1 :
考える名無しさん:
あれ?言っちゃまずかった?w
by哲学板初訪問者
2 :
考える名無しさん:05/01/06 15:48:17
3 :
考える名無しさん:05/01/06 15:48:31
4 :
考える名無しさん:05/01/06 15:49:04
7 :
考える名無しさん:05/01/06 15:50:00
8 :
考える名無しさん:05/01/06 15:50:28
9 :
考える名無しさん:05/01/06 15:51:24
議論した直接の結果は哲学と関わらない。
11 :
考える名無しさん:05/01/06 15:51:51
ねーよw
12 :
考える名無しさん:05/01/06 15:52:03
13 :
考える名無しさん:05/01/06 15:52:31
14 :
考える名無しさん:05/01/06 15:54:45
あげ
15 :
考える名無しさん:05/01/06 15:54:57
答えに近付けばいいんじゃんwwwwwwwwww
16 :
考える名無しさん:05/01/06 15:55:50
自演?
>>1 そーゆーのを考えてることを哲学とも。
こうして、現代のカントが生まれました。
次回出版
『哲学理性批判』
お楽しみにっ
17 :
考える名無しさん:05/01/06 15:56:07
哲学お題。
ラウンジの本質について哲学せよ
18 :
考える名無しさん:05/01/06 15:56:51
カントって名前が卑猥んぐwwwwwwwwwwwwwww
19 :
考える名無しさん:05/01/06 15:56:59
∧∧
( ^ω^)うわなにこのスレおもすれ━━━━!!!!
_| ⊃/(___
/ └-(____/
20 :
考える名無しさん:05/01/06 15:58:22
デカルトのデコカルト
22 :
考える名無しさん:05/01/06 16:09:44
>>1 正解と解答を区別しよう
人生に正解はないけれど
君の生き方はひとつの解答なのだよ
>>1 だがそれがいい
〜〜〜〜〜〜終了〜〜〜〜〜〜
>>22 なるほど・・・予想外のレスで思わず一瞬感心してしまった
でも、哲学は何って質問ははぐらかされている気がします。
>>1 あ〜言っちゃった。
〜〜〜〜哲学板終了〜〜〜〜
>>24 「答えなんてない」かどうかを考えるのが既に哲学なのだよ
どこまで答えがでるか、つまり思考の限界という事を考えたのが
例えば上のカントとかウィトゲンシュタインという哲学者
27 :
考える名無しさん:05/01/06 16:20:03
>>1は「答えなんてない」という答えを無根拠に出している
>>26 なるほど。考える過程、思考が哲学っていうことはやはり、答えはないってことでいいっていうことですね。
>>27 屁理屈
>>27 「答え」という概念を主観性を排除して定義することは不可能。
なので答えはない。
〜〜〜〜〜〜終了〜〜〜〜〜〜
30 :
考える名無しさん:05/01/06 16:26:40
「答えがない」ってことが
>>1の答えならいいんじゃない
31 :
考える名無しさん:05/01/06 16:29:57
なんかうまいこと言ってごまかしてないか
>>29 1+1=2
これは主観性を排除した答えでは?
>>30 哲学って結果が過程であって、答えでないって何か学問として成り立っているのかと疑問。
考えるなんて人間誰でもするわけで、そうなると人類皆哲学者なんでは?
>>32 お前の言った「答え」というのは「哲学的命題に対する答え」だろ。
アフォが立てちゃったスレ、
〜〜〜〜〜〜終了〜〜〜〜〜〜
>>33 では、哲学においては
>>29なのですね?
不可能なことしてるって馬鹿馬鹿しくないですか?
35 :
考える名無しさん:05/01/06 16:39:25
この程度の議論でも答えが出せないんだから哲学の答えなんて出そうにないな
>>32 >1+1=2 は自然数論の公理系の定理で
公理という前提がないと成立しない
漠然と答えがない、とかは誰でも言えるが
答えの成立に「どういう条件が必要なのか」を考えるのが哲学
哲学者になるには「問う技術」が必要
(⌒) .(⌒) (⌒) .(⌒) (⌒) .(⌒)
( ´・●・)つ ( ´・●・)つ ( ´・●・)つ
( 二つ ( 二つ ( 二つ
\./ /、 \./ /、 \./ /、
∪`J ∪`J ∪`J
>>36 問う技術は計れるものなんですか?
人は皆、自問自答を繰り返している。哲学という概念がそういうことならば
哲学者とは何?仕事として成り立っていいものなのか?
こんなことを論文にすれば立派な哲学者になれるの?
>答えの成立に「どういう条件が必要なのか」を考えるのが哲学
これはすごいうなづけるものがあります。
>>36 答えの成立に「どういう条件が必要なのか」を考えるのが哲学
そりゃlogicのことだ。哲学じゃない。
「条件付の答え」など、本来哲学が求めてきた「真理」ではない。
しかし「条件」の正しさを問おうとすると、すぐに別の「条件」が必要になってしまう。
1+1=2の例で言えば、自然数論の公理系の代わりにZFが必要になり、
またそもそもの、推論規則等の形式体系そのものの妥当性が前提となる。
どこまで言っても、「正しい」と言い切れない。
そういうわけなので、とにかく
〜〜〜〜〜〜終了〜〜〜〜〜〜〜〜
> 〜〜〜〜〜〜終了〜〜〜〜〜〜〜〜
これ使っている人同一人物だよね?
なんでこんな必死なの?
こうやって自己完結する人って哲学に向いていないんじゃないかな?
>>41 確かに人生哲学を創造していました。
分析哲学の存在すら知りませんでした。勉強になりました。
やはり仕事となるにはそれなりの知識が必要なものですね。当たり前ですがw
人生哲学という分野は、一般人深く考えれば成り立ちそうですね(勝手な想像ですが)
このスレを立てたお前が一番向いてない。
〜〜〜〜〜〜〜終了〜〜〜〜〜〜〜〜
45 :
考える名無しさん:05/01/06 17:03:11
〜〜〜〜〜〜〜終了〜〜〜〜〜〜〜〜
↑これを現役で使ってる人がいる事実に感動した
ん〜〜、哲学だなあ
>>1 哲学やれば?向いてると思うよ。
んで
>>1に向いてる答え
「語り得ぬことについては、沈黙しなければならない」
論理哲学論考から
>>48 なるほどw
感慨深いw
こりゃ一本取られた。おもすれーな哲学って。
50 :
こっそり君:05/01/07 00:18:26
俺も理系だ、いつも専門外のスレに突撃している。かまってくれ。
人を納得させる、共感するというのも、所詮、自己満足だと思うのだが、
哲学的には違いがあんの?
逆に、煽られた、嫌われたと思うのも、所詮、自己嫌悪だと思うのだが、
哲学的には違いがあんの?
教えてくれ。
>>50 「所詮、・・・だと思うのだが」というのを翻訳すると、「Aの価値体系にのみ則って
判断し、それ以外の価値体系による判断をカッコに入れる」になると思う。しかし、
カッコに入れるというのは他の価値体系を捨象してしまって、ある単一の価値体系で
のみ事象を判断するということではなく、ただ、他の価値体系での判断を保留する、ということ。
コミュニケーションの全てを「所詮、自己満足・所詮、自己嫌悪」のように心理学
に還元してしまう傾向が最近過剰だが、別にそれが究極の真だというわけではない。
>>50 理系ならプラグマティズムぐらい勉強しれ。
とりあえずいえることは、「違い」というのは、
どういう観点で対象を見るかによって変わってくるということ。
「栄養源」という観点ではブドウ糖とビタミン剤の注射と、
同等の栄養をもつ普通の食事に違いは無いけど、
我々の日常感覚ではそれを同じものと考えるには違和感がある。
それは、われわれが食事について「栄養源」以外の様々な観点を持っているから。
そして、「栄養としては同じことじゃん」といわれたときに
すぐに反論できないのは、そういった日常的な観点について我々が自覚的でないから。
外部への働きかけについて、それが自己満足なのか違うのかを考えるには、
そもそも、行為を自己満足そうでないものに区別する必要がなぜあるかを考える必要がある。
あなたがその問題について分からないのは、
あなたが、「自己満足」という区別を自分がどういった観点であるいは目的で
行っているか自覚的でないから。
だから、ここで、私が、「それは自己満足だ」「それは自己満足じゃない」といっても意味がない。
まず、あなたにとって、「自己満足」という区別がとういう意味(目的)を
持っているかをあなたがあなた自身に問うべき。
53 :
こっそり君:05/01/07 01:05:20
>>51 なんだ、ごちゃごちゃ書いてるけど、
言葉を記号としてトポロジー化するって事なのか?
情報化理論ではカッコの中に入ってても捨てるって事にはならない。
(だいたいカッコでなんだよ?)それも情報だから。
もし、書いてあるのに見ないってのなら自己満足じゃねーの?
54 :
こっそり君:05/01/07 01:09:55
>>52 プラグマティズムを誤解してるな。
真理と事実は違うのだよとか偉そうに言ってる奴が時々居るけど大抵わかってないんだよね。
言葉にすれば主観が混じる。自己満足の。
そういう意味では、俺の言ってる意味も主観が混じって(この表現自体がもうダメなんだけど)
自己満足なわけだが。それはあなたも同じ事。
なんか著しくコミニュケーション能力に欠ける奴が来たな。
56 :
こっそり君:05/01/07 01:17:02
スルーできないのが哲学板住人。
レス長くして無内容なのが哲学板住人。
ああ。
58 :
考える名無しさん:05/01/07 01:27:20
VIPから馬鹿を見にきました
>こっそり君
煽りかな?まあ、どうでもいいけどね。
人を納得させる、共感する、人に煽られた、嫌われたと思う、などの感情は結局
自己満足である、というのが君の持論なわけでしょ?
で、哲学的には君のその持論はどう考えられているか? と聞かれたので答えたわけ
だが、結局、君は何をしたいの?論破合戦?
60 :
考える名無しさん:05/01/07 01:33:59
61 :
こっそり君:05/01/07 01:43:37
>>59 >煽りかな?(とあなたが想像したように)
誤解だよ。(と俺の自己満足の中から想像してみる)
↑これは何なのだ?と思うわけ。←伝わらないとすれば、それは”共感”がないから?
以下、理系的解釈。
世界とは脳内の情報であり、もしかしたら、センサ(五感)からの入力。
脳内はデジタル2進処理、つまりはすべて級数展開された数値演算。
62 :
こっそり君:05/01/07 01:44:49
63 :
考える名無しさん:05/01/07 01:51:34
>>61 うん、だからさ、その「世界とは・・・である」についての、君が言う理系的解釈
なるものと「人を納得させる、共感する、人に煽られた、嫌われたと思う、などの
感情は結局自己満足である、という君の持論がどう繋がるわけ?
機械的唯物論という価値体系で切れば「世界は級数展開された数値演算である」
という判断が出て来る、違う価値体系で切れば違う判断が出てくる。
65 :
こっそり君:05/01/07 01:53:41
VIPPERは即答速レスが命だ。いつも裸で突撃する。
ググったり、しらべたり出来るほど器用ではないのだ。
だから、もう寝る。今日レスしてくれたみんなありがとう。また明日。
>>65 まずチャットと掲示板の違いから勉強しましょう。
67 :
こっそり君:05/01/07 02:00:42
レス来たのでもう少し。
>>63 俺は俺、奴隷と言うのは人の評価。但し評価といっても俺の理解した人の評価。
>>64 「人を納得させる、共感する、人に煽られた、嫌われたと思う」
そう思うのは自分。よって結局自己満足。
感情ろか、脳内の理解とか、この自己の存在さえも自己満足。
もう寝る。
68 :
考える名無しさん:05/01/07 02:02:30
とりあえず、理系の面汚しはやめなはれ
69 :
こっそり君:05/01/07 02:03:51
>>66 訓練によってその違いは無くなる。
理系的な表現だと、2倍の処理速度があれば、50%の答えでも対等に話せるという事
マジでもう寝る。
唯物論を主張しながら内実は主観的観念論、という理系によくありがちな意見だな。
71 :
こっそり君:05/01/07 02:05:03
>>68 そういうレスをいただけたことが評価に値する。光栄だ。
72 :
こっそり君:05/01/07 02:05:50
>>70 よくわかんねぇ。説明してくれ。
ホントもうねる。
>>72 君の主張 唯物論
>世界とは脳内の情報であり、もしかしたら、センサ(五感)からの入力。
>脳内はデジタル2進処理、つまりはすべて級数展開された数値演算。
君の主張の内実 主観的観念論
>感情ろか、脳内の理解とか、この自己の存在さえも自己満足
解った?
>>1 答えが出ないのは子供質問を繰り返しているから。
例・・・りんごは赤い→なぜ赤い?→りんごの表面で緑と青の光を吸収しているから→なぜ吸収する?→・・・・・・・・・
哲学の本質はその極限を見ることだと思う。
75 :
考える名無しさん:05/01/07 02:13:16
> 理系によくありがちな
勝手に決めつけて安心する文系によくありがちな感想だね
76 :
考える名無しさん:05/01/07 02:16:56
理想←ーーーー→現実
哲学←→思想←→政治
哲学は理想論に過ぎんよ。
俺はパンと酒で生きてるけど(w)、俺にとって哲学は酒を薄めるための氷に過ぎんし、それだけの役割しか果たさんわ。スマンネww
>>75 どこが決めつけなんだ?こっそり君の考えはまさにそうじゃんか。
78 :
考える名無しさん:05/01/07 02:20:02
ありがちと断ずる根拠は?
79 :
考える名無しさん:05/01/07 02:28:50
>>78 >>73のような意見は哲学嫌いの理系には多いよ。理系の板から哲学にいちゃもん
つけにくる香具師のほとんどがそうなんじゃないかな。根拠とまでは言えんかw
81 :
こっそり君:05/01/07 08:01:21
みんな。おはよう。
>>73 おー。これはよくわかった。
だが、だからどうなの?(人の評価はどうでもよくて、論理的整合性に矛盾があるかとか、学問的に正しいかどうかって事)
それでいいじゃん。
そもそも、その理系にありがちとか言って、人の個性をカテゴライズするのが哲学なのかい?
だとしたら、ずいぶんいい加減で低レベルだ。
理系にありがち?なんだそりゃ?
俺は俺。あんたはあんた。それが俺のクォリティー
こういうやつを見て分かること
教養のないやつはどうしようもない
相手にするだけ無駄無駄
83 :
こっそり君:05/01/07 14:36:25
>>82 あのぶどうはどうせすっぱいから、採っても無駄無駄。手が届かないけど。
手が届けば取ればいいし、
教養があるのならそれを見せ付ければよいのだ。
そんなに、あからさまに悔しがって見せることは無い。
それとも、根拠は無いが理系にありがちだと分類することが、教養なのかな?
>>83 君の意見はドグマティズムによる還元論法を使用している
と言っても理解できないだろ?
馬鹿は自分が馬鹿だと分からないから己の馬鹿さを露呈するんだよ
85 :
こっそり君:05/01/07 22:15:03
みんな。こんばんわ。
>>84 馬鹿さ加減には自信があるぜ。
何論法かってのはしらないんだけどさ、少なくとも
>>84は感想だけで何も論じて無いように思った。それも論法なのか?
ほら、よく子供の喧嘩で言いくるめられた方の子が
「馬鹿!馬鹿!馬鹿!」って叫んでるみたいなそんな感じ。
いろいろ論法しってんのなら、ちゃんと議論すればいいと思うけど。
86 :
考える名無しさん:05/01/07 22:18:58
>>84 きみこそ激しく露呈してしまったねぇ。
自覚がないのだろうね。
87 :
考える名無しさん:05/01/07 22:32:37
なんだかねばっこいスレですね
88 :
こっそり君:05/01/07 22:35:45
>>87 あっ、それ多分俺のせい。よく言われるから。OTL…3
89 :
考える名無しさん:05/01/07 22:53:05
むしろ答えのない問いを発見するのが本職
答えの無い問いはない。
答えがわからない問いはある。
91 :
こっそり君:05/01/07 23:49:39
92 :
こっそり君:05/01/07 23:50:00
こっそり君が何をしたいのかわからないな。哲学の無意味性、無効性あるいは科学の
哲学に対する優位性を主張したいということかな?
それとも他のなにか?
94 :
こっそり君:05/01/08 00:07:16
>>93 別に喧嘩を売りに来たわけではないのだ。
ただ、返ってきたレスの内容があまりにアレだとおべんちゃらさえ言えない。
優位なんてさらさら思ってないし、むしろ確固たる学問の分野である限り
俺にはわからない何かが得られるのではないか?そう思い突撃している。
もし、万が一無意味だというのなら、無意味であることの意味を高らかに主張して欲しいのだ。
>1
哲学は人間の欲求だ。
答えが見付からなくても、諦めきれないんだ。
そしてあがいてる。
>>94 >>73は哲学側からの一つの答えだと思うよ。こっそり君の書きこみを読むと、脳内の
デジタル2進処理という客観的事実が世界の全てだとすると、後段の「自己の存在さえ
も自己満足」というのが全くわからんし。まずそこから説明してもらわないと、
>>73 のように、ああ、そうですか、唯物論を主張しながら内実は主観的観念論ですね、
という答えしか出てこない。
97 :
考える名無しさん:05/01/08 00:37:46
答えがないというのも、
答えの一つだろ。
98 :
こっそり君:05/01/08 00:39:43
>>96 だから、それはとてもよくわかったと書いている。
ただ、
”脳内がデジタル2進処理”とモデル化するのと、”自己の存在さえも自己満足”というのは相反してないと思う。
”脳内がデジタル2進処理”と思うのは自己の発想であり、自己満足だし、その発想が自己の存在だから。
ていうか、
主張と内実とが相反していているとどうなのだ?一致しているとどうなのだ?
”理系にはありがち”ってのはどういう概念?
理系だと主張と内実が相反するというのなら、その理由がわからないのだ。単なる感想?
99 :
こっそり君:05/01/08 00:42:30
>>97 あー。それ、俺もそう思う。でも屁理屈だよ。
答えが無いと認めつつそれを答えと言うのはまやかし。
ほら、よく水掛け論で出てくる、「屁理屈も理屈だよね。」みたいな感じ。
>>98 理系がどうのって話は知らんよ。書いた人に聞いてくれ。
”脳内がデジタル2進処理”とモデル化するのと、”自己の存在さえも自己満足”というのは相反してないと思う。
”脳内がデジタル2進処理”と思うのは自己の発想であり、自己満足だし、その発想が自己の存在だから。
だとすると、今度は「脳内の情報である『世界』」を超越した「自己」こそが世界ということになるが。
どっちが本当の「世界」ですか?
101 :
考える名無しさん:05/01/08 00:57:42
相手が納得しなけりゃ、
答えにならないのが哲学だからなぁ・・・。
哲学板の住人は基本的に優しくて寂しがりなのさ。だから
>>98のような奴にも、
「まさか古典哲学の予備知識くらいあるんだろーな」とか「もうちょっと科学哲学の
ターム使って書いてくれる?時間が節約できるから」などと言わないんだな。
103 :
こっそり君:05/01/08 01:10:33
>だとすると、今度は「脳内の情報である『世界』」を超越した「自己」こそが世界ということになるが。
>どっちが本当の「世界」ですか?
そうそう、こんなレスを待ってた。
その答えを自己だと思う自己
↑と答えている自己。
104 :
こっそり君:05/01/08 01:11:25
105 :
考える名無しさん:05/01/08 01:13:02
世界と自己を区別できなくなると、
時計や茶碗と自分を区別できなくならんか。
>>103 それだと悪無限後退になる。超越的な根元者を追い求めてもさらに・・・
最小物質を求め続けてもさらに・・・ということで、究極的根元者を神とすると
神学になり、自己とすると自我哲学になる。まずフィヒテの著作を読んでみるとよいかも。
107 :
考える名無しさん:05/01/08 01:22:07
いや、実際、
他人の苦痛を見て、
自分の痛みを想起するのは、
よくある話で。
極端になると、
物と自分を区別できなくなったりする。
108 :
考える名無しさん:05/01/08 01:26:58
逆に、先天的に痛みを感じない症状の人は、
自分の肉体を、物のように扱ったりする。
109 :
こっそり君:05/01/08 01:32:37
>>105 俺はこの”時計や茶碗”ってところに着目したい。
物と自分を区別できなくなるというのはよくわかるのだが、
確かに”時計や茶碗”と区別できなくなりはしないだろうとおもうのだ。
これは何故だ?
俺が俺であるが故にそう思うのかな。
なんか、週末になってレベル上がってきたぞ。こうでなくちゃ。
>109
より自分から遠いものだからじゃない?
111 :
こっそり君:05/01/08 01:36:43
112 :
考える名無しさん:05/01/08 01:39:07
時計や茶碗が壊れるとき、
激しい苦痛を感じるなら、
自分の一部と考えるようになるかもね。
113 :
こっそり君:05/01/08 01:41:04
>>110 それはないだろ。
おれは馬鹿だから手で茶碗とかやれるし、毎朝6時ぴったりに目覚めて体内時計とか言ったりできる。
でも、ぜんぜんまねできない、車とかが凹んだりするとマジへこむんだよね。
>>111 哲学はどのへんまで知ってらっしゃいますか?この哲学者なら概論くらい解るとか。
別に他意はない。単にそのほうが説明しやすいので。
115 :
考える名無しさん:05/01/08 01:42:57
そりゃ、車も自分を構成してる世界の一部だって事かな。
116 :
こっそり君:05/01/08 01:43:28
>>112 理系的な答えだとその機能を実現するのに大して高度な技術やコストがかからないものだと
壊れたときの痛みが小さいといえる。
痛みの大きさはその物の値段や入手困難度に比例してるといていいだろう。
117 :
こっそり君:05/01/08 01:44:08
>>114 だから理系のしかも馬鹿だっていってるお。
118 :
こっそり君:05/01/08 01:44:52
119 :
考える名無しさん:05/01/08 01:46:52
眼鏡が壊れても、それほど痛みを感じないけど、
眼鏡外してても、無意識に、目の近辺を掻くとき、
レンズをさける俺。
120 :
こっそり君:05/01/08 01:47:00
>>118 すまん、アンカーまちごうた。
>>116ね。
121 :
考える名無しさん:05/01/08 01:48:22
死んだ母親から来た手紙が燃えたら?
122 :
考える名無しさん:05/01/08 01:49:23
・・・いや、生前に届いた、ね。
123 :
こっそり君:05/01/08 01:49:47
>>121 だから入手困難度というパラメータを提示した。
ただ、技術的に復元が可能だとすれば、凄いコストがかかりそうだとは思うが。
124 :
考える名無しさん:05/01/08 01:51:59
でも、
どんなに大切なものでも、
それが、自分と違う物であることは分かる。
混同はしない。
その一方、
誰かが拷問されてたら、
痛みを錯覚するかも。
対象がどれほど不可逆的なものか、という基準では?
>124
そうだね、ちょっと論議がずれぎみだったかも。
127 :
考える名無しさん:05/01/08 01:55:44
感情移入の困難さを乗り越えれば、
誰だって茶碗になれるさ。
128 :
こっそり君:05/01/08 01:57:24
>>124 おー。これもわかりやすいな。
確かにそうだ。
129 :
こっそり君:05/01/08 02:01:00
>>127 げっ、今日のご飯炊きたて。あついあつい。
俺、漆器だぜ、食器洗い機とかに入れんなよ。
なんだよ、この金箔絵付けが見えないのかよ。電子レンジはやめてー。
とかなら、時々しゃべってるけど。
ここはこっそり君を楽しませるスレッドなのか?こっそり君が言っている「自己」
なるもの(俺には素朴主観論にしか思えないのだが)について議論していくんじゃ
ないのなら、俺は寝る。
131 :
こっそり君:05/01/08 02:02:26
基本的に大きな意味で外見に弱いんじゃない?
自分と似通った形の人形とか、
動く生物とか。それがどれほど自分に近いか。感情移入しやすいか。
車が壊れて落ち込むのと、対象と自己を混同している、というのとはまた違う気がする。
133 :
こっそり君:05/01/08 02:08:45
>>132 昔、社会科学なんたらとかいうスレッドに突撃した時にその外見の話を聞いたよ。
社会的動物の社会性の構成要素の一つなんだろ。
車が壊れて落ち込むのは単に修理代だけじゃなさそうな気がする。自己と混同ってのがどういう事なのかよくわからないが。
134 :
考える名無しさん:05/01/08 02:14:00
・・・ちと余談だけど、
物に人格を設定すると、
感情移入しやすくなって、
交渉による制御が可能な気もするんだよ。
あるいは、
埋め立てられてしまう小川に人格を設定すれば、
「川が泣いてる。可哀想だ」ってことになって、
反対運動も盛り上がる。w
>>131 まず、「世界とはデジタルな情報である」という規定をしたでしょ?その後で
「しかしその規定をする『自己』自体がそれに超越して(先んじて)ある」と君は言う。
とすると「世界から『自己』をさっ引いたものはデジタルな情報である」という
ことになってしまう。さらに言い換えると「対象として認識できるものの総体である
デジタルな情報の総体と、対象として認識できない『自己』の合一がすなわち世界
である」という定義になる。
でさらにその定義をするのはまたしても『自己』だから・・・という無限循環になるから、
ここで、答えではなく、問いのほうが修正される。「『自己』とは何であるか?」(自己と
いう認識の対象物Xがある、Xとは何か?)という問いは廃棄され、「『自己』が『自己』
であるという働きはどういうものか?」という問いに変わる。
136 :
考える名無しさん:05/01/08 02:20:41
自己は情報として世界を扱っており、
自己と情報は別のものである。
アプリケーションとデータの違い。
ただし、
肉体は世界の一部であり、
情報として処理される対象。
137 :
こっそり君:05/01/08 02:21:01
>>134 車もそうだとおもうのだが、「過去の記憶の中に風景として出てくるから」ってのはどうなのだ。
人格を設定するのとはちと違うとおもうのだが。
138 :
考える名無しさん:05/01/08 02:22:47
機械に名前をつけるのも、
山や川に神を見るのも、
基本的には同じだと思うけどね。
139 :
考える名無しさん:05/01/08 02:27:52
無生物に人格を設定すると、
他者として認識するのが容易になり、
それを他者として制御したいと思う。
その一方、
過去の記憶や、子持ちの母親は、
それを、別ちがたい自己の一部として認識する(こともある)。
140 :
こっそり君:05/01/08 02:28:35
>>135 おー。いいねいいね。
かなり解りやすいよ。俺はXなのか。
理系的にいうと、
漸化式の回帰性ってことだよな。
個々の処理内容ではなく、その回帰性によって処理の内容が実現されてるみたいな。
ちょっとちがうか?
142 :
こっそり君:05/01/08 02:36:18
>>141 親切はありがたいが、こうやって専門外に突撃することで、
お互いに得られる感動というものの風流も尊重してほしい。
決して単なるクレクレ君にはなってないとおもうのだか、
それは俺の自己満足かもしれん。
>>140 俺は数学はわからない。が、「俺はXなのか」とは意味不明。
俺が言いたかったのは、「自己」というのは実在する対象ではなく、働きであるという
哲学の考え方ですね。
144 :
こっそり君:05/01/08 02:37:44
>>141 しかし、そのサイトハゲシク面白そうだな。
145 :
考える名無しさん:05/01/08 02:40:11
自己が認識する対象物:X=自己、
と捉えたのではないかな。
Xが自己の場合、
問題を解決しようとすると、
遡り続けることになる、と。
146 :
こっそり君:05/01/08 02:41:28
>>143 いや、イメージしたのは漸化式、もしくはオートマトン
一回の処理ではなく、その繰り返しやフラクタルな連携が結果をもたらす。
そして結果は4つのパターンに分類されるのだ。
1:収束。
2:発散。
3:カオス。
4:カオスの淵(複雑系の適応領域)
147 :
こっそり君:05/01/08 02:44:45
パターン4は、
あるアトラクタに引き込まれながらも常に流動性やゆらぎを保ちつづけているパターンとして、
生命のモデルであるとされている。
生命もまた、細胞一つ一つの単純な反射的処理のフラクタルな連携が生み出す複雑系だからだ。
148 :
考える名無しさん:05/01/08 02:49:19
決定論的要素によって成り立つ構造からでも、
非決定論的な現象は生じ得る、ってことかな。
>>146 >>147 俺、ブルーバックスの「カオスとフラクタル」読んでも全くわかんなかったからなあw
それを前提にして聞いて欲しいんだけどさ。
その生命のモデルを規定するのもまた「自己」だ、というとこに戻んないかい?
150 :
考える名無しさん:05/01/08 02:50:37
このスレの途中からは仕組まれたジサクジエンだな。バレバレだよ。
151 :
こっそり君:05/01/08 02:52:56
152 :
考える名無しさん:05/01/08 02:53:38
構造と現象は、
分けて考えないと。
153 :
こっそり君:05/01/08 02:53:50
ていうか、もう眠い。また明日。
154 :
考える名無しさん:05/01/08 02:55:21
おやすみ〜。
・・・ああ、明日は昼から仕事だ。
鬱・・・。
>>151 だからそうなのよ、と来たか。うーん・・・「自己とは、実在ではなく、法則を
産出しつつそれに従う、という働きのことである」てんじゃダメか?
たぶん納得してくんねーだろーなー。
156 :
ねむいねむくない:05/01/08 06:05:31
自己を確認するのは難すい。
何か自身の保持の為に切羽詰って必要なのであればそれが本当に本当のモノ
かはどうであれなんとか実在させられないこともないし、
それ以外のどうでもいい時には私は自身以外の自身の評価を集積したものを自身の
眼を通して眺めていれば十分。なんです(^^)
タルタルし過ぎー?
哲学て面白いんですねえ。それから2ちゃんも。有名そうなカタカナ名とかなんにもわからないけれど、
読んでて眠気が薄らぎます。おやすみなさい。
157 :
考える名無しさん:05/01/08 07:27:38
故のスレと云う閉じた系に於いて熱力学第2法則に従いエントロピーの増大は不可逆的と云えるも熱量を消費した冬厨分子の外部への拡散に因る熱平衡状態への遷移は自明。又散逸構造の自己組織化に伴う秩序が誕生する可能性は統計力学の見地から窮めて低い事も言及して置く
158 :
考える名無しさん:05/01/09 12:43:12
(・∀・)ニヨニヨ
159 :
考える名無しさん:05/01/09 13:28:08
哲学って公理となる物がない、語る人毎に無数にあるらしいから
議論なんてしても無駄なんだよ
何も導き出せないよ
今朝別のスレ立て見てわかったよ
微笑ましい
161 :
こっそり君:05/01/09 18:24:16
みなさんこんばんわ。
>>155 >実在ではなく、法則を産出しつつそれに従う、という働き
そうそう、それそれ。そういうのって漸化式(回帰処理)だなと思って書いてたわけ。
しかし、そう規定するのもまた自己だろっていわれると。そうそうみたいな。
>>156 切羽詰ってる時とどうでもいい時とで何が違うのかよくわかんなかった。
あと必要とか十分ってのは何に対してなのですか?
>>157 コピペ?
>>159 公理がないから結論が出せないなんて言ってるひとは例えば、
うんこのようなカレーとカレーのようなうんこどちらか食わなきゃならない事になったらどっちを喰うのだ?
うんこは出す人毎に無数にあるらしいから議論なんてしても無駄で
誰のうんこかによって決まるって事?
162 :
考える名無しさん:05/01/09 19:26:18
公理は「事実」として定めた約束事だから、
それを前提にしないと、議論が成り立たない。
哲学の場合、公理自体を疑っちゃうから、
異なる公理に基づく、複数の体系が存在する。
異なる公理に基づく、異なる体系を、
直接比較するのは、本来、無理だとは思う。
公理とは要するに議論の前提条件のこと
公理を疑うとは要するに自分自身で決めた前提条件を破壊してしまうことであって
要するに建設的に議論する能力が欠落していることを意味する
164 :
考える名無しさん:05/01/09 19:34:13
・・・憲法と同じで、
それを基礎に据えた上で、
各種法律が存在する。
165 :
考える名無しさん:05/01/09 20:20:32
むつかしいから、こっそり君みたいにうんこの例で説明してくれ。
166 :
考える名無しさん:05/01/09 20:29:20
臭いうんこのバカ話をしてるときに、
うんこの臭いは、本当に臭いのか?
とか、
うんこの臭いは、実は、うんこが原因ではない。
とか、
臭いがあれば、うんこは実在するか。
とか、
うんこが臭いという共通の了解(公理)を、
根底から覆すような話を始めてしまうのが哲学、
者の悪い癖。
167 :
22:05/01/09 20:50:01
>>161 法則を産出云々はオートポイエーシス勉強すれば
>>162 公理は「事実」じゃない
>>163 公理を疑っても別に構わない
>>164 憲法は法律の基礎じゃない
>>166 >うんこの臭いは、実は、うんこが原因ではない。
例えば、うんこが恥ずかしい物とされているから
168 :
考える名無しさん:05/01/09 20:52:10
公理を、「事実」と取り決め、約束、共通の認識として持つ、
それが基礎になってるんだよ。
事実ではない、と言い出すのが、哲学者の哲学者たる由縁。
それじゃ、話が展開しないんだよ。
あと、憲法は、すべての法律の基礎だよ。
その国の法律の系において。
169 :
22:05/01/09 20:58:13
>>168 きみのいう「公理」は数学の公理主義とはあんまり関係ないみたいだね
公理は定理を導出する出発点になるけど事実でもなんでもない
それから憲法は国に対する命令で法律の基礎になっている訳じゃない
170 :
考える名無しさん:05/01/09 21:10:04
定理と言うのは、公理を基礎に据えた場合、
成り立つことが認められる現象であって、
公理を否定したら、定理も破綻する。
憲法も同様、
公理を変えれば、定理も変わる。
171 :
22:05/01/09 21:23:08
だから公理から定理を導出するのに
公理が「事実」である必要なんか全然ないんだって
あと公理を否定したらいけないなんてこともない
それから「現象」という語も引っ掛かる
「1+1=2は三時には成立する」はナンセンスだよね
なんか言葉の使い方が情緒的で散漫だなあ
172 :
考える名無しさん:05/01/09 21:24:42
だから、公理が事実である必要はないって、
言ってるじゃん。
173 :
考える名無しさん:05/01/09 21:56:08
事実だの真実だの定理だの公理だの
うんこで言うとなんなんだよ。
174 :
考える名無しさん:05/01/09 21:59:08
つまり
うんこは苦い
苦いはうんこ
ウン国際
なんでみんなやたら難しい言葉使いたがるの?
インテリ気取りやがって。
うんこでいいじゃん。
177 :
考える名無しさん:05/01/09 23:23:04
うんこはくさいという前提で話をするのが他の学問。
うんこがくさいということを疑うのが哲学。
ところでうんこは何の為に存在するんだ?
179 :
考える名無しさん:05/01/10 00:20:34
必要なものを奪い取った後の残骸として、
あるいは、その象徴として。
180 :
考える名無しさん:05/01/10 00:20:55
あるいは、ハエと、
便所の為に。
181 :
考える名無しさん:05/01/10 00:42:15
>>177 冗談ではなく「うんこはくさい」というようなことで議論が広がりうるのは、
ほとんど哲学だけ。
182 :
考える名無しさん:05/01/10 00:59:10
おいおい、肥料からみた自然還元と循環という視点が抜けてるぞ
>>181 しかしかくも歴史に影響を及ぼしうる素材もない
183 :
考える名無しさん:05/01/10 01:09:39
必要なものを奪いきれなかった残骸としてのうんこ。
あるいは、豚のえさとしてのうんこ。
マホメットさんが嫌悪感を覚えたのも、
まあ、分からないではないが。
くさいものにはふた
185 :
考える名無しさん:05/01/10 06:29:33
考える過程に価値がある。外出?
自分の中にある考え方で解決できない問題に対して、いくら自分の中で考えても
無いものは解決できるはずが無い。必然ではない、目の前の事を考えることはではない、
可能ではないということだ。
自分の考える過程を明確にすると、容易に比較検討できる。気づく可能性がある、
くらい?
187 :
こっそり君:05/01/10 07:27:47
うほ。
クォリティーも上がってきた。
問題の解決ってなんだろうね。
そもそも、何が問題であるのか、
我々はどのぐらいちゃんとわかってるのだろうか。
ライト、ついてますか―問題発見の人間学
ドナルド・C・ゴース (著), G.M.ワインバーグ (著), 木村 泉 (翻訳)
共立出版 ; ISBN: 4320023684 ; (1987/10)
189 :
考える名無しさん:05/01/10 13:13:00
時に迷い、立ち止まり、矛盾しつつも成長していくのが
人間であるならば、哲学はもっとも人間らしい学問といえるのではないか?
だから普通にしゃべれよインテリボケ
191 :
考える名無しさん:05/01/10 14:04:33
時に迷い、立ち止まり、うんこしつつも成長していくのが人間であるならば、
うんこはもっとも人間らしい学問といえるのではないか?
192 :
考える名無しさん:05/01/10 14:08:24
つまり、視点の移動によりうんこについての議論が無限に拡散していく。
それを統一するのは個人の主観しかない。
だが、議論する前よりうんこについての視点は広がっている。
つまり、主観の拡大が起こったと言える。
それが、哲学の意義であり、議論しても答えなんてなくても良いのだ、の答えなのだ。
193 :
考える名無しさん:05/01/10 23:31:22
194 :
考える名無しさん:05/01/10 23:37:41
人間は、うんこを産む為に存在する。
違うか?
証明できるか?
195 :
考える名無しさん:05/01/10 23:45:21
>>194 究極的には個人の主観に集約される。
おまえにとって人生がうんこを生むことならそうなんだろう。
だが、その前に命題について他者から相対的に検討してもらうが良い。
まず、なぜおまえがそう思ったかについて語れ。
196 :
考える名無しさん:05/01/10 23:51:09
人間は、生きている限り、
うんこをせざるを得ない。
うんこしないという選択も可能だが、
限界に達すると、死ぬ。
死なないまでも、手術が必要になる。
人間は、生きている限り、
食事をし、うんこをしなければならない。
しかし、食事をするのは、
うんこをするためにすぎないのだ。
その証拠に、食事をしなければ、
うんこができない。
したがって、我々は、
うんこすることを目的に、
この世界に存在するのだ。
197 :
こっそり君:05/01/10 23:57:38
解りやすいか解りにくいかという観点において、
>>193のスレのレベルは極めて高いな。
198 :
考える名無しさん:05/01/11 00:00:36
>>196 まあ、おまえの個人的なことだからなんとも言い難いが・・
おまえはうんこをするために食事をしてるのだな?空腹だからではなくて、運子をするために、という強い目的意識を持って食事をしているのだな?
普遍性がないので、そうでつか、としか言えないよ。
199 :
考える名無しさん:05/01/11 00:02:43
いや、俺だけの話ではない。
すべての人類は、うんこするために生きているのだ。
ただ、そのことに無自覚な連中が多すぎる。
自覚を持って、うんこすることに励まなければならない。
200 :
こっそり君:05/01/11 00:20:09
>見逃してますよ、うんこからのメッセージ
201 :
seb ◆Ec8svtWCj2 :05/01/11 00:25:49
結論じゃなくて妥協が欲しいんじゃないかね。
話し相手がほしいだけだ
だから議論の中身なんか実はどうでもよい
203 :
こっそり君:05/01/11 01:35:40
204 :
考える名無しさん:05/01/28 11:54:03
205 :
考える名無しさん:05/01/28 11:57:55
「食事をしなければ、ウンコはでない」は「食事をするのは、ウンコを
するためだ」の充分な理由にはなっていないね。「受験しなければ、不
合格にはならない」からといって「受験するのは不合格になるためだ」
とは言えないでしょ?
206 :
考える名無しさん:05/01/29 15:24:16
結論が出ないのがよいところ。
「美人はウンコをしない。食事はするけど、食事はウンコにならない。」という命題があるとしよう。
美しさを触発するのだから、多大なエネルギーが必要であると考える事も可能である。
すると、物質自体をエネルギーに転換している原理があるのではないと
考えるべきであるという超越論的統覚による要請が為される。
従って、これらにより食事はウンコにならずに、我々に美しさを触発する為のエネルギーに
なると考える事が妥当となる。
208 :
考える名無しさん:05/02/04 03:57:23
>>206 というより、答えを求める学問じゃない。
問いを発するためのもの。
チラシの裏にでも書いてろよ(プゲラ
チラシの裏にでも書いてろよ(プゲラ
暇だな俺
212 :
考える名無しさん:05/02/04 07:38:19
ドウカナ?
213 :
edo13th:05/02/05 03:19:24
燃料投下というかなんというか、よくわからないので考えを聞かせてクレイ
そもそも議論->答えが出る。というのはどういうことなんだ?
個人的には「議論は内部でヘーゲルの弁証法を行っていて結果として命題に対し暗黙的な矛盾を露呈させる」と考えるのだが
これだと、命題の問題点は見つかるけど唯一の答えは見つからないんじゃないか?
そうすると、哲学に答えがあると仮定しても、「議論の結果、哲学の答えが出る」とは言い切れないんじゃない?
それとも、答えは多様性があり 矛盾無ければ全て答えである。とするの?
悩んで答えが出ないとしても、悩まないままではダメなんです。
悩んで答えが出ないとしても、悩むことが、悩むことが"したい"し、悩まない人間にはどこか胡散臭さを感じるんです。
いやね、哲学っていうことで議論しててあれ?っと思ったのは
-問いを発するのが哲学
-U.N.C.O.が(中略)が哲学
-人生哲学は悩むことに価値がある(省略しすぎ?)
とかいろいろ出てきているんですけど、
今のところ哲学の話ばっかりしているのかな?という部分。
なんかもの足りない感覚があるんです。
それは、
>>1が言っていた「哲学は議論しても答えが出ない」の哲学以外の視点。
議論を道具として使用したら「哲学の答え」が出るの?という観点からの疑問なんです。
仮に、議論そのものが「答えを出す機能が無い」ということだったら、
哲学に関係なく
>>1の言っていたことは正しくなるンじゃ無いですか?
ですから、議論の道具性について他の人の考えを聞きたいなぁ。と思っています。
まぁ、議論で議論を自己言及できるとは思わないけど
議論の道具性を「答えを出す」という限定的なことについて議論することは可能と思うんですよ。
・・・・結果としてはアレですが(^^;;;
ここまで読んだ感想:
哲学はうんこに拘るということがよーくわかりました。
217 :
考える名無しさん:05/02/23 01:41:58
議論だけではいけない。
孤独な熟考も不可欠だ。
坐禅と見性 第十四章生老病死を語る
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1108144172/ 我の知っている事を汝は知らず、汝の知っている事を我はことごとく知る。
一粒の芥子、よく須弥山(しゅみせん)を隠す。 一掬(きく)の水の中に人魚たちが心ゆくまで踊る。
私は終日汝に相対していて、劫初以来会った事がない。 看よ、東山全嶺が水上を歩いている。
エックハルトの乞食の挨拶 「[朝な朝な好(よ)き朝です」。 雲門 「日々是好日」
扇を扇と呼ぶな、鋤(すき)を鋤と呼ぶな。
昨日は痛かったが、今日は痛くない。 さっきは泣きわめいたが、今は笑っている。
腹が減れば食い、疲れれば眠る。
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清浄の行者、涅槃に入らず、破戒の比丘、地獄に堕ちず。
大力の人がどうして彼の両脚を挙げることができないのか。
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わたしは釈迦の出現以前からさとりの状態にある。 光あれと命ずる以前の神と共にあれ。
【友好スレ交流中】 →精神世界で癒される第3章 瞑想とは
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