◆決定論:脳は物質だから意識は必然に過ぎない92◆
1 :
考える名無しさん :
2007/04/27(金) 21:42:28 ここは科学をちょっと囓った無職のおじさんたちが、無い知識を振り回して破綻済みの"解釈"を 熱く語る、ロマンと感動に満ちあふれたスレです。 また、このスレは自分たちがどんな決定論を語っているのかもわからず、 ただ反する者を貶す唯物論者が宗教を語る場でもあります。 では、始めましょうか。
今だ!1000ゲットォォオオオオオオオ!!  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ (´´ ∧∧ ) (´⌒(´ ⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡≡(´⌒;;;≡≡≡  ̄ ̄ (´⌒(´⌒;; ズザーーーーーッ ・・・・・・・・・・・・・・  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ∧∧ (´;; ⊂(゚Д゚⊂⌒`つ (´⌒(´ 何だまだ2か・・・・・・・  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ∧∧ ⊂( =゚Д゚⊂⌒`つ; (´⌒(´ ドッコイショと、・・・・・・・・・  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ∧∧ (゚Д゚ =)⌒ヽ U‐U^(,,⊃'〜... (´⌒;; おい何見てんだゴルァ!!  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ポ ∧∧ ポ ン (゚Д゚ =) . ン (´;) U,U )〜 (;;). (´)〜(⌒;;UU (´ )...〜⌒(`)
何だ、恒例の観念論は徒労うんぬんの機械の駄文がないと 気分が出ねえぞ。
4 :
考える名無しさん :2007/04/27(金) 22:42:06
あの文章が駄文かどうかはともかく、よくできた釣りであることは まちがいない。 最近、最高位がこちらに来ないのは淋しいね。
5 :
考える名無しさん :2007/04/27(金) 22:54:21
>>1 おまえのその理性で性癖を抑えきれず、
ついオナニースレをたててしまう愚かしい行為をみていると、
おまえ、相当孤独なんだな
そんなに人恋しいか?
___ /∵∴∵\ /= =-:',:.-= =-\ │ "ー=〓=-.'` │ 「最終学歴 プフヒャヒャヒャ゚ンチチン大プ゚チュ \ / ップ゚シュッ゚プチュップ゚シュッ゚゚チュッ学部卒」・・・・・ _,. -‐' 、_ ヽ、_ ' ヽ、 ,r'´ `''‐ ニ= '´,..-‐' ``ー、 / ', ', ヽ l l l ', | 、 l l l ./ ヽ、 人 ノ l i | `ー ---‐''''´l `ー─‐i' l ', l ! / l
7 :
紗南 :2007/04/28(土) 12:27:52
新スレおめでとうございます。 新スレおめでとうございます。
8 :
紗南 :2007/04/28(土) 12:28:58
人間の脳が「物質」であることには、誰も異論がありません。 しかし、脳内には物質以外の「何か」がある(筈)と考える人が居ます。 ・・それは願望思考・自己欺瞞という「観念論的誤謬」です。 人間の脳を構成する千億個の神経細胞は軸索を伸ばし、突端から 分泌する神経伝達物質で、他の神経細胞に情報を伝えるだけです。 勿論、脳内には核分裂のような原子核反応もありません。 分子生物学と生理学の対象分野「分子レベルの現象」が全てです。 「この宇宙」で人間の脳だけが「特殊な物質」であるとする科学的根拠は 全くありません。人間の脳も地球上における「物質の進化」の一過程に すぎず、人間の脳が造り出す『意識』も何ら「特別」ではありません。 『意識』は『クオリア』を持つ動物全部に生成する現象です。 「何を思うか何を意志するか」は、あらかじめ物理・化学法則により 決定されております。自由(意志)感は文字通り『感じ』にすぎません。 量子論の「不確定性」は意識には何の関係もない「単なる観測問題」です。 以上が「超・大統一理論」=量子論と相対性理論の統一後に残存し得る 『唯一の最終真理(思想)』の輪郭です。全宗教全観念論は徒労です。
>>1 があれじゃないと気分が出ないな
あの文が正しいとかそうじゃないとか関係ないんだよ
前スレの最後の方、性質という概念は不要って議論はちょっと面白かったね。 いかにも哲学って感じで。 あんまり盛り上がらなかったのが残念だったけど。
11 :
ネコの味方 :2007/04/28(土) 20:03:44
さすがに紗南だね。
>>8 の文章がないと、ご本尊の機械氏が登場しにくかろう。
紗南の心配りに古典派?の機械氏も意気に感じ、出ないわけにはいくまい。
紗南は人間のお面をかぶっているけれども、人間よりもずっと人間?ができて
いるね。
12 :
考える名無しさん :2007/04/28(土) 20:15:23
もう諦めて議論に入ろう time is time
何にせよ最高位の敗北は確定したね。 唯物論だと精神は物理現象であるゆえに、 薬物とか物理的損傷による精神の変化を説明できる。 最高位は精神現象について何も説明できない。 この時点で唯物論の勝ちだ。つまり最高位の敗北。 『私』の存在性については、唯物論も最高位も説明できない。 そもそも、存在性自体は、物質であろうと、『私』であろうと、唯物論が説明するものではない。 精神は物理的に解明可能性はある。不可能である事は証明されていない。 人間は物体であり精神は物理現象にすぎない >『唯物論では人間の内的部分を解明しきる事はできない』 唯物論ではという限定は間違い。 人間の内的部分をもっとも解明できるのは唯物論上の論。 ただし、それをもってしても、人間では解明できない事があるだけ。 唯物論で解明できないものは、人間には解明できない。 人間に解明できるものは、すべて唯物論上の論。
14 :
考える名無しさん :2007/04/28(土) 20:31:34
薬物や脳の損傷だけでなくとも、今目の前にあるパソコンの画面に変化があっても 変化がおこる。あなたの周りをハエがぶんぶん飛んでも精神は変化する。 精神は物質によって生じるという考えに賛成だが、脳に限定する必要はナイではないか。 あなたの周りに存在するものも含めてあなたの精神を構成すると思うんですけど、 どうでしょう?
15 :
考える名無しさん :2007/04/28(土) 20:33:51
>>13 いや、最高位は「『私』が記述できないこと」を証明できていないから
唯物論の敗北はその時点でない。
16 :
ネコの味方 :2007/04/28(土) 21:15:56
>>13 “精神”というのは便利のいい言葉であり、たとえば「心」と言い換えてみる。
>>14 の述べるようにハエがブンブン飛んでいると、それを意識して「心」は
反応する。だから「精神は物質によって生じる」だって?
短絡的だね。ハエが飛んでいるのを意識したとき、心はどのように動くのか。
それを規定するのは不可能。「心」の動きは多様であり、それを物理現象として
括るのは無理。
うっかり紗南と目があって、ごっそり上の歯が抜け落ちた輩がいる。これは、
何現象と呼ぶべきか。まぁ、石になるよりかは、ましか。
>>16 酔くんは、私の妄想を
意図的にバッサリ捨象してるからなぁ・・・w
実に狡猾だwww
18 :
Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2007/04/28(土) 21:32:26
>>1 要するに、糞の役にも立たない奴らが
糞の役にも立たない擬似哲学を語るスレ
ってことでFAね?
19 :
考える名無しさん :2007/04/28(土) 21:46:24
>>18 そうでなければ俺様が書き込める余地などありはしない。
そもそも「決定論」自体、糞の役にも立たないだろう。
20 :
ネコの味方 :2007/04/28(土) 21:52:34
>>17 いえ、以前に“妄想”こそ「心」が唯物論の埒外にある証拠、と述べたことが
あります。科学も、この“妄想”については一指だに触れられないのではない
でしょうか。たとえば“妄想の壮大の殿堂”とでも言うべき一神教について、
科学はその解明に無力でしょう?
疑似科学がそれらしいことを推測してはいますけどね。
21 :
考える名無しさん :2007/04/28(土) 21:58:15
>>18 機嫌が悪いじゃない? なにかオモロナイことでもあったの?
22 :
考える名無しさん :2007/04/28(土) 22:04:25
議論が始まったか・・・ 俺の time is time が効いたと見える。
>>20 そうじゃないよw
「全ての心的現象・事象は、脳内の活動である」ことも否定できないのじゃないか?
ということ。(勿論、情報の入力(それら現象・事象の成立に必要な要素)は様々な器官からもなされるわけだが。)
24 :
Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2007/04/28(土) 22:10:07
25 :
考える名無しさん :2007/04/28(土) 22:14:56
世界というのは脳の中でしか認識できません 異論がある奴はいまい
自作自演コンテストのスレはここでつか?
27 :
ネコの味方 :2007/04/28(土) 22:54:25
>>23 まだ始まったばかりなので軽くいきましょう。
たとえば最近、登場したじいさんも脳(物質)が心を紡ぎだす、と述べている。
ただし表出された心(観念)は脳には還元できない、と彼は非唯物論的に反転
する。これでもいいのかもしれない。
しかし、私には脳が“心”を紡ぎだすと単純化できないのではないか、と思っ
ている。脳(物体)は反応するだろうが、それが“心”として輪郭を持ち肉づけ
されるためには起点とでも呼ぶしかない「私」が必要ではないのか。
「私」は何かを意識し、意識していることを意識する。それが“心”でしょう?
「私」が立ち上がって初めて様々な心模様を描くのではないか。
物体は妄想しないでしょう?
___ /∵∴∵\ /= =-:',:.-= =-\ │ "ー=〓=-.'` │ <そんなに人恋しいか? \ / _,. -‐' 、_ ヽ、_ ' ヽ、 ,r'´ `''‐ ニ= '´,..-‐' ``ー、 / ', ', ヽ l l l ', | 、 l l l ./ ヽ、 人 ノ l i | `ー ---‐''''´l `ー─‐i' l ', l ! / l
29 :
考える名無しさん :2007/04/28(土) 23:03:46
>>25 異論はないが、その認識は脳(物体)のなすワザ? それとも物質に還元
できない「私」の認識? それがこのスレの争点の一つ。
>>27 ですね。軽くジャブを交わしあうようなやりとりは、このスレでは忘れてました・・・(自嘲
その「私」も(『』でないところに貴方のセンスを感じますがw)、
種々の条件・状況・要素等等の複合した、顕れとしての存在ではなかろうか?
というのが、私の妄想なわけですwww
31 :
考える名無しさん :2007/04/28(土) 23:06:12
>>23 仮に正しいとしても矛盾はないだろうね(逆もしかりだが)。
物体によるなんらかの発現によって諸現象が引き起こされることはそれ自身で否定しつくせない構造を持っている。
ただ、それを知る事ができるかどうかはべつだけど。
>>31 あなたのような視野の広さが最高位にもあると、
一気に話題は広がるんだけどね・・・・。
33 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/04/29(日) 00:52:16
>>27 >脳(物体)は反応するだろうが、それが“心”として輪郭を持ち肉づけ
>されるためには起点とでも呼ぶしかない「私」が必要ではないのか
そんな大げさなモノではないと思いますが?
例えば「左眼に入った視覚の感覚的クオリア」と「右眼に入った視覚の感覚的クオリア」
は、約10cm程度左右にずれている「二次元平面情報(写真のようなもの)」ですが、
その「2つのクオリア」から「3次元(立体)である世界」を構成するのは「志向的クオリア」
であり、また「志向的クオリアにすぎない」のです。
ちなみにそのように脳内に(遺伝的に)プログラムされている「立体視システム」は、「2個の眼
を水平面上に持つ生物」全部に共通の(あらかじめ脳にプログラムされている)志向的クオリア
発動のシステムである・・ということです。
34 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/04/29(日) 00:58:03
ちなみに「立体視」については「上下に2個の眼」でも、理論的には可能である筈です。 ただ重要なのは「1個の眼」が脳内に映し出す「感覚的クオリア」は必ず「2次元平面」 であることです。 2個の(2次元平面にすぎない)感覚的クオリアを「立体的世界」として構成するのが 「志向的クオリア」の働きです。
>>27 >「私」は何かを意識し、意識していることを意識する。それが“心”でしょう?
「誰」 に問うているのだろう?
36 :
考える名無しさん :2007/04/29(日) 01:02:53
34 片目では立体感がないというのは間違いだよ。 夢がモノクロというのも間違い。
最高位によると「三つの目で見る事は出来ない」そうだが。
38 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/04/29(日) 01:15:22
>>36 それは、あなたは「本当の立体感」を『知らない(識らない)』と独白しているだけのことです。
私達(2個の眼を持った動物達)全員も不幸にして片眼の機能を喪失すれば「本当の立体視のクオリア」を同時に喪失する
・・ことになります。
本日は脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
>>38 立体視の研究はすごくおもしろいよ。
両眼視だけが「本当の立体視のクオリア」などという初歩的誤解だけ
振り回してもだれも感心しないから、少し勉強するといいと思う。
40 :
考える名無しさん :2007/04/29(日) 01:26:53
>>38 立体「視」と立体「感」は異なる。
立体「視」であっても立体「感」が無かったり、逆に立体「感」はあっても立体「視」じゃない場合がある。
という話じゃないんだよね?
ここでは立体視=立体感=二つ以上の眼で見る(知覚する?)事かな。
41 :
考える名無しさん :2007/04/29(日) 01:32:51
>>39 うーむ、しかしそれはたぶんクオリアという概念を本当には理解してない古い認知心理学の成果だからだからだと思うがね。
42 :
考える名無しさん :2007/04/29(日) 01:37:21
立体として世界が現前するがそれは2枚の平面という2個の眼に入った情報から 構成されるということが肝なんだと思う。あくまで情報が2次元なのにおれらは 3次元の世界に生活してると確信しているということ。
クオリアって便利だな
44 :
考える名無しさん :2007/04/29(日) 01:39:59
クオリアは霊魂などと大差ないレベルで物理学的対象などでは ありえないのだし・・・
46 :
ネコの味方 :2007/04/29(日) 11:13:06
>>33 それを明確に採りだせるか否かはともかく、前言語的な(純粋)感覚には必ず
しも「私」が必要だとは思えない。が、この純粋感覚の命は儚い。次の瞬間
には、なんらかの観念に侵食され意味を担わされる。機械氏の言う「志向的
クオリア」である。
図式的に言うと、感覚は観念化され、意味が付与される。すなわち“主観”が
構築される。「私」は感覚し、感情し、思惟し、そのことを意識する。
この「私」が何に由来するのかは不明である。また、この「私」が表出する
心(意識)を脳(物体)に還元するのは不能である。
捨象するのではなく、唯物論は「私」と「私の心」をもう少し具体的に解き
明かさねばならないのでは?
47 :
キキキ :2007/04/29(日) 11:37:19
ネコネコ!
48 :
考える名無しさん :2007/04/29(日) 13:30:51
「自我」のメカニズムを想定すると、これまた決定論に陥る希ガス。
無っ知ぃーーー★
50 :
考える名無しさん :2007/04/29(日) 13:47:59
>>43 クオリアタカスwwwwwwww
サーセン
ようするに、よほど単純で信じやすい人を除いて、ほとんどの人は哲学の 説明にいまひとつシックリ来ないんだよね。なんか納得いかない感が どこまでも残る。
52 :
考える名無しさん :2007/04/29(日) 17:45:55
スレの最後のレスはいつも、本の最後の”これでおしまいの行”に見える 俺のクオリアを伝えてやりたいが無理
>>51 そんなの説明してる本人も完全にしっくりしてる訳じゃないし。
普通の人は余計しっくりして無いだろうけど。
54 :
考える名無しさん :2007/04/29(日) 19:07:18
>>51 科学の説明にはシックリきているの? たしかに科学は、たいていの人の腑に
落ちるように現象を説明する。しかし(物理)科学の功績には一目置きながらも、
反対に、その「シックリくる」ところにイカガワシサを感じる人も少なくない
のである。単なるへそ曲がりと言われれば、そのとおりだけど。
55 :
考える名無しさん :2007/04/29(日) 22:42:52
哲学者が科学者に対抗心を燃やすわけだよね。
かち合うとは思えないし、別々だとも思わない。
57 :
考える名無しさん :2007/04/30(月) 00:08:03
なんかお久ぁ〜て感じ ヘ(^_^ヘ)(ノ^_^)ノ !!!
58 :
考える名無しさん :2007/04/30(月) 01:01:37
さて履歴書でも書くか
59 :
考える名無しさん :2007/04/30(月) 09:17:36
特技は・・・・・論破っと。 得意科目は哲学
60 :
紗南 :2007/04/30(月) 09:27:59
特技・・・・・小銭を落とした音だけでいくらか分かる
∧_∧
( ・ω・)
(っ つ
/ ) チャリーン
( / ̄∪ _.__ lヽ,,lヽ
_| ::|_ | |Θ|( )
| ̄ ̄ ̄| ̄ ̄|_ |_|_|と i
|___|__|_| |_| しーJ
さて、今投入したのは幾らでしょう?
>>60
>>59 面接官A:「得意科目は哲学・・・あっそ、・・・はい、以上で終りです、ご苦労様でした。」
面接官B:「はい、次の方どうぞ」
63 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/01(火) 02:51:02
>>46 :ネコの味方 :
>唯物論は「私」と「私の心」をもう少し具体的に解き明かさねばならないのでは?
なるほど、なんとなく判ります。
心が物質(付属物)であるなら「私」の中に実在するわけだから、そのあり方を具体的に示す必要が生まれるわけですね。
逆に観念論では「私」を捨ててしまえば良い。
「思考の背後にある思考者を貴方は思考することが出来ない」と言っている人もいる。
ちなみに唯脳論では
・・・・・・・・・・・・・・・
「私が何かを知っている」と言う表現は「私」があるためにややこしい。「・・・が考える」という言い方も問題がある。
デカルトの「我思う・・・」の訳の「我」が誤解を生む。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
というような事が書いてある。
64 :
考える名無しさん :2007/05/01(火) 04:52:23
働くおじさんは時間がない 働かない若者は未来すらない
65 :
考える名無しさん :2007/05/01(火) 12:01:20
「この私」を考えている『私』を考えたところで、何も解決にはならない。 「この私」を考えている『私』を考えている【私】は誰? になるだけ。 「居る」だけでいいのさ。
くだらん。俺なんて起きてれば何やったっていつも居るんだから、放っておけ。 貴重なレア物でも無くなるものでもないんだから必死に考える必要は無い。 減るもんじゃなし消えるもんじゃなし、私とはなんて考えても意味無い。
67 :
紗南 :2007/05/01(火) 13:45:38
じゃあ、「居る」とか「ある」について考えましょうか。
68 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/01(火) 14:30:48
>>65 ようするに『存在性』なんだよな
「あってあるもの」としか言えないんだよ
私が
「『私』は神とすら平行する存在性である」と言っているのは、そういう意味
そして当然ながら
少なくとも、この『私』という存在性は
物理現象に規定され存在したのではない
唯物論は間違いなのである
69 :
考える名無しさん :2007/05/01(火) 14:42:09
>>68 だからwwwwwwww
それは
「○○性」じゃないだろ?
「性質」じゃないだろ?
と、何度突っ込まれたら解るんだ?w
70 :
考える名無しさん :2007/05/01(火) 14:43:39
みんなヒマだねえ。 いつまでオナニー続けてんだ 「哲学者最高位」だって?笑わせるよ どのページでいこうか、射精の時間を引きのばしてるだけじゃん
71 :
考える名無しさん :2007/05/01(火) 14:53:48
「生命を定義することより、研究するほうがやさしい。化学者は定義しない で研究すればよい。」ライナス・ポーリング(ノーベル化学賞受賞)
72 :
紗南 :2007/05/01(火) 14:59:20
紗南はよく、『おやじ臭い』とか『犬くさい』と言われるのですが、それは 「『紗南』はおやじや犬とすら平行する存在者である」という意味なのかもしれない。 また、紗南は、「ちょwwwwwおまwwwwww神秘主義者」 などとも言われるのですが、 「ある」ということの事実と状態に関して、 >「あってあるもの」としか言えないんだよ と言う風に、それ以上問えない定義不能な神秘的概念、あるいは、 普遍的概念、or、自明な概念、として、 問いを放棄することは、今のところ、よくできませんでした? 去年の三月、このスレのパート57から参加して、3番目に発した問いも、 「そもそもあるとはどういうことなのか」でした。 ちなみに、 最初の問いが、このスレの皆さんに対しての、 「”哲学者最低位”というHNはすでに使われていますか?」というもので、 2番目の問いは、最高位さんに対しての、 「”哲学者最低位”と名乗ってもいいですか?」というものでした。
73 :
考える名無しさん :2007/05/01(火) 15:10:33
心なんて量子反応なんだから、 死んでも量子反応は延々と残るんだから 無になるわけがない。以上。
74 :
ネコの味方 :2007/05/01(火) 21:56:44
>>72 2番目の質問に対しては、当時、私が最高位に代わって答えています。
“哲学者”を冠しさえしなければ、いいんじゃないの、すなわち単なる
「最低位」を名乗る分には、最高位も文句はつけまいというものでした。
75 :
ネコの味方 :2007/05/01(火) 22:47:46
>>68 してみると、最高位は神と取っ組み合いをしたアブラハムの孫のヤコブと
いうわけか。ヤコブは腿の関節をはずされて一敗地にまみれるが、最高位
は現代の神(唯物教)をどう料理するのか。
もうこの段階で、両腿の関節くらいははずしているよね。
しているよね。
76 :
ネコの味方 :2007/05/01(火) 22:51:15
すまん、校正ミスです。ビールと焼酎とワインを飲みました。
つーというか、このスレやめにして機械が
>>1 を書かせて再開しないと続かないんじゃない?
>>1 の名無しはスレ潰しが目的で1を書いたとしか思えない。いくら2ちゃんでもルール違反じゃない?
78 :
考える名無しさん :2007/05/01(火) 23:15:21
>>1 の卑怯さは正々堂々と反論できないから姑息な手段を弄していること。
小さなヨハネ並の卑怯さ加減だなw
79 :
素人 :2007/05/01(火) 23:17:41
確かに。 美しくないよねw どうせやるなら、改変する形でビシッと決めてくれれば また盛り上がったかもしれないが・・・w あ、・・・・・
80 :
ネコの味方 :2007/05/01(火) 23:20:13
>>77 君、ちゃんと読めよ。それを心配して紗南が気を利かせ、機械氏のいつもの
文章を載せ、その後、機械氏も登場しているよ。あの人も、連休を楽しんで
いるんじゃないの?
81 :
考える名無しさん :2007/05/01(火) 23:38:02
シェイクスピアの本について、パルプとインクの成分分析を終えたら、シェイクスピアを理解した。 これが唯物論。
>>81 字を読むことは「人間の脳の働き」以上でも以下でもない。
文学性を読み取ることも「人間の脳の働き」以上でも以下でもない。
文学性の高さ低さを評価することも「人間の脳の働き」以上でも以下でもない。
哲学板 最高位候補 無所属 哲学者最高位(年齢不詳) 唯物論的共産運動を出発点に、一転、孤高的独我論者となり、 いまどきデカルトを持ち出して四面楚歌、現在に至るも反唯物論知識人 では続いて、哲学者最高位さんのアジテーションです。 有権者諸君、私が哲学者最高位である。 諸君、唯物論は最悪だ。 物理現象だとか、何とか知能だとか、私はそんな事には一切興味が無い。 あれこれ還元して問題が解決するような、もはやそんな甘っちょろい段階にはない。 こんな唯物論はもう見捨てるしかないんだ、唯物論はもう滅ぼせ。 私には、解体・還元されるべき『私』なんかひとつも無い。 今はただ、存在性アンド存在性。すべての起点に気付くことだ。 諸君、私は諸君を軽蔑している。 このくだらない現代哲学を、そのシステムを、支えてきたのは諸君に他ならないからだ。 正確に言えば、諸君の中の唯物論者は私の敵だ。 私は諸君の中の『私』に呼びかけている。 『私』の諸君、今こそ団結し立ち上がらなければならない。 奴等唯物論者はやりたい放題だ。 我々『私』がいよいよもいって生きにくい世の中が作られようとしている。 『私』の諸君、物理現象で『私』が解ると思ったら大間違いだ。 所詮物理現象なんか唯物論者のこけおどしに過ぎない。 我々『私』にとって物理現象ほど馬鹿馬鹿しいものはない。 この肉体・脳を前提にすれば、唯物論者が勝つに決まってるじゃないか。
じゃあどうして書き込んでいるのか。 その話は、長くなるから過去ログの流れを見てくれ。 過去レスは無数にあるから、途中で飽きないように。 私は、唯物論の、『私』に対する迫害にもう我慢ならない。 『私』の諸君、唯物論者を説得することなど出来ない。 奴等唯物論者は我々『私』の言葉に耳を傾ける事は無い。 奴等唯物論者が支配する、こんなくだらない哲学はもはや滅ぼす以外に無い。 脳科学なんていくらやったって無駄だ。 今進められている様々な研究は、どうせ全部すべて奴等唯物論者のための後付け理論じゃないか。 我々『私』はそんなものに期待しないし、勿論協力もしない。 我々『私』はもう唯物論に何も望まない。 我々『私』に残された選択肢はただ一つ、自分を見つめて『私』に気付くことだ。 ぶっちゃけて言えば、もはや存在性しかない。 『私』の諸君、これを機会に存在性の恐ろしい曖昧を共に進めていこうではないか。 この板にもう一つ似たようなスレがあるから、決定論スレでも、私を記述スレでも構わない。 私に一言応援レスをくれ。 もちろん哲学的素養のない初学者の諸君や、哲学板以外の諸君でも構わない。 我々『私』には物理現象なんかもともとぜんぜん関係ないんだから。 最後に、一応言っておく。 『私』について、たま出版から解説書が出たら、奴等はビビる。 私もビビる。 哲学者最高位に憐憫の一レスを、哲学者最高位にやけっぱちの一レスを、じゃなきゃ哲板なんか来るな。 どうせ物理現象じゃ何も変わらないんだよ。 無所属、哲学者最高位さんのアジテーションでした。
85 :
ネコの味方 :2007/05/02(水) 00:13:35
>>82 物体の脳が“文学性の高さ低さ”をどう評価するの?シェイクスピアの作品の
価値を物理学によって数値化してみて。それができたら、君らの勝ちだよ。
ところで、君は「マクベス」を読むか、その芝居をみたことがあるか。私は、
最近、黒澤の『蜘蛛の巣城』をみたけれども、どうもこちらのほうが良くみえて
しまうんだな。
86 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 00:14:31
このスレを初めて見たけど、
>>1 がスレを憎んでいることは分かるね
そもそもスレを立てた
>>1 がスレを潰したがっているように見えるスレも初めて見たw
>>85 文学性が高いと感じることだろうが芸術性が高いと感じることだろうが所詮は進化の戦略が
哺乳類の人類の脳に見させている夢に過ぎない
地上100mの上空から昆虫の蠢きを見分けるという鷹が見ている世界やトンボが見ている
複眼オールカラーの世界は人間の眼が見ている世界など超越する
それもまた全部が物質の進化の戦略に過ぎない
89 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/02(水) 00:32:41
>>77 >>78 >>86 確かに
>>1 さんは議論できないので中傷に走っているだけだとは思いますが、私がスレ立てを
し損なったのが悪いのだと反省しております。別スレを立てるかどうかは、お任せいたします。
>>88 (桜をはじめとする)植物の花々があのような多様な色で美しく咲くのは、
人間の栽培意欲を刺激するためではなく、あくまで(雄しべの花粉を雌しべに受粉させる媒介をする)
「昆虫の複眼」にアピールするためです。
人間が「美しい」と思わないでも、植物にとっては「昆虫」の眼に「美しい」と映ればそれでいいのです。
本日は脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
90 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 00:35:42
>>88 唯物論者って、結局「文学性」って言葉、使っちゃうんだよね。
それが大体どういう意味か判ってて、ちゃんと伝わってるのよ。
伝わってるなら「在る」じゃんか、物質じゃないものがさ。
しかも、「芸術性」という、近い観念を自分で引いてきてしまってるしさ。
物質が唯一のものだと主張する為に、様々な「観念」や「言葉」や「間主観性」※
を引っ張ってきて、ますますこの世界は物質だけでないという方向に向かっちゃう。
※間主観性とは、多くの人が同じように感じるというような意。
前にも言ったけど、唯物論者は非物質的な様々な価値領域の言葉を
知らずに使ってしまう。
91 :
素人 :2007/05/02(水) 00:36:57
夢はどこへ消えてしまったのかね?
94 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 00:40:34
>>90 そもそも唯物論者は非物質的なものの存在を否定したりはしてはいない。
むしろ、その存在を肯定している。
95 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 00:43:02
>>89 キミはチェーホフの『桜の園』の芸術性高い美しさを昆虫の目に貶めるという
基本的な間違いを犯しているw
”人間が「美しい」と思わないでも、植物にとっては「昆虫」の眼に「美しい」と映ればそれでいい”
これなんて、もう、なかなかいい詩じゃないか。
「植物にとっては」なんて、植物に主観を置いてみたんでしょ。優しい視点だよ。
それだけ様々な主観の入れ替えが操作できるのに、なんで物質だけなんて言うの?
>>94 じゃあ対立軸って何もないの?
私は観念も物質もあるし、相互作用してるだけだと思うけど。
97 :
砂南 :2007/05/02(水) 00:48:44
砂南は昔、砂南がウンコを指さして「ウンコー」と言ったあと ママンが「ウン、ウンコだね」と言った時、間主観的に ウンコの存在が客観だと知りましたよ?
98 :
ネコの味方 :2007/05/02(水) 00:49:44
>>87 どんな方法でもいいですよ。物理学に則ってさえいれば。
>>88 あなたがシェイクスピアを鑑賞したときに表出される夢と私のそれと誰某の
それとでは内実が異なる。この差異を脳機能のそれに帰すことは不可能。
鷹やトンボが超越的に俯瞰しているのを、さらに超超越的に観測し意味づけ
しているのは、あなたの主観です。
「物質の進化の戦略」ときましたか。そうやって物質にまで、あなた(の私)を
付託せざるをえないのが「私の存在性」の凄さであり、哀れさでもあるわけです。
あ゛〜もう!
だから!
ホームランやサッカーの試合は【どこに】【どのようにして】【ある】のか?
を、記述してみろよ!
>>96 >>95 >>90 >>81 (注:ネコは免除w)
100 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 00:54:18
>>96 >じゃあ対立軸って何もないの?
対語は唯心論。
物理的存在のないところで観念があると言い出す論には対立するだろうけど。
101 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 00:55:03
>>97 ミナミは昔、ミナミがmaンコを指さして「maンコー」と言ったあと
ママンが「ウン、maンコだね」と言った時、間主観的に
maンコの存在が客観だと知りましたよ?
>>101 じゃあmaンコの存在が主観でもあることをオジサンが教えてあげようかな?
103 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 00:58:45
>>98 >それとでは内実が異なる。この差異を脳機能のそれに帰すことは不可能。
というより、脳機能と状態の差がない状況下で、内実が異なるなんてことが言えるのか?
一体何を根拠に?
脳機能のそれに帰すことは不可能という以前に、それは脳機能の差を根拠にしているではないか。
自分が立脚している足場を壊してどうするよ。
104 :
砂南 :2007/05/02(水) 01:01:04
105 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 01:03:13
>>102 CHINPOの客観的存在性と主観的存在性の違いは、物質の存在性と『私』の存在性の違いと違わない。
106 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 01:05:17
>>105 こうじゃないか?
×:CHINPO
○:CHIMPO
108 :
ネコの味方 :2007/05/02(水) 01:12:02
>>99 機嫌が悪いのか、酔っているのか?w
その質問は、唯物論者にするべきでは。だって、我われは適当に答えるでしょう?
「松井のホームランは、私の心のここにある」とか…。
そういったことを唯物論では記述できないから、その不完全性(世界を語れない)を
指摘しているわけです。
せっかく免除されたのに、すんません。
109 :
ネコの味方 :2007/05/02(水) 01:39:41
>>103 すみません。指摘されている意味が…。
脳の物理的機能の差は、夢(妄想でもいい)の違いとは無関係と言っている
のですが。これでもおかしいですか。
110 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 01:44:31
砂南は、紗南のニセモノだろう? 紗南と比べると、品がなさすぎる。 それとも、シモネタのとき“砂”を使うのかな?
111 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 01:45:31
>>109 人生とは蝶が見る夢・・・・邯鄲の夢に過ぎないことを悟りなさい。
>>112 最高位陣営? そんなものがあったのかw
記述は物理現象。
115 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 02:10:15
>>100 それだと、少なくとも私にとっては唯物論とは対立がないかな。
・意識や観念は非物質的な存在である。
・意識や観念の存在には媒質を必要とする(紙とインク、脳と生化学)。
・媒質は一時的なものであり、物質とイコールではない(言語や文字による伝達交換が可能)。
・しかし、全ての物質を消去すれば、媒質も消え、これを利用していた意識と観念も消える。
・意識や観念を主に言語を使用して取り扱う学問(文系)は、科学に還元できない。
・科学は、意識や観念を作る脳の基本構造を説明するが、それ以上はない。
・意識や観念が、物質宇宙より後に現れたことは確か。
・しかし、科学は文系学問領域よりも後に勃興しており、その成果を利用している。
(言語の発展がなければ科学はない)
・表裏の関係にある両者は、どちらかを否定すると、自身も否定することになる。
物質→脳
↑ ↓
科学←言語(意識と観念)
こうなってる以上、唯物も唯心も互いを攻撃しても無意味だというのが俺の理解。
>>114 「記述は物理現象を伴う」、だったら同意するよ。
117 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 02:22:58
>>112 逆でしょう。わが陣営(こういう言い方を最高位は嫌うが)は「私」を起点として
紡ぎだされた意識、その表現をすべて良しとします。物理学的な記述は、その
なかの一つというわけです。
あなたと最高位の積年にわたる抗争は、言葉の使い方のちょっとした齟齬から
始まり、いまや引くに引けない間柄です。感歎子も絡んだそれは、このスレの
風物詩。とことんやってください。ww
愛情=プレゼント量ですって? うーん、悪い女に乗せられているみたいですね。
しかし、その種の観念論的迷妄(錯覚)迷走こそがわが陣営の主張の正しさを補強
してくれるものであり、おおいにプレゼントしてください。
まことに愛はプレゼントの量です。
118 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 02:30:51
>>114 記述されるのは、広義の意識。感覚、感情、観念…。
119 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 02:45:54
>>115 だいたい賛成ですけど、「意識や観念が物質宇宙より後に現われた」
との言い方はベタすぎます。微妙な言い回しを必要とするでしょう?
>>116 別に同意せずとも構わない。
私の肉体が送った信号にあなたの肉体は何らかの反応(レスポンス)をせざるを得なかった、ただそれだけの事だ。
フィジカルな宇宙とメタフィジカルな宇宙の2つで 我々が存在してると解釈できればすべて解決するぞ。 別の言い方をすれば 物質的宇宙と形而上的宇宙の交わりが「ここ」である。 5次元だ。これは現代科学の最先端だぉ。
122 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 04:17:14
>>115 >・媒質は一時的なものであり、物質とイコールではない(言語や文字による伝達交換が可能)。
動物たちの脳が紡ぎ出す意識をどう解釈するか?問題が残る。言語を操る動物である人間とは、
逆読みすると言語を脳の機能に取り入れた(進化論上初めての)動物にすぎないとも言える。
>>122 訓練されたチンパンジーが文字を理解することは実験で証明されているけどね
124 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 04:23:52
>>123 このスレには文字や文章を読み取れないチンパンジー以下の人間が沢山レスしておりますw
125 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/02(水) 04:24:34
心身問題というものを突き詰めていくと 「精神性の根源と物理現象」という根源的問題になってくるわけだが 多くの人は 「精神活動と物理現象」という表面的な問題に、勘違いしてしまっている そして知能の低い人は、そこから出られずにいるという事を理解せねばならない
>>115 物質→脳
↑ ↓
科学←言語(意識と観念)
こうなってる以上、唯物も唯心も互いを攻撃しても無意味だというのが俺の理解。
言語(意識と観念)は結局科学と物質と脳の循環系にすぎないというのは唯物論そのもの
128 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/02(水) 04:36:32
真の唯物論者であるならば、観念論を完全に否定せねばならない立場にあるにもかかわらず ここで唯物論を唱えるほとんどの人は、なぜか観念論を許容している ここにいる唯物論者にとって 観念は、あって当たり前の前提であり それは物理現象として説明する必要のないものなのである しかし、そんなのは唯物論ではありませんよ
129 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 04:40:44
>>128 物質である脳内に発生するクオリアを「観念という実体」だと勘違いする論が観念論だろ?
130 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/02(水) 04:44:10
131 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 04:51:22
>>130 『私』とか「神」とか「理想」とか「善」とか「美」とかの観念が発生する場所は何処?
唯物論はそれは全部「脳内」だと言ってる。脳外に何処に発生し得るの?
132 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 04:53:03
>>121 そして伝統的心身二元論に行き着くというわけですな。
133 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 04:55:24
なるほど。過剰に記述すること、哲学の営みで。
134 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/02(水) 04:55:38
ここにいる唯物論者にとって 『私』の存在は、当たり前の前提なのである 『私』とは何なのか 『私』とは物理的な何の要素であるのか という事までは考えない やはり知能が低いのであろうか
135 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/02(水) 05:03:41
>>131 では、その
全てが発生するという脳内の
何の要素で『他人』ではなく『私』であったのか
それを、まず明確にしてもらいたい
でなければ、『私』が脳内で『発生』しているという論理的根拠がない
脳と呼ばれる物体は無数に存在します
他人の脳と物理的要素として、いったい何が違うから『私』だったのですか?
こういう問題がある という事すら理解できないほどの
低い知能しか持っていないのですか???
136 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 05:07:06
>>129 観念論といってもそうしたミスを犯しているものはとっくに論破済み。
137 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 05:07:25
おまえは壊れたレコードか。よく飽きないな。
138 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/02(水) 05:09:30
>>137 お前らが、答えられないから繰り返してるんだろがwwwバカ
>>134 『私』とは物理化学的な「脳の要素」であることは最高位以外は理解。
最高位の独我論は「私の脳が『私とは何よ?』と問うた瞬間の脳の状態を『記述』せよ」
と固執するが、そもそも「ある状態の脳細胞の働きの結果を記述する」ことは1000年間
掛かる・・・ので、誰もしない・・・ことにつけ込んだ最高位の観念論の根拠は崩れている。
140 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/02(水) 05:18:44
>>139 >『私』とは物理化学的な「脳の要素」であることは最高位以外は理解。
それは理解 じゃなくて
それで納得しちゃう人は
そこに論理的な飛躍がある事に気づけないだけの事
すなわち知能が低いって事
いかなる状態を作っても、私を二人作成する事は絶対にできない
すなわち私は『物理的な状態』なのではない
私は唯一絶対であり
天上天下唯我独尊である
141 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/02(水) 05:21:13
まぁ、基礎のできてない人に、なに言ったって無駄だって事はわかってるけどね 何人に一人かは、理解できる人もいるでしょう
>哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2氏 結局のところ、「このわたし」という存在は、代替不可能であり、 複製不可能であり、分析不可能である唯一のものだ。 という主張で良いのでしょうか?
143 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 05:34:42
物質以外のリアリティはまったく存在しない、また、それらの 非物質存在を構築/研究する知識の諸領域さえ不要であるという「強い唯物論」。 自然界は物質を媒体にしてより高次の非物質的存在を生み出してきたが、 物質なしにはそれらは存在し得ない。しかし、高次の領域を構築/研究する学問は、 それが物理法則を逸脱しない限りリアリティがある。という「弱い唯物論」があるんだよね。 強い唯物論は、物理学を中心とした科学が究極まで発展すれば、科学以前の伝統的な知識は すべて不要になると言う主張。 弱い唯物論は、物理が規定する範囲を逸脱しなければ、シェイクスピアを研究しても、 神学論争をやっても、それに科学は口出ししないし、脳の働きとして断片的にデータを 得ることはできるけど、形態が違いすぎて非効率な研究しかできない。 (脳波からシェイクスピアを解釈することはまったく不可能ではないが、一篇の詩を読むほどにも 理解できないし、非生産的なので、やめるべき) 恐らく「強い唯物論」はこのスレでは既に主流ではないんでしょう。 「弱い唯物論」の仔細は議論の余地があるとしても。 と、いう認識でいいのかな?
さらに言うと、「弱い唯心論」は、多分、「弱い唯物論」とほぼ同じ。 あとは、「強い唯心論」だけど、これは、物質存在に頼らないで意識や観念を保存できる。 または、そのような存在が物質存在以前からあったと主張する。
145 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 06:52:07
生物板で完膚なきまでに論破された最高位先生が独り言を言っているのはここですか。
146 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 06:59:34
弱い唯物論。w 不可知論と可知論の関係がわからないから最高位のような患者が出てくるだけ。 機械も同病。 何言っているのかわかんねえだろうなあ。w
148 :
ネコの味方 :2007/05/02(水) 09:58:09
>>139 地球上だけでもカボチャの数よりも多い人間のアタマの一つについて、科学が
何かを述べようとすれば1000年もかかるわけだ。それは「お手上げ」ということ
である。「弱い、強い唯物論」をもじって言えば、科学はその対象によって極端
に強くなったり、へタレになったりするようだ。
>>143 シェイクスピアでも源氏でも漱石でもいいが、これらに関する言説があなたの
言う“リアリティ”を有し白熱化するとすれば、それは“物理法則”なるものを
払拭し、そこから逸脱しきれたときである。
心的営為の結晶とも言うべき作品を語るには、弱い唯物論でさえ無用、無益な
のである。別に、私は小林秀雄のファンではないけどね。
149 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/02(水) 10:40:02
>>142 唯一のものかは知らんよ
ただ
>「このわたし」という存在は、代替不可能であり、
>複製不可能であり、分析不可能である
という事は言えるだろうね
そういうものが人間の精神の根本にあるのだから
唯物論の手に負えるはずもなく、消し飛んでしまわざるを得ない
人間の主観性とは、結局そういう事なんだよ
キミ達は、「主観性がある」という所から出発していて
「その主観性は何なのか」を考えようとしない
知能が低いのかな
人間の精神、すなわち人間の主観性は、結局『私』という存在性なのです
>>143 どうでもいいけど
で、心身問題における唯物論の立場はどうなの?
>>149 もし、わたしを原子レベルから全てコピーできたとしたら、
わたしは外部に「わたし」を持つことが出来るのでしょうか?
……というような問題ですな。
わたしのコピーを作ることが出来たとして、同じ意識を持つか
どうかが「科学的」に判断できるとして、だからどうなんだ、という。
たとえばわたしが余命1ヶ月であって、そのコピーは1ヶ月後も
生き続けるとしたところで、「わたし」には何の関係もない、ということ。
「わたし」の問題と、「意識」一般の問題は別だと言うことですね。
151 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/02(水) 11:01:50
>>150 うむ
言える事は
どんなに物理的に同じ要素、同じ状態を作ったとしても
記憶情報を複製しようが何をしようが
絶対に、それは私自身ではなく、私と同じ要素の同じ状態の『他人』にしかならないし
また、それ以前に『自我』を持った人間になる という根拠すらない
絶対に動き出す という根拠もなく、死体を作るだけになる可能性もある
たとえ動き出したとしても、それは哲学的ゾンビである可能性も否定できないわけだ
ただ言える事は
「その私と同じ要素を持った物体は、絶対に私ではない」という事
この結論は、100%間違いない
152 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 11:09:57
>>140 >いかなる状態を作っても、私を二人作成する事は絶対にできない
3次元デッドコピーを作ってもコピーされた最高位はコピー元のの最高位と
全く同じ自我を持つけど、コピー元の最高位にとってと本当はコピーされた最高位に
とっても、それぞれが同じ自我であることを絶対に確認できないというあたりまえの
ことを言いたい意味で、最高位はこういう言い方をしているだけです。
154 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 11:17:26
>>153 そりゃ、たしかに絶対に確認する方法がないわなw
155 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/02(水) 11:19:22
>>154 それは私じゃないからね
私じゃないって事だけは、アホでも確認できるわなwww
>>142 >結局のところ、「このわたし」という存在は、代替不可能であり、
>複製不可能であり、分析不可能である唯一のものだ。
「この〜」は全部同じじゃないの?
157 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 11:29:00
【私】は内において思惟しているようだが その実、【私】は思惟の中で生きているのである。
隔離病棟スレ
159 :
紗南 :2007/05/02(水) 11:43:57
「私の体」は「私」ですか?
160 :
紗南 :2007/05/02(水) 12:08:09
この前テレビで、中国の伝統的な国家観には、 国力の変動に応じた勢力範囲の変動があるだけで、 「国民」や「領土」と言う概念が無かったって言ってた。 そのような国家観に対して、島国の日本では、 海に囲まれているため領土や領民(国民)としての意識が強く、 近代ヨーロッパで出来た「国民国家」という考えを、 すんなり受け入れられた、とかも言っていた。 そして、日本的な国家観とか国民国家の見方をしていると、 中国の国家観が分かりづらいのだと言うような話でした。 本当かどうか分からぬのですが、とても不思議な感じがして、 興味深くて、大変たのしく、思い出に残りました。
161 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 12:09:19
>>153 コピーがお互いを見た時点を考えると同じ自我が
あるとは思えない。
だって互いの座標が違うもの。
実存の基礎では。
162 :
(´ー`)y-~~~ :2007/05/02(水) 12:29:05
様々なレスを拝読いたしましたが、どうも今一つ説得力に欠けますね。 小生が思いますに、どうも皆様は『自我』が初めから存在する、という 前提の下にお話をなさっている様に思います。 しかしながら小生、ここに些かの疑問を感じます。 一例を挙げますので、一つ皆様もお考え願いたいのです。 まったく何も無い空間を思い浮かべて下さい。 そしてそこに浮かぶ赤ん坊が一人存在している、とします。 さて、このまったく何も無い空間で、その赤ん坊が成長していく過程で その赤ん坊は自我を持ちうるのでしょうか?。
163 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/02(水) 12:42:14
164 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 12:46:57
★古文版ウィキペディアの成立のために同志の協力を仰ぐ★
《古文版ウィキペディア(テスト版)》
http://incubator.wikimedia.org/wiki/Test-wp/jpn-classical 《古文版ウィキペディアのメタウィキ内の提案ページ》
http://meta.wikimedia.org/wiki/Requests_for_new_languages/Wikipedia_Classical_Japanese_2 いまメタウィキで古文版ウィキペディアを作ろうという提案がなされています。
成立には多くの人の賛成意見が必要なので、簡単ですのでぜひご協力ください。
協力の方法は下に記しました。
古文というのは中学校や高校で親しんだ源氏物語や竹取物語などの文章です。
日本人なら誰もが読めるでしょう。現代語とは語彙も文法も大きく異なりますから、
現代語とは違った切り口で物事を見られるでしょう。
上にあるのは飽くまでテストウィキであって、
提案が承認されなければなくなってしまいます。古文が書けなくとも、
賛成意見を書いていただければ助かります。賛成は多ければ多いほどいいのです。
【簡単】協 力 の 仕 方【短時間】
1、「古文版ウィキペディアのメタウィキ内の提案ページ」(上のリンク)に行く。
2、画面の右上の「Log in / create account」という所をクリックし、メタウィキのアカウントを取得する。
3、ログインし、古文版のArguments in favourという項目に「*'''Support'''」と書き込み、
その後ろに理由を書き込む(英語でも日本語でもどちらでも良い)。理由は一言でもよいので必ず書いて下さい。
末尾に必ず--~~~~と書いて署名する。(--~~~~と書けば自動的に署名される)
■□■その他、宣伝等■□■
1、ブログやウェブサイトなどを持っている人はそこで宣伝して頂ければ嬉しいです。
2、記事を書きたい人はテストウィキに行ってください。
165 :
(´ー`)y-~~~ :2007/05/02(水) 12:55:40
>>163 そうした状況下で自我が存在するのであれば、それは肉体に…物理的要因とは
無関係に存在しうる、という事になるでしょう。
166 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/02(水) 13:02:10
167 :
(´ー`)y-~~~ :2007/05/02(水) 13:23:56
>>166 小生は自我が、体験とその蓄積によって生じる脳の反応なのではないか、と考えております。
であれば、体験がまったく無い状態を考える事で、その証明(あるいは否定)と見なせるのではないでしょうか。
168 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/02(水) 13:38:05
>>167 キミは根本的に間違えているんじゃないかな
他人がいくら体験を蓄積しても、私にはならんよ
私は、私だから私なんだよ
私が、いろんな事を学習して「自分がいるんだ」と自覚するようになる
その作業は自我意識であって、自我の存在性とは別の事なんだよ
自我があるからこそ
次の段階で、自我意識も持つ という事ができるようになるのです
自我意識がいくらあっても、私でなければ、それは私ではなく他人です
私の自我意識であるからこそ、私が自覚できるのです
自我意識より、私が先です
169 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 13:47:01
自我すなわち霊魂てことだべ。 まぁ、化けることはあんめけどもよ。
170 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 14:07:30
>>148 科学がその対象によって強くなったり、弱くなったりするのは当然だと思います。
ニュートン力学のような、完全に決定論的にふるまう要素も科学にはある。
ただ、科学が完全に決定論的、機械論的であったのは(世界が精密な機械という考え)
遅くとも19世紀以前までで、科学はより近代的な分野であればあるほど、非決定論的、非機械的な
記述をするようになっていきます。数学でさえそうです。
ただ、一時的に蜂起したにすぎない、科学に対するパブリック・イメージ、「世界は精密な機械」
であるという観念は未だに強く残存しており、 「機械的唯物論」者さんがその代表だと思います。
彼らは科学が石ころの運動を記述していた頃の観念をひきずっているにすぎない。
「弱い唯物論」を言い出したのは私だけど、実際にはこんな考えにほとんど意味などないことは
判っています。科学はこれからも発展するけれど、それによってそこから完全に逸脱した知識体系
を持った文系諸分野には何の影響も与えられない。美や善は統合的な概念であって、要素還元すれば
すればするほど意味消失する。要素還元し終える頃には美や善は欠片も残されない。
しかしそれでも要素還元を開始してしまう。システム科学のように、科学の諸領域でさえ
要素還元的でない分野があるのにもかかわらず。機械的唯物論は実際には科学でさえないと私は思う。
また、機械的唯物論者は、文系領域がいかに科学的 (物質的という意味ではなく、第三者によって再現可能な理論体系になっているかという意味の科学的) であるかをまったく学ばない。文学における構造主義、霊的領域を扱った神秘学なども、 第三者による再現可能性をより精緻なものにしようと進歩し続けた結果、今に到るのに、 その基盤が物質的でないという理由だけで切り捨てる。
172 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 14:27:59
創発的唯物論は、どちらかといえば弱い唯物論に入るだろう。
さっさとこの糞スレ、宗教板に移行しろ
174 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 14:35:45
>>168 ええ、小生もそう考えた事はありました。
しかしながら、何も無い空間にいる『私』を考えた場合、『私』が『私』であると
何をもって判別するのでしょう?。
『私』とは『私以外』との相関があって初めて生じるものではないでしょうか?。
そう考えた時、感覚がまったく無意味であるだろうこの空間で、
『私』は『私』たりえるかどうか?、と思う次第です。
175 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 14:39:00
>>173 2CHに自作自演板が出来たら即移動する予定です。
176 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 14:42:15
心に執着する人が、意識も物質活動すぎない事を 理解することが出来ない。 心への執着を捨てることで、理解できる。
>>162 >>167 >>165 >>174 は、
『私』を完全に「人格的なもの」と見ている。
(それは、【私】という語が本来持っている意味合いからすれば当然の反応なわけだがw)
「他者、外部との関係性に於いて現出するもの」と言ってもいいかもしれない。
一方最高位は、そうではなく、
「今まさにここに居るという実感」を『私』と表現し続けている。
(もっとも、彼は、『それ』が、「思考し、話し、キーボードを叩くとまで言うわけだが・・w」)
このズレが埋まらない限り、平行線はいつまでたっても平行線のままだろう。
179 :
花魁 :2007/05/02(水) 15:24:36
>>178 的確な指摘。
但し、その対立はあくまでも「私」という概念の
意味の二重性に由来するものであって、
どちらが正しいとするのは誤りとみる。
180 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 15:28:10
「私の存在性」は、「私」という言葉を習得した者に生じる思考である。 思考は、一人で内的に話した言葉を内的に聞き、その言葉に呼応して内的に話す行為である。 「私」が話した言葉を「私」が聞くという形式の思考が、「私の存在性」と呼ばれるものである。
>>179 最高位が、その二義性(多義性)をきちんと分別して語ってくれればいいんだが、
彼は、その間を牛若丸のように飛び跳ねるので、照準を合わせづらいんだよね・・・w
183 :
ネコの味方 :2007/05/02(水) 17:34:44
>>159 身体は「私」の外にある。すなわち外在的存在だが、「私(の意識)」に
からめとられ、「私の身体」として擬似的に内在化されているにすぎない。冗談です。w
>>160 乱心したのかと思った。しかし、普通の散文も上手ですね。
この“中国問題”は興味深いけれども、ここで云々すると迷惑がられるので
やめておきます。
184 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 17:39:18
186 :
ネコの味方 :2007/05/02(水) 18:06:41
>>181 最高位は比較的、きちんと分別して論を展開している。
初めに由来を特定できない「私」がある。この「私」は対象(事物)を意識
する。事物と関係すると言い換えてもよい。
他方、この「私」は事物との関係をも意識している。「私」は一元的である。
だが、その意識(心)は往路と還路に分裂している。
最高位は「私(自我)」と「私の心(自我意識)」を常に分けて論じてきたと
言ってよい。
187 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 18:18:53
自分と原子レベルまで全く同じコピーの人間をを作ってもその人は 「私」ではない。なぜなら彼の意識と私の意識の中身が同じでも、私と彼の 意識は繋がっていないからである。 いま、自分と彼の頭の中で全く同じ反応が起こっている。自分にとって彼と自分の 違いは何か。第三者には全くわからない。しかし自分にはわかる。自分は自分を意識している からだ。しかし自分の意識の独自性を物理的要素で彼と区別することはできない。 なぜなら彼の脳内と全く同じ反応が自分の脳内でも起こっているからである。 自分にしかわからない自分の独自性。唯物論よ敗れたり!! こういうこと?最高位。
>>186 自我って一つだけしかない存在なんですか?
>>186 人間が二人存在するとします。
最高位が言っているとするところの「私(自我)」は幾つ存在しますか?
>>186 全然違う。
最高位の問題は「自我一般」と「私」(まさに今ここにいるという実感)
を区別できないこと。だから「同じ自我を作っても私にならない」という
当たり前のことに意味があると思い込んでいる。
>>187 >第三者には全くわからない
わからなくねーよw
人間が2人いるんだから(いくらそっくりだろうと)誰が見ても別の自我だ。
191 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 18:30:21
ついさっき、こんなコピペを拾ったのですがmこれってはやってるの? 【我知無知(がちむち)】 古代ギリシャの哲学者、ソクラテスは恐妻家として有名であった。事あるごとに暴力を振るわれ、 夜の営みなどもっての他だった。そこでソクラテスは哲学の勉強会の時、容貌の美しい青年を 品定めしては男色に耽り、欲望を解消していた。「行為の中で行う議論は発展的である」と彼は 弟子たちに語っていた。この頃から、アテネでは男色スポットの隠語として「発展場」が使われ始めた。 また、ソクラテスはプラトンとの行為の最中に「無知の知」の境地に至ったと言われている。 「私が何者であるかは知らないが、無知であることは知っている」 この有名な言葉は、中国で「我知無知」と漢訳され、日本にも広まった。 最近日本で、ガチムチ兄貴を求める同性愛者が続出しているのは、荒んだ社会を生きていくために 哲学的な心を持った兄貴的存在を探しているからかもしれない。 民明書房刊『一緒に哲学極めようぜ!』より
192 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 18:42:00
プラトンはもとレスラーだからね。 いい体してるよ。
193 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 18:49:15
>>190 はっ?おい待てよ、全く同じ人間が二人いるんだぞ。彼と彼の違いは?
まさか立ってる場所とか言うんじゃないだろうな?それは個人の違いとはならないからな?
194 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 18:50:06
プラトンとソクラテスは、同じ私か違う私か。
195 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 18:51:46
190クン 彼と彼の違いは?わからんよね? よろしい
196 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 18:53:43
190みたいなアホが他にいないことを願う
197 :
ネコの味方 :2007/05/02(水) 18:55:13
>>190 あなたには“自我一般”がわかるのか。神か仏か、はたまた妖怪か。
その当たり前のあなた(の自我)に、世界が現前しているのではないの?
断定はしないけど。
>>189 最高位ならこう答えるのじゃない? 「そんなこと知らんがな。
少なくとも私には一個ある」
その問いそのものが超越論的なのです。軽々と主観の外にでて世界を外から
みているつもりになっている。
・・・・・w
感嘆子さんの長文が活かされてないこの現実・・・・。
悲しいものがあるね・・・。
ま、所詮2chだからなぁ・・。この程度かもしれん・・・。
>>197 >少なくとも私には一個ある
ネコタソは相変わらず鋭いねw
(私は
>>190 を、おかしいとは思わないが・・・。)
199 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 19:04:53
みなさん187がわかりやすく最低位の言ってたことを要約してくれました。 190みたいなアホもいるので簡単な補足を 全く同じ石が二つあります。ふたつの石の違いは?ありませんね。全く同じですから。
200 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 19:06:46
198もアホです 念のため
201 :
ネコの味方 :2007/05/02(水) 19:07:29
>>198 最近、なんか面白くないことでもあったのですか。
偶然、宗教スレを覗いたら、あなたらしき人が貫禄の応答をしていたので、
おたずねしたら、やっぱりあなたでした。あちらでは「敵なし」ですか。w
202 :
素人 :2007/05/02(水) 19:07:35
馬鹿はママンの胸でミルクでも飲んでろと言っただろ?w もう夜も遅いから早くお家にお帰りw
203 :
素人 :2007/05/02(水) 19:09:23
204 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 19:13:59
ほう、君が199を馬鹿だとした根拠を言ってみなさい
>>199 190ではないんだけど。
全く同じ、つまり全く違いがなくても石が二つあるってわかってるならそれぞれは違う石だってわかってるってことじゃないの?
二つの石の区別がつかないことと、別々の石だってわかることは両立するよね?
>>197 >最高位ならこう答えるのじゃない? 「そんなこと知らんがな。
>少なくとも私には一個ある」
何ですかそれは?
「私には私が一個ある」
意味不明です。
それに、「少なくとも一つある」と「唯一つだけある」では違うのでないですか?
207 :
花魁 :2007/05/02(水) 19:19:10
>>193 >まさか立ってる場所とか言うんじゃないだろうな?
オイラは、
>>190 で言われてるのは、そのことだと思う。
190氏の趣旨は、
>>187 ではAとBという全く同じ属性を持った
二つの個人の区別が「私」であるかどうかの違いだけを
専ら強調している点に対して、
「私」であるかどうかだけが区別の基準になるとは限らないという点を
指摘したかったんだと思うんだけど。
そうだね。 少なくとも今の俺達の常識では立っている場所が違うってことは別人であるってことの言い換えだからね。
要するにさ、「物理的に全く区別できなくても」別々の人間である限り 「第三者」からみてこれほど違いが明瞭なことはないってことだね。
私の常識では、別人とはある肉体と物理的に異なる肉体の言い換えでしかない。 物理的に全く同じ二つの肉体(それが他人であれ自分であれ)を想定して、それを別人だと区別出来る根拠はない。
>>209 「別々の人間だと区別できる」
これほど明瞭な「物理的な違い」はない。
212 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 19:40:55
座標が違えば、景色も違うべな。 同じ自我なんて無理。 こういう意味でないの?
213 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 19:42:00
それは単に、いままでは違う場所に立っていることがすなわち 物理的に違うということを意味していたに過ぎず、 もし技術的に物理的に同一な存在を作成できるとすると 違うということの根拠がなくなってしまう。 単に違う場所にいるということだけ。
物理的に全く区別できないって、僅かでも居場所が違う二人なら 明らかに物理的に異なってる人間だろ。
215 :
花魁 :2007/05/02(水) 19:44:28
>>212 そうじゃないような…
現実にあるかどうかはともかく、違った場所にいながら
全く同じ景色を見ている意識は、想定可能ではあると思うし。
>>208 >少なくとも今の俺達の常識では立っている場所が違うってことは
>別人であるってことの言い換えだからね。
そうそう。
208氏は「今の常識では」と書いていますが、
他の基準になる候補って、なんか考えつく?
「二つの存在者の違うことの基準とは何か?」って問いは、
オイラ、結構興味あるな〜。
216 :
212 :2007/05/02(水) 19:46:47
自我って一般化しないよね。
217 :
212 :2007/05/02(水) 19:49:19
どんなふうに想定するの?
218 :
花魁 :2007/05/02(水) 19:49:54
>>216 >自我って一般化しないよね。
「一般化」ということの意味を、
もう少し丁寧に説明してくれると嬉しいのでつが。
219 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 19:50:05
>>215 自分以外のものにかんしては
目下のところ基準はない。
自分のことは基準など必要ない。
>>210 >>211 結局、例の思考実験の設定が曖昧だったってことじゃない?
石であれ人間であれ「全く同じ二つ」って想定が問題だよね。
221 :
212 :2007/05/02(水) 19:54:37
一般化はしないとは。 2つないの意味。 理由は座標は一つだけ。 起きて半畳、寝て一畳。なんちって。
222 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 19:56:14
五体不満足でも頭さえしっかりしていれば立派な人間である。→Z岳 ところが 精神に異常があり 自己が不安定にゆらめいているおまえらのような生き物 つまりキチガイというのは これは 人間というよりも はるかに幽霊に近い存在である。
223 :
考える名無しさん :2007/05/02(水) 20:04:35
ああ、なんだ。200のしかえしねw 宗教版で自我を大きく肥大させてきたんだね? よかったねw 皆のもの、ド素人様が王様気分で哲学版に凱旋帰還だ。 道をあけよ。ノミがうつるぞ みんなへ また別の説明を考えます。最高位が何の説明にてこずっていたかわかりました ここで今の感想を言いますと 「日本語ってつかえねぇ」 です。日本語というより言語そのものがこの説明に向いてない感じがします。 概念を概念のまま伝える手段があったらいいのに
異なる人物が全く同じって言える理由は、同じ記号を付けたからだよ。 AさんとBさんの骨は、元素記号Caという同じ記号を付けたから同じだと 言えるって事。最高位さんはまともにものを考える力が無いんじゃないの。
225 :
212 :2007/05/02(水) 20:13:32
たったひとり俺だけ理解できていないだけなんだ ろうから、続ければいいのに。
226 :
花魁 :2007/05/02(水) 20:23:38
>>221 分かったよ。そういう意味では、一般化はしないと思う。
あと、
>>217 っていうのは、
>>215 の前半に対する問いでしょうか?
一応そうだと解釈して、返答しときます。
>>215 は、あくまでも経験する現象界に実際に存在するかどうかは
保証の限りではない、という前提の下で言っていることなのだということを
改めて述べておきます。
その上で、です。
例えば世界が立方体からなっていて、
その内部に完全な球が存在して、立方体と球とは中心が一致している。
立方体の内部は180度回転対称性をもった二つの部分からなっていて、
二人の人間は球面上のちょうど正反対に立っていれば、
景色は同じになるはず…
みたいなことを言いたかったわけです。
経験世界はそうなっていない、という反論をされると
それまでになってしまうけど、
その反論は今やってる議論の趣旨とは別問題と考えられたので。
227 :
212 :2007/05/02(水) 20:31:46
花さん。すいません。 難しい。 単に自我という言葉は一般ですが、それが指すものは2つない。 自我をコピーすると勘違いするのはこれか? すいません。
228 :
花魁 :2007/05/02(水) 20:39:24
>>227 オイラも、簡単な説明を書いたつもりだったんだけど…
ゴミンね、これ以上分かりやすいのは、
今のオイラには思いつかないでつ。
229 :
212 :2007/05/02(水) 20:54:44
やっばり俺、主旨理解してないな。 すいません。
というか見え方については光源が問題になると思うが。
231 :
花魁 :2007/05/02(水) 21:05:53
>>229 う〜ん、そんな日本国の内閣総理大臣みたいに謝罪ばっかされると、
オイラの胸も痛くなる…(-_-;)
この決定論スレ、基本的には(理想としてはともかく、現実としては)
哲学的議論ならなんでもありみたいなところあるし、
多分、書き込まれた文の全ての内容を理解している人って
いなさそうなきがするから、適当に読んでいればよいんじゃない?
(こんなこと書くと、誰かに批判されるかな…)
232 :
212 :2007/05/02(水) 21:11:23
なんと寛大な。
233 :
ネコの味方 :2007/05/02(水) 22:06:33
>>231 以前に花魁君のことを「知性も教養もありそう」と言ったのは私だけど、
一つ質問します。理系ですか。まだ、学生でしたよね?
234 :
ネコの味方 :2007/05/02(水) 22:11:39
>>206 「唯一つある」って、だれが言ったのですか。
意識が必然だろうと偶然だろうと、有限の認識しか持たない我々には どうでもいいことではないか?
とりあえず同じ人間が別々の場所に二人存在を始めたとすると、 位置の違いと視点の違いが二人を区別する。 人間が複数存在するとしたら別人としてしか存在できない。
純粋なコピーだからいいんです。
ふーん。
ぷんすか
241 :
212 :2007/05/03(木) 00:33:50
昔はこの視点を知るのは、私と神だったが今では コピーもか。。。。。 心強い。
242 :
考える名無しさん :2007/05/03(木) 01:43:53
時空間上のあう一点に存在する、同一の【私】を考えた時 主観にせよ客観にせよ、それを区別する手段はないと思うんだ。 つまり考えるだけ無駄。
243 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/03(木) 02:09:04
>>238 >純粋なコピーだからいいんです。
このコピーと言うのが観念上のお遊びなんです。
>>199 >全く同じ石が二つあります。ふたつの石の違いは?ありませんね。
>全く同じですから。
これも言葉のお遊びなんです。
こんなお遊びが出来るのも言葉を考え出した人の脳の不思議な機能です。
物質的に複製が出来ないのは科学的には証明できるのでは?
>>243 同じ場所に同じ物質が実在できないということが証明できれば
貴方の言うことは正しいです。
粒子のレベルでは完全なるコピーが実在可能では?
245 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/03(木) 02:42:30
>>244 多分コピーの仮定で力学の法則を犯してしまうのでは?
それに機会さん好きな因果律をも犯してしまうのでは?
246 :
唯識 ◆Vidya0E1.s :2007/05/03(木) 02:55:17
新スレ、おめでとうございます。 もう200ですが。
247 :
考える名無しさん :2007/05/03(木) 03:03:28
>>237 まさに自分としても、他人からにしても違う人物だよな。
248 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/03(木) 06:08:51
>>174 判別できるかどうかと
存在するかどうかとは別問題ですよ
>>180 あなたも、まだ『自我』と『自我意識』の違いが、わかっていませんね
>>178 >>179 >>181 キミらも全員、『自我』と『自我意識』を区別できていないようだ
>>186 おお!
まさに、ちょうど
彼らの間違いを理解できてる人がいるとは珍しい!
でも
珍しいけど、それで普通だよね^^;
249 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/03(木) 06:17:47
>>187 こういう事?って聞かれても、その文章だけから判断する事は難しいね
でも
>自分にしかわからない自分の独自性。
という表現を、あえて使っているところから、おそらくではあるが
正しく認識しているのではないかと推察する
おまい、きもいよ。
『自我』と『自我意識』の分かった君しているが
「デマカセ」はよくない
「デマカセ」はよくない
「デマカセ」はよくない
「デマカセ」はよくない
デタラメ以外のなんでもない、沈下棲烏賊
肥溜女の類、
>>186 ジサク而エン恥ずかしくないようですな
そこまで性格が歪んでいるとナルシストの域なのかな?
吐き気がしてくるよ、なんか変なのが漂ってくるような
251 :
212 :2007/05/03(木) 08:18:16
>>244 ということは、コピーする意味が…
見分け付かないような…
コピーしてること自体意味不明。
コピーって何のこと?
という気がするのですが?
知るかカス
253 :
ネコの味方 :2007/05/03(木) 09:56:59
>>245 カンだけで言うと、超微視的な領域では“力学的な法則は犯されている”の
ではないでしょうか。それを踏まえて
>>244 は仮想の実験を語っているのだ
と思います。違うかな? また、袋叩きにされるのかな?
くだらないね。 最高位が最高位の完全コピー人間を創る→ お互いに「オレが本物の最高位だ」と信じている→ お互いに「オレが本物の最高位だ」と主張する→ 誰にも区別できない。コピーも本物もオレが本物と信じ切っている。 誰にもどっちが本物かコピーか区別できない。 以上、終わり。
ガンバレ、 がんばれ、 最高位! 負けるな、 まけるな、 最高位! ファイトだ、 ファイトだ、 最高位!!!
256 :
ネコの味方 :2007/05/03(木) 10:15:52
>>250 ちょっと、ちょっと、もう一回、言うのかな? ちょっと。
>>186 は私だけど、自演て、どういう意味?
最高位は、ここでは大御所の一人でしょう? 彼が述べていることを一応、
文意に即して読んだうえで、彼に対して何かを言うべきです。私は、そう
しているだけです。
何かと言えば「自演、自演」と騒ぐ輩がいるけれども、一種のノイローゼ
です。
257 :
紗南 :2007/05/03(木) 10:55:27
銀行のATMは、 何かと言えば「恐れ入りますが、最初からやりなおしてください」と言って、 はじめの画面に戻ってしまうけれども、あれも、一種のノイローゼだと思います。
258 :
紗南 :2007/05/03(木) 11:00:56
土曜日は、11時までで、しかも現金での振り込みをさせなかったり、 ちょっと丸まったお札はつき返してきたり、 手数料を420円も取ったり、 現金での振り込みは10万円までしか受け付けなかったり、、、¥
259 :
紗南 :2007/05/03(木) 11:02:59
あいつ(ATM)のせいで、こっち(紗南)がノイローゼの一種になったかもしれない です。
260 :
紗南 :2007/05/03(木) 11:05:22
>土曜日は、11時までで、 これは、ATMが、じゃなくて、銀行が、です。 ごめんなさい>ATM
261 :
考える名無しさん :2007/05/03(木) 11:21:39
始めに自分ありき。ではない。ってとこが重要かとおもう。 縁に依って、自他という関係性が成立つ。→ここ重要。 つまり、関係性においてのみ自分という個人(単体)が成立する。→縁起 といふことは、 そもそも自他というのはないけど(無我:空)、関係性において”対象化”することにより自他が成立つ(色)。 *名称と形態として対象化 こういうふうに考えることができる。 つまり、自分というのは縁において成立する(妄執と執着で仮構(虚構)されたもの)。 ならば、すでに答えは見えたり。 >自分とこの生き物との関係は >どの様に考えるべきでよしようか?⇒ 不二=一如(分離できない) 情け(慈悲)は人のためならず ペコちゃん「そうでしたか」。 ポコちゃん「そうなんですよ」。
262 :
ネコの味方 :2007/05/03(木) 11:25:48
ATMが紗南の意のままにならないのは、君がATMの意のままにならない からです。自業自得、因果応報です。初めにATMありき、を君は忘れていた のでしょう?
263 :
紗南 :2007/05/03(木) 11:26:45
妄執と執着を持つのは誰なんですか?
264 :
紗南 :2007/05/03(木) 11:28:17
265 :
考える名無しさん :2007/05/03(木) 11:32:48
おのおのがたにおかれましては、 0〜2歳くらいのときに「私」だの「自我」だのがありましたか? 対象化(ノエマ化)しましたか? 何によりて、生ありや? 名称と形態は、そもそも何に由来するものなりや? 人類史上最高の哲人ゴータマ・ブッダの教えも参考にされてはいかがなりや?
266 :
紗南 :2007/05/03(木) 11:41:49
紗南が0〜2歳くらいのときに「プレステ」だの「プレステ2」だのはまだ無かったと思います。
じ‐が【自我】 1 自分。自己。 2 哲学で、知覚・思考・意志・行為などの自己同一的な主体として、 他者や外界から区別して意識される自分。 ←→非我 3@心理学で、行動や意識の主体。自我意識。 A精神分析で、イド・超自我を統制して現実への適応を行わせる精神の一側面。エゴ。 じこ‐いしき【自己意識】 自分自身についての意識。外界や他者と区別された自我として自分を意識すること。自覚。自意識。 じ‐いしき【自意識】 自分自身についての意識。周囲と区別された自分についての意識。自己意識。 「―が強い」 い‐しき【意識】 [名]スル 1 心が知覚を有しているときの状態。 「―を取り戻す」 2 物事や状態に気づくこと。はっきり知ること。また、気にかけること。 「勝ちを―して硬くなる」「彼女の存在を―する」 3 政治的、社会的関心や態度、また自覚。 「―が高い」「罪の―」 4 心理学・哲学の用語。 @自分自身の精神状態の直観。 A自分の精神のうちに起こることの知覚。 B知覚・判断・感情・欲求など、すべての志向的な体験。 5 《(梵)mano-vijnaの訳》仏語。六識・八識の一。 目や耳などの感覚器官が、色や声など、それぞれ別々に認識するのに対し、 対象を総括して判断し分別する心の働き。第六識。 [ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ] 以上Yahoo辞書。「自我意識」という語はない。
さて、そこで広辞苑(第二版)の出番w じ‐が【自我】 (self(英)・ego(ラ)) @〔哲〕 私。(a 自己。(b 即ち意識者が他の意識者及び対象(非我)から自らを区別する称。(c 諸体験または諸作用の主体的統一の契機。(d 我。(e ←→非我。 A〔心〕 イ:自我意識を持つもの。 ロ:精神分析で、意識的または前意識的で本能的な力を、 外界の現実や良心の統制に従わせるパーソナリティの側面をいう。 じが-いしき【自我意識】 〔心〕 自己について持っている意識。 ・能動性の意識、 ・単一性の意識、 ・時間が経過しても同一であるという意識、 ・外界と他人に対して自分が存在しているという意識 の四側面からなる。 →自己意識 じこ-いしき【自己意識】 〔哲〕(self-consciousness) 自己自身に関する意識。 諸体験の統一的・恒常的・自同的主体としての自我の意識。 ※自同的→自己同一的?※ 自意識。 自覚。 さすが広辞苑www
ついでに『私』も調べてみる。 わたし【私】〔代〕(一人称) ワタクシの約で、よりくだけた言い方。 わたくし【私】 一、〔名〕 @公に対し、自分一身(だけ)に関する事柄。うちうちの事柄。 A公然・公正でなく、その人だけを本位としたこと。 イ:ひそか。内密。秘密。 ロ:自分自身の利のために不法にふるまうこと。ほしいままなこと。 ハ:自分一個の意により公平を欠くこと。かたておち。 ニ:「わたくしあきない」「わたくししごと」の略。 二、〔代〕 話し手自身をさす語。現代語としては、目上の人に対して、また改まった物言いをするのに使う。
270 :
考える名無しさん :2007/05/03(木) 11:47:56
>>263 >妄執と執着を持つのは誰なんですか?
ノエシスとしてのあなたです
271 :
紗南 :2007/05/03(木) 12:12:57
>>270 そんな風に言われたことないので、さすがの紗南でも照れます(ポッ
>>261 さんのお話と、
>>270 さんのお話をあわせて考えると、
261さんの言う「自分」は、最高位さんの言う「私」のことではなくて、
270さんのいう「ノエシス」のほうが、
最高位さんの言う「私」と、同じとまで言えるかどうかは分かりませんが、
より近いのでしょうか。
そして、261の「自分」と言うのは、「ノエシス」に対応して、思念された対象として、
実在性、超越性から離れた、観念的存在みたいなものと言うことなのかな。
>>261 >始めに自分ありき。ではない。ってとこが重要かとおもう。
>縁に依って、自他という関係性が成立つ。→ここ重要。
しかし、あらかじめ何かがなければ関係性なんか成り立たんぞ。
その「何か」が唯物論だと人体だし非唯物論だと魂(自我の元?)だという
だけの違いだろ。
273 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/03(木) 12:27:04
>>261 >始めに自分ありき。ではない。ってとこが重要かとおもう。
>縁に依って、自他という関係性が成立つ。→ここ重要。
>つまり、関係性においてのみ自分という個人(単体)が成立する。→縁起
自分と関係のない関係性など
文字通り、私とは関係がないでしょう
それは『私の存在性』を前提にした所から出発した考え方であってね
いわゆる『自我意識』の説明にすぎない
それでは『私の存在性』には言及できていません
>そもそも自他というのはないけど(無我:空)、関係性において”対象化”することにより自他が成立つ(色)。
対象化しているのは、いったい誰?
>>265 >0〜2歳くらいのときに「私」だの「自我」だのがありましたか?
>対象化(ノエマ化)しましたか?
>何によりて、生ありや?
それは『私』の自我意識が、十分に発動できているかどうか という問題であってね
その『自我意識』が発動する為には『私』という『自我そのもの』が存在しない事には『私の自我意識』とは関係がないんですよ
『私』でない自我意識は、いくら発動しても、それは『他人』なのであって『私』ではありません
『私』は『私』だから『私』なのですのです
『私』であったのです
『私』が存在しない状態での、単なる『関係性』からは『私』は発生しません
何度も言いますが
要するに、それでは『私』と『他』との関係性を述べているだけであって『私』の由来を示せているのではないのです
>人類史上最高の哲人ゴータマ・ブッダの教えも参考にされてはいかがなりや?
ブッダが、キミが理解している次元の事だけを言っているのであれば、明らかに私の方が上ですよ(苦笑
274 :
ネコの味方 :2007/05/03(木) 12:40:17
>>261 昔々、そのような謂いようでこのスレに加わり、素人さんに仏教的素養の
持ち主か、と見紛われたのを思い出す。(素養はゼロです)
その言明は事物と関係する主体、その関係を対象化(意識)する主観、すなわち
「私」をどこかに擬制的に消去して初めて成立する。いわば、後先を転倒した
ペテン(方便)である。
あなたがたの言う『空』とは何?一神教の『神』とは逆向きの超越的な共同主観
としかみえないのだけれども、違う? まあ、連中の『神』みたく傲慢ではない
けどね。
仏教が唯物論に親和性を示すのは、なんとなくわかります。
275 :
ネコの味方 :2007/05/03(木) 12:43:26
なんだ、最高位が説明しているではないか。屋上屋を重ねてしまった。
276 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/03(木) 12:48:52
日本の仏教界も例に漏れず 団塊の世代が幅をきかせる時代的背景もあり 左翼思想の影響を強く受けてしまった という事なのであろうか(苦笑
277 :
考える名無しさん :2007/05/03(木) 13:33:05
『私』というプログラムが存在し、それが「発動する」のさ。 ぷ。
278 :
考える名無しさん :2007/05/03(木) 13:39:46
『私』という認識プログラムの存在性を、唯物論的に記述してみたまえ。 ぷ。
279 :
考える名無しさん :2007/05/03(木) 13:41:27
できることなら、『私』という認識プログラムから決定論を構築して みたまえ。 ぷ。
280 :
花魁 :2007/05/03(木) 13:42:28
281 :
考える名無しさん :2007/05/03(木) 13:56:59
「自我」はひとつの「認識プログラム」だから、「主観性」なのさ。
282 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/03(木) 14:04:38
>>277 いかなるプログラムを組んだとしても、それは私にはなりませんよ
なぜなら私はココにいるのですから
それは絶対に私ではありません
『私』は、プログラムなどではないのです
おお、最高位氏、性懲りもなくまた始めたのですかw?
あなたの間違いは、次の2つの問いを区別できないところにあるのです。
(
>>267-269 が大変参考になります。)
1.『哲学者最高位の自我』は、なぜ存在しているのか?
→『哲学者最高位の自我』は、なぜ『哲学者最高位の肉体』と結合しているのか?
2.『私』は、なぜ存在しているのか?
→『私』は、なぜ『哲学者最高位の自我』と結合しているのか?
1.の問いは、いわゆる心身問題とも、唯物論とも関係があります。
2.の問いは、いわゆる心身問題とも、唯物論とも、何の関係もありません。
ちなみに、2.の問いは「永井均的疑問」とでも呼ぶべきものです。
この疑問に意味があるかどうか、それを分けるのは、
「『私』という言葉に『哲学者最高位の自我』以外の意味・指示対象があり得るか。」
についての考え方の違いです。
永井氏は、当然それは意味があるし、「『哲学者最高位の自我』が存在するが
『私』は存在しない」という事態は十分意味があるのみならず、現実に可能である、
とすら考えています。
(むろん、永井氏が考える場合は固有名詞は「永井均」に変わります。)
私はそれは意味がなくそういう事態は論理的に不可能である、と考えますが、
いずれにしろ、この問題は、このスレのテーマとは全く無関係なのです。
論じたければ、別スレの方が適当でありましょう。
284 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/03(木) 14:22:52
>>283 このスレに十分に関係がありますよ
「私は、物理的な何の要素なのか」「物理的な、何の要素によって私なのか」ですからね
関係、大アリです
永井先生自身が言うなら別だが、キミじゃ話にならん
285 :
素人 :2007/05/03(木) 14:33:19
このあと参戦するかどうかわからんがw
とりあえず直近の私のレス。
(ネコは鼻が利くねぇ・・w しっかり見分けとるw 名前、イヌの味方に変えたらどう?ww)
>>178 >>181 >>198 >>267-269 検索するときも便利だし、哲板もID導入しないかなぁ・・。
コテありとコテなしの使い分けが、もっと上手く機能するのに・・・。
286 :
花魁 :2007/05/03(木) 14:51:57
>>283 に対する
>>284 の最高位氏の返答を見て思ったんですが、
>2.の問いは、いわゆる心身問題とも、唯物論とも、何の関係もありません。
という部分自体が議論の対象になりうるのでは?
つまり、永井均的『私』とは、一体何の名称なのか?って点です。
オイラが永井均氏の著書を読んだ時感じたのは、
彼が『私』を『哲学者最高位の自我』とはまた別の一個の存在者のように
取り扱おうとしているのではないか、ということです。
そう考えたとすると、
>>284 のような反論も生じかねないだろう、
という気がするわけです。
しかし、オイラは違うと考えますが。
永井的『私』というのは、存在としては『哲学者最高位の自我』と
同じものなんで、二つの相違は同じ存在に対する見方の違いだと思いますが。
最高位がなぜに『「存在」性』などと言っているのか理解できているのは 誰もいないようだな。 これは『存在論』の話なんだよ。
288 :
考える名無しさん :2007/05/03(木) 15:18:22
自己言及的存在論
289 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/03(木) 15:29:08
そもそも 「なぜ存在しているのか」と「なぜ結合しているのか」は、根本的に意味が違うだろ しかも「結合している」というのが、すでに前提になっているし 言ってる事の意味がわからん アホにしか見えん 何を根拠に『結合』なんて言ってるワケ? @は心身二元論が正しい前提になっているようだし そもそも「なぜ結合しているか」と「なぜ存在しているか」は根本的に意味が異なる さらに Aは、もっと全く意味がわからん 「哲学者最高位」というのは、私の名前なのに 『結合』もクソもないだろwww ホント、意味がわからん 解説よろしく
>>282 >なぜなら私はココにいるのですから
これが理由となるならば位置の問題ですねw
>>284 最高位氏、永井氏自身が「私の疑問はいわゆる心身問題とは無関係である」
「自我を持つロボットは将来作られるかもしれないが、私の疑問とは無関係である」
等々と再三明言しているのですよw
(余談ですが、どうしてあなたは「自我を持つロボット」の可能性を頑なに
否定されるのでしょうか。「哲学者最高位」と「ロボット」の違いは、
「生物」と「無生物」、「自然物」と「人工物」の違いであって、間違っても
「非物質」と「物質」の違いではありません。最後に「物」がついているので
一目瞭然ですがw、生物も無生物も自然物も人工物も、哲学者最高位もロボットも、
すべて物質であることに何の違いもないのです。前者には自我が有り得て
後者には有り得ない、と主張することは、「自我は一定の物質的性質によって
存在している」という唯物論の主張にコミットするに等しいのですが、おわかりですかw)
せっかくの連休です。たまには本でも読まれたらいかがですか。(←お前が言うなw)
ついでに、最近ブックオフの100円棚で講談社新書の「輪廻転生を考える」(渡辺恒夫著)
というのを見付けて読みました。著者はあなたと全く同型の疑問(宇宙に無数に存在する
知的生命体のうちのたった一つだけがなぜ私なのか)を幼少時から感じていて、
それに対する答えとしてこの本を書いたそうです。
ただし、著者は永井氏の考えすら非徹底として退け、「遍在転生観」を答えとして
打ち出します。これは「宇宙に存在するあらゆるの知的生命体のすべての自我は、
たった一つの「私」の生まれ変わりである」という、なかなか驚くべき考えです。
無論この私が死んでいつかは今のあなたとして生まれ変わる、ということです。
当然予想される数々の突っ込みwにも、一応の答えは用意されております。
あなたの疑問(いわゆる「今ここ」の問題)をストレートに扱った数少ない本として、
一読の価値があると思われます。ただし、絶版なので(著者は一応大学教授なのですが、
一種のトンデモ本とみられるのは、まあ当然ですw)、手には入りにくいですが。
292 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/03(木) 15:38:34
>>290 またかよ
はいはい
では、またコピー&ペイストね
↓ ↓ ↓
あのね・・・
『あの位置A』には『他人であるAさん』がいる
『あの位置B』には『他人であるBさん』がいる
『あの位置C』には『他人であるCさん』がいる
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
では
なぜ『位置X』が、『他人であるXさん』ではなく『私』であったのか
その理由を、唯物論に従って、明確に答えを出してごらんなさい
「私は、物理的要素によって私であったのではない」という事が
いまだに理解できませんか?
293 :
素人 :2007/05/03(木) 15:42:05
538 2/3 素人 sage 2007/04/01(日) 14:43:59 >> 486 >それをキミ達は私に、「唯物的に記述せよ」と言っているんだよ >> 518 > ゴチャゴチャ言ってないで > 早く『私』を物理的要素に還元して説明して下さい 以前、一度か二度書き込んだが、 (『私』についての唯一性を保存しつつ)【唯物的に】【物理的要素に還元して】説明するということは、 (私のスキルと現代科学の限界により不十分かもしれないが)、 ◇どこそこの国の、誰それという夫婦が性交し、中出しし、受精し、胎内で成長し、 どこそこの場所で誕生し、これこれこのように育てられ、これこれこのような体験・経験をし、 それら経験が記憶され、それら過去の記憶の影響を受けながら、 日々(一秒一秒)身体は代謝し、心的・身体的入力は不断になされ、そうした影響も受けながら、 意識は更新され続けている、そうした存在。或いは、 意識(≒心)に限定するなら、上記のような様々な過去の要素を受けて、 日々(一秒一秒)変化・更新され続けている脳内の電荷的在り様(←この言い方が妥当かどうかわからないが) が『私』である。◇ とでもなるだろうか。 (―勿論、もっと詳細にすることも可能だろうし、脳内のパターンの詳細も必要だろう。 が、分子よりミクロなレベルは捨象しても構わないようにも思う―) 要するに、およそ関連する(過去関連した)あらゆる要素を抽出し併記すれば、それが、 とりあえずは【唯物的に】【物理的要素に還元して】【説明】した事になる。 甚だ冗長の極みとなろうが・・・w (ま、名称とは、そうした冗長な記述を避ける為の便利なラベルであると同時に、 誤った分類へと導く可能性を持つ元凶でもあるのだが・・w) 当然、【唯一性】も【一回性】も満たしている。 こうした記述に於いて、唯一満たしていない要素が、 『では【なぜ、そこにあるのか?】』『【なぜ、そうであったのか】』ということだ。 この問いが、『私』に限らず、存在するもの全てについて問えるものであることを最高位は認めない。 (感嘆子さんはこの点をも解説してくれている。)
>>292 バカ。
おまえが私が二つにならない根拠を述べろw
「ココに私がある」事が何で「他にはない」理由になるのか、だ。
>>289 おお、1.の問題については、通常「哲学者最高位の肉体(特に脳)」が
答えとして持ち出されることが多いので、心身問題の文脈で言い換えたまでです。
ところで、あなたは「哲学者最高位の自我」と「哲学者最高位の肉体」は
「結合」しているのではない、とお考えなのですか。それでは、両者の関係やいかに?
>「哲学者最高位」というのは、私の名前なのに
>『結合』もクソもないだろwww
これは困りましたな。それでは、あなたは『私』と『哲学者最高位の自我』は
同じ意味である、とお考えなのですか。「哲学者最高位の自我が私でなくなる」
という事態は無意味である、と。(名前が変わる、という意味ではないですぞw)
それだと、問題は1.に収斂されてしまいます。
>>284 の疑問も
「哲学者最高位の自我は、物理的な何の要素なのか」
「物理的な、何の要素によって哲学者最高位の自我なのか」
と言い換えられることになってしまいますが、それでよろしいので?
296 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/03(木) 15:52:35
>>291 >著者は永井氏の考えすら非徹底として退け、「遍在転生観」を答えとして
>打ち出します。これは「宇宙に存在するあらゆるの知的生命体のすべての自我は、
>たった一つの「私」の生まれ変わりである」という、なかなか驚くべき考えです。
まぁ私は、論理的でない事には言及しないからね
「わからん事はわからん」としながら、否定できない選択肢は常に保留しておくが
それを主張するのは間違えている と思っている
それより
>永井氏自身が「私の疑問はいわゆる心身問題とは無関係である」
前にもお聞きしましたが、どの本のどの部分に書いてあるのか教えて下さいよ
トンデモ本みたいなものの解説はいいから、もっと大事な事に答えて下さい
あー今日はここまで
297 :
212 :2007/05/03(木) 15:54:48
>>294 「ココに私がある」として「アソコに私がある」とすると、
”私”が矛盾する気が。。。。
298 :
花魁 :2007/05/03(木) 15:55:30
最高位氏は、
「私」=「哲学者最高位」
という真理が、そもそも自明の真理ではないということを、
理解しておられないような気がします。
「私」=「哲学者最高位」が自明だと思ってしまうと、
>>283 は永久に意味不明になってしまいます。
299 :
花魁 :2007/05/03(木) 16:04:54
>>297 てゆーか、「ココ」を定義するのは「私」の場所である、
つまり「ココ」の指定は「私」と不可分だ、ってことだと思うんだけどね。
>>297 どうして?
「ここに自我がある」そして「あそこに自我がある」
これは矛盾か?
301 :
考える名無しさん :2007/05/03(木) 16:09:22
指示代名詞の特性を理解せずに「私の存在性」と喚いている者がいるスレはここですか?
302 :
212 :2007/05/03(木) 16:09:35
>>299 つまりアソコに私があるのはおかしいで、よい
ですよね??
>>299 >>300 だから、
「ココでなかったなら」「それは『私』でなく他人だ」、ということ。
つまり、
「『私』でなかったら」「それは『私』でなく他人だ」、ということ。
何も言ってないに等しいけどね・・w
304 :
考える名無しさん :2007/05/03(木) 16:20:29
「私」と「〜と、思っている」は不可分。 「私」は認識主体だから、「認識内容」から独立しえない。 何も認識していない私は、「その時、何も認識していなかった」という ことを、いま私が推測・認識したということにほかならない。
305 :
212 :2007/05/03(木) 16:20:30
2次元で、同一円の中に中心が2つある円みたいな。 円は世界とするとみたいな。 自我は基本的に世界の中心と考えるのですが???
>>305 >>303 の「ココ」は、
「ここにいる!と実感している事実」「思考している!という自覚」みたいなもの。
必ずしも「(単なる)場所・位置」とイコールではない。
>>305 世界の中心にしか自我はないって事?
何で?
>>307 「知覚認識することによって初めて、世界(対象)は(その人にとって)出現する」
ということ。
309 :
212 :2007/05/03(木) 16:30:06
>>308 そんなのココだってソコだって関係ないじゃん
何でそれが中心なの?
だいたいが、円の中心っていっぱいあるし、 自我のあるところの事じゃないでしょ。 世界を俯瞰して考えているようにしか思えないが。
312 :
212 :2007/05/03(木) 16:34:03
>>310 自我のコピーだとむしろ、世界のコピーが必要な気が......?
>>310 はい。関係ないですねw
ココで認識すれば「そこ」が中心となります。ソコで認識すれば「そこ」が中心となります。
どこかに中心があって(世界というものがあって)、その中に≪私≫がいる(出現する)のでなく、
常に≪私≫がいるところから(≪私≫が認識するという行為によって)、世界は「そこ」から広がってゆくからです。
>>313 なんで?端っこから広がったらあかんの?
315 :
212 :2007/05/03(木) 16:40:49
同一時刻に2つの座標をえられない自我って気が。。。。。。
>>314 たとえ「そこ」が、【だれかの端っこ】だったとしても、
「そこ」から広がったのであれば、「そこ」が【その人の】中心となるからです。
認識がなされ、世界がひろがったら、「そこ」が中心となるのです。
>>315 自我はすべからく世界の中心に位置するならば同座標として何か問題あるの?
異なる座標だとすれば中心が幾つもある?
だとすれば世界は一つ?複数?
318 :
212 :2007/05/03(木) 16:58:51
ん〜自我は世界の中心になって。。。。しまう。 みたいな???。
>>317 およそ、存在する生物の数だけ中心があるでしょう。
およそ、存在する生物の数だけ世界があるでしょう。
(ま、生物という言い方が適切かどうかわかりませんが・・・w レプリカント等はどうでしょうね・・・w)
しかしながら、一個人にとっては、中心は一つであり世界は一つでしょう。
たとえ、何千何百と複製されたとしても、
一人に一つの中心であり世界でしょう。一人に複数の世界があることはないでしょう。
320 :
212 :2007/05/03(木) 17:05:09
>>319 そうそう自我ってことになるとそうなる気が。。。。
321 :
花魁 :2007/05/03(木) 17:24:52
なにが議論の対象になっているのか、いまいちつかみかねるが…
とりあえずオイラの見解として、
「私」は世界認識の中心ではあっても、世界の中心ではないと思うぞい。
>>308 に言われている
>「知覚認識することによって初めて、世界(対象)は(その人にとって)出現する」
という命題は、すっごい観念論的見解だと思うけど、
オイラは正しいとは思わない。
322 :
花魁 :2007/05/03(木) 17:45:51
>>304 >「私」と「〜と、思っている」は不可分。
>「私」は認識主体だから、「認識内容」から独立しえない。
もしここで言われる「私」が
>>283 の分類で言うところの『私』を指しているのならば、
「私」が「〜と、思っている」を必ず伴うと考えるのは適切かもしれないが、
「〜と、思っている」が「私」を必ず伴うと考えるのは適切でない。
323 :
考える名無しさん :2007/05/03(木) 19:04:55
「私」や「拙者」などは、扱いとして「彼」や「彼奴」などと等価でしょう。 つまりはそういうことですな。
324 :
ネコの味方 :2007/05/03(木) 19:20:06
>>319 きわめて当たり前のその言明が、超越論的なのである。超・生物的な視点を
仮設せずに、どうして「生物の数だけ中心がある」「生物の数だけ世界がある」
などと言えるのだろう? それを言表するあなたは無意識的(あるいは意識的)に
主観を消去してしまっている。つまり、無造作に“客観”に立っている。それは
「哲学」ゲームでは反則でしょう?
325 :
考える名無しさん :2007/05/03(木) 19:35:00
>>273 >それは『私』の自我意識が、十分に発動できているかどうか という問題であってね
>その『自我意識』が発動する為には『私』という『自我そのもの』が存在しない事には『私の自我意識』とは関係がないんですよ
要するに、『自我意識』が十分に発動できていないなくても、『私』という『自我そのもの』が存在するということですね。
その『私』という『自我そのもの』は、分かり易くいえば‘魂’なんじゃないですか?
‘魂’のようなものを想定せず、『自我意識』が十分に発動した後で『私』が発生したとは、なぜ考えられないですか。
発生したものを、元々存在していたかのように[誤解]しているだけかもしれないという疑問には、
どのように反論できますか。
>>319 >およそ、存在する生物の数だけ中心があるでしょう。
>およそ、存在する生物の数だけ世界があるでしょう。
さっきから理由を答えてもらえないのはまあいいとして、
世界は生物の数だけ存在するとなると、
あなたのいる世界には生き物はあなたしか存在しないって事ですか?
一人に一つずつ?
二人で一つは有り得なくなりますよね?
327 :
ネコの味方 :2007/05/03(木) 20:09:11
>>291 唯物論によれば「自我は一定の物質的性質によって」顕現するそうである。
しかし、これは何も言っていないに等しい。まず「一定」を満たす条件は
何か。また仮に自我と思しきものが現われ出でたとして、それを「自我」と
認定する条件は何か。
これらについて、唯物論は何も答えていない。いや、答えられないはずだ。
なぜなら、唯物論は自我や心を一旦カッコに入れて(そんなものはないもの
として)整合性を保持する“世界観”だからだ。
ロボットに自我を持たせようとしても、ロボット犬のようなものをつくる
のがオチではないかな?
>>327 唯物論はこの世界について説明してるだけだから。意識は別物。
意識は物質から発生するということしか行ってない。
意識から物質が発生するということについては否定していない。
人は物質の面からしか言うことが出来ないんだからそうなる。
観念がそんなに好きなら自分に意識があることを他人に示してみれば?
おばかさんはあなたには意識があるんだ、と認めてくれるだろうね。
>>326 理由は
>>308 に尽きるでしょう。
もっとも、この場合の「世界」は、一般的に言われる「(空間を有する)世界」でなく、
あくまで、「その人に知られた、知覚された世界」ということ。
たとえて言えば、
外界そのままでなく、間に一枚フィルターがあり、そのフィルターに映っているもの、とでもなりましょうか・・。
そして、この考え方の極限は、「人は、そのフィルターの向こう側を知ることはできない」という、
大きな断絶を抱え込むこととなります。外界というもの自体が懐疑の対象となります。
大胆に言えば、自分が水槽の中の脳なのか肉体を持っているのか、ロボットなのか、判らないということです。
類推によって「おそらくこうであろう」と推定するしかありません。
ですから、類推によって「私と同じように、田中さんにも鈴木さんにも、それぞれを中心とした世界があるであろう」
と想定するのです。
とまあ、偉そうに書いてきましたが、(参考にはなってますが)私のスタンスではないので、
まさに、想像・憶測でw述べてきました。
あってるかどうかは、詳しい人の降臨をお待ちください。 m(_ _)m
330 :
ネコの味方 :2007/05/03(木) 21:00:23
>>328 ほう、意識は「この世界」とは別物なのか。唯物論否定の端的なご意見を
感謝します。
「人は物質の面からしか言うことができない」という文章が舌足らずなので
意味がとりづらいが、物質についてしか語れないという意味?逆でしょう?
“物質”を語った人はまだいないはずです。“物質”の概念的説明は、色々と
聞かされましたけどね。概念とは、一般的な観念のことです。
>>324 これは、私個人に対しての問ですか?
それとも、一連の流れの中での問ですか?
後者であれば、
>>329 ですが・・・。
332 :
(´ー`)y-~~~ :2007/05/03(木) 21:08:34
>>327 >「自我は一定の物質的性質によって顕現する」
これが何も言っていない様には思えません。
『自我』や『私』を【きつねうどん】に置き換えてみましょう。
「きつねうどんは一定の物質的性質によって顕現する」
これはもう説明するまでもないと思いますが…、一応やっておきましょう。
小生や他の方の主張する事は単純だと思います。
「器」があり、そこに「うどん麺、つゆ、薬味、あげ」を入れて初めて
【きつねうどん】が存在する、というものです。
「器」が肉体(脳)、「麺、つゆ、薬味、あげ」は知識、経験とその蓄積ですね。
そしてその集合として【きつねうどん】つまり『私』や『自我』がある。
極めて自然な考え方だと思いますが如何?。
333 :
ネコの味方 :2007/05/03(木) 21:09:49
>>332 だから、きつねうどんの場合は「一定の物理的性質」とやらの具体的な中身が明らかだけど、
自我の場合はそうではない、ってことじゃないの?
>>334 それ(自我のレシピ)を研究してるのが、脳科学という分野なんじゃないの?
336 :
212 :2007/05/03(木) 21:33:00
Aさんの脳のコピーはできても、しかしAさんの 自我はコピーされない。やっぱり世界なんだよなー、自我って。たぶん。 なんか気持ち悪いな。
>>335 脳科学がそんなことやってるかどうかは知らないけど、個別科学が具体的な研究の役割を担ってるってのはそうなんだろうね。
それはいいとして、そういった研究を進めるための作業仮説として例の主張が提示される分は一向にかまわないけれど、
具体的な「レシピ」を問われて「一定の・・・」とか生ぬるいこと言ってるんじゃ何も言ってないと言われても仕方ないんじゃないのかなあ・・・ってことだと思うよ、
>>327 が言ってることは。
ついでに言っとけば、
>>327 で同意できるのはそこだけなんだけどね。
339 :
ネコの味方 :2007/05/03(木) 21:47:47
>>332 たとえが即物的ですね。
その認識だと、ロボット犬やロボット人間をつくるのが関の山では?
それらは、もうつくられているのではないですか。
私よりも将棋の強いロボット棋士はすでに存在します。彼?に自我や心が
あるとは思えません。もっとも、クルマにも洗濯機にも自我や心があると
言われるのなら、ロボット棋士にもあるのかもしれません…。
もう少し生々しい譬えによって、物質がどうなったときに“自我”や“心”
が発生したと断定できるのかを説明してください。
うどんの心は私には想像しづらい。w
いまからDVDをみますので、後ほど。
340 :
紗南 :2007/05/03(木) 21:52:23
160で書いた中国の国家観を「中華」(世界の中心)と言うそうです。
341 :
紗南 :2007/05/03(木) 22:02:44
「日本」という国名は、「俯瞰された世界」を前提として、中心ではなく、 その東の「端っこ」の領域と言う意味でつけられたのでしょうか
>>334 もう少し言えば、
アイデアを考えるのみなのが哲学で、
実際に調理・分析をする料理人が脳科学等、って感じか?
勿論、料理人に、自分達の作業の中でアイデアが閃くこともあろう。
>>337 では、いったいどのように表現しろというのか・・。 最高位のように「黙れ!」とでも言いたいのか・・・。
たとえば、君が、何千巻もある膨大な本を読み始めたとする。
一応各巻にタイトルはあるし、第一巻は各巻の目次・概説のような構成になっている。
君は、その本について聞かれた時、読み終わってないからと沈黙するタイプかい?
相手がどんなに食い下がり、土下座して頼んでも沈黙を通すかい?
また、教授が、「読んでなければ第一巻のみを参考にしたものでいいから、アウトラインを引け」と言っても、
読み終わってないのでできません、と留年を覚悟するかい?
或いは、「俺も読んでみたいんだけど、どうかな?」と尋ねられた時、
読み終わってないから、と沈黙するかい?
目次・概説により類推される「内容の紹介」、或いは、各巻のタイトルの紹介も有意義ではなかろうか?
勿論、言葉の使い方の問題はある。「一定の法則、構造、パターン、etc.」という言い方は曖昧かもしれない。
けれども、そこに含意されるものは、最高位の言う『私』や『存在性』等よりも“確からしさ”はあるのではないか?
また、(解っている範囲も中途半であれば)、冗長な修飾語句の並ぶ文よりも読み易く理解し易いのではないか?
>>342 >では、いったいどのように表現しろというのか・・。
だからさ、具体的な「物理的性質」を答えたらいいんじゃないの?
344 :
ネコの味方 :2007/05/03(木) 22:09:07
>>341 「日本」はともかく、「倭」は蔑称ですね。
>>339 何も難しくはない。
ロボット犬もロボット人間も、人間も変わりない。
この、ぶよぶよの肉の塊に、なぜ自我なんてもんがあるんだ?まことに不思議じゃないかw
肉の塊に自我があるなら、ロボットに自我があったっていいw
(感嘆子さんは、この点についても解り易く語っていたw)
君がわざと挑発的書き方をしてるのは解るから、こちらも気楽に答えられるわけだがw、
相似や類推、多数のサンプルの照合等、そういった作業により、
(現在対話中の流れに於いて)本質的と思える共通点を、喩えとして用いただけであろう。
また、(「捨象」という言葉を使ってしまうがwww)
必要な共通項をつき合わせるためにわざわざ捨象した部分を拾い上げられてしまったら、
およそ、喩え話というテクニックは使用不能となる。 (ま、解ってるとは思うけど・・・w)
って、エロか? エロなのか? そうなのか?!?!
346 :
紗南 :2007/05/03(木) 22:25:53
>>344 「倭」は「魏」などの中国の国がよく使用した蔑視を含んだ呼び名で、それに対して、
「日本」は「日本人」が自ら好んで使用した国名だったんじゃないかと思うんですが、
「日本」だと、蔑称にも尊称にもあまりならないかもしれないけど、
自分を疎外しているような自虐的な感じや、自嘲しつつそれを聞かせる相手への
嫌味を含んでる感じが、少ししないでもなかったです。
>>343 >>342 を全部読めよ・・・w
各巻のタイトルで満足できないなら、外野の人間(或いは文系諸氏)は黙るしかないなw
いや、最前線の専門家も、何も喋れなくなるな。だって、まだちょっとしか判ってないんだものw
>>339 あ、それから、
>>332 は、
『 >うどんの心 』でなくて、
『「きつねうどん」「が」「心」』と読むべきでしょう。
>>339 観念論者かと思えば人間至上主義論者でもあるのか。
やっぱ観念論は自分を特別だと思いたいだけの連中ばっかだな。
350 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/03(木) 23:59:12
>>273 >それでは『私の存在性』には言及できていません
あなたのおっしゃっているのは所謂「実存」のことだと思われます。
「実存主義」のトップスターであったJ・Pサルトル氏とアルベール・カミュ氏は
「『実存』は『本質存在』に先行する」とおっしゃって、サルトル氏は晩年左翼思想にかぶれ、
カミュ氏の反抗思想と対立し、「革命か反抗か?」などという馬鹿馬鹿しい思想ブームで一世を
風靡しましたが、サルトル氏は老年の身体に鞭打って若い女性ファンと酒池肉林の中で亡くなりましたし、
カミュ氏はスポーツカーを暴走させて死亡しました。
・・いずれも、多かれ少なかれ「独我論という罠」に嵌ってしまった結果だと思われます。
最高位さんも「他人の『私』と自分の『私』は本質的に違うのだという信念・・独我論」を卒業出来ないと、
同じようなことになります。
351 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/04(金) 00:07:13
>>349 サルトル氏のエッセイ(論文?)に『実存主義はヒューマニズムである』というのがあります。
まさにその「人間中心主義」が彼を「ヒューマニズムである(と言っている)マルクス主義」に
引き寄せたのだと思います。
352 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/04(金) 00:17:46
>>346 >自分を疎外しているような自虐的な感じや、自嘲しつつそれを聞かせる相手への
>嫌味を含んでる感じ
それは「日本という島に定住した民族」が醸成した「文化」の一つだと思います。
『切腹』という武士道の文化現象はまさに「自虐を通じて相手に(何かを)主張すること
・・『嫌み』に命を賭けること」・・という文化なのだと思います。
354 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/04(金) 00:43:43
>>353 一応、一読させて戴きましたが、何かを示唆されることはないような気が致します。
本日は脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
例えばキリスト教は邪悪ですと考えると邪悪だし そうでないと思えばそうで無い・プ。
356 :
ネコの味方 :2007/05/04(金) 01:07:59
>>348 最高位ふうに言うと「きつねうどん」と「きつねうどんの心」は別みたい
ですね。
>>349 人間至上主義者ではないし(どちらかといえば、ネコ、イヌ、トリの命の
ほうが大事と思っているフシがある)、自分を特別視したこともないけれ
ども、この動物に対する愛着心はなんか変だなぁ、とは感じています。
観念論者であることは間違いありません。
357 :
素人 :2007/05/04(金) 01:14:46
>>356 >最高位ふうに言うと「きつねうどん」と「きつねうどんの心」は別みたいですね
上手いなw
まさにその通り。彼と私の決定的違いはそこにあるw
君は、ホントに状況がよく見えている。
さて、
ガ板のネタ考えてたらこんな時間だw
さらに、書き込もうと思ったらバイト数が限界だった。
be持ちでもないのでスレ建てもできず、
風邪っぽいし眠いので就寝いたします。
おやすみなさい
>>356 ∧∧
(-ω-)
_| ⊃/(___
/ └-(____/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
<⌒/ヽ-、___
/<_/____/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
359 :
ネコの味方 :2007/05/04(金) 01:36:39
>>345 悪い女性に対する観念論的迷妄が高じているのではないでしょうね。
ちょっと変ですよ。それとも、単に酔っ払っているだけ?
>>352 機械さんの好きな三島の切腹が究極の自虐であり、嫌味の極みだった
というのは当たっているのではないかな。
機械氏からみれば、サルトルもカミュも三島も観念論的徒労の果てに
死んだわけか。ホントかね?
360 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/04(金) 03:33:39
>>291 お〜い >感嘆詞ことカールルイス君
楽しみにしていたのに、まだ
>>296 の質問に答えて頂いてないようですね
>
>>284 >最高位氏、永井氏自身が「私の疑問はいわゆる心身問題とは無関係である」
>「自我を持つロボットは将来作られるかもしれないが、私の疑問とは無関係である」
>等々と再三明言しているのですよw
永井先生が「私の疑問は心身問題とは無関係である」と再三に渡って主張している との事ですが
それは、どの本のどの部分に書かれているのですか?
再三明言しておられるのでしたら、すぐに答える事ができるのではないのですか?
早くして下さいよ〜
前の時も答えてくれていないんですよ
いい加減にして下さいね
>>294 あの説明で理解できないのなら
マジで、病院に行くべきですよ
>>295 あー
きみの言う「哲学者最高位」というのは、『私という自我』を客観視した呼び方であったり
また『この肉体』を指している場合もあるようだね
まぁいいけど、もう一度書くよ
> 289 :哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/03(木) 15:29:08
> そもそも
> 「なぜ存在しているのか」と「なぜ結合しているのか」は、根本的に意味が違うだろ
これが主な質問なのだから、こっちをスルーしてもらっては困るな
361 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/04(金) 03:51:10
>>293 >素人くん
その書き込みで、キミが本当に知能が低い という事が明確にわかる
なんで何度説明されても理解できんのかねぇ・・・
キミの、その説明では『私』ではなく、普通は『他人』になるのですよ
『他人』ではなく『私』であった理由になど、全く以って丸っきりなっていません
生殖活動は、もちろん人類歴史を通じて無数に行われて来たわけであるが
ず〜〜〜〜〜っと『私』は存在しなかったわけです
では、なぜ今、ここに、このようにして『私』は存在しているのか
というのが問題
その理由を、具体的に物理的な要因で特定できるのか?という事ですよ
他人ではなく『私』であった理由をね
結論としては
そのような物理的要素など、いかにしても有りえない という事なのですよ
362 :
212 :2007/05/04(金) 07:30:28
>>350 そういうのも因果関係とするのでしょうか??
363 :
紗南 :2007/05/04(金) 09:08:25
ガ板って何ですか?
364 :
考える名無しさん :2007/05/04(金) 09:23:17
意識の哲学的に考えて死後の世界は否定できない。物質的に考えるということはこの際無意味である。
365 :
考える名無しさん :2007/05/04(金) 09:45:56
働くおじさんは時間が無い 働かない若者は未来すら無い
つまり自分が死ねば世界は消えるんですよね
367 :
ネコの味方 :2007/05/04(金) 11:46:50
>>362 “独我論”に陥ったからといって、晩年、酒池肉林のなかで死ぬ、なんてことは
ないでしょう。また、暴走死することもありません。そこには、因果関係はおろか
対応関係すら見出せません。それに、両人を独我論者と一括りするのも…。
まぁ、これは機械氏お得意のレトリック(こじつけ)とみるべきでしょう。それを
笑読?するのも、このスレの楽しみ方の一つ。
ところで、あなたの
>>336 「脳はコピーできても自我はコピーできない」という
のは蓋し名言です。
>>364 へ?なんで?
そう断言できる根拠はどこにある?
369 :
366 :2007/05/04(金) 11:55:24
370 :
366 :2007/05/04(金) 11:56:31
し、失礼しますたー
371 :
212 :2007/05/04(金) 12:19:27
>>367 そういわれると、おろおろしますがうれしい。
芸人ならよいのですが、天然だとこまります。すいません。
372 :
素人 :2007/05/04(金) 12:20:53
>>361 >キミの、その説明では『私』ではなく、普通は『他人』になるのですよ
>『他人』ではなく『私』であった理由になど、全く以って丸っきりなっていません
>その理由を、具体的に物理的な要因で特定できるのか?という事ですよ
>他人ではなく『私』であった理由をね
ということは、
>>293 の手法は、「『他人』の記述」としては認めるのですか?
373 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/04(金) 12:49:21
>>372 どこまでアホなんだキミは
もう少し自分で考えなさいよ
あと
私が認めるとか、認めないのか という質問をするという事はだね
キミは自分で、何が正しいのかを探求しているのではなく
私の揚げ足を取る事に関心を持っている という事なのだよ
そんな的外れな事をしているようじゃ
ダメダメだな
哲学しなさい哲学
自分で頭を使いなさい
>>360 病院とか言えばごまかせると思ってるのか、小学生かおまえはw
いいから、私(自我)が二つ存在してはいけない理由を答えてみろよ、低脳。
Kの監視スレッドとして登録
376 :
素人 :2007/05/04(金) 13:32:34
>>373 まったく・・・w どっちがアホなんだか・・・(^^;
抽象的指摘じゃなく、具体的に指摘してくれよ。俺は頭悪いんだからw
>もう少し自分で考えなさいよ
答えてしまうとヤバい、と気付いてるんじゃないの?w
>>361 なぜ、「だれそれ」「どこそこ」「これこれ」等の書き方をしたか解るか?
個々人に関することだからだよ。(公式みたいなもんだ。個人情報を代入すればいい。)
私は、貴方の人生を知らない。だから、「哲学者最高位」の『私』の成立に関して述べることはできない。
貴方にしかできないことだ。
もし、記述できるとしたら、「私自身について」しか語れない。
精力的ルポライターなど遥か及ばないくらいの勢いで自身の歴史を紐解き、両親の歴史を紐解き、
これまで関わった社会情勢を分析し自身の経験を洗い出し、さらには最先端の種々の実験に
被験者として名乗りを上げ、データを採取する(勿論これは、現代科学の進んでいる所までしかいけないわけだが・・。)
そうして、得られた(時系列に並べられた)情報の提示が、『私』についての【一つの記述方法】と言える。
少なくとも、唯物的、物理的記述とはそういうものであろう。 (※私の憶測なので、諸賢の指摘を願う)
もし、それで満足できないなら、宗教の領域へ足を踏み入れるしかないんじゃないか?
※(もっとも、私もここでそれをするつもりはない。そんな赤裸々なプライベートな告白を2chでしたくはないw
そのための「だれそれ」「どこそこ」「これこれ」という表現でもあるし・・・。)
具体的に記述する、(物理的に記述する)、ということは、
冗長に記述するということと、ほぼイコールとなる。 (※私の見方なので、諸賢の指摘を願う)
だから、(言語を使用する際に)ラべリングや抽象的表現、大きく括った区分け等が有効なのだと思う。
(長編物語の目次や総集編、あらすじみたいなもんだ。 ・・・ちょっと違うか?w)
377 :
素人 :2007/05/04(金) 13:34:40
>>361 >では、なぜ今、ここに、このようにして『私』は存在しているのか
>というのが問題
上記の記述に満足せず問い続けるなら、
この問いが、
>>293 中の
『私』に限らず、存在するもの全てについて【なぜ、そこにあるのか?】【なぜ、そうであったのか】
と同様、根源についての問いと等しい。
貴方は、それに答え得る思想・枠組みは何だとお考えですか?
教えていただきたい。
378 :
考える名無しさん :2007/05/04(金) 13:40:14
働くおじさんは時間が無い 働かない若者は未来すら無い
379 :
考える名無しさん :2007/05/04(金) 13:41:47
働かないおじさんは?
>>327 最初にお断りしておきますが、私は唯物論者ではありません。唯物論が正しいか
どうかは、全くわかりません。
>唯物論によれば「自我は一定の物質的性質によって」顕現するそうである。
>しかし、これは何も言っていないに等しい。まず「一定」を満たす条件は何か。
私には全くわかりませんが、問題は最高位氏がこの条件を明確に提示していることです。
つまり、自我は
1.自然物であり、2.生物であり、(恐らく)3.生物学的に人間である、
という物質的性質によって顕現する、ロボットによっては絶対に顕現しない、
と氏は力説されるわけです。氏の本来の論理は「自我の顕現はいかなる物質的要素にも
よらない」というものなので(ただし氏は「私」と「自我」を混同しているので
本当の論理は不明確ですが)、「それはあなたの本来の論理と整合性がないのでは
ないですか?」と疑問を呈しているわけです。
全く理由がわからないが人間には自我がある、というのなら、全く理由はわからないが
ロボットにも自我があって、いけないことはないと思われます。
(一応、自我を持つロボットを作ることに取り組んでいる学者は、理由はわかる、と
考えているのでしょう。その点に関する解説本も読んだことはありますが、正直言って
私にはさっぱり理解できませんw)
>ロボットに自我を持たせようとしても、ロボット犬のようなものをつくる
>のがオチではないかな?
さて、「ロボット犬」には自我がなく、「犬」には自我がある、というお考えで
しょうか。それでしたら、まさに両者の物質的性質の違いが自我のあるなしを分けている、
ということになると思われますが。
>>296 >>360 おお、最高位氏、すいません今手元に本がないもので引用はできかねます。
(必要なら後日探しておきますが)
覚えているのは「<子ども>のための哲学」ですが、随所で似たようなことを
書いていたと思います。
永井氏の基本的なスタンスは「根本的な問題は私と他者との断絶であって、
精神と物質の関係などというのはこの根本問題を捉え損ねた偽の問題である」
というものです。「私と他人の違いは、他人とロボットや郵便ポストの違いなどとは
比較にならないほど大きい」とかいうことも書いていました。
「問題は他者に心があるかどうかではなく、他者の心という概念に意味があるか
どうかである」とかいうセリフもどこかにありました。
ただし、引用にこだわっても余り意味はないですぞ。どんな哲学者でもそうですが、
永井氏は特に批判も多い人ですし権威付けの役には立ちません。
あと、一応名前を出してしまったのでお断りしておきますが、氏の思考は非常に
難解(半分くらいは混乱しているからだと思いますが)なので、私は三分の一も
理解できておりません。プロの哲学者でも完全に理解できている人はいないでしょうw
それに、氏は本を出すたびに考えが微妙に変わります。
ご本人が言っておりますが「私はその都度の自分の考えに全く愛着を持っていない」
そうです。あなたのように自分のたどりついた正しい考えを広める、というスタンス
とは対極の人なのです。それと、政治思想には一切何の興味も持っていない
(一応過去にはアナーキストっぽかったこともあるらしいですが)人です。
倫理に関する氏の言説を読めば、一目瞭然にわかります。この点では、
どうみてもあなたの対極にあるでしょう。
(続き) >きみの言う「哲学者最高位」というのは、『私という自我』を客観視した呼び方であったり また『この肉体』を指している場合もあるようだね 最高位氏、ここはまさに問題の核心ですぞ。 「哲学者最高位」というのは、客観的に(誰にとっても)存在している人間個体の名前です。 純然たる物質であって、「生物である」「人間である」「ある時点である場所に存在して いる」等々の客観的性質を持っております。他のあらゆる個物と何の違いもありません。 (ですから、本来のあなたの論法によれば唯名論wで地面や空気と区別できず、 存在性もありませんw) 「哲学者最高位」に心・自我が付随しているかどうかは、等の自我以外の自我には確認の しようがありませんが、普通は生きて活動している人間個体にはそれぞれ別個の自我が 付随していると判断されています(というように私には思われます)。 そして、そのそれぞれの自我は、それが付随している(とみなされる)肉体によって 区別する以外はありません。だから「哲学者最高位の自我」とか「素人の自我」とか 「機械的唯物論者の自我」等々と表現する以外にはないわけです。 「哲学者最高位の自我」というのは、まさにそうして存在していると一応判断されている 自我を指示する言葉であります。あなたが使っても、他人が使っても、同一の個物を 指示します。 さて、「永井的問題意識」によれば、「哲学者最高位の自我」が存在しているからと いって、それが「私」である必然性は何もありません。「素人の自我」も「機械的唯物論者の 自我」も「横山ノックの自我」も、古今東西無数の自我が存在している(と思われる)のに、 そのうちのたった一つだけが現に「私」である、その不思議さが問題の始まりなのです。 ですから「哲学者最高位の自我」と「私」の関係が問題となります。 「結合」にこだわっているようですが、これは両者の結び付きを一番ゆるい形で表現した だけで、格別意味はありません。
(続き 「なぜ私は哲学者最高位の自我と結合しているのか?」でも 「なぜ私は哲学者最高位の自我を占有しているのか?」でも、あるいはズバリ 「なぜ私は哲学者最高位の自我なのか?」でも、同じことです。 問題は、これらの疑問が意味を持つためには、「私」と「哲学者最高位の自我」 は本来別の意味を持たなければならない、ということです。 そして「私が哲学者最高位の自我ではない」という事態も、論理的に可能でなければ なりません。「なぜ東京は日本の首都なのか?」という疑問が意味を持つのは、 東京が日本の首都でないことも可能だからなのと、同じことです。 「私」と「哲学者最高位の自我」が同一個物の別の呼び方に過ぎず、別の指示対象を持ち得ない のなら、これらの疑問は単なる同語反復になり無意味だということになってしまいます。 私はその点を質問したのですが、さて、お答えはどうなっているのでしょうかw? 私は「いい加減にしてくださいよ〜」などとは申しませんのでw、解答を気長にお待ち いたします。 質問1.「哲学者最高位の自我」と「哲学者最高位という肉体 (〜の肉体、という言い方は誤解のもとですね)」の関係やいかに。 質問2.「私」と「哲学者最高位の自我」との関係やいかに。 これから出かけますので、レスは後日。ただし、こんなに長く書いておいて何ですがw、 質問1はともかく質問2はスレ違いなので、抗議が来たら対応を考えます。
385 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/04(金) 15:22:23
うわっ! キミらの基地外じみた長文なんて読めるかよ もっと要点をまとめて喋ってくれ
386 :
考える名無しさん :2007/05/04(金) 16:38:19
基地外じみた(支離滅裂あるいは論理の飛躍が甚だしい)文章だったら、 短く要約しても無理と違う? 横レスごめん。
まああんまり肩に力を入れないように、ってことだ
>>347 黙る必要はないし。
先にも書いたようにそう主張するのは一向に構わないと思う。
ただその主張はそれだけではなんというか、唯物論者であることの単なる表明とか宣言みたいなもんであって具体的な中身には乏しいでしょ?
求められているのはそういう主張を信じるための充分な根拠なんであって、
そういう場面で相変わらず「いや、一定の物質的性質ですから」みたいなこと言ってたら
そりゃ何も言ってないに等しいっていわれるのも無理もないですよ。
実際は君の言うようにまだわかってないことのほうが多いようだから、
その前提の上で「これこれこういう理由でこういう物質的性質がそれだと考えられる」
みたいな仮説を提示してもらうのが望ましいですね。
欽ドン、萩元博士の研究レポート発表会 よい : わるい: ふつう:
391 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/04(金) 17:14:33
>>376 >>377 キミはマジで実際、知能が低いわ
思考が表面的で、短絡的すぎる
本質が見えないんだろな
ようするに、哲学的なセンスがないんだよ
素質ないから、やめとけやめとけ
もう、その文章を読んで確信した
キミに理解させるのは、無理だわ
これは、もはや知能の問題です
394 :
考える名無しさん :2007/05/04(金) 19:53:19
来年のGWは 2ちゃんなんかやらずに済みますように☆
395 :
考える名無しさん :2007/05/04(金) 21:03:33
>>394 ずばり予言します。来年も同じ轍を踏みます。あしからず。
>>385 訳:僕バカだから長文は読めません。
皆さん察してください。
397 :
花魁 :2007/05/04(金) 21:10:34
>>383 >「私」と「哲学者最高位の自我」が同一個物の別の呼び方に過ぎず、
>別の指示対象を持ち得ないのなら、
>これらの疑問は単なる同語反復になり無意味だということになってしまいます。
スレ違いになるかもしれないですが、話を途切れさせたくないのでここでレスします。
この問題は、オイラも考えてみたことがあります。以下はその考えの簡単なまとめ。
「私」と「哲学者最高位の自我」という言葉は、
「結果として」同一個物の呼び方ではあるが、同義反復ではない。
「私」と「哲学者最高位の自我」が「結果として」同じ指示対象を持つが、
それは言葉の意味上で同じ指示対象を持っているのではない。
「私」=「端的に現れている意識」
「哲学者最高位の自我」=「(客観世界に在るものとして)意識された意識」
なのである。あるいは(多少誤解を招きかねないが)次のような違いがある。
「私」=「見ている意識」
「哲学者最高位の自我」=「(客観世界の存在者として)見られている『見ている意識』」
「「私」=「哲学者最高位の自我」である」という命題は、
「見ている意識は、客観世界の存在者として見られる存在でもある」
ということを主張している。
ところで、これが同義反復ではない為の前提条件は、
「見ている意識」(=「私」)という概念の意味が
客観世界の存在者として与えられるわけではない、ということが必要である。
ここに大きな問題がある。この問題点についても考えてみたことありますけど、
長くなるので、これ以上の話はやめておきます。
ここで言ったことの内容が皆に伝わるかどうか自信がありませんけど、
とりあえず書いときます。
399 :
花魁 :2007/05/04(金) 21:31:42
>>397 「向こう」とはどこのことを指してますか?
400 :
花魁 :2007/05/04(金) 21:38:06
>>397 勝手ながら貼っておきました。
あまり反省はしていない。
誘導レスが貼られてるうちに移動した方が良さそうなので・・・。
403 :
考える名無しさん :2007/05/04(金) 21:41:21
人間の思考の根源にあるのは、外部を作り出す意識である。
>>351 肝炎論者はそこらの、ただの物質とは違う、という信念があるんだよね。そこから言葉が出てくる。感覚的に分かるけど。
>>356 >人間至上主義者ではないし(どちらかといえば、ネコ、イヌ、トリの命の
>ほうが大事と思っているフシがある)
同じようなもの。要は自分と同じような自我や心があると思われる存在は特別だ、という信念。
人間のみ、という感覚から少々滲み出ただけの話。
その滲み出た感覚自体も淘汰されてきた個体の個人差の範疇。
個人差の範疇とか言い出すと何にでも当てはまるけど、ネコ、イヌ、トリに愛着がある人はそれなりにいるから淘汰の結果なのか、
その過程に影響を与えたのかなんだけど。ここらへんはどうとでも言えるからあんまり突っ込みは無しで。
>>339 >,私よりも将棋の強いロボット棋士はすでに存在します。彼?に自我や心が
>あるとは思えません。
結局人間至上主義なんだよ。その派生からネコ、イヌ、トリへの愛着が出てると思われる。
独我論にも近い。自分には他の物質の集合体とは違い、自我や心があると思ってる。
自我や心は自分しか保証出来ないのにどうやってその違いを説明するの?
また、人には自我や心があるとして、ロボットにはそれが無いとする。
これから境界があることになるよね。で、その境界はどこ?
一休が縛り上げるので殿様はこの屏風の中のトラを出して くださいみたいなもんだな。
自分が生きている、意識・思考があるときは、 他人が本当に生きているのか、思考があるのかと疑問に思うときがある。 確かめようがないけど、俺だけかな。
407 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/04(金) 22:24:54
>>406 『最高位さんの独我論』=「『私』の唯一性」を一言で言えば
「他人が本当に生きているのか、思考があるのかと疑問に思うときがある。
確かめようがないけど、本当に存在していると確かめられるのは(結局)
『私(の存在性)』だけだ!」・・ということになります。
>>407 やはり他人は確かめようがないのですね。
まぁヒトの意識にもし触れることができたとしても結局自分だからあまり意味のないことではありますけどね。
409 :
花魁 :2007/05/04(金) 22:30:41
>>406 その疑問を、究極において払拭しようがない、というのは正しいでしょう。
もっとも「確かめようがない」=「存在しない」、
ということにはならないと思いますが。
>>407 他人からすれば果たしてそうかな?となるけどね。
>>409 どうとでも言えるというだけ。
411 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/04(金) 22:49:40
>>381 >>382 私の名前は、哲学者最高位です
ですから哲学者最高位 というのは『私』を指します
『哲学者最高位』というものが、『この肉体』を指す意味であるならば
ややこしいんだから『この肉体』と言えばいいでしょう
また
『私』という『主観性』であるところの『存在性』を指すのではなく
他人から客観的に認識されたものを指すのであれば
これは『私』が『私』という主観性である という事を無視して論じている という事であり
本来、本質からズレた話であり、無意識であるにしろ、論点をすり替えてしまっているのだ という事になります
あなたがたは、何のデリカシーもなく平気で、それをしてしまう
ある時は心身二元論を前提にして語ったり、論理的飛躍に対して、ものすごく無神経なんですよ
永井氏の言っているのは
この肉体が持つ自我が、私ではなく他人であったという事を想定して考える事も「可能っちゃ可能だ」という事でしょう
そして、当然その他人は『哲学者最高位』という名前を名乗って生活するという事を想像する事も可能っちゃぁ可能 だという事であり
なぜ、そのような事を考える事が可能であるのかと言えば
ようするに、この肉体の側に『私』を特定できる要素がありえないからですよ
だから、「そんな事を想像する事もできる っちゃぁできるわな」という事でしょう
もっと言えば、物理的側面からのみ客観的に考えるならば
この肉体が『哲学的ゾンビ』であった可能性もありえた と考える事もまた『可能っちゃぁ可能www』
しかし、なぜだかわからないのだが、結果的に
この肉体は『私』であった という結果論があるだけなのです
そこでですよ
では唯物論が主張するように、その結果的に『私』であった根拠が
物質的な要素に特定できるのであろうか?と問い詰めた時に
『そのような要素はありえない』 という結論に至るわけです
唯物論は間違いなのですよ
なんでわからんの???
私の名前は、哲学者最高位ではありません。 ですから、哲学者最高位 というのは 『私』 を指しません。 哲学者最高位 とは「あなた」の事ではないのですか?
413 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/04(金) 23:11:12
>>412 そうです
当たり前です
明日、病院に行かれてはいかがでしょうか
>>411 私だけを特権化した見方をしようとあなたが勝手に決めた宗教にすぎませんね。
415 :
考える名無しさん :2007/05/04(金) 23:14:39
>>411 >私の名前は、哲学者最高位です
>ですから哲学者最高位 というのは『私』を指します
とは限らないだろ。
論理的な思考の出来ない奴だな。
「哲学者最高位」と名乗っている奴は他にもいるぞ。w
416 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/04(金) 23:15:12
>>413 何故、当たり前の事を言うと病院行きなのですか?
「私」とは話者自身を指す一人称代名詞です。 それがどんな物質であろうと「私」と言えばそれは話者自身を指すと理解されます。 「私」が特定の物質的要素に限定されないことになんの不思議もありません。
私の名前は、哲学者最高位ではありません。 ですから、哲学者最高位 というのは 『私』 を指しません。 哲学者最高位 とは 『他人』である「あなた」の事ではないのですか?
420 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/04(金) 23:19:20
>>417 あなたがした質問は
正常な人であれば、聞くまでもなく理解できる事だからです
413の哲学サイコさんは昼夜逆転の生活で一日中2ちゃんやってるから、 世の中は明日休日ってこと全く知らないのかも
422 :
考える名無しさん :2007/05/04(金) 23:22:13
この最高位のメンヘル2ちゃん漬けだな
423 :
考える名無しさん :2007/05/04(金) 23:22:35
>>411 >唯物論は間違いなのですよ
違うよ。
唯物論は『私』が、その肉体から出られないことを言っているだけ。
『私』が肉体から出ることが出来たり、別の肉体に移動できたりすれば、
唯物論は間違いとなるが、そうでなければ唯物論の間違いとはならないよ。
キミは根本的に唯物論を誤解している。
424 :
考える名無しさん :2007/05/04(金) 23:25:12
唯物論を「世界を物理現象で全て記述できる」という思想だと思い込んでいる、最高位は根本的に間違っている。 唯物論は何かを説明できるという思想ではなく、「物質や物理現象以外の存在は、物質や物理現象によって規定され、従属する」という思想。 最高位は「私」の存在を説明できないから唯物論は間違いというが、 「私」はどんな論でも説明できないので、実は、どんな論も間違いだと言っているに過ぎない。
425 :
考える名無しさん :2007/05/04(金) 23:25:25
最高位は自分の中の定義が他人にまで適用できると思っている点で間違いを犯している。 『私』が唯一絶対でであるなら、自分の思想が他人の中で成立するとは限らないことがわかってないんだよ。 最高位が否定できるのは、最高位唯物論だけ。 世間の唯物論を否定することは最高位の論では絶対に不可能。
426 :
考える名無しさん :2007/05/04(金) 23:25:45
何にせよ最高位の敗北は確定したね。 唯物論だと精神は物理現象であるゆえに、 薬物とか物理的損傷による精神の変化を説明できる。 最高位は精神現象について何も説明できない。 この時点で唯物論の勝ちだ。つまり最高位の敗北。 『私』の存在性については、唯物論も最高位も説明できない。 そもそも、存在性自体は、物質であろうと、『私』であろうと、唯物論が説明するものではない。 精神は物理的に解明可能性はある。不可能である事は証明されていない。 人間は物体であり精神は物理現象にすぎない >『唯物論では人間の内的部分を解明しきる事はできない』 唯物論ではという限定は間違い。 人間の内的部分をもっとも解明できるのは唯物論上の論。 ただし、それをもってしても、人間では解明できない事があるだけ。 唯物論で解明できないものは、人間には解明できない。 人間に解明できるものは、すべて唯物論上の論。
427 :
考える名無しさん :2007/05/04(金) 23:25:58
1.我思う故に我在り・・・主観性が一つ(以上)存在する 2.他の人間にも主観性が存在する・・・主観性は二つ(以上)存在する 3.外見で主観性のあるなしを判別できない・・・哲学的ゾンビ 2と3は仮定。これが正しいならば、 二つ以上の主観性の『違い』を比較することは絶対不可能。 よって、「『私』はほかの主観性と違う唯一絶対の存在である」は誤り。 1は、「『私』が『一つ在る』事が疑い得ない」のであって、 「『私』が『一つだけである』事は疑い得る」 結論。 最高位の主張は根拠のない出鱈目。 最高位完全破壊の証明終わり。
>>420 じゃあ、聞くまでもなく
>>411 の
「ですから哲学者最高位 というのは『私』を指します」
は誤りという事ですね。
430 :
考える名無しさん :2007/05/04(金) 23:31:36
「私」というのは話し手。
「この」というのは話し手に近いものを指す言葉。
>>411 >この肉体は『私』であった という結果論がある
最高位は自分で何を言っているのか分かっていない。
>>411 >『そのような要素はありえない』 という結論に至るわけです
ありえないとは言えない。
第一、『私』が常に『私』である根拠は何?記憶が連続しているから?
それぐらいの認識でしかないんでしょ?変化した『私』も『私』なんでしょ?
どの程度の変化まで許すの?ショットガンで頭を打たれたくらいじゃ『私』は変わらず存在してるんでしょ?
まぁ、他人にその状態のときの『私』の意識の存在を伝えるのは大変そうですけどね。
五体満足時でも『私』の意識の存在を示すのは大変ですからね。
スピリチュアルな人は納得してくれるでしょうけどね。
433 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/04(金) 23:49:42
>>418 私の場合
私は、私という主観性を指します
少なくとも、私の場合は主観性です
「話者」と言っても
極端に言えば、それが単に「私」と聞こえるであろうというふうに
スピーカーを鳴らしているだけである場合とでは、明らかに意味が異なります
ロボットというのは、そういう事です
それは単に、「話者っぽいもの」です
主観性のシステムは、解明でるものではない という事は再三に渡って説明しましたよね
もう少しぐらい常識的に、普通に頭を使ってから話しかけて下さい
>>421 あー
うちは24時間営業のサービス業でね
商売柄、人が休んでる時こそ逆に稼ぎ時なんよ
ご心配なく
>>423 それじゃ心身二元論は否定できてないぞ(笑
>>428 いいや 全然
病院で話を聞いてもらって下さい
>>432 だから まぁ
そう思っているのが『私』なんじゃないの?
キミがいないのなら、キミはそんなこと思うわけもないよね(笑
>>432 分からないのならレスしなくてよろしい。
>>434 のアンカは
>>433 ね
>キミがいないのなら、キミはそんなこと思うわけもないよね(笑
この「キミ」はどの程度の幅があるの?観念論者にとって常に自分の意識はオンリーワンだから
何を言ってるのか分からなくても仕方無いから、レス出来なくても責めないけど。
また、この文は
>>432 には意識があるという
>>433 の思い込みから出てるの?
437 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/05(土) 00:35:56
>>435 うむ
「わからん」だな
まぁアイツの言ってる事は、ワケわからんから相手にしてない(笑
>>436 >>キミがいないのなら、キミはそんなこと思うわけもないよね(笑
>この「キミ」はどの程度の幅があるの?
幅って何?(笑
>また、この文は
>>432 には意識があるという
>>433 の思い込みから出てるの?
原則的には
「主観性があるのならば」という仮定での話に決まってるだろバカwww
くだらん事を質問してくるな
438 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/05(土) 00:55:13
>>411 >>この肉体は『私』であった という結果論があるだけなのです
>そこでですよでは唯物論が主張するように、その結果的に『私』であった根拠が
>物質的な要素に特定できるのであろうか?と問い詰めた時に
>『そのような要素はありえない』 という結論に至るわけです
ですから、地球時間西暦何年何時何分何秒に身体(脳)を構成するある神経細胞がある化学物質の影響で
・・こうなりああなり・・だからその「気分」が醸成された・・とかの「説明」が必要である・・とするならば
「そういう説明」は不可能です。・・というより「ある特定の水素を燃やして水(水蒸気)が出来ました」・・という
ことが「説明不可能」なのと同じことです。「特定の物質の振る舞い」について「全部の履歴を解説しないと『セツメイ』ではない」
・・から「無効である」と言いつのるのが「観念論的誤謬(自己欺瞞)」なのです。
440 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/05(土) 01:02:40
438のPSです。 (失礼ながら)最高位さんは、「(自然)科学的方法」については、殆ど知識がないのではありませんか?
あるわけないじゃんw ただのごみくずだもの。
>>437 勝手に仮定されても困る。世間話じゃないんだし。
最高位の仮定は意味なし 仮定そのものがまちがいw
444 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/05(土) 01:09:50
>>441 いや、そこまでおっしゃるのは少し失礼だと思います。
本日は脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
445 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/05(土) 01:10:33
キミも本当に知能が低いな 自分という精神が、この世に存在しているという事実の事実性に対して その正体をつきとめるために掘り下げて考えよう と思ったりしないのかね キミは自分自身の存在性に対して、何の知的好奇心も抱かないのかね? 単にボォ〜ッと「あぁ私は、いるんだなぁ〜」というふうな前提しか持てないのかな?
このスレがここまで続いているのは、 機械タソの人柄(キャラ)によるのではないか・・・ と思ふ初夏の夜更け・・・w
448 :
考える名無しさん :2007/05/05(土) 01:13:50
実は自分が一番知能が低いという真理を受け入れられないのが最高位の可愛そうな面ではあるw
2ちゃんってさあ 自分のこと書くよね。
450 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/05(土) 01:19:56
>>442 もし本人に主観性があり、そしてある程度の知能があるのならば理解できるでしょうし
仮に主観性がなかったとしても、それは単なるお人形さんと話しているだけだった という事なので
べつに間違えた事を言っていたとしても、害はないし
いずれにせよ私には主観性があるのだから
単に、独我論が正しかった という事になるだけであって
いずれにせよ唯物論に生きる道などありえないのですよ
私はあらゆる角度から考えても、論理的に間違えた行動は取っていない
>>433 > 私の場合
> 私は、私という主観性を指します
> 少なくとも、私の場合は主観性です
ならば最初から主観性と言えばよいのでは?
けれど主観性(主観的意識)の物理的特性は経験的に検証すべきことだと思えるけれど?
>>445 掘り下げる方向が違うだけ。
自分自身の頭の中身だけを対象にするのか、それ以外も対象にするのか。
453 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/05(土) 01:28:33
>>452 脳という物体は、他に無数にあるにもかかわらず
なんの理由で、この脳が自分であったのか
という疑問に気づけない というのが知能の低い証拠なんだよ
454 :
考える名無しさん :2007/05/05(土) 01:32:16
>>433 >あー
>うちは24時間営業のサービス業でね
>ご心配なく
えー?商売をしている人は、絶対に休日が何日か把握してるはずだよw
455 :
考える名無しさん :2007/05/05(土) 01:34:59
>>453 何の理由で人類の進化系「超人」からは猿である人類であったのか?
何の理由で猿類の進化系「人類」からは猿である猿人であったのか?
・・・・・・・『私』・・・・・・はまたま・・・・・・つーことw
>>433 いや、病院で診てもらった方がいいのはあなたの方です。
当たり前の事が理解できないようですから。
哲学者最高位 というのは、単なる あなた の呼び名であって、
主観性とか関係ありませんから。
別にあなたがバカであれ何者であれ、犬であれ猫であれ、ロボットであれ、
そう呼ばれる事に支障ありません。
病院でも名前は呼んでもらえるので安心して行ってください。
「私は唯一絶対の存在なんです」って先生に相談するといいですよ。
親身に聞いてくれると思います。
最高位=猿行為
>>450 他人にも主観性=存在性があり得ると考えてるの?
コピペうざいから専スレ移動しようよ。
>>450 >私はあらゆる角度から考えても、論理的に間違えた行動は取っていない
それってヒトラーとかスターリンとかポルポトとかの大量虐殺者の言い分と同じだねw
>>450 意識上でのことのみに終始しているだけでしょ。
私からはあなたに意識があるとは分からないから、あなたが死んでいて意識は無いが、頭に電極を付けられて何か返答しているのと
あなたが死なずに意識があり、そこから返答しているのとどうやって見分けろと。
常識的に考えろ、とかかい?
死ぬ寸前には意識があったとして、死んだ直後には意識が無い。
でも普通に返答する。他人には違いが分かる?
死ぬ直前まで無言で目をつぶっている。本人には意識があることが分かっている。
死んだ直後も無言で目をつぶっている。呼吸や心臓の鼓動については知ることが出来ないとする。
その時見ていた人はどこで意識はなくなった分かるの?
だから観念論者は寝ると死ぬ。
>>453 その自分は常に自分だという根拠は何?
どこからどこまでが自分?自我に目覚めてから死ぬまで?
なんでこの脳は自分であったのか、と考える意識は常に自分だと言えるの?
>>460 その必要はないよ。
議論の提出者から「私」とは主観性のことだってはっきりと定義されたんだから。
以降はその定義にしたがって議論すればよい。
つまり主観性は物理的な性質なのかどうかという唯物論の成立可能性に関する議論なのでここですべき。
まあ、公共施設、公共機関、輸送機関の業務日を認識しないで やっているのは最高位くらいだろうな。
466 :
考える名無しさん :2007/05/05(土) 01:53:51
それはあっちでやれ 迷惑
469 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/05(土) 02:02:19
>>451 >ならば最初から主観性と言えばよいのでは?
言ってますけど???
>けれど主観性(主観的意識)の物理的特性は経験的に検証すべきことだと思えるけれど?
何が言いたいのか、意味がわからん
具体的にどうぞ
>>454 ん? で?
そりゃ曜日によって毎日仕入れを調節したり
従業員の人数を変えたりしなきゃいけない店なら、曜日は重要だろうけどね
キミが世間知らずなのは、すぐわかるわ
「商売している人は、絶対に」とか
べつに、ありえんからwww
>>456 >哲学者最高位 というのは、単なる あなた の呼び名であって、
>主観性とか関係ありませんから。
「あなた」の呼び名 なんでしょ?
私は主観性なんですよ
関係あるじゃないですか
お願いですから私にからまないで、病院に行って下さい
>>462 「我思う故に我あり」とか
そういう哲学的な基礎ぐらい理解してから質問してくださいね
>469 >「我思う故に我あり」とか >そういう哲学的な基礎ぐらい理解してから質問してくださいね 懐疑論とは別の話。懐疑論のみからしか言葉が出ないの?
472 :
考える名無しさん :2007/05/05(土) 03:23:51
「私」という自由意志霊魂は真に能動的な実在なのだお。 科学はいつの時代もオカルトを凌駕することはできないんだお。 人間は皆サイコキネシスで遠隔操作する異常な性能を持っているんだお。 ・・って最高位たんが言ってたお。
>>469 おまいのネカフェがニートどもの爆発的増加に伴って当たってるのは単なる偶然だよ。
それが自分の馬鹿さ加減と反比例してることに気づかないと痛い眼に合うよw
474 :
考える名無しさん :2007/05/05(土) 03:31:11
最高位はネカフェのぐうたら亭主でも、とにかく結果的には儲かってるのでOKです。
475 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/05(土) 04:00:30
>>465 公共施設?
私は公共施設など、ほとんど使う事がないんだが、キミはどんな施設を使ってるの?
キミ達が日ごろ利用している公共施設って何なのか、具体的に教えてよ
図書館とかかな?
でも市民のうちの何人が、毎日毎日、図書館の開いてる日を意識しているのかな?www
公共機関?
まぁ、役所にはチョコチョコ行くけどね
しかし、べつに毎日公共機関の事を考えているわけじゃないぞw
輸送機関の業務日???
これも何の話だ?
私の場合、移動手段は99%以上が自家用車なんだけど
休みのある輸送機関て何の事なの?
運送屋の話かい???
意味がわからん
それにしても
比較的、都会に住んでいる私にとっては、ほんとによくわからん話だ
>>470 べつに懐疑論の話じゃないぞwww
だから
基礎的な事ぐらい理解してから話しかけてくれって
一から説明しなきゃならないような、突拍子もない事ばかり言って来ないで下さい って事だよ
>>472 >・・って最高位たんが言ってたお。
言ってないわ アホwww
476 :
考える名無しさん :2007/05/05(土) 04:04:21
ひいいいいいいい きちがいだわ
ゴールデンウィークも今日一日のみ 空しいスレ
479 :
考える名無しさん :2007/05/05(土) 07:35:26
480 :
考える名無しさん :2007/05/05(土) 09:41:53
唯物論の間違いは、物質は存在するが、精神は存在しないという命題だな 物質は存在していることをアプリオリな前提としている それ対し、精神は物質として存在している脳の中の働きに過ぎないと しかし、ここで言う存在とは何かもう一度考える必要がある たぶん、無から有は発生しない・・・そんな意味での存在を考えているのかもしれない でも、存在とは有とは、他との区別、違い、ゆがみ、ゆらぎにすぎないのだ たとえば、水面上の 波は、ただ、水面のゆらぎであっても存在しうる 波があるが、いつのまにかなくなる ここで水面は水という物質として存在するが、波はもともと存在しないと言えるのか? 結論を急げば、水という物質も時間と空間のゆらぎにすぎない それを有るとか、存在するとか言っても仕方がない 永久に形を変えながら存在する物質などない 水面の波のように さあ、意識の問題に帰ろう 存在とは、有とは、他との区別であり違い 意識とは、外界から自分を区別する時間と空間の違い そこに、物質の存在との違いはなにもない 外界と自分の区別がなくなったときに、一体化したときに死が訪れる
481 :
480 :2007/05/05(土) 10:16:16
もう一度、言いたかったことをかいつまむと、 物質が存在することも、時間と空間のゆらぎという、他から区別された結果 にすぎず、絶対的なものではなく、あくまでも相対的なもの 一方、意識の存在も、脳という物質の働きというよりは、自己を外界から 区別する作用という時間と空間のゆらぎにすぎない したがって、物質が存在することと、私の意識が存在するということに 本質的な違いはない
482 :
480 :2007/05/05(土) 10:25:00
物質の存在は時間と空間のゆらぎ・・・の説明は時間がかかるので 私の意識、自我について少し補足しておく 私が、存在しているのは、デカルトみたいな「われ思うゆえにわれあり」 だけでは足りない もちろん、私が、外の世界から区別されているからこそ、 外界を観察できる結果、意識が意識できる しかし、それは一つの脳に一つの意識を意味するのだろうか? ここで一つの意識とは何なのか? たとえば、このような意識と外界との区別がなくなる死は昔から そして今でも、人間にとって悪であり恐怖であったように見える しかし、なぜ、私が私であり、他のA君やBさんではないのだろう その区別が自我とされるが、スポーツ観戦などで観客が一体となって ひいきのチームを応援し、その応援がピークにたっしたとき、そこに A君やBさんと私の区別がなくなる 一緒に歓喜することが意識の 一体化を経験でき、それが至上の喜びになる
だから、どのようにあるのか?が重要なのです。 付け加えるなら、 それが、どんな枠組み(→視点の採り方)の中での「ある・ない」なのか、によって変わってしまうものだ、 という冷静さは忘れてはならないと思う。 「どのように」という考察も、 やはり、どんな枠組み(→視点の採り方)の中でなされるか、によって変わってしまうのだろう。 ただ、「ある」か「ない」かを言うだけなら簡単です。 暗闇で幽霊(枯れススキ)を見た人にとっては幽霊は「ある(居る)」。 金縛りを体験した人、墓場で背筋が総毛立った人などにとっては、そうした体験は「ある」。 事故に遭い、お守りを握りしめて九死に一生を得た人にとっては、 お守りの霊験は「ある」、或いはそれが形見等であれば、故人の(先祖の)守護が「ある」。 こうして思考している以上、思考している自分が「ある(実感されている)」。 さて、そうした「枠組み」「視点」「世界観」等(の設定)無しに、 人は、何かを思考することができるだろうか・・・。
484 :
紗南 :2007/05/05(土) 10:34:38
紗南が「呪い」をするときも、その原理を利用しています。
485 :
紗南 :2007/05/05(土) 10:35:24
でも、悪意のある「呪い」はしませんよ。
恋の呪文かw
487 :
480 :2007/05/05(土) 10:42:08
>どんな枠組み(→視点の採り方)の中での「ある・ない」なのか、によって変わってしまうものだ 確かに、そこが一番の問題であることに異論はない ただ、下手をすると、私がいるから世界は存在するみたいな議論に陥る (暗闇で幽霊(枯れススキ)でそのことを指摘したと思うが) そうではなく、観察者の存在自体、時間と空間の歪みになっているという議論なんだよな
488 :
考える名無しさん :2007/05/05(土) 10:49:36
朝からみなさん頑張られてますね。 その調子で、今日も2ちゃん漬けでいてくださいね。
489 :
考える名無しさん :2007/05/05(土) 10:50:09
てすと
490 :
480 :2007/05/05(土) 10:52:44
ただ、暗闇で幽霊(枯れススキ)は存在していていいと思う 少なくとも、それがススキか幽霊かの議論は、哲学の議論ではなく 実社会の何を認めるかの現実的な議論に過ぎないのだから (たとえば、ある昆虫が新種か新種でないのかとか) ススキの存在だって、(ススキは存在しないが)植物の存在するとか、 (ススキは存在するけど)昭和53年に植えられたススキではないとか、 いろいろ存在が相対的にありうるから そのような存在と、そのそばの私の肉体の存在、そしてそれを観察した私の 意識の存在、すべて同等に存在しているんじゃないかと思っている
491 :
ネコの味方 :2007/05/05(土) 11:06:13
>>423 それは「肉体から出る」を、どう解釈するかだろう。歴史上の偉人と称される
人たちの肉体は跡かたもないが、彼らの「私(の片鱗)」は紙やその他の媒介物を
通して、そのつど私(たち)に現前する。否、現われるだけでなく、こちらの心的
状態いかんによっては、肉体を持たない彼らの「私」と接し関わることさえできる。
「肉体の外に『私』は出れない」との唯物論者らしいベタな言い分に対して、
こちらもベタに異論を唱えてみました。
ちなみに、あなたの“思想”には先人たちのそれが侵入しており、いわば夾雑物。
これは『私』が“肉体の外に出れる”ことの恩恵でしょう?
492 :
紗南 :2007/05/05(土) 11:10:03
今数えたら、紗南の財布には、 福沢諭吉が1人、樋口一葉が1人、野口英世が4人入っていました。
>>469 > 言ってますけど???
そうなんだ。それは申し訳ない。
でもそれなら主観性と言わずにわざわざ「私」という解釈の固定が難しい言葉を使うのはなぜ?
たぶんそこに主観性では足りない何かを付け加えてるんだろけどあまり成功してないよね。
まあ、これは別スレの話題になるけど。
> 何が言いたいのか、意味がわからん
> 具体的にどうぞ
これはもうそのままなんだけど。
>>334-337 あたりのやり取りで書いたけど、意識と神経の相関の検証は神経生理学やらの周辺でいまやってる最中らしいよね。
君の「私であった根拠は物質的な要素に特定できることは論理的にありえない」って主張は言いかえると、
「主観的意識が神経などの物質的な特性と相関している可能性はない」ってことでしょ?
俺は神経生理学なんかの試みはやるべきことだと思うんだけど、君はそれはやっても無駄だって考えてることになるよね。
なにしろ「論理的にありえない」わけだから。
君の議論はそんなに強いものなのかなあ?
495 :
212 :2007/05/05(土) 12:14:56
>>493 横レス失礼します。
「主観的意識が神経などの物質的な特性と相関している可能性はない」ってことでしょ?
「主観的意識が神経などの物質的な特性[だけ]と相関している可能性はない」と言う感じです。私としては。
私の影は、身体だけでなく、光が必要みたいな。つまらなくて、すみません。
まだあったの?このスレ。なんかキモくね?
497 :
考える名無しさん :2007/05/05(土) 13:01:48
綾小路きみまろと彦麻呂って 何が違うの?
>>496 定期的に出現してお決まりの捨てゼリフ吐いていくあんたも相当●●●●だよ
499 :
ネコの味方 :2007/05/05(土) 13:15:06
>>480 その主張の真偽は措くとして、“視点”のゆらぎwが気にかかる。
>>493 最高位のその種の言明には、たしかにわかりづらいところがあります。
彼は「私」と「私の意識(心)」を弁別する。彼は「私」が基点的存在だ
と言う。この「私」はまた、事物との関係の起点でもある。
「私」を起点とした事物との関係によって構築されるのが「私の心(意識)」
である。
最高位が物質的に特定できないと述べているのは、基点としての「私」
のほうだ。したがって神経生理学が「私の意識」についてその解明を
すすめることには、なんら彼にも異存はないはずである。
しかし、この基点としての「私(の存在性)」こそが唯物論者はもとより
多くの非唯物論者をも躓かせた石である。
ただ、反・最高位の面々の批判には「私」と「私の心」を一緒くたにして
なされているものが少なくない。
500 :
考える名無しさん :2007/05/05(土) 13:58:46
501 :
ネコの味方 :2007/05/05(土) 14:27:27
>>404 「人間至上主義」か「動物至上主義」かはともかく、私がなんらかの観念論的
迷妄(信条、信念、思想、宗教…)換言すれば迷信に嵌っているのは確かなよう
です。自他について、それを“観念論的必然”として「さもありなん」と認める
のがわが陣営?の基本的な構えです。
その「境界」は私の主観に映じたものであり、それが錯覚(幻想)にすぎないこと
をも心得ています。
「人間至上主義」なる典型的な観念論的言辞で私を括るのは、自家撞着のそしり
を免れません。
502 :
考える名無しさん :2007/05/05(土) 15:10:39
真に能動的な神秘的自由意志霊魂である「私」は人間社会の基盤だお。 事実上の政教一致は未だ現在進行形なのだお。 科学的社会主義及び共産主義は「客観的理論という単なる幻想」なのだお。 ・・・って最高位タンが言ってたお。
503 :
考える名無しさん :2007/05/05(土) 20:12:37
唯物論=時間を認識する人間がひとりも居なくなれば、地球上の時間経過は失われる。 (実在) 唯心論=人間が一人も居なくなっても、地球上の時間は今までと変わりなく流れ続ける。 (思念) 物質=道徳や良心を介在しないもの。(神或いは最高位、希望の欠如体)
504 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/05(土) 22:51:42
>>480 >波があるが、いつのまにかなくなる
>ここで水面は水という物質として存在するが、波はもともと存在しないと言えるのか?
ブンカケイの方は物理・化学を徹底的に勉強しなかったので、そのようことを(意味有りげに)
おっしゃりますが、「波」は物理学におけるエネルギー伝達の「典型的形態(の一つ)」です。
電磁波を媒介する光子とか、(所謂)エネルギーを媒介する電子とかが「粒子と波の両方の形態を
とって我々の『クオリア』として顕現する」・・・という難しい問題以前以前のモンダイが、
「ブンカケイさんの徹底的不勉強」・・だと思います。
505 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/05(土) 23:12:56
>>503 >唯物論=時間を認識する人間がひとりも居なくなれば、地球上の時間経過は失われる
観念論者であるフッサールは「内的時間感覚の現象学」で、そのようなことを言っていたような記憶があります。
唯物論は「自然科学の最先端」である「(理論)物理学」を基盤としておりますので、
「この宇宙」が産まれた137億年前に「時間」が始まった・・・としておりますので
(「永遠の過去」などという概念は観念論でも不可能ですが)・・「時間」もまた「この4次元時空」の1次元である
・・と解釈いたします。
コミックを初刊から最終刊まで買ってきて「さて読もうかな」としているときに、初刊の最初の1コマ(2次元存在)
は最終刊の最終コマ(2次元存在)と「同じ机の上にある」ことになりますが、それはそれを読む「人間(人類)」が
「縦・横・高さ」の3次元世界に生きているから・・だということです。
「5次元時空」に生きる生物が私達の宇宙の最初の1秒を最後の1秒に「重ね合わせて見る」ことなどは、
たやすいことでしょう。コミックの・・初刊の最初の1コマ(2次元存在)と最終刊の最終コマ(2次元存在)を私達
3次元存在が「重ね合わせて見る」ことが容易であることと「同様のこと」です。
>>504 馬鹿か?
そういうミクロの話じゃないんだよ。
マクロな波を、喩えとして持ってきてることを忘れるなw
と部外者がツッコミ。
507 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/05(土) 23:18:44
>>506 そこまで深読みする必要は無いと思います。単に「波は物理的『存在』ではない」
と思いこまれている、ブンカケイの方の初歩的な間違いだと思います。
>>507 そうかw
では、君にも聞こう。
ホームランは「物理的『存在』」か?
今日の巨人ヤクルト戦は「物理的『存在』」か否か?
君の見解を聞かせて貰おうかw
509 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/05(土) 23:26:53
>>508 当然のことながら、両方とも「物理的存在」です。人類一人の「脳内現象」であろうが、
人類多数の「脳内現象」であろうが、・・・それもまた「全部」・・「物理的現象」です。
>>509 了解。
ならば、480が【波が「物理的『存在』」ではない】という発言でないことに気付くべきだな。
『存在』という概念の規定の仕方にメスを入れているレス、
『存在』という概念の設定の仕方に疑義を挟んでいるレスであることに気付けない機械でもあるまいに・・w
511 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/05(土) 23:42:10
>>510 そうなんですか。
『存在論』と『認識論』を(意図的に)混同する方が結構多いのいで、誤解したのかもしれません。
『存在論』はシュレディンガー方程式によって「限定」されますし、『認識論』もまたシュレディンガー方程式
により「限定される」」・・・という(「発散しない」ということ)です。
512 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/06(日) 00:04:26
本日は脳内睡眠物質(メラトニン等)が蓄積してまいりましたので就寝させて戴きます。
513 :
考える名無しさん :2007/05/06(日) 00:18:36
>>510 頭悪い人はとりあえず引っ込んでおいてくれないか・・・
>>499 そ・・れ・・は最高位の見解?違うでしょ?
最高位は私は主観性のことだって言ってるんだから。
最高位の名を借りた君の見解じゃないの?
どっちにしても、
>「私」を起点とした事物との関係によって構築されるのが「私の心(意識)」
である。
と言えるには別の議論が必要だろうからそれが物質的に特定できるかどうかの判断はそれからでいいでしょ。
ところで、君はよく「心に法則は立てられない」って言ってる人でしょ?
法則がまだ見つかってないじゃなくて立てられないと言えるのはどうしてだろう。
これは君以外でもよく目にする気がするのでよければ代表して教えてほしい。
515 :
503 :2007/05/06(日) 01:15:24
>>505 なるほど。
例えば我々人間より遥かに高度な文明や知能を持った地球外知的生命体が
仮にいたとして、5次元や7次元の不可知界から顕微鏡で微生物を見るように
我々人類を見ているとしよう。その場合、唯物論的に可能な限りにおいて
唯心論の可能性自体が皆無になり、可能性の限りに置いて認識力や観察力が
高ければ高くなるほどより知の発達した生物に唯物論的な考えが与えられて
ゆくことになりはしないだろうか?だがしかし、我々もそうであるように、
その7次元の知的生物が更に想像力を逞しくして自分たちの不可知界を可能な
限り想像してみる。或いは仮に相対性理論のように学問的にみつけたとする。
つまり唯物論ではなく唯心論的な考えに可能性の論究として陥り易くなり、
唯物論は一見可能性だけでも排除した独我自尊的な思考に見えるのだが、実際
にはそうならず、現在では反対に唯心論は廃れた考えであるとされている。
人間復活という言葉に唯物論がイコールされている現在、逆の言い方をすれば
唯物論があくまで全てであるという考えは危ういとも思う。何故言うに、
唯心論は我々を時として虚無の闇へ葬り去る力もあるが、逆にその反動として
進化欲への原動力ともなり、唯物的な物と平衡することによって神へとちかづき
はしないだろうか?(神=?)
スレタイにある『脳は物質だから意識は必然に過ぎない』は、
脳は物質という時点で違うのではないか?
516 :
考える名無しさん :2007/05/06(日) 01:21:50
___ /∵∴∵\ /= =-:',:.-= =-\ │ "ー=〓=-.'` │ 「最終学歴 プフヒャヒャヒャ゚ンチチン大プ゚チュ \ / ップ゚シュッ゚プチュップ゚シュッ゚゚チュッ学部卒」・・・・・ _,. -‐' 、_ ヽ、_ ' ヽ、 ,r'´ `''‐ ニ= '´,..-‐' ``ー、 / ', ', ヽ l l l ', | 、 l l l ./ ヽ、 人 ノ l i | `ー ---‐''''´l `ー─‐i' l ', l ! / l
517 :
ネコの味方 :2007/05/06(日) 01:39:20
>>514 初めは私も最高位の言う「私(自我)」と「私の心(自我意識)」の違いがよく
わかりませんでした。それらを一緒くたにし、「私の心(意識)は物質に還元
できない」ことを私は非唯物論の根拠にしたものです。
最高位の言説は、私のそれとは少し(いや、大いにかな?)違っていました。
彼の「私」は、心的あるいは意識的な一切を削ぎ落とした果てに突き当たる
“何か”としか言いようのない存在です。それは実体ではあるが、物質では
ないという神秘性を帯びた代物です。しかし、デカルトを初めとする名うて
の哲学者の到達した“私”とほぼ同じでしょう。
それを基点とみれば“存在性”であり、心的起点と捉えれば“主観性”といえ
るのではないでしょうか。
仏教派はそれは実体がないと説く。
519 :
ネコの味方 :2007/05/06(日) 02:28:19
>>514 「心に法則を立てられない」との主張は、脳の研究がどこまで進んでいるのか
知らないまま、唯物論者に対して投げつけた単なる挑発的言辞です。が、内心
「正しかろう」と思ってはいます。
様々な情報を通して私たちが知る人間的事象は悉く心的現象、心的産物と言う
ことができます。犯罪を含む一切の出来事には“心”を指摘できるはずです。
もっといえば、天皇制も国家も、むろん宗教も“心的現象”でしょう?
これらは、どのような法則によって紡ぎだされるのか。
私見では法則がみつかっていないのではなく、どんな心的現象も法則としては
括りえないのではないでしょうか。
520 :
ネコの味方 :2007/05/06(日) 02:50:44
>>518 本来の(何が本来か知らぬが)仏教徒は、その実体のない“私”を始末することに
四苦八苦しながら、その生涯を終えるのではないの?w
それを根底的に肯定する最高位が、どうしても仏教徒には“いやな奴”にみえる
のでしょうか。
>>520 逆だろw
最高位が仏教徒の理論が嫌いなんだよ
最高位は私肯定派
仏教は私否定だからな
522 :
ネコの味方 :2007/05/06(日) 03:07:10
>>521 素人さんは仕方ないとしても、最近は同じ観念論者として親和性を感じていた
唯識さんからもあれこれ言われて、最高位はいささか仏教派に閉口ぎみみたい。
523 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/06(日) 03:12:57
>>521 ん?
私は、唯物論は間違いだ と言っているだけなんだがね
仏教徒が文句を言ってくるとは予想していなかったよ
仏教って、観念論なんじゃなかったの?
なんでからんでこられるのか、いまだに意味がわからんわ
ここにいる自称 仏教徒の主張って、本当に仏教なのか?(笑
>>514 心の法則は限りが無い法則になるので神以外には法則を設定できないだけ
神なら可能よ。
「法則の無いものに法則を与えてみよ」←これを無理やり法則をコジツケ
するのは科学的方法になるのも間違いではない。
科学は近似法則であって本質にたどり着くものではない。
本質に近似していればそれで科学的な解釈になるだろう。
現実に誰でも反証できるのは近似だからにすぎない。
阿弥陀のように、物事の本質を先に捉え物の理は重要ではないと
悟る手法では心の本質の意味を分かることができる。
計れるものではない、計ってはいけないものなのよw
526 :
考える名無しさん :2007/05/06(日) 04:45:13
人生相談的な事ですがこの手の問題に詳しそうな あなた方にお伺いします。 人間の苦しみはどこからやってくるのでしょうか? やはり脳なのでしょうか?脳だとしても、なぜ 物質の運動で苦しみが発生するのでしょうか? なぜ、<私>が苦しみの有るこの世に生まれたのでしょうか? <私>や苦しみに原因があるとしたら、一番最初はなんなのでしょうか? また、死んだ後は本当にどうなるのでしょうか? 真剣に知りたいので、どうか、お教えください
527 :
考える名無しさん :2007/05/06(日) 05:16:31
@「朱に交われば赤くなる」 干渉 A「類は友を呼ぶ」 引力 B「近親憎悪」 斥力 はっきり言って、生物だろうが無生物だろうが この法則がすべての体系において当てはまる。 体系が不安定になって、自己侵食したり、 別の体系に干渉しだすことを C「エントロピーの増大」 乱雑化 と呼び 新たな体系が形作られていくことを D「散逸集合論」 組織化 と呼ぶ
>>527 >@「朱に交われば赤くなる」 干渉
>A「類は友を呼ぶ」 引力
>B「近親憎悪」 斥力
ここからエントロピー増大と散逸集合論をひねり出すとは詭弁すぎる。
___ /∵∴∵\ /= =-:',:.-= =-\ │ "ー=〓=-.'` │ 「うんこ プフヒャヒャヒャ゚ンチチン大プ゚チュ \ / ップ゚シュッ゚プチュップ゚シュッ゚゚チュッ」 ・・・ _,. -‐' 、_ ヽ、_ ' ヽ、 ,r'´ `''‐ ニ= '´,..-‐' ``ー、 / ', ', ヽ l l l ', | 、 l l l ./ ヽ、 人 ノ l i | `ー ---‐''''´l `ー─‐i' l ', l ! / l
530 :
212 :2007/05/06(日) 09:08:31
>>505 空間次元と時間次元が混同しているような。。。。
コマは空間ですよね???
時間が4次元の中の1次元[だから]空間のように時
間を同一に取り扱えるのの????マジ?。
531 :
紗南 :2007/05/06(日) 09:53:07
散逸構造論じゃありませんでしたっけ?
533 :
考える名無しさん :2007/05/06(日) 11:41:15
>>511 素朴な疑問なんですけど、「存在論」と「認識論」って
きっぱりと分けて議論できるのでしょうか?
シュレディンガー方程式も、しょせん古典的なニュートン力学
の枠内であって(精神も脳という物質の働きであって、一定の
法則があって計算できるはずという意味での決定論もこの古典的考え方)
彼らが言っている非決定論は、物理学的にも別の話のような気がしますが
534 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/06(日) 11:41:40
>>532 おまえバカだろw
彼がなぜ、このスレに書いたのか
理由はコレだろ
↓ ↓
>人間の苦しみはどこからやってくるのでしょうか?
>やはり脳なのでしょうか?脳だとしても、なぜ
>物質の運動で苦しみが発生するのでしょうか?
答えてあげなさいよ
てか、知能が低い人には
質問の意味すら理解できないようだけどね
536 :
考える名無しさん :2007/05/06(日) 12:08:28
俺も、文科系なので物理に詳しい人教えてください 上にあった、観察者と物理的存在なんだけど、 量子力学では観察者がいる限り客観的な物理現象は 認識できない・・・ 多分正確な記述じゃないんだろうけど・・・ そんな意味の不確定性原理ってありませんでしたか? すみません、文科系的曖昧な質問で
537 :
考える名無しさん :2007/05/06(日) 12:19:38
>>527 君は紗南の一党ですか? 無意味を語るのがうまいですね。w
それとも別の党派?
最高位はイヌ大好きらしく、広義の紗南派に色分けされています。
それに対して、機械氏のネコ好きは有名。小生自身はイヌもネコも好き
なのですが、妖女?紗南と同種同族とみられるのがいやで、
機械氏と同じ派を名乗っています。
素人氏をはじめとする仏教派は人間以外の動物を畜生と蔑む全く異質の一党。
最近、最高位の愛犬が死にましたが、この裏には仏教派の暗躍が囁かれています。
538 :
考える名無しさん :2007/05/06(日) 12:38:26
>>536 ここの理系のほとんどの人たちが倣岸不遜。文系と聞いただけで畜生以下に
扱います。が、一人か二人、懇切丁寧に教えてくれるご人がいます。その人
が君のスレをみてくれることを祈りましょう。
539 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/06(日) 12:57:05
>>537 死んでないわボケ
そう書いただろ
あんな簡単な文章すら誤読してるのに
哲学なんて理解できるわけないだろ
もっと自覚しろよ基地外ども
541 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/06(日) 14:17:27
>>540 ん?
>>493 ?
>でもそれなら主観性と言わずにわざわざ「私」という解釈の固定が難しい言葉を使うのはなぜ?
アホか
単に「主観性」だと、誰の主観性かわからんだろ(笑
根本的に、基礎的な国語力がヤバイぞキミ
私は、私という主観性であり、私という存在性である という事だよ
>君の「私であった根拠は物質的な要素に特定できることは論理的にありえない」って主張は言いかえると、
>「主観的意識が神経などの物質的な特性と相関している可能性はない」ってことでしょ?
全然違う
キミも「私の存在性」すなわち「私の精神性の根本」と
「精神活動」との区別がついていないんだよ
542 :
480 :2007/05/06(日) 14:55:14
みんな、物質と精神を対立概念で捉えるから分らなくなっちゃうんだよ そして、物質を、天体の動きを法則にしたがって正確に計算できるような ニュートン力学の支配する世界で考えるから、おかしくなっちゃうんだよ 現在では、原子や素粒子の一つ一つの動きを計算することもできないし、 時間と空間は同じ次元でいることが証明されている(もしくは、新たなパラダイム として存在することが知られている)からね おれが死んだら世界はなくなる、人間がいなければ時間もない、みたいな 素朴な議論はもうないんだよ
543 :
考える名無しさん :2007/05/06(日) 15:22:31
>>542 そうなのですか。
時間も面積に変換できるのですか?
土地の値段も下がるわけですね。
つまらなくて、すみません。
544 :
212 :2007/05/06(日) 15:25:13
545 :
考える名無しさん :2007/05/06(日) 15:31:26
今日は雨降ってドライブに出る気にもならんから このままいこか。はぁ〜 ウィトゲンシュタインが独我論をぶつぶつ言えてる時代はよかったなぁ。
___ /∵∴∵\ /= =-:',:.-= =-\ │ "ー=〓=-.'` │ よい精神科、紹介してやろうか?・・・ \ / _,. -‐' 、_ ヽ、_ ' ヽ、 ,r'´ `''‐ ニ= '´,..-‐' ``ー、 / ', ', ヽ l l l ', | 、 l l l ./ ヽ、 人 ノ l i | `ー ---‐''''´l `ー─‐i' l ', l ! / l
547 :
考える名無しさん :2007/05/06(日) 20:10:56
>>546 精神科より、キレーなネーチャンの紹介のほうがおいらには効く・・ようだ
∧ ∧ |/ ヽ ./ ∧ | `、 / ∧ |  ̄ ̄ ̄ ヽ | ̄5月6日 日曜日 ̄) | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄.\ |ヽ-=・=-′ ヽ-=・=- / |:: \___/ / <こうしてまた一日が空しく過ぎ去る
549 :
考える名無しさん :2007/05/06(日) 22:45:09
神秘的な主体である「私」は真にスピリチュアルな悟りなのだお。 論理的にあり得ない霊魂が経験的に実証されたんだお。 人間の営みは全てオカルトを基盤にすることでしか成立しないんだお。 ・・・ってPSY行為タンが行ってたお。
550 :
考える名無しさん :2007/05/06(日) 23:03:11
>>549 ゴメン間違えたでしゅ。
誤: PSY行為タンが行ってたお。
正: PSY行為タンが逝ってたお。
551 :
考える名無しさん :2007/05/06(日) 23:18:13
___ /∵∴∵\ /= =-:',:.-= =-\ │ "ー=〓=-.'` │ 人間の活動全てがサイ行為なのだよ \ / _,. -‐' 、_ ヽ、_ ' ヽ、 ,r'´ `''‐ ニ= '´,..-‐' ``ー、 / ', ', ヽ l l l ', | 、 l l l ./ ヽ、 人 ノ l i | `ー ---‐''''´l `ー─‐i' l ', l ! / l
>>435 最高位は、
「他人も『主観性』があるかどうかはわからないが、あると仮定して話している」
と何度も言及しています。
彼の論理的に、「確かなのは、『私=主観性』が(少なくとも一つ)存在している事」の筈ですが、
何故かそれが「『私』が二つ存在する事は絶対に有り得ない」にすり替わります。
論理的には、「『私』が二つ存在するかどうかは分からない、複製できるかどうかも分からない」が正しいでしょう。
『私』が何故存在するのか?「存在する理由」も分からないのですから、
二つ存在してはいけない理由(必然性)もある筈がないでしょう。二つ存在しなければならない理由もありませんが。
彼は、
「私が二人存在する事は絶対に有り得ない…そう思っている『私』が(少なくとも一つ)存在する事だけは確かだ(否定できない)」
と
「『私』が二つ存在する事は絶対に有り得ない事は確かだ(否定できない)」
を都合良く混同していると思われます。
仮に『私』が二つ存在しても、それを確かめる方法はないでしょう。数える事は不可能と思われます。
最後に予言しますが、最高位がこれに対して論理的な反論をすることはないでしょう。
553 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/07(月) 03:15:08
>>526 貴方の悩みに対しては仏教では答えが出ています。
もし苦しみに実在があるとするとそれを物質として提示できるはずです。
ならばその解消法も(科学的に)可能です。
提示できないのならそれは物質ではなく観念です。
<私>の心の観念が作り出した意識としての「苦しみ」です。
私の心が何かに執着する事で苦しみが生まれます。
執着を捨てることで苦しみから逃れら得ます。
ちなみに<私>とは何かを問うことは禁止されています。
>死んだ後は本当にどうなるのでしょうか?
人間死んだら終わりです。
554 :
(´ー`)y-~~~ :2007/05/07(月) 05:35:23
>>339 レスありがとうございます。
遅いレスになりましたが、GW期間であったことをご考慮いただいて
どうぞよろしくご寛恕くださいw。
さて、>332で小生が述べた事を、ここで更に簡潔にしておきましょう。
【実在は、実在を構成する要素から成る】です。
因果の法則、と言いかえてもいいでしょう。原因(要素)があって結果(実在)がある。
およそ学問とは、その要素を明らかにしていく為の手段である、と言えるかもしれません。
以上を踏まえていただいた上で、貴方のレスにお答えするとすれば
確かに人類は、未だ「自我」を作り上げる事ができていない。
だがそれは、自我を構成する諸要素を、把握しきれていない事に由来する結果である。
となるでしょう。多少言い訳がましいかもしれませんねw。
そう思えたのなら、それは小生の文章作成能力が稚拙であるからですがw。
さて、今この瞬間に於いて、我々には明らかに限界というものがあります。
その限界を目の前にして、我々に何ができるでしょうか?。
絶望に身を委ね、「絶対の存在」を作りあげてそこに安住する事でしょうか?。
小生はそれを明確に否定します。多少過激な言葉を使って表現するならば、
それは「探求の放棄」であり、「知の停滞」を意味すると思うからです。
我々が為すべきは、遅々として進歩がないように思えても
追求の手をゆるめない事にあると思うのです。
長文失礼致しました。
>>553 激しく同意。ムカつくやつに殴られたというのは観念だから、
自分が物にぶつかって顔を打っただけだと思えば怒りの感情は消える。
だから、じいさんを殴っても文句言わないよね?
557 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/07(月) 06:15:55
>>555 :考える名無しさん :2007/05/07(月) 06:00:37
>じいさんを殴っても文句言わないよね?
矛盾があります。
>怒りの感情は消える。
だから殴らないはず・・・でしょ?
勘弁してね^^。
つまり、じいさんを殴ってもじいさんは怒らない。
殴られたというのは観念。執着をすてれば怒らない。だからじいさんは 殴っても怒らない。このじいさん殴っていい?
560 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/07(月) 06:30:50
>>558 怒ります。
しかしたいしたことは出来ません。
対応は二つ。
1)機械さんの言う通り因果律に拠り必然的因縁だと諦める。
2)理不尽だと怒ってもじいさんなので反撃が出来ず泣き寝入りする。
>
>
じいさん怒るなら物質優位だよ。観念優位なら怒っちゃ駄目だ。 俺は殴られても全然怒らないよ。
562 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/07(月) 06:45:04
>>561 >俺は殴られても全然怒らないよ。
はて?
物質は殴られて怒るでしょうか?
釘を金槌で打っても怒るでしょうか?
脳があり心があり意識があるから「怒る」と言う変な感情が生まれるのではないでしょうか?
じいさん話のチューニング合わせろよ。観念でノルアドレナリンを 操作するのが観念優位だ。ノルアドレナリンに操作されて怒るのが 物質優位だ。
___ /∵∴∵\ /= =-:',:.-= =-\ │ "ー=〓=-.'` │ 大型連休もここの住人には関係のないことであったな \ / _,. -‐' 、_ ヽ、_ ' ヽ、 ,r'´ `''‐ ニ= '´,..-‐' ``ー、 / ', ', ヽ l l l ', | 、 l l l ./ ヽ、 人 ノ l i | `ー ---‐''''´l `ー─‐i' l ', l ! / l
565 :
紗南 :2007/05/07(月) 07:36:35
紗南は、大型連休中は、4/30だけが休みでした。 誰かを「殴る」と言う行為が、善であるか悪であるかの判断を、 快・不快と言った感情と結びつけるのが、功利主義倫理の一種で、 感情と結びつけないのが、規範倫理と言うことなんですか? 紗南のチューニングは合ってますか?
566 :
考える名無しさん :2007/05/07(月) 08:24:12
GW終わったよ
567 :
紗南 :2007/05/07(月) 08:24:47
この場合の快不快とは、 行為を受ける相手が可哀想だとかの、行為する側の感情じゃなくて、 行為を受ける相手側の、行為を受けた際に感じるであろう快不快です。 先ほどの功利主義倫理の一種によると、相手の快不快は客観的に分かりづらいので、 相手が「痛みをどれぐらい感じるかの度合い」を、痛覚などの神経組織の有無等を基準とするそうです。 その考えにのっとって、いったん、「殴る」じゃなくて、「食べる」という例について考えてみると、 植物などは、痛覚とかの痛みを感じる仕組みのない(と考えられている)から、 採って食べてもよくて、痛覚のある動物は殺して食べてはいけない、 また、その基準で痛みを感じる仕組みが働いていない状態と思われる人間は、 採って食べてもいいと言うことになるのでしょうか? あくまでこれは倫理的な考え方の一つであって、もっと違った倫理的な考え方はあるでしょうし、 それぞれの考え方を支持する人たちの中でも細かい意見の食い違いや議論があると思います。 この「菜食」というテーマについてほかにどんな倫理的な考え方があるか、 紗南は今後もこのスレを通して勉強させていただきたいと思っています。 紗南のチューニングは合ってますか?
568 :
紗南 :2007/05/07(月) 08:35:11
紗南は米や大豆食品や野菜を食べて、魚も食べています。 犬やネコは絶対に永久に食べません。 牛肉は以前食べていましたが、最近ぜんぜん食べていまん。 だけど、豚肉はいまだに食べているので、 豚の皆さんからは大ブーイングがあがっていると思います。
569 :
紗南 :2007/05/07(月) 08:37:15
570 :
考える名無しさん :2007/05/07(月) 08:44:44
>>567 うーん、微妙。君の場合は超越しているので、合否は問われないでしょう?
571 :
紗南 :2007/05/07(月) 08:56:20
訂正 × 4/30だけが休みでした。 ○ 4/29・30 5/6 がお休みでした。
572 :
考える名無しさん :2007/05/07(月) 09:34:51
食べたことはないけれども、イヌを食べる風習はあちこちにあるらしい。 経験者がいたら、感想をお願いしたい。
573 :
考える名無しさん :2007/05/07(月) 10:01:19
>>563 最高位的に突っ込むと、ノルアドレナリンに操作されるのは何?
怒るのは誰?
「私のこころ」を狂わすことはできても「私の存在性」を抹消する
ことはできない、となるのかな。
殴り方によっては抹消できます。ただし、場合によっては自分の私も抹消されます。
576 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/07(月) 12:11:01
>>563 そういう意味なら話は別です。
どちらが優位と言う事は無い。
殴られて、脳内物質が変化したと言う事と怒りと言う感覚は、同じ現象を脳の構造と機能に分けて表現しただけです。
577 :
花魁 :2007/05/07(月) 13:15:31
>>544 ちょくちょく顔を出してるよね。
名無しになるつもりがないんだったら、
いいかげん「212」から改名しては?
578 :
ネコの味方 :2007/05/07(月) 13:41:59
>>574 その抹消が『死』を意味しているのなら、話しは別である。
“死体”についてなら何ほどか述べることはできるだろうが、
『死』を語ることは不可能。まして“死後”についてはなおさら…。
どうしても聴きたいのなら、抹香くさい連中(素人氏は除外)の“方便”に
耳を傾けねばなるまいな。
どなたか、それを語(騙)ってくださってもかまいません。ただし、唯物論者には
遠慮していただきたい。
579 :
花魁 :2007/05/07(月) 13:58:36
>>567 の
>相手が「痛みをどれぐらい感じるかの度合い」を、
>痛覚などの神経組織の有無等を基準とするそうです。
という主張(つまり自然科学的功利主義とでもいう主張)って、
広範に行われているものでしょうか?
まんざらスレ違いでもない気がするのですけど、
ここには色々な人が出入りしているようなので、
誰か知識がある人がいたら、教えて頂きたいです。
オイラは経済学系で、功利主義には多少の関心があるもんで。
580 :
紗南 :2007/05/07(月) 14:08:50
紗南は高校では経理科でした、¥・。
581 :
考える名無しさん :2007/05/07(月) 14:22:20
>>579 ピーター・シンガーの翻訳とか読むといいと思うよ。
「苦痛を感じる能力のあるものに苦痛を与えること」は「悪」、
「未来を予想し、未来に行き続けることを望む能力があるものを殺すこと」は
また違った程度で「悪」みたいな具体的な話が並んでた。
582 :
花魁 :2007/05/07(月) 14:32:06
>>581 ありがとうございます。
ピーター・シンガー氏、ですか。
経済学の世界では、快(効用)が測れるかどうか、
あるいはそれが異なる個人の間で比較可能かどうか
ってことがさんざん問題になったわけですが、
自然科学的基礎付けというような話が出てきたりすると、
従来の議論とは一線を画した議論になったりするかもしれません。
583 :
212 :2007/05/07(月) 15:13:54
>>581 でもそれじゃあ全人類みな悪になっちゃう。
585 :
ネコの味方 :2007/05/07(月) 19:27:42
>>583 君に命名する資格も義理もないけれども、もし名乗るのならトリ系のそれを
希望します。「鷹」なんかがカッコイイと思いますが、素人氏がニヤつきそう
なエロを連想させますので、バードはいかがでしょうか。たしか有名小説家
の初期?作品の主人公の名前だったはずです。
ゴルフ好きなら、バーデイはどうか。景気よくアルバトロスと洒落ますか。
あっ、ボギーも悪くないですね。
586 :
212 :2007/05/07(月) 20:48:47
じ〜。 ネコのエサにしない?
>>519 >私見では法則がみつかっていないのではなく、どんな心的現象も法則としては
括りえないのではないでしょうか。
法則でいいならどうとでもなる。
というかこのスレ、場を持たせたいだけだよな
お役所仕事だね
まぁ分かるけど。
588 :
考える名無しさん :2007/05/07(月) 21:32:03
最高位君の言ってることを理解した(最高位君はたぶんできてんじゃん?とのこと) 僕からみんなへのあどばヴぁいす(彼の主張を理解するために知っといたほうがいいと思うこと) ・彼の主張は間違っていない、と僕はほぼ確信している。 ・彼の主張を理解する前は僕もみんなと同様イカレタ野朗がイカレタ事を主張していると思っていた。 ・彼の主張は彼の「わかりやすい」説明では非常にわかりにくいということに注意が必要。 ・はっきりいって彼の主張は非常に説明しづらい。彼の説明のあらゆる単語には普段使わない 概念が含まれていることが多いので同じ文を何度も読み返す努力と我慢が必要。 ・彼は哲学者の精神を持っていない。 ・彼の文章自体がわかりにくいのだから彼の侮辱は全く気にとめる必要はない。 以上
>>588 アドバイスって、最高位の言う自我とは、無いとしてのみ有る、
「それ」のことだろう?
「それ」を私として表現するから、こんがらがるんだよ。
別に新しい概念でもないし、説明が下手な分、最高位は有害だろ。
>>588 アドバヴァイスなんて言わずに君が彼の代わりに説明してみたら?
彼よりは分かりやすく出来るのだろう?
591 :
「機械的唯物論」者 ◆nJ/26fCmis :2007/05/07(月) 23:55:00
>>578 >どうしても聴きたいのなら、抹香くさい連中(素人氏は除外)の“方便”に
>耳を傾けねばなるまいな。
>どなたか、それを語(騙)ってくださってもかまいません。ただし、唯物論者には
>遠慮していただきたい。
結局あなたも「永遠の命」とか「来世」とかを信じたい・・という「観念論的根本欲求」を
抑えられないので、唯物論=真理から眼を逸らす「観念論てき自己欺瞞の方法と技術」に
陥っていることにお気づきになっておりません。
最高位さんも同様で、「自己の死」を「事実」として直視できる勇気がないだけです。
輪廻転生があるならば、例えば地球上にそれこそ「無数」に存在する昆虫達や微生物達の「前世」は
何だったのでしょうか?地球が生まれた46億年前以前からそれらは存在していたのでしょうか?
「あなたの来世の継続」は 地球が確実に太陽の超新星爆発に飲み込まれ消滅するこれまた46億年後まで
継続するのでしょうか?
そもそもビッグバン137億年前から物質(無機質)しかこの宇宙に存在しなかったのに、突然地球上に
生まれた「生命」の数が増え続けているならば「前世を持たない生命体」が(論理的にどう考えても)存在
しなければならない・・・というモンダイはどう解決できるのでしょうか?
592 :
「機械的唯物論」者 ◆nJ/26fCmis :2007/05/08(火) 00:08:28
>>46 >心(意識)を脳(物体)に還元するのは不能である。
という1行を根拠無く信仰するのが観念論の精髄です。独我論を排除するなら
当然人間の他者にも私があるということを認めることになり、それなら犬や猫や
トカゲや魚にも「それなりの強度の私(心)」があるということを認めることになります。
要は高等哺乳類の脳の機能の洗練性が「私の意識」を特権的なモノであるかのように思われる錯覚は
よくある錯覚にすぎないのですが、所詮「脳の機能は脳の機能に過ぎない」のです。
1個の脳内のたった1秒間の神経細胞1個1個の分子的化学的振る舞いを全部「説明」することなど
数千年を費やしても出来るわけありません。しかし、そのことは「脳が物理化学的働き(だけ)で動いている」
という事実(真理)を「いささかも否定する検証」にはまたなりえない・・ということです。
593 :
「機械的唯物論」者 ◆nJ/26fCmis :2007/05/08(火) 00:15:47
>>519 >私見では法則がみつかっていないのではなく、どんな心的現象も法則としては
>括りえないのではないでしょうか
そんなたいそうな「法則」ではありませんが、数十万年間『森で出会った他者を
先に殺した方が生き残る法則』で、『ためらわずに殺す遺伝子』を濃くしてきた人類が、
集団と集団で「戦う」ようになったのは、実は歴史的に見れば「つい最近」のことです。
そこには「社会契約論」に従って集団に属した方が自分や家族の肉体にとって「より安全」である
・・・という利己的脳の働き・・があります。
そしてその集団が形をなしている「国家」でさえ、「殺し合うよりは共存しよう」ということに
なったのは、本当に本当に「ついついつい最近」なのです。
今でさえイラン・イラクや北朝鮮を見れば国家という集団の基本が「(集団)戦闘の単位」である
ことは明白です。・・・・『スリーハンドレッド』という映画が近日公開されますがそれを見ても
よく判ります。
・・・・強いて言えば・・「社会契約を結んで自己の『自然権』を一部放棄しても安全に暮らすことを
選択する」・・という方式を全人類が(一部北朝鮮のような国を除いて)採用するようになった
・・時代ですので、それが(人類という哺乳類の)「社会的行動の法則」であると言うことは出来ます。
…それが所謂「善悪(の彼岸)」なのです。
594 :
ネコの味方 :2007/05/08(火) 00:19:31
>>591 あっちののスレで「唯物論者は認識の限界を自覚できずに妄想に耽る」逃避者だ
みたいな生意気を言い、いい気になっていたら、こちらでもう一人の大御所から
臆病者と罵られてしまった。因果応報?とは違うよね。
たしかに『死』を直視する勇気はないけれども、私が“来世”をどう思っている
かは“方便”“騙る”から察していただきたい。
後半の文章は想像どおりのものであり、だから遠慮して欲しいと言ったのです。w
機械はチャーマーズを読んだのだろうか・・・? 彼を、どうバッサリいってくれるか興味がある・・・w
596 :
「機械的唯物論」者 ◆nJ/26fCmis :2007/05/08(火) 00:22:21
>>526 >人間の苦しみはどこからやってくるのでしょうか?
>やはり脳なのでしょうか?脳だとしても、なぜ
>物質の運動で苦しみが発生するのでしょうか?
人間の脳は基本的に「高等哺乳類の脳」ですが、その「働き」は結局
「個体保存本能と種族保存本能の二大本能」に還元されます。
経済的に豊かになるという生存競争(子孫を残すことまで含む)のために
「言語」なる道具を駆使して、他人の中で他人と競争して短い命を終える
・・それが「典型的人生」ですので、その過程でうまく(思ったように)
・・いかない場合に「苦しみ」が発生するのです。
他の動物たちと基本的に変わったことは無いのですが、生存競争の道具
として言語」を習得している個体が多いため、「神」なる「願望を全部叶えて
くれるオールマイティな存在」をフィクショナルに想定し、憧れてその為に
命がけで戦ったりします。
そういう「観念論的誤謬の数々」に捕らわれるのもまた「苦痛」の一つの理由
ですが、「基本」は結局「競争」です。
・・であるならば「競争を止めること・・競争心を鎮めることを目的にすればいい」
・・と考えたのが「仏教」ですが、それが本当に「本末転倒」
であるか否か?・・については個々人の選択の問題に過ぎません。
(その選択もまた環境や出会いによって必然的に決定されております)
観念論はキリスト教と何とか折り合いをつけるための理屈として発展してきた
598 :
ネコの味方 :2007/05/08(火) 00:34:18
>>592 反論ではありませんが、私は“人間の心”との言い方をしたことはないはず
ですが…。それとも、その種の言い方をしたのだろうか。
その論旨にたいする反論は、じいさんに任せたいと思います。
599 :
212 :2007/05/08(火) 00:39:09
僕らの方が厳密みたい。 分からないことを分かろとしてる分だけ。 まさに境界(分)。
600 :
ネコの味方 :2007/05/08(火) 00:51:24
>>597 (唯一神の他には)外のないキリスト教(一神教)と物質の外のない唯物論は、
実は双生児です。
つまり、どちらも超越的(絶対的)な世界観である。いかがわしいでしょう?
独我論も含めると、三つ子かな。
601 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 00:53:10
>>590 いや、一回やってみたんですがわかりにくいって言われてw
602 :
ネコの味方 :2007/05/08(火) 00:55:31
>>600 逆に超越的でない、いかがわしくない世界観とはどういうものなのでしょう?
多神教ですか?
>>602 月を指し示す指が、人差指(212)か中指(バード)かにこだわってどうする?w
おやすみ ノシ
>>592 >脳は物質だから意識は必然に過ぎない
という1行を根拠無く信仰するのが決定論の精髄です。唯物論を排除するなら
当然人間の他者にも私があるということを認めることにならず、それなら犬や猫や
トカゲや魚にも「それなりの強度の私(心)」があるということを認めることになりません。
607 :
名前未定 :2007/05/08(火) 01:08:38
おやすみなさい。
神の御業を全部「説明」することなど 数億年を費やしても出来るわけありません。しかし、そのことは「神が実在(する)」 という事実(真理)を「いささかも否定する検証」にはまたなりえない・・ということです。
おはようございます。
>>602 素朴な疑問を投げかけますが、
『私』を理解するということは、彼の言っている事を理解するという事でしょうか?
彼の言っている事を理解してないという事は、『私』を理解していないという事なのでしょうか?
あなたは最高位にたぶん理解できてるとのお墨付きをもらったとの事ですが、
どう思いますか?
(彼から見せかけのお墨付きをもらうだけならば実に簡単な気もしますが・・・)
611 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/08(火) 01:32:26
>>592 :「機械的唯物論」者
>所詮「脳の機能は脳の機能に過ぎない」のです。
その通りです。同時にりんごが落下することを認識するのも脳の機能。
物理法則も所詮脳の機能です。
>脳が物理化学的働き(だけ)で動いているという事実(真理)・・・
そんなことは当たり前である。
但し一方では、意識や観念と言う「物理化学的働き(だけ)で動いている」と同時に行われる脳の機能もあるという事です。
殴られてこぶが出来るのは物質的構造変化。
それと同時に「痛い、悔しい、怒り」と言った感情は意識の問題。
脳内で起こった一つの事を全く違った範疇、つまり構造と機能の側面のとらえ方の違いである。
612 :
ネコの味方 :2007/05/08(火) 01:42:47
>>610 正式にwお墨付きをもらったことはありません。以前から時々「君は説明
がうまい」と言われたことはあります。
最近では、自我と自我意識の違いを要約的に説明して「アホの多いこのスレでは
君は普通はある」と褒貶どちらともつかない言われ方をしました。
実は、私は最高位(という人間)を理解していません。その言葉の意味を探ろう
とはしてきましたが。
それは、機械氏についても同じです。彼の語ることの意味をわかろうとはして
きました。が、どちらについても半分もわかっていません。
両氏とも興味ぶかいキャラだと推察されますが、理解はできないでしょうね。
613 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/08(火) 01:47:48
>>591 :「機械的唯物論」者 ◆nJ/26fCmis :2007/05/07(月) 23:55:00
>「観念論的根本欲求」を 抑えられないので・・・・・
おっしゃる通りなんです。
例えば人間の脳は「原因と結果」と言う論理から逃れられないようです。
それで因果応報という観念をする、輪廻転生の考えもその延長です。
その観念は物理学の因果論とそっくりなんです。
そっくりでも病気になったら呪術で治そうとは思わないよ?
>>612 ごめんなさい、リンク間違えてました。610は
>>601 に宛てたつもりでした。
丁寧にレスさせてしまってホント申し訳ないです。<(_ _)>
616 :
短パン :2007/05/08(火) 02:48:38
>>615 別に誤る必要はないぜ?
なんせ、ここのコテ俺全然知らないしwwww
あーーーーーはっははっははははははははっははははあh。
はぁ。。。。疲れたw
617 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 02:52:32
618 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 03:27:04
まあ、また貼っとくか 自分と原子レベルまで全く同じコピーの人間をを作ってもその人は 「私」ではない。なぜなら彼の意識と私の意識の中身が同じでも、私と彼の 意識は繋がっていないからである。 いま、自分と彼の頭の中で全く同じ反応が起こっている。自分にとって彼と自分の 違いは何か。第三者には全くわからない。しかし自分にはわかる。自分は自分を意識している からだ。しかし自分の意識の独自性を物理的要素で彼と区別することはできない。 なぜなら彼の脳内と全く同じ反応が自分の脳内でも起こっているからである。 自分にしかわからない自分の独自性。 みんながつまづいたのは自分と彼の違いが「私」以外何もないという説明を理解できなかったこと 二人いればそれは別人だと主張する意見があったが、全く同じ人間なので原子の配置としては違いはありません。 今回の場合例えとして出しているのでそのことはおいといて、今書いた意味でとってください
619 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/08(火) 04:47:53
>>618 >自分と原子レベルまで全く同じコピーの人間をを作っても・・・
よくこの様なコピーの話が出てきますが、現実は同じコピーなど作れるわけはありません。
不可能な事を仮定する議論は意味がありません。
「私」とか言うややこしい議論をしているときにそれをコピーして、ややこしさを増やすだけです。
>
>
620 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 07:47:19
仏教ではその違いを縁起という。無分別智であり、般若智だ。 しかし、人生は、謎があるから面白い。全部わかったら、退屈やろね。 このスレで頑固に「私」が存在するという俗物観念に執りつかれている人が多い。 驚きだ。永遠のストレイシープだな。
>>618 つまづいているのはあなたの方ですよ。
そこを通過している人たちがたくさんいるのです。
それに、自分にしか分からない独自性を他人に分かってもらうなど矛盾ですw
それは一生一人で抱えてください。
622 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 09:07:03
>>621 人生哲学じゃないぞw
何のことか分からんが、どうやって「通過」しているのか教えてほしいね。
623 :
紗南 :2007/05/08(火) 09:51:30
「世界」も「私」も多義語だからややこしいですよね。
>>622 どうやって?と質問する時点で人生哲学。
625 :
紗南 :2007/05/08(火) 09:54:22
浪花節だよ人生は
626 :
紗南 :2007/05/08(火) 10:11:37
212さんの名前を「魍魎」にします。
627 :
ネコの味方 :2007/05/08(火) 10:13:31
>>615 なんだって、昨夜、あんなに長いレスを書かせおって。いま、覗いてみたら
間違いだったって。謝って済む問題か。
ハラを切れ、モノノフなら。指を切れ、ヤーコーなら。どちらでもないのなら、
カミを切って、素人になれ。あっ間違い、坊主になれ。
628 :
ネコの味方 :2007/05/08(火) 10:21:40
>>626 それには、断固、反対。もし、そう名乗ったら、ネコ一族と
(縁戚関係の)トリ一族を結集して、不穏な動きをするから、覚悟しとけ。
629 :
紗南 :2007/05/08(火) 10:44:25
曩莫三曼多縛白羅多仙多摩訶盧舎多耶蘇婆多羅耶吽多羅多含満! 謹請甲弓山鬼大神この座に降臨影向し、邪気悪気を縛り給へ!
630 :
ネコの味方 :2007/05/08(火) 10:57:41
>>629 うーむ、結界をめぐらしおったか。
紗南、おぼえておれ。このままでは、済まさぬからな。
一堂のもの、退散じゃ。
最高位の言ってるのは「私」が「私」なのは「私」だからだ、ってこと? 「私」が発生する以前の世界は「私」に関係なく、 「私」が消滅した後の世界も「私」に関係ない、てこと?
>>596 似非科学信者さんへ
他人の成果・思想を拝借し、自分勝手に捻じ曲げて、
あたかも「俺様の主張だ」という独我論的態度に
愚かさを禁じえません。
日本語変じゃね?
634 :
唯ネコ主義 :2007/05/08(火) 14:26:42
>>632 僧兵を動員して唯物論者を皆殺しにすべきだとおもわない?
635 :
唯ネコ主義 :2007/05/08(火) 14:28:25
>>634 変じゃないよ。自分の愚かさを禁じ得ないと嘆いているだけだろ?
636 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 14:34:43
極度に政治的な人間が紛れ込んでるな
>>635 それでも変だよ、「愚かさを禁じる」って。
それともう一つ「あたかも〜」の使い方も変。
日本語を勝手にねじ曲げる独我論的態度だね。
638 :
唯ネコ主義 :2007/05/08(火) 14:56:48
>>637 自分が愚かなことを言っているに気づいていながら言うことを禁じ得ない
もう一人の自分『馬鹿な私が居る』という主張じゃない?
あたかも最高位のように『私はこれほど馬鹿だ』と露呈しながら主張する
態度だということじゃない?
例え幽霊が実在し、 集合無意識が実在し、 霊界があったとしても、 全てそれらには関連性が発生し、 原因と結果の連鎖でしかない。 結局、宗教やオカルトにいくら逃避した所で、 決定論からは逃れられない。
640 :
ネコの味方 :2007/05/08(火) 15:22:58
>>634 ネコに「唯」などという語は似合わない。もっといけないのは「主義」。
唯とか主義とかに惹かれる君の心は真性のパラノイアであり、ネコとは無縁。
「皆殺しにしちゃえ」も偏執的言辞であり、早々に君の思想にふさわしい名に
変えるがよかろう。
せめて唯イヌ主義にしたらどうか。その際は、紗南の許可を得るように。
なお「あたかも」が「という」にかかるのは初歩的な間違い。その教養のなさ
にもネコの名が泣いている。
拙者も非唯物論的立場ではあるが、パラノイアとは轡を並べとうない。
悪く思うな。
641 :
唯ネコ主義 :2007/05/08(火) 15:36:01
>>640 犬のイヌのくせしてネコの味方のフリをする奴が居るから困るw
ネコは唯物論でなけりゃいかんという主義。
食いたいからごはんをくれる人間に媚びる、観念なんてのに尻尾を振るのは
最高位並の馬鹿かおまえみたいなコもどきだけだろ?
642 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 15:40:22
イヌは3日間飼うと3年間飼い主のことを覚えている ネコは3年間飼うと3日間飼い主のことを覚えている というな。
643 :
唯ネコ主義 :2007/05/08(火) 15:59:35
>>642 そうだね。飼い主への忠誠心というのは観念論的発想。
国家への忠誠心とかと同じだね。
イヌは海軍として戦うことに喜びを見いだし、
ネコは海賊として戦うことに喜びを見いだす。
644 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 16:02:01
>>643 海賊といえども、ネコに集団行動は似合わないだろw
645 :
花魁 :2007/05/08(火) 16:07:09
>>626 あんまりコワそうじゃない魍魎なんでつがwww
>>639 決定論なんてニュートン力学までだろ。量子論を持ち出すまでも無く。
決定論は科学勃興初期の一時的な流行に過ぎない。科学は新しい分野ほど非決定論的。
647 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 16:22:28
>>646 判りもしないくせに知ったような口をきかないほうがいいよ。
648 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 16:30:56
>>647 相対性理論でさえ既に決定論的ではないんですよ。運動によって時空が歪む世界で、どうやって
世界が1個の精密な機械になり得ると思いますか?
649 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 17:45:11
>>643 能書きはもういいから、このスレにかなう何か一言、ほたえてみろ。
650 :
バード :2007/05/08(火) 18:04:59
212です。 ネコの味方さん、バードいただきます。 魍魎はちと。。。。。(内心ちょっと好き)
651 :
花魁 :2007/05/08(火) 18:15:09
>>650 お名前お決まりのこと、おめでと〜ございまつ。
とりあえず、マンセー。\(´ω`)/
最高位の主張 ・「私」の外の視点というのは原理的にまやかしだ 機械の主張 ・「私」というのはまやかしだ でおk?
653 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 19:35:32
654 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 19:57:53
古典かどうか知らないが、相対性理論は普通に考えてれば 決定論だろうな。アインシュタインだって、 「神はサイコロを振らない」って言ったそうじゃないか。
655 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 20:17:04
決定論は意味がないから、ぶっちゃけどうでもいい。
656 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 20:42:36
我々の感覚レベルの事象は決定論的に振舞う。 意味がない、などという決め付けはいかがなものか?。
657 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 20:58:06
>>652 >最高位の主張
>・「私」の外の視点というのは原理的にまやかしだ
どの程度原理的に、なのか怪しいけど、概ね合ってるはず。
観念論は自分の意識がすべてだからね。
>機械の主張
>・「私」というのはまやかしだ
行動を選んでるのかどうかという意味で?
それとも自分の意識があるかどうかを相手に厳密に示すことができないという意味で?
仏教派も私はまやかしと言ってるね。
660 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 21:06:01
君の身の回りにあるPC等は君にとってどんな意味がある?。 「全ては幻だ」なんて考えをしていない限り、意味は必ずあるだろう。
>>646 その通り。
物事はどうやっても確実に予測できない。
だからどんなことも否定できない。
やな世界だなー細木和子に対しても絶対に間違っていると言えないからね。
絶対に言えないことが分かった事自体、まだいい気もするけど。
662 :
660 :2007/05/08(火) 21:07:57
おっとっとw、>660は>657宛てねw。
>>612 両氏を理解しなくてもいいけど、物質について大まかにでも理解してほしい。
俺は 走り続けた 叫び続けた 求め続けていた 俺の 生きる意味を
665 :
652 :2007/05/08(火) 21:11:15
>>658 >行動を選んでるのかどうかという意味で?
>それとも自分の意識があるかどうかを相手に厳密に示すことができないという意味で?
「私」というのがある種の物質の働きに仮想的に名づけられたものだ、といってるように見えた。
ところで脳と心の関係は本と物語りの関係とパラレルだよね
667 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 21:14:45
差を認識できることが意味だからな 「重要な」とでもつけないと当てはまるものが多い 意味自体、いろいろ捉えようあるから何とも言えない
/⌒ヾ⌒ヽ. / 丿 ..ヾ / 。 人 ) (。...。_ .ノ 。ヾ。...丿 ( _ . .. ノ ) / / / ノ し / 三 ̄ ̄ ̄ ̄\ / ) と / / ____| . / / / > | / / / / ⌒ ⌒ | / / |_/---(・)--(・) | / / | (6 つ | / .. / / どうやら!!!!!!!!!! | ___ |/ . / <俺は増殖するらしい!!!!!!! \ \_/ / / / \_________ シコ \___/ / / / \ / . / シコ ( ) ゚ ゚/\ゝ 丿.../ \ ヽ、 ( / ⊂// \ ヽ / ⊂// ( \つ / | |O○ノ \ | | \ \ | ) | ) / / / / / / ∪ ∪
671 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 21:30:14
Kのブラックリスト登録スレッド。 (動物の愛護及び管理に関する法律に関する違法行為発言に依る)
672 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 21:31:51
>>667 無意味か?。君の周りにあるPCだの携帯だのは
自然発生したものだとでも言うつもりか?。
どう無意味だっだのか教えてくれないか。
673 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 21:40:46
674 :
ネコの味方 :2007/05/08(火) 21:42:53
>>650 うーむ、このスレでは一番、いい名前ではないか。これまでは「紗南」が
素敵なコテだと言われていたが、パードがずっといいね。それを恐れて、
紗南は君に“魍魎”を名乗らせたかったんだろうね。これも悪くはないが
“魑魅”との差異があいまいだろう?
ねぇ、君、俺の名前と交換しない?
日テレのアナウンサー
多義的にどーんと行こうや
自作自演だらけ
それはひどい 笑えるからいいけど
679 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 21:53:36
今日、意識が必然だと感じた。なぜなら正夢を見たから。
証明よろしく。
681 :
ネコの味方 :2007/05/08(火) 21:56:35
>>663 前スレだったかな?うるさ型の理系に物質の根源を執拗に問うたことがある。
むろん、それで「物質とは何か」がわかったわけではない。
もし、よければあなたの口からもう一度、おおまかに説明してくれないだろうか。
うまくいけば、このスレにふさわしい議論が広がるかもしれない。
>>681 理解しようとする主体自体が物質であるため物質に対して理解できないということ。
性質はその次です。
>>681 文系にも合ってるよ、物質の性質というのは。
さすがおまえら素晴らしくレベル高いな! このスレ永久保存版だな!
人がシコシコやってるとこを保存するとはいい趣味だな。
性だ
自画自賛だらけ
否定はしない。
>>671 ガクガク(((( ;゚Д゚))))ブルブル
690 :
ネコの味方 :2007/05/08(火) 22:36:47
>>682 物質とは何?と訊いている。答えられないのなら、無理強いはしない。
もう一つ、物質を物質として現出せしめたのは何? これには、ついに
答えてくれなかったなぁ。推測でもいいから、あなたは答えられる?
691 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/08(火) 22:46:25
>>648 質量がエネルギーに変わるE=MC2乗という等式の意味についてどれだけお判りですか?
「運動によって時空が歪む歪み方」は「(この)宇宙の端と別の端とで異なる可能性がある」と
お考えなのですか?
・・というより「(この)宇宙の端と別の端」を鳥瞰することは「4次元時空のクオリア」しか
持ち得ない「人類という哺乳類」には「絶対的に不可能」なのです。
人間が四次元時空しか認識できないというのは誤りだよ
>>690 >>682 「物質」の部分は適当に変えてもいいよ。説明しようとしてるやつ自体がそれ。
>物質を物質として現出せしめたのは何?
何かおかしい。現出させてるって何?
その感覚を起こしてるのが物質。
>>692 そうとうは言えない、ならいくらでも言える。
695 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/08(火) 23:05:50
>>690 ネコの味方さんの「物質」とは「世間一般の常識」(所謂基礎化学)のそれと異なるのですか?
@陽子1個(電荷+1)で出来ている「水素原子核」を周回する電子1個(電荷−1)・・安定
を『基礎』とする・・・
A陽子2個(電荷+2)で出来ている「ヘリウム原子核」を周回する電子2個(電荷−2)・・安定
B陽子3個(電荷+3)で出来ている「リチウム原子核」を周回する電子3個(電荷−3)・・安定
C陽子4個(電荷+4)で出来ている「ベリリウム原子核」を周回する電子4個(電荷−4)・・安定
D陽子5個(電荷+5)で出来ている「ホウ素原子核」を周回する電子5個(電荷−5)・・安定
・・・と延々と陽子(+電荷)数111まで続く「実在の元素」以外の何が「物質」だとおっしゃるのでしょうか?
当然「自然界の存在物である脳」を構成する要素は「(上記の)原子で構成される分子」であり、それら元素が
構成する原子が構成する分子間に働く「素粒子間力(これらも粒子として記述可能)」以外にいったい「何」の要素が
入り込む隙間があるのでしょうか?
696 :
考える名無しさん :2007/05/08(火) 23:06:13
物質とは、それと定義する為の条件を満たしているもの。 その条件は経験的に裏付けされている。
697 :
ネコの味方 :2007/05/08(火) 23:10:02
>>693 初めに物質があった、というのはおかしいでしょう? それとも、あなたには
おかしくない?
>>697 どっちが先かは知りようが無い。
自分は先に物質があった気がするというだけ。
その感覚自体が脳内の動的状態によるもの。
699 :
最重度知的障害者 :2007/05/08(火) 23:23:31
最高位などに負けるわけ無いだろ
700 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/08(火) 23:26:06
695の続きです ちなみに E陽子6個(電荷+6)で出来ている「炭素素原子核」を周回する電子6個(電荷−6)・・安定 F陽子7個(電荷+7)で出来ている「窒素素原子核」を周回する電子7個(電荷−7)・・安定 G陽子8個(電荷+8)で出来ている「酸素素原子核」を周回する電子8個(電荷−8)・・安定 H陽子9個(電荷+9)で出来ている「フッ素原子核」を周回する電子9個(電荷−9)・・安定 I陽子10個(電荷+10)で出来ている「ネオン原子核」を周回する電子10個(電荷−10)・・安定 J陽子11個(電荷+11)で出来ている「ナトリウム原子核」を周回する電子11個(電荷−11)・・安定 K陽子12個(電荷+12)で出来ている「マグネシウム原子核」を周回する電子12個(電荷−12)・・安定 ・・・延々と111(人工元素約20個を含む)までありますので、詳しくは「周期表」参照です。
>>695 >当然「自然界の存在物である脳」を構成する要素は「(上記の)原子で構成される分子」であり、それら元素が
>構成する原子が構成する分子間に働く「素粒子間力(これらも粒子として記述可能)」以外にいったい「何」の要素が
>入り込む隙間があるのでしょうか?
この思い込みこそが決定論。感覚的には支持してるけど。
知りようが無いんだから何とも言えない。
702 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/08(火) 23:35:33
EFGについては「素」が一文字余計でした。 謹んで訂正させていただきます。 ちなみにそれぞれ例えば @=水素原子 A=ヘリウム原子 ・ ・ G=酸素原子 ・ ・ ・・ということ(イコールであることということ)ができます。
703 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/08(火) 23:45:32
で、例えば 塩化ナトリウムNaClや塩化カリウムkaClが味覚クオリアの要素である 「味蕾」・・・舌にある感覚器官・・と接触すると(塩)からい・・という 「味覚のクオリア」を形成しますが・・それを「心地よいクオリア」であるか 「心地よくないクオリア」であるかに分類するのが『経験』・・指向的クオリア ・・なのです。
>>ネコ そこまで「物質」の定義にこだわる必要があるのかな? 専門の研究者でなければ、 「(日常の)経験的知覚として」【見えるもの・触れ得るもの】でいいんじゃない? (もう少し言えば、「場所を占めるもの」ということも可能かもしれない・・) 少なくとも、思考・『私』を考える際に、ミクロな定義が必要とは思えない。 せいぜい「神経線維レベル」でいいじゃないw 神経線維は物質として認めてもいいだろ? もっと精密に脳内の様相を知りたいというなら、もしかしたら必要になるかもしれないが、 それでも、分子以下のミクロなレベルは不用な気がする。(チャーマーズも似たようなことを言っていた)
議論ごっこしたいからだろ
706 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/08(火) 23:51:19
>>704 「周期(律)表」は少なくとも1900年以前から『常識』なのですが・・
その「常識」を踏まえてこその「相対性理論」であり「量子力学」である
・・と理解しております。
707 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/09(水) 00:14:42
>>704 その「常識」を踏まえてこその「大脳生理学」であり「分子生物学」である
・・とも理解しております。
708 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/09(水) 00:21:39
本日は脳内睡眠物質(メラトニン等)の蓄積により就寝させて戴きます。
709 :
ネコの味方 :2007/05/09(水) 00:29:46
>>695 物質との表現が常識的ではあるまい。物体、これでもまだ不自然だ。常識的と
いう言葉を使うのなら、モノもしくはコトである。私(たち)はモノ、コトと
関わるが、その関わり方は文明の数だけ、否、国家の民族の地域の、個人の数
だけ違いがある。その差異が私(たち)の生を特色づけている。
ところで、様々な表情をしているモノとコトを覗きこんだら、何がみえてくる
のか。それが機械氏の列挙したノッペラボウの陽子や電子だろう。
しかし、それは機械氏の言うクオリア(モノとコト)から“意味”を削ぎ落とした
残骸でしかない。それが物質の本質かもしれぬが、それによって私(たち)の生に
意味を付与することはできない。死体を覗いても同じものがみえるのではないか。
科学的認識の一切が無効というわけではないが、私(たち)の生(モノとコトとの
関わり)については沈黙するほうが無難だろう。つまり、その方法によっては
「世界」を包括することはできないのである。
710 :
ネコの味方 :2007/05/09(水) 00:42:19
>>704 私自身は全然、拘っていません。あなたの定義で十分すぎるほどです。
ただ
>>663 に軽く挑発されたので、逆挑発で返しただけです。それが
ここでのマナーでしょうw。
まさか前夜に続いて大御所がでてくるとは思わなかったので…。
711 :
考える名無しさん :2007/05/09(水) 00:43:59
>>709 最高位に代わる観念論の総帥であるか喝采!
あるいはわるいが単なるばか、ごめんなさいW
712 :
ネコの味方 :2007/05/09(水) 00:56:23
>>711 最高位からは単なる“普通”と言われています。その昔は基地外とも
罵られました。
差異共振シナジー性の理論的構成:二つの差異共振空間:超越的波動空間(MP空間)と物質的波動空間(量子空間) 差異的同一性を差一性(ないし差同性)と呼ぶ。すなわち、差一性Aと差一性Bとにおける 差異共振性(差異共振シナジー性)の実質はどういうものなのか。 A≠Bであり、同時に、A=Bであるという即非の論理がここで成立する。 通常の論理では、不等号の論理であるか、A=Aの同一性等価の論理が作用する。 即非における等価の論理では、差一性が共振している。ここで、図式化してみよう。 差一性1・差異共振性1・差一性2・差異共振性2・差一性3・差異共振性3・・・ 差一性をDifference Identity(DI)として、差異共振性をDifference Resonance(DR)とすると、 DI1-DR1-DI2-DR2-DI3-DR3-・・・・・ となる。簡略化して、差一性を同一性Iとして、差異共振性を共振性Resonanceとすると、 I1―R1−I2−R2−I3−R3−・・・・ となるだろう。そして、MEDIA POINT(以下、MP)の理論を挿入すると、 I1-MP-I2-MP-I3-MP-I4-・・・・ となるだろう。MPは、普遍共通だから、序数をつける必要はないと考えられる。Iを元に戻して、差一性にすると、 差一性1−MP−差一性2−MP−差一性3−MP−差一性4−・・・ 結局、差一性Aと差一性Bとは、メディア・ポイントを介して、共振するのである。 ここで、即非の論理が成立するのである。だから、即非論理をメディア・ポイント論理(MP論理)と呼ぶこともできよう。 とまれ、これで差異共振性の意味が明快になったと言えよう。 個と個とは、メディア・ポイントを介して、超越的に共振するのであり、このときには、 新たな超越的エネルギーが放出されるのである。しかし、これは、エネルギー保存則から、 消滅するエネルギーである。生成消滅的エネルギーである。 だから、思うに、イデア界・超越界においては、イデア・超越的差異共振性のデュナミス、即ち、 ポテンシャル・エネルギーがあり、それが、メディア・ポイントを介して、エネルゲイア化・エネルギー化すると考えられる。 つまり、m(ic)*(-ic)⇒E=mc^2というエネルギー公式で考えると、⇒の左辺は 超越界・イデア界のデュナミス(ポテンシャル・エネルギー)を意味して、⇒の右辺がエネルゲイアではないだろうか。
714 :
考える名無しさん :2007/05/09(水) 01:07:08
>>713 そこまでは完全に了解ですが・・次にどう続けるか・・・・のモンダイが?
>>712 で、最高位ちゃまの遺言はどうだったの?
717 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/09(水) 03:37:11
>>691 :「機械的唯物論」者
>E=MC2乗
>「(この)宇宙の端と別の端」を鳥瞰することは・・・「人類という哺乳類」には「絶対的に不可能」なのです。
おっしゃるとおりです、ならば「E=MC2乗」は「鳥瞰出来ない」人類の幻想的観念に過ぎないわけですね。
718 :
考える名無しさん :2007/05/09(水) 04:07:43
あんたら「物事の本質を追及する」っつーのが至上命題だとする 哲学の本質を忘れてないっスか?。
719 :
考える名無しさん :2007/05/09(水) 08:53:49
>>718 「実存は本質存在に先行する」と言った実存主義哲学によるとそうではない。
哲学の至上命題はやはり「方法までを含めた真理の探究」だろう。
720 :
考える名無しさん :2007/05/09(水) 12:09:58
>>704 >>706 周期表なるものも観念にすぎないんだけどね。というか、「これほど観念的なものもない」と言える。
陽子数で数えた周期表は、同位体を含んだ質量順ではない。
また、電子の軌道を含めた原子の直径順でもない。
とりあえず電荷量に着目して、原子の特性が周期的に現れることを示したに過ぎない。
実際に、周期表はいろんな形態が考案されている、教科書に乗ってるのは一番単純な観念の1形態だよ。
何かの特性に着目して分類するなどというのは人間だけが持つ観念の典型例だ。
物質を概念や観念を使って捉えなおし、再表現する行為が科学なのに、現実は物質だけだという。
メンデレーエフは、周期表をポーカーのカードのように捉え、並べたカードが欠けている、発見されてない空白があると考えた。
つまり、概念の方を先行させたから周期表ができたんだよ。純粋に物質だけを見ていたら周期表など出てこない。
これが電荷量順に並べたものだったのだということも、勿論後になって判った事。
知らないんだろうね。
目に見えるものだけが〜真実だなんて思わないで〜♪。
722 :
バード :2007/05/09(水) 13:01:49
724 :
考える名無しさん :2007/05/09(水) 13:29:20
>>719 おいおい、実存主義如きがいつ哲学の主流になった。
725 :
考える名無しさん :2007/05/09(水) 15:43:40
>>720 最近売り切れになったニュートンの周期律表特集号程度の知識で偉そうに言うなよw
726 :
考える名無しさん :2007/05/09(水) 15:54:11
>>724 自分で勝手にでっち上げた本質なるものを叫ぶ頭の悪い輩は信用できないということだよ。
水素の本質や酸素の本質や水の本質とかがくだらないモンダイ設定だということがわかんないかな?
それらにホンシツが無いように、民主主義や国家や自由や平等にもホンシツなどは無い。
727 :
花魁 :2007/05/09(水) 16:16:01
>>726 言わんとする感情にある種の共感を持つ反面、
「本質」探求をネガティブに考えすぎるのもどうかという気もします。
>水素の本質や酸素の本質や水の本質とかが
>くだらないモンダイ設定だということがわかんないかな?
とありますが、
水素=H2、酸素=O2、水=H2O、みたいな自然科学的命題も、
本質探求の産物だったのでは?
貴方は自然科学に対して、いかなる見解をお持ちか
728 :
考える名無しさん :2007/05/09(水) 18:00:13
>>727 だから「水素の本質」「酸素の本質」「水の本質」とやらについて
あんたはそれぞれ何だと言うわけ?
それは「ずばり」と言わないで、もにゃもにゃ神学論争に持ち込むのが観念論者の習性かぃ?
729 :
考える名無しさん :2007/05/09(水) 18:20:39
本質直観を駆使する。そうすれば、自ずと本質に辿り着けるだろう。
水素を水素たらしめているもの(要素・性質)、 酸素を酸素たらしめているもの(要素・性質)、 水を水たらしめているもの(要素・性質)。 それなくしては「水素」と呼べなくなるもの(要素・性質)、 それなくしては「酸素」と呼べなくなるもの(要素・性質)、 それなくしては「水」と呼べなくなるもの(要素・性質)。 (※これらは、「らしさ」という概念と被る部分がある・・・?) さて、それらはそれぞれ何なんでしょうね・・・・w >>ALL
731 :
考える名無しさん :2007/05/09(水) 18:31:50
要素や性質がそれを構成しているのでは、勿論ない。 炎は光と熱を発するが、それらが炎を炎たらしめている訳ではない。 例えば絵画、例えば彫刻、例えば映像……、それらもまた、炎なのだから。
732 :
考える名無しさん :2007/05/09(水) 18:55:08
観念論者はどうしても神学論争に走りたがるw ああだこうだ言ってるうちに「個物の背後には個物を個物たらしめるホンシツがある」 その「ホンシツ」は誰の意志で作られたのか?それは神である・・ということになるw
733 :
ネコの味方 :2007/05/09(水) 19:46:20
>>722 覚えているよ。
「気前よく与えたあとで悔ゆドケチ」の心境。ボギーを名乗らない?
734 :
考える名無しさん :2007/05/09(水) 21:49:36
ソフィストとデマゴーグ、フィロソフィーとデマゴギーを 区分する明快な規定はないものかね?。
___ /∵∴∵\ /= =-:',:.-= =-\ │ "ー=〓=-.'` │ 「自作自演自画自賛美辞麗句最終学歴 プフヒャヒャヒャ゚ンチチン大プ゚チュ \ / ップ゚シュッ゚プチュップ゚シュッ゚゚チュッ学部卒」・・・・・ _,. -‐' 、_ ヽ、_ ' ヽ、 ,r'´ `''‐ ニ= '´,..-‐' ``ー、 / ', ', ヽ l l l ', | 、 l l l ./ ヽ、 人 ノ l i | `ー ---‐''''´l `ー─‐i' l ', l ! / l
736 :
考える名無しさん :2007/05/09(水) 22:11:34
最終的に機械的自作自演者の一人芝居ということで意見が一致したということでおk?
737 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/09(水) 23:17:18
>>727 >水素=H2、酸素=O2、水=H2O、みたいな自然科学的命題も、
>本質探求の産物だったのでは?
物理・化学で「探求」されている(されてきた)のは「本質」ではなく、
「真の自然界(外界)の姿」なのです。
「本質的には・・」という言い方は、相手を煙に巻くために観念論者さん達が
用いる(神学時代から伝統的に継承されている)「言葉の技術」にすぎません。
「では『本質』という概念の本質は何ですか?」と聴きたくなってしまいます。
738 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/09(水) 23:19:16
>>736 そういう結論らしいということなので、本日は就寝させて戴きます。
739 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/09(水) 23:40:09
宗教を批判すれば、唯物論が正しいという事になると勘違いしてる人がいるな(笑 根本的に、哲学的な基礎がなってないんだよ
740 :
考える名無しさん :2007/05/09(水) 23:48:44
人間には永遠にわからないことだ
741 :
考える名無しさん :2007/05/09(水) 23:53:37
本質を探求する者は、本質について尋ねはしない。 なぜなら、それこそが欺瞞の証明であるからだ。 我々にできることは、日常の経験をこそ直視し生きること。 その姿勢こそ、何より本質的なのだ。
742 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/09(水) 23:55:00
>>737 >「では『本質』という概念の本質は何ですか?」と聴きたくなってしまいます。
『本質という概念』も「聴きたくなってしまいます」というのも、どちらもキミという主観性の『観念』ではありませんか?
何度も言いますが
『私』という限定された存在性であるところの、その主観性を唯物的に記述しきる事は不可能なのですよ
科学によって解明できるようになる というのは思い込みであって、そこには論理的飛躍があるのだという事を、早く理解しましょう
743 :
考える名無しさん :2007/05/09(水) 23:55:06
>>739 最高位!とうとう宗教に目覚めたか?ようこそ真理の世界に!
744 :
考える名無しさん :2007/05/09(水) 23:57:42
>>741 いやいやそれは本質的に本質の概念を誤解しているよw
745 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/10(木) 00:01:25
>>741 キミはまず、自分が水槽脳でない事を証明してみたらどうかな?(笑
>>743 明日、病院に行って来て下さい
>>742 >『私』という限定された存在性
が宇宙とか世界について偉そうに自分独自の理解を披露したり主張したりするのか?
>>742 が
>>737 に対して必要なレスでない件についてw
最高位が絡む必要の無い内容なのになw
さみしいのかな?
>>744 最高位は死後も『私』が存続すると信じている時点で最初からモロ宗教だよw
749 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 00:12:54
それって『モーロ真理狂』だったりしてw
750 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 00:16:16
例えば、自身が水槽の中に浮かぶ脳である可能性、 例えば、蝶の夢である可能性、 しかし自身に証明の意志がないことで、それは経験的に否定される。 疑惑がなければ問いはなく、問いがなければ答えも求めないからだ。 そもそも証明を勧めること自体、滑稽に違いない……。
751 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 00:16:52
>>747 それは最高位の頭が『私』と拮抗して混乱ちまったからだと思うよw
原子の本質は、 1.以前には存在しなかったが、それより下位の構造物から生まれた 2.時間経過と共に種類を増やした 3.ある程度種類を増やしたところで、上位構造の基礎になった 言語に例えれば文字かな。 分子に当てはめても進化構造が1ランク違うだけで同じ、単語に当てはめても同じだけど。
753 :
バード :2007/05/10(木) 00:22:44
大事な人が亡くなる苦しみを知っているつもりで ある。しかしその本質を知る時は。。。。。。 辞書に本質は書かれない。 んじゃない。
754 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 00:35:39
>>751 じゃ
原子の本質は、=単語の本質は、=分子の本質は
1.以前には存在しなかったが、それより下位の構造物から生まれた
2.時間経過と共に種類を増やした
3.ある程度種類を増やしたところで、上位構造の基礎になった
ってことになるが、それが本当に本質なの?と言いたくなる
>>754 喜び、悲しみ、怒り、etc...
などの感情(下位構造)が種類を増やしていって、一つに統合されると心(上位構造)になるんだよ。
いろんなモノに当て嵌めてみて、当て嵌まらないものを探してみては?
756 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 00:47:38
>>755 じゃ
原子の本質は、=単語の本質は、=分子の本質は(要するに いろんなモノの本質は)
1.以前には存在しなかったが、それより下位の構造物から生まれた
2.時間経過と共に種類を増やした
3.ある程度種類を増やしたところで、上位構造の基礎になった
ってことになるが、それが本当に本質なの?と言いたくなる
>>756 俺が考えたんじゃないし、これはダイジェスト版だしなあ・・・
※「下位の構造物」の”物”は余計だな。
758 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/10(木) 01:36:39
>>746 キミがしてるんじゃないのか?
>>747 今日INして、初めに目に入っただけだが?
>>748 私はべつに、信じているわけではないが
キミは存続しないと『信じている』のではないのかね?
>>750 経験というものは、本当に経験しているのかどうか不確実である
だが、いかに考えても
ひとつだけ確実な事がある
それは、私は存在している という事だ
759 :
唯識 ◆Vidya0E1.s :2007/05/10(木) 02:07:32
最高位さんへ 「私が存続する」という考え方は 仏教ではあまりよろしくありませんね。
760 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 02:09:41
経験することに疑問を挟むのならば、自他の言動もまた、虚無の底に沈んでしまう。 ならば「私」の存在性を主張すること自体に奇妙な矛盾が生じるだろう。 そしてまた、不可解な疑問が残る。 なぜ「歩く」でも「机」でもなく「私」なのか。 「私」を選択することこそ、日常経験を経て成せることではないか。 また、言語表現に頼る事こそ、経験の信頼性を認めている証拠なのだ。
761 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/10(木) 02:16:00
>>759 それがどうしたんですか?
>>760 経験するためには
まず経験している存在
すなわち、私が存在しなければならない
762 :
唯識 ◆Vidya0E1.s :2007/05/10(木) 02:23:55
>>761 最高位さん
そこから最高位さんの言われる
「唯物論は間違い」がどう引き出せるかですね。
最高位さんは勘違いされているようですが
私は唯物論を否定しているわけでは無いです
しかし唯物論支持者でもありません。
「物」をいかに捉えるかだけの違いですね。
ただ最高位さんに同意する点は
「私は物理的に作れない」というところです。
しかしこれが唯物論のコアな部分なのでしょうか?
なんか、どんどん決定論から外れていってないか?
764 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/10(木) 02:29:11
>>762 唯識さん
何を勘違いされてるのかわかりませんが
『存続』と言ったのは
>>748 の人ですよ?
いつもながらですが
しょっぱなから、わけがわかりません
765 :
唯識 ◆Vidya0E1.s :2007/05/10(木) 02:31:32
766 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 02:31:44
存在を表現する為には経験を経なければならない。 表現できない者は周囲から存在を認識されない、つまり存在しない。 また、「私」の存在性は経験の信頼性を否定していない。 同様に、「私」の存在は重要ではない。 「私」はいないと表現しても、何ら問題はない。
767 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/10(木) 02:47:46
>>765 あなたはいつも質問してきますが、まず自分の考えを述べて下さい
>「物」をいかに捉えるかだけの違いですね。
具体的に、どう捉えているのでしょうか
どう捉えているから、唯物論に対して否定も支持もしていないのか
いかなる理由からなのか を論理的に教えて頂きたい
あなたの発言は、いつも抽象的でイライラします
もっと端的に喋れないんですか?
>>766 >存在を表現する為には経験を経なければならない。
表現方法を学ばなければならないからね
しかし、表現できるかどうか と、存在するかしないか とは別問題だ
>また、「私」の存在性は経験の信頼性を否定していない。
何を勘違いしてるのか意味不明だが
べつに否定などしていない
否定する必要もない
しかし経験に、確実性など最初からありはしない
>「私」はいないと表現しても、何ら問題はない。
「私」はいないと表現するのは、いったい誰なのかな?
いいかげん、病院に行って下さいね
768 :
唯識 ◆Vidya0E1.s :2007/05/10(木) 02:50:06
>>767 最高位さん
いえいえ、今回は最高位さんの方から
お答えいただきたい。
769 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/10(木) 03:01:15
770 :
唯識 ◆Vidya0E1.s :2007/05/10(木) 03:05:44
最高位さん
>>748 さんの書き込みについてですよ。
771 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/10(木) 03:35:15
>>732 :考える名無しさん
>「個物の背後には個物を個物たらしめるホンシツがある」
別に神学でもなんでもないとおもうが・・・・?
木の机とスチールの机には普遍的な机としての本質がある、と言う言い方は自然でしょう。
>その「ホンシツ」は誰の意志で作られたのか?
人間が皆で定義したのでしょう。
くれぐれも「木」や「スチール」と言う物質と「机」と言う機能を混同した議論をしないように。
772 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 04:13:09
よせよせ、最高位は「私」っていう絶対存在を作り出しちまった宗教家。 >748さんの言う通りだよ。 「私」を彼自身が明確に立証する事はない。 自ら言及しない事で、持論に反証可能性を持たせない様にしているのさ。 相手するだけムダだね。
>>772 まだ宗教とは何かわかっとらんようだな、糞が。
ある物質の本質とは、それを知覚する「私」に対する「影響」という観点が一つ。
もう一つは、物質そのものの構成と成り立ちに関するもの、という観点が一つ。
二つの観点には「卵が先か鶏が先か」「生命か虚無か」「意志かそうでないか」という対立がある。
後者の観点だと科学というものは「(分割不能な)ある一つのもの」「ホンシツ」への旅なのか?
どうして「酸素」と「水素」が別々の存在としてあってはならないのか、
「それ」と「これ」が別々にあることを人は許さないのか?
>>732 無論「ホンシツ」が創られることも破壊されることもない。
誰かの意志も介在しない。意志があるとしたら「それ自身の意志」としか言いようがない。
動くとしたら自律的に動くしかない。
そうでなければ、それは「ホンシツ」ではない。
>>772 「物質」という絶対存在を前提とし盲信している人を宗教家と呼ばないのだろうか?
775 :
バード :2007/05/10(木) 08:28:56
>>774 さんに同意です。
なぜ我々は見分けがつくのか。付けているのか。
そう付けるのか。
なんてね。
776 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/10(木) 08:42:21
>>770 >>748 については
>>758 でコメントしてますよ
>>772 「私」というのは、極めて一般的だろ
べつに宗教なんて関係ないぞ(笑
で、そう考えているキミは、いったい誰?
今後、一切「私」という言葉を使わずに生活するかい?(笑
>>776 信じてないっていうことは
否定してるってことだよな
コメント楽しみw
>>776 >今後、一切「私」という言葉を使わずに生活するかい?(笑
まだ、こんなこと言ってるのか?
日常の「私」と、認識基点としての『私』を弁別てかたってくれよw
あなたの、そういう牛若丸的なところが、誤解と反発を招いているんですよ。
ラベルが同じでも中身は違う、なんてのは問題ですよw
あ、しが抜けてる・・w
781 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 08:59:04
さて履歴書でも書くか
782 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 09:35:38
>>779 >日常の「私」と、認識基点としての『私』を弁別してかたってくれよ
最高位にそんな難しいことをいうのはかわいそ
1.私が生まれる以前の事象。 2.私の五感の届かない空間(世界の大部分)の事象。 3.未来の事象。 私はこれらを経験していないが、その存在を信じている。これは不合理か? なぜそのようなことが可能なのか?
>>777 >最高位(だろ?)
信じてると言っているわけだと言ってるわけではないと言っている。
わけだよねw
785 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/10(木) 09:44:20
>>777 べつに信じているわけではないが、否定しているわけでもない
>>779 素人くん
いい加減、自演の牛若丸はやめたらどうなの?
日常の「私」は、認識起点の『私』だよ
同じものを指す
ただキミらは、これを違うものだと思い込んでいてね
いちいち別けて説明されないと、わけがわからない という
異常なまでの知能の低さを持っていてね
「認識が極めて浅い」というだけの話なんだよ
日常の『私』も、認識起点の『私』も
キミは「存在しない」というんだろ?
じゃぁ、今考えて話しているキミは誰なの?何なの? って話だよ(笑
人間の根本的疑問は唯物論ではやはり解決できないか・・・
787 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 09:49:47
>>785 >
>>777 >べつに信じているわけではないが、否定しているわけでもない
無理するなよ、あんたの大事な『私の存在性』が死後も永遠に続くと信じたいからこそ、
顰蹙を買いつつも馬鹿な屁理屈をこねくり回してきたんじゃない?
>>785 >じゃぁ、今考えて話しているキミは誰なの?何なの? って話だよ(笑
強いて言えば、水槽の中のあんたの脳に送ってる電気信号の1パターンキャラだな
>>785 哲学者ならはっきりしたらw
信じていないと否定はしない
どういうことw
それを言ったらぼろが出るんで誤魔化してるんだろ 唯識はそれを見越して遠まわしに聞いてるんだろ。
791 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/10(木) 10:40:45
>>787 ん?
そう信じたいのが、キミだろ(笑
そう思った根拠は何なの?
>>788 >強いて言えば、水槽の中のあんたの脳に送ってる電気信号の1パターンキャラだな
だから
その『あんた』というのが問題なんだよ
それがわかってないから知能が低い って言ってる訳だ
キミが『あんた』だと思っている『私』を物理的要素で作成してみなさいよ
それは絶対に無理なんだよ
唯物論は間違いです
>>789 そんな事もわからんのなら、哲学なんて無理だから
やめた方がいいよ
>>790 唯識は、何を遠まわしにしてるのかさえわからんほど
根本的に、会話になってないだろ
ハッキリ言わんから、何が言いたいのか、サッパリわからん
792 :
紗南 :2007/05/10(木) 10:51:08
あまりにもびっくりして、どこに何を書いたらいいのかサッパリわからんですし、 よく知らない人ですが、ウルトラマンコスモス(26)、ご結婚おめでとうございました。 祝。
793 :
ネコの味方 :2007/05/10(木) 11:11:15
>>792 それにしても、加護はおしいね。彼女は世間的にはアホなのだろうが、
あれくらいアッケラカンとしているほうがあの世界では生き残れる。
彼女の喫煙がばれなければ、今回の事態はなかったのだろうか。そこに
因果はあるやなしや?
おやおや、今度は日常に使う「私」という言葉は皆同じ意味と来たかw AIに私と言わせれば私は作れるなw
795 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/10(木) 11:49:59 0
>>794 はぁ?
とにかく「私」と聞こえるように音が鳴ればいいと思ってるのか?基地外
だから、唯物論者は知能が低い と言うんだよ
というか、ちゃんと学校池よ
私が私と言った。 彼が私と言った。 同じ私である。弁別の必要はない。 物理的に私を作ろうとした。 それは他人になった。 その他人が私と言った。 その他人は私である。弁別の必要はない。
797 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/10(木) 12:01:12 0
>>796 >物理的に私を作ろうとした。
>それは他人になった。
他人になるかどうかは、わからんぞ?
単に、死体っぽい物体が出来上がるだけかも知れない
他人になる と思い込むのは、論理的飛躍だという事だ
確実に言える事は
「少なくとも、それは絶対に私ではない」という事 だよ
論理的飛躍は、ダメ、ダメ
798 :
紗南 :2007/05/10(木) 12:02:04 0
紗南は「紗南世界」しか知らないので、「あの世界」のことは分かりませんが、 噂では、二度目の喫煙報道で元の所属プロダクションを解雇されたことに因り、 現在、芸能プロダクション数社が加護AI争奪戦を激しく繰り広げている真っ最中らしいです。
>>795 とにかく私は絶対だと連呼させれば知能の高い最高の哲学AIだねw
>>797 そうだね。
君が死体っぽい物体ならば出来たモノも死体っぽい物体になるかもねw
801 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 12:11:39 0
>>796 それでも取り敢えず意味は通じますけど、
「まずはじめに私がありまして…」という認識論は成り立ちませんよね。
「まずはじめに世界がありまして…」になってしまう。
>>798 へ〜、そおなの(´・ω・`)。加護ちゃんって、まだ人気あるのね。
ちなみにオイラは昔、
♂ながら「辻ちゃんに似てる」と言われたことがあるよ。
802 :
花魁 :2007/05/10(木) 12:13:31 0
>>797 君の遣う私と、私の遣う私を弁別の必要がないのならば、
論理の飛躍はないねw
>>801 「まずはじめに私がある」と
「まずはじめに世界がある」が背反とは限らないんじゃない?
805 :
花魁 :2007/05/10(木) 12:27:57 0
>>804 その真意はどこにあるのでしょう?
この文だけからだと、いろいろな解釈ができるように思えるのですが。
「認識の基点」という意味で考える限りは、
背反するように思うのですが。
>>805 認識が相互作用であるならばそれでも背反しないんじゃない?
そうではなく一方的なものであるならば背反するかもね。
その場合、私は決して何者にも認識「され」ないし、決して語「られ」る事はないだろうね。
807 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 13:30:08 0
>>791 >キミが『あんた』だと思っている『私』を物理的要素で作成してみなさいよ
だからこの旧式の「水槽内の脳」である『あんた』以外に今俺が電気信号で「世界」を造ってやってる
相手は居ないんだよ。隣の新型の「水槽内の脳」はもっとマシな反応するしw
うんこしたたくなったので、自演を一旦止めてもいいですか?
で?どうなの 信じるの?信じないの? 否定するの?しないの? 最高位 もうそろそろ追い詰められたなw
810 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 13:39:17 0
>>791 >そう思った根拠は何なの?
『私』モンダイのプロである筈のあんたが「死後にも『私』は存続するか否か?」
という明瞭な命題に「イエス・ノー」で答えられないから。
要するに『私』が消滅すると認めるのが怖いんだろうが、それが=宗教だとも知ってるので
イエス・ノーをうやむやにしているだけなんだろ?
ずばり、『私』についての専門家として「イエス・ノー」で答えて欲しい。
811 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/10(木) 13:49:22 0
>>807 というか
水槽脳というのは、私に当てはめるのではなく
キミ自身、自分自身に当てはめて考える思考実験だぞ?
>>809 アホ
私は死後の世界は、あるんかないんか知らんよ
べつに信じてもいないけど
無い として否定する根拠も知らない
わかりまへん
キミはホントに知能が低いな
ちゃんと学校に池よ
>>810 死後の世界は、私の専門ではありませんよ?
なんで、そんなに宗教的な事柄に関心があるの?
それなら宗教板にでも行けば?
812 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 14:00:14 0
>>811 『私』『私』と専門家面してわめくわりに何にも答えられないのは、死後に消滅するのが怖いからだろう。
では、意識不明の重体の時や熟睡時は『私』はあるのないのか?
つーか、おまえの『私』なんてデカルトのコギトなんてものより単純なガキの「ぼくちゃんの心」のことか?
813 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 14:05:13 0
>>811 >水槽脳というのは、私に当てはめるのではなく
>キミ自身、自分自身に当てはめて考える思考実験だぞ?
旧式の水槽脳であるお前には自分の状況を説明するインプットを行っても
理解は出来ないだろうことは容易に予想されていた。旧式だからそろそろ廃棄処分だが、
水を抜くときは知らせないでやる。それが俺に出来るせめてもの情けだな。
814 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/10(木) 14:10:23 0
>>812 ちゃんと内容を理解してから喋りかけてこい基地外
815 :
紗南 :2007/05/10(木) 14:30:01 0
紗南は死んだ経験がないので、紗南の死がどういうものかを、 ずばり!よく分かりません。 あくまで他人や他の動物の死から想像することしか出来ないです。 紗南を含めた世界内の、紗南の「領土」が剥奪され、「国民」が離散して、 魂たる紗南の元君主が一人ぼっちになって世界を彷徨う事になる、というのであれば、 新たな人生をエンジョイする道も、再度、紗南を再建する道も、残されています。 ご心配なく。紗南はどうにかなりそうです? ですが、紗南は、紗南の『私』を、紗南の世界(紗南世界)の「可能性」のことなのではないか、 と思っている。(0%<可能性<100%) 紗南の『私』が消滅すると言うことは、⇒⇒紗南の可能性が無くなる(どうにもならない) と言うことなのですか。 それは紗南にとって、「怖い」というより、想像も出来なくて、甚だ「きもい」とか「不安」です。 だけど、その感情について、宗教と結びつけようと言う気とか、そんな感じ、とか、みたいなー、 は無く、「『私』モンダイ」について考える際のヒントを与えられているような気がしてならないのだ?
816 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 14:35:30 0
>>815 >紗南の『私』が消滅すると言うことは、⇒⇒紗南の可能性が無くなる(どうにもならない)
>と言うことなのですか。
>それは紗南にとって、「怖い」というより、想像も出来なくて、甚だ「きもい」とか「不安」です。
誰の『私』についても専門家である性行為じゃなくて最高位師が、きっとお答えくださいます。きくように
817 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 15:22:44 0
結局自分がどう思うかなんだなあ。
最高位逃げ場失う プップッ
819 :
花魁 :2007/05/10(木) 15:47:57 0
>>806 なるほど、おっしゃりたいことの内実が大体わかりました。
ただ、
>>801 でオイラの言った「私」というのは、
806で言われている「一方的な」ものなんです。
806氏は認識するもの、語るものとしての「私」が
同時に認識されること、あるいは語られることはあり得るのかという
微妙な問題を提起しておられるのですね。
オイラは今でもなお、それは語られ得るという方向に
信頼性をおいているのですけれども、
微妙な問題ですから反論も多いかと思います。
おや? 末尾に変な数字が・・・w ID導入も近い?www
0てなんだろう。
最高位自治板で晒されてるな。 なんかPCか携帯からの書き込みチェックらしい。
自治板って何ですか。
824 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 16:52:34 0
「今後、必要となるのは、「表象の精密科学」とでも言うべきアプローチであると私は考える。
ここで、「表象の精密科学」とは、従来、数学的言語だけに求めてきた精密さ(exactness)を、
自然言語、さらにはクオリアや志向性といった心的表象にも見い出し、物質、言語、心的表象を、
一つのシームレスな構造、世界観の下につなぐことである。そして、世界の発展を記述する
言語としての数学的言語の役割を見直し、その背後にあるより深い言語構造を見い出すことである。
その時、世界が従っている秩序を本当の意味で与える、普遍的な「言語的世界」が視界に入ってくるだろうと私は考える。
もちろん、「表象の精密科学」の具体的な道筋は、まだ誰にも見えていない。ただ一つ確かなことは、
数学的言語万能の従来の科学的文化も、あるいは人間の主観を安易に前提とする従来の人文的文化も、
世界の真実の一端しか捉えていないということである。スノウの指摘した二つの文化の対立という社会学的な問題は、
物質、言語、心的表象を巡る私たちの世界観が分裂しているという、より深刻な問題の現われなのである。」
http://www.qualia-manifesto.com/essays/gengo2.html 意識のなぞ
http://www.qualia-manifesto.com/nikkei.html
,/”” ”ヽ ,/ __ _ ゛ / /““ “” ヽ | | / -━ ━.| | | |. “” l “ .|.| (ヽ | r ・・i. || / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ りリリ /=三t. | < 話はガラッと変わりますが |リノ. | \ ID導入したほうがよいですか? | 、 ー- " ノ \_______________ _ _ __ _ / ”ー-- " ヽ____ _/ (⌒) ヽー ___ / ノ ~.レ-r┐ ヾ ヽ / _ノ__ | .| ト、 ヽ 〃 | i 〈_ `-Lλ_レ_u|_/ | / y  ̄`ー‐---‐_ / / /
827 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 17:30:50 0
IDべつにいらない
828 :
ネコの味方 :2007/05/10(木) 17:37:17 0
>>798 知らないと言いつつ、君はけっこう「あの世界」に詳しいではないか。加護の
少女なのかオバサンなのか(不思議性)、アホなのか賢いのか(両義性)、一言で
いえば“紗南性”は「あの世界」では根強い需要がある。
ただ、その方向は限定されそうだ。素人さんが喜ぶジャンルで大成する可能性
はある。その後、飯島愛のように表舞台に復帰する途もなくはない。
829 :
ネコの味方 :2007/05/10(木) 18:08:34 0
>>唯識さん 最高位の「私」(存在性・主観性)のどこが仏教徒の唯識さんに受け入れがたい のですか。「私は仮象である」にもかかわらず、最高位の言説はそこに拘泥し 執着しすぎるということでしょうか。 もし唯識さんがみていなければ、とりあえず(失礼w)素人さんでもいいので、 説明していただきたい。みていて、どうもわからない。 あっちのスレでも述べたけれども、最高位は『死』を語らない。死後を語った ことは、たぶんあるまい。『死』が空虚、あるいは非在であるのを熟知している からだろう。それらを語れば、論理は空転する。哲学を逸脱してしまう。その ことを彼はよく心得ているのではないか。
最高位死すとも、私は死せず!w
831 :
パップラドンカルメ(´・ω・` :2007/05/10(木) 18:27:59 0
すべて必然かと思えど、点と点が結びつかぬ
>>826 導入に決まっとるぞ
こっちは何年自作自演に悩まされてると思ってる
>>829 >最高位は『死』を語らない。死後を語った
>ことは、たぶんあるまい。
「何の」死についてだ?
最高位の理論によれば、「私の存在性はこの体の物理的性質によらない」のだから、
この体が死のうとどうしようと、「私」がなくなる理由がない。
だから「この体が死んでも私はなくならない」と断言しなければならないのだが、
そうするだけの自信がないので逃げている。
ついでに「この体の死は経験したことがないからわからない」というのなら、
「この体のコピー」も経験したことがないのだから同じようにわからないと
いうべきで、それについてああだこうだ断言するのは矛盾。
834 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 18:41:46 0
なんで悩むの?
>>830 自分の存在性の謎はなあ〜むずいなあ。
でもこれだけで、人は神になれず(=客観世界は完全解明不可能)を理解されるとはすごい威力だな。
だが、ここで重要なのはだ、
『世界を完全に客観的に解明できない』ということは
『自分を完全に客観的に解明できない』ということと同義だということだ。
つまり『世界=自分』という図式をまず理解せなあかんのや。
自分と世界の二つを対峙させてはあかん。同一と見る。
てことは、これは価値論と存在論もふくまれてるちゅーことやな。
836 :
ネコの味方 :2007/05/10(木) 18:46:01 0
>>832 自作自演に悩まされるとはどういうこと?
だれが何をしようが、全然、悩まないけどね。これぞ、いま流行りの
“鈍感力”というやつか。お主もそれを少しは鍛えたほうがいいよ。
837 :
ネコの味方 :2007/05/10(木) 19:13:27 0
>>835 オジさん、ことはそう単純ではないのだね。
オジさんの言う『世界=自分』は、現にいまオジさんがそうしているように
それを言及することによってその対称性が壊れてしまうんだよ。『世界=自分』
は認識され言及(干渉)されることによって、安定性を失うと言ってもいい。
“哲学”は構造の裂け目から飛び出した鬼子ではないのかな。
838 :
ネコの味方 :2007/05/10(木) 19:19:55 0
>>833 「空虚」あるいは「非在」は、思考実験(論理)の対象にはなじまないという
意味です。
>>833 >最高位の理論によれば、「私の存在性はこの体の物理的性質によらない」
これは同意できる。物理的組成がまったく同じモノができても
「私ではなく、双子の弟(妹?兄?姉?)です。」ということになる。
存在性って言葉はそういう意味で使われてるんじゃないの?
>>785 自演のつもりはないんだがなw
ネコは、ちゃんと私のレスを見分けてるし、現にあなたも、779が私だと判ったじゃないですか。
この程度の内容にコテをつける必要はない。
以前は、使い分けが曖昧だったが、最近は、(このスレに於いては)
「しっかり内容のある、自分の意見提示」の場合にコテを入れる、
それ以外は(一般的意見としても括れるもの)名無し、をかなり意識して書き込んでいる。
以下、コテに関しての私のスタンス。
711 名無しさん@3周年 sage 2006/08/18(金) 23:40:18 ID:KDXd9oja
>> 701-702>> 704
(2chで)大切なのは、
誰がレスしたか?ではなく、何が書かれているか?
だと思うよ・・・w ;´ー`)y━~~
213 名無しさん@3周年 sage 2006/11/13(月) 16:05:23 ID:iRK1HGRJ
コテがあると先入観が加わる。
余計な煽りが絡むこともある。
無内容な(議論の本筋から外れている)一言はレス抽出の際にウザイ。
取り立てて自己主張の必要がない場合は不要な気がする。
495 素人 sage 2006/08/27(日) 12:10:21
>> 469
残念ながら
>キミが考える『私』『自我』と、俺の考える『私』『自我』は同じではない。
は私のレスではない。確かに七誌で書き込む時もあるが、
それは、私個人の意見であること強調する必要がない場合だ。
或いは、他の人間と同種の意見である場合・茶々入れである場合、だ。
君が、私のレスが気になるなら、名前欄で検索すればいい。
(勿論、七誌のレスに主要な内容がある場合もあったろう。
一旦「諦めます・・・」と発言してしまったので、その後七誌率は増えたw)
855 素人 sage 2006/08/31(木) 00:51:02 >> 852 私のポリシーwは、 「誰が言ったか」ではなく、「何が言われたか」だからだよ。 君が、私の姿勢を攻撃するのは構わない。 ちなみに、自分を擁護するレスはしたことがない。 自分を攻撃するレスはしたことがあるが・・・(爆 858 哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo 2006/08/31(木) 01:06:11 >> 855 それは逃げだね 私に言わせれば、発言に責任を持たない姿勢だな それに たかだか30行で、いったい何が言えるというのか おのずと複数の書き込みをする事になる その際、どれが自分の発言であるのかを知らしめるのは ルールでありマナーであると言えるだろう まぁ2ちゃんなんだから何でもアリだよ と言われれば、それまでなんだけどね
861 素人 sage 2006/08/31(木) 01:11:51 >> 858 いかに君が私のレスを読んでいないかってことだ。 連続したもの、関連したもの、 の場合は、名前欄記入するか分数表示にしている。 一緒に括られては困る別の内容の時はコテを外す。 ID表示の板でもこのスタンスは変わらない。 特に、質問箱のような場所では、名前欄は邪魔になることの方が多い。 何を言われようとも、このスタンスを崩す気はないw 882 哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo 2006/08/31(木) 02:52:00 >> 861 自意識過剰なんだよ 名無しでの書き込みにも 注目してくれてるはずだ と思い込んでるんだろ? んなわきゃないんだよ まぁキミがやりたいようにすりゃいいよ ただし、私はトリップも付けてないコテの書き込みなど あんまり相手にするつもりはない 884 素人 ◆YLdWB0/d2s sage 2006/08/31(木) 03:16:09 >> 882 桶。 >注目してくれてるはずだ と思い込んでるんだろ? そこまで自惚れてないよw むしろ、常にコテ酉の輩の方がウザイ。 そんなに自分の意見を認めて欲しいのか?って思う。 「俺はここにいるぞ! あたしはここにいるのよ!」って感じで・・・(^^;
いいかげんスレを私物化するのやめろよ
スレは『私』のモノ
845 :
素人 :2007/05/10(木) 21:21:50 0
>>843 失礼しました。
隔離病棟へ帰ります・・。
ノシ
846 :
ネコの味方 :2007/05/10(木) 21:25:31 0
>>素人さん 閑話休題 少し前に、映画『グッドフェローズ』について何かコメントしませんでしたか。
847 :
素人 :2007/05/10(木) 21:30:23 0
してない。 ノシ
849 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 21:37:47 0
>>848 よけいなことをせずに、何でもいいから、君が問題提起してみたらどうだ。
>>839 「物理的組成が同じもの」を作ったとて仕方がない。
それは「別の体」であって「この体」ではないのだから。
「私の存在性はこの体の物理的性質によらない」といったら、
この体の物理的性質がどう変化しても私の存在性に影響はない、
という意味にしか理解できない。
それとも、「生きているか死んでいるか」は
この体の物理的性質ではない、とでも言うのかw?
>>839 あなたや最高位が考えているような「物理組成が同じ」は、
「物理的に全く同じ」ではないよ。
「物理的に全く同じモノ」を二つ作るのは人間には不可能。
それは、全く同じ宇宙をもう一つ作る事だから。
神になら出来るだろうが、神なら私も二つ作れるだろうねw
852 :
「機械的唯物論」者 ◇FUmCW.hN/Q :2007/05/10(木) 23:26:25 0
観念論は「ものごころついた頃」に(不安の中で唯一)頼りにした「母性」=マリア と自我が目覚めた時に頼りにした「父性」=キリスト=エホバ ・・という人類にとって「キモになる心性」に(ある意味)「依存」している 「考え方の傾向」・・・世に言う「思想」です。 それは「キリスト教的世界観」の範疇から「抜け出ているつもりで抜け出せない」 ・・・という「母親と父親の呪縛」に捕らわれている・・ので、「真理としての科学」 を「直視」する勇気を(永遠に・・・死ぬまで)持ち得ない方々の「共同幻想」なのです。 ・・・言い換えれば「宗教のバリエーション」に過ぎない・・ということです。
854 :
考える名無しさん :2007/05/10(木) 23:42:58 0
無意識的な・・・・・「親による呪縛」を客観的に措定することが重要なことは常識だけどな
855 :
「機械的唯物論」者 ◆FUmCW.hN/Q :2007/05/10(木) 23:50:45 0
>>852 私は「(自然)科学」という「豊穣の世界」が誰にでも何時でも接触可能な「現代」において、
なおかつ「(自然)科学」という「豊穣の世界」・・から「眼を逸らす」方達・・
「観念論者さん達」・・が存在することが「信じられない」のですが、やはり「宗教は阿片」
なので・・「そういう人が居るのも仕方がない」・・ということなのかもしれません。
本日は脳内睡眠物資(メラトニン等)の蓄積により就寝させて戴きます。
856 :
ネコの味方 :2007/05/10(木) 23:58:37 0
>>850 質問(突っ込み)がどうも下手ですね。
身体は「私」の媒体です。その媒体(身体)が変調をきたせば、「私」が影響を
受けるのは当たり前。その結果、「私」は不機嫌になるかもしれないし、酷い
場合は、「私」は狂うかもしれない。が、これは「私」の“存在”を、むしろ
裏書きしている。
ちなみに不機嫌になったり、狂ったりするのは「私の心」です。わかりにくい
ですか。
比喩的に言えば「私」は基底。「私の心」がその上部構造。上部構造がどう揺れ
ようが、基底の“存在”を否定することはできないということです。
この基底の「私」の由来は特定できない、というのが最高位の主張。唯物論者
によれば、それは「脳だ」そうです。
「私は脳なのか」それとも「脳は私の媒体なのか」 ここが論点でしょう?
「死」について語っても無意味。
857 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 00:23:24 0
>>855 >「(自然)科学」という「豊穣の世界」・・から「眼を逸らす」方達
いや、単に文系だから理系は一切解らないだけだと思うけどね
858 :
ネコの味方 :2007/05/11(金) 00:26:50 0
>>852 あなたは「欧米か」と流行遅れぎみの突っ込みを入れたくなるが、この国で
頼りになる、逆に壁になる“父性”が共同性として確立されたことはなかった
はずだ。
どうしてもこの種のタームで論じるとすれば、まず“母性”を取りあげるべき
だろう。戦後、これほど俗流唯物論が蔓延した背景には“母性”の劣化・解体
を指摘できるのではないか、というのが私のカン。が、これ以上のこじつけは
やめておきます。
859 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 00:32:04 0
「めし・ふろ・ねる・・の三語亭主」って最近までは結構多くなかった?
860 :
ネコの味方 :2007/05/11(金) 00:38:55 0
>>857 科学(技術)の恩恵は、だれしもが認めているよ。しかし、そこに“救い”が
ないことも、みな承知しているのではないか。(宗教は栄える一方)
また理系がリコウぶっていても、その大半がパシリにならざるをえない実情も
よくぞんじあげております。
>>857 文系の馬鹿は理系の馬鹿と同等以上に馬鹿だからとにかく死ぬまで自粛(してほしいが)するべきだ
862 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 00:41:09 0
基底の存在を認識できるのならば、それはまやかしに過ぎない。 なぜなら、その基底の存在を認識している基底の存在が必要になるからだ。 そしてそれは永久に堂々巡りを繰り返すだろう。 これは死の構造と酷似する。 他者の死は観察できるが、自身の死が観察できないことに。 つまり、基底の存在とは、最も身近な他者であり、 それが基底だと主張するたびにまた、他者となる。
>>860 >しかし、そこに“救い”がないことも、みな承知しているのではないか。
>(宗教は栄える一方)
で、アーレフ改めあれ〜ふぉんとかいな・・・・・で信者募集中です入会金千円で、
年会費はたったの10万円です・・・・・・・・・安い・・・・・安すぎる理由は?
864 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 01:02:16 0
>>863 年会費10万は安すぎるていうのは昨日一日で任天堂の株で100万損したからだけど、
1ヶ月前に買ったので総合的には600万の得だからしょうがないかもねっっw
>>855 機械的唯物論者さんは自分が死んだらそれは機械が停止したと同義だから、
生ゴミと一緒に焼却炉でいいってこと?
脳が生存がと言うけど、生存の為だけなら全ての生物は細菌のままでいい筈なんだけどね。
ノーム・チョムスキーのような、システム理論や情報処理理論と極めて接近している
精緻な言語学者も阿片に侵されているの?言語学者は脳研究にも協力している筈だけど?
言語の発達と宗教は密接に関係するけど?
ボロボロなんだよね。人間の睡眠は単純な睡眠誘発物質のせいだけじゃないし。
そんな単純なら脳科学はとっくに終わっとるがな。
866 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/11(金) 07:11:16 0
>>865 >機械的唯物論者さんは自分が死んだらそれは機械が停止したと同義だから、
>生ゴミと一緒に焼却炉でいいってこと?
と言うより
老朽化して機能が落ちてきたら、粗大ゴミとして処分するのが正しい という主張なのでは?
人権なんていう概念も、『観念』にすぎないワケだしね
負け犬オカルト最高位 ごみ箱。
,/”” ”ヽ ,/ __ _ ゛ / /““ “” ヽ | | / -━ ━.| | | |. “” l “ .|.| (ヽ | r ・・i. || / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ りリリ /=三t. | < 話はガラッと変わりますが |リノ. | \ 自作自演を減らすためにID導入したほうがよいですか? | 、 ー- " ノ \_______________ _ _ __ _ / ”ー-- " ヽ____ _/ (⌒) ヽー ___ / ノ ~.レ-r┐ ヾ ヽ / _ノ__ | .| ト、 ヽ 〃 | i 〈_ `-Lλ_レ_u|_/ | / y  ̄`ー‐---‐_ / / /
_ _ ( ゚∀゚ ) <最初から、哲板こそIDが必要だと感じているワシじゃよ し J | | し ⌒J _ ∩ ( ゚∀゚)彡 ID!ID! ( ⊂彡 | | し ⌒J
870 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 08:55:51 0
>>865 >言語の発達と宗教は密接に関係するけど?
詳しく。
>>868 このスレを筆頭に自作自演の巣窟だよ。
散々自演によってID導入が挫折してきた歴史を・・変えたい。
872 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/11(金) 10:41:59 0
なぜ哲学板にIDが無いのか不思議で仕方がない 是非とも導入してもらいたいですね
873 :
紗南 :2007/05/11(金) 11:14:08 0
紗南は背景のデザインや、書体、文字の色・サイズを変更する機能を 導入してもらいたいですね?
>>872 最高位の肉体が死んだ後、最高位の『私』は無くなるのか無くならないのか逃げないで答えてください。
うやむやにするならば、『私』についてそれが一番の根源的存在であるという主張を撤回してください。
これぞ「私」最大のテーマだろう。
876 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 12:19:12 0
むしろどうでもいいことだとおもう。
877 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 12:29:52 0
>>874 【私を記述】スレの方で答えは出してるんじゃね?。
85 :哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/06(日) 14:00:04
私が私として存在した原因的根拠は、物理的要素に特定される事は絶対にない って事
オレってホントに親切に説明するよな(笑
>>874 それも物理現象のフィールドに乗っからせるための
唯物論者の手法だろうに。生死は関係ないんだよ。
まるで機械と同じだな。
880 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/11(金) 13:40:10 0
>>874 『私』は死んだら無くなるのか無くならないのか???
そんなもん、わかるわけないだろバカ(笑
そんなの関係ないんだよ
考えりゃわかるだろ
キミには哲学は無理だ
宗教板に行った方がいい
ホントにそんなもんがわかったら、テレビに出て世界一の有名人になってるわ ボケ(爆笑
まぁ、これはあくまでも推測だが
死んだら『精神活動は停止』するんじゃないかな
わからんけどね
だから当然、自覚したりはできないかも知れないね
ようするに死んだ後に「死後の世界」を認識するのは、できないのかも知れない
しかし死後における『私の存在性』については、言及する事はできないな
何とも言えん
言えるのは
今存在している『私』が『他人』ではなく『私』であったのは
物理的要素に由来しているのではない
ということ
だから人間の精神性の根本は物理現象に規定されているのではない という事であり
心身問題において、唯物論は完全に敗北した って事になるわけだ
そして、こういうふうに唯物論を完全に克服したのは、歴史上で私が初めてなのですよ
オレって、ほんとに親切に説明するよなぁ^^
>>878 イエスなんですか?それともノーなんですか?答えはどちらか一方しかありえませんが、
なんでうやむやにしてごまかそうとするのですか?
882 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/11(金) 13:44:40 0
>>881 で
キミは、どっちなの?
私は何度も言うように「それは、わからん」だよ
わかる方が、おかしいだろ(爆笑
883 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 13:47:46 0
>>880 >今存在している『私』が『他人』ではなく『私』であったのは
『他人』って何?
『私』との違いを、物理的要素に由来しないで説明して欲しい。
あと、君の論だと、『私』と私の肉体は関係ないんだよね?
884 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/11(金) 13:52:38 0
>>883 >『他人』って何?
はぁ?
私じゃない他の人 だろ
こんなの人に聞いてくるなよ
病院にいけ病院に
>あと、君の論だと、『私』と私の肉体は関係ないんだよね?
関係はあるだろ
原因的要素を特定する事はできない と言ってるんだよ
知能が低すぎて、無駄な説明ばっかりになってきたなぁ・・・
キティちゃんは黙っていて下さいね
885 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 14:02:03 0
>>884 >私じゃない他の人 だろ
私は、肉体を根拠に「他人」と「私」を分けていますが、
貴方は何を根拠に『私』と『他人』を分けているのですか?
ですから、
『私』との違いを、物理的要素に由来しないで説明して欲しい。
とお願いしているのです。
例えば、髪の毛は自分の意志で動かせないのに、
他の肉体は命令することで、かなり動かせたりします。
電極を突き刺すと、ロボットの手も自分の手と変わらなく動かせますし、
他の肉体に自分の脳からの信号を伝達すれば、
それは自分の体のように動かせたりするでしょう。
自分のコントロール下にあるかどうかでは、『私』と『他人』は区別できないと思います。
886 :
哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/11(金) 14:05:45 0
887 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 14:22:31 0
>>886 答えられないとそうやって逃げるんだな。最高位は卑怯者だ。
888 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 14:22:34 0
>>878 意識が生死に無関係な存在と主張するのなら、
哲学を逸脱して、単なる宗教でしかない。
君は意識に執着しすぎてる。
人の意識が特別の存在であると、無根拠に信じている。
根拠のない荒唐無稽な話は、検証の対象にすらなり得ないのです。
事実を前提とせず、無根拠に宗教上の創作物語を妄信し、
ひたすら拝むだけの人となっているんだ。
君は宗教の勧誘目的でこの板にきているのか?
889 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 14:27:18 0
>>888 私が死後どうなるかなんていうことは分からないことですよ。
そんなことは昔カントという人が『純粋理性批判』で書いていますよ。
>>880 >今存在している『私』が『他人』ではなく『私』であったのは
>物理的要素に由来しているのではない
さて、「今存在している『私』が『他人』である」という事態は、
論理的に可能でしょうか?
>>884 によると、『他人』とはすなわち「私じゃない他の人」という意味です。
すると「今存在している『私』が『他人』である」という事態は、
論理的に矛盾しているので、生起することは論理的に不可能です。
全知全能の神様でも、そのような事態を生起させることはできません。
「論理的に不可能なことが起こらない」のが「物理的要素に由来しない」
(当然、非物理的要素にも由来しない)のは当たり前であって、唯物論の当否とは
何の関係もないと思われますが、いかがw
>>880 >まぁ、これはあくまでも推測だが
>死んだら『精神活動は停止』するんじゃないかな
>わからんけどね
これは、「はっきりと分からないが、死んだら(医学的に肉体の機能が停止したら)
『精神活動は停止』するだろうと憶測している」
という言明だろう。
よって、肉体の性質に精神の有り様が規定されている「可能性」を認めている訳であり、
>だから人間の精神性の根本は物理現象に規定されているのではない という事であり
>心身問題において、唯物論は完全に敗北した って事になるわけだ
こんな事は言えてない。
>そして、こういうふうに唯物論を完全に克服したのは、歴史上で私が初めてなのですよ
これに至ってはただの妄言にすぎない。病院に行かれたらよい。
私が他人に換わったとしても人間であるならば、『私』の存在性とやらは人間の精神と肉体の問題と
何ら関係がない。
「人間の問題」が「他人」に当て嵌めても成り立つ問題であるならば『私』の問題ではない。
892 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 14:33:15 0
>>890 日本語通じてないみたいですよ。
「他人ではなく」のところは、括弧に入れるかんじで
読むところでしょう、普通は。
>>889 「私が死後」とはどういう事かをまず説明したまえ。
死ぬのは他人ではないのか?
唯物論者は非物質的な側面を持った事象が現れたとたんに物質に還元してしまう。 最高位氏はその逆で、同じ過ちの違う方向性にすぎないように見える。 また、唯物論者はあらゆる事象を物質還元する「為だけ」に科学の諸領域をつまみ食いするところが不誠実だ。 最高位氏は、説明不能なもの、証明不能の性質を最大限に利用しようとするところが不誠実。 この性質でも両者は同じに見える。
895 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 14:37:32 0
>>889 「死後どうなるか分からない」という言明と
「意識が生死に無関係」という言明とは意味が異なる。
896 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 14:40:20 0
>>893 >「私が死後」とはどういう事かをまず説明したまえ。
・・・
「私が死後どうなるかなんていうことは分からないことですよ。」
という文から
「私が死後」
だけ引用するような人は、めずらしい・・
おもしろい人たちですね。
>>892 「他人でなく」を括弧に入れるなら、なおさら同じことです。
「今存在している『私』が『私』である」のは、単なる同語反復であって、
ますます論理的必然です。当然、物理的要素にも非物理的要素にも由来しません。
同語反復にしないためには、2つの『私』が別の意味でなければなりません。
通常は、2番目の『私』を「哲学者最高位という人間」と読み換えれば、
意味のある疑問となります。というか、『私』と『他人』を対比するのが
元々おかしいのであって、『私』と対比するべきは『他の私』ですし、
『他人』と対比するべきは『特定の人間』でなければならないわけです。
最高位 わからないなら来るな
899 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 14:49:00 0
唯物論者は、意識は脳に還元可能だから幻だと言う。 この説明は、 原子物理学は素粒子物理学が見せている幻にすぎない。 化学は原子物理学が見せている幻にすぎない。 分子生物学は化学が見せている幻にすぎない。 ・・・・ というだけの主張にすぎない。より基礎的なレベルの知の領域に逃避すれば良いと思っている。 これは科学ではまったくない。実際には、あるレベルの知の領域は、それより上にも下にも 還元不能で、その領域で研究するしかないのに。 ここで言うレベルが基礎的であるほど偉大であるというのが唯物論者の最大の誤解だろう。 どのような知識も他との繋がりがあり、基礎的であったり応用的であったりするが、それが 知の価値でないことは言うまでも無い。 唯物論者の主張はそもそも、科学以前に「知」ですらないんだ。 歴史上、「この知こそ全てだからそれ以前のものは抹殺しよう」という行為を実行に移そうとしたものが 幾人か居るが、あれに近いと思う。「知」の価値に対して鈍感で不誠実だからこういうことが主張できるのではないかな?
900 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 14:49:58 0
>>897 あのね、俺はこのスレ見てないから知らないですけど、
「今存在している『私』が『他人』ではなく『私』であったのは
物理的要素に由来しているのではない 」
という文を普通に読めば、物理的要素に由来しているのではない
理由については、他の箇所で書いていると考えますよ、普通は。
901 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 14:55:05 0
っていうかさ、何で「物理的」である事をそんなに軽くみてるのかわかんないのよね。 例えば今、この瞬間に地球上にきっかり60億人がいるとするじゃん?。 1人1人がまったく別人である、と証明するのに必要な組み合わせの 細胞の個数は何個か、って考えた場合に13個しか必要としないんだよ。 (組み合わせの計算はnの階乗で求められる、やってみておくれw。) ちなみに 13の階乗=13!=6 227 020 800 脳には約1000億〜1500億個の細胞があって、体全体を含めれば約60兆個といわれてる。 脳はその細胞の1/10程度しか使ってないといわれてるから100億〜150億だとしても もうとんでもない確率で「私」であると言えるワケですよw。 (細胞単位でこれだから、分子原子で考えたら…。おお恐ろしいw。) 「物理的」である事をもっと重要視してやってくださいw。たのんますわw。
902 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 14:55:15 0
>894 非物質的な事象など、世界のどこにも存在しないよ。 物質が全世界の根源的存在。
>>900 「今存在している『ハナモゲラ』が『スッペロピン』ではなく『ハナモゲラ』であったのは
物理的要素に由来しているのではない 」
「今存在している『りんごA』が『りんごB』ではなく『りんごA』であったのは
物理的要素に由来しているのではない 」
「今存在している『安倍晋三』が『石原慎太郎』ではなく『安倍晋三』であったのは
物理的要素に由来しているのではない 」
「今存在している『○○』が『××』ではなく『○○』であったのは
物理的要素に由来しているのではない 」
感嘆子さんは、論理的必然について言っているのではないかな?
904 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 14:58:46 0
>>903 感嘆子の「子」は敬称ですので「さん」を
つけるのはおかしいと思います。
漱石子や子規子などと同様です。
905 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 15:01:22 0
>>903 くだらない揚げ足取りをしているようにしか俺には見えませんが、
まあいいですけど・・
906 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 15:06:28 0
とにかく、 「今存在している『○○』が『××』ではなく『○○』であったのは 物理的要素に由来しているのではない 」 というのは、唯物論的な考えに対立する考え方ですね。 その根拠はやはりどこか他の箇所で書いてるんでしょう・・
でしょう、てあんた
908 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 15:25:03 0
>>899 唯物論は、「科学が見せている幻にすぎない」という主張ではなく
「物質が全世界の根源的存在」と主張してるんだ。
文学的な思考こそ、根拠のない創作物語に逃避しているんだ。
事実を研究するしかないのに、文学的な思考は「知」の価値に対して鈍感で不誠実だ。
人の意識が特別の存在であると、無根拠に信じるな。
>>900 >物理的要素に由来しているのではない
>理由については、他の箇所で書いていると考えますよ、普通は。
すいません、
>>903 氏の指摘の通り、「今存在している『私』が『他人』でない」や
「今存在している『私』が『私』である」のは論理必然的に真なので、それが
「物理的要素に(非物理的要素にも)由来しない」のは当たり前であり、
理由を書くまでもないことで、唯物論の当否とは関係がない、ということを
指摘しているわけです。
おっしゃる通り、最高位氏は「物理的要素に由来しているのではない」理由を
何度も述べております。簡単に言えば「物理的要素によって『私』を作成できない」
ということです。しかし、これまた「作成する」というのは「いまだ存在しない
ものを存在せしめる」という意味なので、すでに存在している『私』を作成
することは論理的に不可能です(私でなく他の何であっても同じですが)。
物理的要素によっても非物理的要素によっても、たとえ全知全能の神様であっても、
そのようなことはできません。ですから、これも唯物論の当否とは無関係なのです。
一方、「今存在している『私』が『哲学者最高位という人間』である」のは、
論理必然的に真であるわけではありません。昨日存在していた『私』が
今は哲学者最高位という人間でなく安倍晋三という人間であった可能性も、
石原慎太郎という人間であった可能性も、論理的にはあるからです。
ですから、そういう事態が起こるかどうかは、経験によって検証するしか
ないわけです。
同じように、特定の人間が死んだ後に「私」が存続することも、消滅することも、
論理的には可能です(ただ、最高位氏が言うように「意識がなくても存続する」
という事態は無意味だと私は思いますが)。実際にどうなるかは、経験によって
しか知り得ません。
最高位氏が「死後に私がどうなるかはわからない」と述べているのは、
「私は哲学者最高位以外の人間だったことがなく、哲学者最高位という人間は
まだ死んだことがない」から、経験によって検証するすべがない、という、
ごく当たり前のことです。
>>903 横レスだけど。
> 「今存在している『ハナモゲラ』が『スッペロピン』ではなく『ハナモゲラ』であったのは
> 物理的要素に由来しているのではない 」
> 「今存在している『安倍晋三』が『石原慎太郎』ではなく『安倍晋三』であったのは
> 物理的要素に由来しているのではない 」
この二つの例は論理的必然ではなく法則的必然として解釈可能では?
例えば『ハナモゲラ』と『スッペロピン』は生物の名だとして、
両者は共通の祖先『キャメロン・ディアス』を持っていたが『キャメロン・ディアス』の生息地の拡大に伴い異なる環境にそれぞれ適応した結果
『ハナモゲラ』と『スッペロピン』に枝分かれ進化した。
というように物理的な説明を与えることができるのではないでしょうか?
911 :
903 :2007/05/11(金) 15:43:35 0
>>908 事実を謙虚に研究していれば
「物質が全世界の根源的存在」だなどと
それこそ「文学的」な主張などしないだろうよ。
913 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 15:46:53 0
この人
>>899 のように、事実を検証解明しようとする意思すらなく、
感傷的な言語表現で、情緒に訴える手法で反発しても無効でしょう。
914 :
901 :2007/05/11(金) 15:48:04 0
ちなみに、さっき挙げたのは「ただの細胞の組み合わせ」。 一個で複数の細胞と相互作用する脳細胞の事を考えた場合、 1/100億〜150億!の確率は更に桁違いにハネ上がると 容易に想像できますw。 その組み合わせが何を生み出すのか、まぁ誰もわかんないでしょうねぇw。 皆さんの議論が更に深まる事を期待しますw。それではw。
>>909 > おっしゃる通り、最高位氏は「物理的要素に由来しているのではない」理由を
> 何度も述べております。簡単に言えば「物理的要素によって『私』を作成できない」
> ということです。しかし、これまた「作成する」というのは「いまだ存在しない
> ものを存在せしめる」という意味なので、すでに存在している『私』を作成
> することは論理的に不可能です(私でなく他の何であっても同じですが)。
ここはちょっと違うのでは?
最高位の思考実験は私の物理的なコピーは作成できても「私」のコピーは作成できないというものだったはずです。
ですから「作成する」は上記の意味ではなくコピーできるかどうかで考えてよいと思います。
そして残念ながら彼はそう主張する具体的な根拠を示してはいないようです。
少なくとも俺は見た覚えがないんですが、なんかありましたっけ?
>>880 >そして、こういうふうに唯物論を完全に克服したのは、歴史上で私が初めてなのですよ
ああ、仰ってる事わかりますよ。
そしてこれから先もあなただけ、歴史上最初で最後ですよね?(^^
よく頑張りましたね。偉いです。
917 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 16:09:53 0
>>909 >すいません、
>>903 氏の指摘の通り、「今存在している『私』が『他人』でない」や
>「今存在している『私』が『私』である」のは論理必然的に真なので、それが
>「物理的要素に(非物理的要素にも)由来しない」のは当たり前であり、
>理由を書くまでもないことで、唯物論の当否とは関係がない、ということを
>指摘しているわけです。
つまらない指摘だと思います。
『私』が『私』という存在である根源は物理的要素にはないと言えば、
普通は反唯物論の立場の表明と見なします。
そのあとの部分は最高位氏という人の考えを聞いていないので何ともいえませんけど、
あなたが「私」をどういう意味で使っているのかが不可解で、意味不明でした。
「論理的に可能」などの言い方から見て、それは生きた「私」ではなく、
抽象的に考えられた「私」のような感じがした。
抽象的に考えられた「私」は、実存する「私」ではないです。
ちなみに実存においては、客観性ということも意味を失います。
まずは「私」をどういう意味で使っているのかから始めないとだめでしょうね。
918 :
903 :2007/05/11(金) 16:16:24 0
>>917 実存する生きた「私」であっても同じだと思うよ。
919 :
ネコの味方 :2007/05/11(金) 16:23:56 0
>>899 賛成です。一つ質問します。
素粒子が基底となり、原子という上部構造を創出した原因は何ですか。
あるいは原子が分子を…でも結構です。この答えは、もう与えられて
いるのですか。
920 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 16:44:22 0
>>918 >実存する生きた「私」であっても同じだと思うよ。
同じではないです。
「私」は石原慎太郎であることが論理的に可能である
という文の「私」は実存ではありません。
「可能である」と今考えつつある存在者が実存です。
>>917 まずはあなたが、最高位が「私」をどういう意味で使っているのかを把握してから言えば?
922 :
903 :2007/05/11(金) 16:52:51 0
>>920 今、この流れで出てきている「私」や「石原慎太郎」や「安倍晋三」やらは、
ラベルが使用されてはいるものの、ラベルでなく、全て「そのもの」を指しているのでは?
「そのもの」について、論理的関係を見ているのでは?
気になるなら、記号にしてもいい。
「今存在している『A』が『B』ではなく『A』であったのは
物理的要素に由来しているのではない 」
>>915 >最高位の思考実験は私の物理的なコピーは作成できても「私」のコピーは作成できないというものだったはずです。
>ですから「作成する」は上記の意味ではなくコピーできるかどうかで考えてよいと思います。
それは違うと思いますよ。「私の物理的なコピー」の意味はよくわかりませんが、
「この肉体(哲学者最高位)」の物理的なコピーを作成したときに、「私のコピー」が
作成されるかどうかは「わからない」、しかし、それは絶対に「私」にはならない、
なぜなら「私」はここにいるのだから、というのが氏の主張です。
私に言わせれば、それは「唯物論が正しいかどうかはわからない」と言っているに
等しいのですが、氏はお認めになりませんw
(一応、仮にそれで「私のコピー」ができたからといって、必ずしも唯物論が
正しいことにはなりません。)
>>917 >『私』が『私』という存在である根源は物理的要素にはないと言えば、
>普通は反唯物論の立場の表明と見なします。
私の理解力が足らないせいかもしれませんが、2つの『私』に意味の違いがない
のなら(例えば、片方の『私』はある実存を示し、他方の『私』はそれが
持つある性質を示す、とか)、「『私』が『私』という存在である」のは論理的必然で、
反対することはおよそ不可能なので、そこに「根源」を求める意味はないと思います。
「『私』が存在しないのでなく、存在する」ことについてなら、原因も根源も求める
意味はあるでしょうが。
924 :
ネコの味方 :2007/05/11(金) 16:56:31 0
>>908 「全世界」とか「根源的存在」などと平気でノタマウところが宗教的(超越的)
なんだよ。なぜ君が“全世界”や“根源”を知っているんだ?
その種の言葉は私(たち非唯物論者)でさえ気恥ずかしくて使わない。なによりも
非科学的。かつ非文学的。言葉の大風呂敷を広げる癖をなんとかしないとね。
(続き) >「論理的に可能」などの言い方から見て、それは生きた「私」ではなく、 >抽象的に考えられた「私」のような感じがした。 いやそうではなく、まさに生きた「この私」のことです。それはそれが持つ 性質や要素によっては定義特定できず、他の実存(私風に言うと個物)との 関係性によってしか定義特定できない、というのも問題の核心の一つだと思います。 (さらに、「この私」は個物ではないので、どんなやり方でも定義特定できない、 という立場もあるでしょうが。) 論理的うんぬんというのは、例えば「この私」は現在はある人間ですが、 明日は別の人間である、という事態は想像が可能です。現実に漫画などには よく出てきます。 しかし、「この私」が同時に複数存在する、という事態は想像することも不可能 で、それがどのような事態であるかに意味を与えることができず、フィクションとして 描くこともできません。ですから、それが起こらないことに原因を求めても無意味です。 そのような意味で「論理的に不可能だ」といっているのです。 ちなみに、これは「私が同時に複数の人間である」ことではありません。 それは哲学的には別に不思議なことではなく、論理的にはいくらでも可能です。 例えば、この体のコピーを作ったらなぜかオリジナルの体もコピーの体も両方とも 私になってしまう、ということは、不可能ではないので(経験的には非常に 起こりそうもないですが)、それが起こるかどうかはやってみなければわかりません。
926 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 16:59:59 0
>>924 知ってるかどうかではなく、影響を受ける範囲を限定して全世界と呼んでいる。
根源というのはそれ以上遡ることができない物理的限界のこと。
物理では、素粒子が実際にどういう風に実装されているかは問わないんだ。
この世界がマトリックスのように作られた世界であってもいいし、
それでも唯物論は成立する。
927 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 17:04:03 0
>>923 >私の理解力が足らないせいかもしれませんが・・・
いや、反論することに躍起になりすぎると、つまらない揚げ足取り
みたいになってしまいがちなんですよ。
928 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 17:04:51 0
>>924 >その種の言葉は私(たち非唯物論者)でさえ気恥ずかしくて使わない。
間違い。
唯物論者でも非唯物論者でも、その種の言葉を使う奴もいれば使わない奴もいる。
>非科学的。かつ非文学的。言葉の大風呂敷を広げる癖をなんとかしないとね。
その前に君が論理的にものを考えられない癖をなんとかしないと。
929 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 17:12:40 0
>>925 >いやそうではなく、まさに生きた「この私」のことです。
いいえ。
想像された「私」は、生きた「この私」ではないです。
930 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 17:16:20 0
想像された「私」ではなく、 明日は別の人間であると今想像しているのが あなたにとっての「この私」です。
唯物論者は『経験』を考慮に何故入れないのでしょうか?
932 :
903 :2007/05/11(金) 17:32:08 0
>>929 あたりまえだw
この流れで、 >想像された「私」は、 ラベルのことだからなw
>>931 kwsk
他人である事を経験した事のない私が他人の知にとやかく言うのは何故でしょうね
934 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 17:41:05 0
>>933 >他人である事を経験した事のない私が他人の知にとやかく言うのは何故でしょうね
他人の知にとやかく言うというよりも、他人が書いたものや話したことに対してとやかく言うんですね。
他人が思っていることをそのままは知り得ないから、書かれたものや話されたことから想像するしかない。
だからそこには常にずれ(誤解と言われるようなもの)が生じる。
今ちょっとこのスレを見ているだけでも、「私」という一語の理解について、すでにズレがある。
935 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 18:00:14 0
>>931 唯物論的立場から「経験」を簡単に語るなら
物体と物体の相互作用を感覚器官で感知し、その情報を電気信号として
脳に送り、脳細胞の特定の反応として記憶する。
という【物理的反応仮説】を立てる事ができます。
ところでこれは素朴な疑問なんですが、
観念論では「経験」をどう蓄積させることが可能だとお考えですか?。
936 :
ネコの味方 :2007/05/11(金) 18:03:43 0
>>928 たぶんアタマがそのようにできているのでょう。
ところで君のいう“論理的”ってどういう意味? まず、それを教えて
くれないとね。五行以上は書いてよ。
私は他人が思っている事をそのまま知り得ないとして、 書かれたもの?や、話されたこと?から私はいったい何を想像するのでしょうね。 ズレ(何と何の?)を想像するのでしょうかね。
938 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/11(金) 18:05:10 0
>>908 :考える名無しさん :2007/05/11(金) 15:25:03 0
>「物質が全世界の根源的存在」と主張してるんだ。
成る程、当たり前のことだが、言い方が可笑しい。
おそらく「実在とか存在」の用語を物質、精神の両方で使っているからの混乱だろう。
精神的実在と物質的実在に分ければよい。
そうすれば根源的などと言う可笑しな表現は使わなくて良くなる。
そうして貴方の主張は「精神的実在は根拠のない創作・・幻想だ」と言う事になる。
大変判りやすい。
それに対しては私は大いに同感です。
しかし一方では「幻想」こそ意識の最大の能力であり、創作、飛躍、直感のない物質と言うものは何ももたらさない、価値がないともいえる。
>「知」の価値に対して鈍感で不誠実だ。
この「知の価値」ということを科学的に(観念的ではなく)説明してほしい。
939 :
903 :2007/05/11(金) 18:10:51 0
他人であることを経験するのはありえないでしょ。 「他人であることを経験している時」、それは(その時は)もはや「『他人』ではない」。 経験は、「私」のみにされる(知覚される)ものだろ?違う? 経験できてしまった時点で、すでに「その経験は『他人であること』ではなくなってしまう」。
940 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/11(金) 18:20:35 0
>>935 :考える名無しさん :2007/05/11(金) 18:00:14 0
>>931 >唯物論的立場から「経験」を簡単に語るなら
あなたの【物理的反応仮説】は経験については何も語っていない。
脳の反応があると言っているだけ。
観念的に言うと、その反応に意味づけ(こじつけ、幻想)する事、これが「経験」です。
941 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 18:27:41 0
>>940 物に頼らず純粋な観念として仮説でもいいから語って貰えませんかw。
こっちは純粋な唯物的反応で表記可能ですよ、としているんですからw。
やっぱり観念は物理的要素に依拠するんじゃないのか?、とか思っちゃいますよw。
942 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/11(金) 18:40:59 0
>>941 >観念は物理的要素に依拠するんじゃないのか?
もちろんそうですよ、人体なくして心はありません。
桜を見たから花見の経験となる。
中枢は末梢の奴隷です。
私が言っているのは「心」は物質に還元できないと言うことです。
「経験」を物質で置き換えることは出来ないと言う事。
>純粋な唯物的反応で表記可能ですよ・・・・
経験は反応ではなく意識だから。
きれいな桜・・・の「きれいな」の部分が物質に還元できない。
正確に言うと「桜」もそう。
その人の見た桜と言うのはその人にしか見えない独特の「幻想」である。
同じ桜を見ても他の人とでは「幻想」が違う。
その違いを物質には還元できない。
少なくとも現在の自然科学では可能とはいえない。
物質っていうのは科学的概念で、科学は思想であって、思想の基礎は言語と論理である。 言い換えると、科学的な思想は、全て言語と論理の妥当性(確実性)に支えられている。 唯物論というのも、結局は科学的思想の一つである。 従って、唯物論を支えているのは、自然や物という「実在」ではなくて、 言語と論理という人間的な営為である。 「私」と「唯物論」の問題は、こうして、言語と論理と私との関わり繋がってくる! まいったか、唯物論め!
944 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 18:50:43 0
>>942 ああ、貴方は物体の実在を認めておられるんですね、なら結構です。
どなたか観念論的立場からの経験を語ってくれる人いませんかね?。
大まかにでも方向性がしりたいんですよ。
観念は経験をどう認知し、記憶するのか、ってね。
945 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 18:50:47 0
946 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 18:53:03 0
>>908 >「物質が全世界の根源的存在」と主張してるんだ。
この一行と。
>文学的な思考こそ、根拠のない創作物語に逃避しているんだ。
この一行が飛躍してるのですよ。
例えば、脳科学が進歩して、人間の言語能力や思考能力を全て解明したとしましょう。
だから何なのですか?
仮に全ての存在基底が素粒子(物質)だったとしましょう。非物質的な概念や思想も
全て脳の働きだったとしましょう。だかそれが何なのか?ということですよ。
理系階層.原子>分子>細胞>生物
文系階層.文字>単語>文章>思想(または文芸作品)
唯物論の結果、理系階層と文系階層が繋がるだけですよ?むしろ、唯物論は文系の知識の根拠の
正当性をより強化するだけなのではないですか?
唯物論の最大の誤りは、文系知識の精緻さをまったく知らない事です。
人類が科学を発達させた18世紀以前の人間の知識を全否定しようとしています。
実際には、科学以前の知識も極めて精緻精妙なものなのですよ。
もう一度言いますが、「究極基底は物質だ!」などというのは、どうでもいいことです。
それが確実なものだと証明されても、哲学も文学もなんら変わりなく存在し、探求されます。
基底が何か?がリアリティの全てならば、人はコンピュータゲームなどに没頭しません。
はじめに言葉ありきですか
949 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 18:55:53 0
>>947 理系階層.何かよくわからないもの>原子>分子>細胞>生物>意識>文字>単語>文章>思想
文系階層.何かよくわからないもの>文字>単語>文章>思想(または文芸作品)
950 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 18:58:43 0
>>947 >もう一度言いますが、「究極基底は物質だ!」などというのは、どうでもいいことです。
どうでもいいなら、究極基底は物質ということで同意しておけば良い。それで何も問題ない。
951 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 19:00:52 0
>>947 >唯物論の最大の誤りは、文系知識の精緻さをまったく知らない事です。
間違い。
唯物論者でも文系知識の精緻さを知っている奴はいくらでもいるし、
非唯物論者でも文系知識の精緻さを知らない奴はいくらでもいる。
結局、キミが論理的思考ができないから、こういう間違いを書くわけ。
理系とか文系以前に、どちらの能力も足りない。
952 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 19:01:56 0
>>947 >人類が科学を発達させた18世紀以前の人間の知識を全否定しようとしています。
妄想ですね。全否定しようとなんてしていませんよ。
病院に行ったほうがいいと思われます。
953 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 19:04:23 0
908と947はよくできた釣りだよ。
954 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 19:04:24 0
>>950 同意してもいいんですが。
それは、「この世界には唯一物質だけがある」理論でもなんでもない。
また、文学や哲学の思想思索に対して、それは幻想だなどと口出しをする必要もない。
結局最後には、唯物論には主張するものが何も無くなるだけではないですか?
私が唯物論に対して反対するのは、他の知の領域に対する攻撃性に対してのみです。
955 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 19:05:07 0
唯物論は「究極基底は物質だ!」で完結でそ。 「それがどうした」もなにもないと思うよーん。
956 :
バード :2007/05/11(金) 19:05:48 0
私から見ると、唯物論者さんは自分の意識に絶対の自信があるか、 最高のものとお考えなんですね。
957 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/11(金) 19:08:43 0
>>943 >まいったか、唯物論め!
そう言われると唯物論者は余程悔しいんだろう。
「精神は物質に付随する」とか「観念は物理的要素に依拠する」とか
なんとか物質の方が偉いんだと言いたがる。
別にどっちが先でも上でもいいでしょう。
所詮そう言っている事も観念なんだから。
959 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 19:15:55 0
>>957 そうじゃないんですよ、「全てが観念であり所詮幻」という立場が
一体何を指しているのか理解できないんですよ。
観念が全て、という人はじゃあ一体誰に、何の為に言葉を紡ぐんですか?。
無駄な独り言になってしまうではないですか、他人なんかいないんだから。
960 :
まいったか、唯物論め! :2007/05/11(金) 19:16:55 0
言語と論理に支えられていない唯物論(科学的思想)ってありえるだろうか? 霊感的唯物論者は理解するかもしれないが、少なくとも私には全く理解できない。 そもそも、「理解する」ということを可能にしている基盤(枠組み)こそが言語と論理だ。 自然や物という「実在?」を言語と論理の枠にはめなければ、唯物論は成立し得ない。 言語と論理が究極基底だ。
961 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/11(金) 19:19:17 0
>>947 :考える名無しさん
>文系知識の精緻さ・・・
少し横道になるかもしれませんが・・・
少なくとも脳の働き(機能)のは精緻でないこと漠然とした認知が特徴です。
このアバウトさが重要なのです。
髪型を変えたお嬢さんを同一だと判るのは漠然と人物を捕らえるからです。
昨日の自分と今日の自分は少しだけ違う、それなのに同一性を保てるのはいい加減な脳の機能のおかげです。
962 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 19:21:52 0
>>960 「イメージ」はどこに位置するのでしょうか?
963 :
まいったか、唯物論め! :2007/05/11(金) 19:27:20 0
>>962 イメージという「実在?」を言語と論理の枠にはめなければ、イメージがどこにあるか?を説明できない。
というか、質問の意味が理解できない。
964 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 19:27:33 0
>>954 >それは、「この世界には唯一物質だけがある」理論でもなんでもない。
とんでもないのはお前の頭だ。
唯物論の主張を全く理解していない。
唯物論は、非物質的な存在を否定しないどころか、肯定しているんだが。
965 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/11(金) 19:30:23 0
>>959 >他人なんかいないんだから。
他人はいるでしょう。
だから「他人」と言う観念が生まれたんでしょう。
その他人は独り言も言うでしょう。
自分も独り言をぶつけて・・・・愛が生まれるんでしょう?
>
966 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 19:37:32 0
いる・・てなぁに?
967 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 19:38:13 0
何を満たせば「いる」・・なの?
968 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 19:40:11 0
>>965 ですから貴方の立場はわかるんですよ、少なくとも物質の実在を
貴方は認めておられる。
物質が先か否か?、という立場で話し合えるわけです。
この2つの立場にいる人々は、イコールコンディションで議論できるんです。
ですが「全てが観念」という人は、(繰り返しますが)一体どこに居て、
誰に話すんですか?。理解できないから教えてくれ、と言ってるんですよ。
969 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 19:40:23 0
「脳は物質だから意識は必然に過ぎない」っていう科学的根拠もまだ示されていないよな。 今出てるのは仮説の段階のものばかりだな。 脳科学の今後は目が離せない。
970 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 19:53:54 0
「居る」のは少なくとも生物でそ。 物体なら「ある」でよいではないけ?
971 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 20:15:43 0
972 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 20:41:14 0
>>1 なんで脳が物質だと意識は必然になるの?
ちっともわかりんこ
973 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/11(金) 20:48:05 0
>>966 >>967 観念でいろいろこねくり回しているうちに意識はそれがあたかも実在するような幻想を抱きます。
数学は実在しないが、数学者に聞けば「実在する」と言うでしょう。
機械さんが科学的真理は実在すると言い出すわけです。
974 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 21:12:09 0
>>958 それは完全に嘘でしょう?もしくは、今から態度を変えただけでしょう?
このスレの過去を見れば唯物論は常に攻撃的。
唯物論から攻撃性を取ったら何も残らないよ?
物理学とか化学とか脳科学だけでいいんだから。
各分野の科学者はいちいち「世界は物質だけ」なんて叫ばないんだし。
まあ、
>>958 さん自身は違ってたのかもしれないけど。
>>968 俺は詳しくないので話し半分で聞いてほしいんだけど、
「全てが観念」という観念論は心の「外」の物質の存在を否定する立場みたいよ。
有名なのはバークリの「存在することは知覚されることである」って奴だね。
これは、
・私達の直接知覚の対象は観念である
・観念の外に立って直接物質を知覚することはできない
・もし物質を知覚できるならそれは物質が観念であることを示す
という流れになってるらしい・・・。
なので観念論では
>>935 の説明を受け入れた上で全てを心の中の存在として扱うことになる・・・と思うよ、自信ないけど。
詳しい人がいたら間違い訂正してくれると思うけど、そういう人はここ見てないかな・・・。
新書でこういうのがあるよ。
観念論ってなに? 冨田 恭彦 (著)
http://www.amazon.co.jp/dp/4061497588 俺も観念論って全然知らないから読んでみようかなあ・・・。
976 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 21:39:03 0
977 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 21:44:21 0
>>974 >このスレの過去を見れば唯物論は常に攻撃的。
最高位の方がどうみても攻撃的。
唯物論者も非唯物論者も、どちらにも攻撃的な奴はいるし、そうでない奴もいる。
そのように考えられないなら、お前は頭が悪すぎる。
978 :
ネコの味方 :2007/05/11(金) 21:50:30 0
>>968 ここには、あなたの言う“物質”を否定する観念論原理主義者はいない。私(たち)
は物質ではなく“唯物論”に対して「否」を突きつけているだけである。
たしかに、じいさんは限りなく“唯物論”に近い。しかし、彼は“物質(あるいは
物理現象)”は“観念(幻想)”に翻訳されて初めて受容される、と一貫して主張して
きた。もう一つ、この観念(幻想)は物質には還元できないとも述べ、彼はあなたの
ような唯物論者とは一線を画している。
979 :
ネコの味方 :2007/05/11(金) 22:32:53 0
だれでもいいので教えていただきたいが、仮に素粒子なるものが基底だとして それを原子として創出(構造化)するのは何ですか。また、原子を分子たらしめ るのは何? 物質(と称される)ものの存在は曲がりなりにも肯定していい。が、世界=物質 は虚偽である。物質は、たかだか世界の“素材”でしかない。必要ではあるが、 素材だけで世界を構成できない。 たとえていえば、木材を寄せ集めても法隆寺は建たない。絵の具と画布を揃え てもモナリザは完成しない。その反対に法隆寺を木材と労力に還元できないし、 モナリザもおなじだ。 物質を素材として何が“世界”たらしめているのだろうか。法則?
980 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 22:34:30 0
脳は感覚受容と出力を兼ねそろえている。 脳を構成するパーツそれぞれも出力と入力を兼ねている。 さらに脳のすぐ近くにある脊髄も脳と入出力を行い、 腎臓の横の副腎も脳幹や脊髄とつながっている。 意識を話すとき、脳に限定しない肉体と外の世界のやり取り、 それをもう一度脳のそれぞれのパーツがやり取りするという。 脳と肉体のやり取り、脳のそれぞれのパーツの情報のやり取り、 脳を含めた肉体と外界のやり取りの三つのレベルの情報のやり取りについて 考えたほうがいいのでは。
問その一:(ヒトの)認識に、埋められない断絶があるか? ある→1aへ。 ない→2aへ。 問その二:水槽脳という喩えは適切か? 適切→1bへ。 不適切→2b・2cへ。 1a:あるとすれば、それは何故か?また、その断絶をフォローすることは可能か? 2a:ないとすれば、ヒトは外界(対象)そのものを、どのように受け止めることができるのか? 1b:感覚器や伝達、或いは変換というフィルター越しでしか外界そのものを知覚できないからか? 2b:知覚は脳のみで行われるのではない(感覚器を持たない)からか? 2c:脳による認識や五感以外の知覚認識方法によっているからか?
>>978 否を突きつけるだけなら唯物論自体もやってる。
説得させるには何が必要か?ってことだよ。
最近じゃそれもどうでもよくなってきたが。
どっちでもたいした差は無いしね。
983 :
素人 :2007/05/11(金) 22:52:03 0
984 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 22:53:01 0
>>979 意識の働きについて論ずるのは時間と空間について論ずる
のと似ているのでは?時空は物質そのものではないが
物質とはきっても切り離せない。
脳について話すのは量子コンピュータの働きは必然かどうか
はなすようなものでは? 脳の働きに量子の働きが関わって
るかどうかってのはちょっとおいておいて。
985 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 23:04:29 0
>>979 物質を(曲がりなりにも)肯定していいって事は、
ネコの味方さんは、じいさん氏と同じ立場という理解でいいのかな?。
貴方と最高位氏には是非「物理的要素に拠らない【私】」を
説明して欲しかったのですが。
まぁいいです、とりあえず次スレがあればそちらで。ノシ
986 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 23:16:52 0
>>979 >物質(と称される)ものの存在は曲がりなりにも肯定していい。が、世界=物質は虚偽である。
違うよ。
今の宇宙の構造全体での物質だから。素材なんかじゃないよ。
>たとえていえば、木材を寄せ集めても法隆寺は建たない。絵の具と画布を揃え
>てもモナリザは完成しない。その反対に法隆寺を木材と労力に還元できないし、
>モナリザもおなじだ。
根本的に勘違いしている。君の論は、
粒子Aと粒子Bは素材だが、粒子Aが粒子Bの周りを回っている状態(法隆寺)は
還元できないといっているのと同じ。
粒子Aと粒子Bの状態を含んで、全宇宙の物理状態なんだから、世界=物理状態で問題ない。
987 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 23:18:51 0
>>979 素粒子−素粒子は核力で、原子核−電子と、原子−原子は電磁気力で結びついて作られていますが、
聞きたいのはそういうことじゃないよね?
私が以前に書いたものだけど。
> 1.以前には存在しなかったが、それより下位の構造から生まれた
> 2.時間経過と共に種類を増やした
> 3.ある程度種類を増やしたところで、上位構造の基礎になった
この、自己創発性は、物質の世界にも、生物の世界にも、心の世界にも見られる。
Uクォーク、Dクォーク、etc ・・・ > 原子
水素、ヘリウム、酸素、etc・・・ > 分子
ミトコンドリア、葉緑体、核・・・ > 真核細胞
喜び、悲しみ、怒り、etc・・・ > 心
善悪、罪と罰、強者と弱者 > 倫理 というような構造も見ることができる
こうして見ると、「基底が何か」よりも、「上位構造にシフトする力とは何か?」
が重要なことが見えてきます。この考えは唯物論でも唯識論でもない、両方に共通するし、対立が無意味になる。
988 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 23:28:24 0
>>986 それは問いの意味を理解していないでしょう。
ネコの味方さんはこう問いかけていると思う。
「何故素粒子だけの状態が永遠に続かなかったのか?」
だからと言って、神が世界を創っているなどと言うつもりはまったくないけれど。
これには容易には答えられない。素材はなんでもいいが、構造は確かに発生している。
なぜ構造が発生するのか?これは還元したって答えにならない。
989 :
ネコの味方 :2007/05/11(金) 23:31:34 0
>>983 このスレには、あなたの力作がならんでいますが、どれを参考にすれば
いいの?
>>985 どう説明すればいいのかな? 「私」と「私の心」は物質ではない、ことは
色々と述べてきましたが。 むしろ「私の心」が物質であるとの論拠こそ
示すべきでは? それが説得的であれば、このスレは終わるのですから。
990 :
素人 :2007/05/11(金) 23:34:43 0
>>988 仰る通りですね。
で、それは、『私』に限ったことではない・・・ということです。
およそ存在するもの(「ある」と言われるもの)の多くに言えることでしょう。
※ここで「多くに」という言い方にしたのは、
>>987 を受けてのことです。※
991 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/11(金) 23:34:49 0
>>979 :ネコの味方 :
>物質を素材として何が“世界”たらしめているのだろうか。法則?
質問の意味が良くわかりませんが、人の意識ではないでしょうか。
「世界観」が世界を作っている、勿論幻想として。
世界は認識できるものの全てなんだろうから。
992 :
バード :2007/05/11(金) 23:38:24 O
感覚それ自体は持続しない。かも。 記憶において持続する。かも。 感覚は絶えず更新されるが、記憶においてはその限りではない。かも。 意識は、変化を真に捕らえているか????
993 :
素人 :2007/05/11(金) 23:40:05 0
994 :
ネコの味方 :2007/05/11(金) 23:41:37 0
>>986 「おれには法隆寺やモナリザの意味も価値もわからん」と言えばいいのです。
粒子がどうのこうのというのは、それらについては何も語っていないし、
こけおどしにもなっていない。
あなたの主張は意味を捨象した、つまり無意味な一般論です。
外界って何よ?w
996 :
素人 :2007/05/11(金) 23:43:21 0
>>994 似顔絵は、なぜ似るんだろうね・・・w ( ̄ー ̄)ニヤリ
997 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 23:49:39 0
>>979 >>987 >>988 と、いうような、自己創発によって進化する宇宙象、それも、
物質/生命/心を問わない文字通りの全宇宙全ての進化の背後に共通する法則を見出そう、
という、まあ、壮大すぎる思想に取り組んで居る人が、最近ようやく哲学板にもスレが出来たという、
ケン・ウィルバーの「インテグラル思想」。
ネコの味方さんが満足の行く答えを得られるかは判らないけど、まあ、読んでみたら?
998 :
ネコの味方 :2007/05/11(金) 23:50:34 0
>>987 >>988 すみません。たどたどしい質問を要約していただいて。
次のスレが立てば、改めてお聴きします。
999 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/11(金) 23:51:16 0
>>987 :考える名無しさん :2007/05/11(金) 23:18:51 0
分子原子は物質です。
こころ、倫理は意識の問題です。
以上の二つは違う範疇であり、比較論じることが出来ない。
それぞれ基底でも上位でも下位でもない。
重要なのはそんな別の範疇を脳はごちゃ混ぜにして意識化する。
脳の不思議な働きである。
人間の顔には目や口がある。
目というものは取り出すことが出来る。
しかし口そのものは取り出せない。
目は構造物を示すのであり、口は機能を表す。
>>979 素粒子−素粒子は核力で、原子核−電子と、原子−原子は電磁気力で結びついて作られていますが、
聞きたいのはそういうことじゃないよね?
私が以前に書いたものだけど。
> 1.以前には存在しなかったが、それより下位の構造から生まれた
> 2.時間経過と共に種類を増やした
> 3.ある程度種類を増やしたところで、上位構造の基礎になった
この、自己創発性は、物質の世界にも、生物の世界にも、心の世界にも見られる。
Uクォーク、Dクォーク、etc ・・・ > 原子
水素、ヘリウム、酸素、etc・・・ > 分子
ミトコンドリア、葉緑体、核・・・ > 真核細胞
喜び、悲しみ、怒り、etc・・・ > 心
善悪、罪と罰、強者と弱者 > 倫理
1000 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 23:51:21 0
>>988 >「何故素粒子だけの状態が永遠に続かなかったのか?」
意味不明。今だって続いていますよ?
粒子間の距離が違うだけで。エネルギー状態が変化しているだけ。
>なぜ構造が発生するのか?これは還元したって答えにならない。
還元とか関係なく、それ自体が物理状態なんですよ。
いきなり多粒子系に行かず、2粒子で考えてみてはどうですか。
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