2 :
考える名無しさん:2005/10/24(月) 21:48:59
2
4 :
考える名無しさん:2005/10/24(月) 21:51:25
答えなんてないってことだろ
もうこれで終了ね
語るだけ無駄だと前スレで結論出ている。
不毛だな
8 :
考える名無しさん:2005/10/24(月) 22:29:32
人を殺しちゃいけない理由は、誰かに殺して欲しい、なんて思う人が殆んどいないからじゃん?
自分がされて嫌な事は人にもするなって事で。
ああ、俺の哲学は不毛だよw
そして前スレで語られたことも不毛でしかない。
不毛でない哲学を語ってくれよ
>>9
>>10 馬の耳に念仏というのも不毛な行為なんでな。
12 :
考える名無しさん:2005/10/24(月) 22:39:44
13 :
考える名無しさん:2005/10/24(月) 22:40:07
人を殺して良いのか悪いのか?
ここは哲版なわけだから、「殺人そのもの」の善悪を問うているんだよね?
ってことは、「目的論」を認めるか認めないか?って話だから、
「神や人間の理性」の存在を信じているなら、当然立場ははっきり
しているし、「この世はただの物理現象で、あらかじめ目的や意志などない」
と思っているなら、殺人を悪だと決める本源的な要素は無い。と言えるわけよね。
この世に「あらかじめ備わった目的」があるのか無いのか、哲学的に
答えが出ていないのだから、この命題にも答えは出ない。
論点は、「目的論」の是非に尽きる。
14 :
考える名無しさん:2005/10/24(月) 22:48:12
結局人間が人は殺したらだめって決めたからだめなんだと思う。
実際、自分も何のために生きてるか分からないけど
生まれてきた限り楽しみたいし殺されたくないかな。
多分多くの人がそぅ思ってるから願いが実現されるために決めたことなんだと思います
今のところ人を殺してはいけないが人間が考えてる良心だから かな
スレ主さんはどう思ってるの?
15 :
しろうと ◆AUSirOutoE :2005/10/24(月) 22:58:45
いい加減飽きるんですが、また違う視点で答えます。
まず、スレタイの問いをより操作的に変形してみます。
「人を殺してはいけない」という殺人禁止規則が、どうしてかくも事実上存続しているのか。
それは「自分が一人しかいないため、殺す効用より殺される害が大きい」事が理由でしょう。
参考までにマトリックスで書いておきます
//他者 殺さない 殺す
自分
殺さない 0,0 −100,1
殺す 1,−100 −99,−99
法律とそれを支える暴力装置が機能している場合、
例えば殺せば死刑になるのが確実なら、明らかに損なので、
囚人のジレンマがおきにくいのはお分かり頂けると思います。
しかし前提が崩れれば、当然殺人禁止規則も存続できません。
たとえば自分が崇高な共同体に属し一人ではないと考えれば、
自分の命と引き換えに誰かを殺しても価値が見合うことになります。
16 :
考える名無しさん:2005/10/24(月) 23:07:44
人を殺して良いとか悪いとか、人間って尊大だよな。
他人の命を如何にかしていい権利は誰にも無いだろ。
神にでもなったつもりかよ。
まあ、そういう意味では神つうのも尊大だよな。
18 :
考える名無しさん:2005/10/24(月) 23:14:11
だからさー、人間の利害で計ったり、常識の範囲の議論なら
哲版でする必要ないんだよ。
社会的常識で言ったら、「人を殺して良いとはいえない」のが当然だろ。
哲学的に議論するなら、「根源的」なものでなきゃね。
俺はこの世界に「もとからあった目的」とか「神」があるとは
思わないから、人を殺してはいけないということは無い。と答えるね。
>人間の利害で計ったり、常識の範囲の議論なら 哲版でする必要ないんだよ。
そうでもないでしょ。倫理学の有力な考え方は「功利主義」なんだから、
人間の利害で計るのさ。他に、ものさしなんかないとも言える。
あなたの考えで行けば、「神がなければすべては許される」の一言で終わり。
20 :
考える名無しさん:2005/10/24(月) 23:20:16
無条件に神と法を受け入れる事で生じる秩序こそ根本的で、
自由思想はそこからの逸脱だ、という立場もあるんだから。
けっきょく水掛論になるとおもわれ。
21 :
考える名無しさん:2005/10/24(月) 23:24:34
殺すって言っても「正当防衛で殺す」はちょっと違うんじゃないか?
状況によって「殺す」という事でもいろいろあると思うのだが
前スレで戦争でとかの話をしていたが、特殊な条件下でない時の殺しについて考えないか?
特殊でない条件下以外での殺しが許されるならば、
特殊な条件(しかたのない状況)での殺しは許されるだろうから。
「戦争中に、敵である人を、殺してもいい」といっている国家は
「いつでも、だれでも殺していい」って言ってるわけじゃないんだから
話をいきなり身近な問題としてとらえるのはおかしいんじゃないかな?
22 :
21:2005/10/24(月) 23:28:03
4行目「特殊でない条件下以外」→「特殊な条件下以外」訂正
23 :
考える名無しさん:2005/10/24(月) 23:34:26
あーくだらねー
25 :
考える名無しさん:2005/10/24(月) 23:38:16
>>19 >あなたの考えで行けば、「神がなければすべては許される」の一言で終わり。
神がなければ、許すも許されるも無い。
26 :
考える名無しさん:2005/10/24(月) 23:40:55
>>13 階層という考え方があるよ
分子のレベルと気象のレベルでは同じ水でも現象が異なる
雪や雨や霧や雲みたいにね
人間は分子で構成される物理的存在でも価値観の階層もそれはそれで存在するのさ
27 :
考える名無しさん:2005/10/24(月) 23:43:12
アリストテレスの言う目的因という思想は、神への信仰や
自由意志と言う思想に変化して今でも生きつづけていると
思われるけどね。自分の自由意志が自分の自由を阻害して
いると思いつめると、人はニヒリストになるが、それは
あくまで例外だと思われる。
28 :
閑人:2005/10/25(火) 01:34:23
なぜいけないのか?、って訊かれるとなぁ。
いけない理由を答えないとダメってことだよね。
ただ、どんなにいけないことだったとしても出来ないことではないよ。
「他人を殺しても良い」という問題はそう安直には言えなくて、殺してもいい
と認めることは実際「自分を殺しても良い」ことも認めることになる。
だからあまり人は殺すことを選ぼうとはしないという見方になるかな。
ただ、人間が本質的に殺人ということをしないものだということを論証したい
となるとまた話は別だね。
29 :
ゾルレン:2005/10/25(火) 04:37:29
もし、われわれが義務をもつとしたら
殺しを禁止することはわれわれのもつ義務の代表的なものとなるだろう
なぜならば、存続しないことを義務とするならば超実論的なパラドクスに陥るのだから
となると、このスレで意見が分かれる人の論点は
われわれに義務を認めるかどうかということになるのではないだろうか
30 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 07:24:23
結局、人は殺していいということか
31 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 07:43:33
人は殺してはいけないと感じる人が多いのは事実
それは本能だね
それを社会のルールにしたほうが多くの人の価値観にあう社会が
できるってことだ
32 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 08:06:19
「人を殺してはいけない」という規範は、哲学の問題でなく、
遺伝子に起因する現象と捉えたほうがいいかも。
遺伝子に、あらかじめ同種の遺伝子を消滅させないプログラムが組み込まれているのかもしれない。
そして、そのプログラムが発動しているため、人間には、「人を殺してはいけない」という規範が生じるのかもしれない。
この仮定に基づいて考えてみると、「なぜ人間を殺してはいけないのか?」と問う人間や「人間を殺しても」いいと言い切ってしまう人間の遺伝子は、機能不全に陥っていると言える。
ふと、そんなことを思ってみた。
33 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 08:12:00
結局、人は殺していいとということかw
34 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 10:21:28
35 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 12:04:33
>>34 神がお許しになって、実際人間は人を殺せるから。
殺せない人は、お許しになってないから、殺せないんだろう。
36 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 12:09:41
神が倫理をつくり人間が法律をつくる。
神>人間
人を殺してはいけない⊂倫理
∴法律(状況)どうであれ、人を殺してはいけない。 証明終
37 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 12:11:50
神が許しても社会が許さなきゃしょうがない
人殺しのために全てを失うんじゃ「いい」とはいえねーよん
38 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 12:18:15
35の「神」は、35に殺人を容認したのか?
39 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 12:19:57
40 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 12:22:37
>>39 ありまくり
ちょっと気を緩めると人殺しの妄想に耽ってる
41 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 13:30:19
ごみスレだからゴミ箱に捨てるぽ
結局のところ重罰になるということを理解した上で殺したいんならしょうがない
43 :
神学者皇帝位 ◆GPUTZaXShU :2005/10/25(火) 14:04:33
日本で最もえらい人が殺してるんだから殺していいに決まってるだろ。
日本書記より、武烈天皇の記録
「二年の秋九月に、妊婦の腹を割いて、その胎児をご覧になった」
「四年夏四月に、人の頭髪を抜いて、梢に上らせ、登っていた者を落として殺すのを楽しみとされた」
「五年夏六月に、人を池の堤のひに伏せて入らせ、外に流れ出るのを、
三又の矛で刺し殺すのを楽しみとされた」
「七年春二月に、人を木に登らせ、弓で射落としてお笑いになった」
「八年春三月に、女を裸にして平板の上に座らせ、馬を面前に引き出して交接指せた」
「女の陰部を見て、潤っている者は殺し、潤っていない者は召しあげて官婢とし、これを楽しみとされた」
日本で最も偉いひとが人を殺しているから、
あなたも殺されるんですか。
それとも、
日本で最も偉い人と私は似たようなもんだと
45 :
神学者皇帝位 ◆xG54zgJHKY :2005/10/25(火) 14:47:29
いいですか、これは系譜学なんですよ。道徳の始源は身分法なんです。
古代天皇は罪に問われなかった。これはハンムラビ法典や中世の領事裁判権と同じ。
つまり権力がブルジョワ市民へと分散するにつれて、現代の道徳ができあがったんです。
ゆえに道徳とは権力という下部構造に左右される流行に過ぎない。
46 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 15:19:36
「人を殺してはいけない絶対の理由などない」
これが答えだろ。
違うというなら覆してくれ。
>>46 理由はある
社会集団の秩序構築で一番肝要なものだからだよ
人を殺していいのは社会集団が決めた場合のみ
とすることで秩序の維持が可能となる
国で言えば、これが国家権力というものだよ
人を殺してはいけないということは真理か
49 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 15:46:15
>>47 アホくさw
社会集団が「死ね」といったら死に、
「殺せ」といったら殺すルールだろw
馬鹿か、おまえw
50 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 15:47:26
人間の行動を抑制する絶対的な理など存在しない
人のつくりし法によるのみ
神の存在を持ち出せば可能だが
52 :
神学者最高位†:2005/10/25(火) 15:51:52
>>45 系譜学ではない。道徳は神からの啓示であり、
単なる権力たる下部構造から生ずる流行ではない。
>>49 そのルールがなければ秩序が維持できない、これは理だろ
秩序維持のための必然といえばわかるか?
54 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 16:05:02
>>51-52 あたりまえだろ。
理は欲求行動の道具に過ぎない。
道具がその使用主に、とって替わる事などないw
神に道徳?笑わすなw
神も同じよ。人間が創り出した道具の一つ。
そんなヘナチョコに人間を抑制できるかよw
>>53 社会秩序は手段にすぎない。一番目じゃないのよ。
人にとって何より大事なのは「自分が」生きること。
人は社会秩序維持のために生きてるんじゃないw
胸に手を当てて考えてみろ、すぐわかる。
>>54 >人にとって何より大事なのは「自分が」生きること。
これこそ真理とはほど遠い 単なる欲求行動だろう
生きる理由は何かを思考している次点で真理から遠ざかっている
「人を殺してはいけない」とは秩序維持の必然
これ以上でもこれ以下でもない
56 :
神学者皇帝位 ◆xG54zgJHKY :2005/10/25(火) 16:38:59
>>52 インド最古の法典マヌ法典 の原題は「マヌ・スムリティ」であり、
「人類の始祖マヌに発するダルマに関する教え」を意味する。
マヌ法典は王と刑罰の創造について語る。
それによれば、人間社会は当初いたるところに恐怖と混乱がはびこっていた。
創造主はこれを鎮め、人々を守護するために王を創造した。
王は神々により刑罰を課す
権限を与えられた。この法思想を次のように表現している。
「全世界は刑罰によって統制される。刑罰を恐れることによって全世界は食事を楽しむことができる。」
つまり神は司法権を王に与えたのだよ。ちなみにマヌ法典の刑罰も身分制である。
57 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 16:54:09
>>55 社会より自分が大事、は真理だが異論あるのかw?
あるなら述べよw
社会ってのは自己維持の手段なのよ。
そう機能してる間だけ存在を許される。
そうでない場合、その社会は転覆される。
砕いていていえば、一時的なものってこと。
そんなものが「人の第一義」なわけナイだろが、このナチスw!
58 :
神学者皇帝位 ◆xG54zgJHKY :2005/10/25(火) 16:57:30
最高階級であるバラモン殺しと、他の階級殺しは罪の大きさが異なる。
ちなみに弟が兄より先に結婚するのも「準大罪」という犯罪である。
59 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 16:59:55
罪・・人間の創った最大の失敗作のひとつ
いまだに生き残ってるのが不思議なぐらいw
60 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 17:01:35
>>57 ナチスはかわいそう。キムジョンイルにしといてやったら?
>社会より自分が大事、は真理だが異論あるのかw?
真理?「大事」とかいう主観的なものが「真理」?
笑うとこですか?
「人の第一義」?そんなものはないよ
あるとすれば人であり、生きているということのみ
「人を殺してはいけない」とは秩序維持の必然
といっているだけ
集団の恒久性とか人間の定義づけを語られても
意味がない
しかも下っ端w
64 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 17:33:07
よく戦争を例に挙げる人が居るが、戦争を指示してる人(国家権力者)は戦争に出ることは無い。
ブッシュ、フセイン、ビンラディン、アナン等。
前線に出ることは無いので実際に人を殺しては居ない(間接的に殺しているに過ぎない)
実際に戦争しているのは名も知らない兵士。
殺らなければ殺られる戦場で、言わば自己防衛で殺しているような気がする。
いや、多分実際に戦場に出た人で無いとわからない事だろうが、
人が人を殺すのは非常に勇気がいる事だろうと思う。
殺人事件で人が死ぬ場合、犯人は以上に興奮していたり、
気が触れていたり(まともに会話できない)と良くニュースで耳にする。
狂気に走っている人間を、普通の人間と見るのはどうか。
前者にしろ後者にしろ「普通の人間で平然と殺す事」が出来てない以上
誰しも人を殺してはいけないと心の中で思っているのではないか。
ここで「殺していい」と言っている人はただの平和ボケか、現実が見えていない。
65 :
神学者皇帝位 ◆xG54zgJHKY :2005/10/25(火) 18:30:00
罪の起源は秩序維持と復讐心である。そのため刑法化すると、
身分法と復讐法になるのだが、例外的に、律令以前の日本ではスサノオの「みそぎ」のように、
罪を祓う「儀式」が被害者と加害者の和解として行われる。
これが唐から律令が伝わって以降は身分法に変化する。
66 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 18:32:25
絶対に人を殺してはいけないとは言えないけど、人を殺していいとも言えないな
67 :
ゾルレン:2005/10/25(火) 18:45:14
「人を殺してはいけない」てのは事実について叙述しているのかいな
68 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 18:55:57
また出たんだこのスレ。
70 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 19:14:41
うむ、俺のねらい通りだ
71 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 19:16:52
>>61 そそ、きみの言うとおり「人の第一義」があるとすれば
人であり生きていること。
社会維持じゃないこと、よ〜くわかってるじゃないかw
同意、ありがと♪
でも、社会の秩序維持が手段であり、人の目的でない
ことが、まだわからないみたいだね、お馬鹿さんw
社会の代表は国家だが、国家は自国の秩序維持の
ために敵国を設定し、「人を殺して来い、勲章やる!」と
人殺しを命じる存在。
「人を殺してはいけない」ばかりが、社会秩序じゃないのよw
その時々、ご都合主義で規範を変える・・それが社会。
で、おまえはその忠実な家来w
戦争になったら、社会秩序のために真っ先に特攻だろw!
>>62-63 ゴキブリに山賊(人)と呼ばれて余は満足じゃ♪
近う寄れ、ゴキw 褒美をとらすw
72 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 19:24:18
>おまえはその忠実な家来w
俺達の間違いだろ?
お前もその社会の一員ではないのか?
73 :
神学者皇帝位 ◆xG54zgJHKY :2005/10/25(火) 19:25:25
「市民が市民を、あるいは外国人が外国人を同様な事情(正当防衛)で殺しても、汚れなき者とする。
…しかし奴隷が、もし自己防衛のためであっても、自由民を殺した場合は、
父親を殺した者と同じ法律が適用されねばならない。」(プラトン「法律」)
74 :
閑人:2005/10/25(火) 19:27:07
>>68 うまく伝わらないかもしれないけれど、「人を殺してはいけない」ということ
が「人は人を殺せない」ということになれば事実なんだけど、実際にはどんな
に人を殺してはいけないといっても「人を殺せる」。
殺人は常に有るわけなんだから、「人を殺してはいけない」というのは概念で
しかない。それが何故か?、ということになれば、67さんの言う問いは成立す
るんではないのかな。
『実際には殺人は有るのになぜ人を殺してはいけないという考えがあるのか?』
というのがより本質的な気はするんだ。
そう考えると、48さんの「人を殺してはいけない絶対の理由などない」は確か
にそういえるとは思うけど、『何故人を殺してはいけないのか?』の「何故」
はどうしてそういう考えが浮かぶのかとか存在するのかという問いにも考えら
れるんだし、そこはどうなんだろう。
76 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 19:30:23
>>72 ではないw
だいいち社会に対する認識が違う。
おまえは社会の従属物。
依存症といってもいいw
俺は独立した人間。社会は俺の従属物だってことさw
大違いだろw
77 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 19:32:53
>>75 だって、このスレ、ゴキしかいないんだもんw
人間相手したくてもさ・・、なぁ、そうだろ、ゴキw !!
78 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 19:34:36
人を無差別に殺していい状態と言うのは無法状態で社会秩序はないと断言できるのでは?
79 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 19:39:00
>>78 人は自分が生きてればイイのよ。
他国や他人の命より、自分と愛するポチのが大事ってこと。
おまえなんか、その典型にみえるがw
きれいごとばっか言って、実はなんもしない。
ウダウダ妄想並べるだけ。
ただの引きこもりじゃんよw
80 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 19:40:27
あ、引きゴキだった? そうならゴメンw
81 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 19:41:34
>>76 その理屈はおかしい。
個人認識の違いなど国にとってはゴミに等しい。
82 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 19:43:05
てか、さっきからコイツのスレ見てたら程度が知れるな。
厨房相手にしてもしょうがない。
83 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 19:43:06
いや、人は一人じゃ生きられないし、現に助け合って生きているじゃないか。。。
84 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 19:43:54
>>81 民主主義つ〜か民主国家を知らないようだなw
脱北してきたばかりなのか?
85 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 19:45:06
>>79 そうかな。
別に今すぐ死にたいというほど人生に絶望してるわけじゃないが、
どうせこのまま長生きしても、大して幸せなことがあるとは思えない。
仮に、心の底から惚れた女や、何が何でもやりたいことにめぐり合えたら、
そのために死ぬというのもあなたがち悪い選択とも思えない。
87 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 19:49:59
>>86 そんいう女が見っかるまで、国家に戦争すんの待ってもらえw
ありそうもないおまえの未来の話、されてもなぁw
88 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 19:53:11
89 :
神学者皇帝位 ◆xG54zgJHKY :2005/10/25(火) 19:57:08
高校とか大学の教科書にホッブス=民主的でない=ダメとか書いてあるがバカげてるな。
主権の非分割性てのが何のために主張されてるのかまるでわかってない。
>>82 レスみて思ったが、そいつはリアル厨房だろ
>>87 >そんいう女が見っかるまで、国家に戦争すんの待ってもらえw
なんで?
>ありそうもないおまえの未来の話、されてもなぁw
ああ、都合の悪い可能性は除外しないと成り立たないことを言ってるわけですか。
まだあったのか、お前ら不毛な話好きだなw
93 :
神学者皇帝位 ◆xG54zgJHKY :2005/10/25(火) 20:26:09
>>86 要するに実存主義だろ。確に実存>>>>>>>>>>人類・国家・道徳だよね。
この認識を誤る者は、生涯地を這う
「実存」って何? 単に「自分」でしょ。
自分>>>>>>>>>>人類・国家・道徳。
実存主義じゃなくたって同じことよ。
95 :
神学者皇帝位 ◆xG54zgJHKY :2005/10/25(火) 20:41:57
いやまーそうなんだけどね。
96 :
高校生:2005/10/25(火) 20:45:23
だーかーらー
人を殺すことは人に殺されることと背中合わせ、だから人殺しはどこでもタブー
じゃあ動物は殺していいのか?
昔、黒人は奴隷として使われ、動物のようにあつかわれていた。
白人が白人を殺すのはだめ、
白人が黒人を殺すのはOKって時代もあったと思う。
ほかには、身分によっての差
貴族同士の殺しはだめ
貴族が平民を殺すのはOK
つまり人をころすとゆうことと自分がころされることは表裏一体なので
自分に近いものはころすことはできない。
白人は黒人を、貴族は平民を自分と全くちがう世界に生きている動物と
考えていた、しかし近年
97 :
高校生:2005/10/25(火) 20:50:30
昨日違うスレにかいたのをコピしたお
動物学者コンらーとローレンツの本に
動物をみて可笑しいと思うのはその動物を人間に投影しているとゆうことを
書いてあった。つまりおおざっぱにゆうと猫の赤ちゃんをかわいいとおもうのは
人間の赤ちゃんを子猫に投影しているとゆうこと
つまり動物殺しは人間にちかいほど、人殺しに性格がちかくなる。
子犬や子猫をころすのと、虫けらをころすのは虫けらをjころすほうが
心はいたまない人がおおいし、まず普通の感覚。
つまり
98 :
閑人:2005/10/25(火) 20:53:00
>>78 「人を殺してもいい状態」ということを「無差別に殺せる状態」ということで
言っているわけではないと思うんだけど。
いくら法や社会秩序があっても、「人を殺せる状態」ではあるよ。それも大
半は「無差別に殺せる状態」ではあると思う。ヒトラーだって何回も暗殺未遂
されてる。常にその自由はあると思う。殺すことが困難な状態ではあっても、
殺せるという可能性においてはそれをなくすことは出来ない。
それに人を殺すことが絶対的にいけないということになると、殺される場合
には殺されるままになることを受け入れるということにもなってしまう。そう
なると、「人を殺してはいけない」というのを殺されたくなくて選んだはずが
「私は殺されてもいい存在です」ということになる。
そうなるのを避ける為に、人を殺した人は刑務所などで「人を殺してはいけ
ない」という秩序を逸脱したものを社会から追放する。時には『死刑』という
「人を殺す」という自己矛盾した方法によって。
それは社会制度や法としての問題で、哲学板であるから、問題点は違う箇所
に求められるべきではないのかな。
99 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 21:02:52
ここの住人にこの課題は荷が重すぎるんだよ。
もっと哲学的観点で語ってくれよ、ほんと不毛すぎwww
100 :
閑人:2005/10/25(火) 21:04:21
>>96 「人を殺すことは人に殺されることと背中合わせ、だから人殺しはどこでもタブー」
そうして理由を規定することが難しいからこじれてくる。
同じ流れで『人を殺すことは人に殺されることと背中合わせ、だから人に殺される
ことを覚悟すれば人を殺すことはよろしい』というのも論理的にはおかしいことで
ないはずだよ。
もし、そのタブーで殺人がなくなっていれば、「なぜ人を殺してはいけないのか?」
という問題提起はされていない。
タブーなのに殺人が存在する。それなら殺人はタブーではないのかもしれない。そ
れなのにタブーである気がする。
そこが問題になる。
102 :
高校生:2005/10/25(火) 21:32:48
むうう、じゃこにゃのは?
たとえば肉食性のおたまじゃくしは餌が豊富にある場合、餌である水生昆虫などを
食べている。しかしえさが少なくなると共食いを繰り返し、その内の何匹かが
カエルになりその他はは餌となっている、人間にたとえるとご飯がなくなって
人を殺して食うとおきかえてみる。さて人殺し=同属殺しとかんがえるとこのカエルは
餌の少ない時期、全滅するか、人殺しをして一部を成長させるかを選択の結果
後者を選んだことになる
103 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 21:37:47
>>102 古代中国でも人が人を食って飢饉を凌いでましたね。
てか、人間は共食いをした事で知能を得たとの説があるってどこかで読んだな・・・
104 :
神学者皇帝位 ◆xG54zgJHKY :2005/10/25(火) 21:38:40
「人に殺されたくないだろ?だから人を殺すな」ってやつは完全にフリーライダー問題を見落としてるな。
例えば「人に殺されたくないだろ?だから戦争の時は国外に逃げろ」も成り立つんだよ。
選択肢は無数にある。
義務は可能を条件とする
不可能な義務は非合理的だ
物理的に殺害を行えるという可能状況は
殺人の禁止が義務として成立することを主張しえても
その逆はできない
ゾルレンは「〜と思う」「〜と感じる」「〜と欲する」「〜だと幸せ」という
ザインの一部に過ぎないと思う。
108 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 21:45:11
この場合このカエルは人殺しを肯定した進化をとげてきた。
さて人間の場合はどうか?おそらく原始時代、人食い人種にみられるような
人食いはあったのではないかとかんがえられる。また部族間の戦闘で
人がしぬこともあったであろう。
しかしこの場合の殺人は自分の集団に属さないものにたいしてであり
自分の集団とそれ以外をわけて考えていたと思う。人間と
カエルとの差は社会性であり集団内における同属殺しは自分の集団を弱体化
させるためタブーになったのではないだろうか?
そのため自集団の不利益になるものが現れたとき、集団名においての
死刑やリンチ、などがあるとか買いいててわけわかんないよ
109 :
高校生:2005/10/25(火) 21:46:29
生きててすいません
110 :
神学者皇帝位 ◆xG54zgJHKY :2005/10/25(火) 21:50:30
>>106 義務とか当為とかは要するに言葉遊びに過ぎない。
脳内物質に「よい物質」も「悪い物質」もないよ?
緑地化・過剰な食料生産と土地の枯渇・人口増加も問題であるけれども、
土地が秘密裏に塩を含んでいることが判ってしまった。
もっと沢山水を蒔いて、全部塩を出し得ますか。
112 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 21:57:07
113 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 21:57:53
何このスレ
一日で100かよ
114 :
閑人:2005/10/25(火) 22:00:11
>>102 ん?
それだと、人殺しは種の存続のために行われる、ということかな。
バッタとかだとそういう場合は生殖能力がなくなったり大量自殺が起こった
りで個体数をその餌で存続可能な数までに減らすこともあるから、それを選択
肢に入れない問いかけは、やや恣意的になってしまわないか?
もし、そのオタマジャクシが共食いをしなかったとしたら、それは倫理や秩
序を持っていたと考えるわけではないんだよね?
97で言ってたことを思うと、その場合をオタマジャクシなら認めても、より
人間に近い存在と感じる猫の場合には認めないということになるのかな。
こうなると、主題がずれてくぞぉ。
115 :
高校生:2005/10/25(火) 22:05:21
書いてるうちにだんだんわかんなくなってきちゃったんだー
なんか頭がぼーってしてさ目がしょぼしょぼしてきてのどがすごく
かわいてきて、なんかぼんやりとした不安な気持ちになったので
また考えがまとまったら書きます。今日はねます。
みなさんに幸あれ
116 :
閑人:2005/10/25(火) 22:18:14
>>108 集団の利益とか、そうした中で殺人のタブー化の仮説を立てるのは出来る。だ
けど、それは歴史学や社会学や人類学での解釈になるかな。それはそれで哲学
的といってもいいけれど、その場合は「人間は社会的な存在である」という前
提が必要になるよね。その前提から生まれた結論はそうしたものになるんだと
思う。
ただ、それこそ哲学ではそうした「人間は社会的な存在である」とかいう前
提が生まれたらそれが社会学として分科し、「人間は時間系列の存在である」
とかいう前提が生まれたらそれが史学として分科したりして残ったものなんだ
と思う。
そうした前提は属性であって、その問いかけの答えは様々あるし、その前提
によって規定される。
だからそうした前提を切り捨てていってなおかつ残った問いかけとして「な
ぜ人を殺してはいけないか?」ということを考えてみてもいいんだと思うな。
歴史を基にすれば、歴史の発見を待たなくてはいけなくなるし、オタマジャ
クシとかの生物学や生態学を基にすれば、様々な種の存続条件を調べなければ
ならなくなる。オタマジャクシが土を食べ始めた!、とかで見解をいちいち変
えているような依存性は賛意しかねるな。
そうしたことはすべて前提として知で想起し、論理的な展開から批判してい
くべきものでないと、哲学は学として独立できなくなるよ。
馬鹿か、おまえらw
人を殺してはいけない、と「誰が」言ってるんだ?
「誰が」抜きの間の抜けた会話すんのヤメれ。
いけない、は誰かが誰かに言う文句だぞw
言われたのがおまえだとして、
いったい「誰に」言われたんだw?
「国家」だというなら、国家はまず自らが人を殺すのをヤメれ。
できやしないがにゃw
いざとなったら、私や私たちという一部の人類にために
他の人類を殺せる余地を残しとかなくちゃならないんだから、
そんなタワゴト言えるわけがない。
殺人OK、が現代社会の暗黙のルール、実態なのよw
118 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 22:46:33
>>117 だから殺したら捕まっちゃうじゃん
ヘタすりゃ死刑だよ
無罪じゃなきゃ駄目と同じなんだよボケ
私を助けると、
植林をするので二酸化炭素が削減されます、
二酸化炭素は地球環境のためになります。
それだから、私を助けるべきですし、
あなたが私を助ける行為は立派であって、正しいのです。
120 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 22:49:11
まぁ「人は殺しちゃいけませんよ」と言われたことがないならそれでいいん
じゃないの?
現代社会の暗黙のルールって言うのが悲しいな。
有史以来、人類誕生以来、となぜ言わないの?
121 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 22:50:28
>>117 馬鹿って言った奴が馬鹿なんだぞー厨房w
122 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 22:54:25
123 :
閑人:2005/10/25(火) 23:02:54
>>117 馬鹿だと言われるのはいいけど、その言い分に混乱があると思うんだ。
実態とのずれがあるから問いかけの意味を考え直そうという意味で書
いてきたし、それは主語の問題よりもっと本質的な問題。主語の問題と考
えるなら分析哲学として考えるといいのかもしれない。
それに『殺人OK、が現代社会の暗黙のルール』なら、「なぜそれを実際の
ルールにしないのか?」という問題も提起される。
それに
>>118-123の馬鹿ども
「誰に」人を殺してはいけない、と言われたんだ?
まず、問いに答えてみろ。
もし法(国家)だというなら、
国家(法)に人を殺す権利を与えるな。
で、殺人禁止を憲法に盛り込ませろ!
おまえがそうするというなら、
「人を殺してはいけない」という主張を許すぞw
>>122 事実の確認もできないおまいらが哲学だと?
ちゃんちゃらw
がははは!
125 :
閑人:2005/10/25(火) 23:08:14
変なところで残しちゃった。書いちゃえ。
それ(殺人OKを実際のルールにすること)に対して117さんなら
『そうすると実態を理解しないバカ共が騒ぐから』とでも言うかもしれない。
でも、その「バカ共がそう思っているのはなぜなのか?」と言うのに答えて
くれるなら、このスレに対して一番適切な態度になるとは思いませんかね?
126 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 23:12:54
127 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 23:14:21
124の耳から脳味噌がこぼれてる!
128 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 23:14:32
とりあえずこれは人間の話だから、オタマジャクシとか出すのはちょと違う気がします
自分で考えてみたら、多分「人を殺してはいけない」のはその人がそう思うから。
人を殺してもいいって思う人は現に殺していますよねー(多分
人間でも他の生物でも「生きよう」と思うのは本能で「殺していけない」と思うのは
生きようとする本能+理性 からくるものだと思います!
理性が発展してきただから・・・ +現代人の間においては「人を殺す」のはダメなこと
周りのことも考えられるようになった のかな・・?
でも個人の考えにおいてはどっちとも言えないよーな・・・・
ただ、実際に人殺してしまったら理性というものからあるばかりに法律というものが作られたばかりに逮捕されちゃう?!
理性とかなかったら結構何でもありだと思います
やっぱ厨房というのを言い訳に変な文だと思うけど何方か意見お願いします。笑
皆、哲学的観点から語らないか。
殺すところが無い、殺すということがいけない、殺すことが当てはまらないことが考えられる。
一つ、それはそういうところが無いんじゃないのか。 二つ、殺すことを用意しては駄目でしょ。
三つ、それが殺すとなると、大事だ。
無実であるということがある、殺すまでもないんじゃないの、そんな場合はあって欲しくない。
悪意を用意して人に対すること、寛容の精神、道徳。
131 :
閑人:2005/10/25(火) 23:17:03
>>124 国家や法以外にも想定して対応してもらえると手間が省ける。
この問いを見たときに、国家や法を思ったのならそれは政治学と法学の立場
であって哲学の立場ではない。それを自覚して哲学板になぜ書くの?
本題に答えないとまたなんか言われるね
母親や父親や共同体の中の人や書物や言う人はたくさんいるね。
けど、117さんに対してなら、主語がないのは一番当たり前のものが省略さ
れていると考えたほうが日本語の場合はよさそうです。
ここのスレの問いは「私はどうして人を殺してはいけないと考えるのです
か?」とまですれば曖昧さは消えますか?
人類に平和な時代なんてなかったのに平和という概念があるのはなぜ?
真円なんていうものが事実上はないのに円ていう概念があるのはなぜ?
こうしたものと同種のものだと思いますよ。
>>123 俺が本質を教えてやってるのがわからんの?
>>125 「バカ共がそう思っているのはなぜなのか?」だと?
よく考えもせずに規範やスレタイを鵜呑みにする習性
からに決まってるだろw
>>128 俺の理性は、殺したいなら殺せだと言ってる。
「まだ殺したいと思ったことの無い俺」がそう言えるのは、
理性を働かせた結果なんだがな・・。
わかるか、言ってる意味?
>>124 同じ問いをお父さんお母さんにしてみなさい、答えがわかるよ、ぼく。
>>124 >もし法(国家)だというなら、
>国家(法)に人を殺す権利を与えるな。
何でわからんのだ君は。各個人の利益のためには社会秩序の維持が
必要で、そのためには個人から人を殺す権利(ホッブスの言う自然権)
を取り上げて、国家に独占させる必要があったというだけのことだ。
その国家も、好き勝手に人を殺していいわけではない。
例外的に殺していい場合は、厳密に法で規定されている。
何の矛盾もないだろ。何が不満なんだね。
135 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 23:23:00
>俺の理性は、殺したいなら殺せだと言ってる。
メンヘル行けよ基地外
非力で神経質な胃病持ちが、必死こいて手に入れた役得の権限でもって、
やっと集めた何がしかを大事にしたいという優しい気持ちがあるのかと。
>>131 閑のうえにアホを付けたほうが良さそうだなw
主語が「私」なわけないだろ、も〜アホクサw
「私」が、自ら進んで人を殺してはいけないなどと考えるか?
誰かに触発されてそう思うんだろよ。
「私」にあるのは、殺し「たい」か殺し「たくない」か、だけだ。
よく考えてみろ、
>>133 おまえの倒産母さんはナンテ言ってたんだ?
俺が親の言うことを鵜呑みにしたのは
学校に上がる前までだw
おまい、今でも続けてるのかw
138 :
閑人:2005/10/25(火) 23:35:19
>>132 「よく考えもせずに規範やスレタイを鵜呑みにする習性」
その場合になぜ規範は規範になったの?
規範と言う言葉を使った時点で自己矛盾をしていることになりかねないんだ。
もう一度言い直してもらわないと。
それにね、本質というなら本質がそうなのに「人を殺してはいけない」とい
う考えが存在するのが何故なのかを124さんには訊きたいの。
きっと僕の書き込みを読んでないんだと思うけど、殺人がダメだと言ってい
る人ばかりではないんだよ。実態はそうかもしれないのに、それをどうして人
を殺してはいけないなんて言うのかが哲学的な質問なんだ。
それほどバカだとかいえる問題ではないと思うよ。
なんだか、どんなに説明しても117さんには『バカだから人を殺してはいけな
いと思うんだ』というところ以上は進みそうもないね。
117さんなら、「人を殺すことはいいはずなのに人を殺しちゃいけないと思う
のは何故だろう?」ということが出発点になるのかな。
みんなはバカだというのなら、何故バカなのか?
みんなが規範に縛られているというのなら、何故それが規範足りえたのか?
そうなればここで書き込まれてきたようなことに考えつくんだと思うけど
139 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 23:36:23
>>137 バカ消えろ
ガキのくるところじゃねぇ!
140 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 23:39:55
人間「社会」の常識・・・・・・人を殺して良いとは一般的には言えない。
「哲学的」に(目的論を認めるのか、否か)・・・・・・・・「神的な存在を客観的に証明しない限り」1万年考えても、
答えは出ない。
「いけない」と言っているのが個人でも会社でも国家でも神様でも、
大した違いはないと思うのだが。
142 :
アホ閑人:2005/10/25(火) 23:43:13
>>137 おおっ、アホをつけるのは頭がいい。これは気に入ったぞ!
それならばさ、『人を殺してもいい』というのも誰かに触発されたものだって
ことだね。人の考えはすべて他の誰かに触発されるってことだ。
そうそう、こういうのが哲学的な問題の立て方だよ。
もちろんそうなると、そもそも最初に触発したのは誰だってことになるけれ
ど、それは僕には難しそうだから保留するとして。
要は、考えなんてものはなくて、「したい」か「したくないか」の欲求しか
ないということだ。
それではその「殺したい」という欲求は何故生まれるんだ?
143 :
考える名無しさん:2005/10/25(火) 23:47:18
国が人を殺す権利を与えるな?
こんな馬鹿なんで野放しなんだよ
刑法第199条 【殺人罪】
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは三年以上の懲役に処する。
以上が憲法で決まっている部分。
日本の場合は絞死刑
踏み板を落下させるスイッチは5つボタン式になっていて、
刑壇の右奥の壁に設置されている。
・・・5つボタンになっているのは、少しでも執行官の精神的な罪悪感と
自虐心をなくすため。
国が殺してもいいなんて考えてるならボタンは一つでいいだろう。
法律上人を殺していいのは、死刑執行人だけ。
お前が人を合法的に殺したいなら執行人になれ。
それ以外の殺人は、基本的に法律で禁止されている。
わかったならさっさと寝ろ、明日学校に遅れっぞ
>>138 規範が何か、わかってないよ〜だなw
俺のレスを読んでるなら、問いに答えてみろ。
問題の本質を避けて、哲学ごっこしよ〜よ、という提案なら
メンヘル行けw
ここはガキの来るとこじゃない、って誰か書いてなw
哲学が何かも書けないくせに、よく言うわw
>>142 ちょっとだけ哲学っぽいことを言ったな、ほめてやる。
>>143 北の人間かw
おとなしくキムジョンイル拝んでろw
なんなんだ?ここは・・・
厨房が一人いて、住人がスルーせずにレスしてるだけだ
気にするな
最近のガキはタチ悪いからなぁ
149 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 00:00:57
>>145 君は「国民に人を殺してはいけないと命じながら、国が人を殺すのは矛盾だ!」
と言って死刑廃止を主張するDQNの仲間なのかねw
死刑に限らず、刑罰は皆「犯罪」であって、国民が行うことは禁止されている行為。
だからこそ、法律に決められた場合にのみ、法律の手続きに従って、
国家だけが例外的に行うことを許されている。
何も矛盾はなかろ。戦争も、基本的には同じ。
君は一体何が不満なんだねw?
150 :
アホ閑人:2005/10/26(水) 00:02:10
>>144 誉めてくれたんなら答えて欲しいけどな。
それと、哲学は何か、という問いにも答えを聞きたい。
それこそが哲学の持つ本質だから。社会学なら学としてのカテゴリーは決
まっているものだしね。
「自分は何か?」を問うのは他には見当たらない。それを分かっているのに
主語が「私」であるわけがないという論理のつながりが僕に見えないんだよ。
今は「世界をどうみるか」が哲学かな、と思ったりしている。自分の学問
としてはまだぶれがあるけれど。
151 :
アホ閑人:2005/10/26(水) 00:03:15
>>144 誉めてくれたんなら答えて欲しいけどな。
それと、哲学は何か、という問いにも答えを聞きたい。
それこそが哲学の持つ本質だから。社会学なら学としてのカテゴリーは決
まっているものだしね。
「自分は何か?」を問うのは他には見当たらない。それを分かっているのに
主語が「私」であるわけがないという論理のつながりが僕に見えないんだよ。
今は「世界をどうみるか」が哲学かな、と思ったりしている。自分の学問
としてはまだぶれがあるけれど。
152 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 00:03:40
>>149 自分の意見にあわないのが不満なんだよ
子供のわがままって奴だね
>>149 北朝鮮で言ってることとおんなじだなw
国家>国民
移住の裏ルート教えてやろうかw
154 :
アホ閑人:2005/10/26(水) 00:05:30
連張りになってしまった。名前通りになった。
177の出発からどこに進むのかは興味あるんだ。
155 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 00:08:18
できれば殺さないほうがいい
であって
人を殺してはいけないというわけではない
国家がそう決めており、おまけに刑罰まで用意してる
従うしか無いじゃん・・。
これが、おまえらの哲学「とやら」だw
もう、寝ろw
157 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 00:08:55
>>153 民主主義国家でも
国家>国民
国民は増税反対叫んでいる現在、国が増税に進んでいるのがその証拠だ。
完全な民主主義なんて有り得ない幻想だ。
わかったら子供は寝ろよ
>>157 哲学のカケラも無いな、安易な妥協屋さんw
159 :
アホ閑人:2005/10/26(水) 00:17:22
>>156 そう、それなんだよ。
従うしかないはずなのに、そうは考えない。頭で分かってても殺しが起きてし
まう。法があるから仕方がないというのは、法を前提として認めるということだ
よね。それなら法がなければ人殺しもいいことになるのか?、ってことになる。
当たり前とか前提を極力省きながらどこまで知は働きうるのか、それなんだよ。
法があるからとか、物質があるからとかの前提での知の体系の発展はそれぞれ
の学問に分科しているから、それはそうした書物を読めばいいことだもの
>>153 おいおい、大丈夫かw
北朝鮮だけではないぞ、アメリカでもヨーロッパでも、国家と名がつく
ものはどこでも
>>149の論理に従って暴力を独占しているんだ。
死刑を廃止している国でも、国家が合法的に人を殺す場合があるのは
何も変わらない。(誤解されると困るが、死刑廃止を主張するのがDQN
なのではない。
>>149がその根拠になると考えるのがDQN。)
北朝鮮が異常なのは、その国家の元になる法律や司法立法行政の
システム構築に、国民の意思が反映されていない、という点だよ。
一言で言えば「民主主義でない」というだけ。
国家は国民の利益のためにあるのであって、利益にならないなら
主権者である国民が自由に作り変えることができる、というのが民主主義。
北朝鮮は金一族>国家>国民で、欧米や日本は国民>国家。
ただし、国家が暴力(人を殺す権利)を独占しているという点では、
どっちも同じ。
わかったかねw?
161 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 00:21:36
君の
>>153のどこに哲学が?
ってか、君のスレ全てに哲学のかけらも無いぞ?
程度をあわせてやってるんだからありがたく思え。
糞ガキ
162 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 00:23:01
>>156 別に、従う従わないは個人の自由では。
誰かが「〜してはいけない」と命令するのと、命令された側が
従うかどうかは、全く別の話でしょ。
163 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 00:29:58
>>117以降
人を殺してはいけない、と「誰が」言ってるんだ?
「誰が」抜きの間の抜けた会話すんのヤメれ。
もし法(国家)だというなら、
国家(法)に人を殺す権利を与えるな。
で、殺人禁止を憲法に盛り込ませろ!
おまえがそうするというなら、
俺の理性は、殺したいなら殺せだと言ってる。
「まだ殺したいと思ったことの無い俺」がそう言えるのは、
理性を働かせた結果なんだがな・・。
主語が「私」なわけないだろ、も〜アホクサw
「私」が、自ら進んで人を殺してはいけないなどと考えるか?
誰かに触発されてそう思うんだろよ。
「私」にあるのは、殺し「たい」か殺し「たくない」か、だけだ。
よく考えてみろ、
俺のレスを読んでるなら、問いに答えてみろ。
問題の本質を避けて、哲学ごっこしよ〜よ、という提案なら
メンヘル行けw
さて、君の発言の中どこに哲学があるのかな?
164 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 00:33:52
もう不毛なこと辞めて寝るよ〜
>>160 おいおい、論点がズレてるんだよw
あいかわらずw
おまえの言ってる事は、「国は人殺しをして良い」なんだよ。
つまり「人を殺して良い」ってことを重ね言いしてるだけw
もっといえば、「人を殺して良い」のが民主主義国家の常態だ
と言ってるのさw
ハッキリもの言いなw
>>161 糞ゴキにまで注目されて、おれも嬉しいw
>>162 それ、言う相手を間違ってるどw
それもわかんないんだろけどw
>>163 哲学とは、なんぞ?
166 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 00:41:27
>>165 糞ゴキとやらに程度をあわせられる件について。
>哲学とは、なんぞ?
お前はここで何をしているのかと。
167 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 00:42:45
わかりません、が言えないのかw
はよ、寝ろw
168 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 00:48:26
何に対して解りませんなのかが解りません。
169 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 00:48:28
国家は場合によっては人を殺して良いことにしておいたほうが
結果的に殺人は少なくなると思う人が多い
ということでは
170 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 00:51:23
つまりは人殺しを量産するために”人を殺してはいけない”としているということか
荒れてるな・・・厨房の相手は止めたら?
厨房が人を殺そうが、何しようが、関わるだけ無駄だぞ?
173 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 00:55:10
>>170 つんがうがな
場合によっては殺してもいいことにしているということは
人は殺してもよいということではない
>>171 違う
人殺しを減らすために人を殺してはいけないとしている、だろ?
世間で殺人を犯して良いなんて意見は聞いたことが無い。
これはタブーでしょ。
現実の社会の冗談抜きの場で「私は個人の殺人も有りだと思っています。」なんて絶対に言えないでしょ?
匿名性のある場所でだから言えることだよ。
今の社会では「人を殺してはいけない」と教える方が親切なんだよ。
175 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 06:11:17
発言可能性が何か関係あるのか?
176 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 07:35:16
ライオンが何時も美味しい肉をくれる人間を食わないのは、その人間がその肉より不味そうだからなのか・・
177 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 07:36:42
熊がむやみに人間を襲わないのは、いかにも殺されそうだからかな・・・
178 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 07:37:24
↑食い物じゃないからか・・・
179 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 07:44:05
自分の命とか危険が迫ったときは生きたいという人間の「本能」が働くから
正当防衛?こんなとき「人殺したらだめだ!」って思ってたら
自分が危ない・・・・・ だから世の中の人もそーいうとき人殺しても認めてくれる(多分
理性が「殺したいなら殺してもいい」って 感情のまま行動?!
でもそれは、ちゃんと考えてその結論にたどりついたなら
殺したっておかしくないよーな・・・ ただ世の中がうるさいと思うけど
哲学的に ってみんなの哲学に対する考えも一致してないのに哲学的に話すのって
無理あると思います・・・・
てか、私なんかが書くのも気が引けるんですけど(でも書くんですけど)
もう少し発言をやわらかくした方がいいかと・・・・・w
あくまでも「自分の意見」を言ってるんですから、考えは人それぞれで・・・・
いろんな人の考えを知るのは好きです。よく同意する意見の人とか見つけるんですけど(どーでもいい
ってちゃんと語れてないのに余計なことばっか言ってすいません!でした!!w
180 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 07:57:23
>>124 誰でもない、この俺が人を殺してはいけないと言っている
法やら国家やら他の何かに止められているからできないという思い込み
固定観念に支配された人間の発想───‐
痩せた考え・・・・・・
181 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 08:02:38
摂取以外で殺生するの人間だけじゃないの・・・と思ったらミツバチがスズメバチをリンチして
いた・・・
アフリカの子供達が木に群れる虫を鷲づかみにしてニコニコほうばってる
182 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 08:15:16
例え、それが人肉であったとしても、俺は彼らを咎めることはできない・・・
>>132 殺したいなら殺せ、だと?
しかもお前は人は殺していいんだと言っているよな?
なら、手近にいる人間を殺してみろよ。
殺していいんだろ?
だったら何も問題はないはずだ。
殺したいと思わないなら今そう思えばいい・・・
何も問題ないことをするのだから厭う理由もない・・・
ん?どうした・・・?殺せないのか・・・?
殺していいのに殺せないなら、この時点でお前の主張は賞味期限切れ・・・・・・
殺せないのは何故だ?殺したくないからか?
そう思うのは何故だ・・・?
殺してはいけないと考えるからだろ・・・・!
ゲームオーバー・・・・・・
184 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 08:41:21
>>165 >おまえの言ってる事は、「国は人殺しをして良い」なんだよ。
>つまり「人を殺して良い」ってことを重ね言いしてるだけw
君も本当に頭が悪いねw
「国は人を殺してよい場合がある。」
「国以外は人を殺してはいけない。」だろ。
どこにも矛盾も不思議も不都合もない。
君が暮らしている21世紀の日本国の日常的現実だ。
君はこの現実のどこが不満なんだね。はっきり言ってごらんw
きみたちはばかだねぇ。
そしてひまだねぇ。
>>185 よう御同輩!
やっぱ馬鹿でなければ哲学なんてやれないね!
187 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 09:58:32
そして哲学では、「良い」「悪い」とか、発言に責任を求められる様な言語は使われないでしょ?そんなの問題にもしないし(ならないのか)・・
189 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 11:06:18
「よい」という言葉にはGOOD、善、推奨されるという意味と
May、許可、禁止されてはいないという意味があるよね
国家による死刑は善ではないが禁止ではない
よいことではないがでも場合によってはしてもよい
自分の物差しでは世の中の全てを測ることは不可能。
人を殺す行為自体になんら問題はないとか言っても
そんな物はただ自分の価値観を押しつけてるだけじゃんすか
みんながみんな人を殺していいということだったらまず
世の中成り立たないし、いったい何の意味があるんだ?
なるほど、相対主義ですな。
>>173>>179>>
>>184>>189 解説メンドイなぁ・・
本スレは「どうして人を殺してはいけないのですか?」だ。
スレタイ要件は次の2点。
1.人を殺してはいけない
2.どうしてですか?
今、局面は1.が「命題」として成立するかどうかを検証している。
(1.を飛び越えて2.は無い)
1.をファクター別にみると次だ。
a.人とは「どの範囲」を指すのか?
b.殺すとは「どの行為」を指していうのか?
c.いけないの「趣意」はなに?
で、今、1.a.の解釈をめぐっての攻防だw 俺の指摘は以下。
スレタイだが、「人を」と対象を規定している。
(賢明な諸賢には不要なことだが、本スレタイに「人」である
こと以外の「付加条件」は、いっさい存在していない。
細かくいえば、胎児は「いつから」人か、など諸々あるが
あんまり広げると、おまえらキツイだろ、そこで簡単なとこからw)
では「人」とは何か?人と認められるのは一人からなのか、
それとも複数?または過半数(側?)でなければ人ではないのか?
答は明白、一人でも「人」に違いはない。一人でも人は人。
そうすると「一人たりとも」人を殺してはいけない、が 1.の「人」
の妥当な解釈といわざる得ない。
従い、「場合によって」は殺してもいい←というおまえらの主張は
明らかに「人は殺していい」とする考え方なわけよw
193 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 18:01:27
人間は生きているだけで罪で、一生をかけて罪を償っているってのはキリスト教でしたっけ?
宗教にはあまり詳しくないのだけれども。
普通に考えて、人間は他の生物を食べて生きている訳だけれども、
言わば他人の命を犠牲にして、他人の命を糧にして生きているわけだ。
そして天寿を全うした時、今まで食べてきた命とともに安らぎを得られる。
もしそう考えたなら、人を殺す行為や自殺行為(自分を殺す)は、一人の人間が殺されるだけでなく、
沢山の命を犠牲にする事になる。
自分の中に沢山の命があって、そのお陰で今まで生きてこられた訳だから。
そして人間全てが犠牲の上に成り立っているのだから、それを無駄にする行為は許されないと思う。
無駄死には誰もしたくは無いだろう?
以上妄想でした。
>>190 人が行動を決めるときには必ず自分の物差しを使うだろ。
他人の物差しで行動する人間はいない。
他人の物差しを参考にしたり、自分に取り入れたりすることがあるとしても、
それが自分の判断基準に加わった時点で自分の物差しになる。
人の行動は例外なく自分の物差しによって決められているのだから、
自分の物差しについて考えることで人の全ての行為は説明できる。
誰かのではなく、自分の物差しはどうやってそう判断しているのかということ。
>>192 その論法でいけば、一人でも「殺してはいけない」場合があるのなら、
「人は殺していい」も成立しないんじゃないの。
「すべてのAについてBである」が正しくないからといって
「すべてのAについて非Bである」が正しいことになるはずがないでしょ。
196 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 18:49:55
>>192 当たり前だろ。
だから「場合によっては」殺してはいけないという考え方が存在しないというなら、
言うとおり、「人は殺していい」で結論・終了だが、
実際には「場合によっては」殺してはいけないという考え方を「一人たりとも」していないわけじゃない。
つまり、「人を殺していい」という考え方と「人を殺してはいけない」という考え方、両方あるわけよ。
198 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 18:59:40
人が何かをするときは何でもそうなってるだろ。
例えば自動車でどこかへ行くにしたって、
自動車を使えば速く目的地に着く、あと楽、これらが使いたい理由。
でも自動車で行くとガソリン代がかかる、場合によっては渋滞していることもある、これは使いたくない理由。
このようにいい面と悪い面が両方あって、
それでも自動車で行くと決めるか、やめて他の交通手段を使うか、
人が判断した結果、行動に移るんだろ。
人を殺すにしたって、殺していい理由と、殺してはいけない理由が両方あって、
その二つを考慮してどうするか決めるわけだ。
199 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 19:02:20
>「人を殺していい」という考え方と「人を殺してはいけない」という考え方、両方あるわけよ。
日本は基本的に思想も言論も自由だから両方の考えがあって当然だな。
でも、本当にここで議論すべきはそんな事ではない筈。
なるほど功利主義ですな。
まぁ哲学テキに言うと、オレが嫌だからだな。
特にオレとかオレの家族や友達は殺しちゃダメ。
でも、本当に悪い奴は殺していいよ。
202 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 20:10:08
>>199 そんなこというならもうちょっと先を言えよ
そんなことではない筈なんてバカでも言える
203 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 20:20:57
人は生きる権利があると思うからそれを阻止する殺すという行為は
いけないんじゃないかと思います。
自分が生きるためにも人は殺したらいけない
全部「自分のため」・・・?
まー自分が考えて判断して その結果「人は殺していけない」にたどりつくか
殺してもいいとおもうか 脳が判断した結果が理由(謎
ぁーダメだみんなが賢すぎるんだ〜自分にはわかんない!
結論:それは分からない・・・・ Orz
204 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 20:29:14
人を殺していいことにすると安心して暮らせなくなるからじゃないの?
殺人犯を死刑にする場合にはそのほうが安心して暮らせるから
人を殺すことが認められるんじゃない?
安心して人が暮らせるように人は殺してはならないということになっている。
205 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 21:30:25
そういうルールだから。
206 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 21:41:09
前回の500以降からカキコをしている者です。
何故だ、今だにおふざけや、的外れな意見はあるが、突然、ここのレベルが上がったぞ。馬鹿が去って行き、頭の良い連中が集まりだしたという事か?
まあ、油断はできない。経過を見守る。
207 :
馬鹿:2005/10/26(水) 21:59:23
そして頭の良い連中も去り、馬鹿が残ったりするw
208 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 22:04:35
そしてここにもこのスレに対する明確な答えができない馬鹿がいるw
これだ!と思える意見が出ることを期待して経過を見守る。。笑
209 :
高校生:2005/10/26(水) 22:15:23
人を殺してはいけない。
でも殺したい。みんなだっていままで人コロしたいって思ったことあるでしょ?
早く教えて、個人は人を殺してはいけないけど、共同体として不利益になるなら
法のもとに死刑は正しいってこと?ダブルスタンダード?
早く,僕の中の怪物がおおきくなって僕自身じゃなくなっちゃうお
210 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 22:20:59
倫理観とは、同種間において多種や自然からの脅威から団結して身を守るため、
協力し合いより高次の仕事をなすため、パートナーをみつけるための、
あくまでも便宜的な機能でしかなく、それは物理法則と同位の真理をしめすものではない。
よって人殺しは人間の倫理観によって肯定されるものであるから、それを普遍的な位置まで高めるのがそもそもの間違い。
211 :
高校生:2005/10/26(水) 22:30:05
確かに、法律なんてものは慣習や、権益によって左右されるから
結局ひところしがいけないとゆうのも為政者にとっての都合なのやもしれぬ
数学的なダイヤモンドの輝きは所詮人間のつくったものには存在しなのやもしれぬ
むうう
212 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 22:30:25
>209
残念ながら、憎いと思っても殺意は芽生えたことは無い。
他人が全て自分と同じと思わないほうがいい。
213 :
家族殺し犯罪者としての英霊問題:2005/10/26(水) 22:30:33
214 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 22:30:35
人が人を殺す理由の大概が自然の摂理に反する。
ライオンは腹がいっぱいの時は目の前に獲物がいても殺さない。
ハチは対象のものが自分達に危害を加えようとしていると判断した時にしか攻撃しない。
無駄な殺生はしない。これは自然の摂理なのかもしれない。
つまり感情や理性を超えた何かがあるのでは
人が人を殺してもいい理由と言ったら正当防衛や大切な人を殺されたとかその位。
つまり殺人と等価なのは殺人しかない。
それ以外は金だとか日ごろの恨みだとか全て利己的なもの。
215 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 22:44:47
なるほど〜 色々ありますね・・・!!
自然の摂理なのかもしれないですね〜ライオンとかハチとか は・・・・
私も人殺したいと思ったことありますよ・・・!
自分にとって邪魔になる存在。笑 でももちろん殺してもないし殴ってもないですo
多分理性というものが働いたのかと・・・。
何故か理性にこだわりすぎな馬鹿w
216 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 22:49:48
>>209 それってダブルスタンダードじゃないけどね
どうして横断歩道は渡ってはいけないのですか?
という質問に
赤信号のときは渡ってはいけないけれど青信号なら渡っていいよ
と答えたらダブルスタンダードだというようなものだよね
217 :
考える名無しさん:2005/10/26(水) 22:55:57
ライオンでもハチでも無駄な殺しをするようなDNAを持った個体は
すぐに淘汰されてしまう
武器を持たないライオンやハチにとって同種を殺そうとするということは
それだけ自分を危険にさらすことになってしまうからね
>>211 殺したい相手に正面から素手で向かっていってみれば?
君のような人間が少ないのはそうやってすぐに自分の命を落としていくからだよ
218 :
考える名無しさん:2005/10/27(木) 01:58:02
先ず、この命題には、万人が納得するような答えは出ません。
しかし、私はこう考えます。冷静に人間社会を観察すると、一般的には
「ひとを殺してはいけない」のはあたりまえのように見えます。
しかし、僅かな金を欲しいが為に、簡単に「ひとを殺す」人間がいます。
「肩が触れたのに謝らないから」という理由で「ひとを殺す」人間がいます。
「気分がすっきりするから」と、危険な運転をして「人を殺してしまう」人間がいます。
「おもしろいから」と言う理由で、陰湿ないじめを繰り返し、仲間を「自殺に追い込んでしまう」人間がいます。
「ひとが死ぬのを見たかったから」と言う理由で「ひとを殺してしまう」人間がいます。
「死刑になりたいから」という理由で「ひとを殺してしまう」人間がいます。
彼らは、私達と大きく違う人間でしょうか?私達とは、環境が少しだけ違っていたに過ぎないのではないでしょうか?
この事実を軽く見るべきではありません。人間には「本来ひとを殺してはいけないという理性が備わっている」と思うのは
危険です。
人間は、「決まりと罰」を設けなければ、簡単に争い、殺しあう可能性が高いのです。
だから、「ひとを殺してはいけない」と言われなければならないのです。
(人類が自分自身に価値を認めるならば・・・・・・)
219 :
考える名無しさん:2005/10/27(木) 02:28:32
人間が無駄に殺しをするのは動物(人間以外)とは違う発達した脳があるからである。
220 :
アホ閑人:2005/10/27(木) 02:46:56
ライオンの話とかの生態学的な知の体系から説明しようとするのは生態学的で
あって、哲学に昇華し切れないきらいもあるけれどな。こういう論点は分かり
にくいか。
ただ、その生態学的な面から言うと、猫が食べる為でもなくねずみを玩んで
殺したりはあるから、仔細に観察すると食べる為だけに殺すとは言い切れない。
殺すまでは発展しないとはいえども、群れの中でも勢力争いはあるし、ライ
オンはボスになると前の雄のライオンの子供を殺したりもするでしょ?
確かに、狂牛病の件みたいに肉骨粉の様な形で共食いをさせた結果の病気の
存在を知ると、共食いを禁ずる遺伝子があるかのようにも感じるし、その共食
いをさせたことを非難したくはなる。けれども哲学的にということで冷静に考
えてみると、それは結果論であってカマキリの雌が雄を食べるように共食い全
般が禁止されているというのを生態学の知識から証明するのは困難な気がする。
そこで、そうした生態学とかの知識の体系から援用することなく、純粋に知
の力でもって考えてみたらどうなるのかが関心の一つなんだけど
221 :
考える名無しさん:2005/10/27(木) 07:02:02
哲学的に答えを出すにはまずニーチェの道徳批判に対して反証しなくては
道徳的でいなければならないのは道徳的ではない
利己的な者が糾弾されるのは反社会的であるからに過ぎない
222 :
考える名無しさん:2005/10/27(木) 10:42:30
反証の必要はないでしょ。その通りだもん。
223 :
考える名無しさん:2005/10/27(木) 11:18:07
人間らしさとはなにかってことを考えないと答えはでないのか?
224 :
:2005/10/27(木) 11:21:43
愛だろ。愛
225 :
考える名無しさん:2005/10/27(木) 14:06:54
226 :
考える名無しさん:2005/10/27(木) 15:52:54
>>220 哲学には数学の公理あたる「絶対に正しいもの」がないのが
問題なんじゃない?
数学では公理だが自然科学では物理的な観察対象があって
その挙動こそが「絶対に正しい」ことになるわけだ
人間の考えた理論のほうが正しくて自然界の対象物の挙動が
間違っているなんてことはありえない
哲学の理論はなにをよりどころに組み立て上げられるのかというと
これが実はなにもない
そんな気がするんだが
異物がある。異物は保護すればよいという考え方がある。これなら、全てが安全であるからだ。
取り出すこともできず、さりとて周囲に悪影響が心配だ。我々が覆いを用意するのだ。すると、我
々の用意したものであるから、我々は安心して接することができるだろう。例えば、真珠貝が真珠
をつくり出すようなものだ。人工飼育の真珠は、核となる小石の小片を入れる。すると、異物は周
囲を腐敗させ、少なからず傷付けるので、真珠層を覆うのだ。このようにして、異物が真珠になる。
一方、真珠は大きくなる、大きな真珠は圧迫する問題がある。真珠が大きくなることが、負担にな
り、大きな真珠は危険になるのである。つまり、保護が過ることによって、全体が危険を蒙るので
ある。
この問題と後付的な法則は同様である。対象に付随する法則を後から立法して、全体が身動きの
取れない状態になる問題である。予め、法則があることに従って対象の各部分が考えられるとよい
。こうすることによって、適度という事が考えられるからだ。沢山の問題がそれぞれの法則である
と考えられるよりも、むしろ、適した法則が用意されている。その適用は度を過ぎることがないの
だ。
我々は保護と同時に、法則について考える必要がある。ただ、真珠貝に自ら異物を挿入しようと
するのは人間くらいのものだ。
228 :
零音:2005/10/27(木) 17:35:14
>>218 >人間は、「決まりと罰」を設けなければ、簡単に簡単に争い、殺し合う
その決まりと罰を設けた者は、人間が争い殺し合うのを抑制する為に人を殺してはいけないとしたのだろう。
ではその決まりは何故できたのか?
自分が、ある人間(自分も含む)を殺さない方がいいと思ったときに、
この人間は殺してはいけないというルールが自分の心の中にできる。
それだけでも人を殺してはいけないということは成立はする。特定の人物についてのルールではあるが。
しかし、自分がこの人間は殺してはいけないと思っていても、
他の誰かがその人を殺してしまうなら、その人が生きていることで受ける自分の利益は失われてしまう。
そこでその人を殺させないために、予防措置として他の人間にもその人を殺さないようにと要求する。
例えば統治者であれば、(自身は当然の事ながら)賦役・貢納を課した領民を殺されることは損失となる。
そこで統治者は秩序を維持できる力を背景に、掟という強制力のあるものを領内に施す。
このようにして他の人間による人を殺してはいけないという強制があった時点で、
ルールは自分がある人を殺さない方がいいから殺してはいけないというものから、
他の誰かがある人を殺さない方がいいから自分もそれに従い、殺してはいけないという意味を含む事になる。
この場合でも殺さない方がいいからということには変わりはない。[※いけないとする場合]
(自分自身も殺さない方がいいと思っている場合もあるし、人を殺せば統治者による粛正があるのだから。)
ただし、この場合自分はある人を殺したいが、誰かがその人を殺してはいけないと強要するという状況も生まれる。
これは自分がある人を殺さない方がいいという思いより、殺した方がいいという思いが上回った場合であり、
且つ、他者がそのある人を殺さない方がいいという思いを持っている場合のことである。
その場合、掟の強制力や殺したいという思いの強さ、優先度などを考慮して、
それでもやるかどうかはその人の価値観に基づいた判断次第となる。
てゆーか、ホッブズ風の性悪説に基づいた自然状態を無条件に仮定するのはなんでなわけ?
230 :
零音:2005/10/27(木) 18:16:35
>>228〜
このようにしてみると、「どうして人を殺してはいけないのですか?」という問いの答えは、
「殺さない方がいいから」ということになる。
(何故殺さない方がいいかという問いの答えは無数にあるので割愛。必要ならば状況毎に検証して下さい)
無論、「殺さない方がいいから殺してはいけない」のだから、
「殺した方がいい」なら殺してもよいという考えも同時に存在する。
そんなの循環論。
大概「〜してはいけない」=「〜しないほうがよい」が成り立つだろ?
そしてスレは循環する
233 :
考える名無しさん:2005/10/27(木) 18:52:15
脳が人を殺したらだめと決めたらだめ、いいと決めたらいい。
自分がどう判断するかによって結果が決まる。
・・・・ッテナンデヤネン┌(`Д´)ノ)゚∀゚ )
234 :
零音:2005/10/27(木) 18:52:20
>>231 「何故殺さない方がいいか」
という問いに答えれば循環はしない。
ただしこの問いには状況によって無数の解がある。
その内のある一つの状況(人物や状況を全て特定した場合)についてなら答えられるだろうが、
それは「どうして人を殺してはいけないのですか?」という問いの答えとしては非常に限定されたものとなる。
何しろこの問いには何ら条件が付加されていないのだから。
個々の状況を特定すれば、その状況についての答えは出せるだろうが、
それでは「どうして人を殺してはいけないのですか」という問いの答えと言うには不適切であろう。
っていうか人を殺したいと思うことってとてつもなく幼稚で稚拙
な行為じゃないっすか?もっと他にも手段はあるのにその人には
それしかアプローチの仕方がないってことでしょ?
236 :
考える名無しさん:2005/10/27(木) 19:34:18
234の言う通りだとしても他の考えだとしても
全ての状況に応じての自己判断 つまり脳の判断による
脳の判断にこだわり続ける馬鹿・・・w (・∀・)
237 :
零音:2005/10/27(木) 19:41:41
>>236 では、いい・いけないを思考以外の何が判断し、特定するというのか。
時間がとれないので気が向いたらまた明朝以降に。
どうか私に新たな認識を啓かせてくれることを期待します。
《この者は法に反するものだ、その違反は死に値する、従って、死刑とする。》
先ず、死に値する事が一つ、漸次、死刑にして二つ、
死に値することであるので、一緒になって死刑を増やしてどうするのかと。
おいおい、
死に同調してどうすんだ。
239 :
考える名無しさん:2005/10/27(木) 20:38:38
>>230 >「どうして人を殺してはいけないのですか?」という問いの答えは、
>「殺さない方がいいから」ということになる。
違うだろ。「どうして人を殺してはいけないのですか?」という問いの答え
の根底にあるのは「殺されない方がいいから」だろ。
240 :
高校生:2005/10/27(木) 20:39:59
ハムラビ法典ってあるじゃん。目には目を、歯には歯をってやつ。
なんか一般には復習みたいな感じすっけど
じつは相手の目を傷つけたなら、自分の目で償うってゆう保障の意味らしいっすね。
この法律(おそらく身分とかによっていろいろルールがあったとおもうけど)
的には人を殺したら自分の命で償えってことだよね。もしその償いに余りある動機があれば
人を平気でころせるのかなあ?
奴隷を殺したものはその値段の半額を支払えばよい等が認められていたそうな
ので、あれは身分制度でしょう。
死を告発したものは、無罪になると、死刑にされるというのがあるそうなので、
復讐の印象は或る一部分のようだ。
>>239 どういう場合(動機)に「人を平気で殺せる」かどうかは、その人
次第です。普通に考えれば、どんな場合でも人を平気で殺せる人など
少ないでしょう。
そもそも「人を殺せるかどうか」と「人を殺していけないかどうか」は、
全くの別問題です。
243 :
考える名無しさん:2005/10/27(木) 20:54:51
case by case?
244 :
考える名無しさん:2005/10/27(木) 21:18:03
>>240 自分の行為を正当化したいだけなんじゃない?
245 :
高校生:2005/10/27(木) 21:22:40
ギクっ
246 :
考える名無しさん:2005/10/27(木) 21:49:15
もし、人を殺しても良いよって法律が出来たらどうだろう?
少なくとも、今の何十倍何百倍それ以上の殺人が起こるのは目に見えている。
人間の理性の部分って社会のルールで強くもなり、緩和もされる不安定な物ではないか。
理性が「殺してはいけない」と言うものは、状況によって「殺していい」と言う物に変わりはしないか。
247 :
考える名無しさん:2005/10/27(木) 21:52:26
神の倫理に対して人間が自由に反逆していい、という思想はあまりいい結果を生まない。
フランクリンなんかもこういう事を書いている。
248 :
考える名無しさん:2005/10/27(木) 22:00:36
>>246 人を殺してもよいという法律ができても、殺人数は増えない。
やはり、躊躇するものがある。だからこそ、人を殺すのはなぜ悪いのだろうかという問が出る。
逆に躊躇しない人は法律がどうであろうと殺す。
>>246 そうでもないかもよ。自分もいつ誰に殺されるかわからないんだから、
他人を殺したりしたら、相手の側の反撃で殺されるかボコられる可能性大。
だから、極力他人と仲良くして恨みを買わないようにするかもしれない。
結局、今と大して変わらない可能性すらある。
250 :
考える名無しさん:2005/10/27(木) 22:05:50
228のいっている事は正しい。
頭が良いの一言。
逆に、229はこのスレに来る資格なし。
それなりに、哲学をかじっている様だが、それでは疑問であって論理的反論ではない。
哲学とは、考える事である。
251 :
考える名無しさん:2005/10/27(木) 22:18:06
人を呪わば穴二つ。
252 :
246:2005/10/27(木) 22:29:50
>>248>>249 ifで話しても反論が来るのは解ってたよw
昨日のスレ見てたら、「殺したい」と思った事がは有るって人が何人かいたので、
そうゆう人は少なくとも殺人予備軍な訳ですよね、その感情を理性が抑えていて、
その理性の元が法律やモラル的なものであるなら、それが変わる事があれば。
と、思っただけです。
失礼しました。
253 :
考える名無しさん:2005/10/27(木) 22:32:33
契約を交わしたら貴方の魂も地獄へ落ちる
極楽浄土には行けず、痛みと苦しみを味わいながら永遠に彷徨う事になるわ
ま、死んだ後の話だけど
254 :
アホ閑人:2005/10/27(木) 22:53:56
>>226 うん。数学の公理とかと比べるとそうなるんだと思う。それは数学に限らなくて
どの学問でも哲学から分科したものはそれぞれの前提があるから。何かの前提や
公理で説明できるようになると、それは哲学とは別のものとして分科していくと
いうのがホントのところだろうから。だから、数学に哲学的真理を求めていた人
達もいた。
けれどね、数学の公理も、非ユークリッド幾何学からは一つの仮定に過ぎない
という見解に達しましたよね? 代数学でも、勝手に前提を用意して証明を始め
て矛盾がないことを示して「self-consistent(自己矛盾なし)」とか言って、その
前提を公理のように扱っていったりもするんだ。だから、数学のほうは現代に至
って公理という自明なものを認めない方向にあると言えるよ。自分で仮定を立て
てそこからの論理性が数学の学の体系なんだ。現代数学の講義とかを受けていて
の個人的な感想だから、違うという人もいるかもしれないけれどね。
『人間の考えた理論のほうが正しくて自然界の対象物の挙動が間違っている』
というときも科学ではあるんだ。現象は観測でしか分からないから、その観測が
自然界の対象物に観測の時点で干渉すれば、観測結果がちゃんとした現象の実像
かは保証されない。それと、実際には質点とかを考えたみたいに科学の理論は基
本的に近似の産物でしかないんだ。だから、「自然界の対象物の挙動が正しい」
というのなら科学の理論に正しいというものは実際には有り得ないことになりか
ねない。そういう問題に対して、人間は人間の認識したものしか分からないとい
うので立てていくしかない。ここまでいたると科学も結局は数学と同じ立場にな
っていくように思っているんだけど。
だから、拠り所のないところからどこまで知は働きうるのかの挑戦が哲学とい
えなくもないよ。そこで何かが生まれたら、またそれは他の学問として分科する
のかもしれないけれど、でもこうした営みに僕は意味合いを感じるんだ。
255 :
アホ閑人:2005/10/27(木) 23:04:11
>>252 悪くはないと思ったけどな。反論が来たみたいに、「殺したい感情を抑える『理性の元が法律や
モラル的なものである』のではないか」といった試みがどうもそうとは言い切れないとはっきり
したということではないの?
それならば、理性が法律やモラル的なものの前に位置するというのが分かるということになる
から面白いと思うけど。法律やモラル以前の理性が「殺してはいけない」という考えの元になる
のだとすれば、法学や歴史上の法律の考察が直接には「人を殺してはいけない」ことの答えには
ならなさそうだという結論にだってなると思うんだけど。
そうじゃないよ。法律やモラルや理性以前の「欲求」
(殺されたくないという欲求)が、
「殺してはいけない」という考えの元になるんだよ。
257 :
アホ閑人:2005/10/27(木) 23:24:17
>>256 うん、それはまた見解が分かれそうだよね。
「欲求」の方を本能や感情として、それを理性が抑えるから人を殺さないと
言ったのが246さんの話の方向だったから。
258 :
考える名無しさん:2005/10/27(木) 23:35:09
259 :
考える名無しさん:2005/10/27(木) 23:38:46
>>254 微妙に違うけどね
公理には前提条件があるってことだろ
それは公理の自明さを否定するものではない
理論と観察結果の不一致にしても挙動を正しく観察できていなかったことが
原因であって挙動自体がまちがっていたわけじゃない
あくまでも理論の判定基準は自然の挙動の方だよ
>>256の考え方に同意
260 :
アホ閑人:2005/10/27(木) 23:50:00
>>259 いや、公理自体が前提条件に過ぎないと言うこと。リーマン幾何学は平行線の
公理を否定して出来上がった。まさしく自明ではないぞということから始まった
んだ。
観察結果に関しては科学者でもそうした立場を採る人もいるから、それは仕方
がないのだけれど、判定するための挙動の測定自体にも近似が入っていて、その
基準と成り得るかも問題になることがある。シュレーディンガーの猫もその一例
だけど。ただ、それに関しては確率的な記述という近似が現代科学の採った方法
だから、それを問題提起した。
アインシュタインも226さんみたいな立場だから、それはそれで一つの研究の足
場の前提にはなるから合っているとか間違っているとかいうことではないんだけ
れどね。
261 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 00:21:17
何にしても哲学としては、一つの考えに固執するのは良くないよね。
262 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 00:48:47
キリスト教的観念だと、この問いを発する時点で罪なんじゃない?
263 :
アホ閑人:2005/10/28(金) 01:19:42
>>262 キリスト教的観点だと、「誰が人間だ?」というのが問題になるかもね。
神と子と聖霊の御名においてアーメン、の「聖霊」が厄介な相手で、こいつが
ない人間は人じゃなかったりする。要は、信者以外は人じゃないですよ、って
こと。キリスト教が傲慢だとかいうより、中世は欧米人は残らず全員がキリス
ト教徒だったからいつの間にかにそうなった面もある気はする。
何より、この聖霊を与えられた人間が初めて人格として形成されると考えてい
いようだ。この人格の「格」は「位格」の意味で「ペルソナ」と言われる。これ
が英語の「person」なんだよなぁ。これを調べるまでは普通に「人間」と訳して
た単語だけど、意外と微妙な言葉のようなんです。
このperson以外はキリスト教徒は結構躊躇なく殺してて、十字軍も含めて殺す、
殺す。そもそも、この位格が一つかどうかという三位一体の宗教会議のときに、
確か三位一体に反するアリウス派が僅差で負けた後に排斥されて、この時にも殺
しに殺していたと聞いた覚えがある。
もちろん、今のキリスト教はそんなことを押し出してはいないけど、意外とそ
うした部分は根強かったりもするんだ。イラク戦争でのブッシュさんの十字軍発
言もこうした中での言葉だったように。
264 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 01:48:41
この問いに宗教が絡むと収拾付かなくなるかも
うぉ、死んだよ。
かな縛りがひどくなった。体が燃える様な感覚が伴うようになってしまったorz。
アブね〜ほんとに燃えてなくてよかった。
なんかだんだん生きながら死んできたな。
なにか業火って奴か?
死はヤバい!
マジ地獄だろ。マジヤバ可哀想に、オマイラも死ぬわけだ。((((;゚д゚)))ガクガクブルブル
この世はかなり平和なんだ。
あれだ、死後は自分次第で天国にも地獄にもなるんだ。自分の世界は自分で作ってるんだ。
死んで力がつけば、極端に。
やっぱ殺さない方がいい。
殺すような精神で逝っちゃうと、多分地獄旅行を楽しむことになりますね。
そういえば敢えてタバコポイ捨てしたわ。汚そうと思って。
ひどい、それで業火はないだろう。
という妄想
もうマジ電波だな。
残念!!君の発言権は剥奪されました。
もうマジ電波だもん。
オワタ
タバコポイ捨てで業火かよ。なんだ、このカウンターパンチは。目には目をは。
罪を犯すと罰があたるw馬鹿らしい。
仕方ない、馬鹿らしいが独我論を心懸けよう。
世界と自分の差が実際小さくなってきたような希ガス。こうなってしまっては仕方ないことだ。
面倒くさいなあ。なんでこんなこと考えはじめたんですか?
自分が人を殺したいって思ったから?
269 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 12:36:55
自分が殺されたくないからです。
270 :
アホ閑人:2005/10/28(金) 12:45:38
>>269 自分が殺されたくないっていうのは、思いつくものではあるのだけれど、僕の場合は
他人を誰一人殺さなくたって殺されてしまうことがあるのだから、「自分が殺されたく
ないから殺さない」というのはそれほどの強い動機にはなり得ない気がするんです。
ニュースではいつも何もしなくても殺されたり死んだりする人の話が出てるんですか
ら、「人は殺してはいけない」と思うのだったら他の理由や原因からと疑うのが自然な
気がのするのですが。
271 :
零音:2005/10/28(金) 12:56:14
>>239 殺されない方がいいから殺してはいけない。
言いたいことは理解できる。おそらくだが。私も意味するところが同じと思える記述をしている。
>>228 >自分が、ある人間(自分も含む)を殺さない方がいいと思ったときに、
>この人間は殺してはいけないというルールが自分の心の中にできる。 〜
しかし、残念ながら問いの答えとしては不適切であると言わざるを得ない。
「殺されない方がいいから人を殺してはいけない」のだとすれば、
殺されない方がいいと思っている全ての人間は、人を殺してはいけないと判断するということになるが。
実際には自分は殺されない方がいいと思っている者が、人を殺してもいいと判断し、殺している。
「殺さない方がいいから人を殺してはいけない」、とした場合、
自分が殺さない方がいいと考えたならば、確実に殺してはいけないという判断に至る。
故に表現としてはこちらの方が妥当であろう。ここに言わんとする事と同じ意味も含まれていると考えて良い。
話がループしないように問題を設定しよう。↓
我利説(自分が殺されたくないから殺してはいけない)では
現実に起こる殺人をどう説明するのか?
>>272 人間は不合理な行動を起こすこともある。
以上
>>270-272 君たちは問題を根本的に誤解している。
「人を殺してはいけない、というルールがなぜ作られたのか」という
疑問に対する答えが、「誰でも殺されたくないから」。
そのルールの存在自体に賛成するかどうかと、個々の場合にそのルールに
従うかどうかは、全くの別問題。
殺人犯でも、「人を殺してはいけない」というルールの存在自体に
反対なわけではない。そのルールの存在は承知(賛成)の上で、
自分はそのルールを破るという選択をした、というだけのこと。
それで捕まったり後悔したりすれば、殺人犯にとってその選択は失敗だった、
ということだし、捕まらずに目的を遂げて満足すれば成功だった、
というしかない。中には捕まってもいい、という人もいる。
(殺される側や社会全体の評価は、もちろん別。)
たとえ生まれつきの快楽殺人鬼でも、「人を殺してはいけない」という
ルールの存在自体に反対はしないだろう。自由に人を殺してもいいのなら、
自分も殺されてしまって大好きな殺人ができなくなる可能性が高いのだから。
276 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 17:45:33
「殺されたくない」から「殺さない」は、あくまで自分と対等な関係にしか成立しない気がする。
>>276 確かにやり返されないからホームレスをボコる奴もいそうだな。
278 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 19:21:00
多くの人は「殺されたい」とは思わないから人を殺してはいけない。
って言う意見を聞きました。学校で。学校で人を殺してはいけない理由を友達に聞きました
これって実際に口に出して聞いてみるとかなりすごい質問になりますよね。笑
でも私は脳が「殺したらだめ」と判断するから殺してはだめ!だと思います(未だに・・・・
脳がそう判断する理由としては色々あったり人それぞれだったりすると思いますけど
例えば、それが「自分が殺されたくないから」だとか「法律で決まっているから」だとかw
って大まかに言いすぎですよね↓↓
人を殺すことに関しては「人を殺してもいい」と脳が判断せざるをえないとき(正当防衛?)
何か特別な事情があって「人を殺してはいけない」と分かっていても適切な判断が下せないとき
基本的に考えるということができないor考えた結果殺していいと思ったとき
起きることだと思・・・・・・ う方は他にもいらっしゃいません?ぇ
こんだけ語っておいて1人の意見じゃ自信ない〜w ゃぱ馬鹿
279 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 19:22:23
多くの人は「殺されたい」とは思わないから人を殺してはいけない。
って言う意見を聞きました。学校で。学校で人を殺してはいけない理由を友達に聞きました
これって実際に口に出して聞いてみるとかなりすごい質問になりますよね。笑
でも私は脳が「殺したらだめ」と判断するから殺してはだめ!だと思います(未だに・・・・
脳がそう判断する理由としては色々あったり人それぞれだったりすると思いますけど
例えば、それが「自分が殺されたくないから」だとか「法律で決まっているから」だとかw
って大まかに言いすぎですよね↓↓
人を殺すことに関しては「人を殺してもいい」と脳が判断せざるをえないとき(正当防衛?)
何か特別な事情があって「人を殺してはいけない」と分かっていても適切な判断が下せないとき
基本的に考えるということができないor考えた結果殺していいと思ったとき
起きることだと思・・・・・・ う方は他にもいらっしゃいません?ぇ
こんだけ語っておいて1人の意見じゃ自信ない〜w ゃぱ馬鹿
>>278 その脳がおかしい場合とかAさんとBさんで判断が食い違う場合とかはどうなるかが問題だ。
281 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 20:23:03
>>278 >脳が「殺したらだめ」と判断するから
>脳がそう判断する理由としては色々あったり人それぞれだったりする
なんかこの辺がぐだぐだ過ぎね?
判断する基準がそれぞれ違うのに結果が一緒ってのは変。
>「人を殺してもいい」と脳が判断せざるをえないとき(正当防衛?)
>何か特別な事情があって「人を殺してはいけない」と分かっていても適切な判断が下せないとき
死刑になりたい理由で殺した人
人を殺してみたかったとか言って殺した人
この辺りの説明にはなりませんね。
282 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 20:39:53
「自分が殺されたくない」と思った事など、ない。
「人を殺したい」と思った事も。
一度も。
283 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 20:47:25
おまえら、どういう場面で「殺されたくない」と
思ったわけ?
ホントんとこ書いてみろ。
284 :
高校生:2005/10/28(金) 21:02:05
僕は人を殺したいと思ったことは過去に何度もあります。すべてのひとが同じとおもわないけど
同じこと考えたことある人いると思う。
正直、警察さえいなけりゃやってたと思う。
さすがに警察の目をごまかすのは無理。
捕まるのがいやだからやらなかった。
僕のころしたいモチベーションは刑罰を覚悟してまでのものではなかったようです。
この中で本当に人殺した方いらっしゃいますか?
285 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 21:08:27
>>284 伝わって来ないんだが、
どういう局面でそう思ったんだ?
もう少し具体的にかいて?
286 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 21:10:55
オメコの臭いよっちゃんイカのにおいのする女とマンコするのは皆さん辞退してください。
マンコしたらちんぽの回りがかゆくてかゆくて、どないもこないもアイ・キャン・ノットですわ。
おまけにブスでブタで最悪。私こんな女とようオメコしました。
たまに居まっせこんな女。臭すぎるんじゃ〜
女に一番大事なのはオメコの臭いちがいますか?
臭かったけどちんぽビンビンです
これも勢いです。
こんな女とオメコした人居ますか?
287 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 21:25:39
>>284 おまえは人を殺さなかった。
殺したいと思ってなかったのよw
行動が思いのすべて。
289 :
高校生:2005/10/28(金) 21:29:36
いやあ、僕
性格がおとなしいせいか、よく人になめてかかられやすいんですよ。
それで自分でゆうのもなんですが中性的な顔立ちで女性の注目あつめやすいのか
なんか目立っちゃうんですよね。
で、俺はそんな気なんかないのに、へんな嫉妬みたいなのうけちゃうことがおおいんですよ。
結構我慢するほうなんでちょっかいかけられてもワラってごまかしてんですけど
なんか感情をためこむ性格なのか爆発寸前まで我慢して、これ以上我慢できなくなったとき
相手を殺す気で喧嘩になります。ちょっと体鍛えたり、格闘技やってたりで
自分が一方的に負けたことはないんですけど。性格なおしたほうがいい?
290 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 21:38:22
そういう性格は怖いから直して欲しいな
相手の鞄をカッターで傷つけるだけにしとけ
暴力はやめろ
292 :
高校生:2005/10/28(金) 21:46:21
了解なんですが、相手もしつこいんですよ。どうしたらいいんですか?
柘植何とかって元傭兵の人が、いったん戦闘がはじまったら躊躇したほうが負ける
とかかいてたんです。
>>289 童顔で格闘技しよって哲学にいそしむ高校生。それ本真の話か?
294 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 21:51:42
>>1 なんでこんな事考えるんですか?
なんで人を殺してはいけないか解らない人は
包丁ブンブン振り回して無差別殺人するんじゃないんですか?
一般常識も解らないんですか?
俺の場合憎い奴がいたら殺したいって思うんじゃなくて
最も残酷な方法で永遠に苦しめたいって思うけどなあ。
殺したらそれで終わりジャンスカ。相手を屈服させるも糞も
なくなってしまう。憎いと思った奴を殺してしまったらむしろ
負けじゃない?それにもったいないじゃありませんか
296 :
高校生:2005/10/28(金) 22:12:49
顔はかっこよくはないと思うけど、女顔なんでしょうね。小学校低学年のときは
髪のばさされてたんで(親の意向)よく女の子にまちがわれていた。
本はよく読みます。哲学に限らずいろんな本読みました。キルケゴール?
とか、あと仏教やヒンズー教とか、多分宗教とか神話のほうから興味がうつってきたような気ガス
格闘技は素質はないですが、やむをえずボクシング一年、柔術半年、ウエイトトレはずっとしてます。
哲学は考え出すときりがないので最近は読んでませんでした。たまたまここみつけて
買い込んでます。僕の知識はそこらの本屋に売ってる哲学雑学程度です。
高校生なら外国語と数学やんな。あきらめるには早すぎる。
298 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 22:14:02
>>295 自分の世界から消したい=殺したい
だと思うよ。
本当に憎い奴なら顔も見たくないわけで。
ま、俺は殺したいと思ったこと無いから良くわからんが。
299 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 22:23:30
延々と過去スレで議論されたのを読んでも
まだ解らないバカは いっぺん 人を殺してみるしかない。
300 :
高校生:2005/10/28(金) 22:25:35
外国語と数学やってみます。
じゃ今宵はねます。アディオス
301 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 23:19:21
>>288 思うとは行動の選択をいう。
行動に出ぬ思いはハンパモンの惑い。
思わぬに同じ。
>>289高校生
おまえの屁みたいな性格など、ど〜でもいいw
性格は直せない(変わらない)。
人が変えられるのは行動だけだ。
おまえは殺せもせず、自分がホントに殺したいかどうか
すらわかっておらず、従って殺意の説明ひとつできない。
IQ69ってとこだなw
人を殺したいと思う者が
外国語と数学やってみます、だと?
明日もあさっても寝てろw
302 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 23:21:23
内面の葛藤を一切無視した行動主義者がいるようだな。
303 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 23:25:32
内面の葛藤など、このスレで見たことが無いw
まさかおまえ、自分のこと言っちゃいないだろなw
ぅぅ、吹き出しそう!
304 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 23:30:54
バカ。他人の内面など見える訳がないだろ。自分の内面に葛藤がないという訳にもいかん。
人間の本能には相矛盾するような衝動が備わっている。そういう仕組だからしかたがない。
305 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 23:33:59
やっぱ自分のこと言ってたのかw
他人から見えないと、内面の葛藤をしてることになるのか?
馬鹿か、おまえw
306 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 23:47:36
>>305 バカか。読解力ゼロかよ。お前にとって「自分」とはお前だろうよ。
お前から見たら「他人」とはお前以外の誰かだろうよ。国語やりなおせ。ボケ。
307 :
考える名無しさん:2005/10/28(金) 23:49:25
>>306 おまえの葛藤がどんなもんか、よ〜くわかったw
もう寝ろw
308 :
考える名無しさん:2005/10/29(土) 00:01:53
>>307 わかってねぇよ。面白いよお前。国語得意だったかw
309 :
考える名無しさん:2005/10/29(土) 00:10:30
>>308 卒業2週間前にやっと単位もらった俺に
国語得意だったか、だと?
ドアホー !! !! !! !!
おまえの葛藤は、他人事としてしか自己を語れないことよ。
その結果は余計な解説に精力をそがれる。
それじゃ、(肝心な事柄に)小さな脳味噌がもっと働かなくなる。
そうなるともうお終い。
コミニュケーションに逃れるしかない。
おべんちゃら振ってオワリよw
なさけねぇなw
310 :
考える名無しさん:2005/10/29(土) 00:12:12
>>309 ていうかさ、読解力がほとんどゼロなのに、何だって
こんな言葉の世界の板にいるのさ。なんつーか、お前のは
独り言か借り物の言葉かのどっちかで全然他人に通じてないぞ。
311 :
考える名無しさん:2005/10/29(土) 00:20:00
>>310 通じることは目的じゃない。
それならこんなアホばっかのスレ来るわけないじゃんw
馬鹿スレ、楽しいw いや、馬鹿が楽しいw
おまえは俺の楽しませ役だってことw
そろそろ寝ろ♪
312 :
考える名無しさん:2005/10/29(土) 00:22:24
>>311 いや、読解力がゼロだがコミュニケーションが取りたいんだろ?
でもできないから会話の目的を「自分が楽しむこと」に設定したんだろう。
それなら分かる。素直に話せば通じるのにさ。
313 :
考える名無しさん:2005/10/29(土) 00:24:58
高校生の気持はよく分かるね。なめられてる自分という状況を否定するにはそいつを殺すのが手っ取り早いってことか。喧嘩程度では(特に口喧嘩では)よけい惨めな結果をもたらしかねかいと思うとね。
自分自身の価値はなめてくる馬鹿な奴によって決められるわけではなく(そんな奴らに正しい判断ができるわけないので)、人に対する評価は人それぞれ異なることを理解できれば、多少は怒りが収まると思うが。
ちなみに、ある事情において人を殺していいかどうかは好き嫌いの問題なので、いい悪いということは一般的にはいえません。私は、なめられたから人を殺すという人は特に嫌いではありませんが、事情にもよるが殴りつけるくらいでとめておいてほしい。
殴るのであれば、そういう人は好きです。
314 :
考える名無しさん:2005/10/29(土) 00:56:05
>>312 駄話が好きなんだなw
俺を読解できるヤツなんかいないよw
現におまえがそうだろ。
おまえ頭イイんだろ?国語得意なんだろ?
そのおまえにして読解できない俺を、「ほか」の誰が
読解できるよw ありえない話だろw
なのに、「全然他人に通じてないぞ」と「ほか」を持ち
出すのがおまえの愚かなとこw
もう ボロボロなんだから、寝ろw
315 :
考える名無しさん:2005/10/29(土) 00:56:15
「殺そうと思ったことがない」といえば嘘になるな。「死んでしまえばいい」と思ってみたり、
相手の存在がなくなることはやはり直接的な危険回避になるよな。自殺だって、自分を殺そうと
する行為とすると殺人の内に入るかな。
316 :
考える名無しさん:2005/10/29(土) 01:12:18
文系の人間なら『国語』じゃなく『日本語』と言ってほしいと思った。
>「人を殺してもいい」と脳が判断せざるをえないとき(正当防衛?)
脳はそんなこと判断しない
われわれの脳が判断するのは「殺そう」か「やめよう」の二択だ
「われわれは物理的に可能な行動をとることができる」
これはトートロジーで何も語ってないに等しい
だが、われわれは義務や目的について言葉に載せて思考することができる
この問いは義務を認めるかどうかなんだよな
「なぜ税金を払わなければならないのですか?」と同じ
税務署行って質問してくればいい
319 :
零音:2005/10/29(土) 07:29:50
>>274 >殺人犯でも、「人を殺してはいけない」というルールの存在自体に
>反対なわけではない。そのルールの存在は承知(賛成)の上で、
>自分はそのルールを破るという選択をした、というだけのこと。
ありがたい。この文章のおかげで自分の記述に誤りがあることに気付かされた。
>>230 >無論、「殺さない方がいいから殺してはいけない」のだから、
>「殺した方がいい」なら殺してもよいという考えも同時に存在する。
人が何かを判断する時、相反する二つの考えは「同時」には存在していない。
ただし殺さない方がいい理由と、殺した方がいい理由は同時に存在し得る。
それぞれの理由にはそれぞれの利害がある。
人を殺さない場合に受ける利益(又は損害)と、人を殺した場合に受ける利益(又は損害)。
〜という場合であれば殺さないなら〜という利益を享受できる。
〜という場合であれば殺したならば〜という利益を享受できる。
条件を限定した場合の推測。
人は推測したその二つの利益を比較考量して優越した方の判断を採択する。
理由は複数存在し得るが、選択される判断は一つ。
同時には一つの判断しか存在し得ない。
同時に複数の(別条件の)仮想をし、その時の判断を推定しておくことはできる。
しかしその場合でもそれぞれの仮想した情況において下される判断は一つのみ。
274に感謝を。
320 :
零音:2005/10/29(土) 07:34:11
>>274 >>271でも言った通り、「殺されたくないから殺してはいけない」では、
スレタイの問いの答えとしては不適切であると思われる。
別の結論(この場合は「殺してもよい」)が導かれ得るものでは矛盾が生じてしまう。
件の快楽殺人鬼について言うなら、
「自分が殺されたくないから人は自分を殺してはいけない、ただし自分は人を殺してもよい。」
という考え方をしているということになる。
殺してはいけないのは自分に限定されていて、他の人間は殺してもよい、と。
これは
>>230で言うところの、何故殺さない方がいいかという
無数にある、問いの答えの内の一つに繋がるものであると考えられる。
321 :
アホ閑人:2005/10/29(土) 08:11:20
>>318 税務署は答えてくれると思うけど。税金の考え方から始まって。税金であれば
その税金による社会的サービスも享受していたりする。
一方殺人については、義務という考え方は法学的には認められたとしても、殺
さないから殺されないかといえばそうではない。義務を果たしても、その義務
の履行に見合った利益がない場合がある。自分が殺された後に犯人が死刑になっ
たり保険が下りたりといったその後の利益はあったとしても、殺されないことを
保障されない。
この問いに関していえば、義務という法学や社会的な役割としての存在以前に
理由が存在しているのではないか、ということだと思う。
「すべき」という言葉がカントのいうような純粋に先験的なところから発した
ものとしての義務なら話は別だけれど、その場合の論理は税務署に訊くとか言う
のとは違ってはこない?
>>320 「殺されたくないから殺してはいけない」という表現は不正確。
「自分(および親しい人)が殺されたくない」から、「人を殺しては
いけない」という一般的なルールの制定に賛成する、というだけ。
それから、殺人犯は「人を殺してもいい」と判断して殺すわけではない。
(中にはそういう人もいるかもしれないが。)
「殺してはいけない」と重々承知した上で殺すのだ。
「してはいけないかどうか」「それが悪いことかどうか」
と、「それを行うかどうか」は別問題だ、と言ったでしょ。
倫理的価値(してよいかいけないか、良いことか悪いことか)は、
たくさんある価値基準の一つに過ぎない。例えば食べ物なら「おいしさ」
とか「栄養」とか「安さ」とかいろいろの価値基準があって、
どれを優先させるかの判断は人と場合によっていろいろ。
それと同じで、行為にもいろいろの価値基準があって、倫理的価値は
そのうちの一つに過ぎない。だから、比較考量の上で採用されることも
あれば捨てられることもある。
殺人犯はそのときに限っては「捨てる」という選択をした、
というだけのことさ。
323 :
考える名無しさん:2005/10/29(土) 10:39:53
殺人犯の気持ちなんて、実際人を殺してみないと解らん。
これは一つの事実であり、実際に、この中に殺人犯が混じっていない限り、
固定観念で物事を捉え、一つの答えに固執し、
青筋立てながら書き込んでる人は面白すぎる。
他人を理解する事をせず、
>俺を読解できるヤツなんかいないよw
なんてことを言う
>>314みたいな人が滑稽に見えた。
他人を理解することの出来ない人が、
殺人を犯すのかもしれないな。
(´・ω・ ≡´・ω・`)
>>323 殺人犯だって一人一人別々なんだから、実際に人を殺してみたって
「そのときの自分の気持ち」しかわからないでしょ。
他人の気持ちは自分の気持ちをもとに「想像してみる」しかないさ。
>>321 税務署の人は、どのように税金を払わなければならない理由を説明するのか
彼はそれが義務であること以上のことを説明できない
殺人の禁止も同じ
このスレの問いは殺人に関する問いではないんだよ
義務に関する問い
「なぜ義務を守らなければならないのか」というのが中高生が抱く問いで
その代表として殺人が挙げられているだけ
彼らは「タバコは吸ってはいけないけど、殺人はそうではない」と考えているのではなく
『いけない』という言葉に対して受け付けないだけだ
327 :
考える名無しさん:2005/10/29(土) 11:02:24
>>323と
>>325の考えを総合すると
他人の事は永遠にわからないが、想像する事は出来る。
他人を理解できない奴は、理解しようとしないか想像力に欠ける。
俺馬鹿だからよく分からんわw
>>326 >税務署の人は、どのように税金を払わなければならない理由を説明するのか
>彼はそれが義務であること以上のことを説明できない
これはちょっと説得力ないんでは。
道路も学校も税金で賄われてるといった話をするのはそんなに難しくないはず。
もちろん、それで誰でもが納得するとは限らないが。
>義務であること以上のことを説明できない
とまで言うのは無理がある。
だから話がこんがらがらないように話題を決めようぜ。
・殺す人間は「殺していけない」という命題を正しくないと思っているのか?
・自分が殺されないために殺さないのなら不死身or権力者が自分より弱い立場の人を殺すのはどう考えるか?
・そもそもどこからが殺人なのか?(例:エイズををうつすのは殺人か?)
とかさ。
>>328 道路や学校が税金で支払われるからといって
彼が税金を支払わなければならない理由にはならない
すべての人が税金を払わなければ税金のシステムは滞るだろう
だが、彼が税金を支払うか拒否するかという問題には行政は何ら答えることができない
殺人も同じだ
すべての人が隣人を殺し始めたら社会は存続し得ないだろう
だが、彼が一人の人間を殺すか殺さないかという問題には法も国家も何ら答えることができない
われわれ一人一人が何を選択しどう行動するかというのはわれわれ個人の問題だ
>彼が一人の人間を殺すか殺さないかという問題には法も国家も何ら答えることができない
じゃあ法律の意味無いじゃん。秩序の保持のために何をどうするかを定めたのが法律だろ?
tp://yuutama.exblog.jp/m2004-11-01/
>>331 法律が個人の行動をどうこうできるはずもなかろう
法律が語ることは規範までだ
334 :
零音:2005/10/29(土) 11:22:13
>>322 >「殺してはいけない」と重々承知した上で殺すのだ
殺すことはいけないことだと感じる状況、殺さないことに倫理的価値を感じる状況、
状況が(条件が)異なればいけないことだと承知しつつ、今の状況ならば殺すということ。
>「してはいけないかどうか」「それが悪いことかどうか」
>と、「それを行うかどうか」は別問題だ
仮想の状況における判断と、実際の状況における判断が異なるのは、
条件が違うから。全く同じ条件であれば同じ判断を下す筈。
確かに条件が違うのだから、別の判断となることも当然で、
別問題と見ることは正しい。
殺人犯は人を殺してもいいと判断して殺す筈。
人を殺してはいけないと判断したなら殺さない筈だからだ。
他人がそう判断していることを承知の上で、
もしくは自分も条件が異なるならいけないと判断するであろうことを承知の上で、ということであろう。
条件を限定した上での判断は
それぞれの条件毎にそれぞれの判断が存在する。
つまり今の状況であれば人を殺してもよいと判断している。
しかし別の状況であれば人を殺してはいけないと判断する。
この別の条件での判断を意識しつつ殺すということが、殺してはいけないと承知した上で殺すということ。
>倫理的価値はそのうちの一つに過ぎない。
>だから、比較考量の上で採用されることもあれば捨てられることもある。
>殺人犯はそのときに限っては「捨てる」という選択をした
同意見。
倫理的価値というのは人を殺さないことで手に入る利益の価値でもある。
人を殺すことで手に入る利益の価値がそれを上回ると思ったから、
殺人犯は倫理的価値を捨て、殺すことによる利益を受けることを選択したのだろう。
・・・煩雑になってしまい、すまない。
>倫理的価値というのは人を殺さないことで手に入る利益の価値でもある。
人を殺すことで手に入る利益の価値がそれを上回ると思ったから、
殺人犯は倫理的価値を捨て、殺すことによる利益を受けることを選択したのだろう。
何で選択功利主義なの?
>>329 ・そうでない場合がほとんど。
・不死身or権力者は「殺してはいけない」という規範を遵守する動機が弱い。
・それは刑法の問題では。
>>330 そんなこともないのでは。
個人の脱税を見逃すと皆が脱税し始めるから、「彼が税金を支払うか拒否する
か」にも行政は平然と答えるでしょ。「支払え」と。
だから、督促費用の方が高い「軽微な脱税」は見逃すこともあるし。
同様に、「彼が一人の人間を殺すか殺さないか」という問題にも、
法も国家も平然と答えるでしょ。「殺してはいけない」と。
こっちの方は国民の関心が高いから、お目こぼしもまずないし。
「法や国家(や倫理や神様)が何を命じようと、どう行動するかは
最終的には個人の自由だ」というなら、それはその通りであって、
別に「答える」必要もないのでは。
>>330 >道路や学校が税金で支払われるからといって
>彼が税金を支払わなければならない理由にはならない
それが、あなたの論理において、税金を支払う理由にならないからといって
「義務であること以上のことを説明できない 」と断言できる理由にはならない。
>>334 >殺人犯は人を殺してもいいと判断して殺す筈。
>人を殺してはいけないと判断したなら殺さない筈だからだ。
違う
殺人犯は「人を殺そう」と判断したから殺す
高校生は
「タバコを吸ってはいけない」ことを知りながら
「タバコを吸おう」と判断したから吸う
>>336 >個人の脱税を見逃すと皆が脱税し始めるから、「彼が税金を支払うか拒否する
>か」にも行政は平然と答えるでしょ。「支払え」と。
>同様に、「彼が一人の人間を殺すか殺さないか」という問題にも、
>法も国家も平然と答えるでしょ。「殺してはいけない」と。
ここは「殺すな」と答えるだろう
「支払え」が命令形なんだから「殺すな」も命令形
行政や法ができるのはそれだけだ
「支払え」「殺すな」という命令、義務だけ
個人が命令をきくか、義務を遵守するかについては
行政や法は語ることができない
せいぜい「『義務』とは『守らなければならない』もののことを言うのだ」
としか言いようがない
>最終的には個人の自由だ」というなら、それはその通りであって、
>別に「答える」必要もないのでは。
そうだな
答える必要がない
このスレの問いもそう
答える必要がない
340 :
零音:2005/10/29(土) 11:33:33
>>338 「殺してもいい」は判断であり、
「殺そう」は判断した結果の気持ちを指している。
殺そ「う」
推量の助動詞「う」は話し手の意志・決意を表す。
>>337 彼は自分が税金を支払った方が利益がある理由を訊きたかったのかね
彼の質問は「いけない」に対する質問
いけないことの理由は「それが義務だから(ルールだから)」ということ以上のものはない
342 :
考える名無しさん:2005/10/29(土) 11:37:27
>>335 例えば人工知能なんかに応用し易そうだから、とか
>>340 彼は「殺してもいい、殺してはいけない」について考えずに
「殺そう」と思ったから殺したのだろう
ゾルレンとザインは違う
344 :
零音:2005/10/29(土) 11:42:55
>>343 「殺そう」と決意するまでの思考過程を説明してはくれまいか。
>>344 知らんさ
だが、彼の行動は規範ではなく彼の意思で決まったのだろう
I may ではなく I will
>>341 仮に、
>いけないことの理由は「それが義務だから(ルールだから)」ということ以上のものはない
が真であったとしても、
「義務であること以上のことを説明できない 」と断言できる理由にはならない。
税務署の役人は現にそのような説明を現にしているし、
(
http://www.nta.go.jp/category/gakusyu/basic/page01.html?yes)
少なくない人がそれで納得して税金を払っている。
税金を払う理由があろうがなかろうが、税務署の職員が説明という行為を現に行っている
以上、「説明しても納得してもらえるとは限らない」「説得できるとは限らない」
「説明が正しいとは限らない」とはいえても、「説明できない」は事実として正しくない。
347 :
零音:2005/10/29(土) 11:52:46
>>345 解らないというなら無理には頼まないが・・・残念だ。
思考経路が不明のまま、突如「殺そう」と思うというのでは
私にはよく理解できない。
どなたか説明してはくれまいか。
>>334 >殺人犯は人を殺してもいいと判断して殺す筈。
>人を殺してはいけないと判断したなら殺さない筈だからだ。
だから、それが大間違いだって。
「やってはいけないことだとわかっていながら、やる」なんてこと、
特に珍しくもないよ。ゾルレン氏が挙げているタバコの例だってそうだし、
「試験の前は勉強しなければならない」ことは重々わかっているのに、つい
目先の誘惑に負けてふらふらと遊んでしまう、なんて日常茶飯事でしょ。
殺人の場合だって、かっとして思わず殺してしまって「やべえやってはいけない
ことをやってしまったどうしよう」とパニくる事例が多いでしょ。
冷静にいろいろな価値を比較考量した上で殺すケース(怨恨でも遺産目当てでも
保険金殺人でも)でも、「やってはいけないことだ」とわかっているから
ばれないように慎重に計画を立てるわけで。で、「いけないことをやった」
と自覚しているから、ばれて捕まったら特に文句も言わないわけで。
本気で「いけないと判断していない」のなら、捕まったときに驚くか
抗議するかするはずだよ。
「えっ人を殺してはいけないんですか知りませんでした!」とか、
「人なんか殺してもいいじゃねえかどうしていけないんだこの野郎!」とか。
次のような問答を想定してみよう
AがBを殺そうとする
A; May I ?
B; NO, you may not. You must not .
A; But, I will .
oughtnessとbeingは違う
この場合、殺人は一例であって他の動詞でも同じ
松本サリン事件を全く反省してない
351 :
考える名無しさん:2005/10/29(土) 12:51:17
つまり、結論とその理由を簡潔に(できれば一言か二言で)述べるとどういう答えに?
人それぞれの答えがあるとしてもその結果は同じになることだってあるはず
この場合人それぞれ考え方は違っても見た限り結論は同じになりそうな気がします
352 :
考える名無しさん:2005/10/29(土) 13:01:07
「俺はみんなを殺さないからみんなも俺を殺さないでね」って考えが人類の大多数を占めるからじゃないの?
勿論「他人を殺したいけど俺は殺さないでね」って考えを持つ人もいるしその逆もいるだろうけどさ
俺はみんなを殺さない→みんなも俺を殺さないでね
↑は互いの身を保障する契約なわけだが、それを破る奴はどうすればいい?
まあ、なんとかしたほうがいいんだろうけど、このスレの議論とは関係ない。
>>354 いやそういう行為が間違いだと納得させるにはどうすればいいかってことよ。
356 :
零音:2005/10/29(土) 13:28:21
>>349 タバコを吸ってはいけないのは、健康障害を起こすからで、自分にとって悪いことがある。
しかし、タバコを吸うと気持ちが落ち着くという自分にとっていいことがある。(高校生なら格好いいからというのもあるかもしれないが)
悪いことがあると知りつつ、禁断症状を緩和するために吸ってしまう。
この場合どう判断したと考えるか。
タバコを吸うといけないことがある。タバコを吸うとよいことがある。being
悪影響があるのは解っているが、禁断症状を我慢するのは自分にとってより悪いこと。
利益考量の結果、タバコを吸う。oughtness
つまり人は「タバコを吸った方がいい」と迄は判断するが、「タバコを吸ってもよい」とは判断しない。
ある行為についてはその結果があるだけで、いい・いけないは観る者によるラベル付けということか。
そしてそのラベルは思考の様々な段階で付けることができる。
タバコを吸う→健康への害=いけない、 タバコを吸う→ストレス解消=よい
タバコを吸う→健康への害がある<気分がよくなる=よい
殺すことは倫理に反するという考えを「殺してはいけない」とラベル付け。
殺さない方がよいという考えを「殺してはいけない」とラベル付け。
そして倫理に反すると思いつつも殺した方がよいという考えに対して「殺してもよい」とラベル付け。
いい・いけないは判断ではなく観る者による価値付けに過ぎないと。
何か新たな認識が啓けたように思う。
>>348とゾルレン氏に感謝を。
>>355 納得させられるかどうかと、実際に間違いかどうかは関係ない。
実際に間違いであるのなら、そいつがいくら納得しなくても間違いだし、
実際には間違いでないのなら、そいつが間違いだと納得しても、
間違いではない。
>>356 >いい・いけないは判断ではなく観る者による価値付けに過ぎないと。
何言ってんのよ。いい・いけないは「価値付けに関する判断」だろ。
359 :
考える名無しさん:2005/10/29(土) 17:18:29
社会という存在があってそれが個人に要請をしているからだろうね
社会は個人の利益より社会(公共)の利益を優先するよう個人に要請する
その一つとして例えば
「人は殺してはならない」
という命令が出てくるわけだ
当然この要請を無視した場合には社会から制裁されることになるけどね
360 :
考える名無しさん:2005/10/29(土) 17:24:11
(´・ω・`≡´・ω・`)
362 :
高校生:2005/10/29(土) 18:29:41
こんばんわ、僕も人をころしてはいけないってのは社会契約の考えに賛成っす。
たとえば自分の周りにいろんな人間がいるとします。
その中には人を殺さない人、人を無差別に殺す人、状況によって人を殺す人、
等、いろんな人がいるとします。さてこの中で仲間をつくって共同作業をする場合、
仲間を選ぶ基準は最低限のルールを守れる人かどうかです。
人を無差別に殺す人とは仲間になれません。状況次第で人を殺す人は仲間になれば
自分たちの共同体をおびやかす人をころしてくれる兵士として役立つかもしれません。
もちろん彼を仲間にする場合、仲間を殺さないとゆう契約が必要です。
363 :
零音:2005/10/29(土) 18:49:29
>>358 それはそうだが、
ある行為を実行するまでの判断には組み込まれていないという意味で。
いや、確かに語弊があるな。
「いい・いけない」ではなく、
「〜してはいけない」「〜してもよい」か。
>>363 なんべんも同じこと言わせなさんな。
ある行為を「実行する」「実行しない」についての判断と、
その行為を「実行してはいけない」「してもよい」についての判断は、
全く別だって。両者が必ず一致する理由なんか、何もない。
「〜してもよい(しなければならない)」と判断した行為を実行しないことも、
「〜してはいけない」と判断した行為を実行することも、
全く珍しくもなければ、矛盾でも何でもない。
何であなたは
「〜してはいけないと判断した行為は絶対に実行されるはずがない」
と思い込んでいるわけ? というか、それは言葉遣いの混乱に
過ぎないんだって。
Zガンダムおもしろいひょ
366 :
考える名無しさん:2005/10/29(土) 21:31:38
私は人を本気で「殺したい」と思った時はないです。
でも人に本気で「死ね」と思ったことは何回もあります。
もし執念(?)とかで人を殺せるのならば何回も人を殺していたかもしれません
幸い、私は人を念で殺すことはできないので今まで人を殺したことはないです
これはどう解釈すべきでしょうか・・・・・w
ちなみに法とかなくて人殺しても逮捕されないとしても目に見える殺人をするのは嫌です
多分、法もなく多くの人も殺人について何の抵抗のない考えだとすると
正直、 人を目に見える方法でも殺していると思います
>これはどう解釈すべきでしょうか・・・・・w
「念で人を殺すことはできない」
と解釈すべきじゃないんでしょうか?
368 :
考える名無しさん:2005/10/29(土) 21:55:17
>>366 >これはどう解釈すべきでしょうか・・・・・w
「自分の手を汚したくない」
こうゆう人は、念で殺す以外に他人が殺しても良いだろ?
思っても行動しないタイプ。
369 :
アホ閑人:2005/10/30(日) 03:00:40
>>359 社会というものをまず前提に置くんならばそれが答えになることはあるんだと思う。
社会学などは社会があるというものをまずは仮設した中で始まる知の体系であるんだろ
うから。
ただ、その場合も社会がない場合は人を殺していいという形の中でいたのかは疑問だ
し、自分の中に社会の存在の自覚以前に「人を殺してはいけない」という考えの存在が
有り得ると思うか思わないかなのだろう。
社会学であれば、社会の存在を以て始まる学問だから、社会の存在の自覚というもの
は問題にはされない。だから、『人間は社会なしには存在しない』というのが自分の前
提だと言うのであれば、その人にとってはこの「どうして人を殺してはいけない」とい
う問いに対する答えは「社会の要請」として解決し得るとは思う。
でも、この解決にはちょっとしたトリックがあるように思う。「社会がある」と最初
に仮定した上で「社会の要請である」と結論するのはただ社会の存在という前提を重複
しただけとも言えると思うからなんだ。
370 :
アホ閑人:2005/10/30(日) 03:05:23
ついでにもう一つ。
>>339 この上でいったような関係はゾルレン氏の義務に関しても重なる部分があるだろうと
思う。ゾルレン氏は義務ということで、無前提的に存在するものとしてルールを規定し
ている。その意味では義務の存在を最初に置いている。それはカントもそうだから、お
かしいとかいう話ではない。
ただ、殺人を税金と同列に語ろうとすると殺人も社会制度としての義務という意味に
なってしまう。それはゾルレン氏が最初に書き始めた義務と同じように思えないのだが
、どうなのだろう。
社会制度としての義務という意味では、そうした社会がない場合にはどうなるのか?
ということも考えると差がはっきりしてくるだろうと思う。
社会がない頃、税金がない頃というのがあって、その頃には誰も払わなかった。今で
も制度がなければみんなは喜んで払わないだろう。
一方で、殺人に関しては制度が無いからといって全員が殺すことになるのか?という
ことになる。ゾルレン氏は『すべての人が隣人を殺し始めたら』と言っているか
ら、ゾルレン氏は義務がなかったら人類は一人も残らないと思っているのかもしれない
が、そうなってしまうとそこにはかなりの議論の余地があると思う。
例えば、人間に社会のない頃があって、人間は存在した。もし人が隣人を殺すものだ
としたら、社会も無くルールも無いので、その時に人類は滅亡したはずだ。義務が全く
無かったとしたらその義務が生まれてくることも無いはずだから、現在人間は存在しな
はずだ。
僕としては、ゾルレン氏の義務というものは社会の存在とは無関係に存在しているもの
として読み進めていたので、税の話を持ち出されて混乱してるのです。
もちろん、税というものも社会とは無関係に存在しているのだとすれば別ですが。
すべては自由であり許されているという実存的立場と
社会規則の中で生かされ守られているという社会的立場の二つが
個人の脳の中で同時に拮抗している。この二つの思考の拮抗関係は、
サイコキラー以外の全ての人間の脳に生み出される
普遍的な精神構造だろう。
実存的立場と社会的規則(敵を倒せというルール)が利害一致すれば
正常な人でも抵抗は少ないと思う。
古代から人間同士の戦闘はあったわけだから、
人間の脳は、平時では社会安定モードが強いけど、
戦闘時になるとキラーモードになるスイッチが入るように
なってると思う。
これは、とくに珍しいことでもなく、個人が場のルールに従う
というものだと思う。駅のホームでウンコするのは赤ちゃんくらいだが、
トイレでは大人でもウンコする。
サイコキラーの脳は故障してるから、場のルールが読めず、
脳が戦闘モードに入りやすくなってるんだろう。
せいじょうな人でも、日常と戦場の二つの、どちらの場のルールにも
従えるように、ある程度の心の揺れ動きを経験するように脳が出来てる。
>>370 現実の制度だろうが制度でなかろうが義務は義務
義務は規則の一形態だ
まず「義務の世界」を認めるかどうかがひとつ
すなわち「『べき』について語る世界」だ
この世界を認めるならば、この世界にはひとつのルールが成立することになる
それは普遍化可能性、すなわち個別性による区別の排除である
「わたし一人が税金を払うかどうか、殺人を犯すかどうか・・・」ということは
「わたし」と「それ以外の人」の間に個別性における区別をひいているので
このルールに反することになる
この普遍化可能性は法のもっとも基本的なものと言えるだろう
「規則の内部において個別的な区別がなされない」ということが普遍化可能性のもつ意味だ(規則そのものについてではない)
「ある規則があるならば、その規則は規則にかかるものを個体における違いを理由に区別してはならない」
「Aさんは税金を払ってもいいが、Bさんは払わなくてもいい。なぜならBさんはBさんだから」
というような「Bさんだから」という理由付けの禁止が義務の世界(規則の世界)では生じる
(数学の公式が個別の数字によって計算を拒否したりしたら、それはもはや数学ではない)
この性質から、義務の世界では、
ある個人の行動ではなく、すべての人の行動を想定することになる
「すべての人が隣人を殺す」という仮定と、「すべての人が隣人を殺さない」という仮定のうち
すべての人が隣人を殺すならば、誰も生き残らない
「存在しない」という目的は極めてパラドキシカルだ
だから殺人は義務の世界では禁止される
まったく同じ表現から2つの異なる意味が生じる
brute fact と institutional fact
われわれの言語はその構造から複数の特殊な世界を作り出す
われわれは言語の使用において、
様々な制度的事実という表現を用いて伝えたいことを言葉にする
「君は矛盾した発言をできない」という言葉を例にとって見る
物理的にわれわれは矛盾した発言を発音できる
すると先の文章はblute fact について述べられた文ではないということだ
「君は矛盾した発言をできない」
↓
「君は矛盾した発言をしてはいけない」
↓
「君は矛盾した発言を禁止する制約の内部にいる」
論理が矛盾を禁止するルールなのだから
これは「君は論理というルールに従わねばならない」という命令ともとれる
われわれの言語行為は論理という制度によって統制されているが
各々の個人が論理を採用するかどうかはblute factにおける問題だ
狂いたい人間が狂人的行動をとることにどうこう言えやしない
訂正
blute→brute
375 :
零音:2005/10/30(日) 06:27:21
>>364 その事については既に認識を修正済みだ。
ゾルレン氏の示唆により、beingとoughtnessの違いに気付かされた。
ある行為について、
「〜してもよい」と判断できる要素がある。being
「〜してはいけない」と判断できる要素がある。being
しかしその行為を実行するかどうかはその判断とは別であり、
ある状況下において両要素を利益考量した結果、
その行為を実行する(或いは実行しない)。oughtness
このbeingの判断と、oughtnessに至る判断(利益考量における判断)は必ずしも一致しない。
私が必ず一致する筈だと言っていたのは、oughtnessに至る判断のみを指していたのだと。
というか思考過程を構成するその部分を「ここで〜してはいけないと判断した」と
自分が理解し易いから、そのような名称で呼んでいたのだと気付いた。
ゾルレン氏の
>>338>>343の指摘と併せて考えてみよう。
>彼は「殺してもいい、殺してはいけない」について考えずに
>「殺そう」と思ったから殺したのだろう
殺すという行為は人物や状況に応じて「殺してもよい」と考えられる場合もあるし、
「殺してはいけない」と考えられる場合もある。being
しかし、いざ殺す時の判断はどうだろうか。
殺すか否かの選択を迫られる状況。
殺した結果このような悪いことがある、殺した結果このようないいことがある、
推測される両結果を利益考量して、殺すか殺さないかどちらの行動をとった方が良いかを判断する。
判断の結果とる行動は、「殺す」か「殺さない」かのどちらかということになろう。oughtness
この間には、「殺してはいけない」「殺してもいい」という価値判断は必要ではない。
(利益考量後であれば、その判断を価値付けすることも可能だが、行動をとるにあたり必要としない)
つまり、選択を迫られる状況が開始されてから、実行に至るまでには、
「殺してもよい」「殺してはいけない」は記憶・知識として知ってはいても、
「殺してもよい」「殺してはいけない」という「判断」をする必要はないということだ。
376 :
考える名無しさん:2005/10/30(日) 07:20:35
>>369 二人以上の人間がいて各人が他者を認識し相手への影響力を
もった時点で社会がないということはありえない
社会とは複数の人間が存在して
それぞれの人間が他の人間の存在、行為を認識し
それに基づいて相手への影響力を行使しうる状態をさす
そんな感じかな
377 :
考える名無しさん:2005/10/30(日) 07:26:54
>>370 国家は社会ではないですね
国家は社会が社会の要請を実現しやすくするために作り出した手段でしょう
殺人が自己の利益を生み出さなければ例え社会の要請がなくても
殺人は実行されないでしょうね
殺人は自分の命を代償にしかねない危険な行為ですから
それに(たいていの)人間は殺人を嫌悪する本能を持っています
それは進化の賜物ですが
(´・ω・` ≡´・ω・`)
>>375 なんでわからないかね。
「〜してもよい」と判断できる要素がある。→ oughtness
「〜してはいけない」と判断できる要素がある。→oughtness
その行為を実行する(或いは実行しない)。→being
だよ。
そもそも、人間が行為するときに常に何かを比較考量する、なんてのは事実ではない。
無意識や慣習やその場の勢いで、特に考えもなく「やってしまう」ことが多い。
じっくり考える場合でも、主に比較考量するのは「自分の利益(being)」であって、
「〜するべきかどうか・してはいけないかどうか(oughtness)」は、
非常に重視するときもあれば、ちょっとは考えるときもあれば、丸っきり
度外視する場合だってある。人によっても全く違う。
「倫理的価値はいろいろな価値の一つに過ぎない」というのは、こういう意味。
物を食べるときに、栄養価を最優先する人も、多少気にする人も、全然気にしない
人もいるでしょ。それと同じさ。
380 :
零音:2005/10/30(日) 13:07:29
>>379 >「〜してもよい」と判断できる要素がある。→ oughtness
「〜してもよい」と判断できる要素がある、というのはそう判断はできるが、
判断に関係なく存在する価値のことで、「自分の利益(being)」と同じ事。
>その行為を実行する(或いは実行しない)。→being
oughtnessにあたるとして指示を意図していたのは次の部分。
ある状況下において両要素を利益考量した結果、 その行為を実行する(或いは実行しない)。oughtness
381 :
零音:2005/10/30(日) 13:52:10
>>379 人間が行動を決定するときには必ず比較考量をする、
或いはその思考経路を辿って行為に至る。
場の勢いでやることにしても、その時に心に想起された
「こうすると気分が良くなるように思う」という程度の事であっても、
必ず何かそうした方がいいと考える事があるからそうする。
比較考量の対象とその価値は人によって異なる。
物を食べるときに、栄養価のことが想起されたとする。
その人の価値観の中で栄養価というものが味よりも何よりも
上位に位置づけられているとしたら、判断としてはそれを最優先する。
栄養価の価値を味よりも多少下に見ているなら、味の方が優先され、
栄養価はその他の比較対象、量による満足感や危険であるかどうかといった点と比べられる。
完全に全然気にしない人もいる。
それはその人の価値観の中に栄養価というものが存在していない場合だ。(栄養価が比較対象にならない)
人は自分の価値観の中に存在しないことは、自分にとって価値がどうであるか判別できない。
紙幣を見ても、それが自分に有益な事をもたらしてくれる価値ある存在だと知らなければ、
只の紙切れとしか見なさない。
知識と、選択の場においてどれだけ自分の知識を呼び出せるか、
そして知識・記憶から導かれる結果・結論を考える推測能力。
それら個々人の知識の量や能力、その場の状況の組み合わせによって、
よく考えての行動であるか、場当たり的な行動のようになるかが決まる。
>「倫理的価値はいろいろな価値の一つに過ぎない」
そう、それはまさにその通り。
知識の偏りは、その人の価値観の影響もいくらか原因してるだろうけれど、
足りない知識で判断した結果は、
価値観それ自体をあらわしているといえるのかな。
384 :
高校生:2005/10/30(日) 15:31:21
たとえば無人島で一人で暮らしてる人は人殺しの問題はない。
自分以外の他人と遭遇するとき、
動物の場合、お互い無関心、繁殖行動に入る、縄張り争いになる、群れになる、
とかのパターンがある。動物行動学者のローレンツに寄れば、攻撃と抑制は
強力な武器をもつ動物ほど攻撃の抑制が効き,犬の喧嘩では服従のポーズをとったもの
にはそれ以上の攻撃はできなくなっているらしい。
逆に平和の象徴の鳩をオリにいれておくと、強い鳩は死んで動かない鳩を執拗に攻撃するらしい、
自然界では自由に逃走できるのでそこまでにはいたらないらしいが。
殺人とは対人関係のコミュニケーションの選択肢の一つにすぎないのでせうか?
>>384 そういうことを言い出すと何をやってもコミュニケーションなのでは?
386 :
考える名無しさん:2005/10/30(日) 15:33:34
そうでせうよ。
「どうして人を殺してはいけないのですか?」
と、どうして考えなくてはいけないのですか?
平和ボケだからさ
平和ツッコミというのはなぜいないんでしょう?
>>384コミュニケーションじゃないだろ
武器が強いと本能的に殺さなくなるんだな
391 :
高校生:2005/10/30(日) 18:38:06
いやー戦争が外交の一部とゆうのをこないだ知りまして、
おなじような考え方ができないかと思いまして。
人を殺すことが目的の場合そうかんがえられるとこもありそうですが
人を殺すのが別の目的の通過点の場合コミュニケーションには当たらないですね
(例えば、保険金目当てとかは目的は金であって、たまたまその手段をとったとか)
なぜ、人を殺しても問題ないと思うのかな?
>>384の最後の文までコミュニケーションのことなんて書かれてないから
ワケワカラナス
394 :
考える名無しさん:2005/10/30(日) 19:52:04
>>391 クラウゼヴィッツをどう解釈すると、
「人を殺すのが別の目的の通過点の場合コミュニケーションには当たらないですね 」
ということになるのか、論理に飛躍がありすぎてよくわからん。
「人を殺すのが別の目的の通過点の場合コミュニケーションには当たらないですね 」
において、それぞれに何が「戦争」「外交」に対応するのか、
ちゃんと説明してくれ。
395 :
考える名無しさん:2005/10/30(日) 20:00:26
人を殺すと恨みをいっぱいかいますよ。
あと自分の道徳心にさいなまれるよ。
396 :
考える名無しさん:2005/10/30(日) 20:54:57
道徳心・・w 道・・・w! 徳・・・・w !! アホかw
人を殺していけないなんてことはないと思う。
何故ならそれがいけないことならそもそもできやしないはずだ。
この世界が構成されるときに不可能なこととしてプログラミングされているはずだろう。
そうされることが真であるなんて証明はできやしないけど。
物理的に可能だからやってもいい、って考えは実存主義なのかねぇ。
で、問題は「何故人を殺してはいけないと思うのか」だっけか。
権力者が自分の地位を安定させるために法を敷いたのをきっかけに、道徳とかいう頭の悪い言葉が生まれ、それを支える神と教会若しくは
それに類する物などによって偽りの真理として半ば無理矢理広まったのが現代人の今の殺人に対する姿勢に結びついてるんじゃないかと思ってるけど。
398 :
考える名無しさん:2005/10/30(日) 21:06:43
>>397 >何故ならそれがいけないことならそもそもできやしないはずだ。
その論理がさっぱり理解できん。
>この世界が構成されるときに不可能なこととしてプログラミングされているはずだろう。
誰に?
>>398 もし殺人が駄目だということが真だとするなら
そんなものを人間の不確かな法や意志に委ねるより、
世界を構成する段階で最初から不可能にしてしまえば済むことだろう。
だから可能であるということは世界の意向からしてみれば別段禁止されてないんだ。
誰かって言われてもこの世界を作った奴、としかいえん。
奴といってもそれがどんな存在なのかなんとも言えないが、この世界が存在している以上は
誰か(何か)がこの世界を作ったのだから。
400 :
考える名無しさん:2005/10/30(日) 21:27:59
>>399 >もし殺人が駄目だということが真だとするなら
>そんなものを人間の不確かな法や意志に委ねるより、
>世界を構成する段階で最初から不可能にしてしまえば済むことだろう。
誰が?
>だから可能であるということは世界の意向からしてみれば別段禁止されてないんだ。
世界って誰?どこに住んでるの?何人?
>誰かって言われてもこの世界を作った奴、としかいえん。
作った奴がおる、というのはなんでわかるの?
あなたその人と面識あるの?
>>400 「誰か」とか「奴」とかに一個人を当てはめるのはやめてもらいたいんだが。
それらは全て原因の存在を擬人化した表現にすぎない。
原因がある、って言うのにも面識とやらが必要なのなら、俺の考えはハリボテってことで構わんよ。
402 :
高校生:2005/10/30(日) 21:48:18
あ、すいません、よく考えないでかきこんでしまってます。
>>393さん、はじめコミュニケーションのこと書こうとおもってて
別の話題になってしまって、最後に一言つけくわえた感じになってしまいました。
>>394さん、
自国が 他国となんらかの関係があること(友好的、敵対的など)またその関係を作ろうとするときと
個人が自分以外の人間と関係をもっている、または持ちたいとするところが
規模の違いがあるけど似ている感じがあると思います。
国家規模だと外交、個人レベルではコミュニケーションと考えました。
外交上の関係が緊張状態のとき、おそらく両方の国とも戦争は避けようとすると思います。
もちろん、軍事レベルの差や、権力者の意向、利益関係によって戦争を選ぶかもしれませんが
一般には数ある外交手段のうち戦争にまでいたるのは最悪の結果ではないかと思います。
これを個人で考えると、他者と緊張状態にいる人間が数あるコミュニケーションの方法の中で
殺しを選んだとすれば、最悪の選択肢をえらんだといえるのではないでしょうか?
とゆうことをいいたかったのです。いいたいことがおおいのと、私の説明不足のせいで
ご迷惑をおかけしましたことをお詫びします。
403 :
考える名無しさん:2005/10/30(日) 21:49:50
>>401 >全て原因の存在を擬人化した表現にすぎない。
でもそいつは、
>もし殺人が駄目だということが真だとするなら
>そんなものを人間の不確かな法や意志に委ねるより、
>世界を構成する段階で最初から不可能にしてしまえば済む
なんてことを考える、思考と意思を持ってるわけでしょう?
そういう思考や意思が存在するということを、あなたは知ってるわけでしょう?
ということは、そいつの意思をなんらかのコミニュケーション手段を使って知った、
つまり、あんたはそいつと、付き合いがあるんでないの?
そうでないとしたら、なんでそいつの考えてることがあんたにわかるん?
>>402 >国家規模だと外交、個人レベルではコミュニケーションと考えました。
とすると、「殺人」は、「戦争」一般では無くて、「相手の国を攻め滅ぼす」
ことに該当するんじゃないですか?
要するに、「人を殺してはいけない」と言っているのは神様ではなくて、
自分や他人や社会や国家や、要するに「人間」に過ぎない、と
言いたいだけでしょ。
もともと、「誰が言っているか」なんて議論じゃないわけだが。
>>403 >>もし殺人が駄目だということが真だとするなら
>>そんなものを人間の不確かな法や意志に委ねるより、
>>世界を構成する段階で最初から不可能にしてしまえば済む
>なんてことを考える、思考と意思を持ってるわけでしょう?
>そういう思考や意思が存在するということを、あなたは知ってるわけでしょう?
上記のことに思考と意思なんて必要ないじゃないか。
それを必要とするのは人間だけだろ。
“彼ら”は何も考えないし何も思わない。生物じゃないんだから。(上のほうで「意向」なんて書いたのは上手い言い方が思いつかなかっただけ。これは失敗だな。)
今世界の中では殺人は不可能じゃないっていう事実がある。だから別に殺したって構いやしない。
構うのは人間だけだ。
戦争は、第一に国家同士の関係において、相手に自分の意志を強制する
手段であって、相手を滅ぼす(殺す)手段ではありません。
第二に、戦争において殺人が伴うことはほとんど必然ですが、それは
戦争の目的ではありません。「できるだけ避けるべきことです」。
時代が進むとともに、ますますそうなりつつあります。
アメリカのやったイラク戦争や湾岸戦争と、第二次大戦を比較してみれば
簡単にわかります。前者ではいわゆるピンポイント攻撃で相手の戦力のみを
破壊し、とくに非戦闘員の死者をできるだけ減らすように努めています。
後者ではいわゆる無差別爆撃で、非戦闘員も含めて一日数万人の死者を
平気で出していることと比べれば、明白です。
410 :
考える名無しさん:2005/10/30(日) 22:15:05
>>407 >“彼ら”は何も考えないし何も思わない。
なら、なにかを駄目と思ったからといって
「そんなものを人間の不確かな法や意志に委ねるより、
世界を構成する段階で最初から不可能にしてしまえば済む」
と考えることもないはずじゃないですか。
そもそも、何かを駄目と考えること自体無いはずですよ。
>今世界の中では殺人は不可能じゃないっていう事実がある。だから別に殺したって構いやしない。
>構うのは人間だけだ。
そうすると、殺人以外のことでは、「人間以外の何か」が「構う」ことが存在するのですか?
そして、その「人間以外の何か」が「構う」ってことは、「いけない」とどんな関係があるのですか?
>>410 まぁそんなにいきり立って質問ばかりせずに考えてみたら?
「思った」とか「考えた」とかから離れたほうがいいよ。
世界の形は一通りしかないし。
しかし擬人化した表現にえらく絡むなぁ。もっと大雑把に捉えてもらえないものかね。
「人間以外の何か」が「構う」ことに「(人間が)いけない(と思う)」ことと何の関係もないよ。
>>397の前半が不要だったということで。
スレ違いで申し訳ありませんでした。
412 :
考える名無しさん:2005/10/30(日) 22:33:26
>>411 >スレ違いで申し訳ありませんでした。
了解です。
それではわけがわからないのも当然ですね。
人を殺すのはプラグマティックではない。
414 :
考える名無しさん:2005/10/31(月) 21:51:36
だからさあー
殺されるべき奴は、とっとと殺されるべきなんだよ。
周りにもいるだろ?やたら世間ではさわやかで、愛想のいいやつ
こういう奴が一番他人の痛みに鈍感なんだよ。
明るく元気がいいっててだけで、無自覚に他人を傷つけてることに一生
気付かない。世の人間が殆どこんな奴だ。
こんな奴は自殺するような神経も持ち合わせていないから、さっさと殺してやった
方がいい。妻や子が居るならそいつも殺した方がいい。
415 :
考える名無しさん:2005/10/31(月) 23:41:53
れれ、結論出たのにまだやってんの?
>>414 俺もあなたの気持ち分かります。
でもそれって他人から見れば嫉妬してるようにしかみえないですよ。
417 :
ぬえ:2005/11/01(火) 00:02:07
141
子供だな。
自分は他人を傷つけていないとでも思っているのか?
お前が一番無自覚だよ。
傲慢きわまりないよね。
418 :
ぬえ:2005/11/01(火) 00:03:42
↑すまん414だ。
逝ってきます。
419 :
考える名無しさん:2005/11/01(火) 00:08:59
戦争のときはさ、ひとを殺してもいいらしいよ。
420 :
考える名無しさん:2005/11/01(火) 05:57:41
建前上は、平時の緊急避難措置と同じだからな。
ルールが変わるわけじゃない。
421 :
考える名無しさん:2005/11/01(火) 19:20:25
どうして?
422 :
考える名無しさん:2005/11/01(火) 19:21:55
何が?
423 :
考える名無しさん:2005/11/01(火) 22:29:18
え?
>>419 そんなことはありませんよ。戦争のときだって、殺人は原則禁止です。
兵隊同士でも、戦争放棄に違反する殺人は禁止です。
敵の兵隊が相手でも、民間人が勝手に殺したら殺人罪です。
425 :
ウェロス ◆edPOPz5v4g :2005/11/01(火) 23:10:22
426 :
ぬえ:2005/11/01(火) 23:19:30
現状では勝った国のやりたい放題。
427 :
高校生:2005/11/01(火) 23:37:02
普通、どんな動物でも同種でころしあわないよね?
虫とかだったら同種だろうが餌にしか見ないものもいるけど。
例えば、蟷螂のメスはオスを食うこともあるけどオスをたべるとゆうより
目のまえにいるのに食いついたらたまたまオスだったとゆうだけで同種ころしの意味はないようにおもう。
また餌の少ないときは同種間で食い合う肉食オタマジャクシもそうすることのほうが
より子孫を残しやすいシステム。
普通、同種で殺しあうことが本能に組み込まれていると、その種族の存亡にかかわるので
普通は殺しあうことはない、縄張り争いにしろ、メスをめぐる争いにしろ、
儀式的な様相を呈すが、雄ライオンが子のいるメスと交尾するときその子を殺してしまうのは
子がいるとメスが発情しないのと自分の子孫を残すため利己的遺伝子の働きで
種としてすぐれた遺伝子を残すため。
このように同種間の殺し合いはすくなからずあるが、このほかに
ハムスターやハツカネズミの子殺しがある。過密状態やストレスで自分の子供を
食べてしまったりするのだが、これも種としての本能かもしれない。
人間にも、適正な個体間密度があり、それ以上の密度になると殺しあう本能のような
ものがあるのかもしれない。
428 :
考える名無しさん:2005/11/01(火) 23:39:33
>>414 バカだな、本人の目の前で、妻と子を殺してやるのが一番効果的だろうが
少しは考えろ
429 :
考える名無しさん:2005/11/01(火) 23:41:44
>>427 クモなどすぐ共食いをする。同種が殺しあわないと言うのは迷信だ。
430 :
考える名無しさん:2005/11/01(火) 23:47:19
自分の危険を顧みず身内を救うのも自然だし、
敵ならば身内でも殺すというのも自然だろう。
431 :
ウェロス ◆edPOPz5v4g :2005/11/01(火) 23:49:18
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432 :
考える名無しさん:2005/11/01(火) 23:51:08
共同体倫理は自然状態より上位にある。
433 :
ウェロス ◆edPOPz5v4g :2005/11/01(火) 23:54:06
しかし自然状態は共同体倫理を蝕む
相手を殺せば、相手の思考が止まる。
自分が殺されれば、自分の思考が止まる。
よって殺人は未来への冒涜だ。
感傷的な拒否を拒否して、思考を継続するためという理由を前面に押し出せば、
おのずと戦争を肯定せざるおえない状況を招来する。
未来への冒涜を感じるのは人だけでつよ?
猿が蟻がバクテリアが未来への冒涜を感じますか。
未来予想図を瞬時に想いうかべ、殺害を思い止まる。
それが人の能力。
436 :
ウェロス ◆edPOPz5v4g :2005/11/02(水) 00:40:18
でも後先考えないでぶち殺す
それがチンピラの能力。
知能と道徳心は、関連の度合いが高いのかな 知障はやたらと人を殺す?むしろ逆では・・
438 :
ウェロス ◆edPOPz5v4g :2005/11/02(水) 01:26:10
知能が高いから平和を希求するなんてことはねえだろ
自らの欲望を実現する能力が短直か迂遠かの違いじゃないの
知能が低くても安心を求める。
知能が高くても安心を求める。
ただ知能が高いと不安が増す。不断に、危機の予測をしてしまうから。
440 :
ウェロス ◆edPOPz5v4g :2005/11/02(水) 01:41:10
安心を求めるってwwマスローそのままwww
知能が低い者も多くの未知なものに対して恐怖を抱くことに変わりはないだろ
ゲシタルトって知ってっか?
441 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 08:04:36
>>426 にはならないな。
少なくとも自国の法律には縛られるし、
自分の掲げた大義名分にも縛られる。
>未来予想図を瞬時に想いうかべ、殺害を思い止まる。
計画的に殺す人は
「未来予想図を丹念に思い描いて、殺害に踏み切る」んだろ。
443 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 09:18:35
教えてください。この世に生きとし生ける人の
全ての命を殺してはいけないというのならば
海が殺すのはいけませんか。山が殺すのはいけませんか。風はどうですか。空もそうですか
教えてください。
444 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 09:24:23
さだまさし?
445 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 09:26:02
おお!444番とってしまった・・・
446 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 09:45:10
殺してはいけないって事は無い、
もともと人間やその他の生物にとってしてはいけない事なんて一つも無いでしょ
ただし現代国家においては法律絶対主義みたいな考えだから殺すと面倒臭い
規則とは「破ってはいけないもの」のことだよ
規則を知らない人にとっては?
すみません、素人丸出しの質問になるんですけど
哲学ってまず第一に社会の存在を肯定した状況から始めるものなんですか?
>>451 言葉を使用して考えるのだから
「言葉を使う」という行為を肯定した状況からはじめるものなんじゃないの?
>>452 つまり社会で生活しているわけだから社会を肯定した状況で考えないと無意味だ、ということ?
>>449 しかし、それは循環論法ではないですか。
それが「規則であるのかないのか」=「破っていいのかいけないのか」
を決めるのは、何でしょうか。
>>454 循環ではなく
「破ってはいけない」ものをわれわれは「規則」と呼ぶ
456 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 11:29:40
>>451 哲学、という意味でいえば、そういった制約を特に設けないのが哲学なんじゃないの。
だから逆に、命題の厳密性が問われる。
一般的な学問で「なぜ○○は××か」という命題があった場合、
「○○とは何か?」「××とは何か?」という点は問題にならない、
これは、各学問分野で定義があって、その前提に基づいて議論が行われてるから。
(数学の数式とか、化学の化学式とか)
だから、「どうして人を殺してはいけないのですか?」という質問については、
そもそも、質問自体が議論を行うに足る厳密性を持っているのか、
という点に問題があると思う。
社会云々はその後必要に応じて扱うかどうかを考える問題。
457 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 11:36:38
つーか規則も糞もねーだろ。
同族殺しは人間ぐらいだぜ?
多分、世の中が豊かになりすぎて人間の精神が完全に腐ったんだろうなぁ。
458 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 11:40:06
怪我人や病人を治療したりするのも人間ぐらいですが、
やっぱり精神が腐ってるせいですか?
>>455 あなたの論法に沿ってスレタイを言い換えると
「人を殺してはいけない、は、なぜ規則なのか?」
となると思いますが、答えは「規則だから規則なのだ!」
ということでしょうか。
あるいは「我々が規則だと決めたからだ!」
「我々が規則と呼んでいるからだ!」でしょうか。
>>460 そうすると、人間にとって「規則を破ること」はしてはいけないけれども、
しないことは不可能だ、という結論でしょうか。一瞬たりとも規則を破らずに
いることはできない、ということになると思いますが。
不可能なことを禁止する規則はつくれない
>>462 そんなことはないだろ。
「光より速く進んではいけない」は、立派な規則だぞw
>>462 いえ、「規則を破ってはいけない」は、「不可能なことを禁止する規則」
ではなくて、「不可能なことを強制する規則」だと思いますが。
法則と規則は違うでやんしょ。
法則の「できない」は「何をどうしようと人間には絶対できないこと」、
規則の「してはいけない」は「やろうとすれば実行は可能だけどやってはいけないこと」。
そもそもこの議論に決着する見込みがあるかどうかを考えないか?↓
467 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 12:41:50
もうとっくに決着してるじゃん
468 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 12:45:24
問題が不明瞭。
始まっていることは、もう済んだことであると考えられるとすると、
これは矛盾である。つまり、これは、始まりと終わりであると考えられている。
あるときは、これは始まりであると考えられる。他方、これは終わりであると
考えられる。このような対立を法則化させている。
470 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 13:04:03
問題は明瞭だろ
立てた時点で破綻してはいるがw
>>465 法則が存在するかどうかは観察と実験でわかる。
規則が存在するかどうかは、どうしたらわかるのだ?
というか「規則が存在する」というのは、どういう意味なのだ?
472 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 14:12:39
>>471 >規則が存在するかどうかは、どうしたらわかるのだ?
そもそも、規則の存在がなぜ問題になるんだ?
「人を殺してはいけない」という規則が存在しないんだったら、
このスレ意味ないやん。
474 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 14:54:58
どういう理屈でそうなる?
「矛盾した発言をしてはいけない」
われわれは言語という規則の内部にいる
476 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 15:01:44
言語が規定してるのはシンボルとセマンテクックスとシンタックスだけでないの。
>>463 なぜ光より速く進んではいけないのですか?
「人を殺してはいけない」も「人を殺さなければいけない」もどちらも規則
480 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 15:10:21
>>478 論理は言語を道具として記述されている、だけであって、
言語が論理を規定してるわけじゃないでしょ。
もしも言語が論理を規定しているのであれば、
言語がことなれば論理が異なるはず・・・ぶっちゃけていえば、
翻訳ソフトなんて作れないはず。
>>480 うむ、そうだな
われわれは論理という規則の内部にいる
>>479 それなら、
「矛盾した発言をしてはいけない」も、
「矛盾した発言をしなければいけない」も、
どちらも規則じゃないの?
483 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 15:27:32
>>481 というか、人間は論理という規則に頼ってしか、
他人と「感覚」を共有できない。ってことじゃないですか?
「宇宙の全てが論理という規則に内包されている」とは言えない
んじゃないでしょうか?
論理的に「人を殺してはいけない」というなら答えは出そうですが、
問題は「論理が全てでは無い」ということではないでしょうか?
>論理的に「人を殺してはいけない」というなら答えは出そうですが
出ないよw
そもそも「〜してはいけない」なんて、論理でも何でもない。
485 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 15:33:00
>>484 いや、「この命題を論理的に考えるなら」という意味です。
>>485 通りすがりだが、ちょっとその論理を示してみてくれ。
487 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 15:38:17
>>484 「電気製品を壊したくない無いなら、電池の+と-を逆に入れてはいけない」
これは論理的ではないのですか?
488 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 15:42:31
>>486 論理的に矛盾しない回答は、全て正しいということになりますね。
つまり、答えは「複数存在する」ということになります。
489 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 15:49:46
>>487 「電池の+と−を逆に入れると、電気製品は壊れる」
「電気製品を壊したくないのに電気製品が壊れると、悲しい」
これらは「経験的な事実(から推定された因果関係)」であって、
「論理」ではない。
490 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 15:55:23
>>489 >「電気製品を壊したくない無いなら、電池の+と-を逆に入れてはいけない」
には、
>「電気製品を壊したくないのに電気製品が壊れると、悲しい」
などという意味は含まれて居ない。
したがって、含まれて居ない要素に基づく
>これらは「経験的な事実(から推定された因果関係)」であって、
というあなたの結論は論理的妥当性を欠いていて妥当とはいえない。
491 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 15:59:19
「電気製品を壊したくない無いなら、電池の+と-を逆に入れてはいけない」
のは、「壊れると悲しい」からではない。
「悲しい」は「壊したくない」理由だ。
「電気製品を壊したくない無いなら、電池の+と-を逆に入れてはいけない」
のは、「「電気製品を壊したくない無い」という目的に、
「電池の+と-を逆に入れ」るという行為が矛盾するからだよ。
>>483 「人を殺してはいけない」は
規則上のことを問題としているのか、それとも現実の世界を問題としているのか、ということか?
493 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 16:21:24
>>492 人間は「論理」に頼らなければ議論が出来ない。
しかし、実際には「論理の外」が現前していて、
「言葉」だけで全てを把握し、消化することは出来ない。
人間は、「言葉や論理」だけで、ものごとを「知覚」するわけではありません。
「論理によって理解されるのは、そのものの一部に過ぎない」
と思うのです。
494 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 16:34:46
>>493 まあ仮にそうだとしても、論理についての結論、
ってのは出すことはできるんじゃないの。
論理の外のことはその後で考えても遅くない。
健全性やトートロジーが問題だけどね
496 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 17:03:26
誤爆?
論理のような人は。
498 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 17:12:19
結論:社会の秩序維持の為
社会は人間が安心して暮らすことを目的に遥か昔より
構築されてきたもの。現代では論理的に人間を殺すこと
は禁止されている。殺せば社会の法により罰を受ける。
この世の生物の全ては生まれてきたから生きるだけなので
誰が誰を殺そうが社会を離れれば関係ないことでもある。
499 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 17:14:15
社会は生まれてきた時から存在している
大人はしっかり子供に引き継ぐ必要がある
500 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 17:40:15
なんで?
501 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 18:06:48
>>491 「電気製品を壊したくない」という「事実」と、
「電池の+と−を逆に入れる」という行為や、その結果としてもたらされる
「電気製品が壊れる」とか「悲しくなる」とかいう事実は、
「論理的には」何も矛盾しないんじゃないの。
ある事実の次にある行為があって、ある事実がもたらされる、というだけだから。
論理的に書くなら
「電気製品を壊さないためには、電池の+と−を逆に入れてはいけない」
と書くべきでは。
502 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 18:11:30
503 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 18:20:48
>>501 だから、「電気製品を壊さないためには、電池の+と−を逆に入れては
いけない」というのは、「経験から推測される因果関係」であって、
「論理」ではないんだって。
ましてや「電気製品を壊さない」という「目的」は、
論理をどうひねくり回したって、出てくるはずがない。
「〜してはいけない」を「論理的に」根拠づけるなんて、無理。
505 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 18:43:43
506 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 19:15:52
>>501 >「電気製品を壊したくない」という「事実」と、
いや、
>「電気製品を壊したくない無いなら、電池の+と-を逆に入れてはいけない」
という文章で、「電気製品を壊したくない無い」を「事実」と解釈する君の思考には
私は付いていけない。
君の論理のには、「仮定」とか「前提」というものは存在しないのか?
507 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 19:17:47
>>4-5 それは答えではなく考えることの放棄
哲学には計算問題みたいな明確な答えはでない
納得が答えになる
508 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 19:22:05
>>504 >だから、「電気製品を壊さないためには、電池の+と−を逆に入れては
>いけない」というのは、「経験から推測される因果関係」であって、
そこで、
>「経験から推測される因果関係」
は、
「電気製品は電池の+-を逆に入れると壊れる」
だけだね。
「電気製品を壊さない」という「目的」を前提したとき、
「電気製品を壊さない行為」は目的に合致し、
「電気製品を壊す行為」は目的に合致しない、
これは論理じゃないの?
509 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 21:11:17
Aを行うとBが起きるからAはしないように
規則ってこういうことだよね
ではBとはなにか?
Bとは「種が滅びる」ということだろうね
人類が滅びないようにいろいろな規則があるんだろう?
510 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 21:11:52
あーじれってーなあー
電気がどうとかくだらねーこと言ってんじゃねー
とりあえず誰か殺してからもの言えよ
つまんねえな
511 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 21:14:13
いや、Bはさまざまだろう。
だからいろんな規則がある。
>>508 論理というか、それは「蓋然的予測」でしかないのでは。
>>509 >Aを行うとBが起きるからAはしないように
それだと、どこまで行っても「なぜBが起きてはいけないのですか」
と反問されるよね。
結局、究極の目的(この場合は反対目的)としてのBは、
問答無用で前提されるしかないのでは。
功利主義だったら「幸福(不幸)」とか。
513 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 21:54:20
>>512 >論理というか、それは「蓋然的予測」でしかないのでは。
「「電気製品を壊さない」という「目的」を前提したとき、
「電気製品を壊す行為」は目的に合致しない」
は、「予測」なの?
あなたにおける、「予測」の定義ってどういうもの?
514 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 22:03:29
>>512 いや人類が絶滅したらなにもやるひとがいなくなるので
どこまでいってもっていうことはないね
それから善悪はつきつめていくと生物学の領域にはいり
進化論で説明することになるよ
515 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 22:06:41
貴方が「いけない」と思ってるから「いけない事」なんですよ。
いけないと思わない人は、平気で人を殺してる。
アメリカ人が鯨を殺しちゃいけないと思って それを押し付けてるのと同じですよ。
516 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 22:17:15
もちろん
>>510は殺してきたから発言してるんだろうな?
517 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 22:31:57
いくないと感じることに意味があるんだね
518 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 22:34:51
>>516 ばかやろう
俺が殺すわけねーだろ
俺は殺してもねーのに、殺すがどーだとか言ってる奴が
むかつくだけなんだよ
じゃあ、糖尿病になったことの無い医者に、
甘いものを控えろといわれてもむかつくのか。
520 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 22:52:55
521 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 22:54:45
>>519 ばかやろう
医者は客観的に発言してるだけだからむかつくわけねーだろ
はげ
>>513 あ、間違えた。
「「電気製品を壊さない」という「目的」を前提したとき、
「電気製品を壊す行為」は目的に合致しない」
は論理(というか同語反復)だね。
「「電池の+−を逆にする行為は目的に合致しない」
というのが予測。
>>514 「やるひとがいなくなる」のは、あんまり関係ないんじゃないの。
「なぜ人類が絶滅してはいけないのですか」という問いは、当然予想されるのでは。
結局、目的を規定するのは「欲求」であって、それ以外では有り得ないような。
523 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 22:57:38
>>519 ばかやろう
医者は客観的に発言してるだけだからむかつくわけねーだろ
はげ
524 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 23:02:02
>>522 >あ、間違えた。
>「「電池の+−を逆にする行為は目的に合致しない」
>というのが予測。
「予測」は「電池の+−を逆にすると電気製品が壊れる」じゃないの。
>「「電池の+−を逆にする行為は目的に合致しない」
は、「電池の+−を逆にすると電気製品が壊れる」という予測を、
「「電気製品を壊さない」という「目的」を前提したとき、
「電気製品を壊す行為」は目的に合致しない」
という論理にあてはめたもの。
525 :
ウェロス ◆edPOPz5v4g :2005/11/02(水) 23:06:23
526 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 23:10:03
別に人を殺してもいいんじゃないかな?主は倫理的に殺してはいけないかどうか聞きたいのかな?
戦争で人を沢山殺したら英雄扱いされるけど、そこに既成倫理はあるのかな?
527 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 23:17:21
>>526 戦争は通常自国、ないしは同盟国の生存を大義名分として行われる。
つまり、
「だれかが殺されようとするときに、
殺そうとする奴を殺す以外に、救う手段がない場合」
に相当するわけで、現行刑法でもこの場合は殺しても罪に問われない。
528 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 23:21:50
>>627 それでも、やられる前にやる とゆうことが法律と実態を比べると矛盾している気がします
529 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 23:24:32
てか大体、倫理って何?
何がよくて何が悪いなんて所詮多数決じゃん
良いことも悪いこともないよ
530 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 23:25:15
>>528 殺された後に殺した場合は、駄目ですよ。
江戸時代じゃないんだから。
531 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 23:25:20
>>522 なぜ滅んではいけないのですかという質問に答えはない
ここがなぜの終点だよ
この先は進化論の話になる
生物がある刺激に対して特定の反応を示すのに目的、理由はないんだよね
適応的な反応をするものたちのみが生き延びるという結果が出るだけのことだ
532 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 23:27:01
>>529 倫理ってのは「一部の者の都合」をいう。
Any other question?
533 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 23:28:11
人を殺すことのデメリットよりメリットが大きければ
誰だって人殺すでしょ?
534 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 23:28:21
だからとりあえず誰か殺して、身近な人様の数値を客観的に図ることが
重要だと思いますね
535 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 23:28:43
>>529 そう思います。人間に普遍的に備わっているものは本能だけだと思いますから。
>>530 すいません、書き方が悪かったです
536 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 23:30:59
本能に従わなきゃならない理由はないわけだが。
本能って違う気がするな。
生まれ持っている物が「本能」なら、子供の時点で殺したい衝動に駆られることにならないか?
そんな幼稚園児は居ないだろ、普通。
538 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 23:37:37
>>529 51人に49人が従わなければならない、
という主張に正当性はない。
わかったら寝ろ。
539 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 23:41:42
>>538 別に不殺が多数だから人殺しダメなんて言ってないだろ
540 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 23:44:50
541 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 23:47:49
何になら正当性がある?
542 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 23:51:41
543 :
0:2005/11/02(水) 23:54:03
?人を殺したら悲しくなるからだよ。
人でも何でも、殺して喜んでいる人がいるならば、その人を見て、悲しくなる人がいるからだよ。善いとか悪いとかじゃなくて、悲しくなるからダメなんだよ。悲しくなるのが好き?
金を払って悲しい映画見る奴はいくらでもいるからなぁ。
545 :
考える名無しさん:2005/11/02(水) 23:59:43
>>543 おまえは悲しくなる映画を見るな。
自然死といえども悲しくなるから葬式にも出るな。
世界の3分の2は飢餓や病気の真っ只中だが、
悲しくなるから、目を閉じて知らん振りしてろ。
546 :
529:2005/11/03(木) 00:14:05
>>538 51人に49人が従わなければならない、
という主張に正当性はない。
正当性がないことを主張したかったの
所詮、世で言われる清濁は多数決で決められる
↓
多数決に正当性はない
↓
だから、よいことも悪いこともないって、続けたわけ
547 :
0:2005/11/03(木) 00:15:55
ウィ。そうする。そうする事で殺しの悲しさが押さえられるなら、眼をつぶって知らんふりする。
でもその前に助けてあげられたら、もっと良いのに。
548 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 00:19:53
>>546 清濁は多数決で決められ「ない」。
決めるのは「私」。
良い悪いはそういう形で存在する。
549 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 00:20:13
今からでも遅くない
シスターでも目指せば
550 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 00:22:03
551 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 00:24:49
>>547 助けてあげる前に悲しくなるだろw
悲しくなる事はダメだったんじゃないのか?
552 :
529:2005/11/03(木) 00:26:47
>>548 俺が546で書いたのは普遍で絶対な善も悪もないってこと
それはあなたも言うように、それを決めるのは個人だから
でも実際はそうはいかない。世間では善悪は全てとは言わないが
多数決で決められるってそういうことが言いたかったわけ
言葉の綾でしかないよ
553 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 00:37:41
>>552 おまえは多数決で善悪が決まることを容認(諦め?)している。
自分で決める、という俺の認識とは100%ちがう。
おまえみたいのが全体主義予備軍ってことだ。
554 :
0:2005/11/03(木) 00:38:15
がんばる。だって助けてあげられたら嬉しくなるではないですか(^-^)
わたしは偽善者ですので、例え、善くても悪くても、自分の信ずる『善』を為します。
大きく長く後悔するより、小さく短い悲しみのほうがマシなのです。
555 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 00:48:28
>>554 じゃ「悲しいことはダメ」は撤回することに
したんだな?
556 :
0:2005/11/03(木) 01:09:15
ふふふ。(^-^)そうなりますね。撤回しましょう。『嬉しいことが好き』で、『自分が善だと思うことを為す』にしましょう。
その結果、人を殺すことはわたしにとって善ではないと判断します。
わたしは人殺しは善くないと思っている側の意見です。理由は上記した通りで、主にも善くないことだと感ずるフシがあれば幸いです。
557 :
0:2005/11/03(木) 01:16:18
ただ、この疑問に対して答えが出たとして、どんな答えを選ぶにせよ、後悔してはならない。そんな気がします。
558 :
:2005/11/03(木) 01:27:17
自分がやってることが全て善なわけないでしょ。善善って
そんなに自分のやってることが善じゃなければ嫌なのかあなた達は
559 :
0:2005/11/03(木) 01:35:20
だから、偽善者なんですって(^-^)
善善いうのがイヤならば、自分が決めたことに対して後悔しない、したくない、しないように努めるですね。
560 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 01:58:23
>>559 後悔は、人間の大切な能力だと思うよ。
自分の思想を信じるのは大切だけど、
それに固執してはイケナイ。自分の考えを「客観的に」みて、
時には疑うことも必要では?
561 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 01:58:26
>>558 俺には俺の、おまえにはおまえの善があると
言ってるわけね?
562 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 02:00:22
>>560 自分の考えを客観的に観れるわけないっしょw
できるとでも言ってるの?
殺すことは、どのようなものであるのか。定義することが必要だ。何故なら、
我々が現にしていることの全ては自分の用事だからだ。
殺すことは何にでも当てはめられることができるのではあるまいか。全てが殺
すことに結びつけ得る、そうすると、我々は全てを禁止しなければならない、全
てが殺すことではない。多様なことのなかでも区別があるはずだ。我々がしてい
ることは我々の仕事をしているのであって、殺すことが最上段でないのだ。
我々の仕事は理由があってしている、我々の仕事が何者かを殺すことが含まれ
ていることは悲しむべき事だとしても、必要とされているのだから誰かがやらな
ければならない。だが、我々の仕事は殺すことだとすると、仕事は何でもいいが
殺せるからだと考えられている、殺すべきなので我々が品物を扱っていると考え
られていることになる。
例えば、死刑は違法者に課せられる。何でも死刑にしたり、受刑者にしてはな
らない。そして、死刑執行人が殺人をするのだ。我々が立法し、法治制度を守る
事が死刑囚を作り出しているのか。法に従って違反者が現れるとすると、法があ
るから死の制度が考えられるからだ。死はなすべきでないと考えるとすると、法
則が嫌われるということが考えられる。だが、殺すことの中でも、仕事と殺害と
の区別があると考えられる。彼は殺人者であるにしても、仕事をするためである
のか、殺害するために仕事をしているのか。殺すことは必ず求められるのかが区
別がある。
殺すことでも多様なのである。殺人は仕事は許されるが、殺害するためのこと
は許されるべきでない。殺すことが理由であってはならないからだ。
564 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 02:03:41
深夜、3行以上読むのは無理
565 :
529:2005/11/03(木) 02:05:24
>>553 なんども書くが「世間では」って言ってるじゃん
566 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 02:28:00
>>565 世間などという曖昧な語を使うから
自分がナニ言ってるか分からなくなるのよw
567 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 02:46:10
>>562 あなたの言ってることは、「屁理屈」じゃないですか?
568 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 02:46:14
「よくわからんが殺したい」なんてのは
人類の歴史において敗北した考えなんだから
これを認知させるには、とてつもない努力が必要。
というか無理。
569 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 03:11:09
>>567 おまえ、自分の考えを客観的に観れるのか?
いったい、どうやるのか書いてみそ
570 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 07:40:47
殺されたくないし、殺す必要がないからじゃない?
だいたいなんで殺すの?
571 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 07:48:24
殺されなきゃわかんねーようだね?
572 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 08:03:06
1に説明など必要ない。
満開の桜の木の下で、何故、ウンコを食いながら
切腹してはいけないのですか? と1は言ってるのも同然。
573 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 08:11:28
>>572 自分の利益のために人を殺すことはあるよね
金のためとか恨みを晴らすためとか
しかしうんこを食べながら切腹するとどんな利益が手に入るのか
利益のないことは人間はやらないぜ
これは自分に利益のある行為がなぜ禁止されるのかという問いなのだ
そりゃ他人の不利益になるからでしょ。
>>531 >ここがなぜの終点だよ
なぜ終点なのですか?
576 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 11:09:37
結局のところ、殺ししたら 損しますよ。って事だろ!
>>573 われわれは利益に逆らう自由があるからさ
「なぜ利益を求めなければならないのですか?」
「規則を破ってはならない」という規則は、
自己言及的ではあるが仮に存在したとしても何ら問題はない
対して「規則を守ってはならない」という規則はパラドキシカルだ
目的が生存を前提にするならば
「生存するな」という目的もまたやはりパラドキシカルなものだ
なぜ俺は超実論的なパラドクスを忌避するのだろう
どうして矛盾した発言をしてはいけないのですか
どうして虚偽のものを本当のように扱ってはいけないのですか
動物の場合、「殺すことだけを目的にした行動」は有り得ない。
殺人は、本能が壊れている人間だけが可能な行為。
>>573 殺人は、社会公共の利益に反するので規制される。
刑法は刑罰を抑止力にしているので、やっぱ死刑は有ったほうが良い。
580 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 11:36:42
>>575 答えは
>>531に書いてあるんだが
もう一度読んでみてわからないところを質問しなおしてくれ
ある行為が利益か不利益かは、文学的で自己中心的な後付の
理屈を付せば、どちらにも転ばせることが可能。
キチガイにとっては何でも利益に思いこめるし、
何でも不利益に思いこめる。
582 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 11:48:46
>>579 殺人がダメなら死刑(殺人)もダメに決まってるだろw
>>581 なにを利益とするかについて
変えてはならない、という主張はヘンだろ。
変更は自由だ。
また本物のキチガイによる犯罪は少なく
犯罪の多くは常人。
常人が異常行動に出ざる得ない状況の
存在こそ根源。
584 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 11:56:46
死刑執行こそ、その瞬間においては
「殺すことだけを目的とした行為」だしな
死刑執行人は本能の壊れた人だということかw
585 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 11:59:24
死刑執行人は、間接だが国民だ
国民は人を殺してよいと考えてるってこと
万人が納得しているわけではあるまい。凡民が深く考えていると言い切れるのか?
587 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 12:11:32
↓なぜ人を殺したらいけないかについての私の考え。
他人の生の存続を図々しく断絶してはいけない。
なぜ、他人に自分の生を断絶させられなければならないのか。
そんな権利はない。自分が歩いている道に、いきなり他人がでてきて
とうせんぼうされるのは不愉快だ。なんて図々しい行為だろう。
しかも、それが殺人となると、とりかえしつかないからね。
また、殺人は自分に対しても不利益な行為。法で裁かれるし、殺人
者としてのレッテルが貼られる。
何も良いことない。後先どうなるか想像したら、どんなに憎くても
殺人なんか理性のある人間ならば実行しにくいと思う。
>>584 揚げ足取るなよなぁw
踏み板を落下させるボタンは5個あり、5人が同時に押す。
執行官個人に殺人の趣味があるわけではない。
589 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 12:17:05
どうして?
590 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 12:18:25
>>585 国民=人 ではなく
国民=その人という存在 と定義すれば
死刑を執行したのは執行人(国民)ではなく、
執行人(国民)の所持物である肉体であるといえる。
591 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 12:56:26
違う
592 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 13:20:51
>>580 >生物がある刺激に対して特定の反応を示すのに目的、理由はないんだよね
>適応的な反応をするものたちのみが生き延びるという結果が出るだけのことだ
つまり、「滅んではいけない」、という主張は根拠の無いものだ、
ということを証明しているだけに見えますが?
593 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 14:43:05
「どうして人を殺してはいけないかが、わからない」って奴は
だからといって、実際に人を殺すわけじゃないんだろ?
それはそれでいいじゃん。
594 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 14:48:29
「どうして宇宙が始まったかがわからない」って奴は
だからといって、実際に宇宙を作るわけじゃないし、
「どうして癌ができるかわからない」って奴は、
だかといって癌を作るわけじゃないし、
大部分の学問が「それはそれでいいじゃん。」で終わってしまうね。
死刑なんて妙な小理屈をこねなくたって、
「国民の多くは原則として人を殺してはいけないと思っているが、
例外的には人を殺していい場合もあると思っている」で、
何の問題もなかろ。
596 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 15:56:35
死刑は、これをしたら死刑になる可能性があるというリスクが分かっているのに
浅はかにも罪を犯してしまった奴に対しての罰として別にいいのでは?
死刑が嫌なら犯罪を犯さなければいい。犯罪を犯す奴が悪いのだから。
リスクがあると分かっているとは刑事責任云々と同じことだとすると現行と変らんようにも思うが。
598 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 17:31:24
人間は進化しすぎた、人間だけが「死」と言う観念を持っている。
だから「殺してはいけない」や「殺していい」は両方エゴ。
社会だとか本能とか、違うから。
「人間は何故生きているか」思春期に良く考える事と言うが、同レベルな発想でしかないだろ。
お前ら、「何故生きているか」に共通の答えは出てるんだろうな?
出ていなければ、「殺してはいけない」や「殺していい」の答えなんて永久に出ない。
哲学特有の「解った気になる」事ならいくらでもでるだろうが、
エゴの違いが有るのだから、共有の皆が納得する事は出てこない。
599 :
:2005/11/03(木) 17:37:20
そんなこと言ったら天丼は美味しいのか不味いのかの答えだって
永久に出ないのでは
600 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 17:56:45
>>598 >「殺してはいけない」や「殺していい」は両方エゴ。
ここだね。
「殺してはいけない」という主張に「殺してもいい」という主張を
持ってくるから話がこじれてるっぽ。
(絶対的・無条件で)禁止する主体が無いのと同様に
許可する主体もないからね。捏造しないかぎり。
>天丼は美味しいのか不味いのかの答えだって永久に出ないのでは
世の中に天丼嫌いも居るだろうから永久に出ないな。
>>599 「天丼は美味しいのか不味いのか」
を哲学しろって事?それは難しいなw
603 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 18:11:53
天丼うまいが多数派
604 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 18:15:50
天丼好きと嫌いが議論したら答えは出ないっス。
605 :
高校生:2005/11/03(木) 18:19:07
ぶっちゃけ
人を殺してはいけないってのは、そのほうがいいって人が多いだけで
政治的なもんなんじゃね?
初めての買い物
607 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 18:33:08
そろそろこのスレの趣旨変えるよ〜。
次は「なんで人の家に入っちゃいけないの?勝手に入っちゃダメとかきめないでお」
608 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 18:35:38
>>595 おまえの「国民は人を殺していいと思っている」という
意見に同意だ。その通りだと思うよ。
でも国家の最高刑が小理屈だったとは驚いたw
小理屈で殺されたらタマランチw
610 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 19:32:47
>>592 そうなんだよ
「そういうことをしたら究極的には人類が滅びるからそうしてはいけない」
というところまで善悪、禁止の規則の理由はさかのぼれるけれど
では滅びてはいけない理由はなにかと言われれば特にないとしか答えられない
滅びるようなことをしてはいけない理由はないけれど
滅びるようなことをする集団は滅びていなくなる
ただそういう結果が生じるだけなんだよね
611 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 20:11:07
>>610 いや、さかのぼれないということは、
>「そういうことをしたら究極的には人類が滅びるからそうしてはいけない」
自体にも、根拠が無い、ってことでしょう。
612 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 20:36:34
>>594 洞察力が無いね。
「どうして人を殺してはいけないかが、わからない」のに
実際に人を殺さないって奴は、本当はわかってるんだよ。
613 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 20:43:58
614 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 20:44:55
>>612 ということは、
「どうして宇宙が始まったかがわからない」って奴や
「どうして癌ができるかわからない」って奴も、
実際に宇宙や癌を作ったりしない奴も、本当はわかってるってこと?
615 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 20:46:11
>>613 ?
なんで?
>というところまで善悪、禁止の規則の理由はさかのぼれるけれど
って言ってるやん。
さかのぼれないということは、そもそも、
>「そういうことをしたら究極的には人類が滅びるからそうしてはいけない」
は、「善悪、禁止の規則の理由」を、
さかのぼったことにさえならないんじゃないの?
616 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 21:35:04
政治的なものとは断定できないと思う。
人間が理性ある存在だからじゃないだろうか?
人間は心を持っている。理性ある存在。
いろいろなことが総合的に影響しあって、その影響を感じられる存在
だから人を殺してはいけない。
いろいろなことを感じられる存在だからこそ人を殺してはいけない
という結論が妥当なんじゃないだろうか?
なんてこんなんじゃ答えになってないかもしれないけど。
617 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 21:37:23
ぜんぜんなってない
618 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 21:38:39
>>615 子供だねえ
まああとは自分で考えればいいんじゃない?
そろそろ自分の考えを述べるころだと思うけど
619 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 21:52:30
>>618 つまり、「あなたは」そこまでは考えてないということですね。
620 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 21:55:19
>>614 あなた頭が悪すぎるので、これで終了します。
621 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 21:58:49
622 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 21:59:56
ゴルゴ31だから
623 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 22:17:09
624 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 22:22:23
>>608 なんだ、お前は例の論理学の初歩もわからない厨房かw
「一つでもしていい事例があれば、すべてしていいことになる」という
スーパー論理wをまだ信じているのか。
>>595は書き方が悪かったな。「妙な小理屈をこねなくたって、人を殺してはいけない
という原則と死刑は両立する」という意味だよ。何でそんなに死刑が嫌いなんだね。
1.みんな殺されたくないから、人を殺してはいけないと定める。
2.殺された側は報復で殺したいけれど、みんなが勝手にやり始めると
社会秩序が保てないから、報復で殺す(死刑にする)権利は国家に独占させる。
と、何の不思議もなかろ。一体何が不満なんだねw
626 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 22:33:12
>>624 善悪の世界(倫理のある世界)は少なくともひとつの価値観を無条件に
共有していることが前提だと思うんだよね
その価値観を否定するのであればもう価値観も善悪もない
単なる物理現象として世界を見ていることになる
どう思う?
627 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 22:35:51
>>626 「善悪の世界」って何ですか?
このスレの議論と何か関係ありますか?
628 :
ZERO:2005/11/03(木) 22:36:53
話がそれるかもしれませんが、あなた方はどんな最後の瞬間を迎えたいですか?
理想の死の迎えかた、殺され方と、反対にこんな死に方、殺され方はイヤだみたいなことも教えてください。
死なないとかナシでお願いします。
629 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 22:43:19
死ぬときになってはじめて気づくんだ。
ああ・・人が愛しい。永遠の絶対的孤独のなかつかの間の
光である生が愛しい。超越のニヒルに犯されても人は内在
に縛り続けてくれた。死があるから神があり死があるから
真・善・美も確かさを持つのだ・・
まぁ成熟社会をのほほんとぼけて生きてる漏れらにとって
「人を殺してはいけない」というのは単なる「社会の契約・ルール」。
630 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 23:08:03
>>627 禁止は善悪や価値観のないところにはないじゃない?
631 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 23:11:09
632 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 23:14:55
>>631 殺してはいけないってのは禁止だと思うけど
633 :
192:2005/11/03(木) 23:20:33
>>625 おまえ、死刑が怖いとか嫌いのレベルで生きられて幸せなヤツだなw
俺は死刑の好き嫌いなど触れた事ないんだが、再三おまえがそれ
を持ちだすとこみると、おまえにとって死刑は、きっと特別な意味を
持ってるんだろなw 語調から読むと死刑が「好き」のようだが。
論理がど〜ちゃら言ってるが、
>>192に異論あるなら、具体的に指摘
してみそw おまえの屁みたいな話がベースじゃ話にならないからさw
634 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 23:23:08
>>632 「殺してはいけない」と「言う行為」は禁止ですね。
「言う行為」は、このスレの議論と何か関係ありますか?
635 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 23:28:25
>>634 殺してはいけないと言う行為は「禁止すること」で
殺してはいけないということは「禁止事項」(禁止された行為)だよね
普通に考えれば
>>632の禁止は禁止事項の意味だけど
問題あるかな?
636 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 23:31:28
スレタイはどの次元の話なんだ?
法原則?倫理?
637 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 23:38:00
>>635 >殺してはいけないと言う行為は「禁止すること」で
そうですね。
>殺してはいけないということは「禁止事項」(禁止された行為)だよね
ええと、「殺してはいけない」と
「言った場合」(禁止の指示がなされた場合)
「殺す事」は、「その発言(禁止の指示)における禁止事項」ですね。
>普通に考えれば
>>632の禁止は禁止事項の意味だけど
>問題あるかな?
スレタイにも、「
>>1」本文にも、「殺すこと」を「禁止事項」とする
「禁止」の行為(禁止の指示を行う行為)についての言及はありませんね。
638 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 23:41:54
>>637 禁止の指示についてはおれも言及してないつもりだが
そんなことどこかで言ったっけ?
639 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 23:42:53
>>636 馬鹿かw 日本語読めないのか?
スレタイに書いてあるとおりだろ。
640 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 23:44:19
>>638 >禁止の指示についてはおれも言及してないつもりだが
まったくそのとおりですね。
ですから、禁止が何か関係あるとは思えない、ということですが?
641 :
考える名無しさん:2005/11/03(木) 23:55:26
>>640 「禁止されていること」と「禁止すること(禁止の指示)」は別のことだろ?
スレタイは殺人禁止についてだと思うんだがもしこれが殺人禁止でないと
思っているとしたらなにについて言及していると思っているのか
説明してくれない?
642 :
考える名無しさん:2005/11/04(金) 00:02:25
>>641 >「禁止されていること」と「禁止すること(禁止の指示)」は別のことだろ?
でも、「禁止すること(禁止の指示)」が存在しなければ、
「禁止されていること」は存在しませんよね?
>スレタイは殺人禁止についてだと思うんだがもしこれが殺人禁止でないと
>思っているとしたらなにについて言及していると思っているのか
>説明してくれない?
私はスレタイは、「禁止行為」についてではなくて「殺人行為」についてだと思うのですが?
>639
スレタイのどこに書いてあるか詳細に説明する前に
哲学者としてのお前の品格を修正しろ
644 :
考える名無しさん:2005/11/04(金) 11:17:21
>>643 スレタイに書いてあることが次元のすべて
で、学者じゃないし哲学にも既定されない。
なお、品も無く他愛も無い命令に応じるほど
お人好しでもないw
645 :
0:2005/11/04(金) 12:43:48
理想の死に様教えてよ
納骨
647 :
神様:2005/11/04(金) 13:07:15
人は牛豚鶏を大量虐殺しているね、
動物は他の動物を犠牲にして生きているからいいか、
人は何故いかんのかね。
お前ら議論を収拾汁!。
649 :
考える名無しさん:2005/11/04(金) 14:43:09
駄々言ってはいけない、この板の住民に収拾能力が有るわけ無いだろw
別に殺していいんじゃない?
自分の中の人間性を否定したいなら。
本能に従った場合も殺す選択にならないと思うけどね。精神的虐待だとか、器質異常がなきゃブレーキがひんまがることはないと思う。
なんか母ちゃんを毒殺してたみたいな。
自分で薬飲んでたんだよねあの子?
653 :
考える名無しさん:2005/11/04(金) 17:05:34
やめとけ。自分の子じゃないアナタをそこまで育ててくれたんだから。
天命殺しにしとけ。寿命が尽きるまで待って相手の死顔に唾を吐きかけなさい。それまで生きなさい
>>653 事件おこした子にやめとけ言ってるんだよね?だからあの子は器質異常か薬のせいかなんかと思うよ?ブレーキは普通なら持ってると思う。平気で他人を殺せる人間は、能力があるわけじゃなくて足りないかこんがらがってるんだと思う。
655 :
考える名無しさん:2005/11/04(金) 18:45:03
まあ、ブレーキが存在するかどうかは関係無いわけだが。
656 :
考える名無しさん:2005/11/04(金) 21:09:58
殺していいかどうかって問題は、判断できる能力にかかってると思う。
657 :
考える名無しさん:2005/11/04(金) 21:14:53
つまり、判断できる能力の有無によって、
同じ殺人が良くなったり悪くなったりするってことか?
悪いことは相手のものってことですよ
659 :
考える名無しさん:2005/11/04(金) 21:16:00
?
>>657 いいとか悪いは所詮人間が考えた価値基準だから、完全な人間でなくなった者にだけは無用になるってこと。いいも悪いもなく実際あるのはブレーキだけ、って話です。
661 :
考える名無しさん:2005/11/04(金) 21:45:09
>>661 お前さんは
完全な人間が現存しないといいたいのだろうが
完全な人間という概念は現存するぞ。
663 :
考える名無しさん:2005/11/04(金) 21:49:14
行動する前に許可を得ようとするってのは
自分の考えに、よほど自信が無い証拠だろうな。
664 :
考える名無しさん:2005/11/04(金) 21:52:46
>>662 >完全な人間が現存しないといいたいのだろうが
いや、別に。
何なのかわからないものについて、存在するともしないともいえるわけないだろ。
>完全な人間という概念は現存するぞ。
まあ、存在するだろうが、
何を持って完全とすると、何について完全とするか、
言う人間の意図によって内容は違ってくると思うんだけど。
そういう意味で、そういう文脈や前提をもたない「完全な人間」ってのは、
まあ、概念は概念だが、不明瞭な概念でしかない。
不明瞭で何が悪いかというと、言った当人にしか意味がわからないから、
会話が成立しない。
だから、「ナニソレ?」と聞いてるわけ。
>>633 >
>>192に異論あるなら、具体的に指摘してみそ
だってお前、
>>192なんて、
>>195-196で完全に論破されてるじゃない。
(俺が書いたんじゃないが、まともな思考力があれば、誰でも同感だろう。)
グーの音も出ないから引っ込んだんだと思っていたんだけど、違うの?w
死刑の是非は、個人的に興味はあるが、この問題とは何も関係ないよ。他の刑罰も、
「原則としてやってはいけないことを、例外的にやっていいと決めている」点では
全く同じだから。
キミのスーパー論理wによると、たぶんキミも含めた殆どの日本人は
「人は拉致監禁してもいい」と考えていることになる。従って、日本人が
将軍様を非難する根拠はなくなる。良かったな、北朝鮮大好き少年w
666 :
考える名無しさん:2005/11/04(金) 22:01:38
>>660 反対ではないですか。「人間が考えた価値規準」だからこそ、
普通の人間には意味がある、というべきでは。
いるかどうか知りませんが「完全な人間(超人?)」にとっては、
そんなものは意味がない、と。
おじいちゃんからして偉いから、息子も偉いんだろうね。
完全というのは
「不完全」から「相対的位置にあるもの」にすぎない。
完全は、あくまで相対の範疇にあるってことさ。
もっというなら、不完全をどう位置づけるかで姿を
変えてく相対的概念だってこと。
俺だって肉を食べてればお前なんかに負けやしねえよ
スミマセン660です。完全な人間じゃないってのは、脳に器質的異常があったり、虐待その他の要因によってブレーキがひんまがった人ってことです。
671 :
ハル:2005/11/04(金) 22:37:24
少なくとも人の悲しみは止められない。
悲しみを受け止め、それを超越しようとすることが、完全な人間になろうとすることなのではないだろうか。
ただ、完全は本当はどこにもない。
どこまでも仮定の域にしか、それは存在しない。
その儚さに、人は惹かれる。
673 :
考える名無しさん:2005/11/04(金) 22:59:23
>>1 こんな命題に疑問符をうたなければならないほど、
日本は終わってることなのだろうか?
どうして?ってのは
、はあくまで個人的な責任追及を逃れるためのクソみたいな
バリアのヴァリエーションがドータラコータラ言うだけの話であって、
アメリカの奴隷である日本なんかには、そもそも考える権利も無いし、
せいぜい衝動的に殺人を完了した1部のイカレ人間だけが、部屋の片隅で、
自問自答する位の価値しかないのは明らかだろう。
殺人に聖的なイデオロギーを見出せるのは今や、一部の中東の武装勢力ぐらいだろう。
あいつらは、自分達には最低限守られるべき権限のために命がけでたたかっている。
首切り動画を見てみろよ、ただの好奇心でもなく、残虐趣味でも無くな、吐き気が
するか?気持ち悪いか?こんなこと冷徹に実行できる人間が異常だと、安易に烙印を
押したがる情勢こそ危険なんだよ。あいつらをそこまでやらなきゃいけないほど追い詰めた
のはアメリカだろう。こんなこともう誰でも知り尽くしてると思うが、肌で感じることと、
頭でニュースを認識することとは違うんだよ。
真の残虐性は、絶対にカメラには晒されないし、
「どうして人を殺してはいけないのか」
など、問うことなど、「どうして生き物は殺して食わざるを得ないのか」
と同じ位、馬鹿げた問いなんだよ。
この命題が他人を中心として命題であるから、
これは他人が駄目という場合なのだ。
私であると、私は殺人者である、が結論になるようだ。
675 :
考える名無しさん:2005/11/04(金) 23:10:53
>>675 どういう人間が「完全」な人間か、書いてごらん?
書けないだろw
相対する対象がないと「完全」って記述できないのが
わかった?
わかったら、もう寝ろ。
677 :
緇電波:2005/11/05(土) 01:51:41
つーかいけないなんて思ったことないんだけど。
殺したほうが利益になるなら殺せば良いじゃないか。
人間はデメリットを恐れなくなったらとんでもない生物になるだろうがな。
さぁ、目の前の肉片をバラしてちょっと遅いディナーのメインディッシュにしようではないか。
678 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 01:55:13
そうしてるだろw
679 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 01:59:32
>>673 アメリカ人は、市民同士でも「殺られる前に殺れ」って考える人間がいるくらい戦闘的だから
日本人も、もっとアグレッシブになれってことですね。
680 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 02:19:53
「殺られる前に殺れ」は世界共通だろ
殺られるにまかせるアホがどこにいるw
そんなのアグレッシブでもなんでもない。
いまさら言った話じゃない。
681 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 02:26:53
>>680 日本で「殺られる前に殺った」って話は、ほとんど耳にしないが?
アメリカのコンビニ強盗なんて命がけですぜ。
682 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 03:10:34
>>681 >>679をよく読めw
殺られる前に殺れって「考える」人間がいる・・・・
と、書いてあるだろ。
「考え(殺られる前に殺れ)」だけなら世界中どこでも、人間なら似た
ようなもん。
で、おまえの言ってるのは考えを「行動に移す(殺られる前に殺った)」
そのパーセンテージのことなんだが、
それは国民性やら地域性というより、身近な見聞の頻度や類似経験
の度合いの影響の方が大きい。
つまり、身近で殺人を見聞する頻度が高まり、類似経験の経験を
多くするようになれば日本人もアメリカ同様の反応を示すのさ。
683 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 03:34:45
しかし福島瑞穂やそれに類似した方々は別なようです。
684 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 03:51:16
>>683 オツムの悪いイカれた連中を日本人のサンプルに
とりあげるのはいかがなものか・・w
いずれ民主に吸収されるわけだが。
それすらできなきゃ消滅だしw
消滅に向かうものの言など知ったこっちゃない。
685 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 04:20:08
>>682 さあどうだろう、あんたのはあくまで推論であって
実証データがあるわけでもないし。
「日本人もアメリカ同様の反応を示すのさ」と断言するのは
拙速じゃないかね。
686 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 08:48:56
>>676 そういうことは、
>>660 に言ってください。
「完全な人間」なんていいだしたのは
>>660 なんですから。
私は、
>>660 の言う「完全な人間」ってのいったい何なのか聞いているだけです。
>>686 >>670で、「完全な人間」についてせっかちに要らぬ言葉遊びに入った人に説明した
>>660ですが、
言い出した云々関係なく、完全不完全の言葉の解釈がヘンだから
>>676さんが説明されたのでは?
688 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 10:13:42
660=670
哲スレは 何にも読まずに レスするよ
692 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 10:33:38
>>685 拙速はおまえだろw
どこで生まれたかにかかわらず、人間が遠くの出来事より
身近で起こった出来事に、より強く左右されること、つまり
直接的な経験に基づき行動する点に変わりは無い。
おまえが北の人間であっても、それは同じだ。
そんな事もわからずに人間やってるのかw
なぜ直接的な経験に基づき行動しなければならないのですか?
694 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 11:06:25
別に間接的でもいいよ
つまり、滅多に起こんないことなんかあんま気にしてらんないってこと
697 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 11:12:52
しなければならないんじゃなくて、そうできてるのよ。
そう「したい」のだ、と言ったほうがわかりやすいかな?
「自己に利益をもたらす行動」が何であるかを選択する際、
人は確証を得「たい」のよ。
その確証をもっとも感じさせるのが経験。
経験とはふつう直接の体験をいう。
遠くの間接的なものは経験というより想像(伝聞)と考えた
ほうがあたってる。行動選択の動機としては劣るのさ。
698 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 11:13:15
699 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 11:18:27
日本人も殺られる前に殺れってのは大概思ってるだろうけど、
殺られる前に殺る方法については習熟してないんだな、これが
訓練も気構えも不十分だから咄嗟の時に対応できない、と
でもそんな気構えずっとしてたら気疲れするだろね
しんどい訓練もしなくていいし、日本人でホント良かったよ。楽で
「殺られる前に殺る方法について習熟している国民」なんて、
どこにもおらんだろ。
701 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 11:23:27
>>697 直接的な経験、殺られる前に殺った経験こそがものをいうのだね
うむ、納得
>>697 自分の身近であるかないかの問題じゃないの?
地球の裏側で殺人鬼が大量発生ってのと、自宅付近で大量発生じゃ、
同じ伝聞でも大分心境が違うと思うよ。
自分が直接体験したんじゃないにしても。
704 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 11:33:47
705 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 11:34:26
判断のメカニズムをいくら追いかけても始まらんと思うが。
「どうして「人は」人を殺してはいけない「と思う」のですか」
というスレじゃないんだから。
707 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 11:36:22
>>703 でもさ、今の時代ってのはさ、
例えば、ガリガリのひ弱な厨房たった一人でも
数日間で数百万人を殺せる時代なんだよね…
炭疽菌パラパラ…
やるかやらないかの、ただそれだけの個人的な問題に
人類の存続が揺らいでるなんて、すげー怖いよ…
708 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 11:37:42
>>701 ものわかりがイイなw
一人殺すも二人殺すも同じ、の心理よw
つけくわえると、直接と直接「的」では範囲が違う。
的の説明なんかさせんなよw
>>704,
>>706 スイス人は単に「用心深い」だけだろ。
イスラエル人(というかおしなべて中東の連中)は疑心暗鬼に陥って
「周りが全部自分を殺ろうとしているように見える」だけだろ。
別に「殺られる前に殺る方法について習熟している」わけじゃないぞ。
現に、中東の連中なんかしょっちゅう殺られているじゃんw
>>709 そうとも、何処にも殺られる前に殺る方法を知る者はいない
世界中に一人だっていやしない
みんな、殺られてから気がつくんだ
(´・ω・`) それがどうしたんスか・・・・。
過激化するイスラム:パキスタンに広がる殺し合い
http://tanakanews.com/981128pakistan.htm たとえば、昨年暮には、パキスタン第2の都市ハイデラバードの役所の建物の
中で、駆け落ちした男女が結婚申請を認められた直後、武器を持って追って
きた女性側の親族たちに殺され、通りがかりの数百人が見守る中で切り刻ま
れてしまう、という惨事が発生した。
殺人者たちは、男性だけでなく、自分たちの親戚である女性の方も殺し、
長老会の「判決」に従って、切り刻んでしまった。警察官がやってきたもの
の、傍観するだけだったという。
同じような事件は、今年2月にカラチでも起きている。またカラチの近くの
農村では、女性側の親戚ら300人が、マシンガンやロケット砲を持って、
駆け落ちした二人が隠れ住んでいた村を襲う、という事件も起きている。
それらの武器は、20年近く内戦が続いた隣国アフガニスタンから流れてきたものだった。
【パキスタン】また「名誉」のための集団強姦、5人逮捕【07/07】
http://cnn.co.jp/world/CNN200507070004.html 家族や地元の「名誉」を何らかの形で汚された報復として女性が殺害されたり
集団強姦されたりする被害が絶えないと指摘されるパキスタンで、警察当局は6日、
インド北西部パンジャブ州の村で、親類の駆け落ちの責任を問われて25歳女性が集団強姦されたとして、
男性5人を逮捕したと発表した。警察によると、事件は5月末、
パンジャブ州の主要都市ムルタンから250キロ北東の村シニョットで起きた。被害にあった既婚女性は、
自分の親類男性が若い女性と駆け落ちをしたため、女性の父親の怒りを買い、報復として拉致され、
2日間にわたり監禁されて集団強姦された。パンジャブ州では02年、
同様に部族の名誉を汚されたという理由で村の長老会議の命令によって集団強姦された女性、
ムクタル・マイさんが告訴し、国際的な注目を集めた。
女性人権団体などによると、男尊女卑の根強いパキスタンの農村部では、
家族の名誉を汚されたなどの報復として毎年数百人もの女性が殺されたり強姦されたりしているが、
ほとんどが泣き寝入りさせられているという。
死者7万3000人超す パキスタン地震
パキスタン政府は2日、同国北部を中心に壊滅的な被害が出た先月8日のパキスタン地震の国内での死者が7万3276人に達したと発表した。
地震の混乱に便乗して、イスラム過激派の武装グループが停戦ライン
を越えてパキスタン側から侵入し、インド軍部隊と銃撃戦が発生し
多数の死亡者をだしているそうです。
便乗殺人、便乗強姦、便乗強盗、この世の地獄絵図だそうな。。。
国民の心の中の状態がそのまま地表に現れているとも言えますな…。
石の文化、、、頑固と言いますか、、、いい加減に許し許されよ!
あやまれ!
714 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 13:14:21
>>692 相変わらず、わかったような顔をして断言するんだな。
性格は簡単に直らないってところか。
715 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 13:27:59
>>695 >
>>692は理念を述べているのではなく一般的な経験的事実を述べているのでは?
ならば「なぜ直接的な経験に基づき行動しなければならないのですか? 」という言葉は
経験的事実について質問していないということだね
「人を殺してはいけない」という表現が指すものは経験的事実なのだろうか
>>697 >しなければならないんじゃなくて、そうできてるのよ。
>そう「したい」のだ、と言ったほうがわかりやすいかな?
「しなければならないこと」と「そうであること」はまったく違うということだな
俺もoughtnessとbeingはまったく違うと思うぜ
>「自己に利益をもたらす行動」が何であるかを選択する際、
>人は確証を得「たい」のよ。
俺は確証を得たいと思わないんだけど
718 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 13:46:36
>>717 > 俺は確証を得たいと思わないんだけど
だったら黙ってりゃいいだろ
> 「しなければならないこと」と「そうであること」はまったく違うということだな
これが確証を求めているのでなければいったいなんなんだ?
>>718 なぜそれが確証を得たいということになるのだ?
720 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 13:51:32
殺人的分析
内心 殺意があると許されない、
特別 個人的な殺人は許されない、
一般 公職の殺人は認められ得る、
全体 戦争の殺人は認められ得る、
偶然 運命の死は受け入れる、
神 神の摂理は甘受する、
個人から全体までは不可だと考えられるが、一方、偶然や神は認めている。
個人から全体のところでは、個人に近づくほど殺人は認められない。
だが、全体に近づくほど殺人は認められ得る。しかし、一般的に考えられることがある。
偶然は悪であるが、絶対的に認められる。
神は善であり、絶対的に認められる。
このように、人を殺すものが禁止されるという訳ではない。
別の言い方をすると、これは禁止し得るところであると考えられている目安だとも言える。
殺人は認められる。
なぜ二歩をしてはいけないのですか?
>>722 合理性。二歩をOKにするとと金が作りやすくなってバランスが崩れる。
724 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 14:23:23
>>717 選んだ行動が自己に利益をもたらすという確証を得たい
と思わないのはサル以下w
おまえの「行動の選択」が「満足を得るため」の
一プロセス(手段)で「ない」のなら確証はいらない。
その場合、行動すること自体が目的ということになる。
単なる反射行為ってことだ。
動機なき狂人による通り魔殺人などがそれ。
ただ殺し「たく」なっただけ…殺したいの奥に「なぜそうしたく
なったか」が無い。
勃起したからとりあえず女を襲った、ってなもんw
そういうのは単細胞生物のメカニズムで人間には程遠い。
外出するときはパブロフの名札つけとけw
725 :
695:2005/11/05(土) 14:23:53
>>716 >「人を殺してはいけない」という表現が指すものは経験的事実なのだろうか
もちろん事実ではなく規範などと呼ばれる類のものです。
これが事実であると言う人はいないでしょう。
(「人を殺してはいけない」という決まりがあるのは事実だよ、とか
それはほとんど事実と言っていいほど正しいのだ、みたいな意味で事実と言う人はいるかもしれませんが、
これらは語の拡大解釈とか誤用と言えるので除外して良いでしょう。)
で、なぜそんなことを聞かれるのか意図がよくわからないのですが・・・?
726 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 14:34:03
規範(ルール)には理由(善悪の根拠)があるんだよな
理由なきルールはない
そして理由は人間の感性が説明する
>>721 一瞬であり、それが過ぎ去ると固執しないが、
個人に行い影響を及ぼし偶然を越える禁止的な能力が人間にある。
これが殺人の元になる能力だ。
>>724 セックスやオナニーなんて、文字通り「やりたくなったからやる」んであって、
それ以外に「目的」なんかないよ。
「なぜそうしたくなったか」という「原因」はあるだろうけど。
>>724 俺はギャンブラーだからね
確証なんてもつことはないし、確証を欲しようともしない
bruteな世界なんて賭けでしかない
>>725 >もちろん事実ではなく規範などと呼ばれる類のものです。
>これが事実であると言う人はいないでしょう。
経験的事実ではない
事実が経験されうる世界を指すのなら規範は事実ではない
731 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 15:08:54
732 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 15:19:06
>>728 オナニー禁止を2ヶ月継続成功してから悟ったんだけど
性欲って実はもっと素朴なものだったんだな
「やりたくなったからや」ってると思ってたけど
実は、外部からコントロールされてきたことに気が付いた。
アダルト業界、ポルノサイトを
レイプや性犯罪の抑止効果になるとか言ってる人がいたけど
それは違う。もともと性欲は素朴なものなのに
肥大化させてるのは、これらのアダルト情報だよ。
刺激がなければ反応はない。刺激が多過ぎると麻痺してくる。
自分の性欲を自分自身に取り戻すためには
1ヶ月くらいはキツいけど、がんがってオナ禁してみるといいよ
なんかものすごいパラダイムシフトがある。
733 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 15:25:15
レヴィナスレヴィナス
>>732 あほらしい。
どっちが自分自身なんだか。
735 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 17:39:04
うわ、まだこの手のスレ続いてるの?
どうして人を殺してはいけないか、哲学的に述べても分からん輩が哲学板に居るって事だね
じゃあ社会学的に述べればどうだろうか。
人を殺してもいいならば社会が保てない
社会が保てないならば人は生存がしにくい
人イコール自分、ならば人を殺してもいくない
自分の生存にとって不利なことが好きなマゾ同士が集まった社会ならば人を殺してもいいとすればいい。
そんな変態社会はいずれ滅びるだろうけど
つまり存続が期待される社会では人は人を殺すことはよくないとされているって事だね
秩序説ですな。
>>735 どうして人を殺してはいけないか、「哲学的に」述べられているのは、
聞いたことがない。ぜひ教えてくれ。
738 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 18:38:09
>>737 教えるから「哲学的に」述べるって
どういう意味か教えて!
739 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 18:54:48
いや
>>735が「どうして人を殺してはいけないか、哲学的に述べても分からん
輩が哲学板に居る」と書いていたから聞いただけで。
どういう意味なのか、こちらが聞きたい。
煽りではなく、「なぜ〜してはいけない」という問いに対する
哲学的答えというのはどういう意味なのか、さっぱりわからん。
741 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 19:04:19
>>737 >>738 哲学的とはどういうことであるか。
真理に照らしてみていかようであるか、であるとする。
まず真理はあると考える。 ないとすれば哲学するだけ無駄であるから。
真理とは何かを、人を殺していいか悪いかという問題から導く。
まずいいとする。殺しても哲学的にNP。
とすればやがて人は滅びる。哲学をする主体が滅びる。これは哲学の消極的な否定である。
ここでひとつの考察をする。真理とは哲学の存在そのものを否定することであろうか。
そうではなく真理とは哲学によって導き出されるものである。少なくとも真理は哲学することを許容しなければならない。
ゆえに消去法でではあるが哲学的には人を殺して悪いという解が導かれる。
注:哲学になんら意味を見出さないとするならば上の証明はナンセンスでしかないことは承知している。
『どうして人を生かさなければならないのか』を考えると、
これと『どうして人を殺してはいけないのか』のどちらかに、
全てのものが振り分けることができるのではあるまいか。
>>1 質問が悪い。
そもそも、いけなくないだろ。
昔から死刑制度あるし。
>>743 いけなくないなら、なぜ人を殺したからといって、
死刑にしなきゃならんのだ。
>>744 ?
殺すことには好ましい面があるから、死刑制度があるわけで。
746 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 19:30:19
>>745 好ましい面があるのなら、刑罰としてではなく、
もっと大々的に殺すべきなのでは?
>>745 好ましい面があるなら、なおさら、人を殺したからといって、
死刑にしなきゃならん理由が無くなってしまいますが?
法の下における平等なんて言い出したらw
749 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 19:36:31
>>746 そりゃ〜好ましい面もあると同時に、好ましくない面もあるからさ。
どんな行動だってTPOわきまえなきゃ。
人間はそれ自体が最高のものに保障されているようだが、
どんなものでもって殺すのかということを述べるとよいようだ。
何ですか。
日々、人は人を殺す技術や対術を研鑽してるからこそ、
同時に治安も守られる。
753 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 19:43:13
>>750 >好ましくない面もあるからさ。
はて?
743 名前:考える名無しさん 投稿日:2005/11/05(土) 19:16:02
>そもそも、いけなくないだろ。
これは嘘ですか?
それとも別人の方ですか?
754 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 19:43:43
>>747 人を殺すといういいことをした人は死刑というご褒美がもらえるんじゃない?
>>745のロジックでいくと
>>754 >人を殺すといういいことをした人は死刑というご褒美がもらえるんじゃない?
>
>>745のロジックでいくと
そうすると、ご褒美をもらうために、
みんな我先に人を殺してるはずなんですがねぇ・・・。
>>753 「人を殺しちゃいけない、なんてことはない」と
「人殺しには好ましいときと好ましくないときがある」は矛盾しない。
>みんな我先に人を殺してるはずなんですがねぇ
戦争ではそうなるね。
状況によりけりだよ。
>>756 「今は人殺しに好ましくないときだ」は、
「今は人を殺してはいけない」とどう違いますか?
>>757 それは野蛮人の戦争ですね。
戦争の目的は人を殺すことじゃないですよ。
761 :
考える名無しさん:2005/11/05(土) 19:54:45
>>760 では、「人を殺してはいけないということは」
「ある」んじゃないですか?
なんかドラゴン桜のひよこの大群みたい
763 :
考える名無しさん:2005/11/06(日) 01:43:34
人殺したら自分を狙う奴が現れてきっと死ぬよ。自分も死んでかまわない
んならご自由にしてよろしいんじゃございませぬか。おほほほほ〜
自殺したいやつもいる、っていわれそうだね
765 :
考える名無しさん:2005/11/06(日) 03:26:29
「強くなくては生きていけない。
優しくなければ生きる資格がない。」
良い言葉ですよね。
766 :
考える名無しさん:2005/11/06(日) 04:36:57
元々人間には、同種を殺さなければならない必然性というものは無い。
種内競争の発達過程で混じり込んだ何らかの誤謬が、殺人を生み出したのではないか?
(´・ω・ ≡´・ω・`)
大宇宙から引き継いだ本能の世界では、殺しはok。
しかし、それでは地球が破滅する。
そこで理性の世界の出番、理性の世界では殺しは不可。
ただ、殺して良い殺しと、殺していけない殺し、
があってややこしい。
現在は本能と理性が混在している世界。
テロはその矛盾から生じたもの。
大宇宙から引き継いだ本能ってなんですか?
地球の発生は、大宇宙の営みのひとかけら、
だから、宇宙の意念とゆうか、本能とゆうかを
引き継いでいると。
772 :
考える名無しさん:2005/11/06(日) 13:55:41
宇宙の意念とゆうか、本能とゆうかって何ですか?
773 :
考える名無しさん:2005/11/06(日) 13:58:44
地球の発生は、大宇宙の営みのひとかけら宇宙の意念が「本能」と言うなら、
それで地球が破滅する。のは避けられないことではないか。
地球は破滅する運命にある、しかし、
それを人類の理性と知恵でいかに回避するかに、
かかっていると。
完璧な理性の構築をのぞむ。
(´・ω・ ≡´・ω・`)
人間は同種に憎しみや恐怖を感じるように出来ている。
その憎しみ恐怖が限界を超えると人間はキチガイになる。
人間は限界を超えるとキチガイになるように出来ている。
キチガイになると同種を痛めつけるようになる。
どうして人間がそういう動物になったのかは分からないが、
たぶん、人間は同じ種でありながら同じ種ではない部分があり、
一人一人が異なる種の動物でもある部分を持つからだと思う。
人間一人一人が突然変異異種交配みたいなものかもしれない。
人は生きるものを殺生し食を通さなければ生きていけない。
人は生まれながらにして善意・悪意の有無に関わらず罪人である。
それを承知している今に至っては、
>>769の通り >>現在は本能と理性が混在している世界。
けれども地球上には人だけが生きているわけではない。
矛盾を抱えながらも地上の支配者となった人類は
地球上全ての生命に対する慈しみの心を持たなければならない義務がある。
動物、野に咲く花、魚、虫たち、などなど全てが人と同じ生命である。
「どうして人を殺してはならないのですか?」
などと人だけに論点を絞った殺生に対する問いはまことに愚の骨頂である。
と、俺はおもふ。
>>774 >人類の理性と知恵でいかに回避するか
どんな綺麗ごと言っても、今地球の破壊を早めているのが人類の知恵だろ。
というかね、人類全員が殺しあって、
人類が滅亡したとしても、
それを惑星地球の破滅とみなせるもんかね。
第三次世界大戦ともなれば地球も無傷ではすまないな。
781 :
考える名無しさん:2005/11/06(日) 14:20:58
人類に知恵があってもなくても、人類がいてもいなくても
、どちらにしても地球は無くなる運命。
なるようにしかならないということか。
それこそ他人任せではないか。
orz
なぜこんな話してんだ?俺ら・・・・
いや単純に何かの為に考えてる証拠でしょ。
己のことだけを考えるよかよっぽど良い。
といいつつ、俺もちんぷんかんぷん Orz
>>781 >>769的に(地球の発生は、大宇宙の営みのひとかけら)言うなら
地球に生命が誕生したのも大宇宙の営みのひとかけら。
人類の知恵で、生命を根絶やしにするのは運命ではないだろw
786 :
考える名無しさん:2005/11/06(日) 14:35:19
どうして「人」を殺してはいけないのですか?
「人」という言葉が抽象的だ。
どうして「愛している人」を殺してはいけないのですか?
に設問をかえてみたらどうだろうか。
787 :
考える名無しさん:2005/11/06(日) 14:39:01
>>785 人類は宇宙の中に存在すると思う。人類が宇宙内の存在ならば、
人類に根絶やしにされるのは宇宙の運命だろう。
「愛している人」も「人」も、変わらないと思う。
逆に心中という言葉によって美化されてしまう可能性もある。
しかし人という言葉が抽象的だには激しく同意する。
当たり前のように武力を行使して人を殺す世の中だからな。
こんなスレが立つのも不思議ではないよな。
>>787 宇宙の意思もその一部の人間の意思も、
破滅を本分とはしていないと思う。
>>785 だが断る
>>789 だが確実に人類の手によって地球破滅を増進させている。
それに言い訳は通用しないと思うが。
こう書いている俺もまた環境破壊を増進させている一人の人間である。
>>791 人が自分の「無傷の、ひねくれていない人間性を持った意思」に反して人を殺す時があるように、なんらかの別要因で破滅へ進んでいるものと自分は思う。
変化、停滞を繰り返しながらも前に進みたいってのが意思だが、なんか人間がひねくれちゃったんじゃない?頭の使い方間違ってさ。
人間は矛盾の塊なんだ。
>>791 その別要因とはつまり、悪意と知りながらも善意の倫理を無視した結果ということかな。
その結果、一度犯した心の罪に様々な言い訳をこじつけ、いつのまにかひねくれちゃったと。
>>792のレモのような存在を人類に望む
796 :
考える名無しさん:2005/11/06(日) 15:33:29
どうして地球が破滅してはいけないのですか?
今は人類を含めた地球上の全生命を慈しむ方向へ意識は向かっている。
ならば地球を破滅させることは人類の試合放棄にあたるのではないか。
(´・ω・`)
799 :
考える名無しさん:2005/11/06(日) 15:51:49
どうしてこんなクソスレがこんなに伸びるんですか?
>>797 そうあるべきだと思うけど今はその逆では?
803 :
考える名無しさん:2005/11/06(日) 16:43:21
みんなどこかに人を殺したいという欲求があるから
804 :
考える名無しさん:2005/11/06(日) 16:49:39
血を見るの苦手だからヤダ。
人が痛そうにしてるのとか、血を流してるの見ると目眩が
するから駄目だわ。
805 :
考える名無しさん:2005/11/06(日) 17:07:22
806 :
考える名無しさん:2005/11/06(日) 17:10:57
>>805 どうしてまだ寿命じゃないと地球が破滅してはいけないのですか?
>>803 心からそう思えたのなら、誰の理解も許しも必要ないんじゃない?ひねくれ壊れた人間に善悪なんかあてはまらない。
808 :
考える名無しさん:2005/11/06(日) 17:14:05
809 :
考える名無しさん:2005/11/06(日) 17:17:43
>>808 どうして誰も本当には破滅を望んでいないと地球が破滅してはいけないのですか?
>>809 何かの間違いだから。
〜してはいけない、の言葉遊びなら他の人に聞いて
811 :
考える名無しさん:2005/11/06(日) 17:23:19
>>810 どうして何かの間違いだと、地球が破滅してはいけないのですか?
>>811 〜してはいけない、っていうのが
間違いをさす言葉だから。
813 :
考える名無しさん:2005/11/06(日) 17:42:38
>>812 どうして、〜してはいけない、っていうのが 間違いをさす言葉だと、
地球が破滅してはいけないのですか?
815 :
考える名無しさん:2005/11/06(日) 17:51:53
「地球が破滅してもいけなくはないけれども、地球が破滅するのはいやだ。」
さて、これは矛盾なのかそうではないのか。
矛盾なんてもんじゃなくて
ただの言葉遊びだね。
「いやだけど、想像するとちょっといいかも」これが矛盾の始まりだ。
俺は、この魔が差すというやつで何度もトラブルに遭ってきた。
非合理的な衝動というやつだ。
>>817 想像すりゃ解決する「矛盾」だね。
リアルに想像することさえできりゃ解決するんだろな。
819 :
考える名無しさん:2005/11/06(日) 18:01:34
「どうして人を殺してはいけないのか」と
考える存在だから。
>777
それこそ人間を特別の存在と考える思い上がりだ。
スズメバチが芋虫を哀れむか?マグロが鰯を慈しむか?
ライオンがシマウマを殺すのに罪の意識を感じるか?
しかし、彼らが罪の意識を感じないとしても、彼らはそれぞれ完全で美しい。
動物が罪の意識を感じないからと言って、動物は下等だとさげすむことはできない。
やつら動物や昆虫の美しさは、機能美と自己の運命に対する
潔さだな。やつらの運命愛と覚悟と自意識の無さには、無駄のない輝きを
感じるよ。
人間は己の運命を受け入れずもがき苦しむ事で複雑な文明を築き上げた。
劣等感をパワーにして、道具を工夫していくのが人間だね。
人は運命に逆らうから、自己をそして他者を排除するんだ。
どうして人を殺してはいけないのですか?と考えるのもその一つだ。
悪い。そろそろ寝る時間なので俺なに書いてんだか分からない。
822 :
777:2005/11/06(日) 21:42:00
>>820 そうだ、激しくその通りだ!!!
それだ…それが自然界の均衡を保つ為に存在する…
…あの忘れかけていた本来の弱肉強食という名の摂理だ…!
これで今日はまともに寝れそうだ…感謝するよ。
>>821 いや…今ならわかる気がする…。
つまりこうだ、無駄な理念の介在しない純粋極まりない本能。
それが見えた気がした。
>>822 その結論こそ、自然の摂理に従って、進化し培われた人間性ってものが正しく機能していない見本。
824 :
考える名無しさん:2005/11/06(日) 22:12:38
| | |
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|/ /. _.| ̄|/|/|/ /⌒ヽ)
/|\/ / / |/ / [ 祭 _] ∧∧
/| / / /ヽ 三____|∪ /⌒ヽ)
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| | |/| |__|/ 三三 三___|∪
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| |/ 三三
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○( `∀´ )○
>>824 \ /
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(__)_)
826 :
777:2005/11/06(日) 22:31:02
>>823 どの結論のこと?悪い、素でわからないんだ。
>>826 ゴメン、殺してなんで悪いんだって言ってるんだと勘違いした。
828 :
777:2005/11/06(日) 22:41:17
>>827 いや悪い、俺も言葉足らずだったのかもしれない。
少なくとも人間同士の殺しを見て俺の心は痛むよ…。
とだけは言い残しておく…。
829 :
:2005/11/06(日) 22:50:19
人を殺すという行為には怒りという感情が密接していると思う
ひどい目にあった、またあっている、というような理由で、怒って誰かを殺す時、また殺したあと、
他者に理由があってもそれをやっていい、やってよかったと、言い訳でなく本能レベルで思うかどうかが問題では?
それは「やむなく」殺してしまった場合。殺したかったわけじゃない。いろんな意味で「間違い」に他ならない。
「怒り」の「衝動」は人間らしいものだけど、人間にあてはめると直感的に否定の響きを感じない?
831 :
830:2005/11/07(月) 00:05:01
>>830 ゴメ何かボロボロですオヤスミナサイ
832 :
考える名無しさん:2005/11/07(月) 00:54:39
「殺す」という特定の行為に拘泥し、より本質的な問題に組み立て直す事ができないあたり
ピントが外れているというか、頭が悪いというか…
833 :
考える名無しさん:2005/11/07(月) 01:01:11
疑問に思うなら、人殺してみろ。
そしたら、悪いことだと思えるんじゃないか?
836 :
俺がこの馬鹿スレに顔出すワケ :2005/11/07(月) 01:12:06
では、新しいアプローチを提供しよう
「人は死んではいけないのか?」
これがこのスレの根本。
なかなか前に進まないので勇み足してみるw
>>833 殺人を否定しながらも、
自分の発言が殺人幇助に当たる可能性を
考えきれない自己撞着無責任発言。
「人を殺してみろ」の後に「俺は関係ないけどな」と続いているんだろうな
先生、何がいいたいのかわかりにくいんです。
やったら負けだろう。ゲームで強いやつがいるから気にくわなくて
殴っちゃったゲームの弱い奴みたいな、そんなみっともなさにどこか似ている。
実際に人をヤッたら負けって感じ。
美意識として潔くない負け方はカッコ悪いという直感がある。
仕事で企画を持っていってもリスクの方にばっかり目がいって、
「そんなにやりたければあなたがやりなさい(私は責任とらないよ)」
ってタイプとも似てるね。
うまくいけば御の字。失敗したら責めるだけ。ってな。
誰かのあげあしとりでストレス発散してる人はもう気が済んだ?
どれでもいいので、少なくともどうなのって気分
>>836 死んではいけないとすれば、生まれてはいけないことになるのではないか。
人は、死んで良い。ただ、そのタイミングが、問題となるだけ。
タイミングとかじゃなくて
病気や老衰など自然死ではない、
人が人を殺し殺される話だろ。
最終的には本人のモラルに任せるべき問題なのではないだろうか。
何らかの外因により一般的モラルが破綻した場合には、
法律をもって計画的理念・衝動的理念に最終的な足止めをかける。
法整備の行き届いた国民の多くが賛同する最終的結論なのではないだろうか。
しかし、ここにもまた戦争・内乱・汚職と様々な矛盾も生じてくることは否めない。
だからこそ、他者を見るのではなく己の理念を持ち続けなければ迷い苦しむ。
人は人の為に生きているのではなく
自分のために生きているってことだろうな
849 :
845:2005/11/07(月) 15:15:07
>>846 だから、その殺人の善悪を判断するために、
>>836は、その前提についての判断を問うているわけでしょ。
そこで、
>>845は、
病死だろうが老衰だろうが、死ぬべきでないときに死ぬのはよろしくない。
逆に、たとえ悪人に殺されたとしても、それ以上生きるべきでない人間なら、さほど問題ない。
・・・ていうわけで、タイミングと表現したわけだ。
>>849 その「死ぬべきでない」とか「生きるべきでない」って、どういう意味で、
誰が決めるんだ。
851 :
考える名無しさん:2005/11/07(月) 18:51:48
>>850 どういう意味であってほしいんだ?
また、誰に決めてほしいんだ?
852 :
考える名無しさん:2005/11/07(月) 21:34:23
なぜ法律で殺人が重罪とされているか?
それは誰もが殺されたくないからでしょ。
法律で罰せられることがなけりゃ、罪悪感も感じないんじゃないかな?
魚釣りや狩猟と同じでゲームのようなもんでしょ!
きっと大昔は、それで成り立ってたんじゃないかな…
んで、みんな死ぬのが嫌なもんだから、殺人が上手な奴が権力者となる。
そうなったら、殺人の下手な連中は困る。
だから法律を作って、殺される事からも、服従する事からも逃れた。
それだけの事だよ…
殺人自体がいけない理由なんてないんだよ!
自分に危害を加える恐れがあるモノや、自分が快適に生きるために邪魔になるモノは消し去る!ってのは 生物としては自然な発想だからね!
馬鹿じゃないならそういう社会をリアルに想像してみろ。歪みやら無駄やら人間性の喪失としか表現できん状態になる。
哲学板なんだから、実存哲学的な考察をしてくれよ。
社会常識とか社会学的視点からの意見はいったん止めて。
せっかく哲学板に来てるんだから。
855 :
考える名無しさん:2005/11/08(火) 00:28:17
哲学的な考察というようなものは無い。
もっとも確かな考察・・それがあえていうなら哲学的な考察だ。
856 :
考える名無しさん:2005/11/08(火) 00:39:24
>哲学的な考察というようなものは無い。
>もっとも確かな考察・・それがあえていうなら哲学的な考察だ。
自分で読み直してみ?
857 :
考える名無しさん:2005/11/08(火) 00:40:19
858 :
考える名無しさん:2005/11/08(火) 00:42:27
??
>ヒトにばかり依存するなw
自分で読み直してみ?
859 :
考える名無しさん:2005/11/08(火) 00:52:52
860 :
考える名無しさん:2005/11/08(火) 00:57:31
>>859 日本語も満足に使えないのか・・・オマエ友達少ないだろ?ぶっちゃけ童貞だろ?
862 :
考える名無しさん:2005/11/08(火) 01:05:22
>>860 どうしてわかったんだ?おれ友だち少ない。
30人位しかいない・・おまえ何人?
それにおれ童貞。入れ替わり立ち代りおれの部屋に
おんな来るけど、どのおんなもおれの指先で逝っちまって、
なかなか童貞捨てるタイミングがつかめない。
先輩、どうしたらいい?
863 :
考える名無しさん:2005/11/08(火) 01:08:22
864 :
考える名無しさん:2005/11/08(火) 01:09:54
865 :
考える名無しさん:2005/11/08(火) 01:16:40
面白いの?そのやりとり。
殺さなくても死ぬのに、
何故殺すことが悪なのか?
死ぬものを殺して何が悪い?
生きているはずの期間を排除するのがいけないのか?
時間を奪うのが悪いのか?
命は全て儚く、失われれば取り返しようの無いものだから
大切にしなくてはいけない。
公共広告機構(嘘
人間は何のために子を残すのか?
社会のため?自分のため?
産まなければ死ぬこともないのに
870 :
考える名無しさん:2005/11/08(火) 07:15:12
主題と関係ない!
バカかこいつ
人を殺してはいけない絶対的な理由などない。
>>852-853 法律なしに共同生活している集団で、一人が仲間を殺したとする。
まず、皆で囲んで理由を聞いて、殺害、追放、許し、のどれかの処分はするだろう。
理由を聞かずにそんな危なっかしい奴と一緒に生活できないよ。
そいつに罪悪感があろうが無かろうが関係ない。
しかし、集団のジャイアン、じゃなくてリーダーが下手人だった場合は難しいな。。。
それにしたって説明は求めるだろうし、理由に納得できなければクーデターが起こるだろう。
873 :
考える名無しさん:2005/11/09(水) 02:26:12
法が優越していないということであるから、
どのような根拠でもって考えられているのか。
リーダーであるならば、難しいとすると、
貴族や主人ならば、処罰されない、貴族でなくても、処罰されないということが考えられる。
話にならない話だ。
>>874 話にならないと言っても、お隣の中国含めて、大多数の社会はそのレベルな訳で。
「殺してはいけない」という文章において
貴族と貴族でないものの間に区別をひくかどうかはさほど重要ではないように思える
種や類の区別の導入を認めることは道徳に反しない
877 :
考える名無しさん:2005/11/09(水) 19:15:06
人に限らず、生物を殺して良いか悪いかは、その目的によって判断される。
道徳的見地から言えば、基本的に生命を奪うことはいけない事だが、理由によっては仕方ない場合もあるわけで…
ただ漠然と なぜ殺してはいけないのかと問うてみても、結論など出ない。
理由によっては、結果が良くなると考えられているわけだが、
結果はどうなったのか。
どういうところでもって良いものであると考える。
悪くなるか、今までの通りであるにしても、
良くなるのかということでしょう。
良くなるとしても、共同体に暗い陰を落としてしまうのではあるまいか。
そうなるとすると、殺すということから考えるべきではないのではあるまいか。
879 :
考える名無しさん:2005/11/09(水) 22:15:34
解読不能
880 :
考える名無しさん:2005/11/09(水) 22:16:39
阿鼻叫喚
881 :
考える名無しさん:2005/11/09(水) 22:19:39
押忍番長
882 :
考える名無しさん:2005/11/09(水) 22:20:22
四川料理
883 :
考える名無しさん:2005/11/09(水) 22:28:19
僕西単騎
>>875 すると、例えば、徒弟制度はそのような制度だろう。
どうして話が必要であるのかと疑問に思われる。
何か判らないことがあるのだろう。
何故なら、その人が確かめたものでもって決めるか、
或は、もう自分の考える心算がある、
取り得る行動は大きく分けてこの二つだからだ。
後者であると、もう考えが決っているのであるから、
話して左右されることではない、対話を用意することが無い。
前者であると、それまでにどうする積りも無い、
見たものが或る事だと考えられるわけなのだ。
話にならない、は色々な影響がある。
886 :
考える名無しさん:2005/11/10(木) 01:31:08
四川料理
>>874 リーダーや権力者であっても、善の淘汰圧からは逃れられないよ。
888 :
考える名無しさん:2005/11/10(木) 13:20:37
逃れられなくなるその前日まで逃れ続けられるってこと?
890 :
考える名無しさん:2005/11/10(木) 13:33:41
【人は死から逃れられない】と【死ぬまで生きている】の
視点の違いは、死亡時刻以後と以前のどちらについて
語るかの違いだが、
前者を語る者はおうおうにして生を軽んじる傾向にあり、
それゆえ生の解釈、取り組みが粗雑となりやすい。
ただ目的も無く生きてるって感じ。
後者にはそれが無く、
死以降は両者とも死の経験を継続し得ないためイーブンw
そうすると【死ぬまで生きている】の視点に立つ者のほうが
生をより享受する分、得をする。
殺してよかったら自分も殺されるかもしれないだろ
自分の身を守るために人殺しはダメっていってんだよ
「人を殺しても問題ない」と心から思っている人間は
「なぜ人を殺してはいけないのか」なんて疑問をもたない
>>892 では、それを日本政府や国連に言え。
ともに殺人を行なう機関だ。
政府の行為を支持している国民にも言え。
間接的だが国民は政府による殺人を承認している。
895 :
考える名無しさん:2005/11/10(木) 17:49:47
>>893 人を殺しては「いけない」と思いつつ殺す者がいる。
人を殺してよいと思ってるのに、殺さない者もいる。
どう「思うか」は自由であり、
問題にできるのは、どう「したか」だけだ。
896 :
考える名無しさん:2005/11/10(木) 18:39:42
>>894 あのさあ。
「殺人を行っている=人を殺しても問題ないと思ってる」
とは必ずしもいえないだろ。
897 :
考える名無しさん:2005/11/10(木) 19:04:21
どっちでもいいじゃん!
どうせ殺さないんだからさ(^-^)
仮に洗脳だとしても、みんな殺しちゃいけないって思ってんだろ?
それに人間に限らず、動物を殺すってのは気持ち悪いよ…
恐いしね(>_<)
と、今日は言ってみる。
「殺しちゃいけない」っていうのがどこから持ってきた言葉なのか分かんないけど、ただのルールじゃない?
たとえば昔は決闘や仇討ちなんかが認められてたこともある訳で。今は殺人を許しちゃうと、正常に機能してる社会のなかではものすごーく不都合がでてくる。
道徳的な部分から見るのであれば、単純に「自分がされてイヤなことは他人にもしちゃいけない。」ってだけのこと。
別に難しく考えるようなことじゃないと思うんだけど。
899 :
考える名無しさん:2005/11/10(木) 20:09:26
ただのルールだとしたら、どうしてそんなルールが出来たんだろうね?…
899
文章よく読もうよ
「殺人を許しちゃうと正常に機能してる社会のなかではものすごーく不都合がでてくる。」
901 :
考える名無しさん:2005/11/10(木) 21:57:05
じゃあ、ルールにしなくても、不都合は生じるんじゃないの?
902 :
考える名無しさん:2005/11/10(木) 22:01:02
正常に機能してる社会って何?
それは、殺人がいけない事だという前提の上に成り立ってる社会だからじゃない?
つまりルールが出来たから、そういう社会になったんだろ?
順序を考えてね!
殺人を悪とせずに 正常に機能していた時代もあるし、今も地域によっては 殺し合いを認めながら機能してる社会もあるぞ。
903 :
考える名無しさん:2005/11/11(金) 01:36:33
殺人っても、さしたる意味もなく殺したがる奴を許容するような
時代や社会は、さすがに無いだろ。
902
じゃあ何故そういうルールができたかを考えてみよう、お前こそ順序を考えろ。
「殺人を悪とせずに正常に機能していた時代」「殺し合いを認めながら機能している社会」具体的に教えてくれ。本当にそんなもんがあるなら非常に興味深い。
905 :
考える名無しさん:2005/11/11(金) 02:25:52
イスラム圏の中には、教義に反した者を殺すと英雄扱いってところもあるな。
戦国時代は、義に反していなければ殺してもOKだし。
906 :
考える名無しさん:2005/11/11(金) 02:35:07
まあ、戦争とか死刑とか、何度も挙げる人がいるけど。
例外をいくら挙げてもな。
治療薬はかなりの割合で、飲んじゃいけない毒だけど、
それを病気にのときに飲ませるからといって、
飲んでいけなくないというわけじゃない。
毒は毒のままだけど、病気を治すためにやむを得ず飲むだけだ。
907 :
考える名無しさん:2005/11/11(金) 02:37:36
つーか、例外があったら「人を殺してはいけない」と一般化できんだろうに。
908 :
考える名無しさん:2005/11/11(金) 02:43:24
「やむを得ず行う」という言葉の意味が理解できんようだな。
909 :
考える名無しさん:2005/11/11(金) 02:51:26
「人を殺してはいけない」という一般化も皮肉った
2重の意味が理解できんようだな。
詳しい知識があるわけじゃないから断言はしないけど、
イスラムの〜というのは人を殺す。といったニュアンスじゃなしに、神の名において制裁。みたいな感じになってるんじゃないか?
要するに死刑と一緒。
戦国時代は正常に機能してる社会じゃないだろ。
正常に機能してる社会=ある程度の水準を持った民主的な社会
911 :
考える名無しさん:2005/11/11(金) 03:59:42
>>910 あんた、「今現在自分の置かれている社会と異なる社会は正常に機能していない」
とマイ定義したら、話にならんわけで。
912 :
考える名無しさん:2005/11/11(金) 11:12:56
>>909 まあ、君の認識では皮肉なんだろうけどw
とりあえず、
>>906 の毒薬と治療の喩えをその理屈で反駁できるかい?
>>911 相対主義に立てば何でも正常だといえるわけで。
それって、「はい、私の言ってることはマイ定義です」といってるのとかわらんような。
>>902 中国史での北方騎馬民族なんてのは、
中原を略奪して農耕民を殺すことに、まったく罪悪感なんて感じてないんじゃないの?
大規模な狩りの一形態にすぎなかっただろう。
同一部族内、騎馬民族同士では、人殺しは悪だったかもしれんが。
>>915 >同一部族内、騎馬民族同士では、人殺しは悪だったかもしれんが。
まあ、そういうこと。
人を殺してはいけないことに変わりはないが、同一部族の中の人のほうが、外の人よりも大事。
同一部族内の人が飢えて死なないようにするためには、
(殺さないようにするためには)外の人を殺すのも止むを得ない。
外の人を殺さなきゃ、中の人を殺すことになるとして、
殺しちゃいけないという点では同じだとすれば、後はどっちが大事かという問題。
宇宙では、殺しは基本的に...ok。
地球では、殺しは条件つきで...ok。
人間は、人殺し...okでない。
殺しも進化している
918 :
考える名無しさん:2005/11/11(金) 14:00:25
答えなんてないってことだろ
ちゃんとした問いがなければちゃんとした答えはないということ。
920 :
考える名無しさん:2005/11/11(金) 14:11:01
問いのとっくに破綻したスレで、おまいら何やってんだ?
破綻した問いに訳知り顔で答えてる厨房をいじって遊んでます。
なんだよ、それじゃオレといっしょじゃん
「破綻した問い」って、どういう意味ですか?
1.「人を殺してはいけない」というのが、間違っている。
あるいは、不正確。必ずしもいけなくはない。
2.「人を殺してはいけない」という意味が漠然としていて、不明確。
あるいは、論理的でないので、答えようがない。もっと意味を限定せよ。
3.その他。
>1.「人を殺してはいけない」というのが、間違っている。
> あるいは、不正確。必ずしもいけなくはない。
いけないか、いけなくないか、の是非は別として、
その点についての合意が存在していない。
926 :
考える名無しさん:2005/11/11(金) 19:16:58
今日もまた 何万もの精子を殺してしまった…
殺す以前に殴ってもいけないし、蹴ってもいけないし、
首を絞めてもいけないし・・・
首を絞めてイケるやつはいるよな
929 :
考える名無しさん:2005/11/11(金) 23:08:15
>>924 「人を殺してはいけない」には主語が無い。
てことは「国が」殺すのもいけないわけだ。
また条件設定も無い。
てことは「戦争」になっても殺してはいけないし
「正当防衛」でも殺してはいけないことになる。
でも誰ひとりその立場に立つ者がいない。
そんな「支持者の一人もいない主張?」が成立
するわけ無いだろ。
スレタイはその「存在しない主張」に対し、
どうしてですか?と問いかけてるが、
そんな問いかけ、そもそも成立しないじゃんよ。
一人くらい主張し、根拠らしきものを提示する者
が出て来るかな…と待ってるがやはり出てこない。
本スレタイは破綻以前の次元にあるのよw
>>929 >「人を殺してはいけない」には主語が無い。
この点に関してはそのとおりだと思うが。
>てことは「戦争」になっても殺してはいけないし
>「正当防衛」でも殺してはいけないことになる。
主語が無いんだから、これは、
どの問題についても、いけないとも、いいともいえない、
としかいえないんじゃないの。
>>929 まあ問いを純化して善解すれば、
「自分が、自分と無関係な身寄りのない人間を、無目的に殺すのは、悪いことですか?」
くらいでええんちゃうの?
ぐっと具体的に「刑法に殺人罪が規定されているのは、どうしてですか?」
ならどうだ。
933 :
考える名無しさん:2005/11/12(土) 00:49:55
>>930 主語が無いから文章として成立してないという意味じゃない。
この場合、何を主語に持ってきてもよいととるのが自然。
934 :
考える名無しさん:2005/11/12(土) 00:55:13
>>931-932 どこをどう読んでもそういう限定された意味合いは
見い出せない。命題なら、文字通り解釈すべき。
馬鹿政治家の憲法解釈とは違うんだからw
どうして人を殺してはいけないのですか?
1. 法律があるから
2. エライ人が自分がヤラレルと困るから
3. 夜うなされるから
や。問いを英訳してみたら もれはできん
937 :
考える名無しさん:2005/11/12(土) 08:34:30
「例外のない規則はない」という当たり前のことを理解できない
お子ちゃまのいるスレはここですかw
>>933 それじゃ議論が成立しないだろ。
議論は一人でやるもんじゃないんだから。
めいめいが自分で勝手な主語を設定してたら、
議論がかみ合わなくなる。
939 :
考える名無しさん:2005/11/12(土) 09:02:32
>>937 完膚なきまでに論破されてますが・・・。
>>743,744,745,747,750,753,756,758,760,761
940 :
考える名無しさん:2005/11/12(土) 10:04:33
どうして人を殺してはいけないのですか?
1. 法律があるから
俺解釈:法律があっても殺してイケナイというわけではない
殺したら、刑務所にはいるだけだ。いけないということではない。
2. エライ人が自分がヤラレルと困るから
俺解釈:1とホボ同様。だれかが困るといけないのか?
3. 夜うなされるから
俺解釈:朝はうなされないのか?
>殺したら、刑務所にはいるだけだ。いけないということではない。
君は「いけない」という言葉をどういう意味に理解しているのだ。
法律で「人を殺してはいけない」と決められているから、
殺すと刑務所に入れられるんだろ。
「刑法にはいけないとは書いていない」とか子供じみた屁理屈はなしよ。
942 :
考える名無しさん:2005/11/12(土) 10:15:30
では、なぜ法律でいけないと決められていると思うのかな?
いけない、いけなくないではなく、
たとえば、高度社会が成り立つ、成り立たない、
たとえば、平和、平和でない(どちらがいいかは国民が決めてくれよう)
たとえば、安心、危険(どちらがいいかは国民が決めてくれよう)
いけない、いけなくないではないだろう。
あえて付け加えるなら、
人殺しをしてほしくない、してほしい だ
人を殺してはいけないのはなぜ?
⇒Aだからいけないんだよ。
⇒なぜAだからいけないっていえるの?
⇒それはBだからだよ。
⇒じゃあなんでBだからといって、Aだといえるの?
⇒それはCだからだよ。
⇒じゃあなんで(ry
理論上、この意見は際限なく続く。
これがこの問いの限界では?
>>938 もともと成立していない議題(前提)を、
議論を成立(継続)させんがために「歪めてしまう」やり方は
雑談板でw 議題の解釈は正確に。
スレタイに「殺人行為者や被殺人者に関する付加付帯条件」
が一切無い以上、以下の解釈しかできない。
1.(何者であれ)人(であれば誰であれ)を殺してはいけない
2.どうしてですか?
かみ合う議論をしたいなら、自分で勝手な主語を設定せず、
議題に沿った主語(上の1.)で語らなきゃね。
おまえのように外す者ばかりだから議論が噛み合わないのよw
「何者なら人を殺して良くて、どういう者なら殺されて良いのか」
というのは本スレのわき道。
わき道をウロウロしていたら、わきにそれるだけであり、
本道(議題の目的)の前進はいつまでたっても進まない。
945 :
考える名無しさん:2005/11/12(土) 11:04:46
>>943は無実を主張しています
とおれが主張したら、理由が必要だろう?
943は無実を主張している文などどこにも書いてないのだから。
>>943はなぜ?を繰り返す議論に限界を感じております。
おれがこう主張するのに理由が必要か?
そら、屁理屈ならなんとでもいえるが、
たいていの場合この主張に理由はいらないであろう?
946 :
考える名無しさん:2005/11/12(土) 11:05:44
憲法にいけないかどうかを書かれているかどうかしらないけどなw
神様が言ったからに決まっておるだろ。
「汝殺すなかれ」
これさ。詳しいことはオオタクにでも訊けw
>>945 根拠がないのに、その言説は正しいといえるということか?
いまいちわからん。
949 :
考える名無しさん:2005/11/12(土) 11:38:56
>>944 >議論を成立(継続)させんがために「歪めてしまう」やり方は
>雑談板でw 議題の解釈は正確に。
それを、否定してるのが、
>>938 わざわざ屁理屈たててやろうとしててるのが、
あんたの今のレスだ。
950 :
考える名無しさん:2005/11/12(土) 11:50:36
951 :
考える名無しさん:2005/11/12(土) 11:53:47
この議論にもしも実際的な意味があるとしたら、それはまさに
「例外」をどこまで認めるか、に影響するからだ。
スレタイの質問に対する答えには、大雑把に言うと二つのタイプがある。
1.人命は絶対的な価値であるから。
人間には何人も侵すことのできない、生きる権利があるから。
2.人間は誰でも殺されるのはいやだから。
殺してはいけないと決めた方が、社会的利益が大きいから。
日常生活の場面では、どちらでも違いはないのだが、まさに例外的な場面
(死刑・戦争・安楽死・自殺、etc)において、どこまで「殺してよい」
のかを考える場合に、どちらの考えに立つかによって、結論に違いが
生じてくるであろう。
これは、必ずしも「言葉遊び」ではなく、かなり現実的な質問でもあるのだ。
952 :
考える名無しさん:2005/11/12(土) 12:08:16
>>950 あんたと違って、俺は、打ってないなぁ。
953 :
考える名無しさん:2005/11/12(土) 12:22:12
>>951 馬鹿だなw
おまえの1.を主張する者なんかいないだろ。
根拠を添えてそれを主張するレスを見たことが無い。
2.以下だが、社会的利益を根拠とするのは
【 社会>個人 】…個人より社会優先、社会(代表は国家)と
名がつけば人はそれに従わなければならないという論理だが、
それだと北朝鮮のような社会を容認しなくちゃならない。
明らかに根拠たりえてないだろw
そんな馬鹿な考えを答と呼んでるのか、おまえw
954 :
考える名無しさん:2005/11/12(土) 12:24:52
>>953 >2.以下だが、社会的利益を根拠とするのは
>【 社会>個人 】…個人より社会優先、社会(代表は国家)と
>名がつけば人はそれに従わなければならないという論理だが、
もちろん、そうではありませんね。
955 :
考える名無しさん:
>>943 だから、最終的には、根拠の無い根源的な欲求に到達せざるを得ない。
一般的には、「死にたくない」とか「平穏に暮らしたい」とか。
この欲求は、統計的多数を調べることはできても、
普遍化することはできない。
だから、「○○してはいけない」は常に正しいとは限らない。
「△△(根源的欲求)したいなら、○○してはいけない」という形式で、
前提となる欲求を限定して初めて有意な議論が可能になる。