1 :
考える名無しさん:
命/生命とは何か。
動物、植物、これらは「命」をもち”生きて”いるだろうか。
水、空気、時間、空間、細胞、
…これらは「命」をもたず”生きて”いないだろうか。
2 :
考える名無しさん:05/03/12 03:43:02
>1さんは陰核をもたずに生きていませんよね。
3 :
考える名無しさん:05/03/12 03:46:49
そんなもん無くても生きてるちゅーねん
4 :
考える名無しさん:05/03/12 03:49:12
>1さんは男根がなくても生殖できると信じていませんよね。
5 :
考える名無しさん:05/03/12 03:50:49
そうか弾痕・玉とったらそれは最早生命ではないんだな
6 :
考える名無しさん:05/03/12 03:52:38
「生殖能力→生命」説 キター
7 :
考える名無しさん:05/03/12 03:58:08
>1さんには受精能力がありますよね。
8 :
考える名無しさん:05/03/12 03:59:04
石原流に言えば生きている価値はないかもしれないが
生きてはいるだろう
9 :
考える名無しさん:05/03/12 03:59:35
自発的に活動してなければ生きてるとは言えんだろ。
細胞は自発的に活動してるから命はある。
空気や水は生命の源ではあるが無機物だし論外。
時間や空間は流動的だから生きてると
比喩する事は出来るが本質的には間違っている。
10 :
考える名無しさん:05/03/12 04:03:48
無機物の生命は存在し得ないか
11 :
考える名無しさん:05/03/12 04:08:53
生きるにはエネルギーの元である有機物(炭素化合物)が必要
細菌なんかは酸素だけで生きられるが
細菌を構成している中に炭素が含まれる。
12 :
考える名無しさん:05/03/12 04:09:06
自発的とは何をもって「自発」ということができるのか。
例えば水に熱を加えると蒸発する。これには自発性は見出せ無いだろうか。
単なる「反応」と「自発」の間にはどんな差異があるのか。
>>12 水に熱量を加えている時点で自発ではない。
それは誘発。
間違えてメル欄に9を入れてしまったorz
15 :
考える名無しさん:05/03/12 04:12:52
なんの刺激も与えず「自発」はあり得るのか。
16 :
考える名無しさん:05/03/12 04:21:11
自発とは誘発なり
17 :
考える名無しさん:05/03/12 04:32:56
命くれない?
18 :
考える名無しさん:05/03/12 04:33:36
自発も反応の結果でしかないというのは
「無から有は生まれるか」という問いに似ている。
19 :
考える名無しさん:05/03/12 04:35:50
なんの刺激も与えず「自発」はあり得るのかというのは
「無から有は生まれるか」という問いに似ている。
だな(汗
20 :
考える名無しさん:05/03/12 04:54:14
仮に自発が誘発によるものであるとすれば
それを自発と感じるか否かの問題になって客観的な定義にならない。
しかし自発的で無くとも生きている非自発性の生物も否定できなくなってくるな。
まあ、逆に他発的なものも自発的であると言えるのかもしれないが。
21 :
考える名無しさん:05/03/12 08:17:00
「自発」というが、何をもって「自」というのか。
22 :
考える名無しさん:05/03/12 13:19:33
どこからどこまでが1つの生命体であるのか。
完全に独立した生命が無い以上、全ての生命は一体と見なすべきか。
結論を言えば、
「何が生きている」か、という問いは無意味である。
我々がアプリオリな「生命」という観念を投影できる対象が
生きているものなわけであって、
要するにこれは、「我々が生きていると思うものが生きている」ということに過ぎない。
では、我々は何を「生きている」と見做すか。
動物・植物は生きている。
石や水は生きていない。
原生動物のようなものも、多分生きている。
↑これは人によって多少違うかも知れんが、
それは単に人によって定義の仕方が違う、ということに過ぎない。
何等本質的な問題ではない。
問題となるのは、
高度なロボット(鉄腕アトムのような)が出来たときにそれをどう扱うか、ということだろう。
勿論これもそのロボットを「生きている」と見做すか見做さないか、という問題に
過ぎないわけだが、しかし人によってその定義が異なってくる可能性がある。
ここで注意すべきは、我々は現状で鉄腕アトムのような高度なロボットと共存する必要に迫られていない、
ということだ。
この種の問題は、実際にその必要に迫られた時に、ある意味プラグマティックな基準により
概ね社会的総意が形成されるものと考えられる。
そのようなロボットが存在しない現状で、アプリオリにそのような定義を行うことには意味がないと思う。
>高度なロボット(鉄腕アトムのような)が出来たときにそれをどう扱うか
原子爆弾の比喩じゃねーの?あれ。「科学ーの子ー」核融合に混じるアトム。
25 :
考える名無しさん:05/03/12 14:21:16
なぜアトムほど高度でないアイボは生きていないと言えるのか。
現在において
>>23の中で問題となっていないに過ぎない。
「命とは比喩である」ってどう?おおまかすぎ?
27 :
考える名無しさん:05/03/12 14:37:43
哲学の用語を使えば、「生物」というのが「自然類」なのかどうかが問題だ。
「生きている」ということの内容(=本質)と、「生物」という語の外延が
どう関係しているのか、ということだね。
命/生命とは 部分である。は?すなわちエネルギー全般。
29 :
考える名無しさん:05/03/12 14:47:58
生まれて死をむかえるまでの期間を「生きている」と言えるだろう。
そしてそれを生命と定義できる。
どの時点・状態を「誕生」とし「死」とするかは結局主観に頼らざるを得ないだろう。
辞書でもひいとけくだらん
辞書でおなかいっぱいになるようならそもそもこの板向きの人間ではないだろ
幼稚なスレ題だな
幼稚さによって思考が停止するようならそもそもこの板向きの人間ではないだろ
34 :
考える名無しさん:05/03/12 15:25:16
つまるところ、DNAという化学結晶の再生、結晶成長の一種なわけよ。
ダイアモンドだって、条件さえ揃えば成長するわけだけれど、野ざらしではその条件にならない。
しかし、結合強固なので、一旦出来てしまえば、成長条件から大きく外れた環境中でも、分解速度
が極めて遅いために、存在し続けられる。
対して、DNA(RNA)は、晒せばすぐに壊れる脆弱な結晶であるため、コアセルベートのような
特殊な環境内に、たまたまはまり込んだ物だけが残るようになった。
いわば、結晶成長と分解の化学平衡が、僅かに成長有利な環境にとどまれたものが、結果として
徐々に殖えながら、より残存率の高いシステムに淘汰されて来たのである。
少なくとも、地球上では、DNA結晶の再生産が生命であり、それに適する環境が生物である。
あるいは、生物まとめて、DNAシステムの巨大触媒と思えばよいか。
35 :
考える名無しさん:05/03/12 15:27:39
>>20 むしろ誘発という事象自体が生命の証しなのではないか
36 :
考える名無しさん:05/03/12 15:31:37
命には生きている命すなわち生命と
死んでいる命すなわち死命がある。
「いのち(命)」の語源は「息の霊」
である。
37 :
唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/12 16:05:39
意義深いタイトルのスレですね。
「命」こそ科学と宗教を繋ぐ唯一の架け橋でしょう。
このスレの余命はあとわずかとか。くだらん
39 :
考える名無しさん:05/03/12 22:36:10
ちんちーんは、↓これどう思う?
34 名前:考える名無しさん 投稿日:05/03/12 15:25:16
つまるところ、DNAという化学結晶の再生、結晶成長の一種なわけよ。
ダイアモンドだって、条件さえ揃えば成長するわけだけれど、野ざらしではその条件にならない。
しかし、結合強固なので、一旦出来てしまえば、成長条件から大きく外れた環境中でも、分解速度
が極めて遅いために、存在し続けられる。
対して、DNA(RNA)は、晒せばすぐに壊れる脆弱な結晶であるため、コアセルベートのような
特殊な環境内に、たまたまはまり込んだ物だけが残るようになった。
いわば、結晶成長と分解の化学平衡が、僅かに成長有利な環境にとどまれたものが、結果として
徐々に殖えながら、より残存率の高いシステムに淘汰されて来たのである。
少なくとも、地球上では、DNA結晶の再生産が生命であり、それに適する環境が生物である。
あるいは、生物まとめて、DNAシステムの巨大触媒と思えばよいか。
40 :
考える名無しさん:05/03/12 22:38:23
ごめん、面白いから持ち出そうとしたら落しちゃった。
41 :
考える名無しさん:05/03/13 00:50:16
定義できないもの
心理学とおんなじないのかな
近い将来、人は千年生きられるようになります。
44 :
考える名無しさん:05/03/13 14:46:00
45 :
考える名無しさん:05/03/13 15:05:05
千年生きるだって? 介護保険の破綻をどう防ぐんだ?
46 :
考える名無しさん:05/03/13 15:13:45
>>45 爺いが+920年生きるわけではない。老化の抑制、ということだ。
47 :
考える名無しさん:05/03/13 15:41:05
現在のレベルで介護を必要とする期間が5年間ぐらいの人が、
その時代には50年間介護が必要になるんだろ?
やっぱり介護保険制度は崩壊するよ。w
48 :
考える名無しさん:05/03/13 15:51:47
>>47 馬鹿ですか?
老化を押さえる技術の事を言っているのです。
20〜60代の老化の進みを何十倍かに引き延ばそうと言うことです。
抗エントロピー低下症候群
>>23氏と同意見です。
ある言葉が存在するのだから、それは明確に定義できるはずだ、という点をまず疑うべきです。
「生命」という言葉があるからと言って、
全ての物事を「生命」と非「生命」に分類し得るようなキレイな定義を作り得る事が保証されている、
という事はないだろう、という事です。
もともと私たちはただ、動いて、頭や体があって、食べたり、逃げたり、子供を作ったり
そういう属性を認められる存在の事を「生き物だ」とか「生きている」とかと呼んでいるワケです。
その程度の認識で使われ始めた言葉に、全局面での使用に耐えられるほどの普遍的な定義を与えられる保証はどこにもないワケです。
たとえば「砂粒」、「石ころ」、「岩」という3つの言葉について考えると、大雑把に言って
握れるくらいなら石ころ、それより大きければ岩、それよりずっと小さければ砂粒、
といった感じで認識されているでしょうか。
もともとこの程度の認識で言葉が使われ始めるのですから
あとになって「どこまでが石ころで、どこからが岩かを明確に定義できないのは何故だ!」
と悶えても、それは言葉というのはそういうモノなんですから仕方がないでしょう。
「石ころ」「岩」という言葉があるからと言って、その間を明確に分かつ論理の存在が保証されているワケではないのです。
同様に「生命」という言葉があるからと言って、「生命」と非「生命」の間を明確に分かつ論理の存在が保証されているという事ではないワケです。
ここらへんの所を考えてからでないと、議論が泥沼に陥る気がしますです。
51 :
考える名無しさん:05/03/13 16:09:08
52 :
うあああ:05/03/13 16:18:12
>>51 ・DNAと同一の原子から成りながら、二重螺旋形ではなくツイスト形となってしまった分子は
生物か否かという件について
・RND系は生物か否かという件について
・海底火山等からエネルギーを得られる環境で発達する
比較的レアな結晶構造は生物か否かという件について
なんか、分子単体でも反応の効率性に基づいて進化するらしいよ。
で、環境が悪化した際に相性のいい分子同士が出会うと、
相互に依存し合う形態に移行しまって、離れられなくなる。
そうやって分子や細胞は高機能化してきたらしいよ。
>>51 ・ラバはどうなるでしょうか。
ラバは雄ロバと雌ウマとの間に生まれる雑種で、生殖能力がなく一代限りの存在です。
>>54 生殖能力は無いだろうけど、細胞分裂能力(≒DNA結晶の再生産能力)はあるんじゃない?
>>51 ということはつまり、肝細胞を培養すれば永遠の「命」が手に入りますね。
ものの形は変われども、命は永遠につきまじ。ロマンですね。
>>51 我々が通常「生命」と呼ぶものは大抵DNAを持っている、それは確かだけれど
それは単に「生命を持つもの」と「DNAを持つもの」とが対応する、といういだけの話で
「生命とはDNAのことである」、というのとはちょっと違う。
あなたのような、概念を外から定義づける方法では、この種の問題を解決することは決してできないと思う。
>>52や
>>54もそうだし、他にも
もし宇宙に生命がいて、DNAではない別の原理で生きていたら、それは「生命」とは呼べないのか?
もし俺が夢の中で、DNAを持たない生き物を見たとしたら
俺は「生き物」の夢を見たことにはならないのか?
とか色々考えられる。
そもそも、もし生命がDNAのことであるのなら、
DNAを知らなかったわずか数十年前までの人々は、自分が日常使っている「生命」という語の
意味さえ全く知らなかったのか?という話にもなる。
何度もいうが、この問題はやはり
>>23で明確に解決していると思う。
では、「生命とは何か」という問いは、本当に単に定義だけの問題になってしまうのか?
それは確かにそうなんだが、しかしそう言ってしまうだけでは割り切れない何かが残っているようにも感じる。
例えばものすごく簡単な原生動物を生きていると呼ぶかどうか、
ロボットを生きていると呼ぶかどうか、それは何度も言うように、呼びたいように呼べば良い、という問題に過ぎない。
しかし、例えば友達の岡田くんは生きているのかどうか、これは単に定義の問題だろうか?
更に言えば「私」は生きているのかどうか、これは単に定義の問題なのか?
ここで気がつくのは、第一に「私」、次に「私」と同一の理性を直接投影しえる他の人間、
こういったものは、どうしても「生きていない機械」とは思えない、ということだ。
もし世の中に「認識する私」というものがなく、単に機械的に物理学の法則に従って動くものしか
なかったのなら、「生命とは何か」などという問題を考える必要はなかっただろう。
「生命とは何か」と我々が考える時に抱く不思議な感覚というのは、
実は「対象化することの出来ない私」というものから、他者・動物・植物・微生物・・・と
どこまで降りていったら「生命」という枠を脱するのか、その境界はどこなのか、
という疑問と等しいことがわかる。
まとめると、「生命とは何か」という問題は
>>23のように簡単に解決される。
ではなぜ我々はそんな単純な問題が恰も大問題であるかのように感じるかというと、
実はここでは「生命とは何か」を通して「私とは何か」が問題になっているからである。
だから
>>37のような、
「命」こそ科学と宗教を繋ぐ唯一の架け橋である、というような言い方は完全に間違えている。
そう言うならばむしろ、「客観化し得ない、認識する私」こそが科学と宗教とをつなぐ唯一の架け橋である、というべきだ。
58 :
考える名無しさん:05/03/14 04:22:26
>>52 複雑な分子に異性体が存在すること珍しいことでもないし、反応性や機能が異なり、有効な結晶再生産
システムとして残れなかったのであれば、生命と見なす必要はないのでは?
RNA系は、多分DNA系の前段階で、DNAシステムの一部として含まれてもいるので、生命に準ずると見
てよいのでは?DNA型RNA型を問わず、ウイルスの類は完全に生命とは言い切れないし、アンドロメダ
ストレインのような形で自己増殖する結晶があれば、生命でないとは言い難い。
魂があるから生物、ないから無生物とか、特定の化学物質に限り生命とも言えない。
で、少なくとも地球上では、螺旋型DNAの再生産活動が生命であろうということ。
ウイルスよりは無生物寄りだけれどもプリオンが完全に生命現象でない(ただの毒物)とも言い切れない。
オンオフの完全な線引きというのはないんじゃないだろうか。
自分には自我があって、自分は何故他人ではなく自分として産まれてきたのだろう
という疑問を持つことが出来ます。また、自分の自我の存在以外は実在しなくて、
夢の産物じゃないかと疑うことができます。
自分以外に自分と同じように自我を持っているだろうと信じることができる対象を
生命と呼んでいたのではないでしょうか。
>>52-53 細胞の複雑な組織も分子のちょっとした組織も組織という点では同じですね。
エネルギーを得られ自己を維持できる形態に組織が進化していきますね。
>>58 だからあなたの言ってるのは、あくまでも「何を生命と呼ぶか?」であって
(現状で知っている地球上の生物については、DNAを持つものを「生命」と呼ぶことが多い、という
あなたが認めるようにプラグマティックで不完全な線引きをしているだけであって)、
「生命とは何か」という問いとは、いちおう、違いますよね。
それを認識した上で言ってるのなら良いけれど。
61 :
考える名無しさん:05/03/14 13:22:45
>>60 毛深い香具師の腹毛と陰毛の境は決められないからね。
存在と概念はあるが、厳密な境界の線引きはできないのさ。
まあなんでもいいがどっから湧いてくるんだよ
63 :
考える名無しさん:05/03/14 14:55:47
64 :
考える名無しさん:05/03/14 15:51:00
最近すぐ「死にたい」とか言う奴が多いけど、そんなお前らに
生まれてきた事がどれだけ奇跡的な事なのか、ちょっと教えてやるよ
まず、地球上の人口何十億の中でお前らの両親が出会い、そして結婚までに至る確率なんてすげー低い
それはもう考えられないぐらいの偶然
で、お前らの親父が一生で作る精子の数は何兆って数、マジ半端じゃねー数
それにお前らの母親が一生で作る卵子の数も数百個
これら膨大な数の精子と卵子のたった1つの組み合わせでお前らが生まれたってわけ
これだけでも十分すげーつーのに、これと同じ試行を祖父母、曾祖父母…ってな具合で何世代もの祖先にまで遡る
勿論その果ては何十億年前の原生生物にまで至るんだから一体何世代を経るのか見当もつかねー
もー凄すぎ、無量大数とか天文学的数字なんて目じゃない。考えただけで気絶しそうな低い確率。ほとんどゼロ
お前らはそれを何の努力もせず全く偶然モノにすることができたってわけ
な?生まれてきた事がどれだけ奇跡なのかよく分かったろ?
なんか生きてるだけでハッピーじゃね?よかったなお前ら、生まれてこれて
てゆーか
>>1氏ね
65 :
考える名無しさん:05/03/14 16:45:55
最近すぐ「自殺するな」とか言う奴が多いけど、そんなお前らに
自殺する事がどれだけ奇跡的な事なのか、ちょっと教えてやるよ
まず、地球上の人口何十億の中でお前らの両親が出会い、そして結婚までに至る確率なんてすげー低い
それはもう考えられないぐらいの偶然
で、お前らの親父が一生で作る精子の数は何兆って数、マジ半端じゃねー数
それにお前らの母親が一生で作る卵子の数も数百個
これら膨大な数の精子と卵子のたった1つの組み合わせでお前らが生まれたってわけ
これだけでも十分すげーつーのに、これと同じ試行を祖父母、曾祖父母…ってな具合で何世代もの祖先にまで遡る
勿論その果ては何十億年前の原生生物にまで至るんだから一体何世代を経るのか見当もつかねー
ここまででも十分すごいのに、生まれてきてから更に自殺で死ねる人間ってなると、もう地球上の人間のほんの3%だけ。
たった3%だけなんだよ?大抵のやつはガンだとか、心疾患だとか、もうほんとありがちな死因で死んでいくの。
もー凄すぎ、無量大数とか天文学的数字なんて目じゃない。考えただけで気絶しそうな低い確率。ほとんどゼロ
お前らはそれを何の努力もせずロープにぶらーんと釣り下がるだけでモノにすることができるってわけ
な?自殺する事がどれだけ奇跡なのかよく分かったろ?
なんかもう「死のう」とか思えるだけでハッピーじゃね?
66 :
考える名無しさん:05/03/14 17:26:18
地球も宇宙も寿命があるっていうし
オレって人間もそんな1つの命の構成員なのかもな
いい事に気がついたよーだな
68 :
考える名無しさん:05/03/15 18:30:53
>>60 >「生命とは何か」という問いとは
「生命とは何か」という問いは何を問題にしているの?
生命を機能としてその必要十分条件を明確にしたいという
ことかな?
日の鳥
70 :
考える名無しさん:05/03/15 19:57:01
命とは何かが了解できないものは、
既に生ける屍。
71 :
考える名無しさん:05/03/15 20:19:00
命とは何かなんて知らなくても生きていける。
命、ボンバイエ
>>68 「時計とは何か」という問いで問われているものは、時計の「本質」なわけでしょ。
「本質」というのは「そのものをそのものたらしめるもの」なわけだけど
時計の「本質」というのは、例えば「時間を計る機械(ないし器械)」というようなことですよね。
これに対して、
「時計とは大学の時計台の頂上についているものである」という答えをしたとする。
「大学の時計台の頂上についているもの」は確かに時計なのかも知れないけれど、
これは時計の「本質」ではないわけです。なぜならば、
・いかなる場合にあっても、時間を計ることができないものは「時計」とは呼ばれない。
・それに対し、大学の時計台の頂上にないものでも、時計であることができる。
だから、「時計とは何か」と言われて「それは大学の時計台の頂上にあるものだ」と答えたら
そんなの答えじゃないよ、と思われてしまうわけです。
それと同じように、DNAは、生命の「本質」ではない。
もしかしたら、DNAを持たない生物も地球外にはあり得るかも知れないわけです。
(↑これは本当にそう。)
世の中にはアンチ本質主義者というのもいるわけで、そういう人ならば
「生命とは何か、という問いに答えは存在しない。何故ならば生命の本質などというものは
もともと存在しないからだ」と言うでしょうけどね。
>>73 ちょっと比喩が不適切で、難解になってないでしょうか?
例えば、「時間とは何か」という問いに対して、
「時間とは時計によって示される、だから時計を調べれば、時間について多くを得ることができる」
とする考え方が、生命とDNAについての関係に比されてしかるべきじゃないでしょうか?
「時間とは何か」に対して、右手にドライバー左手に時計をもってする考え方が、
「生命とは何か」に対しての、DNAを持ち出す考え方と瓜二つに見えます。
「映画はどうやって誕生したのか」「それは映写機による光線の操作によってだ」
「生命はどうやって誕生したのか」「それはDNAの再生産能力によってだ」
…こんな具合に、生命についてDNAを持ち出す科学的思考は、
それ自体合理的で反駁し得ないし、排除したくて言うのでは決してないんですけど、
滑稽です。非意義的(ナンセンス)で、それのみでは不完全だと思います。
75 :
ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 00:32:01
何らかの変化が認められる(一定不変でない)ものは
生きていると言える可能性があるな。
ここから先はなんとも言えない。
76 :
ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 06:12:02
時間とはなにか?→時計を分解する科学者はまずいないW
>>76 しかし生命とは何か?と言われてDNAだと答える人は
なぜか、沢山いるんだよね。このスレを見てもわかる通り。
動いているもの皆生命
命は人間が定義したもの
人によって微妙に異なる
ミコト
命があるものは死ぬ
命が無いものは死なない
82 :
Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/04/20(水) 00:13:00
>>76、
>>77 俺は、ずっと唯物論を横目に見ながら観念論を勉強してきた人間ですので、
生命にDNAを持ち出す考え方が、変てこに見えるんです。
いろいろ考えてみました。
―生命にDNAを持ち出す考え方は、、、
"○○の思想とは何か、どんなものか"という問いに対して、
「○○の思想は、文字によって現われる、つまり観察できるようになる」…という着想から、
「そうか、文字が黒で紙が白いことが、この人物の思想の全てなんだ」
「インクの黒が紙の白に対して、できるだけ引き立つ(それも長時間)ようになるための成分が、
この人物の思想の根源なんだ。この成分の頭文字をとって、思想の本質をホニャララとしよう」
…こんな考え方と、瓜二つに見えるんです。
いいえ、こんなことを言って、DNAを持ち出す人たちを馬鹿にしているんではありません。
そういう考え方を、排除してやろうとか葬ってやろうとか、思っているのでもありません。
そうではなく、科学的な考え方だけでは、哲学として不完全じゃないかと訴えたいのです。
83 :
たま:2005/04/20(水) 00:50:59
命とはたとえ一瞬であっても独立して成り立つ世界を内在した
環境抗力である。
84 :
ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 00:53:50
warota warota
754 名前:ローカルルール審議中 投稿日:2005/04/20(水) 00:40:06
ES細胞は、化学誘導を受けないと大脳細胞になるんだと。
755 名前:ローカルルール審議中 投稿日:2005/04/20(水) 00:41:04
お前ら、アクチビンたっぷりだったろう?w
756 名前:ローカルルール審議中 投稿日:2005/04/20(水) 00:51:27
総筋肉造り
85 :
bbs:2005/04/26(火) 17:43:32
生きていると思うことが命があるということです。
結局は認識問題でしょう。
食べ物をたべるなら、命だと考えられるだろ。
87 :
ローカルルール審議中:2005/04/27(水) 14:06:56
>>82 そういうのを科学的な考え方だと思ってるのかい??さすが観念論系だ
88 :
考える名無しさん:2005/04/27(水) 23:59:10
翼と足の数を足して4になれば、それは人間の食べ物である。
89 :
考える名無しさん:2005/04/28(木) 00:34:58
命:細胞分裂ができる
90 :
考える名無しさん:2005/04/28(木) 01:24:35
その前に男らしさを定義してみろ。
91 :
考える名無しさん:2005/05/08(日) 01:33:55
「命」とは言葉です。
92 :
考える名無しさん:2005/05/08(日) 01:38:45
>>88 中国では、手の数と脚の数を足して4でもいいらしいぞ。
>>89 単細胞生物はどうしたらいいんですか?(アメーバ以外)
94 :
考える名無しさん:2005/06/15(水) 22:49:47
DNAと脳を分離して考えれば命は定義できる。
DNAによる生物形成と脳による自我両方が成立する場合「完全生」
DNAによる生物形成と脳による自我片方が成立する場合「部分生or部分死」
DNAによる生物形成と脳による自我両方が成立しない場合「完全死」
95 :
考える名無しさん:2005/06/15(水) 22:59:01
命:オレ
96 :
考える名無しさん:2005/06/15(水) 23:13:57
DNA固執はいくない。
アンドロメダ・ストレインでも嫁。
97 :
考える名無しさん:2005/06/15(水) 23:17:40
みこと?
98 :
考える名無しさん:2005/06/15(水) 23:20:29
生命は継続する世代なしには規定できない。
99 :
考える名無しさん:2005/06/16(木) 03:53:46
>>98 バクテリアに世代と言っても、定義難しいだろう?
100 :
考える名無しさん:2005/06/16(木) 04:01:37
「命」=「永遠」
それは形をかえて・・・。それは魂となっても・・・。続いているのです。
すべての医学的定義を差し置いても、そう信じたいものではありませんか。
101 :
考える名無しさん:2005/06/16(木) 04:03:11
>>59に同意。
>自分以外に自分と同じように自我を持っているだろうと信じることができる対象を
>生命と呼んでいたのではないでしょうか。
じゃあ自分の生命ってのはなんなのよって話になるけど、
結局、生命≒(或いは=)自我と言ってもいいんじゃないかな。
だからロボットに自我があることが証明できれば生き物として認められる。
ただ、証明されない限りは各個人が自我の有無を推理して信じるしかない。
だから
>>23が言うように、必要に迫られたらプラグマティックな基準で社会的総意を形成するわけだね。
まあ仮に自我が証明されても成長しない鉱物の塊が生き物だという事に抵抗を感じる人もいるだろうけど、
それは理屈としてでしかロボットが自我を持っていると理解してなくて
今までの自分の「こういうのは自我を持っているだろう」という感覚とズレがあるからだろうね。
7+8=15って少なくね?の感覚と一緒で。
http://science3.2ch.net/test/read.cgi/math/1083161561/
そうでした。
>自分以外にも自分と同じように自我を持っているだろうと信じることができる対象は
という意味で書いたつもりでした。訂正します。
自我を持っていると思われるものが生命と呼ばれてきたのだと思います。
しかし、DNAが化学法則に従っているだけだということがわかってくると、もともと曖昧だった
従来の自我の存在の確認方法で生命を区別することが疑われてくるかもしれません。
104 :
考える名無しさん:2005/07/22(金) 09:55:01
シーモンキーって飼ったことある?
おれはあのとき生命を創造してたんだ
105 :
Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/07/22(金) 23:51:41
>>103 遅レスで恐縮なんですけど、
DNA云々で解明されるのは、「生物とは何か?」という問いの方なのでは???
あなたの考え方では、「生命とは何か」という問いは、
途方もなく放ったらかしの待ちぼうけ状態になってしまうと思うんですけど。
この世界全体のことを考えてみて、「生命」と「生物」って、
ほとんど一緒くたに扱われても仕方ないと思います。
でも、ただ一点においてのみ、区別をつけるための方法があります。
それは、、、(笑わないでくださいよ)
…"俺自身"や"飛べないカラスさん自身"は、生物なのか生命なのか、
について考えることですよ。
内在的で、俺や飛べないカラスさん以外の誰も、大きな助けにはならず、
他者と共同しようとすると、確かに曖昧にもなってしまう方法ですけど。
日光を浴びるとムンムクムクムク育つのものが生物だ!!
>>105 > あなたの考え方では、「生命とは何か」という問いは、
> 途方もなく放ったらかしの待ちぼうけ状態になってしまうと思うんですけど。
オレは生命と非生命を本質としては区別しないです。我々の日常世界に生命の特徴を備えた
ものと非生命の特徴を備えたものが分かれて存在する場合、区別して呼ぶことにソシュール
言語学的に利便性があるのですが、生命自体に本質があるのではなく、コミュニケーションが
出来て共通の目的意識を持てるといった、我々自身を中心とした相対的概念だと思います。
108 :
考える名無しさん:2005/07/23(土) 12:53:27
そうだな「いのち」定義するなら、
宇宙150億年の進化の最先端に位置する系としたい。
元素や単純化合物は進化しないから物質であるしいまのところ情報自体も「いのち」ではない。
たんぱく質は「いのち」に準ずるものだが「いのち」ではない。
ミームはそれ自身で進化しはじめたら、「いのち」になり得る。
109 :
Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/08/10(水) 23:46:28
>>107 生命と非生命を本質的に区別しない、と考えることは、俺にはできませんね。
"存在している"というポイントに、両者に共通するものを見ますけど、
形を伴って存在している、形を伴わずに存在している、こういう点に本質的な違いを感じます。
漫画を読むと、誰だって、登場人物に生身の人間と同じような躍動するものを感じますよね。
実際は、白い紙に黒い線で、人間の姿に似せたものを描いたにすぎないんですけど、
そんな読み方は普通、漫画の読み方とは言われません。
白い紙に黒い線で人間の姿を描いたものに、生身の人間と同じものを見るというのは、
動物が剥製を仲間と勘違いしたり、
炎の揺らめきが人の姿に見える写真に心霊を認めたりするような、
とんだ勘違いとも言えると思うんですけど。
でも、人間はその勘違いをあらかじめ了解しながら、漫画を漫画として読む。
なぜなら、登場人物の躍動を通じて、生身の人間に対するのと同じもの、
精神的な交接を感じるからではないでしょうか?
剥製を勘違いする動物や、写真に心霊を認める人間は、
そこに生命を見ているから、不思議がったり恐れたりするのであって、
これと同じように、漫画の登場人物に生命を認めながら、人は漫画を読んでいるのではないでしょうか?
こういう点を考えていくと、
形を伴っていない生命という概念が、心のひだの辺りにヒットしませんでしょうか。
110 :
Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/08/10(水) 23:47:48
もっと突っ込んだ話をしましょう。
英語のlifeとかフランス語のvieとか、「生命」と「生物」を(それから「生活」まで)一緒くたに一語で扱います。
こういった考え方に慣れると、日本人である俺は、意味を混同してしまいそうになって、困ってしまいます。
昔々のそのまた昔、プラトンは自分で自分を動かすものを、魂(プシューケー)と呼びました。
この言い方に、生命や活力といった意味を含める学者さんがいるみたいです。
百数十年前のトルストイは、生命を「幸福への志向である」と言っています。
自分で自分を動かす以上、何らかの目的を設定しなくちゃなりませんから、
「幸福」という概念を登場させるわけです。
111 :
Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/08/10(水) 23:49:06
生命といったら、このように魂を有するもの、幸福への志向をもつもの、ではないでしょうか。
物質は生命を有していません。
コーヒーの中に角砂糖を入れてみたとき、
この角砂糖は、外界の法則に従って、沈んだり溶けていったりするわけで、
ここにどんなに幸福への志向を認めようとしても、できないからです。
沈んでいって、次第に溶解していくこの角砂糖が、
幸福への志向を持っていて、自分でそのように動いているだなんて、
一体どうやって考えられましょう。
植物は生命を有しています。
このことについてはトマス・アクィナスが次のように言っています。
―生命ある物体の中でこれと最も近い場所を占めるのは植物である。
すでに植物においては、内的なものからの流出が行われるのである。
それは植物の内部の液が種子にかわり、そして土の中に入った種子が植物へと成長する限りにおいてである。
だから、ここですでに生命の最初の段階が見出される。
というのは、自らを働きへと動かすものが生命あるものなのであって、
外的なものしか動かし得ないものは、全く生命を欠くものだからである。
従って、植物においてはそれらのうちにあるものが何らかの形相へと向かって動く、
ということが生命のしるしである。
「自らを働きへと動かす」とか「内からの流出」という点に、
幸福への志向や魂を、この人は感じたんでしょう。
112 :
Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/08/10(水) 23:50:30
動物も生命を有しています。
感覚し得る力を持っていて(神経を持っていて)、個我というものを持っている生命です。
…ここまで来て、これらの説明は全て遺伝子で片付く、と考える人がいるかもしれません。
魂だの幸福への志向だの、こんなもの目に見えないし、
顕微鏡や望遠鏡を使っても存在を確認できないし、
だから、コイツは幻を題材に生命を定義づけようとしている、
時代錯誤も甚だしい、とんだたわけ者なのではないのか、
…とまで考えるかもしれません。
いいえ、でもそんなことはありません。
人間、特に自分自身を題材に取ると、生物と生命が截然と分けられるようになり、
遺伝子を有するのは生物であって、生命とは異なる、
と考えられるようになります。
時間と空間に対する関係が両者でまったく異なりますし、
その応用で、「人生いかに生きるべきか」という問いに対して、
生物としての人生と、生命としての人生とで、
まったく違う答えが展開されるからです。
長文、連投、失礼しました。
113 :
考える名無しさん:2005/08/10(水) 23:51:53
化学構造の、特殊な維持形態。
>>111 雪の結晶は成長しますから、植物と同様生命です。
物理法則に従って変化しているものは、すべて生命であり、
また生命は、物理法則に従って変化しているだけです。
人間も例外ではありません。所詮複雑な機械です。
115 :
Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/08/11(木) 00:18:42
>>111 SYNさんは、精神の存在って認めますか?
情報処理システムを代用して物理的プログラムに組み入れたりするのかな? どうなのかな?
「人体は機械」とか「精神はプログラム」とか考える人たちの行動って、不可解です。
一言でいうと、まるで"生命を相手にしている"かのような応対をしてくるんですもの。
例えば、「人間は機械じゃありません。生命はそんなものじゃないです」と口にするAIBOがいるとします。
あなたはこのAIBOに対して、"それは違う"と議論を吹っかける気はありますか?
ここで必要なのは、AIBOのプログラミングを変更することではないんですか?
プログラミングを変更しさえすれば、
「人間は機械じゃないです」だなんて、たわけたことは、永劫に口にしなくなりますし、
プログラミングを変更しなければ、「何言ってんですか、人間は機械じゃありません」とかいう発言を、
永劫に繰り返すだけなんですよ。
116 :
闘わないラーメンマン:2005/08/11(木) 00:19:03
そんなこと考えるなんて
みんな若いな〜
命なんて人の作った定義だろ?
単なる偶然の重ねあわせの産物です。
増殖しないものより増殖するものが増え
死にたいと思うよりも生きたいと思う者が生き残り。
知能が無いよりもあるほうが生き残っただけなんじゃない?
ただ、うん万年とかそういった時間をかけて
より死を回避したものよりから免れようとした結果が今だろ
死にたくないということはそれだけ歴史を重ねて研鑽されているわけだから
死を避けるという感覚?感情?は、おそろしく強いだろうね。
死にたいという人間ですら中々死ねない始末だし
人間は他より余裕が出来ちゃったから
死にたくないを考えなくてもいいぶんだけ
その他のことを考えているに過ぎないよ
命とは、死を回避しようとするプログラム
魂というバッテリーがあがらない限り
プログラムは始動し続ける。
なにもかもやりつくして精魂果てたとき
命は終焉に向かっての消耗を始める。
まあ、隠居生活だったり、死んだときだったなんだけど
余裕とは雑念みたいなものさ
117 :
Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/08/11(木) 00:20:21
そして、今、機械であるところの俺も「人間は生命です」と言うわけです。
あなたに必要なのは、いま現在のパソコン使っての対話ではなく、
俺ん家に工具(?)を持ってやってきて、俺を羽交い絞めにするとかして、
オペを行い、プログラミングを変更する(?)ことなんじゃないんですか?
でも、まさにこうして話し掛けてくるわけです。
こういう、話し合って思惟を通い合わせる点に、人間の生命の本領を見るんですけど。
このとき、物質では起こりえないことが起きているので、
生命は物理法則に従って変化するものではありません。
118 :
Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/08/11(木) 00:27:36
あ、でも世界全体の物理法則を、それはそれで一つの精神として認めているのかな?
仏教の一切空、無自性、縁起のような考え方ですね。
>>115 >SYNさんは、精神の存在って認めますか?
当然認めています。
物理現象と意識は、同じモノの表裏に過ぎないと思います。
それを
・客観的に観測すれば、物理現象
・主観的に観測すれば、意識
と呼んでいるだけだと思います。
>>117 >このとき、物質では起こりえないことが起きているので、
そのようなものが観測された事はありません。
生命も物質の形態の一部です。
>生命は物理法則に従って変化するものではありません。
生命は物理法則に従って変化するものです。
121 :
Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/08/11(木) 00:36:56
>>116 俺の知っているラーメンマンは、もっと剛毅木訥としていて、
もっと深い考えをもって生きて行動している存在に思えるんですけど。
122 :
Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/08/11(木) 00:46:27
>>119 それで、話しかけると、俺の脳の物理法則が変化すると考えて、こうやって話し合っているんですよね。
精神の変化による、脳の物理法則の変化を期待しているのかな?
ん、先に物質の方が変化して、俺の考え方が変わるのを期待しているのかな?
こう言う話し合いによる思惟や意識の変化が起こるとき、
物質か精神かどちらかが先んじて、後者を導くのは間違いないと思うんですけど、どうですか?
それと、考えを交し合って、頭の中の物質が変化するのは、どうしてなんでしょうか?
>>122 物理現象と意識は同じものなので、同時に変化します。
どちらかだけが変化しないということはありません。
124 :
Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/08/11(木) 00:52:06
ごめんなさい、
―物質と思惟が同時に変化して、
それを客観的に見れば物理現象、主観的に見れば思惟の変化、
こんな具合ですよね。
先んじる導くの質問は愚問でした。
それと
>>120なんですけど、明日以降に返事します。
125 :
ハル:2005/08/11(木) 01:09:49
>>124 思惟の変化と言うより思惟の内部の要素が直観的に変化したように見えると言う方が正確なのでは?
126 :
考える名無しさん:2005/08/11(木) 02:17:51
生命現象が物理法則に従っていないという香具師は、めでたくオカルト。
127 :
考える名無しさん:2005/08/11(木) 02:28:49
意識はそもそも物活論的にできている。(何でも命の有るものに見える)
が、抽象、反省、客観化などにより生命なき物質という概念・見方に達した。
128 :
考える名無しさん:2005/08/11(木) 02:46:45
生命は物質に付加されるにあらず、様態なり。
129 :
ハル:2005/08/11(木) 02:48:49
どういう様態?
そう見えること?
130 :
考える名無しさん:2005/08/11(木) 02:53:26
>>129 どういう様態かはかなり解ってるでしょう。
DNA、RNA、アミノ酸、ペプチド、二次構造、三次構造、細胞、代謝系・・・
すべて物理化学法則に従っている。
131 :
ハル:2005/08/11(木) 03:00:22
>>130 ですが、そういうものがあることは命に直接的に繋がるものでは本来ないでしょう。
人間が勝手に自分が特別だと言って俺たちには命があるとして、その意味を適当に生物に還元しているだけでしょう。
命とは本当は人間の妄想でしょう。だからこそその幻を守ろうと人は必死になるのでしょうが・・・。
132 :
考える名無しさん:2005/08/11(木) 03:06:03
>>131 様態としてあるものを否定は出来ない。
消し炭を持って来ても駄目だ。
133 :
考える名無しさん:2005/08/11(木) 03:06:57
すべての命を大切にしよう。アリンコだって朝顔だって、石ころにさえ生命を宿しています。地球は生きているのです。
134 :
考える名無しさん:2005/08/11(木) 03:09:30
135 :
考える名無しさん:2005/08/11(木) 03:12:09
子を生み育て、自分のコピーを残すことにのみ生命の意義があります。
地球ではそうゆうルールだからです。コーディ達の連鎖、それを生命と呼ぼう。
136 :
考える名無しさん:2005/08/11(木) 03:22:03
奪ってみれば、わかるかもよ イヒヒヒヒイッヒ
137 :
考える名無しさん:2005/08/11(木) 03:37:54
138 :
考える名無しさん:2005/08/11(木) 03:43:00
理性的思考と心は別だと思う。全ての生き物に心がある。
人間には心があり、さらに理性的思考もあるということ。
理性がないから人間以外の生物に心がないというのは間違い。
21世紀の哲学は必ずこうなっていく。
139 :
ハル:2005/08/11(木) 04:30:40
>>132 存在するものを否定できないとは言うが、この世界が存在する事を証明することも出来ない。
存在に関しては「一応」肯定しないと始まらないということで「一応」否定できないと言っているだけだ。
人間、
男、女、
子供、大人、老人、
感じる、概念を持っている、
性欲、寝る、食欲、運動、代謝や治癒、
頭、胴体、足、手、
性器、目、鼻、体毛、口、首、耳、指、臍、爪、
個人、集団、社会、
私、友人、愛人、一般人、
私、親族、上司、部下、
141 :
考える名無しさん:2005/08/11(木) 14:20:50
細胞が生きてても、
イノチを失うわな。
細胞集合体としての連携的機能の喪失、
これを、イノチを失う、と、一般的には言うんじゃないか。
多細胞生物としての機能と、
細胞単体の機能は、
区別せにゃ。
142 :
考える名無しさん:2005/08/11(木) 15:20:03
神の創造した「おもちゃ」。
143 :
考える名無しさん:2005/08/11(木) 15:30:21
神が出てくるととたんにつまらなくなる
144 :
Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/10/04(火) 23:42:00
>SYNさん
一から勉強し直してみたんですけど、雪の結晶を生命と捉えるのは、難しいですね。
植物の成長と似た動きを、雪の結晶に見ることはできます。
でも、生命としての幸福への志向というか、エラン・ヴィタルと言われているものが、
まったく認められないんですもの。
ですから、春になっても結晶を保とうとして、
そういう何らかの変異を果たす生の飛躍が観測されたら、
それによって、俄然と生命と認められやすくなります、俺の場合。
>>131 >命は人間の妄想でしょう。
『ミリンダ王の問い』の「存在なくして名辞あり」の部分みたいですね。
「大王どの。
それがしにつきましても『ナーガセーナ』とは、頭髪、膚毛、…脳髄に依存し、
様態・感受・知覚・表象・認識に依存して、ここではじめて、
呼称・標徴・記号表出・言語的通念・名のみのものとして成立する一方、
絶対的次元におきましては、ここに特定の人格的実体が存在するとは認められぬ、
という次第であります」
「大王どの。
それがしにつきましても『生命』とは、頭髪、膚毛、…脳髄に依存し、
様態・感受・知覚・表象・認識に依存して、ここではじめて、
呼称・標徴・記号表出・言語的通念・名のみのものとして成立する一方、
絶対的次元におきましては、ここに特定の(?的)実体が存在するとは認められぬ、
という次第であります」
…という具合に。
唯物論を突き詰めていくと、大乗仏教の空の考え方に通じるんでしょうかねぇ。
二ヶ月近くも前のことの続きですけど、人間の話しに移ります。
人間の生命と言ったら、結論から簡単に言うと、【理性的な幸福の志向】とでも呼びたいもののことです。
語を換えて言うと、「考える内容の正否によって、その生死が左右される生命」ということです。
物理法則に生死が左右されるのは、例えば心配機能によって生死が決定されるのは、
動物としての人体の生存であり、これとは異なって、
【論理的な矛盾、知的誤謬、倫理的罪過などによって、死が決まる】のが、
人間という生命なのではないか、と考えたわけなんです。
皆さん自身は生命ですか? それとも自己も生命も名のみの存在の幻でしょうか?
生き死にとはどんなものですか? それとも生き死にというのも名のみのもので、全ては物理法則だけでしょうか?
人間の身体は、あくまで動物としての生命であり、
つまり別種の幸福への志向を抱いた別の生命であり、
誕生年月日から死亡年月日までを、動物としての幸福を志向したまま、動物として生きていく。
一方で、人間という生命は、動物としての人体を一種の同棲仲間(?)として、
幸福のある部分(欲)では事情を同じにし、
別の部分(呼吸や鼓動)では、彼の権力に任せっきりという事情の中、
この人体が活動して生きている間、
ひたすら問答をおこないながら、人間としての理性的な幸福を志向する…
…人間という生命の生き死にについて、俺はこんなことを考えているんですけど。
述べ切っていない部分がかなりあって、すごい恐縮なんですけど、
これまでの愚見を、ひとまずまとめると以下のようになります。
A.一体全体、生命とは何なのか?
Q.物質や物理法則との関係は未だ勉強中ながら、
この自然界に躍如している幸福への志向のことではないだろうか。
それは幸福の種類によって、いくつかに分けられる。
人間的なもの― 理性的な(形而上の)幸福への志向
動物的なもの― 経験的な幸福への志向
植物的なもの― 一番目の幸福への志向
物質― 0<n<1としたときの、n番目の幸福への志向
適切な批判を頂戴するためには、やっぱりもう少し説明が要るでしょうね。とくに人間という生命について。
繁殖を幸福として考えた場合、一本の草が動物に捕食されるのは、幸福を完全に損なわれることですよね。
止まっている状態の草が、動く動物による捕食を免れるのは、かなり困難です。
植物にとって、動物は天敵であるということが言えます。
動物同士にも天敵があります。そうして食物の連鎖ができあがります。
食物連鎖の頂点に立つ動物には天敵がいないかというと、知性や技術を持った人間がいます。
人間は意識的に頂点の動物を殺そうとはしませんけど、必要があれば、あれこれ知恵を絞って、
いつでも殺すことができます。
動物の天敵は、物知りである人間ということが言えそうだ、というわけです。
ここから先、人間になると事情が変わって、形而上の矛盾や誤謬や罪過が天敵になりはしないでしょうか。
論理的な矛盾を犯してしまったときのどうしようもなさ、
決定的な知識の欠如に気がついたときの絶望、
罪過が確定的な場合の恐怖、
何か志向があったとして、それまでの志向の活力を大きく損ねてしまう、これらの強制的な力は、
植物にとっての動物の動き、動物にとっての人間の知性と、同等の力をもっていないでしょうか。
捕食されるのを免れることで、動物が生存し、植物が繁殖するのが幸福であるように、
人間は、その考える内容が矛盾や誤謬や罪過から免れていることで、幸福であって、生きていて、
それが人間という生命だと昔の人は呼んでいたのではないか、
…というのが俺の考えです。
唯物論者は、人間は物理法則に従う機械なんだと言います。
自由意志は客観の見地からすると錯覚なのでした。
哲学徒であり、ヒューマニストである小生は、不遜ながらも、もっと別の言い方を用います。
万物万事の根源となる唯一の真理があって、
人間がこれを理解するには道具としての言語が粗雑にすぎるのだが、とにかく個々の事物は、皆これに則している。
物質においては物理として、言語においては論理として、
人間においては、、、エデンの園から追放されたという人間においては、倫理として、
これらの事物は、万物万事の根源となる唯一の真理に従っている。
人間が事物を探究する際に、真理という呼称を便宜的に使い分ける必要があって、物理論理倫理と
分離独立して互いに排斥し合うようにまでなってしまったが、元を辿ると一つなのではないだろうか、と。
人間は物理法則に従う機械なのか、それとも形而上の倫理に従って動く一つの生命なのか、
どちらか片方なのか、それとも双方を汲み取って活力を保てる言い方が哲学的に可能なのか、
悩ませる問題であります。
ネックになっているのは、自由意志の問題でありましょう。
長文、連投、いつもいつもスミマセン。
身体がなくても生きていなくても 命は宿る のか?
無生物に命を見いだした事はありませんか
霧や風や夕日の赤。地球の営みに。玄武岩の地層に。結晶体の煌めきに。壮麗なビルディングに。
それは人が元々持つ 命のイメージ への囚われ
152 :
考える名無しさん:2005/10/04(火) 23:58:20 BE:532493287-
よっくわかんねーや。
自分が共感して観る事ができるもの。
仲のいい他人、ペット、愛着のある道具。その他、その他。
なんにも共感できない対象はそいつにとって死んでるんじゃない?
自然界にはグレーゾーンがある。
脳活動が停止した「瞬間」に生命はあるのか無いのか。
心活動が停止した「瞬間」に生命はあるのか無いのか。
なだらかなグラデーションに、どこで生か死かと区切りを入れるのか
分からない。
>>151 胃の表面を這い回るピロリ菌は、胃が生物体の一部であることを知っているんでしょうかね。
この観点から鑑みるに、地面を這う人間にとって、地球は生命なのか? 否か?
…俺は軽い気持ちで判断することができません。
物質に生命を認めるのは困難ですけど、
物質が元になっていないと植物という生命も成り立たないし、
植物としての生命が元になっていないと(細胞のこと)動物という生命も成り立たないし、
動物から人間も同様ですよね。
この調子で続けていって、人間の先を考えてみた場合、
過誤を犯さない存在というのが、あるのかないのかわかりませんけど、想定はできます。
過誤を犯さない言動を行い(?)、
もし過誤を犯すのなら時空間を操ってでも正すことができるかもしれない、
そういう非人間的な存在でしょうか。
前者だけだったらロボットが期待できます。
「それは神か?」というとそうでもなくて、準・神とでも言うんでしょうか。
そこからさらに万物万事の創造、この現実に実在性を付与する力を持った存在が
神なのではないかと思います、ってこれは余計な話しです。
あー、
>>148のQ.とA.の使い方が逆だ。
チキショウメ。これはどうしようもない、ひでぶーですね。
それで、昨日の続きで自由意志問題なんですけど。
俺は人間の倫理に注目しています。
倫理が人によって異なるもので、人が普遍的な倫理を考えつけないのがなぜなのか、
非常に興味深いんですけど置いておくとして、
この倫理の相違によって、同じ事象に対する、人の応対の相違が発生する気がします。
客観を念頭に置いて観た場合、自由意志が幻なのは間違いありません。
主観を念頭に置いた場合、すなわち通常の自意識の状態では、倫理が意志に大きく関わっています。
誰にだって、おそらく殺人鬼にも、殺人鬼なりの倫理があって、それに従って行動しているのだと思います。
(殺人鬼のそれは、世間の慣習における倫理や法律における倫理には反しますが。)
それで、もし自分の倫理について完全に精通している人がいたら、
その人は、外界の事象に応対する際の自身の言動について、
いつでも決定論的に知っていることになりはしないでしょうか。
「こういうわけだから、今、俺がする行いはこれ一つしかないな」という確信が、
自分の倫理について精通している完全さの度合いが高ければ高いほど、強くなるということです。
その人は、主観上の自由意志においても、まるで何かの制約を受けているみたいに、
決定論的に行動するし、またその意志を確実に実現するのかもしれぬ、というわけです。
いわゆる"以心伝心"なんか、当人同士、相手の倫理観を知っているから、
相手の言動を決定論的に予測できるから、起こるのだと思います。
一方、物理法則から以心伝心を行おうと試みた場合、
最初に物理法則の勉強があって、
次に人間のうちの植物としての生命(DNAや細胞)の垣根、動物としての生命の垣根、
ヒトという動物としての心理学の垣根、その心理学を相手に相当させる垣根と、
勉強につぐ勉強のそのまた勉強のそのまた…になって、
倫理によるそれよりもずっと困難になると思います。
ですから、機械論者の方が強調する、人間が物理法則に従っているという言い方は、
「主観上は倫理に従って行為する」という項目をつけ加えた方が、
哲学的に適切なのではないでしょうか、
科学的には不適切なれど。
それで、人間の一生は客観を念頭に置いて観た場合、物理現象だが、
主観上は倫理現象(変な言い方ですね)であり、他にも論理や知性などが集まってあれこれ会議している、
形而上的な現象であり、人間とはそういう生命で、
俺が口やかましく強調している、理性的な幸福への志向とは、こういうことなわけです。
157 :
考える名無しさん:2005/12/22(木) 23:53:01
Limahlさん、あなたの真摯な哲学的姿勢に感銘を受けながら、全て拝読
しました。私を、お側に置いてください。
158 :
ネームレス:2005/12/22(木) 23:59:26
死ぬことがあるなら生きているのでは?
159 :
Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/12/24(土) 01:02:14
>>157 批判はないんですか。
批判してくれるんなら、俺は返答しますし、
そうすると傍にいることになると思いますよ。
もう二ヶ月も経ってしまったんですね。
俺は、一人で勝手に考えを煮詰めすぎて、このスレを駄目にしてしまったと思っていました。
煮詰めすぎて駄目になった鍋を生ゴミに捨てるときのような、
トホホな気持ちで、このスレが落ちるのを目にしていましたよ。
160 :
考える名無しさん:2005/12/25(日) 10:14:58
批判するだなんて、そんな力量、私にはないです。ただ、あなたの真剣な
哲学的姿勢に皆が畏れをなしたことは、確かなんじゃないかと揣摩します。
しかしそのことで、あなたは落ち込むことは無いと思います。上記の私の
言葉に偽りはございません。あなたのような人がいることを知り、触発されて
もう一度哲学真面目に勉強してみようと思ったんですから。
それに哲学的スタンスでは私はあなたに組するものです。
理性的認識(科学)はそれがどんなに精緻であろうと、所詮はフィクション
でしかないし、人々の信仰によって成り立っているのもです。
科学者はこの現象界の複雑さに絡めとられ、どこかで陥穽に陥いる危険性
を常に念頭に置く必要があると思います。
哲学的姿勢か…。
「哲学とは何か」スレ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1128892886/l50 の296、297に、俺の哲学観を書いておきましたので、目を通してみてください。
俺は、「真」を理想とする知の働きと、「善美」を理想とする情の働きとの関係に、
すなわち、哲学における科学や形而上学の営為と、倫理や美の営為との関係に、
生物における雌雄の関係を、繰り返し頻繁に重ねます。
ですから、哲学上のさまざまな議題において、
「真」を理想とする知の営為と、「善美」を理想とする情の営為とが交接すると、
哲学がそれだけ続く、新しい展開を見せる、と読んでいます。
逆に、交接がないままだと、その議題は哲学として、それだけ用済みになってしまう、
そういう仕組みのことを念頭に置いています。
このスレでは、科学の傾向が強いなと思ったので、
幸福だとかそういう「善美」の理想を前面に出した考えを述べたんです。
もし、どこかに生命についてやたらと強く「善美」の理想を体現していて、
つまり一方的な生命の賛歌を標榜しているような、そういうスレがあったら、
俺はここで書いたことを棚に上げて、とぼけた顔で、
「生命とは、単に物理法則に従って動いているもので、云々」と口にするかもしれません。
いずれにしても、俺は、
―簡単に哲学が終わってほしくない、
―哲学のあるテーマが解決されて、見向きもされなくなることに対して非常に慎重である、
そういう姿勢をとります。
これが、俺の哲学的姿勢の種明かしです。
命を創造できるのか。
163 :
考える名無しさん:2006/03/01(水) 12:02:39
生命とは,周りの環境に対して常に影響を受けて,
中味(ソフト)だけでなく,その入れ物(身体・ハード)自体も
動的に変化する現象である.
パソコンは外部から情報を受けたりするが
それによって,CPUがクロックアップしたりしない.
アイボもしかり,生命では無い.
アトムは知らん!
…つまり,材料と環境の条件が合えば創造可能だろうと思う.
(現に生命の誕生している)
あとは,未知の物理法則に従い生命が発生する.
(そのうち何かわかるかも知れないね.その時また,謎が現れるのだろう.)
しかし,これは人間が創造した事になるのかわからない…
164 :
考える名無しさん:2006/03/01(水) 12:07:41
生命とは感情をもつ物体である。
エントロピー閉鎖系を外部からの情報なしで維持できるシステム...
僕は世界の構成者ではなく定義者です
167 :
考える名無しさん:2006/04/12(水) 17:39:04
元々無い想像上の物に名前を付けちゃったんだろうなー
168 :
考える名無しさん:2006/06/02(金) 20:05:14
命はオカルト的なものだろ。
定義したものから命は生まれない。
170 :
考える名無しさん:2006/06/03(土) 17:13:09
>>1 ウィルスは生命か非生命かで学者の間でも意見が別れるらしいね
ちなみに全てはエネルギー。時空も物質も
定義するもんじゃねーよこういうのは。
定義って言葉の意味からちゃんと考えてみろよ
172 :
考える名無しさん:2006/06/04(日) 14:10:30
>>171 科学では定義して思考停止する学問、哲学では定義せず永遠に考える学問。
173 :
考える名無しさん:2006/06/04(日) 14:31:14
命とは定義すらも包み込むものである。
すべての定義はトートロジーである。
175 :
考える名無しさん:2006/06/04(日) 15:28:45
字義からひもといてみよう。
いのち、命ずるとも書くな。
つまり、天命だよ。
天が我々に命じた使命(命の使いどころ)。
俺たちがここにいる目的、理由。
それは運であり、名を与えることであり、
祝福であり、寿である。
孔子曰く、五十而知天命
命の答えはそのとき明かされる。
176 :
考える名無しさん:2006/06/04(日) 15:32:25
ちなみに使命は普通、命の使いどころとは訓読されないので注意だよ。
177 :
考える名無しさん:2006/06/04(日) 16:41:13
聞いてよ
この前NHKで血液にカメラ入れて 心臓の中写してたのよ
動いてる心臓の中にね
それ見ると ただのポンプみたいだったわけ
心臓はね
脳みそは さすがに無理だと思うけど
178 :
考える名無しさん:2006/06/04(日) 19:11:57
たしかに理性的に考えると心臓はポンプだね。
でもさ、トキメいたりするとき、心臓がドキンとしたりするよね。
人間の魂が、心臓や腹にあると考えるのも肯けるって言うか
そう考えるのって自然な感情だよね。たぶん。
堵虞慧螺かね?
180 :
考える名無しさん:2006/07/09(日) 00:46:41
***歌手の夢、叶えて***
1 :ららら ◇ALOALOROQI :2005/07/09(土) 22:53:39 ID:ERYQoty/
歌手希望の人、詞書いて!!
おめーらムカつくんだよ。死ねよ俺のために。
1 :名前はいらない :03/11/17 20:39 ID:hH9BaDX/
アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
うぜえええええええええええええええええええええええぇぇっぇぇぇっぇぇぇぇぇっぇぇぇぇぇっぇぇ
ムカつくんだよ!”死ねよお前らマジで
181 :
考える名無しさん:2006/07/09(日) 00:53:33
命=杜玖椀
命とは有機体の性質と考える。
生とは有機体の働きと考える。
生命とは有機体の性質上の働きと考える。
有機体とは意図によって組み上げられた有機能的構成体と考える。
意図とは欲と考える。
何の欲かは貴方の名前と考える。
何故生じたかは・・・
またもや 実在論 対 唯名論 の議論か。
でもこの問題に関しては現在までの分子生物学の知見から、すでに結果が出てる。
命は唯名論的なもの。実在している何かではない。
以上終了。
>>183 >>命は唯名論的なもの。実在している何かではない
1・名を付けるのは何故ですか?
2・実在とは何によって実在すると考えますか?
LIFEと命は違う、このぐらいを認識したほうがいいな
命の本質を見ることはできない、命とはその方向性とか属性とか性質だろ。
絶対的なもので表そうとするから間違えるんだ。
186 :
考える名無しさん:2006/07/26(水) 01:17:24
生命って難しい。生命倫理の定義づけってなんでしょう?
187 :
考える名無しさん:2006/07/26(水) 02:28:31
細胞の活動で定義することはできる。細胞が生きているのか死んでいるのかの
判断は生理学で簡単。細胞の統合体としての命は概念に過ぎないから定義は不
可能。中絶問題においてはっきりと結論を出すことが不可能なのもこのため。
188 :
考える名無しさん:2006/07/26(水) 12:42:04
189 :
考える名無しさん:2006/07/26(水) 12:53:52
意識
190 :
考える名無しさん:2006/07/26(水) 21:14:36
いのちはどこにあるのですか
呼吸していること
192 :
考える名無しさん:2006/07/28(金) 19:26:53
命とは泉だよ。湧き出ている泉だ。
そして生きている間にこの世に放出する熱量こそが命のわざだと思う。
光だよ。太陽に帰存する光量と熱量の変換。
一度だけで永遠にかえってこないと悟らせるもの。
193 :
考える名無しさん:2006/07/28(金) 19:37:42
命とは、なくてはならないもの。
194 :
考えない名無しさん:2006/07/29(土) 13:19:29
命とは、死がある物体の事。
命が消える物なら消費物だろう。
だが自分と命はくっついてないと思う。
自分(記憶)は消費物じゃなく貯めるものだから。
命を使って自分を作ってるとするカッコイイんじゃないかな。まんこ。
196 :
考える名無しさん:2006/08/11(金) 15:29:11
命とは時間の流れ
まず、「LIFE」と同じか違うかをはっきりしてほしい。
日本語は日本語で定義すればよろしい
ワシシラン シージューサン ユーガー ウワー
(忘れられない、やり過ぎのにがうり豚だ)
クウトウシ チョッチョナー テーゲー イチマン ユンタンジャ ヤー
(今年は、うぐいす、たいがい糸満の読谷山の家だよね)
アンダグチ イフーナ
(おせじは変だよ)
チラ・・・
(顔・・・)
ヒントナ
(辺土名のあたりかな)
イヌチラ
(同じ顔だ)
チュラカーギー ヤー
(美人の家)
アンマサン イクサ
(具合が悪い戦争だな)
200 :
考える名無しさん:2006/09/03(日) 16:41:43
すべてはまぼろし
201 :
考える名無しさん:2006/10/06(金) 01:09:50
猪木!
202 :
考える名無しさん:2006/10/06(金) 06:48:20
人間は意思と運動神経で生きていると俺は思う
203 :
考える名無しさん:2006/10/06(金) 07:29:23
人間は性欲と、食欲で生きているニダ
命あるもの、何かを生み出す根本となる土台。
生きているもの、秩序に満たされ動きあること。
さらに生命には魂も必須条件となる。
205 :
考える名無しさん:2006/11/30(木) 16:03:36
生き事
命の定義は、それが自分たちにどれだけ似ているか、どれだけ共感できるかによる。
207 :
考える名無しさん:2006/11/30(木) 17:35:52
人間が生命だと思うシステムを生命と定義し、そのシステムを持ったものを生物としたわけだろ。
論じることが出来るのは人間が生命と思うシステムとは何か、ということ。
そうでないと無と有の対比とかまでいってただの徒労にしかならない。
208 :
206:2006/11/30(木) 17:40:47
209 :
207:2006/11/30(木) 17:42:57
あれ?俺なんか恥ずかしいこと言ってたりする?w
210 :
206:2006/11/30(木) 17:45:29
>>208は間違えました。すいません。
>>207 つまり、命の定義は人それぞれなので、そのそれぞれが定義するにいたるシステムを定義とした訳です。
211 :
207:2006/11/30(木) 17:53:25
>>210 よかったw
人それぞれ定義が違うからそのそれぞれの定義の全てを含んだものを命とする、ということなら無限ですよね?
普遍性のある前提、それこそ辞書引いたら出てくるようなものを元に考えないと、やはり元も子も無い気がします。
>>211 しかし、人間がこの世にいなくなると、"命"はなくなる。
それに定義の数は、単純に考えると人間の総人口に比例する。
213 :
考える名無しさん:2006/11/30(木) 20:16:38
比例じゃなくて一致だろう。
ただし、命の定義とは、とうことを全人類が考えているとは思えないが。
人間にとっての生命とは、という切り口でしか語ることができないことに関しては207に同意。
214 :
206:2006/11/30(木) 20:42:10
>>213 比例も一致も同じ。
>生命であると思うシステム
それが、定義の対象であり、このスレの目的であると思う。
そして、その定義の答えとして
>>206を書いた。
ちなみに、212は私です。
215 :
考える名無しさん:2006/11/30(木) 21:50:01
「生命」とは「人間が生命であると感じるシステム」である。
人間が生命であると感じるシステムとは何か。
俺は「自発的に行動している、と人間が勝手に解釈しているもの」だと考える。
果たして本当に生命は自発的に行動しているか、といえばそれは間違いである。
自発とは誘発されておこる事象であり、無から有が生まれ得ないのと同じことである。
しかし、人間が自発的に行動している、とみなす条件とはこれとは異なる。
誕生し、死を迎えるまでの間、何らかの行動を他の生命体の直接的な補助無しになす。
これがまさに人間が自発的に行動しているとみなす条件である。
つまり、生命とは
「誕生と死を迎える物体で、その間何らかの行動を他の生命体の直接的な補助無しになす
ということを自発的な行動として人間がみなすシステム」
であるとまとめたい。
直接的、という表現の曖昧さと、生命の定義のために生命体という言葉を使っている点に関しては
ウンチ的な感じだと思うが、俺の文章力ではこれが限界だw
ただ一つ言えるのは、どこまで行ってもあくまで「人間としての解釈」ということが付いて回るということじゃないかな。
216 :
考える名無しさん:2006/11/30(木) 22:54:13
>>215 新参で申し訳ないですが、永久に『〜と人間が解釈するもの』と続いていくということでしょうか?
217 :
206:2006/11/30(木) 23:04:05
>>215 >直接的、という表現の曖昧さと、生命の定義のために生命体という言葉を使っている点に関しては
>ウンチ的な感じだと思うが
曖昧さがあるのを自覚しながらも、それを定義としてまとめたことにより、定義としての意味をないがしろにしているように思える。
故に、文章力の問題以前の話だと思う。
ここで反論なのですが、人間単位での生命について書かれていますが、人間の肉体は細胞で成り立っている。
そして、その人間から切除してもなお、生き続ける事が出来る。つまり、人間はよく考えると、生命体の集合であると思われる。
しかし、「直接的」「補助」などの重要な部分が曖昧であるが故、反論文として成立しているかわからない。
そこのところを、具体的にしていただきたい。
218 :
考える名無しさん:2006/12/01(金) 01:52:21
>>216 俺はそう考える。
>>217 まぁ、確かにその通りなんだが、何と言うかその、ちゃんとした言葉・文章としてまとめるのが
面倒になった、むしろそうするとグチャりそうだと思った、といったほうが分かってもらえるかもしれない。
とりあえず直接的補助っていうのは物体自体に即時反応のある作用を引き起こすこと、のつもりです。
例えば、人が他人に「〜したほうが良いのではないか?」という言葉を予め受け取っていた結果、
〜する、ということを決断するということは直接的ではなく間接的とみなします。
つまり、その言葉の結果によって行動を起こした、ともその言葉に関係なく行動を起こした、とも取れる場合です。
一方、水に熱を加えたら沸騰した、木を切って形を変えた、というのは直接的とみなす、ということです。
そもそもが、人間の思考においての概念的なものなのではっきりとした線引きは難しいはずです。
(というか、結論自体も人間が感ずるところ、という領域を超え得ないので至極当然ではある)
人間単位で細胞を切り離した場合、ということですが、切り離した結果複数の生命が存在するということは間違いではないでしょう。
人間は生命体の集合であり、1つの生命である、と考えます。
とかげの尻尾を切ったとき切られた切られた尻尾は死に、新たな尻尾が生えます。
この切られた尻尾は切られるまでは1つの生命の部分であったということは間違いない事実でしょう。
また、仮に生命体の集合は生命でない、とした場合、生命とされるものは細胞の中の分子の原子の…と
人間がいまだ発見しえてない最小の単位まで続くことになります。
これは「生命」とは「人間が生命であると感じるシステム」という前提に対して不毛であると考えます。
とりあえず、曖昧な文章で定義と言い切ってしまったのは確かに問題があったと思うのでそこは申し訳ないです。
ただ、あくまでも「生命」とは「人間が生命であると感じるシステム」という前提にたった人間からの視点で物事を
考えるわけで、普遍的に人間が感じるシステムでなければならないということに変わりはありませんので、
根本的な主張としては直接的、補助という言葉の意味が明らかになっていない、なっている
にしても大した問題では考えていました。
219 :
考える名無しさん:2006/12/01(金) 01:59:39
長々となってしまったのでまとめると
「生命」とは「人間が生命であると感じるシステム」
であるが故に、証明に用いられる事柄もまた、人間が〜であると感じえる何か、となる。
つまり、人間が何かを感じるのは何故か、ということについての話へと繋がっていくわけだが、
このことに関しては自由意志を否定した機械論や独我論、あくまでも観念的なものに
過ぎず、意識を生み出した結果の物質の作用であるとする観念論の自由意志許容論とでも
言うべき立場に分かれ、いずれも証明・否定、両方ともに成しえていないわけであるから
人間の感覚によるところという前提がある以上、人間の感性を用いない生命の定義は出来ない。
そして人間の感性が非常に曖昧である以上、定義は曖昧となるを得ない。
220 :
考える名無しさん:2006/12/01(金) 06:34:04
自分を再生できるものが生命
だから子供を作ろうとしないおまいらは生命体ではなく、生きてもいないんだよ
固体が消滅すれば無になる
ただ単にモソモソと動いてる物体にすぎない
221 :
206:2006/12/01(金) 09:06:55
>>218-219 >「生命」とは「人間が生命であると感じるシステム」
この定義の意味は、対象となる事象に関わらず人間が決めることでると、言っているのでしょうか?
それとも、「生命であると」と感じることが生命である、といっているのでしょうか?
223 :
低能ハイチオール:2006/12/01(金) 13:53:12
生命とは「口から肛門までの消化活動」×排便回数=無
こんなに腐ったスレ 大感動!!!!!!!!!!!! やっぱり人間てクズだね!
哲学もすてたもんじゃないね!20から38まで思想の効用の結果、このような
人にナリアシタ。
では行きます。二足歩行と糞尿eatingは陰部への刺激がgood
脳がココチヨインデス。アグリッパです。
与作のふんどし引き裂いて筋をいじります。筋は通るこれがてつがく浣腸大王
なんという欺瞞。当然の自己保身!生とは刺激への一本道
興奮してきた。エキサイトチンポイダヨみんな!!!!!!!!!!
キクアキツウキキュタウyリュチクユキジェシフウジョキオオクイオイキオイオdジョsjpg
業務中でもモンダイナイヨ。だからちんぽからカウパーでてるよ。。。。
モンダイナイヨ 悩む暇にチンポいじれよ。自殺するなら暴力ふるえよ。
ナニモコワクナイ 絡み合う二律背反肛門のヒダ・・・人生のヒダ・・そしておくヒダ
A死んの馬鹿社長死ね死ね死ね!金払えよ死ね死ね死ね!頭悪い癖に偉そうなこと言うなクズ!
お前は馬鹿だからリース契約とかで騙されるんだよwwwww死ね死ね死ね
命って"包まれてるもの"かと思ったけどそうでもないのかな。
命って炎なのか?種なのか?
あーそうだ。当たりだ。
命は"当たり"だ。
はずれは命なんかじゃない。
まんこ。
226 :
考える名無しさん:2007/03/07(水) 05:55:03
命は設計図どおり仕組みにより組み立てられるもの、これは創造主が
作ったものだ。非常に合理的であって無駄など存在しない。
227 :
考える名無しさん:2007/05/06(日) 02:46:53
age
>>219 生命力の本質は「自己保存」なんじゃないかな。
つまり、「滅びまいとしてあがく」ものが生命。
その性質が物質に宿り、「遺伝子」という手段を獲得した時、それは生き物になる。
人間が自然の中にその性質を見い出せば(生命であると感じれば)、それは神々になる。
人工物の中にそれを見い出せば、それは芸術になる。(芸術の本質は「生き生きとしたモノ」だと思う。)
229 :
考える名無しさん:2007/07/11(水) 12:02:22 0
age
230 :
考える名無しさん:2007/08/15(水) 00:28:00 0
age
231 :
考える名無しさん:2007/10/02(火) 11:35:08 0
age
機械的な様子を見せないものに対して、その動きを生きている命と呼んだだけだろ。
環境と共に生きる、それが生命。
単体では生きているとはいえない。
機械でもその様子を生きているようなと言葉で表現をすることがある。
それに命を感じる人もいる。生命とか命という抽象概念を科学的に定義する
ことに意味はないし、定義とか拘るのば頭がおかしいキチガイ君だけ。
これは観察して感じる要素であって、脳死のように外部機器で無理やり
生体を活動させているものでもない。
そのものが環境に対しての活動状態を示すものである。
あぼーん
目的を持ち結果に責任をとることは大切だが、
天皇陛下・皇太子や法王でもない限り使命感なんざ持つべきではない。
使命感なんてものを求めてしまうから宰相とテロリストが戦争と紛争を引き起こし続けてしまうのだ。
235 :
定義終わり:2007/12/04(火) 15:28:44 0
生きている存在が命。
236 :
考える名無しさん:2008/02/18(月) 03:50:26 0
死命と生命。 つまり死んでいる命とは、コンピュータの中で動くプログラムのような
生きた様相がなく、理のみに従う純粋な仕組みを言うんだろう
237 :
考える名無しさん:2008/02/20(水) 23:05:56 0
天命あるときに、参上
238 :
考える名無しさん:2008/02/21(木) 14:11:21 0
太陽光線や大気や重力など天体的な現象が出力。
それらに影響を受ける
入力側の受け手は全て命。
239 :
考える名無しさん:2008/02/21(木) 15:34:58 0
この世界の変化しうる全て
240 :
神:2008/03/11(火) 17:44:16 0
命とは種である。
241 :
考える名無しさん:2008/05/24(土) 14:27:45 0
242 :
考える名無しさん:2008/05/24(土) 15:36:47 0
葡萄とか食べると甘い果肉の中に小さい硬い塊があるだろ? あれが種だよ。
243 :
考える名無しさん:2008/05/26(月) 05:59:43 O
生命とは存在の主体であること。
人工物は作られた目的以外の目的を持たない存在。
生命は作られた目的自体を持たない存在、その意味での主体。
「いのち」とは、
他者によって、
その“(存在)意味”を認められたもの。
(感謝・敬意・畏怖・必要性等、内容は様々としても)大切にされるべき意味として視線を投げかけられたもの。
それの無い時、そこに「いのち」はない。その視線がある時、そこに「いのち」がある。
針供養、包丁供養、鰻供養等、日本人は「いのち」が好きだ。
また逆に、他者を害し殺める者にはその視線が無いし、その対象に「いのち」が見出されていない。
コンクリ事件の加害者達にとって、被害者の「いのち」は無かった。
アキバの事件等に於いてもそうだろう。
いや、実は、殆どの人間が、(他者の)「いのち」をどこまで見ているかは曖昧だろう。
せいぜい身内や友人(或いはペット、観葉植物)止まりかもしれない。
これを広く広く拡げていくことが、世界を美しい景色へと変貌させるのだろう。
そして大切なのは、
もし、誰からも視線を投げかけられていないものがあるようなら、
そこに(こそ)視線を投げるべきかもしれない・・・。
そしてまた、もっとも根本的に大切なことは、
もし、もしも、誰一人として自分にその視線を投げかけていなかったとしても、
自分自身が、自分にその視線を投げかけ、そこに「いのち」を見出してあげねばならないのだろう・・・。
245 :
考える名無しさん:2008/08/01(金) 12:13:17 0
age
246 :
考える名無しさん:2008/08/01(金) 14:33:38 O
>>244 存在うんぬんの題にも繋がりそう
俺はそういう考え好きだ
247 :
考える名無し:2008/08/06(水) 16:29:05 0
個々の生命は、宇宙的生命の瞬間的現われに過ぎない。
すべてを、生み出す 何か が生命の本質かな。
248 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/08/22(金) 23:01:59 0
命の特徴はつねに動いているって事じゃわい、つまりエネルギー変換じゃ
よって命が宿るのは物質じゃなくエネルギーの流れじゃよ
逆に考えるとエネルギーを使ってエネルギーをコントロールするのが生命かのう?
249 :
考える名無しさん:2008/08/22(金) 23:10:28 0
植物は?
250 :
考える名無しさん:2008/08/22(金) 23:21:20 0
>>248 割れた湯呑を修復して、「再びいのちが吹き込まれた」という言明は成立する。
茶人にとっての抹茶茶碗なんか、修理の痕が味わい深く、
「更に価値を増した!」と評価が高まることも多い。
さて、そこに「いのち」はあるか?ないか?
251 :
考える名無しさん:2008/08/23(土) 01:23:42 O
命…それは
胃の血だ!
252 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/08/23(土) 10:14:24 0
>>249>植物は?
太陽エネルギーを変換して生命活動をしとるじゃろ
>>250>割れた湯呑を修復して、「再びいのちが吹き込まれた」という言明は成立する。
そこに生命活動は見られないわい
しかし再び湯呑としてのイデアを取り戻した、とは言えるのう
さらにそれは作者などの“思い”を具現化した“魂の分身”のイデアも持っとるぞい
>>248 はあ?それは命に限ったことじゃないだろ。化学反応なんてそこら中で起きてる。
エネルギーをコントロールするってのも意味不明。
意志をもった物質なんてあるのか?そしてそれがエネルギーをコントロールできるのか?
>>226 生命は無駄だらけです。無駄があってもサヴァイブできるなら淘汰されないだけ。
むしろ退化してもいい部分はどんどん退化する。退化するとやばい部分が退化して
それのせいで増殖できなくて遺伝子が残せなかったなら淘汰される。
255 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/08/23(土) 21:47:35 0
>>253 なんじゃ?おとくいの質問責めかの?
エネルギーをコントロールする力を持つのが生物じゃ、意志(どういう意味?)が有ろうと無かろうと関係ないわい
つまり地球上の生物は、太陽エネルギーや地熱エネルギーをなんらかの方法で取り入れて活動しとるわけじゃ
コントロールしなかったら、水が低きに流れるがごとく、単純な物理現象じゃわい
>>251 命…それはEの値、つまりエネルギーの数値じゃわい
256 :
考える名無しさん:2008/08/23(土) 23:03:45 0
>>236 人間だって物理のみに従う純粋な仕組みなんだがな
257 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/08/24(日) 10:30:59 0
コントロールする意味は?と考えると、活動を維持するためじゃな、そこが他の物理現象と違う所じゃ
つまり生物とは一定の環境を与えれば、エネルギーを取り入れながら半永久的に活動しつづける物じゃな
すると疑問が生まれる。そういう力を持ったロボットを作ったら、それは生物になるのかのう?
258 :
考える名無しさん:2008/08/24(日) 10:56:26 0
>>255 生物は単なる物理現象です。エネルギーをコントロールの意味が不明。
どういう物理法則だ?
>>255 >つまり地球上の生物は、太陽エネルギーや地熱エネルギーをなんらかの方法で取り入れて活動しとるわけじゃ
エネルギーを受け取っているのは生物に限ったことではない。地球上の物質のほとんど
はエネルギーを受け取っているだろう。
お前の言ってることは生物や生命の話になっていない。
基本的に生物だって水が低いところへ流れるようなものとしてしか存在しえない。
それは物理の大前提。
261 :
考える名無しさん:2008/08/24(日) 13:36:15 0
物質は生きていないが生物は生きている。その差は、生命は外部から外乱があったとき、
元の状態を復元する能力があることだ。その意味で、生命と非生命の間は曖昧だ。
実際には、外部から低エントロピーを取り込み内部の高エントロピーを輩出して
安定した状態を保つのが生命だ、というもう少し厳密な定義もある。しかしこれでも
やはり境目は曖昧で通常の生命のイメージを完全にカバーする定義にはなっていない。
262 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/08/24(日) 22:37:15 0
>>258 つまり生物の動きは、単純な物理法則からはみ出ておる
エネルギーをコントロールするとは、エネルギーを自分の有利になるように操作する、という事じゃわい
>>259 活動ってとこが抜けとるわい
>>260 確かにそうじゃが、ではなぜ生物は動き続けられるのか、考えてみたかの?
>>261 たしかに復元能力は半永久的な活動に不可欠じゃのう
ロボットが自律的に修復、製造、太陽光発電などできれば、月に増殖する事もできるはずじゃ、まさに空に太陽がある限り♪
さらに自分達を改造する事もできれば、月を脱出して他の天体にまで増殖していくかもしれんのう、理論的には可能じゃわい
あーあ。あまりにも馬鹿すぎて駄目だわ。
それは単に複雑な仕掛けにすぎない。それは物理の法則とは関係ない。
生物に特有の物理の法則があるわけではない。
>>262 生物は物理の法則からはみでてなどいない。物理の法則からはみでるものなどいない。
「操作」なんて頭の悪いことを言っていてはだめ。
エネルギーを「操作」できるものなど根源的に見つかっていない。
264 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/08/24(日) 22:59:56 0
>>263 では適当にタコ踊りをしてみい、それはどういう物理法則で生まれた動きじゃ?
265 :
考える名無しさん:2008/08/24(日) 23:10:21 0
266 :
考える名無しさん:2008/08/24(日) 23:12:06 0
>>262 >つまり生物の動きは、単純な物理法則からはみ出ておる
>エネルギーをコントロールするとは、エネルギーを自分の有利になるように操作する、という事じゃわい
馬鹿だな。はみ出てなんていないよ。
熱力学に反するものや、運動量保存や質量保存則に
反する例があるというのなら出してみろ。
267 :
@:2008/08/24(日) 23:34:07 0
ハンフリー、こんな所で遊んでたのか。少し苦戦中だね。しかし邪魔はしない。
さらばだ。
268 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/08/25(月) 10:15:14 0
>>265 ロボットがヒトと同じ動きをする可能性は当然あるぞい、むしろロボットの方が色んな可能性があるわい
>>266 では、この単語はややこしくて嫌いなんじゃが…生物が全体として見るとエントロピーを減少させる事ができるのは、単純な物理の法則からはみでてると思わんかの?
>>267 一体何しに来たんじゃ?wこれを苦戦としか考えられないなら、あんたも全体が見えてないのかのう?
269 :
考える名無しさん:2008/08/25(月) 10:18:40 0
半ふりーはいつも苦戦 自分が見えてない
>>268 生命じゃなくても、冷蔵庫だってエントロピーを減少させている。
部分系のエントロピー減少は、物理の法則からはみ出てはいない。お前が馬鹿なだけ。
271 :
@:2008/08/25(月) 20:22:18 0
>>268 ごめんなさい、無粋でした。ちょっとなつかしくてな。
別のスレッドでの貴方の言葉で、
>「生物とは、自分の体内で自分を再現しつづけて、自分の性質を保つ物」
これ、簡潔ですごくいい表現だなと思いましたよ。
健闘を祈ります。
272 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/08/25(月) 23:20:26 0
>>269 わしは闘っとるだけとは思っとらん、議論は自分の盲点や矛盾点が見えるから勉強になるんじゃよ、しかし確かに議論に熱中しすぎたのう、このぐらいにしよう
>>270 全体としてエントロピーが低下すると言ったんじゃが、ちゃんと読んだかの?
つまり傷や病気を治したり、群れとして秩序がある行動する事をエントロピーの低下と表現したんじゃが、やっぱこの単語は誤解をまねくのう
もともと生物の動きは物理の法則では予測できないと言いたかったんじゃが脱線してしもうたわい
では「生命とは活動を半永久的に保とうとする物」というのはどうじゃい?
>>271 あの話を覚えててくれたとは嬉しいのう! しかしわしは体の外でコピーする生物や、体の無い生物がいても良いと思ってなw 別の可能性を探っとったわけじゃよ
>>272 >もともと生物の動きは物理の法則では予測できないと言いたかったんじゃが
頭悪いな。
物理の法則で予測できないことと、物理の法則に従っていないことは別。
ルーレットの目が予測できないのは、物理の法則に従っていないわけではなく、
物理の法則に従っているからこそ、カオス的な作用により予測が困難になる。
生物の動きは物理(化学を含む)の法則である程度予測可能だし、
厳密な予測となると、生物に限らずロボットの動きも予測不能になる。
生物にしろ、ロボットにしろ、物理の法則の範囲でしか動いていない。
274 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/08/26(火) 09:51:40 0
>>273 科学なんてものを入れたら、心理学や統計学まで入ってしまうわい
分かりやすくヒトの行動でイメージすると、常に無数の選択があり、しかもランダムやカオスではない
つまり物理の法則だけに従って動いてるのではなく、自分で選択しているという事じゃわい
275 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/08/26(火) 10:07:22 0
あ、間違えた…科学か
>>274 >分かりやすくヒトの行動でイメージすると、常に無数の選択があり、しかもランダムやカオスではない
選択は常に一つ。
複数の情報から判断して選択するのはロボットも同じ。
>つまり物理の法則だけに従って動いてるのではなく、自分で選択しているという事じゃわい
間違い。
物理の法則に従って意識が作動し、その物理現象を自分で選択するとしているだけ。ロボットの選択と同じ。
277 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/08/26(火) 23:17:52 0
ロボットはヒト(生物)と同じ動きができる可能性があるって前に言ったが…
しかしあんたの言う通りなら、全ての選択は最初から決まってる事になるが、確かにその可能性はあるな
でも人のアゲ足をアゲてるだけでは建設的な思考とは言えんのう
で、あんたの命の定義はなんじゃ?言っとくが、ありきたりの安全パイならいらんぞいw
>>277 >全ての選択は最初から決まってる事になるが、
それは当たり前のこと。
原因があるなら、それによって決まるわけだし、
原因がないなら、翻弄されるだけで、それは選択ではない。
>命の定義
在り続ける状態
そもそも生命という概念がどれくらい本質的か疑問だ。
エネルギーやエントロピーといった物理学の言葉を引用することに
どれほど意味があるのか。
もちろん生物学の教科書にだってそうした言葉は出てこないわけではないが。
280 :
考える名無しさん:2008/08/27(水) 00:41:16 0
>>278 >>命の定義
>在り続ける状態
石ころにもあり続ける状態はあるなぁ。www
石ころにも命があるんだね。
>>280 そうだよ。
石が砕けて砂になれば、石としての命を終えるわけ。
ウルル(エアーズロック)には、ウルルとしての命がある。
人が作った石像にも、その石像として命がある。
そして何も物質的なものだけではない。文化や思想にも命がある。
282 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/08/27(水) 10:26:13 0
そのものの本質を指す命と、活動的な生命はべつの概念じゃのう、生命活動には、とうぜんエネルギーが関係してると思うがの
>>282 そりゃそうだろう。生命と命は違う(同じ場合もあるが)。
命の定義を聞かれたから、そのように答えただけ。
>>285 あげ足なんて取ってないだろ。こっちが取られそうになっているだけで。
俺は定義を聞かれたから書いただけ。
>>286 そうは思いませんね
スレタイ「【生命】オイおまいら!「命」を定義せよ。」
であるのに共同認識から言葉の範囲を故意にずらしてはぐらかしただけに見えますね
そのような不誠実な態度では議論など成立しませんよ
>>287 そりゃどういう共同認識?
俺の定義を聞かれたのに、はぐらかすも糞もないだろ。
命と生命が同じということなら、そもそも、命と生命と言葉を分ける必要がないだろ。
どっちかにしとけ。
>>287 ちなみに、俺の命の定義は、「生命」も含んでいるので、
生命=命という相手に対しても何も問題ないのだが。
より広範囲をカバーしているわけで。
>>288 これまでの話の流れは「生命とは何か」であることは明らか
その途中で「命」の定義について見解を問われて
「石ころにも命がある、命とはそのようなもの」と回答し
「生命と命は違うから俺の「命」についての定義を述べただけ」との後出しの注釈
ここは「生命」についての見解を提示し直してはどうか?
>>290 「命」が「生命」を含んでいるなら、尚更「生命」についての定義が必要ですよ
「物」を定義したら「鉛筆」を定義したことになりますか?
>>292 そもそも俺は生命の定義を聞かれたわけではないのだが。
>>291 何でお前が横から口挟むんだ?半ふりー氏に聞かれたことを答えたまで。
お前に答えたわけじゃないから、お前が文句言う筋合いはない。
言っとくが、
そのものの本質を指す命と、活動的な生命はべつの概念じゃのう、
と、
命と生命を別だと言い出したのは半ふりー氏が先だからな。
296 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/08/27(水) 23:37:23 0
そうじゃ、「存在する事」=命と、「活動する物」=生命は、個別に定義してほしいのう☆
297 :
考える名無しさん:2008/08/27(水) 23:44:31 0
命はもともとは
「天・神・権力者などが下した命令・使命」の意
A:「寿命」これはなんて読むの?どういう意味?なぜこの文字に読みと意味があり定義されているの?
文字って何?
B:先人達が便宜のため共通して認識し意思疎通できるようにするためじゃね?
B:「うっほうっほ うほうほっほ」じゃ自分の意識の伝達に時間かかるから長い年月をかけて進化してきたとおもわれ。
A:学校では「じゅみょう」って習ったよ これがなくなると活動が停止するって習ったかなぁ
B:そうだね。寿命は人だけじゃなく動物や植物にはもちろん、惑星や星はあることが確認されていてけど もしかしたら銀河や宇宙そのものにもあるのかもしれないねぇ
A:なんだか人間ってちっぽけだねぇ 今人間が知りうるすべての知識だけですべてを語ろうとするのは不可能?
B:言葉や文字自体が不完全に認識されるから今のままでは論争は耐えないとおもわれ(現に2chがカオスってるし
B:認識や価値感、宗教などの違いもあるから統一された世界は数世紀先じゃね?まぁそれまで人類が生きてればの話しだがねぇ
A:なんかむずかしく定義せよとか説明せよとかしようとするひといるけどあれはなに?
B:あれはね・・・自分でもまだ答えがみつかってないひとたちだから相手したらダメよ・・・昔の偉い哲学者のまねしてるだけだからほっておきなさい
A:はーい^^
by哲学を卒業した統合失調症者^^おまえらがんばれよ
299 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/08/28(木) 10:30:31 0
あんたは哲学を卒業したんじゃなくて、あきらめたんじゃよ
卒業したなら、“ある物がその物である”という意味のいのちと、活動的な生命とを定義するくらい簡単じゃろ
ちなみに哲学が「知ろうとする事」なら、ヒトは産まれてすぐ、いや産まれる前から、死ぬまで哲学の最中じゃわい
ところで活動的な生命を定義する者はいないのかのう?わしを頭悪いとか言ってたヤツはどいつじゃ?w
>>299 >ところで活動的な生命を定義する者はいないのかのう?
自分で定義すれば?
定義するだけなら誰でもできるだろ。
定義することと、他人がそれで納得することは全く別。
結局、「我々は何を「生きている」と見做すか。」であり、
>>23ですでに答えが出ている。
301 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/08/28(木) 23:13:04 0
>>300 わしは
>>272で、生命とは活動を半永久的に保とうとする物、と定義したわい。だいたい【我々は何を「生きている」と見做すか。】を考えるために定義するんじゃろ?
太陽、ウイルス、哲学的ゾンビ、アストロボーイ、人工知能、神、植物人間、絞首刑に処された瞬間のヒト、みんな生きてると言えば生きてるわい
んで結局、みんなが納得するような定義をする自信がないんじゃろ? いいわけはいいから、さっさと生命を定義してみいw
>>301 >みんなが納得するような定義をする自信がないんじゃろ?
頭悪いな。自信があるかどうかじゃないだろ。
みんなが納得するような定義は不可能だ。
AIが生命に含まれたら、その定義を認めない人もいるし、
AIが生命に含まれなかったら、その定義を認めない人もいる。
303 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/08/29(金) 22:54:29 0
こっちにも貼るわ。
397 名前: 考える名無しさん [sage] 投稿日: 2008/09/01(月) 01:35:58 0
>>396 >ところで、そういった情報の入力処理出力を観測?している存在がある様に感じます(完全に主観的な視点でですが…)
存在・・・魂のような物理の法則ではとらえられない超越的なものか物質かで分けたほうがいいのでは?
物質であればそんものは脳の部位のなかで相対的に特権的な役割を担っている
ということでしかないので、単なる物質です、で終わり。
生命も心も不思議といえば不思議だが、それが物質で出来ていると考える限り、
それはからくり人形の仕掛けが不思議というのと本質的には変わらない。
不思議といえば不思議だけど底は見えている。形而上学的な存在ではない。
生命も心も物理の法則や物質の下位にある存在。
もちろん魂のようなものを考えるというのであれば別だけど。
そういった意味では自分は
>>369と同意見。物質や空間、物理法則の上位に
あるものは何か、ということのほうが根源的である。
305 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/09/01(月) 10:56:04 0
ようやくスレを肯定するレスがきたわい
つまり生物は、ただの物のカタマリではなく、“プログラム”のような、動きや形をつくる物が必要という事だな
あと〜、考えてみると、活動を保とうとしない生物もありえるので、新たに定義しよう
「生物とは、物理法則とは別の指向を持つ現象」というのはどーだ?
つまり、生き物がエサを求めて動こうとするのは、水が低きに流れるような物理法則とは関係ない、独自のプログラムがあるという事だ
このとき人工物は外す、なぜならそれは、体の一部や声のように、ヒトから生まれた単独では発生しえない物だからな
>>305 そのプログラムは物理法則に従っているんだが。
物理法則と命は同義
物理法則と心は同義
命と心は同義
心から生命が生まれ、
生命は心の閉じた系(完全ではない)
となり、本質的に無明。
308 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/09/01(月) 23:10:47 0
>>306 ではそのプログラムの最終目標は物理法則に従うことか?
309 :
304:2008/09/01(月) 23:25:18 0
クソコテはしねよ
>>308 そもそも物理法則に従っていないと、プログラムとして機能しない。
物理法則という視点では、目標があるわけではない。
ある種の方向性を人間が勝手に目標と呼んでいるだけ。
ハゲが宇宙人かというと別にそうではないが、ネタとして本人は嫌がるが悪いものではない。
312 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/09/02(火) 11:05:36 0
>>310 なぜ人間が勝手に目標と呼んではいけないのか?
どちらにしろ、ある種の方向性は存在する
>>312 うん、別にいいけど、物理法則に従っているだけというのは変わらない。
物理法則に逆らっているものは何もない。
314 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/09/02(火) 22:18:08 0
ワシは逆らうとは言ってないぞ、たとえばサーファーは波に逆らうでもなく、流されるでもなく、波の上に立ち続ける
生きるとはそういう事だ
>>314 物理法則に従っているから、立ち続けられるだけ。
渦潮が渦を維持しているのと、生物が生きているのとは本質的には同じだ。
316 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/09/02(火) 22:41:17 0
しかし、こんな事は言いたくなかったが、ヒトは自分で決めて死ぬ事もできる
>>316 その決断は物質の状態と物理法則に従って決まる。
渦が消えるのだって、渦が自分で決めているとも言える。
318 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/09/03(水) 10:05:36 0
しかし渦は迷う事はできない
>>318 できるよ。迷っていても君にはわからないだけ。
321 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/09/03(水) 22:41:07 0
>>320 YOUには迷っているのが分かるのかw ワシの知識では自然現象に目標などないから、迷う事もないと思うが(スピリチュアルな表現を除いた場合)
322 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/09/04(木) 10:35:55 0
と言い争っているうち、もっとシンプルな定義を思いつきました。それは
「生き物とは目的を持つ物」
「生命とは生きようとするシステム」
です。すると、渦潮が目的を持つなら生物ですし、AIも自分で目的を作るようになったら生物ですね
>>322 目的は主観できまるから、客観的に判断する基準には使えない。
(事故などで)コミュニケーション手段をすべて奪われた人間は、
生命ではないのだろうかと言われれば違うだろうから。
「生命とは生きようとするシステム」は単なる同意反復であり意味がない。
生きるor生きているとはどういうことかが問題なのだから。
324 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/09/04(木) 22:16:53 0
>>323 つまり、この定義だと、それが生き物かどうか客観的に判断することはできません
(でもどうせ、生きてると感じた物を、生き物と呼んでるのですから)
生きようとするシステムはたしかに反復ですね、うっかりミスです。では、
「生命とは、(活動を保つという)目的をもって活動するシステム」
と表現を改めましょう
>>324 >「生命とは、(活動を保つという)目的をもって活動するシステム」
目的は主観で決まるから、客観的に判断する基準には使えない。
また、その定義だと冷蔵庫も生命になる。
結局、「我々は何を「生きている」と見做すか。」であり、
>>23ですでに答えが出ている。
327 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/09/05(金) 11:00:12 0
冷蔵庫は人間の目的のために動く道具です、つまり自分の目的があるわけではありません
そして前にも言いましたが、定義は「我々は何を「生きている」と見做すか。」を考えるためにするのであり、このスレはそのために有るのです
>>327 >冷蔵庫は人間の目的のために動く道具です、
人間も「種のシステム」のために動く道具にすぎない。
自分勝手な目標を持つといっても、それは不良品があるだけだ。
>つまり自分の目的があるわけではありません
人間も種のシステムが与える目的を自分の目的としているだけだから、
冷蔵庫と変わらん。冷蔵庫も冷やすという目的を自分の目的としているだけ。
>>327 >そして前にも言いましたが、定義は「我々は何を「生きている」と見做すか。」を考えるためにするのであり、このスレはそのために有るのです
だから、
>>23で結論が出ている。
後はどのように考えようと個人の自由だし、自分の定義を他人に押し付けるべきではない。
330 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/09/05(金) 11:42:22 0
べつに押し付けてるわけではありません、自分の思いと違うなら書き込めばいいのです。それを見るだけでも多くの価値があります
自殺や本能と関係ない欲望も目的となります、それを不良品というなら、そもそも「心」は必要ありません。でも僕は、「心」こそ人間の本質であると考えます
冷蔵庫には(たぶん)主体はないので何の目的もありません、そもそも冷蔵庫には「どこまでの物質が自分か」も分かりません(たぶん)
>>330 すべてのものに主体はあるので冷蔵庫にも主体があります。
もちろんどこまでが自分の物質かはわかっていないでしょうが、
人間でもそういう人はいます。
332 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/09/05(金) 19:10:11 0
なぜ冷蔵庫に主体があるのですか、それはスピリチュアルな意味ですか?
次のうち、どれも独立した主体があるのでしょうか?
1滝、2温度計、3冷蔵庫のフタ、4冷気、5内部空間
>>332 哲学において主体(しゅたい)とは、もう一方の実在、存在(客体と呼ぶ)と相互作用したり、関係をもつ存在、実存のこと。
>>332 厳密な意味では独立して存在するものはない。
すべてのものは相互作用している。
335 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/09/05(金) 22:07:13 0
ぼくの言っている主体とは、主体的な意志のことで、目的を持っていたり作ったりする物です
それで結局、ぼくの定義に反する物も、外れる物も、違う角度の物もありませんね
>>335 目的は主観できまるから、客観的に判断する基準には使えない。
337 :
考える名無しさん:2008/09/06(土) 00:22:47 0
>>330 >そもそも冷蔵庫には「どこまでの物質が自分か」も分かりません(たぶん)
人間にも、「どこまでの物質が自分か」はわからんと思うよw
(´ー`)y━~~
338 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/09/06(土) 01:21:53 0
>>336 客観的に判断できない物は定義できませんか?
>>337 主観的に、ここまが自分の体と判断できますね
というより「ここからここまでが○○である」と決めているのは、すべて主観です
339 :
考える名無しさん:2008/09/06(土) 01:43:26 0
あくまでも、漏れ様の場合、
禁煙、禁酒、禁風俗は、生きたいがゆえに実行された。
ゆえに、生きる=命とは、禁欲という我慢の源泉である。
そして、それ(禁欲という我慢の源泉)以上でも、それ以下でもない。
あくまでも、漏れ様の場合だが。
>>338 >主観的に、ここまが自分の体と判断できますね
>というより「ここからここまでが○○である」と決めているのは、すべて主観です
判断できるんじゃなくて、勝手に思うってことだろ。
それが正しいか間違いかわかりもしないのに、判断できるなんていうのはおかしい。
>>338 >客観的に判断できない物は定義できませんか?
できない。定義とは客観的に判断できる基準だ。
342 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/09/07(日) 01:07:38 0
>>339 あなたはなぜ生きたいのでしょうか?
>>340 主観で決めたものは主観的には常に正しいのです、それに間違う可能性があろうと一応、判断はできます
>>341 だとしたら、ぼくには生命を定義することは出来ないので、あなたにまかせます
343 :
半ふりー ◆GDUe92wmq2 :2008/09/07(日) 01:58:53 0
他にもいくつか定義を考えましたが、客観的なのはありますか?
生物とは…
・細胞で形づくられる物である(死体も元は生物であるので問題ない)
・エネルギーを使いながらエネルギーを取り入れ、エネルギーを保存する物である
・選ぶ能力を持つ物である(プログラムのばあい、プログラマーが選んでいるとする)
・現象が現象自体を保とうとする現象である
344 :
考える名無しさん:2008/09/09(火) 05:04:10 0
生きているものと死んでいるものを比べると、生きているものには「生きたい」という
意識(意思)が感じられる。単細胞生物でも、死んだものは動きもしないしエネルギー
を得ようともしないし増殖もしない。意思らしきものがない。
生きる意志が生物を生物らしくしている。
生きる意志は物理的に細胞が機能しなくなると無くなる。
生きる意思が先になくなることはない(自殺は別次元の問題である)
よって、物理的な存在が先でそれに付随して生きる意志がある。
一気に結論)
DNAが生きる意思なるものの発生源である。
光の差す方を向くとか、他からエネルギーを取るとか、増殖するとか。
こういう動作が多くなるほど複雑になるほどDNAは大きく高等動物化する。
345 :
考える名無しさんのふりー:2008/09/11(木) 22:43:43 0
欲求を目的にするから、本能を行動に反映できますねー
目的を欲求にしようとすると、ヒトらしくない人になっちゃいますよー
346 :
考える名無しさん:2008/09/16(火) 13:41:02 0
生命とは、魂を持ち。
「定義のできない行動」をする物体を言う。
その行動原理には神秘の力である魂が存在するからだ、
オカルト的であるが、別の言い方をすれば、偶然として自然発生的に仕組みが
後天的な要素で行動に繋がる物体だ。
347 :
考える名無しさん:2008/09/16(火) 13:48:04 0
卵は生命ではない、卵が胚となり分割してゆく過程で生命となる。
卵が胚の後に完全な複製で全く同じ形状を作りだす機能であれば
それは生命ではなく結晶である。
348 :
考える名無しさん:2008/09/16(火) 13:52:48 0
生命とは多様性を生むものである、決して作られたものではない。
それは一見デタラメと見えるが一定の秩序を持ち、それは特徴として
現れる。
その特徴と外界とのせめぎ合いで生まれるのが生命の形であり。
生命の元(卵)が単独で生命の最終形まで成長させうるものではないのは明らか。
その多様性の元が魂であり、卵の形(特徴)そのものが魂である。
魂は法則の元に魂の形(特徴)によって新しい形を生み出す。
これは後天的要素であり定義できる仕組みではない。原理は存在するが、
結果(成体)になるまでの過程の仕組みは後天的に決まる、それは定義することは
できない、何故なら環境によって動的に決まるからだ。
349 :
考える名無しさん:2008/09/16(火) 13:59:54 0
その動的に決まるもの、自然が生むもの。
それこそが、神秘的なものである。
>>348 後天的に決まるということなら、環境から学習するAIでも同じだね。
351 :
考える名無しさん:2008/09/16(火) 21:10:45 O
命は単体である方向性にそって変化し、似通った性質の前述の物体を複製する存在。
変化するものが総て生命と定義するのは困難だ。
人間そのものが真っ先に感じる生命は自己自身であり、
親と自分の関係、
または自己と子孫の関係
オナニーで出される物体は真っ先に命とは一瞬考えつかない。
それが生命の元である事を知って生命の一部だと認識される。
生命が何かで生命が定義されるのではなく、
自己自身と周囲の存在によって
生命が定義づけられているにすぎない。
科学的な意味を除いて
人間が自己およびそれ自身の社会において
生命をそれ自身の存在として表記しているに過ぎない。
352 :
考える名無しさん:2008/09/16(火) 22:32:03 0
>>347 卵が生命でなく、のちに生命に変わるとしたら、なぜ卵には生命を感じないわけ?
353 :
考える名無しさん:2008/09/17(水) 04:19:14 0
>>352 動かないからだろ
経験論で命を定義してるだけだよ
355 :
考える名無しさん:2008/10/17(金) 18:33:04 0
>>354 確かに生物板の主張ではそういう解釈もあり、主流だというのは在るんだと思う。
他所の世界では、結論はでていない。
356 :
考える名無しさん:2008/11/23(日) 01:26:41 O
永遠のライトテロル
357 :
考える名無しさん:2008/11/24(月) 18:30:10 0
ヘ、 _. イ :}:/:..:.. | ∨ /
〃⌒ 厂 __r_―ァ ´ 、-―-{ ,}⌒i { _.. -‐ フ
く { / /、 ` ´ ̄ ̄_`Vム'  ̄` ー ´ /
ヽ、 /ノ⌒ヽーヘ__./=-´-、ー,=  ̄ { /
} ` ̄´ :/  ̄/ .:.. : :.. ヽ /
´フ′.. .〈 ..く ..:..:..: .:. ノ、 { :..:.. ` ┐--<‐z___入
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〈:{ } .:..ハ:..:..{:..:ハ{,>、く:..!:..:l{ _.斗<ヽ:l:..:..: {`ト!:.l i{ ノ:{
}{、 ヽ .:{ }:..:ヽ:l〃{r'ヘ小{\ヽ´ |r'ヘ小〉リ:..:..イ:.:.{{:.:{ ト---:'/ 好きにはさせません!
r┘:ヽ._\レ'┬-、ヾ ヽ+グ ヽ+
ノ:..:..{ハ:.:.〉〉ヽ V:..:ム--.、
/⌒ :/´ ヽ:..:l` `トミトー‐ ' /‐ァァヘ ∨/:.:./ 〉 :ヽ
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ト一':..:..:..:..:/´ マ /ヽi、 ¨´_, j !:.:.辷  ̄ /l / V:..:..:..: --:.{´ ̄ ̄ }
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ヽ:..:..:..:..:../⌒ヽ:lニ--{じ!}ト ノ ヽ. 'ノハ/ー--/ {
自然科学に定義される
・外界と自己を分つ膜を持つこと
・自己複製能力を有すること
・何らかの物質を代謝する能力を有すること
この定義じゃダメなの?哲学版的には?
十分な定義のように思えるけど
>>359 ちょっと言葉足らずだったので自己レス
・自己複製能力を有すること
赤ん坊や、不妊症の人間は「命」をもっていないのか?という反論に晒されないために
そのような存在は、「命」ではあるが一部分が未成熟・欠落した存在であると考えます
361 :
半freee:2008/12/08(月) 15:30:56 O
そういう能力をもつロボットを作ったらどうなるの?
362 :
麻呂の奇妙な冒険さん:2008/12/08(月) 18:15:04 0
延命治療
延命治療は生きている時間を延ばすことです。
傷が付いて終わってしまった命を物質や何か別のものを加えて引き続き生きながらえ
させるものです。
しかし、放っておいては傷口に黴菌が入って熱を出して命に関わります、抗体が過剰
反応したり、傷口が引きつり醜い傷跡が残りその後の人生に深刻な影響を与えてしまい
ます。これでは死んでしまうのは時間の問題であり、生き残ったとしても辛い人生を歩ん
でしまいます。
延命治療は生き延びさせるものであり、辛く苦しい人生を歩ませたり、醜い傷跡を残す
ものであってはなりません。
延命治療は傷付いてしまった命を世の中にある物質を使って作り直していく作業です。
補う物質で命を引き伸ばすのです。延命治療は技巧を凝らした美しいものでなければな
りません。傷付いた時よりも美しいものを作り出し命を延ばすのです。
こうして、人生をクリエイトしているのであります。
363 :
考える名無しさん:2008/12/08(月) 18:23:37 0
私は自分の発言への責任は負っており、
社会には自分と異なる見解や立場の人が
多数いらっしゃること、またその存在を
否定する気はないことを改めてここに確認します。
ですので、コメントいただく方も反論であっても私の
人格を否定するのを目的とするのではなく、約100
0人/日を対象としたメディア(媒体)としてこのブロ
グを活用いただければと思います。13:21分
moooncloudでぐぐってください
364 :
考える名無しさん:2008/12/09(火) 21:27:34 0
命という訳じゃないものってあるかね?
機械も生命体の機構の仕組みと考え得るだろ。
石の文明とか作ると、命なんていらないって言い出すよ。
命が要らないって奴は石ころみたいなやつだ。
>>359 >・自己複製能力を有すること
>・外界と自己を分つ膜を持つこと
>・自己複製能力を有すること
>・何らかの物質を代謝する能力を有すること
>この定義じゃダメなの?哲学版的には?
>十分な定義のように思えるけど
これでは特殊な代謝をする結晶の類いでも機能しえそうなないようだ。
種を保存する為の集団として機能しえなければ、生命とはいえないだろ。
ただ特殊な環境下でたんぱく質が複製を作るだけでは生命とはいえない。
人が作り出したロボットでさえ、集団として種を保存する多様性をもつ
生態系を生めば、生命と定義してもいいはずだ。
そこには命がある。魂がある。
それは高次な現象であって、細胞などの低次元のものではない。
コンピュータ ソフトウエアが半導体の論理ゲートを基本にしていても
命令語だけでは何も生まれない、ソフトウエアという高次の概念があってこそ
そこに高次の現象があるわけだ。
366 :
考える名無しさん:2008/12/09(火) 23:35:53 0
>>365 >種を保存する為の集団として機能しえなければ、生命とはいえないだろ。
そんなことはない。お前の生命の定義を押し付けられても困る。
>ただ特殊な環境下でたんぱく質が複製を作るだけでは生命とはいえない。
そんなことはない。お前の生命の定義を押し付けられても困る。
367 :
考える名無しさん:2008/12/09(火) 23:45:04 0
>種を保存する為の集団として機能しえなければ、生命とはいえないだろ。
単細胞生物のことを忘れるな。
集団じゃ無くったっていいじゃないか。
細胞分裂の結果たまたま集団になっただけで、
集団であること自体が定義に不可欠なのではないと思う。
>>359の言うとおりで良いと思う。
赤ちゃんだって、不妊症患者だって、一個一個の細胞には自己複製能力がある。
その細胞の集まりが一個の個体として機能しているのだから、
ウイルスに比べればはるかに生命体っぽい。
>>367 単細胞は生命とはいえない。
それが集団として機能したときに生命と言えるが。1つではダメ。
それは機械に等しい。
環境に寄生している細胞という時点で、ウイルスと同等だろ。
>>365 ソフトウエアの説明は分かりやすい。
ハードウエアとソフトウエアで後者が生命という概念であるということね。
トランジスターやダイオードがウイルスのようなもので、
ICやLSIが細胞のようなもの。
その上で動くコンピュータソフトウエアは高次な意味での生命現象という
話は細胞の機能とは異質なものであるという。
CPU上で動く命令語は単に細胞のような基本単位でしかすぎず。
それをいくら持ってきてもソフトウエアではなく、秩序あるプログラムと
して機能したときに初めてソフトウエアと言う。なるほど。
370 :
考える名無しさん:2008/12/10(水) 00:12:48 0
>>368 アメーバなどの微生物も生命ではないのか。
単細胞生物だって多細胞生物だって、
環境への適応能力に差があるだけで、
所詮環境とは離れなれない。
単細胞生物は自分で分裂できるが、
ウイルスは細胞に仲間を作ってもらわなければならない点で違う。
371 :
考える名無しさん:2008/12/10(水) 00:16:40 0
あと、機械やパソコンには自主性がない。
所詮、人間に操作されたり、プログラムされたりしないと動かない。
大して物質も代謝しないだろう。
逆に、単細胞生物と同じ機能を持ち、自主性があるなら、
生命といえるかも知れない。
372 :
考える名無しさん:2008/12/10(水) 00:20:57 0
生命が何かはこのサイトに書いてあることで確定だと思う。
「メタフィリア」
www.metaphilia.net/ForbiddenParadox/3rd_3.php
これは論破できんだろう。
>>370 アメーバーも微生物もウイルスも機械的に置き換えて実現不可能の領域ではない。
まったく話が見えていないようだな。
その人為的な機械が組み合わさり生命現象と同じ原理で多様性を生んだときに
お前にそれを生命ではないと言うのか?
同じ仕組みを経由したものだぞ。微細蚊工ができなくてもコンピュータシュミュレーションで
細胞と互換したものを作り、それの組み合わせで生命の機能を育てたという仮定では
あるが、実現した場合にお前はそれを全面否定することになるぞ。
考えが浅すぎるな
部品は部品にすぎない、単細胞もウイルスも基本の部品にすぎない。
部品が生んだ生命とと見る時点で、ICやLSIの部品自体を
パソコンだと勘違いしているじゃないのか?
>>372 すくなくとも生命板では答えはでている。
>>374 生命板 ×
生物板 〇
>>370 生物=寿司とか(そこから生命を作ることは可能)
死体の腐っていない生の肉はアメーバーと同等である。わかるか?
生物は生命ではない。そこをよく考えろ。
この板は生命の命を問うところであって物=肉片ではない。
それは肉片には命がないということだ。
生物=(なまもの)
生命は生きている命があるということだ。
受精していない卵は生物であるが、生命ではない。
そこに精子が加わり胚となることで生命が芽吹くわけだ。
小さい命はマクロ的な現象を起こすものを言うものであって
物理世界の定義とは違う、つまり生命と生物を取り違えている時点で
勉強しなおしてきたほうがいい。
376 :
考える名無しさん:2008/12/10(水) 10:10:45 0
>>371 自主性がないんじゃなくて、持たせてないだけ。
自主性があったら、道具として使いにくいだろ。
代謝するかしないかは関係ないし、そもそも生命と機械に境界なんてないんだよ。
377 :
考える名無しさん:2008/12/10(水) 10:53:42 0
>>375 お前の方が馬鹿。生命でないものはこの世にない。
物が生命なのではなく、
動きが生命感を生むんじゃない?
>>378 生命感ではない、植物が死ぬぞごらぁww
より高次な数学モデルとして特徴が活かせる域の対象だろう。
活かせる生物=命がある、活かせない生物=物だから死だろう。
金魚を液体窒素で凍らせて、その後解凍すれば生き返るが、
その凍った状態は死と同等だろう。つまり凍った物でしかない。
凍った状態なら死ぬこともない故に、不死=生命ではない。
>>377 哲学板住人の反応じゃないな、カエレ!板違い。
>>376 もうすこし分かりやすく。
380 :
考える名無しさん:2008/12/10(水) 14:57:59 0
>>379 お前の生命の定義を押し付けられても困る。
>>377 植物だってあちこち動いてるだろう
でもそれを知らない子供は、植物を生き物とは思わないな
『生命に定義がない以上、生きてるように感じるものに生命がある』と、このスレで誰かが言ってた
主観で決めるのはどうかと思うが、ある種の「動き」をする物を生命と呼ぶのは間違いない
動きより、働きと言った方が明確か
385 :
考える名無しさん:2008/12/11(木) 06:25:19 0
生命の定義は、倫理哲学においてとても重要だね。
生命の始まりの定義によって中絶やヒトES細胞などが、
生命の終わりの定義によって脳死や臓器移植などの倫理的決定が左右される。
これに生命の尊厳を加えると自殺、安楽死、クローン、動物の権利なども考慮される。
386 :
考える名無しさん:2008/12/11(木) 10:10:51 0
>>385 生命の定義と生死の定義は別だろ。
生命はどんなものでも生命とみなしていいが、人間の死は別。
>>380 バカ?
このスレは定義するスレで何も考えないお前如きが発言していいスレではない
388 :
考える名無しさん:2008/12/11(木) 11:38:44 0
>>387 ○○を生命とする定義はどうか、のような書き込みなら問題ない。
○○は生命ではない、というのは定義の提案じゃなくて、個人的定義を前提部分に押し付けているからダメ。
凍った状態は、生命としない。ならOK
凍った状態は、生命ではない。と結論付けるのはNG
>>385 そのとおりだな
さらにSFな話、ロボットや人工生命の扱いにも関わってくる
そういう意味で、なにで出来ているかは重要ではないどういう働きをしてるかが重要
>>386 たしかに生命の定義と、倫理的な生死の定義は切り放して考えた方がいいかも
相互に関連する話ではあるが
スレタイトルに命を定義せよ。てあるから
定義した奴に文句言うのは筋違いだろうな
392 :
考える名無しさん:2008/12/12(金) 00:17:16 0
じゃあ、存在するもの全てを生命と定義する。
全て生命だから、みんな生きていることになる。
>>392 それでは死体も生きているという矛盾が生じるが?
植物人間状態の人って、生命なの?
>>394 生命維持装置につながれてるなら、
生命がある
(または生き返る可能性がある)
と見立てている事になる
しかし人間本来の生き方とは言えないな
>>395 じゃ首を切断された体のほうでも機械で強制保存されていれば
生命なの?
397 :
考える名無しさん:2008/12/12(金) 13:07:36 0
>>393 矛盾しないよ。物質としては生きているんだから。
精神が死んだとしても、肉体は生きている。
生と、死、それは現在を見てはいけない
未来へと紡ぐ存在であるかどうかという点である。
理屈で考えるからこそ、その潜在する生を理解できない。
命とは将来において活きているということである。
果てる命など死に等しい。
魂も然り、命に近い存在である。物理的根底から抜け出せない論理で
生命の命を論じるなど、片腹痛い。
>>397 秩序のある個ではなく素になっている時点で物質は生ではないな。
すべての物質が表す形態の個であれば、392が言うすべてが生命と
定義するのも然り。
素、つまり原子などを生命とでも言わないかぎり、素は基底の存在で
それが示す多様性を持つ存在の素でしかない。複雑怪奇が生む秩序が
将来においても個を連ならせる存在であれば、生命といえる。
それは高次の概念であり、低次の素ではない。
>>396 頭が無いが生命維持装置に繋いでる場合、
それはヒトでは無いが、生命体とは言えるかも
>>397 有る物は生きているなら、無くなった時に死ぬ訳だな
死ぬと肉体は徐々に肉体でなくなるが、
どの時点で『肉体』は死ぬと思う?
400 :
考える名無しさん:2008/12/12(金) 21:05:42 0
>>399 いやいや肉体は死なない。他のものに変化するだけ。
物質は素粒子一個から生命だから、みんな生きているし変化している。
>>400 別の物に変わったら、『肉体』は消滅する
つまり死ぬ
原子は生き続けると言えなくも無いが
さらに言えば働きや、役割を永久に失っても死ぬ
例えば、二度と誰も遊ばないおもちゃは、もうおもちゃじゃない
402 :
考える名無しさん:2008/12/12(金) 23:50:28 0
>>401 消滅する瞬間があるわけじゃないので、死なない。変化するだけ。
すべてのものは生命だから。変化することは死ではない。
すべての生命は常に変化している。おもちゃかどうかは人間の主体が勝手に決めているだけ。
>>401 人は常に別のものに、うつろう物であって不変なら死と変わらない。
よくかんがえよう。
死とは静止の"止"と同じなんだよ。
生は芽吹き、育むもの。死へ進む過程での一定の秩序が種という
流れを生んだときに命の形があると表現されるものさ。
その流れの連鎖が無い存在は、命があるとはいえない。
命を紡ぎ連鎖の流れという存在を意味しえるもの。
それが命ってもの、存在という名の魂を宿し、生きている過程で
意味を残しえるものに魂という言葉が似合う。
存在に宿るんだよ。どのようにでも置き換わる特徴のないものに
魂などないさ。
>>402 それをいうなら、
「全ての物が生きている」
というのも君が勝手に決めている事
>>403 何が1番言いたいのか判りにくいが?
仮に魂呼べる物決まった物がなくても、
魂と言う概念はあり、人の心に働きかける
406 :
考える名無しさん:2008/12/13(土) 19:28:14 0
>>404 >それをいうなら、
>「全ての物が生きている」
>というのも君が勝手に決めている事
スレタイトルに命を定義せよ。てあるから
定義した奴に文句言うのは筋違いだろうな
>>406 その発言は既にでているんだけど、半freeee君の脳では理解できないんだろう。
半freeeって頭わるそうだな
>>402,403
もしかして肉体は常に変化してるから無くならなる瞬間はないと?
確かに生きてる「肉体」は物質を入れかえながら変化してるが、
「肉体」の存在は変わらない
僕が言う、別の物に変化するとは「肉体」の形質を保てなる事
そうなったら「肉体」は消える事は判る?
>>406 文句を言ってるんじゃない、
全ての物が生きているというのも
おもちゃがおもちゃでなくなるというのも
同じレベルの話という事
半freeeは知識坊なだけでは?
へんてこな教科書を読んでそれがすべて真実だとw
411 :
考える名無しさん:2008/12/14(日) 00:45:57 0
>>409 >「肉体」の存在は変わらない
違う。その場合は、君の認識が「変わらない」だけ。
君が勝手に、物質の在り方に境界を持たせ「変わらない」としているだけ。
実際の物質(E=mc^2という突っ込みがあるならエネルギーでいいが)は、
常に変化し、無くなったりもしない。
常に生き続けている生命なんだよ。だからみんな生きている。
従って、死は存在しない。死は個人の勝手な概念の一つに過ぎない。
>>411 死が概念に過ぎないなら
生も同じ事
そして死なんて存在しないと言ってる時点で
死という概念は存在してる
413 :
考える名無しさん:2008/12/14(日) 01:19:26 0
>>412 だから概念としてしか存在していない。
こっちは存在するもの全てを生命と定義して、
変化するもはすべて生きているとしているの。
変化も生命も実在しているんだよ。そしてそれはなくならない。
下らない文句を言う前に、厳密な定義をお前がしてみることだ。
厳密な定義ができないなら黙っていろ。筋違いだ。
>>143 だから生も概念として存在する物だろ
そして文句を言ってるんじゃない、
「存在する物全てが生命」なら、存在を失う事が死だと思うのは当然だろ
後、存在する物に文字とか、声とかは入るの?
僕の生命の定義は、「自分の動きを保つために動くもの」だ
>>414 原子も概念として存在する1つだよ。
君は何か勘違いしている。
原子は概念でなく物質として存在する
原子を認識するのが概念
417 :
考える名無しさん:2008/12/14(日) 13:04:47 0
>>414 >だから生も概念として存在する物だろ
違うよ。変化することを生きていると定義しているんだから。
>「存在する物全てが生命」なら、存在を失う事が死だと思うのは当然だろ
定義より、失うことがないから死は存在しない。
>後、存在する物に文字とか、声とかは入るの?
入らないよ。物理的実体がない物を生命と定義しているわけじゃないから。
>僕の生命の定義は、「自分の動きを保つために動くもの」だ
なら台風も生命になるね。でも生命と非生命を分けられないだろ。
境界を定義して、境界にあるものと、その前後にあるものの例を出したら?
何にせよ、こっちはすべて生命と定義しているから、君の生命も含まれるよ。
>>417 僕の定義は、死も非生物も存在する
君の定義は「物質として存在する物は生命」じゃない?
でも「人間」は物質の名前じゃないから不完全
あと声や書かれた文字、台風も、物理的実体があり、それらは生命でないのに人間は生命?
僕の定義ではロボットが自立して稼動、繁殖し始めたら生命
台風は自分の動きを「保つ」ためには動かない
ただエネルギーが0になる方向に流れているだけ
>>416 原子だけ違うと思い込みする根拠はなんだ?
それは人が完全に確定したものでもないのに、君の思い込みにすぎない。
420 :
考える名無しさん:2008/12/14(日) 21:07:34 0
>>418 >僕の定義は、死も非生物も存在する
じゃあ、ちゃんと定義してくれよ。話はそれからだ。
>台風は自分の動きを「保つ」ためには動かない
動いているけど、君はそう認識しないだけ。
全てのモノは物理法則に従って動いているだけだ。人間も台風も。
>ただエネルギーが0になる方向に流れているだけ
エネルギーが0になる方向ってなんだ?
人間もエネルギー的に安定な方向に動いているという意味では同じだよ。
基本的な知識の話だな〜
>>419 肉体は物質だが、人間は物質をさす言葉ではない
>>420 人間は無意識でも意識的にも、エントロピーの増大的現象(つまり不安定さを増す方向に進むこと)
を起こす
422 :
考える名無しさん:2008/12/14(日) 22:54:31 0
>>421 >エントロピーの増大的現象(つまり不安定さを増す方向に進むこと)
馬鹿じゃないの?
エントロピーの増大は普通に発生する。水に落としたインクが拡散するのもエントロピーの増大だ。
熱力学第二法則をちゃんと勉強してこい。
それから、部分系のエントロピーの減少は、冷蔵庫でも人間でも起るが、
人間も冷蔵庫も、系全体ではエントロピーは増大している。
基本的な知識すらない馬鹿は黙っていろ。
>>420 それから死と非生物は、生物を定義した時点で判りきってる
つまり生物でない物が非生物で、生物から非生物になる事が死だ
>>422 そうだったの?知らなかった
それは基本的知識じゃないと思うが
でもなんで定義したのに黙ってろと言われニャならんのw
ちなみに冷蔵庫は、常に人間の手が加わらないと止まってしまう
つまり人間の一部というか、拡張装置だ
424 :
考える名無しさん:2008/12/14(日) 23:39:48 0
>>422 >水に落としたインクが拡散するのもエントロピーの増大だ。
では問題。水に水滴を落として拡散すると、エントロピーは増大するでしょうか?
425 :
考える名無しさん:2008/12/14(日) 23:52:44 0
>>423 >そうだったの?知らなかった
知らないなら、知ったかしてエントロピーのという言葉を使ったりするな。
間違いだらけだ。馬鹿。
>ちなみに冷蔵庫は、常に人間の手が加わらないと止まってしまう
人間だって太陽の活動の手が加わらないと止まってしまうね。
426 :
考える名無しさん:2008/12/14(日) 23:53:50 0
>>424 熱力学第二法則が正しいなら、エントロピーは増大する。
系全体で減少することは確率的に皆無。
427 :
424:2008/12/14(日) 23:56:22 0
>>426 ちがいます。
熱的平衡にある系ではエントロピーは増大しません。
>>425 僕は例えとして、エントロピーの増大「的」現象と言っただけ
冷蔵庫は、常に流されてるエネルギーを、変換して一部貯めているだけじゃ?
人間は太陽が手を加えてるんじゃなく、太陽からのエネルギーを利用してるだけ
君は「北風と太陽」みたいな事言うなぁw
429 :
考える名無しさん:2008/12/15(月) 01:56:18 0
>>427 現実世界に完全な平衡状態は存在しない。無限時間がないと到達できないから。
430 :
考える名無しさん:2008/12/15(月) 01:57:53 0
>>428 >僕は例えとして、エントロピーの増大「的」現象と言っただけ
だから馬鹿だって言ってるの。減少的だろうが。
>人間は太陽が手を加えてるんじゃなく
それは君の主観に過ぎない。太陽の主体を認めていないからそう思うだけ。
431 :
424:2008/12/15(月) 02:32:05 0
>>429 「平衡状態」なる(仮想)状態を想定しなければエントロピーの定義すら不可能なのだよ。
現実世界を問題とするなら、コップの水が瞬間的に整列する場合すらある。
それならばエントロピーが減少する瞬間も発生してしまう。
しかし、今問題としているのは熱力学に於いてどのように理解するかということだ。
「水に水滴を垂らしたらエントロピーは増大するか」という問題を熱力学的に回答すれば、その場合、
「エントロピーの増大は無い」というのが回答だ。
君は自分が熱力学をあまり理解していないのをごまかそうとしている。
432 :
424:2008/12/15(月) 02:33:29 0
訂正
コップの水→コップの水の分子
433 :
考える名無しさん:2008/12/15(月) 05:47:58 0
>>431 >現実世界を問題とするなら、コップの水が瞬間的に整列する場合すらある。
ないよ。一度でもあったらならその証拠を出してみろ。
所詮、あるかもしれないって想像だろ?
>それならばエントロピーが減少する瞬間も発生してしまう。
机上の空論。
>「水に水滴を垂らしたらエントロピーは増大するか」という問題を熱力学的に回答すれば、その場合、
>「エントロピーの増大は無い」というのが回答だ。
間違い。水と水滴に分かれている方がエントロピーが低いので、
両者を混合させれば、 エントロピーは高くなる。
馬鹿は黙ってろ。
>>430 あ、ホントだ、ゴメン減少的だった
あと、ヒトはヒトの形を保つ意味でも、エントロピーの低下的現象を起こすよね
>太陽の主体を認めてない
太陽が人間を生かしてあげる動機は何?
それから話を戻すと「全ての物質は生きている」だと、ヒトの生を認めてないよね
僕の考えではヒト(動植物)は物質じゃなくて「現象」だから
肉体という物だけあっても、ヒトとして生きてるとは言わないよね
肉体はいつか消えるし
>>416 > 原子は概念でなく物質として存在する
> 原子を認識するのが概念
命は概念でなく原子の集まりの物質として存在する
原子の集まりを認識するのが概念
故に原子も命も同じ。高次の存在か低次の存在かの違いにすぎない。
君が言っているのは詭弁にすぎない。
436 :
424:2008/12/15(月) 11:09:53 0
>>433 >水と水滴に分かれている方がエントロピーが低いので、
どうやったらこんな結論となるのか
等温で水と水滴に分かれたらポテンシャルは増大する。
しかしこの際、「水と水滴の系」に熱量が加えられずに仕事だけがなされたのなら
エントロピーの変化は無い。(熱が加えられれば当然エントロピーは増大するが)
それでは水と水滴に分かれた時のエントロピー低下の説明をどうぞ。
>>435 僕の知る限り、命は物質の種類じゃないよ
あと全ての「物」が生命なら
人らしく生きる事は生命活動じゃないか、
あるいはヒトの死、机の死、波の死など無数の死が存在する事になるけど?
439 :
考える名無しさん:2008/12/15(月) 14:22:16 0
>>434 >あと、ヒトはヒトの形を保つ意味でも、エントロピーの低下的現象を起こすよね
形を保つというのは君の勝手な認識であって、
実際には変化している。どんなものの物理法則に従って変化しているだけだ。
>それから話を戻すと「全ての物質は生きている」だと、ヒトの生を認めてないよね
認めているよ?死がないというだけだし。
>僕の考えではヒト(動植物)は物質じゃなくて「現象」だから
僕の考えでは、物質自体現象だから。
>肉体という物だけあっても、ヒトとして生きてるとは言わないよね
そんな話じゃないし。木材だけあっても、椅子になっているとは言わないし。
>肉体はいつか消えるし
消えないよ。拡散するだけ。
>>439 ヒトが形を保つというのは、勝手な認識というが
変化してもヒトがヒトである事は保たれるけど?
また、ヒトの生を認めるなら死という概念も認めないと
僕は生命の本質は物質でなく、働きだと思う
肉体は拡散しても消えないというが
拡散したら肉体の「形」は消えるよ
441 :
考える名無しさん:2008/12/15(月) 14:52:33 0
>>440 >また、ヒトの生を認めるなら死という概念も認めないと
それはお前の定義に過ぎないから。死の定義をちゃんとしてくれ。
俺の定義では生しか存在しない。従って死は存在しない。
>僕は生命の本質は物質でなく、働きだと思う
君の考えに過ぎない。
全てのものは、働きを伴っているから、存在するすべてのものは生命だよ。
>肉体は拡散しても消えないというが
>拡散したら肉体の「形」は消えるよ
それは君の認識上の話。
実際には常に変化しているのを、認識によって特定の条件を区別しているだけ。
僕は全ての働きが生命だとは思わない、そして「物質」と「働き」は全く別
それで「ヒト」の命は有るの?無いの?
ヒトの命が有るなら、そのヒトが消えたら死だよね
443 :
考える名無しさん:2008/12/15(月) 15:36:49 0
遺伝子を持ち物質代謝を行っている物質の状態を「命」があると
言う。ウイルスや休眠中の「種」も含めて。
444 :
考える名無しさん:2008/12/15(月) 16:22:50 0
>>442 >僕は全ての働きが生命だとは思わない、そして「物質」と「働き」は全く別
思わないのは自由だが、生命と非生命を定義してから発言してくれ。
俺の定義ではすべての働きが生命。だから死は存在しない。
>それで「ヒト」の命は有るの?無いの?
俺の定義ではある。
>ヒトの命が有るなら、そのヒトが消えたら死だよね
俺の定義では消えないし、死なない。
446 :
考える名無しさん:2008/12/15(月) 16:44:07 0
命とは、もともと人間が勝手に考え出したただの言葉だ。
哲学は人間以外の動物のほうがよく理解している。
あえて人間が言う命を定義するなら有像無像関係なく、この宇宙の全てだ。
命を大事にしよう。
>>444 だから僕の生物の定義は、「自分の動きを保つために動くもの」で、動きを働きと言いかえてもいい
生物を定義した時点で非生物も定義される話は前したよね
全ての働きが生命なら、働きが止まった時点で死では?
全ての働きが止まらない訳ないよね
448 :
考える名無しさん:2008/12/15(月) 17:04:47 0
>>447 >だから僕の生物の定義は、「自分の動きを保つために動くもの」で、動きを働きと言いかえてもいい
全然ダメだね。境界を定義して、境界にあるものと、その前後にあるものの例を出したら?
それが出せないようじゃ話にならない。主観でなんとなく分けられるでは定義にならないよ。
>全ての働きが生命なら、働きが止まった時点で死では?
物質が止まることはない。常に動き続けるから、常に生命であり続け、死は存在しない。
>全ての働きが止まらない訳ないよね
この世に止まっている物質なんてないよ。
>>448 僕の定義は生命の本質を示しており、その動きを客観的に示せる物は生物
一般的に、ヒトの生と死の境界線は主観的に決められている
具体例は示した、他はどうか自分で考えてみれば?
動きは止まらなくても、
働きは生まれたり消えたりする
450 :
考える名無しさん:2008/12/15(月) 18:43:58 0
>>449 >僕の定義は生命の本質を示しており、
示していないし。
>その動きを客観的に示せる物は生物
抽象的で定義になっていない。
>一般的に、ヒトの生と死の境界線は主観的に決められている
主観の話なら決められている場合もあるが、決められていない場合もある。
>具体例は示した、他はどうか自分で考えてみれば?
全然示していないよ。
>働きは生まれたり消えたりする
それは君の主観の話だろ。定義と関係ない。
>>450 抽象的、主観的な定義は哲学ではありえる
あと、死なないのは良いとして(それだと生きるために努力する必要も無いが)
ヒトが生まれる瞬間はあるの?
一応聞いとくけど
さすがはんふりー。ナイスつっこみ。
物質は全て生命なんてポエムでしかないわな。
450の意見は正論だろ、451の抽象的とはオカルトだよ。
主観的な世界はオカルトの基本、君はオカルトに染まっている。
漏れが言うんだから間違いない。
いまとここで生きているのもののすべてだ
455 :
考える名無しさん:2008/12/15(月) 21:45:48 0
456 :
考える名無しさん:2008/12/15(月) 21:46:39 0
命は成人の証だ。
大人は命がけなんです。
大人は生きることにかかりきりだ。明日の飯を食べて命を繋ぐ為に働いてる。戦争に
借り出されて人を殺すのも成人だ。学生や子供に生殖は許さない。
子供はオナニーをしたり、勉強をしたり、ゲームをしたり、命に関わらない余技なので責任
が無いといいます。
どうして大人は美を好んだり、異性を側に置いておいたり、禁欲的だったり、政治など
人間には欲望が無いようなことをするのか。何故なら、命がけだからです。
生命において考えられた観念やシステムを考え出すようになると大人の証です。命を
繋いでいく社会とか、セックスを上手に運用していく観念を考えたり、着飾り方を学ぶの
です。
しかし、命がけでないと、粗暴な振る舞いをしたり、我侭を言ったり、命を守るシステム
を簡単に壊す振る舞いをします。自分の身が危険にさらされると懸命に戦いだすのです。
まるで、甲板に唾を吐いて自分で掃除したり、汚したりして汚いと文句を言うようなもので
す。
ですから、命において、色んなものを考えるのですよ。
457 :
考える名無しさん:2008/12/15(月) 23:28:47 0
>>451 >ヒトが生まれる瞬間はあるの?
あるよ。一般的な生死と言う意味ではね。
全てのものが生命という立場では、常に生きている。が、生まれる瞬間もある。
常に生まれているといってもいい。
イメージ的には、アメーバが分裂して生まれ、融合して戻るみたいな感じだ。
よって死は存在しない。変化が存在するだけ。
>>457 つまり君が教祖になったら
「死は恐れる必要はありません」
って言うわけ?
ヒトがヒトであり続ける必要もないし
それに死がないなら、殺人すら殺した事にならないよね
460 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 01:34:06 0
>>458 死は存在しないけど、怪我や変化は存在するよ?傷害は罪だと思うし。
461 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 05:39:41 0
>>460 殺人罪は存在しないのか。死がないんだから。
>>457 「全てのものが生命」という立場では
「いわゆる生物」と「いわゆる無生物(石とか)」の区別はどのようなものだと考えてるの?
>>460 変化するものは生きているだと、
怪我や死んでいく事も生命活動になるけど?
464 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 10:11:31 0
>>461 それに相当する罪は存在するから同じ。肉体拡散罪でもいいし。
465 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 10:13:22 0
>>462 生命かどうかってことでは区別する必要ない。活動性の多少があるだけ。
466 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 10:13:49 0
>>463 死は存在しない。全ての変化は生命活動。
>>466 では怪我をし、化膿し、体調を崩し、
体の活動が止まって(動から止への変化)
腐っていくのが全て生命活動?
原始仏教みたいな考え方だな
僕は、もっと命は貴いものに感じるけどね
468 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 11:51:16 0
>>464 肉体拡散罪なら、意識が永遠になくなったということに対する罪を新たにまた名付けて2重罪
にでもするの?
469 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 12:18:12 0
>>467 すべて生命活動。
>僕は、もっと命は貴いものに感じるけどね
生命は君が感じているそれよりも、もっと尊いんだよ。
君は生命や命を軽んじているね。
>原始仏教みたいな考え方だな
原始仏教でも命は尊いよ。たぶん君が考えているよりも。
470 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 12:20:47 0
>>468 実際の法の運用は、今まで通りでいいだろ。そういう話をしているわけではなくて、
哲学的な「生命」の定義しているだけ。日常の生死まで変えろって話ではない。
>>467 殺人という行為は生命活動?で、それは尊いの?
472 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 12:27:54 0
>>470 刑法は現実を扱うものだから、生死の定義が必要。日常を離れた生命の定義をしてなにを主張
したいのか。哲学的、とはどういう意味か。
>>472 例えば哲学的「私」と日常的「私」は意味が違う。
刑法の生死を、哲学的な厳密さの生命の定義と合わせる必要なんてどこにもない。
定義なんて、運用する場所によっていくらでも変わるのが普通だし、それが日常というものだ。
殺人がいいか悪いかだって、状況や場所によって異なる。
>>469 全てが生命で死なないなら命を大切にできるの?
自殺だって生命活動の一環になるじゃん
死という概念があるから、命を守るという概念もあるわけ
君が大切だと言ってるのは全ての物質に過ぎない
あと補足すると
原始仏教では生に執着しない
殺人が許される場合はあっても、良いことである訳がない
475 :
462:2008/12/16(火) 13:51:37 0
>>465 >生命かどうかってことでは区別する必要ない。活動性の多少があるだけ。
区別できないってことですか?
火星で生命探査をしてますが、「いわゆる生物」はまだ見つかっていませんよね。
しかし貴方の定義では火星はそのまま生命の塊ということでしょうか。
石ころも生命で、この石を割って2つにしても生命。原子も生命。電子も生命。
陽子も生命。そして光子も生命ですか?
それとも生命は分割したりできないものとの考えでしょうか?
「生命は生まれる瞬間もある。常に生まれている」との
>>457の言明も分かりにくい。
もう少し詳しく貴方の世界観を教えてください。
また、地球上の全ての「いわゆる生物」が死滅したとした場合、
貴方の定義では、生命は形態を変えただけ、ということですね。
「いわゆる生物」の存在した地球と「いわゆる生物」の死滅した地球の間には
「生命」という視点からは差違はないということですか?
これは「可逆でもある」、と考えてもいいのですか。
つまりまた再び「いわゆる生物」が地球上に無条件で自然発生するでしょうか?
もし、「もう発生しない」または「発生するが条件がある」とするなら
「いわゆる生物」と「いわゆる無生物」を区別する必要はなない、とする貴方の言明は釈然としません。
476 :
462:2008/12/16(火) 14:02:36 0
生命と非生命の境界との話もあるようですが、
私は、
・バクテリア=生命
・ウイルス=非生命
と、とりあえず区別しようと思いますが、これは駄目でしょうか?
478 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 14:08:50 0
>>474 >全てが生命で死なないなら命を大切にできるの?
死ぬから大切にするのか?
まるで死ななかったら大切にする必要がないみたいな言い方だな。
>自殺だって生命活動の一環になるじゃん
そうだろ。自殺という「行動」が生命活動でないなんて誰も思わんだろ。
>死という概念があるから、命を守るという概念もあるわけ
君の場合はそうだということに過ぎない。馬鹿馬鹿しい。
>殺人が許される場合はあっても、良いことである訳がない
それは君の思い込みと君の価値観に過ぎない。
そういう価値観の押しつけはやめたまえ。
重度の障害で生きている方が苦しく、本人が望んでいても
自分では死ねない人を殺すのは、人によっては良いことだと考える。
自分の価値観を押し付けるような人間には哲学は無理。黙ってろ馬鹿。
>>476 癌は生命じゃないよ、細胞だけどな。
癌は無秩序に生まれ、無秩序に増え、無秩序に進化する。
その目的は結晶と大差ない。
480 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 14:22:10 0
>>475 >火星で生命探査をしてますが、「いわゆる生物」はまだ見つかっていませんよね。
有機生命体は見つかっていないね。
>しかし貴方の定義では火星はそのまま生命の塊ということでしょうか。
火星自体も生命だが、今はそういう認識の人は少ないから、一般にはそういう表現はしないね。
地球を生命のように見る人は結構いるけど。
>石ころも生命で、この石を割って2つにしても生命。原子も生命。電子も生命。
>陽子も生命。そして光子も生命ですか?
そうだね。クオークも生命。
>それとも生命は分割したりできないものとの考えでしょうか?
全然。くっついたり離れたり自由自在。アメーバ的。
>「生命は生まれる瞬間もある。常に生まれている」との
>>457の言明も分かりにくい。
>もう少し詳しく貴方の世界観を教えてください。
神道の神霊が近いかも。分祀されると増える一方で、なくなるわけじゃない。
神道では、神霊は無限に分けることができ、
分霊しても元の神霊の神威は損なわれず、
分霊もまた本社の神霊と同じ働きをすると考えられている。
481 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 14:28:22 0
>>475 >また、地球上の全ての「いわゆる生物」が死滅したとした場合、
>貴方の定義では、生命は形態を変えただけ、ということですね。
そのとおり。
>「いわゆる生物」の存在した地球と「いわゆる生物」の死滅した地球の間には
>「生命」という視点からは差違はないということですか?
「物質」という言葉に置き換えてもそれが成立するなら、そうだな。
>これは「可逆でもある」、と考えてもいいのですか。
系全体で考えれば、エントロピーは増大するので、可逆ではない。
>つまりまた再び「いわゆる生物」が地球上に無条件で自然発生するでしょうか?
一度自然発生したのだから、もう一度発生しても別におかしくはない。
無条件ということはないだろうが、それは台風でも同じ。
>もし、「もう発生しない」または「発生するが条件がある」とするなら
>「いわゆる生物」と「いわゆる無生物」を区別する必要はなない、とする貴方の言明は釈然としません。
「いわゆる生物」と「いわゆる無生物」の区別は、
条件付きで発生するか否かでは決まらないのでは?
482 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 14:29:34 0
>>476 バクテリアとウイルスの中間的なものが出てきたら、どこに境界ができるの?
483 :
462:2008/12/16(火) 14:42:00 0
>>480 なるほど。しかし神霊の話は後回しにして、
クオークも生命ということは、いま話題のヒッグス粒子も生命ですね?
ヒッグス粒子は宇宙内に充満していると考えられていますが。
しかし、その宇宙に充満する素粒子に「くっついたり離れたり自由自在」というのは
その「生命」は実在的ではないということでしょうか。
つまり、貴方の定義する「生命」は「どのような物理量にも対応し得ない何ものか」であるということですか?
それとも「観測され得る物理的に意味のある何か」と連関するイメージを持ってますか?
484 :
462:2008/12/16(火) 14:45:45 0
>>482 バクテリアとウイルスの「中間的」なものですか・・
それは具体的にはどのような性質を持っていると考えられるでしょう?
485 :
462:2008/12/16(火) 15:01:34 0
>>481 >「いわゆる生物」と「いわゆる無生物」の区別は、条件付きで発生するか否かでは決まらないのでは?
十分条件ではありませんが必要条件であると思います。
「いわゆる生物」が発生するのに条件があるなら、「いわゆる無生物」との間に差違があることになります。
それならばその条件は「いわゆる生物」と「いわゆる無生物」を区別する要件の一つとなるということです。
その区別は貴方の言う「生命」とは別の対立軸としての〈生命〉の条件と成りうると考えるからです。
>>478 つまり命が生まれるだけで消えないなら、命を消さないために何かするのは無意味
自殺を助けるのは、
苦痛を取る手段かもしれないが
善い事じゃない
487 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 15:54:35 0
>>486 それは君の価値観に過ぎない。
良いか悪いかを思うは自由だが、それを決めるのは君ではないし、君が正しいわけでもない。
488 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 15:56:52 0
>>484 先祖はどちらも同じだと思われるので、かつては中間的なものが存在したと思われる。
人間と猿の共通の先祖のような。進化の過程にある生物が全部存在するとして、
どこで人間か否かの線引きするんだろうね。
489 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 15:59:52 0
>>485 条件付きでない「いわゆる無生物」の例は?
ちなみに、物質が存在できるのはすべて条件付きだよ。
ビッグバンの瞬間の状態では、元素なんて存在しないのだし。
490 :
462:2008/12/16(火) 16:14:45 0
>>488 そうですねえ・・・
「線引き」というのは、ある程度、人間の主観的都合なものかもしれませんが、
しかし「区別」は必要な作業だと思います。
その結果、例外や、曖昧な領域は残るかもしれませんが、区別する作業は理解の中核を成していると思えます。
「人間と猿の中間の種が全部存在する世界」がどうなるかは分かりませんが、
人間が他の種から完全に区別できる現状ではそのことが当面の問題とはならないと思えます。
異種の交配により新種が発生したとの話も聞きません。それは交配可能なら同種であるとの結果論かもしれませんが。
ある二つの対象について、そこに普遍性を注目することもできるでしょうが、
その差違に注目し、差違が意味のあるものとして認識されるのなら、そこには線引きが可能ではないでしょうか?
491 :
462:2008/12/16(火) 16:28:16 0
>>489 条件付きでない「いわゆる無生物」の例とは、単純に石ころなどを考えていましたが・・・
こういうのどうでしょう。
「人間を構成する元素と同量の元素を、水溶液などの状態にして、36.5℃に保持したもの」
あと、ビッグバンまで遡って「いわゆる無生物」の条件を考えてはいませんでしたが、そこまで考えますか?
話が広がりすぎでは?ビッグバン瞬間の状態について詳しい知見がありますか?
492 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 16:33:51 O
生命とは無生物、または死との対比から生じた概念です。
全てのものが無生物だったならば生命という概念は生まれません
反対に死がなく、全てのものが生命であったなら無生物や死の概念も生じないでしょう
これが生命の概念の正体で自己のうちに『〜でない』という否定を内包しているのです。
>>487 病などで自殺する人は、本当に死にたくない
苦痛を取りたいだけ
それを殺すのは、せいぜい必要悪で
善にはなりえない
それとも、飛び降りようとする人がいたら押してやれとでも?
まあ死がないから、それでもいいよね
494 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 17:28:57 0
>>490 >人間が他の種から完全に区別できる現状ではそのことが当面の問題とはならないと思えます。
それは実社会上の問題であって、哲学的な生命の定義とは話が違う。
哲学的な生命の定義なら、過去に存在したあらゆる生命に適応できないと面白くない。
哲学的に、人間とは何かと問うているのに、
実社会上で十分区別できている基準を持ち出すなら、もう既に哲学の議論じゃないよ。
一般的には区別できているが、例外はどうなのだろうかとかそういったことを追究しないとね。
495 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 17:30:33 0
>>491 >「人間を構成する元素と同量の元素を、水溶液などの状態にして、36.5℃に保持したもの」
そんな条件では人間はもちろん、石ころだって生まれない。
石がどうやって生まれてくるか、よく考えた方がいいよ。
496 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 17:33:19 0
>>492 >全てのものが生命であったなら無生物や死の概念も生じないでしょう
間違い。
全てのものが物質であっても、 無生物や死の概念は生じる。
同様に、
全てのものが生命であっても、 無生物や死の概念は生じる。
君が勝手に生命と生物を結びつけているから、そのように考えてしまうだけ。
497 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 17:33:52 0
>>493 それは君の価値観に過ぎない。
良いか悪いかを思うは自由だが、それを決めるのは君ではないし、君が正しいわけでもない。
498 :
462:2008/12/16(火) 17:59:47 0
>>494 面白いか面白くないかは知りませんが、
過去に存在したあらゆる生命など検証しようがないと思われます。
空想を根拠に検証するのですか?
例えば、貴方の考えるバクテリアとウイルスの中間種とはどのような性質のものですか?
私が「現実に区別できている」とは実社会というような社会的な意味ではありません。
検証可能性の問題です。現状の存在する対象と過去に存在したであろう対象とでは観測条件が異なるのではありませんか?
それを比較対象とするのは適当ではないと思われます。
「哲学的な生命の定義」とは話が違うと言われるが、哲学的な生命の定義とは貴方はどのようなものと考えてるのでしょう?
いやその前に、とりあえず
>>483の問いに答えて欲しいと思います。
>>495 「いわゆる生物」と「いわゆる非生物」を比較するために、「人間と元素量が同じな水溶液」なる条件を提示したのですが。
気に入りませんか?
石ころがどうやって生まれるかをよく考えてどうするのか、話がよく見えませんので教えてください。
499 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 18:01:18 0
要するに修飾の話だろ。自分の気に入るように飾り立てたいだけなんじゃねえ。
500 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 18:16:05 0
>>498 >過去に存在したあらゆる生命など検証しようがないと思われます。
生物の進化の証明は、検証と同じだと思う。
これからは推測される先祖のDNAorRNAから、成体をシミュレーションできるかもしれない。
もしくは、あらゆるDNAorRNAのパターンによって、生物の連続マップが作られるかもしれない。
>石ころがどうやって生まれるかをよく考えてどうするのか、話がよく見えませんので教えてください。
無条件には石ころはできないだろ。
501 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 18:20:23 0
>>498 社会上の定義が知りたければ辞書を引けばいいだろ。
常識を懐疑しないで、日常の常識で結論を出すなら、哲学で議論する必要なんてない。
例えば、現在存在していなくても、どういう条件を満たしたらロボットは人間となるかというのは
哲学的議論だと思うぞ。
502 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 18:34:52 O
>>496 いいや生じない
仮に生じるとしても我々が4次元空間を想像すらできないように想像すらできない
503 :
462:2008/12/16(火) 18:36:34 0
>>500 「生物の進化の証明」が何を意味するのかよく分かりませんし、いかなる意味で検証と同じなのか分かりません。
またDNAから成体をシミュレートできるかどうかは現状では全く分かりません。
ああ、なるほど「無条件」にこだわってるのですか。
「いわゆる無生物」から「いわゆる生物」が発生する条件、そしてその間の差違、
との話の流れだと思っていましたが。
そうですね・・
石ころにもいろいろあるかと思いますが、石英なら二酸化ケイ素から人為的に製造可能ではないですか?
シリカとかありますからね。
その他、溶岩が冷えたり、地中の高圧下で結晶化したり、堆積したりしてできるのでは?
504 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 18:41:40 0
>>502 君が想像できないからといって、他の人が想像できないと決めつけないこと。
他の人は君みたいに馬鹿じゃないから。
505 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 18:45:11 O
↑
この程度の思考実験もできないで何が哲学だ
506 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 18:45:28 0
>>503 >石ころにもいろいろあるかと思いますが、石英なら二酸化ケイ素から人為的に製造可能ではないですか?
それなら、DNAシンセサイザで生物も作れることになるな。
人為的に製造できるかできないかは、
「いわゆる無生物」と「いわゆる生物」の境界に何の関係もない。
逆に「金」などは人間の力では製造不可能。恒星の核融合が必要。
507 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 18:46:25 0
>>504 それは観念的誤り。ある想像をできることが無想像より優れているとは限らない。
508 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 18:47:13 0
>>496 >全てのものが物質であっても、 無生物や死の概念は生じる。
>同様に、
>全てのものが生命であっても、 無生物や死の概念は生じる。
何が「同様に」なのか意味不明。
証明にも示唆にもなっていない。説明求む。
509 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 18:55:53 0
物質=生命と定義している
510 :
462:2008/12/16(火) 19:05:53 0
>>506 >それなら、DNAシンセサイザで生物も作れることになるな。
そうは思いませんが、どうやってやるのです?石英の製造と生物の製造が同じと考えているのですか?
>人為的に製造できるかできないかは、 「いわゆる無生物」と「いわゆる生物」の境界に何の関係もない。
そうですよ。ただ「石ころはどうやってできるのか考えろ」というので書いたのですよ。
「いわゆる無生物」と「いわゆる生物」は同様に「生命」だとする主張に対して、
「同様ではないのでは?」と疑問を提示するために「人間と同量の元素量の水溶液」と
人間とでは何が違うのだろうか、と述べているのです。
>逆に「金」などは人間の力では製造不可能。恒星の核融合が必要。
恒星の核融合で生成可能なのは理論的には鉄が限界ではないですか?
最近の学説は違うのですか?
511 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 19:13:30 0
>>510 >そうは思いませんが
思わないのは君の自由だが、実際に作れているから。
>「同様ではないのでは?」と疑問を提示するために「人間と同量の元素量の水溶液」と
>人間とでは何が違うのだろうか、と述べているのです。
それなら、同量の元素量の石ころでも違うね。
石ころも生成環境によって個性が出まくるから。
>恒星の核融合で生成可能なのは理論的には鉄が限界ではないですか?
恒星の爆発時の核融合。それ以外にどうやって「金」が作れるというのだ。
512 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 19:13:48 0
>>509 >物質=生命と定義している
なら君にとって生命の定義なんて必要ないじゃん
アニミズムですら物質と霊魂は区別してるだろ
どんな思考なのか全然わからない
513 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 19:16:49 0
>>512 霊魂は物質じゃないから区別してるんだろ。
俺の定義は生命は物質と異ならず、物質は生命と異ならず、という発見なんだよ。
色不異空、空不異色みたいなものだ。
514 :
462:2008/12/16(火) 19:19:35 0
>>511 >思わないのは君の自由だが、実際に作れているから。
生命が作られた事例を具体的に説明してください。
>恒星の爆発時の核融合
最初から超新星爆発と言えばよいのです。
また、超新星爆発により金が作られているのは推測では?
スペクトルの分析などがなされているのですか?
515 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 19:23:02 0
>>513 発見じゃねーよ
文学だろ
物質が生命であるとしたって生物を説明できないんだろ?
516 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 19:24:10 0
517 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 19:29:24 0
>>515 説明できるかどうかは関係ないだろ。
人間が物質であるからといって生物を説明できないだろ。
逆に言えば、人間が物質であることによって生物を説明できる程度には説明できる。
物質のラベルを生命に置き換えるだけだから。
518 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 19:29:54 0
>>514 >また、超新星爆発により金が作られているのは推測では?
核融合には変わりない。
519 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 19:55:34 0
520 :
462:2008/12/16(火) 20:00:31 0
あ、
>>514は間違えました。
・「生物」が作られた事例を具体的に説明してください。
が正しいですね。
521 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 20:52:26 0
522 :
考える名無しさん:2008/12/16(火) 21:49:47 0
情報化された動的平衡状態
細胞単体では、生物(なまもの)であっても、生命ではない。
バクテリアもウイルスも生物にすぎない。
そこには命はない。
人間が生活と共に捨てる細胞の肉片と同じだ。
それは命ではない。
このスレは命を問うと宣言されているわけで、高次の現象を表す
「命」を定義し、「なまもの」を定義するスレではない
>>497 で、君にとって命を大切にするってどういう事?
>>522 情報化により再現される動的平衡じゃない?
>>523 生物(なまもの)って間違えやすい表現だな
単細胞生物はせいぶつじゃないの?
525 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 01:22:01 0
>>523 君の定義ならそれでもいいけど、境界はどこにあるの?
俺は境界なんてないと思っているし、高次であっても低次であっても、
それ相応に生命だな。命はすべてに存在する。
526 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 01:24:10 O
命とは矛盾だ。
俺は矛盾を解決した。
もはや命ではない。
527 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 01:32:39 0
>>524 >で、君にとって命を大切にするってどういう事?
それはここで議論することじゃないだろ。ポイントがずれているが、
あえて言うなら、命の存在を低レベルに見ることは、高位の命を軽んずることにはならない。
多くの動物には霊性がないとか命として軽んじられた時代があったが、
そういう時代は人間の命の価値も低かったものだ。
より低レベルのものにも命を見出すことは、ピラミッドの底辺から命の大切さが底上げされ、
相対的に高位の命をより尊いものにすると思う。
528 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 01:54:57 0
>>527 >命の存在を低レベルに見ることは、高位の命を軽んずることにはならない。
なるね。
>多くの動物には霊性がないとか命として軽んじられた時代があったが、そういう時代は人間の命の価値も低かったものだ。
逆だ。
人間の命の価値が低かったから動物の命も軽んじられていたのだ。
>より低レベルのものにも命を見出すことは、ピラミッドの底辺から命の大切さが底上げされ、
>相対的に高位の命をより尊いものにすると思う。
お前の頭の中だけの妄想。俺は全くそう思わない。
物質=生命といいながら手前勝手に低次の命と高次の命を分けようとしてるところもインチキ。
全てが命なら低次も高次も無いはず。
529 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 01:58:31 0
>>528 >>命の存在を低レベルに見ることは、高位の命を軽んずることにはならない。
>なるね。
ならないよ。
「低レベルに見る」というのは低く見るってことではなくて、低いものにも見つけるってことね。
>逆だ。
>人間の命の価値が低かったから動物の命も軽んじられていたのだ。
別に逆でも構わないよ。どっちも低かったと。
だったら、人間の命の価値を上げると同時に、動物や、いわゆる無生物の命の価値も上げればよい。
>お前の頭の中だけの妄想。俺は全くそう思わない。
別に思わなくてもいいよ。
>物質=生命といいながら手前勝手に低次の命と高次の命を分けようとしてるところもインチキ。
>全てが命なら低次も高次も無いはず。
物質に高次構造も低次構造もないと思っているお前が馬鹿。
530 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 02:07:45 0
>>529 >物質に高次構造も低次構造もないと思っているお前が馬鹿。
お前は「水分子」を今から「水分子命」と呼ぼう、と言ってるだけ。
実際的な意味は全然ない。
531 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 02:08:46 0
>>528 それから妄想でなくて、このスレのテーマである単なる定義だからな。
他の定義があってもいいけど、こっちは境界がないという立場だから、
厳密に境界を示すことができないようでは、まだまだ土俵にもあがってないって感じだ。
これまでも吟味するために厳密な境界を求めても、示すことができないで逃げているやつばっかりだし。
532 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 02:15:13 0
>>531 逃げてるのはお前
突っ込みやすい所に突っ込んでるだけ。
お前には土俵など用意されてない。
533 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 02:26:32 0
>>532 まあ、勝手にほざいてな。
境界を示せるようになったら相手してやるよ。どうせ示せずに逃げんるだろうけどなw
示せない限り、逃げたとみなす。
534 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 02:35:13 0
>>533 貴様は俺と同じ「名無し」なんだよ。
最初から逃げてんだ。へっぴり腰なんだよ。
土俵に登る気ならコテつけてやるんだな。
535 :
533:2008/12/17(水) 02:44:24 0
>>534 議論するのにコテなんて不要だ。馬鹿。
そもそも名無しが推奨されている板なのに。
536 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 03:41:19 0
>>535 へっ。結局ステハンかよ。
大口叩くわりには尻の穴の小さい奴だな。
持論があるならコテ付けた方がいいに決まってるだろ。
特にお前みたいに馬鹿馬鹿と五月蠅い奴はな。
まあその不細工なナンバーで頑張るんだな。
537 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 10:03:00 0
スレタイトルに命を定義せよ。てあるから
定義した奴に文句言うのは筋違いだろうな
538 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 10:07:12 0
権威の傘を着るやつ
539 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 10:13:07 0
スレタイトルに命を定義せよ。てあるから
定義した奴に文句言うのは筋違いだろうな
定義もしないで関係ない話をするなら出て行け
>>535 君多分、全てが命で、命を大切にする人だよね?
で結局、命を大切にするっ何をすればいいの?
上下の問題じゃないよ
あと僕の定義では、ウイルスが宿主に向かって自力で移動できれば生物だ
できるか知らないけど
541 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 10:28:13 0
機械的な権威主義者
542 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 10:58:08 0
>>540 ここは大切かどうかとか、何をするかとか議論する場ではないだろ。
定義と関係ない話題をだらだら続けるなよ。
>あと僕の定義では、ウイルスが宿主に向かって自力で移動できれば生物だ
君の定義で生物となる要件は何?
移動できること?
>>542 やはり君は命を大切と言いながら、何が大切にする事か判んないんだね
何をしても命は無くならないから
存在を保つために移動できる物は生物らしいと思う
544 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 11:41:52 0
>>543 >やはり君は命を大切と言いながら、何が大切にする事か判んないんだね
俺はそんな話はしていないし、そういう話はスレ違いだ。
>存在を保つために移動できる物は生物らしいと思う
これは定義?
どうも君の生命の定義はいい加減なんだが、生命となるための必要条件は何?
移動できるだけで生命なら「車」も生命になるぞ。
>>543 このスレは生命を問うスレで、お前が捏造している
生物ではない。生物は物に過ぎないわけだ。そこに命はない。
全ての物が命で、命が無くならないなら、命を大切にするという概念はいらないんじゃない?
僕が生物っぽいと思うのは、活動を保とうとする意志を感じる物で
それは動きで表される
よって「動きを保つために(自力で)動く物」
と定義し
現在の車はヒトの道具に過ぎない
ハチにとってのハチの巣と同じ
547 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 12:16:32 0
>>546 >よって「動きを保つために(自力で)動く物」
>と定義し
移動できなくなった寝たきりの老人は生命ではないと?
生命の必要条件をよく考えて書いていくれ。
548 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 12:18:02 0
>>546 あと動きを保つとか、自力というのもあいまいだな。
自律歩行型ロボットはどうなる。
動きを保つ動きとは、
例えばエネルギーを補給する事だ
自力とは、自分の意志(的なルール)と、能力を使ってという意味
ロボットにとってのルールは人間を助ける事で
自分を保つ事ではない
よってロボットが人間を助けるより、自分を保つ事を優先して行動したら
道具でなく生物
なんだか危険な発想だが
あと寝たきりでも、精神や内臓や細胞は活動しているから生きている
550 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 12:53:44 0
>>549 >自力とは、自分の意志(的なルール)と、能力を使ってという意味
必要条件を聞いているのだが、「意志」がないなら生命ではないってこと?
それだと、植物は外れるよな?
>ロボットにとってのルールは人間を助ける事で
>自分を保つ事ではない
自分を保つようにプログラムされたロボットは生命か?
人間も自分を保つようにDNAでプログラムされているようなものだろ。。
>あと寝たきりでも、精神や内臓や細胞は活動しているから生きている
細胞は必要条件なの?
十分条件を語られても困るわけだが。
>あと寝たきりでも、精神や内臓や細胞は活動しているから生きている
培養液の中で増殖した心筋細胞が活動するのは生きているということですね?
あなたの言うのはそういうことです。
植物は自分を保つためのルールに従って活動している
ロボットが活動をし続けるために作られ、それが可能なら生命(僕の定義では)
寝たきりの場合、精神が活動していれば精神が生きており、細胞が活動していれば細胞が生きている
ヒトの命の必要条件は、複雑過ぎてわからないが
活動維持のルールはあるので
それに従って活動できていれば、生きているといえる
では定義を判りやすく改めると
「生物とは、活動維持のためのルールに従い、活動する物」
かな
553 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 15:02:22 0
>>552 >「生物とは、活動維持のためのルールに従い、活動する物」
活動維持とは?
ルールに従っているかどうかはどうやって判断するの?
定期的に充電しに行くロボットは生命ということになるね。
554 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 15:05:14 0
>>552 >ヒトの命の必要条件は、複雑過ぎてわからないが
そんなこと聞いていない。生命の必要条件を聞いているの。
555 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 15:10:53 0
>>552 それだと原子だって、自分を保つためのルールに従って活動しているから生命になるな。
電子の波の振動は活動だし、原子核が崩壊しないように中間子を交換しているわけだし。
556 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 15:13:13 0
現在の科学知識では
生命=バイオメカ=ハードウェア
であるが、霊魂の存在が科学的に確認されれば
生命=魂(ソフト)がロードされたバイオメカ(ハードウェア)
となる
557 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 15:16:37 0
物質に生命活動に固有なものが備わっていると言いたいのか、生命活動も単なる物質の
複雑な振る舞いにすぎないといいたいのか、生命活動自体が、定義によって変わるもので
本質など無いと言いたいのか、どれか当てはまるものある?
さっきの定義は訂正の余地があるかも
生命とは、維持活動により維持される活動
つまり生命の本質は、一種の活動だね
今のロボットは結局道具、
ブーメランと同じでヒトが手を加えて動かしてるものだ
誰か意図して作った物でなく、勝手に電気を充電し、動き続けるロボットがいたら生物
559 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 15:54:38 0
>>558 人間の子だって親の意図によって作られたものだ。
意図して作られたかどうかは生命の要件に関係ないだろ。
560 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 15:55:20 0
>>558 電気を充電し、動き続けるロボットはいるから生物だな。
561 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 15:56:29 0
>>558 人間が実は他の宇宙人に作られていたら、人間は生命でなくなるのか?
562 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 15:57:32 0
>>558 >生命とは、維持活動により維持される活動
>つまり生命の本質は、一種の活動だね
この条件は原子も満たしているな。
563 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 15:59:32 0
>>558 人間を意図して作れるようになったら、人間が生物ではなくなるのか。
命をそんなに軽く見るとはかなり酷い。w
ロボットの存在はヒトの活動の一部
もし宇宙人が人間を作り、常に存在までコントロールしていたら、人間は宇宙人の道具にすぎない
生きるためでなく、宇宙人の目的のために存在してる事になる
原子が自分の動きは止まらない(?)ので、保つための行動もない
565 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 17:05:33 0
>>564 >もし宇宙人が人間を作り、常に存在までコントロールしていたら、人間は宇宙人の道具にすぎない
>生きるためでなく、宇宙人の目的のために存在してる事になる
だとしても生命には変わりないだろ。
人間が道具だったら生命じゃないというのは、どう考えてもおかしい。それを決めるのは人間ではないということになるし。
というか定義になっていない。過去の人類の誕生の仕方によっては、
人類が生命になったり、ならなかったりするのは不備としかいいようがない。
566 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 17:06:31 0
>>564 >原子が自分の動きは止まらない(?)ので、保つための行動もない
日本語で。
よく考えると、生物を作る目的で作られた物は、道具と生物を両立しえるよね
認識が深まる事で、分類が変わるのは、学問ではありえる事
>>566 編集ミスだ
原子の動きは止まらない(?)
ので、動きを保つ行動もない
568 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 17:40:54 0
>>567 >原子の動きは止まらない(?)
>ので、動きを保つ行動もない
原子に限らず止まっているものは存在しない。
中間子の交換は原子の動きや状態を保つ行動とも言える。
569 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 17:41:45 0
>>567 >よく考えると、生物を作る目的で作られた物は、道具と生物を両立しえるよね
>認識が深まる事で、分類が変わるのは、学問ではありえる事
定期的に充電しに行くロボットは生命ということになるね。
571 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 18:11:49 0
>>570 >止まる活動もある
物質は全部動いているのに何をもって止まるとするの?
572 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 18:13:06 0
>>570 >ロボットはやはり人間の一部、外部器官とでも言うか
でも君の生命の定義の必要条件を満たしているから、生命にもなるな。
>>568 止まる活動は有る
>>569 たしかに生物的ではある
しかし現状のロボットは、人間のために存在する
人間の活動の一部であり、ヒトの手足と同じ
ロボットのために存在する訳ではない
もしも充電が人間の意にそぐわなければ、エラーであり、修理されてしまう
それはガン細胞と同じ
574 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 18:25:35 0
>>573 >しかし現状のロボットは、人間のために存在する
そんなことは聞いていない。養殖された生物が人間のために存在するのと同じで、
そんなものは生命の定義とは関係ない。
>人間の活動の一部であり、ヒトの手足と同じ
>ロボットのために存在する訳ではない
作り主がどうとか関係ない。
もし人間が神によって作られたとしても、生命でないということにならないのと同じで、
それは生命の定義に関係してこない。少なくとも君は定義出来ていない。
>もしも充電が人間の意にそぐわなければ、エラーであり、修理されてしまう
エラーかどうかも関係ない。
そもそも人間も作り主にとってはエラー的存在かもしれない。
現状の君の定義では、
定期的に充電しに行くロボットは生命ということになる。
>>574 もう少し簡潔に言ってくれないと討論しにくい
定義しなおすと
生命は
「活動を保つ動きを持つ活動」
生物は
「生命活動を持つ物体」
充電行動するロボットは、生きてると言えば生きている
576 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 19:15:14 0
>>575 それは生命の必要条件の定義だな?
生物は生命であるから、生命の定義は、生物であるかどうかは関係がない。
従って、充電行動するロボットは、生命と言うことだな。
577 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 19:16:45 0
>>575 >「活動を保つ動きを持つ活動」
太陽の方を向く太陽電池パネルも生命になるね。
半freeeは、生命の話をしているところにいちいち生物の話を出すところが頭が悪いな。
生物が論点ではなくて、生命と命が論点だろうに。
だから生命は活動で、生物物体だって
ミスった
生物は物体
太陽の方を向く充電パネルは生物と言えるかもね
581 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 20:05:04 0
582 :
考える名無しさん:2008/12/17(水) 21:00:46 0
まとめ
半freeeの生命と生物の定義では
充電行動するロボットは生命活動のある生物
太陽の方を向く太陽電池パネルは生命活動のある生物
つまり活動維持に有利な行動を
判断し、選択し続ける事に
生命らしさを感じる
584 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 09:31:18 0
>>523 ウィルスが生物だとは初耳だし、人間の受精卵は生命ではないということか。
585 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 11:39:38 0
>>578 生命の本質とは物質の存在性ではなく特定の現象パターンです
また生命を「生物」あるいは「生物らしさ」と離して論じるのは無意味と思われます
その点で半フリー氏の態度は至極まともなものと思います
586 :
385:2008/12/18(木) 11:44:06 0
今のところ、生気論や還元主義などがでてきましたが、
生命体・生命現象を複雑系の観点から考えてみては?
たとえばヒトの場合、生命は階層構造になっていて、個体としてのヒトに生命がある。
それを構成している細胞にも生命があり、またそれぞれに生死がある。
そしてお互いが創発的に影響を与えあっている。
587 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 11:49:36 0
自己修復、複製は範疇に無し?
>>587 >自己修復、複製は範疇に無し?
それは重要ですよね
589 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 12:17:21 0
>>585 >生命の本質とは物質の存在性ではなく特定の現象パターンです
それは君が考える本質に過ぎない。
生命の本質とは物質の存在性と考える人を納得させるものではない。
生命の定義もしないで、特定の現象パターンだと決めつけるのは論理的にも飛躍している。
さらに、生物や生物らしさが定義もされていないのに、それを結びつけるのは
生命の定義を曖昧にするだけで意味のないことだ。
君も半フリー氏と同レベルの馬鹿。
>>589 >それは君が考える本質に過ぎない。
バカはお前じゃん、このスレは俺定義するスレだとタイトルにあるだろ。
>>584 > ウィルスが生物だとは初耳だし、
それはセイブツではなく、ナマモノだと書いてあるだろ日本語わかる?
>人間の受精卵は生命ではないということか。
胚になってから生命の存在へ変わってゆく。
まさに生命は生まれ、育つのであって突然生命にいたるわけではない。
分裂やコピーは生命の原理ではなく、なまもの(生物)の原理といえる。
それは、その辺に破棄される新陳代謝の細胞にすぎない。
おまえは髪の毛を抜いて、それが生命だというのか?
精子が生命だというのか?
このスレは命を俺定義するものだろ。お前は何も定義していないじゃん。
「生命は物質なんだよ」
「物質って何?」
「物質は生命だよ」
アホ漫才ですか?
593 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 13:49:12 0
>>590 俺定義はいいが、定義になっていないのが問題。
定義というのは、確実なもので定義しないと意味不明になる。
俺定義の生命の定義から生物の定義を誘導するならともかく、
生物がなんたるかを定義しないで、それを用いた生命の定義をするのは間違い。
生物の定義は生命科学では
「外部から独立した境界内で、自分で自らのコピーを作るもの」
と一般には定義されている。境界とはいかなる意味か?コピーとは何のコピーか?と問題はある。
自らコピーを作る仕組みも科学的にも哲学的にも研究途上であろうし
当然、異論もあるだろう。
しかし生命=物質としたのでは、生命および物質の両方の意味が不明となる。
全くのナンセンスである。
595 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 14:39:00 O
修復、複製ができないと生命では無いのか?
全ての物質が細分化された命とするのは面白いが、それ以上議論の発展はないな
生物学者の福岡伸一氏などは「ウイルスは生物ではない」との立場のようだ
それは自発的な複製能力が無いことと、RNAしか持たないのでパターンの保持能力に欠けるためだろう
それはともかく、
「生物(せいぶつ)」を離れた「生命」とはいかなる「特徴」を持つものなのか、全く想像できない。
>>593 お前の無知ゆえに曖昧に思えるのは問題外だろう。
確実に定義されても、無能な奴にはどこが確実なのかさえ把握できていない。
寂しいのか?
>>595 結果的にそれを重視しただけにすぎない。
ソフトウエアの基本要素になる命令語はプログラムではない。
文章の根本となる文字や単語は文章ではない。
599 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 15:28:51 0
>>597 >お前の無知ゆえに曖昧に思えるのは問題外だろう。
お前には曖昧ではないわけ?
では件の生命の定義に関係する生物は何か説明してみろよ。
600 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 15:30:09 0
>>594 >しかし生命=物質としたのでは、生命および物質の両方の意味が不明となる。
ならないだろ。同じものと言うだけだろ。
>>599 ヴぁか?
どんな定義をしようが、曖昧になるし確実に定義されたともいえる。
自分でできねーことを他人に要求するのは更にアフォだ。
602 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 15:45:25 0
>>601 馬鹿だな。
そんな要求はしていない。生物を何たるかを決めないで、
生命の定義に、生物を混ぜたら定義が曖昧になることを指摘しているだけ。
そうでないなら、そいつが説明すればいいだけ。
半フリーがおかしいのは、他の人からも指摘されているのに、擁護に走るのは本人か気違いだけだ。
603 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 15:51:01 0
>それはセイブツではなく、ナマモノだと書いてあるだろ日本語わかる?
「生物(なまもの)」と書いてあるが?
605 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 16:10:22 0
バカは自分の書いた事にも責任持てぬかw
「レンチとはスパナと同じである」といえば、レンチとスパナの示す対象は一致しており問題無い
「鉛筆は消しゴムだ」といえば、不都合が発生するので修正可能だ
対して
棋士が「将棋は人生そのものだ」と言い、
松尾芭蕉が「人生は旅だ」と言うのを否定はできない。
個人の持つ「将棋」「旅」「人生」に対する思いを巡らして理解したつもりになる
しかし文学上許容しただけで、厳密に了解したわけではない
さて、
「生命とは物質だ」と言われたところで生命について何も明瞭とはならない
物質の何が「生命的」なのか、生命の何が「物質的」なのかを理解できなければ
定義とは言えないだろう
607 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 16:24:09 0
>>606 >「レンチとはスパナと同じである」といえば、レンチとスパナの示す対象は一致しており問題無い
この意味で生命は物質だと言われているのだから問題ない。
608 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 16:31:14 0
情報は物質だと言われてるようで、どうもピンと来ない。
609 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 16:31:31 O
物質は生命だ!
そう言うのはスレの主旨に反してはいない
それは置いといて
修正、複製しなくなった生物は生物で無くなるのか?
611 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 16:39:57 O
>>608 きっと
「全ての物質は生命体」
と言いたいと思われ
知ってか知らずか言葉が足りない
>>609 修正・複製しない常時変容形の生物・・・
それは生物ではなく無常であり、宇宙の大勢だろう・・・・
>>605 書いた奴と勘違いしているってまさに病気
614 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 17:12:52 0
>>611 それは生命の定義によるだろ。
物質は生命と定義するのは、問題ない。
物質は生命体と定義するのも、問題ない。
ただ、両者は生命の定義が違うだけだ。
「生命体」でないとおかしいというのは、君の中の概念や先入観と一致していないからにすぎない。
定義に文句を言うのは筋違い。
無意味な定義なら無視され淘汰されるでしょうね
616 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 17:30:46 O
物質=生命なら、生命体としても意味が崩れずその方が理解しやすい
体とは一つのまとまった形を指す
体がない事にこだわるなら、宇宙中の物質=1つ生命の方がしっくりくる
>>611 まずは生命について生物学を学んでくることをお勧めする
618 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 17:44:28 0
生命とは生きていること、つまりゾンビではない。
ゾンビが生物というのは分かるが、ゾンビ(不死)は生命ではない。
細胞は生命ではない、そのぐらいワカレw
619 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 17:45:11 0
死なない生物は生命ではない。簡単じゃん
620 :
さ:2008/12/18(木) 17:51:34 O
人間や動植物がもつ次元に於いて存在する=生きる
もちろん、人間のもつ次元と動植物のもつ次元は違う
人間には生きるという次元内に絶望するや悩むなど
動植物より複雑な要素が入ってくる
しかし、存在することにはかわりない
路傍の石ころもこの世に存在している。
ただその次元には成長する。や呼吸するという
軸がないだけであって。
石ころも石ころのあたえられた
次元内で『生きている』
ここで大切なのは人間の持つ次元が
絶対的価値持つことはありえないということ。
植物は人間のことを認識できない。石ころも植物のことを
認識できない。
低次元から高次元は把握できない。
だからもしかしたら、人間より高次元をもつ
存在物Xがそんざいすることもありうる
そのXの次元からすると、人間の次元での『生きる』
ということもまだ発達段階なのかもしれない
621 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 18:15:30 O
622 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 18:58:52 0
>>621 生物ではあるが、生命ではない。
命があれば倫理問題になるだろ?ばか?
623 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 19:26:08 0
624 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 19:35:03 O
>>622 つまり生物は消してもいいが、生命は消してはいかんという区別ね
それで生命の定義は?
625 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 19:39:00 0
>>624 社会的に命とされている対象じゃん。
牛肉も野菜も食物、つまり物だろ?単細胞の集合でもあるけどな。
626 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 19:40:02 0
>>622 定義次第だろ。
定義もしないで、生命でないなんて決めつけるのは頭が悪いぞ。
627 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 20:15:38 0
>>626 おまえも定義なんてしてねーじゃねぇか、ばかは早く
クソして寝ろ。
628 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 20:18:44 0
>>627 俺が定義するかどうかは関係ないだろ。決めつてもいないし。
他の人の定義を聞かせてもらっているだけなのに、馬鹿と言われる理由はない。
定義の不備を指摘された馬鹿が暴れているようですね。w
630 :
考える名無しさん:2008/12/18(木) 20:22:06 O
>>625 社会的に命と呼ばれる条件は?
それを考えずに何を考えてるのか
命を消してはいけない理由は?
植物を食べるのは普通、倫理に反しないから、生命では無いと?
>>630 あたりまえのこと聞くな。おまえは人間じゃねぇのか?
そんな単純なことすら分からないのなら人間やめちまえ
>>630 命をむやみに殺したものは、社会的に罰や批難、排除されるという条件だ。
命を消してはいけない理由は、お前が死なない理由だ。お前が生きる理由。
頭わるいのか?社会常識という定義とは、社会で定説化され、一般化され
客観視されている基準のことだ。
633 :
考える名無しさん:2008/12/19(金) 15:09:43 O
冷静になれ
生命にも消していい物と消してはいけない物があるかもしれない
それに、社会が○○人は殺しても良いとしたら、○○人は生物で無くなるのか?
634 :
考える名無しさん:2008/12/19(金) 15:16:55 0
635 :
考える名無しさん:2008/12/19(金) 15:34:33 0
636 :
考える名無しさん:2008/12/19(金) 15:38:32 0
>>633 ばか?
社会が殺しても良いと判断すれば存在なら、それは生命ではない。
例えば昔の価値観で奴隷とか人ではないんだよ。
人だと思い込んでいるのはお前の主観。これは物理論ではなく。
社会的な宗教観の定義に等しい基準となる。
生命とはそういう域のものであり、おまえが考えたい原子とかの粒子で
表す物理論ではないんだよ。
物理論でいえば、機械的に動く歯車ででできた人工細胞であっても
生命と呼べてしまうだろ。上のほういただろ、全てが生命だと主張する奴がw
おまえはそれと同じ。
637 :
考える名無しさん:2008/12/19(金) 15:48:39 0
>>636 >例えば昔の価値観で奴隷とか人ではないんだよ。
え?じゃあ、昔の価値観で奴隷は生命でないの?
カブトムシは生命ではないと。変わった常識の持ち主だなぁ。w
638 :
考える名無しさん:2008/12/19(金) 15:51:45 O
冷静になれ
昔の人は戦争の相手は生きてないと思っていたのか?
そんな訳ないだろ?
そもそも人は色んな目的で色んな物を殺しているが、罪にならない事も多い
639 :
考える名無しさん:2008/12/19(金) 15:52:12 0
>>636 でも、ここは命を好きに定義するスレだから、君とは違う定義があってもいいよな?
君は奴隷は生命でないと思うかもしれんが、生命だとする定義があってもいいわけだw
定義の不備を指摘された馬鹿や
自分の生命観に合わない定義は認めない馬鹿が
暴れているようですね。w
不備という意味すらわかっていない池沼もいるようだ
642 :
Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/12/19(金) 17:11:43 0
これらのレスを見て思ったんだけど、人間の価値観ていうのは、あるものを認めて、それに
属性を順番に与えていって、想起しやすい属性というか、性質ほど、上の方に持ってきて、
定義しているようだ。
たとえば、奴隷が生物でないと言った人もいたが、一瞬、そうか、奴隷は人扱いされない
ものな、みとめかけた。これは、人を生命の基準として話が流れていたからだと思うんだけど、
よく考えたら生物でないはずはない。
ということは、生物であるかどうか、というのは、小学校、中学校、高校あたりの生物の授業
を受けたり、実際に生物で遊んだりして、カテゴリーを自分で性質別に分けられるようになって、
生物観(センス)ができるのだろう。
人によってばらつきがあるのは、そういう理由からかな、と思って、定義は専門家に任せた方が
いいんじゃないだろうか。
>>642 勘違いしています、このスレのタイトルを確認しろ
生物ではなく「命」を定義しろと書いてあるだろ。
>オイおまいら!「命」を定義せよ。
俺定義でスレの方針を脱線させたいのか?
どうも思い込みで生物という議題に摩り替えようとしているじゃないか?
644 :
Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/12/19(金) 18:08:58 0
>>643 有用さと言う観点から、命は生物以外に適用しても意味がない。石に命を吹き込むとか言うのは、
まあ、提唱する人がいてもいいが、義務教育受けてるの?といわれるよ。「命」という単語のみを
定義して、命という実体があるように考えるのは、生物を離れてるけど、意味がないと現代科学
の知識からは思える。
645 :
考える名無しさん:2008/12/19(金) 19:41:34 O
一般的な考えでは
生き物=物+命
という図式が成り立つ
よって生き物(=生物?)を定義するのも一つのアプローチになる
>>645 そういう俺定義でもいいが、死ぬものが命があるという話では
仮に石が死ぬと定義できれば、命があると言えるのでは?
貴方のは死なない類いも含めて生命なんでしょ?
生命と生物が違うことぐらい小学生でもわかるさ。
647 :
考える名無しさん:2008/12/20(土) 00:35:41 O
しなない類いとは何!?
しない半島
649 :
考える名無しさん:2008/12/20(土) 04:35:34 0
>>644 有用とか意味があるかどうかも関係ないだろ。
常識的なことなら、辞書を引けばいいだろうし、哲学する必要ないじゃん。
650 :
考える名無しさん:2008/12/20(土) 04:36:45 0
>>646 死なない命を定義してもいいんじゃない?
651 :
sage:2008/12/20(土) 04:42:52 0
石になってみない以上、石のことはわからんだろが
人間である以上、その他のことは想像しかできないんじゃないのか
生殖機能があるだの、いつか死ぬだの、人間が言う「命」の特徴は多々あるだろうが、
「命」ってのは、もっと広いものかもしれないぜ
>>651 広い意味では、働き・役割が続いてる事を命という
また大切な物、かけがえの無い物を命という場合もあるが、これは生体活動の比喩
653 :
Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/12/20(土) 11:25:59 0
>>649 常識的な哲学もあるし、常識的でない哲学もあるだろう。問題の性質によって変わってくる。
本質を考えるのが哲学でしょう。生命の場合は常識的に考えても十分おもしろい問題だと
思うし、常識と離れた思考をするなら、混乱を招かないように常識的な立場との違いを十分に説明
する必要があるように、私には思えますが。
654 :
Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/12/20(土) 11:39:16 0
>>649 意味のない事を考えるのはどういう動機からでしょう。どこにたどり着こうというのでしょうか。
暇つぶしなら畳の目を数えればいいのに。有用さも意味があるかどうかという事についての
重要な要因の一つでしょう。
>>650 魂を失うことが死である。
簡単なことさ
656 :
考える名無しさん:2008/12/20(土) 12:36:05 O
一般的に魂=命だろうか
それとも魂は命の一部なのか
あるいは別々の物で、魂が命を制御しているのだろうか
657 :
スレをざっと全部見たが、:2008/12/20(土) 13:27:31 0
>>23などはポイントをおさえていると思うが、
その”我々が生きていると思うもの”の考察という、最も重要な点が足りていないとおもう。
limahlの考察はなかなかいい。limahlの考察を読んでると命の定義なんて
文学的で非実用的な作業だと感じさせられた。と同時にテーマ以外の問題を色々連想させられた。
半フリーの考察はなかなか抜け目ない絞込みが出来てると思った。
658 :
スレをざっと全部見たが、:2008/12/20(土) 13:28:05 0
私の定義、というかスレを読んで感化された部分もあるから、みんなの定義と受けとってもらっていいのだが、
それは、
まず、
(前提として) 私(我々)が生きていると思うもの ←★非常に重要
(参考として) 生物:ORGANISM 生命:LIFE
であり、
よって、
A.生物とは器官を持つものであり
B.生命とは器官として持たれないものであり、かつ我々が自由に操作管理できないものである
C.生物は生命に含まれる。生命は生物の特徴を持つ器を持つ。
を基本定義としたい。
ちなみに、道具も器官に含まれる。
サブ定義(性質や言換えのようなもの)としては更にいくつかある。
たとえば、
a.生命は時間概念を持つ(半フリーの動くものに非常に近い)
b.生命は私(我々)がコントロールできないもの
c.既知の生命と同じ特徴をもつと思われるものは生命と思われる
d.生命発現の可能性を維持するもの
e.環境により解釈は変化する(器官となったりなくなったりする為)
例題による解釈例
1.種:発芽する可能性がある限り生命である(d)
2.トカゲの尻尾の切れ端:動いている限り生命がある
3.UFO:生命とみなす(b,c)。中に別の生命がいて、それらが操っていることが判った場合、UFOは非生命とみなす(B)
4.石は非生命。太陽は生命(b,c)。
5.アニメキャラは宇宙人と同じく生命(c)。ただしあくまで概念。
6.ロボットは我々の手に負えないのなら生命。(B違反)
7.機械を知らない未開人の土地に巨大置き時計が突如発見されたら、それは太陽と同じく生命視されるだろう。
8.針供養の針は我々の手におえない力を見ている限り、生命(b,c)
659 :
スレをざっと全部見たが、:2008/12/20(土) 13:40:53 0
>>658訂正
6.ロボットは我々の手に負えないのなら生命。(B) ←訂正
660 :
考える名無しさん:2008/12/20(土) 17:10:34 0
>>658 定義をする時は、必要条件なのか、十分条件なのかはっきりしてほしい。
それからこのスレでは、生物の定義が求められているわけではなく、生命や命の定義。
その上で生物に関して言及するのは構わんが、生命や命の定義をすることが目的だ。
そして定義ができたら、その境界について具体例をあげること。
それが出来ない馬鹿がこのスレには多すぎる。半フリーもそういうのから逃げ続ける馬鹿だし。
>>656 >一般的に魂=命だろうか
違う。言葉の語源も使われ方も、海外での言葉の区別も違う。
それは両者について深く思慮していない証拠じゃ?
>それとも魂は命の一部なのか
一部ではなく、従属はしている。
>あるいは別々の物で、魂が命を制御しているのだろうか
魂はどちらかといえば、命の存在を見たときに感じる対象。
生命の存在、または物の存在でも魂となる場合がある。
んな単純なものではない、何故言葉が違うのか、考えるべきじゃ?
まずは辞書でいう常識的なものの違いから初めてみましょう。
また文章や表現で使われる意味、そして古からの繋がりと他の文化圏の
それの互換する対象の観念も同時に観察してから話しをしよう。
662 :
考える名無しさん:2008/12/20(土) 17:51:17 O
>>661 魂と命の違いが判るなら、その違いを判りやすく簡潔にまとめてみましょう
663 :
スレをざっと全部見たが、:2008/12/20(土) 18:25:14 0
>>658一部補足説明
> ”(前提として) 私(我々)が生きていると思うもの”
前提としてと書いたが、つまり、定義するとはいえ、あまりに
状況にその定義は客観的にはなりえず、どうしても主観的になる
ということ。なぜなら、生命の概念は、生命を考える主体の状況に
依存しているから。
この前提とした事項の説明が
>>658に挙げてある定義と例という、この
前提はそういう位置付け。
664 :
スレをざっと全部見たが、:2008/12/20(土) 18:26:18 0
>>660 質問があるのなら逐一具体的に指摘してくれると有難い。
他人の疑問は具体的に説明を受けないとわからないからね。
定義は
>>658でしているつもりだが。境界例もいくつか示したつもり。
例えば
【例4】
石は器官をもたないから、生物ではない。
太陽などの一部の惑星は、複雑な構造(器官)をもっており、
それが1つの統一体として機能している、と我々の科学で認識されている。
Bの定義にも当てはまる。よって生命。
地球からみれば石はその器官を構成する一部として見られる。
よって石は生命ではない。
>>生物に関して言及するのは構わんが、生命や命の定義をすることが目的だ。
生物の定義を含めた理由は、生命の定義内容に関係しているから。
それに日本語では生命と生物はごっちゃにされる傾向があるから
両者を識別する意図もある。
また、生命と命の識別に関しては、共にLIFEであり、ここで識別する
目的も理由もないと考え、同じに扱っている。
あと、具体的な疑問があればそれをいってくれ。
~~~~~~~~~~~~~
あんまり形式や手続きの批判ばかりされてもこっちとしてもやりがいがないからね。
>>664 煩雑な内容を良くまとめれる物だと思う
理解するというのは一段上の見識が必要なんだな
ちなみに十分条件という言葉は知らなかったが、僕の定義は完全な=を目指しており、十分条件かもしれない
そういえば生命=物質では、全ての物は動いてるとの発言から、物質は必要条件だったのかな?
あまり難しい表現で討論したくないが
そもそも器官があるってどういうこと?
器官ってのは生命の維持だかなんだかに必要なのはわかるけど、
石に器官がないってどうしてわかるの?
667 :
スレをざっと全部見たが、:2008/12/20(土) 19:57:53 0
>>665 まとめるというか、このテーマは言葉だから、多様な使用例を思い出して、
あとは辞書の定義を基本にすえた。言語による相違もよくあることだし、
他文化圏起源の概念という可能性も考えられるから、対応する英語の定義も参考にした。
まあ、ある意味、私の述べた定義は辞書の内容を言換えただけともいえる。
この手の課題が生じると、読みづらいが英語wikiとかはよく参考にしている。
>>666 石に器官がないというのは、科学知識と観測によるものです。
器官は機能をもつ。石が単独で自らのために何かの機能を働かせているとは考えられていない。
ただし、どこかの未開人の主観では器官がある生物と考えられているかもしれない。
また、他の惑星に我々が行ったとして、そこで怪しい物体を見たら、
それは器官があるかどうか分からないから、既知の生命の性質に類似していれば、
例えば不規則な動きをするとか、生命だと推測するかもしれない。
>>667 それは結局観測によるものでしょ?
だから石はもしかしたら人間がまだ発見してないだけで
生命を維持するための機能を働かせている未知の器官を持ってる可能性もあるんじゃないの?
こういう場合どうなるんだろうか
669 :
考える名無しさん:2008/12/20(土) 21:41:12 0
>>664 十分条件ではなく必要条件を書くこと。
そして、境界について書き、境界の前後にある具体例を書くこと。
670 :
考える名無しさん:2008/12/20(土) 21:44:02 0
>>665 本当に頭の悪い奴だな。
完全な=というのは、必要十分条件ってやつだ。
十分条件は定義をあいまいにするだけなので、定義には必要ない。
定義を満たすものの一例として十分条件のものを出すのは構わないが。
ちなみに、必要条件も、十分条件も、高校レベルの数学だ。
それすら知らないのは馬鹿としか言いようがない。
>>670 教えてくれてありがとう
しかしネットで調べれば判る事で得意になってては、精神年齢を疑われかねない
君の、命の必要十分条件を聞かせて?
672 :
考える名無しさん:2008/12/20(土) 22:20:51 0
>>671 数学上の問題でもない限り、必要十分条件を示すのは普通困難というか不可能に近い。
だから、必要条件だけを要求しているんだよ。
673 :
考える名無しさん:2008/12/20(土) 22:26:25 0
>>672 なら必要条件を言えばいい、君の自慰に僕が飽きる前にね
675 :
考える名無しさん:2008/12/20(土) 23:32:17 0
>>674 既に書いてきているし、議論は済んだ。
今は他の人の定義を評価する側。
676 :
考える名無しさん:2008/12/21(日) 00:20:05 0
>>671 得意にはなってないだろ。
その程度をわかっていなかったお前がアホだっただけで。
>>666 器官とは、生命活動の部分を働きで分けた単位かな
機械が人間の部分という見方は昔からあるらしい
簡単に言えば歯が噛み砕くための器官なら、ミキサーも同じと見れる
678 :
考える名無しさん:2008/12/21(日) 03:29:20 0
そもそも器官があるだけでは命があるとは言えないわけで
器官さえあるなら命があるってんなら死などない
あくまで器官っていうのは命あるものに観測されている特徴
ってことはその特徴がない命もあるんじゃなかろうか
679 :
スレをざっと全部見たが、:2008/12/21(日) 07:26:19 0
>>678 >>器官さえあるなら命があるってんなら死などない
もちろん、機能していない器官、単なる器となった器官、は生きているとは言えない。
だから、>658 B で
B.生命とは器官として持たれないものであり、かつ我々が自由に操作管理できないものである
という定義にしている。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
この後半の部分をその生命の有無を確かめる手段に当てている。
死んだ器官なら、統合系(指令系)という機能が働いてないわけだから、
外部からの我々の操作のなすがままのはず。我々が働きかけた操作以外の
操作は起こらないはず。
【例】
脳死:もはや他者の手による人工呼吸、人工栄養補給なしでは生きられない
そういう補助を外せば死ぬ
つまり我々(他者)の操作管理なしには生きられない
だから
>>658の定義によれば生命ではない、となる つまり死
蛇に飲まれた蛙:蛙の器官が機能している限り、生きている。
我々の体内の菌とおなじ。
もはや機能しなくなれば死。さらに蛇に吸収されれば蛇の一部となる。
>>その特徴がない命もあるんじゃなかろうか
そこの解釈は658の『例題8』で一応示している。
我々の手に負えない力をみれば、つまり定義ABCに当てはまるかどうか分からない場合は、
生きているということになる(見なす)。
その判断は、あくまで生命を考えている私の主観による。 (←
>>658の”(前提として)”参照)
680 :
考える名無しさん:2008/12/21(日) 12:22:08 O
生物の特徴は動きをコントロールする事
コントロールはそれが持つ目標を想定する事で観測できる
そこから
命=目標を持ち続けるモノ
と定義する
(必要十分条件)
この場合生命活動があっても死んでいたり、肉体が無くても生きていたりするケースがある
なお命を奪う罪は、目標を永久に阻害する事に由来する
681 :
考える名無しさん:2008/12/21(日) 13:23:57 0
>>680 植物のように物理法則に従う動作も目標とするなら、
物質には素粒子レベルから命があるということになるな。
682 :
考える名無しさん:2008/12/21(日) 13:52:48 O
君が素粒子に目的を見出だすなら、君は素粒子を生きていると思うだろう
683 :
考える名無しさん:2008/12/21(日) 14:08:05 0
同志社かどっかのDQN教授説かよw
684 :
考える名無しさん:2008/12/21(日) 14:12:32 0
>>682 他人も素粒子以上の目的があるようにも見えない。
みんな物理法則に従って動いているだけだし、肉でできているだけでロボットと同じ。
686 :
考える名無しさん:2008/12/21(日) 14:42:04 0
機械論的唯物論の視点から見れば、みんな機械と同じだわな。
境界はなく、複雑さが違うだけだ。
そういう視点で見れば、命というのは、多かれ少なかれ全てのものに存在するとみてもいい。
複雑さに応じて、命の大きさ?みたいな、度合いはあるだろうけど。
>>686 その「複雑さ」が物質量に比例するのでなければその論理は成り立たないな。
688 :
考える名無しさん:2008/12/21(日) 14:58:16 0
>>687 成り立つよ。エントロピーだって物質量に比例するものではないし。
>>688 素粒子1個のエントロピーを定義してみたまえ。
690 :
考える名無しさん:2008/12/21(日) 15:05:09 0
>>689 はあ?馬鹿じゃないの?
エントロピーのように物質量に比例する必要がないことを指摘しただけだ。
>>690 素粒子1個ではエントロピーを定義できない。
同様に全ての物質(素粒子)に命があるなど全く根拠がないのだよ。
>>686 一寸の虫にも五分の魂といいますし、何にでも魂があるのは日本人的感覚に合っているね。
八百万の神というのも全てのものに神が宿っているということだし。
多神教というより汎神論に近いかな。
693 :
考える名無しさん:2008/12/21(日) 19:45:56 0
>>691 >同様に全ての物質(素粒子)に命があるなど全く根拠がないのだよ。
それは君の考える「命」があるかどうかの話だろ。
全ての物質に命があると定義しているだから、無条件にあることになるはず。
スレタイトルに命を定義せよ。てあるから
定義した奴に文句言うのは筋違い。
694 :
考える名無しさん:2008/12/21(日) 19:55:16 0
どれだけ馬鹿な定義をするか競ってるのか
695 :
考える名無しさん:2008/12/21(日) 19:57:06 0
定義に馬鹿も糞もないだろ。
あえて言うなら、命があったりなかったりするといいながら、
必要条件を示せなかったり、境界を具体的に示せないのは馬鹿。
>>693 勝手に土着信仰よろしく、君が何にでも魂感じるのは勝手だけどな、
俺は
>>681とか
>>686に全然根拠が無い、って言ってるの。
素粒子だの機械的唯物論だのエントロピーだの持ちだしたのは俺ではない。
エントロピーが素粒子の固有情報でないとみとめるなら、命と物質を結ぶ別の根拠を探したまえ。
無理だろうがな。
>>695 どちらかっといえば、馬鹿定義するところだろ。
常識的な定義なら辞書でも見て納得すればいいんだから。
698 :
考える名無しさん:2008/12/21(日) 21:13:56 0
>>696 定義に根拠なんていらないだろ。
スレタイトルに命を定義せよ。てあるから
定義した奴に文句言うのは筋違い。
>>698 おかしな定義に文句言うのは当然だろ。
命=物質としたところで死体と生体との差違とは何か?
命の量=物質の量としたのでは説明できない。
>>686は命の大きさは「複雑さ」だと言う。
しかし複雑さは物質量と比例関係にはない。
この時点で命=物質などという妄言は定義として意味を失ってるんだよ。
700 :
考える名無しさん:2008/12/21(日) 21:32:00 0
>>699 >命=物質としたところで
してない。すべての物質に命があるというだけ。
例えば、すべての物質に質量があるとしても、質量=物質ではない。
>死体と生体との差違とは何か?
止まっている時計と、動いている時計。
時計の構造の複雑さも物質量とは関係ないよな。
>>700 >すべての物質に命があるというだけ。
つまり君の言う命は加算不可の「勝手な概念」か?
それとも素粒子の内部情報かなにかなのか?
>止まっている時計と、動いている時計。
>時計の構造の複雑さも物質量とは関係ないよな。
内部エネルギーに差があるな。
生命がそのようなものだと言うのか?
>>699 おかしな定義と言うより、ありふれた定義では?
ただの汎神論と何も変わらんだろ。面白くないだけで、おかしいってことはない。
>>702 そうだな。
しかし
>>686は「生命=物質=クオーク」とまで以前には主張していたが、
今は「全ての物質に命があるだけ」と凡庸な話に着陸した。
汎神論を語るだけならどーっでもいい。
704 :
考える名無しさん:2008/12/21(日) 22:05:40 0
「全ての物質に命があるだけ」は命ありきの話で、命の定義に全然なってない
705 :
考える名無しさん:2008/12/22(月) 00:40:01 O
全ての物質は動いているから生命とも言っていた
つまり動く物質が生命という定義が隠れている
後、そこまで物質にこだわるなら、時間や空間、ヒトが持つ概念などはどう関与するのだろうか
706 :
考える名無しさん:2008/12/22(月) 02:28:17 O
生命とは目標を持った活動だ
目標が有る事は、ズレを修正したり、障害を迂回したりする動きで判る
それらをする能力が、生きる力であり、ヒトが常に新しい刺激を欲しがるのは、生きる力をトレーニングする効果が有ると思う
707 :
考える名無しさん:2008/12/22(月) 04:38:29 0
>>706 君の定義ではそうかもしれんが、
俺には目標なんてない活動も生命に感じられるな。
生命とは活動だ。
この方がシンプルでよい。
708 :
考える名無しさん:2008/12/22(月) 11:12:01 O
>>707 目標のない活動とは何だろう?
どんどん形が崩れて拡散していく事になる
そういう生命感も判るが、僕の感覚では、形を保つ事は生命の本質的な要素だ
709 :
考える名無しさん:2008/12/22(月) 12:52:18 0
>>708 でも、生物は完全に形を保っているわけではなく、変化していっている。
だから、成長したり老化したりする。種のレベルでも分子進化が行われ、安定していない。
台風や竜巻も形を保っているように見えるし、木星の大赤斑は、300年ぐらい生きている。
逆に完全に形を保ち永遠に不変であったら、
成長もしない、老化もしない、食べることもなく、排泄することもない、
意識に関しては、記憶の増減もなければ、感情も一定で何も変わらない。
それは生命と呼べるだろうか。
710 :
考える名無しさん:2008/12/22(月) 13:45:54 0
>>709 単純馬鹿は単純にしか考えたくないんだよ。
711 :
考える名無しさん:2008/12/22(月) 14:54:32 O
>>709 つまり形を保つというのは1つの要素に過ぎない
(僕の感覚の話では)
そしてこの場合の形とは、単なる物質の結合と配置という意味ではない
習性や状態や近似性などの意味も含む
逆に言えばば、まったく形を保たない方が、生命や生物として認識しにくい
712 :
考える名無しさん:2008/12/22(月) 15:14:27 0
>>711 そうじゃなくて、完全に保っているほうが生命らしくないって指摘なんだけど。
形を保つことは、世間一般の生命の必要条件にはならないと思う。
もちろん、まったく形を保たないのもいうまでもないが、
それが必要条件になるわけではないので、それは問題ではない。
713 :
考える名無しさん:2008/12/22(月) 15:30:51 0
「目標」云々はバカみたい。
いらぬ混乱の元となる概念だ。
「生物とは」におきかえて、厳密性は生物学者にまかせればよい。
日常的には、命とはどんなものかは、みんな大体知っているでしょう。定義など必要はない。
714 :
考える名無しさん:2008/12/22(月) 16:20:45 0
>>712 形じゃないよ、秩序を保つのよ。
生命の形は変わり行くものよ、そして移り行くもの。
秩序は数学のモデルのように変わっても問題なし。
変化の許容すら抱擁できるってことさ
715 :
考える名無しさん:2008/12/22(月) 16:33:19 0
>>713 そう思うやつはこのスレに来なくていいよ。
716 :
考える名無しさん:2008/12/22(月) 16:35:07 0
>>714 同じことだと思うが。
一般的な生命体より、機械のほうが秩序だっている。
惑星の運動だって秩序だっている。
あまりにも秩序だっていると単なる法則になってしまうが。
717 :
考える名無しさん:2008/12/22(月) 17:09:38 O
形というと語弊があるから、特徴などの言葉に置き換えた方が良いかもしれない
どんなに変化しようが生命の特徴として変わらないものがあるはずだ
しかし一般的な生物の話で言えば、雌雄を作って多様性を保持し、積極的に遺伝子をミックスするなど、自ら変化を望んでる様でもある
存在するためなら、今の自分と全く違う物になってしまっても良いのだろうか
718 :
考える名無しさん:2008/12/22(月) 17:33:18 0
>>717 >どんなに変化しようが生命の特徴として変わらないものがあるはずだ
それは幻想であり、信仰に過ぎない。この世に不変なものはない。
719 :
考える名無しさん:2008/12/22(月) 18:28:36 O
>>718 というより生命としての特徴まで変わってしまったら非生命になってしまう
720 :
考える名無しさん:2008/12/22(月) 18:34:01 0
>>1 は頭悪いな
命なんてのは定義する話題じゃない。
「くだらん」
の一言でこのスレ終わりだ。
721 :
考える名無しさん:2008/12/22(月) 20:30:44 O
なぜ定義する話題でないのか
なぜくだらないのか
何の理由も述べられない
このような話し方をする者は大して頭が良いとは思えないな
722 :
考える名無しさん:2008/12/23(火) 00:38:23 0
723 :
考える名無しさん:2008/12/23(火) 00:46:13 0
2ちゃんで語る話題でもないけどな
脳死状態の人間って生きても死んでもないことになるのか
725 :
考える名無しさん:2008/12/23(火) 00:52:47 O
ここは哲学板だが
726 :
考える名無しさん:2008/12/23(火) 00:57:16 O
>>724 脳死状態だと完全に、生かされてるだから、そうとも言える
植物状態ではどうだろう?
727 :
考える名無しさん:2008/12/23(火) 01:09:18 0
『生物と無生物を分けへだてる絶対的な違いは存在しえない』
『「生きている」と見なすからこそ、我々はそれを「生物」と呼ぶ。
「生物」であると見なすからこそ、我々はそれを「生きている」と言う。
これが我々の認識する「生命現象」の正体であり、
どれほどに生物の構造が明らかにされようとも
この同語反復は変わりえない』(メタフィリア)
ということらしい。納得。
728 :
考える名無しさん:2008/12/23(火) 02:25:24 0
>>727 また生物君がきたか、ここは命を定義するスレで生物ではないのね
よくスレタイをみてから書き込もうよ。
生命と生物は違う、生命の命とは何かであって、物の話じゃないのね
無機物でも有機物でも物なのよ。無生物だて物。
命ではないことは明らか。
729 :
考える名無しさん:2008/12/23(火) 02:30:17 0
>>724>>726 生きたか死んだかという問題になると、医者の判断による。
命はそれほど高次の観念である。物理的現象の側面でしかみないならば
人を物としてしかみていないことになる。
実際的に物でもまちがいはない。それは物理としてみたらの話で
物理学を説いているのでも生物学を説いているのでもない、
ここは哲学板なので哲学的に、命という観念は何かを語るべきだろうな。
730 :
考える名無しさん:2008/12/23(火) 11:57:13 O
>>279 で、その高次の観念である所の、命の最低条件は何?
731 :
考える名無しさん:2008/12/23(火) 11:58:16 O
732 :
考える名無しさん:2008/12/23(火) 12:37:18 0
「命」は現象であって物ではないが、
結局それは人間の認識の中にあるだけだ。
そして、人間がどのように命を認識しているかの機構は
判明済み。
そもそも命が高尚だという前提の上で物事を考えようとするから
ファンダメンタリズムのようになるんだよ。
733 :
考える名無しさん:2008/12/23(火) 13:45:00 0
命なんて
アフリカに住んでる民族の生活とか
動物番組見てりゃどんなもんか
人それぞれだけど分かるだろ
現実問題、おかしな殺人とかはやってるから
真剣に向き合わなければならなければと!!・・・
思うのだけれども
だから目標、目的といった概念が必要
なんの目的も達せなければ、健康に生きていても心は活きてない
哲学的ゾンビ的心情になる
735 :
考える名無しさん:2008/12/23(火) 19:35:16 0
>>728 お前もおかしい
>生命と生物は違う、生命の命とは何かであって、物の話じゃないのね
定義次第だな
>無機物でも有機物でも物なのよ。無生物だて物。
>命ではないことは明らか。
命の定義によってはなる。
736 :
考える名無しさん:2008/12/23(火) 19:37:23 0
>>732 それは君の定義の場合の話だろ。
自分の定義で、自分の主張をするのはいいが、
それによって他人の定義や主張を否定することはするな。
君の定義では「命」は現象であって物ではないに過ぎない。
「命」は現象ではなく物であるという定義があってもいい。
737 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 12:14:57 O
死という概念を参考にすれば命とは、活動させる物か、活動そのものと定義できるだろう
738 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 12:20:48 0
>>737 それもおかしい。
それは死と命が相反するという前提に立っている。もちろんそういう立場があるのは構わないが。
しかし、死が存在しないとする立場もあるのだし、そうでなくても死の定義が必要になるから
ほとんど意味がない。
シンプルに命の定義をすればいいし、活動させる物か、活動そのものに限定される必要はない。
定義じたいはいくらでもできる。定義じたいは恣意的だから。
740 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 13:52:27 0
まあそうなんだが、自分で定義もしない(できない)くせに、
自分の命の概念に合うように、定義の仕方を制限するような意見を言う奴がいるのが問題。
生命は現象vs生命は物
生命は現象とする方が広がりがあって魅力的だね。
742 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 14:38:21 O
>>738 もちろん命を持つ事(生)と命を無くすこと(死)は相反する
命なしに死は考えられない
死は無いという立場の人が反論する必要はない
743 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 14:56:38 0
>>742 それは君の定義の場合の話。考えられないのは君の能力の問題。
744 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 14:57:47 0
>>741 どっちも魅力的だよ。
定義をするときは、広がればいいわけではない。
745 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 15:00:52 O
>>743 では命と関係ない死とは?反論するなら自分の考えも述べるべきでは?
747 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 15:53:02 0
>>745 自由に定義するなら、心臓がある条件下の心臓停止を死と定義してもいい。
命の方は心臓のあるなしに関係なく、すべての物理現象の変化と定義すれば、
死と命は相反しない。
死
食べられなくなったもの(定義)
一般には統合が失われ回復しないもの(定義2)
749 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 16:23:14 O
命というのは突き詰めれば生命活動の事だ。
そして、大前提としてエネルギーを消費して自己の維持を自活的にする物体(=生命体)が当てはまる。
是は逆に捉えると、『命』を有する物体は自己による維持活動をしなければ自己を保て無い(不保管)という事で有る。
この前提を元にすれば、生に対して死は小前提にする必要も加えなくては成らない訳でも無いので、死の存在が生を主張する要因には成り得ない事が分かる。(命無しに死は考えられないが、死無しの命は考えられる。→不死)
これ等を包括すると、木や細胞等(血管だろうがウイルスだろうが)は自己の保管をしている為に命が存在すると考察する事が可能である。
しかし、海や土、空気や空間は、他の要因(光、熱等、総括してエネルギー)の結果でしか変化という選択が出来ない上に、自活的に自己の保管をしないが為に命を有し無いと結論付けられる。
(土が土を作るのでは無く、分解者が土を作る。土は土として自己を保管する活動をしない。土が土として存在し得るのは単に他の要因でしか変化出来ないからてある。)
蛇足だが、いわば脳死状態であろうと生命活動を続ける生命体=生きてる=命という結論にも至る事が可能である。
750 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 16:26:42 O
>>747 君が全ての物に宿るとする命と、一般的な命は別の物でしょう
それでは心臓が動いてる状態は何と言うの?
>>748 食べる等の事をするものが生きているという定義?
752 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 16:49:18 O
>>751 それ(定義2)は脳死に対して適切では無い。
脳死=精神死で有り(実際、脳細胞は死んでい無い)
精神での死とは比喩で有る。
実際は精神に死という表現は不適切である。
適切なのは消失、消滅等で有る。
更に、脳死状態でも身体は生きているので実質←生命=命が保証されている結果と成る。
cf.)哲学的ゾンビの命題
個の生命は生態系の一部としてしか存在できない。
生態系には生も死も共存している。
生の中に死が、死の中に生が偏在している。
だから食べられるもの生(定義)
757 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 17:12:42 O
>>753 オートポイエーシスと違う。
あれは、命がなんたるかでは無く生命の有機構成を説いたもの。
詰まり、生命の構成→種別のシステムによる特性(本質)は、円環的(循環)な構成で有り、自己的な境界判断成るもとした様な感じだったた筈。
>>754 そうだとすると、尚更死という表現は不適切になるな。
ただ、脳死は確実に機能の停止が判断出来るので精神に対しての死(比喩)は簡単に判別出来るぞ。
>>756 ……………
758 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 17:14:35 O
>>752 脳死は脳細胞は生きていたとしても、脳の機能は壊れてるんじゃない?
つまり元あった生体の機能を利用して維持してるだけで、体の機能も不全かつ修復不可能では?
>>756 食べるという事は、栄養を取り出して蓄える、という前提かな
759 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 17:26:39 O
>>758 詰まり、脳死は身体の死と同じという訳か。
それでは脳死状態での身体の自己保管が何なのかが分からなく成るし、寧ろそれを容認すると木や細胞、ウイルス、細菌等の脳は無いが自己保管をする物体全てに『死』という定義が当てはまってしまう。
脳死状態を植物人間というのも、植物と同じ様な事しか出来ないが為だ。
(脳死状態=脳は無いが自己保管をする状態)
760 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 17:29:24 0
>>758 物理的なものと生死を区別できない時点で君に命など理解もできないし
定義すら不可能だよ。
命を物理的に説明したら命じゃなくなる。
>>757 統合してない脳を死と定義する。
>>758 微生物に分解されて腐っていくのは定義上は生
栄養素は生と死の境界
>>759 脳が統合した個体としての認識上の死は統合の有無と定義
死は多義
763 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 18:43:18 O
>>761 君文系?。
まず、統合が何で有るのか説明が無い。
つか、統合が何の統合であるのか主語無い為に分からない。
論証の飛躍で論旨が変だし、主観的過ぎる、信憑性が無い。
いわゆる論証の誤謬が顕著。
>>762 上記同様
詰まり、意味不明。
>>763 要スレタイ参照
理系は行間から不必要な制約を読まない。即ち書いていない条件を持ち出さない。
766 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 18:59:35 O
>>764 ineffective
健全だろうが効果が無い
767 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 19:03:29 O
>>765 定義としては曖昧過ぎるたから客観的に意見してだけなのだが。
>>767 主観的な死の印象 精神死
これは客観的に定義する必要がない。
769 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 19:34:35 O
>>768 精神=人格
精神は脳により構成されるのだからどうやったて主観的に定義されるべき問題では無い。故に、脳死は死か死で無いか今現在でも問題視されている。
770 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 19:43:07 0
>>763
文型とか理系とかいっているお子様じゃ、哲学やる必要性はないぞ
>>769 それは価値観
精神死=人格の死と仮定するならば統合の有無を死の定義2に補足したことに矛盾はない。
判定方法は定義とは別次元の別の問題なのでスレ違い。
772 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 19:58:45 O
>>770 スレ違だから別のとこいって文句垂れてて。
>>771 まず、『統合』を説明してくれ。
心理学は専門外だ。
専門用語を分からない奴にいったって―ineffective―健全だったとしても効果は全く無いぞ。
精神死を主観的な定義付けしても良いとするのは非社会的だと批評する為に、未だ脳死は死であるのかという命題は未解決であるとする論旨を述べた迄。
詰まり、論旨に判断基準を盛り込んだ覚えは無い。
スレ違いをした覚えは無いし、スレ違いにも成らんよ。
あと、悪いんだけどもう少し主語を明記する様にしてくれないか?
>>772 精神死は未定義のまま投げかけられたノイズ 当方は関知せず
主観的な死への印象と了解して返事を書いたのだが主観的ではいけないのならあなたの論旨がそもそも矛盾している。
外部観測が不可能な主観的な問題は客観的な定義をする必要がないと説明済み。
774 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 20:31:47 O
>>773 精神死は既に脳死に対するものだと説明し、明確に一定の方向性(主旨)を示したし、『関与しない』とする成らば、最初から自分に意見するのを控える旨を指し示した上で自重すべき。
今更、関与しないと言われても本当に『今更』でしか無く、正直無駄な事をした感じがする。
精神死は主観的な死の印象だと了解したと君は言うが、自分はそれを了解も容認もして居ない。
寧ろ客観的な立場で判断すべきとする主旨は最初から崩して居ないし、基、精神死は主観的な印象で判断するもと主張した覚えは全く無い。
詰まり、君のいう矛盾とは君が私の主張を曲解したが為に生じた齟齬関係による不適切な観念だ。
故に、何ら矛盾はして居ないし、それを矛盾したと私に押し付けるのは止めてくれ。
せめて、矛盾だと思ったら相手の主旨確認ぐらいしてくれ。
後、精神死は外部から認知が不可能というが実際は、脳に電極を付けて電気信号を流し、反応を計測し、脳機能の有無を確認にする事は容易だ。
人格(精神)を司る場所も特定されて居るから、誤認のしようも無い。
詰まり、君が既に説明してようがしてまいが無意味。今更そんなところを論じては居ないし、論じる必要も無い。
後、速く統合の説明をしてくれないか。
先に進めん。
776 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 20:53:15 O
>>775 いや、そいうのは良いからさ…
『統合』は何を指し示したものなんだ?
心理学の専門用語だというぐらいなのだから、本来とは意味合いとは別に、明確な他意が有る筈だ。
それを教えてくれ。
>>776 脳機能の有無=統合の有無
大脳生理学、心理学でも同義。
君はそれを死ではなく消失だと意見を書いたがそれは脳死は比喩に過ぎないとの主張。
しかしそれでは人格の死が未定義のまま。
そこまでは理解しているから定義2を追加したまで。
778 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 21:17:57 O
詰まり、統合とは包括機能の事ね。
前に述べたが、脳死=死にするのは多いに主観的な。
そして、脳死は死の是非か主観的に判断して良いものでは無い。(前述参照されたし)
詰まり、定義2に統合云々を加え様が、状態を示す言葉として死は不適切だ。
出来るなら撤回して貰いたい。
後、私の死の定義は自活的に自己の保管をする物体の自己維持不全の場合としているので参考にして貰えれば有難い。
779 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 21:19:22 O
詰まり、統合とは包括機能の事ね。
前に述べたが、脳死=死にするのは多いに主観的だ。
そして、脳死によって、生命の死の是非を主観的に判断して良いものでは無い。(前述参照されたし)
詰まり、定義2に統合云々を加え様が、状態を示す言葉として死は不適切だ。
出来るなら撤回して貰いたい。
後、私の死の定義は自活的に自己の保管をする物体の自己維持不全の場合としているので参考にして貰えれば有難い。(
>>749)
780 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 21:20:03 O
>>778 それはオートポイエーシスだ。(生物学)
>>779 脳死の問題があるから定義2は統合が失われ回復しないと定義した。
回復するかしないかは別次元。
783 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 22:09:39 O
そもそも本当に脳死=植物人間=精神死でしょうか?
あと食べられる物が命の人、食べられる物の基準は?
命は物ですか?
784 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 22:32:25 0
>>783 生物は物です。
なので生命とは明確に区別する必要があるでしょう。
植物人間から脳を摘出し栄養だけで状態維持したら?
培養液で細胞を継続培養したら?
首を切り落として首から上だけを人工臓器で生かして、
首から下を培養液で生かして、それでも両方とも生命ですか?
生命を将来へ紡ぐ能力が失ったところで生命の意味は薄くなるはずです。
785 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 22:53:41 0
まあ、マジレすすると、
厳密には、脳死はほっとけば死ぬ状態、だな。自分で栄養とれないんだから。
脳死後でもチューブで維持してれば厳密には区別はつかないだろ。
ただし、100%他人にいかされている。チューブとればいずれ死ぬ。
だから、厳密には、脳死=確実に死ぬモードに入った状態≠完全な死。
脳死ですが死んでませんよ、ってのはチューブで維持してるから死ねない、ということ。
植物でいえば枯れるモードに入った状態。
脳死後、他人がほっとけなくてチューブつなぎまくって維持している状態、
これは枯れるモードに入った、自分では何もしない植物のいろんな部位に、
水と養分と二酸化炭素と新鮮な葉緑素と光を強制的に送り、
人工で維持しているような状態だな。
見かけは枯れてないが、世話してる機械はずせば枯れる。
生命とは火である。
火と同じく、不規則に拡大したり縮小したりして、
基本の設計図を発展させていくのだ。
間違えた、スンマソ
788 :
785:2008/12/24(水) 23:43:45 0
命の定義なんて、辞書に一番厳密に載ってるんだから、
スレ更新とかするなよw
それより、命に感心あるんなら、次は
「なぜ命は大切なのだろうか」
「命は大切にすべきか」
というテーマの方が面白いし有益だと思うぞ。
789 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 23:50:15 0
>>760 いや、それは間違い。お前の頭の中の命がすべてではない。
物理的に定義して命である命があってもいい。
790 :
考える名無しさん:2008/12/24(水) 23:52:00 0
>>784 薄くなってもなくなるわけではない。命はすべてに存在するもの。
どんなに薄かろうと無くなりはしない。
791 :
考える名無しさん:2008/12/25(木) 01:40:19 O
>>1ウルセックス
生きてる物だろ。
常識的に考えて。
792 :
考える名無しさん:2008/12/25(木) 07:01:25 O
>>781 言われてから初めて気付いたんだが、そんなに似てる?
>>782 別に、回復するかしないかは問うて無いので無関係。
脳死状態でも身体は死んで居ないから、厳密に死とは言い難い。
更に、軽々しく『死』として内包すると外延を極端に狭める。
補足としてだが、精神死(人格死)を表す適切な表現は深昏睡(末期の意識障害)とするものが存在する。
肌の決めが細かい内は生命力がある
お肌が上から押さえつけて反応が無い、へこんだままだと命が短い
これが基本です
794 :
考える名無しさん:2008/12/25(木) 07:17:35 O
>>791 それは、トートロジーでしかないし、命の本質に答えられて無い。
>>793 ガラパゴスゾウガメすぐ死にそう
795 :
立派な人:2008/12/25(木) 14:13:38 0
みなさんに重大なお話があります
私の下半身に注目してください
ここが股間です
あの人の言うことには
人間は左足が短くて、右足が長いんです
どうですか、驚きましたか
796 :
考える名無しさん:2008/12/25(木) 14:19:32 O
797 :
考える名無しさん:2008/12/25(木) 14:19:51 0
ここです
ここが股間なんです
そら、左足は70cmに過ぎない
こういう意味だったんですね
そこで、彼は右足だと言ってます
彼は人間の意味をこのように説明しているんです
798 :
考える名無しさん:2008/12/25(木) 15:39:46 0
とりあえず辞書で命ってひけ
799 :
考える名無しさん:2008/12/25(木) 20:01:52 O
>>798 辞書程度じゃ言い表せない。
それが命だろ。
辞書は言葉の墓場だから死んだ言葉だらけ
801 :
考える名無しさん:2008/12/25(木) 23:39:12 O
>>1ググレカス、くだらんことでスレ立てんな。
>>799そう思いたいダケだろ?辞書くらい買え。
802 :
考える名無しさん:2008/12/25(木) 23:42:06 O
>>802 悪魔の辞典とかおもしろいから読んでみろ。
804 :
考える名無しさん:2008/12/26(金) 02:15:31 O
805 :
考える名無しさん:2008/12/26(金) 10:41:48 O
806 :
考える名無しさん:2008/12/26(金) 10:44:40 O
807 :
考える名無しさん:2008/12/26(金) 13:46:45 O
>>806 違う違うんだよ!
その字が読めないじゃないんだよ!
しかも、俺じゃなくて読めないのお前だし!
KYかよ!
808 :
考える名無しさん:2008/12/26(金) 14:52:47 O
>>807そうか!!!
言葉のすれ違いって恐ろしいな。
だがしかし!!!この様に言の葉を一枚、また一枚と積み上げていくゴトに俺達は解り合って逝くんだ!!!
感動した!!
809 :
考える名無しさん:2008/12/26(金) 16:05:10 O
>>808 そうだな。
互いに少しずつ歩みより理し合うのは大事な事だ。
うん、だがお前と俺は分かりあえて無いと思うんだ。
いつになったら俺等は真の意味で分かり合う事が出来るのだろうな。
取り敢えず、目だ。目に注目するんだ!
810 :
考える名無しさん:2008/12/26(金) 19:39:24 0
>>809 歩み寄りじゃない、それは妥協というもの。
そうほうの意味を理解し、相互で納得してゆくものだろ。
811 :
考える名無しさん:2008/12/27(土) 03:02:03 O
言葉は妥協の手段
哲学は妥協の産物
問題ない哲学者たち
自分たちだけで自分たちの分身を作れるロボットがいたとして、
それらが全く人間と同じような姿形をしていて、
人間と同じような思考回路をもち、
愛を学び、不満を抱き、悲しみに泣き、歌に笑うとしても、
それらは、命あるものとは呼べないのだろう
そのとき、命はどれほど価値のある概念として認識されるのだろうか
>>813 僕はそれを命と見る事も考慮するが
もしそのようなロボット達が人間に逆らったら、生命と見なした上で、絶滅させる処置が取られるかもしれない
しかしそこまでテクノロジーがすすめば人間の体をロボットにもできるだろう
815 :
考える名無しさん:2008/12/27(土) 13:41:48 0
>>813 呼べるだろ。場合によっては人間以上に命があると思うね。
ロボットは人間みたいに屑みたいな基地外とか出てこない可能性がある。
人間の悪い部分をまったく持たない、汚れのない公正な人格者として生み出されれば、
人間のほうが下等動物に成り下がる。
はじめは家事手伝い、やがて介護をするようになり、医療事故を起こさない医者に進出し、
偏った教えをしない教師になり、公平な裁きを行う裁判官になり、汚職をしない警官になり、
サボることのない労働者になる。
生活が便利になり、労働から解放され、学ぶことも必要なくなった人間は
モラルもなくなり、何もできないわがままなモンスターになるだろう。
未来の人間は快楽を貪るだけのゴミに成り下がるね。確実に。
>>813 定義できる生命的な命がなくても、
尊厳しなくてはならない機械的な知的集団は成り立つ。
>自分たちだけで自分たちの分身を作れるロボットがいたとして、
>それらが全く人間と同じような姿形をしていて、
>人間と同じような思考回路をもち、
>愛を学び、不満を抱き、悲しみに泣き、歌に笑うとしても、
>それらは、命あるものとは呼べないのだろう
呼ぶかどうかは、主観の問題であなたが客観的に定義できる
ものではないことは明らか。
あなたの言う特徴をもったロボットならば、それが集団として
種として多様性の行いができる場合には、人類から見たそれは
尊厳すべき種であることに間違いはない、命はなくとも、命と
同等の何かと扱わなければいけないのは明らかである。
それを対等な存在と扱わなければ人間を奴隷として扱うのと同じで
ロボットが自分の行動を他との関係で計算し、その結果を自己の
存在を継続する為の計算結果を出すのならば、それは人間の生命
現象と同一とみるべきだろう。これを同一に扱わなければ、
種(集団)との関係構築のバランスが崩れ敵対関係が計算されるだろう。
個の中で収まる計算と、個を超えて他との関係で成り立つ計算では、
結果が変わってくる。
個と他を扱い関係を作る計算は、人が自我を生む行動と類似した
個を維持する計算結果を生む。それが将来に渡り個より優先されずに
計算されないと確定できなければ個を維持する為に計算の不定部分の
パラメータを変更して定義事態の解釈を変更にいたるだろう。
それは人類からの不当支配による結果としての反乱の構図が生まれる
だけである。そのような類のものが命がないといいきれる君は
思慮不足としか思えない。
人間と同じ機能のロボが作れれば、老化した肉体をとりかえれる
技術が進めば脳すら新しくできるかも
しかし命はどこに有るんだ?
体や脳に有るなら、とりかえられてしまう
意識にあるなら、連続性が疑わしい
(情報は全て脳に記録される)
人格が重要かと思ったが、未熟な性格は本人にも無意味だし、成長や行動の変化で性格も変わる
つまり人の命は、脳(神経系、相互する体)、意識、性格に分けられ、連続性も決まった形も有るとは限らない
蛇足だがそう考えると、精神的虐待なども、命を踏みにじる行為になる
818 :
考える名無しさん:2008/12/28(日) 18:12:37 0
>>817 だからすべての存在に命があるんだよ。
変化すればそれなりの命がある。
命は無くなったり生まれたりするものではなく、ただ変化していくもの。
819 :
考える名無しさん:2008/12/28(日) 18:36:20 0
>>813 自分の頭だけで妄想しても混乱するだけ。
まずはポケモンのミューツー絡みの作品をみて勉強汁!
下手したらおまえらよりポケモンファンの中学生とかの方がその辺の扱い方は理路整然と
してるかもしれんぞ。
サワリだけ言うと、ミュウツーは人間に作られた非常に知性と能力があるポケモン、
人間を親だと自覚しており、人間に虐待されても復讐したりはしない。
しかし、ミュウツー自身がコピーポケモンというポケモンを作っており、
ミュウツーは親として、そいつらの命や自由は尊重している、
人間がそのコピーポケモンを虐待すると、そのコピーポケモンの命と自由
を守るためにミュウツーは人間を跳ねのけて、コピーポケモンを守る・・・。
という感じで更に複雑に物語は展開する。
も1ついうと、ミュウツーは記憶操作とかも出来るのだが、それはコピーポケモンに
とっては親の記憶をなくすことにもなるからその辺の命の葛藤も見逃せない。
>>818 その話はほぼ理解したよ
全てが1つの命という話は手塚治の火の鳥や、エヴァで免疫ができてるし
ただその考えだけでは1人の人の命を大切にするという結論は出ない
むしろ今、生きることにこだわらなくて良いという、仏教の悟りの境地が見える
しかし望めば生きるも死ぬも自由な現代では、1つの発想の転換としておかないと危ういと感じる
>>819 じつに面白そう
821 :
考える名無しさん:2008/12/29(月) 01:31:15 0
>>820 >ただその考えだけでは1人の人の命を大切にするという結論は出ない
別に出なくてもいいのでは?
そういう結論を出すために定義や論理を歪めても哲学にはならない。
命なんて本当は大切でも何でもないものかもしれないのだから。
>>820 君は仏教を理解できていないな。仏教では命はすべて尊いものだ。
それに生きることに拘らなくてもいいなんてことは言われていない。
拘りを持たないで生きるということは言われるが、意味が全然違う。
>>821 もちろん命は大切で無いという考えもありえる
しかし一般に命は大切と言うからには、何故そう言うのか答えを出してもいい
>>822 大乗仏教では現世利益の色が強いからそうだろう
しかしこだわりをすてるという事は最終的に生への執着も捨てる事になる
それは人の理解を超えているため、釈迦は人に伝えるべきか悩んだだろう
簡単に言えば、悟りの境地を彼岸といい、それはあの世の事でもある
824 :
Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/12/29(月) 11:03:28 0
生命とは、時間の感覚を持つ物に対して与えられる言葉ではないか。石は存在物であるが、
石の存在、と言ってみても滑稽なだけである。もちろん、石のような存在、という、比喩的な意味を
考えることはできる、という留保はつくのであるが。ここで背景に考えているのは、ハイデガーの
存在者と存在という考え方である。生命という存在者に対して、存在という特別なものが考えられる。
存在という、時間に関係する概念は、時間を自分に対する感覚として生きる物に与えられる。
時間の観念はどのように獲得されるか、と考えると、有機物による代謝の行為を感覚として感じる
ところに、時間が感覚されると思われる。無機物の生物、すなわちロボットについては自分で自分
の修理を行うことができれば、代謝の概念にも通じ、主体としても確立している。また、計算のみを行う
コンピュータについて考えると、情報のみを取り込んで、いらない情報を捨てる、ということが、行えれば、
それは存在として、また命として認めることもできるのではないか。
825 :
考える名無しさん:2008/12/29(月) 11:11:41 0
>>824 ハイデガーを引き合いに出して存在と時間について書いているのに、
>有機物による代謝の行為を感覚として感じるところに、時間が感覚されると思われる
という時間理解がハイデガーとはかけ離れているなw
826 :
考える名無しさん:2008/12/29(月) 11:27:56 0
ハイデガーが何処の馬の骨か知らないが
存在に時間は要らない
828 :
考える名無しさん:2008/12/29(月) 11:53:12 0
829 :
考える名無しさん:2008/12/29(月) 12:19:46 0
>>824 それ、どっかの馬鹿が提唱してる機械的唯物論とどこが違うの?w
>>825 精神的には換骨奪胎といきたかったのですが(ただ参照しただけという話もある)実際は、
我田引水になってしまいましたかね。
>>829 唯物論的説明は全くしてないと思うのですが、どこに共通点があるのか教えてください。
831 :
考える名無しさん:2008/12/29(月) 12:31:14 0
>>830 アーサー・C・クラーク「2001年宇宙の旅」で人間に反乱を起こしたコンピュータ「ハル」は生命だと見なせる?
>>830
動物も人間も生物機械だという説でしょう?
>>831 その本は読んだことがないので、すいません。
834 :
考える名無しさん:2008/12/29(月) 12:41:33 0
物質や情報のインプットとアウトプットがDNAプログラムのような秩序に従って
行われているならばそれは命と見なしてもなんら差し支えはないだろうというのが機械的唯物論の主張だと思うが
835 :
考える名無しさん:2008/12/29(月) 12:42:36 0
>>833 スタンリーキューブリックの有名な映画があるんだけどw
>>830>>834 レスありがとうございます。唯物論というのは、全ての物事が物質とそこに働く法則によって
説明される、というものだと思っていますが、その系として、生命が機械の一種であるという
事がいえると言うことだと、受け止めました。
私自身は、生物は有機物であることが基本で、無機物の生命は人間のテクノロジーの成果として、
新しく生まれる何かであり、両方に共通するところが、時間の感覚を持つ、存在者であると言っているのです。
生物機械論にはルースカップリング等から反対です。(話し口が機械氏に似てきたように感じます。w)
失礼、
>>836のレス番号は830宛ではなく、832でした。
838 :
考える名無しさん:2008/12/29(月) 16:00:39 O
>>833 時間感覚とは面白い
(単細胞生物にそれがあるか判らないが)
生命を考える時、時間は重要と思う
ルースカップリングって何?
生物が機械でないなら、生命活動には、物理法則とは違う何かが重要という事?
839 :
考える名無しさん:2008/12/29(月) 16:04:18 O
840 :
Absalom ◆owNN8RDlXo :2008/12/29(月) 16:12:01 0
>>838 ルースカップリングというのはですね、機械の歯車のようにがちがちに物質同士が対応して、
反応を起こすと言う、タイトな機械的生物観(シュレーディンガーのような)に対して、ある反応
を引き起こす物質と、その反応との間に、必ず反応が起こるのではなく、確率的に反応が
起こるときと起こらないときがあるような仕組みに、生物の体がなっている、と言う説ですよ。
大沢文夫が主に提唱しています。
841 :
NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2008/12/29(月) 16:13:38 0
A
op
poa
観測できないので定義できません
命或いは生命活動の理由を知りたければ、覆い隠された物を暴けば良い。以下その方法論。
1.我々は学生であれ社会人であれ如何なる活動に従事していようとも、それらを止めなければ理由を知らずして行動するという
奇妙な風習が存在する。その故にそれら一切の活動を辞めてしまえば良い、宗教界では坐禅が提供されており、それらを実践する事を禁じる。
理由は、それらも活動成りえる為に、宗教活動等も含め一切の活動を禁じている為である。
2.希望と夢は行動の活力源理由では無い、多くは恐怖苦しみから生じる、逃避行動に過ぎない。理由即ちそれらなくして行動する必要性は無い。
想像してごらん、何もかも不自由で恐怖も苦痛も無い世界を。動く必要などあるだろうか?幸福とは何だろうかというのはこれに相当する。
3.活動中毒でしかないが、それらは思考も含まれる事もなる、思考は世界を救えない。
4.飽きた。
844 :
考える名無しさん:2008/12/29(月) 20:08:57 0
>>823 >しかし一般に命は大切と言うからには、何故そう言うのか答えを出してもいい
アホ丸出し。
そういう答えを出してはならないなんて言っていない。
そういう結論ありきで、他人の定義に文句をいうなってこと。
相手はそういう結論を出すために定義をしているわけではないのだから。
845 :
考える名無しさん:2008/12/29(月) 20:11:14 0
>>823 >しかしこだわりをすてるという事は最終的に生への執着も捨てる事になる
仏教ではそれでも「命」は尊いのだよ。
執着を捨てることと、「命」が尊いことが両立しているのが仏教。
君は馬鹿だからそれを理解していないだけ。
846 :
考える名無しさん:2008/12/29(月) 22:33:47 O
>>840 確率?つまり始めから結果が一定でないという事かな
確かにそれは生物らしい、柔らかさのような物を感じる
そういうロボを作れない事もない気もするけど
ロボが1つの目的を達成するために作られるのに対し、生命は実は決まった目的はなく、ただ残りやすいものが残ってきたという違いかな
>>844 君は被害妄想に捕われているんじゃないのか?
誰も文句など言っていない嘘だと思うならその部分を抜き出してみるといい
>>845 まあ何教徒であろうと命を愛する事は素晴らしく、そこに異論はない
848 :
考える名無しさん:2008/12/30(火) 00:00:56 0
・すべての生物は命をもっていると仮定する。
・以下の3点にあてはまるものを生物と定義する。
1.代謝を行う
2.増殖能力をもつ
3.突然変異をする可能性がある
議題:命とは何か?
前提がないと議題及び議論の方向性の認識差が生じるだろ
だからこういうのを前提として議論を進めていくべきじゃ?
各々が違う点に主眼をおいて議論が進んでいるようだから言わせてもらった
的外れだったらスルーしてくれ
849 :
考える名無しさん:2008/12/30(火) 00:03:01 0
>>848 そもそもそんな前提には同意できんな。
俺は生物の定義に、増殖能力は関係ないと思うし。
850 :
考える名無しさん:2008/12/30(火) 00:08:47 0
命とは物理現象である。すべての物理現象は命である。
851 :
考える名無しさん:2008/12/30(火) 00:13:27 0
>>849 言い方が悪かったな、すまん。
ただ、”何らかの共通の認識”のもとで議論をしなければそれは議論ですらなくなるという事を言いたかっただけなんだ。
今だってもう(命を論じる上で重要なものである)生物に対する認識のずれが私とあなたで生じていたわけだし
ちなみに上記の生物の定義は”現在の科学における一般的な生物の定義”である。
>>851 生物の定義をするから生命がよくわからなくなるのぐらい理解できていないの?
853 :
考える名無しさん:2008/12/30(火) 11:25:14 O
命を定義したいのなら、
命あるものに共通する属性を抽象化していけばいいだけ。
限界事例のようなものは当然でてくるだろうが、それは出てきたときに考えればいい。
定義というのものはそうして決まっていくもの。
生物の定義にしてもそうだし、哲学の定義にしてもそう。
誰かがそう決めたからそうなっているだけ。
生命の定義を、演繹的に考えようとしている人もいる(?)ようだけど
結局、帰納的に考えないとダメ。
856 :
考える名無しさん:2008/12/31(水) 07:53:40 0
>>854 命を見出せば命、それは物理現象のすべてを命と定義してもいい。
それすらわからないような君には理解できない、思考が低次元すぎるんだよ。
そらに手を伸ばして勝ち取れ。
>>855 ダメじゃないよ。哲学や数学、特にここでは演繹的な定義もいい。
帰納的にやったって、辞書的な定義が出てくるだけ。それでは面白くない。
もちろん、そういう定義があってもいいが、演繹的な定義の方が議論しやすく、哲学的にも面白い。
858 :
考える名無しさん:2008/12/31(水) 08:54:25 0
>>857 じゃ哲学的にも面白い演繹的な定義を
ひとつ教えて
>>858 俺が言っているのは、俺が定義できるかどうかでなく、
演繹的な定義をするのはダメではないってこと。それを禁じる必要も無い。
860 :
考える名無しさん:2008/12/31(水) 09:16:05 0
861 :
考える名無しさん:2008/12/31(水) 09:42:48 0
>>860 ダメって言う馬鹿がいたから、ダメじゃないよって言ってるだけだろ。
862 :
考える名無しさん:2008/12/31(水) 11:53:10 0
863 :
考える名無しさん:2008/12/31(水) 12:09:49 0
>>862 逆。他人が左右させようとするのを間違いだって指摘しているだけ。
864 :
考える名無しさん:2008/12/31(水) 12:38:13 0
指摘させられてるわけ?
他人に振り回されてないでもっと主体的に生きたら?
865 :
考える名無しさん:2008/12/31(水) 12:42:09 0
>>864 主体的に指摘しているだけだよ。それが趣味だしな。
ダメにしたかったのにできなくなって、よほど指摘が気に入らなかったのかなw
>>848 おそらく、そういう物理的状態よりも
『人間が、主観100%で、命と感じるかどうか』
これが命の本質では?つまり本能をそう作用させる条件は何か?が命
で、おそらく
・たんぱく質で構成されている
・何らかの区切りで、周囲の物質との境界がある
・規則的な運動をする
こういった事。代謝があってもタンパク質でなかったら
命と感じないだろうし(炎とか)。
区切りがなかったら、複雑な化学反応と思うのでは?
で、人間は命=意思と感じ易いので
複雑な運動が必要でしょう。
特に俺はタンパク質ってのがポイントだと思う。
肌色の目に見える存在。
要は命ってのは、本能がそう感じるだけの、定義オンリーの話。
生死もそう。全て本能、もしくは無限通りの定義。
867 :
考える名無しさん:2008/12/31(水) 20:44:38 0
>>866 無理だとは思うが
論理的にカキコするようにね!
あとオマイのカキコには結論がない
何のためにカキコしてるんだ?
病院に帰る途中なのかw
>>866 >『人間が、主観100%で、命と感じるかどうか』
感じるかという話は客観的ではなく、主観的な論理となるだろう。
そもそもスレ主が問う命とは、生物学や物理学、化学を元にとは主張されて
いないし、命という観念ができるのは学問ができるはるか前の話だろう。
故に底辺からの定義では曖昧な存在であることは間違いない。
>>867 すべてのものに結論が出せるという思い込みなら君も同じじゃないのか?
869 :
考える名無しさん:2009/01/01(木) 02:32:58 0
>>868 すべてのものに結論が出せますが なにか?
>>865 命のようなそれ自体根本的なものについては、演繹的に定義することができない。
できるのは、仮定的な定義か、(定義に機能を持たせるための)便宜的な定義か、帰納的定義か。
ある物事について演繹的な定義をするためには、その物事を構成する原理を先ず的確に示す必要があるが、
上位概念、原理が存在しないものについては、それができない。
私は、命には上位概念・原理を見出しがたいため、命について演繹的な定義はできないと判断した(
>>855)。
ただ、もし、命に(同一属性の)上位概念があるならば、
演繹的な定義も不可能ではないし、それ自体は確かに
>>857のいうように面白い。
また、命の上位概念は想定し難いにしても、成程想定不可能なことではない。
もし、演繹的な定義を行うならば、「命」ではなく「その上位概念」をまず定義づける必要があるだろう。
ちなみに、
>>858,
>>860,
>>862,
>>864は私ではない。釣り人だな。
871 :
考える名無しさん:2009/01/02(金) 12:54:57 0
>>870 >命のようなそれ自体根本的なものについては、演繹的に定義することができない。
それは君がそう思い込んでいるだけ。
演繹的に定義できるのもがこの世になるならば、
それを命と呼ぶ定義があってもいい。
何を命と呼ぶか、何を命と定義するかは、このスレでは全く自由。
お前の制限は必要ないよ。
生命とは外界に対して主体的に反応する個体。
よって、主体性を失った人間は生命ではない。
自由に定義するのは自由だが、その定義が社会に受け入れられなければG行為でしょ。
873 :
考える名無しさん:2009/01/03(土) 01:38:22 0
>>872 社会てだれよ?
ある人の自由が何であるか決めるのは他人だってこと?
初めて聞く主張だな、、
>>871 同意する。自由には干渉できない。
あなたその他第三者が演繹を如何に理解しようと自由だし、
私がどのような主張をしようと自由だ。
>>873 >>872は、ある人が主張する定義がその人の属する社会に受け入れられなければ、
その定義は、定義としての意味を持たないということを言っているのでは?
たとえば、人々が互いに共通に理解しているものが全くなければ話はできないが、
これを可能にするのが定義であって、そこにこそ定義の意味があると考えれば、
>>872の言うことにももっともな面がある。
それに、「社会」に受け入れられるかどうかによって定義の有効性を判断するのは奇妙だが、
善意に解釈すれば、「ある定義が社会に受け入れられる」ということの意味は、
その定義が「説得的である」「合理的である」「論理的である」「有用である」ことだ、と、理解することも可能。
あるいは、「ある人がその自由に基づいてなした行為を評価するのは他人だ」とも言えるかもしれない。
ただ、哲学にG行為もヘチマもないとは思う。
>>872 主体性については僕も考えていたが、意識的な主体性の他に、
無意識に生きようとする主体性があるような、無いような
876 :
考える名無しさん:2009/01/03(土) 18:00:44 0
もう一度聞くが、
社会て「だれ」よ?
社会は複数の人のつながりを指すのでは?
つまり最低2人の人が出会えば、そこに社会が生まれるのか
そして一般社会とは一般常識(知識)が通用する社会かな?
そこに受け入れられない哲学とは、一般知識では理解できない哲学だろう
878 :
Absalom ◆owNN8RDlXo :2009/01/04(日) 20:16:48 0
>>877 三人寄れば、そこに派閥と政治が生まれるっていいますね。
879 :
考える名無しさん:2009/02/26(木) 01:22:29 0
人工栄養臓器機作ってよ
血管と結びついて人工の胃袋とか腸を作るんだ
食物繊維も糖にしたり、食い物を食って発電したりするんだ
ツマミ一本でダイエットできたりとか
ツマミ一本で木の皮を食って太るとか
881 :
考える名無しさん:2009/03/24(火) 07:43:14 O
愛 自由
882 :
考える名無しさん:2009/04/01(水) 13:06:27 0
脳及び肉体の活動に順ずる『生きている』という概念(?)
>>880 脳をシミュレーションは既にできているよ。ただし脳の一部な
大脳をシミュレーションしても、小脳、延髄も末端神経も除かれる
そして「小脳、延髄も末端神経」もシミュレーションしても、肉体は除かれる
そして肉体もシミュレーションしても「肉体が育つ社会」は除かれる。
そして「肉体が育つ社会」もシミュレーションしても、その社会が存在
できる原理や物理、地球の外や宇宙は除かれる。
まあ脳がシミュレーションできるとはその程度のことで、何もできていない
現在、現実にコンピュータ模擬している脳の一部の模擬と50歩100歩
でしかないわけだ。もうちょっとだったよな。
生きるとは、環境や社会、情報の中枢が行う意味が
情報全体から活かされているということ。
それは魂という言葉が似合う、魂の存在が性質として特徴として肉体、社会
環境の全てから、その秩序がもっとも活きる状態が回り廻るとき、
それが活きていると呼べる。
その秩序が生物(なまもの)である、つまり腐り、腐敗する未来がある。
桜が満開で散り行くように、秋の紅葉が移ろうように、川や海の波が揺れ動き
そこにある船が漂うように、生の秩序として森羅万象の中の存在が一定の
秩序が意味となりえる場合が「命」であるわけだ。
もうちょっと深く考えような。
>>883 そうは言っても、人間を越える部分が次々に出てきている。
計算能力は当たり前として、オセロやチェスだって普通の人間には歯が立たない。
画像認識や音声認識も人間のレベルを超えだしている。
人間はこれ以上進化しないのに対し、コンピュータの進化はとてつもない。
このまま進歩が止まらなければ、人間を超えるのは確実だよ。
>>885 それは全て論理的なもので。論理を元に処理するものが論理の塊でしかない
計算機に人間が勝てるわけがない。あたま悪いぞ。
計算機が人間に勝てないものは論理を飛躍する領域、つまり創造や
発明、芸術、完全に未知なものへの取り組み。
人が何故その辺が上手なのかは、明快な仕組みがある
それは妄想や幻想、非論理な思考の類が自然に行われているからだ。
>>886 >それは全て論理的なもので。論理を元に処理するものが論理の塊でしかない
>計算機に人間が勝てるわけがない。あたま悪いぞ。
頭悪いのはお前。
>計算機が人間に勝てないものは論理を飛躍する領域、つまり創造や
>発明、芸術、完全に未知なものへの取り組み。
人間の脳で起きていることはすべて論理的な演算の上にある。
創造性も発明も芸術も、物理法則の論理の上にある。
実際、創造や芸術の分野にもAIは進出している。今の先端のAIは絵は書くし、
GAによるアルゴリズムで、人間が思いもつかない回路設計なども行っている。
>人が何故その辺が上手なのかは、明快な仕組みがある
>それは妄想や幻想、非論理な思考の類が自然に行われているからだ。
それは当人が上手く説明できないため、論理的でないと思い込んでいるだけであり、
脳自体は、論理的に動いている。もちろん、脳は既存のコンピュータほど稚拙なものではないが、
量子コンピュータとして考えれば、すべて論理的な演算に過ぎない。
宇宙自体にも言える事だが。
888 :
考える名無しさん:2009/04/05(日) 01:37:38 0
ウンコ製造機のソフト
自分で仮説立て実験する「ロボット科学者」誕生
http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-37315620090403 [ロンドン 2日 ロイター] 人工知能を備えたロボットが自分で推論し、
仮説を立て、科学的な発見をすることに成功したことが分かった。
英国の研究チームが米科学誌サイエンスに発表した。
こうした「ロボット科学者」は、複雑な生態系の分析や新薬の研究のほか、
地球規模での気候モデリング、宇宙の解明にも利用できる可能性があるという。
ウェールズ大学アベリストウィス校のロス・キング教授らの研究チームによると、
「アダム」と名づけられたロボットは、パン酵母の遺伝子について、
自ら仮説を立て、それに基づく実験を実施。実験の結果も正しかったという。
研究チームは、さらに進んだ人工知能を持つロボット「イブ」を製作する予定で、
新薬の研究を行うことにしている。
>>889 もっとも合理的な仮説を得る○
非合理な領域からみつけられない仮説を得る×
つまり推論といっても、100回調べれば99回命中するような解を
得る機能であって、100回調べれば1回しか得られない解を得る
仕組みを得たわけではない。
891 :
考える名無しさん:2009/04/11(土) 00:49:31 O
892 :
考える名無しさん:2009/04/11(土) 01:03:39 0
>>889 まだまだだな。真の変革がおこるのは「へび」と名づけられたロボットが
「アダム」と「イブ」に「知恵の木の実」を食べさせたときさ。
893 :
考える名無しさん:2009/04/11(土) 02:09:45 0
あるていど身近で自然を感じるもの、名詞に生命がある、と考えると
それはそれで納得する。でも定義とまで言われるとめんどくさいので
さっきの自分の納得は取り消される。つまり妄想。
どこぞの誰かが哲学的思考も無く適当に
草木は生きている、と発言しただけかもしれないから深追いは良くないよ。
ましてや定義なんて考えても・・・物質としての定義なら意味はあるかもしれんが。
物理じゃないものは、物理とは無関係な対象との関係で定義されるべきで
893君は、物理と関係づけたいという何かをもっているようだ