の明かりに照らされて仄かに煌いていた。
 ――ここまでは「飯事」のシナリオのうちだ。僕が雲碌を伴ってこの部屋に引き揚げ
てきた事でこの「飯事」は終わる。これで僕の「雲碌の花婿」という役目も終わる。
勿体無いような、それでいてほっとしたような気分が僕を包んだ。
282馬キユ:03/03/30 19:56
「……お兄様」
 不意に、雲碌に呼ばれた。
「何だい、雲碌」
 僕は応えたけど、その声ははっきりとかすれていた。平静を努めたつもりだったけど、
声帯は僕の意思に反して緊張を極めているようだった。
 そりゃそうだ。だってこんなシチュエーションは生まれて初めてなんだもん。
「はは……何だか照れ臭いな。飯事なのに」
 僕は笑って誤魔化すと、
「じゃあ、僕はこれで失礼するよ。花婿の役はもう終わったからね」
 と言って踵を返した。
 けど。
 その背中を雲碌がきゅっと掴んだ。
 どきっとした。
「……何だい、雲碌」
「お兄様の役目はまだ終わっていません」
 小さいけどはっきりとした声。何かを決意しているような声だった。
「まだ何か残ってたかな」
 胸が高鳴った。嫌でも声が上ずる。
「はい。夜が明けるまで私は花嫁、お兄様は花婿です。今からお兄様に帰られては、
花嫁である私が恥を掻いてしまいます」
「そ、そうかな」
「はい。ですから今宵は私と一夜をともに過ごして頂きます」
 僕の心臓が早鐘を打った。間髪を入れず浮かんでくる妄想を必死で振り払いながら、
僕はゆっくりと口を開いた。
283馬キユ:03/03/30 19:57
「……その表現は何とかならないか」
「何がですか」
「『一夜をともに過ごす』ってのが。それってその……アレを想像させるから」
 背中越しに微かな吐息が聞こえた。雲碌の表情が見えないから、その意味する
ところはすぐには解らなかった。
「お兄様は嫌ですか」
「いや、僕が嫌とかより雲碌が」
「私は覚悟は出来ています。――私を抱いて下さい、お兄様」
 衝撃の一言だった。
 僕の心臓はとっくに、フルマラソンを完走したかのように激しく動悸している。同時
に愚息が鎌首を擡(もた)げた。
 抑えないと。僕はそう思ったけど、こんな状況で股間に手を回すわけにもいかず、
ただただ焦るばかりだった。
「けど僕たちは兄妹……」
「それは儒が禁じているからですか?」
「う、うん」
「でも、私は儒など意に介しません。私はお兄様でなければ嫌です」
 ひたりと、背中に何かが触れる感触。雲碌の額だろう。そして。
「……お願いします。せめて今宵一夜だけでも――」
284馬キユ:03/03/30 19:58
 消え入るような雲碌の声。
 僕は頭がくらくらした。雲碌がしおらしくて、可憐で、どうしようもなく愛しかった。
 我慢の限界だった。
 もう何がどうなってもいい。僕は咄嗟に振り返ると、漫画の事も父さんの事も
何もかも忘れて、雲碌の身体をきつく抱きしめ――ようとした。
 ドアをノックする音が聞こえたのは、その時だった。
「キユ殿、姫君、御取込中のところ申し訳ありません」
 孔明の声だった。
 僕はハッとして雲碌を見た。雲碌も我に返った様子で、頬を朱に染めながら
僕を見返していた。
 危なかった。もう少しで僕たちは一線を超えてしまうところだった。僕は雲碌の
背中に半ばまで回していた手を、素早く引っ込めた。
 僕が入室を促すと、孔明は静かにドアを開けた。
「キユ殿、我が君がお呼びです」
 内々にとの仰せですのでお一人でいらして下さい、と付け加える。
 正直、助かったと思った。僕は渡りに舟とばかりに、憮然とした顔の雲碌を一人
部屋に残して、孔明に跟随した。
285馬キユ:03/03/30 20:00
 僕が父さんの病室に通されると、孔明はまた静かに外から扉を閉めた。
 本当に父さんと2人きりの状況。しかも父さんは病床にある。何か余程の事があるん
だろうか。
「父さん、呼びましたか」
 僕はそう言って父さんの枕元に歩み寄った。僕の声をを聞いて、父さんはやつれた
顔をゆっくりとこちらに向けた。
(本当に歳を取ったな……)
 僕は改めてそう思った。僕がこっちに着いてからますます老け込んだ気配がある。
それは日を逐う毎に老け込んでいったのか、今日の事で一気に老け込んだのか、
その区別はもうつかないけれども。
「そうか、来てくれたか…」
 父さんは目を細めて言った。多分笑ったつもりなんだろうけど、頬の筋肉は微かに
震えただけでほとんど動かなかった。
「訝しな事をおっしゃいますね。父さんが呼んだんじゃないですか」
「そうじゃな。そうじゃった」
 父さんは今度ははっきりと苦笑すると、軽く咳き込んだ。
「大丈夫ですか」
「大丈夫なわけがあるか。黄泉は既に儂の為に門を掃き清め出しておるというのに」
「お気の弱い事をおっしゃらないで下さい」
「無駄な気休めは要らん。どうせなら儂が安心して死ねるような気休めを言え」
 父さんは真っ直ぐに僕を見つめた。その眼光はかなり濁ってきているものの、まだ
微かに光を放っていた。
286馬キユ:03/03/30 20:05
 僕が何の事か解らなくて首を捻っていると、父さんは溜息交じりに苦笑した。
「解らんか。後継問題の事じゃよ。儂の後を継ぐべきは孟起じゃ。あ奴が継ぐ事に
群臣はいろいろと不満があろうが、それだけは譲れん。そなたに異存はあるか?」
「いえ、全然。僕も兄さんに継いで欲しいです」
「そうか。なればよい」
 父さんはほっとした様子で顔を綻ばせた。
 僕はそれを見て安心する一方で、何だか拍子抜けしていた。そんな話をする為に
わざわざ人払いをしてたんだろうか?それも何か訝しな話だ。
「どうした?何か物足りなさそうな顔じゃな」
 父さんは目敏く僕の表情を窺ってそう訊ねた。
「あ、いえ、そんな事はないです」
 僕はそう応えたものの、
「で、話はそれだけですか?」
 と訊いてしまった。すると父さんは急にふっと寂しそうな表情をして
「そうじゃな…。今一つ二つばかり訊いておきたい事もあるが、或いは訊かぬ方が
よい事やもしれん」
 と呟いた。
 随分と持って回った言い方だなあ。僕はかえって気になったけど、父さんが訊かない
というのなら無理強いする必要もない。
「父さん。父さんはああ言ったけど、僕はやっぱり父さんにもっと長生きしてほしい。
だから気弱な事は言わないで下さい。じゃあ僕はこれで」
 僕はそう言って踵を返した。けど扉に手が届く距離まで歩いたところで、父さんが
僕を呼び止めた。
287馬キユ:03/03/30 20:11
「何でしょうか」
 僕は振り返った。
 父さんは少し逡巡した後、思い切ったように口を切った。
「訊くまいと思っておったが、やはり一つだけ訊いておこう。キユよ。今ここに来たと
いう事は、雲碌を抱かなかったんじゃな?」
 僕ははっとなって父さんを凝視した。父さんは一体、何を、どこまで知っているん
だろうか。
「儂の顔色を窺う必要はない。相手にそなたを指名したのは他ならぬ雲碌じゃからな。
恐らく雲碌はそれを望んでおったんじゃろう。そなたが呼び出されても来ないという
のであれば、それはそなたが雲碌に応えたという事じゃと判断するつもりでおったが…。
で、どうじゃ。抱いたのか?抱かなんだのか?」
「…………まだです」
 長い沈黙の後、僕はそれだけ答えた。父さんの目がぎょろりと動いたような気がした。
「ふむ。『まだ』という事はそなたも雲碌を抱きたいんじゃな?」
 僕は自分の迂闊さを呪った。素直に抱いてないと答えれば済んだ話なのに。返答に
時間を費やしながら、随分と間抜けな返事をしたもんだ。
「…………はい」
 再び長い沈黙の後、僕は観念してそう答えた。弱ってる父さんに心労を増やすよう
だけど、違うと言っても信じてくれないだろうし、何より雲碌の気持が僕を突き動かした。
 けど父さんは僕の返事に怒気を発するでもなく、淡々と言ってのけた。
「そうか。なら仕方ないの。抱きたければ抱くがよい」
「……えっ?」
 僕は自分の耳目を疑った。父さんは大きく一つ、溜息を吐いた。
288馬キユ:03/03/30 20:13
「お互いの気持が同じでは、これから死にゆく儂にはどうにもできん。それに
そもそもそうなる原因を作ったのは儂じゃろうしの。
 思えば儂は、そなたと雲碌が兄妹として親密になる事を望んでおった。それが
兄妹の矩を越えてしまったのは、やはり……」
 父さんはそこで不意に言葉を切った。
 しばしの沈黙。
 父さんのその沈黙が何を意味しているのか、僕には解らない。ただ、嫌な予感は
した。
もしかすると父さんは、僕が実の子じゃない事に気付いているんだろうか……?
「先程も言うたが、雲碌を抱きたければ抱くがよい。じゃが1つだけ約束してほしい」
「何でしょうか」
 僕は胸の動悸を隠しながら訊ねた。
「この戦乱が治まるまでは辛抱して欲しい。そして海内が再び統一された暁には、
2人して隠棲し、どこか人目の届かぬところで静かに慈しみ合ってくれ。くれぐれも
人目を憚らぬような真似だけはしてくれるな」
「約束事が2つになってますけど」
「措け。で、どうじゃ。守ってくれるか」
「……はい」
 僕は少し躊躇った後、そう応えた。
 僕は今後、雲碌を抱くか抱かないかで心が天秤のように揺れ動くだろう。その時
父さんとのこの約束は、必ず僕を戒めてくれる筈だった。
「そうか。では改めて頼む。雲碌を末永くよしなにな」
「はい」
 僕は父さんの安堵顔を、一抹の罪悪感とともに見詰めながらそう答えた。
 それが、僕が父さんと交わした最後の会話だった。
289馬キユ:03/03/30 20:14
 キユが退室すると、馬騰はもう一度大きく溜息を吐いた。今まで溜りに溜まっていた
何か重たいものを吐き出したような、そんな溜息だった。
(遂に訊かなんだの……)
 馬騰は天井を見上げながら、心中で呟いた。
 違和感を感じ始めたのはいつからだったろうか。
(あ奴の絵を見た時からかの)
 休はそれまで、絵筆はおろかおよそ文物に対して疎い人間じゃった。それがある日
突然、慣れた手つきで絵を描いてみせた。考えてみれば訝しな話じゃった。
 容姿は休そのものじゃった。親の目から見ても本人にしか見えなかった。だが中身は
まるっきり別人になっていたような気がする。
(中の人などおらん。おる筈がない。馬鹿げた話だ)
 何度もそう自分に言い聞かせた。だが信じ切れなんだ。今にして思えば、雲碌をあ奴
の傍に置いたのは、その不安があったからではなかろうか。
 じゃがまた今では、別人であってほしいと願う自分がおる。それは家中の為でもあり、
また可愛い雲碌の為でもある。
(じゃが…それでもそなたらは兄妹じゃ。この儂がそれを覆すわけにはいかん)
 それゆえ、添い遂げるならせめて儒の目の届かぬところで。
 ――思えば充実した人生じゃった。キユのお陰で楽しくもあった。雲碌も良い婿を見つ
ける事が出来たようじゃ。思い残す事はもうない。
「雲碌の事、くれぐれも頼んだぞ、キユ――…」
 馬騰はそう呟きながら、深い眠りへと落ちていった。

 そして三日後。左中郎将・馬騰は[業β]城の一室で静かに息を引き取った。
290馬キユ@プレイヤー:03/03/30 20:15
続きが遅くなってすみませんでした(;´Д`)
ついに来た・・・・まっていました!!
馬騰殿が逝ってしまわれたか、おしい。
あえてキユの話題にふれないように・・
後継ぎ予想
○馬超
△馬休
×韓遂
 馬岱
 馬鉄
293無名武将@お腹せっぷく:03/04/04 20:28
「ほう、余を覚えていたか。しかし暫く見ぬうちに、鮮卑の王は随分と腑抜けに
なったようだな。戦わずして敵に背を見せるか」
「戯れ言ならいずれたっぷり付き合ってやる。今は預けておくぞ!」
 軻比能は馬に鞭を入れた。
「逃がすか!追え!」
 トウ頓が怒号した。
 逃げる軻比能をトウ頓軍が執拗に追う。いつしか軻比能は道に迷い、雷銅の
部隊に見つかって縛せられた。
 また、それとほぼ前後して劉勳の部隊も壊滅、劉勳は韓玄によって生け捕ら
れた。

 後少しで関が抜ける。そろそろ総攻撃の命を下すか。
 司馬朗がそう考えていた時、早馬が駆け込んできた。
「何事だ」
 質しつつも、司馬朗は早馬の顔が蒼白なのを看取して、凶報である事をほぼ
確信した。
 司馬朗は本隊壊滅の報告を黙って聞いた。
(遂に許昌からの増援は来ず、か。カン沢とやらはなぜ友軍に協力しない…?)
 …いや、もしかしたらこの遠征そのものが無謀だったのかもしれない。
 いずれにせよこれ以上の戦いは無意味だ。再起を図るに如かず。
 司馬朗はそう判断すると、早急に退却を開始した。
 しかし。
「何者かが退路を塞いでいるようです!『廖』の字が翻っています!」
「背後から敵が迫ってきます!旗印は『烏丸』!」
 次々ともたらされる凶報に、司馬朗は暗澹たる思いに囚われた。悪かったのは
他でもない、私自身の作戦案ではないか。虎牢関の堅牢さを畏れて迂回したの
がまずかったのだ。
「已んぬる哉……!」
 司馬朗は虚しく天を仰いだ。
294馬キユ:03/04/12 02:36
建安二十三(218)年1月
【弔旗粛々】
―業β―
 元旦の朝、兄さんの名を以って父さんの喪が発せられた。
 同時に、その事によって父さんの跡を継ぐのは兄さんだという事が内外に報せられた。
 けど兄さんが跡を継ぐのは本来当然である筈なのに、そこに至るまでの道は決して
平坦ではなかった。

 父さんが亡くなった翌日の12月28日に、「重臣会議」なるものが密かに開催された。
 出席者は韓遂、劉備、張松、孔明、そして僕の5人。
「兄さんの姿が見えないけど?」
 そう訊ねた僕に、韓遂は鼻で笑って
「奴の功績など取るに足らん、ここに出席する資格などない。――キユ、そなたと違ってな」
 と答えた。成程、この会議は韓遂の肝いりで始まった事なのか。……ってすると焦(きな)
臭いな。
「文約殿、それはいかがなものでしょうか」
 そう言って立ち上がったのは劉備だった。
「肝腎なのは功績の多寡ではありますまい。三男の馬鉄殿はいざ知らず、ご嫡子を差し
置いて次男の馬休殿が出席を許されるとは何事ですか」
「ほう。では豫州殿は先君の遺子を全て排除し、重臣だけで会議を行う方がよいと申される
のかな?それでもキユが我が軍の重鎮である事に変わりはないがの」
 韓遂は目を細めて笑った。逆に劉備は怒りで目を細めた。
「異な事を申されるな。ご嫡子の孟起殿が与れぬ会議に意義などありましょうか。況して
重臣だけで会議を行うなど以ての外です。そもそも何故此度のこの会議が行われるのか、
予には全くもって見当がつきません。出来ればご説明頂けますかな」
「なに、簡単な話じゃ。孟起を廃嫡してキユに跡を継がせようというだけの事よ。のう、キユ」
 不意に話を振られて僕はびっくりした。
「それは本気ですかな、馬休殿」
 劉備がジロリと僕を睨んだ。こ、こわ…。
295馬キユ:03/04/12 02:38
「い、いや。僕にそんな気はないよ、全然。韓遂が勝手に言ってるだけの事だから」
「遠慮深いのう。そこがまた孟起との器の違いじゃろうが。そうは思わんかな、永年殿?」
 韓遂に話を振られて、張松は「左様」と頷いた。
「それがしはキユ殿の後任として長安太守を務めていますが、キユ殿の良き噂を聞かない
日は一日としてありません。それが嫉妬でもあれば、また私にとって励みともなります。
斯様な善政を布ける者こそ、人の上に立つべきでしょうな」
「そんな、買い被りです」
 僕は慌てて手を振った。
「ん?遠慮する事はありません。いつぞや双子の姉妹が女官に仕官してきた事があります
が、その者たちはキユ殿に施しを受けた事があると申しておりました。これなどもキユ殿の
器量の大きさを示すものでしょうな」
 双子?記憶にないな…。でも困ってる人にお金を恵んであげた記憶は何度かあるか。
「いやでもそれは何て言うか…僕がたくさんお金を持ってたってしょうがないし」
「謙虚にして恬淡。出来るようでなかなか難しい事ですな。ご嫡子ではとても及びますまい」
 うげげ、張松も韓遂と同類なのかよ。
「馬休殿のお噂は予もかねがね耳にしています。が、それと後継問題とは話が別でしょう。
跡を継ぐべきはあくまでご嫡子です。それが秩序というものです。兄弟相争うは亡国の兆し、
兄でも嫡子でもある馬孟起殿を差し置いて家督を継ぐような事があってはなりません。
そうは思いませんか、軍師殿」
 劉備に同意を求められると、孔明は劉備には直接答えずに僕に向き直った。
「キユ殿、貴方は先君の遺志を継いで海内を統一したいと思われますか?」
296馬キユ:03/04/12 02:39
「……僕は早く平和な世の中になってほしいし、そうなる為に微力を尽くしたいとは思う。
けど国家元首になって全国民に対する責任を負う事はできない。そんなの僕の柄じゃ
ないし、そもそも僕にはその資格がないと思う」
 だって僕はこの時代の人間じゃないから。いつかいなくならなきゃいけない人間だから。
だからそんな責任を持つ事は出来ない。
「そなた以外に誰がその資格を持つというのじゃ、キユ!」
 韓遂が僕を叱咤する。
「わざわざ僕が背負わなくても、それを背負うべき人は他にきちんといるし、その人は
それを背負いたいと思ってる。わざわざ事を荒立てる必要はないと思う」
 劉備が満足げに頷く。逆に韓遂は顔を真っ赤にして喚いた。
「遠慮するにも程がある。遺臣の多くは既にそなたを次の主と定めておるんじゃ」
「僕に期待してくれるのは嬉しいんですが、それでも僕は一臣下でいたいと思います。
今はもう故人ですが、父さんともこの間、そう約束しました」
「キユ!」
「お鎮まり下さい、文約殿」
 孔明が呟いた。
「劉皇叔の言、誠に尤もかと存じます。正潤に則ってご嫡子に跡を継いで頂きましょう」
「ちっ、何を言い出すかと思えば。そなたとてキユが跡を継ぐのに賛成だったではないか」
 韓遂が押し殺したような声で孔明の急所を突く。しかし孔明は淡々と答えた。
「先君とキユ殿との間でそのような約束事が取り交わされているのでは致し方あります
まい。それに本人の意思に反して跡を継いで頂いても、キユ殿独りでなく、我々全ての
者にとって不幸を招来する事となりましょう。これ以上の無理強いは無意味かと存じます」
 韓遂は遂に沈黙した。それで決まりだった。
297馬キユ:03/04/12 02:40
「本当にこれで宜しいんですね、お兄様は」
 粛々と流れ行く弔旗の列の中で、雲碌はそう訊いた。
「何がだい?」
 キユは訊き返した。
「お父様の後を継がなくてもいいのですか、と訊いているんです」
「変な事を言うね。雲碌は僕が後を継ぐのには反対じゃなかったのか?」
「ま、まあ、それはそうでしたけど」
 雲碌は複雑な表情の顔を背けると、首筋に流れかかる栗色の髪を掻き揚げた。
 はっきり言って、今回の継承問題に関して、雲碌は不満があった。不満の根本的な
要因は劉備同様、重臣の合議によって後継者が定められた事にある。誰が後を継ぐ
事になるにせよ、一族である自分たちの意向を端から無視された事は腹を立てるに
十分だった。
 だがその一方で、胸を撫で下ろした部分も確かにあった。もし意見を求められていたら、
自分は何と言えばよかったのか、正直今でも解らないのだ。
 理屈では嫡男である馬超が継ぐのが当然だった。だが今の彼女にとって、後継ぎと
してより相応しい人物はキユに思えていた。キユに対する自分の感情を抜きにしても、
そう思えた。
 だが。もし仮にキユが後を継いでいたらどうなっていただろうか。
 キユは国政に忙殺されて、私の事を顧みてくれる時間がなくなっていたかもしれない。
更には兄妹としての壁が今まで以上に高く分厚いものになっていたかもしれない。
 少なくとも、群臣への体面を考えると、今までのような馴れ合いの関係は否応無しに
終わらせられていた事だろう。
 そう考えると、むしろこれでよかったのかもしれないという安堵感に包まれるのだった。
 この時の雲碌の思考は、自分とキユとの関係の変化に終始していた。馬超が不満を
抱いて骨肉の争いが勃発するとか、或いは継承問題に他国の介入すら許してしまうと
いったような事は考慮に入っていない。それだけ雲碌の視野は狭くなっていたのだが、
全ては未然に防がれた事だった。
298馬キユ:03/04/12 02:44
 けど、それはそれとして。
(お兄様は一体、私の事をどう思っているんだろう)
 こんな時にそんな事を考えるのは不謹慎だとは解っているが、雲碌はその事が
不安だった。
 自分の想いが普通の人と違っている事は、十分弁えているつもりだ。
 拒絶されたら今までのようにはいられない。兄妹という関係すら崩れてしまうのでは
ないか。そんな不安が何度も脳裡を過り、その度に私は躊躇った。
 男女の営みの事は正直よく解らないし、怖い。もしかしたら私は傷つくかもしれない。
 けど。もしそれで私が傷つくとしても、傷つくなら相手はお兄様がいい。否、お兄様で
なくては嫌だ。
 お兄様は何も言ってくれない。自分からは決して動いてくれない。それがもどかしい。
 だからあの夜、私は告白した。それこそ一生分の勇気を使い果たして。
 お兄様は振り向いてくれた。
 けど、応えてはくれなかった。何も言ってくれなかった。
 結局何も変わらなかった。
 もしあの時孔明が来なかったら、お兄様はどう答えてくれていたんだろうか。
 雲碌は横目でちらりと、恋焦がれる兄の横顔を見上げた。そしてそこで、自分の顔を
じっと見詰める兄の視線に気がついた。
 我知らず頬が熱くなる。気がつけば雲碌は、俯いて指をもじもじさせていた。
「な、何ですかお兄様。そんなにじっと見て」
「い、いや、何でもない」
 キユは訊ねられて言葉を濁した。慌てて視線を逸らす。
 一方のキユも、雲碌のうなじを垣間見てふと、先日の夜の事を思い出していた。
 あの時雲碌は確かに、僕に抱いて欲しいと言った。僕でなければ嫌だとも言った。
 それに対して、僕はまだ何も答えていない。危うく箍が外れかけたところに、折りよく
孔明が来てくれた。そして僕は、半ば逃げるようにあの部屋を出た。
 雲碌には本当に悪い事をした。どういう返事をするにせよ、出来るだけ早く返答しなく
ちゃいけない。答えるなら、今。
「……なあ雲碌。こんな時に不謹慎なんだけどさ」
 キユは思い切って呼びかけた。
299馬キユ:03/04/12 02:45
 雲碌がふわりと、小首を傾げる。そんな仕草がいつにも増して愛しい。
「何ですか、お兄様」
「この戦乱が終わって泰平の世が来たら――…」
 僕と一緒に旅に出ないか。
 僕はそう言いかけて口を噤んだ。
 一体どこへ連れて行くというのか。東夷の地、倭国へ?それとも僕の時代へ?
 もし倭国まで連れていって僕一人が元の時代に戻ったりしたら、残された雲碌は
どうなるのか。無責任な事は言うべきじゃない。
 僕は雲碌の事が好きだ。1人の女の子として愛してる。雲碌も同じ気持だとはっきり
解って、天にも昇るような心地だ。――けど、だからこそ雲碌を危険な目には遭わせ
られない。
(――いや、それは欺瞞だな)
 つい今し方の自分の考えを打ち消す。
 僕がいちばん惧れているのは、僕が元の時代に帰れなくなる事だ。元の時代に
帰りたくなくなる事だ。ここでそんな約束を交わし、例え雲碌がそれに肯んじたとしても、
僕が将来その約束を破ってしまうかもしれないのが怖い。
 だから今はまだ言えない。
「泰平の世が来たら何ですか、お兄様?」
 雲碌が続きを促す。僕は口篭もった。やがて。
「あ、いや――そんな日が早く来たらいいね」
 結局、僕はそれだけしか言えなかった。
「……そうですね」
 もしかしたら雲碌は何かを期待していたのかもしれない。あからさまに気落ちした
様子でそう答えた。
 ゴメン雲碌。僕は卑怯者だな……。
 キユはその言葉を、罪悪感とともに呑み込んだ。

 そんな2人の様子を、馬鉄は少し離れて、やや冷ややかに見守っていた。
300馬キユ:03/04/12 02:46
 同じ頃、葬儀を主催する馬超を憮然と眺めながら、韓遂は孔明に囁いた。
「じゃがの。孟起が新たな主君というて群臣が納得すると思うか」
「正潤に則ったのですから納得するでしょう」
「言い方が悪かったかの。理屈としては納得しても心情的に納得するまい」
「少なくとも私は納得していないな」
 いつの間に歩み寄っていたのか、司馬懿が韓遂の後に言葉を続けた。
「まあ後継争いの愚は私もよく弁えている。今この時期に異を唱えて家中に罅を
入れようとは思わんが、孔明殿にはその判断が正しかった事を証明して頂かなければ
なりますまい。貴殿の才腕に期待していますぞ。なあ軍師殿」
 司馬懿は最後の「軍師殿」という言葉に殊更に力を込めて言った。
 孔明は瞑目して答えなかった。
301馬キユ:03/04/12 02:48
 当の馬超は、自分が後継者に選ばれたと知らされても鬱々として楽しまなかった。
 父が亡くなる直前、キユだけを部屋に招じ入れて密談を交わしたらしい事。
 嫡子でありながら会議に対して蚊帳の外に立たされた事。
 会議にはキユが呼ばれていた事。
 会議の目的が廃嫡であり、キユの擁立であった事。
 何の事はない、自分が後継者に選ばれたのはキユが譲ってくれたからに過ぎない事。
「くそっ、キユめ。この俺に憐れみでも施しているつもりか!」
 馬超は觴を床に叩きつけた。既に亡父の葬儀は終わった。俺が主催する事に誰も異は
唱えなかった。俺は後継者として認められた筈だ。だが。
 奴が生きている限り俺は乞食として奴に嘲弄され続ける。
 奴が生きている限り俺に心の安寧の日はない。
 馬超は酒気に濁った目で中空を睨んだ。
「……董氏(註1)」
 馬超は自分の傍らで黙々と觴を拾う愛妾の名を呼んだ。
 董氏は雲碌は正反対の、物静かな女性だ。馬超の言う事には諾々と従うし、差し出
がましい事も一切言わない。馬超は雲碌に手を弾かれて以来、この董氏の許へ通う事が
多くなっていた。
「はい」
 董氏は僅かに顔を上げて答えた。
「董[禾中]は今どうしている」
「弟は三輔におります」
「早急に呼べ。命じる事がある」
 家臣でもない義弟に命令があるというのは、横暴とも取れる。だが董氏はいつも通り、
静かに一つ頷いた。

註1:『典略』によれば、馬超との間に一子秋をもうけた。曹操が漢中を占拠した際、
漢中に残されていた董氏は閻圃に与えられ、子の馬秋は張魯の手で処刑された。
302馬キユ@プレイヤー:03/04/12 03:03
というわけで馬超が後を継ぎました。
いつも応援・保守して頂いている皆々様には感謝の言葉もありません。
本当にいつもありがとうございます。m(_ _)m

>>271
yahooBBのアク禁は大変だったみたいですね。
私はアク禁の話を聞いてyahooBBへの登録をやめました(^^;

>>272
ご心配頂きありがとうございます。
最近天気がぐずついているせいか、慢性的な風邪を引いています。
まあでも無理はしないまま、何とかペースを上げていきたいと思いますので
これからも宜しくお願い致します。

>>273-275
保守して頂きありがとうございました。

>>291
馬騰の死に際をどう描くかで苦慮し、だいぶ手間取りました。
今読み返してみるともう少し深く掘り下げてみたかったと思っていますが、
ご好評だったようで何よりです。
ああ、でも折角の冬。冬といえば死のイメージ。
津々と降り積もる雪を外にいろいろやってみたかった…。

>>292
ええ、これはもう当初からの予定で、どれだけ支持されようとも退くつもりでした。

>>293
圧縮があったようですね。保守上げして頂きありがとうございました。m(_ _)m
303山崎渉:03/04/17 11:37
(^^)
304山崎渉:03/04/20 05:28
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)
305馬キユ:03/04/20 16:32
建安二十三(218)年2月
【確執 その壱】
―業β―
「我が君、御忙しいところ失礼します」
 孔明は扉を静かに開くと、低い衣擦れの音と共に入室した。
 室内では新たな主君である馬超が何やら筆を揮っていた。
「何だ」
 馬超は孔明に一瞥をくれると、すぐに机上に視線を戻した。
 馬超は順当かつ穏便に父・馬騰の跡を継いだものの、亡父の重臣を信用しては
いなかった。重臣会議なるもので自分の廃嫡を議論しようとしていたのだから当然
といえば当然で、そのためキユ派だった軍師・孔明に対しても距離を感じていた。
「我が君、上党と新野の太守はお決まりでしょうか」
「上党?ああ、そういえばまだ決まっていなかったな。しかし新野の太守は司馬徽
が務めている筈ではないか」
「老師は先君に相前後して他界しました」
 孔明は僅かに目を伏せて答えた。ちなみに永安の呉巨も先月亡くなっている。
「ふん、そうか。手間が増えたな」
「老師はもう老齢でしたから」
 孔明は頭を下げて答えた。袂で顔を隠しているのは表情を隠す為だった。
「しかし亡くなったものは仕方ありませんので、後任を決めて頂きたいのですが」
「これを書き終わったら決める。それまで待っていろ」
「御意」
 孔明は頭を下げたまま答えた。
「ところで、それは何をなさっておられるのでしょうか。宜しければお伺いしたいのですが」
「新しい将軍人事だ。俺に従えば見返りがあるという事を示しておかねばならんからな」
「結構な仕儀かと存じます」
 孔明は頷いた。確かに、馬超が左中郎将に昇進した事で将軍位が1つ空いていた。
現在将軍位を持つ者は、自分を含めほぼ全員が1つずつ位を上げられる筈である。
だがふと、孔明はある事に気がついた。
306馬キユ:03/04/20 16:34
「我が君。新しい将軍人事に弟御の名前が見当たらないようですが」
「鉄はまだ将軍を任せられるほどではないな」
 馬超はとぼけてみせた。孔明は小さく溜息を吐いた。
「我が君。我が君がキユ殿にどのような感情を抱いておいでかは薄々解っているつもり
です。ですがこれは些か露骨すぎましょう。肉親を愛せない者がどうして他人を愛せま
しょうか。斯様な人事はかえって群臣の心を不安ならしめます。どうかご再考頂けます
よう、伏してお願い申し上げます」
「俺が肉親を愛していないだと」
 馬超は切れ上がった眉毛を逆立てて振り向いた。
「大功ある重臣を蔑ろにしているとも言えます」
 猛獣さえも竦み上がらせる馬超の鋭い眼光を、孔明は表面的には平然と受け止めた。
 馬超は孔明の顔を睨み続けたが、孔明が一向にひるまないのを見て、根負けしたかの
ように大きく息を吐いた。
「……では貴様はキユにどのような地位を与えろと言うのか」
 決して「軍師殿」とは呼ばない。そこに馬超の屈折した心境が表れていた。
「1階級上げて揚武将軍。今はそれで十分かと存じます。ただ、キユ殿は亡き先君より
指示された方針に則り、命をよく果たしてこられています。将軍位とは別途、近いうちに
これを褒賞して差し上げる必要がありましょう」
 馬超はあからさまに嫌な顔をした。
 孔明は心中で深く溜息を吐いた。先君が亡くなって間もなく、いまだ家中の動揺が
治まっていないというのに、馬超はなぜこうも狭量なのだろうか。
(やはり韓遂殿の言う通り、是が非でもキユ殿を主君に推し立てるべきだったのだろうか)
 それが正しい在り方ではないという事は、劉備に指摘されるまでもなく、孔明自身が
よく解っている。だがそれでも未練は残るのだった。
307馬キユ:03/04/20 16:36
―汝南―
 通り雨が止んだのはほんの半刻前だ。庭の紅梅にかかっている露が春の柔らかな
陽射しを受けて輝いている。
「春はまたこうしてやってくる。しかしもう帰ってこないものもある。人の命とはかくも
儚いものかな」
 曹操はそう言って物憂げに盃を傾けた。
 曹操が言う「帰ってこないもの」とは、曹彰と馬騰との2人を指しているんだろう。
「浮屠の教えでは人の生は季節と同様輪廻するものだそうですよ」
「しかしその輪廻から解脱する事こそ、浮屠教徒が真に目指している事であろう」
 僕の言葉に、曹操は口許に皮肉っぽい笑みを浮かべた。
 この時代の人にとって仏教の観念は新しい概念である筈だ。それをいち早く理解
している曹操という人物に、僕は改めて驚かされた。
「しかし、この汝南に余が忍んで来なければ来られない日が来るとは、夢にも思わな
かったな」
「すみません」
 僕は素直に頭を下げた。汝南を攻め落としたのは他ならぬ僕だから。
 曹操は「まったくだ」と言って苦笑した。
「袁術の苛政から汝南を救い出して20年近くが過ぎた。余なりに復興に努めてきた
つもりだし、それがこの街の民の望みに応える事であったと思っている。それが今は
こうして他人の領地となり、街からはたいした不満も聞こえて来ぬ。正直、余のこの
20年は何だったのかと思うよ」
「お兄様が政務の暇を見ては巡察を繰り返しています。不正が見つかれば即座に
取り締まり、賊が現れれば速やかにこれを討ち、貧する者があればその場で私財を
擲ちます。そうしたお兄様の努力が結実しているのでしょう」
 雲碌が顔に穏やかな笑みを浮かべてそう言った。
308馬キユ:03/04/20 16:37
 ……本当に、この数年で雲碌は変わった。昔は生意気な笑みしか浮かべた事が
なかったと思う。日常の何気ない仕草がこうも女らしくなるとは思わかった。何より、
雲碌が僕をベタ褒めするようになるとは思いもしなかった。
 で、雲碌が言ってる事は言われた当人としては甚だ赤面ものなわけだけど。
「そうだな。キユの善政は認めよう。ついでに言えば、馬騰の跡はキユ、そなたに
継いで貰いたかった」
「大将軍まで何を」
「為政者としてもさる事ながら、余はそなたとのこの私的な交友関係が国家間に
敷衍できれば、今までの馬家との怨恨も薄まると思うたのよ」
「それは…考えてませんでした」
 僕は自分の迂闊さを恥じた。確かに、僕が跡を継いでいたら無駄に血を流す事は
なくなっていたかもしれない。少なくとも、流血の量を減らす事は出来たんじゃない
だろうか。
(まあキユが跡を継いでいれば、それに反発する馬超と裏で手を組むか、或いは
馬超一派の粛清に手を貸して見返りを得る事も可能だったのだがな)
 何にせよ選択肢を与えられる事を未然に防がれたのは、曹操にとっては残念な
事だった。
 だが曹操は口に出しては言わない。言う必要の無い事だった。

 それから二刻後、陽が漸く傾き出すと、曹操はキユたちに別れを告げた。
309馬キユ:03/04/25 01:38
建安二十三(218)年6月
【確執 その弐】
―業β―
 馬超は今、不機嫌の極みにあった。朝廷工作の甲斐あって五官中郎将に昇進した
ものの、軍事的には3月に孫策軍に永安を奪われ、4月には孫策領江陵を攻めて
敗れていた。幸いともに捕虜はなかったものの、亡父の跡を継いでから連戦連敗と
いうのは主君としての沽券に関わるように思えた。
「勝敗は兵家の常。まして我が君が親征して敗れたわけではありません。あまりお気に
なされませぬよう」
 孔明はそう諭したが、馬超の心は鬱々として晴れなかった。
 孔明は孔明で、4月に亡くなったカイ越とトウ頓の穴を埋めるべく人事に心を砕いている。
カイ越は上党太守として、またトウ頓は許都にあって、ともに前線を守っていた。新しい
上党太守には蒋エンを推薦したものの、トウ頓が抜けた穴を誰によって埋めるべきか、
いまだに考えあぐねていた。
「キユに[言焦]を攻めさせよ」
 不意に馬超の声が孔明の耳を打った。
「はあ…と申されましても、今の汝南には他国を攻める余力はありませんが」
 許都から援軍を出すにしても許都の陣容が薄まっている。[言焦]で苦戦するような事
があっては、例え勝利したところで許都を奪回される惧れが出てくる。許都の後方は
無人の野が広がっているにも等しい。もし許都を曹操軍に奪回されたらそれこそ一大事
である。
「許都から援軍を出す必要はない。汝南の軍勢が独力で戦うべし」
「正気ですか」
 孔明は己が耳目を疑った。汝南の軍勢が独力で戦うとなると、その全軍を挙げても
曹操軍の7割に満たない公算が大だ。況して汝南に守備兵を残して戦うとなれば、
ほぼ2倍する敵と戦う事になる。
310馬キユ:03/04/25 01:40
「キユが皆が言うほどの名将であればその程度の劣勢は跳ね返すであろうよ。
聞けば過去にも2倍の劣勢を覆して勝利したというではないか」
「それは敵にもよります。[言焦]の太守は今までの敵とは格が違いますぞ」
「それで勝てないというのであればキユもそれまでの男だ」
 馬超は冷然と言い放った。
 孔明は心底から寒気を感じた。ここ最近の連敗で、やはりキユが跡を継いだ方が
よかったのではないかという声が囁かれるようになった。我が君としては気が気で
はあるまい。
 もしかしたら我が君は、これを機にキユの抹殺を企んでいるのではないだろうか。
無理な戦を強いて敵に殺させる。権道としては有効な手段だが、そこに馬超の
冷たさが現れているように孔明には思えた。

 孔明が黙然と退出した後、馬超は秘密で一人の男を自室に招じ入れた。
「お久しぶりです、義兄さん。それとも閣下とお呼びしましょうか」
 馬超の部屋に通されると、董[禾中]はそう挨拶した。
「当然閣下だ。今この場からお前は俺の禄を食む事になるのだからな」
 馬超は腕組みをしたまま振り返った。
「無論、内密にだが」
「それはそれは、忝けない仕儀ですね」
 董[禾中]は恭しく一礼した。馬超はさして面白くもなさそうに、その様子を一瞥した。
「言っておくが、タダ飯を食らわせる気は更々無い。禄を食むからには働いてもらう」
「私に出来る事であればよいのですが」
「出来れば、ではない。やるのだ。必ずな」
 馬超はその両目に冷徹な光を閃かせた。
311馬キユ:03/04/25 01:42
―汝南―
 僕は兄さんから届いた命令書を黙って読み終えた。
「孟起兄様は何と言ってこられたのですか?」
 傍らから訊ねてくる雲碌に書簡を黙って手渡す。雲碌は書簡を受け取って一読すると、
勃然と怒気を露にした。
「[言焦]を攻め落とせば振武将軍を加官してやるですって?何様のつもりなの?」
「殿様だろ」
 僕は短く答えた。雲碌は憮然とした表情で
「う…それはそうですけど」
 と一瞬言葉に詰まった後、
「汝南はまだ多くの敵に囲まれた地、そんなに外征する余裕なんかないんですよ。しかも
援軍も無しで戦えだなんて、無茶にも程があります」
「そうね」
 僕は片山右京よろしく簡単に答えて(註1)、一緒に届いた孔明からの書簡に目を通した。

『[言焦]の太守は臣の同門の[广龍]士元、鳳雛と綽名される切れ者です。無理な戦は
できるだけ避けるようにして下さい。一見優勢に見えても深追いは禁物です』

(ふーん。孔明がこれだけ畏れてるって事は、この鳳雛って人はよっぽど頭がいいんだろうな)
 翻って汝南の武将の面子を検めてみる。
 僕、鉄、韓玄、赫昭、文聘、刑道栄、簡雍。
 どう頑張っても見劣りする。おまけに文聘と簡雍には兵士を殆ど預けていない。
(何より僕自身がなあ……)
 武人としても軍師としても(まあ軍師であるわけではないけど)器量不足だ。そういう
生き方は僕の本望ではないからそれは別に構わないんだけど、それでもこういう時は
その事が心に重くのしかかった。
312馬キユ:03/04/25 01:43
「ですが君命とあらば従わざるを得ないでしょう」
 鉄が遠慮がちに発言した。
 …何か引っかかるような窺い方だな。気のせいかもしれないけど。
「そうね。ところで、誰か鳳雛という人の為人を知らないかな」
「南陽郡の産にて、風采は上がりませんが知略に優れた人物であるという噂を耳に
しております。臥龍鳳雛のいずれかを手に入れれば天下を取る事も容易いとまで
言われておりますが」
 文聘が答える。
「で、その鳳雛が如何しましたか?」
「[言焦]の太守なんだってさ」
 僕の返事に諸将がざわめいた。
「どうしますか、将軍。戦われますか?」
 赫昭が決断を迫る。でも赫昭の表情を見ると、別段ホウ統を恐れているというふう
でもないな。まあお陰でこっちも気は楽になるけど。
「戦争は嫌だな。平和が一番だ。けど君命は君命だ」
「解りました。では出陣の布令をお願いします」


註1:昔、片山右京がやっていたCMの台詞。プレイヤーの記憶にはない。

<続く>
313馬キユ@プレイヤー:03/04/25 01:45
戦闘が長引きそうなので、ここで一旦アップします。

ここで次回予告。
腹背で蠢く策謀に今、愛が突き抜ける。Wake up !
>>註1:昔、片山右京がやっていたCMの台詞。プレイヤーの記憶にはない。

懐かスィー
up応援sage
315馬キユ:03/04/28 23:57
【鳳雛】
―言焦―
「さて、キユがこの[言焦]に攻めてきたわけだが」
 鳳雛ことホウ統は頭を掻きながら、諸将にその事を告げた。脂ぎった毛髪から白い
ものがばらばらと零れ落ちる。糜芳はそんな太守を顔をしかめて見ながら
「攻めてきた、だけでは意味がない。敵の戦力はどのようなものなのだ」
 と訊ねた。ホウ統が「景興殿」と促すと、王朗は
「総大将は馬休。副将として馬鉄、韓玄、赫昭の三将が従軍しているようですな。
兵力は6万6千。全て騎兵で統一されているようです」
 と答えて書簡をホウ統に手渡した。
「またしても騎兵ですか……」
 難しい顔をして腕を組んだのはまだ若い張苞である。
 張苞は既に二度、キユの軍勢と戦っている。一度目は満寵の策が尽く当たって、
戦う前に敵は撤退した。だが二度目の戦いでは半数の敵にいいようにあしらわれた。
その記憶が苦く思い出された。
「既に寿春には援軍を要請しました。これで敵に倍する兵力で迎撃する事が出来ます。
しかし油断は禁物ですぞ」
 王朗の言葉にホウ統は軽く頷いた。
「汝南とこの[言焦]との間には湿地帯があったな。そこを主戦場に設定する。騎兵と
雖も湿地では十全の機動力を発揮し得まい。更に幾つか罠を仕掛けよう。糜芳は
湿地帯の中ほどにある丘に砦を築き、敵の様子を窺って適宜に行動するように。
張既は糜芳を補佐せよ。張苞は湿地帯の先に布陣して敵の接近に備えよ。だが
持ち場を固守する必要はない。敵を上手く湿地帯に誘引するのが貴殿の役目だ。
援軍が到着し次第、前後から挟撃する。景興殿は俺と共にあって城を守れ」
 ホウ統は垢臭い風体とは裏腹に、てきぱきと指示を出した。その様子に糜芳や
張苞は目を丸くしたが、王朗と張既が拱手して拝命すると、慌てて彼らに倣った。
316馬キユ:03/04/29 00:00
 僕たちは抵抗らしい抵抗も受けずに進軍した。けど敵の総大将が鳳雛と称される
策士であると伝え聞いて、兵士たちの意気はさっぱり奮わない。赫昭が士気の
鼓舞に努めているようだけど、その効果はあまり上がっていなかった。
 やがて僕たちは汝水を越えた。まだ視界には入っていないけど、このまま真っ直ぐ
進むと張飛の息子の張苞という人が陣を構えているという報告を受けている。
「嫌な場所に布陣されましたな」
 軍議が始まると、赫昭がまずそう言った。「どういう事?」と僕が訊くと、赫昭は
地図を開いて
「張苞の陣は後左右の三方を沼沢に囲まれた場所にあり、我が軍が騎兵で統一
されているのを鑑みると、ほぼ正面からの攻撃しか受け付けません」
 と答えた。
「何じゃ、自ら進んで袋小路に陣を構えておるのか。ではこのまま正面から押して
湿地に追い落とせばよいだけじゃの」
 韓玄が鬚を捻りながら言う。鉄と閻行が頷いたけど、赫昭は首を横に振った。
「張苞の武勇を侮ってはいけません。追い落とす事は可能ですが、真正面から
戦ってはそれ相応の犠牲を強いられるでしょう。我が軍にそのような余力は
ありませんぞ」
317馬キユ:03/04/29 00:01
「犠牲が増えるのは好きじゃないな。いっその事迂回して、張苞とやらの矛先を
躱したらどうだろう」
 僕はそう提案した。けど今度は雲碌が首を横に振った。
「この位置にいる敵を放置すると、後で補給線を断たれるなどの策動をされる
惧れがあります。ここはやはり張苞の部隊を排除しておくべきかと思います」
「でも難しいんだろう?」
「それは真正直にぶつかり合った時の話です。策を用いれば速戦即決も可能かと
思います」
「策はあるのかい?」
「あります。聞いて頂けますか?」
 僕は他の皆の顔を見渡した。
 ふと思った。今までは雲碌の意見を聞くのに、こんな風に他人の顔色を窺う事は
なかった。いつもどおり雲碌を戦場に連れてきているものの、父さんとの約束が
僕を戒めているのは確実だった。
 僕は皆が一様に頷くのを確認して、雲碌に先を促した。
318馬キユ:03/04/29 00:02
 張苞は丸1日以上も釈然としない時間を過ごしていた。敵軍は一旦は自分達の
視界に入ってきたものの、弓矢も交えぬうちに退いていった。以来さっぱり姿を
見せない。無論姿が見えないからといって油断はできないが、それにしても敵の
行方が気になった。
「張将軍、斥候が戻って参りました」
 長史が陣屋に入ってきてそう報告した。
「おお、戻ってきたか。すぐに通せ」
 張苞は待ちかねたように立ち上がって、今や遅しと斥候の報告を待った。
 やがて呼び入れられた斥候がもたらした報告は、張苞を焦らせるに十分だった。
「なに、敵は全軍を挙げてこの沼沢の西を迂回しただと?」
「御意」
「しまった……!」
 張苞は舌打ちをした。敵は直接[言焦]県を目指しているという事か。沼沢に引きずり
込んで騎馬の機動力を殺すのが今回の作戦の要であるのに、敵に完全に出し抜か
れてしまった。しかも沼沢の西という事は、寿春とは逆方向になる。このまま放って
おいては援軍と挟撃するという作戦が瓦解してしまうばかりか、みすみす敵に城を
奪われかねない。
 何より、自分の存在を無視された事が矜持を傷付けた。
「こうしてはいられん。全軍に布令を出せ。馬超軍を追って西に向かう!」
「宜しいのですか?」
「構わん。太守殿はこの場を固守する必要はないと仰せられた。軽舟を出せ。沼沢を
突っ切って敵の側面を衝く。後方の子方(糜芳)殿にもこの事を伝えろ」
「御意!」
 長史が勢いよく駆け出していく。その姿を見送って、張苞は右の拳で左の掌を搏った。
「くそっ、馬休め。この俺を無視した事を後悔させてやる!」
319馬キユ:03/04/29 00:04
 ところが。張苞の部隊が半ばまで船を浮かべたところで、突然部隊の後方から
喚声が上がった。
「何事だ?!」
 そう叫んで振り返る張苞だったが、その両耳は既に干戈の交わる音を聞き
つけていた。
「背後から敵襲です!」
「解っている。迎撃しろ!」
 張苞は報告する伝令に怒鳴りつけたが、動揺を隠す事は出来なかった。
 敵は西に向かったのではなかったのか?なぜ俺の背後に敵がいる?
「将軍、前方に軍勢が見えます!」
 傍らにいた兵士が前方を指差す。張苞は我に返って、兵士が指差した方向に
視線を投じた。
 軍影がゆっくりと近付いてくる。それは沼地に脚を取られないよう、慎重に歩を
進めてくる、大規模な騎馬軍団だった。
「『馬』の旗幟……するとやはり!では何故?!」
 張苞は茫然とした。
320馬キユ:03/04/29 00:04
 将の動揺は増大して兵士に伝播した。元々背後から奇襲を受けて戦意を阻喪
していた張苞の部隊は、瞬く間に壊乱状態に陥った。
 実は西に向かったのはキユの部隊だけだった。だが他の部隊の馬も率いて
いったうえ、空馬を部隊の内側に配して外からは判らないようにしていたので、
斥候がそれを見抜けなかったのだ。そして残った三将の部隊は徒歩となり、
張苞の陣の近くに兵を伏せていたのである。
「凄いな雲碌。ズバリ的中だよ」
「ありがとうございます。私もここまで上手くいくとは思いませんでした」
 僕が馬上から褒めると、雲碌も同じく馬上でそう答えて涼やかに笑った。
「見て下さい。敵は戦意を喪失して、次々と投降してきています。これならお兄様の
意に沿えたのではありませんか?」
「うん。早速だけどこの作戦名を『衝撃と恐怖』と名付けよう」
「そんな御大層な代物ではありませんわ」
 雲碌は照れたように顔を逸らすと、左手で髪を掻き揚げた。
「さあ、あとは敵将の張苞です。このまま降してしまいましょう」
「ああ」
 僕は頷くと、ゆっくりと駒を進めた。
321馬キユ@プレイヤー:03/04/29 00:08
あー…思った以上に戦闘が長引いています。
というわけで今回はまだ愛が突き抜けるまでには至りませんでした。
次回は突き抜けられるといいなあ…。

>>314
応援ありがとうございます。
しかしあのCMを覚えておられるのですか。
私は友人から聞いてはじめて知ったんですが(^^;
322馬キユ@プレイヤー:03/05/03 02:48
すみません保守します。
最近ペースはやくて(・∀・)イイ!!!
324無名武将@お腹せっぷく:03/05/05 08:08
たまには応援age
>>馬キユ殿
地図upしてもらえっていいですか?
326馬キユ:03/05/05 19:19
【愚者の行軍】
「なに、敵はこの沼沢を迂回しているだと?」
 張苞からの報告を受け取って、糜芳は張苞と同様に慌てた。
「いかん、城を奪われる!我らも敵を追うぞ。全軍、丘を下る準備をしろ!」
 糜芳は直ちにそう号令を下したが、張既がそれを諌めた。
「お待ち下さい将軍。これは罠です」
「なに、罠だと」
「御意」
 張既は糜芳の鸚鵡返しに頷いて答えた。
「馬休の為人を鑑みますに、迂回のような奇策は好みません」
「だが奴等は汝南では二度も迂回したではないか」
 糜芳は何を言うとばかりに横柄に言った。
「覚えております。ですが彼らは結局本陣よりも先に、中央の砦に篭った我が軍に
攻めかかりました。完全な迂回作戦を採ったわけではありません。否、むしろ補給線を
確保しながら進軍する堅実な用兵です。恐らくは今回も同様に、手近な拠点を1つずつ
陥してくるものと思われます」
「成程。だが貴殿の意見に従えば、まず危ないのは西にある無人の砦という事になる。
敵を勢いづかせるのは得策ではない」
「無用の心配です。敵は必ず、まず張苞殿の軍勢を排除しようと試みるでしょう。
丘を下るというのであれば、西ではなく南に向かうべきです」
「いいか張既」
 糜芳は張既の顔を傲然と見据えた。
「戦とは生き物なのだ。文官の貴殿には解らぬ事かもしれんがな。そして張苞は敵の
新たな情報をもたらした。俺はその情報と『適宜に行動せよ』という太守の指令とに
基づいて、西の敵を討滅する」
 張既は口を噤んだ。糜芳はそれを見て張既を論破し得たと判断し、改めて部隊に
命令を下した。
「全軍、沼沢を渡って西の砦に向かう。そこで敵を食い止めるのだ」
327馬キユ:03/05/05 19:21
 糜芳と張既の軍勢は昼夜を分かたず強行して西の砦に到着した。だが当然ながら、
馬超軍の姿は影も形もない。糜芳は愕然としながら、張既は小さな溜息を吐きながら、
その閑散とした景色を眺めた。
 糜芳は自分の判断が誤っていた事を覚って顔色を赤黒く染めたが、その事を公然と
は認めなかった。やがて寿春からの援軍が到着したとの報告が届き、それと相前後
して張苞が出した伝令が張苞隊の窮状を告げると、糜芳は再び、沼沢を突っ切って
南に向かう旨の命令を下した。
 だが、ここでも張既が反対した。
「何故だ。貴殿も先刻、南に向かうべきだと言ったではないか」
 糜芳は憤然としてそう言った。張既は淡々と応じた。
「今から救援に向かっても手後れです。張苞殿は既に敗れておられましょう」
「不吉な事を言うな。いかに虚を衝かれたとはいえ、張苞はあの張飛の息子だ。
簡単に敗れはすまい」
「無理です。張苞殿では才幹、経験、実績、いずれも馬休に遠く及びません」
「満寵たちも当然救援に向かっている筈だ。それまで持ち堪えてくれれば…」
「無理だと言っています」
「万一手後れだとしても、満寵たちと合流せねばなるまい」
「戦場で合流を試みても、時期を外せば各個撃破の好餌となるだけです。伯寧(満寵)
殿と早急に連絡を取りましょう。丘の砦に戻ってまず救援軍と合流し、迎撃の態勢を
整えるのです。敵と戦うのはそれからでも遅くはありません」
「それでは作戦が台無しになるではないか」
 糜芳は苛立ちを隠し切れない様子で怒鳴った。
「我が軍の策は既に破れています。ですが今ならまだ軌道修正が間に合います。
我々が砦に篭れば……」
「もういい、張既」
 糜芳は苦々しげに張既の言葉を遮った。何故この男は「御意」の一言が言えない
のか。自分好みの返答をしないこの補佐官に対して、糜芳は不快感を覚えずには
いられなかった。
「そんなに砦に戻りたければ貴様一人で戻ればよかろう。我が軍はこれより沼沢を
南へ渡渉する。これは命令だ」
 張既は数瞬の間糜芳を見つめたが、やがて黙然と拱手した。
328馬キユ@プレイヤー:03/05/05 19:26
いつも応援して頂き、ありがとうございます。
これからも宜しくお願いします。m(_ _)m

>>323
ありがとうございます。やはり少しずつでも書けた部分から
アップしていくべきだと思い直しました。

>>324
ageて頂きありがとうございました。
圧縮の危機に瀕していましたので、今日アップする際には
ageる必要があるのではないかと思っていました。

>>325
解りました。下に地図を挙げておきます。
329馬キユ@プレイヤー:03/05/05 19:26
【218年6月、キユ出兵時】              (C)武田騎馬軍団
※※※※※※※※※※※※※※薊※※※北平※襄平※楽浪※※
※※※※※※※※※※※┏━━○━━┳━○━━○━━○─┐
※※※※※※※※※※※┃※※※南皮┃※※※※※※※※※│
※※※※※※※※※晋陽●━┓┏━━☆━━┓※※※※※※│
※※※※※※※※※※※┃※┃┃※※┃平原┃北海※※※※│
※武威※※※※※※上党●※┗●━━☆━━■┓※※※※※│
※┏●┓※※※※※※※┃業β┃※※┏━━┛┗┓城陽※※│
西┃※┃安定※※※河内●※※┣━━■濮陽※小■────┤
平●※●━┓※※弘※※┃洛陽┃陳留┗━━┓沛┃下丕β※│
※┃天┃※┃長※農┏━●━┳■━━━━━■━■━┓※※│
※┃水┃※┃安┏●┛※┃※┃※※※※┏━┛※┃※┃※※│
※┗●┛┏●━┛※※宛┃※┗┓許昌※┃言焦┏┛※┃建業│
※※┃※┃┗━━━━━●━━●━━━■※┏┛※┏■┓※│
※※┃※┃※※※※※※┃※新┗━┓※┣━■━┳┛┃┃※│
※武●┳●┓※※※襄陽┗┓野┏━●━┛※寿春┃※┃┃呉│
※都※┃漢┗━●━━●┳●━┛汝南※※※※┏┛┏┛■─┘
※※※┃中※上庸※※┃┗━━━┓※※※廬江┃※┃※┃※※
※※梓●※※※※※※┗━━┓※┃江夏┏━■┛※┃※┃会稽
※※潼┃※※※※※※江陵┏■━●━━┫※※※┏┛※■┐※
※成※┃※江州※※※※※┃┗━┳━━■━━━┛※┏┛│※
※都●┻━●━━☆━━━┫※※┃※※┃柴桑※※┏┛※│※
※※┃※※┃※永安※武陵☆━━☆長沙┗━━━☆┛※※│※
※雲┃※※◇建※※※※※┃※※┃※※※※※┏┛建安※|※
※南┃┏━┛寧※※※零陵☆━━☆桂陽※※┏┛※※※※|※
◇━◇┛※※※※※※※※※※※┃※※┏━┛※※※※※|※
永※┗━━━━━☆━━━━━━☆━━┛※※※※※※※|※
昌※※※※※※※交趾※※※南海└──────────┘※

■曹操   ●馬超    ☆孫策   ○袁熙  ◇劉璋
330馬キユ@プレイヤー:03/05/05 19:29
【主な所在】

馬超…洛陽
諸葛亮…業β
司馬懿…江夏太守
陳羣…宛太守
韓遂…成都太守
法正…江州
関羽…晋陽
ホウ徳…許昌
曹操…呉
曹休…陳留
夏侯惇…江陵
呂蒙…永安
甘寧…南海

…あ。リプレイでは馬騰が死んでからもずっと馬超が[業β]に
いる事になってる…(´ω`;)
まあいいや。[業β]の太守不在のままだし。
331325:03/05/11 22:38
早速の地図upどうもです。
相変わらず領土が切れてる孫策に萌え
333ゾロ目ゲッツ
334無名武将@お腹せっぷく:03/05/12 20:49
>>333
その栄誉は、キユたんに、あげるべき、だったと、俺は思った
335馬キユ:03/05/13 01:33
【愛憎渦巻く その弌】
 糜芳が南進を指示した頃、張苞が築陣していた辺りでは、既に馬超軍と
寿春から救援に駆けつけた曹操軍との間で戦端が開かれていた。
 曹操軍の大将満寵は、張苞の部隊が壊滅したとの報告を受けると表情を
険しくした。
「兄さんは…!?」
 副将の張紹が顔を蒼くして伝令に訊ねる。捕虜になったとも投降したとも
聞こえているとの返事を受けて、張紹は顔色を一層蒼くした。
「落ち着け張紹。うろたえても始まらん」
 同じく副将の馮習が一喝した。
「死んでいないなら身柄を取り戻せばよい。そうでしょう、将軍?」
「そうだな」
 満寵は頷いた。しかしそれは口で言うほど容易い事ではない。
 馬休は決して与し易い敵ではない。いい加減皆認識を改めるべきだと
思っている。
 糜芳は西に向かったとも報せられている。恐らくは張苞同様敵の偽情報に
踊らされたのだろうが、徳容(張既)がついておきながら何をやっているのか、
という疑問もあった。
(徳容であればここは一旦退いて態勢を立て直すだろうが…どうも徳容の
意見は容れられていないようだな。已むを得ん)
 満寵はそう考えると、友軍の到来を期待して、馮習、張紹を両翼に従えて
敢然と馬超軍に立ち向かっていった。
336馬キユ:03/05/13 01:34
「敵の狙いは何でしょうか」
 雲碌が風雨に乱れる髪を落ち着かせながら自問した。
 敵に寿春からの援軍が到着したという報告は事前に受けていた。僕たちの
軍は張苞を投降させると、その軽舟を接収して敵の次の攻撃に備えた。
 そこへ満寵は攻めかかってきた。敵左翼の馮習は韓玄が陸地で、敵右翼の
張紹は鉄が湿地で、敵中軍の満寵は赫昭が水際で、それぞれ防いでいる。
こんな地勢にこんな天気では馬は使い辛い。僕たちの軍は指揮官を除いて
皆下馬して戦っていた。
 だから、敵は格別不利を蒙っているわけじゃあない。寧ろこの機に乗じて
白兵戦を挑んできたような気がする。
「足止め、消耗戦、決戦のうちのどれかじゃない?」
「そのどれかが解らないから悩んでるんですが」
「そりゃ失礼」
 雲碌が冷ややかな視線を投げかけてくる。僕はひょいと首を竦めた。そして
「困ったな。このままじゃ被害が大きくなる」
 とぼやいた。
337馬キユ:03/05/13 01:35
 僕の部隊は今、張紹の部隊を側面から突く為に、鉄の部隊の背後で舟を
急がせている。
 けど、僕たちは皆舟の扱いに慣れていない。移動は遅々として進まなかった。
「可能な限り急がせてはいますが、こればかりはどうしようもありません」
「ここまで不慣れだと鉄も苦労してるだろうな。少し考え直した方がいいのかな」
「では一旦退いて晴れるのを待ちますか?幸いまだ張苞が作った陣屋が
残っています」
 雲碌の額から一筋、水滴が流れた。鼻筋に落ちかかるその水滴を物憂げに
拭って、雲碌はそう訊いてきた。
「そうだな……」
 僕はどんよりと曇る空を見上げた。
 それにしても嫌な雨だ。決して激しくはないけど、今朝からしとしとと降り続いて
いる。昨日までは晴れてたのに。
「そうだね、そうしよう。引き鉦を鳴らすように伝えてくれ」
「解りました」
 雲碌は拱手して僕の傍を離れた。
338馬キユ@プレイヤー:03/05/13 01:38
>>331
いえいえ。本当はもう1回くらい文章でアップしておくべき
くらいですから。(^^;

>>332
実のところ孫策はもうかなりジリ貧になっています。
孫策は最初は威勢がいいんですけどね。まあ勝つ事も多いですが。

>>333
おめでとうございます。

>>334
いえいえ、私は気にしていません。
夏からキユのテコンドー漫画が始まったりしなければ(笑)
ネタですけどね。↑
俺様用詩織。
(・∀・)ここまで読みますた。
340325:03/05/15 16:57
>>338
そうだったんですか。余計なこと言ってスマンです。
応援sage
342馬キユ:03/05/16 21:21
【愛憎渦巻く その弐】
 やがて引き鉦の音が鳴り響いた。すると申し合わせたかのように、敵陣からも
引き鉦が鳴らされた。両軍はすっと離れ、それぞれの陣地へと戻っていった。
「突然の引き鉦でしたが、どういう事ですか?」
 鉄は閻行を連れて戻ってくると、まずそう訊ねた。
「天気が悪い。こんな天気に付き合う必要はない」
 僕はそう答えた。
「しかし不思議ですな。この戦闘は敵から仕掛けてきたのに執拗に追い縋る事も
なく、寧ろ我が軍の引き鉦を幸いとばかりに敵も退いていきましたが」
 赫昭が首を捻る。
「敵もこんな天気で戦いたくなかったんだよ。いいじゃないか」
「今はゆっくり静養して下さい。雨が上がれば今度は陸上で戦いましょう。我が軍の
強さはやはり騎上にあってこそその真価を発揮します」
「ふむ、姫君の意見も尤もですな。ではそれがしは兵士達に食事を許可して
きましょう」
 赫昭は一つ頷いて陣幕から出て行った。その赫昭と入れ違いで韓玄が入ってきた。
「おお、お嬢様。愁雨に濡れたお姿もまた一段とお美しいですな。水も滴る佳い女
とはまさにお嬢様の事を云うのでしょうな」
 韓玄は入ってくるなり、雲碌に媚びを売った。
「あら、ありがとう」
 韓玄が媚びを売るのはいつもの事だ。雲碌はさらりと受け流した。韓玄もその
追従は単なる挨拶程度にしか考えていないのか、雲碌の素気無い対応をさして
気に留める様子はない。
「ところでご府君。この引き鉦は撤退の合図ではないよな?」
 韓玄は僕の方に向き直ると、そんな疑問を口にした。
「うん違うよ。それが何か?」
「いや、先刻撤退を報せる伝令があっての。鉦が鳴っておらんから何かの間違い
じゃろうと思うて捨て置いたが、真に受けなんでよかったわい」
343馬キユ:03/05/16 21:23
「そうですか、それは好判断でした。…しかし私たちはそのような伝令を出した
記憶はありません」
「ふむ?訝しいのう……」
 雲碌の返事に韓玄は首を傾げた。
「恐らく敵が撹乱を狙ったのでしょう。今後もこういう事があるかもしれません。
十分お気を付け下さい」
「あい解った。では儂も少し休…おっと、安息させて貰うとするかの」
 韓玄は僕と雲碌の顔をちらちらと見交わすと、そそくさと出て行った。
「…どうしたんだろ、あいつ?」
「きっとお兄様の諱を口にしてしまったので、叱責されるのを惧れたんでしょう」
 雲碌が少し立腹気味に言った。
 ああ、そういう事か。
「まあそんなに目くじらを立てるほどの事じゃないよ。それにそういう事を気に
するのは儒者の仕事だろ」
 僕がそう言うと雲碌は顔を赤くした。儒など気にしないと豪語したのに案外
儒に浸ってる自分を覚って、気恥ずかしくなったんだろう。
「そ、そうですね。と、ところで、お兄様はこれからどうなさいますか」
「そうだな、温かいものを食べて少し休む事にするよ。雲碌も今夜はゆっくりと
暖を取って、明日の朝まで休むといいよ」
「は、はい……」
 雲碌が顔を紅潮させて、吃りながら答える。僕はそこまで照れる事かな、
と思ってふと、ある事に思い当たった。
(あ……そうか)
 僕は自分の頬が熱くなるのを感じた。雲碌と目が合う。思わず俯いた。
「ちょっといいですか、兄さん」
 その様子を見ていたのか、鉄が声をかけてきた。
344馬キユ:03/05/16 21:25
「何だい、鉄?」
「一つお訊きしますが、兄さんは今宵も雲碌を自分の陣幕に泊めるおつもりですか」
「あ、ああ。そう…だよ。それが何か?」
 僕がそう答えると、鉄は眉を顰めた。
「兄妹で仲がよいのは結構だと思います。しかし最近の2人を見ていると、それが
少々行き過ぎているような気がしてなりません。今宵は、いえ今宵からはきっちり
けじめをつけて頂きたいと思うのですが」
「…つまり別々に寝泊まりしろって事かな?」
「そうです」
 鉄は頷いた。
 雲碌はびっくりしたような顔で、僕と鉄の顔を交互に見た。
(参ったな、やっぱりそんな風に映るもんなんだ…)
 僕は嘆息した。
 鉄の言い分は尤もだ。今までは僕と雲碌が同じ陣幕に、というより、仲が悪いとは
いえうら若い妹を一人で寝泊まりさせるのが不安だから、僕が雲碌を保護するという
名目で自分の陣幕に置いてきたわけで、そのへんを疑う人は今まで誰もいなかった。
 けど、こないだ結婚式の飯事をやっちゃったからなあ…。そういえばあの時、
鉄は距離を取ってたような記憶がある。
 それに、僕も雲碌も今はお互いをすごく意識してしまってるから、今夜何か間違いが
起こらないとも限らない。
 いや、今までだって意識はしてきた。ただ相手の本心が解らなかったから、
嫌でも自制してきた。けど今は違う。僕は雲碌の気持を知ってしまっている。
 けど……。
「いや、心配をかけてすまないね。でも大丈夫。間違いは起こさないから」
「『起こさない』ですか?『起こらない』ではなく?」
 鉄の鋭い指摘が僕の肺腑を抉る。
345馬キユ:03/05/16 21:27
「い、いやだから、その…僕だって雲碌が心配なんだよ。目の届かない所に寝泊まりさせて何かあったら、死んだ父さんに顔向け出来ないじゃないか」
「雲碌の身辺が不安でしたら閻行を警護につけます。それなら心配要らないでしょう」
「じゃあ鉄はどうするんだよ。お前の身辺を守らせる為につけてやってるんだぞ」
「これからは自力で何とかします。ですから兄さんもいい加減に妹離れして下さい」
「……」
 僕は反論する術を失ってしまった。まさか鉄がそこまで考えてるなんて…。
 そんな僕を見かねたのか、代わって雲碌が鉄に反論した。
「鉄兄様、私は休兄様の見張りの為に傍で寝泊まりしているのです。ご心配には
及びません。今までだって何か間違いがありましたか?」
「今までは無かった。けど今日からはあるかもしれない。私はそれを心配している」
「実の兄妹を信用できないんですか?」
 雲碌の反駁が僕の良心に荊棘となって突き立った。
 鉄はその事には気付いていないんだろう。僕には見向きもせずに雲碌に言い
返した。
「あんな事(擬似婚儀)をしといて信用しろという方が無茶だ。そもそも男女七歳に
して席(しとね)を同じくせず、と云うだろう。お前今何歳だ?お前もいい加減
兄離れしろ」
「!ですが……」
「お前が執着すればするほど、私は疑念を深めなければならなくなる。頼むから
私にこれ以上疑わせないでくれ」
「それは鉄兄様が勝手に……!」
346馬キユ:03/05/16 21:29
「もういいよ、雲碌」
 僕は手を挙げて雲碌を遮った。
「鉄の言ってる事は尤もだ。鉄の意見に従おう。それに閻行なら信頼できる」
「お兄様…!」
 雲碌は憤然とした表情を今度は僕に向けてきた。
「雲碌、僕が君にこんな事を言うのは立場が逆のような気がするけど、ここは戦場だ。
けじめはきちんとつけよう。それに些細な事で内輪揉めなんて起こしたくない」
「お兄様…!」
「お聞き届け頂けますか。ありがとうございます」
 雲碌が泣きそうな顔になる。その隣で鉄が恭しく一礼した。
「閻行。そういう事だから雲碌を連れていってくれ。後は任せるよ」
 僕はそう言って閻行を促した。閻行は少しの間僕たちの顔を交互に見回して
いたけど、誰もそれ以上声を上げないのを確認すると、雲碌の肩に手を置いた。
雲碌はがっくりと項垂(うなだ)れると、やがてとぼとぼと歩き始めた。
(ごめん雲碌。僕だって本当は君を傍においておきたい。けど僕は自分がいちばん
信用できないんだ……)
 僕は悄然と立ち去る雲碌を見送りながら、心の中でそう呟いた。
347馬キユ:03/05/16 21:32
>>339,>>341
いつも応援して頂きありがとうございます。m(_ _)m

>>340
ああ、何か誤解されてしまったような…(;´Д`)
あの、そういう意味ではなく、本来なら私がもっと文章を書いてないといけないのに、
地図で1レス誤魔化すなんて(私が)セコいなあ、という話でした。
すみませんでした(´ω`;)
これからも宜しくお願い致します。m(_ _)m


348馬キユ@プレイヤー:03/05/16 21:35
ぅわた!
>>345は改行ミスってるし、>>346は馬キユのままで書いてるし。
ダメダメです、私(´ω`;)

ここで次回予告!キユの陣内に怪しい影が蠢く。その正体とは!?
シスター・オブ・ラブで突き抜けろ!!
袁楙=馬雲碌
張衛=馬鉄
馬キユ=馬超
>349
北方三国志だな。でも、小説とリプレイは全くの違う物だから
そういうたとえはやめておいた方がいい。
351山崎渉:03/05/22 01:37
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―
352馬キユ:03/05/22 22:27
【愛憎渦巻く その参】
 やがて閻行が兵士達を指揮して雲碌の為の陣屋を設え、雲碌もその中に移った。
 閻行が雲碌の為に余程心を砕いてくれたのか、陣屋の中はそこそこ快適な造りに
なっていた。だがそれでも、雲碌は無理矢理キユの傍から離れさせられて落ち込ん
でいた。
「姫君、お食事をお持ちしました」
 陣幕の外から、誰かが声をかけてきた。恐らく食事係の兵士だろう。
「欲しくありません」
 雲碌は断った。気分が落ち込んでいて、本当に食欲が湧かなかったのだ。
「腹が減っては戦が出来ません。それに姫君は大事なご一族、お身体に障りが
あってはいけません。何卒お摂り下さいますよう」
 兵士はそう言うと、陣幕の中に入ってきた。その手には盆が抱えられており、盆の
上には温かそうに蒸気を上げる麦飯と鳥の蒸焼き、そして湯(タン)が載せられていた。
「一兵卒の分際で私に指図するつもり?」
 雲碌がジロリと睨む。すると兵士は震え上がったのか、
「い、いえ、そのような事は決して。閻将軍がそう仰せでしたので」
 と言い残して、そそくさと陣幕から出ていった。
「――ふん。繊細な女心ってものが解ってませんわ」
 まあお兄様以外の男に私の気持を解ってほしいとは思わないけど。
 そこまで考えて雲碌はふと、今の兵士の事が急に気になった。
(あれ?あんな顔、うちの軍にいたかしら――?)
353馬キユ:03/05/22 22:30
 その日の夜はなかなか寝付けなかった。
 戦場にあって雲碌が傍にいないのはいつ以来だろうか。まああの時は最初から
連れてこなかったんだけど。
 それにしても寂しい。雲碌一人いなくなっただけで、陣幕の中が随分と広く感じ
られる。
 考えてみれば、戦場に来れば、いつも雲碌と二人きりの夜を過ごしてたんだ。
 昨日までは雲碌もそこで寝ていた。それでも間違いが起こらなかったのは、
今回の戦が一筋縄ではいかないだろうという緊張感のせいだったんだろう。
 それでも今日、その緊張感は途切れかけた。あのまま夜を迎えていたら、今頃
僕はここで、雲碌を抱いていただろう。何かそんな雰囲気だったしな。
 だから鉄には感謝している。そりゃ勿体無かった気ももするけど、折角の初エッチ
はもっとシチュエーションに拘りたい気もする。ハリウッド映画じゃあるまいし。大体
戦場でなんて不潔だよ。
(……って、そういう問題じゃないんだよな)
 僕には帰るべき時代があって、父さんとの約束がある。いずれにせよ今は我慢の
時だ。
「はぁ……」
 思わず溜息が漏れる。僕の意思とは無関係に、僕の下半身は凄く元気になって
いた。これをどうにかして鎮めない事には、今夜は寝られそうにないや……。
(それにしても蒸すな…)
 外はまだ小雨が降り続いている。
 真夏の雨。けど風はそんなに強くない。颱風ではないと思うけど、それにしても
止まないな。
 雨滴が陣幕を叩く音が、今夜に限ってやけに耳に障った。
354馬キユ:03/05/22 22:30
(――ん?)
 僕は僅かに首を動かした。入り口の垂れ幕が揺れたような気がした。風のせい
とも思えない、妙に不自然な揺れ方だった。
 やがてすいっと垂れ幕が上がり、誰かが忍び込んできた。
(もしかして雲碌が夜這いでもしに来たのかな?)
 僕は埒もない妄想にドキドキしながら、布団の中でじっと身を固めていた。
 人影が音を立てないように、慎重に近付いてくる。僕はその様子を、薄目を開けて
窺った。
 人影は寝ている僕の脇に立つと、懐から何かを取り出して、ゆっくりと腰を屈め出した。
 微かに鳴る金属音。
 そして覆面をした顔が近付いてくる。
「って、覆面?!」
 僕は咄嗟に身を翻した。
 ドスッ。
 一瞬遅れて、僕が寝ていた場所に短剣が突き立った。
「ちょっと待て。今度は僕かよ?!」
 刺客は寝床に突き立てた短剣を素早く引き抜くと、再び僕に襲い掛かった。
「っぶね…!」
 一閃、また一閃。僕は闇夜に閃く兇刃を辛うじて躱す。辺りを探る手が、漸く僕の
双鉄戟を掴む。僕は迷わず双鉄戟を構えた。
 けど、長柄の武器は狭い陣幕の中では扱いに便を欠いた。刺客は双鉄戟を躱して
間合いを詰めると、再び白刃を煌かせて僕に迫った。
355馬キユ@プレイヤー:03/05/22 22:33
なーもー>>348も間違えてるし。346は347の間違いですね。

>>349-351
応援ありがとうございます。
私は北方三国志は3巻しか持っていないので
ちょっとコメントしづらいです。すみません(´ω`;)
>馬キユ殿
もしや北方三国志は呂布を読むために3巻を買われたのですかな?
北方三国志の呂布は他の三国志と違いかっこいいですからな。
馬超、袁楙の話は後半になっているゆえに、
分からないと思われますが、機会が有ればお読みくだされ。
ちなみに、馬超は世捨て人になってたりしますが……

そして、続きお疲れ様です
357馬キユ:03/05/26 00:58
【愛憎渦巻く その肆】
「ちっ…くしょっ!」
 僕は咄嗟に足を上げた。刺客の腹を蹴り飛ばそうとしたんだけど、何の偶然か、
その足の甲が柔らかい物体を捉えた。
「……!」
 刺客が突如、悶絶した。うーん、当たり所が相当よかったらしいな。
何にせよこいつはラッキー。僕は悶絶する刺客目掛けて双鉄戟を放り投げた。
その隙に手探りで僕の佩剣を探り当てる。
「ちっ!」
 刺客は飛来した双鉄戟を辛うじて躱すと、一つ舌打ちした。そして身を翻すと、
瞬く間に陣幕から出て行った。
 ほっ、あきらめてくれたか…。僕は胸を撫で下ろした。
 その時。
「ぎゃっ…!」
 断末魔の悲鳴が短く響き渡った。
「な、何事?」
 僕はびっくりして、戦袍を手にして陣幕を出た。
 その僕の目の前で、刺客の身体がゆっくりと地面に崩れ落ちた。
 刺客の向こうに、一人の少女が血刀を提げて佇んでいた。
「雲碌……」
 雲碌は血飛沫にその美貌を煙らせたまま、刺客の亡骸を冷然と見下ろしていた。
 僕は凄絶なその光景に、不覚にもしばし見蕩れた。
358馬キユ:03/05/26 00:59
「お兄様、ご無事でしたか!」
 雲碌が顔を上げる。
「ああ、うん」
 僕は我に返って頷いた。雲碌の顔にだんだんと喜色が湛えられていく。そして。
「よかった……!」
 ふわりと。
 雲碌の身体が飛び込んできた。
 僕はそのしなやかな身体を胸で受け止めた。
 雲碌は刺客がいるのを予期していたんだろうか。甲冑こそ纏っていないものの、
僕のように寝間着を着てはいなかった。
 それでも雨に濡れたせいだろうか。雲碌の服は水分を含んで身体に貼りつき、
雲碌の肢体の凹凸を微細に僕に伝えてきた。
 理性の糸がぷつんと、音を立てて切れた。
 僕は雲碌の背中に両手を回すと、その身体をしっかりと抱きしめた。
「よかった、お兄様…本当によかった……」
 雲碌は囈(うわごと)のように、何度もそう繰り返した。
「ありがとう。雲碌のお陰で助かったよ。でもよく判ったね」
「私に食事を届けに来た兵士が、顔に見覚えがなかったんです。訝しいと思って
食事を味見してみたら麻痺毒らしきものが味蕾を刺激したので、彦明様に言って
様子を窺っておりました」
「流石に漢方に詳しいだけあるね」
「ええ。こんな形でお役に立てるなんて思いませんでしたけど」
 雲碌が顔を綻ばせる。僕もそれに応えて微笑んだ。その時。
「人が集まってきたな」
 いつからそこにいたのか、閻行がぼそりと呟いた。
359馬キユ:03/05/26 01:01
 僕はびっくりした――けど、お陰で理性を取り戻した。そして人前で雲碌を
抱いていたという現実に焦って、思わず雲碌を離した。
 雲碌が名残惜しそうな表情をする。僕は一瞬まずいと思ったけど、手にしていた
戦袍を雲碌の肩にかけ、笑顔でその淡い栗色の髪を撫でてやった。
 辺りを見回すと、赫昭をはじめとして部将や隊長クラスの武将たちが、何事かと
口々に言い合いながら集まりつつあった。
「その者は?」
 赫昭が、僕たちの足元に殪れ伏している人影に視線を投げかけながら訊ねた。
「刺客だよ。僕の命を狙ってきた」
「何ですと?!見張りは一体何をしていたのだ?!」
 赫昭が色を為して傍の部下に詰め寄った。
「いえ、我々の監視網には何も引っかかりませんでしたが」
 詰め寄られた部下はしどろもどろになりながらもそう答えた。だが赫昭は
納得しない。
 赫昭が尚も部下を問い詰めようとするので、僕はやむなく助け船を出した。
「まあまあ赫昭、そう部下を苛めなくてもいい。こいつは夕飯時にはもう陣内に
紛れ込んでたみたいだから」
「む…という事は、昼間満寵があっさり軍を退いたのはこういう仕込みがあった
からですか」
「ああ、そうかもしれないね」
「そうかもしれないねって…そうではないのですか?」
「満寵の手先じゃったという確証はあるのかな」
「証拠になるかは解りませんが、三輔訛りの言葉を話していました」
 韓玄の問いに雲碌が答えた。
360馬キユ:03/05/26 01:03
「三輔のう…」
「法孝直や孟子敬が確か馮翊の出身でしたな。眼前の敵では張既も馮翊だった
かと」
「なら決まりじゃの」
 韓玄が言うと赫昭も頷いた。
「まあそれにしても、僕はこうして生きている事だし、殺さなくてもよかったかも
しれないな」
 僕がそう言うと、雲碌は呆れたような顔をした。
「お兄様は甘すぎます。この者はお兄様を殺そうとしたんですよ?死んで当然です」
「それを雲碌が未然に防いでくれたんだろ。ありがとう」
「……ん゛もぅ」
 雲碌が頬を赤くして口篭もる。
「そうですな。誰が放った刺客か判らないのであれば生捕りしたいところですが、
そういう事であればこれでよかったのではないですかな」
 どうせ刺客を生かして帰すわけにもいきませんからな、と赫昭が言う。本当に
血腥い時代だなあ…。
「――それはさて置き、鉄兄様には答えて頂きたい事があります」
 雲碌は群衆の中から鉄を見出すと、ジロリと一瞥した。
「鉄兄様が私を休兄様から遠ざけたと思ったら、一夜も明けぬうちに休兄様の命が
狙われるとはどういう事ですか?納得のいく返事をお伺いしたいものです」
 周囲の視線が鉄に集まった。
 雲碌に睨まれて、鉄はばつの悪そうな顔をした。
「いや、私もこんな事になるとは思ってなかったんだ。まさか兄さんが狙われるなんて」
「あら、でも彦明様を私の護衛につけたのだって、まるで今日は自分は狙われないと
知っていたかのようですけど?」
361馬キユ:03/05/26 01:04
「ち、ちょっと待てよ、私を疑うのか?私が兄さんを暗殺する手引きをしたとでも
言うのか?私がそんな事するわけないだろ。考えてみろよ、私と兄さんとは
実の兄弟だぞ?そんな事するわけないじゃないか」
 けど雲碌は相変わらずジト目で鉄を見ている。あのジト目、昔はいつも僕に
向かってたんだよな…。
「…な、何だよその目は?お前は実の兄を信じられないって言うのか?」
「私だって信じたいんですけどね。私も誰かから信用されていないみたいですし」
「ぐ……」
 鉄が言葉に詰まる。あーあ、見てらんないよ。
「もういいよ雲碌。そのへんで止めとけ」
「けどお兄様……」
「こういう話は人前でする事じゃないし、それに僕は鉄を信じてる。だからもう
止めよう」
「……解りました」
 雲碌は不承不承頷いた。
「けど鉄兄様。休兄様の身辺はどうやら危険みたいですから、私が休兄様の
身辺を守ります。これまでどおりに。それで宜しいですね?」
 雲碌が鉄に訊ねる。けど今の鉄がこれに反対できるわけがない。これは
質問形式を取った只の確認だった。
362馬キユ@プレイヤー:03/05/26 01:11
>>356
いつもご声援ありがとうございます。

北方三国志3巻については実は意図しての購入ではなく、
たまたま近所の古本屋が文庫本半額セールをやっていたときに
3巻だけが置いてあったので購入したというのが経緯です。
まあ機会があればいずれ続巻も読みたいとは思っていますが…。
お勧めして下さりありがとうございました。
363山崎渉:03/05/28 16:57
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉
364馬キユ:03/05/29 23:26
【愛憎渦巻く その伍】
 翌朝。ホウ統は[言焦]の城内で王朗から様々な報告を受けていた。
 ホウ統の行儀は相変わらず悪い。王朗が報告する間にも左手は頭を掻いて
フケを散らし、右手の指は時折鼻の穴に突っ込まれていた。だが王朗は気分を
害する風でもなく、淡々と報告を続けた。
「そうか、韓玄は撤退しなかったか…お、デカい」
 ホウ統は鼻の穴から指を抜き出すと、その指先にこびりついた鼻糞をまじまじと
見詰めた。
 だがそれでも王朗の表情は変わらない。
「御意。彼奴も存外慎重ですな」
「奴自身はさして無能でもない。泰平の世ならどこかの太守くらいは務まる器だ。
奴の欠点は追従癖と猜疑心の強さだな。まあそれが失敗の原因かもしれんが」
 ホウ統はさして面白くもなさそうにそう言って、指先で鼻糞を丸めた。
「そうですか。ところで昨夜、馬休が何者かに襲われたそうですぞ」
「ん?襲わせたのは景興殿の策ではないのか?」
 ホウ統が丸めた鼻糞を王朗に向けて飛ばす。鼻糞は王朗の遙か手前で失速して
床に落ちたが、今度は流石に王朗も眉を顰めた。
「士元殿。鼻糞を飛ばすならせめて人のいない方に向けて飛ばしなされ」
「ああ、すまん。手許が狂った。で、キユを襲ったのは貴殿の策ではなかったの
かな?」
「確かに私から伯寧殿にその旨をお願いしましたし、伯寧殿からも潜入に成功した
旨の報告は受けました。ですが我々の手の者が行動を起こす前に何者かが馬休の
寝所に忍び込み、返り討ちに遭ったとの事です。お陰で一度は緩んでいた警戒も
一気に厳戒態勢に転じ、今や蟻の這い出る隙間もない由」
365馬キユ:03/05/29 23:28
「――それは興味深いな」
 ホウ統は左手を口許に宛てて考え込んだ。それが事実なら、キユの敵は前面に
いる自分達だけでなく、もっと別の、言ってみれば闇のような存在があると考え
られる。その存在はキユの心胆を寒からせるには十分だった筈だし、それは今後
キユの行動をある程度制約してくれる筈だった。
(そうだな、その者たちと結託できれば面白いかもしれん)
 劉璋の手の者か、或いは孫策の手の者か。いやいや、もしかすると実は大将軍
の手の者かもしれない。
(大将軍はああ見えて冷徹極まりないからな。『友』の一人や二人、闇に葬らない
とも考えられん)
 だが結局それが何者なのか、現時点では全く判らない。判断を下すにはあまり
にも情報が乏しすぎた。
「景興殿、そのキユを襲った者の背後について調査してくれ。伯寧殿の手の者には
引き続き敵の陣中にあって随時報告するように伝えよ」
「御意」
 王朗は拱手して一礼した。
 ――結局、ホウ統のこの命令はホウ統自身には何ら寄与する所が無かった。そして
それが将来何らかの意味を為すかどうかも、現時点では未だ不明瞭だった。
 だがさしあたり、現在の戦況には関係ない。ホウ統は満寵に伝令を送って消耗戦を
強いるよう作戦を変更する旨を伝えると、自身も一軍を率いて[言焦]の城を出たの
だった。
366馬キユ@プレイヤー:03/05/29 23:30
戦闘がもう少し続きます。時間がかかってすみません。

>>363
ageていただきありがとうございました。
367馬キユ:03/06/01 17:48
【鳳雛撃破】
 満寵は糜芳、張既の部隊と合流すると、新たな指令に基づいて、敵に消耗戦を
強いるべく作戦を練った。だが今のところ、それはあまりうまくいっているとは言え
なかった。
「我ながら拙い戦をしているな」
 満寵は渋面を作った。
 曹操軍は馬超軍を湿地に引きずり込もうとしたが、馬超軍はその策に乗ってくれ
なかった。そこで今度は湿地に軽舟を浮かべて弩の遠距離射撃を行っているのだが、
今のところ敵に損害らしい損害を与えている様子は無かった。
「馬鉄、韓玄の部隊はしばしば統制を欠いているようだ。つけ入るならそこだと思うが」
 満寵の傍で張既がそう進言した。糜芳に対した時とは違って、随分砕けた口調だ。
満寵は頷いたが、
「しかし今の我が軍ではいまいち破壊力に欠ける。張苞を失ったのは意外と高く
ついたようだ」
 と答えた。
「敵に消耗戦を強いるというのは、こちらが夥しい戦果を上げる事ではない。敵に
損害の大きさを覚らせ、戦意を殺ぐのがその目的ではないか」
「分かっている。分かってはいるんだ。しかしその為にこちらが要らぬ出血を強いられる
のも、用兵家としてどうかと思う。たかが兵士とはいえ、彼らにも家があり妻子があるの
だからな」
「だから正面切って戦わなければいいんだよ。敵の弱点を一点集中攻撃し、それぞれ
各個撃破していくのだ。伯寧と糜芳、馮習の三部隊で囲めば馬鉄、韓玄の部隊など
すぐに壊滅するだろう。微力ながら私も一軍を率いて包囲に加わろう。馬鉄、韓玄の
部隊が壊滅すれば馬休も戦況の不利を覚って退却する筈だ」
 満寵は張既の進言を神妙に聞いていたが、すぐに頷いた。
「そう…だな。徳容の言は尤もだ。早速糜芳、馮習の許へ伝令を飛ばしてくれ」
「御意」
 張既は恭しく一礼した。
368馬キユ:03/06/01 17:50
 だが。
 曹操軍が方針を変えたのを看取すると、馬超軍も即座に方針を変えてきた。
それどころか曹操軍の要となるべき地点にキユの部隊が素早く侵入し、曹操軍の
連携を絶ってしまったのだ。
 曹操軍の乱れをキユ、もとい雲碌は見逃さなかった。雲碌はキユの命を狙った
のが満寵だと思っている。それは間違ってはいなかったが、正鵠を射たものでも
なかった。だがキユ暗殺未遂の件があって以来、雲碌以下馬超軍の戦意は
押し並べて高い。眼前の敵が弱みを曝け出したと見るや、忽ち牙を剥く狼となって
羊の群に襲いかかった。
 雲碌が採った作戦は、張既と同じく一点集中攻撃。まず張紹が、次いで張既が、
立て続けに虜囚となった。
「敵将糜芳はどこですか!出てきなさい!扶風の馬雲碌が相手になります!」
 雲碌は葦毛の牝馬に跨って呼ばわった。雲碌の澄んだ声が高らかに響き渡る。
「ちっ、女風情がいい気になりおって」
 部隊の統制を欠いて逆上していた糜芳は、雲碌の挑発に乗った。
「ここは戦場なんだよ。殺伐とした雰囲気がいいんだよ。女子供はすっこんでろ!」
 雲碌の目の前に躍り出るや、そう叫んで馬上から矛を一気に振り下ろす。
 だが雲碌は糜芳の渾身の一撃を易々と受け止めたばかりか、手首を反して軽々と
弾き返した。糜芳の両眼が驚愕で見開かれた。
「雲碌、殺しちゃ駄目だよ!」
「解ってます!」
 雲碌はキユの声に応えながら、手にした鎗で糜芳の胴を鋭く薙いだ。糜芳は
呆気なく鞍から転げ落ち、すぐに虜囚となった。
 同じ頃、馬鉄の部隊と馮習の部隊の交戦地点では、閻行が馮習を生け捕って
残余の兵士を降していた。
369馬キユ:03/06/01 17:51
「キユはこれほどまでに強いのか」
 満寵は半ば茫然としながら、自軍が壊滅していく有様を眺めていた。
 馬超軍の動きは先に行動を始めた曹操軍よりも速かった。その迅速さに曹操軍は
ついていけなかった。満寵自身、赫昭に追い縋られてもたついている間に、要地を
キユに占拠されていた。満寵は馬超軍の指揮系統の混乱を図って間者を送り込んだ
ものの、策を逆手に取られて曹操軍が混乱する有様だった。敵に出血を強いるどころか、
血を流しているのは七割方が曹操軍だった。
 満寵は屈辱に唇を噛み締めながら、後方のホウ統に伝令を派遣すると同時に、沼沢の
中ほどにある砦への撤退を決めた。
 だが陽が傾いた頃、砦の麓まで戻ってきたところで、満寵は愕然とした。いつの間に
先回りしていたのか、砦には既に『馬』の旗幟と韓玄の軍旗が翻っていたのだ。
「うひょっ、負け犬がわざわざやられる為にやって来たぞ。者共、ろけっととやらで
突き抜けろ!」
「応っ」
 韓玄の号令一下、馬超軍は逆落としに攻め下った。
 軍の指揮能力において韓玄と満寵では本来、満寵の方に遥かに分がある。だが今は
兵力が違い、勢いが違った。加えて満寵の背後には他の馬超軍が迫っている。満寵の
部隊の士気は最初から無いも同然だった。
 これ以上は無益か。
 満寵はそう覚った。これ以上戦っても徒に損害を増やすだけだ。
(――いや、もう充分損害を受けていたな)
 自嘲の思いが胸裏を過る。何と拙い戦をした事か。
「すまん、徳容。生きて帰れよ。この仇は必ず取る」
 だがそれも自分が生きて帰れたらの話だ。何よりもまず、自分が生きて帰る事だ。
 満寵は敗残の兵を纏めると、夜陰に紛れて寿春へと退いていった。
370馬キユ:03/06/01 17:53
「すみませんお兄様。満寵を取り逃がしました」
 雲碌は僕の許へ戻ってくると、そう言って謝った。
「いいよいいよ。気にしなくて」
 僕はそう答えてふと、雲碌の顔色が悪いのに気がついた。
「どうした、雲碌?顔色が悪いみたいだけど」
「え、ええ。ちょっと…」
 雲碌はびっくりしたような、けどはにかんだような顔で視線を落とした。
「もしかしてあの日?」
「え、ええ。そうみたいです。薬を飲んで遅らせていたのですが…」
「無理しちゃ駄目だよ」
 僕は雲碌のおでこをコツンと小突いた。
「薬で遅らせるのも感心しないよ。自然なバイオリズムを無理矢理変えるのは身体に
よくない」
「ばいお…りずむですか?」
 雲碌が小首を傾げる。
 ああそうか。この時代の人に英語が解るわけないか。
「兎に角、大事な身体なんだから無理はしちゃ駄目だ。暫く休んどけ。丁度いい具合に
韓玄が砦を一つ陥してくれた。この砦はこないだのとは違って造りも頑丈だし、立地的
にも安全だと思う。ここでしっかり休養を取るといい」
「でもお兄様、戦の方が…」
「雲碌のお陰で随分有利になった。後は何とかなるよ」
「だといいのですが…」
 雲碌が俯く。
371馬キユ:03/06/01 17:54
 すごくいじらしかった。
 その唇に触れたい。その身体を抱きしめたい。無性にそんな衝動に駆られた。
 人目が無かったら、こないだみたいに理性の糸は簡単に焼き切れていただろう。
「…と、兎に角。何も心配要らないから、雲碌はゆっくり休んどけ。な?」
「……はい」
 僕は雲碌の淡い栗色の髪を撫でながらそう諭した。
 雲碌は暫しの沈黙の後、僕の手に自分の手を軽く重ね合わせて頷いた。

 雲碌にそう請け合った以上、負けるわけにはいかなかった。僕は僕の意思で戦った。
 流石に孔明から忠告されただけあって、ホウ統は手強かった。こっちの指揮系統を
乱すのが兎に角上手かった。そしてこっちが混乱している間に、王朗が指揮する
連弩部隊が弩を雨霰と射掛けてくる。時折敵が放った火が延焼して、僕たちは随分
梃子摺らされた。
 けど、一度逆転した形勢は変わらなかった。僕たちの軍勢が包囲を完成すると、
敵は一気に戦意を喪失した。士気の激減はいかに鳳雛と雖も、遂に補い得なかった。
鉄からホウ統捕縛の報告を受けると、僕はぎこちなく頷いた。
372馬キユ@プレイヤー:03/06/01 17:56
漸く戦闘が終わりました。
ですが今月はもう少しだけ続きます。舞台は[業β]へ…。
373馬キユ:03/06/02 23:23
【臥龍鳳雛】
―業β―
「そうか、これからは臣とともに戦ってくれるか。心強い味方が出来たな」
 孔明の取りなしもあって、ホウ統は馬超に降った。孔明は旧友を自室に招じ入れると、
そう言って酒肴を勧めた。
「まあな。二君に仕えるというのは心苦しいが、孔明が軍師をしているなら多少は
風通しがよかろう」
 ホウ統はそう言って觴を呷った。
「――だがな、孔明。こう言っちゃ何だが、俺はあの馬超という男はあまり信用できん。
お前は本当に奴が主君でいいのか?」
 それはホウ統が馬超を一目見た率直な感想だった。
 孔明は視線を落とした。
「…いいも悪いもない。我が君は先君のご嫡子、他に誰が後を継ぐと言うのか」
「ま、正論だな」
 ホウ統が手酌で呷る。
「だが俺は、お前は名より実を取る性格だと思っていた。何か心境の変化でもあった
か?」
「本人にやる気がないのではどうしようもない」
 孔明は一気に觴を呷った。ホウ統にはそれが自棄酒を呷っているように見えた。
「そうか。曹操の息子達は後継について丁々発止とやりあっているようだが、ここは
そうでもないのか」
「我が君の武勇は衆に抜きんでている。それは確かだ。だが…」
 そう言って孔明は不意に言葉を切った。
「いや、よそう。こんな話は。折角の酒が不味くなる」
「そうだな。主君の手綱を上手く取るのも軍師の器量だ。まあ頑張れ」
「ああ」
 そして二人は、夜が更けるまで盃を傾けあった。
374馬キユ:03/06/02 23:25
【奸計蠢動】
 同じ頃、馬超の私室には董[禾中]が訪れていた。
「なに、失敗しただと?」
「御意」
「何をやっている!」
 馬超が玉杯を床に叩き付ける。玉杯は砕け散り、その破片が一つ、董[禾中]の
頬を僅かに掠めていった。董[禾中]は目を細めて、飛散する破片に備えた。
「そうはおっしゃられましても、妹君に邪魔されたのでは私としても対処の仕様が
ありません」
「なに、雲碌が邪魔しただと…」
「御意」
 董[禾中]の淡々とした返事に、馬超は顔色を赤黒く染めた。
「うぬぬ、あの馬鹿女め…何故そんなにキユを大事にする!?」
 馬超は今し方叩き割った玉杯を踏み躙った。玉杯がバリバリと音を立てて、
粉々に砕けた。
「女心とは分からないものですな」
 董[禾中]の言動は相変わらず淡々としている。それが更に馬超の神経を逆撫で
した。
375馬キユ:03/06/02 23:25
「…で、刺客はその後どうなったのだ。まさか捕まって口を割ったのではあるまいな」
「それはご安心下さい。妹君に出会い頭に斬り捨てられて、一言も発する暇が
なかったそうです」
「そんなのが気休めになるか!」
 馬超の語気は一向に鎮まらない。
「それでは刺客の技倆は女以下という事になるではないか。もっとマシな刺客を
用意しろ」
「畏れながら、刺客の技倆が劣っていたとは思いません。むしろ妹君が強すぎる
のです」
「馬鹿な」
「閣下が妹君など問題になさらぬほどお疆いので、そうと気付かれないだけです」
「む…そうか」
 馬超は自分が持ち上げられた事を覚って表情を緩めた。
「ではその強い雲碌をキユから引き離すにはどうすればいい?」
「そうですね…今回は図らずも鉄殿が引き離して下さったお陰で実行に移せました
が、今はキユ殿も妹君も警戒しておられるようです」
「だからどうすればいいかと訊いている」
 馬超は再び不機嫌な顔になった。
「ああそうでした。その事ですが…来月は武術大会がありますね」
 そこまで言って、董[禾中]は辺りを窺うように声を潜めた。
 義弟の策を聞くうちに、馬超は次第に愁眉を開いていった。
376馬キユ@プレイヤー:03/06/02 23:28
長かった6月が漸く終わりました…。
来月(7月)は2年ぶりの武術大会。その時何かが起こる?!
馬氏兄妹の運命や如何に?
377馬キユ:03/06/08 01:39
建安二十三(218)年7月
【夏育孟賁を集う】
―言焦―
 月初めに、法正と高覧が病死したという報せが届いた。高覧はそろそろ老齢
だったけど、法正はまだまだこれからという年齢だった筈だ。それに高覧はそれ
ほどでもないけど、法正とはかなり親しくなっていた。突然の悲報に僕はしばし
唖然とし、気を取り直すと雲碌の名も添えて、江州に弔辞を送った。
 本当は法正の葬儀に参列したかったんだけど、今月はそうもいかない理由が
あった。
 今月は恒例の武術大会が開かれる月だ。勢力が広がってますます多士済々
の観がある馬氏にとって、僕みたいな人間(註1)の出番はもうなくなる…筈なん
だけど、[業β]からは相変わらず、僕に出場の要請があった。
 僕が気乗りしない表情で書簡を放り出すと、雲碌が身を乗り出してきた。
「私、お兄様の試合が見たいです」
 雲碌は目を輝かせている。
「何をそんなに期待してるんだか。ヤだよ僕は。どうせ負けるんだから」
「そんな事はありません。お兄様ならきっと勝てます」
378馬キユ:03/06/08 01:39
 何を根拠にそんな事を言ってるんだ、雲碌は?
 …けどまあ、期待されてるというのは悪い気がしない。
「――はぁ」
 僕は溜息を吐いた。雲碌の目の前であんまり恥は掻きたくないんだけど、
しょうがないか。
 僕は出場を決意すると、書簡に改めて目を通した。書簡の最後には追伸が
記されていた。

『追伸:雲碌も大会観覧の為に、必ず[業β]城に来る事』

 僕は首を傾げた。どうしてわざわざそんな事を念押ししてきたんだろう。今までは
そんな事無かったのに。
(主催が兄さんに変わったからかな)
 兄さんがそんなに雲碌に会いたがってるとは驚きだけど…。
(ま、いっか)
 僕は考えるのを止めた。兄さんは兄だし、主君だ。特に他意があるようにも思え
なかった。
379馬キユ:03/06/08 01:41
【叛骨の士】
―業β―
 僕の一回戦の相手は、いきなり魏延(註2)だった。前回大会の優勝者、
所謂ディフェンディング・チャンピオンというヤツだ。前回大会の一回戦では
馬岱を破った。二回戦では僕がさっさと白旗を揚げた。決勝では対戦相手の
関羽が負傷していたとはいえ、関羽を破ったとなるとその実力は侮れない。
 僕は緊張を隠し切れなかった。
主賓席では、綺麗に着飾った雲碌が兄さんの隣に座っていた。僕が雲碌を
じっと見ていると、雲碌は僕の視線に気付いたのか、手を小さく振ってくれた。
僕も手を振ってそれに応えたいところだけど、人前でそれはちょっと憚られた。
「ふっ、またお前か。お前にこの俺を殺す事が出来るかな?」
 魏延は槍を振り回しながらニヤリと笑った。
「僕には人は殺せないな」
 僕は振り返って答えた。
「ふ。そんな軟弱な事でよく武人が務まるな」
「好き好んで務めてるわけじゃないから」
「ではまた俺に勝ちを譲るという事だな」
「そうはいかないかな、今度は」
 雲碌が見てるからね。
 いや、前回も見てたけど、今度は僕の意識が違う。
「そうか。では少々痛い目を見てもらおう」
「前回も十分痛かったって」
 試合開始の合図が鳴った。
 合図と同時に魏延が槍を繰り出してきた。魏延の膂力は前回の試合でよく
判っている。まともに撃ち合っても勝ち目はない。かといっていつまでも躱せ
はしない。厳顔とは格が違う。僕は暫くの間、魏延の猛攻を棍棒で受け流した。
380馬キユ:03/06/08 01:42
 そんな展開が気に入らなかったのだろう。
 ガツリと。魏延が鍔迫り合いに持ち込んできた。
「なかなかやるじゃないか。技倆(うで)を上げたか?」
 交叉する得物の向こうで、魏延は不敵な笑みを浮かべた。
「いや、前回よりそんなに上がってるとは思わないけどね」
「では前回は手抜きをしていたというのか。面白い冗談だ」
「いや、前回は本気で負けたよ。勝ち目無いと思ったし」
「…では俺の技倆(うで)が落ちたとでも言うつもりかぁ!」
 魏延は突如声を荒げて、僕を弾き飛ばした。
 四、五歩退がって踏み止まった僕に、魏延が憤怒の形相で襲い掛かってくる。
「俺の名を言ってみろぉ!義陽の魏文長とは俺の事だ!」
「それがどうした!」
 今回だけは負けられないんだよ。
 僕は脚を矯めると、低い姿勢で魏延に向かって突進した。
 その僕に向けて、魏延が軌道とタイミングを図って槍を突き出す。僕はその下を
掻い潜った。
「しまった…!」
 魏延は慌てて穂先の軌道を変えようとした。けどそれより早く、魏延の槍の穂先
が僕の頭上を掠め去った。
 ピタリと。
 僕が薙いだ棍棒が、魏延の腹の前で寸留めされた。
「勝負あり。勝者、馬休!」
 審判のコールが挙がる。会場がどっと沸き返った。
381馬キユ:03/06/08 01:43
「やった、お兄様!」
 雲碌は我を忘れて立ち上がっていた。
 ほら見なさい、やっぱりやれば出来るんじゃないですか。
 雲碌は自分が勝ったわけでもないのに、意気揚々としている。
 だがその隣で、馬超は苦虫を噛み潰したような顔になっていた。
「ちっ、魏延め。何をやっていやがる」
 ぼそりと呟いたその言葉を、雲碌は聞き咎めた。
「…何ですか、孟起兄様。お兄様が下馬評を覆したのがそんなに不服ですか?」
 雲碌に訊かれて、馬超はやや慌てた。
「い、いや、そうじゃない。魏延に戦場での不安を感じただけだ」
 勿論嘘である。キユにはここで順当に叩きのめされて貰わないと、キユの株が
上がる一方だ。馬超にとってはそれが一番の心配事だった。
 馬超は雲碌の視線を躱すと、主簿を呼んで小声で言い含めた。
「ホウ徳(註3)に伝えてこい。遠慮は要らん。存分に戦ってこい、とな」
 勿論この場合の「存分に戦え」とは、「存分に叩きのめせ」という意味である。
「御意」
 主簿は一礼すると、早足で階段を降りていった。


註1〜3:武力はそれぞれキユ86,魏延94,ホウ徳96。
馬キユさん文章上手いなぁ…。
ホウ徳戦に期待sage
圧縮近いので続き待ち保守。
384馬キユ:03/06/14 01:42
【隼、高[土庸]に過ぐ】
 二回戦の相手はホウ徳だった。
 武威、安定にいた頃は随分と親しくしていたものだけど、ここ最近は親交が
途絶えている。
 そう言えば疎遠になり始めたのはいつ頃からだろうか。僕と兄さんとの間に
溝が出来始めた頃からだろうか。昔からずっと兄さんの側近という立場にあった
ホウ徳だ。彼も彼なりにいろいろと考えてる事があるんだろう。
 今度の相手も強敵だ。ホウ徳の強さはよく覚えている。あの頃の僕は歯牙にも
かからなかった。僕は一回戦の時以上に緊張した。
 ホウ徳の日頃の得物は戟だ。けどそれを武術大会用にアレンジするのは難し
かったのか、ホウ徳は結局魏延と同じく、穂先を石灰を詰めた布に変えた槍を
手にしていた。
 試合開始の合図が鳴った。
 けどホウ徳は穂先を僕に向けて構えたまま、じっと動かない。実力差を考えると
嵩にかかってきそうなものだけど…もしかしたら、何年か前の大会で怪我させた
事を覚えていて、それで警戒しているんだろうか。
 対する僕も、迂闊には動けない。棍棒の先でホウ徳の穂先の両側を撫でるように、
間合いを測る。時折、木を弾く音が小さく響いた。
 不意に、ホウ徳がすっと槍を突き出してきた。
 見切れない疾さじゃない。隙を突かれたわけでもない。棍棒で軽く抑えて軌道を
逸らした。
 反撃の突きを入れる。ホウ徳が槍の柄で受け止める。受け止められた点を支点に
棍棒を反し、振り下ろす。けどこれもあっさりと受け止められた。肩口、肘、足元を
狙って数度、打ち据える。けどホウ徳はその全てを余裕を持って受け止めたばかりか、
最後に石突きで反撃してきた。
 やっぱり強い。僕はホウ徳の攻撃を身を捩って躱すと、距離を取って構え直した。
 ホウ徳も再び構え直す。暫しの間、睨み合いが続いた。
385馬キユ:03/06/14 01:43
 ざあっと。
 一陣の風が舞った。
 それはホウ徳にとって、文字どおり追い風になった。
 目に埃が入ったらしい。目がチクリと痛んで、一瞬気が逸れる。
 刹那、僕の左肩に激痛が走った。疾すぎてよく見えなかったけど、左肩の
付け根を突かれたのだと、本能的に覚った。
 突きの衝撃で二、三歩よろめく。何とか踏み止まって視線を戻すと、ホウ徳が
猛禽のような素早さで迫ってくるのが見えた。
 僕は棍棒を構えようとした。けど左腕が思うように動かない。
(脱臼したか?)
 僕は痛みを堪えて飛び退った。ホウ徳の槍が虚空を切り裂いた。
 僕が態勢を立て直すよりも早く、ホウ徳が二の槍、三の槍を繰り出してくる。
僕は咄嗟に棍棒で受け止めようとした。けどホウ徳の槍術は、片手で受け止め
られるほど生易しくはなかった。
 手首に強い衝撃が走った。右手が痺れる。思わず棍棒を取り落とした。
 でもホウ徳は止まらない。すっと、僕の懐に飛び込んできた。
「キユ殿、悪く思うな」
 すれ違いざま、ホウ徳の囁きが僕の耳朶を打つ。一瞬遅れて、僕の右脇腹を
激痛が襲った。
(痛ぅ…っ。レバーに入ったかな…)
 息が詰まる。足に力が入らない。
 前につんのめる僕の延髄に、またもや鈍痛。しかもこの鋭角的な打撃は…
(肘打ちかな……)
 そんな事を思いながら、僕の意識は薄れていった。
386馬キユ:03/06/14 01:48
【浄玻璃】
「お兄様!」
 雲碌はまたもや、我を忘れて立ち上がっていた。しかし今度の理由は先刻とは
正反対である。
 お兄様は相当の重傷を負った。それは遠目にも明らかだ。しかも意識を失った
らしい。早く行って手当してあげないと。
 雲碌が踵を返す。
 だがその背中を馬超の声が打った。
「待て、雲碌。どこへ行く」
「決まっているでしょう。お兄様の処です」
 雲碌は足を止めて答えた。
「まだ大会は終わっておらん。勝手な行動は慎め」
「何ですって?」
 雲碌は怒気を閃かせて振り返った。だが馬超は、満足げな笑みを湛えたまま
動じない。
「お前は主賓の一人だ。そのお前が決勝戦を前に中座したとあっては、決勝を
戦う二人に対して失礼だろう」
 馬超の言は正論だ。兄の薄ら笑いは気に入らなかったが、雲碌は反論を封じ
られて立ち尽くした。
「解ったらさっさと席に着け。決勝戦が始められないだろうが」
「……」
 雲碌は黙って兄の顔を睨んだが、やがて渋々と席に戻った。
「…解りました。決勝戦は見ます。ですが決勝戦が終わったらすぐにでも行かせて
もらいます」
「それはならん。お前には話がある」
387馬キユ:03/06/14 01:50
「何ですって?」
 雲碌は再び怒気を閃かせて兄を睨んだ。だが馬超はそんな雲碌の視線を歯牙
にもかけず、決勝に進出した関羽とホウ徳の二人を見下ろしていた。
「…話とは一体何ですか」
睨んでいても埒が空かないと覚って、雲碌は訊ねた。だが馬超の返事は素っ気
無かった。
「大事な話だ。ここでする話ではない。決勝戦が終わったらすぐにでもしてやる」
「話など後で結構です」
「勿論、この決勝を見終わってからだ」
「そうではありません。どんな話かは知りませんが、私にとって重要な事では
ありません」
「俺の話よりキユの容態の方が大事だとでも言うのか?」
 馬超がジロリと一瞥する。
 全くもってその通りだが、面と向かって「はいそうです」とも言えず、雲碌は沈黙
した。
 雲碌たちの眼下で決勝戦が始まった。戦いは序盤から両者が猛然と仕掛け、
互いの得物を丁々発止と撃ち合っている。だがその腕力、技倆、経験、いずれも
関羽の方が優勢だった。
 やがて訪れる決着の時。ホウ徳は焦りから、関羽がわざと見せた隙につられて
槍が空を切った。目標を失ったその槍を関羽は矛の柄で叩き落とすと、刃をホウ徳の
首筋にピタリと宛てた。
 生ける武神の妙技に会場が沸き返る。その様を見届けると、雲碌はすっくと立ち
上がった。
388馬キユ:03/06/14 01:50
「どこへ行く、雲碌」
「先程も言いました。お兄様の処です」
「ならん。まだ話が済んでいない」
 馬超は関羽の勝利にやや憮然としながらも、拍手を送りながら咎めた。
「ですから話とは一体何なんですか。さっさと終わらせて頂きたいのですが」
 雲碌が苛立ち気味に言う。
「だからここでする話ではないと言っているだろう。俺はこれから関羽とホウ徳を
表彰せねばならんから、今少し待ってもらわねばならん。孔明、貴様は表彰に
居合わせなくていいから、雲碌を俺の部屋に通しておけ」
「……」
 孔明はすぐには返答しなかった。馬超の部屋に通すという事はかなり内密な
話になるという事だ。普通なら兄妹同士積もる話もあるだろうと思うところだが、
雲碌の方があからさまにそれを望んでいない。そうまでして何を話すつもりだ、
と疑問に思ったのだ。更には最近一つ、気がかりな事もあった。
「返事はどうした」
 馬超が視線で威圧する。
「……御意」
 ややあって孔明は拱手した。
「では姫君、こちらへ……」
 孔明は白羽扇で雲碌を促した。
 雲碌は兄と孔明とを険しい視線で交互に見やったが、兄が意志を枉げないのを
看取すると、不承々々孔明の後に従った。
389馬キユ@プレイヤー:03/06/14 01:56
さて、ここからが問題です…私完全に暴走しかけてますんで…。
かなりヤバイです。

>>382
文章力を褒められたのは初めてですね。少し気恥ずかしいです(笑)
しかしオシオキ氏やヤクザたんに比べると、己の非力を否応無しに
悟らされます。
尚一層精進致しますので、今後ともよろしくお願い致します。

>>383
保守して頂きありがとうございます。私も少し危機感を持っておりました。
…と言いつつ、自分ではageてないんですが(^^;
これからもよろしまお願い致します。
次回をもっぱ期待
生ぬるく保守
392馬キユ:03/06/19 01:53
【素交千金】
「――…んぁ」
 何となく目が覚めた。
「ふむ、気がついたか」
 誰かがそう言った。僕は起き上がって声の主の顔を見ようとして――失敗した。
「あいたたた…」
 左の肘を床に衝こうとして、身体中に激痛が走ったからだ。そういえばホウ徳に
ボコボコにやられたんだっけ。
「肩が外れていたから嵌めておいたが、腫れは当分引かんぞ。無理はするな」
 声の主がそう言ってくれる。
「わざわざ有難う。恩に着るよ」
 僕はそう言って視線だけを声の主の方に向けた。
 声の主は関羽だった。
 聞けば関羽は表彰式が終わった後、言伝てがあって僕を捜していたらしい。
「それでだ。先刻ホウ徳が言うておったぞ。痛めつけたのはわざとだが本意では
なかった。すまなかったと詫びておいてくれ、とな」
「わざとだけと本意じゃなかった…?」
「うむ。どういう事かは知らんがな。儂は謝るなら自分の口で謝れと言ったのだが、
そのへんは何やらごちゃごちゃと言って結局去っていったわ。何を考えておるのやら」
「多分、ホウ徳にもいろいろと事情があるんだよ。何となく解るから、僕は気にしてないよ」
 多分兄さんから何か言われてたんだろう。兄さんに命令されたらホウ徳は多分
逆らえないと思うし、試合中にも小声で言われてたから、ホウ徳を怨む気は全然
起こらなかった。
「そうか。そなたは寛容だな」
「そ、そうかな」
 僕は照れ臭くなって頭を掻いた。
 と、そこでふと、雲碌がいない事に気がついた。
393馬キユ:03/06/19 01:54
「あれ、雲碌は?」
 僕は視線をさまよわせながら関羽に訊いた。
 試合が終わったらすぐに戻ってくるって言ってたのに。
 関羽は首と一緒に髯を捻った。
「いや、知らんな。…そう言えば決勝戦の時は主賓席にいた筈だが、表彰式の
時にはもう姿が見えなかったな」
「ふーん?」
 そしたら雲碌の事だから、僕の所に戻ろうとしたんだろうな。でも戻ってきてない
って事はどういう事なんだろう。
 急に不安になった。もしかして雲碌の身に何かあったんだろうか。
 僕は痛みを堪えて立ち上がった。
「心配か?」
「えっ?え、ええ……」
 僕は思わず吃った。もしかして雲碌への想いを覚られた?
 けど関羽はそんなに気にならなかったみたいだ。
「ふむ。そう言われると儂も気になるな。これも付き合いだ。儂も捜すのを手伝って
やろう」
「本当ですか?有難うございます」
 僕は関羽の手を取った。と、再び左肩に痛みが走った。
「あいててて」
「まあ、そなたがそんな様子だからな。一人で捜すのは効率が悪かろう。儂が肩を
貸してやろう」
 僕は関羽の巨体を見上げた。関羽の肩は僕の頭の高さにあった。
「……いや。嬉しいけど、肩を借りるのはちょっと無理かな」
「そうか。なら少々手荒いが」
 関羽はそう言うと、僕の身体を小脇に抱え込んだ。
394馬キユ:03/06/19 01:56
「ち、ちょっと…?!」
 僕はびっくりした。驚きの余り、自分の声が裏返っているのが判る。
「肩が痛むかもしれんが、少しの間我慢しろ」
 関羽はそう言ってすたすたと歩き出した。
 何て言うか、僕は痛いとか思う以前に関羽の膂力に驚いてしまった。こんなのと
まともに戦ったら命が幾つあっても足りないよ…。

 僕たちが廊下で孔明と出会ったのは、それから少し後の事だった。
「姫君でしたら我が君のご命令で、臣が先程、我が君のお部屋へお通ししました」
 雲碌の所在を訊ねる僕に、孔明はそう答えた。
「命令?何かあったの?」
「何でも大事な話がおありだとか」
「大事な?どんな話だろう?」
「臣には判りません。ご心配ですか?」
 孔明は何かを探るようにそう訊ねた。
 僕は不意に、書簡の追伸を思い出した。兄さんが雲碌を呼び出したのは話が
あったからなのか。
 けどそれならそれで、堂々と「話があるから来い」とか書けばいいし、他愛ない
用件なら往復書簡でも交わせば済む話だ。
 一体何の話なんだろう。嫌な予感がする。僕は不安を掻き立てられた。
「…うん、気になる」
「では我が君のお部屋までご案内致しましょう。こちらへ」
 孔明はそう言うと、白羽扇で僕たちを誘(いざな)った。
395馬キユ@プレイヤー:03/06/19 02:00
>>390
>>391
ご期待、ご声援、ありがとうございます。今回はまだ少し…ですが、
次回は馬超の部屋で一悶着ある予定です。

…こんな事させてええんかいな?みたいなー(;´Д`)
396馬キユ:03/06/20 01:29
【馬超乱心】
 馬超が扉を開けて部屋に入ってくると、雲碌は待ちかねたように立ち上がった。
「お兄様」
「待たせたな。おとなしくしていたか」
 馬超は猫撫で声で応じた。雲碌はそれがかえって癇に触ったが、
「それで、話とは一体何でしょうか」
 と、努めて穏便に訊ねた。だが馬超は牀台に腰を下ろすと、台を手で叩いて
「まあ急くな。まず座れ」
 と、雲碌を隣に誘った。
 雲碌にとっては甚だ気乗りしない話だった。
 だがこんなところでゴネて話を長引かせるのも埒がない。
 雲碌は渋々馬超の隣に座った。
「それで、話とは一体何でしょうか」
 さっきから何度この台詞を口にしただろう。雲碌は辟易しながらも訊ねた。
 馬超の返事は雲碌にとって思いも寄らない話だった。
「うむ、まあ何だ。前線は危ない。危ないところに大事な妹をいつまでも置いておく
わけにはいかない。今日ここに来たのはいい機会だ。お前は今日からこの[業β]
城に住むといい」
「……何ですって?」
 雲碌はそう訊き返すだけの事に数瞬の時を要した。だが馬超は、雲碌の驚愕など
無視して言葉を続けた。
「既に部屋は用意してある。後で案内させよう。足らぬ物があれば何でも言え。すぐ
に揃えさせよう。…そうだな、お前の侍女たちも呼び戻さねば…」
「ちょっと待って下さい」
 雲碌は兄の言葉を遮った。
397_:03/06/20 01:30
398馬キユ:03/06/20 01:31
「私は暖衣飽食に囲まれて安穏と過ごしたいなどと望んだ事は一度もありません。
一人で勝手に話を進めないで下さい」
 そうだ。昔長安を陥したばかりの頃、私はお兄様にそう言った。その時孟起兄様
は私の主張に頷いていた筈ではないか。
「何だと」
 途端に馬超の表情が険しくなる。だが馬超はハッとして、すぐにまた元の猫撫で
声に戻った。
「お前は若いからな、功を焦る気持も解らなくはない。だがお前は女で、しかももう
妙齢だ。いい加減家庭に入る事を考えるべきだ。いつまでも戦争ごっこに現を抜か
している場合ではない」
 雲碌は柳眉を逆立てた。
「戦争ごっことは聞き捨てなりません。私がいつ遊び事で戦に出ましたか」
「宛に出陣中に病気で倒れたのは誰だ」
「あれは…ですから病気です。遊んでいたわけではありません」
「俺に言わせれば遊び事だ。自己管理も出来ていないのに出陣するなど、死にたい
か真面目にやるつもりがないかのどちらかに決まっている」
 雲碌は激怒した。私が倒れた理由をこの男はまだ解っていないのか。鈍感にも
程がある。
 ――だが、雲碌は反駁しようとして止めた。目の前の男に理解して貰いたいとも
思わなかったからである。
「兎に角、私は嫌です」
「我が儘を言うな」
「我が儘ではありません。私は今は亡きお父様との約束であそこにいるのです。
貴方に指図される謂れはありません」
399馬キユ:03/06/20 01:33
 馬超の眉がぴくりと撥ねた。
「親父が何と言ったかは知らないが、親父はもういない。そして俺は親父とは違う。
これからは俺の命令に従って貰う」
「命令ですって?私は貴方の臣下なんかじゃありません」
「何だと?」
 二人の間に険悪な空気が流れた。
 そんな空気を先に嫌ったのは雲碌だった。これ以上話す事はないと覚った雲碌は、
「話はそれだけですか?でしたら失礼させて頂きます」
 と言って腰を浮かした。
 だが、その雲碌の腕を馬超が掴み止めた。
「待て、雲碌。この俺を誰だと思っている。お前が臣下であろうとなかろうと、俺は
この国の国主で、馬家の棟梁だ。お前も馬家の一員なら棟梁の決定に従え」
「嫌です。離して下さい」
 雲碌は馬超の強引な態度がかなり頭に来ていた。馬超に触られる事さえ、今の
彼女は気に入らなかった。雲碌は馬超を拒絶するかのように、強い素振りで馬超の
手を振り解いた。
 そんな雲碌の態度は馬超を逆上させた。馬超は我を忘れて、平手で雲碌の頬を
張った。
 乾いた音が室内に響いた。
「痛っ!何を…」
 雲碌は立ち上がった兄を睨み上げた。だが馬超は雲碌以上に炯烈な眼光で雲碌を
見下ろした。
「お前が聞き分けがないからだ。さっさと誰ぞの許へ嫁いで馬家に貢献すればよい
ものを。何故そんなに戦場に戻りたがる。何故そんなにキユの許へ戻りたがる」
400馬キユ:03/06/20 01:35
 それは馬超が無意識のうちに漏らした本音だった。しかし同じ様に逆上している
雲碌は、その言葉の意味を十分吟味しなかった。
「そんな事は私の勝手です。貴方に説明する義務などありません」
「棟梁の命令に背いておいてよくもそんな口が利けたものだな」
 馬超がもう一発、雲碌の頬を張る。
「キユ如き惰弱者の傍においていてはお前の身が危ないと心配する兄の気持が
解らんのか。お前に女の幸せを与えてやりたいと思う兄の心が解らんのか」
「そんなものは全て貴方の自己満足です。私はそれらの何一つとして望んだ覚え
はありません」
 雲碌はキッと兄を睨み返した。
「大体貴方はお兄様の事を惰弱だとおっしゃいますが、お兄様のどこが惰弱ですか。
お兄様の戦績を知らないとは言わせません。貴方だって先刻見たばかりでしょう。
お兄様が魏延を打ち破った様を。お兄様は武人としても優れた人です。ただ優し
すぎるだけです。暴力も振るいません。貴方とは大違い……」
「まだ言うか、この売女が!」
 雲碌はよほど逆上していたのだろう。思わず、言わずもがなな事まで言ってしまっ
ていた。
 馬超は憤怒のあまり雲碌の喉を締め上げた。
「……かはっ……!」
 雲碌はまさか馬超がそこまで手荒な事をするとは思っていなかった。いや、逆上して
いて後先が見えなかったのかもしれない。とにかく雲碌は兄の手を避ける事が出来ず、
息を詰まらせた。
「さっきから黙って聞いていれば奴の事ばかり兄と呼びおって…!そんなに奴が
大事か。そんなに俺はどうでもいい存在か。…ふん、まあそうだろうな。人前で堂々と
抱き合うくらいだからな」
401馬キユ:03/06/20 01:37
「…………!」
 雲碌は驚愕に目を見開いた。だが声が出ない。出せなかった。
 馬超はそんな雲碌の様子を見て鼻で笑った。
「どうした、その顔は。俺が何も知らんとでも思っていたのか。貴様は先月、事も
あろうに陣中で奴と抱き合っていたそうだな。――ああ、報せてきた奴がいるん
だよ。
 穢らわしい女だな、貴様という奴は。実の兄と愛し合っているとはな。あんな事
をしておいてよく『私がいつ遊び事で戦に出ましたか』などと開き直れたもんだ。
 いい根性してるじゃないか。男など知らぬ風な顔をしておいて、やる事は人一倍
だな、ええ?その身体でどうやって奴に応えた?言ってみろ」
 馬超は口汚なく罵ると、雲碌を牀台に突き倒した。
「げほっ、ごほっ」
 雲碌は牀台の上に倒れ込むと、激しく咳き込んだ。その両目にはうっすらと涙が
滲んでいる。
 だが雲碌が一息つく暇もなく、馬超が上から覆い被さってきた。馬超は左手で
雲碌の両手を高手小手に拘束すると、雲碌の服の襟に右手をかけた。
「何を……」
 雲碌の口から辛うじて、その言葉が漏れる。馬超は嗜虐的な笑みを浮かべた。
「なに、口で言って解らんなら、身体に言い聞かせてやる必要があると思ってな。
キユ如きの贅閹を咥え込めるくらいだ。俺のモノだって咥えられる筈だろう」
「ひっ……!」
 犯される。そう覚った雲碌の口からは「女」の悲鳴が漏れ出ていた。
 雲碌は身を捩り、馬超の手を必死で振り解こうとした。だが馬超はびくともしな
かった。それどころか馬超の身体は完全に雲碌の身体の上にのしかかり、右足を
素早く雲碌の股間に割り込ませていた。馬超はそのまま右の太股で、雲碌の
恥丘から秘所にかけて圧迫した。
402馬キユ:03/06/20 01:40
「…………!」
 雲碌の口から声にならない悲鳴が漏れた。
 その恐怖は曹丕に捕まった時の比ではなかった。馬超の豪勇は幼い頃から嫌と
いうほど思い知らされている。今、その並外れた膂力がかつてない暴風となって、
自分の身体を蹂躪しようとしていた。
「やめて……!」
 雲碌は無意識のうちに哀願していた。だが馬超の暴走は止まらない。
(――そうだ。俺はずっと、こうしたかった)
 馬超は不意にそう覚った。
 歳の離れた妹。滅多に会う事のない妹。会う度に美しくなっていく妹。
 それはもう馬超にとって妹ではなく、一人の女だった。
 雲碌を自分のものにしたかった。穢して、凌辱して、思うままに貫いてみたかった。

 こ の 女 を 征 服 し た か っ た 。

 恐怖に引き攣らせた雲碌の顔を見て更に嗜虐心をそそられた馬超は、右手を
引いて、雲碌の着衣を一気に引き裂いた。
 引き千切られた布地の下から、およそ成熟しているとは言い難い、儚い胸の
らみが姿を覗かせた。
403馬キユ:03/06/20 01:40
「ひっ……!」
 再び漏れる悲鳴。だが馬超はお構いなしに雲碌の胸にむしゃぶりつくと、
余った右の乳房を左手で荒々しく揉みたてた。
「いやぁ……」
 雲碌の弱々しい悲鳴が虚しく室内に谺する。
 雲碌の両目から、漣々と涙が溢れ出した。
 何故こんな事になるの?何故?どうして?
 こんなのは嫌だ。私はお兄様とでなければ嫌だ。こんな男に犯されるなんて
死んでも嫌だ。
 逃げたい。でも逃げられない。抗いたい。でも抗えない。このままでは本当に
穢されてしまう。そんなのは嫌だ。
 お願い、助けて。誰か助けて。
 助けて、お兄様――。
404馬キユ@プレイヤー:03/06/20 01:43
てなカンジでちょっと引っ張ります。雲碌の運命や如何に?
次回もシスター・オブ・ラブでつきぬけろ!!

下がり過ぎてたので一旦ageました。すみません。

■今回の没案
雲碌「二度もぶった…お父様にもぶたれた事なかったのに…!」
最高
 読  あ
 ん  ま
 だ  さ
!!  ず
407馬キユ:03/06/22 19:05
【朱面赫怒】
「何をやっとるかっ!」
 室内に重々しい声が響いた。
 馬超は驚いて声のした方向を見た。
 その方向にはこの部屋の扉があり、その入り口には美髯の偉丈夫が立っていた。
 関羽である。
 関羽は驚愕と憤怒が入り交じった声を上げると、肩に担いでいる「もの」を打ち捨て
て、主君である馬超に向かってずかずかと歩み寄った。
「豎子っ、そこへ直れっ!」
 怒号と共に、関羽が馬超の横っ面に鉄拳を叩き込む。突然の闖入者に狼狽して
いた馬超は、防ぐ事も儘ならず、堪らず吹き飛んだ。そして関羽はそのまま、倒れ
伏した馬超の前に、目肩を怒らせて立ちはだかった。
 そんな関羽の背後で、牀台の上で茫然としている雲碌に、別の人影が歩み寄って
きた。
「ゴメン雲碌、今度は少し遅れちゃった。本当にゴメン」
 キユだった。
 キユは雲碌の胸元がはだけているのを見ると顔を赤らめたが、すぐに上着を脱いで
雲碌にかけてやった。
 その瞬間、雲碌は怯えるように身を震わせた。
 キユはその様子に一瞬びっくりしたが、やがてほっと息をつくと、上着の上から雲碌
を優しく抱きしめた。
 雲碌の身体がまた震えだす。しかし今度の震えは怯えたからではなかった。
「お兄様……お兄様ぁ……っ!」
 雲碌はキユの胸に顔を埋めると、人目を憚らず泣きじゃくった。そんな雲碌の頭を
キユは何度も優しく撫でた。
408馬キユ:03/06/22 19:07
 馬超はそんな二人を怨むように見ていたが、やがて思い出したように関羽に
視線を転じた。
「関羽…貴様、家臣の分際で主君に手を挙げるとは何事だ」
 関羽の一発で口の中を切ったのだろう。馬超は赤い唾を吐き捨てると、口許を
指で拭いながら立ち上がった。
「己の犯した罪の重さがまだ解らんのか」
 関羽は棗のような朱面に更に朱を注いだ。
「主君が道を誤れば、それを正すのも臣下の務めだ。歯を食いしばれ。修正して
やるっ」
 関羽の剛拳が再び唸りを上げて馬超の顔に迫る。馬超はその拳を左腕で弾くと、
右手で殴り返した。だがその拳を、関羽は左の掌で易々と受け止めた。
 刹那、馬超の膝蹴りが関羽の鳩尾に入った。関羽も流石にこれは堪えたのか、
膝が落ちる…と思いきや、関羽は右手で馬超の延髄を掴むと、無理矢理床に捻じ
伏せた。
「…この不忠者が…!」
 捻じ伏せられながらも、馬超が血走った目を関羽に向ける。
「この痴れ者が!」
 関羽の大喝は馬超の視線を圧倒した。そのまま固まったように力比べになるか
と思われた。
「我が君、関将軍、武術大会はもう終わっていますよ。お互いに手を引いて下さい」
 いつの間にか、部屋の入り口では孔明が扉を閉めて立っていた。
 馬超と関羽は孔明を見て動きを止めた。数瞬の間沈黙が流れた。
 ――先に動いたのは関羽だった。関羽は主君から手を放すと、キユたちの傍に
腰を下ろして大きく嘆息した。
 馬超はむくりと起き直ったが、立とうとはしなかった。肩で大きく息をついている。
関羽に押えつけられるというのは、馬超でさえそれほどの体力を消耗する事らしかった。
409馬キユ:03/06/22 19:09
 やがて雲碌が落ち着きを取り戻したのを見ると、キユは雲碌を牀台に残して
一人、兄の前に立った。
「何やってんだよ…と訊くのも馬鹿らしいけど、敢えて言わせて貰う。あんた
一体何やってんだよ…!」
 キユの語尾が悲憤で微かに震えた。
 キユは馬超がそんな人でなしだとは思いたくなかった。だが現に雲碌の着衣は
引き裂かれ、その目からは涙を流していた。
 事実は厳然としてそこにあった。
「…ふん、貴様と同じ事をしただけだろ。この売女が口を開けばキユ、キユと煩い
からな。黙らせようとしたんだよ」
 馬超が顔を背ける。
「雲碌を侮辱するな。…兄さんにとっても大事な妹なんじゃなかったのかよ」
「ふん、今更知った事か」
「何だって…?」
 キユは我を忘れて馬超の襟を掴んだ。身体中に走った痛みをキユは無視した。
「どうしたキユ。何がそんなに腹立たしい。情を通じた女が貞操を奪われかけて、
そんなに憎いか」
 馬超の冷笑がキユの頬を打つ。だがキユは動じなかった。
「何を馬鹿な事を。僕と雲碌はそんな関係になった事はない」
「嘘をつくな」
「信じないなら信じてくれなくていい。けど、兄さんはしちゃあいけない事をしたんだ」
「…だったらどうだと言うんだ」
「だったら?」
 キユの全身から、怒気が陽炎のように揺らめいた。
「だったら…僕はあんたを赦さない」
410馬キユ:03/06/22 19:10
 居合わせた者全てがその言葉に驚きの表情を見せた。キユがこれほどまでに
感情を剥き出しにしたのを見たのは、皆初めてだったからだ。
 馬超は壊れたように笑った。
「はっ…ははははは。赦さない。赦さない、か。ほら見ろ、やっぱり情を通じてるん
だろうが」
「下種な男だな。兄さんはいつからそんな男に成り下がったんだ?」
「…何だと」
 キユの痛烈な反駁に馬超は再び怒気を矯めた。
 キユは瞑目した。だが兄の怒気に怯えた様子はない。何かを沈思するような
表情だった。
 再び目を開いた時、その瞳には決意の光が湛えられていた。
「――ああそうだよ。雲碌は大事な女の子だ。誰よりも愛してる」
「お兄様……」
 雲碌は半ば茫然とキユを眺めた。驚きのあまり感情がついてこなかったのだ。
 驚いたのは他の三人にしても同様だった。
「けどそれだけじゃない。僕は父さんの遺言で雲碌の一身を預かっているんだ。
父さんは僕に、この戦乱が終熄したら二人で静かに慈しみ合うように勧めてくれた」
「そんな話は聞いていない!」
 馬超が怒鳴ったのも無理はない。孔明や関羽ですら俄かには信じられず、ただ
唖然として事の成り行きを見守っていた。
「そりゃそうだ。父さんと二人きりの時に交わした約束だからな」
「それを誰が証明出来る?誰もいまい。死人に口無しとはよく言ったものだ。今の
国主は俺だ。今の棟梁は俺だ。貴様等は俺の命令に従え。それが忠義だ!」
411馬キユ:03/06/22 19:12
「君命と雖も受けざるところ有り」
 キユは昂然と応じた。
「忠と孝なら僕は迷わず孝を選ぶ。兄さんも父さんの息子なら孝を示せ」
「この俺に指図するつもりか」
 馬超が眼光鋭くキユを睨む。
「いいか兄さん。もう一度だけ言う。雲碌は僕のものだ。兄さんが口を差し挟む
余地はない。そして僕は僕と父さんとの名にかけて、雲碌を傷つける奴を赦さ
ない!」
 キユは言い放つと身を翻した。
「お兄様……!」
「行こうか、雲碌」
「はい!」
 キユが微笑みながら、駆け寄った雲碌の髪を撫でる。雲碌は大きく頷いた。
「……関将軍、孔明」
 キユは歩き出しかけてふと、立ち止まった。
「何でしょうか」
 孔明が応じる。
「そういう事だから僕は雲碌を連れて行くよ。兄さんの事は任せてもいいかな」
「…承知」
「…承知致しました」
 一瞬の間を置いて、関羽と孔明が異句同音に答える。その返事を得て、キユ
は雲碌の肩を抱きながら馬超の部屋を後にした。
412馬キユ@プレイヤー:03/06/22 19:17
っと、一旦ここでアップしておきます。今月はまだ終わりません。

>>405>>406
ありがとうございます。
これからもご声援のほどを宜しくお願い致します。

■今回の没ネタ
馬超「ぶったな!親父にもぶたれたことないのに!」
関羽「ぶって何が悪い!」

北斗神拳ネタも考えてましたが。
413馬キユ@プレイヤー:03/06/22 19:25
しかしまあ何というか、読み返してみて改めて、
やっちまったなーって気分です(;´Д`)
なんか、もっとしっかりしろ馬超な展開w
関羽がカコ(・∀・)イイ!
シスターオブラブsage
関羽の「修正してやる!」にワラタ
418馬キユ:03/06/24 00:38
【鬼哭啾啾】
 パタンと、扉の閉まる音がした。
 どうやらキユと雲碌はこの部屋から出ていったらしい。
 だが二人が出ていく様は、馬超からは見えなかった。関羽と孔明の姿が邪魔
をしていたのだ。
「…貴様等は実の兄妹が愛し合うのは咎めんのか。不義ではないか」
 馬超は恨めしげに言った。その声には先刻までの勢いはなかった。
「実の妹を強姦するのに比べれば十分許容範囲ですね」
 孔明は冷ややかに応じた。
「人の不義をあげつらう前に、我が君には己の奸険を顧みて頂かなければなり
ますまい」
「貴様、誰に向かってものを言っている」
「勿論我が君です。我が君には主君として恥ずかしくない方になって頂かねば
困りますから。群臣から『やはりキユ殿の方がよかった』などと言われないよう、
爾後は十二分に御身を慎まれませ」
「何故だ!」
 馬超は突如激しく咆えた。
「何故誰も彼もがキユと言う?!俺のどこが奴に劣っているというのだ?!」
「お解りになりませんか?」
 孔明は溜息を吐いた。
419馬キユ:03/06/24 00:39
「かつて項羽は武勇絶倫、連戦連勝して秦を滅ぼし、西楚の覇王を称しました。
ですが項羽は結局どうなりましたか?己を恃む所が強すぎて賢臣を遠ざけ、
遂には高祖の滅ぼす所となったではありませんか。
 我が君には確かに、項羽にも比肩する武勇がお有りです。キユ殿では到底
及びもつきますまい。ですがその矜持がかえって我が君の器量を小さくしている
事、項羽と同じです。
 キユ殿はご自身の力量を恃んでおられません。故に広く人士と交わり、賢者に
教えを請う事、古代の聖人に勝るとも劣りません。それこそ群臣が広くキユ殿を
支持する所以であり、我が君がキユ殿に劣っておられる点にございます」
 馬超は黙然と首を垂れた。
「さて、関将軍」
 孔明は振り返った。
「此度の一件が噂になると流石に外聞が悪すぎます。関将軍にはくれぐれも
ご内密にお願い致します」
「…軍師殿の言は解る。だが儂は家兄に隠し事は出来ん。家兄にだけは話させて
頂く。それでもよいかな」
「皇叔ですか…」
 孔明は関羽の心苦しそうな表情を見て少し考え込んだ。
「そう言えば後継者に我が君を推薦したのは、キユ殿を除けば皇叔お一人。
寧ろ知っておいて頂く必要があるのかもしれません。解りました、許可しましょう。
ですが皇叔だけですよ」
「忝けない」
 関羽は手を束ねて一礼した。
420馬キユ:03/06/24 00:41
 その夜――。
 馬超は自室に独り、取り残されていた。
 失意。茫然。虚無。恥辱。憤怒。無数の陰の気が胸中に吹き荒ぶ。
「……董[禾中]はいるか」
 やっとの事でそれだけを呟く。
 衝立ての陰から、躊躇いがちに董[禾中]が現れた。
「閣下も気苦労が絶えないようですな」
 董[禾中]は同情顔で嘯いた。同情するのはタダだ。本来同情など嫌う義兄だが、
今ならたった一言が千金に値するかもしれなかった。
「貴様が余計な事を進言したからではないか」
 馬超は怨恨と憤慨がないまぜになった視線を義弟に向けた。
 先月、董[禾中]は義兄に、キユと雲碌との間に距離を持たせるように進言した。
兎に角遠くに引き離してしまえばどうとでもなる、と耳打ちしたのである。
(ふざけるな。貴様が短気なうえに馬っ気を出したからだろうが)
 と董[禾中]は思ったが、無論口には出せない。頓首して「申し訳ありません」と
謝った。
「奴等を生かしてはおけん。皆殺しにしろ」
 屈んだ董[禾中]の耳朶を、馬超の言葉が不気味に叩いた。
「…奴等と言いますと?」
 董[禾中]は頭を上げて訊ねた。
>「何故誰も彼もがキユと言う?!俺のどこが奴に劣っているというのだ?!」

そこが劣っているんでしょうなあ。
422馬キユ:03/06/24 00:43
「聞いていたなら解るだろう。キユも雲碌も、関羽も孔明もだ。…いや、それだけ
では足りん。韓遂も司馬懿も張松も陳羣も…キユと親しい奴は皆同罪だ。一人
も生かすな」
「随分とまた思い切った粛清ですね」
 馬超の目に冥い炎が点るのを見て、董[禾中]は背筋が凍るのを覚えた。
 義兄はそんな大粛清が出来ると本気で思っているのだろうか。万一出来たと
して、それで国家が存立していけると本気で思っているのだろうか。
 無謀だ。この男はもう狂ってる。姉さんには悪いが、この男に義理立てするの
もそろそろ潮時だろう。
(元々そんなに義理があったわけじゃないしな)
 だが、口に出してはこう答えた。
「出来る限りの事はやってみましょう。しかし万一の場合、私の身の安全は確実
に保証して頂けますでしょうね」
「当然だ」
 馬超は頷いた。
(成否に関わらず貴様には黄泉路の牌符を保証してやる)
 話を聞いていた以上、どの道生かしておくわけにはいかんのだ。だが死ぬ前に
少しくらいは役立ってもらわねば、何の為に禄を与えたのか分からない。
 二人はお互いに腹中で相手に背きながら、話を終えた。
423馬キユ@プレイヤー:03/06/24 00:45
いつもご声援頂き、本当に有難うございます。今後とも宜しくお願い致します。

ところで、>>402最終行に脱字があったので訂正しておきます。

×らみ
○膨らみ

>>414
すみません、今回もダメっぷりを発揮しています(^^;
まあ、そのうち復権する日もある…でしょう。多分。

>>415
有難うございます。今まで関羽を活躍させる機会がなかなかなかったので、
馬超・関羽・孔明の絡みも踏まえて、今回少しいじってみました。
まさかこんな絡み方になるとは思っていませんでしたが。
ちなみに最初期の草稿では、馬超を殴るのは馬騰の役回り…ゲフンゴフン

>>416
ええと、ここで次回予告です。
次回、[業β]の一室で二人は遂に…?シスター・オブ・ラブでつきぬけろ!!

>>417
( ̄ー ̄)ニヤリッ
最初は
関羽「そんな主君、修正してやるっ」
でした。流石にそれは威厳とかその場の空気とか(ry

>>421
鋭いご指摘です。しかしキユなんかに劣ってていいのだろうかと、
書いてる私自信、自分を小一時間(ry
424馬キユ@プレイヤー:03/06/24 00:47
アイタタ。>>423に訂正です。失礼しました。

×私自信
○私自身
馬超哀れよな・・・・自分で自分に引導を渡す命令を下してしまいよった・・・・
キユと劉備しか支持していない君主が二人の暗殺を命令したら・・・・
事の成否に関わらず自滅有るのみ!
もちつけ、馬超…(ノД`)
427421:03/06/25 03:31
>>馬キユ@プレイヤー

>しかしキユなんかに劣ってていいのだろうかと

馬超は離間の策に引っかかって韓遂にいきなり切りつけるようなアフォです。
劣っていてむしろ当然かと、っていうか、三国志一のアフォ君主かと。
428馬キユ:03/06/26 00:06
【帷房に帰す】
―業β―
 ここは[業β]城の一室。馬超が雲碌の為に用意していた部屋だ。と同時に、
昨年末、キユと雲碌が一夜を過ごしかけた部屋だ。
 城を出るには遅くなってしまった事、キユが怪我をしている事などから、二人は
不本意ながら[業β]城で一夜を過ごす事に決めた。そこで孔明に相談したところ、
孔明は笑ってこの部屋を提供した。
 そのため今日、キユと雲碌は再び、この部屋に泊まる事になったのである。

 私は後悔していた。
 私はかつて韓遂と司馬懿に、「私がいる限り兄弟間の係争はさせない」と豪語
した筈である。なのに今日、他ならぬ私の存在が兄弟間の亀裂を決定的にして
しまった。
 私にも甘えがあったと思う。嫌っているくせに兄だという事に甘えていて、身の
危険を予知できなかった。お兄様たちが来るのがもう少し遅れていたら、私は
本当にあの男に穢されていただろう。
 お兄様が人前で告白してくれた事は無論嬉しい。それどころか天にも昇る心地
だ。けどそれもお兄様が間に合ってくれたからこそ素直に喜べる事なのだ。
 ふと、思い出した。去年見た初夢。
 あれは今日の事を暗示していたのだろうか。だとすれば嫌な夢を見たものだ。
 ――などと私があれこれ思い悩んでいると。
「何か照れ臭いよね」
 不意にお兄様が声をかけてきた。お兄様の頬が心なしか赤い。
「…その台詞、以前にも聞いた記憶がありますけど」
「そ、そうだっけ?」
「ええ」
429馬キユ:03/06/26 00:07
 あれは…そうだ、まさにこの部屋で聞いた言葉だった。あの夜私はお兄様に
抱かれる事を望んで、果たされなかった。
 あれから半年を経て、今。私たちはもう一度、この場所に立っている。
(――違う)
 私は不意に覚った。
 私は確かに考えが甘かった。でもそれは劇的な効果を齎した。お兄様が私を
愛していると告白してくれたのだ。そしてこの場所へ戻ってきた。
 ならばこれは運命だったというべきではないか。
(そうだ。これは運命だったのだ)
 なら、私はもう迷わない。
「お兄様、お願いがあります」
 私はお兄様を真っ直ぐに見つめた。
「なに?」
 お兄様は戸惑いがちに訊ねた。そんなお兄様の表情が可愛らしくもあった。
「今ここで私を抱いて下さい」
「な、何を急に……」
 お兄様は予期していなかったのだろうか。目に見えてうろたえた。
「急な話ではありません。昨暮、まさにこの部屋で私は既に一度、お兄様にそう
お願いしました。覚えていますか?」
「あっ、ああ…」
「あの時は邪魔が入りましたが、今日はもうそういう事はないと思います。お願い
します」
「けど……」
 お兄様はまだ歯切れの悪い返事をする。今更何を迷うというのだろう?私の事を
愛していると言ってくれたのに。女の私の方からそれを望んでいると言っているのに。
430馬キユ:03/06/26 00:09
 私はお兄様の胸に、そっと頬を寄せた。
「私、すごく嬉しかったんです。お兄様が『誰よりも愛してる』と言ってくれて。
でも、私は怖いんです。いつまたあの男が私を…と思うと……」
「随分と気弱な話だね。雲碌らしくないよ」
 私らしくない?……そうかもしれない。でも。
「でも、待つのはもう嫌なんです」
「……けど、僕には父さんとの約束が」
「ええ、お父様と約束したんでしょう?私の全てを預かると。なのにお兄様が
そうやって逃げ続けたら、私はまた不安に怯える毎日を過ごす事になるん
です。ですからお願いします、お兄様。私を貴方のものにして下さい。そして
しっかりと捕まえていて下さい」
「……やっぱり駄目だよ、雲碌。僕たちは兄妹なんだから」
 お兄様は俯いた。きゅっと唇を噛み締めている。何を考えているんだろう…
解らない。
 ――けど、私ももう後へは引けない。引き下がりたくない。
「私はそんな事は気にしません。何故今更そのような事をおっしゃるのですか。
先刻愛してると言ったのは嘘ですか?」
「いや、それは…嘘じゃない。僕の本心だ」
 ぽつり、ぽつりと、呟く。
「……出来る事なら、一生言わずに済ませたかった。想っちゃいけない相手だし、
言えば後戻り出来なくなる。――そう、戻れなくなるのが怖かったんだ。けど
さっきは…言わなきゃいけないと思った。言うしかないと思ったんだ。でないと
雲碌を取り戻せないと思ったから……」
「何…ですって?」
 沸沸と怒りが込み上げる。私を一体何だと思っているのだろうか。
「取り戻しただけで終わりですか?お兄様は私を取り戻せたらそれで十分だと
いうのですか?私はモノじゃないんです。愛されている事を実感したいんです。
私はお兄様とであれば――…」
431馬キユ:03/06/26 00:10
「雲碌……」
 僕は溜息ともつかない声を漏らした。
 僕だって今すぐにでも雲碌を抱きたい。けど僕はまだ一つ、父さんとの約束を
雲碌に打ち明けていない。父さんとの約束を守る為に父さんとの約束を破るの
は矛盾している。
 それに、雲碌は僕を実の兄だと思っている。だからこそ愛してくれている。
 でも本当はそうじゃない。僕は雲碌に嘘をついている。
 僕は雲碌を愛してる。けど僕には雲碌に愛される資格なんてない。
 それに……。

『心を正しく持ち続ければ、或いはいずれか一方は手に入れる事ができるかも
しれん。じゃが両(ふたつ)ながら手に入れる事は決して叶わん。心して選ぶが
よい』

『この戦乱が治まるまでは辛抱して欲しい。そして海内が再び統一された暁には、
2人して隠棲し、どこか人目の届かぬところで静かに慈しみ合ってくれ。くれぐれも
人目を憚らぬような真似だけはしてくれるな』
432馬キユ:03/06/26 00:12
「お兄様…!」
 雲碌が潤んだ瞳で僕に決断を促す。その熱い視線は僕の心を激しく
揺さぶった。
 雲碌が欲しい。けど、箍が外れるのが怖い。
 雲碌と愛し合いたい。けど、嘘がバレた時が怖い。
 これ以上進めば、きっと後戻りは出来ない。
 長い沈黙。そして。
「…………父さん、母さん、ゴメン」
 それはどっちの両親に向かって謝ったんだろう。解らない。
 ただ僕は雲碌を強く抱き寄せると、ゆっくりと雲碌の唇に自分の唇を
重ね合わせていた。
 雲碌は目を閉じて僕のキスに応えた。
 唇を離す。雲碌は微かに目を開くと、もう一度目を閉じた。
 二度目のキスはついばむような軽いキス。
 三度目のキスは絡みつくような濃厚なキス。
 それで燃え上がった。
 僕たちは絡み合うようにシーツの上に倒れ込んだ。
433馬キユ@プレイヤー:03/06/26 00:14
皆様、いつもご愛読、ご声援頂き有難うございます。
さて、ついにやってしまいました。当初の予定には無かったこの展開、
でも今更歯止めが利かなかったんですよぅ。…いや、私が(;´Д`)

ところで皆様、えちぃシーンは必要ですか?
さしあたりこのまま次の展開に飛べる状態にもしてありますが。

>>421,>>427
ええと。まあ個人的には馬超は親兄弟を見殺しにして挙兵した人ですし、
長安で妻子までヌッ殺されてブロークンハートになった御仁ですから、
(そのへんの経緯を閻圃だかに「肉親に対して冷たい」と言われてる)
今回は「ちょっと足りない人」を演出しています。
でも馬超ファンからは怒られそう…(;´Д`)

>>425-426
ここで翌月、病床の法正と高覧が暗殺されるという展開も考えましたが、
それだと少し説明が長くなりそうだったので、ゲームどおり病死としました。
粛清の嵐が吹き荒ぶかは、正直今後の病没者次第です。
寿命と親密度から見ると、危ないのは韓遂・韓玄あたりだったりして。


■次回予告は…今はナシ。えちぃシーンを入れるか入れないか、です。
434馬キユ@プレイヤー:03/06/26 00:21
っていうか、えちぃシーンはリプレイそのものとは
全然関係ないですね。書いといて何ですが、
やっぱり次回は場所とキャラを変えます。

えちぃシーンは没案として、いずれ日の目を見る
機会があるかもしれません…。
435馬キユ:03/06/28 02:38
【椒桂鬱伊】
―襄陽―
 今月付けで襄陽太守に任じられた劉備の許を関羽が訪問すると、劉備は
破顔して関羽を自室に招じ入れた。
「よく来たな、関羽。まだ少し散らかっているが、遠慮なく入れ」
「はっ」
 関羽は頓首してその言葉に従った。
「洛陽が大都市であるのは言うまでもないが、この襄陽もなかなか盛んな
都市のようだ。亡き景升殿の恩徳の程が偲ばれる。――だが同時にここは
前線でもある。このような都市を我が裁量に任せて頂けるとは有り難い話だ。
孟起殿には感謝せねばな」
 劉備は満面の笑顔で語った。が、そこでふと、関羽の表情が冴えない事に
気がついた。
「どうした関羽。何か心配事でもあるのか?――ははあ、張飛の事か。確かに
我等は桃園で誓いを立てたにも関わらず、今斯様な事に――」
「そうではござらん」
 関羽は首を振って遮った。
「翼徳の事は某も毎夜の如く後悔せぬ日はありませぬ。ですが今日お伺いした
のはその話ではなく……」
 関羽の苦々しげな表情に、劉備は居住まいを正した。
「余程深刻な話のようだな。申してみよ」
「されば――…」
 関羽は[業β]で見た一部始終を話した。
 劉備は無言で耳を傾けていたが、関羽の話が終わるとほうっと一息、大きな
溜息を吐いた。
436馬キユ:03/06/28 02:40
「そうか、孟起殿が左様な愚行をな……」
「主君たる者が妄りに枳棘を為す事すら憚られるのに、況してや…」
「言うな、関羽。一度聞けば十分だ」
 劉備としても二度と聞きたくない話なのであろう。関羽の言葉を遮った。
「僥倖にも最悪の事態は免れた。そなた等のお陰でな。それでよいでは
ないか」
「お言葉ですが兄者、某は正直あの男を見下げ果てました」
「奴視するでないぞ、関羽。そなたの悪い癖だ」
「無論、孟起殿の武勇を軽んじようとは思いませぬ。ですがあれでは…
女を大事にする分、呂布の方がまだマシでござった」
「呂布などと比べるとは関羽らしくない」
 劉備は眉根を寄せた。
「呂布は忠も義も孝も弁えなかった、ただの野獣ではないか。奴が持って
いたのは所詮婦女の仁に過ぎん。女と大義とを秤にかけてはならん。
秤にかけてよい代物ではない」
「それは某とて弁えてござる。しかし…しかし、相手は肉親ですぞ」
「しかしキユ殿の悖乱も黙視し難いものがあるのではないか?馬鉄殿は
どうか知らないが、それではどっちもどっちであろう」
「そうでしょうか。今最も肝腎なのは道ならぬ情愛ではござりますまい。
そのような考え方は兄者らしくないように思えます」
「では予の下を去るか、関羽?」
 劉備がすっと目を細める。関羽は冷たいものを感じて視線を伏せた。
「いえ。某はいつまでも兄者と共に」
「そうか。それを聞いて安心した」
 即答を得て、劉備はにこりと微笑んだ。
437馬キユ:03/06/28 02:41
 関羽が顔を上げる。
「……ですが兄者。兄者はいつまで客将の身に甘んじるおつもりでござるか」
 劉備は暫し瞑目した。
「予は、孟起殿の漢朝に対する忠義は揺るぎないと信じている。そして予は
皇叔であり、奸臣曹操を討つ生きた大義名分だ。思えば董承殿の密議に
名を連ねて20年。今はその董承殿も寿成殿も既に亡いが、寿成殿のご嫡子と
力を合わせて曹賊を除こうとしているところではないか。敢えて袂を分かつ
必要は、今はあるまい。違うか、関羽?」
「御意……」
 問い返されて関羽は短く答えた。
 家兄の決定は絶対だ。劉備の許を去るつもりは微塵もない。だが主君馬超
に対する不信感は、どうしても拭えないのだった。
438馬キユ:03/06/28 02:42
―業β―
「臣も随分と偉くなったものですね」
 孔明の足元には黒装束の男が倒れている。その喉元には一本の針の
ようなものが突き立っていた。
 ここは孔明の私室。
 孔明が怪しい人影に襲われたのはつい先程の事だ。黒装束を身に纏った
その刺客は、漆黒に塗られた刃を振りかざして孔明に襲い掛かった。
 孔明は咄嗟に白羽扇で兇刃を弾くと、至近距離から袖箭を放った。袖箭は
過たず相手の喉を貫き、男は声もなく殪れた。
(それにしてもこの臣が襲われるとはな。一体何者の仕業だ?)
 孔明は腰を屈めると、男の覆面を剥いだ。覆面の下から現れたのは、
鋭角的な顔立ちをした若い男の顔だった。
(心当たりのない顔だな)
 さて、ではどう対応すべきか。
(まあ、信頼できる友に相談する事だろうな)
 孝直は亡くなったが、幸い[言焦]には士元がいる。士元なら相談に乗って
くれるだろう。
「しかし、これからは枕を高くして寝る事も出来ん。どうしたものか」
 孔明は筆を手に取りながら、そうひとりごちた。
>>438
孔明ってキユよりも強そう。。。
エロ没ショボーン
441馬キユ@プレイヤー:03/06/30 22:03
>>439
折角孔明が袖箭を持っているので、使ってみたくなりました。
武闘派の孔明になるかもしれません。

>>440
えちぃシーンは書いてあるんですけど、何せ長いんです。
それがいちばんの理由ですね。
えちぃシーンを書いたのは生まれて初めてでして、
中身にあまり自信がないというのもありますが…。
(あと描写の一部がどこかで見たような…とか。)
要望が高いようでしたら、まだ月も変わってないですから、
時間を少し戻してアップしてみますが…皆様の肥えた目に
耐えられますかどうか(´ω`;)
おいおい、"肥えた目"ってのはどういう意味だw
443馬キユ:03/07/04 00:11
建安二十三(218)年8月
【蜜月】
―言焦―
 [業β]で結ばれて以来、僕と雲碌は毎夜のように愛し合っている。
 僕は武術大会の怪我が癒えなくてベッドの上にいる事が多く、そんな僕を
雲碌が毎日、甲斐甲斐しく看病してくれている。そんなシチュエーションだと、
夜になるとどうしてもそんな気分になってしまう。
 それに、僕たちはお互いの気持を確認し合ったばかりだ。全てが新鮮だった。
 僕が誘うと、雲碌は決まって恥じらうようにそっと頷き、楚々と身体を預けて
くるのだった。

 アシスタントが来客を告げてきたのはほんの少し前の事。
 その時雲碌はいろいろと疲れてたんだろう。暖かな陽射しの中、僕のベッドに
うつ伏せになって、ささやかな午睡にまどろんでいた。
 その雲碌の頭には、一本の簪が刺さっている。雲碌は[業β]から帰ってきて
以降、また少しだけ髪を結うようになっていた。
「ふむ。随分と仲睦まじいじゃないか」
 室内に入ってくるなり、司馬懿が意味ありげに笑った。
 ぎくり。関係を持ってしまうと、何もしてなくてもやっぱり雰囲気とかでバレて
しまうもんなんだろうか。
「そ、そうかな」
「ほう、そなた気付いておらんのか?自分が今何をしているのか」
 僕はきょとんとして自分の身体を見回した。
 僕の右手が、雲碌の淡い栗色の髪を柔らかく撫で続けていた。
444馬キユ:03/07/04 00:12
「……っ!」
 慌てて手を引っ込める。
 何てこった。人前でそんな事をしてたなんて。これは言い訳が利かないかも…。
 思わず頬が灼熱するのを覚えた。
「仲達殿、あまりからかうものではない」
 遅れて入ってきたのは、意外にも関羽だった。
「あ…。関将軍、その節はお世話になりました」
 僕はベッドの上で頭を下げた。
「ああ。気にするな」
「ん?その節とは?」
 司馬懿が興味を示す。
「何でもない」
 僕が言うより早く、関羽が答えていた。
 そう…だよね。あれは出来る事なら人に知られたくない話だ。
「…………ん」
 不意に雲碌が声を漏らした。その瞼が徐々に開いていく。
「目、覚めた?」
「え…あ、私もしかして寝てたんですか?」
「うん。ちょっとね」
 途端に雲碌が頬を染めた。
「やだ、恥ずかしい」
「今更恥ずかしがる事ないだろ」
「そ、そうかもしれませんけど。でもやっぱり…」
「可愛かったよ、寝顔」
「……っ」
 雲碌が耳まで真っ赤になった。本当に可愛い。
445馬キユ:03/07/04 00:14
「おーおー熱いのう。もう仲秋だというのに、この部屋だけはいまだに夏
真っ盛りと見える」
 司馬懿の皮肉が雲碌の後頭部を叩く。
 雲碌は驚いたように振り返った。その視線が司馬懿と関羽の姿を捉える。
「あっ…あっ…」
 雲碌は口をぱくぱくさせたかと思うと、俯いてしまった。
 雲碌の顔はもうこれ以上ないほど赤く染まっていた。
「もういいだろ、仲達。今日はからかいに来たのかよ」
 僕は司馬懿を窘めた。
「いや、すまんすまん。そなたらがあんまり見せ付けてくれるものだから、
つい、な」
 司馬懿はそう言って哄笑した後、
「まあ、今日来たのは一応そなたの見舞が一つだ。関将軍も同じ理由らしく、
城門のところでばったり出くわしたよ」
 と答えた。
「それはありがとう、二人とも。ところで、一つって事は別の用件がありそう
だね」
「まあな」
 司馬懿は少し真顔になった。
「最近、文約殿はこちらに見えているかな」
「韓遂?そう言えば今年に入ってからはまだ一度も来てないね」
「だろうな」
 司馬懿は頷いた。
 司馬懿が先日韓遂に書簡を送ったところ、韓遂は返信で僕への恨み言を
恋々と書き連ねていたらしい。
446馬キユ:03/07/04 00:15
 韓遂がそこまで僕を買っていてくれた事は正直、嬉しかったりする。けど
それは僕の望みじゃない。韓遂には悪いけど僕は今の地位に十分満足して
るし、寧ろ早く自由になりたいくらいだ。
「建寧に逃れている劉璋が病を得たと聞いたので、今が好機ではないかと
思ったのだがな。あの様子では動くに動けまい。惜しい事だ」
「人の弱みにつけ込むのはよくないよ」
「ふむ。名は体を顕すというが、キユ殿の場合は立派を通り越して少し潔癖に
過ぎるようだな」
 司馬懿は顎鬚を撫でた。
「敵の弱みにつけ込むのは決して卑怯な事ではない。寧ろ速戦即決の要諦
であり、味方の損害を抑える有効な手段だ。そなたのような考え方では、
いずれ宋襄之仁の轍を踏む事になろう。努々油断なされるな」
 そこで一旦言葉を切って、ほっと一息ついた。
「私の嫡男の子元(司馬師)がそろそろ元服する。そなたは私と違って戦争の
経験も豊富だ。気が向いたら我が家へ来て、子元に戦術の話でもしてやって
くれ。それが子元の為にもなろう――と頼むつもりだったが、この様子では
辞めておいた方が無難かの」
 傍で雲碌がくすりと笑った。「戦争の経験が豊富だ」などと言われて喜ぶ僕
じゃないのが解っているからだろう。実際ちっとも嬉しくないわけだけど。
 まあでも武勲譚をせずに済みそうなのは有り難い話だった。
 僕たちはそれから暫くの間、歓談を交わした。
447馬キユ:03/07/04 00:16
 司馬懿と関羽が退出した後、入れ替わるようにホウ統と楽進が入室した。
 楽進は先月、江陵で孫策軍に敗れて軻比能と共に孫策に降っていた。
そこを軻比能と共にキユに引き抜かれたのである。
「キユ殿…ではありませんな。今は府君ですか。何か御用でしょうか」
 楽進は拱手して訊ねた。
「うん。劉備が襄陽太守になったせいで、洛陽の陣容が少し薄まっててね。
手数をかけて悪いけど、洛陽に赴任して貰えないかな」
「畏まりました」
 楽進はすぐに頷いた。
「久闊を序している暇がないのは残念ですが、府君の頼みとあらば致し方
ありますまい。時間が取れればいずれ手紙でも書きましょう。宜しければ
府君からも一筆頂けると幸甚です」
「解った。そのうち何か描いて送るよ」
「……また絵ですか?」
「ダメかな」
「いえ。有り難く頂きましょう」
 楽進は手を束ねた。
 楽進はふと、昔の事を思い出した。某はかつて大将軍の臣下として、煮え
切らない馬騰を脅すべく安定攻めに加わった。だが後一歩というところでキユ
に逃げ粘られ、撤退を余儀なくされた。
 あれからもう14年も経った。今そのキユによって招聘され、馬氏の為に犬馬
の労を取る事になるとは思いも寄らなかった。
 あの当時、キユの顔を見た事はない。手紙を貰ってその名を知っているだけ
だった。
448馬キユ:03/07/04 00:18
(それにしても若いな)
 もう不惑を超している筈だ。
 容貌には幼さが残っている。だがそれだけではない。その肉体が年齢の
割に若々しく感じられた。壮年が気力充実して若く見えるのはまた別の、
純粋な若さ。
 妹の雲碌殿と並んでも、兄妹として違和感のない若さが感じられた。
 寧ろ弟の馬鉄の方が着実に歳月を重ねている。
 これは一体どういう事なのだろうか。
(――まあ、某が思い悩まねばならん事ではないか)
 楽進はそう思い直した。
 楽進の隣では、ホウ統がキユから汝南太守の印綬を受け取っていた。
「早速のご任用とは忝けない事だな」
 夏にキユに[言焦]太守の印綬を献じたホウ統は、そうぼやいた。
「ところで文謙殿、貴殿はちと席を外して貰えんかな。内密の話があるんでな」
「内密?まさかお兄様を暗殺するつもりじゃないでしょうね」
 雲碌が過敏に反応する。ホウ統の差し金で満寵が刺客を送り込んだ事は、
既にキユたちも知っていた。
「まさか。退出を求めるのは文謙殿だけだ」
 ホウ統はひょいと肩を竦めた。
「それにあの時は敵同士だった。面識もなかった。打てる策は全て打つべき
だろう」
「そうだね。刺客に襲われた時は流石に怖かったけど、今更恨んでもしょうが
ない」
 キユが頷くと、雲碌は憮然としつつも引き下がった。
449馬キユ:03/07/04 00:19
 やがてキユの鄭重な申し出で楽進が退室すると、ホウ統は声を潜めて
言った。
「気を付けろ、キユ殿。お前はどうも命を狙われているらしい」
「何ですって」
「何だって」
 反問したのは今度も雲碌の方が早かった。
「先日は確かに俺も刺客を放った。だがキユ殿、あの時貴殿を襲ったのは
俺が放った刺客ではなかった」
「…どういう事ですか」
 訊ねたのは雲碌だった。
「こっちの刺客が行動を起こす前に、別の刺客が動いたんだよ。お陰で
こっちは身動きが取れずじまいだった」
「当り前です。刺客に陣内を縦(ほしいまま)に跳梁されては困ります」
「それはそうだな。それでだ。俺は貴殿を襲った者の背後について興味を
持っていたんだが、先月、[業β]の孔明から興味深い手紙が届いた。
孔明もまた、刺客に狙われたという」
「何だって…?」
「何ですって…?」
 今度は異句同音に声が返ってきた。
 どうやらキユは、自分の事より他人の事の方に関心が強いらしい。ホウ統
には内心、それが苦笑の種になった。
「先月、孔明が内密に報せてきた。それで俺も合点が行った。どうやらこの
国には獅子身中の虫が住みついているようだな。…無論、孫策あたりの
差し金という事も有り得るが」
450馬キユ:03/07/04 00:20
 キユは雲碌と顔を見合わせた。僕がこの国内の誰かに命を狙われてる?
いや、僕だけじゃない。孔明まで……。
「そなたが狙われた事は孔明にも伝えておいた。相変わらず何者の仕業か
は知れぬようだが、俺にも十分注意するよう返書が届いた。キユ殿も十分
気を付けろ」
「…解りました。お心遣い感謝致します」
 答えたのは雲碌だ。
「代わりと言っては何だが、俺が軍を動かす時は援軍を頼むぞ」
 雲碌に向かって頷くと、ホウ統は改めてキユにそう言った。
 キユは「解りました」と答える以外になかった……。
451馬キユ:03/07/04 00:24
建安二十三(218)年9月
【及笄】
―言焦―
「ふん、何が『後方は安全』ですか。[業β]にいた方がよっぽど危なかった
じゃない」
 雲碌は報告書を一読すると鼻先で笑った。
 報告書は[業β]が陥落した事を伝えていた。[業β]城は突如襲来した
孫策軍によって攻囲され、篭城虚しく敗れ去ったという事だった。
「それにしても、あの孔明が敗れるかねえ」
 僕はお茶を啜りながら呟いた。
 武術大会でホウ徳にやられた傷も漸く癒えた。怪我の割に長引いたけど、
琥珀さんからは
「房事過多です。身体に無理を強いれば治りが遅くなるのは当り前ですよ」
 と窘められてしまった。その時は流石に赤面したけど、怪我したところを
雲碌にキスされたり舐められたりするのは、痛い以上に心地よかった。
「いくら孔明様が智を誇ろうとも、それを御する者の器が足りなければ敗れる
のが道理です。あの人は所詮その程度の男なんでしょう」
 雲碌の言葉は手厳しい。「あの人」とは多分、兄さんの事を指しているん
だろう。この間の一件以来、雲碌は兄さんを蛇蠍の如く忌み嫌っている。
兄と呼ぶ事すらない。
 …まああんな事があった以上、雲碌が兄さんを赦せないのは当然だし、
僕も赦す事が出来ないから、それはどうしようもない事なんだろうけど……。
452馬キユ:03/07/04 00:24
「――ところでさ、雲碌。話は全然変わるんだけど」
「何でしょうか」
「前から訊こうと思ってたんだけど、最近また簪を刺すようになったよね。
何で?」
「これは簪は簪でも、笄(こうがい)です」
 雲碌はそう訂正して簪を弄った。
「大して変わんないよ」
「いいえ。意味が全然違います」
「わかんないよ」
 雲碌はくすりと笑うと、戸惑う僕の首に腕を絡めてきた。
「つまり、貴方の妻になる、という意味です(註)」
 そして唇を重ね合わせた。


註:及笄(きゅうけい;女子が成人して笄を刺すこと。通常15歳。また成人に
  伴って婚約すること。)
453馬キユ@プレイヤー:03/07/04 00:27
何て言うか、ベタ甘な展開になってしまいました…(;´Д`)

>>442
ヤクザたんやオシオキ氏の文章を見ていると、
やはり目が肥えるのではないかと思ったのです。
他意はありません。
新作キユ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!
455馬キユ:03/07/06 01:04
建安二十三(218)年10月
【同門相搏つ】
―魏郡―
「軍師殿、敵の様子が判明しました。孫策軍は城を出て黒山に砦を構え、
迎撃する心算のようです」
 文欽が斥候の報告を持って帷幕に入ってきた。
「迎撃ですか?」
 孔明は白羽扇で扇ぎながら小首を傾げた。
 今回の[業β]都奪回戦の総大将は関羽が任されている。孔明はその
参軍として従軍している。
 対する孫策軍の総大将は徐庶。
 同門同士相見えるのは先月に続いて2度目だ。前回は城に奇襲をかけた
徐庶が辛くも勝利している。
「変ですね。元直らしくありません」
「変と言うと?」
 関羽が腕組みをしたまま訊ねた。
「元直はその様な堅実な用兵も出来ますが、正奇いずれを好むかと云えば
奇を好みます。まさに先月はそれにしてやられました。黒山という要害の地
に篭るのは兵法としては常道ですが、元直好みの戦いではありません」
「では軍師殿は如何様にお考えか」
「そうですね…」
 孔明は一旦言葉を切った。
「仲若(文欽)殿、黒山に入った敵の旗幟は判明していますか」
「孫、黄の旗が見えたそうです」
「では孫翊、黄蓋の二将ですね。…やはり訝しい。元直、太史慈、朱然、
全jはどこへ行った?」
456馬キユ:03/07/06 01:05
「それぞれ城外に出て奇角の備えを取っているのではありませんか」
「それはどうでしょうか。敵は先月の攻城戦で少なからず損害を蒙って
います。無闇に城を出て戦おうとはしないのではないでしょうか」
 張嶷、成宜が相次いで思ったままを発言する。
「城を出た…それは間違いないでしょう。戦傷未だ癒えずと雖も、未だ
民心の定まらない[業β]城に篭って戦うなどという危険を、元直は
恐らく冒さないでしょう」
「ふむ。実際敵の一部は黒山まで迎撃に出ているしな」
 関羽が長い髯を捻った。関羽の髯は歳と近付く冬のせいとで、艶が
やや悪くなっていた。
「ではまず黒山を一揉みに揉み潰すとするか。皆の者、進軍だ」
「迂闊に攻めかかるのは危険ですぞ、関将軍」
 孔明はそう言って、逸る関羽を諌めた。
「――そう。これは恐らく、黒山に我が軍を惹きつけておいて包囲する、
或いは後方を遮断する作戦であろうと推察します」
「根拠はあるのか」
 関羽が問う。
「確かな根拠はありません。ですが元直の思惑はある程度読めるつもり
です。黒山に全軍をぶつけるのは危険でしょう」
 孔明は地図を指し示しながら続けた。
「関将軍と臣の軍で黒山の麓、ここに陣を張ります。さすれば元直たちは
このような軌跡を描いて我が軍の後方を遮断してくるでしょう。成宜殿、
伯岐殿、仲若殿の三将はその軌跡の更に外側に兵士を伏せて下さい」
「……」
張嶷たちは関羽の表情を覗った。
関羽が重々しく頷くと、三将は拱手して思い思いに帷幕から出て行った。
457馬キユ:03/07/06 01:07
 孔明の読みは当たった。
 太史慈、朱然、全jの部隊が馬超軍の背後に現れると、孔明は黄色の
狼煙を炊いた。その狼煙を合図に成宜、張嶷、文欽の部隊が忽然と姿を
現す。裏を掻いたつもりだった孫策軍は慌てふためいた。その隙を見逃さず、
馬超軍は前後から挟撃した。
「狼狽えるな!急ぎ態勢を立て直せ!」
 朱然は声を嗄らして叫んだが、兵士達の動揺は容易には収まらない。
しかも前面の敵が関羽とあっては、兵士達の意気は阻喪する一方だった。
「くそっ、こんな所でこんな無様な戦をするとは。叔父上に申し訳が立たん…」
 舌打ちした時、朱然は不意に前方の異常に気がついた。青竹に斧を
打ち込んだように、朱然の部隊が鮮やかに割れていく。その斧の先端には
紅蓮の炎に跨った朱面の驍将が立ち、辺りに真紅の虹を架けていた。
「いっ……!」
 驚いている暇もなく、敵将は朱然の眼前に迫っていた。
「か、関羽……」
 朱然の身体に戦慄が走った。慌てて馬上で槍を構える。
 だがその槍を振りかぶる前に、関羽の騎影は朱然の脇を駆け抜けていた。
 朱然の身体は胸から上が既に無い。残った屍体は斬り口から鮮血を
迸らせながら、ゆっくりと崩れ落ちていった。
「漢寿亭侯関雲長これにあり!まだ死にたい奴はおるか!」
 大音声で呼ばわると、主将を失った朱然の部隊は蜘蛛の子を散らすように
四散した。
 関羽は満足げに頷いた。
「よし、次は太史慈だ。血祭りに上げてやれ!」
「応っ」
 大将がけしかけると、麾下の将兵は意気揚々と応えた。
458馬キユ:03/07/06 01:09
 山麓の友軍が苦境に陥っている頃、黒山で馬超軍を惹きつける予定
だった黄蓋たちは、手を拱いて傍観していたわけではない。当然山を
下りて敵の背後を衝こうとしていた。
 それをさせなかったのは孔明だった。孔明は関羽軍の背後を守る形で
黒山の孫策軍に相対し、計略を駆使して孫策軍を足止めしていた。それ
ばかりか短気な孫翊を術中に陥れ、遂には同士討ちをさせる事に成功
していた。
 その為孫策軍の奇襲部隊は僅か半日で壊滅し、残るは黒山の孫翊、
黄蓋と、いまだ姿を見せない徐庶の部隊のみとなっていた。
「ふふっ…。元直よ、早く出てこないと勝ってしまいますよ」
 いや、なるべくなら早く出てきてほしいところだ。孔明は心の中で呟いた。
 先月は確かに元直のせいで不覚を取ったが、その智勇は端から認める
ところだ。出来れば虜にして我が君への帰順を約させたいものだ。さすれ
ば、水鏡老師は既に他界したものの、同門の3人が力を合わせる事が
可能となる。畏れるものは何もなくなる。
 さて、元直はどう出るか。
 黒山は内紛で既に戦う余力が残っていない。これを全滅させるまでに
出てこないなら、元直は恐らく撤退を決意しているだろう。だが、かといって
攻撃の手を緩めるわけにもいかない。
「軍師殿、それでどうかな」
 己の作戦案を披瀝した関羽の呼びかけで、孔明はふと我に返った。
「――結構かと存じます。ただ若干修正させて頂きますと、黒山を完全に
包囲してしまうのはかえって敵を窮鼠としてしまい、最善とは申せません。
囲師は周する勿れ。北に退路を空けて敵に撤退を促し、その退路に伏兵
を設けて虜にしてしまいましょう」
459馬キユ:03/07/06 01:10
 関羽は自分の策にケチを付けられて憮然としたが、固より兵法に
ケチをつけようとは思わない。大きく一つ頷いて、改めて命令を下した。
「うむ…軍師殿の策がよかろう。張嶷、成宜に伏兵を命ずる。諸将の
奮闘を期待する」
「ははっ」
 諸将は高々と拱手した。

 2日後、黒山は陥ちた。孫翊、黄蓋の両将は山下の友軍がほぼ壊滅
して漸く、味方同士でいがみ合っている場合ではないと覚った。しかし
同時に、これ以上の交戦も無益だと覚り、和解した後は残余の兵を
率いて退却を試みた。
 だがそれは、捕まる場所を変えたに過ぎなかった。孫翊と黄蓋は退却
の途中、伏兵に遭って虜囚となった。
 関羽たちが徐庶が[業β]城を捨てて退いたという報告を受け取った
のは、それから3日後だった。
460馬キユ@プレイヤー:03/07/06 01:12
>>454
いつもご声援ありがとうございます。

ここで次回予告。琥珀さんの過去がちょっとだけ明らかになる?!
メイド・オブ・ラブでつきぬけていいのか!?
シスターオブライブでツキヌイタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!
メイドオブラブキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!
関羽カコ(・∀・)イイ!
朱然タン(・ω・)ショボーソ
463馬キユ:03/07/08 03:47
【巫山之夢】
―言焦―
 暑い。
 暦のうえではもう冬だというのに、夜が暑い。
 理由ははっきりしている。雲碌と房事を重ねているせいだ。
 そして今夜も暑かった。
 蝋燭の明かりが室内を仄かに照らしていた。

 雲碌の部屋を訪ねたのは何時頃だっただろう。
 雲碌はベッドに腰掛けて待っていた。もうそれが習慣になっている。
 今の関係を先に切望したのは雲碌の方だ。だけど実際は、雲碌は睦事など
何も知らない無垢な少女だった。
 あれからたくさんエッチをした。雲碌もすっかりエッチな身体になった。けれども、
その純真さは微塵も損なわれていない。今でも恥じらいを知る乙女さながらに
抗い、啜り泣き、身悶えする。だけど、その事がかえって僕の欲望を掻き立てた。

 雲碌の唇に、中腰になってキスをする。お互いの舌がクチュクチュと音を立てて
絡み合った。雲碌の目がとろんとしてくるのを見計らって、ゆっくりとベッドに押し
倒す。その後はただ、貪るようにお互いを求め合った。
「あふ…お、お兄様…あ、あん…あ、そこ、そこは…は…だ、だめぇ…あん…
あん…あああん」
 後ろから突きながら、両手の指で上下の突起を挟んで、くりくりと扱きたてた。
雲碌が悩ましげな声で喘ぐ。身体が支えきれなくて、シーツの上に突っ伏す。
雲碌の白いお尻が、ピンク色に染まって突き出されていた。
464馬キユ:03/07/08 03:49
「何がダメなの、雲碌?こんなに濡らしてるのに」
「だ、だってぇ…それは、お兄様がぁ……んあぅ…ふああっ」
「気持ちいいんでしょ?素直になっていいんだよ」
「やあぁ…そんなの、恥ずかしいぃ…ひぃん…んくっ…ふぅん…」
 雲碌の大事なトコロは僕のモノをしっかりと咥え込んでいて、透明な粘液
をしとどに滴らせている。粘液は雲碌の内股を伝って、或いは僕の股間を
濡らして、流れ落ちた。肉と肉とがぶつかり合う度に、乾いた音と湿った音が
淫らな重奏を奏でる。雲碌はシーツを握り締めて啜り泣いた。
 身体中が熱い。雲碌の身体も熱く火照っている。雲碌の膣内(なか)は
溶鉱炉のようにドロドロと煮え滾っていて、挿入しただけで火傷するんじゃ
ないかと思うほどだ。肉襞がずりゅずりゅと絡み付いてくる度に、脳髄まで
痺れるような快感が波涛となって押し寄せた。僕は全身が性器になって
しまったような錯覚の中で、腰を打ち振り続けた。

 ……けど。そうやって飽く事無く雲碌の身体を貪っているくせに、僕の心中
には暗い影が落ちかかっていた。
 初めての時から思ってたけど、雲碌の感度はいい。凄くいい。寧ろ過敏と
いっていいくらいだ。敏感に反応してくれるのは男冥利に尽きるんだけど、
ここまで敏感だと正直、かえって怖かった。そのうち雲碌が壊れてしまうん
じゃないか。そんな不安がいつも胸裏を翳めた。
465馬キユ:03/07/08 03:50
【回想】
「それなら少し間隔を空けては如何ですか」
 ある日、雲碌の目を盗んで琥珀さんに相談してみると、琥珀さんはそう答えた。
「それが出来たら相談しないよ」
「あら、何故ですか?」
「だってそりゃ…好きだから」
 ごにょごにょと口篭もる。琥珀さんは苦笑した。
「あらあらノロケですか。ご馳走様です」
「茶化さないでよ」
「茶化したくもなりますよ。私だって歳頃なんですからね」
 僕ははっとして琥珀さんの顔を見た。琥珀さんの笑顔はいつもと変わらない
ように見えるけど、よくよく見ると少し複雑そうな顔をしていた。
「ごめん。……けど、本気で心配なんだ。雲碌、最近は朝が遅いみたいだしさ」
「そうですねえ。よっぽど体力を消耗していらっしゃるんでしょうねえ。毎晩キユ
様に、一体どんな凄い事をされていらっしゃるんだか」
「だから…茶化さないでよ」
「くすくす、ごめんなさい。それにしてもお若いんですね。いいですねえ、くすくす」
「琥珀さんだって若いでしょ」
 今、自分でもそう言った筈じゃん。
「ええ。でも私はね……」
 琥珀さんはふっと寂しそうな顔をした。
 何だろう?気になるな……。
「それで、私は何をすれば宜しいんですか?」
 僕が考えを纏められないでいると、琥珀さんがそう訊いてきた。
466馬キユ:03/07/08 03:52
「ああ、うん。雲碌に精のつく漢方を処方してあげてほしいんだ」
「解りました。それならお安い御用です。…でも本当に、房事は少しお控えに
なった方がいいと思いますよ。薬はあくまで補助的なものでしかないんです
から」
「そう…だね。これからは気を付けるよ」
 と言って我慢出来るもんなら、こうやって琥珀さんに頼みに来る事もないん
だろうけど。
 雲碌を壊してしまいそうだと解っていながら、自分の欲望に歯止めが利か
なくなってるんだよなあ…。
「それで、薬を処方するのはお嬢様だけで宜しいんですか?」
「うん?どういう事?」
「やり過ぎで腰が痛いとか、精液が薄まってるとかいう事はありませんか?」
 琥珀さんは笑顔を保ちつつも、頬を染めて答えた。流石の琥珀さんでも、
こういう話を口にする事には羞恥心を覚えるらしい。…ま、今回は気付かな
かった僕が悪いんだろうけど。
「いや、いいよ僕は」
「まあ。キユ様は絶倫なんですね」
「そ、そんなんじゃないよ」
 僕は慌てて手を振った。何て事を言うんだ、琥珀さんは。
 琥珀さんはそんな僕を見て、くすくすと笑っている。
 うう、何か話題を変えないと。早く……そうだ。
「ああそれと。今雲碌に子供が出来ると凄くマズイと思うんだ。だから……」
「もしかして不妊薬ですか?」
「うん……」
467馬キユ:03/07/08 03:54
 琥珀さんは眉を顰めた。
「そういうのはあまりお勧め出来ませんが。身体にいいとは言えません
から。避妊したいなら外で射精(だ)せばいいと思いますけど」
「そうなんだけど、外で出すと雲碌に問い詰められるんだよ。『私を愛して
いらっしゃらないんですか』と」
「はいはい、ご馳走様です」
 琥珀さんはそう言ってまた苦笑した。
「――確かに、そんな事を言われたら外で出すのは難しいですね。解り
ました。お嬢様のお身体に差し障りがない程度に避妊出来るよう、処方
してみます」
「ありがとう。雲碌には内緒だよ」
「ええ。勿論です」
 琥珀さんはにっこりと笑った。
 何だろう。琥珀さんの笑顔を見ていると凄く心が安らぐ。こんな懐の広い
女性には元の時代でも会った事がない。本当にいい人だ。
 …………あれ?
「?どうかしましたか?」
 僕の表情の変化に気付いたのか、琥珀さんが訊ねた。
「いや、そういえばだいぶ前にも薬を処方してもらった事があるけど、まだ
全然お礼をしてなかったよね」
 そうだ。新野で睡眠不足になってた時に薬を処方してもらって、そのお礼
がまだだった。
「それなのに僕はまた頼み事なんかしたりして。本当にごめん。何かお礼
したいんだけど、琥珀さんは何がいいかな」
468馬キユ:03/07/08 03:56
 けど琥珀さんは、屈託のない笑顔で僕の申し出を断った。
「いえ、いいんです。お礼は既に頂いていますから」
「へっ?」
 琥珀さんは困ったような、複雑な表情になった。
「キユ様は覚えておられませんか?昔、長安の貧民区で春を鬻いでいた
少女の事を」
 はて、いつの事だろう。何の時の事だろう。長安にいた頃の記憶を辿る。
 ――不意に、一つの記憶が脳裡に蘇った。
「あ。あの時の――」
 思い出した。長安太守になりたての頃の事だ。あの日僕は城内の巡察
に出かけて、貧民区にも足を伸ばした。その時、雲碌と同じ歳頃の、貧しい
身形をした少女が春を買ってほしいとせがんできた事があった――。
「そういえば面影がある」
「思い出して頂けたんですね」
 琥珀さんが優しく微笑む。
 そうか。張松が会議で言ってた双子の姉妹っていうのは、琥珀さんたちの
事だったのか。
「ええそうです。あの時キユ様は少女を抱くような事はせず、かえって身に
余る大金を少女に施しました。太守様から頂いたそのお金で、少女とその
妹は貧困から免れる事ができたばかりか、その妹君の侍女にまでなる事が
できました。これ以上の御恩はありません。今私たちがあるのは、全てキユ
様のお陰です」
「はは、そんな御大層なもんじゃないけどね」
 僕は照れくさくなって頬を掻いた。
469馬キユ:03/07/08 03:58
 僕は気紛れでお金をあげただけだ。少なくとも琥珀さんたちが今こうして
いられるのは、その後の琥珀さんたちの努力の賜物である筈だ。
「いいえ、少なくとも私たちはそう思っています。私たちはお嬢様付きの
侍女ですが、御恩があるのはキユ様、貴方に対してだけです。キユ様が
お望みであれば、私たちはどのような事でも致します。そう心に誓って
いるんです」
 琥珀さんはそう言って微笑んだ。
 僕の何気ない行為が人を助けてたんだというのはある意味感動だった。
ただ、そこまで恩義を感じられると、嬉しいというより心苦しい。
 そして僕には、今の琥珀さんの笑顔すら、少し淋しそうなものに思えた。
470馬キユ:03/07/08 03:59
 キユが退室したのを確認すると、琥珀の許へ翡翠が楚々と歩み寄ってきた。
「よかったんですか、姉さん」
「あら、翡翠ちゃん。聞いてたの?」
 琥珀は振り返った。
「ええ、途中からですが。折角あのような告白をするのでしたら、もっと然る
べき行動に出ればいいのに」
「然るべき行動って、何の事?」
「ですからその…キユ様に抱いて欲しい、と……」
 翡翠は頬を赤らめた。
「何の事かしら」
「とぼけますか。姉さんらしいですね」
 翡翠が元の無表情に戻る。
「姉さんの気持は解っているつもりです。だって、姉さんはあの日からずっと、
キユ様を見てきていますから。幸いにして私達はお嬢様の侍女になれました。
妹の侍女に手をつける事など、よくある話です。もしもお嬢様に遠慮している
のでしたら、その必要はないと思いますが」
「違うわ、翡翠ちゃん。違うのよ」
 琥珀は瞑目した。
「――分不相応なのよ。私みたいな売女がそんな事を望むのは。不似合い
よね、私にこんな綺麗な名前は。ふふ……」
 そして自嘲する。翡翠は眉を顰めた。
「そんな事言わないで下さい、姉さん」
471馬キユ:03/07/08 04:01
「いいのよ、翡翠ちゃん。キユ様には寧ろ、お嬢様や翡翠ちゃんみたいな
穢れのない女性(ひと)の方が相応しいのよ」
 琥珀が翡翠の耳元にそっと手を添える。
「翡翠ちゃんだって、キユ様の事が好きなんでしょう?」
「わ、私は――…」
 翡翠は俯いて唇をきゅっと噛み締めた。
「私にもキユ様に対する恩義はあります。けどそれは姉さんほどのもの
ではありません。有り得ないんです。だって姉さんは私を生かす為に
――…」
 言いさした翡翠の口を、琥珀は指で封じた。
「もう止めましょう、この話は。漸く人並みの生活に戻れたんだから、
それで十分じゃない。少なくとも私は、それで十分よ」
「…………」
「それに、こんな話がお嬢様の耳に入ったら、お嬢様に殺されてしまう
わよ」
 琥珀は冗談を口にした。だが翡翠はいろいろな意味で笑えなかった。
「――解りました」
 数瞬の後、翡翠は硬い表情で頷いた。
 姉さんが飽くまで堪え忍ぶというのであれば、私にはどうしようもない。
 けど、余りに自我を強く抑圧すると、かえって自我が崩壊しかねない。
(そんな日が永遠に来なければいいのだけれど…)
 翡翠はそんな不安と希望とを胸中に抱いていた……。
472馬キユ@プレイヤー:03/07/08 04:05
>>461
ちょっとやってしまいました(;´Д`)
琥珀さん&翡翠の設定はもっと根深いものがありましたが、
さしあたりここまで。

>>462
関羽も馬超を修正しただけじゃ少し淋しいですし(笑)
朱然は斬首されてしまったので、せめて戦場で散らせてみました。


ここで次回予告。シスターレイパー馬超がちょっとだけ面目回復?
関羽&孔明が失態を演じる?曹仁は神になれるか?
ブラザーヘイトでつきぬけられるか〜?
イロイロキタ―
最近のキユは立派になったなぁ。
戦場でレッドカード食らった頃が懐かスィ
キユに眼鏡の朴念人が重なる漏れはイッテヨシでつか?(w
476馬キユ:03/07/09 21:29
建安二十三(218)年11月
【舌剣刳剔】
―陳留―
「我が君。軍師殿から早馬が参っています」
「何事だ」
 馬超は報告に来た楽進を見向きもせずに下問した。
 その表情は不機嫌さを隠そうとしていない。楽進はその理由を知らなかった
が、これから告げる内容で主君が更に機嫌を損ねるのだけははっきりと解った。
「[業β]都が曹操軍に奪われた由にございます」
 バキッという音がした。
 楽進は何かが折れたのかと思った。だがそれは物が折れた音ではなく、馬超
が歯軋りをした音だった。
 ここへ来て[業β]都では、曹、孫、馬三氏による争奪戦が繰り広げられていた。
 父馬騰の亡骸は既に故郷へ帰っていたが、父が息を引き取った部屋が敵に
土足で踏み躙られているかと思うと、馬超の心は傷んだ。それだけに、軍師で
ある孔明に対する憤懣が心中に蟠るのを感じる。一体何の為に貴様を[業β]に
配しているのだ、と。
 無論、孔明に対する蟠りはそれだけではない。だがそれはどちらかというと
消して失くしてしまいたい類のものだった。出来る事なら、孔明の命と共に。
「……で、捕まった者はいるのか」
 押し殺したような声で訊ねる。
「伯岐殿が捕まりましたが、解放してもらえたようです」
477馬キユ:03/07/09 21:30
 奴も説教臭かった記憶があるが、奴は別段キユ寄りではないな。
「解った。張嶷を労ってやれ。だが関羽と諸葛亮には俺から直接詰問して
おこう。俺の出鼻を挫くような真似はするな、と」
 馬超は河の向こうを眺めた。
 向こう岸には大きな城郭が見える。今や後漢の都となっている陳留国が、
そこにはあった。
(あそこに大漢の皇帝がいる。今度こそその玉体を俺の手に)
 それは亡父が能わなかった(註1)願い。それさえ成れば、キユのこれまでの
功績など容易く翳んでしまう。群臣も俺の実力を認めるだろう。キユ如きにつま
らん引け目を感じる事もなくなる筈だ。
 ふと、雲碌をモノにしようとして邪魔された事を思い出した。
 それは心の奥底に沈澱した、苦い記憶。
 今後どれだけ漢朝に忠義を示そうとも、奴等が生きている限り、この忌まわし
い過去は荊棘となって俺の心を責め続ける。いつか弾劾される日が来るのを、
そんな日が来なければいいと怯えながら待たねばならない。気を滅入らせるの
には十分だった。
 今は鬱に入っている時ではない。何とかして気を取り直さねば。
 ……血が要る。心を昂揚させる血の匂いが。
「捕虜を連れてこい」
 馬超は傍にいた祭酒に命じた。
 やがて、きつく縄目を打たれた曹仁と桓範が連れてこられた。
 両者とも野戦で捕えたものである。殊に曹仁の奮戦は凄まじく、馬超直属の
騎兵が半減させられていた。
478馬キユ:03/07/09 21:32
「凡骨にしてはよくやったと褒めてやろう」
 馬超は馬上から冷ややかに見下ろした。曹仁は唾を吐き捨てた。
「ふん。忘恩の鼠輩が人の言葉を囀るな」
「誰が忘恩の鼠輩だ」
「貴様以外に誰かいたら教えてくれ」
 曹仁が不逞々々しく笑う。
「ふん、それで煽ってるつもりか」
 馬超は鼻先で笑い返した。忘恩の輩など掃いて捨てる程いる。それを
飼い慣らしているのが俺だというだけの事だ。
「先程早馬が来てな。[業β]都が曹操軍に奪われた」
「朗報じゃないか」
「そうだな。だがそれも一時の事。曹操はすぐにもっと重要なものを失う」
 曹仁はそれが何の事か、すぐに得心した。
「貴様如きに王城が攻め落とせるかな」
「造作もない」
「口だけなら幾らでも言えるな」
「口だけなのは今の貴様だな、曹仁」
 瞬間、曹仁の頭に血が上った。
「貴様如きに帝を御せるものか!」
「出来るか否かはあの世で見届けるがいい」
 佩剣を抜打ちざまに一閃する。
 ジャッという不快な音とともに、曹仁の首が刎ね飛んだ。
 首から鮮血を噴き出しながら、曹仁の身体が後ろに倒れた。
479馬キユ:03/07/09 21:33
 馬超は黙然と立つ桓範に視線を移した。
「桓範とやら。貴様もこうなりたいか」
「…………」
「返事はどうした」
 だが桓範はじろりと馬超を睚眦した。
「ふん。土龍(もぐら)は官渡の水でも飲んで溺れてろ(註2)」
 言い終わる前に桓範の首は飛んでいた。
 馬超はその意味するところを正確には把握し得なかったが、虚仮にされた
のだけは解った。馬超は昂揚するどころか激昂した。
「全軍に命じる。只今を以って陳留の総攻撃に移る。昼夜を徹して攻めかか
れ。敵は鏖(みなごろし)にしろ。今度こそ帝の玉体を我らが庇護するのだ
(註3)」
 馬超が眦を裂いて厳命する。楽進は旧知の者が眼前で斬首された事に
複雑な思いを抱きながらも、全軍に指令を伝えるべく駆けて行った。


註1:「叶う」を使いたかったが、「叶」は「協」の古字。天子の諱を避けた。
註2:『荘子』遊逍遥篇より応変。分際を弁えろという意味。
   桓範の性格もあまりよくなかったらしい。
註3:「保」は後漢順帝の諱。
480馬キユ@プレイヤー:03/07/09 21:34
今回は馬超の復権までには至りませんでした。
次回は復権できると思います。
次回も忌諱で文章ぐだぐだになりそうです…。

>>473
どうも琥珀さんはもう少しいじくることになりそうです。

>>474
あ、でもキユは雲碌がいない戦には勝ってないんですよ。
安定で時間切れで持ち堪えただけです。

>>475
いえ、気のせいじゃないですよ。雲碌を出した時点で
私の脳内がそっちにシフトしましたから(笑)
おかげで最近、閻行の出番が少ないです。
馬キユさんのリプレイは面白いし、お勉強にもなるから好き
がんがってください〜
482馬キユ@プレイヤー:03/07/10 23:54
>>481
ありがとうございます。
これからもご声援のほど、宜しくお願い致します。
私もリプレイを書く傍らで必死こいて本とか読んでます。
時代らしく書こうと思うと、なかなか大変ですね(笑)

桓範の台詞は

「偃鼠飲河不過満腹。(偃鼠河に飲むも満腹に過ぎず。)」
(モグラは水を飲んでも、腹一杯以上には飲めない。
人は身の程を知るがよいという喩(たとえ)。)

を元にしています。
今更だが、【シスターレイパー】て表現にワラタ
484馬キユ:03/07/12 00:05
【天子推戴】
―陳留城―
 随所に火の手が上がる。
 微かながら、玉座にも喚声が届いていた。
 馬超軍は既に城門を打ち破り、城内に雪崩れ込んでいる。
 漢の天子劉協は、陛(きざはし)の下で右往左往する侍臣たちの無能無策
ぶりを内心嘆かわしく思いつつも、一人黙然と玉座に座っていた。
「陛下、この陳留もここまでのようです。直ちに脱出のご用意をなさって下さい」
 拝跪しながら奏上したのは荀攸である。
 だが劉協は黙したまま、玉座から動こうとしなかった。
「陛下、何卒お急ぎ下さい。玉体に疵でもあってはいけませんので」
 荀攸が重ねて催促する。
 荀攸の進言を聞いた侍臣たちの中には、主上を見捨てて我先にと逃げ出す
輩も出始めた。だがやはり劉協は動かない。
「陛下、臣の言葉はお聞き頂けておりますでしょうか」
「聞こえている。案ずるな」
 劉協は漸く返事をした。
「御意。では早く……」
「荀攸。朕は陳留を逃れて、次はどこへ行くというのだ」
「……さしあたり濮陽へ。黎陽に仮宮を設けようと考えております」
「荀攸。朕はもう逃げ飽いた」
 荀攸はぎくりと身を固めた。
485馬キユ:03/07/12 00:07
「……何を仰せられますか、陛下。御疲れになられてはいけません。
あきらめたらそこで終わりにございます」
「そなたらに――曹操にとってはそうかもしれぬな。だが何故、朕まで
そなたらと一緒になってどこまでも逃げ延びねばならないのだ。訝しい
ではないか」
「それは……」
 流石の荀攸も言い澱んだ。傀儡皇帝がそのような意志を持つとは
思っていなかったのだ。
 …勿論、荀攸にも漢朝の臣としての意識はある。だがそれ以上に、
彼は曹操の臣であった。
「何をやっている、荀尚書。まだ玉体をお移ししていないのか」
 駆けつけた楊脩が叱咤する。
「糜芳が支え切れなくなって逃げ出したようです。お急ぎ下さい」
 楊脩とほぼ同時に駆けつけた曹植も悲痛な声を上げた。
「荀攸、楊脩、曹植。そなたらの父祖は代々漢朝の功臣であろう。今
この城を攻めている馬超もまた、漢朝にとっては大事な功臣の子孫だ。
何故そなたらが争わねばならない。何故一致合力して朕の治世を輔け
ようとしない」
「馬超は洛陽城はもとより、陛下のおわすこの陳留城にも弓を引いたの
です。逆心は既に明白、今更何を仰せられますか」
「そうであろうか」
 劉協は反論した曹植を一瞥した。
「馬超は曹操をこそ逆臣と見ておるかもしれぬ。とすれば馬超の戦いは
正義を取り戻す為の戦いであろう」
486馬キユ:03/07/12 00:08
 その言葉は荀攸たちを心胆から寒からしめた。まさか天子は閣下を
逆臣だと言いたいのだろうか。そう言えば以前、董承が密詔を受けて
閣下を害そうとした事があった。あの時馬騰もその密詔に名を連ねて
いた筈だ…。
「……滅多な事をおっしゃるものではありませんぞ、陛下。大将軍閣下
は誰よりも漢朝の安寧を願っておられます。そもそも流亡の身であら
せられた陛下の車駕を許都に迎え参らせ、灰燼に帰した洛陽都を復興
したのは誰の功によるものですか」
「確かにそれはそなたの父の功績だな、曹植よ。だが朕は天子である。
天子たるものが一臣下の都合で遷都を繰り返すのは道理に合うまい」
「では、どうあってもそこから動かれるおつもりはございませんか?」
 押し黙った曹植に代わって、楊脩が訊ねた。
 劉協は徐に頷いた。
「朕は逃げ回るのはもうたくさんだ。一刻も早く洛陽に帰りたい。馬超で
あればそれを為さしめてくれよう」
「大将軍とてそれは出来ます。洛陽を奪還しさえすれば…!」
「それは何時の事だ?」
 劉協の問いが荀攸の頬を強かに打つ。
「何時になったらそれが能うというのだ。現に今、曹操は主要な都市を
全て失っているではないか。朕は今すぐ帰りたいのだ。これ以上朕を
縛るな。
 ……だが、そなたらのこれまでの忠節には感謝している。それ故
そなたらの身柄を馬超の前に突き出そうとは思わぬ。一刻も早くこの地を
去るがよい。そして曹操に伝えよ。朕は洛陽で待っている、とな」
487馬キユ:03/07/12 00:10
 荀攸はがっくりと項(うな)垂れた。自分がついていながら玉体を敵に
奪われるとは。――いや、皇帝が自らの意志で敵方に奔ろうとは……。
「朕はそなたらの血を見とうない。さあ、早く行け」
 劉協が重ねて催促する。彼の決意はもう変わりそうになかった。
 楊脩は悄然とする荀攸と曹植の肩を叩いた。楊脩は何を考えているの
か、他の二人ほどには落ち込んだ様子がない。ただ陛下に拝跪すると、
言葉少なに二人を促して、足早に立ち去って行った。

「余は本日を以って天子を推戴する!」
 馬超は楼閣の上から高らかに宣言した。
 その隣には天子劉協がいる。馬超は今や有頂天になっていた。
 遂に玉体を手に入れた。死んだ親父が夢見て果たし得なかった事が、
俺自身の手によって成し遂げられたのだ。この功績は誰の追随も許さ
ない。キユがどうした、雲碌がどうした、孔明がどうした。俺は錦馬超だ。
これからはこの俺こそが正義と秩序の代行者となるのだ。
「皆の者。卿らの奮戦の甲斐あって、逆賊曹操の軍勢を放逐出来た事を
心から感謝する。この功績は近く、多大な恩賞を以って報いるであろう。
以後も余と天子の為に、尚一層忠義を尽くしてくれ」
 数万の将兵がどよめいた。馬超と天子とを称えるその声は、海嘯となっ
て辺りに谺した。
 馬超は天子と共に、歓呼の声に手を振って応えた。
488馬キユ:03/07/12 00:12
 陳留の東、五十里。
 そこに僅かな残兵を従えて敗走する3騎の騎影があった。
 うち2騎の騎手は打ち拉(ひし)がれたように元気がない。だが残る
1人は、拙い手綱捌きながら、寧ろ悠然と駒を駆っていた。
「徳祖殿、貴殿はどうしてそう平然としていられるのですか」
 曹植は楊脩の方に振り返って、非難がましく口を尖らせた。
 楊脩はニヤリと笑って懐をまさぐった。
「それは……?」
 曹植は楊脩が取り出した錦の巾着袋を見て首を傾げた。
 愕然としたのは荀攸である。
「徳祖殿、もしやそれは……伝国の玉璽!?」
「ご名答」
「玉璽ですって?!」
 楊脩は頷いてみせた。この男は先刻の混乱に乗じて、厳密に保管
されている筈の玉璽をくすねていたのだ。それだけでも侍中たちの
無為無能ぶりは明らかだった。
489馬キユ:03/07/12 00:12
「漢の天子が何処にいようと、玉璽がなければ只の人です。何の権威
もありはしません。逆に玉璽さえあれば、天子など擁さなくとも皇帝と
しての実権を行使する事が出来るのです。或いは袁術のように……」
 楊脩が北叟笑む。曹植は目を輝かせた。
「そうか、それさえあれば父上が……!」
 だが荀攸は、背筋が寒くなるのを覚えた。
 楊脩は閣下に、帝位の僭称を進言するつもりなのだろうか。その様な
事をして万一聞き入れられるような事があっては、閣下があの袁術と
同じになってしまうではないか。それは簒奪よりも余程性質の悪い話
だった。
(このような時、叔父上であればどのようにするのだろうか)
 荀攸は先年他界した叔父荀ケの顔を思い出しながら、一人懊悩した。
490馬キユ@プレイヤー:03/07/12 00:16
えー。そんなこんなで、馬超が遂に献帝を擁立しました。
ちょっとは復権出来たかな?>シスターレイパー

>>483
何となく冠詞が欲しくなって、即興でつけてみました。
ツボにはまったようでよかったです。

ここで次回予告。あの2人が帰ってくる?
「君が望むヘタレ」。プリンセス・オブ・ラブでつきぬけろ!

君望かよ…w
そうか、楊脩は偉大な叔父の様に主君になって欲しいと思ったわけか・・・。(笑)
そういえば袁術の親戚だったっけw
494ぬるお:03/07/12 10:03
うめめめめめ
495馬キユ:03/07/12 15:25
【君が望むヘタレ】
―柴桑―
「うー、寒い寒い」
 今火桶を求めて階段を駆け上がってる俺様は、代々漢朝に仕えている、
ちょっとそこいらにはいないほど高貴で特別な男子。強いて他の奴と同じ
ところを挙げるとすれば、三度の飯より女が好きってとこカナー。姓名は
夏侯楙、字は子林。
 そんなわけで俺様は、火桶を持ち込んでおいた蒙衝の櫓にやって来た
のだ。
「……はっ。何か今、別の人格が乗り移らなかったか?」
 …気のせいか。俺様はかじかんだ手を揉みながら、火桶に手を翳した。
 蒙衝ってのは何で櫓が吹き抜けなんだろね、まったく?お陰で冬は寒い
ったらありゃしねー。大体冬に戦争したがる奴は誰だよ?敵の司令官は
司馬懿っつったっけか?馬鹿だな奴は。
 俺様がぶちぶちと愚痴を零しながら暖まっていると、衣擦れの音が聞こ
えてきた。
「あなた。船に火桶を持ち込むのは少し軽率なのではありませんか?」
 ウホッ、佳い女。
 …と思ったのは結婚して数ヶ月の間だけだったな。
「そうか?夜になったら篝火を焚くだろ」
 俺様はごく常識的に答えた。
「そうかもしれませんが、ここは戦場です。無用の火は焚くべきではありま
せんし、もっと気を引き締めるべきです」
 それにあなたは泳げないんですから、と付け加えやがった。
496馬キユ:03/07/12 15:28
 こいつは俺様の正室で清河君。叔父貴曹孟徳の娘でもある。叔父貴
はチビで不細工だけど、こいつは母親の遺伝子が大勝利を収めたらし
い。…まあそれは容姿だけの話で、性格はかなりキツくて嫉妬深かった。
このへんの性格は叔父貴似だな。しかし何故こいつが泳げるのかは、
未だに謎のままだ。
 今も何で俺様について戦場に来てるんだか。戦争なんてしたくない
俺様とは大違いだ。
 別にツマラン女ってわけじゃない。美人だし、歳の割にいい身体してるし、
締まりも濡れ具合も最高だ。
 ただ、飽きた。最近マンネリ気味なんだよ。俺様はやっぱり、いろんな
女を抱いてより多くの快楽を追求したいんだよな。
(――ん?)
 俺様はふと思い付いて、こいつを後ろから抱き締めた。
「な、何ですか?」
「やらないか?」
「……っ!」
 ははっ。こいつ、急に赤くなりやがった。
「だ、だめです、あなた。ここは戦場ですよ…あぁん」
「いいじゃんかよ。いつもはしたい、したいって言ってるじゃんかよ」
 ま、それもこれも俺様の調教が行き届いているからなわけだが。
「だからって何も、こんな時に、こんなところで…はぁん」
「そんな事言って、ちゃんと感じてんじゃんよ」
「あ、だめ…だめ…兵士たちが見ています…あふ…あはぁ」
497馬キユ:03/07/12 15:29
 こいつ羞恥心のせいか、いつもより昂ぶるのが早い。裳の上から上下を
揉んだりさすったりしてるだけなのに、もう乳首がビンビンに固くなって
やがる。
 …おっ。何かガクガクと震えてきたぞ。
「なあお前…さっきから裳が生温かく湿ってるんだが、心当たりはないか?」
「いやぁ…言わないで下さい…」
 清河君が蚊の鳴くような声で哀願した。けど俺様は止めてやる気なんて
これっぽっちもない。裾の合わせ目から手を突っ込んで、生乳を揉みしだく。
そしてケツの割れ目に、固くなった俺様の一物をこすりつけた。
 周囲を覗うと、見張りに立っている兵士共が、よっぽど俺様たちの事が気に
なるんだろう。さっきから顔を赤くしながら、ちらちらと視線を投げかけてきて
いた。
 それはこいつも判っているらしいな。どんどん濡れてくる。
 いやー、しかしこりゃ面白い。櫓は吹き抜けだし、周りは水景色一色だし、
最高の開放感で青姦を楽しめそうだ。江陵に帰ったらまたやるぞ――…。
「敵襲――!」
 その時、突然の警鐘。
 俺様はびっくりしたせいで、一物が縮こまってしまった。
 慌てて清河君を放り出し、櫓から身を乗り出した。
 その視線の先では、どこから現れたのか、敵の船団が姿を見せていた。
「見張り共は何をしていやがった!」
 俺様は怒鳴ったが、兵士たちは皆、何やら不満そうに俺様を見返してきた。
 ちっ。どいつもこいつも自分の失態は認めたくないってか。下賎の輩は
性根が賤しくてダメだな、マジで。

 夏侯楙が無策に部下を罵っている間にも、馬超軍は夏侯楙の船に近付き
つつあった。
498馬キユ@プレイヤー:03/07/12 15:30
即興で遊んでみました。

>>491
前回のリプレイに引っ掛けてあるものですから(笑)

>>492-493
献帝を失って玉璽は持ったままという状況を考えると、
何故かこんな展開に落ち着きました。
楊脩、意外とハマリ役?

>>494
保守ageして頂き有難うございます。

ここで次回予告。夏侯楙と清河君の運命や如何に?
プリンセス・オブ・ラブでつきぬけろ!
迷都督夏侯楙が帰ってキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!
木鹿大王から教わった調教の成果もキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!
500山崎 渉:03/07/15 12:24

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄
501馬キユ:03/07/16 03:45
【君が望む永遠】
―柴桑―
 司馬懿は陥したばかりの柴桑の練武台から、[番β]陽湖を見下ろして
いた。
 この台にはかつて周瑜という男が登り、ここから水軍の訓練の指揮を
執っていたという。
(斯様な絶景を眼下にして軍事に没頭せねばならんとは、周瑜という男
も虚しかったであろうな)
 冬枯れの水滸もまた乙なものだ。曹操や曹植であれば喜んで詩を
作っている事だろう。
 周瑜もまた雅楽に通じた男だったと伝え聞いている。この景色の四季
を目にして心踊らなかったという事はあるまい。にも拘わらず周瑜が詠ん
だ詩というものが残っていないのは、かえすがえすも残念だった。
「仲達殿。今し方子衡(呂範)殿より、夏侯楙の溺死体を引き揚げたという
報告が入りましたぞ」
 張昭が頓首してそう告げた。
 張昭は昨日まで、この柴桑の太守を務めていた。だが司馬懿率いる
馬超軍に敗北を喫し、縄目を打たれるに及んで助命を乞うたのだった。
 命乞いをしたのは張昭だけではない。陸績も、そして今夏侯楙の遺体
を引き揚げた呂範も、今回の戦で敗れて主を変えたのだった。
 とさりと音がして、一人の少女が椅子に座り込んだ。
 年の頃はまだ十五、六。細い眉に切れ長の目。通った鼻筋、小さな口唇。
ややきつい印象を与えるものの、長い黒髪がよく似合う、美しい少女だ。
だがその美貌は、今や蒼く翳っていた。
502馬キユ:03/07/16 03:47
「ご愁傷様です、清河君」
 司馬懿は首だけでぐるりと振り返って呟いた(註1)。
 少女の呼称は清河君。夏侯楙の妻である彼女は、戦に敗れて捕虜に
なっていた。
 少女は蒼褪めたまま、言葉もない。
「我々としても手は尽くしました。運がなかったと思ってあきらめて下され」
「黙りなさい、この裏切り者」
 少女はキッと顔を上げるや、大儒を睨みつけた。
「そなたらがもっとしっかりしていれば、こんな事にはならなかった筈です」
「そうは申されましてもな…江南とはいえ、冬になれば水は冷たい。長く
は保ちません」
 張昭は半白の眉を顰めた。
 そもそも、戦場で女子にお守をされるような男など知った事ではない、
と言いたい。
 …だが、少し言い辛い。自分が軍事に優れていない事は、張昭自身
よく解っていた。
「まあまあ清河君。気持は解るが、そう子布殿を責めるものではない。
それに今更誰を責めたところで、死者は生き返らん」
「何をぬけぬけと…夫を殺したのはそなたらではありませんか、仲達」
 少女は両眼に冥い炎を点した。司馬懿が攻めてこなければ夫は出陣
せずに済んだし、死ぬ事もなかった筈ではないか。
 司馬懿は肩を竦めて、身体ごと向き直った。
503馬キユ:03/07/16 03:48
「今は乱世。それに戦に事故はつきものだ。子林殿が落水した事までは
責任を負いかねる。徳信殿も貴女を庇護するので精一杯だったみたい
だしな」
 馬忠、字は徳信は、司馬懿の言葉にそっと顔を伏せた。
 馬忠は左軍として司馬懿に従軍し、夏侯楙を打ち破った本人である。
清河君は一瞬怯んだ様子で、馬忠を見た。
 夫が水没して独り船上に取り残された後、私は敵の兵士に取り囲まれ
た。その時の私は夫に愛撫された名残で、まだ身体が火照っていた。
それを覚られてしまったのかもしれない。皆昂奮して、意馬心猿を抑え
切れないでいるのがありありと分かった。
 けど、いくら身体が火照っていようとも、私は夫以外の男に抱かれたく
はない。あの様な下賎の輩共に嬲られ輪姦(まわ)されるほどなら、いっ
そ死のうと思った。
 そんな敵兵を一喝して退散させたのが、この馬忠という将だった。
 どれほど偉そうな事を言ってみても、私が今こうして無事でいられるの
は、敵将が私を守ってくれたからではないか。どれほど悔しくとも、それ
が事実だ。
 もっと愚鈍に生まれつけばよかった。そうしたらこんな事で思い悩む事
もなく、恥を恥と知る事もなく、平然とこの者たちを難詰出来たであろうに。
少女は、きゅっと唇を噛み締めた。
「ところでご府君。この小娘はどうなさるおつもりで?」
 文聘が訊ねる。彼は今回の戦いで、徐晃と張昭を捕えるという大功を
立てている。長江の水辺は、彼にとっては庭同然だった。
「そうだな。夫君も死んだ事だし、誰ぞの恩賞にするのが妥当だろう。
清河君を助けた徳信殿に与えるのが筋かのう」
504馬キユ:03/07/16 03:50
「某は拝辞致します」
 馬忠の即答に、司馬懿は目を瞬(しばた)かせた。
「何故かね?」
「此度は某の手勢が軍令を犯しかけました。これは兵を督率する某の
不徳であり、上官として当然の事をしたまでです。恩に着せるつもりは
毛頭ありません」
「固いな、そなた」
 司馬懿は哄笑した。しかし馬忠の意志がそうでは、無理強いも出来
ない。
「いっその事、ご府君が娶られては如何ですかな」
「冗談を言うな」
 文聘がからかうと、司馬懿は口許を歪めた。
「如何に美人と雖も、曹公の娘だ。私は曹公を義父とは呼びたくない」
「確かに」
 文聘も苦笑して答えた。司馬懿は曹操の為人を畏れての言葉だった
が、文聘にとっては単純に、曹操の名が巨大すぎた。…この僅か2ヶ月
後、2人はこの時の会話を思い出して、自分達の判断に胸を撫で下ろす
のだった。
 その文聘の脇を、影が走り過ぎた。
 皆がはっと気付いた時には、少女は欄干に手を掛けて、今にも身を
投げようとしていた。
「何をする…?!」
 間一髪で、司馬懿が少女の腕を掴んだ。そのまま、ぐいと引き寄せる。
 少女の華奢な身体は司馬懿の両手にがっちりと掴み止められた。
505馬キユ:03/07/16 03:51
「離しなさい!他の男の慰みものになるくらいなら、死んだ方がまし
です!」
 司馬懿の手の中で少女が暴れる。だが少女はあまりにも非力だった。
 司馬懿は溜息を吐いた。
「何故そこまで思い詰めるのかね?子林殿の為人は聞き及んでいる。
死者を鞭打つようで悪いが、敢えて徽徳(註2)を墨守せねばならぬ
ほどではあるまい」
 不意に、少女が抵抗を止めた。
「……確かに、夫は徳目に欠けた人でした。ですがあの人は、私に女と
しての悦びを教えてくれました。私はそれで十分です」
「やれやれ」
 司馬懿はもう一度溜息を吐いた。まだ年端も行かぬ少女が、大の男が
居並ぶ前でそんな事を口にするとは思わなかったのだ。
 …まあ、流石は曹公の娘と言うべきかもしれんが。司馬懿は苦笑ととも
に、頬を赤く染める少女を眺めた。
「女としての悦びを知って、なお寡婦を貫くというのは、かなりの苦業だ。
それでも耐えるつもりだと、貴女は言うのかね」
「はい」
「では仕方がないな」
 年齢的には私の息子共に見合いそうな気がしたのだが。
(それにしても、ただの盆暗だと思っていたが…)
 これほど一途な少女の歓心を買えるほどに、あのヘタレは房中術が巧み
だったのか。夏侯楙に他に取り柄がなかっただけに、司馬懿はかえって、
微かな嫉妬を覚えた。
506馬キユ:03/07/16 03:53
「徳信殿。陳震はどうしている」
「獄に繋がれたままです。降る様子は見えません」
「そうか。残念だな」
「御意」
 馬忠は頷いた。馬忠自身、陳震こそが最も早く変節すると思っていた
だけに、意外さを禁じ得ないでいた。
「陳震を獄から出してやれ。徐晃の首を持たせてやるがよい」
「解放なさるのですか」
 馬忠は驚いて訊ねた。司馬懿は頷いた。
「清河君と子林の遺体を曹公の許へ護送する必要もあるしな。かといって
その為にわざわざ使者を立てるのも億劫だ。ついでだから陳震にその
役目を担って貰う」
「御意」
 馬忠は少し躊躇ったものの、拱手して踵を返した。
「――しかし女子が戦場に出るなど、非常識極まりないな」
 馬忠が退出したのを見送って、蔡和が皮肉った。清河君は聞き咎めた。
「孫家も馬家も、当主の妹君は武を好むと聞いています。まして馬雲碌殿
は戦場で勇を奮っていると聞き及んでいますが」
「まあ、あの御仁は特別かのう」
 司馬懿が苦笑する。張昭と陸績は孫尚香の顔を思い出して、やはり苦笑
した。
「だが貴女は、特段武を磨いたわけでもあるまい?貴女にはやはり無謀
だったであろうな。爾後は御身を大事になされよ」
 少女は言い返す事が出来ず、悄然と俯いた。
507馬キユ@プレイヤー:03/07/16 03:57
註1:司馬懿の首は180度回る。
註2:立派な徳。美徳。ここでは貞節、貞操、操。曹操の諱を避けた。


>>499
すみません、夏侯楙斬首されちゃいました(;´Д`)
これだから馬超は…。

>>500
保守ageして頂き、有り難うございます。


ここで次回予告。鳳雛が寿春の空に羽ばたく。
キユは約束どおり援軍を出すのか。
でもちょっと疲れたので適当に端折りそう。すみません(;´Д`)
禿げしく保守
夏侯楙斬首っすか
馬超ショボーン
510馬キユ:03/07/19 00:15
【鳳雛唳鳴】
―言焦―
 僕は司馬懿から貰った呉の情報に基づいて、陳到、楽[糸林]、黄忠、
臧覇に手紙を描いていた。先日は刑道栄にも手紙を出して、こっちは
もう返書が届いている。
「『いつか手合わせ願いたい』ですって?自信過剰ね。『稽古をつけて
下さい』の間違いじゃないかしら」
 雲碌が横から覗き込んで顔を顰(しか)める。
「そうかな。刑道栄も結構強いと思うけど」
「あの人は力だけです。お兄様は刑道栄が、魏延や岱様に勝てると
思いますか?」
「……いや、思わない」
「なら、やっぱり自信過剰です」
 …容赦ないな、雲碌は。
「それで、こっちが呉に出す書簡ですか?」
 雲碌は今度は、卓上に重ねてある書簡の束を手に取った。
「開けちゃ駄目だよ。もう封がしてあるんだから」
「ええ、解ってます。どうせまた、くだらない絵でも描いてあるんでしょう?」
「くだらなくはない。日ほ――…」
 っと、危ない危ない。もう少しでまた、口を滑らせるところだった。雲碌と
折角いい関係になれたのに、変な事を言って嫌われるわけにはいかない。
 雲碌が胡散臭げな顔をする。こういう時はアレだな。
 僕は雲碌の腰に手を回して、抱き寄せた。雲碌が陶然とした表情で身を
委ねる――。
511馬キユ:03/07/19 00:17
「兄さん、只今戻りました」
 ノックの音もなく、鉄が突然入室してきた。僕たちは慌てて離れた。
「あっ、ああ。お帰り。ご苦労様。どうだった?」
 うう、我ながら声がぎこちない。鉄にバレてやしないだろうな?
「お慶び下さい。寿春は我々の手に入りました。しかも此度の戦、最も
功績が高かったのは私だという事で、ホウ士元殿から随分と感謝の
言葉を頂きました」
 鉄が満面の笑みを浮かべて答える。
 物凄く嬉しそうだ。この様子ならバレてはいなさそうだ。ほっ、よかっ
た…。
「それはよかった」
 僕は頷いた。また人がたくさん死んだのは哀しい事だけど、犬死にに
ならなかったのはせめてもの救いだろう。これでホウ統への義理は果た
した。
「次の戦では負けませんからな」
 鉄、霍峻に次ぐ戦功を挙げた張苞が、昂然と嘯く。張飛の息子だと
いう話だけど、なかなか若い。というか血気盛んだ。鉄はふっと笑って
「受けて立とう」と答えていた。
「赫昭、軻比能、韓玄。君たちもご苦労様。お陰で面目が立ったよ」
 僕が声をかけると、鉄の後ろから入ってきた赫昭たちが拱手した。
「有難うございます。しかし弟御も頑張っておられますな」
「みたいだね」
「何の、儂とて李異という将を討取ったぞ」
 韓玄が胸を張る。この人はこの人で頑張ってるんだけど…そうか、
殺しちゃったのか。
512馬キユ:03/07/19 00:18
「韓玄殿が手ずから討取ったわけではありますまい」
「左様、流れ矢に当たっただけですな」
「儂の部隊の手柄である事には変わりないわい」
 鉄と張苞のツッコミに、韓玄が顔を赤くして反駁している。正直、血腥い
武勲談義は勘弁してほしかった。
「ところでご府君。弟御が捕えた謝旌という将が、我等に帰順致しました。
お目通りをお許し願えますか」
 軻比能の問いに、僕は頷いて「後でね」と答えた。続いて赫昭が言上
する。
「実は我が方では陳式と張紹の二将も捕えましたが、こちらは頑として
降伏しません。如何致しましょうか」
 僕は張苞をちらりと流し見た。張苞はさっきまでとは一変して、少し表情
を強張らせていた。
「僕は無益な殺生は好まない。当然、解放する」
 その瞬間、張苞が文字どおり胸を撫で下ろした。
513馬キユ:03/07/19 00:19
建安二十三(218)年12月
【韓遂復活】
―言焦―
 月初めに、久しぶりに韓遂が訪問してきた。僕はちょうど柴桑の張昭に
手紙を描き終えたところで、久闊を叙す意味でも彼を歓迎した。
 韓遂は僕が柴桑に手紙を送ると知ると、「なら仲達にも連絡を入れて
おけ」と言った。
「何かあったの?」
「実はな。仲達が何者かに襲われた」
 韓遂が声を潜める。僕は思わず息を呑んだ。
「襲われたのは仲達だけではない。斯く言うこの儂も、先月刺客に襲わ
れた。仲達から内々に報せを受けておったから、儂も何とか難を逃れる
事が出来たが、知らされていなかったら危なかったわい。何せそなたが
後継者になるのを断ったせいで、儂は1年近くも沈んでおったからの。
 それでまあ、そなたの事が心配になってな。こうして訪ねてきた次第じゃ。
そなたの方は恙無かったか?」
「あ、いや、僕の方は……」
 言葉が出ない。嫌な感じに喉が渇く。
 僕ならとっくに襲われている。孔明も襲われたという。そして今また、司馬懿
も韓遂も襲われたという。ホウ統が言ったとおり、何か得体の知れないものが
蠢いていそうな気がした。
「どうした、キユ。顔色が悪いが」
「えっ?えっ、ええ。その……」
 どうする?答えるべきか?けどこの様子だと、孔明たちは韓遂たちとは
連絡を取り合っていないみたいだ。
514馬キユ:03/07/19 00:20
 迷った末、僕はもう暫く黙っている事にした。そして司馬懿には改めて
連絡を取るという事で、その話はそこで終わった。
「ところでのう、キユ。ものは相談なんじゃが…軻比能を儂に譲ってくれ
んかの?」
「は、はあ…でも何で?」
 韓遂の突然の申し出に、僕は少し戸惑った。
「いや何。実はな、先日劉璋が他界して、息子の劉循が後を継いだん
じゃが、そのせいで劉循の陣営に少し亀裂が生じておってな。軍勢を
一当てしてみようと思っとるんじゃ。しかし成都には儂の相談相手と
なるべき智将がおらん。鮮卑の王なら儂の相談相手として申し分ない。
済まんが譲ってくれんかの?」
「えー?でもなあ…」
「儂が折角お膳立てしてやったのに無にしおって。お詫びにせめてそれ
くらいしてくれたったよかろうが…ぶつぶつ」
 韓遂が卓上でのの字を書く。いい歳してそんな事でいちいち拗ねなく
てもいいだろうに…。
「…解ったよ。解ったからそんないじけた振りは止めてよね」
「おお、そうか。有り難い。では御礼というわけではないが、建業の情報
をそなたに教えてやろう」
 僕が仕方なく肯んじると、韓遂は一転して晴れやかな顔になった。あー、
何だか騙されたような気がするなー。
515馬キユ@プレイヤー:03/07/19 00:24
>>508
保守して頂き、有り難うございます。
これからもご声援のほどを宜しくお願い致します。

>>509
何せ魅力がありませんからねえ、夏侯楙は(;´Д`)
「お、もう元服してたんだ」と思った時には斬首ですよ。

ここで次回予告。曹休が連れてきた少女の正体とは?
プリンセス・オブ・ラブでつきぬけちゃえ!
516馬キユ:03/07/19 22:59
【斉衰の少女(註1)】
 韓遂はもう2日 [言焦]に滞在した後、軻比能を伴って成都へと帰って
行った。
 その翌日の午後。僕が雲碌と午後のティータイムを楽しんでいると、
アシスタントが来て来客を告げた。
「何だよ」
 僕は幸せな一時を邪魔されて、あからさまに不機嫌な声で訊ねた。
「呉の曹文烈殿が面会に見えられています」
「文烈か。久しぶりだなあ」
 僕は不機嫌さをどこから吹き飛ばして呟いた。
「解った。通してよ」
517馬キユ:03/07/19 23:01
 曹休が入室してくるや、僕たちは目を丸くした。曹休は喪服を着た
女の子を連れてきていたのだ。
 少女の年頃はまだ十五、六歳くらいかな。烏の濡れ羽色をした
髪の毛が凄くキレイな美少女だった。けど何となく、どこかで見覚え
があるような、ないような…。
「久しぶりだな…」
「いやー驚いた。まさか文烈が嫁さんを連れて遊びに来るとはね」
 僕は拱手もそこそこに曹休の背中をバンバンと叩いた。
「なっ……?」
 曹休が驚いたような顔をした。
「それにしても若いな。まだ十代じゃないか。このロリコンが」
「ろ、ろりこんとは何の話だ」
「照れるな、照れるな」
 僕は赤面する曹休に絡んだ。
「で、いつ結婚したんだ?」
「違うと言っているだろうが!」
 曹休が真っ赤になって怒鳴った。
「こいつは大将軍の姫君で清河君だ。姓も同じ曹なのに結婚出来る
わけないだろう」
 うっ、痛いところを…。
 僕は思わず返答に詰まってしまった。
「…ん?どうかしたか?」
「い、いや。何でも」
 僕は咳払いをした。ちらりと雲碌を見やると、雲碌も少しそわそわ
しながら、僕の方を見てきた。この話題が続くとやばいな…。
518馬キユ:03/07/19 23:03
「で、その姫君を連れてわざわざ何の用なのよ」
「うむ、まあな…」
 僕が話題を変えると、曹休は連れの女の子共々、急に表情を暗くした。
「前月、柴桑でこいつの夫が…戦死してな。郷里の墓に葬ってやろうと
思ってやって来た。本来なら俺はこいつに同伴する立場にないんだが、
義父の元譲殿が今少々手が離せない状況でな(註2)、已む無く俺が
代理として随行する事になった。…流石に遺体を抱えて何日も敵の
領内を歩き回るわけにもいかんから、一旦火葬に付して、今はこうして
遺骨だけを……」
 曹休はそう言って、女の子が抱えてる骨壷に眼を向けた。
 僕は涙腺が緩むのを感じた。
「そうか…それはご愁傷様。清河さん、お悔やみ申しあげます」
 僕がそう言うと、少女は楚々とお辞儀をした。
「それでお葬式はいつ?よかったら僕も臨席したいんだけど」
「明日だ。明後日は沐浴(註3)の日だからな。葬式というわけにもいかん
し、それ以上先延ばしにしている暇もない」
「じゃあ、臨席してもいいんだね」
「ああ。四海にその名を轟かせるキユに臨駕頂いたとあれば、死んだ
子林も喜ぼう。それにキユがいてくれると、変に疑われずに済む」
 曹休がふっと笑う。
「そりゃそうだ」
 僕もそう応えて顔が綻んだ。
519馬キユ@プレイヤー:03/07/19 23:06
註1:5つの喪服の1つ。服喪期間は斬衰(3年)、斉衰(1年)、
  大功(9ヶ月)、小功(5ヶ月)、[糸思]麻(3ヶ月)。斬衰は
  父の死後に着る。
註2:夏侯惇が太守を務める江陵はこの月、孫策直率の水軍
  に攻められて陥落した。
註3:正しくは「休沐」または「休浴」。月に1回、身体を洗う為の
  休日が設けられていた。漢代では毎月五日。唐代に入って
  毎月十日となった。
  「休」を忌諱した。


ここで次回予告。曹休が清河君を連れてきた理由とは?
シスター・オブ・ジェラシーでつきぬけ…ていいんだろうか?
夜のオカズに最適!!
521ちょ〜爆笑:03/07/22 23:53
>「こいつは大将軍の姫君で清河君だ。姓も同じ曹なのに結婚出来る
>わけないだろう」
> うっ、痛いところを…。
> 僕は思わず返答に詰まってしまった。

ちょ〜爆笑
522馬キユ:03/07/23 01:01
【紅涙漣々】
 夏侯家の塋田には、この10年ほどで墓の数が急激に増えた。墳墓の
主はそれぞれ夏侯淵、夏侯恩、夏侯徳、夏侯惇の父、夏侯淵の父、
夏侯称、夏侯栄、(註1)夏侯尚である。
 そして今また新たに、夏侯楙の墓が作られた。
 失ったものの何と多い事か。そして得たものの何と少ない事か。
 だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。ここで立ち止まっては、
彼らの死が無駄になってしまう。生者は亡者の夢も怨念も全て背負って、
進んでいくより他にないのだ。
 曹休は哭礼を終えると、ゆっくりと立ち上がった。だが少女は跪いた
まま、じっと亡夫の冢墓を見詰めていた。
(この喪服はただ礼法に則っただけ。私の心はここから離れられない…)
 彼女はここに小屋を建てて、今後一生ここで喪に服すつもりだった。
あの日死ぬ事を許されなかった身だから、せめてそれくらいはしなければ
ならないと思っていた。
 キユが2人に声をかけて来た。
「ねえ2人とも。よかったらこれから城に寄っていかない?歓待するからさ」
「……申し訳ありま――…」
「気が利くな。わかった、着替えてから寄らせて貰おう。清河君も連れて
行こう」
 少女が辞退する前に、曹休が承諾した。
「有り難う。じゃあ城で待ってるから」
 キユはそう言うと、雲碌と閻行を伴って踵を返した。
523馬キユ:03/07/23 01:03
 キユたちの姿が見えなくなると、少女は従兄にあたる男を恨めしげに
見詰めた。
「何故承諾なさったのですか?…いえ、貴方が飲みたいというのであれば、
お引き止めは致しません。ですが何故私まで巻き込むのです?」
「貴女にはして貰いたい事があるからだ」
 曹休は周囲に人がいないのを確かめてから、「仕事の内容」を話して聞か
せた。
 やがて曹休から話を聞き終わると、少女は勃然と色を為した。
「従兄様、今何とおっしゃいましたか…?私にそのような生き恥を晒せと…?」
「伯父上の内々の仰せだ。貴女は子林が死んで、『私も戦いたい』と伯父上
に訴えたそうだな。その返事がこれだと思ってくれ」
 少女は返答に詰まった。
 そう言えばこの間、父の許へ送り返された時、父にそんな事を言ったような
気がする。泣き付いて繰り言を繰り返しただけなので、何を言ったのかは殆ど
覚えていないが…。
「俺とて貴女にそんな役目を負わせたくはない。だがそれが伯父上の意向な
のだ。貴女も伯父上の娘なれば、覚悟を決める事だ」
 曹休の両眼が少女の視線を捕える。それは炯烈でありながら、どこか憐憫の
情を漂わせていた。
 ややあって。
「……解り…ました…」
 少女は俯いて、唇を噛み締めた。誰のせいでもない、私自身が望んだ事だ。
直接戦う術を持たない私には、それしか出来る事がないのだろう。悔しいが
仕方がない。
 少女の紅唇に、血の朱が滲んだ。

註1:夏侯称、栄はそれぞれ夏侯淵の三男、五男。長男は夏侯衡。
524馬キユ:03/07/23 01:05
 [言焦]城で曹休たちをもてなしたを開いた、その日の夜――。
 僕は今夜も、雲碌の部屋を訪れるべく、城内が静まり返るのを待って
いた。けれども、いざ雲碌の部屋へ行こうとして自室のドアを開けると、
そこには意外な人物が、驚いたような顔をして立っていた。
 確かに見覚えはある。というか昨日今日見たばかりの顔だ。
 烏の濡れ羽色をした長髪がキレイな女の子。
 斉衰は酒席に来た時から脱いでいた。けど派手に着飾る事はなく、
深衣を着ていたのは、彼女なりの服喪の意思表示だったのかもしれない。
「ええっと、君は確か――」
「清河君です。清河県に封邑を頂いているので、清河君と呼ばれており
ます。昨日今日と愛想がなく、失礼致しました。改めて、何卒よしなに…」
 女の子はそう名乗って、しずしずと跪いた。
「ああ、うん。宜しく。そうそう、大将軍の娘さんなんだよね。道理で見覚え
があるような、と思ってたんだ」
 僕はポンと手を打った。
「まあ。私は物陰から何度かキユ様をお見掛けした事がありますが、キユ
様は私に気付いておられないものだと思っていました。覚えていて頂けた
なんて、光栄です」
 少女がはにかんだように微笑む。少しきつそうな雰囲気の美人さんだと
思ってたけど、所作とか喋り方とかは本当に愛らしい。ちょっとドキッとした。
 …でも実のところ、このコ自身の見覚えは全然ない。言われてみれば
「成程、曹操の娘ねえ」というくらいには、似た雰囲気を漂わせてる。そう
いう意味での既視感だった。
 まあ、誤解とはいえ折角好印象を与えたんだから、そんな「本当の事」を
わざわざ口にする必要はない。僕はにこりと微笑み返した。
525馬キユ:03/07/23 01:07
「――で、その清河さんはこんな時間にこんな所で、何をしてるの
かな?」
「それは、キユ様のお部屋を捜しておりました。偶然ですが、見つ
かってよかったです」
「ああ、成程。…えーと、ちょっと待って?それで僕の部屋を捜して、
どうするつもりだったの?」
「それは――…」
 少女は途端に言い澱んだ。気のせいか、このコの顔色が少し悪い。
(まさか、暗殺じゃないよね?)
 一瞬、疑心暗鬼に囚われる。背筋が冷えたのは、真冬の夜の寒さ
のせいだけじゃなさそうだ。
「…ねえ。文烈はもう帰った筈だよね。何で君はまだこんな所にいる
のかな?早く帰らないとあいつが心配するよ」
 と言って、体よく追い出しを図る。けど少女はふるふると首を振って、
「従兄様もこの事はご承知です。お気になさらないで下さい」
 と答えた。
「いや、でもねえ…いくら郷里だからって、部外者にそんなほいほい
とこんな所まで立ち入られちゃ困るんだけど。まあとりあえず用向きは
聞くから、早くお家に帰りなさい」
「ち、違います。そんなに警戒しないで下さい。私は決して怪しい者で
は…」
「ああ、うん。素性を怪しんでるわけじゃないんだ。ただね、女の子の
夜の一人歩きは危険だから――」
「いいえ、違います。そうではありません。そうではなく――…」
 少女は大きく頭(かぶり)を振ると、いきなり僕の胸に飛び込んできた。
「お願いがあります、キユ様。私を抱いて下さい。ずっとお慕いしており
ました…」
526馬キユ:03/07/23 01:09
「えっ?えっ?えっ?」
 突然の告白に、僕は一瞬、頭の中が真っ白になった。
「私は父の許でキユ様をお見かけしていた頃からずっと、夫にするなら
貴方しかいないと心に決めていました。けれども残念ながら、私は父の
命令には逆らえず、一度は夏侯子林の妻となりました。
 ですがその夫は他界しました。もう私を縛るものは何もありません。
亡夫の葬儀に来て、今日ここでキユ様にお会い出来たのも、それが
運命だったのだと、今では思えます。
 …夫が死んだばかりなのにと、私の不義不貞を蔑まれても構いません。
私はただ…貴方のものになりたかった……」
 清河君は僕の胸に頬を寄せて、涙ながらに訴えた。
 そんな虫のいい話があるだろうか。喉がごくりと鳴った。
 両手が勝手に動く。少女の肩にかかった。
 ――そこで僕は気がついた。
「…ねえ、清河さん。嘘をつくのはよくないよ」
「そんな。私は嘘なんて…」
「じゃあどうしてこんなに肩を震わせてるの?」
 僕の問いに、小刻みに震えていた少女の肩が、びくりと大きく震えた。
 少女がおずおずと顔を上げる。その顔色も真っ青だった。
「ねえ清河さん、嘘をつくのはもう止めよう。何か理由がありそうだね。
僕でよかったら話を――」
「何をしていらっしゃるんですか、お兄様?」
 地の底から這い出るような低音質の声が、廊下に響いた。
527馬キユ:03/07/23 01:11
 僕はギクリとした。振り返る首の動きが、まるで錆付いた発条
(ゼンマイ)のようにぎこちない。
 振り返った先には、雲碌の姿があった。腕組みをして、僕を睥睨
している。雲碌の全身から、怒気がオーラとなって立ち上っている
…ような気がした。
「や、やあ、雲碌。どうしたのかな…?」
「どうしたのかな、じゃありません。来るのが遅いと思って来てみたら、
人目も憚らずそんな小娘といちゃいちゃいちゃいちゃ。…いやらしい!」
「ち、違う。誤解だよ、誤解」
 僕は慌てて手を振った。人肌が恋しい冬の夜に、これから雲碌と
温め合おう、って時に水を差されたのは、僕だって同じだ。理由も
聞かずに一方的に非難するのはよくない。
 大体、小娘だって言うけど、雲碌だってまだ数えで19歳じゃないか。
…そうか、そういえばもう19歳だったのか。雲碌が10代のうちにエッチ
出来て本当によかった。「10代」の響きは「20代」とは雲泥の差だから
な…。
「…お兄様、今何を考えていらっしゃるのですか?凄く間の抜けた顔を
していらっしゃいますけど」
 雲碌のジト目が僕を射抜く。ああ、この視線も久しぶりだ。
「いやまあ、ここで口にするのはちょっと、ね。後で教えてあげるから、
今はこのコの話を聞いてみようよ」
528馬キユ:03/07/23 01:12
 キユは雲碌と少女を自室に迎え入れ、それぞれに席を勧めた。少女は
素直に椅子に腰掛けたが、雲碌は椅子には見向きもせずに、腕組みを
して部屋の柱に背中を凭れかけた。
 やがて少女はぽつり、ぽつりと話し始めた。
「…私は父から、キユ様に抱かれるように命じられました」
 雲碌の柳眉がぴくりと撥ねた。
「…目的は何?」
「…目的はキユ様を篭絡し、馬超との間に離間の策を講じる事です。父は
キユ様を味方につけたいと望んでいます」
「ふん、曹操らしい発想ね。鄒氏に溺れて命を落としかけただけはあるわ」
「父の諱を軽々しく呼ばないで下さい」
 少女がキッと雲碌を睨む。
「はあ?曹操は以前、私たちの目の前で、お父様の諱を詩に詠みました
けど?」
 雲碌が睥睨する。2人の少女の間には、年齢差だけでは言い尽くせない
風格の差があった。雲碌の鋭い眼光に見据えられて、清河君は目に見え
て怯んだ。
 キユがまあまあと宥めて、先を促した。
「私は亡夫の葬儀が終わるまで、この話を知らされていませんでした。です
から従兄様からこの話を知らされた時は当惑し、憤慨もしました。何故私が、
夫の喪も明けやらぬうちにその様な不義を強いられねばならないのか、と。
 ――ですが、せめて私も戦う事が出来たならと、その様な事を父に言った
ような覚えがあります。馬家の姫君も、孫家の姫君も、自ら戦場に立って
戦っていると聞き及んでいましたから…。
 …でも、私には戦う意志はあっても、戦場で戦う術を知りません。父がこの
様な命令をしたのも、それを踏まえての事なんだと思います」
529馬キユ:03/07/23 01:14
「――成程、よく解ったよ」
 少女が話し終えると、キユは大きく頷いた。
「つまり君は、今でも亡くなった旦那さんの事が好きなんだね。それで命令
だから仕方なく、ここへ来たんだよね」
「いえ、仕方なくなどは…仕方ないなどと思っていては任務を果たせません」
「無理しなくていいよ。さっき震えてたじゃないか」
「……」
 少女は唇を噛み締めた。何故私はこうも中途半端なのだろうか、と。
 これ以上生き恥を晒したくない。少女は思い詰めると、懐の短剣を取り出し
た。そして鞘を払うと、勢いよく自分の首に切っ先を突き立てようとした。
 パシッという音が響いた。
 続いて、短剣が乾いた音を立てて、床に落ちた。
「…有難う、雲碌」
 キユは浮かしかけた腰を再び深く沈めた。雲碌が素早く動いて、少女の
手から短剣を叩き落としたのだった。
「ええ、貸しにしておきます。ここで死なせるわけにもいかないでしょうから」
 雲碌は短剣を拾い上げると、鞘に納めたうえで懐に収めた。
「ねえ、貴女。一途な気持は理解出来ますけど、ちょっと気が逸り過ぎてるん
じゃない?琥珀たちに部屋を一つ空けさせるから、今日はゆっくり寝(やす)
んで、少し頭を冷やしなさい」
 雲碌はそう言うと、琥珀を呼びつけた。
 少女は悄然と項(うな)垂れた。
530馬キユ:03/07/23 01:16
 琥珀は夜更けに叩き起こされても文句一つ言わず、笑顔で空き部屋
の調度を整えた。
「では、今夜はこの部屋でお寛ぎ下さい」
「…有難う」
 少女が力無く呟く。
「いえいえ、これも務めですから」
 琥珀はにこにこと笑顔で答えた。そして清河君の脇を通り過ぎようと
して、足を止めた。
「キユ様にちょっかいを出したら、殺しますよ?」
 清河君の耳元で囁く。少女はぎょっとして、琥珀の顔を見た。
 そこにあったのは、絶対零度の微笑み。少女は犂然と震え戦いた。
 琥珀にとっては、いきなり新しい女が出てきてキユにちょっかいを出し、
雲碌との間で火花でも散らせたら、それはそれで見物だと思う。
 けど、雲碌がキユと相思相愛になるのは仕方がないとしても、今更のこ
のこと現れた女に横奪りされたのでは、今まで何の為に自分を押し殺して
きたのか解らない。それだけは絶対に認められなかった。
「ぶ、無礼者。侍女風情が誰に向かってその様な暴言を…」
「大将軍の娘だったら、何ですか?」
「う……」
 それは甘やかされて育った少女と、辛酸を嘗め尽くして生き抜いてきた
女性との、格の違いだったかもしれない。琥珀は笑顔を絶やす事なく、
硬直した少女を尻目に、悠然と部屋を出ていった。
531馬キユ:03/07/23 01:18
 休沐が明けて、キユは夏侯家に使いを送ったが、曹休の姿は既に
なかった。
(やられたかな?)
 キユはふとそう思った。この様子だと、送り返す方が却ってあのコの
為にならないかもしれない。
 キユは一つ頭を掻くと、少女にさしあたり年明けまでの滞在を認める
事にした。

 この月、襄陽の劉備が、空位となった江夏太守に関羽を任用して
欲しいと陳情してきた。馬超は関羽に権限を与える事を渋ったが、
孔明はこれを適宜であると判断し、主君馬超に半ば強要する形で
これを承認させた。
 その孔明は手許から関羽を失ったものの、張嶷、文欽らを指揮して
再度[業β]を奪回した。
 馬超に降伏したのは王修。降伏しなかった趙雲、程c、太史享は
いずれも縄を解かれて、平原へと落ち延びて行った。
 更に寿春のホウ統は、戦傷未だ癒えぬ曹操軍を追って廬江へ攻め込み、
これを占拠。捕えた将のうち賈逵を斬首に処した。
532馬キユ@プレイヤー:03/07/23 01:18
【218年12月】                     (C)武田騎馬軍団
※※※※※※※※※※※※※※薊※※※北平※襄平※楽浪※※
※※※※※※※※※※※┏━━○━━┳━○━━○━━○─┐
※※※※※※※※※※※┃※※※南皮┃※※※※※※※※※│
※※※※※※※※※晋陽●━┓┏━━○━━┓※※※※※※│
※※※※※※※※※※※┃※┃┃※※┃平原┃北海※※※※│
※武威※※※※※※上党●※┗●━━☆━━■┓※※※※※│
※┏●┓※※※※※※※┃業β┃※※┏━━┛┗┓城陽※※│
西┃※┃安定※※※河内●※※┣━━■濮陽※小■────┤
平●※●━┓※※弘※※┃洛陽┃陳留┗━━┓沛┃下丕β※│
※┃天┃※┃長※農┏━●━┳●━━━━━■━■━┓※※│
※┃水┃※┃安┏●┛※┃※┃※※※※┏━┛※┃※┃※※│
※┗●┛┏●━┛※※宛┃※┗┓許昌※┃言焦┏┛※┃建業│
※※┃※┃┗━━━━━●━━●━━━●※┏┛※┏■┓※│
※※┃※┃※※※※※※┃※新┗━┓※┣━●━┳┛┃┃※│
※武●┳●┓※※※襄陽┗┓野┏━●━┛※寿春┃※┃┃呉│
※都※┃漢┗━●━━●┳●━┛汝南※※※※┏┛┏┛■─┘
※※※┃中※上庸※※┃┗━━━┓※※※廬江┃※┃※┃※※
※※梓●※※※※※※┗━━┓※┃江夏┏━●┛※┃※┃会稽
※※潼┃※※※※※※江陵┏☆━●━━┫※※※┏┛※■┐※
※成※┃※江州※※※※※┃┗━┳━━●━━━┛※┏┛│※
※都●┻━●━━☆━━━┫※※┃※※┃柴桑※※┏┛※│※
※※┃※※┃※永安※武陵☆━━☆長沙┗━━━☆┛※※│※
※雲┃※※◇建※※※※※┃※※┃※※※※※┏┛建安※|※
※南┃┏━┛寧※※※零陵☆━━☆桂陽※※┏┛※※※※|※
◇━◇┛※※※※※※※※※※※┃※※┏━┛※※※※※|※
永※┗━━━━━☆━━━━━━☆━━┛※※※※※※※|※
昌※※※※※※※交趾※※※南海└──────────┘※

■曹操   ●馬超    ☆孫策   ○袁熙  ◇劉循
533馬キユ@プレイヤー:03/07/23 01:19
      
キユ(馬休) 41歳
身分 [言焦]太守、振武将軍
名声17947 功績17188
武力 86(+2)
知力 59
政治 62(+10)
魅力 95
特技…諜報・商才・応射・反計・収拾・偵察・無双・突撃・一騎・強行・火矢・乱射・
    扇動・神算・鼓舞・罵声・穴攻・行動・鍛錬(19個)
装備…弓・騎馬・弩・馬鎧・鉄甲
アイテム…双鉄戟、春秋左氏伝、的廬
534馬キユ@プレイヤー:03/07/23 01:30
長かった…漸く218年が終わった…。
激動の1年でした…。

>>520
お褒め頂き、有り難うございます。
けどその評価はちょっと照れますね(笑)

>>521
有り難うございます。曹休がただ雑談をしに来たので、
軽い気持で登場させてみたのですが、思いの他好評の
ようで、私も嬉しいです。

これからも宜しくお願いします。

ここで次回予告。物語も徐々に佳境へと移りゆく中、
あの曹操が遂に野心を露にする。
ダイナスティックにつきぬけろ。

>「キユ様にちょっかいを出したら、殺しますよ?」
((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル
キユ、ほんと優秀な武将になったな…
魅力がすごいことになっておる。これで武力が90超えたら…

なんにしろ、おつかれさまでした。
537馬キユ@プレイヤー:03/07/24 04:08
今見直してみると、記述が地図に合致していませんね。
補足しておくと、218年12月に南皮の孫策軍が平原を陥し、
その後袁煕軍が久しぶりに南皮を奪還しました。

>>535
「琥珀さんらしさ」で言えば、2人の間を煽って楽しむべきか
とも思ったんですが、それやると多分、リプレイを外れて
別の話になりそうでした。爛れまくりな(笑)

>>536
キユ手紙書きまくりなものですから。でもまあこれくらいないと、
雲碌とくっついちゃいけない気がします。
その気になればいつでもハーレム状態ですし(笑)
お気遣い頂き、有り難うございました。
>>…そうか、そういえばもう19歳だったのか。雲碌が10代のうちにエッチ
>>出来て本当によかった。「10代」の響きは「20代」とは雲泥の差だから
>>な…。

キタ―
>>536
武威の戦いで、伏兵で隠れて30日逃げ切った時とは比べモノにならんな。
涼下の阿休にあらず、って感じだな。
540馬キユ:03/07/26 02:19
建安二十四(219)年1月
【曹操登極】
―呉―
 この年、一月一日を以って、曹操は新たな国を興した。
 受禅台を見上げるように、十万の将兵がひしめき合っている。彼等が
見守る中、曹操は黄衣を纏って受禅台に登った。
 台上で神祇を奉り、立ち上がる。そして十二旒の旒冕を天に翳すと、
自らそれを戴冠した。
「朕、今命を天に受け、国を号して呉と為す。朕こそが天子なり。朕の
世は既に寿しくして、永く昌んならん。だが中原には未だ夷狄の鼠賊が
蔓延っている。朕らの進む道は巍巌巉峭として、これを貫徹するのは
艱難辛苦を伴う。だがあきらめてはいけない。皆の者、これからも朕の
手足となり、必ずや中原に秩序を回復するのだ」
 万雷の歓声が湧き起こる。曹操は台下を埋め尽くす無数の将兵に
向かって手を振ってみせた。

 曹操は新たな人事を発表した。

皇太子・征南将軍、曹丕。
司徒、王朗。
司空、張既。
尚書令、荀攸。
大将軍、夏侯惇。
驃騎将軍、趙雲。
車騎将軍、張遼。
541馬キユ:03/07/26 02:21
衛将軍、張[合β]。
太尉、征東将軍、黄忠。
衛尉、征西将軍、臧覇。
執金吾、征北将軍、呂虔。
光禄勲、安東将軍、曹休。
安南将軍、曹真。
廷尉卿、楊脩。
太常卿、張魯。

 田豊、程c、鐘ヨウ、華[音欠]といった賢臣がなお多々いるが、彼等は
太守として各地に配置され、前線の軍務を統括していた。

 荀攸は尚書令に任命され、改めて曹操の信頼を内外に確認されたが、
当の荀攸は鬱々として心が晴れなかった。
 痩せても涸れても、荀氏は清流派である。清流派にとって、新帝国の
建設は望ましいものではなかった。天子が同時に並び立つなど、どうし
て許容出来ようか。
 …だが、反対出来なかった。発議人が楊脩ではなく董昭だと知った
時点で、彼は全てを覚り、そしてあきらめた。
 この日を境に、荀攸は急速に老け込んでいった。
542馬キユ:03/07/26 02:22
―言焦―
 曹操が帝位を称したという噂は、翌日にはこの[言焦]にも届いて
いた。
「兄さんはお聞き及びですか?曹操が不遜にも帝位を僭称したよう
ですぞ」
 鉄が靴音も高く、上元節の宴席にやって来た。
「ああ、聞いてるよ。驚いてる」
 僕は盃を傾けながら答えた。
 ちなみに僭称したのは曹操だけじゃない。江陵の孫策も勝手に
楚王を自称して、それも今話題になっていた。
「…その割に驚いた様子が見えないのですが」
 鉄は憤然とした面持ちで、僕の目の前に腰を下ろした。
「斯様な暴挙は袁術以来です。直ちに曹操の非を打ち鳴らし、逆賊
討伐の軍を起こしましょう」
「正月早々そんなに焦るなよ。まあ呑め」
 そう答えて觴を差し出す。鉄が受け取ると、琥珀さんがその觴に
酒を注いだ。
「そうじゃそうじゃ。正月くらい、世俗の事は忘れてぱーっとやろうで
はござらんか。ぱぁーっと」
 酒宴の席上から声が飛んでくる。韓玄だった。
 韓玄は酒壷を抱えたまま、手酌でがぶ飲みしている。時折傍を通る
女官のお尻を触っては、うひょうひょと笑っている。…正直、世俗塗れ
だった。
543馬キユ:03/07/26 02:23
「ちっ、これだから志の低い奴は…」
「志が低くて悪かったね」
「あ、いえ、兄さんの事ではなく……」
 鉄の舌打ちに皮肉っぽく答えると、鉄は慌てて否定した。
「同じ事だよ。この三箇日の酒宴は僕の許可でやってるんだから」
 それに鉄から見れば、漫画家として大成したいという僕の志は、
相当低いものに見えるだろうし。
「あ、いえ、その…」
 鉄が返答に詰まる。まごまごしていた鉄の視線が、そこで初めて、
僕の隣に座っている雲碌を認識した。
「雲碌、お前からも何か言わないか」
「私は今はお兄様の判断に従います」
「何故だ」
「曹操の罪は今や誰の目にも明らかです。糾弾するのが2日や3日
遅れたくらいで、何が変わるわけでもありません。鉄兄様もお兄様
のように、もう少し泰然となさっては如何ですか」
 雲碌がすまし顔で盃を呷る。
(やっぱり、夏の幕舎での件を根に持たれてるんだろうか…)
 馬鉄は妹の取りつく島もない様子に悄然とした。
544馬キユ@プレイヤー:03/07/26 02:39
取り急ぎここまでアップしておきます。
次回は清河公主を出したいと思います。

あまり関係ありませんが、反三国志を読み直してみると、
雲碌の「碌」は偏が馬だったんですね。
第1標準にないフォントなので、私のPCでは出せませんが。
大体「緑」で置き換える字のようです。

ちなみに「碌」の意味は「正しい」「平らか」です。

>>538
ベッドシーンは…今後の予定はまだちょっと未定です。
短く書けそうならあるかもです。

>>539
武力の上昇分は閻行や雲碌の活躍で補う予定でしたが、
武術大会であんなに踏ん張られるとは…(苦笑)
堕落人間馬超に萌え
同意(藁
キユ氏の馬超はステレオタイプなええ格好しいのかっこつけじゃなくて
醜ささらけ出しまくりなのが逆に好感もてたりする罠。
547無名武将@お腹せっぷく:03/07/29 13:38
保守
548馬キユ:03/07/30 04:39
【孀閨少年婦】
 やがて陽が傾き出す頃、キユは宴席を中座した。
 一人廊下を歩き、とある部屋の前で足を止める。そして扉をノックした。
「どうぞ」と誘う声があって、キユは扉を開いた。
 室内にいたのは清河君だった。
 少女は当初、これからどうすればいいのか解らなかった。
 故郷へ帰ったら、いくら亡夫の喪に服してみせようとも、親族から色目で
見られるのは間違いない。既成事実はなくとも、今更誰がそれを信じると
いうのか。
 かといって親元へも帰り辛い。使命を果たせずにすごすごと引き返して、
父から疎まれるのが怖かった。
 けどキユが引き留めた。
「暫くここにいるといいよ。今帰っても気まずいだけだろうから、少し落ち
着いていくといい。ここにいる限り、君の貞節は保証する。誰にも手出し
はさせない」
 キユはそう言った。少女はふらふらとその言葉に縋った。そして今日ま
で、惰性で留まり続けていた。
「ごめんね。折角の正月なのに、こんなところに軟禁状態だなんて」
「いいえ。私の方こそ気を遣って頂いて、すみません」
 キユが頭を下げると、少女もつられて頭を下げた。
 少女にとって、キユは拍子抜けするほど腰が低かった。父の許にいた
頃は、相手がそんな態度だと、少女は嵩に掛かったように居丈高だった。
しかしここでは、キユを取り巻く他の女性たちに太刀打ち出来ないせいか、
その気丈さはすっかり鳴りを潜めている。それともこれは、キユの人柄に
感化されての事なのだろうか。少女にはどちらとも判断がつかなかった。
549馬キユ:03/07/30 04:42
「で、飲んでるかい?」
「いえ、その…こうしてお心遣い頂いているのは有り難いのですが、
私は喪中ですので」
 少女はちらりと、卓上に載せられた酒食を見やった。
「ああ、そうか。ごめんね」
 キユは頭を掻いて謝った。
 よく考えたら、清河君は改めて喪服を着るようになっている。正月だと
いうのに、今もやっぱり喪服を着ていた。見れば判りそうなものなのに、
僕は何を言ってるんだか。
 そうは言っても日本の葬式じゃ、親戚一同が集まって喪服のまま飲み
食いする事が多いから、あんまりピンと来ないんだけど…。
「ところで、君のお父さんが呉皇帝に即位したらしいね。聞いてるかい?」
 少女は驚きの余り、暫し絶句した。
「……いえ、初耳です。本当ですか?」
「まだ噂だけだけど、多分本当だよ。だから君も、これからは公主という
事になるね。僕もこれからは呼び方を改めるよ」
「はあ…有難うございます…」
 少女はまだ実感が湧かないのか、生返事をした。が、それにしても――。
「キユ様。貴方はどうも思わないのですか?」
「ん。何が?」
「私の父がその…天子を自称した事についてです。犯科としては最上位
に……」
 少女は最後まで言えなかった。父を大罪人だと断ずる事は、どうしても
出来なかった。
550馬キユ:03/07/30 04:44
 キユは指を顎に宛てて考え込んだ。
「そうだなあ…勝手に独立すれば内乱罪か。死刑または無期禁錮に
該当する犯罪だね」
 時代的に言えば、死刑以外にはなさそうな気もするけど。
 キユがそこまで言ったところで、公主が目に見えて落ち込んだ。
「…それで、私はどうなるのでしょうか」
「どうなるって、どうかなるの?」
 キユはきょとんとした顔で訊き返した。
「ですからその、私も死刑になるのでは、と…。この様な場合は九族
滅殺だと心得ています」
 少女の唇が蒼褪めている。つい先月までは自害をも厭わなかった
筈なのに、今、父の罪に連座して殺されると思うと、急に恐くなって
きたのだった。
「そうだっけ?うーん……」
 キユは再び考え込んだ。
「けど、僕は君をどうかするつもりはないよ。前にも言ったろ。君がここ
にいる間、君の身の安全は保証するって」
「キユ様が約束して下さったのは、私の貞節を保証する事だけですが」
 突っ込んでしまってから、少女は後悔した。言わなければ、このまま
なあなあで守ってもらえたかもしれないのに。
 だがキユの返事は、少女にとって意外なものだった。
「そうだっけ?じゃあ身の安全も含めて、君の全てを保証するよ」
551馬キユ:03/07/30 04:46
 少女は茫然とした。この人はどうしてそこまでお人好しなのだろうか。
 少女が父曹操の許にいた頃、物陰からキユを何度か見かけた事が
あるのは本当だ。だがその頃は、キユに対して何かの感情を抱いた事
はなかった。
 だがキユは、自分達の企みを知ってなお、普通に接してくれた。それ
どころか手ぶらで帰る気まずさを見抜いてか、暫くここにいていいとまで
言ってくれた。
 そうやって引き留められている間は、キユから肉体関係を求められた
ら、少女としては断る術がない筈だった。何故なら少女は、それが目的
でここに連れて来られたのだから。
 けどキユは少女に迫るどころか、貞節を保証してくれた。それだけで
なく、今、父の登極すら私に累禍を及ぼさないとまで言っている。
(…今、私が頼れるのはこの人だけだ)
 そう思うと、少女は俄かにキユの事が身近に感じられるようになった。
「キユ様、宜しければお酒をお注ぎしましょうか?」
 そう言って酒壷を掲げる。それは少女が、父と亡夫と義父以外の男に
対して初めて見せた心遣いだった。
「有難う。少し貰おうか」
 キユはそう答えて、盃を差し出した。
 今夜も雲碌の部屋に行く予定だ。だが、夜まではまだ少し間があった。
552馬キユ@プレイヤー:03/07/30 04:51
>>545-546
そう言って頂けると本当に有り難いです。
「こんなの馬超じゃない」という批判も
覚悟していましたものですから(^^;

>>547
保守ageして頂き、有り難うございます。

ここで次回予告。北斗・南斗の両仙人が再び姿を現す。
そこでキユが告げられた事とは?
とりあえずテキトーにつきぬけちゃえ。
曹操が呉皇帝すか、面白い展開すね。
そんなことより未亡人ハァハァ。
     ∧_∧  ∧_∧
ピュ.ー (  ・3・) (  ^^ ) <これからも僕たちを応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄ ̄∪ ̄ ̄〕
  = ◎――――――◎                      山崎渉&ぼるじょあ
555馬キユ:03/08/03 03:54
【聖痕 弌】
 上元節の3日目。一昨年も来た老人と青年の2人組が、この[言焦]に
やって来た。
 2人組はキユへの謁見を許されると、宴席の中、静かにキユの前へと
進み出た。
「謹んで新年のお慶びを申し上げます」
「キユ殿、貴殿の名声は今や四海に響き渡っている。まさに休名(註1)
というに相応しい」
 青年と老人が跪いて挨拶をする。キユはまだ腫れの引かない頬を撫で
ながら、憮然として頷いた。
「意味は解らないけど、褒めてくれてるんだよね。一応、有難う」
 でもどうせなら、元の時代で僕の漫画が大ヒットして、それで有名になり
たかったけど。
「そこでじゃ。今日はそなたによいものをやろう」
「何ですか」
「『聖痕』じゃ」
 瞬間、宴席が水を打ったように静かになった。
556馬キユ:03/08/03 03:54
「ご老人。貴方は一体何者ですか?」
 赫昭が訊ねる。
「なに、歯牙ない一老翁じゃよ。人よりちょっと変わった事が出来る程度
のな」
「『聖痕』を授けるなどと軽々しく言えるのに、歯牙ない老人なわけがあり
ますまい」
 老人は呵呵大笑した。
「まあ、儂の素性などどうでもよいではないか。それよりキユ殿。『聖痕』は
どの様な形状がお好みかの?本人の希望くらいは聞いておくが」
 そう言われてキユは考え込んだ。
(左頬に十字疵というのもいいけど、鼻に真一文字の疵というのもいいかな。
けど、出来れば目立たない方がいいかも…)
「…なかなか決まらんようじゃな。なら貴殿の心が決まり次第、また参上
するとしよう」
 老人はそう言って苦笑した。

註1:立派な名声,よい評判。
557馬キユ:03/08/03 03:58
【帰妹】
 老人と青年が宴席に加わってから一刻。老人はほろ酔い気味の
様子で、低唱しながらまたキユの前にやって来た。
「ところでキユ殿。貴殿は今日は実に見事な桃を頬張っておられ
ますな。目出度い限りじゃ」
「…ああ、これ?」
 キユは赤く腫れ上がった頬を撫でながら、ちらりと視線を流した。
 雲碌はキユの視線を感じると、ツンとそっぽを向いてしまった。
キユは大きな溜息を吐いた。
 結局昨夜、キユは雲碌の部屋へ来なかった。雲碌はキユの来訪
があまりに遅いので、気になって探し回った。そして散々探し回った
挙句、清河公主の部屋で、酔いつぶれているキユを発見したのだっ
た。
 その時の雲碌の形相は、まるで浮屠僧の云う般若のようだったと、
後に清河公主が述懐している。ともあれ雲碌は、介抱している公主
を押しのけてキユの胸座を掴むと、しこたま往復ビンタを食らわせた。
そして辛うじて意識を取り戻したキユに向かって一声、
「お兄様の馬鹿!」
 と怒鳴りつけると、嵐のように部屋から去っていった。
558馬キユ:03/08/03 03:58
 ――とはいえ、どんなに腹を立ててみても、好きなものはしょうが
ない。傍にいたいという気持には嘘がつけず、雲碌は三日目の宴席
にも顔を出した。そして今に至っている。
(何よ、お兄様の馬鹿。私を放ったらかしにして、またあんな小娘と
いちゃついたりして。そもそもどうしてあの娘を匿ったりするのよ。
他の人にも隠してるみたいだし…)
 だからといって、自分がそれを暴露しようとは思わない。けど、憤懣は
遣る瀬無い。
 考えてみれば、お兄様は酔い潰れていただけだ。首に縄をかけて
連れ帰ればよかっただけなのに、怒りに任せて引っ叩いてしまった。
謝りたいような、赦すきっかけが欲しいような――それでいて、その
きっかけが掴めなかった。
(『聖痕』伝授を言祝ぐのはいいきっかけになる筈なのに)
 けど、なかなか言い出せなかった。
 雲碌は自棄になって盃を呷った。
559馬キユ:03/08/03 04:00
 キユはそんな雲碌の様子を、機嫌が直っていないと見ると、老人
に近付いて密談を始めた。
「ねえ。どうしたら雲碌が機嫌直してくれるかなあ?」
「そんな事を儂に訊いてどうする」
 老人は呆れた顔をした。
「女子が機嫌を直す直さないは、全て男の誠意にかかっておろうが」
「や、そりゃそうなんだけどさ。誤解が解けないんだよ」
「じゃから誤解が解けるも解けんも誠意次第じゃと言うておる」
 老人はそう言ってから溜息を吐いた。
「…そなた、果実をもぎ取ったな?あれほど心して選べと申しておい
たのに」
「……ヤバかった?」
 キユは不安になって囁き返した。
「それはそなたがどう思うか次第じゃ。そなた、帰妹の卦が出ておる
ぞ」
560馬キユ:03/08/03 04:02
「キマイ?」
 キユは訊き返した。
 老人は頷くと、「ちと喋り過ぎたかの。後は己でよく考え、己自身で
答えを見つけるがよかろう」と言って、キユの傍を離れた。
(キマイねえ…?)
 キユは考え込んだ。
「人前で老人と密談とは、お兄様も面白い趣味をお持ちですね」
 雲碌の皮肉がキユの頬を叩いた。
「ねえ雲碌。キマイのケって何の事だか解る?」
「何の話ですか?」
 雲碌はきょとんとした。ふっと、それまでの蟠りが消えた。
「そっか。解らないか」
 キユは頭を掻いた。雲碌にも解らないんじゃ、どうしようもない。
「まいっか。じゃあ、夜になったら行くから」
「はい。お待ちしております」
 雲碌はにこりと笑った。
561馬キユ:03/08/03 04:05
 その夜――。

『おーい、ポン太−。どこ行ったー?』
『どうした八満?』
『げっ、兄さん』
『…"げっ"はこっちの台詞だ。なぜこの僕が八満の兄になどならなけれ
ばならないのかね?君の常識を疑うよ』
『……ああ、清丸か。けどなんで"兄さん"なんて思ったんだ?』
『そんなの僕が知るわけないだろう。で、どうかしたのか?』
『いや、知らないならいい。何でもない』
『待ちたまえ、八満。どうやら君は今困っているようだね?』
『いや全然!』
『とぼけなくてもいい。捜し物が見つからなくて困ってるんだね?いいだ
ろう、今日は君のために特別に、僕が創った探索器を貸してあげよう』
『どーせ金取るんだろ』
『当然じゃないか。元金1000円、日賦8割でどうだい?』
『…お前、いつから俺より金に汚くなった?』
『君が返さないのが悪い』
『あのな。俺は今、お前のたわごとにつきあってる暇はねーんだよ。早く
見つけないと昼休みが終わっちまうだろーが』
『何じゃれあってんの、あんたたち?』
『おっ、シアンさん』
『あれ、雲碌。なんで髪切っちゃったんだ?』
『はぁ?あたしは前からこの長さよ。それに"雲碌"って何?』
562馬キユ:03/08/03 04:05
『…ああ、そうだった。シアンだったな。顔も違うし…なんでだ?』
『なんの話よ?』
『僕にもさっぱり』
『あーいや、そんなことはどーでもいい。ポン太はどこ行った?』
『ポン太?誰それ』
『はぁ?ポン太っつったらポン太だろ。お前が後生大事に抱えてた神獣
の卵じゃないか』
『神獣?ああ、あんた神獣の力が欲しいのね?だったら虎を倒すことね』
『…なんでそこで虎退治の話になるよ?』
『だってあんた、神獣の力が欲しいんでしょ?』
『だからそれと虎とどーいう関係が!』
『知らないわよ!この世界じゃそうなってるんだから仕方ないじゃない!』
『この世界?』
『…ねえ八満。あんた今自分が置かれてる立場がわかってないんじゃ
ない?』
『なんの話だよ』
『そうか、そういうことか。なら話は早い。この僕に任せたまえ』
『……ちょ、ちょっと待て、清丸。そんなもんで殴られたらいくら俺でも』
『大丈夫。君の石頭は折り紙つきだから。シアンさん、こいつ押えといて』
『はい』
『わっ、何しやがる、シアン?!離せ、離せって!』
『覚悟はいいかい、八満?じゃあいくよ。いっせーの…!』
『くそっ、死んでたまるか…っ!』
563馬キユ:03/08/03 04:07

 ゴチン。

「……………………痛い」
 僕は目が覚めた。
 どうやら夢を見ていたらしい。
 乙部清丸に巨大なハンマーで殴られそうになって、死にたくなくて必死
で身を捩ったら、ベッドから落ちてしまったようだ。
「お兄様、大丈夫ですか?」
 ベッドの上から雲碌が声をかけてきた。どうやら起こしてしまったらしい。
「ああ、うん。大丈夫」
 僕は答えて、ベッドの上に這い上がった。
「まあ、お兄様、これ…」
 雲碌が僕の額にそっと触れる。微かな感触にも関わらず、激痛が走った。
 恐る恐る額に触れてみる。大きなたんこぶが出来ていた。
「痛いですか、お兄様?」
「ああ、うん。ちょっとね」
 ていうか、かなり痛い。けどそれ以上に疑問なのは、何であんな夢を見た
のかって事だった。
564馬キユ:03/08/03 04:09
 あの清丸は兄さんそっくりだった。…被り物のせいかもしれない。
けど、とても科学の信徒とは思えないほどいかつい体格をしていた。
シアンもどことなく雲碌に似ていた。…髪の色のせいかもしれない。
それに雲碌も昔はあんな性格だった。
 …いや、そもそも。何で『PONと!キマイラ』の面子で夢を見なく
ちゃならんのだ?
(……あー、キマイか)
 こんな下らない夢を見るほど、実は気になってたのか。
 ――けど、示唆的な夢だった事には違いない。もしかしたら正夢
かもしれない。そう思うとわくわくした。いつか誰かを誘って巻き狩り
にでも出掛けてみるかな。
 ふと、目の前が翳った。
 額に柔らかい感触。
 雲碌の唇だった。
 痛みを和らげるように、優しく、暖かく、何度もキスをされた。
 雲碌の白く細い項(うなじ)が、目の前にあった。
 視線を落とすと、胸元に引き寄せられたシーツの端から、儚い胸の
膨らみが僅かに姿を覗かせていた。
 また勃ってきた。
565馬キユ:03/08/03 04:11
「隠さなくてもいいじゃないか」
 シーツの上からそっと手を這わせる。「あん」と、雲碌が可愛い声を
漏らした。
 雲碌の頤(おとがい)にキスを繰り返す。シーツの上から雲碌の乳首
を探り当て、こりこりと引っ掻いた。
 左手を雲碌の股間に伸ばす。薄めの牧草地帯をさわさわと撫で回した。
 撫で回す手を徐々に下にずらしていく。指先が肉芽に触れる度に、
雲碌は「あん、あん」と喘ぎながら、くたりとしなだれかかってきた。
「もう1回、いい?」
 耳元で囁く。雲碌は爪を噛みながら頷いた。
 今夜は長くなりそうだ。

 キユはこの月、柴桑の陸績、呂範、襄陽の劉禅、陳留の王修、建業
の王朗、韓浩、張紹、陳式に手紙を送った。[業β]では王昶が太守に
任じられた。
 またこの月、孟達率いる江州軍が永安に攻め込んだ。しかし馬超軍
は迎撃に出た楚軍に敗れ、申耽、孟達が楚に降った。その隙を突いて
建寧の劉循軍が江州に攻め込んできたが、馬超軍は何とかこれを撃退
し、虜将呉蘭を降した。
566馬キユ@プレイヤー:03/08/03 04:15
そんなわけで遂に聖痕を伝授されたキユですが…
最後にしょうもないネタが入ってすみません(;´Д`)

>>553
少女なのに未亡人ですしね(笑)
再登場は多分あるでしょう。

>>554
ぼるじょあ氏&山崎氏ですか…(笑)
保守して頂き有り難うございました。
リアルタイムキタ────(゜∀゜)────!!!!
エティキタ────(゜∀゜)────!!!!
キタ────(゜∀゜)────!!!!
キマイラ────(゜∀゜)────!!!!
569無名武将@お腹せっぷく:03/08/05 09:33
保守
ageなきゃ保守にならないと思ってる奴はDQN
まあまあ。たまにはageるのも悪くないでがしょ。新たな読者を増やすのにもいいしw
572馬キユ:03/08/06 23:36
建安二十四(219)年2月
【錦馬超】
―定陶―
「ふん、他愛もない。これが音に聞こえた趙雲の用兵か」
 趙雲隊との交戦を始めてから約二刻。
 馬超は敵の戦線が崩れていく様を本陣から遠望して、鼻先で笑った。
 趙雲の部隊はあまり統率が取れていなかった。開戦前は馬超自ら
陣頭に立つ事も覚悟していたが、どうもその必要はなさそうだ。
(所詮は虚名を博していただけか?)
 ふと、そんな事を思ったりもした。
 一方の趙雲は自ら陣頭に立って指揮しているものの、
(何という猛々しさ…これが馬超か!)
 と、内心舌を巻く思いだった。
 馬超は今、親率して濮陽を攻略せんとしている。
 濮陽太守程cは趙雲以下の諸将に城外での迎撃を命じたが、程c
の知略と趙雲の勇猛を以ってしても、今の馬超軍の勢いは抗い難い
ものがあった。
573馬キユ:03/08/06 23:37
 ただ、趙雲自身の部隊の統率が取れていないのには理由がある。
[業β]での敗戦の折、趙雲は不可思議な落雷を受けて部隊がほぼ
壊滅した。今率いている趙雲の麾下は、殆どが最近雇った新兵だった。
訓練が行き届いていないのである。そうした中で馬超率いる西涼騎兵
をここまで持ち堪えているだけでも、趙雲は矢張り非凡だった。
 …だが、今は非凡以上でなければ勝ち目はない。そして趙雲は用兵
に関して優秀ではあっても、天才ではなかった。
「趙雲何するものぞ。突撃じゃ!」
「趙雲の首はこの俺が取る!老人に後れを取って笑われるな!」
 趙雲隊の左右から、厳顔隊と魏延隊が襲い掛かる。それは既に友軍
が敗退した事を示していた。馬超隊の洗礼を受けていた趙雲隊の士気
は、ここに潰えた。
「陣形を乱すな。乱せば敵の思う壷だぞ!」
 趙雲の制止に耳も貸さず、我先にと雪崩を打って逃げ出す。趙雲は目
を怒らせて歯軋りしたが、もうどうしようもなかった。趙雲は憤懣を抑えて
撤退の為の指揮に切り替えた。
574馬キユ@プレイヤー:03/08/06 23:48
馬超が濮陽を陥しました。濮陽にはホウ徳もいます。
…正直、馬超ずるい。

ここで次回予告。キユが遂に何かを決意する。
ロケットでつきぬけろ!

>>567-568
「PONと!キマイラ」の乙部清丸は「何かに食われたような頭」
をしています。私がこれを読んだのは最近ですが(^^;
それから、帰妹は易経(周易)64掛の1つです。
ご参考までに。

>>569-571
保守して頂き有り難うございます。今後とも宜しくお願いします。
何かに食われたような頭…。
馬超の「猫に食われたような兜」かw
帰妹の卦

希望事は妨げがあって達成できない。
結婚話は結婚しても離縁の可能性在り。

キユは離婚するのかよ(爆
ひっそりと保守。
まったりと保守。
579馬キユ@プレイヤー:03/08/13 10:46
お盆前に従兄弟の結婚式がありました。
出席ついでにお盆休みをとって帰省しています。
更新が止まっていてすみません。

>>577-588
保守して頂き有難うございます。

>>575
スキャナとかあったらお見せするんですけどね…。

>>576
>>189と576を見比べてみてください。
いずれにせよ「帰妹」ですから。

と、ちょっとネタバレ的な事を。
ぽっくりと保守
とりあえず山崎捕手
582山崎 渉:03/08/15 22:01
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン
ほっしゅー
保守
585馬キユ:03/08/19 23:34
【遥かなる時空の中で】
―言焦―
 今月、僕は奮武将軍に降格された。兄さんもよくまあ、こんなちまちま
とした嫌がらせをしてくるもんだ。
 …まあそんな事はどうでもいい。僕には今、もっと重要な懸案事項が
ある。
 僕は呉と建業の情報を見比べていた。
 どちらも去年手に入れた情報だ。と言っても、呉の情報は司馬懿から、
建業の情報は韓遂から貰ったものだけど。
 呉の情報自体はもう5ヶ月も前のもので、今となっては正確な情報とは
言えない。けれどもこの2つの情報は、僕とって凄く重要な意味を持って
いた。
 建業と呉は港湾都市だ。しかも港の外に広がっているのは海。東支那
海だ。その遥か東には琉球諸島が浮かび、琉球から更に北上するとそこ
には僕の祖国、日本列島がある…筈だ。
(あそこへ行けば船が手に入る。日本に帰る事が出来るかもしれない)
 そう思うと急に、居ても立ってもいられなくなった。
 せめて建業だけでも欲しい。無性にそう思うようになった。
 僕はアシスタントに命じて、[言焦]にいる全ての武将を政庁に集めさせ
た。
「どうしたのですか、お兄様。突然その様な事を」
「すぐに解るよ」
 雲碌の素朴な疑問を僕はそう言って躱した。
586馬キユ:03/08/19 23:36
「僕は建業を手に入れたい。建業までロケットで突き抜ける」
 政庁に集まった武将たちを前に、僕はそう宣言した。
 宣言して一同を見回すと、皆一様に驚いた顔をしていた。
「偽帝討伐ではないのですか、兄さん?」
 第一声は鉄のその疑問だった。
「名分はそれでいい」
「お兄様、何か変なものでも食べましたか?」
 雲碌でさえ、そんな心配をしてきた。
「いや、そんな事はない」
「ご府君自らが左様な意思を示して頂ければ、我等としても心強いもの
があります。ですが唐突感は否めません。そもそも何故曹操のいる呉
ではなく、その手前の建業なのでしょうか」
「…船が要るんだ。船が」
 赫昭の疑問に、僕はそれだけを答えた。
 呉には曹操と曹休がいる。どっちかに頼めば、外洋航海用の船の一隻
や二隻、作ってくれるかもしれない。人血を流す必要なんてないかもしれ
ない。
 けどそれを望むのも、もう難しいかもしれない。今までは曲がりなりにも
同じ「漢朝の臣」という立場にあった。けど今は違う。真の目的はどうあれ、
敵に塩を送るような真似をしてくれるかどうか、もう解らない。
 それでも僕は、日本に帰りたい。
 今まで漠然と抱いていたその思いが、港湾を視野に捉えた途端、俄か
に募り始めた。
 覚悟はしよう。幾千幾万の血を見ようとも、例え地獄に落ちようとも、
僕は僕の目的を果たす。
「いいね?じゃあまず小沛を攻め落とす。出陣だ」
587馬キユ:03/08/19 23:39
 出掛けに清河公主に会った。そして僕は僕の意思で、曹操と戦う事
を告げた。
「父が帝位を称したからですか…?」
 公主はおずおずとそう訊ねた。
「いや、違うよ。僕の我が儘の為に戦うんだ。怨んでくれて構わない」
「…いいえ、もうお怨みしようとは思いません。それが乱世なのだと、
割り切る事にしましたから」
 公主はそう言ったものの、悲しそうに視線を落とした。
「…ですが、呉の軍勢は強いですよ。貴方に勝ち目は、まずありません。
死なないようにお気を付け下さい」
 キユは目を丸くした。公主から心配してもらえるとは思っていなかった
のだ。
「心配してくれて有難う。勝てなさそうならまたこの街に帰ってくる。けど
僕たちが勝ったら、琥珀さんたちと一緒に引っ越してくるといいよ」
 公主がびくりと肩を震わせた。顔色が蒼い。
「どうかした?」
「私…その琥珀という人、恐いです…」
「えっ?そんな事ないでしょ。凄く優しくて包容力のある人だと思うけど。
僕は好きだな」
「それは…貴方にとってはそうかもしれませんけど……」
 だってあの女性(ひと)は、貴方の事を慕っているみたいだから。
 だが、公主はそれを口にしなかった。
「公主には違うの?ふーん…。けど『琥珀は腐った塵芥を引き付けない』
とか言ってた人もいるみたいだし(註)、公主もなるべく壁を作らないよう
にね」
「…はい、解りました。お心遣い有難うございます…」
 公主は跪いて一礼したが、その愁眉は晴れなかった。
588馬キユ@プレイヤー:03/08/19 23:45
註:「琥珀不取腐芥、磁石不受曲鍼」(呉書、虞翻伝)…
  1.心が清らかで無欲な人は、不正の品物を受け取らないという
  喩え(/角川新字源)。2.琥珀は塵芥を引き付けるという俗信が
  あったが、腐った塵芥までは引き付けない。優れた人物には
  つまらぬ人物が寄って来ないという喩え(/小南一郎)。
  小南一郎の解釈を文意とした。


久々の更新ですが、少なくてすみません。
私の帰省中に保守して頂いた皆様には、改めてお礼申し上げます。

しかしこのスレも、いつの間にやら結構容量が危なくなっていますね。
そこで次回は新スレを立てて臨みたいと思います。

ここで次回予告。キユの行く手を遮る、漢末屈指の名将たち。
その先陣を切るのは雲碌の…!?シスター・オブ・ラブでつきぬけろ!
589無名武将@お腹せっぷく:03/08/20 06:23
あげ
保守ですよ
591馬キユ@プレイヤー
次スレに移行しました。

異世界系リプレイスレ 〜武田騎馬軍団vs三國志 その3
http://hobby.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1061743145/

>>589-590
保守して頂き、誠に有り難うございました。
次スレも何卒よしなにお願い致します。