言語化出来ないものは「無」に等しい

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1考える名無しさん
まんこー
2考える名無しさん:03/05/16 23:38
原理的に言語化できないものってこと?
3 :03/05/16 23:54
>>1は自分の言ってることの意味を良く考えるように
糸冬 了
4考える名無しさん:03/05/16 23:55
そんなもんあるのかって話ですよ
5考える名無しさん:03/05/16 23:57
来年言語化されるらしいよ。
6考える名無しさん:03/05/16 23:58
1はへたれだけど
古典的な議論だよ
7考える名無しさん:03/05/17 00:01
んで「無」は「無」として言語化されてて〜とかやんのかYO
811:03/05/17 00:01
人間が発見したものであれば言語化可能でしょう。
我々が発見していないものは不可能でしょう

おわり
9考える名無しさん:03/05/17 00:02
仮説の段階でも言語化するからなぁ
10考える名無しさん:03/05/17 00:15
仮説の段階の人は独我論的に発見したあとで
それを一般レベルにして理解の共有を求めようとします。
言語化が可能であることの根本は個人的なもので
例えば「社会」だって発見した人がいてそれを理解する
周りの人が発見にいたらなければそれはないものなのです。
ないけどあるのです。無に等しいものです
11考える名無しさん:03/05/17 00:18
なんだ複数の人が使わなきゃ言語化されたって
認めないのね
12考える名無しさん:03/05/17 00:27
数多くの生命が、生まれ、死んでいった
我々の知らぬ所で、名付けられる事も無く
奴らもまた、この世界を維持し、発展させたであろう

我々の世界が虚無の上に成り立つ偽の存在だと思うなら
お前の認める真の世界はどこにある?
お前は何故、この虚偽の中に留まる?
13考える名無しさん:03/05/17 00:36
いや、俺別に虚無の上に成り立つ偽の存在って思ってないけど
14考える名無しさん:03/05/17 00:41
自分の言葉さえ信じない訳か
15考える名無しさん:03/05/17 00:44
??
哲板はID出ないから誰が何言ってんだかよくワカンネーな。
16考える名無しさん:03/05/17 00:52
虚偽の世界のなかで生きることこそ実存であり、実存こそ繋がり
その可能性の根本だと信じます。観念的であることは日常的なものであり
どんな哲学者であろうと観念という実践的な人生を生きているのです。
観念を生きるという現実に目隠しをして幻想の中で観念は悪だと
いうまえに観念にはどこか落とし穴があることを誰も考えようとは
しないのでしょうか。観念や独我は個人的ではあるのですがそれこそが
真実であってそれが他人と繋がっているということまでも観念にしてしまう
観念地獄に陥って観念的になっている人に明日はあるのでしょうか?
17考える名無しさん:03/05/19 01:26
>>15
ごめん、14は13に対して言ってみた
言葉以外を否定し、自分の言葉も否定し
彼は何を元手に考えるのだろうか?
誰の言葉を聞くのだろうか?ってね
18山崎渉:03/05/21 22:15
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―
19山崎渉:03/05/22 00:44
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―
20山崎渉:03/05/28 15:30
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉
21ベンジャミン:03/06/23 04:40
「無」とはどういう状態のことを指して言ってるのでしょう?
私は、言葉で言い表せないことこそに、本当の真実があるように思えるのだけど。
「言いおおせて何かある」芭蕉でしたっけ。目に見えないもの、カタチのないもの
そういうものに、ヒトであるために必要不可欠な「何か」があると思う。
言語を否定しているわけじゃないけど。
22考える名無しさん:03/06/23 23:36
「絵」とか「音楽」とかは言語に含んでいいの?
23ベンジャミン:03/06/24 15:01
>22
「絵」「音楽」というコトバは存在しますが、絵、音楽そのものは
「言語」とみなさないという立場で、私は発言しています。
「無」を否定的な意味でとらえるのでなければ、それらを「無」
と表現するのもべつに異論ない。
私はそういった「無」を大切に思う。
24考える名無しさん:03/06/24 15:08
名前を付けられればOKじゃん。。
25考える名無しさん:03/06/24 17:37
社会的事実ではない。
26考える名無しさん:03/06/24 18:11
もちろん、数学は言語ですよね?
27考える名無しさん:03/06/24 19:14
あややの美しさは言語化できない。でもその美しさは存在する。
28考える名無しさん:03/06/24 19:18
「無」も言語化してるから無ではない
結局全部は有
まったくもってその通り
29考える名無しさん:03/06/24 19:48
ほらあれなんだっけ
それだ「語り得ぬことは沈黙するのみ」ってヤツ?
30考える名無しさん:03/06/24 19:51
>>29
ああそれ、「あややの美しさ論考」だろ?
31考える名無しさん:03/06/24 19:53
いやウィトゲンシュタインだろ
32考える名無しさん:03/06/24 20:00
いや、あややだろ。たしかハロプロ出版。
「加護ちゃんのかわいさ論考」も同時発売されてた。
33考える名無しさん:03/06/24 20:00
我々が無である事物について考えた時点でそれは有である
よって無である事物が存在しても我々にそれは考え得ない
342378ダイオキシン:03/06/24 20:02
哲板のあややヲタは、

 1) 数が居る
 2) 1人しか居ないが五月蝿い

どっち?
35考える名無しさん:03/06/24 20:02
>我々が無である事物について考えた時点でそれは有である

君って、「思考即ち存在」って考えてるわけ?
36考える名無しさん:03/06/24 20:03
>32
そのまえにその本をしらないのでなんともいえない すまん
ちなみに彼が言ったのは
我々は語りえぬことについては沈黙しなくてはならない
というものです
37考える名無しさん:03/06/24 20:03
>>34
2です
38考える名無しさん:03/06/24 20:04
>>36
あ、ご丁寧に・・
>>32は冗談です。すんまそん。
39考える名無しさん:03/06/24 20:12
>35
思考すなわち存在というのは違いますね
というかそもそも無である事物という自体変かもしれない
かなり穴のある書き込みと判断しました
すいません
40考える名無しさん:03/06/24 20:45
>>1
意外と世界の言語を覚えれば
日本語にはない表現はあるかもしれない。
41考える名無しさん:03/06/24 23:35
>>40
それは普通に知ってます。
42考える名無しさん:03/06/25 00:19
>>1 オメー。バカか。
43考える名無しさん:03/06/25 05:00
無ってのは無いから無なんだよ。
44考える名無しさん:03/06/25 20:18

〜∃
45考える名無しさん:03/06/25 20:19
あってもなくても同じだからむなんじゃよ。
46山崎 渉:03/07/15 12:49

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄
47考える名無しさん:03/07/29 13:22
 フェラチオの概念に相当する日本語ってないよね。
48考える名無しさん:03/07/29 14:09
あるよん!
49_:03/07/29 14:10
50考える名無しさん:03/07/29 14:12
>>1
数式化できないものはないに等しい。
ただし、その式が解析的に解けるとは敢えて言わないが。
51考える名無しさん:03/07/29 14:24
>>50
それは数学が完成した曉に、だろ?
それに「無に等しい」と、「ないに等しい」とでは
言葉のニュアンスがかなり違うが…
52考える名無しさん:03/08/13 18:04
と言う根拠は???

あるのですか?
53考える名無しさん:03/08/13 18:17
うぇぃ〜〜こぉっほぁっわぴっ!
たん 吐きました。
どお?>>1
54考える名無しさん:03/08/14 09:31
>>1
じゃ、オマエはほとんど「無」に等しいな w
逝ってよし
55考える名無しさん:03/08/14 12:09
言語化できないものは「無に等しい」と言語化できる。

故に、1は馬鹿。
56考える名無しさん:03/08/23 23:11
>>55

典型的な馬鹿

ここまでみごとにはまってるとむしろ賞賛の的だと言う罠
57考える名無しさん:03/08/25 07:02
>>55
「無に等しい」という言葉は何を言語化したものですか?
58二酉:03/08/28 12:54
「言葉にできない時」っていうのはあると思いましけど、
「言語化できない」というのはあまり無い気が。

前者は、本人がその表現で満足しない時・感情が高ぶっていてうまく
それを表現できない時なんかにありまし。言葉とおり「語り得ない」ケース。

でも、共通のツールとしての言語は、本人がどう思おうと、表現されたように
みんなに受け取られるわけで、たとえばある人が苦しげにため息をついて
「あややの美しさは言葉にできない」と言ったとすると、その人はあややの美しさを、
感じたままに表現する言葉をもってなくて苦しげなのかもしれませんが、
それを聞いた人は「君がそんなに切なげなほど、君の目にあややは美しく映るのか」とか
「竜宮城みたいな表現だ」とかとにかく「あややは美しい」というのは伝わるかと。

日本にないものが外国から入ってきたらその国の言葉を借りたり、
似ているものから新しく名f付けたりできますし、ある概念に対する語がなかったり
新製品を作ったらそれに名前をつける事ができると思いまし。

そもそも現段階に於いては言語化できないものっていうのは無いに等しいかと(慎重
ここまで書いて思ったんでしけどこれはスレ違い?(汗
59考える名無しさん:03/08/28 13:06
>>57
言語化できないもの全てを、強引に「無」とい領域に押し込めて
「無」と言語化したって言いたいんじゃないの?
60>>1:03/08/28 13:07






何かを語れないのは、我々がそれを知らないからだ





61>>スレタイ:03/08/28 13:08
言語は意識の唯一の言語である。
62考える名無しさん:03/08/28 13:43
>>1
そうでもないと思うよ。
言葉に表せない感情とか、思いって言うのがあるじゃん。
伝達はできないけど。
          
63考える名無しさん:03/08/28 13:52
>>62
ここ、哲板だろ?アッタマ悪いレス・・・
「言葉に表せない感情とか、思い」←これは言葉ではないのですか?
他者の伝達できなくても、内面でなんらかの言語的決着をつけなきゃ
概念として成立し得ないだろうが。

64考える名無しさん:03/08/28 13:55
>>63
まあ「まんこー」に対して、あー言ってるからw
65考える名無しさん:03/08/28 14:43
要するに、言語化できないものが「ある」という時
つまり、言語化できないものを言語化できないものとして認識する時
それは、「言語化できないもの」であって「無」ではないという事だ。
66考える名無しさん:03/08/28 14:44
「二酉さんの美しさは言葉にできない」と漏れが言ったとすると、その人は二酉さんの美しさを、
感じたままに表現する言葉をもってなくて苦しげなのかもしれませんが、
それを聞いた二酉さんは「君がそんなに切なげなほど、君の目には美しく映るのか」とか
「竜宮城みたいな表現だ」とかとにかく「二酉さんは美しい」というのは伝わったのでせうか?
でも、「そんな退屈な表現は聞き飽きた」とか「誰にでも陳腐な言葉を贈っているのでしょ」
とか、伝わりそうで恐い。。。
67考える名無しさん:03/08/28 14:55
>>65は真理
>>66は心理w
68二酉:03/08/28 21:12
>>65-67
(笑)
でも言語化できないものってなんでしょうかね?
実際、社会にあわせて言語は変化するし、変化できるチカラをもってるわけだけど
忘れることと新しく覚えることができる人間にはそれって大事なことだと思う。
実際、しようと思えばいくらでも造語できるし(それが共有されるかどうかはおいておいて)
「雰囲気」を「ふいんき」と読み間違えた人が「不陰気」という字を当ててた事を知った日にゃー
どうしようかと思いましたが。日本語がラテン語みたいに死語になっちゃって、新しい事柄を
日本語化するのが非常に難しくなったとしたら「日本語化できない」と言って良いと思うけど
だからといって「言語化できない」わけではないだろうし・・・むーん。

どうでもいいけど今日の夕飯はカレーですた。夏の曇りの日のカレーってなんかアレだ。
69考える名無しさん:03/08/28 21:48
ショウペンハウエル「言葉は思惟をあまねく表現できる」
70考える名無しさん:03/08/28 22:02
先生の言うとおり思惟できる限りのすべては言語化できる思うよ。
逆にそれが言語化の限界。
71考える名無しさん:03/08/29 04:09
>>68
「何かさー、うまく言えないんだけどこう胸が締め付けられるような気持ち。わかる?」
って感じかな。
72考える名無しさん:03/08/29 04:14
>>71=恋


ok?
73三村マサカズ:03/08/29 04:15
亦(また)心かよ!

=恋
想像すらできないもの=言語化できない
想像すらできないもの=「無」に等しい
∴言語化出来ないもの=「無」に等しい

こんな感じではどーでしょーか?
75考える名無しさん:03/08/29 16:11
(∀x)( 想像すらできない(x) → 言語化できない(x) )
(∀x)( 想像すらできない(x) → 無に等しい(x) )
───────────────────────
∴(∀x)( 言語化できない(x) → 無に等しい(x) )

なんか変だ
7675:03/08/29 16:17
(∀x)( 想像できる(x) → 言語化できる(x) )
を加えれば、
(∀x)( 想像すらできない(x) = 言語化できない(x) )
が成り立つから
∴(∀x)( 言語化できない(x) → 無に等しい(x) )
が導けるか


つまり
(∀x)( 想像すらできない(x) = 言語化できない(x) )
(∀x)( 想像すらできない(x) → 無に等しい(x) )
───────────────────────
∴(∀x)( 言語化できない(x) → 無に等しい(x) )
77:03/08/29 16:29
わしは毎日ハニーへの気持ちを言語定義しています。
毎日同じ気持ちはないので

ナマハロ
ターダロヤ
ヤサビデホ
フロハリオン
ハヤヌシコ
78考える名無しさん:03/08/29 16:34
イメージ(観念)=相対性
概念=絶対性
79考える名無しさん:03/08/29 18:54
無に人志
80考える名無しさん:03/08/30 16:05
言語でないものを言語化することはできない。
81考える名無しさん:03/08/30 16:09
しかし「言語」として表現することは出来る

例>無
82日本@名無史さん:03/08/30 20:46
>>81
その「無」は純粋な「無」とイコールではない。
言語から過剰にあふれる部分としての「無」が存在するのだ。
83考える名無しさん:03/09/05 01:13
んなことより、自分の行いを言葉に出来ないで、
いろいろやって人に迷惑かける奴が困るw
84考える名無しさん:03/09/08 04:57
言語論的転回はとっくに見切られていますよ
85漫画嫁:03/09/08 05:00
映画ミレー★
86考える名無しさん:03/09/08 09:02
こういう馬鹿スレがあるから哲学板は馬鹿にされるんだよ
87考える名無しさん:03/09/08 14:00
ってことは、「2chがすべて」って事か?
狭い狭い!
88考える名無しさん:03/09/08 14:07
>>1
生きた体で哲学しろよ!
89考える名無しさん:03/09/08 14:07
では聞くが、扇風機の形を完璧に言語化できるか?
答えはno
ある程度は言語化できても完璧にはムリ
扇風機の形は無ではない。
以上より、完璧に言語化できなくても無ではない。

ではある程度の言語化もできなければ無か?
ある程度の言語化もできないということがありえるのか?
私はありえないと思う。
言語化をまったくできないものはないのだから、
それは無
90考える名無しさん:03/09/08 15:06
>>84
詳しく教えてケロ
91考える名無しさん:03/09/08 15:26
言語を用いて人に伝えられないものは無である、
すごい発見であっても自己世界でオナニーしてたら意味がない。

そんな気がした。
92考える名無しさん:03/09/08 15:40
ほんと ですか〜
ホンガ ホッホ 
また来週
93考える名無しさん:03/09/08 15:57
>>91
なかなかすばらしい発見ん

哲版も、広〜い 広〜い 自己世界ですな☆
94考える名無しさん:03/09/08 15:59
自己のための哲学と、社会のための哲学の二種類がある。
95考える名無しさん:03/09/08 16:13
哲学好きな香具師はセックスが弱い
96考える名無しさん:03/09/08 16:16
>>95
それは誤りだ。
俺は外見に似合わず絶倫だぞ。
一日五回はいけるからな。
97考える名無しさん:03/09/10 03:23
>>95
た、たった5回?
それって絶倫っていうのか??
98考える名無しさん:03/09/15 17:01
まず、言語化出来ないものを上げてくれ
99考える名無しさん:03/09/17 08:47

仏教の無の概念なら、前言語的領域。
ヨーロッパの無ならばそんなものは「無い」。
100考える名無しさん:03/09/17 09:40
無ーどんこ1箱ください
101考える名無しさん:03/10/20 14:12
例えば禅の体験のようなものはどうでしか。
102考える名無しさん:03/10/20 14:30
言語化できないが存在するものなどいくらでもある。
言語化できないがな。
103 :03/10/20 15:55
「バールのようなもの」を正確に言語化してください
104考える名無しさん:03/10/20 19:52
季節感とはどういったものか?
105考える名無しさん:03/10/20 19:58
言語化できないものは”言語的には”無に等しいだけでは?
106考える名無しさん:03/10/20 20:04
>>103
鈍器のようなもの
107考える名無しさん:03/10/20 20:06
偶然言語化できないものはあっても、本質的に言語化できないようなものはない。
108考える名無しさん:03/10/20 20:11
>106
鈍器でいいんじゃない?
109考える名無しさん:03/10/20 20:13
>>109
ほんとに?
110考える名無しさん:03/10/20 20:17
>109
”鈍器”という概念には鈍器類似のものを含むのでは。
”のようなもの”という付加は不用だと思うのですが。
111二酉:03/10/21 22:14
いや、それ以前に103が想定しているものが何であれ、それを
「バールのようなもの」と言語化してると思うんですが・・・(´・ω・`)
それに対して106さんには「バール←鈍器としても使われる」→
「バールは鈍器に属する」→「鈍器」というように伝わってますし。
「言語化できないものは『無』に等しい」を
《〈人が言葉でもって表わせないモノ〉とは〈人にとってこの世の内に在らぬモノ〉である
and vice versa.》
と読み解れば、コレは言語論的な観念論のほうに寄った考えである、とみなせる。

  私はこれとまったく同様の会話を、一人の有能な学生と交わしたことがある。
  ……彼がつねひごろ、「何であれ実在的なものは、それがコミュニケーションの
  内に生じるかぎりおいてのみ実在的なのである」と言う傾向があるのを見てとって、
  私はこう抗弁した。バフィン・ランドには、これまでそれについて誰も語ったことの
  ない北極熊が何匹もいるだろう。彼の返答。あなたはそれについて今語っているし、
  あなたが提出するいかなる反例も、すべて私にコミュニケートされなければならない
  のであるから、私の意見は決して打ちまかされないであろう!。
               (イアン・ハッキング『言語はなぜ哲学の問題になるのか』)
113考える名無しさん:03/11/19 11:41
hoshu-hoshu-
114考える名無しさん:03/11/19 20:41
言語化できないものは言語化できないのもとして言語化できる。
115考える名無しさん:03/11/20 11:54
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116考える名無しさん:03/12/17 01:52
>>69
>ショウペンハウエル「言葉は思惟をあまねく表現できる」

いいね。
つか2ch哲板ではショウペンハウエル大人気のようだ。なぜ? 
117考える名無しさん:03/12/17 01:58
というか、言語化されたものは無に帰する
‥‥運命にあると思う。いずれ
118じゆん ◆DxrYYrrJjQ :03/12/17 02:51
>>117
そういう解釈もあるだろうけど
でも私はその無化は良い無だと思うよ。
これ以上語りうる必要がない、と言う無だから。
119考える名無しさん:04/01/14 13:55
>1さん無に等しいものは無ではないですよね

120考える名無しさん:04/01/16 14:44
3に等しいものは3だよ。
121考える名無しさん:04/01/18 18:51
言語化できないものは「マンコー」に等しい
122考える名無しさん:04/01/28 19:03
「いわく言い難しは「無」に等しい。」と、というのは

虚ですか?
 苦悩ですか?
  善ですか?
   悪ですか?
123ぴかぁ〜:04/01/28 19:07
言語化でしか理解できない人間とは「無」に等しい
124考える名無しさん:04/01/28 19:09
>虚ですか?
> 苦悩ですか?
>  善ですか?
>   悪ですか?

これら形而上の問いは無内容な見せかけの問いであって、
哲学の問いにはならない。
125ぴかぁ〜:04/01/28 19:09
ただ動物であることが救いである
でなければすでに滅びている
126考える名無しさん:04/01/28 19:10
>>123
言語化しても理解できないお前は「無」に等しい
127・〜 ◆32reqGPkuc :04/01/29 12:28
>>118
人の温かみが失われつつある時代に「愛」が語られ
燃やされてはじめて「熱帯雨林」の存在を知り
「トキ」すでに言葉以外のものでなし
「コミュニケーション」も昔の人はできていました

言語化されたものは「無」に帰する……気がする
こういうわけです♪
128考える名無しさん:04/01/31 17:04
「絵画」や「音」も広義的にみれば「言語」だといえる。
「二進数」という「コンピュータ言語(機械語)」に置き換えることができる。
129128:04/01/31 21:23
「意識」できないものは「無」に等しい。
130あべし!:04/02/03 01:52

んぞう君の学歴も怪しいぞ!!!!!!!!!!!

131ぶべら!:04/02/03 01:54
存在も言語か
この世は言語によって創られたのか
神とは言語のことか
なるほど
なるほど
132考える名無しさん:04/02/07 10:42
貴方は無に等しい
133考える名無しさん:04/02/07 18:47
ローティでも読んでろ
134・ ◆32reqGPkuc :04/02/07 18:56
読みません。
135随陽尼:04/02/08 08:57
言語化できないと意識できないというだけのことで「無」ではないと思う。
無意識の領域に言語化できないことが存在しているだけだと思うよ。
感性が豊かで語彙数が多い人とお喋りしていると、
言葉にならなかったいろんな思いが言語化されていって
すっきりすることがあるよ。
私が「哲学掲示板」をに書き込みをするようになったのも
」無意識の領域に溜まっているいろんな思いを言葉にできるかもしれない」
と思ったからかもしれない、なんて書きながら思いました。
だから今、言語化できないものでもいつかは言語化できる可能性のあるもの、
かもしれない程度に私の場合は思っているよ。
136随陽尼:04/02/08 09:17
すごく忙しい日なのに、
掲示板に取り付かれてしまって離れられないでいます。
私は私自身の孤独を意識し自覚したときから「愛を語る人」になりました。
私自身が環境破壊者の一人だと意識し自覚したときから
「環境問題を語る人」になりました。
でも、ちゃんと意識できてるから、語る内容も自分に向けてることが多いよ。
私は、聞き手の瞳に語り掛けるのが好きだし、
話し手の瞳から聞くのが大好きな人なの。
そうでないと対話してる実感を得られない贅沢な人なの。
でもそういう相手をしてくれる人が少ないんだよね。
言葉を与えることで輝きの増すものと、
言葉を与えることで悟ることが出来るものと、
言葉を与えない方が伝わるものと、
言葉を与えないために伝わらないもの、
いろんなものがあるね。
でも、みんな「無」ではないし「無化」しない方がいい。
仏教のいうところの「空」「無」ではあると思うけれど。
137考える名無しさん:04/02/14 19:30
無に等しいものは無ではない。。。
138考える名無しさん:04/02/18 21:28
言語化できるということは、「無」は存在するのでしょうか?
140考える名無しさん:04/02/18 22:23
ギリギリします
では今後は「ギリ、アリ」ということで
142考える名無しさん:04/02/19 05:43
「〜のようなもの」という形で言語化できてるって言ってるやつはアホ。
143天才的電波:04/02/19 12:56
言語をもつ事を体験する事とすればすべて解決。
144考える名無しさん:04/02/19 13:02
じゃぁ、言葉にできない愛は無なのか・・・・
145考える名無しさん:04/02/19 14:24
>>144
できるだろ、

脳のメカニズムの説明をすりゃいいのよ。
脳内ホルモンや化学物質
146考える名無しさん:04/03/01 21:14
無なんだから無理するなよ !
147考える名無しさん:04/03/01 21:40
言語化というより概念装置を作れるか、否かじゃないですか?
認識できない以上、存在しないわけですから。
148考える名無しさん:04/03/01 22:00
その概念装置っつーのが言語なしにはありえないんだよ!!
149考える名無しさん:04/03/13 13:01
「無」と等価なのは「有で無い」である
150考える名無しさん:04/03/28 16:14
無は無茶ではない
これって偶然なんだろうけど、
キリスト教のロジックなんだよな。
『初めに言葉ありき・・
152考える名無しさん:04/04/02 19:31
言語化できないものは未来に等しい
153くろしろ@社会学白痴断見教教祖:04/04/02 20:26
でキリスト教だと無が悪の意味をなしてくるわけだ。
カソだと善の欠落として、カタリ派とかだと実体的なものとして。
154ミツバチ:04/04/02 20:31
哲学?
155考える名無しさん:04/04/02 21:18
とりあえず「無」って概念自体が無だと思いますが…所詮は皆人間の範疇を超えられない凡人なんです。自分も含めて。
156くろしろ@社会学白痴断見教教祖:04/04/02 22:11
「無」って概念は「有」だが指示対象として「無」を指示している。
157考える香具師:04/04/02 22:12
<「無」を指示する>と、<何も指示しない>は違うのか?
158くろしろ@社会学白痴断見教教祖:04/04/02 22:16
何も指示しない場合「わからない」であって
「無」を指示した場合は「無」でしょ。
159考える香具師:04/04/02 22:17
じゃ、「無」っていうものが存在するのか?
160くろしろ@社会学白痴断見教教祖:04/04/02 22:17
いや「わからないだけ」ではなく「わからない・判断を保留する」
にしておいてくれ。
161くろしろ@社会学白痴断見教教祖:04/04/02 22:19
>>159
存在するよ。
162考える香具師:04/04/02 22:20
じゃ、「無」で指示されるものはいくつ存在するのだ?
163考える名無しさん:04/04/02 22:20
「無」とは何処にでも存在しながら
何処にも存在しないような気がする。
164二酉:04/04/02 22:25
>>159
「無」が存在するというよりは、有でないものの総称を無というのでは。
>>149のように「これは有でない」、ということでしか無を表すことはできないと思うです。
そういえば、無のイデアってあるの?
165くろしろ@社会学白痴断見教教祖:04/04/02 22:30
>>162
無が指示するものをあげるときりがないから、
私が考えた無の分類表を書こう。
1対象に対する無(何々が無い)
2認識による無(パソコンがあれば、蔵が無い等)
3宗教的境地(禅など)
4哲学・宗教的概念
5根源的・母体的な無(道教の根源としての無・カタリ派の悪の根源
           としての無)
166考える名無しさん:04/04/02 22:33
>>164
有でないものがたくさんあって、その総称が「無」?
もっと変だろ。
167考える名無しさん:04/04/02 22:35
>>165
こりゃ、ダメだ。無化無化してきた。もういい。(笑)
168二酉:04/04/02 22:42
>>166
自分は「有である」、と言った場合に>>165のように
・概念があるもの
・属性があるもの
・実体があるもの
を指すと考えたので、逆に
・概念のないもの
・属性の無いもの
・実体の無いもの
を無というと思いますた。やっぱ変?
169二酉:04/04/02 22:43
↑のレス「に>>165のように 」消し忘れますた。スマソ。
170くろしろ@社会学白痴断見教教祖:04/04/02 22:45
>>167
あ、そう。でも2ちゃんの無はこんなもんだよ。
171二酉:04/04/02 22:49
>>170
質問ヾ(´д`)ノ゜
>>165の1と2って、言いたいことはなんとなく分かるんでつが、
どこで線引きをするんでつか?
どうしても2が1に含まれるように思えてしまうのです。
172くろしろ@社会学白痴断見教教祖:04/04/02 23:11
>>171
これは含まれてもいいのですよ。
正直に言えばこの表は2に全部含まれしまいます。
あくまで原基的でなく機能的に創られたものです。
173考える名無しさん:04/04/13 21:08
まんこ〜は無ではない
174くろしろ@社会学白痴断見教教祖 ◆S0ebnz5pgs :04/04/13 21:26
175考える名無しさん:04/04/13 21:32
やっぱりこいつか・・・
176考える名無しさん:04/04/13 21:33
うざいからアク禁要請してきた
177Я ◆wMDHqGPerU :04/04/13 21:50
えらい!!!
178考える名無しさん:04/04/13 21:51
おやすみでも おはようでも
 どうでもいいネ
 エチケットで キスした子に
 ナナメな気持ち
179二酉:04/04/13 22:40
何で十日近く経ってから煽られてるんだろう。何かしたっけ?
180考える名無しさん:04/04/21 19:54
どうにもできないものは「無」に等しくない
181考える名無しさん:04/04/28 17:02
ムは無である
「言語化できなければ喋れない。つまり、言葉がなければ「無」にならない。」と、いうのは

虚無ですか?
 七色の光ですか?
  善ですか?
   悪ですか?
183考える名無しさん:04/05/05 16:45
御機嫌よう
184考える名無しさん:04/05/05 16:48
人間には感覚があるのだが。
1は不感症なのか?
185考える名無しさん:04/05/10 18:24
無は虚しい
186孔子の弟子:04/05/10 18:30
>>184
その「感覚」ってのもそもそも言葉。
と言いたいのでは?
187考える名無しさん:04/05/10 19:53
なんか言葉のお遊びみたいになってきたな。
結局、この手の問題はクレタ島に行きつくんじゃないの。
188考える名無しさん:04/05/16 14:35
嘘つきの島民はいない
189考える名無しさん:04/05/16 16:39
>>188うそつき
190考える名無しさん:04/05/16 18:58
言語化?無理無理。
191考える名無しさん:04/05/24 23:05
ムは無に等しくは無い
192厨坊わからず地蔵超人 ◆AO0xT9MCQA :04/05/27 08:06
「言語化できなくてもエクソソダスはできる。」と、いうのは

虚ですか?
 必然ですか?
  善ですか?
   悪ですか?
193考える名無しさん:04/05/27 10:01
おはようございます
194哲人さん:04/05/27 10:47
解ると言うことにも段階がある。宇宙がある事は知っているが殆んどの人にとってそれは無いに等しいのではないか。
宇宙が無いとしても有るとしても俗人の生活はビタ一文乱れない。
195考える名無しさん:04/05/27 13:16
元々、無だから一つ一つ言語化するんだよね?
196<デイアーナに翡翠でてるよランド>ヨウコソ ◆sZ/aVGyRjE :04/05/27 15:30
後ほど無に等しいいたします。
197モナド界のエグゼクティブ・・エジプト猫A ◆g6xW/zSIs6 :04/05/27 19:11
「ほんとうに出来ないものは無に違いない。」と、いうのは

虚ですか?
 夢ですか?
  善ですか?
   悪ですか?

198考える名無しさん:04/05/27 19:46
「夢が目的の邪魔をする場合がある。」と、いうのは

虚ですか?
 邪魔を言語化できないですか?
  禅ですか?
   無ですか?
199考える名無しさん:04/05/27 22:53
こんばんは
200考える名無しさん:04/05/28 00:25
>>198
虚ですね
>200さん御回答アリガトウ御座います

さて言語化できましたらオコタエクダサイ
>200さんは
どなたですか
202考える名無しさん:04/05/28 17:46
御機嫌よう
203考える名無しさん:04/05/28 17:47
ただの言葉じゃ。
204堕天使&魔界転生織田信長 ◆zd99jy82EQ :04/05/28 21:00
ただの織田信長だぎゃ。

205考える名無しさん:04/05/29 01:49
こんばんは
206考える名無しさん:04/05/29 01:52
問題はね、言語化した後に「そのもの」を無視してしまう姿勢にあると思うよ。
言語化して、指摘して、定義づけたら、それでお仕舞かってね。
207考える名無しさん:04/05/29 02:24
言語化出来ないものは「有」とも「無」とも言えない。

言語化出来るものであっても「有」とは言えない。(宇宙人、幽霊)
>206さん

「問いかけ」をを無視してしまわなければオコタエクダサイ
>206さんは
どなたですか

209考える名無しさん:04/05/29 07:05
御機嫌よう
210考える名無しさん:04/05/29 07:07
>>207
宇宙人は未発見だが論理的に存在の可能性を否定できない。
幽霊は脳内。脳内には有るw
211考える名無しさん:04/05/29 08:55
>>206
>問題はね、言語化した後に「そのもの」を無視してしまう姿勢にあると思うよ。
>言語化して、指摘して、定義づけたら、それでお仕舞かってね。

哲学は「それでお仕舞」でも許されるらしい。後は実学の分野だと。

だとすると、哲学は、哲学の世界以外では何の役にも立たないと思うのだが、これを言うとなぜか怒る人がいる。
212考える名無しさん:04/05/29 09:33
哲学は実在や現象を概念化するのみってこと?
そんな話初めて聞いたけど。
213考える名無しさん:04/05/29 10:11
「哲学ができないものは「無」に等しい。」と、いうのは

虚ですか?
 観念ですか?
  善ですか?
   悪ですか?

214考える名無しさん:04/05/29 10:31
最近本読んでねから。とにかく混沌としたものは考えても
しようがない。人間は行くてに靄が掛かって先に進むのに
無理が生じたらそこでひとまずじっと待つことが必要。自然に
状況は刻々変化していくだろう。それが始めの意図とは違うもの
であっても自然に前方が開けるまで無理に進まない方がいい。
だいたいそういうときにはこうすべきだとかこうすべきではない
という決心を自然につけていくものだ。だから例えばうまく
繋がらなかった過去もそうあったからということが言えるわけで。
確かにすべきだったことをしないということが有らぬものを生み出す
わけだがそれさえも土の中でうまく分解されてもとにあるべき状態へ
いく。ただしやはり分解されきらないものもあるにはあるわけだが
215考える名無しさん:04/05/29 10:50
「無」が言語化できてる時点でこの考え方はアウトだな
216考える名無しさん:04/05/29 11:00
そういう道徳的な考えは
考えた本人に対してきれいに当てはまっても
他人に歪められなかったことなど一度もない。
「言語化できないものがまったく非合理的なもので、
 なじみのない動物の反応のように思えたのである。」と、いうのは

虚ですか?
 よそ者の気持ちですか?
  善ですか?
   悪ですか?
218考える名無しさん:04/05/29 18:32
ぴかぁ〜
219考える名無しさん:04/05/29 18:34
最近、だんだんゴミが増えてきたな。
220もはぁ〜:04/05/29 19:12
オレもそう思うよ
221考える名無しさん:04/05/29 22:04
あはぁ〜出来ないものは「ゴミ」に等しい
222考える名無しさん:04/05/30 04:57
あと三分でゴジラです
223堕天使&魔界転生織田信長 ◆zd99jy82EQ :04/05/30 07:55
「吉凶の     覚悟をきめる    半夏生 」と、いうのは

虚ですか?
 夏至の力ですか?
  臨界点ですか?
   善ですか?
    悪ですか?
224考える名無しさん:04/05/30 09:49
おはようございます
225ご機嫌いかがですか ◆AxHSPfoXAo :04/05/30 19:17
言語化遅延のため、遅れます。
226救世主 ◆ou2gZwaiBw :04/05/30 20:35
無に等しいって無も無って言語化できてるじゃん
227宇宙のクロノスA&不思議なアリスA ◆TYqU276.Dw :04/05/30 20:39
「言語化できない夜の夢の役割の一部は
 人間にあらゆる可能性を覚悟させることだ。」と、いうのは

虚ですか?
 白昼夢ですか?
  最悪の可能性ですか?
   善ですか?
228考える名無しさん:04/05/31 06:19
おはようございます
229dark lucifer ◆hslonKolMc :04/05/31 07:57
ひとりでやるのなら自分の日記に書いてね。
230不二の愛・可憐な・・・ア姫だけ捧げるよ菩薩 ◆0ozysg2fXA :04/05/31 09:55
>229さん言葉をおかりします

「春愁ひ    日記ひらいて   ひとりかな 」と、いうのは

ふと気がふさぎますか?
 つかみ所の無い心の動きですか?
  そこはかとなない愁いですか?
   善ですか?
    悪ですか?

231光のマナ識 ◆xq2QmIPQjE :04/05/31 09:58
「ご機嫌に出来ないものは「苦」に等しい。」と、いうのは

虚ですか?
 集ですか?
  善ですか?
   悪ですか?
232考える名無しさん:04/05/31 10:24
>>226
禿同
>232さん

キガムカレマシタラ御答え下さい
>232さんは
どなたですか
234考える名無しさん:04/05/31 11:10
今日は遅よう御座います
235考える名無しさん:04/05/31 11:13
232です。
私が誰か知りたいのですか?
いいでしょう、答えましょう。
私はカマンベールチーズが嫌いです
236考える名無しさん:04/05/31 12:29
>235さん御回答アリガトウ御座います
237カマンベール ◆ou2gZwaiBw :04/05/31 12:32
だってそうでしょ?
無って言葉じゃんか
238モナド界のエグゼクティブ・・エジプト猫A ◆g6xW/zSIs6 :04/05/31 12:39
「無って言葉に出来ないものは「無」に等しくない。」と、いうのは

虚ですか?
 永劫回帰ですか?
  善ですか?
   悪ですか?
239<デイアーナに翡翠でてるよランド>ヨウコソ ◆sZ/aVGyRjE :04/05/31 14:25
失楽園でてこないじゃん。
240考える名無しさん:04/05/31 15:01
無は有の反対
241ゴジラA ◆bZAoCPpe.2 :04/05/31 15:45
「無の反対側は無である。」と、いうのは

虚ですか?
 対称ですか?
  善ですか?
   悪ですか?
242考える名無しさん:04/05/31 16:29
こんにちは
243考える名無しさん:04/05/31 17:39
ごきげんよう

四択好きだねぇ
244ネグリ&パンドラ ◆xizTs7DzP. :04/05/31 20:37
>243さん言葉をおかりしましす

「ご機嫌に   四択好む    春の闇 」と、いうのは

ほのかな明るさですか?
 潤んだようにやわらかな闇ですか?
  神秘的な気配ですか?
   善ですか?
    悪ですか?

 
245考える名無しさん:04/05/31 22:33
アメリカ人て作戦を絶対言語化するよね
>245さん

作戦を言語化できましたらオコタエクダサイ
>245さんは
どなたですか
247宇宙のクロノスA&不思議なアリスA ◆TYqU276.Dw :04/05/31 22:59
「御機嫌ようって必ず言語化出来るものは「無」に等しくないに決まっている。」と、いうのは

虚ですか?
 定説ですか?
  善ですか?
   悪ですか?
248考える名無しさん:04/05/31 23:19
こんばんは
249考える名無しさん:04/05/31 23:39
>>247
虚です
250考える名無しさん:04/06/01 05:11
ゴジラ十一分です
251考える名無しさん:04/06/01 08:49
>249さん回答してくださいましてアリガトウ御座います
252考える名無しさん:04/06/01 12:20
「今日のランチが出来ないものは「無」に等しい。」と、いうのは

虚ですか?
 楽しみですか?
  善ですか?
   悪ですか?
253考える名無しさん:04/06/01 14:12
空腹です
254消防仲良し皆の舎利子 ◆uyHHyYvS.. :04/06/01 16:56
「空腹ではなく必ず満腹に出来ないものは『無』に等しいに決まっている。」と、いうのは

虚ですか?
 飽食ですか?
  渇望ですか?
   善ですか?
    悪ですか?
>253さん

空腹が「無」により満たされることがありましたらオコタエクダサイ
>253さんは
どなたですか
256考える名無しさん:04/06/01 17:15
御機嫌よう
257堕天使&魔界転生織田信長 ◆zd99jy82EQ :04/06/01 20:16
「もしも、言語化出来なかったなら、なにも起きなかっただろう。」と、いうのは

虚ですか?
 悲劇ですか?
  善ですか?
   悪ですか?
258考える名無しさん:04/06/01 20:49
こんばんは
259考える名無しさん:04/06/01 22:14
こんばんわ
260考える名無しさん:04/06/02 03:00
サンジラ
261考える名無しさん:04/06/02 07:08

「春の空    見渡せばまだ   眠たそう」
>259さんお昼のひと時いかが御過ごしですか

初夏の陽気ですがキガムカレマシタラおこたえください
>259さんは
どなたですか
263考える名無しさん:04/06/02 12:27
御機嫌よう出来ないものは「無」に等しい
264THE グル:04/06/02 13:53
                \ │ /
                 / ̄\  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
               ─( ゚ ∀ ゚ )< ていせつていせつ!
                 \_/  \_________
                / │ \
                    ∩ ∧ ∧∩ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ ∩∧ ∧∩\( ゚∀゚)< 定説!定説!定説!
ていせつ〜〜〜〜! >( ゚∀゚ )/ |    / \__________
________/ |    〈 |   |
              / /\_」 / /\」
               ̄     / /
                    ̄
265考える名無しさん:04/06/02 17:42
「定説化できないものは必ず『グル』ではないに決まっている。」と、いうのは

虚ですか?
 思い過ごしですか?
  善ですか?
   悪ですか?


266THE グル:04/06/02 17:53
                \ │ /
                 / ̄\  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
               ─( ゚ ∀ ゚ )< ていせつていせつ!
                 \_/  \_________
                / │ \
                    ∩ ∧ ∧∩ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ ∩∧ ∧∩\( ゚∀゚)< 定説!定説!定説!
ていせつ〜〜〜〜! >( ゚∀゚ )/ |    / \__________
________/ |    〈 |   |
              / /\_」 / /\」
               ̄     / /
                    ̄
267考える名無しさん:04/06/02 18:11
微妙な段階です

268宇宙のクロノスA&不思議なアリスA ◆TYqU276.Dw :04/06/02 22:03
「うん、言語化できないということだ。そうにちがいないんだから。」と、いうのは

虚ですか?
 君が言うのですか?
  善ですか?
   悪ですか?
  
269考える名無しさん:04/06/02 22:59
うるせえぞ馬鹿共
270考える名無しさん:04/06/02 23:46
見えないものは否定的になる。そりゃそうだ。
だけど、全てを知っているわけではない。
それを言語化できないのは仕方あるまい。
271考える名無しさん:04/06/03 08:14
天文学における観測限界のようなもんだろ。新しい望遠鏡を作れば遠い宇宙も見えて宇宙が広がっていく。

これと同じで新しい名前を考案すれば認識世界も広がっていくと。
272考える名無しさん:04/06/03 08:17
コンピュータでシミュレートできないものは「無」にひとしい。
273考える名無しさん:04/06/03 08:18
芸術も言語化は出来ていないよね
俺の中のこのもやもやはどうやって表現すればいいんだ!
274おはようございます:04/06/03 08:48
もう少し待ってて!
275考える名無しさん:04/06/03 08:49
もう終わってるな(藁
276不二の愛・可憐な・・・ア姫だけ捧げるよ菩薩 ◆0ozysg2fXA :04/06/03 15:12
「もう必ず終わってないものは『無』に決まっている。」と、いうのは

虚ですか?
 最終定理ですか?
  善ですか?
   悪ですか?
277考える名無しさん:04/06/03 15:32
言語化できない=知覚できない=無
ならば、ここで言う「無」とは扱うことができないもので
人に影響を及ぼせないものということか。
278<デイアーナに翡翠でてるよランド>ヨウコソ ◆sZ/aVGyRjE :04/06/03 19:01
眠り遅延のため、遅れます。
279考える名無しさん:04/06/03 19:04
>>208
「考える気無しさん」です。
280V(^-^)V蟹ガデテルヨV(^-^)V ◆wLTlcLvaX. :04/06/03 19:48
大丈夫!

時間をください
281考える名無しさん:04/06/03 19:55
何だ時間て
282考える名無しさん:04/06/03 20:16
V(^-^)V
283宇宙のクロノスA&不思議なアリスA ◆TYqU276.Dw :04/06/03 20:35
「何だ。必ず時間化できないものは『無』に決まっているではないか。」と、いうのは

虚ですか?
 帰納ですか?
  善ですか?
   悪ですか?
284救世主 ◆ou2gZwaiBw :04/06/03 20:36
無ってのも言語じゃないのか?ってのはどうなった
285考える名無しさん:04/06/03 21:47
無意味。無と言う言葉も言葉である、当然。
286考える名無しさん:04/06/03 22:12
「無」を隠したいが為に人は言葉を創り「有」という概念を創った
つまり言語化できないものが「無」というのは強ち嘘でも無い

しかし「言語化できない」と「言葉にできない」ではチト意味合いが違う
287考える名無しさん:04/06/03 22:23
>「無」を隠したいが為に人は言葉を創り「有」という概念を創った
なぜそう言えるのかが書いてないよ。
>しかし「言語化できない」と「言葉にできない」ではチト意味合いが違う
どう違うのかな?
288考える名無しさん:04/06/03 23:06
>>287
それを考えるのが哲学なんだろ
>しかし「言語化できない」と「言葉にできない」ではチト意味合いが違う
言語化できないのは、つまり存在を認識できないということ
言葉に出来ないのは、それに該当する言葉がその言語に存在しないか
唯単に言語化能力が貧困なだけ

↑こういう意味なんじゃないか?
289考える名無しさん:04/06/03 23:16
>288
>それを考えるのが哲学なんだろ
それは286がすでに考えたこと。その考えを晒すのが哲学だろ。
290考える名無しさん:04/06/04 05:13
ゴジラ十三分です
291メメリアール蛸は永遠不滅です ◆dMRiRpbHSE :04/06/04 10:58
いつもお世話になっております。
292考える名無しさん:04/06/04 12:58
そもそも一人で生きるのならば言語はいらない。
他人と生きるから言語が必要になってくる。
293A HAPPY NEW DAY! ◆i7lrhoN2OE :04/06/04 13:31
Thank you!
294ほ〜猫ニャンA ◆DzRnEuzmlg :04/06/04 16:35
ゴジラです。あと、総体に二十五分でゴジラです。
295考える名無しさん:04/06/04 16:39
言語に限らず他人に理解可能な状態にできない思想は無に等しい。
数学的な記号つかうとか、映像にするとか触感であらわすとか(誤解の余地がないなら)できるなら
その思想は無に等しいといったら怒るよ
296考える名無しさん:04/06/04 16:40
自分の感情で表さなかったものは別に思想とかじゃないから無に等しくない。
後で自分的に意味があればそんでいいんだもん
>296さん

もしや自分的に意味がありましたらオコタエクダサイ
>296さんは
どなたですか
298考える名無しさん:04/06/04 19:09
御機嫌よう
299考える名無しさん:04/06/04 19:49
世界の限界は言語の限界である

今思いついた!俺って天才かも
300考える名無しさん:04/06/04 19:58
かもが天才だとしたら>299さんはなんでしょうか ?
301考える名無しさん:04/06/04 21:07
今晩はやります
「常に頑張ることが出来ないものは必ず『無』に等しい。」と、いうのは

虚ですか?
 意気込みですか?
  善ですか?
   悪ですか?

303考える名無しさん:04/06/04 22:20
ご機嫌に等しい

304粉山:04/06/04 22:28
心は、・・言葉では完全に言い表すことは出来ない
だがそれは無ではない。
この無に等しいというのは、物質、的なものなのか
精神的なものなのか、
社会的に言われる「物」をいったものなのか?
305ゴジラA ◆bZAoCPpe.2 :04/06/04 22:50
「必ず言語化できるものは『有』に決まっている。」と、いうのは

虚ですか?
 定説ですか?
  善ですか?
   悪ですか?
306考える名無しさん:04/06/04 22:52
「無」とは無いということです
なんちって

漢語を大和言葉に言い換えると説明できた気分が味わえます
これですっきりです
>306さん

大和言葉に言い換えて自己満足できましたらオコタエクダサイ
>306さんは
どなたですか
308考える名無しさん:04/06/04 23:11
すっきりとした気分です
309306:04/06/04 23:21
>>307
   ,rn
  r「l l h
  | 、. !j
  ゝ .f         _
  |  |       ,r'⌒  ⌒ヽ、
  ,」  L_     f ,,r' ̄ ̄ヾ. ヽ.
 ヾー‐' |     ゞ‐=H:=‐fー)r、)  ぼくカムサハムニダ…
  |   じ、     ゙iー'・・ー' i.トソ
  \    \.     l、 r==i ,; |'
   \   ノリ^ー->==__,..-‐ヘ___
     \  ノ ハヽ  |_/oヽ__/     /\
      \  /    /        /  |.
        y'    /o     O  ,l
     ┏━┓┏┳┓  ┏━┓┏┓  ┏┳┳┓
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  by   ┏━━┛┣━━┣━━┛┃┃┃┃┃┗━┓
     ┗━━━┻━━┻━━━┛┗┛┗┻━━┛
310考える名無しさん:04/06/04 23:34
ただ何も表現できないものは知りようがないってことだよね。
あるなしの証明は表現の一部にすぎないよね。
言語は嘘の表現もできる。無いものをあるっていうのはどういうこと?。
「無」が多義的に思えるんだが・・・。
311考える名無しさん:04/06/04 23:36
ごきげんよう
312粉山:04/06/04 23:38
ないものは人が想像したものだと思う
〈不完)
313310:04/06/05 00:09
>>312
なるほどなっとくです。
言語化できないものは「無」ではなくて、気付けないものですね。
「ゼロの発明は偉大」ってことですね。
これで、私的には終了です(爆)。
314考える名無しさん:04/06/05 06:42
音楽は、言語ですか?
315考える名無しさん:04/06/05 08:26
御ハ用御座います
316モナド界のエグゼクティブ・・エジプト猫A ◆g6xW/zSIs6 :04/06/05 08:31
>314さん

「音楽に必ずできるものは『言語』に等しいに決まっている。」と、いうのは

虚ですか?
 メタ言語ですか? 
  善ですか?
   悪ですか?
 
317粉山:04/06/05 09:07
ひとは自然のネットワークの法則から目標を定め、仮称を立てて
仮説により実証する、だから、基本的に
無いものは上記の研究の外にある
だからないものは人の想像なのだー。
318考える名無しさん:04/06/05 14:02
ニジラ二分です
319<デイアーナに翡翠でてるよランド>ヨウコソ ◆sZ/aVGyRjE :04/06/05 19:25
ご機嫌いかがですか

楽園でてこないじゃん。
320もも色天女&ゆうぎA・パヤパヤ ◆4l2usraVK6 :04/06/05 21:44
「言語化できるものは必ず人間の生涯で実際にあったことなにちがいないのだ。」と、いうのは

虚ですか?
 誰が何と言おうともですか?
  善ですか?
   悪ですか?
321考える名無しさん:04/06/06 04:04
ヨジラ四分です
322考える名無しさん:04/06/06 09:10
おはようございます
323考える名無しさん:04/06/06 09:32
言語化できなくても影響を及ぼすものが多くある。
「感覚的」なものだ。
324七尾の狐A ◆V7KXZQnJ36 :04/06/06 09:47
>323さん言葉をおかりします

「感覚に   影響及ぼす    岩清水 」と、いうのは

虚ですか?
 爽快感ですか?
  清ららかさですか?
   善ですか?
    悪ですか?
325考える名無しさん:04/06/06 10:28
こんにちは
326考える名無しさん:04/06/06 10:53
>>324
マイナスイオンです。
327考える名無しさん:04/06/06 11:26
言語化という行為自体無に等しい。
言語化とは完結的な1である。言語は生きる。
言語は生きるとき言語を書き記した者の手から離れる。
つまり言語は1ではなくなる。1ではないということは
それが数ではなくなるということである。だから2ではない。
言語が生を帯びるときにはそこに意味が存在するがしかし意味とは
無意味であり意味でないものが有意味となる。しかしそれは収斂で
ありそれこそが確かに言語が1となる証である。そこに書き手はいない
>326さん御回答アリガトウ御座います

マイナスイオンで森林浴できましたらオコタエクダサイ
>326さんは
どなたですか
329考える名無しさん:04/06/06 13:07
御機嫌よう
330考える名無しさん:04/06/06 16:01
入梅です
331考える名無しさん:04/06/06 17:01
ゴジラ一分
332ネグリ&パンドラ ◆xizTs7DzP. :04/06/06 19:12
「{ネグリ}・実際に私は帝国をペンで考えている。
 {パンドラ}・あなたは手が何を書いているのか、頭が知らないことがよくあるのですから。」と、いうのは

虚ですか?
 天才ですか?
  再帰ですか?
   善ですか?
    悪ですか?
333七尾の狐A ◆V7KXZQnJ36 :04/06/06 20:31
坊が詠みました

「宵の口   ラムネふくみて   なに想う 」
334考える名無しさん:04/06/06 21:15
ポ〜ね
335厨坊わからず地蔵超人 ◆AO0xT9MCQA :04/06/06 21:59
「言語化できないものは『反哲学』である。」と、いうのは

虚ですか?
 会話ですか?
  善ですか?
   悪ですか?
336考える名無しさん:04/06/06 22:12
言葉を沢山知っている人は
感情も豊かな人なの?
337もはぁ〜:04/06/06 22:13
違います
338エルメスA ◆2LudavtYJo :04/06/06 22:23
「言葉を沢山知っていても、感情を必ず豊かに出来ないものは『無』に等しいに決まっている。」と、いうのは

虚ですか?
 無知の知ですか?
  善ですか?
   悪ですか?
>336さん

感情が豊かになりましたらお答え下さい
>336さんは
どなたですか
340考える名無しさん:04/06/06 22:57
御機嫌よう
341考える名無しさん:04/06/07 04:21
あと十九分でゴジラです
342七尾の狐A ◆V7KXZQnJ36 :04/06/07 09:13
顔無しがよみました

「入梅に     鬱陶しくも     人の波 」と、いうのは

駅の混雑ですか?
 善ですか?
  悪ですか?
343V(^-^)V蟹ガデテルヨV(^-^)V ◆wLTlcLvaX. :04/06/07 13:19
もう、心臓が止まりそう !
344お疲れ様です ◆AiaBfzGt7E :04/06/07 17:44
猫出てこないじゃん、もう少し待って!
345考える名無しさん:04/06/07 19:06

  ゚   ネ
346考える名無しさん:04/06/08 01:03
こんばんは
347七尾の狐A ◆V7KXZQnJ36 :04/06/08 07:30
リンが詠みました

「悩み事     隘路をひらく     水を打つ 」と、いうのは

初夏ですか?
 虚ですか?
  善ですか?
   悪ですか?
348考える名無しさん:04/06/08 12:00
ジュウニジラ
349お久しぶりです ◆ZFEAz9U/p2 :04/06/08 15:22
大丈夫!
350Happy unbirthday! ◆oPdYg8CERY :04/06/08 16:48
ゴジラです。あと、総体に十二分でゴジラです。
351考える名無しさん:04/06/08 18:00
言語化しうるものは無に等しい
352考える名無しさん:04/06/12 04:21
w
353考える名無しさん:04/06/13 09:37
wは無ではない
354考える名無しさん:04/06/13 21:36
>w
くやしい
という感情だけが鳴り響いている
>354さん

言語化出来ない悔しさをのり越えましたらオコタエクダサイ
>354さんは
どなたですか

356考える名無しさん:04/06/16 20:19
「言語化できないご機嫌は「無」に等しい。」と、いうのは

虚ですか?
 心情ですか?
  善ですか?
   悪ですか?
357考える名無しさん:04/06/17 10:14
>>356
「小さなことからコツコツと」は西川きよし です。
358考える名無しさん:04/06/20 06:45
おはようございます
「無の等しいからといって言語化できないわけではない。」と、いうのは

虚ですか?
 虚無ですか?
  空ですか?
   善ですか?
    悪ですか?

360考える名無しさん:04/06/23 20:37
ご機嫌に出来ないものは無い
361考える名無しさん:04/06/24 02:14
音楽に触れると言葉なんてなんと無力なものだろうかと、いつも思う。
362考える名無しさん:04/06/24 02:29
セックスしていると言葉なんてなんと無力なものだろうかと、いつも思う。
363考える名無しさん:04/06/24 02:32
いいセックスしてるんだね。
うらやましい。
364浅田:04/06/24 03:03
言語学者の一般的見解は
「言語がなければそもそも認識が出来ない」
…らしいけど
それっておかしくね?
まぁ「認識」という言葉の定義の問題もあるけどさ、
認識が出来てなけりゃ、物に名前をつけるのムリじゃね?
なんか順序が逆のような希ガスんだけども、おまいらはどうよ?
365二酉:04/06/24 18:03
>>364
んじゃさ、これとこれは違うぞーってラベル貼りを、言葉を使わずにどうやってやるの?
自分は言語が無ければ認識できない派でつ。ただ、これはチョト語弊があって
認識するには言語が必要、と言い換えたほうがすっきりするかもと思ってまつ。

この話で恋人さんと喧嘩したのはほろにがい思い出でつ(*´д`*)
366考える名無しさん:04/06/24 18:28
バカスレ認定
367考える名無しさん:04/06/24 19:34
>>365
二酉さんの言う「言語」ってなにーさ?
368寺嶋眞一:04/06/24 22:18
言語の部門では、日本人は理性を表せないなどの言語的な不利がある。
しかしながら、音楽、絵画、彫刻、体育競技など非言語の分野で日本人は国際的に活躍できる。
369考える名無しさん:04/06/24 23:17
>言語の部門では、日本人は理性を表せないなどの言語的な不利がある。
これってどういう意味?
370考える名無しさん:04/06/24 23:56
言語化出来なくても厳然とそこにあるものなんていくらでもあるぞ
つーか、無限にある
言語化できるものは有限だが・・・
371考える名無しさん:04/06/26 08:17
指示代名詞という便利な「言葉」があるんだから全てのモノは言語化できうる、逆説的に言えば
言語化できないモノは「無」に等しい、って考えるのは子供っぽい?


372考える名無しさん:04/06/26 22:57
心に浮かんだメロディーは言語化されていないし
たとえ、それを音符に置き換えて表現したとしても
それはもはや、最初に心に浮かんだメロディーとは別のものである




言葉は言葉の外に無限に存在するものを言語化して取り込んでいく
言語とは、固定されたものではなく外側を徐々に内部化していく仕組みも含めたダイナミックなものだ

言語化されていない言葉の外側の事象は、言語化された瞬間に本来のものとは微妙にずれる
少しに皮肉を込めて言ってみれば、[言語化されたものは「無」に等しい]
373考える名無しさん:04/06/27 13:34
>372
正しい。
仏教ではそう考える。
374考える名無しさん:04/06/27 14:24
>>373
仏教ではそう考えるってのは正しいかもしれんが、
それが正しいのは仏教の中だけだって事を忘れんなよ。
375考える名無しさん:04/06/27 14:43
いや、普通に考えても372-373は正しいでしょう。
ヨーロッパ人は言語パラノイアだよ。
376考える名無しさん:04/06/27 15:36
帰命尽十方無碍光如来

迷える衆生よ、コトバの牢獄より解き放たれるべし。
377考える名無しさん:04/06/27 15:58
>>376
と、コトバで言われてもなあ
378考える名無しさん:04/06/27 16:02
無論、行が必要だ。
379じゆん ◆bYRNL78mlE :04/06/27 16:52
>>378
行とは一体どういったものなんでしょうか?
簡単にでけっこうですから教えて頂けないでしょうか。


それと私も>>372のような感覚になってしまったことがあります。
一度掲示板に書きこんだものが、人に読まれるものになった段階に意図したものと
違うように感じられ、本当にこれは自分が考えたことなんだろうかという
疑念が浮かんでくるのです。(おもに稚拙さにたいして)

おそらく自分の文章との自己との同一性を排除を私の理性本能は試みているようなんです。
でも人に読まれなければ、ずっと自己同一性が保てるのです。だから自分だけの文章は
いくらでも愛着が持ててしまうのですよね。
あ、これも実存というのかなあ、といま少し思いました。この虚無感、あるいは文章に対する
離人感覚はそうですよね。
380じゆん ◆bYRNL78mlE :04/06/27 16:56
(つづき)
さいきん、自分の作った文が好きになれなくなってきています。
本当に他人に言われるまでもなく、自分の文章の欠点ばかりが浮かび上がります。
今、自分の文章を読み返すことができないんです。
文体や構成レベルは依然とさほど変わらないと思うのですが。
うーん、なんだか粗末な文章ばかりを書いてきたからかもしれない。
文章に対する思いやりが今まで入っていなかったんだと思います。
文章(自分)を大事に扱って初めて相手に自分の伝えたいことが伝わるのかなあ。
だから、もうちょっとしっかりとした文章を心がけようと。

たぶん、いままでの自分は文章を作るときのダイナニズムに気を囚われていたのだと思います。
たしかにその作業のを至高性に対する真摯な態度は必要だとは思うのです。
しかし、結果、不安定な文章ばかりが積み重ねられていたように思います。

私は文章に対する考えを改めます。
今まで、文章を時間がないと言い訳してきたけれど、反省したいです。
自分の文章を愛せるようになりたいのです。
かなり、むずかしいんですよねえ。

えーと、、、
私的レス(独り言)失礼しました。(汗)
381考える名無しさん:04/06/27 17:03
念仏と禅。
382考える名無しさん:04/06/27 17:06
掲示板に長文を書き込んでばかりいると
そのうちまともな文章を書けなくなるぞ。
383じゆん ◆bYRNL78mlE :04/06/28 00:27
>>382
ご忠告どうも。

本当に今は自分自身でも危険な状態だなと思っています。
思考、もしくは言語に対する理論は自分の中でもかなり体系化できたものと思います。
また哲学板でありがちな難解な文章も今では何とか読めるようになりました。
なのですが、今はわかりやすい文章がかけないんですね。
それはどういうことかというと、わかりやすい、その意味が今の自分には
わからなくなってしまったということです。
こうなると自分の文章の位相(ポジション)がどこにあるのかすらわからなくなって、、、

自分は、掲示板に来てから文章を寝かせるということをしなくなりました。
一週間経ったあと、もう一度文を整理するということをまったくしない。
昔はそういうことはよくしたんですけど。
掲示板の悪い所は、書き込んじゃうとさよならしてしまう点ですね。
書き直したくても書き直せない。だから、書き直そうとは思わなくなるという。
まったくの悪循環に私は嵌っています。
別に今のところ、気づけるだけましという感じで、そんなにひどい状態ではないとは
思っているのですが。どうしたらいいんだろうなとちょっと迷いあぐねているのです。
とは言いつつも、長文はやめないんだなこれがw
どうも性(サガ)のようです。それでは。

>>381
どうも。
384考える名無しさん:04/06/28 01:30
>>383
>372が言っている言葉や言語は君の書いているような狭い意味での単なる文章の話とは次元が違うぞ
385考える名無しさん:04/06/28 19:48
言語化できないものについて
386考える名無しさん:04/06/28 20:37
たまには言葉も供養してやらないとね。
言語化しっぱなしじゃーね。
387考える名無しさん:04/06/28 21:29
言語なんか知らなくたって世界中の美味いものを食って
幸せになることは出来る。
388考える名無しさん:04/06/28 21:36
372の言うとおりだとすると出口がないな。
水素と山はどちらも言葉だが、現実に対象がある場合と我々の認識に
過ぎない場合との区別はあるだろう?
389考える名無しさん:04/06/28 22:07
>>388
「水素」という言葉で切り取ったから水素をイメージできる
水素という言葉がなかったら、それを曖昧にしか思い描くことが出来ない


この世界には言葉で切り取られていない事象が無限にある
しかし、言葉の外側にあるそれらを具体的に思い描くのは非常に困難なことだ
言語化できないものは「無」なのではなくて
人間が理解できる範疇の外にあるというだけのことだ

人間は何か新しいものを発見したり、理解するとそれを言語化して内部に取り込む
390考える名無しさん:04/06/29 23:32
>人間は何か新しいものを発見したり、理解するとそれを言語化して内部に取り込む
ここから372に繋げれば、
>言語化されていない言葉の外側の事象は、言語化された瞬間に本来のものとは微妙にずれる
>少しに皮肉を込めて言ってみれば、[言語化されたものは「無」に等しい]

やっぱり出口がないじゃないか!
391考える名無しさん:04/06/30 02:10
>>390
どうして出口がないの?

曖昧でのんべんだらりとした世界を
人間が理解しやすいメリハリのある世界として再構築していく作業をも含めたダイナミックなものが言語だと思う

曖昧なものをそのままの状態で理解するには人間の脳の情報処理能力では限界がある
言葉は人間が生きていくうえで必要とされるものだけを大まかに捉える道具の役割を果たしている

かといって、人間は言語化されていないものまったく理解できないわけじゃない
芸術や身体の運動に関わる部分は言葉では表現できない領域だ
そして、それらの言葉の外側の部分にこそ価値があることを人間は知っている
俳句は言葉の中に言葉の外側を表現しているし、音楽や絵画はもちろん言葉の外側にある
プロスポーツ選手の華麗なプレーは言葉で伝えれば誰にでもできるというわけではない
それは言葉には還元できない身体だけが理解している世界が存在している証だ
自転車は、言葉で説明しても乗ることが出来ない
自転車に乗って実際にペダルを踏んでみないことには絶対に理解できないコツがある

言葉の外側に無限に広がる理解不能の世界の一端に触れるとき
人間は崇高な感動や喜びを感じる
392考える名無しさん:04/06/30 02:22
プラトン的になってしまうがそういう連想を排除して読んでもらえるならこう言い換えてもいい

「人間は言葉の外側のありのままの曖昧な世界に触れた時、無上の喜びを感じる」

もちろん↑この文章自体は言葉の内側
393考える名無しさん:04/07/01 20:12
ありのままの曖昧さは無常の不安定さを言語にあたえる。
394考える名無しさん:04/07/01 22:01
美は多分言語の外にあるね。
395フェノ:04/07/01 22:20
美は、超越論的シニフィアンに回収されます。
396考える名無しさん:04/07/01 22:36
「回収」ってのは、詭弁の匂いがするな。
397フェノ:04/07/01 22:39
たとえば、ある女性の美しさに惹かれたとします。
それは確定記述の束に還元できません。
で、「女神」というシニフィアンに回収しまう。
398フェノ:04/07/01 22:43
人は言語化できない余剰を嫌います。
なんとか理解しようとします。
しかし確定記述に還元することには限界があります。
そのために、名付けることによって、
余剰を回収し、わかったつもりになるのですね。
399考える名無しさん:04/07/01 22:53
哲学=言語化
言語化=わかったつもり(「回収した」ことにする)

つまり、哲学=わかったつもり
400考える名無しさん:04/07/01 22:58
と、どうしても哲学否定にいっちゃうな。

>>391-392さんは、とてもいいことを言ってると思います。
特に「 もちろん↑この文章自体は言葉の内側」と断っている点が。
401U-名無しさん:04/07/02 02:07
わかったつもりというけれど、つもりじゃなくて、本当にわかるというのはどういうことを言うの?

言葉の外側をわかることはできない
言葉の外側の一端に触れることしか出来ない
402考える名無しさん:04/07/02 04:41
て言うか、本当にわかるということなんてできるのか?認識はわかるということなのか?
403U-名無しさん:04/07/02 08:51
>>402
>認識はわかるということなのか?
そういうつまらないことは考えなくていい
言葉上の細かいことを考えすぎると言葉の牢獄の中で迷宮にはまる

いわゆる哲学とはいかにも真理を探っているように見えて
実は言葉がどういう仕組みになっているかを突き詰めているだけ
404フェノ:04/07/02 09:12
言葉はコミュケーション手段であるということです

わかるとはコミュニケーション可能になるということです

哲学は世界をわかったつもりになるというより
誰かの声を聞く、誰かに話し、
共主観的世界を構築するということではないでしょうか
405402:04/07/02 09:21
なるほど。そうなのかもね〜
406考える名無しさん:04/07/02 09:25
>>404
>共主観的世界を構築するということではないでしょうか


間主観、もしくは共同主観ではないのか?
主観は二つ同時に存在することは出来ない。
407402:04/07/02 09:26
だとしたら、真理を探究する行為ってのはどんななんだろう?ってアンチノミーか
408400:04/07/02 11:39
横から。

どうも間主観、共同主観に持ってかれるのは抵抗があるなあ。
なんか「お互いわかりあえてる」みたいな、いかにも日本的な情緒主義に持ってかれそうな感じがすんだよね。
主観は二つ同時に存在することは出来ない、は、たぶんその通りだろうけど、そのことと個が抱える孤独感みたいなのをくっつけてはいけない、と思う。
これは406さんに言ってるんじゃなく、自分の問題としてそう考えてる。
409考える名無しさん:04/07/02 18:39
なるほど。そうなのかもね〜
410考える名無しさん:04/07/02 21:53
この世の中に暗黙知なんかいっぱいあるよ。
411考える名無しさん:04/07/02 22:19
言語化できない物は無に等しい。

って、そんな訳無いじゃないですか。
言葉が無い時代はこの世は無だったんですか?
412考える名無しさん:04/07/02 22:20
あらゆる言語化されたものを全てかき集めて見ると「無」に等しい
413考える名無しさん:04/07/02 22:20
言語と言葉って違うんじゃ?
414XENON:04/07/03 00:49
>>404
言葉はコミュニケーションの手段である以上に思考の手段であるということが重要
言葉によって人間は具体的なことを考えることが出来る

わかるとは、考えることが出来る、認識できる、思い描くことが出来るということです


哲学は、言葉の内側から、本来の言語化される以前の曖昧な世界と言葉との関係を突き詰めていくような作業であって
突き詰めた先には、浮き彫りにされた言葉の構造がグロテスクに横たわっているだけなのだ
415XENON:04/07/03 01:11
同じ言葉を使うもの同士はコミュニケーションをとることが出来るが
これは、コミュニケーションの手段が共通だからという以前に
この世界を同じ切り口で理解をしているからと考えることが出来る

この世界を生きるために人は必要最小限の情報を理解するように進化してきた
ありのままの曖昧な世界をそのまま知るには現在の人間の脳の能力には限界がある
もし、生きるために必要な情報量以上に理解可能な脳を持つならば
その分多くのエネルギーと脳の大きさ質量が必要になり、生存競争に不利になる
脳の能力には生存競争に勝ち抜いて生き抜くための最適な大きさというものがある
言葉は、曖昧な世界を人間が生きていくのに必要な情報量へ簡略化する装置として働いている

言葉の中で常に物事を考えている我々はややもすれば世界が言葉の中だけで完結していると思いがちである
しかし、世界は言葉の外側にも無限に広がっている
そして我々は言葉の外側の世界の存在を実は直感的に感じ取っている
416考える名無しさん:04/07/03 02:23
これ、偏見ね↓

黒……そもそも言葉が足りないため、言語だけで物事を考えない。
白……なまじ言葉が豊富なため、言語だけを全てだと思う。
黄……言葉の限界に気づいているため、言語だけで物事を考えない。

こんな理由で、私は白人の言うことをあまり好かない。信じたくはない。
もちろん、偉人と呼ばれる傑出した人々に、これは当てはまらないが。
417考える名無しさん:04/07/03 17:07
言語化されたものは無に等しい
418フェノ:04/07/03 17:49
>間主観、もしくは共同主観ではないのか?
>主観は二つ同時に存在することは出来ない。

間主観の間違いでした。
419フェノ:04/07/03 18:01
>言葉はコミュニケーションの手段である以上に思考の手段であるということが重要
>言葉によって人間は具体的なことを考えることが出来る
>わかるとは、考えることが出来る、認識できる、思い描くことが出来るということです

思考でさえ、間主観的なコミュニケーションという面を否めません。
たとえば、クリプキの規則のパラドクスでは、
言語行為は他者の承認をもとに行われている。
これは、当然、実際にいちいち確認しながらという意味ではありませんが、
間主観的な世界を前提に言語は成り立っているということです。

さらにいえば、言語はコミュニケーションの場というコンテクストを
切り離して、「存在」することはできません。
420考える名無しさん:04/07/03 20:28
言葉なんて存在しない。

 ディビドソン
421考える名無しさん:04/07/04 01:09
空想できるものは、存在できるものなのだ。
たとえ目には、みえなくてもな。
422考える名無しさん:04/07/04 01:15
話すのを聞くと考えると、空気振動から音、音から声、声から言葉として
抽出できなければ言葉にはならない。勿論雑多な音から特定の話者の声を
聞き分けられなければならない。
423考える名無しさん:04/07/04 01:30
言葉は身体と似てるな。
話すとき、内容を意識し言葉は意識しない。
表現につまるとそのとき言葉を意識する。
424考える名無しさん:04/07/04 13:21
>423
ある本で読んだが、ダンサーっていうのは会話能力がすぐれているらしい。
状況、文脈を読み、適切にコトバ応対できる能力。

哲学者は、一番劣るんじゃないかな。
コトバについて色々議論を弄ぶが、実際の言語能力は低い。
425ポール:04/07/04 13:31
>>420
どういう意味?
426考える名無しさん:04/07/04 14:00
>425
デイヴィドソン―「言語」なんて存在するのだろうか
森本浩一【著】
日本放送出版協会

427考える名無しさん:04/07/04 14:28
脳が無きゃ幸せを感じられない。
虫が死んでも幸せを奪った事にはならない。
雑草を刈り取るのが悪くないように虫を殺しても悪くない。
428XENON:04/07/05 02:08
>>419
>さらにいえば、言語はコミュニケーションの場というコンテクストを
>切り離して、「存在」することはできません。

言語はコミュニケーションの手段として生じたのは確かでしょう

言葉がなかった時代の人間の脳では具体的なことを考えることが出来たのでしょうか
言葉がなかったころは視覚からでさえ今のようにたくさんの情報を認識出来ていたのか疑わしい
言葉によって曖昧な世界から人間に必要な情報を切り取っていったからこそ
世界は、今我々が感じるこの世界として我々に認識されているのではないか
人間の脳は言葉とともに進化してきた
429考える名無しさん:04/07/05 21:27
「言葉なくして脳は進化しない。」と、いうのは

虚ですか?
 パターン認識ですか?
  善ですか?
   悪ですか?
430考える名無しさん:04/07/05 21:28
>>429
楽観は言葉のお得意先、です。
431考える名無しさん:04/07/05 22:35
「言語」(ソシュールの言うラング)は存在しない。
「私の言語」となって、初めてそれは「存在」する。
432一つの疑問:04/07/05 23:24
>さらにいえば、言語はコミュニケーションの場というコンテクストを
>切り離して、「存在」することはできません。

そもそも「コミュニケーション」というのは可能なのだろうか?
「私の言語」と「あなたの言語」が同じという保証はあるのか?
それは単なる錯覚か誤解ではないのか?

おそらく多くの人は「私の言語」と「あなたの言語」の背後に同じ「言語」
が存在することを仮定し、それを信じている。
だから、コミュニケーションができたと思い込むのだ。
433考える名無しさん:04/07/06 00:42
 コミュニケーションの定義によるな、それは。
「10伝えて10伝わる」がコミュニケーションであると定義するなら、
「コミュニケーションは不可能だ」と言えるだろうね。だが
普通、そういう語の使い方しないっしょ。

 これまでの流れを読まずに
「言語化できないものは『無』に等しいか?」という命題について言えば、
そもそも「言語化できないもの」という概念がすでに定立されている以上、
それは「言語化されている」。すなわち、「言語化できないもの」は存在しない。
つまり、「言語化できないもの」というのは無意味な概念である。
有意味な「無」とはイコールではない。
単に「言語化できないものはない」という命題なら正しいけどね。

 また、ここでの「言語化」という概念は非常に曖昧。定義によっては
上記の内容も変わってくる。上では「言語化」は理解と切り離された
ものとして書いた。

 円周率を例にすれば、「3.141592...」という数を完全に数えきること
(完全に理解すること)はできない。しかし我々はそれを「π」として
「言語化」できている、というような意味。

 また「無」の概念についても定義しなくちゃならないんだろうが、
それはとてつもなくめんどくさいので割愛。横レススマソ。
434考える名無しさん:04/07/06 01:41
よく、コトバで言い表せないものも「コトバで言い表せないもの」いう形で言語表現できるから、言語化できないものは無いという言い方する人がいるけど、ほとんど意味の無い説明だな。
「コトバで言い表せないもの」と表現できるものなんて星の数ほどあるよ。それらはみんな同一物なのか。
435考える名無しさん:04/07/06 01:46

事象を不透明にするために、言語を駆使するのが哲学の本質。

436考える名無しさん:04/07/06 03:23
>>434
なかなかに無意味なレスをありがとう。
代替解釈とかあったらうれしかったんだけどね。

 ちなみに質問に答えると、同一物なわけないじゃん。
「机」と表現できるものも、「星」と表現できるものも
たくさんあるけど同一じゃないよ。当然のこと。

 およそ「人間が観測・想定できる全て」は何らかのカテゴリーに
入れることはできるじゃん。それって概念化・言語化といえるっしょ。
当然のことを言ったつもりなんだが、どのへんが無意味なんだろ。
まぁ言語化というのが「固有名詞をあてること」ならば、無意味なんだけどね。

 もちろん人間が観測できないものも存在するから、
そこを指して「理解」ということばを使ったんだけどなぁ。
437考える名無しさん:04/07/06 05:57
ノウハウと呼ばれるもののすべてが、精密に言語化できると思っているのか?
438考える名無しさん:04/07/06 12:41
ええと、たとえば数学も言語だと思いますが
CDなんかは数字の羅列でできてますよね。
これ言語化ですよね。音楽を言語化できてるわけですよね。
439考える名無しさん:04/07/06 12:55
>>438
言われてみれば音楽なんかは理解しやすくするために
ドレミとかアルファベッドに言語化するね
440考える名無しさん:04/07/06 12:58
演奏家は自動演奏装置か?w
441考える名無しさん:04/07/06 21:20
楽譜みて、だれもドレミなんて頭の中で反芻してないよ。
442考える名無しさん:04/07/06 22:16
>>433
以降、一気にレベルが下がったな
443考える名無しさん:04/07/06 22:22
>>433
>そもそも「言語化できないもの」という概念がすでに定立されている以上、
>それは「言語化されている」。すなわち、「言語化できないもの」は存在しない。

二重の意味を内包する文節。
さらに〜という概念が既に定立されているとしながらも、
すなわち以下、〜は存在しないは如何なものか?

444考える名無しさん:04/07/07 00:42
>>433
頭悪すぎだな
「言語化できないもの」って言葉が言語化できないものを言語化したことになるのか?


前に出てきた例を上げてみる
自転車の乗り方のコツを自転車に乗れない人に言葉で伝えたとする
伝えた言葉は「コツ」を言語化したものだが「コツ」そのものではない
「コツ」そのものは言語化できない
言葉は曖昧な世界を簡略化したものに過ぎない
言語化するとそこから言語化できないものが抜け落ちる
言語化した「コツ」ですべてを伝えることは不可能
自転車のペダルを踏んで初めて本当の「コツ」を獲得することが出来る
そこには言語化することが出来ない事象が存在している
445考える名無しさん:04/07/07 00:50
虹は何色か?
7色?
そんなことはない虹は無限の色を含んでいる
しかし無限の色をすべて言語化することは不可能だ

世界は虹のようにどこまでも細かく分けていくことが出来る
しかし、言葉は便宜的に世界を大雑把に切り取っている
人は普段は言語化されていない世界を意識することなく生きている
意識しないからこそ生きていける
446考える名無しさん:04/07/07 01:14
>>445
虹で思い出した。

虹の色のスペクトル上の分節を持ち出して、認識の言語相対的性を主張する人がいるが、
そういう人は本当に虹を見て言っているのか?
いくら7色と教えられても「藍色」はなかなか見分けづらいと思うのだが。
とくにホースの水なんかでできる小さい虹だと。
大きいとちゃんと見分けられるのかな。
447考える名無しさん:04/07/07 05:36
青とか赤と言っても、人によってスペクトルの中から切り取る境界線が違うわな。
448考える名無しさん:04/07/07 05:56
ていうか、赤をなぜ「赤」と言うの?
青をなぜ「青」と言うの?

学校で、あるいは親から、もしくは日常生活の中でそう学んだからだろ?
赤が例えば「ポウェ」だったら、それは「ポウェ」であって、「赤」で
はなかった。
認識を言語化するとはそういうことでしょ?
要するに445も446も、言語によって思考しているのだよ。言語が
なかったら、そういう議論も成立していないよ。わかった?
449考える名無しさん:04/07/07 08:35
言語相対論ほど怪しいものはない。
450考える名無しさん:04/07/07 10:19
> 赤が例えば「ポウェ」だったら、それは「ポウェ」であって、「赤」で
> はなかった

おや、「赤」という言葉とは独立に赤の概念が存在するような言い方だね。(w
451考える名無しさん:04/07/07 10:21
ネットもプログラミング言語がなければ成り立たない
452考える名無しさん:04/07/07 10:32
オナニーもエロ本がなければ成り立たない?
453考える名無しさん:04/07/07 12:40
精子はでてもオナニーとは認め難いむなしさだろうな<エロ本なし
454考える名無しさん:04/07/07 14:28
>>443
 リンゴがいくつあるか(もしくは無いか)数えるためには、リンゴの存在が規定されなきゃ
だめでしょ。定立って言葉がいけなかったのかな?

>>444
>>433で言った定義なら、なるよ。ていうか「言語化できないもの」なんて最初から
存在しないっつーのが僕の意見なんだけどね。

現に僕らは「言語化できないもの」について言語で争ってるじゃん。
ていうかそんなこと言うと、言語化できるものはほとんどなくなってしまうよ。

虹はどういうものか語れるけど、それだけで虹を完璧に理解できるか?
机はどういうものか語れるけど、それだけで机を完璧に理解できるか?

・・要するに>>444の例は「言語は不完全だ」とだけしか言っていないんだよ。

 僕は言語の不完全性(理解まで届かないことがある)を踏まえると、「言語化」
の定義っていうのは「名前をつける」こと、もしくは「それについて語れる状態にする」
ことだというのが妥当だと思うんだがね。

 つまり、>>444もコツという言葉でひとくくりに出来る以上、言語化できてるって
こと。そもそも、>>444の言語化の定義ってなに?
455考える名無しさん:04/07/07 15:42
>>451
「成り立って」いますか。
456ζ ◆qghsbP9EHg :04/07/07 16:56
初めてここに来たが、俺が指摘しようとしていた事をすでに >>433 が書いていた。まあ、
誰も( >>444 とかも) 彼が言ったことは正確に理解していないだろうから、 >>433 より
簡単なフォームで書いておく。

ABBREVIATIONS:

τ: Totality
D: ある言語で言語化されることのできる概念の集合。
¬D: 言語化できない概念の集合。
g: 「言語化できないもの」という概念

POSTULATES:

p1: D ⊆ τ
p2: ¬D ⊆ (τ \ D)
p3: g ∈ ¬D

「言語化できないもの」という概念が存在すると仮定せよ。
しかし、「言語化できないもの」という概念はすでに言語で語られている。つまり、
g ∈ D. これは p3、p2 に矛盾する。

故に、「言語化できないもの」という概念は存在しない。
この場合あなたたちは、存在しない概念を何か別の概念と結びつけようという実りのない議
論を続けている、と言えるだろう。

ちなみに、ここで俺は (そして >>433 も) Law of the Excluded Middle (on ontology
and truth values) を仮定していることを見落さないように。
457ζ ◆qghsbP9EHg :04/07/07 17:01
>  また、ここでの「言語化」という概念は非常に曖昧。定義によっては
> 上記の内容も変わってくる。上では「言語化」は理解と切り離された
> ものとして書いた。

だね。まあ、それ追っていったら数論に行っちまうんだろうけどね。
でも、その曖昧性が人間なんだな。それがあるから哲学が今だに残っている。
ところで 2ch にも「論理板」が欲しいと最近思ってきたな。w

>  また「無」の概念についても定義しなくちゃならないんだろうが、
> それはとてつもなくめんどくさいので割愛。横レススマソ。

ん、俺はあなたの「無」の定義が見てみたいけどね。 もしよかったら書いて頂戴。

俺は、初めてこの板で一緒に哲学について普通に語れそうな人物 (>>433) を見つけた。
あなたがコテを付けてくれると俺としてはかなり嬉しいんだけどね。
ではまた。
458考える名無しさん:04/07/07 17:53
>>456-457
言語化するということが「sはPである」と言語で述べることだとすると、
「sは言語化できない」(たとえば「自転車に乗るコツは言語化できない」)という表現があったとして、
「言語化できない」という述語をくっつけている以上、言語化しているじゃないか、ということになる。
その矛盾のために、そのような主辞s(>>456のg)は存在しない、ということ?

そうだとすると、これは「言語化できない」という述語にトリックがあるのじゃないか。
「言語化できる」という述語をLとすると、何らかの名辞s1つでは不十分で、
Q(s)が真となるような述語Qが少なくとも1つ必要。
「sが言語化できる」というときに、Qを明示しなくても必要。
しかし、そのようなQの候補としては、L自身や¬Lなどは除外されると見てよいのでは。
無意味な命題になってしまうので。
459考える名無しさん:04/07/07 20:09
>>457
あのう、そもそも論理学での証明が、実際に「言語化できるできない」の証明
を可能にするとは思えないのです。

つまりどういうことかというと、論理学自体が実際に実在の証明した場面を
私は、見たことがないと言うことです。つまりある事例の実在証明を論理学が
行うことはナンセンスであるということです。

論理学ってようは、言語学における<概念>の「メタファー」として<機能>する
ものだと私は考えています。 

「メタファー(論理)」 が <実在> つまり <概念で構築された定義問題> を 
<実証すること> なぞありえるのか?

そもそも 「メタファー(論理)」 というものは概念に従属する以外、存命(存立)
することはできないはずだ。

だから<概念や定義>が 【「メタファー」=<概念性や定義性>】 に <従属される> 
のは本末転倒のような気がします。

うーん言っていることが通じるかしらん。通じなかったらスルーしてください。
ちなみに言っておくと私は、論理学の基本的な知識はほぼ皆無です。
460考える名無しさん:04/07/07 20:25
神の本体論的証明みたいなもんだな。
「言語化できないものは無に等しい」なんて正気の人は考えない。
>>458
 トリックもなにもないと思うんだが・・「言語化」イコール「名前をつけること」だったら、

「言語化できないもの」が存在すると仮定する。
定義によって、「言語化できないもの」は名前をつけられない。
しかし、「言語化できないもの」は「言語化できないもの」と命名されている。
よってこれは矛盾。

「言語化できないもの」が存在しないと仮定する。
単に「言語化できないもの」の数がゼロであるということだから、
この仮定は成立しうる。定義とも矛盾しない。

こういう筋は通っていると思うんだけどね。

「言語化」イコール「他人に完全に伝わるかたちの情報に変換すること」
という定義もある(>>444などそれっぽい)。これに従えば、
「言語化できないもの」は数限りなく存在する。小数点の最後の桁まで
伝えることは不可能だからね。この定義でいくと「言語化」は
構成概念(とりあえず「ある」と仮定して話をすすめる概念)に
なってしまうから、またややこしい。よって>>433でやった
定義がマジオススメ、ということ。

>>459
 話してわからんやつには数式でもわからん、ということでいいかな?
462フサール ◆nj5mzrdIEM :04/07/07 22:17
>>456
 すまん、論理式は苦手だ。初めて見た記号がいっぱい。なんだか顔に見えてくる。
「無」の定義は、「ゼロですらない絶対無」というのがマイ脳内イメージ。ゼロというのは
存在を前提にしてるから、それすらも許さない、みたいな。
だから本来「無」という概念自体ない。言葉にできない。「無」よりも「Nothing」のほうが
イメージに近いが、表すことはできません。言語化できません。

・・・と書くと、「『無』って言ってるじゃねーか」と言われそうだけど、だからこそ「無」。
「実体がないから、表す言葉もない」というのが無のイメージ。
よって、僕の考える「無」は「無」と呼んだらすでに「無」ではありませーん・・・
ほら、面倒くさいでしょ?

 普通にこうやって議論する際に引き合いに出す『無』は、「ゼロと同値」という定義が
わかりやすくてイイと思う。
463二酉:04/07/08 00:03
横レスナ上にすっごく遅レスで申し訳ないが>>367
自分は「言語」と普通の「言葉」をほとんど同じ意味で使っておりまつよ。
記号と置き換えてもいいでつ。ある対象や概念を指示する記号表現のことをそう呼びます。

>>431でラングは存在しない、と仰る方がいましたがそれはどうして?
「私の言語」というのはパロールのことでつよね?>>431のレスを見ても
あなたのパロールは「日本語」というラングに縛られていると思うのですが。
それともラングはパロールとの相関関係によってのみ成り立つ、ということ?
これなら分かるのですが、それでもパロールがラングに先立つというのには
いまいち納得がいかないでつ。もしまだスレ見てたら説明きぼんぬ。

>>450
赤い色を「あ・か」と言おうが「red」と言おうが「rot」と言おうが「紅」と言おうが
個人の自由でつよー。あの色をなんと呼ぶかは属する文化圏によって異なります。
「赤色」と、「赤」という言葉の結びつきにはなんの根拠もないのです。
たまたま我々がそういう文化圏に属しているというだけ。
こういう、言葉と対象の根拠のない結びつきを指して「言語の恣意性」と言ったりするです。
464考える名無しさん:04/07/08 00:36
論理学厨は自分が言葉の囚人になっていることを知らない
言葉の中だけで、すべて事足れりと自己満足しているだけだな

自転車の乗り方のコツさえ言語化されているというんだな
君らは自転車に乗れるかい?
乗れるのであれば、ぜひとも、自転車に乗ったことがない人のために、ここに自転車の乗り方のコツを書いてもらいたい
書けますか?
そこには言語化できない感覚や事象が含まれていませんか?
君らの言い分だと
「自転車に乗るためのコツ」
と書けば、自転車に乗るためのコツを書いたことになるんだよねw

絶対に言語化できないけれど、自分の身体の感覚で知っている事って君らは持ってないの?
身体は言葉の外にあるんだよ
465考える名無しさん:04/07/08 00:37
>>463
>「私の言語」というのはパロールのことでつよね?

いいえ。ラングというのはそれ自体では存在しないということです。
誰かに所有されることによって初めて存在しうるのです。
つまり、私の(ラング+パロール)という形でしか存在しないのです。
466二酉:04/07/08 00:46
>>465
ああ、そゆことでつか(´∀`*)でも、それ言っちゃうとなんか独我論ぽい気が。

ただ、ラングっていうのは自分以外にもそれを持ってる人が欲しいと思うです。
「私のラング」は生得的なものではなく、外部から与えられたものだと思うので。
そういう外部の「ラング」は存在すると思いますか?
467フェノ:04/07/08 00:52
言語化出来ないものは「無」に等しい
というのは、とらえ方としては、
名付けることの欲動ということでは。

認識において、名が無いものはない。
たとえば、自転車のコツの話があったが、
コツと名付けられている。
これはシニフィアンということで、コツの中身はシニフィエということで、
シニフィアンなきものは、無に等しいということかな。
468考える名無しさん:04/07/08 00:52
言葉の中でいくらこねくり回しても、言葉の外について明確には語れない
論理的であればあるほど、言葉の内側に入り込んでいく
469二酉:04/07/08 00:56
>>464
>>433(フサール ◆nj5mzrdIEMさま。)をよく読み返されると良いと思うです。
あと、自転車に乗るためのコツを教えるために、例えば背筋を伸ばすとか
目線は遠くに向けるとか、そういう「コツ」を言葉で言ったとしても相手が
その通りにできなかったらなんとも言えないです。自分じゃこれぐらいしか
自転車に乗るコツを知りませんが、他の人はもっと上手にいえるかもしれません。
自分が言語化できない=(誰も)言語化することができない、ではないのです。
470考える名無しさん:04/07/08 00:58
>>463
「同一の概念が日本語では・・・英語では・・・という記号で表される」
みたいな言い方だと、言語と独立した概念があらかじめ存在し、それに
いろいろなラベルが張られる、みたいなことになるよ、って言ってるん
だが、それでいいの? ひょっとして、どういう問題点を指摘されてい
るのか、本当に分かってないの?
471二酉:04/07/08 01:03
>>470
うん、ごめん。>>450がどういう問題を言ってるだかちっとも分からんでつ。
教えてくださいー。
472考える名無しさん:04/07/08 01:04
おまえが英雄か?
473考える名無しさん:04/07/08 01:22
>>470
言葉があるから概念があるってことだね

>>469
自転車に乗るとき、意識の外側で自動的に身体がバランスをとるでしょ
あまりにも無意識にやっているので文字通り意識できないと思うけど
意識の外側でやっていることにも、自転車に乗って始めて分かるコツみたいなものがあるはずだが・・・

自転車って例が分かりにくいのかな

どんな精密な機械でも作れない完全な平面を磨きだす職人がいる
人間の手で磨いて作り出してしまう
これは言語化できるのか?
師匠は弟子に、見て覚え、やって覚えるしかないと言う
「見て覚え、やって覚えるしかない」←これが言語化か?
それとも、その師匠は言語化できなかったが、誰か他の人ならその技を言語化できる可能性はあるのか?
または、誰でも言えそうな
「磨く時は背筋を伸ばせ」
とでも言えば、それで技を言語化したことになるのか?
474フェノ:04/07/08 01:43
「コツ」というシニフィアンとシニフィエが混在している。
475二酉:04/07/08 02:01
>>473 >>470
ああー!なるほど。独立した概念・現象があらかじめ存在する、というのは
自分はそう考えてます。そもそも世界は人間無しに始まったと思うので。
だから、赤色に相当する現象は、人間が生まれる以前からあったと思う。
それを人間が認識(差異化・分節化)できるかどうかは別としてですが。
んで、その事象に対して「あか」と名づけたり、「red」と名づけたりしたんじゃないかしら。

なんか混乱してきた。
476二酉:04/07/08 02:01
>>473
んんと、物事を完璧に言語化(記述)することはできないですよ。
誤読の可能性がある以上、伝え手の意志をそのまま100%相手に
伝えることはできません。そういうことが可能な人工言語を作り出せば
また別かもしれませんが、自然言語においては>>433の例のような
「10伝えて10伝わるコミュニケーション」というものはありえません。
なぜなら双方が持っている語彙や言語環境が異なるからであり、同じ言葉を
使っていても、全く同一のものを指すわけではないからです。

んで、何が言いたいかってーと、本人の身体感覚や、感情は、完全に
(ここは、本人の納得がゆくまでと言い換えてもいいかも)記述することが
できないということです。ある動きをキャプチャして、体を傾ける角度や
手を動かす速度をはじきだすのが客観的な記述の限界なのです。
逆に言うと、そこまでは言語化できるということ。
477二酉:04/07/08 02:05
この流れって「人間同士のコミュニケーションはの分析」スレに似てる・・・
先月の嵐のせいで落ちちゃったけど一応貼っておくです。
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1065194921/
478フサール ◆nj5mzrdIEM :04/07/08 02:13
>>476
 僕が言ったのはそういう事でもないんですけどね・・
自転車に乗るときでも、職人技の動作も、それに「コツ」
だとか名前をつけて、それについてあーだこーだ語れる
じゃないですか。それなら「言語化」と言って何が悪い?
ということを書いたつもりだったんだけど・・・
479二酉:04/07/08 02:18
>>478
ううん、自分も「コツ」という言語化で十分満足できますよ。
でも>>473さまがそれでは納得できない感じなので、>>476を書いたです。
蛇足だったらスマソ。
480XENON:04/07/08 12:46
少し議論がずれてきちゃってると思うけど

「言語化出来ないものは無に等しい」
の、言語化できないっててところに噛み付いた人がいて
「言語化できないものはない」などと書いちゃったもんだから・・・

先に議論を進めるためにこうすればどうかな
「言語化されていないものは無に等しい」
これなら輪郭を命名すれば内容まで含めて言語化したことになるという主張と
それでは言語化されていない部分が残るという主張の
堂々巡りから先に進めるでしょ


未だ言語化されていないもの(それが言語化することが出来るのか出来ないのかは置いておいて)について
それは無なのかどうか語りましょう
言葉の外側が存在するということについては異論ないですよね
481考える名無しさん:04/07/08 13:53
( ゚д゚)ポカーン
482考える名無しさん:04/07/08 19:15
>>466
>ああ、そゆことでつか(´∀`*)でも、それ言っちゃうとなんか独我論ぽい気が。

いや、独我論そのものです。

>「私のラング」は生得的なものではなく、外部から与えられたものだと思うので。

しかし、言語能力は生得的なものであり、自分のラングを構成する能力を持っている
と思うのです。つまり、人間はいちいち自分のラングを再構成しているのです。

>そういう外部の「ラング」は存在すると思いますか?

いえですから、それは存在しないと私は言っているのですが。

483フサール ◆nj5mzrdIEM :04/07/08 21:13
>>480
 いやあ、異論があるから噛み付いてるわけですけどね。
ていうかそれだと「そもそもそこで言う『言語化』って何よ?」
ってことにならないかな?単に定義の問題なんですが。

 明確な定義がないものについてグダグダ言うのは時間の
無駄なので、妥当っぽく思える定義を出しただけです。
どうも哲学板では、感覚だけで言い争って、実際何について
争っているのかわからないという事が多すぎる。
484フサール ◆nj5mzrdIEM :04/07/08 21:14
 言葉の外側なんてないと何度言えば…
いわゆる「言葉で伝わらないこと」なんてのも、それについて
語れるわけで・・・そして、そんな事言ったらほとんどのモノが
「言葉の外側」に出てしまうわけで・・

 「世界中の机」について語るとき、ひとつの机としてこの指示の
対象から逃れるものはありません。輪郭を指示などしていません。
コツについて語れば、説明が困難な事象を含めて指示しています。
「コツ」と言う時、説明できる範囲のみを指していますか?

 「言葉にできないこと」は、その指示内容に内在しているんですよ。
「コツ」を「コツ」という一語で指し示しているのは明らかなのに、
それだけでは内容はわからない。それでは内容を説明しようとしても、
他の言葉で言い換えるだけになってしまう。
この状況を素直に見てみれば、言葉の中あるいは内容に、この問題の
困難があるのは明らかですよ。
485考える名無しさん:04/07/08 21:28
>>475
なんか変でつ。概念は人間の創作だし、現象もこの場合光と人間の目の相互作用
と言う意味だと思われまつ。人間の目がないと赤い色は現象しないでつ。ブタやモグラ
では困りまつ。植物や鉱物だともっと困りまつ。
486考える名無しさん:04/07/08 21:34
どっちにしても言葉は無力だな。
487考える名無しさん:04/07/08 21:44
>>466>>469
つきつめて考えると私のラング以外のラングなんてないはずでつ。
言語は現地でなく地図にすぎないでつ。>>464>>468はそういうことを
言ってると思いまつ。
488考える名無しさん:04/07/08 23:23
>>487
じゃあどうして言語でコミュニケートできるの?
という問題があるが。
489考える名無しさん:04/07/08 23:42
妙な「つきつめ」方だな。
490考える名無しさん:04/07/09 00:06
「私的言語は不可能」という説はよく耳にするが、2ちゃんねるでは「私的でない言語
はない」という衝撃的な説が・・・。
491考える名無しさん:04/07/09 00:53
言語なんて適当なモノだろ
言語に表せないモノでも伝わるものは伝わる
言語で表せるモノでも伝わらないものは伝わらない
492考える名無しさん:04/07/09 21:49
>>484
ほとんどのものが言葉の外側だろ

この世の中、言葉になっていないものがほとんどなんじゃない?
493考える名無しさん:04/07/10 22:30
言葉で真実は判明しない
494考える名無しさん:04/07/10 23:19
ソシュールは言葉の構造を明らかにして非常に画期的だ
しかし彼は言葉の辺縁までは迫るが、その外側にはあまり興味がない

言葉の外側については彼に影響を受けたそれ以降の思想家が担う
495考える名無しさん:04/07/11 00:58
コトバで分からんヤツはカラダで分からせるしかない。
496二酉:04/07/11 06:40
>>482
もしかして言語学にスレ立てますたか??(・∀・)

「言語」は存在しない。
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/gengo/1089126009/
497名無しさん@そうだ選挙に行こう:04/07/11 14:37
コトバの外側が分からんやつはカラダで分からせるしかない
498二酉:04/07/11 19:32
>>495 >>497
ネット上では無理ぽ。

>>494
言葉の外側ってアナグラム研究のことじゃないの?
興味は十分にあったんじゃないかしら。
499名無しさん@そうだ選挙に行こう:04/07/11 20:12
フサール氏は言葉の外側はないというが

フッサールは現象学の大家でデカルトのコギトを突き詰めてコギトの源泉は生活世界であるという考え方を持った
コギトを相対化してしまった
さらに現象学はメルロ=ポンティに至り、意味の現れる場所=身体という考えに進む
身体がコギトの地平として現れる

現象学は言語学から記号論、ポスト構造主義へ至る道筋とは異なる過程を経て
身体という言葉の外側を発見したのだ

コトバの外側が分からんやつはカラダで分からせるしかない
500考える名無しさん:04/07/11 20:34
からだでは、反発を生むだけ、ということもありますよね。
501考える名無しさん:04/07/12 18:04
ある盲人が居るとします。
その人の進んでいる前には、がけがあり危険な状態です。
盲人は、そのがけが見えないので、言語にしません。そのまま進み続けます。
認識できないから、「がけ」を言語化できないわけです。
しかし目が見える人なら、そのがけが見えるし「がけ」と、言語化もできます。
この時、この盲人にとって「がけ」が「言語化できない。」から「無」に等しい。と言えますか?
またこの「がけ」を別のものに置き換えて、それが認識できない人ばかりでありながら、
危険が迫っていたとき、それは「無」に等しいですか?
502フサール ◆nj5mzrdIEM :04/07/12 20:20
>>499
 ハンドルネームは、なんとなくとったものです。僕は
現象学信者でもないし、フッサール本人でもないです。
あとそのコトバの選び方はかなり恣意的だと思います。

>>501
それ、僕へのレスですか?
>>433で言った論の延長でいくなら、崖は言語化できます。
盲人にも、「ガケは危険だ」とかなんだとか語れるじゃないですか。
…名前をつけて、言語にして語ってるじゃん!
まさか、すべての盲人はガケという言葉を知らないと言っているわけでは
ないでしょう?

 耳が聞こえない人を想定しても、何らかの方法でコミュニケート
できる以上、同様です。念のため書いておきますが、
コミュニケート方法が一切絶たれている人の場合は、
「言語」という前提がそもそも成立しません。

 つまり僕は、「言語」というのはどんなに広い概念も想定できる
すぐれた発明であったということがまず言いたいのです。
そこに落とし穴もあるわけですがね。
503考える名無しさん:04/07/12 20:25
今時、心理学の知識もないのに哲学やってて恥ずかしくないのか
504501:04/07/12 20:27
>>502
この部分をお忘れなく↓
>またこの「がけ」を別のものに置き換えて、それが認識できない人ばかりでありながら、
>危険が迫っていたとき、それは「無」に等しいですか?
505考える名無しさん:04/07/12 21:06
>>504
横からすみませんが、それって「認識できない」んじゃなくて危険が迫っているのを単に「知らない」ってだけの話じゃないの?
なんかここでの議論とは関係ないような気がするんですけど・・・。
506考える名無しさん:04/07/12 21:24
>>505
>横からすみませんが、それって「認識できない」んじゃなくて危険が迫っているのを単に「知らない」ってだけの話じゃないの?
同じ事でしょう?
つまり、例えば誰一人知らないことなら、言語化できない。それを「無」というなら、
知らないことを知る必要がないのだろうか?
予防を考えたとき、危険を探すということは、知らない(言語化できない)ものが存在し、
それを見つけて言語化することで回避する方法を探ると言えるのではないのだろうか?
探している危機は、その時点では存在するかどうか分らないもののことである。
分らなければ存在するとはいえない。であれば、スレタイは間違っている事になる。
507:04/07/12 21:26
イヌは崖に飛び込むのか。
なんだよ言語化って(w
508考える名無しさん:04/07/12 21:30
509考える名無しさん:04/07/12 21:30
訂正します。
>>506
>予防を考えたとき、危険を探すということは、知らない(言語化できない)ものが存在し、

予防を考えたとき、危険を探すということは、知らない(言語化できない)ものの存在の可能性があり、
510考える名無しさん:04/07/12 21:32
>>505アホですか?
511考える名無しさん:04/07/12 22:29
>>506

505です。
おれは「言語化出来ないものは『無』に等しい」というお題が正しいか間違ってるかは判らんです。
それに良く考えればこのスレにきちんと目を通したわけではないので、「ここでの議論とは関係ない」などという資格は俺にはありませんでした。反省します。

ですが、やっぱり>>501のあなたの議論の仕方は間違ってると思います。あなたはがけを認識できないということと危険が迫っているのを知らないということを無理やり同一のこととしてます。「がけ」と「危険」は別のことです。

今日はもう寝ます。
512501:04/07/12 23:31
>>511
がけとは、盲人(ある種の人)には認知できないが、目が見える人(ある種以外の人)が認知できる危険を表現するために使っただけ。
言語化するとは、誰かの認知に依存しているわけでしょう。認知できて初めて言語化できる。
では、目が見える人が居ないとき、誰も認知していない時点では、がけは「無」であり、
目が見える人が現れ認知されてから、がけが存在をはじめるのですか?と問いたいのです。
513考える名無しさん:04/07/12 23:58
はいはい、言語化できないものは「無」に等しくありません
スレタイに同意している人は実はこのスレにはあまりいませんw

ここは言語化できないものがあるということをフサールさんに説明しているスレです
今のところ、スレタイの前提について論議しています
514フサール ◆nj5mzrdIEM :04/07/13 00:39
 僕は「はじめに言葉ありき」なんてアホなこと主張していません。ただ、言語は「名づけ」
によって無限に拡張可能であるので、言語の外に何かが現れるなんてことは
有り得ないだろう、と主張してるんです。

>>512
 全世界の人間が認知できない概念も、「世界」ということばや「未知」ということば
の中に含まれている。外延は理解可能。内側にいくほど難しくなり、個人の資質が
問われてくる。この場合は内包される「ガケ」という概念が理解されたかされなかったか、
の違いでしょう。自分にとって未知の領域まで想像力を拡げれば、外延たる「世界」概念の
中には入りうるでしょう。

 ことばの「中の不可知」は、限界が設けられているとは思います。
ことばを操るのは人間の脳みそですから、物理的に限界があるに決まっている。
だけど、「言語化できない」っていうのとはまた違うじゃないですか。

 不可知は、ことばの中に内包されている。だから、未知を既知にするプロセス
とは、むしろことばの内側に入っていくプロセスだと考えるのですよ。そこから
ことばの限界とかを探りたい、というのが僕のスタンスです。ことばは観測が
なければ存在しませんが、しかしことばが観測だけで成立しているわけでは
ありません。想像力を拡げて「全世界」なんて概念も立てることができるんです。
515501:04/07/13 01:21
>>514
私にはあなたの言わんとしている事がポエムに聞こえて理解できません。

とりあえず、>>512のがけは、それが見える人が居ないとき存在せず、さらに、
盲人がそのがけから落ちるまで認知できないとすると、落ちる前は存在しないのですか?

誰一人予想も想像もしない危険はありませんか?
それとも「誰一人予想も想像もしない危機」と言う言語による「名づけ」がされたので、
何らかの危険が存在を始めたのでしょうか?
もしかすると「存在するかしないか解らない」が存在すると言っているのですか?
516フサール ◆nj5mzrdIEM :04/07/13 02:05
せっかく長文書いたのにまるで読まれていない屈辱!
文体にケチをつけるだけで内容の評価が終わったと思われる屈辱!
理解できてないのを「ポエムのようだ」で片付けられる屈辱!

>>515
 「誰一人予想も想像もしない」なんていう仮定が
そもそも非現実的。誰しも未知を想定して生きている。
予想も想像もしなければ、我々は新しいことを何も学べないっしょ。
正確さはおいといて、とりあえずなんでも「想定」はできるよね?
だったら新しく想定した概念に名前をつければカテゴリー化、
記号化が可能じゃないか。どんな概念だって、「全世界」概念の
「内側」として捉えられるじゃん?

 要するに視点の違いだよ。君はおそらく「言語で現実を切り取る」ような
言い方をしているが、しかしそれなら我々が現実以上のことを想定できるのは
なぜだろう?と考えると、「想像→言語は無限だ」という視点になったわけ。
まぁ、>>484で「言葉の外側なんてないと何度言えば…」とか言ってしまったから、
視点をおしつける形になってしまったのかな?
517考える名無しさん:04/07/13 02:43
>>516
世界という言葉に私やがけやまだ発見されていない生物などのあらゆる存在が含まれている。つまりすべての存在が言語化されている。
で、>>414の文
>哲学は、言葉の内側から、本来の言語化される以前の曖昧な世界と言葉との関係を突き詰めていくような作業であって
>突き詰めた先には、浮き彫りにされた言葉の構造がグロテスクに横たわっているだけなのだ
これを少し変えてこんな感じにする。
>哲学は、言葉の内側から、言語化されてはいても一様な世界という概念を細分化し、それぞれの関係を突き詰めていくような作業であって
>突き詰めた先には、浮き彫りにされた言葉の構造がグロテスクに横たわっているだけなのだ

こういう感じ?
518ζ ◆qghsbP9EHg :04/07/13 14:37

>>459
> 論理学自体が実際に実在の証明した場面を
> 私は、見たことがないと言うことです。

「実在証明」って・・・。 こんなこと他のどの学問にもできませんよ。あなたが
私の実在を、あなたの実在を、あなたの目の前にあるコンピューターの実在を「証明」でき
ないのと同じことです。命題の真偽など、あなたがどの程度の「正確性」を求めるかで
す。

> 論理学ってようは、言語学における<概念>の「メタファー」として<機能>する
> ものだと私は考えています。 

全く違います。 論理学は「与えられた前提 (若しくは公理) 内であれば、
以下のステートメントは正しくなければならない」という「推論ルール」しか与えてくれません。

言語は言語として構築すればいい。しかしその "言語" も、推論ルールなしではその言
語内の命題同士での掛け橋がない。

「わたしの目の前のテーブルの上には一枚のニッケルがおいてある。
もし私がもう一枚のニッケルをそのテーブルの上に置いたならば、
テーブルの上のニッケルは 計 2 枚になるだろう。
今私はニッケル一枚をテーブルの上に置いた。
故にニッケルは 2 枚テーブルの上に置いてあるだろう。」

この推論は、既に仮定されたある推論ルールなしではなされないステートメントですね。
519ζ ◆qghsbP9EHg :04/07/13 14:44

>>459
ここで私達が何の推論ルールも仮定しないことにしましょう。
では、もし私がある任意の言語で「コンピューターは人間にはなりえない」という命題を掲げ
たとき、あなたは「どうして?」という質問をするでしょう。 しかし、何の推論ルールも
もたない私はどのようにしてあなたにこの理由を説明することができますか?
この時、私もあなたもこの命題が嘘か本当かを確認できません。

> うーん言っていることが通じるかしらん。通じなかったらスルーしてください。
> ちなみに言っておくと私は、論理学の基本的な知識はほぼ皆無です。

いや、通じていますよ。ただあなたの「論理学」っていう概念が実際のそれとは
かけはなれてしまったかなとは思います。

まー論理をまったく知らなくても、言語は何らかの論理システムを採用しなければまっ
たく面白味のないものになってしまういうことは覚えておいてください。
あと、あなたにもコテを付けてもらえるとうれしいんだけどね。哲学で
名無しとの会話ってあまりする気がおきないんで。

他の人達も哲学板にいるときぐらいは「自分」を作ろう (たとえそれが本当のあなたで
はなくても)。
その「自分」が他人の中に住むことは別に気分の悪いことじゃない。

あー腹へった。
520ζ ◆qghsbP9EHg :04/07/13 14:52
>>フサール ◆nj5mzrdIEM
いやー、遅れてごめんね。
忙しいんだわ。

>>462
>  すまん、論理式は苦手だ。初めて見た記号がいっぱい。なんだか顔に見えてくる。

数学 (てゆーか記号操作)もちょっとは学んどいた方がいいと思う。 人間は正確性を求めれば
求めるほどその技術が必要になっていくんだからね。

> 「無」の定義は、「ゼロですらない絶対無」というのがマイ脳内イメージ。ゼロというのは
> 存在を前提にしてるから、それすらも許さない、みたいな。
> だから本来「無」という概念自体ない。言葉にできない。「無」よりも「Nothing」のほうが
> イメージに近いが、表すことはできません。言語化できません。
> ・・・と書くと、「『無』って言ってるじゃねーか」と言われそうだけど、だからこそ「無」。
> 「実体がないから、表す言葉もない」というのが無のイメージ。
> よって、僕の考える「無」は「無」と呼んだらすでに「無」ではありませーん・・・
> ほら、面倒くさいでしょ?

無を考えること自体無駄だよ。 無を考えようとすることは無の「何か」を仮定すること。
無はなんでもない: 意味もないし、理由もないし、考える必要もない。
それは「everythingness」にも言えること。何かを考えればそれはeverythingnessに含
まれ、それは永遠に続く。この implication: 神の存在は証明不可能。

これらの問題は数学にも存在する。まー、あなた (フッサールって・・・)も数学やって
みなよ。( フッサールも昔は数学者だった。) あそこは哲学的アイディアがいっぱいつ
まってる。(しかし、論理学の方が密度は高いかな。w)
ただ、問題は数学者自体、その哲学的意味に気付いていない (何やってるかわかってな
い) ということだね。この前 Philosopher-King って人もそれを基に数学板の住人達に論争を
しかけ、それを馬鹿にしてた。
521二酉:04/07/13 19:04
>>512
>あなたはがけを認識できないということと危険が迫っているのを知らないということを無理やり同一のこととしてます。
>「がけ」と「危険」は別のことです。
禿同。

>>512
>言語化するとは、誰かの認知に依存しているわけでしょう。
ここはその通りだと思うです。でも、
>では、目が見える人が居ないとき、誰も認知していない時点では、がけは「無」であり、
>目が見える人が現れ認知されてから、がけが存在をはじめるのですか?と問いたいのです。
ここはどうかと思うです。前にも少し触れましたがあまりに独我論的な見方でつ。
我々は、周囲の現象を一般化して捉える事ができるです。だから、誰もいない
山の中でも木が倒れたら「きっと」音がする「だろう」とか考えられます。
観察者がいないから、その現象が非知のものであるからといって、各々のの経験に
合致しないものを例に出すのは他者との話し合いにおいてはどうかなー思うです。
というこのレスも501さまの閉じた世界が作り出す幻想、になっちゃうとなんとも言えないのですが(´・ω・`)
あと、危険の有無(の判断)は存在とは全く関係ないと思うですよ。
出かけなきゃならんので10時以降、時間があれば続きを。
522二酉:04/07/13 22:02
帰宅しますたが書きたかったこと忘れちゃったよママン(ノ∀`)
>>515
崖っていう比喩がいけないのかもしれない。目の見えない人にとっての
色とか明るさっていう概念をを想像してみるといいかも。
言葉によって概念は切り取られています。「赤」とか「暗い」とかの言葉だって
聞いたことはあるかもしれない。でも、それを視認できない当人にとっては
言葉があるだけなのです。当人にとっては「赤」も「明暗」もないも同然なのです。
でも、だからといって色がないとか、明暗がないとか言うんじゃないのです。
観察者が認識できない現象にも、(他の観察者が)名づけをすることは可能だという事、
ひいていえば人間の認識・象徴化能力の限界までは言語化できるということでつ。
それができないものっていうのは>>514>>516でフサールさまが仰っているような
ことばの「中の不可知」なんじゃないかしら。でもなんか混乱してきた。
523XENON:04/07/14 01:34
>>514
名づけによって無限に拡大可能というのは可能性をいっているのであって
言葉は実際は有限です

世界は無限に分割可能ですから、それら一つ一つに名前をつけ、概念を独立させてやれば言葉も無限ということになります

しかし無限の概念を把握する脳はありえませんから、言葉は有限です


さて、「言語化できないものはない」というフサール氏の言葉を考えてみましょう

「言語化できないもの」と言った時点で「言語化できないもの」と命名していますから
フサール氏の考え方に因ればこれは既に言語化されています
ということは”言語化できないもの”を意味のままに表現する言葉はないということになります
表現した瞬間に言語化できないものではなくなるからです
ここまでは理解できますね

フサール氏が言うように名づけによって言葉は無限に拡大するという
その言葉が指し示す意味や内容に踏み込まずに、言葉で囲めばすべて言語化できたとする立場で考えた場合
「言語化できないものはない」という言葉はトートロジーに陥っています
「言語化できないもの」は”言語化できないもの”指し示していない
「言語化できないもの」という言語は既に矛盾しているわけで、それを「ない」と否定しているわけです
当たり前のことを言っているだけということになります

しかし、ここでいう「言語化できないもの」は本当に言語化されていないものを指し示していることは明白です

それでは、本当に言語化できないものとはなにか
実際には無限に言語化することは不可能でも、無限に言語化することは可能だと主張されては面倒なので
未だ言語化されていないものとはなにかについて考えてみます
524XENON:04/07/14 02:18
フサール氏的な考え方によると「言語化できないものはない」という言葉が意味のないものであることは分かっていただけたと思います

そういう意味で、ここのスレタイは正しいことを言っているのかもしれません


未だ言語化されていないもの
それは、意識されていないものと言い換えることもできると思います
意識の外側にあるものです

意識されたものは「命名」という作業によって言語化が可能です

誰も気がついていないこと
これは未だ言語化されていません
新しい発明や発見がなされる以前のそれは言語化されていません
円周率が発見される以前の3.1415926・・・という数字は言語化されていません
同じように、現在発見されていないものは言語化されていません
525XENON:04/07/14 02:19
自転車に乗る「コツ」の本質は無意識のうちに身体がバランスをとるところにあります
自転車に乗るコツを知っている人とコツを知らない人は何が違うのでしょうか
「自転車に乗るコツ」という言葉を知っているかどうかでしょうか
「自転車に乗るコツ」という言葉は言葉にならない意識の外側の「なにか」を便宜的にそう呼んでいるに過ぎないのです

我々は言葉の囚人であって言葉の外側を表現する時に困難に直面します
言葉によって言葉にならないものを表さなければなりません
しかし、そのことが言葉の外側が存在しないという証明になるわけではありません
言葉が指し示している言葉の外側の世界を想像しなくてはいけません
それが出来ない人は、言葉の監獄の中で、世界はここしかない、外の世界なんてありえないと言い張っているに過ぎません

虹の色を無限に命名することにしましょう
7色、10色、50色、100色
はたして人間は色の違いをどこまで区別することが出来るのしょうか
意識できない色の差異は存在します
しかし、意識が出来なくとも波長が違えばそれは違う色なのです
逆に、意識が出来る差異だけを人間は色として区別しているとも言うことが出来ます

言葉は世界を切り取っていきますが、それは人間が必要であること、意識できたことだけを
大雑把に切り取っているのです
世界=言葉のはずがありません
言葉は人間に負っています
人間の脳の能力の範囲内のものです
さらに言えば、人間の意識に上るものの範囲内でしかありません
意識の外側にあるものはたとえ自分の肉体に起こっていることでも言語化されません
526フェノ:04/07/14 11:02
「言語の外側」という言語か…
527フェノ:04/07/14 11:11
波長が違うのは充分言語化されてると思うが、数字で
528フェノ:04/07/14 11:14
無限とは有限の差異であって
この二つで世界すべては名付けられたわけで…
529フェノ:04/07/14 11:22
シニフィアンは認識世界をカバーする
そしてすべてのシニフィエはシニフィアンに内包される

よってシニフィアンに内包されない世界はない
ということかな…
530フェノ:04/07/14 11:28
言語の差異の体系には隙間はない

雪の呼び名が100種類ある国でも一種類しかない国でも
言語の差異の体系では
すべては言語化される
531考える名無しさん:04/07/14 11:28
フェノの論法あきたからこっちまでくるなよ
もうわかったからさ
532考える名無しさん:04/07/14 13:01
まんこが言語化できるなら、万個が無くても、言語さえあればいい。
まんこが言語化できないなら、まんこはむに等しいから、なくてもいい。
533考える名無しさん:04/07/14 13:03
まんこは、言語だけですむほど完全に言語化することは出来ない。
しかし、まんこなしで済ますことは出来ない。
したがって、言語化できないものは無に等しいとはいえない。
534505@規制解除あけ:04/07/14 17:10
>>512
> >>511
> がけとは、盲人(ある種の人)には認知できないが、目が見える人(ある種以外の人)が認知できる危険を表現するために使っただけ。

いや、それは判ってるんですが。おれもあなたが出した例に沿って話してるだけです。とにかく「がけ」か「危険」かどちらかにしませんか?あなたの例題は不要な設定が多すぎて判りにくくなってると思いますよ?盲人かどうかも必要ないでしょう。

あと、以下の話題は若干スレ違いの気もしますが、
> では、目が見える人が居ないとき、誰も認知していない時点では、がけは「無」であり、
> 目が見える人が現れ認知されてから、がけが存在をはじめるのですか?と問いたいのです。

これはある意味そう考えて間違いではないと思います。又、>>515
>とりあえず、>>512のがけは、それが見える人が居ないとき存在せず、さらに、
>盲人がそのがけから落ちるまで認知できないとすると、落ちる前は存在しないのですか?
これもそのとおりだと思います。

535505@規制解除あけ:04/07/14 17:27
それから、スレタイを解釈する上でフサールさんが定義付けを試みている様ですが(>>433)、
これは「言語化出来ないもの」と「言語化出来ないもの」という概念を混同されてる様なので失敗していると思います。
>>456のζ ◆qghsbP9EHg さんも同様です。
なので、このスレでいろんな方が指摘している様にこの定義からは「言語化出来ないものはない」とは言えないと思います。
536フサール ◆nj5mzrdIEM :04/07/14 21:11
 >>523

 なるほど、なるほど!
確かに、「物体」でも「概念」でもくくれない「言語化できない何か」に関して
問うなら、「存在しない」とは言い切れないな。「もの」の枠に入らない何かなら。
存在するのかどうか、正体もおそらく永遠にわからない「何か」。
話の対象になれない「何か」。確かにわからん。本来「何か」とも呼べないもの
だからね。たしかに思慮が足りなかったかもしれん。いやーありがとう。
そんな変な何かがあるなんてまったく考え付かなかったよ。

 僕が意図していたところは、「言語化できない『もの』はない」と書けば理解して
もらえるかな?およそ「もの」として捉えられる以上、記号化・言語化できる!
これでOK?
537考える名無しさん:04/07/14 21:19
言語より身体が先でしょうね。
身体で感受できないものは無に等しい。
538501:04/07/14 23:49
>>534-535
私は言い換えをした方が解りやすいと思って書いたのですが、だめだった様ですね。

そもそも私は、今現在の人間が進化の最終形ではないし、言語も同様だと思っています。
例えばおよそ20万年前、人類の祖先が生まれたころの人間と、現在の人間は変わらないのでしょうか。
思考の深さや言語で考えた時、現代の人類から20万年前の人類を見ると、何もわかっていない無知な人間だと思うでしょう。
逆に、20万年後の人類(生き残れたと仮定して 或いは、人類を超えたされに高度な何か)が現在の人間を見たら、
同様に無知だと思うであろうと想像するのです。
(私はこれを、盲人と目が見える人に例えて見ました。<盲人を見下しているのではないので念の為)
過去の人類には想像も予測も、つまり認知されず言語化していなかったことが、現在認知されていることでしょう。
そして未来には、現在の人類が想像も予想もできない事が起こっているでしょう。
といっても、こんな言葉でも語りえない事です。
言語化できないものには、まだ言語化されていない物も含まれる筈です。
認知されるまで、言語化されるまでの時間差は、短いものもあれば長い時間がかかるものもあるかもしれません。
仮に20万年後に、認知され言語化されたところで、それですべてではありません。
だから私は、現在の人間が言語化できていないもの、すなわち想像も予想もしていない事があり、
そしてそれが、必ずしも無だとは思わないのです。

そして何より「想像を超えた」や「未知」などの言葉で、
あらゆる物が現在の人間の概念の内側にあるなどと言ってしまうのは、のぼせた思い上がりだと思う、まあ私のポエムです。

ついでに、飛躍した(ひねくれた?)考え方を一つ。
未来の人類の発声や聴覚が変化し、現在の文字にも言語にもできない声(の様なもの)で、
現在認知されておらず、新たに認知された「何か」に呼び方がつけられるとしたら・・・・?
539考える名無しさん:04/07/15 00:16
>>538
キティー
 >>538
 とても分かりやすい文章だと思う。それゆえ、誤解している場所も指摘しやすい。
(確信犯なのかもしれないが。)

 スレッドタイトルにある、「《言語化》出来ないもの」とは、
現在たまたま言語化出来ていないもののことではなく、
永遠に《言語化》出来ないようなもののことだと思う。

>あらゆる物が現在の人間の概念の内側にあるなどと言ってしまうのは、のぼせた思い上がりだと思う、
 仮にそう考える方がいたとしたら、その通りであると思う。

>未来の人類の発声や聴覚が変化し、現在の文字にも言語にもできない声(の様なもの)で、
>現在認知されておらず、新たに認知された「何か」に呼び方がつけられるとしたら・・・・?
 呼び方はどうでも良いと思うが、そういう「何か」がありえないとは言えない。
……試しに、女神ナマギーリの啓示、とか言ってみる。
でも、その内容を言語で表現することができるから、「何か」ではないか……。
541501:04/07/15 20:54
>>540
>永遠に《言語化》出来ないようなもののことだと思う。
私は、未来において人類が、言語以外の何かで思考する可能性もあると言いいたいのです。(>>538の最後)
言語以外ですから、未来には「言語化」しないのですよ。空想ですけど。

それでも「言葉にならないなにか」という言葉で、言語化したと言い張るならもう私は何も言いません。
こうなると「何も無い所には<何も無い>が存在する。」みたいな議論になりますからね。
542501:04/07/15 21:19
>>541
ちょっと訂正します。
>こうなると「何も無い所には<何も無い>が存在する。」みたいな議論になりますからね。

こうなると「何も無いとは<何も無い>が有る。」みたいな議論になりますからね。
543単なる愚か者 ◆B5j0Fhef0w :04/07/15 21:56
 >>541
>>540
>>永遠に《言語化》出来ないようなもののことだと思う。
>私は、未来において人類が、言語以外の何かで思考する可能性もあると言いいたいのです。(>>538の最後)
>言語以外ですから、未来には「言語化」しないのですよ。空想ですけど。

 【《思考》と《言語》】
 数学の証明の〔アイディア〕を得るために思いを巡らせることは、《思考》だと言ってよいと思う。
そうだとすると、そのような《思考》は、非言語的な場合もある、と言ってよいのではないだろうか。
(その極端な例が、女神ナマギーリの啓示である。)
 つまり私は、現在の人間も非言語的な《思考》を行っているのではないか、と思う。

 《言語》は、その〔アイディア〕を数学者たちが共有するために用いられるのではないだろうか。
言い換えれば、言語による〔厳密な証明〕とは、主観的〔アイディア〕の客観化である。
(ダメットに詳しい方、よかったら添削してください……。)

>それでも「言葉にならないなにか」という言葉で、言語化したと言い張るならもう私は何も言いません。
>こうなると「何も無い所には<何も無い>が存在する。」みたいな議論になりますからね。

 いや、《存在》とか《無限の実体》は端的に存在する。
それゆえ、「何も無い所はない」のである。(?)
(パルメニデスやスピノザに詳しい方、暇だったら添削してください……。)
544501:04/07/15 22:04
>>543
>それゆえ、「何も無い所はない」のである。(?)
そう思います。「所」という設定を入れたことで、場所(空間)が存在しますからね。
それで>>542の訂正を入れたのですよ。
545考える名無しさん:04/07/15 22:26
文系の人には分からないと思うけど
数学者がもっとも抽象的なことを考えている人種です
哲学者や物理学者も思いも寄らない、言葉以前の概念を思考し、数式という言葉に還元する作業が数学です
すぐれた数学者は抽象的なもやもやしたままの状態で思考することが出来るんじゃないかと思う
546考える名無しさん:04/07/15 22:50
言語化は概念化であり抽象化でもあります。
曖昧でもやもやした状態と抽象化された状態とは対極にあるように思います。
547考える名無しさん:04/07/16 00:38
語り得ぬことに関しては、沈黙しなくてはいけない。
548考える名無しさん:04/07/16 00:53
>>546
言語化は抽象化じゃなくて具象化じゃないの?

抽象的なものといった場合普通は言葉では表現しきれないものを含んでいる事柄を指すのでは?
549単なる愚か者 ◆B5j0Fhef0w :04/07/16 05:46
 >>546
>言語化は概念化であり抽象化でもあります。
>曖昧でもやもやした状態と抽象化された状態とは対極にあるように思います。

 ある音声や印が、《言語で【表現】されたもの(言語化されたもの?)》と言えるためには、
既存の言語の体系に、その【表現】が位置づけられていなければならない。
(そうでなければ、言語とは言えないのではないだろうか。)

 表現が位置づけられた状態のほうが、そうでない状態よりは、
「曖昧でもやもやした状態」ではない、と言える。

 >>547
>語り得ぬことに関しては、沈黙しなくてはいけない。

 確かに、このスレッドのタイトルは、「検証可能でない命題は有意味ではない」という、
全ての理論に先立つ規準?を想起させる。

 >>548
>>546/言語化は抽象化じゃなくて具象化じゃないの?
>抽象的なものといった場合普通は言葉では表現しきれないものを含んでいる事柄を指すのでは?

 抽象とは、「事物や表象を、ある性質・共通性・本質に着目し、
それを抽(ひ)き出して把握すること」である。
 そうだとすると、言語によって体系的な抽象化がなされている、と言えると思う。

 >>540 曖昧な表現を修正させて下さい。
>《【あらゆる物が現在の人間の概念の内側にある】などと言ってしまうのは、
> のぼせた思い上がりだ》と思う、
 仮に【 】内のように言う方がいたとしたら、《 》内の通りであると思う。
550考える名無しさん:04/07/16 13:03
「有」の効率的認識手段に等しい、の間違いだろ。
551考える名無しさん:04/07/17 00:33
>>548
たとえば犬という言語が指すのは
犬という概念でしょ?
具象は実際にいるあの犬、この犬で。
ポチやシロから共通する要素を抽象して
犬という概念ができる。
存在しないもの、たとえば美も
いろんな対象に共通の印象の抽象でしょ。
で、共通要素を抽象し概念化言語化する
という意味で言ったわけ。
>>549
どちらもその通りだと思います。でも545の
もやもやしたままの状態は多分、表現以前
抽象化以前の状態やその過程のことだと
思いますよ。
552単なる愚か者 ◆B5j0Fhef0w :04/07/17 02:10
 >>551
>>548/たとえば犬という言語が指すのは/犬という概念でしょ?
>具象は実際にいるあの犬、この犬で。
>ポチやシロから共通する要素を抽象して/犬という概念ができる。
>存在しないもの、たとえば美も/いろんな対象に共通の印象の抽象でしょ。
>で、共通要素を抽象し概念化言語化する/という意味で言ったわけ。

 上のような説明を、素朴意味論と呼んで批判している本を読んだことがある、という記憶がある。
(半分くらい読んだところで返却期限が来てしまったが、とても分かりやすい本だった。)
丹治信春『言語と認識のダイナミズム』頸草書房
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4326153156/ref=pd_ecc_rvi_1/249-7848653-4044329

 また、次の本も気になるところだ。参考文献でよく見かけるので。
稲垣良典『抽象と直観』創文社
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4423100851/qid%3D1089997322/249-7848653-4044329

 >>549 次のように記したほうが、まだましかもしれない。(《 》内を修正した。)

 ある音声や印が、
《[思想]とか[事態]とか言われるもの(むしろ事?)を、
 言語で【表現】したもの(言語化したもの?)である》
と言えるためには、
既存の言語の体系に、その【表現】が位置づけられていなければならない。
(そうでなければ、言語とは言えないのではないだろうか。)
553考える名無しさん:04/07/17 02:18
表現とは静だろう。しかし表現が位置付けらるためには動的な実体がなければならない。で
554フサール ◆nj5mzrdIEM :04/07/17 02:30
>>536
 判りづらかったと思ふので自己レス。
「言語化できない『もの』はない」っていうのは、
「焼いていない『焼き魚』はない」というのと同じ。
つまりは、ものの枠にはめられるモノならひとまず
言語に出来る、ということ。「定義により1+1=2」と
一呼吸くらいの至極当然のことだから、トートロジーにも
見えるかもしれんが、よく見てね。よく読んでね。

 しかし、これも「もの」ではない何かについては
当てはまらない、と。「概念」でくくれない何かが
あれば、それはもうお手上げです。言語化できる
はずがない。言葉では考えられない。

 ってなわけで、たしかにオラの定義でも「言語の外側」
は想定できることがわかりました。みんなありがとう。その「外側」は
完全不可知・未来永劫不可知なんですがね。
完全に不可知なものは「あるかどうかわからない」。調べようとするのは無駄。
語られうるものは語られうる。ヴィトゲンシュタインっぽい結論だ。
今度ちゃんと読んでみよっと。

…ああ、我ながら自己満足&電波っぽいレスだ。ごめんね。
555フサール ◆nj5mzrdIEM :04/07/17 02:34
 あと、「言語化できない」って多くの人が>>433じゃない定義で
言ってるけど、誤解を承知で言えば、単なる探究心の放棄に見えるんだよね。
それが僕がやたら噛みついてた理由のひとつです。

 科学者の疑問は、「言葉の意味がわかりません」に集約
できる。例えばさ、火を見てそれに「火」という名前をつけて、
そしてはじめて「火ってなんだろう」と疑問を口に出せる
わけでしょ。「火」という言葉が生まれてなくとも、
「この熱いものはなんだろう」の場合は「この熱いもの」と名前をつけて
はじめて言葉の中身について疑問を表明できる。

 それなら、「言語化できないものが確実にある」っていうのは探求の
あきらめじゃないのか?
556考える名無しさん:04/07/17 04:57
探求の放棄ではないだろ?
無意識の意識化というモチーフは共通のように見えるが。
557考える名無しさん:04/07/17 05:06
探求=科学
定義=哲学
バタンキュー=昨夜の漏れ

558考える名無しさん:04/07/17 20:36
ニッポン アホタレ ノ カイ ハ ココデスカ?
559501:04/07/18 19:44
>>555
疑問は、言語に置き換えなくても、口に出せなくったって探求する事はできるでしょう。
言葉が必要なのはそれを誰かに伝えようとする時ですね。
それともあなたは、言語を使う前の人類や言葉を持たない生物は、何も考えていないとお考えですか?
何かを認識するためには、言語が無ければ不可能だと言う事ですか?
コウモリやイルカが超音波を使って空間を認識することを、どう考えるのですか?

私には、あなたが単に言語に縛られているだけに見えます。
560XENON:04/07/18 21:55
>>501
人間は(あなたも含めて)言葉に縛られていることを君は知らない
561考える名無しさん:04/07/18 22:00
>>560
     「私は…」、だろ
562フサール ◆nj5mzrdIEM :04/07/18 22:22
>>559
>何かを認識するためには、言語が無ければ不可能だと言う事ですか?
 そんなこと誰も言っていない。もう少し考えないといけないよ。
言葉を拡張するのもよくない。認識全般のことなど誰も言ってないって。

 認識と探求は違う。言語というか、認識をアウトプットする手段がなければ
疑問は生まれないでしょ。そもそも疑問っていうのは誰かに聞いてこそだからね。
認識はある。発見もある。つまりは、「火は熱い」という事は認識できるが、
「なぜ火は熱い?」とか「火はどのくらい熱い?」っていう志向的な疑問を
高度なコミュニケート手段がない生き物が『自ら』発することができる?
563501:04/07/18 22:43
>>559
敢えて言うなら、人間関係は言葉に縛られているとなら、いえるかもしれません。
しかし、そうでなければ必ずしも言葉に縛られているとは思えません。

たとえば、ファッションを考えたとき、センスがいいとか悪いとか言うのはどういうことでしょうか?
これは、まず感覚で受ける印象を誰かに伝えるために言葉に置き換えているだけです。
しっくりくるかこないかの感覚は言葉以前にありますよ。
また、体の痛みは、言葉が無くても感じます。
胃がシクシクまたはキリキリ痛むとか、頭がズキズキするとかがんがん痛むとか、
誰かに伝えるときに苦労する事がありますが、何らかの痛みの感覚が先にあり、
それに対して適切である言語を探すから苦労するのだと思います。
まだ言葉を知らない赤ん坊が、人に抱っこされて泣いたり、安心してすやすや眠ったりするのはどういうことですか?

>>562
疑問が誰かに聞いてこそってどういうことでしょうか?
料理人が料理をおいしく作るにはどうしたら言いかという疑問や探求、
どういう味付けにするか、火加減をどうするか、言葉で考えていると思いますか?
そうではないでしょう。言語が無くても、認識も探求もできますよ。
564考える名無しさん:04/07/18 23:35
>>562
>「なぜ火は熱い?」とか「火はどのくらい熱い?」っていう志向的な疑問を
>高度なコミュニケート手段がない生き物が『自ら』発することができる?
これは言いたいことはよく分かる。でもコミュニケーション手段というより、
それこそ思考の手段と言うべきでは?
思考にとっての言語の重要性はおそらく誰もが認めるところじゃないかな。
565フサール ◆nj5mzrdIEM :04/07/19 21:21
>>560
 ことば無しに思考なんかできないし、ことばに一喜一憂する生活を
考えれば、確かに縛られてるけど、そんな事言ったら

「我々は服のせいでセックスアピールできない!服に縛られてる!」
「パソコンなしでは仕事ができない!パソコンのせいで睡眠時間が減る!
 パソコンに縛られている!謝罪と賠償を要求する!」

 …ってな感じになりそうなんだよね。スレ違いなのでここまでにしとくけど。
あと>>563、ファッションほど言葉に一喜一憂する世界もないぞ!
566フサール ◆nj5mzrdIEM :04/07/19 21:23
>>563
 良い子の諸君!なにか例を出せば論破したことになると思うのは詭弁だぞ!
ていうかさ、料理人の例でも大いに言葉で考えてるよ。「スパゲティーはどうやれば旨くなるのか?」
これは「何をどのくらいソースに使うか」とか考えずに適当にやってたらジャイアンシチューになるよ。

>疑問が誰かに聞いてこそってどういうことでしょうか?
 言葉そのまま。じゃあ駄目だよなぁ。要するに、疑問文は訊く相手がいないと成立しない、
ということ。一人で考えるときさえ、「自分に訊く」って形で思考が成立できるでしょ。
相手に考えさせない疑問はそもそも疑問じゃあないよな、って事。

>>564
 その通りだけど、>>562は、思考の発生段階を考えて、「探求の条件」は「言語思考の発生」、
「言語思考の発生の条件」は「コミュニケーション手段としての言語の発生」と
遡られるから、それならなにがしかの高度なコミュニケーション手段がない生き物は
「探求」ができないんじゃないの?と言ったレスだったのよ。
567XENON:04/07/19 21:44
思考自体が言葉の影響を受けている

言葉とは、我々が生きてきた文化や慣習、伝統、歴史などを踏まえて存在していて
この世界をそれぞれの人が解釈する上での根源的な概念となっている

言葉を知らない赤ん坊が、少しずつ言葉を覚えていく過程において
その既定の概念が植えつけられていく
人は、世界を、まったく何者にも影響されずに解釈しているわけではない
言葉を覚えることにより、歴史や文化を踏まえて思考するようになる

そういう意味で、誰しもが、言葉に縛られているといえる

しかし、我々は言葉の中だけにとどまっているわけではない
身体は言葉の外側で”思考”している
芸術活動は言葉の頚木からいかに逃れることが出来るのかという活動であるということも出来るであろう
言葉に縛られながらも、外の世界を見ることはできる
568考える名無しさん:04/07/19 21:49
言葉からいかに自由になりうるかが、真の知性の証さ。
569考える名無しさん:04/07/19 22:25
言葉を使って、言葉に使われない、これが肝心?
570考える名無しさん:04/07/19 22:48
他人の言葉を理解せずに批判する、これ最強
知将は無敵
571考える名無しさん:04/07/19 23:12
言葉より雄弁に語るもの・・・・
572考える名無しさん:04/07/19 23:16
びずぃん
573501:04/07/20 01:17
>>565
>あと>>563、ファッションほど言葉に一喜一憂する世界もないぞ!
しっくりくるかこないかの感覚を言っているだから、この答えは意味がありませんよ。

>>566
>これは「何をどのくらいソースに使うか」とか考えずに適当にやってたらジャイアンシチューになるよ。
誰も考えずにやってるとはいってませんよ。言葉を使わなくてもイメージだけで思考ができる例としてあげたのですよ。

疑問だって、言語に頼らずにできます。
迷子になって、親を探しながら泣いている子供がいるとします。
子供は、いつもそばにいるはずの親の顔が見当たらなくて、不安になります。
親を探すとき、周りの人の顔と自分の頭の中にある自分の親の顔のイメージとを比べて、
合致するかどうかで、親の存在を認識し、それが誰とも合致しないと不安になるわけです。
この一連の作業に、「自分の親」という言語は必要ありません。
そして、親を探して歩き回るわけですが、そのときいちいち、
「どこを探せば自分の親がいるのだろう?向こうを探してみようか?こっちはどうかな?」
などと、自分に対して言葉を使って疑問文にしていると思いますか?
それとも認識も疑問もなく、思考もしていないというのでしょうか?

あなたは、自分の親と他人の親との区別はつきますか?区別できるのなら、それは、
言葉ではなく「イメージ」という言語でもなく、まさにイメージそのものによって思考するからでしょう。
親の顔を思い浮かべているときに、誰かに「今、何を考えてる?}と聞かれたら、
「今、親の顔を思い浮かべていた。」とアウトプットの際に言語に変換して答えるんです。
言語とイメージは密接ですが、イメージだけで思考する事も可能なのですよ。
574フサール ◆nj5mzrdIEM :04/07/20 01:47
>>567
 芸術家かぁ。それ面白い。言葉の表現がおっつかない場所に挑戦する
ってことだね。感覚からくるものを言語にするというのは確かにその通りだよね。
しかし、そっちにいくとさらに研究の視点が欠けてくる。人に伝わりにくく、
記録もされにくい。そのぶん独創性は豊かになるんだけどね。
シチめんどくさく地道に探求するのも、感覚に頼って発見を求めるのも
どっちのプロセスも抜けてはいけないと思うんだよね。中庸を取るみたいに
なっちまったけど。

>>573
 きみの浅読みにはホトホトうんざりさせられる。
「何がしっくりくるか」さえも、言葉の流行に支配されるってこと。
君は今、紋付袴を着てレスしているのかね?それより現代の服が
しっくりくる感覚があるでしょうが。流行りモノを着たくなるのは
今の流行について言語情報がいってるから。

 そして良い子の諸君!言葉の意味を拡張するのは危険だぞ!
誰も「思考」ができないなんて言ってないって。「探求」だって言ってるのに。
何度も言ってるのに。いいかい、探求っつーのは自ら問いを立てて自ら調べるプロセス。
問いを立てるには「何について」聞くか知っていなければならない。
したがって言語が必要になる。

>疑問だって、言語に頼らずにできます。
この場合の子供の思考が「疑問」か、よぉ〜〜く考えてください。
具体的には10時間以上。僕はもう寝るんで。
575501:04/07/20 03:01
>>574
> きみの浅読みにはホトホトうんざりさせられる。
>「何がしっくりくるか」さえも、言葉の流行に支配されるってこと。
ファッションを例に出したから、うまく伝わらないのかも・・・
単に、色のコーディネートだったら、伝わるでしょうか?
ファッションのスタイル(紋付袴とか)などの、それこそ浅い事を言っているのではないんですよ。
いくつかの色の組み合わせを見たときの心地よい配色や不快な配色。そういう感覚的なことですよ。
もっと明るいシャツの方がしっくりくるとか、センスを感じるとか。これはもう言葉では語れないんです。

>問いを立てるには「何について」聞くか知っていなければならない。
>したがって言語が必要になる。
あなたは、誰かから聞かないと知ることはできないのですか?知ることに、言語は必須ではないでしょう?

>この場合の子供の思考が「疑問」か、よぉ〜〜く考えてください。
別に、他の例だってかまわないんですよ。ただ多くの人が解り易いであろうと思ったまでです。

そもそもあなたが、アウトプット(言語化)しなければ疑問とは言わない。
という定義を譲らないなら何を言っても無駄なわけですが・・・
576考える名無しさん:04/07/20 21:32
もともと哲学は言語オナニーなのです。
577XENON:04/07/20 21:53
>>576
その通り
578考える名無しさん:04/07/20 23:06
>>576
オナニーって言えば、訳知り”になれるとでも思ってるのか? オタンコナス !!
579考える名無しさん:04/07/20 23:11
【哲学科】かわいいっ!浜ひとみ【Mっ娘】
http://pie.bbspink.com/test/read.cgi/avideo/1089889474/
580考える名無しさん:04/07/20 23:15
全ての物は言語化できる
つまり、「無」などない
581考える名無しさん:04/07/20 23:22

うむ、可能だな。
思考はすべて言語化できる。

できない時は、単に「思考ができてない」だけだろ。
582考える名無しさん:04/07/20 23:32
>578
580-581 オナニーです。
そんなことやってて面白い。
583考える名無しさん:04/07/20 23:42
>>582 そんなことって?
584考える名無しさん:04/07/20 23:48
>583
また言葉遊びが始まる。
そんなことって、こんなこと。
585フサール ◆svjftDwGlY :04/07/20 23:49
>>575

 知ることにも思うことにも言葉は必要ないが、自分から問いを立てるプロセスは
言葉が必要だと言ってるんだよ。自分のレスの論理の飛躍、わかってる?
何度も同じ誤読を指摘しなけりゃならないこっちの身にもなってよ。
ちゃんと考えた反論なら真面目に答えるけど、
もっと自分のレスに矛盾がないか、論理の飛躍がないかチェックしてくれないと
誤読を指摘するしかできないって。僕が疲れるだけだよ。

>別に、他の例だってかまわないんですよ。ただ多くの人が解り易いであろうと思ったまでです。

 言わないと判らないのか・・だからぁ、君が出しているのは単に
「言葉ぬきで思考してる例」だけなの。「言葉抜きで疑問を立てている例」は出してないの。
子供の例は、単に不安になって周りを見ているだけだよ。自ら問いを立てているわけじゃない。
「言葉抜きで思考する」を一挙に「言葉抜きで自ら疑問を立てる」に飛躍させているんだよ。
このくらい、自分で考えてほしかったんだがなぁ。
586501:04/07/21 00:51
>>585
だから私が>>575で言った、
>そもそもあなたが、アウトプット(言語化)しなければ疑問とは言わない。
>という定義を譲らないなら何を言っても無駄なわけですが・・・
この部分の問題ですよ。あなたは、自ら問いを立てる=言語に変換する=疑問
という部分を譲る気は無いのでしょう?これについては、何を言っても無駄だと解ったのですよ。
そもそも、あなたは私の挙げた例を「言葉抜きで思考する」であると認め、
それによって何らかの行動(言語以外のアウトプット)が取られる事も明らかになったので、
これで、「あなたの言う疑問」と「私の言う疑問」の定義を一致させようとするするまでも無く、
言語化できなくても「無」ではないことははっきりしました。
587考える名無しさん:04/07/21 01:42
 _, ,_
(;゚д゚) ・・・・本気で呆れた。

>この部分の問題ですよ。あなたは、自ら問いを立てる=言語に変換する=疑問
>という部分を譲る気は無いのでしょう?これについては、
>何を言っても無駄だと解ったのですよ。

 すまん、君という人間がわからなくなった。
「譲る気」?「言っても無駄」?いつから僕らは交渉事をはじめたの?
別にこれは定義じゃない。言語や疑問の発生を考えると、僕にはこう
思えるってことなんだよ?これが間違っていれば訂正するにやぶさか
ではないよ。自分の間違いを認めることは論の前進だからね。

 言っても無駄って…それは、言い逃れに最も使われやすい言葉だよ。
僕はコテつけている以上立派な論客だと思って、認めるべき点は
自分の論を訂正してもしっかり認めて、君の読み違えにも何らトリックを
使わずに真っ向から説明したつもりだったんだけど、
(途中煽りっぽくなってしまったのはすまんかった・・)
君は、僕を説得できないとなると、説得する努力を放棄していいと考えているんだね。

言っても無駄って、そんなこと言ったら議論にならないじゃん。
議論やる気がないなら、今までなにやってたの?
意地の張り合いやってもまるで意味がないよ。

>言語化できなくても「無」ではないことははっきりしました。
 これがさらに意味不明。僕は別の問題提起をしようと思って
>>555で志向的な探求が言語なしにできないんじゃないか?
と言ったんだけど。そんなこと聞いてないよ。もしも>>555
スレ違いだと思うのなら、そう書き込んでくれればいい。
なんでそんな妙な勝利宣言をするのかな?
588考える名無しさん:04/07/21 01:49
>>585
>>586
もうやめれ


二人ともどっちもどっちだぞ
言葉は概念の根本であって、なにかを頭にぼんやり思い浮かべた場合でさえ
それが、言葉に影響を受けた概念である場合は多いわけで・・・
かといって言葉以前のもやもやしたものをもやもやした状態のまま頭の中に思い描くことができないわけでもない

それを明確に区別することも難しい
境界線上を行ったり来たりしながら、我々はものを考えるんでは?

ただ、これだけは確か
人間の脳の能力に限界があるから、言葉がなければ複雑なことは考えられない
あやふやなものをあやふやな状態で脳に留めておけるほど、脳の情報処理能力は高くない
言葉という単純化装置を用いることによって、人間は物事を効率よく考えることが出来る
589501:04/07/21 21:53
>>588
私はオーケストラの作曲は、明確でとても複雑な思考によるものだと思いますよ。
人によっては、譜面の音符も言語の一種だと言い張るかもしれませんが・・。
590考える名無しさん:04/07/22 00:18
>>589
楽譜がここで言うところの「言葉」じゃないと思うなら、もう話になりません

作曲者は言葉の外側でも思考しています
それを言葉に還元したものが楽譜です


501さんが何を言いたいのかよく分からん
591考える名無しさん:04/07/22 00:52
楽譜は言葉の一種でしょうけれど、楽曲自体が言葉なのか、そうでない
のかは、難しそう。
592考える名無しさん:04/07/22 01:40
言葉より雄弁に語るもの
593考える名無しさん:04/07/22 03:17
楽譜が言葉なら、作曲で作詞賞取れることになるが、そうか?
594単なる愚か者 ◆B5j0Fhef0w :04/07/22 08:17
 >>589-593
 楽譜を、感覚与件(のある側面)を描写する言語の一種とみてみてはどうか、と試しに言ってみる。

((のある側面)という限定は、次のように思ったから。
 すなわち、ある楽譜を違う楽器で演奏できるのではないか、
 そしてそのときには、ある楽譜が、異なる感覚を表現していることになるのではないか、と。)

 私は、音楽を聴くことによって、言語的意味を理解することはないように思う。
音楽は、音を出したり聴いたりすること《そのもの》が目的なのだろうか。
言語は、音(や文字)を《通して》何かを理解するものであるように思われる。

 意味のない叫び声を楽譜に記すことはできるだろうか。
「にゃぶごぁくまぃひぇにぃー」は言語ではない。
しかし、それを描写した楽譜はある種の言語である、というのはおかしな気もする。
595考える名無しさん:04/07/22 10:53
>>594
だからぁ〜、作曲で作詞賞が取れるのか?
596考える名無しさん:04/07/22 11:09
音楽上の楽譜やピアノロール、波形で示される音響効果などに関して、
それがある種の感情、時には形而上の概念を描写し、語義を手に入れていると考えるのは
無知から来る大きな誤解であって、それは人間が認識する限りでの音の有り様を限定的(意味を持つものに限った)
情報として区画立てただけの、記号体にすぎない。俺も作曲家の端くれを生業としているけど、
既存の理論と経験上の判断に基づいてそれらを組み立てているにすぎない訳で、
何かしらの感傷や憧憬などの感情が喚起されたとすれば、それはリスナーの内面性のみが寄与するものであって、
「世俗的な芸術性」への理解(即ち、何かしらの高尚さや、情景を描写した、人間文化の極点との考え方)は
真ではない。なぜならば、作り手と聴き手の間に全く同様の情景なり何なりを思い起こさせている、という事実自体
観測できないし、一定のコンセンサスも無いから。作り手の中にも、感情の起伏だけで弦を進めているような
感覚を得ながら曲を作る人間も多々いるが、聴き手がそれを過不足無く同様に受け取れないとあれば、
音楽はそれを表現した言語という関係性を持った媒体足りえない。
楽器云々以前に、世俗的な芸術性への見識自体が幻想でしかない。
597考える名無しさん:04/07/22 11:15
つまりぃ〜、作曲で作詞賞が取れるのか?って聞いてるだろ !!
598単なる愚か者 ◆B5j0Fhef0w :04/07/22 13:46
 >>595
>楽譜が言葉なら、作曲で作詞賞取れることになるが、そうか?(>>593)
>>594/だからぁ〜、作曲で作詞賞が取れるのか?(595)

 試しに考えてみた。結論から言えば、
楽譜が言語だとしても、作曲で作詞賞を取れなくともよい、と思われる。

 (楽譜は言語である)⇒(楽譜の示すもの【曲】が作詞賞を取れる)
 対偶をとると、
 (楽譜の示すもの【曲】が作詞賞を取れない)⇒(楽譜は言語ではない)
 一般的に考える為に、次のように書き換える。
 「楽譜」→「何かを描写したもの」
 「楽譜の示すもの【曲】」→「描写される何か」
 (描写される何かが作詞賞を取れない)⇒(何かを描写したものは言語ではない)
 これは成り立たないと思われる。例えば、次を考えてみればよい。
 (自然現象が作詞賞を取れない)⇒(自然現象を描写したものは言語ではない)
599考える名無しさん:04/07/22 13:52
>>598
ヨムノ メンドクセェ〜。 ダッテ ナガインダモン !!
600考える名無しさん:04/07/22 14:01
>>597
ここで使っている言葉は広い意味での言葉

狭義、広義って言葉知ってるよね

「言葉」という言葉を使うのに違和感を感じるのであれば、「記号」という言葉を使えばよい
ま、ただ単に言い換えただけで、このスレでは指し示している概念は一緒

こういう言葉上の問題こそが、言葉の本質に迫るものだね
言葉の囚人になっているか、自由に言葉の外に出て思考できるのか
もろに分かっちゃうね
601考える名無しさん:04/07/22 14:44
で、楽曲あるいはそれを構成している音は、記号なの?
602考える名無しさん:04/07/22 14:53
作詞賞、ど〜なった?
603考える名無しさん:04/07/22 15:00
作詞賞って、普通何語で書かれているかの指定があるんじゃね〜の?
604考える名無しさん:04/07/22 15:19
言語も言語化も無も定義できてないのに
他のものに当てはめられるわけがない
605考える名無しさん:04/07/22 15:23
>>604 じゃ、しなきゃいいだろ
606考える名無しさん:04/07/22 21:34
やべ、このスレ一気にレベル低くなってる
607考える名無しさん:04/07/22 21:45
>>606
自分の予想しない展開だと、そう言うしかないよな…
もっと臨機応変な哲学、するんだな(w
608考える名無しさん:04/07/22 22:16
>>596
楽譜の音符は言葉だよ。音の高低長短を指示する表記なんだから。
>音楽上の楽譜やピアノロール、波形で示される音響効果などに関して
楽譜やピアノロールは音を指示するもので、波形で示される音響効果は実際に発された音の効果。
だから同列に扱うのはおかしいよ。「波形で示される音響効果」は音響効果を表す波形ということ?

>何かしらの感傷や憧憬などの感情が喚起されたとすれば、それはリスナーの内面性のみが寄与するものであって
この文の主語は音楽?それとも音楽を別の表現に置き換えたもの?
もし音楽だとしたら他の芸術も同じはず。言語による芸術である文学も含めて。どんな分野の芸術作品でも鑑賞者が
皆同じ理解に達することも作者の意図に遡行することもできない。
申し訳ないんだけどその文章だと全体的に何が言いたいのかよく分からない。
609考える名無しさん:04/07/22 23:26
楽譜で作詞賞が取れるわけないじゃん
楽譜は音楽を言語化したものだが、詩じゃないもん

すごく単純な話
610フサール ◆svjftDwGlY :04/07/23 00:49
 一応言っとくけど、>>587は俺俺。俺だよ。

>>594
 「にゃぶごぁくまぃひぇにぃー」は、言語だよ。
ただし、意味のない(あるいは不明瞭な)言語だが。
譜面も広義の言語だよ。「詩」は狭義の言語だよ。

>>596
 つまりは、「音楽には必然的にメッセージが含まれる」とかいう思い込みを
排除してるわけですな。わかるよ。僕もラッパやってるし。
楽譜は(広義の)言語だが、音楽は音を伝えるが言語的役割を
果たすわけじゃない、少なくとも「作曲者→リスナー」間で必然的な観念の
共有があると考えるべきじゃない、というわけですな。実にその通り。

 しかし、ちょっと言いすぎな気もする。「ハーレム・ノクターン」を
聞けば「ああ、エロいな」と感じるように、ある程度の伝達はなされる
んだよね。芸術作品を鑑賞しても作者の意図がわかるわけがないって、
それはちょっとさみしくないかい?まぁ、それでも「音楽は言語ではない」
ことには変わりないんだが。

 ちなみに「ハーレム・ノクターン」は加藤茶の「ちょっとだけよ〜」の
時に必ず流れてたあの曲。(十代にはわからないか・・)
611単なる愚か者 ◆B5j0Fhef0w :04/07/23 02:00
 >>594 次のような見方もできるかもしれない。
楽譜は、精密な命令文の一種である。

 >>610
>>594/ 「にゃぶごぁくまぃひぇにぃー」(という意味のない叫び声)は、言語だよ。
>ただし、意味のない(あるいは不明瞭な)言語だが。
 人間の口から発せられたものなら、意味がなくとも言語とみる、ということだろうか。
 私としては、上のような叫び声を言語とは認めたくないところだ。
ただし、丹念な調査によって、(または熱心な対話によって、)
意味を整合的に解釈できるようになったとき、それは言語となる。
 いやむしろ、まず最初は言語と《見做して》解釈を試み、
しかし、どうしても解釈できないときに限って、言語ではない、と結論すべきなのかもしれない。
(デイヴィドソンand根元的解釈)

>譜面も広義の言語だよ。「詩」は狭義の言語だよ。
 詩が言語であることは確かだが、やや逸脱的な使用方法であるようにも思う。
譜面が言語かどうかは難しいところだ。
また、仮に言語だとしたら、どのような類の言語とみればよいだろうか。

 >>609 短くて分かりやすい……。
 >>598では、対偶をとるのは余計な操作だった。次の一行で足りた。
(哲学論文が言語である)ならば(哲学することで作詞賞が取れる)……そんな訳ない。
612501:04/07/23 02:55
私は、音符は図形だと解釈してますよ。文字も図形です。
文字を言語とするなら、図形であれば全て言語か・・?という事になりますね。
ある形状が一定の意味を示すなら、図形も文字の一種であり言語だという事でしょうか?
そうすると象形文字はどうですか?上の意味で言えば言語という事になりそうです。
であれば、トイレの入り口にある男性、女性のサインは、記号=言語になるのでしょうか?
もう少し広げて、漫画で描かれた男の子は?精密に描かれた静物画のリンゴは・・・?
ピアノのドの音色は?バラの香りは?スポンジの感触は?
このように解釈すれば、イメージできるものは、全て言語になりますね。

もしこのように言うなら、確かに言語化できないものは「無」に等しい・・・。

ただ、私は文字と呼ばれる図形と、それ以外の図形とは区別して考えます。
文字は確かに言語と明確で密接な関係にありますからね。
しかし、音符を言語と言ってはばからない事には疑問があります。
613考える名無しさん:04/07/23 07:32
オンプガ ゲンゴナラ、ナンナンダ? ゲンゴ デナイナラ、ナンダッテンダ?
モクテキノ ナイ カイワ シテエンジャ ネェ〜ゾッ !!
614単なる愚か者 ◆B5j0Fhef0w :04/07/23 15:20
 >>613
>音符が言語なら、なんなんだ? 言語でないなら、なんだってんだ?
>目的のない会話してんじゃねぇ〜ぞっ!!
 なかなか鋭い指摘だと思う。現在の議論が何の為になされているのかは自覚しているほうがよい。

>言語も言語化も無も定義できてないのに/他のものに当てはめられるわけがない(>>604)
 という指摘がある。このスレッドを一瞥すれば分かるように、
言語をどのようなものと考えるかは人によって異なる。

 そこで、楽譜のような微妙な例を話題とすることによって、
互いの言語観、すなわち、
言語とは何であり、何であるべきか、が浮かび上がってくる。


 >>612
 以下に記すことは曖昧な記憶に基づくものなので、叩き台にすらならないかもしれない。

>精密に描かれた静物画のリンゴは・・・?
 前期ウィトゲンシュタインは、むしろ、そのようなものを規範として「言語」を考えたのではなかったか。

>イメージできるものは、全て言語になりますね。
 パースは、そのようなものを全て記号として捉え、
そのように捉えられた記号について精密に探究したらしい。
615考える名無しさん:04/07/23 20:06
だが無に我々がそう思わざるを得ないより、多くの価値があったとしたらどうだ。

ごめんスレタイだけ読んでカキコ
616考える名無しさん:04/07/23 20:18
タラ?
617考える名無しさん:04/07/23 23:13
ここの住人は記号論くらい勉強しとけ
618考える名無しさん:04/07/23 23:14
>>617
        m(_________ _________ ;)m スマソー
619考える名無しさん:04/07/23 23:14
とくに501
620フサール ◆svjftDwGlY :04/07/25 15:54
>私は、音符は図形だと解釈してますよ。文字も図形です。
>文字を言語とするなら、図形であれば全て言語か・・?という事になりますね。

 ならんよ。「音符は図形だ」、「文字は図形だ」っていうのは
「音符は、図形の一種である」「文字は、図形の一種である」
しか意味しない。勝手にイコール関係を作っちゃだめですよ。
もっと考えてから書き込んでくれ。
こんな初歩的なミスを指摘させないでくれよ。

 以下、紛らわしいので「狭義の言語」はすべて「言語」と書き、
「広義の言語」は「記号」と書くね。

 記号の最も端的な特徴は、「抽象」および「可換」。
「1+1=2」が成立するのは紛れもなくその抽象性のおかげ。
具体的に、AさんがBさんにリンゴを一つ渡したとする。
Bさんがすでにリンゴを一つ持っていたとする。
しかし渡し終わっても、厳密に考えればBさんは
「リンゴを二つ持っている」わけじゃない。
Bさんが持っているのは「Aさんが持っていたリンゴ」と
「Bさんが持っていたリンゴ」であり、全く別の物体だからだ。
621フサール ◆svjftDwGlY :04/07/25 15:58
 Bさんが「リンゴを二つもっている」と言うには、本来別々のリンゴの
「色、形、味」などの違いを無視してひと括りにしなければ
ならない。そして、ひと括りにされた「リンゴ的特徴」を指すものが
リンゴを示す「記号」であり、それが人間の声帯を通じて発声されたり
「リンゴ」という文字を当てられた時、「言語」になるわけ。
この時誰が「リンゴ」と言おうが、誰が「リンゴという文字」を書こうが、
それは同じ「リンゴ記号」として扱われる。これが可換性。

 記号である条件は、それに意味があり、可換であること。従って、
「にゃぶ(略」を擬音語として考えるなら、バッチリ記号。
記号か否かというのは、何らかの刺激がカテゴリーを示す記号として
使われるか、ということ。>>612の問いは的外れだよ。
どういう刺激だろうと、それが記号的に使われれば記号なんだよ。
「トイレのサイン」までは記号的に使われてる、としか言えんわな。

 まぁ>>594はたしかに語弊のある表現だったね。すまん。

>しかし、音符を言語と言ってはばからない事には疑問があります。
 どういう疑問か、まとめてから書き込んでくれい。(狭義の)言語じゃないのは
当然のことだよ。

>>617
 ちゃねらーにそんな期待するなよ。
622考える名無しさん:04/07/25 16:28
馬鹿スレに、ここまで取組むという、その光景は、
なんか…その、あの、なんだろ?
623考える名無しさん:04/07/25 20:02
>>820
>全く別の物体だからだ。

「だからどうした」って感じだな。
624考える名無しさん:04/07/25 21:32
>>623
んだな。
625考える名無しさん:04/07/26 21:35
>>612
音符は表現とその指示内容を備えた記号。その記号は、音の強弱を表す記号、速さを表す記号、五線譜など
で構成される全体の中で意味を持っている。これを言語でないというのは変。自然言語(各国語や手話)と
人工言語(楽譜やエスペラント語や数学など)を合わせて言語というはずだよ、普通。
象形文字はそれが絵画でなく文字なら言語記号。火を描いた絵と火(これは象形文字)という字は違う。
で、文字言語、音声言語とも言語だろ? 文字として機能していたかどうか分からない絵文字は区別するべき。
トイレや非常口などのマークは模写記号だが、その指し示す意味がすでに言語化されてる。ここが多分記号学の
もっとも機能する領域。前にファッションの話が出てたけどあれも不適切だと思うよ。フサールも言ってたと思うけど
「センスがいい」という感じはすでに言語化されてる。服飾においてもその意味は言語なんだよ。センスがいいとか、
暖色系の色がどうとか、スポーティ、カジュアルとか。漠然とした感じは表現のない内容のようなもので、
「センス」とかの表現を与えちゃいけない。それは言語だ。
626考える名無しさん:04/07/26 22:15
無について語るスレ、じゃなかったのか?
無から離れたところの言語を、いくら語ってもなんもならんボ?
627501:04/07/26 22:47
>>625
>人工言語(楽譜やエスペラント語や数学など)を合わせて言語というはずだよ、普通。
あなたが楽譜を言語というのが普通というのであれば、
あなたの普通と私の普通には隔たりがあるようです。

>象形文字はそれが絵画でなく文字なら言語記号。火を描いた絵と火(これは象形文字)という字は違う。
そうすると、絵画であるか文字であるかはどのように判断するのでしょうか?
それを書いた側の意思ですか?世間の常識(普通)ですか?読む側の意思ですか?

>「センス」とかの表現を与えちゃいけない。それは言語だ。
そうですよ。表現を与えた時点で言語です。ただ、私がそこで言ったのは、言語に変換する以前、
>しっくりくるかこないかの感覚は言葉以前にありますよ。
と言うことです。>>573>>575を読まれましたか?別の説明を試みているのです。
つまり感覚は、外部からの刺激に対して、
常に一旦言語にしてから認識しているわけではないと言う話しですよ。
628考える名無しさん:04/07/27 08:25
だから、501はもうちっと勉強してこい
ひどすぎる
629考える名無しさん:04/07/27 08:35
「言語化」って言った時の言語、言葉は広義の言語=記号を指しているのは明確

このスレタイの「言語化」を文章を作るために用いる狭義の言葉だけに限定して考える方がどうかしている
630考える名無しさん:04/07/27 08:58
そんなことより、言語化できないもん、ってあるのか?
無いだろ
631考える名無しさん:04/07/27 22:24
>>630
_| ̄|○
632考える名無しさん:04/07/27 22:26
ようするにヴィトゲンシュタイン?
633考える名無しさん:04/07/27 22:29
> そんなことより、言語化できないもん、ってあるのか?

クオリア(ボソッ
634考える名無しさん:04/07/27 22:30
>>633

してるじゃねーか!!
635考える名無しさん:04/07/27 22:34
>>634
くだらん。「言語化できないもの」と形容できた時点で言語化されてい
るじゃねえか、と言って得意になってるんじゃ、ただの厨房。
636考える名無しさん:04/07/27 22:50
>635
同感
でもまあ、哲学やってる香具師なんて言語以外拠り所ないからな。
ご苦労さん。
637考える名無しさん:04/07/27 23:16

言語は、把握/思考する対象を表わすべく、即、創り出される。
そういう物理的機能を言語が持つ以上、
言語化できないモノなど無い、が真理となる。

そうすると、言語化出来ないものは「無」に等しい、という
本スレの命題は、完全に矛盾したもと、いえる。



    終了ぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 っ !!

                       解散っ !!

638機械的フサール者 ◆svjftDwGlY :04/07/28 00:27
>>633
「クオリア」が言語化できない・・・というのは、観念を「特別」だとか、「かけがえのない」などと
「考える」、「典型的な『観念論的誤謬』」です。一刻も早く、「キリスト教」の「洗脳」から逃れるべきです。


 ・・・なんちゃって。機械のマネって意外と楽そうだな。次はグルのマネでもしようかな?

>>636
 まぁ確かにね。だけんども言語っつーのはかなり大きなよりどころだぜ?
現代社会が寂しいものとして捉えられる時、それはことば以外の
よりどころがどんどん少なくなっている社会かもしれない。(ちょとポエム)
639フサール ◆svjftDwGlY :04/07/28 00:28
501がだんだん機械化してきてるよママン・・

>つまり感覚は、外部からの刺激に対して、
>常に一旦言語にしてから認識しているわけではないと言う話しですよ。
 そんなもの誰でも知ってるよ。けどさ、「しっくりくる感覚」がかなり言語に
支配されてるって言ったでしょ、オイラは。江戸時代の美人画の顔見たこと
あるでしょ?当時の人たちは、ああいう顔の人に真剣に心の底から恋をした
わけだよ。「しっくりきた」わけだよ。流行ってのは他の人から聞いたものでしょ?

>あなたが楽譜を言語というのが普通というのであれば、
>あなたの普通と私の普通には隔たりがあるようです。

                   orz
 何このレス…?
君がこのレスで何を主張したのかわかりやすく言ってやろう。
「あんたはそう思うかもしれんが、俺はちがうよー」と、これだけしか言っていない!

「なぜ違うのか」述べて、「あんたはそう思うかもしれんが、実際はこういう理由で違う」
と述べないと、まったく有効な発言にならんのよ。
「音符、エスペラント語、数学」は、な ん で (広義の)言 語 に な ら な い ?
ポエムを吐くのはやめてくれ。話がかみ合わん。
640考える名無しさん:04/07/29 18:48
無だからといっても言語化できないわけではない
641XENON:04/07/30 02:42
ループし始めた

言葉の外へ外へ出て行こうと、言葉では表せない領域を目指していく人と
あくまでも言葉に囚われていて、言葉で説明し尽くそうと狭い領域へどんどん入り込んでいく
いいかえれば、言葉の内部をいじくり回しているだけの人がいるな

哲学とはそもそも言葉の領域だけで真理を求めていくものではあるのだが・・・
ま、実際、哲学という言葉は現代の思想には使わないよね

どこまでも精密に言葉の内部だけで世界を理解しようと試みていくと、どうなるか・・・

世界は言葉の外側にも無限に広がっているわけで
言葉という世界を簡略化する装置によってその世界全体を説明し尽くそうする事自体が無理
それは言葉の中だけでいかにつじつまを合わせるかという意味のないことをやっているだけ
世界を説明しているのではなくて、言葉が矛盾していませんよと示しているに過ぎない
精密な哲学であればあるほど、そこにはグロテスクな言葉の構造のみが浮かびあがる
642:04/07/30 03:15
なんだこのヴァカは
643考える名無しさん:04/07/31 00:03
>>639
>「しっくりきた」わけだよ。流行ってのは他の人から聞いたものでしょ?
なにいってんのコイツ?他の人から聞くのならすでに流行った後の話だろ。
「しっくりきた」やつが多いから流行るんだから逆じゃん?
644単なる愚か者 ◆B5j0Fhef0w :04/07/31 00:56
 >>614で前期ウィトゲンシュタインに無責任に触れてしまったので、
野矢茂樹さんの本で「像理論」についてざっと復習してみた。
 >>550,>>588さんらの言うとおり、言語が《「有」の効率的認識手段》でもあるのは確かだ。
世界のラフな像である言語を用いることによって、世界そのものを操作する手間が省ける。
(世界を完全に描写しようとするなら、もう一つの世界を用いる他はなさそうだ。)

 同じく野矢さんの『同一性・変化・時間』も読ませてもらった。
これ以上ないくらい読者に配慮していたように思う。
このスレにも関係のある話題が含まれていた。

 【抽象について】>>545-552,>>620
<個別性が先で、そこから抽象を経て普遍性に至るなんてのは嘘っぱちで、
 ほっとけばただ普遍の世界に生きると思うんですね。>
 (272-3頁)(84頁)

 【言語とは何か、何であるべきか】>>589-639
<いずれにせよ「言語」なんてのはあいまいな概念だから、
 だいじなのは、われわれの言語現象を見てとるのにふさわしい観点を提供するということで、
 その目的に役立つなら、いろんなレベルで「言語」という語を使い分けてもいいと思うんです。>
 (245頁)

 【語りえず、(言語化できず、)示されるのみである《こと》の一例】>>547,>>553
<対象は時々刻々ただ別物となり、言語もただ異なる言語の集積になるだけでしょう。
 それをつなぐ糸は、もはや言語化しえないものでしかありません。>
 (278頁)
〔言い換えれば、言語の変化そのものは言語化できない。言語化できるのは、変化の軌跡のみである。
 ついでに言えば、世界と像の関係も示されるのみだったと思う。
 メタ言語を用いるという手もあるらしいが。〕
645フサール ◆svjftDwGlY :04/07/31 21:58
>>641
 誰に言ってんだかよくわからん。

 もともと整合説とるなら真理なんつーものは言葉の中にしかない。
世界全体を言葉で説明しようとするのは機械タンくらいのものだよ。

 あと、言葉の外へ外へ向かおうとしてる人っていうのは、
たいていの場合何か感覚的なものを言葉で扱おうとしている
だけだったりもするんだよね。

>>643
 何らかのメディアで伝わらなきゃ流行なんてないでしょ、ってこと。
生物学的に見りゃ、たかだか100年ちょっとでこうも日常の感覚が
変わることは有り得ない。記号による情報がなきゃそんなに変われないよ。
何かの本を読んで、ものの見方がガラッと変わることって大いにあるじゃん。
「記号・言葉によって感覚的な領域が支配されること」が思いのほか
あるってことを言っているんだよ。人間って無自覚に言葉に囚われ
やすいから、せめて囚われていることを自覚しないといかん、という話。

>>644
 勉強したのは結構だが、君の考えは何?
646考える名無しさん:04/07/31 22:50
>>627
>そうすると、絵画であるか文字であるかはどのように判断するのでしょうか?
>それを書いた側の意思ですか?世間の常識(普通)ですか?読む側の意思ですか?
何だ、この馬鹿な三択は? 一人でやってろよ。アホ。
647考える名無しさん:04/08/01 03:41
おまいらバカだな。
掲示板で言語化できないものを説明することなんかできんよ。
だからと言って言語化できないものが無いという証明にもならん。
無駄な事はやめろ。
648考える名無しさん:04/08/01 09:07
>>647
バカはおまいだろ。
言語化できないものが無いだろ。
無駄な事はやめろ。
649考える名無しさん:04/08/01 12:19
>>648
それなら無い事を証明してみろ
650単なる愚か者 ◆B5j0Fhef0w :04/08/01 12:35
 >>645
>>644/勉強したのは結構だが、君の考えは何?
 644を記した意図を述べる。

 便宜的に、644を、空白行を境に五つの段に分割されている、と見る。

 一段目では、そこでリンクされているレスの見解を補強する論点を示してみた。
言語が「有」の効率的認識手段で《も》あるという主張は正しいと思う。

 二段目は本の感想に過ぎない。
このようなレスによって、そのレスで示された本に興味をもったことがあるので記してみた。

 三段目と五段目の見解を記したのは、その内容に関するレスがあるかもしれないから。
個人的にも、これらの見解は、
頭の片隅で寝かせておけば、新たな洞察の種になるかもしれないと考えている。

 四段目の見解には賛成したい。
651考える名無しさん:04/08/01 12:37
>>649
あいかわらずのバカだなw
言語化できないものがあるという前提で、先にものを語ったオマエから
その証明をするのが先だろがw
652考える名無しさん:04/08/01 12:51
言語はつまらん。
音楽の方がいい。
653考える名無しさん:04/08/01 12:53
言語化できないものはない。
言語化されていないものは”ある”。
654考える名無しさん:04/08/01 12:58
口元からタバコの灰が零れ落ちる。
これをみてホワイトヘッドは何と言うか?
655考える名無しさん:04/08/01 13:07
たとえば、バッハの音楽の美を言語化できるか。
できない。
できたらバッハの「音楽」はいらない。
656考える名無しさん:04/08/01 13:10
>>655
言語化はできるよ。
でもそれが音楽がいらないことにはならないと思う。

言語化というのをどういう意味で捉えるかによるけど
僕の場合は言語によって抽象的な認識の枠組みを作ること。
だってよう、にんじん、って言ったって、世の中にあるにんじんは
どれも同じなわけじゃないでしょ?記号なんだよね。言葉ってのは。

君は言葉によって、その性質が完璧に表されるべきだと思ってるみたいだけど。
657考える名無しさん:04/08/01 13:36
>>656
>僕の場合は言語によって抽象的な認識の枠組みを作ること。
言葉は、対象の一部分を切り取っているだけ。枠組みなんか作っていない。
658考える名無しさん:04/08/01 13:46
>>651
おまい最強バカだな。というか幼稚だな。>フサール
>言語化できないものがあるという前提で、先にものを語ったオマエから
>その証明をするのが先だろがw
前提しとらん。よく読め。小学生の口げんかレベルだな。おまいは。
659考える名無しさん:04/08/01 13:56
>>658
部屋にクーラーないのか? だったら、便所の水でアタマ冷やして来いw
660考える名無しさん:04/08/01 14:00
>>657
うーん、そうだね。切り取ってるんだけど
切り取った言葉によってこちらはそれを認識の枠組みにすると思うんだよね

モノ→言語 は切り取るということだけど
言語→モノ の方向だと、言語のほうが枠組みになると思うんだよね。

つまり モノ⊃言葉 の関係が その言語によって認識する側にとっては 言葉⊃モノ の関係になってしまうと思うのよ。
661考える名無しさん:04/08/01 14:06
実際問題、日常レベル・常識レベルでは「言語化
できないものはない」という言説に対して
「言葉ではあらわせないものがる」と言い返したく
なってしまう気持ちはわからなくもない。
でも、よくよく考えると人それぞれの能力に応じて
言語化する力が備わっている、言語化できないものは
ないということは、素直に認めるべきである。
「言語化=そのもの」ではないことは百も承知である
662考える名無しさん:04/08/01 15:08
>>661
百も承知? 二百も合点、千と千尋?
663考える名無しさん:04/08/01 15:48
百歩譲ってもありえない
664考える名無しさん:04/08/01 15:50
いや、五十歩百歩ですよ。
665考える名無しさん:04/08/01 19:07
>>660
>つまり モノ⊃言葉 の関係が その言語によって認識する側にとっては 言葉⊃モノ の関係になってしまうと思うのよ。
そうではない。他者からの言葉を条件として受け取り、その条件を満たすイメージを自分の脳の引き出しから取り出すのだ。
スナックに「鈴木さん」が行ったとき、彼のキープした鈴木のラベルをぶら下げたボトルが出されるようにだ。
しかし通常脳にあるイメージには複数のラベル(言葉に限らず)がぶら下がっている。
「リンゴ」と言われたとき「リンゴのイメージ」を想起するが、
”リンゴを食べたときの音”を聞いたときも「リンゴのイメージ」を想起できるし、
「赤い果物」と言う言葉=条件からも同じ「リンゴのイメージ」を想起できる。
また「アップル」といったとき、前述の「リンゴのイメージ」を想起する事もあれば、
「マッキントッシュのコンピュータ」を想起する事もある。
だから受け手にとっても枠組みと言う表現は不適切だ。言葉は対象の持つ一部(ある条件)を指示しているに過ぎない。
666考える名無しさん:04/08/01 19:54
>>665
おもろない。なにより、五十歩とか百歩とか数字が入ってないw
667考える名無しさん:04/08/01 20:51
>>665
そっかー。たしかにそうですね。
668考える名無しさん:04/08/01 21:45
>>665
言葉の意味がイメージだと言ってんの?言葉は事物の名だと言ってんの?
>>660は人間の感じ方が言葉の意味の影響を受けてるってことだろ。ちょっとずれてないか?
669考える名無しさん:04/08/01 21:50
だからさあ、言語化できないものは無いなんて恥ずかしいことを言い切っちゃう人は
記号論rを少しはかじってみたらいいんじゃないですか?ってことです

すごく前の本だけど、宝島の現代思想入門なんか初心者にも分かりやすくてお勧め
670考える名無しさん:04/08/01 21:58
>>669=665?
それ誰に言ってんの?
671フサール ◆svjftDwGlY :04/08/01 22:03
>>650
 つまらん。
僕はレスした意図なんかどうでもいい。
きちんと自分で論を立てなさい。

 あんたができるだけ客観的に、正確に記述しようとしてるのはわかるが、
あいにくそれは失敗だ。あんた自分では何にも言ってないもん。
「自分の意見は、コレがこうだからこう」コレが意見。
「こういう本があって、面白かった。賛成した」だけじゃね、
あんたに反論ができないよ。

 >>650は「>>1は全くその通りだと思う」とかいう無意味なレスと一緒。
自分で論を立てろっつーことですたい。

>>660
 「モノ→記号」は捨象であるから、不可逆的。従って「記号→モノ」っていう進行がまず変。
正しくは「モノ→記号」のみでしょ。
672フサール ◆svjftDwGlY :04/08/01 22:03


>>665
 認識の枠組みにできないのになぜ数学ができるの?
枠組みって、まさにピッタリだと思うんだけどね。
「リンゴ」という言葉を発してブドウのイメージは浮かばないでしょ?
つまりリンゴはブドウから「区別」されている。
言葉で「リンゴの領域」をまさに切り取っている。
だけど「リンゴってそもそも何よ?」と聞かれても、「リンゴ」という言葉を
聞いただけではリンゴそのものはわからない。

 つまり、たしかにモノが記号にされるときにイメージは切り取られる
んだけど、そこで捨てられるのはモノの「中身」。しかし「リンゴ」と聞いただけで、
少なくともブドウと違うものだとわかる。言葉にすることで区別するための外側の「枠」を
示しているってことだね。

 「アップル」の場合は、「アップルコンピュータ」か「リンゴ」かわからないが、
とにかく「アップルコンピュータかリンゴのどちらか」になる。他に意味があれば
それも含むことになるけど、「アップル」内の差は無視され、内容も無視される。
だけど別の言葉「オレンジ」とは別のものだとわかる。

 まさに言葉というのは「枠」だけを残すもの、じゃないかな?
君が言った「一部分」というものこそが「枠」でしょ。
673考える名無しさん:04/08/01 22:12
>>669
ソシュールだけじゃなくてパースもお薦め。
パースの分類はもはや趣味の領域だけど、かなり示唆に富んでいる。
あとディーコンか。人類学系だけど。
674考える名無しさん:04/08/01 22:15
>656
いいたいことは大体分かるが、それじゃ「無」に等しいというスレタイにはそぐわないね。
音楽の質感が無に等しいはずもなかろう。それがすべてなんだから。
結局、言語は何でも言語化出来るが、同時に何物も言語化できない、というのが結論かな。
675考える名無しさん:04/08/01 22:35
しかし・・・フサール氏は前レスの方ですべて言語化できる派だったのに宗旨変えしたのね・・・
勉強熱心でよろしい


ソシュールがビッグバンでそれ以降の脱言語、脱哲学の流れは面白いですよ
フッサールなんかもそうだし、ドゥルーズ、そしてデリダにいたる思想は
それまでの哲学が言語の上で相撲を取っていたのに対して
問題はその言語という土俵だったということを明らかにしていて面白い
カントやヘーゲル、マルクスが言葉の内側だけの思索だったことを思い知る

そこに、進化や脳の科学的な発想がプラスされると一段と世界が広がります
676考える名無しさん:04/08/01 22:57
>>675
ソシュールの後裔はいくらでも思いつくが、

>そこに、進化や脳の科学的な発想がプラスされると一段と世界が広がります

って誰のどんな本を参照すればよいのかな。
677676:04/08/01 22:59
俺は>>673しか知らない。
あとあるならぜひ教えてほしい。

>http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4788506718/ref%3Dsr%5Faps%5Fd%5F1%5F2/249-5935172-4027560

にしてもディーコンの記号論はあきらかにパースの焼き直しなので、ここでエーコタン登場ですよ。
678考える名無しさん:04/08/01 23:02
>>674
いや、僕は無に等しいとは思ってない派ですよん。
ただ貴兄の意見には賛同しかねたので反論しただけッス
679考える名無しさん:04/08/01 23:04
>>672
>「リンゴ」という言葉を発してブドウのイメージは浮かばないでしょ?
>つまりリンゴはブドウから「区別」されている。
「区別」されているのは、ブドウが「リンゴ」と言う言葉のラベルをぶら下げていないだけ。
680考える名無しさん:04/08/01 23:17
>678
了解しまつた。
681単なる愚か者 ◆B5j0Fhef0w :04/08/01 23:27
 >>671
 人格間でなされる相互批判のみが哲学であるわけではない。
脱人格的な主張を検討することも哲学の名に値する。

 そして、そのような検討の中から新たな観点が示されることもあるのではないか、と期待している。

 ついでにいえば、言語の本質とは、
誰が言ったかに関わりなく、誰もがその内容を検討できることであると考えられる。
682フサール ◆nj5mzrdIEM :04/08/01 23:27
 途中からずっとトリップキー間違えてたことに今気づいたよ。orz

>>675
 何か誤解してなきゃいいんだけど…
別に根本的な宗旨替えはしてないし、「言語化できないモノはない」っつーのは
当然ってのはかわりないよ。まぁ誤解はあったし、それは>>536で訂正したけどね。
あとその新しいもの好きな態度は気に食わないなぁ。進歩史観は哲学者にあるまじき
早計さだぜ?

>>679
 そうかそうか、君もそう思うか。賛成してくれてありがとうよ。
683考える名無しさん:04/08/01 23:34
>>682
別に>>675は新しもの好きじゃないと思うが……。
684フサール ◆nj5mzrdIEM :04/08/01 23:40
>>681
 そうだね。だがそれは全くもってつまらない。

 脱人格的な主張を検討するのは、あんまり2ch向きじゃないと思うよ。僕自身も2chで勉強
しようなんて気は全くない。僕は単純に論をぶつけあうのが面白いから、2chの哲学版で
ブイブイ言ってるわけですよ。勉強だったら図書館やカルチャーセンターのほうがよっぽど
勉強になるって!

 某スレで煽りしかレスがないのはそういう事だよ。「客観的っぽい」しゃべりは見てて疲れる
だけだから。自分で論を立てたほうが他の人から見ても面白い。
2chでは「面白くあること」がルールなんだよ。

>>683
 気にすんな。なんとなく煽ってみたくなっただけだ。
685考える名無しさん:04/08/01 23:45
>>684
自分のレスが面白いと思ってるのか?
686考える名無しさん:04/08/01 23:51
>>684 ツ、ツマラン !! (テイキョウハ ツムラ デシタ)
687考える名無しさん:04/08/01 23:56
>>682
> そうかそうか、君もそう思うか。賛成してくれてありがとうよ。
賛成などしていない。言葉が枠組みになるなど思ってない。あくまでもラベルの一つさ。
688考えなし名無し:04/08/02 00:20
言語化できないものってのは「言語化できないもの」って言葉で言語化されてることにならないのか?
689考える名無しさん:04/08/02 00:28
>>688
うむ、許可する
690考えなし名無し:04/08/02 00:30
>>689
何を?
691単なる愚か者 ◆B5j0Fhef0w :04/08/02 00:46
 >>684
 哲学板が684に記されたような傾向にあるのは確かだと思う。
しかし、あるレスを試しに記してみたことによって、
それに対してとても勉強になるレスをもらえたことがある。
だから、これからも試み続けたい。

 ところで、このスレッドはそれなりに人気がある。
それゆえ、このような明らかにスレ違いの話題はもうやめたほうがよさそうだ。
 その語り口から推測するに、
>>644のようなレスをしてもよいと認めてくれたようであるし。
692考える名無しさん:04/08/02 00:49
>>690
目も悪いのか?
693考えなし名無し:04/08/02 00:52
>>692
両目ともに0,1未満
694考える名無しさん:04/08/02 00:58
>>693
す、すまん。目も悪い、オツムも弱い者をつかまえて、俺は…
695考える名無しさん:04/08/02 01:01
言吾
696考えなし名無し:04/08/02 01:01
>>694
むしろ、それが凹む…
>>690
に答えて下さいよ!
697考える名無しさん:04/08/02 01:02
マイケル・ポラニーのいう暗黙知(身体化された知)をも言語と捉えるなら・・・
698考える名無しさん:04/08/02 01:03
知ることとは存在することであり、存在することとは知ることである。
699考える名無しさん:04/08/02 01:14
>>696
言語化できないものってのは「言語化できないもの」って言葉で
言語化されてることにならないのか?

この解釈を許可する。
700考えなし名無し:04/08/02 01:51
>>699
そういうことか・・・許可じゃなく要求して下さいよ(具体的に)。
タイトルから
「言語化できないもの」は「言い表わせない」と取らず「単語として無い」「存在しない」と取った。
しかし、あくまで「言語化できないもの」として、存在の有無に関わらず
「言語化できないもの」は括弧内を単語化している所からそう考えた。

「言語」は意思伝達の手段であり、在るもの無いものに関わらず「言語化」される
と解釈…  なんか、読み返すと矛盾だらけだけど、そこは「考えなし」だから
701考える名無しさん:04/08/02 01:55
言語化されないものは、「言語化されないもの」として言語化されるわけですよね。
702考える名無しさん:04/08/02 01:58
>>701
そそw
703考えなし名無し:04/08/02 01:59
>>701
そうとしか、言えませんよね。
例えるなら「0」は三番目にできた数字
って感じですね。(これまた意味不明)
704考える名無しさん:04/08/02 02:05
>>703
ちなみに、アマゾン奥地に住むヤノマミ族には、数字が3つしかない。
どの3つかというと、

一つ、二つ、たくさん…この3つw

つまり、言葉は認知する側の人間が「必要とする分」だけ在るれば良い。
新たな認知が生れる都度、ソレを表わす言葉が創られるだけのことだってことw
705考える名無しさん:04/08/02 02:13
人間は表現できないということを表現できる生き物。
それはつまり表現できないものを表現しているという事になるんじゃないだろうか。
706考える名無しさん:04/08/02 02:19
しかし考えてみてほしい、言語化というものが
対象の本質、少なくともその何らかの事象を表す事であるとするなら
705は言語化とはいえずただの言葉遊びにしかすぎないと思われる。
707考える名無しさん:04/08/02 02:22
なぜなら、表現できない というのはその物の持つ意味ではなく
我々人間がその物に対しての表現可能領域を逸脱しているという事を示しているだけだからである。

例えば、死ぬ という事 コレを言語化することは可能だろうか?
私にはそれは不可能に思える。
708考える名無しさん:04/08/02 02:28
>>707
んなこたないだろ。
死を表わすのに、あらゆる分野の者が、
自己の専門あるいは独自の視点から、これを語っている。
ウンザリするぐらい、あるどw

ま、採用できるものはといえば、限られるけどなw
709考える名無しさん:04/08/02 02:31
>>708
言語はその対象同様、認知する者の解釈にゆだねられてるから、
その言語の「的を射ているや否や」は、そ〜固く考えずともい〜のではw?
710707:04/08/02 02:32
言語化という事の捕らえ方によるのかな。
その物事を真に表す事のできる言葉というのは その事象に対して一対なはずじゃないだろうか。
すべての人間に共通の理解をもたらす一つの説、言葉の並びで死を表現できるだろうか。
711707:04/08/02 02:42
うむ、すまん。酒入ってるから滅茶苦茶いってるのかもしれないな。

だが、オレは死を表現する事が出来ないからこそ宗教があり
天国や地獄、あの世 といった概念が存在するんじゃないかなってふと思ったんだよ、そんだけ。
712考えなし名無し:04/08/02 02:42
>>707
 死ぬ に関しては「生命活動の停止」でいいんでない?
「という事」が何を指すのか分からない。

「言語」というのは同じ記号を共有するもの同士の疎通に過ぎず、
それ以上(ここでは言語化)は望めない。
解釈を広げてものを深く理解するようにしかならない。
713考える名無しさん:04/08/02 02:44
>>710
すべての人間に共通認識を持たせる任務は、言語にゃ荷が重いw
そりゃ、教育等の任務かと…。
共通という縛りは、ほどほどでいいのでは?

もちろん、その努力を否定してるわけじゃないよ。
極力努力すに越したことはないけど、誤認、誤解、錯覚、
故意のゆがんだ解釈、その他は人の常w

その、都度どういう意味で使っているかを尋ね、答えながら
使うもんじゃないでしょか?
714707:04/08/02 02:45
という事が指しているのは言葉で表される 死 その物の事です。

生命活動の停止・・・ しかし、それだと生命活動とは?
からはじまって生きるとはどういう事なのか の無限ループに陥る予感。
715考えなし名無し:04/08/02 02:48
>>714
ループの予感サンセー
自分の解釈では「死」は
いつか必ず訪れるもの 程度に考えております。
716707:04/08/02 02:54
言語というものが不確定で不明瞭な物なのは言うまでもないのですが
言語化・・・うーむ、自分の中だけで完結してしまう言葉ではやはり意味がない。
かといってすべての人に・・・ともならない。0でも1でもない半端な物 なのかな。

>>715
やはりそれは一つの側面しか現してない様な気がする。
そういう意味で「死」そのものを言語化することは不可能なんじゃないかなって言いたかったのです。

てか分けわかんなくなってきました。
そろそろやめとこ、狂いそう
717考えなし名無し:04/08/02 02:58
>>716
そうですね…
707さんは「言語化」をどう解釈してますか?
718考える名無しさん:04/08/02 02:59
>>716
ループの停止は簡単w
それより、ループし続ける事のほうが、ずっと困難だと思うけど?
できんの?ループしっ放しってw?
719707:04/08/02 03:01
>>717
共通の概念文字と言う形にする事だと考えます。
>>718
議論が言葉の上で成り立っている以上、言葉を巡る考察というのは常にループしてしまうものなのではないでしょうか。
言葉について論ずるにも言葉を使用するしかないわけですから。
720707:04/08/02 03:03
あぁ、いや馬鹿なこといってる。
>>717
その物の本質を別の形で表すことだと思います。
721考える名無しさん:04/08/02 03:07

言語化されないものは、「言語化されないもの」と意味づけられてすでに
言語化されている。無も同じ。

ってことは、言語では本質的に言語の外部を指し示せないということだもんね。

言語を使っているかぎり。
722考えなし名無し:04/08/02 03:09
>>719
最近まで意思疎通のために必要なもの程度に考えてましたけど…
「共通」って言うのがポイントですよね。
明日、六時起きなので少し寝ます。・・・・・・・・・ZZZ
723考える名無しさん:04/08/02 03:16
>>719
言ってる意味がよくわかんないけど、ホントに混乱?
質問だけど、言葉に支配されたいの?
それとも使いこなす側にいたいの?

もし、後者なら、使うだけの事。
言語そのもののために悩む必要など、ドコにも無い。

また、言葉を巡る考察でループしてるのは、意識や考えであって、
言語そのものじゃない。

君のループの原因は君の意識であるのに、
それを言語の持つ性質や性格のせいに持って行くのは変w
724707:04/08/02 03:27
>>723
人は意識や考えを言葉で表現しているんですよね。ですから言葉と意識を切り離して考える事は出来ないと思います。
多かれ少なかれ、人は言葉に支配されています。
考え思う事を表現する手段が言葉しかないですからね
だからこそ、言語について悩み そしてそれを他に現す手段がないからループするのではないではないかな。
725707:04/08/02 03:30
うわ・・・文末変になってる。いい加減寝ますノシ
726考える名無しさん:04/08/02 03:37
>>724
言語について悩んだことなどないw
他に現す手段の必要を感じたことも無い。
言語はよく機能してくれているけどな。

言語に問題を感じたときに、その原因を突き詰めてごらんよ。
言語化したい対象を意識や思考が十分とらえ切れてない場合だから。
意識や思考は言語よりはるかに、その及ぶ範囲が広く深い。
そして言語を使って思考してる範囲はわずかのよ〜な気がするデシw
727考える名無しさん:04/08/02 03:43
意識って言語の上になりたっている物じゃないですか?
728考える名無しさん:04/08/02 03:56
>>727
違うね。最後のほうでマトメに使うだけ。
729考える名無しさん:04/08/02 04:43
>>726
>他に現す手段の必要を感じたことも無い。
ある人は絵で表現し、またある人は音楽で表現する。

>言語化したい対象を意識や思考が十分とらえ切れてない場合だから。
必ずしもそうとは言えん。対象がはっきりしていても、それを的確に表現する言語が見つからない事があるハズ
730考える名無しさん:04/08/02 05:44
まんこー
731考える名無しさん:04/08/02 11:52
>>729=対象がはっきりしていても、それを的確に表現する言語が見つからない

その時こそ、言葉はソレを表すために、新しく創られるのよ。
それが言語本来の機能(基本性質)だろがw

それと絵や音楽は、言語とは目的も表現手段も違う。
ごっちゃにするなw パープリンだと思われるどww
732考える名無しさん:04/08/02 12:56
フサールの主張はかなり同感だけど言語化できないものがないってのは分からないな。
言語化が抽象するってことなら必然的に捨象された何か、言語化されない何かが
あるってことじゃないの?
733考える名無しさん:04/08/02 16:45
言語化出来ても馬鹿がなに言っても「無」に等しい
734考える名無しさん:04/08/02 18:44
>>733
あなた、自分が無だって言ってるの?
735考える名無しさん:04/08/02 18:58
「無」でさえすでに意味として価値をもって存在しているんだよね。
736&rlo;すで才天 &lro;私は:04/08/02 19:07
>>732
> フサールの主張はかなり同感だけど言語化できないものがないってのは分からないな。
> 言語化が抽象するってことなら必然的に捨象された何か、言語化されない何かが
> あるってことじゃないの?

いや違う。そこで彼は言語で "包括できる" って言いたかったと思われる。

しかし、その概念の詳細をどこまで言語で記述することができるか。
その追及からくる「言語の限界」はあるのか? それが新しい問題だよ。
737&rlo;すで才天 &lro;私は:04/08/02 19:09

つまり「君の中身はどうなってんだよ、ゲヘヘ。」ってこと。(ここでの「君」は概念のことねw)
738考える名無しさん:04/08/02 21:38
>>731
>その時こそ、言葉はソレを表すために、新しく創られるのよ。
自分でその時があることを認めてるじゃねえか。

>それと絵や音楽は、言語とは目的も表現手段も違う。
>ごっちゃにするなw パープリンだと思われるどww
表現手段が違うのは当たり前。しかし目的が違うとはどういうことだ?
おまえ>>724のレスに対して>>726を返したんだろ?
それともなにか?絵や音楽は意識や考えを表現しようとしていないのか?
なにか違うものを表現しようとしているというなら、ソレは何だ?
739考える名無しさん:04/08/02 22:21
やはり 夏 なのです
740考える名無しさん:04/08/03 01:02
レスが急に伸びて、ほとんど斜め読みなんですがw

「死」について語ったやつは直感的に当たりでしたね


>>676
脳についての本を片っ端から読んでみたらいいんじゃない?何でも面白いよ
僕が特に面白かったのは角川書店の「脳のなかの幽霊」って本
でもこれ、廃盤かも

「我思うゆえに我あり」なんて、笑っちゃいます
理性が絶対視されていた時代には、なるほど、これは根本原理だと思われていたでしょうけれど
記号論は、こんな人間の思い上がりを否定しているわけです
しかし、さらに、脳のことを知ると相対化はさらに進み、言説の相対化を超えて自分の意識さえ信じられなくなります

何が言いたいかというと
人は意識がすべての自分だと思い込んでいるが、実はそうではないということです
意識が感知していない部分が自分の中の大きい部分を占めているんです
意識に上がってくる情報は実は得た情報の中の限られた部分なんです
意識が自分の自我そのものであり、まさしく「考える自分」なんですが、その外側があるんです
自分の(肉体の)内部に(意識としての)自分じゃない部分がある

これは、言語とその外側との関係に似ていますし、実際にかぶっていることです
思考は意識の中で行われますし、おもに言語の範疇で行われます
思考をする場であるその内部が世界のすべてであり絶対であると人は思いがちです
しかし、意識も言語も相対的なものでしかないのです

意識も、言語も、人間という生命が生きていくための(または、生き抜いてくる過程で獲得した)道具でしかないのです
741じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/03 01:17
>>740
>僕が特に面白かったのは角川書店の「脳のなかの幽霊」って本
>でもこれ、廃盤かも
うーん、確かに稀少なんだよなあ。
えと、この前、それ新宿の紀伊国屋書店(5F)で数冊見つけました。
これはかなり面白いので、ぜひ皆さんも一度読まれてください。
よろしくです。
742考える名無しさん:04/08/03 01:53
>>740
>>741
>『脳のなかの幽霊』
ラマチャンドラン&ブレイクスリー?
良い本だってよく聞くがほとんど読んでいない(レポのために教官から借りたが結局読まず)。
743じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/03 02:12
>>742
うんそれだね。
参照↓
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4047913200/250-2274239-4897804#product-details

自分を疑いたいのなら、これを読むのが一番。
自分の幽霊を見つけられるとおもいます。
744:04/08/03 02:13
>>740=思考は意識の中で行われますし、おもに言語の範疇で行われます

君のような見方をたびたび見かけるんだけど、異論がある。↑これのことぉ♪
もちろん言葉や記号で思考する場合の在ること、を否定はしないんだが、
自分の思考プロセスを考えてみると、ほとんど言語でなんか思考してない。

何をもって思考してるかというと、脳に蓄積された言語の元たる、脳の把握
し記憶している「意味や意味のイメージ」だ。
それは思考ツールとして言語よりはるかにスピードが速く、正確だ。

わかりにくいかもしれないが、想像を巡らし、君の思考が脳内でどう動いてるか
あとで自分自身でチェックし、プロセスを追いながら検証し、考えてみてくれw
志向する際、言語など飛び交ってないないケースがほとんどだと、気づくはず。
実際に飛び交うのは瞬時にわいて出る猛スピードのイメージだってことにね。
言語なんかのろくて使ってないだろw

知ってのとおり、言語は意識や思考の産物を、他者に対し表出するための
アウトプット・ツールの性格が強い。記憶された「意味のイメージ」に比べると、
言語はおそらくその百倍千倍のろく、言語の指し示す内容にしても、不十分
極まりない。
 よく、「そういう意味で言ったんじゃないよ」と言葉の範囲や指し示す内容の
調整を語らう相手とくり返すのは、そのせいなんだが、理解してもらえたろうか?
745考える名無しさん:04/08/03 02:42
あくまで言語の範疇で思考しているといっているだけであって
言語を使って思考している というのとは意味合いが違うと思いますよ。
そして意味や意味のイメージというのはまさに言語のことを表していませんか?
自分自身ですら世界にとっては第三者なんですよ、だからこそ自分自身に説明するためには言語が必要なんです。
746考える名無しさん:04/08/03 02:51
続き、
事象を捉えるだけ取り入れるだけ なら言語は必要ないかもしれません。
しかしそれを思考する段階にはいると、その事象を解釈しなければならなくなります。
多くの人間にとってこの手段が言語、言葉なのではないでしょうか。
言語とはたんなるアウトプットツールではなく、自己の中で事象を確定するためにも使用されていると考えます。
まぁ、ごく稀にとりいれた事象を言語を介さずに他の形で直接表現できる方もいますが、そういう方は俗に天才と呼ばれていますよね。

最後に言われている意味の取り違いというのは
言葉の持つ不完全さから来る現象では?絶対的に他者と理解しあえる単語や言語は未だに存在しないわけですからね。
言葉の不確定さ(個人による違い)がその意味のやりとりを邪魔しているのではないでしょうか。
747じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/03 03:13
>>744
特に異論はないのだけど、こちらからも少し。
>語はおそらくその百倍千倍のろく、言語の指し示す内容にしても、不十分
>極まりない。
おそらく道具としての言語の利用法を誤解しているんじゃないかと
思うんだよね。わかりやすく言うと、例えば数字を使わずに、計算ができるかどうか?
なんだよね。

あと赤と白でピンクとすぐに置換できるのは、
言語の記憶によるものでしょ。
その回答を得るために、わざわざ、絵の具で
赤と白を混ぜ合わせるイメージを使用するかな。
ってことなんだけど。
それを考えると言語を使った方が数倍楽だよね。
そういう道具的意味が記号的性質言語だと思うんだけど。

あとやっぱりあなたの言う
>もちろん言葉や記号で思考する場合の在ること、を否定はしないんだが、
>それは思考ツールとして言語よりはるかにスピードが速く、正確だ。
これなんかとくに違和感を感じるんですよね。
なんかいかがわしい商法の文句のように見えませんか。
(そんなことはどうでもいいかな)確かに速度は速いのかもしれない。
しかし言語を使った方が楽なのは確かだと思うんだよね。
一旦覚えてしまうと、再認を省略できるんで。
748    ♪    :04/08/03 03:42
>>745-747
<言語の範疇で思考しているといっている>
本末転倒の典型だな。
思考の結果を言語にしてる、のまちがいだろw

<意味や意味のイメージというのはまさに言語のことを表していませんか?>
イメージというのは映像に近い。感覚やフィーリングと言ってもいいかも。
言語の元ではあるが、言語ではない。
犬を考える際、犬という文字や音声で考える事は無いてことw

抽象的な概念、例えば「自分自身」とか「存在」なども、自己シミュレーションして
みれば分かるが、その文字や発生音などを使って、脳は考えたりしない。
その概念は文字にせずとも前述した意味のイメージで脳は把握していて、
それをもって思考する。

言葉は脳から外にその思考した結果を出す道具さ、素行段階でのツールじゃない。
だから< >の中の書かれた文意には異論があるw
人は言語化された範囲をはるかに超えて思考するし、
脳内に蓄積された意味を持ったイメージは言語よりずっと広く深い。
749訂正w:04/08/03 03:45
>>748 素行段階→思考段階
750じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/03 03:57
>>748
どうやらあなたとは、得る物が少なそうだね。
まさか他人と一括りで論破されるとは思わなかったよ。
751考える名無しさん:04/08/03 03:59
>>747
思考する内容によるんだよ。
絵の具の場合、単純な色の調合ではなく、
ある色とある色をどのくらいの分量で混ぜるとどんな色になるか。
色自体の記憶や経験によって予測して混ぜる。言葉では考えない。
>>744がどう考えているかはわからんが、少なくとも俺はそう考える。
イメージといっても、色を混ぜるからといって、
わざわざ絵の具を混ぜるシーンを思い浮かべる訳ではないさ。
752    ♪    :04/08/03 04:04
>>750
あ、ゴメン !! 実は書き始めには、じゆんのレスまで書き連ねる予定
だったんだけど、ボリュ−ムが増えちまって、カットし。すまん

       m(_________ _________ ;)m スマソ
753じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/03 04:07
>>752
了解しました!
では、あんまり気にしないで下さい。
754考える名無しさん:04/08/03 04:17
>>♪さん
すみません、やっぱりいまいちよく分からないのですが
例えば犬と呼ばれている生物を見て犬だと感じる思う事は対象を言語化しているとはいわないんでしょうか?
755考える名無しさん:04/08/03 04:18
感じると思う→感じる事 

です( ;´Д`)
756じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/03 04:31
>>751
>ある色とある色をどのくらいの分量で混ぜるとどんな色になるか。
>色自体の記憶や経験によって予測して混ぜる。言葉では考えない。
それ、無理がないですか。実際にはパレットの上で眼で確認して試しながら、
混ぜるんでは。予測ってあまりしないと思うんですよね。予測したとしても、
親指分の白の絵の具とか、五ミリ出した赤の絵の具とか、筆につける
水の量とかそういうシュミレーション(思考)てします? 色を決める前に、又は塗る前に
そこにすでに観想を超えた抽象存在としての言語を認識していると思うのだけど。
どうでしょ。 とりあえずあとで、ちょっと落ちます。
757考える名無しさん:04/08/03 04:34
抽象的な概念、例えば「自分自身」とか「存在」なども、自己シミュレーションして
みれば分かるが、その文字や発生音などを使って、脳は考えたりしない。
その概念は文字にせずとも前述した意味のイメージで脳は把握していて、
それをもって思考する。

例えばこれなんですけど、動物にしろなんにしろ、まぁ犬で考えると
犬もその文字や発生音を使って犬と呼ばれる生物を脳が考えているわけじゃないですよね。
漠然とした経験やイメージ?が犬として現されているわけですが
逆に言うとこの経験やイメージだけの存在というものは認識でき思考できる物として存在しているのでしょうか?
人が思考できる物=言語化可能な物だから言語の範疇で思考という文章になったように思うのですが。

758751:04/08/03 04:47
>>756
>それ、無理がないですか。実際にはパレットの上で眼で確認して試しながら、
>混ぜるんでは。予測ってあまりしないと思うんですよね。
もちろん試しながらだが、このくらい混ぜればおよそこんな色になるだろうという予測なしには混ぜないだろう?
それに、何度も試しながらと言うのは、色を混ぜる事に慣れていない人、経験が少ない人だ。
熟達した人なら、その回数は格段に少なくてすむ。わざわざ量らなくてもね。
7597547,57:04/08/03 04:50
そして最終的に、この掲示板で行われているように他者との意志伝達を行うとき
我々は文字に頼らざるを得ませんよね。
事象を文字で表す事に関して議論しているのにその議論が考えを言語化した文字で行われている。
ここに矛盾があるのではないでしょうか。
だからこそこの手の話題はループしますし、それが途切れる事も無いように思います。
760考える名無しさん:04/08/03 05:07
長々とごめんなさい。
↑意味不明だったらスルーしてもらって結構です。
ただ、本当に簡単に言うと感じるということと考えるということは別ものではないのかなと。
考えるという行動はやはり言語の上になりたっているような・・・うーむ(´・ω・`)
761751:04/08/03 05:17
>>759
別に言語が不要だとか、無駄だとか言っている訳ではないんだよ。
言語が全てではないことは、誰しも認めている事だろう。確かに有効な面もある。
ただ、言語は一部であって、大きなウェイトを占めているわけではないということさ。
基本的に言語を使って考えるときも、言語以外の要素も大きな助けになっている。

犬を見たときにそれが犬であると判別するには、犬と言う言葉と一緒に、
その人の持つ犬に対するさまざまな情報を引き出し、それと照らし合わせて、
合致するときに初めて犬と認識出来る。そうでなければ、
犬が「犬」と書いた名札でもぶら下げていなければそれとは分らない事になるだろう?
762考える名無しさん:04/08/03 14:43
言語化しづらいのはカラダの動きとかさ 匂いとか
763考える名無しさん:04/08/03 16:53

「言葉にできない想い」とか、「言葉じゃ言い表せない」とか、よく言うよね?
じゃ、それ無いってこと?

言語化出来ないものは「無」とイコール、って考えに照らすとそうなる ^^;
無い想いを言葉にする努力…? 馬鹿みたい、人間ってアホ?
764フサール ◆nj5mzrdIEM :04/08/03 17:04
 うわー、すげー伸びてる。

 言語というものがコミュニケーションツールか、思考ツールかで
揉めているようだけど、ヒト一人について考えればそれは完全に
コミュニケーションツールだろう。他者から伝わる知識がなく、
他者に知識を伝えようともしないなら、いちいち言葉にする
必要がない。

 だけど、数人で話し合って何か決めようとする時に、その人々を
ひとまとめにして「Aグループが考える」みたいな見方をする場合、
言語は思考ツールになる。「ニューロンが電気的・化学的なやりとりを
する結果が人間の思考になる」ことを集団に拡張するようなモデルで
考えれば、言語のやりとりがその集団の思考になる、というわけだ。

 だから既存の知識を吸収してそれから思考をはじめようとすれば、
まず先人たちの書いた本なりを読まなきゃならない。これは
個人の観点から見ればコミュニケーションだが、集団思考という面
から見れば、情報の伝達すなわち思考の真っ最中だというわけ。

 そして自分の意見をまとめてふたたび再帰的に検討するのが
「意識的に言葉で考える」ということ。

 まとめると、個人の思考という観点から見れば
「インプット→翻訳→言葉に依らない思考→翻訳→アウトプット」
という流れも、集団思考の観点から見ればこれらを包括して
「考える」と呼べるということ。

 本当の意味で「言語抜きに考える」なら、本を読んではならないし、
話を聞いてはならないでしょ?「一人で考える」こと自体には
言語がいらないけど、問題は本当に「一人で考える」ケースが
ほとんどないって事なんだよね。
765考える名無しさん:04/08/03 20:52
抽象的な概念と具体的な心像の区別ができない低能がいる。
記号の表現的側面だけを記号と勘違いしてるアフォがいる。
「文字や音声で考える事は無いてこと」 こんな当然のことわざわざ確認しなきゃいけないヴァカは逝ってよし。

>>748
抽象的な概念、例えば「自分自身」とか「存在」なども、自己シミュレーションして
みれば分かるが、その文字や発生音などを使って、脳は考えたりしない。

 で、内言を意識化できなかったわけか
766751:04/08/03 21:35
>>764
つじつま合わせに必死と言う感じだな。いきなり集団思考とか、「言葉抜きに考える」なんて極論だな。
だいたい<言語化できないものは「無」に等しい>に反対している者が、言語は「無」であるとでも言っているか?
誰が「言葉抜き」を主張してるんだ?言語抜きでも思考可能と言っているだけだろう?
言語が思考のほとんどの部分を支配しているかのような主張に反対してるだけ。
767考える名無しさん:04/08/03 21:46












         思考とは何、考えるとは?











768考える名無しさん:04/08/03 22:31
考えるのめんどくせええええええええええええ!!!!!!!!!!
てめーらサルみてえーなくせに語ってんじゃねえ頃すぞヴォヶがあ!!
ああああああああああああああああああああつまんねえ話しばっかしてねえでSEX
してろ!!!!!サルみてーに腰振ってよーーー!!
あああきもちいーってキモいかおしてりゃいんだよ!!わかったかウンコ共!!!!
あああああああああああああああああ
769考える名無しさん:04/08/03 22:35
発狂中です。
しばらくお待ちください。
770考える名無しさん:04/08/03 23:04
なにこのスレ?
名家みたいなこと話してンの?
771肩 ◆UfNNCaTAr. :04/08/04 00:12
>>687
 遅レスですまん。ラベルだろうがなんだろうが、名前をつけることによって
他と区別されるってことは認識の「枠」を作ってるって事でいいんじゃん?
少なくとも全く不適当な言葉ってわけでもないと思うよ。

>>766
 僕のレスを否定する根拠は「極論だな」だけですか。そうですか。

 人間の知識っつーものは一人で作られるものじゃないからさ、本とか読まないと
考えるきっかけがないじゃん。それなら本を読む段階から「考える」ことがはじまって
いる、と考えるのは当然じゃないかな?言語情報を受け取って意識・無意識に変化が
起こるのは解るでしょ?「言葉がなければ思考がはじまらない」ってのは当然のことの
ように思えるけどね。

 もう一回まとめてみる。
 一人で思うときは言語で自分と対話することも、言葉を使わず思うことも
両方ある。言葉を使わないことのほうが多いだろう。けど言葉を使わない
思考だって、言葉がなきゃなりたたないんだぜ?それがなきゃチンパンジーの思考だよ。
やっぱ言葉の影響っていうのはでかいんじゃないの?

 3行目は、「言語」と「言葉」間違えて書いてるのかな?
可愛いヤツめ!
772フサール ◆nj5mzrdIEM :04/08/04 00:15
 別コテ出しちまった。↑は僕だい。
ギコナビの設定に慣れてないんだい。
773751:04/08/04 01:16
>>771
>僕のレスを否定する根拠は「極論だな」だけですか。そうですか。
それで十分だろ。逆に言うと反対する者が、
「言葉だけで考える」ことの不可能さを言い出したらどう思うね?納得できないだろう?
>>764
>「ニューロンが電気的・化学的なやりとりを
>する結果が人間の思考になる」ことを集団に拡張するようなモデルで考えれば、
君のこのレスでさえ、脳の働きを集団に拡張する作業を言葉だけでやっているはずがない。
もし君が言葉だけだというのなら、自分で気がついていないだけと言うしかないな。

> 人間の知識っつーものは一人で作られるものじゃないからさ、本とか読まないと
>考えるきっかけがないじゃん。
それじゃあ聞くが、本を読もうとする衝動は何からくるんだ?
だいたい、本とか読まないと考えるきっかけが無いとはどういう生活をしてるんだか。
考えるきっかけは、本を読まずともどこにでも転がっている。

>思考だって、言葉がなきゃなりたたないんだぜ?それがなきゃチンパンジーの思考だよ。
>やっぱ言葉の影響っていうのはでかいんじゃないの?
誰かと会話するのでさえ、相手の顔をイメージとして認識し記憶できなければ成り立たないだろ?
本を読むにも、文字の形(イメージ)と、何と読むかを記憶していないと出来ない。
君の論理なら、言葉以外(イメージ)の影響もでかいんじゃないの?
ことさら言葉だけが特別と言うわけじゃない。
774フサール ◆nj5mzrdIEM :04/08/04 01:56
>>773
 なんだ、単なるミスリードか。別に「言葉だけでやってる」なんて 一 言 も 言 っ て な い よ 。
僕がどこで「人間が言葉だけで考えてる」ってレスがある?勝手に拡大解釈されたらたまらんわ。
ただ「だいたいの場合、自分で自覚してるよりことばの影響って言うのは強いぜ?」という話。

>考えるきっかけは、本を読まずともどこにでも転がっている。

 あのねえ、だからそういう話をしているんじゃないってば。
まったく本を読まないで考えるのはサルだってば。
科学の領域で、以前に出された説も何もをふまえないで
考えられたことなんて、なんの価値もないでしょ。

 人間は一人で考えているわけじゃない。自然に何百人もの人々の考えを
ふまえて考えてるんだから、言語の影響は軽視できないでしょ。
775740:04/08/04 02:44
レスが伸びすぎなんで、今日も斜め読みですまんw

>>741
>>742
そのラマチャンドランの本です

>>740
そういうアホレスが付くと思ったんで
わざわざ「おもに」と「範疇」って言葉を入れたんですw
言葉だけで思考しているわけではないです

>>747
が書いているとおりです
>>765
このレスが的を射ています

言葉というと、書かれた言葉やしゃべられている言葉を思っちゃう人がいますね
そういうことを言っているんじゃないです
独り言のように心の中でつぶやくような言葉でもありません

誰でも言葉と言葉化されていないもやもやしたものとの間を行き来しながら思考しているんではありませんか?

しかし、言葉からまったく離れて、言葉が世界から切り取ってきた概念の影響を受けずに思考することは不可能です

このスレは、言葉を大きく捉えることが出来ない人と
言葉を、概念の源、人が世界を理解する為の根源であると理解している人との間の論争になりますね
お互いに、例を挙げて説明するのですが、それがまさしく、言葉の罠にはまり込んでいくような不毛な論争になります
言葉を小さく理解している人は、記号論をかじってみた方がいいのではないかと思います
深く知る必要はないから、さわりだけでも


776740:04/08/04 02:53
間違いました
自分のレスをアホレスと言っちゃいましたw

>>744
そういうアホレスが付くと思ったんで
わざわざ「おもに」と「範疇」って言葉を入れたんですw
言葉だけで思考しているわけではないです
777じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/04 04:31
>>758 751さん
とりあえず論破されました。(w
じゃないね、了解しました。

>水の量とかそういうシュミレーション(思考)てします? 色を決める前に、又は塗る前に
>そこにすでに観想を超えた抽象存在としての言語を認識していると思うのだけど。
これは言いすぎ。つか誤解を招くと思いました。
言い訳じゃないけど、どうも言語論で討論は難しいね。
論破を狙うとどうしても、自論が崩れる。

あと自分としてはもう少し、言語論は音声と文字へ、同時的にアプローチをして
欲しいなあと思うんだよね。記号論ベースの議論は正直、読んでてあきる。
ちなみに、意識化の抽象としての言語認識は、ほとんどの人は、
音声形式だってことに気づいてるのだろうか?

その中に抽象的意味を内属させている。
言語以前の抽象存在の観念は、主に感情と状況の位相、
すなわち自己のカテゴリー(範疇)によって区別される。
このカテゴリーはカメラのフィルター(相)と考えるとわかりやすいと思う。
状況に合わせて、このフィルターを変えて、そのフィルターにあわせて人は思考するというわけ。
だからこのフィルターがないと、思考の分岐点すら分からなくなる。
意味盲の状態に陥るんだ。往々にして議論はこの状態にいるから面白いんだよね。

そして、これを文字としての観想を得たなら、
一般に言われる写像記憶と同等の意味をもつ。
まあ、あくまで音声→文字の順序で想起されるはずなんだけど。
まあ私はそんな感じだね。言語を音として認識している。
だからノロイ。早さは音声形式に従属するはずなんで
でも、きっと記憶の天才(思考の早い人)は違うんだろうね。
778じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/04 04:35
発見!
音声形式の言語は意味を保有し
文字形式の言語は価値を保有する。

   のではないだろうか???
   妄言か。
779考える名無しさん:04/08/04 18:47
>777
カテゴリーはカメラのフィルター(相)では無くて、カメラの位置じゃないかと言ってみる。

いやどっちもか。フィルターを変え、立ち居地を変えて被写体である観念を撮るんだけど、
そういうやり方しか出来ない俺らはど〜がんばっても被写体そのものを伝える事は出来ない。

その意味でなら言語の限界、及びそれ故の意識や思考の限界ってのはあるんじゃないかな。

しかし保持している観念そのものを変形させる場合もあるような気がする。
どーやってるかは分からんけど。

>>778
「価値」が何を示してるのか分からん。
表記される事によって「価値がある/ない」っといった判断の対象足りえる。
って事?


780じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/04 19:33
なんだか、>>777
>記号論ベースの議論は正直、読んでてあきる。
なんて言ってしまって、場をしらけさせてしまったようなので、
なんとかしようと思います。とりあえず、なんで、
そんなことを言うかということをとりあえず自分で整理させて頂きます。


まずこのスレで扱っているのは、言語であって、記号でないことです。
ずーっと、記号論における意味性のカテゴライズに終始していること。
記号論ベースの議論は言語には、<対象>と<意味>の二つがあり、
<対象>に表形文字と音の二つを絡めさせたのが、いわゆる言語の概念であり、
それを了解すると、とたんにその意味の不定在性が出現するという現象が起きます。
いわゆる、意味を求め、意味を確認するとその意味自体が認識から消え、
いわゆる<無>という現象が起こることが明らかになる。

つまり、この現象は、言語自体でもなく、もちろん記号でもない、現実世界の、
もしくは思念世界の<指示対象>を、言語化しようというアクロバティックな技を
演じようとするときに起こる現象なのだと言うことなのです。

781じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/04 19:33
                                                (つづき)

この現象は、この世界の<指示対象>があるという仮定から言語化という作業があるという
前提を忘れさせ、その前提自体を先送りにします。そして<指示対象>と言語化の間に
抽象化という作業があることを人はいつか認識するでしょう。しかし抽象化は直接言語化
とは言えません。その間には、抽象化存在にラベリングという記号的意味を付与させる作業
が行われます。このラベリングは状況によってカテゴライズされた中で、経験と、
言語の記憶によって選択されます。そのラベリング自体をが言語化、いや、そうではなく
記号化と言われる現象なのです。つまりこの言語の想起性、選択性において言語の
記号的性質が浮き彫りになる現象をを人は確認するのでしょう。だから言語論=記号論と
いう形になりやすいわけです。そういった中では、私の記号論飽きた発言は、不本意な
性質なものであるでしょうし、また記号論の学習も必要なのは当然のことと言えるのでしょう。

しかし私が着目したのは、<指示対象>→<記号>→<意味>の関係を記述した記号論
的解釈ではなく、あくまで言語論としての意味でした。
<指示対象>があるのかないのかと言うのが、これまでの本来の記号論的解釈の議論。
そして、おそらく思考モデルの提出により、思考における言語の位置づけが定まった
おかげで、このスレの今までの議論が記号的性質であることが明らかになった、
そういう経緯だと思うのです。いちおう私はそういう流れでこのスレを読んでました。

そして今、起きている混同が、<現実世界>と<思念世界>の混同。
また思念世界の中の<意識><言語化意識>の混同、そういった感じではないでしょうか。

782じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/04 19:35
                                                (つづき)

そして>>765さんが言った
>その文字や発生音などを使って、脳は考えたりしない。
という言葉を私はそのまま否定しようかと思います。
意味の自体存在を私は棄却するのです。言語の意味の多重性がすでに明らかに
なっているのに、どうして思考や記憶に意味そのものがあるかのような錯覚を
うながすのか、私にはそれが不思議でならないのです。

思考はラベルングされた文字と音声を同時的に、二重存在として、そのまま使用します。
思念世界で、言語をベースとする思考は、まず時間に順列的に組み立てられる、
音声言語をベースに組み立てられます。
考え込んでいると思わずつぶやいてしまうのは、そのため起こる現象だと言えるでしょう。
これは思考における知覚の聴覚が外界ではなく内界に向けられていること、
また声帯が運動律的に、待機している状態なのだと言うことが認められるはずです。
このような思考作業では、言語の意味の順序は時間に従うため変更は不能です。
だからまあ、タイミングが間違っていても、それを訂正して、
または一旦、その間違いを保留して次に進めるような手筈を取るはずです。
とりあえず、語り続けることにより、<指示対象世界>を思考は描き続けるし、
これが発話を持って他者に語りかければ、その世界観を言語によって送り続けると
いうわけです。それを他者は言語として意味に解体し、その人が示す指示対象を
仮象世界に添付していって、世界を構築して、相手の話を把握理解していくわけです。

783じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/04 19:36
                                             (つづき)

おそらくは、ここまでの言語認識をこの議論では捉えていたのだと思います。
しかし言っておきますが、このモデルのままでは、鳥やイルカのコミュニケーションと
本質的に変わりません。意味交換における世界観の共有という現象が起こっただけです。
もしくはその現象を目的とするために言語が使われただけです。よろしいですか。
ここで人間と動物の差異はなにかに気づくと、コミュニケーションの文法であることに気づきます。
カテゴライズもラベリングも抽象化も動物は思考で発揮されているのです。
記号化を人間の特質とするのは過言というわけです。


ではこの文法はなんでしょうか? それはつまり言語の法則であります。
それは語の順序と、その形式を約束的に取り決めたものです。
それを使って人間は言語化するわけです。そしてそれがただの約束で
あるために、形式を無視しても、その内容が理解できるという現象すら起こりうるわけです。
日本語は一般に「てにをは」にうるさい。というか本来であれば中国語のように漢字のみの
記述が可能なのに平仮名を使うのはなぜでしょうか。
また逆に、平仮名なんていらないんじゃないかという認識もここで生まれてくるはずです。
まあこの問題は、一旦保留「エポケー」にしましょう。

そこで、文法の本質とは何か、という問題が明らかにになると思います。
文法とは順序の約束です。概念を保有した言語を組み立てるのが
いわゆる言語化という作業です。ということを、いちおう確認しておきましょう。
今まで行われていた議論は記号化のための議論でした。
言語化とは、記号を組み立てる作業だと言うことです。
この違いが、ようやく、ここではっきりと鮮明に明らかになったと思います。

784じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/04 19:37
                                              (つづき)

言語化とは「お喋り」という伝達のためのコミュニケーションだと思っている人がいますが、
それは違います。言語化の本来の意味、その本質は、語られたものの、
世界観構築にあるのです。記号を組み立てる、この構築性に言語化という作業の本来が
発揮されます。そしてこの言語構築された世界観の完成形に精密さ、利便性、意味交換
の伝達率、状況の条件、相手への伝わりやすさ、行為命令の効果率、速度、凝縮度など
の価値が添付されるわけなのです。

であれば、文法という、順序、規則にこだわるのが、言語化の本来の姿と言えるでしょう。
あるいは言語形式の秩序化なのでしょうか。ちなみに秩序化の本質は上記に挙げた
言語の価値の「等価名目」によって遂行されるはずです。
儀礼的なものでもあり、また相手への誤解を防ぐもの、また相手によって、
また相手の状態によって、語りかける言葉の種類がここで検討される作業のことです。
そしてこの「等価名目」のために、日本語はてにおはにうるさいというか、こまかいというか
病的にまでにこだわると言った現象が認知されるのでしょう。

そして「等価名目」に支配された形で一般に言葉の順序が構成されます。
その「順序、規則」を支配するために、日本語は「てにをは」の約束を守る形で
使用することで言語化の神髄が発揮されるというわけです。

785じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/04 19:37
                                                 (つづき)

さて、そのような等価名目に支配された順序化は、文章化によって構成され、
その文章化は紙やワープロなどによる記述化によって精密化がより実行されます。
そうですよね。そして、ここでようやく文字としての言語的意味が発生するわけです。

ちなみにこの段階で、>>778はほぼ妄言であることが確認されたかと思います。
この文字化という作業は、思考領域を広げることを意味します。
文字を使わない<思考−内世界領域>の心像が、
<知覚−外世界領域>の心像へと、一挙に拡張されます。
この世界に我々は、文字として世界に痕跡を残す。
それが言語自体が構築した世界観によって指示された<意味対象>を、
思考は、順序化の前に、その世界観を先取りし順序を変えたり、または、
新たな言語を付け足したりするわけです。ここにおいて、まず言語の精密化が
働くというわけなのです。

ここまでを、私は言語化と言う作業だという言明を出します。
そして、この絶え間ない循環がこの往復における、
円環が言語を高度にしていくわけなのです。

786じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/04 19:38
                                                 (つづき)

そして、それが人間の価値を浮上させたのではないでしょうか?

そして長年の問題である、人間と動物の大きな違いが
ここで、ようやく明らかになったのではないですか?
言語という<約束>の存在が、それを際だたせる文字の発明が、人間の心像の世界観を
拡張したのです。その拡張が思考の豊穣を生んだというわけなのです。

これにまだ違和感を覚えるのなら、こう想像してみればいいのです。
もし私たちが文字のような遺跡を発掘したならば、それを文字だとはっきりと断定することが
できなくても、それを人間以外の動物が発明し使用したのだと想像しうるだろうかと言うことです。
“それ”が文字のようだという洞察を深めるほど、
おそらく、人間以外存在の推察は排除されるはずなのです。
まあこの問題を飛躍して解決するのが、宇宙空間における知的生命体の
存在仮定だと言えるでしょうが。でも、その問題はまだ未知の領域であるため、
その分野における<知性>を人間が使用することはできない。
それだけのことです。

つまり人間の価値、つまり(動物との差異)というものは、文字によって定められます。
ここでようやく >>778の価値への論拠がいちおうの妥当性を持つことも説明されたはずです。

787じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/04 19:39
                                                 (つづき)

    ◇言語化できないものは「無」に等しい? の答え◇

最後に言っておきますが、「言語化できないものは「無」に等しい」という命題の
解決は、記号“論”的解釈だけでは決してえられないと言うことが確認されたかと
思います。そして言っておきます。「等しさ」を問うのであれば、
先ほどの「等価名目」を根拠にして、「無に等しい」、○(正解)であると申し上げておきましょう。
「等しさ」を問うものは価値をおいて他にありえないからです。
そして、言語化がやはり価値を発生させてしまうからです。
言語化できないのであれば価値は「無」であるのです。
以上。長文失礼しました。

で、ここまでの理解があれば、>>1-778の全ての言明がまったく馬鹿げた
議論であるということがわかるでしょう。もちろん自論を含めてです。
まあ、これは冗談です。全てが営為ではあったと私は思っております。
これは本当に失礼しました。

788じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/04 19:41
                                                (ついでに)

     ◇神と言葉の関係◇

神の示すものはなんでしょうか?
神の示すものは価値です。神は意味を保有しないのです。
言い換えれば、神は<神>という言語における<意味>を排除した形式のものを指します。
だから神には<価値性>しか残らないのです。
人間の価値は言語により獲得されます。
だから言語を使用すること自体が、まあ神の加護にあると、まあ言えなくもないのです。
そして私は有神論者です。

789じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/04 20:21
>>779
>カテゴリーはカメラのフィルター(相)では無くて、カメラの位置じゃないかと言ってみる。

立ち位置は、まああなたという固有存在自体が持つと思うのですけどね。
あなたはあなたという固有存在に語りかけることも言語化を必要とするのです。
そして語りかけることが前提であれば、相手のみ(自分を含む)の存在が
必須とされ、位置(あなた自身)は不定在となりませんか? 
位置がない、つまりあなたが存在しない状態から言語は始まり、
そして言語化によって位置が定まるのではないでしょうか?
私には、そのように思われるのですよね。

いちおうフィルターの解釈は<世界の存在性>という解釈です。
それらはカテゴリーという解釈によって、
ようやく言語の意味の統一性と価値を持ちうるのです。


>表記される事によって「価値がある/ない」っといった判断の対象足りえる。
>って事?
いや、それ以上に文字を介さないものは実存的に、
無価値であるという極論が含有してありました。
言葉足らずで済みませんでした。
790その文字や発生音などを使って、脳は考えたりしない:04/08/04 20:38
長ッげぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 (ノ_ _)ノ 

でも心配するな、じゆん、おれ以外は読んでるヤツもいると、お、お、おもう ^^;

おれは瞬間に答が出る。思考プロセスで言葉は使わない。

出た答を人に伝えなければならない時だけ、その答の意味するところや、
そこに至ったプロセスを説明するために言語化する。

このことを理解するには、おまいらが、

  「何のために考えるか?」 

それを理解する必要があるが…?
791考える名無しさん:04/08/04 20:39
792考える名無しさん:04/08/04 20:42
ここまでだらだら書き込みできるじゆんはすげぇな
それだけのために居てもいい存在だよ
793779:04/08/04 20:54
覚束ない知識と知恵を総動員してなんとか理解しつつあるところに

いちおうフィルターの解釈は<世界の存在性>という解釈です。
それらはカテゴリーという解釈によって、
ようやく言語の意味の統一性と価値を持ちうるのです。

無理・・・なんで周到に長文を書くのにこんなメンドクサイ言い方をするんだ(;´д⊂)

二行目の「それ」が指示してるものと、三行目の「持ちうる」の主語は<世界の存在性>?

誤解を恐れて専門的な用語を多用してるんだと思うが、
その用語の定義の推察を強要される読者側の身になってくれ・・・アレ?俺の勉強不足?
794じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/04 20:54
>>792
ありがとう。
いちおう、ここで言語論は「語りうるものかどうか」という問いに
答えたつもりなのです。しばらくすれば私の言っている意味が
おおよそ理解できてくると思います。いちおうかなり分かりやすくは
したつもりなんだけど。


>>790の>その文字や発生音などを使って、脳は考えたりしない
これなんて、けっこうでたらめだと理解されるはずです。
言語を使用しないで思考する状態もあるというだけです。
とくに運動系、芸術系(色相系、空間系、リズム系)なんてそうですよね。
795じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/04 21:04
>>794
カテゴリーの解釈は、カントの「純理」を読んで獲得しました。
なんだかアリストテレスもカテゴリーの本質を見たようです。
ショーペンハウアーはカントのカテゴリー解釈を意志と表象の世界で
真っ向から否定していますが、自分は面白いと思ったのですよね。
たぶんショーペンハウアーはカテゴリーが嫌いだったと思うんです。
おそらく彼は文系の人だったから、だから理系的なカテゴリーの区分が
性に合わなかったんでしょう。しかしカントの「純理」哲学の本質は
科学にあります。

>無理・・・なんで周到に長文を書くのにこんなメンドクサイ言い方をするんだ(;´д⊂)
考察の結果、体系化して説明しようとすると、このようにしか書けなくなるんです。
まあ、それが書いてて、面白いのですが。
796じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/04 21:15
>>793(779)
いちおう、私の立場からの解釈だと言うことをお忘れなく。
あなたにも相応の立場があって書き込んだと思うのです。
あと、あなたの論を深く理解していない部分もあったかと
思います。いちおうそれだけ付け加えておきます。
あなたの論を再読して少し自分の論も不安になったので申し上げました。
以上。反論待っております。
797考える名無しさん:04/08/04 21:18
>>780
長すぎ。
要領よくまとめるのも書く側の責任で、大事なこと。
本当に読んでもらうつもりがあるのか疑問。
798じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/04 21:37
>>797
本当に要領なのでしょうか?
それだけが、言語の価値なのでしょうか?
それ以外は「無」に等しいのでしょうか?
私はそれには不明だという回答を出しています。

>>784
>そしてこの言語構築された世界観の完成形に精密さ、利便性、意味交換
>の伝達率、状況の条件、相手への伝わりやすさ、行為命令の効果率、速度、凝縮度など
>の価値が添付されるわけなのです。

と一見するだけでも言語の価値は多義的だからです。
私の言うことを理解できないのは、
このスレの命題を理解できていないのはないでしょうか?
あなたの指摘は私のレスが長いという価値を示すだけなのです。
あなたの疑念は、私のレス(文章)に価値として内属させることは出来ないのです。

799じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/04 21:38
これ以上やるといよいよ、しらけさせるので、とりあえずスレを離れます。
800793、779:04/08/04 21:44
議論は不可能。理由としては、

まず780からのカキコは用語、内容ともに込み入っており、
寝ずに張り付いても語の定義の同意を得る事が出来ないように思われる。

次に>>793のカキコに対するそちらの返答を考察するに、どうも話が通じてない。
こっちの件は寝ずに張り付けば何とか同意可能だとは思うが、当方明日早いので無理。

引っ掛る点はあるが、見当違いや誤解である確立が非常に高いので、発言は見送らせて頂く。

感想としては、記号化と言語化を分ける観点はオモロイ&スゲーとオモタ。

あとリロードして>>798を見たが、なんで>>797をそういう風に理解できるの分からん。
「も」って書いてるだろ?当初は掲示板上だから話通じないのは仕方ないと思ったが、
そうでも無いのかな。



801考える名無しさん:04/08/04 21:51
>>798
それ以外は「無」に等しいとは言っていないでしょ。
コミュニケーションにおいては要領も必要だということ。
↓参考までに。

グライスの会話の公理:
 量について
  必要な情報をすべて与えなさい
  必要以上の情報を与えてはいけない
 質について
  偽であると思うことを言ってはいけない
  十分な裏づけのないことを言ってはいけない
 関係について
  関係のあることを言いなさい
 様態について
  わかりにくい表現を避けなさい
  曖昧な表現を避けなさい
  簡潔に言いなさい
  整然と言いなさい

>>784
君が「本来」と言っているのは、たしかに重要な側面だが、それが本質であるわけじゃない。
少なくともそれは断定できない。
伝達というのも重要な側面であり、どちらが本質かは決められないでしょう。
動物のコミュニケーション媒体に文法がないからといって、それがヒトの言語の本質とはかぎらない。

個人的には最重要な側面であることに賛成するし、そう考えている人も多いと思う。
言語の文法の入れ子構造を言語の第1の特徴とする人もいるし(ソース失念)、
ディーコンは「インデクスの反転」を、連辞と範疇とへの決定的な契機としてたと思う
(単純な学習やlearning set(規則の学習)と区別して、そう考えた)。
802じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/04 21:56
>>800
返答どうもです。実は、あなたの解釈の混同をしていたことに気づいたのですが
少し自論のごり押しに徹する部分があったことを謝罪します。できれば言語の立場と
いう意味をいつかあなたから提出されたいと思っております。


>「も」って書いてるだろ?当初は掲示板上だから話通じないのは仕方ないと思ったが、
>そうでも無いのかな。
いちおう述べますが、言論主体の議論であるため、まず不規則な応答には反論をします。
それは自論の価値を守るための本能的な行動です。>>790の罵倒文から私は、結構むかつ
いていたのです。

それと言語の価値性に気づいてもらうためにあえてああいいました。
言論が言語論に支配される様を認識して欲しかったわけです。
以上でした。不快にさせたなら申し訳ありません。
以後気を付けます。
803じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/04 22:14
>>801
返答どうもです。 では一つ反論を。
>君が「本来」と言っているのは、たしかに重要な側面だが、それが本質であるわけじゃない。
いちおう確認しましたが、本質と私は言ってませんね。
(いちおうあとでもう一度チェックしますが)
もしかしたら間違えたのかと思い、そわそわしました。言語論に関しては、
ほとんど本を読んでいません。自分のはかなりの自己流なのです。
まあだから誰かにあら探しをしてくれるとありがたいのですが。
そんな人いませんよね。まあいいや。

あなたの言を受けて「本来」の意味は「本質」の意味を含有しないと明言したいと思います。
ここで言う「本来」の意味は「文法」という気づきによって、
ようやく言語論への解明への糸口が「去来」されると言うことを示したのだと解釈してください。

後半は、言語論の素人なのでちょっとよく分かりづらいです。
他の人のためにも詳しく説明してくれるとありがたいです。
まあなんとか理解しようとは頑張ってみますが。
まあそんな感じで、よろしくお願いします。すみません。

804じゆん ◆bYRNL78mlE :04/08/04 22:17
では本当に落ちます。長々と要領を得ない文、失礼しました。(w


(べつに嫌味じゃありませんよ。本当に反省しているのです。>>801
ちょっと疲れただけです。
805考える名無しさん:04/08/04 22:23
w !!
806751:04/08/04 23:03
>>774
>なんだ、単なるミスリードか。別に「言葉だけでやってる」なんて 一 言 も 言 っ て な い よ 。
「言葉無しで考える」なんて先に君が言い出すからだろ。わざとふざけてんのか?

>科学の領域で、以前に出された説も何もをふまえないで
>考えられたことなんて、なんの価値もないでしょ。
しかもいきなり「科学の領域」なんて規定する意味がわからん。
科学だけが価値あることなのか?芸術には価値は無いとでも言うのか?

しかも、言語の影響は軽視できるとも言ってない。
>>773の最後の部分を読んだのか?
どうも君の反論は的外れが多い。相手したくなくなるよ。

>>780-789
長文お疲れさん。
でもね、会話の中からお互いの理解を深めようや。掲示板なんだからさ。
じゃなかったら、ホームページでも作って勝手に披露しといてくれった感じだ。
個人的な感想だけどね。
807考える名無しさん:04/08/04 23:36
うむ、ごくろう
808フサール ◆nj5mzrdIEM :04/08/05 01:56
>>806
 「言葉無しで考える」ってことを>>764で言ったのは、小学生に万有引力を説明するときに
「もし地球に重力がなかったら、こうなっちゃいますよー」みたいな、いわばたとえ話だよ。
別に主要な論点じゃない。最後の段落にちょいと出しただけの話を僕の主要な論点だ
とか思ってしまったわけだ。そこがミスリードだって言ってるんだよ。わかった?

>しかも、言語の影響は軽視できるとも言ってない。
 確かにそうだよ。だからさ、君が誤解に基づいて>>766で噛み付いてきたから、
わざわざ僕の意見をもう一度やさし〜くまとめたのが>>774だったんだよ。
どうも君の反論は的外れが多い。相手したくなくなるよ。

>しかもいきなり「科学の領域」〜
 科学を例に出すとわかりやすいだろうと配慮したまでだよ。

 ていうかさ、君の意見って何?
>>806では「言語の影響は軽視できるとも言ってない」と言い、
>>773では「言語が特別なわけじゃない」と言う。
「言語は思考に一定の役割を果たしているが、非言語的な思考のほうが大きい」
っていう考えで大丈夫なのかな?

 もしこういう考えだったら、基本的には同じだね。僕も両方とも否定しないよ。
僕のほうが、「集団で考える」ような視点で考えて、言語にもう少し重きをおいて
いるんだけどね。
809じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/05 10:28
>>806  751さん (できればコテハンを付けてくれると嬉しい)
お気遣い、どうも。
いちおう、私は、あなたとも会話をしているつもりです。
で、今までの議論を論破するのに、まああれだけの言葉が必要だっただけですよ。
私の自負で申し上げますが、このスレの命題にあった
議論の前提を浮き彫りにしたのは私のあの論だと、思います。
僭越ですが、今までの議論の総論という形で述べさせて頂きました。

あなたとフッサール氏の会話は、なんだか議論の中身よりも、まあ会話のみを
楽しんでいるように見えますが、やはり、相手への信頼があっての議論
であることも、当然、理解されているはずです。その「当然」を私は、
疑っているわけです。なにも根拠もなく闇雲に走っているわけで
はない。それなりのビジョンを持って、私は話しています。
まあ、あなたのようなやりとりは私は好きなのですけどね。

ちなみに、言語存在者(ホモ・ロクエンス)としての人間を見つめること。
その前提を探り、その人間の存在の「無」を明らかにすることが、
このスレの哲学板における役割であると思います。

だから、会話を楽しんでいるのなら
>どうも君の反論は的外れが多い。相手したくなくなるよ。
なんて言うはずがないのに、って私はあなたに対して思ってしまうんですよ。
でも、どうしてそれを言ってしまうのだろうかと考えることも、
言語存在者への考察態度なんじゃないかなあって、
私は、そんな感じで考えています。

あ、コテ名を「じゆん ◆bYRNL78mlE 」→「じゅん◆bYRNL78mlE」に変更しましたので、
まあ、よろしくお願いします。
810考える名無しさん:04/08/05 12:06
w !! ドーデモ ヨカヨ ソゲンコト
811じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 00:40
以前に私が一人で作成した言語存在者分析論を掲載します。
またもや長文ですが、このままお蔵入りもなんだか寂しいので
こちらに掲載しておきます。よろしくです。


812じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 00:41

■■■言語存在者としての人間の考察。■■■


■言語の自体存在分析■■

■言語の構造原則についてまずは記してみる。             −(1)−

第一原則。
 言語はまず表音機能を属性として持っていなければならない。
 人間が声に出して発話できるものを言語という。
 また発話で他者との交流を図っているのを確認した場合
 それは言語と見なすことができる。

(A)
つまり、その言語(文字)を見て、発話することができる。
また発話されたものから、活字に置き換えることができる。
つまり指示における「文字」⇔「音声」の対応関係を持つものを
総じて言語と呼ぶことができるということだ。
この発話と活字の対応を持つものを言語という。よって、言語が所有する
意味論的な「記号」による意味への指示関係は、言語機能としては二次的
なものであり、必ずしも言語と呼ぶ必要はない。よって表音機能を持たない
記号(トイレの男女マーク)は言語と呼ぶことができない。意味の指示関係を
持つだけでは言語とは言えないということをこの第一原則は意味する。
                                          (つづく)
813じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 00:43

(B)
あるいは言語の最小の意味で、意味が通じなくても、
何らかの声を他者に与えたとき、それは言語と認識できると言うこと。
第一原則によって、発話と記号の対応で発話優位の実相を持って
いることをまずは認識されたい。



第二原則。
 言語は、文字として表記されたものでなくてはならない。
 つまり紙(平面)に表記されないものは、言語と呼ぶことはできない。


第三原則。
 言語は意味という流通の価値を持たなければならない。
 他者を介さない自分言語は言語とは言えない。
 しかしたとえ少数でも、意味が通じるのであれば、
 そこで言語としての存在意義の妥当性は発揮される。

                                         (つづく)
814じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 00:44
(C)
この第三原則は第一原則における(A)の記述と若干矛盾するように
思われるようなので、それについて少し説明しておく。もし、私という存在が
未知の言語を使用する社会へ行った際に、その社会の住人が喋ったり、
または記述して、他者と意味論的な交流を図っているのを確認した場合、
それは言語のようなものを使用している“ようだ”、という推論形式の確認を
超えて、「彼らは言語を使用している」と了解してよいと言うことを意味する。
 つまり、言語使用時において意味が通じなくても、もしくは意味がまったく
存在しない状態であったとしても、その使用された「もの」が、「言語」と呼ば
なければならないという規則をこの第三原則は保有するのである。
つまりこれが指示することは、「言語」は認識を超えるけれども、世界(社会)は
超えることはないということで、言語による存在としての無の記述は端的に言って
可能と見なすことができると言うことだ。言語における意味の欠損という意味を
この言語は持つのである。指示の関係式において、
他者へ指示することの交流が、ここで生じているのである。


なお第三原則より第二原則が、第二原則より第一原則が優位に立つことを
この原則は保証する。
                                          (つづく)
815じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 00:45

■記述における言語の区分け                        −(2)−

おそらく、第一原則と第二原則によって、記号と言語の本質的な差異が
明確になったかと思う。そこでようやく、第一原則と第二原則の差異を
見つめることができ、紙上への表記という形で、言語の区分けというものが
ようやく可能となる。言語の区分けとは、まず第一原則の表音形態によって、
それを第二原則の記述という遡上の上で、ようやく表記上の区分けが可能
となり、それをまず言語論として把握されなくてはならない。
 まず、その区分けを以下に記す。

表音が文字形態を指示するもの。いわゆる音表記言語  −(T)
あるいはそうでないもの。                    −(U)

言語は、最初にこのような形で二つに区分されて、理解されなければ
ならないだろう。つまり、「ABC・・・、abc・・・」などのアルファベット表記
および、「あいうえお、カキクケコ」の、かな表記を持つ表音機能言語(T)か、
それ以外のもの、つまり「林」の漢字表記のもの(U)の区分である。

まず最初に、ここを言語の構造的意味として理解しなければ、まず、おそらく
言語そのものを人間存在の本質として理解することから、どんどんと離れて
いってしまうのではないか。音表記を超えて、イメージの指示の対応関係
の矛盾を問うことは、そもそも意味論を扱う性質のものであり、むしろ言語論
としては、二次的な関係把握のための論証なのである。ちなみに、それらの
二次論証、通称「意味論」は、第二原則と第三原則の差異によって、後ほど
明らかにされる予定。
                                         (つづく)
816じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 00:48
             
■上記の(T)の音表記言語の考察。                       −(3)−

その前に、まず我々は(T)について、了解の態度を取ることにしよう。
まず、日本語における漢字の欠如を我々が了解した表記の記述言語、
あるいは、ドイツ語のような「音」と「表記」の一対一対応の原則を狙った
言語形式が、音表記言語として扱われる。つまり記号表記が人間の
声帯の運動を音声レベルで直接、指示するという対応を持つ。
例えば以下ようなものである。

1:わたしはあなたをあいする。
2:ワタシハアナタヲアイスル
3:ワタシハアナタヲアイスル
4:Ich liebe Sie.  
5:イヒリーベズィ

どうだろうか。
おそらくほとんどの人は日本語である1〜3を「私はあなたを愛している」と
いう形で構造を変換して理解することができるはずだ。また、4はドイツ語の
表記であり、5はドイツ語のカナ表記である。
ドイツ語の大きな特徴は日本語と同じように「音」と「文字」とで一対一対応が
できているので、音韻的に、あるいは表形記号的にさえ記憶していれば、そ
の言語を話すことができる。しかしながら我々はここで、その意味を問う必要
は必ずしもないのである。端的に言ってそれが第一原則優位を保証すると
いう立場に立つからだと、今は言っておこう。
                                         (つづく)
817じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 00:49

我々は上記の音表記言語を、意味を問わず記憶することができる。
なぜなら、我々人間である生物は動作の反復という自動機械のような、記憶
保持機構を持った運動体として成立しているからだ。
 つまり、記憶の保持という面で、言語の保存が、人間の機能において成立する。
つまり、人間は、意味や関係の把持が得られなくても、その言語を使用することが
できるということだ。それは、「音声の羅列」を記憶することによって、意味を理解
せずとも、状況に妥当性を持った行為を生じさせることは可能だということである。

たとえばこのような例はどうだろうか。アメリカに行ってサンキューという意味を知らなくても
それだけを覚えておけば大丈夫だと誰かに教えられ、それだけを実際に使っていれば、
なんとか切り抜けることのできる状況というのを我々は想定してしまいやすいのではないか、
あるいは言語存在者を、事物としてみたとき、電報の半角カナ文体は、
それを発行する機械、もしくは我々が使っているワードプロセッサなどの
「機械的存在」は、その意味をその機械が理解していなければならないと
いうレベルにまでには、我々は了解していないということである。
                                             (つづく)
818じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 00:50

まあ、そこまで言わなくとも、我々人間が「言語的存在者」として立ち、
なお「社会的存在」として自律している以上、その社会における状況的な対応において、
自己の優位性の保持、または関係の円滑化などの理由のために、言語の構造的な意味を、
省略することもありうるだろう。また状況的な対応が、他者へ指示や命令を挙示するもので
あるならば、それを多重化された言語の意味において、命令形式を言語の価値において
優先させることは、まったく妥当な価値を持つものなのである。言語の本来的な意味が、
他者への指示関係を持つものとして、了解するならば、“それ”はやはり状況的にありうる、
つまり行為の価値において、言語は、よりもっとも妥当的価値を保有していると我々は
了解しているのである。
                                              (つづく)
819じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 00:51

■言語の意味の本質とは?                            −(4)−

さて、それでは言語の本質を見つめるとはどういうことか気になる方もいるだろうから、
それについて述べてみよう。
例えば、「抽象:(チュウショウ)」という言語の意味を精密に把握している人は、意外や少ない。

「抽象」の「抽」は@「抽出」、あるいはA「抽選」と同じ語の「抽」である。
つまり、@「抽出」においては、スポイトで吸い取ることを想起して、構造的な意味で
把握することが我々にはできるだろうし、また、A「抽選」の意味では、選りすぐりの
ものをつかみ取ろう、という積極的なレベルでの意志を介した構造的な意味として
把握することもできるだろう。

つまり「抽象」の本来の意味とは、選択的に選び取られた形での象形:(シンボライズ)を
構造的な形態として、その意味が成立されなければならないのである。
しかしながら、言語の第三原則をみつめたときの、その一般における意味の
流通形式は、必ずしもそれに当てはまらないのである。

それについてより一般世界の状況把握の立場に立って説明しようと思う。
我々が、一般的意味で使う「抽象」は、「ピカソ」などの画家の絵を現前の
モデルとした抽象絵画というものを、存在の第一のものとして想起するの
ではないだろうか。確かに“あれ”は、選択的に選び取られたシンボライズ、
いわゆる抽象に違いない。
                                            (つづく)
820じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 00:52


しかし、それを「抽象」の意味として了解されては、意味論的にはいささか
困るのである。かの抽象絵画を、意味の流通の「媒体」とすることは、
意味論的な崩壊が、無意識にあるいは自動的に実行されていることに気づいて
いる人は決して多くはないし、それは一般には了解されていない。
意味論的な崩壊とは、いわゆる一般に言われる「誤解」と呼ばれるもので、
意味論的な崩壊そのものが「誤解の可能性」を保有する。
そこで我々は認識のずれ、また言語交流における齟齬や
会話のぎこちなさを確認することとなるわけだ。

実際に、このような人がいるのである。「抽象」をただ単に「わかりにくいもの」
の一般的了解として認識している人である。「抽象自体」に本来的な意味での
「わかりにくい」という意味は先ほど申し上げたようにまったく存在しない。
もちろん漢字における語義に忠実であればこその話だ。
ちなみに私が持っている小学館の「国語例解辞典」にはこのように記してある。

                                         (つづく)
821じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 00:52


【抽象】
いろいろな事物や概念から特定の属性や要素を抜き出すこと。
またその抜き出したものを思考の対象にする精神作用。

○反対語
【具象】【具体】
また抽象の過程で、他の属性や要素を捨て去る作用を【捨象】と言う。


                                         (つづく)
822じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 00:54


おわかりになられただろうか。
どこにも「わかりにくいもの」=「抽象」とは書かれていない。
では、なぜそのような誤解の可能性がうまれるのだろうか?

それはおそらく、【抽象】の反対の意味である、【具体的】の【具体】を単に
「わかりやすいもの」とだけ考える人が非常に多く、それも、そのような言語的な
流通価値を持ってしまっているからだと思われる。
 実際、辞書にも、そのように【具体】の意味として書いてある。
しかし、もし【具体】の意味が抽象の反対的意味として忠実であるならば、
やはり【抽象】の反対として、あるいは抽象と同等の構造理解記述による
世界観把握によって【具体】の意味の精密さというものも、
問われるべきではないだろうか? 例えば以下のようにである。

【具体】の意味(私解釈)
現実の形式のありのままのものを、ありのままのものとして思考の対象にしようとする精神作用。

つまり、具体存在とは、ありのままの、ありのままの存在を意味として指示している。
そして、この「ありのままに」とは、「認識そのままに」と呼び変えることができる。
それは、認識そのままに認識を実行すること、それは、つまり、いかなる思考の
作用も媒介としないということを、具体存在は思考形式において指示している。
それが「分かりやすさ」が持つ存在形式なのである。

                                            (つづく)
823じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 00:55


つまり、人間とは、生物学的に問うならば、複数の知覚認識体を有し、かつ複合的な
認識を同時に行う構造体だと言うことである。【具体】とは「認識のわかりやすさ」を意味
するのであり、その具体存在そのものを分析すれば、むしろ“それ”は複雑で特別
に入り組んだ機構、いわゆる知性的構造物であることを、我々は確認(了解)するだろう。

 さて【具体】を「わかりやすい」という意味の転写によって、【抽象】の意味を
「わかりにくい」とすることが、我々の一般的な認識の了解態度であると私は証明した。

我々は、抽象の、本来の意味を知っていても、ピカソの抽象画の、「わかりにくさ」を【抽象】
として想定した他者、言い換えれば、そのような言語的存在者と、言語交流に挑まなけれ
ばならないし、またそれは、実際に不可避な性質なのである。
また一方で、【抽象存在】を【観念存在】と同義とする傾向の人もいるが、
これもまた同じように【抽象】の構造的な意味を理解していない、
あるいは観念の構造的な意味を理解していないが故に、起こる現象なのである。

                                           (つづく)
824じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 00:56


そしてその構造的意味は、現存在性質を中核とする。
その言語の構造は、認識の構造と関連するが、決して状況的な意味は
現存在を介さずには生じることはない。
つまり言語そのものを見たときの、現存在的性質の<発言者(私)>を介することで
言語構造は状況的な意味を、その<私自身>という論理基盤の中に内属させているのである。

ちなみに【観念】の構造的意味とはなにか、国語辞典の意味における、思考の
対象という言葉を抽象の構造的性質から拾って使用するのであれば、思考の
対象の反対概念である【観】を直接、念ずる、つまり「思考しようとして、思考されたもの」
という意味に他ならない。つまり【対象】という単一概念を【概念化】した「もの」ではなく、
一挙に全体概念【観】を獲得しようとした思考の形式が【観念存在】なのである。
そしてそのように思考された「もの」が【観念語】として言い表すことができる。
例えば【神】【愛】【正義】【無】などの【観念語】は、常に全体性を所有しているのは
【観】そのものが全体性を所有しているからである。むろん、観念を扱う場合にも
思考の抽象化は行われているが、必ずしも存在として一致してはいない。
これらは【抽象存在】によって【観念】の本来的な意味が疎外されたか、もしくは、
その人が【観念】の意味をまったく思考していなかったにいなかっただけのこと
なのである。もちろん推論ではあるが、状況的には妥当的な価値を持つ判断で
あることにおいては、みなさんの相違のないところであろう。
                                           (つづく)
825じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 01:02
訂正
順番を間違えました。>>824とこちら>>825は順序が逆でした。
>>824はスルーしてください。


■意味論的な言語構造                            −(5)−

さて、【観念存在】と【抽象存在】の構造的な意味の違いについて、
それを定義する構造的な意味とはそもそも一体なんだろう、と気になった方も
でてきているだろうから“それ”について説明しよう。まず「言語の構造」とは
なにかについて説明する。

言語の構造的な意味とは、つまりモデル(図)で表せるということを意味する。
つまり関係式や主、客、自体存在、対象、被対象(世界)、目的物、媒介物、
媒介などの関係図や、作用後の反応、結果、などを記述によって表現する
ことができる形式が、言語の構造的な意味である。つまり言語の概念や熟語等は、
その言語構造における単一の機構(モジュール)として確認されなければならない。

つまり、化学式をイメージしてくれるとわかりやすいだろう。あのような生成、
反応、変化の形式が言語の構造の「抽象存在物」として理解してくれたらよい。
つまり言語そのものは【思考の抽象存在】と呼ぶことができる。言語とは思考の
抽象を表現する。

                                           (つづく)
826じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 01:03

そしてその構造的意味は、現存在性質を中核とする。
その言語の構造は、認識の構造と関連するが、決して状況的な意味は
現存在を介さずには生じることはない。
つまり言語そのものを見たときの、現存在的性質の<発言者(私)>を介することで
言語構造は状況的な意味を、その<私自身>という論理基盤の中に内属させているのである。

ちなみに【観念】の構造的意味とはなにか、国語辞典の意味における、思考の
対象という言葉を抽象の構造的性質から拾って使用するのであれば、思考の
対象の反対概念である【観】を直接、念ずる、つまり「思考しようとして、思考されたもの」
という認識の意味に他ならない。つまり【対象】という単一概念を【概念化】した「もの」
ではなく、一挙に全体概念【観】を獲得しようとした思考の形式が【観念存在】なのである。
そしてそのように思考された「もの」が【観念語】として言い表すことができる。
例えば【神】【愛】【正義】【無】などの【観念語】は、常に全体性を所有しているのは
【観】そのものが全体性を所有しているからである。むろん、観念を扱う場合にも
思考の抽象化は行われているが、必ずしも存在として一致してはいない。
これらは【抽象存在】によって【観念】の本来的な意味が疎外されたか、もしくは、
その人が【観念】の意味をまったく思考していなかったにいなかっただけのこと
なのである。もちろん推論ではあるが、状況的には妥当的な価値を持つ判断で
あることにおいては、みなさんの相違のないところであろう。
                                           (つづく)
827じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 01:04

■認識の具体化とは?
■状況における意味の捨象とは?

さて今度は言語における「認識の具体化」についてまた理解を深めてみよう。
つまり、言語における認識の具体化とはなにかという問いから“それ”を言い表
してみる。

“それ”はつまり言語交流の精密化を支持する形式に違いないのである。
言語における「認識の具体化」とは私という自体存在の思考を、ありのままを
ありのままの形で表現しようと試みることである。つまり、言語によってできうる限り
表現しようと記述を続ける意志を持ち、また間違いのないように、またしかるべき
正確さと妥当性を有していることを本分としなければならない。そのような認識の
具体化が形式によって獲得され、且つ記述がなされている状態の文が、いわゆる、
言語における「他者の認識のための具体化の作業」、いわゆる認識の具体化なのだ。

しかし、さてそのようなことは可能なのだろうか。我々は思考を対象物とするために
言語を使用しているという大義名分がある。しかし思考を対象物と化することによって、
思考の十全な把持を言語を駆使することで可能なのだろうか? 
                                              (つづく)
828じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 01:07

また、我々は、一体どこまでを思考と呼んでいいのだろうかという問いが
生ずるのではないか。

身体がむずむずする。少し暑くなってきた。お腹がすいた。目が疲れた。
などという認識を私がたった今、得たとしよう。しかしそれを相手に伝えること、
あるいはそれらを全て記述することは妥当なのだろうか? 
私という自体存在の自我そのものを他者に伝えることの本来的な意味とは
なんだろうか? このような問いが、しかるべき段階を経て今まさに生じているのだ。
我々はそこで妥当性の状況の優先順位によって、ありのままのものをありのままの
ものとして表現するすることを良しとはしていない。

つまりここで、我々は【思考の抽象化】【認識の具体化】の次の言語の本質である
【状況による意味の捨象】が行われていることを確認するのである。認識論的には
【抽象】と【捨象】は同時存在は可能だろう。構造的に視点を動かした場合には、
その二つ【抽象】と【捨象】を同時に把持することはできない。

ちなみに、なぜ【抽象】と【捨象】が同時存在するのかというとそれが、認識を「一如」と
した形式が認識論だからである。ただそれだけことだ。言語の構造的な限界が
そこにあるだけなのだ。ちなみにその言語と認識のの構造をその人間の思考の
関係を脳の現象と照らし合わせて、構造的に還元、再構成したものが「脳科学」
の領域であり、脳科学で使用されている言語なのである。

以上が私の言語存在者の意味論である。

                          (言語存在者論分析としてつづける予定)
829751:04/08/06 02:26
>>809
>あなたとフッサール氏の会話は、なんだか議論の中身よりも、まあ会話のみを
>楽しんでいるように見えますが、やはり、相手への信頼があっての議論
>であることも、当然、理解されているはずです。
こちらはそうしたいと望んでいたが、どうも彼はそうではないようだ。
まじめにレスしているとは思えなくなったんで、相手したくなくなったんだよ。
まあ前レスにあったが、彼自身が掲示板での発言は、面白けりゃいいみたいに考えているらしいんで、
相手や読む側がどう思うかとは別に、本人が面白ければそれでいいんだろう。

>>811-828
長文だね。読んだだけで疲れた。ただまず確認したいんだが、
なぜ表記されなければ言語と呼べないんだろうか?
830考える名無しさん:04/08/06 11:17
>>812-813
文字のない言語は存在する。
話し言葉と書き言葉は対応しないこともある。
話し言葉によって書き言葉が修正されることも多いが、
書き言葉によって話し言葉が修正されることもある。
mayorは「メア」と読まれていたが現在は「メイァ」と読まれることが多い。

逆に音声を欠く言語も存在する。
手話など。

>>814
>つまりこれが指示することは、「言語」は認識を超えるけれども、世界(社会)は
>超えることはないということで、言語による存在としての無の記述は端的に言って
>可能と見なすことができると言うことだ。言語における意味の欠損という意味を
>この言語は持つのである。指示の関係式において、
>他者へ指示することの交流が、ここで生じているのである。
ここがよくわからん。
831考える名無しさん:04/08/06 11:46
>>815
形声文字は(I)(II)の複合だね。

>>819
>存在の第一のものとして想起するのではないだろうか。
「存在」って?

>>822
「知覚認識体」って何?
832じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 11:55
いちおう言っておきます。
私が示したのは原則ですので、当然、例外も加味されます。
原則的表現が示したのは、まあ普遍性です。決して絶対的
意味を持つものではないです。

>逆に音声を欠く言語も存在する。
>手話など。

これについて了解した上で、私の論を進めたいと思います。
普遍性ですから、まあだいたい最大公約数的意味だと思って
ください。例外については一旦エポケーする。そしてそれに
認識が近いところまで言ったら、その例外を論理的に救えれ
ばいいのではないかと、私はそう思っているわけです。

いちおうそういうつもりの分析だと言うことをご了承
頂ければと思います。反論についてはそれを前提にして
全てするつもりです。とりあえず以上。あとでまたレス
します。


833じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 11:59
あだからといって、恐縮して批判をやめてもらっちゃ困ります。
>>831さん
もっと、批判、質問してくださいね。
本当に細かい部分でもいいので。

834考える名無しさん:04/08/06 12:04
ww !!
835考える名無しさん:04/08/06 12:12
>>819-823
「言語の意味の本質」なんだけど、
>我々は、抽象の、本来の意味を知っていても、ピカソの抽象画の、「わかりにくさ」を【抽象】
>として想定した他者、言い換えれば、そのような言語的存在者と、言語交流に挑まなけれ
>ばならないし、またそれは、実際に不可避な性質なのである。
これでいいの?
これだとすると、言語の語用論的な性質ということになるが。

>>825
>言語の構造的な意味とは、つまりモデル(図)で表せるということを意味する。
>つまり関係式や主、客、自体存在、対象、被対象(世界)、目的物、媒介物、
>媒介などの関係図や、作用後の反応、結果、などを記述によって表現する
>ことができる形式が、言語の構造的な意味である。つまり言語の概念や熟語等は、
>その言語構造における単一の機構(モジュール)として確認されなければならない。
わからんのでよろしく。

>>826
>つまり言語そのものを見たときの、現存在的性質の<発言者(私)>を介することで
>言語構造は状況的な意味を、その<私自身>という論理基盤の中に内属させているのである。
わからんのでよろしく。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
>>830のしおり
  ∧_∧        
 ( ´∀`)< >>826の5行目までよんだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
836考える名無しさん:04/08/06 12:21
>>832
いや、文字のない言語はそんなに少ないものじゃないよ。
大多数の言語が所有しているというレベルには届かない。

手話は、単なる音声言語からの派生ではない。
たぶん、君が「音声」と言っていた部分を「手の動作」に置き換えればOKかもしれん。
837フサール ◆nj5mzrdIEM :04/08/06 12:55
>>829
 呆れた。よくもそう厚顔無恥になれるもんだね。
君がいきなり>>764は単なるつじつま合わせだっていうステレオタイプ
抱いて話してるから話が通じなくなるんだよ。最後の段落は話を判りやすく
するために極端な例を出しただけだって言ってるのに。
ためしに>>764の最後の段落を無視して読んでみなさい。
自分の反論が的外れだったとわかるから。

>面白けりゃいいみたいに
 僕は「本気で論をぶつけあうのが楽しいんだから、楽しくやるために
ちゃんと自前の意見を出そうよ」という内容のレスをしたのですが。

 人の意見をどこまでゆがめれば気が済むの。本当に話し合いする気
あるの?人のレスをちゃんと理解しようとするのは最低限必要な
ことじゃないか。

>>809
 僕は議論の中身を楽しみたいのに、彼はただ噛み付いてまわるのが
議論だと思っているらしい。あと僕のコテは「フサール」ね。
838じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 16:34
>>836 さん     (コテ付けてくれるとありがたいです)

まあいちおう言っておきますが、こちらからはあなたの弁の大多数
意味としての普遍性の意味は含有していなかったと明言しておきます。
常識、日常的意味における普遍性ですね。

私見では「手話」などはまず私たちの一般に言われる表記音声形式の言語の
入れ子構造として存在しているのではないかなあと思われるのですよ。
まず言語があってその枠組みで、言語の質の操作をして形態を変化させた
「手話」言語の構造ができあがった。そのように捉えています。
記号性質もその入れ子構造の中の認識で初めて獲得できるものです。
コンピューター言語なんて正にそういった我々の日常言語の抽出物
として組み立てられているはずです。あと数学的理念も混入していますが。
まず我々の言語、日本語があるという自明のスタンスを
浮き彫りにしたいのです。私はそこからの普遍性の模索を考えています。
決して数値、集合で表せる種類のものではないですが。

認識として、日本語があらゆる言語の中で一番言語構造が複雑だという
スタンスを私はとりたい。そこから音声言語の構造の特質などが分かっていく
のではないでしょうか? そういったスタンスを私は今後もとるつもりですので
ご了承ください。
839じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 16:35
(つづき)
さて日本語を入れ子にする存在はなんでしょうか、それは日本という国であり
文化、歴史でしょうか、その人々でしょうか、あるいは明治の人たちの努力に
よって獲得したドイツ語にルーツ(源泉)を求めるのか、それとも中国の漢字に
ルーツを求めるのか、それとも弥生時代以前の日本の源流なのか、それとも
小説家やコピーライター、哲学者、政治家、法律家、教育者などの言語を
になう職業なのか、あるいは日本の生活者なのでしょうか? それとも外交
レベルでの日本の位置づけなのでしょうか? この多面的な相が、ライプニッツ
のモナドのように、単子が、集合し、積み重なり、それぞれの単子には枠がない
ために、次第にそれぞれが溶け合い、全体を形成する形で、日本語を包む
全体が認識されるのだと思います。その認識の過程でつかみ取るもの、
それ自体が私の言語存在者について考える分析です。

840じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 16:35
>>835 さん (コテ付けてくれるとありがたい)
>>826の5行目までよんだ。
おつかれさまです。
本当に申し訳ない。
あなたの質問に対してはあとでまた答えようかと思います。
841じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/06 16:36
>>837 フサールさん
>あと僕のコテは「フサール」ね。
申し訳ありません。

で意見を言います。あなた方の議論で思うのは、どうも相性レベルなのだ
と思います。お二人の議論が論破形式ですよね。それはいいがスタンスが
あなたは面白い議論に価値を求めるし、751さんは議論の会話の面白さに
価値を求めるし、って奴だと思います。
それぞれの価値への志向が反目し合うから、どうもずれた議論になりやすい。
と解釈しています。べつに議論を整理しろとまで言いませんが
なぜそのようなレベルに議論の方向が陥ったのか、あなたの考察を
できればお聞かせ願いたい。双方とも、自身の求める議論の方向性
ではなかったのは明らかになったと思います。いちおう言っておきます
がこれは、決して喧嘩の仲裁ではありません。

あと申し上げますと、この議論はいちおうROMって確認してました。
あなたもなかなか、斬新なところへ議論を持っていくなあと感心して
いましたし、ここで発言し続ける姿勢も見事だったと思います。
できれば、あなたの立場の総括としてのあなたの論も、聞かせて欲しい
と思っています。スレも終わりに近づいてきて、次スレのこともそろそろ
検討したい段階です。あなたの議論の方向性は掴めたでしょうか、
掴めたのなら、それについても聞きたいです。とりあえず以上です。

今までちょっと失礼なことばかり言って済みませんでした。
よろしくです。
842考える名無しさん:04/08/06 20:06
じゆん と じゅん は別人ですか?
843考える名無しさん:04/08/06 21:55
じゅんさん、ほんと、悪いんだけど、暇と根性がなくて全部読めません

>>839
言語はまず話し言葉ありきでしょう
言語成立過程を見てもそうですし、ソシュールは話し言葉(日常会話で使われる言葉)をラングと言っています
書き言葉がない言語もあります

言語は民族の歴史や文化の影響を受けているし
また、その言語を話す集団(民族と近いカテゴリー)は同じ言語に既定される同じ概念を共有する集団として
文化を形作っている

言語は同一の概念、価値観を共有し、維持する装置としても働いている

具体的には、ある民族の文化やその時々の流行などから、必要な新しい概念が生まれるとそれは新しい言語になります
言語は文化や社会、歴史、風習、慣習といったものの中から生まれます
そして、言語は世界から概念を切り取ってくるのであるが、その民族の文化によって切り取り具合が違う
文化に既定された言語世界に生きる人々は、同じ価値観を持ち、同じ価値観はまた文化を創造する
844751:04/08/07 01:59
>>841
それについては別にどうでもいいよ。
俺は、率直で簡潔な議論が好みで、彼のノリツッコミの芸風は好きじゃない。それだけ

で、>>829 最後の行の質問にレスはくれないのかい?
845二酉:04/08/07 02:30
ゴメソ。ROMってたけどさすがにもう読む気力ないや。
>>838
日本語があらゆる言語の中で最も構造が複雑だと考える根拠は?
また、仮にそうだとしてどうしてそこから音声言語の特質がわかると
お考えになるの??ついでにいうと、音声言語っていうのは一瞬で失われるので
音を記録したり、そこから口の開け方や舌の位置を割り出したりとか
イロイロしなきゃでつよ。でもこれは哲学じゃなくって言語学の仕事。
手話は人工言語でつ。エスペラントと一緒。記号性・象徴性とかを考えるときに
自然言語と一緒にしちゃだめれす。。
846二酉:04/08/07 03:18
自己レススマソ。>>845
よくよく考えてみたら自然発生的にできた手話もあるですね・・・
手話はちょっと特殊なのでひとくくりには語れないかーとチョト反省。
吊ってきまつ。
847830:04/08/07 04:53
>>838
830=836です。

手話についてはあまり賛成しない。

あと、そのような意味で「普遍的」は使えないと思う。
日本人にとっては文字と音声とが一緒に現われるのは当たり前かもしれないが、
言語を全般的に考えるのには、日本人にとっての日常的な意味では使えないということ。

ただ、方略としてそのようなスタンスはOKだと思うよ。
それほど多くの言語のことを知っているわけではないから、
「まず日本語で」というのは、堅実な方法だと思うので。
頑張ってください。

あと、もうちょっとまとめてくれると助かりますです。
848830:04/08/07 04:58
>>847
ただ「まとめてくれ」といっても無責任だし、詳しくいうと、
主張したいことが全体的な議論のなかに埋もれているので、
いちばん言いたいこと、論点が浮き上がるように書いてくれると、
文全体が長くても読みやすいと思います。
あとは、論点どうしのつながりが書かれていると、
もっとわかりやすくなると思いますでつ。
849じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/07 12:39
>>844 751さん
>で、>>829 最後の行の質問にレスはくれないのかい?
      ↓
>なぜ表記されなければ言語と呼べないんだろうか?

これは先ほど言った、すでに我々が日本語という音声言語と表記言語の
混合形態の言語を我々が使用している事実を超えて、分析の抽象作業は
できないと思ったからです。もしも事実の押し売りとして、手話があるだろ
とか文字を持たない言語もあるという表明なら、すでに終えています。

私の場合、事実確認のために言語論という枠組みのなかで議論している
のではないです。以前にも言いましたが、原則としての使用だと言うことを
ご理解ください。原則として表記されなければ言語ではない。それ以外の
言語は本質的になにが欠けているか? 私が指摘するのは、言語の定在
性と、それから派生する言語の価値形態、また文章、文脈の構造の緻密性
と秩序性、それから合理性です。これらは文章習得から得られるものです。
そしてその習得技術が話し言葉にも、理論として還元され使用されるという
ことです。たとえば、おんしゃ、へいしゃ、などの言葉は書き言葉から派生して
話されるようになった言語です。そして書き言葉であるという事実から、その
言葉使いに堅実性という価値を与えることができる。そういった言語の価値論
への言及的意味としての原則の使用です。

850じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/07 12:42
>>830さん 
>>つまりこれが指示することは、「言語」は認識を超えるけれども、世界(社会)は
>>超えることはないということで、言語による存在としての無の記述は端的に言って
>>可能と見なすことができると言うことだ。言語における意味の欠損という意味を
>>この言語は持つのである。指示の関係式において、
>>他者へ指示することの交流が、ここで生じているのである。
>ここがよくわからん。

言語存在者として人間を見たとき、日本語という言語世界を共有しているのに、
相手の言っていることが理解できないとき、相手を存在しないとは考えないでしょう。
それはなぜだろうかと考えたとき、意味が分からないといういうことです。それは
意味の欠損という形で構造化することができる。相手は、存在するという前提に立ち
意味を求めるため「それはなに?」「それはどういうこと?」と訪ねる。
これは意味を求めているからです。ここに両者の世界観構築というコミュニケーションの
意義が生まれます。そしてそれは相互に為されるから、コミュニケーションの無限性と
いうものが提出されるのではないでしょうか?
そしてそのコミュニケーションは言語世界=我々の世界に収束されると思うのですよ。
そういう意味です。
851じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/07 12:43
>>819
>>存在の第一のものとして想起するのではないだろうか。
>「存在」って?
知覚ではなく、思考から感得する「モノ」のことです。あるいはその事象です。

>>822
>「知覚認識体」って何?
人間から、知覚認識論としてみたとき、
それが演繹的に体系化されたと仮定した「モノ」のことです。
あるいはその事象です。

>>835
>>819ー823について)
>これでいいの?
>これだとすると、言語の語用論的な性質ということになるが。
たしかに、そのとおりでした。

>>825>>826について)
>わからんのでよろしく。
あとでまた機会があったら説明したいと思います。
852じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/07 12:45
>>845 二酉さん 
>日本語があらゆる言語の中で最も構造が複雑だと考える根拠は?
ただの演繹的な推論です。
しかし日本語以上に込み入ったモノを考えろと言う方が難しい。
という背理法によるものですね。
そう思われたことは二酉氏はありませんでしたか?
べつに複雑、イイとまでは言ってませんよ。

>また、仮にそうだとしてどうしてそこから音声言語の特質がわかると
>お考えになるの??ついでにいうと、音声言語っていうのは一瞬で失われるので
>音を記録したり、そこから口の開け方や舌の位置を割り出したりとか
>イロイロしなきゃでつよ。でもこれは哲学じゃなくって言語学の仕事。
それは音声言語の事象の不定在性ですね。そして言語学、また音声科学の
言語による記述の定在化が行われるから、価値を持つのです。あと音声の
口蓋論に関する科学的な、証明は可能だとは私は察しますが、その「言う」
タイミング、音量に関する妥当性な推論に関しては、科学は一切語っては
いないような気がします。また音声学では、ゲシュタルト論並みの誤謬が横
たわっているのも事実です。我々の耳は眼以上に、当て推量をするものなのです。
853じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/07 12:46
>>846 二酉さん
>よくよく考えてみたら自然発生的にできた手話もあるですね・・・
それについても私は知っていますが、その手話は、どのような内世界世界で
発生したものなのでしょうか? 我々の使用する言語(話し言葉、書き言葉)の
枠組みから発生した言語だとはいえませんか? 表記言語を有しない言語民族
の中で、その手話はあったのだろうか? と考えるのですよ。そのときボディー・
ランゲージというコミュニケーション形態を見つけます。体動作による意思
の伝達という観点から言えば、手話と同じ理論を有すからです。

では手話とボディーランゲージの違いとは何か?
私はそこに価値の有無を見ます。流通する形態としての基盤。その価値が
言語としての手話を括弧とするものです。そしてその手話という道具的意味
における流通は、なにによって為されるのか? とかいろいろ考えていきまし
ょうよと言うことです。他に言語についてのあなたの考察はありませんか?

854じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/07 12:47
>>847 830さん
趣旨を理解してくれて、有り難うございます。
それと、「普遍的」の日常的意味は日常的妥当性規則ですから
あながち、間違いとはいえないと思います。
もちろん私も、構造論的な「普遍性」の意味ぐらい知っています。
厳密性を問うための論旨展開をしていないですよね。

>>848 830さん
結構、私も無理して書いているんですよ。
そもそも本当はこのスレに載せるための文じゃなかったので。
とりあえず目安程度にスルーしてくれるとありがたいなあと思います。
で論点が繋がりにくいのなら、この議論にそれぞれが明確な立場を持って、
論点を掘り下げていくしかないと思うのです。でも所詮、2ちゃんねるですから、
好きなときに書いて、言語に対する、またはそれに纏わる話ができてくれれば
いいなあと思っているわけですよ。まあ個人的にですが。
とだいたい答えたところで、ちょっと私の話をします。

今、いちおう独学でドイツ語を勉強しています。
で、その派生で言語について考えています。
英語は苦手だったけど、ドイツ語は比較的規則が
簡明なのがイイですね。あと現在の日本語との繋がりも深い。
ちなみに、森鴎外はドイツに留学中にその国の子供がドイツ語を
話しているのを見て、おおこの国は子供までも哲学しているのかと
言ったそうです。 ちょっと面白いですよね。つまり、明治以前の言葉
はもう我々の使用する言語とは本質的にまったく違うものだという理解
があってもいいと思ったりしています。

855じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/07 12:49
(つづき)

あと主格について幾つか申し上げようと思います。
日本語は一般に第一人称の必要のない言語と言われています。
まあ、2ちゃんねるで見られるほとんどの文章はそんな感じですね。

「私」と「僕」のちがい、「君」と「あなた」の違い、また「彼」と「彼女」の性差について。
そんなことも、ちょっと考えてみたいなあと思うのですよ。

ちなみに「私」っていう言葉は、おもに女性が使用する言語ですが、「ワタクシ」
と呼称したときには公式的な意味合いが強くなると思います。
また「私」という言葉の本質を述べますと。「私」という言葉には、
あまり状況を選ばないという性質があると思えるのです。今までの状況を無視して、
「私」を主体として語る、そういう場を形成するために「私」と述べる。そういう解釈が
可能です。主張としての「私」と言う言語だとも言えますね。
「主−張」とね、主(自分)を張る

にくらべてですが、「僕」というのは状況に内属されますよね。誰かの部下であるとか、
この人より劣る、あるいは尊敬している、また場をわきまえれば、僕と名乗るのは当然だ。
そういった意味の「僕」だと思うのです。
あとついでに「俺」はどうでしょうか、これはどうやら状況を無視している言語と言えます。
しかし状況を変えようと主張している言語でしょうか? そうとは限らないはずです。
状況を変えるのではなく、あくまで自分はみなさんとは別枠であるという提示が「俺」という
言語の持つ意味なのです。
856じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/07 12:54
(つづき)

よってこのような原則が成り立ちます。

                     私    僕    俺
状況を無視するもの         ○    ×    ○
状況を変えるもの           ○    △    ×

まあ原則的意味です。それぞれの主観があるかと思います。
しかしそれぞれの使い分けができている人は、そう思われるはずです。
ちなみに私は会社での文書の提出は「私」
会社での会話、上下関係にある人との会話は「僕」
その他友人、まったくの赤の他人は「俺」
と言った感じです。ちなみに、ドイツ語や英語などの欧米圏の言語は
I、Ichだけと、第一人称が一束化しているのはご存じだと思います。
であればその差異から、やはり状況への兼ね合いを日本語は重視しているのだ
という事実を指摘することができるものと考えています。


ちなみ以下の本を、「私」「俺」「僕」の差異性を考える上で、
私は若干参考にしていたりします。

「木を見る西洋人 森を見る東洋人」リチャード・E・ニスベット著

この本は、文化の違いにおける認知科学の話について書かれています。
日本語を私の論の設定軸にしたのは、文化的な背景も言語として捉えたいなと
思ったからでもあるのですね。

とりあえず以上でした。よろしくです。
857考える名無しさん:04/08/07 12:58
直通?
858じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/07 13:57
>830 さん
とりあえず、「誤謬」について、
まだ言い足りないと思ったので申し上げます。
日常的意味における「普遍性」について申し上げます。

普遍性とは何か、あるいは普遍性があるのかと疑うことが、
日常的な場合での「普遍性」の前提、つまり基礎となります。
「普遍性」ってなに? そういった言及において、大多数とか、常識とか
の概念がでてくるのは当然のことです。形而上空間では普遍性は
普遍性のままで絶対的価値を持ちますが、生活者が普遍性を使うとき、
それは生活者の生活空間で、状況に応じたそれなりの意味を持つの
ではないですか? そこから言語や慣用句の「誤用」問題に対する
解明なども生まれてくると思うのですよ。単に教育の問題なのでしょうか?

とりあえず本当に知って欲しいのは「生活空間とは何か?」です
人々が生活し、活動し、考え、悩み、行動し、判断し、決定し、成長し、挫折し
失敗し、死に、誰かが生まれ、誰かを教え、誰かを守り、誰かを苦しめ、
誰かを生かす、その世界性が、生活空間なのです。
その世界にあなたの言う一義的な「普遍性」の意味が存在として独占する
ことは無理なはずです。

誰もが「普遍性」について思い悩む過程のなかにあるのが生活空間です。
とりあえず、そういうことについても、ご了承ください。
なにも屁理屈を言いたくて議論しているわけではないのです。
「日常的意味」は、それだけの意味を含有するものだということを、今
申し上げたつもりです。
859考える名無しさん:04/08/07 21:41
誰か誰よりも早くTOE(theory of everything)を完成させて、宇宙記述言語と
名づけちゃえ。
860考える名無しさん:04/08/08 09:30
841 名前:心得をよく読みましょう :04/08/08 08:26 ID:l8ctnkWZ
【お願い】1000まで連続投稿して下さい。
【スレのURL*】http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1053095828/l50
【名前欄】一本糞
【メール欄】 馬鹿
【本文*】↓



842 名前:841  :04/08/08 08:27 ID:l8ctnkWZ
     「誤謬はテメー自身だろーが このスットコドッコイ」「このストーカーやろう」
                          _,-''  )
                        , -' (.__,-'' ボコッ
       , - 、゚A゚) _        .,-'~ ,- '
      /   )ヽ(w i      .,-'~  ,-'~       人
     .,/  /   ヽヽヽ   ,-/'~  ,ノ        Σ<#ヽ`Д> ホヴァッ!そしてそれを・・
     / ^)'    _ l ゝ _)-'~   ,-'~         /⌒   
レス代行スレの者です。
>>860はうちのスレから誰かがコピペしてお知らせしたようです。
アク禁状態のこの依頼人が粘着したいようですのでご注意下さいませ。
862じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/08 13:02

たぶん、無視されるんだろうなとは思いました。
まあ、しょうがないですよね。反省します。
いままで、ちょっとスレタイの命題に脱線してたんで、今回はスレタイに沿って
レスしたいと思います。で、だいたいこのレスでの私の言いたいことは終わりです。
ちょっともう長居はしにくいので、これで私の主張を終えることにします。
お粗末様でした。

では、「言語化できないものは無に等しい」は正しいかどうかについて、
これから述べます。私は正しいといいました。なぜなら等しさをを問うものは「価値」
をおいて他にないからと。言語のもう一方の本質である「意味」に等しさを問うことは
ありえないからです。ここまでは前に少し言ったかと思います。

で今回、その具体例を「ありがとう」という言葉を使用して説明したいと思います。
「ありがとう」というときとはどういう時だろうか、プレゼントをもらってうれしいとき、
日ごろお世話になった人に感謝を述べるとき、仕事のお客様に対していうとき、
親切をされて、その申し訳なさから、「ありがとう」と発する。だいたいそんなとき
なのだろうと思われます。「うれしさ」「感謝」「申し訳なさ」を表現するとき、「あり
がとう」という言葉を使う。そしてその気持ちを知って欲しい欲求があるから
「ありがとう」という言葉を使う。そんな感じろうなと私は思います。

では、その気持ちを言語化せずに、相手にその「ありがとうという気持ち」を理解
させることができるだろうか? というのが今回の試論です。
この「ありがとうという気持ち」はまだ妥当的な根拠しかありませんが、
価値を有するものとまずは、私は考えます。この気持ちを伝えるにはどうすればいい
のか。それが言語化せずに伝えることが可能ならば、「無」に等しいとはならない。
しかし「ありがとうという気持ち」は言語化せずには伝えられないものなら、それは
無に等しいとなると思うのです。なぜなら相手に伝わらない気持ちは言語として
価値を持たないからです。つまり、私の主張は「ありがとうという気持ち」は言語化
せずには決して伝えられないと主張するということなのです。
では以下にて、それについて考えてみます。
863じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/08 13:04
(つづき)

「ありがとうという気持ち」を伝えるためには「ありがとう」と言うのが一番
シンプルです。あるいは、「うれしい」とか「もうしわけない」とか「感謝す
る」と言うことによっても、「ありがとうという気持ち」を伝えることができる
と思います。そう、すでに気づいた方もいるかと思いますが「うれしい」
「申し訳ない」「感謝する」も、これは言語化という意味に収斂しますか
ら、やはり言語化を超えることはできない。言語化せずにはその気持ち
は伝えられない。はまだ根拠を持ちます。

では、つぎに「ありがとう」の代わりに、相手を抱きしめるとか、握手を
求めるとかではどうでしょう。これは直接プレゼントを渡されたときには、
おそらく「ありがとうという気持ち」を伝えることは出来るかもしれませんが、
それは親しい仲であるという前提がなくてはいけない。あるいは日ごろ
の感謝の気持ちをつたえるために、相手を抱きしめるのは、いささか荒
唐無稽のような気がします。そこに一言、「ありがとう」という言葉があれば、
相手も理解してくれるのでしょうが。まあ、そこに理解を得ることはかなり
の文脈を相手が推察せずには無理でしょう。となると、おや、言語化せ
ずに気持ちは伝えられるのではないのか? と思ってしまうのかもしれません。

しかし申し上げますと、この抱きしめるという行為もいわゆる一つの
「ボディランゲージ」と言う原始言語としての解釈があってこそ意味を持つのです。
たとえばもしこれが、「瞬き三回」の行為に「ありがとう」という意味をこめても、
「ありがとう」という気持ちは伝わらないですね。つまり、ボディーランゲージも
そういった言語同等の規則性を備えているし、それを踏まえての行為だという
ことです。という風に考えると「ありがとう」という気持ちは言語化をこえて伝達
することは不可能という方向性に一層の妥当性を持つ。

よって、言語化できないものは「無」に等しい、と言う言明に妥当性というものが
生まれるのだということです。だからは私は正しいと主張する。
以上でした。
よろしく。
864考える名無しさん:04/08/08 20:58
言語学板を見たら、文字のある言語はどうやら全言語の5%程度らしいですね。
865考える名無しさん:04/08/08 21:13
>>864
それはにわかにはちょっと信じられないです。
よかったら言語学板のそのスレのURLとレス番教えてください。
866751:04/08/08 21:42
>>862-863
「ありがとう」と言う感謝の気持ちを相手に伝えるという目的を前提にすれば、
言語は有効なコミュニケーション手段だろうが、頭に浮かんだメロディやある風景を、
誰かに伝えるためには、言語は有効な手段と言えるだろうか?
そして言語では伝えられないとしたら「無」といえるのだろうか?

ある人が、今まで聞いたことが無い何かの「音」を聞いたとしよう。
聞いたその「音」を誰か伝えるためには、言語に変えても何かに例えても適当ではなく、
言語に規定されていない発声で伝えたとしたら、その声は言語となるのだろうか?
867二酉:04/08/09 01:43
>>852
うーん。その「演繹的な推論」の結果どうして日本語が複雑だと思うかが
やっぱしわかんないです。そもそも複雑ってどういうこと??
文字が三種類あれば複雑?膠着語であれば複雑??古語と現代語が全然違うから???
例えばフィンランド語なんかは格が多いので有名でつけど、
その中でもカフカース地方の諸言語は格が40もあるものから全然ないものまで様々です。
こういうのって複雑って言わないの??エジプト語は屈折語・孤立語・膠着語を
およそ3000年かけて巡っているでつ。これは複雑じゃないの??
868二酉:04/08/09 01:44
>>853
自然発生的にできた手話、ということはそれを母語として話す人間がいるってことでつ。
ボディーランゲージのような付加的に使われる大雑把な「サイン」ではなく、
その仕草を通じてある概念を想起させることができる、細かな動作が必要じゃないかしら。
あんまし詳しくはないんでわかりませんけどね。流通する形態としての
基盤=価値とか後半のイロイロがいまいちよくわからんでつ。んで、

>そしてその手話という道具的意味における流通は、なにによって為されるのか

この文、一瞬戸惑ったのですが本主語が「流通」でほんとに大丈夫でつか??
「道具的意味における流通」っていうのがそもそもちんぷんかんぷんでつ。
勉強不足で申し訳ないのですが、道具的意味、というのがどのようなフィールドを
表しているのかわかりまてん。そこを流通するのか、と考えると自分の頭じゃ
もう駄目ぽでつ。言いたいことはもやーんと醸されてますけど、そこまで読むのでいっぱいでつ。
もう少し、用語の整理をしてから話していただけると嬉しいでつー。
869二酉:04/08/09 01:50
別に煽ってやろうとか、重箱の隅をつつこうとか思ってるわけじゃないでつ。
本気でやるなら、そういう事も考慮したほうがよいんではないの?と気になったので。

>>865
自分はそのスレを知りませんが、少数部族の使用する言語や、そういうコミュニティー単位の
言語を考えると文字のない言語っていうのは結構多いんじゃないかしら。
SIL(シル:http://www.sil.org/)によると世界の言語は6500種以上あるようですし、
どこぞの少数民族とか未開部族のことを考えると、表記方法が確立されている言語のほうが
圧倒的に少ないんじゃないかしら。
870考える名無しさん:04/08/09 10:19
両親とも手話を使ってると、その子どもは聴者の場合でも手話の喃語が
現れるそうでつよ。
自然言語でつよね。
871じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/09 18:04
>>867ー869 二酉さん 

了解しました。そして非常に勉強になる情報有り難うございました。
>屈折語・孤立語・膠着語
のところなんて、初めて耳にした言葉です。
でちょっと勉強した次第であります。

その分類について
ttp://www.eurus.dti.ne.jp/~tama/tts/_memo/001228.html

ウィキペディア参照『膠着語』 (お勧め)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%86%A0%E7%9D%80%E8%AA%9E

・・・・・で、あなたの論で行くと、日本語は他言語と比較して複雑とは一概
には言えないというスタンスなのですね。しかし私は逆に日本語が複雑だと
いうスタンスであることは申し上げたとおりです。それと>>838はで言うよ
うに姿勢として取りたいのだという、私の気持ちの言明なのだ、ということ
を改めて申し上げておきます。

それについて少し、続けてみます。たとえば「語尾について」の
複雑さについてこれから申し上げたいと思います。

 「私は隣の家に住むその猫が好き」

この文章の「その猫が好き」の次に続く言葉ははどれほどあるか?
そしてその「その猫が好き」という気持ちはそのまま残したい条件さなけ
ればならないとしたら。

872じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/09 18:05

                                        (つづき)

 「その猫が好きです」 「その猫が好きなのです」 「その猫が好きだ」
 「その猫が好きなんだな」 「その猫が好きなの」 「その猫が好きなのよ」 
 「その猫好きよ」 「その猫が好きなのであります」 「その猫が好きなんです」

とざっとこんな具合に書き出せます。
それぞれの意味上の構造を解体できるでしょうか?
そして解体したとき、日本語はとても複雑な構造を保有する言語である
ということが理解できると思います。いやまだ理解できないのであれば、
上記の二つの文を取り出して比較したいと思います。

 「その猫が好きなんです」
 「その猫が好きなのです」

この二つの文の違いは言い当てられますか? 
この二つは「なの」と「なん」とで違います。おそらく二酉氏は日ごろ、
「なのです」「なんです」を使い分けている方だろうと察しますが、その構造上の
意味について、その微妙なニュアンスの違いをあなた言い当てることができますか? 

簡単に言うと、丁寧に言うと「なのです」を使う。そういう解釈が一般的だと思います。
おそらく、そうだと思うのです。では、その「丁寧さ」とはなんであるかなのですよ。
私が聞きたいことというのはですね。

ここで口語調と文語調と言う文章のスタイルというものも関わってくる。
口語的なら「なんです」と使う。文語的なら「なのです」をつかう。
ではなぜ文語的なら「なのです」を使うのか? それについて私の主張をします。
学術的根拠はないですけれども、まあお聞きください。
873じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/09 18:06
                                          (つづき)
ちょっと、これから意味の構造上複雑になりますので注意して読んでください。
まず、「 私は隣の家のその猫が好きなんです 」 という文は
「猫が好きであるという 『 私の気持ち 』 を伝えたい」という <気持ち>
が読み取れると思います。

 逆に、「 私は隣の家のその猫が好きなのです 」という文は 『私の気持ち』
よりも「“猫が好きである”という 『 意味 』 を伝えたい <気持ち> がここで読
み取れるのではないでしょうか? 自分の主張を相手に預け、その意味を判
断してもらう姿勢が「なのです」と言う文にはこめられている。
意味上の違いはこんな感じです。もちろん音韻上の原則の検討できますが、
このへんはまだまだかなりの当て推量になると思うので、ちょっと省略します。

私が日本語が一番複雑だと思うと言ったのは、このように日本語は、意味の
深淵というものを覗くことができる言語だからです。たった一文の言葉でも、
その文に対する状況のかなりの推論もできる。二酉氏はそのように思われた
ことはありませんでしたか?

でちょっとここから空論を飛ばします。
気持ちを排除するのが、つまり日本語の特徴です。
気持ちを排除し、そしてその気持ちを意味に置き換えて文章に徹することが
できる。そしてその気持ちを排除し、記号的にも意味的にもあいまいにする
日本語の「ひらがな」の効果があると思うのです。日本語の文章における
平仮名って、不思議な感じが私はするのですよ。意味の構造の荒いところとか
削って文章をなめらかにするような気がしませんか? でありながら、一つの
文章としての流れを意識し続けられる。例えば日本語って立体とかどうとか
言うよりも空気のような存在ではないですか。そんな風に私は思いました。
874じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/09 18:07
>別に煽ってやろうとか、重箱の隅をつつこうとか思ってるわけじゃないでつ。

あと、あなたのレスは煽りだと思ってません。
まああなたがあなたのレスを煽りだと受け取られかねないと解釈し
たようなので、では私は、違うという言明を出しておくことにします。
まあ、そういうニュアンスだと判断してください。あとできれば、今後も重
箱の隅をつついてくださると助かります。私はあなたの批判は、
科学的、学術的な観点で妥当性を持っていると判断します。
いやいや、その前に勉強になるご意見ありがとうございました。
そのように述べさせてください。

私の主張は日常的な観点で妥当性を持つのだと言うこと、それだけです。
それだけの意味としての「原則」の用語使用なのです。原則は「絶対」では
なく批判、反論、反証により解体、溶解される性質のものです。

いちおう自論を申し上げました。おそらく膠着語としての日本語の
特有性と平仮名の対漢字効果との連関性について言及することで
「日本語があらゆる言語で一番複雑である」という言明の妥当性が
立ったかと思います。ちなみにこれは他言語との比較を検討して
いないので、証明とはいえないでしょうが。

あとのそれ以外のあなたの言明は、私の文章の構造上の指摘なので、
反省を含めて対応していきたいと思います。
以上、長文失礼しました。
875じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/09 18:09
>>861 751さん
>そして言語では伝えられないとしたら「無」といえるのだろうか?
なんというか、無を定義してくださるとたすかります。
「存在の無」、「意味の無」、「価値の無」、「気持ちの無」
どれを指しているのか分からないので、ちょっと反論しづらいです。

>ある人が、今まで聞いたことが無い何かの「音」を聞いたとしよう。
>聞いたその「音」を誰か伝えるためには、言語に変えても何かに例えても適当ではなく、
>言語に規定されていない発声で伝えたとしたら、その声は言語となるのだろうか?
発音記号というのはご存じですか? 
あれでだいたいの発音は網羅できると思われるのですがいかがでしょう?
そして言語の網羅性による道具的意味が、言語の流通の有効性を保ちえるだけです。
どれだけ、相手に伝わるかというのは、その人の言語表現能力の力量であって、
つまり個人的資質だと思います。あとそれに対する相手の解釈能力の資質、
それと状況や運だと思います。

それと、まあなんなので、こんな話をします。ある中国人がアフリカに行って、
初めてキリンを眼にしたとき、「これは我が国の麒麟だ」と言ったそうです。
それが今や日本では「キリン」という意味になってしまいました。
このような事実に対してあなたはどう思われます。ちなみに麒麟は
想像上の生き物です。ちょっと似ているからキリンを麒麟と呼んだのですよ
その中国人は。

この話の内容はこういうことです。
・中国人は自分中心に物事を考えるようだ。(と言う解釈です)
・言語なんてしょせんは記号だ。
・そして一般的日本人にとっての日常に使う「きりん」の意味は
 動物園の「キリン」だなってこと。

以上。
876じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/09 18:11

>たびたび、二酉さん

もし言語の複雑さを本当に競いたいなら、言語を可能な限りモジュー
ル化して、つまり言語を一つの単元にしてしまって、その数量を他言語
とそれぞれ競い合うのがいいのかも知れません。それが一番シンプルで
確実だと私は思いました。

それからもう少し高度に考えるのなら、文章構造に視点を変えて、
モジュールによる構造上の文章の積分可能能力の限界、つまり対立
するトートロジーへの限界。また文章の規則性をみることで文章の論
理的基盤を質的に差延化することで、言語の複雑さを質の面で解明
できるかもしれません。(もち、これも空論ですし、とっくに考えられて
いることだとは思いますが) 

まあそんな感じですね。
それでは。
877二酉@携帯:04/08/09 22:19
>じゅんさま。
猫スキ-の文末の処理では大雑把なとこでも
@体言の後ろに助動詞(だ)を付けただけの文とA(だ)の連体形(な)+etc.の文は話し手の断定の度合いや内容が聞き手の未知の情報かどうか、またその度合いとかが微妙に違うです。
が、いかんせん明日・明後日と採用試験でして今は出先なのです。
そのため長いレスがかけません。
手があいて、ネカフェ等に行けたら書き込みますので気長に待ってくらさい。
一週間後にはおうち帰る予定でつ。
878751:04/08/10 02:02
>>875
>なんというか、無を定義してくださるとたすかります。
>「存在の無」、「意味の無」、「価値の無」、「気持ちの無」
>どれを指しているのか分からないので、ちょっと反論しづらいです。
少なくともこのスレタイでは、「無」に何らかの範囲の規定は無いと思うが?
意味や価値などは、全ての人に必ず等しくあると言ものではないし、
言語化の対象となるのは、実体のある物だけでなく、行為・行動や状態、
他に思想・概念・宗教などの存在実体が無い(物理的に確認できない)ものもある。
(↑これに異論がある者も居ると思うが、そこはとりあえず流して欲しい)
俺は簡単に言うと「無」とは、言ってみれば何の作用も影響も与えない。ということだと考えている。

>発音記号というのはご存じですか?
>あれでだいたいの発音は網羅できると思われるのですがいかがでしょう?
口笛は知っているだろう?それから例えばホーミーは知っているだろうか?
人間は表記の範囲を超えて、声帯や口を使ってさまざまな声(音?)を出す事ができる。
879考える名無しさん:04/08/10 02:05
じゆう、精々頑張れやw
880考える名無しさん:04/08/10 17:28
>>873
日本語が複雑かどうかというスタンスは、じゅんの議論とはあまり関係ないから、
複雑かどうかは決定しなくてもよいと思うよ。
むしろ、議論を錯綜させるだけだから。
881じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/11 03:02
>>878 751さん
あなたの口から 「ホーミー」 という言葉が出るとは思いませんでした。
私がその言葉を聞いたのは今から五年くらい前でしょうか?
友人と 「ホーミー」 の音を実際に出せるかどうか競い合ったことがありますよ。
懐かしいですね。インド音楽の一種でしたっけ。アジアンブームに
その友人がはまった頃だったかと思います。


 >人間は表記の範囲を超えて、声帯や口を使ってさまざまな声(音?)を出す事ができる。

「声」 と解釈するか、 「音」 と解釈するかで、言語解釈の判断が分かれるでしょうね。
「声」 と解釈するのなら言語規則に <その声> は内包されてしまいますので、
「意味」が伝達されるでしょうし、「音」 と解釈するのならそれは、
言語化される性質なので、「意味」 の前に、「名詞」化による対象化がされる。
あと 「意味」 の意味について複雑に考えないために、以下のようなアドバイスをしましょう。
意味とは 「名詞」 の名前です。
もしくは 「名詞」 の述語的性質のものです。


  : 「A(名詞)」は「・・・(意味)」です。

上記の文は「彼は太郎です。」という形で置き換えられます。
その<彼>の意味が<太郎>なのだということをこの文は示している。
この文はそういう言明なのです。
ドイツ語の「heißen」は「・・・という名前である」という意味ともう一つ
「・・・という意味である」という意味もあります。
今回は、このドイツ語表現を根拠にしての発言でした。

882じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/11 03:03
                                   (つづき)
>少なくともこのスレタイでは、「無」に何らかの範囲の規定は無いと思うが?

これは頂けませんね。誰と議論しているのか分からなくなる。
なにを言ってもよくて、そして、なにをどう解釈してもいいのなら、議論する意味なんてどこにないです。
なので、できれば今後も少なくとも私の言った 「存在」 「意味」 「価値」 「気持ち」
における 「無」 の性格について考えてくださると助かります。その方が議論もしやすかろうですから。
私は、議論の素材はたくさんあった方がいいと考えるタイプなのです。
そして私はカテゴライズすることで、文章の生成の規則性について可能な限り
問いたいのですよ。つまり言語化による可能世界への省察です。
その世界観を切り開きたいなあと、思っているわけです。

なんで、以下の論点をはずすとちょっと私は議論になりにくいのです。


>言語化の対象となるのは、実体のある物だけでなく、行為・行動や状態、
>他に思想・概念・宗教などの存在実体が無い(物理的に確認できない)ものもある。
>(↑これに異論がある者も居ると思うが、そこはとりあえず流して欲しい)

少し 「物理空間」、「現実空間」、「生活空間」、「言語空間」、
「形而上空間」、「思想空間」 などについて考えてみましょうか? 
この辺から言語存在者としての人間の考察が切り開けそうだと思うのです。
ちなみに <空間的考察> は、時間意識を前提とします。
そして原理や法則や規則などを重視します。
このへんを逆にもっと突っ込んでみません?
883じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/11 03:04
                                                 (つづき)
>俺は簡単に言うと「無」とは、言ってみれば何の作用も影響も与えない。ということだと考えている。

それはあなたの 「言語化における『無』とはなにか」 についての意味ですね。
まずはそれを確認してから、と私は思ってしまいますが、返事を待つのも面倒なので、まあ続けます。

つまり、あなたの主張は 「言語化することは何の作用も影響も与えない」と主張することから、
それについての懐疑がはじまり、ゆくゆくはそんなことはあろうはずがないという日常的考察から
端を発しているわけでしょうか? 一つ指摘しておくと、なおかつあなたの示す懐疑対象がいまだ
未確定なので、自分はどう判断してよいか分からないのですよね。
でも、その対象は <相手> と称するのが妥当なのでしょう。
しかし一方では、存在の無(むしろ是非)を強調して問うようなスタンスも伺えます。
できれば、これは、以下のスレで討議されていた内容でもありますので。
一度ご覧になったらよろしいかと思いました。↓


   『 そこに月が存在するから我々は月を見るのか 』
   http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1087912524/l50

それは 「在る」 と言えるのか、「在る」 とはどう言ったことか、あるいは 「実在」 に
対する考察をこのスレで議論されていました。こういうネタスレは学問板では
なかなか評価されないですけど、私は、かなりの良スレだと私は思います。
レベルがどうこうではなくて、日常的立場から哲学できる懐疑対象というのは、
なかなか現実世界では得られるものではないですから。

今回もまとまりはないですが、とりあえず以上。
884じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/11 03:24
>>877 二酉さん
>手があいて、ネカフェ等に行けたら書き込みますので気長に待ってくらさい。

了解しました。じゃあ、そのあいだに一つ質問します。
「度合い」って、どうやってそれ測るんでしょう?
ちょっとそのへんがわかりません!


>>881
>日本語が複雑かどうかというスタンスは、じゅんの議論とはあまり関係ないから、
>複雑かどうかは決定しなくてもよいと思うよ。
>むしろ、議論を錯綜させるだけだから。

それはどうかなと私は思います。スタンスのない議論は成立しないですよ。
むしろ非常に有益だと私は考えます。
そして言語化を問うているのですから、言語学の基礎を明らかにするのはむしろ当然ですよ。
そしてそれを問うためには、論破をスタイルとしなければ、なかなか表象しえないのです。
だから今回の、複雑さを競う議論はかなり有益なのです。私はこの議論のおかげで
今までにない知見を手に入れたと思っているのです。
できれば私はこのまま複雑さを問い続けたいです。
そもそも、この議論そのものが、言語化への「無」への懐疑にたいする
一つの証拠とは成り得ないでしょうか?

あくまで哲学的であることを問いたいのなら、あなたの言うことは妥当なのでしょうけど、
私は学術的見解に勝る哲学的弁明はありえないと思います。議論なんて錯綜してなんぼのものです。
論点さえはっきりしていればどこをどう議論してもいいんじゃないでしょうか。
それでは。
885不二の愛・可憐な・・・ア姫だけ捧げるよ菩薩 ◆0ozysg2fXA :04/08/11 21:22
「論点を無限に論じるのは無に等しい。」と、いうのは

虚ですか?
 不可能ですか?
  善ですか?
   悪ですか?
886:04/08/11 21:38
阿呆
887考える名無しさん:04/08/12 01:25
言語は事物のニュアンスを伝えることができない。
言語化できないものは無限にある。
888考える名無しさん:04/08/12 01:29
まんこー
889考える名無しさん:04/08/12 13:02
言語にできないモノがあるから、芸術が生まれる。
890考える名無しさん:04/08/12 13:29
言語は世界を説明する手段の一つに過ぎない
ましてや言語は世界そのものではない
891考える名無しさん:04/08/12 13:39
言語は人が考えた記号、言語化できないものにもいつか記号が当てられ言語化する。
892考える名無しさん:04/08/12 13:42
言語化は一般化、抽象化の作業だからね。
言語化することによって、こぼれ落ちてしまうモノが無数にあるのは言語そのもの本性からいって必然。
限界を弁えつつ、大切に言語を使うのが正しいやり方。
893考える名無しさん:04/08/12 13:52
>891
どうやったら、そんなことが証明出来るの。
894考える名無しさん:04/08/12 13:55
言語化できない存在に対して言語は「無」力。
895考える名無しさん:04/08/13 00:09
>>894










     言語化できない存在…それなんのこと?








896考える名無しさん:04/08/13 00:16
我々が認識すらできない 所謂異次元の事象かな?
897考える名無しさん:04/08/13 00:23
ほんと、言葉なんて全く無力。
無力な人間が自分を慰めるための道具だよ。
898考える名無しさん:04/08/13 00:24
892の意見が一番正しい。
899じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/13 01:24
>>885
まず不可能なのです。
であるがために虚と認識されます。
その行為自体は善であり実です。
そして悪を内包します。
900じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/13 01:56
ちょっと、今回は擬音語について。
「怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか」黒川伊保子著(新潮新書)
の本を読んで面白いなと思ったことを述べようと思います。

とりあえず簡単にまとめてみますね。
この本を簡単に要約すると、音にはそれぞれクオリアがあるのだということなのです。
たとえばS音には、空気が口の中を滑るように流れるを感じるために、
「空気感」「スピード感」「風」「静けさ」などのイメージ(クオリア)があるといいます。
またT音には「確からしさ」のクオリアがあり、K音には「堅さ」のクオリアなどが
あるのだといいます。


  「さらさら」 「カクカク」 「さっさと」 「てくてく」 「たったったっと」
  「たったかたったか」 「じゅわじゅわ」 「ひらひら」 「ふわふわ」
  「ちょろちょろ」 「ぶーぶー」

このように擬音語をみていくと、確かにその音のクオリアがありそうに見えます。
そしてこの本が主張していることは、そういった音のクオリアの支配を、文字を
読んでいく上でもうけているのだということなのです。そういった主張を脳科学
や言語学などを駆使して説明していてとても面白い内容に仕上がっています。

さて音の影響は、どこまで文字に影響を与えたのか、またどこまで概念や意味と
密接に関連しているのか考えると面白いのではないのかなと、
私はこの本を読んで思ったしだいであります。言葉は意味や概念である前に、
声であり息であり空気のかたまりであるのだと言うこと。
こんな風に考えると言語化も奥が深そうだとは思いませんかね。
901考える名無しさん:04/08/13 02:19
ことばの中で詩のことばは最高の地位を占めます。
902じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/13 02:42
>>901
では詩学、文学についても考えましょうかね。
ちょうど今ブランショの「文学空間」を読み進めているところなのですよね。
まああまり関係ないですが。

ちなみに私は、詩を書くのが好きです。
確かに価値として詩は最高の地位でしょうね。
詩は意味世界つまり、可能世界について限りなく言及することができるからです。
可能世界の先にあるものは、象徴界という聖域です。
この世界に直接手を触れてはいけないという意味で聖域という意味を使いました。
ただ愛でるのがよいでしょう。詩は最高ではなく超越した価値を持つものなのです。
だからこそ詩を利用してはならない。
利用された詩は転じて呪文あるいは魔術的な様相を帯び始めます。
戒めなくてはいけないのです。

うーん電波レスすみません。

903じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/13 02:45
私は現象学って言うのは、ほとんど詩学みたいだなあと思ってます。
みなさんはそう思われませんか?
904じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/13 02:55
詩はなにを伝えるのか
それは「無」なのか?
「無」ではないとしたら一体なにを伝えるのか?
その世界にあるものは何なのか?
たんなる意味の羅列なのだろうか?
ただの世界なのだろうか?
それとも意志なのだろうか?
詩が伝えるもの、
表現するものについて一度考えられたいなと思っています。
905じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/13 03:40
ざわわざわわざわわ
 ざわわざわわざわわ
  ざわわざわわざわわ
   ざわわざわわざわわ

906考える名無しさん:04/08/13 03:52
言えるわけないだろう、言語化できないんだから
907考える名無しさん:04/08/13 04:48
>>904
哲学板ぽくないけど、
詩っていうのは、
傷つきやすい心がちらと顔をのぞかせて、現実の風に触れる時
そこから言葉がひとつふたつこぼれ落ちて、人はそれを詩と
呼ぶんだと思う。
だから、詩の価値をはかろうと思ったら、
それは偽りのなさをはかることになるんじゃないかな。
908考える名無しさん:04/08/13 05:38
>>884
言語学の基礎を問うのはいいけど、言語学では複雑かどうかを論じるわけじゃないでしょ。
「複雑であるかどうか」じゃなくて、「こういう特徴を持っているんだ」ってことを主張すれば済む。

>>884の弁じゃ、別にわざわざ複雑さにこだわることはないよ。
>>884で正当化されるのは、「日本語が複雑かどうか」を議論することではなくて、
「俗に日本語が複雑と考えられるのは、どのような点においてなのか」を議論すること。
現に複雑さを競っているんじゃなくて、複雑さを析出しようとする議論になっているし。
「俗に日本語が複雑と考えられるのは、どのような点においてなのか」を議論することを、
「複雑さを競う」と修辞的に表現なさっているのなら、異論はないのだけれども。
909考える名無しさん:04/08/13 05:43
じゅんは学生?
910 :04/08/13 09:09
>>897
お前を拳でぶん殴るのも言語だが、何か?
911考える名無しさん:04/08/13 11:48
>910
じゃあ、、やっぱり動物も言語もってるんだ。
人間の専売特許じゃない。
912考える名無しさん:04/08/13 14:31
動物は普通に言語もってるよ
複雑な文章は組み立てられないけど(一部例外あり)
913考える名無しさん:04/08/14 10:29
>>912
その普通に持っている言語とやらが何を指すかで話が変わってくるのだが。
914考える名無しさん:04/08/14 13:30
>>912
その言語ってどういう意味ですか?
一部の例外についても詳しく書いてよ。
915考える名無しさん:04/08/14 15:57
俺も聞きたいよ!

    ∧__∧
   (´∀` )   はやくぅ
   (⊃⌒*⌒⊂)
    /__ノωヽ__)    
916じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/14 18:36
>>907
うーんどのようにして、あなたが現実の風を詩に想像したのかちょっと
わからないけど「偽りのなさ」=「詩の価値」というのにはうなずけるものが
あると思います。つまり、あなたの論は、詩は「偽りのなさ」を伝えるための
表現媒体と捉えてもよいことになる。

また、ちょっと飛躍しますが、詩を文章化という意味での言語化の原始形態
だと判断そてよいのであれば、言語化とは「偽りのなさ」を求める行為だと言
えそうです。しかし、そうこの「偽りのなさ」という表現がちょっとくせ者なのですね。
決して「真実」、「本当のこと」とあなたが述べているわけではないということ。
少なくとも、あなたはここで「真実」という言葉を思い浮かべたけれど、しかし、
それを採用せずに、「偽りのなさ」を採用した。そのように推測します。
ではこの、偽りのなさとは何だろうか? それについて考えられたいと私は
思っています。

「偽りのなさ」という言語を保有した、その言語存在者の性質とは何なのか? 
それは、一言で言うのなら「誠実さ」ではないでしょうか?
そのように私には思われるます。
欺瞞のなさ、純粋で、平明な、心を所有する存在者であるということ。
これらは誠実さの存在性格として解釈できます。
このように考えていくと、「言語化」における「有」なるものの実体の一つには、
「誠実さ」があると言うことができるかと思います。語ることにより誠実さという性格
が如実になる。では私はこれから言語化の「有」、「誠実さに」ついて語ろうかと
思います。
917じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/14 18:37
                                         (つづき)
たとえば、卑怯な人間が「私は卑怯である」と述べるとき、人は、その言明に
「誠実さ」を思い浮かべるのではないでしょうか、そのような解釈に妥当性を
見出されるのではありませんか。ちなみに言っておきますが、あくまでこれは
「偽りのなさ」という原則的言明においてのみです。「偽りのないこと」を語る
だけでは誠実さの価値を受け取ることは出来ません。それのみでは価値を
持ちません。やはりそこには意味や有用性が必要となってくるのは当然の
ことです。

また「真実」を述べることがそのまま誠実さの証ではないということ。
これについても申し上げます。

人を殺した人間が、「私は人を殺した」という真実の言明(告白)には、我々は
それほどの「誠実」さを感じません。むしろ、それを当然のことと了解している。
むしろ、我々は「真実」をつねに要求しているのだと言えるのです。
自白であれ、告白であれ。言明であれ。弁明であれ。そうですよね。
これはあって当然だという、たとえば蛇口からでる水道水のような役目しか
真実の言葉には与えられないのだと言うことを示唆します。
我々はつねに文明化された、真実の基礎に囲まれているわけですから、
真実の存在に価値を見出しにくいのだということ。
であれば真実を語ることは、自らが了解する姿勢において、真実を受け入れた
という(到来性)においてのみ真実は、価値を持つと思われます。
つまり「告白」や「独白」がそれ自身で価値を持つのはここにおいてなのです。
そしてそこに、人は価値を見つけるのです。

918じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/14 18:37

しかし必ずしも「真実」が自分(現存在者)にしか与えられない
というわけでもない。「真実」は自己とは他の存在者と相対化されることによって、
限りなく価値が「0」に近くなる。つまりここで、相対化され数値化される「真実」の
姿をみるにより、「真実」の価値について考察できそうなのだということです。
では他の存在者との相対化によって生じる「真実」の価値についてこれから
語ってみます。

たとえば「1+999=1000」であるという「真実」の“言明”はそれが自分に必要と
される状況において、私においてのみ、適用され、利用されるものです。
しかも「利用」においてその「真実」は価値そのものとして貨幣のように投棄的に
利用されます。つまりまず、真実はそれのみで価値を持つのだということを確認されたい。
「真実」が「有用性」を帯びるとはそれ自身が現存在者にとって、価値を帯びること、
価値そのものになるということだと言うことです。我々はそのように解釈しているはずです。
すなわち「真実」とはそれ自身が道具として貨幣として絶対的な価値だ。
そして、その「真実」の価値はいかなる事態にも相対化されない、
いや相対化させることができない。なぜなら真実は道具として、私自身として、
また私の一部として一体化しているのだから。
そのような主張が成立するはずです。

919じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/14 18:38

だからもしある「真実」の存在者が他の存在者と並び合うのなら、その「真実」は
「真実」の絶対性という原理において、存在を沈下させる。
そして、その隣り合った真実を受け持つ存在者は自らの絶対性を確認し、
自らを絶対性存在者として、隣り合った存在者に付与する。
そのとき「真実」の価値の絶対性は、絶対性存在者として、
己自身を投擲することによって「絶対性」という形で、
そしてそれが「価値」という形態で与えられる。

例えば、数学の証明のように原理が使用され、その証明自身が絶対性という
価値を持つのはそれゆえだということ。
以上がもう一つの言語化による「真実」の絶対性の考察、
あるいはそれによる「真実」の価値分析です。

つまり「誠実さ」自身が保有するという「真実」への価値、ならびにその価値への了解は、
「真実」の持つ絶対性という価値そのものによって「誠実さ」に絶対性を帯びただよわせる。
「誠実さ」、あるいは「真実」が語られるとき、その「真実」そのものが
いつも孤立するのは故にそのためなのだ、そのような妥当性がここにおいて成立した。

920じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/14 18:39


まあたとえば、友人にいきなり「バラは赤い」といきなり言われて虚をつかれるのは
そゆことだったのですね。意味不明ですよね。どうしていいかわからなくなる。
逆に「バラは林檎だ」と嘘をいきなり言うとたぶん「バラは林檎ではない」という
ようなつっこみがすかさず入るはずです。試しに友人にいきなり嘘のことを言ってみたら
いいです。真っ先に否定されますから。
それはその言語存在者が虚偽という憶測が成り立つから。
嘘、虚偽、不誠実は相対化されるだということです。

とりあえず詩について語ってもよかったのですが今回論点を言語化、言語存在者まで還元
させてもらいました。詩についての考察は907さんもまた再度考えられてください。
言語化すなわち、言明の「偽りのなさ」→「真実」という「誠実」さの
価値分析として以上を提出します。

ちなみに言語化の「無」を見つめるのなら、
そのまえに言語化の「有」を把握してからだと私は思いました。

921じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/14 18:40
>>908
あなたの弁を見て一つわかったのは、あなたに私の議論の姿勢までとやかく
言われる筋合いがないことです。私がどう議論しようが自由なはずです。

922じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/14 18:50
とぅるるーとぅるるーとぅるるー
 とぅるるーとぅるるーとぅるるー
  とぅるるーとぅるるーとぅるるー
   とぅるるーとぅるるーとぅるるー
(鳴りやまない電話の音の言語化)
923じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/14 18:52
パッパカパッパカパッパカ
 パッパカパッパカパッパカ
  パッパカパッパカパッパカ
   パッパカパッパカパッパカ



(馬が走る音の言語化)
924じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/14 18:53
さらりんさらりんさらりん
 さらりんさらりんさらりん
  さらりんさらりんさらりん
   さらりんさらりんさらりん


(さらりんという音の感じを出すための言語化)
925考える名無しさん:04/08/15 00:38
>>921
>>908を見て嫌なように受けとられたのなら悪かった。
ただ、あなたのスタンスについて疑問があったので、それを言葉にしたまででした。
926考える名無しさん:04/08/15 00:43
じゅんは話が長すぎると思う。もっと端的にスパスパ書いたほうが伝わるような・・・
まあ、これは俺の単なる感想。
927じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/15 01:12
>>925
了解しました。
ただ一言言っておくと、本当にいやな感じしかしなかったということです。
(私はあなたの文章に何時間も考えこみました)
姿勢の正しさを言及されても何も言い返せないですよ。
まあ、謝罪してくれたのにはただ感謝したいと思います。

928じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/15 01:15
>>925
了解しました。
ただ一言言っておくと、本当でいやな感じしかしなかったということです。
姿勢の正しさを言及されても何も言い返せないですからね。
まあ、謝罪してくれたのにはただ感謝したいと思います。



>>926 (925さんも)
たぶん、あなたにどうこう言われたからって私のスタンスは変わりません。
なるべくそう言った私のスタンスを受け入れてもらえるようにはなるべく
弁明だけはしたいと思いますけどね。

こっちもただなんとなく論を張っているわけでもない、です。
それなりに勉強して、言語や日本語のことについて少ない時間
を割いて勉強している最中です。そういったなにかから哲学的な
ものを抽出しようと努力しているわけですよ。誰にも迷惑掛けて
いないはずなんですけどね。私がみなさんにあわせるより、
あなたがたが私に合わせてくれた方が、こちらとしてはありがたいと
正直思います。まあちなみにこれはただの感想ですがね。

それと言っておきます。
読みにくい文章は私もくずのような文章だと思っています。
なぜなら読むに値しないからです。
わかりやすく、主張することは非常に大切だとは思います。
しかし、それでも複雑さが否定されることはないはずです。

私はただ自由に語りたいのです。
語りたいことはたくさんあるのです。なるべく協力してください。
スレタイの「言語化」すら十全に把握されていないのだから
言語のことについて何を語ってもいいはずです。
よろしくお願いします。
929小学生かよ お前は:04/08/15 01:36
               ∵ ;; ,.・ ;∴   ぱっ!
                三⊃ 三⊃|||lll_ ぴょっ! ぴぃっ!
         ( ´,_ゝ`三⊃ 三⊃))**)  ぶぺぺぺぺぺ!
        ( ∴…三⊃ 三⊃三⊃⊂)
        │ │ 三⊃三⊃/じゆん/    
        (__)_)    (_(_)
930三波春夫:04/08/15 01:36
  _____( ´,_ゝ`)プッ____論破しました(誰かのマネ)
〔ノ二___        __,二ヽ〕
 |:::::::::::::::::ヽ ・ 人 ・ )::::::::::::::::/
  〉:::::::::::::::(   ・   ):::::::::::::::〈
 |:::::::::::::::::::::/  (∩)  ヽ::::::::::::::::::/
  〔:::::::::::::::::/  ノ~\  ヽ:::::::::::::::|
  ヽ::::::::::::::/ /::::::::::::\ ):::::::::::::ゝ
  ノ:〜〜〜| |_〜─-〜| |〜〜〜/
931じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/15 01:41
>>929
厨なんで。

言っておくけど小学生も2ちゃんねるを見ているのだという事実を
忘れないようにしてくださいね。>>930
932じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/15 01:52
あらためて申し上げますが、日本語があらゆる言語で一番複雑である
という姿勢は今後も貫きたいと思います。もちろん批判は受け付けます。
私も出来る限り正当性のある主張を心がけたいと思います。
いちおう何点か証明要素は見出しております。
まあ、ご期待ください。
933考える名無しさん:04/08/16 14:02
488 :心得をよく読みましょう :04/08/15 01:14 ID:UpfFdK+2
[URL]http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1053095828/l50
[板名]言
[名]小学生かよ お前は
[メール]sage
[本文]↓
               ∵ ;; ,.・ ;∴   ぱっ!
                三⊃ 三⊃|||lll_ ぴょっ! ぴぃっ!
         ( ´,_ゝ`三⊃ 三⊃))**)  ぶぺぺぺぺぺ!
        ( ∴…三⊃ 三⊃三⊃⊂)
        │ │ 三⊃三⊃/じゆん/    
        (__)_)    (_(_)
934人肉@:04/08/16 14:03
489 :心得をよく読みましょう :04/08/15 01:19 ID:UpfFdK+2
[URL]http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1053095828/l50
[板名]言
[名]三波春夫
[メール]sage
[本文]↓

  _____( ´,_ゝ`)プッ____論破しました(誰かのマネ)
〔ノ二___        __,二ヽ〕
 |:::::::::::::::::ヽ ・ 人 ・ )::::::::::::::::/
  〉:::::::::::::::(   ・   ):::::::::::::::〈
 |:::::::::::::::::::::/  (∩)  ヽ::::::::::::::::::/
  〔:::::::::::::::::/  ノ~\  ヽ:::::::::::::::|
  ヽ::::::::::::::/ /::::::::::::\ ):::::::::::::ゝ
  ノ:〜〜〜| |_〜─-〜| |〜〜〜/
935考える名無しさん:04/08/16 15:40
[[[[[♪音楽はどこまで「言語」か♪]]]]]
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/gengo/1084635848/
936考える名無しさん:04/08/16 16:44
>>456-457ってかなり馬鹿そうだなw
937考える名無しさん:04/08/16 16:45
いや、かなり馬鹿だな、馬鹿そうじゃなくて。
938人肉@:04/08/16 21:05
561 名前:インテリオタッキー(汗疹) :04/08/16 15:36 ID:djreZxgk
[URL]http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1053095828/l50
[板名]言
[名]この本気患者野郎
[メール]てめ引退しろ
[本文]↓
                                    /  ,,ノ ''"´´` 彡       
                                   /  ,ミ        ヽ
             --_- ― = ̄  ̄`           | ミシ   / ,, ,, \!
      ,,;:─ (゚ε゚)           ̄  ̄=_ ̄-─ ̄_)∴(6ミシ   ;:;;:;:;;/(★)|
    /        ̄  ̄=_ ̄-─ ̄_)∴ , ..    し::  :::;;::;;::ノ   ⌒ノ
    │ _-―  ̄=_  )"      _─ー ̄_ ̄)’, ミ:::ヽ    ヽ(o o)\人肉  
    /    / --_- ― = ̄  ̄`:, .∴ ', ・,‘   r⌒>〆   @ ヾ;:ヾ◎∵・∵ 
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
939考える名無しさん:04/08/16 21:37
>( ;´ω`) ◆PeyY87sPzc
乙。
940考える名無しさん:04/08/16 21:38
>人肉@
乙w
941考える名無しさん:04/08/16 21:41
AAスレになったのか?
942じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/17 01:05

では、私の「日本語が複雑である」ということについてこれから主張して
みたいかと思います。日本語の他の言語との大きな違いはなにかについてです。

他の言語とまったく違うなにかとは、日本語の50音図なる表の存在にあります。
この表は他の言語にはない、音の性質による分類が達成されたものなのです。
その点において他の言語とはまったく違うと言っていいと思います。
まあその前に五十音図について説明すると、これはつまり、母音を「a i u e o」の
五つに分け、そして子音を「あかさたなはまやらわ」の十個に分け、濁音を付記した
ものです。この音構造に対する理解の深さは、まったく他の言語にないものです。

あらためて申し上げますが、私は音の種類の多さを複雑さの証明だと主張して
いるのではなく、その反対でその表のシンプルさに、音構造の複雑さ、つまり構造に
対する理解の深さを主張するモノとして、強引にですが日本語を「複雑さ」と主張して
いるわけです。この音表記の明快さは、言語に対する並々ならぬ理解と洞察がなけ
ればまったく達成し得ないものだと思います。

943じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/17 01:06

しかし、英語や中国語は音の種類が多いことはみなさんご存じですし、まだ納得されな
いかと思いますのでこのへんについて申し上げておきます。
脳構造的に、表として、音声的に分類した状態でそのまま音を理解する言語は日本語だけです。
それ以外の言語は音をそのまま記憶します。
だから英語圏などは母音と子音の区別ができないらしいのですね。
まあ、これも誤解のないように言っておくとこれは、ただ音の分類ができないというだけのことです。
ぎゃくに音の聞き取れる種類は日本語より英語などの方が圧倒的に多いです。
しかし日本語は母音と子音に分解して覚えることができるわけですね。
これがどういう利点をおよぼすかというと、日本語ははっきりした音を出すことができるということです。
また音に対する理解も比較的簡単で早くに行われます。
以上の点において、これは他のカテゴライズされていない網羅的であるいみ粗雑な音声言語と
比べて緻密で、有用性が高い、また美しい発音が日本語では可能かと言えるかと思うのですが
いかがでしょう?
例えば九九なんか思い出してもらえればわかりますが、九九の有用性の高さは他の国の
教育現場での広がり方を考えると非常に価値がある代物かと言えるかと思います。
それと同じことが日本語の言語においても言えるのではと、思うわけですよね。
とりあえず以上。今回も「怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか」黒川伊保子著(新潮新書)
からのいわば引き抜きです。買って読むとなおさら面白いと思います。

944考える名無しさん:04/08/17 01:25
万引きして読んだら面白くないのか?
945じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/17 01:54
>>944
表現が悪かったな。
>直接、手にとって読むとなおさら面白いと思います。

まあ、立ち読みか図書館で軽く読んだとしても面白いと思いますがね。




>>944
あなたに聞きたいんだけど、いつから2ちゃんねるは万引きなどの犯罪が奨励
されるようになった? 
2ちゃんねる経験浅いからその辺の事情がよくわからないから純粋に質問なんだけどさ。
946考える名無しさん:04/08/17 02:16
じゅん って人は荒らしなのかな・・・
947考える名無しさん:04/08/17 02:52
言語と言葉って同じものじゃないよね。
前の方で 言語の範疇で思考 って文章でだいぶ揉めてたけど
内言語という事を考えるとやはりこの文章というか考え方は正しいと思う。
>>765さんがそれを言ってるけど誰もレスしてないんだよね・・・なぜだろう?
948考える名無しさん:04/08/17 02:56
あらぁ、レスつけてる人いましたね。失敬
949考える名無しさん:04/08/17 03:02
しかし、よくよく考えてみると不思議な物ですよね言語って。

よく、言葉で他人を傷つける なんて言いますが。
言葉(言語)というのは確かに力を持っていますよね。
おそらく他人に対して物理的にではなく干渉できる
唯一の手段ではないでしょうか、だからこそ力を持っているのかな。
950考える名無しさん:04/08/17 03:10
しかし、ここで疑問なのか言葉で傷をつけることができると言われる 心 という存在です。
これはいったい何なのでしょうか?

感じる事 だけでもないし、もちろん考える事だけでもない。
なにやらよくわからんものですね。
まぁ、言い換えると 精神 とも言えるわけですが、、、

これは確かに 存在 する事象です。
ですが具体化できない。
よく 心が通う などと言いますが、これは言語を介さないで物理的ではなく他者と干渉しあえる事がらであるように思えます。
951考える名無しさん:04/08/17 03:17
こういうと949と矛盾してしまいますが
心が通う という状態は 言語での干渉以上にあいまいで不確定で不安定なものです。
よって一つの手段として確立しているわけではない とたぶんいえます。

恐らく、人が次に進化する事ができるとしたら心による会話が可能になるのかもしれませんね。
俺は特に哲学を専門に勉強しているわけでもありませんし、ほとんど自分の考えでしかないのですが
言ってしまえば精神というはこの世界その物を指し示しているのではないかと思えます。
イメージで言うと、心は器で 言語は水滴 ですね。
人は心という受け皿以上の物事は本来捉えられないし思考することが出来ない。
そう考えると 精神を病む 器が拡散してしまったりヒビが入ってしまった人達の事を少しは分かろうとする(偉そうだったらすみません)
事ができるのかもしれません。
952考える名無しさん:04/08/17 03:23
この世界を受け取る存在が心であるなら

この 心 とはいったいどこから来たのでしょうか?
そして、人間一人一人の 心 はやはり違う存在であると思います。

こうなるとこの世界、今 俺自身が生きている世界を受け取っている人間は
世界にただ一人、自分だけという事になります。

だから人は、誰かを求めるのでしょうか?
生きている事の実感、それは自らが死ぬか 他者と生きている事を認識するかでしか感じられないのかな。
953考える名無しさん:04/08/17 03:33
恐らく、人は自分の心を完全に考える事はできないのかな。
なぜなら心を捕らえるには心の外側から心を見ることも必要だと思うから。

自分の心の外側を覗いてしまうと多くの人はオカシクなってしまいますよね。
だってそれは自分の世界から外れた所だから。
でも他人の心他人の世界をちょっとだけ覗いてみる、覗いたつもりになってみる事はできる。
それすら、心の中に心のイメージを作る事でしかないわけですが。

そこから自分の心を心の中に形作る、それが生きるという事なのかもしれません。

954考える名無しさん:04/08/17 03:36
たぶん最初はなにもかも 在る だけなんです。
そこに存在するだけ。

でも他者の成長した心や他の生物、雲空といった世界のなかで生きている物を見ることで
そこに意味が生じるんじゃないかな。

世界、心そのものが生きていると考えるのも面白いのかもしれませんが・・・

狂っちゃいそうなのでこの辺で 長々と失礼ゝ
955じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/17 04:43

じゃあ、存在についてですが、パントマイムについて考えてみませんか?
あれは、言葉を一切使わない。存在しないのに、それがあるかのように
思えてしまうでしょ。
ということは、あの存在は「無」じゃないですよね。だって面白いもの。
「意味」としてはなにかを存在させているかと思うのです。
ちなみにぼくは、パントマイムって、言葉の整合性や論理性を説明するなにか
秘密があるように思えました。
あげます。
956THE グル :04/08/17 05:02
いいですか、
手話はパントマイムと無関係ですかね?
どうかしましたか?
957じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/17 05:14
>>956
関係ないとは、思いませんけど
手話は記号的性質が強いですよね。
パントマイムは子供でも万人に楽しめると思います。
もしかすると、狼少女のような境遇の人、あるいは犬や猫に
だって伝わるのではないかなと思わせるのがパントマイム
じゃないでしょうか?
そう思わせるところがパントマイムのすごいところですよね。
たとえば犬に餌をあげる振りをしても、犬は喜びますよ。

まあそのうち犬もだまされなくなりますがね。(w
958THE グル :04/08/17 05:17
>>957
いいですか、
人間はパロールを重視しています。
しかしながら、
動物達は、
パントマイムの新奇性のある動きそのものに興味を示しているに過ぎないんです。
これが定説です。
どうかしましたか?
959じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/17 09:00
>>958
>動物達は、
>パントマイムの新奇性のある動きそのものに興味を示しているに過ぎないんです。

「過ぎない」とは一概には言えないと思います。
むしろ新奇性を率直に覚えるのは人間なのではないでしょうか?
我々はパントマイムのショウをショウとして了解していると思います。
新奇性を求めるために。

こういった了解すらないのに新奇性を覚えるのは、ぼくにはいささか奇妙に思われました。
動物は、パントマイムの動きではなく、パントマイムの動きをちゃんと意味として
了解していると思うのです。というよりも、意味以外に了解しえないのが動物だと思われたのですが?

「パブロフの犬」の実験はご存じですよね。
犬は人間が、テーブルの上に座って食事をする振り(パントマイム)を
することによってでも、よだれは垂らすと思うんです。
そう思われませんか? たとえシチューの匂いがしなくてもです。
根源的には、人間をまったく見たことのない野生の動物ですらその行為だけで
反応をしめすのではと思われます。(ぜんぶ想像ですが)

パロールと新奇性はどちらとも、人間、生体、ともにある生得的な原理ではないかとぼくは思うわけで
グルさんのように、どちらかを重視する不可分な姿勢、差異は存在しないと思います。
むしろグルさん自身の、会話を大事にする「ビジョン」じゃないのかなと思われましたよ。
とりあえず、そんな感じですね。
960考える名無しさん:04/08/17 13:11
http://ex5.2ch.net/test/read.cgi/accuse/1092063072/
ここで延々荒らしてるの、哲板関連らしいんだけど
荒らしの標的になってる( ;´ω`)って何やったん?
961THE グル :04/08/17 16:06
>>959
いいですか、
パブロフの犬、
即ち、古典的条件付けによる実験ですが、
これは反復学習による条件付けでして、
動物はその行動の結果を既に知っているんです。
じゅんさんがテーブルの上に云々という例を出されておりますが、
これはその結果えさが得られる、あるいは、食事が出てくるということを、
反復学習の末に獲得しているに過ぎないんです。
といいますのも、
動物がそうした行動に出るのは、
動物は高等になるほどその行動は後天的なものになるとされ、
この後天的に行動が獲得されるときの過程が学習なんです。
まあ、
口に含まれた梅干は無条件刺激(US)であり、
そのために生じた唾液分泌は無条件反応(UR)であり、
梅干の視覚的イメージは条件刺激(CS)、
そのために生じる唾液分泌は条件反応(CR)なんです。
これをパントマイムやテーブルの上の食事云々をご理解いただけるのならば、
初めてパントマイムを見て犬が反応するのは新奇性であり、
最初から意味をかいしているワケではない事が解るんです。
因みにこれは、
心理学の基礎の基の単元なんです。
これが定説です。
どうかしましたか?
962考える名無しさん:04/08/17 20:01
>961
えらく古典的な例を出してきたな。
行動主義を徹底すれば、言語も単なる反応なんだが。
963人肉@:04/08/17 20:39
488 :心得をよく読みましょう :04/08/15 01:14 ID:UpfFdK+2
[URL]http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1053095828/l50
[板名]言
[名]小学生かよ お前は
[メール]sage
[本文]↓
               ∵ ;; ,.・ ;∴   ぱっ!
                三⊃ 三⊃|||lll_ ぴょっ! ぴぃっ!
         ( ´,_ゝ`三⊃ 三⊃))**)  ぶぺぺぺぺぺ!
        ( ∴…三⊃ 三⊃三⊃⊂)
        │ │ 三⊃三⊃/じゆん/    
        (__)_)    (_(_)


489 :心得をよく読みましょう :04/08/15 01:19 ID:UpfFdK+2
[URL]http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1053095828/l50
[板名]言
[名]三波春夫
[メール]sage
[本文]↓

  _____( ´,_ゝ`)プッ____論破しました(誰かのマネ)
〔ノ二___        __,二ヽ〕
 |:::::::::::::::::ヽ ・ 人 ・ )::::::::::::::::/
  〉:::::::::::::::(   ・   ):::::::::::::::〈
 |:::::::::::::::::::::/  (∩)  ヽ::::::::::::::::::/
  〔:::::::::::::::::/  ノ~\  ヽ:::::::::::::::|
  ヽ::::::::::::::/ /::::::::::::\ ):::::::::::::ゝ
  ノ:〜〜〜| |_〜─-〜| |〜〜〜/
964考える名無しさん:04/08/17 20:44
もういいから。
965751:04/08/18 03:18
>>881-883
>インド音楽の一種でしたっけ。
ホーミーはモンゴルだよ。

>「声」 と解釈するか、 「音」 と解釈するかで、言語解釈の判断が分かれるでしょうね。
>「声」 と解釈するのなら言語規則に <その声> は内包されてしまいますので、
>「意味」が伝達されるでしょうし、「音」 と解釈するのならそれは、
>言語化される性質なので、「意味」 の前に、「名詞」化による対象化がされる。
ちょっと言っている意味がわからない。
そもそもこの例は、喉や口腔を使って出された声(音)を全て言語と言うかどうかについて問うためのもの。
「声」と解釈するか「音」と解釈するかで「言語」であるか否かが変わると言っているのだろうか?

>これは頂けませんね。誰と議論しているのか分からなくなる。
>中略
>その世界観を切り開きたいなあと、思っているわけです。
別に何をどう解釈してもいいなどと言ってはいない。
逆に、言葉は悪いが自説にだけ都合がいいように範囲を規定するのはおかしいと思うが?

>それはあなたの 「言語化における『無』とはなにか」 についての意味ですね。
>まずはそれを確認してから、と私は思ってしまいますが、返事を待つのも面倒なので、まあ続けます。
>つまり、あなたの主張は 「言語化することは何の作用も影響も与えない」と主張することから、
>それについての懐疑がはじまり、ゆくゆくはそんなことはあろうはずがないという日常的考察から
>端を発しているわけでしょうか?
言語化できたものについては全て「無」ではない。言語化できたことで「無」ではないことは証明された。そこに異論は無い。

ただ俺はあくまでも、「言語化できなくても必ずしも『無』ではない」と言う主張をしているんだよ。
ある対象が言語化できなくても、その対象から何らかの作用や影響があるなら、それは「無」ではない。とね。
966751:04/08/18 03:24
>>949
>おそらく他人に対して物理的にではなく干渉できる
>唯一の手段ではないでしょうか、だからこそ力を持っているのかな。
残酷な殺戮シーンを見て、君は何も感じないのだろうか?
女の裸を見て、君は勃起しないか?これらは物理的ではない干渉といえるのではないだろうか。
967じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/19 00:28
>>965 751さん

返答どうもです。話がややこしくて済みませんでした。
ただ基本的な「言語化」とは何か、ということをはっきりさせておかないと
またスレの話題が記号論の議論に戻るので、
その振り戻しを避けるために、ちょっと基本的な言語論的考察を
いくつか述べさせてもらったんです。

で言語化されたものは「無」ではないということが、
あなたにはっきりと了解されたのは嬉しく思いました。
ここでようやく一つ問題が解決したのですからね。

ですが私が、その次に考えたいこと、
また思考態度は以上の事柄としてまかなわれるんです。
それを以下に記します。

968じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/19 00:29
 ◇言語論の有と無についての分析◇


1:そもそも言語化の「有」はどう言った種類のものなのか?(今これを考察中です、
 音声化、文字化、文章化、文法化、口調など、言語化などから漏洩される
 その「なにか」、性質を、はっきりとさせること)

2:であるならば、言語化されたものから、言語化の「有」を排除して
 いくことで、言語化されたその「有」は「無」へ到達することができるのか?
 たとえば言語内部のの「価値」のみを排除することは可能なのか?
 「気持ち」のない言葉は存在するのか? それを作ることは可能なのだろうか?
 などの事柄の考察。

3:それから、記号論的な意味として、言語化された内部で、
 記号化することができない部分があった場合、それを他のそれ以外の
 記号化による言語化作業で補うことは可能なのだろうか? 
 また、原文と、それを補完した文の根本的な差異について。
 (オリジナル、テクストなどの意味や価値について)

4:言語化不可能なものは存在するのか?

5:言語化不可能。これは人間としての不可能問題なのか?

6:言語化を通さずに表現されるものとはなにか?
 また言語化されない表現媒体はなにか?

7:言語化できないものの「有」とは何か?

※ここで言う「有」は751さんの言う作用、影響として考えてください。
 もう少し厳密に言うのなら触発され、生成され、伝わる、その一連の作業です。
969じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/19 00:32

というようなことをいろいろ考えていくと、きっと面白いだろうなと思ったのです。
ちょっと論点が重複している部分もあるかと思うのですが、まあいろいろと
わかっていく内に以上の問題が全て色濃くはっきりしていくと思うのです。
まあその次の問題、「言語化されてしまったモノ」(言語存在者)同士の交流、
「コミュニケーション」そのものが指し示すことについてもはっきりさせたいですね。
おそらく言語の社会性に問題が移行していくのだろうと考えています。
というような形で、いろいろと考えていきたいです。以上です。


訂正>>967
>ですが私が、その次に考えたいこと、
>また思考態度は以上の事柄としてまかなわれるんです。
また思考態度は以下の事柄としてまとめられるんです。

すいません、ちょっと今頭が働かないので、
今日はこのへんでお終いにします。
970考える名無しさん:04/08/19 01:15
>>965
>ただ俺はあくまでも、「言語化できなくても必ずしも『無』ではない」と言う主張をしているんだよ。
>ある対象が言語化できなくても、その対象から何らかの作用や影響があるなら、それは「無」ではない。とね。
これに反対の人いるの?
全部は読んでないけど反論は読んだことないよ。

話し変わるけど>>969
ちょっと一人で続けて書き込みすぎじゃないか?
レスしたくてもその相手のレスがあっという間に過ぎ去ってて
今さらレス付けるの気が引けちゃうんだけど。
971751:04/08/19 02:01
>>967
>で言語化されたものは「無」ではないということが、
>あなたにはっきりと了解されたのは嬉しく思いました。
俺は最初から言語化されたものに対しての有や無など問題にしてはいないよ。有だからね。
ある対象が言語化されるということは、その対象が何らかの形で認識されたという事。
認識された事実はそれだけで「無」ではなくなったわけだ。認識と言う影響が認められたんだからね。

>>968
言語によって過不足無く(無いと思えるレベルまで)他者に全てを伝える事ができるのか?
ある絵画について、その絵画を見た事がない人に言語だけで伝える事は可能か?
楽器の音を知らない人に、オーケストラの演奏を、楽譜やドレミの音階を示すだけで伝える事はできるのか?
言語では伝えきれない部分が、まさに言語化などから漏洩する物ではないのか?
ホーミーを知らない人に「ホーミー」といえば、言葉としてではなく、それがどういったものかを伝えた事になるかい?
それから君が言う「はっきりさせる」とはどういう状態だろうか?
程度にもよるだろうが「はっきりさせる」=「言語化する」と考えているのではないのか?それなら無理な相談というものだろう。

>>970
>これに反対の人いるの?
「全ては言語化が可能」と言う理屈で、言語化出来ないもの自体を否定している者が居るよ。
972じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/19 02:10
>>970
申し訳ありません。
なぜ一人で、しぶとく書き込むかそれについて申し上げます。
まず私はこのスレの次スレを想定しています。
少なくとも私自身は次スレを作る用意はしています。
次スレになったら、私も身を引こうかなとは思っていますが
それまでは、哲学板でのこのスレの議論可能領域をはっきりさせておきたいと思ってます。
それまで、ちょっと無茶をさせてもらおうかなと考えているわけです。
なぜそうするか、こういうネタスレは、次スレに行くとクソスレになりやすいんです。
なぜなら議論がループしてしまうから。このジンクスはみんな知っております。


ちょっと聞きますが>>970>>965に対する意見は>>967-969の意見の前に主張できた
はずの事柄ですが、なぜ>>969の私のスレの次にいきなり言ったのでしょうか?
あなたの目的は、議論潰しじゃありませんよね?
973じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/19 02:15
(つづき)

>これに反対の人いるの?
>全部は読んでないけど反論は読んだことないよ。

反論がないから、と言うあなたの言明は、まず第一に私と751さんの了解が
得られたその事実、事象があって初めて提出される事柄です。
それとおなじように、751さんの>>965

>ただ俺はあくまでも、「言語化できなくても必ずしも『無』ではない」と言う主張をしているんだよ。
>ある対象が言語化できなくても、その対象から何らかの作用や影響があるなら、それは「無」ではない。とね。

の言明も、今までの議論があってようやく提出できた、ぎりぎりの言明なんです。
それすら、言明できなかったのが、今までの議論です。
哲学議論というのは、そういう一歩一歩進むゆるやかなものなのです。
その辺を了解してくれると助かります。
974考える名無しさん:04/08/19 02:30
>>972
前半は分かるが
後半は何言ってるんだ?
お前の目的は、議論潰しじゃないんだろうな?
975じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/19 02:31
>>971 751さん
おそらくお互いのスタイルというものがわかってきたはずだと思います。
私に合わせてあなたが自分のスタイルをはっきりさせてくれたのには
引き続き感謝。何が語りうるものなのか、何をこれから考えていくのか
それを見つけることもこのスレの重要な役割だと思ってますんで、
とりあえずちょっと落ちます。今日は非常に疲れてるんです。
だから述べることが非常に辛い。
できれば語りたくないけど、ちょっと語らずにはおられない気分なので。
ちなみに言っておくとそこまでスタンスをはっきりさせているのなら、
コテを付けた方がいいと思います。次スレに行ったら、おそらく今まで
の議論が水の泡になりますのでね。
以上!
976考える名無しさん:04/08/19 21:20
>>869 ニ酉さん。
>>865で質問したものです。遅くなりましたが教えていただいて有難うございます。>>864の該当スレと思われるスレがわかりましたので報告しておきます。

認知言語学 II
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/gengo/1085891701/253-260

認知MAN、マルチコピペありがとうw
977人肉@一生アク禁されてろ:04/08/20 13:41
861 :糞 :04/08/19 19:58 ID:+ex/5voO
[板名]傷舐め道場 
[URL] http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1053095828/l50
[名前]豚肉@
[メール]アニメもえー
[本文]

だれか助けて==============================
978考える名無しさん:04/08/20 14:37
このスレへの粘着がまだ代行スレにいる。
アク禁解けたらまた暴れだすので注意。

今は代行スレで暴れてるがな…
979じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/21 02:26
そろそろログ落ちしそうだからあげておきますね。
980考える名無しさん:04/08/23 00:33
>>971
例えばこういう意見があるとする。
語はラベルのように1対1で事物に張り付いてるんじゃなくて包括してる。
だからこそ、どの言語(自然言語)も限られた語彙で森羅万象を表してる。
「言語について言うなら言語化できないものなどない」

で、もう一方にこういう意見があるとする。
言語は思考のすべてでなく一部だ。体を動かすときなんか言語を使って考えてはいない。
人と対話するときは言語以外の要素から受け取る情報の方が多いし、
受容時に言語化されない情報は多くの場合意識されない。
しかし意識されなくてもそれはないわけじゃないし、影響を及ぼしている。
「人間の思考について言うなら言語の外はある」

両者は対立してるんじゃなくてすれ違ってる。ほぼこういう感じだったんじゃないかな?
前者に対する反論として後者の主張をすると論点がずれる。でもそれ自体として主張すれば
反論はない。・・・・・じゃないかな。たぶん。
981不二の愛・可憐な・・・ア姫だけ捧げるよ菩薩 ◆0ozysg2fXA :04/08/23 19:42
「意識に差異であるので時と共に痕跡としての言葉が生まれます。」と、いうのは

虚ですか?
 DNAですか?
  楔文字ですか?
   善ですか?
    悪ですか?
982考える名無しさん:04/08/23 19:43
言語は空である。
983考える名無しさん:04/08/23 20:45
1000を越えたレスは言語化できなく無と等しい。
984考える名無しさん:04/08/23 20:50
物理学では言語化できないものが「実体」でしょう。
物理学が「無」を対象とする科学とは思えない。
985考える名無しさん:04/08/24 08:01
マダヤッテル…
986考える名無しさん:04/08/24 22:32
もう、げんごは飽きた
987じゅん ◆bYRNL78mlE :04/08/24 23:32
>>986
馬鹿言わないでください。
哲学の問題に対して秋田なんて行っていると、
あおもり通り過ぎちゃいますよ。


     w(わけわかんないですよね、スルーしてください…・・ ・



ちなみに駄洒落って言語論的にはどういう位置づけなんでしょうね。
988考える名無しさん:04/08/25 10:01
>>986
しんごはまだ飽きない?
989xenon:04/08/25 22:12
言葉の外側について、言葉で語ろうともがけばもがくほど
言葉の中に閉じ込められる
理屈っぽい「じゅん」は言葉の外側に出られそうで、永遠に出られない

言葉の外側について語り合うには、コツがいる
990二酉:04/08/25 23:30
ところで次スレは立てないの?これを書くと残り10レスしか残らないので
話の続きをしようにもできなくて困ってたり。
でも個人的には>>892でFAだと思う。892さまとは良いお友達になれそうな気がするです(*´Д`)ポワワ

>>976
いえいえー。わざわざ報告してくださってありがとうございます(*´∀`)
991考える名無しさん:04/08/26 00:11
「ぬるぽ」は存在ですかそれとも虚無ですか
992じゅん ◆bYRNL78mlE
>>991
「ぬるぽ」は「存在感」であり「虚無感」と言ったところですね。