>>345 >「私は(いついかなる時でも)約束は守らないくてもよいものであると考える」と主張したならば
>その者は「約束」という言葉を理解してないということかな
いや、それは、「私は約束という行為を行わない」をややこしく言い換えただけだということだよ。
理解は関係無い。
>同じく、「私は(いついかなる時でも)嘘をついてもよいものであると考える」と主張するならば
>それもまた「約束」や「承認」という言葉を理解していないということだね
そんなことにはまったくならないと思うが。
>つまり「約束」や「承認」という単語には(少なくともそれを行う際においては)
>「守らなければならない」「嘘をついてはいけない」という要素が含まれているということになるのかな
要素と言うか、「約束する」というのは「(約束とした事柄を)守ると承認する」という意味じゃないの?
違うとすれば、「約束する」という動詞は、どういった行為を意味してるとあなたは考えるの?
>346
でも
ある人が「私は約束という行為を行うが、約束は守らなくてもよいものであると考える」と主張するなら
それは「約束」という語を理解していないということでしょ
>「約束する」という動詞は、どういった行為を意味してるとあなたは考えるの?
「約束する」という動詞については良く分かりませんが
「約束」という言葉は「守らなければならないとする規範をつくり(それに同意する)、と考えます
つまりあなたと同じです
それは「約束をしたふり」をしただけで、約束をしたのとは違う。
>>347 >ある人が「私は約束という行為を行うが、約束は守らなくてもよいものであると考える」と主張するなら
>それは「約束」という語を理解していないということでしょ
「約束したとしても、守らなくてよい」といった論理からいえば、
「主張したとしても、そのように考えていなくてもよい」ことになるんじゃないの?
そうすると、その主張をもって「理解していない」とはいえないんじゃないの?
>つまりあなたと同じです
であれば、「約束」と「承認」を切り離して考える必要は無いんじゃないの?
>>349 亀レスすまん
>そうすると、その主張をもって「理解していない」とはいえないんじゃないの?
正義の原則の前には「約束は守ってはならない」と同時に「虚偽を真実と偽ってはならない」もあると思うんだよね
>であれば、「約束」と「承認」を切り離して考える必要は無いんじゃないの?
う〜ん、正義として「承認」(同意)を掲げるのには同意できるんだけど
この同意に関して誰もが同意せざるをえないようなものがあるんじゃないかと思って
それが「約束(義務、規則)は破ってはならない」と「嘘をついてはならない」かなと
「俺は何にも同意していない」と主張することは不可能かなと思って
>>350 >正義の原則の前には「約束は守ってはならない」と同時に「虚偽を真実と偽ってはならない」もあると思うんだよね
約束における正義は、約束を守ることだけだと思うが。
それを超越した普遍的な「正義の原則」なんてものが存在するとなぜいえるの?
>う〜ん、正義として「承認」(同意)を掲げるのには同意できるんだけど
正義として「承認」(同意)を掲げた覚えは無いが。
もうなんでも善い事全般=正義になってしまっていて、
それじゃ特に「正義」と呼ぶ意味がない。
>>351 承認は
>>328から持ってきたもの
別にそれが正義かどうかはおいといて
公共的現実(同意)を前提とした倫理体系を想定すると(同意を前提としない倫理など聞いたこともないけど)
そこからは「約束を破ってはならない」とか「嘘をついてはならない」が言えるんじゃないかと思って問題提起をしてみた
>>352 じゃあ、「善いこと全般」と「正義」の相違点をキミが示せばいいんじゃないの?
>>353 ここで、「公共的現実(同意)を前提とした倫理体系を想定する」という事をする意味がよくわからないが。
それは、正義と何か関係あるのかね?
356 :
考える名無しさん:02/11/12 21:05
>承認は
>>328から持ってきたもの
>別にそれが正義かどうかはおいといて
>公共的現実(同意)を前提とした倫理体系を想定すると
>(同意を前提としない倫理など聞いたこともないけど)
ハートが言う「承認」なら、これは法の特徴としてあげられてるもので、道徳/倫理一般には特に
適用しません。というか、法から道徳を排除するための概念のようなものです。この「承認」ってのは、
例えば民主的に選ばれた政治家が国会である法律を制定する、といったような手順のことです。何であれ、
ある社会において正当であると認められる手続きに依って制定されたなら、それは法として「承認」された
ことになる。道徳(何が正しい事で、何が悪い事なのかの基準)は、その具体的な承認の過程に関与して
くるものなわけですが、ハートはこれを自体において問う事はしません。それは道徳の問題であるとして、
「承認のルール」という括弧でくくって研究対象から除外してしまう。研究の対象となるのは、既に
「法」として承認されたルールのみとなります。だから、ある法律が正当かどうかというのは、例えば
上位の憲法の関連条文に準拠しているか、論理的に矛盾しないかとか、その法律が実際のケースに
ちゃんと適用されているか、関連する証拠やら何やらを正確に把握しているか、といった問題のみになります。
>>355 この場合の正義の前提にある種の道徳が不可欠というだけ
となるとある種の道徳を正義として承認ではなく押し付けれるかなと思った
それが決して矛盾であるとは思わないし
>>357 >この場合の正義の前提にある種の道徳が不可欠というだけ
だから、それはなぜ?
それは、「その道徳における正義」に過ぎないのではないかね。
>>359 承認するという行為は、その行為に関しては約束を破らない、うそをつかないということも述べているでしょ
>>360 承認という行為は「述べること」ではないんじゃないの。
口にだされない「承認」はいくらでもあるし、
(実際、我々は社会のルールについてある程度承認しているけれど、
必要がなければそれを口にだしたりしないよね。)
承認を「述べる」必要があるのは、その行為の結果を、
他人に知らせる必要がある場合だけでしょ。
この場合の「述べる」は、それは「先んじて行われた」承認という行為ついて、
相手に伝達しているだけじゃないの?
>>361 すると承認というのはナマの事実でなく
規範、すでに倫理の一部としての行為と言えるね
私的道徳においてそれを承認し
その旨を言葉に出した瞬間にナマの言葉として「承認」が成立する
そんな感じになるのかな
>>362 >すると承認というのはナマの事実でなく
>規範、すでに倫理の一部としての行為と言えるね
私が述べた「承認」の性質のうち、何が、どういった理由で、
承認が、「ナマの事実でなく 規範、すでに倫理の一部としての行為」である、
という結論の根拠となるのかね?
>>364 「承認」という発言、「承認」という署名はともに述べられた事実(確認される事実)というナマの事実であるが
ここで正義として扱われている「承認」はそのようなナマの事実ではなく
自らの意識の中でそれを承認するという行為ということ
規範と言う言葉はナマという言葉を使ったからつい対となるようにポロッと言ってしまった
撤回する
>>365 >ここで正義として扱われている「承認」はそのようなナマの事実ではなく
だれがどこで、どういった文脈で、「承認」を「正義」として
扱ったというのかね?
少なくとも私は(名無しで申し訳ないが)「承認」それ自体を、
無条件で「正義」として扱った覚えは無いが。
>>366 別にあなたがそのように扱ってなくてもいいよ
俺も必ずしもそうとは思わないよ
ただそのような流れだからそう仮定して話をしているだけ
何をどう仮定してもいいからとりあえず考えようよ
368 :
考える名無しさん:02/11/18 00:08
みんな性器が好きなんだね。フェチ。
誰か話をまとめてくれよ。ほとんど何喋ってるのか意味不明。
定義の出来ない言葉。
第三者が付随的につけた自分の所作の結果。
371 :
考える名無しさん:02/11/18 03:03
>368
性器が好きなのはフェチなのか?
といらんツッコミを入れてみる・・・
>>367 >ただそのような流れだからそう仮定して話をしているだけ
そのような流れであると主張しているのはあなただけだが。
とりあえず、あなたと私においては、そのような仮定は無いわけだから、
その仮定は除外してよいのではないかね?
その話は、その仮定を導入しようとする人と話せばいいだろう。
>何をどう仮定してもいいからとりあえず考えようよ
私はちゃんと考えているが。
私は、「ある規則についてそれを守ることが、その規則についての正義だ」といっている。
ここで、私もあなたも主張していない、誰が、どういった文脈で主張しているかもわからない
得体の知れない仮定を唐突に導入しなければならない理由が
私にはさっぱりわからないが。
>>372 別にどのような流れでもいいよ
とりあえずこのスレでなんかの形で正義を仮定して
考えていこうよと言っている
どんな形だろうとスレを進めていこうと
>「ある規則についてそれを守ることが、その規則についての正義だ」
と仮定して話を進めよう
では「守る」とはどのような状況において守ると言えるのだろうか
「守る」という決断において言えるのか
それとも結果的に「破られなかった」という事実から言えるのか
前者ならば確認できないとてもあやふやなものに見えるし
後者ならば破られなかったことを確認された後にしか正義としか言えない
ふと思ったが犯罪者が犯罪行為を行い刑法によって裁かれるのは
憲法については不正であるが刑法については正義であるとなるね
正義とはこのような何らかの基準から見て、違反したかしてないか、
その規範が持つ範囲の内か外かについての言及となるね
正義の基準は自分の心です。
>>373 >「守る」という決断において言えるのか
その場合は、正義を行う決断をしたのであって、
決断をしたから正義なのではない。
決断した内容が正義だ。
>それとも結果的に「破られなかった」という事実から言えるのか
それは、「破られなかった」という「事実」が「存在するから」「正義」なのではない、
「破られなかった」という「事実」の「内容」が「正義」だ。
376 :
考える名無しさん:02/11/18 21:09
>>371 フロイトによればフェティシズムですよ。
といらんツッコミを・・・ツッコムってヤらしいなあ!おい!
>>375 なるほど、正義とは「範疇に適す」みたいな意味なわけだ
逆に言えば不正とは「範疇を逸脱する」とも表現できそうだ
378 :
ドゥルシラ・コーネル新刊:02/11/21 02:24
正義の根源
定価 3200円+税 ISBN4-275-01931-8
著者 Drucilla Cornell ラドガース大学教授 法哲学・政治学・女性学
監訳 仲正昌樹 なかまさ まさき 金沢大学法学部助教授
訳者 川久保文紀 かわくぼ ふみのり 中央大学法学研究科博士課程在学
訳者 小森謙一郎 こもり けんいちろう 東京大学総合文化研究課博士課程在学
訳者 望月清世 もちづき さわよ 九州大学法学研究院助教授
訳者 藤本 亮 ふじもと あきら 活水女子大学健康生活学部助教授
訳者 澤里岳史 さわさと たけし 早稲田大学非常勤講師
訳者 西山雄二 にしやま ゆうじ 一橋大学言語社会研究科博士課程在学
本書の目次
第1部 法と政治における表象と理想
1 ぼさぼさ髪の女たち(ラス・グレニューダス):意識向上運動を振り返って
2 拡散する差異:フェルスキー「差異のドクサ」についての批評
3 反人種主義、多文化主義および同一化の倫理(サラ・マーフィーとの共同執筆論文より)
4 自由の良心
5 啓蒙主義を啓蒙する
第2部 何故権利なのか?
6 労働者の権利と正当事由を求める法律の擁護
7 ヘーゲルと解約任意の雇用契約(リチャード・ボズナー著)
8 スペイン語の権利:自己同一化、自由、そしてイマジナリーな領域
訳者あとがき
379 :
考える名無しさん:02/11/21 03:04
>>376 いわれてみれば、性器だけ見せられても興奮しませんね。
・・・スレタイ違いも甚だしくて、失礼。
「正義」の規準・定義を定めたとして、そしてその内容が何かの「価値」だとして、
どうしてそれを尊重しなきゃならんのでしょう。「倫理」でも「道徳」でも「法律」
でも何でも同じなんですが。
誰かが正義と何か他の価値(たとえば自分の欲望)とを「比較考量」した上で、
正義の方を捨てたら(たとえば「人を殺してはいけない」というのが「正義」
だとして、「正義は大事だけど、でも自分は殺すと気持ちいいから、検討の結果
やっぱり殺すね」と言った場合)、もう正義の側から言えることは何もないように
思うのですが。力ずくで制裁を加える以外は。
「約束を守るのは大事だけど、守るとまずい結果になりそうだから、検討の
結果やっぱり破るね。」でも、同じことのように思えます。
正義って結局、力なのかな。
正義(公正)の基準が法であれ道徳であれ、
社会によって基準が異なれば、異なる正義が存在し、
それが対立する場合には、強者の基準に統一され、
強者の正義が正義となる。
個人レベルから、これが繰り返されて
より大きな集団に適用されていくと考えるなら
国家や国際社会レベルまで至ったときの正義が
本来自分(達)の考える正義と一致しない場合が多くなるのも
無理からぬことなのかと。
と、スレを読んで思いますた。
プラトン国家のトレシュマコスとの議論くらい読んでおけyo!
384 :
考える名無しさん:02/12/12 18:49
定言命法が正義の一つの答えじゃないかと思うのだが。
385 :
考える名無しさん:02/12/22 03:35
>>384 定言命法は道徳だろ。
カント『道徳の形而上学』を読め。
386 :
考える名無しさん:02/12/22 05:24
>381
それは道徳哲学の一つの方法に過ぎない。
道徳哲学の方法がそれであるとは言えない。
388 :
考える名無しさん:02/12/22 12:29
>>386 ミルでもカントでもデカルトでも何でもちゃんと読んでから物は言おう。
389 :
考える名無しさん:02/12/22 14:02
「正義の名において我々は…」
などとも言うように、己の信じる信念であろう。
sage
391 :
吾輩は名無しである:02/12/22 19:25
志賀直哉は正しい。『仏語の国語化』。すべし、すべし!!。正義への一里塚だ。
392 :
世直し一揆:02/12/27 16:25
<血液型A型の一般的な特徴>(見せかけの優しさ(偽善)に騙されるな!)
●とにかく気が小さい(神経質、臆病、二言目には「世間」)
●他人に異常に干渉する(しかも好戦的・ファイト満々でキモイ)
●自尊心が異常に強く、自分が馬鹿にされると怒るくせに平気で他人を馬鹿にしようとする
(ただし、相手を表面的・形式的にしか判断できず(早合点・誤解の名人)、実際にはたいてい、内面的・実質的に負けている)
●「常識、常識」と口うるさいが、実はA型の常識はピントがズレまくっている(日本の常識は世界の非常識)
●権力、強者(警察、暴走族…etc)に弱く、弱者には威張り散らす(強い者に弱く、弱い者には強い)
●あら探しだけは名人級(例え10の長所があってもほめることをせず、たった1つの短所を見つけてはけなす)
●基本的に悲観主義でマイナス思考に支配されているため、性格がうっとうしい(根暗)
●一人では何もできない(群れでしか行動できないヘタレ)
●少数派の異質、異文化を排斥する(差別主義者)
●集団によるいじめのパイオニア&天才(陰湿&陰険)
●悪口、陰口が大好き(A型が3人寄れば他人の悪口、裏表が激しい)
●他人からどう見られているか、体裁をいつも気にしている(「世間体命」、「〜みたい」とよく言う)
●自分の感情をうまく表現できず、コミュニケーション能力に乏しい(同じことを何度も言う、知障)
●表面上意気投合しているようでも、腹は各自バラバラで融通が利かず、頑固(本当は個性・アク強い)
●人を信じられず、疑い深い(自分自身裏表が激しいため、他人に対してもそう思う)
●自ら好んでストイックな生活をし、ストレスを溜めておきながら、他人に猛烈に嫉妬する(不合理な馬鹿)
●執念深く、粘着でしつこい(「一生恨みます」タイプ)
●自分に甘く他人に厳しい(自分のことは棚に上げてまず他人を責める。しかも冷酷)
●男は、女々しいあるいは女の腐ったみたいな考えのやつが多い
393 :
炎の東洋思想家:02/12/30 13:51
己の良心が正しいと直感したもの。それを「義」という。すなわち西洋流に
いうとそれが「正義」だ。
(^^)
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