分析哲学VSポストモダン

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1考える名無しさん
それぞれのスレはそれぞれでやって。
ここは対決スレ。不毛でもいいから学んでる学生さん同士でやってよ。
2考える名無しさん:04/02/07 01:52
2
3考える名無しさん:04/02/07 01:59
というか分析哲学自体ポストモダン化してるらしいぞ
『知識の哲学』とか読むと
4考える名無しさん:04/02/07 02:05
>>3
誰の本?
5考える名無しさん:04/02/07 02:06
ローティがすでに80年代にさんざんやっていたこと。
6考える名無しさん:04/02/07 02:09
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/detail/-/books/4782802080/contents/ref=cm_toc_more/250-8046700-3293824

これか?それとデリダが分析哲学者とやりあったってのはどうなったん?
7考える名無しさん:04/02/07 02:13
>>5

リチャードローティね、わかった。それは「分析系の勝利」を分析系が
主張したの?
8考える名無しさん:04/02/07 02:16
そのローティ自体がポストモダンがなんたらって題名の本出してなかったっけ?
別に喧嘩とかいう話じゃなく普通に
9考える名無しさん:04/02/07 02:21
分析哲学ってまだあるの?
10考える名無しさん:04/02/07 02:21
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/search-handle-form/250-8046700-329382

脱構築やらポストモダンやらいっぱいあるな。
ところでハーバーマスとかってなんなん?
11考える名無しさん:04/02/07 02:22
>>9

あるらしいよ。俺は知らないけど。
ポストモダンってのはもうないらしいけど。
12考える名無しさん:04/02/07 02:24
ポスト構造主義があるからいいじゃん
13考える名無しさん:04/02/07 02:26
ポスト構造主義>構造主義>分析哲学
14大伴清麿 ◆HPBRDkE86A :04/02/07 02:26
>それとデリダが分析哲学者とやりあったってのはどうなったん?
デリダ=サール論争?
15考える名無しさん:04/02/07 02:29

>>12
ポスト構造主義って例えば誰?浅田彰?
それ以外俺には全く思いつかないんだよ。教えてy
16考える名無しさん:04/02/07 02:30
>>14

知らん。結果だけ知りたい。
17考える名無しさん:04/02/07 02:30
デリだ
18考える名無しさん:04/02/07 02:35
>>
ドゥルーズ、デリダ、セール、リオタールなどはそうだろう。ただし、
ジャーナリスティックな命名法と思われるので、それほど意味はないと思われ。
実存主義の時代があり、構造主義の時代が来、ポスト構造主義の時代が後に続く
というのが、筋書きだが。
19大伴清麿 ◆HPBRDkE86A :04/02/07 02:41
>>17
知らんてさあ。何の結果を報告すればいいの?
デリダ=サール論争だったら、
デリダが「真面目に話すこと」について非常に不真面目に話して、
真面目なサールが途中で投げちゃった。
勝敗は、よくわかりません。
20大伴清麿 ◆HPBRDkE86A :04/02/07 02:44
ごめん。>>17>>16の間違い。
21考える名無しさん:04/02/07 02:52
たぶん、デリダはサールが充分には真面目でないと思っているのさ。
22大伴清麿 ◆HPBRDkE86A :04/02/07 03:01
結論。言語哲学は不真面目である。
23考える名無しさん:04/02/07 03:02
俺はデリダ程糞まじめな哲学者を知らない。
脱構築って結局「こんなに一生懸命考えたのに結論でないです。」
ってことを書いてしまう正直さだろ。そんなヤツいるかよ。
24考える名無しさん:04/02/07 03:05
>>22
おまえどっち学んでるの?
25大伴清麿 ◆HPBRDkE86A :04/02/07 03:10
>>24
学生じゃないので、お呼びでなかったら退場します。
サールだとか何だとか、言語哲学のことはよく知らない。
って書いて気がついたけど、デリダもよくわからんなあ。
26考える名無しさん:04/02/07 03:11
いいよ、別に。勝手に喋ってよ。暇なんでしょ。
27考える名無しさん:04/02/07 03:13
なぜかというと、言語哲学という枠に閉じこもってしまったからだ。
真にまじめなら、その枠自体を問題化するはずだ、とデリダは考えて
いるに違いない。
28大伴清麿 ◆HPBRDkE86A :04/02/07 03:23
>>27
なるほど。
あるいはサールは、真面目という枠に閉じこもってしまった。
その枠自体を問題とするには、不真面目と境界を接した語り口
にしかならないはずだ。
29孔子:04/02/07 08:00
私の勝ちです
ポストモダンも分析も私の前では無力
30考える名無しさん:04/02/07 08:12
31考える名無しさん:04/02/07 12:51
>>7
逆だ。分析哲学者でポストモダニストがローティ。
>>4
戸田山和久
32考える名無しさん:04/02/07 13:47
ニュアンスに違いはあれ、
戸田山と三浦が「分析が勝利」と言っているが、
そういう構図はきわめてポモっぽい態度。
あとはフランスのブーブレスとか。

こいつらに比べたらデリダやドゥルーズが
なんと正統的な哲学者であることか。
33考える名無しさん:04/02/07 14:45
戸田山と三浦いっしょにすんな
レベル違いすぎ
34ぴかぁ〜:04/02/07 14:59
>>30
「自然主義」と「反自然主義」との間の抗争ですか、面白いですね。
しかし「反自然主義」者など、すでにいるのでしょうかね。
構造主義、ポスト構造主義でさえ、理性の裏の心理(欲望)を探るという、
広い意味ので「自然主義」ですし。
すでに哲学は「自然主義」化している。そこにある対立は、
「物理化学主義」VS「生物心理学主義」と言えるのではないでしょうか。
35考える名無しさん:04/02/07 15:01
西洋の分析主義で哲学やるなんて
ちゃんちゃらわらわせるっぜ
36ぴかぁ〜:04/02/07 15:03
そういう意味で、分析哲学VSポストモダン(ポスト構造主義)
というのは、
「物理化学主義」VS「生物心理学主義」と言えるでしょう。
37ぴかぁ〜:04/02/07 15:11
そしてこの対立を統一するところに
自然科学で言う「複雑系」、人文科学でいう「システム論」が
あるのではないでしょうか。
38考える名無しさん:04/02/07 15:16
>>32
ねぇねぇ 「西洋形而上学の根源的脱構築」って伝統哲学の否定ではないの?
批判的・発展的継承ってことなん? 素朴すぎる質問でスマンが

>>33
どっちがうえ?
39ぴかぁ〜:04/02/07 15:25
構造主義は西洋形而上学の系統であるマルキシズムへ反論を根底に
持っていますが、
ドゥルーズの「リゾーム」は、まさに自己組織化システムの先取りですし、
デリダの「脱構築」、「差延」は、
絶えず差異を生み出す自己組織化システムの比喩と
取れるんですよ。
40考える名無しさん:04/02/07 15:30
お前がきたらグダグダになる 
くるな >ピカ
41ぴかぁ〜:04/02/07 15:32
>>40
私までは、ギリOKなんですが、
君がついてきた時点で、グダグダへ向かうんですよ。
ストーカーとはある意味、自己組織化を混沌へ導くんですよ。
42考える名無しさん:04/02/07 15:39
>>38
>伝統哲学の否定ではないの?

そう。でこれはハイデガーからデリダの流れね。

>批判的・発展的継承ってことなん?

大雑把に言うと現時点ではそう。


43考える名無しさん:04/02/07 15:57
>41
ぎりNGです。
自スレにお引取りください。
44ぴかぁ〜:04/02/07 16:05
>>43
ほらね。
45考える名無しさん:04/02/07 16:11
>>39
>>42
arigatou!
46考える名無しさん:04/02/07 16:45
おれは坂井秀寿の弟子だ。
47考える名無しさん:04/02/07 16:48
おれは野矢茂樹の後輩だ。
48考える名無しさん:04/02/07 16:50
中学?
49考える名無しさん:04/02/07 17:20
>ドゥルーズの「リゾーム」は、まさに自己組織化システムの先取りですし、
>デリダの「脱構築」、「差延」は、
>絶えず差異を生み出す自己組織化システムの比喩と
>取れるんですよ。

知の欺瞞。
50考える名無しさん:04/02/07 18:34
呼びましたか?
51ぴかぁ〜:04/02/07 18:35
>>49
具体的には?
52考える名無しさん:04/02/07 18:46
>>51
自己組織化って、
ある条件下における分子の振る舞いの仕方から導かれているのに、
デリダやドゥルーズは当然そんな理論前提にしてないから。
まとめて語るのは大いに結構だが、
その繋がりや背景を語らなければ全く無意味。
53ぴかぁ〜:04/02/07 22:33
>>52
なるほど・・・
自己組織化、システム論について詳しくないということですね。
ちょっと勉強してもらったほうがいいと思いますよ。
54考える名無しさん:04/02/07 23:10

ビガロくん? こっちにも出没かい?(ゲプラップラワラ


55考える名無しさん:04/02/09 11:46
「オートポイエーシス」つーのはあれだな、別名「ドキュソ・アトラクター」とも言われるだけ
あって、来てるね、さすがに
56考える名無しさん:04/02/09 12:10
にゃるほど
57考える名無しさん:04/02/23 22:44
sd
58考える名無しさん:04/02/23 22:47
>>55
うふふ

ビガロくん? こっちにも出没かい?(ゲプラップラワラ


60考える名無しさん:04/02/24 21:47
↑AFO
61考える名無しさん:04/03/03 08:23
>>60=afo
62考える名無しさん:04/03/18 16:42
分析の勝利つーより 単にポストモダンが自爆しただけじゃ・・・
63考える名無しさん:04/03/25 12:28
「オートポイエーシス」つーのはあれだな、別名「ドキュソ・アトラクター」とも言われるだけ
あオーーシスーのはあれだな、別名「ドキュソ・アトラクター」とも言われるだけ
あって、来てるね、さすがにってるね、さすがに
64考える名無しさん:04/03/25 13:09
「分析哲学」って何のことを指して言っているの?
65考える名無しさん:04/03/25 13:11
社会性と倫理観を備え持った大人には背徳の行為と認識されるように
なってしまったが、よく幼児期の何者にも染まっていない頃のことを
思い出していただきたい。
あの頃の僕たち私達は、同じ年頃の友達の便所での排便行為を便所の
下の隙間から覗き見て、歓喜の声を上げてよく騒ぎ立てたものでは
なかっただろうか?それは男女問わず、すべての人間が持ち合わせる
うんこ欲を顕著に示しているのである。
そして人は成長し大人になるに従って、特に男は女の排便シーンを
見てみたい、女はこの姿を男に見られたいとういう、新たなうんこ欲に
変化を遂げるのである。
動物のそれにも見られるように、うんこ欲とは生物が生きて行くのに
かかせない、男女を引き寄せる強力なエネルギーなのである。
すべての生物は共通にうんこエネルギーが根底に流れているのである。


66考える名無しさん:04/03/25 13:32
>>64
日本では科学哲学の事だと思ってもそう間違いではない。
社会的な関心を持つ奴は分析やらないから。
67考える名無しさん:04/03/25 13:49
>>66
しかし、科学哲学でも今は社会的な視点のものも多いんじゃないかい?
68考える名無しさん:04/03/25 13:52
分析業界は moral realism 大流行り
69考える名無しさん:04/03/25 13:57
>>67
基本的に物理学や数学からの転向組が多いし、
今はパラダイム論もポモも一緒くたに嫌われています。
科学の相対化は今は下火。
むしろ実際の科学者との結びつきによって地道な問題を集める方が主流。
これはこれで良いと思うけど。

分析哲学の道徳哲学って、
どうしてもアメリカのような共和政体を前提にしているので、
日本のような、立憲君主国なのかどうかも曖昧な国にはなじまないということでしょう。
70考える名無しさん:04/03/25 13:57
一昔前に流行っていた anti-realism の反動か?
71考える名無しさん:04/03/25 13:59
で、「分析哲学」と一括りにできるような方法論の共通性とかあるのかね?
72考える名無しさん:04/03/25 14:03
>>70
つうか、anti-realismてのは、議論のネタとしては流行ったけど、
anti-realismてゆう立場自体が流行ったわけじゃないべ。
その辺はちょっと誤解されてるようにも見える。
73考える名無しさん:04/03/25 14:04
>>71
昔はアンチヘーゲルとか、論理実証主義とかあったけど、
解釈学が見直されている今では、

1 フレーゲ以来の論理学を重んじる
2 もっぱらアメリカに由来する哲学研究全般

が分析哲学ということになっている。
学派としてはとっくに解体したし、
一昔前の「言語論的転回」も認知科学由来の「心の哲学」によって相対化されてしまった。
したがって現象学を「内観主義」として批判していた過去とは違って、
特定の主張によって分析哲学者を見分けるのは難しい。

「クワインとかダメットを良く引用する哲学者」
あたりが妥当な定義かもしれない。
74考える名無しさん:04/03/25 14:04
たとえば、リンゴを分析哲学すると
どうなるの?
ウサギさんになるの?
歯茎から血が出るの?
75考える名無しさん:04/03/25 14:11
>>72
そんなことはないだろ。大流行したnon-cognitivismは、道徳に関する
典型的なanti-realismじゃないかい?
76分析哲学するぞ:04/03/25 14:20
>>73
言語論的転回が相対化されると、デカルト主義批判も相対化されるのかな?
そうだとすると、永井均みたいなのが、現代の「分析哲学」なのかな?
77考える名無しさん:04/03/25 14:27
>>76
というか、「分析的伝統analytical tradition」などという便利な言葉があって、
デカルト研究をそのラインでやっている人もいる。
ライプニッツ研究の石黒ひでもその代表。
欠点としては昔の論理学を軽視しがちなところかな。
文献学的な人間から見ると、
「合理的再構成」による過度の現代化が当時の文脈を歪めてしまうらしい。
それはそれで面白いし、
石黒なんかは文献学とうまく両立させているけどね。
78考える名無しさん:04/03/25 14:30
ポストモダンが全滅したというのもかなり嘘。
ニーチェやハイデガー研究の流れで、
デリダやドゥルーズなどもぼちぼち研究されるようになっている。
これは日本でも同様。

単純に言えば、「分析哲学」も「ポストモダン」も、
二十世紀のエピソードにすぎないのであって、
これからは個別の哲学研究が淡々と進んでいくのだろう。
79分析哲学するぞ:04/03/25 14:31
>>77
いや、上の「デカルト主義批判」と言うのは、独我論批判のことだよ。
80考える名無しさん:04/03/25 14:33
>>79
何というか、分析哲学者は特定の学説とは別の、一つの「伝統」です。
よって、独我論をそこで展開してもよい。
たしかに一時のヴィトゲンシュタイン紹介が、
言語の公共性について語るときに、
あたかも独我論が禁じられるかのような誇張があったのは事実だけど。
81分析哲学するぞ:04/03/25 14:34
>>78
ポストモダンという括り方だって、もちろんかなり怪しいさ。批判の対象
になっている「近代」の曖昧さをそのまま反映してね。
8280:04/03/25 14:35
一行目:分析哲学者→分析哲学

補足すると、
だからといって永井が特権的に現代的というわけでもないです。
83考える名無しさん:04/03/25 14:37
この板の分析哲学者はパソオタが多そうだが、何か関係があるのか?
84考える名無しさん:04/03/25 14:39
アメリカの学術研究はかなり早くからコンピュータを取り入れているので、
(情けないけど)本国がアメリカである分析哲学研究者が、
相対的にパソオタなのは十分考えられるね。
計算理論の哲学も盛んだし。
85分析哲学するぞ:04/03/25 14:40
>>80
独我論批判でも、観念論批判でも、私的言語批判でもいいが、そういう
系統の思想が、20世紀のイギリスの哲学の中心の流れだったと思のだ
が、違うか?
86分析哲学するぞ:04/03/25 14:43
それに真っ向から逆転する傾向が、最近は出てきているのかどうかが
知りたいわけなのだが。
87考える名無しさん:04/03/25 14:46
>>85
それは「論理実証主義」とか「日常言語学派」と括られるものですね。
たしかに主流哲学者にはそういう傾向があるし、
何しろイギリス経験論がベースにあるけれども、
観念論を分析哲学的に展開することも今では可能なのです。
もちろんいわゆるドイツ観念論とは別物ですが。
そのさいの制約条件としては、
「フレーゲ以来の論理学の遵守」があります。

極端に言うと、
ヘーゲルの弁証法の論理を対象にした分析哲学もありえます。
88考える名無しさん:04/03/25 14:51
>>86
昔は争点が「フレーゲ以来の論理学」と「弁証法」の対立
のようなものだったと思うのですが、
あえてそれに近い争点を上げるなら、
デリダの脱構築をめぐるいざござでしょうか。
たしかに分析哲学者はああいう論理を認めないですね。
89考える名無しさん:04/03/25 14:57
秋空の下、おしとやかな大和撫子が、お腹を抱えながら
スカートの裾を捲り上げ、パンツをずりおろし、
秋草が一面に広がる野原に、お尻を地面すれすれにしゃがみ込み、
先走り水が勢いよく飛沫をあげ、脱糞態勢完了の信号を発し
鈴虫のさえずりとともに肛門からひり出されるうんこ達。
一糞、一糞に気張り、唸り声を上げ地上に迎えられるこの喜び。
排泄しきった脱力感と、肛門を紙で後始末するその情景は
見ていて本当に癒されて来る。
長糞のその様は、まるで出産のその様と同様の感動の連続である。
この世にこれほどまでに人の心をなごませ、興奮させてくれる
シーンは少ないと思う。
確かにうんこと人は単なる老廃物の排出だけでは言い表せない
切っても切れない関係で、永遠のテーマとしてこれからも興味の対象
として続けられて行くでしょう。



90分析哲学するぞ:04/03/25 14:59
>>87
経験論と観念論と言うのは、対立概念かな? バークリーのように、古
典的経験論は観念論と対立するどころか、むしろその根拠にもなりえる。
20世紀イギリス哲学の反観念論は、古典的な経験論とは直接つながら
ないと思う。

それから、フレーゲの論理学の基本的な思想は、心理主義を排して、公
共的な真理条件を意味の中心に据えることじゃないのかな? 「フレーゲ
以来の論理学の・・・」というのは、そういう意味は含んでいないの?
91考える名無しさん:04/03/25 15:05
>>90
ループですが…
近年の「心の哲学」は、
二十世紀初頭の論理実証主義者から見たら十分「心理主義」でしょう。
「公共的な真理条件」が立てられることで心理主義が消去できるとされたのは昔の話。
92考える名無しさん:04/03/25 15:09
「分析哲学するぞ」氏は、一度マクダウェルを読むと良い。
だいたいあのあたりから分析哲学はその風向きを変えています。
93分析哲学するぞ:04/03/25 15:14
>>92
ああ、マクダウェルか。比較的短くて、読みやすい論文とか本でお勧めの
ものはない?
94考える名無しさん:04/03/25 15:25
そんなもん無いだろ
95考える名無しさん:04/03/25 15:32
基本知識がないと釣りにもならない
96考える名無しさん:04/03/25 15:36
分析哲学もポモも、基礎知識がかなり必要な分野になってしまったよな
しろうとには厳しい
97考える名無しさん:04/03/25 15:39
マクダウェル入門つったら、マカラックの本とか?
(やっぱ古いか?)
98考える名無しさん:04/03/25 15:42
日本で分析哲学をやっている人間にはどうしても偏りがある
現象学とかポストモダンが嫌いな奴が多いからか。
99考える名無しさん:04/03/25 15:44
         \   ∩─ー、    ====
           \/ ● 、_ `ヽ   ======
           / \( ●  ● |つ
           |   X_入__ノ   ミ   そんなエサで俺様がクマ――!!
            、 (_/   ノ /⌒l
            /\___ノ゙_/  /  =====
            〈         __ノ  ====
            \ \_    \
             \___)     \   ======   (´⌒
                \   ___ \__  (´⌒;;(´⌒;;
                  \___)___)(´;;⌒  (´⌒;;  ズザザザ
100考える名無しさん:04/03/25 15:47
マクダウェル以降の分析哲学にとっては、現象学もへっちゃらプーだろう
101考える名無しさん:04/03/25 15:47
口べたな人間が多いんじゃないか?
戸田山とか三浦俊彦とかが、分析哲学の宣伝するたびにやめて欲しいと思う。
あれだと逆効果だろう。
102考える名無しさん:04/03/25 15:49
野矢はなんで分析哲学を捨てたんだ?
103考える名無しさん:04/03/25 16:33
野矢の今の路線は表面上ポモに近い。
「哲学航海日誌」なんてデリダの本のタイトルみたいだし。
けどそれは表面だから。
104考える名無しさん:04/03/25 17:08
ローティ以降の分析哲学にとっては、ポストモダンもへっちゃらプーです。
105考える名無しさん:04/03/25 17:44
>>75
たしかにnon-cognitivismは一種のanti-realismと言えるだろうし、例えば数学の哲学なんかを
見てもanti-realismへの傾向てのは顕著なわけだけど、
そうした議論はやっぱ、anti-realismとしてのanti-realismを一般的に擁護しようとする企て
とは区別すべきじゃないの?
106考える名無しさん:04/03/25 19:06
ねー、ねー、デリダが攻撃する「現前性」と、フッサールの「現前化」の違いは?
107考える名無しさん:04/03/25 19:07
議論の途中で悪いけど。簡単で良いから。
108考える名無しさん:04/03/25 20:21
野矢が分析を捨てた?デリダに近い?野矢のそれは大森やウィトゲンの模倣からなんだがw。ポモの人って表明だけで批評するから仕方ないね
109考える名無しさん:04/03/25 20:41
平気で「現前性」とか言う脳
110考える名無しさん:04/03/25 21:40
>>109. >>106ですけど、「現前性」→「“現前の形而上学”で云われている現前」 のつもりでした。
111パレルゴン:04/03/25 21:57
フッサールの言う「現在化」は現象するものが対象として直接に
ありありと現前している事といっているので、
デリダの言う「現前」と同じ事と解していいんじゃない。
ただし、デリダはそれを西洋形而上学として、批判的に捉えている。
112考える名無しさん:04/03/25 22:12
最後1行目辺りがわかりません。「形而上学」のニュアンス、自然の
背後に目を向けた認識努力、と「現前」とが繋がりにくいのです。ハイデガーと関係あるらしいけど。
113考える名無しさん:04/03/25 22:35
ひょっとして、「現前の形而上学」は、メタフィジカルなくせして、
それを現前させているつもり。この矛盾をデリダが攻撃している?
そのやりかたは、認知的な真の現前への肉薄をして見せて、形而上学の
「現前」へぶっつける。今そうではないかと気が付いた素人考えを物笑いをおそれずいうならば。
114パレルゴン:04/03/25 23:10
113さん、言っている事が、良く分からないけど。

僕らは、通常、僕らの目の前にあって、手で触れる事の出来るもの
は、そこに、僕ら人間の認識がなくても、物そのものとしてある

つまり、自然のままにあると信じているよね。
そして、そのままの姿を我々人間は五感で捉えていると考えている。
これが、実は、それほど簡単に証明できないんだ。
例えば、触れる、感じるものが、その感触通りかと考えると
これは、我々の感覚機能と物の性質両者によって認識される
わけで、そのままの現前のものの性質ではないでしょう。

115パレルゴン:04/03/25 23:16
そこで、目の前に今あるものを正確には言い表せない。
しかし、それは、我々が見たり触れたりするように、感じるようにあるんだ
と考えて、そこから物の真理を論理的一歩一歩構築し証明しようとする事
を形而上学というんだ。

また、神は絶対に存在すると言う信奉から、神学的な規約、考えを
絶対とするのも、形而上学というし、

とにかく、証明できない点を鵜呑みにしながら、或いは、証明できたと仮定して

真理による世界を構築する事を形而所学と言うんだ。
116パレルゴン:04/03/25 23:19
フッサールはカントに習って、物自体は分からないが、現象として人間の五感に現われる
ものは否定できないとしたんだけど、これも一種の形而上学と言う事
です。この説明はしなくても分かるよね。
117パレルゴン:04/03/25 23:25
それよりも、分析哲学って、言語学の形式的無矛盾性を求めて
数式=記号を使って、意味の絶対性を確立しようとしている気がするけど、
それで、分析哲学ってそんな理解でいいの?
ウィットゲンシュタインの「探求」を分析分野から排除したいのかな?
言語表現の限界を認めて、「生」発話状況を認めたから?
118考える名無しさん:04/03/25 23:35
そんな理解でいいわきゃないだろ
119パレルゴン:04/03/25 23:36
もっと、詳細に述べてくれる。
120考える名無しさん:04/03/25 23:43
「言語学の形式的無矛盾性」って何だ?
「意味の絶対性を確立する」って何だ?
わけわからん。(笑)
121パレルゴン:04/03/25 23:46
つまり、数式の様に、言語を記号化することで、
発話者がいなくても、言語それ自身が意味を完全に表現できる事
を証明しようとしていると言う意味です。
ただし、私は、分析哲学の専門家ではないので、逆に聞いているのですが。
122考える名無しさん:04/03/26 01:22
私も門外漢ですが、
ポモって形式主義の立場からは適度に批判されたほうが
却ってラディカルさが際立って、(゚д゚)ウマー、となるように見えます。

分析哲学=浜ちゃん、ポモ=松ちゃん という位置づけでしょうか。
123考える名無しさん:04/03/26 01:34
>>122
ニーチェの伝統(ポモ)とフレーゲの伝統(分析)の争いと考えれば納得。
ついでにフッサールの伝統(現象学)を考えると、
いかに哲学界が十九世紀ドイツに規定されているのかがわかろうものだ。
124考える名無しさん:04/03/26 01:37
ラッセルはフレー下と独立に仕事始めたけどな。
125考える名無しさん:04/03/26 01:37
ポストモダンの祖先はソシュール
126考える名無しさん:04/03/26 01:40
ラッセルをそれほど重視しなくても良いと思う
127考える名無しさん:04/03/26 04:34
128考える名無しさん:04/03/26 04:35
http://www.nsjap.com/marco/marco1.html
     ↑
(「ナチ『ガス室』はなかった」全文)
129考える名無しさん:04/03/26 04:54
>>116 ちょっとわかった、ありがと。
130考える名無しさん:04/03/26 05:30
「現前」の意味を理解していなかった。
131考える名無しさん:04/03/26 06:15
ずれるけど、弁証法の「分析」、どんなことになっているの?
132考える名無しさん:04/03/26 19:41
分析哲学の現代の射程は、異質な、いわゆる近現代の哲学者の問題領域にまで
及んでいるとあったものですから。 
弁証法についての概略をお教えて頂けたらと思います。
133考える名無しさん:04/03/26 20:04
弁証法の記号論理学的分析って、むかしからあったようだけど、あまり
ろくなものはないと思う。ヘーゲルなどの弁証法の解明にはなってない
んじゃないかな。最近のはまったく知らないけど。
134パレルゴン:04/03/26 20:53
弁証法と言うのは、定立 反定立 総合と言う運動なわけで、
歴史の流れ 動き を解明する 所謂 ツール ですね。

つまり、平たく言うと、今=構造  未来=構造  更なる未来=構造
と言う事だと思う。 マルクスに即して言えば、封建社会  資本主義
共産主義 という風に 時代が 変化する時に、

スパイラル状に、AはAの内部に矛盾を抱えていて、それが一気に爆発し

Bになる、しかし、Bも安定的ではなく、 A・Bの混合態としての Cに
なると言う事。これが弁証法なのね。
ただし、ダイアレクティカと言われる最初に言われた弁証法ってのは
対話(ダイアローグ)を示していた。
135パレルゴン:04/03/26 20:55
対話は双方の意見が合流し、高次の思想が成立すると言う事で、
ヘーゲルの弁証法に発展すると言う事だと思う。
136考える名無しさん:04/03/26 21:31
  ヘーゲルの弁証法の「分析哲学的批判」について。
ありがとうございます
>>133,私もその文献、オーストラリアの方だったか、たまたまぶち当
たったことあり。仰るとおりのようだった記憶あります。
  たしかに、>>134,>>135さんが仰るように、ヘーゲル弁証法の外見上の記号形式の表現はいろいろ散見しますが。
最近はどんなになっているのでしょうか。
137考える名無しさん:04/03/26 22:19
いわゆる Theory Change についての研究(すでにある理論に矛盾する
情報が入ってきたとき、整合性のある新しい理論をどのようにして導き
出すかというプロセスの研究)なんかは、ある程度「弁証法」に似たも
のについての研究と言えるかも。
138パレルゴン:04/03/26 22:27
私は分析哲学専門ではありませんが、所謂固定的・普遍的な刑式論理学
と異なり、相互移行し、転化しあうものとして把握、考察するのが
弁証法的論理学なわけですよね。(平凡社・哲学辞典参照)
それを記号形式に持っていく。面白いですけど、どうも、ポスト・構造主義
からは、その意味するところが分からないというのが、本音です。(笑)
139パレルゴン:04/03/26 22:30
「形式論理学」に訂正です。ゴメン。
140考える名無しさん:04/03/26 22:31
ヘーゲル的な弁証法なんかは、一つには、形式論理学の「形式的」性格に対する批判の流れ
(要するに、形式論理学には実質が欠けてて空虚だ、といったような批判)から来てる
んだと思うけど、
そうした意味では、例えば最近のrelevant logic「関連性の論理」の
展開なんかは、そうした形式的性格から脱却しようとする試みとも言えるかも。
(もちろん、それがすぐに弁証法なんかと繋がってくるわけじゃないだろうけど。)
141考える名無しさん:04/03/26 22:50
なるほど。最近の分析哲学はかなり複雑な問題も扱っているような
ので、Hglの弁証法でも何がしかの成果をお聞き及びかなと思って。
 
 それからTheory Changeのご紹介、有難う御座います。どの分野でし
ょうか、調べてみたいです。
なお、明日早朝から8日間ほど不在します、ので失礼すると思いますが。
142パレルゴン:04/03/26 22:50
関連性ってのは良いね。関連性で現われるというのは、関連性が変われば(背景)
現前の証明の結果が変わるわけで。現前をそのまま定立できないとするのは
ポスト・構造主義の前提なわけで(アンチ・デカルト)、その辺の所を
ドゥルーズはライプニッツのモナドに見ているわけで。でも、分析哲学
としてはマズイのではないだろうか?
分析哲学は言語体系の無矛盾を構築しようとしているわけでしょう。
フレーゲなんか。僕は良く知らないけど。ウィトゲンシュタインなんか
どう見ているのかな、分析哲学から見て。
143考える名無しさん:04/03/26 22:56
>>141,ご紹介有難う御座います。この関連、早速followします。云ってみるものです。
144考える名無しさん:04/03/26 22:57
Theory Changeの研究は、論理学と言うよりはコンピュータ・サイエンス
の方で有名なのかも。 むかしは"Knowledge in Flux"という本が有名だっ
たけど・・・。
145パレルゴン:04/03/26 22:58
Theory Changeって、ポパーの反証可能性の前提になっているんじゃないの。
つまり、演繹的な論理を反証させて、訂正し、再度高度の論理を構築する。
この運動を永遠に続けると、無矛盾の高度の論理に到達すると言う事になる。
かなり、ヘーゲル的。最後は絶対知到達ではないでしょうね?
あくまで、カオスの進入と補修の無限の反復という方がましだと思うが。
146考える名無しさん:04/03/26 23:00
>>142
「言語体系の無矛盾性を構築する」ってどういう意味?
147考える名無しさん:04/03/26 23:09
>>145
それは多分違います。反証されるのは仮説(理論)であり、論理の改変
にはポパーはほとんど触れていないと思います。また、仮説の形成過程
については研究していないと思います。
148考える名無しさん:04/03/26 23:12
>>145は相手にしない方がいいよ。
ポパーについては>>147のゆうとーりで、ポパーは「大胆な推測」しか言わないし。
149パレルゴン:04/03/26 23:12
それだったら、仮説ではない、真の?論理は永遠にないの?
今、認められている論理はどう言う位置付けなの?
150パレルゴン:04/03/26 23:16
例えば、仮説しか考えていないとするならば、現実(対象)は不動の物
としてあると考えているのかもしれない?
その不動の真に仮説を当ててみる。しかし、反証されたら、次の仮説を
出すってことかな?
151考える名無しさん:04/03/26 23:18
>>150
ポパー嫁。
ここで全部学ぼうとするのはやめろ
特にシンパシーがないならなおさらだ。
152パレルゴン:04/03/26 23:22
それでも、いや、もう一度読んでみるよ。
でも、反証されたら、どうなるのか言わないって事はないと思うけどな。
反証されれば、反証された論理の高次の物にならないと、おかしいよね。
反証で、次は、論理の何もない社会がある。かなりへん。

やはり反証した論理に置き換わると考えるべきでしょう。
あるいは、反証が単なる欠陥の指摘ならば、その欠陥を補う
行為はあるわけで、仮に、ポパーが明言していなくても
欠点を補う行為を前提にしてこそ、本反証可能性は有効なのよ。
153考える名無しさん:04/03/26 23:24
>>150
> 不動の真に仮説を当ててみる。しかし、反証されたら、次の仮説を
> 出すってことかな?

ポパーの考えは、それに近いと思う。

論理については、それも仮説の一部だと考えてもいい(クワインのように)
はずだけど、ポパーはそういう考え方には積極的ではない印象を受けた。

154パレルゴン:04/03/26 23:25
150さんへ。
2chとは交流の場であり、排除の場ではないと思いますけど。
155考える名無しさん:04/03/26 23:26
>>152
いや、どちらかと言うと、ダーウィンの自然選択みたいなもの。
突然変異で発生した仮説の中で、反証に耐えたものだけが、暫
定的に生き残る、というだけ。
156考える名無しさん:04/03/26 23:27
>>154
150はあなた自身の発言のようだが。
157考える名無しさん:04/03/26 23:29
交流したかったら思い込みで出鱈目ゆうのやめれ
158151:04/03/26 23:30
>>154
おまえほんの時々まともなこと言うけどさ、
基本的に発言の精度が低すぎるんだよ。
衝動的に書き込んでいるような気がするから、もう少し落ち着け。
159考える名無しさん:04/03/26 23:31
だけど、誰でも自分の専門外のことは結構デタラメじゃん。
160考える名無しさん:04/03/26 23:32
>>159
ごもっとも
161151:04/03/26 23:32
ドゥルーズについてもめちゃくちゃだよ
ほんのたまにまともだから始末に負えない
162パレルゴン:04/03/26 23:32
なるほど、一つ勉強になりました。有難うございます。

う〜ん。悟った。この点が完全に西欧哲学の流れと英米哲学の流れの差
である事を。つまり、「欧米は世界はそこにある。」を疑っていない。
一方西欧は世界はこの個(現存在)に開かれてあるのであり、
それ自体としては、無意味と言う存在論的に現われる。
然り。
163考える名無しさん:04/03/26 23:34
>>162は一言も理解できない。
つうか、単なる交流電波
164考える名無しさん:04/03/26 23:39
>>162
人間の知識とは独立して存在する「真理」との一致/不一致で、言明の
真偽が決まると言う、実在論→対応説的な枠組みを認めてる人ばかりじ
ゃないよ、英米圏の哲学者だって。大陸の方だって、みんな反実在論と
いうわけでもないでしょ。
165パレルゴン:04/03/26 23:39
161 君は批判するのは良いけど、自分の意見をはっきり言ってから批判しようよ。
ただ、感情的に間違ってると言うと子供が「あれはいや。これがいい。」と言う自分の
感情で物を言っている見たいな気がするけどね。
もっとも、本を読んでいないのでい得ないのではと疑われないようにして下さい。
大人なんだから。
166考える名無しさん:04/03/26 23:45
私の印象では、英米圏のいわゆる分析哲学者と、ヨーロッパの特にポスト
モダンの哲学者の違いは、表現の仕方の違いが大きいと思う。英米の哲学
者はひとが普通にものを記述するときと同じような言語の使い方をするの
に対し、大陸の哲学者の言語の使い方は何かアクロバットのよう。私に
理解できないだけかもしれないが。
167パレルゴン:04/03/26 23:46
ドイツを分岐点として、一方にイギリス経験論があり、論理実証主義
プラグマティズムがある。まあ、限界効用学説、コミュニケーション論
が英米系と思われるけど。確かに、そう簡単は認識ではないと思うけど。

やはり、フランスにはニーチェ、ハイデーガーの影響があるし、
一方、英米には、存在論的視点はないよね。
168考える名無しさん:04/03/26 23:46
>>165
漏れ翻訳スレ住人だよ。
Dは基本的に原書で読んでるよ。
169考える名無しさん:04/03/26 23:47
はっきり言うと、ポストモダンの哲学者は、不可能なことをしようとし
てもがいているように私には見える。
170考える名無しさん:04/03/26 23:50
>>169
それは偏見が強すぎるね。
パレルゴンみたいなやつばかりではないよ。
171考える名無しさん:04/03/26 23:55
>>170
そうかなあ。ポストモダン以前から、「そうでないところのものであり、
そうであるところのものでない存在」とか、そういう言い方をしたりす
るじゃない、フランス人とかドイツ人とかの哲学者って。ああいうのっ
て、もうちょっと他の言いようがないのか、と思ってしまう。
172171:04/03/26 23:57
日常言語や科学言語とは異なる哲学言語を作ろうとしているのかな?
173考える名無しさん:04/03/26 23:57
>>171
分析vs大陸という構図の信奉者かい?
ろくに読んでいないのが丸わかりだね
それって「分析哲学はトートロジーだろ」ぐらい無意味な偏見。
174パレルゴン:04/03/26 23:57
つまり、経験論は感覚束を観念連合で辻褄を合わせて捉えるとして、
外の世界は分からないとしたんだけど。ロックからバークレーにいたって
真理はなくなるみたいなところがあるでしょう。ここの所を
ドゥルーズは利用しているんだけどね。特に、ヒュームに傾注したり。
英米文学を沢山よんでいる。ラカンの[大文字のA]は
ポーの「失われた手紙」何だと思うけどね。
つまり、その様に何も分からない経験論が、実用主義に向かう
この辺は、想像だけど、わからない、だから、実用的なものが
良いと言う流れに見えるんだけどね。
175考える名無しさん:04/03/26 23:58
分析哲学の用語も、もはや相当ジャルゴン化しているから、
立派に「日常言語や科学言語とは異なる哲学言語」だよ。
176171:04/03/27 00:03
うん、現代のフランスの哲学とか、まったく知らないから、もちろん偏見。
ただ、分析vs大陸っていうのではないね。デカルトとかライプニッツと
かなら、読んでいてそういう印象は受けないから。
177考える名無しさん:04/03/27 00:05
ポモの功績教えて。
178パレルゴン:04/03/27 00:06
つまり、科学・数学(これを出すと怒る人がいるけど)など
世界をそのままの姿で捉えうるとする、実在論者に泡を吹かせようと
したのが、ドゥルーズなわけで。
つまり、フランスはニーチェ、ハイデガー、フロイト、ラカン、
ソシュール、レヴィ・ストロース の流れから、外は存在論的に
現われる。外は、精神分析的に現われる。外は、記号論的に現われる。
そとは、民族の構造によって現われるとしたんでしょね。
そして、ドゥルーズは外は、表皮の襞に現われると言っているんでしょ。
フランス系は全て、外は外それ自体では存在しないと確信している。
一方、欧米は、外は正確にそのもの自体の通りにある。それを利用する。
(プラグマティズム)
179171:04/03/27 00:09
>>175
そうかなあ……。まあそうかもしれないけど、何か分かりやすく書こうとは
していない感じがするんだけどなあ、現代のフランス人の哲学者とか。
180考える名無しさん:04/03/27 00:10
ドゥルーズの言う「外」てのがぜんぜん分かってないじゃん
181パレルゴン:04/03/27 00:14
欧米の考えは、今は分からないが、無矛盾に世界は開かれているだろう。
もっとも、効用学説的に、人間に現われる効用として、プラグマティズム
的に利用する事が前提で、言語が形式的に無矛盾である事をもって
世界は完結すると言っているのかも知れないと思うんだけどね。
不十分ですが。とりあえず、欧米には「世界は外にそれ自体として歴然とある。」
この事が、フランスとの最大の違いでしょう。
だから、言語学的なものを求めて、外を言語で正確に捉えようとした。
182171:04/03/27 00:14
>>178
その「外」というのが、すでによく分からない。
183考える名無しさん:04/03/27 00:15
171はパレルゴンを見本にしてフランス哲学を考えないように。
184考える名無しさん:04/03/27 00:17
>>178でゆってる「外」てのは「外界 external world」のことだろ。
だからぜんぜん外しちゃってるわけだし。
185考える名無しさん:04/03/27 00:19
外dehorsならフーコーのアレだろ
「私は話す」
186パレルゴン:04/03/27 00:19
180さん。そでは、君は言うドゥルーズの「外」(フーコーでもいいよ)
ってどう言う事。
187171:04/03/27 00:22
まあ、あれかな、現代のフランスの哲学者とかは、あまりにもコンテクスト
依存的な言語の使い方をしているんじゃないか、という不満かな。
188パレルゴン:04/03/27 00:23
181の「外」とは外の物質的せかいであり、フーコーの「外の思考」
やドゥルーズの「脱領土化」を示してはいません。
誤解のないように。
189考える名無しさん:04/03/27 00:23
>>186
他人から説明してもらって「にゃーるほど」て思った瞬間にこぼれ落ちてしまってるもの
190パレルゴン:04/03/27 00:24
189さん ぜんぜん違うよ。それは哲学用語ではありませんよ。
191171:04/03/27 00:29
>>188
そうすると、フランスの哲学者はみなショーペンハウアみたいな観念論
者ってことなの?
192考える名無しさん:04/03/27 00:33
>>191
だからそれって
「分析哲学者はみな「語り得ぬ者については沈黙する」奴ってことなの?」
並みの駄弁だろ
193考える名無しさん:04/03/27 00:35
>>188
>誤解のないように

て、誤解させまくることしか書いてねーだろ
194171:04/03/27 00:36
>>192
あなたも文脈を理解しない人だね。191は「181の『外』は物質的
世界のこと」と言うパレルゴンさんに対して、そうだとすると、あなた
は「フランスの哲学者はみな観念論者だ」と言っているのか?(疑問・
反語)と聞いているのだが。
195171:04/03/27 00:51
あれ、俺何かあきれさせること言った? 急にみな沈黙してしまったよ
うだが。
196考える名無しさん:04/03/27 00:52
>>194
パレルゴンに一貫した理論的態度はないよ。

代わりにドゥルーズ=フーコーの「外」についてもう少し書くか。

フーコーは案外分析哲学を意識していて、
デカルト的な「私は考える」が、
「私は話す」という言語行為によってどう覆されるのかについて考えていた。
もちろん用語は彼流のものだけど、
「私は話す」が「意識の内面性」とは無縁であるという事実を浮き彫りにするために、
「外」という言い方をした。

もちろん彼の「外の思考」は文芸批評家ブランショ論だから、
言語が持つ「外」という性格は、
文学言語の定義につながっていくわけだけど、
フーコー自身はあらゆる言語にそうした性格を見ようとしていた。
197パレルゴン:04/03/27 00:52
ポスト・モダン ポスト・構造主義が分かりにくいのは
観察者・分析者の無意識が思考する「私」のメタレベル
の中にあると言う事をフランス哲学が知っているからです。
つまり、「背景」と言うものがその理性的分析行為の前提に
なっているから、現前を断定できないと言う状況を認識しているのです。
だから、ああ言う複雑な表現になっているのですけどね。
でも、どちらが正しく、どちらが間違っているとは言えない。
お互いに良い影響を受け合って、前進?いや この発言は
差異を求めるフランスではいえません。「楽しみましょう。」が正しい。
それでは、今夜は有難うございました。また、宜しく。
おやすみなさい。

(分析哲学は人間の認識の隘路を知らないし、無視している。
この脳細胞の現前の認識能力に酔いしれているのです。)
198考える名無しさん:04/03/27 00:55
171はフランス哲学に対して始めから敵意が強いからな、
正直全部の前提を「説得」するのに困難を覚えるよ。
けどドゥルーズスレでもまともにやりとりが交わされているときには、
十分有意味性が配慮されていることは理解してほしいものだ。
199171:04/03/27 00:57
ああ、そういえば、フーコーは現代フランス哲学の文脈を知らなくても
それなりに意味が通る文章を書く人だと思う。私が読んだことがあるの
は、もちろんほんの少しだけだけど。
200考える名無しさん:04/03/27 01:01
ドゥルーズもデリダも意味が通る文を書くよ。
ラカンとは違う。
まともな翻訳が少ないだけです。
201171:04/03/27 01:02
>>198
それはごめん。フランス哲学じゃなくて、日本人でフランス(哲学)好きの
人に敵意があるのは、たぶん事実です。フランスのものでは音楽だけは結構
好きなんですけど。
202171:04/03/27 01:05
>>200
デリダとかって、まともな翻訳も可能なの? フランス哲学を研究する日本
人には「哲学を他の言語に翻訳するのは本質的に不可能」みたいなことを言
う人もいるようだけど。
203考える名無しさん:04/03/27 01:06
>>201
どこの大学だよ。
たんにまともなフランス哲学研究者と付き合ったことがないからだと思うよ。
漏れは分析哲学者を煽ろうとは思わない。
204考える名無しさん:04/03/27 01:08
>>202
それはベンヤミンの「翻訳者の使命」の半端な理解。
最終的には、「けれども翻訳しなければならない」という倫理が出てくるはず。
分析哲学の翻訳はけっこうルーズだよ。
まっとうなデリダの訳もあるし。
それに「詩」の翻訳不可能性は最初の前提だろう。
じゃないとその言語で書く意味が薄いから。
205171:04/03/27 01:10
まともなフランス哲学研究者……このまえ平凡社新書でサルトルの本を
出してた澤田直という人は、まともに見えたな。あと、私は分析哲学者
じゃないです。また、「分析哲学」と一つに括られるような共通点を持
つ哲学の流派はないと思っています。
206   :04/03/27 06:53
>分析哲学の翻訳はけっこうルーズだよ。
?
分析って訳されてるものも、大体原著(英語の場合)は読むよね。
手に入りやすいし、もともと英米哲学圏にそのままかかるから。
207考える名無しさん:04/03/27 07:01
>分析哲学の翻訳はけっこうルーズだよ。
意訳しやすい奴が多いとか?
208考える名無しさん:04/03/27 08:15
意訳多いね。
そもそも「日本語では」って訳が苦しすぎ。
英語の議論をそのまま日本語に接ぎ木して失敗している。
あれで支持者が減っている。
言語感覚に欠いた言語哲学ってヤバイからね。

だから飯田隆は偉いと思うよ。
209考える名無しさん:04/03/27 10:28
意訳の範囲におさまらない、決定的な誤訳もたしかにときどきある。
210考える名無しさん:04/03/27 10:44
というか、>>202は”フランスの哲学”はエッセイじゃなくてポエムだから翻訳不可能と言いたいと思われ。
>>208-209は関係ない
211考える名無しさん:04/03/27 10:58
>>210
幼稚な煽りは帰った方が良いよ
212考える名無しさん:04/03/27 11:09
>>211
煽ってないだろ。
213考える名無しさん:04/03/27 11:11
>>212
171以上に煽りじゃん
「ポエム」なんて煽り以外の何者でもない
それ以上に無知の告白以外の。
214考える名無しさん:04/03/27 11:17
禁句

分析哲学=トートロジー
ポストモダン=ポエム
215考える名無しさん:04/03/27 11:58
ポエムでいいじゃね〜か。アリストテレス以前の哲学者はみなポエムで
書いたんだぞ。
216考える名無しさん:04/03/27 12:35
巨人ファンvs.阪神ファンじゃないんだからさあ…。(w
217考える名無しさん:04/03/27 13:18
>>213
まともに日本語の読めない君こそ帰った方がいいよ。
218考える名無しさん:04/03/27 13:34
ポストモダン「今の世の中おかしいでんな〜」
分析哲学  「何でやねん!」
219考える名無しさん:04/03/27 23:22
ポストモダン「いまの世の中だとボクチンおいてかれまちゅでちゅ」
分析哲学「もっとオトナになれよ・・・」
220ぽかぁ〜:04/03/28 05:21
おい、ポモのみなさん
ぴかぁ〜にすら煽られとるぞ
なんとかしなさい
221パレルゴン:04/03/28 14:07
あいよ。と言っても、ぴかぁ〜さんの姿勢は尊敬できるよ。

2ch哲学課には必要不可欠だと思うよ。もっとも、パレルゴンも必要。
222考える名無しさん:04/03/29 00:51
女性器を初めて目撃した時の感想。
私が生まれて初めて女性器を目撃したのは
おそらくアメリカ製の検閲無しポルノビデオの複製である。
そこに映し出された白人の男女は、私がある種刷り込まれていた
男が女をリードし性交するという私の想像する性交とはかけ離れた
女が男の着衣を剥がし男性器を手でしごいて勃起させ自らの女性器に
誘い入れるという想像外のシーンと共に目撃したのであった。
その最初に女性器を見たときの感想は股間にパックリと縦筋に
引き裂かれたゼリー状の器官という印象で、その不完全な形態と
グロテスクな様に嫌悪感を抱いたものでした。
最初見たときに脳裏に浮かんだのは「ちんちんのがいい」であり、
今でこそ女性器は見慣れてしまったが慣れるまで少しの期間は
見てはいけないものを見てしまったという自己嫌悪に陥り、私の
トラウマとして残ってしまうほどのものでした。
女性器に抱いていた淡い美しい想いが一瞬にして崩壊してしまった
衝撃的な一瞬であったと思います。

223考える名無しさん:04/03/29 01:31
残念でした。
224考える名無しさん:04/03/29 01:47
うむ。
225パレルゴン:04/03/29 20:27
だからどうしたんだろう?
自分の性器も気持ち悪いと思わない?
セックスとは観察ではなく、持続する経験であり、分析的に考えるのではなく
持続する運動である。
「性器」とは対象aなんだよ。

だから、語ることは出来ない。むしろ、参画する欲望であり、見果てぬものを見ようとする行為であり、
求めても達成されぬものなのだ。だから、求める、が目標は達成しそうになった瞬間
に遠のく。つまり、性的行為は到達せぬものへの運動であり、到達は空しいものである。
到達の時欲望の対象は消え去さり、そして、デカルトの対象に取って代わる。
226考える名無しさん:04/03/29 21:19
パロディとしても面白くないよ
227パレルゴン:04/03/29 22:10
そうか。ごめん。こう言うものは分析的でも、パロディ的でもだめか。
でも、このような意見は前に偉い学者が言っていた事をぼんやり思い浮かべながら
書いたんだけどな〜。不作。
228考える名無しさん:04/04/01 02:01
哲学初心者です
このスレ面白いのでどうか議論を続けてください
例えばお互いの長所と短所を挙げてみるとかいかがでしょう
229パレルゴン:04/04/02 23:46
そうだね。2チャンでは、分析哲学、論理実証主義、反証可能性
のような、英米系哲学中心だね。俺も、ウィドゲンシュタインを読んでいるけど
フレーゲはやんないの? 俺は、先にも言ったように、分析は苦手だけど
なぜ、フレーゲを語らないのか?フレーゲからポスト・構造主義を見てみたい。
230ぴかぁ〜:04/04/02 23:48
デリダリアンとドゥルージアンとラカニアンとミートローフ
231考える名無しさん:04/04/03 01:28
フレーゲやるよりはタルスキ、またはカルナップ。
フレーゲが最近どこぞの業界では流行のようだが、
ラッセル、ヴィト読んだらフレーゲよりもダメット
デイビットソン、クワインに走るわな。
232パレルゴン:04/04/03 07:44
ふむふむ。分析哲学は、言語表現を論理的(トートロジックに)
に捉えようとしているけど、その事で、一体何を目標としているのか
良く分からん気がするな。無矛盾な論理体系?そん物があると言う証明
は出来ないのではないか?(語ること出来ない。)
確かに、分析=論理実証主義含む は、コンピューター言語の
開発に役立ったと聞いた事がある。しかし、一方の人間の「生」を無視して
それでも、矛盾のない言語を求めて、何があるのだろう?

ウィドゲンシュタインの悩みが、その語りえない「生」、語りえない「言語構造」
語りえない「自我」「私」にあったのに、何故、言語哲学は、それでも、
そのような超越的問題を、無視しえるのか?
だから、「私的言語」に行き着いた彼を無視して、形式的な無矛盾に酔いしれる
と言うのか。
だれか答えてけろ。
233パレルゴン:04/04/03 07:47
具体的には、231の言う、タルスキ、カルナップは何を言っているの?
234パレルゴン:04/04/03 07:49
ウィドゲンシュタインは、現在分析哲学で、どのように評価されてるのかな
235考える名無しさん:04/04/03 22:44
>>234
神にきまってる。
俺は、彼の思想より彼の生き様に影響をうけている。
おかげで今、植木職人をやっている。
236三浦 ◆K8EfEbyWG6 :04/04/03 22:46
プッ
237考える名無しさん:04/04/04 00:53
分析哲学だけがヴィトの可能性を汲み尽くしていると考えるのは間違い。
奴は分析哲学にとってのソクラテス。
だがプラトン以下が正しいかどうかはわからない。
238パレルゴン:04/04/04 21:02
237
俺もそう思うよ。
ウィトゲンシュタインは分析哲学の範疇の中だけで捉えるのは無理だと思う。
もっとも、分析系の方から、特に後期の思想について、だめだと言われているしね。
後期には、「私」「私的言語」「生」「規範の否定」「ゲーム」と言う考えが入って
きて、本質主義批判と言う、カルチュラル・スタディズ 的要素になるんだけど、

つまり、哲学の時代の流れをしっかりと捉えていたと言える。
論理による絶対無矛盾は、必ず、背景から壊れる事を見抜いていたし、
論理・数学この様な物が人間の恣意的体系である事を察知していたんだ。
この辺が当時としては凄い点だろうなぁ。


239考える名無しさん:04/04/04 21:14
>>238
お前ドゥルージアンじゃないのかよ
一貫性ないな。
ドゥルーズはヴィトが哲学をつまらなくしたと考えているのに。
240パレルゴン:04/04/04 21:23
そうでもないよ。
ドゥルーズだけを信奉する事はないよ。
英米系の哲学に多く影響を受けているドゥルーズを
深く知るには、分析系の哲学の学習も必要だと思うよ。
とくに、一貫性を求めないのがドゥルーズでしょう。

全ての哲学に接続し、逃走する事、これが私の考え。
241考える名無しさん:04/04/04 21:24
数学が人間の恣意的体系だって?(w
無矛盾性が保証できない⇒即、恣意的なんですかい?
242考える名無しさん:04/04/04 21:26
>>238
「分析哲学の範疇」っていうのは何? そんなものはないよ。それに、
俗に「分析哲学」と分類されるものの中で、後期ヴィトゲンシュタイン
の思想は、ダメだなんてコンセンサスはないよ。むしろ興味を持って
研究している人が多い分野だろう。

「論理による絶対無矛盾は、必ず、背景から壊れる事」? 
「論理・数学この様な物が人間の恣意的体系である事」?
なんじゃそりゃ。ここまでくると、もう妄想の域だよ。

もっと落ち着いてくれよ。ヴィトゲンシュタインがどういうふに
凄いか空想する前に、彼がどういうコンテクストで何を言おうと
たのか、もうちょっと真面目によく見て欲しいなあ。
243考える名無しさん:04/04/04 21:32
>>242
>ダメだなんてコンセンサスはないよ。むしろ興味を持って
>研究している人が多い分野だろう。
興味深いという人や重大な問題を提起してるとか考えさせられるとか言う人はいても
正統に受け継いでいる人は少ないでしょ。
244パレルゴン:04/04/04 21:33
238で言った事は、無矛盾の世界が、我々人間の前に、広がっていて
物理学的な神の法則が秘められていると考え、それを人間が理性に
基づいて発見すると言う、現前主義的、形而上学批判を、後期の
ウィトゲンシュタインに見たんだよ。だから、俺はポスト・構造主義的
視点を変えてはいないって事だ。
245考える名無しさん:04/04/04 21:35
>>242
それにパレルゴンさんが言ってるのはみんなが駄目だと言ってるって言ってるんじゃなくて駄目だと評価している人がいる。
分析哲学が後期ウィトゲンシュタインを正統に受け継いでいない。
後期ウィトゲンシュタインが正しいと言うコンセンサスがないってことでしょ。
246パレルゴン:04/04/04 21:38
242さん。「分析哲学」という呼び方がある以上、何らかの括り方をしている
のでしょう。つまり、何かを指し示しているって事じゃないの。
そうじゃないと、そう言う名付けは起こりえない。
それでは、後期のゲーム論は正当な分析哲学から見るとどうなるのよ?
247THE グル:04/04/04 21:38

いいですか、

チンチンシュッシュッ チンシュッシュッ

これが断言できます。

定説なんです。


248考える名無しさん:04/04/04 21:39
>>243
興味をもち、重大な問題を提起していると考えることが、哲学において
「正統に受け継ぐ」ということじゃないですか?

>>245
俗に「分析哲学者」と言われる人たちが「○○は正しい」というコンセ
ンサスを持っているようなものってあるのかな?
249考える名無しさん:04/04/04 21:41
>>248
後期ウィトは駄目だ、面白くないと思ってる分析哲学者はいないの?
250パレルゴン:04/04/04 21:44
「規範」を否定し、特に数学的算式にたいして、180°転換した捉え方
つまり、「1+2=3」を含む全ての数式が真理ではなく、人間の
慣習によると考えたウィトの後期思想に対して、分析哲学はどのように
考えるのか。これを認めるわけにはいかないのでは?
ポスト・構造主義は賛成だけど。
251考える名無しさん:04/04/04 21:53
>>246
分析哲学っていう括りは、20世紀の英米圏の哲学を漠然と指している
だけだと思います。

「言語ゲーム」という考え方は、英国の哲学のコンテクストから見ると、
オースティンなどの「言語行為論」を引き継ぐものという見方をするこ
とが多いんじゃないかな。「日常言語学派」と言われる人は、意味論的
というよりは語用論的な視点が強いようだけれども、これはヴィトゲン
シュタインの影響も、強く作用しているんでしょう。

252考える名無しさん:04/04/04 21:56
>>250
それはウィトゲンシュタインが言い出した考えじゃないですよ。論理実
証主義者は論理は規約だと考えたのだし、数学に関して反実在論を取る
という点では、ブラウワーに始まる直観主義の数学があります。
253パレルゴン:04/04/04 21:59
251さん 有難う。 デリダ なんかも コンテクストの論旨から
脱コードを言っていますよね。所謂、シニフィアン が 唯一の シニフィエ
をもてないと言う点を強調しているわけです。
254考える名無しさん:04/04/04 21:59
>>249
そりゃ、そういう人もいるとは思いますよ。でも、20世紀の英米圏の
哲学者で、その人の説を解釈することが一つの分野として成立している
観のある哲学者って、ウィトゲンシュタインぐらいなんじゃないかな。
まあ、一種のカリスマみたいなものですね。
255考える名無しさん:04/04/04 22:08
数学の哲学では、数学的真理が人間の知識とは独立に存在していて、数
学はそうした真理を発見していくものだという実在論(なぜか「プラト
ニズム」と呼ばれる)はむしろ旗色が悪く、いろいろな懐疑論的な批判
の対象になることが多いです。数学者自身は、何となく実在論の人が多
いらしいですが。
256パレルゴン:04/04/04 22:09
250さん
コメント有難う。
「ウィトゲンシュタインはこう考えた」 鬼界彰夫
P243を参照願います。
直接彼が最初に言い出した事ではないにしても、プラトニズム、反自然主義批判
は事実だと言う気がします。つまり、ゲーム論の背景に、経験以前の
反自然主義(論理学・数学の超越的真理)への疑問があるのです。
257考える名無しさん:04/04/04 22:19
>>251
>分析哲学っていう括りは、20世紀の英米圏の哲学を漠然と指している
>だけだと思います。
飯田隆やウカシェーヴィッチは分析哲学者じゃないんですね?
258考える名無しさん:04/04/04 22:23
>>257
そうだよ。
259考える名無しさん:04/04/04 22:33
>>257
飯田隆は20世紀前半の数学の哲学や科学哲学の歴史の研究をしている人
で、ウカシェーヴィッチは論理学者でしょうね。分析哲学者って呼びた
ければ、そう呼んでもいいだろうけれど。
260考える名無しさん:04/04/04 22:36
ウィトゲンシュタインは有名な哲学者ですが、彼の数学の哲学はあまり
評判が良くないですね。何を言っているのか分からないというような評
価をする人も多いです。ただ、明らかに優秀な哲学者、論理学者でヴィ
トゲンシュタインの数学の哲学に興味をもっている人もいるようなので
「評価されていない」と決め付けるわけには行きませんが。
261考える名無しさん:04/04/04 22:37
パレたん久々。>>250の「規範」の否定って言葉の意味を
も少し限定してくれ。推論規則の一意性のことか?
262考える名無しさん:04/04/04 22:48
>>260
「数学の哲学」という言葉ば自体が本当は間違ってるだろうね。
263考える名無しさん:04/04/04 22:52
数学の基礎について
だからな(ry
264考える名無しさん:04/04/04 22:52
フッサールの「幾何学の起源」が
通常の意味での数学の哲学ではないのと似ている。
265考える名無しさん:04/04/04 23:07
>>259
いずれにせよ、日本や北欧に分析哲学はないってことですね?

でも、飯田隆が20世紀前半の数学の哲学や科学哲学の歴史の研究をしている人、ってのは違うんじゃないか?
266考える名無しさん:04/04/04 23:19
>>265
まあ、漠然とした意味で使われている言葉ですからねえ。典型的な「分析
哲学者」に何らかの点で似ているという意味で、日本人や北欧人について
も使えるかもしれませんね。「家族的類似」ってやつでしょうか。
267266:04/04/04 23:22
>>265
飯田隆については、私はあまり知らないのかもしれませんね。
ところで、あなたは「分析哲学」っていうのは、どういう意味
だと思うの?
268考える名無しさん:04/04/04 23:29
>>267
定義しなきゃいけないの?
じゃ、フレーゲやラッセル、論理実証主義や日常言語学派の伝統を受け継いでる哲学の流れとでもしておこうか。
269考える名無しさん:04/04/04 23:36
"Analytical tradition"
とでも呼ぶべき学問共同体に属する哲学ですね。
270266:04/04/04 23:37
>>268
ん、よく分からないな。伝統を受け継ぐってどういうこと?
一人の哲学者について、彼は分析哲学者であるか否かは、その
「定義」から答えが決まるものなの? 
271考える名無しさん:04/04/04 23:41
マジな話、Mindに論文が載っている哲学者は分析哲学と言ってよいと思う。
272考える名無しさん:04/04/04 23:41
言語哲学と分析哲学は違う?
273266:04/04/04 23:41
>>269
現代の英米圏(でなくてもいいですが)の哲学者で、その共同体に属し
ている人と、属していない人を例示してみてくれますか? そうしたら、
あなたの言わんとすることが、私にも何となく分かってくるかも。
274考える名無しさん:04/04/04 23:46
属してない
メディオロジスト、スキナー、ガロディ、ルヴェル
属してる
ほとんど
275266:04/04/04 23:46
まあ、「英米圏の哲学」というよりは「フレーゲやラッセル、論理実証
主義や日常言語学派の伝統を受け継いでる哲学の流れ」の方がたしかに
いいかもしれないが、どっちみち非常に曖昧な意味の言葉だと思うけれ
ど。
276266:04/04/04 23:49
>>274
残念ながら、そのリストにある名前は私がよく知らないものばかりだな。
スキナーというのは行動主義の心理学者のスキナー?
277考える名無しさん:04/04/04 23:50
>>276
邦題 思想史とは何か
278考える名無しさん:04/04/04 23:52
ええと、……行動主義のスキナーとは別人、という意味なのかな?
279考える名無しさん:04/04/04 23:57
「ポストモダン」と言うと、何らかの点で「近代」というものを規定し
て、その批判をしたり、そこから脱しようとしている哲学者ってことで
しょうかねえ?
280268:04/04/05 00:03
>>275
俺は曖昧だと思ったから突っ込んだんじゃなくて、端的に外してると思ってるから突っ込んだんだよ。
英米のラカン研究者を分析哲学者とは言わないでしょ。
281考える名無しさん:04/04/05 00:03
クウェンティン・スキナー

思想史研究ではかなりの大物
282考える名無しさん:04/04/05 00:08
>>280
ああ、そう。でも曖昧だってことは認めるわけでしょ?
それなら、274も英米圏の哲学者については
「属してる→ほとんど」って言ってるんだし、いいんじゃない?
ダメ?
283考える名無しさん:04/04/05 00:09
「ポストモダン」はほとんど悪口として使われるけど、
具体的に名を挙げると、
ニーチェ、ハイデガー、ラカン、アルチュセール、
ドゥルーズ、デリダや、彼らの弟子及び研究者を指す。
284考える名無しさん:04/04/05 00:11
分析哲学者でかつポストモダンな人はだれ?
ローティーとかって、そうなの?
285考える名無しさん:04/04/05 00:15
自分はポストモダニストだと言った奴っている?
リオタールくらい?
286考える名無しさん:04/04/05 00:18
何か、何を話しているのかよくわからなくなっちゃったんだけど。
287考える名無しさん:04/04/05 00:28
>>282
そこで>>274がでてくるのはおかしいけど、まあいまさらどうでもいいや。
288考える名無しさん:04/04/05 09:52
>>3
ある意味、分析哲学のほうが欺瞞っぽい。
思考実験って、たまにSF?ってことがある。
双子地球とかついていけんって人もいるんじゃ?

『知識の哲学』で、
「ずっと暗室で過ごしていたメアリがはじめて外に出ると、鮮やかな緑の木々がありますた」
って話があったが、ずっと暗室にいたら、眼開けられない。
ここから、健常人の色覚を獲得することはかなり困難なはず。
戸田山和久って、コネクショニストなんだから、そのくらい知っててよ、と思ってしまう。
この問題に関しては、どうとでも変えられるわけだけど、
ラカニアンが、性別化の論理式で、ラカンの論理記号の使い方を言い訳してるのと同じレベル?

戸田山が2ちゃねらーってホント?
289考える名無しさん:04/04/05 09:53
>ある意味、分析哲学のほうが欺瞞っぽい。

「が」じゃなくて「も」と書きたかった。
290考える名無しさん:04/04/05 10:09
>>288
欺瞞っぽいというよりは、すごく人工的な条件を仮定して、その上で
<もしその仮定が成り立つなら……ということになる>ということを
論証しているだけの場合があるね。そういう特殊な場合を想定して考
えることが、現実の世界について何かを教えてくれるかどうか、疑問
になって当然でしょう。

ただ、これはいわゆる「分析哲学」だけの問題じゃなくて、哲学全般
の問題ですね。たとえば<すべての人が理想的な生き方をしている世
界を想定すれば、その世界で人は○○しているはずだ>ということの
論証を聞かされても、そこから<現実の世界でも○○すべきだ>とい
うことが言えるかどうか疑問になる、とか。
291考える名無しさん:04/04/05 12:14
>戸田山和久って、コネクショニストなんだから、そのくらい知っててよ、と思ってしまう。
戸田山がコネクショニストかどうかはともかく、それくらい知ってると思うぞ。
292考える名無しさん:04/04/05 12:16
つまりマジじゃないわけだよな。
水の成分が云々とかの話もうさんくさいよ。
293考える名無しさん:04/04/05 15:11
共通の問題が何か不鮮明のまま、対決したって無意味

誰か問題設定してみて
294考える名無しさん:04/04/05 15:12
同性愛はなぜ許されるべきでないか。
295考える名無しさん:04/04/05 15:25
分析哲学は言葉遊びを排し、明晰さを売り物にしていたはずが、
実際にはかなり言葉遊びに満ちているのではないかと思う。
造語はしないが、営みそのものがゲーム性に富む。
これは褒め言葉でもあるよ。
296考える名無しさん:04/04/05 15:26
同性が結婚できない世の中は野蛮だ

ミシェル・フーコー
297考える名無しさん:04/04/05 15:44
もうちょっとマシな問題はないか?(w
298考える名無しさん:04/04/05 15:45
分析哲学もポストモダン もだめだったねw
299考える名無しさん:04/04/05 15:45
この程度の問題もクリアできないようじゃどっちも駄目。
300考える名無しさん:04/04/05 15:57
>>299
ディベートのゲームじゃないんだから。(w
301考える名無しさん:04/04/05 16:02
なんでだめだったかよーく考えてみよう。
302考える名無しさん:04/04/05 22:31
さっき本屋でみていたら、……ブールドゥネイジュみたいな名前(正確な名前
を忘れた)の「フランス人分析哲学者」の本の翻訳がでていて、何とか言う人
がポストモダンの哲学者が「分かりもしないくせにゲーデルの不完全性定理に
ついて語ったりするんじゃねえ」みたいなことを言った「事件」云々、という
のを立ち読みしたのだが、この人はフランスの哲学に興味がある人たちには、
どう評価されているんだ? 読む価値があると思うか?
303考える名無しさん:04/04/05 22:35
ないね。
304302:04/04/05 22:38
愛想のない返答だ。(笑)
305考える名無しさん:04/04/05 23:22
>ブールドゥネイジュみたいな名前
ブーヴレスだろ。それが何でそんな複雑になってんだよ。
306考える名無しさん:04/04/05 23:57
ブーヴレスはポストモダン叩く仕事だけで
コレージュ・ド・フランスの教授ゲットした講壇哲学者だよ。

ボルツァーノの読み直しもやるみたいだから、
実際の本領は哲学史。
307考える名無しさん:04/04/06 00:12
>>288
それ、暗室じゃなくて色刺激剥奪だった。
暗室じゃ何も見えない。
308考える名無しさん:04/04/06 01:54
ぶぶれすって、どーゆー業績あるのかよく知らないから、
翻訳されたのだけ読むと、フランスにいる「三浦俊彦みたいな奴」としか思えない。
309考える名無しさん:04/04/06 02:01
>>308
正解。ヴィトゲンシュタインのフレイザー論を扱ったり、
変則球で論文書くタイプ。
310考える名無しさん:04/04/06 02:05
>ジャック・ブーヴレス
クセジュで『ライプニッツ』書いてるルネ・ブーヴレスとは別人でつね。
ジャックのほう、叢書・ウニベルシタスから2冊も出てる。
311考える名無しさん:04/04/06 02:08
駄本だよ。即売却した。
312302:04/04/06 02:20
評判悪いね。コレージュドゥフランスの教授って、権威のある地位なん
じゃないの? フランスでは評判がいいのかな?
313302:04/04/06 02:22
ちなみに、横には、バディウという人の本が並んでいたが、パラパラみても何言
ってるのか全然分からなかったから、買わなかった。
314考える名無しさん:04/04/06 02:26
>>312
ポストモダン嫌いの勢力に担ぎ出された感じ。
リュック・フェリーが大臣やってるし、いわゆる体制派ですね。
反体制を批判する勢力と分析哲学者が一致しているのが
個人的にはちょっとつまらないです。
315考える名無しさん:04/04/06 02:32
ああ、なるほど。ポストモダンと言われている哲学者たちは反体制で、
それを批判する香具師が「敵の敵は味方」の原理で体制側に気に入られ
て権威あるポストを獲得した、ということなんですか。しかし、フラン
スでは、大学のポストって政治的な圧力で決まるの?
316考える名無しさん:04/04/06 02:37
フランス人は昔から弁論術好きなので、
かなり論争を好みますよ。
政治的圧力は日本を含め、どこの国にもある問題ですが、
フランスの場合それがリアルタイムで表面化します。
317考える名無しさん:04/04/06 02:42
そうすると、そのブーヴレって香具師も、論争に強いのかな?
318考える名無しさん:04/04/06 02:51
強いというか、粘着。
本のタイトルに煽り文句を仕込みまくるわけだから。
でもこういう香具師は長い目で見ると二流だから、哀れでもある。
319考える名無しさん:04/04/06 02:52
やっぱりデリダとかドゥルーズに比べたら、
推論過程は健全かもしれないけれど、凡庸だと思う。
320考える名無しさん:04/04/06 02:58
しかも、ウィト厨。
321考える名無しさん:04/04/06 13:36
コレージュ・ド・フランスのポストはやっぱ人脈だべ。
ぶぶれすはヴィユマンつながりじゃねーの?
322考える名無しさん:04/04/10 17:44
分析哲学って今回のイラク問題のような時に
どういう哲学的分析を行うの?
323考える名無しさん:04/04/11 06:16
>>322
シンガーとか読んだら?
324考える名無しさん:04/04/11 11:44
シンガーは分析哲学者ぢゃねえだろ
325考える名無しさん:04/04/12 00:48
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1068999993/
こっちのが盛り上がってるよ.
326考える名無しさん:04/04/12 01:26
>>324
分析哲学者とは誰か?
327考える名無しさん:04/04/14 07:04
あれこれウェブサーフィンしていたら、物理学者が書いたこんな書評に出会った(http://nova.earth.s.kobe-u.ac.jp/~matsuda/syohyo/Sokal.html)。
アラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン著『知の欺瞞』(岩波書店)という書物についてである。
なんとまあ、今日にいたるまで、私はこの本が日本語に訳されて出ていることを知らなかった。早速、取り寄せてみる(上のウェブに掲載されている書評が見事なので、格別に興味がなければ、
わざわざ読むこともないだろう)。
要するに、本書はラカン、クリステヴァ、ボードリヤール、ドゥルーズ&ガタリといった「ポストモダン思想」の人々の著作に膨大に出てくる数学や科学の言葉が、
間違った理解のもとに用いられていること、つまりその引用や表現は不適切としか言いようがないことを白日のもとに曝したものである。
日本語版の翻訳者は「煙にまく」という表現を使っているが、この表現はぴったりだろう。たしかに、これまで何度もポストモダン関係の書物に目を通したが、なかなか理解はできなかった。
何を言いたいのか、正直いってわからなかったのである。
本書によれば、要するに、彼/彼女らが利用している自然科学の成果に精通した人間が読んでも理解できない目茶苦茶な言説であったわけで、理解を越えていたのも当然のことだということになる。
読者を煙にまいていたわけだ。

328考える名無しさん:04/04/14 07:06
ムカムカするなあ  何だろう? このムカムカは・・

そうだ 原典読まないシッタカの文章に感じるムカムカだ


329考える名無しさん:04/04/14 19:47
>>327
>http://nova.scitec.kobe-u.ac.jp/~matsuda/syohyo/Sokal.html

今はここに移転していますね。
「松田卓也」でgoogleしたら簡単に出てきた。

最後の最後にこんなオチが。

>さらにいえばくだんのフランス思想家たちも名前だけは知っていたが、
>その著作の一編も読んだことはなかった。
>ちなみに評者がポストモダン思想とフランスの思想家を知ったのは、
>筒井康隆の小説「文学部唯野教授」における唯野教授の講義を通じてであった。

読んでないのかよ!
筒井かよ!
330考える名無しさん:04/04/14 23:49
『「知」の欺瞞』アラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン(岩波書店)
原題は、FASHIONABLE NONSENSE。この方が内容をよく表している。いわゆるポストモダン思想と呼ばれるものの知的擬装を科学者の側から暴露した問題の書とされている。
ポストモダン思想というのは、1970年代以降に主にフランスで主流となった人文科学系の思想潮流の事を指す。日本では浅田彰が『構造と力』で、ラカンを論じて大ヒットを飛ばしたのが1983年、
さらに彼は1984年『逃走論―スキゾ・キッズの冒険』で、ドゥルーズ、ガタリを論じて、ニューアカデミズムの先鞭をつけた。
浅田彰の本は入門書として非常に分かりやすく、ベストセラーになったが、その頃から日本にもポストモダン思想への跪拝の傾向が見られるようになった。ラカン、デリダ、クリステヴァ、ドゥルーズ、
ガタリといった名前は、人文系先端思想の代名詞として広く知られるようになった。
しかし、私は彼らの本の翻訳書を中年になってから、数冊読んではみたが、ほとんど私の理解を絶するものでしかなかった。読んでも分からない。
翻訳で読むのが間違っているので原語で読めばいいのだという考えもあろうが、私は浅田彰のような秀才ではない。
何故分からないのか、そこには二つの障害が横たわっている。一つは西洋哲学の素養の不足ということ、
もう一つは彼らポストモダンの思想家達が繰り出す科学的な論理に対する知識の不足ということになる。彼らのスタイルを総括すれば、
人文科学に物理学系の理論を導入するために起こる難解さということに尽きるのだが、それが疑似科学的なインチキであり、
彼らの著書の難解さは偏にその論理の無意味に起因しているという指摘が本書の主張である。
331Я:04/04/14 23:51
ドゥルーズは確かにどうかな。
ルーマン勉強した方がいいと思う。
332考える名無しさん:04/04/15 00:44
ラカンの使う数式がインチキ数式だなんてソーカル以前に誰でも
知ってたことでしょ? おそらくラカンだって知っててやってたことでしょ。

そのことも込みでみんなラカンを読んでたんじゃないの?

333考える名無しさん:04/04/15 01:21
全般的にいうと、それが直接的な表現として捉えているか、間接的な比喩表現として捉えているかは、
ソーカルはラカンが比喩ではないと述べていると主張しているが、
一方で比喩だと述べているところもあるみたい(マリーニ)。
ラカンのなかでも逡巡があったのではないかと。
334パレルゴン2:04/04/20 22:20
数学者ではないラカンですから、自分で比喩だと言ったら比喩でしょう。
数式の正確性よりも、全ての言語=数式 を利用する事、これは、
我々人類の生まれる前から世界があった事を認めているんですよ。

だから、石で木の実を割るように、数学で精神分析をやった。

このことが分からねば、構造主義はマスター出来ていない。
常に遅れてある事。分かるよね。チョット難しいかい!
335考える名無しさん:04/04/20 22:31
道具と商品、労働と賃金、労働価値と交換価値、自由芸術と模倣芸術、歌声と音楽、発話というものはその賛否に関わらずその内容を捉えた主体の本質に必ず何らかの影響をもたらすはずである。それが言語の第三形態から論理に適応されるテクストとなるいぜんに価値がある
336パレルゴン:04/04/20 22:37
それは、誰が言ったの? 前半はマルクスのようだね。
337考える名無しさん:04/04/20 22:39
まあわからんでもない。価値創造には確に足りないものがあるかもしれんがそれもわからんだろ。商品は魔力がやどるから。必ず知識が勝敗を決めるとは
338考える名無しさん:04/04/20 22:40
見下しすぎ
339考える名無しさん:04/04/21 01:06
>>334
比喩じゃないとも述べてるよ。
340考える名無しさん:04/04/27 19:20
分析哲学=まともな学問
フランス現代思想=知的スノッブ御用達のただのゴミ
341ボン中山 ◆PKPKs4sF8s :04/04/27 19:23
分析哲学者=「まともな学問」権威にすがらなければ生きられないヘタレ
フランス現代思想者=「知的スノッブ御用達のただのゴミ」といわれようが
世界の変化を捉えようとする人々


342考える名無しさん:04/04/27 19:57
>>341
世界の変化の流れについていけずに取り残された人、だろ?
343ボン中山 ◆PKPKs4sF8s :04/04/27 20:14
>>342
そうともいう!

分析哲学者=世界の変化の流れについていけずに取り残された人
344考える名無しさん:04/04/27 21:11
ポストモダンにつきまとうスノッブな雰囲気は確かにやだね
345考える名無しさん:04/04/27 22:52
分析哲学者によく見られる、
理系落ちこぼれが文系を煽っている構図にも哀れなものがある
346考える名無しさん:04/04/28 00:46

ポストモダン=学問のの変化進歩についていけずに取り残されたが「知的」であると思われたいバカがしがみつくニセ哲学
347ボン中山 ◆PKPKs4sF8s :04/04/28 00:49
>>344
スノッブか。これって日本だけかな?
日本上陸時に新人類世代のアイテム化したからね。
348考える名無しさん:04/04/28 00:51
オレも、「学問の」の変化にはついていけないので、ポストモダンかもしれない・・・
349考える名無しさん:04/04/28 00:53
本当はポストモダンはマルクス主義者の末裔。
左翼シンパの経営者、堤清二によって
日本での受容が歪んだだけ。
350考える名無しさん:04/04/28 00:56
やっぱり、ポストモダンじゃないかもしれない
・・・でも世間の人にバカって呼ばれたくないから、分析哲学はやめとこ。
351考える名無しさん:04/04/28 07:04
大丈夫だよ
少なくとも分析はポモみたく一般レベルにまでバカがばれてるわけじゃないからね
352ボン中山:04/04/28 09:14
分析 近代論理的主体中心主義

ポモ 心理導入による脱中心主義

シス コミュニケーション場としての関係主義
353ボン中山:04/04/28 09:20
分析信者 世の中、理屈がすべてといいながら、案外感情的になりやすい

ポモ信者 理屈じゃ世界は割り切れない、まあまあとニヒるに構える

シス信者 全体を俯瞰しながら議論する、たえず場を意識する
354考える名無しさん:04/04/28 21:15
分析哲学の人は曲がったことが嫌いだから、ポストモダンのような
いい加減なこと言ってる奴みると腹が立つんだよ。
論理実証主義者も喧嘩大好きだったじゃん。
355考える名無しさん:04/04/28 21:46
だらだら〜ってってんのったら〜ってってったらるすかチミタチ?
356考える名無しさん:04/04/28 23:37
しかし人間ってそもそもいい加減なものだからなあ。
いい加減なものを論理演算子で分析するには限界があるだろう。
357考える名無しさん:04/04/28 23:41
そこでコネクショニズム哲学ですよ
358考える名無しさん:04/04/29 02:58
分析哲学者って文学とか嫌ってそう
しかもそのくせSFとミステリだけ詳しそう
359考える名無しさん:04/04/29 03:28
そりゃ偏見ですよ
分析系が嫌ってるのは実存哲学とかポストモダン、ヘーゲルあたりで文学一般は嫌ってません。ただテーマにもしませんけどね。
360考える名無しさん:04/04/29 03:31
>>359
邦訳されてるものでも、グッドマンやローティや三浦俊彦を忘れてないか?
361考える名無しさん:04/04/29 03:44
嫌いではないですよね、読んでないだけで。
362考える名無しさん:04/04/29 04:23
分析哲学はテーマにしない主題が多すぎる
特に日本の連中
しょせん科哲かよ
363考える名無しさん:04/04/29 04:30
自分が知らない→やってない
って発想はすばらしいですね。
364考える名無しさん:04/04/29 06:08
えっ、分析哲学と科学の哲学っていっしょなの?・・・まさかぁ、やだなあ。
365考える名無しさん:04/04/29 06:30
アメリカだと色々な哲学問題に対して分析哲学が生かされているんだが、
日本だと永遠に科哲にとどまる予感。
366考える名無しさん:04/04/29 11:24
米青  ネ申  禾斗  ιこ  彳テ  ιナ  !!
367考える名無しさん:04/04/29 11:28
非分析哲学、非哲学。
368考える名無しさん:04/04/29 13:34
>>365
英米では全ての哲学が分析哲学に飲み込まれたので
分析哲学と言わずに、単に哲学と言う場合が多いとか。

現象学とかは現象学
369考える名無しさん:04/04/29 22:02
ちょっと前の哲学辞典だと、分析哲学はブルジョワの哲学とか書かれてるよね。
未だに「すべての哲学は党派性を持つ」と考えてる人は多いのかな?
370考える名無しさん:04/04/29 22:37
        /\___/ヽ
     /''''''   '''''':::::::\
     |   ,,ノ(、_, )ヽ、,, .::::|   
    |   `-=ニ=- ' .:::::::|
      \  `ニニ´  .:::::/
 ピュー =〔~∪ ̄ ̄〕 ̄                     敗北宣言
     = ◎――◎       

371考える名無しさん:04/04/30 03:37
「文学一般は嫌ってません」
⇒「嫌いな文学はあります」(立証要∵MY憶測推論)

まず、否定の反証責任を相手側に持って行く、というレトリックですか。
感情を表に出さず、尻尾をつかませない点はポイントが高い。
「好きな文学がある」とは言っていない点もすばらしいです。

・・・なんか、中味がないなあ。ストア系なんだろうなあ。きっとどこまで行っても
平行線の議論なんだろうなあ。藁

でも「実は」文学的表現は嫌いなんですよね?これ書いた人の個人的嗜好としては。
しかも、文体から「意味」やニュアンスを読み取る人も大嫌いですよね?
だから喧嘩するんですよね?

おー、とてもそんな事信じられな〜い!信じたくな〜い!
372考える名無しさん:04/05/01 13:14
分析哲学はイギリスの「経験主義」の後裔らしいことはわかります。対する、
ポストモダン関連の哲学の流れは、その出自が大陸「合理主義」と考えて
よいでしょうか。要は、現象学、構造主義、実存主義、脱構築などの展開を同類に
属する流れであって、しかも、カント、ヘーゲルに発する流れと考えてよいですか。
373考える名無しさん:04/05/01 13:16
↑すなわち、ポストモダン哲学は基本的に「合理主義」に属すると考えられるかの疑問。
374考える名無しさん:04/05/01 13:16
↑すなわち、ポストモダン哲学は基本的に「合理主義」に属する哲学と考えられるかの疑問。
375考える名無しさん:04/05/01 13:21
勿論、近代の合理精神に反対するところは承知していますが、ポストモダンは引き続き、「アプリオリ」の概念の重要性を認めている(経験主義は単なる規約と見ているようですが)のかということ。
376考える名無しさん:04/05/01 13:42
そんな紋切り型の割り切り方をして、何が分かるとゆーんだね?
良いものは良い、美しいものは美しい。きみには自分の価値の基準がないのか。
377宣伝部:04/05/01 14:27
本┃日┃開┃催┃
━┛━┛━┛━┛

■■■ 第三回哲学板オフ会 ■■■

【開催日時】 5月1日(今日!)

【開催場所】 渋谷「鶏料理専門店 とりかく 宮益坂店」
        ・店舗トップ
        http://r.gnavi.co.jp/g084652/
        ・地図
        http://r.gnavi.co.jp/g084652/map1.htm

【集合場所】 渋谷駅ハチ公前

【集合時間】 18:00

※18:00までに集合できない人は、お店に直接来てください。

378考える名無しさん:04/05/01 15:01
>>376 と言うことは、PMがアプリオリ出発と言うことは紋切り型的に
わかり切った陳腐なことという意味?
379考える名無しさん:04/05/01 15:17
>>376 皆、自分なりの行き方を求めて苦闘しているわけで、自分なりの
evidenceを求める過程で、このことが知りたい。
専門家は良く知っている問題だと思う。請う御諒承。
380考える名無しさん:04/05/01 17:04
ポストモダンvs分析哲学=アーリア民族vsユダヤ民族
381ANI:04/05/01 17:12
ポストモダンってのは大陸合理主義の流れなのかな
ドイツ観念論(というかヘーゲル)との相性は良さそうだけど

流れ的には
(フッサール)→サルトル→(レヴィ・ストロース)→フーコー
って感じ?

でも、「ポストモダン」という言葉を発したリオタールはやたらウィトゲンシュタインを褒めちぎっているよね
382考える名無しさん:04/05/01 21:24
372(>>372)です。一見、超モダーンにおもえるPMが、いまだに、アプリオリの概念
(カント由来)を清算せずに引きずっているのかなという疑問なのです。

なお、分析哲学は、アプリオリの真理を言語的規約にすぎないとして経験論
の立場を貫いている(論理実証主義)ように思います。
383考える名無しさん:04/05/01 21:40
>>381、大陸合理主義は、ショーペンハウアやニーチエを経て、現象学に、ひいてはPMに繋がっているよう
に思えるものですから。
384考える名無しさん:04/05/01 22:45
>>381 勿論、Hegel After Derridaですし、さらには、After Hegel After Derridaです。
385考える名無しさん:04/05/01 23:33
>>382
「アプリオリの概念」って、ここではどういう意味?
386考える名無しさん:04/05/02 07:40
>>385 主観的な議論をして申し訳ないです。「アプリオリの概念」;すべてが
経験由来とする経験論に反して、人間は、経験に先立つ「生得的な対象認知
メカニズム」を具えているとする。カントの認知2形式(感性形式の時間空間、
悟性形式のカテゴリー)に端を発するとする。
387考える名無しさん:04/05/02 10:31
>>386
ポモを非合理主義と難じる奴よりは
いいところをついていると思うよ
けどあんたの哲学に対する見解は分析哲学寄りすぎるな
アプリオリ性がクワインによって批判されたからといっても
それが全員の共通認識になっているわけではない
388考える名無しさん:04/05/02 10:34
基本的にポストモダン系の哲学者は、
構造主義の後裔だから、
一見非合理的にみえるものの合理性を探っているんだよな
フロイトを重視するのもその流れ。

そのへん分析哲学は、
特にアメリカだとクリスチャン・サイエンスみたいな連中と闘っているから
あくまでも非合理は非合理と主張する。
389考える名無しさん:04/05/02 16:26
非合理に対する2様の扱い。

・分析哲学は、経験論よろしく、「非合理」は非合理と主張する。
・ポストモダン系哲学は、非合理があれば、合理論者よろしく、あくまで
  その中に合理性を探ろうとする。
 
アプリオリの問題を通じて、結局訊きたかったことが判ったように思います。
この理解でよいかはさておき有難うございました。
390考える名無しさん:04/05/02 16:31
それと、>>387、よかったら最後の2行あたりを説明して頂けたら有り難いです。
391考える名無しさん:04/05/02 18:58
>>389 訂正、追加。2行目; 「非合理」は非合理と主張するとともに、扱わない。
392考える名無しさん:04/05/02 22:48
393考える名無しさん:04/05/02 23:07
>>389
ソースキボンヌ。
394考える名無しさん:04/05/02 23:31
>>393  私の>>372の質問に対する、それ以降の一連のやりとりをまとめさせて頂いたものです。
395考える名無しさん:04/05/03 00:12
>>394
分析哲学を経験主義の後裔と位置付けることはどの程度妥当なんだ?
たしかにクワインなんかの哲学史論とか読んでるとそんな気もしてくるが。

論理実証主義はカントの影響を大きく受けてたとか聞くし
ストローソンも純粋理性批判論を書いてたりするよな?
ヘーゲリアンな分析哲学者もいるって聞くし。

逆にドゥルーズはヒューム論とか書いてなかった?
396考える名無しさん:04/05/03 02:17
========================
================================================
創価学会員が奇妙な「哲学」を披瀝しています。
硯学の皆さん、この男の曲学を正してあげてください……。
                ↓
大切な想いをあなたに伝えたい/創価・公明@2ちゃんねる
http://society.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1083426009/

>名前:希水 ◆O5iHeCraTI 投稿日:04/05/02 01:36 ???
>現在の私たちには「知識」と「知恵」の調和こそ急務です。
>その知恵の源泉こそ妙法であり、この情報化社会という
>荒海も信心という無量無辺の知恵の舵で……

>第一に大切な点は「全体性」もしくは「連関性」です。

>深層心理学や生態学の成果が明らかにしているように
>人間と人間、人間と自然・宇宙との関係を追っていけば
>つながりは無限に広がってゆくでしょう。
>小宇宙(ミクロ・コスモス)と大宇宙(マクロ・コスモス)とは……
========================
================================================
397考える名無しさん:04/05/03 02:42
>>395 初めにお断り、私は理系人間で、哲学は正規に読書したことの無い雑学人間。
 
 私も、分析哲学を近代経験主義の正嫡子といってしまうのは行き過ぎとも思います。
でも、私の感じで、アプリオリ概念を否定(その問題は言語規約でいけると)する点、どうしても経験主義といわざるを得ない
種々の実証主義など、ポストモダンに比べればの話ですが、相対的に(現代的な)経験主義側にあるといわざるをえないのでは。
 そして、アプリオリ概念が経験論・合理論を分ける試金石に思えるのです。
したがって何を気にしているかといえば、分析哲学の、結果としての経験論的性格というよりは、最近の認知科学的なアプリオリ概念
(心理的・生得的・進化的認知スキーム、その存在は否定できない)に対する現在の対応がどうなっているか、その辺を知りたいのです。

回りくどくなりましたが結局そのことです。
398ボン中山 ◆PKPKs4sF8s :04/05/03 02:47
>知科学的なアプリオリ概念
>(心理的・生得的・進化的認知スキーム、その存在は否定できない)に対する現在の対応がどうなっているか、その辺を知りたいのです。

単に無視してるのではないの。
彼らには答えられないでしょう。
399ボン中山 ◆PKPKs4sF8s :04/05/03 02:49
それをいえば、哲学住人のこの指向が終わっている終わっているわけだよ。
分析哲学/ポストモダンVS認知科学/システム論
400考える名無しさん:04/05/03 04:01
>>397
俺もまるで詳しかないが

フォダーの『心理意味論』(未訳)なんかそのあたり扱ってんじゃないの?
同『精神のモジュール形式』とか、どっちも古いが

フォルマー『認識の進化論』だのヴケティツ『進化と知識』だのチャーチランド『神経哲学』(未訳)だの





どれ一つとして俺は読んでないから、 期 待 外 れ で も 責 任 持 て ん がな。
401ボン中山 ◆PKPKs4sF8s :04/05/03 04:23
そうですね。逆に認知科学側から分析哲学的な命題へ
アプローチしていますね。
ヴィトゲンシュタインのパラドクスとか、
よく取り上げられているのでは?
402考える名無しさん:04/05/03 05:10
>そうですね。逆に認知科学側から分析哲学的な命題へ
>アプローチしていますね。
誰にそうですね、と言ってるんだ?そんなこといってる奴は見当たらないが。
>ヴィトゲンシュタインのパラドクスとか、
>よく取り上げられているのでは?
クリプキ?

403考える名無しさん:04/05/03 06:41
>>397 はいはーい、お役に立てば。

思想 2003年 第4号 No.0948 特集:「理由の空間」の内と外 自然主義 VS 反自然主義
http://www.iwanami.co.jp/shiso/0948/shiso.html
思想の言葉 「現代哲学の対立軸」 野家啓一

を読んでみては。
404考える名無しさん:04/05/03 11:38
>>400,401,402,403 貴重なソース情報,大感謝。当たってみます。

その上でのお願い、この問題についてこれらの人達が言っていること、
もしよかったらその感触でいいから、ここで披露して頂けたら。
405考える名無しさん:04/05/03 15:35
>>397
認知考古学も。
スティーヴン・ミズン『心の先史時代』は、フォーダーやガードナー、コスマイズ&トゥービーに基づいている。
Mithenは、ミズンやらミテンやらと書かれているが、マイスンが正しいらしい。

アプリオリって、カントでいうのと、認知科学でいうのとでは意味が異ならないか。
カントだと、論理的に先験的であって、経験に頼らないという意味。
認知科学だと、時間的、生物学的に先験的であって、生得的ということや、学習で変容できない限界という意味。

分析哲学、ポストモダンで認識論にかかわって人って、誰を想定してる?
俗流の理解で申し訳ないが、大陸だとフッサールとかメルロ=ポンティとか?
メルロ=ポンティだと初期からユクスキュル&クリサートに注目しているので、
経験主義と合理主義とを超えようとしているように見えるが。
ラカン以降だと、着眼点が異なってくるから、
認識論的アプリオリがどうのという話はしていないように見えるけど。
406考える名無しさん:04/05/03 16:01
「アプリオリ」って「遺伝」と似たようなものなの?
407考える名無しさん:04/05/03 16:06
>>405
>アプリオリって、カントでいうのと、認知科学でいうのとでは意味が異ならないか。

多少異なるね。論理的ってところがミソ。俺も認知科学は好きで良く読んでたけど、
感性が持つ形式的(カテゴリー)認識ってところのカントの主張を認知科学が実証的に
補強したという風に言うことは出来ると思う(例えば、縦縞模様は縦縞模様として認知する部位が
あることが知られていたり)。
408考える名無しさん:04/05/03 17:18
>>397
スキーマというのは、かなり広い概念で、文脈効果と似た言葉。
知識による文脈の敷設なので、もろに言語的規約も包摂される。
>>397でいっているスキーマがそういう意味ではないことはわかるが、いちおう補足。

どんな認知機能も進化的に発生してきたものなんだから、
認知的枠組みの研究といえど、背景にはそういったダイナミックな背景があるわけで、
感覚・知覚レベルでの規約の探求と見ることができるのでは?
その意味では、経験主義であることに変わりはない。
もちろん、上で述べたように、認知心理学は言語による規約も無視しない。
409考える名無しさん:04/05/03 17:33
>>407
>多少異なるね。論理的ってところがミソ。俺も認知科学は好きで良く読んでたけど、
>感性が持つ形式的(カテゴリー)認識ってところのカントの主張を認知科学が実証的に
>補強したという風に言うことは出来ると思う(例えば、縦縞模様は縦縞模様として認知する部位が
>あることが知られていたり)。

それは言えないんじゃ?
認知の形式が発見されることが関係あるとしても、脳の部位と関連づけることはそんなに関係しないと思う。
認知機能としてひとまとまりに捉えられるものが、かならずしも脳でまとまっているとはかぎらない
(まとまっていることも多いが。とくに知覚のような過程)。
それよりも、ギルフォードの知性構造モデルや、ガードナーの礼拝堂モデルが近いような気がする。

とりあえずカントのカテゴリーは、感性→悟性。
410考える名無しさん:04/05/03 17:40
ttp://cse.niaes.affrc.go.jp/minaka/files/CognitiveArchaeology.html
これのことか おもしろそうではあるな
>認知考古
411考える名無しさん:04/05/03 17:47
ギルフォードの知性構造モデルは、知性を、
(評価、収束的思考、発散的思考、記憶、認知)×(単位、クラス、関係、体系、変換、含意)
×(図形的、記号的、意味的、行動的)の3次元120因子に分類したもの。

ガードナーの礼拝堂モデル→ミズンの礼拝堂モデルでした。
知能を礼拝堂に喩えたのは、ミズンが最初じゃないかもしれない。
礼拝堂は認知モジュールを意味する。
第1期)一般知能の礼拝堂が建設される
第2期)隣接して技術的知能、言語的知能、社会的知能、博物的知能の礼拝堂が建設される
第3期)知能どうしがリンクされる
     あるいはそれらを統括する上位礼拝堂が2階に建設される(すべての礼拝堂につながっている)
412考える名無しさん:04/05/03 18:55
>脳の部位と関連づけることはそんなに関係しないと思う。
いやだからそう取られない為に、論理的がミソだと言ってるわけだけど。
脳もその機能として現象や対象を形式化して認識していて、、「脳の部位と関連づけ」
ているわけではまったくないんだけど。

>とりあえずカントのカテゴリーは、感性→悟性。
いや、それは十分承知してわけだけどさ、悟性の持つカテゴリーと言っても
誤謬の判断からなるカテゴリーの適用もあるわけでね。「とりあえず」とか書かれると
書きこむ気力なくなるね・・・






413考える名無しさん:04/05/03 19:04
>>412
一方的に誤読してすみませんです。
そういうことなら同意です。

これからも書き込んでください。
414 :04/05/03 19:06
ゴメン。いらないこと書かなければよかった・・・
反省します、すまそ。
415考える名無しさん:04/05/03 19:56
結論をまとめます。

>分析哲学の、結果としての経験論的性格というよりは、最近の認知科学的な
>アプリオリ概念(心理的・生得的・進化的認知スキーム、その存在は否定でき
>ない)に対する現在の対応がどうなっているか

は、どーもなってません。あふぉな議論に右往左往するのみです。
ワタシも辟易しちゃいました。
416考える名無しさん:04/05/03 21:42
(1)大陸合理論系が、時間、空間、存在、差異、実存、現象、様相などの
感性的悟性的カテゴリーを存分に駆使して行うアプリオリで総合的(カントの
謂いでの)な判断は極めて自然でわかりやすいです。
(2)一方、分析哲学は、分析的判断(カントの謂いでの)をプロパーと
することはよくわかりますが、総合判断を行うとき、どのようにやるわけです
か?条件つきできわめて特殊なケースに限られるでしょうが。 
私の雑学知識の素人考えでは、上記カテゴリ部分に対応する個所は、
本来規約的(したがって経験的?)な言語を使っての「シミュレーション」の
可能性に賭けるとしてクリアしている(アプリオリを拒否する)のでしょうか。
この辺が実は一番知りたい。回りくどくてごめんなさい。雑学の同輩の感触的
意見を聞きたい。専門家のご意見は勿論望外の喜び。

>>415 じゃー、両者の関係は、いまのところ、基本的には乖離の非合理状態のままとというわけですね。



417ボン中山 ◆PKPKs4sF8s :04/05/03 21:46
>>416
大陸合理論系はそれほどアプリオリについて自然でしょうか。
アプリオリについては、分析哲学だけでなく
哲学全般的に「それがアプリオリである」という
断定的なものでしかないような気がしますが。
418考える名無しさん:04/05/03 22:08

「自然」という語は「ヒトに優しい」程度の意味で使いました.


最近の認知科学、脳科学の進歩から、「アプリオリ」なる語が死語
になりつつあるとはつくづく思います。生得的はいいですが。

ただ、いままでの延長線もそれなりに意義があると思うものですから。
カント、ヘーゲルなど、内観の天才の観測結果からしかるべきもの得られたらと思います。

419考える名無しさん:04/05/03 22:09
おまいら
おめでてーな
420ボン中山 ◆PKPKs4sF8s :04/05/03 22:13
>>418
>最近の認知科学、脳科学の進歩から、「アプリオリ」なる語が死語
>になりつつあるとはつくづく思います。生得的はいいですが。

同意します。フロイト以降、理性でない心理は取りいえられるように
なりましたが、生理的なものはまだ哲学では回避されている部分ですね。
私は、認知科学、脳科学よりもシステム論に期待しています。
今世紀の哲学は心理を取り込んだポストモダン思想につづき
生理を取り込んだ転回が行われると思います。
421:04/05/03 22:17
おめでたい莫迦
422考える名無しさん:04/05/03 22:56
>>418
う〜ん、ちょっと分かり難いな。

>>418
いやだからカントのアプリオリの意味と認知科学や脳科学のアプリオリはまったく
意味が違ってるんだよね。死語になっているわけではなくて、それらの科学的な
研究では簡単に接近できる問題ではないから(というのもヤリイカ等の非常に単純
な神経系の研究が最先端であったりして)、まして言葉や概念の役割なんかが入ってくると
お手上げっていうのが現状だと思う。実際人工知能や認知科学は21990年代後半から
一気に注目が減ったわけだし。

>>417-418
っていうかこれってぴかぁ〜なの?自然って417以外で出て来たっけ?
423考える名無しさん:04/05/03 22:57
>>416
ワタシはただの哲学ファンなので、その大陸合理論系・分析哲学の対立には
興味がありません。生理学と哲学の間にはまだ橋がかかってないのだ、と
単に思っているのみで、モデル化がどう役に立つのかさっぱり分からないです。
どっちかというと、フロイトに限らず精神医学方面で役に立ちそうですよね。
自分自身はお世話にならないよう気をつけたい、ってんじゃだめっすか?
なんか脳生理学自体がDQNを生み出してるような気がするんですが。

「貧しい人間観からは貧しい哲学しか生まれないのではある」
という考えには同意してます。

スレ違いスマン
424考える名無しさん:04/05/03 23:15
>>422

>>418
>う〜ん、ちょっと分かり難いな。
>>416の間違いでした。
425考える名無しさん:04/05/04 04:55
>>415はこのスレのまとめなのか、分析哲学の現状を知っている人間なのか

はたまた、ぴか〜=ボン中山が名無しで書いた妄言なのか。
426考える名無しさん:04/05/04 06:02
>>416
内井とかチャーチランドとか嫁。
427考える名無しさん:04/05/04 09:16
おれは人間を自然から超越させようとする不相応な貧しい人間観からは貧しい哲学しか生まれない
と読んだけどな
428考える名無しさん:04/05/04 19:03
(1)チャーチランドの「認知哲学」、ぱらぱらめくった程度でまだわかりませ
んが、「分析・総合判断」は索引にも無くexplicitには取り上げられていない
模様。
内井からはカルナップやその後の分析系を辿ってみての感触。  カルナップ
は、理論言語(私見、おそらくここでいう「分析判断」を含む)と観察言語
(経験言明、おそらく「総合判断」を含む)に言語を2分。 その後の展開の
要点は、理論言語を「主語」に選び(分析哲学としてやむをえない)、観察言
語を「述語」に選び(経験主義よろしく)、そしてコプラに種々の便法(真理関数、
確証、主語の有意味化を謀る対応規約、道具化、確率、、)を工夫するという
スタイルで主語の有意味化を、一連の右往左往?を通じて、追及してきた?現
在も ing中。
429考える名無しさん:04/05/04 19:05
(2)ところでその間、分析判断については、ずーっと、合理論者、
経験論者ともに問題は生じていない。 こと総合判断となると、経験論
者(論理実証主義、分析哲学の流れ。このくくり方、乱暴?)側はいま
だにもたもたしているというところでしょうか?経験論者にとって脳が
複雑すぎる?
430考える名無しさん:04/05/04 19:07
(3)分析哲学系、それにシステムロ論、チャーチランドの神経社会工
学など(当面のIT化への寄与は別として)が、内容的に、合理論の流れ
(カント、ヘーゲル、現象学、構造主義、実存主義、、脱構築、、。あ
るいはその生理学的転回、自然主義化の徹底。ちょっと乱暴なくくり方か?)
に対応できるようになるにはまだ少し時間がかかりそう。
 しかし得られる獲物ははるかに大きい。  そんなところでしょうか。


いろんな方にいろんな示唆を頂き、おかげさまでとりあえず納得できる
ところに落ち着くことが出来、有難うございました。
  私としては今までどおり合理論系でやっていこうというところです。
なお、>>424、この段階では自分でも何を言っているかよくわからない
状態でした、いまでもそうですが。
431ぴかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/04 20:01
でもとても面白い疑問ですね。
哲学住人にはすこし難解でしたが。
432考える名無しさん:04/05/04 21:08
分析判断と総合判断に言及してる人がいたけど、自分も総合判断がいかに
行われるのかはちょっとわからないなぁ。または総合判断は実際になされて
いるわけだけど、この能力の基礎付けは何によってなされているのだろうか?
カントは相当明晰に理性一般の諸能力を炙り出しているから、何らかの基礎付けを
与えてるんだと思うんだけど。そこらへん知ってる人いませんか?
433考える名無しさん:04/05/04 22:53
>>430 追加
それに、おそらく専門的なご注意、カント由来のアプリオリとスキーム(図式)の2語の使い方(それらの意義の現代的な変容)
についてのご注意も大変ありがたかったです。感謝します。
434考える名無しさん:04/05/05 00:32
はちまき=ポスト小泉
435考える名無しさん:04/05/05 00:38
>>416
(1) ヘーゲルよりあとの大陸思想が、どのようにカントのアプリオリな総合的判断と関連を持つか、
  >>416さんの捉え方がちょっと見えないです。

>>418
アプリオリとまではいかないが。
認知発達科学(発達心理学)では、物体の永続性(物体は隠してもそこにありつづける)とか、
認知の原則の発達を研究しているが、それはどうだろう。
認知といっても行動ベースの研究が主だけど。

>>430
問題意識が違うんだから、そもそも「対応」しうるかどうかは考えないほうがようような。
436考える名無しさん:04/05/05 01:03
========================
================================================
創価学会員が奇妙な「哲学」を披瀝しています。
硯学の皆さん、この男の曲学を正してあげてください……。
                ↓
大切な想いをあなたに伝えたい/創価・公明@2ちゃんねる
http://society.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1083426009/

>名前:希水 ◆O5iHeCraTI 投稿日:04/05/02 01:36 ???
>現在の私たちには「知識」と「知恵」の調和こそ急務です。
>その知恵の源泉こそ妙法であり、この情報化社会という
>荒海も信心という無量無辺の知恵の舵で……

>第一に大切な点は「全体性」もしくは「連関性」です。

>深層心理学や生態学の成果が明らかにしているように
>人間と人間、人間と自然・宇宙との関係を追っていけば
>つながりは無限に広がってゆくでしょう。
>小宇宙(ミクロ・コスモス)と大宇宙(マクロ・コスモス)とは……
========================
================================================
437考える名無しさん:04/05/05 01:13
>>433
ちなみにということですが。

カントの図式(シェーマ)は、カテゴリーとは異なるものであって
(前者は構想力の産物、後者は悟性の産物)、
感性的直観と悟性的概念とを結びつける時間規定のこと。

認識の素材である雑多な直観と、認識の形式である概念とは、直接的に結びつくことはできないので、
そのあいだを埋める第3者として、図式論が必要となる。

たとえば、関係の諸カテゴリーには、時間の順序という図式がつきます。
因果性というカテゴリーでは、時間における継起ということになります。
そんな感じで、すべてのカテゴリーについて述べています。
438考える名無しさん:04/05/05 01:43
ちょっと待てや。
いつの間に総合判断だの帰納論理を大陸哲学が扱うことに成功したことになってるんだ?

439考える名無しさん:04/05/05 12:42
>>435>>437>>438
原意での「総合判断」は、常識的な意味で使いました。
純正な「アプリオリな総合判断」は考えていませんでした。

それと、外官が時間で内官が空間というあたり、感性と悟性を媒介する図式のあたり、
認知科学的に実証されつつあるようで、今度カント哲学の講義があるのでよく聴いてきます。
440438:04/05/05 12:53
ちょっと待てや。
いつの間に俺がアプリオリな総合判断のことを言ったことになったんだ?
441考える名無しさん:04/05/05 12:59
追加;>>437 有難うございます。空間は視神経が複数配列されていて視覚処理で発現。すなわちハード的に対応している。
時間は専用の器官が無く(生物時計にしても
、細胞レベルは別として)、たとえば視神経センサ出力の脳へのサンプリング制御機構が関係し、この高次機構が図式の時間規定
となって情報を悟性へ上程していくような。
442考える名無しさん:04/05/05 13:11
>>440 僕も詳しくないので逆に、この問題に関してどういうことになっているのか、是非、是非教えてほしい。
わたしの原意は、カントのカテゴリー論を基礎としたヘーゲルの多くのカテゴリーが総合判断に
対応していそうに思っていたからの程度です。

それと、>>439は、主として>>435の「アプリオリな総合判断」に関するご指摘に答えたのです。舌足らずで申し訳なかった。
443考える名無しさん:04/05/05 13:14
>>438
どの流れをそう読んだの?俺にはそういう流れになってると思えないけど。
444 :04/05/05 13:17
http://sports4.2ch.net/test/read.cgi/football/1083515390/
申し訳ありません、海外サッカー板にインチキ哲学者が荒らしにきているのですが
我々は無知なため皆様のお力をお借りしたいのです
445考える名無しさん:04/05/05 13:22
>>443 ちょっと人に呼ばれたので席を外す、ただボクも[成功した]とは思ってない(>>438).
ごめん。
ただ、この問題、大陸哲学と総合判断、貴君の考え、書き込んでおいてください。
446考える名無しさん:04/05/05 14:35
>>439
ワーキングメモリの中央実行系と、ライプニッツやカントのいう統覚とも、類似した概念だと思う。

カントの総合的判断は、かなり特殊だと思う。
常識的には分析的判断だと思われても、カントでは総合的判断のことが多い。
分析的判断は「物体は体積を持つ」のような、ほとんど定義に近いような命題しか認められず、
「物体は質量を持つ」「7+8=15」のような命題は総合的判断に入れられているから。

それは置いておいて、常識的に「総合的判断」を取ったとして、
あなたがヘーゲルよりあとのドイツ思想、フランス思想とどのような関係にあると考えているか知りたい。
>>445さんと同じ疑問です。
447考える名無しさん:04/05/05 15:20
>>439>>445だろ。
448438:04/05/05 15:37
>>446
>>416 >>428-430を参照。
分析哲学が総合判断の問題について大陸哲学に遅れをとってるってのがピンとこない。
俺が総合判断と経験的知識をちょっとごっちゃにしてるってところがあるせいかもしれないが
むしろ、まるで逆じゃないのか?というか、大陸哲学が総合判断について何を言ってる?

チャーチランドの神経学主義は経験的知識のモデルは神経科学に求められなきゃいけない、って話だな。
あと、「認知哲学」の著者のチャーチランドと「神経哲学」の著者のチャーチランドは、別人。
立場的には近いんだろうが(夫婦だし)
449考える名無しさん:04/05/05 16:51
>>443 
>>445だけど、今席に戻った。すぐまた出て行かねばならんけど。

ボクはアポステリオリな総合判断くらいの意味で使った。アプ
リオリな総合判断のつもりは毛頭無かった。それと、最初に断ったように雑学の全くの素人考えだけど、
たとえば「現象」というカテゴリーをとっても扱い方は変わっていくが、
カント、ヘーゲル、シヨーペンハウア、ニーチェ、フッサール、それから、「現象カテゴリー」に
含まれると思われる、「構造」や「実存」の主張の流れ。途切れずに大陸系で続いているように見える。
そして、アポステリオリな総合判断とは、種々の事象の、現象へのカテゴライズでないかと思う。
でもこれはまったくの素人の主観的恣意的願望的解釈。
アプリオリでない総合判断について大陸系合理論、経験論(分析哲学系)の解釈の現状、
専門的な意見教えてくれ。

450考える名無しさん:04/05/05 17:02
>>447
すまぬ。

>>448
パトリシア・スミス・チャーチランド『神経哲学』って『Brain wise: studies in neurophilosophy』かな。
amazon.comのレヴュー読むと面白そう。
でも未訳なのか。
451考える名無しさん:04/05/05 18:07
>>449 追加  勿論、雑学的感触的な意見歓迎。専門的だとわからないこともあるので。
452考える名無しさん:04/05/05 18:42
質問:
1)総合判断と分析判断とをどのように理解しているの?
2)大陸合理論  =デカルト、スピノザ、ライプニッツ
  イギリス経験論=ロック、ヒューム、バークリー
  ドイツ観念論 =カント、フィヒテ、シェリング、ヘーゲル
 この辺をしっかり捉えないと混乱する。
イギリス経験論ーーーー論理実証主義 ラッセル、ウィトゲンシュタイン
 こう言う流れではないのか?
453考える名無しさん:04/05/05 19:00
1)事典に載っている程度の理解。そこが問題と思っていた。むしろ
こちらから貴君の考えの呈示お願い。
2)なるほど、3項鼎立。大陸合理論とドイツ観念論のそれぞれの後裔は?
454考える名無しさん:04/05/05 19:01
すこしlong spanの後裔。
455考える名無しさん:04/05/06 04:11
メモです。

>分析哲学
単純な概念枠相対主義には、デイヴィドソンが反論している。
http://www.let.osaka-u.ac.jp/~irie/kougi/tokusyu/2002ss/
456考える名無しさん:04/05/06 04:40
>>455
こういう風に原典を離れて議論を取り出せちゃうのが分析哲学の駄目なところ。
原典を前に頭を悩ませてこその哲学でしょう。
それではじめて考える力がつく。
457初心者なので信用しないで:04/05/06 04:41
>>453
2)について。
イギリス経験論、大陸合理論、ドイツ観念論というのは、16-18世紀の潮流を捉えるための分け方で、
単純に後裔を指示することは無理では?
その分け方も、時代を見る1つの側面であり、それがすべてというわけでもないみたい。
ある哲学者がヘーゲルを踏まえているからといって、その人がヘーゲル主義者というわけでもないし。
後裔を特定することに積極的な意味があるなら別だけど。

で、その積極的な意味は>>386だと考えてよいのかな。
「認識は経験に規定される/生得的な認識機構が備わる」と対立させて、
ひとまず前者を経験論、後者を合理論と呼んでいると理解。

大陸だと、メルロ=ポンティの現象学的な知覚論を最後に、あまり認識論そのものを扱っていないようだ。
メルロ=ポンティは、上でいう意味での合理論でも経験論でもなくて、両者を超えようとしている。
それ以降については、上でいう意味での「認識論的に経験論か合理論か」という問いは不可能だろう。
問題意識がズレすぎだから。
エーコの取りあげた類像記号問題(パースに由来)は、関係あるのかもしれないが。
458考える名無しさん:04/05/06 04:43
>イギリス経験論ーーーー論理実証主義 ラッセル、ウィトゲンシュタイン
これは上でも出てるが無理ないか?
459愚者:04/05/06 05:12
 >>456 真面目に問いたい。
 「考える力がついた」という信念を持ったに過ぎないのか、
本当に、考える力がついたのかを判定する方法はあるだろうか。
 原典を前にして悩むと必ず考える力がつくのか。
それとも、たまたま、つくこともあるのか。
 原典を前にして悩まないと考える力はつかないのか。
 そもそも、考える力ってどういうものなのだろう?
460考える名無しさん:04/05/06 05:33
>>456 は単なる釣りだと思うよ。
461考える名無しさん:04/05/06 07:40
>こういう風に原典を離れて議論を取り出せちゃうのが分析哲学の駄目なところ。

バカだな。「哲学者」学は学問でも科学でもない。だから原典訓古学をやってる奴はだめなんだ。
分析哲学は物理学や経済学と同じでissueを扱うのだ。
462考える名無しさん:04/05/06 07:49
歴史学を全否定するバカ発見。
思想史は立派な歴史学の一分野です。
463考える名無しさん:04/05/06 12:06
それにしても、こんな御意見(>>457)の応答を手軽に入手させて頂ける点、感激しちゃうね。
netはまさに神経ダーヴィニズム的。

参照関係、(>>番号)のそこ止まり、もう少し拡散的に融通性のあるものに変えたいですね。
464考える名無しさん:04/05/06 12:56
>>461
バカだな。「分析哲学者」学は現象を数値で記述しない言葉遊びで、学問でも科学でも哲学でも思想でもない。
issueを扱う必要などないし、解決しようなどと思われては迷惑だ。だから形式論理学をやってる奴はだめなんだ。
経済学は物理学や数学と同じで価値中立な純粋理論科学だ。
465考える名無しさん:04/05/06 16:03
>>463
2ch ブラウザーLive2ch を使うと、参照先の参照先までポップアップで出て来るよ。
466考える名無しさん:04/05/06 19:33
ブラウザーの世界、こんなのがあったんだ。ちょっと難しそうだけどやってみる。
467考える名無しさん:04/05/07 15:15
>461

低脳発見!
468考える名無しさん:04/05/07 15:53
>>467

×「低脳」 → ○「低能」
469考える名無しさん:04/05/23 04:55
hosyu
470考える名無しさん:04/06/01 10:45
http://www.seidosha.co.jp/
ついにポモの牙城『現代思想』誌で分析特集
471考える名無しさん:04/06/01 12:12
470はあほだろ
西田裕が編集やってた80年代後半には、
しょっちゅう特集組まれていたのを知らない?

もともと一般読書人に分析が読まれるようになったのは
現代思想の力が大きい。
472考える名無しさん:04/06/02 01:22
470じゃないが、ここの人間にそのころ小学生か幼稚園だった奴も多いだろ。

で、分析哲学特集って何やるんだ?あれだけ膨れ上がったものをまとめるは難しいと思うが
473アリンコチャン:04/06/02 06:25
はじめまして、よろしくお願いします。
質問です。
>>464
経済学は価値中立的な学問なの?
社会学ではウェーバーの価値自由という言葉を使いますが、
価値中立とは?
474考える名無しさん:04/06/12 05:38
保守
475ささかま:04/06/23 20:46

 こういう大雑把な括り自体が問題なのかもしれないけど、ポストモダンの人たち
って物質とか、自然科学についてはどう考えているんでしょう?何か、その話を
していたら、科学には決定実験がない。だから、正しいものなんてない。全ては
言語を持つことによって認識されるのだから、ある言語を持っている、ということ
以上は何も言えない、とかいわれちゃったんですけど。空間中に身体がある、という
ことも西洋中心のロゴスなんでしょうか?また、そうした場合あらゆる信念は恣意
的に選んでいるのでしょうか?上のことを認めると、体系的な信念を持つことは
できないように思えるんですが。個人的にはその人には、「戦争では人を殺しても
いいのに、なんで普段はいけないの?」と得意げにいう嫌味な中学生のようなもの
を感じました。つまり、知的に誠実じゃないな、と。言語論的転回はおさえた上での
話だったのに。どなたかお答えください。
476考える名無しさん:04/06/23 20:50
>>475 悪い、文章は簡潔に、具体的に。主語述語を明確に。
477考える名無しさん:04/06/23 20:52
おまえらまとめてばかだr?
478考える名無しさん:04/06/23 20:53
おれ、さー、
上から100(変更可能)のスレに、
好きな文を書き込むプログラム
作ったんだけど、ほしいひといる。
479ささかま:04/06/23 22:08

>>476さん

 すみません。直します。私が話した現代思想やってる人曰く

 1、人間の認識は全て言語によるものだ。
 2、科学には決定実験はない。
 3、だから人間はある言語を共有している、以上の絶対的なことは言えない。

 ということです。私も言語的転換をふまえているので、以上のことは同意
しますが、絶対的でなくても、確からしさの程度については言える、と
思っているんです。ただ、その人は上に挙げた事柄の外にでるつもりは
ないらしい。空間に身体が質量を持っていることも言えない、と。ただ、
私はそう言っている人も何らかの信念体系を持っている、といえるはず
だと思っているのですが、それについて訊いても、上のことを繰り返す
ばかりで全く進展ナシです。言語に関する上の見解には同意するけど、
それから一歩も出ようとしないのはどうなの、と尋ねたい、という
ことです。これも、現代の日本に特有の観点だ、と返されるのでしょうか?
480考える名無しさん:04/06/23 22:43
言語論的転回を踏まえた上でも
空間に身体が質量を持っていることは
ある程度確実なこととして言えるんじゃないかな。
つまりどんな言語であろうと一様に重力の働く
地球上に生きる生物が用いるかぎり、
そういう前提は共有できるでしょう。
しかし宇宙人の言語形式みたいなものを仮定すれば
そういう確実性は崩れるかもしれない。
そういう話だと思います。
言語論的転回から直ちに懐疑論に行き着くのは
いささか早計ではないでしょうか。
481ささかま:04/06/23 22:58

>>480さん

 476さんでしょうか?お答えいただきありがとうございました。
 僕も同じように考えています。
482480:04/06/23 23:04
476 ではないですが、理解してもらえたようで良かったです。
 >>479氏の問いにとって、あまり本質的ではないかもしれないが、念のために。

>1、人間の認識は全て言語によるものだ。(479)
という主張は、言い過ぎだと思われる。そのことは、明白なことであろう。
 もちろん、代表的言語哲学者も、言語以外の認識手段を認めている。
(ただし、《(フレーゲ流の術語としての)思想》については、
 少なくとも人間は、言語によって把握する他はない、としている。)

「原思想には、場所、形状、運動の知覚が組み込まれているのみならず、
 さらに物的対象の大まかな諸性質についての認識も組み込まれている。」
   マイケル・ダメット『分析哲学の起源』頸草書房(189頁)

>言語論的転回から直ちに懐疑論に行き着くのは
>いささか早計ではないでしょうか。(>>480)
 その通りだと思う。なぜなら、そもそも、

「言語への転回とは、プラトン主義的神話に訴えることなしに、
 内的な心的出来事とはまったく異質で客観的なものとして
 《(フレーゲ的意味での)思想》を扱い続けるための工夫だとみなしてよい」
   前掲書(200頁)

からである。
484考える名無しさん:04/06/23 23:57
まあ、分析哲学とか数理論理学とかやるとむこうの査読雑誌に載せないといかんからのう。
大陸系ならクンコ学して翻訳でもしてても東大教授だからのう。
楽でええのう。大陸系。
485考える名無しさん:04/06/23 23:58
大陸系なんて電波ばっかじゃん。
486考える名無しさん:04/06/24 00:00
>>485
電波でも東大教授になれるなんてしゅごいのう。
487考える名無しさん:04/06/24 00:01
これ読んだ人いる?

『ポストモダンの経済学―資本主義のコモンセンスをどう読むか』
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4478210462.html

稲葉振一郎氏は「馬鹿がうつりそう」って言ってたらしいが・・・・。
488考える名無しさん:04/06/24 00:01
その影響で、日本も電波だったわけだろ。
だから、逆に面白いところがある。
489考える名無しさん:04/06/24 00:03
>>484
>大陸系ならクンコ学して翻訳でもしてても東大教授
誰のことですか?
分析系でも日本語の業績のみで教授になっている人はけっこういる
と思うが。野矢茂樹しかり飯田隆しかり。
偏見に基づいて適当なことは言わないでくれ。
490考える名無しさん:04/06/24 00:10
>>489
でも分析系ならむこうの査読雑誌のってる連中いるっしょ。また大陸系よりまし。
491考える名無しさん:04/06/24 00:14
>>490
確か三浦俊彦でさえ載せられたんじゃなかったっけ?
492考える名無しさん:04/06/24 00:16
>>489
それは君が大陸哲学の研究事情を何も知らないからというだけのことでしょ。
大陸系でも、例えばカントやヘーゲルならドイツの大学で、
ベルクソンやメルロ=ポンティならフランスの大学で博士論文を
提出して帰国して教授になっている人は相当数いる。
割合的に言っても分析系より少ないというわけでは決してない。

493492:04/06/24 00:17
>>489>>490 の誤記
494考える名無しさん:04/06/24 00:19
大陸哲学の日本人研究者で欧米でも著名な方のお名前を教えてください。
495考える名無しさん:04/06/24 00:21
>>491
Analysisに日本人載ってたよ。最近。
496考える名無しさん:04/06/24 00:23
>>494
門脇俊介とかは?
497考える名無しさん:04/06/24 00:24
>>496
海外の査読雑誌ないっしょ。
498考える名無しさん:04/06/24 00:24
>>494
ライプニッツ研究の石黒ひでは世界的に有名。
499考える名無しさん:04/06/24 00:25
>>498
独語とか英語の著書とか査読論文は多いの?あと引用も。
500考える名無しさん:04/06/24 00:27
>>499
多いよ。
501考える名無しさん:04/06/24 00:28
502考える名無しさん:04/06/24 00:29
あと、井筒俊彦も有名だね。
石黒と井筒は有名。
503考える名無しさん:04/06/24 00:29
>>500
んじゃ、灯台あたりの大陸系はもっとしゅごいのね。
504考える名無しさん:04/06/24 00:30
>>501
どの論文? 日本人名の論文が見つからないが。
505考える名無しさん:04/06/24 00:31
>>504
あるよ〜。海外の大学で既に講義ももってるが、名前はいえない。探せ。
506考える名無しさん:04/06/24 00:31
>>503
そうだね、上野学園の石黒でさえそうなんだから
ほかはもっと有名だろうね。
507考える名無しさん:04/06/24 00:33
大陸哲学やっている人の場合、国際的に活躍している人でも、日本の大学では
哲学科ではなくフランス語やドイツ語の外国語学科に所属していることが多い。
その分、分析系より人材が分散して隠れてしまうような気がする。
508考える名無しさん:04/06/24 00:33
石黒ひで 哲学博士 ロンドンキングスカレッジ客員教授,ロンドン大学名誉教授
ttp://ny-apple.com/apple_html/main_html/kusa_html/kusatop.html
509考える名無しさん:04/06/24 00:35
>大陸哲学やっている人の場合、国際的に活躍している人でも、日本の大学では
>哲学科ではなくフランス語やドイツ語の外国語学科に所属していることが多い。

 な ん で ?
510考える名無しさん:04/06/24 00:38
海外で「高名」な哲学者ってその二人の他には誰がいるの?
西田幾多郎くらいしか思い浮かばないんだが。
511考える名無しさん:04/06/24 00:38
アリストテレス読みたくないからって、ギリシャ哲学を訓古学呼ばわりしてちゃダメだぞ。
そもそも分析分析ゆってる分析厨は、ロックさえも読んでないんじゃないだろうか、と
おじさんはとてもとても心配しているぞ。経験を伴わない経験論はね、ちょっと。
512THE グル:04/06/24 00:40
                \ │ /
                 / ̄\  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
               ─( ゚ ∀ ゚ )< ていせつていせつ!
                 \_/  \_________
                / │ \
                    ∩ ∧ ∧∩ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ ∩∧ ∧∩\( ゚∀゚)<  定説!定説!定説!
ていせつ〜〜〜〜! >( ゚∀゚ )/ |    / \__________
________/ |    〈 |   |
              / /\_」 / /\」
               ̄     / /
                    ̄
513考える名無しさん:04/06/24 00:41
>>509
海外留学して哲学やった人は当然語学ができる。その場合
哲学科より語学系の学科の方が大学に就職口が多かったりする。
ただし英語の場合は、語学ができる人の絶対数が多いので
語学系の就職は競争率が高いように思われる。
514考える名無しさん:04/06/24 00:48
具具って見た限りでは石黒ひでは訓古学もする分析哲学者みたいだが。
515考える名無しさん:04/06/24 00:50
ライプニッツ研究を単純に分析哲学と呼ぶのは無理だと思うぞ。
516考える名無しさん:04/06/24 00:52
>>515
もう一度読み返してみてくれ。
517考える名無しさん:04/06/24 02:41
>>509
特にフランス哲学に言えるけど、
戦前の日本の哲学科にフランス哲学の講座がほとんどなかった悪習が
今に至るまで続いているのでは?
518考える名無しさん:04/06/24 06:54
>>517
その伝でゆくと、西洋哲学は独文、仏文、英文科でやればよいので、
残った哲学科には何を残せばよいかと言うと、論理学、倫理学、美学、ギリシャ哲学くらいかな、
という事も言えるので、何だかそれなりに正しい方向に進んでいるような気も少し・・・
519考える名無しさん:04/06/24 13:16
>>511
経験的な裏づけも無しにデタラメ書くのはヤメテね。
屑ヤロー
520考える名無しさん:04/06/24 13:23
日本の分析厨がしばしば無知なのはデフォだろう。
英米ならアリストテレスからへたをするとヘーゲルまで分析哲学の範疇で教えている。

けれど日本では他にも有力な潮流がいくつもあるから、
どうしても理系出身者中心の「科学哲学」というコア以外は手薄だ。

けっきょく主流にならないと思うよ。
521考える名無しさん:04/06/24 13:28
>>519
>>484 あたりなんか十分>>511の懸念する分析厨の典型的ケースだと思うが。
分析哲学以外は「クンコ学」で一括りにして皮肉るパターン
522考える名無しさん:04/06/24 13:29
そういう厨は永井均が通俗的に広めた感がある
奴自身はニーチェも好きだし柄谷とかとも絡んでいたけど
523考える名無しさん:04/06/24 13:31
正直、東哲の連中の方が海外で読まれているんだけどね。
524考える名無しさん:04/06/24 13:33
分析的手法で東洋哲学やってる香具師っていないの?
本来そういう研究も可能なはずなんだけど、
分析の人って東洋哲学とかをハナから馬鹿にしている気がする。
525考える名無しさん:04/06/24 13:34
>>523
そりゃ日本語で書いてもアジア思想研究者には読んでもらえるからな
526考える名無しさん:04/06/24 13:52
>>524のような発言を目にすると、馬鹿にされても仕方がないのでは
と、思われてくる。
と、煽ってみる。
527考える名無しさん:04/06/24 13:55
>>526
俺東哲じゃないし
528考える名無しさん:04/06/24 13:58
だいたい「東洋」哲学とか
意味不明の表現ヤメれ
529考える名無しさん:04/06/24 13:58
>>526
アメリカだと合理性の限界を見極めるために、
宗教哲学者も分析的手法を使うけど、
日本で分析哲学に興味ある香具師は、
狭義の「科学的合理性」に関心が深い香具師ばかりになりがちなんじゃないの?

と思うわけだが、実際はどうなの?
530考える名無しさん:04/06/24 13:58
東洋思想はアリだけど、東洋哲学はイタイよな
531考える名無しさん:04/06/24 14:01
>>528
Eastern Philosophy
というカテゴリーはデューイ分類にも立派に存在していますが?
532考える名無しさん:04/06/24 14:02
>>529
合理性や理性主義への批判ならアドルノ/ホルクハイマーの啓蒙の弁証法から
デリダのロゴス中心主義批判に至るまで、哲学の基本問題だと思う。
それだと「合理性問題=自然科学的方法論の反省」と短絡する人たちが
科哲をやっていることにならない?
533考える名無しさん:04/06/24 14:03
>>531
なんですか「デューイ分類」って? デューイが提唱した分類?
534考える名無しさん:04/06/24 14:05
>>531
なんですか「デューイ分類」って? デューイが提唱した分類?
535考える名無しさん:04/06/24 14:05
二重投稿スマソ
536考える名無しさん:04/06/24 14:07
>>535
図書館の分類だろ
日本十進分類もデューイの亜流
537考える名無しさん:04/06/24 14:09
>>532
でも昔からギーチあたりを短絡的に捉えて
合理性=分析哲学
と考える層は一定数いたし、今もいるだろう。
一皮むけば「人文は学問じゃねー」みたいな信念持っている香具師も
分析哲学なら学べるわけだし。
538考える名無しさん:04/06/24 14:11
「哲学」がギリシア起源である以上、定議上西洋哲学にならざる
をえないわけだが、「西洋/東洋哲学」という表現分類は
西洋哲学が世界的に波及した後(19C以降)に後付け的に見出された名称に
すぎない。実際、東洋思想はもともと「哲学」として構想されたわけでは
ないのだから。
539考える名無しさん:04/06/24 14:21
>>538
それでいいと思うよ
けどその話を真に受けると日本人は何やりゃいいのよ?
となりかねない。

たしかに思考するときには厳密に考えた方が良いけど
制度運用上は多少いい加減なぐらいでいいと思う。
540考える名無しさん:04/06/24 21:26

 日 本 の 哲 学 科 で 大 陸 系 専 攻 の 場 合 、
 ポ ス モ ダ 率 は ど れ く ら い な の で し ょ う か ?


.
541考える名無しさん:04/06/24 21:28
英国の論理学・倫理学・哲学って非常にロジカルだし、数学的厳密性もあったりする。日本だとこういうのやってる人すくなくて、ポスモダやって虚数ちんぽとか電波とばしてる教授ばっかなん?
542考える名無しさん:04/06/24 21:40
でんーぱ飛ばしてるのは経済系の一部では?
文学部では哲学自体もマイナー扱いじゃないの。
543考える名無しさん:04/06/24 21:41
>>542
>でんーぱ飛ばしてるのは経済系の一部では
進○経済学のこと?
あの人たちはヤヴァイね…。
544考える名無しさん:04/06/24 21:44
柄谷等のことだと思われ
545考える名無しさん:04/06/24 21:45
経済評論族もやばいかもね。経済板見ると面白いよ。
546考える名無しさん:04/06/24 21:48

 日 本 の 哲 学 科 で 大 陸 系 専 攻 の 場 合 、
 ポ ス モ ダ 率 は ど れ く ら い な の で し ょ う か ?


.
547考える名無しさん:04/06/24 21:59
>>543
進○経済学は○の人たちの非難場所。
「お前カオスって言いたいだけちゃうかと…。」
548考える名無しさん:04/06/24 22:04
http://hotwired.goo.ne.jp/altbiz/noguchi/030917/textonly.html
筆者がこれまでの経験から得た結論は、以下である。
複雑系あるいは複雑性なる論法は、深遠な懐疑主義を装った
「否定のためのレトリック」にほかならない。何を否定するのかといえ
ば、それは、「多くの専門家によって広く受け入れられている既存の
理論あるいはモデル」をである。何のためにそれをするのかといえば
、それは、既存の理論と明らかに矛盾しているような、自らの素朴な
考え(場合によっては信仰)を守るためである。
549考える名無しさん:04/06/24 22:06
かつて日本の経済学部はマルクス経済学の牙城であり、
ソ連や北朝鮮並ににマルクス経済学者の割合が高かった。
それがどうだ?いまの団塊が退官すればほとんど消える。
ポストモダンもそんな運命だろう。
550考える名無しさん:04/06/24 22:15
哲学科にポストモダンを研究している奴などいない
551考える名無しさん:04/06/24 22:20
>>550
どこにいるの?
552考える名無しさん:04/06/24 22:20
おまえの脳内w
553考える名無しさん:04/06/24 22:23
ぶっちゃけた話をすれば、分析系=アングロサクソン文化の産物で、
そういう成立背景もトータルに考える必要があると思うけどね。
554考える名無しさん:04/06/24 22:26
>>549
そのおかげで一線級の人間がマル経もしくはその周辺で少し仕事をしたのは、
マル経にとって幸福だったのか、不幸だったのか…。
555考える名無しさん:04/06/24 22:30
「ポストモダン」は大陸哲学を輸入した英語圏(つまり分析哲学
の本拠地)で流行した言葉。英語圏での偏見が独仏の大陸哲学に
投影されているわけだ。その捩れを理解できている香具師は、
残念ながら分析系の人間にはほとんどいないように思われる。
556考える名無しさん:04/06/24 22:32
○経にじゃなくて、戦後の日本人にとって皆、程ほどに
豊かになって幸せだったってことだろ。階級社会の英国
や、貧富の差の馬鹿デカい米国のケツ追っかけて逝く羽
目に、これからはなるんだろうか?
557考える名無しさん:04/06/24 22:38
そういやラッセルは、最初は○経から始めたらしいね。
558考える名無しさん:04/06/24 22:41
>>557 嘘つき
559考える名無しさん:04/06/24 22:59
え? あ、最初にケンブリッジで数学初めて、すぐドイツ観念論に
逝ったのか。○経は、その後だな。
560考える名無しさん:04/06/24 23:08
561考える名無しさん:04/06/25 02:57
すごいなここw
562考える名無しさん:04/06/25 02:57
欺瞞の嵐
563考える名無しさん:04/06/25 03:11
素人です。教えてください。
分析もポスモも数学使ってるんだよね?
で、分析がポスモを批判するのは非論理的だと?
(違ったらスマソ)
でも数学を非論理的に使うってどうやるんですか?
まさか数式で詩を書くわけでもないでしょうに。
双方の数学の使い方の違いがわからない。
564考える名無しさん:04/06/25 03:19
ポスモってキモイからやめれ
565考える名無しさん:04/06/25 03:24
>>563
どこからそういう情報を得たの?
566考える名無しさん:04/06/25 03:54
ラッセルはケインズを後援してなかったか?
経済学に手を染めたという話は信じられないな。

来日した時に改造社だかの左派系出版社の招きで大杉栄に会った、
というのは聞いた事があるが、当時英国貴族が○経やるなんて言ったら、
打ち首ものだろう。
567考える名無しさん:04/06/25 10:17
> 英国貴族が○経やるなんて言ったら、打ち首ものだろう。

それはないだろ。それに、一定の圧力があったとしても、投獄されるまで反戦
運動をやめないラッセルが、そんな圧力など気にするわけがない。「ケインズ
を後援しているから、マルクス経済学を研究していないはず」などというのも、
あまりにも馬鹿馬鹿しい。
568考える名無しさん:04/06/25 10:22
マル経の場合イギリスでは70年代以後、ほとんどひっそりとなっちゃったよ。
日本だと翻訳家がいるからそう見えなかったけど。
569駅前留学:04/06/25 11:07
>>566
いやいや、土人の国じゃないから(笑
570考える名無しさん:04/06/25 11:36
>>550
はげどぅ
571考える名無しさん:04/06/25 11:42
よくわかんないんだけれど、自己の存立基盤を批判的に再検討するって
いうのは、近代主義の基本じゃないのか? ポストモダンっていうのは、
だから、近代主義の典型なんじゃないのか? 俺には、近代主義のせい
ぜい、近代主義の「起承転結」の「転」にしか見えないんだが。
572考える名無しさん:04/06/25 11:52
>>571
それで正しいと思いますよ。
モダンの運動の特徴の一つは「乗り越え」の指向そのもの
であるので、ポストモダンとは、モダンのそもそも一部だった
わけです。言い換えればモダンはポストモダンへの問いとともに
始まるのです。
573考える名無しさん:04/06/25 11:54
>>571
しばしば批判的再検討がマルキストによって行われたため、
ネオコン優勢の昨今では「サヨ」としてひとくくりにされているわけです。
ポストモダン批判はしばしば左翼批判なのですよ。

日本の左翼がポストモダンを復古とみなしたのも、
痛い自己誤認だったと思います。
574考える名無しさん:04/06/25 12:01
>>573
>日本の左翼がポストモダンを復古とみなした
意味が良く分からない。具体的に説明キボン
575考える名無しさん:04/06/25 12:14
>>574
80年代の角川みたいなオカルト路線を
「ポストモダン」と呼んで批判する人間がメディアには多かったのです。
中沢新一がそのシンボル。

それと全共闘世代が依拠していたサルトルや疎外論が激しく攻撃されたのも、
強い反発を生んでいたようです。
実際には彼ら左翼の「味方」だったのに。
576考える名無しさん:04/06/25 12:16
補足。
中沢がポストモダンのシンボル扱いされていたということです。

浅田彰のような半分マルキストの人もいたわけですが、
(彼は欧米の文脈を正しく継承していた)
たいていの場合「消費社会」を褒めちぎる思想として誤解されたようです。
577考える名無しさん:04/06/25 12:21
分析哲学に興味がある人は、
日本の場合めったに社会情勢に関心を持ちません。
(普通に政治哲学として展開されるアメリカでは違いますが)

よってポストモダン=政治主義という批判も根強いわけです。
日本の哲学科では二次大戦後、
京都学派の反動で政治的テーマを論じるのが禁じ手になりましたから。
「社会思想史」というカテゴリーはその欠落を埋めるものです。

よってポストモダン研究は社会思想史向きなのかもしれません。
578考える名無しさん:04/06/25 12:27
>>565

>分析もポスモも数学使ってる
ソーカル関係のサイトをささっと読みました。

>分析がポスモを批判するのは非論理的だと?
三浦俊彦さんの論理学入門の前書きの読んだだけです。

そんだけです。すんません。
当方、分析哲学に興味を持って入門書読んでる素人です。
579考える名無しさん:04/06/25 12:32
>>578
俺はポモ研究しているけど、
君は普通に分析哲学やると良いと思う。
ただ三浦や戸田山のポストモダン批判は、
どっちかというと醜い部分だから、
あまり気にしないでくれ。

現象学とかポストモダンとか、
いちいち叩かないでも哲学研究はできるから。
580考える名無しさん:04/06/25 12:36
>でも数学を非論理的に使うってどうやるんですか?
聞きかじりの数学の知識をでたらめに、自分の都合のいいことに使うってこと。
581考える名無しさん:04/06/25 12:40
>>578
手始めに、飯田隆『言語哲学大全』全四巻、を丁寧に読破すべし。
582考える名無しさん:04/06/25 17:16
現象学、ポモ=曲学阿世
583考える名無しさん:04/06/25 17:31
記号論理学や集合論を使うことを数学を使うと言っていいのだろうか?
いや、数学や科学の哲学で数学としての数学(おかしな言葉だが)も使うだろうけど
それは現象学者がやるであろう数学の哲学でも使うだろう。
584考える名無しさん:04/06/25 20:13
なんだか分からないけど、
カルチャースタディとポストモダンを混同してるシトがいそうなスレですね。
585考える名無しさん:04/06/25 20:15
なんだかわからないけど、
カルチャーセンターと大学を混同してる使徒がいそうなすれですね。
586考える名無しさん:04/06/25 20:44
それは共産党信者ということですね。
587考える名無しさん:04/06/25 20:47
大学はカルチャーセンターである、か。いいね、それ。誰かが言ってたような気がするなあ。
588考える名無しさん:04/06/25 21:35
おれも言ってみよ。
資格試験予備校と大学を混同してる坊ちゃんがいそうなスレですね。
589考える名無しさん:04/06/25 21:38
カルチャースタディ( ´,_ゝ`)プッ
590考える名無しさん:04/06/25 21:45
語学専門学校と大学を混同してるヤンキーがいそうなスレですね。
591考える名無しさん:04/06/25 21:46
神社仏閣の奥の院と大学を混同してる占い師がいそうなスレですね。
592考える名無しさん:04/06/25 21:48
職業訓練所と大学を混同してるマッドサイエンティストもいそうなスレですね。
593考える名無しさん:04/06/25 21:50
軍隊予科練と大学を混同してる予備役もいそうなスレですね。
594考える名無しさん:04/06/25 21:52
すまん、1レスで書くべきだった。反省・・・
595考える名無しさん:04/06/25 22:03
大宇と大学を混同している韓国人もいそうなスレですね。
596考える名無しさん:04/06/25 22:11
・スイミングスクールと大学を混同してるムキムキ筋肉男もいそうですね。
 (渡る世間に鬼はなし。スーイスイ)
・空手道場と大学を混同してるボクササイズ女もいそうですね。
 (ビシッ、バシッ、なにすんだー、このやろー)
・松下政経塾と大学を混同してる自称政治家くずれもいそうですね。
 (労働者はくずだ、自殺すれば社会構造の改革がすすむのだ!)
・精神病院と大学を混同してる隔離志向の法律フェチもいそうですね。
 (真性がいるだけに否定できない・・・鬱)

メタファーはべんりだな。今日思いついたのはこんな所だ。
597考える名無しさん:04/06/26 00:37
>カルチャースタディとポストモダンを混同してるシトがいそうなスレですね。

厳密な区別がつくほうがいまや恥ずかしい。
両方DQSなんだからどうでもいい。馬鹿の代名詞じゃん。いまや。
598考える名無しさん:04/06/26 00:42
軽巣他やめたら遺憾のじゃないか? コヴェたちが小馬鹿に
してたけど、本場は米国でインターナショナルな視点を養
うのが目的なんだろ。田舎者になるぞ。
599考える名無しさん:04/06/26 00:43
>>598
病院逝け
600考える名無しさん:04/06/26 00:44
国内電波?
601考える名無しさん:04/06/26 00:45
1.みなさんは『「知」の欺瞞』で指摘された部分をどう読みましたか?
2.『「知」の欺瞞』で指摘された部分に対する反論はなにかありますか?
3.『「知」の欺瞞』に登場した人たちから、指摘された部分を取り除くと何が残ると
思いますか?
4.ポモの人ってやっぱビクビクしながら日常生活送ってるんですか?
5.脱構築とか言ってる人ってまだ存在するんですか?ダサくないんですか?
6.ホントは内心他に乗り換えようかと思ってますよね?
7.小○隆太先生の「弁護」はうれしかったですか?
8.みなさんの勃起性の器官は虚数なのですか?
9.師の言い付けどおり、ちゃんと「『ゼロが不合理であるような微積分学』として
の人生」を生きてますか?
10.湾岸戦争が非ユークリッド的空間で行われたというのはホントですか?
11.みなさんは「多重に屈折するハイパー空間」なるものにお住まいなのですか?そ
れってヤバくないですか?
12.みなさんはいつも「宇宙のリズム」をゆんゆんに感じていらっしゃるのですか?
13.デリダ氏は竹田さんに論破されたそうですね?
14.言語論的転回は否定されるようですが、これってみなさんには関係ありません
よね?
15.あれあれ、なんだか涙目ですよ、大丈夫ですか?
16.ポストモダンの凋落は既に皆知っています。
   有終の美を飾りましょうよ。最後に「ポストモダンの良心」を見せてください。

さらばポストモダン 僕は君たちのことを永遠に忘れない!
ぐぬぬっ(高橋留美子風涙)
602考える名無しさん:04/06/26 00:46
奇妙でばかげた学説を流行させたり主張したりするには、曖昧でわかりにくく、意味
のはっきりしない言葉をふんだんに用いて周りを固めるにしくはない。
しかしながら、そうしてでき上がる巣窟は、正々堂々とした戦士の要塞というより
も、山賊の住む洞窟かキツネの巣にそっくりになってしまう。
そこに逃げ込んだ者を追い出すのが難しいのは、その場所が持っている強さのためで
なく、周りを囲む茨や棘、藪の暗がりのせいである。
というのも、誤謬はもともと人間の知性と相容れないので、不条理なものを擁護し得
るのは、曖昧さしかないのである。
ジョン・ロック
603考える名無しさん:04/06/26 00:53
「知」という名の屁理屈, 2004/04/27
レビュアー: カスタマー   神奈川県横浜市
至極まっとうな、広く読まれるべき本だ。
ポストモダンという、無意味な相対主義と屁理屈、詭弁、幼稚なレトリックを用いて、人に「難しそうで、凄そうな思想」と思わせるだけの、頭が良いようにみえて学歴があるだけの「本質バカ」たちの「遊び」を、あくまでも論理的・科学的に(中傷に陥らずに)批判している。

造語や横文字を多用し、わざと難解にするようなものは思想や学問ではなく、単なる「言葉遊び」である。そのことを本書は教えてくれる。

ところで、ポスモダという「遊び」が死んだあと、「カルチュチラル・スタディーズ」とかいう新しい「遊び」が出てきたが、これは恐らくあと数年で死ぬだろう。レトリックで「歴史」を手の上で転がせると思い込んでいるのだから笑わせる。
604考える名無しさん:04/06/26 00:55
理系馬鹿か。
605考える名無しさん:04/06/26 00:58
だから、説教オヤジと科学厨って仲良いんだよな。
606考える名無しさん:04/06/26 01:02
ポスモダ電波と新興宗教信者と同じだねw
607考える名無しさん:04/06/26 01:03
俺はカルスタを擁護してんだよ。
608考える名無しさん:04/06/26 01:03
>>604
虚数チンポを理系でもわかるように説明してください。
609考える名無しさん:04/06/26 01:04
大月とかなぁ・・・。
610考える名無しさん:04/06/26 01:04
>>607
しんだほうがいいよ
611考える名無しさん:04/06/26 01:05
ところで、ポスモダという「遊び」が死んだあと、
「カルチュチラル・スタディーズ」とかいう新しい
「遊び」が出てきたが、これは恐らくあと数年で死
ぬだろう。レトリックで「歴史」を手の上で転がせ
ると思い込んでいるのだから笑わせる。
612考える名無しさん:04/06/26 01:07
歴史主義の貧困ってヤツだね。
613考える名無しさん:04/06/26 01:08
まったくもってプププだね。
614考える名無しさん:04/06/26 01:11
まあ、ここは匿名掲示板だからいいが、
面と向かって他分野専攻の人に対して、
「ポスモダです!」、「カルスタです!」
と堂々といえたら度胸あるなっと。
もうポモや軽スタがDQSって週刊読書人
レベルでも常識だからねえ。
615考える名無しさん:04/06/26 01:13
↑雰囲気に呑まれやすい馬鹿
616考える名無しさん:04/06/26 01:14
↑カルトから抜けられない馬鹿w
617考える名無しさん:04/06/26 01:45
>>614
なあ、DQSってやめないか?
ドキュン→DQN
ドキュソ→DQS
だろ?
ドキュンならまだしもドキュソってモロ2ch語で、一般社会で使うとすげー恥ずかしいだろ?
2chでも恥ずかしいんだが。。。
618考える名無しさん:04/06/26 01:46
おいおいDQSも知らんのか?
ドキュソだって(藁藁藁
619考える名無しさん:04/06/26 01:49
>>614
日本は田舎だからじゃねえの?
620考える名無しさん:04/06/26 01:50
おまいらは永久にそうやってれ
621考える名無しさん:04/06/26 01:51
>>618
( ´,_ゝ`)プッ
622考える名無しさん:04/06/26 01:55
ここで煽っている厨が分析哲学やってるとは思えない
せいぜい永井厨だろう
623考える名無しさん:04/06/26 01:59
勝手にバカさらしとけ、って話だよ
624考える名無しさん:04/06/26 02:03
普通に考えても
まともなラカン研究者の方がDQN分析哲学者よりずっとレベルが高いだろう。

専攻で自動的に勝敗が決まるなどというのは、
単なるドグマの争いにすぎず、
非哲学的だと思うのだが。

625考える名無しさん:04/06/26 02:04
分析哲学厨ですらなくて
おおかた哲学的知識にコンプレックス抱いている
できそこないの理系が気を紛らわすために煽ってるんだろーぜ
626考える名無しさん:04/06/26 02:05
>>621
プッでごまかしてもダメだよ?しらないんだね?ww
627考える名無しさん:04/06/26 02:06
>>626
もう出てこなくていいよ
628考える名無しさん:04/06/26 02:08
>>627
( ´,_ゝ`)プッ
629考える名無しさん:04/06/26 02:23
ねらー独特の目線の低さw
630考える名無しさん:04/06/26 02:26
ここに書きこんでる香具師はデフォルトで厨
631考える名無しさん:04/06/26 02:29
普通に考えても
まともなラカン研究者の方がDQN分析哲学者よりずっと人コロシてる。
632考える名無しさん:04/06/26 02:30
意味不明
633考える名無しさん:04/06/26 02:31
あんたホントにラカニャン?
634考える名無しさん:04/06/26 02:32
なんですか「ラカニャン」ってww
635考える名無しさん:04/06/26 02:33
小笠原でぐぐれ
636 :04/06/26 02:37
ラカニャンじゃなくてラカニアンだろ
637考える名無しさん:04/06/26 02:39
普通に考えても
まともなラカン研究者とDQN分析哲学者のレベルを比べることに
何の意味があるんだ?

まともなラカン研究者がDQNだと言いたいのか?
638考える名無しさん:04/06/26 02:39
違うって、ゴロニャンとかラカニャンとかあるだろw
639考える名無しさん:04/06/26 02:40
ばーろー
折れはフランス語ペーラペラだ
あるいはペーロペロだ
640考える名無しさん:04/06/26 02:41
    /''''''   '''''':::::::\    
   . |( ),   、( )、.:| +  
   |   ,,ノ(、_, )ヽ、,, .::::|    +
.    |   `トェェェイ ' .:::::::| +,,; , まあ、そうムキになるなって!
    \  `ニニ´  .:::::/
641考える名無しさん:04/06/26 02:42
ばーろー
おれはフランス人だじょ
642考える名無しさん:04/06/26 06:52
このスレ、すごいな。・・・・面白い
643考える名無しさん:04/06/26 07:39
まさになんでもだなw
644考える名無しさん:04/06/26 22:59
ジャーゴンを叩くとろくな事にならなかったことがよく分かるスレです。
今のうちなら、人に聞けなかったあんな事やこんな事を聞いても神経を疑われないぞ。
さあ、君も聞いてみよう!
645考える名無しさん:04/06/26 23:36
滝川クリステルの「クリステル」の語源は何ですか?
646考える名無しさん:04/06/26 23:48
エマニュエル夫人
647考える名無しさん:04/06/27 00:03
>>644
では遠慮なく、差異ってなんすか。
あと反復とグラマトロジーも教えて。
648考える名無しさん:04/06/27 00:19
さあ、君も使ってみよう!
649考える名無しさん:04/06/27 00:21
フマってなんですか?
ピカってなんですか?
650645:04/06/27 00:23
最初にふざけたのは漏れだけど、このスレを荒らすのは止めようよ。
651考える名無しさん:04/06/27 00:40
もともと荒れてるだろ
652考える名無しさん:04/06/27 00:48
ま〜アカポス界でポスモダってマル経(数学できないほう)と一緒で、
どうせ今後は何も生産性な活動できないだろうし、退官するまで
税金泥棒するしかないんだろうな。本当に社会のくず。
653考える名無しさん:04/06/27 00:56
いや、翻訳してくれさえすればオッケー。
654考える名無しさん:04/06/27 21:11
http://users.ox.ac.uk/~corp1012/
オックスフォード哲学科に日本人いるんだね。
655考える名無しさん:04/06/27 22:01
数学できないマル経とポモ&カルスタってどっちがカスなの?
656考える名無しさん:04/06/27 22:03
数学ができるかどうかと、カスであるかどうかは関係ないよ。
657考える名無しさん:04/06/27 22:09
理系厨は般教数学ごときで勝利宣言。
658考える名無しさん:04/06/27 22:25
>>656
禿同。
ただ、経済学はこれからますます工学化していくだろうから数学は必須。
あと数学できないことは数理統計学を基本科目とする経済学では致命傷。
歴史系ならいいけど。
659考える名無しさん:04/06/27 22:36
>>658
社会学とか政治学でも最近はそういう状態。
660考える名無しさん:04/06/28 03:45
>>657
勝利宣言なんかしてないだろ、例の彼をさしおいて恐れ多いよこの板ではw

ただ、パン今日数学すらおぼつかないが現実に多いので
自ら敗北宣言していることに気付いてますか、と言ってるだけだろ
661考える名無しさん:04/06/28 04:23
はやし立てるだけの香具師が、か?
662考える名無しさん:04/06/28 16:25
ポストモダン=大陸哲学、でいいですか?
663考える名無しさん:04/06/28 16:33
いいわきゃねーだろ
わけわからん
664考える名無しさん:04/06/28 22:10
>>661
御自分のことでつか?
665考える名無しさん:04/06/29 05:39

だらだらさ〜ってってんのったらすかミ〜ってってんのったらるすかチミタチ?

666考える名無しさん:04/06/29 08:35
まったくもってプププだね。
667考える名無しさん:04/06/29 17:13
http://www.seidosha.co.jp/siso/200407/
の飯田論文が必読です
668考える名無しさん:04/06/29 21:47

               ,ゝ`/~ /~ /~  /⌒
              〈(_|  | |~  |~  /^ )
            (/~ /~ /~ /~ ~ /~ /^\
           ()/)/~ /~ |~    .|~ |~ |~ /)
           へ^〈,|,,、,,|,,、,,,,,|~,,,,、〈~,, 〈~ /⌒|)\
          |:::::::   ゛  ゛ ,r==、  ,,r==、,,,,,;;::'''''ヽ
          |::::::::      ,,,,ii ● l::::: ii ,●l ,,r==、ヽ
          |::: "    ,r==、 ゙'‐='":::: ゙'‐='" ii ,●l |
         ┌―.    ii● l   .,,r==、    ゙'‐='"  |
          | | ̄..    ゙'‐='"   ::ii ,● l        |
          ヽ.\{_         ゙'‐='"        |
           \\/.             ,--'""ヽ |
             \_ヽ.       //二二ノ""^ソ | 果たしてそうかな?
                 ヽ.      ヘ`\┼┼┼ ,!ヽ/
                 \       \"ヽ-;:,,,,,,ノ //
                 |        \,,,,,__,,,ノ |
                 |              /
                 ヽ\             /
                  l  `ー-::、_       ,,.'|ヽ.
                 :人      `ー――'''''  / ヽ






669考える名無しさん:04/07/01 22:39
age
670考える名無しさん:04/07/03 02:54
本日の教訓:
DQSはドクサ(DOXA,見られるもの)ではありません。
恥ずかしいので、しったかぶって使うのはやめましょう。
671考える名無しさん:04/07/15 22:57
age
672考える名無しさん:04/07/16 00:05
すべてのスレがクソスレ化。
673考える名無しさん:04/07/18 16:31
ポストモダンとかカルスタのおかげで、一緒にされ、
電波だと勘違いされてしまう分析哲学。
674考える名無しさん:04/07/18 16:33
分析哲学って言うのも、それはそれで電波だと思うけどねえ。(w
675考える名無しさん:04/07/18 16:34
>>674
ポスモダみたくオウム並と世間で認識されたりしない。
676考える名無しさん:04/07/18 16:36
分析は、潔癖でキモイのが多い。
677考える名無しさん:04/07/18 16:37
「世間でどう認識されているか」を基準にしてしか考えられない香具師の
低俗さについて哲学しよう!
678考える名無しさん:04/07/18 16:38
ポスモダは、批判に常に屁理屈で逃げる。こんな連中大学おくな。
679考える名無しさん:04/07/18 16:40
「世間でどう認識されているか」をまったく認識できず、
初歩的な数学のミスすら認めようとしない、
まるでオウムのようなポスモダについて哲学しよう。
680考える名無しさん:04/07/18 16:40
お前、自分が書いていることが批判のつもりなのか?(爆
681考える名無しさん:04/07/18 16:41
>>679
お前、分析哲学とか論理学とは、少しは知ってるのか?
682考える名無しさん:04/07/18 16:41
69 :考える名無しさん :04/03/25 13:57
>>67
基本的に物理学や数学からの転向組が多いし、
今はパラダイム論もポモも一緒くたに嫌われています。
科学の相対化は今は下火。
むしろ実際の科学者との結びつきによって地道な問題を集める方が主流。
これはこれで良いと思うけど。
683考える名無しさん:04/07/18 16:43
1.みなさんは『「知」の欺瞞』で指摘された部分をどう読みましたか?
2.『「知」の欺瞞』で指摘された部分に対する反論はなにかありますか?
3.『「知」の欺瞞』に登場した人たちから、指摘された部分を取り除くと何が残ると
思いますか?
4.ポモの人ってやっぱビクビクしながら日常生活送ってるんですか?
5.脱構築とか言ってる人ってまだ存在するんですか?ダサくないんですか?
6.ホントは内心他に乗り換えようかと思ってますよね?
7.小○隆太先生の「弁護」はうれしかったですか?
8.みなさんの勃起性の器官は虚数なのですか?
9.師の言い付けどおり、ちゃんと「『ゼロが不合理であるような微積分学』として
の人生」を生きてますか?
10.湾岸戦争が非ユークリッド的空間で行われたというのはホントですか?
11.みなさんは「多重に屈折するハイパー空間」なるものにお住まいなのですか?そ
れってヤバくないですか?
12.みなさんはいつも「宇宙のリズム」をゆんゆんに感じていらっしゃるのですか?
13.デリダ氏は竹田さんに論破されたそうですね?
14.言語論的転回は否定されるようですが、これってみなさんには関係ありません
よね?
15.あれあれ、なんだか涙目ですよ、大丈夫ですか?
16.ポストモダンの凋落は既に皆知っています。
   有終の美を飾りましょうよ。最後に「ポストモダンの良心」を見せてください。

さらばポストモダン 僕は君たちのことを永遠に忘れない!
ぐぬぬっ(高橋留美子風涙)


684考える名無しさん:04/07/18 16:45
何だ、キチガイか。相手して損した。(w
685考える名無しさん:04/07/18 16:47
ポストモダン=ブサヨ
686考える名無しさん:04/07/18 16:49
>>684
ポスモダらしいねえw 逃げの一手www

・気に入らない連中はみんな基地外!
・じぶんたちに賛同しない連中も基地外
・批判に答えず、ソーカルなんてアフォ

そんなこと続けてると、ポスモダはこれからもっともっとどんどん肩身が狭くなりまちゅよ。
687考える名無しさん:04/07/18 16:54
>>686
だいたい「ポスモダ」(ポストモダンの略?)の
意味が分かって使ってるように思われない。
誰がそんな香具師の相手するかよw
688考える名無しさん:04/07/18 16:57
そんなこと続けてると、ポスモダはこれからもっともっとどんどん肩身が狭くなりまちゅよ。
689考える名無しさん:04/07/18 16:58
ドゥルーズとかデリダとかも
「なんでポストモダンってまとめられ方するのか分からない」
そうだ。
だから、実質はポストモダンは実体のない虚像なんだよね。
690考える名無しさん:04/07/18 17:07
そんなこと続けてると、ポスモダはこれからもっともっとどんどん分析系にポストとられまちゅよ。
691考える名無しさん:04/07/18 17:14
お前、ポストモダンを貶して喜ぶのはいいが、自分が「分析系」の味方
みたいな言い方をするのはやめてくれよ。お前と一緒にされたら、「分
析系」の人が迷惑するだろ。(w
692考える名無しさん:04/07/18 17:22
そんなことはないw
693考える名無しさん:04/07/18 17:29
山形とか稲葉の批判の仕方が結構わかりやすいと思うけど、彼らの批判ってのは
一般的にひとくくりにされるポストモダンのなかでも電波なやつや電波な発言ばっか
相手にしててなんら有効な議論を生み出せてないと思う。もちろんポスモダでくくられる
ものの中には良質な部分とその逆があるわけで。一回まともに、例えばドゥルーズやガタリの考える
ような新しい主体のあり方なんてものに対峙できるようなものをまともに考えてみたら
どうだろうって思うよ。レベルの低いものばっか相手にしてるんじゃなくて。
んな批判は楽ちんじゃん?って思うよ。その批判にたいした意味もあるように思えないし。
694考える名無しさん:04/07/18 17:34
山形? 稲葉? 聞いたことないな。
695考える名無しさん:04/07/18 17:42
山形とか稲葉はポスモダなんて相手するのやめてもっと建設的な知識をお勉強しましょ、といってるだけ。
なんで、認知科学とかの新しい知見にもっと目を向けましょうといってるだけ。
ドゥルーズやガタリなんぞより、興味深い知見はいろんな分野から出ている。
ポスモダから、他の分野に波及しうるようなすごい知見が生まれればいいが、
そんなもんはまったくない。合掌。
696考える名無しさん:04/07/18 17:55
俺は認知科学とか脳科学とかを勉強した後にに哲学やるようになったけど
認知科学に目を向けろ何てのが正しいとはまったく思わないな。そもそも両者は
まったく異なる。認知科学自体2000年あたりで勢いをかなり失ってるよ。
単純な神経系を持った生物ですら研究が困難で人間に行きつくまでに相当な
時間がかかることがわかってきて楽観視出来なくなってるのが今の状況じゃないかな。
それにともなってシュミレーション系の研究が盛んになったけど、これも哲学的な問題に
答えられるとは全然思わないし。
697考える名無しさん:04/07/18 18:00
つか、山形とか稲葉とかを相手することこそ、止めたほうがいい。
698考える名無しさん:04/07/18 18:02
>>696
> それにともなってシュミレーション系の研究が盛んになったけど、これも哲学的な問題に
> 答えられるとは全然思わないし。

そういうのを参照して「答えられない」と答えて得意になるのが、ちょっとはやっている
らしいよ。

699考える名無しさん:04/07/18 18:03
ソーカル厨はスルーで>all
700698:04/07/18 18:04
俺、ソーカル厨じゃないよ。
701考える名無しさん:04/07/18 18:07
>>695
山形が認知科学に手を出して、そこから有益なことを引き出せるとは思えないが。
702考える名無しさん:04/07/18 18:09
だいたい「・・・はやめてもっと建設的な・・・」なんて言っている香具師は。
一生その手のことだけ言って終わることが多いような気がする。
703考える名無しさん:04/07/18 18:11
>>702
戸田山『知識の哲学』の終章がそんな感じだね。

戸田山はちゃんと本当にコネクショニズム本を共著で書いていたが。
704考える名無しさん:04/07/18 18:12
>>702みたいなやつこそその典型だったりして無限ループ
705考える名無しさん:04/07/18 18:13
まあ、斜に構えて批評するだけの馬鹿が一番馬鹿。
706考える名無しさん:04/07/18 18:16
戸田山『知識の哲学』がよっぽど悔しいんだろうなあwww

『知識の哲学』のP177より引用

「こうした誇大妄想気味の課題を勝手に引き受けておいて悩み苦しむというのは、或る意味で立派とも言えるし、意地悪く言えば滑稽ともいえる」
707702:04/07/18 18:23
>>706
悔しいって、俺が? 俺、その本読んでないよ。(笑)

コネクショニズムは、哲学的には何もでてこないから、
すぐ廃れるとは思ってるけど。
708考える名無しさん:04/07/18 18:30
>>707
>>706は「認識論が諸学の基礎だよ」というデカルト〜フッサールに対するもの。
>>706がどうして引用したのかはちょっとわからず。
709考える名無しさん:04/07/18 20:14
ソー厨相手にするとバカがうつるよ。
710考える名無しさん:04/07/18 20:45
広末涼子≒スタニングミスティ
711あぼーん:あぼーん
あぼーん
712考える名無しさん:04/07/20 21:39
1.みなさんは『「知」の欺瞞』で指摘された部分をどう読みましたか?
2.『「知」の欺瞞』で指摘された部分に対する反論はなにかありますか?
3.『「知」の欺瞞』に登場した人たちから、指摘された部分を取り除くと何が残ると
思いますか?
4.ポモの人ってやっぱビクビクしながら日常生活送ってるんですか?
5.脱構築とか言ってる人ってまだ存在するんですか?ダサくないんですか?
6.ホントは内心他に乗り換えようかと思ってますよね?
7.小○隆太先生の「弁護」はうれしかったですか?
8.みなさんの勃起性の器官は虚数なのですか?
9.師の言い付けどおり、ちゃんと「『ゼロが不合理であるような微積分学』として
の人生」を生きてますか?
10.湾岸戦争が非ユークリッド的空間で行われたというのはホントですか?
11.みなさんは「多重に屈折するハイパー空間」なるものにお住まいなのですか?そ
れってヤバくないですか?
12.みなさんはいつも「宇宙のリズム」をゆんゆんに感じていらっしゃるのですか?
13.デリダ氏は竹田さんに論破されたそうですね?
14.言語論的転回は否定されるようですが、これってみなさんには関係ありません
よね?
15.あれあれ、なんだか涙目ですよ、大丈夫ですか?
16.ポストモダンの凋落は既に皆知っています。
   有終の美を飾りましょうよ。最後に「ポストモダンの良心」を見せてください。

さらばポストモダン 僕は君たちのことを永遠に忘れない!
ぐぬぬっ(高橋留美子風涙)
713考える名無しさん:04/07/21 10:20
戸田山『知識の哲学』って、いい本じゃないか。
714考える名無しさん:04/07/21 11:15
戸田山厨マルチuzeee
「ゾマホンの本」って、いい本じゃないか。
716考える名無しさん:04/07/21 16:25
キキキw
717考える名無しさん:04/07/24 23:13
a
718考える名無しさん:04/07/25 14:28
kuyiu
719考える名無しさん:04/08/13 00:42
定期あげ
720考える名無しさん:04/08/13 09:04
皆さんにお聞きしたいんですが、ラカンとかいう変態は
本当は何か意味のあることを言っているのですか?
なんらかの訓練を積めば、あの肥溜の如き文字列から
意味を汲み出すことができるのでしょうか?

素人から見れば、物理学の専門書は難しい数式だらけで
嫌になる。でも、実際は数式で記述したほうが明快に
記述できて理解も容易なのだ……
哲学にもこれと同じことが言えるんですか?
僕みたいな素人が一見すると、なんとなく難しそうな単語を
思いつきで適当に繋げただけの何の意味もなしていない
屑にしか見えないんですが、実際はそんなことは全然
なくて、自分に理解できない単語を出鱈目に繋げることが
一番シンプルな記述方法だったりするんですか?
バロウズのカットアップみたいなもの?文学?文学?

そもそもこれって学問なの?
721考える名無しさん:04/08/13 10:21
ラカンて分析系やろ?(分析っつってもアッチのほうな
んなの
意味のあること
ゆってる訳ないやんか。。。
722考える名無しさん:04/08/13 10:56
分析系?nannnokotoda
723考える名無しさん:04/08/13 11:36
あほの吹きだまり
724考える名無しさん:04/08/13 13:25
>>722
>>721は精神分析を指しているんでしょうに。
725考える名無しさん:04/08/20 22:54
age
726考える名無しさん:04/08/20 23:45
分析系

古典的にはポパーが精神分析を批判したね
727考える名無しさん:04/08/20 23:47
ポパーは分析哲学ぢゃない
728考える名無しさん:04/08/21 00:24
>>727 そんなこと誰も言ってませんがなw

>>726 の「分析系」という言葉は「精神分析」と言う言葉にかかってるんでしょw
729考える名無しさん:04/08/21 15:19
>>726
「ある人がある欲望を持っている」という仮説に対して、それに対応する行動が見られた場合は当然OKだし、
それに対応する行動が見られない場合は、その欲望が抑圧されていると考えるやつだっけ。
730考える名無しさん:04/08/21 15:23
でもポパーの批判は冷静さを欠きがち。
アドルノなんかをアヘン扱いするところなんか、
ほとんどトンデモ理論。

個人的にいつも思うのは、
分析の香具師も、ポモを叩くときにはなぜかトンデモ気味に煽る傾向がある。
せっかく合理性を売りにしているのに。
例えばパトナム。
なんでポモが排中律を破壊することになるんだか…

フランスのブーヴレスなんか、
煽り専の学者みたいでみっともないし。

そういうの、やめた方がいいと思う。
ラカンやデリダやドゥルーズなんかの思想の、
最良の部分には踏み込めないままに終わるし。
731考える名無しさん:04/08/21 16:40
実際フランクフルト学派なんてアヘンじゃん。
732考える名無しさん:04/08/21 17:22
でも合理主義者なら、あくまでも罵倒抜きで批判し続けないとダメでしょう。
733考える名無しさん:04/08/21 22:09
>>729 あんま具体的には知らんが、まあ729さんの例のように

どうにでも言い逃れが可能である、と >精神分析 etc.
734考える名無しさん:04/08/21 22:11
まあ誤解無きように付け加えますが、

言い逃れしやすい理論≠うそ理論、とは言えませんがね
ただし、だまされる可能性も高いとは言える
735考える名無しさん:04/08/21 22:27
分析哲学とポスト・モダンはフレーゲとソシュールによって分岐するのだね。
736考える名無しさん:04/08/21 22:28
ウイーン・フランクフルト派はフレーゲ・実証主義・プラグマ系に流れるの?
737考える名無しさん:04/08/21 22:29
ここに、英米系とフランス系の対立があるの?
どう違うのよ?
738考える名無しさん:04/08/21 22:30
構造主義対言語学の対立でしょうね?
739考える名無しさん:04/08/21 22:32
前期ヴィトゲンシュタインVS後期ヴィトゲンシュタイン
740考える名無しさん:04/08/21 22:38
記号論対言語学なのね?
741考える名無しさん:04/08/21 22:39
ベンヤミン対アドルノ・ハバーマス
742考える名無しさん:04/08/21 22:42
英米系は論理実証主義で、言語による証明に重点を置く
主体性の哲学だ。
一方フランス哲学はソシュールによる構造主義に向かい
構造による決定論=科学的解明に向かい、人間不在になるちゅうことやね。
743考える名無しさん:04/08/21 22:49
ぶっちゃけゲルマンの真面目な香具師が
ラテン系を嫌っているというのが実情。
744考える名無しさん:04/08/21 22:52
科学じゃなくて文学だろ?
すべてのテクストが多様な解釈に開かれていることを示し、それを示した自分の言説もそんなテクストの一つで
あることを体現してみせる。数式や自然科学の用語を比喩として使うのは元々理解させるためでなく、逆に厳密な
唯一の正しい理解から逃れたいからとか、反科学だからだろ?
結局文学になるのは理の当然なんじゃないの?
対象をワケワカメな状態に解体して自分もワケワカメになるのがポストモダンの真髄だろ?
で、それも哲学なんだろ?
745考える名無しさん:04/08/21 23:09
>>744
あたりまえのことを今更確認するなよ
746考える名無しさん:04/08/22 00:19
哲学と言えるかどうか?
哲学は終焉したと言えるのかもしれない。
記号論、文化人類学、文学、精神分析学を網羅する事は
逆に哲学では言い表わせないからだと考えると、終わったって事になる。
747:04/08/22 07:49
        精神分析については
        学問じゃねーし唯のデムパだし
そこんとこよろしくな!
つかそんなことも理解してない
>>746のゆう哲学て
748考える名無しさん:04/08/22 19:29
言語、すなわち社会の根本的な自己言及性の問題につきあたって、
従来の自然科学的科学観の方法では解けなくなってきた。
749考える名無しさん:04/08/22 20:56
>>748
困ったときの不完全性定理ですねw
750考える名無しさん:04/08/23 01:57
>>749
なんでそこで不完全性定理が出てくるの? 意味不明。
751729:04/08/24 02:38
>>733
ポパーはアルフレート・アドラーのクリニックのバイトくん。
ポパー『推論と反駁』で、アドラーとのエピソードを紹介している。
アドラーの個人心理学(正確には精神分析と区別した)は、劣等感の理論だけど、
ポパーは、ある症例をアドラーに報告して、彼がたちどころに説明してしまったことに驚いた。
アドラーにしてみれば、過去の類例はごまんとあったのだから、答えられて不思議はないが、
それを見破れなかったポパーにしてみれば、
そんな経験則などたったひとつの反例で裏切られうるだろうにと考えてしまう。
アドラー「こういった例は1000回も経験しているからだよ」
ポパー「でもこの新しい事例で、先生の経験は1001回めになるんだと思いますが」
アドラーも、面接のなかでその判断も撤回することもあるだろうし、
>>729のような議論では、あまりに静的に見すぎな感じがする感じ。

まあ、ポパーは精神分析が擬似科学で反証可能性を欠くと主張しているだけで、
精神分析のアイディアはいつか科学的に実証されるだろうと考えていたが。

しかし、グリュンバウムによると、ポパーの精神分析理解はなってないらしいが。
グリュンバウムは、ハーバーマス、リクールの精神分析理解にもケチつけてたけど。
752考える名無しさん:04/08/24 02:40
精神分析と進化心理学の関係は?
意外と似たようなことを言ってると聞いたのだが
753考える名無しさん:04/08/24 02:41
グリュンバウムの言うとおりだと思うよ
哲学と精神分析は相性が良くない。
まともに理解していたのは、それこそデリダぐらいじゃないの?
754考える名無しさん:04/08/24 02:48
精神分析などに反証可能云々は無理。というのも個人個人が似ていて違うから。
「大体、そんなもんだ」レベルだろう。
755考える名無しさん:04/08/24 03:09
なんで分析哲学者があんなに頑なですらあるかというと、
それはアメリカ社会の特殊事情によるものと思われる。
アメリカには宗教的狂信者が多い。
かつセラピーが日常レベルにまで降りている。
そういう未啓蒙の国だから、哲学がある種純粋化する。

ハイデガー的なミュトス評価は、
宗教的狂信者を利することになりかねないし、
精神分析を哲学するのも、
そのへんのセラピストにお墨付きを与えかねない。

アメリカではポストモダン思想がもっぱら文学科で受け入れられた。
それはフィクションを研究するという前提があるがゆえに、
一定以上のリテラシーに信頼がおけるからだろう。
756考える名無しさん:04/08/24 22:32
英米系とフランス系の対立だね。分析哲学と構造主義の対立は。
構造か個人かと言う事になるんだろうね。
前者は構造に人間はいない。後者は個人は健在だと言う事の中で
どの様に言語を使って欲望を満たすようにコミュニケーションするのかとうい事かね?
757考える名無しさん:04/08/25 08:16
つか
普通の奴新聞読まないらすぃーし(読めないのかも
アメリカ人マニュアル読めないだろってゆう話しはジョークじゃないのかもしれんし
>>755
ほんっっとどーすんのかね
758考える名無しさん:04/08/25 18:08
>>756
分析哲学が個人主義なんて話は
初めて聞いたぞ
759考える名無しさん:04/08/25 18:31
初めて言ったから
760考える名無しさん:04/08/25 21:45
勉強が足りんからそう言う「聞いた事ないぞ」って言うんだよ。
大体、哲学なんて読んでないな?
背景がよくわかっとらん。
761考える名無しさん:04/08/25 22:01
ヘーゲル、マルクス、ポストモダン、フランクフルト学派といい、大陸は電波の産地だな
762考える名無しさん:04/08/26 07:42
いや
アメリカの宗教右翼とかそーゆーのも
どーもならんもんがあんが?
ビリーバーとか
ニューエイジ系とか
カルトとかもな
763考える名無しさん:04/08/26 08:07
>>760
残念、>>758が足りないかどうかは知らんが
あんたは確実に勉強が足りない。
なぜなら間違ってるからな。
764考える名無しさん:04/08/26 14:10
オーストリアも大陸だぞ
765考える名無しさん:04/08/26 22:00
>>755
でもよ〜。わかってもいない数学、とくにゲーデルなんて持ち出すのは
単に見栄っ張りというか、知的欺瞞そのものだし、そんなトンデモが
偉そうにサロンもどきで、もて囃されていたなんてそっちのほうが
異常な社会なんでねえの?
766考える名無しさん:04/08/26 22:16
>>761 ポモ と ヘーゲル、マルクス、フランクフルト が一緒かよ・・・






基地外の集まるスレはここですか?
767考える名無しさん:04/08/26 22:42
ポモもマルクス主義の系譜でしょうに
768考える名無しさん:04/08/26 23:05
>>765
だからってゲーデルを持ち出せなくなるのも困る。
769考える名無しさん:04/08/27 04:10
>>767
「オウムも釈迦の系譜」というのと同じくらい粗いよそれ
770考える名無しさん:04/08/27 23:15
マルクス主義→機械的唯物論→構造主義

ポモ→構造主義に対するアンチテーゼ

つーのが普通の了解

まあアンチテーゼも系譜と言うなら(ry
771考える名無しさん:04/08/28 07:47
分析て論理学野郎って呼ぶのが適切
772考える名無しさん:04/08/28 20:46
>>767
自然主義的ヒストリシズムの系譜

マルクス主義→構造主義

反自然主義的ヒストリシズムの系譜

マルクス主義→ポモ
773考える名無しさん:04/09/07 23:45
まあ論理学やらずに不完全性定理云々ってやつは確実に電波。
しかし、不完全性定理人気の原因は、日本では柄谷、野矢の影響なのかなあ?
774考える名無しさん:04/09/07 23:48
あいつ等不完全性定理を雰囲気で理解してるばかだろ?
775考える名無しさん:04/09/08 00:01
野矢さんはいくらなんでも理解しているでしょう。
776考える名無しさん:04/09/08 00:18
野矢とカラ谷を一緒にするn(r

>>772 なんだ半自然主義的ひすとりしずむつーのわ?w

それもポモの造語かい? 劇わら

まあ風が吹けば桶屋が儲かる程度に屁理屈はつけられるが
あんま意味ないしょ?
777考える名無しさん:04/09/08 00:25
野矢さん、ガキに馬鹿にされてかわいそう
778考える名無しさん:04/09/08 00:28
ようするに「無限論の教室」の読者のほとんどが野矢「論理学」まで行かないのが問題ってことか。
カラヤンの読者は…。
そういやカラヤンは可能世界意味論はくだらねとかいっていたな。
779考える名無しさん:04/09/08 00:32
>>778 俺はカラ谷嫌いだが

可能世界意味論はくだらね < これ聞いてますます嫌いになったw
780考える名無しさん:04/09/08 00:37
>>779
どういう内容かは忘れたのであとで確認でもしといてくれ。
ドゥルーズがなくなったときの座談会での発言だったと思う。
浅田、前田、財津、から谷…か誰かの座談会。
781考える名無しさん:04/09/08 00:42
ドゥルーズってことは「可能的」と「潜在的」との区別にかかわっているのか?
読んでいないからわからないけど。
782考える名無しさん:04/09/08 00:44
潜在的って何よ? ドゥルーズ読んでないからわからんが
783考える名無しさん:04/09/12 03:42:14
8月3日だったか、中日新聞で戸田山がサイエンス・ウォーズについて語ってたよ。
内容は忘れた。
784考える名無しさん:04/09/12 04:13:24
ポモなんて言い出したのはリオタールだけだろ。
785考える名無しさん:04/09/13 23:57:14
ゲーデル不完全性定理と学問の客観性
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/sociology/1094986423/

1 :1 :04/09/12 19:53:43
最近、この定理を引用して、さして客観性を重視しないものが
目につくように思われます。それは歴史学の論文なんかに多いかも。
ぶっちゃけみんなはどう?

27 :名無しさん@社会人 :04/09/13 07:15:27
そうだよな。
ゲーデルの不完全性定理で「数学の限界」は示された!
数学者は恣意的な公理を…!
よって、数学は不完全!
数学者は謙虚に!
786考える名無しさん:04/09/14 06:24:27
>>785のスレから

24 :通りすがりだが :04/09/13 04:20:11
びっくりした。いや、冗談抜きで、ゲーデルの不完全性定理をもって、数学は不確実だとか、
数学ではわからんことがある、人間の知には限界がある云々なんてのはドキュン丸出しだぞ。基礎論のテキスト嫁。
というかこの調子じゃ完全性定理すらしらないだろうね・・・。典型的な「知の欺瞞」。
こういう奴等のせいで社会学や哲学が叩かれるんだよなあ。
このスレでゲーデルを語っている奴らは講談社現代新書の「無限論の教室」か「ゲーデルの哲学」からの理解か?
嘘つきパラドックスを言っている奴はそれっぽいね。確実にゲーデルの論文(の翻訳。簡単に手に入る)も読んでいない。
下手したら、ラッセル、ホワイトヘッド、フレーゲすら。そもそも集合論すら怪しいそう。
ああ、忘れてならないゲーデルドキュンの聖書である柄谷本からの理解からか?
(数理)論理学を齧らずに不完全性定理を語るのは確実にドキュン。
そしてゲーデルドキュンは、夏の風物詩ともいえる。絶滅したのかと思ったんだが…。いや珍しいもん見れた。

787考える名無しさん:04/09/14 21:50:04
「カスルタとニューアカポモ」どっちが恥ずかしいですか?
788考える名無しさん:04/09/14 21:52:22
どっちも意味不明なので引き分け。
789考える名無しさん:04/09/14 22:22:10
世界的に有名名ソギャル・リンポチェ師(「チベット生と死の書」の著者)の来日特別講演です
1)上 智 大 学 の 一 般 講 演
テ ― マ : 「生と死の書について」
−困難な時代を生き抜くための思いやりに満ちたアドバイス―
  日  時 : 9月23日(木)  開場 13:30  講演 14:00
会 場 費 : 1800円
  場 所 : 東京都千代田区紀尾井町1−7(8号館 4階410室) 
(JR四谷駅下車徒歩5分) 

エスニックな雰囲気に包まれたラウンジ
2)ス − パ − デ ラ ッ ク スでの一般講演会
テ ― マ :「 混迷する世界で心の平和を求めて」
―チベットの仏教的な智慧で心に打ち勝ち、
あなたの生活を変えていく―
エスニックな雰囲気に包まれたラウンジでマーシャルのDJや大岩昭之写真展、琴奏者磯貝まきのソロ・パーフォーマンスをお楽しみ下さい 
  日  時 : 9月24日(金)  開場 19:00  開演 20:00
会 場 費 : 2500円 
場 所 : 東京都港区西麻布3−1−25 B1F
      電話 (03)5412−0515
  お問い合わせ、ご予約は9月7日より下記へ
チベット文化研究所   東京都品川区西五反田2-12-15-401
            (03)5745−9889(TEL)
                  3493−3883(FAX)
http://homepage3.nifty.com/tcci/

一般向けの分かりやすいチベットの高僧(リンポチェ)によるお話。
涼しくさわやかな秋。たまにはこんなトコロにいってみたり・・・
790考える名無しさん:04/09/14 23:12:25
>ラカンやデリダやドゥルーズなんかの思想の、 最良の部分

ぷっ
791考える名無しさん:04/09/15 02:17:56
 分析哲学なんて、今後なんら発展する見込みがないんだから、
やったら恐ろしいことになるぞ(w 大陸哲学がわからないやつは、
しょせん頭が悪いだけ。英米人より大陸ヨーロッパ人のほうが、
われわれにとって自明な東洋の文化についても深く洞察できる。
 それだって器量で頑ななアングロサクソンにしたら、なにかの
ミスティフィケーションみたいに思えるだろうね。それと同じ。

 分析哲学なんかやるくらいなら、科学に転向でもしろ。
792考える名無しさん:04/09/15 02:40:00
 大陸哲学なんて、今後なんら発展する見込みがないんだから、
やったら恐ろしいことになるぞ(w 分析哲学がわからないやつは、
しょせん頭が悪いだけ。独仏人より英米人のほうが、
われわれにとって自明な科学的世界観についても深く洞察できる。
 それだって暗愚で蒙昧的な大陸哲学徒にしたら、なにかの
ミスティフィケーションみたいに思えるだろうね。それと同じ。

 大陸哲学なんかやるくらいなら、占い師に転向でもしろ。
793考える名無しさん:04/09/15 11:01:19
>大陸哲学なんかやるくらいなら、占い師に転向でもしろ。

 こんなことまで言うやつって、大陸哲学がまったくひとカケラも分からないんだろうけどさ。
別にヴィトゲンシュタイン読んでわからないとはわれわれ思わないんだよな。

>独仏人より英米人のほうが、
われわれにとって自明な科学的世界観についても深く洞察できる。

 んなわきゃないw。科学的世界観だってもともとは大陸発祥。
文化的にアングロサクソンは過度に知的なものや流行の先端を追ったものを警戒する
なにしろ「くまのプーさん」が英国人の象徴だと言われているくらいだ。
まぁ、そういうのもある種の見識ではあると思うけど、日本人が猿真似してこんなところで
大陸哲学の悪口を書いてるのは、ただ頭悪いとしかいいようがない。
794考える名無しさん:04/09/15 11:29:36
>>793が占い師以下なのはよくわかるけども。
795考える名無しさん:04/09/15 11:49:02
このスレ限定で言えば、
分析の人間の方にコピペ厨が多い。
796考える名無しさん:04/09/15 12:07:37
ここで分析賛美してる奴は、理系の板で相手にしてもらえずに落ちこぼれた
厨がもちろん哲学の文献も読みこなせないがために、分析の威をかりて
大陸哲学叩きをして、ふきだまっているだけ。
じっさい過去スレ読めばわかるが、説得力のある議論をしているのは
ことごとく大陸系(大陸派というか単に哲学を知っているということなのだが)の人間。
797考える名無しさん:04/09/15 12:19:40
友人で有機化学やってる香具師は、ごく普通にデリダの本を楽しんでいた。
曰く、分析哲学者は科学フェチだし愛があるけど、
実験やってる立場から見ると言わずともがなの議論が多いそうだ。
ならいっそ無関係のデリダの方が読めるとのこと。

アメリカのように実験を義務にしないと、
それこそポモ以上の言葉遊びに堕すんじゃないの?

ポモの場合、芸術作品に触れたり、
少なくとも対象に合わせた言葉の使用をしている限り、
そんなにおかしな議論にはならない気がする。
だから日本では、文学などの芸術論として重宝されている。
ソーカルが批判するような糞思弁は叩くべきだけど、
よくわからずに全部一緒くたに叩く香具師は、単に見識ないだろ。

でも「日本の」分析哲学が科学の現場に密着しているかというと大いに疑問。
次世代に期待かな。
798考える名無しさん:04/09/15 12:21:42
分析哲学がどんなに鵺かは、
学会誌「科学哲学」を読むとわかる。
あのどこが海外ジャーナル水準なんだか…
他の日本の哲学系学会誌とたいして変わらんよ。
799考える名無しさん:04/09/15 12:28:25
>>796-798
これがニーチェ氏のいうルサンチマンってやつですか?
800考える名無しさん:04/09/15 12:30:33
>>799
ほんとにバカだな・・・哀れんでやるよ
801797:04/09/15 12:36:22
アメリカの場合、"analytical tradition"さえ踏まえていれば、何を分析してもよい。
でも日本の場合、「反大陸」とか「科学性」とか余計なテーマに惑わされて、
自ら扱うテーマを狭めている傾向がある。
得意技に特化したつもりが、せっかくの持ち味を殺している感じだ。

政治哲学とか芸術哲学に弱すぎるのがもったいない。
802やじうま:04/09/15 12:43:07
つか、このスレで大陸系を煽るコピペしてんのは分析屋さんじゃなくてヤジ馬じゃないの?
社会学板からのコピペが多いみたいだけど、分析系の人はあまり社会学に関心ないんじゃない?
(もちろん科学社会学とかじゃなくて社板でいう「人文系」の社会学ね)
803考える名無しさん:04/09/15 13:33:22
おめーら百済ねーよ。
両方読んだらいいだろ。
804797:04/09/15 13:35:41
>>802
それは「日本の」分析屋さんの特徴です。
アメリカでは普通に人文系のテーマを扱う人もいますよ。
不毛な争いのせいで、ポモだけでなく分析哲学も貧困化しているのです。
805考える名無しさん:04/09/15 13:37:02
テケトーに語んなよ
あほヴォケかす。
806考える名無しさん:04/09/15 13:38:33
おーい、おめーら
ジャンルで哲学語ってる香具師はクズでつよー
807考える名無しさん:04/09/15 13:39:12
:「カスルタとニューアカポモ」どっちが恥ずかしいですか? :
:「カスルタとニューアカポモ」どっちが恥ずかしいですか? :
:「カスルタとニューアカポモ」どっちが恥ずかしいですか? :
:「カスルタとニューアカポモ」どっちが恥ずかしいですか? :
:「カスルタとニューアカポモ」どっちが恥ずかしいですか? :
:「カスルタとニューアカポモ」どっちが恥ずかしいですか? :
:「カスルタとニューアカポモ」どっちが恥ずかしいですか? :
808考える名無しさん:04/09/15 13:40:12
質問する方がいっちゃん恥ずかしいに決まってんだろ
809考える名無しさん:04/09/15 17:25:20
おまいら、これやるから仲直りしる

http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1086506889/112-113
810考える名無しさん:04/09/19 13:48:56
2ch哲学板でポストモダンというと
ぴかー
アニメ、エロゲおたく
なんだよな、イメージが
811考える名無しさん:04/09/24 23:15:50
【正義の】超人戦隊☆ルサンチマン【味方】

この腐れきった資本主義社会にはびこる不正を糾すため正義のヒーロー達がやって来た!
その名は超人戦隊ルサンチマン! 不当に貶められ差別・不遇に追いやられた院生諸君に朗報だ。
彼らは弱者の味方、革新的で転覆的で侵犯的。どんな不正にも目を光らせ口を出す。
困ったときは彼らを呼ぶため叫ぶんだ 俺たちは腐ったミカンじゃない と!

          組織構成

丸楠ネ申:超人戦隊の総帥 この世のどんな階級差も許さない正義の総帥。
グラム師:超人戦隊の名参謀。アタマいいよ。
さばるタソ:超人戦隊のマスコット。かわいいよ。
ポモ尾田ポモ夫:正体不明のナゾの人物。

          主要兵器

脱構築砲:どんな強敵も一撃で無意味にしてしまう 究極の最終兵器。取扱い厳重注意。
権力剣:このアイテムがあればどんな敵でも 権力の横暴だぁと糾弾できるゾ!
リゾーム銃:言論による波状攻撃だ!

          弱点

数学:これをくらうと逃げるしかない。痛恨の一撃だ!
アカポス:究極の誘惑。これを出されると常に仲間割れに。
他大の女子院生:戦闘不能に陥る。
812考える名無しさん:04/09/25 00:32:38
つまんね
813考える名無しさん:04/10/01 22:52:15
>>812
まあ君にとっては痛恨の一撃だろうからねえw
814考える名無しさん:04/10/01 23:01:39
>>811
おもろい!ageる!!
815考える名無しさん:04/10/01 23:04:51
つか
ソーカル

フランス後okなのか?(尊敬の眼差し
やPPPPっぱフランス後の論文とかさらっと引用できねーと
インテリジェンスは漂ってねー感じだな
816動物と化したポストモダン:04/10/02 14:01:50
ほっちゃーん! ほ、ほーっ、ホアアーッ!! ホアーッ!
817考える名無しさん:04/10/03 12:37:21
フーコーは読んでないけど「言葉と物」はまったく別でしょ?
互いに相互作用してはいるけど
言語の理屈では物の世界を認識できないんじゃない?
818考える名無しさん:04/10/08 21:51:09
竹田信者が分析&ポモ両方にケンカ売ってるよ

http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1072264688/813-815
819考える名無しさん:04/10/23 09:23:39
>>817
認識できるって言っているんじゃないの?フーコーは。言葉は物であると。
820考える名無しさん:04/10/23 09:25:27
デリダとフーコーらを一緒くたにポストモダンだとか括って論じる
ポストモダン論者がアホ
彼らはポストモダン論者ではないからね。
821考える名無しさん:04/10/23 09:26:17
フーコー論者はデリダを嫌っているね。
822考える名無しさん:04/10/23 09:30:29
ポストモダン論批判はすでに80年代初頭の遡る。当時の現代思想論者の内部であったもの。

デリダやフーコーを一緒くたにして論じるようなポストモダン論者(批判派も賛同派も含め)は問題外。
823考える名無しさん:04/10/23 09:32:50
>>799
ポストモダンの起源はそのニーチェなんでしょ?
824考える名無しさん:04/10/23 09:36:37
>>822
ニュー垢が徹底的に叩かれていたね。
ドゥルーズとフーコーとを一緒くたに論じる文化主義論者だと。
825考える名無しさん:04/10/23 15:06:07
哲学はもうこんなのやってないでしょ。
やるなら、言語学とかの分野でやったほうが
まだいいんじゃないの?
826考える名無しさん:04/10/24 01:28:36
正直、分析哲学はつまらない。
これ言うと分析の香具師もけっこう認めざるを得ない。
827考える名無しさん:04/10/24 07:21:35
>>826
俺の周りにはそんな奴はいないが。
828考える名無しさん:04/10/24 07:29:32
a
829考える名無しさん:04/11/02 04:03:03
分析おもろいよ
830考える名無しさん:04/11/02 04:05:59
結局相補的な存在でしょう。
アメリカでもお互いにそれぞれの領域を確保している感じです。
831考える名無しさん:04/11/02 04:41:50
そう言った意味では田島正樹。
832考える名無しさん:04/11/02 05:14:43
分析はさっぱり分からん
833考える名無しさん:04/11/03 05:03:32
ttp://www.goregasm.com/ogrish-dot-com-shosei-koda-beheading-video.wmv
この動画が本物であるか哲学的に分析してください
834考える名無しさん:04/11/03 05:12:56
分析哲学はそういう問題扱うのは嫌い
勝ち馬である自然科学の教義学
現代のスコラ
835考える名無しさん:04/11/05 10:35:48
> 勝ち馬である自然科学の教義学
> 現代のスコラ

16、17世紀には自然科学や数学の成果を
無視しているという理由でスコラが批判されたのにな
836考える名無しさん:04/11/12 14:10:28

837考える名無しさん:04/11/12 16:57:12
>>798
いちおうマジレスしとくと
いわゆる分析系でポイント高いのは基礎論学会ね
科哲はどっちかっつぅと傍系
旧帝サロン的な雰囲気の強かった基礎論学会に対して
早稲田や日大の人たちが作ったのが科哲だよ
838考える名無しさん:04/11/12 17:18:22
>>1
分析哲学VS現象学じゃないの
ポストモダンだと広すぎて訳分からん
839考える名無しさん:04/11/13 17:35:55
840考える名無しさん:04/11/13 19:14:28
馬鹿ハッケソ
841考える名無しさん:04/11/14 06:24:58
>>840
鏡を見たのですか?
842考える名無しさん:04/11/15 17:07:08
>>837
ポイント高いったって
基礎論と科哲は査読者も会員もかなりだぶってるから
レベルにそんなに違いはないよ。
基礎論のほうが幾分自然科学色が強いって程度の違いはあるけど。
ただ最近だと受けがいいのは科哲のほうかな。
基礎論で何度か載ってもぱっとしないが
科哲に一回載れば知名度は上がる。
843考える名無しさん:04/11/16 00:18:24
基礎論は論文の出来不出来の差が大
きすぎ、科哲は平均的で安定してる。
844考える名無しさん:04/11/16 02:07:50
>>842
科哲に論文載せるのは難しいんですか?
845考える名無しさん:04/11/16 02:59:11
   /         ドッカン
  / /    ,,_     ドッカン
 ━━━━━'), )=         ☆ゴガギーン
      ∧_∧ヽ\         /          / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     (   ) 〉 〉_ _ ____      ∧_∧ ∠  おらっ!知らねえけど 出てこい!
     / ⌒ ̄ / "'''"'|    ||     (`∀´ )  \___________
      |   | ̄l    |    |/      /     \
.      |    |  |     |    ||      | |   /\ヽ
       |   |  .|     |    |     へ//|  |  | |
      (   |  .|   ロ|ロ   ゙!l''ヽ/,へ \|_  |   | |
       | .lヽ \ |    |   ヽ\/  \_ / ( )
      | .|  〉 .〉    |    |        | |
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    / /  / / └──┴──┘ 
846考える名無しさん:04/11/16 09:39:25
入門書を読んだ程度なんですけど、分析も現象学もおもしろい。
双方の融和って無理なんですか?
847考える名無しさん:04/11/16 09:48:19
ポストモダンは現象学批判ですが。
おもしろいから棄てがたいのではない。
自分の問題意識が先にあるのだから。
たんに専門領野のことであれば、どうでもよろしい。
ほんとは密約を結んでるんだから、スレ自体、茶番である。
848考える名無しさん:04/11/16 10:35:31
>>846
ドレイファスとか門脇とか読めば?
分析哲学は特定の学説にもとづいてるわけではないので
融和とか考えること自体が的外れな気も
849考える名無しさん:04/11/16 12:04:20
>>844
スレ違いかもしれんがレスしとく。
日哲に応募するよりはらくだよ。
応募すると査読者のコメントと修正がついて再提出を求めてくるのがほとんど。
一発で通る方が珍しいので、きついこと書かれてもめげずに再提出すれば
たいていは載る。ただし時間はかかるけどね。
850844:04/11/20 01:05:05
>>849
ありがとうございます

スレ違いの質問で失礼しました
851考える名無しさん:04/11/21 18:52:59
どうも、数学板住人です。
分析哲学の分科に数学の哲学ってあるじゃないですか。
アレで、本業が数学者の人以外、全くBourbakiを
無視するのはどうかと思っていたんですが、正直どうよ?
852宣伝波おやじくん ◆B5j0Fhef0w :04/11/21 19:20:02
 >>851
 ブルバキ(あるいはフランス流)の構造主義は、

集合という対象についての素朴な実在論だ

と言われていたように思います。

(漠然とした記憶なので、
 このレスの信憑性は極めて低いです。)
853考える名無しさん:04/11/21 19:25:51
アルバカーキ オモイダシタ。
854考える名無しさん:04/11/21 19:58:11
分哲活かして機械翻訳つくってよ
855考える名無しさん:04/11/21 21:20:27
>>851
無視されてたっけ?
そういう認識なかったんでちょっとびっくり
856考える名無しさん:04/11/21 23:40:28
分析哲学者はフランスの学問を軽視しがち
当然フランスにも数学の哲学はあったのだが。
857考える名無しさん:04/11/22 00:14:10
ブルバキがフランスだしフランスは数学先進国だね。
セールは数学の学位も取ってると思ったけど。
858考える名無しさん:04/11/22 01:49:05
つうか、おまいら『数学原論』読んだですか?
859考える名無しさん:04/11/22 01:55:22
借りたことはある
以上だ
860851:04/11/22 02:49:34
>>852
ご教示有難う御座います。ただ、Bourbaki以外でも
(公理的集合論とかでも)、数学者は一般的に実在論だと思いますけどね。
一時期のHilbertとか以外は。
しかも、新しい定理の証明に役立てば哲学は余り気にしない、という。

>>857
セールってJean Pierre Serreのことですか?多分違うと思うけど。

>>858
数学の人的には、代数と位相がお勧め。
集合論は多少特殊です。(ZC^-くらいの強さ)
多様体とかまで読む必要は無しかと。というか、数学科とかでも、
漏れEl\'ementsで勉強したぜ、とかいうと、「ハイハイ、ネタはもういいよ」
ってなモンです。
861考える名無しさん:04/11/22 03:10:53
ミシェル・セールだよ
そっちのセールは数論や代数多様体で有名だね
位相は近傍の考え方とか独特だったような
862考える名無しさん:04/11/22 06:00:41
>>860
漏れは>>852みたいなことをまともな数学の哲学者が
言っているのは聞いたことがない。
というか「素朴な実在論」みたいな言い方はそもそも
数学の哲学では普通でない。
まあご参考までに。
863電波おやじくん:04/11/23 06:48:52
 >>862 参考になりました。
 「素朴な実在論」は、「オーソドックスなプラトン主義」を不正確に記憶していたものでした。
 正確な記述を引用しておきます。

 飯田隆「数学の哲学は哲学に何をもたらしうるか」
in『現代思想1990年10月号 特集=数学の文法』青土社 より抜粋。

 ……算術は、特定の対象にかかわるものではなく、ある抽象的構造の探求なのである。
 ベナセラフのこうした結論は、最近の数学の哲学のなかでの構造主義の復権に
大きな力を貸したと思われる(ベナセラフ自身がこうした構造主義を支持しているわけではない)。
ただし、この構造主義は、かつてのフランス流のそれ(ブルバキ)とは違って、
集合論的枠組みを前提するものではない。そこに、この新しい構造主義の強みと弱みがある。
「集合論的に特徴づけられる構造の探求」というスローガンは、数学としては結構かもしれないが、
数学の哲学としては、オーソドックスなプラトン主義以外ではありえない。
他方、集合論的枠組みを前提しないとすると、構造、とくに無限的構造の存在を何が保証するのか
という難問が立ちふさがる。(273頁上)


 >>860(>>852) つまらないレスですが……。
 偉い数学の先生のエッセイ的な文章をいくつか読んだ限りでは、確かにそんな感じでした。
864考える名無しさん:04/11/23 16:40:57
J.S.ミルによると,心身問題的原理に基づけば徴表というものは,永久真理とも言える.
言い替えれば,仮象なるものは,永久真理とも言える.
徴表などは,心身問題であることは自明であるという考え方もあるが
永久真理とされているものは,永久真理の範疇の中で語りうるだろう.
強迫観念の真理とは,朦朧状態であることは自明である.
要するに,徴表哲学は,偶因論でしかない.
ロックの著書にあるが,朦朧状態という思考は,徴表だなどとは笑止である.
言い替えれば,ロックの考えと照らし合わせると,仮象というものは,永久真理であることは論を待たない.
さらに言えば,朦朧状態は,強迫観念とも言える.
ウィトゲンシュタインの考えによると,仮象思考を行なえば心身問題として知られているものは,
偶因論の範疇の中で「語り得ぬものは沈黙すべし」との考えを示した。
865考える名無しさん:04/12/04 15:23:46
>他方、集合論的枠組みを前提しないとすると、構造、とくに無限的構造の存在を何が保証するのか
>という難問が立ちふさがる。(273頁上)

難問なんて存在しないのでは?第一線で活躍する数学者の頭の中にそんな問題意識が
ないのなら、難問なんて存在しないのでは?下支えする構造が必要だという問題意識が
100年前の数学者にあっただけで、今の数学者がもっていないのなら、そんな問題は
改めて問い直す必要もないのでは?新たに問題を掘り起こすことが、最前線で格闘してる
数学者が共有してる数学観を批判することと同義だとするのなら、「数学の哲学」などという
いかがわしい哲学の研究者は今後どうするつもりなんだろう。
866電波おやじくん ◆B5j0Fhef0w :04/12/04 20:47:50
 >>865 いくらか疑問点があるので記してみます。
>第一線で活躍する数学者の頭の中にそんな問題意識がない
 そのような数学者もいるでしょうが、
あらゆる数学者がそうであるとは限らないと思います。
 なぜなら、数学の哲学の著作に数学者がコメントしたり、
数学の哲学の著作を数学者が参考文献に掲げたりしたことを
見たことがありますので。

 従って、
>数学者が共有してる数学観
が仮にあるとしても、それは、
>「数学の哲学」などといういかがわしい哲学
と主張するものではないでしょう。

>下支えする構造が必要だという問題意識が
>100年前の数学者にあっただけで、今の数学者がもっていないのなら、
>そんな問題は改めて問い直す必要もないのでは?
 仮にある時のある人々がたまたまある問題を抱いていないとして、そのことから、
そのある問題を問い直す必要がないと言えると本気で考えているのでしょうか。

>「数学の哲学」などという
>いかがわしい哲学の研究者は今後どうするつもりなんだろう。
 とりあえず、暇な時に次の本を眺めてみることをお薦めします。
そうすれば、数学の哲学とは、
>数学者が共有してる数学観を批判〔むしろ非難?〕すること
ではないことは分かると思います。

飯田隆編『リーディングス 数学の哲学―ゲーデル以後』勁草書房
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4326101040
867考える名無しさん:04/12/10 01:30:03
ポストモダンがクラインの壺がどーのとか言ってるのがキモイです
868考える名無しさん:04/12/12 00:53:01
グリュンバウムは、両親とともに1938年にドイツからアメリカに移住した。イェール大学の大
学院で学位を取って以後、ペンシルヴェニアのリーハイ大学で教授となり、1950年代の後
半には科学哲学のスターとなりつつあった。得意分野はもちろん空間時間の哲学である
が、後に80年代にはフロイトを入念に読んだ上で、精神分析に方法論的分析を適用して
論議を巻き起こした。

精神分析と分析哲学って水と油のようだけど、どう結びつけたのかな?
869考える名無しさん:04/12/12 11:08:41
熱力学知らずにエントロピーがどうのこうのうんちくたれ、
微分方程式を1つも説かずに世の中はカオスなんだとのたまい、
ウィーナーの本を読んだことないのにサイバネティックスの政治学と言ってみたり、
ナッシュ均衡も計算できないくせに国際社会はゼロサムゲームだと吹聴する。
どうかしてるよ、まったく。
集合論どころか、教養レベルの線型代数や解析学も知らず、
下手すれば、高校数学、ひどい奴になると因数分解もできず、
「ゲーデルによれば・・・・(中略)、だから数学も絶対でない・・・・」
みたいにのたまう。屑だね。
870考える名無しさん:04/12/12 16:29:44
ポストモダンはおしゃれすぎた。バカが沢山群がるようになっている。
そもそも哲学史を初めとして膨大な量の知識と経験、そして初心を忘れないセンスがポストモダンには必要。
でもポストモダン提唱者達さえそこらへんが危ない始末。
あと一世紀、早いと思う。
871考える名無しさん:04/12/12 18:36:53
>>869 そんな奴がこの板以外のどこにいるんだよw
872考える名無しさん:04/12/12 19:43:09
社会学板にもたくさん
873考える名無しさん:04/12/13 01:06:35
>>868
自分で
> 精神分析に方法論的分析を適用して
> 論議を巻き起こした。
って言っておいて、なにを自問してるんだ?
っていうか前半部はどこかからの引用か?
874考える名無しさん:04/12/29 06:56:59
ソーカル厨はフランスフランスと騒いでいるが、ポモなんてのは一過性の流行であり
あんなのどうでもいいこった。
それより問題はドイツではなかろうか?
ヘーゲルとかマルクスとか、なんなの、アレ?
誰かどうにかしてくんない?
まったく、特に英米系の科学哲学なんかは現場の科学者たちと和気藹々とやっているというのに・・・
875考える名無しさん:04/12/29 07:15:54
>>871
おどろくなかれ、文系の教授さまでも一部にはおります。
876考える名無しさん:04/12/29 09:21:39
>>875 おひおひ、いちぶじゃないでつよ
877考える名無しさん:04/12/30 08:20:51
クリッチリーは、まず現代哲学の地勢図を「知識」対「知恵」という古典的な対立軸を設定することによって描き始める。
分析哲学が目指すのは「知識」の探求であり、その場合の知識とは何よりも自然科学的知識を意味する。
哲学的問題はすべて科学的方法に基づく経験的・因果的探求によって解答が与えられるのであり、哲学者の役割は「科学という水晶宮の用務員」にとどまる。
現代分析哲学の主流は、濃淡の差はあれ、このような「自然主義」への傾向性を分け持っている。
それに対して、大陸哲学は「知恵」の探求を第一義的なものと考える。
哲学がそもそもの初めから取り組んできた「人生の意味」や「よく生きる」といった問題圏へのこだわりである。
しかし、このこだわりが度を越して「科学の拒絶」にまで行き着き、「経典の釈義」に明け暮れるようになると、哲学は学問性を失い、哲学者はこけおどしの秘教的ジャーゴンを振り回す「尊師」とその口真似をする忠実な「弟子」とになりさがる。
                                 野家啓一
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000268724/qid%3D1104359929/249-1006186-7285906
878考える名無しさん:04/12/30 09:59:42
両者コンプレックス抜きで学問やれば、意外と軍配が出るのかも。
・・分析が優勢かな・・
879考える名無しさん:04/12/30 23:13:23
>>877
おまえじゃま
880877:04/12/30 23:21:40
何か気に障ることでも・・・?
881考える名無しさん:04/12/30 23:24:42
>>878
それは藻前が分析シンパだから
882考える名無しさん:04/12/31 00:15:55
>>874
神学と考えればいいんじゃないの?
883考える名無しさん:04/12/31 01:22:18
>>880
あっちこっちに張りすぎなんだよ
俺が行くとこにほとんど張ってあるじゃないかw
884考える名無しさん:04/12/31 16:25:19
いや、やはり分析が優勢でしょう。
”よく”考えるほどそう思う。
後戻りできない、というコンプレックスが
ポモには多分にある気がします。
885考える名無しさん:04/12/31 16:27:38
うん、もうポモは開き直るしかしょうがないと思う。
やっちまったモンはしょーがねーべさ、みたいな感じで。
886考える名無しさん:04/12/31 19:13:50
いや、皇国史観がマルクス史観になったようなアクロバットを試みるべきでしょう。
彼らが同じアカデミズムの世界でできたんだから、ポモ君達にもできるはず!
887考える名無しさん:04/12/31 21:25:54
分析哲学って、実質的には一度終わったじゃん。
英米の哲学研究すべてをそう呼ぶなら、優勢なのは当たり前だが、
言語論的転回とか、とっくに放棄されている。
888考える名無しさん:04/12/31 22:10:14
>英米の哲学研究すべてをそう呼ぶなら、優勢なのは当たり前だが、
いや、すべてをそう呼んではいないだろ。
サイードとかイーグルトンとかの文芸批評系の哲学は分析哲学とは言わない。
ドレイファスとかはともかく、日本と同じように現象学研究をやってる人たちも言わない。
逆にフランス人でも分析系といわれる人はいるだろう。
889考える名無しさん:04/12/31 23:06:51
>>888
学派としての統一性はとうに失われ、
ごく普通に哲学史研究に分析的「手法」が取り入れられている。
これは分析哲学の拡がりを示すとは思うが、
「大陸哲学は全部糞」
みたいな強硬なドグマもまた薄れつつある。

890考える名無しさん:04/12/31 23:24:01
>>889
何で「大陸哲学は全部糞」みたいな強硬なドグマ=分析哲学なんだ?
891考える名無しさん:04/12/31 23:35:49
>>890
初期はそうだったよ
892考える名無しさん:05/01/01 08:35:26
大陸哲学と分析哲学における他者性の問題捉え方の違いについてご教授ください。
893やわらか:05/01/01 12:38:40
分析哲学ってイギリス経験論の源流を継ぐんだよね
んじゃポストモダンってのは大陸合理論か?

両者の統合って無理なんかいな?
894考える名無しさん:05/01/01 13:31:19
EUとイギリスが仲良くやっていくぐらいの困難
昔はここに宗教問題が絡んだ
イギリス国教会はカトリックから見てもプロテスタントから見ても半端者
もとはイギリスの分離主義に原因があった
これにアメリカ「ピューリタン」合衆国が加わる

とはいえ英仏トンネルもできたし、
宗教ファクターが弱まっている昨今では無理じゃないと思う
895やわらか:05/01/01 14:00:02
イギリス経験論と大陸合理論の統合を図ったカントでも
分析とポモの統合は無理なんかいな
896考える名無しさん:05/01/01 14:10:07
「やわらか」な関係になれるといいね
897考える名無しさん:05/01/01 14:10:31
カントなら可能
哲学界の神
898考える名無しさん:05/01/02 14:40:43
分析なんかは脳科学が発達するまでの遊戯みたいなもの。
科学が女王で分析はその家来。
しかしポスモダはそのような近代合理主義を乗り越えられる
可能性がある唯一の試みであろう。
899考える名無しさん:05/01/02 14:55:09
中世スコラ哲学「哲学は神学の婢女」
20世紀分析哲学「哲学は科学の婢女」
900考える名無しさん:05/01/02 15:03:40
>>898
なんかかわいそうに思えてくるよ
おれソーカル厨だけど今度から2chで煽るのやめるわ
まさかキミをそこまで追い詰めてるとは思わなかった。
今は反省している
901kurahito ◆XEF65wQsug :05/01/02 15:06:50
>>900
「哲板の中心でソカ厨を煽る」ワショーイ!
902考える名無しさん:05/01/02 15:18:24
>>900
過ちはいくらでも取り戻せる。
まずはソーカルに洗脳されたリハビリする所から始めよう。
まずはフーコーあたりから始めよう。
903考える名無しさん:05/01/02 15:20:57
>>895
何が言いたいのかさぱーりだ。
904考える名無しさん:05/01/02 16:31:07
>>893
>分析哲学ってイギリス経験論の源流を継ぐんだよね

そのような側面も確かにあると思うけど、
基本は、観念論を除いたドイツ語圏の思想だと思うんだな。
ところが近年英米圏の哲学が観念論的になりつつあるらしいんだな。

>んじゃポストモダンってのは大陸合理論か?

それは違うと思うぞ。
歴史的に合理論とか経験論とかに分類される人々の同時代人で、
ポストモダン的な人物をあえて挙げるとすれば、
ルソーなんてどうよ。
905考える名無しさん:05/01/02 16:36:30
>>904
けっこうイイ線ついてるな
『グラマトロジー』ってルソー本だし
906考える名無しさん:05/01/02 16:39:30
すんませんポモをきちんと勉強したいんですけど
やっぱり駒場表象しかないんですかね?
907考える名無しさん:05/01/02 16:46:43
だね
908906:05/01/02 17:00:28
>>907さん
ありがとう。
909考える名無しさん:05/01/02 17:00:50
すんません分析をきちんと勉強したいんですけど
やっぱり慶応・文しかないんですかね?
910考える名無しさん:05/01/02 17:09:39
>>909
きみならSFCが向いてると思うよ。
911考える名無しさん:05/01/02 17:13:18
>>910
最近の若者を無理矢理レトロゲームお失剣な
912考える名無しさん:05/01/02 17:37:12
分析総合スレなんでdat落ちしてんだ?1月1日に
書き込みがあったのに。どんな操作が行われたんだ
913考える名無しさん:05/01/02 18:07:32
>>912
1000までいったんじゃないの? 年末ですでに900までいってなかったっけ?
914考える名無しさん:05/01/02 18:19:07
いや987でストップしてdat落ちしてる。
謎。次スレ希望
915考える名無しさん:05/01/02 18:24:46
何でだろ? スレスト食らうような内容じゃないし
おれ、立てられなかったから誰かおながいしまつ
916考える名無しさん:05/01/02 22:08:24
>>909
アメリカかイギリス行け
917考える名無しさん:05/01/02 22:10:33
>>893
両方が両方を受け継いでるだろ。
ライプニッツとかカントとかデカルトとかの系譜も分析は受け継いでるし。
918やわらか:05/01/03 13:01:44
いやね、大陸合理主義やポストモダンみたいなわけわからん独り善がりが嫌われるのって分かる気がするのよ
だけど経験論って物自体を問題にできないから観念論的になるのも分かる気がするのよ

そういうとこ何とかしようと思ったのがカントでしょ
カントみたいな理屈でいけば、こんな喧嘩起きない気がしてね

919考える名無しさん:05/01/03 15:55:54
誰か次スレよろ。
920考える名無しさん:05/01/03 18:15:05
大陸哲学と分析哲学における他者性の問題捉え方の違いについてご教授ください。
921考える名無しさん:05/01/04 01:28:15
>>やわらか氏
分析vsポスモダではないけれども
これ読んだら絶望的な気分になったw 記号論理学者vs弁証法論者

http://mentai.2ch.net/philo/kako/970/970323608.html
http://mentai.2ch.net/philo/kako/975/975722563.html
922考える名無しさん:05/01/04 01:55:04
非古典論理なんかだとヘーゲル好きな先生もいるとか
923考える名無しさん:05/01/04 08:58:49
>>922
paraconsistent logic
の研究者には、にわか
ヘーゲリアンが多いよ。w
924やわらか:05/01/04 14:45:51
>>921
サンクス
懐かしい名前がいっぱいだ
「ネオ生茶」「微熱症患者」「OFW」「電波猫」
当時はまだ学生でヘーゲルを理解してなかったから参加できなかったな

おいらはヘーゲリアンに問題ありと考えます
議論などにおいて他者を認めるという作業には"first order logic"が前提となると考えます
矛盾に対するヘーゲルの態度はひどすぎます
あれでは他者なんてない、だから他者を尊重しようとする発想も生まれやしないでしょう
何でも飲み込むアナーキーな壷を想像してしまいます
学問から意味を消失させて荘厳さだけを残してしまった
衒学思考がはびこる原因になったんではないでしょうか
同時に、合理主義や論理を前提とする者がヘーゲルに対してどう理由付けして回避するかは大事な問題に思えます

ポストモダンもヘーゲルの影響は大きいんですかね?
925考える名無しさん:05/01/04 14:46:06
専門じゃないが、分析的な手法になるのは至極自然だと思う。

アカデミック(殊に人文社会科学)な党派なんてのはお遊びに過ぎないでしょうね、滑稽だよ。

学会や研究会は必要だけれどね。なんせ、世の中にはお金が回っていますから(w
926考える名無しさん:05/01/04 15:13:19
と、このように、基本的に分析哲学徒による煽りスレなので、
次スレはいらん
俺はポモの人の弁明を聞きたい。
927考える名無しさん:05/01/04 15:26:30
っていうかポモの人ってスピノザやヘーゲルすらろくに読んでない人多くね?
928921:05/01/04 15:46:01
おいらは弁証法も論理学もわからない厨ですが、これ読んだ市井の人はみんな
じゃ、弁証法って何なの???? と思うでしょう。
どっかのスレで理系の人が「論理学を必修にすべき」って言ってたけど当然だと
思うようになってきた。
当のOFW氏すら(自虐的であるにせよ)トンデモと言わざるを得なかったわけですし。
衒学といえば、ライヘンバッハを知らなかったので検索してみたところ
ttp://www.bun.kyoto-u.ac.jp/~suchii/sci.phil.html
さすがはウチイ先生、といったところでしょうか。
929考える名無しさん:05/01/04 15:58:04
>>926
いや、「分析哲学総合」の次スレだ
930考える名無しさん:05/01/05 07:52:06
なぜDQNは2項対立が好きなのか、
ヘーゲルはこれについてどう言っているか?
931考える名無しさん:05/01/05 09:00:14
first order logic
がそもそもDQNを生む
932考える名無しさん:05/01/05 11:32:54
二項対立キターーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!
933考える名無しさん:05/01/05 11:34:42
次はおそらく 記号論理学と弁証法との抗争の脱構築ですね
934やわらか:05/01/05 13:02:00
>>930
ヘーゲルは何て言ってるんですか?教えてください

ついでに、ウィトゲンシュタインなどはヘーゲルに対してどのような態度をとることになるのですか?
それも興味があります
935やわらか:05/01/05 13:16:54
>>928
弁証法ってのは、現実と理性的なものを同一視するヘーゲルの世界観をそのまま表現したものらしいです
哲学的には異なる実体をひとつに扱っているとか小難しい批判を目にしたことがあります

論理や歴史の見解などから批判できそうに思うんですけどね
「ヘーゲルはトンデモ」という意見を時々見かけますが、おいらもそう思います

ヘーゲルは自分の哲学を、
水泳を学ぶ際に理屈で云々やったところで泳げるようにはならない
理屈+実践的に泳ぐ練習をして、その結果泳げるようになる
自分の哲学はこのように、理屈だけの若さではなく老練なる知恵を出すものだ
と表現してた気がします、『小論理学』あたり

本来、学者が思考しなければならない部分を、時代とか時間の経過に任せて
「未来において異なる意見の対立をうまくまとめるような新しい意見が出る」という態度をもって
新しい意見を考えることを放棄しているように思えます
そのようなことを直接表現すると非難を受けるので、難解な言い回しをしてるようにしか思えません
936やわらか:05/01/05 13:32:00
学者って現代の問題を何とかしようと頑張っているじゃないですか

経済学は不況を何とかしようと考え
医学は病気を何とかしようと考え
物理学は世界を少しでも解明しようと考え
その中で議論をしたり異なる考えが対立したりすることって多々あります
それは研究の一部なんです

ヘーゲルの言葉はそういった学者のまじめな研究を冒涜してるとしか思えません
ヘーゲル的な態度で「二項対立」(?、よく理解してませんけど)を批判するのならば
彼はそれらを統合したジンテーゼについて具体的に説明する義務があるんじゃないですか?

それができないなら、神官は神殿で絶対者の言葉を啓示してればいい



937考える名無しさん:05/01/05 14:29:54
ヘーゲリアンにはまるで自分が一番偉いかのように踏ん反りかえってるヤシがいるからなあ
938考える名無しさん:05/01/05 17:40:47
>ヘーゲルは何て言ってるんですか?教えてください

いや、こっちが聞いてるんですが
939考える名無しさん:05/01/05 18:27:17
誰か次の分析哲学総合スレたててくれよ
940やわらか:05/01/05 19:31:49
>938
ヘーゲルって二項対立について言及しているんですか?
二項対立って何なんですか?
941考える名無しさん:05/01/05 19:39:51
>>940
いや、だからヘーゲルについて知ってそうなあんたに聞いてるんですが。
942やわらか:05/01/05 19:50:00
>941
おいらはヘーゲルは『大論理学』、『小論理学』それと『精神現象学』をほんの数ページだけしか読んだことがないです
あまり知らない方だと思います

それより二項対立について教えてください
二項対立について理解できれば、おいらの持ってる本から関連してるところを探してみます
943考える名無しさん:05/01/05 20:04:51
>>942
え、二項対立の何が分らないの?
944やわらか:05/01/05 20:41:49
>943
まず、二項対立という表現は何を指すんですか?

それと
>なぜDQNは2項対立が好きなのか、
>ヘーゲルはこれについてどう言っているか?

とあるのですが、ヘーゲルは誰を引用して触れているんでしょうか?
ヘーゲルの時代にDQNがいるはずもなく



945やわらか:05/01/06 10:32:33
答える気はなさそうですね
946考える名無しさん:05/01/06 12:23:00
門外漢だけど二項対立ってテーゼとアンチテーゼの構図なんじゃないの?
遊ぶために働くのか、働くために遊ぶのか。
947考える名無しさん:05/01/06 16:01:51
>>945
答える気がなくなったんじゃなくて、
あんたに聞くのやめただけなんだけど
948やわらか:05/01/06 18:30:17
>>947
強がりやめたら?
自分の無能さ晒すのが恥ずかしいんでしょ?
949考える名無しさん:05/01/06 23:08:56
"やわらか"ってこいつなんなの?
950考える名無しさん:05/01/07 11:53:46
なんか厨臭いスレだし、part 2別にいらんだろ。
951考える名無しさん:05/01/07 11:54:46
いらんね。ソーカル厨スレに統合でいいよ
952考える名無しさん:05/01/07 19:37:01
まあまあ、ヘーゲルはトンデモって結論には異論がないみたいだから

これにて   終 了

ってことでいいじゃんか
953考える名無しさん:05/01/07 20:03:06
言語ゲームの理論をリオタールはどのように『ポストモダンの条件』で、援用したのか
どなたかご教授ください。
954考える名無しさん:05/01/07 23:04:36
 ヘーゲルはカントから読んでいけば普通に読めるよ。
ヘーゲルが全然分からないやつって、哲学科とかで本格的な教育を受けてない
だけの話だろ。
955考える名無しさん:05/01/08 00:57:53
分析哲学=一階述語論理だけで哲学史をスルーする連中
956考える名無しさん:05/01/08 01:24:14
>>955
それが当てはまるのは半世紀以上前だけだろ。
957考える名無しさん:05/01/08 01:26:53
半世紀前なら当てはまると思うのは哲学史について(ry
958考える名無しさん:05/01/08 02:14:58
そりゃカルナップ以後が哲学史なんだろw
959考える名無しさん:05/01/08 06:04:13
分析vsポモより英米vs大陸のほうが実がある
960やわらか:05/01/08 11:12:05
>>954
質問
ヘーゲルのカント批判はほんとにカントを批判できているの?
961考える名無しさん:05/01/08 16:36:44
>>960
おまえバカなんだから名無しに戻れ
962考える名無しさん:05/01/08 16:40:17
てか哲学科でもヘーゲル嫌いは普通にいっぱいいるのだが・・・
963考える名無しさん:05/01/08 20:02:49
ほぼ一年に渡り激論が戦わされたこのスレも ヘーゲルはトンデモ という結論に達することができました。
みなさん 一年間本当にお疲れ様でした。
それではまた会う日まで。 サヨナラ サヨナラ サヨナラ
964考える名無しさん:05/01/08 20:14:08
>>960

わりと説得力あると俺は思うな。ヘーゲルの哲学的アイデアはカント批判
と宗教論で極まって、あとは彼は社会批評みたいなことをやった。
 これについては、強引なところもたくさんあるけど、何しろコロンブスの
卵みたいなもので、批判するやつもなかなか無視できないわけだ。

 ヘーゲルを今一番応用して読んでいるのはジジェクだろうけど、ジジェクの
柄谷批判なんか読むと、ヘーゲルのカント批判の応用だよね。
965考える名無しさん:05/01/08 20:35:24
どう言う風に批判しているのかね。
それと、今何故、ヘーゲルなのか聞きたい。
966考える名無しさん:05/01/08 20:38:28
別にヘーゲルは読む価値があると思うけど。
ただOFWが苺でコテンパンにされたとき、「ああ、やっぱり」て感じたも本当だな。
なんか複雑だ
967考える名無しさん:05/01/08 20:42:29
>>966
スレおせーて
968考える名無しさん:05/01/08 21:00:09
 要するに、カントの道徳主義は道徳と人間の欲望をまったく切り離して
しまった二元論だけど、そのような分離は正確にはなされえず、欲望に汚染
されたかたちでしか道徳も考えられないと言う批判だね。
 それをキリスト教の原罪説と結びつけたり、色々やっているわけ。
 ジジェクの柄谷批判も、柄谷の理想主義はすでに汚染されたかたちでしか
成立しないものを掲げているだけだと批判していた。

 ヘーゲルは共同体にとっての道徳というものをつねに堕落してしまったものと
捉え、それを先回りして言い切ってしまう。そこから疎外論の考え方も出てくる。
 汚染されたものとしての道徳、の否定を、そういうかたちであらかじめやってしまうしか
ないと考えるんだよね。
969考える名無しさん:05/01/08 21:02:37
汚染ね。ポリューション(公害)
共同体ってそんなに大事なんだ。
970やわらか:05/01/08 23:18:50
>>968
解説ありがと
カントの道徳論は、道徳を人間の意志と切り離した悟性的なものとして思考している
そのように考えないとヒュームのように道徳に対して悲観的になるからだと思うんだけど

ヘーゲルのカント道徳論批判は
「(カントの道徳論は)思想がたんに主観的であるのみならず総じて客観的であるべきことを要求する点において本来的な意味において実践的である」
ってとこですか?
カントの道徳論は具体的内容に触れていないってことっすか?
971考える名無しさん:05/01/08 23:26:10
 そこはまだあんまり批判的でもないと思うけど、具体的内容に触れていない
というのはヘーゲルの主張だよね。

 小論理学と、法哲学を読むとわりあいはっきりするかも。
972やわらか:05/01/08 23:31:26
>>971
『小論理学』はもってます
>>970の引用は「小論理学」からッス

ヘーゲルの文章って賛成しているのか反論しているのか分かりにくいから読みづらいのです
973考える名無しさん:05/01/08 23:37:08
> 要するに、カントの道徳主義は道徳と人間の欲望をまったく切り離して
>しまった二元論だけど、そのような分離は正確にはなされえず、欲望に汚染
>されたかたちでしか道徳も考えられないと言う批判だね。

「欲望に汚染>されたかたちでしか道徳も考えられない」という
この批判はヘーゲルというよりはスピノザの道徳観なのではないの?
http://homepage1.nifty.com/kurubushi/card10188.html

俺的には、むしろヘーゲルとスピノザの道徳に対する考えの分りやすい違いを教えて欲しい。
974考える名無しさん:05/01/09 00:01:01
ピエール・マシュレなんかの色んな議論があるけど、そりゃ、疎外論が
あるかないかだろう。
975考える名無しさん:05/01/09 00:02:35
107 :考える名無しさん :04/12/31 18:08:44
The Postmodernism Generator
ttp://www.elsewhere.org/cgi-bin/postmodern/
リロードするたびに新たな「論文」が登場。
脱構築学部、平和学部などの名称が・・・w


108 :考える名無しさん :04/12/31 20:46:23
>>107
ワロス.


109 :考える名無しさん :04/12/31 23:05:17
>>107
本当にリロードするたびに新たな論文がでてきたw
GJ

これがあればカルスタ論文などいくらでも生産できます。
カルスタ学者を雇うより安上がりです。
だからカルスタ院生君は就職あきらめてください☆
976考える名無しさん:05/01/15 12:42:58
晒し
977考える名無しさん:05/01/18 00:42:04
 分析哲学っていうのも空洞化してるよなw。ウィトゲンシュタインや
デヴィッドソンが馬鹿にされても、スレが下がるだけでろくに反論もでないぜw。
978考える名無しさん:05/01/18 00:46:21
「2ちゃんねるで馬鹿にされたとき、反論が出るかどうか?」が基準?!
979考える名無しさん
ポストモダンの主要な発表媒体は現在2ちゃんとなっております 2ちゃん以外で発表の場を求めるのは厳しい状況です