新人職人がSSを書いてみる 17ページ目

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1通常の名無しさんの3倍
新人職人さん及び投下先に困っている職人さんがSS・ネタを投下するスレです。
好きな内容で、短編・長編問わず投下できます。

分割投下中の割込み、雑談は控えてください。
面白いものには素直にGJ! を。
投下作品には「つまらん」と言わず一行でも良いのでアドバイスや感想レスを付けて下さい。
荒れ防止のため「sage」進行推奨。
SS作者には敬意を忘れずに、煽り荒らしはスルー。
本編および外伝、SS作者の叩きは厳禁。
スレ違いの話はほどほどに。
容量が450KBを越えたのに気付いたら、告知の上スレ立てをお願いします。
本編と外伝、両方のファンが楽しめるより良い作品、スレ作りに取り組みましょう。

前スレ
【ドキドキ】新人職人がSSを書いてみる【ハラハラ】16
http://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/shar/1225020771/l50

前々スレ
【ドキドキ】新人職人がSSを書いてみる【ハラハラ】15
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/shar/1217937925/l50


まとめサイト
ガンダムクロスオーバーWIKI
http://arte.wikiwiki.jp/

旧まとめサイト
ttp://pksp.jp/10sig1co/


2巻頭特集【テンプレート:2009/03/19(木) 07:17:24 ID:???
〜このスレについて〜

■Q1 新人ですが本当に投下して大丈夫ですか?
■A1 ようこそ、お待ちしていました。全く問題ありません。
但しアドバイス、批評、感想のレスが付いた場合、最初は辛目の評価が多いです。

■Q2 △△と種、種死のクロスなんだけど投下してもいい?
■A2 ノンジャンルスレなので大丈夫です。
ただしクロス元を知らない読者が居る事も理解してください。

■Q3 00(ダブルオー)のSSなんだけど投下してもいい?
■A3 新シャアである限りガンダム関連であれば基本的には大丈夫なはずです。(H21,3現在)

■捕捉
エログロ系、801系などについては節度を持った創作をお願いします。
どうしても18禁になる場合はそれ系の板へどうぞ。新シャアではそもそも板違いです。

■Q4 ××スレがあるんだけれど、此処に移転して投下してもいい?
■A4 基本的に職人さんの自由ですが、移転元のスレに筋を通す事をお勧めしておきます。
理由無き移籍は此処に限らず荒れる元です。

■Q5 △△スレが出来たんで、其処に移転して投下してもいい?
■A5 基本的に職人さんの自由ですが、此処と移転先のスレへの挨拶は忘れずに。

■Q6 ○○さんの作品をまとめて読みたい
■A6 まとめサイトへどうぞ。気に入った作品にはレビューを付けると喜ばれます

■Q7 ○○さんのSSは、××スレの範囲なんじゃない?
△△氏はどう見ても新人じゃねぇじゃん。
■A7 事情があって新人スレに投下している場合もあります。

■Q8 ○○さんの作品が気に入らない。
■A8 スルー汁。

■Q9 読者(作者)と雑談したい。意見を聞きたい。
■A9 旧まとめサイトへどうぞ。そちらではチャットもできます。

■捕捉
旧まとめサイトのチャットでもトリップは有効ですが、間違えてトリップが
ばれないように気をつけてください。

3巻頭特集【テンプレート】:2009/03/19(木) 07:18:58 ID:???
〜投稿の時に〜

■Q10 SS出来たんだけど、投下するのにどうしたら良い?
■A10 タイトルを書き、作者の名前と必要ならトリップ、長編であれば第何話であるのか、を書いた上で
投下してください。 分割して投稿する場合は名前欄か本文の最初に1/5、2/5、3/5……等と番号を振ると、
読者としては読みやすいです。

■補足 SS本文以外は必須ではありませんが、タイトル、作者名は位は入れた方が良いです。

■Q11 投稿制限を受けました(字数、改行)
■A11 新シャア板では四十八行、全角二千文字強が限界です。
本文を圧縮、もしくは分割したうえで投稿して下さい。
またレスアンカー(>>1)個数にも制限があるますが普通は知らなくとも困らないでしょう。
さらに、一行目が空行で長いレスの場合、レスが消えてしまうことがあるので注意してください。

■Q12 投稿制限を受けました(連投)
■A12 新シャア板の場合連続投稿は十回が限度です。
時間の経過か誰かの支援(書き込み)を待ってください。

■Q13 投稿制限を受けました(時間)
■A13 今の新シャア板の場合、投稿の間隔は最低十秒以上あかなくてはなりません。

■Q14
今回のSSにはこんな舞台設定(の予定)なので、先に設定資料を投下した方が良いよね?
今回のSSにはこんな人物が登場する(予定)なので、人物設定も投下した方が良いよね?
今回のSSはこんな作品とクロスしているのですが、知らない人多そうだし先に説明した方が良いよね?
■A14 設定資料、人物紹介、クロス元の作品紹介は出来うる限り作品中で描写した方が良いです。

■補足
話が長くなったので、登場人物を整理して紹介します。
あるいは此処の説明を入れると話のテンポが悪くなるのでしませんでしたが実は――。
という場合なら読者に受け入れられる場合もありますが、設定のみを強調するのは
読者から見ると好ましくない。 と言う事実は頭に入れておきましょう。
どうしてもという場合は、人物紹介や設定披露の短編を一つ書いてしまう手もあります。
"読み物"として面白ければ良い、と言う事ですね。


4巻頭特集【テンプレート】:2009/03/19(木) 07:23:06 ID:???
〜書く時に〜

■Q15 改行で注意されたんだけど、どういう事?
■A15 大体四十文字強から五十文字弱が改行の目安だと言われる事が多いです。
一般的にその程度の文字数で単語が切れない様に改行すると読みやすいです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
↑が全角四十文字、
↓が全角五十文字です。読者の閲覧環境にもよります。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あくまで読者が読みやすい環境の為、ではあるのですが
閲覧環境が様々ですので作者の意図しない改行などを防ぐ意味合いもあります。

また基本横書きである為、適宜空白行を入れた方が読みやすくて良いとも言われます。

以上はインターネットブラウザ等で閲覧する事を考慮した話です。
改行、空白行等は文章の根幹でもあります。自らの表現を追求する事も勿論"アリ"でしょうが
『読者』はインターネットブラウザ等で見ている事実はお忘れ無く。読者あっての作者、です。

■Q16 長い沈黙は「…………………」で表せるよな?
「―――――――――!!!」とかでスピード感を出したい。
空白行を十行位入れて、言葉に出来ない感情を表現したい。
■A16 三点リーダー『…』とダッシュ『―』は、基本的に偶数個ずつ使います。
『……』、『――』という感じです。 感嘆符「!」と疑問符「?」の後は一文字空白を入れます。
こんな! 感じぃ!? になります。
そして 記 号 や………………!! 



“空 白 行”というものはっ――――――――!!!



まあ、思う程には強調効果が無いので使い方には注意しましょう。

■Q18 第○話、って書くとダサいと思う。
■A18 別に「PHASE-01」でも「第二地獄トロメア」でも「魔カルテ3」でも「同情できない四面楚歌」でも、
読者が分かれば問題ありません。でも逆に言うとどれだけ凝っても「第○話」としか認識されてません。
ただし長編では、読み手が混乱しない様に必要な情報でもあります。
サブタイトルも同様ですが作者によってはそれ自体が作品の一部でもあるでしょう。
いずれ表現は自由だと言うことではあります。

■Q19 感想、批評を書きたいんだけどオレが/私が書いても良いの?
■A19 むしろ積極的に思った事を1行でも、「GJ」、「投下乙」の一言でも書いて下さい。
長い必要も、専門的である必要もないんです。 専門的に書きたいならそれも勿論OKです。
作者の仕込んだネタに気付いたよ、というサインを送っても良いと思われます。

■Q20 上手い文章を書くコツは? 教えて! エロイ人!!
■A20 上手い人かエロイ人に聞いてください。
5弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/03/19(木) 21:15:26 ID:???
小さな島に風が吹く

第9話『チカラの使い方(後編)』(1/7)

「みっともねぇ。ギャアギャア騒ぐなよ、おっさん。エコーがかかってウザってぇだろ。うしろの
ジジィの位置を確認しに行ってたから遅くなった。てめぇが一緒に連れてくればすぐにこれた
んだよ、バカ。余計な手間取らせやがって。――カトリ、あんた……」
 真横でライフルを構えているBBは全く無視しして、いきなりどこからともなく現れたリコは
BBを突き飛ばすとカトリの手を取る。
「ふざけるな、ガキィ!!」
 銃身を上げようとしたライフル、リコはただ手で払ったように見えた。但し銃身には殴った跡が
くっきりと残る。なんだコイツは、ガキの癖に……。明らかな違和。まるで計算出来ない行動。
不遜が服を着たようなBB、その彼が恐怖を感じてゆっくり後ずさっていく。

「やたら鈍いな。見た目で舐めてるのはおまえだ……。バレルが曲がった。暴発させたきゃ撃て。
――カトリ、大丈夫か? お、おい! 返事してくれ!」
 クロゥを抱き起こすリコ。背中からライフル弾がボロボロと落ちてコンクリートの床に音を立てる。
「ゴフッ……しくじ、ちゃった。ゴメン、ね、リコ……。結局、私はキミに、何も……。……せめて、
キミに、キミの、ガハっ……わた、し……おしえ……。本当の、わた、――キミ、に……リ、コ」
 クロゥの首が持ち上がると唇がリコの唇に触れる。初めて感じる柔らかい感触とそして鉄の味。
一瞬ののち、クロゥの頭は少しずつずり落ちていく。
「カトリっ! 俺は、まだアンタに教えて貰わなきゃいけない事が! ……いや俺は、アンタが!」
「り、……ゲはっ……ぐ!。キミは立派な、オトナ、に……、オトコに……。なって…………。そして、
みん、な……のこ……と……」
 最期にリコと目のあったクロゥは、物知りおねぇさんの顔で微笑んでみせるとそのまま全身の
力が抜け目を閉じる。

 口元を赤くぬらしたリコは、壊れ物を扱うようにそっと床にクロゥを横たえた
 動かなくなったクロゥを見下ろす彼。その目には、だが悲しみなど無かった。其処にあったのは
残酷なまでの怒り。その直後に飛んできた銃弾が直撃せず、彼の右の頬に赤い筋を作っただけ
に終わったのは怒りが弾道をねじ曲げたのかも知れない、と言うのが表現として行き過ぎては
居ないと思えるほどに。
6弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/03/19(木) 21:16:52 ID:???
第9話『チカラの使い方』(2/7)

 銃声の方向にゆっくり振り返るリコ。つい今し方の怒りが嘘の様な無表情な顔は、もはや
子供のそれでは無い。
「最初に聞いておく。おまえ、コーディネーターか?」
 拳銃を構えたBBがじりじり後退しながら叫ぶ。
「それがどうした! 貴様もそうだろうが!?」
「……俺は違う」
 まるで抜き手も見せずに拳銃を構えると、いきなり連射するリコ。勿論ボディスーツの
防弾素材、その一番厚い場所は外さない。一気に弾倉の弾全てを撃ち終える。
「がっ、なん……! いったい、何を……」
「安心した。俺が殺しても問題ないって事だ……。気絶なんかしてねぇよな? あんたこれから
チャンスタイムだぜ?」

 いつの間にそんなに離れたんだよ、構えろよ。そう言うとリコはゆっくり立ち上がって自分は
拳銃を放り出す。  
「まともに訓練も受けた事ねぇ癖にそんなデカい銃を持つからあたらねぇんだ……。撃てよ」
「な、何様のつもりだぁ! ガキィ!!」
 銃声の響く中全く臆せず電磁警棒を手に、BBに近づいて行くリコ。
「二の腕、目の動き、左肩、軸足……。弾道を宣言してるようなもんだ。当たる方が難しいぜ……」
 シャキ、シャキン。リコはミリ単位で銃弾を避けながら、落ち着いた様子で電磁警棒を伸ばすと
更にBBとの距離をゆっくりと一歩づつ詰めていく。
「残り最低11発、俺のアタックまで15秒やる。……弾を残したまま死ぬってんなら構わないぜ?」

第9話『チカラの使い方』(3/7)

「ど、どうして、はぁ、はぁ……。階段終わった、のに……。とま、ゥグ、止まるのよ! ドア、
そこの、ドア。はぁ、地下の、開け……」
「しっ、静かに…………っ! 間に合わなかったか……! むやみに開けるな。間違いない、
銃声だ。――姐さん、そのアウトレットから中の様子、見られねぇか?」
 肩で息をしながら、言われた瞬間にはもう胸ポケットから端末を引っ張り出して壁に接続する
コーネリアス。
「あのねぇ、……コンピューター技師は便利屋じゃないのよ? 何でもかんでも簡単に、――っ!
私が部外者って、なんでよ? ちくしょー、システムごと制圧されちゃったんだ……」

「どういう事だ? リコとクロゥは……!」
「ちょっと黙ってて! 仮パスで強引に通してるだけ? でも、これじゃなおさら権限の大きい
正規パスが無いと……。っ! そうよ。あるじゃん、所長権限よりもっと強いパスが!!」
 中腰とは思えないスピードでキィボードを叩くコーネリアス。
「キィログ、網膜認証まで残ってた。……、わざと、なの? カトリ。――えぇい、一発大逆転! 
システム掌握! ン? 何この立体迷路。……っ! ダイ! 迷路付近、人間と思われる
熱源が五つ。ドア正面からオレンジ2、マーク3ブラボーからチャーリー、――同期、取れてる?」
「一つだけ離れてんな……。コイツから確認する。姐さんは先に格納庫に行ってエレベーターの
電源復旧と、アス=ルージュの起動準備を頼む。無線は俺から入れた時以外は使うな。発信元を
特定される恐れがある。それと熱源が一つでもそっちに近づいたら出入り口は即封鎖。いいな?」
 と言いながらドアノブに手をかけるダイ。ちょっと待ってよ! とバタバタ端末を片付けて
後に続くコーネリアス。
7弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/03/19(木) 21:18:16 ID:???
第9話『チカラの使い方』(4/7)

 こんなに簡単で良いもんなんだろうか……。コッチはトーシロに毛が生えた程度、ありがたいと
言やそうなんだが……。立体迷路とは言え、急ごしらえの粗悪品。しかも何故かその付近のみ
照明が付けてある。だから少し高いところに陣取ればダイには全てが見渡せた。倒れている
2人のうち一人は場違いな黒いスーツの女性。間違いなくクロゥだ。

 更に銃を撃つ男とそれに全く臆することなく対峙する少年の影。どうやらリコはクロゥの言う
『禁断の薬』の投与をされたのだろう。まるでいつもと雰囲気の違う彼は、目と鼻の先で銃を
撃たれ、それでも全く当たる気配がない。
 そして暗視ゴーグルの下、ダイの目はいかにも素人という初老の男の後ろ姿を捕らえていた。
 とにかく、あれがアタマ。なんだろうな……。だったらやることは一つ、だ。ダイはライフルの
セーフティを確認すると気配を消したまま、高みの見物を決め込むその背中めがけて一気に
距離を詰めると、背中に銃口を押し当てる。
「武器を床において手を頭の上で組んで貰おう。ゆっくりだ。防弾素材だってゼロ距離射撃なら
ただじゃぁ済まないし、済ませる気もないぜ?」
 
「聞いた声だな。…………っ! ダイ君、か? そうなのか!? 国防空軍と聞いたが……」
「よぉ。一昨年の、ベストチーム選抜以来。だな……。まさか、な。知ってはいたが、ホントに
あんただったとはな。……おやっさん」
 銃口を下げるとゴーグルを自分の顔からむしり取るダイ。振り返る初老の男。その顔には
見覚えがあった。


「何故だ。ただのサバゲーマニアで機械修理屋のオヤジで良いじゃねぇか。何でこんなことを……」
「ただ機械が好きなだけでは、ただのジャンク屋ではもう喰えんのだ。実際に組合中央に近い
連中でさえMSで傭兵まがいの事をしている。アストレイの件はわしよりダイ君の方が詳しい
のではないかね……?」
 それにな。ヨコハマはダイの顔を見ながら続ける。
「戦争しか出来なくなってしまった連中だっている。そう言う連中はどうやって飯を食えばいい?」

「だからって、アンタが絡む必要は無いだろうが!」
「国も組合も、アタマのない者には助力はしてくれん。わしぐらいしか頼れる人間が思いつかん
連中だ。『個人経営』の傭兵団などわしが何かを言う必要も無かろう。――今回については
MSに対する個人的な興味もあったのだが」
 人殺しに加担した良い訳なんざ聞きたかねぇ! そう言い放ってはあごを『迷路』へとしゃくる。
「アンタの”個人的興味”とやらの、その結果を見に行こうじゃねぇか。おやっさん。……逃げないで
全部見ていけ。MSから何から全て見るが良いさ! その上で、行動に対する責任は取って貰う。
……ついてこいよ?」
8弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/03/19(木) 21:19:32 ID:???
第9話『チカラの使い方』(5/7)

「俺は後一歩、そっちはまだ4発以上あるよな? 弾、残しといて良いのか? ……さて、ここから
”俺のターン”だぜ?」
 と言いながらリコはその一歩をあっさりと詰める。と、BBの視界から忽然と姿を消した。
「なっ! 消え……」
「――これで終わりだ、コーディネーター!」

 背後から言葉と共に強烈な衝撃を感じるBB。次の瞬間、視界の隅の違和感に視線を落とす。
 先端が尖っている訳でも高周波で震える訳でもないただの棒。それが幾層もの防弾、防刃素材
をあっさり貫通し、血まみれになって自身の胸から突き出していた。
「――だ……? ……な、に……が……いったい……」 
「殺すのは初めてだがコーディネーターってのは、ホントにしぶといんだな……。さっさと死ねよ」
 リコはいかにも面倒くさいとでも言うような言葉と共に電磁警棒のパワースイッチを入れる。
BBの体の内部から言い知れない衝撃が走り、体が意志の制御を離れメチャクチャに暴れた。
恐怖と苦痛。その二つしか感じず何も考えられないまま伝説のハッカーはあっさり本物の伝説へ
と昇華した。
「――カトリ、ジジィをやったその後は……。オレ、どうすれば良いんだよ」
 BBに突き刺さった電磁警棒を放す事も忘れ、リコはその場に茫然自失で立ち尽くした。
9弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/03/19(木) 21:20:45 ID:???
第9話『チカラの使い方』(6/7)

「――なんてこった。遅かったか……。――リコ! 俺が判るか!? ……おいっリコ!
聞こえてるんだろ!? 答えろ!!」
「……ダイ、……ジョーモンジ。あんたは…………ダイ」
 惚けた顔でリコは手にした警棒を放す。BBの体はどうでも良いもののように床に放り出された。
その顔にふっと険が浮かぶ。 
「――そいつから離れろ、でないとあんたも一緒に殺す! オレの獲物だ!!」
「落ち着け! このおっさんはもう無害だ。――おまえは自分の意志でこんなことはするまい。
受けた命令は何だ? 誰が命令した?」
「命令はこのエリアの”敵”の全面排除。命令したのは、カトリだ。俺はカトリの命令だけに従う」


「OK、――状況はだいたい判った。落ち着いて俺の話を聞けよ? このおっさんはナチュラルだ」
 ライフルを肩から下ろすと、フライトジャケットを脱ぎながらリコにゆっくり近づくダイ。
「命令者はクロゥ、そして命令はこの一帯のコーディネーターの殲滅。コレで良いんだな?」
 【敵】を【コーディネーター】にすりかえるダイ。リコは気づかない。
「そうだ。――何すんだよ!」
「うるせぇっ! だからガキだっつーんだ、ちょっと黙ってろ!」
 ダイは一括してリコを黙らせると、クロゥの傍らにしゃがみ込む。背中の骨はメチャクチャ、更に
何発か貫通しているし、弾は体内にも残っているだろう。これではもう……。既に息はしていない。
「リコを、使わないつもりだったんだな。最期まで立派に南のオンナだったぜ、おまえさんはよ……」
 ダイは小さく呟きながらフライトジャケットを彼女の体にかける。

「……現状、見ての通りクロゥは命令を出せる状況には無い、そしてこの島で起こる全ての
事象は俺の管轄。知ってるな?」
 つまり、だ。ダイは立ち上がると、ことさら視線の違いを強調してリコを見下ろすようにした。
「俺は、おまえに対して命令を出す立場になった。理解出来るか?」

「……。俺は」
「いや理解は無用だ、ただ現実を受け入れろ。現状おまえの命令者は俺だ! コーディネーター
の殲滅完了を確認、本作戦を終了する。……但し。ここで起こったことは全て機密、殲滅した
コーディネーターについては全てクロゥの功績だ。おまえはココにいただけ。おまえは誰も
殺さなかった。照明係として突っ立っていただけ。良いな? 今回の作戦は他言無用だ!」
 そして今のおまえには新しい命令が必要、そうだな? そう言うとダイはことさら顎を上げ
声のボリュームを上げる。

「最後の命令だ。クロゥを地下一階の倉庫に運び、先生に引き渡せ。そして倉庫に待避している者
全員を守れ。何れも手段はおまえに任せる! 速やか克つ適当に任務遂行を開始せよ!」
 クロゥとダイを交互に見比べるリコ。ダイに命令を出す権利などある訳がない。自身の正義に
従って行動しているリコには国防軍も情報局も関係ない。ダイもそこは百も承知ではある。だが、
少年と隊長を張る幹部国防官、役者が違った。
「リコ。おまえにしか出来ない事だ。わかっているなら、もたもたするな! みんなを殺す気か?
クロゥの部屋のエレベーターを使え! ――おら、急げっ!!」
「わ、わかったよ。……その。じゃぁ、いくぞ?」
10弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/03/19(木) 21:22:01 ID:???
第9話『チカラの使い方』(7/7)

 どこからか持ってきたカートにクロゥを乗せ、リコが早足で去っていくのを確認するとヨコハマに
振り返る。
「あいつがせっかくただのガキに戻れるチャンスを、あんたが奪った。そして情報局のエージェント
一人と、部下二人を見殺しにした。あんたはただ、安全なところから眺めていただけで4人の人生
を潰した……。わかるよな?」
 何かを言いかけたヨコハマを無視して無線機に話し始めるダイ。

「姐さん、脅威の排除は全て完了。――熱源? あぁ、それは気にしないで良い。派手に音出しても
良いぞ。それと照明のコンソールがわかるなら全照明をオンにしてくれ。――――それは任せる。
そう全部だ。――? リコとクロゥは上に上げたよ。……、詳細は後ほど。以上だ」
 いきなりモーターが唸る派手な音や、金属のぶつかる音、アラームのような音が聞こえてくる。
「全く、先に照明付けてくれよ……。お、来た来た。さ、行こうぜ。おやっさんの個人的興味を
満足させに、さ?」

「コレを国産で……。G兵器の設計図は見たことがあるが、まるで別物だ……。やはり最高だな。
オーブの技術は……」
 ゼロワンの前に立つ二人。ヨコハマは頬ずりせんばかりに顔を近づけて見入っている。
「ダイ君……。やはりわしは機械屋のオヤジで居た方が良かったのかも知れんな。最後に
気づかせてくれたことを感謝するよ。……引き替えにキミに渡すモノは、もはや一つしか
持ち合わせがない。…………許してくれ」
 空気を引き裂くような、それでいて軽い銃声が響く。
「……っ! しまった、まだ銃をっ! おやっさんっ!!」 

「何でだよ。――銃器の専門家の最期がサタデーナイトスペシャル(※)かよ……! せめて
アサルトライフルくらい使いやがれよ、馬鹿だよあんた……」
 ダイが振り返った時、ヨコハマの頭蓋は彼の右手にすっぽり収まる小さな銃が吐き出した弾
に割られてしまっていた。
『こちらイタバシ。アス=ルージュ、若干のおまけ付きで準備完了。現在充電中。――ダイ、
聞いてる? ダイ……? 返事して! ……何かあったの? 大丈夫なの? ねぇ!?』
「あ、あぁ、大丈夫、だ。聞こえてる、何でもない。――エレベーターの起動準備をしておいてくれ。
すぐ……、そう、すぐにそっちに行く」
11弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/03/19(木) 21:23:01 ID:???
予告
ダイの駆るソード・アス=ルージュが18隊全ての命運を背負いついに起動する。
そしてダイ達は休む間もなく、更なる時代の大波を浴びせかけられる事になるのだった……。
――次回第10話―― 『夕凪の海』
12弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/03/19(木) 21:24:35 ID:???
今回分以上です、ではまた。

サタデーナイトスペシャル(Saturday night special):週末のケンカ等に使うような安物の
小型拳銃の意。


>>1さん、スレ立ておよびテンプレ一部変更乙でした
13通常の名無しさんの3倍:2009/03/20(金) 12:42:17 ID:???
思いっきり騙された
てっきり死ぬのはリコの方だと思ってた
まさか見せ場が用意してあったとは

つーかクロゥさん、マジですか・・・
14通常の名無しさんの3倍:2009/03/20(金) 22:55:12 ID:???
>>12弐国氏GJ!
あれ?変だな?二回読み直したけど主人公のクロゥさんが…
15まとめ:2009/03/22(日) 09:58:20 ID:???
>>5-12
弐国氏投下乙です。


「In the World, after she left」第十五話後編1〜8
河弥氏規制のため、まとめサイトへの投下となりました。
まとめ済みですのでまとめサイトでどうぞ。
16機動戦史ガンダムSEED 43話 1/10:2009/03/26(木) 23:06:29 ID:???

 ”ディアッカ・エルスマンは、予め徹底した退却準備を整えていた為に、激しい撤退戦の最中に
完璧な逆撃態勢の艦隊陣形を構築し、オーブ軍の追撃を許さなかった。
 逆に殊更、誘うような隙を見せつ、オーブ軍の先鋒隊に小規模ながらも痛撃を与えることに成功。

 その様相に追撃するサイ・アーガイルは即座に決断を下し、深追いせずにディアッカ・エルスマンの
逆撃に対して適度な攻勢後、撤退を指示した為に第5軍の本隊も、戦力の中核の温存したまま撤退する。

 ――こうしてミカサ宙域追撃戦は双方、軽微の損害とザフト先鋒隊の鮮やかな撤退戦によって些か
あっさりとした結末を迎えることになった……。

 ================================

 上記の通り、ザフト前衛部隊である第5軍を率いるディアッカ・エルスマンは2倍以上の戦力差がある
サイ・アーガイル率いるオーブ艦隊の反撃に苦しみつつも戦力の中核を失うことなく、見事に回避して
後方のアスラン・ザラ率いる第4軍との合流に成功し、反撃の態勢を整える条件を満たす。

 一方のオーブ軍側と云えば、前回と打って変わり、迎撃艦隊総司令サイ・アーガイルは、
地球連合強国方面の宙域防衛のために主力艦隊の大部分を引き抜かれ、大幅に艦隊戦力の低下を
余儀なくされるという有様であった。

 そして、オーブ軍の兵力の引き抜きを察知したザフト(ラクス)軍は、再度攻勢に出ようとする。
 
 だが、その機先を制してオーブ軍の攻勢が開始された。
 
 それは、攻勢に出るには守備側の三倍の兵力が必要という艦隊戦術の常識を無視した無謀といえる
行動でもあった……”

 ――太陽系近代宇宙戦史 コズミック・イラ80年代記より――
17機動戦史ガンダムSEED 43話 2/10:2009/03/26(木) 23:09:44 ID:???
 ――ザフト遠征軍前衛部隊 第5軍旗艦”ガルバーニ2世”――

 第一次地球圏侵攻ルートに必要な占拠宙域であった拠点衛星基地”ミカサ”から全軍を撤退させ、
逆撃態勢の陣形を維持しつつ、撤退戦の指揮を取り続ける第5軍指揮官のディアッカ・エルスマン……。
 
 彼の寄せ集めの雑軍に過ぎない混成部隊である第5軍をここまで完璧に纏める統率力を見ても、
C・E戦史における艦隊指揮官として一流の将帥と評価されるであろう。

 だがこの時期、彼の故郷であるプラントにおいて、彼の立場は極めて不当であり低く、且つ
危険な立場であった。

 ――当時のプラントは、後世に”ラクシズム”と呼ばれた一種のカルト的な思想によって統治
されていた事に端を発する。
 ラクス・クラインの意志こそが絶対であり、それに逆らう者は容赦なくプラントの社会システムに
おいて排除される仕組みでもあった。

 それは、かつて存在し、強制解散させられた、”プラント最高評議会の最後の議長であった、
故ギルバート・デュランダルが唱えた”運命計画”を更に際立てた代物と考えれば良いだろう。

 事実承知の通り、”運命計画”は、遺伝子の配列を元にした公正な職業適性システムで特に
強制力があったというものもなく、地球圏安定政策の一環として、提示されたにすぎない政策候補の
一つに過ぎなかっだのだが、ラクス・クラインとその一党――当時のオーブ軍もその狂気に犯された
集団によって、デュランダルは不当に討たれ、プラント全権をラクス一党は強奪したのだった。

 その後、地球圏の動乱を助長させるような介入戦闘行為を繰り返した挙句に、ラクス一党は
プラントへと帰還する。

 当然、プラントでは当時のラクス一党の地球圏への介入行為に対して怨嗟の声が在った。
 
 当時のプラントの国力を傾ける程の資源財力を浪費した挙句の愚行として、暫定最高評議会では、
ラクス・クラインの議長解任と彼女の寵臣達の排除と逮捕劇が行われ様としたのだが、帰還した
ラクス達は有無を言わさずに評議会を解散させ、反対勢力の言論を封じ弾圧し、秩序の為と銘打ち、
密かな大規模粛清が行われた。
18機動戦史ガンダムSEED 43話 3/10:2009/03/26(木) 23:10:59 ID:???
 実際にその指揮をとったのはラクス本人ではなく、彼女の側近だという風説も在るが、
真実は結局のところ不明である。
 
 しかも、その粛清劇自体すら表に現すことは、殆どなく秘密裏に葬られたのだ。

 そして、プラント絶対統治機関である『歌姫の騎士団』が発足される。
 
プラント市民の総意という名の元で終生最高執政官『天の女神』に任命されたラクス・
クラインを頂点とした完全なピラミッド体制による効率的支配が実施される政府が発足
されたのだった。

 当初、ディアッカ・エルスマンは、親友であったイザーク・ジュールに引きずられるよう
な形で一連のラクスの行動に組していたが、常に彼等の行為に懐疑的な姿勢を崩さなかった。

 それが顕著化したのは、プラントが国力の効率化的回復という名の名目で、等級による
完全な封建体制ともいうべき、市民階級制度を導入したことによる。

 これに異を唱えたことによって、誣告罪と不敬罪という前時代的で、全く法的根拠の
無い罪に落とされた彼は、罰として一等級市民から三等級市民へと格下げされる。
 
 イザーク・ジュール曰く、一時的な措置ということだったらしいが、更にプラントの国是
として、国力充実と防衛軍備の為の”ラクシズム”思想の地球圏に於ける啓蒙化と地球圏
統一政策など、実質的な侵攻による領土拡張政策が発表されるに至ることによって、ディアッ
カ・エルスマンは常にその政策に異議を唱える野党的な立場となり、クライン主流派から一線を
置く立場へと変化の過程を辿る。

 艦隊戦による辺境制圧に於いて武勲を重ねつつ、重用はされぬが、使われ続ける立場に
不満はあるのだが、どうにもならない立場へと追い込まれたディアッカ・エルスマン。

 彼の数奇な運命は、後に怒涛のごとく歴史の波に飲まれ変化してゆくことになるのだが、
それは後のことである。
19機動戦史ガンダムSEED 43話 4/10:2009/03/26(木) 23:12:10 ID:???

 ――ザフト遠征軍前衛部隊 第5軍旗艦”ガルバーニ2世”艦橋――

 完璧な逆撃態勢の陣形を維持しつつ、撤退戦の指揮を取りつづけたディアッカ・エルスマン。

 彼は撤退しつつ時折、わざと陣形の綻びを見せ、オーブ軍の追撃部隊がそれに喰い付くと
強かな痛撃を与え、敵軍の進攻の鋭鋒を鈍らせていた。

 「――かかった」

 ディアッカは、隣に居る主席副官であるバート・ハイムに顔を向ける。

 「第二小隊と第三中隊にホストの戦術D2-A3を開くように伝えろ!」
 「――ハッ!」

 ――今のこの時代、通常の量子通信では敵軍のキャッチされる危険性もあり、暗号文も
解析の可能性がある。
 
 このように戦術を各コンピューターへと予めインプットして置けば、敵にパターンナンバーを
傍受されても何のことだがわからない。戦術上のごく常識である。

 ディアッカは、艦橋からコンピューターグラフイックで簡易表示された艦隊の三次元ディスプレイを
読取りつつ、適切な指揮を心掛ける。

 突出した敵追撃部隊の一部が、わざと開けた第5軍の陣形の一部に雪崩れ込もうするが、第二小隊が
側面を牽制しつつ、第三中隊がその敵部隊の一部の背面に回りこむ様が表示された。

 素早く半包囲をすると包囲陣形を完成させ、その瞬間に一斉砲撃による攻撃を加える。

 次の瞬間、敵部隊の表示グラフィックが四散した。

 近年、バリヤー技術の発達によって戦艦の防御能力も格段に進歩を見せていたが、このように
集団からの一斉砲撃を受ければ、どのような重装甲艦艇においてもバリヤー機能を透過する砲撃が
発生するし、直撃を受ければ撃沈する。

 従って、一斉射撃によって壊滅或いは壊乱することによって艦隊陣形をバラバラにして集団行動を
不可能とさせる。
 
 このようにして、敵の追撃部隊の一部を部隊としての体裁を保てないようにするのは、艦隊の攻撃に
於ける基本戦術であった。
20機動戦史ガンダムSEED 43話 5/10:2009/03/26(木) 23:13:14 ID:???
 ――集団戦闘運用ができない艦艇など烏合の衆に過ぎない。

 このように際立った例ではあるのだが、ディアッカ・エルスマンは、局地的とはいえオーブ軍の
分艦隊の一部に打撃を与える事に成功していた。

 それに敵の追撃艦隊がまとまった艦隊行動が取れていないのも幸いであった。

 ――艦隊行動は、艦艇集団運用によって決まるのだが、これには統率する指揮官の手腕に
よってそれぞれの特色が出るのがこの時代の艦隊指揮の面白いところでもあった。

 艦隊指揮官の統率能力によって指揮できる艦艇数もまた決まるのだ。ハードによるコンピューターと
ソフトである通信指揮網の構築によって艦隊編成を構成するのだが、それを把握するのは艦隊指揮官
の役割である。

 周知の通り、戦闘中はNJCを始めとした空間撹乱物資が撒かれる為に、戦闘中の通信機能は、
例外なく低下する。
 艦隊戦闘は中隊、小隊規模で旗艦からの連絡網をどれだけ密にさせ、充実させるかがポイントと
なるのだが、これは偵察索敵行動同様に個人の才覚がモノをいうのだ。

 この為に艦隊指揮は小隊、中隊指揮官が各自バラバラに戦う例が多くなる。そのため現在の
オーブ艦隊の指揮官は統率能力がそれ程高くないのが丸見えだったりした。

 ――戦いとは数ではなく、指揮官の器量と采配の妙がモノを云う、とディアッカは考えてはいたのだが……。
しかし,それもオーブ軍にサイ・アーガイルの統制が末端まで行き届いた時点で終了した。

 サイ・アーガイル自身がコントロールするオーブ追撃軍は、それまでのように、こちらの隙に乗じずに、
絶妙な戦闘運航速度と距離を維持しつつ、長距離砲とミサイルを中心とした攻撃に切り替えて、却って
誘う為の隙である自軍その綻びを広げるようにピンポイントで精確な照準を絞って攻撃を加えるようになった。

 敵軍が猛り狂った猟犬のようにガムシャラな突進と攻撃から、絶妙な戦闘航続距離を取りつつ、
実にイヤらしいポイントを狙って砲撃を開始したことにより、ディアッカ・エルスマンの眉は跳ね上がる。

 「こいつはぁ、ヤバイかねぇ……」

 ディアッカは、嘲笑うしかなかった。相変わらず厭らしい攻撃だ……。
 司令官の呟き小声で、周りには聞こえる事は無かった。
21機動戦史ガンダムSEED 43話 6/10:2009/03/26(木) 23:18:06 ID:???
 敵が獲物に対して舌なめずりをする狩人から、一転して精確無比な屠殺者へと変貌したことによって、
ディアッカ・エルスマンは敵軍の指揮が直接サイ・アーガイルに移った事を感じ取っていた。

 敵の砲撃ポイントはこちらの艦列を維持する為に必要な戦列のみを狙った無慈悲極まる精確なポイント
砲撃へと切り替わったのだ。しかもそこを崩されたらヤバイというポイントばかりであったからだ。

 ――俺が”奴”でもこのポイントを狙うか、とディアッカは内心で苦笑するしかなかった。

 無論、これに対する迎撃対策は予め想定してある。艦隊防御対策技術は、ほぼ完璧であるが、
艦隊レベルにおける迎撃態勢は、敵の攻勢に対して瞬時に対応できなければ意味が無い為に、
部隊構成のレベルでしか設定していない。
 
 動かすタイミングは、攻撃を受けた今現在が最も理に叶うであろう。

 彼は、直ぐに有効な艦隊運動の展開を脳裏に浮かべるが、唯、いかんせんそれに対応する為の戦力が
圧倒的に不足しているのが実情である。
 しかも現在は、戦術上で最も困難な撤退戦ときていた。

 もっと、艦の数があればな……。

 溜息が洩れる。主流派が外れている自分が任される艦艇数はたかが知れている。しかも、現在の部隊は
といえば、旧式の艦艇の方が新型を上回るというおまけ付きであった。

 これには、流石のディアッカ・エルスマンも苦慮する。只でさえ敵の方が数自体が上なのに、こちらは厳しい
撤退戦の真っ只中にあるのだ。

 だが、無いものレベルを求めても致し方がない。今ある戦力で何とかするのが軍人なのだ。

 そのとき、旗艦であるガルバーニ2世に並行の隊列にいた僚艦のビームバリヤーが、複数のオーブ艦隊の
長距離砲撃に耐え切れずにエネルギー波は中和せずに艦の胴体部の動力炉を貫いた。

 一瞬の間を置いて、その直撃を受けた艦は爆発の光を放つ。
 そして、ゆっくりと軋みながら、轟沈してゆく。

 ――次の瞬間、灼熱の閃光が艦橋を照り散らした。
 
 ――ゴゴゴッと耳鳴りが艦橋に木霊する。
22機動戦史ガンダムSEED 43話 7/10:2009/03/26(木) 23:19:38 ID:???
 司令部付近にまで、敵艦隊の強烈な攻撃が届いた事で、艦橋全体に動揺が走る。

 「ラクス様……っ!!」

 ふと、ディアッカが辺りを見回すと艦橋の一部では絶望の余りに、ラクスの名前を
口走る士官がいた。

 こんな時にプラントの人間は神でなく、”ラクス様”という霊験あらたかな御神仏に
祈るようだが……。

 ディアッカの口元が歪む。

 ――あの『女』がお前達に何をしてくれた?

 彼の瞳には侮蔑の色が浮かんでした。”ラクス教”に対する信仰という名の狂信を未だに持ち得るその精神に。  

 ――あの『女』に祈るくらいなら、いっその事、この俺を拝め!

 その方が遥かにマシだ、とディアッカは心の内でそう呟いていた。この戦場でお前たちが信じていいのは俺だけなんだ!
 
 彼はプラントに蔓延している狂信的な”ラクシズム”に心からウンザリしていた。

 実際にザフト遠征軍先鋒第5軍の撤退指揮を取っていたのがディアッカでなければ、
とっくの昔にオーブ軍に全滅させられていたであろう。

 ディアッカが軍靴で床を鳴らすと、艦橋に緊張が走った。これは、彼が攻勢に出るか、
反撃に移るときの癖のようなものであるからだ。

 「――バート!虎の子の”バリヤー艦”の配置準備は?」
 「ハッ!既に隊長の指示ポイントへ展開を開始しております!」

 主席参謀でもあるバート・ハイムに確認を取ると、ディアッカは深く頷いた。
 負けない戦いに徹するしか生き残る道はないのだ。

 「よし!――敵艦隊中央部に砲火を集中する――撃って撃ちまくれよ!」
 「ハッ!」

 ディアッカ.エルスマンの号令でザフト第5軍艦隊は、かつて無い程の激しい砲火を吐き出してゆくのだった
23機動戦史ガンダムSEED 43話 8/10:2009/03/26(木) 23:22:45 ID:???
 当然、ラクスの霊験など在るわけが無く、実際はディアッカが敵軍の精確極まる攻撃を防御しつつ、
反撃と撤退についての細心の指揮をすることになった。

 オーブ軍の追撃は厳しく、ディアッカも応対に苦慮する。何とか反撃の打開は無いかと幾つかの手を
打ったがことごとく封じられてしまった。

 これはもう、つけ込む隙はないと断じる他はなかった。

 時間を掛けて緻密な逆撃態勢を整えたとしても、数の差でこちらは一気に飲み込まれてしまうのは、明白であろう。
ならば防御陣形に切り替えつつ、強引な急速反転離脱を行うしか、こちらが生き残る術はない。

 そう素早く、考えを纏めるとディアッカは撤退戦闘の最中、陣形再編の指揮を取る為に最後尾にいた旗艦を
素早く中心位置に据え、艦隊中級指揮官の間を取っ払て小隊、中隊、大隊全てに陣頭で指揮を取る嵌めとなったのだ

 更には、逆撃態勢から艦隊陣形を防御主体の方円に近い形にする為に、司令部直接指揮の高速艦艇部隊を七度に渡って動かし、
敵軍を牽制しつつ、陣形の再編成を同時に行わなければならない。

 敵の精確な長距離砲撃に対して、こちらは、虎の子の極地用防御用ビームバリヤー兵装機を展開し、防御主体には重装甲艦艇と
バリヤー艦を並べ、巡洋艦と駆逐艦、更には長距離ミサイル搭載の小型艇までを動員して、ミサイルと長距離砲で応戦することになった。

 このように一歩間違えれば、全滅する綱渡りの用兵を完璧にこなしたディアッカ・エルスマンの精神力は驚嘆に値するものであり、
一代の名将というのも相応しいものであったであろう。

 そして両軍は互いに遂激戦の限界点に近づくと、息を合わせたかのように互いにあっさりと兵を引き始めた。

 ディアッカは無論のこと、敵軍の将サイ・アーガイルも流石に引き際を心得ており、第4軍占領駐屯地付近のギリギリの限界距離宙域に
達すると、直ぐに兵を引き、鮮やかに撤退を開始していった。

 ディアッカも敵軍追撃を振り切ったと判断した時点で、休息を取る為に自室のベッドで泥のように眠り込んだ事は、
決して非難に値する事ではなかったであろう。

 だが彼が短いながらの休息と取っている時期に、戦局はまた変化の兆しを見せていた。
 ベットから起き上がった彼に対して、彼の主席参謀主任であるバート・ハイムによってその報告がもたらされたのはその直後であったからだ。

 オーブ軍の本体、殆ど半数以上が戦場宙域を離脱の可能性あり――。

 
24機動戦史ガンダムSEED 43話 9/10:2009/03/26(木) 23:25:42 ID:???
 一瞬、彼が自分の耳を疑うのは当然であった。

 彼はその点に留意しながら、オーブ軍の追撃が無いと判断した時点で、撤退指揮を参謀でもある
バート・ハイムへと委ね、後方の情報集の為に予め設置しておいた無人探査衛星と多くの偵察艇を利用して、
オーブ軍の戦力分析に力を入れ始めた。

 司令官自らの陣頭指揮での情報収集は、古臭い頭脳しか持たないラクス軍においては異端であるのだが、
現代の情報戦は承知の通り個人の才覚がモノをいう。

 ディアッカ・エルスマンは素早く偵察部隊を編成すると、即座に偵察計画を実行に移した。

 このように奪還されたばかりとはいえ、敵の領土宙域内に67通りの情報収拾網を形成したディアッカの手腕は
尋常のものではなかった。

 ディアッカは順調に艦隊を拠点衛星基地ゴダートへと向けつつ、オーブ軍の奇妙な動きを注意深く調査しつつ、
偵察作業の陣頭指揮へと従事するのだった。

 ディアッカは艦橋の指揮シートに深く体を沈みこませると同時に、専用コンソールから戦況デスプレイを呼び出す。
彼は、刻一刻と偵察部隊からの情報を集め、その情報を元に分析に掛かった。

 ――およそ、今の時代、宇宙戦闘の措ける一般的な索敵は、空間かく乱物質が多様化した為にNJCだけでは
対応が困難となってきている。

 超高速通信など、莫大なパワーを使う強力なシステムにしても、予め宙域の制空権及び、艦隊或いは
航宙間移動が可能な艦艇による通常宙間移動可能な状況を設定し、作り上げて置かねば通信の殆どは不可となる。

 要するに自分達が確保した空間内でしか自由な通信が出来ないという訳であって、それによって艦隊戦の最重要項目が
敵の殲滅よりも、宙域確保優先となりそれが現在の戦争の一般戦術のルールということになったのは必然であった。

 従って索敵技術で優先されるのは先ず、偵察部隊を送り込み、敵占領宙域での自軍が通信できる”場”を構築する事となり、
そこを拠点にしつつ偵察網を構築する技能が求められる。

 「……ふむ?やはりそうか」

 ディアッカは会心の笑みを浮かべると同時に、俺が三次元ディスプレイを覗き込んでいると偵察担当のオペレーターも、
弾んだの声をあげる。

 「隊長!間違いありません!それぞれ別方向の偵察3部隊からも、同時に同様の報告内容がもたらされています!」
 「――フフン」

25機動戦史ガンダムSEED 43話 10/10:2009/03/26(木) 23:26:23 ID:???
 なるほど――これで、うちの偵察部隊のどれからも、オーブ艦隊から長距離高速ドライブの波動の
確認を立て続け報告してきた訳だ。

 「――敵に何が起きたんでしょうか?」
 「……フム」

 ディアッカはオペレーターのその疑問に対しては、口を出さない。確実な証拠が出揃うまで迂闊な事を
云えないのが、指揮官の辛いとこであろう。

 恐らく……オーブ本国から急な撤退命令が来たのだろう。
 この時期に強引極まる不合理な撤退は、奴の……アーガイルの意思ではあるまい。

 ディアッカは、素早くその点を脳内で数定式に当て嵌めてみた。

 偵察部隊からの情報の収拾の結果、敵軍の半数近い艦艇が長距離用高速ドライブでワープアウトしたということになる……なら。
 自分のパーソナルコンソールを開き、予め幾つかインプットしていた艦隊運用戦術プログラムを起動させる。

 ……これで戦力比は逆転した。こっちは俺とアスランの第4軍を併せれば奴らの二倍の戦力を集める事が可能となった。
 ――ならば。

 戦力を集中させるオーソドックスな中央突破の戦法が有効だ。

 ――最初の一撃で木っ端微塵に粉砕してやる。

 俺は自然と唇を歪めていた。雄敵を目の前に控え、雌雄決する戦いを前に俺の心は自然と高揚してゆく。

 今まで、防戦一方だった戦況が一変したのだ。これだから戦いと云うのは何が起こるかわからないというものだろう。

 「――だから、戦いは面白い」

 さすがにその台詞は小声で、口の中で消え、その獰猛な笑みを部下達は頼もしそうに見つめる。

 ――今度は俺の番だ、アーガイル。

>>続く
26弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/03/31(火) 00:45:22 ID:???
小さな島に風が吹く
第10話『夕凪の海(前編)』(1/7)

『情報2からフジワラ、中庭のエレベーターが動いた。上がってくるぞ。――ありゃ、マジマか? 
フジワラはどうした?』
「こちらでも確認出来ました、トレースと到着予定の計算を願います。――士長は現在、
別の通信に対応中です」
 今まで使ったことのない壁際のインターホン。そこに張り付いて会話をしているのは
フジワラ士長。

「…………ですが、イタバシ主任! ――いえ、状況的には余裕は。――はい、了解しました。
代理に伝えます」
「フジワラさん、隊長は無事なんだね!? 下はどうなった? 今度は何をするつもりなんだ?」
 それが……。多少言いにくそうにメモを見ながらフジワラ士長は口を開く。
「地下の危機の排除は完了。隊長がパイロットでアス=ルージュを出すので至急中庭ハッチ復旧、
並びに付近確保の準備をせよ。解放のタイミングは後ほど連絡する。以上です」
「隊長。アス=ルージュを出すったって……。――フジワラさん。とにかく、クロキ曹長とコイト三尉に
至急連絡。クリヤマさん、情報1の二曹と話を付けて有線、無線双方回線帯域の確保。索敵班に
監視強化を通達! マジマさんは有線通信のメリット維持を最優先、多分連携が命綱になる」
『情報2から指揮所、――おぉ戻ったかフジワラ。エレベーター到着予定、……あと635秒だ。
どうすれば良い?』 
「2分後に隊長へコールを、つながったら指揮所へお願いします。以降、当面情報2はマジマ一士
が対応します。隊長との回線確保後は私か代理へ回して下さい。――指揮所フジワラより
クロキ曹長へ緊急連絡、どうぞ! ……」

『ヘルメットがないからヘッドホンは必ず付けてね? 足だって、直撃もらったら鼓膜破れるわよ』
 腹に響く鉄のこすれる音と共に格納庫が上昇する。ライトを浴びて立つのは大きな剣を背負った
頭のみが白いピンクのアストレイ。
「確かにM1と変わらんのだろうけど、バランスは良いのかコレで? ……おい姐さん、ライフル
はないのか? この背中のデカい剣は何なんだ? こんなのでどうしろってーんだよ」
 敵のMSは水の中。更には展開した地上部隊に、遠く離れた船。接近戦など出来る訳がない。

『使えるのがソードストライカーしかなかったのよ。バランスはほぼバッテリーだけどM1より背中、
少し重いわね。――”対艦刀シュベルトゲベール”はライフルとしても使える。……ってマニュアルに
は書いてあるけど、知ってる? どうも正式採用型とはビームの集束方向が違う様な……』
「おい! 俺に聞くなよ……。いくらテストパイロットたってMBF系以外乗った事有る訳ねぇだろ。
もう良いよ。武器と使い方、何所に書いてあるか教えてくれ、自分で調べる」
『PTF10x−NOsT3? 型式識別はコレで良いんだな? ――情報2からPTF10x。隊長、
聞こえますか?』
「OK、ばっちりだ。コッチは認識出来てるな? 以降、こちらはアス=ルージュと呼称しろ。
状況をデータでまとめて流せ。それと指揮所につながるな? チャンプスかモモちゃんにつなげ」
 マニュアルを開きながら、早速流れてきたデータを眺めるダイ。
「……これは。おいおい、コイツ一機でどうしろと。――姐さんわりぃ、ちょっと大至急で計算して
欲しいんだが……」
27弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/03/31(火) 00:46:21 ID:???
第10話『夕凪の海(前編)』(2/7)

 シートベルトを締めながらデータを睨むダイの耳元、出し抜けに大きな声が飛び込んでくる。
『――指揮所フジワラです! 隊長ぉ! よくぞご無事でお戻り下さいましたっ!!』
「わぁっ! ……も、モモちゃんか? いくら何でも大げさだよ。――セントラルの迎撃システム、
まだ生きてるならオフに出来るか確認してくれ。それとクロキ分隊とマーシャルの連携は?」
『えと、はい。有線で双方連絡は可能です。クロキ曹長はそちらとも間もなくつながります』

 いきなり音声通信と書かれた窓の隣にコーネリアスの横顔の画面が開く。
『フジワラさんちょっとゴメン。――ダイ、あんたの言う射程は絶対無理。減衰拡散しちゃうわよ、
いくら何でも。最大出力で目標到達時の出力は約0.24%。塗装が焦げる程度よ?』
「今すぐ絞りを改造してくれ。コイツ一機で戦局を打開するしかないんだ。威嚇で1発打てれば
良い、頼むよ!」
『誰と喋ってるつもりよ? そう言うと思って今やってるトコ。でもホントに最大出力なら一発で
集束器が焼き切れるわよ? それとすんごく狙いが付けづらいからそのつもりで。何しろ手に
持って切っ先からビーム出すとか、設計したヤツがイカレてるとしか思えないわ』
「採用型は多分、逆だろうぜ。今は打てれば構わん、やってくれ。――モモちゃん、クロキ曹長との
回線の確保は出来たか? ――あぁ、クロキさん。ダイです。オレが一発奇襲をかけます。……」
28弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/03/31(火) 00:47:05 ID:???
第10話『夕凪の海(前編)』(3/7)

「国防軍が何故か今までのラインを一切放棄、中庭の一部に集中の模様。詳細は未だ……」
「一体何事だ。おやっさんたちに何かあったのか? まだ10分以上あるんだぞ。2班の――」
 軍曹の報告中、更に無線のコールが鳴る。
『索敵B班から軍曹、中庭にハッチがある! 連中の防衛対象はそのハッチだ。開き始めてる!』
「ミサイルサイロか、戦闘機でも出してくるか……。おやっさん達が地下にいなければグレネード
でもねじ込んでやるモノを……」
 あと10分か……。時計を見ながら呟く大佐の耳に慌てた部下の叫びが無線の耳障りな
雑音と共に飛び込む。
『も、MS一機を視認っ! ソードストライカーを装着したM1では無いアストレイだ!』 
「全部隊ライン放棄。MSとやり合っても無駄だっ! 対戦車ライフルと携帯ランチャーで応戦、
当てる必要も撃墜を狙う必要も無いが撤退は許さん! MSの足を止めろ、時間を稼げ!」 

「大佐! ライン総崩れです、一班、三班がMSとの交戦開始、二班はもう持たないと!」 
「二班は後退してよし! 三班はギリギリまで粘れ! もうなりふり構っていられん。指揮系統を
直接叩く。索敵班を再編、指揮は曹長に。バズーカ、ランチャーで建物玄関付近を狙わせろ!」
 大佐が叫んだ瞬間、少し離れた場所。いきなり雑木林が海に向かってなぎ倒されていく。
「ビームライフルか? それにしては速度が……。っ! な? うしろっ!? 全員伏せろぉ!」
 今まで彼らの頭のあった高度を巨大なブーメランが飛んでいくのが見えた。そして雑木林に
囲まれた”本陣”は完全に丸裸になり、直接建物と、巨大な剣を背負ったMSがそのブーメランを
捕まえるのが見える。
 そのMSが建物の影に消えた瞬間。大佐の目にはたくさんの煙の尾を引いた何者かが
飛んでくるのが映った。
29弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/03/31(火) 00:47:56 ID:???
第10話『夕凪の海(前編)』(4/7)

 水中で武器を構えるMSが二機。予定の時間はとうにオーバーして、それでも珊瑚の棚を越え
られずにいた。確かに遠浅の、それも珊瑚礁のビーチから巨大ロボットで上陸すること自体無理
な話ではあるのだが、勝算がなければ勿論、彼らがプロである以上そんな仕事は受ける訳がない。
 MSのエキスパートがウリの彼ら。その彼らが参加した”作戦”では初めての屈辱である。

『そろそろマズいぞ! もう武器が……。』
「泣き言を言うな、ロケットダーツとミサイルだけが武器か? このバカヤローが! とっとと
ランチャー捨てろ。デッドウェイトを持ってたって意味ねぇだろっ!?」
『バカはテメーだ! 頭も出せねーのにどうやってライフルなんか撃つんだよ! 命令すんな!
どんだけ偉いんだよテメーは!』
 とにかく落ち着け相棒。な、落ち着け。自分に言い聞かせるように、無線に答えながらその男は
データを見る。
「M1はビームライフルだ。水中にいる限り致命傷にはならん。それに支援部隊も隠れ場所の
パターンはだいたい解析できた。俺が強引に上陸(あが)って奴らの目を引っ張る、おまえは
ジャンプしながら、支援部隊が隠れ場所にしてる岩や何かを片っ端から吹っ飛ばせ」
 そうとも! 引っ張り回して電池を落としてやる。昨日今日MS触った連中に何が出来る! 
かつて死ぬ目にあった思い出が彼の頭の中をよぎり始めた時、【緊急】の文字が赤く浮き上がる。

「な、何だよ相棒、脅かすなよ。――おい、こりゃあ……なんだ! 何が、あったんだ?」
『わからねぇ、わからねぇが大出力ビーム波の発生検知直後にボスから帰還命令だ。どうする?』
「ボスにはさからわねぇのが長生きのコツだ。引き上げるしかねぇ、もう少しのところで残念だがな
カタチだけでも上陸出来りゃ違約金がっぽりだが、しゃあねぇ。――行こう、ボスが心配だ!」
 助かった。と決して口にしないのは彼の傭兵としてのせめてものプライドである。



『緊急! ビーチの組が上陸に失敗、撤退の模様。ビーチのM1、Nジャマー発生器を潰しながら
こちらへ来ます!』
『ヤバいぜ、無理だ軍曹!! MS相手では支え切れん。大佐に撤退すると、――のわっ! 
――散会後各個応戦、位置を捕まえろ。――S2ポイントに狙撃班が居る! 再度連絡する』
「小尉! ――MS戦で、しかも一対二でアイツらを退ける……? しかもこちらが後退する事を
読んだ上で狙撃班を配置する……。な、なんだ、なんなんだこの部隊。……大佐、これでは!」
「軍曹落ち着け! 十字砲火来るぞ、散開! 少尉の班は最終ラインへ後退! 大尉の隊は全班
後退準備しつつ時間を稼げ! ――舐めていたと言うのか……、この俺に慢心があったと……。」
30弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/03/31(火) 00:50:09 ID:???
第10話『夕凪の海(前編)』(5/7)

 地下から頭を出した瞬間からイーゲルシュテルンを乱射してジャンプしながら飛び出してきた
アストレイは着地と同時に展開した敵部隊へ更にイーゲルシュテルンを撃ちかける。
 敵陣系が崩れる瞬間を待ってマイダスメッサーを放り投げるアストレイ。既に地上部隊は
アストレイを援護するカタチで陣を引き直している。
 マダイスメッサーが削り取った雑木林の中に敵影をクロキ曹長が確認すると、無線のやや
つぶれた声が彼に呼びかける。
『曹長! 後、任せます!!』
 彼の返事を待たずにピンクと深紅のMSは建物の影に消えた。

 元セントラルポート。自らの身長ほどある巨大な剣を正面に構えるアス=ルージュのコクピット。
最大望遠で捕らえた洋上の船はそれでもまだかなり小さい。火器管制はそれをロックオンすべく
ディスプレイ上に表記されたたくさんの数字、その小数点以下の数字をゆらし続ける。
「ギリで目視が……、集束率502%、出力257%ぉ? あの短時間でどんだけ魔改造すんだよ。
バケモンか姐さんは。ん? ロックオン、イケた!? ――撃てりゃかまわん、いっけえぇえ!!」
 剣の切っ先から光が膨れあがると次の瞬間。切っ先は飴細工のように曲がり、モニターの中の船
も船首のシルエットが変わっていた。撃った当人が、おぉ当たった。と呟く。
 へへ、当たったんならかなり効くだろ……。ダイは無線を全周波、最強出力でオンにする。
「MSを回収して後退しろ。次はブリッジかどてっぱらだ。わざと外したの、わかってるよな?」
『A1コイトからアス=ルージュ。水中の敵MS、後退開始しました!』

 高台に戻ったピンクのアストレイは、大佐の方へ向き直り先端のねじくれた巨大な剣の切っ先を
サウスタウンに向けて構え直すと、外部スピーカーから声を発した。
【こちらは国防軍だ、交戦中の部隊に勧告する。ヨコハマ氏は死亡した。コレで戦う理由は
なくなったはずだ、撤退しろ! ココまでは島を海賊に襲われて応戦したことにしておいてやる。
これ以上やるなら、侵略者と見なし、我が隊の総力を挙げて完全排除する。勧告後、3分の間に
撤退の意志の見られない場合、先ずは上陸舟艇を撃沈。その後掃討線を開始する。コレは脅し
ではない。我々にはそちらを生かして返す理由がない事を忘れるな。もう一度だけ繰り返す……】

「ヨコハマ氏が……。あり得ないです! 大佐、ブラフであります! 連中は……」
「……。此所まで、か。ヨコハマ氏のことが無くとも我々の負けだ、軍曹。MSと正面からやり合い
たいのか? 逃がしてやると言っているのだよ、ヤツは。――戦闘中止の信号弾上げよ。
全隊に撤退開始を通達、撤退する!」
31弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/03/31(火) 00:50:55 ID:???
第10話『夕凪の海(前編)』(6/7)

『指揮所、聞いてるな? 現時を持って戦闘態勢は解除、警戒態勢に移行する。センサーが
死んでる、普通科は建物の警護に廻れ。索敵班は上陸舟艇の撤退状況の確認、M1と技術班は
Nジャマ−の無力化に当たれ。チャンプス、俺とアス=ルージュを変わって索敵班の支援、使い方
はM1と一緒だ、問題ない。暫定的に指揮所はフジワラ士長に任せる。――やるこたぁ各部隊の
配置の把握ぐらいだ、何かあれば無線で呼んでくれ。良いな?』
「はっ! チャンプス三尉、直ちに交代します!」
 チャンプスは立ち上がって敬礼が終わると同時にもう走り出していた。
「え? ちょっと待って下さい、代理ぃ!! ――隊長はどうなさるんですかっ。何で私が……!」
『現状、一番の適任者がモモちゃんだ。悪いがちょっとだけ留守番を頼む、クロゥとリコが
気になるんだ。すぐに戻る』
 と言いながら彼女の動向は全く無視して、ダイがシートベルトを外し始めると映像が途切れる。

「士長、索敵班から全上陸舟艇の移動開始を確認とのことです。最後の船が推定1ノットで離岸中、
加速、開始します」
「先輩、島内のNジャマ−反応全消滅。ラジオ回線が復旧しました。有線から全回線切り替えます」
 了解、各部隊の配置を……。と言いかけたフジワラ士長のインカムに聞いた声が絶叫する。
『……え……ぁれかぁ〜! 聞いてないの〜!? 助けて、あげてぇ! こないだ階段、
外しちゃったじゃないのさ〜!』
「い、イタバシ主任……ですか? あの、アス=ルージュの引き継ぎ終わり次第救出しますから、
大丈夫ですから……」


 チャンプスに連絡を取ろうとした瞬間に各方面からの無線のコールが鳴る。
『情報1から指揮所、索敵班からのデータはどう処理する? フジワラは居るか?』
『技術オオニシからフジワラさん。外したNジャマーは何所に持って行けばいい?』
『クロキ曹長より指揮所。配置について指示を請う。――代理が居ない? フジワラ士長は?』
 面倒事がダイをすり抜け、狙い澄ましたように自分に降りかかるのは何故か。フジワラ士長は
こめかみを押さえる。
「……はい、後ほど士長より連絡します。――先輩! どうしたんですか!?」
「――な、何故かしら、目眩がするわ……」
32弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/03/31(火) 00:52:08 ID:???
第10話『夕凪の海(前編)』(7/7)

「ご苦労、看護長。先生は?」
 倉庫の中、包帯を巻いた者や絆創膏だらけの者が座り込んだり寝転がったりしている。
ついたてで簡単に仕切られたブースの、その一番奥へ案内されるダイ。
「三角巾、品切れ? ウエスつなぎ合わせてヒモみたいの作って! メグ、備品庫のモルヒネ
早く持ってきてってば! ――あ、隊長! 怪我は無かったですか? ……看護長、ちょっと
此所お願いして良い? すぐ戻るから」

「先生、忙しいところ申し訳ない。クロゥとリコ、二人の確認だけしたいんですが」
「クロゥ係長は……。その、手は尽くしましたが、ここに来た時にはもう……。申し訳ありません、
隊長。軍属以外にまで被害が……」
 本当に悔しそうな彼女の肩に手を置くダイ。
「先生のせいじゃない、俺が発見した時点で既に息が……。リコ達はこのことは?」
「彼は先ほど猛烈な頭痛と筋肉痛、嘔吐を訴えて……。処置に迷ったのだけれど今はクスリ
で眠ってるわ。なので当然その事は知らせていない、他の二人にもまだ。――その、隊長。
彼らは一体……」
「例の薬の事も有ります。先生にだけは後で本当のことを……。今はアイツら三人は特殊だ、
とだけ言っておきます。――彼が目覚めたら連絡を下さい、クロゥのことについては後ほど
俺から直接彼らに……」
 了解しました、では。と多少疲れたような敬礼をすると、白衣の女性は忙しそうに持ち場へと
戻っていく。    


「ダイさん、カトリさんどうですか? リコにぃは寝ちゃったし、だれもなにも教えてくれないんです」
 野戦病院と化した倉庫から出ようとしたダイの前に、二人の少女が不安気に立つ。
「血がいっぱい出て、みんなうわぁってゆっていました。カトリおねーさん、まだ起きないですか?」
「サフィ、リオナも……。ゴメンな、俺には今何も言えないんだ。――今はまだ、此所から出るん
じゃないぞ?」
 自分が目を合わせると少女達が汚れるような気がして、目を合わせられずにそのままダイは
倉庫を出て行った。
33弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/03/31(火) 00:52:51 ID:???
今回分以上です、ではまた。
3445 ◆/UwsaokiRU :2009/03/31(火) 21:07:33 ID:???
規制が解けていたら、投下開始します。
35SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/03/31(火) 21:08:41 ID:???
18/

 今度こそ、アスランに自分の実力を認めさせてやる――!
 と意気込み発進したシンは、出撃直後、戦闘機一つで戦場に放り出された事に気づいた。

「くそ、くそ、くそ――! インパルスさえあれば……」
 毒づくザフトレッドの背後には、ウィンダムが影のように張り付いていた。
 ライフルから放たれた閃光が岸壁を穿ち、癇癪を起した子供が玩具を投げるように、
岩塊をまき散らす――すれすれにその下をくぐり、ウィンダムが辛うじて追いつく速さで
シンは逃げ惑った。

「ミネルバは――!?」
『健在だ――カタパルトはまだか!?』
 答える声はレイ。マッドを怒鳴りつけて、ザクを出撃させようとしている。
 頭を押さえられたまま渓谷に沿って蛇行していたミネルバが、艦首を上向けた時、
超遠距離からの砲狙撃が副砲に命中し、砲塔が一本崩れ落ちる。
 見えざる狙撃手からのプレッシャーに成す術もなく、巨艦は高度を下げていた。

『盾にもならない。2、3機引きつけて囮になれ!』
 アスランにそう言われなければ、意地にでもミネルバを守ろうとしていただろう。
そして許されざる犬死にを迎えていただろう。
 生きて戦える――その一点だけ、アスランに感謝した。

 歯がゆい思いで渓谷の合間を縫いつつ、コアスプレンダーの主翼を振る。
 "まだまだやれるぞ"というジェスチャーだ。
 シンは、せめて背後のウィンダムを"逃がさない"ために無力の中でも微力を尽くし、
ひたすらおとり役に専念した。

「――っと、危ない!」
 決意を揺るがすビームが、主翼を軽くあぶった。
 相手がミサイルを温存しているのか――ミサイルをミネルバに使うつもりでいる?――
シンは回避を続けられている。

「――って言っても、レイ、ミネルバはどうだ!?」
 聞いたシンの耳に、激しい着弾の音が通信機の向こうから響く。
「聞いての通りだ。シン、ミネルバの進路を先行しろ」
「先行――? ガルナハンは遠いぜ!?」
 画面の中、ミサイルの直撃して破損したトリスタンが熱で歪んだ。

『違う――強行偵察だ』
 と、通信相手が突如変わって、落ち着いた声が告げる。
「アスラン……そうか、そういうことか!」
 ミネルバは止まれず、戻れず、飛べない。
36SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/03/31(火) 21:09:44 ID:???
19/

「罠を探せって、そう言う事でしょ!?」
 進路を制限されているミネルバの先には確実に、敵が待ち構えている。
『試算では、お前の帰還できる可能性は五割以下――とても危険な任務だ』
 アスラン、言外に肯定。
『現状ではお前にしか出来ない。頼んだぞ! ミネルバはこれから守りに入る』
 激励の背後で、ミネルバの前半分がまばゆい光に包まれる――"カニシールド"。

「よおし……」
 むしろ、"とても危険な任務"に勇気づけられて、スロットルを開く、爆発的加速。
「すぐに、戻ってくるからな!」
 シールドの使用は、"援護を求めない"決意の表明だ。ミネルバは、シンを待っている。
必要とされている実感がシンの力となって、危険の最前線に進めさせた。

 逃げるシン、追いすがるウィンダムの挙動が、前に回り込もうとするものに変わる。
「気付かれたか? でももう遅い――」
 ザフト脅威の逃げっぷりをとくとごろうじろ、とばかりに加速を続けた。
 背後でウィンダムが加速を緩める、と、首筋に殺気を覚え、続いて耳にアラーム音、
最後は目に飛び込むデンジャラスレッドが網膜に刺さった。
 モニターに毒々しい赤の光点が二つ、煌々とともっている。

「ミサイルか――!」
 逃げられない、避けられない。
 インパルスならCIWSで撃墜できるけど――シンは鋭く操縦桿を引いた。
 機首を跳ね上げたコアスプレンダーは、木の葉が風にあおられたように翻る。
 コクピットでシンの視界が反転していった。天地逆転のシンは、迫るミサイルが
機銃の照準に吸い込まれるように収められるのを待ち、引き金を握りこんだ。

 ベクトルを保ったまま百八十度反転した機体の機銃が、ミサイルを捕獲、最高速射撃。
 吹き荒れる嵐のごとき掃射がミサイルの弾頭を穿ち、抉り――残弾ゼロ――爆発させる。
 唖然としたようなウィンダムを置き去りに、シンは渓谷を飛んだ。

「へ……! 見たか!」
 もう一回やれって言われても無理だけどな――。
 失速寸前のコアスプレンダーを降下させ、谷底を掠る勢いで加速、態勢を立て直す。

「これだけ引き離せば――何が待ってるんだ?」
 やがてシンが開けた地形に至った時、熱紋センサーが反応を捉えた。山岳地形の急な斜面に
ぽつぽつと、正座したMSの姿が見える。あるいは立ち上がろうとする戦車とでも言おうか。
 全身これ凶器とばかりに砲塔を生やした、無骨で鈍重なスタイルの――ザフトMSだった。

「ガズウート。連合に下ったのか……!」
 その姿、見るに耐えない――シンはミネルバを待ち構えるガズウートに向けて、
コアスプレンダー虎の子のミサイルを放った。胴に直撃を受けたガズウートは、
砲塔を一つ失いこそしたものの、その重装甲に損害は軽い。モニターを拡大して、
ガズウートの肩に"D2D,D2D."の真新しいペイントを発見した。
37SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/03/31(火) 21:10:54 ID:???
20/

「Dust To Dust,Doll To Doll. かよ、嫌な奴らだな!」
 コーディ人形はくたばりやがれ――というニュアンスを目にして、眉が跳ね上がった。

「逃げもしないってのは、無人機か。他には――って、たくさんいる!」
 額に青筋の立つシンはセンサーを確認し、度肝を抜かれる。
 ジン、ゲイツ、ザウート、グーン、あるいは腕がなく、あるいは半壊したザフトMSが、
野戦病院の如く並べられている、整列している――布陣している!

 片膝をついたゲイツの表面装甲に、"キャッチ&リリースは社会のマナー"との
ペイントを発見――そのときシンは理解した。
 これは"ヤシガニ"を盾に使っているミネルバへの嫌がらせ、意趣返しだ。

「好きで使ってるんじゃねえってのに――!」
 ミネルバにデータを転送、と、無機質な動きで眼下の機体たちが、それぞれの得物を構えた。
 とっさに急降下させた機体の上を、ビームの熱風が通り抜ける。
 地面すれすれまで降下し、地形をたてに手近な"ジン"へと急接近し、のろのろとライフルを
向けてくる鈍重な機体へ向けてすれ違いざまにミサイルの残りを叩きこむ――背後で爆発。

「無人操縦なら、こんなもんさ」
 股間と首元に直撃を受けたジンは頭部を吹き飛ばされ、無くなった左脚の側にゆっくりと
倒れていった。ペイント――"遺伝子操作は貴方の健康を損ねます"。が、炎に包まれて消える。

「よし――!」
 ガッツポーズをとるシンへ、弾丸の雨が降りかかる。シンは丘になった斜面の向こうへ、
コアスプレンダーを隠した。高度を上げ、稜線から姿を現しては、向けられた火砲を尾根に
誘導する。
 切り立った斜面に誘ったビームが一撃を加え、引き起こされた土砂崩れにザウートが沈んだ。
 ペイント――"コーディネーターの平均身長を肩の高さに"のなされた肩だけが埋もれ損なう。

 他の敵が来ない事は分かっている。量子コンピュータの干渉を恐れる無人機は
閉鎖モードで動いているはずで、敵味方をうまく識別しないからだ。

『御苦労さま。でも帰るまでが遠足よ? ルナマリアより』
 母艦から入った連絡は、ねぎらい混じりの警告だ。
「やべ……」
 その意図に気付き、背筋が凍りついて、機体を急きょインメルマンターンで反転上昇させる。
 背中に刺さりそうなビーム攻撃に目もくれずミネルバを目指すシンの機体が、
突如大きく揺さぶられた。
「うわっ! 何だ!?」
 見えない巨人の手に捕まったようなその衝撃は――
「"イゾルデ"か!」
 ――ミネルバの副砲弾頭と『すれ違った』からだと気づいたのは、立ち並んでいたゲイツが、
砂糖菓子を崩すように次々と吹き飛んだからだ。
 ゲイツのふくらはぎに書かれた標語、"タマ無しコーディに足りないタマをプレゼント!"も
粉々に砕かれ、"タマに足りないプレゼント"の形に並んで落ちた。
38SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/03/31(火) 21:11:59 ID:???
21/

 ミネルバの砲火は止まない。
 ジャミング弾がMS群の中央に着弾して、電磁波とチャフによってジンやバクゥの
センサーが破壊された。その眼前で、"パルジファル改"の気化爆弾弾頭が、小さなキノコ雲を
生んでとどめをさす。

 数々のMSが、彼等を生み出した人類への侮蔑の言葉と共に、逃げる事も無く埋葬されてゆく。
ただ土の下に埋もれ行く物言わぬ機械達は、あたかも、敵の手に落ちた汚名を、ミネルバの手に
かかる事で雪辱しているかのようであった。

「……仇はとる」
 少なくともかつてはプラントのために戦ったモビルスーツ達へ、シンは黙して敬礼を送る。
「済まないけど、俺達は生きるために壊さないといけなかった」
 残骸の散らばる谷を眺めていた視線をモニターに移してミネルバの行方を追う。

 助けに行かなければ――。
 コアスプレンダーはなけなしの武装を使い果たしていて、何もできないかもしれない。
 それでも――。
 新たなる決心と共に操縦桿を握りなおした時、
『おっと、待ちな……』
 シンの耳に通信が届いた。
「誰だよ――!? ……この識別は――」
『帰る前に、俺に聞かせな、ミネルバの位置をよ』
 通信の主は、軽薄が空気を伝ってきたような明るい声で、そう伝えた。
39SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/03/31(火) 21:12:56 ID:???
22/

――ミネルバ 艦橋

 みしり、みしり。
 タリアはミネルバのきしむ音を聞く。

 現実の音では無い。
 タリアの物質的な聴覚は、乱舞するミサイルの炸裂音の中から、部下の報告を
聞き分けるのに精いっぱいだった。

 みしり、みしりと、ミネルバが鳴っている。

 着弾の衝撃に揺れる艦長席で、敵の攻撃が最終段階に入ってきたことを、タリアは確信した。
 偵察を果たしたシンの働きで露払いは出来たのは確かだが、敵の戦力は、罠が無くとも、
MSの打撃力を欠いたミネルバを落とすのに十分であったのだ。

 みしり……軋んでいる、すでに、限界のすぐ近くまで。

 守っているように見える。
 互角の戦闘にすら思える。
 だが、ミサイル攻撃が艦の対応能力限界を超えてしまえば、艦の撃沈は一瞬だ。

「油断がないですね……!」
「上手い指揮官が相手にいるようね」
 敵は堅実にミネルバの防御能力を奪い、その限界付近へと追いやってきている。
 そのうえ、相手のモビルスーツをほとんど減らせていない。時折見え隠れする黒い"ストライク"が
痛烈な打撃を与えては引き、敵のウィンダムは青い"デュエル"が守護者のように掩護している。
 敵のモビルスーツ隊はまだ、元気いっぱいと言うところだ。

 数で圧倒的に劣るザフトは、敵の攻撃を受けるたび、その十倍二十倍の出血を相手に
与えなければならない。敵の仕掛けてきた消耗戦は、最も避けるべきはずの物だった。

 みしり……。

 物体が圧力に屈する境を、破断界という。
 今のミネルバを、悲鳴を上げながら重さに耐える一本の枝とするならば、
音をたててへし折れる決定的な一瞬は、すぐ近くにまで迫っていた。
40SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/03/31(火) 21:13:40 ID:???
23/

「逃げきれますかね――?」
「敵の突撃が、お互いにとって勝負よ、アーサー」
「……了解。イゾルデ、トリスタンスタンバイ。渓谷の出口で仕掛けてくる目算が高い!」
 敵の突撃にあわせて、"カニシールド"による防御を捨てた逆撃を行う。
 こんなものが、ミネルバにとって生き残りをかけるに値する作戦だった。

「シンは――!?」
「"向こう"で待っています。エネルギー残量はほとんどありません」
「……そう」
 渓谷の出口にさしかかり、間断なく降り注いでいたミサイルの雨が突如、
晴れ渡るように収まった。

「来るぞ! カニシールド解除。イゾルデ照準――撃てぇっ!」
「敵、モビルスーツ隊接近!」
 モニターに映っていた敵の光点が、一斉に接近戦の構えを見せた。
 即応したディスパール――砲狙撃――全弾が無力化される。

『艦長、艦首のハッチを爆破しました。インパルスだけはいけますぜい!』
 格納庫のマッドから、待望の一言が届く。
「――! メイリン!」
 枯れそうな喉に鞭打って、タリアが叫ぶ。
「チェスト、レッグ、フォースシルエット、オートモードで発進!」
 フライヤーを続々と発進させ、ミネルバは対MS戦に集中、撃ちっぱなした
フライヤーは自動判断でインパルスと合流するはずだ。

「右舷敵ダガー・タイプ3、接近です!」
『艦長、ミネルバに穴をあける許可を――!』アスランがモニターに現れる。
「出すわ! 撃墜して!」即答するタリア。
「総員――耐ショックよ!」
 誰一人として、その意味を理解する暇も無く。
 ブリッジクルーがデスクを掴んだ直後。

 ごん――!

 ミネルバを衝撃が揺らした。
 カタパルトエリアの"内側"から、焦げたラミネート装甲が木っ端みじんにはじけ飛び、
紙吹雪よろしく飛散する。艦の横っ腹から三条のビームが飛び出し宙を裂く。
41SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/03/31(火) 21:14:22 ID:???
24/

――ミネルバ カタパルト内部

「"銃眼"は開けた。セイバー、ザク、迎撃に移る!」
 外壁に開けた大穴から、アスランのセイバーが"アムフォルタス"を突き出した。
隣ではレイのザクが、同様に"オルトロス"を構えている。
 それぞれの大砲は、メカニックの手により主機関と接続されていた。

「レイ、撃て!」
『その程度の命令、言われなくとも――』
 ミネルバから直のエネルギー供給を受けたビームが、トリガーの瞬間、
砲身を半ば溶かしつつ、常にはあり得ない程太く伸びる。
 ビームの帯は敵編隊の一機を掠めた、ミサイルランチャーの誘爆を起こした
ウィンダムは、しかし、爆発の直前にランチャーを放り出して離脱する。

 しぶとい、とアスランは、敵の油断無さを感じてひそかに舌を巻いていた。
 数での力押し頼りか、たまにいるエースパイロット任せの多い連合軍の中で、
この部隊は"やれることは全部やる"という気迫を見せている。

 殺されずに殺す、というプレッシャーをひしひしと感じていた。

 ウィンダムに続くダガー・タイプは整然と散開した。ランチャーを使い捨てる。
左右からのミサイルを、全力で応戦するが、機銃弾を吹くCIWS砲塔が
ウィンダムのビームライフルによって次々と沈黙した。
 ミサイルの嵐に機銃弾の烈風が突き刺さり、熱と破壊の混濁した波がミネルバを
打ちつけた。更なるダガー・タイプが、レイの死角からビーム攻撃を向ける。

 ミネルバのラミネート装甲は流石によく耐えている。
 だが、いずれ何処からともなくこの状況は瓦解すると確信していた。

『くっ――!』
「よせ、レイ!」
 アスランの制止を聞く暇もないレイが、銃眼からザクの身を乗り出しを構えた時、
再び飛来した光条がザクの装甲を深々と捉えた。
 敵の砲狙撃――ザクファントムの肩装甲が破損し、左腕が自動パージされる。
42SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/03/31(火) 21:15:02 ID:???
25/

「おのれ――!」
 ダガー・タイプは深追いせずに退却――第二陣を抱える連合の波状攻撃は緩まない。
 セイバーが光条の発射地点へ向けて"アムフォルタス"を放つ――直後に逆撃。
右の"アムフォルタス"がエネルギー供給経路に異常を来して自壊した。

「手ごわい! なんとか狙撃の瞬間を押さえなければ!」
 敵はセオリーにのっとり、狙撃直後にはもう次の狙撃ポイントに移動している。
位置を掴めない限りは、アスランであっても当てる事はかなわない。そして敵の隠蔽は
空戦機体であるセイバーの索敵を上回っていた。

『よくも……やってくれたわねぇ!』
 ウィンダムの編隊が接近、レイの退いた穴からザクウォーリアが顔を出し、ブレイズ
ウィザードの"ファイアビー"を全弾発射した。ウィンダムに迫る、二十八の誘導ミサイルが
描く弧を、地上から青い"デュエル"とダガー・タイプが撃ち落とす。


――ミネルバ 艦橋。

「対応――間に合わないって!?」
 ウィンダムがミサイルを放出し、イゾルデの砲塔を吹き飛ばした。
 凄じい衝撃によって、艦首に固定された"カニ"の巨体が揺れている。
「カニを落とすな! ミネルバのバランスが崩れる!」
「えええぇぇっ――!? あれがバランサーですか?」
「驚くだけなら、下がっててください副長!」
「ノォ! チェン、イゾルデのシステムはまだ動くか? 弾薬の誘爆に気を付けて!」
 と、インパルスからの通信が入った。

『俺が"バスター"の目を引き付ける。アスランは狙撃の瞬間を狙って!』
 ブリッジにも響く、シンの叫び。
 誰かがそれを見る。そして誰もがそれに見入った。

 ミネルバに近づきつつあるスプレンダーは、最も無防備な合体直前の態勢だった。
43SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/03/31(火) 22:44:17 ID:???
26/

――ミネルバ カタパルト

『後は、任せましたよ!』
「シンッ――!」
 アスランはアムフォルタスを構えさせる。
 死なせてなるものか。後は任せただと?
 お前がまだ、死んでいい場面じゃない――! 
 敵の狙撃に間に合えば、と、アスランは必死に"バスター"の姿を探る。
 一秒――コアスプレンダーはチェストと合体。敵影――見えず。
 二秒――続いてレッグと合体し"インパルス"に。敵影――無し!
 三秒――"インパルス"にフォースが密着する直前、地平線近くに光点。熱線が飛来し、
インパルスの装甲の間、僅かに露出したアタッチメントに突き刺さった。

「クソォ……!」
 爆発音を聞きながら、アスランの眼は伏射姿勢を取る緑色の機体を捉えていた。
「よくも、未来のあるザフトレッドを!」
 シンの方を見る事が出来ない――望まない景色が見えそうな気がして。
 暗黒に沈みそうな意識、どす黒く吹きあがるものを確固たる殺意に変えて。
 当たる――確信を込めた引き金を引く。
 直線状に伸びたビームは、敵のライフルを撃ち抜く。
『なに――!』
 即座に武器を捨てたバスターの、置き去りにしたライフルだけを。

『アスラン、落としたの!?』ルナマリア――トマホークを構えたザクから通信。
「避けられた――が、狙撃は無効化したぞ……!」
 無念をにじませて、アスランはメイリンに伝える。怒りに震える体へと
荷重が加わった。

 ミネルバが上昇を始めたのだ。
 広がる銃眼の視界から、攻撃態勢のウィンダムを"スーパーフォルティス"で追い払う。
蜘蛛の子を散らすように散開したウィンダムがバラバラにミサイルを放出するも、それは
ミネルバのシステムが各個撃破に成功した。

「仇は必ず取るぞ、シン!」
『生きてますよ――アスラン!』
 ミネルバの直下からコアスプレンダーが浮かび上がった。
『っていうか、勝手に殺さないでくれませんかね!』
 狙撃直前、コアスプレンダーを分離していたのだ。
 羽根を振って健在を示す元気は何処にあるのか。コアスプレンダーは流石に余力なく、
上昇するミネルバの陰に隠れる。
44SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/03/31(火) 22:46:58 ID:???
27/

「なんだと、だったら"後は任せた"などと遺言めいた事を言うな――!」
『私はシンが脱出するところ見てましたもん、心配してませんでしたよアスラン?』
『シンがこの程度で死ぬはずがないでしょう、アスラン――』
『アンタに言ったんじゃないです――アスラン。……デュエルが!』
「――くっ! なんだか色々、釈然としないぞ!」
 "アムフォルタス"をひるがえし、一直線に近づくデュエルへぴたりと狙いを定める。
 青と白の装甲に身を固めた"決闘者"はその名に反し、一対一(タイマン)等には
興味ないとばかり、軽快なステップでビームを回避するや、大きく跳躍、艦の頭上から
艦橋へ向けて躍りかかった。

 しまった――!
 アスランの心臓が凍る一瞬。アドレナリンの噴出する意識が、スローモーションで
迫る"デュエル"の動きをつぶさに見ながら、遅々として動かない"セイバー"の
もどかしさに狂いかけた、その時。

『やれやれ、みてらんねーな』
 と、燃える地平の彼方から、軽い声を確かに聞いた。

『助太刀するぜ、恨むなよ、ナチュラル――!』
 台詞と共に、五連装のガトリング・ビームが落日を背に吠えた。
 重く、長い砲声が真紅の空の下に響き渡る。
 西から炎の川が流れ、数え切れない光弾が、デュエルをチーズの様に抉っていく。
『キャアァァっ――!』敵パイロット=女の悲鳴。
 姿勢を立て直そうとして失敗した、穴だらけの"デュエル"が、たまらず膝をついた。

『ええい、今のは誰だ――いや、何だ!? 映像を出せ、メイリン』
『センサーに感あり。機体の照合を開始します!』
 レイ、そしてメイリン。

『西です――! 夕日の中に、何かが居る』
 発見したバートが、夕日の中に霞んで浮かぶ輪郭の、ザクとの違いについ迷う。
『あれは……ザクか?』舵を切るのも忘れて、マリク。
『いいえ、ザクではありません。熱紋反応が違います!』メイリン。
 彼らの言葉が聞こえたのか、否か。

『そうさ――!』
 叫び、そして宣言――。

『ザクとは違うんだよ、ザクとは――なあ!』
45SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/03/31(火) 22:49:14 ID:???
28/

 ミネルバの直上を通り過ぎ、MSの群に飛び込んだ"彼"は、左右一直線に伸びる
翼を広げ、騎士の所作で剣を抜き放った。背中、莫大な推力を産むプラズマジェット
エンジンが、長く光る尾を引いて機体を加速させる。

 パーソナルカラーも鮮やかな新型機に対し、目の色を変えたようなウィンダムが迫る。
空を駆け巡る"テンペスト"が、ウィンダムと交差、そのシールドをバターよりも
容易く切り裂き、のみならずウィンダムの胴を一文字に切り払った。

『ちょっとどういう事だぁ――?』
 歌うように、語りながら。

『ここに来るまで散々無視しといて、オイシクなってきたら急に……かよ!』
 ウィンダム五機がかりのビーム弾幕を軽やかに躱す、重厚なフォルムの機動力と、
それを自在に操るパイロットの技量は敵を凌駕していた。

『蕩けそうな熱視線に、打算の構図が見えるぜっ!』
 疾風の如く反転しては怒涛の掃射、ウィンダムの紙装甲へ蜂の巣状の穴をあけると、
続く一機にスレイヤーウィップを叩きつける。伝達させた高周波を受けたウィンダムは、
内側から爆破されたかのように崩壊する。

 挌坐した敵機へ狙いを定めるセイバーを、黒い"ストライク"の重砲が迎え撃ち、
干渉したビームの閃光がスパークとなって夕暮れに散った。
『無理すんな、アスラン――!』
 敵のリーダー、黒い"ストライク"の前に、ミネルバを守って立ちはだかる機体。

「その声、やはりお前か……」
『オレンジショルダー! 連合の支配領域を単騎で抜けて来てくれたか』
 感動に撃ち震えているアーサー。
『あれって、本当に"フェイス"の――?』
『オレンジショルダー?』
 ルナマリアに続いてレイが呆然と、"彼"の異名を叫んだ。

 夕日の色をした肩装甲は、戦士の証である。
 故に、黄昏の谷に先駆ける彼は、乗機と共に名乗るのだ。

『ハイネ=ヴェステンフルスとグフ・イグナイテッド。行くぜぇ!』

46SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/03/31(火) 22:51:02 ID:???
29/

――ミネルバ 艦橋

「敵モビルスーツ部隊、撤退を開始しました」
「目標を達成された……そうみるのが良いわね。ミネルバは次の作戦に参加出来ない」
「……」
 重苦しい空気が立ち込めるブリッジから、いち早く立ちあがったのは、
やはりといおうか、艦長のタリアだった。 

「出迎えですか――艦長自らが」
「そうよ、アーサー。フェイスが直々に援軍として来てくれたんですもの、
私が直接行くのが礼儀と言うものでしょう?」
 互いに"フェイス"同士と言う事もあって、序列は無い。
 一個の戦闘部隊に三人のフェイス――事態は並々ならないものであると、
誰もが感じ取っていた。


――ミネルバ 格納庫

 オレンジショルダー、グフ・イグナイテッドを中心に集まっていた人影が、
一斉に左右へ分かれた。
 コクピットが開き、同時にタリアがグフの足元に来たのだ。
 その傍らには、パイロットスーツのままのアスランと、後ろにレイ、ルナマリア、
シンの順番で並んでいる。

「あの人がハイネ=ヴェステンフルス? なんか、元音楽隊だったらしいけど」
「はぁ? 軍楽の人がどうやってモビルスーツ乗りになるんだよ?」
 ひそひそ声で話すシンとルナマリアを無視して、アスランはハイネのにやけた
視線を、せいぜい謹厳な顔で受け止めていた。

「始めまして、ミネルバ艦長、タリア=グラディスです」
 五人の中から、タリアが前に進み出て名乗る。
「特務隊"フェイス"所属のハイネ=ヴェステンフルスです。乗艦の許可を」
 完璧な敬礼の後、ハイネが答えた。
「許可します。……ミネルバにフェイスを三人だなんて、議長は何をお考え
なのかしらね?」
「それだけミネルバを重要視しているという事ですよ、何、グラディス艦長の
指示には従います。"お任せグラディス"の異名を知ったうえで、ね」
 挨拶と握手を交わしたハイネは、手を離すとアスランへ向かって一直線に
近づいて来た。
47SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/03/31(火) 22:54:00 ID:???
30/

「ハイネ、久しぶりだ――なぁっ!?」
 握手のつもりで差し出した右手は、鮮やかに空を切った。
「いよおっ! 会いたかったぜアスラン!」
 代わりに全身で、あまりにも乱暴な、ハイネの熱い抱擁を受ける。
 背後で女性クルーが一斉に"いや〜ん"ってな感じで身もだえしていたが、
アスランは耳元にハイネのささやきを聞いているだけだった。

「狙いは大天使の歌姫だ」
「……そうか――」

 真顔で囁かれたのは一瞬だけで、直後にハイネは感激の面持ちで、
「良く生きてたもんだぜ、お互いに!」
 などと言っている。
「ひっつきすぎだ、ハイネ!」
 アスランは身を離しつつ、いかにも旧友の過剰なスキンシップが嬉しくもあり、
また恥ずかしくもあり、要するに有り難迷惑だ、というような――半分くらいは
本心の――態度で、ハイネに向かってジャブを繰り出した。

「恥ずかしがるなって。一緒にアプリリウスので飲み明かした仲だろうがよ?」
 パンチを掌で事もなげに受けて、ハイネは笑う。
「おかげで出撃の前日が、二日酔いで潰れたな……。
降下(スピア・オブ・トワイライト)の時は、カオスを引きつけてくれて助かったよ」
 受けられた手を開き、握り合って、アスランも笑う。
 それでようやく、緊張気味だった格納庫の空気が和らいだ。

「ようこそミネルバへ。私たちは――」
「おお、そんな堅苦しいのは良いって!」
 そろそろ自己紹介する雰囲気かしら、と進み出たルナマリアだったが、
ヘルメットを肩に担いだハイネが両手で押しとどめる。

「俺達はこれからチームだ。となりゃあ先ずは風呂だろう、そして飯だろう?
シャワーを浴びて、それから食堂に行こうぜ、お腹がペコペコでさ。
あ、なんだったらシャワーも 一 緒 でいいんだが?」
「も……もうっ! セクハラですよ、ハイネさん」
「正直な反応で嬉しいぜ、ジュースをおごってやる」
 ザフト的には結構ギリギリの発言をするハイネの、冗談と陽気さが混じった顔が、
「……」
 不意に、固く引きしめられた。
48SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/03/31(火) 22:59:02 ID:???
31/31

「……?」
 ルナマリアが不審に思いその視線を追うと、ハイネの瞳は、格納庫の隅を行く
数人の影を追っていた。二人一組で、頭まで密封された寝袋のようなものを、
重たげに運んでいる。

「あ……」
「すまなかったな、来るのが遅れたよ」
「ハイネさんのせいじゃありませんよ」
 シンが言う。
「ハイネでいい」
 冷厳な面持ちで、彼等に敬礼を送りながら、ハイネは言った。

 艦の外、夕日はすでに稜線の彼方に落ち、ミネルバの周囲は夜闇に包まれている。
今や艦のところどころに空いた穴から、瞬き始める星を見る事が出来た。

 多くのクルーが不安に思っている。大きな損傷を受けたミネルバはこれから、
ガルナハンの要衝、"ローエングリンゲート"を攻めなければならないのだった。 





二十一話に続く。
またもやさるさん規制を喰らいました。あわてるとろくな事が無いです。
以上、SEED『†』第二十話 黄昏の谷に先駆ける――
でした。
感想、ご指摘はご自由にどうぞ。
それでは。
49487:2009/04/01(水) 14:48:29 ID:???
>>48
> SEED『†』
投下乙です
ハイネは美味しいとこもってくなあ
登場シーン脳内で西川ソングが流れたよ
続きお待ちしてます
50河弥:2009/04/03(金) 19:01:28 ID:FAhazZZS
「四月一日 外伝 −No.4−」 −Gods Thunder−


 エイプリルフールの夜。もう十分ほどで日付も変わる。
 昼間の騙し騙され、見抜き見抜かれの勝率は五分五分と言ったところだろう。
 そんな一日はそれなりに楽しかったもののそれでも疲れたことに変わりなく、俺はカガリに背を向けたまま、
テレビをぼぅっと眺めていた。

 やがて。
「なぁ、アスラン。吊り橋効果って知ってるか?」
「ん?」
 カガリの問いかけに俺は生返事を返す。
「『人は生理的に興奮している事で、自分が恋愛しているという事を認識する』ってヤツなんだけど」
「ああ、なんとなく……」
 やっぱり生返事のまま、頭の片隅で考えた。
 確か、ドキドキするような環境にあると恋愛していると勘違いする、とかいうのだっただろうか。

「私達もそんな感じで始まったって思わないか?」
 カガリの台詞に、昔のことを思い出した。
 カガリが国と父を亡くし。俺は父と決別し、それまでの戦う意味を失って。
 様々な理由から、互いを支えられるものは互いしかいなかった。
 吊り橋効果と言うよりは、寂しい者同士がくっついたと言った方が正確な気がする。
 それでも反論するのが面倒で、適当に相槌を打っておく。

「な、アスランもそう思うだろ? 私達は少し違うんだ。だから別れよう」
 突然の言葉に思わず驚愕の声を上げそうになる。
 が、ふと気づいた。今日はエイプリルフールなのだ。
 だから、
「そうだな。分かった」
 と、あっさり返す。
 カガリは少し驚いた顔をしたものの、すぐに笑顔になった。
「分かってくれて嬉しい。じゃあ、残りの荷物はそのうちに引き取りに来るから」
 そう言いながら玄関へと向かう。

 どこに隠してあったのか大きなスーツケースを出してきて、部屋を出て行った。
 玄関のドアが閉じ、俺は少し待った。
 ここで飛び出したりしたら、にんまり笑顔のカガリに後々までからかわれる羽目になる。
 もう一分くらいすれば、カガリの方が少し拗ねた顔で戻ってくるだろう。
51河弥:2009/04/03(金) 19:02:10 ID:FAhazZZS
 が、その予想はわずか三十秒で外れた。ドアを壊すのが目的だろうと思わせる程の勢いで扉が開いたのだ。
 その勢いのまま、飛び込んでくる暴風――いや、人影はふたつ。

「アスラン、一体貴方はどういうおつもりですの?」
「追いかけるどころか、引きとめもしなかったって?」
「貴方がこんな非道い方だったなんて、わたくし、ついぞ思っていませんでしたわ!」
「カガリは、今泣いているんだ!」

 そのカガリはと言うと、確かに目に涙を浮かべておろおろとしている。
 が、それは、
「いや、だから、アスランには『エイプリル・フール』だってバレてるんだろ。って、聞いてるか、キラ、ラクス?」
 と、二人に呼びかけている声がまったく通じていないからだろう。
 しかし、それも仕方が無い。
 この二人が「思い込んだら他人の話になど耳を貸さない」のは今に始まったことじゃないのだから。

 ああ、今夜は長くなりそうだ……。

<No.4 完>
52河弥:2009/04/03(金) 19:03:45 ID:FAhazZZS
「四月一日 外伝 −No.11−」 −In the Room, after she left−


 エイプリルフールの夜。もう十分ほどで日付も変わる。
 昼間の騙し騙され、見抜き見抜かれの勝率は五分五分と言ったところだろう。
 そんな一日はそれなりに楽しかったもののそれでも疲れたことに変わりなく、俺はカガリに背を向けたまま、
テレビをぼぅっと眺めていた。

 やがて。
「なぁ、アスラン。吊り橋効果って知ってるか?」
「ん?」
 カガリの問いかけに俺は生返事を返す。
「『人は生理的に興奮している事で、自分が恋愛しているという事を認識する』ってヤツなんだけど」
「ああ、なんとなく……」
 やっぱり生返事のまま、頭の片隅で考えた。
 確か、ドキドキするような環境にあると恋愛していると勘違いする、とかいうのだっただろうか。

「私達もそんな感じで始まったって思わないか?」
 カガリの台詞に、昔のことを思い出した。
 カガリが国と父を亡くし。俺は父と決別し、それまでの戦う意味を失って。
 様々な理由から、互いを支えられるものは互いしかいなかった。
 吊り橋効果と言うよりは、寂しい者同士がくっついたと言った方が正確な気がする。
 それでも反論するのが面倒で、適当に相槌を打っておく。

「な、アスランもそう思うだろ? 私達は少し違うんだ。だから別れよう」
 突然の言葉に思わず驚愕の声を上げそうになる。
 が、ふと気づいた。今日はエイプリルフールなのだ。
 だから、
「そうだな。分かった」
 と、あっさり返す。
 カガリは少し驚いた顔をしたものの、すぐに笑顔になった。
「分かってくれて嬉しい。じゃあ、残りの荷物はそのうちに引き取りに来るから」
 そう言いながら玄関へと向かう。

 どこに隠してあったのか大きなスーツケースを出してきて、部屋を出て行った。
 玄関のドアが閉じ、俺は少し待った。
 ここで飛び出したりしたら、にんまり笑顔のカガリに後々までからかわれる羽目になる。
 もう一分くらいすれば、カガリの方が少し拗ねた顔で戻ってくるだろう。

 が、その予想はわずか三十秒で外れた。再びドアが開いたのだ。
 四角い空間の中で、カガリは何やら思案気な顔でその場を動こうとしない。
 きっと何か良い言い訳の言葉を考えているのだろう。
 それを思いつく前に行動してしまうのがカガリらしい、と思いながら、俺は彼女を迎えるべく席を立つ。
53河弥:2009/04/03(金) 19:06:51 ID:FAhazZZS

「なぁ。ちょっと考えたんだが……」
「ん?」
 カガリまで後三歩を残すところで彼女が顔を上げた。
「ここは、アスハ家の持ち物――つまりは私の家だ。私が出て行くのはおかしいんじゃないか?」
「…………は?」
「落ち着き先が決まったら、残りの荷物は送るからさ。取りあえず必要なもんだけ持っていけよ」
「え…………えぇぇっ!?」
 カガリの台詞を頭の中で数回反芻し、その内容をやっと理解した俺が思わずあげた声に、カガリは煩わしげに
眉を顰めた。

「お前だってさっき納得しただろ? じゃ、そういうことでヨロシク。あ、このスーツケース使ってもいいぞ」
 そう言ってカガリは、スーツケースと俺を置き去りにしてリビングへ歩き去ってしまった。

<No.11 完>
54河弥:2009/04/03(金) 19:08:32 ID:FAhazZZS
「四月一日 外伝 −No.9−」 −His "April Fool"−


 エイプリルフールの夜。もう十分ほどで日付も変わる。
 昼間の騙し騙され、見抜き見抜かれの勝率は五分五分と言ったところだろう。
 今の職場はノリのいいヤツばかりで嬉しいぜ。
 前は、何を考えているのか分からない仮面上司と、やたらと素直なおぼっちゃんと、「超」を五つつけたって
足りないクソ真面目な優等生と、すぐにキレて怒鳴り散らす活火山馬鹿というとんでもないとこだったからな。
 間に入る俺は、苦労したもんだ。
 そんな一日はそれなりに楽しかったもののそれでも疲れたことに変わりなく、俺はミリアリアに背を向けたまま、
テレビをぼぅっと眺めていた。

 やがて。
「ねえ、ディアッカ。吊り橋効果って知ってる?」
「ん?」
 ミリィの問いかけに俺は生返事を返す。
「『人は生理的に興奮している事で、自分が恋愛しているという事を認識する』ってのよ」
「ああ、なんとなく……」
 やっぱり生返事のまま、頭の片隅で考えた。
 確か、ドキドキするような環境にあると恋愛していると勘違いする、とかいうのだっただろうか。

「あたし達もそんな感じで始まったって思わない?」
 ミリィの台詞に、昔のことを思い出した。
 ミリィの前カレが戦死して、俺が捕虜になって、傷心の彼女を俺がからかったせいで殺されかけて、別の女にも
殺されそうになったのを助けられて。何となく気になってほっとけなくて、なんかズルズルとアークエンジェルに
居座って……というのが始まりと言えなくもないだろう。
 っていうか、俺達、付き合ってるって言えるのか?
 取りあえず一緒には暮らしてるけど、キスどころか手を繋いだこともないぞ?
 それでも反論するのが面倒で、適当に相槌を打っておく。

「ね、ディアッカもそう思うでしょ? あたし達ってちょっと違うのよ。だから別れましょ?」
 突然の言葉に思わず驚愕の声を上げそうになる。
 が、ふと気づいた。今日はエイプリルフールなのだ。
 だとすれば。

 俺は軽く息を吸い、口を開けた。

「絶対にイヤだ!」

 ノリが悪かろうがなんだろうが、知ったことじゃない。
 迂闊に肯定なんてしてみろ。
 荷物まとめて出て行かれるのは目に見えてるじゃないか!

<No.9 完>
55河弥:2009/04/03(金) 19:10:26 ID:FAhazZZS
いまだに規制中なので、ネカフェから投下の河弥です。出先なのでトリップは忘れましたが本人です。

「四月一日」の外伝3編になります。これで本当の本当にシリーズ完結です。つか、もうネタ切れです。

カードNo.4 は皇帝です。正位置で「責任のある態度」「分別・知性」という意味があるそうです。
ですので、逆位置では…なのです。
カードNo.11 は正義です。正位置で「正しい決断」「冷静さ」「法律」という意味があるそうです。
カードNo.9 は隠者です。正位置で「内気・慎重」、逆位置で「頑固」という意味があるそうです。

再度になりますが、長らくのお付き合いをありがとうございました。
感想などいただけたら嬉しいです。
56河弥:2009/04/03(金) 19:11:14 ID:???
ごめんなさい。下げ忘れました。orz
57通常の名無しさんの3倍:2009/04/03(金) 23:36:18 ID:???
>>55
グゥレイト!(GJの意)
ディアッカが一番マジメな反応するのがいいですね。
58通常の名無しさんの3倍:2009/04/04(土) 15:46:48 ID:???
>>河弥氏
六人が六人とも゙ぽい゙のが良かった
特にカガリは2編で正反対の反応をしているのにどちらもがらしくて面白い
しかし1番ツボに入ったのは、2編目のサブタイだったりする
59弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/04/09(木) 00:05:27 ID:???
第10話『夕凪の海(後編)』(1/5)

 数日後、海岸の隅の岩場。
 タバコのパッケージを手に歩いてきたダイの目に、膝を抱えて座り込んだまま柔らかな夕日を
眺める少年が映る。少年の傍らに置かれた鉄製の杖が夕日を映して、そこだけ風景とは不釣り合い
に鋭く輝く。

「……先客有り、か。悪いがジャマするぞ? もともと俺が夕日を見る為の特等席だ」
 タバコをくわえると、カキンと音を立ててオイルライターに火を点すダイ。
「仕事、しなくて良いのかよ? 偉いんだろ? あんた」
「サボってる訳じゃないぞ? 島内の巡察中にちょっと一服だ。文句があるか? いや、まった。
あっても言うな」 
 ふぅ、とダイが煙をくゆらせると、リコは夕日を眺めるのを止めてそちらを見つめる。
「なぁ、ダイ……さん。俺にも一本くれねぇか?」

「……? ガキがナマ言うんじゃねぇよ。然るべき年齢になったら然るべき代価を払って自分で
買え。オーブに限らず何所の国でも子供はタバコを吸ったらイカンと法律に書いてある。オトナに
なるまで待っても遅くねぇだろうが」
「俺は……。俺は只、コーディネーターを殺す為だけに作られた存在だ! あんただって知ってる
じゃないか!どうせバカだし、人間かどうかさえ怪しいんだ、兵器なんだぞ!? 道具に法律なんて
関係ないじゃないか!」

 リコは立ち上がると半ば悲しげにダイにそう怒鳴りつけるが、ダイは全く臆せずリコの目を
見ると答える。
「残念だったな、関係あるんだ。既に『コドモ』としてオーブに戸籍がある、俺が作った。法律的に
おまえはコドモなんだぜ? ――人殺し用の兵器、ブーステッドマンとしてのおまえらはこの世の
記録から抹消された。今や単なる生意気なクソガキ三人組だ」
 だいたいが。携帯灰皿に几帳面に灰を落としながらダイは続ける。
「殺人兵器に大事な人の死を悼んで夕日を見つめる機構なんざ付いてないさ……。おまえは
間違いなく人間だ。確かにバカだが、それが人間の証拠だ。わざわざバカな機械なんぞいくら
姐さんだって作りゃしない……。だろ?」

「カトリはいつも言ってた……。ジョーモンジ隊長のようなオトナになれって。……だけどさ、
わかんないんだ。あんたは! カトリみたいに物知りでもないし、フジワラさんみたいにマジメでも
ないし、コーネラさんみたいにスゴい訳でもないし」
「一部の人の基準が不明瞭な気がするが……。藪から棒に何だよ。何がわからんと……?」
「エライ癖にエラそうにしないし、いつもサボって人に仕事押しつけてるのにみんなソンケーしてる
みたいだし……。その、あんたは一体なんなんだよ!」 
 タバコの火を潰した携帯灰皿をポケットに突っ込むと、口元に笑みを浮かべてダイはリコの顔を
見据える。
60弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/04/09(木) 00:06:08 ID:???
第10話『夕凪の海(後編)』(2/5)

「……そういうコトか。俺はサボっちゃいるが自分の仕事はしているつもりだぞ? 尊敬されてる
かどうかは知らん。だからさ、そう言うのがわかる為にオトナになれと言ってるんだ。カタチだけ
オトナを真似してもそんなコトは意味がない。――俺のようなオトナにはならんで良い、おまえは
おまえだ。リコとしてオトナになれ。クロゥもそう言いたかったはずだ」
「え……? 一体何を」
 よっこらしょ。何か言いかけたリコを無視してダイは立ち上がる。

「あぁ。……タテマエを別にすりゃホントはタバコ、くれてやっても良いんだがな、何せストックが
心許ない、一本でも惜しい。――暗くなる前には戻れよ? モモちゃんや妹達に怒られても
俺は知らんからな。忠告はしたぞ?」
後ろ手に手をひらひら振りながらそれだけ言うと、ダイはひょいと岩を乗り越えリコの
視界から消える。 取り残されたリコは杖を胸に抱きながら座り直すと、更にオレンジの
輝きを増した海をただ眺めていた。
「なぁ、カトリ。……俺はあの人みたいなオトナに、なれるんだろうか」
 自身の頬に涙が流れていることに気づくこともなく。
61弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/04/09(木) 00:06:54 ID:???
第10話『夕凪の海』(3/5)

「隊長、ホントに来ました! 情報1から緊急コールです」
「マミちゃん、情報車と指揮所要員全員起こし! ――情報1、俺だ、ジョーモンジだ! 
何が起こった!?」
 まだ日が昇って間もない時間の指揮所。夜勤のクリヤマ一士のみがいるはずの指揮所で、
コーヒーカップからあがる湯気を半目で睨みながら腕組みでダイが座っていたのは、しかし何も
偶然という訳ではなかった。
『へ? ……隊長、っすか? ――もとい、緊急報告。第二護衛艦群の無線を傍受、連合籍の
哨戒機による領海侵犯発生の模様。既に複数回領空内に入り込んでいるようで、傍受内容から
100分間で3機、累計5回とのことです。連合籍哨戒機、護衛艦群双方とも今のところ目視では
未確認、ジャミングが激しくデータ上でも見えません』
「無線傍受レンジに第二護衛艦群だと? おいおい、このまま始まっちまうんじゃなかろうな? 
――マミちゃん、群指令から何か連絡は?」
「ぐ、群指令……、ですか? いえ、現状では友軍全般、これと言って何も……」

 哨戒機が定期哨戒するのが精々だったはずの海域である。エリート艦隊が丸ごと出張ってくる、
となれば。ダイが画面を注視していると、複数の足音と共に指揮所内の消されていた照明や
モニターが次々に付いていく。
「遅れました。……えっ!? フジワラですっ。東南東約150、Nジャマー反応急激に増大、
移動しています。情報1、確認乞う!!」
『慌てんな、確認出来てる。――隊長、発生源はこちらも友軍艦隊、恐らくは配置情報から
第四護衛艦群と思われます。Nジャマー反応の範囲から第四護衛艦群全艦、若しくはそれに
近い規模で移動中の模様』
「第四艦群だと? そこまでは考えてなかったぜ。第四の進行経路予測、急げ! マミちゃん、
起こしを班長以上とイタバシ主任に拡大。至急指揮所に集合するよう通達しろ!」
 渋い顔で腕を組むダイの正面のモニターには、いつも通りに海から昇ってくる朝日が
映し出されていた。

 ほんの数時間後、2号情報車のオペレーターが連合からの事実上の宣戦布告を傍受する事
になるのだが、そこまで読んでいた訳では勿論無かったダイが、更に頭を抱える事態になったのは
だから、当然と言えば当然であった。
62弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/04/09(木) 00:07:56 ID:???
第10話『夕凪の海』(4/5)

 定員の2倍はいると思われる指揮所の中。そこだけ人口密度の低い隊長席と副官の
フジワラ士長のデスク。
「それで? ――モモちゃん、どうなった」
「連合軍は一時オーブ本島上陸を断念、母艦へと全軍帰投した模様。但し臨戦態勢は解いて
いないようですので何時二次攻撃に移ってもおかしくありません。国防軍は既に全戦力の
二割減。警察消防、その他の組織も地域によって壊滅的なダメージを受けた模様。……では
ありますがオーブ首長府、及びオノゴロの司令部は健在です」
 おぉ、と指揮所の面々がざわめく。
「この島を見逃してくれたのはありがたいが、俺たちより前にオーブが無くなっちまう勢いだな。
……オーブの理念、か。カグヤがある以上、ウズミ様なら絶対に降伏はせんだろうなぁ……。
――せめてカガリ様だけでも何とかならんもんか」
 椅子にかけて腕を組んだままダイが唸るように呟く。
「ちょっとダイっ! 人の事より先ず自分の事でしょ? 状況が見えてないの!?」


「イタバシ主任、それはあんまり……」
「俺たちはなぁ、コーネラさん……」
 ダイはすっと立ち上がると横にいたコーネリアスの前、彼女をざわつく部下達から覆い隠す
ように斜めに立つ。
「いいんだ、辞めろ。――姐さん、あんたは民間人だからわからない。いや、わからなくて良い事
なんだよ。だから……。只、聞いてくれ。俺たちはオーブを護る為に死ねと命令されたら死ななきゃ
いかん、当たり前だ。その為の国防軍、オレたちゃ軍隊だからな……」
 禁煙の筈の指揮所。そこでダイは煙草をくわえるが、フジワラ士長はじめ指揮所のうるさ方は
誰も何も言わない。

「勿論、命令は絶対だ。此所にいる全員、オレが集めた精鋭揃いだ。そこは迷いなんか無い。
けどな、頭でいくらわかろうが納得できない、当然だ。軍人だって人間だからな」
 カキン。金属音を響かせてオイルライターのふたが開くが、ダイはそれに火をつけない。
「俺たちはオーブ市民のために命を張り、オーブの理念を守って死ぬ。……オーブ国防軍人の
最後の心の拠り所だ。そして今後も我が国が、オーブの理念を貫く為にはウズミ様の志を継ぐ
ものが絶対必要だ。政治屋が何を言おうと、国防軍に死ねと命じるのはアスハの名を継ぐもの
でなければならない。これくらいのわがままは言いたいさ。自分の命を張ろうってんだ」
 コーネリアスはダイの顔を見る事が出来ず、只ライターを見つめる。

 まぁコレは噂なんだが。と話を続けるダイ。
「国を飛び出して戦場を見る為戦地に赴いた程のカガリ様ならば。……それが無くともあの方ならば
国防軍の事もきっとご理解くださっているだろうし、正直そう思わなきゃコッチはやってられねぇ」
 禁煙だったな、すまんすまん。くわえた煙草をしまうと、それでもダイはライターに火をつける。
「国と理念、双方護ってこそのオーブ国防軍だ。片方でも無くなってしまっては、もう戦えない。
俺たちオーブ国防軍は、他の国の軍隊とはその辺が少し違う……」
 シュッ、キュボ。ライターの芯に炎が点る。
「だからこそカガリ様だけでも最後までご無事で居て頂かないと困る。ま、そう思ってる、と。
そこだけでもわかってもらえれば嬉しいんだが。どうだろう……」
 チン。硬い音と共に炎はライターの蓋に飲み込まれて消えた。
「もちろんウズミ様やホムラ様が戦闘終結後もご存命なら、それに越したことはないんだが……」
63弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/04/09(木) 00:09:02 ID:???
10話『夕凪の海』(5/5)

 オーブに対しての二次攻撃開始の報が入った。とは言え何も出来ない、する事のないダイは
屋上の索敵班の隣に突っ立っているくらいしかなかった。結果的には幸か不幸か、この島は
連合からは完全に無視されたからだ。
「オノゴロ、は見えねーか。いくら何でも」
「見えちゃ困ります、隊長。ここから視認できるなら、それはそれこそ『きのこ雲』ぐらいであります」
「そらそうだ。……ん? なんだ、あの光! 情報2、ジョーモンジだ、オノゴロ方面に上空への
線状の異常な発光を視認!」
「屋上1も視認。直後、同位置にブースターと思われる噴煙を目視で確認、状況の確認乞う!」

『ダイ、聞いてるか? オオニシだ。あの光、アレは多分陽電子砲だ。アークエンジェル級が
友軍にいると聞いた。なら、理屈は省くがポジトロニックインタフェアランスで強引に加速して
宇宙(そら)に上がったんだろう……。マスドライバー無しでそらへ上がる。なんつう船だ!』
「屋上2、更にもう一機分、ブースターと思われる噴煙を目視! 角度からカグヤで加速した
宇宙艦艇の可能性! 噴煙の形状からイズモ級コア部分と思われます、確認乞う」

『情報1から各所に緊急! オノゴロ方面を震源とする地震波を検知、震源ごく浅く、震源の
震度は2ないし3。本島の予想最大震度は1。30分以内に最大10cm程度の津浪が到達する
模様。……? 人工的な振動の可能性あり! クリヤマ、振動の分析頼む!』
『通信長から隊長、緊急! 連合の無線傍受。詳細は不明ですが、……か、カグヤが、カグヤが
崩壊中とのこと! 繰り返します、詳細不明なれどカグヤ崩壊中との連合軍無線傍受!』
『フジワラです。振動は爆発の連続による人工的な物と推定。中心は――カグヤ設置海域で確定。
――宙軍の配置情報から発進したイズモ級は首長府直轄のクサナギと思われます』

 終わり、か。一つ大きく息を吸い込んでゆっくりはき出すとダイは襟元に止めたマイクを外す。
「こちらは小隊長ジョーモンジだ。民間人も含め、全員は直ちにホールに集合。例外は一切認めん。
どうせ無視されてんだ。監視なんか機械に任せろ!」
64弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/04/09(木) 00:10:04 ID:???
予告
ダイ達はさる取引を持って連合の部隊へと投降する。そして民間人のコーネリアスと子供達。
彼らを迎えに来たのは意外な人物だった……。
――次回最終話―― 『島への客人』
65弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/04/09(木) 00:14:55 ID:???
今回分以上です、ではまた。

やっと種本編に掠る事が出来ました。
このままアカツキをちらつかせて終わっちゃう所でした。
ダイのアスハ全肯定の台詞はあえて入れました。
そうでないとダイの性格からいってとアスハや氏族そのものを
否定しかねませんから。オーブ国防軍はそれでは困るでしょうし。
66通常の名無しさんの3倍:2009/04/11(土) 21:05:54 ID:???
>>弐国さん
投下乙です。
最終話か。なんとなく、ボリュームが足りないような気がしてしまうのは
気のせいでしょうか、それともクロゥさんが死んでしまったからでしょうか、
オペレータ三人の活躍が読み足りないからでしょうか。

アスハ全肯定は、そう思わなければ戦っていられない、と言う事で納得です。

あらためて投下乙でした。
67文書係:2009/04/14(火) 00:48:56 ID:???
公式出るまで脳内補完/機動戦士ガンダム00
/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ入隊 その1」

 「貴官を呼んだのは他でもない。私に独立治安維持部隊、アロウズに入隊せよとの内示が司令部より下った。
近日中に転属する」
連邦軍大佐カティ・マネキンは、部下である少尉パトリック・コーラサワーが入室し、扉が完全に閉まるのを待つと、
自身は椅子に腰掛けたまま、事務連絡と変わらぬ平淡な口調で告げた。
「大佐、お・・・・・・私も行きます!!」
「却下する」
カティは一言の下、パトリックの申し出を突っぱねた。
「そんなぁ〜大佐! どうしてですか?」
パトリックは途端に涙目になり、彼女に詰め寄った。これがいい年をした男のすることかと最初は情けなく思ったが、
見慣れてくると存外、可愛げがあり滑稽である。
「アロウズがどのような組織か未だ定かではないのに、大切な部下を連れて行けるか」
「そんなトコなら尚更、自分も!」
「貴官は内偵には向かん、少尉。これは適正を熟慮した上での決定だ」
「内偵って? ・・・・・・ええっ、この俺のどこが向かないと!?」
「やれやれ・・・・・・」
想定内とはいえ、やはり一からこの男に説明してやらなくてはならないのかと、カティは早くも疲労感を覚えて
こめかみを指で按じた。
「第一、貴官は目立ち過ぎる。良きにつけ、悪しきにつけだ」
「いやあ〜、人気者は辛いってことですね」
パトリックはへらへら照れ笑いしながら頭を掻いた。
「後半はどうした、パトリック・・・・・・」
あながち的外れでもないが、彼の態度から彼女の発言の意図が十分に伝わっていないことは明白だった。
彼の容姿・性格・言行――どこを探しても、内偵に相応しい要素が見つからない。
およそ軍人らしからぬ赤く揺れる長髪も、切れ長の目に紫の瞳が印象的な、若々しく派手やかな容貌も。
真面目なのかふざけているのか、本人も自覚がないと思われる数々の軽率で奔放な振舞いも、全てがだ。
「作戦行動中にガンダムを落としたらキスをしろだの、子供は3人だのと全回線開放でほざきおって! 
AEUの将兵がどれだけ我々の仲を噂し、誤解していると思っている!? つまり貴様が側にいては、
私まで目立って身動きがとれないということだ!」
恥ずかしさと苛立ちとが昂じて、彼女は拳を目の前の机に叩きつけた。
「すみません大佐ぁ・・・戦場だとテンション上がっちゃって、つい」
パトリックは髪を掻きやっていた片手を下ろすと、申し訳なさそうに肩をすくめる。
「戦場だけか?」
勢い余って、思いの外痛む拳をさすりながら、皮肉まじりにカティは返した。彼女の見る限りにおいて、
彼の気分は始終昂揚しており、とても余人の真似し得るものではなかった。
常人なら5分もすれば息切れしてしまいそうである。
「それに誤解じゃないです。大佐を妻に頂いて子供は3人! 美人妻に可愛い子供、
有史以来、プリミティブな男の夢じゃありませんか、ねえ!」
「まったく・・・・・・」
何を、ぬけぬけと――彼女は一気に畳み掛けて、パトリックが自分を追ってアロウズに来ないよう言い含めておくつもりが、
いつもながらに大胆な愛の告白に呆れ返り、続けるべき言葉を失った。
想いを伝えられず悶々としている者が、この世界には恐らくごまんといるだろうに、この男は一体、何者なのだろう。
ただ情熱的なフランス人というだけでは、どうにも得心のいかない何かがあった。
68文書係:2009/04/14(火) 00:52:45 ID:???
公式出るまで脳内補完/機動戦士ガンダム00
/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ入隊 その2」

 彼女に怒られたときよく見られる癖で、パトリックは弁解ついでに呵呵大笑した。
世界が再び戦乱に向かいつつある大事にふざけるな、とむかっ腹も立つのだが、
ともすれば端正に過ぎて酷薄にも見える顔立ちが、破顔一笑、少年のようになると、
まあいいかとつい許してしまう。
臆面もなく彼女の容姿に言及して憚らない強者も、三十を過ぎ、大佐という重責を負う今となっては
彼以外に存在しない。
有史以来の男の夢だの何だのと、言辞が大袈裟に過ぎて胡散臭く、面映いことといったらないのだが、
不思議と悪い気はしないのであった。
ともあれあらぬ方向に飛び火した話の筋を元に戻さなくてはと、カティは再び口を開いた。
「まあいい。これは私とスミルノフ大佐との間で既に決めたことだ。どちらかがアロウズに潜入し、内情を偵察する。
アロウズが軍としての正当性を持たぬ組織であれば、連邦に残った方が抑止力となり、有事には内部からこれに応ずる」
「スミルノフ・・・・・・ああ、人革の穴熊」
「荒熊だ馬鹿者」
「しかし何故アロウズに潜り込むのが大佐なんですか。大佐に何かあったら!」
パトリックはまだ諦めていない様子だが、カティはやっと訪れた予想通りの展開に得たりと形の良い唇をふっと歪ませると、
不敵に微笑んだ。
「貴官は私がへまをするとでも思っているのか?随分甘く見られたものだな」
そのまま片頬を斜め上に傾けて、流し目で相手を一瞥する。これは彼女自身自覚している悪い癖で、
これを用いれば相手は大抵、侮蔑されたと悟り憤慨する。しかし何故かパトリックには通用しないのだった。
思えば初対面の時、部隊のブリーフィングに大幅に遅刻した彼を拳で殴りつけたときもそうだった。
女のものと思われる移り香をぷんぷんとさせ、「二度もぶった!」などと大昔にどこかで聞いたような
捨て台詞を吐いたかと思うと、双眸をきらきらと輝かせながら威儀を正し、驚くほど素直に謝ってきたのだった。
エースパイロットの実力を鼻にかけ、反抗的な態度を続けるようであれば、腐った性根を叩き直してやろうと
考えていた彼女は拍子抜けした。
当初の思惑に反して懐かれてしまい、その日を限りに彼の遅刻と無断欠勤はなくなった。
後日、花束持参で食事の誘いに自邸までやってきた時には、冷静沈着で知られる彼女も度肝を抜かれた。
この男の思考回路はどうなっているのか。プライドの人一倍高い、パトリックのような自信過剰の男には、
どれもこたえたはずなのだが、と予想を悉く覆す彼の反応にカティは戸惑う。
あれから数年、彼と行動を共にしているが、どうも彼のペースに巻き込まれ、自分だけが振り回されている気がしてならないのであった。

(アロウズ入隊 その3に後日多分続く)
69通常の名無しさんの3倍:2009/04/17(金) 23:21:16 ID:???
hosyu
70通常の名無しさんの3倍:2009/04/18(土) 02:45:50 ID:???
つづき待ってる
71通常の名無しさんの3倍:2009/04/18(土) 03:06:11 ID:???
>>70
d!
土日のうちには3、4をうpする予定。
小説版読んでないので、
おかしな点があったら指摘してもらえると勉強になるよ。
72通常の名無しさんの3倍:2009/04/18(土) 19:13:22 ID:???
お、良かった楽しみに待ってる
73文書係:2009/04/19(日) 04:26:45 ID:???
公式出るまで脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ入隊 その3」

 「スミルノフ大佐は指揮官としても、MSのパイロットとしても優れた方だ。
外部からの抑止力としてこれ以上の適任はない。だが」
カティはそこで向き直り、パトリックと視線を合わせる。
「その際は少尉にも協力してもらいたい。だから連邦に残れと言うのだ。いいか、分ったな」
「ええ〜」
パトリックは眉を顰め口をへの字に曲げて、いかにも不服だといわんばかりの態度をとった。
こちらは誠心誠意、諄々と諭しているというのに、いくら何でも大人気がなさ過ぎるというものである。
「上官に対して、そのような返答をする奴があるか!」
「・・・・・・はい」
カティの一喝にパトリックは形ばかりではあるものの、渋々承諾した。
この調子ではあと何回かは、同じようなやりとりを続け、念押ししておく必要がありそうだった。
多少ありがた迷惑の気味もあるのだが、彼女の身を案じてのことであるし、彼女に関わるパトリックの
様々な言行についても、「状況を考えろ」という大問題を措けば、純粋な好意の現れであることは元より理解していた。
どれも事実であるとはいえ、さすがに叱責が過ぎたかと、すっかり打ちしおれてしまったパトリックを前に、
彼女は徐々にばつが悪くなってきたのだった。
「そうしょげるな、少尉。アロウズが独立治安維持部隊の名に恥じぬ組織であると判断できれば、
貴官は対ガンダム戦において不可欠な戦力。すぐに転属を司令部に要請してやる」
「ホントですかぁ? 約束ですよ大佐! 困ったときはすぐ駆けつけます!
貴女のハートのエース、パトリック・コーラサワーが!」
先ほどのしおらしさはどこへやら、一転、机に乗りかからんばかりの勢いで一息にまくしたてると、
眩しいほどの笑顔を彼女に向けて親指を立て、大見得を切ってみせた。
「・・・・・・あてにしている」
調子に乗るなと言っているだろう、本当に解っているのかともう一度説教したいのをこらえながら、
カティは呆れ顔で頬杖をついた。
 ――大佐に何かあったら!
「それは私の台詞だよ、パトリック――」
名残惜しげな様子のパトリックに退室を命じると、カティは椅子に背を預けて瞼を閉じた。
おのずと深いため息が漏れる。
「まさかこの私が、心配されるとはな・・・・・・」
ひとりごちた唇が、我知らず微笑をかたどった。真っ直ぐに人に思われるというのは、こういうことなのだろうか。
それは若年より天才戦術予報士として名を馳せ、聡明で隙のない性格の彼女には、あまりない経験だった。
居心地が良いのか悪いのか、判らないようなくすぐったさを感じる。
彼女のために泣いたり笑ったり、怒ったり拗ねたり得意になったりと、瞬時に変化するパトリックの百面相を思い返すと、
おかしさと共に温かな感情が心中に沸き起こるのを禁じえない。しかしだからこそ、彼を無責任に伴ってゆくことはできなかった。
カティが指揮権を与えられぬままパトリックが入隊して、問題児と名高い彼をアロウズが捨て駒にしない保障はどこにもなかった。
彼は実に驚異的なしぶとさで、撃墜のたび奇跡の生還を遂げるけれども、この僥倖をあてにするほど、彼女は他力本願ではなかった。
火事場に臆せず飛び込んでゆく火消しよろしく血の気の多いあの男なら、自分を取り巻く状況など一切考えず、
ガンダムと見れば何の迷いもなく、最前線に飛び出してゆくのは経験上、火を見るより明らかだった。
彼がそうすることを彼女が許してやるためには、しかるべき手順を踏まなければならない。
まずは彼女自身が実績を上げてアロウズの指揮権を掌握し、その上で彼が少なくともAEU時代と同等か、
もしくはそれ以上に有利な状況で戦う為の環境を整えてやる必要があった。これは人間に与えられたただ一つの命を預かる立場に
ある者として、パトリック一人についてのみでなく、全ての将兵に対して言えることであった。
しばらくは心を鬼にして、彼の健気な申し出を拒み続けなければならない。
そのとき不意に、一人の戦士の横顔が思い浮かんだ。カティはあることに思い至った。
ああ、現れる形はおのおの違えど、同じなのだ。パトリックも、自分も。そして古傷を顔に刻んだ老練の戦士も、孤高の瞳の、あのときの少女も。
74文書係:2009/04/19(日) 04:33:01 ID:???
公式出るまで脳内補完/機動戦士ガンダム00
/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ入隊 その4」

 実はカティのアロウズ転属には、パトリックに最初から明かすつもりのない事情が、
もう一つあったのである。
カティが司令部より転属の打診を受ける以前、連邦軍大佐セルゲイ・スミルノフとの密議において、
彼女は既に内偵役を自ら買って出ていた。これには、セルゲイが彼直属の部下、
超兵ソーマ・ピーリスをアロウズに同行させたくなかった、という事情も働いていたのだった。
もし自分がアロウズに入れば彼女は必ずついてくると断言し、司令部に直訴してでも実行するだろうと、
セルゲイは思い悩んだ末にカティに打ち明けたのだった。
カティは完璧なまでに美しく整った、しかし硬い表情でセルゲイの横にいつも控えている小柄な少女を
思い出した。彼女とは数回、面識があった。
銀糸を長く垂らしたような髪に、百獣の王を思い起こさせる、悲愴なまでに力強い光を宿した黄金の瞳。
その年頃の少女にありがちなそばかすはおろか、黒子一つない白い肌、戦士とは思えぬ、
痛々しいほどの華奢な体つき。
最後に彼女を見た時からどれほど経っていよう、きっと少女から今は女へと変貌を遂げているはずである。
「私は軍人としても、ひとりの人間としても矛盾している。それは百も承知だ。だが私はあの娘をこれ以上
戦わせたくないのだ。戦う以外に己の存在意義を見出せぬ乙女を、我々人革連は創り出してしまった。
あれには人としてあるべきはずの家族も、朋友も、過去の記憶すらない」
セルゲイは何かの苦しみに耐えているのか、呻くように言った。
「あれが・・・・・・人革連の咎なのだよ、マネキン大佐。あれが過去に失ったものを取り戻してやることが叶わぬのなら、
せめて今、この手にある未来は・・・・・・と思うのだ。一体何の罪滅ぼしのつもりかと後ろ指をさされ、あざ笑われようがな」
カティの前で、無骨な両手が、目に見えない大切なものを包み込むように組まれた。
「スミルノフ大佐――」
ロシアの荒熊という異称に似つかわしくない、不器用な男の優しさを、カティはそこに見たのだった。
セルゲイは対ソレスタルビーイング殲滅作戦ののち、監視の名目で少女を自分の官舎に同居させる許可を
上官より得、2年ほど前より起居を共にしているという。
妻を早くに亡くし、娘を持った経験がないため、初めのうちは随分戸惑ったものの、この暮らしにもお互いに
慣れてきたようなので、ゆくゆくは彼女を自分の養子にと、彼は考えているらしかった。
セルゲイには少女より幾つか年上の息子があり、同じく軍籍にあったセルゲイの妻が、十数年前戦死してより不仲であることを、
カティは人づてに聞き知っていた。少女がセルゲイの官舎に迎えられる以前に、彼の息子が家を飛び出して父親に無断で軍籍に入り、
そのことを公言して憚らなかったためである。
「つまらぬことを言った、マネキン大佐。貴女にも済まない」
「私は貴方が連邦に残った方が良策であると、最初から考えていました。私は貴方と同じく、自分自身の意志で、
理想とする世界のために戦っているのです。懸念は無用です」
かくして彼女は一人、虎口に入る決意を固めたのだった。

(アロウズ入隊 その5に多分続く 今回投下分終了)
75通常の名無しさんの3倍:2009/04/19(日) 08:47:29 ID:???
>>文書係さん
GJ!!
本編の影でもこんな流れはきっとあったような気がする。
ただギモンなのがマネキン大佐のアロウズ召集がセカンドシーズン第1話の刹那の
アロウズ強襲以前だったのか以降だったのかでちょっと変わるんでしょうが・・・。
76通常の名無しさんの3倍:2009/04/19(日) 10:40:35 ID:???
>>74〜75
感想もこちらに書いたほうがよさそうなので。
パトリク隊常駐の者です。
細かいことがあまりよくわからない自分がコーラ不足を補うには、
十分過ぎる内容でした。
二人のやりとりが目に浮かぶようだ。
ありがとうございました。よく寝て下さい。
77通常の名無しさんの3倍:2009/04/19(日) 10:41:57 ID:???
>>73>>74でしたね。失礼しました。
78通常の名無しさんの3倍:2009/04/19(日) 12:49:26 ID:???
>>73-74
GJ!
セルゲイも好きなキャラだからなおさら面白かった
続き期待して待ってる
79弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/04/20(月) 01:54:57 ID:???
小さな島に風が吹く
最終話『島への客人』(1/6)

 早朝のビーチ。正規の制服に身を包み、相も変わらずスカーフが気になる様子のダイの他、
マーシャル、クロキ曹長、フジワラ士長の四人が直立不動で立って居る。
 その背後の高台には民間人を除く全員が、同じく直列不動でビーチを見下ろしているはずだ。 
「モモちゃん、落ち着けよ……。いつも通りビッとしてろ、大丈夫だ」
 副官としてほんの数ヶ月のつき合いだが、自身の上官がそんな台詞を言うときは自分も
かなり緊張しているときだ。フジワラ士長はそれに気づくと自分の震える足を見つめる。
 こんな時に自分が支えずして何が副官か! しっかりしないかっ、モモヨ・フジワラっ!! 
 自らを心の中で叱責すると足の震えは辛うじて止まったが、だからといって最悪のシナリオ
は必ず回避出来る様な性質でない事は、彼女にも当然わかっていた。
 その時既に、彼女の見つめるビーチの先に運命は白波を立てていたのだから。

 小さなエンジン音はやがてそれが複数であることをすぐに主張し、その音が止まる前には
連合のマークを袖に付けた青い迷彩服の男達がアサルトライフルを手に上陸、ダイ達を取り囲む。
「地球軍第一三二オーブ解放特務艦隊第一海兵中隊長、テリオス上級大尉である。指揮官は?」
 事、此処にいたってむしろ落ち着いたかのようなダイが型どおりの敬礼を敵の士官に送る。
「第18号特務小隊司令、オーブ国防空軍ジョーモンジ二尉であります!」
 その声を聞いて正気に戻ったかのような回りの三人も自らの隊長に習い敬礼する。
「既に全隊の武装放棄は完了しております。民間人へのご配慮、感謝致します!」
「降伏勧告の受け入れを感謝する。こちらとしても不要の戦闘は避けたいのが本音なのでな。
……貴官の言っていた【取引】について司令が興味を持たれた。一緒に来て貰うが、良いな?」


「その、隊長。自分なぞが同席して良かったのでしょうか……」
「最悪、味方から銃殺刑だものなぁ、巻きこんで悪かった。国際標準語の通訳が欲しかったんだ。
微妙なニュアンスが誤解されて伝わっても困るし、モモちゃんならその辺間違いないだろ?」
 連合の巡洋艦、その士官室。ダイとフジワラ士長が座り心地の良さそうな椅子に、いかにも
居心地悪く収まってぼそぼそと話している。
「そういう言う意味ではないです。それは、確かに怖いですけど、同席出来ることは光栄に……」
「ホントの所は俺も心細いんだが、モモちゃんが居るなら見栄を張らなきゃいかんだろ? 
俺だって、正直なところはチビリそうだぜ。せめて毎日ちゃんと拝んでおくんだった」
「悩まずともハウメアは御守り下さいます。隊長がオーブの為にどれほど――、いらした様です」

 扉が開かれると同時に二人は立ち上がり連合の制服に敬礼を送る。鷹揚に連合式の
敬礼を返す人物の襟には将官の階級章が付いている。
「あ、a,…… I'm honored to meet the general. sir!」
「ジョーモンジ中尉、だったね? この部屋は公式の場所でないから、緊張は不必要にしましょう。
オハヨウゴザイマス。で良いかな? 意味がわかる事になっていますか? 私のニホンゴは」
 いきなりのニホンゴで敬礼の手を下げることも忘れる二人である。

「あ、あの、……とてもお上手でいらっしゃるので正直驚いております、閣下。ですが何故連合の、
それも閣下の乗っていらっしゃる艦、閣下のお部屋でわざわざニホンゴを使われるのですか?」
 一瞬の後、姿勢を正すとあえて平易な言葉を選んで切り返すのは、勿論フジワラ士長である。
「アリガトウゴザイマス、兵長。ニホンゴではこういう状況をイチマイイシでない、でOKですか?
特に扱うのが連合内部でもG兵器については特殊です。それが中尉のお話の通り構造物だけ
であったとしても、極度制限が図面をみることさえ我等のような三流の国では摘要なのです」 
80弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/04/20(月) 01:55:53 ID:???
最終話『島への客人』(2/6)

「……隊長。どう、思われますか? と言うより将軍の言、何所まで信用して良い物なのでしょう」
「わざわざニホンゴだぜ。同じ艦隊の中でさえあんまり公にしたくないのがミエミエだ。まぁ、
少なくとも中将は取引は成立だと言ったんだ。あの3人と姐さんだけは何とかなるだろーよ」
 部隊の殲滅も無さそうだし、ならばいずれ信じる以外に道はないさ。……。とため息のダイ。
 揚陸艇から海を歩いて陸に上がり、緊張と疲労でビーチにへたり込むフジワラ士長と、
その肩に手をかけて目は洋上の母艦へと帰って行く揚陸艇を追うダイの二人。

「カエンとはさっきコンタクトが取れたらしいし、それなら問題は中将の言う彼らの引受人だ。
『参謀殿とも知り合いであなた方にとっても信用に足る人物』、ね。果たして誰のことなのやら」
 ようやくヨロヨロと、と言った風情で立ち上がるフジワラ士長に手を貸すダイ。
「参謀閣下もご無事が確認出来て何よりでしたが。……そこまでして欲しいものですかね、アレ」
 ビーチの隅、片膝を付いていまやアレ呼ばわりのアス=ルージュがたたずんでいる。
「オーブ(ウチ)も欲しかったんだ。奴らも欲しいだろ。――向こうにゃエリカ・シモンズはおろか
姐さんだって居ない。ま、スクラップ同然のMS一機で80人からが助かるならそれで良いさ」

「ご無事ですか、隊長! フジワラ士長も!」
 ぼんやりビーチに立つ二人に声をかけるのはクロキ曹長。
「この通りです、曹長。……それにモモちゃんに何かがあったら俺は此所には帰れないっすよ。
コッチは変わったことは? ――では武装放棄のまま警戒体制継続で。それと簡単な報告会議、
詳細は……んーと、1600位にホールで良いですかね。マーシャル達にも伝えといて下さい」
 二言三言の事務的な話を終え、少し休んでから勝手に歩いていくから気遣いは要らない。
とダイが言ったところで敬礼をすると、そのままクロキ曹長は二人に背を向ける。

 また二人になったビーチ。もそもそとポケットをまさぐる上司にタバコのパッケージと銀色の
四角い金属塊を渡すフジワラ士長。
「今朝、指揮所を出る時にデスクの上にお忘れでしたよ? 灰皿は右のポケットに無いですか?」
「あぁ、すまん。緊張してたんだな、俺なりに……はは。キミが居なけりゃ自分の事もままならんか」
 キンっ。金属質な音を立ててライターのふたが開く。

「先ほどのお話ですが、もし自分にって、その……、そう言う可能性を?」
「中将閣下以下、みんな対応が紳士的だから良かったがな。今は戦争だ。ルール何ぞ無いさ」 
 ダイは煙草に火をつける。先端から揚がった煙は風に流され、フジワラ士長とは逆になびく。
「ましてキミは敗戦国の、……うん、容姿も、その、なんだ。悪かぁない、ええと。とにかく女性だ。
船乗りは男が圧倒的に多いし、自国の船の中なら”何か”、があっても、もみ消すなんざ簡単だ」
 少し驚いた表情のフジワラ士長。命の危険以外は全く考えていなかった彼女である。
「ご自身もリスクがあるものを、なぜ自分を? 国際標準語は本当はクロキ曹長が一番……」

「クロキさんには、オレに何かあったら部隊指揮を執ってもらわにゃならん。それに船で言った通り
俺が何か口を滑らせても、キミなら。いやその、モモちゃんなら上手く誤魔化してくれると思ってさ」
 悪態が口をつく前に、此所まで二人称が『キミ』だったことに気が付くフジワラ士長。それに
さっきから微妙に目の合わない自分の上司の態度。みるみる顔が赤くなるのが自分でわかった。 
「さて、帰って冷たいお茶でも――。おいっ、顔が赤いぞ。どうした……? あぁ、良いから動くな」
 そう言ってダイは彼女をひょいと横抱きにするとそのまま歩き出す。
 もう過労で動けなくなったことにする他はあるまい。と彼女は腹をくくる。それならそれで悪くない。
彼女は、いまや本当に目眩を覚えていたし、どうやら動悸も激しくなった。息苦しくもある。
 但し勿論、原因が過労でないのは彼女が一番良くわかっていた。
81弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/04/20(月) 01:58:04 ID:???
最終話『島への客人(前編)』(3/6)

『情報1より緊急、オロファト方面より連合籍の中型輸送機の飛来を確認。照会乞う。例の奴か?』
「指揮所確認、機種、コードとも事前情報と合致。恐らくそうです。情報1は継続しての追跡を乞う」
『情報1了解。――フジワラか? もう起きてもいいのか、良かったな。おはよう、”眠り姫”!』

 ビーチからダイに抱えられて帰ってきたフジワラ士長は、その後心因性の過労。と半ば
強引に診察されて、いきなり強力なトランキライザーを投与され、結果まる2日、眠り続けた。
3日目に意識は戻ったものの、頭がボンヤリして仕事にはまるでならなかった。
 複数の意味で診察は正しかろうが、そこまで豪快な薬の処方を受ける覚えはない彼女である。 

「指揮所、情報班全員に緊急呼集! ――いろいろ済みませんでした。自分はもう大丈夫です」
『隊長がおまえのおかげで全員助かったようなもんだっつってたぜ? 口で向こうの艦隊司令を
やり込めてきたんじゃ無かろうな? それともまさか、色仕掛け……。うっふーん、なんつってな』
「ばっ、た、隊長の前で、ありえ……、わたっ、自分がそ、そんな、コトする訳! ただ通訳の……」
『あははは……、いつも通りで安心したぜ。――目標は現状なら本島到達は予定より92秒遅延。
だいたいオマエみたいなズンドウにそんな高度なワザが使えるかっつーの! 以上、情報1終り』
「う、……了解、情報1。以上指揮所。――あ、あとでセクハラで訴えてやる……!」
 過労で倒れて復帰直後。いきなり赤くなったり青くなったりいつも通りの隊長付き副官の様子を
見て、安心した指揮所のオペレーターや通信士が吹き出す。
「わ、笑ってる間に幹部全員に招集かけなさいっ、隊長とクロキ曹長は何処っ!? 至急連絡!
――誰がズンドウよ誰が。私だって制服脱げば、……うっ。――独り言に突っ込まない!」
 どうなるんですか? の後輩の言葉に声を荒げる。軍服を脱いだところでどうにかなる問題
ではないのは自身が一番良く知るところである。 

「きおぉつけぇいっ! 参謀閣下にぃい、敬礼ぃっ!」
 手空きの者全員が集まった中庭。輸送機から半ばよろけるように降りてくるカエン。
襟は汗で汚れ、右の肩章は半分外れ、飾緒もスカーフも無くなり、全身泥とかぎ裂きだらけである。
「カエン、無事で良かった……。なんだその格好は?」
「なに、生き残った国防官としての義務を果たしていたら、アパート(巣)に帰る暇がなくてな。
もっともその、俺の巣自体が無くなっちまったようだから、着替えもなくなっちまった訳だが」

「マミちゃん。サイズは俺と一緒で新品の幹部用略装服があるはずだ、下着一式と持ってきてくれ。
それとエミちゃん、カエンの今着てる服の染抜、クリーニングと繕い物、何人で何分かかる?」
「3人で150分。いえ、120分でやります。レーザー溶着士とクリーニング技師の免許が有ります。
材料も、服飾の専門家も居ます。飾緒も一から編み直して、ボタンや肩章まで完璧に仕上げます」
 一体何を始めるつもりだ? と言うカエンにダイはあえて敬礼を返す。
「僭越ながら、高級幹部がその様な格好をなされておいででは下の者の士気に関わります! 
つーか、先ずは格好だってしつこく俺に言ったのはおまえだ。……俺たちは今、国の為に直接
何も出来ない。せめてこれくらいやらせろ。――技師長。シャワールーム、いまから使えるな?」 

「お話中、失礼致します。当初の予定では2名ほど、お客様をお連れになるご予定と伺いました」 
 敬礼でダイの話に割り込むのはフジワラ士長。
「二人とも軍籍にないのでね、ココに降りる為に書類とチェックが居るらしい。あと5分程度だ」
「了解いたしました。それではお降りになり次第、自分が責任を持って第三会議室へご案内します。
参謀閣下はどうか気兼ねせずシャワーをお使い下さい。閣下の資料のご用意は自分にお任せを」
「ヤレヤレ、部下の教育は行き届いているようだな。考課に反映するよう進言しておくよ。……
二尉の他、同席はイタバシ主任とフジワラ士長のみとしてくれ。――シャワールームを借りよう」
82弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/04/20(月) 02:01:03 ID:???
最終話『島への客人(前編)』(4/6)

 あまり大きくない会議室。会議テーブル2つ分を挟んでスーツの男女二人と向かい合うのは、
フジワラ士長が資料とお茶の手配をしに行ったので、ダイとコーネリアスの二人である。
 双方ともカエンの到着を待つ間、隣のもの同士ボソボソと小声で話をしている。
「で、さ。あのいいオトコは誰? カエンくんまで頭があがんないなんてそう居ないでしょ?」
「コツルギさんは俺たち二人の直接の先輩なんだよ。そんで大西洋連邦の大学行ってさ。
ビーム工学やMA操作ロジックやらで博士号いくつか取ってるいわゆる天才肌の技術屋なんだが」
 端整な顔立ちに反して意外と肉好きの良い体は武道の心得でもあるのか? とコーネリアス
は思う。いずれ人の言うことを聞かない二人、しかも学生時代のダイとカエン。ある意味最悪
のコンビの頭を押さえる以上はただ者ではないのだろうな。と、取りあえず自分の中で結論付ける。

「ガッコが終わったら帰ってきてモルゲンに行くのかと思ったら、人権管理機構に入省して、
いまや連合の係長サマってんだからあの人だけはホントに何考えてんだかわからんよ……。
で? 何故先輩の隣の、小柄なお嬢さんを姐さんが知ってる? どういう知り合いだ」

「こないださ、『砕け散る個人』って言う本がベストセラーになったの覚えてる? ――そう、それ。
血のバレンタイン事件絡みのインタビュー纏めた奴ね。アレ書いたのが彼女。自称人権派
ジャーナリストでノンフィクションが得意なの。国籍とか軍とか関係無しに何処にでも潜り込んで
取材するのがウリでね。どうやってザフトにまで潜り込んだのか『実録!我ら黄道同盟防衛隊
〜ザフトの真実〜』なんてのも書いてるわ。マコト・ジィ=メスト。聞いた名前でしょ?」
 見た目と違ってむやみやたらに行動力があるらしい。名前も言われれば聞いた名である。
「ソレともう一つ。何か勘違いしてるようだけど、彼女と、”同級生”なの、私。同い年だからね?」
 ダイが言葉を失ったのと時を同じくして、カエンがフジワラ士長を伴って部屋へ入ってきた。


「揃ったようなので、僕の方で話を進めさせて貰う。良いかな、カエン。いやアズチ参謀か――。
あぁ。一応知らない方もいるようなので簡単に自己紹介をさせて貰います。僕は地球連合本局
人権監視機構のデン・コツルギ。”オーブ解放作戦に関するオーブ国防軍戦争捕虜人の人権監視
委員会第3分科会”の座長と言うことになってます。肩書きの長さだけなら誰にも負けません。
こちらは人権問題にも詳しい著名なジャーナリストのマコト・ジィ=メスト女史。皆さんご存じだね。
あとは僕が知らないのは……、そちらの女性の方だけかな?」
「お、オーブ国防空軍第三航空団通信科所属、現在は小隊長付きのフジワラ士長であります!」
 いきなり話を振られたのに驚いて、椅子を鳴らして跳ね上がると敬礼するフジワラ士長である。
「そんなに硬くならないでも。しかしダイの副官とはねぇ。理不尽なご苦労が多いんでは?
――ははは、座って頂いて結構ですよ? 一般的な会議とは一線を画していると思って下さい」
「いえ、あのそんな……」
 そういえば隊長サマの敬愛する先輩であったコトを忘れていた。見た目はまともそうでも
結局ルイトモなんですね、隊長……。小さくため息を吐きながら着席する士長。

「カエン、一つ確認しておく。先輩には何処まで……」
「カエンからはオフレコの分まで全て聞いたことになってるが、そうだな? ――其れと艦隊司令
からも同じような条件で話を聞いてる。つまりお前が知ってることは俺も知ってる前提で話をしよう」
 すっと前触れもなしに高級官僚の顔つきになると一同を見渡すコツルギ。
「アス=ルージュとブーステッドマン、ハインツ博士の3件については上に話を上げていない
あくまで僕がここに来たのは軟禁状態の第18特務小隊の扱いの調査と、民間人4名の保護。
公式にはそれだけだ。――お役所ってトコはセクト主義だからな。こう言うときは便利だ」
 さて、まずは公式な話を簡単にすまそう。コツルギはそういって資料を取り上げた。
83弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/04/20(月) 02:03:03 ID:???
最終話『島への客人(前編)』(5/6)

「……18隊には基本的にはそういう権利は与えられる。取りあえず最低限の生活は出来ている
ようだし。ならばあえて軟禁状態の維持、と言うのは悪くない。――そういう目で見るな。あくまで
連合としての話だ。あとは相対的に偉くなったアズチ参謀のさじ加減一つ。……だろ、カエン?」
 ダイとフジワラ士長の視線が気になったらしいコツルギは、そう言うとお茶に口を付ける。
「イタバシ主任は一応民間人ですが、何せモルゲンの人間なので扱いが特殊になります。但し
ダイ達よりは厚遇されるはずです。僕と一緒に来て貰いますが、MSの技術について拷問に
かけたりは絶対させませんから安心して下さい。”あね”という言葉には絶対服従ですから僕は」 
 拷問にかけられる程機密事項なんか知らないわよ! つーか何でシスコン? と思いつつ、
いずれダイ達とは離れなければならない、その事でむしろ不安の募るコーネリアスである。

「18隊(ウチ)はソレで結構。姐さんは先輩が守ってくれるとして、リコ達の処遇はどうなります?」
 学生時代から信頼の置けるボスだったとしても、いまは越えがたい立場の違いがある。
一応こちらも隊長の顔でコツルギに当たるダイであるが、それに答えたのは女性の声であった。
「その為に私が呼ばれたんですよ? ジョーモンジ隊長。コーの知り合いだしね。おひさし!」
「久しぶり、流行作家さん。で、まさか3人ともマコトに売られた。……とかは無い、よね?」
 当代きっての売れっ子作家である反面、多少変わった性癖を持つと言う噂が絶えない
彼女である。彼ら三人はまさに”そう言った性癖”の人間には『格好の餌』ではないか。
「ヤナ言い方しないで欲しいなぁ。昔、日銭稼ぎにショタとかロリとか書いてただけだってばぁ」
 学生時代から親友として、人となりを見てきてたコーネリアスは、コイツは何処まで冗談か
判ったもんじゃない。【好んで】801やレズ系も書いてた筈だ。と多少語気を強めて言い返す。
「それは冗談。だけどあの子達になんかしたら真面目に只じゃおかないわよ! ……そうじゃなくて
も不幸な子達なのよ。お願い、マコト。彼らには今回が本当に最後のチャンスなの!」

「状況把握は出来てるし、コツルギちんから事情は聞いてる。コー、大丈夫。わかってるよ?」
 ふと真面目な顔をすると久しくあっていなかった友人の顔をまじまじと見つめる。
「勿論あの子達が成人するまではネタにもしないし、無断で本も書かない。戦況が変わったらその
時点でカエンさんに引き取って貰う。……ふふ、見返りはもうコツルギちんから貰ってるしね♪」
 やっぱり只じゃないんだ。コイツというヤツは……。あきれ顔で安堵のため息はコーネリアス。

「彼らにはメストさんと一緒に戦争難民という立場で第三国を経由して最終的にスカンジナビアへ
入って貰う手筈です。既にチケットや一時滞在先の手配もほぼ終わってます」
 確かにスカンジナビアであればオーブ難民だと言えば受け入れてくれるかも知れないが。
そんなに上手く行くものだろうか。コーネリアスの顔には不安が浮かび、ダイとフジワラ士長が
ひそひそと話を始める。
「……実は『砕け散る個人』をたまたま最初にスカンジナビアで出版したのよ。アレがベストセラー
になっちゃったもんだから名誉市民になっちゃってね。私はビザ無しで出入り自由なの。私の連れ、
しかもオーブ難民の孤児だったら、あの国はあっさり入管通してくれると思うよ?」
「市民権を貰ったことを知ったので急遽ここに来て貰った訳だ。まぁ、何も言わなくても既に
オーブには居られた訳ですが」

「連合の侵攻作戦を知ったうえで帰ってくる……。あなたにとって戦争は飯の種、ですか?」
 隊長、失礼です! 止めて下さい! 押し殺したフジワラ士長の声は無視されダイの鋭い
視線はマコトの目をしっかり捉える。
「そうよ。ノンフィクションは事実を主観のフィルタリング無しで伝える。勿論仕事だから対価は頂く。
フィクションのネタ集めで命を張るのは、場の空気まで書きたいから。――こんな答えでは不満?」
「……失礼しました、あなたは本物だ。確かに信頼に足る方なのでしょう。リコ達をお願いします」
84弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/04/20(月) 02:05:35 ID:???
最終話『島への客人(前編)』(6/6)

 僕等は本日は帰れなくなったそうだ。通信長の持ってきたメモをコツルギが流し読みした
ところで会談は終わった。フジワラ士長は貴賓室の手配で慌てて出て行き、ダイとカエンは
建物の外にタバコを吸いに出てきたところである。カエンがダイにタバコのパッケージを放る。

「――マコトさんもたいしたタマだが、先輩だ。只であの将軍から情報を引き出した訳がねぇ。
言葉使いでだまされそうになるが、いきなりニホンゴとか、アレはアレでぜってータヌキだぞ?」
 彼の”ダガー”の渾名は、名前をもじっただけでないのは二人ともよく知るところである。
「ま、そうだろうな。かたや連合本局の官僚、かたや連合では三流国家だろうが艦隊司令だ。
”政治的取引”があった可能性はある。先輩が何を手に入れたのかは、……知らぬが花だろうよ」
「ましてあの先輩だしな。――国内ブランドか……。おまえホント、高給取りの癖にケチだよな」
「輸入タバコなんぞ俺が持てるかっ! 今どこと戦争してんだよ……。――ところでM1だが……」
 ダイから帰ってきた箱を受け取りながらしゃべりかけたカエンをダイは目で制すると
そのままあごをしゃくる。

「――あ? そう言う事か!? 肝の据わったヤツだな。毎度の事ながら……」
 二人の視線の先、カエン達の乗ってきた輸送機にアス=ルージュを積み込んでいる。
「4機全て完動の状態でエレベーターに放り込んでそのまま手動で下ろした。あとはクロキさんに
簡易舗装をかけて貰ってハッチの上を発着場にした訳だ。向こうの将軍には壊れたので廃棄した
と言ってある。完品のM1は戦後復興に大活躍の予定。隊長の考課大幅アップを進言しておくぜ」
 クロキ曹長の考課アップは進言しておこう。言い仕事ぶりだ。そっぽを向いたカエンはふぅ。
と空へ向かって紫煙を噴き上げる。 
「アレはぶっ壊れた物として公式に廃棄済になった。無料でゴミを引き取ってくれてると言う事だ」

「上級大尉、自分たちは本当にコレで宜しいのでありますか? 栄えある海兵隊として……」
「何のことか? 准尉。現在作戦遂行中である。不明瞭な会話は慎め。……気持ちはわかるがな。
あのMS一機で戦闘も人死にも無しだ。地球軍としての我々と、国軍としての我々。双方にとって
良い結果ではあろう。後日、何か問題があったとしても責任は司令閣下のみ。最良だ」
 自分たちにはあずかり知らぬ話だ。と言いながら輸送機に積み込まれていく赤いMSを見やる。
MSの積み込み作業とその監視、その為だけに海兵隊でも艦隊最精鋭である彼らがわざわざ島に
来ていた。本来であれば、未だ士官学校に在籍している筈の若い彼にはそれが不満なのだろう。

「命がいくらか延びたと考えるんだな准尉。自分たち海兵隊は事があれば真っ先に先陣を切らねば
ならん。偶に日向ぼっこが仕事の日があっても良かろう。明日どうなるかなど、判らぬのだからな」
 そもそも占領したところで、統治する程の人数が割けないのが地球軍全体の実情であるし、
相手がオーブである以上戦力差があろうが、ある程度の犠牲は覚悟していた上級大尉である。
 ならば上陸戦も無しで無血降伏。更に勝手に軟禁状態であれば取りあえずの手間も時間も
省けて犠牲も防げた以上、今回の作戦は良い事尽くめ。と言う事ではあるのだが。

 アレにどれだけの価値があるというのでありましょう。呟く准尉に声をかける。
「宇宙(そら)のMS教導大隊に参謀本部の切れ者が潜り込んで居るんだが、どうやらヤツからも
手に入れてくれと言われたらしい。技術屋にも聞いたがただの動作骨格(ドンガラ)だけでも欲しい
のだとさ。地球連合は我が国へはMSとパイロットは寄こしたが、設計図さえ見せてはくれんのだ」
 秘密にされれば見たくなる。オトナもコドモもそれは変わらん、必要以上に隠さなければ
いいのだ……。エンジンをかけ、埃を巻き上げ始めた輸送機を見ながら上級大尉は思う。
「総員、帰投準備! 5分後より随時撤収を開始する。准尉、揚陸艇の連中にも伝えよ!」
「サー、イエッサー!」 
85弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/04/20(月) 02:12:23 ID:???
今回分以上です、ではまた。

最初に字数を間違ったせいで大長編になってしまった小さな島も
次回でやっと一区切りとなります。

>>66
ありがとうございます。
アスハマンセーが気持ち悪くうつるかな、と多少心配して
かなり台詞をいじり廻したので、そう言ってもらえると嬉しいです。
86通常の名無しさんの3倍:2009/04/21(火) 05:04:24 ID:???
>>文書係
投下乙です。GJでした。

>>67,68
浜田と高山の声で場面が再生されざるをえないほど「らしい」補完SSでした。
ああ、彼らの会話だなあ。と。パトリックがかわいく思えてきます。

>>73,74
セルゲイの不器用さと、カティの覚悟が光って見えました。
無骨な両手が〜包み込むように組まれた。のくだりが、個人的に
すごく印象に残った感じです。

その5があるとのこと。再度のGJをしつつ、またの投下をお待ちして
おります。

>>弐国
投下乙です。GJでした。
56行ごとになぜか吹き出してしまった内輪なネタ登場人物については、
ひとまず置いておきまして。モモちゃんがかわいかったです。

部下のことを思い、気遣い、国防と復興に尽力するカエンとダイが格好よく、
また、フジワラ士長がとても輝いておりました。恋の病に対する処方箋が
トランキライザー二日分な辺りに、オーブ医療の闇が垣間見えます。

官僚相手に敬礼したり上官の言動に肝を冷やしたり貴賓室の手配をしたりと
忙しいモモちゃん可愛いよモモちゃん。

最後、カエンのセリフと准尉のセリフとの間に二行はさむか、
一行描写を入れるかして頂ければ、少し場面転換が分かりやすかった
かと思います。

四作目の終わりを迎えようとしていますが、最終決戦の後、結末を
描くのにきちんと一話を使っているあたりは、オリジナルキャラクタ
達のその後を「ご想像におまかせします」とはせずに、責任を持って
まとめて見せようという態度を感じます。字数を制限した上で、物語を
結ぶのに尺を使うのが凄いです。

重ねてGJでした。最終話後編の投下をお待ちしております。
87通常の名無しさんの3倍:2009/04/22(水) 20:51:36 ID:???
投下乙! だけでもしてみる。
88P.L.U.S SS ◆EWxNN5VMR6 :2009/04/22(水) 22:37:45 ID:???
 <12> (1/3)

 遠くから腹の底に響くような地響きが聞こえ、微振動が足を伝わる。ヨウランは言い知
れぬ不安に襲われた。
「なあルナマリア、本当にやるのか?」
 振り返ると不安な表情を隠そうともしないヴィーノと視線がぶつかる。
「当たり前じゃない。シン、止めなくちゃでしょ?」
「それはそうだけど……」
 口籠もる視線の先には、ハンガーで出撃を待つ次の演習相手、偵察ジンの姿がある。
「わたしは、別にやらなくてもいいのよ? シンのゲイツRには実弾が使われてますって、
上の方に報告すればいいだけだし」
「それは……マズイよぅ」
 思わずヴィーノはびくりと震える。
「もう諦めよう。なるようにしかならない」
 ヨウランは意を決して立ち上がると、一番手前の偵察ジンに駆け寄った。計器チェック
を終えて、発進準備を整えたコックピットに取り付いた。
「すいません!」
「あぁ?」
 顔を出した緑服のパイロットはあからさまに不機嫌な声で応えた。出撃前の緊張感を壊
された不快感だろう。思わずヨウランはゴクリと唾を飲んで続けた。
「今メンバー交代の連絡が入りまして――」
「はぁ? 聞いて無いぜ、そんな話。今更そんな事言うバカはどこのどいつだ?」
「さあ、自分には分かりません。伝えて来いと言われただけなんで」
 更に不機嫌さを増す緑服相手にわざとらしく肩をすくめて見せる。ぎこちない演技に口
の中が乾いて行くのが分かる。
「はいそうですかって聞くバカがいるかよ? ちゃんと然るべきルートで話をくれよ」
「然るべきルート? あるわよ?」
 ヨウランを押しのけて緑服がコックピットを閉めようとした瞬間、後ろから声がした。
ルナマリアだ。振り向くとどこから調達したのか、赤服のジャケットを身に纏い靴音高ら
かに歩み寄る。
 緑服は赤服のジャケットに一瞬怯んだが、ヨウランもまた言葉を失った。
89P.L.U.S SS ◆EWxNN5VMR6 :2009/04/22(水) 22:43:02 ID:???
 (2/3)

「今より、当機は特務隊指揮下に置かれます」
 ルナマリアは胸を張り、力強くそう言い放った。
「なんだそりゃ? ちゃんと説明してくれよ!」
 抗議の声を上げる緑服だけでなくヨウランも事情が掴めない。そんな二人を交互に見渡
しルナマリアが再び口を開く。
「残念ながら内容は機密事項です。指揮系統外に情報の公開は許されておりません」
「そんなの信用出来るかよ!」
「それなら仕方ありません。今から指揮系統に入って貰う事を条件にお話します。時間が
ありません」
「なんだよ一体」
 緑服の言葉に応えるように、不自然に地面が揺れた。続いて腹に響くような低周波音。
プラントに地震など無い。緑服の表情がますます曇る。
「この振動、何だか分かりますか?」
「さぁ、一体何だ?」
――オイ、ちょっと待てよ!――
 ヨウランは急速に血の気が引いて行く。演習機の奪取がスムーズに行かないのなら、今
ここで事実を話して演習を中止にするつもりなのか?
「先程、演習用模擬弾が何物かによって実弾に付け替えられました」
「え?」
 ヨウランと緑服の声が重なる。胸の鼓動が早まるのが分かる。
「これを重大な妨害、テロ行為として認識するとともに、演習に影響が無いよう自然かつ
迅速に鎮圧を行います」
「どういう事だ?」
「実弾入りの武装を破壊し、なおかつ演習自体はそのまま続行させます。この命令に不服
であればギルバート・デュランダル議長に直接談判して下さい」
 この演習にデュランダルが極秘で視察に来るらしいとの噂は、アカデミーだけでなくザ
フトでもまことしやかに流れている。そこまで言われれば緑服も黙るしかない。
「わかったよ」
 とだけ言い、コックピットから降りた。
「ご協力、感謝します。なお、誠に恐縮ですが、当件については一切の他言は無用です。
何も知らなかった事にして下さい。――そうですね、彼等と同じクラスの女子生徒が同僚
に嫉妬して、無理やり機体を奪って行ったとでもして下さい」
「すいません、急いで調整しなきゃいけないので……」
 申し訳無さそうに言って、ヨウランはさりげなく緑服を機体から遠ざけた。
90P.L.U.S SS ◆EWxNN5VMR6 :2009/04/22(水) 22:45:41 ID:???
 (3/3)

「なんて無茶するんだ! 俺達本当に殺されるぞ!」
 緑服が離れるのを尻目に、ヨウランは小声で畳み掛けた。だが当のルナマリアはしれっ
とした表情で涼しいものだ。
「あら? 何とかしようと協力して、助け舟まで出してるのに、その言い方は無いんじゃ
ないの?」
「そ、それはそうだけど……」
「ほら、分かったら手早く準備する! 時間はないのよ?」
 てっきり実弾を報告して面倒事から足を洗うつもりだと思ったヨウランは、それを聞い
てようやく緊張が解けた。
「準備って、何の?」
「言ったでしょう? 実弾武装を破壊するって。こっちも実弾使わないと、シンを止めら
れないでしょ?」
「本気かよ!」
「当たり前でしょ? 今更何よ。怖じ気付いたの?」
「いや、そう言う訳じゃ……」
「おーい!」
 言いよどむ間に、背後からヴィーノが駆け寄って来る。その間にも、プラントの大地か
ら不規則な振動が伝わって来る。
「確認してきた! 手前のラックが模擬弾で、奥のラックが実弾入りになってる」
「そいつを拝借すれば良いのね?」
「そうだけど……やっぱりやめようよ。絶対ヤバイって」
 脅えた瞳のヴィーノが抗議するが、ルナマリアは取り付く島も無い。
「じゃあ、今すぐ自首するの? このままじゃ、大変な事になると思うわよ?」
「わ、分かった。何とか上手くやってくれ」
「そうこなくっちゃ! 任せて、きっちり仕留めて来るから!」
 親指立ててウィンクするとコックピットハッチを閉じ、偵察ジンはゆっくりとハンガー
を離れた。
「大丈夫かなぁ……」
「ルナマリアはシンとレイの次にモビルスーツの操縦が上手いんだ。大丈夫。何とかして
くれるさ」
 不安な声色のヴィーノにヨウランはまるで自分に言い聞かせるように答えた。
 既に他の偵察ジンはハンガーを後にしている。ルナマリアの偵察ジンはヴィーノの指示
通り奥のラックからスナイパーライフルを取り、ハンガーの外へと向かった。
「アカデミー最後の勝負、勝たせて貰うわ! 見ていなさい、シン!」
 嬉々として操縦桿を押し込むルナマリアの姿を、見守る二人は知る由もなかった。

 <つづく>
91P.L.U.S SS ◆EWxNN5VMR6 :2009/04/22(水) 22:48:42 ID:???
投下終了です。

また随分と間隔が空いてしまいましたが、懲りずにちまちま続けたいと思います。
92通常の名無しさんの3倍:2009/04/24(金) 03:56:44 ID:???
乙、気長に続けてくだされ
次を楽しみに待ってる
93通常の名無しさんの3倍:2009/04/24(金) 22:41:44 ID:???
投下乙です。
ルナマリアの機転がいかす。アカデミー最後の勝負、行方やいかに。
まったりと次を待ってますよ。
94文書係:2009/04/26(日) 00:54:46 ID:???
>>75さん 感想dです。
マネキン大佐のアロウズ召集は刹那の強襲以降かな?と思われます。
(時系列に詳しい人がいたら教えて頂きたいですが)
引き続きアニメと小説の隙間だけをちょこちょこ書いていこうと思います。

>>76さん
自分も普段はパトリク隊の後方に控えてます。
スレの件では皆さんにご迷惑かけて申し訳なかったです。
目に浮かぶよう>
そう思ってもらえるようにこれからも書いていこうと考えています。
どうもありがとうございました。

>>78さん
感想dです!
自分もセルゲイ好きなので嬉しいです。
人間群像だけに色々な魅力のあるキャラがいて00は楽しいです。
反面描ききれなくてハムどーなったー?とかはありますが。

>>86さん
感想ありがとうございます。
セリフについては脳内で再生させてみておかしくないものを、
と心がけています。原作アニメのイメージを壊さないよう
書きつづけられればと思います。

セルゲイの>
キャラの所作に言及していただけるのはとても嬉しいです。
性格によってとるアクションはかなり違うと思います。
たとえばパトリックならこんな動作はまずしないと自分は考えています。

後日、規制などが入らなければ続きを投下する予定です。
感想を書いて下さった皆さん、どうもありがとうございました。


95文書係:2009/04/29(水) 00:48:15 ID:???
公式出たけど脳内補完/機動戦士ガンダム00
/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ入隊 その5」

 「お久しぶりですね。コーラサワー少尉」
深緑の軍服に身を包んだ長身痩躯の男が、連邦軍食堂内で飲みかけのコーヒーの入ったカップをぼーっと見つめている、
パトリック・コーラサワーに声をかけた。
パトリックは口を半ば開いたままの間抜け面で、額にかかる長い前髪を面倒くさそうに掻き上げながら声の主を探した。
目の前に居たのはシルバーグレイの短いおかっぱ頭に、青白い細面をした中年男だった。彼にとってはなんとも
興のそそられないオッサンだが、AEU時代の上官の一人だったような気がして、カップを置いてよっこらしょと立ち上がり、
ごった煮状態の脳内データベースからそれらしい名前を探しながら、反射のみの気のない敬礼をした。
「ええっと、確か・・・・・・ミント少佐?」
敬礼の形のまま、パトリックは自信なさ気に小首を傾げる。
「リントです。アーバ・リント。上官の名を誤るなど失礼極まりない」
リントは神経質そうに語尾のトーンを上げた。
「すみませーん。男の名前覚えるの、苦手なんで」
パトリックは頭を掻きつつ投げやりに答えて適当に陳謝した。今までに交際した数え切れないほどの女性のフルネームを、
女好きを自認する彼は一度として呼び間違えたことがない。しかしながら男の名前となると、気が乗らないらしく一向、
頭に入らなかった。彼直属の部下のファーストネームか愉快なあだ名、あとは郷里の家族や友人の名が精一杯だった。
軍の組織図もあらかた頭に入ってはいるのだが、残念なことにこちらも全く興味が持てない。
現在彼の頭の大半を占めているのは、彼の上司だったカティ・マネキン大佐なのだが、今は独立治安維持部隊アロウズに
転属して彼の側にいなかった。
「随分たるんでいるようですね。その根性、私が叩き直して差し上げましょうか」
「野郎にしばかれたってこれっぽっちも嬉しかないです。どうせなら大佐がいいです」
パトリックの伸びのある、よく通る声が昼下がりの食堂内に響き渡ると、どよめくような忍び笑いが所々で立ち上った。
パトリックの話し相手が、陰険を以って知られ、怒らせたら何をされるか分らないアーバ・リントでさえなければ、
いつものように辺り一面、大爆笑に包まれていたはずであった。彼らの笑いの対象は明らかにパトリックなのだが、
リントには一緒に居る自分までも嘲笑されているかに聞こえて、鋭い視線を周囲に這わせた。
居たたまれなくなった者たちが三々五々席を立ち、持ち場へと去っていく。それでもリントの気はおさまらなかった。
「よほど元の飼い主――いや失礼、上官殿が恋しいご様子で」
「はあ。その通りっす」
リントは仕返しのつもりでわざと言い間違えたのだが、パトリックは気にも留めていないようである。
それどころか素直に同意されてしまった。これでは嫌味が意味を成さない。
ぱっと見、いかにも頭の悪い二枚目俳優のような風貌をしたこの男は、上官の名をまともに覚えられないばかりか、
嫌味も解せないほど足りないらしかった。
自分の知性に絶大なる信を置き、己が「知らない」あるいは「理解できない」ということを他人に決して悟られたくない
リントからすれば、パトリックのような馬鹿丸出しの男は、理解の範疇を超えてもはや異星人である。
ましてやあの高慢な女戦術予報士カティ・マネキンにわざわざ殴られたいなどとは、全く以って変質的で、論外と言うほかなかった。
実際つい先日、リントは彼女に掴みかかられ、すんでのところで殴られるところだった。
彼女の古傷を抉って挑発したのは彼の方だったが、それでもあのまま殴られたら面白かろうはずがない。
「大佐のいない連邦軍なんて、気の抜けたシャンパンですよぉ……」
「それなら今のあなたはさしずめ、炭酸の抜けたコーラといったところですかね」
一体いつになったら、この馬鹿は嫌味を言われていることに気がつくのだろうか。リントは徐々に苛立ち、
更にあからさまな当てこすりを試みたのだが、それでもパトリックには通じなかった。
「あー上手いこと言いますね少佐。ソレいただき! って言いたいトコですけど、スペシャルな俺のイメージに傷がつくんで
――ところで自分に何かご用ですか? 冗談言いにいらしただけなら、これから腹ごなしに模擬戦行ってきたいんすけど」
リントは気色ばんで絶句した。
(アロウズ入隊6に多分続く 今回投下分終了 次回は小説2巻の内容を確認して重複しない部分を投下予定)
96通常の名無しさんの3倍:2009/04/29(水) 17:06:53 ID:???
>>95
乙!
リントとコーラは本編でも見たかったな…
次回も楽しみに待ってます!
97通常の名無しさんの3倍:2009/04/29(水) 23:15:00 ID:???
投下乙!
映像が目に浮かぶようだった。
98通常の名無しさんの3倍:2009/04/30(木) 00:01:01 ID:???
あの、SSを書いてみたので投下してもよろしいでしょうか?とある小説のクロスですが
99通常の名無しさんの3倍:2009/04/30(木) 00:02:01 ID:???
>>98
いけいけGOGO
今なら規制を喰らっている場所に居ないから、
後で感想も書けると思う。
100通常の名無しさんの3倍:2009/04/30(木) 00:06:51 ID:???
投下させていただきます、これのUCものがありかなり影響を受けました

   八八SEED艦隊物語 プロローグ 勃発

それはちょっとしたIF、ほんのちょっとした出来事が後に大きな変換を向かえる・・・

「システムエラー、限界負荷許容量突破しました!」
「総員退避!退避!うわぁぁぁぁぁ!!!」

ニュートロンジャマーの開発中にジャマー装置が暴走、爆発、さらに運の悪いことに
開発スタッフがデータと丸ごと爆発に巻き込まれ消滅する、それは即ち大きな転換を迎える。

「くそっ!また全滅か!」
「所詮は図体の大きいだけか・・・」
「対空火器をろくすっぽに陣形整えた戦艦部隊に突撃って、間抜けにもほどがあるだろ…」

ジャマー未完成により本来ならありえるはずのMS>艦船の図式が、艦>MSと言う図式になる、
圧倒的な砲撃、レーダー管制された対空砲火、機動力の劣るMSがそれを掻い潜って、
至近距離から対艦用バズーカをぶち込むことなんて夢のまた夢、ましてや主兵装の76ミリ突撃銃で
戦艦の装甲なんてぶち抜けれるわけがない

「評議会では八八艦隊建造にゴーサインを出したのかね?」
「ええ、連合の宇宙艦隊に対抗するために」
「まぁなぁ、ニュートロンジャマーの開発に失敗、挙句に決戦兵器として開発されたモビルスーツがあの体たらくじゃなぁ」
「まぁMSは制宙圏確保の為には有効な兵器ですよ、スペックではミストラルや最近配備されたメビウスよりかは戦えますよ」
「だけど搭載する母艦がな・・・八八艦隊の資材の為に空母の建造優先順位低くなっちまったしなぁ」


―――プラント自治政府、プラント周辺のスペースレーン保護の名目で八八艦隊建造開始、地球連合、プラントの軍備拡張に
   非難声明過度の武力拡張は周辺の不安定を招くと声明

                                                      ニューヨークタイムズ一面

―――地球連合、プラントの八八艦隊に対抗すると同時に旧式化する宇宙艦艇の更新を図るためにダニエルズ・プランを議会に提出
    即日受理される、同日オーブ政府、アメノミシハラとヘリオポリスの航路保護の為、宇宙艦隊増強開始

                                                     ワシントンポスト誌
101通常の名無しさんの3倍:2009/04/30(木) 00:08:49 ID:???
「まるで、小さいころにみたロボットアニメの用ですよこれ」
若い男は映し出された映像を見て昔を懐かしむように言う。
「で、これは君達の脅威になるのかい?」
若干挑発気味に自分より年上の男に言う。男はその態度に若干不快感を感じるが表に出さない
こいつは楽しんでいるんだ、こんな低俗な挑発にのって顔を真っ赤にする頭がダイヤモンドのアホが
間抜けな対応をするのを…
「いいえ、深く切り込まれない限り脅威とはなりません、が…」
髭を生やした男は言う。
「少なくとも、最近配備されつつあるメビウスでは相手になりません」
さらっと言う髭男に若い男は興味を示す。
「では、聞くけど何でこれをわざわざ僕に届けるの?統合会議で議題にあげるべきだよ、門違いだよこれは」
両手を広げてどこか馬鹿にしたような表情で若い男は言う。
「はっ、議題にすらもあがりませんでしたよ」
髭男は吐き捨てる、まぁ当然といえば当然だろう、自分達の新鋭機が敵の機体のスペックより遥かに劣るという事は、面子の問題もあって
議題にも挙がらない。もしああなった時に責任取るのは誰だ?髭の男は軍でも珍しいほどの反骨漢であり行動派であった
・・・若い男も事情を知っているくだらない意地の張り合いの醜さを現場で見ているのだ。
「今は・・・」
髭男は言う。
「プラントとの武力衝突は起こらないと断言します、プラントは八八艦隊の建造中、一方の連合宇宙軍も新造艦艇の更新で手一杯、仮
 に衝突しようとしても両者とも戦力が揃うまでは行動に移らないでしょう」
「で、僕にどうしろと」
分かりきった表情で若い男は言う。
「MSの研究を行ってもらいたい…いつの時代でも航空優勢をもった者達が勝利し続けているのですから」
髭男は語気を強めて言う、しばし考えた後若い男は言う。
「分かった、だが仮に出来てもプラットホームが無ければ意味無いぞ」
「コード大天使の建造が承認されましたと言っても3隻ですがね、プラント側のCV建造も縮小されたあおりです」
「…ふ、分かりました、では少なくともあれと渡り合える機体の研究を行いますよ、ドゥエイン・ハルバートン提督」
「ん、頼むぞ…ひょっとしたらこれが歴史を変える大きな一歩かもしれんな、ムルタ・アズラエル理事」
両者は握手を交わす

「サザーランド大佐ですね?ああ、例のMS…研究を急がせたほうがよろしいと思います…金と人材は惜しみません、存分にやっちゃってください
 ああ、なんなら僕の伝手でサハクからモルゲンレーテの技術者達を借りる算段はついてますから・・・え?おたくブルーコスモスだろ?コーディネーター
 使うことで問題があるだろ?ああ、そうだよブルーコスモスの盟主だけど・・・あのねぇ、僕をコーディネーターだからって殺すアホ共と一緒にしないで下さい
 使えるものはなんでも惜しみなく使いますよ・・・むしろ彼らの頭脳は優秀です粗相のないように・・・」
102通常の名無しさんの3倍:2009/04/30(木) 00:11:14 ID:???
「見たまえ、精悍な姿じゃないか、ん?シーゲル?」
満足した表情でパトリック・ザラは自身が推進した八八艦隊の勇士を見ながら言う、
仮にもプラントの代表者であるシーゲルに対して不遜な態度を取れるのは、昔からの付き合いだからだ。
しかしシーゲルは苦い顔して言う。
「抑止力だよパトリック、あくまでな」
そう、あくまで八八艦隊はプラント独立の象徴だ、パトリックもそれを理解している。
「ふん、分かってますよ」
シーゲルは続ける。
「国力では地球の方が圧倒的に上だ、それに・・・」
「ダニエルズプランか?」
八八艦隊の建造に対して地球の返礼、武力拡張は武力拡張、パワーバランスの維持はいつも大変だ…パトリックは鼻で笑う
「なぁに、所詮はナチュラルの建造した艦船、我らコーディネーターの作った船の足元に及びませんよ」
その言葉にシーゲルは内心舌打ちをする、この馬鹿は何も分かっていない、確かにコーディネーターはナチュラルに対して優れている部分
はあるが、例え兵器が優秀でも運用する人間があれでは結局は負けるという事をこいつは忘れている…かつて地球に存在した第3帝国とかという国が
…確かにあのニュートロンジャマーが完成していれば個々の優位を持つコーディネーターによる優位な状況を作り出せるかもしれない、
しかしジャマーの開発は失敗今の主力は戦艦だ、皆で一つを支えていかなければならない、そうすれば個人主義に頼るコーディネーターは
集団主義のナチュラルに到底敵わない。
「だが、戦争は認めんぞ・・・無論相手が撃って来たら話は別だが」
「無論、私とて戦争は望みませんよ、平和が一番だ、シーゲル」

そう、誰も戦争を望んでいるわけではなかった、皆知っている戦争が生み出す悲劇を・・・知っていたはずだった・・・

「はぁ!地球軍の強硬派とブルーコスモスの強硬派が手を組んでユニウスセブンに核ぶち込んだだとぉぉぉ!!!」
「うがぁぁぁぁ、何考えているんだ、あの馬鹿者共は!」
「暫定自治権を与える法案可決したばっかだぞ!」
「プラントからは即日断絶してきた、戦争だ」
「うがぁぁぁぁ、プロジェクト:スターゲイザーが台無しだ!折角の宇宙開発計画がぁぁぁぁぁ!!!俺のロマンがぁぁぁぁぁ」
「まぁ強硬派の乗っていた「ルーズベルト」以下旧式艦隊が報復の核喰らって蒸発したのは朗報かな?」
「あ、そうだね、巻き添えくった人材は惜しいけど、あのキチガイテロ集団なんていらないし」
「あいつらの方が宇宙の癌だしな」
103通常の名無しさんの3倍:2009/04/30(木) 00:13:50 ID:???
「ヘリオポリスにザフト艦隊が向かっているのだと?」
情勢のきな臭さからヘリオポリスに派遣された警備艦隊司令のトダカ一佐は呻いた。
「進路はヘリオポリスに向かっています間違いありませんね」
参謀格であるソガ三佐は言う。
「くそ、連合からの情報は正しかったか!」
幕僚達は呻く、本来なら中立国のはずであるオーブだが、宇宙資源を求めるザフトにとりヘリオポリスは重要拠点のひとつだ。
「戦力は?」
「旧式戦艦4隻とローレシア級巡洋艦6、駆逐艦複数隻と…近くの基地にある長距離攻撃機ですね」
「こちらは新鋭戦艦イズモ級1と旧式戦艦1と駆逐艦4隻と・・・ヘリオポリス防空用のメビウスか、くそ!もっと戦艦とはいわんが補助艦艇回せよ」
「しかたねぇじゃん、イズモ級の建造で手一杯だし、アメノミシハラ防衛にも必要だ」
「住民の避難は?」
「難しいですね、現在ありったけの船に乗せてますが、まだ時間はかかります」
ドダカは即決した
「全艦出撃!我らはヘリオポリスの盾となる!」
「了解しました!我らはトム・フィリップス(マレー沖海戦のイギリス艦隊司令長官)でもなりますかね?」
ソガは言う。
「ふん、違うな・・・」
トダカはニヤリと笑いながら言う。
「我らはトーゴー(日本海海戦の連合艦隊司令長官)になるさ」

戦争は始まったばかりだ・・・

もしNJの開発に失敗したらの名目で書きました、元ネタは横山氏の「八八艦隊物語」です
主役は艦船、MSは脇役、種なのに死のキャラも結構出てきます、あとムルタとラウの性格
がかなり改変される予定です。

ザフト→日本 地球→アメリカ オーブ→イギリス
104通常の名無しさんの3倍:2009/04/30(木) 00:35:24 ID:???
>>八八SEED艦隊
投下乙です。

CEで仮想戦記ものをやろうとしている、という風に解釈した上で、
ついでに元ネタはさっぱり知りませんよ、とも言っておきます。
キャラクター重視じゃないでしょうから、展開の早さは良いです。

ニュートロンジャマー開発失敗から始まるのは、種の根底を覆す
という意味で面白いです。MS要らない、という流れにもなって無い
ようなので、バランスも取れている感じがします。

ストーリーはこれからと言う事で、とりあえず2点。

1、場面の切り替えが分かりづらい。
 改行の数を少し変えて、間に場面の描写を地の文で入れるだけでも、
大分違うはずです。

2、誰がしゃべっているのか分かりづらい。
 オーブの佐官と幕僚が、一部、高校男子のような口調でした。

とりあえずはこんなところです。またの投下をおまちしております。
105通常の名無しさんの3倍:2009/05/02(土) 23:28:31 ID:???
保守上げ
106文書係:2009/05/03(日) 02:14:55 ID:???
公式出たけど脳内補完/機動戦士ガンダム00
/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ入隊 その6」

 パトリックは飲み残しの冷えたコーヒーを一気に流し込むと、手持ち無沙汰らしくカップの取っ手に指をかけて
くるくると回し始めた。
戦って勝つ、という行為自体が、血気盛んで負けず嫌いの自分の性分に合っていることをパトリックは肌で知っていた。
それに加えて、今は怠りなく訓練に励み、いつでもカティの期待に応えられるようにしておきたいのである。
部下や同僚の恋愛相談ぐらいなら聞いてやらないこともないが、正直どうでもいいオヤジのギャグにつきあっている
暇はなかった。
カティ・マネキンが転属してどれほどの月日が経ったのだろうか。大雑把な彼はそれをいちいち数えてはいなかったが、
既に永遠のような長さを感じ倦み始めていた。
彼女の姿を日常見ることのできない毎日は、ひどく精彩に欠け色褪せて見える。
彼女が配属される以前は、出動要請があれば最前線にかけつけて自慢の腕を揮い、なければ模擬戦に明け暮れた。
生きるという行為そのものに精力的な彼は、その合間に部下や同僚たちと度の過ぎた悪ふざけに興じたり、
なお飽き足らず女性たちとの邂逅に心を躍らせ、放恣な生活を送っていた。
現在もスクランブルと模擬戦をこなすかたわら、隊員たちと式典でもないのに演習場で曲芸飛行をしてみせたり、
コクピット内を勝手に改造して整備兵に悲鳴を上げられたり、深夜に及ぶ恋愛座談会に「ここは寄宿舎学校じゃないぞ!」
と上官にどやされたりと、それなりに充実した毎日を過ごしているつもりである。
ただ女性関係に至っては、カティに衝撃的な一目惚れをして以来、ぱったり途絶えてしまっていた。
無論、今でも目の前を「いい女」が通れば、彼のセンサーは本能的に発動し、瞬時に各データの収集に入る。
だがその後不思議なことに、以前していたような獲得行動に続かないのだった。
――おいおい、ひょっとして俺は男として終わっちまったのか?
と、あるとき彼にしては珍しく立ち止まり、自問自答してみたのだった。
足首から腰のくびれ、胸に続くラインはよく曲線の美を尽くしており、日焼けのない肌は肌理細やかで、
上質な陶器を思わせる温かみのある白さと滑らかさを湛えている。
きっちりと結い上げた深い色の髪から、細いうなじにわずかにこぼれる後れ毛が官能をそそり、
皓い喉元から顎にかけてのシルエットはすっきりとして潔い。
小さなホクロの寄り添った口許は固く引き結べば禁欲的だが、ふと開かれるとひときわ濃艶に映り、
発せられる声音は凛としてやや低く、自分の名を呼ぶとき最も心地よく耳朶をくすぐった。
すっと通った鼻筋は取り澄ました表情がよく似合い、切れ長のアメジストの瞳は人を蔑むとき、
当人も意図しないほどに妖しい輝きを放っていた。
カティが視界の内にある世界は、彼女を中心として、全てがまるで極彩色であるかのように彼の瞳にまばゆく映る。
こうしたカティの一つ一つを思い出すだけで、彼はゾクゾクし、甘い痺れが脳下垂体を刺激し、
ひいてはパトリックという男の五体を支配するのだった。
これが男として「終わっている」状態ではよもやあるまい。であるとすれば――
パトリックはそこではたと手を打った。
「どう考えても、愛だろ」
彼は本能と直感にこの上なく従順な男だった。
カティは表向きの態度は厳格だが思いやりがあり、何より将兵の生命を重んじた。戦術プランは綿密かつ合理的で、
作戦が成功しても己の功を誇らず、また失敗に終わった場合も原因を部下に押し付け、八つ当たりすることもなかった。
カティの側は居心地がよかった。パトリックが彼女に魅かれてやまず、吸い寄せられる衝動のまま常に近侍していた
尤もらしい理由を探そうと思えばいくらでも探せるのだが、彼にとってそんな作業は不要だった。
いい女といると、自分もすこぶる気分が良い。
喜ぶ顔が見たい、でも怒った顔もたまらない。
それ以外のどんな理由が必要なのかも、彼は考えたことがなかった。

(アロウズ入隊7に多分続く 今回投下分終了)
107通常の名無しさんの3倍:2009/05/03(日) 03:01:03 ID:???
投下乙。
コーラサワー、あんた男だよ。
男の中の男の子だよ。
108通常の名無しさんの3倍:2009/05/03(日) 10:44:22 ID:???
>>106

>「どう考えても、愛だろ」
ワロタww
コーラらしいなw
109通常の名無しさんの3倍:2009/05/05(火) 16:18:20 ID:???

コーラアホ可愛いなw
110通常の名無しさんの3倍:2009/05/07(木) 10:17:35 ID:???
ほしゅ
111弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/05/09(土) 03:44:08 ID:???
小さな島に風が吹く
最終話『島への客人(後編)』(1/2)

 夕暮れ時。軟禁状態であっても朝夕の『巡察』は続けているダイである。そして数日前と同じく
海岸の隅の大きな岩の上、またしても少年のシルエットを見つける。
「よ、準備は終わったのか? 明日の朝にはカエン達と一緒に出発なんだろ?」
「俺はほとんど荷物はない。あのマコトとか言う人に本はいっぱいあるから要らないって言われた
し、サフィやリオナみたいに服をいっぱい持ってる訳でもないし」

 特に3人の中でも今ひとつ覇気を感じず、着るモノ食べ物全て頓着しなかったサフィであるが、
何故かフジワラ士長が全力で肩入れした。空いた時間は、ほぼ全て彼女につぎ込む勢いで
同じ服しか着なかった彼女に数着、意外にも縫製も得意だった士長の手製で服を作って与えた。
 その中でもお嬢様学校の制服のようなジャケットとスカートが気に入った様で事あるごとにその服
を着ている。そしてその服を貰う前後からフジワラ士長限定ではあるが雑談をする様にもなった。

 一方のリオナは、とにかく教えれば教えただけ知識を吸収する為に、コーネリアスが面白がって
歴史や政治経済の資料をありったけ与えていた。おかげで今ではカエンでさえも10歳の少女に
政治談義では敵わないほどになっている。彼女の服は下着も含めて当然、体に合う服のストック
などなかった為に当番兵の暇つぶしとして多数が作られた。今や18隊随一の衣装持ちである。  

 そして当の本人のリコは作業服が動きやすくて良いのだと、ソレばかり着ていたし、
そもそも自分の持ち物と言っても数冊の本やディスク以外ではクロゥの杖くらいな物である。
 その杖もいまさっき海の見える雑木林の中へと埋めてきたところである。荷物など無いに等しい。


 リコは多少照れたようにダイに向き直る。
「ダイさん。俺たちいままで、そのキチンと……」
「残念だったな。今生の別れって訳じゃない。情勢が落ち着けばお前らはカエンに引き取られる。
そしたら3人とも俺のおごりでパスタのうまい店に連れて行く。俺にしてやれるのはそんなもんだしな。
だからそんときゃ心ゆくまで食えよ? うまい店を何軒知ってるか、コレこそ男が生きていく為の
基本だぜ? メモしとけ。――あン? 逆って何のことだ?」
「何でも、ねぇよ。……くっくく、ぷ、は、あは、あははは……」
 そう言って笑うリコの顔が、ダイには初めて少年のそれに見えた。
112弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/05/09(土) 03:46:05 ID:???
最終話『島への客人(後編)』(2/2)

「先輩、参謀閣下。3人と姐さんのこと、任せるぜっ!?」
 明朝早く。徐々にエンジンの音が大きくなる中、ダイが対峙するのはカエンとコツルギ。
「おぅ、任せてもらおう。肩書きの長さは伊達じゃない! それからおまえらの回収も急がせる。
意外だろうが人権条項は地球連合内では重いんだ。特に今回は占領の意味合いが薄いし、更に
ブルコス絡みでおまえらはナチュラルだ。俺は立場上、ブルコス絡みならばむしろ動きやすい」
「実作業は俺の仕事だろうな。主戦場は既に宇宙、連合対プラントが明確になって、しかも
ブルーコスモスが絡んでいるならカグヤもモルゲンも無いオーブの存在など軽い。僻地に取り
残された部隊の移送だけだと言うなら、たいした手間ではないだろう」

「隊長、今後オーブ(我が国)はどうなるのでしょう……」
 飛び去っていく連合の輸送機を見送るフジワラ士長が呟く。
「クサナギのカガリ様は、反ザラ派を標榜するラクス・クラインと合流したそうだ。ザフトにも連合にも
与しない姿勢を明確にしてる様だし、ならば生きておられる限り理念は守られる。後は俺は知らん。
このまま朝の訓練を始めるかぁ。――おっと、庶務係長! 体操ぐらいたまに付き合えってば!」
113弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/05/09(土) 03:47:32 ID:???
エピローグ
石碑とコーヒースタンド(1/2)

「やたらに早起きだな、まだ夜明け前だぞ? 今日は通常勤務じゃないのか?」
 礼装制服のポケットに手を突っ込んで、裾を海風に緩くなぶられながら、石碑と海が
朱に染まっていくのを見やるダイ。その背中に声がかかる。
「そう言うおまえもな。……何しに来た?」
 花束をそっと置いて黙祷するとダイに振り返るのはこちらも礼装制服姿のカエンである。
「多分、同じ理由だ。……クロゥさんに逢いに、な。ちょうど今日、だものな。ダイの癖に覚えてたか。
――自分で買うの止めたって? 禁煙すると言わない辺り、ヤッパリいやらしいヤツだ」
 タバコのパッケージを投げつけるカエンと、無造作に受け取り一本引き出すダイ。
「家族持ちになりゃわかる様になるぜ? 良い趣味してんな、ロスマンズか。…………ふぅ、
――クロゥ達が此所にいないのは知ってるさ。石碑(こういうの)は生きてる人間の為の物だ」

 夜明けの少し前、戦争の各種記念日には関係ない人気(ひとけ)など無い筈の記念碑前。
タバコを指に手挟んだ二人が背後の気配に振り返ると、士官学校の詰襟制服に白い手袋、准尉の
階級章を付けた少年がそこにいた。
「教官殿? さ、参謀閣下まで!? お、お早うございます、エンリケ・ハインツ准尉であります!」
「お互い名前は知ってるじゃねぇか、早いなリコ。此所には俺とカエンだけだ。普通で良い、普通で」
 急にそう言われましても……、それに制服着てるじゃないですか。と戸惑うのは多少背が伸びて
逞しくなったリコ。花束を持って不自然に敬礼したままどうしたものか逡巡しているようだ。
「そのぉ……。カエン様、ダイさん、此所には何を……」
「多分、おまえと同じだよ」
「だから俺たちは退散することにする。用事も済んだことだしな。行こうか? ダイ」

「あいつ、来週付けで国防海軍に異動だよな? ムラサメライダーでトダカ司令配下の航空隊、
となればタケミカズチだ。あの歳で予備とは言え、立派なエリート様か。――あいつら、体は?」
「あぁ、3人ともほぼ薬は抜けた。調べてわかったんだが、リコは唯一『廃棄処分裁定』を受けて
なかったんだ。『出来が良かった』分余計に苦しんだはずだ。だが学校も訓練もサボらずに
此所まで来た。近くにいたんだ、わかるだろ? ――リコは薬、未だ何種類か飲んでるはずだ」

 開店前のコーヒースタンド前のテーブル。ダイとカエンは向かい合って缶コーヒーを飲む。
「いきなりM1振り回した時は度肝を抜かれたぜ、流石に。しかも飛行機乗りでもねぇ癖に
ムラサメの飛行シュミレーションデータの矛盾点、レポート15枚分出して来やがったり……」
 まぁ、一般の勉強は間に合わなかった様だがな。そう言うとコーヒーを飲み干して缶を
放り投げるダイ。缶はものの見事に『空き缶』と書かれたダストボックスに吸い込まれる。

「まさかおまえが国防学校の教官を受けてくれるとはな。エライさん方は驚いてたぞ? ――やぁ、
おはよう。勝手に場所を借りている。いつものを今日は二つ、あぁ用意が出来てからで良いから」
 急がなくて良いよ、未だ6時前じゃないか。出勤してきたコーヒースタンドの女性に言いながら
律儀に缶を捨てる為にダストボックスまで往復するカエン。
「今日はかっこいい制服だね、待たせるお詫びにベーグルも食べてって。――うん? おまけ♪」
 ただ20分はかかりますよ? と言いながら女性はスタンドのテントを広げ始める

「個人的に守りたい物が出来ると、人間臆病になるのかもな。――お姉さん、ハムサンド追加で」
「技術を伝える者が居なければ、国を守るなどおぼつかんさ。臆病などと言って欲しくないな。
――守りたい物、ね。そういやしばらく会ってないがフジワ……、いやモモヨ君、具合どうなんだ?」
「どうもこうも、未だ見た目もさして変わらん。いつも通り尻に敷かれてるよ……」
114弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/05/09(土) 03:50:55 ID:???
石碑とコーヒースタンド(2/2)

「お待たせしました。ベーグルと、ハムサンドもすぐお持ちしまーす。他のお客さんもまだ
来る時間じゃないですから、表だしタバコも構わないですよ?」
 と言う声と共に大きめのカップが二つ、丸いテーブルに湯気を上げる。その隣には灰皿。
「カフェオレ? 似合わねぇもん飲みやがって。――ところで俺のことよりおまえの話だ」
「俺? 何の話だ?」
 ポケットからブルーのパッケージを取り出したカエンが、訳がわからないと言う顔でダイを見る。
「姐さんとアドレス交換したのは噂になってたが、未だにやり取りがあるそうだな?」

「ぶっ! ど、どこからそんな話を……。それに彼女は今、機密任務で連絡がとれんのだぞ!」
 吹き出しそうになったカフェオレを辛うじて飲み込むと、今度はタバコの煙でむせ始めるカエン。
「当たり、か。流石に詳しいな。機密任務ねぇ、くっくっく……。――既婚女性のネットワークを
舐めるなよ? 男女関係のみなら指令本部の動向まで詳細にわかる、諜報部なんぞ目じゃない」
 ニヤニヤしながらカフェオレをすするダイ。
「畜生、俺としたことが! モモヨ君、まだ産休前だったか……。ま、まぁ、おまえに隠す必要もない
のだが、なにせ彼女の仕事がアレだからな。今は週一でテキストのやり取りしかできない状況だ」 
「で、そのメールにはいつもの姐さんとは正反対に『こんなとこ早く出たいよ−、カエン君に早く
会いたいよ−』とか書いてある訳だ。それに『勿論僕もお会いしたい』とか返す訳だ。妬けるねぇ」
「おい、ちょっと待て! どうして内容まで知ってる!! いくら何でもプライバシーの……」
「ホンキでバカだろ、おまえ? 連続で引っかかるか? 普通。カマかけたコッチが恥ずかしいっ
つーんだよ。おまえら、お互いにいい年こいてなんつーやりとりしてやがる」
 顔を赤くした国防軍の制服の男が二人、黙々とカフェオレでベーグルを流し込む。
「その。……く、車で来たんだろ? 本部まで送れ」

「ダイ。その、さっきのコーネリアスの『仕事』の話だが……」
 ダイの運転する車が司令本部へと向かう、その車内。
「また軟禁されてるって話か? ――姐さんをおまえが呼び捨てにしてると何か違和感があるな」
「茶化すな。――ここだけの話、ゼロワンの最終調整なんだそうだ。モルゲンのシモンズ女史も
近々にお呼びがかかるらしい」
「……? あれから間もなく2年だぞ、まだあきらめてなかったのか!? アレ」
「起動が可能になったのが前回の戦争終了直後、その後細々とアップデートを重ねてきたんだ。
時間は無駄にしていないさ。ザフトのザクと言ったか? アレをあっさり凌駕する性能なのは、ほぼ
間違いない。アレは女王を頂く新しいオーブの象徴だ。だからパイロットはカガリ。いやカガリ様。
それ以外は今のところ想定さえしていない。機体自体が、ウズミ様の最後のご意志であるらしい」

 だがカガリ様は今……。信号待ち。タバコの火を潰すと親友の顔を見返すダイ。
「あぁ。……この先どうなるかなどわからんが、現行政府とセイラン家の息のかかった連中は
この事は一切知らない。アスハの派閥が弱体化してしまったしな。今や実質ウナト様がオーブの
代表、バレたら大騒ぎ、司令部も本局も半分クビだ。起動する日が来ないことを祈るばかりだよ」 
「セイラン家が国防軍の総帥権をどうにか出来る状態だけでも何とか出来んのか? 
今の勢いじゃプラントと武力衝突になりかねん。こちとら連合軍の代わりに戦争するヤツを作るつもりで
教官になった訳じゃあないんだぜ? いくらカガリ様とは言え未だお若い。お一人で何が出来る」
「わかるがね、俺たちに何が出来る? ……正門で良い、すまないな。――あぁ、お互いにな」
 そう、ダイには何もわからなくて良い。ならば何も出来ない無力感に襲われることも無いからだ。
 だがそう自嘲的に呟くカエンでさえ、彼らの国に今後何が起こるかなどわかろうはずもない。
 間もなく小さな島国に二度目の風が吹こうとしていたが、それは今の彼らとはまた別の話である。
〜fin〜
115弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/05/09(土) 03:56:06 ID:???
今回分以上です。

と言う訳で何とか終わりました。
自分としてはもはや大長編の域になってしまいました。
あとでいつも通り、余った設定で何か作るやも知れませんが
それはそれ、と言う事で。

ではまた。
116通常の名無しさんの3倍:2009/05/10(日) 07:19:04 ID:???
投下乙!
おつかれさまでしたー。
117SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/05/11(月) 05:13:45 ID:???
1/

 ――ガルナハンから東へ200キロ。

 春には雪解け水の潤す大地も今は冬。開けた視界、山の境目を見下ろす小高い丘に、
一台のジープが止まっていた。

「ん……ふぁ……」
 と、欠伸。
 ジャンバーを助手席に、ゴーグルを外す年若い少女の名は、コニールという。
アンティークなマニュアル車で悪路に耐えること二日。ようやく、待ち人の影を
山の向こうに探していた。

 ごわごわ頭、手櫛の引っ掛かりを指先に感じる。襟元から漂うバッドなスメルが
少女的美的感覚をマイナス方向に刺激。
「……どれくらい、手入れしてないかな」
 バックミラーをのぞこうとして、昨日ニアミスしたトヨタに持っていかれたと、
思いだすのに数秒、「畜生」と、乙女ならざるセリフが漏れる。

「ニホン車は好きだけど、運転してる奴らは大嫌いだ」
 毒づき、コニールはぼさぼさの頭を巡らせて、適当な日陰を探した。
 小さな岩も無い。
「崖の下に降りないとだめかな?」
 諦め半分のコニールに、遠雷のような地響きが聞こえてくる。

 きた――!
 稜線に目を向けて、それを発見し、思わず、自分でも驚くほどのため息が出た。
 感動が三割、残りは失望だ。
「ぼろぼろじゃないか」
 浮かんでいるのが奇跡にも思えるほどの損傷。半壊を装っているのかと勘違いするほど、
それは見るも無残な姿だった。右側の砲塔がなくなっている。

「大丈夫かな? 本当に私、やれるのかな? そしてあの艦の人たち……」
 期待――壊れかけて、それでもコニールより強い、大きな船。
 不安――乗っているのはコニールとは"違う"人類なのだという。
 疑問――艦首に取り付けられた謎のオブジェに首をかしげつつ、
「なんなんだろ、あの……カニ?」
彼女は戦艦"ミネルバ"に向けハンドルを切った。


SEED『†』 第二十一話 少女の見た少年の戦争
118SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/05/11(月) 05:14:57 ID:???
2/

 ――ミネルバ ブリーフィングルーム。

 少女コニールを回収する、わずか前の事。シンは、次の作戦に関わる
実戦部隊の一人として集められていた。正確には、遅刻して会議室に飛び込んだ。

「大丈夫だ。まだ始まってもいない」
 四人がけの席。レイが、ルナマリアとの間を開ける。
 腰を下ろしたシンの一つ前には、ハイネとアスランの背中が見えた。

「現地の協力員が、まだ、ミネルバについてないから……っていうか、
ミネルバが合流地点に遅れてるんだって。よかったわね?」
「静かにしろよ……それから二度と遅れるなよ、シン?」
 ハイネがシンを睨んでいる。

「シン、ハイネの背中、秘められた凶器を知っているか?」
 レイが、声をひそめて聞いた。
「――なんだよそれ?」
「……ただの噂、だ。それを見ないに越したことはないだろう」
 気をつけろ、という忠告として、ありがたく受け取っておいた。

「鬼の貌って説もあるのよ?」
 と、ルナマリア。"私に見せてちょうだいよ"とばかりに、
潜めた声と吐息が、耳たぶをくすぐった。

「オレンジショルダーに睨まれたくないよ」
「アスランはともかく? シンも案外コシヌ――チキンなのね」
「言いなおすならばもっとオブラートに包むと良いぞ、ルナマリア。
しかし、シンは戦況判断能力に優れているな。戦闘時にも、その判断力を
示してくれればよいのだが」
「……レイもなかなかね。私、ビブラートなら効かせられるわよ?」

 ブリーフィングルームには、途中で拾ったラドル隊の姿もあったが、
ミネルバ隊とで交流するでもなく、それぞれで固まって話し合っている。

119SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/05/11(月) 05:15:44 ID:???
3/

「あー、あー。皆さん始めまして」
 と、長身、赤毛の緑服が前に進み出て、襟元のマイクを確認した。
 彫りの深いヨーロッパ系の顔立ちに、人懐っこいほほ笑み。
 笑顔を張り付けた青年は、ヘルマン=ミハイコビッチと名乗る。

「ちょっと待て、そこの天然パーマ……お前ヴォルテール隊のヘルマンか?」
「ええ、そうですけど? フェイスに名前を覚えてもらってるって光栄ですね。
いいもんですねえ。素晴らしい気分です」
 晴れやかなヘルマンと、苦虫をかみつぶした顔のハイネ。

「ヴォルテールの鬼札。いや、確認だけ出来ればいいんだ、お前がジュールの
手下だってな。説明は十分でやれ」
「……はい?」
「九分でもいい。とにかく早く、短くだ。分かったな?」
「……」
 なぜかよく言われるんだよ。ぼやきながらも、正面のモニターをオン。
ガルナハン近郊の地図を映し出して、ヘルマンは解説を始める。

「まず、"ミネルバ"の現状からなんですが……」




「反対です!」
 そして十分――シンは作戦計画書を床に落とした。

「トンネルをくぐるのが嫌か、シン?」
「あんた――じゃない。アスラン! 俺がそんな奴に見えるんですか」
 睨みつける赤い瞳から、アスランは目を逸らした。

「……いや、違うな。確かにそんな奴と、シンは違う。茶化すつもりはなかった。
俺も不満があるんだな、この作戦を立案しなければならなかった、という事に――」
 独り言のように言いつつ、作戦計画書を拾い上げ、シンに持たせる。

「だが、変更は無い。必要なら"フェイス"の力も使わせてもらおう」
「く……」
 歯を食いしばるシンの隣で、手を挙げる人影があった。
120SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/05/11(月) 05:17:54 ID:???
5/

「アスラン、この作戦に対しては自分も反対です。パイロットの能力に
大きな問題があります」
 と言って口を真一文字に引きしめるレイ。

「パイロットに問題があるのは分かっている。が、それを含めての作戦計画だ」
「しかしアスラン――」
「今のミネルバにはな、戦闘機動出来るだけの余裕がねえんだよ」
 一言で切って捨てるのは、ハイネだった。

「最善の方法も次善の策も、先の戦闘で無くなってんだ。……あったら
ちゃんとそっちを選んでたさ。他に意見は……ないな?」
 アスランの前にでたハイネが、にらみを利かせて黙らせる。

「作戦開始は三十時間後。それまで休め。それともうすぐ客人が来る。
粗相のないようにな。以上、解散!」
「……」
 シンは作戦計画書を手に、ブリーフィングルームを後にする。
その背を追いかけ、肩を叩いたのは、ハイネだ。

「まだ何かあるってんですか!」
「おお、怖いな」
「何がじゃなくって、誰が"アイツラ"に作戦を伝えるかって話だよ」
 シンがはっとして、ハイネと顔を見合わせる。

「……俺にやらせて下さい」
「――そう言うと思ったぜ。これも渡してやりな」
 小さな包みを持たせて、ハイネはシンの背中を押した。

「それからさ、お前達に"死んでこい"とか言ってるわけじゃないからな、
アスランは。それは覚えておけよ」
「憎まれ役は合わないですよ、アスランは。フォローの出来ない人ですから」
「わかってんじゃねーか」
 ハイネは格納庫の方角へ曲がり、シンと別れた。

121SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/05/11(月) 05:19:11 ID:???
6/

 ――ミネルバ、食堂

「あー、飯だメシ。二十時間ぶりだぜ!」
「ヴィーノ、あんまりがっつくと喉に詰まるぞ――ってほら、やっぱりだよ」

 むせるヴィーノに水入りのコップを渡して、ヨウランはシーザーサラダを
落ち着いて三十回噛んでから飲み込んだ。レタスとクルトンの食感を存分に
楽しみつつ、添えられたエビのグリルに舌鼓を打つ。

 空きっ腹に入れる食事だからこそ、冷静に消化良く食べる主義だった。

「けどさあ……地球に降りてから……食堂が……贅沢になったよな!」
「それにはとことん同意だけどな。食うか喋るかどちらかにしろよ、
唾を俺のさらに飛ばしやがったら、俺のソックスが容赦しないぞ」
「……なんでソックスなんだ?」
「貰うぜ」
「あ、俺のチキン!」
 ヴィーノの皿から一切れ、奪ってパンに挟めば、タルタルソースが無双状態。
バターの香りと口中にあふれる肉汁で、えもいわれぬ至福に包まれた。

「うん……食堂で休んでる人も多くなって、綺麗になったしな」
「チキン――!」
「自己紹介はそこまでにして食えよ」
「上手いこと言ったつもりかよ、ヨウラン!」
「チキンは美味いよな、ヴィーノ?」
 言ってしまえばなんだが、プラントの食事は不味かった。
 関税と輸送費の高騰による食材の不足が原因で、二人とも、プラントでは
中下流層の出身ゆえ、新鮮な食材には縁遠かった。

 プラントで野菜といえば、緑や黄色のベジタブルペーストを指す。
生鮮食品を日常的に口にするは、アスランのような、一部の上流層だ。

「これを幸せっていうのかね?」
 ヨウランにしてみれば、栄養摂取の手段に過ぎなかった食事だったが、
地上に降下して以来、ミネルバで供される料理のレベルは上昇の一途をたどり、
今や作業の後のお楽しみ、生きる目的になってきつつある。
122SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/05/11(月) 05:31:21 ID:???
7/7

 アカデミー時代の事を思い出せば、シンの顔が、まるで粘土を
食っているかのようだった理由も、今なら分かる。

「いざプラントに戻ったら、食生活を戻せるんだろうか?」
 悲観的な男であった。

「ヨウラン、ヴィーノもここに居たのか」
 やってきたのは、つやのある黒髪と、プラントでも特徴的な赤眼――シンだ。

「俺達が食堂と格納庫以外の何処にいるってんだよシン!」
「おいやめろヴィーノ、其の台詞は切なさと心細さが湧き上がってくるけど
愛しさが足りない。で……えらく暗い顔してどうしたんだよシン?」
 インパルスの調整なら終わってるよ? と得意顔になるヴィーノだったが、
シンのただならない雰囲気にスプーンを置いた。

「なんか、真面目な話っぽいよ――」
「まさか……俺達がインパルスの"エクスカリバー"にスラスターを付けて
自動の飛翔式に改造してたのがばれたのか?」
「そんな事してたのか――!」
 違ったらしい。

「……ヨウラン、ヴィーノ、よく聞いてくれ。出撃する事になった」
「ほう、そりゃめでたい。なんたってローエングリンゲートの攻略だしな。
シンの事だからアスランに向かってまだ大げさな啖呵を切ったんじゃないか?
"俺が一番インパルスを上手く扱えるんだ"とか」
「違う……」

 シンはテーブルの上に右手を置いた。
 引いた手の下から真新しい布賞が現れる。

「パイロット章?」
「これって、シンのじゃないよな?」
「俺も出る。けど、出撃するのは、お前ら二人の事なんだ」
「……へ?」
「……は?」

 ローエングリンゲート攻略戦の開始まで、あと二十九時間の事である。
123通常の名無しさんの3倍:2009/05/11(月) 18:40:30 ID:???
GJ
124通常の名無しさんの3倍:2009/05/11(月) 22:14:50 ID:???
>>115
完結乙
4つめか・・・、すごいな

しかし、俺のモモちゃんが人妻どころか妊婦に・・・
125通常の名無しさんの3倍:2009/05/11(月) 23:06:15 ID:???
モモちゃん結婚エンドかと思いきや、
妊娠まで行ってびっくりしたのはたしか。

ラストが結婚シーンで終わらないのが流石の幕引きだなとおもふ。
126通常の名無しさんの3倍:2009/05/12(火) 00:11:59 ID:???
>>122
乙!
メカニックコンビに予想外の日のあたり方w
127通常の名無しさんの3倍:2009/05/12(火) 11:04:51 ID:???
>SEED『†』
投下、乙
地上と戦争中のプラントの食料事情はたしかに悪そうだな
整備コンビの運命は!?続きお待ちしてます
128SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/05/13(水) 21:55:02 ID:???
7/

 ――ミネルバ ブリーフィングルーム
 ――攻略戦開始まで、あと二十四時間

「シン――」
「俺は納得してませんからね。ヨウランとヴィーノを"ヤシガニ"に乗せるなんて」
「殴って納得するなら、俺を殴れ」
「――あんた!」左手がアスランの襟首に伸びた。
 右手を握る。肩の高さで、止める。
 ――殴って、すっきりするのか? ヨウランとヴィーノは喜ぶのか?
 アスランは、きっと喜ぶだろう。殴られる責任を果たしたと言わんばかりに!

「……アンタは、ヴィーノ達がどれだけ凄いか分かってないんだ。
インパルスで戦えるって信じられるのは、あいつらのおかげなのに――」
「分かっている……分かっているが――」

 ――分かってるんなら、メカニックをパイロットにしたりするものか!
 煮え切らぬアスランを殴り飛ばそうかとして、ためらう。
 "アスランの気を済ませる"ために、一片たりとて、体力を使ってやらない。
 
「軍人だけどパイロットじゃない。戦わない人間にも、銃を握らせる。
それなら、何のためのザフトレッドです?」
「勝つためだ」
「だったら、なおさら素人のあいつらに!」
「実際に改装を行ったあの二人以外に、"アレ"を動かせる者は、いない」
「……あいつらの方につき合ってきます」
 シンは踵を返す。
 感情でしか反論出来なかったし、他に作戦も浮かばないからだ。

「お前には、別の訓練があるだろう?」
「さぼりませんよ。何言ってるんですか」
 嘘はない。万事、完璧にやってみせるつもりだ。
 ヴィーノとヨウランがインパルスの整備から外れるならば、
絶対に落とされるわけにはいかない。
129SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/05/13(水) 21:55:59 ID:???
8/

 ――ミネルバ シミュレータールーム

 十個並んだシミュレーターが、二つ、使用中である。
「ハイネさん、どうですか、二人の具合は」
「寝不足で参りかけてるが、筋は悪くない。あと数分で終わるだろうよ」
 赤ランプのついた扉の、モニターをチェックしているのはハイネであった。

「こんなこと担当させて、すみません」
 謝るシンの前に、ハイネのピースサインがかざされた。

「そのセリフは二つ位間違えてるな。一つ、新人パイロットの担当には五年以上の
経歴が必要で、それが俺しかいないなら"当然"って言うのさ」
 と、ハイネは人差し指を折る。
 ピースが、フ○ックのジェスチャーに。
 二人をパイロットとするため、規定上、略式のレクチャーが必要だ。
 ミネルバで担当できるのは、ハイネしか居なかった。

「もういっこ――新人"MA"パイロットを引っ張り出さなきゃあいけないのは、
俺達が"ミネルバ"を守り切れなかったからだぜ? 本来ならこの艦一隻あれば、
成功していた作戦だからな」
 中指が折られて、握りこぶし。
 ハイネの言う通り、ガルナハン要塞のローエングリンゲートは難敵である。
が、それはゲートを攻略しようとした――しなくてはならなかった――ラドル隊の
"火力不足"によるものだ。

「ええ、ミネルバにまともな機動力が残っていれば、MS戦闘領域の外から
副砲で地盤ごと叩き潰す、それだけで良かったんです」
 先の奇襲により、ミネルバの機能はその大部分が失われた。

「その代わりが、お前達だ」
 ハイネが握った拳を突き出した。
「……はい」
 自分も拳を打ち合わせつつ、シンが答える。
130SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/05/13(水) 21:56:57 ID:???
9/

 作戦の焦点は、二つ。
 一つが、失われた火力の代わりとなる、シンとインパルスの奇襲。
そして二つ目が、奪われた機動力に代わる、カニ=ザムザザーの防御力である。
 ミネルバ艦首に突き刺さり、そのまま特装防御シールドとして運用されていた
"カニ"を改装、解放。専属のMAとして運用する案は、以前から存在した。

 本来はローエングリンゲート攻略戦の後に実用化されるはずだった案を、
パイロットの選定ごと前倒し、ラドル隊の陸上戦艦を守る盾とする。
 本隊の防御を固め、ゲートの目をラドル隊に向けた間に、砲台を撃破する役を
負ったのがシンだ。インパルスは奇襲成功のため、地元の人間にもほとんど
知られていないような坑道を分離状態で抜ける事が求められた。

 シミュレータールームのランプが緑に変わった。
「終わったようだ。適当に休ませときな――」

「よぉ。シン。こっちはよろしくやってるぜ!」
 ふらふらと出てきたヨウランが、右手を上げる。
「パイロットってすごいよな! あのメイリンが何となく優しいし……」
 新品のパイロットスーツの襟を緩めながら、ヴィーノ。
「今なら頼んだらソックスももらえそうな気が……オホン。何でもない!」
 目の下に隈の二人はハイテンションで、シンは、かける言葉を失っていた。

「でもさ、俺達ラッキーかもな。パイロット候補生だったら、訓練期間一年だぜ!
それが十時間ちょっとって話なんだから」
「その分無理をしてるんだよ、ヴィーノ。目の下に隈が出来てて、まるで
二日も寝てないみたいだ」
「丸一日は寝てないからな、俺達。まだまだいけるよ」
「な――! 休み、貰ってないのかよ?」
「うん。整備班なら毎度のことだぜ」
 ヨウランのセリフが正しければ、食堂でパイロット章を渡した時には、
徹夜明けだったことになる。ヴィーノもだ。

131SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/05/13(水) 21:57:52 ID:???
10/

「ごめんな、無理させてて」
「……ちょいとヴィーノさんや、今シンさんから変な言葉を聞きませんでしたかね?」
「ええ、ええ。ヨウランさん。何か"ごめん"とか、似合わない言葉を聞きましたとも。
シン、それってオーブ語?」
「公用語だよ!」
 真剣にいった言葉が冗談まがいの受け取り方をされたので、ついつい、
声が大きくなってしまった。

「メカニックにいきなりパイロットさせて、悪いと思ってんだよ」
「なんだ、そんな事か。こっちは感謝してるよ。俺達だってさ、シンやルナマリアに
危ない思いさせて、いつも見送ってばっかりだったんだからさ」
「そうそう、ザクとかじゃなくってカニなのがちょっといやだけどさ」
 ヴィーノがヨウランに同意している。
 ――だからあれは、"ヤシガニ"だって。今はザムザザーだけど。

「そういうシンは食ったのかよ、ヤシガニ」
「無いけど……そういうヨウランはカニ食べたことないだろう?」
「う、たしカニ。何時か食べてみたいもんだ」
 周囲に視線を走らせているヴィーのは、ハイネをさがしているようだ。

「訓練再開は六時間後だって言ってたよ。それまで休んでいよう」
 まだやれる。と言い張るヴィーノの襟をつかみ、引っ張っていく。
長時間続けたから上手くなるもの、でもないのだ。

「だったらさ、シン。ヨウランと"インパルス"を見に行きたいんだけど――」
「パイロットなら無理は駄目だ」
 休むのも仕事だ、と言って無視。
「その昔、徹夜でシミュレーターに籠ってたシンが……ねえ」
 淡々と語るヨウランの言う通り、シンは相当無理な訓練をしたこともあったが、
疲れ果てるまで訓練をしていられる平時ではない。
132SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/05/13(水) 21:58:57 ID:???
11/

「ぐえ、首、絞まる、絞まる!」
 多少の抵抗を見せようとするヴィーノに、「無駄」の一言。
「うわ、すげえ。まるでベルトコンベアに乗せられたみたいだ」
 と、ヨウランの評。シンは軽々と、ヴィーノの体を引いて行った。

「調整は終わってるって、食堂で言ってたろ」
「う……だって気になるじゃん、インパルス」
「男とメカニックに二言は無いよな」
「うぅ……俺の、担当なんだぜ?」
「いわんやメカマンが、"実は調整終わってません"なんて言わないよな!」
「……分かった、休憩するよ」
「ヴィーノの負けだな。それに俺達、少しだって手抜きはしてないよ」
 三人は、シャワールームの扉をくぐる。
 重力の関係から、宇宙と地上で、シャワールームは構造上違うブロックにある。
 省スペースのため、入口とリラックスルームは男女とも同じで、更衣室から
分かれるという形になっていた。

 "湯あがりの姿を見られる"と、女性クルーには不評である。
 気にするのと気にしないクルーの代表は某姉妹。かくして、オペレイター他の
部署では、男女で入浴時間をずらす暗黙の了解がある。

 だから、まさか三人は思わなかった。
「なんだ、この臭い服――」
「誰の私服だろ? 選択し忘れかな」
「いーからはいろうぜー」

 服を脱いで入ったシャワールームに、ナチュラルの先客コニールさんが既に
入ってるとか、まさか思いませんよね。
 普通全く思いません。
 だって男用だもん。
 だから、仕方のないです。
 はい。

133SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/05/13(水) 22:00:07 ID:???
12/

「きゃああああーーーっ!」
 当然、悲鳴。シャワールームに反響――。

 耳をふさぎ損ねたのは小さな不幸で、もっと大きくて、凶悪な"不運(ハードラック)"
と"踊(ダンス)"ってしまうのは、きっと、すぐ。
 機動戦艦ミネルバが、修羅場に突入するタイムは、わずか5秒の事に過ぎない。
 では、そのプロセスをもう一度見てみるより早くハイネが来た!

「てめえら……これは○イプだな、レ○プの現場だな。ハレルヤぁ!」
 背から抜く、バールのようなもの。

「ここでクエスチョン、どこに入れてたんですかそれ!」
「どう見ても背中だろうが、文句あるか――!」
「それどう見てもバール。待って下さいよハイネ! これはごか――ぶほっ!」
「し……シン! まさかルナマリアの蹴り以外でシンが撃墜されるなんて――ぐはっ!」
「ヴィーノ! あの、その、俺は確かに脱衣所から二日物の靴下は盗んだけど、
そんな男かとも思う貧相なナチュラルの裸に興味は――キャウンッ!」
 ヨウランの股間を蹴りあげたのはコニール本人であったのはどうでもいいこととして
このような極々短時間の経過を経てバスタオルに転がるスプラッタな屍三つ。

「こいつらがそんな暴挙に出るとは思わなかったんですがね」
 バスローブをコニールに羽織らせながら、ハイネ。
 シンを踏みつつ。ぐちゃ=効果音。
「い……嫌あぁーーー!」
 今度はホラー物の悲鳴がシャワールームに響いた。


 三分。
「あ……汗臭かったからシャワーを借りようと思って――」
 落ち着いてきたコニールは、ハイネに説明を始めた。
「場所は――? ああ、アスランに聞いたんですか……あいつめ、
男用と女用の区別を教えなかったな?」
 後で一発入れてやる――と、拳を打ち合わせるハイネ。

134SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/05/13(水) 22:00:51 ID:???
13/

「でも、男用と女用を間違えるなんて可笑しくないですか、ハイネさん」
 正座したヨウランが疑問点を挙げると、別種の羞恥に顔を染めたコニールは、
「――入口の字が読めなかったんだ」
 と、短く答えた。
「え……?」
「ん?」
 ハイネですら、それには首を傾げている。

「公用語なのに?」同じく正坐しているヴィーノが続ける。
「……」
「やめろよ、ヴィーノ。表示が分かりづらいんだよ、あそこは」
 シンが、フォローを出した。
 オーブの識字率がほぼ10割でも、そうでない所もあるだろう。

「ま、本来なら会議にかけて処分する所なんですが……」
 ハイネが三人を見やって言った。

「こいつら、出撃前なんで許してあげてください――なんなら、
"作戦(コト)"の後に幾らでも"折檻(ツブ)"してくれていいですから」
 "凶器(バールのようなもの)"の先をヨウランの○○○に向けるハイネ。
「"!?"」
「なん……だと……」
「ぐ……軍法会議の方でお願いします!」
「い、いやいやいや、幾ら何でも、そこまでしなくていい! 驚いていたんだ。
幾らでも水が使えたものだから。それで気配に気づかなかった。私が悪かった!」
 『勢いを去らしてくれてもいいんですよ?』的にやり過ぎなハイネに、
かえって謝りにかかるコニール。

「……だ、そうだ。良かったな、お前ら? 寛大な客人に感謝しろ」
「「「は……はい!」」」
 その辺り計算していたのかも知れないが、ただハイネ=ヴェステンフルスへの
恐怖を刻みつけられ、縮みあがってしまった三人は、バールのようなものが
ハイネの背中へと収められていったことを、天に感謝した。
135SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/05/13(水) 22:02:06 ID:???
14/


「あのときは、パイロットの立場がこんなに嬉しい物かと思いましたよ――」
 ヴィーノ=デュプレ(前髪にケチャップの付いてる方)は、後にこう語る。
「あと、そこがシャワー室で良かったです。ハハ……床が既に濡れてましたから。
もう二度と中を確認せずにシャワー室には入らないよ」


「ん……そろそろ着替えてもいいかな?」
 まだ話すことがあるなら別だけど。と、恐る恐ると言った体で、コニール。
「――それは失礼しました」
 ハイネは、自分がふさいでいた入口を開けた。

「あの、ハイネ……」
「あん、どうしたシン――その二人、強く殴りすぎたか?」
 ヨウランとヴィーノが、折り重なるようにして倒れている。
「なんか、緊張が解けたのと疲れがたまってたみたいで、気絶交じりに寝てます」
「あー……風呂を温く設定して突っ込んどけ。30分も浸けておけばいいだろ」
 ひどいとは、シンは思わなかった。
 これが、パイロットの、パイロット同士の扱いだったからだ。


 ――ミネルバ リラックスルーム

「……へー。はー。ふーーーん」
 シャワーを浴び終えた。一人、リラックスルームに出ると、コニールが
ドリンクの供給スタンドを前に、感心の声を漏らしていた。

「何がそんなに珍しいんだ?」
「ボタンを押したら、飲み水が出てくるってのが。こんなものを作れるなんて、
プラントって豊かなんだね」
「みんな、戦闘で疲れるから……それに全力で戦っているし」
 彼女にとって"こんなもの"が、ミネルバそのものを指していると思ったシンは、
言葉に気を付けて言った。

136SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/05/13(水) 22:03:29 ID:???
15/

「これだけのものを作れるなら、戦争する必要なんてなさそうなのに――」
「地球連合が攻めてきたから戦争を始めたんだよ」
「どうしてプラントが攻められたんだ? おかげで開戦してからガルナハンは……
ゴメン、嫌なことを言ったね」
「いや……」
 ――攻められた理由。か。
 ユニウス7を落とした者達の言葉が、シンの中でぐるぐると回り始めた。
 あの、とてつもなく大きな墓標。

「うん……最初にプラントが戦争を始めたのは、自分たちの力で食べていく、
そのためだった。戦わなければ、いずれ飢えていた。そう考えたんだと思う」
「そうか……どこでも事情は変わらないのかもね」
 水は、ボタンを押せば出てくるのに。
 コニールは一人呟いた。

「ガルナハンは、そんなに酷いのか?」
 いつの間にか、学校のクラスメートを相手にするような口調で、
シンは話している。

「……うん、畑が駄目になったり、壊れてた道路が直せなくって、
連合からの食糧供給でどうにか食べてる。けど水道も壊されちゃって、
子供からお腹を壊して……医者も逃げちゃったのが戻ってこなくて大変なんだ」
 食料を握られている限り、連合からの要求を断る事は出来ないだろう。
 地球連合側は、おそらく、治安の維持と餓死者を出さない事で手一杯なのだろう。
ガルナハンの住民に対し積極的な害意を持ってはいないが、彼等の傷つけられた
自尊心はまさしく、土地に土足で踏みいれられた故だ。

 プラントがかつてユニウス7で食糧生産を行おうとしたように、彼女達は、
自立のための戦いをしていた。プラントに支配欲求が小さく、(その能力が無く)
解放後に自立支援のある事まで計算には入れているだろう、だが――
137SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/05/13(水) 22:04:53 ID:???
16/16

「だからさ……パイロットなんだろう? 本当に大変なんだ。
覗かれたのは――嫌だったけど、そんなのどうだっていいから」
 お願いだから、何とかしてくれ、と。
 きっとコニールは、それを伝えたくて、ここに残っていたのだ。
 シャワー室で裸を見られた直後、それは勇気のいる事だったろう。

「俺だけじゃなくて、ハイネや……会ったかどうかわからないけれど、
レイや、ルナマリアもパイロットだよ。皆、ちゃんとやるさ」
 そこまで答えて、シンは、コニールの着替えた服に見覚えがある事に気づく。
「その服……」礼服にも使えそうな、濃紺の、女物のスーツだ。
「あ、これ? 着て来た服が汚れてたから、私が貰っていいって。
凄く上等の生地を使ってるね――本当に凄い」
 コニールは感心する事しきりだったが、シンはまた、別の驚きに囚われていた。

 ――アスハの服だ。

 カガリ=ユラ=アスハの忘れものだろう。断じて、作戦協力者に過ぎない彼女に
渡して良いものでは無い。つまり、貧しい"ナチュラル"に、"コーディネーター"の
服を渡す――たったそれだけをクルーが渋った。
 そう言う事なのだ。

「……分かった」
 決意を述べる――吐き出しそうな言葉の代わりに。
 本当は、地球の国だ。地球連合と友好な関係を築くに越したことはない。
 でも、今は――
「全力を尽くすよ、ガルナハンは、ザフトのプラントが解放する。それから後は、
アンタら次第だけど。戦うために必要なものは、アンタが持ってきてくれた――」
 戦う理由と、勝つ手段。それのあるから、大丈夫だ。

「あの地図、役に立たせてくれるんだ。ありがとう」
 ありがとうは、シンのセリフだ。シンの台詞だった。
「……そうだ。なあ、名前!私は、コニールだ。名前、教えてよ」
「シン=アスカだ。あいつら起こしてくる。それとさ、その機械、ジュースも出るんだぜ?」
「え……本当なの!?」
 理念じゃない。政治じゃない。
 少なくともそこにいる人間のためなら、戦う事が出来る。
 そう思ったシンの戦闘が始まるまで、あと、二十三時間だった。
13845 ◆/UwsaokiRU :2009/05/13(水) 22:09:50 ID:???
以上、投下終了。
規制に引っ掛からなくて良かったです。
シンの考えている事は、ただの被害妄想かもしれません。
あと、番外地って漢字で書くと硬派なイメージですけど、
ひらがなで書いたらとたんにコンビニの本棚ですね。
全然関係ありませんが。

では、また。
139文書係:2009/05/14(木) 12:48:00 ID:???
>>弐国さんはじめまして、完結乙です。
普段投下してる方ですが、完結に引かれてコメさせていただきます。
種と種運命は古い記憶に頼るだけですが
オーブのことを詳細に描写されているのでぼちぼち思い出しました。
ほのぼのラストよかったです(解釈違っていたらゴメ)。
完結された構成力に敬礼(`・ω・´)ノキリッ。

>>SEED『†』さんはじめまして、乙です。
食糧事情やキャラクターの負う背景に由来する
「常識」の相違に興味を惹かれました。
SEEDは一度見たきりですが面白く読ませていただきました。

>>96d!
次回リントとコーラのやりとりに戻ります。
いいオッサン(ごめんコーラ)二人の感覚のズレを
楽しんでいただければ冥利に尽きます。

>>97d!
感涙ものです。

>>107d!
>男の中の男の子
まさに言い得て妙。
見かけは大人、やるこた子供
頭の中は新シャアの18禁に触れない範囲で
年齢相応の妄想をつめこんどきました。

>>108d!
ゲームのセリフの一部を使っています。
考えてるつもりが大半妄想、
でも出てきた答えは多分正解。

>>109d!
>アホ可愛いなw
本編はコーラ小説なので今後とも
アホ可愛さを追究していく所存です。

皆さんありがとうございました。
続きは規制などなければ一両日中に投下します。




14045 ◆/UwsaokiRU :2009/05/14(木) 13:13:56 ID:???
よろしくです>>文書係さん
141文書係:2009/05/15(金) 00:42:16 ID:???
>>67-68,>>73-74,>>95,>>106
公式出たけど脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ入隊 その7」

 パトリック・コーラサワーが好き勝手に振舞っていても、有事の際には彼を主戦力に据えざるを得ず、作戦の
立案には穏健派であるカティ・マネキンのプランが優先されるAEUの生ぬるい体質に、リントはかねてから業を煮やしていた。
更に腹立たしいことに、彼らはパトリックを「あの馬鹿」と揶揄しつつも面白がって野放しにし、安全域にある
司令部モニターから高みの見物をきめこんでいた。そして戦闘中であるにも関わらず、酒杯を重ねては
「コーラサワーの強酸が鉄の女の心を溶かすことができるか」などと金品を賭けあい、その珍言奇行を肴に
盛り上がっていたのである。
今、仮に許されるとするなら、管理下にあるオートマトンをキルモードにして司令部に放ち、彼らを一掃して
しまいたいほどのどす黒い憎悪が、彼の中で長きにわたる間とぐろを巻いていたのだった。
掃討・殲滅を至上とするリントの作戦は、AEU司令部においては、20世紀のナチスの暴虐を髣髴とさせるもの
として忌避されがちであり、そのため彼は長く冷や飯を食わされてきた。
それはAEUが国連から連邦の一部となり、軍組織が再編成されてからも、基本的な姿勢は変わらなかった。
名称や所属が変わったところで、面子はほぼ同じなのだから、それは当然のことといえた。
彼の軍略の才能は、アロウズに入ってやっと日の目を見たのである。
だが今、彼の上に、ずっと目の上の瘤だった女、カティ・マネキンが再び座を占めた。
――大変勉強になりましたよ、少佐殿。
新型機トリロバイトを撃墜された際、彼の指揮の拙さを皮肉交じりに評し、傲然と自分を見下したあの時の女の
顔が、リントの脳裏に今も焼きついて離れない。
アーバ・リントはカティ・マネキンの思想も戦術プランも、人柄まで含めて全て、彼女が彼に対して抱いている
感情と同様、心底嫌っていた。
殲滅なき鎮圧、降伏勧告、敵味方共最小限の被害――どれも彼からすれば反吐が出るような理想論であり、
唾棄すべき綺麗事にすぎなかった。敵の絶対数をゼロにしてしまえば全ての紛争は一度でかたがつくというのに、
何を好き好んで災禍の種を未来に残すのか。こうした生ぬるいヒューマニズムこそが紛争を永遠のものに
していることに、人類は何故気づかないのか。動物がそうであるように、優れた種が生き残り、力劣るものは
根こそぎ滅びるのが生命の道理ではないのか。彼はそう信じて疑わない。
今、リントがアロウズ上層部から特命を受け、極秘裏に進めている至上のプランは、そうした彼の理想を実現に導くものであった。
これで彼女の鼻を明かせると思うと至極愉快だったが、惜しいかな二度と指揮を執る気を失くさせるほどの効力は持ち合わせていないのだった。
だがそれでは、リントの復讐は半ばしか成らない。
彼女の上に立ち、なおかつ再起不能のダメージを与え、ともすればこの世から葬り去らねば、彼の本願は成就しないのである。
積年の屈辱を晴らし、カティ・マネキンを追い落とす策を講じる為、彼はわざわざ苦い思い出の詰まった、
古巣である連邦軍を訪れたのであった。
カティ・マネキンが腹心の部下であるはずのパトリック・コーラサワーを伴わなかったことを、リントは彼女の着任直後から訝しんでいた。
ある時それとなく探りをいれてみたが、
――あれはアロウズの厳格な気風には合わぬ男、貴官は軍紀を乱すことをお望みか?
と、パトリックの素行不良を口実に軽くかわされてしまった。
――読めた。
リントはほくそ笑んだ。
あの女が子飼いのパトリックをアロウズに随伴させなかった理由が、腹立たしいのをこらえてこの男と言葉を交わし、
その反応をつぶさに観察しているうちに、透けて見えたのだった。
この男は自分の意志で連邦に留まっているのではないのだろう。カティ・マネキンがどのように言い含めたのかは
知る必要もないが、どうやら置いてけぼりを食わされているらしかった。
残虐な行為を好まないカティ・マネキンは、反連邦分子の排除という目的のためには手段を選ばない、アロウズの
実行部隊としてパトリックを用いることを恐らく快しとしなかったのだろう。
――どこまでも甘い女、聖女気取りが。化けの皮を剥がしてくれる。
となれば彼女に対する最も有効な報復は、アロウズによってこの男の手を血まみれにさせてやり、更には文字通り、犬死にさせてやることであった。
(アロウズ入隊8に多分続く 今回投下分終了)※リントがAEU出身というのは公式ソースによりません。文書係の想像です。
142通常の名無しさんの3倍:2009/05/15(金) 17:38:24 ID:???
>>文書係
投下乙です。
リントが、嫌うが故にカティの内面に迫っていく、という形になっているのが
とても面白かったです。コーラサワーの短編と銘打っていますが、
リントのキャラクターも良い捉え方がされていると思います。

続きが気になります。
143通常の名無しさんの3倍:2009/05/17(日) 22:48:52 ID:???
保守
144河弥:2009/05/18(月) 12:59:57 ID:???
「 In the World, after she left 」 〜彼女の去った世界で〜

「四方山話──ルナマリアの溜め息」
(1/5)


 二日に一度のダブル・アルファとの定例合同ミーティング――が、終わった後のレクルーム。
 カガリ、キラ、バルトフェルドさん、そしてあたしと隊長が残り、たまたまオフになったメイリンが一緒になった。
 シンとレイがいないのは相変わらず。
 レイは何をしているか分からないけど、シンは多分また医務室だろう。
 むしろ隊長がこの場にいることの方が珍しいんだけれども、どうもバルトフェルドさんに捕まったみたい。
 でも、あたしはその方が嬉しいから、その点については何も言わない。
 でもでもそれは、そう、隊長と部下のコミュニケーション不足を心配してのことであって、別に深い意味が
あった訳じゃない。
 もしもメイリンに訊かれたら、こう答えておこう。

 話題はやっぱりシンとステラのことが中心になる。
 ディオキアの海岸で溺れたステラを助けたシン。あれはやっぱり『運命の出会い』だったのだろうか──って。


「カガリは『運命の出会い』ってあると思う?」
「『運命』?」
 あたしの問い掛けにカガリは真剣な表情で少し考えてから答えた。
「わからないな」
 考え込んでいたわりにはあっさりしたその答えに、あたしは内心でちょっとコケた。
「だって、出会いが運命かどうかなんて、その人次第だろ?」
「?」
 あたしにはカガリの言葉の意味がわからなかった。メイリンの方を見ると、メイリンもきょとんとした顔をしている。

 そんなあたし達の様子に言葉が足りないと思ったのか、カガリが続ける。
「例えば『同じ艦に配属になった』とするだろ。それはただ単に番号順で割り振っただけの『偶然』だったかも
しれない。だけど、個々の能力や軍全体を考慮して配置されたのだとしたら『必然』になる。でもそれを『運命』
だっていう人もいるかもしれない。
 だからある事象が『運命』なのか『偶然』なのかは人それぞれ、その人次第」

 あたしはカガリの考えを、なるほど、と思った。
 隣のメイリンを見ると、なんだかほわんとした表情で
「同じ艦……。偶然で、必然で、運命かぁ……」
 と呟いている。
 メイリンの考えていることが手に取るようにわかってしまって、あたしは内心で嘆息する。
145河弥:2009/05/18(月) 13:03:08 ID:???
(2/5)

「そういうルナは? どう思うんだ?」
 カガリに水を向けられて、あたしは思いつくままを言葉にした。
「そうねぇ、例えば……ある男女が戦場で敵として出会うの。でもそれは実は王子様とお姫様。
 二人は剣を交えるんだけど決着はつかず、その場は別れるの。お互いの正体は知らないまま、だけど、なんとなく
気になる存在として。
 それから数日後、戦いの後でお姫様の国に捕虜の一人として王子様が連れて来られるの。で、王子様だってことが
バレて、見せしめのために処刑されるされることになるの。
 だけど処刑の前の晩、お姫様は密かに王子様を逃がすのよ。
 その後国に戻った王子様は、王様を説得、両国間に和平条約が締結されることになるの。
 そして、王子様とお姫様は結ばれて、めでたしめでたし……って感じ?」

「どこの物語よ、それ?」
 長々と話し終えたあたしをメイリンがこの上なく温かい言葉で労(ねぎら)ってくれる。
「そりゃそうね。ある訳ないか、こんな話」
 あははーと笑い飛ばした所に、それまで黙っていたバルトフェルドさんが口をはさんだ。
「まるでどこかで聞いた話だよなぁ、お二人さん?」
 そう問われたあたしは、何のことだか分からず首を傾げた。
 バルトフェルドさんの言う「お二人さん」があたしとメイリンのことかと思ってたから。

 でもそれは間違いだった。
 彼の視線は、彼のすぐ脇に座るカガリと、少し離れて座る――でも取りあえずは会話の輪の中には入っている
格好の隊長に向けられていた。
 あたしがそれに気づくのと隊長たちが気づいたのは、殆ど同時だった。
 二人は一様にぎょっとしたような顔をバルトフェルドさんに向けた。その拍子に、ストローを咥えていたカガリは
むせて酷く咳き込み、キラが慌ててその背をさする。

「い、一体、何のことだか……」
 と、隊長は否定したけど、でもダメ。狼狽の色が明らか過ぎて、逆に「何のことか理解できてます」っていうのが
丸分かりだった。
 そういう隊長もちょっとかわいいかも……と、うっかり思ったのはもっと後のこと。
 その時のあたしにそんな余裕は無かった。

「何のことって、お前たちの初対面は、殺し合いになったんだろう?」
 対するバルトフェルドさんは飄々としたすまし顔で答えた。
 バルトフェルドさん以外の全員が一瞬息を呑んだ――のは間違いだった。
 彼のほかにもう一人、キラが「ああ、そう言えば……」とバルトフェルドさんの台詞を肯定したのだから。
146河弥:2009/05/18(月) 13:07:52 ID:???
(3/5)

「キ、キラッ、お、お前何をっ!?」
 と、カガリがキラに肘を打つ。
 打たれたキラは露骨に、しまった、という顔をして「ごめん、カガリ」と両手を合わせる。
「ごめん、じゃないだろ。そりゃ確かにアスランにはナイフを向けられ」
 そこまで言ってカガリが不自然に口を閉ざした。
 その表情はほんの数秒前のキラそのもので、同じ表情をした二人はまるできょうだいのように良く似ていた。
 もう、バルトフェルドさんの言葉の信憑性が増した、とかそういうレベルじゃない。全肯定よ、全肯定!

 なんとはなく、全員の視線が隊長に向けられた。
 キラとカガリは顔色を伺うように、バルトフェルドさんは楽しげに、そして、あたしとメイリンはとても複雑に。
 とは言っても、あたしたち姉妹の胸中は「一体どういう事なのよ!」の一言に尽きる。それ以外にはない。ある筈がない。

「いや、だから、それは……」
 未だに落ち着かない様子の隊長は、何やら意味があるようで無いことを言っていたけど、そのうちにカガリに
視線を据えた。
 あんな開き直ったような、拗ねたような隊長の表情を見るのは初めてで、あたしは少し驚いた。
 でも、その驚きは隊長の次の言葉に吹き飛んだ。
「それは、カガリが先に銃を撃ってきたからじゃないか!?」
「だって、ザフトの赤服が目の前にいたら、誰だってそうするだろ!」
 間、髪を入れずカガリが返す。
 カガリは叱られてふてくされた子供のように、ちょっと頬を膨らませて続ける。

「両手両足拘束されて、溺れそうにもなったし」
「ちょっと待て。溺れそうになったのは、カガリが暴れて勝手に水溜りに落ちたからだ。それに拘束もすぐに
解いてやったぞ、俺は」
「そうだったか?」
 あたしはあんぐりと口を開けたまま、その応酬を聞いていた。
 ……銃で撃たれて、ナイフ向けられて、縛られて、溺れそうになった。
 知りたい。その時の状況を詳しく、ものすごぉく知りたい。
 でも、それを口に出せる雰囲気じゃない。

「二回目に会った時は、アスランがオーブの捕虜になった時だったんだよね?」
 ほら、さっきの物語と同じでしょ、と言いたげな顔でキラが言う。
「そうだが、私は別に密かに助けたりはしてない。アスランを見つけたのも私じゃないし。正式に手順を踏んで
ザフトに帰らせただけだ。それに、正確には捕虜ってわけでもない」
「でも、アスランはカガリに助けられたんだよね?」
「まあ、助けと言うか……救われたと言うか……」
「私は何もしてないってば」
147河弥:2009/05/18(月) 13:12:55 ID:???
(4/5)

 ……何だか三人だけでものすごく盛り上がってる。
 きっとここであたしが何か言っても、耳に入らないに違いない。

「俺が一番驚いたのは、オープンボルトの銃を投げたことだよ。案の定、暴発したしな」
「あ、あれは……」
「あれ? 僕、カガリに『銃を投げるな』って怒られたことあったよね?」
「そんなこと、あったかぁ?」
「……都合の悪いことは全部忘れた振りして誤魔化してない?」

 バルトフェルドさんが、カップを席を立った。ドリンクのおかわりをするみたい。
 あたしも続いて立ち上がったけど、案の定三人はそれに気づきもしない。
 ……本トは、物語の結末を聞いてみたかったのだけど。
 やっぱり「めでたし、めでたし」だったりしたのかな?
 ううん。もしそうだったとしても、今のカガリにはキラがいるんだし、そんな事、関係ない……よね?
 あたしは、多分もうラストシーンを知ることができないだろう物語を抱えて、小さな息をつく。

 ドリンクコーナーでバルトフェルドさんは少し悩んで、またソフトドリンクを選んだ。
「コーヒーは、お嫌いなんですか?」
「いや、コーヒーは自分でブレンドしたものしか口にしない主義なんだ。今度ダブル・アルファに来ることが
あったら、自慢のブレンドをご馳走するよ」
「わぁ、嬉しい。楽しみにしてますね」
 そんな話をしながら、さっきまでのテーブルとは離れた場所に座った。
 と、メイリンもこちらに移って来た。
 そしてやっぱり三人は気づかない。

 バルトフェルドさんが飲み物を一口飲むのを待って、聞いてみた。
「なんだか……隊長のキャラ、普段と違いません?」
「ある意味、あれが『素』なんだろうねぇ。キラとは幼馴染みの親友だっていうし」
 親友かぁ、と思いつつ、あたしは離れたところからアスランを見た。
 今までに見たことのない、肩の力が抜けた自然な──あたしと一歳しか違わない男の子の顔に見えた。
 やっぱり普段、あたしやシンには「先輩面」しか見せてはくれなかったってことなんだろうなぁ、と思ったら
少し寂しくて……でも、彼の別の、ううん、本当の顔を知ったことが嬉しい。
148河弥:2009/05/18(月) 13:17:49 ID:???
(5/5)

「少しは関係改善に役立ったかな? ……どう思う?」
 ダンディーな紳士のような、やんちゃな子供のような笑顔でバルトフェルドさんにそう問われたあたしは、
その意味が分からず、また首を傾げた。
 改善の必要がある関係なんて、シンとキラ・カガリ組の関係と、シンとアスランの関係しか思い浮かばない。
 でも、今、この場にはシンはいない。
 あたしの反応をどう受け取ったのか、バルトフェルドさんは、微笑とも苦笑とも見える曖昧な笑みを返してきた。

 ついで、というわけでもないけれど、さっき感じたもう一つの疑問についても聞いてみる。
「ところで、ザフトの赤服が目の前にいたら銃を向けるって、地球では連合軍以外でも普通だったんでしょうか?」
 闘牛場の牛でもあるまいし、ザフトの赤服ってそこにいるだけで撃ちたくなるものなの?
 カガリが地球軍所属だったなら話はわかるけど、そんなことはなかった筈だし?
 まさか、カガリが牡牛座生まれだから?
 いやいや、いくらなんでもそれはない。
 ちなみに、これ全部声にはだしていない。なのに、メイリンの視線が冷たいのは何故だろう?

「そうだなぁ。当時の彼女にとっては普通だったかも知れないね。何せ『砂漠の虎』相手のレジスタンスの一員
だったんだから」
「「レジスタンス!?」」
 あたしとメイリンがキレイにハモる。
「(しかも『砂漠の虎』って、バルトフェルドさんのことよね?)」
 あたしが目で問うと、メイリンがうんうん、と頷いた。このあたりの呼吸は、流石は姉妹、って感じ。
「そ。ジープ乗ってバズーカ砲撃ってたよ」
「はあ、そうですか……」
「あたし……アスハ代表のこと、ますますわからなくなりました……」
 メイリンが溜め息混じりに呟いた言葉は、あたしの心境そのものだった。
149河弥:2009/05/18(月) 13:19:42 ID:???
こんな時間に投下ですが、河弥です。
ネカフェからなのでトリップもつけていませんが、河弥です。
外伝なので普段とは違うテイスト(のつもり)です。

前回の投下後は感想をありがとうございました。
今回も感想などいただけたら嬉しいです。
150通常の名無しさんの3倍:2009/05/20(水) 23:21:28 ID:???
種時のエピソードを思い出して懐かしくなった
しかし交流があるように見えて、全然かみ合っていないホーク姉妹と
カガリの関係も気になる GJでした
本編の続きも楽しみにしてる
151通常の名無しさんの3倍:2009/05/22(金) 10:27:21 ID:???
ほしゅ。
152通常の名無しさんの3倍:2009/05/22(金) 22:57:58 ID:???
保守。
っていうか投下乙です皆さん。
153通常の名無しさんの3倍:2009/05/23(土) 19:49:16 ID:???
保守。
154文書係:2009/05/23(土) 23:37:33 ID:???
>>142さん、感想ありがとうございます。
いい大人のリントとカティが互いに嫌悪しあっているのには、
単なる好悪だけでなく、積み重ねられた理由があるのだと想像しました。
自己陶酔が過ぎて策士策に溺るの典型ともいえるリントのような人は、
「私は大好きですが」。
これから続きを3レス分投下します。

>>144-149
河弥さんはじめまして、投下乙です。
ルナマリアの乙女チックな想像が年相応で可愛らしく、
バルトフェルドのコーヒーネタが自分はツボにはまりました。
確かにコーヒー通は、半端なコーヒーは飲まないですね。
細部へのこだわりを感じます。
155文書係:2009/05/23(土) 23:39:59 ID:???
>>141
公式出たけど脳内補完/機動戦士ガンダム00
/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ入隊 その8」
(字数オーバーでタイトルのみです、すみません)
156文書係:2009/05/23(土) 23:43:39 ID:???
>>141
 アーバ・リントはカティ・マネキンの弱みを探っていたが、彼女自身にはAEU友軍における同士討ち、という過去の汚点をつつくくらいで、他につけ入る隙がなかった。
となれば周辺を――ということで嫌でも彼の目に留まったのが、隙だらけのエース、パトリック・コーラサワーだったのである。
――この男をアロウズに入れてしまおう。
パトリックが華々しい戦果を上げれば、多少業腹ではあるものの推挙した自分の株は上がり、彼を入隊させなかったカティ・マネキンの不見識をなじるくらいはできよう。
思慮の浅いパトリックには期待できないにしろ、彼女は彼がアロウズの名の下に行った残虐行為に、少なからず精神的ダメージを負うはずである。
またいつものごとく撃墜され、生き恥を晒しおめおめと帰って来たのであれば、「是非にと少尉が仰るので、やむなく
転属のお手伝いをさせて頂きましたが、やはり彼にガンダムは荷が重かったようですね」と嫌味の一つも言い、指揮官である彼女の顔に泥を塗ってやればいい。
そしてリントの思う壺にはまりパトリックが戦死すれば、AEUの生ぬるい首脳陣の面目も丸つぶれとなり、またあわよくば、
あの高潔ぶった女が無様に取り乱し、泣き崩れる様が拝めるというものである。いずれにしても、自分に損はなかった。
性格どころか知能にも大いに難有りの不良エース、年中発情期の空っぽ万年少尉め、とリントは思いつく限りの
悪口雑言を心中に並べ立てながら、さてこそ、この煮ても焼いても食えない赤犬をいかにして地獄の門番に引き渡してやろうかと策をめぐらしていた。
「――そうそう、マネキン大佐といえば」
その一言に、パトリックの指先で小気味よく旋回していたカップがふっ飛んだ。
「へぁっ」
リントは不覚にも小さな悲鳴を上げてのけぞった。カップが彼の髪を掠め、壁に直撃する。ゴン、カン、カラカランという硬質の音が人気のなくなった食堂に響き渡り、
カップは床に転がった。彼も肝を冷やしたが、案の定、パトリックは激しく動揺しているようだった。
「大佐は、大佐はどうしていらっしゃいますか?! 教えて下さい!」
カティ・マネキンの名がリントの口の端に上った途端、パトリックは態度を一変させた。
その空っぽ頭でまともな敬語が使えるなら、まず目の前にいる自分になぜ使わないのか。いやそれ以前に名前を覚えろ。
そもそも上官との会話中に手遊びとはどういう料簡で、危険行為に対する謝罪はどうした、とリントはまたもや苛立ちはじめた。
しかし都合の良いように解釈すれば、単細胞で反応が判り易く、御しやすいということだ。リントはそう自分を納得させ、怒りの矛を理性でひとまず収めた。手応えは十分である。
「連邦の収監施設において拘束していたガンダムパイロット、被験体E−57とアザディスタンの皇女を
ソレスタルビーイングに奪われた上、同施設に収監中のカタロン構成員の逃走を許し、つい先頃も精鋭揃いの
モビルスーツ部隊の大半を、対ガンダム作戦遂行中に失ったとか」
「え・・・・・・?」
パトリックは口をぽかんと開け、目を大きく見開いたまま固まった。
「その作戦において、被験体E−57が逃走に使用したとみられる新型のガンダムが確認されています。
貴方もパイロットなら、これがどれほど重大な意味を持つかお分かりですね?」
「・・・・・・」
リントの口から次々に飛び出す上官の失態に、パトリックは愕然としているらしく言葉が出ない。
「二大テロ組織のメンバーの脱走と、それに伴う新型ガンダムの出現、国家元首の略取。これによって世界は今、
再びテロの脅威に晒されています。指揮官であったマネキン大佐がその責を公に問われることになれば、降格
どころでは済まされないでしょう。不問に付されたのはひとえに、グッドマン准将の温情によるところ」
「そんな! 大佐が――」
彼女の処遇に話が及んで慌てふためくパトリックに対し、リントは沈痛な面持ちでかぶりを横に振った。
「いやはや、連邦きっての戦術予報士、カティ・マネキンとは思えぬ失策続き。余りのことにこの私が、彼女に
代りその後の指揮を執らせていただいたほど。ですが私も忙しい身、いつまでも地上には居られませんので、返上致しましたがね」
「今は人員補充に頭を悩ませていらっしゃるようです。何と言ってもアロウズは少数精鋭、志願して誰もがなれる訳では、ありませんし
――実を言えば私も、彼女に協力して差し上げたいところでしてね。今は人選中というところですよ」
パトリックが余分なことを考え、質問する隙を与えまいと、リントは性急に言葉を継いで相手の出方を伺った。
しかしながら、さも彼女のために心を砕いているかのような自分の三文芝居の空々しさには、たまらず心中で舌を出した。
157文書係:2009/05/23(土) 23:46:59 ID:???
公式出たけど脳内補完/機動戦士ガンダム00
/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ入隊 その9」

 パトリック・コーラサワーはカティ・マネキンがアロウズに転属してからも、何度か連絡を取ったが、いずれも二言三言、
言葉を交わしただけで、「問題ない」「忙しい」と一方的に回線を切られてしまっていた。
彼女はいつも多忙で、前々からこういったことはままあったため、言葉通り問題なくやっているのだと彼は単純に
受け止めていた。
ただ、連邦の収監施設がガンダムの襲撃を受け、独立治安維持部隊アロウズがこれに対応したと報道された際には、
世界情勢に全く興味のない彼も、カティに何かあってはと見咎めて、すぐさま彼女に安否を尋ねた。
が、返ってきた答えは普段通りで、まるで他人事のようでさえあった。
アロウズがいくら少数精鋭の組織とはいえ、指揮官が彼女一人のみではまさかあるまいから、てっきり他の人間が指揮を執り、
へまをやらかしたのだと彼は解釈していた。
――私がへまをするとでも思っているのか?
以前カティはいつもの流し目でパトリックを一瞥して、そう言った。
あの自信に満ちた、彼を魅了して已まないアメジストの瞳を妖艶に輝かせて。
彼女の色香にくらりときて、パトリックはそのままうっかり丸め込まれ、結局連邦軍に置いてけぼりを食らってしまった訳だったが、
まさか今、彼女が自分の与り知らぬところで大きなしくじりを重ね、あまつさえ指揮権を奪われていたとは思いも寄らなかったのである。
パトリックは全身の血がふつふつと沸き立ち、逆流するような激しい怒りに身を委ねた。震えが止まらない。
ソレスタルビーイングでもなければ、カタロンでも、目の前のうらなりマタンゴでもなく、無論、カティにでもない。
それは自分に苦境を悟られまいと、彼女が平静を装っていたことを汲んでやれなかった、自分自身への怒りに他ならなかった。
――いったいドコ見てんだよ?! 俺は!
自分がついていれば、4年前のように、相討ちとなってもガンダムを撃墜できたかも知れなかった。
捕虜パイロットの脱走も、阻止できたかも知れなかった。
少なくともカタロンのような旧式MSの寄せ集め武装集団にまで、彼女が苦杯を喫することはなかったはずである。
――俺が、この俺が側に居れば!!
「ちくしょうッ!! 俺は――なんてこった! クソォっっ!!」
パトリックは羅刹の如き憤怒の形相で、燃えるように赤い髪を振り乱し、激情に駆られるまま大音声で咆哮して握り締めた拳で虚空を撃った。
「ひぃっ」
リントは驚いて反射的に身を引いた。カティ・マネキンの信じ難い失態に呆然としていたはずのパトリックが、身震いしたかと思うと突然、
至近距離で激昂し、悪鬼さながらに暴れだしたのである。多少声を荒げるくらいはリントも予想していたし、また動じない自信もあったが、
パトリックの暴挙は彼の予想を遥かに超えていた。
「ど・・・・・・どうしました少尉?」
再び姿勢を立て直し、軍服の襟を指で正しながら、リントはつとめて冷静に問いかけた。パトリックは我に返り、
髪と着衣の乱れをざっと整えると、猛然とリントに詰め寄った。
「俺――いえ、私を行かせて下さい!! 自分はAEUのエースパイロットです、ガンダムとの交戦経験だって一度や二度じゃありません! 
これ以上の適任はないと考えます!」
「出撃しては撃墜されていると、聞いていますがね」
リントはここぞとばかりに鼻をふんと鳴らすと、血の色で染め上げたような両の瞳で、パトリックを冷然と見下した。
「それは自分に油断があり、ソレスタルビーイングに新兵器等、予想外の戦力があったからです! 次こそは必ず、ガンダムを!!」
「そうは言っても・・・・・・ねえ。まあ、でも、貴方がそこまで言うなら」
予定していた筋書き通りに、リントは一応渋って見せたが、最後はパトリックの熱意に押し負ける、といった形で承諾を与えた。
パトリックは「よっしゃぁ!」と短い歓声を上げ拳を引いたかと思うと、流れるような仕草でその手で髪を掻き上げ、そのまま敬礼した。
「サインでも血判状でも即! 書きますんで宜しくお願いします!! マーガリン少佐!」
「リントだって言ってるでしょうッ! アーバ・リ、ン、ト!!」
もう勘弁してくれといわんばかりの金切り声で叫ぶと、リントはくるりと踵を返し、靴音も高くその場を後にしたのだった。
158文書係:2009/05/23(土) 23:50:45 ID:???
公式出たけど脳内補完/機動戦士ガンダム00
/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ入隊 その10」

 愚かなパトリックはまんまと策にかかったのだが、リントの気分は何故かすっきりしなかった。
良心の呵責などという大層なものでは、勿論ない。
思うさま嘲弄して罠にもはめてやり、あとは成果をご覧じろ、と本来なら快哉を叫びたいところであるのに、逆に相手の
思う壺にはまってしまったような心持になるのは、何とも釈然としない。
気のせいだと思いたいが、あたかも親切心で恋の橋渡しをしてやったような気さえしてくる。それでは忌々しい。
少々、芝居に熱が入り過ぎたのだろうか。
長々もったいぶった言い方などせずとも、単刀直入に、
――欠員が出ているのでアロウズに志願しませんか、少尉。
――はい!
とだけ言えば、無駄な苛立ちやわだかまりを抱えずに済んだのだろうか。
いやここは多少の嘘や誇張を交えても、カティ・マネキンの窮状をパトリックに強調して奮起を促し、任務遂行に躍起に
なってもらわねばならないのである。どうせ頭の悪い赤犬のこと、リントの微細な嘘を見破れようはずもない。
そして最新とはいえない機体を駆り、できればカティ・マネキンの指示を逸脱するほどの無茶をして、是非とも死地に
赴いてもらわねばならないのである。過剰演技もけして無駄ではないはずだ。
用が済んだ以上は一刻も早く宇宙(そら)に戻り、極秘任務を続行しよう。そうすれば、このもやもやした気分もじきに
払拭できるはずだ。いやその前に、リントの慧眼によって魂胆を見透かされ、目論見を覆されたと悟った、あの女の
醜く引き攣った面だけは最後に見ておかなければならない。
あとは任務の片手間に残虐で魅力的な戦術プランを立案して、退屈嫌いのグッドマン准将の了解をとりつけ、
あの女に押し付けてやればいい。あの女も軍人である以上、上官の命令に容易には逆らえまい。
今度は自分が文字通り、宇宙から高みの見物をきめこんでやろうではないか。
しかしパトリックとの会話は、リントにとって苦行でしかなかった。見た目ほどは年齢の開きがない二人であるのに、
まったく話が噛み合わない。彼が一言発するたび胃が軋むほどに苛立ち、疲労を覚えるのは、一体何に起因するのだろう。
アーバ・リントがわざわざ知略を用いるには値しないほど、パトリック・コーラサワーという男は、愚かに過ぎたということなのだろうか。
これ以上パトリックに考えを及ぼしても時間の無駄と知りながら、リントは首をひねりつつ帰還の途についた。
 リントが金切り声を上げるより早く、パトリックは敬礼もそこそこに、背を向け駆け出していた。
このまま走りに走ったら、海を越えカティの許に辿り着けそうな爽快な気分だ。心なしか空まで輝いて見える。
もうすぐ彼女に会えるのだ。
カティの安否が気にかかって仕方ないが、今は惚れた女のずば抜けた知略と、痺れるような豪胆さを信じよう。
時には弱音を吐いてくれても大歓迎なのにと、いつでも胸を貸せる準備は万全なのだが、幸か不幸かこの4年余りというもの、
彼の胸の空きスペースが彼女で埋まることはついぞなかった。
何せ気丈な彼女のこと、実際のところ、今回も彼の妄想の中だけで終ってしまう公算が大なのだが、彼の不屈の精神は
めげることを知らなかった。
言いつけを守らなかったパトリックを、カティは叱るかもしれない。それでも構わなかった。
惚れた女が窮地にあると知った以上、男として、もはや一刻もじっとしてはいられなかったのである。
それに久しぶりに彼女の麗姿を拝し、美声に耳を傾けることができるのなら、長い説教もけして悪くない。
ずっと二人でいられるのなら、むしろ永遠に続いても、一向に構わないくらいだ。
――大佐、あと少しだけ待っていて下さい。俺が必ず、貴女を守ります!!
「そうだ! 俺は愛の奴隷だぁーッ!!」
彼は今すぐにでもジンクスを駆って彼女の許に馳せ参じたいところであるが、辞令が下るまではと思いとどまった。
目立つから来るなと何度も釘を刺されているのに、初っ端から規律違反で悪目立ちするのはさすがにまずい。
はやる思いをひとまず模擬戦にぶつけるべく、パトリックは一吠えすると演習場へと疾走していった。

(キツネ目男の婿入り記念に前編終了。後編のアロウズ離脱1に多分続く 今回投下分終了)
159通常の名無しさんの3倍:2009/05/24(日) 00:11:47 ID:???
>>文書係さん
投下乙です。
相変わらず、まっすぐ過ぎる程に男なコーラサワーの言動に
痺れさせていただきました。うらなりマタンゴが素晴らしいですw
リントも、権謀術数を使う相手を選べばよいものを、相手が悪かったせいで
ただのピエロに堕ちているのが特に笑えます。
純真一図なコーラサワーが結局一番得をしているというのが、
物語的に清々しくて読んだ後の感じが良かったです。

後編、待ってますよ。GJ!
160通常の名無しさんの3倍:2009/05/24(日) 00:46:44 ID:???
投下乙
ゲームのセリフなんかも効果的に入れてていいね
後編も期待してます
161通常の名無しさんの3倍:2009/05/24(日) 00:48:54 ID:???
あ、ゲームのセリフとか入ってるんだ。

プレイしてないからどれのことなのか全然わからんけど。
162通常の名無しさんの3倍:2009/05/24(日) 14:41:28 ID:???
>>161
横スレゴメン。
ゲームのセリフはコーラスレのテンプレ最初の
まとめwikiに載ってるよ。
見るとゲーム欲しくなっちゃうけど。
163通常の名無しさんの3倍:2009/05/24(日) 14:50:47 ID:???
本当にあったw

まとめサイトの管理人さんがスケジュール的に
きついらしいので、文書係さんのSSはガンクロに
編集しようと思うのだけれど、該当ページがないんだよなあ。

上記のコーラサワーWIKIに、っていうのも何か違うし。
164162:2009/05/24(日) 14:56:43 ID:???
>>163
(誤)横スレ→(正)横レス
だった。重ねてゴメ。
そういや00だけのまとめサイトってないんだね。
wikiでは確かにおかしいし・・・。
165163:2009/05/24(日) 15:00:16 ID:???
>>162
横スレw

一応移動は簡単なので、作品部分を抜き出すだけの簡単な編集で、
その他作品集のカテゴリに置いておきます。

あとは改行をそのままで置いていていいかとか、文書係さんから何か
あれば(対応できる範囲で)対応します。

WIKIの管理人さんからオーケー貰ったら、00専用のカテゴリを
WIKIの中に作る形で。
166文書係:2009/05/25(月) 00:38:03 ID:???
>>163さん
文書係です、こんばんは。

まとめサイトへ編集していただきありがとうございます。

初めてサイトを拝見したので、編集の仕方は分らないのですが
本編の改行については当該ページから直接できそうだったので
自分でちょこちょこやってみようと思います。

まとめ管理人さんと>>163さん、ご多忙のところお骨折りいただき
心より感謝致します。

また、感想を書いて下さった皆さんどうもthxです。
ここから先、公式小説に先行してしまいますので、
後日齟齬が出てくるのが怖いのですが、
感想を心の糧にして後編を書いていきたいと思います。

頂いた感想の個々のお返事は、また後日させていただきます。




167通常の名無しさんの3倍:2009/05/26(火) 21:27:21 ID:???
保守あげー
168SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/05/27(水) 02:27:07 ID:???
17/

 ――ミネルバ コアスプレンダー格納庫

 チェックシステムはやがて、「異常なし」の画面表示を残した。

「完璧――だよな?」
 いつもなら横合いからヨウランが顔をだし、あれこれとチェックを
入れてくれるのだが、今はMAのコクピットだ。

「念入りにな」と、冷徹な声。
「完璧でなければ作戦の最も致命的な一点において支障をきたす」
「分かってるって、レイ。……なあ、ルナマリア――」
「駄目よ、シンが責任もってちゃんと調整を確認しなきゃ」
 ザムザザーの様子を見に行って良いか聞く前に、武装のセイフティを解除している
ルナマリアに止められた。安全ピンを手にコクピットへと上体を突っ込んでくる。

「本番で合体出来なくても、助けてあげられないわよ? ――だから
手伝ってるんじゃない。私達を放っておいて、陣中見舞いに行っちゃうつもり?」
 どアップのルナマリアが親指で「くいっ」と、機体の羽根に乗る青年を差した。

「主翼に異常はない――存分に飛べ」
 背中まで届く金髪を紐でまとめた青年=レイがコアスプレンダーの装甲を叩く。

「気持ちは分かるがルナマリアの言う通りだ。そしてヴィーノの仕事は完璧だ。
しかしインパルスが地中を飛ぼうというのに、シンの心が上の空では翼が迷うぞ?」
 糞真面目無顔で太鼓判を押す声は、少し演技じみていても、嘘ではないだろう。
 ルナマリアもレイもいつもの調子だ。

「……だって、次の作戦で一緒だぜ? あのヨウランとヴィーノがだよ?
――気になるじゃないか」
 ヨウランとヴィーノが出撃するという一大事にこだわっているのは、
ひょっとして自分だけなんだろうか?

「気にするな、俺が気にする」
「そうそう。シンは別行動じゃない」
 意訳――"二人がとちったら迷惑を喰らうのは私達だ"。

「……そりゃ、そうだけどさ」
 正論って言論封殺の集団だよなと、チェック続行。レイがシートに小さく丸を書き、
「コクピットをやれ」と空欄を指差して、ルナマリアに渡した。
169SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/05/27(水) 02:29:27 ID:???
18/

「作戦開始まで半日も無いぞ」
「ていうかさ、ヨウランとヴィーノの心配ばっかりするなんて……妬けちゃうわね」
 サラサラとペンを走らせたルナマリアが、A4の紙をバインダーごとシンに中継する。

 手渡された紙には、タイプライターを思わせる几帳面極まりないブロック体の筆跡で
"パイロットに異常あり。女々しさ+"と書かれており、また、とてつもない丸文字で
"私達も心配しなさいよ、馬鹿"と筆記されていた。

「あんたの方が危険なのよ? だから私達が手伝ってるの――ねえ、私間違ってる?」
 断固としたルナマリアの方針。
「……まちがってねえよ」
 言いながら、コクピットのテストプログラムを走らせる。

 ――間違っているのは俺だ。 
 シンの目はモニターを流れて行く文字列を追っていながら、何も映してはいない。
 ヨウランとヴィーノがパイロットとされた事に、格別こだわってしまうのは、
きっと、シンが持つ戦う"覚悟"の認識が、二人と違うからだ。
 ――早く帰ってこい! どっかの上の空にいたって、俺には何もできないじゃないか!
 シンは頭を振って、余計な思考を追い払おうとする。
 ――ここはオーブの森じゃない、ザフトの戦艦だ。戦う人間が乗ってるんだ。
 それでも、シンの思考は過去の光景に囚われていた。"覚悟"を持たない者が
絶対的な力の前に戦場へと放り出され、焼き尽くされた瞬間に。

 そう、シンはいつも何かに囚われている。
 感情に、過去に、故郷に、戦争に、力に、モビルスーツに――
 抗いようのないものに……運命に。

 唐突なビープ音がシンの思考を中断させる。
「エラーが出ているぞ」
「ああ、うん……これなら俺でも直せるな」答えるシンが、小さな揺れを感じた。
「あら、地震――? それとも連合の秘密兵器かしら」
「……"カニ"だな」レイが艦首の方を向いた。
170SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/05/27(水) 02:32:00 ID:???
19/

 ――ミネルバ ザムザザーコクピット

『ようし、そんじゃあ二人とも。浮かぶ、からやってみようか』
 初めて支給されたパイロット用のヘルメットから、ハイネ=ヴェステンフルスの
声がする。オレンジショルダーに囁かれてる気がして何とも新鮮、あるいは斬新?
『なあに、失敗しても俺からボッコボコにされるくらいだから、気楽にやれよ』
 ……残酷かも知れない。

「システムオールグリーン。ええっと、アイハブコントロール」
「バグが出たら、俺が手動で判断を通す。ゆっくりな」
「分かった」
 元あったコクピットは、インパルスに抉られて消滅しているので、
前後に新しく配置された操縦席で操縦桿を握っているのはヴィーノだ。

「FCSは全然順調じゃないですけど?」ヨウランは砲手を兼ねる。
『お前達に"砲台"は期待してねーよ。とべりゃいい』
「だってよ、ヴィーノ?」
「う……うん。それじゃヴィーノ=デュプレ、ザムザザー行きます!」
 ぐん、と自分の体がシートに押しつけられた時、外の集音装置から整備班の
喝さいが聞こえた。鳴りっぱなしの心臓が口から飛びでそうだ。

『少し速い。ゆっくり上昇を抑えろ』
 ハイネの指示――あわててペダルから脚を離したせいで、浮いたザムザザーが
一気に落下する――浮遊感、冷や汗と脂汗がミックスして噴き出す。

 ミネルバに墜落した衝撃とハイネの叱責が同時に飛んでくる。
『ばか! ゆっくり上がれって言ったんだ。落ち着け、深呼吸、いいな?
よし、プラス1がゼロになったが、ミネルバもザムザザーも異常はない。
今のが10だとしたら、3か4くらいの強さでペダルを踏め――そうだ。
対地高度が100で、だいたい、ミネルバから50mは上だな。機体を
左右に振ってみろ……上にもう10m――よし、その高度を維持してみろ』

 ハイネの指示にあわせて"カニ"を動かす。懸命にスティックを振るう内に、
掌がスティックに張り付くような錯覚を覚えた。足の神経がペダルに集中し、
ひざ裏の筋肉が吊りそうになってくる。
171SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/05/27(水) 02:33:33 ID:???
20/20

 意外と、高度を維持するのが一番難しい。
『よし、その位でいい。ミネルバから前方500にザムザザー用のスペースを
用意してる。見えるな? そこに着陸させろ、ミネルバと違って勢いをつければ
地面にめり込むぜ? 慎重に降ろせ』
「りょ……了解!」

 ――地面に着陸か、脚、脚と。
 ヴィーノはそこまで考えてから、パニックに陥った。
「どうやって動かすんだったっけ!?」
 めちゃくちゃにスティックを動かしかけて、かろうじて機体は安定――
されど身動きもとれず。
「落ち着けって、モードの変更で対応する。……左のスティックを脚部に同調
させた。押して下、引いて上だ」
「ありがと!」ヴィーノの硬直がとける。
 機体を前に、高度を下げてレバー、押して――脚を下に、徐々に降下しつつ、
爪先が地面につくまで粘る。接触。押し返されるレバーをジワリジワリと
押し込み続けて、ザムザザーはついに地面に降りたった。

「……」ペダルに足をかけたまま、沈黙。
「……」コンソールに手を置き、つばを呑む。
『よくやった、合格だ。二人とも』と、ハイネ。
 限界まで張りつめられた空気がゆるむ。シートに埋まるように二人は息を吐いた。

「あーーー……インパルスが気になる」
「あの、見に行っていいですか、ハイネさん?」
『……残念だが、駄目だな。メカニックがそっちに向かってる。動くなよ?』
 外部画面、黒点のような整備班が近づいてくる。確認している間に通信は切れて、
静かなコクピットに二人は閉じ込められた。わずか数分のうちに、アドレナリンの
匂いが充満している。

「これさ……」いつも覚えている匂いだ。ヨウランもうなづいた。
「ああ。インパルスのコクピットもこんな空気だな。よく分かる」
「インパルス……すっごく狭いところを通るよな?」ヴィーノ、アビオニクス担当。
「……だな、俺はむしろ、アクロバット飛行の後にちゃんとインパルスシステムが
作動するか、心配だ」ヨウラン、OS調整担当。
 いつも格納庫で出撃したパイロットの心配をしていた二人。
 だが、同じ戦場に来ても、心配の種が消える事は、無かった。
172通常の名無しさんの3倍:2009/05/31(日) 01:17:43 ID:???
投下乙です。
二人はどうなるのか、今後の展開が気になるところです。
173超初心者 ◆jjohsOaaBI :2009/05/31(日) 13:37:19 ID:???
投下乙です

触発されて自分もなんか書いてみる
とんでもない初心者だが投下してよろしいだろうか?
174通常の名無しさんの3倍:2009/05/31(日) 13:39:38 ID:???
よろしいと思います!そのためのスレだとオモ。
175超初心者 ◆jjohsOaaBI :2009/05/31(日) 15:09:10 ID:???
コズミックイラ71年5月5日…
この日、戦争の帰趨を決する一大作戦が開始された
オペレーション・スピットブレイクと呼ばれたそれはザフトにとって死に瀕した連合軍に決定打を与える最終決戦のはずであった
表向きの目標はザフトの戦争計画の一つであるオペレーション・ウロボロスのフィナーレ
すなわち地上のマスドライバーの破壊または制圧により連合軍を地上に封じ込めるという戦略目標を達成するための
連合最後のマスドライバー「ポルタ・パナマ」の制圧作戦でありこれによりウロボロスが完成するとされていた
だが、パトリック・ザラはもはやそのような迂遠な策は不要であると考えつつあった
戦争開始から一年余りが経過した時点で赤道以南の地域がすでにザフトの支配地域となり東アジアでは台湾を・ユーラシアでは地中海沿岸を支配
すでに地球全土の半数近くをしの支配下に置いたザフト…すでに連合軍には宇宙で行動をする力は残されてはいない
そのような状況でウロボロスを達成しても、ただ中米を占領するだけになるのではないか?それよりも決定的打撃を与えるべきではないか?
そうした考えから、実際のスピットブレイクは連合軍総司令部JOSH−Aの制圧
連合軍の中枢を攻め落とし、決定的な敗北を与える…ザフトの完全勝利を狙ったものへと変化した
これにより、ザフトの地上降下兵力、作戦投入可能兵力のほとんどすべてを投入したザフト史上最大の作戦の決行に至ったのである
しかし、連合軍はこの実際の作戦目標−アラスカの制圧−を事前に察知
投入されるとされる兵力を知り連合軍首脳部はアラスカの失陥を覚悟せざるを得なかった
これまで圧倒的物量を誇ったはずの連合軍。。。しかし、数に劣るはずのザフトに敗戦を続けついには前述の通り本土の維持すら危うい状況に陥っていた
アラスカ防衛のための戦力を集めようにも、各戦線で防戦一方のギリギリの状況で部隊を引き抜けば戦線の崩壊は免れえず
予備兵力も投入されるザフトの兵力とこれまでの燦々たる戦況を考えればとても太刀打ちできる数ではない
だが、アラスカを防衛せねば総司令部は失われる…首謀部はしばし苦悩してあることに気がついた
アラスカの戦略的価値は司令部であることを除けば他の軍事拠点と同等程度にすぎない
だから、総司令部としての機能を移転すればそれも失われ与えられるダメージも最小限に留めることができる
よって、即座に司令部の移転が開始された…だがそれだけではなかった
誰がこれを考案したかは定かではない
ザフトの投入される戦力は膨大であったが、それは考えようによってはそれだけの戦力が一点に集まることを意味する
なら、どうにかして一網打尽にできないだろうか?そしてそれは現実のものとなった
運命の5月15日
パナマ攻撃のためと知らされ準備していた部隊は突如その進路をアラスカ地球連合軍統合最高司令部へと変更を告げられた
72時間後ザフト軍降下部隊及び地上部隊の大半がアラスカに迫り基地の防衛線を次々と突破して中心部へと迫り
そして、連合軍が仕掛けたサイクロプスが作動し強力なマイクロ波により灰燼に帰した
それはまさに奇跡であり災厄であった
これまで連合軍とザフトの損害比率は圧倒的にザフト側有利であった
たとえば宇宙でジンとメビウスは1:5〜10であるし、低軌道会戦では第八艦隊の30隻余りの艦艇がわずか3隻のザフト部隊に全滅させられた
だが、この戦いでは連合軍の3個機甲師団と2個航空隊、一個駆逐艦艦隊がザフト地上軍の八割を消滅させるという驚異的戦果を自らと引き換えに達成したのである
これによりザフトは戦力の再編成を強いられたが、あまりの損害に戦線の縮小を検討せざるを得なくなる
当然、このチャンスを連合軍が逃すはずはなく、各戦線で反攻作戦が展開されようとしていた…
176超初心者 ◆jjohsOaaBI :2009/05/31(日) 15:10:16 ID:???
連合軍は大規模反攻を画策していた
これまでは防戦一方でとても反攻など考えられない状況であったし
戦略上仕方がなく行われた小規模から中規模の攻勢もすべて撃退されていた
だが前述の大戦果により急激にザフトが弱体化したため、この混乱のうちに一気に反攻に打って出たのである
まず最初に攻勢に出たのはユーラシア連邦軍である
ユーラシアはアラスカでザフト軍を引き付け最大限の戦果を得るため予備戦力を消耗していたが
大西洋連邦はいまだ本土を制圧されてはいないことと、南アフリカ統一機構は反攻を行う戦力が残されていないことから
反攻の第一歩として地中海沿岸地域御のザフト支配地域の奪還を目標とした大規模反攻の第一歩が行われた
当時の戦線はイベリア半島は完全に制圧されており、地中海沿岸から200キロまでの南仏、イタリア全土とバルカン半島がザフトの勢力圏内であった
この全長2300キロメートルにも及ぶ長大な戦線においてユーラシア連邦軍は一気に反攻に打って出た
作戦の全容は簡単にいえば以下のようなものである
陸軍は第一軍・第三軍・第四軍・第五軍・第六軍がルーマニアからオーストリアまで東から順番に並び
東端の第一軍が黒海をなぞり弧を描くようにベクトルを南西に向けて急速に南下
対して西端の第六軍が圧力をかけつつ徐々に南下する
そして第三軍は第一軍の内側を、四軍はその内側を第一軍と同様に弧を描いて南下
第五軍は第六軍と平行に南下する
つまるところ、これは巨大な片翼包囲作戦であり
第一次世界大戦においてドイツ参謀本部が夢見たシェリーフェン・プランの再現である
ユーラシア連邦軍司令部はこの五個軍団をバルカン作戦軍集団として直接の指揮下に編成し
その一方、フランス、イタリア戦線においては4個軍による作戦が実施される手はずである
そちらはまず第2軍がリヨン湾に向けまっすぐ突入しイベリア方面とイタリア・南仏方面のザフトを分断する楔となる
第七軍がその支援を行い、成功したのちは楔から東に地中海をなぞりイタリアへ向かっていく
第八軍は東から同様に、第九軍はアルプス西側からマルセイユ制圧に向かう
こちらの四個軍はイタリア・南フランス作戦軍集団として編成された
この二つの大規模作戦によりバルカン半島と南仏からザフトを駆逐し、地中海に追い落とすかイタリアに押し込めるというものである
しかし、実行は非常な困難を伴った
一つに、あまりにも大規模な作戦であるため編成の困難、補給線など兵站の困難がそれに伴って増大しすぎたこと
もう一つは、圧倒的なザフトに対して一年以上の戦闘を続けたためユーラシア連邦軍それ自体が損耗していることである
とくに後者は前線を展開する戦車部隊に深刻であった
しかもアラスカ作戦で虎の子である歴戦の戦車師団をいくつか消失した影響は無とはいかなかった
もちろん彼らの犠牲でこの反攻が現実味を帯びたわけであり、それを考えれば十分な働きをしたとは言えた

だが、残った戦車師団は定数を割る部隊が大半であり
最もひどい第八軍所属の第35機甲師団に至っては戦車が存在せず事実上消滅していたにもかかわらず
装甲車に対戦車ミサイルを乗せたどう考えても戦車の代用になりえない武装で最前線に立たされていた
もちろん、戦車は急ピッチで生産されており、ユーラシア連邦の本来の工業力はこのような部隊の存在を許さなかったはずである
だが、連合の憎悪の対象となったNジャマーが各国の工業力を殺いでいた
核エネルギーに依存していた各国は市民をどうにか生存させるのが精一杯という状況にまで追い込まれていたのである
これらの困難にも関わらず作戦は実行されようとしていた
ユーラシア連邦将兵を反攻へと掻き立てているのは憎悪であった
エイプリルフールクライシスのエネルギー危機により自らや友人・家族を暗闇の中で緩慢に死へ導いているザフトへの憎悪である
驚くべきことにこの巨大な作戦の計画から実行までに半月を要すことはなかった
かくして、ユーラシア連邦軍五月攻勢が開始されたのである

地中海の荒−ユーラシア連邦軍五月攻勢−
177超初心者 ◆jjohsOaaBI :2009/05/31(日) 15:13:50 ID:???
いや、一時の気の迷いだったことにしたい
ちょっと出直すかもしれません
178通常の名無しさんの3倍:2009/05/31(日) 17:23:01 ID:???
>>177
説明ばっかり延々長くて、相手に読ませよう、読んでもらおうという意思が伝わってこない
現時点では僕の考えたすごい設定を書き連ねた以外の何物でもないな。
179通常の名無しさんの3倍:2009/05/31(日) 17:26:43 ID:???
設定は登場人物の会話を挟みながら、
おいおい読者に解ってもらうようにしたほうが読んでもらいやすいよ。

あと改行や句読点はちゃんとした方がいい。
このスレの最初の方や他の職人さんの形式を参考にすると分りやすい。

またおいで。
180通常の名無しさんの3倍:2009/05/31(日) 17:30:58 ID:???
軍オタのハンパSSにありそうな展開だなぁ
後の展開につながらない軍全体の動きを書きたがるのって
181通常の名無しさんの3倍:2009/05/31(日) 18:05:38 ID:???
SSというより論文調
いや、見たところ冒頭だし前置きとしてならいいかもしれないが
それにしても冗長
182通常の名無しさんの3倍:2009/05/31(日) 23:29:23 ID:???
>>超初心者の人
投下乙。というかよくぞ投下してくれました。

結構叩かれてるのでショックかも知れませんが、まずはスレの
巻頭特集を軽く読んで、(Q16の辺り)一般的に言われている
文章作法を守った上で、句読点を打って下さい。お願いします。

現状で内容を読んで貰いたいなら、三行以内にまとめるか、
文章を読み易くするしかないと思います。

エイプリルフールクライシスを起こしたプラントに対する憎悪を
描くというのであれば、なかなか面白いかも知れません。

またの投下をお待ちしております。
183通常の名無しさんの3倍:2009/06/01(月) 01:08:10 ID:???
>>†氏
投下乙。だが今回は感想が書きづらい。
展開は面白そうなので 次回以降に期待する。

>>超初心者氏
投下乙。レスの数に驚いてはいないだろうか?
ダブルかもしれないが、自分なりに感想を少し。
今回の投下予定はこの2スレ分だけだったのだろうか?
それでは読み手を引き付けるには少し弱いかと思う。
>>180氏ではないが、今回の投下分が今後への伏線だとしても
初回ではあまり印象に残らないのではないだろうか。

このスレは感想も少ないし、凹むこともあるかもしれないが、
的外れな感想や批評は少ない。
「ちょっと出直し」との事なので、次回(再スタート?)を期待している。
184通常の名無しさんの3倍:2009/06/01(月) 01:52:48 ID:???
>>超初心者さん
に連絡。現在、本来のまとめサイト管理人氏が御多忙のため、
新しく投下され始めた作品はクロスオーバーWIKIにまとめる様に
なってます。(作業はこちらがします)
一応、書き直したりする予定があれば言って下さい。
185河弥:2009/06/01(月) 16:17:32 ID:???
「 In the World, after she left 」 〜彼女の去った世界で〜

第16話 「紙片 −じかく−」(前編)
(1/5)


 ミネルバのブリッジ内の艦長席で、タリアはパネルを操作した。
 それに従い、出港以来一度も動作していないある装置が目を覚ます。
 装置は自分の役割──名刺の半分程度の紙片を吐き出して、再び眠りについた。

 それは、ザフトの特別秘匿通信文の解読装置だった。
 幾重にもプロテクトの掛けられた暗号文の解読することが出来るのは、艦長室ではなく、この"常に複数人が
詰めている"ブリッジの艦長席だ。
 操作可能なのは艦長のみ──ではない。
 艦長に不測の事態があった場合には代理の者が操作できるよう、副長他数名はその操作方法を知らされている。
 通信文は、小さな紙片に印刷されて出力される。
 この紙片およびインクはザフトの開発した特殊素材で、印字後、一時間程で文字が完全に消える。
 それから更に一時間ほどで紙片も分解され、ただの繊維の欠片しか残らない。半日もすれば、その繊維片すらも
消えるという。
 どういう仕組みなのか、カメラ等の機器を通すと文字が見えなくなるので、写真やコピーを取って残すことも
不可能という代物だった。

 タリアは通信文を読みながら、愁眉を寄せた。
 読み終えると再度目を通してから、何事だろうかと落ち着きのないアーサーに無言で渡す。
 受け取ったアーサーは一読して
「これは……あの連合の女の子のことですよね。何で今頃こんな事……?」
 と、腑に落ちないといった表情で呟くように言う。

 タリアはアーサーの返答に満足して頷き、紙片を受け取りながら口を開く。
「ダブル・アルファに連絡を取って、アスハ代表にこちらへ御足労願って頂戴。急いでね。──これが読めなく
なる前に」


 ミネルバの艦長室で、カガリは渡された紙片に目を通した後、困惑の色を浮かべた。
「読んでも?」
 と、短く訊ねたバルトフェルドにタリアが頷き返すのを見て、その紙を彼に渡す。
「えーと、『捕虜の少女は生き証人。正体が知られて困るのはあちら。奪還襲撃の可能性あり。"慎重に"』」
 まさかバルトフェルドが機密文書を声に出して読み上げるとは思っていなかったカガリは目を丸くした。
 タリアとアーサーも同じだったらしく、多かれ少なかれ驚きを隠せない表情だ。

「失礼。このメンバーならこの方が手っ取り早いかと思いまして。ここなら盗聴の心配もないでしょうし」
「ええ、構いません」
 悪びれずにそう言ったバルトフェルドの言葉を、タリアは肯定した。
 彼の言葉の前半はその通りであるし、後半は否定することなどできない。なにせこの部屋の責任者はタリア自身
なのだから。
 しかし、平静を装ってはみたものの、眉間の皺を消しきれなかったのは自覚していた。
186河弥:2009/06/01(月) 16:19:40 ID:???
(2/5)

「これは、ステラのことだろう? これが何か?」
 そう問うカガリの声が心なしか慌てて聞こえた。年若い国家元首は彼女なりに、この微妙な雰囲気を打破すべく
気を遣ったらしい。
 しかも彼女のだした答えがアーサーと同じことにタリアは内心で満足する。だから、
「いいえ」
 と、カガリの言葉を否定した時に、口許に微かな笑みを寄せてしまったのも自覚した。

「これは貴女への伝言です」
「私への?」
 カガリの表情は、疑問と驚きが半々だった。
 ちらりと周りを見渡せば、キラとアスランもほぼ同様。バルトフェルドも似たような感じではあるが、彼には
興味津々な色が二割程混ざっている。
 一番驚いた顔をしているのはアーサーで、これはタリアの予想通りではあった。が、右手を中心に唐突に
湧き上がった彼の後ろ頭をはたきたいという衝動を何とか自制するには、コンマ五秒を要した。

 もう一度紙片を読み返していたカガリが、あっと声をあげた。
 そのつもりで読めば、紙片に書かれた少女はカガリにも当てはまる。
「確かに、そうとも読めなくはないですけど……」
 消極的に反対の意を唱えたのはキラだ。すると、
「私もキラと同意見です。あれがカガ、いえアスハ代表を指しているとするには少々無理があるかと思います」
 と、アスランが賛同を示した。

 自らの言葉に同意を得た筈のキラが、驚愕の色を隠すことも無くアスランに顔を向けた。
 そういうタリアも少なからず驚いてはいた。
 もちろん、紙片の少女=カガリである、というタリアの意見に反対が出ることは予想の範疇だ。
 だが、先日のこの部屋での対立を見る限り、アスランがキラの意見に賛成をするとは思っていなかった。
──ただ相手に反対したいがために反対するほどお子様ではなかった、ということね。
 タリアはアスランに対する認識を少々改める。

 しかし、それは顔には出さず、タリアは二人の疑問に答えた。
「二人の意見はもっともね。でも、これは間違いなくアスハ代表へのメッセージよ。根拠はここ」
 タリアは紙片を皆に見えるように顔の高さにまで上げ、その中の一点を指で指し示す。
「『"慎重に』 この一言」

「…………」
 タリアの示したその箇所を凝視していたカガリだったが、やがて解答を待つ生徒のような表情をタリアに向けた。
 もう少し勿体ぶっても良かったのだが、そうも言ってはいられない。
 事実、紙片の文字は、印刷直後に比べて三割ほど色が薄くなっている。
187河弥:2009/06/01(月) 16:22:45 ID:???
(3/5)

「『"慎重に"』 この文にだけダブルクォーテーション(")で囲まれています。これは、この文がこの紙片のを
読む者──つまり、私──以外の誰かへのメッセージという事を表しています。
 では、誰へのメッセージなのか?
 文章全体から推測されるのは先程からの話の通り、貴女かあの少女です。。
 しかし、メッセージ文は『慎重に』 当然、あの少女宛てのメッセージではない。
 必然的に残るのは貴女、ということです、アスハ代表」

 タリアの説明にもキラたちは今ひとつ得心しかねる、といった様子だ。
──まあ、当然ね。私でさえ、こじつけくさいと思っているのだもの。
 キラたちには間違いなく、とは言ったものの、実の所タリアにはこれが根拠だと絶対の自信を持って言えるものは
ない。
 強いて言えば三つの理由が挙げられるのだが、そのうちの二番目は、デュランダルとの長年の付き合いによる勘だ。
 しかしそれは、皆を納得させられる理由足りえるとはタリア自身にも思えない。
 そして、今、説明したのは三番目──最も弱い理由だった。
 もし筆頭たる理由を口にすれば、皆の理解を得られるだろうことは想像に難くない。
 しかし、それは出来ない──少なくともこの場では。
 だが、バルトフェルドは気づいているだろう。
 タリアは確信めいて、そう思った。

「でも、文書には『捕虜』とあります。カガリのこととするにはやっぱり無理がないですか?」
 案の定キラが異論を唱える。
 しかし、それに対しバルトフェルドが口を開いた。
「いや、俺たちにそういう意識は少ないが、世間的にはカガリはテロリストに拉致されたことになっているんだ。
『捕虜』という表現もまったくの的外れという訳じゃない」
 その言葉に、キラがはっとした表情を見せる。
「グラディス艦長のおっしゃることにも一理ある。私は艦長を信じる」
 カガリはきっぱりと言い切り、真っ直ぐなまなざしをタリアに向けてくる。

 黙礼を返すタリアの心中に苦いものが疾った。
 これほど無条件に他人を信じたことが自分にはあっただろうか?
 確かに幼年学校の頃は、人を疑うことを知らなかった。教師や友人を疑うことなど考えもしなかっただろう。
 しかし、いつしか上官や部下、恋人からの愛の言葉でさえ、無条件には信じられなくなっていた。
 その裏側に何か隠されていないか、と思うようになっていた。
 そういった部分は誰にでも多かれ少なかれあって当然だ、と思う。
 カガリのその素直さ、或いは単純さが、タリアには疎ましくもあり、羨ましくもあった。
188河弥:2009/06/01(月) 16:24:58 ID:???
(4/5)

「今後は本物である代表の動向が重要なキーとなるでしょう。この文書の通り、奪還、最悪は生命を狙うものが
出てくる可能性もあります。どうぞ今以上にご留意ください」
 そうタリアに言われたカガリの肩がぴくりと跳ねた。
 命を狙われる──その可能性をまったく考慮していなかったのだろう。
 指摘され、ようやく気が付いたその懸念に表情を硬くして、カガリがこくりと頷く。

 タリアから少し離れてその様子を見ていたアスランは、ふと、ある事に思いを至らせて、まるでカガリの動作を
なぞるようにギクリと肩を震わせた。
 反射的に凝視するような視線をカガリに向けた。カガリはアスランが気づいた事に気づき得る唯一の人物だ。
 しかしカガリはアスランの視線にも思惑にも気づかぬ様子で、頬を強張らせたまま何かを考え込んでいる。
──無理もない、か……。
 唐突に告げられた暗殺の可能性、そして目前に迫った避けようのない邂逅と。
 馬鹿にするつもりはないが、他の事を思う余裕などないのだろう。

「しかし艦長、明後日には」
「アーサー!!」
 何事かを話し始めたアーサーを、タリアの鋭い叱責の声と射抜くような視線が貫いた。
 弾かれたように顔を上げたカガリの泣き出すのを堪えるような眼差しが、その後を追いかける。
「あっ、いやっ、そのっ…………何でも……」
 ごにょごにょと誤魔化しつつ、ばつの悪い表情でアーサーは再び口を噤む。

 それを切っ掛けにその場は解散となった。
 キラ、カガリに続き、アーサーとアスランが部屋を出る。
 ほんの少し皆に遅れたバルトフェルドがタリアの横を通り過ぎながら、タリアに視線を向けることなくぼそりと
呟いた。
 かなりの小声ではあったが、それははっきりと意味のある言葉としてタリアの耳朶を打った。
 タリアもまたバルトフェルドを一顧だにせず、わずかに顎を引く。
189河弥:2009/06/01(月) 16:27:37 ID:???
(5/5)

 バルトフェルドが退室してからタリアは自らの椅子に深く身を沈め、大きく溜め息をついた。
──やはり気づいていたわね……。
『彼女はもう?』
 耳に残る彼の声に微かな非難の色を感じたのは、自身の気が咎めているからだろうか?


 彼女──あの連合の少女はもう幾日ももたない。
 医師からそう告げられたのは、今朝のことだ。
 いや、正確には「通常の処置を続けるなら、もう幾日ももたない」だ。
 ただひたすら延命のみに固執するならば、少女の生命の期限はもう数倍は延びる。
 しかし、それでは連合が彼女に施した強化措置の正確なデータが取れなくなる可能性があった。
 だからこそ医師はタリアに少女に対する延命処置を停止することを提案してきたのだ。

 今はまだ最低限の処置を続けさせている。しかし、それももうニ、三日で停めなければならないだろう。
──元々、ジブラルタルまではもたないかも、とは報告してはあったけれど、ね……。
 タリアがデュランダルからのメッセージをカガリ宛だと判断した一番の理由はここにあった。
『少女は生き証人』
 しかし死を目前にした少女は、"生き"証人足り得ない。

 タリアの脳裏に苦しさに喘ぐ少女の青白い面差しが過ぎった。
 少女の咽喉元には死神の鎌が突きつけられている。
 その死神の顔と自分の顔が重なった。
──何を考えているの、私は!
 タリアも軍人だ。これまでの人生で直接・間接に彼女が奪った生命は、一個艦隊が組織できるほどだ。
 頭を振って、その想像を脳裏から消し去る。
 しかし、心に残った苦い気配は消せなかった。
190通常の名無しさんの3倍:2009/06/02(火) 22:23:02 ID:???
>>河弥さん
投下乙。
相変わらず、サブタイトルが神憑ってました。
セリフ回しにも無駄が無くて、ぐいぐいと引っ張ってくれます。
GJ。またの投下をお待ちしております。
191SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/06/05(金) 05:52:06 ID:???
21/

 ――ミネルバ 格納庫

「ヴィーノ=デュプレ。ヨウラン=ケント。両名をパイロットに任命します」
 ミネルバのクルーだけを整然と並べた格納庫、恐ろしく簡単なこの一文だけで、
二人は正式なパイロットとなった。


「あと、何時間だっけ?」
 タリアが短い訓示を行った後で任命の式は即座に解散し、三々五々に散る
クルーから取り残されたヴィーノは、同じく立ち尽くすヨウランに話しかけた。

「ん……六時間だ」
 自分たちに集中するクルーの好奇の目、目、目。
 いたたまれずに視線を逸らした先のキャットウォークには、コニールが
一人たたずみ……彼女もやはりこちらをじっと見ている。

「見ろよ、ナチュラル女が居るぜ」
「ほんとだ。こっち見てるなんだろ?」
 ヴィーノが手を振ってみる――目を逸らす――歩き去る。
 嫌われたのかな?とヴィーノが思う前に、コニールはもう一度振り返り、
二人がまだ彼女を見ているので、やはり食堂の方へと歩いて行った。

「なんだあれ?」
「パイロット見物だろ。俺達が頑張らねーと、ナチュラルも困るからな。
そりゃあ必死だろうぜ」
「――そうかあ、ナチュラルに期待されてるのかあ。なんか変な感じ。
ザフトがガルナハンを解放するために、戦ってんだぜ?」
 ヴィーノは、手にしたパイロット章をガラス細工のように扱いながら、言った。

「そのためにさ、メカニックのはずの俺達がパイロットなんかやったりして……。
最初は浮かれたけど、よく考えたら異常じゃん」
「今更だな」ヨウランは鼻で笑い飛ばした。「死ぬかも知れないってシンに
言われてたのに、考えて無かったって顔すんなよ」

「ハイネさんは、なるべく危険なマネはさせないっていってたじゃん」
「それはそれだ。安全な戦場なんてあるわけないだろ」
 うんざりする程心配されていた二人の周りが、今は静かで気味が悪い。
192SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/06/05(金) 05:52:52 ID:???
22/

「なあ……ちょっとさ、話してみない?」
「誰と?」
 ヴィーノが食堂の方向を指差すと、ヨウランの眉が二秒できっちり5mmも寄った。
「何話すんだよ……さてはヴィーノ、ナチュラルに惚れたか?」
「はぁ? そんなんじゃないって! ただ……一回くらいは……気になるじゃないか?」
「……まあな」

――ミネルバ 食堂

 コニールの貰ったIDで開く扉は決まっているから、食堂までを迷う事はない。
 入口近くにいた親切な緑服は、目を合わせてはくれないが、懇切丁寧に
注文の仕方を教えてくれた。

 百人ほどが同時に食事できるスペースは、五分の入りというところである。

 背中に集まる視線が気にならないでもないが、レジスタンスではたまに、
露骨な劣情を見せてくる奴もいたので、さすがプラント紳士の国だ、等と
つとめて冷静と平常を装っていた。
 むしろ、一見した限りでは周りで食べているザフト兵と同じ食事がトレーに
乗っている事に驚く。

「あー……いいかい?」
 不意に後からかけられる一声に周囲を見渡して、私と合い席しなくちゃ
いけないほどには、この食堂、混んでいないよね? と確認した。

「……どうぞ?」
 冷静ぶってみても、声は震えている。悪いことをしてしまったような気分で
振り向くと、トレーを手にして立っていたのは、見覚えのある二人組だった。

「サンキュ」
 すんなり腰をおろしたのは前髪が赤く染まった方。色黒は、いかにも
"別に来たくなかったけど"という顔でスープをすすり始めた。

 プラント式の食事マナーってどんなのだろう、とヨウラン=ケントを
逐一監察して、どうやら対して地球と違いはないらしい、と気づく。
 強いて挙げるなら、コニールの周りにいた男どもよりは、少し静かに、
上品な感じで食べてはいるか。

 手本にならって、コニールもクラムチャウダーをひと匙、口に運ぶ。
 驚きの旨みに、目が点になった。
193SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/06/05(金) 05:53:59 ID:???
23/

「おいしい。缶詰、無駄になったかも……」
「――あれ? どうして缶詰なんて持ってきたの?」
「えっと……その」
「ミネルバがメシを食わせてくれるとは、思わなかったんだとよ。
ナチュラルがどういう風に思ってるのかは知らないけど、コーディネーター
だからって、ナチュラル差別をするとは限らないってこった……」
 正直に言えば、ミネルバで兵と同じ食事を貰っている事に驚いていた。
 コーディネーターはナチュラルを嫌っている――しみついたイメージ
からすれば、すこし冷たげなヨウランの態度の方が自然だ。

 でも、だとすれば――この二人は何をしに来たのだろう?
 ひょっとして、前髪ケチャップが私に惚れたとか?
「ねえ、何しに来たの?」
「実は俺……惚れたんだ」
「さっき一目見た瞬間に、らしいぜ?」

 まさか……そんな!

「気づいたんだ。いや、思い出したと言ってもいい。地球には、
こんな素晴らしいものがあったって事に」
「それって……」
 先刻の、シャワールームでの邂逅、それが彼の運命を狂わせたのだろうか?
 ああ、なんという乙女の罪。
 だが、コニールの驚愕は、続くヴィーノの一言によってさらなる爆発をみる。

「それで、俺にぜひ、触らせてほしい!」
「み……見ただけじゃ足りないの!?」
「中もみたい! ――みたいです!」
「コイツ、そう言うのに目がないんだよ」
「どうして中まで?」
「それは……触りたいじゃないか――」

 求められてしまった――この直接さがプラント式? すごい速度。
と混迷を深める少女が心を構える前に、その堅牢なる砦を陥落させようと、
ヴィーノが怒涛の勢いで言葉の矢を放ってくる。

「だから俺を、乗せてくれ!」
「乗せる? 乗せるってどういう意味?」
「言葉通りだ!」
 プラントの隠語? 奥が深い――でも、血走ったヴィーノの目が怖い。
周囲にいたミネルバのクルーが、何だか遠くに行ったみたいだ。
194SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/06/05(金) 05:57:54 ID:???
24/

 そしてついに投げかけられる――決定的な一言。
「そう! だから俺達を乗せてくれ……君のガソリン車に!」

 ごん――!
「おお、二十世紀のリアクションだ」
 机にぶつけた額を擦りつつ起き上ったコニールの目を見て、
ヨウランが「そろそろ逃げた方がいいんじゃないか?」と言う。
「なんで?」まだ気づいていないヴィーノ。 

「……食べ終わっていて良かった。このスープ」
 ひっくり返した皿を手に、一言。
「だから、どうしてそんなに怖い顔してるの?」
「いいから逃げろよヴィーノ、ナチュラル女は――」

「この○×▽野郎――ッ!」
 罵倒――投擲、結果直撃。
「へぶしっ!」
「――ナチュラル女は怒りやすいからな」
 見事にひっくり返ったヴィーノを見下ろして――あるいは見下して――
コニールは、「だったら最初からそう言えばいいじゃない」と、酷く
正論な事を吐いたが。

 残念ながら、ミネルバではプライベートな正論は封殺される運命に
あるのだった。


 ――数分後 格納庫

「あああぁ……なんて素晴らしいんだ。この揮発したガソリンの匂い。
間違いなく本物のガソリンエンジンだよ。うわ、これがスパークプラグで、
これがシリンダーだな!? 分かる……分かるよぉ!」
 格納庫の空きスペースに、一台の古ぼけたガソリン車が停められていた。

 擦り切れたシート、ぼろぼろのフレーム。錆びついたシャフト。

 二十一世紀の初頭に開発され、激動の時代を地球の片隅で生き残っていた
アンティークな実用品が今、過剰なまでの技術力と熱意を惜しみなく投入され、
復活しようとしていた。
195SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/06/05(金) 05:59:56 ID:???
25/25

「あの……別にそこまでしてくれなくてもいいんだけど――」
「任せてくれ! 今後十年は無整備で動かせるようにして見せるから!
モビルスーツのフレームに使われてるカーボンマイクロチューブの
強度は格別だぜ!」
 と、フレームの廃材削りだしのシャフトを取り付けるヴィーノ。
工場脇の六軸自在削りだし機からは、すでに設計を終えられた部品が
吐き出されてきている。

「ねえ……どうしてあんなに楽しそうなの?」
「プラントではガソリンエンジンなんて使えないからだよ」
 プラントでは、空気を自分たちで作らなければいけない。空気を汚す
内燃機関は忌避されていたのだ。

「それなのに、ガソリンエンジンが好きなんだ?」
「子供の時に見た、ハンドル操作のロボットアニメが忘れられないんだとさ――」
 やれやれだぜ、とヨウラン。

「……っていうか、あんたたちパイロットでしょ? 休まなくていいの?」
「えらく質問ばかりだな。これだからナチュラルは……っと失礼。
そんな気じゃなかった。だから、これが俺達にとっちゃあ休憩――おい!
今取り出したのはこいつの制御チップか? うっひょお、ほんとに半導体で
制御してたのかよ、ノイマン型? 信じらんねえ!」
 結論――ヨウランも同類だった。

 決戦前の一時、趣味の世界に突入する二人を前にコニールは、二人が
戻ってきたら地元の缶詰を食べさせてみようか、きっと余りの不味さに
びっくりするぞ、だとか、なんて唆したら、壊れた地下水ポンプを修理して
くれるかなあ? などと考えていた。

「二人とも分かってるの? あと五時間でアンタたち戦争なんだよ?」
「分かってるよ、だから、だから……あと十分だけ!」
 やがてコニールはひとつため息をついて、首から"安産祈願"のお守りを
下げたヴィーノと、ポケットから靴下を覗かせるヨウランの二人組を、
黙って見守り始めた。

 第二十二話 少年の見た少女の町 へ続く。
19645 ◆/UwsaokiRU :2009/06/05(金) 06:01:41 ID:???
異常、投下終了。
丸々一話分、自分の方向性を見誤った気がしますが、
次はちゃんとインパルスもカニも動きます。

感想、ご指摘はご自由にどうぞ。
197通常の名無しさんの3倍:2009/06/05(金) 19:14:23 ID:???
GJ!なせばなるインパルスは男の子!だっけ?
198文書係:2009/06/09(火) 01:29:51 ID:???
>>159
感想ありがとうございます。
コーラ視点で書くと、リントの陰謀もスカッと爽やかになるようです。
実物マタンゴは余りにもマッチョな姿だったので、リントらしくうらなりにしておきました。
後編もスカッと爽やかに行きたいものですが、家族の飛沫を正面から食らって
5年ぶり2週間の夏風邪と、書きにくいカティ視点から入っていることで停滞気味です。
皆さんも飛沫にはくれぐれもお気をつけ下さい。

>>160
ゲームのセリフが余りにも愉快だったのがSSを書いた契機です。
プレイした人が+αでニヤリとできるよう盛り込んでゆくつもりです。
どうもありがとうございました!

>>161dです。
本編とゲームのセリフが時々入っています。安かったので買ったら、
思いのほか楽しめました。2000円以下なら多分腹は立たないと思います。

>>162d。
はい、wiki見て買ってしまったクチです。後悔はしてませんが。

>>165さん
まとめサイトへの編、集重ねて感謝です。前編・後編・補編の三篇構成を予定しています。

>>175-176
超初心者さん、投下乙です。実は名無しで既にレスをつけていますので省略します。

>>185-189
河弥さん、投下乙です。
タリアの心情の流れがとてもよく伝わってきます。続きを楽しみにしています。

>>191-195
SEED『†』さん、投下乙です。
「だから俺を、乗せてくれ!」で笑いました。メカニック魂がいいですね。
自分も車ではないですが、あれこれいじるのは好きなので分ります。

199文書係:2009/06/09(火) 01:32:49 ID:???
公式出るまで脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ離脱 その1」

※本編は原作の補完を主眼としています。本編の後に出版される公式小説と内容に齟齬が生じた場合には、
 後日文書係がまとめサイトにおいて、内容を改変する予定です。
>>156-158
 「まったく、何という間抜け面だ」
カティ・マネキンが長い会議を終え士官室に戻ると、パトリック・コーラサワーがドアの横の壁にもたれた形で、
立ったまま居眠りをしていた。
彼女の呟きにも全く反応がないので、こんな姿勢でよく熟睡できるものだと感心する。もっとも、これくらいの
図太さがなければ歴戦の軍人など務まらないのかも知れない。そして彼が立ったまま熟睡するだけの十分な理由
を、彼女はこの身に痛いほど知っている。
ライセンサーを筆頭とする、パトリックより高位のパイロット達は、ソレスタルビーイング掃討を目的とした戦闘
に常時対応できるようにと、司令部の命により戦力を極力温存していた。そのため、カタロン等のソレスタル
ビーイング以下とみなされる反連邦勢力への対応には、もっぱら彼らより下位にあたる、パトリックのような
下っ端士官が派遣されていたのだった。
しかもカティからの密命によって、相手へのダメージは可能な限り機体損傷にとどめるよう彼は言い渡されていた。
「ガンダムのヤツをギッタギタに」したいという元々の希望からすれば、非常に不本意で不毛な、彼の好みにおよそ
そぐわない地味な戦いを余分に強いられているのだが、それでも不満一つ他人に漏らさないのは、彼女の立場を
彼なりに慮ってのことだとすれば申し訳なくもあった。彼女にだけこぼす愚痴も「俺にも新型下さいよぉ」か「敵さんに
手心加えて撃つってのも、鹵獲と同じ要領と思えば簡単っすけど、妙なもんですねぇ」というくらいなのだが。
――よくやっている。
と、目覚めたらねぎらいの言葉の一つもかけてやるべきだろうか。
間抜け面とは言ってみたものの、うつむき加減で目を閉じ、腕を組んで沈黙を保っているパトリックの横顔は、
いつもより三割は男ぶりが増して見える。覚めていて気合いが入っている時よりも、本人が気を抜いて寝ている時
の方がまともに見えるというのも、何ともおかしな話だった。
毎朝整えているのかそれとも起きたままなのか、持ち主の性格をそのまま反映したようなぴょこぴょこと外にはねた
くせのある赤毛が、今日も日替わりのスタイルを形作っている。間近で見ると思いの外やわらかに見え、触れたら
心地良いかもしれないという思いつきと、彼への労りの気持ちから、頭でも撫でてやろうかとカティは手を伸ばしかけた。
が、それではまるで子供か飼い犬にするようではないかと気づくや、彼女は慌てて手を引いて咳払いし、いつもの
厳しい口調で一喝した。
「起きろ、パトリック!」
パトリックはびくりと肩を震わせるとはっと顔を上げた。当然のことながら、いつもの間抜け面に戻っている。
「・・・・・・んぁあ大佐! すいません寝ちゃってました!」
「まあいい。待たせたな、入れ」
パトリックは入室すると、いつものように手際よくコーヒーを淹れはじめた。こんな日常的なことからMSの操縦まで、
自ら「何でもできる!」と豪語しているように、何をやらせても器用に、しかも嬉々としてこなしてしまうところが、彼が
劣等感というものを微塵も感じさせない所以なのかと彼女は思う。また女性の為には労をいとわず、相手に心理的
負担を感じさせずスマートにやってのけてしまうところは、さすがプレイボーイの面目躍如たるところだった。
アロウズの過密な訓練スケジュールと実戦の合間の僅かな隙を縫って、「お食事をお持ちしました!」をはじめ、
仕事前のコーヒーだのカフェオレだのティータイムだの夜食だのと、何かと口実を設けては、彼は足繁く彼女の許を
訪れていた。
この熱心さを戦闘以外の軍務にも振り向けてくれればとうに大尉くらいには昇進して、アロウズに転属しても、
新型とはいかないまでもアヘッドは難なく与えられたはずであるのにと、彼の力量に対しては惜しく思い、また自分の
指導が及ばなかったことを彼女は猛省している。力量があれば官位によらず新型を支給されると普通に考えている
あたりが、彼に政治感覚が甚だしく欠如している証左でもある。同じ軍隊とはいえ、比較的規律の緩慢なAEUに長く
在籍していたことと、厳しくするつもりがつい彼を甘やかしてしまい、しまいには振り回されている彼女にも責任の
一端はあるのだった。(今回投下分終了。後日多分「アロウズ離脱 2」に続く)
200通常の名無しさんの3倍:2009/06/09(火) 01:57:38 ID:???
toukaotu-
じゃない、投下乙。
201通常の名無しさんの3倍:2009/06/09(火) 06:42:36 ID:???
>>199
GJ コーラかわええのぅさすがおフランス男
ほんとに30過ぎてんのかコイツw年齢詐称すぎるww
202通常の名無しさんの3倍:2009/06/09(火) 23:22:55 ID:???
>>in the world
電文の答えを先にアーサーに語らせタリアに肯定させておき、読み手のミスリードを誘っておいてひっ
くり返す。
更に新しい答えへの謎の提示。その謎も本編の設定のため、読者が納得し易い。
各キャラの台詞も無理が無く、実に読み応えがあった。GJでした。

>>SEED †
こちらは逆にオチを読者に予想させながら登場人物だけが勘違いを深めてゆくパターンか。
流れが読めていても思わず笑ってしまうのは、職人氏の技量だろう。
「ナチュラル女」のあたりが色々な根深いと感じました。
GJでした。

>>コーラ
すまん。まだ読めてない。
203通常の名無しさんの3倍:2009/06/09(火) 23:29:39 ID:???
>>199
離脱編ktkr
楽しみにしてるよ
204通常の名無しさんの3倍:2009/06/10(水) 22:18:34 ID:???
>>島
遅くなった。完結乙
今までで一番余韻の残るラスト
アカツキはそれでも起動しちゃうんだよなぁとか思ったり

空白行を旨く使えないのは「字数制限」のせいだろうか
上の人も言ってるとおり、場面転換などでは少し多めに取った方が
横書きなのも相まって読みやすいのも事実
日記にあった次回作にも期待させてもらう

>>彼女
投下乙
相変わらず本編の声で脳内再生される様な
台詞回しと展開は秀逸

タリアの台詞が多少説明くさいのは展開から言って
今回はしょうがないかも知れないな

>>†
投下乙
本編ではあまり深く描かれなかった
コーディネーターとナチュラルの関係
此処数話はそれが良く出ている
オチがわからないのが登場人物だけと言う展開も面白い

このところ硬い話と軟らかい話で文体ががらっと変わる印象がある
長い間にはあることなのだろうが。

>>パトリック・コーラサワー
投下乙
こちらもやはり本編の声で脳内再生される様な台詞回しが見事
回りだけがぶんぶん振り回される展開も「不死身のコーラサワー」ならでは

空白行を入れてくれたらもっと読みやすくなる
何度か書いたことがあるが
字ばっかりに見えるとそれだけで読まない人が居るし
それはもったいない
205SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/06/14(日) 05:27:36 ID:???
1/

 ――ガルナハン近郊

 空も白くなりゆくころ、夜の欠片が涼しい風になってうなじを上った。
「いい風だよな、東の方から吹いてきてさ。……張りつめてくる」
 "ザムザザー"の装甲に立つヴィーノはヨウランを見下ろし、言った。
「なんだ、詩人の心に目覚めたのか?」
「そうそう、一句詠んでやるぜ――ってなんでだよ」
「急に洒落たことを言い始めたからだよ」
 ヨウランは、太陽の方角に向けた目を細める。空の向こうにある太陽が、
地平線近くにある雲の輪郭を明るく照らし出していた。

「日が昇ったら、今日も暑くなりそうだな――そろそろコイツに乗ろうぜ?」
「……そうだね」
 今日の天気を気にするなんて、プラントでは考えた事も無かった。
 ヨウランがパイロットスーツの手袋でごん、と"ザムザザー"の装甲を叩くと、
内部の空洞に反響する。
「安い素材を使ってるなあ」ヴィーノが呟いた。

「分かるのか?」
「レアメタルをケチってるよ」
 装甲にはところどころ、ビーム粒子が貫通した穴があいている。
 場所によっては数センチの深みがある傷をなぞって、「成型をやりやすくする
ためかな?」などと、ヴィーノは素材を調べていた。

「そこ、ビームの当たった所だろ? 放射線、大丈夫か?」
「装甲が焦げるくらいのビームだから、放射能は残って無いよ――げ……」
「――どんな素材だった?」
「プラント製無重力合金――の丸ぱくりだ」
「わお……安物か?」
「うん――」顔をしかめたまま、うなづくヴィーノ。
 へえ……俺達、ナチュラルの作った安物に乗せられて出撃するわけか。
と言う顔で"ザムザザー"を見ているヨウランの心中を察したのか、
「修理したのは俺達だよ?」とヴィーノが、元気づけた。
206SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/06/14(日) 05:28:44 ID:???
2/

「まさか、自分の仕事が心配?」
「ハッ――まさか。仕事に手は抜いてねーよ」
 妙な事態だなって思っただけさ。とヨウラン。
「ミネルバを守るんならまだしも、俺達の役目はラドル隊の護衛だしな」
「うん……」
 ヴィーノは、ハッチから垂らした梯子を手に取った。

『おおっと、戦闘開始前に作戦内容をしゃべくってるバカ発見――!
オメーら、機密を漏らす悪い子には、トイレ掃除させちまうぞ?』
 ごんごん、装甲をいちいち叩きつつハッチまで登る二人の耳元に、
通信機越しのハイネ=ヴェステンフルスの声が聞こえてくる。

『それとも、軍法会議がお望みか?』
『ハイネ、二人を脅かすのもそれくらいにして下さい。作戦前です』
 震えあがるヨウランに見かねてか、レイが口を挟んだ。

『――分かってるよ。おい、ヨウラン、ヴィーノ』
「は――ハイ!」
「何でありますかっ!?」
『作戦が終わったら、ミネルバ修理中に休暇を貰えるそうだ――町に行ったら
イイトコロに連れてってやるよ。後で好みのタイプを教えな』
「あ……あざーす!」
 素早く返事したのはヨウランで、ヴィーノは――
「好みのタイプって、バビとかザウートみたいなのが町にはあるのかな?」
 ――猛烈に勘違いしていた。


 SEED『†』 第二十二話 少年の見た少女の町

207SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/06/14(日) 05:30:13 ID:???
3/

 ――ミネルバ 格納庫

「ヘルマン=ミハイコビッチ」
 マリク=ヤードバーズ。ミネルバの操舵手でありながら"ターミナル"の
工作員でもある男の眼光が、ヘルマンのにやにや顔をねめつけた。
「そういうあんたは、マリク=ヤードバーズさん? うちの隊長から言伝が
あってですね、へへ――"ノイマンと自分を比べるな"だそうです」
「……あの基地には何がある?」
「……ジュール隊長は、"それを知るために攻める"と」
 裏を知ったようなイザークの忠告は、右耳から左に抜けているようだ。

 正体不明ゆえに教えられないが、捨ておくことも出来ない。よって、
イザーク=ジュールにとっては懐刀ともいえるヘルマンが地上に派遣され、
ミネルバとラドル隊の作戦に口を出してきているのだ。

 タリア、ハイネ、アスラン――同格の"フェイス"が揃うミネルバ相手に、
そうした要求が通るのは、イザークの裏に議長が居るのだろう。マリクは
そう推察している。

「周りに人はいない。録音もしてない……オフレコだ」
 周囲をうかがうヘルマンがマリクの言葉を聞くと、にやけ顔を急に引きしめた。

「隊長が"個人的なツテ"を頼って調べた事によれば――ガルナハンゲート内部の
秘密工廠に、宇宙で精製されたベースマテリアルが運び込まれたそうです」
 マリクは、顔色一つ変えずに、その実内心では冷や汗を流していた。
 ベースマテリアルは、貴重な希土類をベースに、低重力下で精製される物質であり、
NJCの基幹となる資材である。

 ヘルマンが真実を伝え聞いているとして。
 当然、ベースマテリアルの行く先は重要機密であり、"ターミナル"もその
流れを十分に掴んでいるとは言えない。
「情報のソースは?」
「……信用は出来る、とだけ隊長は言ってましたよ」
 ――ジュールのツテ、地上に降りた元赤服、ディアッカ=エルスマンの事か?
208SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/06/14(日) 05:30:55 ID:???
4/4

「ガルナハンゲートの内部で――」
 "ニュートロン・ジャマーを阻害する必要のある兵器"が作られようとしている。
「あるいは、ガルナハンゲートがそのためにある、という考えも出来ますよ。
重要拠点なのは間違いないですから、守るために必要だという名目でエネルギーも
資材も人材も、豊富に投入できますし――」
「……新型が、中で作られている――?」
 ヘルマンは、「そこまでは、分かりません」と肩をすくめた。

「……」
 マリクは、形のいいあごに手を当て、しばらく考え込む。
 ガルナハン砲台と陽電子フィールドの技術すらが、何らかの機動兵器への
フィードバックを目的としているのならば、
「……やれやれ。今回ばかりは、ミネルバが出て行かなくて正解かもしれないな」
 ラドル隊が、"藪をつついて蛇に咬まれる"役を仰せつかったという事だ。

「もし、新型がガルナハンゲートの腹に収まっているとするなら、
その頭文字は"D"かもな」
「イニシャル、Dですか?」
 ヘルマン――ひいてはイザーク=ジュールに知りうることがあるのなら、
マリク――"ターミナル"という組織が察知し得る事もある。

「ディバインのDですかね?」
 コーディネーターの作る『Dプラン』と対を成す計画。"それがある"と
コーディネーターが知ってしまえば、融和を目指す事を考えられなくなるような、
連合の手による『D計画』――
「ドリーム……デモクラシーだったりするかもしれないな」
「――茶化さないで下さいよ」
 ――デストロイ計画。

 マリクの手元で、時計がアラームを鳴らした。
「作戦時間だ。ヘルマン=ミハイコビッチ、アンタはどうする?」
「宇宙に帰ります――ま、"フェイス"が三人も雁首揃えて、拠点の一つ二つ
落とせないなんて話は無いでしょうよ」
「結末が同じでも、展開ぐらい見て帰れ。それからでも、ガルナハンゲートの
調査隊に紛れこむのは、遅くないだろう?」
「……ちぇ。はいはい、見て帰りますよ」

 ガルナハンゲート攻防戦、開始。
209SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/06/14(日) 05:31:36 ID:???
5/

 ――デズモンド ブリッジ

「作戦開始!」
 ヨアヒム=ラドルの号令が部隊に響いた。居並ぶモビルスーツ一機一機に火が入り、
誘導に従って動きだす。蠕動するスケイルモーターが陸上戦艦に浮力を与え、多数の
モビルスーツを乗せたデズモンドは滑らかな発進を見せた。

 ――同時刻 グフ

『"バビ"隊、お先に行きますよ。"オレンジショルダー"の活躍に期待してます!』
「おう、任せなって」
 グフよりやや速度に勝るバビが低空で、地上に横たわる"ザムザザー"の頭上を飛び去った。
羽を広げた"バビ"を下から見送った"ザムザザー"が、カニを思わせる鈍重な動きでのそりと
身を起こしたかと思うと、スラスターを一吹かし、意外に軽快な動きで飛びあがる。

「おーおー、臍の緒付きじゃねえか」
 地上からつながれた電源ケーブルの断線が間に合わず、マッド=エイブスの怒号を
丸っこい機体に受けながら、数本のケーブルを垂らしたままの"ザムザザー"が作戦に入った。

「レイ、ルナマリア。下から見て"カニ"のひよっこ二人、様子はどうだ?」
『異常はありません』
『多少余計な操作が多いかなって思いますけど、まあよくやってる方じゃない?』
 白銀のザクファントムと、真紅のザクウォーリアはラドル隊の旗艦、レセップス級
デズモンドの甲板上に居た。
『カニの足がよーく見えるわ』
『カニを下から見あげるグロテクスさもあり、吐き気が加速しそうです』
 彼等は"カニ"で通すらしい。底部のスケイルモーターで移動する"デズモンド"の
乗り心地は、顔の青さを見るまでもないレイの声が証明していた。

『ホント、アタシも飛びたいわぁ』
『同感だ』
「なあに、他人の船に乗るから酔うんだ。自分で機体を振り回すようになれば、
自然と酔いも醒めるさ」
 ハイネのグフも、力強い動きで上昇した。僚機にセイバー、インパルスの姿はない。

『……今日ほど、早く戦闘が始まって欲しいと思った事は、ありません』
「それは……"すぐ"さ」
 高度を上げたグフの両肩を、稜線からのぞく太陽の輝きが照らし、
黄昏の両肩を一時、暁の光で染め上げていた。
210SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/06/14(日) 06:32:16 ID:???
6/

 ――ガルナハンゲート 基地司令室

 モビルスーツと戦艦の駆動する振動は地面を伝い、レーダー探知領域の外にある
ガルナハンの連合軍へも伝わっていた。

「奴らめ、自信満々に正面からこのガルナハンゲートを攻略するつもりか……」
 基地司令官は、報告書をざっと眺めると、獰猛な笑みに顔をゆがめた。
 やはりミネルバは動いていない――先の戦闘で受けた損傷が深く、
戦闘に耐えないことを表している。

「地上に縫いとめられた戦艦など、木偶の坊も同じ――われらはただ、
鉄壁のガルナハンゲートに拠って守ればよい」
 応対した仮面の男のひょうひょうとした態度を思い出しながら、司令官の男は、
労せずしてファントムペインに――ひいてはその支持母体であるブルーコスモスに
貸しを作ったことになる自分の功績にひとしきり満足していた。

「司令、"ファントムペイン"との間につないでいた通信回線が途絶しました」
「何――早いな?」
 電波妨害による通信の途絶は、戦闘が始められた証拠である。
 ――仮面の大佐はまだ若かったな、気が急いたとい事か。

「あるいは、傍受を恐れて通信を切ったか――敵の部隊は?」
「主力、陸上戦艦と共に当基地へと近づいています」
「よし、敵の部隊を出迎える用意をしろ。丁重に、深追いは必要ない――何せ奴らが
逃げ去る頃には、帰る船は失われているのだからな」
 予想外の通信途絶に怪訝なものを感じながらも、司令官の自信は
確固として揺らぐことが無かった。
211SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/06/14(日) 06:33:49 ID:???
7/

 ――時間を、少しだけ遡る。

 ネオ=ロアノーク率いるファントム・ペインのウィンダム隊13機は、同じ独立機動群に
属するスウェン=カル=パヤンから受けた情報のもと、地上で停止した"ミネルバ"
襲撃の任務途中にあった。

「スクラップ同然の戦艦を、本物のスクラップにしてやるだけさ」
 噂の新鋭戦艦を相手に不安がる部下へ、ネオはこう言って元気づけていた。
 事実、スウェン達の働きによって"ミネルバ"はほとんど無力化されており、
彼らがガルナハンを出発した"ボナパルト"護衛のため北上しなければ、このような
据え膳がネオ達のもとに回ってくることは、決してなかったであろう。

「ついでにコーディネーター用の棺桶を沢山送ってやろう」
 ――まあもっとも、邪魔が入らなければ、の話だがね。

 嫌な予感は往々にして、最悪の形で的中する。
 例えば、聞きたくもないラクス=クラインの声が全周波数で流れ始める、
といったような……。

 静かな この夜に あなたを 待ってるの

『た、隊長! この歌は!? この歌はっ!』
「"ただの歌"だ。何て事はない――!」
 むしろ問題なのは、この歌を流す存在だ。
「ガルナハンに通信は――? つながらないな。くそ、奴は一体"何"なんだ!?」

 あのとき 忘れた 微笑みを 取りに来て

 閃光――ネオの後続に付く"ウィンダム"が、正確に羽を撃ち抜かれて失速した。
「全機散開! 二番機はどうだ!?」個別に展開ポイントを指定し、叫ぶ。
『損傷、大ですがが、飛べます!』二番機のパイロット、当人から返信。
「どうみても戦闘不能だろうが、下がれ」
 ほっとするまでもなく、ネオは、彼の知る"亡霊"がそういうものなのだと思いだす。
212SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/06/14(日) 06:35:05 ID:???
8/

 あれから 少しだけ 時間が過ぎて

『上です!』
 ネオが見上げる――そこに"居た"
「――来たな、"亡霊"! 全機、攻撃開始――」
 号令を発し、自身の"ウィンダム"にもビームライフルを構えさせるネオは、
やはりスティングを連れてくれば良かったと、今更ながらに、心底後悔していた。

 想い出が 優しくなったね

 二番機の損傷は、幸運でもなんでもなく、"亡霊"の手加減、その結果に過ぎない。
 曰く、死神のなりそこない。
 空の全てが歌っている――耳障りなラクス=クラインの歌は、全周波数に乗り、
この空域にある全ての機体で聞こえているはずだ。
 意図不明、だが、まるでそれが奴にとって正義を証明するとでも言うように、
亡霊のルールはたった一つで明確だった。

 即ち――亡霊はその手を汚さない。

 星の 降る場所で 貴方が 笑っていることを

 十二機からなる編隊が一斉にビームライフルを放つ――"亡霊"のムラサメを
掬い取るような密度の弾幕――それらがすべて躱される。逸らされる。
 宙に舞う綿ぼこりを殴りつけた時、風圧に舞うチリに触れることすらできない、
それを思い出させるような機動。"避ける"、"回避する"と言った意志の
見受けられない、虚無感に溢れた回避行動。

 いつも願ってた 今遠くても また会えるよね

 ひらひらと、光条を回避するムラサメの腕――手にしたライフルから
一本の閃光が伸び、やはり確実に、あるウィンダムの右腕を奪い取った。

 いつから微笑みは こんなに儚くて

「やはり殺さないか――だが、それで正しくなったつもりか、
大義を手にしたつもりなのか!?」
 降下してくるムラサメ――自分のウィンダムで、滅茶苦茶にライフルを打ち放す。
 お返しと言わんばかりに――いや、おそらくは"撃たれたから撃ち返す"だけの
自動的な反応で――ビームの一撃、それをシールドで防ぐ。
213SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/06/14(日) 06:35:59 ID:???
9/9

 一つの間違いで 壊れてしまうから

 ネオの傍らで、また一機が火球に包まれた。損傷したウィンダムで
ライフルを放とうとして、オーバーロードによる爆発を起こしたのだ。

 ムラサメは構わずに、もうもうと立ち上がる煙の向こうから、
嫌になるほど正確な射撃、射撃、射撃――たちまち脚一本を残す
だけになったウィンダムが高度を落とす。

 "亡霊"は殺さない――しかし殺さない『だけ』だ。
 戦場で何人、結果的に死んでも、"亡霊"は気にもとめない。
 消極的な殺意の犠牲者は――戦闘後の機体不調からベイルアウトに
失敗したパイロットや、恐怖から精神を病む者は後を絶たなかったのだ。

 高度を落としたウィンダムが低空で爆発したが、脱出は無かった。

「おのれ!」
 だからこそ、それを怒りに転化して、ネオは叫ぶ。
 叫び、怒りを向けなければ、"亡霊"が本当にそこにいるのかすら、
分からなくなってくる。
 殺しもせず、殺されもせず、ただ死ぬのを眺め、ただ歌を流す。
 "思い"の感じられない、底冷えのする虚無――"亡霊"。

「いつ見ても、厭味な程上手い操縦だな――!」
 ――三年も昔から!
 だからこそ、目もくらみそうなその深淵へ向けてネオは怒った。
「だがな、キ…………お前は! 歌を流さなければ」
 ――歌がなければ戦えないような、そんな奴だったか?
 ネオが殺意を向け、銃を向けるなら、確かにそこにいると――
これは戦争だから、それだけは確信していなければいけなかった。

「奴の攻撃に対応できない機体は、下がれ――!」
 ――と、言ったところで、果たして何機帰還できるのかね?

 静かな夜に……

 歌が終わる。歌が流れ、虚無にのまれて人が死ぬ。
 戦争なのかすら分からない――そこは"亡霊"のいる戦線であった。
214通常の名無しさんの3倍:2009/06/14(日) 06:46:52 ID:???
おはようございます。連投規制でいったん投下が中断、
しかしまったく問題の無い日曜の朝。

キラがホラー映画の主役(≠主人公)っぽくなりましたので、
キラTUEEが苦手だなあ、という方がおられましたらご注意ください。

感想、ご指摘はご自由にどうぞー。
215文書係:2009/06/17(水) 13:52:13 ID:???
>>200
tonkusu-!
dでした。

>>201
感想dです。
おフランス男の恋愛行動について、フランス人男性と結婚した方のブログや
生活文化関係の本などを読んでいたら、花束持参で目潤ませて頬染めるのも
ごく普通なようで驚きました。異文化スコ゛ス・・・・・・。
世界中に彼女がいたらしいので、その辺りを窺わせるような背景も少し補足しておきました。
この先もウヘァなコーラがちょろちょろ出てきますが、
フランス人男性なら普通〜まあある程度のことらしいので宜しくお付き合いください。

>>203
感想dです。
先週から恒久規制に巻き込まれ、涙目ですがガンガります。
ニフの恒久平和を望むところ。

>>204
感想トンです。
ここから数話、ややトーンダウンな展開ですが、
最終回までぶんぶん振り回していきたいところです。
次回投下分から小段落ごとに空白行を入れています。
長文癖と字数制限とのせめぎあいで、あまりすっきりせず申し訳ない。

>>205-214
SEED『†』さん、投下乙です。
キラが何とも不気味でした。力のある純粋な人というのは怖いです。
キラTUEEは苦手ではないですが、ついネオ寄りの心情になる自分がいます。

感想・ご指摘下さった皆さん、ありがとうございました。


現在規制に巻き込まれ、仕事中立ち寄ったネカフェも規制中、
携帯は文字化けして続きを投下できません(´;ω;`)フ゛ワッ
土日を過ぎても解除されなければラウンジのレス代行をお願いしようか検討中です。
216文書係:2009/06/17(水) 23:17:19 ID:???
規制解除されましたので、以下3レス分続きを投下します。
217文書係:2009/06/17(水) 23:19:10 ID:???
公式出るまで脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ離脱 その2」

※本編は原作の補完を主眼としています。本編の後に出版される公式小説と内容に齟齬が生じた場合には、
 後日文書係がまとめサイトにおいて、内容を改変する予定です。

>>199
 パトリック・コーラサワーがカティ・マネキンに熱烈な好意を寄せ、ガンダムから彼女を守るという理由で
アロウズに志願してきたことは、アロウズに籍を置く者なら上層部や士官たちはおろか、食堂や事務方の
職員でさえ知らぬ者はない。アロウズに来てこのかた、作戦行動中の公開ラブコールは自粛してなくなった
ものの、普段の言動までは彼女といえど制しようがないのであった。

だが彼女はその艶聞を逆手にとり、彼の入室を公然と許していた。放って置けば一日中寝食を忘れ考えに
耽ってしまう彼女にとって、むしろ彼のような存在は気分転換になり、考えようによっては有難いのかも知れない。
しばしば彼が前触れもなく突然部屋に飛び込んでくることと、彼女の黙想が妨げられるのが難点といえば
難点だが、自分の目の届かぬところで彼が生命の危機に晒されることだけは何としても避けたかった。
作戦行動中も彼女の権限の及ぶ限りにおいて、尤もらしい理由をつけて側近く置き、残虐な作戦に加わらせ
ないよう腐心していたのもそのためである。

これがエゴでなくて何なのだろう。彼女を清廉高潔と称える者があっても、その賞賛は痛烈な皮肉の刃となって、
カティの胸を刺すばかりだった。
世界中の紛争を早期解決に導くという信念に嘘偽りはないが、目の前で屈託なく笑う、愚かしいほどに無邪気で
純粋すぎる男の命も無下にはできないのも、また彼女にとって真実なのであった。

パトリックはそんなカティの思惑に気付く由もなく、鼻歌交じりにコーヒーを淹れている。
――非常時だというのに、呑気な奴め。だが、この声は悪くない。
最初は聴くとはなしに聴いていたのだが、少し鼻にかかった、甘さのあるパトリックの声は、彼の母国語で
囁くように歌うと、実にしっくりと耳にくるのだった。

 Ange d'or, fruit d'ivresse,         金色(こんじき)の天使 陶酔の果実
 Charme des yeux,             魅惑のまなざし
 Donne-toi, je te veux,           許しておくれ お前が欲しい
 Tu seras ma maitresse,          俺の恋人になっておくれ
 Pour calmer ma detresse.        俺の悲嘆を和らげるため
 Viens, o deesse,               おいで おお 女神よ
 J'aspire a l'instant precieux        俺は憧れる 二人幸せな
 Ou nous serons heureux: je te veux  大切なひとときを お前が欲しい

カティに聴かせるつもりがあるのかないのか、恐らくはその日その時の気分で歌っているだけなのだろう。
歌い出しも冒頭からであったり途中からであったり、同じフレーズを繰り返していたりと、気ままそのものである。
しかしながら口ずさむのはきまって、恋の歌だった。この辺りは彼自身の嗜好と、民族性とによるのだろう。
普段伊達男を気取っているこの男も、それでも一旦戦闘となれば、時として狂戦士に変貌するのだから、
人というものは分らない。そういう時の彼は、まるで別人のようであった。
218文書係:2009/06/17(水) 23:21:22 ID:???
公式出るまで脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ離脱 その3」

 ――別人、か・・・・・・。
5年前のソレスタルビーイング殲滅作戦において、カティの部隊が捕えた羽根付きガンダムのパイロット、被検体
E‐57は、二十歳前後の若い男だった。
アンドレイ・スミルノフの報告によれば、被検体E‐57は超兵ソーマ・ピーリスの姿を認めると、親しげに「マリー」
と呼びかけ、自分を「ホームでずっと話をしていた、アレルヤ」だと名乗ったという。
収監中いかなる尋問や拷問にも一度として動じず、口を割らなかった男が笑顔さえ見せたということだった。
対するピーリスは、男の呼びかけに強い拒否反応を示し、逃れるようにその場を去ったという。

ピーリスには超兵となる以前の記憶がなく、後日セルゲイ・スミルノフに「マリー」という名が超兵機関の残存データ
にあるか照合を求めていた。
これらの事実を考え合わせるに、セルゲイの告白した「人革連の咎」とは、人間の尊厳を無視した人体強化実験の
中に、記憶や人格の操作を含んだものであったと推定できる。
既に超兵機関が消滅し、データも大部分が隠滅された今となっては、確かめようがないのであるが。

ソーマ・ピーリスと被検体E−57――「マリー」と「アレルヤ」――聖母の名と神への賛辞と、神聖な因縁で繋がれた
二人の名を、カティは思い返した。
二人の乗ったMSは戦闘の末、もつれ合うように落下し消息を絶った。そしてピーリスの乗機スマルトロンだけが主の
ない帰還を遂げたが、死を裏付けるような痕跡をコクピット内に認めることはできなかった。
また、セルゲイからの報告書に、不審な点は見当たらなかった。あえて言うならば、彼女の死を悼みつつ作成された
ものであるとすれば、それは些かそつのなさすぎる出来栄えであった。

――戦う以外に己の存在意義を見出せぬ乙女を、我々人革連は創り出してしまった。あれには人としてあるべき
はずの家族も、朋友も、過去の記憶すらない――
――あれが・・・・・・人革連の咎なのだよ――あれが過去に失ったものを取り戻してやることが叶わぬのなら、せめて
今、この手にある未来は・・・・・・と思うのだ。一体何の罪滅ぼしのつもりかと後ろ指をさされ、あざ笑われようがな。

自分の娘にと望み、人並みの幸せを与えてやりたいと願うほどに慈しんでいたピーリスを、セルゲイが軍に背き死を
偽装してまで手放した理由を、カティは彼の遺した言葉を手がかりに、頭の片隅で考え続けていた。
しかし何という偶然の符合か、その疑問が彼女の中で氷解した。

 J'ai compris ta detresse,         あなたの悲嘆はわかったわ
 Cher amoureux,              愛しい恋人よ
 Et je cede a tes voeux,          だからあなたの切なる願いに負けたの
 Fait de moi ta maitresse.        わたしをあなたの恋人にして
 Loin de nous la sagesse.         思慮分別は遠く押しやり
 Plus de tristesse,             もう寂しさなんてない
 J'aspire a l'instant precieux       わたしは憧れる 二人幸せな
 Ou nous serons heureux: je te veux.  大切なひとときを あなたが欲しい

 Je n'ai pas de regrets           わたしは後悔していない
 Et je n'ai qu'une envie:           だから願いは一つだけ
 Pres de toi, la, tout pres,          あなたの側で すぐそばのそこで
 Vivre toute ma vie…           一生涯生きること・・・・・・
219文書係:2009/06/17(水) 23:23:14 ID:???
公式出るまで脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ離脱 その4」

 ――面白い男だ。
パトリック・コーラサワーをタクラマカンでの作戦に加えるか否か、カティ・マネキンが思案している奇しくも
その折も折、彼は玄関の呼び鈴を鳴らし、彼女が大規模作戦を控えた緊張状態にある横で、締まりのない
笑顔を晒していた。あたかも彼女のパズルの欠けたピースを、ひょっこり持って現れるような間の良さを、
彼は持ち合わせているのだった。
大体においてそれは彼の意図しない内に、また彼女にも思いもかけぬ形で僥倖をもたらしていた。

パトリックの破天荒な言動が、彼女の勘気を蒙ることもままあるのだが、彼のしょぼくれた間抜け面を見て
いる内に滑稽になり、腹を立てているのもじき馬鹿らしくなり許してしまう。見ていなければ何をしでかすか
分らんと、危なっかしくて放っておけず、今日この時に至っている。

今は彼岸の人となった戦友、セルゲイ・スミルノフが見せた不可解な行動の真意が、徐々にカティの中で
輪郭を現し、浮かび上がって来ていた。思慮が服を着、分別が眼鏡をかけているような彼女には思いも
寄らない仮説であったが、彼らに当てはめてみると、なるほど全ての辻褄が合う。
父親が娘を手放すとすれば、娘が一人の男を生涯の伴侶に選び、女としての幸せを掴もうとする時に他ならない。

「マリー」と「アレルヤ」は「ホーム」と呼ばれる超人機関において親密な間柄であったが――人格操作に
よってマリーの記憶は封印され――アレルヤはホームを脱走してソレスタルビーイングに接触し、
羽根付きのパイロットとなった。
アレルヤは国連軍に捕えられ――連邦軍収監施設において二人は再会を果たした。同胞アレルヤの
呼びかけがピーリスの封印された記憶を徐々に呼び覚まし――やがて完全に覚醒した彼女は旧知の男の
許へ奔った。
セルゲイは、マリーの人格を取り戻したピーリスを捜索の末発見したが、アロウズに連れ戻して戦わせるにも、
男と引き離して手許に置くにも忍びず、マリーとしての彼女の幸福を尊重して、離別を選び死を偽装した、
ということになる。

彼ら――マリーとアレルヤ――は今、幸福なひとときを過ごしているのだろうか。二人の身は恐らくソレスタル
ビーイングにあり、今後敵として相対する可能性も皆無でないことを思うと、カティは手放しで二人を祝福して
やる気持ちにはなれなかった。
ただセルゲイの父親としての想いは叶えられ、果たされた――それをせめてもの慰めにするしかない。
妻を戦場に見捨て、我が子に討たれた男が、その手で最期に護ったものは、全てを失った少女の未来だったのか。

思えば殲滅作戦の後、国連軍が蒙った壊滅的被害の収拾にカティが追われている中、ピーリスは負傷した
セルゲイに人目も憚らず取り縋り、呼びかけを繰り返し、金色の瞳から大粒の涙をこぼしていた。
彼女と世界を結ぶたった一人のよすがであったセルゲイを失うかも知れない恐怖と悲しみに、軍人然とした
平素を忘れ、途方にくれた子供のように泣きじゃくるピーリスの姿に、カティも少なからず心を打たれたのだった。
セルゲイはあの時、何を見、何を想ったのだろう。
死に顔すら見ることの叶わなかった妻の、決別の涙をそこに見ただろうか。
戦場に母を喪った、アンドレイ少年の慟哭を、少女の嗚咽の中に聴いただろうか。

あの時、彼はひとりの人間として犯した過ちを、少女によって改めて気付かされたのかも知れなかった。
己が身を顧みず単身、朋友を諫め、軍人としての功績を擲って少女に未来を与えたのは、その償いであったのだろうか。
人としての禍福と功罪とをないまぜにしたセルゲイの最期に、運命の皮肉を感じてカティは長嘆息した。
だが逝った戦友と年若い恋人たちに思いを馳せ、感傷に浸ることが許される時間は、もう残されてはいなかった。
(今回投下分終了。多分「アロウズ離脱 その5」に続く)
220通常の名無しさんの3倍:2009/06/17(水) 23:29:26 ID:???
>>文書係さん
投下乙!
221通常の名無しさんの3倍:2009/06/18(木) 05:30:57 ID:???
>>アロウズ離脱
やっている事は、カティの思考を使って、一期二期をまたぐ
総集編に近いんだけど、映像媒体のアニメではやりにくい
回想が違和感なく再現されてて面白かった。
GJ
222通常の名無しさんの3倍:2009/06/18(木) 05:52:06 ID:???
>>216 GJ!
カティ頭良すぎですw
実は相当コーラに惚れてるっぽい感じなのが面白かった
多分〜じゃなくて是非続けてください
離脱するとこwktkして待ってる
223弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/06/20(土) 03:00:17 ID:???
小さな島に風が吹く 5.5話
『製造者責任の所在』(1/5)

「コンテナへのボンベ設置完了です。噴霧開始は予定通りに。引き取りの確認もとれました。
こちらも予定通り明朝マルサンサンマルにトレーラーが来るそうで、サインは所長が直接、と」
「イヤな仕事ばかり済まない、今日はもうあがって良いよ。――あぁ、構わんで良い。ご苦労さん」
 これでこのフロアには誰も居なくなったはずだが。……ドアくらい閉めたらどうだ、全く。
初老の彼が大きなデスクから立ち上がり、コート掛けから外套を取った所で声がかかる。

「――博士、お出かけですか? ならばフロアが誰も居なくなりますので施錠の準備、しますね?
何か急なご用件ですか? 聞いてなかったんすけど。なら、すぐ下に言って運転手を……」
「車は良い。今日は泊まりだし、ちょっと外の空気を吸おうと思ってね。心配は要らん。すぐに戻る」
 ガードマンの制服の上、人の良さそうな顔が座る。だが腰には実弾を込めた銃を下げ、
右手には棍棒になりそうな巨大な懐中電灯をてもちぶさたにもてあそぶ、顔見知りの彼にそう言う。
 確かにドアは開いていた。バレた訳では有るまいが室内にいる時にガードマンから声を
かけられた事などコレまで一度もなかった。友人とは言え、注意するに超した事はない。

「ならばその前に少しだけ、良いですかね? 俺も課長にばれたら怒られるんですが……」
 出来ればこの期に及んで厄介ごとはゴメン被りたいのが本音だが、彼にはこれまでずいぶん暇
つぶしにつきあってもらった。それにあの人のいい顔を見れば断る訳にはいくまい。と思う。だから
「なんの話だ? その時はわしから所長に言ってやろう。……仮眠の時間もある。手短に頼むよ」
 と博士は言わざるを得なかった。
「実は抜け出したのを捕まえたんですが、部屋に戻る前に彼が博士に話があると。――おい」
 ひょい。と、ガードマンの陰から顔を出したのは14,5才の少年。 
「おっさん、コンゴウ達が居ないんだ。知らないか?」
 施設で育成していたブーステッドマンの中でも優秀と目された十数人は、『生体CPU』として
更に改造と教育を受けるべく、昨日移動した。彼も本来移動の対象だったのだが急遽一人多い
と言われて残ったのだ。仲間の記憶がある以上、またしても記憶消去の前に逃げ出したらしい。 
「ちょっと厄介な病気になったので病院送りだ。おまえも担当官の言う事を聞いておとなしくして
いないと人ごとじゃなくなるぞ? おまえ達は常人よりもデリケートなんだからな」
 手間だが彼を部屋まで送ってくれないか、施錠も頼む。博士と呼ばれた初老の男は、
ガードマンが頷くのを確認してからエレベーターの呼び出しボタンを押した。


 自分の車のドアノブを掴んだ博士の手が止まる。――わしはこれから何処に行こうというのか。
そう、行くべき場所など博士には無かった。あるとすれば……。
「博士、お車を使われるとは聞いてませんよ? 外出は避けて頂かないと俺が怒られます」
 いつの間にか先ほどのガードマンが背後に立つ。博士には武道の心得など無かったが、
それでもまるで気配を感じさせずに現れた彼を、さすがにいぶかしむ。だいたい、ついさっき
上階で別れたばかりではないか。

「――キミは、何か言いたい事が……」
「ハッキリ言いましょう、最短で明朝5:30、どんなに遅くても7:00には博士がなさった事は
露呈します。――どのみち銃殺。つまりコドモ達は助かりません。そして博士ご本人も、です」
 やはり知っていたか……。博士は肩を落とす。しかし、このしゃべり方は。博士は頭を上げる。
「助ける道があると言うなら示してくれ。わしの命ですむと言うなら交換と行こうじゃないか。
金は確かに、無尽蔵にあるとは言わんが、わしの資産、有価証券、全て譲ろう。……頼む」
 そんな物、要りませんって。行きましょ? ガードマンはそう言うとあごをしゃくってみせた。
224弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/06/20(土) 03:01:59 ID:???
『製造者責任の所在』(2/5)

 あごをしゃくった先。黒い、バイオハザードマークのついたコンテナの前。四角い箱の四隅に
更に四角い箱が付いている。
「本来であれば今頃は死んでる訳ですよね? 中のコドモ達は。でも今はまだ生きている、と」
 そう言いながら彼がリズムを取ってコンココ、コンコン♪ とコンテナを叩くと、中から同じリズム
で帰ってくる。中に生きた人間がいるのは間違いない。

「いずれ明朝、搬送先で死体の員数確認をするんですから、そこでバレまさぁね。そして博士も
此処からの移動は出来ない訳ですからほぼ同時刻に拘束される、と。何でまた、こんなわかり
やすい事を?」
 本来であれば毒ガスの吹き出すはずの四角い箱は二つが換気装置、あとの二つは水のタンク
に改造されている。デスクに張り付いていると思われがちな博士、手ずからの仕事である。
「わしはどうでも良いんだ。……たった一人でも良いから逃げ延びて欲しかった。ただそれだけだ」
「金も食料も持たずに逃げた所でたかが知れてます。それに何れ薬がキレた所で自動的にアウト。
――あ。薬切れの死体を軍関係者以外に発見させたかったとか? ……意外に黒いっすね」

「あ、いや。そう言う可能性まで考えては……」 
「突発的な自殺願望みたいなモンだと思っておきましょ。で、さっきの話。アレ、撤回していいすか?
――やっぱり博士の命を下さい。それでコドモ全員+α、連合圏から脱出。どうです?」
 博士が答える前に迷彩服にライフルを抱えた男二人が目の前に現れる。
「博士が外出されるとは聞いていないぞ。連絡は? 今夜のフロアマスターはおまえだろうが!」
「こんばんわ軍曹。散歩をされたいと仰るので。フロアも空だし、ガード兼話相手っつー事で。
問題、ないでしょ? あぁ、外には出ますが30分で戻ります。――ね、博士?」

「キミと友人なのを皆が知っているから切り抜けたが。――そうか。わざと……、そう言う事か」
 博士一人ならば制止されるであろう正門の立ち番にガードマンが「よっ、ごくろーさん」と軽薄に
声をかけただけで、敬礼をかえされつつあっさりと通り過ぎ、二人は今は森の中の小道である。
「メサ・イード君。君は何処の手の物だ。……あ、あの子達を何かの実験材料にするつもりか!」
「友人関係は確かに誇張して喧伝しましたよ? けど、博士は本当に良い友人だと思ってますが。
それにブーステッドマンなんざぁ、世界で誰が欲しがります? 大西洋連邦(ここ)以外で」
 そう言って制帽を脱ぐとくるくると弄ぶ。何処まで本気なモノやらつかみ所がない。
「ズバリ、欲しいのは博士の頭脳。あぁ、脳みそって意味じゃないですよ? 開発中のG兵器の、
更に派生機種のOS。目処さえ立たないそれを完成に導いて欲しい訳です。――『我が国』で、ね」
「なるほど。極秘にGATベースでモルゲンがMSを作っているという噂は聞いとる。オーブか……」

「それが出来るのは鹵獲したジンのOS解析、GAT系OSのベースフォーマット作成に関わり、
運動機能と大脳生理学の権威。更にはスポーツ医学に精通し、ついでにブーステッドマン開発の
第一人者でもある博士。あなただけでしょう? ――この辺ならもう良いかな?」
 そう言いながらメサ・イードは懐から携帯電話を取り出す。
「モルゲンのMSはシモンズ博士が担当の筈だ。あの才女の前ではわしの入る余地など……」
「子供に会えないと言って泣いてますよ。ハードもソフトも何一つ形になって居ないんです。お手伝い
頂けませんか。……用意は出来てます。コドモ達の住む場所も用意します。――ハインツ博士?」
なるほど、オーブに行く以外選択肢はない訳だ。そう言うと博士はその場の大きな石に座り込む。
「ありがとうございます。感謝します、博士。――あぁ、待たせた。現時をもってプランBスタート。
車とコンテナ塗り替えを予定通りに。――それと荷物じゃない子供を一人増やすからそのつもりで」
 わしの随行員は子供かね? の問いにメサ・イードは携帯電話をしまいながら振り返る。
「リコ、ですよ。さっき抜け出してきたでしょ? ま、短期記憶処理が必要ですが、良いでしょ?」
225弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/06/20(土) 03:04:04 ID:???
『製造者責任の所在』(3/5)

「ブルコスの連中は何考えてんです? あの子らを暗殺以外のなんに使おうってんですか?」
「『生体CPU』。君ならば聞いた事があるだろう? MSをナチュラルが動かせないなならば
動かせる様に特化してしまえと言う話だ。都合の良い事に運動神経だけは人一倍だからな。
MSの形さえ出来てしまえば、ジンのOSのデッドコピーでも、動かすだけなら何とかなる」
 施設へ戻る道すがら。世間話をするかの様に、ろくでもない事を平然と話す二人が行く。
少なくとも門をくぐるまでは隠しマイクにおびえる必要はない。

「いくら何でもマジメに子供をベースにするとは思わなかった。……命令系統とかどうする気
なんですか? あの子らにそこまでの教養は無い。仮にも軍の使う兵器でしょうに」
「わしに言うな。今のところは窮状打開の特攻兵器として考えてる様だ。特攻のみなら指揮系統
なんぞ要らん。上からブーステッドマンの『増産』指示が出た。なにしろMSの部品だからな。
そしてブーステッドマンは”歩留まり”が悪いし不良品は……。正直、もうわしには耐えられん」
「『不良品』をロットごと『廃棄』するとか、正気の沙汰ではないですね、確かに。……青き清浄なる
世界。どんな世界なんですかねぇ。――ブルーコスモス。博士はメンバーなんでしょう?」
 知るか! ついさっき辞めた! 博士が吐き捨てる様に言うと迷彩服が走ってくる。

「博士、外出の時は緊急無線くらい持って下さい。あと、主任はいい加減、携帯直して下さいよ!
怒られるの、自分なんですからね! ――あ、えと。失礼を。所長がお話があるとの事でした」 
「な、なんの話だろうな。こんな時間に」
 多少慌てる博士とは対照的に、あれ。またつながんなかった? と涼しい顔はメサ・イード。 
「明後日の搬入の件だと言えばわかると仰っていましたが」
「急ぎでなければシャワーを浴びたいが。――どうせ徹夜だ。わしから部屋に伺うと言ってくれ」
 入ってくる荷物ってーのは……。走って戻る軍服を見やってガードマンの制服が振り返る。
「その通りだよ。少なくとも君とわしではもう救えないコドモ達だ……」

「ともかく博士はそのまま、3:30までは普通通りに過ごして下さい。その後俺が迎えに行きます」
 エレベーターの通過設定とエレベーターホールのロックを解除しながらメサ・イード。
「素人考えだがコンテナ一つ、丸ごと無くなれば、国外脱出前に事が露見するのではないかね?」
「明日、死体を検分する連中がコンテナで見つけるのは何故か俺の死体。――俺じゃないっすよ?
科学的にも”俺に見える”死体って事です。……そしてほぼ同時刻、そこから30kばかり離れた
河原で、地元警察が子供11人の鑑定出来ないくらい丸焦げになった焼死体を発見する予定です」
 しかし、此処で鑑定すれば。……! 現地の警察が、見つけるのか。博士は目を剥く。
「此処で鑑定? ――する訳ないでしょ。地球軍の、いやブルーコスモスの秘密施設ですよ?
この件は圧力をかけられ初動捜査で終了、報道もされない。只死体が見つかるのみ。まして此処は
表向き海洋動物の研究施設。変な噂が立っちゃ困りますから鑑定のために遺体を運び込むなんて
あり得ない。そもそもブルーコスモスが現地警察になんか協力する訳がない。搾取はしてもね」

「館内中、監視カメラと盗聴マイクだらけなのではないか? あまり過激な発言は」
 暴走したリコが扇動して子供達は丸焦げ。それを手助けしたらしい俺は死亡。ブーステッドマンの開発に
懐疑的意見を唱えていた博士は行方不明。30分で考えたにしちゃ悪くない、と一人悦にいる
メサ・イードを横目に自室の扉を開く博士は小声で聞く。
「俺が構築した、いや、一ヶ月かけて構築し直したシステムですよ? 俺だけは特別扱いです。
メインサーバに記録を登録する前に、俺と博士の部分は丸ごと抜け落ちる。今夜だけは、ね」
「――。君は……、誰だ」
「マ・ト・メサ・イード。オーブの諜報機関の者です。もっともスパイの名前なんぞ覚えたってなんの
意味もない。何処かでお会いする機会が有れば名前も立場も違うでしょうから……。では後ほど」
226弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/06/20(土) 03:05:46 ID:???
『製造者責任の所在』(4/5)

「……おそらくはIRB外事諜報部2課の馬(マァ)さん、ですね。お話の中の諜報部員は」
「情報調査局、か。わしにはお堅いお役所とは無縁な人に思えたがね。彼は今……」
「連合、プラントが開戦後、地上のプラント領に入ったのを最後に消息を絶ったそうです。もっとも
相手が相手ですから何処まで本当かは。――何れ手は尽くしましたが、お会いにはなれません」
 リビングに日の差し込むのんびりした昼下がり。カーディガンを着てくつろぐ博士の元、制帽を
小脇に抱え、オーブ国防軍の制服に飾諸を吊った青年が訪問して来ていた。アスハの家系で
国防軍参謀。一人で来た様だが、本来なら護衛が付いてもおかしくない立場だろう。と思う。
 これまでの全ての経緯を教えて頂きたい。とだけ言うと、その実直そうな彼はソファに座った。 

 人道にもとる研究を行い、更には少年少女を使って人体実験どころか人体改造の指揮を執り、
自らは良心の呵責に潰されて亡命。などとは研究者として恥の極み、誰にも話せない話ではある。
だが、しかし。むしろ今、聞いてくれる相手が居る。その事が博士には嬉しくさえ思えた。
「あなたの立場ならば、リコ達の薬を調達出来る。どうにかしてやってはくれまいか」
 オーブから与えられた仕事は的確にこなし、コドモ達も一部を除いて普通に戻りつつある。
順調なこの数ヶ月、けれど博士の中にわだかまって、つもっていくもの。わしは誰かに懺悔が
したかったのかも知れんな。薬のリストを書き出しながら博士はそう思う。
「はじめからそのつもりで伺いました。ただ、薬学の分野では見ない記号が2,3見えますが」

 懺悔してすむ話でない事は自身も十二分に承知していたし、わだかまる気持ちがふくらむ原因
も当然心当たりはある。置き去りにしてきたのだ。自らが勝手に人間以外のモノに改造し、彼らの
意向など無視して、生存環境としては最適な研究所から”持ち出した”実験体を、3人も。
 薬が無くなれば、ただ苦しみ抜いて死んでいくのを分かっていながら……。
「一部、重工業の知識が無いと合成出来ない物質がある。勿論出来上がるのは薬じゃあない」
「出来上がるのは……。誰が、何を、どう考えれば、コレを人間に、子供に、投与など……」

「コドモ達は更に施設を移されたと聞いたのですが。何があったのか教えては頂けないか」
 メサ・イードが博士とコドモ達の住みかとして用意した絶海の孤島。移動させられるとき、
絶対安全の口約束と引き替えに、コドモ達とは別れさせられた。但し改造度の高い3人の子供を
人体実験の材料にされる事を恐れた博士は結果、野に放った。手持ちの薬、全てを持たせて。
「連合が武力侵攻をかけて来る気運が高まった。なので、例の3人以外は既に全員国外です」
 ですが連合が攻めてきたからと言って。青年の眼にぐっと力がこもるのが博士には分かった。
「自殺などと言う安易な選択肢は取らないで下さい。IRBと国防軍が全力を挙げて御身をお守り
しますし、状況が落ち着き次第また一緒に暮らせます。――それにご自身が一番ご存じでしょう。
そんな簡単で卑怯な選択肢は、あなたが取って良いはずがない」
「だが、わしは……」

 ばんっ! テーブルを両手で叩き、震えながら青年は立ち上がる。
「……。良心の呵責を感じると言うなら、責任を取れと言っているのだ! あなたは自分が改造した
コドモ達に恨まれもせず、むしろ感謝され、自身の想いは封印したまま、表面上幸せな老後を
暮らし、あのコドモ達に囲まれ、そして惜しまれながら死んでいくんだ……!」
 そう言うと一つ息をついてソファへと体を深々と沈める。
「わしが……? 彼らを……。良いのか、それで。本当に……?」
「罵られたくとも、恨まれたくとも誰もそんな事はしない。彼らから見れば檻から解き放ってくれた
英雄だからだ。読み書きを教えてくれた大事な先生だからだ……。あなたがそれを悔いるなら、
彼らはどうすれば良いんです……! 良いですか? あなたには過去を悔いる自由などない。
それが、あなたの罪であり罰であり業。一生をかけて背負って行かねばならぬものなんです」
227弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/06/20(土) 03:08:03 ID:???
『製造者責任の所在』(5/5)

 そしてあなたにはもう一つ、背負って貰うモノがある。彼はソファからゆっくり身を起こすと
テーブル上に肘をついて指をくむ。
「あの三人は体の事を含め、俺が全面的に面倒を見る。――但しあなたには消息情報は一切
伝えない。彼らがしかるべき年齢になったとき、あなたに会うかどうか、自身で判断させる」
「せめて生きているかどうかだけでも……。それにわしの責任だ。あなたまで背負う事は……」
「彼らには俺のいとこの戸籍を与える事にした。分家の分家、中枢にはまるで関係が無いとは言え
我が名もアスハに通づるもの。意味する所はいかな博士でもおわかりになろうと思いますが?」
 オーブにおいて氏族は絶対、その中でもアスハは完全に別次元だ。この青年は教育や体の
ことまで超法規的措置で押し切るつもりなのだと気づく。確かにそれ以上の体制は考えられない。

「アズチ参謀、あなたさえ良ければむしろ是非。――そして、その時が来て、あの子らがわしを
殺すと言うのであれば……。事後、彼らが罪に問われない様に手回しをしてやって欲しい」
 少し表情をゆるめると、軍服の青年はまたソファへと沈み込む。
「仮にも氏族の末流としての戸籍を与えられる子らです……。約束しましょう。間違ってもそんな
結論に達する様な中途半端な教育はしないし、させない」

「すみませんでした博士。感情的になり、立場を忘れ、失礼な発言があった段、お許しを頂きたい」
 玄関先まで出てきた青年は博士に向き直ると真顔でそう言う。
「わしは科学者だから知っている。真実を求める議論に多少の暴言は付きものだ。――気に病む
事はない。あなたは間違った事は言っていないし、しないだろう。だから、もう顔を上げて下さい」
 そう言われて、青年は正面に向き直ると制帽をかぶり、敬礼の形を取る。
「彼らの事はお任せします。――あぁ、最後に一つだけ。当然ご存じでしょうが彼らは改造の
ステージが高い。つまり暗殺者として最低限の能力は保有している。特にリコは、廃棄処分
どころか選抜メンバーだ。くれぐれも扱いに……」

 門の前に止めてあった車のドアを開けた青年に博士が話しかける。だが振り返った青年は
博士の意に反してふっと表情をゆるめた。
「その彼が”妹”たちの為を思って、食料を集め、教育のなされていなかった彼女らに簡単な
読み書きを教え、自分の薬を節約してまで与えていたそうです。製造者の手を離れ
カスタマイズが進んだ……。と言ったら不謹慎でしょうが、もう彼らは暗殺機械ではない」
 
 門の前。青年が自ら運転する車も居なくなり、博士は一人取り残される。
会いに来てくれるだろうか……。そう思うことさえ業が深くなるのだ、と思いながらも考えずには
居られない。ここへ来て恨み節の一つも言ってくれればまだ救われる。
 だが、あえて彼らが彼の元へ訪れると言うなら、おそらくはその逆の行動を取るだろう。
「誰も殺してくれんと言うならそれで良い。そんな不良品を作ったわしの責任だ.。わしが死ぬ
までは保証期間内だ。もはや修理も出来んが、……返品だと言うならば受け付けようじゃないか」
 夕方の太陽に長く影を伸ばした博士は、表情を少しだけゆるめると、あとはただ玄関ポーチに
立ち尽くした。

〜第6話へ続く〜
228弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/06/20(土) 03:10:50 ID:???
今回分以上です、ではまた。

島の外では一応こんな感じになってましたと言うことで。
『生体CPU』は某福祉公社的暗殺兵器の改造型って言う脳内設定ですが
ブーステッドマンの定義がもしかすると公式とは違うかも知れません。
あとは。……すいません、馬さんを出したかっただけなんです。
229通常の名無しさんの3倍:2009/06/21(日) 16:56:35 ID:???
真面目に短編を書いておきながら
こういうネタに走ってしまうのは、弐国氏の
本能であるのかも?
230通常の名無しさんの3倍:2009/06/21(日) 16:59:10 ID:???
言い忘れました。GJ!
231文書係:2009/06/25(木) 00:14:01 ID:???
>>220 さん
dクス!


>>221さん
感想ありがとうございます。
カティの思考を借りて全部書くと総集編になりそうですが、
息抜きと必要上、時々コーラにすると30代エロ妄想か、
視野狭窄なのでアフォ回想になることに、ご指摘頂いて気付きました。
なので主人公なのにたまにしか視点が回ってきません。
無意味にやっているわけではないのですが、時々エロでほんとにすみませんorz

>回想が違和感なく再現
小躍りして喜んでます。


>>222さん
>カティ頭良すぎですw
離脱編1〜4は公式小説と齟齬があった場合
丸々ボツになる可能性もあるので、どうせならと中の人つながりで遊んでいます。
カティのセルゲイ回想はコナンの謎解き風にしておきました(なってなかったらスマソ)。
ちなみにコーラの中の人は美声の音痴だそうでorz

>実は相当コーラに惚れてるっぽい感じ
恋愛や結婚は、理解と(良い意味も含めた)誤解、またタイミングで成り立っているような気がします。
これから投下予定の離脱編5は1〜4とちょうど裏表になっていますので、
二人のこの時点での温度差や認識のずれなどを楽しんでいただければと思います。
何とか離脱するつもりですノシ
感想ありがとうございました。

以下1レス分続きを投下します。
232文書係:2009/06/25(木) 00:19:32 ID:???
公式出るまで脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ離脱 その5」
>>217-219
 物思う女は美しい。
パトリック・コーラサワーは、アロウズ大型海上空母の士官室で、今日も至福のひとときを過ごしていた。
椅子に深く身を預けた彼の上官、カティ・マネキン大佐は、自室に戻ってよりこのかた、一人思索に耽っている。
親指で形の良いおとがいを支え、人差し指を微かに開いた唇に添えて、眉根を寄せ、あるいは瞑目し、時には
僅かに瞳を潤ませて、ここではないどこかを見ていた。

爪は形を整えてあるものの彩りはなく、化粧も身だしなみ程度に薄く施されただけではあるけれども、それが
かえって、彼女の天性の麗質を際立たせていた。
無論、彼にとっては、華やかに着飾り念入りに化粧した女性も、十分に好ましいのであるが。

加えて彼女を一層、魅力的にしているのは、日常の何気ない仕草、立ち居振る舞いといったものだった。
指揮を執るとき、真っ直ぐに差し延べられる細腕の力強く優美なさま、彼の前を歩く後姿の颯爽として迷いなく、
それでいて抱きしめたくなるような、うなじや腰つきのなまめいた風情も、彼の心を捉え、もう幾年も彼女の側を
去らせようとしなかった。

ただ厳格で慎み深いだけの女ならありきたりだが、色事にかけては百戦錬磨の彼をも時折どきりとさせるほど、
大胆で挑発的な言辞を吐いてのけるところもたまらなかった。
――お前を男にしてやる。
――面白い女だ。それでこそ、落とし甲斐もあるってもんだぜ!

女はまさに神の造形の最たるものだと、自分で淹れたコーヒーを飲みながら、いつものように彼はひとしきり感嘆する。
また、こうしたカティの姿を思う存分堪能できるのは、彼女の副官を自任する(勝手に立候補して勝手に随伴している
だけなのだが)彼の特権だと、パトリックは勝手に思っていた。

ただ惜しむらくはアロウズに転属して以来、彼女の愁眉が滅多に開かれないことだった。
彼女の物思いの種が世界云々でなく、自分のことであってくれれば嬉しい。唇に触れ、肌を重ねることを許してくれるの
なら、無上の悦びであるに違いない。だがそこに至るまでの彼の恋路は、未だかつてないほどに峻険だった。
――人の恋路を邪魔するヤツはっ!!
カティの憂いを打ち払い、彼女の心を獲得するため、パトリックは奮戦に奮戦を重ねていた。

カティの戦術予報は実に正確なのだが、こちらの勝利まであと一歩というところまで肉迫すると、必ずと言っていいほど
ソレスタルビーイングから、新型や新装備などの新兵器が現れるのだ。そしてあっという間に戦況を覆され、パトリックが
彼我の性能差を測りかねているうちに隙を突かれ、あえなく撃墜されてしまう。
連邦やアロウズのように巨大国家群をバックにしている訳でもなしに、一体どうして次から次へと隠し玉を繰り出せるだけの
カネとウデがあるのか、パトリックは不思議であり、正直羨ましくもあった。

これまではガンダムを目の敵にし、付け狙っていればよかった。だがここにきて、ややこしいことになってきた。
アロウズの上つ方がコソコソおっ建てた衛星兵器とやらが中東のあちこちを攻撃し、民間人を含めた何百万もの人間を、
一瞬にしてふっ飛ばしてしまったのである。さらに旧AEUの建造したアフリカタワーまで、連邦軍のクーデター派が擁した
6万の人質ごと、ダメにされてしまった。

しかも被害の拡大を防ぐ為に、崩落したタワーのピラーを破壊することを主導したのは、よりによって彼が敵視していた
ソレスタルビーイングらしいのである。
――ちっ!! これじゃ、どっちが敵だか味方だか、分りゃしねぇじゃねえか!
惚れた女を守るため、どこに向けて引き金を引けばいいのか分らない。それとも周り全てが敵なのか。事態は混迷を極めていた。
233文書係:2009/06/25(木) 00:21:05 ID:???
行数オーバーのため補足。
(今回投下分終了。多分「アロウズ離脱 その6」に続く)
以上です。
234通常の名無しさんの3倍:2009/06/27(土) 21:33:52 ID:???
>>233
GJ!
コーラも意外にいろいろ考えてたんだな
「はい、ないです!」の頃から多少は成長したってことなのか
面白かったですw
235通常の名無しさんの3倍:2009/06/27(土) 23:49:07 ID:???
>>文書係
投下乙です。
CBが新型を繰り出してくるペースは確かに、コーラのように
真っ当な装備で戦っているパイロットには不公平に感じるでしょう。
意外と考えの深いパトリックに次回も期待です。
GJ。
236通常の名無しさんの3倍:2009/07/01(水) 01:13:20 ID:???
ほしゅ
237通常の名無しさんの3倍:2009/07/05(日) 20:20:27 ID:???
ほっしゅ
238通常の名無しさんの3倍:2009/07/08(水) 21:16:18 ID:???
とりあえず保守。
それと職人の皆さん、まとめサイトの管理人さんとかに乙GJ。
239通常の名無しさんの3倍:2009/07/09(木) 21:43:48 ID:???
>>弐国
カエンのすぎるマジメさが良い。
ダイとのコンビはだから成立するんだろうな、とちょっと思った。
あと、この間はレールガンの技術者もヘッドハンティングしてたな、馬さん。
何かオーブ軍のぜネラルマネージャーみたいな人なんだねw

>>文書係
コーラの目線だからこそ本編と同じ流れでも見えないところが見えるんだな。
ふざけてる訳でもがんばってる訳でもなく、あくまでも何処までもパトリック・コーラサワー。
そう見える書き手の力はもっと評価されるべき。
でも、今回はちょっとマジメに見えたかな?
240文書係:2009/07/11(土) 13:12:40 ID:???
>>234さん、感想dです。
>コーラも意外にいろいろ考えてたんだな
他の登場人物が別のことを考えている間、この人何考えているのだろうかと想像したら、
多分8、9割方は女のことで、リア充だけに中身も成熟しているのだろうなと。

その5はコーラに合わせてフランス文学調に書こうとしましたが、とてもうpできない
内容になってしまったため、断念して中国文学調フランス風味に落ち着きました。
しかし女の事以外は ソレビ→なんで?
             クーデター→敵ワカンネ!
程度で思考停止しているので「はい、ないです!」からの成長は余りないかも知れません。
ありがとうございました。


>>235さん、感想dです。
多分パイロットとしては経験も実績もあるので、それなりにマトモな考えと知識を持っている
のではないかと想像して書いています。
だとしたら毎回あの展開と開発のペースは、羨望と共に不可解に映るのではと考えます。
いやソレビって結構大きな組織で、自分も本編と外伝見て驚きました。

女と戦闘には詳しいコーラにご期待いただければ有難い限りです。


>>239さん、感想ありがとうございます。
コーラ目線だとアフリカタワーの崩壊は、自分の縄張りを荒らされた、
と映るのではないかと考えました。
登場シーンとセリフを見る限りにおいては、AEUにはかなり愛着と誇りを
持っているようなので。コーラがフランス人というのもその一つの理由です。
あとは世界規模ではなく、自分とカティの属するAEUがコーラの視野の限界かと
推測したというのもあります。

ラ・トゥールが壊され、元自国家群の国民が何万も死んだら、相当の馬鹿でも
アロウズに疑念を持たざるを得ないような気がします。
逆に言えば、この時までカティに注意されても、アロウズの暗部に気がつかなかったかも知れません。

本編の内容が深刻なので、コーラも妄想を働かせつつ、若干シリアスモードになっています。
とはいえ疑念を持ってもそれだけで、アロウズのこともソレビのことも追究できていないので、
その程度なのですが。

感想を書いてくださった皆さん、ありがとうございました。
今専ブラの調子が悪いので、規制などがなければ今夜か明日、続きを2レス分投下します。
241文書係:2009/07/12(日) 01:55:20 ID:???
公式出るまで脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ離脱 その6」

>>232
手にしていたコーヒーカップはいつの間にか空になっており、歌も止んでいた。
話しかけられないのをいいことに、思いの外時を過ごしてしまったらしい。
カティ・マネキンはかぶりをひと降りして気持ちを切り替えると、ソファに腰掛けている
パトリック・コーラサワーに視線を移した。

そういえばこの男は自分が考えこんでいる間、いつも何をしているのだろう。部屋に飛び込んでくるなり、
たわいもないことを矢継ぎ早に話してくることもあれば、食事や差し入れを持って現れることもあり、
今夜のようにただにこにこと締りのない笑顔を浮かべていることもある。
いずれにせよ毎度飽きもせず、楽しげに過ごしているようなので、カティは忙しさに紛れて余り気に留めて
いなかったのだった。

「――お前があえて旧型の機体を選んで乗るとしたら、どのような理由が考えられる?」
「何ですか突然?そうっすねえ・・・・・・」
長い沈黙を破るカティの唐突な問いかけに答えて、パトリックはソファから身を離した。
歩み寄りがてら思案しているらしく、視線をきょろきょろと彷徨わせていたが、カティの机の前でぴたりと
立ち止まると、
「まず、新型壊しちまったときです」
正面に向き直り、いささかも悪びれず言った。

「お前の場合は殆どそれだな」
ふてぶてしい態度にカティがちくりと刺すと、
「ははは! やだなあ大佐ったら、もう」
パトリックは片手で後ろ頭を掻き、もう一方の手を上下に振りつつ、照れ笑いにごまかした。
「他にはないのか」
彼女の求める答えは、それではないのだった。

「あとは――わざわざ新型乗るまでもない場合ですかね。カタロン相手ならイナクトの装備で十分ですし、
ほらたまにはあの機体にも、いい目見せてやらないと!」
新型機体で出撃しては大破させ、他の不品行も含め年中始末書ばかり書かされている姿からは想像もつかないが、
このような発言から推し量るに、自分の乗機には彼なりに愛着もあるらしい。
「地形や相手の得物があらかじめ分ってんなら、相性で選ぶってのもアリかと思います――ただ得物の方は
模擬戦でもない限り、ほとんど出たトコ勝負ですがねぇ」

この手の話をしている分には、パトリックが一パイロットとしてそれ相応の見識を有していることが窺える。
いかんせんそれらしく見えないのは、その他の平生の言動に問題があり過ぎるせいなのだろう。
毎回無傷で生還するエースパイロットというのも、軍からすれば有難い存在のはずであるのに、有難がられる
どころか不死身とあてこすられ、生還を果たしたにも関わらず、まず新型をロストさせた件で司令部のお目玉を
食う破目に陥るのは、彼の人徳ゆえとしか言いようがない。
それでも何となく憎めず、周囲の失笑を買いながらも重宝がられている点も含めて、であるのだが。
242文書係:2009/07/12(日) 01:56:22 ID:???
公式出るまで脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ離脱 その7」

「――では聞こう。スミルノフ大佐の乗機がジンクスVでなく、ティエレン全領域対応型であった理由を。
貴官はどう見る?」
カティ・マネキンは椅子に掛けたまま両肘を机にもたせかけ、組んだ両手の間に顎を埋めた姿勢で、まるで
面接官がするように、部下であるパトリック・コーラサワーに次々と問いを投げかけていた。
「ええと――」
パトリックは後ろ髪を掻きやっていた手を下ろし、人差し指を口許に添える。

「反乱に加担するのに、わざわざ機体性能の劣るMSに乗る馬鹿があるか?」
「ないですね」
カティの問いに彼が即答するのも当然だった。ティエレン全領域対応型はGNドライヴを搭載していない、
今となっては旧式のMSに属する。セルゲイ専用にカスタマイズされ、非太陽炉搭載機用のGNビームライフル
を装備しているとはいえ、現在連邦軍の主力機に採用されている、ジンクスVとの性能差は歴然であった。

「スミルノフ大佐は、慎重で思慮深い方だった。そしてクーデターの首謀者は連邦軍大佐パング・ハーキュリー、大佐の旧知の友人にあたる」
「えー、ってことは――」
脳裏に閃くものがあったのか、パトリックは口許に置いた指を離すと、何かを指し示すような仕草に変えた。
「あの機体、連邦の人間なら一目で、熊オヤジのと判ります――オヤジさん、俺は戦うつもりで来たんじゃねえ
って、示したかったんですかね?」
「警戒心を抱かせず、説得に赴くつもりだったと私も考える。同じ連邦軍とはいえ人質を擁している以上、配慮は必要だろう」

パトリックはここに至ってセルゲイ離反の真相に考えが及んだらしく、途端に眉を曇らせた。
「じゃあオヤジさん、クーデターに助太刀するつもりも、戦う気もはなからなかったってコトじゃないですか」
「全て状況証拠に過ぎないがな。だが私の知る限りでは、あの方は無関係な市民を巻き込むような手段は決して
採らないはずだ」
「ダチ説得し損ねた挙句、カン違いしたせがれにやられるなんざ――オヤジさん、浮かばれねえなあ」
腕組みしながら独り言のように呟くと、彼は瞼を半ば伏せて溜息をついた。

「だが、仮に存命であったにせよ、ハーキュリーとの共謀を疑われ、断罪は免れなかったろう」
クーデター直前、二人が接触していたという形跡を残していたとすれば、セルゲイが知らぬ存ぜぬを通した
ところで、言い逃れをするのは難しかった。また以前、彼はカタロンとソレスタルビーイング双方に関わりを
持つ青年を、その身の上の安全を慮り、独断で逃がしていた。その際アーバ・リントは直々にセルゲイの許に
出向き、少佐の身でありながら格上の彼を叱責したという。リントに目をつけられていたのなら、その場限りの
嫌がらせで当然、済む訳がない。「セルゲイ・スミルノフに不穏な動きあり」という旨の上層部への報告も済んで
いる筈だ。更に超兵ソーマ・ピーリスの死の偽装、及びソレスタルビーイングへの身柄の引き渡しまでもいずれ
何らかの形で明るみに出るとすれば、離反と受け取られない方が不自然である。

「今、アロウズは――衛星兵器を用いた強行的中東再編に並行して、アロウズの方針に与せぬ連邦軍の実力者を
燻り出し、粛清しようとしている――人類意志の統一による、恒久平和の実現のために。ホーマー・カタギリを
筆頭とする旧ユニオンの勢力は大方、アロウズに吸収されたと言っていい。旧人革連についてはもはや言を
費やすまい。となれば、残るは――」
返答を促すように、カティは皓い顎をついと上に傾け、アメジストの瞳を、同じ色をしたパトリックのそれに
巡らせた。ややあって彼女の意を察した彼は、伏し目がちだった両の目を見張って、驚愕を表した。
「AEUは――大佐と、俺!?」
「離反すればな」(今回投下分終了。多分「アロウズ離脱 その8」に続く)
243通常の名無しさんの3倍:2009/07/12(日) 17:30:46 ID:???
>>241-242
GJ!いやーwktkしてきましたね!
カティがいろいろ鮮やかで素敵です
お互いに信頼度がすごく高いというのが滲み出ていて萌えますw
続き期待してます〜
244通常の名無しさんの3倍:2009/07/16(木) 20:00:20 ID:???
ほしゅおつ
245通常の名無しさんの3倍:2009/07/16(木) 21:54:37 ID:???
 
拝啓                           マリナ・イスマイール様

いよいよひまわりの種が美味しい季節となりました。
先ずは、アザディスタンの復興をお慶び申し上げます。

ニュース等にてあれほどまでに枯れ果て、荒廃したアザディスタンの完全なる復興を聞き
知るに及び筆を取った次第です。
貴女の情熱、想いが国民に伝わり、アザディスタン一丸となっての復興に至ったと思います。

…あれからどれほどの年月が流れたのでしょうか。
あの頃の私は若かった。若気の至りとでも申しましょうか?
知り合ってからというもの、まがりなりにも一国の皇女である貴女に対して慇懃無礼、傲
岸不遜な態度等々、当時を思い返すと誠に恥ずかしくあり、穴があったら入りたくなります。

私の近況はと申しますと、ニュース等にてご存知でしょうが相変わらず介入しております。
所詮は見せかけの平和であり、宗教間の対立、民族間の抗争等、無くなる事はありません。
さて、最近のマイブームは日本のアダルトビデオです。
お気に入りの女優はコレといって居りませんが、ついつい黒色のロングヘアーの女優をチョイスして
レンタルしております。
鑑賞後の妄想は楽しいですね。
それでは、またいつの日にかお会い出来る事を楽しみにしております。

敬具                                    刹那

246通常の名無しさんの3倍:2009/07/17(金) 18:53:06 ID:???
どうしてそんなカミングアウトをした!?
247通常の名無しさんの3倍:2009/07/17(金) 21:42:54 ID:???
>>245
オチが弱い。予定調和の域を出ていないな
ばんばか書いてみるのが早道だぞ

保守のために手早く書いただけかも知れないが
248通常の名無しさんの3倍:2009/07/18(土) 01:57:08 ID:???
保守代わりに笑える小ネタを書くのはいいかも知れん。
249文書係:2009/07/19(日) 14:44:31 ID:???
>>243 さん、感想ありがとうございます。
離脱編はもうしばらく続きますが、次回か次々回投下分で離脱そのものはできそうです。

パトリックを釘付けにしているようですので、いろいろな面から
カティを描写することが多いのですが、骨が折れて実は苦手です。
鮮やかで魅力的な女性に映るよう、これからも努力しますノシ

信頼という点ではユニオン組の二人に負けず劣らず固そうですね。
(三国志や信長の野望などの戦略ゲームなら、褒美が無くてもずっと忠誠100、という感じでしょうか)
あちらは同性かつ上司部下という関係ではないようなので事情が違いますが、
対照的な性格の大人二人がお互いの違いを認めつつ(その実放置しつつも)信を置いている、
というのは自分も萌えどころなのかも知れません。
話が逸れましたが、ユニオン組もちょこちょこ出していきたいと考えています。

それでは規制などがなければ、今夜か明日、続き3〜5レス分を投下する予定です。
250文書係:2009/07/20(月) 04:36:16 ID:???
公式出るまで脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ離脱 その8」

>>241-242
 アロウズのMS・MA総力を結集させ、カティ・マネキンは最終決戦の覚悟を以て、ソレスタルビーイング掃討
に臨んでいた。
その間隙を突き、連邦軍大佐パング・ハーキュリーが軍内の同志を率い、低軌道ステーションにいたおよそ6万
の市民を擁してアフリカタワーを占拠した。旧友セルゲイ・スミルノフが説得に赴くも決裂、アロウズ上層部は
存在を秘匿していた衛星兵器、メメントモリ2号基を稼動させステーションを攻撃したのだった。

その際、二個付きガンダムが超大型ビームサーベル様の新兵器を用いてメメントモリ破壊を試みたが、破壊及び
照射阻止には至らず、照準を僅かに逸らすに止まった。結果、ステーション全壊は免れたものの、タワー外壁を
直撃、オートパージされた無数のピラーが次々と落下し始めた。
これによる甚大な被害をいち早く察知したソレスタルビーイングの戦術予報士、リーサ・クジョウの要請の下、
アフリカタワーに集結した各勢力が、敵味方を問わず一団となってピラー破壊に当たった。
その甲斐あって、タワー周辺の居住区域への被害を最小限に食い止めることができたのであった。

考えるにこのクーデター自体、アロウズ上層部が情報統制の下、故意に隙を見せ、起こさせるべくして起きた
ものではなかったろうか。
これに続くメメントモリによる低軌道ステーションの攻撃、人質に首謀者ハーキュリー、使者セルゲイの死、
そして事実隠蔽の情報操作に至るまで、クーデターの鎮圧という一義的な目的に加え、カティのような軍内の
不満分子に対する燻り出しと警告、見せしめをも兼ねているように思われてならない。
これらがアロウズの提唱する、人類意志の統一による恒久平和の実現に向け、連邦軍再編のため仕組まれた
筋書きであったとすれば、何と卑劣で安くない挑発だろう。

――こんなことが許されるのか! 衛星兵器で低軌道ステーションを攻撃しようなどと!
クーデター鎮圧の為には一般市民の犠牲もやむなし、とする司令部の通達に、海上空母で待機を命ぜられていた
カティは、艦長席のアームレストを強かに打って激昂した。
――それでもやるでしょうね。
彼女の側で一部始終を見守っていたホーマーの甥、ビリー・カタギリ技術大尉がおもむろに口を開いた。
――司令は恒久和平実現の為、全ての罪を背負う覚悟でいます。
彼はあたかも自らの覚悟を語るかのように、静かに、しかし決然と言い放ったのだった。

エミリオ・リビシ。ホリー・スミルノフ。ただ一人の人間の死さえ、遺された者の悲嘆は計り知れない。
リーサ・クジョウにセルゲイ、そしてアンドレイ・スミルノフも、本来なら共に歩み過ごすべき人生を、大きく
狂わされてしまっていた。心の奥底に抱えたままの罪の意識がカティを縛り、苛み続けている。

カティがどれほど過去を悔い、己を厳しく律して努め、この先戦乱のうちに命を落としたとしても、己の失策で
喪った者たちと、遺された者たちへの償いになどなりようがない事を、彼女は身を以て知っていた。
アロウズ司令ホーマー・カタギリに罪を負い、一命を擲つ覚悟があったところで、喪われた数百万の命と、
遺された者たちの未来の代償になど、なり得るはずがないのだった。それは傲慢というものである。
251文書係:2009/07/20(月) 04:40:30 ID:???
公式出るまで脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ離脱 その9」

 「連邦政府は今回の一件を、反連邦勢力によるテロと発表した」
ややあってカティは、再び口を切った。
「アロウズの蛮行はこの一件のみをしても明白、また、これまでの非人道的行為の証拠は、作戦指揮官である
私と共にある。今、内応すべき外部抑止力であったスミルノフ大佐を失ったからには、我々がここに留まる必要もなくなった」
胸中の積憤を心の眼で見つめながら、彼女はそれらを一つ一つ拾い上げは紡ぎ、言葉に換えてゆく。

「いかに世界の変革に興味のないお前とて、長く軍禄を食む身、軍隊が何の為に存在するかぐらいは分っているだろう」
「え〜、地球連邦軍はー、地球唯一の平和維持軍としてー、ですね、善良なる・・・・・・市民の利益及び安全を維持し、
平和・・・・・・を、あれ?」
記憶が途切れたらしく、パトリックは虚空を見つめ陸に打ち上げられた魚のように、口をぱくぱくさせた。
カティは唇をへの字に曲げ、呆れ顔で溜息をついた。この期に及んで、緊張感の欠片もない体たらくである。

こうした潔いほどの無関心や思想と思考の欠如を、むしろ快しとして彼を重用してきた彼女だったが、緊迫した状況下で
目の当たりにしてみると、やはりこれはどうしたものかと、こめかみの辺りをひくつかせた。
「馬鹿者、誰が地球連邦憲章を暗誦しろと言った・・・・・・。しかし軍とは本来かくあるべきもの。恒久平和などという崇高な
理想を掲げようとも、市民の平和と安全を恣に破壊し、事実を歪曲して世論を誤つアロウズは、もはや軍隊ではない」

反連邦勢力に対応するため、連邦の忠実なる番犬として発足したアロウズだったが、超法規に情報統制、最新兵器という
牙を得て急成長し、頭数でなく純粋な戦力についてのみ言えば、今や連邦を凌ぐ勢力となってしまっていた。
既に指示系統は逆転し、連邦軍を併呑するのも時間の問題と言えた。
カティからすれば、このような事態は発足当初から予見できたことであり、不安を覚えたからこそアロウズに赴いたのだった。
けして与えてはならない権限を容易に与えてしまった連邦の自業自得とはいえ、飼い犬に手を噛まれるどころか、
取って代わられる異常事態に、連邦上層部もさすがに危機感を抱き、穏健派の急先鋒である彼女に連携を求め始めていた。

また、アロウズの中にも、カタロンの協力員、更には連邦クーデター派の隊員達がいるという実情を、彼女は内偵活動を通じ
把握していた。そしてソレスタルビーイングには、彼女のかつての同志であり、今は好敵手ともいえる後輩、リーサ・クジョウ
がいる。連邦上層部の一部とクーデター派、カタロン以下の反アロウズ・連邦勢力、ソレスタルビーイングと、反アロウズ
包囲網は目に見えないながらも、徐々に形成されつつあったのである。

「たとえ罠であるにせよ、アロウズの暴虐をこれ以上、黙視する訳にはゆかん――我々はこれより戦線を離脱し、私は
アロウズを討つ」
説明したところでパトリックにどこまで理解できるのか、先程の彼の態度から察するに甚だ怪しく思うものの、カティは
それでもと丁寧に言葉を選び、一つ一つ噛んで含めるように、ゆっくりと言葉を継いだ。
「これに際し少尉、貴官を連邦に再転属させることも考えたが」
「今回の件を鑑みるに、パトリック、お前も謀殺される可能性がないとは言えなくなった」
「事ここに至っては、お前を連邦に突き返すことも叶うまい。少々厄介だが、つきあってもらうぞ」

パトリックを伴えば討伐に参加させざるを得ず、セルゲイを失った今、連邦に置いて行けば後顧の憂いを残すこととなる。
どちらも彼にとって危険には違いないが、「来ちゃいましたぁ!」と心臓に悪いことを再度やられるくらいなら、最初から
連れて行く方がましである。連邦上層部に掛け合い彼の身柄の保護を要請したところで、アロウズがもし本腰を入れて
彼に手を伸ばせば、その魔手から逃れられるとも思えない。
カティにとってパトリックは、あらゆる意味でまさしく「放っておけない男」なのであった。

252文書係:2009/07/20(月) 04:44:17 ID:???
公式出るまで脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ離脱 その10」

 「ああ、そういうことなら! むしろ大歓迎です!」
パトリック・コーラサワーはカティ・マネキンの予想に反して、さも安心したかのような笑顔を見せると、胸を撫で
下ろした。

「何っ!?・・・・・・馬鹿を言え!」
カティは危うく机を叩きそうになったが、夜間ということもあり、堪えて拳を置くに留める。
「お言葉ですが大佐、自分は大真面目です。俺が大佐を守るために来たって言ったの、もう忘れちゃったん
ですか?」
パトリックは背を傾けて机の前端に取り付くと、彼女の顔を覗き込み「ひどいですよぉ」と口を尖らせた。

こちらも彼の身を案じて誠心誠意説得したのに、うかうかリントの計に嵌りのこのこアロウズまでやって来おって、
ひどいのはどっちだ、と腹立たしく思わずにはいられない。
自分を守るために来たなどと、いじらしいことを言うので思い留まってはいるものの、状況を全く飲み込めていない
だろうパトリックの馬鹿さ加減と度を越えた能天気ぶりに、カティは固く握り締めた拳を、気の抜けた向こうっ面に
渾身の力を込めてぶつけ、目を覚ましてやりたくもなるのだった。

「解っているのか? パトリック」
「これまでのようにはゆかん。やられて帰る先などないぞ」
連邦上層部よりアロウズ討伐の内諾を取りつけたにせよ、クーデターであることに何ら変わりはなく、一旦こちらの
旗色が悪くなれば、彼らが素知らぬ顔でカティたちを見限り、再びアロウズに尾を振らない確証はなかった。
そうなれば彼女たちも、セルゲイ等やカタロン、ソレスタルビーイング同様、反政府勢力のレッテルを貼られ、
排除対象となるだけである。討伐成功の後は有効なカードになり得るとしても、現時点においては全面的に信用する
には足りなかった。

「謀殺だの何だっつっても、戦場出りゃいつだって命、狙われてるじゃないすか。それとどっか違うんですか? 
俺は平気です」
パトリックは平然と言い切り、軽く反動をつけて机から手を離すと、不意に切なげな面持になりカティを見つめた。
「そんなことより、俺の手の届かないトコで大佐が、危ない目に遭うかも知れないってのに――また連邦で
指くわえて待ってろなんて、あんまりじゃないですか」
彼は胸元を掻き毟り、苦しげに声を振り絞る。
「もう、蚊帳の外はゴメンです――置いていかないで下さい」
その双眸は潤みを帯びて一層色濃く、哀願の言葉と共に、縋るようにカティの瞳を捉えた。

「やられて帰る先なんて、どうだっていい。連邦だろうがアロウズだろうが、どこだっていい。俺は大佐の側で、
貴女と同じ方を見て戦う」
「だって俺は、貴女の――」
「パトリック」
思わず彼女が腰を浮かしかけたところで、
「俺は貴女のワンマンアーミー!! ドコまでもついていきますよ大佐ぁ!」
パトリックは一転、晴れやかな笑顔で誇らしげに胸を叩くと、高らかに豪語したのだった。

「そこで言うか」
戦闘と謀殺の区別もつかない愚かなパトリックの、愚かなだけに偽らざる真摯な言が彼女の胸を打ち、ほんの一瞬、
心に熱いものが注した。
と思いきや、最後の一言で腰が砕けるほどの脱力感を覚えて、カティは力無く椅子にくずおれた。
253文書係:2009/07/20(月) 04:48:12 ID:???
公式出るまで脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ離脱 その11」

 ワンマンアーミー――なんと忌々しく、腹立たしい響きだろう。
ミスター・ブシドーのほか、人類の上位種であるという、《イノベイター》と呼ばれるライセンサー達――秩序を
第一とする軍隊において、本来ならばあるべからざる無秩序なこの存在に、彼女は何度となく、やり場のない
怒りを感じていた。

クーデター発生の報を受け、パトリックに命じ急遽V‐TOL機で海上空母に舞い戻った際にも、ミスター・ブシドー
は一人高笑いしながら、どこへと告げるでもなく勝手に出撃してしまっていた。ホーマー・カタギリの肝煎りで
アロウズ入りした彼に、腹を立てるだけ無駄と頭では分っていながら、こんなことで軍隊が立ち行くものかと、
カティは奥歯をぎりぎりと軋らせたのだった。

抜きん出て高い戦力を有しながら指揮官の命に従わず、リヴァイヴ・リバイバル大尉のような一部の例外を
除けば、戦術の一翼を担うでもなく、いつどこへ行って何をするかも関知できない。
戦術予報を生業とする彼女にとって、不確定要素に満ちた彼らは、敵味方という以前に相容れぬ存在であった。
怒りに任せてパトリックに、愚痴の一つもこぼしてしまっていたのだろうか。
長い付き合いの気安さで、自室に駆け込むなり、怒鳴り散らすようなことがなかったとも言えない。

しかし人の名前もうろ覚えで、締まりなくへらへらと笑い、話も聞いているのか聞いていないのか分らないような
この男が、よく憶えていたものだと彼女は驚いた。
――俺は貴女のワンマンアーミー!!
そしてこの男が口にした途端、この言葉が何と滑稽に響くことか。

――しかもこの私の、だと? ふざけるな!
ワンマンアーミーといえば、上官の命令等の制限を得ず、当人独自の意思で行動できる軍人ということなのだが、
彼の言わんとしているのは恐らく、彼女個人の意思で動かせる戦力、ということなのだろう。
意味も若干取り違えているようだし、矛盾もしている。腹立たしいはずが、不思議と痛快だ。

事態は急に瀕しており、笑っている場合ではとてもないのだが、口許がつい歪んでしまう。
話の前後からすれば、本人は大真面目で言っているつもりなのだろうけれども。
彼女はここまで、自分たちが置かれている状況を説明して、彼に覚悟の程を問い質すつもりだった。
だがこれをパトリックなりの覚悟と、受け取ってよいのだろうか。

「・・・・・・お前の気持ちは分った」
パトリックの頓狂な決め台詞に、毒気を抜かれた上に腰も抜かし、今は微苦笑を悟られぬため顔を背けていた
カティだったが、やおら立ち上がると向き直り、傲然たる面持ちで彼を見据えた。
「ではその覚悟とやらを、見せてもらおう」
彼女は美しく揃えた五指を己が胸に引き付け、彼に挑みかかった。
「私に引き金を引く覚悟があるならついて来い! パトリック!」
「へ?」
254文書係:2009/07/20(月) 04:51:54 ID:???
公式出るまで脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ離脱 その12」

 「いや〜はははははは! 参った参った!」
ライトグレーに彩色されたジンクスVのコクピット内に、緊張感のない笑い声が響き渡った。
「大佐を撃てと言われたときには、一瞬どうしちゃったのかと思ったんですけど、上手くいったもんですね!」
パトリック・コーラサワーは上機嫌で操縦する傍ら、半ば振り返って上官を仰ぎ見る。
「現時点では離脱に成功したに過ぎん。油断するなよ少尉」
彼の上官、カティ・マネキン大佐は厳しい表情を崩すことなく、浮かれ気味の彼を叱咤して一睨みする。
それをいま一たび斜め下からちらりと盗み見て、彼女と初めて会った時のことを思い起こした彼は、更に相好を
崩した。

アロウズからまず自分が、そして今、カティを無事連れ出すことに成功した。確かに彼女が言う通り、二人が
姿を消した事を不審に思う輩がいるかも知れず、追っ手が来れば即、戦闘になるかも知れない。
カティの命を預かっている以上、パイロットとしてのパトリックに油断しているつもりはなかった。だが彼女が
確かに彼の側にいる。その厳然たる事実が彼の頬を緩ませ、胸を熱いものが満たし、溢れ出すのを止められない。
「はい大佐ぁ! まっかしといて下さい!!」
ついつい漏れた分の情熱が笑声になり軽口になってしまうのだが、そのことに彼自身は全く無自覚だった。

パトリックは数日前、いつも通りカタロンの反乱に対応する形で、カティから出撃を命ぜられた。ただいつもと
違っていたのは、
――被弾の際、故意に機体をロストさせ、脱出せよ。
と前もって指図されていたことだった。指示通り脱出すると、連邦軍クーデター派の生き残り士官が彼を
待ち受けていた。彼と共にクーデター派のアジトに向かい、あとはカティから通信が入るのを、パトリックは
通信端末と睨めっこをしながら一日千秋の思いで待っていた。

彼が過去、ソレスタルビーイングとの戦いにおいて撃墜され、自力で帰還できなくなった場合には、大抵、
直属の上官であるカティの艦か、彼女の命を受けた同僚たちが彼を捜索し、回収してくれるのが通例になっていた。
今回もその例に倣い、カティは海上空母を一時副艦長に預け、小回りの利く小型艦に乗り換え彼の捜索に
出向いたのだった。

その間パトリックは、クーデター派から連邦正規軍の哨戒用ジンクスを借り受け、以前対ソレスタルビーイング
戦で使用した特殊な覆いを用いて熱源を遮断し、指定されたポイントに潜伏していた。
カティの乗った艦が予定の時刻に現れたところで、彼はアンノウンを装い物陰から奇襲をかけた。
攻撃しても轟沈しない箇所を選び、威力を加減して艦に中破程度の被害を与える。一方、艦内のカティは速やかに
総員を退避させた後、一人別ルートで脱出し、合流ポイントにおいて彼と落ち合ったのである。

模擬戦不敗の上に不死身を誇る自信家のパトリックは、戦闘時に神に祈りを奉げたことなど、これまでただの
一度もなかった。けれども惚れた女に銃口を向けた、この一瞬ばかりは何かに縋り、祈らずにはいられなかった。
――大佐、俺に力を!
彼にとって神であり、世界にも等しい女の姿を脳裏に思い浮かべて叫ぶと、彼はビームライフルを構えて
カティの艦に照準を定め、トリガーを引いた。

(今回投下分終了。多分「アロウズ離脱 その13」に続く)
やっと離脱しました。が、次回その13はカティ視点からのアロウズ離脱になります。
もうしばらく離脱編にお付き合い下さい。
255通常の名無しさんの3倍:2009/07/20(月) 23:07:57 ID:???
>>文書係
続き待ってました。
離脱編6〜7での大佐とのやりとりを読むと、
大佐とツーカーで意外と賢い所もあるなと思ったのですが、
やっぱりコーラはコーラでしたねw
「オレは貴女のワンマンアーミー!」、
数あるコーラの名言の中でも5本の指に入る名台詞だと思います。
TV本編で、ぜひ叫んで欲しかったです。

続きも楽しみにしています。
256通常の名無しさんの3倍:2009/07/21(火) 00:04:55 ID:???
>>250-254
GJ!
コーラwwwコーラまじGJwww
離脱方法は意外に正攻法(?)でしたね〜
やっぱりカティが鮮やかです!
次回も楽しみに待ってます
ユニオン組の絡みにも期待w
257SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/07/24(金) 22:10:15 ID:???
投下いたします
258SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/07/24(金) 22:11:17 ID:???
10/

 ――デズモンド ブリッジ

「作戦開始――」

 隊長の号令一下、加速したバビの編隊は速度を保って敵防衛ラインに迫り、
ミサイルを放出しざまに反転した。火砲が咆哮と鉄の牙を吐き、弾頭を迎え撃つ。

「フェイズを2に移行――」

 戦域の遥か彼方から、ミネルバの"トリスタン"による砲撃が陸上戦艦の前方、
地面を深ぶかと穿った。小サイズのクレーターを、駆動するスケイルモーターが
悠々と通り抜ける。小型空母並の重量ながら、ジープ程度の速度を出せる。

「ミネルバの支援砲撃に飛び込むくらいのつもりで行け――!」

「任せて下さい、隊長!」
 
 デズモンドの操舵手が威勢よく舵を切った。
 もうもうと立ち込める噴煙の中、自ら撒いたチャフによってレーダーも
目視も聞かないデズモンドは、ミネルバからの"砲撃による振動"を目印に
進行している。

「じき、ミネルバの射程圏外に出る――ここからはモビルスーツ勝負だぞ」

 表情険しいヨアヒムの目は自然と、デズモンドの両翼に立つ二機のザクに
向けられていた。


 ――ガルナハンゲート 司令室

「ロアノーク隊との連絡が取れていませんが」

 オペレーターの混乱に自分の判断が引きずられないよう、注意を払いつつも、
基地司令は実のところ、自分の焦りを周りに見せない事で精いっぱいであった。

「構わん、ガルナハンゲートは難攻不落だ」

 自分にも言い聞かせるように、司令は、噴煙の向こうから現れたデズモンドへの
攻撃命令を下した。ロアノーク隊はザフトの妨害を受けたか――敵の本気を感じる。
ラドルも、陸からゲートを落とせるとは思っていまい、と察した司令は、調整中の
機体を含むすべての"ゲルズゲー"を発進させるよう指示を出した。

「すべて――ですか? 三機は調整中ですが――」

「盾代わりにはなる――地上の敵は囮。敵は空からだ」
259SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/07/24(金) 22:15:29 ID:???
11/

 デズモンドの上から、星のような光芒がきらめく。陸上戦艦の姿を映していた
モニターがまとめて数十個、一気に沈黙――司令室が激しい振動に揺らいだ。

「基地直上に直撃!」

「言わんでも分かる――情報系統の切り替え急げ。常に予備を確保しろ」

 と、机のカップに伸ばした手が制止する。天井からパラパラと降る埃が、
黒い水面に浮いていた。
 とっておきのモカ・ブレンドを駄目にされた司令が、こめかみに青筋を浮かべる。

「砲門を開け、挨拶返しだ。目標、敵陸上戦艦!」




 ――デズモンド ブリッジ

「敵砲台に高エネルギー反応!」

 通常は高熱や振動を察知するセンサーが、高エネルギーの"γ線"を検出し、
人工知能の算出する危険度がレッドゾーンに傾いた。

「総員、耐ショック――!」

 取り決め通りに。ザムザザーがデズモンドの前方に躍り出て陽電子シールドを展開する。
 張られたシールドの面積は、なんとかデズモンドを覆える程だ。

 陽電子対消滅のエネルギーを使って電磁場の強烈なギャップを作り、荷電粒子と
光波(=電磁波)を散乱させる陽電子シールド・システム。ローエングリンを防御可能な
代物は他になく、ラドルもザムザザーに頼るほか無い。

「来ます――!」

 "ローエングリン"の照射時間は、約千分の六秒と記録された。
 その瞬間、戦域にある全ての兵士が、戦場を二つに裂く光の帯を幻に見た。

 電子―陽電子対の消滅によって発生したガンマ線は、ほぼ正確に照準をデズモンドから
"逸らし"、飛びだしたザムザザー"直下"の地面を瞬時に蒸発させる。

 鉄の密度をもつ風が、ザムザザーとデズモンドにを縦横に吹きつけた。
260SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/07/24(金) 22:17:12 ID:???
12/

 ――ミネルバ カタパルト

 戦闘の開始から数分、大地の身震いに、一際大きいものが混じった。

「この振動――シールドでは無く、地面への直撃か」

 二人のパイロットは自然と、第三フェイズへの移行を悟る。

「シン=アスカ。インパルス……行きます!」

「アスラン=ザラ。セイバー……発進する!」

「シン――」アスランは、三機編隊の先頭を行くコアスプレンダーに
通信チャンネルをつないだが、
「話は、作戦が終わってから聞きます、アスラン」
と、回線はぶっきらぼうに遮断された。

「……そうだな」MA形態のセイバーは、マッシュルームクラウドの上がった戦場へ。
 分離状態のコアスプレンダーとフライヤーは、十時方向、鉱山へと行く手を変える。

 強襲型ブースターを増設したセイバーは、その名の通り、戦場の見方を救う
救世主となるべく、矢のような加速でミネルバを後に飛び去って行った。


 ――ガルナハンゲート前 ザムザザー コクピット

 ザムザザーは風にあおられた木の葉よろしく舞い踊る。
 中の二人は、ミキサーに放り込まれた果物の気分を存分に味わっていた。

「ぬ……んんっ――!」

 ベルトが無ければ、ものの数秒でヨウランとヴィーノのミックス=ジュースが
完成するコクピット、二人は舌を噛まぬよう、機体が安定するまで歯を食いしばっていた。

「うう……生きてる?」

 天地さかさまで安定したザムザザーの中、ヴィーノが後ろ席を気づかえば、
「なんとか――」と、吐き気を我慢している様子でヨウランが答えた。

「早く体勢を立て直せよ、俺はシールドの調子を見る」

『ヴィーノ! 俺のグフまでソニック・ウェーブが来たぞ!? ちゃんと射線に割り込め!」
261SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/07/24(金) 22:18:23 ID:???
13/

 ザムザザーの天地をもどしながら聞く怒鳴り声と一緒に、指揮データが更新される。
 『前へ!』と書かれた指示と共に、デズモンド前方の座標が指定された。
「シールド、行けるぜ」ヨウランに言われて、操縦桿を握りなおすヴィーノ。

「割り込めって言ったって……なにあれ、クモ?」

 敵ローエングリンの影響を最小限にとどめるには、オーブの沖でザムザザーが
やっていたように、前方に突出して射線に躍り出るしかない。
 しぶしぶと思い機体を前に進めるヴィーノの目に、異形の機体が入った。人の
下半身を蜘蛛に置き換えたような、毒々しいシルエットである。

「なんだあれ……怖い!」

『あれが新型だ――任せろよ!』

 巨大なライフルを手に近づく"ゲルズゲー"に、オレンジのグフが大剣を叩きつけた。

『おぉ……らぁっ!』

 スラスターを全開にして、迫るゲルズゲーを辛うじて跳ね除けると、頭部へ右手の
ビームマシンガンを放つ。
 センサーの集まる頭部は、人間と同じくMSの急所の一つである。
 驟雨の如くに打ちつけるマシンガンはしかし、ゲルズゲーが展開した
陽電子シールドの輝き、その表面で散らされてしまった。

「あれも、シールドを!?」

『"ザムザザー"、クモは俺に任せて前に来い――! 手前等を俺が守る、
手前等はデズモンドを守る、だ。良いなっ!?』
 
「は……はいい!」
262通常の名無しさんの3倍:2009/07/24(金) 22:20:35 ID:???
14/

「流石は連合の要衝――守りが堅い! "クモ"は一機と言う情報だったが!?」

 レイが舌打ちしながら大砲を放つが、ビームは敵の前衛に二機並ぶ"ゲルズゲー"
――まるで人に蜘蛛の足が生えたような形をしている――の陽電子フィールドに阻まれた。

「見込み違いなんて、よくあることよ!」

 両の脇に2丁のビーム・ライフルで阻止弾幕を形成する。
 射撃の苦手なルナマリアはそう言いながらも、蟀谷に汗を流していた。
 "ザムザザー"が堅固な装甲と打撃力をもって単騎で突出するタイプなら、この"ゲルズゲー"は
機動力を生かし、通常型のMSと連携することを重視しているのだろう。

「ええい――相手だって調整不足だって言うのに!」

 ルナマリアの観察眼――"鷹の眼"――は既に、"ゲルズゲー"中三機の動きの鈍さを
察していたが、デズモンドに張り付いたザクで、その隙を突くには至らない。

「シンは――まだなの?」

 "ゲルズゲー"に守られた敵の部隊は固く、阻止弾幕にひるむ様子もない。
二機、三機と連れだって接近してくるウィンダムの数に辟易としながら、ルナマリアは
ライフルを捨て、掴んだトマホークを振り回し始めた。

「アスラン……セイバーが先だ!」

 鹵獲したザムザザー、そしてザフトの新型グフを連合に曝しての作戦である。
そこに機を見て投入されるセイバー、すべてがインパルスのための陽動であった。

 ザクが足場としている陸上戦艦に次々と着弾が起こり、足元を揺さぶられる。
 前方でミサイルを放っていたガズウートが炎を吹き上げて挌坐した――パイロットの
脱出を確認したデズモンドは炎上する機体の上を前進する。スケイルモーターの下で
不吉な足音が起き、デズモンドの通った後には平たくプレスされた鉄屑だけが残った。

「あうっ――!」短くルナマリアの悲鳴。
 赤いザクのシールドが、度重なる直撃の負荷に耐えかね、基部からパージされる。
 それを勝機と捉えたか、一機のウィンダムがビームサーベルを抜いて降下してきた。

「ルナマリア、下がるか。シールド無しに此処はきついぞ?」

「下がる? ――真顔で冗談言わないで。グレネードがもったいないって思っただけよ」
263SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/07/24(金) 22:21:55 ID:???
15/15

 そう言って素早くトマホークをひるがえすと、肉薄したウィンダムが、サーベルごと
胴体から両断される。パイロットの脱出したウィンダムの首を掴むと、
「盾ならここにあるわ――!」ザクの前に掲げてルナマリアは叫んだ。

 レイはケルベロスを構えた。デズモンドの主機関からエネルギー供給を受けた主砲の
砲身は、そろそろ限界に来ている。ライフル一丁では、エネルギーが心もとないだろう。

「レイ、下がる? 弾切れ"あり"でここはきついわよ?」

「下がるだと? ……冗談を言うな、ルナマリア」

 レイは、赤く過熱したケルベロスを直上へ向け、最後の一撃を放った。
上空で爆発したウィンダムの残骸が降り注ぐなか、溶ける砲身を捨て、
落ちてきたビームライフルを中空でキャッチすると、
「弾ならば、ここにある――」整然と言い放ち、一撃。
 上空でまた一機、ウィンダムを火球に変えた。

 戦闘中、軽口を交わしながら繰り広げられる神業の数々に、デズモンドのクルーは
言葉も出ない。
 レイ=ザ=バレル。そしてルナマリア=ホーク。彼ら二人もザフトレッドであった。

 ふと、デズモンド前方に展開していた連合のモビルスーツ隊が、海の割れるように
正面を開けた。

「……来るぞ!」

 センサーが、"ローエングリン"に二度目の高エネルギー反応を捉えた。

264SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/07/24(金) 22:27:11 ID:???
以上、投下終了です。感想、ご指摘はご自由にどうぞ。

だまされて改行を入れてみましたが、本当に読みやすいですかね?
わかりません。

感想をくださる読者の皆さん、本当にありがとうございます。
それからとめさんも、スパイの仕事と一緒にありがとうございます。

それでは。
265SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/07/25(土) 10:44:55 ID:???
書けるときはあっさり書けるもの。
12レスくらいあるので、今見てる暇な人がいたら
よろしくお願いします。
266SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/07/25(土) 10:46:33 ID:???
16/

 直撃の瞬間、ザムザザーのコクピットは、意外なほどの静けさに包まれていた。

「……え?」

 疑問符を浮かべたヴィーノ、そしてヨウランを、直後、再び凄じい揺れが襲う。
 レーザーの散乱には成功したが、エネルギーの何%かはその場で熱に変換され、
小規模な嵐を起こしたのだ。ザムザザーの装甲表面に塗布された耐熱塗料が蒸発し、
機体は白煙に包まれていた。

「熱と衝撃で装甲も制御系もヤバイけど…………耐えた、耐えたぜ!」

「うん、さっきよりはマシだった。ちゃんと防御した方が安全なんだ」

『いよし、二人ともよくやったぁ!』

 吹き荒れた熱風にも負けずクグフを安定させていたハイネは、風に煽られていた
ゲルズゲーに抜け目なく接近すると、『まず一機!』人型と蜘蛛型の境をその
ビームソードで切り裂いた。




「へ――っ!」グフの中、敵機を一刀に切り伏せ、ハイネは自分で喝采を挙げた。
四機が三機に減らせれば、デズモンドのザクが大分楽になる。

「どれ、砲台は――?」と、開けた視界で戦場を見渡す。
 ローエングリンとデズモンドを結ぶ射線上に、なんら障害となるMSが居ない
事を確認すると、力の限りに声を張り上げる。

「アスラン、フェイズ4だ、派手に頼むぜ。これで決めたってかまわねえ!」

『任せろ――』

 静かに、しかし激しく力強く。燃える口調でアスランが応答する。
 立ち昇る噴煙を裂いて疾風の如く、駆けるセイバーが戦場に現れた。
 増設したブースターの生み出す絶大な推力が、数十トンを超す巨大な
救世主に音速を超える力を与えていた。

『おおおおおぉ――!』
 機体の先端、対を成す"アムフォルタス"に光が灯る。戦場の中央を一直線に
突破したセイバーから、収束プラズマの光が放たれていった。
267SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/07/25(土) 10:47:26 ID:???
17/

 ――ガルナハン 坑道

「ちっくしょう!」

 いくらシミュレーションを重ねても、フライヤーで坑道を突破するのは、
やはり無謀の極み以外の何物でもない。

「はやくいかなきゃあ、ヴィーノ達がヤバイっていうのに!」

 趣味の悪いことに背後に続くシルエットフライヤー二機は、シンの飛行軌跡を
"正確に"たどるスレーブ・モードで動いて居るので、コアスプレンダーがどこかに
引っ掛かって速度を落とせば、直後に"掘られる"仕組みである。

「趣味が悪い、おまけに真っ暗で……データだけが頼りってそんな
問題じゃないだろ!」

 細かなS字のカーブなどは、十分の一秒単位の操縦が要求される。
 普段、目視情報を頼りに飛んでいるシンは、余分にストレスを感じながら
機体を操って行った。

「早く――早く!」

 何よりも、見えない戦場の様子が気になった。確かに弾丸も飛んでこないし、
練習通りに進めば心配のない任務ではあるけれど、助けようのない場所で
仲間が傷ついているかもしれない事に比べれば、一緒の戦場にいた方が
百倍も気が楽だ。

「――!」

 目の前で"何か"が落ちた。――落石? 判断の追いつくより早く、小さな旋回で
"ソレ"を躱す。どうして落石があったのか? 戦闘振動? "ローエングリン"の
威力はどれぐらいだったろうかと、ただ心配だけが深まり、畜生、今度同じような
事があったら今度こそアスランにやらせてやる、と心を決める。

「"ヤシガニ"の事と言い、トンネルの事と言い――帰ったら覚えてやがれ、
アスラン――!」
 地下水脈の滝をくぐる。
 コアスプレンダーは、たまに少し壁に掠りながら、それでも着々と進んで言った。
268SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/07/25(土) 10:48:41 ID:???
18/

 "アムフォルタス"から放たれた紅蓮の輝きは、禍々しい砲塔の寸前で、
陽電子の輝きにせき止められる。

「ちぃ――!」

 思い出したようにセイバーへ向けられる対空砲火に、反転する事もかなわない
真紅の機体はそのまま稜線の向こうへと飛び去る形で戦域をいったん離脱する。

「アスラン=ザラより各機へ。攻撃は失敗。繰り返す。攻撃は失敗だ!
フェイズ5への移行を!」

 追いすがるミサイルを振り切りながら、アスランはデズモンドへと通信する。
作戦指揮権は、デズモンドのラドルにあるのだ。ややあってセイバーの
指揮データがリンク越しに更新され、配置ポイントが指定された。

「よし――!」

 地面ギリギリを飛行する事でミサイルを減らしながら、対空砲台を沈黙させて
本隊への合流ルートを作る。燃料切れのブースターを排除したセイバーは、
デズモンドの右翼に展開するウィンダムへと切り込んでいった。




 セイバー攻撃失敗の報を聞いたハイネは、残念に思いはしても、
驚きはしなかった。

「……やっぱだめか。そうだよな。モビルスーツにシールドつけられて、
大事な砲台につけない理由が無いもんなあ!」

 唯一の救いは、砲撃のサイクルが予想を超えた速さを見せていないところか。
シンが遅すぎなければ、第三射の前にインパルスが出てきてくれるはずだ。

『ハイネさん! デズモンドが――挌坐しました!』

「折込済みだ!」嘘である。ヴィーノの報告にヤバイ、と思っていた。
「手前等はそこを動くなよ!? 死守だ、死守! それからザク二機は前に来い。
ラドル隊長、良いな!?」

『構わん。存分にやってくれたまえ。こちらは"引き際を見せる"!』

 ラドルのセリフと共に、ラドル隊所属のガズウートが明らかに動きを"乱した"。
およそ半々に分かれて、デズモンドの直掩につくものと、背中を見せる機体とに
分かれる。
269SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/07/25(土) 10:50:19 ID:???
19/

「へ……アスラン! ラドル隊長はまだやる気だぜ?」


 ラドル隊の見事な"死に体"を装う演技ぶりに、ハイネが唇の端を吊り上げた。
デズモンドに左翼から襲いかかる一隊へと横合いから切りつけ、ビームマシンガンで
弾幕を張る。

「あのおっさん、きちんと勝つ気でいやがる!」

 地形の影からレイのザクファントムが掩護射撃を加え、陣形を乱させた
ところで、鞭の一撃によりさらに一機を屠った。

『その様だな! これは、ミネルバ隊も負けてはいられないだろう。
ハイネ! こちらで一匹、請け負うぞ!』

「二匹だ、二匹! ルナマリア、レイ! ちゃんと陰に隠れてるか?
両翼の"クモ"を俺とアスランで一匹ずつやる。掩護しろ!」

 デズモンドは守りを薄くすることで、囮となって敵を引きつけようとしている。
インパルスの突破にかける意気込みで、ラドル隊に負けてはいられない。

 敵の布陣をざっと眺める。ゲルズゲー一機が、六機ずつのウィンダムを守って
一つのチームを作っていた。デズモンドには既に一チームが迫ろうとしている。

 ――両翼合わせて十四機、か。

「――行ける!」

 腹を括ったハイネが高度を上げて飛び出し、二機のゲルズゲーの間に
位置を取った。既に数多のウィンダムと、ゲルズゲーを屠ったハイネのグフへ、
当然濃密な砲火が集中するが、夕日の色をしたグフは網の目を抜けるようにその
火線を回避。地表から二機のザクの援護を得て、逆に一機、二機と沈めて行った。

「おいおい、まさか、この程度で"黄昏"を落とせるとはおもってねーよな?
まだ日は沈んじゃいないんだよ!」

 360度を敵に囲まれて示す凄じい機動に、敵味方とも心を奪われるほどであったが、
ハイネの肉体も集中力も、極限の状況下ですぐに限界を迎えつつあった。

 完全に回避していたビームが手足に掠るようになり、ミサイルを撃墜しきれず
盾で防ぐ。じりじりと包囲網が縮まり、いよいよ直撃があるかと言うところで、
「ルナマリアぁ!」
ハイネは叫んだ。
270SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/07/25(土) 10:52:00 ID:???
20/

『了解!』

 地上から応じる声と共に、二十四のミサイルが発射された。互いに絡みつくような
複雑怪奇の挙動をとりつつ、すべてのミサイルがハイネのグフに集中する。
 火器管制の設定ミスか? 違う。2ダースのミサイルはグフに直撃する前に、
プログラムに従って自壊――濛々たる煙でグフの姿を、多くのウィンダムから隠す。

 その視界が遮られた中に飛び込む魔鳥の影は、目にも鮮やかな真紅。
 それは、救世主の名を持っていた。





「はああああっ――!」

 最大加速の"セイバー"で噴煙の中に飛び込み、突き破るように飛び出した。
人型に変わった"セイバー"の手には、"テンペスト"ビームソードが握られている。

 煙の中で、まるで三日も前から取り決めをしていたように自然と、
セイバーはグフから大剣を借り受けていた。

 その動きを捉えきれなかったウィンダムは、高速で飛翔する影を止められない。
 紅い巨人は邪魔する者も無く、彗星のごとく"ゲルズゲー"に迫った。
 振り上げられる鋭い刃、応じて掲げられる陽電子の盾との間で素早いスパークが起こる。

「――ハッ!」

 セカンドシリーズMSの凄じいパワーよ。落下の勢いを加えたセイバーの
突撃に耐えきれず、"ゲルズゲー"は地面に叩きつけられる。

 それでも破られない陽電子シールドに、「流石に固いな」と漏らすアスランだが、
声には余裕を含んでいた。

「だが……堅いだけだ!」直後、セイバーは"テンペスト"で切りつけた体勢から
瞠目すべき速さで態勢を切り返し、シールドの無い腹の側に回り込む。

 セイバーの両手に輝くサーベルのきらめきに、ゲルズゲーのパイロットは
何を思ったであろうか。シールドを展開し得ない側に接近を許した時点で、
勝敗は決していた。

 切れ味の鋭い斬撃に、成す術もなく手足を飛ばされたゲルズゲーは大地に転がる。
コクピットを外す余裕がアスランにあったのは、相手にとって幸運であっただろう。
271SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/07/25(土) 10:54:12 ID:???
21/

「ふぅ……」

 ゲルズゲーから抵抗の動きが無いのを確認して、ようやく息を吐くアスラン。

「さて、ハイネは……心配するまでもないな」

『へへ……当たり前だろ?』

 落ち着いて返すグフの足元には、関節から白煙を上げて挌坐するゲルズゲーの
姿があった。

「……どうやってシールドを破ったんだ?」

『グフのスレイヤーウィップは良く"しなる"からな。シールドの脇から当てる
くらいは、わけがねえ』

 そのうえ一発当てれば、シールドの発生器位は壊してくれるのさ。
 ハイネはそう続けた。

 ――シールドさえなければ、鈍重なMA一機、無力化するのにわけはないな。

 納得したアスランは、いつの間にか上空を飛んでいたウィンダムが、
引き潮のように、左右に分かれているのを悟った。

 ――いよいよか。

『敵"ローエングリン"に、高エネルギー反応!』
 戦場にデズモンドオペレーターの声が、三度響き渡った。
272SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/07/25(土) 11:00:03 ID:???
22/

 ザムザザーは、ヴィーノ必死の操縦のおかげで、なんとか飛んでいるありさまだった。
ただでさえ強力な装甲と、加えて陽電子シールドの守りが、接近戦を苦手とする連合側の
部隊にとっては鬼門だったという事もある。

『――に高エネルギー反応!』

 そんなウィンダムの脅威にさらされ続けていた二人は、敵MSが退いたと見るや
もたらされた報告に肝を冷やす。

「どどど、どうしよう」

「あー、ヴィーノ」ディスプレイをのぞきこむヨウランが顔をあげ、
「右のシールド発生器に異常だ」と、焦るヴィーノに追い打ちの如く告げた。

「えええ!」

『お前ら、下がれ! 後は俺達に任せていい!』

 ハイネの声がするが、ヴィーノはかたくなにデズモンドの前を離れようとはしなかった。
鈍重なゲルズゲーの死角を守ってくれていたのは、デズモンドの対空砲台であり、
今、下に残骸となって転がっているガズウートのパイロットだったのだ。

 それに、シールド発生器は、二基残っている!

「ヴィーノ。もう一発。防ぐことはできるぜ? 食らったらただじゃあ済まないけどな」

「うん――下がれないよ!」

 ここにいるのは無駄じゃない。そう思えたとき、ヴィーノの手は自然と操縦桿を握りなおし、
その目は遥か遠くの砲口を見つめていた。

「だって……だって。シンが来るじゃないか!」

 ビームの牙をむき出しに、第三射の光がともる。

 そして砲台真下の岸壁から、爆煙が上がった。
「ああっ!」ヴィーノが向けた期待のまなざしは、大地から飛び出す三つの光を捉える。

「シン――!」

『待たせたーーーーっ!』

 並ぶ光は一体となり、彼等の良く知る、白亜のインパルスを形作った
273SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/07/25(土) 11:01:20 ID:???
23/

 ――ガルナハン 坑道

「距離五百――今だ!」

 ここまでくれば、やる事は決まっていた。コアスプレンダーのミサイルを全弾放出し、
目の前を塞ぐ岩盤を吹き飛ばす。

 開けた視界。敵は僅かだ。悩むことも無かった。通信機から聞き知った声。応える。

「待たせたーーーーっ!」

 合体シーケンスを実行するインパルスのシステムにデータが更新されて、
ザムザザー健在のデータを流し見たシンは、ほっとしながらシールド裏の
ビームライフルを構えた。

 ジャンプを一回、砲台との距離を詰める。目と鼻の先の高エネルギー反応は、
凶暴なγ線レーザーが今にも発射されようとしている事を示していた。

 だからこそ、砲口の近くには敵が居ない――!

「遅いぜ!」

 ためたエネルギーを放出する暇も、陽電子シールドを展開するゆとりも与えず。

 放った乾坤一擲のビームは狙いたがわず"ローエングリン"の中心を射抜き、
発射寸前の多大なエネルギーが逆流した砲台で、大きな爆発が起こった。
274SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/07/25(土) 11:05:59 ID:???
24/

 ――ガルナハンゲート 司令室

「な……なんだあのモビルスーツは――! 一体どこから湧いてきた!?」

 寸前まで勝利を確信していた基地司令は、炎を吹き上げるローエングリン砲台を
どこか非現実的な目線で見ていた。

 突如地中から現れたトリコロールのモビルスーツは、ローエングリンを無力化
したと見るや、直様基地のトーチカを潰しにかかっている。不意に肉薄された
砲台群は酷く脆く、ガルナハンゲートの堅牢を支えていたトーチカが次々と
破壊されてゆく。

「司令――! 我々にはまだモビルスーツが残っております。どうか指示を!」

「デズモンドへの攻撃を集っ――!?」

 指示を出しかけた司令の目が、戦況を映すディスプレイに注がれた。

 戦端を開く一撃を放ってから後方に引いていた敵の"バビ"が、装備を
対モビルスーツ用に換装して現れたのだ。それらと敵の新型を止める
対空攻撃能力が、今のガルナハンゲートには、無い。 

「戦闘を停止させろ。降伏……降伏だっ!」

 ダンッ!

 もはや人的被害を最小限にとどめるしか叶わないと悟った司令は、
デスクに悔しさの拳を叩きつけた。
275SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/07/25(土) 11:07:17 ID:???
25/

 ――ガルナハン 広場

 戦闘後、機器の不調で移動不能に陥ったザムザザーからパイロット二人を
拾い上げたのは、シンのインパルスだった。
 アスランに呼ばれ、ガルナハンの町に降り立ったインパルスの周囲には、
厚い人の波が押し寄せている。

「……」

 シンの脳裏に、民間人から投石を受けた苦い記憶がよみがえる。

「降りても――大丈夫だよね?」

「うん――たぶんヴィーノは大丈夫――だと思う」

「しっかりしてくれよな、シン。ヴィーノだけ? 俺が降りたらアウトになるのかよ」

「ああ……ゴメン。そんなんじゃなくって。……うん。一緒に降りよう」

 そっとハッチを開け、顔を出した三人を包んだのは万雷の拍手――色とりどりの
笑顔が眼下に広がり、惜しみない称賛を送っていた。

「ありがとーーーー! ほんっとに……ありがとーーーー!」
 その中には、ミネルバを降りてジープで駆けつけてくれたコニールの姿もあった。

 シンとて朴念仁では無い。背骨を突き抜ける感激が身を震わせる。
 必要とされたという思い。救う事が出来たのだという思い。

 すべてがシンの視界に広がり、よくやってくれたという声でシンを受け入れていた。

『シン――お前に向けられたものだ』

 シンが拍手を浴びる上から、アスランの声がそっと語りかけた。
 まだ、アスランとは話し足りないところがある。
 "ヤシガニ"の二人に何かあったら、作戦直後だろうと殴るつもりだった。
だが、二人とも多少の打ち身で済んだために怒りが小さい。

「……はい……」

 何よりも、胸を満たす不思議な感慨に、シンは一時浸っていて、驚くほど素直な気持ちで、
アスランにそう返事をしていた。
276SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/07/25(土) 11:09:14 ID:???
26/

「……」

 シン達が熱烈な歓迎を受けているその横で、アスランはセイバーに乗ったままだった。
 広場では、連合の旗が景気良く燃やされている。
 その端に並べられた連合軍人を、アスランは唖然として見ていた。

「陸上部隊は何をしている!? まさかまた、『捕虜は要らない』とでも言うのか!?」

 一列にひざまづく連合の士官達――拳銃を手にしたレジスタンスの姿を見るまでもなく、
その目的は明らかだった。ミネルバに緊急連絡を入れるアスランの眼下で、黒光りする
銃口が士官の後頭部に当てられた。

「やめろ……やめろ――!」

 ――そして引き金を引く。

 一人づつ二発づつ、頭と心臓に鉛玉を受けて地に伏す士官達の体の下に、
赤い血だまりが広がって行った。

「クっ――!」

 ガルナハンの基地司令が早々に白旗を挙げてくれたのは、こうした住民の私刑から
ザフトが兵士を守るという動きを期待してのはずだ。

『こちらハイネ=ヴェステンフルスだ。状況は把握した。アスラン。
ラドル隊は基地内部の鎮圧に手いっぱいだと言ってきたんで、ミネルバから
増援を回す。俺も車でそっちに向かうから、少し待ってろ。変な気を起こすなよ?』

「分かった。早く来てくれ」

 今、アスランが出て行って"やめろ"と言う事も出来ない。感情の行き場を無くした
住民がザフトに不満を抱き、この後の治安維持に支障をきたす恐れもあるからだ。

「今、"セイバー"で彼らレジスタンスを脅しつければ……駄目だ。
取り返しがつかない」

 うつぶせに倒れ動かない死体を、年端もいかない子供が踏みつけ、連合の白い
制服に足跡を残してゆく。

 戦果をあげて輝かしい気分に包まれている三人。そのすぐ近くでアスランは、
陰鬱とした気持ちで、地面に転がって行く死体の数を数え上げた。
277SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/07/25(土) 11:11:04 ID:???
27/

「……そう。アスランには嫌なものを見せてしまったわね。地上班に関しては、
人選も含めて貴方に一任するわ。着いたら、彼等をしっかりとねぎらってあげて」

 受話器に耳を当てていたタリアは、ため息を一つ、疲れを隠さなかった。

「レジスタンスのリンチが起こるなんて――最後で爪が甘かったわね」
 タリアはむしろ、ラドル隊の手際に憤慨しているようだった。

「何か、ガルナハンの下で見つけたんでしょうか?」
 動かないミネルバで、今おそらく一番暇なマリクがそんな事を言う。

「……そうね」
 そう言ってしばらく、尖ったあごに手を当てていた彼女は、やがて顔を上げた。

「アーサー、貴方ラドル隊に誰か知り合いがいる?」
 質問の向かったのは、ラドル隊相手の実務を担当するアーサーだ。

「はい……まあ幾らか知った顔はあります。折衝のついでに探りを入れてみましょう」

「お願い」そしてタリアは、出撃した各機の状況をモニターするメイリンの
報告に耳を傾け、この話題を暫し忘れることとした。

 艦が動いていてもいなくても、彼女の仕事は尽きる事が無いのだ。

「レイ=ザ=バレル機。ルナマリア=ホーク機。共に帰還位置まで来ました。
それぞれ空いているカタパルトから入ってもらって良いですか?」

「良いわ」

「……だそうよ。お帰り。お姉ちゃん。レイ」

 メイリンはルナマリアとなにがしか言葉を交わしている。

「艦長」そこまで黙っていたバートが、ふとタリアを呼んだ。
「ミス・コニールから連絡です"ザフトの協力に最大限の感謝を"と」

「そう」それを聞いた時、タリアの肩から力が抜けた。
 ここでの戦闘は終わった。と実感する。

「……年かしら? 少し……少し疲れたわ」
 体を艦長席に沈め、タリアは嘆息した。
278SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/07/25(土) 11:13:01 ID:???
28/28

 ――ガルナハンゲート 深奥

 ラドル隊に随伴した陸上部隊が、ガルナハンの治安維持に優先したものが今、
虚ろな空洞となってガルナハン最奥の施設に広がっている。

「間違い……無いッスね」

 ガルナハンゲートが陥落してもなお、その空間はよほど頑丈に作られていたのだろう。
モビルスーツが運動会を開けそうなその空間はとにかく広かった。

 いくつかの自爆トラップを解除しながら進んだ結果、たどり着いたのは"何もない"空間。
スペースだけを作って、そのままに放置していると言った感じだ。

「こんなバカ穴あけてまあ。連合側としても、偽装処置が出来なかったのかな?」

 何が行われているのかを知る手がかりは、エネルギーである。
 記録から電力使用量を割り出させたヘルマンは、一つの確信を胸に、
通信気を耳に当てた。

「本部に連絡を――。尻尾は掴んだんで、情報部から何人かよこしてください」

 センサーの届かぬ此処で、何らかの巨大兵器が組み立てられたと考えられる。
分解して運びだすのは、さぞや大変だっただろうに。

「それじゃ、ターミナルへの義理はこれで果たしたし。僕はここでー」

 あとは、捕まえた基地司令から話を聞き、解析を進めさせればいいだろう。
プラント情報部"ターミナル"には、専門の人員が幾らでも居る。
 残りの雑事はラドル隊に任せることにして、ヘルマンは迷わず地上へ向かう。

 その足で、宇宙に向かうつもりだ。
 敬愛する隊長は宇宙にいるし、虐めて欲しい副隊長はどうせその隣か背後に居るので、
彼としては地上にいる意味はないのだった。

 今頃、ジュール隊長は大量の書類と、そこに紛れた婚姻届(副隊長の署名入り)に
悩まされているだろうから、自分が颯爽と登場して処理してあげねばなるまい。

「それにあれだよな。"デストロイ"。少なくとも一体は完成してる――か」

 ひょっとしたら、地上は大変なことになるかもしれない。ヘルマンはそう思った。
27945 ◆/UwsaokiRU :2009/07/25(土) 11:21:03 ID:???
以上、第22話「少年の見た少女の町」終了
第23話に続く。
んーと、ローエングリンは討ったんで、
次は真実を見えなくしてミーアに歌わせたり、
眸をさまよわせてステラをおぼれたりさせればいいんですな。

感想、ご指摘はご自由にどうぞ。
では、また。
280文書係:2009/07/26(日) 17:45:25 ID:???
>>255さん、ありがとうございます。
>やっぱりコーラはコーラでしたねw
シリアスモードで指揮官らしいコーラもそれなりに好きですが、
やっぱりアフォなのが一番らしくて自分は好きです。
コーラのシリアスモードはこれにて終了しますので
何だかホッとしています。

>「オレは貴女のワンマンアーミー!」、
>数あるコーラの名言の中でも5本の指に入る名台詞だと思います。
一ヶ月くらい決め台詞を考えた甲斐がありました。・゚・(ノ∀`)・゚・。


>>256 さん、感想dです。
>離脱方法は意外に正攻法(?)でしたね〜
幾つか考えましたが、一番地味なのを・・・
スメラギさんなら一番派手なのにしたと思います。

空白の4ヶ月も何してたのか考えてみましたが、
結局クーデター派のアジトで地道に訓練させながら
正規軍など他勢力と連絡を取り、
戦術を練っていたんだろうなというところに落ち着きました。
ちなみに自分の中で一番ひどい4ヶ月案は、
ひきこもりの女流作家とそのヒモジャーナリスト設定で
アロウズ本部のお膝元か経済特区日本に潜伏、というものでした。
勿論、一通り想像しただけでボツです。

>やっぱりカティが鮮やかです!
ありがとうございます。
これからぼちぼちと出てくる
ユニオン組との絡みにもご期待頂けると嬉しいです。

感想を書いてくださった皆さん、ありがとうございました。
規制などがなければ、今夜か明日夜続きを2レス分投下します。
281通常の名無しさんの3倍:2009/07/26(日) 21:22:25 ID:???
>>279
投下乙!みんながかっこええ!投下も久しぶりだけど、これまた久しぶりのシホにも安心したw

>>280
>ひきこもりの女流作家とそのヒモジャーナリスト設定
これはこれで読んでみたいw
282通常の名無しさんの3倍:2009/07/26(日) 22:29:44 ID:???
今夜は無しだろうか。
イナクトとジンクスVを抱えてwktk待機してるんだけれども。
283文書係:2009/07/26(日) 23:42:59 ID:???
公式出るまで脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ離脱 その13」

>>250-254
 ――MS部隊所属、パトリック・コーラサワー少尉のジンクスが、カタロンとの交戦中、ロストしました。
この報せに接したアロウズ隊員たちの反応は、カティ・マネキンに言い表しようのない身の置き所のなさを
味わわせていた。

――不死身だエースだの言ってた割には、大したことなかったな。
――俺様が世界を平和にして、大佐にプロポーズするとかほざいてたけ・・・・・・あっ。
このように囁き合う者たちは、カティの姿を認めると気まずそうに視線を逸らし、足早に去ってゆく。

他方、彼の長期不在に慣れたAEU出身の隊員たちは、
――大佐がいらっしゃれば、少尉のことです。「大佐ぁ〜」って叫びながら、どこからでも這い上がってきますよ!
――少尉なら放っておいても自力で還ってくるんじゃないでしょうか。あの人、なんたって不死身ですから。
まるで彼女を気遣うかのような言を、口々に吐いてゆくのであった。

パトリックの無事を一人知るカティは、これらの言に努めて冷静に対応しているつもりだった。だが本音を言えば、
心積もりはしていたものの、どれを聞いても決まり悪くてならなかった。そして噂の張本人であるパトリックに
対しても、
――あれこれ吹聴しおって、あの馬鹿者が!
嘘は言わない男であるが大言が過ぎ、何よりまず話し相手を選べと、無用の苛立ちまで抱えていた。

うんざりしながら海上空母の艦長席に座し、アームレストに頬杖をつきながら溜息をついていると、コツコツと
控えめな軍靴の音が近づき、カティの前で止まった。
――少尉を・・・・・・お捜しにならないのですか?
語り出しこそ遠慮がちであったものの、返答を待つ翡翠色の大きな瞳には、非難と同情の色がありありと見える。
若い――そして感傷が過ぎると、カティは口許に苦笑を浮かべつつ居ずまいを正した。

ルイス・ハレヴィは4年前ガンダムの襲撃に遭い、眷属と自身の左腕半分を失っていた。毒性の強いGN粒子を
浴びて細胞障害を患い、治療に用いたナノマシンの影響で、微量ながら脳量子波を操ることができるとのことで
あった。
彼女はAEU屈指の富豪、ハレヴィ家の現当主であり、アロウズの有力な出資者の一人でもある。アーバ・リントも
彼女を特別扱いし、ソーマ・ピーリスなき後のアヘッド脳量子波対応型、スマルトロンを上層部に上申して彼女の
乗機とさせるなど、便宜を図っていた。
経歴によらず当人の意志によってアロウズ入隊を許され、准尉という階級にありながら優先的に新型機を与え
られるのも、そうした事情が働いていたのだった。

人の死に心を痛め、感傷を催すのは人情であり、カティにも同じ思いはある。
幸福で恵まれた日常から一転、悪夢の底に突き落とされたような彼女の境遇を思えば、多感になるのも頷ける。
問題は彼女を出撃させ、ガンダムに遭遇するか僚機が撃墜されると、高確率で過呼吸発作、もしくは錯乱状態で
帰還することにあった。
ルイス・ハレヴィはそのパイロットとしての能力と、両親の仇であるソレスタルビーイングを打倒するという
意志は措くとしても、精神的に余りに脆く、繊細に過ぎるように見受けられた。このまま彼女を戦火の中に
置き、復讐の為の不毛な戦いを続けさせれば、いずれ精神に破綻をきたすのではないかと、カティは
危ぶんでいたのだった。
284文書係:2009/07/26(日) 23:50:38 ID:???
公式出るまで脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ離脱 その14」

 ――海上空母の艦長である私が、この非常時に、一士官のために席を空ける訳にもゆくまい。
カティ・マネキンは艦長席で悠然と構え、尤もらしい建前を述べて、パトリック・コーラサワー捜索についての
彼女への答えとした。
――前例があります。
それにルイス・ハレヴィは、臆することなくすぐさま反論を加えた。
――ソーマ・ピーリス中尉の機体がロストした際、上官であったセルゲイ・スミルノフ大佐は一時的に地上空母
の艦長席を離れ、捜索に出向かれたではありませんか。

――ほう。貴官はこの私に、反連邦分子の真似をしろと言うのか? 物騒なことだな。
恒久平和を阻む反政府勢力は理由を問わず叩き潰す、と日頃公言している若い女性士官に、カティはわざと
おどけて見せ、半ば皮肉を籠めて応酬した。穏やかならぬ二人のやり取りに一瞬周囲が静まり返ったが、
ルイス・ハレヴィはなおも食い下がった。
――スミルノフ大佐はクーデターに関与した嫌疑で罪に処せられたと聞いております。ですが、ピーリス中尉の
一件に際しては、お咎めはなかったはずです。

カティに意見する為に理論武装してきたのかと、彼女はルイス・ハレヴィのひたむきさに感心した。
その一方で、上官に人目も憚らず抗弁して気後れするところのない、怖いもの知らずな押しの強さは、
いかにも富豪の令嬢らしいと、腑に落ちるものもあった。
――異例といえば異例だが、准尉の言い分にも一理ある。私は随分と薄情な上官のようだ。
カティは自嘲気味に非を認めつつ、内心我が意を得たりと深く頷くと、周囲に言い聞かせるように声高に告げた。
――パトリック・コーラサワー少尉の多年にわたる軍功に報い、最後の捜索には私自ら出向こう。発見でき
なければ捜索を打ち切り、報告書を司令部に提出することとする。

周囲からの進言がなければ、柄にも無い臭い芝居を打ち、取り乱した振りをして捜索を強行することも、
カティの考えの内にあった。しかし実際は、AEU出身の隊員たちの後押しと、何よりセルゲイの先例に
助けられた形で、らしくもない下策を採るまでもなく、彼女はスムーズにパトリック捜索の途につくことが
出来たのだった。
感じやすいルイス・ハレヴィの心を徒に痛ましめ、利用したことに対して、カティは後味の悪さを覚えていた。
だが今はアロウズを離脱し、主を失って動揺しているだろうクーデター派の立て直しを図ることを最優先
させなければならないと、様々な思いを振り捨てて海上空母を後にしたのだった。

他人の死を喜ぶつもりこそないが、この場にアーバ・リントが居合わせないことは彼女たちにとって幸いだった。
もし彼が存命であり、カティとパトリックを獲物に狙いを定めた蛇のような目で監視し続けていたなら、
彼女らの不審な行動にいち早く感づいて離脱を全力で阻止し、歓喜に身を躍らせて反逆の罪を暴き立てようと
したに相違なかった。
アロウズの中堅クラスの指揮官である、リントやジェジャンといった面々が櫛の歯が抜けるように欠けた
今となっては、彼女らの離脱をいち早く嗅ぎ付けるものも、もはや存在しなかったのであった。
(今回投下分終了 多分「アロウズ離脱 その15」に続く)


デモクトは当然のようにありますが(あとはティエレン)、ジンクスVはこれから買おうかと
・・・ロボ魂もいいなあと迷い中。あとオートマトン、単品で出ませんかねえ(無理)
と思ったらGジェネポチってしまったので、いい年をして8月に向けwktkしてます。
週末は家族サービスの為、始動の遅い文書係です。どうもお待たせしましたノシ
285通常の名無しさんの3倍:2009/07/27(月) 02:20:00 ID:???
ここでルイスを持ってきたか!
キャラクターの出番にそつがないないなあ。お見事。GJ!
286通常の名無しさんの3倍:2009/07/27(月) 02:35:33 ID:???
>>283-284
GJ!
カティって自分の中ではもっとドライなイメージがあったんだけど
今回のルイスとの絡みも含め、内面の女性らしさがよく見えて新鮮です
あと自分も没案の4ヶ月読んでみたいwww
続きも楽しみにしています!
287文書係:2009/07/30(木) 03:03:07 ID:???
保守代わり。 一方その頃、イノベ控え室のヒリングとリヴァイヴ。

 「リヴァイヴ。あなたのお気に入りの指揮官サマ、やられちゃったみたいよ」
「あなたと一緒にアロウズに来た赤毛の変なの? アレ捜しに行ってミイラ取りがミイラになっちゃったって。
バッカみたい!」
「あの二人、デキてたんだってさ! 傑作よねぇ! 人間ってやっぱり愚かで、不便ったらないわ――
変革が必要なのよ、リボンズの言う通りね。私らなら生死も居場所も、キモチだっていっぺんに
解り合えるんだから」

「ちょっとぉ、リヴァイヴ! ・・・・・・また音楽聴いてる? アンタ私がさっきから話しかけてるってのに、
失礼しちゃう!」
「――ヒリング。僕が音楽を聴いていたって、君の言いたいことは分るんですから、問題ないでしょう?」
「んもう!意地悪・・・・・」

「悲恋ばかり喜ぶ君の方が、意地悪くはありませんか? マネキン大佐には、ご同情申し上げますよ――
僕の片割れもいずれそうなる運命かと思うと、気の毒で」
「ふふっ・・・・・・『同情』? 『気の毒』? 思ってもいないクセにさ! 女の子のあなた、今は随分とお楽しみ
なんだからいいじゃない。その方があとあと、面白いわよぉ」

「僕には何が面白いのか、さっぱり――敢えてその積極的意義を挙げるとすれば、悲恋が芸術を生む
こともある、というくらいですかね」
「ふん・・・・・・つまんないの!」


思いつきで書いただけなので地の文がなくてすみません。
分りにくかったらゴメ。
288通常の名無しさんの3倍:2009/07/30(木) 07:33:24 ID:???
保守乙。

セリフだけでもらしさが出ていていいですね。
289通常の名無しさんの3倍:2009/07/31(金) 01:38:56 ID:???
>>287
GJ! 面白かったw
この2人って仲いいのか?悪いのか?w
290保守ネタ見習い:2009/07/31(金) 03:17:32 ID:???
前略               マユへ

アスランが押せって。

後略                シン


パーティーは遂に慰霊碑にたどり着いた。

トリィが現れた!
キラとラクスが現れた!

キラとラクスは仲間にして欲しそうな目でこちらを見ている。

シンは二人を見ている。
アスランは呪文を唱えた!「…ハロは?」

キラは握手を求め右手を差し出した!

ルナマリアとメイリンは心配気に見ている。
アスランはふたたび呪文を唱えた!「…ハロは?」
シンは意を決してキラとガッチリ握手を交わした!!
「一緒に戦ってほしい」
「……ハイ!」

そして感動のエンディングへ向けて天上より現れたるマユがシンに語りかけた!!


・キラとラクスをなかまにしてあげますか?
 する
→しない
 
291通常の名無しさんの3倍:2009/07/31(金) 03:20:11 ID:???
やだ……なにこれw

ところでハロは?
292通常の名無しさんの3倍:2009/07/31(金) 09:03:15 ID:???
>>290
これ

→はい
 いいえ

こんな風にしてみたら違うセリフが聞けるんだろうか。
個人的にはいいえにしたいんだけども。ところでトリィは?
293保守ネタ見習い:2009/08/02(日) 21:32:48 ID:???
拝啓                           マリナ・イスマイール様

先日のニュース映像にて、貴女があの長く美しい髪をバッサリと切り、ショートカットの
お姿を拝見するにあたり、再び御手紙を差し上げた次第です。

アザディスタンでは「マリナ様失恋か?!」などとかなり話題になっているようですね。
貴女があれほど長く美しい髪を切るという行為は、重大な何かを決心されたのだと解釈致
しました。
貴女の決心に応えるべく、私の方は準備万端にてございます。
手紙、メール、発光信号等々連絡いただければ24時間以内に貴女の元へとガンダムで舞い
降ります。
式の日取りや場所、招待客やテレビ中継等の調整が大変かと思いますので、なるべく早く
の連絡をお待ちしております。

さて、話は変わりますがミレイナ・ヴァスティを覚えておられますでしょうか?
当時は14歳の少女でしたが、今ではすっかり大人の女性へと変身いたしました。
私から見ればまだまだ子供な彼女ですが、なぜか最近やたらと私にチョッカイをかけて来
て困っております。
私が深夜に居住室にて、こうして貴女宛ての手紙をしたためている時にも周りをウロチョ
ロとしている次第です。
手紙を盗み見ては「マリナ様はもうオバサンですぅ」とか「マザコン?」等の暴言の数々、
私もさすがに黙っておれず「子供は早く寝なさい!」と叱りつけました。

「もう子供じゃないですぅ」潤んだ目で私を見つめながら彼女はパジャマの上着をするりと


敬具                                    刹那

↓そろそろ職人さんSS投下
294文書係:2009/08/02(日) 23:01:09 ID:???
>>293
なんかだんだんムッツリ刹那が愉快に見えてきた、GJ!
マリナになって的外れな返事を書きたくなりました。
ミレイナカメイ○世のことはいいのか?おやっさん涙目w

小説3巻買ったんだけど、パトリック出てこなかった・・・
書き直し覚悟で待ち構えてたんですが、4巻出るまで改変は多分またお預けです。

そんな訳で今続きの手直し中なので、2、3日中にうpする予定です。
Gジェネまでに投下しないと、サボってしまいそうなんで。
295河弥 ◆w/c45m7Ncw :2009/08/03(月) 23:52:10 ID:???
ご無沙汰しております。河弥です。
今からこのレスを含め、12レスを投下したく思います。
0時をまたぐようにしますが、投下が止まりましたら支援をお願いいたします。
296河弥 ◆w/c45m7Ncw :2009/08/03(月) 23:54:36 ID:???
「 In the World, after she left 」 〜彼女の去った世界で〜

第16話 「紙片 −じかく−」(後編)
(1/10)


 ミネルバのデッキの上で、シンは進行方向に目を凝らした。
 水平線の向こうには、ただ青い空が広がっている。
 遅くとも明後日には遭遇するだろう艦隊はまだ見えない──見える筈がない。
 シンは指先に摘んだ白い花をくるくるとまわしてみた。
 大きな花弁も茎も何もかもが白いその花は、もちろん生花ではない。
 折り紙──かどうかは不明だが、とにかく何かの紙で折られた造花だ。


 その花は、昨夜ルナマリアから渡された。
「ダブル・アルファの新しいブリッジクルーのミリアリアさん、って知ってる? その人がね、あの子──ステラへの
お見舞いにって」
 そう言われた時、きっと自分はひどく間の抜けた顔をしていただろう、とシンは思った。
 実際、礼のひとつも言付けられなかった程、シンは驚いていた。
 このミネルバでは、シン以外の誰もステラを気に留めてはいない。
 例外は医師と看護士だが、彼等の行動も職務であるからであって、ステラを心から心配しているわけではない。
 ルナマリアやメイリンも殆ど挨拶代わりにおずおずと「あの子の具合はどう?」と訊ねるだけで、実際にステラの
見舞いに行ったとは聞いていない。

 そのステラへのシン以外の人間からの初めての好意。
 ルナマリアと別れてから、シンは弾むような足取りでステラの病室へと向かった。
 が、その足は途中で止まった。
 今夜はもう遅いから。そう理由付けて、花は自室へ持ち帰った。
 夜が明けて、何よりもまずステラの顔を見に行くことがここ数日の日課だったのに、今朝はそうしなかった。
 枕元の白い花が眠る前のままにそこにあるのを見て、シンは安堵よりも落胆を覚えた自分に気づいていた。
 その花は未だシンの掌(てのひら)の中にある。


――ステラのとこ、行ってやらなくっちゃ。
 青い海を見ながらそう思った。しかし、足は動かない。
――これも早く見せてやらなきゃ。
 しかし、身体は手摺りから離れない。

 風がシンの髪を軽くなびかせる。
 少しだけ、ほんの少しだけ指から力を抜けば、花は白い波間に消えるだろう。
 わざとじゃない。ちょっとした事故みたいなもんだ。仕方が無いんだ。
 考えるともなしに頭に浮かんだ思考に、ぎくりと肩を震わせた。
 そうしてやっと、花をステラには渡したくないと思っている自分に気づいた。
297河弥 ◆w/c45m7Ncw :2009/08/03(月) 23:57:14 ID:???
(2/10)

 花を摘む左手の指先にぎゅっと力を込め、空いている右手で手摺りを突き放すようにして、シンはようやく
手摺りから――水面の見える場所から離れた。
 風の来ない場所を探し、潰さないよう留意しつつ、花を抱え込んで座り込む。
 立てた膝に額をつけ、瞼を閉じる。

 気づきはしたものの、そして、自分自身の事にも関わらず、シンにはその理由が分からなかった。
 この花――ステラへの好意を預かって、シンは嬉しかった。本当に心底から嬉しかった。
 もしもそれがただの気まぐれや好奇心や、或いは同情であったとしても、シンは嬉しかった。
――なのに、なんで俺は……?

 たとえ作り物でも、見ればステラはきっと喜ぶだろう。
――そんなことは分かってる。
 苦しい息の下、それでも微笑もうとしてくれるだろう。
――そうさ。ステラはそういう娘(こ)だ。
「ネオ」の名ではなく、「シン」と呼んでくれるだろう。
――!!

 目から鱗、とはこういう事を言うのだろうか。
 ストンと何かが転がり落ちてきて、シンの心のパズルにぴったりとはまった。
 自身の心中を表現するならば、そんな感じだった。

 この花を見たらステラは喜ぶから。
 喜んで、きっと大切にしてくれるから。
 シンとの思い出の桜貝のように。桜貝と同じに。――もしかしたらそれ以上に。
 それがシンには耐えられなかった。

 そうでなくとも、何かの拍子にステラの記憶からシンは消えてしまう。
「お前なんか知らない」と、まるで仇敵を見るような眼差しを向けられる。
 今、傍にいるのはシンなのに、救いを求めるステラの細い腕はこの艦にはいないネオに向かって伸ばされる。

 しかもそれが詮無い事であるのも、シンは理解していた。
 何故なら、シンがどんなにステラを助けたいと思っても、シンには何も出来ないからだ。
 一応シンもパイロットの常識として、応急手当レベルの医療知識は持っている。
 だが、ステラにはその知識はまったく役に立たない。

 連合の強化人間――エクステンデッドらしいステラは人為的に様々な処置をされているらしく、簡易検査だけでも
人体的に有り得ない数値がでていると言う。
「これじゃあ我々コーディネイターの方が余程ナチュラルに近いよ」
 とは医師の言だ。
 シンが出来るのは、ステラがシンの事を理解できる間だけ、彼女の手を握ってやること位しかない。

 しかし、きっと「ネオ」はシンとは違う。
「ネオ」が何者かは分からない。ディオキアでステラを探していた二人のうちの一人だったかもしれないし、
ステラの主治医という可能性もある。
 とにかく、少なくともステラをあの苦しみから救い出せる人間ではあるのだろう。
298河弥 ◆w/c45m7Ncw :2009/08/03(月) 23:59:07 ID:???
(3/10)

 それが、肉体的になのか、精神的になのか、その両方なのかも分からない。
 だが、ステラがあれほど頼っているのだ。
 彼女の伸ばした腕をしっかりと握り返し、支えることができる人物であるのは間違いない。

 シンは自分の右手に目を落とした。
 二年前、マユを、両親を守れなかったこの手。無力だった自分。
 二年間必死に頑張って身体的にも成長し、ザフトの赤服となれた。最新鋭のMSのパイロットにも選ばれた。
 あの頃にはなかった力を手に入れた筈なのに、しかし、今また、たった一人の女の子すら守れない自分。
 それどころか、今一歩の処でステラを殺していたかも可能性すらあったのだ。
 あの頃と同じように膝を抱えて座り込むことしかできない右手を握り締め、シンは自らの不甲斐なさに歯噛みを
した。


 先ほど思い出した所為だからだろうか。シンは、ステラの兄だったかもしれない二人に思いを馳せた。
 ステラがはっきりと呼んだ筈なのに、彼等の名は覚えていない。もちろん、容姿も記憶から消えている。
 どこかですれ違っても、分からないことは確信できる。
――あの二人、またステラを探しに来たのかな……?
 その可能性はゼロではない。
 もしかしたら、今でもまだどこかを探しているのかもしれない。

 ふと、シンの脳裏に一つの可能性が浮かんだ。
――ひょっとしたらあの二人もステラと同じ?
 彼等もまた連合のエクステンデッドで、強奪されたカオス・アビスのパイロットなのかもしれない。
 そして、彼等もまた、ステラと同じに苦しんでいるのかもしれない。

 そこまで考えて、シンは大きく息を吐き出した。
 胸の中がもやもやと苦しい。
 これが彼等への同情なのか、憐憫なのか、それとも別の感情なのか、シンには判別できなかった。

 その時、一瞬方向が変わった一陣の風がシンの身体に吹きつけ、ふわりと花を舞い上げた。
 反射的に伸ばした腕が、指先が、間一髪花びらの一枚を捕まえた。
 ほっとしたのも束の間、もう一度吹いた風に花が揺れた。
「!!」
 シンの指先が、花に生じた微かな異変を感じ取った。
 慌てて手元に引き寄せて確認すると、花びらの根元にわずかな破れ目を見つけた。

「あ……」
 シンはごくりと息を呑んだ。
 何か途方もない、取り戻しようのない物を失くしたような気がした。
 シンの両目は花に吸い寄せられていた。
 心臓が早鐘を打っていたが、シンには逆に何もかもが凍りつき時を止めてるかに感じていた。
 宝物を捧げ持つが如く白い花を乗せた両の手の平もブルブルと震えていたが、それにも気づかなかった。

 シンは大きく息を吸い、唾を飲み込み――グッと拳を握り締めた。
 クシャリと小さな音を残し、シンの掌の中で、花は紙屑に変わる。
299河弥 ◆w/c45m7Ncw :2009/08/04(火) 00:02:15 ID:???
(4/10)

 そのまま目を閉じ、身じろぎもせず、呼吸すら止めて、シンは彫像と化していた。
 やがて、肺腑の酸素がすべて二酸化炭素に変わり、シンは息を吐き出した。それと同時にゆっくりと両瞼を開く。
 そっと手の平を開いてみる。
 しばらくの間、ぼぅっと"それ"を眺めていた。
 しかし、何の感情も湧いてこなかった。
 ステラへ向けられた好意も、「ネオ」のことも、記憶から消え落ちた二人のことも、もうどうでも良かった。

 今ならばまだ丁寧に開けば、元の形を取り戻せるだろう。
 新しい紙片を用意して、折り痕のとおりに折れば、同じものを作り直せるかもしれない。
 時間を置いて冷静に考えれば思い浮かぶであろうこれらの事も、今のシンの脳裏には過ぎりもしなかった。

 シンはゆらりと立ち上がった。
 視線を巡らすと、デッキの遥か下方に、波頭が白く泡立っているのが見えた。
──同じ"白"に混ざればいいさ。そうすれば寂しくないだろ?
 幽鬼の如くに手摺りに近づき、手の平に紙屑を乗せてみた。
 風が吹けば転がり落ちて消える筈なのに、何故か今に限って微風すら来ない。
 仕方なしにシンは腕を手摺りの外に伸ばし、軽く傾けようとして――デッキと艦内を隔てる扉が開く音に身体が
凍りついた。

 慌てて紙屑ごと拳を握るのと、開いた四角い空間にアスランの姿を認めたのは同時だった。
 その瞬間、シンは我に返った。
 握り締めた掌の中の感触に自分のした事が夢でも妄想でもないと知らされ、呆然と、愕然と、動揺した。
 それでも脚が震えだすのを堪えたのは、シンのなけなしの矜持故だった。


「シン、ちょっといいか?」
 振り向いた瞬間からひどく驚いた顔をしているシンにアスランは声を掛けた。
 いつもの如く、ぶっきら棒か面倒くさそうか、或いは好戦的な態度で返されると思っていたアスランは、
「あ、はい」
 というシンの返答に、逆に驚かされた。
 よく見ると普段の彼らしくもなく、何やら視点も定まらない様子だ。
「どうかしたのか?」
 と、問うと、「何でもありません」と即答された事に更なる驚きを覚える。
 その態度を怪訝に思いながらも、これ以上の追求は無意味どころか逆効果になるだろうと予想し、アスランは
用件を切り出した。
300河弥 ◆w/c45m7Ncw :2009/08/04(火) 00:06:15 ID:???
(5/10)

「明後日の事だが……戦えるか?」
 落ち着きの無かったシンが、動きを止めた。
 アスランはあえて"何と"の部分を略した。が、シンには分かっている筈だ。
 その証拠にアスランに向けた彼の瞳には、疑問の色はない。

「もちろん戦います。いえ、戦えます」
 僅かなためらいも無く、気負った風でもなくそう頷いたシンに、アスランは少しの羨望と微かな苛立ちを覚えた。
 アスランにはまだ迷いがあった。
 目前に迫った逃れようのない地球連合軍──大西洋連邦同盟国、オーブ艦隊と戦うことに躊躇していた。

 思えば三年前、まだ父パトリックの言葉を絶対のものと信じていた頃から、アスランはオーブと戦ったことは無い。
 ヘリオポリスでのアークエンジェル建造やGシリーズ開発、地球降下後もアークエンジェルを匿うなど、
連合軍寄りの動きをしていた国ではあるが、中立の立場を表明していた為だ。
 戦後はキラやカガリに誘(いざな)われ、かの国の国民として二年を過ごした。
 カガリ等と共に微力ながらも復興支援に携わったりしたためだろうか、今ではプラントと同様の郷愁さえ
感じている。
 軍にも幾人かの知人がいる。今度の出兵に彼らが一人も参加していないと思うのは余りにも楽観的だろう。

 ふとアスランは、シンにはアスランのような感情はないのかと気になった。
 先の大戦後にオーブを出たシンには知りえないかもしれないが、シンの年齢から言っても、彼の友人や知人が
軍属していることもあり得る。
 その彼等と戦うかもしれないという事を、シンは考慮した事がないのだろうか。

 が、口を開いたアスランから出てきたのは、「そうか」という言葉だけだった。
 シンが迷いをどう吹っ切ったのか、それとも端(はな)から迷いなど持っていなかったのか、それはアスランには
分からない。
 しかし、シンもアスランもオーブと戦わねばならない。
 それは既定の事実なのだ。

 だが、アスランがシンにそれを問わなかったのは、既定の未来だからではなかった。
 それは、アスランが自覚する自負心、そして、彼自身も気づき得なかった微かな嫉妬故に。

 もしもこの時、アスランが自分の心情を吐露していたら何かが変わったかもしれない。
 そう思ったのは、ずっと後のことだった。
301通常の名無しさんの3倍:2009/08/04(火) 00:07:30 ID:???
支援
302河弥 ◆w/c45m7Ncw :2009/08/04(火) 00:09:10 ID:???
(6/10)


「もちろん戦います。いえ、戦えます」
 そう即答したシンが最初に思ったのは、何を今更、だった。

 オーブの代表首長救出とユウナ・ロマ・セイランが発表した大西洋連邦との同盟の締結は、今ではミネルバの
全クルーに知らされている。
 一時期は伏せられていたようだが、オーブ艦隊と出港とその迎撃にミネルバが向かうとの決定を受け、
公表されたのだ。
『どうせ私はお飾りの代表だから』
 シンはカガリの言ったあの台詞の意味を、今でははっきりと理解している。

 オーブに家族を殺され、ずっと憎んでいた。
 その後、大西洋連邦との同盟締結の決定、そしてその撤回を経て、少なくともオーブという国を嫌いでは
なかったと気づいた。
 シンは未だ、プラントを第二の故郷だとまでは思っていない。
 それは単に二年という年月の短さかもしれないし、シンがザフト以外のプラントをよくは知らないからかも
しれない。
 しかしそれでも、オーブがザフトの──プラントの敵になるというのなら、戦う覚悟はとうに決めている。
 例え、相対するMSのパイロットがかつての友人であっても、乗艦しているのが親切にしてくれていた隣人で
あってもだ。

 ただ、たった一人だけ、シンには戦いたくない人物がいた。
 それは、友人でも隣人でも教師でもない。
 戦場で出会う可能性が最も高い、軍人だった。
 二年前、突然家族を亡くし、他に頼る親戚も知らない完全な孤児となったシンに援助の手を差し伸べてくれた、
トダカという名の軍人だ。

 彼は、マユの携帯と自分自身以外のすべてを喪ったシンに、当座の避難場所と資金を与えてくれた。
 それだけではなく、シンが(当時の年齢を考えれば当然)知らされていなかったアスカ家の資産や保険を調査し、
シンは遺産を受け取ることが出来た。
 無論、その大半は戦災に消失したし、記録にすら残らなかったものもあったろう。
 しかし、トダカの助言や尽力、それにたとえ僅かでも両親の遺した財産がなければ、シンはプラントに渡ることも
アカデミーに入学することも出来なかったに違いない。
 ただの戦災孤児としてどこかの孤児院で生きているのならまだマシ、という人生を送っていてもおかしくは
なかったのだ。
 今のシンがあるのは、トダカのお陰であると言っても過言ではない。

 トダカが今どうしているのかシンは知らない。
 アカデミーに入ってから二度ほどは便りを送ったが、元々の不精も手伝って、連絡を取るのをやめてしまった。
「便りの無いのは良い証拠」という言葉を言い訳にして。
 もし、その彼がシンの前に敵として現れたとしたら戦えるか否か、シンには自信がなかった。
303河弥 ◆w/c45m7Ncw :2009/08/04(火) 00:11:20 ID:???
(7/10)


「そうか」
 シンの返事に対して、アスランが返したのはその一言だった。
 その言葉とアスランの表情に、シンは軽い混乱を覚えた。
 ザフトの軍人として敵と戦えるかと問われて、戦える、と答える。
 それ以上の、いや、それ以外の答えなどない筈だ。

 しかし、アスランの表情には翳りがあった。
 これではまるで、シンがアスランの望まぬ答えを返したようではないか。
 そう考えて、そして、アスランの表情と彼の質問の意図の予測を併せて、シンはアスランの心情をほぼ正確に
理解し──理解したが故に怒りを感じた。

 シンがアスランに初めて会った時、彼はフェイスでもザフトすらでもなく、「アレックス」と名乗るカガリの
一ボディガードだった。
 ユニウスセブンの破砕をしながら地球へと降下、オーブで彼らが退艦し、そして、慰霊碑の前での二度目の邂逅。
 三度目に会った時は、シンの上官になっていた。

 アスランが何を考え、どういう経緯でザフトに戻ったのか、シンは知らない。
 しかし、指輪を渡す程の仲であった筈のカガリを置いての復隊なのだ。
 だとしたら、オーブと戦う覚悟など、決めていなければおかしい。
 今、カガリがダブル・アルファに乗艦してミネルバと同行しているのは、結局のところは偶然が重なっただけの
ことだ。
 そうでなければ、カガリが率いるオーブと戦うことになっていたとしても不思議ではないのだから。

 なのに何故今更。
 シンには、アスランが何に悩んでいるかのは分かっても、"何故"悩むのか、は、理解できない。
 目眩がする程の怒りで思わず拳を握り締め──その中の感触に全身に冷水を浴びせられたような感覚を覚え、
瞬時に怒りから覚めた。
 いや、覚めた、と言うのは正しくない。
 ステラを大切に思いながら、彼女にに向けられた好意を疎ましく思った自分自身を思い出したがために、
アスランへの怒りなぞ忘れた、といった方が近い。

 ふっと肩の力が抜けた気がした。
 オーブを守るのをやめた筈なのに戦いたがらないアスラン。
 ザフトにいながら地球軍兵を守ろうと決め、しかし、その決意ですら守りきれない自分。
 どこまでも対極にあると思っていた人との"矛盾"という微妙な共通点を見つけて、シンは何かくすぐったい
不思議な気持ちを感じた。
304河弥 ◆w/c45m7Ncw :2009/08/04(火) 00:12:54 ID:???
(8/10)

「俺は、ちゃんと守りたいです。自分の大事な物、全部」
 気が付くと、そんな言葉を口にしていた。
 突然の台詞にアスランも虚を衝かれたらしく、目を丸くしている。
「だから、えーと……」
 余りにも言葉足らずだったと思い、説明を試みようともう一度口を開いた。
 だが、自分でも思ってもいなかった言葉だっただけに、意味のある言葉は出てこない。
 それでも頭に浮かんだ単語を、ぽつぽつと口にする。

「俺、プラントが大事とかは、まだ、そんなには思ってなくて……、でも、レイやルナ、ヴィーノやヨウランや
メイリン達には大事な場所だし……。そしたらやっぱり、守りたい、っていうか、守らなきゃって思うし……」
 ふと、アスランに真摯な眼差しを向けられているのに気づき、何となく視線を逸らしつつ言葉を続ける。
「それに、できればステラにもちゃんとプラントを見せてやりたいかな、とか思うし。いや、そりゃまあ、自然の
雄大さ、みたいのは地球には敵う訳ないけど、それ以外にも色々良い所はあるし……」
 無意識に鼻の頭を指で掻く。
「……ステラは、連合の兵士だから、しばらくは捕虜扱いだろうけど……、まずはジブラルタルで身体を治して、
で、戦争が終わって、何年かかかるかもしれないけど、そうしたら、あの子に色んなもの見せてやりたいんです」

 ほのかに頬を上気させながら胸に描く未来を語るシンを見つめるアスランの顔に、刹那、痛ましい色が過ぎった。
 しかし、アスランから目を逸らしていたシンは、それには気づかない。
「だから、オーブだろうが何処だろうが、いえ、相手が誰だろうが俺は戦えます」
 そう言葉を結んだシンがアスランに視線を戻した時には、既に先ほどの色は消えていた。

「……そうか……」
 一言、そう応えたアスランだったが、考え込むような表情を見せた。
 それを、後に続ける言葉を探していると取ったシンは、しばし黙して待つ。
 拙(つたな)いながらも、自分の想いは伝えた。できればそれがアスランの気持ちに決着をつける一助になるといい。
 僅かな期待を胸に、シンはアスランを見据える。

「お前……」
「はい」
 再び口を開いたアスランに、シンは即答する。
 が、アスランの次の言葉は、思いも寄らない物だった。。
「お前、あの子のことが本当に大事なんだな」
「はぃやっ。な、何で!?」
 今度はシンの方が目を丸くした。「はい」と「いや」が混ざった返事と共に、条件反射的に質問の意図を問い質す。
305河弥 ◆w/c45m7Ncw :2009/08/04(火) 00:14:09 ID:???
(9/10)

 シンがもう少し落ちついていれば、或いは、相手がルナマリアやヴィーノら、もしくはレイであったなら、
その顔に浮かんだ茶化すような色を見て取れただろう。
 しかし、突然の問いに動転した上、からかわれるとは夢にも思っていない相手だっただけに、シンにはアスランの
思惑など毛の先ほども思い及ばなかった。

「お前の話を聞いてるとさ、お前があの子の事を大事に思ってるのが伝わってくるからさ」
 対するアスランの返答は、シンの質問に対する回答ではない。だが、シンにはそれを指摘できる冷静さはない。
「だ、大事って、俺は別にそんなこと」
「守ってやりたいんだろ?」
「そう約束したんです。だから誰もす」
 きだとは言ってない、と続けようとしてシンは気づく。そうだ、その通り。誰も「好き」とは言っていない。
危うく恥をかくところだった。
「す?」
「す、す、ステラを苛めさせないっ!」
 シンの心に誤魔化しきった(筈!)という安堵感と、「苛める」って俺は幼年学校生か、という空しさが同居する。

 別の感情が割り込んだ為か、シンは何とか落ち着きを取り戻しつつあった。
 複雑な心境のままアスランに視線を向けると、彼は「そうか」と微笑した。
 そんなアスランに心を見透かされているような気がしたシンは、反撃に出る。
「そういう隊長こそ、いいんですか?」
「ん? 何がだ?」
「本国に婚約者を放っておいて、別の女に指輪を贈ったりして」
「なっ!?」

 アスランはシンが突きつけた指摘に目を何度も瞬かせた。明らかに驚愕し、かつ、狼狽している。
 普段のアスランからは想像もつかない現状に彼の弱点を見つけた気がして、シンは内心で愉快がっていた。
 しかしそれを面(おもて)には出さず、努めて冷ややか視線でアスランを見る。
「いや、それは……」
 と言いかけて、アスランは言葉に詰まった。
 そんなアスランの逡巡などお構いなしにシンは更に続ける。

「そういや、あいつ最近指輪外してるらしいですね。二股がばれてフラレたんですか?」
 その言葉を聞いたアスランの顔から取り乱した色が一瞬で消え、代わりに九割の冷静さとほぼ一割の諦観が
彼の表情を覆った。
 瞬間、シンの背筋がぞわりと総毛立った。
 狼狽でも冷静さでも諦観でもなく、僅かに見えすぐに隠された暗く深い怒りの色に。

 これまでも何度もアスランの怒りに触れてきた。殴られたこともある。
 そのどれもがシン自身に向けられた怒りだった。だが、それに反発こそすれ、今のような感情を抱いたことは
無い。
 自分以外の誰かに向けられた筈のアスランの怒りに、シンは確かに怯えた。
306河弥 ◆w/c45m7Ncw :2009/08/04(火) 00:15:27 ID:???
(10/10)

 が、シンは、"思わず、後退り"はしなかった。
 それはシンが豪胆な訳でも、意地で踏ん張った訳でもない。足が竦んで、動けなかっただけだ。
 シンは気づいていた。
 もしも一歩でも動いていたら、身を翻して一目散にその場を駆け去っていただろう、と。
 しかし、シンは動かなかったのだ。
 勿論、自らの意志で動かなかったのではなく、"動けなかった"のだ、という自覚はあった。
 だがしかし、それでも結果として、シンは動かなかったのだ。

 アスランの視線はシンを逸れていた。
 アスランの深く静かに激しい怒りは、自分に向けられたものではない。
 アスランは他人に八つ当たりをするような性格ではない。

 その思いが、シンにわずかな余裕を与えた。
 握り締めた拳の中の紙の感触が、それを増幅・加速する。
 平静を装った仮面の下で、シンは深い呼吸をし、戦闘態勢を整える。

「……仕方ない、だろ。カガリは俺よりも他の男と結婚することを選んだんだから……」
 最早怒りの片鱗も見せず、微かな苦笑すら浮かべてアスランがそう言った。
『私はあいつを裏切ったんだから……』
 そう言った時の少女の表情と、今のアスランの表情がシンには重なって見えた。

「へえ〜。じゃ、やっぱりアスハの指輪は隊長が贈ったものだったんですね」
 シンの言葉に、アスランはもう一度大きく瞠目した。
「お、お前、知ってて言ったんじゃ!?」
「カマかけただけです」
 カガリは「アスランに貰った」と言い切ったわけではない。だから嘘は言ってない、と思いながら、シンは
すました顔で言う。
「いやぁ、ルナやメイリンが聞いたらなんて言うかなあ? 二人とも気にしてたからなぁ」
 シンはアスランに背を向けて、艦内への扉へと歩を進めた。早くなりがちの歩調を押さえ込む。

「お、おい。シンッ!」
 後ろからアスランの何時になく慌てた声が追いかけてきたが、シンはそれを無視した。

 シンには、アスランの「守りたいモノ」が何かは分からない。
 かつてはカガリだったのかもしれないが、多分、今は違うのだろう。
 しかし、シンにはどうしても守りたいモノがある。
 その少女とシンとは、敵対する者だった。
 だが、シンはその少女を守ると決めたのだ。

 簡単なことではないのは分かっている。
 だから、今、"自分に向けられているわけでもない感情"に脅えている訳にはいかなかった。
 闘いの相手はアスラン──ではなく、シン自身だった。
307河弥 ◆w/c45m7Ncw :2009/08/04(火) 00:19:02 ID:???
ご支援 ありがとうございました。
毎度毎度、遅めの更新で申し訳ありません。

まとめサイトの私の日記のところに、サブタイトルについてのネタばらし的駄文を投下させていただきました。
お時間と興味のある方は、どうぞ。
「まとめサイトトップ」→「日記」→「今日はこんな日」 です。


== ここから私信 ======

>文書係様
はじめまして。河弥です。
以前は感想をありがとうございました。
すっかりお返事が遅れてしまい、申し訳ありません。

こちらからも感想を書きたいのですが、残念ながら00はファーストシーズンの途中でレコーダの
データが飛んでから見るのを止めてしまいました。
カティやコーラサワーはなんとなく分かっても、他のキャラが全然分からないので、半端なことは
言わないでおきます。ごめんなさい。

…と、前回の投下時に書き込んだつもりだったのですが、書き込めていなかったようです。
重ね重ね失礼いたしました。
今後もよろしくお願いいたします。

== ここまで ======
308通常の名無しさんの3倍:2009/08/04(火) 00:51:46 ID:???
河弥さん投下乙です
ほぼシンとアスランだけのやり取りですが心理描写が細かくてとても楽しめました
シンのステラに対する複雑な心境もアスランの数話にわたる悩みも共感できるし切なく思えます
続きも楽しみにお待ちしております
309通常の名無しさんの3倍:2009/08/04(火) 01:17:07 ID:???
>>河弥さん
投下乙です。

>ただ、たった一人だけ、シンには戦いたくない人物がいた。
ああもう、モノローグでシンが、回避不能なフラグをたてちまってるよう。
という感じで汗が出てきました。今頃トダカさんは部下とお酒でも飲みながら、
オーブに行ったこういう少年がいてだね、彼とは戦いたくないなあ。だとか
話をしてるんじゃなかろうかと想像しちゃいましたよ。

お見舞いの折り紙を握りつぶしてしまったシンが、痛々しくて素敵でした。

GJ!
310弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/08/05(水) 22:10:55 ID:???
小さな島に風が吹く 番外編
『小隊長補佐官の休日』(1/6)

 朝六時の五分前。ベッドサイドの小さな目覚まし。温度湿度に加え気圧その他まで表示される、
高機能なのが自慢の、初給料で買った一品。極端に携行物を制限された今回の異動でも
これだけは持ってきた。彼女が仕事をする為の原動力。そしてその多機能の内の一つ、指定された
時間に音を鳴らす。今日もまたその機能を披露する前に持ち主がアラームスイッチをオフにする。
 
 お陰で同室の同僚の安らかな睡眠は今日も守られた。もっともあと30分で天地も割れんばかり
のベルが大音声で部屋中、どころか廊下まで鳴り響く。両隣の住人は目覚ましが要らないらしい。
「今日は、お休み。……か。隊長のお守りはしなくて良いけど、”仕事”はたまってるわねぇ」
 時計の持ち主、フジワラ士長に何もしない休日などあり得ない。とりあえずは簡単に身支度を
済ませると、地獄絵図が展開されるはずの部屋から食堂へ一時待避することにした。

「みんな、進んでる? ……っていうか、マジマさん。なにしてんですか? あのぉ、仕事は!?」
 朝食の後、地下の倉庫へと降りて来た。相も変わらず崩壊するのではないかと思って不安では
あるのだが、道具も材料も全てそこにある。趣味の為には危険を厭わない士長であった。
「班長が、仕事無いし、レポート纏めるのに気が散るからどっか行けっていうのよ。なんか扱い
酷くない? これ」
 そう言われて素直にどこかに行く人の言う台詞ではないだろう。士長はこめかみを押さえる。
 彼女はエミーナ・マジマ。国防空軍通信科の一士である彼女。旧中隊では士長とコンビを組む
通信士だった。そして彼女も自ら志願して島に残った。但し残った理由はさっきの台詞で明白だ。
事実上通信封鎖された孤島で通信科の仕事など無いと言って良い。上司の許可付きで堂々と
サボれる。世渡りとしては彼女の方が正しいのかも知れない……。士長はため息を一つ。

「リオナの替えの服が無いって話じゃない。他はともかく下着が一着って、洗濯してる間、乾く
まで”すーすー”だったって聞いたわよ。女の子が”すーすー”なんて、あり得ないわぁ。絶対!」
 そもそも洗濯自体、ここに来るまでしていたかどうかも怪しいものだ。大げさに言えばここへ
連れてこられて”本人ごと”まるまる洗濯された上で、漸く女の子なのが分かったくらいだ。
 替えの服がないのは他の二人も同じだが、リコはいつの間にかモルゲンの作業服を腕まくりで
着ていたし、サフィも女性用Sサイズが辛うじて着られた。但しサイズの合うブラなど無いので
厚手で黒系統の丸首Tシャツを数着渡して着てくれと士長が頼んだ。リコ以外の、誰が言うことも
上の空。と言った風情の彼女が、有り難いことに現状それだけはきちんと守ってくれている。
 あの年頃の子は突然、扇情的に見えることがある。軍隊は男が多い。心配の種は少ない方が
当然良い。面倒が増えた。と言いつつ、世話を焼くのが影の小隊長等と渾名が付く所以ではある。

 そして最年少のリオナについては勿論サイズの合う服など有る訳がない。だから縫製の経験の
ある者が暇を見つけてはなにがしか作っている。とりあえず簡単にワンピースの様なモノとジャージ
の様なモノ、2着を急ごしらえであつらえて、今もどちらかを着ているはずだ。
「で。何を、作ってるんです?」
「でね、私はリオナのパンティを……」
 士長はある程度形になった三角の布をつまみ上げる。
「あのですねぇ、推定9才の子の普段着にビキニパンツ履かせる気。……だったんですか?」
「ちょっとセクシィ過ぎたかぁ、やっぱり」
 彼女の言はとりあえず無視、放り出してあった模造紙にスルスルと無造作にペンを走らせる。
施設の機材、資材他は特殊なモノを除き全て自由にして良し。隊長からは既に許可が出ている。
「型紙はこんなモンで良いかな。……サイズはそのビキニで良いんでしょ? 何枚取れます?」
 服を作るのは趣味の一つ。ただリオナのパンティを作りに来た訳ではなかった士長である。 
311弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/08/05(水) 22:12:15 ID:???
『小隊長補佐官の休日』(2/6)

「甘いモノ。が良いよね、やっぱり。材料は全部代用品、しかもカセットコンロ。上手くできるかしら」
 お昼を過ぎ、一時を少し回った頃。フジワラ士長は厨房でカセットコンロの前にいた。
 基本的に小隊での煮炊きはホールの炊飯車か、此処で電気かカセットコンロになる。あくまで
趣味の範疇のわたくし事。なので軍の機材たる炊飯車は使いたくない堅物の彼女である。
「あまーい良い匂いがしますぅ。……あ、クッキー! やっぱり先輩だ。何でも出来るんですねぇ、
いいなぁ器用で。羨ましいです。私、家事全般全滅ですから。……あのぅ、一個貰って良いですか」

 声をかけてきたのは同室の低血圧娘、マミ・クリヤマ一士である。何故かハイスクールから
配属先、更には配属部隊まで先輩後輩の間柄。ぽわんとした見た目に若干舌足らずの喋り方。
そこだけ見れば軍人には向かない人間の見本の様な彼女であるが、実は彼女も技師長らと同じく、
旧中隊からダイが名指しで引き抜いた人材の一人である。
 通信科でも情報処理班に属する彼女の本領は、データ分析の正確さと異様なまでのタイピング
スピード。特にタイピングにかけては書類整理が本職の官吏であるクロゥや、いつも情報端末を
手放さないモルゲンレーテのあねさん、ことコーネリアスでさえもスピードでは全く歯が立たない。
しゃべるよりもタイプの方が速い、と言われるほどであり、それは皮肉にも全くその通りであった。

「上手く出来たか後で毒味、お願いね。――ところでクロゥ係長の仕事はもう良いの?」
 情報班長の発案で何かと忙しいクロゥとコーネリアス、二人に補助要員として今日一日、
”レンタル”されている筈の彼女である。何れ通信科はやることがないと言うことではある。
「だいたい必要な分は終わったそうです。それに係長、また具合を悪くされて今は寝ていますから。
イタバシ主任もデータの突き合わせだから手は要らないのだそうで。そのぉ、二時間程、無職です」
 出来上がって直ぐに、とは行かないか……。その二人にクッキーを焼いていた士長である。
312弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/08/05(水) 22:13:47 ID:???
『小隊長補佐官の休日』(3/6)

 3時過ぎ。普通科の面々が訓練を中断し寝転がるのを横目に、瓦礫を上るフジワラ士長。
「やっぱり此処だったのね、……何が良いのか知らないけど、ここ来るの、もう辞めなさい?」
 倒壊した建物の上。瓦礫の崩壊はいくら技師長でも計算出来まい。それにそろそろ雨の
多くなる時期だ。コントロール出来ないリスクを負うのは基本的に嫌いなフジワラ士長である。
「フジワラさん。……用事、また、検査とかですか? あれイヤです。服、脱ぐの……、イヤ」 
 個人的にはまるで近づきたくない倒壊した建物の瓦礫の上。半袖の服が七分袖に見える
少女、いつもは無造作に縛ってある黒い髪を風にゆるく流されながら座るサフィが振り向く。
「検査じゃないよ、あなたにプレゼント持ってきたの。気に入るかどうかは別問題だけど、ね」

 ダイが”拾ってきた”子供達3人は、当初基本的には18隊の誰にも懐かなかった。
「ま、野良だからな。エサでつっときゃあそのうちお座りくらい覚えるさ。犬よりは賢い」
 拾ってきた当人はそう言って、懐かない子供達に部屋と食料を与え、全身隈無く検査をさせた。
三人ともなにがしかの病気であるらしく大量の薬を服用していたからだ。検査結果は、医療班長の
軍医三尉とダイ以外に知るものはないが、定期的な検査が必要な状態であるのは間違い無い。
それが先ほどのサフィの発言に繋がるのだ。少なくとも彼女は定期検診をいやがっていた。
 どうにもよくわからない子供達。だから慢性病を患った常識を知らないコドモ。として扱うことに
士長は決めていた。

「クシ、持ってきたの。私のだけど新品よ? 部屋のはあんまり良く無いから。あなたはせっかく
髪の毛、きれいなんだからコッチ使うと良いわ。前にも言ったけど、髪の毛は毎日とかすのよ?」 
 それともう一つあるの。見たい? 手に提げた袋を振ってみせる。
「前にズボンじゃない服を着たいって言ったでしょ? 作ってみたの。気に入ると良いけど」

 午前中に一気に仕上げたのだが出来が悪いとは思わない。お嬢様学校の制服の様なブレザー
とスカート。ブラウスは空軍幹部の夏服の丈を詰めて代用。士長にとっても結構自信作である。
 靴はどうしようもないけど、そのスニーカーでも可愛いんじゃないかしら。と言いながら上着を
あてがってやる。普段から表情に乏しいサフィの目が、それでも少しだけ輝くのを確認出来た
だけで士長は報われた気がした。
「何故、わたしにそんなに?」
 ただの世話焼きではあるのだが、何故。と言われると歯切れが悪くなるフジワラ士長である。

 子供達のリーダー格である最年長のリコ。彼はクロゥの言うことのみは聞いた。曰く一宿一飯の
恩があるのだと、判った様な判らない様なことを言いながら。着る物や身の回りの物は全て自ら
どこからか見つけて来ていたし、その顔には誰の世話にもなりたくない。と書いてある様だった。
 
 一方最年少のリオナは人に構われるのを特に苦にしないタイプだった様で、女性隊員達には妹、
中年隊員達には娘として扱われ、それを全く苦にせずむしろ彼らとの会話を楽しみ、そして短期間で
確実に会話の中から知識、特に常識を身につけていった。
 そして意外なことに3人の真のリーダーたる態度を取ることもしばしばで、常に喧嘩口調のリコを
いさめ、他人との接触を嫌うサフィを談話室に引っ張り出した。推定9才のおかあさんであった。

 そしてそもそも人見知りが激しく、隊員達の前には滅多に出てこないサフィはいつも何故か
瓦礫の山の上で海を眺めていた。世話焼きの血が騒ぐ前に、違う物が士長の背中を押した。
『まるで昔の私だ……』。――その後どう動くかなど誰かに言われるまでもなかった。
 とにかく空いた時間をサフィとのコミュニケーションに努め、心を開いてくれたかどうかはともかく
話をしてくれる様にはなった。だから服の話を聞いたその日にはデザインスケッチを描きあげた。
313弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/08/05(水) 22:15:14 ID:???
『小隊長補佐官の休日』(4/6)

 二人ともサイズの差こそあれ、普段は国防軍の簡易制服の上下、下はワークパンツである。
 違う服が着てみたい。と言われたとき、必要があって士長は正規の制服を着ていた。かっちり
した上着にタイトスカート。気になったのはきっと正装でスカートだ、と士長は当たりを付けた。
「これ……、ホントに、わたしに?」
 そして彼女の年頃の正装ならばやはり学校の制服。目の付け所は悪くなかった様だ。
「そうよ。あなた用に作ったの。胸のワッペンは18隊(ウチ)の部隊章(やつ)を付けてみたんだけど
悪くないわね。これであなたは見た目も私たちの仲間。なかなか良いでしょ?」
 わざとらしい。と思いつつ自分の袖に付いた部隊章を見せるフジワラ士長。この場合は過ぎる
くらいで良いのだと彼女は続ける。少なくともサフィは一人で孤島に居る訳ではない。
部隊の人間が仲間であることを意識してもらわなければ、この先お互いに大変になるだろう。

「あのぉ」
「え、と……? な、何かしら」
 とは言え、やり過ぎたか……。と多少焦りつつ聞き返す。だが、サフィの返答は多少違った。
「ワッペン……、この服にも。付けてくれますか? あと、……フジワラさんのとおんなじマークも」
「――? ワッペンなら降りたらすぐ付けてあげるけど。私のマーク? ……って、なぁに?」 
 次の日からサフィの簡易制服の袖にはONDAF 18th STPのワッペン、胸に『空軍士長』
の階級章のレプリカ、そして鈍色に輝く『Surfinia.Fujiwara』の金属の名札が付くことになった。

 数日後。
「なぁ、モモちゃん。知らん間に士長が一人増えてるんだが。……部下っつーことで良いのか?」
「彼女のことは、隊長がサボらない様に自分が放った工作員だと思って下さい……」
314弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/08/05(水) 22:17:00 ID:???
『小隊長補佐官の休日』(5/6)

 夕方。サフィの袖にワッペンを縫い付けたフジワラ士長は海辺の小道を歩いていた。見上げれば
M1アストレイの頭が見える。――ふと彼女の前に、苦い様な甘い様な匂いの紫煙が流れてくる。
「んあ? ――モモちゃんか、休みに逢うとは珍しい。あぁ、この辺は崖崩れの危険地帯だぞ?」
「あ、またバカにしようとしてますね? 危険なのはこの先なのだとクロキ曹長に伺いました。
……隊長だって、この先には行かれて居ないでしょう? わざわざタバコを吸いに此処まで?」
 あ、ちゃんと灰皿は持ってきてるぞ? と自身の喫煙に若干良い訳がましい上司ではあるが
彼女は別の部分が気にかかる。Tシャツにフライトジャケット。それが彼のトレードマークだった
はず。スカーフこそ無いが、今羽織っている上着はオーブ国防軍幹部の正規の制服である。
「――っ! どうしたんですかその格好、なにか有ったのならば休暇とはいえ自分にも……」
「あぁ、そう言うのは無い無い。別に意味なんか無いよ。偶には風に当てねぇと、虫に喰われる」
 そう言うと、閉めてはいない上着の襟をばさばさと振ってみせる。普段を考えれば確かに、
気まぐれを起こして、ただ意味もなく羽織ってきた様にも見えるのだが。

「…………。隊長。なにかお考えですか? ――自分では、……力に、なりませんか?」
「やれやれ。副官殿には何もかもお見通しかぁ。…………なぁ、モモちゃん。このバッジを付けて
国防省や民間人の非戦闘員含め九十余名の命を預かる。俺にその資格、本当に有ると思うか? 
資質、と言い換えた方がわかりやすいな。リコ達が来て以来、それが気になっててさ……」
 胸元。パイロット章の上に付いた指揮官を示すバッジを見つめながら、真顔でそう言うダイを見て
フジワラ士長はゾッとする。岩の上に座ってタバコを咥える男が初めてただの青年に見えたからだ。
 夕日に照らされこちらへ向けた顔の影を少しずつ濃くしながら、襟を見つめるぼさぼさアタマで
無精ひげの青年。だから、士長は一瞬引き締まった顔をあえてゆるめて一歩近づいた。

「ヨコヤマ中隊長は部隊運営のみならず、人材の配置もバランスを重んじる方でした。クロキ曹長も
オオニシ技術一曹も、そして隊長も、さればこそ必要以上目立たずに仕事を出来ていた訳です」
 まだダイの惚けた顔はそのままだ。更に一歩詰める。
「マーシャル三尉。クロキ曹長にオオニシ技師長、医療班長、クリヤマさん、有能ではありますが、
軍隊という組織の中では、悪い意味で目立ちすぎなんです。そして選抜したのは隊長です」
 タバコを消すとゆっくり振り返るダイ。ようやくいつもの目に戻りつつある。いたずら好きで
口を開けば軽口ばかり、何処まで本気か判らない、しかし本当は誰よりマジメな目が。
「断言します。――隊長が一番目立たずして我が小隊のバランスは取れません!」
「おーおー、人がマジメに落ち込んでるっつーのに非道い言いぐさだな、全く……」
 そう言いながらゆらりと立ち上がるのは、しかしいつものダイであったことに胸をなでおろす
想いなのは、勿論フジワラ士長である。

「いつもご自身が自分に仰るでしょう。偶には良い薬です。――それよりも隊長」
 もういいだろう。深刻なのは、ダイも自分も似合わない。士長は話題を変える。
「なんだ? この上まだイジメるつもりか? 勘弁しろよ、もう」
「以前参謀閣下がいらっしゃったとき、隊長がパフェのおいしい店を知っていると仰ってましたが、
まだ伺ってません」 
 タバコのパッケージを一降りすると一本取り出し、ライターに火をともす。揺れる炎に照らされた
その横顔は士長の知る、怖いものなし、考えなしの不遜な隊長そのものであった。
「ふーっ。……自分で教えりゃいいのに。カエンの実家の近所なんだぜ。自分が実家に近寄りたく
ないだけじゃねぇか。――有名なのはパフェなんだが、本当は紅茶が専門の結構古い店でな……」
 パフェは指揮所のみんな、好きですよ? フジワラ士長は微笑みながら返す。
「みんなってなんだよ、女性陣まとめてたかる気か? ったく、たちの悪い連中が集まりゃがって」
「ふふ……。選抜したのは隊長ご自身、です!」
315弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/08/05(水) 22:18:47 ID:???
『小隊長補佐官の休日』(6/6)

 夜。既に夕食もシャワーも済ませ自室で机に向かうフジワラ士長。
「先輩、まだ何かしてるんですか? お休みなのに結局お休みして無いじゃないですか」
「寝てるだけがお休みじゃないでしょ? それに、私はもう寝るから睡眠時間も十分」
 隣の机ではクリヤマ一士が拡大鏡を額に、何かを細々と組み立てている。暇だったのだから
昼の内にやっておけば朝起きられるのに。――日記を付けていた端末をパタンと閉じる。
「そうそう、サフィが珍しく夕飯時の一番混むときに食堂に来たんですよ。わざわざ着替えて。
服、よっぽど気に入ったみたいですね。服の話だけは私が話しても返事してくれたんですよ♪」
「いくらか気晴らしになってくれたら良かったわ。病気も検査も、私達じゃどうにもならないものね」

「あぁ、先輩。寝る前にもう一つ。国防省の庁務係長が2階の居住エリア整理してて見つけたって」
 ベッドに入ろうとする士長に真っ赤なタイだろうか。赤いひもの様なものを突き出す。
「明日サフィに渡してあげてもらえますか? 某女学院なら新入生は赤のリボン、ですよね♪」
 サフィに渡した服。他に思いつかなかったので自分の出身校の制服をデザインベースにした。
但し材料の都合でリボンは作れなかった。そしてリボンを持って微笑む彼女はその事を知っていて
当然だ。過去に自分で襟に結んでいたのだから。

「あなたがつけてあげて。どうせ隊長が書類仕事サボってるから、明日は忙しいもの。多分」
 おそらくはダイが決済すべき書類が、うずたかく士長の机に積まれ、国防省の庶務係長が
庶務官二人を伴い、朝一番から腕組みをしてこめかみに筋を立てているに違いない。
「……影の小隊指令ですね、やっぱり!」
「余計なこと言ってないでもう寝なさい! 明日寝坊したら腕立て100回って言われたでしょ!?」

 彼女の、影の小隊指令と世話焼きお姉さんとしての日々はもう少し続くのであった。
316弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/08/05(水) 22:22:43 ID:???
 旧まとめサイト弐国分50,000hit 御礼。
 以外と手間がかかりまして、タイミング的に何とかお礼短編として間に合った次第。


 と言う訳で、なんだかんだでちっとも休まらないフジワラ士長のお休みの話でした。
 このエピソードが抜けたせいで最終決戦時のサフィの赤いリボンやパフェの話が
意味不明になってしまっていたのを補完出来たので個人的には良かったです。
 ついでに小さな島番外編も此処で一息となります。読んで下さったみなさま、
本当にありがとうございました

※ちなみにサフィのフルネーム、【サフィーニア(サフィニアとも)】は花の名前です。
 自分の別のお話(彼の草原……)に出ているのは宝石の【サファイア】、です。
 なんか紛らわしくてすいません。
317通常の名無しさんの3倍:2009/08/06(木) 07:23:44 ID:???
>>弐国さん
投下乙です。GJでした。
大人が子供のためにしっかりしている。それだけでも物語に
なるんだなあ、と改めて認識しました。
フジワラ士長の優しさと献身が素晴らしいです。
318SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 16:01:55 ID:???
1/

 ――早朝。

『こちらディオキアポートコントロール。ミネルバ、アプローチそのまま』
 黒海にあるザフトのディオキア基地に、ミネルバの姿があった。

『貴艦の入港を歓迎する。長旅おつかれさん』
「ありがとう、コントロール」
 ミネルバを港に停止させて、たっぷり十秒。マリクの手は舵から解放された。

「みんな、お疲れ様。本当にここまで、よくやってくれたわ」
 全艦に放送を行うタリアの、次なる一言を、すべてのクルーが待ち望んでいる。
「これより本艦は、半舷休息に入ります。仕事禁止、とにかく休みなさい。以上!」
 直後、クルーから上がった歓声でミネルバが震えた。
「ああ、貴方は例外だからね、アーサー」
「ええええぇぇぇ――!?」
 涼しげに艦長の宣告――アーサーなので、それは当然だった。


SEED『†』 第二十三話 眸、真実を探して


 ――朝、メイリンとルナマリアの部屋。

「でも結局、事後処理とか、ディオキアの人への引き継ぎとかで、
誰かは仕事をしなくちゃいけないのよね、悲しいわ」
 タリア、アスラン、レイは、視察に訪れたデュランダル議長との面談に赴き、
ハイネはヨウラン、ヴィーノを伴って街の"イイトコロ"に出かけた。
 メイリンは冷たい現実に涙して、その分お茶で水分を補給している。

「私が一緒にいてあげるから、泣かないの。良い子だから、ね?」
「うん――お姉ちゃん!」
「ああもう、可愛いわね。よしよし〜」
「にゃお〜ん」
 涙の出し入れ自在な妹にテンションを合わせつつ、自分も書類を処理する、
両方やらなくちゃいけないのが、ザフトレッドの辛いところだ。

「にゃおーんって――二人で何やってんだよ、ルナ?」
 シンが来た時には、ルナマリアはメイリンを膝枕して頭を撫でていた。
「うわ、最悪。この空気の読まなさはヴィーノ以下だわ」
「ああもう! メイリンとスキンシップしてる時に素のテンションを持ち込むなんて、
人間としてどうかしてるわよ、シン!」
 休暇申請を出しに来ただけなのに、最悪呼ばわりもないものだ。
319SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 16:03:02 ID:???
2/

「とりあえず、ここ置いておくからな。ルナマリアは明日だろ?」
「そ、待機。アンタが街で迷子になって、救難信号を出したりしようもんなら、
私が飛び出して行ってキルゼムオールだから、そこらへん慎重にね?」
「まさか、子供じゃあないんだから――」
 シンは、そう言って休暇に出て行った。


 ――三時間後、午後一時

「で……何か言う事は?」
「あ、あのだな、ルナ」
「何か、この私に、言う事は、無いのかな〜?」
「ごめん! 休暇中に呼び出して本当にごめんなさい!」
 結論から言うと、シンは本当に救難信号を出した。
 あから謝るのは当然だけれど――

「なあ、早く同僚の赤服を説得してくれねえか? こちとら寒くて敵わねえ」
「おねーさーん! 俺達も居るんだからさあ、ちょっと痴話げんかはよしてくれよ!」
「アウル……スティング……寒い」
「ほら、この人達も困ってるじゃないかー!」 
 ――問題なのは、今その瞬間にも、四人が海に浸かったままだという事だ。
 ルナマリアは、断崖の上から海面のシンを見下ろしている。
 黒海地方の季節は、冬である。

「大体なんなの、その子たちは!?」
「それを説明しているとさ、とても時間が足りないんだ、それに!」
 それに、とシンは後ろの三人をちらとみやった。

「私……このまま死ぬの? 死ぬのはイヤアッ!」
「まずいよスティング! ステラの体が冷えまくって、まるで雨の日に段ボール箱の
中で凍えてる捨て猫みたいだ!」
「チッ、仕方ねえ。サンドイッチ戦法だ。俺が背中側を温める。
アウル! お前は前半分担当だ!」
「オーライ、漢字に直すと嬲るって形だね!」
 ぴったり。ひっついた直後。
「――私のそんなところを触るなぁ!」
 少女の前後から二人が弾き飛ばされ、盛大に水しぶきを上げた。
320SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 16:05:31 ID:???
3/

「見ての通りだからさあ、放っておくと刃傷沙汰なんだよ! ルナ!」
「どうしよっかなー? ……と思ったけど、冬の海で遊ぶのは大変よね」
 分かった、引き揚げてあげる。
 一声掛かり、シンの頭上から浮輪を結わえたロープが落とされた。
 少女を筆頭に、ロープで体を固定、ルナマリアの乗ってきたジープのウィンチで
引いてもらう。数分で、彼ら全員が陸上に復帰した。


「ふ〜。助かったあ」
 ルナマリアに救出された三人はそれぞれ、ステッド=ウォーク、オウル=ネイド、
そしてエステル=ルースを名乗った。

「あら、先刻は全然別の名前で呼んで無かったかしら?」
「あぁ? どういう聞き違いをしたんだよ、ネエちゃん?」
 と、"ステッド"の心底不思議そうな顔。

「……まあいいわ。それでどうしたの、シン」
 シンの顔を掴んで、ルナマリアが尋問を開始。
「きっかけはさ、この三人が、別の、ちょっとガラの悪い三人組に絡まれてたんだよ――」
 ぎりぎりと締めあげる握力に顔をゆがめつつ、シンは語り始めた。


 片目を隠す緑の前髪に、ヘッドホンから大音量を流して自己閉鎖の雰囲気漂わす青年。
 会話の八割を過激な二字熟語で構成する、躁の気が激しい赤毛の青年。
 そして、分厚い本を片手にわれ関せず、としながらも、実は一番手の早かった長身の青年。

 全身これ殺気、今にも盗んだバイクで走りだしそうな三人組だった。

 肩がぶつかったとか、ぶつからないとか。
 "空をゆく雲の形が便座カバーに見えました"よりもどうでもいい事で
絡まれていたステッド達を、シンは最初、傍目から見ていたのだが、
「返事しろよこのマザ――コン――!」
 なる赤毛の一言に"オウル"が深刻なPTSDを発症して、
「なん……だと……!」
 と頭を抱えて震え始めたに至り、我慢の限界を迎え、
流石に彼等に割り込んで、こう叫んだのだ。

「みんな、そんな事よりバスケしようぜ、バスケ!」

 直前古本屋に立ち寄り、二十一世紀初頭で爆発的人気を誇った伝説のバスケ漫画、
"ザ・バスケット・オブ・ブラックジャック"の復刻版を立ち読みしていたせいで、
脳みそが多少沸いていたのが、原因かも知れない。

 バスケットボールを小脇に抱えていたシンを目つきの悪い長身の拳が襲った。
321SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 16:07:31 ID:???
4/

「……で、一般人とけんかしたわけ?」
「大丈夫、手は出してないよ!」
「……脚は?」
「ゴメン、少し出しました」
 みしり、と頭蓋骨が握力に耐えかねて、シンの体が次第に持ち上がって行った。


 絡んできた三人をストリートバスケで撃退した後――チームワークの勝利だった――
『カニとヤシガニの区別をつける重要性』や、
『正体ばればれな仮面キャラの存在意義』、及び、
『合体を邪魔するのは無粋だが、一度も邪魔しないのは更に不健康』等の
話題について拳を交えて熱く語り合った結果、正午前の空を夕焼けに染めるほど、
シンは"ステッド"と意気投合を果たした。

 そのまま三人組とゲームセンターになだれ込み、中央に据え置かれていた一番人気の筺体
『超リアルMS対戦シミュレーター、連合vsZAFT編』で『不遇の量産機限定対決』を行い、
『三頭身にデフォルメされた105ダガー』を操る"オウル"と『トサカが卑猥にリデザインされたシグー』で
一時間に渡る熱戦を繰り広げた。

 結局熱中し過ぎて、シンの財布まで有り金を使い果たしてしまった彼等は、
お腹を空かして町中を歩いていたところ、フリーのカメラマン助手を名乗る謎の
金髪色黒の男に手作り炒飯を奢ってもらったのだ。

「"素顔を晒すまでが賞味期限"――アンタのセリフは忘れねえぜ」
「"メビウス対ザウート水中対決"のために貸してくれた2クレジット、何時か絶対返すから!」
「グゥレイトゥ。すべての人は平等なのさ――チャーハンの前にはな」

 以上三つ、シンの本日ベストフレーズ。

 事あるごとに――バスケでシンが転んだり、スティングと会話中にバランスを崩したり、
ゲーセンでのガッツポーズで勢い余ったりした拍子に――矢を吹いてしまうようなTo LOVEるが
エステル相手に発生したのは、最早デスティニーがフリーダムし始めたとしか言いようがなく。

 満腹を抱えて、腹ごなしに海辺を歩いていたところで――エステルが海に落ちた。

 人助けのため、シンは躊躇わずに飛び込んだ、まではいいのだが。

 よせば良いのに、ステッドとオウルまでが後に続いて。

 彼ら自身を引き上げられる人間が、そして誰も居なくなった。
322SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 16:08:49 ID:???
5/

「というお話だったのさ!」
「そう……」
 以上、すべての釈明はシンの口から直接発せられた。
 ルナマリアに、ベアークローで頭を掴まれたままで。
 片腕で断崖からつりさげられた、その状態のままで。
 いい加減、頭蓋骨がゆがみそうだった。

「貴女もごめんなさいね、ウチの馬鹿な身内がセクハラしちゃってさ。
好きなだけコイツ、殴ってくれていいから……」
 エステルにだけはにこやかなルナマリアだが、その手は六十キロ近いシンを
片手でぶら下げたまま、微動だにしていない。

「ちょっとまってよお姉さん、そんな事させたら死んじゃ――」
 オウルの口をふさいだステッドが、エステルの口封じをするよりも早く、
「ううん――シンなら、いいよ……」
 顔を赤らめた可憐な少女の口から、爆弾発言が飛び出すこととなった。

「シン――?」
「は…………話せばわかるよ、ルナ」
「遺言がそれで良いなんて意外だわ」
 解放される頭。
 重力に瞬間、体、引かれて。

「短い付き合いだったわね」
 シン=アスカ、今日二度目の、水没。
323SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 16:09:53 ID:???
6/

 さて、目の前で繰り広げられた非人道的な光景に思わず三人が言葉を失っていると、
「さ、貴方達は、私とザフトが責任を持って送るから」
 ルナマリアが見返り、頬笑み、宣言した。
 にこやかに言われた所で、目の前に立つ少女の戦闘力は、虎や熊を単位にした方が
早いのは明白で、鬼が笑っているのに等しく。

「あ〜……はい」
 海に浸かって体力のない三人は、言葉にならない呻きを漏らすしかなかった。

「え〜っと、お姉さん? シンを助けてあげた方がいいんじゃないかな?」
 恐る恐るオウルが言うが、ルナマリアはと言えば、
「え……助ける? シンを? どうして?」
 本当に疑問に感じているようだった。

「赤服なら、無装備でロッククライミングぐらい、"お茶の子さいさいに違いない"わ。
むしろ、母艦まで泳いで帰れてしかるべきよ。私が助けに来たのは、貴方達だもの」
「だがよ、ネエちゃん」
 と、口を開くステッド。

「さっきから一見ジャーナリスト風のカメラ持った女が、こっちをじろじろ見てんだが――」
 ファインダーを覗きこんでいるショートカットの女が、そこにいた。

「シン――!」
 コンマ三秒で、ルナマリアは再びロープを投げる。

「ああ、脚を滑らせて落ちてしまうなんて、直に助けるから待ってなさいよ!」
 状況を十分以上も巻き戻して、ルナマリアは叫んだ。

324SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 16:11:09 ID:???
7/

「……貴方、同僚から酷い目にあわされて大変ね」
 ミリアリアと名乗って、少女は、再び引き上げられたシンにマイクを向けた。
「へ……酷い目って何のことだよ?」
「何って――今つき落とされてたじゃない?」
「それがどうかしたのかよ?」
 心底分からないといった風に、首を傾げるシン。
 自分の体だけに起こった災難に関しては、不幸を不幸とも感じない体質である。

「ミリアリアさん? シンは疲れているんです」
 追及の手を伸ばそうとするミリアリアの肩を、ルナマリアがつついて振り向かせた。

「それに、この子達も海に落ちて消耗しているわ。部下の車で彼らを送りますから、
取材はこのルナマリア=ホークを通して下さらないかしら?」
 赤服を殊更ひけらかすように、ルナマリア。

「休暇中とはいえ、ディオキアでのシンの行動は、ザフトの管理下にあるのですから」
 言外に、これ以上聞きこむようならザフトの権限で拘束する。と言っている。

「そう言われてもね、真実を追求するのが私の使命で、仕事だし――」
 肩のプレスマークを懸命に誇示するミリアリア。隠す軍部を探る記者、
というハリウッドばりの分かりやすい構図に、その眼が燃えていた。

「ですから、正確な事実を報道するお手伝いをさせていただきたいと――」
 ルビ=『ワレェ、誰に許可もろうて人のこと探っとんじゃあ』

「そう。それじゃあ、ちょっと向こうで話し合いましょうか」
 副音声=『だったらこっちこいや、ナシつけようぜ』

「それが良いですよ。シン――私が乗ってきた車と運転手はそのまま使っていいから!
後でもう一台、私に回して!」
「ふふふ……」と、哂(わら)い。
「うふふ……」と、嗤(わら)う。

 返事も聞かず、ルナマリアとミリアリアは連れだって歩み去って行く。
 彼女たちの背後に、虎と龍がにらみ合う恐ろしげなオーラが立ち上っているのが、
シンには確かに見えていた。
325SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 16:12:03 ID:???
8/

 ――午後三時 道中

「ありがてえ。あんまり話をあれこれ聞かれたくなかったからな」
 マスコミにプライベートを探られるのが好きな、自己顕示欲の強い人間は
そうそういないから、ステッドが車に乗るなり発したセリフを、シンは
疑いもしなかった。

「お礼なんていいよ。困ったときはお互い様だし、さ。
でも御免、軍に関わりたくなんか、無かっただろ?」
「休暇中だろ、気にしなさんな。シンも赤服なのかとか、どの艦に乗ってるかとか、
聞かない事にしておくからよ」
「へへ……。送るのは、ディオキア中央駅でいいんだっけ?」
「ああ、迎えがそこに来てくれる段取りさ」
 シンは、助手席に座って、ステッドの説明する道行を眺めていて、
後部座席のミラーをのぞかなかった。

 だから、"オウル"が"ステッド"に何かを目配せしていたり、それを
受けた"ステッド"が、少しだけ楽しそうな"エステル"を見て、"オウル"を
制止したのに、とうとう気づくことはなかった。

 車は心地よく揺れながら、ディオキアの市街を抜け、旧市街の中央にある
駅へと近づいて行った。


「ステッド……ステッド?」
 中央駅につく。
 何かを考え込んでいたステッドを呼んで、シンは後ろを振り返った。
左右から、オウルとエステルに寄りかかられて困り顔のステッドが、
身動きとれずに困っている。
「あ〜……」
 小さく寝息を立てる二人を起こせずに、困っていた。

「ここでいいんだ……けどちょっとだけ。迎えの奴がくるまでのちょっとだけ、
このまま待たせちゃあ貰えねえか?」
 シンは苦笑いを一つ、頷く。
 迎えは、二十分後に来た。

326SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 16:15:08 ID:???
9/9

 シンが指定されたホテルに着くと、ロビーで新聞を読んでいたレイ=ザ=バレルは、
紙面から顔を上げるなり、おごそかに口を開いた。

「どうした。まるで、街で偶然知り合った三人組と遊んでいたら揃って海に落ちてしまい、
ルナマリアに救援を頼んで助けてもらったような、疲れた顔をしているぞ、シン」
「どうしてそこまで分かるんだよ、お前エスパーか、レイ!?」
「何、電波を受信しただけだ」
「真顔で涼しげに人間捨てた! 今なら間に合う、すぐ戻ってこい!」
「ふ……冗談だ。これを見ろ」
 
 レイは、手にした新聞をシンに投げてよこした。
 折り目のついて開かれた紙面には、
"お手柄ザフトレッド おぼれた少女を救助!"
 と、見出しが躍っている。

「仕事早すぎだろ、あのジャーナリスト」
 しかも、写真のレイアウトだけを見ると、まるでシン達四人を、
ルナマリアが助けたような図になっていた。

「どうだ、しっかり休めたか?」
「楽しかったけど、なんかすっごく疲れたよ。明日はミネルバで休むさ」
「そうすると良い――ただ、夕食を議長やラクス=クラインと一緒にするから、
それだけは忘れるなよ?」
「分かった……明日は平和な一日だといいな」
 自分と他のメンバーの部屋を聞いて、シンはエレベーターに乗り込んだ。

「シンが言うならば、明日もまた波乱万丈なのだろう」
 デュランダルがタリアと部屋にしけこんだため、現状一人ぼっちのレイは、
だれか面白い人が通りかかるのを期待しつつ、新聞に目を落とした。


 続く。


327SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 16:30:03 ID:???
以上、投下終了。


海の近い冬の街で巡り合った、心に傷を負った少年と少女の交流を
抒情感たっぷりに描こうと鋭意努力いたしました。誰が何と言おうと、
最初はそれを目指していたのです。かしこ。

サブタイトル通り、さまよう眸と見えない真実を23話で終わらせます。
間にpastが入ってるたので、三話進んでお得――なはず。

次回は恐らく、この日のアスランサイドなお話になるのではないかと。

あと、絡んできた三人組は、本筋には全く絡みませんのでご了承を。

感想、ご指摘はご自由にどうぞ。

では、また。
328文書係:2009/08/06(木) 17:00:21 ID:???
皆さん、こんばんは。暑いですね。

450k超えたんで、今から次スレ立ててきます。
329文書係:2009/08/06(木) 17:07:01 ID:???
次スレ、新シャアに立つ!

新人職人がSSを書いてみる 18ページ目
http://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/shar/1249545878/


もうしばらくしたら続きの投下に来ます。
33045 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 17:13:58 ID:???
>>328
こんにちは。スレ立て乙です。
331文書係:2009/08/06(木) 17:47:51 ID:???
>>281さん、感想dです。
ヒモライフを謳歌するコーラも楽しそうだと思いついたのですが、カティがするだろうか
&その他設定上の無理でボツになりました。ドラマCDのようにヴェーダの仮想ミッションにすれば、
強引な設定もヴェーダが決めた!でクリアできそうですが、完全なラブコメになってしまいそうな悪寒。
とりあえずは本編をガンガって完結させますノシ

>>282さん、どうもありがとうございます。
私事ですが、来週高速を飛ばしてお台場ガンダムを見に行くことになりました。
イナクトかティエレンかフラッグかジンクス建ってたら、北海道でも見に行くと呟いたら
連れ合いに3日くらい冷たくあしらわれました・・・・・・orz 
お前のMSの趣味はいいんで子供たちの喜ぶことをせいということなので、無事帰ったら続きを投下します。

>>285さん、感想ありがとうございます。
最初はover30のキャラクターだけで書ききるつもりでしたが、元AEU士官だけでは
裏づけが弱いので、乙女なルイスを出してみました。でも実際こんな風だったら、後で気に病んで
フリスクさせてしまいそうで気の毒・・・・・・そこはアンドレイガンガっとけってことでいいんでしょうか。

>>286さん、感想ありがとうございました。
カティは表現こそドライですが、あからさまに嫌いなリントあたりをのぞけば、
情が深く(だからこそ嫌悪も強いのかも)面倒見がいいなと本編を見ていて思った次第です。
表に出るのは鉄の女・S属性・机ダンダン!ですが、回想などは割と感傷的でギャップが面白かったです。
タイトル通り補完小説を目標としておりますので、自分もそれに倣っています。

コーラにはいうまでもない世話の焼きようですが、ソーマやルイスなど、女の子に優しいですね。
特別な事情もありますが、スメラギさんにも結局手を下しませんでしたし。
4ヶ月の補完、小説4巻やスペエディであるんでしょうか。なかったらまた考えてみます。
過去書いた小説黒歴史の公開は楽しい、というのを他スレでやってましたが
没ネタ公開というのもたまにはいいかと思いました。

>>288さん、どうもありがとうございました。嬉しいです。

>>289さん、トンです。ヒリングはリボンズ以外、どうでもいいように見えます。
 アニューよりリヴァイヴの方が可愛く見えてしまう自分は、開けてはイクナイ扉を開けてしまったんでしょうか。

>>307河弥さん、こんばんは。いやどうもご丁寧にありがとうございます、恐縮しております。

シンは意識と無意識を問わず人の地雷を踏みまくっていた奴だったなあ、
その一方、非常にナーバスなキャラクターだったような、と本編を思い出させるような内容でした。

タイトルについての呟きも拝読させて頂きました。思いの深さに脱帽です。
自分は交通標識程度の意味しか持たせていませんので/// こちらこそ今後とも宜しくお願いいたします。

コメントをくださった皆さん、ありがとうございました。以下続きを2レス分投下します。
次回投下で後編終了予定、補編10篇前後に続きます。

>>330SEED『†』さん、こんばんは。どうもです´ω`)ノ 
332文書係:2009/08/06(木) 17:51:20 ID:???
公式出たけど脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ離脱 その15」
>>283-284、また、アロウズ離脱その14までは>>1のまとめサイトに収録されています。
 パトリック・コーラサワーの派手な撃墜癖と度重なる遭難癖、これにカティ・マネキンとの風聞を利用した
離脱策は一まず成功を収めたようだが、パトリックは不満が残るらしく、小さくぼやいた。
「俺、ガンダム戦以外、不敗なんすけど・・・・・・」
カタロンふぜいにやられたと思われるなんて、スペシャル様のとんだ名折れですよと、無念そうに肩を落とした。

「人というものは往々にして他人の功を忘れ、失敗のみを心に留めあげつらうものだ。戦略的撤退に人的被害を
伴わないのであれば、勝利と思え」
「・・・・・・『負けるが勝ち』ってコトですかね大佐? よっしゃぁあ!」
カティの一言にあっさり気を取り直すと、パトリックは意気揚々と胸を反らせる。
いつもは自分の後ろにある彼の背は、その顔に劣らず表情豊かだった。頼もしさより可笑しさが先立って、
彼女は思わず口許を綻ばせた。

再会の時パトリックは、泣き笑いに顔を紅潮させ、そのままカティに抱きつかんばかりの勢いで駆け寄ってきた。
迷子が保護者を見つけた時のようなその表情を目にしたときには、彼女が彼に抱えていた小さな苛立ちは、
とうに霧消してしまっていた。
カティの無事な姿に嬉しさを隠そうともせず、恐らくは不安のうちに過ごしただろう間隙を埋めるかのように、
パトリックは普段以上の饒舌さで、さかんに彼女に話題を振っている。
これから彼女が指揮を執り行動を共にすることになる、連邦軍クーデター派の活動拠点までの道のりは遠く、
周囲への警戒さえ怠らなければ、彼の話に付き合う時間は十分にあった。

アロウズにいる間、カティはずっと神経を尖らせていて、心安い間柄の彼に、辛く当たったことも一再ならず
あったような気がしていた。しかもひどいことに、パトリックの情けない半べそ顔以外、何を言われて腹を立て
それに自分がどう返したのかも、ろくに記憶に留めていなかった。
TPOを全く考慮しない彼も確かに無遠慮には違いなかったが、上官と部下という立場に加え彼が年下である
こと、そして自分に好意を持っているという事実に甘えていた節は否めない。ここは感謝と謝罪かたがた、
とことん話を聞いてやろうと、カティは彼の問いかけに快く応じることにしたのだった。

「まだこれからだパトリック、先は長いぞ」
「でも今回みたいなのは、これきりで頼みます」
自分の腕前に絶対の自信を持ち、およそ深い考えなどなさそうに見える彼とはいえ、彼女に向け引き金を引くの
には、それなりの葛藤があったのだろうか。これまで想像を絶するバリエーションとバイタリティーとで彼女に
好意を示してきた彼の心情を察すれば、酷な命令でなかったとは言えない。
「そのつもりだ」

「そういや、俺が落としちまった艦は」
話の流れで思い出したのか、パトリックはカティの乗っていた小型艦の行方を尋ねた。
「反連邦勢力を装い、アロウズに先んじて回収するよう指示を出した。損傷も中破程度、物資は手土産がわりだ」
クーデター派がカタロンと連携していることを考慮すれば、実際回収に来るのは万年物資不足の上、
ブレイクピラーで相当のダメージを受けたカタロンだろう、と彼女は当たりをつけていた。

アロウズ討伐に際しては、カタロンとの共闘は不可欠であろうし、彼らはソレスタルビーイングとも友好的な
関係にある。また討伐成功のあかつきには、協議の上、彼ら反連邦諸勢力を連邦に取り込むことまでをも
視野に入れるとすれば、ここで多少なりと誼を通じておくのも悪くない。
彼女の言葉からどこまで察したのかは定かではないが、彼はなるほどと頷きつつ感嘆の声を上げた。
「ぬかりないっすねえ、さすが俺の大佐!」
「誰がお前のだ・・・・・・」
333文書係:2009/08/06(木) 17:54:24 ID:???
公式出たけど脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ離脱 その16」

 「・・・・・・あのぉ。ところで、何で大佐はノーマルスーツなんすか」
と、ここでパトリックは遠慮がちに話を切り出した。彼ほど遠慮の似合わぬ男もいるまいに、一体何の
つもりだとカティはいぶかしんだ。
「非常事態に備えてだ。離脱プランの中に、宇宙へ上がるプランも提示しておいた筈だったが」
まさか戦術プランに一通り目を通さなかったのではあるまいなと、彼女はややきつい口調で咎めた。

クーデター派の活動拠点において、目を通す時間は十分にあった筈である。事態を軽んじてそれを怠った
のであれば、不心得も甚だしい。叱責の言葉をカティが探していると、画面に穴が開くほど読みましたよと、
手短かに彼は断ったのち、
「非常事態ってんなら、機能的で身軽なパイスーが俺的にはオススメなんですが・・・・・・」
彼女はしばし返答に窮した。何故か下手に出てのパトリックの提案は、唐突で話の先が読めないのだった。

「・・・・・・パイロットスーツのことを言っているのか?ノーマルスーツには慣れているから問題ない。お前が
いる以上、パイロットはお前以外あり得ん。不死身だのワンマンアーミーだのとぬかしたのはどこの誰だ?
よって私がパイロットスーツを着用する必要はない」
カティはパトリックの真意を?みあぐねていた。が、彼女がパイロットスーツに身を包む必要に迫られると
すれば、それは彼の身の上に何かあったときに他ならない。

「ちょっと期待してたんすけどね・・・・・・」
「何をだ?」
期待というからには、自分に起こる最悪の事態を想定しての提案ではないらしい。
とするとなおのこと見えてこない発言の意図に、彼女はあからさまに疑問の態を呈した。
「いえね、大佐のご無事な姿にホッとしたら、ついアレコレと、欲が・・・・・・ええ、何でもないです。ハイ」
パトリックは意味不明な事をぶつぶつと呟きつつ、それにまた一人で相槌を打ち、塩を振ったナメクジよろしく、
後ろ姿を一回り縮こませた。
結局何が言いたかったのか、カティには分らなかった。だが本人が何でもないと言っている以上、
大した理由ではなかったのだろうと、彼女は考えることをそこでやめた。

ややあって、パトリックは再び何事もなかったかのような上っ調子に戻ると、今度は何を思いついたのか、
「ねぇねぇ大佐〜、じゃあ俺の膝の上乗りましょうよ! ひ、ざ、の、う、え!」
彼女を促すように、空いている片手で自分の膝を何度か叩いた。
「馬鹿を言え。手許が狂ったらどうする。私はここでいい」
カティは訓練生の機体に同乗する教官のように、彼の斜め後ろに立ち、周囲に警戒の目を光らせていたのだった。

彼女の斜め下にある、このお気楽な頭からはよくもこう次から次へと、突拍子のない発想ばかり浮かぶものだ。
「MSにレディを乗せるといったら男の膝の上ってのが、MS乗りの常道、お約束なんですよ〜」
曲りなりにも30を過ぎた、分別盛りのエリート士官が戦線離脱途中、更に年嵩の上官を膝の上に乗せたいなどと
ねだりだす精神構造に、カティはいつものことながら頭を抱えた。どうやら少々、手綱を緩めすぎたようだ。

「いつの時代の話をしている。今時コクピットには救難用にもう一人ぐらい乗れるスペースを確保しているのが
世界のお約束だ」
カティがぴしゃりとたしなめると、パトリックは蚊の鳴くような声で未練がましく抗弁を続ける。
「つれないなぁ。男の夢とロマンを次々と粉砕しないで下さいよぉ・・・・・・」
次々と、などと言われても身に覚えのない彼女は首を傾げ、呆れ顔で彼に聞き質した。
「お前の夢とロマンは一体いくつあるんだ?」
「俺の愛と夢とロマンは、無限大です!」(今回投下分終了。多分「アロウズ離脱 その17」に続く)
334通常の名無しさんの3倍:2009/08/06(木) 21:01:50 ID:???
すごい投下ラッシュ!!
職人諸氏、お疲れ様です

>>河弥氏
>平静を装った仮面の下で、シンは深い呼吸をし、戦闘態勢を整える。(中略)
>闘いの相手はアスラン──ではなく、シン自身だった。
ステラのことで悩みアスランのことで憤るシンに共感できた。
アスランに喧嘩を売りに行くのかと思ったので意表をつかれた。
相変わらずフラグ立てまくりの複線はりまくりで次回以降も非常に楽しみ。
サブタイトルマジすげぇ。
GJでした。


>>弐国氏
某所での照会文に相応しく、オヤジがかっこいい。
機会があったら、種死後の世界での彼等も読んでみたい。
GJでした。
335通常の名無しさんの3倍:2009/08/06(木) 23:07:32 ID:???
>>文書係
投下乙!
なんというか、物語が進むほどにコーラサワーの評価が
うなぎのぼりに上がっている。素晴らしい。
336文書係:2009/08/07(金) 00:38:42 ID:???
>>333
3段落目の4行目、
カティはパトリックの真意を?みあぐねていた。

は正しくは、
カティはパトリックの真意を掴(つか)みあぐねていた。

です。旧字を使っていたら文字化けしていました。すみません。
337通常の名無しさんの3倍:2009/08/07(金) 08:45:56 ID:???
スレ終わりかけの保守上げ
338通常の名無しさんの3倍:2009/08/07(金) 08:56:27 ID:???
フレイ生存種デスとか頭の中には構成があるのに………
339通常の名無しさんの3倍:2009/08/07(金) 09:09:36 ID:???
たとえば、フレイが生存していたらこの一点だけは元と全然違ってくる、
ってポイントができるだろう。

そこだけ1,2レス書いてみるってのでもいいと思うよ。
340通常の名無しさんの3倍:2009/08/08(土) 01:48:00 ID:???
フレイがGジェネDSではパイロットになれたから、パイロットにするためにはキラと出会わない方がいいんだよなぁ

・クルーゼから守りきり、その後別離したまま
・序盤(ユニウスセブンまでは一緒)
・キラはラクスを恋人ではない
・最終的にDP批判をする際、キラが"人はわかりあえるし、変われる"という言葉が生きてくる

とかは簡単に出てくるんだけど……
341通常の名無しさんの3倍:2009/08/08(土) 11:53:05 ID:???
フレイをパイロットにしたいのかあ。

二年間で改めてオーブ軍入り→アスランとカガリにひっついてプラント、
アーモリー・ワン事件で間違ってMS乗り、とかテンプレなやり方かいな。
342通常の名無しさんの3倍:2009/08/08(土) 12:18:14 ID:???
フレイはやりようによってはどこの陣営でもいけるね
キラの目の前で死んだかに思われたフレイ
・実はブルコスに保護され記憶消去ルート
・実はまたザフトに保護されてましたルート
・オーブ軍orAAに保護されキラと再会ルート
ムウが生きてたんだから余裕だろw
343通常の名無しさんの3倍:2009/08/08(土) 20:55:59 ID:???
ジャンク屋に助けられ
紆余曲折の末
スーパーナンチャらストライカーを背負ったウンチャラアストレイを駆り
云々・・・

このルートならまさに何でも出来るww
344通常の名無しさんの3倍:2009/08/08(土) 23:25:45 ID:???
>>334
横レスだけんども、理想郷なら宣伝したのは俺だw
345通常の名無しさんの3倍:2009/08/09(日) 18:51:38 ID:???
>>文書係さん
毎度GJです!
コーラ何を期待してたんだコーラw
いつもコーラの台詞がコーラらしすぎて笑えます
続きも楽しみにしてます!
346通常の名無しさんの3倍:2009/08/09(日) 19:04:59 ID:???
今スレは、保守ネタの人とかも乙だった。

作者、読者、まとめ管理人さん。
皆さんにGJ
347通常の名無しさんの3倍:2009/08/11(火) 00:23:08 ID:???
>>343
機体を作中の文章で伝えるのは割と難しそう。オリジナルだったら尚更かなぁ
ストフリだったら……


シンは驚愕した。あの蒼い翼に、黒い銅には見覚えがある。
関節は時折金色に光り輝いていて、純白な装甲と相まって神々しいとさえ感じる。
同時に憎悪を抱かせる。家族を奪われたあの日、仲間を失ったあの瞬間、愛する者を殺した記憶を彷彿させる容姿。
「フリーダム……そんな……なんで!!」


こんな感じがいいのかな
348通常の名無しさんの3倍:2009/08/11(火) 22:43:45 ID:???
今回のスレ一番の驚き。

ヒロイン死亡

アイドル妊娠 のコンボ。
349通常の名無しさんの3倍:2009/08/12(水) 01:12:05 ID:???
いかにもアストレイ臭く作ってみました。
一部の人たちが拒否反応を起こしそうな設定はアストレイ臭さを出す為に
わざとやってます。
使いたい向きがあれば差し上げますよ?
誰か使いません?


フレイア・バクスター

ランチ撃墜後、一時連合艦隊に救助され強化人間にされかけるがすんでの所で
ジャンク屋達に救出された少女。実はフレイ・アルスター。偽名はアルスターの名前が
有名すぎるためでジャンク屋達にも本名は明かしていない。一部の人間は当然気づいて
いるが知らないふりをしている。
キラと一目出会う。そのたった一つの目的のため、今日もフレイは旅を続ける。


フェニックス・アストレイ

フリーダムを見たロウが設計を起こし組合がオーダーメイドで作った機体。
基本的には拾ったX100系のフレームを強化したものをベースにしており、
アストレイの技術はふんだんに使っているが、厳密にはアストレイではない。
デュエルにフリーダムの高機動ウイングを付けたような姿が特徴。VPSをいち早く
搭載しておりフレイ搭乗時にはダークレッドとピンクの装甲色が基本になる。
また高機動ウイングを切り離す事で重力下飛行が出来なくなるものの、
ストライカーパックやウィザード全種の装備が可能となる。

後にファクトリーからの情報のフィードバックでストライクフリーダムとほぼ同型の
高機動ウイング+ドラグーンを装備した姿(ストライク・フェニックス)となる。
OSとハチと同型の有機コンピューターの補助でMS搭乗経験が無くとも動かせる。

ひょんな事から彼女の専用機として運命を共にし、宇宙から地球まで駆け回る事になる。
名前の由来は幾度も死にかけては九死に一生を得たと言うフレイの本人の話から。
350通常の名無しさんの3倍:2009/08/12(水) 09:21:23 ID:???
>>349は別人
351SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/12(水) 22:12:34 ID:???
10/

 ――ディオキア セントラルホテル

「へえ、それじゃアスランお前、先刻まで書類仕事やってたのかよ?」
 士官用に指定されたホテルのロビーを、アスランとハイネは連れだって歩いていた。

「ああ、ハイネは……っとそうだった。ヨウランとヴィーノを労ってくれたんだな」
「そうとも、中洲の方のお嬢さんたちと、昼間割引で楽しい時間を過ごしてきたぜ」
 基地のあるディオキアには、川に囲まれて中州となった地域に歓楽街がある。
長旅に疲れた軍人たちは、橋を渡って、浮世を離れた楽園に赴く次第だ。

「お前も来ればよかったのによ――とは行かないか。あのお嬢さんが来てるんじゃなあ」
 ハイネの指差した先の廊下を、プラント議長、ギルバート=デュランダルに伴われて、
派手派手しいステージ衣装そのままの少女が歩いて行った。
 桃色の長髪に月型の飾りのラクス=クラインは、アスランの姿を認めるなり、
喜びに満ち満ちた笑顔で手を振ってくる。

「……ラクス」
「お前ぐらいは本名で呼んでやれって」
「そうだな……」
 ハイネは、ラクスを演じる少女がミーア=キャンベルという名前である事は
知らないが、"音楽性が違うから"と言う理由で彼女が偽物であると看破している。

「こぶつきは辛いねえ」
 仕方なしに手を振り返すアスランは、どんな曲芸で前大戦の経緯をごまかしたものか、
表向きはラクス=クラインの婚約者となっていて、ミーアの立場に箔を付けている。

 例えばディオキアの朝刊――"ラクス=クラインの慰問ライブ"と共に、アスランが、
セイバーに乗った写真入りで特集されていて、本人をうんざりとさせていた。

「君が自由すぎるんだよ」
「凍えそうな季節だからな。なにをどうこういわねえで、温め合えばいいのさ」
 ミーアがデュランダルと去って、男二人はホテル備え付けのバーに向かう。

「おいおい、それなら夏はどうするんだ?」
「海に行けば、ナマ足魅惑のマーメイド達がよりどりみどりじゃねえか。
妖精たちが刺激してくれるぜ」
 正反対の性格ながら、意外と気の合う二人だった。

 バーに入った二人は、がらがらの店内を見て、硬直。

「久しぶりだな、貴様ら」
 ど真ん中の席に陣取ってグラスを傾けている白服は、名前をイザーク=ジュールと言った。
352SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/12(水) 22:13:39 ID:???
11/

 ――ディオキア セントラルホテル バー

 俗世で汚れた心と体を、さあ酒精(アルコール)で浄めよう、とバーに向かった士官達が、
床が削れるほどのターンを見せて、入口で全員一斉に回れ右をした。

「おい、ヘブンズベースでも攻めに行く作戦があるのか?」
 壁に隠れた黒服達は、中央で杯を躱す面子に、ただならぬ異常を感じて戦慄。

 銀髪の白服。顔に走った斜めの向かい傷も露わな"プラントの護り"――イザーク=ジュール。
 金髪の赤服。不敵な笑顔を絶やさない偉丈夫は、"黄昏の肩"――ハイネ=ヴェステンフルス。
 黒髪の赤服。一見困り顔の青年は、ネビュラ勲章を得た"大戦の英雄"――アスラン=ザラ。

 総勢三名の"フェイス"が集うという事態は、戦況の激動を予想させる。

「デュランダル議長もここディオキアに入られているのだろう? 地上はザフトの劣勢だ。
ガルナハンを落とした余勢に乗って、大反攻作戦を計画したいのではないだろうか」
 ただの人間に見えて、ひとたびモビルスーツを駆れば単騎にして一個大隊級の
戦力評価を叩きだす化け物揃いが、三人も固まっている。おそらくディオキアで
最も戦力の密度が高いと思われる場所から、目を離せない黒服達だ。


「おい、誰か近くに行って話を盗み聞きして来いよ」
「俺は御免だぞ……イザーク=ジュールに睨まれただけでショック死する自信がある」
「ウェイターも可哀そうに、迫力に押されてトレイを持つ手が震えているじゃないか」

「――おい、見ろ。ウェイターがアスラン=ザラにカクテルをこぼした」
「死んだな、あのウェイター……」
「立った、アスラン=ザラが立ったぞ――!」

「おいぃ、アスラン=ザラの方が頭を下げただと!? ウェイターに上着を渡した!」
「この局面で頭を下げるとは――!」
「そして残った二人は平然と酒を飲んでいる。どういう事なんだ?」

「……おい、俺は今重要な事に気づいてしまった。ウェイターに渡した上着のポケットには
作戦の概要を記した重要な機密書類が入っているに違いない。それを渡したんだ。
つまりこれは、事故を装った秘密の作戦伝達なんだよ!」
「「な……なんだってー!!」」
 フェイスが三人、よもや世間話をしているとも思えない彼等は、勝手な想像を
たくましくしていた。
353SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/12(水) 22:14:31 ID:???
12/

「行き成り災難だったな、アスラン」
「酒代がタダになって良かったじゃねえか、アスラン」
 どっちを肯定すれば良いものやら。
 制服の襟から外したフェイス勲章を手の中で弄びながら、少し涼しい格好のアスランは、
新しく運ばれてきたカクテルをあおった。グラスの縁に盛られた塩とさっぱりした
グレープフルーツが、多少濃いウォッカとよく合っている。

「それでイザーク、どうして地上に降りているんだ?」
「アスランに会いに来た、に一杯かけるぜ」
「包丁と婚姻届を持った部下が寝室の合鍵を勝手に作っていたから、逃げてきたのだ」
 青い顔をして語るイザークに、ハイネは腹を抱えて爆笑した。

「例の、あの娘か?」
 気遣うアスランに言われて、イザークは静かにうなづく。

「ヘルマンが居れば良いのだがな。婚姻届に、自分の名前を書こうとしてくれる」
 それを部下が自ら破り捨てるのが、普段のパターンであるらしい。

「そんな"彼女"との年中行事は即座に取りやめにした方がいい。これは本心からの忠告だ」
「名前は呼ぶなよ、"噂をすれば影"ということわざがある」
 アスランは、トリガーハッピーな少女が長髪を振り乱しつつ、「隊長はいねがー?」と
ドアを開く様子を想像して身震いした。

「ヒッヒッヒッヒ――駄目だ、笑いが止まらねえ。連合にこの情報をリークしたら、
明日にはその子にスカウトが走るぜ。包丁と役場の書類が軍にバカ売れだな!」
「笑いごとでは無いぞ、ハイネ=ヴェステンフルスぅ! 一杯はどうした、一杯はぁ!」
「おっと、すまねえ」
 呼吸困難を起こしかけた腹を落ちつけて、ハイネは自分のグラスを一息に空にした。
ストレートのホワイトラムがビールよろしく流し込まれていく。

「おにいさん、もう一杯!」
 空いたグラスを掲げてハイネはウェイターを呼んだ。

「……誰に賭けたのだ?」
「自分に、さ。それとザフトにも賭けて良いぜ。それで何をしたんだ、イザーク?」
 まさか逃げるためだけに来たわけはない。

「表向きは議長の護衛だがな。お前の代わりだ、ヴェステンフルス。
小康状態の宇宙で、隊の最大戦力を遊ばせておくわけにもいかん」
 ヴォルテール隊の最大戦力――つまりイザーク=ジュールそのものである。

354SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/12(水) 22:15:22 ID:???
13/

「で、そのこころは?」
「宇宙でな、カオスもどきのMAが出て来たのだ」
「……へえ……」
 カオスの名が出たとたん、ハイネの笑みが強烈な迫力を帯びた。
 殺気が出た、と言ってもいい。凶相を直視したバーテンダーが、ミキシンググラスを取り落とした。

「ビット兵器とスラスターを改良した、"エグザス"の改良型でな――」
「奴は地球に居るはずだぜ。地上からの打ち上げは阻止出来てるんだを?」
 カオスを地上にたたき落としたのは、ハイネ本人だ。

「うむ、つまり、陸上でカオス等のデータを集めている部隊が存在する」
「それを潰しに来たのか、イザーク」
「ああ、適当に目星を付けて、連合の基地を2,3程潰したら――出た」
 純白のスラッシュザクファントムに背中を押されるザフト軍人たちは、
さぞ心強く戦場に飛び込んでいけたことだろう。

「カオスか……?」
「ガイアだ」
 身を乗り出すハイネを右手で制して、左のグラスをあおるイザークは答えた。

「ウィンダムを二機率いて、こちらを横合いから一撃し、ゲイツが二機喰われて離脱された」
 そこまで言って、イザークは黙る。
 ハイネとアスランを測る仕草に、酒杯を手にした二人はしばらく黙考したのち、
同時に口を開いた。

「罠だな。離脱させて正解だ」「誘いだろうよ、追って来いってな」
「そうだ。だから、逆に相手を包囲する事にした」
 自身も相当のMS乗りであるイザークだが、最近はヴォルテール隊の隊長として
指揮手腕を振るって高い評価を受けていると、アスランは聞いている。

「例の部隊が、空母を拠点としている事は分かっている。海岸線の連合勢力を
逐一潰して目を光らせているのだ」
 なにもガイアを潰す必要はない。
「そして――形跡が消えた」
 敵の進路に先回り、補給経路を分断して持久戦に持ち込んだイザークだったが、
結局取り逃がしたのである。

「モビルスーツを隠したな」
 ハイネは、それが当然とばかりに言った。地上にはいくらでも隠し場所がある。

「だが、人間はそうはいかないだろう」
 と、アスラン。鉄と違って、生きる人間の痕跡は隠せぬものだ。
355SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/12(水) 22:16:12 ID:???
14/14

「うむ――制空権を確保して五十時間ほど捜索した結果、砂漠のど真ん中を
徒歩で突破した形跡を探り当てた。"ガイア"はまだ見つからん」
 二人の意見を首肯するイザークが、その足跡をたどった結果はどうだったのか。

「砂漠を突破――? ザフトの勢力圏内に潜り込んでいるという事じゃないか」
「……で、そのパイロットどもは、俺達の庭の何処に居るんだ?」
「……」
 だまるイザーク。
 いつしか、三人がグラスをあおる手が止まっていた。

「おい、イザーク。まさか」
「進行方向の終着点は、此処、ディオキアだ。他に行ける場所がない。
その所為で、今度は俺が動けなくなったわけだがな」
「……だがよ、現実問題、連合軍が潜伏出来る余裕なんて無いだろうがよ。
どう変装しようが、MSパイロットを分からないわけが……」
 分からないわけがない。と言いかけて、ハイネの言葉が、思考と共に止まった。
 宇宙で交戦したカオスのパイロット、彼の口調は若かった。

「子供……なのかもな」
 鉛を噛んだような重々しい口調で、アスランが言った。

「今、ディオキア市街は、占領時に避難したナチュラルを再び定住させるために
流入の審査を緩めてある――全員の身元を確認する人的余裕なぞないからだ」
「そこに、ガキが最低三人入ってくる……」
「はぐれた親を探していると言えば、誰も咎めはしないだろう。
行方不明の戸籍なんて、裏からいくらでも複製可能だ」
 重くのしかかる沈黙の空気が、三人を包んだ。

「ま……俺に言わせりゃあお前ら二人、ナチュラルに言わせりゃあ俺だって、
十分にガキの範疇なんだがなあ。プラント生まれは辛いぜ」
 おどけ倒すハイネの口ぶりに、沈みこんでいきそうな酒席の空気は救われた。

「そんな事よりもさ、アスランの恋の道についてでも話そうや、茨の園を
裸足でかけるがごとく……ってな有様だろうが、どれ、夕刊にだって例の
歌姫ちゃんと一緒に載ってるんじゃあねえの?」

 ウェイターを呼びつけて、今日の夕刊を持ってこさせる。

「さあて、大戦の英雄様のゴシップ記事は……と――」
 テーブルに置いた新聞の一面を見て、三人は同時に酒を噴き出した。

 "お手柄ザフトレッド おぼれた少女を救出"の見出しと共に、写真の中央で、
ルナマリアが、オートクチュールコレクションの壇上にたつトップモデルよろしく
扇情的なポーズを取っていた。
35645 ◆/UwsaokiRU :2009/08/12(水) 22:17:27 ID:???
以上、投下終了。
あとは適当に潰せばちょうど良いのではないかと。

まとめサイト管理人様、いつも乙です。

感想、ご指摘はご自由にどうぞ。

それでは。
357通常の名無しさんの3倍:2009/08/14(金) 20:18:18 ID:???
>>354
第二段落目、
>「奴は地球に居るはずだぜ。地上からの打ち上げは阻止出来てるんだを?」
×阻止出来てるんだを?
○阻止出来てるんだろ?
358SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/15(土) 14:41:37 ID:???
15/

 ――ディオキア ホテル六階

「ミーア?」
 酒の回ってメトロノームよろしくふらつく頭を、なんとか垂直に保つアスランは、
"壁に耳あり"とすら考えず、ドアの前に立つ少女の名を呼んだ。

「えへへ……隣の部屋だから来ちゃった」
 七階建て、レンガ造りの城をヨーロッパから移築して改装したこのホテル、
六階にあるたった二部屋は、ミーアとアスランが割り当てを受けている。

 最上階は、視察に訪れたプラント議長、ギルバート=デュランダルのものだ。

「……入れ」
 静かに招き入れたのは、デュランダルについて何かを知ってはいまいかと期待した、
ただの下心だ。うきうきと部屋に入ってきたミーアを、かろうじて勘違いさせない程度に
距離をおき、アスランは酔った頭で、どう話を聞きだしたものかと思考を進めた。

「ごめんね、疲れてる?」
「いや、飲みすぎただけだ。それでどうした用だい?」
 これ以上飲んだら、前後不覚に陥るという所まで酒精が全身をめぐっている。
 主に、ハイネのせいだ。
 ザルどころか枠しか残っていない奴め、と心の中には居ないハイネに毒づいてみる。

「え〜? だって、ラクス様とは婚約者なんでしょ。こういうこと……しないの?」
「ラクスは、そんな事はしない」
 ラクスとは、そんな事はしない。
 すり寄ってくるミーアを軽くどけて、アスランは酒気の混じったため息をついた。

「本当?」
「ああ、ラクスがするのはだな……やめておこう」
 リボンを体に巻いて箱に入り、「わたくしがプレゼントですわ」プレイを嗜んだり。
 アスランの赤服を纏って、「わたくしもザフトレッドですわ」プレイを楽しんだり。
 したらしい――キラと。

「怖い顔……どうしたのアスラン?」
「いや、思い出したら腹が立ってきただけだ。君のせいじゃない」
 "ごめんね、ちょっと匂いがついちゃった"と親友に笑顔で言われたので、
"いいよいいよ"と言いつつ泣くまで殴るのをやめなかった。

 親友なので、次にやったら前歯全部引っこ抜くと宣言して手打ちにしたが、
制服をクリーニングに出しながら、友情の定義について悩んだのが今年の初めだ。
359SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/15(土) 14:42:26 ID:???
16/

「追い出さないってことは、脈ありかしら?」
「……」
 風呂上がりの甘い香りを漂わせるミーアの姿態に劣情を催さないでもなかったが、
脳裏に浮かぶ金髪の少女の影が、それに触れる事を許さない。

「居たければ居ればいい……それだけだよ」
 例え、いまこの瞬間にカガリが"夫"のユウナに組み伏せられていようとも、正義を
プラントとデュランダルへ売り渡したアスランにとっては、失笑物のこの純情こそが、
守るに値する最後の信念だった。

「ラクス様の代わりでもいいのよ?」
「ミーア……君はラクスじゃない」
 アスランの言葉が示すのは、端的な事実に過ぎず。
 ――そして、カガリでもないんだよ。
 裏に秘められた思いは、ミーアに理解出来ようもなかった。

「それにミーア、君はラクスになりたがっているが、彼女でも出来ないような事をしている」
「本当?」
「ああ、本当だ。たとえ誰かに命ぜられている事でも、それは十分に意義のある事だよ」
 露出度を上げて、歌の調子が俗っぽくなった"ミーアのラクス"を、歌姫にふさわしくないと
批判する声も、プラントには出ている。温室育ちのラクスであれば、耳に痛い声の中で歌う事が
出来るか、アスランには疑問だった。

「でも、私、ラクス様みたいに危険な場所には行ってないし――」
「それはしなくて良いことなんだよ。彼女には悪い癖があって……いや、やめておこう」
 はぐらかしたが、ラクスはミーアのようにプロバンガンダに徹する事は出来ないと、
アスランは考えていた。

 戦争の解決を、戦場で図ろうとする向きがあるのだ。

 前回の大戦では、キラと言う切り札的存在を見出してまで、戦場に躍り出た。

 結果、確かにラウ=ル=クルーゼという名の、時代が生み出した狂気の具現を
討つ事には成功したが、戦争への介入は明らかに邪道であった。

 キラとフリーダム。
 アスランとジャスティス。
 ラクスとカガリ、そして三隻同盟。
360SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/15(土) 14:43:28 ID:???
17/

 戦争に介入した勢力は、アスラン達自身が生きて戦うために必要だったのであって、
時代に求められた存在ではない。むしろ、討ったクルーゼと同じ、狂気の産物に近い。

 プラントという酷く脆い世界がラクスに求めた"歌姫"という在り方は、
世界の狂気につけられた傷を、その歌声で癒すことであったはずだ。

 力でクルーゼを倒すのではなく、第二、第三のクルーゼが生まれない世界を作る。
 ラクスの影響力は、そのために使われるべきだった。

「君はラクスじゃないが、今の君にしかできない事をしていると思うよ」

 ミーアは、宇宙に住むコーディネーターの先導者ではない。
 今の時点では、デュランダルの下で動く扇動者に過ぎない。
 だがそれでもミーアは、"歌姫"という求められた存在の体現者では無いかと、
アスランは考えるのだ。

「そっか……それでさ、アスランにとっての"ラクス様"としては、私ってどうなの?」
「……」
 女性としては。
 どうだろう?
 答えに詰まるアスランの、その沈黙こそが雄弁に答えを語っている。

「あ〜あ。脈はなしかあ。まさか、出来ないとか、そういう病気じゃないわよね?」
「証明はできないが、違うから」
「よく疑われてるけど、"コレ"ってちゃんと天然物よ。小さい方が好みなの?」
「そういうものでもない……!」
 たゆんとした豊満な胸を両腕で支えるミーアが、恐る恐る聞いて来たので、
そうした趣味はないことを強調しておいた。

 キラではあるまいし。

 冗談交じりにアスランを誘惑するミーアの顔が晴れやかなのは、アスランから努力を
認められたからだろう。

「アスラン、やっぱり疲れてるみたいね」
「いい加減に酒が回ってきただけだ」
 ふらつく体を止められないでいるアスランの隣に、ミーアが体を横たえた。
 ベッドに埋まるようなミーアの、桃色の髪が広がる。
361SEED『†』 ◆/UwsaokiRU
18/

「うふふ……はい」
「なにが"はい"だ?」
「我慢比べ……まさかレディを追い出さないよね、アスランは?」
 邪魔にならないようにベッドのスペースを半分開けて、アスランの寝る場所を
"ぽんぽん"と叩くミーアは、とびきりに楽しそうな笑顔で確認した。

「婚約者同士なんだから、一緒でも全然不自然じゃないでしょう?」
「……」
 アスランは、ソファーで寝る事を覚悟する。

「お願い、せめて気分だけでも浸らせてよ。明日、議長と朝食を一緒にする前には
出ていくから。……そうだ、アスランも私と一緒に来ればいいんだわ!」
「ああ……そうだな」
 生返事を返しつつ、ミーアの方からそのセリフを云わせた事に満足もしていた。

「朝になったら、一緒にデュランダル議長のところへ行こう」
「嬉しい……本当よ?」
 アスランは、ミーアを適当にあしらいつつ、人前でだけ婚約者のふりをする
つもりだったのだ。そうすればデュランダルに会える、と思っていた。

 デュランダルとは、ミネルバのクルー、特にレイの居ない場所で対話をしなくては
ならないと感じていたが、アスランの側からデュランダルとの渡りを要求していれば、
ミーアの願いはもっとエスカレートしていただろう。

 どうせ相手をする体力の無いアスランは、ふらつくままに少女の隣へと倒れ込んだ。
もちろん、ミーアに背中を向けてだ。

「もしもーし、アスラン? んもう……スタイルと触り心地には、自信があるのに。
女の子相手にこんな失礼なことする人には、イタズラちゃうわよ?」
 ミーアの体温は近付いてきたが、アスランの意識はそれより早く現実を遠ざかり、
泥のような深い眠りに包みこまれていった。