なんじゃい?
2 :
参考にしろ!!!:03/11/24 15:46
善人・悪人の概念も人間のつくったものじゃん。
弱肉強食はどっちが悪?
↑
この馬鹿が!
女を監禁して何十時間も拷問するやつ 猫や犬を平気でいじめ殺す
のは悪人だろうが!
善人はやろうとしてもできない!
この馬鹿が!
586 :考える名無しさん :03/11/24 14:17
↑
そのとうり 度合いがある!
切れて人を殴るやつ 文句いつだけのやつ
鉄パイプで 殴り殺すやつ 全然 悪の度合いに差がある!
そんなこともわからんのか!
>>578 587 :考える名無しさん :03/11/24 14:18
訂正
切れて 文句いうだけのやつ
切れて 鉄パイプで殴るやつ
zweiで田舎の小金持ちに
都心の売れ残りオババを渡しちゃったみたいな…
そんな話
4 :
考える名無しさん:03/11/24 16:18
いいこととわるいこと。
絶対悪なら分かる。
しかし絶対善とは何だろう?
7 :
悪人と善人について:03/11/24 22:41
お前ら馬鹿だろ!
悪人は悪人の素質があるのだよ!
女 強姦して無茶苦茶リンチしまくったりするのは天性の悪の素質だろ!
その悪の素質を造ったのは大宇宙創造神だろ!
そんな当たり前のこともお前らにはわかならいのか!
家庭環境とか心の弱さなんて関係ねーよ!(全体の2,3割は関係あるが。。。)
あまりの残酷性は天性の素質。
お前らが犯罪者にならずにすんだのは 単に 悪の素質(天性の残忍性)が
ないからだよ!
このボケどもが!
お前らが強いから犯罪犯さずにすんだわけではないんだよ!
お前らは残酷になりたくても ここまでなれんだろ!
この文章読んでるそこのオマエ!!! お前に言ってるんだよ!
スポーツや芸術も天性の素質が大いに関係する!
それと同じだ!
悪人は悪人になる使命があるのだよ!(たぶん。。。)
そんなこともわからないのか!
全部 大宇宙創造神の責任だよ!
彼が 善悪の木の実を造ったからだよ!
8 :
考える名無しさん:03/11/24 23:00
>>7 女子高生コンクリート詰め殺人の主犯が、結婚して子供作れる法律作った
連中は善人なのか?
↑
犯人と法律を創った人とはなんの関係もありませんが?
何か?
7に思いきり屈折した人生歩ませて、完全無欠でいられるか見てみたいものだ(w
182 名前:悪人と善人について :03/11/24 22:58
↑
屈折した人生を歩んだ人間は 強姦やリンチをするのでしょうか?
日本刀で 右腕切り落とすヤクザは 悪の素質だと思いますが。。
親から愛されない人は 強姦やリンチをするのでしょうか?
そうでない人の方が多いと思いますが 何か?
また親に愛された人でも 強姦やリンチをする人もいますが
何か?
そのようなヤクザも何度も生まれ変わって 俺らのように善人になるのです。
だから霊界はあるのです。
魂は進化するためにあるのです。
11 :
考える名無しさん:03/11/24 23:14
>>9 法律は犯罪を想定して作られる訳ですが、凶悪犯を予め野放しにできる
法律を作ることは、善悪に関係無いとでも言うのですか?
12 :
考える名無しさん:03/11/24 23:22
↑
なんで?
犯罪を取り締まる効果が 法律にはあるよ。
終身刑じゃかわいそうじゃん。
13 :
考える名無しさん:03/11/24 23:24
凶悪犯を予め野放しにできる
↑
でも牢獄から出たい相手を閉じ込めるのは
相手の自由意志に反することだから
深い意味では 悪ではないの?
14 :
考える名無しさん:03/11/24 23:26
凶悪犯を予め野放しにできる
↑
新たに犯罪をそいつが犯しても
殺された人は 因果応報である。宇宙に偶然はない。
(かわいそうだが。。)
15 :
考える名無しさん:03/11/24 23:37
>>12,
>>13 慈悲深いアッラーも、そのように残酷なことはお望みではないようで、
イスラム法では、盗みも3度繰り返すと天国逝きのようです。
>>14 おまいさんも前世のタタリでぶっ殺されんようにな!(w
16 :
考える名無しさん:03/11/25 00:11
>>6 絶対悪を破壊神とするならば、絶対善とは創造神ではないのかな。
17 :
考える名無しさん:03/11/25 00:20
西田幾多郎は、読んだかな?
善悪とは球の軸であるS極とN極のようなもの。
軸はコンパスの針のように固定されておらず、球内で指し示す方向が逆転することもあるのでしょう。
19 :
考える名無しさん:03/11/25 00:39
20 :
考える名無しさん:03/11/25 00:41
SN極の指針の方向性は決まっています。後はコンパスを持つ者が地図と羅針盤を読み取れるかどうかでしょう。
もしかしたら善と思って悪の方向を向いているかもしれません。
そしてまた、北で桜が満開な時があるように。東で嵐が吹き荒れるように。かならずしも指針の善が
プラスであるとは限らない事もあるでしょう。
善悪とは良い悪い、ではなく区分けの"記号"なのかもしれませんね。
個人あるいは集団の利益のための行為を正当化するための手段として
後付け的に善悪が設定されたのではなかろうか?
もしそうなら善悪そのものに本質的意味はないのではないだろうか?
どうだろう?
>>23 同意です。善悪とは現象による後付けにすぎません。存在価値は等価と思います。
価値を見いださない善悪とは互いを否定しあう邪悪と独善ではないのでしょうか。
25 :
考える名無しさん:03/12/10 20:37
善 悪
真と偽はどちらも真である。なぜなら見るものと見られるものは絶えず移動しているからである。
27 :
考える名無しさん:03/12/14 00:08
すべては善ではなく悪です
28 :
考える名無しさん:03/12/14 00:11
自分に都合が悪いものは、悪に思えるわな・・・
29 :
考える名無しさん:03/12/14 00:20
>>23 正当化もなにも、集団の利益は、その集団にとっては、
まごうかたなき善ですが何か?
ぴかぁ〜=「機械的唯物論」者=(-_-)さん=( ´,_ゝ`)ニヒリスト ◆b0CLAO0mX6=我 無 ◆D6djJ/Z9t=兎嗣=自殺スレ1=格坂=死刑スレ867=懲役13年スレ1=Γ ◆m0yPyqc5MQ=骨=シリア=コテハンX=何でも哲学スレの1の思考の特徴
・己の社会的弱さを克服するものとしての、死の礼賛
全ての人間的価値を否定する人間的価値(=自己)の礼賛
・個人が作り出すルールを問答無用に無視するための全体(=自己)主義
・己の論理的弱さへの批判を克服するための、全ての正当化否定
(自分は正しくないと認めるから、あなたも正しくないと認めよ)w
・オウム返し
・論点Aを問題にされて都合が悪くなるとすぐ論点Bや
論点Aを含む全体論にもっていく
・個人の意見として変更可能でないところから意見を語りたがる
そうすると間違いを指摘されないから
例えば「事実」「現実」「原則」「法則」「(事実としての)脳の作用」
「本能」「種の目的=全体主義」など
・とにかく常に正しいところから他人を見下したいという強い衝動に
突き動かされているのがぴかぁ〜
ここでいう正しいとは、世間的・道徳的・倫理的なものではなく
「他人の意見が間違っていると指摘すること」程度の意味
31 :
考える名無しさん:03/12/14 01:06
上位集団の利益に反する場合は?
33 :
考える名無しさん:03/12/14 01:07
34 :
考える名無しさん:03/12/14 01:09
シャープ ◆PeNOTBSFig=ぴかぁ〜
35 :
考える名無しさん:03/12/14 01:09
>>32 結局、ぴかぁ〜を餌にしている粘着だろうが。
36 :
考える名無しさん:03/12/14 01:10
はじめからウザいと言っていたぴかぁ〜=33
粘着
・・ぴかぁ〜だな。
38 :
考える名無しさん:03/12/14 01:12
このスレでの善悪の議論ってぴかぁ〜のそれと同じだよね
まあ同一人物がやってるんだから当たり前だけど
いい加減うざいね
23 :考える名無しさん :03/11/25 15:28
個人あるいは集団の利益のための行為を正当化するための手段として
後付け的に善悪が設定されたのではなかろうか?
もしそうなら善悪そのものに本質的意味はないのではないだろうか?
どうだろう?
24 :シャープ ◆PeNOTBSFig :03/11/25 16:55
>>23 同意です。善悪とは現象による後付けにすぎません。存在価値は等価と思います。
価値を見いださない善悪とは互いを否定しあう邪悪と独善ではないのでしょうか。
どう見てもぴかぁ〜の自演だな。
内容も変な言葉の使い方も。
>>38 剥同
40 :
考える名無しさん:03/12/14 18:29
自分にとって都合のいいの→善
自分にとって都合の悪いの→悪
41 :
考える名無しさん:03/12/14 18:31
自分にとって都合のいいの→善
自分にとって都合の悪いの→悪
都合のいい親・都合の悪い親の判断基準。
認識共有する為の判断基準か。
44 :
考える名無しさん:03/12/15 01:52
自分にとって都合の悪いの→悪
∴
自分にとって都合の悪いの→自分にとって都合の 自分にとって都合の悪いの いの
Tar ◆SQIDAUQYpc = ぴかぁー
ぴかぁ〜=「機械的唯物論」者=(-_-)さん=( ´,_ゝ`)ニヒリスト ◆b0CLAO0mX6=我 無 ◆D6djJ/Z9t=兎嗣=自殺スレ1=格坂=死刑スレ867=懲役13年スレ1=Γ ◆m0yPyqc5MQ=骨=シリア=コテハンX=何でも哲学スレの1の思考の特徴
・己の社会的弱さを克服するものとしての、死の礼賛
全ての人間的価値を否定する人間的価値(=自己)の礼賛
・個人が作り出すルールを問答無用に無視するための全体(=自己)主義
・己の論理的弱さへの批判を克服するための、全ての正当化否定
(自分は正しくないと認めるから、あなたも正しくないと認めよ)w
・オウム返し
・論点Aを問題にされて都合が悪くなるとすぐ論点Bや
論点Aを含む全体論にもっていく
・個人の意見として変更可能でないところから意見を語りたがる
そうすると間違いを指摘されないから
例えば「事実」「現実」「原則」「法則」「(事実としての)脳の作用」
「本能」「種の目的=全体主義」など
・とにかく常に正しいところから他人を見下したいという強い衝動に
突き動かされているのがぴかぁ〜
ここでいう正しいとは、世間的・道徳的・倫理的なものではなく
「他人の意見が間違っていると指摘すること」程度の意味
48 :
考える名無しさん:03/12/21 19:12
善悪とは悪ではないですよね
49 :
考える名無しさん:03/12/21 19:28
ああ、白黒が白でないようにね
50 :
考える名無しさん:03/12/21 19:36
例えば、AがBを殺すとする。
Aから見て、その行為は自分の目的を達成するための「善」の行為である。
Bから見ては、自分の命を奪う「悪」の行為である。
つまり、視点を変えれば善も悪になり悪も善になる。
よって、絶対的な善悪は無いと思う。
51 :
考える名無しさん:03/12/21 19:51
逆にいえば、視点をさだめれば善悪は存在するということだね。
53 :
考える名無しさん:03/12/22 02:09
>>50 >絶対的な善悪は無いと思う。
だからなに?
相対的で悪い?
相対的だからこそ調整が可能なんだよヴォヶ
それとも相対的だから自分が人殺しを善と言ってもいいってか?禿w
そういうのを間抜けな絶対化と言うんだよww
>>53は法律が世界の全てだと思ってる洗脳済み人間。
ご愁傷様。
某大国なんかは正義の名の元に大量殺人をしているんだよww
何万人殺されようとちっとも悲しくないし俺の生活には何の変化もないけどな
56 :
考える名無しさん:03/12/22 15:00
でも何か基準がないと、善いとか悪いさえ言えないと思うが。
57 :
考える名無しさん:03/12/22 15:04
我々人間のあいだには法律を超えて、暗黙の了解のような絶対善や絶対悪の
ような絶対的価値があると思うが。もちろんそれを破る奴も出現するのだが。
59 :
考える名無しさん:03/12/22 17:22
この場合絶対というのは価値に対して言っているのであって、人間の行為に対してではない。
主観だ。
共通認識はねーよ。
みんなが同じ価値観のわきゃねーだろ。
ただ事象があるだけだよ。
そいつをいいとか悪いとかいうのは、言ってる奴の培った価値観による。
しかしおなじよーなすれたてんだなー。悟れよ。
61 :
考える名無しさん:03/12/22 17:51
価値観て家庭環境にもよるよな。
62 :
考える名無しさん:03/12/22 17:52
田舎もんと都会人というだけで価値観違うし。
63 :
考える名無しさん:03/12/22 17:54
頭いいとか悪いとか、運動神経がいいとか悪いとか、
本人の能力によっても価値観違ってくるし。
あと顔がいいとか悪いとかwwww
w
64 :
考える名無しさん:03/12/22 17:59
まずですね、肉体労働者階級、サラリーマン階級、自営階級、インテリ階級、
成金階級、名家階級の5階級の価値観を分析するべきですね。
65 :
考える名無しさん:03/12/22 18:07
ネオナチは極貧虐待家庭出が多いとか。
>>60 だから、価値観が違っても善悪が違うことにはならないよ。
いかなる価値観においても、その価値観に沿うものが善で、
沿わないものが悪であるという点は変わらない。
違うのは価値観だけで、善悪の意味は共通ということ。
価値観は主観だが、その主観に対応する善悪は
客観的に判定可能ということ。
67 :
考える名無しさん:03/12/22 22:22
>>66
>価値観は主観だが、その主観に対応する善悪は
>客観的に判定可能ということ。
んなこたーねえよ。善悪は相対的なもので、絶対的な善も絶対的な悪もないんだよ。
たとえばサリンを振りまいている奴を射殺するのは善か悪か、そんな絶対基準なな
いんだ。価値観とは関係ないんだ。価値観を持ち込めば、宗教観もあるわけだし、
そんなこといってたら収拾がつかない。世の中そう単純に割り切れないんですよ。
>>68 >んなこたーねえよ。善悪は相対的なもので、絶対的な善も絶対的な悪もないんだよ。
善悪が(価値観ではなく)相対的、とはどういうことですか?
同じ価値基準においても、同じことが、善であったり、悪であったりするということですか?
具体的に、どのような場合がそれにあたりますか?
>たとえばサリンを振りまいている奴を射殺するのは善か悪か、そんな絶対基準なな
>いんだ
「多数の生命」を価値基準とすれば、間違いなく善ですよ。
仮に、「多数の生命」が絶対でないとしても、それは、
その価値観が絶対でない、といっているだけに過ぎないでしょう。
>価値観とは関係ないんだ。価値観を持ち込めば、宗教観もあるわけだし、
>そんなこといってたら収拾がつかない。
仮に、価値観を持ち込めば収集がつかなくなるとしたら、
現に、価値観の違いによって、双方の善悪が食い違い、
収集がつかなくなっている状況(パレスチナなど)が存在することは、
逆に価値観が関係することの証拠になるんじゃないの?
70 :
考える名無しさん:03/12/23 21:06
ああ、神よ、私をお許しください
私は今日、お腹がいっぱいになるまで食事をしてしまいました。世界中の飢えている子供たちを差し置いてです。
私には半分その子供たちに分け与える事ができたのにそれをしませんでした。
私は動物も飼育しております。自分の鑑賞のために動物の自由を奪ってしまっています。
野に放すことは容易いのにです。
私は動物を食べる事を仕方の無い事とし、植物は食べても良いと考えてきましたが、
それは勝手に人間が分類しただけで植物も生命である事にかわりありません。これからは
食べる量を少なくしていこうと思います。
これらの事を考えもせず即物的に生きてきた自分を悔い改めます
しかし、時と供にまた忘れ、罪を背負って生きていきます
おお、神よ、お許しください
神よ、MY GOD とは書きません、神を私の所有物にするなど畏れ多い事ですので。
71 :
考える名無しさん:03/12/23 21:14
>>69 割り込みスマソ
二人は言い方が違うだけで同じこと言おうとしてると思われ。
72 :
考える名無しさん:03/12/23 21:28
こんにゃく
>>71 大筋、私もそう思います。
だから、
>>66 への反論として、
「絶対的な善」、「絶対的な悪」を持ち出す
>>68 は何か勘違いをしているんじゃないかと思うんですが・・・。
ですから、
>>69 でいろいろと質問してるわけです。
74 :
考える名無しさん:03/12/23 21:30
心の中に悪がある
>>73 68とは別人なんだが、
勘違いと言うか、経験じゃないかな?
例えば相手が私の理解する相手の善悪理解を裏切るか裏切らないか、
客観的に判断できるものなのかな?
それが出来るとするなら、相手の全てを理解している。
という事が前提になっている。
神ならぬ身の人間には不可能のような気がするけど。
>>75 >勘違いと言うか、経験じゃないかな?
>例えば相手が私の理解する相手の善悪理解を裏切るか裏切らないか、
>客観的に判断できるものなのかな?
その「予想」ができるかできないかが、この問題と何か関係あるのですか?
>それが出来るとするなら、相手の全てを理解している。
>という事が前提になっている。
>神ならぬ身の人間には不可能のような
それは、まったくそのとおりですが、それが、
この問題と何か関係あるのですか?
77 :
考える名無しさん:03/12/24 04:38
善悪は主観だ。
悟れ。
善悪などという分類自体、利便性において価値は見出せるが、その分類と自己の価値観や社会通念
などとの葛藤に苦しむ材料ともなりかねない。
絶対的善悪を主張したい人は絶対的な善、悪の具体例を提示しな。
それに対する反論が不可能な状態でない限り無意味だ。
>>66 >価値観は主観だが、その主観に対応する善悪は客観的に判定可能ということ。
つまり、善悪はそいつの主観ということではないのか?
共通認識が存在しないことを理解したらどうかな。世界は広い。狭い共同体の風俗習慣
を根拠とした思考はその中でしか通用しない。
>>79 だから、「絶対善」も、「絶対悪」も、誰も主張してないんだが。
>つまり、善悪はそいつの主観ということではないのか?
そのとおり。
>共通認識が存在しないことを理解したらどうかな。世界は広い。狭い共同体の風俗習慣
>を根拠とした思考はその中でしか通用しない。
主観であったり、共通認識が存在しなかったり、風俗習慣にもとづいたりしているのは、
価値観の方であって、価値観と善悪の関係は常に一定だよ。
どのような風俗習慣においても、そこでの価値観に沿うものが善で、
それを損なうものが悪だ。
だから、そこでの風俗習慣や共通認識がどのようなものであるかを
正しく知ることができれば、そこでの善悪が何であるかは、
客観的に判断可能だ。
81 :
考える名無しさん:03/12/26 00:11
82 :
考える名無しさん:03/12/26 00:26
>>80 >だから、「絶対善」も、「絶対悪」も、誰も主張してないんだが。
「だから」は余計だね。「絶対」の付帯した「善悪」に関しては君に対するレスではないだろ。
>どのような風俗習慣においても、そこでの価値観に沿うものが善で、それを損なうものが悪だ。
なるほど君は頭がいいな。君のとらえている善悪は、おれの主張することと同じようだね。
でもそれなら 善悪はその集合体の価値観に付随して発生する変動可能な「何か」 という定義付けかな?
君にとって「何か」には何を当てはめれば納得いく?
>だから、そこでの風俗習慣や共通認識がどのようなものであるかを
>正しく知ることができれば、そこでの善悪が何であるかは、
>客観的に判断可能だ。
それは一般的に知られているのではないかな。
結局人が依存したくなるような価値観(だと思うけどね)である善悪には絶対的なものがないから
人は迷いに苦しむんだよ。
そういうことを含んだスレじゃないのかい?
84 :
考える名無しさん:03/12/26 12:09
>>83 >人は迷いに苦しむんだよ。
お前一人で苦しんどけ!
85 :
考える名無しさん:03/12/26 12:17
善悪は社会的、共同体的なもんでしょ。
>>84 >お前一人で苦しんどけ!
そいつの苦しみは本人にしかわからない。おまえに言われるまでもない。
けちをつける前におれのレスの意図を理解してのものかどうか自分にきいてみな。
>>85 そうだよ。こんなスレいまだに立てたり、よくわからないといったレスがあるということは
そういう認識が希薄だからだろう。
善悪というのは社会的、共同体的なものが従う文法みたいな
もんじゃないのかな?
88 :
考える名無しさん:03/12/26 13:44
善も悪も、善と言われて悪を、悪と言われて善を
思う人はいない。善は善、悪は悪でしかないという意味では
善悪は絶対ではないしょうか。
善としか言いようのない絶対的な事象があるのかを話し合っているだけですよね。
社会的、共同体的コンテキストを無視して善悪論じても意味ないでしょ。
キリスト教みたいな宗教ですら契約という社会的、共同体的コンテキスト
抜きには語れないし。
>>88 >善も悪も、善と言われて悪を、悪と言われて善を思う人はいない。
それは君の思い込みではないか。君は全ての人の思考を知ることが出来るのかな。
>善は善、悪は悪でしかないという意味では 善悪は絶対ではないしょうか。
そう思うのは自由だが、善悪のとらえ方は主観によると思うよ。
>善としか言いようのない絶対的な事象があるのかを話し合っているだけですよね
スレタイには善悪とは何かとあるから、ちょっと違うんでないか。
91 :
考える名無しさん:03/12/26 16:20
善いと悪いとを使い分けている時点で誰もが善いと悪いを解っている
のではないでしょうか。
主観によるとらえ方とはある事象を元にした善悪であって
それはもう一方の言われるとおり価値観にあたるものではないでしょうか。
善いの意味は善いでしかない。
主観に沿うものが善〜という時、その文の意味が理解できてしまう
以上、誰にも共通だと言わざるを得ないかと・・。
92 :
考える名無しさん:03/12/26 16:31
善悪は偏見の塊
93 :
考える名無しさん:03/12/26 16:34
ちなみに善悪を具体化しようとするからおかしくなるのでは
ないでしょうか。
本来、善悪とは何かと言われればそんなモノはどこにもなく
ただの言葉である、と。月並みですが・・。
>>83 >「だから」は余計だね。「絶対」の付帯した「善悪」に関しては君に対するレスではないだろ。
そうなんですか、わかりました。
>なるほど君は頭がいいな。君のとらえている善悪は、おれの主張することと同じようだね。
>でもそれなら 善悪はその集合体の価値観に付随して発生する変動可能な「何か」 という定義付けかな?
もちろん、違うよ。
>それは一般的に知られているのではないかな。
>結局人が依存したくなるような価値観(だと思うけどね)である善悪には絶対的なものがないから
>人は迷いに苦しむんだよ。
わたしは、価値観と善悪は別のものだといったはずだが。
人が迷ったり苦しんだりすることについては、このスレのテーマではないし、
私自身も、このスレの議論に限っては関心が無い。
95 :
考える名無しさん:03/12/26 18:09
善とは自己概念を優しく誠実に慈しむ行為の総体。
社会の価値観に沿った云々はあくまでその延長線である。
悪とは自己概念を唾棄し吐き捨てるべき行為の総体。
だから個人にとって善なのが、社会にとって悪とは往々にしてありうる。
その場合個人は社会の価値観に合わせるべく、行動を制御しなければ
ならないだろう。
依存を悪とする思想はアングロサクソン的な臭いを感じる。
私には受容出来ない。
結論:全人類共通の善悪なんて存在しない。
共通の善悪は存在しないが、それは、
君について善悪が存在しないということではない。
君が何の願望も持たない、魂の抜け殻のような人間で無い限り、
君にとって、良い行動、悪い行動というのは存在するし、
それから逃れることはできない。
将来、自分の望む仕事がしたければ、今、勉強しなければならないし、
安寧な社会生活を送りたければ犯罪を犯してはいけない。
君に勉強しろとか、悪いことをするなとかいう人は、
君が、「将来、自分の望む仕事がしたいだろう」、
「安寧な社会生活を送りたいだろう」という予想のもとに、
そのような忠告をしてくれるのであって、
実際にそのように「君が」望んでいるのであれば、
忠告するひとが判断を誤っていない限り、
それは明らかに君にとって善であり、悪であるのであって、
君と同じように望まない人がいる可能性をいくら振りかざしたところで、
それらの忠告の妥当性は微塵も揺るがない。
善悪という二つの方向を持っていると言う保証は何処に有るのか?
>>99 ないだろうね。
まことしやかに善悪の存在を語るのは容易い。善悪が一個人に芽生える形成状況を把握すれば
善悪の本質が見えるだろう。
基本的に生誕時に善悪の認識などあろうはずもない。快不快などで自分を環境に適応させる
術を学ぶ。
成長過程で親などに褒められたり叱られたりすることにより、自分の快不快と親などの要求
する「善悪」が必ずしも符合しないことを学習する。当然ストレスも受ける。
そうやって理不尽(ストレス)を感じつつ身につけた善悪という認識に対して、ことあるごとに
疑問を抱くのはある種必然だろう。
社会通念であろう善悪は言い方は不適切だが、利用すべきものであるが、絶対的なものでもなく
当然自分の中の「良い悪い」と一致するものでもない。
善悪に依存して自分の生き方を見失うことを危惧する。
>>100 >善悪に依存して自分の生き方を見失うことを危惧する。
危惧する、というのは、「自分の生き方を見失う」ことが
「悪い」ことだからじゃないの?
そうでないなら、なぜ「危惧」するの?
ふと、危惧したくなって危惧する事を否定されちゃった。
>>101 良い悪いは主観だよ。
おれは人が自分の気持ちと善悪(と思い込んでいること)との折り合いがつかずに苦しむ
様子が好きではない。でもそれはおれの気持ちだ。
本人が「いい」と本当に思っているなら仕方ない。
だから危惧するのはおれであって、君にはどうでも良いかもしれない。
きみは善悪が主観だという意味はわかっていたのではないかな。
「おれにとっての」悪(というほどでもないが)というなら君の指摘通りだよ。
でも他の人はおれと同じとは限らないだろ。随分くだらないところで突っ込むね。
>>103 >おれは人が自分の気持ちと善悪(と思い込んでいること)との折り合いがつかずに苦しむ
>様子が好きではない。でもそれはおれの気持ちだ。
そう、それは、君の主観だ、そして、その主観において、
「人が自分の気持ちと善悪(と思い込んでいること)との折り合いがつかずに苦しむ」
ことは悪であって、
「おれは人が自分の気持ちと善悪(と思い込んでいること)との折り合いがつかずに苦しまずに済む」
ことは善だね。
>だから危惧するのはおれであって、君にはどうでも良いかもしれない。
つまり、君にとっては悪いことなんだろう?
違うのかな?
つまり、君の主観的希望に「沿うもの」が「善」であり、「沿わないもの」が「悪」であるということは変わらない。
私においても、私の主観的希望については私の主観的希望に「沿うもの」が「善」であり、「沿わないもの」が「悪」であり、
それ以外の誰にとってもその人の主観的希望については同じことがいえるはずだ。
そして、君が主観的希望をもっていて、それをそれを損ないたくない、かなえたい、
と望むのならば、行動や物について、それが、
その希望を損なうかどうか、かなえるかどうかは、おのずと決まってくる。
これは、個人の主観とは関係の無いものだ。
>>104 >そして、君が主観的希望をもっていて、それをそれを損ないたくない、かなえたい、
>と望むのならば、行動や物について、それが、
>その希望を損なうかどうか、かなえるかどうかは、おのずと決まってくる。
折角の書き込みだが、残念ながら文意がわからない。
主語、述語、目的語などを明確にして、一文で伝えにくければ二文以上に分けて欲しいな。
>これは、個人の主観とは関係の無いものだ。
よって指示語が何をさしているか不明確だ。
おれが主観といっているのは「善悪の規定」についてであって、その後の事象に関しては
何も語っていないよ。しっかりしてね。
>>105 >折角の書き込みだが、残念ながら文意がわからない。
>主語、述語、目的語などを明確にして、一文で伝えにくければ二文以上に分けて欲しいな。
君が、主観的希望を、持っているとする。
その場合、その主観的希望についての善悪は、客観的に判断可能だ。
といっているのだが、わからないかな?
>>106 >といっているのだが、わからないかな?
そう書いてもらえると君の文意は伝わる。つまり文意はわかった。
でも、きみのいう客観的に判断可能かどうかは、判断する人の主観でしかない。
ということは理解できる?
また、君の指摘通り俺の希望の善悪の客観的判断がでるとして、「できること」と「善悪が
主観というおれの主張」との絡みは何?
大丈夫かい?
>>107 >でも、きみのいう客観的に判断可能かどうかは、判断する人の主観でしかない。
>ということは理解できる?
私は、「誰がやっても同じ条件で行えば、同じ結果を得られる経験則」
(代表的な例は、自然科学の法則など)に基づいて判断可能である、
という事実を根拠に、
「客観的に判断可能」である。
と主張している。
君はこのように、客観的観察事実を根拠にした判断が、
判断した人間の主観であると主張するわけだね。
そうすると、自然科学の法則全般も、
判断する人間の主観に過ぎないということになるが、
君はそのようなことを主張しているのかね?
>また、君の指摘通り俺の希望の善悪の客観的判断がでるとして、「できること」と「善悪が
>主観というおれの主張」との絡みは何?
客観的できる以上、善悪は主観ではないということだよ。
>私は、「誰がやっても同じ条件で行えば、同じ結果を得られる経験則」
呆れますねぇ
>>109 確かに。ちょっとやばいかも。
>>108 >「誰がやっても同じ条件で行えば、同じ結果を得られる経験則」
いいたいことはわかるが、極めて根拠が希薄だよ。
人の思考にそいつが当てはまるという根拠はあるの?
>君はこのように、客観的観察事実を根拠にした判断が、判断した人間の主観であると主張するわけだね。
むろんだ。そんなこともわからずに生きている君は、思い込みときめつけで君の目にする事象を判断して
苦しんでいないのかな。
>そうすると、自然科学の法則全般も、判断する人間の主観に過ぎないということになるが、君はそのようなことを主張しているのかね?
そんな極論を主張していないだろうが。人の気持ちは他人には「推測は可能」だが、所詮「わからない」ということをいっている。
ちなみに、自然科学の法則全般に観測者の主観が入るのは事実だ。また、絶対でもない。極めて再現性が高いので利用価値が高いのが科学的に
実証されたとされるものだ。でも絶対ではない。
>客観的できる以上、善悪は主観ではないということだよ。
客観視できると書きたかったのかな?
客観視できたところで、それが被観測者の思考と合致しているかどうかはわからないだろうが。
君が客観視したものを君はそのまま信じるのかよ。そういうのを思い込みと言って、
冷静な判断の最大の妨げとなることを知らないのかね。
>>110 >そんな極論を主張していないだろうが。
>人の気持ちは他人には「推測は可能」だが、所詮「わからない」ということをいっている。
他人の気持ちが分からないことが、何か関係あるのかな?
ある人が何を望んでいるかは、他人にはわからない、それは事実だ。
だが、望んでいることは、それ単体では善でも悪でもないよ。
>ちなみに、自然科学の法則全般に観測者の主観が入るのは事実だ。
>また、絶対でもない。極めて再現性が高いので利用価値が高いのが科学的に
>実証されたとされるものだ。でも絶対ではない。
もちろん、ヒューム的な不可知論をもちこめば、絶対なものはなくなるよ。
そういう意味で「善悪は不可知である」と君が主張するなら、私もそれには同意だ。
>客観視できると書きたかったのかな?
違うよ、「客観的に検証可能」といいたかったのだ。
>客観視できたところで、それが被観測者の思考と合致しているかどうかはわからないだろうが。
だから、非観測者の思考(願望、主観的希望)そのものは善悪ではないといっている。
何か勘違いをしているようなので、補足すると、
>君が、主観的希望を、持っているとする。
>その場合、その主観的希望についての善悪は、
その主観的希望の内容が明らかならば、
>客観的に判断可能だ。
ということだよ。
私は、「君の主観的希望」が客観的に判断可能だなんていっていないよ。
>>111-112 言い逃れにしか見えない。
>その主観的希望についての善悪はその主観的希望の内容が明らかならば、客観的に判断可能だ。
それを判断する君の基本には何があるのかな?
つまり、善悪を判断する基本だ。社会的に?その家庭内で?その人のストレスを無くすため?
そのようなことで善悪の判断は困難になる。というか意味もない。
法規的に結論を出すことすら困難なことは知っていよう。
事象に関するとらえ方は一様ではない。
客観的に判断可能なのはわかるが、それが被観測者の思考基盤を含めた上での願望を考慮した
「善悪」と一致しない限り無意味だ。
気づけ!
>>113 >事象に関するとらえ方は一様ではない。
>客観的に判断可能なのはわかるが、それが被観測者の思考基盤を含めた上での願望を考慮した
>「善悪」と一致しない限り無意味だ。
もちろん、被観測者の主観的希望(君の言い方ではおそらく、「被観測者の思考基盤を含めた上での願望」)
は明白であることを前提にしてるよ、
>>112 で明言したはずだ。
その上で、「被観測者の主観的希望」それ自体は善悪ではない
(つまり、「被観測者の思考基盤を含めた上での願望」を判断することは善悪の判断ではない)
といっている。
その希望について、それをかなえるものが善で、損なうものが悪なのであって、
そのことは、当人の主観とは無関係に決まる、といっているのだよ。
年末年始、帰省する。
>>114 >その希望について、それをかなえるものが善で、損なうものが悪なのであって、
>そのことは、当人の主観とは無関係に決まる、といっているのだよ。
わかってるよ。君がそういってるのはね。
そしてそれが君の思い込みだといっている。
善悪を決めるのは一つの価値観でしかない。君が決める場合も何らかの一つの価値観に頼らざるを得ない。
その価値観を選択するのは決める人の主観だ。絶対ではない。
また、君が善悪を決めたとしても、それは君の思考内の事でしかない。
被観測者にとっての「善悪」と合致するとは限らない。
君が誰かを宇宙人だと決め付けることは容易だろう。事実われわれは宇宙の住人だ。
でもそれは絶対的な価値観でもなければ、意味もない。地球人だとか日本人だと主張する人には無意味だ。
善悪を判定するのは容易だ。しかし意味がない。善悪を利用して被観測者が前向きに生きるなどの
道具にする程度の意味合いでしかない。
そのようなものに多くの人が囚われて苦しんでいることを知っているだろう。
客観的に自分勝手に善悪を判定する意味はなんだい?
>>116 >そしてそれが君の思い込みだといっている。
>善悪を決めるのは一つの価値観でしかない。君が決める場合も何らかの一つの価値観に頼らざるを得ない。
君の主張によると、こうなる。
君の彼女が「やせたい」と思っていたとする。
しかし、君の方は、彼女にもう少し太って欲しいと思っていたとする。
この場合、「やせたい」は彼女の主観、彼女の価値観であり、
「太ってほしい」は君の主観、彼女の価値観だね。
そうすると、
彼女は食事を控えめにとろうとするだろう。これが彼女の善だ。
そして、君は彼女に食事を十分とって欲しいと思うだろう。これが君の善だ。
従って、彼女の善と君の善は、ここで、異なる。
こういうことを君はいっているのではないかね?
>>117 それは君が主張していることに対して、おれが反論している内容の一例ではある。
断っておくが、おれの主張はそういうものでもない。
上の例で考えよう。
>彼女は食事を控えめにとろうとするだろう。これが彼女の善だ。
>そして、君は彼女に食事を十分とって欲しいと思うだろう。これが君の善だ。
それは短絡的判断だ。
彼女は本心でやせたいと思っていたところで、減量が体に悪いという知識があれば必ずしも
善とはとらえていないかもしれない。
おれも彼女が望む体型目指して努力する姿をこころから悪とはとらえないかもしれない。
そういうことをいっている。
善悪はとらえかたでいかようにも変化するし、基本的に善悪は幻影でしかない。
物事の判断時に拠り所と「したい」ものだ。
だが、実在はしない。
そういってんだよ。わかりる?
>>118 なるほど、ではこれではどうだね?
彼女が食事を控えめにとろうとするのは、
彼女の「やせたいという主観的希望」についての善だ。
君が彼女に食事を十分とって欲しいと思うのは、
君の「太って欲しいという主観的希望」についての善だ。
しかし、彼女の主観的希望も、君の主観的希望も、
新しい知識を得たり、いろいろな経験をした結果変化するかもしれない、
従って、これらの「主観的希望についての善」は必ずしも、
その「主観的希望を持った当人」の善であるとは限らない。
>>119 その通りだ。
>彼女の主観的希望も、君の主観的希望も、
>新しい知識を得たり、いろいろな経験をした結果変化するかもしれない、
ここが大事なところではないかな。
平家物語の冒頭の諸行無常だよ。
客観的に判断するのは容易なんだけど、それは対象となる事象の一面をとらえたものでしかない。
だから、それでなにか(例えば善悪)がわかったつもりでも、あまり意味はない。
むろんそういう作業(事象の客観視による判定)がしたければ、その人の自由だ。
面白いだろうし、ずばり当たれば愉快だ。でもそれだけのことではないかな。
善悪は方向性を決定する目安だ。自分の都合のようにいくらでも変化しうる。
>>120 >その通りだ。
では、それを踏まえて、君がそこで、いっているような点についての、
わたしの主張を言い直すならば、次のようになる。
全てのにとっての善などというものはありえない。
なぜなら、人によって価値観は違うからである。
また、ある人一人についてさえ、常に善であるということはありえない。
なぜなら、人の価値観は変化していくものだからである。
そして、個々の人の価値観、ある人のある時点で価値観、
それ単体では善悪ではない。
なぜなら、その善悪を決める基準が無いからだ。
善悪は、ある1つの価値観ないし、主観的希望などをの基準を、
明確に定めたとき、その基準について決まるものであって、
同じ対象(行為、事物など)について善悪を判断したとしても、
ある基準で決まった善悪が、別の基準においても通用するわけではない、
別の基準では別の善悪が存在する。
つまり、全ての基準において通用する、
絶対的な善悪というものは存在しない。
>>66 の発言は、以上を前提として、なされたものだよ。
>>121 訂正、まだあるかもしれんが。
×全てのにとっての善などというものはありえない。
○全ての人にとっての善などというものはありえない。
5W1Hが客観だとは思えないね。ま、60の御手並み拝見。
>>121 わかってるよ。
>>80で書いたように君とおれは同じことをいっていると思った。
君の主張をよく整理したらどうかな。
>>66には善悪が客観的に判断できる旨が記載されており、先だってまでも君は同等の主張を
繰り返していた。
>つまり、全ての基準において通用する、絶対的な善悪というものは存在しない。
見事におれの主張と同じだ。そして、ここから導き出された事柄がおれと君では食い違っているように映るわけだ。
おれは、善悪は主観だ といい、君は 善悪は客観的に判断可能 といっている。
客観と主観が相反する用語として認識されているため、おれと君の意見までが真っ向から対立しているように感じるかもしれない。
おれは何度も書いてきたが、客観視は充分可能だが、意味がないと主張している。
わかるかな?
>>123 君は帰省すると書き込んだ人じゃないのかな。
スレ違いだけど、一個人にとって基本的に重要(だと本人がある種無意識に思い込んでいる)なのは
その人の主観であり、それこそが結局絶対(だと本人は思いたい)なんだと思う。
主観は常に変化する可能性があるし、さまざまな経験によって培われるため人によって全く異なるものだ。
同じ事象のとらえ方が人によって異なることを考慮すれば、共通の認識などというものが幻想であることは明白だ。
君が94じゃないなら、なんか書き込んでよ。
おれの書き込みは今年は今日までだけど、後で見るから。よろしゅう。
>>124 >わかってるよ。
>>80で書いたように君とおれは同じことをいっていると思った。
であれば、私の言う「善悪」とは、「全ての基準において通用する、 絶対的な善悪」
ではない、
ということを君は理解できてるはずだが、
>君の主張をよく整理したらどうかな。
>
>>66には善悪が客観的に判断できる旨が記載されており、先だってまでも君は同等の主張を
>繰り返していた。
を読む限り、どうもいまだに勘違いをしてるようだ。
私は前提なしの単なる「善悪」が客観的に判断できる、などとは、一度もいっていないよ。
君がそのことに気づいていないようなので、
>>121 で、「全ての基準において通用する、 絶対的な善悪は存在しない」ことを前提にしている、
ということをわざわざ説明したんだが、まだ理解できないかね?
>>125 帰省先から残業にネカフェで繋いでいる(いた)から、
思うように発言できないし援護も出来ない。御免。
善悪は本質的に捻れているんだと思う。
例え60さんと違って不完全性定理を理解できたとしても、
94さんと違って順序化された善悪を私は認められないと考える立場。
94さんに論争をふっ掛けようとしたら非常に大変だから
115で帰省報告しておいたんだけど…
結局60さんは94さんの術中にはまっちゃってるね。
>>126 >まだ理解できないかね?
しているつもりだけど、していないと君が主張するなら、根拠と主張したい内容を明確にしなよ。
もう一度引用を使わず、自分の言葉で主旨を明確にしてね。
>>127 >結局60さんは94さんの術中にはまっちゃってるね。
そうなんだね。どんな術か楽しみだよ。
善悪やいいわるいによる呪縛(とらえ方)が人の生き方を左右している。
94が何いってんのかわからないけど、自己主張する奴には付き合うよ。
善悪の認識を決め付けている人にも参考になるかもしれないしね。君も出来たら付き合って欲しいな。
>>128 その前に、議論を少し軌道修正すべきだと思うが。
このスレは「善悪とは何か」を考えるスレであって、「善悪は客観的に判断可能か」を語るスレでも、
「善悪をどう扱うべきか」を語るスレでもないのではないだろうか?
誤解していたら申し訳ないが、君は「善悪とは主観だ」と主張しているのではなかったかね?
それに対して、
私は
「主観的希望」に対して、それをかなえるものが善で、それを損なうものが悪である。
主観的希望自体は善でも悪でもない。
と主張していたのだ。
スレの趣旨からいえば、論点はこの点に絞るべきではないだろうか。
>>129 >その前に、議論を少し軌道修正すべきだと思うが。
なるほど。
>このスレは「善悪とは何か」を考えるスレであって、「善悪は客観的に判断可能か」を語るスレでも、
>「善悪をどう扱うべきか」を語るスレでもないのではないだろうか?
そうともいえるし、そうとは限らないともいえる。
>誤解していたら申し訳ないが、君は「善悪とは主観だ」と主張しているのではなかったかね?
誤解のないように何度も書いてきたとおりだよ。
>「主観的希望」に対して、それをかなえるものが善で、それを損なうものが悪である。主観的希望自体は善でも悪でもない。
それは知っているよ。
>スレの趣旨からいえば、論点はこの点に絞るべきではないだろうか。
「べき」かどうかは知らないが、そうしたいならそうしようか。
さて、主観的希望を叶えるものが善と君が主張したい気持ちは推し量るに余りあるが、
それは君の考え方であって、一般的な善悪のとらえ方はそのようなものではない。
また、それは君の思い込みでもあり、そのような思い込みで何を語りたいのかが不明。
>>116に記したのがおれが善悪主観論?を主張する理由だ。
君の主張理由を述べよ。
>>130 私の提案を受け入れてくれてありがとう。
>さて、主観的希望を叶えるものが善と君が主張したい気持ちは推し量るに余りあるが、
厳密に言えば、「主観的希望を叶えるもの」は「その主観的希望について善」だということだよ。
なぜなら、「あるひとつの主観的希望」をかなえるものが、
「別の主観的希望」をもかなえるとは限らないからね。それどころか、却って損なうかもしれない。
それゆえに、善悪とは、なんらかの目的について個別に存在するのであって、
目的を限定せずに、無条件にいえる善悪というものは、存在しない、といっているのだ。
>君の主張理由を述べよ。
私の主張理由は、もちろん、一般的な善悪のとらえ方が実際にそのようなものだからだよ。
>>131 >それゆえに、善悪とは、なんらかの目的について個別に存在するのであって、
>目的を限定せずに、無条件にいえる善悪というものは、存在しない、といっているのだ。
何度も言う必要があるんだな。君がそう主張しているのは知っている。
>私の主張理由は、もちろん、一般的な善悪のとらえ方が実際にそのようなものだからだよ。
それは君の主観的理由ではないだろ。一般的にそうとらえられているようだから、そう主張するのかい?
生育過程で善悪(その風土によって異なる)を植え付けられているため、君の主張している本質的な善悪(自分の
思いを遂げることが善)の認識がないと(多くの日本人はなさそう)苦しむんだよ。
だから、本質的には君の主張どおりであり、もっといえば「ことば」と「イメージ」が存在するだけで
本来「善悪」「いいわるい」は「ない」。
君は何がしたいんだ?その主張から何かを導きたいわけでもないのかな。
主観的希望を叶えることがその主体にとって善なのはいつだい?達成する過程?達成した瞬間?
善の一般認識はそのようなものではないだろう。
一般的に善は「よいこと」だよ。
君の取り上げたダイエットで明白だ。やせることが主体の目的であっても健康を害する認識があれば
必ずしも主体にとって願望を叶えることは善という認識にはならない。
君の主張している「善」は「目標達成のための適切な方法」だ。
あくまでも「善」は「いいこと」という認識だ。その違いはわかるな。
>>132 >それは君の主観的理由ではないだろ。一般的にそうとらえられているようだから、そう主張するのかい?
もしかすると、「私の主張の根拠」ではなく、「私が主張を行う理由」を聞いているのか?
それは、ここがそういうスレだがらだが。
>だから、本質的には君の主張どおりであり、もっといえば「ことば」と「イメージ」が存在するだけで
>本来「善悪」「いいわるい」は「ない」。
なぜ、私の主張から「もっという」と「本来「善悪」「いいわるい」は「ない」。」という結論につながるのか
よく分からないが。
>君は何がしたいんだ?
>その主張から何かを導きたいわけでもないのかな。
私はスレの趣旨に沿って発言してるだけだよ。
スレタイおよび、
>>1 の内容を見る限り、そんな話をするスレじゃないと思うが。
>>132 >主観的希望を叶えることがその主体にとって善なのはいつだい?達成する過程?達成した瞬間?
1つの主体は、複数の主観的希望を持ちえるし、それらが矛盾していることは往々にしてある。
従って、ある「主観的希望についての善」が、「その主観的希望を抱く主体についての善」
とは必ずしもならないだろうね。
>善の一般認識はそのようなものではないだろう。
そのようなものだと思うが。
>一般的に善は「よいこと」だよ。
そうだね、そして「よいこと」とはまさに、私がいうようなことだね。
>君の取り上げたダイエットで明白だ。やせることが主体の目的であっても健康を害する認識があれば
>必ずしも主体にとって願望を叶えることは善という認識にはならない。
まあ、一般には「健康」という「主観的希望」は、一般的なものだと認識されているからね。
そして、「健康」という「主観的希望」は、「やせる」という「主観的希望」よりも、
優先すべきものと認識されているから、当然だろう。
>君の主張している「善」は「目標達成のための適切な方法」だ。
>あくまでも「善」は「いいこと」という認識だ。その違いはわかるな。
まあ、方法に限らないが。
だから、その「違い」をちゃんと説明してくれたまえ。
>>134 >だから、その「違い」をちゃんと説明してくれたまえ。
>>君の主張している「善」は「目標達成のための適切な方法」だ。
>>あくまでも「善」は「いいこと」という認識だ
という説明では足りないのかい。
君の善は主観的希望に沿う方向性をもった行為だろ。
一般的には「いいこと」が善。「いいこと」とは「決まりきった正しい行為」的なこと。
そんなものがないことを多くの人は知らない。それを君が理解していないようだね。
>という説明では足りないのかい。
適切な方法とは、その目的について「善」である行動であって、
その目的について「いいこと」だ。
両者に違いがあるとは思えないが?
>君の善は主観的希望に沿う方向性をもった行為だろ。
行為に限定していないが。
>一般的には「いいこと」が善。「いいこと」とは「決まりきった正しい行為」的なこと。
「「決まりきった行為」的なこと」というのは、具体的にはどういうことだろう。
それは、私の言う善とは、どのような点で異なっているのだね?
>>136 >適切な方法とは、その目的について「善」である行動であって、
>その目的について「いいこと」だ。
>両者に違いがあるとは思えないが?
両者とは何をさしている?「善」と「いいこと」かな?その意味合いは説明してあるけど。
>「「決まりきった行為」的なこと」というのは、具体的にはどういうことだろう。
>それは、私の言う善とは、どのような点で異なっているのだね?
「決まりきった行為」的なことを具体的にいうと、「笑顔」「褒める」「認める」「挨拶を交し合う関係」
「素直」「優しい行為」「明るく元気な声」など、もうわかるだろ。
これは君のいう善かね?(94風に)
>>137 >両者とは何をさしている?「善」と「いいこと」かな?
そうだね。
>その意味合いは説明してあるけど。
で、違いは?
>「決まりきった行為」的なことを具体的にいうと、「笑顔」「褒める」「認める」「挨拶を交し合う関係」
>「素直」「優しい行為」「明るく元気な声」など、もうわかるだろ。
それらは、どういった点において、
「「決まりきった正しい行為」的なこと」
であるといえるのかね?
>これは君のいう善かね?(94風に)
もちろん、それらは単体では善でも悪でもないね。
>>138 >それらは、どういった点において、
「「決まりきった正しい行為」的なこと」
であるといえるのかね?
君が実際多くの人にアンケートをとればわかるよ。いいことや正しいことなどについて
思い浮かぶものを言ってみてもらってもいい。おれのあげた例をどのような印象で受け止めるかを
聞いてもいい。(この場合、おれが使った「いい」が君のいう「善」だろ)
すぐにわかるよ。
>もちろん、それらは単体では善でも悪でもないね。
そうだろ。多くの人は君のような考えで「善悪」をとらえていない。
いいことがなんだかよくはわからないけど「厳然とある」と考えている人が多いことを知ったら?
>>139 >すぐにわかるよ。
それらは、多くの人の一般的な主観的希望(「平穏な社会生活」など)に沿っているから、
アンケートをとれば、多くの人が「善」であると答えるだろうね。
そして、一般的でない主観的希望を持つ人(「闘争こそが生きがいだ」など)
に聞けば、異なる答えが返ってくるだろう。
異なる主観的希望、あるいは、個々の主観的希望の優先度が異なる人に聞けば、
個々の事柄について善悪の評価は異なるだろう。
でも、主観的希望の内容にかかわらず、すべての人が、主観的希望に沿うかどうかによって、
善悪の評価を決めていることは、共通するはずだ。
アンケートをとれば明白だね。
>そうだろ。多くの人は君のような考えで「善悪」をとらえていない。
多くの人は、一般的(とその人が考える)主観的希望を前提にして善悪を判断しているというだけのことだろう。
その証拠に、一般的でない状況や立場(葬式とか戦争とか)を前提にした場合、同じ人でも、
それらについての善悪の評価は変わってくるはずだ。
君も言ったように、同じ人においても、1つの事柄についての善悪は変化する、
それは、状況や立場によって主観的希望は変化するからだ。
もしも、善悪が私のいうようなものと違うとその人が考えているのであれば、
主観的希望が変化しても、その人の善悪は変わらないはずだ。
>もしも、善悪が私のいうようなものと違うとその人が考えているのであれば、
>主観的希望が変化しても、その人の善悪は変わらないはずだ。
そうだよ。変わらないんじゃなくて、善悪の本質に気づいていないから苦しむこともでてくる。
と繰り返し書いてるんだけど、理解してもらえないようだね。
>私の主張理由は、もちろん、一般的な善悪のとらえ方が実際にそのようなものだからだよ。
という君の主張が思い込みだったことは理解するかな?
君は善悪の本質(善悪は主観的な分類であり、便宜上存在させている)に近い理解はしているが、
存在を肯定したがっている点で思い違いをしているのではないかな。
この世の言葉は全て便宜上存在させている。善悪はその中でも生活の基盤・指針となるよう
時代・地域によって「便宜上」定められたものだ。
君が主張する捉え方は決して間違ってはいないが、本質ではない。もう気づけよ。
>>60 >という君の主張が思い込みだったことは理解するかな?
君はその君の主張に関して、何の根拠も示せていないね。
ここまでで説明したとおり、君の示した事実は、
私の主張を裏付けるものばかりだった。
>君は善悪の本質(善悪は主観的な分類であり、便宜上存在させている)に近い理解はしているが、
>存在を肯定したがっている点で思い違いをしているのではないかな。
>この世の言葉は全て便宜上存在させている。善悪はその中でも生活の基盤・指針となるよう
>時代・地域によって「便宜上」定められたものだ。
仮に、善悪が「「便宜上」定められたもの」だとすると、
私の主張とどのような点で矛盾するのかね?
>>143 >仮に、善悪が「「便宜上」定められたもの」だとすると、私の主張とどのような点で矛盾するのかね?
しないよ。間違っていないと書いただろう。
>君はその君の主張に関して、何の根拠も示せていないね。
?根拠がまだ必要?そんなに拘りたいのか?
そうまでいうなら、君の主張は一般的見解だという根拠を挙げなよ。
>>143 >しないよ。間違っていないと書いただろう。
「善悪とは○○である」という主張について、
「間違っていない」と「本質ではない」は何が違うのかね?
>?根拠がまだ必要?そんなに拘りたいのか?
君が、「1つも」示していないのに、
同じ主張を繰り返すから聞いているだけだが。
>そうまでいうなら、君の主張は一般的見解だという根拠を挙げなよ。
君が示してきた事実は、全て私の主張に合致していたが、
これでは何か不足なのかね?
何を言ってんだか。
>同じ主張を繰り返すから聞いているだけだが
君も同じだよ。
>君が示してきた事実は、全て私の主張に合致していたが、これでは何か不足なのかね?
一つの事象に対して見解が異なる事実をふまえた上での君のその意見だろうから、言うだけ無駄かも知れないね。
>「間違っていない」と「本質ではない」は何が違うのかね?
間違っていないというのは、全くの正解ではないが、そのような見解も充分可能だということだよ。
君は善悪をある方向性をもった事象に関して、仮に正の方向に関する事柄を善、反対に
負の方向が悪だと主張している。
だが、善悪の本質は人が生きる上の指標として利便的に漠然と固定させたい方向性だ。
だから、地域性に富み絶対性が極めて低い。
そして、それは思い込みによって成り立たせるものであってよく検証すれば存在し得ない。
存在させることの利便性から存在させているだけ。
君の意見が一般的な善悪の認識であれば、このようなスレッドで人の意見が食い違うことがあろうはずもない。
まだわからないか。
>>146 >君も同じだよ。
私は、根拠を示さずに繰り返したりはしていないが。
君がつきつけてくる事実について、
その事実が、私の主張をどのように裏付けるかを説明しているだけだ。
>一つの事象に対して見解が異なる事実をふまえた上での君のその意見だろうから、言うだけ無駄かも知れないね。
私は自分の見解が君の示した事実とどのように符合するか、これまで説明してきた。
君は私の見解と事実との齟齬を1つも指摘できていない。
その上で、君の見解が私と異なるというなら、君の見解が事実に反しているということだね。
>間違っていないというのは、全くの正解ではないが、そのような見解も充分可能だということだよ。
君の示した事実にことごとく符合する私の主張は、なぜ正解でないのかね?
>君は善悪をある方向性をもった事象に関して、仮に正の方向に関する事柄を善、反対に
>負の方向が悪だと主張している。
>だが、善悪の本質は人が生きる上の指標として利便的に漠然と固定させたい方向性だ。
抽象的すぎてよくわからないが、前者と後者はどういった点で対立するのかね?
帰省から帰っては来たものの忙しくて
2chを読むのに気が回らなくなりました。申し訳ございません。
予定が立たないので暗愚な私の事はお構い無く皆様には議論下さいますよう、
伏してお願い申し上げます。
(もともと横レスにもかかわらず寛大なる扱いをして頂いた事に感謝)
本当に申し訳ない。m(_ _)m
>>147 なにやら、ああいえばこういう的なレスに終始しているけど、もうちょっとしっかりしなよ。
>抽象的すぎてよくわからないが、前者と後者はどういった点で対立するのかね?
前者は変動的、後者は固定。
読めばわかるだろうよ。そう書いてあるんだから。
>>148 皆様と言ってもどうやら君を含めて3人しかいないようだよ。
なんか書き込んでね。
>>148 >前者は変動的、後者は固定。
「何が」前者では変動的で、後者では固定なのかね?
>>150 ふざけんならもうやめるぞ。君が前者と後者という呼称を使用している(
>>147)。
君がそう呼んだ前者と後者から説明しな。
おれはそれを受けて使用した。哀れだね。
>>60 >君が前者と後者という呼称を使用している(
>>147)。
>おれはそれを受けて使用した。
だから、私も、それを受けて
「何が」「前者では」変動的で、「後者では」固定なのかね?
と聞いたのだが、この質問に何か問題があるのかね?
>君は善悪をある方向性をもった事象に関して、仮に正の方向に関する事柄を善、反対に
>負の方向が悪だと主張している。
>だが、善悪の本質は人が生きる上の指標として利便的に漠然と固定させたい方向性だ。
抽象的すぎてよくわからないが、前者と後者はどういった点で対立するのかね?
前者は1,2行目。後者は3行目。
お分かりでしょうか。
>>153 >前者は1,2行目。後者は3行目。
そのとおり。君は、それを受けて、
>前者は変動的、後者は固定。
と答えたのではないかね?
これは、「1,2行目」の主張においては、変動的と主張され、
「3行目」の主張においては、固定であると主張されているという点において、
両者の主張に対立がある、ということを答えたのではないのかね?
だから、私もその答えに対して、
「何が」、「前者では」変動的で、「後者では」固定なのかね?
と質問しているのだが。
戦争で人殺しは正当防衛以上に評価されるね。
君の理屈で言えば、この場合人殺しは善だ。
でも、多くの人は悪だと思いながらも、善だからと洗脳されながら人を殺して後悔する。
強盗殺人は罪だね。法規的にも人道的にも。
君の理屈でも悪だ。
多くの人も悪だと思う。
つまり、君の理屈では人殺しは善にもなれば悪にもなる。
一般的には、人殺しはなんといわれようと悪だ。
ということだよ。
>>155 >君の理屈で言えば、この場合人殺しは善だ。
私の主張は、
「ある主観的希望について、それをかなえるものが善で、妨げるものが悪」
というものだった。
君の発言においては、対象となる主観的希望が示されていないので、
私の主張でいえば、その場合の殺人は善とも悪ともいえない。
>>156 >戦争で人殺しは正当防衛以上に評価されるね。
読めますか?
戦争は利権争い上の人殺しを前提とした戦い。味方が殺されるのを「よくない」こと。
相手を殺すのを「よいこと」としてはじめます。
この場合、君の理屈通り人殺しが善ではないかな。むろん殺されることは悪だ。
横レスすいません。
私が疑問なのは「善」「悪」の意義が確定したとして、それに
何の「意味」があるのか、ということです。
「善をなすべし、悪をなすべからず」という命題に根拠はあるのでしょうか。
ないとしたら、何が善で何が悪であってもあまり意味がないように思えます。
>>157 >戦争は利権争い上の人殺しを前提とした戦い。味方が殺されるのを「よくない」こと。
>相手を殺すのを「よいこと」としてはじめます。
利権争いのための戦争であれば、
そこでの双方の主観的希望は「利権が獲得できること」だね。
だから、そのような戦争では、どれだけ沢山敵を殺しても、
領土や賠償金が獲得できなければ、(あるいは自国の領土を守れなければ)
それは「よいこと」とはいわれないし、相手を一人も殺さなくても、
領土や賠償金が獲得できれば、それは「よいこと」といわれる。
>>158 意味はないと思うよ。というか、意味は自分で付けていくものかもよ。
>「善をなすべし、悪をなすべからず」という命題に根拠はあるのでしょうか。
全くない。前提を設定したときに「善悪」の分別が発生する。
>ないとしたら、何が善で何が悪であってもあまり意味がないように思えます。
全くもってご指摘の通り。
おれが94とやりあっているのはじゃれあいでしかない。気にしないでね。
おれは何度も書いているが、自ら(大抵そう思い込まされた)規定した善悪と
自分のしたいこと、したくないこと、とで矛盾を感じて苦しむ人が多い様子なので(おれもそうだった)
君の主張を踏まえて、くだらんことで悩むなよといいたいわけだが、しつこい馬鹿がいるわけだ。
断っておくけど、おれの自分勝手な願望であって、善悪の本質を知ることが正などとも思っていない。
まあ、どんどこ書いてよ。
>>159 また論理のすり替えかい。いい修行になるよ。
御説ごもっともだが、論点がずれてるよ。
戦争での人殺しに限定したんだよ。君も何とかして逃げようと必死だな。
戦争時、君の前に味方と敵がいたと仮定。争っている2人を前に、君は味方を守り敵を殺害。
君は英雄と評価された。
君の行為は善ですか?悪ですか?
>>158 >私が疑問なのは「善」「悪」の意義が確定したとして、それに
>何の「意味」があるのか、ということです。
>「善をなすべし、悪をなすべからず」という命題に根拠はあるのでしょうか。
意義が定まっていない事柄についての命題の真偽は論じようがないね。
>>162 大丈夫か?彼は命題の根拠を聞いたんだよ。
命題の真偽を論じようなどとどこに書いてあんだよ。やはり読解力にかけるのか?
>>161 「戦争時」は「状況」であって「主観的希望」ではないね。
「主観的希望」が明確でない以上、善悪はきまらない。
>>164 なるほど。これで終了だな。
戦時中君は敵兵に殺害されかけている同輩を死なせたくなかった。殺人行為を好んだ
わけではないが、戦時中という君にとって特殊な状況下のため敵兵殺害を「人殺しは悪い」とは認識
しつつも、状況に託けて「敵兵殺害はよいことだ」と思い込んで「殺すことを目的として」殺害にあたった。
この場合、君の敵兵殺害という行為は君にとって「善」ではないのか?
すでに、
>「主観的希望」が明確でない以上、善悪はきまらない。
という時点で君の主張が一般的でないともいえるがな。一般的にはその場合「仕方がないが」
殺人は「悪い」ことだと思われている。理由は、戦後ドラマ、映画、小説などの多くの媒体で
類似した内容を取り上げて、一般的見解を作為的と思えるほどそのような方向に仕向ける行為
が行なわれてきた。むろん、日本の話だ。
君のいうように、「善悪」など決めようがない。主観だからな。
>この場合、君の敵兵殺害という行為は君にとって「善」ではないのか?
「主体にとっての善」はありえない、ということは説明したはずだが。
なぜなら、君が示したように、「人を殺したくない」「友人を助けたい」という
二つの(あるいはそれ以上の)両立しない主観的希望を、
1つの主体が持つことがありえるからだ。
そして、
「人を殺したくない」という主観的希望について、「殺すこと」が悪であること、
「友人を助けたい」という主観的希望について、友人を殺そうとした敵を「殺すこと」が善であること、
このことは君も認めたとおりだ。
>という時点で君の主張が一般的でないともいえるがな。一般的にはその場合「仕方がないが」
>殺人は「悪い」ことだと思われている。理由は、戦後ドラマ、映画、小説などの多くの媒体で
逆に、敵兵を殺すのをためらって、友人を死なせたら、「仕方がないが」
友人を見捨てるのは「悪い」ことだと思われるだろうね。
つまり、その場合は、一概に善悪を決められない、というのが、一般的な考え方ということだ。
>君のいうように、「善悪」など決めようがない。主観だからな。
複数の同時に成立しない主観的希望のどれを選ぶかは主観だね。
でも、主観的希望を1つに決めれば、その主観的希望について善悪は、
当人の主観とは無関係に決まる。
そのことは、君が示してくれたかずかずの事実が証明するとおりだ。
>つまり、その場合は、一概に善悪を決められない、というのが、一般的な考え方ということだ。
見識ある人はそのように悩むだろうし、思い込みの激しい人か極めて見識の高い人は悩まないだろう。
君がいう一般的は本来確定した考えではないわけで、君の主張が「確定していない」「いくらでも変動可能」
「状況によって異なる」のは「一般的」と同じくするという君の「主張理由」だろう。
そのとおりだ。何度も書いている。
でも、それは善悪があるということにはならないだろう。善悪という分類法は確かに存在する。
君の主張はまさにそれだ。「善悪という分類法はある」ということ。
多くの人は善悪の本質を語っている。善悪を分類法だと割り切っている人はそれほど多くないようだよ。
本当に良いこと、悪いことはあると思っている。
そうやって大人に教えられて育ったのだから仕方ない。君は利口だから気づいたんだろ。
でも、一般的ではないよ。
>>167 >見識ある人はそのように悩むだろうし、思い込みの激しい人か極めて見識の高い人は悩まないだろう。
悩まない人は、「人を殺したくない」「友人を助けたい」という主観的希望について、
優先順位をつけられる人だろうね。
そして、見識の高い人は、その優先順位は、それらの目的よりもより優先順位が高い主観的希望について、
それをかなえるか、損なうかによって判断しているはずだ。
>多くの人は善悪の本質を語っている。善悪を分類法だと割り切っている人はそれほど多くないようだよ。
>本当に良いこと、悪いことはあると思っている。
>そうやって大人に教えられて育ったのだから仕方ない。君は利口だから気づいたんだろ。
>でも、一般的ではないよ。
一般に「善悪の本質」が「理解されているかどうか」と、
一般の人が「善悪」といっていることが同じかどうかはあまり関係がないね。
「光」は「視覚可能な周波数の電磁波」であるが、
それを知らない人のいう「光」が「光」でないとはいえない。
「視覚可能な周波数の電磁波」を示したとき、それを「光」と大部分の人が認めるならば、
「視覚可能な周波数の電磁波」は光なのであって、
それを、大部分の人が「視覚可能な周波数の電磁波」であると理解していないことは、
「光」の定義の一般性にはなんら関係がない。
同じように、「善悪の本質」に従った善悪を、
多くの人に示して、彼らがそれを善悪と認めるならば、
「善悪の本質」を彼らが理解している、していないにかかわらず、
その「善悪の本質」が「善悪の定義」として一般的であることの証拠としては十分なはずだ。
>「光」は「視覚可能な周波数の電磁波」であるが、
>それを知らない人のいう「光」が「光」でないとはいえない。
それが本質だといいたいのか、まさかな。それは定義だよな。
光は光だよ。なにやら明るいもの。暗い状態でなくする一要因にして最大の要因。
これも定義だ。
君の提示した定義が全てではないし、興味のある人意外には無意味な定義だ。というより
単なる知識であって、一般的な実用性に欠ける。光を君の定義上で利用する人以外にとっては
「へ〜」ってなもんだろう。
君はあまり一般的認識を理解していないようだね。そのへんで引っ掛かっているのかな?
>>169 >光は光だよ。なにやら明るいもの。暗い状態でなくする一要因にして最大の要因。
>これも定義だ。
そして、その定義に、「視覚可能な周波数の電磁波」が適合することも事実だね。
>君の提示した定義が全てではないし
全てではないが、それらが適合する限り、同じものであるとみなすことに問題はないと思うが。
>君はあまり一般的認識を理解していないようだね。そのへんで引っ掛かっているのかな?
君の示した一般的認識は全て私の定義に適合していたわけだから、
私の定義は一般的認識と同じものであるとみなしていいと思うが。
>君の示した一般的認識は全て私の定義に適合していたわけだから、
>私の定義は一般的認識と同じものであるとみなしていいと思うが。
そう「思いたい」か、そう「思い込んでいる」のいずれかじゃないの?
一般的認識と同じだと「言い張りたい」君の気持ちは端からよく知っている。
でもさ、一般認識は知りようもないわけだからその主張は無意味だと思うよ。
また、君が例に挙げた「光」は存在を否定することが困難だし、盲目の人意外は認識してしまう
事象だね。
「善悪」はなかったんだよ。便宜上人が作ったんだ。神が作ったということにしている地方も多いね。
意味合いが異なることを知りな。
善悪は人為的に成長過程で保護者を中心とした環境から押し付けられて身につくんだよ。
ここで君の主張で「善悪」と定義している事柄の本質は「快・不快」じゃないの?
殊に幼児期では周りから指摘される「いいわるい」と自己の「快・不快」が合致しないとき
駄々をこねたり泣いたりする。
そういうことの積み重ねで「善悪」を覚える。まあ、ある種洗脳だね。
でも自己の「快・不快」は厳然としてあるので周囲に蔓延している(と思い込んでいる類の)善悪
と馴染まないときに多くのストレスを抱えている。
自己の「快・不快」を中心に思考することに対する罪悪感を植え続けられている我々にとって
君の主張は気づきであり、気づけば悟りにも似た視野の広がりを実現させるだろう。
でも、現実はそうでもないようだよ。
>そう「思いたい」か、そう「思い込んでいる」のいずれかじゃないの?
私はその事実を筋道立てて説明したし、君はそれについて有効な反証を示せていない。
このことは事実だと思うが。
>「善悪」はなかったんだよ。便宜上人が作ったんだ。
つまり、「便宜に適う」ものを善とし、「便宜に適わない」ものを悪としたのではないのかね。
そして、それは必ず、「便宜に適う」ものを善とし、「便宜に適わない」ものを悪としたので
あって、それが逆になることは無かったのではないかね。
もしも、「便宜上」人がつくらない限り善悪が無いとしたら、
なぜ、どのような便宜についての善悪も(私の定義する善悪の定義どおり)
「便宜に適う」ものを善とし、「便宜に適わない」ものを悪としているのだね?
>善悪は人為的に成長過程で保護者を中心とした環境から押し付けられて身につくんだよ。
>ここで君の主張で「善悪」と定義している事柄の本質は「快・不快」じゃないの?
まあ無視を止めて考えたら?
君の説が一般的ならなぜ人は「善悪」で悩むと思う?おれは君の主張内容に気づいてから悩まなくなったけど
そういう人が一般的ではないことを知らないのかい?
君のは善悪の成り立ちを説明するには適しているが、多くの人が抱いている善悪のイメージとはかけ離れている。
多くの人は自分の向かいたい方向が「善」とはなかなかとらえていない。
そうとらえている人はいわゆる成功した人かもしれない。
さて、もういい加減答えてみれば。なんでみんな善悪で悩むのさ。
主観が明確であればすすむ方向が善なのだから、悩む必要はないね。
主観が不明瞭で悩むという意味じゃないよ。
自分はこうしたいけど「世間ではこれはよくないな」と判断して悩む。
決行した結果達成できても罪悪感を持っている。どういうことか説明してみ。
>君の説が一般的ならなぜ人は「善悪」で悩むと思う?
1つには、先に述べたように同じ人が複数の矛盾した主観的希望を持ちうるからだろうね。
そして、主観的希望に優先順位をつけない限りは善悪は決まらないからだ。
もう1つは、ある主観的希望について、ある事柄がそれを満たすか、損なうかを判断するためには、
経験や知識が必要な場合が多いからだ。
だから、
主観的希望が明確な人(強い信念や目的意識を持つ人)や、知識や経験が豊富な人は、
そうで無い人に比べて、善悪で悩むことが少なく、
主観的希望が不明瞭な人(優柔不断な人や、目的を1つに絞れない人)や、知識や経験が足りない人は、
そうで無い人に比べて、善悪で悩むことが多いのだ。
そのような側面は否定できないが、本質ではない。
>自分はこうしたいけど「世間ではこれはよくないな」と判断して悩む。
この場合を説明せよ。優柔不断ではない。主観的希望は明確で、それが「悪」だと世間が
判断すると高い確率で予測される場合だ。
例えば、ひどいことされた犯人への復讐での殺人。
好きな人が出来て子どもや夫を捨てて他の男の元へ行く、など。いくらでもあるが。
>>175 >この場合を説明せよ。優柔不断ではない。主観的希望は明確で、それが「悪」だと世間が
>判断すると高い確率で予測される場合だ。
その場合、主観的希望が明確であるとはいえないね。
つまり、その人は、「世間で悪く思われたくない」という主観的希望をももっており、
そのそれがもう1つの主観的希望と両立しない、ということだ。
この二つの主観的希望について、どちらを取るかを決められないのであれば、
その点において明らかに優柔不断であるし、主観的希望は明確で無いといえる。
>つまり、その人は、「世間で悪く思われたくない」という主観的希望をももっており、
>そのそれがもう1つの主観的希望と両立しない、ということだ。
もっともな意見だな。では聞くが、仮に世間に悪く思われたくないので自分の思いを遂げなかった
場合に、果たしてその行為を主体は「善」的な行為ととらえるのかね?
>>177 もしも、二つ(あるいはそれ以上)の主観的希望について、
1つに決められないまま、
いずれかの主観的希望のみによって行動を選択し、
その後になっても、それらの主観的希望について、
どれを優先すべきか決められないのならば、
その行為については善であるか悪であるか決まらない。
一般的には、そのような場合、
その行為を思い返したならば、善とも悪とも決められず、
悩むのではないかね。
違うよ。
>「世間で悪く思われたくない」という,主観的希望をももっており
ここで君が言う「悪く」を説明しなよ。
>>179 これは何度もいったことだが世間で一般的な
主観的希望というものが存在する。
「平穏な社会生活を送りたい」とか「豊かな暮らしをしたい」とか、
そういった主観的希望を損なう(と世間一般で考えられていること)ゆえに、
そういったことは世間一般では悪であると考えられており、
そのような行為を行うと世間一般から、
自分たちの主観的希望を損なう者=悪と思われる、
そのような状態になるのを避けたいという主観的希望も一般的なものである、
ということだが。
>これは何度もいったことだが世間で一般的な主観的希望というものが存在する。
どこに書いたんだ?何度も?
世間で一般的な主観的希望?君頭大丈夫?
世間に主観があるというわけかい。お話になりませんが。
>そういったことは世間一般では悪であると考えられており、
それだけだよ。世間というのは地域性のことだ。いろんなところでいろんな悪がある。
でもね、世間が主体となってそう思っているわけではない。慣習風俗となって受け継がれているだけだ。
もう終了。
馬鹿過ぎ。
>>181 >どこに書いたんだ?何度も?
>>134 >>141 >世間で一般的な主観的希望?君頭大丈夫?
>世間に主観があるというわけかい。お話になりませんが。
違うよ、世間において、それぞれの人が持つ主観的希望において、
多くの人において共通するものがあり、
多くの人において共通するということが、
周知のものが存在するということだよ。
>それだけだよ。世間というのは地域性のことだ。いろんなところでいろんな悪がある。
地域によって価値観は違うが、いかなる地域においても、その地域において一般的と認識されている
主観的希望についてそれを損なうものが悪とされている点には変わりはないよ。
君は、この点について、何の反証も示せていない。
>でもね、世間が主体となってそう思っているわけではない。
もちろんそうだよ。そうであるなどとは私は一言もいっていない。
>慣習風俗となって受け継がれているだけだ。
風俗習慣となって引き継がれているのは価値観であって、善悪ではないね。
もしも、善悪そのものが風俗習慣によって決まるのならば、
風俗習慣によって、「善とされるものと悪とされるものが違う」とはいえないはずだ。
異なる風俗習慣においても、善悪の概念が同じであるから、
異なる風俗習慣において善悪の評価が異なるということがいえるのだ。
>異なる風俗習慣においても、善悪の概念が同じであるから、
>異なる風俗習慣において善悪の評価が異なるということがいえるのだ。
>君は、この点について、何の反証も示せていない。
損なのは常識。当たり前だろ。
善をよいこと、悪を悪いこととする「決め方」「分類法」を指しているならね。
そんな話じゃないだろ。
善悪を絶対的に規定することが人にとって利便性があり同時に呪縛的でもあることから
善悪とはなんだ?!という疑問が湧くんだよ。ちょっとさー理解力なさすぎだよ。
>そういったことは世間一般では悪であると考えられており
じゃ何かい?上記のように主体が思い込んでいるという話だといいたいわけだな。
ここは君の主張にとって重要なんだから正確をきせよ。
もう言い逃れでしかないな。
多くの人は君の言い逃れどおり、善悪を思い込んでいる。でもそれは住む社会が善悪と規定
したまでの話であり、本質的に存在しているわけでも有史以来決まりきった善悪があるわけでもない。
馬鹿かね。
君の意見は全く一般的ではないよ。むろん善悪の「存在の仕方」に関しては正確だけどね。
みんなそんな風に思えないから苦労すんだよ。いい加減気づけ!
>損なのは常識。当たり前だろ。
>善をよいこと、悪を悪いこととする「決め方」「分類法」を指しているならね。
>そんな話じゃないだろ。
損かどうかという話をした覚えはないが。
>善悪を絶対的に規定することが人にとって利便性があり同時に呪縛的でもあることから
>善悪とはなんだ?!という疑問が湧くんだよ。ちょっとさー理解力なさすぎだよ。
「利便性がある」というのは「主観的希望にかなう」とどう違うのだね?
>じゃ何かい?上記のように主体が思い込んでいるという話だといいたいわけだな。
>ここは君の主張にとって重要なんだから正確をきせよ。
>もう言い逃れでしかないな。
「上記のように」が何をさしているのかよくわからないが。
>多くの人は君の言い逃れどおり、善悪を思い込んでいる。でもそれは住む社会が善悪と規定
>したまでの話であり、本質的に存在しているわけでも有史以来決まりきった善悪があるわけでもない。
概念や言語は、確かに社会が規定したものだね。
しかし、それが示すところの善悪は、有史以来同じものだよ。
「主観的希望」の内容は、時代風俗習慣によって変わってきたが、
いかなる時代風俗習慣においても、
その「主観的希望」にかなうものが善とされ、それを損なうものが悪とされてきた。
もしも決まっていないというのなら、私の主張と矛盾する善悪がいくらでも存在するはずだ。
なのに、君は「何1つとして」それを示せていない。
決まりきった善悪が無い、というのなら、私の主張と矛盾する善悪を1つでも示したらどうかね?
>損かどうかという話をした覚えはないが。
すまないな。変換ミスだよ。「そんなこと」。ひらがな。
>その「主観的希望」にかなうものが善とされ、それを損なうものが悪とされてきた。
君がそう思いたいのは知ってる。事実は違う。主観というが誰の?社会の主観は誰や?
国王でも天皇でも大統領でも決められんよ。
>決まりきった善悪が無い、というのなら、私の主張と矛盾する善悪を1つでも示したらどうかね?
読解力をつけてからにしてくれよ。
おれが君に突っ込んでるのは、君の主張が「一般的見解」だという君の思い込みについてだぞ!
いい加減にしろよ!!!!
君が馬鹿の一つ覚えに主張しているのは、「善悪の決め方・分類法」だ。
むろん間違ってはいない。そうだと多いたけりゃそうおもいな。
みんながそう思っていないということを言ってんだよ。
その根拠は
>そういったことは世間一般では悪であると考えられており
と君が書いたとおり。みんな思い込んでいる。
186 :
考える名無しさん:04/01/28 19:01
「善悪がない世界はありませんよね。」と、いうのは
虚ですか?
火星ですか?
善ですか?
悪ですか?
だって、人間のいない世界に善悪なんてあるわけねーじゃん。
人類誕生以前の地球とか。
>>185 >君がそう思いたいのは知ってる。事実は違う。主観というが誰の?社会の主観は誰や?
>国王でも天皇でも大統領でも決められんよ。
だから、主体についての善悪は決まらない、と何度もいっているのだが。
善悪は、個々の主観的希望について、それぞれあるのであって、
それを特定ぜすに、社会に個人といった単位では決まらないよ。
>読解力をつけてからにしてくれよ。
>おれが君に突っ込んでるのは、君の主張が「一般的見解」だという君の思い込みについてだぞ!
>いい加減にしろよ!!!!
だから、思い込みだというのなら、私の主張と矛盾する事実を一つでも示せばいいだろう。
これまで君がしてきたことは、私の主張に適合する事実を示しただけだ。
それでは、私の主張は思い込みでない、ときうことをを裏付けることにしかならない。
>>185 >みんながそう思っていないということを言ってんだよ。
>その根拠は
>>そういったことは世間一般では悪であると考えられており
>と君が書いたとおり。みんな思い込んでいる。
私がその発言の前提として書いているようにそれは、
>「平穏な社会生活を送りたい」とか「豊かな暮らしをしたい」とか、
>そういった主観的希望を損なう(と世間一般で考えられていること)ゆえに、
ゆえに
>>そういったことは世間一般では悪であると考えられて
いるのであって、仮に、
>「平穏な社会生活を送りたい」とか「豊かな暮らしをしたい」とか、
>そういった主観的希望を損なう
と一般に考えられなくなれば、悪とは思われないないだろう。
実際に、同じ事柄についての社会一般の善悪が変わるときは、
必ずそのような社会一般の認識の変化に伴って起きている。
これはとりもなおさず、主観的希望を損なうものを悪であると、
社会一般が考えていることの証明だね。
もしも君が主張するように、そのこと自体を悪だと思い込んでいるのならば、
このように善悪が変化することはないはずだ。
190 :
白やぎ ◆K8EfEbyWG6 :04/01/28 19:39
>もしも君が主張するように、そのこと自体を悪だと思い込んでいるのならば、
>このように善悪が変化することはないはずだ。
君の思い込みの激しさはすさまじいな。そんな変化がどの時代のいつ見られたのか明記してみな。
>「平穏な社会生活を送りたい」とか「豊かな暮らしをしたい」とか、そういった主観的希望を損なう
そうでない時代やそうでない種族を挙げてみろよ。
気づかないで生活している人たちばかりだから、どこの世界に行っても大方の願望はそれだよ。
君のように気づいていないんだよみんなは。
気づいても馬鹿なんだね。全く。みんなが君のようには思っていない。だから一般的見解ではない。
知れよ!!
>>191 >君の思い込みの激しさはすさまじいな。そんな変化がどの時代のいつ見られたのか明記してみな。
いや、特定の時代の特定の変化がそうだといっているのではない、
全ての時代の全ての悪が悪でなくなる変化がそうだといっているのだよ。
>そうでない時代やそうでない種族を挙げてみろよ。
そのような時代や種族がほとんど無いから、
それらを損なうと考えられているものは、時代や種族を超えて悪と考えられているね。
>気づかないで生活している人たちばかりだから、どこの世界に行っても大方の願望はそれだよ。
>君のように気づいていないんだよみんなは。
気づいていない、としても、君が示してくれた数々の事実によって証明されたように、
現に、人々が善悪をそのようなものとしていることには代わりが無いね。
>現に、人々が善悪をそのようなものとしていることには代わりが無いね。
「そのようなもの」は何を指してんだか?
>そのような時代や種族がほとんど無いから、
>それらを損なうと考えられているものは、時代や種族を超えて悪と考えられているね。
と自分で認めているように悪は固定された「ある種具体的な概念」として多くの人が思い込んでいる。
>だから、思い込みだというのなら、私の主張と矛盾する事実を一つでも示せばいいだろう。
上記の君の記述がそれだ。
君が何をむきになって必死に言い逃れしているのかわからないな。
君はこの世の全ての人の認識がわかるのかい?
近くの人と「悪」について話し合ってみたらどうだい?
思考が柔軟なら君の「善悪」を理解してくれるだろう。
固定観念が強ければ拒絶されるだろう。
いずれにしろ、多くの人は「固定した善悪」を具体的に思い込んでいる。
みんなが君と同様に考えているならおれが他のスレッドで説明して回った事実をどう説明するんだ?
試しに善悪で君がスレッド立ててみろよ。
必ず本気で反論する奴が出てくる。やっぱこれはまずいよなー ってなことをみんなひとつやふたつ
思い込んでんだよ。知りな。
>>193 >「そのようなもの」は何を指してんだか?
つまり、それはもちろん、私の主張してきたようなものだよ。
>と自分で認めているように悪は固定された「ある種具体的な概念」として多くの人が思い込んでいる。
うん、そうだね、多くの人は、「自分の善悪の認識」をそのようなものである、と誤解しているね。
しかし、それが誤解であることは、次のような事実から明らかだ。
もしも、その人が、本当に、「悪は固定された「ある種具体的な概念」」と考えているのならば、
その人は、自分の主観的希望が変わっても、対象の事柄についての、
主観的希望についての影響についての認識が変わっても、悪であるという認識は必ず変えないはずだ、
「悪は固定された「ある種具体的な概念」」なのだからね。
しかし、実際には、そういった人たちでも、自分の主観的希望が変わったり、
対象の事柄についての、主観的希望についての影響についての認識が変わったりすれば、「その人自身」が、
善悪の認識を「必ず」変える。
つまり、「固定された「ある種具体的な概念」」という考えは、
実際にその人が行う悪の判断とは符合していない、自分自身の悪の判断を十分観察していない結果生じた、
誤解であるということだよ。
もしも、本当にその人の悪の認識がそのようなものであるのなら、こういった齟齬は生じないはずだ。
195 :
考える名無しさん:04/01/30 05:12
流行だろ?
>つまり、「固定された「ある種具体的な概念」」という考えは、
>実際にその人が行う悪の判断とは符合していない、自分自身の悪の判断を十分観察していない結果生じた、
>誤解であるということだよ。
全く呆れるね。
人は自分の悪の判断を十分観察しないで、機械的に固定された悪の概念と照らして判断してるという
話をしてるんだけど。もう言い逃れにもならんよ。
みんなが君のように考えているんじゃなかったのかい?
>自分自身の悪の判断を十分観察していない結果生じた
と君が指摘するとおりだよ。みんなそうやってんの。
前述のように、君がそれを教えてあげれば理解する人もいるし、固定観念が強固の人には
理解は得られないだろう。
周りの人と話せよ。
>>196 >全く呆れるね。
>人は自分の悪の判断を十分観察しないで、機械的に固定された悪の概念と照らして判断してるという
>話をしてるんだけど。もう言い逃れにもならんよ。
「人は自分の悪の判断を十分観察しないで、機械的に固定された悪の概念と照らして」、
「何を」判断してるのだね?
>みんなが君のように考えているんじゃなかったのかい?
君が示したいくつもの事実において、ことごとくそうであったわけだが。
>と君が指摘するとおりだよ。みんなそうやってんの。
だからそれは、「善悪をどういうものと自分が考えているか」についての「推測」であって、
「善悪の判断」それ自体ではないだろう。
先に述べたように、その推測は、事実と符合しない。
私は、多くの人が「善悪をどういうものと自分が考えているか」についてどのように「推測」しているか、
について主張しているのではない、「善悪を考える」という実際の行為において、どのように考えているか、
を主張しているのだ。
そして、その主張は、君自身が示してくれたいくつもの事柄について、
観察される事実とことごとく符合している。
>「人は自分の悪の判断を十分観察しないで、機械的に固定された悪の概念と照らして」、「何を」判断してるのだね?
固定された善悪の概念と判断したい事象をだよ。
ニュースを賑わす虐待についてや、政治家の不正、自己の行為・言動をだ。
>>みんなが君のように考えているんじゃなかったのかい?
>君が示したいくつもの事実において、ことごとくそうであったわけだが。
上記の虐待などについて考察する際、一般的に被害者とされる弱者主体の思考によってその行為を「悪」とする。
むろん君の理屈で言えば、加害者は欲求を満たしているから虐待と映る行為は「善」だ。
このような場合、一般は「悪」としか見ないし、加害者の立場においても「善」とは見なさない。
これを説明しな。
君は周りの人との会話が少ないか、本質的な会話が出来ていないのかもしれない。君の理屈が
特殊なことを理解していない。
>「善悪を考える」という実際の行為において、どのように考えているか、を主張しているのだ。
しつこいというか理解力が欠乏していると捉えられる発言だな。
それは君の考え(もしくはそうあって欲しいという願望)であって実際は全くそうではない。
人の主観に沿う沿わないということと「善悪」を関連付けたりしない。
「善悪」は一般的解釈ではもっと大きいものであり、動かしがたい既成事実として強制力を持って
人々の言動に無意識的に作用してくる。道に迷う人の方位に等しい。むろん絶対ではないから結局迷う。
君はかわいそうだが理想論者かもしれないが現実を知らない。
>そして、その主張は、君自身が示してくれたいくつもの事柄について、
>観察される事実とことごとく符合している。
そのように思い込める幸せな人でもある。
君がその主張を一人一人に語りかければおれのいっている意味がわかるだろう。
行動に移さなければ一般は語れないよ。おれはとにかく語りかけて実感している。
拒絶され、無視され、罵倒されても諦めてはいない。君はどれくらいの人にその主張を
語りかけた?10人?20人?みんな「そ〜だよね〜」と納得したのかな?
>>198 >固定された善悪の概念と判断したい事象をだよ。
>ニュースを賑わす虐待についてや、政治家の不正、自己の行為・言動をだ。
「固定された善悪の概念」と判断したい場合に、そう、判断してるわけだね。
君も認めたように、「固定された善悪の概念」と「善悪」は異なるのだから、
それは、「善悪」の判断ではないね。
>むろん君の理屈で言えば、加害者は欲求を満たしているから虐待と映る行為は「善」だ。
違うよ、君は何度いってもここのところが理解できないようだが、
ある事柄が、一つの主体について、無条件に「善」であるということは一概にいえない、
一つの主体は複数の主観的希望を持ちえ、
複数の主観的希望は対立する場合があるからだ。
加害者の加害感情は、加害者がたくさんもっている主観的希望のうちの一つに過ぎない。
「虐待したい」という主観的希望があるならば、その主観的希望については善だが、
その主体について善であるかどうかは一概にはいえない。
>違うよ、君は何度いってもここのところが理解できないようだが、
どうやら理解していないのは君ではないかな。
君はダイエットの例を挙げておれの虐待の例で示した「短絡的な主観的希望と善悪」を絡めた
判断をしていたよ。
いいかい、これはだいぶ以前におれが何度も書いたように、主観は本人にしかわからず
なおかつ君の指摘通り複数ある。しかも持続する場合も、何かに影響されて瞬時に変わる場合もある。
このような主観的希望の曖昧さを基盤に善悪を決めたい君の希望はよくわかるが、結果的に
判定不能、善悪は本質的にないという結論になる。
善悪の基準を主観的希望にした時点で極めて本質的だが、その基盤自体が確たるものでなく流動的
である事実を認識しているなら、君の主張が砂上の城であることがわかるだろう。
>君はどれくらいの人にその主張を語りかけた?10人?20人?みんな「そ〜だよね〜」と納得したのかな?
君はこのようなおれの問に答えないが、答えられないのかな?
おれが問題にしているのは、前述の君の善悪の決め方ではなく、君の主張が一般的だという君の見解に関してだ。
仮に君がそのような思い込みをしているなら、かなり社会不適応だろうと推測されるからだ。
>その主体について善であるかどうかは一概にはいえない。
当人が包み隠さず本音を吐露しない限り他人にはわかりようもないんだよ。
それでも多くの人はおれが挙げた虐待の例の如く短絡的に善悪を決め付けている。
君が何を守りたいのかさっぱりわからんが、よ〜く自分の書いてきたこととおれの指摘を
考えてごらん。あまりにもばかげたことを繰り返しているよ。
>>200 >善悪の基準を主観的希望にした時点で極めて本質的だが、その基盤自体が確たるものでなく流動的
>である事実を認識しているなら、君の主張が砂上の城であることがわかるだろう。
流動的、観測困難なのは「主観的希望」であって、「善悪」ではないね。
「善悪」と「主観的希望」の関係は常に一定だ。
私は「善悪」は「主観的希望に対して」決まる、といっているだから、
「主観的希望が流動的な場合善悪は決まらない」
という君がここで挙げてくれた事実は、まさに、私の主張を裏付けているわけだ。
もしも、私の主張が間違っているのならば、
主観的希望が流動的であっても、善悪は決まるはずだからね。
>>君はどれくらいの人にその主張を語りかけた?10人?20人?みんな「そ〜だよね〜」と納得したのかな?
>君はこのようなおれの問に答えないが、答えられないのかな?
納得する人は少ないだろうね。
それが、この議論と何か関係あるのだろうか?
>おれが問題にしているのは、前述の君の善悪の決め方ではなく、君の主張が一般的だという君の見解に関してだ。
>仮に君がそのような思い込みをしているなら、かなり社会不適応だろうと推測されるからだ。
実際にそのような事実が観察され、それに反する事実は何一つ見当たらないのだから、
当然の判断だと思うが。
問題があるというのなら、私の主張と符合しない事実を、一つでも示したらどうかね?
>>200 >当人が包み隠さず本音を吐露しない限り他人にはわかりようもないんだよ。
当人にとっての善悪はそのとおりだね。
>それでも多くの人はおれが挙げた虐待の例の如く短絡的に善悪を決め付けている。
多くの人は、自分、あるいは、社会において一般的(と当人が理解している)
主観的希望に、虐待が反するから、それを悪だと決め付けているね。
つまり、異なる主観的希望について、それぞれの善悪が存在するということだ、
いったい何がどう問題なのだね?
>問題があるというのなら、私の主張と符合しない事実を、一つでも示したらどうかね?
これが好きだね。反論できていると錯覚しているな。
君ほど理解力に乏しい(演出か?)人間がおれとやりあう意味は何なんだい?
おれは再三おれが問題にしているのは、前述の君の善悪の決め方ではなく、君の主張が一般的だという
君の見解に関してだ と書いている。
>納得する人は少ないだろうね。
だから一般的ではないだろ。自己認識のない思考を君が推測するのは自由だが、当の本人の自覚の
集まりを一般的見解とするのが通例だから論議の余地もあるまい。
>それが、この議論と何か関係あるのだろうか?
君のは推論でしかなくなんら実証性を持たないという結論だ。
>多くの人は、自分、あるいは、社会において一般的(と当人が理解している)
>主観的希望に、虐待が反するから、それを悪だと決め付けているね。
君の推測でしかない。気づけないのか気づきたくないのか。
>つまり、異なる主観的希望について、それぞれの善悪が存在するということだ、
>いったい何がどう問題なのだね?
君の素敵なご高説は推測だということだ。実証したかったら責めて10人くらいはアンケート
でも取って来な。
君はじかに人と話せないのかな?推論はいくらでも構築可能。偉くも何ともないよ。
周りの人と直接話してごらん。おれは昨日も通夜の席で6人に話を聞いたよ。
君のような善悪のとらえ方は誰もしていなかったな。説明しても一人だけ理解したが、
他の人は迷惑そうだったよ。
>>203 >これが好きだね。反論できていると錯覚しているな。
科学的方法を認める人が相手ならば、十分反論となる事柄だからね。
>君ほど理解力に乏しい(演出か?)人間がおれとやりあう意味は何なんだい?
最初に言ったように、私はスレの趣旨に従って話をしているだけだよ。
>おれは再三おれが問題にしているのは、前述の君の善悪の決め方ではなく、君の主張が一般的だという
>君の見解に関してだ と書いている。
だから、私は、「私の主張が一般的」であるなどとは主張していない、
と説明したはずだが?
私は、観察事実として、「善悪はこのように考えられている」と主張したのであって、
一般の人がそれを知っているなどとは主張していない。
>だから一般的ではないだろ。自己認識のない思考を君が推測するのは自由だが、当の本人の自覚の
>集まりを一般的見解とするのが通例だから論議の余地もあるまい。
私は、「自覚」の話などしていないが。
>君のは推論でしかなくなんら実証性を持たないという結論だ。
私は、「どのように「自覚」しているか」については、推論も実証も主張も行っていないよ。
「考える」という行為が、どのように行われているか、
について主張しているだけだ。
>>203 >君の推測でしかない。気づけないのか気づきたくないのか。
もちろん、いかなる意見も推測でしかないが、
現時点で、事実ともっとも良く符合する合理的な推測であると
現に事実と符合する観察事実を根拠に、主張しているのだよ。
科学的な方法を君が認めるのならば、事実と符合するこの推測を覆すには、
それに反する事実を示す必要がある。
>君の素敵なご高説は推測だということだ。実証したかったら責めて10人くらいはアンケート
>でも取って来な。
アンケートでわかるのは、その当人の「自覚」だけだね。
当人の自覚がかならずしもその当人の実際の考え方を正しく認識しているとは
限らないことは君も理解できていると思うのだが。
だから、当人の自覚が実際に「善悪を考えた」結果と符合しない場合は、
私は、当人の「自覚」よりも、「実際の行為」の観察結果を優先すべきだと思うのだが。
>だから、当人の自覚が実際に「善悪を考えた」結果と符合しない場合は、
>私は、当人の「自覚」よりも、「実際の行為」の観察結果を優先すべきだと思うのだが。
では教えて欲しい。何のために?だれの「観察結果」?なぜ「優先すべき」?
>>206 >では教えて欲しい。何のために?だれの「観察結果」?なぜ「優先すべき」?
科学の基礎だが。
事実を知るために。
誰か特定の人の観察結果ではなく、誰が、誰を観察しても、
適切に観察したならば、同じ観察結果が得られるような観察結果を。
観察に基づかない予測はしばしば事実と符合しない場合があるため、
実際に観察される事実と、観察に基づかない予測が符合しない場合は、
観察事実の方を優先したほうが、より事実を知ることができるから。
はて、それは「誰のため」に必要なことなんだ?
>事実を知るために。
その事実を知りたい人は誰なんだ?
>はて、それは「誰のため」に必要なことなんだ?
その点については、スレも私も論点にしてないが。
>その事実を知りたい人は誰なんだ?
その点についても、スレの論点とはなっていないように思うが。
とりあえず、それが、このスレのテーマであるから、
このスレに参加する者は、そのことに興味がある、と理解している。
このスレに限ったことではなく、スレッドというシステムが、
そういった共同認識の上に成り立っているものだと思うが、
君は、そうは思わないのかね?
こたえに窮するとごまかしだな。
おれの上記の質問が「善悪」にはというより生きていく上で最重要課題だ。
そんな認識もなく他人の価値観に依存して生きていると自分を見失うだろう。
こたえてもらおうか。
>そういった共同認識の上に成り立っているものだと思うが、君は、そうは思わないのかね?
そうだろうが、おれは本質に気づいたので共通認識が存在しえないと別スレでしつこく主張している。
つまり、おれは思わない。
さて、答えてもらおう。誰にとって必要で誰がそんな事実を知りたがっているんだ?
>>60 >>そういった共同認識の上に成り立っているものだと思うが、君は、そうは思わないのかね?
>そうだろうが、おれは本質に気づいたので共通認識が存在しえないと別スレでしつこく主張している。
>つまり、おれは思わない。
別のスレッドの話をいきなり持ち込まれても困るが・・・。
つまり、君の主張では、君と私に、共通の問題は存在しえないわけだ。
>さて、答えてもらおう。誰にとって必要で誰がそんな事実を知りたがっているんだ?
君と私の認識は別のものなので、その点について知りたがっているのは君だけで、
私はその点には興味がないのだよ。
善悪の事実が誰に必要で、誰が知りたがってるか、については、
別のスレを立てるか(君の主張ではそのようなスレを立てても、スレ参加者にその点について話そうという共同認識は存在しえないわけだが)、
その点について知りたいという点で君と共同認識を持つ人(君の主張ではそういう人は存在しえないわけだが)
を探して、その人と話せばいいだろう。
君が「善悪とは何か?」の話をやめてしまうのなら、このスレで君と話すことはもうない。
ご自由にどうぞ。
>私は、当人の「自覚」よりも、「実際の行為」の観察結果を優先すべきだと思うのだが。
この文を読めば一目瞭然。主語は「私」と語る君だ。
君の主観による善悪のとらえかたは結局君にしか認識し得ないものだ。
多くの人に語りかけて話し合う作業を繰り返さない限り、理解は得られないだろう。
少なくとも一般的見解でないことは明白となった。
それを君が一般的だ思い込むのは君の自由。おれに止めることは不可能。君が気づく他ない。
人は自己欺瞞で苦しむ。ここでいう自己は瞬時に変化しうる自意識だ。
自己認識の変化についていけなければ、固定観念に苦しむこととなる。それも個人の自由だ。
がんばって欲しい。
>>212 >君の主観による善悪のとらえかたは結局君にしか認識し得ないものだ。
>多くの人に語りかけて話し合う作業を繰り返さない限り、理解は得られないだろう。
>少なくとも一般的見解でないことは明白となった。
私は、「一般的見解」などというものについて主張した覚えはないが。
>同じように、「善悪の本質」に従った善悪を、
>多くの人に示して、彼らがそれを善悪と認めるならば、
>「善悪の本質」を彼らが理解している、していないにかかわらず、
>その「善悪の本質」が「善悪の定義」として一般的であることの証拠としては十分なはずだ。
というのは
>私は、「一般的見解」などというものについて主張した覚えはないが。
ということと君の中では矛盾しないのだろうが、おれから見れば言い逃れにしか見えんが。
>>214 >というのは
>>私は、「一般的見解」などというものについて主張した覚えはないが。
>ということと君の中では矛盾しないのだろうが、おれから見れば言い逃れにしか見えんが。
もちろん、矛盾しないよ。
「善悪をどのように考えているかについての見解」と
「実際に善悪を考えた結果」は別のものだからね。
ある人が持つ「善悪をどのように考えているかについての見解」どおりに考えた結果が、
その人が「実際に善悪を考えた結果」と必ずしも一致しないということは、
既に説明しているとおりだ。
論点をずらして言い逃れして何が楽しいんだか??
>私は、「一般的見解」などというものについて主張した覚えはないが。
というはずが、
>その「善悪の本質」が「善悪の定義」として一般的であることの証拠としては十分なはずだ。
と過去に書いているのだから、君以外の誰が見ても言い逃れもしくはうそつきと見える。
もう一度聞くが、君の善悪に関しての見解は「一般的見解」と一致するという主張だな?
それとも違うのか?
>>216 >もう一度聞くが、君の善悪に関しての見解は「一般的見解」と一致するという主張だな?
>それとも違うのか?
なるほど、なら、違うよ。
私の主張は、善悪の定義についての「一般的」、「見解」ではなく、
「実際」に「善悪を考えた結果」を観察した結果見出された、
「事実」にもっとも符合する善悪の定義だよ。
「善悪」を「一般的な「予測」」に基づいて主張しているのではなく、
「一般的な「事実」」に基づいて主張しているのだよ。
218 :
考える名無しさん:04/02/03 17:26
94は、善悪を自然主義的に理解してないんだから、
スレタイのテーマに沿った議論の実益はないだろ。
60は、「一般人は、善悪を自然主義的に理解するのが通例だ、
94が言うような評価軸として理解してない」として議論をやめて
黙ればいいのに、なぜ延々と話を続けてるのだ?
スレの流れを見ると、60は「自然主義的に善悪はない」から
「(どういう意味についてかは書かずに、ただ)善悪がない」と
「ないものについて何か言うのは短絡的だ(この判断の方が短絡的だが)」
「書きたい」のに、94に、評価軸としての善悪の話を出されて、
それを邪魔されたからキレてるようにしか、見えないんだが。
(それに、
>>203 通夜の最後にこのスレのテーマについて聞くのは
愚かだ。60は、この「愚か」にも証明が必要だと考えるのか?)
>なるほど、なら、違うよ。
ようやく認めたかよ。おっせーよ。全くちんたら逃げおってからに。もうこれは決着だな。
>「善悪を考えた結果」
主語は?
>観察した
主語は?
>結果見出された、「事実」
観察者は誰?
>にもっとも符合する善悪の定義だよ。
上記の主語が全て君なら、好きなように符合することが君には可能だね。
結局君のための君による定義でしかない。
もしそうでないとするなら、上記の質問に(主語)明確に答えて欲しいよ。
君がそこまで善悪にこだわる理由がわかるかもしれない。とにかくおれには理解できない。
なぜそこまで善悪の存在を絶対視(絶対的な善悪という意味じゃねーよ)するのかがわからない。
220 :
考える名無しさん:04/02/03 17:27
「(どういう意味についてかは書かずに、ただ)善悪がない」と
「ないものについて何か言うのは短絡的だ(この判断の方が短絡的だが)」
↓
「(どういう意味についてかは書かずに、ただ)善悪がない」
「ないものについて何か言うのは短絡的だ(この判断の方が短絡的だが)」と
221 :
考える名無しさん:04/02/03 17:34
>>219 219は、善悪についてさんざ、何やかやと書いてきたわけだが。
何やかや書けたということは、善悪という語に用例・用法があるって
ことで、それについて語れることを、意図するにせよしないにせよ、
示したことになるはずだな。
それなのに、なぜ、使ってた言葉の「存在」を、そこまで疑うのか?
(60も94も俺も事実としての善悪を絶対視してないから、そこに話戻すなよ)
実に不可解だな。
「善悪がない」という言いたいだけだろ、60は。ガキだな。
222 :
考える名無しさん:04/02/03 17:34
「善悪がない」という言いたいだけだろ
↓
「善悪がない」と言いたいだけだろ
>>218 >議論をやめて黙ればいいのに、なぜ延々と話を続けてるのだ?
自己鍛錬だよ。面白いから。
>「書きたい」のに、94に、評価軸としての善悪の話を出されて、
>それを邪魔されたからキレてるようにしか、見えないんだが。
おれの目的は対話だから書きたいことはそれほどないよ。キレてるおれはいるね。
ここまでしつこい奴(94)にははじめてであった。ある種嬉しいのだったよ。
>通夜の最後にこのスレのテーマについて聞くのは愚かだ。
君がそうとらえるのは自由。君はその状況を知りえない。通夜という情報から君なりの
連想をしての発言だろう。気持ちはわかる。
あの時おれは喪主に対し「おまえは馬鹿だ」と数回叫び、帰りに2度その喪主から「今日はありがとう」と
挨拶を受けた。おそらく君には想像がつかない状況だと思うよ。
>60は、この「愚か」にも証明が必要だと考えるのか?
どんなものにも証明が必要などとは考えていない。
仮に誰かが自己主張していたら、なぜそうしたいのか、どのような理由からなのかを知りたいとは思う。
面白いからね。
だが、必要とは考えていない。どうでもいいよ。
>>221 >「善悪がない」という言いたいだけだろ、60は。ガキだな。
ご自由に。否定のしようもないよ。
そこ(善悪は主観)から世の事象をとらえる面白さをおれは知っているが、君を説得できるとも思っていないから
そのように思うなら止められないね。
>>219 >ようやく認めたかよ。おっせーよ。全くちんたら逃げおってからに。もうこれは決着だな。
いや、最初から主張してないだけだが。
>主語は?
いかなる人でも。
>主語は?
>観察者は誰?
どのような人であっても適切な方法を持ちいたのであれば。
この当たりのことは、
>>207 で既に述べたはずだが。
>上記の主語が全て君なら、好きなように符合することが君には可能だね。
とりあえず、私ではないので。
226 :
考える名無しさん:04/02/03 17:58
>>223 結果良かったことは、事前の判断が愚かでないという証明には
多くの場合ならないことくらいは、承知しておいてほしいところだが・・・。
>>224 否定のしようがない、ではない。
君の「善悪がない」という言い方には根拠が無いと言ったんだが。
個人的な感想を言わせてもらうなら、一般人が自然主義的に善悪を
考えているように見えるのは、言い方に気を使わないからではないか。
一般人が「〜だから、悪い」というとき、
「〜という事実があれば、必ず悪いという結論になる」という
意味でそう発言しているとは、とても思えない(そんな大げさな
考えをいちいち抱く人間はかなり珍しい)。
何かしら困るときに、困るもとになることを「悪い」とする
言語を使ってるだけなんじゃないのか。
実際に行為に結びつけるように「善悪」を使うことは、確かに多いから、
60のような印象を持つのは無理ないが、しかし94が意味するようなことに、
多くの一般人は同意すると思う。
実は、議論が嫌われてそもそもどちらの理解にもならない、が
一番ありそうなオチだが。
善悪はあると思いますよ。だって、善悪という言葉が実際に使われているんですから、
その辞書的な意味を探ることはできるはず。私の感覚では、むしろ社会的な
ニュアンスで使われることが多いように思います。要するに「多くの人を幸せに
するのが善で、不幸にするのが悪」という感じ。
ただ、「善悪の辞書的意味を確定する」議論は非常に空しい感じが個人的に
するわけです。善悪の意味が何であるにせよ、私が気になるのは、前にも書いた
んですが、「善をなすべし、悪をなすべからず」という命題に根拠があるか、
という疑問です。たとえば「どうして人を幸せにするべきだ、と言えるのか」
ということです(ちなみに人には自分も含まれます)。私はこの疑問に取り付かれて
久しいのですが、考え方がどこか間違っているのでしょうか。
>>227 あなたは、善悪や幸福以外のことならば、「〜すべきだ」「〜すべきでない」という命題に
根拠が認められる場合があるの?
>>228 いや、まさにそれがわからないのです。
今の考えとしては、「〜すべきだ」「〜すべきでない」という命題は、
「〜して欲しい(しろ)」という「内面的な事実状態の表明」であるか、
「…するためには〜するのが合理的(不合理)だ」という「因果関係に関する判断」
であるか、どちらかであるとしか思えません。もちろんどちらにも真偽はあると
思いますし、そういう意味の「根拠」ならあると思いますが、「だからどうだ
というのだろうか…」という根本的疑問はぬぐえません。
(事実命題と当為命題の峻別という議論があるのは聞いたことがありますが、
正直言ってさっぱり意味がわかりません。)
ただ、私の疑問がスレのテーマと関係があるのかどうかも良くわからないのですが。
>>226 >結果良かったことは、事前の判断が愚かでないという証明には
>多くの場合ならないことくらいは、承知しておいてほしいところだが・・・。
「良い、悪い」主観だよ。結果良かったということを書いたわけでもない。
君は決め付けたいようだね。ご自由にどうぞ。おれはおれから見えた事実を語った。
君の勝手な推測を非難してるわけでもない。
>否定のしようがない、ではない。君の「善悪がない」という言い方には根拠が無いと言ったんだが。
なら、「そう言いたかった」が適切でないかい?
>「善悪がない」という言いたいだけだろ、60は。ガキだな。
としか書いてないよ。
おれは善悪は主観だと書いている。根拠は共通認識が存在し得ないから。ひとそれぞれ思考形態が異なる。
よほどきっちり洗脳してあげた数人になら共通認識は可能かもね。
>個人的な感想を言わせてもらうなら、一般人が自然主義的に善悪を
>考えているように見えるのは、言い方に気を使わないからではないか。
君の意見は大方個人的見解だよ。
同意を得たければ君の好きな根拠を示す方が適切。
>何かしら困るときに、困るもとになることを「悪い」とする言語を使ってるだけなんじゃないのか。
そういう場合が多いだろうね。
>実際に行為に結びつけるように「善悪」を使うことは、確かに多いから、
>60のような印象を持つのは無理ないが、しかし94が意味するようなことに、
>多くの一般人は同意すると思う。
君がどう思おうが「一般人」と君が規定する人々の意見は様々だよ。
おれも94も絶対的善悪の存在は認めていない。というか当たり前だ。
とらえかたは人それぞれなのに、あたかも一般的見解のように94が語るから、疑問を投げかけていた。
どうやらはなから違ったようだね。全く。(ここは94宛て)
>>229 特にスレを管理している人もいないようだから、障害がでるまで続けようよ。
意味の疑問の根本は、外からの強制力があってその外的強制力の根拠を知りたいということなのかな?
それとも、各個人が「こうしたい」といった願望・欲求的なものを満たす方向性からくるのか、ということ?
面白そうだと思って最初からまじめに読んでみたが、ずるずる討論モドキが続いてるだけだな。
それでも166くらいまではまだ討論の形になってはいた。
だが仕切りなおした167あたりからは、218が言っている内容にまったく同意だ。
60よ。最初からズレていることに気づいているのに、延々と討論もどきを繰り返すことが「自己鍛錬」か?
ただたんに相手を言い負かすことを目指すのであれば、「自己鍛錬」といえるかもしれないな。
まあ、俺が言いたいことは
まともな議論っぽいのではじめからマジメに読んでいちいち分析してみたが、実は大して濃くもないただのすれ違い討論だった
そんな俺の心の傷をどうしてくれる
ってこった。
_| ̄|○
このスレで討論モドキを続けても、障害が出ることはないだろう。
どうせスレ主もいなければ明確な縛りもない。
ただ「善悪とは何か?」について語るのであれば、すれ違っていようが喧嘩していようが問題はない。
だがな60、94。
目に見えて駄目な口喧嘩より、一見まともに見える無駄議論のほうが性質悪いってことは知っておけ。
スレ占領してるんだから、せめて実のある話し合いってもんをやってみろ。
>>232 君には同情するが、私に何か責任があるのか?
君は、私が、どうすべきだった(あるいはすべきでなかった)と考えているのか。
>>232 94の言うのももっともだ。
>目に見えて駄目な口喧嘩より、一見まともに見える無駄議論のほうが性質悪いってことは知っておけ。
君はここで「悪い」という語を使用している。
さて、「誰にとって」?君の見解?それとも一般的見解?
そういったことを討論しようか。ぐだぐだいってないでさ。
ああ、心の傷云々は半分冗談。
分析してみたら同じ話しが延々くり返されていただけだったって事実にちょいと打ちのめされてみただけ。
>目に見えて駄目な口喧嘩より、一見まともに見える無駄議論のほうが性質悪いってことは知っておけ。
これは要するに愚痴。
詳細は下で言ってみよー。
さて、どうせなのできちんと説明。せっかく分析したんだしねー。
仕切りなおし以後の167以後の議論がほぼ同じ内容の繰り返しだったことについて。
『自然主義的善悪観は法・規則以前にあるもの。しかしこれは個人差が激しく、絶対的な統一見解はないに等しい』
これは60と94の統一見解であり、議論の根底にあるもの。
ちょくちょく無駄に顔を出すキーワードでもある。
60と94の議論の流れはだいたい以下のとおり。
94が自然主義的善悪観の細かな定義(主観的希望にそうかそわないかということ)を提示する。
↓
60がそれは本質ではないと否定する。
↓
以下エンドレス。
60の主張は「一般人は善悪という概念に縛られもがく存在だ」というもの。
一般人とは「固定された善悪の概念」にそって善悪判断をするものであり、個人では94のような定義はできない。ということらしいね。
一般人舐めてんのか、と思いつつ、まあそういうこともあるかな、と思ってしまうお話。実際にはどうなんだかわからない。
俺は「一般」を語れるほど世の中知らないんで。
それに対して94は善悪という概念を意識して定義できない人間でも、善悪を決める際は常にこの定義にそっていると主張。
「固定された善悪の概念」と「善悪」は違う。よって60の言うような場合は論外である と。
これはわかりやすいお話。
要するにりんごが落ちるという現象には万有引力の法則が働いているんだよーといってるようなもの。
さて、これでどちらが一般的かというお話になるわけですがー。
まあ個人的な解釈からすれば94有利ってとこですか。
94のいう定義は普遍的なものであり、60はそれに対する反証を打ち出すことができていない。
一方60はただ「一般的な善悪の本質把握」について語るが、「一般的である」という言葉が曲者ー。
60は94のような明確で普遍的な定義を語るのではなくただ「一般的な善悪の本質把握」とだけ言っている。
これには反証のしようがない。60の主張が「一般」でないと証明することができない。逆もしかりだが。
これでかみ合うはずがない。
見てて頭痛くなって来マース。
ここで94の質問に答えておきましょ。
>私はどうすべきだった(あるいはすべきでなかった)と考えているのか。
どうしようもない。個人的にはその粘り強さに感心します。
同じ話がえんえんと続いたことと、そのログの価値については、面倒なのでそれも下で。
さて、俺の言った「悪い」について。
この発言について語る前に、自然主義の一つ上に目を向けてみましょう。
最も一般的な善悪判断の基準、それは「規則」。
94風に言ってみれば「客観的希望」かな。
主観的なそれとはまた別に存在する、社会という客観による大きな流れ。
それは基本的に主観より優先されるべき(社会においては)もの。
94と60の討論は規則違反してはいない。
なにしろお題は「善悪について」。
規則自体があまりに漠然としているため、強制力などないに等しい。
2chの最低限のルールとは「他人に迷惑をかけるのはやめよう」
具体的には
・必要以上の馴れ合いは慎しんでください
・暴言や第3者を不快にさせるような発言はやめましょう
・悪質な削除要請や自己中心的な発言はひかえましょう
・人間的モラルやルール・ネットマナーに反した発言はやめましょう
・犯罪の恐れがあるものをみつけたら通報しましょう
とのこと。
このルールは個人の主観的希望に左右されやすく、ルールとして作用しづらい。他のルールも同様。
つまり強制力はない。いわゆる良識・マナーといわれる類の「強制力のない客観的希望」。
「94と60は(俺的に見て)馴れ合っている」
「94と60のえんえんと続く同じ内容の討論のせいで時間を無駄にしてしまった。俺が不快になった」
これは主観の押し付け。
互いに譲歩の意思がないかぎり、押し付けによって解決されるものはほとんどない。
よって先の俺の発言はただの愚痴として流してほしい。でもできれば気にしてほしい。ああ、矛盾。
つまり、94と60がこのスレで討論を続けることは(少なくとも俺のルール解釈では)一般的な悪ではない。
かまわず続けてくれ。
俺に君たちを止める権利はないし、止めるつもりもない。
ただ一つの新しい観点を提供しただけに過ぎない。(同じ話題を有意義っぽく繰り返すなコノヤロウ! ということ)
俺は君らの主観的希望の方向をかえるように、ちょっと働きかけた。
だがそれに答える必要はない。つーか答えないほうがいい。自分でも無理言ってると思うから。
232さんにお聞きしたいのですが、「自然主義的善悪観」とは何のことですか。
そうでない善悪観との違いは何なのでしょうか。
よくわからないのは、このスレッドが
1.「善悪判断の基準」や「善悪の内容(どんな行為が善でどんな行為が悪と
されているのか)」についての議論なのか、それとも、
2.その前提となる「善」「悪」それ自体の「意味」についての議論なのか、
ということです。
2.については、私は「判断主体(個人・社会)が肯定的に評価する」ことと
「否定的に評価する」ことだ、という程度にしか考えようがないのですが。
そうだとすれば、1.は要するに「判断主体はどういう規準でどんな行為を
肯定的(否定的)に評価しているか、という事実関係についての議論になります。
それでいいのでしょうか。それとも、こういう考え方が自然主義的善悪観
なのでしょうか。
私の感じでは、善悪の議論というのは、「判断主体はどういう規準でどんな行為
を肯定的(否定的)に評価する べ き な の か、というニュアンスになりがちだ
(というよりそうでないと意味がない)ように感じられるのですが。それなら
2.の意味が問題になると思います。
>>239 一言で済まされちゃ悲しいなぁ。
まあ、だらだら書いてるからしょうがないか。
わかんなかったら流して流して。
>>240 このスレッドで行われている議論については、60からのログを読んでからご自分で判断することをお勧めします。
また「このスレッドで行われるべき(意味のある)議論」については、60と94にご相談ください。
自然主義的善悪観ってのは俺がてきとーに造った造語なので、わからなくて当然ですね。ごめんなさい。
この場合の自然主義とは「全てを自然に帰し、自然に任せる立場」に近い意味で、
ただたんに「判断主体としての社会、判断基準としての法律」を除く意味合いで使いました。
なので、
>判断主体はどういう規準でどんな行為を肯定的(否定的)に評価しているか、という事実関係についての議論
というより
『判断主体(個人)はどういう規準(法律以外)でどんな行為を肯定的(否定的)に評価しているか、という事実関係についての議論』
といったほうが正解に近いかと。
俺がログを読み間違えていて、全ては俺の勘違いだったんだ!(な、なんだってー)的な展開があるとこわいので、
答え合わせは議論の当事者である60か94にお任せします。
嫌だったらスルーでよろしく。
>>241 君が仕切りだしたから
>>240の質問が出たんだろ。
おれと94のくだらないやり取りにちょっかい出したのも君だ。
まる投げしないで考えてごらん。
それから、
>>225 >>ようやく認めたかよ。おっせーよ。全くちんたら逃げおってからに。もうこれは決着だな。
>いや、最初から主張してないだけだが。
このやり取りをもって、おれ個人としては94に対して語ることは今のところない。
おれは94の主張を初めから認めている。反論をしていたのは彼の思い込みに対してだ。
それは彼の主張が一般的見解だという考え。その根拠が乏しいにもかかわらずおれの
「善悪は主観だ」という考えを否定していたことによる。
このスレはおれと94のくだらないやり取りが大半を占めたが、住人がいなかっただけの話だ。
仕切りなおそう。
>>242 ちょっかいを出した、というより野次ったといったほうが正確に近い。
俺の行為は見世物小屋で「つまんねーモンみせんじゃねーよ」と座布団投げるヤツと同レベル。
だから、気にする必要はないよ……って、投げたヤツの台詞じゃないか。ごめん。
申し開きとして、座布団を投げた理由を。
>反論をしていたのは彼の思い込みに対してだ。
>それは彼の主張が一般的見解だという考え。その根拠が乏しいにもかかわらずおれの
>「善悪は主観だ」という考えを否定していたことによる。
『「主観的希望」に対して、それをかなえるものが善で、それを損なうものが悪である』という定義自体は60も認めている。
しかしそれが普遍的であるという考えは否定したい。そういうことだね。
「善悪は主観だ」という発言が善悪=主観を意味するのなら、確かに94の「主観そのものに善悪はない」という主張にぶつかるね。
でもさ、これについてはすごく簡単な国語の問題じゃないかと思うんだ。
君の言う「善悪は主観」とは「善悪は主観を基準にして決まる」ということじゃないかなー?
これが正解だとしたら、これまでの議論は恐ろしく無意味になってしまう。それはあんまりなので、無かったことにしましょう。うん。
さて、「94の主張が一般的見解だという考え」の「根拠が乏しい」という確信の根拠はなんだろね?
60はこう言ってる。
「多くの人は善悪の本質を語っている。善悪を分類法だと割り切っている人はそれほど多くないようだよ。
本当に良いこと、悪いことはあると思っている。そうやって大人に教えられて育ったのだから仕方ない」
で、その根拠は? 君の経験? それこそ「根拠が乏し」くないかな?
普遍性の証明自体は簡単だ。
Aの次にBが何度も来れば、AならばBに必然性が生じる。
それと同時にAの次に非Bが来ないという特殊性を証明している。
これを94の定義にあてはめると、
「主観的希望をかなえるもの(A)の次に善(B)がくる」あるいは「主観的希望を損なうもの(A´)の次に悪(B´)がくる」
ならばその反証は、「Aの次に非Bがくる」という定義自体の特殊性の証明。
つまり「主観的希望をかなえるもの(A)の次に善でないもの(非B)がくる」あるいは(略
ようするに60が94の主張は普遍的ではないと証明したかったら、
「主観的希望をかなえるもの(A)の次に善でないもの(非B)がくる」という反証を一つでも挙げればいいってわけ。
でも、60は自分の「根拠の乏しい」主張で94のそれを塗りつぶそうとしているだけ。
反証のつもりなのか幾つか具体例を挙げているが、結果として94の定義の普遍性を補強するだけになっているしねー。
「一般的見解と普遍的かどうかは違うんだよ!」という反論はありかもしれないけれど、
これ以外に測る方法がない事柄だから、その発言をした時点で『議論』はオジャンになる。
>まる投げしないで考えてごらん。
俺は根性無いんでまる投げするしかないっす。
「くだらないやり取り」で「自己鍛錬」を続けるのも君の勝手だし、94は付き合いがよさそうだし、俺はもうそこに価値を求めたりしない。
それに加えて仕切りなおすんだったら万事OKじゃん。他の住人は知らんけど。
だから、(俺のことは)気にする必要はないよ。
>>242 >このやり取りをもって、おれ個人としては94に対して語ることは今のところない。
>おれは94の主張を初めから認めている。反論をしていたのは彼の思い込みに対してだ。
>それは彼の主張が一般的見解だという考え。その根拠が乏しいにもかかわらずおれの
>「善悪は主観だ」という考えを否定していたことによる。
ええと、私が「主観的希望をかなえるものが善で損なうものが悪」という主張において、
根拠としているのは、「観察事実」だよ。
最初からそう述べている。
私が「そのような見解が一般的であると思い込んでいる」というのは、
それこそ、君の「思い込み」でしかない。
そして、そのような観察事実が存在することは、「君が」示してくれた。
君の「善悪は主観だ」という主張が否定されるのは、それが観察事実と符合しないからだ。
「見解」は、「善悪を考える」という行為そのものではなく、
それについての「予想」でしかなく、実際に「善悪を考える」という行為を行った結果と、
必ずしも符号しないことは説明したとおりだ。
君は、事実とかならずしも符合しない「見解」を根拠に自分の主張を行い、
私も同様にそのような「見解」を根拠に、主張していると「思い込んでいた」ようだが、
それは君の思い込みに過ぎない。
>>236 >ここで94の質問に答えておきましょ。
>>私はどうすべきだった(あるいはすべきでなかった)と考えているのか。
>どうしようもない。個人的にはその粘り強さに感心します。
了解した。
>>237 若干誤解・齟齬があるようなので。
>94風に言ってみれば「客観的希望」かな。
よく考えてみると、「希望」に「客観的希望」というものは存在しないね。
君の言っているのは、
統計的多数の希望であり、その事実事態が統計的多数に認識されている希望であって、
客観として存在するのは、「統計事実」だけで、その元になる、
個々の希望はやはり主観でしかない。
>それは基本的に主観より優先されるべき(社会においては)もの。
というか、規則というのは、それに先立って、
社会・政治理念(基本的人権とか、自由とか)が存在し、それを守るために作られる。
社会的規則が、個人においても優先されるのは、社会・政治理念が、
一般的な(主観的)希望を守るために作られており、さらには、その希望が多くの個人において、
高い優先順位を持つ希望であるからであって、社会で決めたから、ではない。
どちらかといえば、一般的希望であって、高い優先順位をもつ希望であるから、
それを守るための規則を社会が決めたということで、そのような機能が社会と規則には求められている。
ああ、なるほど。社会=客観というのは度しがたい短絡だったようで。
社会と個人を分けて考えたのが間違いだったか。
うーん、思い込みと短慮ほど怖いものもない。
>>246 指摘、ありがとう。
>>243 君もあまり多くの人とスレタイに関連する会話をしていないのかな?
>で、その根拠は? 君の経験? それこそ「根拠が乏し」くないかな?
根拠はないよ。おれの経験。君も経験したらどうかな?話をしてごらん。聞いてごらん。
少しでも多くの人に突っ込んで聞いてみればわかるかもしれない。
おれは論理展開をしていない。事実を話している。根拠は極めて希薄だが成育過程を考慮すれば
わかることだ。信じられなければ周りの人に尋ねる他ない。一人でも多くに、徹底的に突っ込んで。
多くの人は説明を怠らなければ94の主張を理解するかもしれない。
だが、現実に全員がそのようには考えていない。
これは理論ではない。現実だ。君がアンケートとる他ないね。
>>245 >私が「そのような見解が一般的であると思い込んでいる」というのは、それこそ、君の「思い込み」でしかない。
131 :94 :04/01/05 18:27
>君の主張理由を述べよ。
私の主張理由は、もちろん、一般的な善悪のとらえ方が実際にそのようなものだからだよ。
と書いてあるのはどうしたことかな?おれはその後もしつこく「一般的でない」と君にふったが
なかなか「そうだよ」というレスがなかったようだけど?
君の考えはよ〜くわかってるよ。はじめっから。そう何度も書いただろ。
でもね、みんながそのように分析してとらえてないわけだよ。善悪を絶対視する面が
あって日常で関わってくる。君の主張がみんなに行き渡ると悩む人が少しは減ると思うよ。
それが「いい」とも「悪い」とも思わないけどね。
おれの主観的希望に沿う「善」はみんなの善悪のとらえかたが柔軟になることだよ。
>君は、事実とかならずしも符合しない「見解」を根拠に自分の主張を行い、
主客を論じるつもりはないよ。
>私も同様にそのような「見解」を根拠に、主張していると「思い込んでいた」ようだが、
君のも根拠ないよ。「客観的事実」は被験者の主観だろうから主観論になるよ。
主観は極めて曖昧な脳内の認識によるわけだから、根拠は極めて希薄なんだよ。
>それは君の思い込みに過ぎない。
その通りだよ。おれは十分知っているんだよ。
>おれは論理展開をしていない。事実を話している。根拠は極めて希薄だが成育過程を考慮すれば
>わかることだ。信じられなければ周りの人に尋ねる他ない。一人でも多くに、徹底的に突っ込んで。
>その通りだよ。おれは十分知っているんだよ。
「俺は事実を話している。根拠は薄いが、俺の身の回りの人はみんなそうだったから、そうに違いない」
94がんばれ。超がんばれ。
俺もうおなかいっぱい。
>>251 >「俺は事実を話している。根拠は薄いが、俺の身の回りの人はみんなそうだったから、そうに違いない」
君の論点が不明なため何を期待しているのかさっぱり不明。
君はなにやら確固たる根拠がこれまでのやり取りにあると期待しているのかな?
・善悪は人の主観によって変動する
・94の考え方はもっともだ
・多くの人は絶対的な善悪を想定している(善悪それ自体は絶対的ではない。善悪とは絶対的だろーなーくらい)
・94が自分の考え方が一般的だと主張したので、そーじゃねーだろと反論した
これらのおれのとらえかたを理解してのレスなんだろうね?
「そうに違いない」は書いてないだろ?少しは自分で確かめろよ。
>94がんばれ。超がんばれ。
94に期待するのは君の自由だが、君が納得行かなければ自分でけりをつけたらどうかな?
>俺もうおなかいっぱい。
>だから、(俺のことは)気にする必要はないよ。
>一言で済まされちゃ悲しいなぁ。
おれはもう94とやりあう意味はないんだよ。君はレスをきちんとは読んでいないのかな?
そして君は何がしたいんだろうね。
おれと94のやり取りの中でどうやらおれに文句があるようだが、君がレスし始めた頃にはちょうど
おれにとっての結論(94が自分の考えが一般的だなどとは言ってなかったという言い訳レス)が出ていた。
君にとって不快だったのならすまないが、人に預けるような態度はどうだろうね。
おれに文句があるなら、自分で決着つけるか、いなくなるかが君の気持ちを納得させる近道ではないかな。
94は君の不快感とは無関係だろ。君はまだこのくだらないやり取りを煽りたいのかい?
>>250 >と書いてあるのはどうしたことかな?おれはその後もしつこく「一般的でない」と君にふったが
>なかなか「そうだよ」というレスがなかったようだけど?
つまり、その文の意味を君が「見解が一般的であると主張している」と誤解したということだね。
>でもね、みんながそのように分析してとらえてないわけだよ。善悪を絶対視する面が
>あって日常で関わってくる。君の主張がみんなに行き渡ると悩む人が少しは減ると思うよ。
>それが「いい」とも「悪い」とも思わないけどね。
そういったことには、私は関心がない。
>おれの主観的希望に沿う「善」はみんなの善悪のとらえかたが柔軟になることだよ。
その点についても私は関心が無い。
>主客を論じるつもりはないよ。
意味不明だ。
>>250 >君のも根拠ないよ。「客観的事実」は被験者の主観だろうから主観論になるよ。
>主観は極めて曖昧な脳内の認識によるわけだから、根拠は極めて希薄なんだよ。
「被験者」というのは、どういう人のことだね?
何度も説明しているが、私のいう「客観的観察事実」とは、
単に「観察した事実」という意味ではない。
「誰が観察しても、適切な手段で観察するならば同じ結果となる事実」ということだ。
「極めて曖昧な脳内の認識」であるならば、異なる観察者が観察すれば、
必ずしも同じ結果にならないはずだ。
誰が観察しても同じ結果が得られるということは、
観察対象となる事柄が、そういった主観の外に独立して存在し、
それを個々の観察者が観察するから、主観を共有しない複数の個人が、
同じ観察結果を得られるのだ。
従って、君の示してくれた、善悪についての人々の実際の行動は、
誰が観察しても同じ観察結果となるから、客観的事実ということができ、
その客観的事実を根拠とする私の主張には、客観的普遍性があるということだ。
>>254 何むきになって煽ってんだか。
>「誰が観察しても、適切な手段で観察するならば同じ結果となる事実」ということだ。
そのような限定した状況を設定するのは大変だろうけど仮に可能だとしよう。
その状況下で観察する人がどんな人でも同じになるのかい?
人は五感によって状況を捉え、その情報を脳内で「自分の都合のいいように」認識する。
これだけでも不確かなのに、視力聴力嗅覚の弱い人も多くいるよ。
そういう人は含めないということなんだろうけど、だったら君のその意見にどのような現実性が
あるんだろうかね。
でも君がそう思いたいのはよくわかってるし、その具体的実証事例を挙げろといったところで、逆におれに対して
反例をあげろというパターンで来るだろうからもういいよ。
はいはい。
>>255 >その状況下で観察する人がどんな人でも同じになるのかい?
観察の方法が適切ならね。
>人は五感によって状況を捉え、その情報を脳内で「自分の都合のいいように」認識する。
>これだけでも不確かなのに、視力聴力嗅覚の弱い人も多くいるよ。
>そういう人は含めないということなんだろうけど、だったら君のその意見にどのような現実性が
>あるんだろうかね。
もちろん、人間が認識可能であり、他者の認識と比較検討可能な範囲においての、
限定された現実性しかないよ。
つまり、私の主張には、充分検証された科学法則などと同じ程度の現実性しかない。
その点については、
>>111 で既に述べたとおりだ。
>でも君がそう思いたいのはよくわかってるし、その具体的実証事例を挙げろといったところで、逆におれに対して
>反例をあげろというパターンで来るだろうからもういいよ。
具体的実証事例については「君が」充分示してくれたので、もう必要ないと思うが。
>具体的実証事例については「君が」充分示してくれたので、もう必要ないと思うが。
おれでなくて、君にお願いしたんだけどね。
もうよそうよ。くだらなすぎる。
君が客観的事実うんぬんを語りだすと、おれとしてはかなりひくんだけど。
君がそう思うのは君の自由だと初めから書いている通り。
善悪の話限定のこのスレではおれの主旨は伝わらないだろうし、君は興味もないだろう。
また、君の客観的事実も同様。
主客の問題については論じる上での基盤だろうから、重要だとは思う。
しかし君はスレ違いが気になるようだからおれが独り言として少し触れるよ。
我々の認識している事象は全て主観だというとらえ方が可能。
人が事実と認識する事象は自己の脳内における認識。
認識は常に変動可。常時変化しうる感覚に大きく左右される。
自己の存在を絶対視することで自己以外の他の存在の実在性に信憑性が出る。
しかし、知覚できる今がバーチャルでない保証はない。
といったくだらない考え方も主観的な思考方法ならば可能。
君の言う客観も前述の通り誰かの主観であるわけだから、はなから不確か。
でも、もういいよ。君の満足行くように考える他ないもんね。
1.善悪は個人の趣味(主観)による。
2.個人の趣味は客観的条件によって決まる。客観的条件とは
物理学的・生物学的・心理学的・社会学的なもの。
3.地球上の諸個人の趣味にはかなりの共通性が認められる。
死ぬのは嫌だとか痛いのは嫌だとかセックスしたいとか何とか。
以上に尽きると思われるが、いかが。
>>258 >2.個人の趣味は客観的条件によって決まる。
これは>個人の趣味(主観)ということと照らすとどうかな?
客観的条件が必要に見えるのは十分理解しているけど、それ自体(客観的条件)が主体を
通した主観であるわけで、その点において微妙かな。
また、客観的条件を絶対的存在として規定しても、それを認識するのは主体なので決めるのは
主観だと思うよ。
でもこれは思考の一形態の過ぎない。258のいうのももっともだと思うよ。もちろん94のも。
>尽きる
というなら、やはり我々の今は自己の認識によるということかと思うけど。
客観視を否定しているわけじゃないよ。自己認識には極めて重要だからね。
>>257 >>256 でも述べたが、そういったことは、既に、
>>111 で述べている。
現実についての不可知性については、承知の上だよ。
だから、私の主張には、充分検証された科学法則などと同じ程度の現実性しかない。
それ以上の現実性があるとは最初から主張していない。
>>260 そうするとなぜそれほど必死に自己主張を続けているのかが疑問。
君はおれに君の主張を納得して欲しいのかい?
>>261 私は、スレッドのテーマに関心があるから、それにそって、普通にレスしてるだけだ。
それ以上の理由は無い。
これも、最初から述べているとおりだ。
君の中で結論が出ているテーマにおいてどのような点に関して如何なる興味があるの?
あっそう。
君の主張はあくまでも君の主張であって、それは君にとってはスレタイテーマの結論ではない、ということね。
君は漠然とこのスレで善悪を討論したいのか?
それとも君の主張を他人に知って欲しいのか?
他に何かあるのか?
>>265 >君の主張はあくまでも君の主張であって、それは君にとってはスレタイテーマの結論ではない、ということね。
現時点では、最も事実に符合する仮説として主張してるわけだが。
そして、事実、このスレの君との議論では、そのことは充分過ぎるほど明らかになった。
>君は漠然とこのスレで善悪を討論したいのか?
テーマが明確に決まっている以上、漠然とした議論とはいえないと思うが。
私は他の問題と同様、このテーマについて普通に議論したいだけだよ。
議論の目的は、テーマについてより深く考えることであって、
自分の主張(仮説)を述べるのは、そのための手段に過ぎない。
>そして、事実、このスレの君との議論では、そのことは充分過ぎるほど明らかになった。
こんなのばっかだね。
それは善悪というより、「いいわるい」の判断方法といった感が強いんじゃないかい?
善悪を語るには善悪の規定の仕方を明確にして定義付け等を行なう必要もあるだろうね。
君の言う共同認識なる「他人と自分はおんなじ考え」的な曖昧な基盤による思考を楽しみたいならもう十分だろうな。
>議論の目的は、テーマについてより深く考えることであって、
>自分の主張(仮説)を述べるのは、そのための手段に過ぎない。
実にご立派な意見だね。
でも君の中には善悪は主観的希望を叶える方向とそうでない方向という短絡的な、なおかつ合理的で
わかりやすいものと決め付けていないかい?
おれが論理的でない経験論的な、多くの人は絶対的な善悪を仮定しているという考えに関しては
まるで考えていないし反証もあげない。
結論でてるとしか思えません。おれは君の主調はもっともだともはじめから書いてます。
おれの話は聞く気ありませんか?
>>267 >それは善悪というより、「いいわるい」の判断方法といった感が強いんじゃないかい?
もし、そうだとして、それは「善悪」と、どういった点で異なるのだね?
>善悪を語るには善悪の規定の仕方を明確にして定義付け等を行なう必要もあるだろうね。
>君の言う共同認識なる「他人と自分はおんなじ考え」的な曖昧な基盤による思考を楽しみたいならもう十分だろうな。
最初から述べているように、私は、不可知論を超えたレベルで絶対的な善悪を規定できる、
と主張しているわけではない、あくまでも、人間が認識可能で、
他者との認識を比較検討可能な範囲でしか考えていない。
だから、私の主張には、万有引力などの、よく検証された科学法則と同じ程度の妥当性しかない。
そのことを君の言葉で表現するとそのようになるのならば、「君にとっては」もう充分なんだろうね。
>実にご立派な意見だね。
>でも君の中には善悪は主観的希望を叶える方向とそうでない方向という短絡的な、なおかつ合理的で
>わかりやすいものと決め付けていないかい?
決め付けてはいないね、事実を観察した結果、そう考えるのが妥当だと結論したのだよ。
その点についても何度も説明しているはずだが。
まあ、もちろん、観察事実を根拠にしている以上、この考えにも、
科学法則と同程度の合理性しかないわけだが。
>>967 >おれが論理的でない経験論的な、多くの人は絶対的な善悪を仮定しているという考えに関しては
>まるで考えていないし反証もあげない。
その点については、
>>194 で事実として認めた上で、それが善悪そのものではなく誤解であることを、事実を根拠に論証しているね。
そして、このスレは、「善悪についてどのような誤解が存在するか」を考えるスレではないし、
私もそのような話題には興味が無い。
>結論でてるとしか思えません。おれは君の主調はもっともだともはじめから書いてます。
>おれの話は聞く気ありませんか?
このスレのテーマに沿った話ならいくらでもつづけよう。
それ以外の話がしたければ、それを望む人を探すべきだろうね。
>それが善悪そのものではなく誤解であることを、事実を根拠に論証しているね。
事実というのはガキの突っ込みの如く「いつ・どこで・だれが」といったことのいくつかが明確な場合限定だよ。
君が事実だとしたところは君の思い込み以外のなにものでもない。そうでない証拠を出してごらんよ。
おれにはそういう突込みばかりしていたね。どう?
>多くの人は絶対的な善悪を仮定しているという考え
と書いているのにわからないんだな。
>>194で君が主張したとおりだろうがそうでなかろうが、無関係だということくらい気づいたらどう。
君の言う善悪とはニュアンスが違うんじゃないかね。
ではきくが、君はいつからそのような善悪のとらえかたをしたのかな?
きっかけは?それ以前はどのように善悪をとらえていた?
>そして、このスレは、「善悪についてどのような誤解が存在するか」を考えるスレではないし、
いつからそうなったの?
>>270 >事実というのはガキの突っ込みの如く「いつ・どこで・だれが」といったことのいくつかが明確な場合限定だよ。
>君が事実だとしたところは君の思い込み以外のなにものでもない。そうでない証拠を出してごらんよ。
>おれにはそういう突込みばかりしていたね。どう?
私が事実だとしたところは、君が事実だとして示した事柄だが、
それを君は、実は事実ではなかったと主張するのかね?
>と書いているのにわからないんだな。
>>194で君が主張したとおりだろうがそうでなかろうが、無関係だということくらい気づいたらどう。
>君の言う善悪とはニュアンスが違うんじゃないかね。
どのように違うのだね?
>ではきくが、君はいつからそのような善悪のとらえかたをしたのかな?
>きっかけは?それ以前はどのように善悪をとらえていた?
それ以前にどのように考えていたかはうまく説明できないな。
明確な考えをもっていたわけではないからね。
事実を観察していろいろ考えた結果、今のような1つの結論に至ったわけだが。
>>そして、このスレは、「善悪についてどのような誤解が存在するか」を考えるスレではないし、
>いつからそうなったの?
最初からそうだと思うが。
すくなくとも、私はその話題には興味はないね。
>私は他の問題と同様、このテーマについて普通に議論したいだけだよ。
>議論の目的は、テーマについてより深く考えることであって、
>自分の主張(仮説)を述べるのは、そのための手段に過ぎない。
>最初からそうだと思うが。
>すくなくとも、私はその話題には興味はないね。
善悪とは何か?
1 :考える名無しさん :03/11/24 15:44
なんじゃい?
君の発言を一貫性のあるものとしてとらえるのは困難。
また、事実を故意に捻じ曲げている。
でもそれも全て君の自由。ご自由にどうぞ。
>>272 >君の発言を一貫性のあるものとしてとらえるのは困難。
>また、事実を故意に捻じ曲げている。
私の主張は一貫しているし、事実を捻じ曲げたつもりもない。
もしもそのような点が、1つでもあるとしたら、
君は示せるはずだが。
君の発言における矛盾は何度も指摘したとおり。
君はことごとく言い逃れ言い訳をして自己満足している。
善悪について論じるのであれば、一般的な見解から論じることも重要と思うが。
また、君が自己主張だけでなく論じ合う姿勢があるのなら、そのような形になっているだろう。
君の考えがもっともだと再三再四書き込んでいるにもかかわらず、
>もしもそのような点が、1つでもあるとしたら、君は示せるはずだが。
といった、臨戦態勢でレスをする。
>すくなくとも、私はその話題には興味はないね。
こう切り捨てるのであれば、論じ合う姿勢があるととらえるのは困難。
>私は他の問題と同様、このテーマについて普通に議論したいだけだよ。
議論「したい」なら、折り合いをつけることの必要性を学んだらどうかな?
君のは自己主張の繰り返しと、自己の正当性を「相手が反証を挙げられぬことを根拠」に誇示しているようにしか
みえない。
おれは君の主張を否定していない事実を考えれば、君の行為は一人相撲だ。
>>274 >おれは君の主張を否定していない事実を考えれば、
君は私の主張、
・「主観的希望をかなえるものが善であり、損なうものが悪である。」
・「全ての人が(病的な障害を抱えていない限り)、善悪をそのようなものと考えている。」
・私の主張は君の示した事実とことごとく符合している。
・私の主張は一貫しているし、事実を捻じ曲げたつもりもない。
を、「君が否定していない」という事実がある、と主張するわけだね?
>・「主観的希望をかなえるものが善であり、損なうものが悪である。」
>を、「君が否定していない」という事実がある、と主張するわけだね?
ということならそうだよ。
>>217 :94 :04/02/03 16:35
>>216 >>もう一度聞くが、君の善悪に関しての見解は「一般的見解」と一致するという主張だな?
>>それとも違うのか?
>なるほど、なら、違うよ。
>私の主張は、善悪の定義についての「一般的」、「見解」ではなく、
>「実際」に「善悪を考えた結果」を観察した結果見出された、
>「事実」にもっとも符合する善悪の定義だよ。
これと下のことは君の中では矛盾していないんだろうね。
>・「全ての人が(病的な障害を抱えていない限り)、善悪をそのようなものと考えている。」
で、何度も言ってるが、証拠を見せろよ。おれがあげた例が証明してるとかいう糞の足しにもならない
いいわけは使わないでね。
>>276 >これと下のことは君の中では矛盾していないんだろうね。
もちろん。
>で、何度も言ってるが、証拠を見せろよ。おれがあげた例が証明してるとかいう糞の足しにもならない
>いいわけは使わないでね。
私の主張には科学法則と同程度の妥当性しかないから、
君が、「ある主張(仮説)が観測事実と符合するのならば、その主張には妥当性がある。」
という命題を否定するならば、君に対して私が主張できることは何もないね。
君の思い込みは凄いよ。
人は思い込みを利用して生きている。
がんばれ
280 :
消防仲良し皆の舎利子 ◆uyHHyYvS.. :04/02/23 21:23
今晩はエクソダスしてきました。。。
281 :
厨坊わからず地蔵超人 ◆AO0xT9MCQA :04/02/23 22:11
「二つの価値がぶつかりあってどちらか一方に決めることが出来ない。」と、いうのは
迷いですか?
善ですか?
悪ですか?
282 :
チワワわんワンA ◆3NXOPTnYrE :04/02/23 22:57
最高善出てこないじゃん、
もう少し待って!
チワワなん……?
284 :
考える名無しさん:04/02/24 01:02
こんばんは
285 :
地獄の舎利ソダス:04/02/24 01:08
・・って、どうよ?
286 :
地獄の舎利ソダス:04/02/24 01:14
・・って、どうよ?
仏舎利コーン
288 :
考える名無しさん:04/02/24 05:02
gozira 二分 です
289 :
考える名無しさん:04/02/24 08:09
おはようございます
>285さん
お上手座布団一枚 !!!
さてキガムカレマシタラお答え下さい。。。
>285さんは
どなたですか
291 :
考える名無しさん:04/02/24 08:52
御機嫌よう
292 :
考える名無しさん:04/02/24 10:41
完全と不完全とは何か ?
293 :
考える名無しさん:04/02/24 12:52
こんにちは
294 :
V(^-^)海老(^-^)Vガデテルヨ V(^-^)V ◆wLTlcLvaX. :04/02/24 18:01
よろしく恵比寿お願いいたします。
296 :
堕天使&魔界転生織田信長 ◆zd99jy82EQ :04/02/24 19:00
「規制にふれたら経費で落としましょう !!!」と、いうのは
上手いですか?
日はまた昇るですか?
善ですか?
悪ですか?
297 :
考える名無しさん:04/02/24 22:10
pone
298 :
考える名無しさん:04/02/25 02:06
こんばんは
299 :
考える名無しさん:04/02/25 02:48
ホネはワンパターンですか?
馬鹿ですか?
脳障害ですか?
300 :
考える名無しさん:04/02/25 04:43
俺が法律だ。
善は人を傷つけないからーで悪は人を傷つけるから+エゴは+女は+太陽は+犬は+火は+電気は+童貞は−何故なら童貞は地球人だからでも女と寝たやつはーと+の両方の性質
302 :
考える名無しさん:04/02/25 04:58
俺が法律だ
303 :
考える名無しさん:04/02/25 05:03
俺が法律だ。
304 :
マイク・ハマー:04/02/25 07:28
俺が掟だ!
305 :
考える名無しさん:04/02/25 07:54
おはようございます
306 :
考える名無しさん:04/02/25 09:00
俺が善だ
>300さん
法律が取り決められましたらお答え下さい
>300さんは
どなたですか
308 :
考える名無しさん:04/02/25 09:34
御機嫌よう
309 :
七尾の狐A ◆V7KXZQnJ36 :04/02/25 11:31
リンが詠みました
「小春日和 忙しくても なごやかに 」
310 :
ゴジラA ◆bZAoCPpe.2 :04/02/25 14:09
ニジラ 九分です
311 :
考える名無しさん:04/02/25 17:34
お久しぶりです
312 :
モナド界のエグゼクティブ・・エジプト猫A ◆g6xW/zSIs6 :04/02/25 18:32
「基本になるのはモルタルですが、エグゼクティブの数は少ないです。」
うつろいやすいですか?
需要ですか?
リスクですか?
完全ですか?
不完全ですか?
313 :
考える名無しさん:04/02/26 07:04
ご機嫌いかがですか
314 :
V(^-^)V蟹ガデテルヨV(^-^)V ◆wLTlcLvaX. :04/02/26 12:01
ただいま蟹を調査中カニ ?
315 :
A HAPPY NEW DAY! ◆i7lrhoN2OE :04/02/26 17:34
Thank you!
316 :
メメリアール蛸は永遠不滅です ◆dMRiRpbHSE :04/02/26 20:32
善悪も不滅です
317 :
考える名無しさん:04/02/26 22:56
>>243「グル基地は中長距離>>マイルの価値観から脱せないから」
少なくとも牝馬においては、そうだろう?
短距離混合GTを勝った牝馬と中長距離混合GTを勝った牝馬はどっちが多い?
何で中長距離では牝馬限定戦があって、短距離では牝馬限定戦がないんだろうね?
教えてくれる?
あと、単純に「中長距離>>マイル」なんて思ってないよ。
(距離もこなせる)強い馬はマイル路線を目指してない馬がほとんどだってこと。
強い馬が揃ってない路線に本当の価値はあるのか?
本音を言わせてもらえば、強い馬も安田記念に出て欲しいって思ってるんだけどね。
マイルは価値があると思ってるからね。
318 :
考える名無しさん:04/02/26 23:47
こんばんは
319 :
考える名無しさん:04/02/26 23:58
お前らバカか!?
どうしようもないバカのために俺が善悪を教えてやる
善…社会秩序をまもるもの。まわりの人間の感情を良くするもの。
この2つのち1つ以上あるものが善
悪…社会秩序を乱す。まわりの人間の感情を悪くする。
この2つのうち1つ以上あるものが悪
秩序をみだしてまわりの人間の感情がよい…善
秩序を保ってまわりの人間の感情を阻害する…善
wahahahaha
321 :
考える名無しさん:04/02/27 02:22
だから流行だってば
322 :
☆キキ+キ゚Д゚♪ ◆qpmo.OOqAo :04/02/27 02:33
流行を教えましょう。
( ゚Д゚)y─────.。・:*:・゜`☆、。・:*:・゜`★*──────────┛~~
これだよ( ̄ー☆キラリーン
323 :
考える名無しさん:04/02/27 04:01
俺が法律だ。
自分にとって有益なものが善である。
自分にとって有害なものが悪である。
あったりまえだろ。
325 :
考える名無しさん:04/02/27 09:02
おはようございます
326 :
大宇宙最高最大の癒しの曲ですっ!!!:04/02/27 13:37
327 :
こんにチワワわんワンA ◆3NXOPTnYrE :04/02/27 16:42
もう少し待ってて!
328 :
七尾の狐A ◆V7KXZQnJ36 :04/02/27 18:46
ハクが詠みました
「春疾風 踊る雲間に 浦祭り」
>326さんが勝手に思い込んだらお答え下さい !
>326さんは
どなたですか
330 :
考える名無しさん:04/02/27 19:23
今晩は善悪です
331 :
考える名無しさん:04/02/28 09:29
おはようございます
332 :
宇宙のクロノスA&不思議なアリスA ◆TYqU276.Dw :04/02/28 11:10
「計れないものには現実性がない。」と、いうのは
虚ですか?
量子力学ですか?
完全ですか?
不完全ですか?
333 :
考える名無しさん:04/02/28 12:19
お昼の挨拶 !
334 :
考える名無しさん:04/02/28 12:21
キタ━━(゚∀゚)━━( ゚∀)━━━( ゚)━━( )━━(゚ )━━(∀゚ )━━━(゚∀゚)━━!!!!!
河口恭吾 ニューシングル「僕のそばに」4月1日発売決定!
日本全国に第2の「桜」ブームを巻き起こしている河口恭吾が待望の新曲を発表!
今作は徳永英明の名曲「僕のそばに」をリスペクトカバー!
今作も「桜」同様のバラード楽曲、大ヒット間違い無しの力作となっているぞ!
http://news2.2ch.net/test/read.cgi/news7/1077884705/l50 どうなるの?これw
これはそのまま桜と変わらないんじゃ・・・。
335 :
メメリアール蛸は永遠不滅です ◆dMRiRpbHSE :04/02/28 19:40
お久しぶりです
>334さん桜が咲くころまでにはオコタエクダサイ
>334さんは
どなたですか
337 :
考える名無しさん:04/02/28 21:05
御機嫌よう
338 :
考える名無しさん:04/02/28 21:07
菩薩はハゲ
339 :
考える名無しさん:04/02/28 22:08
ホ
゚
ネ
340 :
考える名無しさん:04/02/28 22:38
341 :
考える名無しさん:04/02/29 05:08
おはようございます
342 :
考える名無しさん:04/02/29 05:21
寝てろ
343 :
o(^-^)o 弁天:04/02/29 08:30
A HAPPY NEW DAY!
344 :
ゴジラA ◆bZAoCPpe.2 :04/02/29 10:48
「善がすべてになる。」と、いうのは
虚ですか?
高徳ですか?
完全ですか?
不完全ですか?
理想でしょうね
>345さん、まさに理想的な御回答アリガトウ御座います。
もしや理想が現実となりましたらオコタエクダサイ !
>345さんは
どなたですか
347 :
考える名無しさん:04/02/29 12:00
ジュウニジラ
348 :
考える名無しさん:04/02/29 12:34
悪魔がお前を襲うだろう
349 :
V(^-^)V蟹ガデテルヨV(^-^)V ◆wLTlcLvaX. :04/02/29 12:53
後ほど恵比寿様いたしますカニ
350 :
<デイアーナに翡翠でてるよランド>ヨウコソ ◆sZ/aVGyRjE :04/02/29 17:34
こんにちはとは善ですか ?
351 :
考える名無しさん:04/02/29 17:42
こんにちははあいさつです。
352 :
ほ〜猫ニャンA ◆DzRnEuzmlg :04/02/29 20:10
お疲れ様です
353 :
考える名無しさん:04/02/29 20:13
ざけんな!
>350さん
挨拶は常に善です。 >350
355 :
考える名無しさん:04/02/29 20:19
御機嫌よう
356 :
メメリアール蛸は永遠不滅です ◆dMRiRpbHSE :04/02/29 20:59
善悪も永遠はどうよ ?
357 :
考える名無しさん:04/02/29 21:49
カ
ミ
358 :
考える名無しさん:04/03/01 00:01
あいさつは悪です
取り憑いて呪います
ごきげんようで死にます
359 :
考える名無しさん:04/03/01 00:35
あいさつは善でも悪でもありません。
ちゃんと挨拶できる子が善い子とは限りません。
360 :
考える名無しさん:04/03/01 03:29
判断する事
361 :
☆キキ+キ゚Д゚♪ ◆ooOooooopo :04/03/01 03:43
d('ー'@)ネッ!
362 :
考える名無しさん:04/03/01 03:54
うっせー、バカ!
363 :
☆キキ+キ゚Д゚♪ ◆ooOooooopo :04/03/01 04:26
Σ(゚Д゚||)ェエー
364 :
考える名無しさん:04/03/01 05:41
ご機嫌いかがですか
>359さん
もしや、ちゃんと挨拶できるような善い子になったらオコタエクダサイ
>359さんは
どなたですか
366 :
考える名無しさん:04/03/01 09:21
おはようございます
367 :
モナド界のエグゼクティブ・・エジプト猫A ◆g6xW/zSIs6 :04/03/01 10:42
「善悪の真実は天地創造の最初の光、つまりビックバンの残照に刻まれている。」と、いうのは
虚ですか?
人間原理ですか?
完全ですか?
不完全ですか?
368 :
考える名無しさん:04/03/01 12:48
こんにちは
善悪とは、
人が集団を形成する際、その集団構成を維持する為に生み出された規範です。
370 :
V(^-^)V蟹ガデテルヨV(^-^)V ◆wLTlcLvaX. :04/03/01 17:39
善悪遅延のため、遅れますカニ ?
371 :
光のマナ識 ◆xq2QmIPQjE :04/03/01 19:47
「『善が見える。』ということは理解の明確な証拠である。」と、いうのは
善は物ですか?
善を見たことありますか?
完全ですか?
不完全ですか?
372 :
七尾の狐A ◆V7KXZQnJ36 :04/03/01 20:07
>369さん言葉をお借りします
「善悪は 長閑な規範 維持のため 」と、いうのは
人の道ですか?
善隣ですか?
完全ですか?
不完全ですか?
373 :
チワワわんワンA ◆3NXOPTnYrE :04/03/01 21:12
チワワなんじゃい ?
好き、嫌いかもね。
375 :
考える名無しさん:04/03/01 23:32
>>374 そりゃ、ないだろ。「悪いことじゃないが、私は嫌いだ」とか「悪いことだ
とは分かっているが、しかし私はそれが好きなんだ」とか言うのは、別
に矛盾していないんだから。
376 :
風 「男性」:04/03/01 23:46
>>375 確かにそうだね。すこし乱暴にいってみたのよ。
377 :
考える名無しさん:04/03/01 23:58
>>376 ああ、そうだったか。昔はやった倫理学の説でそういうのがあったから、
その立場の主張なのかと誤解した。
378 :
考える名無しさん:04/03/02 02:02
身体の不自由は悪魔でございます。
早々に朽ち果てる。
379 :
考える名無しさん:04/03/02 02:45
嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い
無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視
バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ
380 :
☆キキ+キ゚Д゚♪ ◆ooOooooopo :04/03/02 03:32
うわぁ
381 :
考える名無しさん:04/03/02 08:14
おはようございます
382 :
宇宙のクロノスA&不思議なアリスA ◆TYqU276.Dw :04/03/02 10:22
「善悪の歴史はもう何千年ものあいだわれわれは時間と空間を大切にしてきたけれども
いよいよ諦めなくてはならい時がきたのは明らかです。」と、いうのは
布置ですか?
完全ですか?
不完全ですか?
>374さん御回答アリガトウ御座います。
さて、キガムカレマシタラお答え下さい。
>374さんは
どなたですか
384 :
考える名無しさん:04/03/02 10:26
御機嫌よう
385 :
考える名無しさん:04/03/02 11:36
こんにちは
386 :
V(^-^)V蟹ガデテルヨV(^-^)V ◆wLTlcLvaX. :04/03/02 12:49
お疲れ様ですカニ ?
387 :
お久しぶりです ◆ZFEAz9U/p2 :04/03/02 15:35
酔って遅延のため、遅れます。
388 :
(^。^;) 布袋様:04/03/02 17:14
善い汗をかきました。
「今晩は善をもって悪を語りましょう。」と、いうのは
不可ですか?
完全ですか?
善ですか?
悪ですか?
390 :
考える名無しさん:04/03/02 18:24
御機嫌よう
391 :
堕天使&魔界転生織田信長 ◆zd99jy82EQ :04/03/02 20:22
「善悪それなしでは一歩も外に出て歩けない。」と、いうのは
虚ですか?
治安ですか?
完全ですか?
不完全ですか?
392 :
考える名無しさん:04/03/02 20:55
ホ
゚
ネ
393 :
考える名無しさん:04/03/02 22:37
完全な不完全
善のふりをした悪
学問の視点からの善悪っていうのはよく分からないけど‥
私は、殺す事も、奪う事も、犯す事も、悪だと思っていません。
ただ私は、それらを嫌っている。
そして、それらと対極にあるものを信念としてもち、
生きているだけだと思っています。
「自分とは反対のものが、理であり、善かもしれない‥」
「少なくとも、悪といえるものではない‥」
そんな考えから、
「善悪って、実は好き嫌いの要素が大きいんでないかな」
と思ったしだいです。
395 :
考える名無しさん:04/03/03 00:07
396 :
考える名無しさん:04/03/03 00:08
骨しゃぶりたい
397 :
A HAPPY NEW DAY! ◆i7lrhoN2OE :04/03/03 08:39
皆様お元気ですか ?
>393さん
「善のふりをした不完全は完全なふりをした悪である。」と、いうのは
真理ですか?
トートロジーですか?
善ですか?
悪ですか?
さて>393さん、完全なふりをした悪が善になりましたらオコタエクダサイ !
>393さんは
どなたですか
399 :
考える名無しさん:04/03/03 09:02
御機嫌よう
善悪は好き嫌いと言うよりも、経験でしょ?
401 :
考える名無しさん:04/03/03 11:08
こんにちは
402 :
考える名無しさん:04/03/03 11:33
403 :
考える名無しさん:04/03/03 11:56
善いものがより善いのか、悪いものがより悪いのか。それを決め付けるのか
決め付けないのか、ですら価値観によって異なる、と私は考える。
偽善者と偽悪者のどちらが好みなのか?私は偽善者の方を選ぶ。
404 :
七尾の狐A ◆V7KXZQnJ36 :04/03/03 13:07
>403さん言葉をお借りします
「価値観で 偽善者決める 寒き春 」と、いうのは
道徳観の欠如ですか?
イデアですか?
モラルですか?
完全ですか?
不完全ですか?
405 :
考える名無しさん:04/03/03 13:30
「寒き春」が季語なのか、感覚なのか意味和漢ねー。
406 :
V(^-^)海老(^-^)Vガデテルヨ V(^-^)V ◆wLTlcLvaX. :04/03/03 14:24
海老は烏賊でありません。
407 :
考える名無しさん:04/03/03 15:35
そもそも蛸は鮑ではない。
408 :
<デイアーナに翡翠でてるよランド>ヨウコソ ◆sZ/aVGyRjE :04/03/03 15:39
ダイエット
チーズケーキは
やめました
409 :
考える名無しさん:04/03/03 15:53
苺と蝗は別の生物だよ。 >>408
410 :
あのぉ、僕、地球人ですが・・♪:04/03/03 16:04
411 :
サイプレス:04/03/03 16:23
悪とは、2ちゃんのことではないかね?
412 :
考える名無しさん:04/03/03 17:08
>>1 自己(個人)のしつけ(教育)。けじめ。
内省。自己の批評。個性。
だからアメリカみたいに、「あれは悪」「これは善」と差別意識をもったり、「正義」を掲げて自画自賛するものでもない。
ましてや他人に押し付けるものでもない。
善悪は本来、自ずと整うものであって、意識して絶対的に決めつけるものではない。
意識して決めつけるのは低レベルなやり方。
全体的に絶対視して他人に押し付ければ個性が死ぬ。
日本も同じ現状。
413 :
412の追加:04/03/03 17:18
だから善悪は人それぞれ違う。
違うのが当たり前。
個人的視点の評価はできるが、本当の善悪は誰にも解らない。
自分自身もそう評価しているだけで、自分の本当の善悪も解らない。
それが善悪。
414 :
412さらに追加:04/03/03 17:43
『善悪』は、決めつけ固執すると『善悪』が動けない。
その場との時、その人によって違う『個人的評価』だから、それに固執すると現実が濁ってくる。
その原因をいつまでたっても正せないし真実をみることができないために、いつまでも同じ過ちをくり返す。
現代社会で人が人らしく上昇しないのは、このため。
法律プログラムが必要なようでは人間情けない・・・。
415 :
V(^-^)V蟹ガデテルヨV(^-^)V ◆wLTlcLvaX. :04/03/03 18:07
悪とはなんじゃいカニ ?
善悪というのは経験による総合判断。
決して自己内部のみで規定できるものではない。超個人的なものである。
善悪は決して一瞬一瞬の判断(好き嫌い)で生じるものではない。
むしろそれらの判断を統合するとき、一つの行為としての自己を意識するとき
善悪の判断は生まれる。善悪は意識的に過去(記憶)と照らし合わせられる。
例えば、悪の要素が多ければ、我々は不快なフラッシュバックとともに後悔が生じる。
善はその反対。自己への許し、行為として承認する、また自信を与える。
善悪は意識されなければならない。善悪を判断するフィールド(場)の上に放り込ま
れて判断されなければならない。善悪を意識せず善悪を判断することはできない。
善は後悔しない。悔やまない行為する姿と言える。
善は後悔からの自我の反動である。
善悪は精神的、言い換えれば超個人的判断となる。善悪は行為によってしか
現前しない。精神的自我においては悪は善のために必要とされる。
あえて善の価値観の内部構成については語らない。そんなものは人それぞれが
自分で養うものだ。人に教えてもらうことでもないだろう。
もし好き嫌いで善悪が規定されるとしたら。。。
このような思考実験のみで善悪が好き嫌いによるものであると言う考えは退けられる。
善悪はそんな無意識の判断より上の特段の論理が必要とされる。
>412さん
まさに日本も同じ現状でありますが打開策がうかびましたらオコタエクダサイ
>412さんは
どなたですか
418 :
考える名無しさん:04/03/03 19:28
ご機嫌な善悪です
419 :
☆キキ+キ゚Д゚♪ ◆ooOooooopo :04/03/03 19:41
僕は凄い( ゚Д゚)y─┛~~
あはっはははっはあははー
420 :
考える名無しさん:04/03/03 20:05
我々人間はお互いに助け合い生きている。 正義とは他人なしでは生きられない我々が 自分の欲求の充足を一番に考える上で 最低限守らなければならないルールではなかろうか。 利己主義が法を犯す原因だ。 つまり調和を乱す者は悪である。
421 :
考える名無しさん:04/03/03 20:50
「利己主義が明日の世界をつくります。」と、いうのは
革新ですか?
真の調和ですか?
善ですか?
悪ですか?
422 :
☆キキ+キ゚Д゚♪ ◆ooOooooopo :04/03/03 20:58
僕ほど善人な人間も珍しいよな
423 :
メメリアール蛸は永遠不滅です ◆dMRiRpbHSE :04/03/03 21:13
明石焼き
大きな蛸が
美味しいよ
424 :
考える名無しさん:04/03/03 21:58
この板、アホスレばっか
425 :
考える名無しさん:04/03/03 22:04
スレはまともだとは思うが キキキ野郎みたいな寄生虫が多いから荒れる。
じゅんさん、経験ってどういうことなの?
争うものが二つある。
お互いに善を主張している。
あなたは、あなたの経験によりその善を判断するのですか?
>>427 >争うものが二つある。
えとね、「私」が争うものは一つだけだよ。 それはなにか?
「私」は私以外のものと争う。ここら辺にあなたとの視点のミスマッチがあるかと思う。
私は主観的な視点で見つめている。あなたは客観化された視点で見つめている。
私は他人の行為に善悪の印を付けるつもりはないんだ。これがどういうことかというと、
例えば私はヒトラーを悪人だとも思わない。私は宅間守を悪人だとも思わない。私は
浅原を悪人だとも思わない。で悪を差し引いて言うならば彼らは非常に愚かだったと
だけ私は言おうかと思う(不運だったとは思わないけど)。他人を善悪で見ることは
それは好き嫌いと同じかもしれない。そういう意味で好き嫌いというのは大事なのかも
しれない。しかしそれは好き嫌いであって、善悪ではない。善悪とは他人に押しつける
ものではなく、自己の内部に見出されるものだからだ。
>お互いに善を主張している。
>あなたは、あなたの経験によりその善を判断するのですか?
善はそういう風に判断するものじゃない。善は自己の精神的な行為(現象)から
確認されるものだと言うこと。
『精神』とは
せいしん 1 【精神】 [インフォシーク:大辞林]より
(1)人間の心。心のはたらき。
(2)物事に対する心の持ち方。気構え。気力。
(3)物事の最も根本的な意義。真の目的。理念。
(4)〔哲〕〔英 spirit; (ドイツ) Geist; (フランス) esprit〕
(ア)(物質・肉体に対して)心・意識・霊魂など。
(イ)心の本質・本体。感覚や情念などのはたらきとは異なる高次の普遍的性質をもち、
理性・理念・意志・愛などの主体となる一方、非個人的な実体として世界の秩序やその
形而上学的原理ともされる。
では『経験』とは。
まず『経験』と『体験』は違う。
体験とは、それは好き嫌いを生じるものであると言うこと。
『経験』とは意識の場に現前する『体験』群を総合したもの。
その統合判断された判断が善悪であるということ。
つまり善は、体験(好き嫌い)を積み重ねた経緯と、それらを統合し経験として
認識する(意識の場に提出する)ことで、善が見出されるのである。
実はこの好き嫌いと善悪の違いを明らかにするのは難しい。
無意味な行為とすら言ってもいいかと思う。しかし好き嫌いと善悪が同じではないかと
懐疑する姿勢は私は認める。しかしこれはただ認識の仕方の違いだったりするんだねえ。
自分の悪いことをしたときに、悪が生まれるのではなくて行為の前にある思考の論駁の
対立の形が善悪なのだということ。善悪は(その他、真善美、愛、自由)なんてものは客
観判断できると考えるほうがおかしい。
ちなみに
>>427の主張が『客観』ではなく『主観』、つまり自己内部の対立なのだとしたらあなたの主張の
正当性は認めるけどね。でも客観を語るにしてもその手続きはおそろしく面倒なんだ。
431 :
考える名無しさん:04/03/04 03:18
他人と語り合っても無意味
432 :
考える名無しさん:04/03/04 04:45
それは
433 :
あのぉ、僕・・地球人ですが♪:04/03/04 05:51
善悪は、何を基準に判断するかで、その評価が変化する。
基準がこの世に一つしかないなら、ヒトによる誤差は小さいもので
済むが、善悪を評価付けしようとする時の根拠が→法・宗教・
身近な常識etc.・・どのジャンルを基礎に判断するかで、
まず解釈が分かれる。
ジャンルを、法なら法と定めたところで、法は世界各国で違っている。
住む地域により変わってしまう上、同じ地域であっても、時代と
ともに変化してゆくから、絶対などと断定することはできない。
評価基準のジャンル・地域・時代を特定して善悪を論じたところで、
それを解釈するヒトの主観により、判断も違ったものになる。
その人が何に重きを置いているかの違いで、結果は百人百様。
つまり、何を善とし、悪とするかは、
ドコまで行っても相対的なもの’という結論にたどりつく。
そこへゆくと、善意や悪意というものは、ヒトによる誤差が小さい。
善意とはヒトに良かれ’という意思であり、
「他者の立場に立ち、自分と同じように思いやる善良な意思」を言う。
悪意は逆に、「自分の利益のために、他者を欺く考えや行動」を言う。
434 :
考える名無しさん:04/03/04 07:18
おはようございます
もしや>431さん他人と語りあっても無意味ではないかもしれないと思われましたらオコタエクダサイ
>431さんは
どなたですか
436 :
考える名無しさん:04/03/04 09:08
御機嫌よう
437 :
考える名無しさん:04/03/04 12:11
バカと語り合っても無意味
438 :
宇宙のクロノスA&不思議なアリスA ◆TYqU276.Dw :04/03/04 12:35
「善悪の価値が人に依存しているので調整しましょう。」と、いうのは
わずかな違いですか?
完全ですか?
不完全ですか?
439 :
考える名無しさん:04/03/04 12:49
>437さん御回答アリガトウございます
440 :
あのぉ、僕・・地球人ですが♪:04/03/04 13:53
>>438 現実的でいいと思う。というか、それしかないw
調整しましょう’←が善意に基づいてなされるならね。
441 :
考える名無しさん:04/03/04 15:30
こんにちは
442 :
Happy unbirthday! ◆oPdYg8CERY :04/03/04 16:55
もう少し待ってて!
443 :
モナド界のエグゼクティブ・・エジプト猫A ◆g6xW/zSIs6 :04/03/04 18:59
「夕日の光の集まりをモニターに映してしみました。」と、いうのは
綺麗ですか?
善ですか?
悪ですか?
444 :
あのぉ、僕・・地球人ですが♪:04/03/04 21:44
だんだん手がとどかないところへ・・ (ノ_ _)ノ
445 :
考える名無しさん:04/03/05 00:27
お疲れ様です
446 :
♂ ◆zO1CWmR0Wo :04/03/05 00:45
善
悪
>>433 あのぉ、僕・・地球人ですが♪さんへ
>評価基準のジャンル・地域・時代を特定して善悪を論じたところで、
>それを解釈するヒトの主観により、判断も違ったものになる。
そうですよね。
では私が善悪を考えるときに必要な視点を申し上げます。ある意味、普遍的で
絶対的なものではないかと思っています。
『私』『他者』『世界』この3つの構図が相補的であることを追求することで
善悪の基準が現前してくるのではないでしょうか。むしろ善悪を考える上でこの
3つの視点は不可欠であると言えると思います。
>>444 えーと骨さんは基本的にいい奴らです。なので放っておきましょう。
(えー骨のみなさん失礼しますよ。ちょいとごめんね)
448 :
考える名無しさん:04/03/05 01:36
こんばんはとはなんじゃい ?
449 :
あのぉ、僕・・地球人ですが♪:04/03/05 01:37
>>447 『私』『他者』『世界』この3つの構図が相補的であることを
追求することで←それで善悪が決定できる’って言ってるの?
ど〜もおいらにゃ、よく理解できないんだが・・w
田楽とは何か?
>>449 >それで善悪が決定できる’って言ってるの?
いやではなくて、この視点があれば、いいんじゃないかなという意味で。
『私』の視点で物事を考え。
『他者』のことも気遣い。
『私』と『他者』との関係を『世界』として俯瞰する視点でも善が成立すれば。
それは善として認めましょうよ。それぐらいのニュアンスですね。
うん分かりにくくてごめんなさいです。
人間が決めたくだらない曖昧な概念
453 :
考える名無しさん:04/03/05 03:12
じゅんさんの考え方がやっと解ってきました。人は誰しも、その経験値に差は
あるにせよ「私」「他者」「世界(社会)」の3つを考慮に入れて、それが善
であろうが悪であろうが行動を規定しているわけでしょうね。
454 :
考える名無しさん:04/03/05 03:29
じゆんは、他人の意見も参考にしつつ自分の意見を持ち
世界的視野での関心も持とう。そういった視野から善を
考えていこう、といいたいわけだな。
内容・ウケいずれの観点から見ても、素晴らしい意見だから、
激しく同意するにやぶさかでないが、451のように難しげな
表現をする必要はないような。
455 :
考える名無しさん:04/03/05 04:32
おまいら腹へったら肉くうよな。 なんで人を食ったらいけないんだ?
>>453 まったくそのとおりです。
>>454 >そういった視野から善を考えていこう、といいたいわけだな。
そういうわけではないんですよね。そういう意味ではちょっと
自分の意見はわかりずらいのかもしれない。私は『世界』『他者』『私』の
枠組みを決めることはできないし、それを狙うこともできない。
むしろそういった視野の中に善は“在る”のだよ、そういいたいのです。
私の言っていることは禅問答チックですかねえ。
たま〜に見掛ける「怖い画像」シリーズの 「中国 人食画像」
なにが嫌か
あのグルメチックな指使い 今にも小指立ちそうなあの てつき 顔。
諸行無常を前提に認めたくもない 嫌気がさす。
昔の教えで「人間の個性のうち食い物だけは何故か許される」と言うのが在るけども
これだけは 個性には入らない。かんべんして
足して
昔、グリンピースの外人にハッキリと「クジラ旨い」と言い切った事あるけども
同じ感覚ではないですよね? 仮に例の中国人に同じ事言われたとしても
ちがいますよね?
ぜったいにちがう。そう信じたい。
460 :
☆キキ+キ゚Д゚♪ ◆ooOooooopo :04/03/05 05:53
なる
461 :
考える名無しさん:04/03/05 07:53
おはようございます
じゅんさんにもう一つお聞きします。人の行動は、主体的かそれとも運命・定め
によるのかというう2つの見方があると思います。マトリックスのテーマの一つ
だと思いますが。しかしながらよくよく考えると、どちらも同じような事でただ
単に見る方向、表現の仕方が違うだけという結論に私は達しました。そこで
「経験」という表現です。なる程と思いました。しかしながら、ここには学習・
不慮の事故も含まれるのでしょうか。個人的には含めてよいと思いますが、やや
コンセンサスが得られにくいのでは、と心配になりましたので。
463 :
☆キキ+キ゚Д゚♪ ◆ooOooooopo :04/03/05 08:29
そろそろ寝るか
>452さん、人間が決めたくだらなくない素敵な概念が見つかりましたらオコタエクダサイ
>452さんは
どなたですか
465 :
考える名無しさん:04/03/05 09:21
おはようございます
>>462 ちょっとお説教的になるかもしれないけど聞いてね。
“運命的な”ものをあなたはあげるけれど、漫画のような物語としてではなく
リアルで運命的なことを感じるとき、いったい人は次に何を見つめるものなのだろうか?
つまりそういうことだね。
では私がそうではないかと仮定しているものを挙げてみようと思う。私が意識するのは
【歴史】なんだ。歴史を意識した行動はやはり【善】と言えると思う。
歴史を無視した行動は【悪】なんだと思う。【歴史】もやはり【世界】【他者】【私】の構図を
踏まえた上で考えらえること。そして歴史を作ること、それと歴史を継続させること。
この二つを考慮にいれていれば、それでいいような気がする。これは日本の文化を守れとか
じゃなくて地球の財産を守れ、ではなくて【継続】と【創造】の二つを意識することのみによって
語られるのではないかなと。歴史の観点はつまり超客観的な視点なのだということ。
それを感じたとき人は運命的なものを感じるのではないか。そのように私は感じるのだけどね。
どうだろう?
そういう意味ではあなたの言う『学習』と言う経験は歴史の継続のためにはむしろ必要だろうね。
そしてちょっとよく分からないんだけど『不慮の事故』というのはむしろ運命を感じるための
動因となりうるのかもしれないね。これについてもうちょっと考えてみる。
でもだね、『不慮の事故』を経験としての動因としてはなるべきでない、と個人的には思う。
いやそのようにしてもいいんだけどね。本当に個人的な意見に限っては、あんまりして欲しくない。
無論根拠はない。この辺の論理で私はかなりエゴが働いているのは確かだね。
まだまだ、そういう意味では自分は幼いんだと思う。それともなんなのか?
個人的には障害が天性の素質を開花したっていう話が嫌いなんだ。
もしくは障害児は純粋なんだっていう話。だってそうだろう。
それって、ある意味では何も救いがないのだと言っているのと同じだからさ。
障害が美談を必要とするのは、障害者が無力を証明しているようなものだ。
ある意味、障害者はどんな障害を持っていたとしても、その生の形式は普遍である。
そのような視座を私は持ちたい。もし障害者が一般人より不幸なのだとしても、その不幸を
形成するものは一般の人となんら変わりがないのだということ。これは脳機能障害を持つ人
(例えば感情がない)にもあてはまる構造だと思うし、またどんな悪人であってもあてはまる
心理なのだと言うこと。そのように私は認識している。
健常者のため息と障害者のため息はまったく同質のものなんだということをただ私は
言いたいんだけなんだ。
こういった意見は例えばただの平等主義と誤解されそうだがむしろ私は徹底的な
差別主義者だと言うことを明らかにしておきたい。
男と女の違いから、健常者と障害者、病人、浮浪者、詐欺師、資産家などなどこの差異は
むしろ絶望的だということ。経験としても、すなわち運命としても。
そこに変な救いを見出してはいけないと私は感じている。例えばそれを究極的に描いた
青木雄二氏の漫画のマルクス思想はそういった救いを描かないことで、むしろそこに可能性
というものを見出しているのではと思った。
さて、不慮の事故、または障害、先天的障害、病、死などは善の最後の砦なのではないかと
個人的ながら思っている。決定的であるが故にそのように私は感じる。それを治すための薬
治療法が必要なのか? それとも、そこから見出される信念が必要なのか。それはちょっと
自分にはまだまだ判断がつかない。歴史の判断を待ちたいところだ。
ここら辺はかなり独断的である。少なくとも自分が確信的な表現を使っているわりには
はなはだ無根拠に過ぎるのではないかと思う。とりあえず鼻で笑ってくれると助かるなあ。
実は私は歴史を実感することがあまり無いから、それで歴史に対してびびってしまうところが
あるんだと思う。アインシュタインとかね、19世紀はこんなにもすごい歴史だったんだとかね、
そういう歴史的なことに対して啓蒙しすぎるきらいがあるんだよね。自分すごい歴史の成績
悪かったのに。(暗記がすごく苦手なんだということと、幼いとき歴史と触れ合う機会が少なかった
ことが原因) 答えになっていないかもしれなけど許して欲しい。
469 :
考える名無しさん:04/03/05 10:09
こんにちは
もしや>444さん、手がとどくところへこられましたらオコタエクダサイ
>444さんは
どなたですか
471 :
ゴジラA ◆bZAoCPpe.2 :04/03/05 11:06
「ご機嫌な世界に善悪あり。」と、いうのは
快楽ですか?
公共性ですか?
完全ですか?
悪ですか?
472 :
消防仲良し皆の舎利子 ◆uyHHyYvS.. :04/03/05 11:57
「謎が解けました。。。」と、いうのは
手間ですか?
思い込みですか?
善ですか?
悪ですか?
473 :
(┬┬_┬┬) 布袋様:04/03/05 12:02
お久しぶりです
474 :
あのぉ、僕・・地球人ですが♪:04/03/05 15:38
>>433 <善とは何か?>
善きこと、良いこと、正しいことだ。
<誰’にとって善きことか?>
自分’にとって善きことに決まってる。
では、<自分にとって善きこととは何か?>
自分に満足や幸せ’をもたらすものだ。
自分に満足や幸せをもたらすもの’が何かといえば、
自分が喜びを感じ、いい気分’になれるものすべて’がそうだ。
たとえ他人に満足をもたらす事であっても、
それが自分に満足をもたらすなら、間接的だが、それも自分の満足だ。
<自分の善を追求しようとしても、他人から邪魔されるではないか?>
そう、やっかいなことに世の中には「自分が山のように」いるw
だから、自分の善が邪魔されないよう、ルールを設定する必要がある。
このルール設けておかないと、邪魔するヤツとケンカや殺し合いになるw
<善のルールとは?>
「自分の権利を他人が侵してはならない」←これが自分の善の掟だ。
ところで他人から見たら、「自分は他人」だから
「他人の権利を侵してはならない」・・これが一般的な善のルールとなる。
<悪とは何か?>
「自分の権利を侵すもの’は悪だ」・・←これが自分の悪の定義だ。
他人から見たら、「自分は他人」だから
「他人の権利を侵すものが悪だ」・・これが一般的な悪の定義になる。
475 :
あのぉ、僕・・地球人ですが♪:04/03/05 15:40
>>474 では、<権利とは何か>
正当な権利は各国の法に規定してある。
国によって権利は違うのだ。
それが不満なら、法を改正する行動をとるか、
気に入った法を持つ国へ移籍するしかない。
どちらもダメなら・・泣き寝入りw
どれもめんどっちぃので、おいらは地球憲法と地球法を制定したいw
結論
地球連邦の結成だぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪
476 :
考える名無しさん:04/03/05 15:55
権利とはあなた自身です!
>469さん
善悪に興味がありましたらオコタエクダサイ
>469さんは
どなたですか
478 :
考える名無しさん:04/03/05 16:41
御機嫌よう
479 :
堕天使&魔界転生織田信長 ◆zd99jy82EQ :04/03/05 17:05
「ラインを引いてしまうというのも一つの手でありますが時間稼ぎにすぎません。」と、いうのは
久遠の流れですか?
善ですか?
悪ですか?
480 :
☆キキ+キ゚Д゚♪ ◆ooOooooopo :04/03/05 17:43
そうか、、、
481 :
考える名無しさん:04/03/05 18:45
そうです善ですね !!!
482 :
厨坊わからず地蔵超人 ◆AO0xT9MCQA :04/03/05 20:10
「空間に静止している善悪は実はまったく静止などしてないのだ。」と、いうのは
虚ですか?
同一化構造ですか?
完全ですか?
不完全ですか?
483 :
考える名無しさん:04/03/05 21:05
カ
ミ
484 :
(^^)\(゜゜) よしよし弁天様:04/03/05 22:04
善悪:ビックリ!
((((((((
,)☆ ☆((
(^ο^((
じゅんさん ありがとう 考え近いと思いますが‥
>>428 427のあとに「第三勢力になりますか?」とつけるつもりだったのですが、
喧嘩を売っているみたいなので止めました。
書いときぁよかった‥ ガクッ
じゅんさんに質問します。
「あなたの その善 とするものを壊そうするものがいれば、戦いますか?」
>>486 >「あなたの その善 とするものを壊そうするものがいれば、戦いますか?」
では端的に言いましょうか。基本的に言って、戦います。
しかしまあこれはあなたに言ってもわからんでしょうな。戦い方とか、その認識の仕方とか
(だって個人的なことだからね)
>喧嘩を売っているみたいなので止めました。
いやいいですよん。こういうのは気軽に考えましょう。
488 :
(゜o゜)\(-_-) こらこら弁天様:04/03/06 08:18
おはようございます。
じゃあまたね
489 :
モナド界のエグゼクティブ・・エジプト猫A ◆g6xW/zSIs6 :04/03/06 09:34
「無を善で考えると悪が無くなる。」と、いうのは
虚ですか?
ダークマターですか?
完全ですか?
不完全ですか?
490 :
考える名無しさん:04/03/06 09:46
マジックですか?
>490さん
マジック魔法がとけたらオコタエクダサイ
>490さんは
どなたですか
492 :
考える名無しさん:04/03/06 10:05
御機嫌よう
∩___∩
| ノ ヽ ダー
/ ● ● | クマ──!!
| ( _●_) ミ ター
彡、 |∪| 、`\
/ __ ヽノ /´> )
(___) / (_/
| /
| /\ \
| / ) )
∪ ( \
\_)
494 :
ウォッチャーA:04/03/06 10:25
ごきげんよう
495 :
考える名無しさん:04/03/06 10:49
>493さん愉快な御回答アリガトウ御座います
496 :
考える名無しさん:04/03/06 12:10
こんにちは
497 :
V(^-^)V蟹ガデテルヨV(^-^)V ◆wLTlcLvaX. :04/03/06 16:10
もうすぐゴジラかに ?
498 :
ゴジラA ◆bZAoCPpe.2 :04/03/06 19:24
「ルンルンと善悪を判定しましょう。」と、いうのは
趣味ですか?
楽しみですか?
完全ですか?
不完全ですか?
499 :
考える名無しさん:04/03/06 20:07
今度こそ500をゲットできるかな ?
500 :
V(^-^)海老(^-^)Vガデテルヨ V(^-^)V ◆wLTlcLvaX. :04/03/06 21:08
<デイアーナに翡翠でてるよランド>ヨウコソ
501 :
草津地蔵の湯厨房◇bZAoCPpe.1:04/03/06 22:22
暇つぶしですか?
穀つぶしですか?
老人性ですか?
真性ですか?
じゅんさん、ありがとうございます。
あなたは、私とは比べ物にならない程の哲学知識をもち、
物事を考える姿勢も、立派だと感じています。
上から言っているように聞こえたら、すまんですが。
「あなた本物だあ、考え違うけど、認めちゃうね」
「みんなの掲示板でいちゃついてたら。」
抹殺ですか?
容認ですか?
お茶でもいかがですか?
>>502 風さん
>あなたは、私とは比べ物にならない程の哲学知識をもち、
もうじきわかると思うけど、所詮私のは知ったかですから、ちなみにクオリアをずっと
今までクリオアって思ってましたから(クリオネと混同してた)
>「あなた本物だあ、考え違うけど、認めちゃうね」
ほいさ、あなたの本物って何ですの?
>「みんなの掲示板でいちゃついてたら。」
> 抹殺ですか?
> 容認ですか?
> お茶でもいかがですか?
沈黙です。
ずば、容認です。
うきうきします。
ところで風さんはなぜ“善悪”に興味(疑問)を持ったですか?
つうより、いつ頃? 私はこの瞬間、善悪が不思議な形をしているから。
いろいろ、そして万華鏡のようだね、そして、それが小さな命だから。だははー
つう感じですね。
いいわるいは自分で決めている。
そこに他人の同意やら反発やらが加味され、えもいわれぬ雰囲気を作り出しているようにとらえたい。
端的にいえば善悪は判断基準。寄りかかって責任逃れをするための方便。
でも雰囲気が大事なのが人の常だから、なにやら壮大な感じを与えたり、自分を見つめない言い逃れに利用している。
善悪は利便性の高い分類法。多大な付加価値をつけた雰囲気も作りやすい。
505 :
考える名無しさん:04/03/13 06:55
唯一の善は生まれたいという願望
善も悪も自我も知識もない子供が望む唯一の願望。
それが悪であるはずがない。
506 :
考える名無しさん:04/03/13 07:10
食肉パックただで配ってくれるおじさんは、善か悪か?
相談です。
最近急激に人間が嫌いになっていきます。自分の中でいい事と悪いことが
分からなくなってきます。分からないというのは、宗教的な堕胎がいけないとか
仲間はずれがいけないとか、そういう類のものが、自分の中から何らかの
宗教的要素が消滅してしまったような、自分が生きてる価値のようなものが
消えたような気持ちになりました。何かの神様を信じる気はないのですが。
人間は周囲の人間に対して調子のいいことばかり言って、根本的に善悪が
ない人ばかりに見えます。どうやったら人間を理解できるでしょうか。
意味が分かりにくいかもしれませんが、ご相談お願いします。
508 :
考える名無しさん:04/03/14 11:29
人間嫌いでべつにかまわないんじゃないか? 嫌いだから殺すとか
そういうことをしなければ。
嫌い、嫌いも好きのうちってな
>>507 人のことはわからないよ。
君の思い込みで様々な事象を良い悪いの分類で見分けようとしているとしたら、統一性の
なさに戸惑うかもしれない。
>>279におれのスレを晒してある。もし良かったらそこできいて。
>507
あなたは、善と悪をコントラストをつけてはっきりと分けたいタイプですか?それ
とも、あいまいにしたいタイプですか?まずそれを考え知る事によって、自分を
理解できます。あなたのまわりで、気になる人にも同様に分析してみてください。
その人の事が理解できます。ちなみに私は、あいまいにしたいタイプです。
>511さん善悪をハッキリさせたくなりましたらオコタエクダサイ
>511さんは
どなたですか
513 :
考える名無しさん:04/03/29 18:08
御機嫌よう
生きている者は全て悪人で、往生した者は全て仏で良いじゃないか。
それが日本人だ。
515 :
考える名無しさん:04/04/02 18:18
>>515 おまえがじゃ無くておまえもだ。
おまえは馬鹿な悪人だな。
517 :
考える名無しさん:04/04/02 22:57
>>516 いいですか、
馬鹿は余計です
つまり、オマエが悪人ってことです
前から決まってたことです
どうかしましたか?
518 :
考える名無しさん:04/04/02 23:46
おまえ日本人じゃないな。
日本語不自由なようだし。仏教の素養もない。
まあ、馬鹿であることには変わりが無いか。
おまえは死んでも成仏出来ないってこと。
あんまり人の国で悪さ働くなよ。
519 :
考える名無しさん:04/04/03 00:13
>>518 いいですか、
ワタシハ アメリカジン デス
どうかしましたか?
520 :
考える名無しさん:04/04/03 00:19
アメリカ人の悪とは何ぞや
独善が最悪だと思うが如何なものか
521 :
考える名無しさん:04/04/03 00:20
善…オナニー
悪…セックス
522 :
考える名無しさん:04/04/03 00:27
523 :
考える名無しさん:04/04/03 00:29
524 :
考える名無しさん:04/04/03 01:27
>>520 いいですか、
イラク攻撃を支持しないのが悪です
わかりますね?
自衛隊、イラクに派兵しない、悪です
知ってますね?
どうかしましたか?
ということは、自衛隊をイラクに派遣しない米国は悪と。
526 :
考える名無しさん:04/04/03 03:16
>>525 いいですか、
自衛隊はアメリカのもんです。
知ってますよね?
どうかしましたか?
527 :
考える名無しさん:04/04/03 03:19
アメリカは独り善であるのか。
悪とは、全てを善悪二元論で識別しようと言う試みです。
>>524 ということは、自衛隊をイラクに派遣しない、
アメリカ以外の国はすべて悪と。
また、第二次世界大戦中のアメリカも、
イラクに自衛隊を派遣してないので悪と。
お答えします。
1 善悪をはっきりさせたい人 514、524
2 善悪をあいまいにしたい人 515、520、528
531 :
考える名無しさん:04/04/03 15:58
>>527 いいですか、
アメリカが独善を学んだ先は日本共産党です
つまり独善は、世界に二つ存在するんです
アメリカがイヤなら、日本共産党を消すのが先決
それが世界の常識です
どうかしましたか?
〃∩ ∧__,,∧
⊂⌒( 。・ω・) アー、タイクツタイクツ
`ヽ_っ⌒/⌒c
⌒ ⌒ ζ
■ 旦
.  ̄
>528さん
全てを善悪二元論で識別できるようになりましたらオコタエクダサイ
>528さんは
どなたですか
534 :
考える名無しさん:04/04/14 18:06
御機嫌よう
535 :
考える名無しさん:04/04/14 18:31
なんか物凄く痛いスレだね
ものごとはあるがままにある。善悪とともにあるのではない。
「意味」を見出そうとするとき、人はものごとに光を当て確認しようとする。
光が当たる面を見てる人は「善」と捉える。
影となる面を見てる人は「悪」と捉える。
しかしそれでは終始他人事である。
まずは、ものごとを一周してみることだ。
膨張や収縮、鼓動や旋回、ゆがみや割れ、色褪せやくすみを捉えることだ。
そして触れ、捕まえ、揺さぶり、舐める。
しかるのちに他に与える作用を「痛み」をともなう感覚で確認することだ。
感覚の「深度」のみで捉えられるなにかが判るのだ。
537 :
考える名無しさん:04/04/14 23:03
ごくろうさん
どういたしまして
>391さん
まさに善悪こそが社会の究極であり、規範であります。 >391
540 :
考える名無しさん:04/04/21 22:23
ご機嫌とは何か ?
541 :
考える名無しさん:04/04/21 22:41
中飛車に決まってるだろ
542 :
考える名無しさん:04/04/28 22:00
今晩はとは何か?
善悪とは・・・
好悪によって行われた行動を好悪によって判断しただけ
起こした行動と動機と判断基準によって結果が異なるだけ
絶対的基準もないしどうすれば悪になり、どうすれば善となるかはさいころ振るようなもん
544 :
考える名無しさん:04/04/28 23:10
>>542 「肌襦袢で、お待ちしてますぇ〜」・・に、決まってるだろ
545 :
考える名無しさん:04/04/29 00:52
社会性とは集団を作って生活しようとする、人間の根本的性質ですね。
人間は社会を築く事で絶滅せづに今、存在している。
そこで他人との関係や、社会生活を重視し営むうえで必要なのが道徳ですね。
道徳とは善悪をわきまえて自発的に正しい行為へと促す内面的原理として働く事。
善は道徳的で悪は不道徳的と言う事になります。悪人(不道徳な人や会社)の為に
働いたり支援する事は間接的には悪になるんですね。
明日から社会が人殺しと泥棒、嘘つきな人しかいないと、どうなりますか?
546 :
考える名無しさん:04/04/29 02:53
現代においては価値観が多様化している為、何が善であり何が悪なのか、何が正義であり、何が不正義なのかといったことが解りにくくなっているんですね
むかし勉強すると言えば哲学を学ぶと言う事でした。世界、社会、人生に対し道理を通す為の物の見方、考え方、対処の仕方の事ですね。
矛盾だらけの世の中に筋を通す事は中々難しいですね。自由とは、あなたの行動を内面的理性、道徳心、良心にまかせます。
「妨げられないこと」「束縛(そくばく)や強制のないこと」と言う事ですね。逆に、善悪、道徳心がない、分からない人の不道徳行為に対しては自由はありません。
善悪とは何か? 分かるでしょそのくらい
547 :
考える名無しさん:04/04/29 06:15
>善悪とは何か? 分かるでしょそのくらい
カントそっくりの態度。
548 :
考える名無しさん:04/04/29 08:32
自殺願望者は自らの死を望むが
それでも他者を傷つける行為は避ける
なぜ?
また、他者の自殺に手を貸す事も
誰の迷惑にもならないとしても、それは悪い事だ
なぜ?
家畜の豚や牛を食べるため殺しても、それは悪い事ではない
なぜ?
549 :
考える名無しさん:04/04/29 10:26
>>545 <善は道徳的で悪は不道徳的>
道徳とはなんだ?
550 :
考える名無しさん:04/04/29 16:26
道徳《道と徳を説くところから》老子の学。
道・道義・徳義・人道など
物事の正しいすじみち。また、人として行うべき正しい道。
徳目としては
儒教における仁・義・礼・智・信
古代ギリシアでの知恵・勇気・正義・節制
キリスト教における信仰・希望・愛などがあります。
551 :
考える名無しさん:04/04/29 19:18
>>550 人として行うべき正しい道、とはなんだ?
552 :
考える名無しさん:04/04/30 11:29
色んな民族や国にそれぞれの文化があり、文化の違いに従って道徳の違いがあるのはよく知られています。
昔と今とでも違っています。住んでいる国や地域には規則や法律になっている道徳があり、
習慣のように守られている道徳があり、決して単純ではありません。
普遍性、明快性、単純性をもった基本的な道徳とは何でしょうか。
そういうものが一体あるのでしょうか。世の中でいろいろな争いが絶えないのは文化に共通な、
全ての人が納得する様な道徳がないせいではないでしょうか。
黙って俺について来い
554 :
考える名無しさん:04/04/30 12:19
レイプによって妊娠した子を中絶する事を例にあげ殺人を肯定するそんなあなたは悲しい人なんですね
555 :
考える名無しさん:04/04/30 12:47
地球のために人間をヌッコロセ
556 :
考える名無しさん:04/04/30 13:21
地球のためにお前が氏ね!! ゴメン氏なないでね
557 :
考える名無しさん:04/04/30 14:18
全てが善。
適当言ってんじゃね=!
鼻くそ食わすぞ
559 :
考える名無しさん:04/04/30 14:37
人間以外の生き物にも善悪はあるのかい
560 :
考える名無しさん:04/04/30 14:39
/
|
∩∠ た、助けてください!
( ヽ ぴか〜 | | |
\\ /■\ .| | \_________
\\(´Д`; )ノ ノ||||||||||||||||||/ /::::
\ (  ̄ ̄ ̄ ̄/ /::::::
|ヽ、 \|||||||||||||/ /:::::::::
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ / /::::::::::::
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| ̄|::::::::::::::
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ .| |::::::::::::::
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||.| |:::::::::::::::
561 :
考える名無しさん:04/04/30 14:53
地球、自然界を破壊せづ栄える種が善である。
同姓愛者と言う種は短命であるが子供が欲しくないわけじゃない出来ないだけ
だから悪じゃないよ
562 :
考える名無しさん:04/04/30 14:54
ふふふ
563 :
考える名無しさん:04/04/30 15:30
童貞や包茎は善だよ。ヤリチンは悪。
564 :
考える名無しさん:04/04/30 17:30
善悪は人の心の中にある、だから世の中にとってあなたが悪なら悪なんです
家族や身内を大切にする暴力団や政治家は世の中にとって悪だからです
逆に家族や身内を不幸にしても世の中にとって善だと思われれば善なのですね
世の中をどんなに悪くしても、善だと「思われれば」善なのですね。
566 :
考える名無しさん:04/04/30 20:47
そう言う事です。世の中が善だと認めたら善と言うことです。
567 :
考える名無しさん:04/04/30 21:12
あなたをどんどん悪くしても世の中が善だと言えば善なのです。
逆に悪くなったあなたが世の中に攻められるのです。
神が善だと思われてても神は人殺し(ポア)するんです。
「死なせてあげなさい」ってね。
568 :
考える名無しさん:04/04/30 21:49
世の中が悪だと言っても、あなたが善だと思い行動すれば当然世の中を敵にまわします。
しかし結果、世の中が善だと認めれば悪が善になるのです。
これって実存主義になるのかな?
このスレは善悪自体の意味を問うスレではないのか。
善悪の「中身」(どんな行為が善で悪か)を問うスレなのか。
「世の中が悪だという」とか、「世の中が善だと認める」とかいう、
その「悪」とか「善」とか自体の意味が問題なのではないのか。
570 :
考える名無しさん:04/04/30 22:55
「悪」人道・法律などに反すること。不道徳・反道徳的なこと
「善」道義にかなっていること。また、そのような行為。
572 :
考える名無しさん:04/05/02 01:51
善悪とは何か?
個人的な話なら、そいつにとって善だと思ったことが善。悪だと思ったことが悪。
社会的に考えるなら、その限られた社会において(国や宗教)の社会的な善悪が存在する。
社会的な善に沿わないことをした場合、そいつにとっては善だが社会的には悪となる。
善悪とはそういうもの。ダメカ?
573 :
考える名無しさん:04/05/02 02:09
574 :
考える名無しさん:04/05/02 02:22
>>573 半角文字やめたら?
見てて、けっこう気分悪いよ。
575 :
考える名無しさん:04/05/02 02:28
>>574 アオリ ハ アイテ スルナ ッテ オソワッタ カラ ゴメン !!
576 :
考える名無しさん:04/05/02 12:42
なんのドリョク?
577 :
考える名無しさん:04/05/02 14:02
社会的な善悪というのがどういう基準で判断されるかですが。
578 :
考える名無しさん:04/05/02 14:09
>>576 ムジュン ヲ ヘイキ デ カク コトハ ドリョク ナシデハ デキナイ (w
なんで人を殺してはいけないのか?
人によって答えは違うでしょう
しかし、コレはいけないに決まっています
なぜか?
法律で決まっているからです。
こういうと決まって誰かに法律が無かったらお前は人を殺すのか?
と訊ねられます、もちろん答えはノー
私には人殺しはいけないと言う意識がありますからね
それは人それぞによって違うでしょう
580 :
考える名無しさん:04/05/02 17:24
もし、Aが人を殺し、その事によって警察や司法のシステムを働かせ死刑判決が下ったとする。
だが、Aはその死刑判決に対し悪い事の報いという感想も持たなかったし、
自分が人を殺した事に対しても、社会的に排除されるべきものだと言う感想は持ったが
社会がそれを悪としているという感想は持たなかったとしよう。
Aにとって人を殺した事は悪か否か
581 :
考える名無しさん:04/05/02 17:35
>>580 最終的に善悪の判断は主観的なものだろうから、悪ではないのでは.
582 :
考える名無しさん:04/05/02 17:38
絶対に決まっている善悪は存在しないということでしょうか。
583 :
考える名無しさん:04/05/02 17:40
状況がわからないと善悪の判断は付かない、ということ。
584 :
考える名無しさん:04/05/02 17:40
ほとんどの社会で悪とされてることはあるよね。
細かい点?では色々違いがあるけど。
Aが悪と思わないのであれば、Aにとっては悪でないという意味。
絶対的な基準は無いと思います。
善悪の彼岸だと言って倫理に於いての権威を
認めなければ、社会はどうなるか想像しなくても
わかる。これは理屈ではなく事実だ。
587 :
じゆん ◆bYRNL78mlE :04/05/02 23:42
>>586 倫理の権威が失われれば…
おそらく社会の観念が失われるだけでしょうね。しかし倫理観が失わ
れるわけではないでしょう。ただ守るべきものを守る。そのように人
は行動するものと思われます。守るべきものは個人の価値観に委ねら
れるかと思います。
588 :
考える名無しさん:04/05/03 00:04
「善人たらんとすれば、まづ悪人たるを知れ」って誰の言葉ですか?
589 :
神 ◆KdXlBeIA6c :04/05/03 00:06
ガムスレは?
590 :
考える名無しさん:04/05/03 00:58
591 :
考える名無しさん:04/05/03 00:59
ミスw
>>578 ドコニムジュンガ(´・ω・`)
592 :
考える名無しさん:04/05/03 01:38
NTTドコニ
いや、でも、
>>567 あたりの定義に従えば、「社会がどうなるか」は関係ないんでは?
594 :
考える名無しさん:04/05/04 16:43
人が集まったのを社会と呼ぶんじゃ。だから人間なんじゃ。
つまり、人間は細胞で、分子で、原子でクォークだと?
596 :
考える名無しさん:04/05/04 19:04
>>593 個人と社会で善悪の基準が違うわけないだろ
>>596 ならば、
>>567 のロジックでいけば、「個人がどうなるか」
「も」関係ない、ってことだろ。
598 :
考える名無しさん:04/05/04 19:33
>>596 個人と社会で善悪の基準が違わないわけがないだろ
どっちやねん。
600 :
考える名無しさん:04/05/04 20:41
迷った時にはご神託にしたがうのじゃ
601 :
考える名無しさん:04/05/05 12:00
社会で言われている善悪ってのは、便宜に過ぎないよ。
だって、裁判官が演繹とか恣意とかで決められるものなんでしょ。
法律ってのは、個々のケースにしか言及できないよね。
でもさあ、法律ってのは、その社会に居る人間すべての約束事な訳だよね。
善悪が定義付けられていたら、悪いことの場合って書ける筈じゃない。
だから、定義付けられていないってことになるのかなあ
一々新しいケースが出てくるたんびに新しい法律作って、
それが割りとみんなに受け入れられていることから
善悪ってのがぼんやりと共通の概念としてある「らしい」けど、
新しい法律に反対する人は絶対にいるんだよね。
(この場合の絶対は演繹でしかないけど)
だから、
だから?
ドキドキ・・・・
∧∧∧_∧∧_∧
;゚Д゚);´∀`);・∀・)
だから、善悪っとしたのがきっぱりと区別できる絶対的な概念になることってないとおもうなの。
だとすると、演繹によっても、恣意によっても決めようがないね。
うん。だから、便宜だと思うの
でも、便宜ってのは、それなりに、
「きっぱりと区別できる絶対的な概念」でないの。
その場その場で覆ったりするものは絶対的じゃないとおもうなのね
そうすると、重力方程式や、エネルギ−と質量の等価公式など、
変数要素を持った方程式も絶対ではないわけね。
…ごめん。それ知らない。でもね、
「同じ出来事に対して覆えうる」わけじゃないんじゃないの?それわ。
「同じ出来事に対して覆えうる」ってどういうこと?
控訴や上告されたら、判決が覆ることよくあるでしょ。
別に新しい論点が出てきたわけでなくても。
まあ、そのように決まっているからね。
逆に、控訴や上告しても、判決が覆ることがないとしたら、
法律は絶対的でない、ということになってしまうだろうね。
逆じゃないの?>控訴や上告しても、判決が覆ることがないとしたら、法律は絶対的でない、ということになってしまう
>>613 なんで?
上告も、上位裁判所の優位も、法律(および憲法)に定められたことだよ。
ああ、そういうことか。
法律ってのがあるから、いついかなる場合も絶対的に判断できるって訳になっては居ないって言いたかったんだけど。
>>601 いや、それは一理あるんだけどね。
ただそれは一部の場合というか、社会的な悪が存在しないはずが無いでしょ。
別に裁判官が演繹とか恣意で決められるものすべてが、社会的な悪とは言っていないよ。
そんなの無くても、明らかに社会的な「悪」は存在する。
色々な凶悪犯罪、サリン事件とかね。そいつらにとっては善の行いだったのかも知れないが、
確実に社会的な悪でしょ。裁判とか抜きにしてもね。
社会的な悪ってのの定義づけがいると思った。
そんなんが定義づけできるなら、法律の条文が演繹的に書かれる必要ないよ。
量刑とかは別として
だから、そのように法律ができてて、それに従ってるわけだから、
それでいいんじゃないの?
620 :
考える名無しさん:04/05/05 14:45
へぇ〜
学問板の人たちはみんな頭いいんだね
おいらはついていけないよ
社会悪って、ナンデスカ
って聞かれたら答えられる?
社会を構成する人間の総意が悪だと思ったもの
なんてのは違うと思うの。
だって全員一致の総意なんてありえないもんね
じゃあ、とりあず、個人にとっての悪から考えたほうがいいんじゃないの。
623 :
考える名無しさん:04/05/05 14:48
その社会の法に背くのが社会悪だろ
で、法は演繹で書かれているから、社会悪は演繹で定義されると…?
どうなんの?
626 :
考える名無しさん:04/05/05 14:57
「社会全体に不利益をもたらすもの」ではダメですか?
単純にいえばそうだろうけど、
じゃあ、社会全体の利益って何?そもそも利益って何?
となる。
>621
例えば100人だけの社会があったとして、そこで誰か一人が事件を起こしたとする。
50人が善、49人が悪だといったら、それは判断の難しいところだが
80人が悪だと言えば、それはその社会での社会悪となる。
全員一致の総意なんてありえないかもしれないが、社会悪とはそういうのもでは?
すまん、追記
例えばその社会の法に背いても、大多数の人が悪と思わなければ、それは社会的な悪じゃないかもしれない。
と、思う。
100人の社会があって、種痘について、
99人が悪だといって、1人の医者が善だといった場合でも、
種痘はその社会にとって悪?
天然痘でその社会が死に絶えたとしても?
>>630 それは極端な例えですが、民主主義社会においては悪だと言えそうですね
間違った方向に進んでいる事を、社会全体に気付かせるしかないかと
>>631 それが「間違い」であるとなぜいえるのか?
633 :
考える名無しさん:04/05/05 17:51
多数決なら哲学はいらない
634 :
考える名無しさん:04/05/07 08:53
要らないんじゃないよ。
多数決であるっていう結論が導かれるならそれで良いと思うなの。
そじゃなくてさ、善悪っとした概念が多数決で「決まらない」理由を言わないとね。
漠然と、個人に、「いい」と「わるい」の区別がある「らしい」よね。
で、その区別って、人によって「格別に違っている」わけでもない「らしい」なの。
だったらさあ、なにがどう共通しているのかってこと。だよね。
635 :
考える名無しさん:04/05/07 09:00
カントのいう、自分にとって自由であることを執行することと同時に他人の自由を束縛しないこと
が善
636 :
考える名無しさん:04/05/07 10:33
善悪は、個人の中でも社会の中でも時間の流れの中で変化する可能性がある
という事も前提で議論して頂けるとありがたいです。
つまり、善がなすべきことで、悪がすべきこととされた時代も
あったという前提で考えろと?
×つまり、善がなすべきことで、悪がすべきこととされた時代も
○つまり、善がすべきでないことで、悪がすべきこととされた時代も
639 :
考える名無しさん:04/05/07 11:07
△つまり、善がなさざるべきことで、悪がなさざるべからずとされた時代も
□つまり、善がなさざるべからざることないことで、悪がすべきにあらざらぬこととされた時代も
640 :
考える名無しさん:04/05/07 14:09
アタマ ノ ワルサ キソウ スレ ッテ ココデスカ?
>>640 Congratulations! you win.
642 :
考える名無しさん:04/05/08 01:03
>637-639ちょっと違うんじゃないかなあ。
その時善とされていたことが後の時代になって善とされなくなったこともあるだけで。
善て言う言葉は、常にその時になすべきこととされていることに使って
悪ていう言葉は、常にその時になすべからざることとされていることに使ってると思うんだほ
>>642 では、変わっているのは「任意のあることがら」について、
それが善であるか悪であるかという判断であって、
善悪そのものの定義は、不変ということになるのでは?
>644
ちょっと違う。定義そのものが多少動いて来たにせよ、
全く反対の意味に後世の人間が受け取るほどには変化しないということ
>>645 「なすべきこと」「なさざるべきこと」が「多少動く」と
どういう意味になるの?
で、そこに問題点があるんだ。
全部の人間が同じ定義を与えているなら、善と悪の区別についてだれももにょらないんだよ。
はっきりしていることになるはずだからね。
「もにょる」って何?
>646
「なすべき」「なさざるべき」の目的が多少変化したと思うんだ
>648
完全に言い切ることができなくなって口ごもるってこと
>>649 つまり、
「目的のためになさざるべきこと」が善となったり、
「目的のためになすべきこと」が悪となったりしたということ?
>>650 判断できないことは、定義が明確でないことを意味しないね。
時速の定義は明確だが、計器がなければ、正確には判断できないし、
既知の生物の種族は、相当厳密に定義されているけれど、
充分な知識がなければ判断できない。
でも、これらについて「判断できない人がいる」ことをもって「定義が存在しない」
とは言われないよね。
定義わ?って聞かれても答えられないから。。。と思ったんだけど、ね。言い切れなくなってきたかも。視点ありがと。
654 :
考える名無しさん:04/05/12 01:41
「善悪」は「因果応報」を教える為の方便。
昔の人は、これにより、悪を捨て善を行うようにしてきた。
今となっては、「これが良い」「これが悪い」というはっきりとした理由は無い。
だが、「因果応報」の本質をいえば、
「Aを行えばAが自分に返ってくる。Bを行えばBが自分に返ってくる」
ということ。その意味は今も昔も変わりはないのだ。
655 :
考える名無しさん:04/05/12 01:52
つまり、女をレイプすると、次の日に、
その女が逆レイプしにきてくれるということですね。
>472さん
謎解きには手間が掛かりますが、思い込みは善です。 >472
658 :
考える名無しさん:04/05/14 20:24
御機嫌よう
人間は社会的人間だから個人には必ずなにかと対になって存在している。対になっているものは幻想だが不可欠なものだ。だが相対化というものは無でありそれは意識下の中で幾分か変化していくものである。例えば異性や共同体など。世界は変化している
善も悪もつねに誰かにとっての善悪であるし、それはそれとして誰にとっても
共通して善であるものもきっとあるに違いない。でも、世の中には善でも悪でも
ないものの方が、はっきりしたのものよりは多い。
ちなみに誰にとっても善であることであったとしても、
それを誰かに対して言う場合、「その人の為」としてのものしか
合理性を持たないんだな。とついでに言ってみよう。
まあ、何が「自分の為に」なるかならないかを、
ちゃんと理解できている人間はまれだけど。
ははははは。
いい感じですね。
ちょっと気になったが、
662の「その人の為」の「その人」は自分でなく相手な。
「正義や善悪は誰かを従わせる為にあるものではない」と。
従わせる為、というか、この世に生きている限り、
この世の法則には従わざるを得ないということ。
で、「この世の法則」が理解できないやつは、それを教えられても、
「コイツは俺を自分に従わせる為に勝手なことを言っているのではないか」
と疑うことしかできない。
否。
「例え結果的に」全ての者にとって善となるものがあったとしても、
善悪の本質自体は誰かを従わせるものではない。と思う。
全ての者は真理として自由であり、善悪を名付けるのは根本的に己だ。
ここで意見が分かれたか。
>全ての者は真理として自由であり、善悪を名付けるのは根本的に己だ。
>ここで意見が分かれたか。
「自由」というのは、「自らの意思に従う」という意味だと思ったが。
そして、その意思に対して、善悪は、見出されるものであって、
人間に決めることのできるものではない。
健康になりたいと思えば、「規則正しい生活」が善であり、
「不規則な生活」は悪であって、人間の意志でこれを逆にすることはできない。
人間にできるのは、自分の自由な意思について、
それをかなえるのに、何が善で何が悪か、この世の法則を「調べること」
だけであって、決めることはできない。
ちょっと気になりましたが、少々話が説教じみてきましたな。
ちなみに私は善悪が必ずしも合理的じゃないといけないとは思ってないし、
理解可能かどうかも怪しいと思ってるんだな、これが。
と言ってみよう。
私は661しか書いてないので、660-664の論者は3人以上いるように思われます。
混乱してきたら無視してね。
>>668 その例でいうなら、
「健康になりたいと思うから、『規則正しい生活』を己にとっての善と名付け、
『不規則な生活』を己にとっての悪と名付ける」となるな。漏れにとっては。
まぁ「規則正しい生活」イコール「健康」、ではないし、
人が何かを価値判断する基準は、一つではない場合がほとんどだと思うから
ちょっとあれな気もするが、そこは置いといて、の話だな。
あと「ここで意見が」の「ここ」は「全ての者は〜」の部分ではないぞ。
「667-668」でついに、とある種の感慨を、冗談半分で言ってみただけだ。
>>669 おうそれは勘違いしていた。漏れは662、664、665、667だな。
ちなみに662の「それ」は「善悪」というよりは「その口出し」だった。
間違い。
>>670 >ちなみに662の「それ」は「善悪」というよりは「その口出し」だった。
「それ」ではなくて「合理性を持つかどうかの対象」、だな。
>>67 >「健康になりたいと思うから、『規則正しい生活』を己にとっての善と名付け、
> 『不規則な生活』を己にとっての悪と名付ける」となるな。漏れにとっては。
そう、「健康になりたいと思う」なら「『規則正しい生活』を己にとっての善と名付け」
ざるを得ない。
「健康になりたい」と思うのは自由だが、それを自らの意思と定めた場合に、
それについて何が善であるかを決めることはできないということ。
>>672 善悪の定義の違いの問題かな。
漏れは善悪は主観であると考える。
藻舞さんはものや現象、詰まるところ世界自体についているものだと考える。
そんなところかいな。
>>673 >善悪の定義の違いの問題かな。
さて、どうだろうか。
>漏れは善悪は主観であると考える。
もしも、君と私で善悪の定義が違い、君の定義において「善悪が主観」であるのならば、
君の定義においては、
「健康になりたいと思う」場合にも主観によって、「『不規則な生活』を己にとっての善と名付け」る
こともできるはずだ。
君における善の定義とは、そのようなものなのかね?
>>674 >「健康になりたいと思う」場合にも主観によって、「『不規則な生活』を己にとっての善と名付け」る
>こともできるはずだ。
>君における善の定義とは、そのようなものなのかね?
yes.
先にも言ったように、人が何かを価値判断する基準は一つじゃない。
「規則的な生活」が面倒臭いなどの理由で
不規則な生活が己にとって善になることだってありうる。
好き嫌いが論理によって決まらないようなもんだよ。漏れにとっては。
「自分にとって『何か』が善いか悪いか」であって、
「ある場合における善悪」ではないんだな。
>>675 >先にも言ったように、人が何かを価値判断する基準は一つじゃない。
まったくそのとおり、だから、同じ人が、
「健康になりたい」「面倒くさいことはいやだ」という
二つの(あるいはそれ以上の)価値判断の基準を同時に持っていることもありえるわけだ。
にもかかわらず、「健康になりたいと思う」ときの善と、「面倒くさいことはいやだ」のときの善が
異なるということは、すなわち、
>「自分にとって『何か』が善いか悪いか」
ではないということだ。
もしも善悪が「自分にとって『何か』が善いか悪いか」であるのならば、
(つまり、人間単位で決まることで、価値基準単位に決まるのでないのであれば)
その人にとっての善とは、その人の持つ全ての価値基準について、全て善であったり、全て悪でなければならない
はずだが、実際には、君が言うように「健康になりたい」において「善」であった「規則正しい生活」が、
「面倒なことは嫌だ」においては「悪」となる。
「真面目に善悪を問いたい。」と、いうのは
対象における判断基準ですか?
意欲ですか?
行為ですか?
善ですか?
悪ですか?
678 :
考える名無しさん:04/05/19 23:57
御機嫌よう
>>676 ハハハハハ。話のわかんない人だなあ。
別に『何か』を善か悪か一色に塗れとは言ってないぞ。
例で言うなら、「規則的生活」の
「健康的になれるかも知れない」という面、
「面倒くさいかもしれない」という面、
二つの『何か』に対して善か悪か判断しても良いじゃないか。
だから先に言った様に、
漏れは「ある対象に対していちいち主体が善悪判断する」と考えてるけど、
藻舞さんが「善悪とは世界自体に含まれるものだ」と考えてるんだとしたら、
そもそも話がズレてるんだって。
>>679 >二つの『何か』に対して善か悪か判断しても良いじゃないか。
まったくそのとおり。
しかし君は、
>「自分にとって『何か』が善いか悪いか」であって、
>「ある場合における善悪」ではないんだな。
といっているんだけど。
>「健康的になれるかも知れない」という面、
>「面倒くさいかもしれない」という面、
>二つの『何か』に対して善か悪か判断
する、というのは、「ある場合について」善悪を判断することとはどう違うの?
681 :
考える名無しさん:04/05/20 20:52
「善は必ず悪よりも重いに決まっている。」と、いうのは
虚ですか?
説得力ですか?
必然ですか?
悪ですか?
682 :
考える名無しさん:04/05/20 20:56
>>681 重いも軽いもない
ただ善が善であり悪が悪であるだけだ
>>1
だからあ、ただの概念なんだってば
まだわからないの?
何かハルカ臭いな。もし本人なら香具師と議論するの面倒くさいから嫌なんだが。
「健康的になれるかも知れない」という面、
「面倒くさいかもしれない」という面、二つの『何か』を含む『何か』というのも存在するだろう。
>>「健康的になれるかも知れない」という面、
>>「面倒くさいかもしれない」という面、
>>二つの『何か』に対して善か悪か判断
>する、というのは、「ある場合について」善悪を判断することとはどう違うの?
「『ある場合について』善悪を判断する」ならそれは主観じゃないか。
それは「ある場合」という『何か』に対して判断しているだろう。
前に漏れの定義と違うと言ったのは「ある場合における善悪」。
「健康になりたいと思う場合において、
健康が導かれるものが善となり、その逆のものが悪となる」ということ。
これは判断か?
そして、藻舞さんの書いた通り、その違いについて議論することは意味が薄いと思うよ。
ぶっちゃけ最初に善悪を名付けるか、それとも意思を決めた後付で善悪が定まるのか、の
違いでしかないもの。
単に何を善悪と呼んでるのか(善悪の定義づけ)がこの場合違うだけ。
>>684 >「健康的になれるかも知れない」という面、
>「面倒くさいかもしれない」という面、二つの『何か』を含む『何か』というのも存在するだろう。
わたしには、その「二つの『何か』を含む『何か』」というものがどんなものなのか
さっぱり想像できないが。
そんなものが存在するというのなら、具体的な例で示してほしい。
>「『ある場合について』善悪を判断する」ならそれは主観じゃないか。
〜
>これは判断か?
つまり、君は、判断それ自体が善悪なのであって、
『健康になりたい』場合において実際に健康になるかどうかとは関係無い、と主張しているの?
>そして、藻舞さんの書いた通り、その違いについて議論することは意味が薄いと思うよ。
私は「その違いについて議論することは意味が薄い」なんて書いてないが。
>単に何を善悪と呼んでるのか(善悪の定義づけ)がこの場合違うだけ。
その「違い」がよくわからない。
というか、「君の善悪の定義」がどういうものなのかよくわからない。
私の理解できた範囲での解釈はいまのところ君によって否定されているからね。
>>686 >そんなものが存在するというのなら、具体的な例で示してほしい。
まあこれは流石に文脈上で理解可能だろうからスルーで。
>つまり、君は、判断それ自体が善悪なのであって、
>『健康になりたい』場合において実際に健康になるかどうかとは関係無い、と主張しているの?
何故そういう結論になるかが分からんのだが、
>>684は、
>「ある場合について」善悪を判断することとはどう違うの?
という
>>680の問いに対する答えだ。
>私は「その違いについて議論することは意味が薄い」なんて書いてないが。
スマンな。
>>680で藻舞さんが「違いなど無いのではないか」と言っているように読めた。
>その「違い」がよくわからない。
最初に善悪を名付けるか、それとも意思を決めた後付で善悪が定まるのか、の違い。
>というか、「君の善悪の定義」がどういうものなのかよくわからない。
一応今の論争において問題となっている部分は、
「論理、法則によって定まるもの」に対する「自分が名付けるもの」だろうな。
言うまでも無いことだが、それぞれ「善悪」そのものを表しているんではないぞ?
「一応今の論争において問題となっている部分は」と注釈も入れたばかりだし、
そのことについて漏れが心配する必要は無いな?686。
このスレの60-94間の様な延々と続く論争をする羽目に陥りたくは無いし、
そろそろこの辺で失礼させて頂きまつ。
>>687 >まあこれは流石に文脈上で理解可能だろうからスルーで。
つまり、そのような存在が君の主張においては必要となるが、
現実には存在しないということだね。了解した。
>何故そういう結論になるかが分からんのだが、
>>684は、
>>「ある場合について」善悪を判断することとはどう違うの?
>という
>>680の問いに対する答えだ。
そう、その答えを論理的に解釈すると、「判断」と「判断の対象」の違い、
という意味にしかとれないのだが。
>スマンな。
>>680で藻舞さんが「違いなど無いのではないか」と言っているように読めた。
もちろん、私は、いまのところどこに「違い」があるのかわからないよ。
しかし君は、「違う」と主張している、「だからこそ」、
「何が違うのか」を知りたいといっているわけで「意味が薄い」のではなく、「意味がある」のだよ。
>最初に善悪を名付けるか、それとも意思を決めた後付で善悪が定まるのか、の違い。
それはどちらが、どちらを主張しているということなの?
どちらの主張もした覚えはないけれど。
>一応今の論争において問題となっている部分は、
>「論理、法則によって定まるもの」に対する「自分が名付けるもの」だろうな。
>言うまでも無いことだが、それぞれ「善悪」そのものを表しているんではないぞ?
じゃあ、それらは、「何を」表しているの?
というか、君は、なぜここで「「善悪」そのものを表しているんではない」ものを、
唐突に、わざわざ、引き合いにだすの?
議論を延々と引き伸ばす意味しかないと思うが。
どこで、だれと、どのような議論をしようとしても、
そのようなやり方を続ける限り、
議論は延々と続くだけだろう。
議論を延々と引き伸ばす意味しかないと思うが。
どこで、だれと、どのような議論をしようとしても、
そのようなやり方を続ける限り、
議論は延々と続くだけだろう。
691 :
考える名無しさん:04/05/23 17:45
数ハンでもステハンでも付けてくれないと議論が見えません。
692 :
考える名無しさん:04/05/23 18:14
頭の悪い人しか発言しないスレみたいなんで、
何も言わず、失礼します。
( ´∀`)σ)Д`)
>>691 多分、幸福を定めたら不幸も定まらざるを得ない、と捉えるか、
幸福と不幸を決めることを一つのこととして捉えるか、の様な話じゃないかと。
>694さん
「幸せを求めるから不幸があるのです。」と、いうのは
虚ですか?
幸福と不幸を一つのこととして捉えることが出来ましたらオコタエクダサイ
>694さんは
どなたですか
696 :
考える名無しさん:04/05/30 19:31
御機嫌よう
>>695 もし山を登ったなら登山口は低く見えるだろう。
遠くから山と登山口を見るならどちらが先もないだろう。
そんなところでよろしいだろうか。よろしくないだろうか。さて。
>>1 善=人間にとって有益
悪=人間にとって有害
なにが有益で、なにが有害か、それが問題だ。
700 :
考える名無しさん:04/06/09 10:52
有害は毒である
701 :
考える名無しさん:04/06/09 13:00
702 :
考える名無しさん:04/06/09 13:05
薬のこと
703 :
考える名無しさん:04/06/09 13:22
善=自分にとって有益
悪=自分にとって有害
>>703 その意見は俺にとっては有害だ
だから君の意見は悪だ
つまり、オレオレは自分にとって有害な悪を信奉していると。
706 :
オレオレ詐欺:04/06/09 13:43
707 :
考える名無しさん:04/06/09 13:50
なんで自分がある自分に限定されるんですか
自分ってそういう意味じゃないでしょ
ある自分? 様々な自分があると言ってるのかな?
709 :
考える名無しさん:04/06/09 14:14
前近代的な頭脳の持ち主には理解できないだろうね。
ここは哲学板なんですが。
711 :
考える名無しさん:04/06/09 14:36
710さん、意味不明です
712 :
考える名無しさん:04/06/09 14:39
710は前近代にはギリシアがあって、そこには哲学が
あったから、「前近代」を馬鹿にするのは哲学的でない
という極めて非哲学的な思考の結果として、
書かれたものと思われるw
>>712 無知を装っているのかな? それとも本気で言っているのかな?
714 :
考える名無しさん:04/06/09 16:04
質問でごまかすのはいかんよ713=710クン
716 :
考える名無しさん:04/06/09 16:11
713みたいに恫喝すれば通ると思ってるアホをなんとかしてください
>>714 自分で自分の首を絞めてどうする? それとも通りすがりか?
718 :
考える名無しさん:04/06/09 16:18
自分の首を自分で絞めることが善となる場合を考えて!
>>718 それは704の循環についての意見では?
申し訳ないがもうアイデンティファイ不可能だ。というかすでにできていない。
720 :
考える名無しさん:04/06/09 17:02
善とはつくること。悪とはこわすこと。
716みたいな文字通りのアホをなんとかしてください
bv
723 :
考える名無しさん:04/06/12 08:40
毒は悪で良薬は善です。
724 :
考える名無しさん:04/06/12 10:25
善悪っていうのはなんつーか
ようするに人間が社会を成立させるために
導入した秩序の土台みたいなものと
考えているんだが、どうなんだ?
善悪は人間の社会なくして存在するものなのか?
725 :
考える名無しさん:04/06/12 11:33
んー
俺の本能欲求を満たしてくれるモノなら俺にとっては善
俺の本能欲求を押さえ込もうとするモノは俺にとっての悪
その他は考えない
というか、考えることが出来ない
なぜならば、この俺は本能の塊であるからだ
ってところか?
例えば、糖尿病とかになって、
食いたいという本能と死にたくないという本能が対立したら?
>>726 本能と本能が対立することはないと思うな
自分が糖尿病なんだと自覚するのは理性であり、俺の考えだと
本能から発生したのが理性で
本能>理性 で行動が決定されるんじゃなかろうかと
ただし理性というのは本能に働きかけることも出来るわけで、理性で糖尿病なんだと知覚し、生存本能に呼びかけて食欲と対立させることは出来る
その際、生存本能と食欲のどっちが勝つかは、理性をどれだけ育てたかにかかってるんだと思う
つまりは人それぞれというわけで
糖尿病という概念を知らない人は食欲が勝ち、知っている人は悩み答えを出すってとこじゃないかな?
>善=自分にとって有益
>悪=自分にとって有害
コレを、独善・ひとりよがりと言う。善悪とは異なる思い込みだろ。
自分の中に照らし合わせる判断基準があって初めて善悪が成り立つ。
それは、他人をも納得させえるものでなければならないが、道徳はその条件を満たす。
倫理はさらにその根拠を求めて妥当性を問う。
>>727 私のいっているのは、「意思決定プロセス」の話ではなくて、
「善か悪か」だけれど。
つまり、君のいう「本能が善」という命題が真であるかどうかということ。
ある命題が真であるためには、1つの例外もなく、それが真でなければならない。
「本能が善」という命題については、二つの、
「論理的に」両立しない(本人の思考のなかで対立が起きるかどうかではなく)
「本能」が存在しうる、という事が、「本能は善」という命題の成立条件を崩している、
ということをいっているのだよ。
んー・・・最初に言っとく。見当違いのレスだったらゴメンよ
>>729 @根源に「とある存在■は世界の総てを、もしくはその一部を知覚できる」と置く
@ まず、「世界」を自分が知覚している総ての事象と定義する
A 次に、@で定義した以外の事象を「世界外」と定義してみる
B その上で、@で定義した「世界」を「判断基準α」でもって二つに以上に分けられるのだと定義する
とある存在■が根源を真とするのに値し、さらには、とある「判断基準α」を基にしてBを成し遂げれば、それは■が「世界を二つ以上に定義できる」ということなのだと定めることができる
では、ここで■を「人間」に置き換えて、根源が真、および@ABが真となる「人間」がいれば、その人間はその人間の知覚する範囲において、その人間は世界を二つ以上に判断できるのだといえる
さらにここで■を「総ての人間」に置き換(以下略)
以上で総ての人間が同様に世界を知覚して、同一の判断基準αを持てば、全く同一に世界を二つ以上に判断ができるんだ と言えるんじゃなかろうかと思う
そして、判断基準αが世界を二つ以上に切り分けるモノサシだけでなく、それに加えて、世界を測れるモノサシであり、人間は他のモノサシを持っていないとするなら
『判断基準α』 というモノサシ一つで、善と悪を断定することが出来るんじゃなかろうかと・・・
ここまで考えて力尽きた・・・
つまり何が言いたいかというと・・・
本能ってのが万人に共通して同一であって
そのうえ本能が人間の行動の良し悪し(飯を食ったら満足だとか、痛いのは回避だとか)を判定できて
さらには世界を認識できるものなんだとして
そして本能以外に人間を人間たらしめるものが無いとすれば
>>725内の「俺」を「人」に書き換えた結果になるんではなかろうかと
>>728 やっぱ最終的にはそうなるのかもね・・・
まー、万人を納得させえる道徳に触れないモノなんか「世界在る」なんつー似非中国人みたいな語呂の一言のみかもしれないと考える今日この頃
>730
ある個人の認識は、その個人の中で閉じているとしても、
その個人と世界とのつながりは切り離せないのだから
(物理法則などに支配されていると言う点では、その個人の肉体事態も、
認識の外にある外界なのだから)
死にたくないという本能的欲求と、
食いたいという本能的欲求があり、
片方を満たすことによってもう片方が損なわれるという、
外的事実(病気など)をその個人が知らなくても、現実の結果として、
損なわれるという結果は生じるし、その「理由」がその個人に
認識できないとしても、その「結果」は、その個人の
損なわれたほうの本能的欲求に反している、ということはその個人にも認識できるはず。
>>731 >そのうえ本能が人間の行動の良し悪し(飯を食ったら満足だとか、痛いのは回避だとか)を判定できて
だから、その本能において、他の本能と矛盾する本能が現に存在することが、
観察されることについては、どのように説明するのか?
ということを聞いているのだけれど。
>>732 んと
人間てほら、同じ時間軸上で二つの行動を同時に出来ないじゃない?
そんで、本能(反射等も含めて)と其処から発生した理性 が人間を動かしてるんだとすれば、
葛藤している人が、上記の矛盾があるとすると、人間は動くことが出来なくなるんじゃなかろうかと
よって、本能同士の矛盾というものは存在せず、ただ異なる情報(飯を食いたい+食うと死ぬかもしれない+死ぬのはヤダ)を「本能」という演算装置にかけているときにかかる過負荷が、思考の一時停滞をもたらし、それを「矛盾」と感じてるんではなかろうかと思う
そういった意味で、本能に矛盾は存在しないと考えていたりする俺
734 :
考える名無しさん:04/06/13 20:52
↑
何だこの暴論は?たいがいにしてほしいよ。
>>733 >葛藤している人が、上記の矛盾があるとすると、人間は動くことが出来なくなるんじゃなかろうかと
ええと、今ここで問題にしているのは、「善悪」であって、「行動可能性」ではないんだけれど。
「本能=善」に論理的矛盾があったとしても、それがによって人間が行動不能にならなければならない理由を、
君は示していい無い、だから逆に行動不能が観察されないからといって、論理に矛盾が無いということの
証明にはならない。
善とは賛同のことだと思う
737 :
考える名無しさん:04/06/15 08:08
けつろーーん
善悪は手前が決めろ!!!
それで不自由が生じたら回避すればよし!
間違ってたら周りが正すだろうよ
738 :
考える名無しさん:04/06/15 08:45
善悪は立場によって違う。
一個人としての立場が似通っているから共通のもののような誤解があるだけ。
その意味では相手の気持ちになって考えなさいっていう躾は正しくもあり正しくもなし
>>738 自分の行動に善悪を設定する機会がどれほどあるのだろう。
善とは賛同であり力であると思う
えーとね、昨日ねー
窪塚に会ったのよ
で、窪塚はねー大麻中毒に陥ってたみたいで
彼は「大麻をくれー」て言ってたのよー
んでさ、彼に大麻を与えるのって、善?それとも悪?
彼にとってはどっちの方がいいの?
善悪はその時々の周りが決めるものだと
自己の善悪は周りに育てられ得たルールと本能との葛藤による不純物が悪
自己満できたら善
>>741 彼自身に判断させるべきだが、ラリってる状態では正常な判断を下せないので、
まず、正常な判断ができる状態にすべき。
744 :
考える名無しさん:04/06/15 12:42
>>741 そのことで君が逮捕される可能性がある。
よって君にとっての不利益になるから君にとっての悪。
745 :
考える名無しさん:04/06/15 12:43
>>739 善悪は、自分にとっての他人の行動を定義づけたものだと思う。
>>741 医者が仕事でやるのであれば、善意でも悪意でもないが、むろん善意をもって為される必要がある。
すなわち、あくまで誰かがみなすだけだが、医者の医療行為はすべて善とみなされる。
747 :
考える名無しさん:04/06/15 14:02
>>741善意 って言葉で堂々巡りしてます…違うか、それだけが浮いている。
ちなみに、医者の判断が間違ってて、大麻が必要ない状態だと後にみなされたら
それは悪だとみなされる。
748 :
考える名無しさん:04/06/15 14:05
医療行為が善なのは、個人という立場なら病気が治ることは常に利益だから。
生活できなくて入院し続ける必要があるとかそういう場合でも、
退院させることと病気が治ることは同じじゃないから背反しない。
749 :
考える名無しさん:04/06/15 14:14
善とは信頼のことだと思う
750 :
考える名無しさん:04/06/15 16:11
医療行為は時として悪となる。 エボバの証人が宗教的な理由で手術を拒否したが 病院が手術してしまって裁判を起こして 賠償金を勝ち取ったって事例がある。 善悪の価値観が 人種や信条によっても異なる典型だ罠。
エボバの証人は手術の拒否ではなく、輸血の拒否。
聖書の膨大な記述の中に、血を食べるなという一文があるのを転用解釈。
セム=ハム系の宗教には多いらしいね。血を食べるな。
753 :
考える名無しさん:04/06/15 20:08
>>750 カルトで微妙な問題を持ち出してきたな。その例は、無断輸血もしくはインフォー
ムド・コンセントの問題として見れば、善悪の価値観が人種・信条によって異なる
とは言えない。そもそも人種の違いによって異なる例になってないだろ。信条の
違いの方も、「信条=宗教」とは言えない。だから「人種・信条によって異なる」と
するのは誤り。(言いたいんなら、「宗教によって異なる」と言ってみ。何が言いたい
のかよく分からなくなるわな)。
裁判があったことは聞いていたが結果までは知らなかったので、ニュースソースが
あればソース希望。どっちかと言えば、医療行為の善悪じゃなくて、
「無断でやったのが悪い」という観点から論じられてたんじゃないのか?
ガイドラインとかも作られていたようだが、今は見えない。
・医療関連報道 用語索引:
http://www4.airnet.ne.jp/abe/news/keym.html
オレオレはこういう例を知ってるよ
双子の胎児で、放っておくと、医学的見地からでは二人ともまず確実に死ぬ
弟を殺せば兄は助かる
両親は敬虔なクリスチャンで人の行為が関わることに否定的、自然に任せて二人とも死ぬならそれが神の意志
で、医者は弟を殺して兄を助けた
両親は医者を訴えた
裁判では両親は敗訴となった、医者に落ち度はなかった
ニワトリが村長をつっついた
村長はニワトリを食べちゃった
>>754 社会の健全な維持という目的から言えば、
医者が同じ行為を繰り返した場合、繰り返さなかった場合を
考えれば、より多くの子供が生きる(社会の構成員が増やせる)
医者の選択は善となる。
信仰に従って生きたいという両親の目的からいえば、
信仰に逆らった行為は、その否定であって、悪となる。
それぞれの「目的」について、
「弟を殺して兄を助ける」という行為についての善悪は異なる。
それは、2つの「目的」が両立しない部分を含んでいるから。
>>754 ここがおかしい。
>信仰に従って生きたいという両親の目的からいえば、
>信仰に逆らった行為は、その否定であって、悪となる。
両親の目的を「信仰に従って生きる」ことだ、としているが、そんな
根拠はどこにも示されていない。さらに、信仰に目的があるとしている。
両親の人間の本性としての素直な感情から考えれば、「(一人でも)
子供を死なせる(殺すのではない)」、のは耐え難い苦痛である。これは
「善」ではない。だからその(否善の)否定であることを理由に「悪」
であるとするならば、誤り。
(両親の信仰内容をいかにすれば知ることができるのか、裁判に訴えた
のが他の目的のためでないとどうして言えるのか、という問題がある。
また、信仰は目的でなく効用は確かにあるだろうが、これは因果が逆だろう。
ついでだが、アリストテレス的には最上の目的は幸福。たしかに幸福かどうか
は分からない、、、なお、信仰に逆らう行為は悪ではなく、魔、邪、嫌、罪・・・かもしれない)
――目的説だね・・・理系の人?あまり叩いても、深みに突っ込んで落とす
ようで気が引けるが、思うに、善悪にまつわる語彙、概念が致命的に不足
していると思う。善悪、正邪、正誤、巧拙、良否、好悪、優劣・・・などを全部
ひっくるめて、good/badで判断しようとしてないか?
善悪は「良し悪し」で片付けられない・・・でしょ?
>>755 >両親の目的を「信仰に従って生きる」ことだ、としているが、そんな
>根拠はどこにも示されていない。さらに、信仰に目的があるとしている。
確かに。
「両親の目的は」「「信仰に従って生きる」ことだ」」とは述べられていないね。
したがって、その部分の記述は厳密を欠いている。
だから、 厳密にいうなら
>>755 は 「信仰に従って生きる」「という目的」(を仮定するならば)
について「悪」ということがいえる、という意味に解釈してほしい。
前提を設定する意図は私には無い。
>さらに、信仰に目的があるとしている。
そうは言ってい無いよ。
「信仰が目的である場合」を仮定しただけだ。
訂正
>>758 の
>>755 は、間違い、正しくは
>>756 で、
>>758 の続き
>(両親の信仰内容をいかにすれば知ることができるのか、裁判に訴えた
>のが他の目的のためでないとどうして言えるのか、という問題がある。
ここで、問題にしているのは、両親の目的を言い当てることではなくて、
その事件から善悪について考えることなので、両親の目的が別に考えられるのであれば、
その目的について、同じように善悪が考えればいいのではないだろうか。
「信仰が目的である場合」は、1つの例に過ぎない。
私がいいたかったのは、
>それぞれの「目的」について、
>「弟を殺して兄を助ける」という行為についての善悪は異なる。
>それは、2つの「目的」が両立しない部分を含んでいるから。
という点であって、具体的な両親の目的がなんであれ、それが、
社会の目的と両立しない部分を含んでいるのであれば、同じこと。
(または、社会の目的と合致する目的について善悪が合致するのであっても同様)
私の主張が間違っているというのであれば、
同じ「行為」について社会と個人が「同じ」「目的」を持っているのに、
それぞれの「目的」について善悪が異なる場合、あるいは、
同じ「行為」について社会と個人が「両立しない」「目的」を持っているのに、
それぞれの「目的」について善悪が同じ場合を示す必要がある。
760 :
考える名無しさん:04/06/16 22:32
>>756 文系の人?
できたら善に対するあなたの考えを披露してくれるかな?
761 :
考える名無しさん:04/06/16 22:38
はー
世の中カオスですね、淘汰ですね、駄目な事多いいですね、
こんなに人間がいるのに、むりくりガバメント的に淘汰ですね
自民も、民主も、ウヨ、サヨも、、、こんなに沢山意思があるのに
金は集まるとこにしか、集まらないし
「熱いぜ」とか、言ってる場合じゃない、じゃない
神も、仏も、幽霊も、超能力も、ネタバレ
なんとなく解ってるのに、何にもならない
整形ですね、見た目も淘汰、メディア的に淘汰ですね
プロ市民、良いですね、一番幸せかもね
ああ、色々知らなきゃ良かった
でなきゃ、「知ってる人」のエナジーを集めて、いろんなモノを
あぼーんして、淘汰を食い止めたい、いやむしろ、破壊したい
なーーーーーーーーなんて
>>760 ただの喧嘩になりそうだからやめとく。
オレは>746だよ。ちょっと加筆の必要性は感じるけど、そこに書いたことなら
「目的説」でも論理的にオッケーでしょ?だから争う必要を感じないんだ。
763 :
考える名無しさん:04/06/16 22:56
善とか悪とか本気で信じてる人なんていないだろうね
764 :
考える名無しさん:04/06/16 23:01
>>762 俺は
>>756に言ったのに、なんで
>>746からレスが返ってくるんだ?
もちろん、レスしてくれるのはうれしいが、
ちょっと意味が分からない。
もしかしたら、俺が煽ってると思ってるのかい?
だとしたらそれは誤解。
彼が文系の人間っぽかったから、
彼の考えを聞きたかっただけだよ。
すまんすまん。746=753=756=757=762だ。さすがに名無しだときついな。
766 :
考える名無しさん:04/06/16 23:38
>>765 ああ、そうか。
こっちも真剣にレス追ってないもんでな。
わるい。
だとしても、誤解だよ。
ちなみに俺は理系の人間(
>>759ではないけど)。
だから、文系の人の考えを聞きたいだけだよ。
少なくとも、俺はあなたと喧嘩する気なんて毛頭ないよ。
たぶん喧嘩にならんからね(笑)。
「幸福論」には「目的論的な考え方」ともう一つあるってのを
どっかで読んだ覚えがあるもんだから、
それとダブって、このテーマに関する文系の人の考えが聞きたかったってわけ。
相手が、トリップなりコテハンなり使ってなけりゃレスにだけレスすればいい。
759と760とは別人だったのか・・・未熟だった。
>>759 ちょっと気になった。言い方を間違えたかも知れない。
補足しておくと、
要するに、>756は、(B)は(A)と言い換えられるよね、という気持で
言っただけのつもりなんだが、(B)を変な風に固執するとカルトになる
から大いに気にしてくれ(口調は気になるかも知れないが、気にしないでくれ)。
(A)
幸福に生きたいという両親の目的からいえば、善ではない。
(B)
信仰に従って生きたいという両親の目的からいえば、
信仰に逆らった行為は、その否定であって、悪となる。
――どうだ、比較するとおかしいだろう?おかしくない?おかしいよね?
オレは、厳密性を欠くとか暗黙に仮定している点を指摘したいわけではない。
オレの言いたいのは、論理に信仰や宗教を出現させる必然性が全くないということだ。
>>753で、”「宗教によって異なる」と言ってみ”と言ったのはオレが悪かった。
謝る。ごみん。(誘導したわけじゃないぞ)
>>766 目的説と対置されるのは、義務説だね。功利説も広い意味で目的説に含まれると
されるが、オレは三本立てにした方がいいと思う。二元論もあまり好きじゃない。
オレの立場は相対説とでもしといてくれ。こういう感じだ、ただのアフォだ。
健康のありがたみは病気にならないと分からない。
病気になった人は必ず健康になることを願う。
↓ちょっと違うが、最近のお気に入りだ。いちおう幸福論ともちょっと違う。
書かれた言葉の裏には思想が存在するものだ(言志説)。
770 :
考える名無しさん:04/06/17 22:38
>>769 >目的説と対置されるのは、義務説だね。功利説も広い意味で目的説に含まれると
>されるが、オレは三本立てにした方がいいと思う。
なるほど。
義務説・・・。
カントの定言命法とかがそれに当たる?
何しろうろ覚えなもんで。
行為自体が目的みたいなことか。
しかし、目的説にせよ義務説にせよ、
その裏にあるのは
何らかの元型的、シンボル的なものへの接触を意図している
と考えられなくはないだろうか?
理系の浅はかな考えですが。。
>>770 そう、カントが義務論の代表者と言われている。
ここでちゃぶ台をひっくり返してても何もいい事はないと思うんだが、オレはひねくれ
者なのだろう。いちおう説明してみると、そんなに分明ではないが、行為自体が目的と
いうのは目的説の範疇だ。また、知ってるかも知れないが定言(的)命法は、無条件に
成立する命題の事を言う論理学用語だから、「義務や命令」のことを一般に指している
わけではないらしい。
この義務論という言葉自体、誰がそう言ったのか分からないし、ホントに彼本人の主張が
どうなのかは知らないよ、「わが内なる道徳法則」が何で義務なのか全然分からないけど、
そう呼ばれているのは事実だから通説には従っておくのが無難だね、という意味だ。
う〜ん、これでは何が言いたいのかよく分からないな。
シンボル的なものへの接触とはプラトン以来の哲学の良い伝統だ。たぶん。
面白くなかったので、自然へ還れと主張する人達(これは良い人達と悪い人達がいる)の
常識のため、以下を例にとって興味本位の言葉に翻案してみよう。
>病気になった人は必ず健康になることを願う。(A)
・目的説を唱える人は「健康」に関心がある。何せ健康が目的という人達の学説だ。
・義務説を唱える人は「なる」ことに関心がある。病的に意志堅固な人達の学説だ。
・功利説を唱える人は「どうやって」なるかに関心がある。器用な人達の学説だ。
・相対説を唱える人は(A)に関心がある。変人窟のたわ言だから学説ではない。
みんな、「実は」健康に関心がない。言辞や数式を弄する迷惑な人達だ。
――と、こういう感じになるのだろう。これもさらにたぶん、と言っておこう。(逃げ)
772 :
考える名無しさん:04/06/18 20:36
>>771 >いちおう説明してみると、そんなに分明ではないが、行為自体が目的と
>いうのは目的説の範疇だ。また、知ってるかも知れないが定言(的)命法は、無条件に
>成立する命題の事を言う論理学用語だから、「義務や命令」のことを一般に指している
>わけではないらしい。
なるほど。
行為自体が目的という言葉については確かに危ういと思ったが
たしかにそうだ。
しかし一方では、無条件に成立するはずの命題が常人にはなぜ
往々にして成立しないのか
あるいは
命題が無条件に(つまり、常時いたるところで)成立しているなんてことが実存的にあり得るのか
などの疑問が残るわけだが。
>>病気になった人は必ず健康になることを願う。(A)
>>769に書かれていたことはそういうことだったのか。
恥ずかしながら、あの時点では意味が飲めこめなかった。
773 :
考える名無しさん:04/06/18 20:38
>>771 話は変わるが、ここであなたの考えを聞かせてもらった縁で一つ聞きたいことがある。
俺は一応理系なわけだが、今実は進路に迷っていて
文学部を受けなおそうかどうか悩んでいる。
その中でも哲学に興味があるんだが
大学でお勧めとか、
逆に
「ここはあまりよくない。」
とかそういうのあったら教えてほしい。
俺自身は鷲田清一氏の本がわりと好きなんで
大阪大学に憧れたりしてるわけだが。
まぁ、今から受験となると結構難しいけど(笑)。
思いっきりスレ違いです。
みなさん勘弁してください。
規則を守らないのは、悪にナルと思いますが、哲学的には、善悪なんていうものは、人々の視点により違いがでるので、結局、数学の文字式の答えのように、アポリアで終わってしまうと思います。
善:アメリカ
悪:イラク
なんでしょ?
日本って小泉のおもちゃになってるよね。
>>773 オレは大学生でも関係者でもないので、そういう事情には疎い。また、
先生ともあまりお話したりしないで、東京の某私大図書館で文献(雑誌や
紀要や論文)を一生懸命読んでただけだから、故人しか知らない。
(明治時代の論文が面白い)
あえて言うなら、創造的な方向を向いている研究者は性格の悪い人が
多いので避け、厳格で教育熱心な先生にまとわりつくようにしてお話を
聞いてもらう、というスタンスの方がいいと思う。理系学部でも哲学の先生は
いるだろうから、大学生なら相談してみれば?鷲田さんという人は知らなかった
けど、ぐぐったら現象学で倫理学の人なんだね・・・いまいちそそられない。
ちなみに、このスレのテーマを扱うのは倫理学のわけだが、
実存に興味があるんなら、とりあえず分析哲学だけはよしといた方が無難だ。
(よってKOははじかれる。オレがこの板で嫌いになったからという理由もある)
オレの聞きかじった範囲では、実存主義というとサルトル、実存哲学というと
ヤスパースのはずだが、ヤスパースといえば精神病理学なので、実は理系の
方が良いのかも知れないぞ。外国語頑張るべし。
その線で探してみれば?ヤスパース協会というのもあるらしい。
あと、倫理学だとアリストテレスとカントは読まないと。現象学は・・・・きびしいなあ。
本は、読む気さえあればどこでも読める。付け加えとくと、悩むのは体に良くない。
がんばって下さい。
777 :
考える名無しさん:04/06/18 23:25
778 :
考える名無しさん:04/06/19 12:05
オレオレ詐欺って、大学生じゃなかったんだ。
>>778 >>773はオレオレじゃないよ
オレオレはリア厨で、中の人はプー
オレオレは大学哲学科ちゃんと卒業してるよ!
底辺大学でレベルすごい低いけどね
卒業してから同窓生と会って、マルクスの話振ってみたのよ
そしたら
「マルクス? 理論発見したなら社会を変えろよ、口だけ」
「マルクス? あー資本主義が破綻するとか予言してたけど予言外れたからね、間違い」
「マルクス? 誰それ?」
「マルクス? で、マルクスって何言ってたの?」
「ごめん、日本語じゃないと分からん」
こんな感じなのよ
781 :
考える名無しさん:04/06/19 19:44
あのさ、善悪ってマナーのことだよ。
マナーのいい人は善人
マナーの悪い人は悪人
マナーのいい犬は善犬
マナーの悪い犬は悪犬
>781さん正しいマナーを身に付けましたらオコタエクダサイ
>781さんは
どなたですか
784 :
考える名無しさん:04/06/22 19:41
御機嫌よう
善悪を語るときは、快不快の意味での善悪と倫理的な意味でのそれをちゃんと
区別した方がいいかと。ごっちゃになってることがあって。
例としてあげると、お年寄りを騙して金を得て、その金でうまいものを食うのは
前者の意味では明らかに善。
俺はとりあえず永井の論が自分のもともとの考えに一番しっくりきたのでそれを採用してる。
どうも嫌ってる人が多いみたいだけど。なんでなんだろう?
>>785 一面的だからでは。
785で示している詐欺の例をそのまま受け取ってみても、被害者側からの視点に欠けているが、
規範(モラル)の面から考えても明らかに変。変な例を出すようではどこかネジが抜けている。
共感は大事でも、それが共感の範囲に留まってしまうんではうまくない、特に職業倫理
(哲学業界の、ではなく)を重視する教授陣から見ればそれが危うく映る、という事だろう。
永井の論の意図にかかわらず、自分らしさを他人の論理に投影させてしまうようでは、
教条的な感情移入以上の結果をもたらさない、という風には感じる・・・
787 :
考える名無しさん:04/06/27 02:59
>>1 どういう行為をヒトが善(悪)と認識するかを考えればよい。
【善】=集団(群れ)の維持にプラスとなる行為
【悪】=集団(群れ)の維持にマイナスとなる行為
ヒトのように、群れることによって生存確率を上げてきた生物
は、群れを維持する為の本能を獲得している。
その本能の表れとして、群れの秩序を乱す行為を【悪】という
ふうにネガティブな反応を示し、逆を【善】とポジティブに捉える。
この感情(回路)、価値基準こそが、『善悪』の本質なのです。
788 :
考える名無しさん:04/06/28 03:10
>>787 【善】=自分’の維持にプラスとなる行為だろ
789 :
考える名無しさん:04/06/28 03:48
>>787 【善】=玉砕
【悪】=生きて虜囚の辱めを受ける
なんていう価値基準もあったんじゃない?
そう簡単に割り切れるものか?
>>788 より大きな目的のための自己犠牲は、多くの社会で「善」と
考えられてきました。
790 :
考える名無しさん:04/06/28 04:47
オレ的には
>>564,
>>643,
>>787 あたりで終わりだな。
社会が期待する行為(善悪)と自分がやりたい行為(好悪)が食い違うと
悩んだりするわけだこれが。
>>785 快不快の意味と混同されると困っちゃうね。
792 :
考える名無しさん:04/06/28 05:26
793 :
考える名無しさん:04/06/28 05:32
まあ善を意識するのなら当然、悩むんじゃない。
そもそも悩まない人間に対して善の講釈なんて意味ないでしょ。
だと思うんだけどなあ。。。
794 :
考える名無しさん:04/06/28 05:52
大きな善を追求(獲得)することが正しい(善性)ことなのだろうか (論理的な判断でもって)
あるいは小さな悪をたくさん排除していくことが正しいこと(善性)なのだろうか (同上)
大きな悪を駆逐することが正しいこと(善性)なのだろうか?
あるいは小さな善をたくさん積み重ねることが正しいこと(善性)なのだろうか?
少し考えてみると、善にもいろいろ種類があるのだとわかった。
他にもどんな種類の善があるのだろう?
あるいは悪は?
795 :
考える名無しさん:04/06/28 07:05
そもそも何が正しいことなの?
全てはただの【行為と結果】に過ぎないんじゃないの?
796 :
考える名無しさん:04/06/28 09:13
そもそも美しいってどういうことなの?
美しい女も不細工な女も、ただの女に過ぎないんじゃないの?
797 :
考える名無しさん:04/06/28 09:49
>795
何が正しい事か、自分の中ではっきりしている人・・・「正義」の人。
何が正しい事か、自分のなかではっきりしない人・・・「博愛」の人。
798 :
考える名無しさん:04/06/28 09:55
正義の人の例:ブッシュ大統領、フセイン大統領?
博愛の人の例はだれ?
799 :
考える名無しさん:04/06/28 14:33
>795
正義の人の例:金日成
博愛の人の例:金正日
いやほら、二世独裁者だし・・・現状維持が大事だし・・・
800 :
考える名無しさん:04/06/28 15:07
>795
正しいことなんて自分できめる事だと思う。
正しいに基準はないから人によっては悪いと言われている
ことが正しい場合もある。だから人は歴史をくり返すのだろう。
皆悪い事は悪いと思えれば、戦争とか凶悪犯罪なんて起きないはず。
801 :
考える名無しさん:04/06/28 17:09
神様がきめたことです。
802 :
考える名無しさん:04/06/28 17:22
どの神様?
戦隊モノって、正義の味方対悪の組織。善悪などそこにはない。
804 :
考える名無しさん:04/06/28 20:42
善悪が何かも分からないアホタレが
ここに集まってるって聞いたんですが…
いろいろな意見を聞くのは、いいことです。
>>803 戦隊モノというのは子供たちに勧善懲悪を
教えるすばらしいバイブルだと思います
戦隊モノから子供たちは愛や勇気を学びます
子供たちは純粋に正義の味方、英雄、強いもの
への憧れを憧れを抱きます
>>807 勧善懲悪って教え方によっちゃ結構危なくない?
>>809 好きだな、こういうの。
でもさ、子供がこっち側に興味もつとさ、おかしな子、変わった子みたいな
感じで見られる風潮ってまだ残ってない?隠れ戦闘員(ライダー?)になっちゃうよ。
>>788 >>【善】=自分’の維持にプラスとなる行為だろ
そう?
自分の保身ばかりを考える行為が、周囲から【善】とみなされるケースって
あまり無いような気がするけど。
むしろ、集団の輪を乱しかねない利己的な行為を抑制するために植え付け
られた感情として、善悪の価値観が発達したんだと思う。
>>789 >>【善】=玉砕
>>【悪】=生きて虜囚の辱めを受ける
これも、787の分類に当てはまってない?
それとも、
【善】=集団(群れ)の維持にプラスとなる、と周囲からみなされる行為
【悪】=集団(群れ)の維持にマイナスとなる、と周囲からみなされる行為
としたほうがいい?
>>802 時に厳しい試練を与えながらも、ヒトをヒトへと導いた『自然の淘汰圧』、これ
が擬人化されたものが創造主たる『神』なのではないだろうか。
これは特に、ひろく広まった一神教の神にその特徴を見いだすことができる。
「隣人を愛せ」「勤勉であれ」などの『神の教え』は、淘汰をくぐり抜けるために
身につけるべき、生き物としての性質であったと考えることができる。
すなわち「一生懸命エサをとる」「仲間同士協調しあう」ことなどが、厳し い生存
競争を勝ち抜き進化を遂げるうえで要求されたのである。この遠い記 憶が『神
の教え』として、人々の心の奥にしっかりと眠っているのだろう。
この自然のメカニズム、自分達を支配する目に見えない大きな力に気づいた
とき、生まれたのが創造主たる一神教の神だと考えられる。(一神教
>>814 )
一方、この概念を捕まえきれない段階では、この背後にある力に薄々気付き
ながらも、その表層的な現れである事象、山や太陽、海など個々の自然を信
仰の対象としたものと考えられる。(多神教
>>815 )
そもそもヒトは何故神を必要とするのか?
平たく言ってしまえば「苦しい時の神頼み」の対象として必要とするからだろう。
ヒトに限らず生き物は全て自然界の淘汰圧にさらされている。とりわけヒトは高
い思考能力を持つが故に、僅かな環境の変化や、偶然に左右される不安定な
自ら の立場を認識することができる。「一寸先は闇」。この精神的に不安定な
状態を 少しでも軽減するため、何かに容赦を請わずにいられない。この容赦を
請う行為 自体が精神を安定させる作用を持つ。
このとき、容赦を請うべき相手としては誰がもっとも適切だろうか?
当然、自分の生死を左右する力を持つ『自然の淘汰圧』そのものに直接お願い
す るのが一番だろう。自分たちを見張り、賞罰を与え、ある方向へと導く、目に見
えない大きな力。この自然のメカニズムにぼんやりとでも気付いた人間がいた。
それを擬人化して神に祭り上げた。これが一神教の神の起源ではないだろうか。
では多神教の神々についてはどうだろうか?
当然、この自然のメカニズムに気が付かず、漠然とでも淘汰圧という全体的な概
念を掴んでいなければ、これを神として祭り上げることもできない。
自然科学の 分野でも、この概念が体系化されるには、ダーウィンの誕生を待たな
ければなら ない。たとえ漠然としたものであっても、この自然のメカニズムに気付
くには、 一種天才的なひらめきを必要するだろう。
この淘汰圧という概念がまだ無い場合、ヒトは淘汰圧そのものではなく、これの
表面的に現れる事象を信仰の対象とする。
例えば、ある時は豊かな実りを与えあ る時は大噴火して怒りを表す山であったり、
ある時は作物に恵みの光をもたらし あるときは日照りで苦しめる太陽であったり、
あるときは豊かな海の幸を与えあるときは荒れ狂い人の命を奪う海だったりする。
そして、場合によっては身の回りにある八百万全てのものを神として、祈りの対象
とし、気休めでもお願いし、 精神の安定を図ることもあったかもしれない。
かなり脱線してしまったが、
>>801のいうように、【善悪】は【神】の導きによって決められたものだと思う。
そして【神】とは、生物の進化を促し、今現在のヒトへと導いた『自然の淘汰圧』
が擬人化されたイメージなのだと思う。
817 :
考える名無しさん:04/06/29 00:13
神は遠い昔には直接、経験しうるものであった。
アフリカの大平原に暮らす人々は今でも8Km先の人物を識別できるという。
現代人の感性は、大幅に退化している。
文明化により神を経験できる人は皆無に近い状況となった。
それゆえ神は今では「理念」である。
「理念」と「感性」は根源で結びついていたものである。
818 :
考える名無しさん:04/06/29 00:17
老子にも云う。「道」が分らなくなって「仁義」が生じたと。
819 :
考える名無しさん:04/06/29 00:23
現代人とは動物園で生まれたライオンのようなものである。
アフリカの大草原で生まれ育ったライオンではない。
820 :
考える名無しさん:04/06/29 00:25
そもそもライオンじゃないと思うけど。
821 :
考える名無しさん:04/06/29 00:28
「ような」と言っている。
822 :
考える名無しさん:04/06/29 00:29
ライオンのようでもないと思うけど。
823 :
考える名無しさん:04/06/29 00:30
現代人とは、養豚場で育ったブタのようなものである。
山で生まれ育ったいのししではない、の方がよくない?
824 :
考える名無しさん:04/06/29 00:31
ちなみにショーペンハウエルは「共苦」が道徳の基本と言っているのは
カントよりも深い。
825 :
考える名無しさん:04/06/29 00:32
826 :
考える名無しさん:04/06/29 00:35
人倫と道徳は異なる。ヒトラーは大衆の苦しみを良く知っていた。
それゆえ政権を獲得しえた。
827 :
考える名無しさん:04/06/29 00:44
人倫とは諸個人間のルールに関わり、道徳は個人の真実に関わるものである。
828 :
考える名無しさん:04/06/29 01:37
>>813 それを意訳すると
「おらが村の掟、破ったら村八分」
となるわけだ
んでもって、隣村は掟が違うから奴らは人じゃない、人じゃないから皆殺しOKと…
どうも最近のテロを見ていると、十戒で言われた「何時の隣人を愛せ」は、本当に隣人のみのような気が…
隣人はほっといて、どこの馬とも知らぬ遠方の者と
オフ会やってる人間の住む国とは、大ちがいでありまする!
神話を読むと神々との契約は絶対だよな
どんなヘンな約束でも誓ったら必ず守らなきゃならない
善悪なんてちっちゃなレベルの話しじゃなくて
約束は絶対守れって感じだよな
831 :
考える名無しさん:04/06/29 19:02
>>822 バカだな、おまえ。
善とは善いこと。利益や満足をもたらすもののことだ。
誰’にとって善いことかといえば、自分’に決まってるだろ。
他人様にいくら善くたって、自分にとって善くなきゃ何にもならない。
それが分からなきゃ、北へ行って金正日に仕えてみるこった。
目が覚めるはず。
話は、おまえがこの「出発点」を理解してからだ。
がはははは♪
832 :
考える名無しさん:04/06/29 19:26
愛すのは隣人だけでいい、ってか。
そして、汝「隣人は」殺すなかれ、と。
いやな時代だな。
本当はこんな時こそ、思想の出番なのだが。
833 :
考える名無しさん:04/06/29 19:35
>>843 おまいもノータリンだな…。
知らないヤツをど〜やって愛せるんだよ。
(大笑い海岸シリーズ)
>>828 基本的にはそういうことだね。
善悪の定義は、共同体の定義(範囲)と密接に関ってくる話しだと思う。
攻撃的な異民族は、共同体の外側に存在する外部環境の一部と認識
される。構成する人々の世界観、どの範囲までを自らの村(共同体)と
認識できるかによって、具体的な行動の内容は変わってくるのだろうが、
基本的には以下は変わらないのだと思う。
【善】=集団(群れ)の維持にプラスとなる行為
【悪】=集団(群れ)の維持にマイナスとなる行為
オウム真理教の共同体の中で『善い行い』と認識されることが、その外
側にいる人間にとっては、必ずしもそう認識されない。それどころか、そ
の集団自体が日本というもっと大きな共同体秩序を乱す異物=悪として
認識されることもある。
勿論、同体の中での善悪の判定は必ずしも常に一致するわけでもなく、
例えばイラクを共同体への参加を拒む不安定要素(悪)だと認識する人も
いれば、逆にイラクを攻撃するアメリカを国際秩序を乱す悪だと認識する
人もいる。揺れ動くものなのだろう。
>>832 まあ、そう悲観することも無いんじゃないかと。
現代のように、マスメディアや情報ネットワークの強力に発達
した世界では、地球レベルを自らの所属する集団と認識する人
間も増えていることは確か。これが大多数を占めるようになっ
てきて、世論形成に影響を与えるようになってくれば、また状
況も変わってくる。
人間には闘争本能とともに、闘争を排除しようとする本能もある。
人間という生物の本能的な欲求として、自らが所属する集団の秩
序を乱す行いに対しては強烈な拒否反応を覚える。テロに対する
怒りは当然これにあたるし、逆にアメリカによるイラク攻撃がこ
れにあたると考える人もいるし、アメリカ政府もこれらの国際世
論を完全に蔑ろにするわけにも行かない。どこかでバランスが取
れるのだと思う。
836 :
考える名無しさん:04/06/30 21:04
>>845 他人(群れ)とオマエ自身とでは、どっちが大事なんだ?
答えられるかな? 回答、楽しみにしてるぞ、がははは♪
(と言っても、意味がわからないみたいだが…w)
すいません、ラウンジから来たものです
普段はバカの巣窟のように思われているラウンジですが
実は地下では普通に素朴な疑問に対する議論も行われています
どうか哲学板の方々にも参加していただきたいと思っています
生きるということの意味
http://ex5.2ch.net/test/read.cgi/entrance/1087832361/ ↑どうかこのスレで少しだけでもいいので遊んでいってもらえないでしょうか
よろしくお願いします
今のところ哲学板・文学板・理系全般・数学・物理などの板には案内を出しています
正直、数学板でこの話題を出したところ哲学板にパスと言われてしまいましたが・・・
専門板の方の意見をお聞きしたいので、よろしくお願いします
838 :
考える名無しさん:04/07/01 19:13
長崎の、少年が幼児を突き落とした事件の、幼児の親の手記の報道。
更生という言葉に猛烈な違和感。私のような、善悪という価値基準は同情を基にした主観的なものだと思っている人間には、教育による更生はありえないだろうから。
ただ、リスク判断と好悪のみが、私を犯罪から遠ざけている。
そして、大抵の犯罪に当たる行為を強烈に嫌っている。これは私の特異だ。この特異をもつのは多数派を占める。だが、特異は特異だ。強制出来るものではない。
それなのに、更生とは、少数派にこの特異を無理に植え付けようとしてるものであるように見える。
そもそも思想は憲法で自由が保障されてる。それなのに施設で矯正されないといけないものなのか?自由ではないじゃないか。
もちろん、公益の概念からすると、犯罪にあたることを好むより嫌う方が
好ましいに決まっているし、これ以外では物理的な懲罰以外は犯罪の抑止力にはならない。
非効率的だと言うのは理解出来る…が。人間には人間の頭の中にとやかく言う権利はない。
と考えると、懲役に更生の役割を持たせているという考え方。否。更生という概念そのものが強烈な違和感なのだ。
839 :
考える名無しさん:04/07/01 19:20
840 :
考える名無しさん:04/07/01 19:23
まじめに生きていればおのずと見えてくるってもんでしょ。
841 :
考える名無しさん:04/07/01 19:50
>832
淘汰圧こそが神であり、神の基準こそが善悪の根源とすれば
人を獣とわけ隔てる壁こそが「善悪」という価値観ということ?
>836
自分にとって善でも群れにとって悪であれば群れから排除される、ってだけのことでは?
群れからの排除を恐れれば「群れの善悪」を守るであろうし
恐れない、もしくは独善的で群れの善悪に気付けないのであれば
「個人の善悪」を貫くんじゃない?
842 :
考える名無しさん:04/07/01 22:54
>>852 おまい、北朝鮮の話、してんのか? どアホ !!
843 :
考える名無しさん:04/07/01 22:56
>>841 おまい、北朝鮮の話、してんのか? どアホ !!
(なんでレス番狂うんだろ・・)
>>841 一応、現在まで生き残っている生物は、全て神の基準に適合している
わけですから、そこで別けられるというわけでもないと思います。
それに、特に群れて生活している生き物は、多かれ少なかれ、集団化
に必要な【善悪】をわきまえた行動を本能的にしているのでしょう。ただ
それを認識するだけの思考力を持ち合わせていないだけだと思います。
例えばこんな話しがあります。ウサギは外敵が巣穴に近づいてきた時、
トントンと地面を踏み鳴らし、巣の中の仲間に知らせるのだそうです。
これにより群全体の生存確率上がるわけですが、その個体は当然その
分逃げるのが遅れるのですから、身を危険に晒すことになります。
もし彼らが人間並みの思考力を持っていたとしたならば、自らの危険を
顧みず、仲間の為に取った行動を、【善行】だと評価することでしょう。
逆に、仲間に知らせた本人は、自分が取った、短期的な損得勘定では
説明できない本能的な行為に驚き、内なる声、何か説明のつかない大
きな力に自分が突き動かされたと思い、神の存在を模索するのかも知
れません。
人間は高度な思考力を持っているため、短期的な損得勘定ができます。
淘汰圧に晒された結果、集団を維持する為に必要となった原始的な本能
は、その自分自身の損得勘定と矛盾する行為を強いることがあります。
この矛盾を説明する為に善悪という概念が生まれてきたのだと思います。
845 :
考える名無しさん:04/07/02 01:34
>>844 北朝鮮がそうだな(w
権力者が自分を守るシステム(分業)を敷いている。
逆らえば、村八分でエサをもらえず、収容所行き…あははは♪
おまい、なにカン違いしてんだ?
>845
何をそんなに北朝鮮に固執するのかしらないけど集団であれば必ず集団の
ルールが存在するよ。
日本でも法律破れば罰せられるでしょ?協調性のないやつは嫌われるでしょ?
友達同士の間にも暗黙の了解みたいなものってない?
道徳観なんかも群れの善悪でしょ。
北朝鮮は自分が所属している群れの善悪とは違う善悪の基準で動いてるから
顕著に見えるだけで日本も群れの善悪にがんじがらめになってるよ。
それを破って個人の善悪を貫けば逮捕されたり、飲み会に呼ばれなくなったり
たちの悪いヤツといってさけられたりと集団から排除されていくじゃん。
>844
様々な集団が様々な生存方法をとったためにその集団にあった様々な
善悪が生まれていったということかな。集団維持のために必要なシステムだった、と。
たしかに善悪という価値を付ける事によって自分の攻撃的行為を正当化できますもんね。
あと集団のコントロールも容易になる気がします。悪というレッテルを貼ってしまえば
あとは集団全体が排除の方向に動いてくれますし。この辺はマスコミ等が行う意図的
世論形成等で上手に機能している気がします。2chで祭りになるのもこのパターンかな。
最初の段階でうまくレッテルを貼れればあとは板の住民全体が正義の名の下に
社会から排除しようと動いてくれる、と。
847 :
考える名無しさん:04/07/02 12:51
>>846 そんなに北のルールが善ければ、とっとと北へ行け♪
848 :
考える名無しさん:04/07/02 19:08
イッタミタイダナw
>391さん
完全な治安こそが世界平和の礎であり善です。 >391
850 :
考える名無しさん:04/07/04 11:30
御機嫌よう
851 :
考える名無しさん:04/07/04 12:00
852 :
考える名無しさん:04/07/04 20:36
ごきげにょ♪
853 :
考える名無しさん:04/07/04 20:54
善悪とは趨勢であるにすぎない。
854 :
考える名無しさん:04/07/04 21:00
>>851サンキュウ !
善とは必ずアイコラであり、アイコラを禁ずるのが悪であるにきまっている。
855 :
考える名無しさん:04/07/05 02:33
>849
つまりは絶対的な統制こそが平和、と?
856 :
考える名無しさん:04/07/05 08:26
自由と不自由の対立、サドとマゾの葛藤は興味深いテーマですね。
とりあえずざっと読んだけど、
誰からも認められる悪はあっても、誰からも認められる善はないってことでおk?
あー、これは善悪の定義じゃないや。
859 :
考える名無しさん:04/07/05 21:27
誰からも認められる悪ってのもないだろ。
860 :
考える名無しさん:04/07/06 22:00
オマイラニ ゼンアクヲ ロンジロ トイッテモ…ブハハハハ♪
861 :
考える名無しさん:04/07/06 22:05
でも、悪のイメージの方が収斂する傾向がないか? ヒトラーとかタクマとか、
大部分の人が認める「悪の権化」ってあるじゃない。それと同じぐらい支持率が
高い「善の権化」っているかな? マザー・テレサ?
862 :
考える名無しさん:04/07/06 23:02
マザーを、アホタレ供と並べて語るな! タワケ !!
マザー・テレサ嫌いだよ
864 :
考える名無しさん:04/07/07 22:40
>>863 だれが、好きって言ってんだ? 言ってねぇだろ(w
865 :
考える名無しさん:04/07/07 22:50
>>862 しょうがないじゃん。他に「善の権化」候補っているか?
866 :
考える名無しさん:
>>865 いっぱいいる。
おまいが知らないだけ。