真正保守の松原正

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1名無しさん@お腹いっぱい。
松原正(早稲田大学名誉教授)こそ、真の保守思想家である。
彼は、左翼・進歩派よりも保守派知識人を斬りまくっている。
素晴らしい人だ。
2名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/01(日) 07:35
まさか2chに松原正氏のスレが立つとは。
「夏目漱石」の下巻いつ出るのかな。
3サハリン:2001/04/01(日) 11:24
>>2

何度もでてるよ
4名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/01(日) 15:29
>>1
> 松原正(早稲田大学名誉教授)こそ、真の保守思想家である。
> 彼は、左翼・進歩派よりも保守派知識人を斬りまくっている。
> 素晴らしい人だ。
これまでに、誰を斬ってきたんですか?

そう言えば、坪内祐三が褒めまくってたな、この人。
5名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/02(月) 02:18
松原正氏が斬った人を挙げてみます。(順不同)

佐瀬昌盛、三浦哲郎、藤原弘達、金大中、菅直人、麻生良方、美濃部亮吉、
松岡英夫、石原慎太郎、糸川英夫、吉田秀和、渡部昇一、藤井治夫、島良一、
清水幾太郎、永井陽之助、羽仁五郎、村松喬、板坂元、細川隆元、永井道雄、
外山滋比古、竹村健一、石川達三、宇都宮徳馬、西原春夫、畑山博、立花隆、
丸谷才一、浜田幸一、家永三郎、秦野章、石川貫之、神谷不二、三笠宮寛仁、
西川潤、小谷秀二郎、近藤信行、関寛治、金一勉、加藤諦三、菊村到、北杜夫、
猪木正道、森茉莉、広中平祐、二階堂進、市川房枝、篠沢秀夫、村上泰治、
野坂昭如、村井資長、金田正一、西尾幹二、岡野加穂留、吉行淳之介、林房雄、
田中健五、佐藤誠三郎、金丸信、久保田信之、坂田道太、伊藤栄樹、高橋康也、
筑紫哲也、安倍北夫、稲田秋彦、松山善三、三宅久之、中川八洋、久保田円次、
佐伯喜一、木村尚三郎、松浦総三、田英夫、榎本三恵子、岡原昌男、山本幸一、
なだいなだ、清水英夫、佐々木惣一、田中美知太郎、神島二郎、河野洋平、
井伏鱒二、田岡俊次、西修、井戸剛、田上穣治、萩本欽一、寿岳章子、園田直、
中野孝次、三木武夫、武者小路公秀、長谷川三千子、菊池昌典、香山健一、
森常治、竹内実、森山欽司、長谷川慶太郎、元信堯、中山千夏、中野好夫、
板倉宏、臼井善隆、石橋政嗣、山本七平、戸川猪佐武、鈴木善幸、武智鉄二、
池田満寿夫、佐藤陽子、福田赳夫、田中裕子、原田耕介、遠山景久、竹山道雄、
小田島雄志、大平正芳、小堀桂一郎、岡崎久彦、粕谷一希、内村剛介、井上靖、
大江健三郎、勝田吉太郎、内山秀夫、佐々木良作、西部邁、日高義樹、三好徹、
森嶋通夫、尾崎一雄、殿岡昭郎、丹羽喬四郎、無着成恭、小田実、司馬遼太郎、
永畑道子、河原敏明、大岡昇平、小此木啓吾、森清、富野暉一郎、森田俊男、
若宮清、小室直樹、井沢弘、李健、宮沢喜一、奥島孝康、広瀬隆、T・K生、
三島由紀夫、市川房枝、山崎正和、遠藤周作、岡沢憲芙、江藤淳、鄭敬謨、
鈴木卓郎、高坂正堯、鈴木健二、井上ひさし、矢延泰、梶原一騎、志水速雄、
福岡政行、久野収、吉本隆明、田中六助、戸塚宏、古井喜實、堀鉄蔵、本多勝一、

こんなもんですかな。
6名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/03(火) 02:02
それに黛敏郎と秦郁彦
7名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/03(火) 04:39
野嵜が傾倒しているということはやっぱりアレなのかい?
8名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/03(火) 05:45
最近では小林よしのりだよね。
9名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/03(火) 13:55
松原正の小林よしのり批判には、鬼気迫るものがある。
10名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/03(火) 19:20
>>5
左も右もばっさりだね。ところで、柄谷、浅田が入ってないな。福田恆存の弟子だから、柄谷とは意外と近い位置にいるのかもしれないな。
11名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/04(水) 03:35
宮本顕治、向坂逸郎、太田薫ら筋金入りの左翼に対しては、
「敵ながらあっぱれ」と思っているらしい。
12名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/04(水) 05:59
>>11
宮本顕治は公安のスパイだろ。
134:2001/04/04(水) 14:25
>>5
軽い気持ちで書いたら・・・・・・・・・・・・・・・・・・(-_-;)

>>8-9さんが言ってる小林よしのり批判は何で読めるんでしょうか?
14:2001/04/05(木) 02:20
すまん。市川房枝を二度書いてしまった。面目ない。
15>13:2001/04/05(木) 03:25
「月曜評論」というミニコミ紙で読めます。

http://user2.allnet.ne.jp/noz/getsuyo/
16名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/05(木) 16:13
論壇の「人斬り以蔵」・松原正
17名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/05(木) 19:32
こいつって在日かい?
日本人なら和をもって尊しとすべきだが?
18名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/05(木) 19:49
>>151のサイトを見たけど、ドキュン雑誌だな、これって。
19名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/05(木) 20:46
>>18
一体どのサイトを見たんだか(藁
20名無しさん:2001/04/07(土) 11:30
小林よしのり批判の詳しい内容知りたい。
誰か要約でいいから書いてくれない?

21nanasi:2001/04/07(土) 15:43
俺も小林よしのり批判が知りたいっす。お願い、だれか

m(_ _)m
22名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/07(土) 16:12
「ゴーマニズム板」に行きましょう。
23nanasi:2001/04/07(土) 16:19
>>22
> 「ゴーマニズム板」に行きましょう。
意味が分からんよ、全く。
松原正氏による小林批判が知りたいだけだし、「ゴーマニズム板」に行ったからといって、それが聞けるとはとても思えないが。
そうじゃないなら、リンクでも張ってくれよ、どこで見られるのか。

2420:2001/04/08(日) 06:23
誰も返事くれない・・・
まあ、15のリンク先にあった目次の
保守とは何か(十) 「公」は「私」より遙かに遙かに大事か 松原正
である程度分かることは分かるが。
引き続き内容希望。
25名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/08(日) 15:44
>>24
松原正の小林よしのり批判は難解なので、もうちょっと待ってください。
26nanasi:2001/04/08(日) 16:42
>>25
俺も楽しみに待ってますm(_ _)m
2720:2001/04/10(火) 23:23
age
28松原正による小林よしのり批判(要約):2001/04/16(月) 22:01
小林よしのり氏を叱る(一)
<1>愛国心とナショナリズムの違い
   西尾や小林のように外国を罵り、悪のレッテルを貼るのは
   ナショナリズムであり、愛国心はそのようなことを必要と
   しない。
<2>小林「戦争論」の中のGHQ批判の紹介
<3>上記に対し、今更GHQを批判する前になぜ自国の愚かさに
  ついて考えないのか?
<4>戦後日本の反戦平和を批判するのみの小林には再び日本が
  鬼畜米英に変わることの危うさが見えていないし、戦時を
  美化するのみで戦中の軽佻浮薄が見えていない。
<5>「八紘一宇」の正当化やアジアの白人からの植民地解放の
   功績などは後付けの理論にすぎない。

29名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/17(火) 09:24
松原さんの(保守)批判は福田先生がご存命だつたらかふ批判してただらふなというやふな本質的な批判ですよね。
まあ、インチキ保守を叱るやふなものですよね。
30名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/17(火) 11:33
うわー文章うまいねこの人。旧かな使いなのにすらすら読める。
31名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/17(火) 16:08
以降、このスレは旧かなで書き込むやふにしたひね。
32名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/17(火) 16:13
>>31
さやうにいたしませう
33名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/17(火) 16:48
他国に対する優越性に拘泥するのは国粋主義と言ふべきであって、
いはゆる愛国主義とは峻別して考へらるべきではあらっしゃいませぬか?
34松原正による小林よしのり批判(つづき):2001/04/17(火) 20:36
小林よしのり氏を叱る(二)
<1>西洋音楽の本質は絶対神への祈りである
<2>絶対神を持たない日本の文化(哲学)の貧困さについて
<3>小林の「物語」のために命を捨てることへの礼賛論の紹介
<4>「物語」のために命を捨てることを大事とし、個人の意思や
  葛藤についての道徳性が見えていない安直さ、非人間性、軽佻
  浮薄批判
35名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/17(火) 20:38
質問
松原さんは福田恆存先生のお弟子さんなのですか?
36名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/17(火) 20:46
訂正
お弟子さんなのですか?

お弟子さんなのでせふか?

提案
旧字もできるだけ使おう!
37名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/17(火) 21:09
38名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/17(火) 21:12
39名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/17(火) 23:11
29から下の書き込み
ほとんど使い方間違ってるぞ>歴史的仮名遣い
なんでもハ行にすればいいというものではない
40名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/17(火) 23:13
そういえばなんで福田恆存のスレッドはないのかのう…
悲しい
41のぶを:2001/04/18(水) 02:32
>40
近々立てるから待ってて。
で、俺に色々教えて。
ちなみに「つねあり」の「つね」が「恒」になるから
スレッド立てられへんねん。かっこわるいやろ。ファンやのに。
42名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/18(水) 06:50
>>41
文字入力ツールバーが「ATOK」なら白い手が青い鉛筆持ってる
ボタンを、「MS-IME」なら「あ」「般」の右にあるボタンを
押せば手書きで漢字入力できるよ。
43名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/18(水) 06:57
それか誰かが既に書いている文字を
範囲指定→右クリック→コピーを選択→書き込みたいところに
カーソルを移動→右クリック→貼り付けを選択、でもいいし。
44松原 王:2001/04/18(水) 12:11
戦争は無くならない。
戦争をしなくなったら、人間は山ゴリラになってしまう。


昔、ラジオ関東(今のRFラジオ日本)でこんなこと言ってたな、松原先生。
聞いててワラ太。おもしろかったよ。
45のぶを:2001/04/18(水) 20:28
>>42、43
恆恆恆恆恆…!!!
できたよ、どうもありがとう!
ところで、恆存のスレッドは如何なるものがいいだろうか?

>>10
>左も右もばっさりだね。ところで、柄谷、浅田が入ってないな。
>福田恆存の弟子だから、柄谷とは意外と近い位置にいるのかも
>しれないな。

これ、どゆこと?
何で柄谷に近くなるの?
対極ではないの?
詳しい方、教えてください。
46名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/18(水) 20:30
ああ、おもしろひ。
江藤淳、的保守ではなく、
もっと硬質の保守の論。
以降も展開もとむ。
4746:2001/04/18(水) 20:52
坪内さんはどふしてひどい目にあったのか、しりたし。情報もとむ。
九段の霊に触れたか。
松原氏のことども、かたらふ人間はワセダブンガクぶ以外にない(だらう)。
最近、江藤淳の「南洲残影」読んだが、支離滅裂。
ここはひとつ、松原正に期待するゆえん。いじゃう。


48名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/18(水) 23:11
福田恆存でスレッドを作るなら
たとえば
「どうして福田恆存の弟子は互いに仲が悪そうなのか」
とかかな。松原正は 講演でも西尾幹二の悪口を言ってるし
中村保男は坪内祐三を無視してかかっているところがあり
坪内祐三は中村保男編「日本への遺言」のタイトルをくさしてた
49:2001/04/18(水) 23:16
50のぶを:2001/04/18(水) 23:17
>>48
ふむふむ、なるほど。
ただ、個人的には「保守派の喧嘩」が
凄く好きなんです(笑)。
でも、とりあえず早速作ってみます(急)!
51のぶを:2001/04/18(水) 23:35
>>49
猫さん、そこの行けないよ。
この板、最近ほんとに繋がりにくいなー。
52:2001/04/18(水) 23:41
>のぶをさん
いけないですか。何回か試してください(笑。
新しいの立てちゃってもいいと思いますけどね。

しかし本当に繋がり悪いですね。
さっき過去ログ検索したときも、下のほうのスレはなかなか表示されなかったし。
53松原正による小林よしのり批判(つづき):2001/04/19(木) 06:20
「公」は「私」より遥かに遥かに大事か
<1>小林は「国」や「公」を「私」より上に置くが人間にとって大事
  なのはいかに道徳的に生きることかということなのである
  道徳に国家や社会は無関係である
<2>小林の言論は戦時の非論理的にして非人間的な軍歌と同じで
  自身が公のために私を捨てる境遇にないところからいっている
  扇動にすぎない
<3>特攻隊にしてもそうだが人が命を捨てるのは「国」や「公」の
  ためなどと考えるのではなく日頃からの訓練、覚悟の積み重ね
  によって初めてできるのである
54名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/19(木) 10:39
松原正はコムピューター・オタクらしひから、このスレツドを見てゐるかも知れない。
55名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/19(木) 20:32
松原正氏は早稻田大學を退職した後は、もう大學では教えてゐないのでせうか。
56名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/19(木) 20:51
>>55
今の肩書きは早稲田大学名誉教授だったと思ふ(無理矢理旧かな)。
57のぶを:2001/04/19(木) 22:33
>>53
旧カナでなくてスマン。
松原さんという人が福田さんの一番弟子だったという話を
初めて聞いた者なんですが、
小林さん批判を見る限り、何かシックリこないのは僕だけ?
要約してカキコしてくださってるのでしょうから
多少の文脈のズレはあるのかも知れないけれど…。
58名無しさん:2001/04/20(金) 06:07
59名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/20(金) 07:25
>>58
野嵜君、いらっしゃい。
6058:2001/04/20(金) 21:10
>>59
あのー、私、「野嵜君」とやらじゃないんですけど・・・
61名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/20(金) 21:14
>>58
面白いけど、続きを読むには買うしかないのか・・・・・・・・・・・・・・・

しかし、この人も福田さんも著作はあんまり多くないよね、まあ翻訳は別として。

西部とは大違いか?(藁
62名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/20(金) 23:57
>61
いや福田恆存は 一応全集でほとんどの著作が読めるし
大手から本を出してるので結構古本屋にも出回っている

松原正は一貫して弱小出版社から著作を出してるモンで
ほとんど古本屋でも見かけんなあ…
63名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/21(土) 00:22
>>62
ああ、そうか。福田さんは全集があるのを忘れてた。
いや〜、俺金無しなもんで、全集は頭からすっぽり抜け落ちてた。

図書館ででも探してみよ・・・・・・・・
64現実@ちょっとだけ:2001/04/21(土) 01:27
ところで、センゴミンシュシュギの下、
「『当用』漢字」「『当用』かな遣い」を所与のモノとして育った
俺にとっては、「『正』かな」よりも、「『当用』かな」を使用するほうが、
自然で「座りごこち」のいいものなんだがなぁ。

6334の学制で育った奴らの、使う旧かなは、趣味というか
やせがまんというかファッションというか、そういったもの以上の何物でもないと思うのですが。
65名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/21(土) 20:01
>>64
同感です。
66名無しさん:2001/04/22(日) 01:31
質問。何で松原さんは月曜評論のようなミニコミ以外には
ほとんど書かないんでしょうか。
かつて渡部昇一らを批判して保守派の論壇から実質的に
締め出されたという話は聞きましたが、
出版の世界というのはそれほど締め出し期間
が長いものなのでしょうか。松原さんの原稿を載せると
何かまずいことでもあるんでしょうか。
それとも保守派内部の批判をやりそうだから二の足を
ふんでるのかな。
67名無しさん:2001/04/22(日) 05:48
>>66
松原氏の原稿を載せるなら自分は載せないと言っている人も
いるらしい。しかし冷戦時代と違って保守派による保守派批判も
タブーではなくなっていると思うんだが。
68名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/22(日) 14:15
松原正氏が大手の出版社から締め出された最大の原因は、論壇のボスだった猪木正道氏を厳しく批判したことらしい。
6966:2001/04/22(日) 19:17
>>68
 猪木正道の影響力が今も残っているわけでは
ないでしょう? 松原先生は思想家として優れているだけでなく、
文章を面白く書けるという点からもぜひ復活してほしいんですが。
特に出版関係の方、知っていたら教えてーー。
70現実:2001/04/22(日) 23:06
別に、大手出版社から本を出すとかいった「ブランド」に拘る人でもないでしょう。
何万部出たとかで偉そうに威張り散らす「にわか右翼」でもないですし。
そういった、下卑た俗物根性は、真性保守からは、最もかけ離れたものでしょう。

逆に、今の論壇紙で書かないからこそ、信頼できます。
71名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/26(木) 03:38
現実さんは福田さんとか松原さんが本当に好きなんだね。
72名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/29(日) 14:12
西部邁が福田恆存の後継者をねらっていたが、松原正に粉砕された。
73名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/07(月) 16:14
日本の知性を代表する松原正
74名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/07(月) 22:14
松原正氏に、もう一度ラジオ番組で熱く語つてもらひたい。
75名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/08(火) 04:02
もし「松原正全集」が出たら、俺は必ず買う。
76名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/13(日) 04:32
松原正先生には、あと20年は闘い続けてもらいたい。
77名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/13(日) 10:14
松原正は、もっともっと有名になってもいい人物だと思うな。
78名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/13(日) 20:25
松原正氏は産経新聞ともうまく行つてゐないのでせうか。
79名無しさん:2001/05/14(月) 05:16
>>78
福田恒存氏が亡くなった時、産経新聞は松原氏の追悼文を
載せてたね。
80名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/14(月) 18:16
age
81名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/15(火) 03:28
松原正は、福田恆存の「世相を斬る」(フジテレビ)の最終回にも出演していた。
82名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/15(火) 03:54
83名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/15(火) 06:46
>>82
貴重な音源、thank you!
わざわざreal playerダウンロードしちゃったよ。
もっと聴きたいなあ。
84名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/15(火) 14:37
>>82
おもしろい!最高
85名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/16(水) 03:55
age
86名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/16(水) 04:40
>>82
俺ももっと聴きたいんだけど、どっか手にはいるとこ無いの、他に?
87名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/16(水) 14:01
ラジオ日本に音源が残ってないかな?
88名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/17(木) 14:46
>>82
松原正を見直した。
89名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/19(土) 03:35
松原正 age
90名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/19(土) 19:24
松原正氏には、いずみと対決してもらいたい。
91名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/20(日) 05:32
age
92名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/22(火) 22:12
もうネタ切れ?
本買って読むか・・・・・・
93名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/24(木) 04:15
age
94(´ー`)y-~~ :2001/05/26(土) 05:07
朝生age
松原さんだったら、この問題に対してどう言うんだろう・・・・
95名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/26(土) 14:07
松原万歳
96名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/28(月) 03:41
松原正氏を干し上げている大手出版社よ。恥を知りなさい!
97左翼ばんざい:2001/05/28(月) 20:45
右翼嫌い 右翼嫌い 右翼嫌い 右翼きらい 右翼嫌い 右翼嫌い
大嫌い 戦犯死刑当然 戦犯死刑当然 戦犯死刑当然

戦犯の奉られている 神社参拝反対
天皇制廃止 天皇制廃止 天皇制廃止 自衛隊解体 自衛隊解体
左翼万歳 左翼万歳 左翼万歳

右翼 財界の手先 右翼財界の手先 右翼財界の手先 お前は右翼か
石原慎太郎嫌い 石原慎太郎嫌い 石原慎太郎嫌い 石原慎太郎嫌い
小林よしのり嫌い 小林よしのり嫌い 小林よしのり嫌い
戦争論いんちき 戦争論いんちき 戦争論いんちき

おまえは石原慎太郎小林よしのり好きなんだろう


98名無しさん@お腹いっぱい。:2001/06/07(木) 08:38
どなたか松原正氏の西尾幹二批判や西部邁批判の内容を教えてください。
99名無しさん@お腹いっぱい。:2001/06/23(土) 17:38
age
100名無しさん@お腹いっぱい。:2001/06/23(土) 17:45
松原と奥野誠亮はどちらが真性?
101名無しさん@お腹いっぱい。:2001/06/24(日) 05:29
「野嵜健秀」の正体は松原正本人だって話、信じます?
102名無しさん@お腹いっぱい。:2001/06/24(日) 19:33
>>101
あのウェブサイト作ってる人だっけ?
それが松原正氏・・・・・・

信じません。
103名無しさん@お腹いっぱい。:2001/06/25(月) 20:11
松原正は奥野誠亮と藤尾正行を支持している。
104名無しさん@お腹いっぱい。:2001/06/26(火) 21:29
>>103
西村真悟もね。
105名無しさん@お腹いっぱい。:2001/06/26(火) 22:10
田中角栄、浜田幸一、中山正暉も好きらしい。
106モー娘。らぶ。。。:2001/06/27(水) 13:30
浜田幸一は一部左翼からも人気がある。アイロニーではなくて、マジで。
107名無しさん@お腹いっぱい。:2001/06/27(水) 20:53
>>104
> 西村真悟もね。
まじっすか?
う〜ん・・・・・・・・・
108名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/13(金) 03:12 ID:8RDx1LC.
地の底から、age
109現実:2001/07/13(金) 04:07 ID:.nr4qrD.
>「野嵜健秀」の正体は松原正本人だって話、信じます?

そのネタ,ちょっと面白かったです(笑)
110名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/13(金) 06:04 ID:8RDx1LC.
>>109
現実サン、もうちょっと頻繁に書いてYO!!
500番くらいまで下がってたYO!!
111現実@哲弥:2001/07/13(金) 06:08 ID:.nr4qrD.
>>110
松原先生のネタを?

野嵜さんはいい人ですぜ...
112名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/14(土) 01:48 ID:???
age
113名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/16(月) 18:40 ID:C6xD8qUc
松原さんの本、サパーリ手に入らない・・・・・・
田舎じゃ古本屋もあんまりないんだYO!!!
114村田:2001/07/16(月) 20:51 ID:???
>>111

>野嵜さんはいい人ですぜ...


ひょっとしてNo_Zの事か?
もしそうなら、それは絶対ありえない。
115名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/16(月) 20:54 ID:zFsc8Fpw
>>98
あなたも「月曜評論」を購読しなさい。
半年で4500円だよ。
116名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/17(火) 00:00 ID:mjq97QgQ
俺定年直前のこの人の授業とってたけど。
実物の抗議一年間聞くと、ちょっとう〜んという感じだが。
偏屈すぎてな〜。性格も思想も。

相当なパソコン使いというのは本当だ。
じじい学者どもはその知的好奇心を見習って欲しい。
117名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/17(火) 15:01 ID:WvxfLAuI
「夏目漱石」の下巻、早く読みたいなあ。
118名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/17(火) 15:31 ID:???
>>116
> 相当なパソコン使いというのは本当だ。
じゃあ、やっぱり野嵜=松原正か
119現実@誉め殺し:2001/07/20(金) 02:19 ID:52bb2h/A
>>114
>ひょっとしてNo_Zの事か?
> もしそうなら、それは絶対ありえない。

御飯をおごってくれる人は,皆良い人です(笑

114さんは,もしかしたら知合いの知合いの知合いあたりかもしれないね...

>>118
本人が聞いたら喜ぶかもよ
120名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/22(日) 00:34 ID:???
age
121名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/24(火) 12:39 ID:JMmX3ci.
一般書籍板のあるスレにちくまの社員の方が来てて、福田恆存の話(坪内氏編集のコレクションがあり得るとか)が少し出てました。
そこで、

松原正をいい加減文庫で出せや、ゴルァ!!!

と怒鳴って見たんですが、無視されてしまいました・・・・・・・・・・
ショックです。
122名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/26(木) 23:49 ID:???
真性age
123名無しさん@お腹いっぱい。:2001/08/08(水) 03:41 ID:???
松原正先生万歳!
124名無しさん@お腹いっぱい。:2001/08/12(日) 20:25 ID:???

             ∩
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       ( ´Д`)//  < 松原正先生!上げます!
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125名無しさん@お腹いっぱい。:2001/08/20(月) 01:26 ID:???
現在の混沌とした日本にこそ、松原正先生は必要なのです!
126名無しさん@お腹いっぱい。:2001/08/23(木) 05:46 ID:???
age
127名無しさん@お腹いっぱい。:01/10/01 14:45 ID:h8x5Ii4k
age
128名無しさん@お腹いっぱい。:01/10/05 01:40 ID:???
売国奴の原陽子を一喝してください。
129名無しさん@お腹いっぱい。:01/10/17 16:13 ID:???
age
130(^0^)v:01/10/17 16:31 ID:RzaPoSbq
 原陽子萌え♪
131名無しさん@お腹いっぱい。:01/10/21 05:20 ID:hQ+zH1Wp
>>107
>>107
>> 西村真悟もね。
>まじっすか?
>う〜ん・・・・・・・・・

 惱みなさんな、>>104はガセネタだと思ふぞ。
132名無しさん@お腹いっぱい。:01/10/21 16:48 ID:???
>>131
あつ、貴方は松原正先生でせう。
133名無しさん@お腹いっぱい。:01/10/24 07:48 ID:mu1AhA80
ageます、ageます
134名無しさん@お腹いっぱい。:01/10/24 19:39 ID:+drsjRUT
現実氏 = 宮崎哲弥?
135名無しさん@お腹いっぱい。:01/10/30 02:00 ID:p5bQ+fOz
私は今松原氏の『自衛隊よ胸を張れ』の後半を読んでいるのだが・・・・

こんなにも凄い人がいたとは。正直,すでに泣きそうです。
136名無しさん@お腹いっぱい。:01/10/30 03:24 ID:???
松原正先生は、朝日新聞記者で文学者・文芸評論家でもあった故百目鬼恭三郎氏を
評価されているようですね。意外な感じがしないでもありません。
137名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/03 18:46 ID:H0X/T7bW
誰か,松原先生に関することをもっと書き込んでくれよ,age

最近図書館で「天皇を戴く商人国家」を借りてきました。
138名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/04 18:57 ID:8+WpNntG
松原先生の「戦争は無くならない」や「天皇を戴く商人国家」はいづれも本質的な「戦争論」「天皇論」
として他の類似本を凌駕してゐますね。西欧と日本について読む度に深く考へさせられます。
139名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/05 02:45 ID:oeefirh7
最近この人の著作をいくつか読んでみたのですが,呉ファンの私は,意外にすんなりと受け入れられました
140名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/05 03:01 ID:aNNMATgO
>百目鬼恭三郎氏

「諸君!」に書評を執筆していましたね
141名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/06 10:08 ID:DxFWWXtq
「天皇にも基本的人権はある」と『天皇を戴く町人国家』に書いてあって,かなり意外な気がしました。
142名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/16 02:32 ID:D+nuFoD3
保守(真正)age
143名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/16 02:33 ID:???
松原先生、菊地君を叱ってください!
144ひっきー吉田:01/11/16 02:37 ID:AZA6LhgP
>>143
それは思想リンチだってw
んで松原先生を菊ちゃん「サヨンボが!」
145名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/16 02:39 ID:???
「保守とは何か 第?回 菊地氏を叱る」
146名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/21 02:14 ID:???
西尾幹二、西部邁に続いて渡部昇一が『国民の〜』シリーズの駄本を書きました。
西尾、西部と同様に、渡部昇一をも成敗してください。
147名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/21 06:19 ID:s6mELrJn
松原氏、同じ月曜評論の匿名コラム「大阪の目」の
松原氏へのいいがかりに切れて、「保守とは何か」暫く
休載にしちゃったね。本の執筆に専念するそうです。
148名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/26 01:17 ID:???


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       ( ´Д`)//  < 松原正先生!上げます!
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149名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/28 17:53 ID:???
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       ( ´Д`)//  < 留守晴夫先生!上げます!
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150名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/29 19:45 ID:uwYBJOa1
『月曜評論』にもの申す。
品性下劣な「けつねうろん」を『月曜評論』から永久追放せよ!
151名無しさん@お腹いっぱい。:01/11/29 22:25 ID:???
age
152名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/01 10:54 ID:s5QZqrAR
意外と多い反米自衛官
1 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 01/11/30 18:36 ID:jqslXTw1
 カーチスルメイによる民間人の絨毯爆撃虐殺、戦争だからいちいち文句は言わないけれど、
東京裁判の不当報復は忘れないからな
 今回の派遣もあまりに政治的だが、一応派遣されてやる。
 しかし俺達は対米従属の軍隊からいつの日か脱却してやる。
 確かに、敗戦と同時に左旋回したバカ日本人に対し、荒廃した戦艦
「三笠」の復元に貢献したのも米海軍のニミッツ提督らだった。
 そういった点はすごいと思うが自分の正義だけに心酔し他国を巻き込もうとするのは止めろ。
 韓国の救世主故、パクチョンヒ大統領を死に追いやったのもカーター率いるアメリカだ。
 イラクの核兵器に文句を言うなら今すぐパキスタンやインドにも文句をつけてみろ。
 南アフリカのアパルトヘイトを非難する資格があるのか。
 南アフリカは先住民族の黒人を生かして少数派の立場で奴隷化したが、お前らは先住民のインディアンを
絶滅の危機に瀕するほど虐殺して「アイヌ」扱いしているではないか。
 人権・正義を連呼するのは止めろ。
 団塊世代のバカ指揮官を追い出した後の自衛隊の合言葉は、
 臥薪嘗胆
 いつの日か国民に、松原正元早大教授の言う「我々だけの自衛隊」
=皇軍に止揚する。
 みんな本当の文人の本を読んで欲しい。
 それは、
 福田恒在
 松原正
 「人間とは何か」ここから出発し、論理的整合性を追及しながら
書かれた本で歴史の「    」耐えうる本である。
 佐久間中佐ではないが、「アルコールに酔った」「」に当てはまる語彙が浮かばない。
 ではおやすみ。

誰か「  」に入る適当な語句を入れてやって。
153俺も今アルコールこるに酔ってるんですけど。:01/12/01 17:40 ID:AAyLlyu/
>>152
「批判に」か「風雪に」ってどうよ?
154153:01/12/01 17:43 ID:AAyLlyu/
×アルコールこる
○アルコール

やっぱり酔ってるは・・・
155名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/01 20:17 ID:???
審判
156名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/03 01:17 ID:???
age
157152:01/12/03 12:33 ID:QmMhmxz3
 ありがとうございます。
158名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/07 01:47 ID:pQfxmE9w
けつねうろんってどこの誰?松原先生が書かなくなったら
月曜評論は購読中止します
159名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/07 05:10 ID:noA0fw9c
>>158
自分も松原氏の文章を読むためだけに月曜評論購読してて、
はっきり言ってその他の文章はほとんど読んでない(W
160名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/07 07:50 ID:2E12KryR
158です。おなじ思いのひとがいてうれしい。
むつかしゅうてわてのようなアホにはわかり
ません、と無知を装い予防線を張りつつ、先生
の主張の本質への批判は避けて、揚げ足取りに
終始。先生を揶揄し私怨を公の場で晴らそうとする
けつねうろんは正に愚物!!!
161月曜評論は読んでないけど:01/12/07 08:03 ID:???
編集部はなんでそんなもの載せるわけ?
購買者も減るし、良いことなんて何も無いと思うのだけど。
162名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/07 08:19 ID:WxvsjEn6
わからないけどひょっとすると、内部での松原先生派と反先生派の
対立があるのかも。(自由主義史観派は反松原です)過去月曜評論
内で統一教会の力が強くなり松原先生を支持する中沢編集長は月曜
評論を辞めて、松原先生派を中心に文武新論を新たに発行したこと
があります。西尾、西部、小林よしのりを紙面で名指しで叱った先生は
たしかにけむたい存在かもしれません。しかし同憂の快をむさぼる
ことが目的の緊張感を欠いた紙面になってしまってよいはずなし!
163名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/07 19:09 ID:pQfxmE9w
けつねうろんは、自由主義史観・つくる会派の鉄砲玉じゃないのかな。
サヨ的なやりかたじゃ。うまくいえないけどつくる会は主張は右でも
体質は左翼的なんだよね。ふところの深さ、一人一党的なおおらかさ
(いいかげんさ、にも通じちゃうのだけど)といった保守派の美風?
がまったくかんじられないんですよ。
164名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/07 19:55 ID:???
松原って、誰にでも噛み付いている懐疑派って感じだな。
とくに主義主張があるようには思えん。
165名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/07 20:08 ID:lZMf93NK
>>158,>>159さんへ
私も同志。松原さんの文章を読む以外に月曜評論の意味はほとんどありません。
最新号の松原さんの文章を読めばわかりますが、けつねうろんは
明らかに加地伸行氏であり、松原さんもそれを当然知ったうえで
あてこすった書き方をしています。読めばわかるはずですよ。
166158:01/12/07 20:12 ID:pQfxmE9w
165さん。貴重な情報ありがとうございます・
167165:01/12/07 20:16 ID:lZMf93NK
松原さんの文章より
「加地は本誌の執筆者だが、狐饂飩と異なりどこの馬の骨か知れぬ相手でない
からいい。『細かいことごじゃごじゃ言わんと』仲直りせよとの饂飩の愚論と
『現実主義的妥協』を勧める加地の愚論とは無論同質だが、・・・・」
168名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/09 02:20 ID:FRNjlw8N
>>165
その續きの、「加地はまさか『わてら無學なもん』とは云はぬであらう。」
といふ箇所を拔かしたら、文章の面白味が半減してしまひますよ。(笑)
169名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/09 03:20 ID:QP++a+9A
所詮、福田恒存の亜流やね
170名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/09 03:30 ID:kV6P4YH+
>>169
あなた、福田さんの文章も松原さんの文章も、共に讀めてゐないでせう?
171169:01/12/09 03:39 ID:QP++a+9A
>170
ヲマエはエドマンド・バークもウォルター・バジョットも
マイケル・オークショットも読んだことないだろ(藁
172名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/09 16:27 ID:MxbYgMq/
>>170
出たな、Noz!!
173名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/09 16:51 ID:MxbYgMq/
>>170は野嵜健秀氏でせう、多分。
174そして:01/12/09 17:17 ID:???
野嵜健秀氏=松原正先生、というわけですな。
一件落着。
175名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/09 18:45 ID:HC9P4IXS
Nozなどのような連中がネットでうろちょろするおかげで、松原さんの
イメージがずいぶん悪くなっていると思う。私は松原さんのために憂える。
176 :01/12/09 18:50 ID:dPTBKBQe
Nozって誰のことなんですか?
177名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/09 19:06 ID:h/CARd39
俺には、松原正に心酔すると最終的に行き着く先は、保守にならず右翼になると思うぞ
松原が左右問わず批判する所を見て中立的な印象を始めは受けるだろう
しかし、彼の思想に深く影響を受けると結局、民族主義、国粋主義に最終的にたどり着き
右翼にしかならないと思う。松原はバランスが取れているように見えて実はそうでもない
というのが俺の印象だね、現象学、論理学の視点から見ると彼の論は情緒、感情の羅列にしか見えない。

松原を保守というのには抵抗を感じるけどね、右翼と称せば同意するが。
少なくともコンサヴァティブにはならんだろうな。
178名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/09 21:22 ID:e/2O3dm3
80年代
「えつ?君、浅田彰読んでないの?ダッセェーーー!!」

そして、現在
「えつ?君、松原正読んでないの?ダッセェーーー!!」
179名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/09 21:28 ID:e/2O3dm3
>>175
イメージを悪くして読者を減らすのが彼らの目的なんじゃないの?
自分達が少数者であることが、彼らのアイデンティティなんだろうし。
180名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/09 23:27 ID:AKw1bIK+
>>170に書いてあるのは、ただ「讀んでゐる」かどうかではなくて、
實際に「讀めてゐる」かどうかといふ事ですよ。>>171さん
まともに讀めてゐれば、「亞流」どころか、独得の面が多々ある事に氣附く筈。
181名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/10 12:03 ID:HzdaD3+v
若いころ、いくつか論文を論壇誌に発表。天狗になっていた私に松原氏は「君の文章
は一年もすればだれもふりむかない。屋●太郎をめざすより50年、100年あとまで残る
文章を書けるようにならないと。その為に今、君がやるべきことはつまらない文章を
書くのはやめて、まずプラトンからじっくり勉強することだ」と早大の食堂で直接叱られたことが
あります。当時はよくわからなかったけど・・・・
182169:01/12/10 13:53 ID:LFfj8jr3
松原なんてどうでもいい奴読まなくていいよ。

イギリスの真に洗練された保守思想家の本を読もう。
俺が171で挙げた連中な。
183名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/10 15:22 ID:0bdu+R5l
>>182
その割には、君の書込は全然「洗練され」てゐないね。(藁
184名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/10 22:07 ID:p3DrHOV4
松原読者といふと、だうしても野嵜健秀のやうな御仁しか連想しない。
185名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/11 01:47 ID:uQHHQLzB
>>177の一體どこに「論理學」的考察があるのやら。

>というのが俺の印象だね、

ほほぉ、所詮あなたの「印象」に過ぎないわけね。

>現象学、論理学の視点から見ると彼の論は情緒、感情の羅列にしか見えない。

例へば『月曜評論』に於ける西部邁批判などは徹頭徹尾、論理による攻撃だ。
要するに、筋が通らぬ事に對して「筋が通らぬ」と、至極當然の批判を加へて
ゐるだけであり、それが「情緒、感情の羅列にしか見えない」とすれば、それは
ひとへに讀み手の腦味噌に缺陷があるからに他ならぬ。
186名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/11 20:12 ID:???
>>185
ハア?
松原は西部邁の文章がひどいとかなんとか、字面のことを
叩いているだけだろ。
松原に思想なんか何もないのだよ。
すべてにおいてアンチ。ただの臆病者。
187名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/11 20:38 ID:???
>>186
すべてにおいてアンチではない。
天敵である渡部昇一の論文を絶賛したこともあった。
向坂逸郎や太田薫ら、マルクス・レーニン主義者の論理的一貫性を評価してもいる。
党派に属することを嫌い、是々非々を貫いているとみるべきではないか。
188名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/11 20:43 ID:ctI/6RQ/
>>185
けふもお熱いですね、野嵜サン(w
189名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/11 20:47 ID:ctI/6RQ/
これからは、ネットで旧仮名遣いを得意気に使うアフォ共のことを「ノズラー」と呼びましょう。
190結構:01/12/11 23:13 ID:PtNA/67F
松原正という人は、電波記述言語としての正字正体の可能性を追及する人達の偶像として
しか知らないけれども、>44が証言するがごとく「山ゴリラ」などという実態不明の用語
を実際に使ったというならば、>177の言う

>彼の論は情緒、感情の羅列にしか見えない。

という評価も的外れではないだろう。

なお、正字正体を使う人たちがしばしば電波呼ばわりされるのは、読んだ者に「邪悪な
サヨクにいじめられる正しい私、ス・テ・キ(ウトーリ)」という不快な想念を受信させてしまうか
らだと思われ。
191名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/11 23:48 ID:DDc/lDvB
まづは、
正假名を使ふ=それを得意氣に使つてゐる=アフォ=ノズラー
について、きちんとした論証をすることが急務でせう。

>>190
>>44だけを見ると奇怪に思へますが、
この前の文脈でアフリカにゐる、生命力が薄弱な山ゴリラについて述べられてをりまして、
ここでは、それを受けてゐるのであります。
192名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/12 00:19 ID:ozGNpBYP
>191
旧かな旧漢字なんて、日本語メソッドにそれ用の辞書を組み込めば、誰でも使える。
193名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/12 00:24 ID:ozGNpBYP
>191
だいたい、野嵜のHPなんて「偉大な文学者」「偉大な思想家」の名前と簡単なプロフィールの如きものををアリバイ的に羅列してるだけ。
かような御仁が松原正読者の第一人者だとは、松原もお里が知れている。
194名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/12 00:37 ID:wSoXf4lk
>>192
そのやうな事をするまでもなく、
勉強をすればすぐに誰にでも使へるやうになります。

>>193
???
何故野嵜氏のウェブサイトの、そのやうなことが出てくるのですか?
195名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/12 00:57 ID:VFsuNm5c
>194
野嵜のご眷族なんしょ?
196名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/12 01:51 ID:vuB87Ugx
>>186
>松原は西部邁の文章がひどいとかなんとか、字面のことを
>叩いているだけだろ。

これで貴方の腦味噌の程度が知れるね。所詮「字面」しか讀めてゐないと。
ひよつとして、西部ファンかい?(藁
197名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/12 01:56 ID:vuB87Ugx
>>192
たぶん君だと思ふけれど、福田さんのスレッドにも同じ事を書いてゐたな。
馬鹿の一つ覺えはやめよ。まあ、私も馬鹿に附合つて馬鹿の一つ覺えを書いておくが、
私はワープロ・パソコンを使ふやうになる前から正字正假名を手書きしてゐましたが、
それが何か?
198名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/12 02:13 ID:vuB87Ugx
略字新假名で書いた文章が總て駄目で、正字正假名で書いた文章が總て立派と
いふ事は無い。それは松原先生も度々書いてゐるとほり。ただ西部は、「眞正
の保守派知識人」を自任し、しかも屡々傳統だの言葉遣ひだのの大事を力説し
ながら、尊敬してゐるといふ福田恆存から正統表記だけは學ばうとしないのだ
から、どう考へてもをかしい。福田氏は『私の國語教室』に於て、「私が書く
ほかのものを讀まなくてもいいから、これだけは讀んでいただきたい」とまで
書いてゐるのに。
199名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/12 02:33 ID:Jf2FJ35A
>>189
>これからは、ネットで旧仮名遣いを得意気に使うアフォ共のことを「ノズラー」と呼びましょう。

別に「得意氣に」使つてゐる譯ではないんだけれどね。
自分が使へないといふ劣等感から、さう極めつけたくなるつて事ぢやないのかい?
それと「ノズラー」の“ラ”つて、一體どこから出て來るのかな?
「ノザー」だつたら、まだ解らぬでもないが。(藁

>>188
私(>>185)は野嵜氏ではないよ。尤も、證明のしやうは無いが。
200名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/12 04:24 ID:IH7i3mkh
弐百
201名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/12 10:38 ID:vH12w24B
>199
すぐ嫉妬だの劣等感だののせいにしたがるものノズラーの特徴(藁
202名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/12 15:35 ID:7yU/RZvu
>尊敬してゐるといふ福田恆存から正統表記だけは學ばうとしないのだから、どう考へてもをかしい。

西部は論と文体と切り離してその論の中身について一定の評価をしている、ということだろう
「正統表記だけは學ばうとしない」などと発言している方こそ字面しか読めていない人、といわれるだろう

表記方法に固執しこだわっているのだから。>>198は正字正假名しか評価していないのではないかな
本音を言ったらどうかね、俺には正字正假名に固執する人間の方こそ字面にこだわっていると見ている
もしそうでなければ、略字新假名を批判する事は無くなるはずだからね
正直に言いたまえ「私は、正字正假名に固執し字面にこだわる人間で論の中身など本当はどうでもいいんだ」と

198は自ら告白している。「西部は福田恆存から正統表記“だけ”は學ばうと……」
「だけ」というからには西部の論の内容は全てと言わないまでも一応は認めており、その字面だけが気に食わないと主張しているのだ

西部はコンサヴァティブだから正字正假名などに固執しないのは当然ではないか
松原とは拠って立つ思想の根源が違うのだから。純和風と和洋折衷とでもいえばわかり易いかな
松原の論では最終的に民族主義者、国粋主義者にしかならんのだ。松原の著書は街宣右翼のバイブルとすればよかろう
支持者の質を見れば松原の論の酷さがわかるだろう、彼の思想に影響を受けると民族派右翼にしかならんのだから

追伸
松原がしていることは佐高 信 と同じだよ。
203201:01/12/12 15:40 ID:yiZQPAEg
>199
舊假名なんて使ふ氣になれば使える。
でも、「ノズラー」と同列に見られたくないから、あへて使はないまで。
204201:01/12/12 15:42 ID:yiZQPAEg
「使へる」の間違い。
鬼の首でも取ったように突っ込まれる前に書いておく。
205名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/12 16:10 ID:xGCMbTQW
「尊敬してゐるといふ福田恆存から正統表記だけは學ばうとしない」西部を非難するなら、ノズラーは何でやはり「尊敬してゐるといふ福田恆存から正統表記だけは學ばうとしない」坪内祐三を非難しないんですかね?(w
松原が卒論指導教官だからか?
206名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/12 16:18 ID:cRlxfsGs
これだけは断言できる、松原正の名を最も貶めているのは野嵜健秀にあると
207名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/12 16:59 ID:gLdPPyXp
>西部は論と文体と切り離してその論の中身について一定の評価をしている、ということだろう
福田恆存はその論の中で文体、表記の大事さを説いているのでは?
それを「論と文体と切り離してその論の中身について一定の評価をしている」というのでは
わけがわからない。切り離したのでは中身から遠ざかってしまいますよ。
208名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/12 17:52 ID:XQNqVsA7
>206
禿同。
209名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/12 21:55 ID:gaiiw5fy
>>205
別に坪内氏は保守派を氣取つてゐる譯でもないし、tradition だの prescription
だのと大仰な事を述べたりはしないからね。
210名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/12 21:56 ID:gaiiw5fy
>>202
>西部は論と文体と切り離してその論の中身について一定の評価をしている、ということだろう

そもそも、そんな事が可能であらうか。>>207さんも書いてゐるけれど。
文章の恐ろしさといふものが解つてゐないでせう? だから西部のいかがはしさ
に気づかず、ファンでゐられるのだらう。なるほど、
>支持者の質を見れば【以下略】
ですね。

>正直に言いたまえ「私は、正字正假名に固執し字面にこだわる人間で論の中身など本当はどうでもいいんだ」と
>

妄想は好い加減にして貰ひたいものだね。>>198の「字面」すら讀み取れてゐないと見える。

>西部はコンサヴァティブだから正字正假名などに固執しないのは当然ではないか

問題は、一體何を conserveするかだらう。傳統とか言葉遣ひとか西部は屡々言ふが、
そこまで言ふのなら、どうして自らの使つてゐる日本語の根本問題に思ひを致さない
のか。戰後日本に於ける言語生活の混亂の元兇が國語表記法の改惡にあるとは、
福田恆存が倦まず弛まず説いた所だが、その福田氏から一體何を學んだのか。
あなたのやうに、「正字正假名“など”」と片づける事は決して出來ぬ問題ではないか。

まあ、「眞正の保守派知識人」でござい、などとほざかなければ、別に腹も立たない
のだけれどね。あとはバークなりオルテガなりの紹介者に徹してゐてくれ、と。

>松原の論では最終的に民族主義者、国粋主義者にしかならんのだ。

あなたの持論らしいが、何の論證も無いですね。馬鹿の一つ覺えか?
211名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/13 07:32 ID:Fd2Zf7Cs
>209
旧かな使わない奴は真の福田読者ではないというのが野嵜さんの持論じゃなかったっけ?
212名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/13 16:19 ID:/YfH2WCE
>>211
ただ坪内さんも、卒論や修論は歴史的假名遣で書いてゐるよ。
現在の出版状況では、さうもゆかないのでせう。福田さんの本だつて
文庫版は殆どが現代假名遣ひですからね。その點、丸谷才一はよほど
權力があるのだらうな。
213名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/13 17:41 ID:gULPnS+y
野嵜党がネットから消えれば、松原のファンになるって言う人って意外と多いかも。
214名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/13 18:28 ID:pqJcpVJV
文字の表記法がどうであろうとも、論ずることはできるよ
長い日本の歴史の中で、言葉が一定だったとは誰も思わないだろう
その時代時代で言葉もその表記法も変化してきたのが、わが国の歴史と伝統ではないのかね
つまり、変化を肯定することがわが国の伝統と考えられないのかい?

生身の人間が生き大勢の人々の生の積み重ねが、伝統と文化を作り出すのだろう
人間が作り出すのだから変化するのは当然だよ
時代に合わせて、伝統文化の影響を受けつつも新しい文化に斬新的に社会変化する事を認めるのが保守思想だと私は考えたい
もし、一切変化してはならないというのなら、それは単なる反動でしょう。

どうも210は國語表記法にこだわっているが、そのこだわっているものが
日本の長い歴史から見て、ある一時期の表記法に過ぎないということ
建国以来、何度も表記法が変わっている事ぐらい知っているだろうに

210は表記法が永久不変のもので決して変化してはならないと考えているようだ
それは保守ではなく反動だろう。

そこまで正字正假名表記に固執するのなら、もう何も言うことないよ
このスレは正字正假名表記に固執する人が集うスレという事なのだね
215名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/13 20:30 ID:???
>>210
西部邁を批判するなら、素直に「お前は共産主義者だ」と言えば
よいのだよ。
あるいは安保闘争を反省していないだとか、西部は西尾幹二の労働鎖国論
を批判していたくせに、今では反グローバリズムを唱えているとか、日本の
政治形態が立憲君主制であることを認めていないとか、西側自由主義経済
ばかり批判して共産主義計画経済は批判しない、とかな。
松原は西部の主張をろくに点検もせずに、言いがかり的な國語表記法
批判に走っているから怠惰だというのだ。
216名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/13 23:31 ID:H5ocuW5b
>214
誰も文字表記が永久不変のものだなんて考えていないでしょう。
正字正假名を主張する人は、文字表記をする場合に、正字正假名と国字改革者が行った
新字新仮名とどちらが合理的な表記で、どちらが非合理かを考えた場合、正字正假名の
方が合理的な上に、過去にあった表記ともある程度の一貫性をとれるものだと主張して
いるのでは?
合理的だったものをなぜわざわざ非合理的なものに変えるのか、というのは筋が通って
いると思いますし、保守は文化について考えるから文化の根源たる文字や表記に固執す
るのは当然だと思いますが。
217名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/14 00:22 ID:oYHfdBqD
>>213
しかし、それも情けない態度だと思ひますよ。自分で讀んでみて、「これは良い」と
判斷したら、他のファンがどうであれ、愛讀者になればいいだけの話なのですから。
松原先生の愛讀者たるもの、さういふ獨立獨歩の行き方を取るべきです。
218名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/14 00:23 ID:oYHfdBqD
>>214
>時代に合わせて、伝統文化の影響を受けつつも新しい文化に斬新的に社会変化する事を認めるのが保守思想だと私は考えたい
>

貴方が「考へたい」と言ふのは御自由ですが、これの一體どこが「保守思想」
なのですか? こんなものは「保守」でもなければ「思想」でもない。
單なる「現状追認」の「無思想」に他なりません。多分、(西部經由の?)
エドマンド・バーク流の漸進主義の事を言ひたいのだと思ふけれど
【老婆心ながら、「漸進」は「ぜんしん」と讀むのであつて、「ざんしん」ではないぞ】
バークにせよチェスタトンにせよ、「變化する事を認める」と言つても、
それは絶對に讓れないものを「正統」として護持した上での變化容認なのですよ。
無論、「正統」とはクリスト教信仰の事です。まさか彼等は、世の中が世俗化したら
「時代に合はせて」「斬新的に」(笑) 非クリスト教的に「社會變化する事を認める」
とは言はぬでせう。
結局、貴方の謂ふ「保守思想」とやらは、保守すべき規範となるもの缺いた、「保守」
とは凡そ無縁の、單なる「なし崩し」でしかないのですよ。森鴎外も「假名遣意見」で
言つてゐるやうに、「Tolerance と云ふことを使はれる場合は多くは何か正則なものが
先きへ認めてある。正則のものがなくて Tolerance と云ふことはありませぬ。」
219名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/14 00:24 ID:oYHfdBqD
>>214
>日本の長い歴史から見て、ある一時期の表記法に過ぎないということ
>建国以来、何度も表記法が変わっている事ぐらい知っているだろうに

契沖・宣長以來、大東亞戰爭敗戰までの表記法の「變化」は、單なる變化ではなく、
正書法確立への先人たちの努力の過程なのであつて、その末にかなりの程度まで
確立した歴史的假名遣を「ある一時期の表記法に過ぎない」などと看做すのは淺薄
極まりない。さうした「變化」と、敗戰後の現代かなづかひへの「變化」(といふか
「なし崩し」)を同一視できるとは、一體全體どういふ神經をしてゐるのでせう。
あなた、本當に「保守派」なの??

「保守する」と言つたつて、一體何を保守するのか。天長節は祝はなくとも
クリスマス・パーティーは開く、國歌は歌はなくともこの時期「第9」は歌ふ、
パンツは穿いても褌は締めない、筆と硯ではなくパソコンで書く――これだけ西洋化
してしまつた現代日本のどうしやうもない實状の重みを、何故「保守派」は悟らない
のか・・・。
と、これは松原先生の「保守とは何か<番外>」の受賣りだけれど、そこにも書いて
あるやうに、「とまれ私が正字正假名を用ゐるのはそれくらゐしか保守する自信が
無いし、何事も徒黨を組んでやらうとする當節、それが己れ一人でもやれる事だから
である。」

>210は表記法が永久不変のもので決して変化してはならないと考えているようだ

鴎外も福田さんも(序でに私も)そこまでの嚴格主義者ではないですよ。ただ
その「變化」の仕方が餘りにも出鱈目過ぎる、と言つてゐるだけ。
>>216さんの言ふとほり。
220名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/14 00:25 ID:oYHfdBqD
>>215
>安保闘争を反省していないだとか、

少なくともこれは疾くの昔に批判してゐるよ。

>松原は西部の主張をろくに点検もせずに、言いがかり的な國語表記法
>批判に走っているから怠惰だというのだ。

君は『月曜評論』を讀んでゐないだらう? 同誌に於ける西部批判で
「國語表記法批判」はほんのおまけみたいなものであり、あくまでも眼目は、
文章に顯れてゐる西部のいかがはしさを徹底的に追及した點にある。
「反グローバリズム」だの「共産主義計畫經濟」だの、そんな政治經濟の
次元でしかないものよりも、人間としての生き方を論ずるはうが
遙かに遙かに大事だらう。
221名無しさん@お腹いっぱい。 :01/12/14 09:31 ID:bNqNb/GS
 ノズラーはじめ歴史的仮名遣いをネットで使用する連中への嫌悪感は、
仮名遣い自体の問題ではなく、使う連中の自意識のありようこそが問題
になっていることをなぜ気づかぬのか。漱石の文章が歴史的仮名遣いで
つづられていようともそれはあたりまえで問題になるはずがない。
 例を挙げれば、ボランティア活動はそれ自体は賞賛されるべきことだが、
そうした活動に携わっている連中が必ずしも好ましい連中だとは限らぬだろう。
それとおなじことなのだ。
222名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/14 12:47 ID:rjf0vHxG
>>221
大して適切な例とは思へないが、その「連中の自意識のありやう」とやらに
ついて、もう少し詳しく解説してくれないか。
223名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/14 16:51 ID:ZE5sNou1
>これだけ西洋化してしまつた現代日本のどうしやうもない實状の重みを、何故「保守派」は悟らないのか・・・。

わが国は建国以来、外来の文化を受けいて続けてきた歴史があるのでは?
事実、大陸文化を受け入れ長い年月をかけて日本人の血肉となっているではないですか
外国発祥の文化を排除したら、日本文化の大部分を否定しなければならなくなりますよ
「外国発祥の文化を受け入れるのがわが国の伝統」、と考えなければ整合性が取れませんよ

中国発祥であれ西洋発祥であれ外来文化という意味においては一緒なのですよ。
西洋発祥の文化だけは気に食わないといわれるのですか、それは単に西洋コンプレックスでしょう
今の若年層に西洋に対する劣等感など微塵もありません、劣等感がないから受け入れることができるのです
まるで219は、過剰な日本人コンプレックスを持ち、日本文化排斥運動をする韓国人と酷似した思考ではないですか
このような思考は劣等感であって思想ではありませんよ。保守ではなく劣等感主義なのでは?恨の思想のような…
中国文化であっても西洋文化であっても日本人にとっては同じ外来文化なんですよ
ですから「外国発祥の文化を受け入れるのがわが国の伝統」、と考えなければ日本の長い歴史からみて整合性が取れませんよ
西洋化というより近代化と考えたほうがいい

>これは松原先生の「保守とは何か<番外>」の受賣りだけれど、そこにも書いてあるやうに、「とまれ私が正字正假名を用ゐるのはそれくらゐしか保守する自信が無いし、何事も徒黨を組んでやらうとする當節、それが己れ一人でもやれる事だからである。」

>バークにせよチェスタトンにせよ、「變化する事を認める」と言つても、それは絶對に讓れないものを「正統」として護持した上での變化容認なのですよ。

219がこの言葉の一言一句に同意しているとすると、やはり字面だけにこだわっているといわれても仕方がないのでは?
「とまれ私が正字正假名を用ゐるのはそれくらゐしか保守する自信が無いし」と主張されているのだから
つまり、あなたのいう保守とは正字正假名を用いる程度のものでしかないというわけだ。
「絶対に譲れない正統」とは正字正假名という字面のことでしょ
224221ぢゃないよ:01/12/14 17:26 ID:qFud+wvQ
>222
「連中の自意識のありやう」というのは、簡単に言えば、『「松原正」を読んで、歴史的仮名遣い」を身につけているワタシ達こそ真の保守。「ゴー宣」や「西部邁」などを読んでいる奴等なんて、所詮無知蒙昧な愚民よね』っていうこと。
要するに、ノズラーにとって「松原正」も「歴史的仮名遣い」も、他者を差別し見下す為のツールにしか過ぎないってことですね。
これって、要するに「ヲタクの自意識」に他ならないんだけどね(藁。
ほら、アニヲタとかにいるでしょ?
他のアニヲタと知識比べして、そいつが自分より劣ると、勝ち誇ってそいつのことを見下すような奴。
225名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/14 17:29 ID:qFud+wvQ
だから別に「松原正」や「歴史的仮名遣い」ぢゃなくても、何でもいいんです。
「浅田彰」でも「吉本隆明」でもいい。これは単に嗜好の問題。
226名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/14 17:37 ID:qFud+wvQ
「これだけ西洋化してしまつた現代日本のどうしやうもない實状の重みを、何故「保守派」は悟らないのか・・・。 」とか宣うんだったら、まづネットやめろと言いたいね、あたしゃ(藁
227221:01/12/14 21:03 ID:MQFJnJXi
自意識のありようについての説明はしない。少しもピンとこないのだったら
もはや対話不能だからだ。以上。
228名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/14 22:02 ID:2znrpO8m
>>223
>中国文化であっても西洋文化であっても日本人にとっては同じ外来文化なんですよ

 何とお目出度い事を・・・(呆)。貴方は兩者の決定的な相違點を見落してゐる。
前者の攝取については或る程度「内發的」と言へるにしても、後者の攝取は
決してさうしたものではない。歐米列強の殖民地とされぬやう、急拵への
「文明開化」を行はざるを得なかつた、すなはち壓倒的な西洋の脅威に
晒された末の「外發的」なものだ。

>西洋化というより近代化と考えたほうがいい

 冗談は休み休み言つて貰ひたい。實體は「近代化といふより西洋化」なのだ。
しかも近現代日本の混迷状況は、その殆ど總てが「文明開化」の齎した適應異常に
起因してゐるではないか。自由だの平等だの民主主義だの、口にしてゐる者たち自身も
實はよく解つてゐない西洋傳來の思想が惹き起す數々の悲喜劇。
「和魂洋才」を唱へ、肩肘張つて生きた明治の先人たちの苦惱なぞ、>>223如きには
たうてい理解出來まい。所詮、物質的な「文明の利器」しか目に入らぬのであらう。

>今の若年層に西洋に対する劣等感など微塵もありません、劣等感がないから受け入れることができるのです
>

 別に劣等感など感じる必要は無いが、もはや適應異常を適應異常と感じられない
くらゐ鈍感になつてしまつたといふ事に他なるまい。

>つまり、あなたのいう保守とは正字正假名を用いる程度のものでしかないというわけだ。

 では逆に借問するが、貴方にとつて眞に「保守」するに足ると自信を持つて言ひ切れる
規範とは何か。
 さうしたものが既に殆ど殘されてゐないから、せめて正統表記くらゐは...と言つて
ゐる心情が、どうして解らないのか。悲壯ぶる積りは無いけれど。

 いづれにせよ、「外國發祥の文化を受け入れるのがわが國の傳統」などと
味噌も糞も一緒にして平氣でゐられる能天氣な>>223は、保守思想とは凡そ縁遠い御仁
らしいから、別に返事は期待しない。
229名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/14 22:03 ID:2znrpO8m
>>224-226
獨創的な解説、どうもありがたう。

だけど君みたいな手合は、「無知蒙昧な愚民よね」とて
「差別し見下」したくもなるわな。(嗤
230名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/14 22:04 ID:2znrpO8m
>>227
對話を拒否してゐるのは一體どちらかな。
明確な言葉で説明できないのなら、始めから書込みなどせぬが宜しい。
>>224-226みたいな低腦にすら出來る事なのに。
231221:01/12/14 22:32 ID:MQFJnJXi
この掲示板に書き込むならば、対話をしようという
姿勢がなくてはならないなどという前提がいったいどこにあるのか。
この話、私は一方的に対話を拒否し、一方的にやめる。
232名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/14 23:06 ID:bcwWgl5w
>>231
何だ、ただのヒッキーだつたのか。
233名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/15 00:37 ID:dq2emcDX
そんな事より松原正先生、ちよいと聞いて下さいよ。御存じないでせうけど。
昨日、2chの松原スレッド行つたんです。2chの松原スレッド。
そしたらなんかファンやらアンチやらが一定數ゐて、簡單に入り込めたんです。
で、よく見たらなんかアンチの一人が、「西部邁はコンサヴァティヴ」とか書いてあるんです。
もうね、アホかと。馬鹿かと。
お前らな、西部ごときで普段來てない2chの松原スレッドに來てんぢやねえよ、ボケが。
西部だよ、西部。
なんか親子連れとかもゐるし。一家4人で2chの松原スレッドか。おめでてえな。
よおしパパ『發言者』年間購讀しちやふぞ、とか言つてるの。もう見てらんない。
お前らな、購入後ツンドク状態になつてゐる『國民の道徳』くれてやるから、つまらん書込はやめろと。
2chの松原スレッドつてのはな、もつと殺伐としてるべきなんだよ。
眞摯な論客同士、いつ喧嘩が始まつてもをかしくない、
刺すか刺されるか、そんな雰圍氣がいいんぢやねえか。女子供・ヒッキーは、すつこんでろ。
で、やつと靜まつたかと思つたら、隣の奴が、「斬新(ザンシン)的な社會變化を認めろ」とか言つてるんです。
そこでまたぶち切れですよ。
あのな、「斬新的な社會變化を認めろ」なんて、けふび流行んねえんだよ。ボケが。
得意げな顏して何が、「斬新的な社會變化を認めろ」だ。
お前は本當に「斬新的な社會變化」を認めたいのかと問ひたい。問ひ詰めたい。小1時間問ひ詰めたい。
お前、本當は「漸進(ゼンシン)的な社會變化を認めろ」つて言ひたかつたんちやふんかと。
2chの松原スレッド通の俺から言はせてもらへば今、通の間での最新流行はやつぱり、
「けつねうろん」、これだね。
松原正・けつねうろん・加地伸行。これが通の頼み方。
けつねうろん つてのは油揚げが多めに入つてる。そん代はり根性が少なめ。これ。
で、それに松原正の加地伸行への當て擦り。これ最強。
しかしこれを頼むと次から『月曜評論』編輯部にマークされるといふ危險も伴ふ、諸刃の劔。
素人にはお薦め出來ない。
まあお前らド素人は、藤岡信勝の連載「マンスリーノート」でも讀んでなさいつてこつた。
234名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/15 03:19 ID:???
松原正と統一協会系が対立しているとは知らなかった。
勝共連合が松原正を講師に招いたり、一方、松原正がラジオ番組で「世界日報」を
推薦していたこともあった。
蜜月時代は終わっていたのか。
235名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/15 03:49 ID:qw3LTUF1
>>234
政治的には一時的な連帶も可能でせうが、窮極的には文鮮明などといふ僞物を
許容出來ないでせう。
236悲しい定め:01/12/15 03:52 ID:scMJXLyY
237名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/15 03:59 ID:???
>>236
逝ってよし!
238224-226:01/12/15 07:43 ID:wmr8VsEq
>230
言いたいことは逝ったので、とりあえず終わり。
ノズラー(野嵜?)が、ワタシの愚見に、罵るのみで何の反論も出来ないことが分かったことだし(藁
239名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/15 07:44 ID:wmr8VsEq
>233
吉野屋ネタ、もうあきたよ。
「低腦」にはパクリが相応しい(藁
240名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/15 15:52 ID:MBzR1HOh
>>228
思想と政治思想とは違うでしょう、政治思想は政治、経済などを内包したものでなくてはならないから
コンザヴァティブとは政治思想のことなんですよ。単なる思想ではなくて。

西部は政治思想を志向しているのでは?だとすると、松原が西部を批判するのは筋違いということになる
思想と政治思想は畑違いなのだから。政治思想は現実にある諸問題の影響を受け、どうしても
実践主義、実用主義的な考えを取り入れ思想との融合を図らなければならなくなる。
思想とリアリズムとの折り合いをつける必要性に迫られるわけだ。松原も思想と政治思想の区別ぐらい
出来そうなもんだがね。

>貴方にとつて眞に「保守」するに足ると自信を持つて言ひ切れる規範とは何か。

永久不変の社会規範などないよ。時代時代によって変化するものだ平安、江戸、昭和各時代ごとに
それぞれの規範がある、変化することが当然だ。
ただ、「保守」するに足ると自信を持つて言い切れるものがあるとすれば、それは、唯一
天皇しかない。
社会が変化するのは避けられないから、せめて天皇ぐらいは……といいたいのだけどね。

ところで天皇家は随分西洋化した生活習慣をしているが、なぜ松原は天皇批判しないのかね
もし、自分の思想に殉ずる気概があるのなら、天皇批判しなくてはならなくなるのでは?
天皇が西洋化した生活をしているのは知っているはずだし。不可解だ。

以前のカキコで松原支持者は民族派右翼にしかならないと述べたが、ますますその思いが強くなったよ
松原支持者は彼の思想を教条化しているのではないのかな、絶対視し信仰的イデオロギー化しているように
見える。少なくともリアリズムを否定しているようだ。これでは空想的国家主義者にしかならないよ。
こういうことを書くと「馬鹿の一つ覚えか」とまた>>228にパターナイズされたお叱りを受けるかもしれないが…

>保守思想とは凡そ縁遠い御仁らしいから、別に返事は期待しない。

俺は、リアリストでありマキャべリストでしかないよ。
241名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/15 17:40 ID:m7EXvKST
ノズラーがそんなに伝統を保守したいと思うんだったら、歴史的仮名遣いだけでなく、吉田満の「戦艦大和の最期」の如く、文語体で書き込みしろ。
242名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/15 17:42 ID:BaD1DNNw
>>240
>コンザヴァティブとは政治思想のことなんですよ。単なる思想ではなくて。

>西部は政治思想を志向しているのでは?

とすると、土臺、西部は福田恆存には縁が無いわけだ。少なくとも福田さんの謂ふ
「保守」とは、人間としての生きる態度を第一義的に指してゐるのだから。
なるほど、道徳の問題とは殆ど關係の無い『國民の道徳』なる駄本を西部が書いて
しまふのも良く解る。

>ところで天皇家は随分西洋化した生活習慣をしているが、なぜ松原は天皇批判しないのかね

貴方は未讀かも知れないが、『天皇を戴く商人國家』で既に批判濟み。
西洋流の合理主義思想に侵されて、將來、宮中祭祀を蔑ろにするやうになつてしまつたら、
そんな天皇はもはや天皇ではない、と。
243名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/15 19:09 ID:vmlUx1hB
>>240
>思想とリアリズムとの折り合いをつける必要性に迫られるわけだ。
西部が政治思想を志向しているにせよなんにせよ、リアリズムや政治思想、経済や政治
だけを語って、折り合いをつけるべき、思想、つまり文化や保守すべきものについて
語らなければ、論として全く釣り合いがとれなくなってしまいますが西部は政治や経済は
論じても文化や道徳の本質にはほとんど全くといっていいほど触れようとしない。

リアリズムなどとは関係なく、ある一方しか論じないのでは西部自身がいう保守主義者として、
思想家として不誠実としかいいようがありませんよ。
244名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/15 20:03 ID:???
スレ違いかもしれんけど福田恆存の蕎麦屋の話って何に載っているの?
245名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/15 20:10 ID:LmisZvd9
>>240
>永久不変の社会規範などないよ。
変化した社会情勢にのっかり左翼運動から保守に乗り換え、なんの声明もない出鱈目な
西部がいるように、時代の変化によって規範も出鱈目になりうるが、あなたはそれを
「変化して当然」というの?

社会や時代は変化するが、そういう変化に耐え、文化が文化足り得る最低限の基盤や
道徳は何かを考え、守り抜こうとするのが保守だと思うし、それをやっているから
福田恆存や松原氏は本当の保守だと思うよ。


>俺は、リアリストでありマキャべリストでしかないよ。
「政治主義」者ではあると思うね。
246名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/15 20:31 ID:???
>>220
まあ、松原が西部邁を批判している点は賛成なんだがね。

>そんな政治經濟の次元でしかないものよりも、人間としての生き方を論ずるはうが
>遙かに遙かに大事だらう。

この辺だな、松原および松原信者に嫌らしさを感じるのは。
「人間としての生き方」が書かれている文学さえ読んでいれば世界が分かる、
と言いたい訳だ。さらにその文学に通じている自分にこそ世界を論ずる資格があると。
時代錯誤の文学至上主義だな。

それと松原と西部に共通することなんだが、なぜ「保守」という言葉に異常に
拘泥するのかね。
保守なんていう言葉は、西側自由主義支持者に対する単なるレッテルに過ぎない。
むしろ戰後の保守は「反対のための反対」を叫んでいた旧社会・共産党の方で、
革新は自民党の方ともいえる。
バークにしても、彼は熱烈な王党派であり、フランス革命打倒を主張して、
対仏戦争を仕掛ける計画すら立てていた。文学愛好者が好むような穏やかな
人物ではない。
247名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/15 21:40 ID:oV9Av0Mr
>>246
>「人間としての生き方」が書かれている文学さえ読んでいれば世界が分かる、
>と言いたい訳だ。

 貴方は本當に松原正を讀んでゐるのか。福田さんにせよ松原さんにせよ、
彼等ほど政治やら軍事やらの文獻を渉獵してゐる日本の「英文學者」は
ゐないと思ふぞ。どこが「時代錯誤の文學至上主義」なものか。
 要するに、吾國の社會科學者たちが餘りにも「人間不在」の論議に血道をあげて
ばかりゐるから、人間そのものに對する關心を持てと、口を酸つぱくして
「政治至上主義」を窘めてゐるのだよ。

>さらにその文学に通じている自分にこそ世界を論ずる資格があると。

 「文學に通じて」さへゐず、人間についてまるで無知な連中に、
「世界を論ずる資格がある」とも思へないがね。

>それと松原と西部に共通することなんだが、なぜ「保守」という言葉に異常に
>拘泥するのかね。

 西部はともかく、松原・福田兩氏の謂ふ「保守」とは單に政治的なもの
ではない。>>242參照

 序でながら、貴方のバーク觀は彼の政治的側面のみに囚はれてゐるやうだが、
それでは不充分。彼は元々は美學者・哲學者なのだよ。

>文学愛好者が好むような穏やかな人物ではない。

 松原さんも決して「穩やかな人物ではない」んだけれど。(笑)
248名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/15 22:38 ID:wHLddBsd
>>246
>この辺だな、松原および松原信者に嫌らしさを感じるのは。
>「人間としての生き方」が書かれている文学さえ読んでいれば世界が分かる、と言いたい訳だ。
生き方としての哲学が無ければただ政治や経済に振り回されるだけと松原氏は言っているので
あって、世界がわかる云々などとはいってないでしょう。相手の主張を曲解せず正しく読み取り
ましょうよ。

>なぜ「保守」という言葉に異常に拘泥するのかね。
松原氏や福田恆存が使う場合「保守」という言葉は、ある思想を内包するが、
あなたが使う場合「保守」という言葉は「保守なんていう言葉は、西側自由主義支持者
に対する単なるレッテル」という意味らしい。
「保守」という言葉の意味の定義が違う。故にあなたが「なぜ「保守」という言葉に異常に
拘泥するのかね。」といっても通じない。

>文学愛好者が好むような穏やかな人物ではない。
文学愛好者が穏やかな人物を好むという根拠は?
249名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/16 03:04 ID:RIR/RuTt
>契沖・宣長以來、大東亞戰爭敗戰までの表記法の「變化」は、單なる變化で
>はなく、正書法確立への先人たちの努力の過程なのであつて、

>さうした「變化」と、敗戰後の現代かなづかひへの「變化」(といふか
>「なし崩し」)を同一視できるとは

現代仮名遣いは敗戦によってなし崩し的にできたものではない。
国語のありかたを憂える明治末以来の、先人の努力がそこに反映
されている。戦前の我が国の政府自体が、国民教育の見地からす
でに検討していたものではないか。
戦争が継続していれば広範な分野への国民動員の必要性から仮名
遣い改革、漢字制限は敗戦を経ずして実現したはず。

それを阻んでいたのは、一度習得したものの既得権によって一般
国民に対し自らを差別化して利益を得ていた知的エリートたち。
250名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/16 03:41 ID:YtXUmJxL
>>249
今更、古色蒼然とした詰らぬ階級史觀的言語論はやめてね。

>国語のありかたを憂える明治末以来の、先人の努力がそこに反映
>されている。

だから、その彼等の「努力」の方向性が凡そ的外れだと言つてゐるんだよ。

>戦争が継続していれば広範な分野への国民動員の必要性から仮名
>遣い改革、漢字制限は敗戦を経ずして実現したはず。

その「國民」とは、主として南方の占領地域の住民の事だらう?
別にどうでもいいけど、君は帝國主義的言語政策を支持してゐるわけね。
とまれ、さういふ政治的必要性からのみ言葉の在り方を考へるのは邪道だな。
この政治至上主義者め。
251名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/16 07:24 ID:u3qGgNTF
野嵜の如き者に、「人間通」云々言われたくないよね(藁。
アンチ松原のみならず、松原読者にまで何故嫌われるのかも分からない様な御仁なんですから・・・
252名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/16 08:11 ID:u3qGgNTF
>248
松原讀者だつたら、正字正假名で書け。
この低腦が(嗤
253名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/16 08:13 ID:u3qGgNTF
西部邁の本なんて、所詮高卒者が讀むやうな本だよ(嗤
254名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/16 08:16 ID:u3qGgNTF
「ゴー宣」なんかは、道路をピツケルで耕してる中卒ドキュソが讀むやうな本(嗤
255251-254:01/12/16 08:26 ID:u3qGgNTF
松原の受け売りしか腦のない松原信者はウザいということだ、要は。
256251-255:01/12/16 08:42 ID:fyVOOlkl
 お前の心は相当荒んでいるな。
 恐らく孤独な引篭もりと思われ
257名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/16 10:06 ID:cMRC3k3z
>>251
 まったく同感。
>>244
蕎麦屋の話とはなにか。もうちょっと詳しく話してもらわないとわからん。
258名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/16 10:28 ID:DfPaIX+/
Nozサンのお友達(嗤
ttp://www2.plala.or.jp/Nieztche/mammy/
259 :01/12/16 14:35 ID:???
結局、アンチ松原の人たちは、議論では敗北したわけですか?
260名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/16 17:17 ID:3bxyvnnR
>、『天皇を戴く商人國家』で既に批判濟み。西洋流の合理主義思想に侵されて、將來、宮中祭祀を蔑ろにするやうになつてしまつたら、そんな天皇はもはや天皇ではない、と。

推測だが、松原が論壇から締め出されたのはこれが原因なんじゃないかな?狂信的な天皇主義者ってのがまだまだ大勢いるからね
右翼系の掲示板にも、信仰的な崇拝の対象として天皇を見ている人がいるけど、俺にはとてもついて行けないよ。
だから俺は右翼系の掲示板には行かないことにしている。現在の信仰の対象としない象徴天皇制までならいいけど。

>変化した社会情勢にのっかり左翼運動から保守に乗り換え、なんの声明もない出鱈目な西部がいるように…

西部が保守主義者となった経緯は「国民の道徳」の冒頭に書いてありますよ。彼が青年時代に左翼運動に関わったのは
まさにそのような時代だったとしか言い様がないのでは?俺が生まれる遥か以前のことで当時の真相はよくわからんけど
教養を得、また己の経験や他者との交わりの中で、自分自身の考えが変わることはそれほど珍しいことではないでしょう
俺には考えが変わらない方がおかしいと思う。社会情勢にのっかっただけというのは悪意に満ちた見方ですよ
当然、西部自身も苦しい葛藤を経てのことでしょう、それを勝ち誇ったように口汚く罵るのは野暮というものなのでは

>福田恆存や松原氏は本当の保守だと思うよ。

本物とか偽者とかいう考え方はやめたほうがいいのでは?いろんな説があっていいじゃないですか。
>>163>「一人一党的なおおらかさといった保守派の美風?が全く感じられないんですよ」。この言葉をそっくりそのまま返したいですね。

福田恆存や松原正は観念的過ぎるところが引っかかるんだ、思想は観念だといわれればそれまでだけど…
違和感を感じるのは、俺が西洋哲学や社会学を少しかじったからかも知れない

このスレで松原思想の影響を受けた人と言葉を交わして感じたことは、やはりニヒリズムの匂いを感じてしまう。
社会学的見地からきっちりとした論証ができると思うけど、ここではやらない。

2ちゃんだから仕方がないけど、このスレに口汚い言葉で一行レスをつけ、煽る人が現れたので
ひとまずこれで終了します。俺のカキコに付き合ってくれた人ありがとう。(また来るかも…)
261名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/16 18:25 ID:G7mOg8J7
このスレッドが荒れるのを防止するために、新たに正假名趣味者スレを作成しました。
今後、正統表記関連のカキコはここでお願いします。
http://tmp.2ch.net/test/read.cgi/sisou/1008494627/l50
262名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/16 18:39 ID:jeAs2nVH
>>260
しをらしい別れの言葉で終つてゐるところ、殘酷なやうだが、最後の追ひ打ちを
かけておかう。

>推測だが、松原が論壇から締め出されたのはこれが原因なんじゃないかな?狂信的な天皇主義者ってのがまだまだ大勢いるからね
>

 論壇に於て「狂信的な天皇主義者」が實權を握つてゐるわけがない。左翼崩れの
老“リベラリスト”猪木正道を批判したからですよ。

>西部が保守主義者となった経緯は「国民の道徳」の冒頭に書いてありますよ。

 松原さんはその部分を徹底的に批判し、西部が如何に道徳的にいかがはしいかを
完膚無きまでに剔抉してゐるのですけれど。欺瞞に滿ちた自己正當化の數々をね。

>福田恆存や松原正は観念的過ぎるところが引っかかるんだ、思想は観念だといわれればそれまでだけど…
>違和感を感じるのは、俺が西洋哲学や社会学を少しかじったからかも知れない

 初期の福田さんは別としても、松原さんのどこが「觀念的過ぎる」んでせうか。
社會學はともかく、西洋哲學なぞプラトン以來、觀念論のオン・パレイドでは
ないですか。一體どんな「西洋哲學」を「少しかじつた」のかしら?? 傳統的な觀念論
の「脱構築」を企圖する今の西洋哲學とて等しく「觀念的」だとしか思へませんが。

 さういふ生半可な齧り方をするから、

>このスレで松原思想の影響を受けた人と言葉を交わして感じたことは、やはりニヒリズムの匂いを感じてしまう。
>

などと平氣で書けるわけだ。この日本國で「ニヒリズム」なるものが果して成り立ち
得るのか、根源的に考へてみるがよい。唯一絶對の善なる存在である神の死を知らぬ
吾々日本人にとつて、ニヒリズムなんぞ、つひに無縁のものではないか。貴方は、
彼我の差をまるで意識してゐない。

>社会学的見地からきっちりとした論証ができると思うけど、ここではやらない。

 自分一人の心中で祕かに妄想するのは構はないが、公の場で意見表明する場合、
このやうな言辭は全く無意味。單なる虚勢にしか見えません。
263名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/16 19:24 ID:aowC9wqA
>>255
文字通り「腦のない」お前のウザさに比べたら、まだマシだよ。(藁
264名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/16 19:32 ID:ITVnbIUX
>>260
>狂信的な天皇主義者ってのがまだまだ大勢いるからね
『天皇を戴く商人國家』をきちんと読めば松原氏が「狂信的な天皇主義者」などからは程遠い
ことがわかるよ。

>西部自身も苦しい葛藤を経てのことでしょう
その「苦しい葛藤」が、西部がよく論うニーチェやキルケゴ−ルほどにも、西部の
本や文章にはみることができないのです。
思想が変わることはあるけれども、いともたやすく変化させる思想家は信用できま
せんし、そこが日本の思想家と西洋の思想家の大きな差だと思います。

>本物とか偽者とかいう考え方はやめたほうがいいのでは?
少々語弊があったかもしれませんが、自らの思想と言説とに筋を通している、という
意味で「本当」とつかいました。

>やはりニヒリズムの匂いを感じてしまう。
絶対的な倫理と無縁な日本人はニヒリズムなどとも無縁ですよ。
265現実:01/12/17 05:35 ID:+aCjPnhJ
長文になります.ゴメン.

余談.
不勉強で申し訳無いが,>>249 のような言語政策は,当局の言語政策として,
実際に実施を予定されていたのだろうか? それとも>>249 個人の,
憶測・預言の類だろうか? どうも,実際にそういった政策が存在したような書き方
ですが,,,

本論.福田恆存の『私の国語教室』は一体何を目的として書かれたものだろうか?
当然,>>214 の言うような「決して変化してはならない永久不変の表記法」の聖典を
目指して,福田が,同書を書いたわけではない,,,,というのは間違いない.
また,正字正仮名を【悪い意味で】の政治的道具とするために
(保守/非保守の識別のための踏絵的使用「正字正仮名を使用しないヤツは,
アカか似非保守!」),一連の国語運動をしたわけでもない(はずだ).
266現実:01/12/17 05:36 ID:+aCjPnhJ
だとすれば,あれは何のための運動だったのか?
>>210 のフレーズを借用すると「戰後日本に於ける言語生活の混亂」を指摘する
ための運動だったのではないだろうか.誤解されないように,もう少し正確・具体的に言うと,
当時,敗戦を契機に「猫も杓子も民主主義万歳」の状況があったのは周知の通り.
敗戦までは,忠君愛国を説いていた君子が,戦後は「天は人の上に人を造らず」を説くとか,
生徒に特攻を強いた教師が,平和と生命の尊さを謳ったりとか,
ヤミ市を取り締まる警官が,ヤミ市で生活の糧を得ていたりとか,
「鬼畜米英」を叫んだ右翼連中がアメリカべったりになったり,とか.
つまり,言論の,あるいは思想の,論理的一貫性と倫理的一貫性が蹂躙される状況があちこちであって,
そういった思想の一貫性を踏みにじる象徴的存在が,いわゆる「進歩的文化人」
だったわけです(多分).
当時の「正字正仮名」論者の,一連の国語改革批判には,以上のような歴史的文脈を
踏まえることなしには語れないと思う.あの福田恆存が,文化の歴史的地理的流動性・
相対性という問題を考慮していなかったとは思えない(考慮していなかったら,
そこらへんの三流“自称”保守評論家と同じだ).
#余談だが,言語の認識論的な「正しさ」なんて,論じても水掛け論にしかならないだろう.
267名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 05:37 ID:+aCjPnhJ
だから,福田の「国語教室」論は,単なる「正字正仮名」のリゴリスティックな保守(反動?)が,
目的ではない.本来の目的は,戦後有り難がって新仮名を使い始める進歩的文化人批判,,,,
,,,を通じて倫理の問題を論ずる,,,のがその究極的な狙いだったのだと思う.
その意味では,福田による,国語の【政治的利用自体は】否定できないと思う.
「正字正仮名」の政治性哉!.

福田は,戦後憲法についても論じているが,これも【日本国憲法内容そのもの】を
批判している,というよりは【戦前,大日本帝国憲法万歳だったくせに,戦後豹変して
日本国憲法を有り難がって押し戴く人々】の心性を批判しているのだと思う.
つまり,福田―松原に共通するのは,論理的/倫理的一貫性の重視ということ.
頭のいい彼ら(,,と,俺が言うのもカナリおこがましい..)は,
倫理・道徳の相対性ということもわかっている
(【A道徳】にのっとり【B道徳】にのっとらない人々に,「貴方方はどうして
【B道徳】を守らないのですか!」と叫んでも批判にはならない.
「貴方方は【A道徳】と矛盾しているではないですか!」というのは批判になる).
>>11 >>187 で,松原先生が向坂逸郎や太田薫を評価している,とあるが,このことが
上記の俺の主張の補強になるかと思います.「敵である」向坂を評価して,三流保守を評価しない
理由は,まさに【一貫性の有無】という点にあるわけです.
268現実:01/12/17 05:39 ID:+aCjPnhJ
以上を前提とすると,福田先生でも松原先生でもなく,
まさに(おそらく戦後生まれで当用漢字・仮名を所与として育った)
【私】【貴方】【我々】は,正字正仮名の実践に対して,どのような態度を採るべきで
しょうか.俺個人の今のところの考えは,>>64 です.ワカイシュウの正仮名使いは,
「ファッション」「やせがまん」百歩譲っても何らかの政治的所信表明くらいにしか
受け取れません.

生まれた時から「センゴミンシュシュギ」「当用字」「日本国憲法」の世界だった
(少なくとも)俺にとっては,これらを支持すること自体は欺瞞でも何でもないし,
また,内在的な論理的/倫理的一貫性に反するわけでもありませんし,
さらに「自然体」でもあります(2chユーザーの多くにとってもそうでしょう.
極端に言えば,我々の多くは,アメリカ人と同じような感覚でしか,
福田が生きた50年前の世界を考えられないでしょう.
あるいは,若者が,新奇さに惹かれて旧仮名を使用しているのなら,その感覚は
まさに「オリエンタリズム」ではないですか?).

長文容赦
269現実:01/12/17 05:42 ID:???
イカン,完徹になってしまいそうだ....涙

>>134
違います(笑) 宮崎さんほど肥えても年を重ねてもいません(笑).
270名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 08:19 ID:10w3uLSL
age
271名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 11:46 ID:QIhe29J2
 「絶対に譲れないもの」が「旧かな遣い」だなんてちゃんちゃらおかしいな。
 最も美しい言語との評価もあるフランス語を見てごらんよ。
 あれは、ラテン語が「乱れた」結果なのだよ。
 「漸進」ってやつさ、それこそね。

 あと西部批判は的外れもいいところだぞ。
272名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 12:23 ID:7ewq0gX4
>>271
>「絶対に譲れないもの」が「旧かな遣い」だなんてちゃんちゃらおかしいな。

 もうこれぐらゐしか殘つてゐるものは無いだらう、と言つてゐるのが解らんのかね。
或る程度まで合理的に固まつて來てゐた體系を、どうしてわざわざ不合理な代物に
置き換へる必要があるのか、といふ事。

>あと西部批判は的外れもいいところだぞ。

 あ、さう。それぢや具體的に指摘して下さいな。
273 :01/12/17 12:42 ID:???
>>271がちゃんちゃらおかしいな(w
274名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 12:53 ID:7ewq0gX4
>>268
>生まれた時から「センゴミンシュシュギ」「当用字」「日本国憲法」の世界だった
>(少なくとも)俺にとっては,これらを支持すること自体は欺瞞でも何でもないし,
>また,内在的な論理的/倫理的一貫性に反するわけでもありませんし,
>さらに「自然体」でもあります(2chユーザーの多くにとってもそうでしょう.

 何とかして自分を納得させよう納得させようといふ心理が看て取れる文章ですね。
松原先生だつて、「お前らも正字正假名を使へ」などと強要してゐる譯ではない。
正しいと信じたら、自らの自由意志で能動的に「決定的囘心」を行へば良い。
それは「ファッション」だの「オリエンタリズム」だのとは異なる次元の話でせう。
ただ、大仰に保守主義者を名乘る御仁が、文化の根幹とも言へる言葉を保守しようと
せずして一體何が「保守」だ、と難じてゐるに過ぎない。
275名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 13:28 ID:qLi9rPUM
>274
ウザいのは、決して「松原正」や「歴史的仮名遣い」それ自体ではなくて、「松原理論」の受け売りしか能のないお前等だということに何故気づかないんでしょうかねぇ(ワラ
276名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 14:07 ID:7ewq0gX4
>>275
受賣すら出來ぬ能なしのお前よりはマシだと言つてゐるのがどうして解らんのでせうねえ。
277名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 14:09 ID:LzG11QtL
>もうこれぐらゐしか殘つてゐるものは無いだらう

 馬脚が出てますよ(笑)。旧かなしか残ってるものがないだって?!
 西部だのなんだの、「松原以外」を批判するくせに、実は彼らの書いた
ものもろくに読んでもいないのがばれちゃいましたぜ?
 保守主義とは「プレ」…つまり「今より前」を常に参照する精神だと何
故わからないのかね。

 大体、西部邁の文章が難解だと感じている時点で不教養を曝け出してるよ。
 英語を多用する? 西部が英語の語源学に明るく、英語からは語源を明示し
やすいから使っているというのが何故わからないのかねえ。
 接頭語、接尾語等々で分解しやすい、というのも勿論ある。

 しかし、「保守とは旧かな遣いを守ること」なのかい? 恐れ入ったよ。
278名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 14:12 ID:LaQ1pegG
>276
出來ないのぢゃなくて、恥づかしいかたしないだけ。
279名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 14:14 ID:dSFDbAQk
>ただ、大仰に保守主義者を名乘る御仁が、文化の根幹とも言へる言葉を保守しようと
>せずして一體何が「保守」だ、と難じてゐるに過ぎない。

 たとえば西部。言葉を守ろうとしてるじゃないか。とことん言葉にこだわってい
るじゃないか。「言葉=正字正仮名」だと思った時点で浅いんだよ。
 もうすこし、「言葉」というものの「本当」について思いを巡らせてみては
どうだい。
280名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 14:14 ID:LaQ1pegG
>278
訂正
出來ないのぢゃなくて、恥づかしいからしないだけ。
281名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 14:15 ID:7ewq0gX4
>>265
以下の駄本に言及あり。
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/00/0/0029010.html
282名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 14:19 ID:LaQ1pegG
日本が、アメリカ文化に毒されているというのは理解できる。
でも、

残っている日本伝統は何だ?

正字正仮名しかない!

だったら正字正仮名を保守しようではないか!

だから、オイラは保守だ!

って、話が飛躍するのかなぁ?
283 :01/12/17 14:26 ID:EwguILhE
残っている日本伝統は何だ?

正字正仮名しかない!

正字正仮名を保守しようとしない奴は保守主義者じゃない

ってのも飛躍もいいところだよね。
っていうか、2番目で既にして誤っているわけだけど。
284 :01/12/17 14:32 ID:35N1dLR/
 そもそも、「正字正仮名しか保守するものが残ってない」なんて、
真正保守主義者の口から出てくる言葉じゃないぜ。なにが言葉にこだわってるだ。
 それとも、松原信者は「現状維持保守主義者」なのかい?
 そうじゃなければ、別に「現状残っていないものでも歴史から掘り起こして保守
する」のが、真っ当な保守主義者だろう?
 もっとさあ、せめて「日本人の組織作りの巧みさを保守する」だとかさ、言えない
もんかね。
285名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 14:37 ID:LaQ1pegG
だからね、福田さんが國語問題で活躍してゐた頃と現在とでは、時代が根本的に異なつてゐるのね。
當時は今みたいに情報環境も整備されてゐなかつたしね。「正字正假名」を使ひこなすことなんて今や容易だといふことは、既に>>192で述べてゐる。
オイラが言ひたいのは、「正字正假名」を使ふといひことが必ずしも日本傳統とやらを守るといふことにはならなくなつたと言ふこと。
かういふ時代の變化を無視して、「正字正假名」を使へることに過剩に意味を見いださうとする連中は、「保守」ではなくて「時代錯誤」と言ふのである。
286名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 14:54 ID:LaQ1pegG
>284
彼等にしてみれば、御自分達に都合の惡いものは「傳統」の範疇に入らないのでせう(w
287名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 14:57 ID:LaQ1pegG
大體、 何が「傳統」で何が「傳統」ぢゃないかなんて、科學的に證明なんて出來るわけないんだし。だうとでも言へるわけだよ。
288名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 16:40 ID:7ewq0gX4
>>285
「情報環境」だの「時代の變化」だのに言葉の問題を還元してしまふ事が抑もの誤り。
少なくとも福田さんの國語論を理解してゐるとは思はれぬ。

>當時は今みたいに情報環境も整備されてゐなかつたしね。「正字正假名」を使ひこなすことなんて今や容易だといふことは、既に>>192で述べてゐる。
>

 それで國民の殆どが現に「『正字正假名』を使ひこな」してゐるのなら結構な話だが、
現實はさうなつてはゐない。現状認識からして間違つてゐる。
 ならば、自分一人でも出來る事として正統表記を實踐するのは無意味ではないし、
しかも「時代の變化」を乘り越えて、古文のみならず、現代の日本語をも立派に書き綴る
事が可能な正字正假名は、歴史を一貫せる表記體系として保守の象徴たり得るのであり、
それを用ゐる事も決して「時代錯誤」な振舞ひではない。

>>287
自然科學以外の範疇に屬する事象を「科學的」な論證で以て斷ずる事が異常。
それと、

>だうとでも言へるわけだよ。

これは、「どうとでも」だらう? 隨分と「整備」された「情報環境」をお持ちの御樣子。
289名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 17:02 ID:7ewq0gX4
>>284
>なにが言葉にこだわってるだ。

君には拘はるに價ひするものすら無いんだらう?
「日本人の組織作りの巧みさを保守する」だ? 笑はせるな。

>「現状残っていないものでも歴史から掘り起こして保守する」のが、真っ当な保守主義者だろう?
>

 「日本人の組織作りの巧みさ」はまだ「現状殘つてゐ」るが、正統表記、これは殆ど
「現状殘つてゐないもの」である。それを「歴史から掘り起こして保守する」人間は
君の論理に從へば、「眞つ當な保守主義者」といふ事になるけれど、それでいいのかい?(笑)
 結局、何が言ひたいわけ?(嗤
290288:01/12/17 17:16 ID:kmnboS+W
オイラが「時代錯誤」だと言ふのは、正字正假名を使ふということが昔にくらべ極めて容易になつたといふことに氣附かず(或いは氣附かぬ振り)、「正字正假名を使ひこなせるから、オイラは保守である」などと戲言を宣う連中のことを指してゐる。

ほら、その證據に、オイラのやうな「低腦」でも使ひこなせ(たまに間違ふけどね)るぢゃないか(藁
291285:01/12/17 17:21 ID:kmnboS+W
>290
288ぢゃなくて、285の間違ひ。
292名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 17:27 ID:kmnboS+W
>288
> 自然科學以外の範疇に屬する事象を「科學的」な論證で以て斷ずる事が異常。
その通り。
それ故、「正字正假名を使ふことが保守の條件」などと言う与太話が出てくる(嗤
293名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 17:29 ID:kmnboS+W
>292
×「言う」 ○「言ふ」
あら探しされる前に訂正。
294名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 17:42 ID:7ewq0gX4
>>290
>「正字正假名を使ひこなせるから、オイラは保守である」などと戲言を宣う

 少なくとも私は、前者が後者の必要十分條件だとは全く言つてゐないよな。
295名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 17:48 ID:7ewq0gX4
>>291,>>293
隨分とまた律儀ですなあ。
でも「与太話」は「與太話」では?<と、あら探し(藁

序でに>>290>>294で既に引用濟み)にも變換ミスがあるぞ:「宣ふ」
296名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 17:54 ID:7ewq0gX4
>>277
>大体、西部邁の文章が難解だと感じている時点で不教養を曝け出してるよ。

 あのね、福田恆存の難解な文章をも愛讀する人間が、西部如きの駄文を
「難解だと感じ」るわけがないだらう?
 「難解」なのではなく、日本語の文章として無樣だと言つてゐるのだよ。

> 英語を多用する? 西部が英語の語源学に明るく、英語からは語源を明示し
>やすいから使っているというのが何故わからないのかねえ。

 では「物證」を提示しようか。『Voice』平成14年1月號(最新號)掲載の文章から。
例へば、176頁上段にかういふ件りがある:

   それを可能にしてくれる処方箋[プレスクリプション]は、(歴史的持続
   の効果としての)時効[プレスクリプション]からしか出てこないのだ。
                【註:[ ]内は西部によるルビ。以下同じ】

 この場合は“prescription”といふ英單語の多義性・重層性を有效に利用してゐると
一應は言へよう。然るに、以下の一節はどうか。同誌の173頁上段から下段にかけてより引用:

   国際間資本移動の主たる決定因は為替レートの変化にかんする「期
   待[エクスペクテーション]」である。期待という不確かな要因によって動かされる
   資本取引は、高度なIT(情報技術)によって貨幣流通のヴ
   ェロシティ(速度)が高められるにつれ、各国の金融経済を
   ブーム(膨張)へと舞い上がらせ、つづいてバスト(破裂)
   へと墜落させる。その振動のなかで、金融経済と無縁でおれ
   ないものとしての実体経済もまたバブル(泡立ち)やパニッ
   ク(恐慌)に襲われる。

 なぜ「期待」にルビを振る必要があるか。「速度」とだけ書けば濟む所で何故
「ヴェロシティ」なる英語を(しかも片假名で)併記しなければならぬのか。
「英語の語源學に明る」い西部先生が何か特別な「語源を明示し」て下さつてゐる
とは、とても思へぬ。以下も同斷。

 綜合的に見て、前者の例よりも後者の例のはうが壓倒的に多い。これが日本語の
文章として立派で「教養」に溢れてゐると本當に思ふのなら、>>277に文章を論ずる
資格は全く無い。
297285:01/12/17 18:30 ID:3Cpj/htg
>296
西部の文章が英語ごちやまぜの文章なのは同感。
そして野嵜氏の文章も、松原正の受け売りと自己陶酔にまみれた駄文である。
虎の威を借る狐ならぬ、松原の威を借る野嵜(嗤
298285:01/12/17 18:32 ID:3Cpj/htg
>295
本當にあら探しが好きな御仁ですな。
何かい?一度でも變換ミスすると「低腦」にでもなるつてか?
299285:01/12/17 18:34 ID:3Cpj/htg
そんなに正字正假名が好きなら、臺灣にでも移住すればいいのに。
300285:01/12/17 19:15 ID:0nnanVfO
確かに、西部邁の文章には英語が多く、無樣に見える。
でも、「正字正假名を使はない」「英語を多樣」すると言ふだけで西部をゴミ扱ひするのはナンセンス。
別にオイラは西部邁の信奉者ぢゃないけど。
301現実:01/12/17 21:36 ID:g7KC81VT
>>272
コトバは古代から連綿と変化してきたのに,「或る程度まで合理的に固まつて來てゐた」
などとどうして言い切れるのでしょうか.ひとり,50年前のあの時期の日本語のみが
「或る程度まで合理的に固まつて來てゐた」と断言できる根拠がよくわかりません.

また,言語の「正しさ」を判断する基準として「合理性」を挙げているようですが,
合理的な言語が良い言語だという根拠はどこにあるのでしょうか.そもそも「合理的」とは
何をもって「合理的」と言うのでしょうか.たかだか一億人しか話さない日本語の瑣末な
「合理性」に拘るよりは,ほぼ全世界で通用する英語を話されてはいかがでしょうか.
言語の道具性という観点から言えば,その方が「合理的」でしょう.
302現実:01/12/17 21:37 ID:g7KC81VT
>>274
>松原先生だつて、「お前らも正字正假名を使へ」などと強要してゐる譯ではない。
>正しいと信じたら、自らの自由意志で能動的に「決定的囘心」を行へば良い。

だから,自分の内なる倫理に照らして,【俺にとって】「正しくない」から,
「能動的に」使用していないのですよ.
【貴方が】【自らの】「正字正仮名」の実践を「正しい」と「信じ」る所以は
どこにあるのでしょうか.

#当然ですが,上記の「正しい」云々は「正字正仮名」の【一般的な正しさの所以】を
聞いているわけではありません.>>271 のラテン語―フランス語の例や,
あるいは有名どころではクレオール語の例などがこれに当たるでしょうが,
ある言語の文法・表字規則の普遍的正しさを求めることなどできませんから.
303現実:01/12/17 21:38 ID:g7KC81VT
>>277
>保守主義とは「プレ」…つまり「今より前」を常に参照する精神だと何
>故わからないのかね。

これは禿胴.
(少なくとも福田の言う)保守主義とは教条的墨守主義ではないでしょうから...

>>300
個人的な主観で述べますが,最近の西部さんの文章は,いらない飾りが多く,
うるさい印象を受けます.
304285:01/12/17 21:49 ID:F7mjNEOp
>303
> 個人的な主観で述べますが,最近の西部さんの文章は,いらない飾りが多く,
> うるさい印象を受けます.
これはオイラも同感。
305名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 21:56 ID:F7mjNEOp
大體、西部と松原との「保守選手權」なんて、保守論斷村の外にゐる人にはどうでもいいことです。
それにしても松原正の愛読者つて、野嵜の樣な御仁ばかりなのだらうか?心から松原正に同情しますね(w
306285:01/12/17 21:57 ID:F7mjNEOp
×論斷 ○論壇
307名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 23:26 ID:a6PvnkHi
>>279
> たとえば西部。言葉を守ろうとしてるじゃないか。とことん言葉にこだわってい
>るじゃないか。「言葉=正字正仮名」だと思った時点で浅いんだよ。

 「とことん言葉にこだはつてゐる」人間なら、例へば、

   健全な気分や思いつきもあるし、優秀な学術や批評もあるのだが、そういう
   真っ当な代物は、まず間違いなく、伝統精神という名の良識を踏まえている。                             (『国民の道徳』558頁)

などと書く事は出來ない。「健全」なものや「優秀」なものや「眞つ當」なものを
「代物」なる輕蔑語で括る事は、日本語の慣用には無い。「人間活動の基軸をなす
いわゆる国語のユーセジ(使用法)」(同書376頁)とか、「文章の文法だけでは
なくて、単語の比較のための規則なども含め」た「文法」(415頁)とかの大事を
説きながら、上記のやうな言葉の端々に、傳統的な語法に對する鈍感が表れてゐる。
自らの發言を裏切る言語活動であり、これはもう、正字正假名・略字新假名云々
以前の問題である。

 書き手だけでなく、西部讀者たちも又「いはゆる國語のユーセッジ」には鈍感らしい。
例へば>>277

>馬脚が出てますよ(笑)

などと書いてゐるが、「馬脚が出る」とは普通は言はない。「馬脚を現す」と言ふ
のが國語の慣例である。また>>279

>もうすこし、「言葉」というものの「本当」について思いを巡らせてみては

云々と言ふのだが、「『言葉』といふものの『本當』」とは何なのか。吾が國語の
慣例的な「ユーセッジ」では、「……の『本質』」といふ言ひ廻しはあるけれども。

 「思ひを巡らせてみ」るべきは、私ではなく、あなた方のはうである事は上述の
如し。
308名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 23:31 ID:a6PvnkHi
>>305-306
もう一々直さんでもいいよ。だけど、「愛読者」→「愛讀者」だらう?(笑)
309名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 23:36 ID:peQowNz1
>>308
それより(wってありなの?(笑ひ)
310名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/17 23:44 ID:a6PvnkHi
>>298
>本當にあら探しが好きな御仁ですな。

あんまり君が律儀に誤字を訂正するのが、をかしくつて。からかつてあげてるのさ。(藁
「低腦」呼ばはりされたのが虎馬、おつとトラウマになつてしまつたの?

>>297
どこぞの低腦みたいに、無い智慧を絞つて書いてみたものの、「馬」「鹿」竝みの
レヴェルの低さを露呈して、一層低腦ぶりを晒すよりも、野嵜氏や私のやうに
賢い「虎」の威を借るはうが、餘程賢明だとは思はないか?(笑)

>>299
「正字」はともかく、「正假名」は臺灣の一體どこにあるのかな?(藁
311285:01/12/18 00:02 ID:a0qXz0Qi
>310
> どこぞの低腦みたいに、無い智慧を絞つて書いてみたものの、「馬」「鹿」竝みの
> レヴェルの低さを露呈して、一層低腦ぶりを晒すよりも、野嵜氏や私のやうに
> 賢い「虎」の威を借るはうが、餘程賢明だとは思はないか?(笑)
思ひません(笑
「賢い虎」の威を借りて人を見下す手合いより、例へ笑い者となつても無い知恵絞つて持論を書く方が、賢明ではないだらうが健全だと思ふ。
312名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/18 00:02 ID:X4AV05lq
>>331-332
 君は福田恆存の讀者らしいけれど、『私の國語教室』は讀んでゐないのですか?
もし讀んでゐるのにあの書込内容だとしたら、只々もう呆れるしかないのですが。
返す言葉もありません。

 でも折角だから一つだけ言つておきませう。

>だから,自分の内なる倫理に照らして,【俺にとって】「正しくない」から,

 もし君が保守的な生き方を目指してゐるのだとしたら、これくらゐ非保守的な
態度はありません。「自分の内なる倫理」だの「内面の光」だのが如何に信頼の
置けぬものであるかを深く認識する事から、保守的な態度、傳統に對する心構へ
が生れます。「内なる倫理」のみに從つて「外なる權威」を認ようとせぬ人間は、
窮極的には獨我論の地獄に填ります。
 西部の『思想の英雄たち』とかいふ本にも、T.S.エリオットを論じた章が
あるでせう。エリオットそのものを讀むのが一番ですが、今の君にはあそこの
解説でも足りると思ひます。
313名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/18 00:13 ID:X4AV05lq
>>311
>「賢い虎」の威を借りて人を見下す手合いより、

私の書き方を見れば、皆、判ると思ふけれど、「見下す」に相應しい相手を「見下」し
てゐるに過ぎないのだよ。

あ、また訂正すべき箇所があるぞ:「手合い」→「手合ひ」、「恵」→「惠」

もう無理するなつて。(笑) 誰も君に正統表記など期待してゐないのだから。
314名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/18 00:16 ID:X4AV05lq
>>311
もう一つおまけに:「笑い者」→「笑ひ者」(笑)
315285:01/12/18 01:27 ID:4xmKJ6eD
>313
「虎」が尊敬されることはあつても、「狐」が尊敬されることは決してないでせうね。
まぁ、松原讀者のいやつたらしさを知らしめただけでも、オイラの「低腦」な書き込みは無駄ではなかつた樣だね。
316名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/18 01:30 ID:/g3sWO4n
>>315
はいはい、捨て臺詞ご苦勞さん!
317名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/18 09:31 ID:U4WHmLDj
>>289
>「日本人の組織作りの巧みさ」はまだ「現状殘つてゐ」るが、正統表記、これは殆
>ど「現状殘つてゐないもの」である

 そうだろう? こっちがそれを言ってるの! わからないのかねえ。
 そちらさんのご意見では、「正字正仮名」くらいしか守るものが残っていないっ
ていう話だったろう? その意見はどこへ消えたのかね?

>綜合的に見て、前者の例よりも後者の例のはうが壓倒的に多い。

 「総合的に見る」ほど西部邁の文章を読み込んでいるとはとても思えないがね。
本当に「総合的に見」たのか? ウソこけ(笑) 「発言者」を定期購読している
ようには見えないがね。
 例えば、「正論」における「知よ、痴にはまることなかれ」を読んでみなさいな。この論文のどこに英語が出てくるのかなぁ? どこかなあ?

>>馬脚が出てますよ(笑)
>
>などと書いてゐるが、「馬脚が出る」とは普通は言はない。「馬脚を現す」と言
>ふのが國語の慣例である。

 おいおい、頼みますよ。あなたはギャグも解さないのかね? まあお堅いこと。
ジョークくらいわかれよ。

 いいか? 誤魔化すのはやめてもらおうか?
 「正字正仮名」しか保守するべきものが残ってないっていうのは「本当」(笑)
かね? それとも口が滑ったのかね?

> 「絶対に譲れないもの」が「旧かな遣い」だなんてちゃんちゃらおかしいな。
> 最も美しい言語との評価もあるフランス語を見てごらんよ。
> あれは、ラテン語が「乱れた」結果なのだよ。

 これも無視しなさんな。

 もう一度言う。

 「保守とは旧かな遣いを守ること」なのかい? 恐れ入ったよ。
318 :01/12/18 11:19 ID:R3r2GfGa
>296
 経済学用語知らないの(プ
319 :01/12/18 11:53 ID:???
 ここの松原信者は、きちんとした例えば西部邁なり誰なりの「思想の」
批判は出来ないと見える。
 文章の揚げ足取りしかできないようだ。
 しかも、「すべからく」を「すべて」の高級語と勘違いした挙句の誤用
のような品性の下劣さが丸出しになるような「間違い」じゃなくて、ね。
 誤字、脱字、日本語の誤用なんて誰でもやる。私だってやる。
 で、それがどうかしたのかい? 松原信者さんよ。
320名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/18 18:00 ID:pwCh1Y1H
>>317
結局ここの人たちは「正字正假名を使っている人」を叩いているだけで「正字正假名」
それ自体の不合理というのは誰一人、指摘できていないのでは。
正統表記を使っている方は「保守とは旧かな遣いを守ること」などとは言っていない
でしょう。保守や文化について考える場合、文字は絶対に避けて通ることはできないし
無頓着でいていい問題ではないと言っているのでしょう。

フランス語云々とあるが、外国の言語や表記の歴史は興味深いけれどもフランス語
と日本語では言語の体系も表記の成り立ちも大きく違うでしょう。そのままあてはまるとは
かぎりませんよ。
>>319
「文字は思想の影法師」だったけか、整然とした思想をもっているなら、文章も整然と
綴れるはずで、文章を批判することは思想を批判することになりますよ。
また文章には品性も現れるらしい、松原「信者」などといって人を煽るあなたの品性の
下劣さが丸出しになるように。

俺は新仮名だし、情けないことにまだ表記に対してはっきりとした定見をもっていないけど、
保守や文化を考えるとき文字は簡単に素通りできませんし、またするべきでは
ないのでは。
321158:01/12/18 19:26 ID:R3tTzcZI
月曜評論12月号でまたもけつねうろんが松原先生を揶揄する文をかいてますよー!
322159:01/12/18 19:44 ID:y+HVGO3h
>>158
自分も読んだけど、「けつねうろん」って読解力ないのかね?
「佐藤雅喜はん(けつねうろんの愛読者)の文章をしっかり
読みなはれ」、とか言ってるけど、その文章は全体的には
けつねうろんの松原批判は正しくないってことだと思うんだけど。
323名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/18 23:29 ID:sWImi3RH
>>181
屋■太郎、正論大賞受賞しましたね。(^_^;
324 :01/12/18 23:51 ID:???
>>181氏は誰なんだろう・・・
325現実:01/12/19 00:19 ID:eEGQ+lql
>>312
> もし君が保守的な生き方を目指してゐるのだとしたら、これくらゐ非保守的な
>態度はありません。「自分の内なる倫理」だの「内面の光」だのが如何に信頼の
>置けぬものであるかを深く認識する事から、保守的な態度、傳統に對する心構へ
>が生れます。「内なる倫理」のみに從つて「外なる權威」を認ようとせぬ人間は、
>窮極的には獨我論の地獄に填ります。

的外れな批判です.>>303 で>>277に俺が同意していること
【「今より前」を常に参照する精神が大事であると俺も考える】
を併せて読めば明かな通り,
俺の述べていることは独我論と何の関係もありません.
また内なる倫理【のみ】に従え,と述べた覚えもありませんが.

余談になりますが,
そもそも【内在する規範に従うことが倫理的か/外在する規範に従うことが倫理的か】
という議論と【「じぶん」とその所産以外に実在するモノは有り得るか】という議論は
論点が異なります.両者の論点とその論点の関係をごっちゃにしてはなりません.
後者の論点で「有り得ない」と回答する思考/志向が独我論なのです.
326現実:01/12/19 00:20 ID:eEGQ+lql
続き.
自己のみしか実在で無いと考える独我論ならば(多分)内在規範に従うほかはないでしょうが,
独我論を承認しないならば【内在/外在どちらの倫理に従うことがより倫理的か】
という問題は依然として残ります.つまり,かりに俺が「内在的倫理に『のみ』従う」と
述べていたとしても,俺がそう述べた【だけ】では,俺が独我論を採っているかどうかは
明かではありません.ゆえに,かりに俺が「内在的倫理に『のみ』従う」と
述べていたとしても,それをもって「究極的に独我論の地獄」に陥るわけではありません.
たとえるならば,貴方の理屈は「車に乗る奴は究極的には自動車事故に遭うだろう」と
述べているのと同じです.「自動車事故に遭った奴」は全員残らず「車に乗っていた奴」ですが,
(書くのも馬鹿馬鹿しいが「車に乗らない通行人」という類の問題は除外(笑))
「車に乗っている奴」が全員自動車事故に遭うわけではないのです.
余談終わり.

なぜ,エリオットを読む前に他人の書いたものをきちんと読まないのか.
問い詰めたい.小一時間問い詰めたい.
327名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/19 00:20 ID:wpKMCeYi
>>317
しかし、どうして西部の讀者は、かうも文章の論理が讀み取れないのかねえ。

>>「日本人の組織作りの巧みさ」はまだ「現状殘つてゐ」るが、正統表記、これは殆
>>ど「現状殘つてゐないもの」である

良く讀めよ。馬鹿な言ひがかりをつけられぬやう、ちやんと「殆ど」といふ一語を
加へてあるだらう?
 「殆ど殘つてゐない」と言ふのと、「辛うじて殘つてゐる」と言ふのは、
或る事象について、前者は否定的な意味合ひに、後者は肯定的な意味合ひに、
それぞれ力點を置いて述べたものだが、指してゐる事象自體は同じものなのだよ。
 はい、私の言ひ分には何の矛盾もありませんね。

> 例えば、「正論」における「知よ、痴にはまることなかれ」を読んでみなさいな。この論文のどこに英語が出てくるのかなぁ? どこかなあ?
>

 さういふ文章「も」書く事はあるだらうさ。要は、その種の文章と、私が批判した
やうな、無くても一向に構はぬカタカナ英語を混在させる無樣な文章と、一體
どちらが(壓倒的に)多いか、だ。
 まあ、『發言者』を定期購讀してまで「西部邁の文章を讀み込んでゐる」らしい
君のこと、私なんぞよりも、さぞかし「綜合的」に見られるだらうから、是非とも
「綜合的」な判定を下して貰ひたいものだね。どうせ結論は同じだらうけどな。(笑)

#私に敵對的な例の輩ですら、この點に關してだけは私に同意してゐたよなあ。

>> 最も美しい言語との評価もあるフランス語を見てごらんよ。
>> あれは、ラテン語が「乱れた」結果なのだよ。
>
> これも無視しなさんな。

 おい、本當にコメントしてもいいのか? 本當に本當にいいのか??

 「亂れた」から「美しい」つて、一體どういふ言語感覺や美意識を持つてゐるのかしら。
フランス語が「美しい」のは、「ラテン語が『亂れた』結果」だからではなくて、
アカデミー・フランセーズなどが中心となり、國語の純化洗練に努めて「整へた」からに
決つてゐるだらうが!(嗤
328現実:01/12/19 00:20 ID:eEGQ+lql
>>320
>「正字正假名」それ自体の不合理というのは誰一人、
>指摘できていないのでは。

そもそも合理/不合理とは何をもってその基準とするのですか.
どうして「合理的」だと「正しい」のですか.>>301 参照.

また,合理/不合理が何を意味するものかの合意が得られないならば,
「正字正仮名は当用字当用仮名よりも合理的である」というテーゼに
賛同も批判もできません.違いレスの空疎な積み重ねにしかならないでしょう.

>フランス語と日本語では言語の体系も表記の成り立ちも大きく違うでしょう。
>そのままあてはまるとはかぎりませんよ。

言語の規範性/正統性という問題
(ある文法規則・表示(字)規則が「正しい」とみなされるのはいかなる場合か)
は,何語だろうと同じですよ.
329名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/19 00:43 ID:wpKMCeYi
>現実さん

そもそもの始めに戻るけれど、貴方は福田恆存『私の國語教室』は讀んだのですか?
330現実:01/12/19 00:46 ID:eEGQ+lql
>フランス語が「美しい」のは、「ラテン語が『亂れた』結果」だからではなくて、
>アカデミー・フランセーズなどが中心となり、國語の純化洗練に努めて「整へた」から
>に決つてゐるだらうが!(嗤

「美しい」と「乱れる」はどういう関係にあるんでしょうか.
「美しい」「乱れる」と認定するのは誰なんでしょうか.
【アカデミー・フランセーズなどが中心となり、國語の純化洗練に努めて「整へ】る
以前のフランス語は美しくないんでしょうか.

>>329
読んでますよ.何か?
331現実:01/12/19 00:48 ID:eEGQ+lql
それで,どうして「福田でも松原でもない」「貴方が」「今」「正仮名を使うべき」だと
考えるんでしょうか.

一々発言を特定するのが面倒なので,このスレだけでも捨てハンドルを使ってもらえるとありがたい.
332現実:01/12/19 01:12 ID:eEGQ+lql
言語の正統性(正当性),妥当性はどのように決まるんでしょうか.
これが理論的に解明できて,かつ,その理論が正字正仮名を正当化するようなものであったならば,
正字正仮名使用の「正しさ」が万人に納得できるカタチで簡単に証明できるわけです.
が,残念ながら,このスレにレスした【正字正仮名の使用に「普遍的な」正しさを認める方】
(そもそもそんな人はいるのだろうか…)の中に,それを解明してくれた方は一人もおられません.
言い切ってしまえば.

福田先生や松原先生が自己の倫理的態度,内在的規範として正字正仮名を使用するのは
合点が行くのですが,それと,正字正仮名を日本人万人が受容すべき規範として考えるべきかどうか
というのは別問題です.

個人の生活習慣と,社会的慣習や法律を混同すべきでないのと同じです.

…というわけで,俺が次に来襲するまでに(クリスマス明けかのぅ…),満足の行く回答・反論を待つことにします.
333名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/19 02:14 ID:aWi55xVA
 貴方の一連の書込みからして、何か哲學的、といふか根源的・普遍的な定義を
摸索してゐるやうに見受けられるけれど、

>「美しい」と「乱れる」はどういう関係にあるんでしょうか.
>「美しい」「乱れる」と認定するのは誰なんでしょうか.

ここではそんな高級な議論はしてゐない。>>320が言ひ出した事だから、あちらに聞いて
欲しいところ。

 とにかく福田さんにしても、正字正假名が「絶對的に合理的で正しい」と言つて
ゐるのではなく、現代假名遣ひに比べて、日本語の生理に遙かに即してゐると言つて
ゐるのです。

 あらゆる言語に普遍的に妥當する法則性を追求するのが(西洋)近代言語學の一つの
特徴かも知れませんが、それを、日本語成立の特殊事情を無視して、日本語にも同等に
適用しようとする事の愚については、『私の國語教室』に於ても指摘されてゐるとほり。

>それで,どうして「福田でも松原でもない」「貴方が」「今」「正仮名を使うべき」だと
>考えるんでしょうか.

 福田さんの本を讀み、現代假名遣ひよりも歴史的假名遣のはうが遙かに筋が通つて
ゐると心底納得した私が、福田さんでも松原さんでもない「新假名世代」の私が今、
歴史的假名遣を用ゐて、何か不都合でもありますか?

 ならば、そもそも貴方はどうして現代假名遣ひを使つてゐるのですか。「所與もの
として育つたから自然で坐り心地が良い」と以前書いてゐたけれど、そんなものは確乎
とした理由たりえず、單なる趣味の問題に還元されてしまふだけでせう。
 貴方が現代假名遣ひを使ふ絶對的・哲學的・根源的理由は一體何ですか。この問ひに
對して明確に答へられぬ限り、上記の如き疑問を正統表記の實踐者に向けて發するのは
傲慢といふものでしかありません。
334名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/19 02:45 ID:Hrntgi/B
承前

それから、>>329

>そもそもの始めに戻るけれど、貴方は福田恆存『私の國語教室』は讀んだのですか?

と訊いたのは、讀んでゐるなら何故わからないのか、と不思議に思つたから。
つまり貴方は、福田さんが正統表記を用ゐるのは解るが、福田さんが説いてゐる
内容自體には納得がゆかない、といふ事ですか? 少々氣になつたので、その點だけ
確認しておきたい。
335 :01/12/19 03:12 ID:OFGEiDyz
ここまでで誰も言ってないみたいだけど、松原は福田恆存にエセ保守呼ばわりされたことがあるんだよ。
韓国で全斗換が大統領だったころ、福田が朴を擁護していたのを真似て全擁護の文を書いたのだが、福田は朴と全では違うと言い、松原が見かけだけの保守だと批判していた。
松原って福田のエピゴーネンってだと思ったから長く忘れてたけど。
336名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/19 03:29 ID:6ivydJct
>>335
>松原が見かけだけの保守だと批判していた。

どこで?
337335:01/12/19 05:05 ID:E4CpPyz9
もうずっと昔ではっきりは覚えてないんだが、1980年代前期、松原が全斗換を擁護したことを雑誌で批判してたよ。
「文芸春秋」か何か、福田の書きそうな月刊誌、そのころの調べればあるはず。
338名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/19 06:06 ID:dIE3Aduk
>>337
あ、公の場での話なのですか。もしかして私的な集りか何かでの話かと思つた。
で、それは激しい非難調でしたか、それとも、どうしてあんな事を書くのかなあ
といつた感じでしたか?

ところで、全斗煥支持の文章が書かれたのは、大統領就任以前の事では?
339 :01/12/19 06:21 ID:???
ずっと昔のことでよく覚えていませんが、かなり厳しい調子だったと思います。
今、日本にいないのでちょっと古い雑誌を調べてみることができないので、確認はできないのですが。

80年代初期と言えば、戦後民主主義批判や核武装を主張し始めた清水幾太郎を批判したのもたしかその頃でしたね。
清水の場合は右旋回しようが何だろうが変わらぬ彼の体質を批判したのですが、
いずれにしろ当時既に非武装中立論など従来の左派の議論が急速に力を失ったこともあってか、「保守陣営」と見られている人への、「そうじゃないんだよ」といった感じの批判が目立つようになったのかもしれませんね。
340 :01/12/19 09:24 ID:???
 なんでもいいから、

残っている日本伝統は何だ?

正字正仮名(くらい)しかない!

正字正仮名を保守しようとしない奴は保守主義者じゃない

 こんな思考は直ちにおやめなさいな。
341名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/19 09:32 ID:???
> 「正字正仮名」しか保守するべきものが残ってないっていうのは「本当」(笑)
>かね? それとも口が滑ったのかね?

 答えて。答えて。滑ったのは筆か(笑)。
342名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/19 09:55 ID:???
>>327
>>「日本人の組織作りの巧みさ」はまだ「現状殘つてゐ」るが、正統表記、これは殆
>>ど「現状殘つてゐないもの」である
>良く讀めよ。馬鹿な言ひがかりをつけられぬやう、ちやんと「殆ど」といふ一語を
>加へてあるだらう?

 おいおい、都合の悪いところを勝手に削るな〜(笑)。
>>「日本人の組織作りの巧みさ」はまだ「現状殘つてゐ」るが、正統表記、これは殆
>>ど「現状殘つてゐないもの」である。それを「歴史から掘り起こして保守する」人間は
 私の書いた論に対しての反駁で「正字正仮名を『歴史から掘り起こして』保守しようと
するのは真っ当な保守じゃないのか?」という旨、書いてるじゃないか。
 歴史から掘り起こすまでもなく「残ってる」んだろう。だったら「掘り起こす」も何も
ないじゃないか。
 私も、
>とにかく福田さんにしても、正字正假名が「絶對的に合理的で正しい」と言つて
>ゐるのではなく、現代假名遣ひに比べて、日本語の生理に遙かに即してゐると言つて
>ゐるのです。
 これはあっさり認めるよ。その通りだ。しかし、呉智英氏、読んでる? 氏は上のことを積極的に
認めつつも、メディアにおいては「正字正仮名」は遣っていない。ただし私的な手紙やちょっとした
小文では使っている。これはいけないのかい?
 それとね。
>「亂れた」から「美しい」
 なんて一言も言ってない。捏造するのはやめてくださいな。フランス語はラテン語が乱れた結果の産物
"だけれども"、「美しい言語」という一定の評価を一部から受けているではないか。あなたは、「ラテン
語が乱れた結果のフランス語だから」という理由でフランス語を否定できるのかい? と問うているまでだ。
漸進だから良いのか?  現実さんの質問の
>【アカデミー・フランセーズなどが中心となり、國語の純化洗練に努めて「整へ】る
>以前のフランス語は美しくないんでしょうか.
 ここは無視するのね(笑)。


 
343名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/19 09:58 ID:???
再掲。
 ここの松原信者は、きちんとした例えば西部邁なり誰なりの「思想の」
批判は出来ないと見える。
 文章の揚げ足取りしかできないようだ。
 しかも、「すべからく」を「すべて」の高級語と勘違いした挙句の誤用
のような品性の下劣さが丸出しになるような「間違い」じゃなくて、ね。
 誤字、脱字、日本語の誤用なんて誰でもやる。私だってやる。
 で、それがどうかしたのかい? 松原信者さんよ。
344htryr:01/12/19 10:04 ID:R+r7/kep
ytreytre
345名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/19 16:57 ID:m+De3pRk
>>339
情報ありがたうございました。
346名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/19 16:58 ID:m+De3pRk
>>340
>正字正仮名(くらい)しかない!
>↓
>正字正仮名を保守しようとしない奴は保守主義者じゃない

君のこの部分の要約自體に飛躍があるんだよ。
國語の大事を説く「保守主義者」が、どうして「正字正假名」の問題に無關心でゐられる
のか、と言つてゐるのが解らんのかね。
347名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/19 17:06 ID:m+De3pRk
>>341-342
つまらん惡足掻きはするなつて。

正字正假名は、一部の人々の間ではまだ「辛うじて殘つてゐる」が、それは社會全體から
見れば、もう「殆ど殘つてゐない」といふ事でもある、それゆゑ絶えず過去に遡り、その
精華を「歴史から掘り起こ」し續けなければならない。……これのどこに矛盾があるのか
ね。詭辯にもならぬ馬鹿な言ひがかりは止めな。

>呉智英氏、読んでる?

「讀んでる」どころか、何度かお會ひして、手紙の遣取りをした事もあるよ。(笑)

>私的な手紙やちょっとした
>小文では使っている。これはいけないのかい?

結構ではないか。君のやうに正字正假名の正當性を認めておきながら、全く實踐する事もせず、戲言ばかり竝べ立てる手合に比べたら、遙かに遙かに立派な態度ではないか。

>メディアにおいては「正字正仮名」は遣っていない。

これは事實に反する。具體的な題名は忘れたが、確か「ダッチワイフ」云々について言及した文章(「ちよつとした小文」に非ず)、あれの初出は『早稻田文學』であり、歴史的假名遣にて執筆・掲載。

>フランス語はラテン語が乱れた結果の産物
>"だけれども"、「美しい言語」という一定の評価を一部から受けているではないか。

 「だから」であらうと「だけれども」であらうと、
フランス語が「ラテン語の亂れた結果の産物」である事と、「『美しい言語』といふ
一定の評價を一部から受けてゐる」事との間には所詮、何の關係も無いぞ、といふ事を
指摘してやつてゐるのだよ。「『美しい言語』といふ一定の評價を一部から受けてゐる」
のは「アカデミー・フランセーズなどが中心となり、國語の純化洗練に努めて『整へた』
から」に他ならぬ、とね。そしてこれは、近代國民國家に於ける國語正書法の確立といふ
點で、吾國の正統表記とも關聯する問題だ。
 「現実さんの質問」は君の論旨の補強材料には全くならないのだよ。君こそ、

>「美しい」と「乱れる」はどういう関係にあるんでしょうか.
>「美しい」「乱れる」と認定するのは誰なんでしょうか.

といふ「現実さんの質問」に答へてあげては如何?(笑)

 ところで、西部邁の文章についての「綜合的」判定はどうなつた?(嗤
348名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/19 17:10 ID:m+De3pRk
>>343
> しかも、「すべからく」を「すべて」の高級語と勘違いした挙句の誤用
>のような品性の下劣さが丸出しになるような「間違い」じゃなくて、ね。

 呉さんの受賣かい。「すべからく」を誤用し始めた初期のインテリ連中については
私も呉先生の言ふ通りだと思ふが、今現在誤用してゐる若い衆は、別に何も考へずに、
ただ能天氣に使つてゐるだけだと思ふぞ。

> 誤字、脱字、日本語の誤用なんて誰でもやる。私だってやる。

 私も(時に)するけれど、「それがどうかしたのかい?」 ただ、>>307で指摘した、
「代物」云々といつたやうな誤用だけは死んでも出來ない。かういふオンライン掲示板
ならまだしも、推敲に時間をかけられる筈の活字ミディアに於て、しかも「人間活動の
基軸をなすいはゆる國語のユーセジ(使用法)」を重視せよとお説教を埀れる正にその
同じ本の中では尚更。

>文章の揚げ足取りしかできないようだ。

 君には文章といふものの恐ろしさが解つてゐないだらう。

> ここの松原信者は、きちんとした例えば西部邁なり誰なりの「思想の」
>批判は出来ないと見える。

 「思想」以前の問題だ、と言つてゐるのだ。「進歩的文化人」どもの「不道徳」を
非難し、「國民」に對して「道徳」を説く夫子自身は一體どうなのだ、と。君にとつて
は、思想内容と、それを説く人間の在り方と、どちらが重要か。私は後者が遙かに大事
だと思つてゐる。
 西部の文章自體が、自らの道徳的卑劣・いかがはしさを如實に裏切り示してゐるといふ
紛れもない事實、それは私の如き「狐」が威を借るところの「虎」が既に解明濟みだから、
そちらを讀んでみるがいい。國立國會圖書館などは所藏してゐるだらう。

 松原正「保守とは何か <連載第十四囘> ――『國民の道徳』といふ駄本(二)」、
     『月曜評論』平成13年5月號、40〜43頁。
349名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/19 20:18 ID:???
松原って、だれよ?
350名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/20 00:12 ID:R85LdJhZ
>>349
突如異質のカキコ。絶妙なタイミングだな。(藁
351 :01/12/20 09:32 ID:???
>>346
>國語の大事を説く「保守主義者」が、どうして「正字正假名」の問題に無關心でゐられる
>のか、と言つてゐるのが解らんのかね。

 西部邁が無関心だなんて憶測でモノを書くんじゃないよ。どこでだったかはっきりと提示
できないのは残念だけれど、西部は、この問題についてきちんと言及していたよ。もちろん
「正字正仮名」の合理性などは認めていた。

>「讀んでる」どころか、何度かお會ひして、手紙の遣取りをした事もあるよ。(笑)

 奇遇だねえ(笑)。同じく、だよ。っていうか呉さんは手紙には必ず返事くれるんだけどね(笑)。

>「だから」であらうと「だけれども」であらうと

 おいおい、後退戦かい。

>「亂れた」から「美しい」つて、一體どういふ言語感覺や美意識を持つてゐるのかしら。

 こんな論難しておいて。しかも、ラテン語−フランス語の話は、まさに「呉さんの受賣」
なんだけどねえ(笑)。ホントに読んでる?(笑)
 ちなみに呉智英氏は西部邁氏と「思想的にはかなり近い」とはっきり言明しているんだが?

>>「美しい」と「乱れる」はどういう関係にあるんでしょうか.
>>「美しい」「乱れる」と認定するのは誰なんでしょうか.
>といふ「現実さんの質問」に答へてあげては如何?(笑)

 おいおい、尋ねられたのはあなたでしょ?(笑) 「乱れた」から「美しい」とかなんとか
出鱈目書いたから。で、

>>【アカデミー・フランセーズなどが中心となり、國語の純化洗練に努めて「整へ】る
>>以前のフランス語は美しくないんでしょうか.

 ここは「やっぱり」無視するのね(笑)。
352 :01/12/20 09:48 ID:???
> 誤字、脱字、日本語の誤用なんて誰でもやる。私だってやる。

 で、あなたもやる、と。だが、「代物」程度の誤用は絶対にしない、と。
 それにしても、英語の多用と「代物」程度の間違い(この間違いのためにわざわざ
あの分厚い「国民の道徳」の後半までいかなければならなかったらしい(笑))で、よく

> 西部の文章自體が、自らの道徳的卑劣・いかがはしさを如實に裏切り示してゐるといふ
>紛れもない事實

 ここまで言えるよねえ。もうその「斬って捨てたつもり」感がこちらにまで伝わってきて
なんだかコワイよ(笑)。
 ちなみに、私は、西部邁さんの人間性には、これ以上ないくらい信頼を置いているよ。西
部と決別した宮崎哲弥ですら、これは認めている。呉智英氏だって認めている。あっ、故福
田恆存氏もね。

 だからさあ、もう「文章から滲み出ている人間性が云々」とかそういうのはいいからさあ、
具体的に、西部邁の思想のここが間違いだ! この言説には誤謬がある! とか縷縷指摘し
てくれないかなあ。
 お・ね・が・い・だ・か・ら(ムフ)
353 :01/12/20 09:55 ID:???
 ところで、私は、恥をしのんで言うと、「日本語が不自由」(笑)なんで、ちょっと
訊いてみたいんだけど、「代物」を辞書で引くと、「多く、あなどっていう」ってなって
るんだけど、これはどうなの?
354名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/20 13:23 ID:RldE2/aq
>>351-352
> お・ね・が・い・だ・か・ら(ムフ)

 論爭も末期状態となり、劣勢にある方がまともに反論できなくなるや、決つて口にするのが、虚勢に滿ちたこの種の言辭なんだよね。

>「正字正仮名」の合理性などは認めていた。

あ、さう。それで、呉先生のやうに、どこかで實踐してゐるの?

> おいおい、後退戦かい。

君の自己批評かい?

>>「亂れた」から「美しい」つて、一體どういふ言語感覺や美意識を持つてゐるのかしら。
>
> こんな論難しておいて。しかも、ラテン語−フランス語の話は、まさに「呉さんの受賣」
>なんだけどねえ(笑)。ホントに読んでる?(笑)

あのねえ、たとひ「呉さんの受賣」だとしても、

>最も美しい言語との評価もあるフランス語を見てごらんよ。
>あれは、ラテン語が「乱れた」結果なのだよ。

この2行だけでは、「日本語が不自由」らしい君の稚拙な文章からは何が言ひたいのか讀み手に明瞭に傳はらないのだよ。

> おいおい、尋ねられたのはあなたでしょ?(笑)

そもそも君が先づ、>>271で「美しい」及び「亂れた」といふ形容語を使つた書込みをしたわけでせう? ならば、先づ君が、その明確な定義をしてくれなければ話にならんぢやないか。(笑)

>私は、西部邁さんの人間性には、これ以上ないくらい信頼を置いているよ。

もう、ここでアウトだね。>>348で紹介した松原さんの西部評を讀んでから、再考してみたはうがいいぞ。

>あっ、故福田恆存氏もね。

これに關してだけは具體的な出典を明示して戴きたい。言つておくが、「……と福田氏は仰有つた」云々の西部の文章ではなく、福田さんが自らお書きになつた文章を。
355名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/20 13:43 ID:???
> 論爭も末期状態となり、劣勢にある方がまともに反論できなくなるや、決つて口にす
>るのが、虚勢に滿ちたこの種の言辭なんだよね。

 だから、ゴタクはいいって! いいから、早く、
> だからさあ、もう「文章から滲み出ている人間性が云々」とかそういうのはいいか
>らさあ、具体的に、西部邁の思想のここが間違いだ! この言説には誤謬がある!
>とか縷縷指摘してくれないかなあ。
 頼むよ、マジで。逃げないで。

>>「正字正仮名」の合理性などは認めていた。
>あ、さう。それで、呉先生のやうに、どこかで實踐してゐるの?
 実践してるかしてないかなんて誤魔化す前に、「西部邁は正字正仮名に無関
心だ」という勝手な憶測をさも事実のように書いたことを謝罪しなさいよ。

>> おいおい、後退戦かい。
>君の自己批評かい?
 おいおい、ほんとにわかって言ってるのかい。
>>「亂れた」から「美しい」つて、一體どういふ言語感覺や美意識を持つてゐるのかしら。
 こう書いておきながら、
>>「だから」であらうと「だけれども」であらうと
 なんて書いて逃げ打ってるんだから「後退戦」だろう。謝罪したまえよ。

 それと、何度も言うが、
>【アカデミー・フランセーズなどが中心となり、國語の純化洗練に努めて「整へ】る
>以前のフランス語は美しくないんでしょうか.
 なんでこれに答えられないんだね。

>>あっ、故福田恆存氏もね。
>これに關してだけは具體的な出典を明示して戴きたい。
 手前勝手なこと言いなさんな。自分で調べろ。
356 :01/12/20 14:16 ID:???
 「乱れた」っていうのは、ラテン語とフランス語っていうのは別に上位下位に
配置されるわけではない今となっては異なる言語なわけだ。
 だけれども、端折って言えば、フランス語っていうのはラテン語が「変化」した結果、誕生した言語なわけだ。
 その「変化」をラテン語の観点から言えば「(ラテン語が)乱れた」となるんだな。
 しかし、その「乱れた」結果であるところのフランス語は、「旧来のラテン語
を保守したい向きの主張」からすれば醜悪極まりない言語になっていなければお
かしいところが、「世界一美しい言語」との評価を一部からされる皮肉な結果に
なっている、そういうことなんだな。
357名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/20 16:55 ID:/o23Yx7K
>>355
往生際の惡い奴だな。

> 頼むよ、マジで。逃げないで。

 「逃げ」るも何も、ここでは始めから「思想」以前の、論者の態度を批判してゐる
んだけれど? そしてそれのはうが「思想」そのものよりも遙かに重要だといふ話を
してゐるんだけれど? そして「思想」的に正統表記の「合理性」を認めておきながら、
それを少しも「實踐」しないといふ態度は「無關心」よりも一層質(たち)が惡いでは
ないか、といふ事なんだけれど?

>>>「だから」であらうと「だけれども」であらうと
> なんて書いて逃げ打ってるんだから「後退戦」だろう。謝罪したまえよ。

 「あの2行の連結は『原因・理由』ではなく『讓歩・逆説』でした。私の文章力の
無さが誤解を招いたやうで、すいません。」と、先づは君のはうから「謝罪」して然る
べきですね。

>>【アカデミー・フランセーズなどが中心となり、國語の純化洗練に努めて「整へ】る
>>以前のフランス語は美しくないんでしょうか.
> なんでこれに答えられないんだね。

 >>356に於て、「亂れた」についてはともかく、「美しい」について(彼が滿足する
やうな形での)本質的・根源的・美學的定義がそちらから爲されてゐない以上、こちら
としても答へやうがありませんな。

> 手前勝手なこと言いなさんな。自分で調べろ。

 ありもしない文獻を探すなどといふ徒勞は、わざわざしたくないものなあ。(笑)
358名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/20 17:02 ID:oaBLdB9q
>>357
>『讓歩・逆説』
律儀に訂正しておかう(笑)。『讓歩・逆接』
359名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/20 18:03 ID:UPVEH40K
 往生際の悪いのはどっちだよ?(笑)
 答えない、答えない、答えない、そればかりじゃないか。

 では呉智英氏が歴史的仮名遣いの「合理性」を認めながらも、「少し
しか」(笑)実践してないのは何故だと思うのかね?

 あの2行が理解できないのは、ひとえにあなたの読解力不足のせいだよ。
 前後のいきさつでわかりそうなもんだろ。他の人は賛否は別にしてちゃんと理解できたはずだよ。何が「原因・理由」だよ、恥ずかしい。
> 「亂れた」から「美しい」つて、一體どういふ言語感覺や美意識を持つてゐるのかしら。

 阿呆か、まったく。

>【アカデミー・フランセーズなどが中心となり、國語の純化洗練に努めて「整へ】る
>以前のフランス語は美しくないんでしょうか.
 これにも答えない。

> 「正字正仮名」しか保守するべきものが残ってないっていうのは「本当」(笑)
>かね? それとも口が滑ったのかね?
 これにも答えない。

> だからさあ、もう「文章から滲み出ている人間性が云々」とかそういうのはいいか
>らさあ、具体的に、西部邁の思想のここが間違いだ! この言説には誤謬がある!
>とか縷縷指摘してくれないかなあ。
 これにも答えない。あなたにはスレで議論されるべき内容を決定する権利はない。今からこれをやろうじゃないか。ほれ、指摘してみなさいな。
360名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/20 18:58 ID:uFLIE5Ru
>>359
> では呉智英氏が歴史的仮名遣いの「合理性」を認めながらも、「少し
>しか」(笑)実践してないのは何故だと思うのかね?

 何故だと思ふ? まづは君の意見を聞かせて貰はうか。

>>【アカデミー・フランセーズなどが中心となり、國語の純化洗練に努めて「整へ】る
>>以前のフランス語は美しくないんでしょうか.
> これにも答えない。

 理由は >>357にて説明濟み。「美しい」の「本質的・根源的・美學的定義」を提示して
くれ給へ。そちらが言ひ出した事なのだから。

>> 「正字正仮名」しか保守するべきものが残ってないっていうのは「本当」(笑)
>>かね? それとも口が滑ったのかね?
> これにも答えない。

 これは君の讀み間違ひ。君自身も >>340

>正字正仮名(くらい)しかない!

と軌道修正してゐるとほり。そしてその事に關しては、君が登場する以前の >>219
中程にて既に説明濟み。

>>具体的に、西部邁の思想のここが間違いだ! この言説には誤謬がある!
>>とか縷縷指摘してくれないかなあ。
> これにも答えない。あなたにはスレで議論されるべき内容を決定する権利はない。今からこれをやろうじゃないか。ほれ、指摘してみなさいな。
>

 何が、「今からこれをやろうじゃないか」だ。論點をずらす前に君がやるべき事は
まだまだ殘つてゐるのではないかね?(笑)
361 :01/12/20 19:10 ID:fs5X26PR
 おいおい、ほとほとあきれ果てたよ。あなたの読解力の無さには。

>正字正仮名(くらい)しかない!

 これはあなたの論理展開を説明した発言じゃないか。そんなこともわからなかったの?

>>282(これは違う人の発言)
>>283
 よく読め!
 こんな話のわからない人とあーだこーだやってたのかと思うと情けなくなる。
 「馬脚が出てますよ」を大真面目に「それは『馬脚を現す』だろ」と頓珍漢な
反応をした時点で気が付くべきだった。あー、アホらし。
 井の中の蛙が同じく井の中の蛙の御輿を担いで騒いでらあ…その程度に受け止め
とくべきだったよ。あー、アホらし。
362名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/20 20:28 ID:f8wFKmOI
>>361
はいはい、捨て臺詞ご苦勞さん!(笑)
363名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/20 21:06 ID:CJGTcI4J
>>333
重大なミスをしてゐた。(笑)

>ここではそんな高級な議論はしてゐない。>>320が言ひ出した事だから、あちらに聞いて
>欲しいところ。

 正しくは【>>271>>317>>361等】でした。申譯ない。>>>320さん
364 :01/12/23 18:11 ID:5URf7/Vj
はは、お前ら、もう終わりかよ

まあ、負け犬は去れってこと
365名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/23 21:39 ID:???
誰も松原を読んでないみたい。
366名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/23 23:41 ID:3EK12rgp
>>335
松原先生曰く、そんな話は知らぬ、もし本當なら福田先生本人からも「斬つたよ」との
聯絡がある筈、と。
367現実:01/12/26 01:14 ID:wv8lUV+j
初めに言っておきますが,「乱れる」と「美しい」の間に論理的関係はないでしょう.
乱れていても美しいものもあれば,整っていても醜悪なものもあります.
以下,くそ長くなるので,読む方の便宜のために,
論点ごとに■〜〜〜■で囲った投げやりな小見出しをつけました.

■小一時間問い詰めたい■
>>333
ある事象を真摯に考えようとする限り,物事を根源的に捉えようとするのは,
至極当たり前の態度かと思いますが.貴方は300レスも重ねてまだ,
下らないコトバ遊びでも続けているつもりなのでしょうか.

コトバを多少なりとも厳密に考えれば,議論もある程度厳密になってくるのは当たり前で,
「哲学」とは何の関係もない.そもそも,厳密=ムツカシイ=哲学=普遍という
連想はステレオタイプ過ぎる連想ではないか.>>330 に書いたようなことは
別に「高級」でも何でも無い.ちょっと批判的に貴方の発言を吟味すれば
誰でも疑問に思うことです.あるいは「高級」云々というのは,
俺の無知な愚問に対する一種の皮肉のつもりか.
だとしたら,その皮肉のセンスの拙さを問い詰めたい.小一時間問い詰めたい.

要するに俺は,貴方のコトバへのいい加減な対応を問い詰めたい.小一時間問い詰めたい.
俺は福田先生の不肖の読者として「貴方は一体福田から何を学んだのか」と問い詰めたい.
小一時間問い詰めたい.
議論のための議論が「議論」ではない,と叱りたい.小一時間叱りたい.
368現実:01/12/26 01:17 ID:wv8lUV+j
■フランス語が乱れた言葉?■
>>333
>ここではそんな高級な議論はしてゐない。>>320が言ひ出した事だから、
>あちらに聞いて欲しいところ。

???
そもそも>>320 が言っていることは【外国語と日本語は言語体系が異なるのだから
フランス語にあてはまることが必ずしも日本語にあてはまるとは限らない】ということ.
対して>>327 が言っていることは
【アカデミー・フランセーズなどがフランス語を整えたからフランス語は美しいのである】
ということ.

つまり,>>327 「 だ け 」が,【整える/乱れる】と,【美しい】の間に何らかの関係を見出している.
だから,>>327 =>>333 「 だ け 」に「どうして両者は関係があるんですかぁ?」と質問しているのです.
何で>>320 に聞かなければならないんだろう?(笑)
意味も分からず「独我論」と言ってみたり,要するに,自分で自分が何を書いているか分かっていないように見えます.
369現実:01/12/26 01:18 ID:wv8lUV+j
一応「このスレを見ているが福田―松原は読んだことの無い人」のために説明しておくと,
>>312 が書いた独我論云々のくだりは,福田先生か松原先生かの啖呵のパクリです(笑)
(本棚を漁るのが面倒なんで,どっちのパクリだったかは,確かめません(笑).
確か福田先生です).

「要するに>>312 =>>333 は,自分の述べている理屈の意味もわからず(>>333),また,独我論などという,自らも意味すらよく分からぬ概念を使い,その上,見当違いの
批判をする(>>312)という,見るも無残な行いをしている訳です.
自分の至らなさ故に論理矛盾を犯してしまったのだ(>>333)というのなら,
過失であり,まだ許せますが,自分ですらよく理解していない概念で他人を煙に巻こう,
という根性(>>312)は,反倫理的どころか,犯罪的ですらあります.

言葉に拘る福田の読者だと自称しているくせにして,このありさまです.
一体福田先生の本を読んで御前は何を学んだのだ,と彼を小一時間問い詰めたい.
彼が福田先生の著書を読んで得たものは結局,スタイルの真似だけではないか」

,,,,と福田先生調で書いておきます(笑).
370現実:01/12/26 01:20 ID:wv8lUV+j
冗談はともかく(>>333 の一連のレスをつけた者が福田の読者を名乗ること自体,俺に言わせれば,
冗談のようだ,と小一時間煽りたい),フランス語が乱れた云々の話についてもう少し述べます.

そもそも「言語間に優劣はない」つまり言語間の相対性を踏まえているから,>>271 は,
乱れる,ではなく,カッコ付きの「乱れる」と書いたのだろう.
ラテン語の原理・原則から外れている,という意味で捉える限り>>271 が
「フランス語は『乱れた』言語だ」と書いているのは正しい.
念のため述べるが,当たり前だが「ある言語が,ラテン語にヨリ沿っていれば,
ヨリ正統に近い」などという普遍=不変的基準は存在しない.

対して,>>327 はそれと異なり,正統=異端を区別する,確固たる基準が存在する,
という前提で「乱れる」というコトバを使用している.>>327 は「アカデミ〜云々」
というが,これは「『アカデミー・フランセーズなど』が正統を決定する機関であり,
『アカデミー・フランセーズなど』の決定した基準が正しい
(故に『アカデミー・フランセーズなど』の基準に外れるものは整っていない)」
ということを述べているのである.
371現実:01/12/26 01:22 ID:wv8lUV+j
このように>>271 の「乱れる」と>>327 の「乱れる」には,用法・言語観について
大きな違いがある.>>271 は,個々の文法・表字規則体系の間にアプリオリな
優劣を決定する基準はない,という前提で述べているが,>>327 は明かに
そうではない.何らかの基準を見出している.だから俺は,>>271 ではなく>>327 に
「乱れるとはどういうことか」と質問したのです.俺と異なる言語観,一般的でない言語観
を採用しているように思えたから.

■結局,「整う」以前のフランス語は美しくないのか?■
>>347
>「『美しい言語』といふ一定の評價を一部から受けてゐる」
>のは「アカデミー・フランセーズなどが中心となり、
>國語の純化洗練に努めて『整へた』から」

まるで質問の答えになっていないよ(笑).
アカデミー・フランセーズが『整える』前のフランス語は「美しい言語」
という評価を受けていなかったの?
結局「整える」前のフランス語は美しいの?美しくないの?(どっちだ?)
「美しい言語という評価」をしたのは誰なの?
372現実:01/12/26 01:28 ID:orFPgwQd
■俗流文化相対主義を叱る■
>>333
>あらゆる言語に普遍的に妥當する法則性を追求するのが(西洋)近代言語學の一つの
>特徴かも知れませんが、それを、日本語成立の特殊事情を無視して、日本語にも同等に
>適用しようとする事の愚については、『私の國語教室』に於ても指摘されてゐるとほり。

【非論理的な反論です.論理的でない「論」は「論」ではありません.
したがって,これは反論にもならぬと言えるでしょう.
「日本の特殊性」というフレーズは,(とりわけ西洋発の)「普遍主義」を何とか
免れたいとする論者が,好んで使用するフレーズです.が,そういう人々は,
一体,日本の何が特殊で何が特殊でないのかはっきり言ってくれぬ.
基準を立てない限り,「日本は特殊である」というフレーズは,
相手の批判を封じるマジックワード,単なるご都合主義的弁解でしかありません.
都合が悪くなったら「日本は特殊だからそれは適用できない」と一言述べれば
済むのですから.実に便利な言葉です.一体「日本語成立の特殊事情」とは何ですか.
そもそも「特殊事情」無しに成立した言語などあるのでしょうか.
要するに理屈で反論できぬから,とぼけたことを言う訳です.
これでは,言葉に拘っているなどとは到底言えないでしょう】
,,,,と,再度福田先生チックに批判してみたがいかがでせう.

そもそも『私の国語教室』には上記>>333 の引用のようなことは
俺の知る限り,書いていないかと思いますが.
俺の記憶が間違っているのなら,具体的な頁を教えて指摘していただきたい.
もしかしたら,六章?だったかのソシュール批判のくだりのことを言っているのでしょうか.

どういう言語学の本を読んで「近代言語学云々」と断定したんでしょうか.
貴方をそのような結論に至らしめた書籍のタイトルを教えてほしい.
373現実:01/12/26 01:36 ID:???
他人の攻撃に終始するのもなんだし,近いうちに,
ポストモダンやらポストコロニアルやらからの批判を踏まえた上で,
『私の国語教室』を,俺なりに解釈してみたい.

オリジナリティの無さとドキュソぶりをさらすかもしれないけれど,
福田先生を読むことは,俺個人の趣味の領域だから別にいいや(笑).
374名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/26 04:24 ID:???
議論が難しすぎて、さっぱりわかりません(涙
375名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/27 02:29 ID:67e8rar5
>>367
>下らないコトバ遊びでも続けているつもりなのでしょうか.

 殆どその程度で濟む相手だつたといふ事。

>>368
>???
>そもそも>>320 が言っていることは【外国語と日本語は言語体系が異なるのだから
>フランス語にあてはまることが必ずしも日本語にあてはまるとは限らない】ということ.

 私の勘違ひ(發言者の誤認)については、既に訂正アーティクルを
 >>363にアップ濟み。
376名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/27 02:31 ID:67e8rar5
>>370-371
 まづ>>271が、

>最も美しい言語との評価もあるフランス語を見てごらんよ。
>あれは、ラテン語が「乱れた」結果なのだよ。

と書いた。その流れを受けて私が>>327>>347で、抑もフランス語が「最も美しい言語
との評価」を受けてゐる事と、「ラテン語が『亂れた』結果」である事との間には何の
繋がりも無いのであつて、

>フランス語が「美しい」のは、「ラテン語が『亂れた』結果」だからではなくて、
>アカデミー・フランセーズなどが中心となり、國語の純化洗練に努めて「整へた」からに
>決つてゐるだらうが!(嗤

と應じた。言ふ迄もないが、これは私の言語觀や美意識を述べたものではなく(括弧を
附けたゆゑん)、歴史的事象の説明を行つたもの。つまり、貴方の言葉を藉りれば、
>>271の云ふ「亂れた」とは「ラテン語の原理・原則から外れてゐる」といふ意味であり、
「美しい」といふのは、>>342の言葉を藉りれば、さういふ「一定の評價」を與へてゐる
「一部」の人々の、乃至は基本的にアカデミー・フランセーズなどの改革方針を是とする
人々の、フランス語觀を指してのものだが、さうしたフランス語觀からすれば改革後の
フランス語は「整へた」ものと映り、それから見れば改革前のフランス語は「亂れた」
ものと映る――といふ話に過ぎぬ。勿論、「改革後のフランス語」も、ラテン語と同樣、
「アプリオリな優劣を決定する基準」(>>371)とは言へまい。しかし、かの人々が、
「整へた」から「美しい」ものになつたと認識した事實までは、どうしやうもない。
それゆゑ、>>370にある

>対して,>>327 はそれと異なり,正統=異端を区別する,確固たる基準が存在する,
>という前提で「乱れる」というコトバを使用している.

云々は、「基本的にアカデミー・フランセーズなどの改革方針を是とする人々」に對して
ならまだしも、凡そ私に對しての批判とはなり得ないのである。
377名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/27 02:32 ID:67e8rar5
【承前】

 最早答へるまでもなからうが、一應疑問に答へておくと、

>「美しい言語という評価」をしたのは誰なの?

 これは、「基本的にアカデミー・フランセーズなどの改革方針を是とする人々」だが、

>結局「整える」前のフランス語は美しいの?美しくないの?(どっちだ?)

 「改革前/改革後」、これは“ne ... pas beau/beau”といふ二項對立で捉へるべき
事柄ではなく、彼等とて、“beau/plus beau”或は“moins beau/beau”といつた、
程度の差の問題と考へるに相違ない。無論、それぞれの一番目の項が、ここでの答へに
當る。なほ、私自身は美醜を辨別できるほどフランス語に習熟してはゐないといふ事を
附言しておく。



>>372
>そもそも『私の国語教室』には上記>>333 の引用のようなことは
>俺の知る限り,書いていないかと思いますが.
>俺の記憶が間違っているのなら,具体的な頁を教えて指摘していただきたい.

 中公文庫『増補版・私の國語教室』所收「言葉と文字」349〜350頁、文春版『全集』
では第五卷117頁:

| 明治以來の言語學者は西洋の體系をそのまま鵜呑みにして、大きな間違ひ
|を犯してゐる。大體、西洋では、まづ言葉があつて、といふのは音の集合體
|があつて、それを文字に書き表すことを思ひつき、ローマ字のやうな表音文字
|を發明した。ところが、日本では、なるほど原始生活をそのまま反映した和語
|はあつたが、それを文字に表さうなどと思ひつかないうちに、中國の文字と
|言葉がはいつて來て、しかもそれが言葉よりは文字を中心に取入れられ、
|擴がつて行つたのである。つまり、文字が、それも表意文字が先にあつて、
|その音を日本化した言葉が後に生じたのである。したがつて漢字を追放する
|ことは漢語を追放することになる。言語文字のさういふ發達の歴史が間違つて
|ゐるの何のと言つても、千年にわたる宿命的事實はどうしやうもない。文字は
|言葉を寫すものといふ西洋の公式一つで國字改革を企てる表音主義者には、
|その事實の意味も重みもわかつてゐないのである。
378名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/27 02:33 ID:67e8rar5
>>369
>一体福田先生の本を読んで御前は何を学んだのだ,と彼を小一時間問い詰めたい.

 それはこちらの臺詞だ。こちらこそ小一時……【以下略】。抑も『私の國語教室』を
まともに讀んでゐるなら、例へば>>328やら>>332やらの疑問は疾うに氷解してゐる筈だ。

>言語の正統性(正当性),妥当性はどのように決まるんでしょうか.
>これが理論的に解明できて,かつ,その理論が正字正仮名を正当化するようなものであったならば,
>正字正仮名使用の「正しさ」が万人に納得できるカタチで簡単に証明できるわけです.
                                    (>>332)

 そのやうな萬能の「理論」を國語國字の問題に適用しようとするなんぞは、少なくとも
福田―松原の思想の系譜とは凡そ異質の行き方である。「簡單に證明」できないからこそ、
福田先生はあの本の中で、これでもかこれでもかといふぐらゐに樣々な具體例を擧げて
奮鬪してゐるのに。さうした數多くの事例から歸納的に導かれた「理論」とて、科學の
それと同等に完璧にはなり得ないが、それでも、既に存在してゐた正字正假名のはうが、
後から捏ち上げられた略字新假名よりも遙かに筋が通つてゐる事だけは確實に理解できる
し、またそれで充分ではないか。數學的命題の證明問題ではないのだから。
379名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/27 02:33 ID:67e8rar5
 もう一つ、>>266について。

>だから,福田の「国語教室」論は,単なる「正字正仮名」のリゴリスティックな保守(反動?)が,
>目的ではない.本来の目的は,戦後有り難がって新仮名を使い始める進歩的文化人批判,,,,
>,,,を通じて倫理の問題を論ずる,,,のがその究極的な狙いだったのだと思う.
>その意味では,福田による,国語の【政治的利用自体は】否定できないと思う.
>「正字正仮名」の政治性哉!.

 勝手な思ひ込みはやめよと言ひたい。限定的な意味であるにせよ、何が「政治的利用」だ。
何が「『正字正假名』の政治性哉!」だ。ギャグにしても恐ろしく低級である。

 筋の通らぬ紛ひの表記法が戰後のどさくさで擴まつた。このままでは異常が常態に
なつてしまふ。さうならぬ内に、何としてでも正常な状態に戻さなければならない――
飽く迄もこれが「本來の目的」に決つてゐる。が、福田先生の孤軍奮鬪も虚しく、
50年後の世間は、既に異常が常態と化してしまつた事にも鈍感となり、あらう事か、

>自分の内なる倫理に照らして,【俺にとって】「正しくない」から,
>「能動的に」使用していない            (>>302)

などとほざく「福田讀者」まで登場する始末。いづれ詰らぬ「自分の内なる倫理」とやら
を後生大事に、正字正假名の歴史性とは全く折合ひを附けようともせず、剩へ、

>ところで、センゴミンシュシュギの下、
>「『当用』漢字」「『当用』かな遣い」を所与のモノとして育った
>俺にとっては、「『正』かな」よりも、「『当用』かな」を使用するほうが、
>自然で「座りごこち」のいいものなんだがなぁ。        (>>64)

とて、憚るところを知らない。成程、「獨我論」とは聊か「高級」過ぎた。ここに訂正し、
改めて、單なる「甘つたれ」と形容し直しておく。
380名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/27 02:55 ID:ybmPdyaz
結局、>>334で訊いた事、すなはち

>つまり貴方は、福田さんが正統表記を用ゐるのは解るが、福田さんが説いてゐる
>内容自體には納得がゆかない、といふ事ですか?

 もし假にさうであるならば、>>373で豫告してゐる貴『私の國語教室』論は半端な代物
ではあり得ず、當然、根柢的批判となる筈。
381現実:01/12/27 21:01 ID:Pv70IMJ5
>>375 について
投稿者特定が面倒だからこのスレだけでも適当なハンドルをつけてくれ,
と前にも書いたはず.名乗らないのなら勝手にこちらでイヤ〜な名前をつけて,
勝手にそれで呼びます.

>>376 について
君は,あたかもフランス人全てが「整えた」フランス語を「美しいもの」と
感じたかのように言うが,別に統計でも採ったわけでもないだろう.

また,かりに常識感覚で判断して「大半のフランス人が改革後のフランス語を
支持した(美しいと感じた)」という事実に同意できたとしても,どうして
「【俺達が】改革後のフランス語を美しいものとみなさなければならない」
のか.事実が観察されたとしても,それは即,当為にはつながらない.

要するに「美の民主主義(美しいものは多数決で決めるべきだ)」でも採らない限り,
多数派フランス人が何と言おうと,改革後のフランス語が美しいということには
ならないし,美しいとみなさなけれればならない,ということにもならない.
言い換えれば「美の民主主義」を採らない限り,アカデミー云々の記述は
主張する意味がまるで無いのだよ.まあ,君は採らないだろうね.

>凡そ私に對しての批判とはなり得ないのである。

ということは,【君自身は】改革後のフランス語が美しいとは思わないのかな(笑.
だったら何のためにラテン語云々を批判するような文脈で>>327 を書いたの?
わけがわからん.御足労なことで.
382現実:01/12/27 21:01 ID:Pv70IMJ5
>>377 前半について
>私自身は美醜を辨別できるほどフランス語に習熟してはゐない

そもそも,美醜が分からないのなら,
フランス人の感覚に賛成・反対もできず,したがってフランス人が
「改革後のフランス語は美しい」と述べたとしても,その発言の当否を吟味することもできないはず.
そうなると,何で>>327 の発言(アカデミー云々)が出てくるのか,ますます分からない.
仮に,君の,アカデミー云々の台詞が,>>376 の弁解の通り,
フランスの言語情勢についての客観的記述であったとしても,
元のレスの文脈から言って「【君が】そのような情勢を支持していること」は
疑いのない事実だろ(笑).だから「どうして支持してるの?」と聞いているだが.ずっと.
#責任を他人に押し付けたらダメだよぉ(笑)

????要するに「アカデミー・フランセーズのような権威ある機関が
フランス語を改革しており,多くのフランス人が『美しい』と言っているから
多分美しいに決まっている!」とでも言いたいのか?????
383現実:01/12/27 21:14 ID:Pv70IMJ5
>>377 後半について
入り組んできたんで議論を整理すると,俺の>>330 >>331 >>332 の問いを
受けて,の君の批判が>>333.それに対する俺の反批判が>>367 >>368 >>369 >>370
そして>>371 の前半.

まず根源的な君の早とちりを指摘すると,>>330 〜>>332 の俺の問いを
【敢えて】カテゴライズするならば「哲学的」あるいは「論理学的」ではあるが,
言語学的ではない(笑).したがって,>>333 の時点で「福田先生の」
【近代言語学】批判を引用して,俺の問いを批判するのは,見当違いも甚だしい(笑).

福田先生の「独我論」論の,文脈を弁えぬ無残な引用から,君が大学の一般教養レベルの
哲学を勉強したことがないことはよくわかった(>>302 >>313 >>325 参照)が,
哲学どころか論理学も言語学も勉強したことがないようですな.
要するに君のしていることは,福田先生のスタイルの真似程度のものでしかない,としか俺には思えない.

門前の小僧には経は読めても,経の意味するところは,わからないと思うぞ.
384現実:01/12/27 21:15 ID:Pv70IMJ5
続き.
あらかじめ確認しておくが,福田先生の引用をするのは,福田先生の
『国語教室』の見解を【君個人が】全面的に支持するということでいいんだな?
(フランス語云々のレスのように,あとになって「いや,あくまで,
単に福田先生が述べた事実を引用したまでであって,
実際に福田先生が正しいかどうかは私には分からない」なんて
逃げ腰なことを言わないでくれよ?(笑)).
【その部分を引用した以上,君個人の意見も,引用箇所の見解に準ずる】わけね?
「引用箇所を福田先生の見解であると解釈し,その解釈を支持し【自己見解として】主張している」
のは君自身以外のなにものでもないのだから.

とりあえず>>378 からも,君が,福田先生と並行して,国民国家論なり,
近代社会論の著作をあまり読んだことがないことは,よくわかりました.

もっとも,俺がどれほど読んだかも疑問ですが(笑).

なお,>>373 に予告したように「私の『私の国語教室』教室」を
(多分,できれば年内に)アップするので,俺の福田解釈ははそちらを見てくれ.
385現実:01/12/27 21:21 ID:Pv70IMJ5
>>379 について
>異常が常態と化してしまつた事にも鈍感となり

まあ,空海や吉田兼好や紫式部や松尾芭蕉が「正字正かな」を見たら,
その奇妙さに,愕然としたかもしれないね.もしかしたら.どうでもいいけど.

>成程、「獨我論」とは聊か「高級」過ぎた。ここに訂正し、
>改めて、單なる「甘つたれ」と形容し直しておく。

よくワカラン専門用語をヨクワカランままに使うのは,
はたで見ていて………………だから,使わない方が無難でしょうね.
そのくらいの煽りが身の丈にあっていると思いますよ(煽.

>>380
いんや.俺は「【君個人の】福田『国語教室』の読み方」が疑問だ,って言っているんだが.
俺は【君を】叩いているんであって,福田先生を叩いているわけではない.
自らと福田先生を等視して何の疑問も浮かばないのか(笑).
正月の書初めは「羞恥心」と大書することをお勧めする.
386名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/28 13:13 ID:Z71dMG6y
>>381-382
>勝手にこちらでイヤ〜な名前をつけて,勝手にそれで呼びます.

で、その命名方法に君自身の「イヤ〜な」低劣なる人格が表出される、と。

>君は,あたかもフランス人全てが「整えた」フランス語を「美しいもの」と
>感じたかのように言うが,

 言つてゐない。>>376を再讀せよ:
|「美しい」といふのは、>>342の言葉を藉りれば、さういふ「一定の評價」を與へてゐる
|「一部」の人々の、乃至は基本的にアカデミー・フランセーズなどの改革方針を是とする
|人々の、フランス語觀


>どうして「【俺達が】改革後のフランス語を美しいものとみなさなければならない」のか.

 これも、そんな事は一言も言つてゐない。よつて、それ以降の「美の民主主義」云々は
全く無意味な文言。

>元のレスの文脈から言って「【君が】そのような情勢を支持していること」は
>疑いのない事実だろ(笑).だから「どうして支持してるの?」と聞いているだが.ずっと.

 「文脈から言つ」たつて、私は別に「支持」も反對もしてゐないが。結局、君としては、
私が「支持してゐる」といふ事にしておかないと己れの論據が一氣に崩れてしまふから、
「疑ひのない事實」などといふ詰らぬ極め附けに終始してゐる譯だらう?(笑)

>>384
>【その部分を引用した以上,君個人の意見も,引用箇所の見解に準ずる】わけね?

 結構。但し、私個人への批判に止まらず、引用元の缺陷批判も嚴正に行つてくれよ。

>>385
 總じて、「煽り」にすらなつてゐない。

>自らと福田先生を等視して何の疑問も浮かばないのか(笑).

 どこが「等視」であらう。尤も、『私の國語教室』理解にかけては、>>378-379
引いた如き愚論珍論の持主よりは、私のはうがよほど眞つ當だが。
387名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/29 01:53 ID:???
ふむふむ。
388名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/29 17:18 ID:ytPyHBbY
よこレスしてごめんね(ここまで読んだ感想)

人は時代の中で生まれ、時代の中でしか生きていけないと思う。
「私の国語教室」も戦後間もない頃、昭和20〜30年ぐらいまでの時代ならそれなりに意味があったし
説得力もあったと思うけど、現代では「当用かな」をもの心付いたときから使用しているわけで
つまり、生まれてはじめて習得する言葉と、その表記法なのであって現代人の「母国語」といえるでしょう。
俺自身、無理して正字正仮名で何か書いても、まったく自分の言葉という気がしない
英語で文章書いている時と、正字正仮名で文章を書くときの感覚が、実感として同じものなんだ

自分の感情なり本心を述べるのは、やはり母国語でしか語れないよ。現代日本人の「母国語」は当用かな名表記の
文章でしかないし、大多数の日本人は俺と同様の感覚を感じると思う。つまり正字正仮名の方が書いている時に外国語のような
感覚になってしまうんだ、それは当然のことで正字正仮名が非日常言語だからだよ。

そしてそれを現在非難するのはダメでもう手遅れなんだ、戦後50年以上経ってしまっているし
「政治など気にしてはいけない」といった考えが間違っていたんだよ。
国語教育は政治以外のないものでもないからね、もし、「異常が常態になる前に正常な状態に戻さなければならない」と
本心から考えていたのなら政治思想を志向しなかったのは間違っていた、という事が証明されたことになるんじゃないかな。
389名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/29 17:19 ID:ytPyHBbY
もう正字正仮名が復活することはないよ、「母国語表記」としては滅亡することが確定している。すでに日本人の大部分にとって正字正仮名は
「死語」となっているんだ。

過去は有限だが未来は無限だ。正字正仮名表記していた時代より、当用かなを使用する方が時間として時代として歴史として
長くなることが確定している。それでも正字正仮名が正統だと言えるのか?正統と称することが出来る文化は延命した文化についてのみだろう。
滅亡した文化に正統はない。非日常ではダメなんだ日常表記でなければラテン語のように「死語」とみなされるよ。

正字正仮名は過去に使用された「死語」として現代日本人に認識され、その共通合意がなされている。
松原は過去を見続けているが西部は政治思想を志向しており未来を見ている、これが両者の最大の
違いだと思うけどね、そしてその差が支持者の量の違いを生んでいるのではないかな。
390名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/29 17:19 ID:ytPyHBbY
どうもこのスレにいる松原支持者の使う言葉の端はしに「低脳」だとかの罵倒語を好んで使う人がいるのが
よくわからないよ、福田恆存の思想と著しく食い違うのではないかな?
例えば>>310>>313などは、福田の影響を受けた者がこのような発言をするとは思えないよ。

このスレをロムしている人なら読んでいると思うけど、福田恆存の「『私の幸福論』 第七章 教養について」を
今すぐ再読してほしいですね。この書籍に書かれてあることと、このスレにいる松原支持者の振る舞いとは
まったく正反対だということが理解できると思う。当然読んでいると思うけどこのスレにいる松原ファンは内容忘れちゃったのかな?
391名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/29 23:52 ID:6OTxJx0a
>>388-390
 内容には同じ難い點が多々あるけれども、かういふ書き方をして下さる方に對しては、
こちらもそれなりの應對は致しますよ。けれども、過去ログをお讀みになつたのであれば、
口汚く罵倒するに相應しい相手といふものもまた(取分けネット上には)確かに存在する
といふ事がお解り戴けると思ひますが。
392名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/30 01:20 ID:T9+palol
【承前】

>福田恆存の「『私の幸福論』 第七章 教養について」

そこに出て來る飯田線の老女の話、福田先生は大層印象に殘つたのか、同じ話を
「傳統にたいする心構」にもお書きですが、そちらをお讀みになれば、例へば、

>過去は有限だが未来は無限だ。

といふやうな考へ方が、如何に「福田恆存の思想と著しく食ひ違ふ」ものであるかが
良く解る筈です。是非再讀されたし。
393現実@二日酔い気味...:01/12/30 19:56 ID:N44tpCS4
思ったより時間が取れなさげなので,詳しいレスは来年になります.

■正しい日本語?
手短に結論だけ述べると「『正しい』『国語の』表字・文法規則とは何か
(正字正仮名と当字当仮名どちらが国語として「正しい」か)」を
決めるのは国家です.したがって現状において「正しい」国語は,当然,原則として当字当仮名です.
もちろんこのことは,正字正仮名を,日本国家公式の表字・文法規則とすべく働きかけてはならない,
ということを意味しません.

また,さらに当然ですが「正しい日本語」は存在しません(笑).

なおここで,国語とは「公」(一次的には公的機関・二次的にはマスコミ等の,
本来「私」だが「公」の性格を併せ持つ領域を含む)において使用される日本語を指す,
と定義します..
また,日本語とは,方言や古語等を含む,広く「日本語」と呼ばれる概念,,,,,と大雑把に定義しておきます
(多少トートロジーの感がありますが,イメージが掴めればよいでしょう).
394現実:01/12/30 20:06 ID:N44tpCS4
■美しい日本語
これも結論だけ.おおむねの共感を得るようなかたちで論ずることはできても,
客観的に「何が美しい日本語か」を論ずることはできないでしょうね.
なお,「美しい国語」と「正しい国語」の間には基本的に何の関係もありません.

「正しい国語」を使う人が,自己の使用する国語を美しいと感じることはあるかも.
美しい国語を使う人が,自己の使用する国語を正しいと思うことはあるかも.

「有り得る」というだけで論理必然の関係には,ないと思います.
395現実@赤坂で篭絡された:01/12/30 20:14 ID:N44tpCS4
少しだけレス.
>>380
>「低脳」だとかの罵倒語を好んで使う人がいる

これって福田―松原読者というより,むしろいわゆるコヴァ的心性というやつなんじゃ..
....何でもないです.

別に,俺のような低脳な人が福田先生を読んでも,俺のような低脳な福田読者が一人増えるだけです.
また,どこかの学問的素養のない人が福田先生を読んでも,どこかの学問的素養のない福田読者が一人増えるだけです.
本を一冊だけ読んで劇的に心性が変わるならば,これほど便利なことはありませんが,
道徳教科書をいくら読んでも,人間の性格はそうそう変わらないことから,
本が人を変えるということが,どれほど難しいことかお分かりになるかと思います.

>>392
君は「解釈」が,どういうことなのかも分かってない.
いわゆる「解釈学」やテクスト論の本を読んでみたら?
396現実:01/12/30 20:18 ID:N44tpCS4
注:それと>>393 で挙げた「国語」「日本語」の定義ですが,
福田先生も,『国語教室』において,>>393 同様に,
基本的に「国語」と「日本語」を峻別をしている
とみなしてよいと思います.実証は面倒なので必要がなければやらない(笑).

...なんだかんだ言って長レスになってしまった...>>386 もツッコミ所ありますが,放置します.


それではよいお年を.
397名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/31 00:22 ID:9fRFgwtg
>>393-396
 要するに君は、福田先生が『私の國語教室』で最も訴へたかつた事柄とは殆ど關係の
無い所で言語論をこねくり廻してゐるだけだな。何も、あの本を引き合ひに出す必然性
などありはしないのに。
398名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/31 13:50 ID:Pg9SND1C
たしか、歌人の俵万智が新聞でこんなことを言ってゐた。
「思う」が「思ふ」となったらどんなにかすばらしいだらう、と
此処にしか根拠らしきものはない、と思われる。
理屈はすべてむなしい。
それでも、筋を通すといふのなら、せめて呉先生のような
ユウモアはほしい。 
399名無しさん@お腹いっぱい。:01/12/31 18:09 ID:3GzKPk3F
正しい日本語は存在しない、とか言つてゐる人がゐるけれども、それは本當に正しいのかね?
「正しい」は國家が決める?
なるほど。それが「正しい」としよう。
すると、君はなぜ、國が内閣告示で決めた「現代仮名遣い」と「常用漢字」は「正しい日本語」だとは思はないのかね。
そして、「正しい日本語」であるならば、「現代仮名遣い」と「常用漢字」を、君は、君の立場ゆゑに、拒否せざるを得ないのではないかね。
400名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/01 00:23 ID:YL2opy8S
一應、念の爲に書いておきますが、>>398-399は私(>>397)とは別の方の書込みであります。
401名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/01 05:34 ID:UJgmMAXL
間違つたことを言つてゐる人間を名指しで激しく罵倒するのは、松原氏の流儀だ。
松原氏は書いてゐる。

……私は「馬鹿に保革の別はない」と放言したくなり、放言せずに辛抱した。(「新聞はなぜ道義に弱いか」)

だが、その「辛抱」が私にはやれなかつた。(『文學と政治主義』後書)

福田氏はその「辛抱」をして、「問ひ質したき事ども」で自分を干した猪木正道を「S氏」と書いた。

「S氏」などと書かずになぜ「猪木正道」と書かなかつたのかと私は恩師を詰問した。恩師を詰問したのは後にも先にもあの時だけである。(「大和魂ゆゑに再び亡國」)

松原氏の流儀は、福田氏の流儀とは違ふ。

福田ファンには、福田氏が好好爺に見えるらしい。
しかし、福田氏にも「金田一老のかなづかひ論を憐れむ」といふ、激しい文章がある。
402名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/01 05:38 ID:UJgmMAXL
それから、病床の福田恆存を見舞つた西部邁が、歸つてくるやいなや福田氏の惡口を言ひはじめたのを、西部事務所の人間が目撃してゐるさうだ。
西部は福田氏の後繼者だといふけれども、西部は福田氏を尊敬してゐない。
403 :02/01/01 05:47 ID:XgcyX6mh
>>402
> それから、病床の福田恆存を見舞つた西部邁が、歸つてくるやいなや福田氏の惡口を言ひはじめたのを、西部事務所の人間が目撃してゐるさうだ。

ソースは?
404現実:02/01/01 17:18 ID:to0Z0UXX
>>397
福田先生個人の見解を俺がどう捉えているかについては,
以前にも少し書いたでしょう.
俺は福田先生の言語(国語)論は,学問的に間違っているところと
妥当なところの両方が含まれていると述べているのですが.
それとも,一から十まで賛成しなければならないとでも?
ならば,それはただの阿諛追従ですがな.

>>393 で述べたように,>>393 から >>396 までは,結論部に過ぎない.
そしてこの結論は(多分)正しい(笑).
間違っているというのなら具体的に反論してくれ.
福田先生の文章のコピペで反論してもいいけど「独我論」云々の時のように,
使い所を間違えないように(笑).
405現実:02/01/01 17:19 ID:to0Z0UXX
>>398
>理屈はすべてむなしい

…と思うのならば,わざわざレスをつけなければよいのでは.
「むなしい」と言いながら,その「むなしい」ことを論じることに,
むなしさはないのでしょうか.

冗談はともかく,
何をもって「美しい」とするかは個人の主観の問題です.
したがって「美しさ」の「正しさ」などというものは決められません.
人が二人以上いて,同じモノを見て同じように「美しい」と感じたならば,
両者の間で「共感」は生じるでしょう.が,たとえ共感する人が何人増えても,
それは「正しい」ということにはなりません.どこまで行っても「正しく」なりません.
美はどこまで行っても個人的なものです.もっとも,個人の美の感覚が,
共同体の平均的な美的感覚と合致している蓋然性が高いとは言えるかもしれませんが,
だからといって「正しく」はなりません.

トマト缶を並べただけの絵や,オブジェとして置かれた水洗トイレを「美」と
考える人もいるのです.そして,それは間違っていない.
406現実:02/01/01 17:20 ID:to0Z0UXX
>>399
>君はなぜ、國が内閣告示で決めた「現代仮名遣い」と「常用漢字」は
>「正しい日本語」だとは思はないのかね

だからそう言っているでしょう?「正しい」のだと.具体的には,
>>393 現状において「正しい」国語は,当然,原則として当字当仮名です】と書いています


また,>>393 に,わざわざ断って国語と日本語の違いを述べてあるはずです.
国が「現代仮名遣い」「常用漢字」を正しい「日本語」であると述べたとしても,
それは俺の定義と何ら矛盾しませんよ.
国が「日本語」を,俺の「国語」と同意義で使用している,すなわち,
俺と国とで,単に言葉の定義が異なるだけだからです.

国は【>>393 「公」(一次的には公的機関・二次的にはマスコミ等の,
本来「私」だが「公」の性格を併せ持つ領域を含む)において使用される日本語】
が「現代仮名遣い」「常用漢字」でなければならない,と述べているのであり,
また俺も【>>393 「公」(一次的には公的機関・二次的にはマスコミ等の,
本来「私」だが「公」の性格を併せ持つ領域を含む)において使用される日本語】
は,現代においては「現代仮名遣い」「常用漢字」である,と述べているでしょう?
407現実:02/01/01 17:24 ID:to0Z0UXX
おまけ.
>>386 について.
>一言も言つてゐない
(略)
>「文脈から言つ」たつて、私は別に「支持」も反對もしてゐないが。結局、君としては、
>私が「支持してゐる」といふ事にしておかないと己れの論據が一氣に崩れてしまふから、
>「疑ひのない事實」などといふ詰らぬ極め附けに終始してゐる譯だらう?(笑)

だから,だったら何でわざわざ「一部の人々」の見解に過ぎないもの例を,
わざわざ恣意的に引用してきているの,って聞いているんでしょ(笑).
それとも,単に無意味なコトバを羅列したの?【引用の意図】を聞いているんだよ(笑)「一部の人々」の見解に過ぎないもの「だけ」をわざわざ引用した意図を,さ(笑)

>尤も、『私の國語教室』理解にかけては、>>378-379
>引いた如き愚論珍論の持主よりは、私のはうがよほど眞つ當だが。

理解と盲信は別物だよ.
俺は俺なりに,近現代(思想)史等の文脈の中で福田先生を位置付けているがね.
408名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/01 23:01 ID:RbhVyR76
自分の書込に對する應答のみに返答する。

>>404
>俺は福田先生の言語(国語)論は,学問的に間違っているところと
>妥当なところの両方が含まれていると述べているのですが.
>それとも,一から十まで賛成しなければならないとでも?

 そんな必要は無い。>>397で書いた言葉を引けば、

>福田先生が『私の國語教室』で最も訴へたかつた事柄

つまり歴史的假名遣・正漢字こそが正統なる國語國字表記法であるといふ事、これこそが
該書の眼目だが、それは「學問的に間違つてゐる」のか「妥當」なのか、と訊いてゐるのだ。
「妥當」だと言ふのなら、これ以上問ひ詰める事もないが、「間違つてゐる」と考へて
ゐるのなら、あの本を根柢的に批判するのでなければをかしいでせう?と言つてゐる譯。

>>407
>だから,だったら何でわざわざ「一部の人々」の見解に過ぎないもの例を,
>わざわざ恣意的に引用してきているの,って聞いているんでしょ(笑).

 元發言者を叩くために彼の字句を再利用しただけさ。それと、まあ自分で統計を
とつた譯でもないから斷定はしないけれど、あれは「一部の人々」どころか「多くの人々」
の見解ではないか、といふのが私の印象。所詮「印象」に過ぎないがね。(笑)
409名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/01 23:14 ID:RbhVyR76
序でながら、>>401さんへ: 全く同感。
410現実:02/01/03 00:02 ID:OAUksDLY
>>408
>つまり歴史的假名遣・正漢字こそが正統なる國語國字表記法であるといふ事、これこそが
> 該書の眼目だが、それは「學問的に間違つてゐる」のか「妥當」なのか、と訊いてゐるのだ。

君の言う「正統」「間違い(正しい)」「妥当」をそれぞれ定義してみれ.
そうでないと答えられない.
そもそも,これらの語が,如何に曖昧なものであるか,という点が,問題の根底の一つとしてあるのに
(だからこそ定義を必要とし,そして筆者が定義しないならば「行間」を読むしかない).

はっきり言って,君が福田先生のレトリックだけ読んで(覚えて),福田先生そのものを読んでいないから,
こういう問いが出て来るんだよ.

>元發言者を叩くために彼の字句を(略)といふのが私の印象

なんじゃ.結局自分も「フランス語は整えたから美しい」の見解を支持しているんじゃないか.
わけがわからんぞ.もっと端的に聞いてみようか.
君自身も「フランス語は整えたから美しい」という見解を支持しているということなんだな?

ちなみに,支持しておらず,しかも「多くの人々」の見解であろうと,
「元発言者」の発言を叩いたことにはならないのは,既に述べた通り(「美の民主主義」の俺の発言参照).

要するに,君は自分が述べたことが何を意味していて,それぞれがどういう論理関係にあるのか,
まるでわかっていないんだよ(笑).
411現実@えらそう:02/01/03 00:09 ID:OAUksDLY
>>410
ちょっと気になったんで訂正.
・福田先生そのもの→「福田先生そのもの」
カッコ付きに訂正した意図は,読んだ人が勝手に汲み取ってください.

なお,次回の彼のレスに対して「同じことの繰り返しで下らない」と俺が感じた場合,
彼へのレスを無視して,一方的に(ちびちびと)「私の『私の国語教室』教室」を
改めて書いて行くことにします.
412名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/03 02:28 ID:ztDRjesk
>>410-411

>君自身も「フランス語は整えたから美しい」という見解を支持しているということなんだな?

 どこをどう讀めばかういふ解釋になるんだか...。私自身の佛語力では美醜の判斷は
出來ぬ、それゆゑ「支持」も不支持もしやうが無いが、それとは關係無しに、さういふ
見解を持つ人々はかなり多いのではないか、といふ「印象」を述べたまで。

>「元発言者」の発言を叩いたことにはならない

 「元發言者」の發言とて、實は彼個人の言語觀の表明ではなく、單に歴史的事象の説明
のみだつたのだから、更に實状に即した歴史的事象の説明をぶつける事によつて、彼を
「叩いた」事になる。

>君の言う「正統」「間違い(正しい)」「妥当」をそれぞれ定義してみれ.
>そうでないと答えられない.
>そもそも,これらの語が,如何に曖昧なものであるか,という点が,問題の根底の一つとしてあるのに
>(だからこそ定義を必要とし,そして筆者が定義しないならば「行間」を読むしかない).

 『私の國語教室』の「序」には次のやうな文言がある:

|第二章は、[中略]歴史的かなづかひの原理を示し、その正統性と合理性とを
|明らかにしたものです。

 「正統性」も「合理性」も福田先生は同章にて「明らかにし」てゐるとの事だから、
今後の「私の『私の國語教室』教室」の中で適切に論評し、「學問的に間違つてゐる」
のか「妥當」なのか、判定を下してくれ給へ。言ふ迄もないが、この一點を囘避した
『私の國語教室』論は一切無效だからな。

 さて、一應ここ迄の「中締め」的感想を述べておくと、君の謂ふ「解釋學」とは、
批評對象を正確に見ぬまま爲された得手勝手な自己流の讀解を強引に正當化するための
詐術の謂ひか。(笑)
413 :02/01/03 22:38 ID:aW/6wjL8
>>402さんよ(ってわざわざ番号で呼ぶまでもないが)
>>403さんの「ソースきぼん」に答えてないが?
 インターネットで検索したら、やっぱり正字正仮名の菊池なんとかさんだったか
が同じこと書いてたなあ。引用しただけ? 本人?
 いずれにしろ、ソースをはっきりしてもらたいもんだね、俺も。
414名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/03 23:36 ID:wp6NfIkN
ラジオニッポン「野嵜健秀、世相を斬る」
415現実:02/01/04 00:22 ID:pM5gsiAH
>>412
>かなり多いのではないか、といふ「印象」を述べたまで。

多かろうが少なかろうが「正しさ」とは何ら関係がないことは既に簡単に説明した>>393
多かろうが少なかろうが「正しく」なることはない.
言い換えれば,書き込むだけ「時間の無駄遣い」なレスなのである.
要するに>>393 が分かっていないから,こんな見当違いのレスが出てくるのだ.
終わってるよ君.

>更に實状に即した歴史的事象の説明をぶつける事によつて

>>327 と>>270の間に「乱れる」の定義に違いがあるということは既に説明した>>370
自己流の異なる定義を持ってきて>>327 レスをつけるから,元のレス>>270 とまるで
噛み合っていないのだ,と.>>327 で>>270 に「ぶつかる」説明であると考えている
時点で,君は国語力(論理展開能力)に問題がある.旧かななんぞ覚える以前に
中高レベルの国語と数学をやりなおしてきなさい.それが親への忠孝だ.

まあ,フランス語云々はもうレスしなくていいよ.
書けば書くほど誰かが恥をさらすだけだろうから.
そもそも俺も,揚げ足半分にツッコんできただけだし.
416現実:02/01/04 00:25 ID:pM5gsiAH
>>412 続き
>|第二章は、[中略]歴史的かなづかひの原理を示し、その正統性と合理性とを
>|明らかにしたものです。

>「正統性」も「合理性」も福田先生は同章にて「明らかにし」てゐるとの事だから、

やはり国語能力に問題があると言わざるを得ない.
上記の福田の文章の「正統性」「合理性」という語は「説明項」(何かを説明する言葉)
であって「被説明項」(説明される言葉・明らかにされるべき言葉)ではない.
上記の福田は「歴史的仮名遣いの正統性(合理性)を示す」と述べているのであって,
「正統性(合理性)の意味を示す」と述べているのではない.
福田の『国語教室』においては,何かを説明する言葉として「正統性」「合理性」
「正しい」等が使われることはあっても,「正統性」「合理性」「正しい」等の言葉自体は
何かを説明するための言葉,言い換えると所与の概念,
疑いもなく当然の前提となる概念として使用されており,
「正統性」「合理性」「正しい」等の言葉が何を示すものなのか,
定義はなされていない(多分(笑).されているなら引用してみなよ).
つまり,福田『国語教室』をいくら諳んじても,福田の「正しい」「正統」が
どういう意味なのかは,自分でアタマを使わないと分からない(笑).
個々人の解釈の問題なんだよ.

だからこそ,俺は【君に】,【君が】福田の「正しい」「正統」といった語を
どう解釈しているか聞いているんだが.
「福田先生と同じ」なんて答えてもダメだぜ.福田先生が書いていないから
聞いているんだから.
まあ,答えられないんだろうな.
417現実:02/01/04 00:32 ID:???
「相手にしない」と言いながら思わず相手にしちゃったよ.

ああ,レスしたいならしてもいいけど,>>416 についてだけでいいよ
フランス語云々の話>>415 はもうこっちから一方的に止めるので,
放置してくれていいです..
(「品性に欠ける相手にはこれ以上レスしても無駄である」とかなんとか言い出して,
>>416 も放置プレイにされそうな気もするな.笑).


次回からは,「現実」のレベルの低いひとり言もはじめます(気が向けば...).
418名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/04 17:43 ID:U3tv6pFy
>>415
>多かろうが少なかろうが「正しさ」とは何ら関係がないことは既に簡単に説明した>>393
>多かろうが少なかろうが「正しく」なることはない.

 「見當違ひのレス」を附けてゐるのは君のはうだらう? 正に「時間の無駄遣ひ」。
さうした「正しさ」なぞは始めから問題にしてゐないのだから。

>君>>327 と>>270の間に「乱れる」の定義に違いがあるということは既に説明した>>370
>自己流の異なる定義を持ってきて>>327 レスをつけるから,元のレス>>270 とまるで
>噛み合っていないのだ,と

 >>271の言ふ「亂れた」と「美しい」との間には抑も何の關聯も無い、だから
「實状に即した歴史的事象の説明をぶつける事によつて」修正してやつた、そして
「元レス」に缺陷がある以上、「噛み合」はないのは或る意味、當り前の話であつて、
それは私の汚名とはならない。
419名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/04 17:43 ID:U3tv6pFy
>>416
>上記の福田の文章の「正統性」「合理性」という語は「説明項」(何かを説明する言葉)
>であって「被説明項」(説明される言葉・明らかにされるべき言葉)ではない.

 だが、あの本の論旨からいへば當然「被説明項」にもなつてゐるのだから、それを
君の「私の『私の國語教室』教室」とやらに於て、先づ「適切に論評」し(つまり
解釋し)、君から觀たそれの妥當性を判定してくれ給へ、と求めた譯だ。(>>412)

>だからこそ,俺は【君に】,【君が】福田の「正しい」「正統」といった語を
>どう解釈しているか聞いているんだが.

 では、私から先に書いておかう。

 音にではなく語に隨ふ表記法、すなはち、時代毎の發音の變化に振り囘される事なく、
過去の習慣的な語法や語意識を破壞せずに保存・傳達するやうな表記法――これが
「正しい」「正統」な假名遣といふものである。
 その點、現代假名遣ひは失格であり、歴史的假名遣こそが「正統」だと言へる。

……と、以上は決して「個々人の解釋の問題」ではなく、虚心坦懷に同書を讀めば、
福田恆存に贊成するにせよ反對するにせよ、これ以外の解釋はあり得ない。ここでは
敢へて僭越にも私と福田先生を「等視」しておく。(笑)

 さて、私の福田「正統」觀解釋に君は同意するのかしないのか。
 同意しないのならば、今後の論で君なりの解釋を示してくれ。
 同意するならば、これが君から觀て「學問的に間違つてゐる」のか「妥當」なのか、
判定を下してくれ給へ。
 君から觀て妥當だと言ふのならば、私としてもこれ以上問ひ詰める事は無い。
 君から觀て學問的に間違つてゐると言ふのであれば、そのゆゑんを説明して貰ひたい。
無論その説明は、福田先生の本に對する根柢的批判となるのが道理だ。

 いづれにせよ、>>412にも書いたやうに、この一點を囘避した『私の國語教室』論は
一切無效だからな。
420名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/04 19:21 ID:vRRINJd8
>>413を無視するなよ。答えろ。
421名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/04 22:33 ID:/yhHXy9z
>>420
 私は>>418-419だけれど、ひよつとして私に向つて言つてゐる? 斷つておくけれど、
私は>>402さんではないよ。

 君>>420は=>>413か?
>>413
>>402さんよ(ってわざわざ番号で呼ぶまでもないが)

 要するに、正字正假名で書いてあるから>>402は私に決つてゐる、それゆゑ
「わざわざ番號で呼ぶまでもない」といふ事? だとしたら隨分と短絡的だな。文體の
識別も出來ないのかな? 正統表記で書き込んでゐる人は最近、私以外に2人はゐるぞ。
具體的には、>>398-399さん(略漢字表記等からして恐らく同一人物)、
それと>>401-402さん(こちらはIDからして同一人物)、だ。
因みに>>397以降、それ以外の正字正假名書込は總て私によるもの。勿論>>400>>409もね。
まあ、捨てハンドルを用ゐたところで「自作自演」でない事の證明は出來ないけれど、
そこがパソコン通信とは異なり、インターネット匿名掲示板の宿命。

 しかし、西部邁を腐す書込に突つ込みを入れるとは、君、もしかして>>361でキレて
退場した、例の西部ファンかい?(笑)
422名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/05 15:42 ID:fwZdhgCu
>>421の補足
>具體的には、>>398-399さん(略漢字表記等からして恐らく同一人物)、
>それと>>401-402さん(こちらはIDからして同一人物)、だ。

 >>398さんと>>399さんは別人かも。寧ろ>>399>>401-402さんかな?

 それと、問題の「西部事務所」云々だけれど、私もその話は耳にした事が
あつたりするんだよね、實は。(笑)
 >>402さんはどうだか知らないが、私のソースは某全國紙の記者、と、
そこまでしか言へませんが。但し私は、噂の眞僞には餘り興味なし。
423名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/05 18:06 ID:+AWClDU6
私は、>>388-390のよこレスした者です。

正統という言葉の定義は「本当」は出来ないのではありませんか?
俺は自分の主観と持論を大切にしたいのだけど、人それぞれに正統と感じる事柄と根拠は違うと思うし
意見の集約など出来ないと思う。それこそ根拠は百家争鳴、十人十色であって福田の伝統の定義は一仮説として
尊重するけども、無批判に盲従したくはありません。それは俺にとって、とても違和感を感じる定義だからです。

福田の論は正字正仮名の「論理性」を証明しようとする試みでしょう。論理性があることを認めますが
でも、「論理性の証明=正当性の根拠」という考えが飛躍に思えてならないのです。現代語の表記には適さないし
俺自身は決して正字正仮名を使いません。その理由は>>388-390で述べたとおりで自分自身の言葉ではないからです。

この前の俺のカキコで述べたとおり、俺の内心にある持論の「正統の定義」とは
「正統とは多数の人々が後世に伝える価値がある文化と認め、伝承し現在に継承されている文化」です。
つまり、ラテン語のように論理的であっても継承されず、絶滅した文化に正統の冠をつけることは出来ないのですよ
歴史があろうと、論理性があろうと、滅びた文化に正統を名乗る権利はない。と俺は考えています。

正統を名乗る必須条件は、後世の人々に伝承され継続され相続された文化に限ってのみではありませんか?
そして、正字正仮名は日本語表記法として滅亡することが確定しているのではないですか?
ラテン語はごく一部の専門家しか知らず、死語となったけれども、それでもなお、滅亡した後にも滅んだ文化を正統と
主張することが出来るんですか?

建国以来、日本で生まれた文化のなかにも伝承される価値のある文化と認定されたモノだけが淘汰されて
きたではないですか、後世に伝わらなかった文化など建国以来いくらでもありますよ。むしろ淘汰された文化の方が
多いかもしれない、それは戦後だけではなく建国以来から日本文化の淘汰が各時代で日本人自身の手によって
行われてきたではありませんか。

正統=歴史性=論理性という主張、正統の定義、定義の根拠にとても違和感を感じます。
424 :02/01/05 19:16 ID:???
捨てハンドルでも使ってもらえないかな・・
425名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/05 21:11 ID:pkxSJQAA
>>423
>現代語の表記には適さないし

 そんな事はありません。現に私が書いてゐるのは現代語ですよ。私の表現力の拙さ
ではなく、正字正假名それ自體のせゐで、意味の通じない部分がこれまでにどれ程
ありましたか?

>俺自身は決して正字正仮名を使いません。その理由は>>388-390で述べたとおりで自分自>身の言葉ではないからです。

 ではお訊きしますが、貴方はどうして、略字現代假名遣ひが「自分自身の言葉」だと
感じられるのですか。何か、これでなくては絶對にならない、といふやうな信念でも
おありですか。別に無いでせう。所詮は慣れの問題に過ぎないのですよ。正統表記も同じ事。

>歴史があろうと、論理性があろうと、滅びた文化に正統を名乗る権利はない。と俺は考えています。

 福田さんが屡々口にした、理想と現實の二元論で言ふならば、これは「現實」の名の
下に「理想」を葬り去らうとする極めて傲慢な考へ方です。

>そして、正字正仮名は日本語表記法として滅亡することが確定しているのではないですか?

 自然な歴史の流れで「確定」したのなら、別に福田さんとて文句は言はなかつたでせう。
けれども、充分立派に機能してゐた表記體系が、戰後のどさくさで、極めて不自然な
恣意的政策で以て改惡されてしまつた。だから一旦、舊に復して、それから改めて
筋の通つた改革案を練り上げてゆかう、と福田さんは提案した譯です。

 ただ、私は一部の狂信的な運動家たちのやうに、やらうとすれば明日にでも正字正假名
は復權できる、などとは思つてをりませんし、一般の人に正字正假名を強制する氣も無い。
もはや何を言つても始まらない事態になつてしまつた以上、「もうどうにでもなれ、但し
自分は福田先生に肖る」といふ氣持。>>423さんがどんな表記法を使はうが、別に
どうでもいいです。敢へて論爭する積りもありません。先に紹介した、福田先生の評論
「傳統にたいする心構」だけはお讀み下さい。文藝春秋版『福田恆存全集』第五卷所收。

#松原正スレッドではなく、福田恆存スレッドになつてしまつてゐるな。
426名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/05 23:34 ID:Jt0qv5hE
といふ譯で、ここで強引に松原先生關聯の話に戻すと、

 例の「きつねうろん」、奴の松原非難は大元の論點から益々懸け離れてゆくばかり。
抑も松原先生は、どうして保守派同士だからといつて仲良くしなければならぬのか、
と血尿論(嗤)を批判したのであり、それに對して返答するのが奴の取るべき態度なのに、
JIS規格上の制限と正漢字との關係についての己が無知を曝け出して「見當違ひのレス」(笑)
を附けてゐる。
 まあ、大元の論點では勝目が無いから、さうしてゐるのだらうけれど。しかし、
「無學なもん」である割には隨分と漢字に關する知識がおありですなあ。(笑)
427名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/05 23:36 ID:Jt0qv5hE
>>426
「きつねうろん」→「けつねうろん」でしたね。「血尿論」の字音假名遣ださうですから。
428現実:02/01/06 00:27 ID:NWuznCNf
>>419
>音にではなく語に隨ふ表記法、すなはち、時代毎の發音の變化に振り囘される事なく、
>過去の習慣的な語法や語意識を破壞せずに保存・傳達するやうな表記法――これが
> 「正しい」「正統」な假名遣といふものである。

多少マトモな定義を持ってきたな.これは一応「正しい」が「被説明項」だな(笑).

しかし,残念ながら,この「定義」は比喩を交えたレトリック以上のものではない.

なぜなら「時代語毎の発音の変化に振り回されない」「過去の習慣」「語意識」が
「破壊」されていないと認定する主体は誰なのかが,この一文からは全く明らかではない.
また,定義として明確でなく,したがって,定義としての役目を果たしていない.
「過去の習慣」「語意識」が具体的に何を指すのか,「破壊」とはどのような状況を
指すのか,,,,が全く不明である.ゆえに基準として役に立たない.
認定する主体が福田個人であるならば,福田個人が自らの感覚において判断するに過ぎないということになり,要するに,単なる主観的判断,「思い込み」であって,
論理的な「正しい」「正統」の基準とは,到底成り得ない.
したがって,このくだりを「定義」として額面道理に受け取るのは大いなる勘違いだ.

また,そもそも,どうして「習慣的な語法」や「語意識」を破壊しない表記法を
論理必然的に「正しい」「正統」な表記法とみなさねばならないのか,
まるで明らかでない.

#ちなみに,上記の反論として『国語教室』P24(文庫版)を引いてきても
#何の反論にもならないぞ.(笑)
429現実:02/01/06 00:28 ID:NWuznCNf
続き.
ところで,「正字正仮名」を正統化する理屈として,
福田は「当字当仮名」が「表音主義」を標榜する
中途半端な表音主義であるからマズイのだというが,論理的に言って,
そのことは直ちに「正字正仮名」が正しい,ということを帰結しない.
表音主義が「中途半端な表音主義」だからいけない,というのならば,
「徹底した表音主義」に基づいた仮名遣いを目指すという方向も有り得るからだ.

また,「徹底した表音主義」に対しては「いくら『徹底した表音主義』に基づいても,
コトバは生き物だから,必ずズレが生じる(故に正仮名遣いを採るべきである)」
という批判が有り得るが,ズレが生ずること自体は,「徹底した表音主義」の
批判とは成り得ない.
……「ズレたら,さらに表音化すれば済むだけやん.どうしてそれじゃダメなの?.
面倒だって?それってただの『ものぐさ』では???(笑)」
という考えも成り立つからだ.

どんな基準に基づいても,論理必然的に「正字正かな」が「正しい」と言える
根拠は無い.繰り返しになるが.もちろん「当字当仮名」が「正しい」と言える根拠も無い.

どんなにもっともらしく理屈付けしてみたところで,
表字・文法規則は【恣意的なもの以外有り得ない】.
430現実@門外漢:02/01/06 00:29 ID:NWuznCNf
「私の『私の国語教室』教室」第一回.
■『私の国語教室』の射程
『私の国語教室』は「国語」を論じたものだが,そもそも「国語」とは何だろうか.
『私の国語教室』の前提として国語の来歴を述べる.
主要参考:イ・ヨンスク『国語という思想』(岩波書店)
なお,定評ある本だから,『日本語の近代』等の,類似テーマの出版物と
改めて照合作業はしていない.面倒だから(笑).

本論.>>393 にも簡単に述べたが,国家がそれと規定したものが「国語」に他ならない.
国家を前提とするという意味で「国語」は近代の産物である.
近代以前には「国語」という発想は無かった.
「国語」は「国民」や「(近代)国家」同様,近代において発見されたものである.

統一的なネーションnation国家が無ければ国語は必要ない/存在しない.
事実,明治以前には京都弁や大阪弁はあっても,日本全国の共通語という意味での
「標準語」はなかった.
431現実@門外漢:02/01/06 00:31 ID:8lWiqazw
第一回続き.
青森の人間は青森弁だけしゃべればよかったし,鹿児島の人間は鹿児島弁のみ
話せれば事は足りた.交易等の事情で,何かの拍子に両者が会ったときには
コトバが通じないこともあっただろうが,「通訳」を介せばそれで足りただろうし,
また,知識階級(武士・僧侶・学者・商人等)には,「漢文」(中国語)という
書き言葉の「共通語」が存在したから,それで事足りたはずだ.
そして,その青森弁や鹿児島弁ですら,確固とした体系は存在しなかった.
せいぜい,名古屋のコトバと知多半島のコトバは何となく似ているな,
といった程度のこと,,,ヴィトゲンシュタインの用語を借用すれば,
「家族的類似性」(全てに共通する確固とした共通項を見出すことはできないが,
それでもやはり「何となく」一体のものとみなすことができる関係のこと),,,,
が認識できるに過ぎなかっただろう.
そもそも「××弁」という発想も,標準語の存在を前提とするという点で,
近代の産物だろう.

国家内における言語の統一は【あくまでも明治になってから】問題となった.
現代において所与のものと思われている「漢字かな混じり文」は,明治以降に,
日本語の,有り得る選択肢の一つとして受容されたものに他ならない.
実用・国際化という観点からの英語公用語化論もあれば,
シナの影響圏から脱し,文化(明)的に自立するという観点から,
全面「かな」化論すなわち漢字廃止論もあった.
432現実@門外漢:02/01/06 00:36 ID:8lWiqazw
第一回さらに続き.
国家内における言語の統一は【あくまでも明治になってから】問題となった.
現代において所与のものと思われている「漢字かな混じり文」は,明治以降に,
日本語の,有り得る選択肢の一つとして受容されたものに他ならない.
実用・国際化という観点からの英語公用語化論もあれば,
シナの影響圏から脱し,文化(明)的に自立するという観点から,
全面「かな」化論すなわち漢字廃止論もあった.

とりわけ後者について,「漢字」(漢語)は「外来語」であり日本の伝統ではない,
という意識は,明治期には一般的だった.明治期には,知識人から官僚に至るまで,
漢字の全廃を目指すという点では原則として一致していた.
もっとも,三宅雪嶺のように漢字を擁護した人物も存在したが,その擁護論のフタを開けば,
「漢字(漢語・中国語)を知っていれば,中国大陸での商売に役に立つから」
という実利的な理由からであるに過ぎなかった.

民俗学の柳田國男翁は漢語の氾濫を目にし「いまや農村の婦女子までもが『関係』だの
『例外』だの悪趣味な漢語を口にする世の中になってしまった」と嘆いたという.

【事実を論ずれば】,「正字正仮名」も「当字当仮名」も
漢字かな混じり文であるが,形式的に,それはあくまでも有り得る選択肢のひとつ,
言いかえると特殊近代的「工作物」であって,日本の唯一の伝統の嫡子でも何でもない.

続く.
433現実:02/01/06 00:44 ID:???
余談だがここで例題.
やくざ映画『仁義無きたたかい』において,菅原文太演じる広能が,
小林旭演じる武田に述べた「広島(呉)弁」の名台詞,

「コンナァ エエワカイン ツレタノォ」

は日本語としてどのように表記するのが「正しい」のか,これまでの全レスを参考に
解答せよ.解答形式は自由とする.


a「こんな いい若いの 連れたのう」
b「こんな ええ若いの 連れたのう」
c「こんなぁ ええ若いん 連れたのぉ」
d「kon na ee waka inn ture ta no o」
e「he is a nice guy!」
434名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/06 00:53 ID:C8tnqM/k
>>428-429
>また,そもそも,どうして「習慣的な語法」や「語意識」を破壊しない表記法を
>論理必然的に「正しい」「正統」な表記法とみなさねばならないのか,
>まるで明らかでない.

>どんなにもっともらしく理屈付けしてみたところで,
>表字・文法規則は【恣意的なもの以外有り得ない】.

 すると、君が>>385で書いた

>俺は【君を】叩いているんであって,福田先生を叩いているわけではない.

の件りは撤囘する譯ですな。(笑)

 まあ、いづれにせよ君が、福田恆存・松原正兩先生の説く保守の根本精神とは
まるで無縁の人間である事が判つただけでも、それなりに意味のある論爭でしたね。
あとは福田先生の枝葉末節をネタに、どうぞ「レベルの低いひとり言」を勝手に
お續け下さいませ。
435名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/06 12:53 ID:???
>>429
あなた自身が表字・文法規則に従って文を綴っているが

>どんなにもっともらしく理屈付けしてみたところで,
>表字・文法規則は【恣意的なもの以外有り得ない】.

と主張するのならば「恣意的な表字・文法規則」で組み立てている
あなたの論理もまた「恣意的なもの以外有り得ない」ということに
なるわけですよね。
436魚歌:02/01/06 19:53 ID:dk3Ldpmf
>>425
> ではお訊きしますが、貴方はどうして、略字現代假名遣ひが「自分自身の言葉」だと
>感じられるのですか。何か、これでなくては絶對にならない、といふやうな信念でも
>おありですか。別に無いでせう。所詮は慣れの問題に過ぎないのですよ。正統表記も同じ事。

ご指摘の通り、俺も含めて日本人の大多数が正字正仮名に慣れてないんですよ。
慣れていない→使わない→死語となる→滅亡する。 ね!滅亡することが確定しているでしょ!
慣れの問題だから大問題なんですよ、そこがこの問題の核心なんですよ。

正字正仮名を復活させる唯一の方法は、文部省に働きかけて義務教育課程で採用してもらうしか方法が
ないんです、つまり政治問題なんですよ。もし本気で福田が正字正仮名を後世に残したいと考えて
いたなら、いやおうなしに政治に興味を持たずにいられなかったはずですよ。

政治思想を志向しなかった事が福田の最大の過ちであり、敗因です。同好会的ノリで個人的に
正字正仮名を使っても、それは自慰的な懐古趣味にしかならず、次世代への伝承なしには滅亡は時間の
問題となるのは必然で、復活させる方法は政治運動する以外に道はないんですよ。
政治に関わるのがいやなら、滅亡するのを消極的に黙認した事になるんです。

福田は致命的な過ちを犯している、それは、正統という言葉を安易に使ったところに油断がある。
正統とは細心の注意を払って保護、修正、検証、宣伝、政治的関与しなければ、油断していればすぐに
消滅して無くなってしまうほど、脆弱なものであるということを見落としていたんです。
437魚歌:02/01/06 19:53 ID:dk3Ldpmf
「正統」という言葉の意味を、積極的に保護しなくても大丈夫と傲慢、尊大な考えにとりつかれて
マジックワードとして考えてしまったんですよ。「正統」という言葉に彼の油断がある。

> 自然な歴史の流れで「確定」したのなら、別に福田さんとて文句は言はなかつたでせう。
>けれども、充分立派に機能してゐた表記體系が、戰後のどさくさで、極めて不自然な
>恣意的政策で以て改惡されてしまつた。だから一旦、舊に復して、それから改めて
>筋の通つた改革案を練り上げてゆかう、と福田さんは提案した譯です。

提案ではダメなんです!政治運動しなければ守れないんですよ!
もう一度いいましょう「「正統」という言葉に福田の油断がある」。

>福田先生の評論「傳統にたいする心構」だけはお讀み下さい。

俺のカキコを読んでもらえばわかると思うけど、俺はその「正統性」を疑っているんですよ。

>。>>423さんがどんな表記法を使はうが、別にどうでもいいです。敢へて論爭する積りもありません。

俺もそうですよ、相手を論破しようとか攻撃しようとかそんな意図は全然ないんです
論争ではなくて、俺自身が疑問に感じる点、同意できない点を質問しているんです、それで俺の
問いかけに答えてくれる親切な人がいればいいし、答えてくれなくてもいいです。
論争を仕掛けているのではなく、素朴な疑問を感じるから問うているだけなんですよ、他意はないんです。
438魚歌:02/01/06 19:54 ID:dk3Ldpmf
現代日本語には多くの表音文字が含まれているけども、その代表例が欧米から入ってくる外来語です
周知の通り現在日本語文の中にはカタカナ語、カタカナでは表現しずらい単語は
アルファベットがそのまま日本語文中に入れて書くのが一般的になってきており、これからも
カタカナ語が日本語文表記の中に増え続けることが予測されます。

言葉が先にあり文字があとから出来たという、歴史的事実を踏まえれば、日本語は言葉であって
文字ではなく発音である以上、文字よりも言葉の方に正統性を名乗る優先権があると考えたい
言葉をそのまま表す表音主義の方が、日本語の歴史からみて正統であると思います。

高度なスキル習得を目指すコンピューターのテキストやその他の書籍、学術論文にいたるまで
カタカナ語、アルファベットまじりの日本語文を目にすることはよくある事です。
英語を母体とするカタカナ語を含めた、現在の日本語表記法は表音主義の方が適しており
もう、日本語表記を表意主義で綴ることが困難となっており、それならば「徹底した表音主義」で
表記を整えた方が合理的です。
>>429で現実さんが問題提起された、話し言葉と書き言葉のズレは社会変化にその都度あわせ
常に修正をくわえ、話し言葉をそのまま文字とする「徹底した表音主義」ならばズレは生じないと考えています。

誤解のないように補足しておきますが、俺のいう「徹底した表音主義」は漢字廃止論ではありません
漢字の有効性、実用性は実感しており現在使用されている漢字は守るべきだと考えて
あくまでも送り仮名、助詞その他などについて「徹底した表意主義」をするべきだと考えています。

現実さん、その他の方から要望されているようにこのスレではこれからコテハンにします。
なお、俺の以前の投稿は文体と内容を見れば察しが付くと思いますが、このスレには長文投稿のみしか
していません。似たような内容でも短文投稿は私ではありません。私見ですが正字正仮名に
疑問を呈している方は、俺と現実さんと、短文投稿専門の1〜2人いるようです。
439現実:02/01/06 23:54 ID:???
インターネット(2ch)の仕様のせいで,各レスの発言者の同一性に,
客観的なウラが採れない,ということと,
自らハンドルを使う意志があるかどうかということは,
全くの別問題だ.

前者は単なる技術的問題だ.
対して,後者は,レスを読んでくれる他人に対して配慮が
あるかどうか,の意志の表明を意味する.
要するに【他人に読んで欲しくて】レスを書いているくせに,
【他人の再三の要請にも関わらず】ステハンをつける程度の労を
惜しむのは,他者への配慮を決定的に欠いていると思わざるを得ない.
ステハンをつけるのは別に困難なことでも何でも無いのに.

「他者への配慮」という視点の欠如は,言うまでも無く,
大問題だ.「他人が見えていない」ということ.
倫理的な問題だ.

まあ,そんな難しいことを言わずとも,どうでもいい下らない労を惜しむから,
>>421 のような下らない遣り取りをせざるを得なくなる.
440現実:02/01/07 00:11 ID:7yDg1G/K
>>434
>撤囘する譯ですな。(笑)

妄想を膨らませていないで,まあ,最後まで読んでから感想をどうぞ.
歴史的事実を持ち出した途端撤退?
笑わせるな.

>>435
>と主張するのならば「恣意的な表字・文法規則」で組み立てている
>あなたの論理もまた「恣意的なもの以外有り得ない」ということに
>なるわけですよね。

文法規則が恣意的かどうかという問題と,
そのような恣意的な文法規則を前提とした上で展開される
論理が恣意的かどうかという問題は,何の関係もない.
混同している時点で「恣意的」な読みですな.

読解力と基礎的な教養に欠けている.

文法規則の恣意性が,伝えられる論理の恣意性/客観性を左右する
根拠とメカニズムを具体的に教えてくれ(笑).
441現実:02/01/07 00:30 ID:7yDg1G/K
>>438
>文字よりも言葉の方に正統性を名乗る優先権があると考えたい
>言葉をそのまま表す表音主義の方が、日本語の歴史からみて正統であると思います。

はじめに音声言語ありき,なのは,その通りです.
これは事実,すなわち,存在の領域の問題です.
が,しかし「音声言語をどのように表記【すべきか】」
(さらに言えば,音声言語において「個々の「発言」を
どのように理解すべきか」ということも)
というのは規範の問題,当為の問題です.
貴方の主張の妥当性は「表記は音声言語に可能な限り従うべき」
という規範の妥当性次第だと思われます.
したがって,当該規範を受容しない人(具体的には正字正仮名論者)には
受け入れられないでしょう.

どのような表記法を使うべきかは政治問題,,,究極的には多数決の問題,,,
であるという認識は,正しいと思います.
442現実:02/01/07 00:35 ID:???
しかし,言語学専門の人が見ていたら,と思うと怖いなぁ(笑)
443名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/07 01:30 ID:UhdxgS6G
>>436
>正字正仮名を復活させる唯一の方法は、文部省に働きかけて義務教育課程で採用してもらうしか方法が
>ないんです、つまり政治問題なんですよ。もし本気で福田が正字正仮名を後世に残したいと考えて
>いたなら、いやおうなしに政治に興味を持たずにいられなかったはずですよ。

 貴方は福田恆存の「政治運動」を御存じないのですか。例へば、國語審議會の暴走に
齒止めを掛けるべく、國語問題協議會 ttp://www5b.biglobe.ne.jp/~kokugoky/ を設立し、
かなりの「政治運動」も行つたのです。

>>437
>「正統」という言葉の意味を、積極的に保護しなくても大丈夫と傲慢、尊大な考えにとりつかれて
>マジックワードとして考えてしまったんですよ。「正統」という言葉に彼の油断がある。

 福田さんをそんな單純な人間であつたと思つてゐる貴方のはうこそ「傲慢、尊大」です。
もう少し謙虚に熟讀なさつたら如何。これではお話にならない。

>>福田先生の評論「傳統にたいする心構」だけはお讀み下さい。
>俺のカキコを読んでもらえばわかると思うけど、俺はその「正統性」を疑っているんですよ。

 ですから、虚心坦懷に一讀してから御再考下さい。

>>438
>話し言葉と書き言葉のズレは社会変化にその都度あわせ
>常に修正をくわえ、話し言葉をそのまま文字とする「徹底した表音主義」ならばズレは生じないと考えています。
>

 で、その都度その都度「假名遣 永久革命」を行ふわけですか。保守思想の對極に
位置する考へ方であり、御免蒙ります。
444名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/07 01:31 ID:UhdxgS6G
>>440
 別に「撤退」したわけではないさ。ただ、たとひ「論理必然的」反論のためとはいへ、

>また,そもそも,どうして「習慣的な語法」や「語意識」を破壊しない表記法を
>論理必然的に「正しい」「正統」な表記法とみなさねばならないのか,
>まるで明らかでない.            (>>428

だの、

>……「ズレたら,さらに表音化すれば済むだけやん.どうしてそれじゃダメなの?.
>面倒だって?それってただの『ものぐさ』では???(笑)」  (>>430

だのと物言ひを附けるとは、福田恆存の保守的な人間觀・文化觀に謙虚に學ばうともせず、
根柢的に否を唱へてゐるのは、それこそ「疑ひのない事實だらう(笑)」(>>382)、と
言つてゐるだけ。今となつては、

>>325
>【「今より前」を常に参照する精神が大事であると俺も考える】

との保守的主張もますます空々しく響くのみ。「笑はせるな」とは正にこちらの臺詞ですね。
445名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/07 02:06 ID:UhdxgS6G
>>444
おつと、
>>面倒だって?それってただの『ものぐさ』では???(笑)」  (>>430

これは (>>429) だつたな。
446名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/07 08:20 ID:???
真性包茎の松原正
447 :02/01/07 13:35 ID:JgZy8EGD
 もういいよ、現実さん。
 奴さんを相手にしても疲れるだけだよ。
 ちっとも理解力がないから、ちっとも報われない。
 下げちゃえ、下げちゃえ。
448 :02/01/07 13:36 ID:???
sage
449435:02/01/07 13:38 ID:X+Y4kAnE
>>440
舌足らずでしたので再度。
あなた自身、表字・文法規則に従っているが、あなたは
>表字・文法規則は【恣意的なもの以外有り得ない】.
と断言していますよね。
「恣意的なもの」である表字・文法規則に従って書いた文章は、必然的にその構造が
「恣意的なもの」になりますが、それでは正確に論理を表すことも読み取ることもできないでしょう。
あなたの頭の中では正確な論理も、あなた自身が主張する
恣意的な表字・文法規則によって書かれた(あなたの)文章を読む読み手は
あなたの論理を正確に把握することが不可能になってしまいます。
450名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/07 14:36 ID:O4XX0pzS
>>447
>下げちゃえ、下げちゃえ。

と言ひながら、上げてしまひ、慌てて>>448でID隱して下げる馬鹿。(藁
451名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/07 14:54 ID:???
 阿呆。ID隠しなんか意図してやるか。意味もないのに。
 こちとらISDNなんだよ。
452魚歌:02/01/07 18:44 ID:1W4ZNejb
>>443
政治運動とは、市民を巻き込むような運動を指します、左翼がやっている方法ですが
市民に働きかけ、市民運動へと発展する形でそのための組織を作り団結して交渉するような組織的で
本格的な政治的意思表示です。
政治運動とは力を持ち、その圧力と影響力を行使するのでなければ運動とはいいません
福田のしたことは力の裏づけを欠いたもので、これは提言、提案といい政治運動ではありません。

>>437に書きましたが提言じゃダメなんですよ、運動じゃなきゃダメなんです。
453魚歌:02/01/07 18:51 ID:1W4ZNejb
俺の主張は一貫していて、正字正仮名の「正統性」を疑っているんですが
その根拠の一つを提示しましょう。

日本語は歴史的事実からまず、言葉が先にあって文字が後から生まれましたが
言葉とは音であって表記法は文であり、その関係は主従関係が認められ音が主で音が従です。

日本に漢字が伝わったのは仏教、儒教、などの中国語がそのままの形で入ってきた
わけですが、日本語と咀嚼をきたすことから、漢字の意味を無視して、純粋に音としてつかい
漢字を表意文字ではなく表音文字として使用する方法を編み出しこれを「音仮名」といいますが
もう一つ自然言語(日本語)に転換する方法として訓読みを生み出しました。音仮名の例を挙げてみましょう。

1・ 一日、似(レ)和為(レ)貴、無忤為宗。人皆有(レ)党、亦小(二)達者(一)
   ひとつに曰く、和かなるを以て貴しとなし、忤うること無きを宗とせよ
   人皆、党(とむら)有り、亦達(またこと)る人少し。

2・ 宇良宇良に(入に小) 照流春日に(入に小)此婆理安我里
   情悲毛 此登里志於母倍婆
   うらうらに 照る春日に ひばり上がり 情悲も 一人し思えば。

3・ 忘目八 風毛吹額相見鶴鴨
   わすれめや 風も吹かぬか 相満かも。
注・カッコ内は返り点、漢字変換できなかった文字、ルビ
454魚歌:02/01/07 18:52 ID:1W4ZNejb
1は文法は中国風ですが、漢語ではありません大和言葉です。
2・3は万葉集の抜粋ですが、送り仮名部分が漢字の意味を無視して表音文字として使用しています。
万葉集に用いられた漢語の大部分は、仏教用語で万葉集は全文漢字を使用しながら、表音文字として
漢字を使用しており、漢語が全体の0.3%しか含まれていません。99.7%は漢字の表音文字使用です

中国語それ自体の発音が統一されておらず、地域ごとの自由な発音を認め、表意文字である漢字は
読みの自由が与えられたからこそ、日本において漢字の表音使用が可能となり
中国語として読むしかない文章に返り点などを付け、また中国語を一切無視した訓読みという
独自の音声形式、表音形式を日本人は確立しました。

俺は漢字のすばらしさを肯定的に認めていますが、疑問に感じる点は送り仮名のほうなんです
正字正仮名の仮名部分に正統性を感じないんです。そして文字表記より言葉のほうに
正統を名乗る優先権があると考えていて、文字は言葉に従うべきと考えているんです。

長谷川三千子「からごごろ」
武光 誠「律令成立過程の研究」
小林秀雄「本居宣長」

このうち特に長谷川の著書を読んでほしいです。
455名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/07 23:00 ID:jX9FD5Ui
>言葉とは音であって表記法は文であり、その関係は主従関係が認められ音が主で音が従です。

それ、ホンキで信じてるの?
456現実:02/01/07 23:34 ID:uQxd1rbS
>>449
>あなたの頭の中では正確な論理も、あなた自身が主張する
> 恣意的な表字・文法規則によって書かれた(あなたの)文章を読む読み手は
> あなたの論理を正確に把握することが不可能になってしまいます。

おおむねその通りですよ.だからこそ,アラビア文字に習熟していない日本人の子供は
アラビア語(文字)で書かれた「論理」を読みとることができず,
日本語(漢字かな)に習熟していないイギリス人の子供は
日本語(漢字かな)で書かれた「論理」を読みとることができないのです.
「恣意的」というのは,意味に対してどのような記号をシンボルとして
使用するかは恣意的であるということです.
アタマの中で
「ワタシ は オモイマス ユエニ ワタシ ハ アリマス」という「正確な論理」を
「私は思いますが故に私は在ります」「私は思ひますが故に私は在ります」
「私わ思いますが故に私わ在ります」「cogito, ergo sum」「コギト エルゴ スム」
何と表記しようと恣意的だし,しかも「間違い」ではありません.
もちろん「≒Α♂∀÷∞ι」と書いても構いません.

一般的日本人ならば「私は思いますが故に私は在ります」の論理的構造
(意味ではない)を誰でも理解可能でしょうが,「cogito, ergo sum」
「≒Α♂∀÷∞ι」の論理的構造を理解できないのは,単に
「cogito, ergo sum」「≒Α♂∀÷∞ι」の表字・文法規則を知らないからに
過ぎません.
457現実:02/01/07 23:37 ID:uQxd1rbS
続き
「私は思いますが故に私は在ります」の論理的構造を,一般的日本人ならば
理解可能なのは,「私は思いますが故に私は在ります」の背景にある
表字・文法規則を,日本人の大半が共有しているからに過ぎません.

当然ですが,共有者が多いことと恣意的であることは何ら矛盾しません.
ルールの共有者が多いことはルールが恣意的でないことを意味しません.
車が右側通行すべきか左側通行すべきかは「恣意的」な問題です.
現実には車はみな左側を走りますが,左側通行というルールは「恣意的」です.

したがって,表記や文法が恣意的だからといって,
「理解不可能」を即,帰結するわけではありません.
「≒Α♂∀÷∞ι」を「ワタシ は オモイマス ユエニ ワタシ ハ アリマス」
であると,誰も理解しないのは,単に「≒Α♂∀÷∞ι」の背景となる
規則を理解していないからです.もしかりに「≒Α♂∀÷∞ι」に何らかの
法則性を「発見」できれば「≒Α♂∀÷∞ι」は誰にでも理解可能です.

このような論理的説明をしなくても,国語が明治期に恣意的に作られたものである,
という歴史的事実を示せば,それ以上説明する必要はありませんね>>432 .
(もし,恣意的=論理が通じない,という理屈が成り立つならば,
「漢文」や「やまとことば」は論理的で意味が通じるが
「国語」で書いたら誰も論理を読み取れない,ということになってしまう).
458現実:02/01/07 23:54 ID:???
次回は福田先生を読むための前提としての「国語」の成立過程を
書こうと思います...

というより,>>430 に挙げたイ・ヨンスク先生の本を
主にネタ元としていますので,俺の門外漢的舌足らずな
(きっと間違いも含まれているであろう)説明よりは,
そちらを読んでもらった方が正確かと思われます.

他に,言語と(近代)国家の関係については、
田中克彦『ことばと国家』(岩波新書)
小森陽一『日本語の近代』(岩波書店)
なんかが参考になるんじゃないでしょうか.

もっとも,田中克彦先生は研究に疑問がある,と,大学院生さんがどっかのサイトで
書いてたような気がするので,注意して下さい....

もっとひろく,(言語)文化の正統性という問題については,
アマゾン ttp://www.amazon.co.jp/
で「クレオール」で検索をかけるとたくさんでてくるんじゃないでしょうか....
459魚歌:02/01/08 17:22 ID:8DWI9ZCY
>>455
>言葉とは音であって表記法は文であり、その関係は主従関係が認められ音が主で音が従です。

あっ下記間違いですね 「音が主で文が従」ですね
これは、言葉がまずあってそれを表す符合として文字が誕生したという
歴史的経緯を述べたんです。
460魚歌:02/01/08 17:23 ID:8DWI9ZCY
この前の投稿で音仮名について書いたのは、2つ目的があって
「各時代ごとに表記が変わる」「音重視」です。その例として挙げているだけで
自分の主張を説明する目的が得られるなら、ほかの例でも良かったので、あまり例に
深い意味はありません。

大和言葉は音で漢語は文ですが、漢字伝来時に漢語に抵抗感がなければ
もっと多くの漢語が取り入れられていてでしょう、そうなっていないのは当時の知識人に
大和言葉を守ろうとする意識があったと思います。

時代が古くなるほど、漢語が少なく、時代を経るごとに漢語が増えるのは
仮名発明がなされていない時代に、漢語使用に抵抗感があったためで
日本語音を記するために、仮名文字の確立を急ぐ必要があったからでその理由は
大和言葉を保守しようとする意識でしょう。

時代が下ると漢語が増えるのは外来語と認識されずらくなり、音として認識され日本語の中に
帰化したからだと思います。現在、カタカナ英語が日本語文中に多く含まれているように。

本居宣長は儒佛伝来以前の日本人の心に立ち返ろうとして、漢意を批判しましたがそれは
文字と言語を区別して、言語こそが正統だと主張したのにほかなりません、本来の純日本文化を
言語世界の中に追求していき、大和ごころを希求していますが、本居宣長なら
正字正仮名を異端だというのではないでしょうか。
461魚歌:02/01/08 17:24 ID:8DWI9ZCY
宣長は言葉を研究し、文を批判しましたが、しかし、文字で表記しなければ言葉は伝わらず
大和ごころも文字によって伝達され、情報の共有がなされていて文字表記が文化伝達手段として
重要な働きをしてきたことは認めなければなりません、が、文字は言葉を正確に映し出すことができず
例えば、中世の日本人の生活様式、日本文化の全てを文字から読み取ることはできません。
もし、言葉を寸分たがわず表記できるのなら、もっと正確に日本文化の伝承ができたことでしょう。

「保守思想は歴史を参照する思想」だというだけでは不十分で正しくは
「保守思想は『未来のために』歴史を参照する思想」でしょう

正統を守るのが保守ならば、正統という言葉の厳密、緻密な定義が必要になってきますが
現在でも定義づけが確定していません、レトリックとしてマジックワードとしてしか使われていないのが
現状で福田も松原もです。もしも、正字正仮名が後世の日本人に異端と認定されたなら、保守できなくなるでしょう。
また、未来に支障が出る慣習ならば、それを破棄するのも保守は認めなければならないし
政治思想としての保守思想、コンサヴァティブとは(経験主義、慣習主義、漸進主義)は
過去を教条化し墨守する思想ではないはずです、(もし否定したら、明治維新も楽市楽座も江戸文化も
鎌倉文化も…否定しなくてはならなくなる。全てそれ以前とは違うから)
過去を参照しつつも未来への発展を目指さなければダメですよ、それこそ漸進主義でしょう。
462魚歌:02/01/08 17:25 ID:8DWI9ZCY
文字は言葉以上の空間を越えた意思伝達手段ですから、必ず統一させる必要性が生じ表記の変化は
人為的、人工的にならざるおえず、誰かが定めなくてはならなくなりますが、誰が定めるかが問題です
それは、国家しかありえず、どんなに高名な学者でも、個人的に国家の定めた表記法に反する
別の表記を提唱しても認められることはなく、国家の定めた統一した意思伝達手段という文の目的に反する行為は
賛同を得ることは難しいし、正字正仮名が復活する方法は国家が日本語の正統表記であると
認めたときにしかありえません。

表記は人為的なものである以上、強制が必要ですが事実、学校教師は国家の公務員として
子供達に現代仮名を強要しています、その強制が肯定されるのは国家が定めたからにほかなりません
そして、マスメディアも全て現代仮名表記となり、その究極の根拠は国家が定めたからです。

正字正仮名を同好会的ノリで個人的に使っても無意味で、決して復活することはないです

もしも、国家が正字正仮名を日本語表記として定めるなら、俺は反対の声をあげるでしょう
そして、政治政策として現代仮名使用を訴えるでしょう。
463449:02/01/08 20:16 ID:FMWumlp6
>>456
>「恣意的」というのは,意味に対してどのような記号をシンボルとして
>使用するかは恣意的であるということです.
あなたのいう「恣意的」と俺の「恣意的」との意味するところが違った様です。
まだいくつか反論と疑問があるのだがしばらくレスできないので次の歴史の部分だけ
>「漢字」(漢語)は「外来語」であり日本の伝統ではない,〜〜
明治に漢字を伝統として認識していた人は結構な数いたよ、言語学者や作家にも
(森鴎外も確かそうだよ)。

ここまでの雑感だと正字正仮名の方と新字新かなの方との決定的な違いは
前者は表記や文字を文化ととらえ、後者は言葉に従う伝達の手段ととらえている
ところじゃないかな。言語や表記は文化の問題か政治の問題か(どちらに重きを
置くか)俺は前者をとるけど、それを説明する時間と頭がないのでとりあえず

福田恆存「世俗化に抗す」(平和論にたいする疑問か全集に入っていた筈)
三浦つとむ「日本語はどういう言語か」

を紹介しときます。
464現実:02/01/09 00:20 ID:5XyP1Tmv
>>463
>明治に漢字を伝統として認識していた人は結構な数いたよ、言語学者や作家にも
> (森鴎外も確かそうだよ)。

>>432 で「原則として」と一応留保しました.
>>432 の漢字廃止論の中身を具体的に言うと,洋学者は「制度も文化も欧化したのに
どうしてひとり言語のみが欧化せずにいられようか」という理屈で,欧米式表音文字化
という観点,あるいは英語公用語化という観点から,漢字廃止を主張しました.
国学者は「やまとことばこそが日本の伝統であり,漢字は中国からの輸入物に過ぎない」
という理由が漢字廃止の根拠でした。
初期漢字(全面的)廃止論の論理は,概ねこのどちらかであると思います.
「国語」成立までは,「文体」が統一されておらず,いろいろな「文体」が
混在しました.>>453 にあるような漢文調,擬古文体等.

もっとも,表記法としての口語漢字かな混じり文が「国語」としての地位を占めてからは,
争点が「歴史的仮名遣い(正字)か現代仮名遣い(当字)か」に移行して行きました.
漢字が「伝統」として把握されるようになったのは,争点が移行してからの話ではないでしょうか.
歴史的仮名遣いは保守派知識人・学者,現代仮名遣いは,近代言語学を学んだ
革新系官僚によって,主に支持されたようです.
465現実:02/01/09 00:25 ID:5XyP1Tmv
論点の先取りですが,現代仮名遣いVS歴史的仮名遣いの論争には,
重要なポイントが二つあると,個人的に思います.

一つは,どちらの支持者も,認識の問題と実践の問題を(故意に?)混同していた
ということです.

歴史的仮名遣い論者は,歴史的仮名遣いが「伝統」故に守られるべし,と主張しますが,
伝統であるということは,守らなければならない,ということを必然的には意味しない.
現代仮名遣い論者は「表記は恣意的である」という言語学的認識を前提にしていますが,ここから論理的に行けば「故にコトバは如何様にも人為的に変更させることができる」
という理屈を引き出すことができる.現代仮名遣い派の,ここまでの認識は「正しい」.

しかし,彼等は,この理屈を,方言の「撲滅」,植民地における言語政策に利用
(「チョウセンジンに日本語を教えるべし」)しようとします.
しかも,それに疑問を持たない.>>249 が「仮名遣い改革、漢字制限は敗戦を経ずして
実現したはず」というのは,この点を指しています.仮名遣い,ひいては日本語を
簡易化することは「新たに日本人となった」植民地出身者をスムーズに「日本人」化
させるために必須であったのです.

つまり,戦前の「現代仮名遣い」論者は【日本国の帝国化推進者】でもあったわけです.
認識を,自らの実践論の正当化に使ったという点では,両者は同じ穴の...だと思います.
466現実:02/01/09 00:27 ID:5XyP1Tmv
また,二つ目に,(とりわけ戦後の)仮名遣い論争には,背後に「国体」問題があることを
見逃すわけには行きません.

要するに,戦後,保守派は,諸々の理由で「国体」の復活を正面から論じることが
不可能だからこそ,「国体」の象徴としての歴史的仮名遣いを保存しようとした,
という側面がある.「国体」の問題を,仮名遣いの合理性の問題にすりかえたわけです.
「国体」と言えないから,曖昧に「伝統」という.歴史的かな論者の「伝統」とは,
具体的には「国体」です.仮名遣いの変革は,国体の変革を象徴するからこそ反対なわけです.

余談ですが,憲法学に,現行憲法無効論を唱える人がいますが,これも,
同様の発想に根ざしています.「国体を変革するが故に現行憲法は無効である」
と言えないが故に,「改正規範に反するが故に現行憲法は無効である」と主張する.
467現実:02/01/09 00:28 ID:gqtiaZst
なお,前述『国語という思想』によれば,鴎外は【口語文の仮名遣いの表音化に】
反対していたようですが,その理由は,「医者」で「文学者」であるために,
陸軍内ではけむたがれた存在であった鴎外が,保身のために,
後ろ盾であった山県有朋(歴史的仮名遣い支持者)に遠慮した追随したため,
というのが,主な理由のようです.

だから「(仮名遣い改革論者である)保科の証言はこうである.鴎外は
死の直前に(略)仮名遣いの改定の仕事はぜひ必要なのですぐに着手してくれと頼んだ.
そして,ヨーロッパの正書法改革についての多くの文献を保科の手に託した.(略)
したがって,仮名遣い問題で鴎外が憤死したなどというのは『常軌を逸した暴言』
であり,『笑止の極み』だと保科は言う」(参照,前掲書p217-218).
...とあるように,積極的な支持者ではなかったようです.
468現実:02/01/09 00:38 ID:???
最近長文連続投稿しすぎた>自分 (わら


一応注釈.
>>464 〜 >>467 の「歴史的仮名遣い支持者」「現代仮名遣い支持者」とは,
「このスレに書き込んでいる人」ではなく,時枝先生や保科先生といった,
物故した歴史的人物を指しています.
469松田 ◆GpSwX8mo :02/01/09 00:42 ID:Q8m8hv/T
>>458の現実さん
田中克彦叩きのサイトって、もしかしてここですか?
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Namiki/2375/tanaka.html
私は以前、克彦氏の熱烈な愛読者でしたが、なんでサヨクの彼がチョムスキーを叩くのか分かりませんでした。
ちなみに岩波現代文庫の「チョムスキー」は、どこ探しても手に入りません。10年ほど前、本屋で見かけた時に買っとけば良かった…
470魚歌:02/01/09 19:58 ID:n0ZIO6Zj
>言葉に従う伝達手段…

これは誤解を招きやすい表現なので、以前の投稿に書きましたが改めて詳しく補足しときます。
本居宣長が主張したのは、やまとことばこそが日本文化の真髄であって
日本文化の正統が言葉であるならば、文字はどこまでも音に従わなければならず
言葉よりも(音)文字(表記)を優先するのは、文化破壊で文字はあくまでも異文化であり
純粋な日本文化とは言えず、文字よりも言葉のほうに正統性の優先権があると
本居宣長は主張したのです。

そして、もし仮に言葉が日本文化の真髄ならば、それを正確に記する表記が必要となり
日本文化を保守するために、文字は日本文化を正確に伝達する道具でなければならない。
という意味で述べました。

現実さんが指摘しているように、戦前の漢字廃止論者は国粋主義的視点から漢字廃止を
唱えたのですが、俺は、以前の投稿で述べたとうり、漢字の重要性、実用性を認めており
漢字は音として(日本人に日本語として)認識され、日本語の中に帰化したものと考えて肯定しています。
471魚歌:02/01/09 19:59 ID:n0ZIO6Zj
論点が錯綜する原因は

1・国体、正統、伝統、日本文化、保守、などの言葉が厳密に定義されていない。
2・明治以降の国民国家の創立にまつわる、政治問題と政策に対する評価
3・戦後の国家変革にまつわる政治政策と日本文化に対する評価

この3つがごちゃ混ぜに論じられていて、またそうならざる終えない点なんです
特に最大の問題は1で議論の核心であるはずの、言葉単語の意味の定義が学者の怠慢によって
全くなされていない所に、議論の混乱を招く原因があります。

言葉も時代によって変化してきました、特に明治以降は政策によって強制的に変化を余儀なくされ
その理由は、国民国家の創立という政治的理由によります。
言葉も文字も意思伝達手段である以上、国の中で国民同士がコミュニケーションできなければならず
どのような地方で生まれた国民でも、言葉と文字によって意思疎通ができなければならなかったのです
国民全員に標準語を強要したのは、近代的な国民国家を作り、民主主義を成立させるためで
政治思想が原因です。

中国や欧州と違い明治政府創成期には、アイヌなどのごく少数のマイノリティーを除き日本民族で
国が構成されていましたので、方言があろうとも国語の統一が可能となり、イギリス、フランスのような
国民国家、民主主義を確立するためには、どうしても国語の統一が必要だと考え
政治判断の元に言葉と文字の統一がなされたのでした(このスレではこの政策の是非は論じません)
472魚歌:02/01/09 20:03 ID:kL071MO8
>>470>>471は矛盾していますが、その原因を述べます。
>>470は民族主義、国粋主義的視点からの意見で
>>471は国家発展、繁栄が国民に安寧をもたらすという、愛国的視点からの意見です

民族、国粋主義と愛国心とは時に激しく矛盾、対立するもので、必ずしも一致するものではなく
むしろ対立することのほうが多いのです。
民族国粋主義は社会生活の思想であり、愛国心は政治思想だからです。
どちらに重きをおくかで、その人の政治思想が決定されます(右翼、左翼を含めて)

可能な限り文化を尊重しつつも、国家繁栄に障害が出ると予測される場合、政治的に妥協して
その現実と乖離した文化を放棄することも認めるのが、政治思想上のコンサヴァティブ(漸進主義)
というものでしょう。
473魚歌:02/01/09 20:05 ID:kL071MO8
現実さんが認識の問題と実践の問題と(故意に?)混同している、と指摘していましたが
悪意のあるものではなくて、極端な民族、国粋主義を政治に持ち込むと国が滅ぶからですよ。

李氏朝鮮が、国際社会の現実を直視せず、国際政治的視点を欠いて国粋主義へと走り
衛正斥邪を唱え亡国しました、国が滅んでは何のために国粋主義を唱えたのかわからなくなる
国を存続させることを最優先しなければならなかったのに、当時の李朝にはそれがわからなかった。
日本でも近代化に反対する国粋主義者が当時いました、当時そのような人が主導権をとっていたなら
日本は欧米に対抗する国力が得られずに、植民地となり亡国していたでしょう。

認識と実践の問題を混同しているのではなく、認識の問題を優先させると亡国し、本来の目的であった
はずの国粋が消滅してして、保守すべきものが国粋主義それ自体によって滅亡することが
しばしば起きるからなんです。

1・文化を守ろう→国粋主義に走る→それが先鋭化する→国力の向上が阻害される→
→国の発展繁栄が遅れる→外国に対抗することができなくなる→亡国する→
文化伝統が失われる→本来の目的を見失う→自分を取り戻そうとする→また1に戻る

国の発展繁栄、国民の安寧と、民族国粋主義とは時に激しく対立し矛盾するものなのです。
そして両者の間で最善と思われる妥協点を見出し、模索するのが政治思想としての
コンサヴァティブ(政治的保守思想、漸進主義)なんですよ。
474魚歌:02/01/09 20:05 ID:kL071MO8
文化論、民俗学的見地から認識の問題を論じるのは大切なことですが、そこから得られる結論は
おそらく、政治的に実現不可能なものとなるでしょう。
何故なら、亡国することは許されないからです。

俺は今までの投稿で、この認識の問題と実践の問題を同時に論じてきましたが
両者は激しく対立する点が多く、それを知ったうえでその矛盾した両論を同時に論じることに
無理があるかもしれません、判っていたんですけどね。
俺の投稿を読むときは、認識の問題を問うているのと、実践の問題を問うているのとを
まったく別々に区別して読んでもらえると有難いです。

でも、やっぱりこの両者を同時に同一人物が論じるのは無理があるのかなぁ
少し休憩しよう。
475463:02/01/10 13:56 ID:Zjgi4pZy
時間ができたので再度書き込み。
>>465
「言語学」的に「正しい」というのはわかるのですが「言語学」が「正しい」とみなされる
のはいかなる場合なのでしょうか

言語や表記をどう認識(言語観)するかによってそれぞれが意味する「正しい」が
違うんですよね。ここの議論を読んでいて感じるのは言語や表記にたいする価値観が
違い過ぎて議論がかみ合わないのだと思う。(ウェブ上で議論する限界もあるけど)

今日いっぱい暇なので夜にでも福田氏の「世俗化に抗す」(平和の理念の中でした)で
福田氏が言語観について述べているところをアップしてみます。
(議論の参考になるかもしれないので)
476世俗化に抗す :02/01/11 13:36 ID:???
   (原文は正字正仮名)

 昨年の秋、或る雑誌に金田一春彦氏が「日本語は乱れてゐない」といふ文章を書き、
次の様な結論を下してをります。
「要するに私の言ひたい事は、乱れてゐるといふのは、決して現代日本語の特質ではないといふ
 事である。私に言はせれば、これこそ言語の常態である。もし、一糸乱れない整然とした言語
 があれば、それは成長のとまつた言語であらう。」
(中略)
 「一糸乱れない整然とした言語があれば、それは成長のとまつた言語であらう。」とは正に氏
の言ふ通りで、私自身その事を度々強調して参りました。例へば、私が戦後の国字改革に反対す
るのも、そういふ言語観に随へばこそであります。改革者は国語における漢字や仮名遣が難しく
不合理であり、その為に表記法が、更に日本語そのものが乱れてゐると強弁し、改革を断行した
のですが、私はそれに反対した。その理由は「一糸乱れない整然とした言語」などを夢想する似
非合理主義を信じないからであります。同様、それを信じない金田一氏が、その信念と原理とを
なぜ今時になつて持ち出したのか、そこが納得できない。
477475:02/01/11 14:04 ID:???
要点だけまとめていくつもりですがそれでも時間がかかりそうなのでゆっくりアップしていきます。

(気をつけていますが誤字、脱字、それと俺が勝手に要点(と思うところ)を抜き出しているので
 文脈で何をさしているのかわからない言葉がでてくるかもしれません。そのときはすみません。)

自分でやっているのに何だけれども、こういうのは著作権とか大丈夫なのかな・・・、なるべく
短くするつもりだけど、どなたか詳しいかたがいたら指摘してください。
478 :02/01/11 18:11 ID:???
 当用漢字や現代仮名遣が判定されるまでは乱れてゐて、それによつて乱れが治つたといふ
のでせうか。さう考へるより外に解釈の仕様がありませんが、もしさうなら、いつの時代に
も日本語が乱れてゐたいといふ氏の結論は虚偽であり、氏はやはり日本語の乱れが起り得る
といふ事を、また過去にさういふ時期のあつた事を内々認めてゐるのであつて、それを何等
かの理由によつて人目に隠してゐるといふことになります。私はその理由を発き立てようと
は思はない。「武士の情」といふ事もありますが、それよりも当面の問題は所謂国字問題に
はなく、日本語が乱れてゐるかゐないかといふ言語の本質を、そして更にその彼方に物の考
へ方、人間の生き方といふ文化の根本を問ふ事にあるからです。
 金田一氏は日本の名文家と考へられてゐる紫式部、近松、西鶴、芭蕉、朱舜水にも語法、
文字の誤り、稚劣、或は新語、外来語の濫用がある事を指摘し、それを楯に現代の日本語は
乱れてゐないと診断しています。これは乱暴な話で、その論法を以てすれば、山登りの専門
家でもクレバスに落ちて死ぬ事があるのだから、高校生の滅茶を咎め立てすることはないと
いふ事になる。しかし、芭蕉が自動詞と他動詞を混用したからと言つて、今の子供がさうし
てゐるのを見聞きしても吾々は黙認しなければいけないのでせうか、  (中略)   
「源氏物語」は誤用があるから名文なのではなく、誤用があつても名文なのであつて、誤用
が無いのに越した事はありますまい。
479 :02/01/11 19:02 ID:???
 (中略)
誤用はどんな名文にもつきものですが、問題は、それをどこまで許すかといふ、言はば私達の
言語感覚、文化感覚のうちにあるのです。
 (中略)
日本でも西洋でも嘗つて学問と名の附くものには志といふものがあつた。知識の優越だけでは
学者になれなかつたものです。即ち、どこまで気附くかは二義的な事で、どこまで許すか、そ
の志の高下深浅によつて学者の値打ちが決るのです。
 (中略)
単なる知識なら、金田一氏でも契沖、宣長の誤りを指摘出来る。が、志においては到底その足
下にも及ばない。といふより、氏の従事してゐる事は学問とはおよそ縁の無い知識の行商に過
ぎません。行商人に日本語が乱れてゐるか否かを裁く識見も資格もある筈が無い。その証拠に
日本語はいつも乱れてゐたのだから、今のままでよろしいといふ結論しか出て来はしないでは
ありませんか。曲学阿世とはその事です。私が言ひたいのは、国語問題に限りません、例へば
道徳においても、単に人情の自然に照らしてその基準を下げ始めたら切りが無いといふことで
す。  (中略)   原則や理想といふものは人情の自然や社会の実情に合はぬばかりでな
く、実は合はぬからこそ、その存在理由があるのです。誰にも実行可能のことだつたら、それ
は理想とは言へますまい。さういふ単純な事が言葉の世界では解らなくなる。言葉にはさうい
ふ曖昧な処があります。だからこそ、私は言葉の問題に深く関心を懐くのです。
480現実:02/01/11 20:03 ID:P2AwO6/9
例によって長文です...

>>469
そのサイトです.

■認識と実践の脳内での峻別の重要性■
>>473
(とりわけ戦前の),歴史的仮名論者,現代かな論者の背景に,
認識と実践の混同があったこと,また,両者ともに,
ナショナリズムの肯定を当然自明のものとしていたこと,は,
この問題を,現代人が考える上で,必ず認識しておかねばならないと思う.
ナショナリズム自体,現代においては疑問視する立場もありうるのだから,
このような事情背景を,我々がきちんと認識しないならば,
表面的な仮名遣いの合理性を論じても,視野の狭い議論にしかならないと思う.

もちろん「論争の背景にナショナリズムがある」ということを認識すること,
「仮名遣いをどうすべきか」という実践の問題もまた,当然,別です.
「論争の背景にナショナリズムがある,だから『国語』自体なくすべきだ」
と単純に主張する人がいたら,やはりこれも,認識と実践の混同を犯していると言える.
たとえば,俺に子供がいたとして,子供に文部省選定の「正しい国語」を教えることと,
国語が近代に成立した相対的な概念であることを教えることは,何ら矛盾しない.

ウヨ坊の中には,ナショナリズムの仮想性を指摘すると逆ギレする人がよくいます.
こういう人も,認識の問題と実践の問題を混同しているのです.だから指摘に耐えられない.
しかし,「伝統」の成立根拠が胡散臭いものであるという指摘と,
伝統を大切にするべきという意識は何ら矛盾しないのです.

天皇制や歴史教科書問題も同様です.「もし,天皇が朝鮮系の血筋であることや,
南京大虐殺や従軍慰安婦が歴史的客観的事実であることが,科学的に証明されたら,
お前たちは天皇やじっちゃん達を尊敬しなくなるのか?」と小一時間問い詰めたい.
481現実:02/01/11 20:04 ID:P2AwO6/9
続き.
相対主義の的確な指摘に耐えられない伝統論では,どうしようもない.
だから,逆にいえば,相対主義を真摯に捉えた上での伝統(の実践のススメ)論は,
今で言うなら,西部さんや福田(和也)さんのように言うしかないのでは.
いわば「不合理故に我信ず」「不合理なれども我信ず」の立場です.

故に,魚歌さんの書いていることは実践的な提言として読むべきだと思う.


■「科学」とは何か■
>>475
言語学は,物理学や化学や経済学や社会学と同様な意味での「科学」ですから,
現象を矛盾なく説明でき,反証可能性(要するに「それと矛盾する論理やデータによって,
論理的に反論可能であるということ」としておきます)という点に担保されている限りで
「正しい」と言えるのではないでしょうか.
科学でないということ,反証可能性がないということは,理屈ではないということになり,
論理的に反論ができない感覚的なコトバに過ぎない,ということになる.

たとえば「三角形の内角の和は160度である」という言明は,
180度であるということを論理的に示せば反論できるという意味で,
科学の領域に属する言明であり,したがって「正しい」かどうかを吟味できる.
対して「俺はリンゴが好きだ」という言明は,論理的に肯定も反論もできないという意味で,
科学ではなく,感覚の領域に属する発言ということができる.
482現実:02/01/11 20:05 ID:P2AwO6/9
続き.
その意味で,「『国語』は伝統である」(なお,ここに言う「伝統」は,
一般的な定義に倣い「長い歴史により培われてきたもの:『広辞苑』より」と定義します)
という言明が【認識】を述べているならば,これは,正否の吟味が可能な科学領域に属する
発言ですから,【間違い】と断定することができる,と言えるでしょう.
これまで論じてきたように「国語」は急ごしらえされたもので「伝統」に乏しいのだから.

俺はここで「伝統」を,仮に定義しました.定義しないと理屈で論じることができないからです.
もし「『国語』は伝統である」という言明において,「伝統」の定義がされなかったら,
そもそも理屈で反論することができません.つまり定義がなければ,
「俺はリンゴが好きだ」的な,非科学的領域の【単なる感覚的発言】と言うことになります.

要するに「『国語』は伝統である」という言明が【認識】であるとして,
たとえ「伝統」を定義しても「間違い」の発言であるし,
定義しないならば,そもそも科学的・論理的な議論の対象となる資格すらない発言なのです.

今,「『国語』は伝統である」発言が【認識】を述べているならば,と俺は言いました.
もしこの発言が,実は「国語を伝統と見なせ」という【実践】【当為】の意味で
述べられていたら,どうでしょう.

【当為】とは,要するに「命令」ということですから,これもやはり,
論理の領域に属さず,したがって科学的ではない.つまり当否を論じることができません.
命令は,従うか従わないかのどちらかでしかありません.
たとえば,強盗の「金を出せ」という発言は,当否を論じることはできません.
もっとも,(ややこしい上に元の議論と離れるので深入りしませんが)
【当為】の正否を論じることはできませんが【当為の内容】の正否を論じることはできます.
税務署役人が権限に従い,納税者に「金を出せ」と命令するのと,
強盗が「金を出せ」と命令するのでは,前者は「正しい」が後者は「正しくない」と
「客観的に」論ずることができる(場合もある).
483現実:02/01/11 20:05 ID:P2AwO6/9
さらに続き.
もっとも,ここまで述べてきたような「科学的」な考え方自体,一種の思想・価値観
と言うこともできます.その意味では,>>475 が「価値観にズレがある」という指摘は
「正しい」と言えます.しかし,だからといって政治問題は「価値観の違い」で
終わらせることはできない.通常,「価値観が違う」ならば,それで話は終わりです.
ワタシはリンゴが好きで,貴方はミカンが好き.それだけの話です.

しかし,正字=政治の問題は,価値観の違う人も【従うことを強要される】という点で
特殊です.リンゴが嫌いな人でもリンゴを食べなければならない.これが政治です.

これが「単なる価値観の違い」ならば,そもそも,どうして食べねばならぬのか,
ということになる.「価値観の違い」を強調するならば,アイヌ人や沖縄県民や大阪人に
「国語」=標準語を強制し,コトバを矯正させるべきではない.個人の価値観に優劣はないのだから.
「単なる価値観の違い」は,京都府では京都弁を学校で教えるべきだ,ということを帰結する.
いや,それどころか,そもそも学校で強制的にコトバを教える
=強制 すべきではないということを帰結する.
「貴方が国語を伝統だと思うのは貴方の価値観だから貴方の勝手だが,ワタシが
国語を伝統だと思わないのもワタシの価値観だからワタシの勝手でしょ」となるのです.

故に,この種の政治問題は「価値観の違い」で片付けるべきではない.
「価値観が違う」人であっても,「一応」納得できる,【論理的な】根拠・理屈が,
きちんと述べられるべきなのです.現実に,否応に関わらず強制されるのだから.

科学においては,その根拠が「間違った」ものであれば,反論することができる.
つまり,反対派にも,異議申し立て・逆襲の手立てがきちんと保障されている.
対して,単なる感覚や命令で,共感もていない他人が「価値観」を強制されてはたまりません.
それでは,どちらが「正しい」かは,結局単なる力関係の問題,ということになってしまいます.
力関係ならば,わざわざ長文を費やして理を述べる必要はない.
銃をつきつけ「国語を使え」「伝統を支持せよ」と命令すれば済むだけの話です.
484現実:02/01/11 20:10 ID:k/Yc66gX
>>475
「パクリ」などではない,「引用」の範囲に収まる限り,大丈夫です.
条文・判例の見解を前提にすると,
・出所を明示すること,
・引用利用者の書いたものと被引用者の書いたものをきちんと区別すること.
・自己の書いたものと誤解される(誤解させる)ような形で「引用」しないこと
・目的上正当な範囲
といった条件を満たしていれば「適法な引用」と言えるでしょう.

著作権法32条,48条参照.
http://www.houko.com/00/01/S45/048.HTM


「私の『私の国語教室』教室」
第二回は夜にでも....
485現実:02/01/11 23:26 ID:???
>>481
>科学でないということ,反証可能性がないということは,理屈ではないということになり,
> 論理的に反論ができない感覚的なコトバに過ぎない,ということになる.

これは言い過ぎかも.
486現実:02/01/12 01:27 ID:eQbE1agq
■私の『私の国語教室』教室 第二回(笑)■

#第一回はこちら>>430 >>431 >>432

前回で述べたように「正仮名」「現代仮名」両者が前提としてる
「(口語)漢字かな混じり文」自体,明治以降に作られたものである.
それまでは地方によって大幅にコトバ遣いが異なっていたし,また,福澤諭吉によれば,
同じ地方内でも,身分により,コトバ遣いは,はっきりと違っていたという.
知識さえあれば,イントネーションやコトバ遣いから,その人物が,
どの地方のどの身分に所属しているか,推測することもできただろう.

では何故,明治時代に「国語」が「作られた」のだろうか.
近代国民国家が,それを要請したからに他ならない.
たとえば「国民」から成る軍隊を組織したとしても,
「国民」間に共通語がなければ,意志の伝達すら不可能である.
また,国民が同じ「国語」を話すことは,「国民」間に一体性を意識させる.

そもそも近代国家を考える上で,コトバの問題を抜きに考えることはできない.
「似ている」スペイン語とポルトガル語が「異なる言語」とされ,
ポルトガル語がスペイン語の一バージョンとみなされず,逆に,
「似ていない」青森弁や鹿児島弁と,「標準語」が「同じ言語に属する」とされ,
前二者が後者の,一ローカルバージョンと考えられがちなのは,このような理由による.
「どのようなコトバが使われるべきか」「どのコトバとどのコトバを同カテゴリとみなすのか」
に関しては,【言語における政治の問題】を抜きには考えられないのである.
要するに,政治や国家の関与を致思せずに「国語」を考えるというのは,
問題の隠蔽,イデオロギー的言説を帰結するに他ならない.片手落ちなのである.
福田『私の国語教室』もまた,このような背景事情を踏まえた上で吟味しなくてはならない.
487現実:02/01/12 01:27 ID:eQbE1agq
続き.
では,「漢字かな混じり文」が「国語」となるまでに,どのような経緯があったか.
そもそも,武士・僧侶・貴族等,既存の識字階層の教養の蓄積を考えれば,
「漢文」や「やまとことば」が,表記における「国語」であってもよかったはずなのだ.
当時の知識人は,四書五経をそらんじ,和歌や俳句に習熟している(ことになっていた).
しかし,そうはならなかった.

上述したように,表記(書きことば)の統一のみならず,「話しことば」の統一もまた,
明治政府にとっては急務だったからだ.【「国民」間の意志疎通】という観点から,
そして,それのみならず【「国民」間に政治的一体意識を確立させる】という観点から,である.

極言すれば,地方ローカルの生きた話しコトバ =「方言」は,
「国民」の創出という観点から言えば,撲滅排除されるべき前近代的悪習/悪臭であり,
「国民」の一体性という神話を阻害する有害な存在に過ぎないということになる.
「方言」の撲滅が,「国語」創出の狙いの一つだあった.

ともあれ,以上の観点から,「国語」は「全国共通」そして「表記と発音の一致」
両方を満たす必要があった.
表記と発音を,できる限り一致させる必要があったのは,
読み書きのできない非教養層(農民・町民等)も,「国民」化させるために,
【行われる教育が,非教養層が理解可能な簡単なものである必要があった】ためだ.
このような観点からは,漢字使用はある程度制限した方が望ましい.
また,読み書きのみならず,実際にしゃべらせる必要もある,ということになる.
488現実:02/01/12 01:28 ID:eQbE1agq
さらに続き.
なお,このような「国民」化の思想は,日本が植民地支配を実行し,植民地出身者を
「日本国民」化する必要が出てきた時に,再度,表面化する.
「現代仮名遣い」の登場である.言文一致運動も,仮名遣い運動も,
日本近代国家の歴史と離して考えることはできない.

このようにして【「国民」間の意志疎通】【「国民」の創出】【非教養層の教育的便宜】
等の理由から「(口語)漢字かな混じり文」が「国語」として採用されたのだった.

もっとも,「表記と発音の一致」が言文一致(「国語」における口語の採用)を
要請するとしても,そのことは,その採用される口語がどのようなコトバであるべきか,
を一義的に決まらない.

「国語」が,単に口語でよいならば,鹿児島弁の「口語」を「国語」に採用してもいいし,
福島弁の「口語」を「国語」に採用してもいいはずなのだ.
また,かりに「東京弁」が「国語」でなければならないとしても,上述のように,
同じ東京人でも,もともと属する階級によって「話しコトバ」が大幅に異なっていたことを忘れてはならない.
「東京弁」を「国語」に採用するとしても,江戸っ子が話す「べらんめぇコトバ」が
「国語」に採用されなかったのはどういうわけだろうか.

この一点を採っても,現代に言う「正しい国語」が,恣意的な選別の上に成立しており,
したがって本来「伝統」とは関係がないことがわかる.
落語の熊さん八っつぁんご隠居は「正しい」「国語(標準語)」など
話していないではないか.「国語」は,武士の「ゴザル」言葉とも異なる.
489現実:02/01/12 01:32 ID:lNqtAiX9
続き.
単に「標準語としての可能性をもつ方言が当時二つあ」り,また,方言同士の関係の混乱
を克服するという理由で「漢語(漢文=漢字)が頼りにされた」
(「従って正字正仮名が正統である!」)わけではないのである.
これは事実の誤認だと思われる(以上『私の国語教室』p270より).

口語漢字かな混じり文としての正字正仮名は,あくまでも,
漢字・漢文の頻用を特徴とした教養層の文化独占を克服し,
文盲の「国民」を「国民」として,強化=教化するために,作られたものである.

もっとも,歴史的には結局,「東京の中流階級が話すコトバ」を「国語」の基礎とし,
これを洗練させるという方向で落ち着いた.
「国語」は地方言語の可能性の抑圧の上に成立しているのみならず,
「江戸弁」の抑圧の上にもまた,成立しているのだった.

一般に,ナショナリズム論によれば,国民の創出・強化には,
教育機関・軍隊・マスメディア等が鍵となるとされているが,
ナショナリズム(国家主義・国民主義・民族主義)を補強する「国語」は,
我が国では,主に教育と軍隊によって流布されたと評価できる.
新聞やラジオ等のマスメディアネットワークが全国的に発展するのは,
もう少し時代を下ってからのことだからだ.
徴兵制と義務教育が「国語」を担い,ナショナリズムの基底の一つとなったわけだが,
これに,教育勅語と軍人勅諭が対応するのは,どう考えても偶然の符牒ではないだろう.

終わり.

次回は「国語」の思想的正当化について.
「国語」が近代言語学による正当化の上に成立しており,したがって,
「国語」を称賛しながら近代言語学を排斥することには「ねじれ」があることを述べる(笑).
490現実:02/01/13 00:31 ID:Mfn0zn8p
もうここまで書いたら,デンパと言われようが粘着と言われようが,
きっちり最後まで書かせてもらうよ(笑).
■私の『私の国語教室』教室 第三回■
これまでの書き込み
第一回>>430 >>431 >>432 第二回>>486 >>487 >>488 >>489

口語漢字かな混じり文という「国語」スタイルを思想的に補完したのは,
ドイツで言語学を学び帰国した上田万年だった.
ドイツにおいて言語純化運動の興隆や,青年文法学派の形成,
プロイセンのドイツ統一後,教育現場で現代ドイツ語教育が古典教育よりも
重視されはじめたという社会的事実,等を目の当たりにした上田は,
言語とナショナリズムの不可分の結び付きを認識するに至る.

このような認識の下,上田は帰国後,明治国家発展のための,
近代国語学の形成を目指した.国家興隆のためには,国民の一体性を育てる必要がある.
そのためには,国語のスタンダードを確立し,それを国民に徹底させる必要がある.
そのための道具立てとして上田が持ち出した概念が,
「標準語」(この用語をはじめて日本に持ちこんだのは上田である)
「言文一致」といったキーワードであった.
491現実:02/01/13 00:32 ID:Mfn0zn8p
続き.
こうして上田の提言もあり,加藤弘之を委員長,上田を委員会主事として,
「標準語」形成のため,政府に国語調査委員会が発足する.1901年のことである.
同7月には以下のような決議がなされた(要旨.前掲『「国語」という思想』p143参照.なお,同じものが,福田『私の国語教室』p260に記載されている).
1文字は音韻文字を採用とすること
2言文一致体を採用すること
3国語の音韻組織を調査すること
4標準語を選定すること
「採用」「選定」という表現からも,標準語がそもそも所与のものでないことが分かる.

このように「正字正仮名・口語・漢字かな混じり文」という書き言葉の「伝統」は,
源流を辿れば,ドイツ由来の近代西欧言語学に行き着く.
「日本語は近代言語学では分析しきれない.日本語は特殊である」という見解は
事実に全く反する.近代言語学を前提として「日本語」(口語国語)が作られた,
というべきであろう.近代言語学では日本語を捉え切れない,などということはない.

また,そもそも,我が国はじめての口語文法書を書いたのは民権運動家の馬場辰猪だが,
その文法書は,英文法の枠組に沿って記述され,しかも英語で書かれたのである
(余談だが,フランス語等の文法には見られる「大過去」「半過去」といった概念が,
日本語文法に存在しないのは,この一件の影響だろうか?).
いや,そもそも「文法」なる概念自体,西洋由来のものではないか?

このように「国語」は,「国民」形成のための政策的技術としての側面が,
非常に強かったと言えるだろう.この政策技術としての側面は,
植民地住民の同化政策の手段が議論になった際に,再度表面に現れる.
492現実:02/01/13 00:34 ID:Mfn0zn8p
さらに続き.
上田の仕事を思想的にも継いだ保科孝一は,やはり再三「国語」の簡易化を唱えたが,
上田が唱えた,上記のような「国語」の役割論(「国民」の創出)からすれば,
保科が「国語」簡易化論に至ったのは,当然の流れであったと言えるだろう.

保科もまた,1911年からヨーロッパへ留学したが,彼がドイツで見たのは,
当時ドイツ領だったポーランドにおける,ドイツ語政策の苛烈さだった.
そこでは「いかにしてポーランド人をゲルマン化するか」という同化政策の観点からの,
ドイツ語教育がなされていたのだった.日本による韓国併合が1910年である.
ゆえに,ポーランドにおけるドイツ言語政策事情を,
朝鮮植民地統治を開始したばかりの日本にとっての示唆,と保科は捉えた.
保科は,この留学にあたり【朝鮮総督府から】ヨーロッパの国語政策調査の依頼を
受けている.歴史的に,日本の海外進出と「国語」簡易化論の興隆は不即不離なのである.

言語による同化政策を推進し,以って植民地出身者を,内地出身者と
言語的・文化的・意識的に同化させ,独立蜂起感情を放棄させること.
これが保科の仮名遣い簡易化論の根拠であった.

その後,大日本帝国の版図が拡大するにつれ,国語簡易化政策の必要性が,ますます
叫ばれるようになった.とりわけ渇望されたのは表音仮名遣いと漢字の削減である.
漢字の削減については,外地の「新臣民」に対する日本語教育のために必要だった.
493現実:02/01/13 00:36 ID:S4GrtUCJ
さらに続き.
表音仮名遣いが渇望されたのには,一つの事情がある.
植民地における,日本人の日本語教師の出身は,北は北海道,南は九州,,,
と,さまざまであった.その多様な出身の日本語教師が,方言丸出しで,
日本語を教えるのだから,植民地出身者は,読み書きを修得できるようになっても,
標準語の正確なイントネーションを何時まで経っても覚えることができない,
というケースが発生した.つまり,これでは「不完全な」「国民」しか創出できない.
ここから,発音と表記の一致が次第に要請されるようになったのだった.

日中戦争・太平洋戦争と戦火が続くと,戦死者も増え,兵員の補充サイクルが早まった.
つまりそれは,兵の質の低下を招くわけだが,このことは一つの問題を引き起こした.
すなわち,兵器マニュアルすら読めない者までが,軍に入隊してくる事態となった.
軍というと保守の牙城のようだが,背に腹は代えられない.
軍は,カタカナと敵国語をおりまぜ,「やさしい」マニュアルを作った.
こうして,戦争末期には,一般社会には「敵国語」を統制しながら,
軍隊内では,敵国語と表音表記が溢れる,という歪んだ状況に陥ったのだった.
494現実:02/01/13 00:40 ID:S4GrtUCJ
以上から言える事実は,教育対象が日本人だろうと朝鮮人だろうと関係なく,
何らかの理由で教育の質が低下した際に,漢字削減・表音化が唱えられた,
ということが,おそらく歴史的事実であった,ということだ.
戦後,一連の戦後改革のどさくさに紛れて漢字削減,歴史的仮名遣いから
現代仮名遣いへの移行という「国語改革」がなされたわけだが,これは,
国力の疲弊から来る,教育の質の低下の裏返しでもあると言えるかもしれない.

福田は『私の国語教室』において,昭和23年の時点で15歳から23歳まで文盲率は
1.6パーセントで,他の先進国と比較して低い数字ではない
(故に国語の表音化は必要ない)というが(『国語教室』p281),
国力疲弊の状況で,「て」「に」「を」「は」等の仮名遣いも含めた,
基礎的な国語教育を実際に受けているのは,「15歳から23歳まで」の世代ではない.
文盲の危機にあるのは,15歳以下の幼年齢層である.
そして,その年齢層に,仮名遣いすら十全に教える余力が日本に無いからこそ,
「国語」の表音化への接近が必要だ,と現代仮名遣い論者は考えたのかもしれないのだ.

,,,,,ここまで「国語」史叙述を主として,福田『国語教室』への言及を
ある程度控えてきたが,それは,歴史的前提を共有するために不可欠な作業だったと思われ.

以降は,以上の歴史的事実を前提として,福田『国語教室』の内容に具体的に踏み込む.
続く(笑).
495名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/13 14:49 ID:phD8131U
松原正の本はおもしろくない。
      魅力がない。
      読んでいてアンダーラインを引くフレーズがない。
従って、3流評論家。
松原がメジャー雑誌に評論を書かせてくれないのは、簡単な話で
おもしろくないから、読者がいないから。

西尾、西部、坪内と福田門下の人間はそれぞれ一応自分の専門分野をつくって、
福田恒存という親から独立した。
いつまでも福田恒存の看板でしか仕事ができない松原、中村コンビは
お話にならない。
496477:02/01/13 18:48 ID:???
>>476>>478>>479
福田恆存 「世俗化に抗す」からの引用
497名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/13 18:56 ID:H5cGfZK3
 福田氏は、旧字旧かなづかいをしている評論家が、それが原因で論考を雑誌に
載せてくれない事をぼやくと激怒したという逸話がある。
世俗化に抗しながらもある程度売れない限りはくだらない評論家。
498名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/13 19:13 ID:TXY5ESRs
>>497
激怒というより「雑誌が売れないものを載せないのは
当然のことだ」みたいなことを冷たく言い放ったんだよね。
499477:02/01/13 20:03 ID:CF1UnKOl
一旦書き込みやめるので最後にちょっと
>>491
>このように「正字正仮名・口語・漢字かな混じり文」と
>いう書き言葉の「伝統」〜
口語か文語かは「文体」の問題、仮名遣いは「表記法」の問題で、「文体」を
のぞけば「漢字仮名交じり文」の「伝統」は数百年以上さかのぼります。
>「日本語は近代言語学では分析しきれない〜
現実さんのいう言語学がどの種のものを指すのかわからないのでなんともいえ
ませんがヨーロッパ発の言語理論をそのまま日本語の言語理論にすることは間違いです。
(少なくとも文法に置いては「助詞」「助動詞」「敬詞」などは日本語独自のもの
 で西洋の文法では説明できません)
西欧発の理論をそのまま日本語に当てはめた結果が国語の混乱を招いた一要因である
ことも否定できません。
ここら辺のことは前に書いた三浦つとむ氏の著書にのっています。

余談ですがドイツから帰国した上田氏が表音主義を主張し、これに厳しく反対
したのが森鴎外だったそうです。その後上田氏は晩年、表音主義は間違えだったという
ようなことを山田孝雄氏に語ったそうですがこちらは真実かどうかわかりません。

では。
500名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/13 21:30 ID:QNZR0Fq1
真性保守是漢字使用
旧仮名遣是女子供使用
男子真性保守旧仮名遣使用不可
501名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/13 21:35 ID:oqu3hi6+
  漢字使用は明らかな間違いです。
  把漢字使用が正しい文法にそった表現です。

 
502現実:02/01/14 00:00 ID:Ec9ow0+W
具体例を入れると長文になる..
>>499
>口語か文語かは「文体」の問題、仮名遣いは「表記法」の問題で、
>「文体」をのぞけば「漢字仮名交じり文」の「伝統」は
>数百年以上さかのぼります。

>>491 で
>「正字正仮名・口語・漢字かな混じり文」という書き言葉の「伝統」
と書いたのは,それらを【ワンセットで使用するスタイルが】
伝統だと当然に考えられているが,それは間違いであると述べているのです.

>>499
>ヨーロッパ発の言語理論をそのまま日本語の言語理論にすることは間違いです。
>(少なくとも文法に置いては「助詞」「助動詞」「敬詞」などは日本語独自のもの
> で西洋の文法では説明できません)

これはあげあしとりですが,
can,must,shall,will.....「敬【詞】」ではなく「敬【語】」ではないですか.
俺は国語学の専門家ではありませんが,学校国語で習う日本語口語文法の品詞は
「名詞」「代名詞「動詞」「形容詞」(「形容動詞」)「副詞」(「連体詞」)
「接続詞」「感動詞」「助動詞」「助詞」に尽きると記憶しています.
国文法における「語」と「詞」を混同していませんか.
503現実:02/01/14 00:00 ID:Ec9ow0+W
続き.あげあしはともかく,敬語は,例えば英語にはありません.
が,そのことは即,【文法という発想】で日本語を分析できないということを意味しません.
どんな言語の文法にもローカルルールはあります.
前述したように,現代英語には,フランス語には存在する「半過去」「大過去」
「女性詞」といった概念はそもそもありません.
が,そのことは,英語とフランス語のどちらかが近代言語学の文法では把握しきれない,
ということを意味しないし,当然,近代言語学の矛盾を証明することにもならない.
繰り返しになりますが,日本語の「イラッシャル」「ゴザイマス」といった
一連の言葉遣いを「敬語」として統一的に把握しよう,という発想自体,
西洋由来のものではないですか.

まともな言語学の書籍において,そのような「日本語特殊論」が俗説に過ぎないことは,
繰り返し説かれているようです
(例:郡司隆男・阪本勉『現代言語学入門1・言語学の方法』岩波書店p24等)

また,そもそも,そのような「日本語特殊論」自体,思想系譜的には,
日本語は日本語でしか分からない―日本のことは日本にしか分からない
―日本人のことは日本人にしか分からない―という,ナショナリズム的言説の変形態に
属するものではないでしょうか(これを裏返すと「日本異質論」的な俗流文化論になる).
要するに「言語における攘夷論」であり,「日本語は特殊」というのは俗流イデオロギー
に過ぎないのではないでしょうか.
504現実:02/01/14 00:02 ID:Ec9ow0+W
>>499
>三浦つとむ氏の著書にのっています。

これは時間があれば参照させてもらいます.


>>499
>上田氏が表音主義を主張し、これに厳しく反対したのが森鴎外だったそうです

>>467 を見て下さい.

,,続きはまた来週(かな?),,
505名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/14 01:11 ID:iRFCq7U9
>>495
>従って、3流評論家。

と、十流以下のアンタに決められてもねえ。
506名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/14 01:28 ID:fw4ym/F/
>>497,>>498
ソースは?
507498:02/01/14 06:17 ID:WzCkajaO
>>506
土屋道雄「福田恒存と戦後の時代」日本教文社 P246〜
「国語問題協議会の理事会(昭和四十五年三月)において、
松村嘉津氏が旧かなづかひ、旧字体で本を出版したところ、
日販も東販も売れさうもないといふので取り次ぎを拒否した
とかで、言論の自由を犯すものだと憤慨したことがあった。
旧い表記だといふ理由だけで拒否したのかどうか、その点
曖昧だが、福田氏がそれは言論の自由とは関係ない、気に
入らない商品を扱わないといふ、ごく普通にどこにでも
あることだと応じたため、少し気まづい空気が流れた。」 
508名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/14 08:47 ID:GBXTpRA1
 私は評論家じゃなくて読者でありリーマンだから10流でもかまわない
の!
 ちなみに、福田氏激怒説は私の勘違いでした。
 それから、501で現代中国語の文法を糾したのだが、
 漢文でも同じようになるのじゃないのかな?
 まあ漢文を私は知らないけど。
 
509魚歌:02/01/14 14:36 ID:qJOw7psT
昨日、1.12付けの朝日新聞に山伏哲雄と陳舜臣が日本文明について
論じていました。このすれと関係のある事を述べていましたので興味のある方は
読んでみて下さい。


俺がこのスレで使用した、「認識」という言葉は、言語学的な科学的意味ではなくて
広義の意味で文化論的な、知識、認知、理解という意味で使ってきました。
現実さんが指摘しているように、科学的な認識を行うことは重要であると認め
今後このスレでは、「認識」という言葉を使わず、広義の意味での「知識、理解」を使用することにします。
(俺は言語学知らないから)

それと、このコテハン、使用しているうちに愛着が湧いてきたので
今後、この板で他のスレでも使用することにします。
510魚歌:02/01/14 14:37 ID:qJOw7psT

明治以降の歴史においては、現実さんが指摘されている、軍事面から見た論考に異論はありませんが
それに付け加えて、明治ー大正期に見られる、リベラリズム、ソーシャリズムの政治的関与も
指摘しておきたいです。そうでないと相対化できなくなる恐れがあるからです。

内村鑑三、新渡戸稲造などのリベラリスト、板垣退助などによる自由民権運動
吉野作造、美濃部達吉、高野房太郎、片山潜などの社民主義などが明治ー大正期へとかけて
大正デモクラシーを呼び、政治的な影響は大いに認めなければならないと思います。

この前の俺の投稿>>471-473で俺の考える歴史観を述べましたが、そのまとめです。

明治から大正にかけて、近代的な国民国家を創立すべく言葉と文字表記を統一し
国民すべてに徹底させる政治的必要があった。

国際社会においては、当時の主要国のすべてが、帝国主義、軍国主義であったことから
軍事が優先され、軍部の影響力が強まった。国際政治的に国家存亡の危機が訪れ
一国の猶予もない状況となり、国を失えばすべての日本文化を失う危険性があり
軍においても指揮命令等、国語統一されていたほうが望ましく、軍事的、政治的理由で
国語を急進的、強制的にせざるおえない状況となった。
511魚歌:02/01/14 14:37 ID:qJOw7psT
純文化的見地から見れば、上記の措置は文化破壊ではあるが、郷土を守るという
政治的愛国心から導かれた措置でしょう。
文化論から見た国粋主義と愛国心とは対立し、当時の国際情勢を直視すれば両者は当時並び立たない

国粋と愛国とどちらを優先させるかだが、それは後者に決まっている
郷土を外国に支配されれば、日本文化のすべてを失う危険性があるからだ
そのような理由で戦前の国語統一は、政治的判断でなされ、俺にはこの措置を非難できない。

国語改革の経緯を説明しようとすると、どうしても政治を語らねばならなくなるんです、
そして国粋と矛盾するところが、出てくるのはやもえないんですよ。
512魚歌:02/01/14 14:38 ID:qJOw7psT
愛国心について
俺のいう愛国心とは
「思想とは無関係に、それぞれの立場から国または社会の安寧を願う、素朴な感情意識」
と考えていて、左翼、リベラリズムの立場からの素朴な郷土愛おも含む、広大な
概念として使っています。

また、社会の繁栄安寧を願う目的で、ナショナリズムを否定する主張もその人なりの愛国心と
認めています。つまり、俺自身の思想心情から受け入れられない考えでも愛国心はありうると
思っています。

俺のいう愛国心とは右翼から左翼まで含めた、広大な言葉でパトリオイズム的な
すべての国家にその存在が認められる、普遍性のある概念だと考えています。
513魚歌:02/01/14 15:27 ID:KObn8n6Z
俺が思うに、このスレにいる正字正仮名支持者は、国学にあまり興味がなさそうに見受けられます
江戸期の国学の創始者郡である、加茂真淵、本居宣長、平田篤胤らは、ナショナルアイデンティティを
追求、希求しましたが、福田、松原は明らかに国学の系譜に属さないし
また、明治ー大正期における、国学の流れを汲む日本主義、天皇主義とも違う
福田ー松原の論は「国学者から見れば」革新的で、異端視されるものですし
国学者から見れば、福田や松原が正統を論じることに強い違和感を感じるでしょう。
でも保守を自称するなら国学には一度ぐらい目を通すべきだと思いますけどね。
(俺は、政治に国粋主義を持ち込むことに警戒心を抱いていますが、文化論としてなら
批判するつもりはありません))


現実さんが、すばらしい玉稿を続けられているので、俺は少し投稿しずらくなってきました
(邪魔しているみたいで)
俺が投稿するのは、少し休憩したほうがよさそうですね。(笑)
514名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/14 21:16 ID:MmRn9L0o
福田氏の私の国語教室は全くイデオロギー色はない。
旧かなづかいが正しい文法であり、新かなづかいは文法的矛盾が生じることを
述べているだけ。
福田氏は正しい事を正しいといっているだけ。
吉本も言語にとって美とは何かで福田氏の言っている事は正しいという事は認めて
いる。最も、その上で新かなづかいを認めているのであるが。
515名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/15 02:52 ID:fl+6m7ea
>>507
有難うございました。
516魚歌:02/01/15 16:18 ID:sJZcajry
>514
俺の投稿をよく読めばわかると思うけど、俺は513で

>明治ー大正期における、国学の流れを汲む日本主義、天皇主義とも違う
福田ー松原の論は「国学者から見れば」革新的で、異端視されるものですし
国学者から見れば、福田や松原が正統を論じることに強い違和感を感じるでしょう。

と書いてあるんですよ。福田や松原が国粋主義者でないと俺は明記しているでしょ
彼らの論はそうなんですよ。でもね、その支持者に変なのがいるんですよ。
福田ー松原と、「支持者」とは違うよ(別人でしょ)、俺の投稿を読むときは福田ー松原自身を批判しているのと
支持者を批判しているのと、明確に区別してね。よく読めばわかると思うけど。
(支持者が読解力がないという噂は、本当なのかな?)

でもね、伝統とか正統とか論じようと思ったら、国学の知識は必要不可欠なんですよ。
「支持者」は保守を自称しているんでしょう、ナショナルアイデンティティを知らずに
保守を名乗れませんよね?

このスレの「支持者」の知識に相当偏りがあると感じるのは、俺だけではないでしょう。
517魚歌:02/01/15 16:45 ID:sJZcajry
このスレで度々、名前の出ている西部だけど
彼は、西洋保守思想がベースにあって、その上で日本文化を検証しようとしているのではないかな
西部の論はバーク、ヒューム、ロックなどの経験主義、慣習主義、漸進主義などを知らないと
誤読するかもしれない、俺には彼の論は深いと感じるけどね。

松原は、福田の忠実な僕で、西部は自己確立していると思う。
どちらの論にも、一長一短があり、それぞれに良い所と疑問に感じるところがあるが
どちらかをとれといわれれば、俺は西部の方を評価したいね
もちろん、松原の西部批判を読んだ上でも、俺の西部に対する評価は揺るがないけどね。

「西部を福田の後継者」と評するのは西部自身が迷惑しているだろう、勘違いしている人もいるけど
この「西部を福田の後継者」というのは西部自身が自称しているわけではないぞ
熱烈な西部ファンが他称しているんだよ。西部は自立していて、もう思想的に一国一城の主なんだから
西部ファンも「後継者」などというのはやめた方がいいよ。

誤解のないように補足しとくと、俺自身は熱心な西部ファンというわけではないよ。
518名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/15 20:37 ID:hiBINRPz
西部が福田の弟子と書いたのは俗論を書いただけ。
だが西部はあきらかに福田の影響を受けている、というか福田恒存と面会してから
彼の論説は、大きく異なっている。西部は福田氏と面会するまで、保守主義という
ものを標榜はしていたが、絶対者という仮定(無免許カトリシャン)を中心とした
平衡感覚、そしてその平衡感覚の知恵となるものが文化であるという論説はとって
いなかった。
 西部の論調は上に書いている事につきるのであるが、福田氏の論調は、上の論に
とどまらないものがある。確かに福田氏は昭和30年代以降は保守反動というレッテル
を楽しんでいた感があるが、人間この劇的なるもの、芸術とはなにか、批評家の手帳に
いたるまでは、特に保守主義者と自認しているわけでもなし、特に日本文化を保守する
ことや、日本文化を賛美あるいは耽美しているわけでもない。
 私は福田氏が好きであるが、それは彼が保守主義者だからではない。私は、福田恒存
という存在は、明治以降の日本の近代化における苦悩、思考、及びそこから出てくる日本人
及び日本のあり方の落しどころを提示した存在として評価している。
 私はその苦悩、思考の過程の文体及びそこにちりばめられているフレーズ、言葉が
好きなのである。
 つまり、私は福田氏の文章をニーチェの文章を読むような感覚で読んでいる。
 西部は保守主義者であり、いっている事ももっともであるが、それ以上のものでは
ない。
519名無しさん@お腹いっぱい。 :02/01/16 00:20 ID:oMoiUIZt
>>516
疑問なのですが魚歌さんは国文学を学んだかたなのでしょうか。
>〜でも保守を自称するなら国学には一度ぐらい目を通すべき
松原氏の著書には本居宣長などの国学者の言葉の引用がよくでてくるし、福田氏も国語問題
にかかわる際、膨大な資料を読んでいてその際に江戸時代の国学者の本も結構な量読んでい
る。(国語問題論争史という本に記述されていたと思う)
前のほうに本居宣長に関して記述してあるが、宣長もたしか最初は定家仮名遣を使っていたが
契丹の本を買い求めその後しばらくしてから復古仮名遣(歴史的仮名遣)に改めたはず。
>>517
>彼は、西洋保守思想がベースに〜
ここら辺が松原氏と西部氏が相容れない理由のひとつなのだろうな。
松原氏は西洋の思想を参照にしてもそれと距離を置くが、西部氏は自分の思想のように
扱う(西部氏に限らず最近の知識人には多いが)、俺は松原氏を評価しているが。
福田氏の論の中で西洋の基準で自分等の文化を扱おうとするかぎり、日本人は
近代を自覚することができない、ってのがあった気がする。
520名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/16 08:19 ID:wN1oBlLK
西部は保守を自認する前には現代思想にはまっていたが、福田は
現代思想的問題を現代思想の本(輸入本)を全く読まずにその壁に
ぶちあたったといえる。
西洋知識人の影響であるが、西部はいわゆるバークとか保守主義者、
イギリスの知識人であるが、福田はサルトルの影響というか、サルトル
を批判しながら、人間この劇的なるものはサルトルの実存主義を変形
したものといえなくない。
単に保守主義を系統だって学んだか、あるいは影響を受けたかどうかな
らば、西部のほうが影響を受けている。
ここで皆さん誤解しているかもしれないが、
福田にとっては西部の好きなエリオットは同世代の人だったんだよ。
福田の中ではエリオットは引用元というよりか対等な立場という感が福田の
本を読んでいるとそう感じる。
また福田は実は保田の影響をかつて受けていたというが、その痕跡は全く
現在残っている著作からは姿を消しているな。ただ、評論は書いていないが、
泉鏡花を高くかっているところはそのなごりかな?
521名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/16 09:34 ID:???
 「国家と戦争」の最後の方で、西部は面白いこと言っているね。
 手元にないから引用できないのが残念だけど。
 「この20年来、福田さんのファンだったけど」って感じで。
522魚歌:02/01/16 15:42 ID:jevPLJ0h
>>519 >松原は国学を知っている…

ここを読んでいる人なら周知のことだから、言葉を省略したんですよ
以前の投稿を読んで貰えればいいんだけど、福田ー松原は国粋を思想のベースにして「おらず」に
彼らはさまざまな思想哲学を吸収した上で、(リベラリズムも含む)日本文化を検証しようとしているわけで
このことはこのスレを観ている人のほとんどが、理解しているはずです。

>前のほうに本居宣長に関して記述してあるが、宣長もたしか最初は定家仮名遣を使っていたが
契丹の本を買い求めその後しばらくしてから復古仮名遣(歴史的仮名遣)に改めたはず。

本居は「音重視」で「やまとことば」を希求したわけですが、漢字と漢語は全く別の意味なんです
やまとことばを漢字で書くことはできるし、万葉集も原書は全文漢字で書かれてあるでしょう
ひょっとして、漢字と漢語を同意語と思っているんじゃ…(俺の誤解ならゴメンネ)
俺と現実さんの「全投稿」を再読してみて下さい。
つまり、表記の正統性を疑うという趣旨でのべています(趣旨を取り違えないでね)
国語が明治以降に、人為的に作られたことには同意してくれますよね、明治時代の極端な国粋主義者による
漢字排斥運動と本居個人の事柄とはまた別の話ですよ。

>国学者から観れば、福田や松原が正統を論じることに強い違和感を感じるでしょう
>でも保守を自称するなら国学には一度くらい目を通すべきだと思いますけどね。

上記の書き方はつまらない誤解を与える悪い書き方でした。
上述の方は、福田ー松原を国粋主義者からの視点で論じ
下述の方は、彼らの「支持者」に対する提言として書きました。もちろん、全ての支持者がそうだと
言っているのではなく、一部にそう思える人がいそうなので、提案しました。(強要するつもりはありません)
下述の冒頭に「ごく一部の支持者は」とでもいれとけばよかったですね。
>>518>>520も同様の意見を述べている。(福田ー松原は国粋主義にあらず)
523魚歌:02/01/16 15:42 ID:jevPLJ0h
>>518>私は福田氏が好きであるが……フレーズ、言葉が好きなのである。
    >福田氏の論調は……耽美しているわけではない
>つまり、私は福田氏の文章をニーチェの文章を読むような感覚で読んでいる。

こうゆう書き方をしてくれたら、こちらも納得できます。
つまり、貴方はその苦悩、思考の過程を表現する文学者として評価しているというわけですね。
こういっていただけると、大変よく理解できます、俺も彼を文学者として高く評価してますよ
この>>518を読んで俺の誤解が心底から解けました。これなら俺も同意できます。
(文字表記論争しないのなら)(笑)

>西部は保守主義者であり、いっている事ももっともであるが、それ以上のものではない。
>西洋の基準で自分の文化を扱う限り、日本人は近代を自覚できない。

西部は西洋保守思想をベースに置いて、自分の文化を検証するという、困難な作業にチャレンジしようと
しているのではないですか、このような西部の困難な試みは成功するかどうかわからないけども
俺はそのチャレンジ精神を評価したいです。(俺が西部を評価する最大の根拠もここにあります)。
俺にとっても西洋思想をベースにしてもらった方がわかり易いんですよ、これは好みの問題かもしれないけど。(笑)
524名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/17 16:15 ID:qI0TZ+1p
>>454
>長谷川三千子「からごごろ」

>小林秀雄「本居宣長」

>このうち特に長谷川の著書を読んでほしいです。

長谷川さんにせよ小林さんにせよ、宣長に私淑する人が歴史的假名遣で書くのはどうですか?
525518:02/01/17 20:24 ID:ZojhPqLF
 福田恒存は保守主義者といわれており、私もそのように認識していたが、
福田氏は文芸評論にせよ、その後の社会批評にせよ、
西洋保守主義者の影響を受けたという痕跡が全く見られない。
福田氏が影響を受けた西洋思想といえば、間違いなくロレンス、サルトル
福田氏の保守主義はまさしく福田氏の思考過程から導かれたものであるという気
がする。そう考えれば、福田氏は西洋思想の影響を受けていない日本近代思想に
おける保守主義者というまことに稀有な存在といえる。
実存主義→構造主義へと移っていった西洋思想に対して
福田氏は
実存主義→保守主義へと移っていった。
といえるのではないか?
まさしく世界レベルでの反時代的思想家ではないか?
中村保男が福田氏こそがノーベル平和賞を受賞すべき人物だと英米人に言っている
らしいが、全くの誇大宣伝ではないなと思う。
526518:02/01/18 08:35 ID:xM5m3KWk
マイノリティーのあげ
527魚歌:02/01/19 17:04 ID:9SG6RdmY
>>524
このスレを読めば、個人が使用する文字表記と、国家が政策として指示する表記の問題とが
まったくの別次元の問題であることが、わかると思います。
長谷川にしても小林にしても、彼らが個人的にどのような表記を使おうが自由で
英語で論文を書いても良いのですよ、ですから、旧かなだろうが新かなだろうが
個人が使う分にはどれでも良いんです。もし、国文学者が英語で論文を書いたなら
世界中に日本文化の奥深さ、美しさを伝えることができるでしょう。
そうすれば素晴らしいことではありませんか。

このスレでは、もう政策としての国語問題を論じるつもりはありません、堂堂廻りになるに決まっていますから
それと、524あなたに言いたいことがあります
俺の長文投稿に対して、一行レスをつけるのはやめてくれませんか
問われた側から見ると、真面目な質問なのか、ふざけているのか、からかっているのか
判断に迷うんですよ。一様真面目と好意的に仮定して答えましたが、これからは一行レスに対しては
ふざけていると判断し、無視するのでこれが最後の質問にしてくださいね。
528魚歌:02/01/19 17:04 ID:9SG6RdmY
>>525
なるほど、サルトルを指摘されるのですか。俺なら、陽明学と答えるところです。
福田には、サルトルの哲学者としてよりも、文学のほうの影響があると思う。
サルトルは文学としては、大変美しく知的であるけれども、その思想内容はどちらかといえば過激で
行動的であって、アンガージュマンを生み出しましたよね。(日本のサヨク市民運動の母体ともなったと思う)
両者の類似点を指摘すれば、陽明学とサルトルは行動主義という点で一致しています
陽明学の知行合一、心即理なども、サルトルとよく似ていますよね。

俺には、福田が影響を受けた最大の思想は、陽明学と老荘思想だと思っていましたよ
あと、フーコーはどうです?
理系の学者ならば、専門以外のことはよく知らない人がいますが
文系の学者ならば、自分の専門外の論文にも必ず眼を通しているものですから
福田も松原もフーコーを知っているはずです。そして、自身の思想を構築するヒントにフーコーの考えを
取り入れているはずです。

フーコーは知と権力の関係を明らかにして、国家によるマクロから一般のミクロレベルの権力論を構築して
その権力の根源は言葉にあると発見しましてよね。
言語の体系と物の体系を明らかにして、言語実践のシステムを知の基盤として、言述の生産、
統御、選択、組織化、分配する手続きを支配する力があると発見したでしょう
そして、それを科学的に実証して見せた。言葉の恐ろしさを発見し、科学的に論証したわけで
特に松原はフーコーをヒントにしている気がします。 でも、フーコーに比べたら松原は……
いや、これ以上言うのはやめましょう、ごく一部の狂信的な松原ファンの夢を壊しちゃ悪いし…

言葉について興味がある方は、フーコー著「言葉と物」を読んでみて下さい
そうすれば、俺の言いたいことがわかるはずです。
529魚歌:02/01/19 17:05 ID:9SG6RdmY
このスレで、今までの他者とのやり取りの流れの中で、説明を省略してきましたが勘違いされるとイヤなので
最後に説明しときます。
日本文化について
1・外来文化を排除し、日本人が生み出した純粋な日本文化(ナショナルアイデンティティ)。やまとごころ。
2・儒教、仏教、老荘思想、陽明学などの外来文化と外来思想の日本人による吸収。
3・明治ー現在までの、近代文明と西洋思想の日本人による吸収。

現在の日本文化はこの三重構造になっていますよね、この内1が狭義の厳密な意味での国粋で
純和風であって、やまとごころと称されるもので、1・2を合わせたのが広義の国粋、または民族主義です
民族の意識は、2の外来文化抜きには語れず、日本人の民族性構築に多大の影響を及ぼしましたから
民族主義は1と2とを合わせたものです。
3は現代人のすべてが影響を受け、近代化と社会的発展繁栄をもたらし、われわれはその恩恵に預かっています
そして、漫画、ゲームなど欧米のものとは一味違う、新たな日本文化を生み出しています。

俺がこのスレで語った国粋とは、加茂、本居、平田などを挙げていることから判るように
1の厳密な意味で使ってきました。2の意味では使っていないので注意してください。(例に挙げた人物の
意味をよく考えれば判ると思うけど)。

一般的には1と2とを合わせて、日本文化と称するのが普通ですが、それを論じようとすると
林羅山、荻生徂徠などの儒家、熊沢蕃山、などの陽明学者、吉田松陰、仏教とくに武士思想の核心である
禅思想などを語らねばならなくなりますが、このスレでは論じません。

俺が福田は国粋ではないといったのは、1ではないという意味です。でも、2のほうの影響はあると思います
とくに、陽明学と老荘思想です。(これは一応外来文化なんですけどね)

大体俺の主張は一通り述べたので、これで終了したいと思います。
疑問、質問、異論などあると思いますが、最近連続で長文投稿を続けたのでさすがに疲れました
俺にレス付けても返答しないかも知れません(笑)少し休ませて下さい。

530現実:02/01/20 23:26 ID:3Z0jdvYA
基本的に俺の福田観は >>518 に近いかな.
土屋さんの本にもある,蔵書整理の際の聖書の置き場所のエピソードに
象徴されているように,「カソリックの【無免許運転】」というキーワードは
重要だ(と個人的に思う).

個人的な「専門」に近い話をすると,裁判官や弁護士のみならず,
法学者等を含めた最広義の「法曹」が,キリスト教に帰依した割合は,
実は結構高い(統計を採ったわけではないけど).
有名所では,あの宮澤俊義も晩年にカソリックに帰依していたそうな.

何が言いたいかというと,
「近代(と,その底にあるキリスト教を初めとした『西洋文化』)の呪縛」
は,やはり,かなり強力だということだ.

もっとも,この呪縛から離れるために,安易に「日本の独自性」的な方向に走ることは,
何の問題の解決にもならないだろう.
このスレだったか「福田スレッド」だったかで,誰かが,論語の話に絡めて
「呉智英によれば,タオだの気だの【胡散臭い】東洋文化に走るのは,
コンプレックスにまみれたニ流の白人ばかり」と書いていた
(呉のこのエピソードは『バカにつける薬』だったかの対談に確か収録されていたはず).
これは半ば事実かもしれない.
けど,この伝で行けば,近代乃至西洋文化にまともに対峙せず(できず)に,
安易に「国体」だの「伝統」といったマジックワードに逃げるのは,
知的怠慢と言えるのではないだろうか.

福田自身は「無免許運転」ながら,背景としてキリスト教に裏打ちされた教養を前提に,
自らの実践として「伝統」を主張したわけだが,
【自称】福田の読者が,そういった背景を考慮せず,
福田の著作の行間を読まない(読めない)ままに,
「伝統」を言うのは「口真似」「門前の小僧」の域を出ないだろう.
531魚歌:02/01/22 16:12 ID:msRc0OKD
福田のキリスト教に基づく思想は、表層意識にとどまっていると思う
深層意識の部分は、陽明学と老荘思想を感じます。キリスト教の教養が深層の部分にまで下りてきてないと俺は感じる。

このような例は、日本人にはよく見られる現象で例えば、明治期に道徳基盤をキリスト教に求めた
植村正久、海老名弾正、もっとはっきりとそれが確認できる、内村鑑三、新渡戸稲造らです。
西村の著した「代表的日本人」、新渡戸の「武士道」を読んでも、表層意識ではキリスト教の教養を唱えつつも
やはり深層では日本文化から逃れてはいませんよ。ただし、福田の場合、純粋な日本文化(ナショナルアイデンティティ)
「やまとごころ」はあまり感じないですね。

現在でも左翼、リベラリストの中には2種類いますよね、本気で革命を望み日本が没落し亡国すれば市民の不満が肥大化して
それが成る。と本気で考えている人と、亡国を望まない愛国的左翼、リベラリストと。
前者は論外ですが、後者の方は口では伝統、文化を否定してもそれが表層意識にとどまっていて、深層では日本的ですよ。
心理が「ねじれ」ているんですね。日本人のキリスト教徒も、たいていの人がこの「ねじれ」を有しています。

これと逆の現象は帰国子女に見受けられますよね、彼らは深層では西洋文化なので、日本に帰国したときに知識として
日本を理解していても表層に教養がとどまり、日本社会に違和感を感じているでしょう。

日本のリベラリストのように、日本文化を否定しなくてはならない、などと考えずにすべての国にその国固有の文化があり、自国文化意識を持つことは
国際社会の中で多様性を認めることであると、日本文化を肯定してしまえば良いと思う。
日本文化を否定することは、多様性の否定ですから。日本文化の肯定は、多様性の肯定ですから。
532魚歌:02/01/22 16:13 ID:msRc0OKD
和魂洋才は可能なんです。実践できている人は大勢います(「ねじれ」を善用することは可能だと思う)。
古来から日本人は異文化を吸収し、日本流にアレンジして外来文化を帰化させることに成功してきたではないですか
これは、世界に誇る日本人の長所なんです。日本人としての意識をはっきりと持てば、西洋文化を吸収し日本流にアレンジして
取り込むことはできると考えています。そのためには日本文化とは何か、を学習しておいたほうが良いと思う。(やまとごころ)

最悪なのは、国粋か外来かの片方だけに固執することで(外来文化とは、西洋だけではなく中国思想もです)
これでは判断を誤るでしょう、西洋思想だけではダメで、同じく四書五経だけでもだめです。
それこそ、日本文化を母体としつつも知識の平衡を保つことが重要でそのために洋の東西を問わずに
食わず嫌いをせずに取り組むべきと考えます。つまり「やまとごころ」がヤジロベイの中央で両側に西洋と中国の思想がある
のが理想ではないでしょうか。

国体や伝統をマジックワードとして利用するのではなく、はっきりと定義したほうが良いでしょうね、俺のこのスレでの投稿で
俺の考える定義をいくつか披露しましたが、高名で大御所、重鎮などと称されるような学者が集まって、議論してもらい
結論を出してほしいです。そうしないと本物の定義ができませんよ、定義には権威が必要ですから。

それともう一言、リベラリストも「世界市民」などの言葉を、マジックワードとして使っていると指摘しておきますね
現実無視の「非武装中立論」もね。鵺のような言葉ですよ。(相対化しとこう、だって保守ばかり悪く言うのはズルイもん。笑)


現実さんの投稿を見て、補足説明しにきました(必要な説明だったから)
俺は終了宣言したので、今後、補足説明がいる、と感じたときしか出てきません(笑)
それより、俺が気になるのは現実さんの方ですよ、玉稿を楽しみにしている、というのに。愛読者がいるというのに。
現実さんの「私の『私の国語教室』教室」はもう終了するんですか?そうならそうとハッキリと言ってくださいよー
「もう、めん度くさくなった」とでも書けば良いじゃないですかー。(笑)
533518:02/01/23 12:40 ID:8INVGGPb
福田恒存は陽明学に関してはある程度の理解はあったと思う。福田は、松本健一を
現代の大塩平八郎だ、というようなほめ方をしている。陽明学に関するある程度帰依
していなければ、そのようなほめ方はしないであろう。
 福田恒存は、絶対者という言葉を多様しているが、この絶対者とは何なのか、ある
いはどのような過程で導かれたのかがよくわからない。福田のいう絶対者という概念
は、はっきりいえば生活者としてのいぶきがあまり感じられない。
 ただ、それは福田があえて、そのようにしたのか、思想を成立させるためのキーワード
として使っているのかはよく解からない。
 福田恒存は、日本文化に対して深い博識があったとは思わないが、明治、大正世代の
日本人の考え方、当時の大衆の考え方を読み取るという点については極めてするどいも
のがあったと思う。
 基本的に福田恒存は、同世代の世相から思想を導いた人であり、何らかの西洋思想や
日本古来の思想や中国古典の深い影響のもとに言論活動をした人物にはみえない。
534現実:02/01/24 00:03 ID:tbtun2Y/
長文です….

>>532
>現実さんの「私の『私の国語教室』教室」はもう終了するんですか?

皮肉でないなら,うれしいですね(笑).
まともに議論ができるレベルのレスが,(このスレ初期のように)溜まってきましたから,
これ以上「独白形式」で投稿する意味があまり無いように思うのです.
とりあえず(何様だ俺は).

自分で連続投稿を重ねた後に,こんなことを言ってもまるで説得力がありません(笑)が,
そもそも,独白形式の叙述スタイルは,2ch的な掲示板には相応しくないと思います.
基本的に.
一人でもできることを,わざわざここでやる必要はないわけだし.

これまで「私の『私の国語教室』教室」に書いてきたことは,概ね,
度々タイトルを挙げてきたイ・ヨンスク著『「国語」という思想』の要約ですから,
俺の投稿よりも,そちらを参照して下さい(笑).
というわけで「ツッコミ形式」に戻します.
535現実:02/01/24 00:05 ID:tbtun2Y/
>>531
>福田のキリスト教に基づく思想は、表層意識にとどまっていると思う
>深層意識の部分は、陽明学と老荘思想を感じます。キリスト教の教養が深層の部分に
>まで下りてきてないと俺は感じる。

「表層意識にとどまっている」というのは確かにその通りだと思う.
だがしかし,老荘思想等もまた表層に留まると思う.
今ごろ気づいたけど,国学,宣長は出てきても,まだ「宣長問題」に
言及したレスがないような….

福田の深層意識にあったのは
>>533 が「基本的に福田恒存は、同世代の世相から思想を導いた」
と述べるような「世相」「常識」などではないだろうか.
ここでいう「常識」とは,コモンセンスcommon senseのような,
おぼろげながら輪郭は感じ取れるが,具体的な中身を理屈立てて述べるのは困難な
共同体に共通の感覚とでも言うか.「生活者の感覚」というか.

しかし,そのようなものとしての「生活者の感覚」は,
論理的に言って,具体的な中身をコトバで表現することは困難だと思うし,
表現に際して,あまり説得力を持ち得ないのではないだろうか.
「生活者の感覚」からのみ表現すれば「俺はこう感じる.ゆえに,こう思う」
という言い方にしかならない.これじゃ,まるで「薄甘いサヨク」じゃないか(笑).
この生活者の感覚のようなものを,「老荘思想」と規定すること>>531 >>532 は,
「遠からず」ではないだろうが,俺はやはり違和感を感じます.
536現実:02/01/24 00:06 ID:tbtun2Y/
「福田の発言はキリスト教的な背景に裏打ちされている」と俺は>>530 で述べたが,
それは,そのような「生活者の感覚」を表現するための道具立てとして,
福田がキリスト教(の概念装置や思考形式)を使ったのではないか,ということです.
俺が【】を使って【無免許運転】と強調したのは,このような意味においてです.

近代とキリスト教(というかプロテスタント)には親和性があると言われます.
対して,カソリックは非近代的な要素を有していると言われる.
無免許運転なのがプロテスタントではなくカソリックなのは,
やはり「近代への対峙」という福田のモチーフがそこにあるように思います.

西尾幹二さんの著作に『近代ヨーロッパ像の転換』(新潮選書)があります.
西尾さんのドイツ旅行記のような作品ですが,西尾さんは,
この著作の中で,ヨーロッパ人(具体的にはドイツ人)が,
意外と非近代的な生活をしていたことを実感的として述べています.
例えば,室内の暗い様子が,谷崎潤一郎の『陰翳礼賛』に比することができる云々と.
福田先生も留学経験がありますが,彼もまた,留学を通じて,欧米人が,
「近代的なもの」と「非近代的なもの」を上手く折り合わせて生活していることを
知ったでしょう.

カソリックはプロテスタントに比して土着的なものをより多く含んでいると言われますが,
福田がカソリックを「表層」表現の手段として選んだのは,
土着的有機的世界観を含むカソリックVS近代的機械的世界観を含むプロテスタント
という構図を念頭においていたためではないでしょうか.
537現実:02/01/24 00:21 ID:9uutdByR
また,福田の特徴として注目すべきなのは「実践」への傾斜です.
必要だと考えたら,運動も起こすし,劇団も作る.テレビに出て樋口陽一と論争もする(笑).
つまり,態度とコトバが一致している.仲間内でしか評価されない,
ツッコミ所満載の駄文しか書けない,「正論」あたりの一部の三流評論家とは
エライ違いです.
福田先生の,こういう実践的な部分は,西部さんなどに上手く受け継がれていると思う.
柄谷や宮台の前で吼えたり,借金背負って『発言者』を作ろうとする根性は,
今の若手評論家には,もう多分ないと思う.その意味では,小林よしりんは評価できる.

もちろん,実践ならばデンパでも何でも可,と言っているわけではないです.
それは「敵の敵は味方」の発想だ.渡部昇一(この人は嫌いです.笑)は
「つくる会」の教科書に絶版を勧告したわけだが,
政治主義者の多い「つくる会」支持者には,どうして同じ「保守」の人間が,
仲間であるはずの自分たちの仕事を否定したのか,
そのことの意味は永遠に理解できないだろう
(この下りは事実関係を確認しないで書いているので,
事実誤認指摘の批判は却下します.笑).

また,「実践」とは言っても,福田の「実践」は,実践主義とは違う.
福田の「実践」は,彼なりの理屈に裏打ちされている.
福田に陽明学の痕跡を見出せるとしたら,
彼の「実践」的な側面が,実践の学としての陽明学と親和して見えるからではないだろうか.
ちなみに,我が国では,散発的な陽明学者の発生はあっても,
陽明学自体の学派としての系統的継受はなかった,と言われているようで.
538現実:02/01/24 00:22 ID:9uutdByR
>>531
>明治期に道徳基盤をキリスト教に求めた
>植村正久、海老名弾正、もっとはっきりとそれが確認できる、内村鑑三、新渡戸稲造

彼等は「道徳基盤をキリスト教に求め」る時点で,すでに純粋なキリスト教徒ではないと思う.
たとえば内村の『デンマルク国物語』にあらわれているように,
彼等がモラリストであったことは認めますが,純粋な信仰者であったとは,あまり思えない
(海老名弾正は,よう知らない(笑)ので,内村と新渡戸に限定して述べています).
明治基督教徒は,宗教を,社会改良の手段としての側面として捉えていたフシがある.
呉智英がマザーテレサを「彼女は人道主義者だが本当にキリスト教徒と言えるだろうか?」
と皮肉っていましたが,同じ批判は内村,新渡戸等にあてはまると思う.

むしろ,たとえば,戦前戦中の共産主義者の方が,排他性・盲目性という点で,
よほど信仰者らしいと思うのです.
関係ないが,キリスト教徒といえば,矢内原伊作もいたな…

>>531
>日本のリベラリストのように、日本文化を否定しなくてはならない

こんなこと書くと,猫さんに怒られますぜ(笑).
539名無しさん@お腹いつぱい。:02/01/24 00:55 ID:GkaqWI5u
>>534
>皮肉でないなら,うれしいですね(笑).

 行きがかり上、「皮肉」な讀者もまた「玉稿」を樂しみにしてゐるのを
忘れて貰つては困りますね。

>>490
>もうここまで書いたら,デンパと言われようが粘着と言われようが,
>きっちり最後まで書かせてもらうよ(笑).

と(誰も頼みはしないのに)宣言しておきながら、李妍淑のコピペどまりで挫折ですか。
あの本の内容を復習するのには多少役に立つたが、結局、君自身の『私の國語教室』觀は
讀めずじまひ。これ程の言行不一致も珍しい。要するに、書けないわけね(と煽つておく)。
540名無しさん@お腹いつぱい。:02/01/24 01:05 ID:GkaqWI5u
>>533
>福田恒存は陽明学に関してはある程度の理解はあったと思う。福田は、松本健一を
>現代の大塩平八郎だ、というようなほめ方をしている。

申譯ありませんが、出來れば出典をお教へ下さい。
541現実@眠いので寝る:02/01/24 01:33 ID:???
>>539
デンパな認識の排除という初期の目的は達したから
独り言はもういいか,というだけの話です.
確かに,面度臭くなったというのもありますが(笑).
俺の観点が知りたいならば,レスの応酬の中で
それを盗み出せるようなレスをつけたらどうですか.

そもそも,俺個人の観点は,細切れながら,
これまで何度も書いてきたかと思いますが.
今日書きこんだ>>534 〜 >>540 からも読み取ることは可能でしょう.

>あの本の内容を復習するのには多少役に立つたが

読んだこともなかった本を俺の書き込みで【復習】してくれたのは
うれしいなぁ(と煽っておく).
小熊英二さんや小森陽一さんや子安武邦さんや西川長夫さんなんかの
本も,復習がてらに読んでみるといいかもしれませんね.
542533:02/01/24 07:20 ID:TEZLrEsV
 松本健一の福田恒存追悼文に書いてあった。従って、松本健一の本に収録されて
いるのであろうが、詳細は知らない。
543名無しさん@お腹いつぱい。:02/01/24 14:49 ID:23SHhAsr
>>541
>読んだこともなかった本を俺の書き込みで【復習】してくれたのは
>うれしいなぁ(と煽っておく).

 煽りになつてゐませんな。そもそも >>249の指摘した“コロニアル”な言語政策に
ついて >>250で私が批判と共に補足説明した内容は、李妍淑の本で得た話だし、また、
「不勉強」(>>265)な君に對して >>281で同書に言及ありとの情報を提供したのは、
他ならぬこの私なのだから。(笑)
544名無しさん@お腹いつぱい。:02/01/24 14:50 ID:23SHhAsr
>>542
 檢索してみたところ、『産經新聞』平成6年(西暦1994年)11月27日附
東京本社發行朝刊「文化」欄掲載でした。
545現実:02/01/25 00:07 ID:Oh1x34LU
>>543
何か君の書き込みを読むと,ものすごい脱力感に襲われるよ(笑).

何で俺がおまえさんの書き込みから,同著の存在を知らなければならないんだ.
あの本は有名だぞ.あんまり面白いことを言ってくれるな.

国語の成立論については,たとえば,岩波新書で(確か最近出版された)『日本の近代思想』あたりにもガイシュツだし,それでなくとも「標準語(国語)」の政治的性格,
俗語によるナショナリズム強化のメカニズムについては,
政治思想のナショナリズム論で繰り返し論じられているぞ.

あるいは,たとえば,上に上げた西川長夫『国民国家論の射程』(柏書房)なんかを
読んでみれ(もっとも,この著作の題材となっているのは,主にフランス語だが).
ベネディクト“元祖”アンダーソンも例の『想像の共同体』で同じ事を論じている.
もっとも,同著は,日本の文化的同質性に過大な評価を与えているとも読める
箇所があるので,その下りに限っては,鵜呑みにするわけには行かないが.
546現実:02/01/25 00:09 ID:Oh1x34LU
んで,前記『「国語」という思想』に依れば,国語による教化対象者は,
【すべての】日本国民だったのであり,南方の占領民が主たる教化対象者だったのではない.
つまり,日本帝国化の進行にともなって,国語のイデオロギー性が露になった
というだけのことであって,南方進出以前の「国語」もまた,
イデオロギー性を有していることを同著は論じている.
したがって【もし万が一】君が『「国語」という思想』を読んでいたとしても
>>250 その「國民」とは、主として南方の占領地域の住民の事だらう?」
という発言に端的にあらわれているように,誤読の域を出ていない.

ま〜〜〜〜た【もし,かりに】,もう百歩譲って,
君が『「国語」という思想』について既読であり,
かつ,俺が君の発言から同著の存在を知った(…)のだとしても,
それは,同著を援用する俺の主張内容に対して,
有効な反論したことには,全くならない(笑).

要するに,君は
1『「国語」という思想』の知名度について無知
2『「国語」という思想』の理解について誤解
3『「国語」という思想』への批判を欠いたままで
何らかの有効的批判が成立すると思えてしまう歪んだ思考形式

このうちの一つ乃至複数が当てはまる.
547経理担当:02/01/25 00:26 ID:U5yw5Xd6
「つくる会」の教科書の絶版を勧告したのは渡辺昇一先生ではなく、谷沢永一先生ですよ。なお、このお二人の実力は本物ですし、人的ネットワークもすごいので批判は慎重にされた方がいいですよ。
548現実@:02/01/25 01:06 ID:???
>>547
訂正ありがとう.

俺の中では渡辺昇一,谷沢永一,山本七平は,
同じようなポジションなのですが
(正直魅力もあまり感じない),
何かお勧めの著作があったら教えてください.
549名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/25 01:16 ID:/eDyT00U
現実さん=木村氏?
550C-Life ◆8p6MrWWU :02/01/25 01:33 ID:yRy3gl+W
>>現実さん
どうでもいいような話なんだけど、
今日、友達と何気なく「旧仮名」について話していて
その流れから最近のこのスレにおける論争の話題になりました
(2chネタであることは隠蔽して<w)。
実際、勉強になってます。それだけです。
551C-Life ◆8p6MrWWU :02/01/25 01:36 ID:yRy3gl+W
>>550の訂正

「それだけです」→「以上です」
「それだけです」は何だか皮肉ってるみたいなので(w
552名無しさん@お腹いつぱい。:02/01/25 03:36 ID:s3R9CnVL
>>545
>何で俺がおまえさんの書き込みから,同著の存在を知らなければならないんだ.
>あの本は有名だぞ.あんまり面白いことを言ってくれるな.

 「同著の存在」そのものを知らせてやつたのではなく、關聯言及が同著にあつただらう
との情報をあの時は書き込んだまでだ、と言つてゐる。隨分と面白い讀み方をしてくれる
ものだな。被害妄想か?

>>546
>んで,前記『「国語」という思想』に依れば,国語による教化対象者は,
>【すべての】日本国民だったのであり,南方の占領民が主たる教化対象者だったのではない.

 「イデオロギー性」一般に關してそのやうに記されてゐるのは確かだが、先般のレスで
問題になつてゐたのは特に假名遣の表音化問題であり、その件に關して同書で擧げられて
ゐる主たる例は、保科孝一らが「南方の占領民」をダシに陸軍の力を利用して推し進め
ようとしたといふ話ではなかつたか。まあ今、手許に無いので確認不能だけれど、この點
には或は記憶違ひがあるかも知れぬ。しかしそれは、同書に於ける「イデオロギー性」一般
についての敍述を私が「誤讀」してゐる事の裏附けには全くならない。

>それは,同著を援用する俺の主張内容に対して,
>有効な反論したことには,全くならない(笑).

 「煽りになつてゐない」と言つただけで、「反論」してゐるわけではないのだから、
そんな事は言はずもがな。從つて、

>このうちの一つ乃至複数が当てはまる.

 一つも該當しない。
553名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/26 05:32 ID:???
554現実:02/01/27 02:39 ID:iEInh3g5
あらためて >>547 を読んだら少し気になりました.
>人的ネットワークもすごいので批判は慎重にされた方がいいですよ。
批判したら袋叩きにされると忠告されているようにもとれます.
(遭遇したことはとりあえずないのですが)谷沢信者,渡辺信者には,
「そういう方々」が多いということでしょうか?

>>549
どこの木村さんですか?

>>550
興味が湧いたら >>541 に挙げた方々の本でも読んでみて下さい….
555現実:02/01/27 02:40 ID:iEInh3g5
>>552
>關聯言及が同著にあつただらう
>との情報をあの時は書き込んだまでだ
(略)
>被害妄想か?

と考えるのはどうぞお好きに.
>>265 で>>249 に対して「教えて」と言ったのは,
>>249 の言わんとしているところを確かるために
発言の誘導をしたつもりだったんだがな…

ちなみに俺は「論争」に発展したスレッドで,
他人の出したURLにはあんまり飛ばなかったりするので,
実は,「君」の挙げたURLの先に飛ぶと何が出てくるのか
わからなかったりします...

>先般のレスで
>問題になつてゐたのは特に假名遣の表音化問題であり、
>その件に關して同書で擧げられて
>ゐる主たる例は、保科孝一らが「南方の占領民」をダシに
>陸軍の力を利用して推し進めようとしたといふ話ではなかつたか

ハズレ.
表音化云々以前の,スタイルそのものが近代の産物という話だよ.

>「反論」してゐるわけではないのだから

まあ,「しない」と「できない」には大きな隔たりがあるわな.

>一つも該當しない。

なら反論してみれ.
・福田の提唱する「国語」論が「伝統」であることが事実であること
・国語の正統異端(伝統)はイデオロギー的に中立に決定できること
を論証すればいいんだ.簡単だろ?
556現実:02/01/27 02:41 ID:iEInh3g5
>>553
これ何ですか?

なお,俺は福田の国語論が事実認識を述べていると解釈すると,
それは,誤り乃至内容的に不明確な感情論として排斥されざるを得ないと思います.
他方,福田の国語論を,規範論乃至立法的提言として解釈するなばら,
その議論には見るべきところが多々あると考えます.個人的見解を言えば.

つまり,福田は「歴史かなを前提とした国語が伝統【である】」
と述べているのではなく,
「歴史かなを前提とした国語が伝統である【べきである】」と述べているのだ,
と解釈する読み方を(我々は)すべきである,と思います.

あー,それと訂正です.すいません.
本居宣長論を書いているのは,子安「武」邦ではなく,子安「宣」邦が正解です.
557名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/27 04:55 ID:toa6NDhl
>「つくる会」の教科書の絶版を勧告したのは渡辺昇一先生ではなく、
>谷沢永一先生ですよ。
>なお、このお二人の実力は本物ですし、人的ネットワークもすごいので
>批判は慎重にされた方がいいですよ。

ヤナ実力だNE!
558名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/27 04:58 ID:toa6NDhl
>西洋保守主義者の影響を受けたという痕跡が全く見られない。

T.S.Eliotはどうよ?
559518:02/01/27 12:19 ID:rDdk02E6
 福田恒存とエリオットは同世代の人。
福田に影響を与えた人は明らかにサルトルとロレンス。
エリオット、チェスタトンは西部さんの紹介で保守主義の知識人という事になって
いるが、エリオット、チェスタトンは保守主義に何故いきつくのかの過程が書かれていない。
福田の昭和30年代までの評論は、保守主義にいきつく過程が書かれているが、それは
福田独自の思考形態であって、その思考形態にエリオット、チェスタトンの影響があったとは
思われない。
 基本的に虚無主義からの回避手段として、サルトル、ロレンス的世界観を変形し、
保守主義を完成したと考えられる。
 私は普通のサラリーマンでもと福田ファンなので、文章は無茶苦茶であるが、
趣旨はわかっていただけるでしょうか?
560518:02/01/27 12:30 ID:rDdk02E6
 福田恒存と現代思想について
 福田がフーコーやソシュールを知っていたかどうか知らないが、
 「批評家の手帳」には現代思想の記号論について、若干ふれられていたよう
 な気がする。全く知らない、読んだ事無い、関心がなかったとは言い切れない
 でしょう。
 福田恒存と吉本、柄谷
 事象の関係性を指摘することによってそれでよしとする知識人を批判していた
 ような…
 このフレーズは文春文庫日本への遺言に載っていたような…
561名無しさん@お腹いつぱい。:02/01/27 15:32 ID:UNP6iYLI
>>556
>「歴史かなを前提とした国語が伝統である【べきである】」と述べているのだ,

 「べきである」も何も、「傳統である」のは事實である。これは福田さんも松原さんも
擧げてゐる一例だが、「絆」を「きずな」ではなく「きづな」と記すのは、「生綱」とい
ふ語意識を傳へるものだからである。かうした事は傳統ではないのか。『私の國語教室』
全篇が主張するのは、歴史的假名遣はさうした意味での「傳統」に則してゐるといふ事
なのであつて、それは、「近代國民國家に於て創り出された傳統」批判派の謂ふ政治的
イデオロギー性に滿ちた「傳統」とは凡そ性質を異にする。

>と解釈する読み方を(我々は)すべきである,と思います.

 この件りに限らないが、問題は、何のために「解釋」するのか、であらう。例へば
聖書解釋學であれば、原理主義的な讀みでは立ち行かなくなつた信仰者が何とかして
神の眞理を救ひ出さうとして、つまり理想を追求するために行つたのが始源である。
すなはち、解釋に驅使する論理を支へる情熱があつた。が、君に缺けてゐるのは正に
さうした理想や情熱だ。
 「語意識を傳へる」のが「正しい」假名遣である、といふ主張を、表音派の連中が
自分たちの理想のために情熱を傾けて批判するのは、極めて人間的であるし、解らぬでも
ない。しかし「どんなにもつともらしく理窟附けしてみたところで、表字・文法規則は
【恣意的なもの以外有り得ない】」といふ君の議論は所詮、否定のための否定に過ぎず、
本來その先にあつて然るべき理想の構築が無い。まさか、さうした自己描寫をハンドルに
採用してゐるわけでもあるまいが(笑)、法律屋の行ふ議論とはさういふ非人間的なもの
なのか。その種の「人間不在」の諸論議を嚴しく批判した福田恆存・松原正兩先生の著書
から一體何を學んだのか、と一貫して問うて來たゆゑんである。
562名無しさん@お腹いつぱい。:02/01/27 15:33 ID:UNP6iYLI
承前

>他方,福田の国語論を,規範論乃至立法的提言として解釈するなばら,
>その議論には見るべきところが多々あると考えます.

 「見るべきところが多々あると考」へて、それからどうするのか。ただそれだけの話で
あらう。【「今より前」を常に參照する精神が大事であると俺も考へる】などと嘯き
ながら、「規範論乃至立法的提言」の根柢にある福田さんの保守的な人間觀・文化觀には
謙虚に學ばうともせず、剩へ、破壞のための破壞に終始するのみ。「言論は空しい」との
福田發言は、極めて表層的に解釋すれば、「門前の小僧」ですらない、この手の惡質なる
自稱讀者の頻出によつて齎されたものに他ならぬ。

>>553
>これ何ですか?

 私の書込ではないよ。誰かが >>82を再掲したんだらう。
 因みに、>>539以降、私は固定ハンドルを使用してゐる。

>あー,それと訂正です.すいません.

 序でに指摘しておかう。>>547にも一因はあるのだが、>>548

>渡辺昇一

は、渡「部」昇一だし、>>538

>矢内原伊作

は、その父親の矢内原「忠雄」では?
563現実:02/01/27 19:07 ID:31gSV9Am
>>560
>福田がフーコーやソシュールを知っていたかどうか知らないが、

ソシュールについては『国語教室』にも言及があるので,知っていたでしょう.
国語学は「教育のため」という学問的大前提があるので,規範を排して認識に徹しがちな
言語学に対して,一般に敵意を持っていると言われます.
国語学が所与の前提としているものを,言語学が疑ってかかるのが困るのでしょうな.
法解釈学と法哲学の関係みたいなものでしょうか(笑).
(まあ,古典文法を教えている教室で,
生徒が「文法は恣意的である」なんて言い出したら,先生は困るだろうから,
この「敵意」は分かる気がする).
福田は『国語教室』において,「日本語」を国語学的見地,,,規範論,,,
から論じているので,同著の中では,ソシュールに対して否定的に言及しています.

フーコー,,,も含めた現代思想の基盤の一端は
ニーチェに求めることができるので,ニーチェを読む福田とは
そこそこ親和性があるのではないでしょうか.
564現実:02/01/27 19:08 ID:31gSV9Am
>>561
>かうした事は傳統ではないのか

きづなが歴史的に「生綱」に,「たづな」が歴史的に「手綱」に
由来するのは確かだろうが,
「歴史を有すること」と「伝統であること」は必ずしもイコールではない.
そもそも「伝統」が何を意味しているのか不明.
また仮に「伝統」だとしても,イコール「保存しなければならない」
ということには必ずしもならない.
「衆道は日本の伝統なので,君はホモに走るべきです」.
「人柱は日本の伝統なので,公共事業に際して生贄を10人ほど捧げるべきです」.
伝統であることと,かなを使用しなければならないことの間には,必然的な関係はない.

また,『「国語」という思想』を使って俺が長々と述べたのは,正仮名,新仮名の
争い以前の段階で,両者ともに「書き」のスタイルが「伝統」ではないことを示すため.

>何のために「解釋」するのか

「解釈」でない「読み」ってあるんかいな????????
まさか「素直に読む」「字句通りに読む」ということが,
解釈の恣意性を免れるとでも思っているんでしょうか.
牧歌的な認識ですな.

>表字・文法規則は【恣意的なもの以外有り得ない】」といふ君の議論は所詮、
>否定のための否定に過ぎず、本來その先にあつて然るべき理想の構築が無い。

「誤った」現実認識の上に「理想」とやらを構築しても仕方ないでしょう.
砂上の楼閣は簡単に崩れます.
まだ基礎工事の地ならしの段階なのに「家が建っていないではないか!」
なんて言われても困っちゃうよ(笑).
そもそもどうしてここで「理想」を語らなければならないのか.
論理的に言っても,俺が理想を述べないことは,君の理想が正しいことを意味しない.
したがって,理想がないという非難は,君の理屈の正しさを証明しない.

まあ「正しい建て方」「間違わないための建て方」はこれまで何回か述べたけど.
565現実:02/01/27 19:09 ID:31gSV9Am
>法律屋の行ふ議論とはさういふ非人間的なものなのか

まあよくあるステロタイプなイメージ操作ですな.
家を建てるためには「非人間的な」建築学の工法を学ばなければならない.
数学的・物理学的法則に逆らって建てた家は崩れる.
これは事実であって,人間的もクソもない.
家を建てるためには人間的な意志が必要だが,理論内部,制度の内部そのものには,
人間性の入り込む余地はない.感情は必要だが感情論だけでは家は建たない.
同様に,感情は必要だが,感情論だけで「制度」を構築してはならない.

>>562
>福田さんの保守的な人間觀・文化觀には
>謙虚に學ばうともせず、剩へ、破壞のための破壞に終始するのみ

「福田」には学ぶが「君が福田の見解と解釈したところのもの=君の福田観」
には何も学ぶところなどない.何度も同じ事を言わせないでくれ.

>渡「部」昇一だし(略)矢内原伊作はその父親の矢内原「忠雄」

何だ,>>537 で俺が「渡部昇一」と書いたのは正しかったのか.
渡部さんに関しては,まるで興味がないから確認もしてなかったよ(笑).

クリスチャンなのは矢内原忠雄が正しい.ありがとう.
この通り,独白形式よりも対話形式の方が,ツッコミが入る分,
誤りが訂正されて,より高次の認識に辿り付く(場合もある)>>534
故に,掲示板において独白形式での投稿は「例外」でなければならない.
俺が「私の『私の国語教室』教室」をもう書かない,と言ったことの意味がお分かり?
566名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/27 19:31 ID:toa6NDhl
>また仮に「伝統」だとしても,イコール「保存しなければならない」
>ということには必ずしもならない.
>「衆道は日本の伝統なので,君はホモに走るべきです」.
>「人柱は日本の伝統なので,公共事業に際して生贄を10人ほど捧げるべきです」.
>伝統であることと,かなを使用しなければならないことの間には,必然的な関係はない.

チミは衆道と人柱が日本の伝統だとホンキで信じてるのかね?
567名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/27 19:32 ID:toa6NDhl
習俗と伝統の区別ができていないんだね。
568名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/28 00:27 ID:3yLaUzd3
発言者としての西部進という変な宗教団体のようなスレッドがあるので御一読を。
思わず笑ってしまうから。
569転石:02/01/28 01:18 ID:MsEc/OWg
言語を扱うとき、数学物理的合理性と人間科学的合理性の違いを認識するとしないとで話が
変わってくる。
前者は数学物理学、後者は言語学心理学などが含まれる。
前者は不変(普遍)の法則、人がいなくてもその法則は変わらない。
後者は数学物理学的な不変の法則というものが見当たらない(人、空間、時間に左右され
続けるから)が慣習や用例にある法則や規範を見出す、言語も心理も人がいて初めて存在
する。
>国語学が所与の前提〜
ソシュールが前提としたラングの重視や、フーコー、ラカンらの構造言語学の誤りを指摘
したのがここのスレッドにも名前がでてる時枝誠記博士や三浦つとむ氏(どちらが正しい
とかじゃなくて言語学も国語学もまだまだ普遍的な法則や理論を完成させてないってこと)

570名無しさん@お腹いつぱい。:02/01/28 16:21 ID:6/nqt0fz
>>564
>また仮に「伝統」だとしても,イコール「保存しなければならない」
>ということには必ずしもならない.

 ここに續く例示も含め、かういふところが「否定のための否定」だと言ふのである。
「必ずしもならない」のなら、「なる場合もある」といふ事であり、しかも、如何に解釋
しようとも、福田さんは、「なる」と言つてゐるとしか讀めぬ。だから、どうしてもそれ
に納得できないのなら、『私の國語教室』に對して妙な部分的理解など示さず、「玉稿」(笑)
に於て徹底的に攻撃してみよ、李妍淑のコピペなんぞに終始せず、と繰り返し言つて來た
のだ。

>まだ基礎工事の地ならしの段階なのに「家が建っていないではないか!」
>なんて言われても困っちゃうよ(笑).

 單なる「否定のための否定」なのだから、永久に「家」など建たないんでせう?(笑)

>>565
>「福田」には学ぶが「君が福田の見解と解釈したところのもの=君の福田観」
>には何も学ぶところなどない.何度も同じ事を言わせないでくれ.

 私は福田さんの正假名觀について >>419で「敢へて僭越にも私と福田先生を『等視』」し、

| さて、私の福田「正統」觀解釋に君は同意するのかしないのか。
| 同意しないのならば、今後の論で君なりの解釋を示してくれ。
| 同意するならば、これが君から觀て「學問的に間違つてゐる」のか「妥當」なのか、
|判定を下してくれ給へ。

と書いた。それに對して君は >>428で「君なりの解釋」を示せず、「私の福田觀」に同意
した。つまり、少なくともここでは「福田」=「私の福田觀」と認めざるを得なかつたわけだ。
しかも、ここは福田國語論の枝葉末節ではなく根幹に關はる部分であつて、この部分に
學ばずして「破壞のための破壞」に勤しむとは、要するに君は、福田恆存『私の國語教室』
には縁遠い人間であつたといふ事を自づと露呈してゐるではないか。【「今より前」を
常に參照する精神が大事であると俺も考へる】と言ふが、一體何のために「參照」する
のか。その「參照」の仕方は、福田さんのそれと正反對ではないか――と、私は一貫して
言つて來たのだ。「何度も同じ事を言はせないでくれ」。
571現実:02/01/28 18:06 ID:kqzUlm5A
>>566 >>567
習俗と伝統をそれぞれ定義してみな.
>>564 で二つの例を挙げたのは,
伝統の中には,守るに値しない,いわゆる「悪しき伝統」
も存在することを言っているんだよ
(故に「伝統」と「守るべし」はイコールではない).
さらにかりに「良き伝統」であろうとも,「守るべし」とは
必ずしもイコールではない.

>>569
>前者は数学物理学、後者は言語学心理学などが含まれる。
>前者は不変(普遍)の法則、人がいなくてもその法則は変わらない

貴方,科学哲学とか,かじったことありますか?
俺も専門外なんで,ポパーやクーンくらいしか読んだ事がないので,
深いツッコミは勘弁(笑)ですが,たとえばユークリッド幾何学の「公理」は
先験的に与えられたものであって,公理自体は,証明も反証もできない.
言い換えれば,幾何学の妥当性は根本的に「公理」を信ずるか信じないかに
かかっているのであって,幾何学の「普遍性」を保障するものなど何もない.
もし幾何学に普遍性があるならば,それは「公理」を所与として承認した状況において,
という留保つきの「普遍性」でしかない.
数学物理が人を介せずとも普遍である,という認識は間違っていると思われますが.
百歩譲って,素朴な認識としか思えません.
572現実:02/01/28 18:08 ID:kqzUlm5A
理系=普遍を扱う/文系=そうではない
という俗的分類の杜撰さについては,
例えば 長尾真『「わかる」とは何か』岩波新書 を参照.
村上陽一先生の著作を挙げてもいいですが.
スレッドなら,以下のスレが示唆的でしょう.
経済学を哲学するスレ@哲学板2ch
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/philo/1010474633/
合理的選択理論スレ@政治学megabbs
http://www.megabbs.com/cgi-bin/readres.cgi?bo=sisou&vi=992742577

>時枝誠記博士や三浦つとむ

具体的にどのように批判したのか,その批判の要旨を教えてくれませんかね.
批判内容に妥当性が無いならば批判が批判として成立しないでしょう.
ちなみに,俺は両者とも直接には読んだ事がありませんので,
それだけ書かれても,批判も反論もできません.
573現実:02/01/28 18:09 ID:kqzUlm5A
>>570
>「なる場合もある」といふ事であり

「なる」ことは確かにあるが「君の福田解釈では『なる』には不充分だろうね」
と初めからずっと言ってきているんだがな.
現代かなから旧かなに,政府が国語教育を改めようとしている,という話は
まるで聞いたことが無いだろう?
君のレスを読んで現代かなから,旧かな遣いに改めた人間はいない(少ない)だろう?

>永久に「家」など建たないんでせう?(笑)

だから,そもそも建てる必要ってあるのか?ここで?何で?(笑)
俺が建てないことは,君の建築法が正しいということをまるで意味しないんだが>>564
そして,君の建築法が間違っているということはこれまでに何度も述べたので
もう述べない.

>それに對して君は >>428で「君なりの解釋」を示せず、「私の福田觀」に同意
>した。つまり、少なくともここでは「福田」=「私の福田觀」と認めざるを
>得なかつたわけだ。

してないでしょ(笑).「私の福田観」とやらが,
「君が解釈した福田観」に過ぎない,ということはこれも前述した>>564
また【かりに】この下り>>428 における君の福田観を俺が承認したとしても
それは,この点における,俺と君の解釈が一致した,ということであって,
そのことはイコール,「君の福田観」=「福田恒存」と
俺が全面的に承認したことを意味しない.
574現実:02/01/28 18:13 ID:kqzUlm5A
悪いんだけど,君,議論の進め方が根本的におかしいように見える.
野矢茂樹『論理トレーニング』(産業図書)
http://www.san-to.co.jp/lonri.htm
これ読んでからきてくれないか.
,,,もしかして,,俺を苛立たせて「私の『私の国語教室』教室」の続きを
書かせようという策略ですか?(笑)

あげあしばかりではなく,本論にも応えてくれよ >>555
>・福田の提唱する「国語」論が「伝統」であることが事実であること
>・国語の正統異端(伝統)はイデオロギー的に中立に決定できること
俺の立てた理屈を崩すにはこの二点を,
俺の批判を許さないような形で論証すればいいんだ.
簡単だろ?わざわざ揚げ足とりする必要はないのに(笑).
575現実:02/01/28 18:21 ID:PX5mlTtB
>>573
>まるで聞いたことが無いだろう?

一応,現代の話ね.
一般のマスコミレベルでまるで話題になっていないだろう,ということ.

下らないツッコミ入れて喜ぶのは勘弁して欲しいです.

一々注釈入れるの面倒だし(笑).
576名無しさん@お腹いつぱい。:02/01/28 19:33 ID:6/nqt0fz
>>573
>君のレスを読んで現代かなから,旧かな遣いに改めた人間はいない(少ない)だろう?

 それはさうだらう。何せ、福田さんの本を讀んでも、改めるどころか、反撥しか出來ない
自稱讀者もゐるくらゐだから。

>また【かりに】この下り>>428 における君の福田観を俺が承認したとしても
>それは,この点における,俺と君の解釈が一致した,ということであって,

 だから、「少なくともここでは」(>>570)と書いたのだよ。

>そのことはイコール,「君の福田観」=「福田恒存」と
>俺が全面的に承認したことを意味しない.

 だから、「ここは福田國語論の枝葉末節ではなく根幹に關はる部分であつて」(>>570
と、最も重要な一點に絞り、

|この部分に
|學ばずして「破壞のための破壞」に勤しむとは、要するに君は、福田恆存『私の國語教室』
|には縁遠い人間であつたといふ事を自づと露呈してゐるではないか。【「今より前」を
|常に參照する精神が大事であると俺も考へる】と言ふが、一體何のために「參照」する
|のか。その「參照」の仕方は、福田さんのそれと正反對ではないか――と、私は一貫して
|言つて來たのだ。「何度も同じ事を言はせないでくれ」。

と書いたのだよ、

>さらにかりに「良き伝統」であろうとも,「守るべし」とは
>必ずしもイコールではない.   (>>571

などと宣ふ御仁に對して。
577名無しさん@お腹いつぱい。:02/01/28 19:34 ID:6/nqt0fz
>>574
>,,,もしかして,,俺を苛立たせて「私の『私の国語教室』教室」の続きを
>書かせようという策略ですか?(笑)

 それはあるな。(笑)

>・福田の提唱する「国語」論が「伝統」であることが事実であること

 >>561の冒頭に記したとほり。但し、福田さんの謂ふ「傳統」と君の謂ふ「傳統」との
間に齟齬がある以上、そもそも問ひの立て方自體に難點がある。

>・国語の正統異端(伝統)はイデオロギー的に中立に決定できること

 上記に同じ。福田さんの謂ふ「傳統」と、君が依據する「近代國民國家に於て
創り出された傳統」批判派の謂ふ政治的イデオロギー性に滿ちた「傳統」とは凡そ
性質を異にする。
 但し、「語意識を傳へるのが本來の假名遣である」といふやうな福田先生(に限らず)
の事實認識をも「イデオロギー」だと言ふのなら、それは政治的對立といふよりも、
文化觀・人間觀の對立に關はる問題となる。そしてそこまで行けば、自稱福田讀者の君と
福田先生とが根柢的に對立してゐる事態が一層浮き彫りになる。
578現実@ゴゼンサマ:02/01/29 01:12 ID:6ykrlMBp
>>572
間違い発見.
×村上陽一
○村上陽一郎

微妙に忙しいので固有名詞の記入ミス等は勘弁してくれ.
誤り発見したらツッコミよろしく,ということで.

残りのレスはまた来週.
579名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/01 00:03 ID:TeIhDPmL
>習俗と伝統をそれぞれ定義してみな.

自分で調べろ。

>伝統の中には,守るに値しない,いわゆる「悪しき伝統」
>も存在することを言っているんだよ

言ってどうするんだい?
守るに値しない悪しき伝統があるから、どうしたってんだよ?
「守るに値しない悪しき伝統がある」事と、
伝統的な表記を守らなければならない事と、何が関係あるんだね?

>(故に「伝統」と「守るべし」はイコールではない).
>さらにかりに「良き伝統」であろうとも,「守るべし」とは
>必ずしもイコールではない.

必ずしもノットイコールではないね。
そもそも、「必ずしもイコールではない」って、無意味な文句だね。

不可。
580名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/02 04:08 ID:wxoi+LRd
>俺の批判を許さないような形で論証すればいいんだ.
馬鹿だこいつ。どんな論證でも、批判さへすれば良いと思つてゐる。
581現実@おはよう:02/02/02 05:09 ID:EehtOsJz
>>576
何だか無脳ルーチンにレスされているような気がしてきた….

繰り返すが,
君の福田観=福田恒存
という君の前提自体,俺は基本的に認めていない.
したがって俺に対して「お前は福田恒存からこんなに外れている」
と批判しても,俺は何の痛痒も感じることはありません.
それ以前に「どうして福田恒存の記述を,
君の言うように解釈しなければならないのか」を
論証しましょう.理由は>>564 で書いたのでもう書かない.
以上のレスで俺の言わんとするところが分からなかったら,
「テクスト論」でgoogle検索するか,ロラン・バルトでも読みましょう.おわり.

ちなみに俺は『物語の構造分析』くらいしか読んでいないので,
バルト教義論争には付き合いませんのであしからず(笑).
582現実:02/02/02 05:10 ID:EehtOsJz
>>577
>齟齬がある以上

齟齬があるのは「君の福田恒存」との間にであって,
俺と福田恒存との間には「齟齬」も「一致」も無い.おわり.

>「語意識を傳へるのが本來の假名遣である」
>(略)
>文化觀・人間觀の對立に關はる問題となる

福田の述べていることを事実認識と捉える限り,それは,歴史的事実に照らして
(おそらく)誤りであることは既に述べた.

読み書きのできる古人の大半が,仮名遣いの使用に際して,
語意識の後世への伝達を意識していたとでも?
同じ「古文」でも,例えば平安期の文体と江戸末期の文体では,違いが出てくる
理由は何故?変遷が存在するのは文体のみではないだろうけど.

そもそも,伝統伝統と言われても,
平安朝ばりの文語体スタイルで書いてくれないと,まるで説得力が無いよ(笑).
特殊近代的な小汚い言葉遣いを止めてくれないか.それ,伝統じゃないだろ?(笑)
なんてね.

>「イデオロギー」だと言ふのなら、それは政治的對立といふよりも、
>文化觀・人間觀の對立に關はる問題となる

何でイデオロギーだと,政治的対立ではなく,文化観・人間観の問題となるのか.
根拠となる理由付けを欠いているので,よく分からん.
勝手に断定的に規定・分類しないで欲しい(笑).

よくわからんですが,「イデオロギー」自体は「政治観」にも「文化観」にも
「人間観」にも成立すると思いますが.

>自稱福田讀者

「自称」ではない福田読者って存在するの???
ひょっとして君は福田検定2級くらいの達人ですか?
検定合格証書の実物でもアップしてくれないと信用できません.
583現実:02/02/02 05:16 ID:EehtOsJz
>>579
習俗だの伝統だの言い出したのは俺ではないです.
>>566 と >>567 が言い出したんだから,>>566 と >>567 が
調べないと,そもそも議論自体が成立しない.だから聞いているのです.
俺が「調べ」てみたらどうなるでしょう.
俺が「調べ」て,定義してみても,>>566 >>567 が
「いや,それは自分が言いたかった『習俗』とは違う」
と一言で否定したら終わりでしょう.
要するに俺が定義しても単なる「後出しじゃんけん」的構図にしかならないのです.

さらに.少し観点を変えて,立証責任論的見地から言わせてもらうと,原則として
「それを,はじめに主張した人間」>>566 >>567 に根拠を述べる義務がある.
当たり前でしょう.

余談ですが,裁判手続は,議論のルール一般のモデルの参考として見ると,
それは,かなり整備されていて合理的であることが分かると思います.
例えば,形式的なものから→実質的なものへという議論の進め方とか,
立証責任の配分問題とか.
584現実:02/02/02 05:21 ID:qDQBfqxC
>「守るに値しない悪しき伝統がある」事と、
>伝統的な表記を守らなければならない事と、何が関係あるんだね?

「表記を守ること」が「伝統」であると主張している奴がいるから言っているんです.
関係が無ければ,言うわけないでしょ(笑).
「仮に」伝統であるとしても,「正しい伝統」と「悪しき伝統」がある.
歴史的仮名遣いの墨守が「悪しき伝統」ではなく,「正しい伝統」である
根拠はどこにあるのさ?さらに言えばどうして「正しい伝統」だと
守らなければならないのさ?そもそも正しい伝統とは何を指すのか.
・歴史的仮名遣いが「伝統」であること
・伝統であるとして,歴史的仮名が「正しい伝統」であること
(あるいは,伝統には「正しい伝統」しか存在しないが故に,歴史的仮名が正しい伝統であること)
・「正しい伝統」は守らねばならないこと
これらの前提となる証明をすっとばして,
いきなり「仮名遣い守るべし」とぶちあげているから,
その論理的飛躍ぶりを,ずっとツッコんで来ているんでしょうが.
>>574 にも同じようなことを書きましたが.簡単な質問でしょう(笑).

>必ずしもノットイコールではないね。
>そもそも、「必ずしもイコールではない」って、無意味な文句だね。

>不可。

何が書いてあるのか論理的によく分からない.
結論として何が言いたいのかよく分からない.
585現実:02/02/02 05:30 ID:???
>馬鹿だこいつ。どんな論證でも、批判さへすれば良いと思つてゐる。

とりあえず>>574 に挙げた本でも読んでください…
586名無しさん@お腹いつぱい。:02/02/02 11:35 ID:70tEi340
>>581-582
 をはつてゐるな(と、敢へて論證拔きで)。
587転石:02/02/02 18:10 ID:???
>>572
あなたの言う通り、僕の理系の分類は狭義で素朴なものでしょうがここではそれでも
構いません。僕は「言語を科学的に体系づける」ことと「言語を科学のように扱う」
こととの違いを言いたかったので。(うまく言えてないか・・・)

言語、国語学者の二人に関しては本を読んでみてはいかが、ということなので。
言語を発する際の主体、主体の観念的な分裂、というところで前記のところを批判して
いたと思います。
588転石:02/02/02 19:04 ID:???
言語が慣習的なのを、或は言語の慣習性を無視して「言語は恣意的」というのもこれ
また片手落ちのような気がするんだけども・・・。

>読み書きのできる古人の大半〜
「仮名遣いの使用に際して,語意識の後世への伝達を意識していた」のではなくて
「仮名遣い自体が語意識を伝達する(している)もの」、として伝わってきたこと
を福田氏や国語学者は過去の文献を探り、実証したのでは・・・。
589名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/04 00:46 ID:I9+vQ+vT
>そもそも,伝統伝統と言われても,
>平安朝ばりの文語体スタイルで書いてくれないと,まるで説得力が無いよ(笑).

はあ?
君は、平安時代から現代に至る國語の傳統を否定したいのかい?
590名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/04 00:47 ID:I9+vQ+vT
>とりあえず>>574 に挙げた本でも読んでください…
オマヘガナ。
591名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/04 00:52 ID:I9+vQ+vT
>・歴史的仮名遣いが「伝統」であること
>・伝統であるとして,歴史的仮名が「正しい伝統」であること
>(あるいは,伝統には「正しい伝統」しか存在しないが故に,歴史的仮名が正しい伝統であること)
>・「正しい伝統」は守らねばならないこと
>これらの前提となる証明をすっとばして,
>いきなり「仮名遣い守るべし」とぶちあげているから,
>その論理的飛躍ぶりを,ずっとツッコんで来ているんでしょうが.

勘違ひしてゐるやうだけれども、御先祖樣の流儀は守るのが當然なのですよ。
現代人は、御先祖樣の流儀が論理的に正しくない事を證明してから否定
しなければならないんですね。
傳統は、守るのが當り前のものです。
それを否定する側には、否定すべき正當性を立證する義務があります。
「伝統を守らなければならない論理的な妥当性」なんてものは、
本質的に證明する必要が無いのです。
592名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/04 01:43 ID:/v4FrcIk
>>591
まるで「福田神学」だな。
593名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/04 13:58 ID:0rlWckZM
>>591
それを言ったら伝統の神聖化であって教条的に述べるような、伝統を教義指向的な教義主義的宗教、または呪術的な宗教のようなものと…
つまり、貴方はだれもが認めざるを得ないような前提、と主張しているの?
伝統への教条主義的懐疑はないはずだと言っているの?
594現実:02/02/04 14:35 ID:Mz5vgLt6
ちょっと時間が空いたので書きこんでみる.
>>586
「しない」と「できない」を書き間違えていますな.

>>587
前半ちょっとよく分からないので後半についてのみ.
国語学と言語学では方法論が異なるのではないでしょうか.
(乱暴に図式化しますが)国語(教育)学は教育という大前提があるのに対し,
言語学にはそれはない.国語学は実践に仕えるというのが大前提としてあります(多分).だから,言語学が,規範を無視して,あたかも機械やモノを扱うようにコトバを扱うのは,
ある意味,当然であると思うのです.

言語学の視座は,基本的に「神の視点」から動かない.
対象に過度の「思い入れ」がないから,その研究結果は,
時には道徳的なタブーを犯したり常識を覆すこともあるでしょう.
そして,そのこと自体は別に間違いでも何でも無い.

原子力の研究が,核兵器開発への利用を帰結する場合があるのと同じです.
しかし,だからと言って,例えば原発の技術者が,全員核兵器保持に賛成かというと,
そうではない.核兵器の恐怖や,核兵器の存在が国際政治に与える影響と,
核そのものの研究は,あくまでも,原則的には,分けて考える必要がある.
言い換えると,タブーを排除した「科学的」研究は,即,慣習や倫理や道徳の破壊を
帰結しない.医学者が女性生殖器を研究し,その過程で女性の陰部写真を死ぬほど
所持していたとしても,そのこと自体は別に不道徳ではない.当たり前です.
言語研究は言語の規範的呪縛をカッコに入れることによって始まります(多分).
595現実:02/02/04 14:36 ID:Mz5vgLt6
「言語学は規範を考慮しない」という一部の国語学からの非難は,
二通りに考えることができる.このどちらかです.
1言語学がどういうものなのかまるで理解していない
2批判の背景に何らかの戦略的意図が存在する

言語学の研究成果として一定の科学的認識が得られたとしても,そのことは即,
その科学的認識を人間が実践しなければならない,ということを意味しない.
タバコを止めるのが体にいいことは,医学的研究成果として(多分)明白でしょう.
が,だからと言ってタバコは中々止められない.慣習云々の話に絡めて言うと,
かりに「現代かな」が正しかろうが間違っていようが,慣習として通用しているのだから,
中々止められない.当たり前です.

カナの表音化を進めた学者は,認識と実践を故意に混同している.政策のためです.
認識と実践の混同という意味では,歴史的かな論者も同じなのです.
現代かな派は政策のために混同し,歴史的かな派は思い出のために混同した.
この点は,>>465 >>466 でガイシュツです.何度も述べました.
認識即実践という単純なものではない.
どうも,歴史的仮名が大好きな人は,異論を述べる相手が皆表音派に見えるらしいけど(笑).

もっとも,認識と実践の分離とは言っても,認識と実践を分けて考えることができない
場合もあるでしょう.認識と実践の微妙な関係です.核エネルギーを研究したい.
しかし大学は予算を出してくれない.ところが軍に協力すれば自分の思う通りの研究が
出来る.軍に協力すれば,予算も施設も湯水のように使いたい放題かもしれない,
という場合です.これに乗ることにより原爆は完成した.
核は「現代の悪魔」かもしれませんが,「科学者の夢」でもあったことを忘れては
なりません.クローンの開発もそうです.要するに科学における倫理性の問題ですね.
596現実:02/02/04 14:37 ID:Mz5vgLt6
何が言いたいかというと,研究者は【時に】,自己の認識(研究成果)の陳述の
社会的影響を意識すべきであると言えるかもしれない.個人的にはラッセルは好感が持てます.

俺に言わせれば,要するに,政治的に【しか】国語を考えられない,国語学に
【余計な】イデオロギーを持ちこんでいる,という点で,上田―保科系表音仮名派も,
山田―時枝系歴史的仮名派も「終わってるね」と.学者や評論家は,認識に一日の長が
あっても,政策選択にあたっては,人民主権の人民の一人に過ぎない.もっとも,
学者や評論家は,認識の深さから,間違った選択を主張する可能性は高くない,という
蓋然性はありますが.

政治思想板的に言えば,こういった,学問におけるイデオロギーの問題は,
ヴェーバー『職業としての学問』が古典になるんでしょうか.
教壇に立って政治演説をするべきではない.自己流にアレンジして言えば,
明かに政治的パンフレットに過ぎない文章を,論文や学術書と称して公表すべきではない.
そのイデオロギー性を衝くことにより,別のイデオロギーをあたかもイデオロギー的には
中立的であるかのように装って論じてもならない,と.
現代仮名派学者がイデオロギー的云々と言う割には,歴史的かな派は,
自らのイデオロギー性を,まるで認めないようですが『職業としての学問』
読んでないのかな.俺も大学一年次に読んだきりなので,うろ覚えですが.
597現実:02/02/04 14:38 ID:Mz5vgLt6
>>588
「慣習」の位置付けも,構造的には「伝統」の位置付けと同じですよ.
【これまでそういう慣習があったとしても,今後もそういう慣習を続けるべき,
ということには必ずしもならない】と.
慣習については,簡単に>>393 あたりで言及したと思いますが.間接的に.
言語の正統性正当性の話の流れと戦後改革の話でここまで来ているのですから,
単にここまでの流れでは,言語の慣習的側面に言及する必要が,あまりなかった,
それだけの話でしょう.

第一【言語の慣習性を強調するなら,現時点で「慣習」となっているのは,
「現代字」「現代仮名遣い」であって,歴史的カナ遣いではない】(笑).
社会学的統計を待つまでも無く,これは明らかでしょう.
もし俺が「鼻血」を「はなじ」と読み仮名を振り,「地面」を「ぢめん」と
読み仮名を振ったら,即座に誰かが「こいつ間違ってるよワラ」と指摘してくれます.
強固な慣習として存在しているのは,現代仮名遣いの方なんですよ.

換言すれば,慣習の観点から議論したら,歴史的カナ遣いの正当化論はいかにも弱い.
「何故,現代仮名遣いが慣習化しているのに,今更わざわざまた戻さなければならないんだ」
となってしまう.それこそ,社会的目的のために,民衆に根付いた慣習を人為的に
変更させることになるわけで,それじゃ「悪しき人為的改革」である戦後国語改革と
まるで発想が同じじゃないか(笑).

だから歴史的かな論者は,伝統伝統伝統と,歴史的な根拠しか出さない(笑).
せいぜい「現代仮名は,歴史的伝統に反した不合理で間違った慣習である」
と切って捨てるだけでしょう(多分).

>実証したのでは・・・。

「実証」したかどうかは別問題ですが,仮に「実証」したとしても,
それは認識の問題です.それは即実践につながりません.これも何度も述べました.
598現実:02/02/04 14:49 ID:01PCchiK
>>589
「はぁ?
君は戦後から現代に至る国語の伝統を否定したいのかい?」と.

>>591
>傳統は、守るのが當り前のものです。

「伝統を守る」も「伝統を破る」も主体的選択として等価.
「守らなければならない理由」を論証しなければならないのは,
君も同じ.

>本質的に證明する必要が無いのです

>>592 の言う通り,これは神学的な主張ですな.
そもそも「証明の必要性が無い」のならば,どうして今まで,わざわざ
(仮名の「伝統」擁護派は)長々と書き込みしてきた
わけ?(笑)
神学的観点から主張するならば,そもそも議論自体時間する必要が無いわけで
(何故なら証明の必要が無いのだから),「守れ」と二文字の命令を書けば
それでお仕舞いのはずなんだが.

「勘違いしているようだけれども」と.
599現実:02/02/04 14:51 ID:???
「どうして,理系学問に比較して,ウヨンボサヨンボは文系学問に
跋扈しやすいんだろうか」を書こうと思ったけど,長くなりそうなので止める...
600現実:02/02/04 14:57 ID:???
訂正
>>598
×議論自体時間する必要が無い
○議論自体時間の無駄だからする必要がない

他にもおかしな日本語がありそうだけど許してたもれ.
601:02/02/05 01:26 ID:???
スレ違いなのでsage

>核兵器の恐怖や,核兵器の存在が国際政治に与える影響と,
>核そのものの研究は,あくまでも,原則的には,分けて考える必要がある.

現代の応用倫理学からいえばややナイーブなように思えます。
核兵器開発に携わる「基礎」研究者ですらその関与に応じて責任を問うべきとする研究者もいます
−例えばO・ヘッフェ『現代の実践哲学』−。
純粋に知的活動に従事する科学者、という像は過去の物かもしれないです。

ま、そのあとの現実さんのいっていることは其れは其れで理解できますが
−一定の倫理学的洗練なしに科学技術の開発と倫理的責任を「安易に」結びつける議論には賛同できない−。

602:02/02/05 01:28 ID:???
しまった、そのあとの書き込み読んでなかった(苦笑
そういうことで撤回。失礼。
603名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/05 22:46 ID:FT1OXSAf
>どうも,歴史的仮名が大好きな人は,異論を述べる相手が皆表音派に見えるらしいけど(笑).
現代かなが大好きな人は、現代かなを使つてゐても自分は表音派ではない積りになれるらしい。

>俺に言わせれば,要するに,政治的に【しか】国語を考えられない,国語学に
>【余計な】イデオロギーを持ちこんでいる,という点で,上田―保科系表音仮名派も,
>山田―時枝系歴史的仮名派も「終わってるね」と.

要は、觀念は駄目だから現實に追隨しようと、それだけの事ですな。

>「はぁ?
>君は戦後から現代に至る国語の伝統を否定したいのかい?」と.

はぁ?
「戦後から現代に至る国語の伝統」?
凄い傳統だな。「イデオロギーに基いて實行された事」も「既成事實」ならば「傳統」だと?
現実さんよ、あんたは何を信ずるのだね?

>そもそも「証明の必要性が無い」のならば,どうして今まで,わざわざ
>(仮名の「伝統」擁護派は)長々と書き込みしてきた
>わけ?(笑)

俺は最近ここを見るやうになつただけだよ?
604名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/05 22:48 ID:FT1OXSAf
現実氏は、現實を自分に都合よく取捨選擇してゐるやうに思はれる。
605名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/05 23:10 ID:FT1OXSAf
> 福田恒存とエリオットは同世代の人。
>福田に影響を与えた人は明らかにサルトルとロレンス。

>エリオット、チェスタトンは西部さんの紹介で保守主義の知識人という事になって
>いるが、エリオット、チェスタトンは保守主義に何故いきつくのかの過程が書かれていない。
>福田の昭和30年代までの評論は、保守主義にいきつく過程が書かれているが、それは
>福田独自の思考形態であって、その思考形態にエリオット、チェスタトンの影響があったとは
>思われない。

「西歐作家論」を讀んだ上での意見だらうか。

福田恆存は「『嘔吐』を讀めばサルトルなんて全部わかる」と云ふやうな事
を述べてゐる。福田氏にとつて、サルトルは理解の對象でこそあれ、影響を
受けた人物ではない。

T.S.エリオットは1888年生れ、福田恆存は1912年生れ。同世代ではない。

福田氏は何ものかを「信じてゐる」と言ひ切つたが、かう云ふ言ひ方は
ロレンスだけに依據してゐたのでは出てこない言ひ方だ。
エリオットが「神の不在證明」によつてそつと神を演劇に導入したのを
福田氏は知つてゐる。
エリオットはアメリカ人で、1927年にイギリスに歸化した。
かう云ふ「傳統に生きる」と云ふ事を實踐したエリオットの生き方が、
福田氏に影響を與へてゐないと私は思はない。

「西歐作家論」は、必ずしも良く書けてゐる作家論ではないが、福田氏の
思考形成の過程を知る爲に、必ず讀むべき評論である。
606:02/02/05 23:17 ID:???
直接旧仮名旧字論争に絡むつもりはないけど、伝統に関してすこしだけ。
まず確認だけど、>>591>>603は同じ人?文体は違うみたいだけど。
「とりあえず」同じ人−ないし極めて近い意見を持つ人−だと想定して書き込みます。

>傳統は、守るのが當り前のものです

この意見は強く批判されているけど−私も批判されるべきだと思う−仮にこの主張が正しいならば

>凄い傳統だな。「イデオロギーに基いて實行された事」も「既成事實」ならば「傳統」だと?
これとどう絡むのだろう−ちなみに私はイデオロギー的に生成された既成事実も伝統だと思う>
ある既成事実がイデオロギー的だ、と論難するのは誰なのだろう。個人それとも伝統?
仮に後者であった場合、我々はイデオロギーに毒されていない伝統をどこからどのように見つけてくるのだろう−。

つまり、伝統の中には良き伝統と悪い伝統がある(現実氏)。
それ故、伝統の中から取捨選択しなければならない、と。
しかし、どうも保守主義者はこの伝統の二分法を避けたいようだ
−でなければ保守主義者とは言えない、と考えられているのかもしれない−。
しかし、現実には保守主義者に都合の悪い「既成事実」(括弧した意味を汲んでくれると有り難い)がある。
となると、その既成事実はそもそも伝統の名に値しなければならない、としなければならない。
しかし、その区別はいかに決まるのだろう。勿論、伝統なのだろうが、その伝統とはなんぞや、ということとなる。
この場合、議論当事者両者で実体的な伝統の内容が決まれば良し、決まらなかったとしたら、
何を基準にして伝統が決まるのだろう。
実は最初から自分好みの価値観があって其れを伝統に組み込んでいるのでは、という気もしないこともない。


私見
「おそらく」伝統が大切であるとしたら、それは実体ではなく、形式なのかもね。
「何か」に伝統が奉仕するから伝統は大事なのであって、それに伝統という形式が奉仕するから
伝統は重視されるのかもね。
あと、伝統功利主義と伝統至上主義の対立という物が思いついたけど、気が向いたら書いてみます。
猫の書いていることはつまんねー、というのであれば、別に書きません(笑
607:02/02/05 23:19 ID:???
てーせー。
>その既成事実はそもそも伝統の名に値しなければならない

値しないとしなければならない、です。失礼。
608名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/05 23:21 ID:BYRosRh3
>>604
この種の台詞は論証を出してから言うべきと思われ。
出来ないのなら、さっさと「自分は神学者です」と認めるべき。
自分のチンケなプライドを守らんが為の当てこすりはまじ格好悪い。
609C-Life ◆8p6MrWWU :02/02/06 01:35 ID:???
>>猫さん

猫さんは哲学板の「電波猫」さんと同一人物ですか?

>猫の書いていることはつまんねー、というのであれば、別に書きません(笑

いえいえ、いつも興味深く読ませて頂いておりますよ。
610名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/06 01:36 ID:+JXC0fzE
>仮に後者であった場合、我々はイデオロギーに毒されていない伝統をどこからどのように見つけてくるのだろう−。

現実氏に言へ。
現実氏言はく。

>俺に言わせれば,要するに,政治的に【しか】国語を考えられない,国語学に
>【余計な】イデオロギーを持ちこんでいる,という点で,上田―保科系表音仮名派も,
>山田―時枝系歴史的仮名派も「終わってるね」と.

現実氏の發言にそつた形で話をしてゐるのに、一般論に話をすりかへられては
堪らない。
611名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/06 01:44 ID:+JXC0fzE
>つまり、伝統の中には良き伝統と悪い伝統がある(現実氏)。
>それ故、伝統の中から取捨選択しなければならない、と。
>しかし、どうも保守主義者はこの伝統の二分法を避けたいようだ

「良き伝統」と「悪い伝統」を現実氏が區別してゐない事――全ての傳統を
「悪い伝統」が代表するかのやうに言つてゐる事を批判してゐるのだが。
612名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/06 01:50 ID:+JXC0fzE
>出来ないのなら、さっさと「自分は神学者です」と認めるべき。

現実氏を批判してくれ。

>現代仮名派学者がイデオロギー的云々と言う割には,歴史的かな派は,
>自らのイデオロギー性を,まるで認めないようですが『職業としての学問』
>読んでないのかな.

現実氏は、自分のイデオロギーを「現代仮名派学者」が認めない、と言つて
非難してゐる。
この態度は、神学者と言ふよりも、寧ろ宣教師の態度に近い。
「あなたは自覺が足りない」式の論法を用ゐる現実氏の態度は、神学者的では
ないが、新興宗教的である。

實際のところ、イデオロギー的なのは現実氏もさうなのであり、
「イデオロギー的である」事を現実氏は非難しない。
ただ、イデオロギー的であるのを「自覺しない」と云ふ、認識の「問題」を
ひたすら現実氏は衝く。
この論法は、客觀的と言ふよりは寧ろ主觀的なものであり、いかに客觀的を
裝はうとも、現実氏があるイデオロギーを信奉する主觀論者である事は
疑ひやうがない。
613名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/06 02:35 ID:+JXC0fzE
あるいは、現実氏は、「良い現実」と「悪い現実」がある事を閑却してゐる。
それ故、現実の中から取捨選択しなければならないのだが、
現實追隨主義の現実氏はさう云ふ二分法を好まないと。

いかなる現實も現實だから受容れる、と云ふ現實追隨主義は、即ち
要領良く生きる處世術に過ぎず、無原則にほかならない。
保守的といふのは、傳統を原則として現實を律する生き方である。
614C-Life ◆8p6MrWWU :02/02/06 18:11 ID:???
300まで読んだ
615名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/07 03:28 ID:???
616魚歌:02/02/07 15:37 ID:cfncBhI+
>>569に書かれてある

>ソシュールが前提としたラングの重視や、フーコー、ラカンらの構造言語学の誤りを指摘
したのがここのスレッドにも名前がでてる時枝誠記博士や三浦つとむ氏(どちらが正しい
とかじゃなくて言語学も国語学もまだまだ普遍的な法則や理論を完成させてないってこと)

これを読んで少し気になったんだけど、それは論破したということになるのかな?
批判は出来ていても、反証になっているのかな。
論破というのは科学的、論理的じゃなきゃだめでしょう
ポパーは反証可能性こそが、科学と非科学を分ける基準となるといってたけど
非科学的な批判文を反証といえるの。情念による反論は論破ですかね。批判では有るけども。

>フーコー、ラカンらの構造言語学の誤りを指摘した

個人的な意見見解だけども、ソシュール、フーコー、ラカンを「科学的に」論破するのは
不可能だと思うんだけど

>言語学も国語学もまだまだ普遍的な法則や理論を完成させてないってこと

反証可能性とは常に開かれた、暫定的仮説なんだからこれを知らない人は
科学を論じる資格はないでしょう(笑)

松原の西部批判にも同様の印象を持ってしまうよ。

>たとえばユークリッド幾何学の「公理」は
先験的に与えられたものであって,公理自体は,証明も反証もできない.
言い換えれば,幾何学の妥当性は根本的に「公理」を信ずるか信じないかに
かかっているのであって,幾何学の「普遍性」を保障するものなど何もない.
もし幾何学に普遍性があるならば,それは「公理」を所与として承認した状況において,
という留保つきの「普遍性」でしかない.

現実さんってマッハみたいだー
617名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/07 22:41 ID:hIDKo0KF
こんなところで遊んでないで、いい論文書きなよ。
学内紀要だけじゃみっともないよ。
618名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/08 22:39 ID:???
  /⌒~~~⌒\
 / ( ゚>t≡ )y─┛~~
(_ ノγ U  ∩_∩) THANK YOU ムネヲ 野中  ┌───────┐
  α___J _J   橋本 江藤 青木 田舎民   (|●        ● |
  / ̄ ̄ ̄ ̄\  GOOD-BYE 日本 NIPPON /.| ┌▽▽▽▽┐ |
 /     ●  ●                   ( ┤ |      |  |
 |Y  Y       \ もうおしまい 崩壊だね   \.  └△△△△┘   \
 | |   |       ▼ |   ご先祖様ごめんなさい | \あ\      |\ \
 | \/        _人| ∧∧∩゛    ∧_∧     |     \り\     | (_)
 |       _/)/)/( ゚Д゚)/     (´∀` )   __ n    \が\.  |
 \    / 〔/\〕 U  / ∩∩ (    )o/  \ ヽ    \と\ |
  | | | c(*・_・)  |  |ヽ(´ー`)ノ_|  |  | (__丿    |.  /\ \う | (-_-)
  (__)_) UUUU /∪∪ (___)(_(__) ⊆_    ヽ_┘  └──┘(∩∩)

興味あげ、しますね
619石転:02/02/09 13:15 ID:colVDlyn
>>616
>批判は出来ていても、反証になっているのかな。
一読してみては如何でしょうか。
>反証可能性とは常に開かれた、〜
別に科学における反証や仮説を否定しているわけでありません、ただ「暫定的」である
仮説によって言語、国語をかき乱すのに疑問をもっているだけです。

>>597
>第一【言語の慣習性を強調するなら〜
あなたの言う通り、現在の慣習は現代仮名遣いです。僕が問題に思うのは現代
仮名遣いが国語改革において妥当と思える根拠なしに過去の慣習を否定、或は拒絶
した点です。一度慣習を否定した以上、現代仮名遣いも、またその次も、というように
際限なく否定されかねないということです。
仮名遣い以前に、慣習を否定拒絶した(する)慣習というのを一度肯定すると過去、歴史が
断絶してしまいます。
過去や歴史、伝統は守るべき「必然」ではないかもしれませんが、歴史や伝統がない
ところに保守だとか漸進主義だとか文化を語る余地があるのか甚だ疑問に思うのです。
620現実:02/02/09 20:48 ID:3OPo+RtI
>>619
文語体を拒絶しておいて,歴史や伝統の保守も無いんじゃないの.
結局保守主義の言う「伝統」も,その保守主義の批判する理屈と同様に,
歴史の取捨選択の上にしか存在しないのですよ.それなのに,
保守思想が,歴史や伝統を保守思想の独占物であるかのように主張したり,
保守でない立場が,あたかも歴史や伝統の破壊者であるかのように
主張するのは明かに間違っているよ.

両者共に,都合のいい取捨選択の上に主張が成立しているのだから,問題は
>妥当と思える根拠
の如何に収斂する.それを,国語改革は伝統の破壊だ何だとおかしなことを
言い出すから,変な議論になるんだよ.
621現実:02/02/09 20:59 ID:3OPo+RtI
実際,現代仮名論者も「漢字」「平仮名」「片仮名」といった,歴史の蓄積を
利用している(受け継いでいる)のだから,歴史を破壊している,
伝統を破壊している【だけ】と言う批判は当たらない.国語「改革」は国語「創造」
ではない.混同してはダメだ.…俺が歴史を破壊するつもりなら,
一から新しい言語を作り出すね(笑)
逆に歴史仮名論者の主張も,伝統だの歴史の保存だの言う割には,「切り捨てた歴史」
「伝統の捏造」が存在するのは,『国語という思想』関連のレスを読めば,明らかだろう.

したがって,争点は,国語改革の妥当性如何,そして,曲がりなりにも改革が経過して
約五十年の慣習的蓄積をどのように考えるべきか,という二点にある.それ以外にはない.
622現実:02/02/09 21:24 ID:7QRPEZZj
というわけで以下,順次レス(長い).
>>603
>現代かなを使つてゐても自分は表音派ではない積りになれるらしい。

現代における,現代仮名使用することには,イデオロギー性は薄いと思いますが.
ほとんどの日本人にとっては,表音も表意もなんのこっちゃが関の山です.
一般論を言えば.言い換えると,歴史的仮名使用は一定のイデオロギー乃至
主張の発露と考えることができるが,現代仮名使用は必ずしもそうではない.
歴史仮名使用のイデオロギー性の強さ,背後にある思想性ほどには,
一般現代人による現代仮名使用にはイデオロギー性も思想性もありません.
公教育で教育されるのは現代仮名なわけだし.
現代仮名発案者乃至賛同者にイデオロギー性があるというのならわかるが,
単に学校教育を受けただけの人間にはそんなものないでしょう(笑).
戦後改革直後ならまだしも,現代において両者のイデオロギー性を等価に考える時点で
誤りです.

俺個人が現代仮名を使う理由は,ご多分に漏れず俺も現代教育を受けていること,
また,俺が,レスを,平均的日本人に向けて書いていることが挙げられます.
要するに現代日本語のデフォルト仕様が現代仮名なので【意思伝達の便宜的手段として】
現代仮名を使用しています.だから,英語・仏語・ラテン語を使わず,
現代国語の標準的な書き方(旧字体は使わない・現代仮名遣い・口語体)で原則として
書いています.俺は両者を選択できる立場にも関わらず片方を主体的に選択している
わけだから「イデオロギー的」といえばそうでしょうね.しかし,この「意図」が
便宜に過ぎないことは上述の通りですし,また,「意図」自体,明確なものです.何か?
あやふやな「意図」の下に,よくわからない「伝統」を強要するよりもいいでしょう?
623現実:02/02/09 21:25 ID:7QRPEZZj
>要は、觀念は駄目だから現實に追隨しようと、それだけの事ですな。

いまいち言いたいことがよく分からない.

>「イデオロギーに基いて實行された事」も「既成事實」ならば「傳統」だと?

「実行」した人々は何らかの意図に基づいていたかもしれないが,
【学校で普通に仮名遣いを習った一般日本人】にとっては,
それはもはやイデオロギーではないと思うのだが.
君の言い方で行けば,現代日本人が摺り足で歩かないのは実にイデオロギー的だな.
現代日本人が髷を結わないのも実にイデオロギー的だな(禿を隠せて便利なのに).
まさか君は,三度の食事に四足の獣を食していないだろうな?
「文明開化という悪質なイデオロギーを流布し,日本人の「既成事実」へとおしすすめた
福澤翁を開祖と崇める慶應義塾に伝統の鉄槌を!」(笑).

>俺は最近ここを見るやうになつただけだよ

「当たり前」「証明の必要もないこと」を,どうして伝統擁護派が,
長々と説明しているのか,その理由に関しての「君」の所見を聞いているんだが.
下らない揚げ足なら,しない方がいいんじゃないの(と煽って見たり)
624現実:02/02/09 21:28 ID:???
またワケノワカラン揚げ足をとられると面倒なので宣言しておきますが
「名無しさん」で書きこむ以上,他の「名無しさん」と混同されても構わないし,
書きこみに対して道義的な責任を負う意思を持たないものとみなします.
それが嫌ならばハンドルつけるか書き込み番号でも振って下さい.
その程度の労を惜しむ以上「その程度」の扱いをされることがあっても覚悟すべきです.
「名無し」に対する俺の持論については>>439 も参照してもらえると有り難い.
確かに,一行レス,ちょっとした疑問,どうでもいい書き込みのつもりならば,2chの
慣行から言って,別にハンドルや番号を振る必要は無いでしょう.が.しかし,
もしそうでなくて,何らかの意味のある主張,議論・反論をしているつもりならば,
「他者への配慮という人間性の根本を欠く人間が,倫理やら道徳やら伝統やらを論ずべき
ではありません.そのような態度で『言葉にこだわっている』と福田ばりに主張する
のでしょうか.笑わせてもらっては困ります」と福田調で言いたい.いじょ.
625現実:02/02/09 21:32 ID:7QRPEZZj
>>604
>現実氏は、現實を自分に都合よく取捨選擇してゐるやうに思はれる。

それは俺以外の皆さん同じ.違うというのなら「伝統」とやらを定義してくれ.
何度も書いているが,誰も教えてくれないのは,どういうことだ.
そういう苦情は俺以外からも出ているのに.例えば>>471
近代以降主体的に選択された「都合よく取捨選択し」たスタイルを「伝統」と称するのは
如何なものか(笑).問題なのは,取捨選択の基準のはずなのに,
誰もそれを明かにしない.

>>610 と>>611 と>>612
俺は「伝統」を全て何らかのイデオロギーに基づいたものだと考えている.
が,だからこそ,「伝統」がアプリオリに正しい(「故に歴史仮名守るべし」)
と唱える歴史仮名擁護派を揶揄し,疑問を唱えてきたはずなのだが.

猫さんが「イデオロギーに毒されていない伝統」と言っているが,
そんなものは存在しないと思う.イデオロギーという言い方が弊害があるならば,
論者の主観,思い入れに依拠しない「伝統」,などというものは存在しない.
だからこそ「乱神を語らず」の伝に従い,俺は俺個人の持論を語っていないのでしょう.
このことを,>>561 は「(現実の議論は)否定のための否定であって(略)
然るべき理想の構築が無い」というが,分かっていないからでしょう.
この点については以前に,建築の比喩を使い述べました.>>564 の最後等を参照.

なお,イデオロギーと日本の「伝統」の関係については,
子安宣邦『本居宣長』(岩波新書,岩波現代文庫)
が,本居宣長の古事記の解釈を題材に論じています.参照あれ.
626現実:02/02/09 21:33 ID:7QRPEZZj
そもそも,このスレの歴史かな擁護派の人の中には,
「原文に忠実に読む」こともまた解釈の一技法である,ということにつき,
あまり自覚が無いように思います.前にも書きましたが.>>394 >>564 >>581 等参照.

>>612
>現実氏の態度は(略)新興宗教的である。

「ソクラテス的」と言って欲しいなぁ(笑).俺個人の自分自身についての認識は,
上記の伝統論や,前に書いた建築の比喩からも明かでしょう.

>>613
>それ故、現実の中から取捨選択しなければならないのだが、
>現實追隨主義の現実氏はさう云ふ二分法を好まないと。

だから「良い」「悪い」はどういった基準で区別されるの?
その基準は何らかのイデオロギーに基づいていないの?
その基準は誰が決めるの?
その「誰か」は,基準を決める権利を持っているの?
その基準に違和感を覚える人はどうなるの?
俺がずっと聞いているのはそのことだよ.


最後に.前にも述べたが,グダグダ瑣末的な揚げ足をとらなくてもいいから,
これだけ論証してくれ.簡単でしょ?俺の疑問点はここに集約しています.
>・福田の提唱する「国語」論が「伝統」であることが事実であること
>・国語の正統異端(伝統)はイデオロギー的に中立に決定できること
とりわけ後者.何度か尋ねた>>555 >>574 >>577 が誰も回答してくれない.
627現実@マネーの虎:02/02/09 23:45 ID:ypPA+U9u
忘れてた.
>>625 で「イデオロギーに毒されていない伝統は存在しない」
と言ったけれど,マンハイムの『保守主義的思考』のように,
「伝統主義」を旧来的なものの墨守,
「保守主義」を(政治的)イデオロギー的思考(要旨),と定義した上で,
伝統主義と保守主義を区別するのならば,確かに,
(政治)イデオロギー的には中立な「伝統」は成り立ち得るだろうね.

ただ,ここでマンハイムの言う「伝統」は,価値中立的なものであるだけに,
「我が国における進歩思想の『伝統』」といった言い方も成立してしまうから,
このスレの歴史仮名擁護者が言う「伝統」とは別物だわな.

むしろ,このスレの人等の言う「伝統」は,マンハイムの議論に言う
保守主義に属するのだろうな.
628名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/11 14:15 ID:???
つまらんなあ
629偽現実@暇だから仮名変換:02/02/12 04:11 ID:UAfeIvmT
忘れてた.
>>625 で「イデオロギーに毒されてゐない傳統は存在しない」
と言つ度けれど,マンハイムの『保守主義的思考』のやうに,
「傳統主義」を舊來的なものの墨守,
「保守主義」を(政治的)イデオロギー的思考(要旨),と定義した上で,
傳統主義と保守主義を區別するのならば,慥かに,
(政治)イデオロギー的には中立な「傳統」は成り立ち得るだらうね.

ただ,此處でマンハイムの言ふ「傳統」は,價値中立的なものであるだけに,
「我が國に於る進歩思想の『傳統』」と云つた言ひ方も成立してしまふから,
此のスレの歴史假名擁護者が言ふ「傳統」とは別物だわな.

寧ろ,此のスレの人等の言ふ「傳統」は,マンハイムの議論に言ふ
保守主義に屬するのだらうな.
630名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/12 04:13 ID:UAfeIvmT
↑すみません。他意はありません。今、練習中でしてチョト試してみやした。
631名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/14 04:22 ID:???
age
632名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/14 16:22 ID:???
この人も旧仮名遣いです。
http://www.palf.co.jp/~ryu/wjn/13/180-2.html
633名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/14 16:56 ID:rIV9FoNs
634現実:02/02/16 03:33 ID:deTsrIvb
すっかり静かになったんで国語論に関してお勧め参考文献を挙げてみる.
コンドルセ他著『フランス革命期の公教育論』(岩波文庫)
最近出たものなので今なら,まだ本屋の岩波文庫のコーナーで平積み
されているでしょう.

タイトルの通り,フランス革命期における政治家・思想家達の教育論に関する論文を
まとめたものなんだけど,これが結構面白い.近代国家を打ち立てた革命家達が,如何に,
国民をつくりあげるための手段としての(公)教育に注目していたかが分かるでしょう.
各論文の前に,訳者によるその論文の要約が載っていて内容の理解を
助けるし,フランス語文献の翻訳の割には,訳が読みやすい.

このスレとの関連では,バレール執筆の六章「方言とフランス語の教育にかんする報告法案」
がお勧め.承知かもしれないが,フランス革命当時「フランス語」を話す「フランス人は
フランスにおいては少数派であり,ちょっと地方に行けば地方語が跋扈していた.

バレールによれば,このような地方語の跋扈が国民意識の一体化を妨げ,市民の迷妄を
助長している,したがってこのような方言は絶滅させねばならない(笑)となる.
同著から例を挙げます.
635現実:02/02/16 03:34 ID:deTsrIvb
「バ=ブルトン語と呼ばれる方言,バスク語,ドイツ語およびイタリア語が狂信と迷信の
支配を永続化させ,僧侶や貴族や法律家の支配を確固たるものにし,革命が九つの重要な
県に浸透するのを妨げてきたし,さらにフランスの敵どもを利する恐れがある」「これらの
地方では,無知のために僧侶と貴族が押し付けた抑圧が永続化している.そこでは,市民は
誤りのなかで生まれ,そして死ぬ.彼らは新しい法律が存在するかどうかも知らないのだ」
「官吏が共和国の法律や国民公会の法令について話すと,彼らは自分達の俗語で『奴らは
われわれにたえず宗教を変えさせようとしているのか』と叫ぶ始末である」
「いまや,フランス語の教育によって,僧侶の支配を取り除かなければならない」
「コルシカ人たちはフランス市民である.(略)(なのに彼らは)イタリア語を大いに
利用している.(略)たしかに我々の法律はイタリア語に翻訳されている.しかし,
コルシカに外国語の翻訳者を置くよりも,われわれの言語の教員を置く方が望ましいので
はないだろうか」「われわれは政体,法律,慣習,習俗,服装,商業,さらに思想の革命
さえも行った.それゆえ,それらの日々の道具である言語の革命を行う」
(以上,上掲書より)

ね.バレールの地方語廃絶の論理は,方言を排除し近代国語を確立しようとした保科孝一
の国語論(何のことかわからなかったらこのスレの過去ログを漁ってくれ)の発想と,
驚くほど似通っているでしょう?後半のコルシカの下りは,朝鮮統治における日本語教育
の問題すら想起させる.
636現実:02/02/16 03:41 ID:deTsrIvb
このように,言語を統一することにより人々の国民としての一体性を高めよう,
という考え方は,わりと近代(国民)国家に共通のものなのですよ.
政治的発想に由来し,人為的構成物に過ぎない国内統一言語(国語)を「伝統」と
詐称することの政治性は,ここからも論じることができる.
日本の国語改革に置き換えて言うと,国語改革は国体問題と切り離すことはできない.
これをコトバの美醜の問題に摩り替えるべきでない.

関係ないけれど,フランス,言語,とくれば「最後の授業」にまつわる話も有名だわな.
http://yositeru.com/diary/0103.htm
http://kamuy.elec.muroran-it.ac.jp/library/sp2/fld3/topics25.html
ドーデの本を読んでから,田中克彦先生の本でも読んでみて下さい....

「整理された近代フランス語は美しい」という俗説は,フランス革命擁護派
(日本でフランス革命を擁護したのは主として進歩派じゃないのか?)の政治的
プロパガンダかもしれないよ(笑).

ちなみに,『フランス革命期〜』の他の論文も「近代」を考える上で有益なのでおすすめ.

さて.ここで日本近代史上の国語改革についての俺の認識を定式化してみる.
表音化的国語論は,戦前式の「国体」発揚手法だったと言える.対して,
歴史かな派的国語論は,戦後「国体」をおおっぴらに語れなくなった状況における,
苦肉の策としての「国体」発揚手法だったといえる.
637通りすがりの者ですが:02/02/16 05:56 ID:DddufcCu

>>582
> そもそも,伝統伝統と言われても,
> 平安朝ばりの文語体スタイルで書いてくれないと,まるで説得力が無いよ(笑).
> 特殊近代的な小汚い言葉遣いを止めてくれないか.それ,伝統じゃないだろ?(笑)

わっはっは。まったく、その通りですなぁ。

>>634
> コンドルセ他著『フランス革命期の公教育論』(岩波文庫)
> フランス革命当時「フランス語」を話す「フランス人は
> フランスにおいては少数派であり,ちょっと地方に行けば
> 地方語が跋扈していた.

なるほど、これは面白いですね。

ネイションの確率には、「貨幣」「言語」「軍隊」の一元化と
共有が必要である・・・という説を昔、どっかで聞いたことが
あります。

もちろん、この3つ以外にも「法律・法学校テキスト」「警察・
裁判・監獄制度」の一元化と共有などが必要になるわけですが。

あと「郵便・交通」「会計制度・証券取引所・手形交換所」も
同様ですね。

計測とコミュニケーションが盛んにならなければ、ネイション
というシステムを作ったり維持したりすることはできないし、
ネイションというシステムに参加することもできませんからね。

伝統がどうしたとか、保守がああしたとか、そんな下らない
議論は、国家論とは、何の関係もない。一度で良いから、
みんなが参加できるシステムの一つでもつくって見ろ、と
言いたいですね。

> コンドルセ他著『フランス革命期の公教育論』(岩波文庫)

さっそく発注してみました。良い本を教えていただき、
まことに有り難うございました。
638名無しさん@お腹いっぱい。 :02/02/16 06:05 ID:TvNub2FP
松原は退官直前には地○社からしか出版できんようになっとったいね。
一応、早稲田では文学部で英文学の看板かかげとったが、
著書は軍事のコーナーにあるものばかり。
639ぁゃιぃアズマ人:02/02/17 07:06 ID:???
う〜ん、じつに興味深い議論だねえ。
「美しい日本語」と言う一見中立的に考えられてきた
国語に潜在する権力性というかイデオロギー性。
さっそく、アズマ史観に剽窃させていただきます(藁

皇国史観で東日本人を侮辱するな! その15
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/history/1013608008/
http://tmp.2ch.net/test/read.cgi/kova/1006348167/
640名無しさん@お腹いっぱい:02/02/19 00:47 ID:H5G95xGD
「月曜評論」2月号で松原先生が新連載「戰爭は何故無くならないのか」を始めまし
た。一時は「けつねうろん」氏との諍ひで、長期休筆かと心配しましたが、一読し胸
のすく思ひがしました。松原先生、今後ともお体を大切にして頑張って下さい!!
641名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/19 05:40 ID:5ascwpWG
>>640
月曜評論1月号で購読期限切れで、松原氏が連載しないなら
購読の意味ないと思って継続の申し込みしてなかったんだけど、
昨日2月号が送られてきてて見てみたら載ってて驚いた。
こりゃ継続手続きしなけりゃなるまい。
642名無しさん@お腹いっぱい:02/02/21 01:01 ID:rZCjkv5J
西部や西尾への批判より、新連載は戦争論といふこともあり、実に「書いていて楽し
い」といふ感じの筆者の姿が伝はってくるのがうれしい。この頃、本当に内的衝動に
駆られて文章を書いてゐる評論家がほとんど見かけられない中、松原さんの存在は貴
重だ。
643現実:02/02/22 19:34 ID:zwy+U+ra
>>637
>計測とコミュニケーション

うい.だからこそ国家は,これらにこだわるわけです.

公文書において,明かに不合理になりつつある「年号」「元号」
(,,大正・昭和・平成,,)が,いまだに使用されており,西暦が拒否されているのも,
この現れでしょう.暦の支配はすなわち時間と空間の支配の象徴ですから.
上掲書>>634 で,ロムという人が,キリスト教歴を排して新しい暦(共和暦)を作ることを
提案しています(p239「共和暦の制定」)が,その狙いは,アンシャンレジーム(旧体制)
の打破,革命の定着というところにあります.

度量衡単位の統一も重要です.日本におけるメートル法の普及は,
古式ゆかしき「尺貫法」という「伝統」の破壊の上に成り立っています.
どうして,歴史かな主義者は,かな遣いの伝統にこだわるだけで,尺貫法に
こだわらないのでしょう.
メートル法なんて,最近になって人間が意図的に作り出した人為的構成物に過ぎない(笑).

伝統という観点から見れば,歴史の中で保存されてきた尺貫法やヤード・ポンド法の
足元にも及ばないのに.何の疑問もなく,こんな計測法が伝統ある我が国で使用されるのは
いかがなものでしょうか(笑)
かな遣いだけを守って伝統が守れるなどと考えるのは,片手落ちもいいところです.

ところで,三浦つとむさんの本(講談社学術文庫)を買ってきました.
忙しいのでパラパラと面白そうなところを読んだだけですが,
この人の主張は「言語学批判としては」見当違いだと思うがどうだろう.
644現実:02/02/23 18:59 ID:j/4DtlTE
粘着投稿をしてみる.
ベトナムとヴィエトナム,どっちの発音が「正しい」のだろう.
バイオリンとヴァイオリン.金日成は「きんにっせい」か「キムイルソン」か.
A.P.C.は「エーピーシー」か「アーペーセー」か.

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20020223-00000207-yom-pol
「ヴィエトナム」はベトナムに…外務省が国名表記改正
 外務省は23日、在外公館の名称や公電などに利用してきた「ヴィエトナム」、
「ジョルダン」、「ヴァンクーヴァー」(カナダ)などの海外の国や都市名の表記を、
「ベトナム」、「ヨルダン」、「バンクーバー」など一般的な表記に改める方針を固めた。
表記の根拠となっている在外公館名称・位置・外務公務員給与法の改正案を今秋にも
開かれる臨時国会に提出する考えだ。
 同省はこれまで、「できるだけ原音に忠実に表現する」(幹部)ため、「ヴィエトナム」
など難解な表記を用いてきた。だが、一般の人からは「分かりにくいし、きざな感じが
する」と評判が悪かった。
 外務省が今月初め、2002年度の在外公館の定員枠などの決裁を総務省に求めた際、
河野太郎総務政務官が「外務省は他の役所より偉いと勘違いしているのではないか。
表記を見直さない限り決裁できない」と拒否した。このため、杉浦正健外務副大臣が
在外公館の名称を全面的に見直す方針を書面で伝え、河野氏も決裁に応じたという。
 省庁が使うカタカナ表記については、91年6月の内閣告示で、原音に近づけるために
「ヴィ」などを使用することを認めている。ただ、教科書検定では、「ベトナム」など
一般的な表記を義務づけている。(読売新聞)
[2月23日14時52分更新]
645現実:02/02/23 23:53 ID:Y8j6I7et
粘着投稿第二弾.
ちなみにアメリカにも,英語(国語)を保存しよう,という運動が存在したりする.
たとえば,
http://www.elausa.org/
伝統あるイギリスに,じゃないですよ.「人工国家」アメリカに,でっせ.

もっとも,ページの冒頭を見てもらえれば分かると思いますが,
彼らは,何のための国語運動なのか,という点についてかなり自覚的だわな.
> ProEnglish is dedicated to protecting our nation's unity in the English language.
ちょっと意訳気味に訳すけれども「ProEnglish(運動)は,英語という手段によって,nation(国家,国民)の統合を維持することに専心しています」と.

彼らの目的の一つに,憲法改正によって英語が国語であることを明記させよう,というのが
あったりする.
646Маршал Боголюбов:02/02/24 00:00 ID:yCJ4VUsf
日本語は偉大だよ
黒舟パソコンの侵入を阻んだから
既出だったら御免
647マサカド:02/02/24 11:25 ID:9ODjWmN5
おそるおそる、カキコします。

まずは、何度か話題に上った伝統の定義についてなんですが、伝統とは、定義からの
演繹によって得られるものではなく、帰納によって、その実在性を証すべきものに
思えます。だから、定義できないからといって存在しないわけではない、と。

歴史的仮名遣いについて『私の國語教室』の論旨には賛同する部分も多いのですが
小林秀雄の「国語改革に反対する理由がないから、反対しないでいるだけだ。」
という、些かヘタレ気味の意見と、宣長流オケイジョナリズムを組み合わせて
現代仮名遣いを使用している自己の立場を正当化しております。

近代国家の誕生とともに、近代以前の伝統に対する抑圧が生じたという物語は
事態をどうにも単純化しているようにみえる。「抑圧」という言葉をつかうなら
大陸文化の摂取をはじめてからこのかた、日本文化は常に大陸文化の抑圧の
下にあると意識してきたともいえるし、国学を抑圧に対する抵抗の思想と
みなすという物語も、同等の権利で成立するとおもいますよ。

近代国家とは抑圧のシステムである、という同じメロディの繰り返しだから
聞いてて退屈する、というのが、あまりこの類の理論に好意的になれない
大きな理由ですね。むしろ近代国家=抑圧のシステムという単一のテーゼに基づいた
歴史の解釈の強制による、想像力の抑圧を感じてしまう。

宣長なら「尺貫法」を「古式ゆかしき」伝統と無条件にみなすのは、「漢意」そのもの
であるといったかもしれないですよ。
648魚歌:02/02/24 19:00 ID:adk3v0Fl
マサカドさんはこのスレに投稿するからには、過去ログのすべてに目を通された上の発言だと思いますが
俺も、現実さんも(おそらく)「伝統が定義できないから存在しない」などとは考えていないですよ

現実さんが「尺貫法」云々と言ったのは、このスレの熱心な松原ファンが正字正仮名に固執する
ことに対するジョークで、文字表記以外の伝統に例えば尺貫法などに固執しないのかと
皮肉を込めて例示しているだけですよ。このスレでの文字表記論争の経緯については
このスレをよく読めばわかるでしょう。

>単一のテーゼに基づいた歴史の解釈の強制による、想像力の抑圧を感じてしまう。

俺はあなたの投稿から感情至上主義、情緒至上主義を感じてしまいます
このスレでの近代国家の論評は、とても客観的だし私情を除いた理性的な指摘であって
>抑圧が生じたという物語は…  などといった私情に依存した根拠薄弱な情緒論ではありません
現実さんはただ客観的事実を淡々と指摘しているだけで、私情に基づいた主張はしていませんよ
俺には感情論者の方がはるかに、何事にも理性的、客観性を欠き情念に基づく安易な決め付け
短絡的な現実無視の情緒論から成る、想像力の抑圧を感じます。一般論として感情至上主義者の方が
空想的ですよ、現実を直視するためには客観視を体得していることが必要条件となりますし
理性的な思考をする者の方が、想像力豊かで多角的な思考をしますよ。

失礼ながらマサカドさんは、このスレの全投稿を読まれているんですよね?

>国学を抑圧に対する抵抗の思想とみなすという物語も、同等の権利で成立するとおもいますよ。

「同等の権利」とはどの権利と同等と主張されているのですか?権利という言葉をどう定義しているのですか?



>ところで,三浦つとむさんの本(講談社学術文庫)を買ってきました.忙しいのでパラパラと面白そうなところを読んだだけですが,この人の主張は「言語学批判としては」見当違いだと思うがどうだろう.


前提条件となる命題から、根拠を論理的に思考されて結論が導かれてなければなりませんが
(集合論的にいうと命題関数と真理集合のような関係)
彼の前提条件、つまり命題は情念でしょう(笑)
649名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/28 12:28 ID:I9IV7OKZ
age
650名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/28 15:48 ID:m3AxHeTs
松原正ってのは、福田恆存のネガ。
651名無しさん@お腹いっぱい:02/03/02 02:18 ID:u6wemYrq
「正論」でニシオとニシベが論争しているけど、次は2人を斬る形で松原翁に書かせ
るべきだ。そもそも、松原翁は大昔に産経に書いてたんだし、福田恆存が亡くなった
時も、夕刊に感動的な追悼文を寄稿していた。親米保守に肩入れしている産経が松原
翁を放っておく手はないと思われ。
652現実:02/03/03 19:03 ID:HKyjE6F8
俺のマサカドさんへのレスは,大体,
魚歌さんに同旨ですので省略します.

三浦つとむさんの『日本語はどういう言語か』(講談社学術文庫)についてですが,
三浦さんの文法論それ自体は,既存の文法論の「不合理性」を指摘し,
再構成・精緻化しようという試みですから
,,,,試みが成功しているかどうかはともかく,,,,その試みは,
「言語学否定」「国語学否定」というよりも,
あくまでも既存の言語学・国語学の枠組の中にあると言えるでしょう.
言いかえると,氏の記述は,既存の言語学や国語学の依って立つ基盤を覆す,
という類のものではなく,既存の言語学や国語学の延長として捉えるべきかと思います.

また,三浦さんの言語論が主に六章以下に示されていますが,これについては,
>>643 に書いた通り,言語学批判としては的外れである気がします.
たとえば,分かり易い典型を示すと
「日本語の中に標準語をつくりあげなければならないというのは,
日本人全体をつらぬいて思想を伝達する必要があるからであって,
方言ではこの伝達が妨げられ,社会生活をおしすすめていく上に
大きな影響を及ぼすからですp263」
この主張は「国語学」の正当化としては妥当でも「言語学」批判としては
妥当ではない(どうして妥当ではないのかは,過去ログを読んで考えてみて下さい).
653現実:02/03/03 19:26 ID:HKyjE6F8
補足です.
>>647
>まずは、何度か話題に上った伝統の定義についてなんですが、伝統とは、
>定義からの演繹によって得られるものではなく、帰納によって、
>その実在性を証すべきものに思えます。だから、定義できないからといって
>存在しないわけではない、と。

「帰納によって」も,「その実在性」が「証」されていないからこそ問題なんですよ.
帰納法によるということは,特殊個別的な諸事実をあますところなく集めて,
それら事実から一定の普遍的な法則性を見出すということです.
「特殊から普遍へ」というのが帰納法です.ということは,帰納法の前提として
「特殊個別的な諸事実」が余すところ無く集められていなくてはなりません.

ところが,過去ログからも明かなように,「伝統」を主張する人たちの「伝統」は,
前提となる個別の歴史的事実に反している.あるいは整合しない.
ということは,彼等の言う「伝統」は,帰納推理のレベルで明かに破綻している.
マサカドさんの「定義できないからといって存在しないわけではない」
という主張それ自体は正しいかもしれませんが,そのことは,彼等の「伝統」を正当化
することにはなりません.

俺は「帰納法的に伝統を証明すること」を否定しているのではなく,
「彼等の前提に反する事実が存在する以上,
彼等は間違った帰納推理を行っている」と主張しているのです.
問題をすりかえるべきではありません.

ところで,リベラリズムやら一連の共産思想による批判にも耐え得る
保守の思想として,どのようなものが考えられるだろうか.
654右や左の名無し様:02/03/04 22:21 ID:OWT98vOt
>>651
松原に発言の場を与えて、後で他の執筆者からクレームとかつけられて、わずらわ
しい思いをするのが嫌なんだろ、「正論」も「諸君!」も。
大江健三郎が「政治的発言は控えてほしい」旨の条件付きで申し込まれた講演依頼
を断ったそうだけど、「西部や西尾の悪口は避けてほしい」という条件つきの執筆
依頼に、とてもじゃないが応じるとは思えない。
特に、産経は4月からの「新朝刊」化で、ますます西尾や西部と密接になるんだろ
う。松原の出る幕などない。目下進行中の西尾と西部の対立で、産経がどちらの肩
を最後に持つかは知らないけど、元左翼と福田門下の面汚しでどうとでもしてくれ。
655:02/03/04 22:26 ID:???
書く場所がないからここに書くけれど。

>「正論」でニシオとニシベが論争しているけど

結局姜尚中の言うとおりになったということなのかな。
656右や左の名無し様:02/03/04 22:46 ID:???
>>655
> 結局姜尚中の言うとおりになったということなのかな。
詳しくキボンヌ
657:02/03/04 23:09 ID:???
在りし日に(笑 作る会教科書問題が朝ナマで取り上げられていた時に姜氏が
しつこいと思えるくらいに、「この教科書は、戦争でアメリカに原爆落とされて
負けたはずなのに戦後においてアメリカに対する批判がなされていない」
つまり、現状追随とでもいうべきなのかな、それ故−作る会教科書は
−作る会側の価値観からいえば−首尾一貫していない、というような批判を
していたと思うけど−記憶で書いているので間違いだったら申し訳ない−
その手の問題がとりあえず教科書問題が一段落したからか、現れてきたのかなというお話。

と思いつつ一方でこの親米−反米論争は本気の論争なのか、せっかく盛り
上がってきた保守ブームを続けるための偽装工作なのではないかという
疑いが5パーセントくらいあって(笑 真面目に受け取ると損をするのでは
ないか、という気もしないでもない。
658名無しさん@お腹いっぱい:02/03/05 03:52 ID:WqdXbItj
>657
去年の夏、靖国神社が取り上げられた時にも、姜が「アメリカの原爆投下はホロコ
ーストでしょう。それが言えないから、あなた達の教科書はだめなんでしょう」と
西尾に言っていた。
659右や左の名無し様:02/03/05 04:16 ID:???
それを言ったところでカンタンは納得するのかと言えば・・・
660右や左の名無し様:02/03/05 09:19 ID:???
姜って左翼の割には賢いね
661 (^O^)v:02/03/05 09:25 ID:vas/TdBY
 >>657 漏れも覚えているよ。カン氏のその趣旨の発言したのを。
662右や左の名無し様:02/03/05 09:57 ID:???
663右や左の名無し様:02/03/05 11:32 ID:bilkbuRy
かと言って「原爆はホロコースト」と戦後のアメリカについての批判の
記述などを増やしたところで、彼がつくる会に賛同するわけでもなかろうに(w
664:02/03/05 17:58 ID:???
最初からこっちで話題振れば良かったね。見落としてた。すまん。
http://tmp.2ch.net/test/read.cgi/sisou/1012826871/l50

>>659 >>663
姜さんが作る会に賛同するかどうか、という問題より、作る会思想が首尾一貫している
かどうかの問題だからなぁ。
個人的には、「理屈上は」反米保守の方が首尾一貫していると思うよ。
親米という態度を取るならば、仮に米軍の日本駐留がなくなったとしてもアメリカの日本に対する
イニシアティブは否定できないだろうし。
親米保守が勝てるとしたら「アメリカと仲良くすることと何がいけないんだ」的開き直り
−ややスレの本題に戻すと(笑 福田氏はそんな感じだったような−なのだろうけれど、
こういう思想がどこまで魅力を持つかといえば、うーん、と。

と書きつつ私は最近の正論なんかは全く読んでないんだが(笑
665姜って:02/03/05 19:34 ID:???
作る会 「原爆はホロコーストだ」
姜 「そんなこと言ってて、どうやって国際社会でやってくつもりだ」

作る会 「日本は親米で・・・」
姜 「アメリカの原爆投下はホロコ ーストでしょう。それが言えないから、あなた達の教科書はだめなんでしょう」


・・・・
666右や左の名無し様:02/03/05 20:08 ID:???
>>665
結局「右寄り」の教科書つぶすためなら何でも言うんだね。
「受験に使えませんよ」とか言うぐらいだし(w
667右や左の名無し様:02/03/06 10:47 ID:pN8+y+YY
松原氏の絶版になつた本を復刻しませう
http://www.fukkan.com/vote.php3?no=2052
668現実:02/03/06 16:55 ID:FgSQs6J5
>>667
それ以前に福田先生の全集未収録本を全て復刊すべきだ.
669右や左の名無し様:02/03/06 23:50 ID:ah9DoHc2
>>668
「否定の精神」とかですね?
現実氏は松原正はあまり評価していないのですか?
670現実:02/03/07 00:11 ID:Yu1gb7cv
>松原正はあまり

ベストは,どんな本もいつでも手に入るということです.
言いたかったことは,順番が逆ではないか,ということです.
671右や左の名無し様:02/03/07 00:16 ID:q+I0esM/
>>670
「否定の精神」は古本屋で入手しましたけど、かなり値が張りました。
しかも、本もボロボロだし。文春文庫あたりに入るといいんですがね。
672名無しさん@お腹いっぱい:02/03/07 01:20 ID:qDsGNkYo
>>668
禿胴! 筑摩書房か新潮社が完全版全集を出せばよいと思ふ。俺も国会図書館や近
代文学館を利用して、文春の全集に未収録の文章を集めたけど、深すぎる、福田恆
存の世界は!! 公開書簡のやうな形で、当時の吉田茂首相に、共産主義には反対
するが、共産党の非合法化には反対だとメッセージを送った文章とか、本当にリベ
ラリストといふ形容がぴったりだと思ったものだ。特に、新大阪新聞に懇意の記者
がいたらしく、好論文を多く発表してゐるが、全集に収録されてゐるのはごく一部
だけだ。著作年譜で初出不明になってゐるものの、実は新大阪新聞が初出、といふ
のが少なくない。国会図書館に収蔵されてゐない分も含めて、大阪の図書館や天理
図書館に2週間くらゐこもって、福田の文章の収集したいな。もっとも、仕事があ
るから、有給休暇使っても限度があるだらうけど…。
673右や左の名無し様:02/03/07 11:32 ID:L+C7CUx7
新たに福田恆存スレッドを立てましたので、福田恆存の話題はこちらで。
http://tmp.2ch.net/test/read.cgi/sisou/1015468313/l50
674名無しさん@お腹いっぱい:02/03/07 13:50 ID:F9KfFVyy
>671
「否定の精神」は今3冊持ってゐるけど、これは当分、単行本にならないみたい。
ある出版関係者から聞いたけど、福田さんが生前、「絶対に本にするな」と言って
ゐた上、遺族がやはりその意向を尊重してゐるためらしい。最晩年の、昭和の終焉
について書いた文章やゴルバチョフを応援した短文も、しばらくは本にはならない
ようだ。
675右や左の名無し様:02/03/09 21:23 ID:+YJjel9a
>674
俺は「平衡感覚」を4冊持ってるぜ。それも2冊は極美カバーつきだよーん。
676右や左の名無し様:02/03/11 09:27 ID:i5LbaYQL
ここは松原スレです。福田氏関係はそちらのスレで。
677右や左の名無し様:02/03/11 10:37 ID:3sAXdUaM
>>676
松原も福田恆存と似たようなモンだから、全然OK!
678右や左の名無し様:02/03/11 18:54 ID:IAixM5Tw
松原と福田恆存を引き合わせた高田保という文人って、どういう人なんですか?
679右や左の名無し様:02/03/12 17:09 ID:lmppFgUF
松原のファンではないけど、

「言論人は言ふべき事を、はつきり言はねばならないのであり、專ら論壇遊泳術
を重んじて言ふべき事をはつきり言はぬのは、讀者に對する詐欺なのである」
(戰爭は無くならない・224頁より抜粋)

という一節には、素直に感動した。
680おっちゃん:02/03/12 19:40 ID:???
テキストを正字正仮名に変換するプログラムを作成いたしました。
いずれ、フリーウェアとして公開する予定ですが、
とりあえずの試作版ということで、もし興味のあられる方がいらっしゃれば
お試しいただければ幸いです。

http://www.geocities.co.jp/NeverLand/1627/
681右や左の名無し様:02/03/15 06:34 ID:/M87q9Ym
682右や左の名無し様:02/03/23 10:46 ID:2kEUx+yK
ageとくか
683厨房でスマソですが:02/03/23 16:10 ID:dA4ooiHY
松原氏は昭和天皇の歴史的評価についても
一家言お持ちな方なのでしょうか?
戦争責任論でなくても構わないんですが。
「真正保守」とはどういうものか、知りたくて。

684:02/03/24 12:53 ID:30oQ8p7U
松原さんには『天皇を戴く商人國家』(地球社、平成元年六月刊)があります。詳しくは、
次の電網核で調べられます。
http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/MATSUBARA/

また「眞正保守」なるものが存在するのか、この言葉自體を疑ふべきでせう。
福田恆存さんは「ぼくは敢へて言へば保存主義者なんだよ」と言はれたさうです。
福田定義による「保守」、「保守主義」については、次の電網核で。
http://www.sanseido-publ.co.jp/booklet/f_koson_booklet.html#7
685右や左の名無し様:02/03/26 06:10 ID:7j405x6z
日本人は昭和天皇という立派な天皇を戴いていたから
悪しき天皇が出てきた場合どうするかを真剣に考えて
いないとか言ってたよねage
686右や左の名無し様:02/03/30 13:58 ID:5p7n0ZEM
こんな面白いスレッドがあるとは知りませんでした。

明治以来の「国語」政策については、安田敏朗氏の著作も参考になります。
まだ出てきていないようなので挙げておきます。

他には、
川村湊著:『海を渡った日本語―植民地の「国語」の時間』
多仁安代著:『大東亜共栄圏と日本語』

などが、参考になるかと。

多仁氏の著書に出てきたものだと思いますが、いわゆる「現代仮名遣い」の源流に
ついて、軍が太平洋戦争中に表音的なカナ表記と漢字制限の研究を行っていたと
いうのは興味深い指摘だと思います。これは、植民地から徴用した兵や軍属にとって、
「歴史的仮名遣い」の理解が非常に困難であったためらしいです。

687現実:02/03/31 03:21 ID:7jsp3Psg
国語について,批評空間の最新号で子安先生がいろいろ書いてますね.

ぱらぱらめくっただけですが
小森 陽一『岩波講座近代日本の文化史 (3)近代知の成立』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/400011073X/qid=1017512348/sr=1-1/ref=sr_1_0_1/250-0606273-4487437
なんかもよいのでは.
688右や左の名無し様:02/03/31 14:47 ID:UXNNg4KF
 上の論争を読もうとしたのだが、現実氏以外の論争相手がどういう関係
(発言と発言者の関係)になっている
のか読み取るのが面倒くさくてやめてしまった。
 
 辞書の見出し語では、「現代かなづかい」(もちろんこんな名前はなかった)
というか、「表音式かなづかい」(厳密に言えば両者は異なるが、省略)
は戦前から一般的に使われていた。
手元にある明解国語辞典(戦争中にでたものの復刻版)は、
象徴が「しょおちょお」で出ている。漢字音の歴史的かなづかいは
旧制高校生にも難しかった。
689學校:02/04/02 00:30 ID:???

688氏へ。學校は「がっこう」か「がつかう」かといふ、
「字音かなづかひ」は慥に面倒かもしれません。が、通常は漢字に隱れます。
また、これは漢字を假名書きするときの「かながき」の問題であつて、
國語文法に關る「國語かなづかひ」とは別の問題ですよね。
依然としてこの兩者を混同させた議論が多いのはどういふ譯でせうね。

字音を網羅的に調べてゐるので有名な電網核は:
http://member.nifty.ne.jp/gimon/gimon.htm
690右や左の名無し様:02/04/02 00:58 ID:cgHJ853/
>>688
 確かに両者は別問題。漢字音の表記が難しいからといってそれが「歴史的
かなづかい」否定論にダイレクトに結びつかないことはもちろんだし、
おれはそんなことは言っていない。だが、「かながき」問題は消滅したわけ
ではない。福田氏も「歴史的かなづかいを漢字音まで及ぼさぬ」方針を表明
し、それ以上は言及していないが、問題は存在するのだ。
 例えば「経営」は「けいえい」がいいか、「けえええ」がいいか、
「けーえー」がいいのか。それともそんなのはしょせん瑣末な問題で
自由につづればいいのか。それともその場合だけ「現代かなづかい」
の知識を拝借するのかね。
 
691右や左の名無し様:02/04/02 01:00 ID:cgHJ853/
上記ミス
× >>688
○ >>689=ノズラー 
692右や左の名無し様 :02/04/02 01:54 ID:???

>>691 ノズラーって何?

693右や左の名無し様:02/04/02 02:12 ID:???
ノズラー 、それは・・・
694右や左の名無し様:02/04/02 02:56 ID:F7b1RHmV
松原正の愛読者は、今から、彼の単行本のみならず、各種雑誌や新聞に書いた
文章を丹念に集めて全集を作る準備に取りかかるべし。威勢の上がらない文章
こそ、かういふ時代に必要だと思はれる。とかく、久米や筑紫の番組に腹を立
ててゐる連中が「正論」だの「諸君!」だのを読んで、ニシベやニシオ、コヴ
ァなどの今様排外主義者の文章で溜飲を下げてゐる。連中のアジ文を読んでス
ッキリしてゐるのは、下品な例へだが、マスターベーションと同じだ。自分の
頭で考へ、自分の足で立つ松原翁の文章こそ、後世の日本人に残すべし!!
695元氣な松原翁:02/04/02 11:52 ID:???

>694 贊成!「月曜評論」に再開された戰爭論、迫力あり評判がいいですね。
翁は我々日本人に必要な方です。今『天皇を戴く商人國家』の「惡しき天皇も天皇か」を
再讀してゐます。

696右や左の名無し様:02/04/02 12:30 ID:???

>>694,695
早稲田の英文学会が出してゐる英文学79号(平成十二年)に松原教授を送る同僚、弟子の文章が載つてゐる。
臼井善隆「松原さんの事」、大島一彦「親切な人」、留守晴夫「悪戦の人」他の文章、みな読ませる。
特に、今年三月に退職された臼井氏の、松原氏の業績と人柄についての公正で過不足のない紹介には
感動した(5のリストに臼井氏の名前があるやうに、松原さんは同僚でも批判されたのに)。
697再び學校へ:02/04/02 14:47 ID:???
690氏へ、689より。二囘に分けて送ります。その一。

お説のとほりと思ひます。議論が面倒になりますので、
ここでは、小生が實行してゐる事のみを述べます。

一、はう(方)、なほ(尚)、やう(樣)、くらゐ(位)、すゑ(末)等の、
使用頻度のたかい語は、假名書きしてゐます。
これらの假名語は半ばハード化し、視認性が強く、
「準」漢字扱ひしてよいと思ふからです。
「方」や「樣」も、「ほう」「よう」として構はないといふ方もゐますが、
私は舊き例法に出來るだけ從ひたいし、保存したい。
なほ、丸谷才一式の「せい(所爲)」は間違ひで、「せゐ」が正しい。
この語も引立ちます。
また、小書きは、外國名、外人名等を除き小生は使ひません。
カタカナ語もできるだけ使はない。「ヱッブサイト」の中村保男譯は「電網區」です。
積極的に漢熟語をつくるべきでせう。外國人にはカタカナ語が特に分りにくい。
なほ「香り」は「かをり」なのに、「かほり」と命名する例があるのは、
ハ行のやはらかさ(親和力)と上品さよるものでせうか。

二、形容詞の「多い、大い」や、副詞の「一應」を「おほい」「いちわう」とすることもあります。
文中で際立つこともあるからです。「をかしい」も同樣です。
動詞「をる」もよく使ひます。

三、先日、醫學分野專門語の字音を思つく儘に數百語ほど調べたところ、
通常と異なるものは豫想したほど多くはありません。
また通常用語と重なるものが大い。例へば、水晶體調節(すいしやうたい・てうせつ)。
せいぜい、胃(ゐ)に驚いたくらゐです。
戰前の教育をうけた亡父も、時に、「きやくくわん(客觀)」と發聲することがありました。
前に記したやうに、殆どが漢字に隱れます。
また、いちわうの字音則もありますので、大體を辨へることは、さほど、困難とはおもへません。
また慣れの效果が巨きいことは言ふまでもありません。
698三度學校へ:02/04/02 14:52 ID:???
690氏へ、689より。その二。

四、國語辭書として例を擧げれば、「新潮國語辭典 現代語・古語」には、
見出し語は十五萬くらゐあると思ひます。
約三割に何等かの字音が振つてあると假定し五萬語ですね。
そのうちにはデータベースが出來、電腦で簡單に利用できるやうになりませう。
記憶作業空間、處理速度の飛躍的増大は、豫想外の發展を齎すと考へられるます。
字音による「總ルビ化」も簡單にできるかも知れません。意識も變つてきませう。
福田恆存の『國語教室』の有名な豫測を想起すべきです。

五、前記の電網區「平成疑問かなづかひ」は、字音の確定してゐない、
或いは困難な語の「かながき」を徹底的に調べんとする努力と思ひます。

六、なほ、690氏が擧げられた例では、「けいえい」が正則ではありませんか。
「けえええ」と「けーえー」を受付け「経営」としてくれる假名漢字變換ソフトはないのでは。
因に小生は、「契冲」「ATOK」「MS-IME」を切換へて使つてゐます。
「契冲」は、現在、部分的に字音假名入力對應になつてゐます。
例:「けふ」と入力で「今日」。
699 :02/04/02 15:05 ID:???
右翼の内輪もめですか、左翼とかわらないね。
7003chだ:02/04/02 15:52 ID:???
右翼左翼にも内輪もめも無関係。単純に「字音かながき」の議論。
ここは2ch(ゲーム)だが、松原正を論ずる限り、3ch(教養)なのだ。
「知的怠惰は道徳的怠惰」は松原さんの名言。
701690:02/04/02 15:57 ID:szeVwMLO
 福田・松原を受け売りしているだけのノズラーが独自の「かながき」
論を持っているわけがないか。期待したおれがバカだった。
 「けいえい」が正則だってのは歴史的かなづかい上ってことだろ。
歴史的かなづかいを漢字音におよぼさない方針を是認するなら
新たな「かながき」法が当然必要になってくる。
 戦前にはもちろんそんなルールはなかったから、各辞書が
独自の工夫をしていた。「けえええ」表記は前にも挙げた昭和18年発行の
明解国語辞典が採用しているし、「けーえー」というように
音引きを利用した辞書だって出ている。
いずれにせよ、かながき問題では歴史的かなづかいの表記法を
採用した辞書は戦前の時点でもはやマイナーだったらしい。
 漢字のかげに隠れるとかいうのは歴史的仮名遣いを実践しよう
という人向けのアドバイスとしては有効だが、「かながき」問題
の議論でそれを言うのは問題を棚上げするだけ。
 総ルビで本をつくるとしたら、ルビはどのような表記にすべきか、
あるいはそんなことはどうでもいいのか、それが問題だ。
702下校する:02/04/03 01:41 ID:???
701氏へ。

<福田・松原を受け売りしているだけのノズラーが独自の「かながき」論を持っているわけがないか。
期待したおれがバカだった。>

貴台の一文は意味不明なうへに、最低の禮儀すら辨へてゐないのではないか。

貴台は、「福田氏も「歴史的かなづかいを漢字音まで及ぼさぬ」方針を表明し、
それ以上は言及していない」といふ。この件に關して、福田氏は殆ど發言してゐないと記憶する。
松原氏が「かながき」を論じたとは寡聞にして知らない(存在するのか)。
從つて受け賣り云々どころの話ではない。
また「ノズラー」とは何だ、相手に分らぬことばを使つてはいけない。
「ここでは、小生が實行してゐる事のみを述べ」たまで。
埒外の期待をしてゐないか。話が聞きたければ、相應の態度も必要だろう。
703現実:02/04/03 03:18 ID:???
日本茶のスレとか見てて思うんだけど,
なんで「自称右派」のやつには,
都合の悪いことが出てきたら大見得を切るやつが多いんだろう.
「貴君にはもうつきあいきれない」とか.

とうとうと,万人が納得するまで説明尽くして
大見得を切ればいいのに.どうしてそうしないのだろう.
704右や左の名無し様:02/04/03 07:36 ID:???
>703
本人は格好イイと思ってるんでしょ
705690:02/04/03 09:27 ID:VnOvk1gg
>貴台は、「福田氏も「歴史的かなづかいを漢字音まで及ぼさぬ」方針を表明し、
>それ以上は言及していない」といふ。この件に關して、福田氏は殆ど發言してゐないと記憶する。
>松原氏が「かながき」を論じたとは寡聞にして知らない(存在するのか)。
>從つて受け賣り云々どころの話ではない
そうだよ。だから受け売りだけのノズラーはこの部分については意見が特に
ないわけだ。
「話が聞きたければ」って、意見をもっていないくせに話もくそもねえだろ。
706右や左の名無し様:02/04/03 13:01 ID:???
83 名前:右や左の名無し様 投稿日:2002/03/29(金) 23:54 ID:NYo1hhCz
◆ノズラーとは?
福田恆存の『私の國語ヘ室』に依拠し、正字正假名が現代日本に残された数少ない
伝統であり、これを守ると事こそが真の保守主義者であると主張している人達の意。
自分で正字正假名サイトを運営したり、2chに書き込みしたりして日々「啓蒙活動」
に勤しんでいる。

◆ノズラーの語源
代表的な正假名論者である、野嵜健秀氏に由来する。

◆ノズラーの特徴
正字正假名を使う者こそが真の保守主義者であると信じ切っており、正字正假名を
使わない西部邁・西尾幹二などの保守論客やそのファンを批判非難罵倒するのが
得意。
福田恆存の弟子である松原正を信奉し、ことあるごとに「松原はかう言つてゐる」と
力説する。常に態度がでかいので本来同志であるはずの松原ファンにすら嫌われ
る。
707右や左の名無し様:02/04/03 13:59 ID:???
純表音仮名遣いが一番
708右や左の名無し様 :02/04/03 14:24 ID:???
199 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:01/12/12 02:33 ID:Jf2FJ35A
それと「ノズラー」の“ラ”つて、一體どこから出て來るのかな?
「ノザー」だつたら、まだ解らぬでもないが。(藁
709右や左の名無し様:02/04/03 19:09 ID:lZ2LiJ6P
これまでROMしていたが、書き込む。
(1)みんなもっとノズラー氏に敬意を払ったらどうか。
ノズラー氏はネット上にかなりの個人情報を公開して堂々と論争している。つまり
レースにかなりハンデを背負っている。2ちゃんねるでは名前を出していないが、
出しているも同然。この態度はすがすがしい。匿名なのは悪いことではむろん
ないが、その中で実名を出している人には敬意が払われて当然と考える。

(2)ノズラー氏はちゃんと答えるべし。
だが、論争自体の正否は別問題。
上のやりとりでノズラー氏は690氏の質問にまったく答えていない。
もともと688にノズラー氏が「かながき」と「国語かなづかい」の
問題は別だとかなり見当違いなレスをつけたのが始まり
だろう。それなら自分の考える「かながき論」を表明すべきだ。
それでないとやはり「松原の受け売りだけ」と言われかねない。 
710右や左の名無し様:02/04/04 21:39 ID:BNpkBVUs
>>709
趣旨はわかるが、ノズラーには所詮答える能力なんてないんだよ。
福田・松原を受け売りして、その内容を知らない人に向かって居丈高に
発言しているだけ。だからこのスレや福田スレのように、福田・松原
を多少なりとも読んでいる人が書き込むスレで論争すると、とたんに馬脚
をあらわす。現実氏との論争だってつまらん言葉遊びを繰り返して
いただけだろ。
711右や左の名無し様:02/04/05 09:21 ID:Y77CXN4i
野崎ってまだバカやってたのか? あいつも何年たってもかわらねーな
712結論:02/04/05 12:49 ID:???

松原は右翼、西部は極右。
713右や左の名無し様:02/04/05 18:57 ID:V/skLCUF
 ノズラーの奴、都合が悪くなったらダンマリ。
本当に最低だな。
     
714右や左の名無し様:02/04/05 18:58 ID:tMywmDK1
東国人であることを誇りや自信を子供達から奪い取る皇国史観の歴史教科書は
検定によって禁止もしくは修正されるべきである。
我々が東国人であることに誇りや自信持つことは、決して東国の歴史を美化す
ることから生じるものではない。
アイヌ民族抑圧のような東国の恥ずべき歴史的事実に言及することは一向に差
し支えないのだが、その論じ方がヤマト中心の皇国史観によって、あたかも東
国人には内在的な発展能力がなかったかのように論じられ、東国の歴史的秩序
や東国人の郷土に対する帰属心を破壊するようなことがあってはならないからだ。
その為にも、東国自虐の皇国史観を振りまわす馬鹿右翼は、東国から抹殺され
ねばならない。

東国自虐の皇国史観を粉砕し、東国人が自らの郷土の歴史と文化に誇りを
持てるような健全なナショナリズムと愛国心を涵養しようではないか!!
東国の大地からコヴァ厨房を撲滅する為に今こそ立ち上がるのだ!!
715右や左の名無し様:02/04/05 21:50 ID:???
>>714
トンキン人は黙ってってね
716右や左の名無し様:02/04/06 11:11 ID:CFm80q3Q
ノズラー。
こんな奴に敬意を持てというほうが無理。
こんな実態を知ったら松原さんだって
だまっていないだろう。
まあ、思想は本来危ういものだから、一流思想家からどうしようもない
クズが生まれることだってある。そういう例と考えるべきだろうな。
717右や左の名無し様:02/04/06 15:07 ID:fVk1ISFy
ノズラーとはいったいなんのことだろう??
2ちゃんねらー用語なのだろうか?
718右や左の名無し様:02/04/06 20:57 ID:6/9yjotH
>717
>>706を参照せよ
719右も左も名無し!:02/04/08 01:42 ID:???
>718
自ら説明したらどうなんだ。
720中島だ!:02/04/09 21:35 ID:???

702から690氏へ。

○ 漢字「かながき」についての福田・松原説を受け売りしたかどうかといふ事實の檢證です。

貴台が認めてゐるやうに、「それ以上は言及していない」福田氏に、「かながき」論は殆どない。松原氏に致つては皆無である。從つて、存在しない説を受け賣りできるのかと、貴台に反問したのです。

貴台の答へは、「そうだよ。だから受け売りだけのノズラーはこの部分については意見が特にないわけだ」です。
これは詭辯の見本であつて、その論理缺陷は小學生でも指摘できませう。「ゆとり教育」における總合學習の一環として、早速に教材に採用しませう。

貴台は「期待したおれがバカだった」と告白された。貴台に期待された憶えはありません。貴台の正直な臺詞は、振られた片思ひの演歌です。貴台が大好きさうな「ノズラー」節とやらを效かせて、今夜は、中島みゆきを唄ひませうか。

721右や左の名無し様:02/04/09 21:42 ID:tKNzktnh
>720
全然、反論になってないんですが。
”702から690氏”は、「お前の意見を聞かせろよ」と言ってるんだけど。
722右や左の名無し様:02/04/09 21:48 ID:hjXLfo0y
>>721
同感。690氏は「ノズラーは福田・松原の受け売りをしているだけ」だから、
福田・松原が意見を表明していない「かながき論」については、ノズラーは
「受け売り」ができない、従ってノズラーは「かながき論」について意見をもって
いないのではと言っているわけだ。
723中島です:02/04/09 22:55 ID:???
>721氏へ
「反論」とか、さういふ次元の話ではありませんよ。
>722氏へ
まう一度讀み返してください。貴方の言つてゐる事は見當ちがひでせう。

「ノズラー」とか、何時まで言つてゐるのですか。2chが最初の刑事罰を喰ひますよ。
724右や左の名無し様:02/04/09 23:06 ID:N2VQu4oF
おい、野崎。はたで見てていらいらしてくるぜ。
ぐたぐた言葉遊びをせずにおまえが独自の「かながき」論を
ここで披露すれば一発で問題は解決するだろう。
それが「ノズラー」とか言っている連中への最も有効な反論だ。
どうしてそうしないのか。それとも意見なんか持っていないのか。
725みゆきです:02/04/09 23:16 ID:???
>724氏へ

私は「野嵜」ではありません。中島みゆきと申します。
いま出てゐるCD「日--WINGS」を宜しくお願ひします。
726右や左の名無し様:02/04/09 23:51 ID:5OZmdqCV
低腦ノズラー晒しあげ
727「低腦ノズラー:02/04/10 00:19 ID:???
「低腦ノズラー晒しあげ」と貴方は言ふが、
その前に「ノズラー」とは何か定義すべきである。
728Stealth ◆BoBAlcMs :02/04/10 00:23 ID:???
東亜の安寧と秩序を願うおれがなんでいわれなき冒涜をうけなきゃならんのだ?

プリンスザンゲよ
729726へ:02/04/10 00:25 ID:???
>726氏へ
「低腦ノズラー」と貴方はいふが、どうやら實在の人物を差してゐるやうだ。
これは人權に牴觸しないか。きちんとした返答を求める。
730sage:02/04/10 08:38 ID:g9F3EDqC
コテハンではないが、それに準じる存在として・・
◎ノズラー
 右派系キャラで、コテハンではないが、「正字正かな」を使うので丸分かり。
歴史的仮名遣いこそ正しいと考え、「旧かなは気持ち悪い」というような
発言を見るとむきになって攻撃を仕掛けてくる。
知識レベルは低く、福田恆存、松原正の主張を受け売りしているだけ。福田スレ、
松原スレに出没。
 だが、他のレベルの低い右派とは違うというプライドを持っているために始末が
悪い。松原正という評論家がマイナーなため菊地ほどの人気キャラには
なれないだろう。アニメオタクらしく、この部分は松原の受け売りじゃないな。
首都圏在住。無職?
 知性3、個性4、性格2。
731右や左の名無し様:02/04/10 08:47 ID:g9F3EDqC
ノズラーって菊地ほど面白くない
732右や左の名無し様:02/04/10 13:53 ID:92BuxgXC
>730
全く根拠のない思い込みと憎悪を塗り重ねた文章だね。
何歳の方かしらないけれど、もう少しきちんとした日本語で書込みをお願いします。
733右や左の名無し様:02/04/10 13:56 ID:???
> 歴史的仮名遣いこそ正しいと考え、「旧かなは気持ち悪い」というような
> 発言を見るとむきになって攻撃を仕掛けてくる。

>>732が身をもって証明してくれてます(w
734何用あつて松原へ:02/04/10 14:10 ID:???

>>733

あなたは「正かな」と「現代假名」の區別がつかないことを、「身をもって証明してくれてます」ね。
お笑ひどころの沙汰ではありません。

735右や左の名無し様:02/04/10 20:44 ID:???
 反ノズラー派、擁護派いろいろといるようですが、
ノズラーというのは、松原先生が創出された架空のキャラクターではないで
しょうか。醜いエピゴーネンを自ら創造することで、松原ファンがそう
なることを防ぐのが狙いです。自らとそっくりのことを言っていても
血肉なき思想がいかに醜いか、思想がいかに腐敗していくのかを
松原先生は架空のキャラクターを通じて示そうとしたのではないか。
少なくとも私はそう考えています。
 この架空のキャラは単に松原エピゴーネンの機能を担うだけでは
ありません。アニメおたくなどの性格まで加えられ、実に芸が細かく、リアリティ
がある。
 だが、バカにしてはいけません。「ノズラーは万人の鏡」です。
ノズラーへの嫌悪を感じたとき、それはひょっとしたら自己嫌悪ではないか、
と常に疑うことで松原先生のありきたりのエピゴーネンとなることを
防げるのです。松原先生は「同じ右派だからつべこべ言わずに共闘しろ」
といった意見を最も嫌われるかたでした。自らの思想を口移しにする
ような連中によって自らの思想が腐ってゆくのに堪えられる方だとは
思えません。このようなキャラクターを創造されたのも納得のゆくことです。
 だが、あえて一つ批判すれば、なにしろ架空の人物ゆえに
現実味のなさも目立ちます。たとえば上のやりとりで「独自のかな書き論」
の提示を複数から求められても一向に返事しないところなど、「しょせん
2ちゃんねらーはこんなものだ」とお考えになったゆえに、こういう
キャラクターになったのでしょうが、実際にはそれほど破廉恥な奴
は珍しい。私はノズラーを架空人物と断定するゆえんです。
736松原翁は怒る:02/04/10 21:16 ID:???

>>735 出鱈目野郎へ

「ノズラーというのは、松原先生が創出された架空のキャラクターではないで
しょうか。」

出典を示せ。お前は、なんの爲にここに來るのか。
737右や左の名無し様:02/04/10 21:31 ID:rUbE2AmF
復刊ドットコムで松原先生の「人間通になる読書術」への投票を募っており
ます。なにとぞご協力をお願いいたします。
738結論は:02/04/11 17:25 ID:???

松原先生は右翼、西部先生は極右ってことでいいですか?
739右や左の名無し様:02/04/11 17:35 ID:???
>>738
了解
740右や左の名無し様:02/04/11 22:08 ID:???
西部の方が右なんですか?
741右や左の名無し様:02/04/12 04:11 ID:bxeC1eEl
ノズラー君、つまらない論争にかまけていないで就職したらどうだい。大きなお世話
であることは百も承知だが、きちんとした社会人になることのほうが、こんな論争
で勝つことよりもよっぽど松原さんの教えにかなうように思うんだが。
742右や左の名無し様:02/04/12 10:46 ID:MYXnc8e1
>741
>大きなお世話であることは百も承知だが
他人の就職問題なんぞ論争と関係なし。
ここにおいてはやはり大きなお世話に過ぎず無用の言である。

743右や左の名無し様:02/04/12 17:21 ID:g+JIqG3P
741がいいこと言った!!
744名品だ:02/04/12 19:56 ID:???

IC搖籃期の絶品741再登場!
745右や左の名無し様:02/04/14 07:46 ID:???
>>740
新保守は極右です
746「ノズラー君」といふ君へ:02/04/14 10:18 ID:???

741へ。
自己發振こそ起さないものの、
狹量(ナローバンド)、高雜音(ノイジー)、高偏向(オフセット)、無定見(ドリフト)は741の特徴。
二十年前の補修用部品が在庫があつたのか。
新品の代替品に取り替へんられんことを。
747右や左の名無し様:02/04/15 13:53 ID:???
>746
ふふふ、壊れてきた(プ
748右や左の名無し様:02/04/16 11:28 ID:???
>>747
壊れてるのは君さ(プ
749右や左の名無し様:02/04/16 23:15 ID:???
 野崎君、君ももうそろそろ29だろ。30近くなってアニオタの無職で
恥ずかしくないのか。
 それ以前にネットで天下国家を論ずる身分じゃないだろう。
松原先生だってネット専門の論争家を育てるために君を教えたんじゃあるまい。
福田先生が生きていたら悲しむだろうな。
750右や左の名無し様:02/04/19 00:45 ID:???
age
751 :02/04/19 09:56 ID:???
>>745
西部邁が「新保守」って……。
 「新保守主義」辞書で引いてごらんよ。
 真逆だよ、真逆。

752右や左の名無し様:02/04/20 22:42 ID:???
 しみじみ思うんだが、野嵜の「正字正かな」論って、本当に「正しいから使え」
というだけの薄っぺらなものだね。いかにも無職らしい。ごきぶりと同じで
構造が単純だから根強いけどな。

 俺は別に旧かながいけないと言っているわけじゃない。
 本当に野嵜が社会に出て働いていて、官庁や会社などで
旧かなを使うとすれば会社組織との間に齟齬が生じる可能性だってあるだろう。
そうすれば、それを乗り切るためには上司をこういうふうに説得しろといった
話が出てくるはず。
 私用で書くときだけまず正かなにして、会社では使うな、とか
会社でも内部文書は正かなでも受け入れられるが、
客に見せる文書は現代仮名遣いでガマンしろ、とか。いずれにしても
社会に根ざした戦略論だよな。
 ところが野嵜にはそういう視点がまったくない。
これは野嵜の書く文章の大部分が私用のものであり、少なくともこういう矛盾を
まったく感じなくていい立場にいることを示している。
 
 正論を振りかざす奴というのは往々にして、そういう都合のいい責任のない
立場にいることが多いが、まさに野嵜はそれだな。福田恆存さんなんてそう
いう連中を最も憎んだ人だったはずだけどな。
753752:02/04/21 00:25 ID:???
追加。上記のような点で、野嵜はサラリーマンを「社蓄」などと呼んで
外部から批判していた佐高によく似てるよ。
754右や左の名無し様:02/04/24 23:38 ID:???
ノズラー@バカ age
755右や左の名無し様:02/04/25 03:43 ID:???
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Theater/7703/media/matsubara.ra
このあたりで一服して、↑をじっくりと聴きましょう。


756右や左の名無し様:02/04/25 05:31 ID:???
>>752
趣旨はわかった。
ノズラーが振り回しているのは「平和なときの平和論」「女の正義」って
わけね。でもそれって左翼そのものじゃない?
松原に習ってどうしてそうなるんだ?
757右や左の名無し様:02/04/26 01:36 ID:???
age
758木公原正:02/04/27 17:08 ID:dWuJigwY
ノズラー逃げたか(w
759右や左の名無し様:02/04/27 18:09 ID:???
そりゃ逃げるよ。親のカネという「アメリカの軍事力」に守られて旧かな論という
「平和論」を説くバカに反論の術なんてないだろう。
760右や左の名無し様:02/04/28 01:03 ID:pWc/orh7
>>759
ナイス・レトリック!!
761木公原正 ◆Dx5z0QMw :02/04/28 08:30 ID:s+YSRduG
あまり虐めると、あやつ警察に通報するかもしれんぞ(w
762756へ、761へ:02/04/28 12:53 ID:???

「平和なときの平和論」は「平和なときの戰爭論」、
「女の正義」は「眞紀子の正義」の間違ひだらう。

警察も公序良俗を亂す行爲には注意してゐる筈。

763右や左の名無し様:02/04/28 14:35 ID:???
 ノズラー問題で驚くのは、
「自分のことをお兄ちゃまなどと呼ぶ奴は馬鹿」などと書いている
(これは全くの正論だと思う)くせに、自分の日記には
「おじゃ魔女ドレミ」を見たとか、「プチアップルパイ 卒業」
(何だコリャ?)を買ったとか、読んでいるこっちが恥ずかしくなることを
書いているところ。自分の子供と一緒に見た、というわけじゃないぜ。
そろそろ30になる男だぜ。こいつの自意識はいったいどうなっている
のか。少しは恥部を隠せよ。
764木公原正 ◆Dx5z0QMw :02/04/28 15:46 ID:vTn5BYm4
>762
御貴殿は、ホットドッグプレスに連載されてゐる北方謙三の「試みの地平線」
でも讀んでゐなさいつてこと。
765764氏へ:02/04/29 00:45 ID:???

松原正氏の年來の愛讀者が、北方某など讀むとでも思はれるのか。
北方など名前すら知らない。

福田恆存が、松原さんの御尊父松原正業氏を追悼して書かれた、
「シャーロック・ホームズ鳳凰堂本尊修理に挑む」(全集第五卷)は傑作です。

766木公原正@俺は偉い:02/04/29 20:24 ID:Ky27EkI5
>765のノズ・タケヒデさんゑ
痴見にはお似合ひだよ。
767右や左の名無し様:02/04/29 21:58 ID:???
>>765
 俺も北方は知らないが、それは読むに値しないのに、「おじゃ魔女ドレミ」
や「プチアップルパイ 卒業」は値するのか。
 松原氏は「おじゃ魔女ドレミ」を推奨しているのか。

それと、
>「平和なときの平和論」は「平和なときの戰爭論」、
>「女の正義」は「眞紀子の正義」の間違ひだらう。
この2行の意味がまったくわからない。これらの言葉をさすがにノズラー君が
知らないとは思えないから、何かの当てこすりで言い換えているのだろうが、
「平和」を「戦争」に、「女」を「真紀子」に置き換えると何か俺に対する
批判になるのか。


768ノズラー君が大好きな君へ:02/04/30 00:49 ID:???

「ノズラー君」がよほどお好きなんですね。
769767:02/04/30 01:20 ID:???
>>768
別に好きじゃないが、本名で呼ぶのはさすがに可哀相だからね。
もしそうしてほしいということであれば以後本名にするが。
770ノズラーと言ひたがる君へ:02/04/30 01:27 ID:???

ご本人の承諾を得てからどうぞ。「ノズラー君」に非らざる小生は構ひませんよ。
771右や左の名無し様:02/04/30 01:45 ID:???
31 名前: 株式会社シナジー幾何学 投稿日: 2000/07/17(月) 02:16

>前にどこかのスレに書いてあったけど、なんかこいつYahooでも
>Exciteでも荒らしてる有名人らしいし。

数ヶ月前の話だけど、ここの思想政治板にも一時期出没してたよ。
周囲からアニオタとかいわれてさんざん馬鹿にされてた。
あとは右翼の掲示板とかに行ったら彼に会えるかもしれない。

彼は他人をボロクソにこき下ろすくせに、相手から中傷にも満たないよう
な些細なこと云われたぐらいですぐ怒る。警察に通報するといって騒ぐ。
あげくの果てに管理人さんまで脅迫する。

そんな彼の経歴は、昭和48(1973)年6月3日生。
早稲田大學第一文學部卒業。現在プーだそうだ。

本人が見たらきっと感激するだろうからage

772「ノズラー」を探せ:02/04/30 02:19 ID:???

「ノズラー君」とは何者か。シャーロック・ホームズに頼んだら。
773右や左の名無し様:02/04/30 07:06 ID:6x5TMjwc
>772
野嵜健秀先生。
774右や左の名無し様:02/04/30 18:48 ID:???
そろそろ終わりにしようよ。もう飽きた。
775右や左の名無し様:02/05/01 20:39 ID:KKW465u/
松原正って小室直樹のようなもんでしょ?
776右や左の名無し様:02/05/01 20:48 ID:???
>>775
それは、両者ともとてつもない天才、という意味ですか?
777右や左の名無し様:02/05/01 21:13 ID:KKW465u/
>776
とてつもないアレという意味です。
778右や左の名無し様:02/05/01 21:34 ID:KKW465u/
◆コヴァ
「やっぱ小林よしのりは偉大だよ!朝日新聞読んでる奴等は馬鹿だ!」

◆ノズラー
「やつぱ松原正は偉大だよ!ゴー宣讀んでる奴等は馬鹿だ!」
779右や左の名無し様:02/05/02 07:42 ID:VZ5Rak6P
>775
全然違います。
780右や左の名無し様:02/05/03 13:22 ID:OBrvEgP5
松原正と小室直樹の共通点

@かつて田中角栄擁護の論陣を張った。
A信者がキモい
Bキチガイ
781右や左の名無し様:02/05/08 05:28 ID:???
>>780
しかし、松原正は小室直樹の業績を一切認めていない。
「小室直樹の仕事は雑だ」と一刀両断に切り捨てた。
782一刀兩斷:02/05/09 15:54 ID:ZnR+0ldm
>>780
共通點の擧げ方が雜だ。
783右や左の名無し様:02/05/13 01:19 ID:IoAibkeC
言論は自由だけど、親がかりのプー太郎や、生活保護もらっておきながらネットで
論客よろしく他者を罵倒している奴の発言には、全く説得力が感じられない。働き
なさいよ、このスレのカキコ読んでるそこの君!(w
784右や左の名無し様:02/05/13 18:43 ID:N/t7Mc4X
野嵜サンのHPのトップに「時代とともに「正しい」は變化するが、「現代仮名遣い」は永遠
に間違ひだ。」なんて一節が加わってた。
仮に「現代仮名づかい」が間違いだとしても、「正字正かな」が日本の伝統であることが
証明されるわけじゃないのにね(w


785右や左の名無し様:02/05/14 18:55 ID:3thupni2
>783
馬鹿も休み休み言つて貰ひたい。
經濟力と言説の正否とは何の關はりも無い。
786右や左の名無し様:02/05/14 20:56 ID:???
>>785
 俺は783ではないが、783は発言者の経済力を問題にしているわけではなく、
「生き方」を問題にしているんだよ。脳みそが軽いノザキ君も「草枕」は
読めなくても「それから」くらいは読んだだろう。
 「門野さん。僕は一寸職業を探して来る」といって君も町に飛び出したら
どうだい。
787右や左の名無し様:02/05/14 22:18 ID:wK8+dtS7
>786
單なる人格批判ぢや説得力無いよ(嗤
788右や左の名無し様:02/05/14 22:24 ID:???
ノズラーって何も変わってないな。本当にただのクズ。
少しは内心恥じるところがあるんじゃないかな、と期待していたんだが。

789右や左の名無し様:02/05/14 23:01 ID:EnEc2uQ4
「人間の『生き方』や『暮らし方』の中にこそ、文化はある」とか言ってたの、誰だった
っけ? 「生き方」の問題すら理解できない人間がどんなエラそうなこと言っても、世間
のマトモな人は、相手にしないだろうな。
790右や左の名無し様:02/05/16 20:54 ID:fqadQq/b
昔、野嵜氏のノズラー仲間の中村とかいう奴の掲示板で西尾ファンと論争して
ました。
野嵜は、西尾の「国民の歴史」を読まずに罵倒、西尾ファンは「何で読まずに
批判できるのか?」みたいなことを書いて反論。
これに対し野嵜氏は、「小林秀雄も批評の対象となる本を読まずに批判した」とか
なんとか反論にもならないことを言って反論。
もう馬鹿かと。
791右や左の名無し様:02/05/17 02:14 ID:EbpLj3jz
>>790
撃藁!!
792右や左の名無し様:02/05/17 13:30 ID:???
>>784
撃(w!!





793右や左の名無し様:02/05/17 13:41 ID:???
>>788
仕方がないよ。
野嵜君はしょせんは美少女アニメヲタなんだから。
・・・・ところで、彼は今でも無職なのか?
794右や左の名無し様:02/05/20 22:35 ID:???
皆様お待ちかねのノズラー君の弁明。

ひきこもりと無氣力とは全然違ふ。
ひきこもりは積極的に引籠つてゐるのだが、無氣力な人間は引籠る積極性
すら持たないから、なんとなく仕事をしてゐたり學校に行つてゐたりする。
だから、意外な事に、ひきこもりの方が無氣力人間よりも仕事をきちんと
出來たりする。無氣力人間は仕事をしても中途半端である。

795右や左の名無し様:02/05/21 12:11 ID:1ZU7fPtd
>794
「ああ言えば上祐」の典型(w
796右や左の名無し様:02/05/22 20:04 ID:???
とにかく、松原正先生は偉いのです。
留守晴夫先生もね。
797右や左の名無し様:02/05/22 21:03 ID:???
よくみんな、働く氣になるね。

自活していれば働く気になろうがなるまいが働かざるをえない。
そんなバカなことを言っていられるのは、30近い息子を
扶養している甘い親がいればこそ。そういうセリフは
家を出てホームレスになってから言え。
798右や左の名無し様:02/05/23 00:19 ID:JPIdCJo0
ノズラーは保守だとか伝統だとかって言葉や福田恆存や松原正の思想の中に
ひきこもってるわけだ。
799右や左の名無し様:02/05/25 16:28 ID:JtmXHPa/
松原正が書いた物の中で一番なのは、中公文庫版「人間・この劇的なるもの(福田恆
存)」の解説文。
800右や左の名無し様:02/05/25 17:21 ID:???

今だ!いくぞ800番ゲットォォォォ!!
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄       (´´
     ∧∧   )      (´⌒(´
  ⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡≡(´⌒;;;≡≡≡
        ̄ ̄  (´⌒(´⌒;;
      ズザーーーーーッ
801右や左の名無し様:02/05/26 09:24 ID:???
最近、このスレ醜くなってきたので、今後ノズラー叩きはここでおながいします。

http://tmp.2ch.net/test/read.cgi/sisou/1022372599/l50
802右や左の名無し様:02/05/26 16:49 ID:???
 このスレが醜くなったのはノズラー叩きが横行したためではなく、松原
氏に関する話題が途絶えてしまったのが最大の原因と思われ。
 何か新ネタないの?
803右や左の名無し様:02/05/27 00:09 ID:???
福田恆存の弟子は中村保夫といい、松原正といい
みんないまいち、ぱっとしない。
影響を受けすぎるのもなんだな。
804右や左の名無し様:02/05/27 00:27 ID:L1iecn3G
ところで、西部邁って福田に弟子入りしてたのかな?
805右や左の名無し様:02/05/27 00:36 ID:???
>>804
福田恆存論書いた後、会って付き合いは会ったそうだよ。
佐高信との対談で言ってた。
弟子入りしたかどうかは知らないが。
806松原不正(ただしからず):02/05/27 01:00 ID:L1iecn3G
ホントの所、松原正がメジャア論壇誌から閉め出しくったのって何でなんだろ?
807マサカド:02/05/27 04:24 ID:X2TjZjqk
はいはい、ご無沙汰してますね。一ヶ月以上、放置してからのレスは、礼儀知らずと
罵られるのもやむ得ないですが、百科事典の帰納の定義でも覗けば、誰にでも突っ込める
ところがポイントなので、誰かが突っ込んでくれるかと期待してたんですが。

>>648 魚歌さんへ

>>俺も、現実さんも(おそらく)「伝統が定義できないから存在しない」などとは
>>考えていないですよ

>>532で魚歌さんは「国体や伝統をマジックワードとして利用するのではなく、
はっきりと定義したほうが良いでしょうね。」と書いているし、>>482で現実さんも
「俺はここで「伝統」を,仮に定義しました.定義しないと理屈で論じることが
できないからです.」と書いているから、ごく一般的な解釈の手続きに従い
お二方とも「伝統は定義できる。」という前提をとっていると忖度したんですよ。

>>653 現実さんへ

>>ということは,帰納法の前提として「特殊個別的な諸事実」が余すところ無く
>>集められていなくてはなりません.

その前提自体に異議があるんですけどもね。
まずは、百科事典から帰納法についての抜書きを読んでもらいましょ。

>>帰納法は、あらゆる事例を列挙してその結果をまとめるだけの完全帰納法と
>>若干の事例により一般的命題を立てる不完全帰納法とに分けられるが
>>真に帰納法と呼ばれるものは後者である。前者は論理的には正当であると
>>考えられるが、それは既知の事実のたんなる表示にとどまり、新しい知識を
>>確立するものでない。ゆえに、J.S.ミルはこれをしりぞけ、不完全帰納法こそ
>>真の帰納法と考えた。現実の事例においては、あらゆる事例の完全な列挙は
>>困難というよりはむしろ不可能であるが、若干の事例に関する主張を未知の
>>事例を含む同種の事例全体にまで拡張して、全体的判断をくだすことは
>>論理的には正当でない。

私も、百科事典の筆者と同じく「特殊個別的な諸事実を余すところ無く集める」ことが
できると考えるのは非現実的だろうと思いますね。
808右や左の名無し様:02/05/27 04:25 ID:X2TjZjqk
具体例で論じますと

こないだ読んだ「伊藤博文と朝鮮」高大勝著、社会評論社刊にこういう文章がある。
(今、教科書問題に対応して、日韓共同で歴史を研究しようという動きがある
らしいが、韓国がこの本あたりの歴史認識に沿って、日韓の歴史認識の隔たりを
狭めようというのなら、日本としてもなんとか妥協できるのではないかとも
個人的に思考していますが。)

>>「日本に追いつけ、追い越せ」をスローガンに揚げた韓国は、伝統的東洋思想を
>>基礎にして、近代化を成し遂げた。アメリカ、ヨーロッパ、日本から近代科学
>>技術と文化を取り入れたが、社会生活における儒教の主導的地位は変わらず、
>>国民の行動に大きな影響を及ぼしている。

以上の文章をさらに要約して、「儒教は朝鮮の伝統(的価値観)である。」という
命題を抽出できるでしょう。私自身は、朝鮮については数冊の本を読んだことがある
だけで、韓半島にいったことないし、ハングルもわからんのですが、この命題は
おそらく正しいと判断してるんですよ。今まで読んだ朝鮮関係の文章や論説で、
この命題を否定する文章は読んだことがないから。きわめて個人的な範囲での
帰納法の適用例ですね。

逆に「朝鮮の伝統は儒教である。」 これは多分、成り立たない。
(なぜなら儒教以外にも朝鮮の伝統とみなせるものは存在することが予想されるから。)

809マサカド:02/05/27 04:26 ID:X2TjZjqk
伝統と名のつくものは、すべて特殊で個別的であり、代替の不可能なものである
という意味合いがあると私は考える。したがって特殊個別的な事実を「余すことなく」
集めるという方法論が非現実的であるとすれば、伝統は定義し難いということに
なるだろう。(ベルグソン、ユング、フッサールなどによる一連の近代科学批判の
哲学の流れを汲む考え方でもある。現実とは、すべて特殊な個別的な代替不可能な
事例からばかり成り立っているという考え方。)

以上の仮説から導かれる暫定的結論によれば、伝統は定義できない、ということになる。
810マサカド:02/05/27 04:28 ID:X2TjZjqk
>>648
>>「同等の権利」とはどの権利と同等と主張されているのですか?

流石に、いい加減に書いたとこには、すぐに突っ込んできますね。
いいたいことは、「想像力の優位」に尽きるので、そんなに鋭く突っ込まんでください。
だいたい、あしわけ小船も、古事記伝も、源氏物語も、まともによんどらん私が
「もののあはれ」の説を講釈するのはその辺に転がってる政治パンフを読んで
日本国憲法について猫さんに論戦を挑もうとするのと同じくらいか、それ以上に
無謀でしょうがね。「もののあはれ」の説は、もちろんご存知ですよね? 魚歌さん。

小林秀雄による解釈だと、人間の認識においては、「理性」よりも「感情」が
根底的であるという説です。そして想像力とは、理性の能力というよりは、
感情の能力というべきでしょう。無論、知性が不要などとは、一言も主張した
覚えはないですよ。

「もののあはれ」の説は情緒至上主義ではない、と小林も繰り返し書いておりますしね。
「もののあはれ」の説の小林秀雄による解釈を、また私なりに敷衍すると、あらゆる
社会規範、道徳規範を括弧にいれないと、想像力の可能な限りの自由な行使は不可能だ
ということになるわけです。

すべての歴史は想像力の産物です。(クローチェのテーゼだそうで。)よって現在の
社会規範(ある時代、ある社会において「正しい」と思われていること。)を括弧に
いれない限り、想像力による歴史認識は不十分なものとならざるえません。

一応、証明終わり。
811現実:02/05/28 18:48 ID:qHFZEAkT
>>807
百科辞典の引用部分と,貴方の
>私も、百科事典の筆者と同じく「特殊個別的な諸事実を余すところ無く集める」
>ことができると考えるのは非現実的だろうと思いますね。
という主張の繋がりがイマイチよく分かりません.
あまり関係ないような気がしますが…
812右や左の名無し様:02/06/01 00:10 ID:6ZWgc9L6
のぢたんを罵倒している輩は
自分の非論理的で感情的な罵倒を正当化したい
だけなのではないかと推測.
813右や左の名無し様:02/06/01 00:18 ID:6ZWgc9L6
ところで
どれみって美少女アニメなの?
814age:02/06/01 18:55 ID:6ZWgc9L6
t/o
815マサカド:02/06/02 02:41 ID:ANijbkZS
>>811 まあ、もし現実さんが>>653で、「帰納法の前提として「特殊個別的な諸事実」を
『できるだけ多く』集めなくてはいけません.」と書いていれば、かなり紛れたというか
違う書き方をしなきゃならなかったというか、証明自体がなりたたなかったかもしれない
というか。帰納法の正当性についての議論に深入りしなきゃならなくなると、こっちも
苦しくなりますんで。

でも、「個別的な事例を余すところなく集める」というのと、「個別的な事例を
完全に集める」というのは、日本語では同じ意味になると思う。(語感の問題ですね、
これは。)そこで、>>653で現実さんが帰納法の解説をしたとき、現実さんの念頭に
あったのは、完全帰納法についてのみであり、真の帰納法と呼びうる「不完全帰納法」
については念頭になかったんではないか、という当て推量だけを頼りに、>>807以下の
証明を試みてみたわけです。確かに、たかが副詞の用法の違いひとつだけをとっかかり
にして証明をでっちあげる事に躊躇いは感じましたよ。けれども「伝統は定義できる」
という命題の成否を吟味することが主と考えれば、なんとかなるだろうと見切りを
つけたのです。
816マサカド:02/06/02 02:47 ID:ANijbkZS
>>535
>>今ごろ気づいたけど,国学,宣長は出てきても,まだ「宣長問題」に
>>言及したレスがないような….

以下は単なる妄論ですが、ないよりはマシでしょう。
子安氏の「本居宣長」を読んだけど、あんまり面白くなかった。
「自己栄光化の言説」という、初級レベルの呪文をひたすら唱えてるだけのように
みえた。ラスボス級の相手をするには、それにふさわしい呪文が必要じゃないかな。

まだ、吉本隆明の解釈の方が、宣長の言説への「鎖国」の影響を、重要なファクター
として捉えている分、優れていると判定せざる得ない。
半島や大陸の学者との交流があれば、さしもの宣長も、あれほど好き勝手に
言いたい放題いえなかったんじゃないか。
817マサカド:02/06/02 02:49 ID:ANijbkZS
>>813

おじゃ魔女どれみは、幼女の活躍する魔女っこアニメだよ。前番組の「夢クレ」は
井上ひさしが言及してるから、自ら知識人をもって任ずる人間が「どれみ」を論じた
としても、現代日本では、知識人たる資格に別に差し障りはないんでないかい?
宣長も、浮世絵の様式には、だいぶ不満をもってたみたいだし、そのうえ小児科医が
職業だったときてるから、現代に生きていれば、美幼女アニメに嵌って、ハァハァしていた
としても不思議はないw(ごめんなさい、逝ってきます・・)
818現実:02/06/02 03:15 ID:m5XW3841
>>815
俺は,マサカドさんは>>807 の引用部分の意味を誤解しているように思います.

> でも、「個別的な事例を余すところなく集める」というのと、「個別的な事例を
>完全に集める」というのは、日本語では同じ意味になると思う。

>>653 で「個別的な事例を余すところなく集める」と俺が書いたのは,
「集める主体のAさんにとって,既知の事例を全て集める
(そして,論理一貫して説明する)」という意味です.

要するに,事実に反しているところが明らかにあるならば,それは論として成り立たない,
という意味です.

>>807 の引用も含めて,もう少し詳しいレスは後日しましょう.
(明日の日曜日…というか今日か…か,もしかしたら来週の土日になってしまう
かもしれませんが,その点はご了承を願います)
819右や左の名無し様 :02/06/02 06:43 ID:???
>>816
子安ってやつぁ、支那へ公演に行くと、日本の悪口のリップサービスする
馬鹿なんだよ。「事件としての徂徠学」を読んでみな。
ついでだがな、「自己栄光化の言説」じゃねぇ、「自己同一性の言説」だ。
820マサカド:02/06/02 13:27 ID:ANijbkZS
俺の持ってる岩波新書 「本居宣長」第5章「神をめぐる言説」では

p.177 それはもう堪えがたい臭気を放つ「自己」栄光化の言説以外のものではない。
p.181 六合に照臨する天照大神=日の神の言説であり、まさしく「皇国の自己栄光化
の言説であった。

あとは、自己神聖化の言語とか、専断的解釈とか、自己言及的な言説が持つ
自己循環的な解釈なんてのもあったが、解釈の手つきとしてはどれも一緒。
「自己同一性の言説」というのは、まだみつからんかったが何p.?
821「名無し問題」とは何か:02/06/02 14:26 ID:???
>>820
「『宣長問題』とは何か」(ちくま学芸文庫)の方だね。岩波の方は知らんぜ。
なにせ、岩波新書ではめずらしく永久絶版確実の本だからな。
「韓国からの通信」みたいだな(w
822右や左の名無し様:02/06/02 17:01 ID:dJhctNpO
幼女と美少女は同じなのか?
823右や左の名無し様:02/06/02 20:28 ID:???
>822
ノズラーの話題はこちらでお願いします。
http://tmp.2ch.net/test/read.cgi/sisou/1022372599/l50
824現実:02/06/02 22:42 ID:/AHWNe97
おお,活気が出てきたね.(他のスレッドに長文書いているせいもあるが)
やっぱり時間が無いんで,返答は最悪一週間待ってもらいましょう(笑)

>>821
>岩波新書ではめずらしく永久絶版確実の本
文庫で復刊(?)しているよ.
825現実:02/06/08 02:22 ID:R5OEbsPH
それでは改めて.クソ長いですが,
・帰納法の話 と ・子安さんの『本居宣長』の話です.
初めに逃げを打っておきますが,ヒマを見て書き溜めたので,
矛盾があるやもしれません(笑).

■帰納法?
以下の発言の要旨は>>818 に既にカキコ済みなので,そちらを読んで理解可能
な人は,以下を読む必要がありません.

例により,問題だと思われるマサカドさんのカキコ>>807 を引用.
/////////////////////////////////////////////////////////////////////
>>653 現実さんへ

>>ということは,帰納法の前提として「特殊個別的な諸事実」が余すところ無く
>>集められていなくてはなりません.

その前提自体に異議があるんですけどもね。
まずは、百科事典から帰納法についての抜書きを読んでもらいましょ。

>>帰納法は、あらゆる事例を列挙してその結果をまとめるだけの完全帰納法と
>>若干の事例により一般的命題を立てる不完全帰納法とに分けられるが
>>真に帰納法と呼ばれるものは後者である。前者は論理的には正当であると
>>考えられるが、それは既知の事実のたんなる表示にとどまり、新しい知識を
>>確立するものでない。ゆえに、J.S.ミルはこれをしりぞけ、不完全帰納法こそ
>>真の帰納法と考えた。現実の事例においては、あらゆる事例の完全な列挙は
>>困難というよりはむしろ不可能であるが、若干の事例に関する主張を未知の
>>事例を含む同種の事例全体にまで拡張して、全体的判断をくだすことは
>>論理的には正当でない。

私も、百科事典の筆者と同じく「特殊個別的な諸事実を余すところ無く集める」ことが
できると考えるのは非現実的だろうと思いますね。
////////////////////////////////////////////////////////////////////////
826現実:02/06/08 02:23 ID:R5OEbsPH
端的に言って,俺は,マサカドさんは百科辞典の引用部分を誤解していると思います.
「不完全帰納法」によっても,マサカドさんの>>647 は批判できます.むしろ,
俺は>>653 において「不完全帰納法」的な観点から>>647を批判しているのです.

そこでとりあえず,公平さに欠けることがないよう,百科辞典の引用部分を分かり易く
再構成した上で,具体的に内在的批判を試みることにします.

上記引用によれば,帰納法は二分できる.すなわち,一方は,
1「あらゆる事例を列挙してその結果をまとめる」「完全帰納法」である.
これは既知の事実のたんなる表示にとどまり、新しい知識を確立するものでない.
もっとも,論理的には正当である.
他方は,
2「若干の事例により一般的命題を立てる」「不完全帰納法」である.
これは「既知の事実のたんなる表示」にはとどまらない.もっとも,
若干の事例に関する主張を未知の事例を含む同種の事例全体にまで拡張して、
全体的判断をくだすことは論理的には正当でない。

これらは何を言わんとしているのだろうか.例を用いて説明するとこういうことだ.
827現実:02/06/08 02:24 ID:R5OEbsPH
続き.
【例1】世界にカラスが十羽しか存在しなかったとする.俺はその十羽を全て見た.
どのカラスも黒かった.俺は,実際に全てのカラスを見,それらのカラス
全てに共通する性質から,一般的命題(すべてのカラスが黒い)を引き出すことができる.
すなわち,「全てのカラスは黒い」という命題である.

【例2】家の周りに黒いカラスがいる.近くの駅に黒いカラスがいる.
大学の周りに黒いカラスがいる.俺は黒いカラスしか見たことがない.
もっとも,地球上に存在する全てのカラスを見たわけではない.しかし,
今までに見たカラスに共通した性質(すべてのカラスが黒い)から,
「黒くないカラスは存在しないのではないか?」と推測できる.
この推測は一般的命題の形で表すことができる.「全てのカラスは黒い」と.

…ここで再度,帰納法の意味を明らかにする.広辞苑に依れば,帰納法とは
「個々の具体的事実から一般的な命題ないし法則を導き出すこと」.
同趣旨の定義が>>653 にあります.要するに,誤解を恐れず言えば,
「個別の事象や存在から,共通の性質をぬきだして,その性質について,
簡潔な言い方をすること」.これを帰納法という.

そして,上記の【例1】【例2】を見ると,どちらも帰納法の考え方に従っている
ことが分かるはずです.しかし,よく見ると【例1】【例2】には,微妙に違いがある.
828マサカド:02/06/08 10:32 ID:JcBJBcae
割り込みして悪いっスけど、ちょっと>>816を書き直しますね。

吉本の「本居宣長」評をあらためて読み直したが、よく読むと別に
「鎖国」について云々してないですね。宣長の言説における「交通」の
欠如をはっきり指摘しているのは、むしろ柄谷の方か。というわけで
>>816の「吉本隆明」を「柄谷行人」に書き直します。
柄谷と子安の言説の比較となると、「批評空間」内部での話にしか
ならなそうなので、あんまり比較する意味がなくなるけども。

>>821

「事件としての徂徠学」は、大昔に読んだけど、内容忘れちゃったよ。子安を
読む暇があれば、金谷治や、西郷信綱や、村岡典嗣を読んだ方がよさげかも。
読む暇が在ればね。

それでは続きをどうぞ。
829現実:02/06/09 00:20 ID:bJkLrxUr
昨日,途中から書き込めなくなった...なもんで,とりあえず>>827 の続きから.

【例1】は,物理的に全てのカラスを見た上で「全てのカラスは黒い」と判断しています.
対して【例2】では,ある程度の数のカラスの例を見ただけながら,
それらの例に反しない形で「全てのカラスは黒い」と断言してしまっています.
そうです.同じ「全てのカラスは黒い」という主張ながら,両者では性質が違います.

【例1】の「全てのカラスは黒い」は,明らかに真理です.あらかじめ全てのカラスを
見てそう言っているのですから,間違いようがありません.
対して【例2】の「全てのカラスは黒い」は「真理」ではありません.あらかじめ全ての
カラスを見て確かめてから,そう言っているわけではありませんから.もしかしたら,
白いカラスや茶色のカラスもいるかもしれない.
【例2】の「全てのカラスは黒い」は,白いカラスの実物を提示すれば,
反駁することができる.
対して【例2】はできません.そもそも,全てのカラスを見てから
「全てのカラスは黒い」と言っているのですから.

【例1】の「全てのカラスは黒い」は,論理的に言って正当です.真理ですから.
あらかじめカラスは十羽しかいない.そしてそのカラスを全て見た上で判断しているのだから.
しかし,【例2】の「全てのカラスは黒い」は,必ずしも論理的に正当ではありません.
なぜなら,もしかしたら茶色のカラスがいるかもしれないから.
必ずしも論理的に「正」ではない(実際どうなのかは分からないはずだ)のに,
「全ての〜」と言いきってしまっています.この場合の「全ての〜」は,真理ではなく,
あくまでも「仮説」に過ぎません.

ここまでで,お分かりかもしれませんが,【例1】が「完全帰納法」の例で,
【例2】が「不完全帰納法」の例です(上手く説明できているだろうか.謎だ).

830現実:02/06/09 00:21 ID:bJkLrxUr
【例1】―「完全帰納法」は「既知の事実のたんなる表示」でしょう?
(「全てのカラスは黒い」なんて,その場で見れば誰でも分かる)
対して【例2】―「不完全帰納法」は,限られた例から,新しい「仮説」を確立している.
【例2】―「不完全帰納法」は,人間が想像力を働かせて立てた命題という意味で,
創造性・生産性があります.

(文系理系を問わず)科学は,このようにして立てられた命題―仮説ーを,
実験等によって検証することにより発展しました.その意味では,
人間の知性を示すものとして「不完全帰納法」の方が価値があるでしょう.

このように,不完全帰納法とは,要するに仮説形成の思考上のプロセスを指すものです.
ミルが「不完全帰納法こそ真の帰納法と考え」るのは,人間の知性における,
仮説形成プロセスの重要性を言わんとせんがためでしょう.
人間は若干のデータから仮説を形成し,検証テストを繰り返すことで,
科学を発展させてきた.人間社会の膨大な「科学法則」は,
過去,検証テストに耐えてきた仮説…不完全帰納法により立てられた命題,として
見ることができます.

しかし「不完全帰納法が重要」とは言っても,これは,明らかに事実に反する
命題の存在を許すわけではありません.

再度【例2】を引けば「不完全帰納法によれば,白いカラスが見つかった場合でもなお,
『全てのカラスは黒い』と言い続けることが許される」という意味ではないのです.
事実をもって反駁された仮説 ―不完全帰納法により立てられた命題― は,
間違った命題です.白いカラスがいれば,どんな帰納法によっても
「全てのカラスは黒い」という命題は間違いです.
831現実:02/06/09 00:23 ID:bJkLrxUr
ここで再度>>653 と >>807 に戻りましょう.もはや,どんな帰納法によっても
>>653
>「特殊個別的な諸事実」が余すところ無く集められていなくてはなりません.
ということは明らかです.完全帰納法の場合は,文字通り,世界に存在する
全ての事例を集める必要がある.カラスが十羽しかいなければ,十羽全て.
一万羽いれば,一万羽すべて.

不完全帰納法の場合は,「世界に存在する全ての事例」を集めてくるとは言わないまでも,
それでも,最低限,知っている事例全てには,あてはまらなければならない.
だから,知っている事例・知らなければならない例を全て集める必要がある.
その事例に反していたら,そもそも,命題として成り立たない.

俺は>>653 で「余すところ無く集められねばならない」例として,
「個別の歴史的事実」を挙げています.地球上のカラスを全て
集めてくることが物理的にほぼ不可能なのとはちがい,歴史的事実は
容易に集め得ることができます.少なくとも,簡単に「白いカラス」を出されて
反駁されているようでは,「できる限り歴史的事実を集め仮説を形成した」とは
言えないでしょう.恣意的に都合のいい事実だけ持ってきて,勝手なこと言うな,
と批判されても仕方ありません.これは帰納法でも何でもない.
なぜなら,誰でもすぐに挙げられるような歴史的事実に反しているから.
つまり,「>>653 彼等の言う「伝統」は,帰納推理のレベルで明かに破綻している」.

ちなみに,>>808 >>809 は(不完全)帰納法の話とはあまり関係がないと思います.
言い換えると>>808 と >>809 は,>>807 の「具体例」になっていないと思います.

以上.帰納法の話終わり.あんまり推敲していないので,ツッコミどころがあったら誰か
ツッコんで下さい.説明します.
832現実:02/06/09 00:26 ID:bJkLrxUr
■『本居宣長』について
関係ないが,今後,絶版になった岩波新書は,復刊する場合は岩波現代文庫に
移すそうだ(一般書籍板の岩波文庫・新書スレッドのカキコより).
新書を絶版にしておいて,値段を上げて文庫で出すってのは,やり口が汚いよな.
そのまま新書で復刊させろ,と思わないでもない....

ちなみに『本居宣長』は,テクスト論をはじめとする現代思想の知識が
ある程度ないと,理解するのは厳しいんじゃないかと思う.

以下の文章で,不都合があれば「吉本隆明」を「柄谷行人」に読み替えて下さい>>828 より
>>816
>「自己栄光化の言説」という、初級レベルの呪文をひたすら唱えてるだけのように
>みえた。ラスボス級の相手をするには、それにふさわしい呪文が必要じゃないかな。

何の比喩なのか意味が良く分かりません(ラスボスって誰?).

>まだ、吉本隆明の解釈の方が、宣長の言説への「鎖国」の影響を、重要なファクター
>として捉えている分、優れていると判定せざる得ない。

「宣長問題」「宣長的言説」への鎖国の影響が重要なファクターであるとする
主張の根拠は何ですか?

「(国学あるいは『わが道』においては)『自己』を概念化し,分節化する
言語の欠如の上に,自己象が新たに形づくられることが求められているのである」
現代文庫版『本居宣長』p52,二章末.
要するに,自己…日本…「わが道」…を相対化し,他と比較し,対象化する視点を
排除して,(自己による自己言及を特権化することにより)自己象を形成することが
求められている,と.
こういう「宣長問題」…「自己象の形成の仕方」が批判されているのであって,
歴史的事実としての鎖国は問題にならないのでは?
続く.
833現実:02/06/09 00:39 ID:bJkLrxUr
第一それに,歴史的事実として,江戸時代が本当に「鎖国」と呼ぶに足る状態だったか,
それ自体,議論の余地があるのでは,という気もします.
『海国兵談』のような主張は,ある程度,諸外国についての情報が入手できないと
成立しなかっただろうし.もっとも,一般に入手できる情報が,書面や伝聞など,
間接的なものにとどまっていたからこそ,本居宣長のような主張が成立したとも
考え得るでしょうが.

しかし,著者は,鎖国無き現代においても本居宣長的な言説が徘徊している
と述べているわけで,もしこの観点が妥当だとしたら,
宣長への鎖国の影響はとるに足らぬもの(宣長問題と,歴史的事実としての
「鎖国」は無関係)でしょう.

要するに子安さんの観点は「主張への鎖国の影響」という問題設定自体に,
疑問を投げ掛け得ることを帰結する以上,
鎖国を論じていないから云々というのは,本質的な批判とはならんでしょう.

もっともマサカドさんは「『鎖国』」とカッコつきで述べているので,
この「『鎖国』」は歴史的事実としてのそれではなく,「宣長問題」のことを
指す比喩とも考えられます.が,そうだとすると,上記引用部分のマサカドさんの
主張は「子安の宣長問題の主張よりも,吉本隆明の解釈の方が,宣長の言説の
『宣長問題』を重要なファクターとして捉えている分,優れている」と述べている
ことになってしまい,意味不明の気がします.
834マサカド:02/06/17 05:07 ID:2XhtFUn4
>>827
【例1】は「世界にカラスが十羽しか存在しなかったとする.」という仮定抜きでは
成り立たない帰納的推理であるのに対し、【例2】は通常の帰納的推理ですね。
仮定抜きでは成り立たない推論を完全帰納法の例として持ち出すのは、ちょっと
不適当な気がする。完全帰納法というのは、現在では一般的に数学的帰納法のことを
さすそうですが、数学的帰納法は、実は演繹的推理の一種であるという説もあり
概念の規定が混乱気味。ご推薦の『論理トレーニング』や『ロジカルシンキング』には
完全帰納法と不完全帰納法についてなんかいい記述なかったですか?
こちらはこちらでGoogleで検索かけた結果をまとめてみます。

帰納法について思想史上常に問題になってきたのは以下の論点:

>有限の経験事例から一般的・普遍的なことがらを導くのは、常に誤る可能性が
>あることをわれわれは知っている。それゆえ思想史上問題にされたのは、
>帰納推論を信頼するだけの根拠はあるのかということであった。

帰納推論自体が習慣にもとづいているから、科学的な原因追及において帰納推論を
正当化する根拠はないとしたヒュームの批判以降、帰納推論をどのように科学的な
因果追求の中に位置づけるか、という問題をめぐっていくつかの立場があります。
835マサカド:02/06/17 05:08 ID:2XhtFUn4
@ 帰納には演繹的な根拠があると主張する方向。ミルのように自然の斉一性を
  説いて根拠づけたり、あるいは肯定的な事例の増加とともに仮説の確率が高まる
  ことを証明しようとしたりする(帰納論理)。
  砕いていえば「二度あることは三度ある」ということでしょう。
  
A 帰納は学問的に信頼できないとして捨てる方向。ポパーがこの立場の代表。
  帰納による仮説の検証は論理的に無根拠であるから、科学にとって必要
  なのは、むしろ反証であるという主張。現代科学の基本ですね。

B 帰納に確実な根拠はないが有効な使用法があると主張する方向。

ところで、現代科学における帰納推論の位置づけについての、以上の三つの立場は
いずれも、以下のテーゼを前提にしていることがわかる。

>有限の経験事例から一般的・普遍的なことがらを導くのは,常に誤る可能性が
>あることをわれわれは知っている。

つまり、われわれは想像された完全性を所与の概念としなければ、現実の帰納推理が
不完全なものと認識できないわけである。完全帰納法とは、想像的な完全性を所与と
した推論である。・・うーん、現実さんの説明とあんまり差異がないか?
836マサカド:02/06/17 05:09 ID:2XhtFUn4
>>831
>「個別の歴史的事実」を挙げています.地球上のカラスを全て
>集めてくることが物理的にほぼ不可能なのとはちがい,歴史的事実は
>容易に集め得ることができます.

前段は完全帰納法による推論の例ですが、後段は不完全帰納法による推論の例。
それに、歴史的事実の確定とは、ごく詰まらぬ事についても、驚くほど困難な物
であるという、常識的な見地からしても、「カラスは黒い」と判定するのと
ある「歴史的事実」の確定と、どちらが困難かはいうまでもないでしょう。

>>653
>「伝統」を主張する人たちの「伝統」は,前提となる個別の歴史的事実に反している.
>そのことは,彼等の「伝統」を正当化することにはなりません.

そおですかね? 歴史仮名遣いを巡る論争を、途中の経過を全部端折って
思い切り単純化してみれば

a.「歴史仮名遣いは正しい表記法である。」   (正しい表記法は存在する。)
b.「歴史仮名遣いは正しい表記法とはいえない。」(正しい表記法は存在しない。)
  表記法は恣意的なものである以外ありえない。

こういうことになると思うが、ここで現実さんの発言>>453から一部引用します。

>何をもって「美しい」とするかは個人の主観の問題です.
>したがって「美しさ」の「正しさ」などというものは決められません.

ここから、「何が正しいかは主観の問題である。」という命題を演繹できるなら
a.とb.は両立する、という話にしかならないでしょう。つまらん結論だから
どうでもいいですけど。
837マサカド:02/06/17 05:10 ID:2XhtFUn4
>>831
>ちなみに,>>808 >>809 は(不完全)帰納法の話とはあまり関係がないと思います.
>言い換えると>>808 と >>809 は,>>807 の「具体例」になっていないと思います.

伝統の実在性が帰納法によって証明できるか、という話をしてるんだから
伝統についての命題を例示しなきゃしょうがないっしょ。

「儒教は朝鮮の伝統(的価値観)である。」
これは伝統についての命題ですよね? 現実さん。

「儒教」が関係ないというんなら

「キムチは朝鮮の伝統(的漬物)である。」
「チマチョゴリは朝鮮の伝統(的衣服)である。」

「朝鮮」が関係ないということなのかな? それなら

「熊祭りはアイヌの伝統(的祭儀)である。」
「琉球唐手は沖縄の伝統(的武術)である。」

どれでもいいし、全部についてならなおいいです。真偽を判定してみてくださいな。
子安氏の「本居宣長」については、内容に立ち入って分析しなくてはならないので
来週まで待ってくださいね(はぁと
838現実:02/06/18 00:49 ID:QGhm/bWp
おお,久々に書きこみが増えているね.
ヨソで忙しいのでちょっとまた待ってもらうよ(笑).

ところで,百科辞典からの引用でもgoogle検索の結果でもそうだけれど,
ネタがあるものはきちっとソースも引用してくれるとうれしいです.

839現実:02/06/18 01:11 ID:QGhm/bWp
>>834
> 【例1】は「世界にカラスが十羽しか存在しなかったとする.」という仮定抜きでは
>成り立たない帰納的推理であるのに対し、【例2】は通常の帰納的推理ですね。


何か,マサカドさんは根本的に論理学を誤解しているような気がする.

推論は,要するに思考なり議論なりの手順に過ぎないのだから,
仮定の議論においても成り立つと思うのだけれど.

例えば,経済学のテキスト記載のケースは,ほとんどが
「ここに〜という条件で〜があったとする〜」式の仮定の議論だが,
推論は成り立つよ.当たり前だけれど.
「実在」の概念や事象であろうとなかろうと,関係ありません.
というか,単なる論理の連なりなのだから,実在か否かで
区別するのはおかしいと思うのですが.

だから,言語を使用した議論ならば,仮定であろうとそうでなかろうと
あてはまって当然で,通常もクソもないと思うのだけれど.
(なんか,ソレ専門の人が見たら怒られそうないい加減な書き方だけれど,許してちょ)

詳しくは近いうちにレスします.まだ全部読んでないので.


あと,関係ないけど,
マサカドさんの元ネタって『数学嫌いな人のための数学』じゃないよね?(笑)
840右や左の名無し様:02/06/19 17:06 ID:o7SbdLn6
文学板にも松原スレ立てたのでよろしく。
http://book.2ch.net/test/read.cgi/book/1024457338/l50
841現実:02/06/23 23:58 ID:FJZ2q+S1
>>834
>仮定抜きでは成り立たない推論を完全帰納法の例として持ち出すのは、
>ちょっと不適当な気がする。

>>839でもちょっと書きましたが,例が仮定か否かは論理・推論の正しさには
関係がないと思いますが.個々の命題をA1,A2,A3,A4,A5,A6…Anとし,
そこから導き出される結論をCとすると.帰納法(推論)とは,要するに

[1]
推論式 A1,A2,A3,A4,A5,A6…An→C
論理式 (A1∧A2∧A3∧A4∧A5∧A6…∧An)⊃C
つまり「A1かつA2かつA3かつA4かつA5かつA6…かつAnならばC」

…という推論のことで,加えて完全帰納法は,[1]と同時に

[2]
C⊃(A1∧A2∧A3∧A4∧A5∧A6…∧An)
つまり「CならばA1かつA2かつA3かつA4かつA5かつA6…かつAn」

が成り立つ(まてよ,「逆」ではなくて
 「対偶」¬C⊃¬(A1∧A2∧A3∧A4∧A5∧A6…∧An) か?)が,
不完全帰納法にはこれが成り立たない,というだけの話で,式を満たす命題が
仮定の話か否かは関係がないでしょう.論理的な命題は,
言葉の定義という条件のみを前提として,主張の真偽をチェックできるようなものに
他ならない(野矢茂樹『論理学』p6).
842現実:02/06/23 23:59 ID:FJZ2q+S1
論理でチェックできるのは「『命題の連なり』が論理的であるかどうか」
ということだけで,純論理的に言えば,その命題や連なりが「常識的」であるかどうか,
とか「正しい前提であるかどうか」などは,チェックできないのでは.

1女性には出産能力がない.
2「現実」は女性である.
3それゆえ「現実」には現実には出産能力がない.

この推論において,1・2は「誤った前提」です(女性には出産能力があるし,
俺は男だ)が,推論自体は論理的に正しい.

もともとこの議論の発端になったのは,俺の>>653
>「彼等の前提に反する事実が存在する以上,
>彼等は間違った帰納推理を行っている」と主張しているのです.
だと思いますが,もう少し正確に書けば,
「彼らの前提に反する事実が存在する以上,彼らは間違っている.
誤った前提から帰納推理を行っているから,間違った帰結を導いている」と.


>完全帰納法というのは、現在では一般的に数学的帰納法のことを
>さすそうですが、数学的帰納法は、実は演繹的推理の一種であるという説もあり
>概念の規定が混乱気味

そういう雑学はどっから拾ってきたんでしょうか.
どういう文脈でそういう発言がなされていたのか分からないと,「〜という説もあり」
と言われても返答に困ります.何を指して言っているのかよく分からない.
ネタ元を挙げて下さい.

>ヒュームの批判以降、帰納推論をどのように科学的な
>因果追求の中に位置づけるか、という問題をめぐっていくつかの立場があります。

数理系の学問は,学説の歴史的な歩みを挙げても,
資するところは少ないんじゃないかと思わないでもないです.
843現実:02/06/24 00:00 ID:U1mQtiG2
>前段は完全帰納法による推論の例ですが、後段は不完全帰納法による推論の例。
>それに、歴史的事実の確定とは、ごく詰まらぬ事についても、驚くほど困難な物
>であるという、常識的な見地からしても、「カラスは黒い」と判定するのと
>ある「歴史的事実」の確定と、どちらが困難かはいうまでもないでしょう。

大上段の一般論を敷衍してはなりません.
1徳川家康は存在しなかった
2歴代徳川将軍は家康の子孫である
3もし家康が存在しないならば徳川幕府は存在しない
この論法に「論理的な」誤りはないはずです.しかし3の結論が歴史に照らして
誤りであることは,小学生でも分かるでしょう.1が間違いであることは疑い得ません.
もっとも,タイムマシンもない以上,現実に見ていない徳川家康という人物が
存在したのかは,厳密に考えれば断定できないはずですが,資料や史書の存在から,
家康の存在を疑うことはほぼできません.そして,「ほぼできない」ことをもって
「歴史的事実」としているのです.家康の存在を否定するのは簡単です.
家康の存在を否定する,「信憑性の高い」資料なり史書なりといった,「白いカラス」を
持ち出せばいいのです.反証の作法は論理的に,カラスの例と同じなのです.

すなわち,伝統論者が伝統とみなす「伝統」についても,彼らの前提とする
「歴史的事実」について,その見識の狭さ,認識不足などを指摘すれば,
彼らの「伝統」が「誤り」であると指摘することができます.

>ここから、「何が正しいかは主観の問題である。」という命題を演繹できるなら
>a.とb.は両立する、という話にしかならないでしょう。

ちゃんとレスの流れを見ていますか.「何が正しいかは主観の問題である。」だからこそ
俺は,歴史的仮名遣い論者が,どういう定義で「正しい」を使っているか,執拗に聞いて
いたんですよ.
844現実:02/06/24 00:03 ID:ei9pYZxe
しかも貴方は俺の推論を難ずるわりには,
>b「歴史仮名遣いは正しい表記法とはいえない。」

>(正しい表記法は存在しない。)
をイコールで考えるという論理的な間違いを犯しています.
前者の主張は「正しい表記法は存在しない」という主張を必ずしも含みません.
前者の主張によれば,「歴史的仮名遣い以外の正しい表記法」が存在する可能性が
あるでしょう.A→B は必ずしもB→Aではありません.
要するに「逆は必ずしも真ならず」です.
ちなみに俺がしていた主張は「表記法は恣意的なものである以外ありえない。」
イコール「正しい表記法は存在しない」ということです.
帰納推理にツッコンでくるのに,どうして高校生レベルの論理的ミスを犯すのか
理解ができません.高校数学の証明や集合の部分をもう一度読んでみて下さい.
ストレートの投げ方をきちんと覚えていないのに,カーブばかり投げていると
ヒジを壊しますよ.

>つまらん結論だからどうでもいいですけど。

つまらん主張をせんで下さい.
845現実:02/06/24 00:05 ID:ei9pYZxe
>>837
>伝統の実在性が帰納法によって証明できるか、という話をしてるんだから
>伝統についての命題を例示しなきゃしょうがないっしょ。

「証明」できますよ.で?

>「儒教は朝鮮の伝統(的価値観)である。」
(略)
>どれでもいいし、全部についてならなおいいです。真偽を判定してみてくださいな。

妥当な定義を与えていれば論理的な真偽は判定可能だし,容易ですよ.
「儒教」「朝鮮」「伝統」を定義して下さい.論理的な真偽の判定に
5秒もかかりません.キムチだのチョゴリだのの例も同じです.


もう一度述べますが,
「伝統論者が提示している前提が歴史的事実に照らして妥当ではない,整合していない」
と言っているのです.

>>844
>ストレートの投げ方をきちんと覚えていないのに,
>カーブばかり投げているとヒジを壊しますよ.

まあ,人のことは言えませんが…
846マサカド:02/06/24 05:05 ID:Mnfoj5TZ
>>838
完全帰納法の解説については、以下のリンク先にほぼ依拠してます。
ttp://www.yokkaichi-u.ac.jp/~ushijima/pc_info/thema/hyperdic/data/0000-1770.html
>>841
なるほど、それなりに明快に違いが把握できそうですね。

>>844
細かいとこにまで、突っ込みがはいりますねw ただ並べて書いてみただけで
「」内と()内は等しいなんて、一言もかいてないですよ。「」と()の関係に
ついても何も定義してないし、この表記からだけでは、私が「」内と()内を
等しいと考えているという結論はだせないはずだろうと私は思ったが、現実さんは
そうは思わなかったらしい。表記法の恣意性なるものが露わになりましたね。
誤解を与える表現であることは確かだから()内以下は切り捨ててもいいです。
揚げ足取りじみた突っ込みはこれで終わりにしときますわ。
847マサカド:02/06/24 05:06 ID:Mnfoj5TZ
>>845

定義の循環による無限後退か・・?(しかし「妥当な定義」って誰が妥当かを
判断するんだろ・・) だが現実さんは>>653

>マサカドさんの「定義できないからといって存在しないわけではない」
>という主張それ自体は正しいかもしれません

と言明してるんですよ。現実さんは「かもしれない。」と書いているが
「定義できないから存在しないわけではない。」これの真偽の判定を要求
したら解答いただけるのかな?

もし、「正しい」と判定してもらえるなら、「妥当な定義」が与えられなくても
存在の判定はできないわけじゃないですよね。したがって、「妥当な定義」を
与えなくても「儒教」「朝鮮」「キムチ」「アイヌ」「沖縄」「伝統」は存在するか
否か、判定することはできないわけじゃないですね。

じゃ、以上にあげた諸要素についての存在の判定をおながいします。
848マサカド:02/06/24 05:07 ID:Mnfoj5TZ
>>839
えー、仮説たてた事それ自体が問題といってるわけじゃないので誤解なきよう。
私も子安氏の「本居宣長」の読解にあたって、色々仮説をたてて解釈をおこない
ましたから。

>>832
>ちなみに『本居宣長』は,テクスト論をはじめとする現代思想の知識が
>ある程度ないと,理解するのは厳しいんじゃないかと思う.

まず、現代批評理論を援用して分析した結論が、「宣長の言説は自己言及的
自己栄光的である。」これに尽きるって事なら、わざわざ現代思想の
用語を用いて分析する必然性はないです。現代のテクスト理論などまるで
知らなかった上田秋成の宣長に対する論難の内容も、ほぼこの結論と同様と
いっていいでしょう。

とりあえずここでは、岩波新書の「宣長」について、現代批評理論を宣長の
テキストに対して適用した実践の一例として読解します。
849マサカド:02/06/24 05:08 ID:Mnfoj5TZ
とりあえずは、『漢字三音考』を巡る子安氏の分析を取り上げましょう。
(三音考読まずに、ほんとにこんな事かいていいんか?、という疑念は消えないが
ま、いっか、2chだし。)子安氏は、宣長の古事記読解における基礎的作業である
『漢字三音考』のテキストに、漢字文化の導入過程に対する宣長の認識の転倒を
みいだします。

>皇国は万国にすぐれた国であるゆえ、この国の音声言語は正しいのだと
>宣長はいうのである。 (岩波新書「本居宣長」p.62)

この認識が転倒しており、自己正当化的な同義反復であると子安はいいます。
漢字到来後の、古代日本の音声と漢字音の間の相互作用をまるで考慮にいれない
非常識な論であると。ひとまずは同意しますが、宣長がこの謬れる前提から
いかなる謬れる結論をひきだしたか、すなわち漢字三音考の内容と、この謬れる
前提との間の具体的な関係はどうなのか、何も示されてないんですよ。
一例でも具体的な分析が示されていれば、認識の転倒を指摘する試みも、読者に
とって意味をもったと思いますが、これじゃ、一読者として、子安氏が宣長の認識の
転倒を闡明したと判定することは、とてもできないですね。(以下来週)
850現実:02/06/26 00:39 ID:???
では,続きをマサカドさんが書き終わったら
具体的なレスをつけることにしましょう.

あ,あらかじめ明言しますが,
どういう流れに転んだとしても,俺のレスはこのスレでおしまいにします.
1000止まり.もしパート2が立っても関知しません.

キリがなさそうだから(笑)
851マサカド:02/07/02 12:18 ID:TedBINCj
返事が遅れてスマソです。
>>832
ラスボスというのは、ドレミねたで一文奏したいという誘惑に抗し得ず
どれみ → 魔女 → 呪文 → RPG → Last Boss という
連想経路によって、>>816>>817に繋がりをつけるために持ち出した
単語です。気にしないでください。

吉本隆明の宣長評価を以下に抜粋します。
(現代企画社 小林秀雄を<読む> 中の 『本居宣長』を読む、より引用)

>「宣長の『古事記』理解とそこからみちびいた「漢意」を排する論や
>怪し気な「まことの道」論の方は駄目だが『源氏』の核心に物語
>「物のあはれ」説を抽き出した文芸批評家宣長の方はほとんど無条件に
>素晴らしいのだ、といいかったのではないのか。

私からみると、子安氏の分析は、現代批評理論の応用例としては水準のものではあるが

「宣長の再生とは、近代における「日本とは」「日本人とは」と求めるような
自己言及的な言説の再生なのである。」(岩波新書「本居宣長」p.4)

かかる自己言及的な言説を紡ぎ出すものとしての宣長に対してのみ着目し
文芸批評家、物語の理論家としての宣長を閑却することで、かえって
「本居宣長はたえず再生する。」(同書p.1)その理由をとらえそこなっていると
しか思えない。この点に関する限り、吉本隆明の解釈のほうが優れていると
判定したわけです。宣長が、仮に単なる皇国主義のイデオローグでしかなかったら
日本の言説空間の中でたえず再生しつづけることはできなかったでしょう。
852マサカド:02/07/02 12:19 ID:TedBINCj
天地創造の神話については、物語の構造分析の方法が使用されているみたいだし
篤胤国学の分析については、無学なのでほとんど理解できなかったので
この程度では、子安の分析に対する内在的批判とはまだいえんでしょうが。

>>832
>「宣長問題」「宣長的言説」への鎖国の影響が重要なファクターであるとする
>主張の根拠は何ですか?

外国の学者が目の前にいれば、皇国がどうこうとはなかなかいえないだろう
という単なる常識に基づいた主張です。

ちくま学芸文庫の「宣長問題」とは何か、も手に入れたので、関連する事項を
整理しておきます。

「宣長問題」とは、加藤周一氏が「ハイデガー問題」との関連の中で
「ハイデガー問題」をモデルにして提出された問題であるということです。
「そのナチズム支持が『存在と時間』のハイデッガと、どう関係していたのか
 という問いは、まさに『馭戎慨言』が『古事記伝』の宣長と、どう関係して
 いたのか、という問いに似ている」(「宣長問題」とは何か p.21)

いわば、ハイデガー問題からアナロジーによって立てられた問題なのですが
宣長とハイデガーでは生きた時代が全く異なるし、こういう超歴史的な問題
設定が許されるなら、私としては、ポパーが「開かれた社会とその敵」で
提出した「プラトン問題」との類似性に着目するほうが、有効だろうと
おもうんですよ、私はね。
853マサカド
>しかし,著者は,鎖国無き現代においても本居宣長的な言説が徘徊している
>と述べているわけで・・

「宣長的言説」とは何か、についてある程度定式化しておいてほうがいいでしょう
から、本居宣長的言説の本質と私が考えるところのものを、呵刈葭から抜粋して
以下に現代語に訳して定式化しておきます。

「皇国は日の神である天照大御神のうまれた本国であるから、世界でもっとも
 優れている。ゆえに世界の国々はすべて我が国に朝貢すべきである。」
 
手始めに、森前首相の「日本は天皇中心の神の国」発言が、宣長的言説とみなしうる
かについて、考察してみます。前首相の発言と上記の定式化された言説を比較すると
森発言は「日本は神の国」としかいっておらず、「神の国であるがゆえに尊い」とは
いっとらんし、「国民によく承知していただく」という一節も宣長の説く神道の本質の
説明 「神道は異国の道と違って、教えというものがない。」に照らし合わせると
およそ非神道的な非宣長的な発言としか思えない。現代の国粋主義的団体のHPを
いくつかみてみたが、上記の定式を綱領として正式採用している団体はみたことが
ない。あらゆる電波がとびかう2chでも、上記の定式と意味が一致する言説は
めったに採取できんでしょう。したがって、「宣長的言説」とは、上記に定式化された
ものであるという仮説を採る限り、現代日本において「宣長的言説」は流通していない
と結論します。上記定式に類似した言説がまともに流通していたのは、私の知る限り
アクタ共和国ぐらいですよ。