ロールズ 正義論 

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1ロールキャベツ
ロールズの正義論のスレ。
2ロールズ:01/11/30 04:31
はやい!受験板の住人様!
3考える名無しさん:01/11/30 04:33
正義論をどうしようっていうのさ
4ロールキャベツ:01/11/30 04:33
>>2
では、
http://school.2ch.net/kouri/#3
悩み事を打ち明けるスレ の続きを。
5ロールキャベツ:01/11/30 04:33
122 名前:ロールズ :01/11/30 04:13
>>121
自然状態で、自然法=平和な法が成立していると見るべきか、
そうでなく、万人の番に対する闘争が支配しているかは、
認識の問題で、経験的には答えられないよ。


123 名前:ロールズ :01/11/30 04:15
>>121
とりあえず、対立していても、現下の社会制度
は存在しているのだから、それが<対立>を
<緩和>するか<止揚>するのでしょう。
じゃあ哲板でお待ちしております。


124 名前:ロールキャベツ :01/11/30 04:17
>>122
見解が分かれるみたいですが、ある原理をとったらある人にはなはだ不都合を押しつける結果になった場合どうするんですか?
6ロールキャベツ:01/11/30 04:34
>>2 では再び、
見解が分かれるみたいですが、ある原理をとったらある人にはなはだ不都合を押しつける結果になった場合どうするんですか?
7ロールズ:01/11/30 04:40
>>124
原理は、理性的合理的利己的な存在者が、無知のヴェール(
自己の立場がわからない状態)のもとで、公正な条件のもとで、
導き出される。だから、<対立>は必然的におこらない。
1243が言っている対立は、<原理の対立>できなく<教義doctrineの対立>。
教義は正義の原理に従属する。どうしてか?<特定の善の構想>からは中立的で
あることを目指すのが正義の原理だから。
無知のヴェールと原初状態の仮定は、いつも、<対立>をその時点
にかえって、反省=反照reflectiveしようとする際の準拠になる!
8考える名無しさん:01/11/30 04:43
こ、ここには、、、きちゃ、いけねぇ・・・く、ぐあはぁぁぁぁあああ
9ロールキャベツ:01/11/30 04:44
>>7
理性合理的利己的な存在者ってなんでしょうか?

> <特定の善の構想>からは中立的であることを目指すのが正義の原理だから。
トートロジーではないでしょうか?

無知のヴェールと原初状態の仮定 <あとこれはなんでしょうか?
10ロールズ:01/11/30 04:50
><特定の善の構想>からは中立的であることを目指すのが正義の原理だから。
トートロジーではないでしょうか?

なぜ?

無知のヴェールは上で説明した通り。自分の社会的地位などを知っていたら、
正義の原理は、<特定の善>=私的善(私的善という言葉わロールズは使っていないが)
に左右されることになり、<公正としての正義>の構想は挫折する。

原初状態・・・ロールズの、正義原理を導出するための出発点。
英語ではoriginal position。<出発点>と訳してもいいところだが、
<自然状態>との連想を喚起するために、このように訳された。
11ロールズ:01/11/30 04:52
理性的・合理的・利己的特質とは、道徳的構想を導き出すための工夫。

べつに、以上の条件を利己的性質だけに限定してもいいが、それは経済学のお仕事。
12ロールズ:01/11/30 04:53
ちょっと、風呂はいってくるよ。30分ぐらい。
13ロールキャベツ:01/11/30 04:59
>>10
特定の善の構想を排した中立性を以て目指した結果ある教義が出来てその教義を目指す正義?ですか?
>無知のヴェール
先入観をなくしてということなんでしょうけど、そうも言えない状況もあるのでは?
>原初状態
ロールズにとって「何の」出発点なんですか?
>理性合理的利己的な存在者
わかりません。どういう事なんでしょうか?
14ロールキャベツ:01/11/30 05:21
ロールズの正義原理は人々の欲求や選好に左右されず、むしろその追求に一定の制約を課し、社会経済的な背景的制度を評価する「アルキメデス的地点」を設定するものである。

とのことですが…。
15ロールズ:01/11/30 05:26
>特定の善の構想を排した中立性を以て目指した結果ある教義

それは教義とはいいません。定義上。

>先入観をなくしてということなんでしょうけど、そうも言えない状況もあるのでは?

前半はその通りです。そうもいえない状況とは?これは、仮想状況であることを
お忘れなく。

>ロールズにとって「何の」出発点なんですか?

正義の諸原理を導き出すための出発点=工夫deviceです。


>理性的合理的利己的な存在者

人間は<人格>をもっています。そして、それらは、理性的・合理的・実践=道徳的・利己的
な性質をそれぞれ持っています。ここで利己的とは、現在の自分の地位について<無知>な状況での
利己、という意味です。人間は自然状態であろうと、利己的に振舞うとは、推論できます。
しかし、利己は理性や合理性・道徳性を有していなければ、機能しえませんね!
これもまた推論できます!経験的なものとは関係なく推論で導けます。
16ロールズ:01/11/30 05:29
>>14
そのとおりだよ。
17ロールキャベツ:01/11/30 05:30
>利己は理性や合理性・道徳性を有していなければ、機能しえませんね!
どうしてですか?
18ロールズ:01/11/30 05:35
>>17
目的を持った利己的振る舞いは、合理計算に基づくもの。
手段の選択には、理性と合理性が必要条件。
しかしこれだけでは十分ではない。
たとえば、<企業文化>といった<道徳的なるもの>を
踏まえなければ<ビジネス>がうまく行かなかったり。
これは経験的な事柄ですが、われわれはこれから<社会的共同>
に参加するためには、道徳性を有していなければ、
正義の構想に参加しえない。正義は<公正としての正義>なのだから!
19考える名無しさん:01/11/30 05:37
立場の交替可能性の限界についての考察が無いと、
「原初状態」とか「無知のヴェール」とかって、
何にも言ったことにならないよ。
20ロールズ:01/11/30 05:38
>立場の交替可能性の限界

契約論だから、必要ないよ。
21ロールキャベツ:01/11/30 05:41
>>18
例えばですね、合理性・道徳性のうち道徳性は置いておいて、合理性について考えてみるとしてですね。
孟子(認識→哲学というよりは実践の体系といわれるものですが)にある例として、赤子が井戸に落ちそうになっているのをみたら誰でも後先考えずに行動して助けにいくとありますが、この場合合理性の計算はどうなったのでしょうか?
22ロールキャベツ:01/11/30 05:42
>契約論だから、必要ないよ。

どういう事でしょうか?
23ロールズ:01/11/30 05:45
>>21
そこには、道徳(的)法則に<従う>・<遵守する>
ということ、それ自体に合理的な理由があります。
それによって<自尊心>が養われるとか、<よき生>を求めるという
善に対する構想の過程の一部として理解する、といった、合理性は存在します。
これは<傾向性>=<利己>とは違います。
24ロールズ:01/11/30 05:49
>>22
立場の交換は観察者の存在を仮定することになります。
観察者を想定するということは、原初状態での
合意する人々の上に、ある権威的な=超越的な
存在を仮定することになります。
原初状態では<すべての人>が、<公正の条件>
にしたがって、上で見た人格的特徴備えた存在として、
<正義の構想>に対して、合意し原理を選択します。
<契約論>では立場の<想像上の交換の仮定>は不必要です。
25ロールキャベツ:01/11/30 05:51
>>23
つまり、道徳的評価が(世俗的でないにしろ人間世界に於いて)「ある」からそのように行動するということですか?
孟子の時代では必ずしも世俗的評価は定まっていなかったと思われますがいまの社会では上記にみられるように、よいと評価されるからやるということに繋がりかねませんでしょうか?
そういったものを考慮しない衝動としての行動に構想の過程といったようなものは存在するのでしょうか?
26ロールキャベツ:01/11/30 05:53
>>24
仮の話として、それ(原初状態での合意する人々の上に、ある権威的な=超越的な存在の仮定)に参加することに合意しない人はどう扱われるんでしょうか?
27ロールズ:01/11/30 05:58
>道徳的評価が(世俗的でないにしろ人間世界に於いて)「ある」からそのように行動するということですか?

良心的に解釈すると、道徳が<存在するから>行動するというのは
おかしいということ?

これは先にも言った通り、認識論的に、超越論的自我は存在すると証明できるから。
感性界での<私>は不完全だけれども、それを認識する別の<私>は、
論理的に、超越的であらねばならない。それは自然法則からの<自由>を意味する。
すなわち、<自己主体>と呼ばれるものは道徳法則を作り出せる存在。
よって、人間界には道徳法則は<存在する>。<存在しなければならない>のではなく、
<存在する>。ということ。
28ロールズ:01/11/30 06:00
>>26
>原初状態での合意する人々の上に、ある権威的な=超越的な存在の仮定)に参加することに合意しない人はどう扱われるんでしょうか?

質問の趣旨は、<合意する人はどう扱われるのか?>ということかな?
29ロールズ:01/11/30 06:05
<道徳存在の定理>

道徳的法則の導出は、道徳的価値から生じない。
30ロールキャベツ:01/11/30 06:05
>>27
>感性界での<私>は不完全だけれども、それを認識する別の<私>は、
>論理的に、超越的であらねばならない。それは自然法則からの<自由>を意味する。
>すなわち、<自己主体>と呼ばれるものは道徳法則を作り出せる存在。

えっと、自己主体の意味が厳密にはよくわからないのですが。とりあえず理解出来るところから言いますと(自然法則からの<自由>を意味する)ところの状態にある人間というものが例えば極限状況にある人の中に成立するんでしょうか?
31考える名無しさん:01/11/30 06:07
メタルギアソリッド2ってみんなどう? おれは買ったよ
32考える名無しさん:01/11/30 06:08
いまタンカー編終わったトコ〜
33ロールキャベツ:01/11/30 06:08
>>28
いいえ、むしろ合意しない人について聞きたいです。
合意する人はどうなるのかという形からでも結構ですが。
34ロールズ:01/11/30 06:08
自己主体=超越論的自我です!

>自然法則からの<自由>を意味する)ところの状態にある人間というものが例えば
極限状況にある人の中に成立するんでしょうか?

極限状況というか、原初状態では、ということ。
35ロールキャベツ:01/11/30 06:09
>>34
原初状態とはエデンの園のようなものなんでしょうか?
36ロールズ:01/11/30 06:10
>>33
合意しないというか、そもそも公正な条件のもとでの<正義構想>に
参加しているのだから、当必然的に、観察者的発想は出てこないね。
論理的に。
37ロールキャベツ:01/11/30 06:11
>>36
といいますと、生まれた直後に洗礼されているようなものなんでしょうか?
38ロールズ:01/11/30 06:11
>>35
<自然>状態とも違うんです。ここがルソーと違うところ!
39ロールキャベツ:01/11/30 06:12
>>38
ではどういった様なものを原初状態と捉えればよいのでしょうか?
40ロールズ:01/11/30 06:15
>>39
社会とはいかなるものかは、既知である。つまり一般的観念として。
しかし特定の自分の地位についてはわからない。
道徳的人格を備えた存在として、公正の条件を満たしながら
正義の構想を選択する状態。
41ロールズ:01/11/30 06:16
遮断Shut−outという言葉を使う論者もいるくらい。
42ロールズ:01/11/30 06:17
ではまた今度。というか他にもここにはスペシャリストいるからね。
俺は専門じゃないし。
43ロールキャベツ:01/11/30 06:18
>>40
>しかし特定の自分の地位
どういう事でしょうか?自分のオリジナリティーを喪失している状態ということに繋がりかねませんでしょうか?
どういう定義なのでしょうか?
44ロールキャベツ:01/11/30 06:19
>>42
どうもありがとうございます。最後に41の遮断とはなんでしょうか?
45ロールズ:01/11/30 06:21
>>43
オリジナリティーの定義がちがう。
つまりオリジナリティーとは、<自分の社会的地位>にともなう
さまざまな利益を捨象した後に、<それでも>残るもの。
道徳的感覚や公正の感覚といったもの。あるいは社会的共同による
自己の善の追求など。
46ロールズ:01/11/30 06:22
>>44
今ある自分の地位や利益に関する知識を遮断して、原初状態に入ることを言います。

眠い、、すいません。
47ロールキャベツ:01/11/30 06:23
>>46
ではどうもありがとうございます。おやすみなさい。
48考える名無しさん:01/11/30 06:37
>>24
>原初状態では<すべての人>が、<公正の条件>
>にしたがって、上で見た人格的特徴備えた存在として、
><正義の構想>に対して、合意し原理を選択します。

その「すべての人」の中に、ネアンデルタール人は入るの?
胎児は? 赤ん坊は? 幼児は?
自然科学的な意味でなければ、人間の中に、
女や有色人種を数えなかった社会は幾らでもあるけど、
どの社会の基準を採用するの?
49考える名無しさん:01/12/16 02:19
今回の報復攻撃は「正義の顕示」から「自由を守る戦い」に変更されました。
50考える名無しさん :02/01/08 00:21
ロールズ&ロールキャベツはいずこへ?
51考える名無しさん:02/01/08 02:12
ロールズを正当化主義者だと言ったら、先生に怒られちゃいました。すまそ。
WWバートリー
52考える名無しさん:02/01/25 03:38
ロールズ逝ってよし。
53考える名無しさん:02/01/25 05:04
政治哲学なんて好みの「人間観」や「社会観」から
任意に演繹しているだけ、意味無し。理念的闘争に
は使える。
54ななし:02/01/25 06:55
川本先生の翻訳はいつでるんだよぉ
55考える名無しさん:02/01/25 10:06
>>54
禿げ同
56考える名無しさん:02/01/29 12:12
>>51
例えば、reflective equilibriumをRawls自身もnonfoundationalと
していますが、それ自体はnonfoundationalでも、結局はoriginal positionを
justifyするために導入しているのだから、やはり全体としては、
foundational=justificationalな議論だと言ってよいのではないでしょうか。
ちなみに、先生はどなたですか?ヒントで教えてくれませんか。
57名無し:02/01/29 12:18
誰か川本さんから翻訳権うばってよぉ
58名無しさん :02/01/29 12:46
>53 同意。
>57 ここにいる人らで翻訳しないか?
59ノージックを悼む:02/02/03 06:44
ノージックの追悼記念あげです。
60考えた名無しさん :02/02/03 08:18
>ここにいる人らで翻訳しないか?
良いアイデア。
万一、そんなことになったら、ちょっとした新聞ネタだね。
英語なんだから、数を集めれば、短期間でできるだろう。
やってみそ
61ass:02/02/03 10:50
いまさら正義論もないだろう。もう30年以上も前の本だぞ。
せめて政治的自由主義にしろよ。
62考える名無しさん:02/02/03 10:55
>どの社会の基準を採用するの?

現代アメリカ社会。
63考える名無しさん:02/02/03 23:20
>>61
正義論はアメリカ政治哲学に大きなインパクトを与えたが、
ポリティカル・リベラリズムはそれほどではない。
正義論をまともな翻訳で読みたいという要望も当然だよ。
プラトンの国家はもう2000年以上も前の本だと
批判するのが意味ないのと一緒。
64 :02/02/04 04:43
>正義論はアメリカ政治哲学に大きなインパクトを与えたが、
>ポリティカル・リベラリズムはそれほどではない。

バカかこいつ? ポリティカル・リベラリズムの意義を
微塵にも理解してないのか。話にもならん。
65考える名無しさん:02/02/04 07:07
>>64
チミはチミで、ポリティカル・リベラリズムを過大評価しすぎかと思うが。
66考える名無しさん:02/02/04 11:57
正義論は、アメリカ政治学において「政治哲学は死んだ」と言われていた時代に、
「政治哲学の復権」を果たしたという意義がある。

翻って、政治的リベラリズムは、所詮その正義論が口火を開いた
リベラル/コミュニタリアン論争の中でコミュニタリアンに半ば譲歩する形で
書かれたものであり、正義論に比べればインパクトが小さいというのも
分からなくは無い。

勿論、「政治哲学の復権」という議論自体が、アメリカ政治学特有の
文脈でしか語れないものであることを差し引いても、>>64
政治的リベラリズムの意義をどのように捉えているのか聞いてみたいものだ。
67考える名無しさん:02/02/04 14:06
渡辺幹雄の名前が何でてこないの?
文章は滅茶苦茶に下手だけどロールズものでは一番わかりやすかったよ。
68 :02/02/04 16:23

>「政治哲学の復権」を果たしたという意義がある。

戦後長らく実証的なbehavioralism他政治「科学」が独占してきたアメリカ政治学の分野において、
規範理論というもの自体を復権したという功績は大きいにしろ、それは『正義論』の中身とは全く別の話。
規範理論の価値の再認識自体は別にそれ以前から始まっていたのであって、『正義論』の出版は
ブレイクするきっかけになっただけにすぎない。で、当の『正義論』の中身といえば、基本的には近代の
社会契約論のアナクロな焼き回しの域を脱しない代物でしかなく、真新しいことは大してやっていない。
規範理論の復興および共同体主義との論争を生んだことをのぞけば、懐古趣味の哲学ファンを大喜び
させただけだ。

>リベラル/コミュニタリアン論争の中でコミュニタリアンに半ば譲歩する形で
>書かれたものであり、『正義論』に比べればインパクトが小さいというのも
>分からなくは無い。

リベラル/コミュニタリアン論争というのは、主に文化多元主義の問題を巡って行われた。19世紀
以前の規範政治路論では多民族社会の問題は殆ど扱われていない。この、極めて現代的な社会特性を
巡って規範論を展開したことこそが斬新であったのであって、『正義論』における古くさい形而上学的
論証とは一線を画する「政治的」リベラリズムの意義もそこにある。なんでロールズのリベラリズムが
「政治的」と銘打たれるに至ったかの意義をわからずに、論争における妥協の産物などとほざく人間は
何も理解してないと言わざるをえない。政治的リベラリズムはカントやヘーゲルの焼き回しなんぞは
もう越えてるんだよ。

ロールズ他アメリカの政治哲学者は「政治」そのものを哲学している。これも実にアメリカらしい
ところ。そういう連中をネタに今時「哲学者」研究やろうなどとは間抜けているにも程がある。
69考える名無しさん:02/02/05 03:22
>>68
マルチカルチャリズムの好きな人ってそういう風に評価するんだ。初めて知った。
でも、まあ散々言い尽くされているが、政治的リベラリズムは正義論としては
やはり彼の「正義論」より後退していると思う。西洋の文脈でしか自由民主主義
を擁護できないならば、やはりマッキンタイアらコミュニタリアンに譲歩した
としか思えない。あくまで、カント的な普遍主義から見たらだけどね。

ということで、君と意見は異にするが、
> ロールズ他アメリカの政治哲学者は「政治」そのものを哲学している。 ・・・
> そういう連中をネタに今時「哲学者」研究やろうなどとは間抜けている
> にも程がある。
には諸手をあげて賛成だよ。日本では神学のように、テクスト解釈に
汲々としている無意味な研究が多すぎ。スレ違いだが、>>68は、
いわゆる「ケンブリッジ・パラダイム」を評価する?
(ボケ防止のためにあらかじめ言っとくが、ケンブリッジ学派経済学
のことではないぞ。)
70考える名無しさん:02/02/05 23:43
>あくまで、カント的な普遍主義から見たらだけどね。

だから、そんなカントの焼き回し程度では何も見るべきものなど無いという話だろう。
それに対する批判が同じくヘーゲルやアリストテレスの焼き回しでは、今時、悪い冗談
でしかない。だいたい、カント的な普遍主義をロールズが乗り越えたことが、何で「譲歩」
だの「後退」などと否定的に捉えられなければならないのか? それこそ哲学「者」研究者の
典型的な見方だろう。カント・マンセーでどうするんだ。政治を哲学してるんだよ。「普遍
主義」などという近代の残滓に未だ縋ってるようでは、現代思想の潮流から100年以上
後れを取っていることになり、他分野の思想家との対話すらままならない。

>でも、まあ散々言い尽くされているが、政治的リベラリズムは
>正義論としてはやはり彼の「正義論」より後退していると思う。

誰がそんなアホウなことを言ってるんだ???
71考える名無しさん:02/02/06 01:58
>>70
それは必ずしもカント・マンセーだからの発言ではないだろう。
むしろ、チミの論理は矛盾して聞こえるよ。欧米人であるロールズが
書いた政治的リベラリズムが、なんで日本でそんなに意味があるんだ?
現代思想の潮流とか言ってるチミが、思想家研究しかしてなくて、
現実社会を見てないんじゃないのかい。それとも、チミは「文明の衝突」
のような文化相対主義を信奉してるのかな。だったら放っておくよ。

>>69
ケンブリッジ・パラダイムって何? 教えて。
72復讐する名無しさん ◆AI14zans :02/02/06 02:43
>>67
名文では?
73考える名無しさん:02/02/06 06:54
論争中横槍を入れて申し訳ありませんが、キムリカの概説書(2002, 2nd ed.)には、
こう書いてあったのですが、ロールズのポリティカル・リベラリズムが
マルチカルチュラリズムの端緒と言ってるのは誰のどの本か
教えてもらえませんでしょうか?

Rqwls's strategy is no solution to the question raised by the existence
of non-liberal minorities. His strategy is to continue to enforce
individual civil rights and to impose resonsibility for the costs
of peoples's way of life, but to do so on the basis of a
'political' rather than a 'comprehensive' lieralism. This obviously
does not satisfy the demands of non-liberal minorities. ....
The fact that Rawls's new theory is less comprehensive does not
make his theory more sympathetic to the demands of non-liberal
minorities. (pp.243-4)
74考える名無しさん:02/02/06 08:56

>ロールズのポリティカル・リベラリズムがマルチカルチュラリズムの端緒と言ってるのは誰のどの本か

そんなことは誰も何処でも言っていない。文化多元主義の問題は、共同体主義者がロールズの
リベラリズム批判に持ち出してきたもの。

>キムリカの概説書(2002, 2nd ed.)には、こう書いてあったのですが、

その引用ではキムリカは「マルチカルチュラリズムの端緒」の事など別に言及していないだろう。

キムリカ自身は、リベラリズムの立場から十分に、共同体主義以上に、文化多元主義の問題を
うまく処理できると唱えてる論者。

``Liberals should be concerned with the fate of cultural structures, not
because they have some moral status of their own, but because it's only
through having a rich and secure cultural structure that people can become
aware, in a vivid way, of the options available to them, and inteligently
examine their value'' (_Liberalism, Community, and Culture_ p. 165).

と言ってるように、リベラリズムにおいて前提とされているautonomusな個人に、民族文化を
「自由」に選択するための、選択肢自体を提供している限りにおいて、民族文化の多様性の価値を
認める、みたいな論を展開している。Comprehensive liberalismの内から文化多元主義を処理
しようとしているわけで、それ故ロールズのpoliticalなliberalismには批判的なんだろう。
75考える名無しさん:02/02/06 08:57

>欧米人であるロールズが書いた政治的リベラリズムが、なんで日本で
>そんなに意味があるんだ?

君にとっては日本に関係なけりゃ「意味」が全くないのかね?

>現代思想の潮流とか言ってるチミが、思想家研究しかしてなくて、

「現代」社会の「政治」の問題を扱っている限りにおいて「意味」があるという話。
過去の社会じゃ「歴史」の問題。思想家自身がメインなら哲学者研究あるいは思想史。
7671:02/02/06 09:14
>>75
> 君にとっては日本に関係なけりゃ「意味」が全くないのかね?
説明が足らなくて済まんかったが、そういうことじゃなくて、
ロールズは明らかに欧米のpoliticalなコンテクストで書いているのに、
その理論をマルカル・マンセーって持ち上げてるやつがいるから、
そんなものをありがたがって日本人が研究する意味を問いたかったんだよ。
コミュニタリアンもロールズのポリティカル・リベラリズムも、
彼らが幾ら否定しても、オレ的には、文化相対主義にしか読めんもんで。
77考える名無しさん:02/02/06 11:29

>ロールズは明らかに欧米のpoliticalなコンテクストで書いているのに、
>その理論をマルカル・マンセーって持ち上げてるやつがいるから、
>そんなものをありがたがって日本人が研究する意味を問いたかったんだよ。

「欧米」かどうかは、あまり関係ない。文化多元主義の問題が直接に(政治問題として)関わりあるのは、
まず(1)自由民主主義国であって、さらに(2)国内にそれなりの規模の少数民族を抱えている場合。
日本の場合、自由民主主義国であっても、自国内少数民族が全人口の1%にも満たないという点では、この
議論は直接には当てはまらない。それでも在日朝鮮人他、少数民族自体は存在し、それなりの問題を
抱えているし、また移民の問題などもあるわけで、「意味」が全くないとは言えないはず。

自由民主主義が文化多元主義を支持すると言うことは、国家という制度の中に特定の民族文化色の濃いモノが
存在することが許されなくなることを意味する。例えば、アメリカの公立学校で(ヨーロッパ系人マジョリティーが
信仰する)キリスト教のお祈りを行うようなことは、信教の自由ということに加え、他の少数派民族が信仰する
宗教を蔑ろにしているという意味でも、批判される。英語以外にスペイン語も教えるべきか、といった二言
語教育の問題もある。日本なら、天皇などもこれに含まれるだろう。

日本の少数民族人口は小さいから、文化多元主義は問う意義もないのか? もし自由民主主義が文化多元主義を
必然的に示唆するものなら、そう簡単に見過ごしていいものでもないはず。例えば、国民の99.9%が同じ
宗教を信仰していたなら、信教の自由など無視して国教会うち立ててもいいのか? 無論、そうしたところで
大した「社会問題」にはならないだろうが、そうしてなお自由民主主義を標榜することは最早出来ないだろう、
ということ。
78考える名無しさん:02/02/06 11:30

>オレ的には、文化相対主義にしか読めんもんで。

文化多元主義は、文化相対主義じゃなくて、基本的に
少数民族の文化を国家が保護すべきだ、多数派民族による
横暴は阻止すべきだ、という論だよ。
79考える名無しさん:02/02/06 20:09
ということは、ポリティカル・リベラリズムの意義を、このスレに住む人々は、
19世紀までの自由民主主義は個人の尊重でしかなかったものが、
ロールズの議論で初めて国家内の集団(少数民族)の尊重が議題に挙がった、
と捉えているということでよろしいのでしょうか?
キ印でなくて、マジでそう思ってるの?
80考える名無しさん:02/02/06 21:12
>リベラル/コミュニタリアン論争というのは、主に文化多元主義の問題を巡って行われた。
私は、リベラル・コミュニタリアン論争は、自我(self)の問題を巡って
行われたと理解しています。多くの通説どおり、「負荷なき自我」か、
「位置付けられた自我」か、これがメインの争点だったと考えるからです。
この点からすると、文化多元主義も、ロールズの政治的リベラリズムも、
コミュニタリアン的な自我観に基づいていると解釈できます。
81考える名無しさん:02/02/06 23:59

>私は、リベラル・コミュニタリアン論争は、自我(self)の問題を巡って

文化多元主義というのは、民族文化を尊重せよということ。コミュニタリアンは、
自我が民族文化等によって社会的、歴史的に形成されるものだから、自我は民族文化
から独立しては存在しえないから、価値があると主張する。(1)自我云々は「哲学」の
問題。(2)文化多元主義はそれを「政治」に適用した際の問題。ロールズが
ポリティカル・リベラリズムで、サンデル他の自我を巡る批判を「的はずれ」だと
却下したのも、この喰い違いからきてる。
82考える名無しさん:02/02/07 00:19

>ということは、ポリティカル・リベラリズムの意義を、このスレに住む人々は、
>19世紀までの自由民主主義は個人の尊重でしかなかったものが、

20世紀以降は、英米圏においては「自由民主主義」「国家内の集団」どころか、
規範理論自体が衰退していた時代。功利論以降、実証的政治科学が隆盛しだし、
政治哲学はシュトラウスのような古典研究や、分析哲学の流れから政治の細かな
概念検証のみに終始し、本格的な規範「理論」はロールズ『正義論』発刊まで
まったく存在しなかったと言って過言でもない。だからバーリン他が「Does
Political Theory Still Exist?」と当時は嘆いたんだ。

>キ印でなくて、マジでそう思ってるの?

じゃあキ印じゃない貴様はどう思ってるのか教えれ。
83考える名無しさん:02/02/07 03:56
>>81の説明が正しいとすると、文化多元主義の議論を始めたのは、
ロールズではなくて、コミュニタリアンということになるのでしょうか?
84考える名無しさん:02/02/07 04:10
>>82
Laslettも"Political philosophy is dead."って嘆いたね。
多文化主義の議論の流行は、理論的にはリベラル・コミュニタリアン論争、
現実的には冷戦終結による民族問題の表面化、によるところが大きいよね、
と言ってみたりする。
85考える名無しさん:02/02/07 09:36
>>68 >>70 >>81 はまじで痛いな。他方の側は弱すぎてもっと痛々しいが。
両サイドとも、もっと国語の読解力をつけろよ。

想像するに、ポリティカル・リベラリズムを「後退」「譲歩」「妥協」
と批判するのは、>>74の紹介するキムリカの包括的リベラリズム
からの政治的リベラリズム批判に見られるように、政治といえども
政治文化的にではなく、哲学的に基礎付けるべきだという命題を支持してる
のだろうよ。この立場からすれば、>>69のように、「正義論としては後退」
という見方ができるし、現にこう主張する人達も結構いることは
知っておいた方がいいよ。

もう少し突っ込むと、その批判は、マッキンタイアも「美徳なき時代」の
第二版で答えようと試みている、「コミュニタリアン=相対主義」という
批判と同じ発想だということが分かる。

ここに、モダニズムとポスト(アンチ)・モダニズムの対立だと捉える
ことも可能かもね。>>69自身が「カント的普遍主義」と言っているように、
哲学的正議論というのは明らかにモダニズムの議論だから。翻って、
それを蹴飛ばしたポリティカル・リベラリズムにしろ、マッキンタイアに
しろ、そうした啓蒙の企ては放棄しているからね。

どちらの立場をとるべきかは、お互いがどこで意見を異にしているのか確認
してからでないと不毛だよ。この先まだこの議論を続けるのならば、
なぜ包括的である<べき>か、なぜ政治的である<べき>か、
という論拠を互いに出し合う必要があるよ。
86_ :02/02/07 09:47
 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
 | つぎでボケて!! |
 |_________|
    ∧∧ ||
    ( ゚д゚)||
    / づΦ
87考える名無しさん:02/02/07 10:39
所詮ロールズはいい加減っつうことよ。
分配の正義論なんて経済学者は相手にしてねえよ。
言ってる事意味わからんってさ。
88  :02/02/07 11:39
ロールズを乗り越えるのは学部生でも可能だが、
しかしロールズの名は永久に残るであらう。
89 :02/02/07 11:43

>>68 >>70 >>81 はまじで痛いな。他方の側は弱すぎてもっと痛々しいが。
>両サイドとも、もっと国語の読解力をつけろよ。>>74の紹介するキムリカの
>包括的リベラリズムからの政治的リベラリズム批判に見られるように…

>>68 >>70 >>81>>74 だっての。いったい何読んでるんだ? ちなみに
キムリカの提起したソリューションの方がロールズのPLより少し早い。

>もう少し突っ込むと、その批判は、マッキンタイアも「美徳なき時代」の
>第二版で答えようと試みている、「コミュニタリアン=相対主義」という
>批判と同じ発想だということが分かる。

何がどう「同じ」なのか詳述されたし。
90 :02/02/07 11:53
ロールズの政治的リベラリズム、コミュニタリアンの自我は、ともに
包括的・哲学的にではなく、政治文化的に正当化されてることでは?
たぶん。でも、違うかな?
9168 (68=70=81=74):02/02/07 12:01
ローティなどはロールズのPLにおける転向マンセーなの思想家の一人。
彼にしてみれば正義論は「a continuation of the Enlightenment attempt
to ground our moral intuitions on a concept of human nature」
(``The Priority of Democracy to Philosophy'' p. 264)でしかない。
92名無しさん:02/02/07 15:52
>91 言ってる事がよく分からないのですが。@「ローティなど」とあるが
他には誰か,A「転向マンセーなの思想家」とはどういう意味か,B「彼に
してみれば」とはロールズのこと?,など,もっと丁寧に書いて。
9368:02/02/07 16:15

ローティってのは、哲学という営み自体否定してしまうようなラディカルな
プラグマティストなんだよ。だから、ロールズが哲学的、形而上学的な自由主義から
政治的な、プラグマティックな自由主義へと改訂したことにも賛同した、ということ。
「a continuation of the Enlightenment attempt to ground our moral intuitions
on a concept of human nature」というのは、ローティが『正義論』に対して言った言葉。
無論、ロールズをそこまでラディカルに解釈することの是非は別の話。
9468:02/02/07 16:26

元々、ロールズのPLにおける転向を、共同体主義者の批判に対して後から付け加えられた
「インパクトが小さい」単なる「譲歩」だった、などと誰かがのたまってたが事の発端。
PLにおける正義論への修正は、根本的な部分でその性格をガラリと変える画期的な
もの(形而上学→政治なのだから当然だ)。それを批判的にとるのであれ、支持するのであれ、
譲歩による些末な修正などと見るバカはいない。

実際、このロールズの転向の問題は過去10年以上に渡って英米規範理論の議論においても
中心を占めてきた問題の一つであり、そんな事も知らないやつはモグリである。正義論だけ
読んでりゃPLなぞ読まずともロールズの思想を理解できるなどとは、ロールズ本人を
バカにしているにも程がある。
9585:02/02/07 19:29
>>94
> 正義論だけ読んでりゃPLなぞ読まずともロールズの思想を理解できるなどとは、
> ロールズ本人をバカにしているにも程がある。
theory of justiceの翻訳を出すのには未だ意味があると書いてる人はいても、
PLを読まなくとロールズを理解できるなんて誰も書いてないと思うよ
(っていうか、書いてる奴いたらホントに痛すぎ)。
だから、国語力つけろって言ったのだけど、、、通じなかったかなぁ。
96あげ:02/02/07 20:43
>>93
お前のような超越論的馬鹿を論語読みの論語知らずといふ
9768:02/02/07 23:27

>PLを読まなくとロールズを理解できるなんて誰も書いてないと思うよ
>(っていうか、書いてる奴いたらホントに痛すぎ)。
>だから、国語力つけろって言ったのだけど、、、通じなかったかなぁ。

アホかこいつは。だから元々そういう話だって言ってるんだろが。>>61-66でも読め。
「国語力」を著しく欠く「痛い」やつはオマエだけだ。

9868:02/02/07 23:39

>現にこう主張する人達も結構いることは知っておいた方がいいよ。

そんな当たり前のことをしたり顔で二番煎じに指摘するやつの方がよっぽど痛いわ。
それも「>>74の紹介」してる私自身に言ってどうすんだ? ロールズの論が物議を
醸すものであるのは、何もPLで始まったことではない。PLにおけるロールズの転向を
巡る論争において、キムリカのような包括的リベラリズムの立場からの批判を知らない
ヤツは、リバタリアンの正義論批判を知らない人間に等しい。そんなものは常識だ。

ま、そんなことはともかく:

>もう少し突っ込むと、その批判は、マッキンタイアも「美徳なき時代」の
>第二版で答えようと試みている、「コミュニタリアン=相対主義」という
>批判と同じ発想だということが分かる。

こっちの方が面白そうだから、きっちり詳述してもらいたいところだな。
99純丘:02/02/10 15:30
>>93
>ローティってのは、哲学という営み自体否定してしまうようなラディカルな
>プラグマティストなんだよ。だから、ロールズが哲学的、形而上学的な自由主義から
>政治的な、プラグマティックな自由主義へと改訂したことにも賛同した、ということ。

おいおい、63。これほんとか?
 ローティの説明も変だし、ロールズも違うんじゃないか?

もののいきおいなら、これ以上、追求せんが、
 本気なら、こんなところでヨタっている前に、本を読み直した方がよいぞ。

いずれにせよ、話をマッキンタイアに拡げることは賛成。
 わしも、いま、ルーマン、ロールズ、マッキンタイアのズレを学んでいる。
  けど、よーわからん。教えとくれ。
100社会学者:02/02/10 16:34
>わしも、いま、ルーマン、ロールズ、マッキンタイアのズレを学んでいる。

なんでルーマンが入ってくるの?(稲葉くさい!)
101sage:02/02/12 00:01
>>100
同じ稲でも稲違い。
102考える名無しさん:02/02/12 14:13
>>99
日本におけるローティーの受容はどうしても悪者
103純丘:02/02/12 14:51
>100

いや、ルーマンの『社会システム論』っつうのを読んでいるのだが、
 ロールズと一脈通じるところがあるような気がしたもので。

知ってのとおり、
 ルーマンとハーバーマスがやりあって、
 ハーバーマスとローティがいろいろあるが、
  しかし、ルーマンとはどうなんだろうか。
   私もよー知らんのだが。 
104考える名無しさん:02/02/14 02:45
あげ
105考える名無しさん:02/02/14 02:49
がんばれ〜商社マン

106ななし:02/02/16 21:41
ロールズの思想ってもうアメリカじゃ直接的な影響力はもうないだろ。
107考える名無しさん:02/02/16 21:57
吹き飛びました
108 :02/02/25 08:26
今は誰が流行なのよ?>アメリカ政治思想
109考える名無しさん:02/02/26 19:45
川本は?
110厨房:02/02/27 23:44
ロールズに興味があるのですが、入門書はありますか?
哲学科にはいるのですが、哲学っぽいのは苦手なのですが・・・
それでロールズを選んだのですが、この選択は間違っていますか?
教えてください。おながいします。
111名無しさん:02/03/02 13:52
>110 ロールズやるなら,カント。それから一般均衡理論(とくに効用理論
),社会選択理論とゲーム理論だな。
しかしそれ以前に,哲学科なのに哲学が嫌で,ロールズへ行くというのはどうかと。
112考える名無しさん:02/03/04 19:03
>108

やっぱりキムリッカじゃないの?『現代政治理論』出版記念あげ。
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4818813966/
qid=1015236057/sr=1-1/ref=sr_1_0_1/250-2600609-6276217
113 :02/03/05 05:53
渡辺幹雄の新刊は買ったほうがいいですか?
114考える名無しさん:02/03/14 05:35
保守アゲbバージョン
115考える名無しさん:02/03/14 07:46
Rawles以降、すなわち Gauthier, R. Frank, Ken Binmoreなどの話が
なぜ出てこない?

といっても、111に誰も反応しないんじゃ、仕方ないか。
116考える名無しさん:02/03/14 08:19

ヲタじゃないから
117考える名無しさん:02/03/14 08:28
>>116
それは君がRawlesさえ読んでない証拠。
Rawlesだって、Nozickだって、上にあげた3人だって、
「ゲーム理論」という枠組みを使ってるのは一緒。

Rawlesの話を「きちんと」理解できる奴が、Gauthierあたりを
読めないなんてこと、あるはずない。
118考える名無しさん:02/03/14 08:34
しかし、ゲーム理論というだけで「ヲタ」っていうのもスゲェーな。
規範経済学なんて、哲学者と経済学者の集合みたいのものなのに。
119考える名無しさん:02/03/14 08:50
いや別にヲタ人なりたくないだけって言葉が理解できないようで(w
しかし、ロールズ読んだというだけで「他のも読まなくちゃいけない」
っていうのもスゲェーな
120考える名無しさん:02/03/14 17:17
>>119
同じ事だろ?
「ヲタになりたくない is nearly equal to 読みたくない」
「他の読んだ奴いないのか?読めるはずだぞ。」という発言が、
「読まなきゃいけない」と解釈される。

やだやだ。揚げ足取りなんてな。
121考える名無しさん:02/03/26 01:30
哲学板で政治問題について論じられるこの板には沈んで欲しくないなあ。
政治思想板だとウヨサヨ議論ばかりになってしまうし。ということでageます。
122考える名無しさん:02/03/27 19:29
厨房発言なんだが、ゲーム理論なんて政治哲学でまだ需要あるのかしら。
「合理的な個人」の前提さえ危うい今日。
123考える名無しさん:02/04/06 11:09
今回のことになんか発言してるの?
ハベルマスとかがどういってるのかにも興味あり。
124考える名無しさん:02/04/06 11:14
ハベルマス?
誰それ?
125考える名無しさん:02/04/06 12:19
Juergen Habermasのことでしょ。
126考える名無しさん:02/04/06 12:29
それってハーバーマスじゃないの?
俺がおかしい?
127考える名無しさん:02/04/06 14:40
ハバーマスでもハベルマスでもハーバーマスでもハバマスでもハーバマスでもご自由に。
最近はerは母音化した音を当てるのが主流だけどね。
でもいまだにショウペンハウエルとかフォイエルバッハとか言う人もいるし。
128考える名無しさん:02/04/06 16:11
>>122

仮に「合理的な個人」という前提を「他者と自分の効用の重み付き総和を最大化しようとする
愛他的+合理的個人」という前提に置き換えようが、「期待効用を計算せず、ヒューリスティクス
を使って意思決定する個人」という前提に置き換えようが、「ある一定の行動ルールに基づいて
人々が相互作用する結果、いかなる社会状態が生じるのか」を分析する上で、ゲーム理論以外に
使えるフレームワークがあるのかい?

「Over the rational choice」ってこという人間は多いけれど、
「Over the methodological individualism」とか
「Over the game theory」っていう主張はほとんど聞いたことがないね。
129考える名無しさん:02/04/08 17:59
あぐぇ
130 :02/04/08 21:12
> 厨房発言なんだが、ゲーム理論なんて政治哲学でまだ需要あるのかしら。

批判の対象でしょう。主に政治「科学」のものなんだから。
ロールズも後期は ゲーム理論なんてほとんど言及しない
論を展開してるし。
131考える名無しさん:02/04/10 17:04
>>130

>批判の対象でしょう。主に政治「科学」のものなんだから。

レベルの低さにガックシ。American Political Science Reviewとか、
Ethicsとか読んでる?

学術雑誌だよ。自分でどうにか新しいものを生み出そうとしている人たち
が見られる場所だよ。ちゃんとそういうとこ見てるの?他人のやってることを
理解するだけじゃ、学問って言えないんだよ、分かってますか〜?
132キャッチマン=素人:02/04/10 17:07
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        /   .i:|      !i,   !,
       ./   .//!      i.i    i,
      / ̄ ̄∨/''      ii/ ̄~ヽ
     ./    //        'i,_    ノ
     ゝ---='''          ~'''''''~
ちゅうか>>130 おまえ何邪魔してんの? まじむかつくよ。そうゆうのって。
133考える名無しさん:02/04/10 20:35
あげとくぞっ、と。
134考える名無しさん:02/04/10 22:47
>>131
アメリカ人がアフォなだけだよ。
ゲーム理論への批判は現代哲学における言語論的転回の必然的帰結。
お前こそ勉強しろ。
135考える名無しさん:02/04/11 01:20
「言語論的転回」なんてアメリカ産の言葉持ち出してこれまた
136 :02/04/11 20:41
122ですけど、
128と130のどちらにも、妥当性に感じたわけであります。
>>128
ゲーム理論の意義を否定はしませぬ。ただよくわからないのは、
無限回ゲームから協調解がでてくるのには、
サンクションやインセンティブによって、ゲーム開始前になんらかの
制限が加えられていなければならないんじゃないの、と言うことであります。
ゲーム開始前にそういう制約をあたえるのは、
正義論をゲーム理論の帰結から導き出すことと矛盾してるような気がします。
よって、正義に関してゲーム理論を導入することの積極的意義がわからない
のであります。
137考える名無しさん:02/04/14 19:20
>>134
>ゲーム理論への批判は現代哲学における言語論的転回の必然的帰結。
意味不明。詳細な解説求む。というかゲーム理論を構成するどの要素が
批判の対象となっているのかを明示した上でね。煽ってるんじゃなくて
関心あります。
138考える名無しさん:02/04/14 19:28
>>136

おお、やっとまともな人が...

>ゲーム開始前になんらかの
>制限が加えられていなければならないんじゃないの、と言うことであります。

けどさ、良く考えてみると、人間が生活する自然環境、社会環境には、既に
何らかの制約があるでしょう?

例えば、資源は万人の要求を満たすに足ることはなく常に希少でしょう?
少なくとも誰もが納得する最小限の構造的制約っていうのは存在するはずであって、
それをゲーム構造として取り込むのは、極めて妥当な話だと思います。

まあ、確かに「いわゆるゲーム理論(フォン・ノイマン〜1980年代まで)」には
批判があるのは事実です。136さんに関連するものとしては、E. Ostromのような
政治学者は「人間は自分たちがプレイするゲーム構造やルールを、自ら作り出している。
それらは外生的に与えられるものではない」と主張する。

ところが、こうした批判そのものをゲームとして取り込むことが可能なんです。
「どんなルール、構造のゲームをプレイするのか」をプレイヤーが選択することが、
既にメタ・レベルでのゲームとなっていると考えれば良い。

(続く)
139考える名無しさん:02/04/14 19:33
>>136

こうした観点から見れば、当然、ロールズの「無恥、じゃなく、無知のベール」
に対する批判は強い。「そんなもの何処に存在しているの?」ってね。

この問題を乗り越えた上で正義論を展開しているのがK.Binmoreです。

「無知のベール」と等価の社会構造が人々の相互作用の中から自生してくる
ことを示した上で、ロールズの議論を(一部改変した上で)擁護する。

まとめると、136さんのおっしゃる「構造上の制約」っていうものは、
それ自体が「もっともらしい最小限の制約」から自生してくるものである、
という考え方が可能だ、ということです。
140考える名無しさん:02/04/15 06:07
あげ
141考える名無しさん:02/04/15 17:23
今だ!ロールズツリーが2つあげてしまえ!
142考える名無しさん :02/04/22 18:06
>139氏へ質問
私はBinmoreについては名前以上は知りません。よって,上の記述だけに依って
質問させて貰います。@「この問題を乗り越えた上で」とありますが,つまり
問題は解決されたということでよろしいのでしょうか。
A「「無知のベール」と等価の社会構造が人々の相互作用の中から自生してくる
ことを示した」とありますが,これは現実社会と何か関係をもって語られている
のでしょうか(あるいはありがちな,ある公理主義的結論かあるシミュレーション
結果)?
143考える名無しさん:02/04/22 18:10
某業界においても、「閉じた小売系」じゃなく、「閉じた公理系」の神話は、かなり危うい状況とおもわれ。
神話は神話として維持せねばならぬにせよ。
<この旨特に強調。所以は諸氏ならばわかるはず。
144考える名無しさん:02/04/22 18:14
補注:
「法の言説分析」(ふくろう書房・ヤナセ氏ほか)
145考える名無しさん:02/04/23 12:12
>>142さんの疑問の「根底に流れていると思われる考え」に関して、
まず一言。さもないと、何を言っても同じ疑問が帰ってくると思われるので。

何となく、公理論的アプローチや、理論モデル系の研究に対して、漠とした
拒否感が感じられます。「それは現実社会と関係を持って語られているのか?」と。

けれどそもそも「現実社会」と「理論」との関係って、どのようなものだと思いますか?
理論は、何処まで行っても必ず「現実の一部」を切り捨てた「抽象的な枠組み」に過ぎません。
それがどこまで「現実」を反映すべきかは、その理論を使う研究者の目的次第でしょう。

アローの公理論的研究、あるいは、社会的選択理論や規範経済学全般に関して言えますが、
これらはみな「現実を現実として切り出す」ために発展した領域ではありません。
現実の背後にあって重要な意味を持つと研究者が考えた要素だけを取り出したとき、
そこから「何が見える」のかを問題としているのです。

従って、この手の研究に意味があるか否かは、一概に判断することが出来ないはずです。
146考える名無しさん:02/04/23 12:37
>>145

付け足し。つまり「現実と乖離している」というだけでは、
これらの研究を否定する理由にはならないはずだ、ということです。
147 :02/04/23 12:37
いまだにロールズとゲーム理論なんて廃れきった
ことやってるやつがいるのか。20年前から時間が
止まってるのか?
148考える名無しさん:02/04/23 12:50

>レベルの低さにガックシ。American Political Science Reviewとか、
>Ethicsとか読んでる?
>
>他人のやってることを理解するだけじゃ、学問って言えないんだよ、
>分かってますか〜?

政治哲学やってる日本人の学者でAPSRとかEthicsに論文載った人ってどれくらいいるの?
149考える名無しさん:02/04/23 13:21
>>148
本人はやってなくとも、政治哲学に関心をもち、
それらの雑誌を読んでいる他領域の人の中には、
そこでこれらの雑誌と同クラスのとこに論文のせてる
人はいた。
150考える名無しさん:02/04/23 13:24
マジ?他の分野で「研究」している人と
話したことない人でしょう、147さんって。
151考える名無しさん:02/04/23 13:37
>政治哲学やってる日本人の学者でAPSRとかEthicsに論文載った人ってどれくらいいるの?

一人もいるわけねえっての(プ
152考える名無しさん:02/04/23 13:57
>政治哲学やってる日本人の学者でAPSRとかEthicsに論文載った人ってどれくらいいるの?

規範経済学やってる連中だったら世界クラスなんてごろごろいるんだけどね。
ちょっとお年だけど一橋の鈴村こうたろうなんて、アマルティア・センと共著の
論文もある。たしか。そもそも経済学者だと、ガイジンが来ない国内学会も英語
っていう世界だからね。
153考える名無しさん:02/04/23 14:25
なんか泣けるな。理系は客観的な業績の
評価もできるから、結構頑張ってるのが
いるが。
154考える名無しさん:02/04/23 15:11
岩波現代文庫から出た土屋恵一郎の『正義論/自由論』
読んだ人います?

155考える名無しさん:02/04/24 01:11
分析系とか数学言論に近いことやってる人ならいそうな気がするけど。
156考える名無しさん:02/04/24 11:45
>145氏へ
まず最初にもう申しますが,私は公理的研究一般については言及してい
ません。
正義論と呼ばれる分野(ロールズに限らず)において「社会」が語られるとき,「現実」
(のそれ)との関連は常に問われていることです。しかしそれは公理的研究のいう
「現実」とか「現実の背後」とは別とは意味が違うとは思っています(そういう
文脈で話はここまで進んできたんじゃないの?)。
「正議論において」公理的研究を黙殺する私の態度は,あなたの言う「それがど
こまで「現実」を反映すべきかは、その理論を使う研究者の目的次第でしょう」
という考えと矛盾しませんが。

そんなことより,Binmoreについての質問に答えて下さい。>139氏

157考える名無しさん:02/04/24 17:35
優秀な経済学研究者とお友達になりたいと思う今日この頃。

ところで>>156。推敲って言葉知ってる?
158考える名無しさん:02/04/24 21:52
川本の現代倫理学の冒険はだめ?
まだ30ページくらいしか読んでないけど
159考える名無しさん:02/04/25 00:45
>@「この問題を乗り越えた上で」とありますが,つまり
>問題は解決されたということでよろしいのでしょうか。
>A「「無知のベール」と等価の社会構造が人々の相互作用の中から自生してくる
>ことを示した」とありますが,これは現実社会と何か関係をもって語られている
>のでしょうか(あるいはありがちな,ある公理主義的結論かあるシミュレーション
>結果)?

私も聞きたい。ぐぐるで検索かけて大まかにどういう論を展開してる
のかは分かったけど、実際に研究してる人の話を是非。
160考える名無しさん:02/04/25 06:22
>>136
>サンクションやインセンティブによって、ゲーム開始前になんらかの
制限が加えられていなければならないんじゃないの

まずここが違うだろ。
161考える名無しさん:02/04/25 06:54
139です。ちょっとばたばたして忙しいので
返事ができるまでにもうちょっと時間がかかります。

基本的にはBinmoreの話は公理系によるものではありません。
また、「合理的個人」を仮定した通常のゲーム理論とも少し
異なります。基本的な流れとしては、進化ゲーム理論から
派生した議論です。ただ進化という言葉に反応しないでください。
詳しくは後ほど説明しますが、遺伝子レベルでの進化を仮定した
話ではありません。

時間があったら、Brian Skyrmsの「Evolution of the social contract(1996)」
でも検索して、正義論における進化ゲーム理論の意義についてでも目を通して
おいてください。ぐっと議論がわかりやすくなるでしょう。

とりあえず今日はここで。
162考える名無しさん:02/04/25 19:43
ゲーム理論も確かに重要だと思うけども、
ロールズにおいては、やはりカント主義も同様に重要な位置を占めてる。
もしロールズ自身の最近の活動を追うなら、
むしろカント主義における政治哲学の潮流も語りたいと思うわけで、
130さんカムバックの気分なんだけどな。
もちろん139氏のほうも非常に興味深いんだが。

あと、
>>160
どう違うと思うの?


163考える名無しさん:02/04/26 08:03
>>162
単純な2人ゲームでも協調が達成されるから。
164考える名無しさん:02/04/26 08:37
ナッシュ均衡age
165exp:02/04/26 10:15

ロールズは『正義論』では、まず(1)「無知のベール」などといった装置を使って、カントの
抽象的な社会契約論を発展させたような合理的論証を行い、さらにその演繹された結果を
(2)「reflective equilibrium」でチェックする、という方式をとっています。「reflective
equilibrium」というのは、端的に言って常識的な道徳判断・感情のことで、哲学的思考はこれ
に照らし合わされて初めて正しいかどうかが分かる、とされている。これでもってロールズの論
は机上の空論でない保証を得て、現実に即した物にな、るとされているわけです(それで他人が
納得するかはともかく)。

「無知のベール」を使った思考実験的論証は、ある一つの論証方法でしかなく、その目的は我々
が持つ漠とした正義に関する概念を明確化、理論化することでしかない、とロールズは言ってい
ます。だから、この論証における自我や無知のベールなどの定義は、その為に都合良く、半ば恣
意的に定義されているものであって、別に(カントのように)人間の本質に関する真実を述べる
形而上学の論として提示しているわけではありません。ロールズはこうしてサンデルやテイラー
らの批判を回避しています。思考実験の為に想定されたにすぎないものだから、「いや、人間の
自我という物は社会的、歴史的に構成されておるのであって、そういった属性を取り払ってしま
うことはできない!」といった批判は的はずれだ、と。で、一方でロールズは十分にカント的で
ない、みたいな批判も出てきて、カントの人格論などをより積極的に組み込んで論を展開してい
る人もいます。
166exp:02/04/26 10:15

ロールズがカント主義を徹底して踏襲しなかった理由の1つは、そうして特定の道徳理論を大前
提に採用してしまうと、思想の自由などに抵触することになるからです。様々な宗教を信仰し、
様々な価値観を持つ人々が住む今日の社会を、そういう包括的な(政治から道徳まで全てを網羅
するような)原理に則って統べるのは好ましくない。カント主義を丸ごと採用すると、たとえば
功利主義者などは、彼らが信奉する理念を否定するような理念に基づく社会に住まわざるをえな
くなってしまうからです。

『政治的自由主義』になると、この点が更に重視されるようになります。ロールズの「自由主義」
が「政治的」と銘打たれるのは、それが道徳の問題に関しては口をつぐむ物だからです。だから、
道徳、そして宗教に関しては、市民は何を信奉しても良いことになる。文化多元的な社会でも大
丈夫になる。ただ、政治的な問題に関しては「政治的自由主義」に従わねばならない。論証に使
う主要な装置も、「無知のベール」から、ずっと具体的かつ現実的な「overlapping consensus」
に取って代わられます。「無知のベール」は何だかんだ言って特定の哲学理論の影響が色濃いも
のなわけです(無論、ロールズは「無知のベール」を捨ててはいませんが)。

で、Binmoreはというと、「無知のベール」を再解釈し、これが単なる思考実験の為の装置なんか
ではなく、本当は現実の社会にも存在するんだよ、みたいなことを言ってるようですね。公正の
概念は、社会における「Game of Life」の結果、自然発生し、更にそれはロールズが唱えるよう
な平等主義的自由主義を唱えるものである、みたいな話のようです。
167exp:02/04/26 10:19

In Volume 1 of Game Theory and the Social Contract, Ken Binmore restated
the problems of moral and political philosophy in the language of game
theory. In Volume 2, Just Playing, he unveils his own controversial theory,
which abandons the metaphysics of Immanuel Kant for the naturalistic approach
to morality of David Hume. According to this viewpoint, a fairness norm is a
convention that evolved to coordinate behavior on an equilibrium of a
society's Game of Life. This approach allows Binmore to mount an evolutionary
defense of Rawls's original position that escapes the utilitarian conclusions
that follow when orthodox reasoning is applied with the traditional assumptions.
Using ideas borrowed from the theory of bargaining and repeated games,
Binmore is led instead to a form of egalitarianism that vindicates the
intuitions that led Rawls to write his Theory of Justice.
168舶来:02/04/27 01:48
自分がやってることが、主流、常識だと
勘違いするアフォが多いのです。
169考える名無しさん:02/04/29 19:53
age
170考える名無しさん:02/04/30 17:02
>157
知ってるよ。それで何か?「優秀な経済学研究者とお友達にな
りたいと思う今日この頃。」−自分の日記帳にでも書けば。
171考える名無しさん:02/04/30 17:15
>166氏に質問
説明を読んで、Binmore読んでみようか、という気持ちが少し沸いてきました
が、質問が少々あります(Binmoreでも氏の考えでもいいです)。
「公正の 概念は、社会における「Game of Life」の結果、自然発生し」と
ありますが、もしそうならば、わざわざ公正さはある人が議論したり運動
したりしないでも実現するということでしょうか。もしそうだとして、その
公正さはすでに実現しているのか、実現しつつあるのか、いつか遠い将来
に実現するのか・・・。どういう認識なんでしょうか(ある結論について、
議論がどういう方法(ゲーム,公理その他)によるものでも、その点の認識や解釈
が現実社会への態度に影響すると思います。マルクス主義や実存主義
への疑問の一つがそうであったように)。
172考える名無しさん:02/04/30 21:37
政治的自由主義って格差原理については
もう殆ど述べてないんだよね。そっちは
正義論参照みたいな感じで。
173考える名無しさん:02/04/30 23:16
Jstor.orgに Binmoreの論文ないのかな。
174173:02/05/01 00:50
economicsで検索したらあったは。
最初polscieとphilでやったから見つからなかった。
175exp:02/05/01 02:19

Binmoreに関しては私は全然なので、あんまり大したことは言えませんので、139氏を待った方が
良いと思いますが、まず(1)人間は「社会的動物」故に、社会の他の構成員達とも仲良く助け
合いながらやっていかなければならない;(2)他者を思いやる(sympathy)という感情はその
現れである;(3)これが公正の規範に繋がる。「無知のベール」を超えて原初状態にも入って
きて、決定的な要因となる;(4)結果、ロールズの唱えるような弱者救済の平等主義的規範に
なる;(5)一方そういった他者への思いやりが全く無い人は、いわば「反社会的」な人間であ
り、いずれ淘汰されてしまう(適者生存的に);というような感じです。

ロールズの場合、「無知のベール」が厚く、現実の人達の持つアイデンティティやら価値観が全
てはぎ取られてしまいます。Binmoreは一方、ヒュームに習い、それではあまりに形而上学的に
なりすぎていかん、ベールはもっと薄くてよい、その方が現実的だ、ということで「思いやり」
などを原初状態に導入するわけです。

>わざわざ公正さはある人が議論したり運動したりしないでも実現するということ
>でしょうか。

いや、実際にそういう公正な「社会」が自然発生するということではなく、公正の「概念」が自
然発生する、ということです(Binmoreによれば)。理想と現実が離れることは往々にしてありま
すので、それを議論したり運動したりすることで正す必要はあるでしょう。
176exp:02/05/01 02:26

今日、道徳哲学には2つの主要な方法論があるように思われます。一つは啓蒙の時代より引き継
ぐ自然科学をモデルにした演繹的なもの。もう一つは、政治現象をテキストのように「解釈」
する帰納的な手法。それぞれ対照的な手法で導き出した規範理論も(同じく)同じく対照的で、
前者の代表はロールズらのdeontological liberalism、後者はテイラーなどの共同体主義者です。

社会科学理論 -- 規範理論

Hermeneutics/Interpretivist approach -- Communitarianism

Rational Choice/Causal realism -- Deontological liberalism

Behavioralism/Positivist approach -- 無し
177考える名無しさん:02/05/10 02:57
政治哲学もなんだかなあ・・・
178考える名無しさん:02/05/10 12:27
>175
「いや、実際にそういう公正な「社会」が自然発生するということではなく、
公正の「概念」が自然発生する、ということです(Binmoreによれば)。」
と言われましても、「?」と返すしかありません。ロールズでもBinmore
でも誰でもいいけど、議論の方法に違いがあれ公正概念を語った時点で、
「公正の「概念」が自然発生」したと言えます。しかし、それを言っても
仕方がないでしょう。何かそれ以外のことを言わないと。もう少し限定
すると、やはり、そこで語られる公正が現実世界においてどう関係し、
いかに現象するのかを。
179バナナじゃ時計は動かない:02/05/10 12:59
原初状態って概念がいまいちつかめないのだが・・・
例えば、ケーキを分けるときに分ける権利を持つ人が最後に選ぶ権利を持つ
ような状態って書いてあったけど。つまり分ける人が平等に分けなければ
自分がそんになるような状態。って逢ったのですが、これで考えとしては
逢ってるのですか?でも、何でこんなのを考えなければならなかったのですか?
180考える名無しさん:02/05/10 16:19
皆さん、質問は本を読んでからにしましょう。
駄スレになりますよ。ノージックマンセー!

181exp:02/05/11 14:12
>>178
>議論の方法に違いがあれ公正概念を語った時点で、「公正の「概念」が自然発生」したと言えます。
>しかし、それを言っても仕方がないでしょう。何かそれ以外のことを言わないと。もう少し限定すると、
>やはり、そこで語られる公正が現実世界においてどう関係し、いかに現象するのかを。

まず、公正に限らず、道徳(morality)や規範(norm)というのは、どんな行為を人なり団体が
「すべき(ought)」か(あるいは「すべきでない」か)を規定する基準です。そういう価値基準というのは、
普通、どのような共同体にも存在し、その共同体に住む人であれば誰でも何らかの価値基準を行動規範として
持っています。多くの人は、意識的に信奉してるというよりは、常識として何となく、何が良いことで、
何が悪いことかを、を分かっている。例えば「無実の人は殺してはいけない」という道徳ルールを(何故かの
理由はともかく)分かっている。何故かと言えば、そういった道徳的価値基準の多くは、共同生活のルールに
起源があり、それを人はその共同体に生まれ、育っていく過程で学ぶからです。だから、公正の理念などの
道徳的価値は、
          人間が社会的動物であるが故に、「自然」に発生、存在してる

わけです。そういった価値基準は、常識や社会の因習の中に、漠然とした形ながらも、見ることが出来ます。
近代社会であれば、それは法律として明文化されていたり、宗教の教義として纏められていたりもします。

特に近代、啓蒙の時代から先の道徳哲学の仕事というのは、(ア)そういった「自然」に存在する漠とした
道徳的価値基準を論理的に明らかにし、そして(イ)その基礎(foundation)を示すことでありました。
例えば功利主義であれば、功利の増減があらゆる道徳的価値の基本であるとし、道徳ルールは全て功利原則から
演繹的に導き出せるとする。ロールズらの英米規範政治理論も、多かれ少なかれこの極めて近代的なパラダイム
から出発しています。
182exp:02/05/11 14:13

つまり、まずは(1)道徳哲学の研究の対象として、道徳的価値基準というものが「自然に」存在している、
ということです。一方、Hume(やBinmore)が言う「自然発生」云々というのは、この次のレベルでの話です。

道徳的価値基準は「自然」に存在していますが、だからといって、それが「自然にあるがまま」が正しい、
あるいは望ましい、とは限りません。例えば功利主義では、快不快のいわば心理学に道徳の「基礎」を見いだし
ます。カントなら普遍化可能性原理だのを持ち出す。いずれのケースでも、自然に存在する道徳的価値基準を
超越した、別のより根元的な、客観的なものに道徳の基礎を見いだそうとしています。それは道徳の「真実」
として追求されたわけです。「基礎」の方が根元的ですから、例えば功利原則と常識的な道徳ルールが背反する
才には、前者が後者を矯正することになります。

一方Humeは、(2)自然に存在する道徳的価値基準をあるがままに受け入れる、という立場をとりました。
先に述べた「自然発生」というのは、この意味で重要になっています。このHumeの態度が何を意味するのかと
いうと、まずは(2A)道徳哲学、規範理論の否定、そして実証主義の始まりです。自然に存在する道徳的価値
基準を「事実」として明記するだけなら、それは社会科学、歴史学の仕事であって、道徳哲学のそれではありません。
実際、Humeは政治学では実証主義の先駆と目されています。

そして、これはさらに(2B)保守主義の走りと見ることも出来ます。Humeは政治的保守主義の先駆でもあります。
保守主義というのは、伝統や因習として長い年月を経て生み出された価値基準にこそ価値がある、と唱えます。
道徳の「基礎」は、合理的個人が理性を駆使して知ることが出来る、どこかに永遠不滅に存在し燦然と輝く「真実」
などにあるのではなく、むしろ我々が共同体において皆で一緒に長年かけてきた熟成してきた伝統そのものである、と。
これは、単なる社会科学的な「事実」を指摘するだけのものではなく、伝統、因習に裏打ちされたものこそに
「価値」がある、伝統、因習は尊重「すべき」だ、と唱える規範理論です(Hume自身はそういったことをハッキリとは
言ってませんが)。

Humeはまた(2C)功利主義の先駆でもありますが、これはあまり関係ないので端折ります。
183exp:02/05/11 14:13

で、ロールズはどういう立場をとっているかというと、これが少々ややこしいのですが、まず先に述べた
(ア)「自然に存在する漠とした道徳的価値基準を論理的に明らかにする」については、当然やっています。しかし
(イ)に関しては、啓蒙主義者のカント的な客観主義は踏襲していません。原初契約など形而上学色の強い論理を
展開しながらも、「反省的省察」によって控えています。つまり、「道徳的価値基準に関する客観的真実はこれですよ」
と自らの論を提示してるのではなく、単に己の論は我々の持つ常識的な価値観、正義に関する理念を最も的確に
反映するものである、と言うだけです。『政治的自由主義』になるとその立場はさらにハッキリしてきて、ことある
毎に自分の論は現代アメリカ社会について言うものである、断っています。

ロールズは(X)啓蒙の時代の哲学者のように、楽観的に道徳に関する真実を追求してるわけではありません。
彼の仕事はずっと謙虚な、現代アメリカ(あるいは西欧)社会における正義の理念を明確化すること、です。

しかし、ロールズは単に正義の理念を「事実」として叙述するだけでなく、それが実現されるべき価値である、人は
それに従って行動すべきであり、社会はそれに則って構成されるべきである、と積極的に唱えています。だから
彼は(Y)実証主義者、社会科学者ではありません。社会科学的な事実は重視しますが、彼は基本的に規範理論家、
哲学者です。

また明示的な(Z)保守主義者でもありません。厳密な保守主義をとれば、ある時期のアメリカ社会においては
奴隷制や人種差別を肯定する価値観を支持しなくてはならなくなりますが、ロールズは勿論そんなことはしません。
端的に言うと、ロールズは市民権運動が盛んだった頃にアメリカ社会で育まれていた、ある平等主義的な正義の理念を
明確化して、それを支持してる、と言えます。
184exp:02/05/11 14:13

ロールズが唱える正義の理念が「自然」に存在していることは、その_正しさ_の根拠ではありません。正しさの
根拠は、最終的には反省的省察に依ります。だから、例えば根っからの人種差別主義者などには、彼の論は通じ
ないでしょう。しかし、多くのアメリカ人には説得力のあるものであると信じている(/た)と思われます。

>もしそうならば、わざわざ公正さはある人が議論したり運動したりしないでも
>実現するということでしょうか。

人間でも自分が考える正しいことを常に実践し続けることが難しく、また暫し忘れ正反対のことをやってしまうことが
多いように、国家社会もその建国理念に反したものになってしまうことが往々にしてあります。現代アメリカ社会は、
ロールズが唱えるような正義の理念を忠実に体言するものではありません。であれば、それは社会を批判する理由に
なり、社会変革を訴える市民運動の契機にもなります。その他、正義の理念は様々な政策や法律の是非の基準となります。
最近は法廷でも政治哲学の役割が大きくなってきてるようです。

Binmoreは、ロールズの論にHume的な回転を加えたとされていますが、厳密にどう行ったのかは私は知りません。
チョロっと読んだだけですので。Humeとロールズをそのままくっつけてしまっては、自然主義的誤謬に繋がり
かねませんし、その辺どうやったか興味深くはありますね。
185exp:02/05/11 14:23

>>179
>つまり分ける人が平等に分けなければ自分がそんになるような状態。
>って逢ったのですが、これで考えとしては逢ってるのですか?でも、
>何でこんなのを考えなければならなかったのですか?

それ、つまり中立性(impartiality)が、道徳の基本的な条件だからです。自分に都合が
いいだけの主観的な好みじゃあ道徳(/正義)たりえませんので。

理論に中立性を実現をするための、説得力のある装置として、原初状態は提唱されています。

中立性を言う一番単純なのは、「相手の身になって考えてごらんなさい」「自分がやられて
嫌なことは他人にもやらないの」ってやつですね。英語だと「if you were in their shoes...」
なんて表現があります。

功利論も義務論も、それぞれの仕方で中立性を保ち、結果、一般的(/客観的)な適用が
可能になっています。
186訂正:02/05/11 14:29

「反性的省察」じゃなくて「反省的均衡」ですね。
「reflective equilibrium」のことです。
187exp:02/05/11 14:31
ノージックそういえば少し前に死んじゃいましたね。合唱。
>>185
なるほど、サンクス。
189ロム人:02/05/11 14:57
優良スレ認定。
190考える名無しさん:02/05/12 23:51
ロールズなどの社会契約論の面白いところは、利己的に自利益を追求する
合理的個人に、無知のベールをかぶせることで、弱者救済的な正義の原則を
選ばせてしまうトリックでしょう。

ストレートに利他的な、思いやりのある仲間意識の強い自我を想定せず、
あえてそんなものとは無縁そうな自我を想定したスタート地点から、
権利の平等やら格差原理等を導き出してしまう。

斯様なロールズの論証どこまで説得力があるかは意見の分かれるところですが。
191考える名無しさん:02/05/13 11:02
>>187
ノージック死んじゃったの?
ロールズの百倍好きだったのに…

192考える名無しさん:02/05/13 22:41
引っ越しage
193考える名無しさん:02/05/16 23:12
ロールズだけじゃいまいち盛り上がりに欠けるな。
194考える名無しさん:02/05/20 14:42
下がっているから、質問。
>184
ロールズの『正義論』についてはいろいろ疑問がありますが、「反省的均衡」も
その一つ。184氏が出されている例(「根っからの人種差別主義者などには、
彼の論は通じないでしょう」)にもあるように、「反省的均衡」がそれを用いる
主体に依存するなら、現実を変革するなどの目的には無力ではないですか(といって
も、ロールズがどう言ったという解釈にしか興味がない学者にとってはどうでも
いいでしょうが)。
195exp:02/05/20 21:52

>「反省的均衡」がそれを用いる主体に依存するなら、現実を変革するなどの
>目的には無力ではないですか


まず、現実の社会の変革を遂行するには、そもそも政治哲学_だけ_では不十分です。主体に依存
しない、客観的な真理を哲学の理論が掴むことが出来れば、そしてそれを書いて表すことができれ
ば、それを読んだ人達が一瞬にしてその真理に打ちひしがれ、そこに描かれた理想社会実現のため
に自発的に行動し出す、などという魔法のような力はありません。仮に客観的真理にそのような魔
法のごとき力があったとしても、「これは客観的真理である」と言えば済むものでもありません。
過去にそうした哲学理論が五万と生み出されたにもかかわらず、一つとしてそのような効果を発揮
した理論が無かったことを見てもそれは明らかです。

社会改革運動において政治哲学の理論がいかなる役割を演じるか、というのは哲学と言うより社会
学や歴史学において扱うのが妥当な問題でしょう。私はそういった研究については詳しくありませ
んが、社会改革が何も無いところから、ある哲学者がある日突然「客観的真理」を捉えた書物を記
したことで始まる、などという例は希なはずです。政治哲学にそこまで大きな「力」はありません。

社会改革にも色々ありますが、大衆が主体のものであれば、まず多くの人々が現体制、秩序に不満
を持っていて、「変えなければならない」と感じている状態になければなりません。その不満、体
現されない犯された正義の理念を明確化するのが哲学者(知識人)の役目でしょう。彼らが運動の
リーダーになることも暫しです。そうして明確化されら理念は、更にスローガンとして、より分か
り易い形で大衆に広まり、ただ漠と感じられてた不満を運動へと昇華させる。
196exp:02/05/20 21:53

政治哲学は、大衆の感情とあまりにかけ離れたものであれば、いかに「客観的真理である」と言い
張ろうと誰にも相手にされませんので、運動には繋がりません。だから「反省的均衡」は、最終的
には主観的なものから間主観的な、社会的なものにならなければならなくなる。これはロールズが
後に『政治的自由主義』で導入する「重なり合う合意(overlapping consensus)」にも通じてき
ます。社会レベルの「反省的均衡」でも(文化)相対主義であると言うことはできますが、ローティ
あたりはここでもう止まり「自民族中心主義」として開き直りますね。

勿論、大衆の不満を正確に代弁していればそれで良いわけでもありません。その殆どを差別主義者
が占めるような社会のマジョリティーの不満を代弁してもしょうがありません。また、より多くの
人々の支持を新たに得るような_説得力_さえあれば良い、というわけでもありません。それはそ
れで大事なことでしょうが、そういう社会を改革するための「力」のみを求めるなら、それは効果
的なプロパガンダ以外の何物でもないからです。客観的真理の魔法の力でなくても、心理学などで
最も効果的な宣伝方法なりを開発すれば、それで済んでしまう。そうなると説得されるところの中
身である哲学、思想などはどうでも良くなる。

哲学、とくに政治哲学は、世の社会に関する思想ですので、オナニーのごとく自己完結したもので
あってはなりません。文学や芸術などの創作であれば、突飛な物で世の大半の人に疎まれようと一
向に構わないでしょうが、政治哲学の場合はそうはいかない。ある理想社会を唱えるなら、大衆に
支持され、実現されることを目指すのが道理です。しかし、ただ大衆に支持されれば良いというわ
けでもありません。ではどのようにして支持されるのが良いのかと言えば、それはやはり、哲学者
本人のように、例えばロールズなら、人々が皆、無知のベールによる論証から反省的均衡に至るま
で熟考した末に支持してくれるのが理想的でしょう。それで皆が納得しなければ、反論を聞き、さ
らに対話、議論する。
197考える名無しさん:02/05/22 01:14

社会学板 ☆リベラリズムとコミュニタリアニズム☆
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/sociology/1019422033/l50

198考える名無しさん:02/05/22 19:39
>195、196
ここまでの複数の書き込みに対するご意見に感謝します。
改めて意見を一つ。「大衆」「間主観」「社会的なもの」「人々」の指示する範囲
がすでに政治的であることが現実だと思われます。例えば、実際に、何らかの倫理や規範に対し
審判を仰ぐ主体を「国民」とする言い方はマスメディアに限らず「哲学者」の発言
にも最近よく見られるように。それを不問にして、理性によるどんな合意の方法も問題の
本質を見誤っていると思います(「誰の」理性?)。
199exp:02/05/22 23:32

>「大衆」「間主観」「社会的なもの」「人々」の指示する範囲がすでに政治的である…
>それを不問にして、理性によるどんな合意の方法も問題の本質を見誤っている…

ある社会、国家の発生した経緯、国境線の引き方が「政治的」である、というような意味での政治
性は、ロールズら現代自由主義者は普通問いません。しかし、彼らは極めて「政治的」な統治理論
を提唱します。

彼らが唱えるような自由主義が要される「社会」というのは、様々な価値観を持った人々が住まう
社会です。ある同じ地域に住み、同じ一つの政治権力に統治されながらも、宗教、民族文化のレベ
ルでは複数のサブ・コミュニティーを形成するような「人々」。端的に言えば今日のアメリカ社会
です。ヨーロッパの多くの国家についても言えることでしょう。これは、現代自由主義理論の大前
提のようなものです。

そのような特徴が前提とされた社会を統べるには、どのような規範、理念に従うべきか? 宗教か
ら道徳、文化、全てを網羅する包括的な規範を採用すれば、そこからはみ出すマイノリティーが出
てきて、彼らが迫害されるようになるのは必至です。例えば国教にキリスト教を採用し、法律にも
キリスト教の思想を深く反映させれば、他の宗教を信仰する人々は辛い思いをすることになる。そ
れ故に、宗教やらは個人の「自由」な領域として問わず、国防や治安の維持、経済などの価値中立
的な、「政治的」な問題のみを扱う、異なる価値観を持つ人々が平和に共存するために最低限の規
則だけを定めた、自由主義の規範が提唱されるわけです。(これに対し、共同体主義者は価値観が
比較的均一になる、より小さな共同体を形成して統治すべきだ、と論じる場合が多いようです→共
和主義。)

「理性」と言うには万人に備わる共通のものである、と一般にされています。だから、異なる価値
観を持つ人々を纏める規範を生み出す際に採用されるわけです。「誰の」理性か? 異なる価値観
を持つ他人と共生しなければならないような状況にある人一般の理性、ということになるでしょう。
200考える名無しさん:02/05/23 09:44
川本タン翻訳まだ〜?
201 age:02/05/23 09:50
はやくしないとよしりんになっちゃうよー
202考える名無しさん:02/06/02 17:11
age
203考える名無しさん:02/06/11 09:13
もうきれた。かわもところすころす
204考える名無しさん :02/06/12 11:18
待つ時間があれば読むにかぎる。ましかし、自分が訳すとことあるごとに公の場で大見
得切った以上責任問題ではある。(ごめんですむのも「責任」だが)
205考える名無しさん:02/06/12 19:53
川本タンは東大で講義する暇があるなら翻訳を早くしる!
206 :02/06/12 23:55
英語なんだし、みんで共同して訳したりして。
勝手に。
207考える名無しさん:02/06/13 12:46
でもあれだね、「翻訳する権利」(専門用語は知らない・・「翻訳権」?)を
とっているんなら他の人は訳書を出せないので、早く出すことは義務。「義務」とか
「権利」とかで飯食ってる人ならなおさら。
208考える名無しさん:02/06/13 13:20
ひ ょ っ と し て お ま え ら 原 書 で 読 め な い の か ?(藁
>>208
読めないよ
210考える名無しさん :02/06/23 15:15
自分の知識の全てを原書(英語に限らず)で得た人っているのか・・・。古典一つ
をとって「これは原書で読んだ」ということに意味はあるんだろうか。逆にこういう
ことへの価値付けが今日の日本の哲学研究界を支えているような気がする。
211考える名無しさん:02/06/23 16:43
>>210
ああ、漏れもそんなふうなこと、
考えたことあり。
とりあえずは>>207に、胴衣!
212考える名無しさん:02/06/23 16:51
>>208
そういうことはコテハンで語りましょう。
213考える名無しさん:02/06/23 17:14
確かに、名無しで「原書読め」と吠えてる奴は痛々しい。
214考える名無しさん:02/06/23 17:25
>207
「知識」って何?
とか言いたくなる・・。

どうせこの世のすべての知識をうることは出来ないのだから、本当はそういうことではないはずだ、という気はする。
勿論英語なら英語に通じていることでその分世界は広がるのだけど。
215考える名無しさん:02/06/24 19:40
>214
いってることわかんねぇ。独白日記調はやめなはれ。
216考える名無しさん:02/06/26 13:36

原書を読んで 日本に紹介するのが

日本哲学の本質です。
知識=専門知識。権益=既得権益と同じで長いから略するとおもわれ
218ヒューム:02/07/02 02:43
みんなかってなこといいやがってるな
219ヒューム:02/07/02 02:44
文章は短くな。2ちゃんは対話形式。
プラトンのように簡潔に表象して
いいたい事をかけよ(笑

220ヒューム:02/07/02 02:49
今後のロールズ研究の課題

・道徳方法論としての反省(反照・内省)的均衡の位置付け・・・まだまだ曖昧

・正義論と政治的自由主義の関係・・・統一された見解はまだまだ

・ハサーニをはじめとした平均功利主義との関係・・・・ロールズの契約論の枠組みで十分可能との意見多数

221 :02/07/07 12:56
インド人がんばる。
222 :02/07/17 10:13
Binmore読もうよ。
223考える名無しさん:02/07/18 18:31
>222
どうやって?
224hage:02/07/25 03:26
hage
225 :02/07/29 00:29
邦訳も無いんじゃ、読書会は無理でしょう。
226考える名無しさん:02/07/29 01:58
川本隆史大先生に期待。
227考える名無しさん:02/07/29 07:17
いくらなんでもBinmoreはまだだろう。
228考える名無しさん :02/08/09 19:11
注文していたBinmore来たよ。「playing fair」。早く始めようよ!!
229 :02/08/09 22:55
230 :02/08/10 01:08
漏れも注文したから少し待ってくらさい
231 :02/08/10 05:54
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0262023636/qid%3D1028901228/sr%3D8-4/ref%3Dsr%5F8%5F4/250-0670599-5817006
うを、アマゾンってcomをjpに変えるだけで日本語の同じサイトに行くんだな。
初めて知った。
232考える名無しさん :02/08/10 10:55
しかし,ここでやるというのもどうだろう?母屋とられてロールズ怒る。
(参加者限定で実は良いかも)
233考える名無しさん:02/08/10 11:05
まあ「正義論」を広い意味で取れば、規範政治理論の
一分野とも言えるわけだし、いいのではないかと。
234考える名無しさん:02/08/10 17:03
共通項は「社会契約」だ。
235考える名無しさん:02/08/10 21:42
236考える名無しさん:02/08/11 00:53
読書会の宣伝をちょっとするのがイイかもね。

http://jove.prohosting.com/~billyj/phil_board/pl_forum.cgi?cgi_mode=individual_msg&indmsg_num=4
237考える名無しさん:02/08/11 23:27
http://www.powells.com/cgi-bin/biblio?inkey=62-0521775418-1
微分積分の教科書まで書いてるんだね。
238考える名無しさん:02/08/12 07:28
239考える名無しさん:02/08/13 09:41
上にリンクされてた論文を読んだ限りでは、
ちょっと気後れしそう。rat choiceの専門用語
バリバリだと手強いでせう
240考える名無しさん:02/08/16 01:08
241考える名無しさん:02/08/19 01:44
242( ‘∀‘)オヤ???:02/08/21 23:32
大きな変更なしに『正義論』第二版を出したということは「転向」は……?

political, not metaphysical 論文って、翻訳あるの? ないんだったら紹
介してしまわない?
243考える名無しさん:02/08/22 02:40
「転向」というよりむしろ補強では? まあ転向でも、丸々書き換えちゃう
わけにもいかないし。むしろ、修正の施しようもないほど変わったのなら
そのまま修正せずいさぎよく再版すると思う。
244考える名無しさん:02/08/23 20:18
245( ‘∀‘)テスト:02/08/23 21:27
社会学版ではエラーが出るんだけど、こっちには書き込めるかな?
246( ‘∀‘):02/08/23 21:33
さんでる君って、「文脈内在的自我 situated self」という表現を使っ
ているようで、ぜんぜん本文にでてこないけど、実は使ってないとか?

にほんごの論文ではみんな situated self って書いてるけど、もしも
さんでる本人が使ってなかったら………。
247exp:02/08/23 23:30
>>246
「self」ではないですが: ``Without some distinction between the
subject and the object of posession, it becomes impossible to
distinguish what is me from what is mine, and we are left with
what might be called a _radically situated subject_'' (Liberalism
and the Limits of Justice 20-21)
248( ‘∀‘)チナミニソレワ何ハン?:02/08/23 23:55
>>247 いや、situated だけでいいなら、poritikaru seorie 掲載の「鉄づき
享和国と孵化無き痔臥」論文にも出てくるんだ。

邪推すると、self という言葉を使うのにさんでるはそれなりに躊躇いがあっ
たんだろうか、日本のさんでる解説者たちは、概説書だけで済ませているん
だろうかとか色々。

さあ、概説書の situated self に引用箇所がちゃんと示されているかどうか、
確かめてみよう。
249exp:02/08/24 00:24
「unencumbered self」対して語呂がいいからかも。
250( ‘∀‘)ザンネン:02/08/25 22:04
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/sociology/1019422033/l50

掲示板の設定がどうも違うみたいで、社会学版に書き込めないよ。あっちのことについて exp さんに質問したい場合とか、こっちに書いてもいいだろうか。

あ、でも質問というのは、けっこう負担をかけることになるかもしれないから、コメントとかの方がいいかもしれないね。

今、あっちででている重要な論点は、おおよそ以下の七つだろうね。

1)そもそも「りべらる=こみゅにたりあん論争」をどう評価するのか?
2)ろーるずの「りべらりずむ」をどう評価するか、とくに「正の優位=中立性」について
3)「りべらる=こみゅにたりあん論争」と従来の諸概念の関係(「自由」「自然法」「共和主義」…)
4)いわゆる「古典的自由主義」と「りべらりずむ」
5)「りべらる=こみゅにたりあん論争」とあーれんと研究/合衆国建国史をめぐる論争
6)「りべらる=こみゅにたりあん論争」以後の諸問題(多文化主義、政治的アゴニズム、あいでんてぃてぃ・ぽりてぃくす)
7)「ろーるず VS さんでる」の変容(ふたりの見解に「転向」はあったのか?)
8)いまいち、いちづけのわからない関係者をどうするか(ていらー、まっきんたいあ、うぉるつぁー)

exp さんのおはなしで、いまのところ、いちばん気になってるのは、ろーるじあん・りべらりずむの「中立性」を強調しすぎているてんだろうか。きむりっかも指摘するとおり、ろーるずは「中立的」という言葉をあまりつかわないね。なんでだろう。
251 :02/08/30 05:52
binmore本来たよ!
252考える名無しさん:02/09/02 10:54
アマルティア・センによるロールズ批判

「センは、ロールズの平等論が西洋近代の文化に従属していて、フェティシズム
的な特徴を持っていることを批判しています(ロールズはこのセンの批判を
あっさり受け入れてしまったために、普遍主義を唱える哲学者から攻撃され
ました)。それから、ロールズの平等論は、その物神崇拝的態度のおかげで、
モノ=財の分配が中心的な役割を果しているために、その分配された財が人の
ために何をしてくれるのかという問題に気づいていないという指摘をおこなっ
ています。」(『貧困の克服』解説より)
253考える名無しさん:02/09/03 10:10
ドォゥオーキンってどうですか
254 :02/09/03 12:47
>ドォゥオーキンってどうですか

日本語表記に困る名前だね。
255考える名無しさん:02/09/14 03:10
社会学板のほうが盛り上がってるな。
256zaza:02/10/01 10:34
保守age
257 :02/10/11 18:30
とうとう川本先生もハイエク屋さんに白旗をあげたYO!
258考える名無しさん:02/10/11 21:36
詳細キボンヌ
259考える名無しさん:02/10/13 03:52
ロールズらの自由主義思想はもう終わってる。
センやウォルツァー達のほうが魅力的。
260考える名無しさん:02/10/22 23:09
おまいら!出番だぞ!
ここにいるアフォどもに正義の鉄槌を下してやってください。

正義
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/philo/1035048319/
261名無しさん@Emacs:02/10/31 06:45
navi2ch test

262  :02/11/08 22:42
あげておく
263 :02/11/08 22:52
訳断念
264考える名無しさん:02/11/26 17:10
ロールズ死去。
ご冥福をお祈りします。
265考える名無しさん:02/11/26 18:39
私もご冥福をお祈りします。
266考える名無しさん:02/11/26 18:44
無知のヴェールだっけ?
267後継者:02/11/26 19:00
ゴマ永福をお祈りします。
268考える名無し:02/11/26 19:31
269考える名無しさん:02/11/27 00:46
rip
270考える名無しさん:02/11/27 01:19
さようならロールズ
271考える名無しさん:02/11/27 01:30
But Rawls srill rolls.
272関連スレ:02/12/01 13:00
273考える名無しさん:02/12/01 14:56
川本先生をふくろだたきにしたい
274考える名無しさん:02/12/02 01:10
      ∧ ∧  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
〜′ ̄ ̄( ゚Д゚)<  >>273 逝ってよし!
 UU ̄ ̄ U U   \___

 
275考える名無しさん:02/12/02 01:43
>>273
愛だろ、愛!
276273:02/12/03 22:41
Σ(゚ロ゚)→ヽ(`Д´)ノウワワアアアン 先生が早く翻訳しないからどこの書店でも追悼フェアやんないよぉ
277考える名無しさん:02/12/05 16:00
ゼミテンに聞いて今日知った。

ご冥福をお祈りします。
278玉葱濁々:02/12/05 16:08
ドォゥオーキン

堵乎鵜尾於筋、でよろしいかと思われ。

鵜の尾の筋肉、ということでよろしく。
279考える名無しさん:02/12/06 04:29
ひそりと上がってたりする・・・
280考える名無しさん:02/12/07 03:30
正義論の翻訳がいつ出るかご存知の方教えて下さい
281 1111111:02/12/07 03:44
翻訳よりも、誰か電子テキスト化してくれないかな。
検索できるように。
282考える名無しさん:02/12/07 05:05
金かかるな。
283test:02/12/22 03:25
test
284考える名無しさん:02/12/23 00:37
英語なんだから、サクサクっと翻訳して、
早く出してくださいね川本先生。
285考える名無しさん:02/12/25 14:56
川本先生お酒のみ過ぎないで
286世直し一揆:02/12/27 16:24
<血液型A型の一般的な特徴>(見せかけの優しさ(偽善)に騙されるな!)
●とにかく気が小さい(神経質、臆病、二言目には「世間」)
●他人に異常に干渉する(しかも好戦的・ファイト満々でキモイ)
●自尊心が異常に強く、自分が馬鹿にされると怒るくせに平気で他人を馬鹿にしようとする
(ただし、相手を表面的・形式的にしか判断できず(早合点・誤解の名人)、実際にはたいてい、内面的・実質的に負けている)
●「常識、常識」と口うるさいが、実はA型の常識はピントがズレまくっている(日本の常識は世界の非常識)
●権力、強者(警察、暴走族…etc)に弱く、弱者には威張り散らす(強い者に弱く、弱い者には強い)
●あら探しだけは名人級(例え10の長所があってもほめることをせず、たった1つの短所を見つけてはけなす)
●基本的に悲観主義でマイナス思考に支配されているため、性格がうっとうしい(根暗)
●一人では何もできない(群れでしか行動できないヘタレ)
●少数派の異質、異文化を排斥する(差別主義者)
●集団によるいじめのパイオニア&天才(陰湿&陰険)
●悪口、陰口が大好き(A型が3人寄れば他人の悪口、裏表が激しい)
●他人からどう見られているか、体裁をいつも気にしている(「世間体命」、「〜みたい」とよく言う)
●自分の感情をうまく表現できず、コミュニケーション能力に乏しい(同じことを何度も言う、知障)
●表面上意気投合しているようでも、腹は各自バラバラで融通が利かず、頑固(本当は個性・アク強い)
●人を信じられず、疑い深い(自分自身裏表が激しいため、他人に対してもそう思う)
●自ら好んでストイックな生活をし、ストレスを溜めておきながら、他人に猛烈に嫉妬する(不合理な馬鹿)
●執念深く、粘着でしつこい(「一生恨みます」タイプ)
●自分に甘く他人に厳しい(自分のことは棚に上げてまず他人を責める。しかも冷酷)
●男は、女々しいあるいは女の腐ったみたいな考えのやつが多い
287考える名無しさん:02/12/30 03:35
英語をなめるな
288山崎渉:03/01/08 19:27
(^^)
289考える名無しさん:03/01/12 00:14
弔意カキコ
290山崎渉:03/01/18 09:48
(^^)
291考える名無しさん:03/01/20 03:17
age
292:03/01/31 03:37
社会の弱者を利するような富の分配が「フェア(fairness)」っていうのは、何か違うって
気がするんだよね。「情けがある」とかなら分かるけどさ。無論、ロールズは論証において
そういった道徳的、感情には訴えずに、あくまで合理的選択を根拠にしてるけれども。

「フェア」って言うとさ、やっぱ野球なんかでルールに乗っ取って競技をプレイしていること、
みたいなイメージが一般には強いと思うんだよね。参加者がズルしたり、不当に贔屓されていない、
フェアな競争、という感じ。でもそういうフェアを論じる哲学者はいないんだよね。
まぁいるかも知れないけれど、少なくともあまり名前は知られていないんじゃないかな。
ロールズは弱者優遇の富の分配、福祉主義。ノージックは財産権の保護が全て。
最近は社会正義の話自体があまり流行ってないようだけれども。
コミュニタリアンは個人を基準にした公正概念自体をあまり重視しないし、
ポストモダン系も文化、アイデンティティーの話が主。
293考える名無しさん:03/01/31 04:03
合理的な優性社会を目標にするか、怠惰な均質社会を目標にするか、
それによってその社会のフェア概念も違ってくる。
すると、人間にとって社会は如何にあるべきか、
人間にとって優先される価値とはなにか、それが求められる。
294 :03/02/02 06:23
フェアというのは、別に何でも望ましい状態、理想的な状態、というわけじゃないでしょう。
295考える名無しさん:03/02/04 20:26
非理想的な状態?
296OFW:03/02/15 04:39
>>292(蟹さん)
>フェアな競争
 確かに競争社会や取引社会では、ルールに則る公正さが要求される。
 それに対して“共生社会”では、実質的平等が原則でしょう。 
 人為的な規則(さらには法制度)が自然法則とは異なる所以ですね。

>>293
>合理的な優性社会を目標にするか、怠惰な均質社会を目標にするか
 合理的vs怠惰な とは面白い考え。
 既に、
 優性社会=合理的な選択が働いて勤勉な者?だけが生き残る社会
 といった社会ダーウィニズム的思想が混じっている。

 ダーウィンは進化論において、品種改良のような人為選択から類推して
 自然選択の概念を導入したが、彼が言う<最適者生存>とは結果として
 生き延びた変種が最適者なのだという結果論(同義反復)を含んでいる。
 それは、選択なき選択性(目標なき合目標性)でしょう。   
  
>人間にとって社会は如何にあるべきか
 いかなる人間にとってか、がポイントでしょう。
 既に現状の社会から“不当な”利益を得ている人間にとっては、現状は
 あるべき姿でしょうが、誰にとってもそうだとは言えない。
 つまり少なくとも<社会制度の正当性>が満たされなくてはならない。

 たとえば、ブルジョア社会は賃労働によって支えられており、それは
 私有財産制度(生産手段の私有)を固定化しているが、その制度は公正
 でも正統でもないと、マルクスは考えた。
297考える名無しさん:03/02/16 03:06
マルクスはそんなこと言ってないが
298OFW:03/02/16 05:14
>>297
たとえば、マルクス一流の“デモーニッシュな”語りでは以下の通り。
「しかし、決定的なものは、価値の源泉であり、しかもそれ自身が持って
 いるよりも多くの価値の源泉であるという、この商品の独特な使用価値
 であった。これこそは、資本家がこの商品から期待する独特な役立ち方
 なのである。そして、その場合、彼は商品交換の永遠の諸法則に従って
 行動する。・・・労働力の日々の維持は半労働日しか要しないという
 事情、したがって、労働力の一日のあいだの使用が創造する価値がそれ
 自身の日価値の二倍の大きさであるという事情は、買い手にとっての特別
 な幸運ではあるが、決して売り手に対する不当行為ではないのである。
 わが資本家には、彼に笑いをもたらすこのことはあらかじめわかって
 いた・・・手品はついに成功した。貨幣は資本に転化した。・・・
 問題のすべての条件が解決されており、商品交換の法則は少しも損なわ
 れてはいない。等価物同士が交換された。・・・この全経過すなわち彼の
 貨幣の資本への転化は、流通部面において行なわれるのであり、しかも
 流通部面において行なわれるのではない。流通の媒介によって行なわれる、
 というのは、商品市場における労働力の購買によって条件づけられている
 からである。流通において行なわれるのではない、というのは、流通は
 生産部面において起こる価値増殖過程を準備するだけだからである。
 こうして、“ありえる限りの最善の世界では、すべてが最善に仕組まれ
 ている tout pour le mieux dans le meilleur des mondes possibles ”
 のである。」(『資本論』第1巻第1部第5章2節)
あるいは、エンゲルス流の直截的な語りでは、下記注釈がある。
「(30) ・・・ロッシャーのような男とその一味を強制して、現存する剰余
 価値の取得を正当化する資本家の多少とももっともらしい理由を、剰余
 価値の発生の根拠だとこじつけさせるものは、現実的な無知のほかに、
 価値および剰余価値の良心的な分析とおそらく危険で反警察的な結論とに
 対する弁護論的な恐怖である。」(『資本論』第1巻第1部第7章1節)
299OFW:03/02/16 11:40
>>297(つづき)
 上の引用から分かるように、マルクスは労働力市場での労働力の売買と
 購買した労働力の自由な(私的な)使用とを「不当行為ではない」と
 言っているが、段落全体を通読すれば、“真に正当”とは見做していない
 ことは明らかでしょう。
 まさに、資本主義経済制度は法的にも正当であるが故に強靭であり、
 多少良心が痛む場面もあるが、大学教授たちからも保証されている。

 その正当性は、畢竟<所有の正当性>に根拠を置いており、生産手段と
 直接生産者との歴史的な分離の結果として、生産手段の私有を基礎にした
 近代資本主義システムが自立してきたわけです。

 イギリスにおける近代自由主義精神のバックボーンを形成したジョン・
 ロックは財産権の正当性を考究して、その根拠を「本来的には労働、次
 に黙契に基づくその譲渡」に置いているが、それを継承したヒュームや、
 アダム・スミス、ベンサムといったブルジョア学者達においては、その
 正当性はもはや自明の前提にまでなっている。
 それは現代のロールズやローティ、ローマーといった“自由公正”を説く
 政治・経済学者にまで受け継がれている「市民社会の秘密(黙契)」で
 しょう。

 正当だが真実ではない、とはそれが欺瞞だということです。
300考える名無しさん:03/02/16 11:58
>OFWさん
こういうこと言いたくはないけど
OFWさんのマルクス読みはおかしいと思う
マルクスは決して真なる正当性以外を破棄するために考えたんじゃないと思うんだよな

マルクスは偉大だけどその偉大さはマルクス主義者によって打ち消されてしまった
と何かで読んだ記憶があるけど、そんな感想
301OFW:03/02/16 18:49
>>300
>マルクスは決して真なる正当性以外を破棄するために考えたんじゃない
 「真なる正当性」とは、何らかの“唯一の正しい正当性”が存在すると
 いうことではなく、<正当性の真理>としての共同性を指しているわけ。
 たとえばよく「形式的平等は実質的平等ではない。」と言われたりする
 が、では実質的平等を規定しようとするとなかなかできないのは、
 <平等>とは自己止揚的な概念で、最低限の保証を超えれば、<自由>
 に解消されるものだから。平たく言えば<区別性が何らの実効性をもた
 ないような状態>では、各人は自由に他人と差別されているでしょう。

 「自由と平等は同じものである。ドイツ人が自由と言う同じ内容を
  フランス人は平等と言う。」(若きマルクス) 
 
>マルクスは偉大だけどその偉大さはマルクス主義者によって打ち消され
>てしまった
 マルクスについては別スレでいろいろ書いたので、そちらをどうぞ。
 (そこで同じことを他に向けて言ったが・・・)
 ただし「マルクスは偉大だ、しかし・・・」と言う論者は多いが、何が
 偉大なのかが示されない場合が殆んどで、賛成も反対もできないかと。

 いずれにせよ、「正義」は最近の日本では殆んど死語になりかけている
 かのようだが、海外では、米国のイラク攻撃に対する世界的な反戦運動
 の高まり等を見ると、快楽・利益の損得勘定や単なる公正論(フェアな
 戦争?)ではない<正義のパトス>がまだ生きていると思われ・・・
302考える名無しさん:03/02/17 00:27
紀伊国屋から復刊されませんか?原書で読んでいるのですが・・・。
303考える名無しさん:03/02/17 03:04
304Kurihara:03/02/17 03:23
まあ、私的所有権がいかにまずくてもそれが現行憲法で
基本権として保障されている限り、それの廃止を在野から
いっても無理ですね。最低弁護士の資格をとって、法の専門家
の立場からそれの背理性を説かなければ、説得力は皆無です。

だから、全てのマルキストは冗長な思弁を弄している暇がある
のならば、司法試験の勉強をしたほうがよほど実践的ですね。
権力を打ち負かすには権力を持ってしかないのですよ。
305Kurihara:03/02/17 03:26
だから、OFWさんも弁護士を目指したらどうですか?
僕のようにね。
306考える名無しさん:03/02/18 11:13
>>304
そりゃあんた、「すべての社会思想家は冗長な思弁を弄している暇があるのなら
選挙で地方議員や国会議員になったほうがよほど実践的だ」というのと
同じレベルの言説でしかないよw

理論的な検討の話をしているのに、君は単に政治的・事実的な影響力の
行使の話をしているに過ぎない。
307Kurihara:03/02/19 08:00
>>306
ロールズの変節をローティが歓迎したということからも
解るように、ロールズの原初状態への還元の操作は所詮は
フィクションであって、それは多文化主義か、ナショナリズムに
行き着くわけですね。

だから、これは理論の問題ではなく、プラグマティックな実践の
問題であって、ヘゲモニー闘争の問題だということです。
308181:03/02/19 08:36
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309考える名無しさん:03/02/19 08:36
で、原書からの引用がひとつもないわけだが
310考える名無しさん:03/03/03 08:11
ロールズしんだって本当?
311訂正:03/03/03 08:12
ロールズ去年しんだってほんとう?
312考える名無しさん:03/03/03 09:55
>>311
本当。新聞に載ってた
313考える名無しさん:03/03/07 08:45
ヽ(`Д´)ノ
314 :03/03/07 10:03
検索するといつもトロールズがでてくるな
315考える名無しさん:03/03/07 10:05
もうドゥオーキンすぃかのこってなし
316山崎渉:03/03/13 12:51
(^^)
317考える名無しさん:03/03/15 06:25
hoshu
318考える名無しさん:03/03/16 01:47
正義論まだ?
319考える名無しさん:03/03/18 03:05
AGE

320考える名無しさん:03/03/18 05:19
誰か翻訳権をとって!  
321考える名無しさん:03/03/21 07:23
構成としての正義狩ったよ
322考える名無しさん:03/04/08 21:06
オーストラリア人が書いた概説書も買った        
323考える名無しさん:03/04/08 22:15
てか「正義論」といい「リヴァイアサン」といい日本の出版事情はどうなってんの
毎年発行件数は上がってるのに・・・
いくら学術書は売れないといっても「正議論」は売れると思うけどなぁ
324考える名無しさん:03/04/08 23:08
『法の概念』すらみすずの馬鹿タレが(以下略
325nanias:03/04/14 19:27
川本隆史の解説書が一番いいって聞いたんですけど本当ですか?
326 :03/04/14 23:01
個人的には渡辺幹雄のが分かりやすかった
川本のは評判が高かったので読んでみたが
どこがいいのかさっぱりわからん

327 :03/04/14 23:12
『法の概念』の原書の第2版を読もうと思ったら
品切れかよ。ハート品切れ大杉。
328考える名無しさん:03/04/15 00:20
原初状態とフッサールって関係あんの?
329考える名無しさん:03/04/15 05:49
ないでしょ。むしろカント。
330山崎渉:03/04/17 09:36
(^^)
331 :03/04/19 22:12
gea
332http://academy2.2ch.net/philo/:03/04/19 22:18
333佐々木健介:03/04/19 22:19
     ______
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334山崎渉:03/04/20 04:33
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)
335考える名無しさん:03/04/29 22:34
翻訳でた?
336考える名無しさん:03/05/15 06:05
               ,ィミ,        ,ィミ,               フ
                彡 ミ        彡 ミ,            ヤ |
             ,,彡   ミ、、、、、、、、彡  ミ,     (⌒)    レ  |
            彡;:;:             ミ,    (  ヽ   ヤ
         〜三;:;:::::              彡〜  ノ  ノ   レ
         ~~三:;:;:;:::::  -=・=-   -=・=- 三~~ ヽ (    :     ;;
         ~~彡::;:;:;:;:::..     ___     ,三~~ ( ノ ,,,,,  :      ;;
          ~~彡;:;:;:;:;:;:;:.    |┴┴|    ,ミ~~ ノノ ;'" ,,ノ―、     ,;'
          ~~彡:;:;:;:;:;:;:;:;.  ノ――| ---==ニノ ,;'′ >=ニ(二二二()
     ,...-''''""~~,::;:;::;::;::;::;'            ミ,,  ,;'′  ゝ--〈
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           ::::ミミミ:;:;:;:           ミ::      ,;' ̄ ̄ ̄ ̄|  \___/
            :::::ミミミ:;:;:           ミ:::,   ,;::''′        |.    \/
            ::::ミミミ:;:;::       ,;+''"~~゙+、~'''''~          |     |
             ::::ミミミ:;:;:;:     ,+'"     ミ:::::           |   ━┷━━━┳━━━━━
               :::::ミミミ:;:;:;:;:  >':;:       ミ::              |             ┃
             ::::::ミミミ:;:;:;:;:;../;:;:;:       ;:"             |             ┃
              ::::::::ミミミミ:;:/;:;:;:;:    ,.+'"''-、________|__         ┃
337考える名無しさん:03/05/16 22:01
川本め・・・
338 :03/05/16 22:44
なになに?
339考える名無しさん:03/05/19 14:40
川本先生いつになったら正義論の新訳を出して
くれるのですか
340山崎渉:03/05/22 00:58
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―
341考える名無しさん:03/05/24 07:44
日本思想史学者子安宣邦を糾弾しよう!運動です。

http://homepage1.nifty.com/koyasu/sub2.htm

「なかでも孔教国教化問題は日本の支那学者・支那研究者・・」

最近もシナ発言の学者が解雇されたばかり。彼だけが糾弾されないのは
どう考えてもおかしい!著書などでシナ、シナと連発しています。
もう絶対に許せません!謝罪を勝ち取ろう!
342山崎渉:03/05/28 15:23
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉
343考える名無しさん:03/06/09 18:23
マスコミの盗聴、盗撮は許されるのか?http://natto.2ch.net/mass/kako/974/974478132.html   

489 名前: 文責:名無しさん 投稿日: 2001/04/11(水) 17:25
一般人なのに盗聴される、じゃなくて、「一般人だから盗聴される」んじゃないのかな?
基本的にネタ集めのためにやってんなら、有名人のネタを盗むと、有名人は告発できるし、
そんなことされても当たり前だと思われるので告発しても信じてもらえる。
そうでない人は、ここの途中の書き込みにもあったように「電波」扱いされるだけ。

ただで、ネタを仕入れるんなら、一般人に限るでしょう。
マスコミは自分らの無能さを恥じてほしいです。

ちなみに私が盗聴されはじめたのは、芸能人にストーカーされ始めてからでした。
そこからマスコミに広がって行った。
だから余計「妄想」とか思われそう。
友人に話したら完全に病気扱いされた。ストーカーって言葉がない時代だったしね。
書いておいておいた小説のネタが、他人の原作でドラマ化されたときにはきれまくっ
たなあ。(一度や二度のことじゃないけど)        
344考える名無しさん:03/06/10 00:22
ロールズ先生は、世襲ということをされなかった。
ホワイトカラーの子供はバカでもホワイトカラーということとは反対だった。
345考える名無しさん:03/06/14 01:43
シュトラウス:最近の政治理論はなぜ、価値について言わんのか
ロールズ:さあ、たぶん押し付けがましくなるがいやなんでしょう。
シュトラウス:つまらん!お前の正義論はつまらん!!
346考える名無しさん:03/06/14 01:49
>>341
シナが差別語みたいに認識しちゃうのは政治的バイアスがかかりすぎてん
のじゃないかねえ? 戦前の学者(もち中国プロパー)はみな、シナって言ってたよ。
チョンとは違うでしょ。
347考える名無しさん:03/06/14 01:55
支那って仏蘭西とか亜米利加の感覚じゃね?
348考える名無しさん:03/06/14 04:03
新訳は川本じゃないよ
349考える名無しさん:03/06/14 04:03
だれ
350考える名無しさん:03/06/14 04:10
だれ
351考える名無しさん:03/06/15 02:52
正義論もリヴァイアサンも古本屋に無い。
俺は泣きたいね。
352考える名無しさん:03/06/15 05:39
原書で読むしかないね
353 :03/06/15 06:23
結局、Deweyに行き着く。
で、哲学は終了して、
後は民主主義政治と
人道主義の感情みたいな
ものだけで十分になってしまう。
354考える名無しさん:03/06/15 07:19
>>345
価値への考慮無しに政治を語ったところで
片手落ちに過ぎないよな。
355考える名無しさん:03/06/15 08:41
>>345
ワラタ
356考える名無しさん:03/06/16 21:31
共同体主義のいう共同体ってどういうものなのかようわからん
357考える名無しさん:03/06/16 21:42
>>356
勉強すれば?
358neanias:03/06/16 22:44
土屋恵一郎の「正義論/自由論 寛容の時代へ」はそれなりに面白かった。
359考える名無しさん:03/07/07 09:15
>>356
人間の集まり、それも、個々の成員がその集まりの一員であるという
アイデンティティを持つ、緊密なグループくらいの意味。
バラバラの個人の集まりでしかない自由主義社会と違うってことだね。
360考える名無しさん:03/07/07 10:21
おいおい何が知りたいんだ。最初のほうがマシ。
361山崎 渉

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄