【奈良】古代日本に"ピラミッド" 蘇我馬子の父、稲目の墓? 都塚古墳(画像と動画あり)
1 :
brown_cat ★@転載は禁止:
2 :
brown_cat ★@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:30:11.20 ID:???0
蘇我稲目とは
蘇我稲目は、6世紀に蘇我氏が有力な豪族として繁栄する礎を築いた人物とされています。
「日本書紀」には、536年に「大臣」になったと記されています。2人の娘は欽明天皇の妻となり、さらに娘が産んだ3人の孫は天皇となって、稲目は強大な権力を手にしました。
また「日本書紀」には、大陸から朝鮮半島にかけて勢力を誇った「高句麗」から来た2人の女性を妻にしたと記され、高句麗と深い関係があったという指摘もあります。
稲目が570年に死んだあと、強大な権力は息子の蘇我馬子に引き継がれますが、孫の蝦夷、そしてその子どもの入鹿は、645年、中大兄皇子と中臣鎌足によって滅ぼされました。
「蘇我稲目は別の古墳に埋葬」
古墳に詳しい大阪府立近つ飛鳥博物館の白石太一郎館長は「この時期、豪族の長は『前方後円墳』に葬られるのが通常で、わざわざ四角い形の『方墳』に埋葬するとは考えにくい。
蘇我氏の長である稲目は、奈良県明日香村にある別の前方後円墳に埋葬されたと考えている」と話しています。
「すぐには結論出せない」
飛鳥時代に詳しい東京学芸大学の木下正史名誉教授は「日本ではこれまで例のない構造の古墳だ。近くには蘇我馬子の墓という説もある『石舞台古墳』があり、蘇我氏の有力者の墓である可能性が考えられる。
その一方で、この地域は大陸や朝鮮半島から渡来してきた人たちが集まり住んだ場所で、有力な渡来人が埋葬された可能性も考えられ、すぐには結論を出せない」と話しています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140813/k10013784831000.html
3 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:31:31.81 ID:KrDrSlEPi
ムーに日本にピラミッドがあるって書いてあったが本当だったのか?
4 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:31:40.64 ID:85boCCxf0
う〜ん
ミステリ〜
むしろ、誰かがすぐに思いつきそうな形なのに、
日本ではあまり例がないことが不思議な感じ。
6 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:31:52.20 ID:63k/o6ZB0
ピラミッドの起源は日本なんだね!
7 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:32:55.45 ID:ebaPakoL0
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8 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:32:58.85 ID:+0C5CLSp0
否めない稲目
つうか、肝心要のかなめは
渡来人の韓人金目に由来すると20年俺を騙した兄貴元気か?
つ「方墳」
10 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:33:21.65 ID:D0f/iMNR0
ピラミッドには見えなかった
11 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:33:51.64 ID:o3cR6yjZ0
すぐに韓国人が首突っ込んできて気持ち悪くするよ。
12 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:34:04.40 ID:AAC3mlSG0
丘?
13 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:34:48.92 ID:KrDrSlEPi
積石墳は高句麗にもあるんだが、ピラミッド形してる?
蘇我氏は高句麗から来たの?
14 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:35:04.62 ID:KdQ1JrnJ0
ピラミッドの起源は韓国 ピラミッドの起源は韓国
15 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:35:46.94 ID:H6pwowT9O
馬子たんハァハァ
16 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:36:29.95 ID:3xQ33UNy0
ピラミッドと言うからおかしくなる
方墳だろ
17 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:36:32.44 ID:K/y/UipN0
そもそも日本書紀に書いてあることが真実だと仮定して出発することが間違っている。
日本全国にある古墳を全部調べて被葬者が誰なのかを特定する作業から始めるべきだ。
<丶`∀´>ウェーハッハッハ
高句麗の1、2、3の数詞と日本の数詞のヒフミは一致するんだよね。
つまり、言葉が似ていた。
高句麗の言葉は現代の韓国語とは違うらしい。
20 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:37:24.72 ID:xebZvTQR0
何で韓国に絡ませたレスがあるんだよw
千年パズル
22 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:37:50.24 ID:sLyal+a80
ビラミットという記載から
はがき一枚入らないような石の積み重ねを期待していたのに
・・・・・・残念だ。
23 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:38:36.30 ID:eoneCQX80
蘇我天皇家の墓か。
>>8 自打球した打者が3歩歩いたらOUTって言った兄貴元気かな?
25 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:39:14.73 ID:QRDc6loli
特定アジア系ギャングの抗争だな
26 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:39:59.89 ID:u5x/uqq20
8月15日を前にNHKは午後7時にニュース性の薄いこんな放映して。
何考えとるねん8月15日の朴姐さんの宣言の予定稿などアゲツラッテ
蔑視冷笑するニュースでも流せよ。
27 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:40:00.34 ID:CRuxv1c40
>>20 歴史モノのスレに「ファンタジィ」を感じるんだろ。
ローマングラス(とんぼ玉みたいなもの)も有ったらしい蘇我氏=ペルシャ人説
日本の雑誌で購入していい物は、婦人公論と中央公論だけ。
ムー?
ちょっと…
稲目は天皇のおじいちゃんだっけ
あれ、奥さんが高句麗出身?
あっ(察したニダ)
31 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:41:54.33 ID:+fZ+I43m0
榊原真輝
32 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:41:56.34 ID:K/y/UipN0
>>24 ガキの頃、俺が完成したばっかりのマイティジャックのマイティ号のプラモデルを
俺の留守中に勝手に持ち出して大破させた上に公園に置き去りにしてきた俺の
弟は残念ながら元気だ。
33 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:41:58.89 ID:nrmsTb7m0
でもやっぱ前方後円墳の方が”古墳”ってイメージ強いな
どうでもいいけど
34 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:42:09.18 ID:KrDrSlEPi
蘇我氏は高句麗の有力な氏族で仏教徒だった。
継体天皇に取り入って、物部氏と並ぶ豪族となった。
って考えれば辻褄があうな。
>>1 >大陸から朝鮮半島にかけて勢力を誇った「高句麗」から来た2人の女性を妻にしたと記され
高句麗の王族の女性を妻にしたのなら、そう書くはずだよな。つまり単なる高句麗出身者ということか。
高句麗の王族から嫁をもらえない程度の男が王族と同形式の墳墓を築くのは、序列の観点から難しいのではないか?
36 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:42:27.68 ID:3xQ33UNy0
古墳はそもそも高句麗あたりで始まったと言われている
それが日本に影響を及ぼし日本の古墳時代が生まれる
その間に日本から半島南部へも伝播する
37 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:43:25.99 ID:VZEIucqN0
韓国は何の歴史もないからどうしても日本に便乗しようとしてくる。
猪熊先生相変わらず舌足らずw
ま、そもそも桓武天皇のカーチャンが百済に縁のある方だからね…
ソースは陛下
キバヤシ 「あったんだよ・・・この日本にも・・・ピラミッドがっ!!」
42 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:45:11.68 ID:KrDrSlEPi
蘇我氏がいきなり仏教に帰依したって、唐突だしな。
高句麗人だったなら納得
43 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:45:34.66 ID:nukyfn8+0
記紀が編纂されたのだって6世紀くらいじゃなかったっけ
影響がなかったと考えるほうが難しいだろ
44 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:46:02.58 ID:3xQ33UNy0
>>36の続き
朝鮮半島はストローでもないわけよ
満州から日本に来るには船、船で半島南部の中継港を経て日本に来るわけさ
45 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:46:06.18 ID:sLyal+a80
46 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:46:31.93 ID:lIKWAcf9O
高句麗の喜組か!
まああの時代は日本海がなかったしな。
大陸からの訪問者もいっぱい居ただろ。
48 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:47:09.23 ID:6GFrOn8i0
16日に現説か
行くしかないか
49 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:47:57.16 ID:SQDYYeuC0
考古学者 見てきたような 嘘を言い
50 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:48:14.97 ID:iDW3lMPm0
人間がやることだから、有る程度は似か寄る。
ロマンなんて勝手に感じりゃいいけどさ。
当時の人間はお前のロマンになるためにやったわきゃ無いから。
まあ、くだらない胸熱は抑えて歴史を調べてあげて。
研究者さん。
51 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:48:53.20 ID:6yJFhJuv0
現代でも古墳って造ってもいいの?
52 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:49:07.46 ID:CRuxv1c40
53 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:49:14.39 ID:XkcNnDdY0
階段状の箇所はあったけどピラミッドとは言い過ぎ
54 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:49:20.27 ID:KrDrSlEPi
高句麗語と日本語は似てるという説があるな。
55 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:49:26.91 ID:p2hGT7nI0
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
高句麗
どうせ前方後円墳みたいに日本発祥だろ?
57 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:50:45.30 ID:famIuQwQ0
ピラミッドっていうけどジグラッドだからな。
蘇我氏はそういう文化を持った部族だったんだな。
58 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:50:54.28 ID:2UiJCWow0
59 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:51:10.53 ID:+I5+HaJB0
40m角って言ったら結構でかいよな。なんで今まで分からなかったん?
60 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:51:15.10 ID:nukyfn8+0
過去のはるか昔に大陸やもっと西方の影響を受けてたからって
今の日本人が動揺する理由がわからんよ
韓国みたいに遺跡を埋め立てたりしないだけまともだろうよ
61 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:52:18.45 ID:yLurTPWqO
なんかまた、馬鹿朝鮮人が喜んでるらしいが、
その当時の高麗人は今の朝鮮人とは、別だから。
中国の古文書にもかかれているし、欧米でも研究していて、
すでに結果が出てるから。
エジプトにあったんだから伝聞で日本にあってもおかしくないわな
63 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:52:57.03 ID:ubKcbBsW0
>>8 げんきだよ
俺の傍でかわいい寝息立ててるよ
64 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:53:06.76 ID:yLBx8AyJi
ピラミッドは韓国が発祥ニダ
高句麗は今の韓国人とは無関係
蘇我氏はエジプト人ピラミッドは韓国起源イムニカ?
ほらね。ピラミッドの起源は韓国だったニダ
69 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:55:39.84 ID:+0C5CLSp0
>>63 アルジェリアとナイジェリアの話をしはじめて
アルゼンチンの同盟国のナイゼンチンという架空の国の話になったら
それは都合が悪くなってる証拠だから別れ話って意味だぞ
70 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:55:41.77 ID:nzhVUv8c0
>>36 こら、嘘をつくな
高句麗最古の古墳は「安岳3号墳」で、墓誌から建設は375年だ。
かたや日本最古クラスの「箸墓古墳」は250年前後で規模も技術も格段に上である
そもそも、高句麗も新羅も百済も任那も、石器狩猟民族をルーツとする朝鮮人とは何の関係もない。
中世以降にシベリアから南下してきた朝鮮人は日本とシナを先生にして文化を学んだが、
低脳のために基礎的かつ重要なものを幾つも取りこぼしている。
◎朝鮮人は赤点民族
高句麗語って詳細わかってるんだっけ?
構造言語学で再現不能ってどっかで見たような
7時のニュースより
NHK「この古墳は古代の韓国から伝わったもの。日本人は韓国人を先生として常に敬い従え」
だそうです。
73 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:57:08.44 ID:2t5ejGoqO
城跡の石垣見たら、ピラミッドに見えるレベル以下の記事!
74 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:57:37.30 ID:D15tzrjc0
日本人は一般的に言われる「黄色人種」ではないよ。
黄色人種(イエロー)とは韓国人や中国人のことを指す言葉であって、
日本人はむしろ白人の仲間と欧米では考えられている。
75 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:57:46.28 ID:Yw4939rI0
蘇我はネトウヨ
77 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:58:25.57 ID:R8wQ7euL0
馬子の墓は盛り土引っぺがされてたんだからオジイチャンのお墓もそのぐらいされてそうだけど
稲目説をゴリ押しするNHK
79 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:58:59.88 ID:Nlhi1oRM0
>>3 昔いくつか行ってみたけどどれも普通の山だったよw
記紀の蘇我氏は[汚い]蘇我氏
記紀の聖徳太子は[綺麗な]蘇我氏
実は同一の存在ってのが今の定説
蘇我氏がチョンてのは疑いようがないが、現天皇家との繋がりは不明
天武天皇で一度リセットされてるだろうし
81 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 21:59:37.27 ID:A0LMTp4e0
82 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:00:15.19 ID:+0C5CLSp0
「最後は稲目でしょ!今でしょ!・・
どうだ、寒くなっただろ?冷房サービス。
あ、寒くなったの部分は成金が札束に火をつける風刺画で書いてねw」と
はしゃぐ石原伸晃であった
83 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:00:29.19 ID:nzhVUv8c0
>>44 ああ、おまえか
おまえの妄想は、もう見飽きたわ。
「古事記」を知っているか?
「古事記」に記された古代神話、習俗はすべて南方海洋漁労稲作をベースとする
南方民族のものであり、北方系である満州(ツングース)のものは欠片も含まれていない。
仏教に凝ったり、当時ではハイカラだったんだろうな。
墓を掘り起こせばどんどん解明されるんだろうけど、今のところはまだ駄目なのね
86 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:03:33.08 ID:K/y/UipN0
日本の古代史は確実なことが何も言えないカオス状態だが、今の学校では古代史を
どういうふうに教えているのだろう。いまだに十七条憲法や遣隋使や冠位十二階制度
は聖徳太子がやったなんて教えているのだろうか。
87 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:03:45.25 ID:nzhVUv8c0
>>72 朝鮮半島に残る遺跡は日本と比べると格段に少なく、小さく、稚拙であり、
とてもじゃないが日本に文化を伝えるような先進国家ではないことが良くわかる。
朝鮮人や帰化人は嘘つきだが、遺跡・遺物は嘘をつかない。
88 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:03:46.14 ID:tMjtlWii0
南洋やインド洋の島国の階段ピラミッドそのものじゃない。
89 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:05:29.22 ID:jyyTM3CLO
古代日本文化は世界一発展してたからな
90 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:07:06.88 ID:nzhVUv8c0
>>89 そんな幼稚な皮肉で日本を貶めようとしても無駄
91 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:07:23.51 ID:2EAA+fZu0
92 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:07:25.08 ID:3xQ33UNy0
>>83 古墳に関しては大陸の影響が強いと思われる
発生時期からしてそう思うのが妥当
6世紀ごろってあまり資料がないから大昔のように思っちゃうけど
人類の歴史からしたら新しいほうなんだよな
古代ローマよりあとって考えると不思議な感じ
>>79 木々をのけたらピラミッドなんじゃない?
古墳だって被さってる土のけないとわかんないじゃん。
95 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:09:37.33 ID:xa4wJIpw0
ムー>>>>>>>>>>アカヒ
96 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:11:26.14 ID:aQwSD7Ot0
>>93 そう考えるとその時代の地域を今の国名で言うとイタリア、ギリシア、中東、あるいは中国に比べると日本はだいぶ遅れていた感じだね
97 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:11:43.70 ID:R8wQ7euL0
でもこの辺こんな古墳ごろごろしててほとんど未調査なのに
位置関係と形だけで特定しちゃうのはかなり乱暴だと思うな
98 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:12:14.47 ID:pR2WRGV/0
そもそも、こんな綺麗な石は近くに存在するの?どうやって運搬したの?
奴隷が存在したのか?
来た、来たー!
これで日本の古代巨石文明の証明となるわけだよ。UFO飛んじゃうよ〜。
100 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:13:15.80 ID:dJDo1OQ/0
朝鮮半島は大陸文化の通り道でしかない
ユーラシア大陸の盲腸
102 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:14:08.82 ID:qa7zfaEQ0
東北にピラミッドと言われてた山があるんだよな。
ある日、地震が起きて地元民が見たら山の天辺がへこんでしまってた、とか。
昔からあの山は空洞とか言われてたんだと…
中には…
103 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:14:12.45 ID:CPexlaACi
方墳と何が違うの?
104 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:14:24.52 ID:1H9I4Zht0
超古代ミステリー2:スフィンクスの鼻を壊したものはだれか?
http://quasimoto.exblog.jp/22255127/ クル族は中央アジアに進出し、古代中国の夏王国を築いた。
そこへも東欧から金髪碧眼の古代トルコ系の人種が入ってきた。
そして、夏王国はどんどん東へ押されていった。
そして最後に朝鮮半島の北端に高麗国(クル族の国)を築いた。
しかし、そこへもトルコ人とアジア人の混血した漢族あるいは漢人(あやひと)なる民族が
戦争をしかけてきた。そして、古代高句麗は激戦したが、最後の最後に
日本列島の九州に来たのである。それが倭国。邪馬台国だという。
というわけで、古代高句麗と古代邪馬台国はほぼ同じクル族ルーツだったのである。
しかし、古代高句麗のクル族=日本人の先祖の一部が朝鮮半島を去った後、
そこに住み着いたものは古代中国由来の漢人やその周辺の民族なのである。
何しろ、中国の後漢(中国では東漢というらしい)光武帝の時が、
古事記日本書記の神話の天皇の時代ということになっているから。
曹操とか劉備の時に卑弥呼だよ。
大和朝廷で隋とか唐なのさ。
根本的に韓国人が誤解してる事だが
倭人は朝鮮半島南部と九州北部にかけて居住してた有力民で
百済や新羅内でも大きな影響力を持っていた民族
韓国人が主張する渡来系帰化人てのは元々倭人系の人だったし
百済と結びつきが強かったのも百済には倭人が多かったという
背景があるんだよね
108 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:16:09.35 ID:rXCFonPYO
それよか神武天皇の謎を解くのが先じゃね?
>>97 古代史の研究って、一次資料が少なすぎて言った者勝ちの世界だからな
110 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:16:52.10 ID:nzhVUv8c0
>>92 おまえが勝手に思っても意味はないんだよ
俺は、きちんと年代をあげて否定した。
そもそもシナも、日本民族に近しい揚子江流域と、北の黄河流域では民族が異なる。
もちろん文化も違う。
どこぞのサイトの読み物を鵜呑みしているおまえ(何かコテハンがあったよな)が主張する満州は関係ない
んだよ。さっきも言ったが、古事記の解説本くらい読めよ。へんなサイトを見てる暇があるのなら。
ともかく、「思う」では駄目
ソースを出して反論してみなさいwww
111 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:17:34.97 ID:N4IvzrsPO
現韓国人は百済や高句麗の人々とは無関係
現韓国人により遺跡の類はすべて潰された朝鮮半島
112 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:17:42.96 ID:tMjtlWii0
>>94 唯一学術調査された黒又山も同じように
表土の下は石造りの階段構造だったってことになってるな。
113 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:18:33.77 ID:pR2WRGV/0
ピラミッドと高句麗という関わりから考えると、渡来人が高句麗から神道の流れを日本に持ち込んだ経緯もあるみたいだからさ。
さらに遡るとヨーロッパまで行き着く。日本とピラミッドの関わりは神道を通して関係あるかもしれん。
古墳はきちんと墓を掘り起こして調査すべきだと思うんだが。
ここをタブーにしててはいかんと思う。
115 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:19:39.63 ID:JiiE/Ufj0
石室が見える Gビュースゴスw
116 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:21:27.35 ID:6y2IsYSh0
117 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:21:45.46 ID:zsFMNu9f0
酒井 勝軍は正しかった
118 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:22:14.97 ID:y7epIyQN0
119 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:22:49.07 ID:tMjtlWii0
>>91 ローマのは意匠入りだから全然レベルが違う。
でこれは残念ながら新羅経由。
新羅は北方遊牧民経由でローマの財宝をざくざく集めていた。
121 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:24:07.03 ID:3xQ33UNy0
>>110 日本は島国だろ
だから環太平洋と大陸、四方八方の影響を受けてる
その中に高句麗もちょいと入ってるって話さ
122 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:25:02.35 ID:ylKOBfX80
ネトウヨには都合の悪い遺跡が出てきてしまったなw
韓国が日本に文明文化を伝え影響与えた決定的な証拠だな
123 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:27:02.38 ID:IESQ24v90
エベンキには関係ないだろ
地政学的に日本は、
大陸で迫害された知識階級が多数亡命してきたと想像する。
でなきゃこんな極東の島国が、
古代から現在まで隆盛を築けただろうか。
125 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:28:23.06 ID:tMjtlWii0
>>124 縄文時代から一応文化的にも栄えていただろ。
物部はブサヨ
127 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:29:40.52 ID:rscI8xuMi
古代の話に現代の国境や民族問題を当てはめるのはナンセンス
でも西日本・朝鮮の関係は、西日本・東日本との関係より緊密だったんだろうね
>>116 藤原なのがわかってるので見る必要が無かった
129 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:30:15.90 ID:R8wQ7euL0
知識階級の亡命移住は確かだろうけど隆盛とは言えないような
130 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:31:23.40 ID:rscI8xuMi
>>124 百済から上層の人間が相当亡命して来てるのは確定だね
王族とか高度技術者とかね
131 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:32:13.45 ID:cTNdoRym0
"香川俊介"財務省事務次官 『国民死ね!』
増税リスト
○消費増税 5%→8% →(10%)
○所得税増税 ○住民税増税 ○相続税増税 ○固定資産税増税 ○国民年金料引き上げ
○高齢者医療費負担増 ○診療報酬引き上げ(医療費値上げ) ○40−64歳介護保険料引き上げ
○発泡酒増税 ○タバコ5%増税 ○株の配当や売却にかかる税率の引き上げ ○電力料金大幅値上げ
○軽自動車税増税 ○高速料金大幅値上げ ○ETC割引縮小 ○石油石炭税増税
○年金支給減額 ○児童扶養手当減額 ○配偶者控除廃止 ○残業代ゼロ合法化
○死亡消費税導入 ○携帯電話税 ←NEW
↓
国民から搾り取った金を公務員と議員と大企業だけが受け取る
○公務員給料&ボーナス大幅アップ ○議員歳費20%削減廃止 ○法人税減税
●大増税で国民を苦しめる悪魔の財務官僚"香川俊介"とは?
香川俊介は小沢・細川政権時代に国民福祉税を導入しようとした生粋の消費税増税派であり
近年の消費税増税も香川の一派の主導。
現在、財務省には官僚100名で作られたマスコミ対策専門チームが存在しそれを統括してきたのが香川。
香川は新聞社・テレビ局を税務調査で脅す恐怖政治でいいなりにすることに成功。
マスコミは香川に脅されていいなりとなり増税路線を支持して世論誘導している。
マスコミをコントロールできることが香川が財務省と官邸を支配する力となっている。
※財務省によるマスコミ恫喝リスト
2009年、朝日新聞が国税局から約5億1800万円の申告漏れを指摘され社員を処分。
2009年、読売新聞が国税局から推定2億7000万円の申告漏れを指摘される。→以後、読売新聞は財務省の天下りを受け入れる。
その前には日テレ、フジテレビ、NHKも申告漏れを指摘された。これ以後マスコミは財務省のいいなりとなった。
大増税とマスコミへの恐怖政治の主犯"香川俊介"の画像
http://i.imgur.com/B8XReNL.jpg
132 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:35:48.16 ID:RAr5D/vS0
>>6 日本にピラミッドを真似されたニダ
起源はウリナラニダ
133 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:37:14.80 ID:DDbfyE3j0
134 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:38:50.22 ID:yDkv6TD80
チョンがまた大喜びして歴史歪曲すんだろ。
すぐ近くに泊まってるし、あした現場に行ってくるわ
テレ朝スタッフがいたら天皇家と朝鮮半島の関係を熱く語ってくるよw
136 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:41:27.76 ID:C4QiDJ180
最近スレタイ読んだだけで韓国と絡める奴いるなって分かっちゃう
ピラミッドと間違えた つって吉村先生呼んでから掘ってみればよかったのに
138 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:41:32.45 ID:sWhVYPCX0
またジャップ得意の遺跡捏造ゴッドハンドでござるか…
139 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:41:37.53 ID:4+0zMvcW0
小野妹子は男
140 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:43:12.94 ID:26sESpWl0
まあ隋に送った日出処の天子云々も高句麗と関係深くて当時の国際情勢
分かってないと送れないからな。
141 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:44:21.99 ID:nrmsTb7m0
蘇我馬子も男
天照大御神も男神
>>130 白村江の敗戦で残ったのもほとんどが虐殺されただろうな
144 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:46:39.91 ID:aQwSD7Ot0
>>142 え?女神だったような記憶があるんだけど
145 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:48:52.78 ID:1LGpz4k50
日本史は数ページで挫折して不選択にした
稲目って世界史でいうと誰クラス?
146 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:51:00.98 ID:OoxJSNWt0
蘇我馬子は崇峻天皇を殺した大罪人。
父親(崇峻天皇)を殺された子の蜂子皇子は東北、山形県庄内地方へと逃れた。
後、蜂子皇子は出羽三山開山し羽黒山修験道の開祖になった。
羽黒山五重塔は国宝。
147 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:51:50.94 ID:QKtk1k1t0
>>124 シベリア樺太北海道本州が地続きだったころに渡ってきたアイヌ系が縄文で
漢族に追い出された長江文明の生き残りが船で渡ってきた弥生系とのの混血が今の日本人
148 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:52:20.19 ID:R8wQ7euL0
まあ古代までさかのぼらなくても李氏朝鮮の王族も今や日本人になってるだろ
そういうことが繰り返されて来たんだろうな
でも、これは稲目の墓とは何となく思えないな
昔、雑誌ムーに載っていた記事が次々と
一般に認められる事実になってくるな。
150 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:53:28.56 ID:VJcNvk4I0
今さら何騒いでるのかわからん
もっと有名な石舞台古墳が破壊後の方墳て昔からわかってただろ。
>>148 藤原鎌足で99%確定な阿武山古墳と違って何か出土したというわけでもないからな
聖徳太子が隋の煬帝に送った有名な手紙「日出ところの天子...」の差出人はタリシヒコ
正史では太子は女帝推古天皇の摂政。
蘇我馬子が大王だった可能性はかなり高いと思う
154 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 22:59:11.63 ID:P389Gcv60
古墳の規模としては小さいな
155 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:00:51.41 ID:F9H+oliY0
マジでさ。
古代日本はかなりの大国であり先進国だったんだよね。
>>154 大王とそれに従う各地の豪族とで主従関係がはっきり分かれて
後の朝廷の基礎となった仁徳帝の河内王朝がそれだけ凄かったということ
飛鳥時代は豪族が勢力拡大して大王の力がかなり弱まってた時代だな
157 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:08:14.56 ID:QKtk1k1t0
>>155 3000年ぐらい前に稲作が伝わってきて本格的な文明はそこからだから
四大文明に比べれば歴史は浅いよ
文明の発生にはどうしても大河と広大な平野が必要だからね
マジに僕の考えを書いておくと
当然当時、朝鮮と日本を分ける国境線はなかった
天皇家、蘇我家、物部家は半島にも領地領民持っていたが、
列島にも持っていた。
領地領民は入り組んでいたと思う
お互い戦いばかりしていては、大変なので共通の王、大王を立てようということになり
大和といわれるようになった
これ以上は不経済になるかもしれないので止めとくわ
159 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:11:01.20 ID:R8wQ7euL0
あの時代に一々日本海を渡ってまで領地を持つことの方が不経済だよ
>>1 百済渡来系出雲族・秦氏で島族名乗った説あるから・・
秦国の兵馬俑が埋まっていたピラミッド文化を引き継いでいるのだろうね。
スフィンクスはどこ?
164 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:21:06.22 ID:Dkl5eKdN0
木乃伊を薬として珍重してたくらいだから
普通にエジプトの文化は入って来てたのでは?
166 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:24:21.43 ID:KrDrSlEPi
ケメト(エジプトの古名)からアメン神を崇拝する一族が…
>>164 シメオン族とは・・中東→秦国→晋国・司馬氏→島津国造家島氏
>>167 巨石文化のパイオニア一族・・シメオン族
169 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:27:11.41 ID:8BxYXq6s0
ユダヤ人の本来の約束の地とは・・エジプトである。
♪びやーんびやーんびやーん♪
172 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:29:12.12 ID:e2rnuuUki
ピラミッドの起源は韓国
173 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:29:27.17 ID:KrDrSlEPi
ケメトが神武天皇と来た久米一族となり、アメンラー神が天照大神になったわけだね。
もしかしたらヒエログリフも書かれているかもしれない。
と吉村教授も驚愕の新事実が…
あったらおもしろいのにな。
>>164 即身仏って、どうなん?
時系列的に後だから、結局そのミイラの影響なの?
175 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:30:09.21 ID:D0YGL5W40
古代宇宙人説
176 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:31:13.84 ID:D0YGL5W40
>>174 そっちは仏教の極端なやり方であって、漢方薬とは関連しないとおも
漢方薬は人魚の粉末すらあった。あらゆるものが薬になってる
山岸涼子は稲目、馬子、毛人、入鹿を作中で描いている。
稲目は日出処ではなく別の漫画だが。
178 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:32:28.11 ID:mZxqMoDQ0
半島とのコネを持ってる事が、当時の権力者の前提条件だった
そのコネが高句麗系か百済系か新羅系かで派閥に分かれて、
各派閥が合従連衡して権力闘争していた
>>157 「文明」をどう定義するかによるけど、
「三内丸山遺跡」なんかを見ると、縄文時代はプレ文明期と呼んで差し支えないほど進んでいた。
約5000年前に、文字こそなかったけど、メソポタミア文明にも匹敵すると思う。
惜しむらくは、木造だったため、朽ち果てて残らなかったということ。
メソポタミアでも、広範な貿易が行われていたことが判明してるわけだが、
縄文時代の日本でも、貝、勾玉、黒曜石など、沖縄から北海道やシベリアに至る広範囲な物流があったことが確認されてる。
180 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:34:42.22 ID:gKSfODDE0
>>179 >メソポタミア文明にも匹敵すると思う。
臍が茶沸かしたがってるのが聞こえる.....
>>164 ミイラを薬として扱っていたのはエジプトでは無くヨーロッパだそうです
薬屋の定番商品になるほどの人気だったそうです
それがシルクロードを通じて中国に伝わり、日本に伝播したのでしょう
木造だったため朽ち果てて残ってないが、その名残は神社の狛犬として伝わってる。
ちなみにエジプトでは、木材は超高級品だったので、石で作るしかなかったが、そのおかげで朽ちることなく、現代まで残ってる。
>>173 フナト=クナト神
元杵築大社司祭・神門氏系譜
クナト大神−八島篠−布葉之文字巧為(ふはのもじくぬす)−八束水臣津野
−赤衾伊努意保須美比古佐倭気−八千矛┬伊佐我(伊佐波)
├阿遅須枳高日子・・神門氏・鴨氏
└高照光姫
184 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:36:23.08 ID:K3fm/Bkvi
剣山を調べてごらん。
185 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:36:32.09 ID:KrDrSlEPi
日本は文字なかったしな
土偶の意味すら分からない。
銅鐸すら意味が分かってないし。
186 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:37:08.87 ID:D0YGL5W40
イラクイランの次はエジプトか。
色々持ち出すなぁ。
188 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:38:07.21 ID:jX00mR6r0
もうなんもかんも徐福でいいじゃん
>>180 コチコチの石頭ではトロイの遺跡は見つけられませんよ
古代天皇家には朝鮮系の血が多く入ってるね
円墳 前方後円墳 方墳 とか習ったな
192 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:39:12.94 ID:D0YGL5W40
>>189 まぁでも文字があるとないとじゃかなり落差あると思う
193 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:39:16.39 ID:gKSfODDE0
>>119 須玖岡本遺跡出土品はインド-パシフィックガラスで、南〜東南アジア製じゃないの?
石棺の中にはクレオパトラがいまぁす
195 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:41:40.75 ID:gKSfODDE0
>>189 シュリーマンが発見したとされているトロイアがトロイアであったとする証拠はないんだよね...
狡猾にも一行目で逃げをうってるけど、三内丸山のどのあたりがメソポタミアに匹敵するの?
蘇我さんの家系って今もいるの?
>>182 木造の巨大スフィンクスがあったってこと?
まあそれはそれで面白いとは思うが。
199 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:43:15.27 ID:gKSfODDE0
>>144 記紀では女神とされるが、元来男神であったのではないか?
という説の話だと思う
200 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:43:17.62 ID:mZxqMoDQ0
古代日本の朝鮮半島との濃密なかかわりを知れば、
嫌韓など馬鹿馬鹿しい事だと気付く
竹島は日本の領土だけどね
国家間の対立はまた別の話だ
>>190 というか、向こうの王家に婿入りもしてる。
存外、海の隔たりはたいした事はない。
海は隔てるものでなく、つなげるものなのかもね。
203 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:47:31.75 ID:21uwqcDD0
ピラミッドの起源は韓国なんだな
>>198 巨大ではないが、あってもおかしくないという意味で
205 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:49:04.76 ID:3rqG0tsV0
これをつつくと、今の天皇が大化の改新で蘇我氏から天皇の地位を簒奪した
ってバレるだろ。
積石塚の高級版みたいに見えるけど、近畿地方だと時期が微妙にずれるからなあ。
渡来人を故郷のお墓に模した墳に埋葬したんじゃなかろうか
エジプト以前にピラミッドはあった
人類最古の都市シュメール人のジッグラッド(階段ピラミッド)
エジプトのも初期には階段式ピラミッドだったからあきらかにシュメールのジッグラッドに影響を受けた
ユダヤ人は遊牧民だが、先祖はシュメール人と称してる
しかし、現実的に考えて先進的な未来都市の市民が町をすてて、遊牧民になるだろうか?
東京都民が、モンゴルに行ってウシを飼うわけがない
これはあきらかなうそであるが、そんだけ古代の世界でシュメール人の名が鳴り響いていたという証拠であろう
ようするに神奈川や千葉の人がいなかで「東京から来た」といい、尊敬を受けるようなもの
都市シュメールは滅亡したので、その技術者はエジプトなど世界各地に散っていったと思う
208 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:50:46.71 ID:mZxqMoDQ0
そう言えば、蘇我も「おおきみ」って呼ばれてたんだよな
>>200 古代、朝鮮半島に住んでた民族と、現代の韓国・朝鮮人は、別種と考えるのが妥当
南米のピラミッドはどういった起源で、どういった技術なの?
綺麗な四角錘という形状にはなってなかったりするが、
不定形な石を僅かな隙間なく組み合わせる技術という事では
エジプトを凌駕してそうだよね。
宇宙人に教わったとしか思えないような要素もあるが、どうなんだろう?
211 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:51:36.64 ID:3rqG0tsV0
仁徳天皇陵とかも、宮内庁が調査禁止にしてるのは、仁徳天皇が蘇我氏だかららしい。
>>196 日本は○○家滅亡ってなってても分家筋が残ってる場合が多い
蘇我の前に滅ぼされた大伴も直系以外の子孫が残ってたし
>>59 土に埋もれてたからだろうけど
あちこちの古墳掘り返したら
ピラミッド結構出てきたりしてな
>東京学芸大学の木下正史名誉教授
木下、、、これ突っ込むところ???
216 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:54:37.49 ID:gKSfODDE0
>>211 "仁徳天皇陵"に"仁徳天皇"が埋葬されていたとしたら...すごいぜ!
>>207 どうだろうなぁ。
権力争いに負けたグループが落ちぶれるのもありうる話だけど。
蘇我馬子=島大臣
219 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:56:22.17 ID:mZxqMoDQ0
>>209 別種ではないよ
三韓が今の韓国人のルーツの内の大きなグループを成している
民族がすっかり入れ替わってるとかのトンデモ論は、
姿勢を疑われるから控えたほうが良いよ
220 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/13(水) 23:56:23.28 ID:h4DEZUc0i
蘇我氏のルーツは、武内宿禰
超古代文明の遺産だろ
少なくともその影響を受けた遺跡であることは間違いない
ウガヤフキアエズ朝の実在を示す遺跡だ
武内宿禰・・紀氏の子筋、蘇我の兄弟氏族に・・波多氏・巨勢氏・角氏が居る。
224 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:02:35.93 ID:bQTTLpHN0
>>220 ローマもギリシャも4大文明じゃないだろ。
4大文明はもっとずっと昔だからw
日本は大化の改新までは文字も持たなかった野蛮人w
日出処の天子だろ!!!!!!
227 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:06:51.50 ID:K0K5PMWvi
ピラミッドなら墓じゃねーだろ。
>>224 文字のあるなしだけで野蛮と決め付けるのは人間性への冒涜じゃないか?
稲作をマスターしてからは、定住してちゃんと集落を運営していたようだが。
229 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:08:49.76 ID:av+7h4eX0
古代史のこれまでの流れ
古代史に限れば日中双方からフルボッコにされてるチョンはどう反論するんだろw
日本 = 日本書紀に「391年に神宮皇后が百済と新羅を征服したと書いてある。」
韓国 = 捏造だ。
中国 = 満州にある碑文にも倭国が海を渡って百済と新羅を臣下にしたと書いてある。
韓国 = 捏造だ。
中国 = 中国の歴史書の宋書にも倭国が朝鮮半島南部を支配した記録がある。
韓国 = 捏造だ。
中国 = 中国の歴史書の魏志倭人伝には既に3世紀から倭国では鉄の鏃を使ったと書いてある。
韓国 = 捏造だ。
中国 = 中国の歴史書の随書にも倭国は産物も豊かで鉄の鏃で武装した軍隊を持つ。百済と新羅は倭国を大国として敬ったと書いてある。
韓国 = 捏造だ。
日本 = 日本や中国の歴史書や発掘品は全て捏造なのか?
韓国 = そうだ!韓国に都合の悪い歴史書は全て捏造だ。
中国 = 中国の歴史書まで捏造か?
韓国 = そうだ。歴史書が本物だとしても,日本という名前は7世紀まで無かった。倭と日本は違う。
日本 = 韓国最古の歴史書、三国史記に「670年の十二月に、倭国が国号を日本と改名した。日の出る所に近いから、これをもって「日本国」としたとの事である。」とあるが?
韓国 = 捏造だ!
中国 = その三国史記「新羅本記」にも慶州を倭兵に包囲されたとか、王子于老を殺されたと言う記録がある。新羅は何回も王子を人質に差し出している。百済の武寧王は人質の子として日本で生まれた。
韓国 = 捏造だ!! 全部捏造ニダ!!
230 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:12:24.87 ID:Z3o9yRfv0
>>228 と、非定住民,非耕作民を冒涜するのであった
231 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:12:32.87 ID:WvEsu0980
>210
中米では
先代の王の墓の上に
次の王が重ねて墓を造り
巨大な墳丘を成す風習があった。
おそらくその延長上で多段式の墳墓になった。
エジプトの場合は複数代の王で一つのピラミッドを造った例は無い
(「王家の谷」を天然のピラミッドとみなすなら別だが)、
そもそも墓ではないと言われるようになった。
エジプトのピラミッドは頂上に化粧石を使う程度で
頂上に施設のようなものが無いが、
中米のピラミッドは頂上に葬祭殿のようなものがある。
233 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:13:28.33 ID:R0wqfHyw0
つーかピラミッドってヒモと棒っきれで直角出せないと造れないんだが当時のチンパンジーに出せたかどうか考えれば
安曇・海部・尾張・渡会氏が、徐福秦氏=出雲族だそうで、先住の神門氏は、天皇家と出雲族連合との勢力争いに呑まれ・取り込まれ出雲族に組み込まれた・・。
出雲国譲りを正当化の為に出雲族系譜の神門氏という系譜は、デタラメで、正しくは・・
大国主命と多紀理姫命との子神、阿遅須枳高日子命の裔が神門氏、神門の語源は、阿遅須枳高日子命が先祖代々から受け継いで身に着けていた、神度剣由来だそうだ。
※神度剣=大量剣は、十束剣(とつかのつるぎ)は日本神話に登場する剣。「十握剣」「十拳剣」「十掬剣」など様々に表記される伊耶那岐命の天之尾羽張剣(伊都之尾羽張剣)=天羽々斬剣。
大国主の時代では、布都御魂剣と呼ばれた。
石上神宮には、配神を両刃の伊耶那岐命の天羽々斬剣と主祭神として、片刃の布都御魂剣の2刀を祀っている。
建御雷神から神武天皇へ受け継がれた十掬剣が石上神宮主祭神の布都御魂剣で
阿遅須枳高日子命から神門氏、日本武=出雲振根=神門振根に受け継がれた神度剣が、石上神宮配神の両刃の天羽々斬剣と思われる。
西暦700年まで出雲大社以前の杵築大社の司祭が神門氏で、その子筋、島津国造家、島直氏の島族で、東海道に広がった島族が武蔵・千葉国造家の親筋。
山陽道に広がった神門島族をルーツにする島谷氏は、出雲族の拠点であった、播磨国(神戸市に掛かる)を発祥とし
元伊勢の比沼麻奈為神社・天の橋立 元伊勢 籠神社別宮 和貴宮神社・京丹後 大宮売神社宮司は、京丹後周辺の9社を兼任。
「仁徳陵ってデカいなぁ」
「ふん(笑) 始皇帝陵やピラミッドに比べたらゴミみたいな規模。偉大さが違う!」
「それなら、造成は大した悪行では無いね」
「(!)大きさだけならクフ王よりも始皇帝よりもデカいの造りやがった昔の皇室の罪は量りしれない!」
「それなら、世界的な偉業じゃん」
「‥‥」
「ところで仁徳陵にしろ応神陵にしろ、その主は今の皇室の先祖ではないらしいけど」
「そうだ、皇室の歴史なんて浅い!」
「だったら、巨大古墳造成で人民をこき使った罪は皇室には無いね」
「いや!あんなデカい古墳作らせたのは太古から人民を虐げてきた天皇家に決まってる!」
「それじゃ、あの古墳の主はやっぱり皇室の先祖なんだな」
「‥‥」
236 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:15:55.02 ID:a0qgF/Ml0
ま、韓国も古代の日本が文化的には多少遅れていても、
常に半島よりは人口の多い軍事大国だった…って事くらいは認めれば良いのにな
民族主義史観が邪魔してるんだろうが
237 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:16:05.44 ID:+/Bnq/q40
238 :
ホリエナジー有限公司@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:17:41.79 ID:5UETt29+0
>>224 wikiハングル
朝鮮語は15世紀半ばまでそれを表記する固有の文字を持たず、口訣(こうけつ・くけつ)・吏読(りとう)など漢字を借りた表記法により断片的・暗示的に示されてきた。
残念でしたねw日本人よりはるかに未開だった下朝鮮人
>>228 まてまて、外国人政権がハングル文字を再発見して習わせるまでアレな国の人かもしれんぞ
>>201 まぁゴミとか流れてくるし…
>>236 朝鮮がチャイナ の 影 響 で 進んでいた、ごく短い時代の事が忘れられんのだな
>>233 これより半世紀前に大仙陵古墳が作られてますし
242 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:21:31.77 ID:R0wqfHyw0
そんなことよ紀元前1200年にいったい何が起こったんだよ
カタストロフてw
243 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:22:17.59 ID:WvEsu0980
戦乱が相次ぐ大陸から
技術者もぞろぞろ逃げ出して渡来していたので
技術的には無理ではなかったと思われ。
244 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:24:20.40 ID:TXqw+QOs0
物部氏は蘇我氏に嫁入りしてる姫いるし、
蘇我氏から藤原氏に嫁入りした姫もいる
あの辺の登場人物は大体親戚
高松塚のように興奮する古墳は見つからんものかの
>>243 いや技術論じゃなくて形が珍しいって話だから
〜12000年前:朝鮮半島集落跡より大陸半島石器人に海を渡る能力なし
12000年前:朝鮮半島の人類絶滅、朝鮮半島無人化
7000年前:縄文人が無人の朝鮮半島に渡来
4000年前:北方中国人が朝鮮半島へ侵入
日本の稲作
陸稲作6000年前〜
水田稲作3000年前〜
ロシア人+東南アジア人=日本人
日本人+中国人=韓国人
>>224 大陸のような虐殺大好き強姦大好き拉致大好き野蛮人に関わらないで本当に良かった。えんがちょ。
249 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:29:21.20 ID:fk8a7ayUi
>>219 DNAが違うだろ?
とんでもなのはおまえのほうだ。
250 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:29:57.10 ID:7IQEh5a90
東南アジアにもこんなのあったよね
白村江の戦いで北方支那人「唐」の側に付いた日本人の新羅により朝鮮半島情勢は様変わり。
日本人の百済再興の見込みは完全に絶たれ、日本人の百済が日本列島に撤退し日本国防体制を充実させて、唐や日本人の新羅の侵略を防ぎ、日本列島を中心とする独自の文明を築き上げて行く道をたどる。
日本人の新羅は何度も北九州沿岸を荒らすが、日本はその度に撃退。正確な撃退数は「対外関係史総合年表」を読もう。
高句麗は北方支那人と日本人の混血。高麗は日本人。李氏朝鮮はモンゴル人。
結論)
朝鮮族は地球上存在しなくあるのは、日本人+北方支那人+モンゴル人の混血児「korea」のみである。
日本は古代から駄目なんだよ。
前方後円墳だって。プッ。
あれって鍵穴型だろう。
つまり天皇の先祖は覗き魔だったんだよ。つまり変態ってことさ。
国のトップが鍵穴好きな覗き魔だったなんて。それでわざわざ墓までそんな形にして。
もう人生の生きがいが鍵穴からの覗きだったって白状してるようなもんだろう。
そんな血筋を引いて、これだからジャップは変態ばかりなんだよ。鍵穴古墳。プッ!
253 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:34:20.01 ID:+hIU6hWM0
>>251 エベンキ族入ってないよ。
日本人にもポリネシアン入ってるよ。
254 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:36:49.49 ID:Uk49C9hM0
古墳ファンにとっては、全く珍しくない
岡山県・熊山遺跡に似たのがあるよ
>>253 >日本人にもポリネシアン入ってるよ。
ポリネシアンが日本に来て縄文人になったってのはデマ。
ポリネシアンと縄文人の祖先が同じと言うだけ。
そして縄文人の方がポリネシアンより遙かに誕生が古い。
256 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:37:47.01 ID:Bfq+Fb7N0
>>252 古代朝鮮と何の関係も無いエベンギがなんで出てくる
そんなに日本の古代文明が羨ましいのか
257 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:37:55.11 ID:WvEsu0980
当時の列島は
天照大神の子孫が各地で自立し対立した群雄割拠、
それらまとめて連合国家倭国。
近畿天皇家は当時は連合国家倭国全体の王ではなく
連合国家倭国を構成する地方国家の代表。
そこへ連合国家倭国の中央政府から派遣された代官が蘇我氏。
だから権力の二重構造が生じ、
どちらが上かの争いとなった。
たぶん。
258 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:38:33.12 ID:2Jewvhi30
土台の四角い構造物を階段状にしないで
作るほうが不思議。考古学ってお気楽なんだなw
世界最古の文明は縄文土器だろ
でも確かにワールドカップとか見てると、韓国チームより北朝鮮チームの「選手」のほうが
日本人の顔に近くて不思議だな、と思ったことがある
たまたまその年代のその選手たちだけがそうだったのかもしれんけど
261 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:40:15.95 ID:fk8a7ayUi
新羅、高麗時代と現代の朝鮮人は無関係であることが、韓国の学者が発表してる。
韓国人はなぜかしらないんだよなw
>>196 大化の改新で、蘇我の分家がクーデター側についている。
劣った倭人に朝鮮から高度な文明を伝えてやったニダ
265 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:41:39.05 ID:WvEsu0980
>>260 高句麗語と日本語の類縁説があってだな以下略
>>255 ポリネシアとか太平洋周りは南米含め歴史が浅いよな
下手するとエジプトでピラミッド作ってた人たちの子孫が最終的に南米まで
渡ってたならおもしろいけど、顔の系統が現在のエジプト人と南米系インディオとは
違うから、どうなんだろ
267 :
ありのままに@札幌太陽太陰暦 ◆EBBrlnqmuMXL @転載は禁止:2014/08/14(木) 00:42:19.81 ID:HU2RIYceO
古墳は、卑弥呼の活躍していた出雲時代の山陰地方で、2世紀に誕生した新しい文化です。
四隅突出型墳丘墓(よすみとっしゅつがたふんきゅうぼ)。この発展系が後々の巨大古墳になります。つまり古墳は、出雲族の伝統的な祭儀の場です。
銅鐸や埴輪も出雲から大和へ。荒神谷遺跡がすべてを物語っています。
蘇我氏なんてねえ、単なるなり上がり物なんだよ!
葛城さんこそが正統なんだよ!
これは古代朝鮮が日本を支配していた証拠ニダ!
270 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:43:47.09 ID:WvEsu0980
>>266 アマゾン文明の遺跡から出た人骨の
DNA分析で弥生人と近縁だったらし
>>19 そりゃ古来の苗字も残ってないからな韓国は
実際高句麗とか百済とは繋がりないと思うぞ
272 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:45:26.44 ID:NTZfxz9z0
兵庫県だがうちの近所の方墳ももっと注目されていいと思う。
これより大きいぞ。
日本から世界一古い遺跡が発掘さているが、世界の歴史が変わるから埋め戻していたはず
274 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:48:14.82 ID:U51GytFD0
今だから言えるけど
馬子は入鹿とデキてた
276 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:48:22.87 ID:gkuHF8P+O
朝鮮は地続きで中国からかなりの流入があったからGM遺伝子にも表れてる、海に囲まれた日本と高い異質性があるらしい
やっぱり、皇族や日本人は朝鮮人の子孫かw
おまえらネトウヨは自分の穢れた血を恥じて、早く自殺しなさいw
>>277 さすが文盲だと遺伝子レベルで違うってレスも読めないか
人や文化の流れがよく、大陸から日本と一方通行で語られるけど
逆も多かったと思うよ、これ見れば
世界最古の土器 - 中国湖南省で発掘された約1万8000年前の土器 [12]、そのほか、日本の大平山元I遺跡の縄文式土器(約1万6500年前)
世界最古の陶器 - 日本の長崎県にある福井洞窟で発見された約1万2000年前のもの[14]。2009年には中国で湖南省で1万4000年前から2万
1000年前の陶器が発見された[15]。
世界最古の漆器 - 日本の北海道函館市南茅部地区にある垣ノ島B遺跡から出土した漆塗り装飾品 [18]
:約9000年前- 約6500年前(縄文時代早期前半)に属する土坑墓から2000年(平成12年)8月11日に発掘された推定年代約9000年前の副葬品[18
>>266 アフリカで誕生した人類は北上して地中海に出て、そこから更に北に向かった大陸組と
インド洋から東南アジアに進出した海洋組に大別されます。
大陸組は北アフリカからヨーロッパ、さらにロシアを横断してシベリアに到達します。
海洋組は東南アジアで繁栄し、黒潮に乗って日本にたどり着き縄文人となりました。
太平洋を東に向かった人たちがミクロネシア、メラネシアとひろがり、ポリネシアに到達。
そして最終的にイースター島に文明を築き、さらに南米まで進出。
日本人も東南アジア人もオセアニア原住民も南米インディオも祖先は同じってことでしょう。
日本には更にシベリアから大陸組の子孫も流入して混血してるでしょう。
>>228 文字を独自に発明するのってメチャクチャ難しいらしい
だいたいは日本が漢字をひらがなやカタカナにしたみたいに
他で使ってる文字文化が伝わって、そこから魔改造するというパターンが多い
完全にゼロから生まれた文字は
世界で3つか4つじゃないかといわれてる
282 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:53:58.08 ID:aK3aO4Ph0
283 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:55:27.92 ID:Eq+sQpQ00
>>260 北朝鮮の選手は全員母親が戦後北朝鮮に渡った日本人妻なんだよ。
284 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:57:05.98 ID:vnQZVEpI0
>>281 エジプト、楔形、漢字?
あと、インド、中央アメリカにもあったかな。
285 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:57:10.29 ID:uqlcmEbV0
287 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:58:24.58 ID:SGt6+Ip00
>>281 実はシュメールの楔形文字でさえ前時代の民族からの借り物らしいね
宇宙人から・・・?ってのも実はそれほど突拍子でないのかも
288 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 00:58:28.71 ID:fk8a7ayUi
>>282 継体天皇の子や孫の時代ぐらいから、蘇我氏が台頭してるんだけど。
>>284 南北アメリカには、文字があったの?
殆どは無文字文化だと思ってたのだが。
しかしその極く一部でも発明された文字が、どうして南北アメリカ全般に
広まらなかったのだろう?
よっぽど秘密にしてたのかな。
まあ相対的には、当時のその地域での最先端テクノロジーでもあっただろうしね。
>>287 >実はシュメールの楔形文字でさえ前時代の民族からの借り物らしいね
>宇宙人から・・・?
見た、見た。
プレデターがそれにそっくりなのを使ってたぞ。赤い光での表示がデフォだったな。
>>289 マヤあたりは文字を持っているような。
そこからさかのぼると……。
インカは文字も車輪もなかったか。
>>268 鴨族と呼ばれた神門氏が杵築大社司祭に就任した時の土地が葛城の土地。
子筋の島氏の斯摩宿祢の時代、武内宿禰と子の葛城襲津彦らが島族を名乗っていたそうだ。
その末代の蘇我馬子も島族で島大臣説。
>>201 そうかもね
神話とかだと海の彼方からお宝が来るっていうのがあるから
現代でも海運ができないと繁栄は難しいし
>>292 尾張氏などを埋葬した東京湾沿岸に広がる神門古墳群は、武内宿禰と葛城襲津彦の中央氏族が神門氏と共に、造ったのでは・・
296 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:17:23.32 ID:fk8a7ayUi
蘇我氏の先祖は武内宿禰になってるが、実は蘇我稲目が渡来してきて、継体に引き上げられたのでは?
宣化の時に大臣になったが、それ以前に地位を固めていたから大臣になったと思われる。
297 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:20:22.68 ID:fk8a7ayUi
蘇我稲目の父は蘇我高麗。
つまり、高句麗そのものが名前になっている。
高麗が渡来してきたのかもしれないが。
298 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:20:34.35 ID:4BWMgtbv0
奈良とか一々報告してたら建築関係あがったりだから遺
跡出ても関係なしでガンガンやるんだろ?
299 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:21:24.33 ID:CgBw4evU0
>>40 それ、渡来してから200年後の「渡来系氏族」の出身ってだけだぞ。
300 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:23:55.91 ID:vnQZVEpI0
>>297 入鹿も蝦夷もいるからな、蘇我氏には。
馬子も。
一説には失脚したあと、名前を動物や未開人などに変えられたとか。
301 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:27:45.40 ID:vnQZVEpI0
>>289 インカには数なんかを示す縄文字はあったらしいけど、文字はない。
マヤには例の人類滅亡の予言とか言われてる文字がある。
あと、マヤだったか忘れたが絵文字のような奇妙な変な文字があるよ。
長方形の中に色んな記号が並んでるやつ。見たくないような印象のやつ。
イースター島のは、西洋人向けに作られたインチキだってw
302 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:28:50.09 ID:CgBw4evU0
>>297 その蘇我高麗の父は蘇我韓子。
ただし「韓子」は単なる外国との混血児、程度の意味なので蘇我氏は渡来氏族ではない。
武内宿禰を祖とする皇別の氏族。
303 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:29:11.89 ID:fk8a7ayUi
もしこれが稲目の墓なら、蘇我高麗以前の系図は皇室と結びつけるための捏造で、稲目が高句麗から来た蘇我氏の初代。
もしかしたら、高句麗の王族出身かも?
304 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:30:21.45 ID:lCsusPqH0
>>299 いや、百済の王族の血が入ってるっていうのは事実
ただし百済王族はツングース系扶余族であって、朝鮮民族とは全くの別系統とされてる
支配層と被支配階層が別系統の民族だと言われてるから
305 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:30:39.06 ID:vnQZVEpI0
>>302 韓子は合いの子みたいな意味で蔑称だったとか。
306 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:32:14.42 ID:O4OP2W1Z0
稲目は婚姻政策で天皇家に取り入ったいわば藤原氏の規範だった
ハプスブルグ家でもいいわ
308 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:33:28.76 ID:CgBw4evU0
>>304 渡来してから200年後の子孫を百済の血族つってもね、遠すぎて、まあホントにゆかりってだけだわな。
310 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:33:57.99 ID:boo1cktO0
馬子=聖徳太子だから
聖徳太子の父親だな
311 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:36:22.10 ID:DNUA0x190
まあそもそもその時期の半島は
いわゆる倭人の勢力下と言ってもいい時代だからなあ
それに、現代的な国家国境視点で考えるのはちょっとね
南岸部なんて直接支配で倭人でしょ
>>311 つーか、その時代は誰が倭人かの境界すらあいまいだ
>>287 楔形文字に関しては、その形成過程がハッキリ分かっていて、突然現れたものでもなんでもない。
元々は表意文字。詳細はググればわかる。
エジプトの神聖文字は、完成された形で突然出現しており、形成の過程が分かっていないが、
楔形文字に原型があるのではないかとも考えられている。
314 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:38:07.50 ID:hG9LVmEe0
315 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:38:22.71 ID:GuTSA7p40
東北のピラミッドとは関係ないの?
ほら、ムーのライター達出番だぞw
義務教育では聖徳太子を教えるのを禁止してるんだろ?
318 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:40:30.45 ID:GuTSA7p40
>>281 世界唯一の人工文字を擁する民族を見てると、難しいとはとても思えないけどな。
319 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:42:08.38 ID:aI2sBU8Yi
滅んだのは蘇我嫡流だけだ
320 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:42:55.76 ID:Q4FV+hev0
沖縄にも海底にピラミッドがあったよね
謎のヒエログリフも見つかってるし
明日香村で発掘された壺もこないだ中近東産である事が判明してたし
古代日本の交易ってかなりの広範囲の文化圏に及んでいたのは確かだろ
道祖神像もシュメール王国の王と王妃像が元になってるからな
321 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:45:05.94 ID:9l67kP7L0
要するに日本は半島渡来人が仕切ってたってことだな
322 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:45:43.64 ID:HmFFwz6G0
太子のお爺ちゃん?
323 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:46:09.44 ID:KRhUKFkq0
蘇我氏で一番気になるのは蘇我赤兄だな、時代ズレるけど
天智帝の信認ぶりを見るに小説や伝説とは全然違う人となりじゃないかとか
>>310 勘違いしてる人が多いけど、
聖徳太子というのは厩戸皇子の諡(おくりな、死んだ後に付けられる名前)で、
聖徳太子の業績と言われてるものの多くは、馬子など他の人の業績を聖徳太子の業績として記紀に記されたと考えられてるわけで、
馬子=聖徳太子ではない。
蘇我氏を滅ぼした側が編纂した記紀だから、蘇我氏の権威をより小さく見せようとしたかった。
前方後円墳はヘブライのマナの壺の形説、あったよね
>>312 航海技術を持ってたり泳ぎが得意な海洋民族じゃね?海をわたって領地を管理するってことは
で、モンゴル人が海を恐れるのとは正反対な、というか
328 :
名無しさん@0新周年@転載は禁@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:53:05.85 ID:Arxa+y9d0
>>298 本当かどうかは知らんが、奈良出身だがその話は結構聞く。
出てきちゃったら自費で発掘しなきゃいけないとか時間と金ばっかりかかるとか。
家の実家の近くに造成か何かで半分に削られた裏山っぽいのがあって、子供の遊び場になってたけど
貝とかわんさか出てきてたw
329 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:53:58.63 ID:Q4FV+hev0
330 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 01:56:19.27 ID:fk8a7ayUi
いずれにせよ、蘇我氏が高句麗の出身であることははっきりした。
びっくりだね。
石舞台見た時から、日本とは異質なものだと思ってたが。
>>309 出雲社は朝廷が祟り神・大国主命を幽閉するために建てた社だからな
朝廷にとっての厄介者を集める牢獄として活用してんだよ
まあ、これまでも蘇我氏は渡来系と縁が深いことは分かっていたが、
それが考古学的に裏付けられたってことかな
>>330 全くはっきりはしてねーだろw
どうなるかはこれからの研究次第だ
なんか臭いな?
ムーにでてたピラミッドとか巨石は何箇所か見に行ったなーw
特定の方向からならキレイな△の山もあった。
>>332 でもこれまでは高句麗系じゃなくて百済系説だったからな
なんかとりあえず蘇我氏を帰化人と結び付けようとする先入観がある気がする
337 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 02:11:25.65 ID:0UDiaA8o0
蘇我は韓国由来
エジプト黄河文明は韓国から派生したのだからピラミッドがあっても不思議ではない
歴史を学べ
遼東半島あたりの国境エリアにて起こるあれこれを題材にしたチョンドラ時代劇見てると
北の人間にとっては、昔は半島南部こそ未開の地で、何があるかわからんエリア?として描かれてる
時代は下り半島中央部に都がある時期には、陸伝いでシナに行くより航路を選んでいた
つまり山賊より船の危険を選ぶってかんじかな。あくまで隣国のフィクションによると、だが
>>306 王室の外戚になるやりかたと、
各国王室と婚姻関係を結ぶハプスブルグのやり方は別もん。
涼しくなったらみにいこ
つか、聖徳太子自体いたかどうか怪しいのだ。
342 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 02:26:21.22 ID:iJPn7/bR0
一辺50mの石積みピラミッドなんて
かなりの権力者じゃないと築造できないんじゃないか
それこそ蘇我稲目ぐらいの
>>338 まあ、北部の方に楽浪郡があって、そこから文明を享受してからね
344 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 02:28:02.41 ID:fyo7/3ib0
>>147 縄文とアイヌは何の関係もない。
縄文人は貝塚文化だがアイヌにはない。
そもそも縄文時代にはアイヌは日本に
まだいない。
アイヌが北方からやってくるのは釧路
が海に沈み縄文人が東北に移り住んで
再び釧路が隆起し釧路湿原が誕生した
後の話だ。
釧路に貝塚があるのを知らない人間が
多い。
三内丸山とかの栽培文化見ると、明らかにアイヌとかと異質だもんね
このピラミッドは一応、石積みなの?
その石はどこから調達したのだろう?
切り出しと運搬の方法はどうやった?
そこらを明らかにして欲しいね。
正倉院展で蘇我氏が導入した戸籍原本みたような気がする
さだかではない
348 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 02:38:11.99 ID:iJPn7/bR0
>>344 最近のDNA研究は
アイヌがいわゆる縄文人と別種であることに否定的な結果をだしてるが
349 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 02:42:47.18 ID:vnQZVEpI0
縄文人から派生したのが、アイヌ、弥生人、琉球人だろ。
ただし、アイヌはもっと北方にいたはず。
樺太とか千島とか。
日本での最初の遺跡は12世紀ごろらしいね。
北海道の原住民じゃないじゃだろう。
350 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 02:43:15.42 ID:by5nbzmE0
>>5 砂漠と違って元々山多いし、高く積んでも意味なかったのでは
351 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 02:49:45.36 ID:Gum4BuN00
将来のために直近の歴史を、破壊されることなく後世に
残そうとしなかった古代の人たちは
みんなアホということ。
352 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 02:59:16.60 ID:7LqCLBL80
>>329 おっおっおっ、まさに道祖神
これは初めて見た
353 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 03:01:02.86 ID:yhPYNtkq0
蘇我蝦夷
蘇我 馬 子
蘇我入 鹿
>>349 >縄文人から派生したのが、アイヌ、弥生人、琉球人だろ。
えーっ、弥生人についても直系なの?
一部混血程度なら、分からないでもないけど。
今の日本人は、縄文人と弥生人のハイブリッドだろ。
356 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 03:11:32.06 ID:Eq+sQpQ00
>>311 しかしなんでまた、朝鮮半島は
併合前までは、あんなに文明が後退してたんだろう?
稲作だってろくにされてなかったし、それから生活形態も
当時の東南アジアなんかの諸国の方が、ずっと上だったろう。
ピラミッドの語源は飛来御堂
つまり日本が発祥の地
それが世界各地に伝わった
>>357 中国に根こそぎ吸い上げられてたし、
李氏朝鮮時代は国民の90%以上が奴隷身分だったし、
国家というよりも中国の隷属的自治区ってのが実体だったんじゃないかな。
稲作に関しては朝鮮は寒すぎて無理。
今半島で栽培されている水稲は日本が寒冷地用に改良した稲。日帝残滓。
>>358 建築方法は宇宙人からの伝承
だから 「飛来」御堂
御殿とかいてミドノとかじゃねーの?
362 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 03:23:00.36 ID:ZAV+XU/00
太陽神アラー崇拝してたけど、隕石落ちて終わったナ(N)アラー
飛鳥(アスカ)は世界の楽園だったが、欲に溺れ堕落した飛鳥は
文明崩壊し、ナ(N)スカと化した
>>344 >縄文人は貝塚文化だがアイヌにはない。
鮭は主食に近いくらい食べてたのに、貝は食べてなかったのかな。
鮭は河川部で遡るのを捕獲。
貝は川よりも海岸だろうけど、海近くの沿岸部にはアイヌは生活圏をもってなかったのだろうか。
貝は簡単に取れるので、生活圏が海近くにあれば、必然的に貝も多く食べてそうなのだが
一体どうなってたんだろう?
何か貝を食べてはいけない禁忌でもあったのかな。
364 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 03:27:57.59 ID:urIuv1vM0
>>341 聖徳太子は肖像画と功積があやしいといわれてるだけで
厩戸皇子そのものを否定するものではない
聖徳太子って毘沙門天扱いだよな
蘇我馬子っのも、記紀の編者が勝手に付けた名前で、
本当は「阿毎多利思北孤(アマノタリシホコ)」だった可能性もある。
彼の権威を貶めるため「蘇我馬子」としたが、
祟りを恐れて「天足彦国押人命(あまたらしひこくにおしひとのみこと)」として記紀に残したということも。
367 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 03:42:18.33 ID:urIuv1vM0
>>364 いわゆる「聖徳太子」と厩戸皇子を区別してもいいんじゃない?
前方後円墳は日本の
古代文字である○、△、□を
組み合わせて宇宙を表現して
オリジナル伝承者に見えるようにした目印、
つまり現代風にいえばミステリーサークル、
ナスカ地上絵と同じ目的
前方後円墳ってどう見ても子宮でしょ
>>370 琉球の古来の墓も子宮の象形だとかいわれてるが
そこらとの関連はどうなんだろう。
源流は同じ?それとも独自に発展したのかな?
>>372 壷を果たして、横にする必要があったのか?
あんなに産道が太ければ、ガバガバかと言いたくなるが
普段の子宮は鶏卵程度だそうだから、そんなに大きさ比較間違ってないのかも。
もっと3D的に立体的に作りこめなかったのかという事については
つい最近まで人類は精妙な立体加工が不得意だったので、ご勘弁。
いや、壷を絵に書くときに上から見た図とかいって○で済まさないだろw
>>369-370 前方後円墳は、方墳と円墳を合体させた形状で、つまり、出雲と大和の合体を象徴している。
三種の神器も、縄文文化圏、九州・出雲圏、近畿圏の融合の象徴であり、
それが、「和を以て尊しとなす」という聖徳太子による17条の憲法に繋がると思ってる。
まあ、前方後円墳の誕生に対する神仙思想の影響を重視したら壷とも言える
でも、壷自体、子宮の比喩的なものがあるように思うんだよね
それに最初の前方後円墳の埋葬者がモモソ姫だとしたら、やはり子宮と関係がありそうな気もする
前方後円墳って名前だけど本当は方の部分が前だという説もあったな
それ以前にあれ方(四角)じゃなく丸と三角の合体じゃないのかと
方墳は方墳で四角だけどさ
ナスカ地上絵も前方後円墳も上空から見て、初めて意味をなす
伝承宇宙人は太陽のある空から
来た、ここにそれにならった日の本国を作りたまえと伝えた
彼らは技術と勤勉のDNAを残して
月に帰りぬ
>>374 土木的に立体を作れないわけでもないので、
盛り土に円筒を立てればいいじゃん。
少しいびつでも、そっちの方が壷を模している。
横倒しの壷に果たして何の意味があるのか?
覆水盆にかえらずみたいに、
壷を横倒しにしてしまったように、生命が流れ果てててしまったよ。
それが死だから、それを表象して、こういった横壷型にしよう。
とでも考えたのかな。
381 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 04:27:05.30 ID:uqlcmEbV0
382 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 04:32:16.96 ID:JCiHri7Y0
>>379 日本語どこで覚えたんだよ? (´・ω・`)
383 :
【中部電 56.3 %】 @転載は禁止:2014/08/14(木) 04:32:37.57 ID:yaHh8t0q0
超古代文明の遺産とか埋まってないかのぅ♪
四代目で法則発動したわけか?
>>20 古代日本は朝鮮半島の人たちと密接な繋がりがあるからだろ
386 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 04:45:47.91 ID:xeGsq7hM0
蘇我氏の渡来説は昔からあるじゃん
教科書の前方後円墳の写真は上下逆に掲載するべき
>>386 石ノ森大先生のまんが「日本の歴史」には「蘇我氏は朝鮮の出」って太子のセリフがあるんだよネ
いかんでしょw
蘇我氏が高句麗系というのは俺の頭の中では歴史知識上の常識で、
それ前提でしか日本古代史は解釈組み立ててゆくのが困難だから、
今さらこんな情報で驚く奴が多いことが驚きだ。
高句麗がスサノオ系譜で、
それとは別途ニニギ系があってそれがおそらく天智系
一方で最初に治世してた物部がニギハヤヒ系なわけだ。
ニニギは百済との関係だ。
対中国をにらみつつ、
満州から半島、そして列島と、舞台を移して攻防戦を繰り広げてきたというわけよ。
そもそも中国の歴史自体が巨視的に見れば、
中華と、北方民族の主として扶余族との絶えざる抗争で成り立ってるわけだが、
その北方系譜が、地理地勢に恵まれ対中華の使命と切り離された路線を歩むことで
独自の文明を育くんだ結果が日本史だ。
稲目。馬子。蝦夷。入鹿。
よく百済だから朝鮮民族、高句麗だから朝鮮系などいう馬鹿げた考えを示す者がいるが、
高句麗も百済も朝鮮人とは根本的には関係がない。
彼らは朝鮮半島を通り過ぎただけだ。
一時的に滞在し、去って行った時に、
そこに残されたままだった民が朝鮮民族だ。
朝鮮半島には他にモンゴル族などもこんにちわーとお邪魔している。
元(モンゴル)が朝鮮人だと主張する人間はさすがにいまい。
朝鮮半島はお客様が多くて繁盛してる地域だったのよ。
なにしろ、どこであれ半島というのはいつだって通路にあたる場所にあるわけだから。
【縄文時代】
約1万6,500年前(紀元前145世紀)から約3,000年前(紀元前1000年)(約1万3500年間)
【日本の初代天皇:神武天皇】
紀元前660年即位(天皇在位76年間)
【弥生時代】
紀元前300年〜西暦300年(約600年間)
【邪馬台国】
西暦101年〜西暦300年
【古墳時代】
西暦300年〜西暦700年(約400年間)
【大和時代】
西暦301年〜西暦600年
【第33代推古天皇】
西暦554年〜西暦628年
【聖徳太子】
西暦574年〜西暦622年
【飛鳥時代】
西暦592年〜西暦710年(118年間)
縄文人と弥生人は人種が違うだろう。
完全に骨格が違うのだから。
紀元前300年頃、弥生時代の始まり頃に
民族大移動があった。
満州に居た騎馬民族が
朝鮮半島に雪崩れ込んで来て、
元々朝鮮半島に居た農耕民族が追いやられて、
日本の北九州や山口県などの中国地方にやって来て稲作を始めた。
弥生人・弥生文化。
大昔から居た縄文人達は、
弥生人に列島の端っこに追いやられる。
九州南部とか四国土佐とか関東・東北とか。
古墳は初め弥生人が作り、
弥生人と縄文人連合も作ったり、
縄文人も真似したりしたんだろうな。
力の誇示、自分達の正統性、縄張りの主張などか。
394 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 06:05:26.65 ID:BCuoIFaD0
「奈良になるな」(明治初期の京都のスローガン)
395 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 06:07:50.66 ID:hrYTNold0
平安時代も鎌倉時代も江戸時代も時代(古墳)考証がおこなわれなかったのはどうなんだろうな
枕草子、源氏物語、奥の細道の文学作品は何百年以上も語り継がれてきたというのに
そもそも時の権力者からすれば古墳は自分の先祖とを結ぶ貴重な資料なはず
なのに語り継がれることがなかった ん…不思議だ
岡山県熊山に同じ様なピラミッドがあります、熊山遺跡です。
「熊山遺跡」で検索すれば出てくる。
写真を見ればわかるだろう。
そが=蘇る我
うま=馬宿で生まれた王子=イエス
これをこじ入れる訳はこの件の200年ほどまえにシオンの十字軍が旧約を世界から排除し
新約(原始キリスト教)が普及しだしだした。
原始キリスト教はカトリックのそれとちがって、不老不死(神の国で永遠に生きる)
他力本願の偶像崇拝はタブーなので当然、マリア観音や十字架なんてのも不要だった。
空海や親鸞あたりはかなり新約に影響されている。
仏教プッシュなのは日蓮くらい
聖徳太子がペルシャ人なのは今や定説な
要するにガド族の末裔で古墳はアフラマズダのシンボルを模写
古代イスラエルの失われた士族
399 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 06:26:51.91 ID:kw22GF6b0
>>51 一般人が作っても良いかは不明。墓の形を決める法律とかが無ければ、基本
土葬は禁止なので、それを踏まえる形式にして、自分の土地に作れば問題
無いかなあとも思うが。
天皇陵はコンクリートで作った古墳(現在)。
401 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 06:46:37.45 ID:277W5R2c0
402 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 06:48:42.02 ID:lWyqX4Lr0
蘇我は韓国人ニダ
場所的に蘇我氏の訳がないし
しかもこの古墳6世紀末よ
蘇我稲目とは年代的にも無理がある
それではこの古墳は誰の古墳か
場所、年代的に鞍作氏の古墳
こんなに簡単にどの一族の古墳か
分かりやすい古墳も他にない(´・ω・`)
歴史の悪役蘇我氏の墓か?
悪役と決めつけていいのか
仏教を伝えたが物部氏が逆らいよったので滅ぼす。
妻は高句麗で確定してるが蘇我氏の由来は不明。
石舞台もピラミッド構造だったのではと言い出すのもいてよく分からない。
>>393 ・日本の稲作
陸稲作6000年前〜
水田稲作3000年前〜
縄文人弥生人の区別は無くあるのは米の品種改良による栄養状態の改善。
土器の模様は流行り廃り。
>>397 掘った芋いじんな!
>>395 それらは文学作品として鑑賞できるからこそ語り継がれることが可能
だったわけで、石室などただの物体。エジプトの象形文字のような
飾りもないから語り継がれることもない。
大和三山のどの山だったか平地にいきなり正三角形のように
きれいな形の山がぽつんとあって ピラミッドじゃないかと言われてる
>>239 万葉仮名みたいなものを庶民まで使ってたということなら、それは
それでたいしたもんだがね。日本だって漢文マンセーの時代が
長かったんだから。
409 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 08:18:01.75 ID:7HmTSzTr0
>>36 おいこら土饅頭のストゥーバなんてどこにでもあんぞ
で支那も印度も無視ですかそうですか
大体石部隊はゾロアスター
天皇を導いた八咫烏も、元は大陸のもので、それが朝鮮半島を経て日本に伝わったものだっけ。
411 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 08:25:10.38 ID:7HmTSzTr0
>>70 もっと言ってやって言ってやって
ウニよりバカなんだって判らせてやって
412 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 08:30:34.94 ID:UcoZLqy/O
>>405 んなわけない縄文人と弥生人が別人種なのは明らか
413 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 08:31:23.73 ID:fk8a7ayUi
>>403 積石墓を作る技術が日本になかったので、高句麗から技術者を呼び寄せたため、時間がかかった可能性がある。
場所的に違うという根拠は?
414 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 08:34:25.40 ID:7HmTSzTr0
415 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 08:34:34.61 ID:fk8a7ayUi
>>408 ごく一部のインテリだけだよ。
郷歌なんて8首ぐらいしか残っていない。
417 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 08:39:19.82 ID:PDTT0pge0
>>254 そうだよな、そもそも日本の中心は今も昔も岡山。仁徳陵は造山古墳の真似だし神社の起源は吉備津。日本のピラミッドは熊山から始まった。
418 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 08:45:09.12 ID:oOmz9lT70
最近は木林のAAすらでなくなったんだな
(´・_・`)
419 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 08:49:11.77 ID:W3TMQWy9O
420 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 08:51:09.85 ID:PDTT0pge0
>>301 あほか、極めて優れた技術と文化を持っていたインカは、当時既にデータはデジタル化され膨大な黄金の円盤に記録されていた。
ところが、バカなスペイン人は黄金にしか興味を持たず、優れた技術も文化も歴史も鋳つぶされてしまい、ただの延べ棒になってしまった。
あの平和で現在よりも高い文明を持っていたインカ帝国は、平和であったが為に、暴力的な侵略民族のスペインに滅ぼされてしまった。今の右翼の喜びそうな結末だ。おかげで、世界中が便利で平和な世の中になれるチャンスは永久に消えてしまった。
ここまで、金字塔なし
422 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止@転載は禁止:2014/08/14(木) 08:57:11.88 ID:9G1hcALw0
大豪族にしては小さすぎないか?
423 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 09:04:54.85 ID:eaNfncnX0
>>416 完全にイラスト詐欺
底辺が40mで高さが4.5mだぞ
{{{1/α、1/α^2、α、α^2、1}、/、A}/A}45789101112321
425 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 09:09:15.15 ID:93ZnzcEw0
はいはい、ピラミッド、ピラミッド,平密土・・・・・
>>223 倭国の本体は、九州にあった
663年、白村江の戦いに敗れる
九州にいられなくなった倭国政権
奈良に本体を移す
670年、奈良は、九州から見て日の昇る東の果てにあったことから
日の昇る場所「日本」と改名した
現実はこういう流れっぽいな
>>426 おおまかに言うと、もっと古い時代に九州の国の人が大和に
入り込んだ感じかな。
たかだか50年前のことを隠して記紀を書くとも思えない。
メキシコのユカタン半島一帯にはピラミッドが掃いて捨てるほどある。
あれだけ遺跡があると考証も進みやすいもんだが。
しかし南方のホンジュラスにいくとまるでない。マヤ人が住むところを
厳しく限定していて、繁栄して人口が膨張しても、みだりに領土を拡張
しなかったのだろう。
>>427 中国の歴史書や朝鮮にある石碑や日本の資料にすべて共通している
670年頃、突如として九州の「倭国政権」消滅
670年頃、突如として奈良に「日本」誕生
日本で初めての戸籍が作られたのも670年
そもそも記紀が書かれた理由も
白村江の戦いに敗れて中国に侵略されてやばくなったから
日本独自の歴史を作るために記紀を書いたと考えると納得がいくけど
日本で焚書(中国式の歴史改竄)があったことは日本の資料にも残っている
>>426 >倭国の本体は、九州にあった
日本の歴史を知らない人?
大和王権は白村江の戦いに敗れて都を大津に遷してるの知らないの?
コメントしてる二人の専門家が否定ぎみじゃねーか
433 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 09:40:57.21 ID:yfaE4j+a0
どうせ宮内庁が隅々まで調査させないんだろ
そうすると倭国政権の中心都市があったのは
福岡県の太宰府市の可能性が高い
そもそも「太宰府」っていうのも中国式の名称だし
当時、中国は侵略した国や都市に「○○府」を置いていたことも事実
663年、白村江の戦いに敗れる
667〜671年、太宰府誕生(中国の地方行政施設誕生)
670年頃、倭国政権消滅
670年頃、日本誕生
すべて繋がっているように見えるけど
435 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 09:44:24.94 ID:Rb/OXTyn0
九州に三輪神社に匹敵するものがあるなら
古代九州中心説も考えなくもないけど
436 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 09:45:54.92 ID:7how8UNt0
怒らないで聞いてほしいんだけど
なんでトンキンには古墳がないの?ニワカ都市なの?
438 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 09:49:47.82 ID:/MpGkO3qi
富士山ピラミッド説
439 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 09:49:58.57 ID:IqgR2dF20
蘇我氏は中東イランの民族かもしれんな。
◎資料1
韓国最古の歴史書、三国史記に
「670年の十二月に、倭国が国号を日本と改名した。日の出る所に近いから、これをもって「日本国」としたとの事である。」
>>436 だって徳川が入るまで未開の蛮地だったんだもの
443 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 09:52:26.86 ID:A5vmeiofO
馬子とか入鹿とか、後世の歴史には見ない名前
名前の付け方の流行り廃りって昔からあるんだな
◎資料2
麟コ二年(665)、封泰山、仁軌領新羅及百濟、耽羅、倭四國酋長赴會、高宗甚悦、擢拜大司憲。(『旧唐書』劉仁軌伝)
咸亨元年(670)、遣使賀平高麗。(『新唐書』日夲伝)
[文武王十年(670)]倭國更號日本。自言近日所出。以爲名。(『三国史記』新羅本紀)
[長安二年(702)]日本國遣使貢方物。(『旧唐書』則天皇后)
中国や朝鮮の資料で、倭国の消滅と日本の誕生は670年頃
宇佐神宮の近くにある山が昔からピラミッドじゃないかって地元で言われてる
446 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 09:55:19.20 ID:idJm7jjm0
>>435 九州説は古代日本を過小評価してるんだよ。
「古代日本はこの程度だった」っていう固定観念があるんだよ。
だから、大陸から近い九州にしか文明は無いという論法なのさ。
古代日本は卑弥呼の時点ですでに日本列島の大部分を掌握していたんだよ。
高句麗の好太王碑に「倭に勝ったぞ!」と大喜びで刻まれることがその証拠。
隋の侵攻を3度も跳ね返した高句麗が倭に勝ったことを大喜びしたわけだよ。
古代日本は想像以上に大国だったんだよ。
だからピラミッドが出てきても不思議じゃないんだよね。
>>435 弥生時代最大の集落は大阪にあるし、
大和王権の宮も奈良の飛鳥宮、大阪の難波宮、滋賀の大津宮
九州言ってる奴は、邪馬台国九州論者の悲鳴だな
資料3
670年、日本で最初の戸籍が作られた
庚午年籍(こうごねんせき)
中国と朝鮮と日本すべての国の資料が揃っている
449 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 09:56:51.46 ID:ylyBcKmc0
丸くなってる古墳も土どかせばピラミッド状の石積みになってんじゃねえの?
>>443 蘇我氏をやっつけた側が付けた名前だからわざとへんてこりんな名前に
改悪した。
倭ってのは支那王朝が日本人をバカにしてつけた蔑称だろ。たぶん大和って名乗ったら大は生意気だからって外されて小さいから和じゃなくて倭って事だよ。卑弥呼が親魏倭王なら大和は奈良に違いないよ。卑弥呼は神功皇后の事だな。
奈良ってこんもりした丘みたいのが多いけど、結構な割合でお墓かもナw
四国の剣岳って山に聖櫃が眠ってて実際ミイラや構造物が見つかった話はどうなってるんだろうな
>>371 ブラックジャックで沖縄の墓は子宮の形だと知った
455 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:03:25.21 ID:Z3o9yRfv0
グーグルマップで上から見ると、それらしい形の丘状のやつは
半分以上古墳だろう。
>>450 え?
じゃ馬子や蝦夷や入鹿は、死後に付けられた名前で
生前は別の名前だったって事?
458 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:05:45.45 ID:nn5aA1xMO
>>446 埼玉のさきたま古墳群とかもあるしな
あれもかなりの勢力を誇ってたらしいし
>>278 朝鮮人は文盲で遺伝子に欠陥がある民族。精神障害は8割。
460 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:06:52.67 ID:Z3o9yRfv0
>>451 倭が初出する魏史には漢字を使えていたという資料はないな
461 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:07:04.98 ID:idJm7jjm0
>>451 普通に考えたらそうだろうね。
日本神話における天照大神、魏志における卑弥呼、記紀における神功皇后。
同時期に女性リーダーの存在がここまで重なるのは偶然で片付けてはいけない話だと思う。
なんだっけ
蘇我氏はローマ人だとかなんとかってトンデモ説があったっけ
463 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:09:41.45 ID:idJm7jjm0
>>460 魏が卑弥呼に贈った鏡の裏面には漢字が刻まれているわけだ。
漢字はすでに日本に渡っていたんだよ。
当然、「この文字はどう読む?」という質問が卑弥呼なり重臣から出るのは誰でも予想できる。
漢字の読み書きくらいできる倭の人間は居たと考えるのが自然だね。
そもそも魏が最高位の金印を渡すくらいなんだから、それなりの文明はあったと考えるべきだ。
464 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:09:59.21 ID:q0NDQaav0
465 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:10:32.92 ID:yfaE4j+a0
>>434 どうでもいいが古墳時代末期にはもう日本と名乗ってるぞ
466 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:10:37.57 ID:Z3o9yRfv0
{{{{1/α、1/α^2、α、α^2}、1}、/、A}/A}45789101112321
復帰の-3月と-2月が抜けてる。
要するに 14ヶ月/一年が相応。本来。
日曜月が抜けてる。
30.5日/月/26.1日/月 =1.16 =14/12
24時間だったらコウ。 554時間/月。
30日制なのでわって 18.17時間/日 相応となる。
一年は276日相応。
6/7 かけて 237日。 -128日。 0.35年がお休み
じゃないんかな まだ纏め考察中。暦について。 休みなしの暦についての由来についても。先ず自己流で。
30.5+26.1 /2 28.3 日 月が地球の周りを公転する周期は28.3日
(6+1)+(6-1)=6
28.3/6= (47+1/6)/10 時間単位 ×7⇒33+(1/60) Δ5/2+(1/60) ×5⇒23.5+(5/6/10) Δ-5/2+(1/60)
2Δ5/2+(1/60)= Δ5+1/30
ひと月はなんだろう?一日24時間として 太陽30.5日12月 月で28.3日 数字で26.1日14月年に6/7で実効12ヶ月。
27/28= は (1/7/4)の何とかで 2/14 vs 1/28 4:1となりまする。
128×3/4は 96の8つであって、192hの追加分。月に変わって日が変わる。
新月だけに月はお休み。そのまた古来に従われる。
468 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:12:12.43 ID:idJm7jjm0
>>458 そのとおりだと思う。
北関東の豪族クラスでも想像以上の文明を持っていた。
そんな古代日本が九州から出土する村社会的な国家なわけがない。
469 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:12:52.64 ID:Nt5Kak8PO
古墳といえば山梨の八代ふるさと公園内にある古墳からの眺めが絶景すぎる
誰が埋まってるか知らんけど天皇の古墳より立地条件良いですわ(´・ω・`)
470 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:13:07.36 ID:Z3o9yRfv0
>>463 漢字を使える人の存在は否定しない
だが、明示的にはないし、漢字表記国号が存在したという証拠もない
"倭"表記自体中華思想の産物だとは普通に言われているが
471 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:13:33.54 ID:npeiTIia0
NHKのニュース見てたけど、なんかあれ?時系列合ってんのか?って思いながら見てた
472 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:14:04.38 ID:s1oA2hefO
でも神武天皇は九州から大和に入ったんだぜ、なんらかの勢力が九州からきて大和を乗っ取ったんじゃね?
狭虫や穢麻呂ならともかく馬とか褒め言葉だろ
かなり時代が下っても熊楠なんて名前があり、本人は自分の地域だと
珍しくもないって言ってた
474 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:15:24.75 ID:12O0EstS0
>>450 生後僅かな期間で死んでしまう嬰児が多かったから、動物の強さにあやかって長命を祈った。
ごく最近まで、カメ、ツル、サメといった名前を付けていた。
475 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:21:02.01 ID:APY+eW7k0
>>470 大宝を元号の初めとするものとは別に
九州年号と言われるものがその以前からあった
最初は継体 最後は大化
476 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:22:17.14 ID:fk8a7ayUi
477 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:24:06.06 ID:Z3o9yRfv0
478 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:26:50.16 ID:npeiTIia0
本物のピラミッドに申し訳のない規模だから四角錐古墳でいいよ
479 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:29:45.82 ID:idJm7jjm0
>>472 神武帝の東征は事実としてあったと思う。
ただ、神武帝は元々大和出身だったんじゃないかと思われる。
その根拠は、河内の戦いで破れた神武帝が熊野から上陸し大和へ侵攻する道中で味方をどんどん増やしていること。
九州から突然やってきた侵略者に熊野衆や大和の住人が協力するのは不自然だ。
ということは、神武帝は元々大和出身で、何らかの政変により九州に左遷され、鉄器先進地域だった九州で力を蓄えた後、大和に武力凱旋したと考えた方が自然だ。
鎌倉時代や戦国時代などを考えればありえる話だよ。
福岡市の周縁部分とか適当に掘り返せば遺跡ごろごろ出てくる
みんな掘り返してやれ
世界的なピラミッドブームがあったんだろ
大洪水で滅んだ第一次人類の記憶が残ってるんだろ
482 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:32:49.35 ID:+HS3oq4y0
何で邪馬台国ジジイは関係ないスレにまで
空気読めずに書き込むのだろ?
団塊サヨクだからか?
483 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:33:27.76 ID:7how8UNt0
怒らないで聞いてほしいんだけど
なんでトンキンの文化庁は奈良県立橿原考古学研究所に天下るの?
正直無能がトップだと邪魔でしょ?
484 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:37:24.69 ID:IqgR2dF20
>>479 足利高氏も畿内で敗れて九州に落ち延び、そこで態勢を建て直して東進したしな。
鉄器は弥生時代には日本でも使われてるから九州でも畿内でも大差無いだろうな。
神武と戦った大国主命側も製鉄技術を持っていたし。
ところで無駄な改行は止めてくんない?読みにくいから。
レスを巨大化させて目立たせなくても、ちゃんとしたレスならアンカー付くから。
486 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 10:39:26.81 ID:OVbCv0t20
>>472 うん。何らかの勢力と言うか、普通にニニギの勢力でしょ。
日本列島には、九州のニニギの勢力の他にも、出雲のスサノヲの勢力、大和のニギハヤヒの勢力があって、神武東征時代は大和が秋津島ノ国の中心的土地だったというだけ。
記紀に書いてある。
まずはスサノヲが天孫降臨して出雲に、そのあとスサノヲの子孫・大国主が高天原に国譲りして、高天原から「天神の子」とだけしか書かれてないニギハヤヒ(物部氏祖)が大和に天孫降臨する。
そのあとにニニギが九州に天孫降臨して、その子孫・神武天皇が大和のニギハヤヒを倒しに東征して、豊葦原秋津島ノ国を統一する。
って、記紀に普通に書いてある。
別に神武東征なんて憶測を付け加えるほどの出来事ではない。
>>1 NHKは朝鮮を日本の起源に出来そうで喜んでるな
わりかしいい線いってるとおもう(・∀・)
もとよりいい加減だけど。一次。
これ大阪がいつも7掛けばっかする理由を考えて外為もだけど似たようなんだろうとは思ってたんだ。
京都も同じだろうと思う。考え方が。コレは方違えも。とても本気に意味があるはず。
【縄文時代】
約1万6,500年前(紀元前145世紀)から約3,000年前(紀元前1000年)(約1万3500年間)
【日本初代天皇:神武天皇】
紀元前660年即位(天皇在位76年間)
【弥生時代】
紀元前300年〜西暦300年(約600年間)
【邪馬台国】
西暦101年〜西暦300年
【ヤマト王権/大和時代】
西暦300年〜西暦600年
【古墳時代】
西暦300年〜西暦700年(約400年間)
【飛鳥時代】
西暦592年〜西暦710年(118年間)
【第33代:推古天皇】
生誕:西暦554年〜西暦628年
天皇在位:593年〜628年(35年間)
遣隋使開始:600年〜618年:5回以上
【聖徳太子】
生誕:西暦574年〜西暦622年
【第38代:天智天皇】
生誕:西暦626年〜西暦672年
天皇在位:668年〜672年(4年間)
白村江の戦い:西暦663年:大敗
大化の改新
【第40代:天武天皇】
生誕:西暦631年〜西暦686年
日本古代最大のクーデター:壬申の乱:西暦672年
天皇在位:673年〜686年(13年間)
「大王」から「天皇」へ称号変更
「倭国」から「日本」へ国号変更
古事記・日本書紀の編纂開始
【奈良時代】
西暦710年〜西暦794年(84年間)
【日本最古歴史書:古事記】
西暦712年完成
【正史:日本書紀】
西暦720年完成
【第50代:桓武天皇】
生誕:西暦737年〜西暦806年
天皇在位:781年〜806年(25年間)
【2代目:征夷大将軍:坂上田村麻呂】
生誕:西暦758年〜西暦811年
参考文献:Wikipedia
弥生時代よりも以前の紀元前660年即位の
神武天皇は?
だけど、
朝鮮半島に居た時代から無理矢理数えてるのかな〜?と。
4世紀前半築造の畿内式未盗掘古墳の新潟城の山古墳発見で九州説はもう崩壊してる罠
493 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 11:16:59.63 ID:OVbCv0t20
そんなことより、高天原はどこだったのかを検証してほしい。
日本の歴史は、天神七代、地神五代、人王125代まである。
地神五代から人王12*代まで畿内の大和や九州の日向だった。
じゃ地神以前の天神七代の頃はどこだったのか?
記紀に則せば、ニニギやニギハヤヒやスサノヲが天降りした場所は高天原ではなく、豊葦原中つ国である。
そもそも天壌無窮の神勅にも高天原を治めよではなく豊葦原を治めよである。
では高天原はどこだったのか、それは記紀でのニニギの天孫降臨の場面にヒントがある。
伊勢国住みのサルタヒコがニニギの天孫降臨を先導して筑紫の日向に道案内してあげた。
ということは、伊勢国より東方の可能性が高い。
中国で一番古い地理書には、日本国のことを扶桑国と呼び、扶桑の位置を、湯谷の上に山がありその山の上に扶桑がありそこに太陽神がいるとある。
湯谷とは熊野ではないのか?山とは富士山のことではないのか?扶桑とは房総のことではないのか?
極東の場所は日が出る国としてもっとも相応しいのではないのか?
江戸時代まで神宮とは鹿島神宮と香取神宮と伊勢神宮だけだった。
豊葦原の中心土地が伊勢神宮ならば、鹿島神宮や香取神宮は高天原の中心土地に相応しいのではないのか?
個人的推測にすぎないが、俺は高天原とは常陸国から富士山などの東日本だと思う。
ピラミッドって重機や鉄骨基礎なしに石だけで大きく高い建造物を作ろうと思ったら
誰でも思いつく合理的な形だと思うんだが
オカルト好きは世界中にピラミッドがあるのは超古代文明の〜宇宙人の〜とか言い出すよな
>>444 白村江の戦が667年。敗戦で権力基盤が変わっただけだろ。
戦国時代にも秀吉から家康に権力基盤が変わった。
496 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 11:28:00.82 ID:pCyepz9v0
やはり天皇毛にはチョンの汚い血が混じっていたのか。
平成陛下が「チョンは親戚同前」と言っていたのが益々強化されたなw
>>495 白村江の戦の前は中大兄皇子、敗戦後は天智天皇政権。
変わってねえ。
・石の段々の上になぜ今土が被さってるのか?
ふつうなら石舞台みたいに土は持ってかれるだろ
手頃な大きさの石も持ってかれるだろ
・日本で見たことないと言ってるけど頭塔と似てるだろ
仏教の影響じゃないのか
・長野の森将軍塚古墳?とかいう古墳で墳丘内から同じような石段々がでてるんだが?
土木の方では多少知られてる石積の例だが
要するに土だけで急斜面作るより安定する(+排水にも効果ある)
499 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 11:38:51.23 ID:OVbCv0t20
日本号の話しってのは、聖徳太子がいた時代だろ?
先代旧事本紀を著すぐらいの聖徳太子のことだから、
昔あった高天原の東日本を掌握したから、
倭(豊葦原)と扶桑(高天原)をトゥギャザー(一緒に)して日本国としたんだろ?
500 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 11:39:56.00 ID:4PWPwvw00
本当の歴史を教えてやる
倭=筑紫国を中心とした九州の勢力
中国地方は出雲国
近畿は大和国
昔々、大和+出雲=日本
倭が唐に負けた故、日本に合流
その後の主導権争いが壬申の乱
>>497 根拠となる出土物が何もない九州説はもう無理だなw
城の山古墳でとどめ刺された
502 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 11:45:05.55 ID:vd1gFmFt0
蘇我入鹿という名前プールで輪っかを潜りそう
いるかいないかいたんだよ
蘇我馬子の長男だ
蘇我氏といえば乱暴でその上とっても名前が変
蘇我馬子のその前は蘇我稲目というんだよ
一方物部守屋は頭が固い人
親父の名前は物部尾輿
蘇我と物部仲悪い本当の訳はお互い相手の名前を笑った事だった
503 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 11:45:49.33 ID:4PWPwvw00
壬申の乱で勝ったのが筑紫勢力である天武天皇
日本の名を継承したのは元から日本という概念が存在してて
筑紫もその内の一つという認識だったからに他ならない
504 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 11:46:35.52 ID:BOGcAbT00
蘇我稲目こそは戦争をせずに美男、美女、仏教を持って外国からやって来て天皇の位を奪い日本を乗っ取ろうとした帳本人
それまで日本の天皇も国民も100歳を超える長寿の国だったのに蘇我氏が入り込んでから目茶苦茶にされた
505 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 11:47:39.98 ID:mfYQ2xbd0
これ関テレでは『聖徳太子の曽祖父』だか聖徳太子がらみで報道してたんだけど
NHKとか一言も出ないのな
>>500と
>>503で言ってることが矛盾してるんだけど、
自分の意見を自分で把握できて無いだろ
なんのトンデモ本に影響されたんだ?
507 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 11:50:34.17 ID:OVbCv0t20
>>504 思い出した。こんなのある。
イワナガヒメは、コノハナノサクヤビメとともに天孫瓊々杵尊(ににぎ)の元に嫁ぐが、
イワナガヒメは醜かったことから父の元に送り返された。
オオヤマツミはそれを怒り、イワナガヒメを差し上げたのは天孫が岩のように永遠のものとなるように、
コノハナノサクヤビメを差し上げたのは天孫が花のように繁栄するようにと誓約を立てたからであることを教え、
イワナガヒメを送り返したことで天孫の寿命が短くなるだろうと告げた。
『日本書紀』には、妊娠したコノハナノサクヤビメをイワナガヒメが呪ったとも記され、
それが人の短命の起源であるとしている。
古墳の地下部分もしっかり調査しろよな。スフィンクスに該当するものの存在もな
じゃ、稲目の妻の墓で決まりだろ
510 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 11:52:27.32 ID:Nt5Kak8PO
てーか、天皇家のDNA鑑定すれば一発やん(´・ω・`)
>>502 蘇我氏の名前が変なのは日本書紀が嘘を書いているからだろ。蘇我氏を悪人に
仕立てるため、卑しい名前を付けた。本当の名前は記録に残ってないため不明。
>>395 盗掘問題があるから秘密主義になるんだよな
今うかつに掘り返すとバタフライ効果でエボラウイルスが出てきそうだ
514 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 11:54:51.86 ID:4PWPwvw00
>>506 矛盾してないよ
そう見えるなら理解が足りて無い
蘇我氏は日本人じゃなかったみたいだからなぁ〜
ムーの末裔かもね
516 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 11:55:29.96 ID:12O0EstS0
>>472 九州とは限らないよ。
実際には、崇神=神武だろう。
ともに、和名はハツクニシラススメラミコトじゃなかったか?
>>512 貴人の遺骸には神秘の力があると信じられてきたからな
盗掘されて薬にされた
鎌足の墓も別の場所の説が長年あったが偽装隠蔽だなあれは
>>413 古墳の内部構造を知らんだろ?
発展型だぞ
519 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 11:59:00.50 ID:OVbCv0t20
宇多天皇の子孫はY染色体ハプログループがD2っていうのもあるから。
おそらく従来通りの説だろう。何も恐れることはない、DNA鑑定できるならすればいい。
天皇の墓だとしっかりと確定したもので、ちゃんとDNAが採取できるならばの話しな。
520 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 11:59:33.67 ID:4PWPwvw00
筑紫と出雲と大和は同じ血族で纏められてたからな
大きな概念で日本があってそこに寄りそうかどうか
出雲と大和は早々に寄りそって、筑紫が少し遅れたということ
521 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 11:59:42.94 ID:NUSPo9lp0
もやし炒め
522 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 11:59:56.06 ID:l5vDg7Vp0
こんなんピラミッドじゃねえだろ
世界には黙っとけや
>>514 百済を救援して白村江に挑んだのは中大兄皇子なんですけど、ご存じ無い?
唐新羅と戦ったのが筑紫というなら、中大兄皇子も筑紫人と言うことになるね。
天武も筑紫人なら壬申の乱は筑紫同士の戦いと言うことになるね。
中大兄皇子も大海人皇子も大和に居たけどね。
524 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 12:10:42.19 ID:nt/sCRBF0
>>516 たしか、神武、応神、崇神、の和名が全て「ハツクニシラススメラミコト」だったな
525 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 12:14:20.85 ID:9QqkCBhN0
日ラミドの機嫌は日本
>>426 >>429 この辺は授業でも意図的に分かり難く教えてるから知らないだろうけど、
その時代は天智天武だろ?
天智が白村江で敗れて本土決戦の準備で遷都し、
その息子の大友皇子は唐に媚びた遣唐使を行い、
これに反発した天武率いる保守派が主権を握り、日本という国名で半島の領地を主張した。
しかし唐は半島を返す気が無いからこれを認めず、日本と倭は別の国と表記したんだよ。
つまり当時の日本とは日本列島と半島を含めた勢力圏だったわけね。
527 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 12:17:06.68 ID:ud6GRs0P0
>>479 >九州から突然やってきた
突然じゃねえよ吉備に数年留まってたぞ 当然吉備による工作があったと考えるべき
吉備が神武をバックアップした真意は分からんが畿内が倭国の勢力圏に入る事によって何らかの経済的メリットがあると踏んだのだろう
>>516,524
お前ら自分で「読んだ」わけじゃなかろうに
むしろ方形墳の斜面構造を深化させたものというだけの話ではないか?
529 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 12:20:06.87 ID:SvpJrnJWO
だからさぁ 簡単に言えば、高天原と倭が最終的に togetherして、土着系と合体したのが日本になったんでしょうよ〜
>>465 やはり欽明天皇の任那日本府は、倭国が半島南部を連邦化した証拠かね
>>516 だからさ、神武が存在してたかどうかは知らんが、過去の伝承として
九州から大和に侵攻(移住)したことを残してるんだと思うよ。
もちろん、国全体が侵攻(移住)するなんてことは考えられないから、
九州に国として残った倭が670年に消えたとしても矛盾しない。
ちなみに大和はもともとヤマト(山戸か山門)があって、それを「和(倭)」
の読み方になぞらえたあと、「大」をつけて「大和(ヤマト)」と読ませる
ようにしたんだと思うよ。
>>526 >天智が白村江で敗れて
中大兄皇子が天智天皇になったのは、敗戦して宮を大津に遷した翌年なんですけど。
歴史知ってますか?
なんで500年後半の古墳で
600年中期後半の話になってるんだ(´・ω・`)
「高句麗」とか言いたかっただけなんだろう
で、発掘調査すればするほど半島と関わりがあるという理由で半島を調べると
なぜか半島の遺跡から日本がルーツになる根拠がたくさん出てきて韓国調査団が隠蔽
「日本がルーツの遺跡なんか無かった」にするんだろ?
こんな記事、昔見たような気がするw
>>436 千葉は古墳の数が二番目に多いんだが…
関東の古墳は脱畿内を目論む鎌倉〜江戸で破壊された部分が大きいけど
2,3世紀の古墳は普通にあるし、出土品から畿内と交易や外交してたのも分かってる
畿内勢力は関東を見下してるので関東sageが多いが、神話の国譲りでさえ、
天津神は関東の神タケミカヅチに頼んで国津神を倒してるわけで、
関東が未開の地というのは嘘なんだよね
537 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 12:29:39.45 ID:8jvPEtQ50
この手のスレで邪馬台国がらみの話題をヤメろというのは無理かもしれないがw、
せめて口汚く罵るようなやつはどっか行ってくんないかね
嫌な書き込みするのは邪馬台国非九州支持者に多いと前から思ってたがこのスレでも同じだな
538 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 12:29:47.78 ID:0wYM3zURO
>>531 かなりの大規模移動はあっても不思議ない。
ゲルマン民族にしろチンギス・ハンにしろ、国ごと移動したに近い。
蘇我は朝鮮系だから逆賊になったんだな
540 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 12:30:23.13 ID:SvpJrnJWO
>>526 半島と日本が同じような倭の勢力圏扱いだったのは、古い書画に 中国から見て東北は鬼門であり、災いや鬼がやってくる入口門の絵が残っていて、鬼は野蛮人達だったとある。当時 倭からの勢力が、中国内陸まで食い込んでいた可能性すらあるかもしれないよ
541 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 12:30:45.25 ID:ibafsJle0
542 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 12:32:22.76 ID:npeiTIia0
ナイルなトトメスの第一話思い出したわ、
墓参り行ったら日本の山中にピラミッド型のお墓
543 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 12:32:31.79 ID:QGw9sFOC0
蘇我は天皇以上の権勢をふるっていた仏教推進派
>>532 砕いた説明だから問題無い
柔軟性の問題だな
>>536 千葉と言えば安房忌部
忌部氏と言えばその故地は阿波
古墳は阿波から始まる(´・ω・`)
白村江の戦いで北方支那人「唐」の側に付いた日本人の新羅により朝鮮半島情勢は様変わり。
日本人の百済再興の見込みは完全に絶たれ、日本人の百済が日本列島に撤退し日本国防体制を充実させて、唐や日本人の新羅の侵略を防ぎ、日本列島を中心とする独自の文明を築き上げて行く道をたどる。
日本人の新羅は何度も北九州沿岸を荒らすが、日本はその度に撃退。正確な撃退数は「対外関係史総合年表」を読もう。
高句麗は北方支那人と日本人の混血。高麗は日本人。李氏朝鮮はモンゴル人。
結論)
朝鮮民族は地球上存在しない。あるのは、日本人+北方支那人+モンゴル人の混血児「korea」のみである。
黄金比は黄金分割とも呼ばれ、古代ギリシャで発見されました。私たち人間にとって最も美しく安定した比率で、美しく見せるための基本的な条件とされています。
ピラミッドには、この黄金比が使われていると言われています。クフ王のピラミッドを例に挙げると、ピラミッドの高さと底辺の長さの比率がだいたい1:1.6になります。これは黄金比と呼べる特別な比率になります。
同じ黄金比の比率を持つものとして、ミロのヴィーナスも腰で区切ると上下に1:1.6になりますし、ギリシャのパルテノン神殿も高さと幅の比率が1:1.6、古代ローマの凱旋門も高さと幅の比率が1:1.6になっています。
このように、1:1.6の比率を持つものはとても美しい形をしているので、この比率は神秘的な比率と考えられました。身近なものではテレホンカードやハガキなども黄金比になっています。
>>536 防人の徴発は静岡と坂東からしか行われていない
つまりただの植民地
終了
550 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 12:39:49.47 ID:SvpJrnJWO
そういや 否めないとか 百済ないとか言うよね なんなんかな? 稲目いない 百済無いのこと?
>>536 >脱畿内を目論む鎌倉〜江戸で破壊された部分が大きいけど
鎌倉武士は上方に憧れて地元関東を蔑んでいました。
作法や身なり、行事などあらゆる事を上方に真似た。
江戸の町を造ったのも家康が集めた大坂京都名古屋の商人や職人です。
なので初期の江戸町民は大半が上方からの移住者や単身赴任者でした。
脱上方の機運が高まるのは江戸時代も半ばを過ぎた頃になってからです。
>関東の神タケミカヅチ
タケミカヅチは物部氏の氏神ですね。
553 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 12:46:05.12 ID:SvpJrnJWO
半島からローマグラスが、出没してても不思議ではないよね。 日本にはペルシャからのが来てるし 商売的なことで運ばれたんじゃないかなぁ〜 渤海から日本の貴族だけに、毛皮も納品されてたらしいし
554 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 12:47:41.62 ID:ol+6V5gk0
確か イエスキリストは日本で死んだって
ムーに書いて有ったな。
剣山の人口ピラミッド説
>>553 奈良はシルクロードの終着点(´・ω・`)
あ、そうそう。
織田信長が生き延びて
チンギスハーンになったって
ムーに書いて有った。
559 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 12:51:58.57 ID:SvpJrnJWO
>>60 動揺はしてないよ。ただ 凄い不思議なだけ、一番極東の島国なのに。 なんでこんなに複雑怪奇なんだろう? しかも4世紀5世紀のことが あやふやでわからないし もっと古い遺物もあるし 深く沈殿しまくってて難しくてわからない
560 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 12:53:28.60 ID:CK2zvU7X0
>>159 山を超える方が不経済なんだが。
なんか、学者の中にも何が何でも「朝鮮から伝わったに違いない」って信念を
持ってる人がいるようだね。
将門も徳川も脱しきれなかったけどね
結局は延長線上のおまけにしかなることはできなかった
最後まで抗った将門は死に
中途半端に自称源氏を名乗ってた徳川は存在すら否定された末路
どちらも神格を手に入れることはかなわなかった
なんかすぐ朝鮮に結びつけるのもな。
日本型の古墳が朝鮮に出た時はだんまりだったのに。
563 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 12:57:05.01 ID:r6D31Oet0
話は聞かせてもらった!日本は滅亡する!
つまり前方後円墳はピラミッドに円錐状の塔を併設したもの
ピラミッドでエネルギーを溜めて円錐状施設で宇宙の彼方と交信していたんだよ!
>>558 タイムマシーンでも見つかったのか?
源義経と間違えてない?(´・ω・`)
蘇我稲目が高句麗から嫁を取ったのでそれに習った形ってすごい飛躍だw
韓子→高麗→稲目→馬子→蝦夷→入鹿
蝦夷は蝦夷出身なのか?っていう
どれも名前が後世からの蔑称くさい
縄文人と弥生人(渡来人)は、
民族が違ったと言うより
人種が違ったと言うぐらい違いがあった。
渡来人である大和朝廷は、
縄文人を「蝦夷」「毛人」と呼んで、
ドンドン関東・東北・九州南部に
追いやった。
>>566 連想ゲーム
韓子(倭人と大陸人のハーフ)→高麗(高麗)→稲目(出雲)→馬子(騎馬民族の子)→蝦夷(反朝廷)→入鹿(タケミカヅチ)
蔑称ですね
>>567 縄文時代が土偶から察するに刺青してたと思われる
弥生時代に中国の文献から刺青してたとの記述がある
古墳時代に埴輪から刺青の風習があったと思われる
仏教が入るまで南方の風習に変化がないと思わんかね?
江戸時代から明治時代になって西洋人に征服されたと遥か未来に発掘されたとき思う人もいるんだろうな
芦原中津之国 豊葦原中国
当て字が多いけど古来津の国と称され
葦原が広がっていた河内湖難波周辺で間違いないだろう
高天原はどこだろうか
572 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 13:44:52.73 ID:0Q1RMWlE0
山を見るとピラミッドっていうのやめようぜ
574 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 13:53:12.47 ID:0Q1RMWlE0
中韓の文化の影響があった と言われて何でそこまで腹立つのか理解できんわ
現代じゃなく1500年前以上だぞ
それに漢字使って反論してる時点で、中華の影響受けてるじゃん
575 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 13:59:52.08 ID:DxMt7Ad40
ここまで「飛龍眠土(ピラミッド)」なし
>>574 その次に「だから日本人は兄である中韓を敬え」とか馬鹿なことを言うからでは?
文化に敬意を払ってもDQNに払う必要は無い
578 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 14:05:53.09 ID:ldZiCMze0
>>297 奈良時代に「毛人」という名前の貴族が何人もいたが、彼らは蝦夷なのか?
579 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 14:06:57.98 ID:NTZfxz9z0
昔から日本の古代史でこうまで韓国って関わろうとしてたっけ?
ここ近年ちょっと酷くなってるんじゃないのか。
580 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 14:07:21.11 ID:V+fWl46C0
古代漢民族と高句麗百済新羅には影響されても
現代中国人と朝鮮人には関係ない
特にエベンキ
>>574 仮に全文ひらがなで書いても漢字の影響を受けてることは否定できないね
582 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 14:08:31.82 ID:kXPHWLVf0
Gストリートビュー
石棺の入り口までみえるw
UFO基地です。
584 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 14:09:10.41 ID:cLyAazkW0
>>578 そういうの知らないんだろ
入鹿や蝦夷って名前は蔑称だってアホなこというやつ多いよなあ
586 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 14:14:16.67 ID:dLThZGD20
>>159 対馬まで海を渡ってるんだからさらに渡っても不思議じゃない
587 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 14:14:33.39 ID:vnQZVEpI0
>>393 古い知識だ。縄文から弥生は自然に移行している。
アイヌ、弥生、琉球は同根だと判明している。
>>576 その通り
1500年前はまともな
民族いたのかもしらんが、
総入れ替わったあとのDQNエベンキは
全てが侮蔑の対象
589 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 14:17:01.89 ID:ODgocK5T0
奈良・都塚古墳:まるで階段ピラミッド…専門家から驚き
毎日新聞 2014年08月13日 19時21分(最終更新 08月14日 03時13分)
http://mainichi.jp/select/news/20140814k0000m040045000c.html 「まるで階段ピラミッド」。奈良県明日香村の都塚古墳(6世紀後半ごろ)が5段以上の階段状に築かれた
一辺40メートル超の大型方墳と分かり、専門家から驚きの声が上がった。飛鳥時代(7世紀)が幕を開ける
直前の6世紀後半、一体誰が、何のためにこのような前代未聞の古墳を造ったのか。3人の大王(天皇)の
外祖父となった蘇我稲目(いなめ)(?〜570年)らを巡って被葬者論が熱を帯びている。
元旦に金の鳥が鳴くという「金鳥塚」の異名を持つ都塚古墳。巨大な石室の中に豪華な家形石棺が
あることは分かっていたが、一辺30メートル程度で、段差はあっても3段とみられていた。
発掘調査している明日香村教委の西光慎治・文化財課調整員は「墳丘をできるだけ高く築くために、
急傾斜になっても崩れないよう階段構造にしたのではないか」と推測する。
都塚古墳があるのは、飛鳥の中心部から南東に飛鳥川をさかのぼった標高約150メートルの傾斜地。
7世紀前半、権勢を誇った蘇我馬子(稲目の子)の墓とみられている石舞台古墳が近くにある。
墳丘上部が失われているが、こちらも方墳だ。米田文孝・関西大教授(考古学)は「下から見上げると
石の山のようだっただろう。後に営まれた飛鳥の宮から、西日に映えて、石舞台とともにピラミッドの
ように見えたのではないか」と威容を想像する。
稲目の娘を母とする3人の天皇の陵は方墳で築かれ、方墳は蘇我氏のシンボルとされてきた。
白石太一郎・大阪府立近つ飛鳥博物館長(考古学)によると、都塚古墳の石棺の形は6世紀第3四半期で、
稲目の時期にぴったりだが、石室は6世紀末〜7世紀初めの新しい形という。
「6世紀後半まで有力者は前方後円墳に葬られた。都塚の被葬者は蘇我氏の有力者だろうが、
前方後円墳の時代になぜこれだけが方墳なのか」と頭を悩ませる。
稲目は朝鮮半島の百済から伝わった仏教を積極的に取り入れようとした。
千田稔・奈良県立図書情報館長(歴史地理学)は階段状の墳丘に注目し、「仏教思想で世界の中心に
あるという須弥山(しゅみせん)を表し、稲目がそこに葬られたいと思ったのではないか」と推測する。
同じく稲目説の猪熊兼勝・京都橘大名誉教授(考古学)は、4〜5世紀に朝鮮半島の高句麗で造られた
階段状の積み石方墳との類似を指摘する。都塚とは時代が隔たっているが、稲目の父の名が「高麗(こま)」
であることなど、高句麗とのつながりがあったと考える。
ただし、文献からは稲目の時代の蘇我氏の根拠地は奈良県橿原市大軽町付近と考えられている。
そこにある奈良盆地最大の前方後円墳、五条野丸山古墳(全長318メートル)を稲目の墓とする
和田萃(あつむ)・京都教育大名誉教授(古代史)は都塚の被葬者を「百済などからやってきた
渡来系の人物」とみて、稲目説に反論している。【矢追健介】
590 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 14:17:16.40 ID:kXPHWLVf0
まわりは千枚田でいい所にあるね^^
>>579 4世紀後半、日本が朝鮮半島を支配して事が確定したから、
むしろ、韓国の方が日本と関わりたくないと思い始めてるんじゃないかな?
韓国で発見された前方後円墳を破壊するとか
592 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 14:19:22.40 ID:vnQZVEpI0
>>159 書記にも中国の文献にも、朝鮮の三国史記にも、倭人が半島を支配していたと、書いてある。
好太王碑にも、倭人海を渡りて、とある。
>>579 まぁ、天智天皇・天武天皇周辺ではわりと
新羅関連で繋がりを示唆する説を出す人はいたかな
>>591 訂正
4世紀後半、日本が朝鮮半島を支配してた事が確定したから、
595 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 14:31:47.67 ID:vnQZVEpI0
>>585 蝦夷の意味範囲は時代によって違う。
勇猛な人という意味でそう呼ばれたのかもしれん。
佐伯氏は武門の家だし。
韓子は明らかに蔑称。半島で生まれた倭人の事。
その他入鹿とか馬子とか異様な名前が多すぎる。
ちちんぷいぷいの解説が凄まじくキモイんだがw
おそらくこのネタ韓国では古代韓国人が支配してたとかに
すりかえるんだろうなwww
597 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 14:33:30.53 ID:N60T7zpIO
むしろピラミッドが日本の富士山を模倣した物なんだがな。
ピラミッドの始まりは自然の山を人工的に三角形に整えた物。
その最たる物が手を加えなくとも整えられた富士山。
それがやがて西に伝えられて、山の無いエジプトでは全て人工的に作られたピラミッドが生まれた。
そんな話をずっと昔にムーで読んだ。
>>578 少なくとも、古代で言うと、後の蝦夷とは意味が違って、
関東の土着豪族にも使ってたみたい
毛野国とかそこからも意味が来てんじゃないかな毛人は
599 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 14:35:22.45 ID:d32EU4rz0
蘇我稲目の墓という説は否めないよね。
蘇我稲目には堅塩媛、小姉君、石寸名と3人の娘がいた。正妻は物部氏。
石寸名は姉の息子である用明天皇の側室となっているからその母も若くて正妻じゃないと思う。
(第1子を生んでいるので用明天皇よりは年上だと思う)
ところで堅塩媛と小姉君の生母は同じだったんだろうか。
馬子の甥と姪にあたる用明天皇、推古天皇、すしゅん天皇に対する様子を見ると生母が違う気がする。
馬子と堅塩媛は生母が同じだろうか。姪の推古天皇と大して年が違わないから。
わかる人教えてください。
601 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 14:39:49.48 ID:ldZiCMze0
>>585 入鹿は表記通り神使の鹿にあやかっているかもしれんしね。
鹿を神使としている春日大社は藤原不比等、鹿島神宮は鎌足を輩出した中臣氏と縁があるのに、鹿の
字が入った名前を記紀編纂者が蔑称とするかねえ。
蝦夷にしても
>>578に書いたように記紀編纂と同時代に「毛人(えみし)」や同系の「東人(あずまびと)」が
流行っているし。
蘇我馬子・蝦夷・入鹿蔑称説は思いつき以上のものじゃないよね。
602 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 14:45:50.35 ID:vnQZVEpI0
>>601 東国には実際に毛野の国があったし、毛人はおかしくないだろう。
書記には、毛野の稚子、について歌った悲痛な和歌がある。
名前一つ一つを見れば蔑称とは異なる説明が出来るかもしれんが、それがずっと並んでるからな。
>>579 百済崩壊以降はずっと半島とは仲が悪い
新羅が唐を裏切ってからしばらく利害関係が一致して協力してたが、仲が良かったとは言い難い
高麗初期以外はほぼ中華王朝の属国だったから日本と関わる機会が少なかったし
604 :
アニ‐@転載は禁止:2014/08/14(木) 14:48:49.50 ID:5sljt2NC0
>織田信長が生き延びてチンギスハーンになったってムーに書いて有った。
そりゃ本宮ひろしの漫画だろがw
605 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 14:50:30.46 ID:UmlMbho20
大体ペルシャ人がいた位なのだからな。
飛鳥にゾロアスター教の痕跡が豊富なのだから不思議ではない。
フレディマーキュリーが日本好きなのもある意味必然だった訳だ。
ジャンキン寿司歓喜!
>>601 春日大社が建立されたのは記紀が編纂された後だけどね。
建御雷は多氏、経津主は物部氏の祭神だったのを中臣・藤原が乗っ取ったんだけどね。
608 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 14:57:46.30 ID:ldZiCMze0
>>602 >東国には実際に毛野の国があったし、毛人はおかしくないだろう。
奈良時代の貴族の名前の「エミシ」や「アズマビト」が勇猛のあやかりであるのは既に説として定着している。
>>601はそれを前提にして書いている。
それと、細かい事と思うかもしれんが、書記ではなく書紀な。
記と紀では意味に天地の差がある。
609 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 14:58:51.51 ID:/k0uaXRk0
>>604 前に白人の考古学者がその説をテレビでとなえてた
610 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 14:59:32.47 ID:D9MV3Uv70
古代史に詳しい人に聞きたいんだけど今回の発見は現段階で
ちょっと変わった形の古墳が発見されたということ以上の意味はあるの?
なんで新聞が大騒ぎしてるのかよくわからないんだけど。
611 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 14:59:38.80 ID:Q4FV+hev0
司馬遼太郎先生が正しかったって事だよ
>>610 新聞はなぜか昔から考古学的な発掘や発見を大きく取り上げる
多分博物館とか美術館の主催とか共催とかとかかわってるのかもな
613 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 15:03:26.49 ID:kXPHWLVf0
盗掘されてお宝がないーーーーーー
614 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 15:05:53.30 ID:ldZiCMze0
>>607 鎌足・不比等親子の影響力を軸に見る話だよ。
春日大社は不比等の子の永手によるとか、祭神は元はとかはだからどうしたという程度でしかない。
この親子の生存時に鹿島神宮が藤原氏との関係を強めたのなら充分意味があるだろ。
毎日はまた朝鮮半島の影響下にあった、とかすり替えするぞw
正しくはもっと中国西方からの影響が、飛鳥時代以前から
濃厚だったという事だから。
たたら製鉄自体がインド方面からの影響なのにな。
616 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 15:08:58.59 ID:b05V8cr90
>>614 記紀が書かれた後に出来た春日大社の鹿が、ってのは無理があるんじゃ?と
>祭神は元はとかはだからどうした
系図の偽装に繋がる問題だけどね
てか現状では
藤原も天皇家に見捨てられた状態なんじゃないの?
619 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 15:20:58.23 ID:onM4MPLt0
そもそも天皇家の祖先や大和朝廷の氏族の祖先たちは、最も早い時期に日本に渡来した渡来系の氏族だった可能性が高く
渡来系氏族の代表格である蘇我氏のルーツも朝鮮半島にあると思われます。
高松塚古墳の壁画で有名な奈良県 明日香村の古代の地名の「飛鳥」は古代韓国語の「ASUKU」(ふるさと)
であるといわれていることや、九州の霧島連山の高千穂の峰の隣の峰が韓国岳(からくにだ け)と呼ばれていることからも
やはり天皇家や大和朝廷は朝鮮半島にそのルーツがあると考えるのが妥当であると言われています。
620 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 15:30:53.38 ID:TyXi207+0
>>619 半島には倭の国があったんだろ
縄文人たちが渡って作った国で、そっから帰ってきたんじゃないの?
今の韓国人と日本人のY染色体は全然違うらしいからな
まあ、4世紀半ばには半島南部は倭人の勢力圏に入ってただろうね
大陸が五胡十六国で大荒れで、楽浪郡も壊滅してた時期に。
>>617 春日大社は新しすぎて参考にならないな
元春日の枚岡神社を調べたほうがマシ
>>619 「飛鳥」や「韓国岳」だけでルーツとか言っちゃうのはちょっと…
「スメラミコト」を説明できなきゃルーツとは言えないと思う。
朝鮮の三国史記には、新羅は倭人の脱解王が創った国ニダ!と
書かれてるんだしな。
大体アスカの由来はアショーカですよ、仏教ならw
朝鮮由来なんてブサヨが何とか半島影響下にしたいが為の
工作活動だからな。
また海を渡ってきたと言われる大物主は金毘羅さん、つまりコンピーラ。
朝鮮半島は無関係な話。
626 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 16:00:27.39 ID:4j6T9J740
>>619 最も早い時期にって、大和朝廷やその前進が成立したと思われる時期と
日本に日本人が渡来した時期とでは何千年単位で差があるよ
それも別に半島限定じゃなく大陸から東南アジアから複数から渡来してるんだけど
ついでに蘇我氏は渡来系氏族の代表格なんかじゃないよ
一部の学者が渡来系という説を唱えてはいるが、そう証明されてもいなければ、
推測としても定説になるほどの説得力がある説じゃない
蘇我氏は渡来系氏族との関係はあったけど、
その渡来系にしても漢の末裔など大陸渡来を称する氏族もいるし、別に半島限定って訳じゃない
627 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 16:02:15.87 ID:4j6T9J740
>>619 >>623 元々二、三字程度の短い言葉は、外国の言葉と同音異語が多数あるものだし、
似たような言葉があちったとしても普通に偶然とも考えられるしね
フィンランド語なんか日本語と特に関係ないし地域も離れてるけど、
日本語に似た単語だらけ
628 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 16:03:35.29 ID:1IyB+joS0
_人人人人人人人人人人人人人人_
> な なんだってー!! <
 ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
_,,.-‐-..,,_ _,,..--v--..,_
/ `''.v'ν Σ´ `、_,.-'""`´""ヽ
i' / ̄""''--i 7 | ,.イi,i,i,、 、,、 Σ ヽ
. !ヘ /‐- 、u. |' |ノ-、 ' ` `,_` | /i'i^iヘ、 ,、、 |
|'' !゙ i.oニ'ー'〈ュニ! iiヽ~oj.`'<_o.7 !'.__ ' ' ``_,,....、 .|
. ,`| u ..ゝ! ‖ .j (} 'o〉 `''o'ヽ |',`i
_,,..-<:::::\ (二> / ! _`-っ / | 7  ̄ u |i'/
. |、 \:::::\ '' / \ '' /〃.ヽ `''⊃ , 'v>、
!、\ \. , ̄ γ/| ̄ 〃 \二-‐' //`
629 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 16:38:21.09 ID:KbALHVPZ0
高句麗って女真族系じゃなかったか?
朝鮮族とは別の民族だろ
630 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 16:47:04.09 ID:4j6T9J740
>>393 骨格は生活によっても、片方からの遺伝によっても変わるよ
江戸時代の徳川家なんて二百年程度で大きく骨格が変わってる
あと稲作は縄文時代にはもう始まってる
紀元前数百年どころか数千年レベルとどんどん発生時期が遡ってきてるし
大陸でも何千年も前から稲作をしていたから、大陸伝来説もあるし
渡来人が稲作を伝来させたとしても、別に半島限定じゃない
631 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 16:50:14.30 ID:KbALHVPZ0
>>51 選挙で有名な青森の秀吉のおっさんが古墳みたいな墓作ってなかったっけ?
あと、有名なのは札幌の滝野霊園
632 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 16:53:00.54 ID:4j6T9J740
>>304 それも事実とは確定してないよ
そう称していたと記されている、までは事実
ただしそれが事実なのかただの自称なのかまでは不確定
まあ事実としても、
>>299だからもう百済が存在しない時代だけどね
うまくいったら蘇我と呼ばれてる一族の本名くらい分かるかな
634 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 17:11:28.15 ID:n6CcBv5/0
>>587 間違った知識だ。
アイヌや琉球は縄文系で古モンゴロイドに分類されるY遺伝子D系統優位の民族。
弥生系は渡来人で中国大陸から東南アジアに掛けて分布している新モンゴロイドのY遺伝子O系統。
635 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 17:13:24.26 ID:n6CcBv5/0
>>632 藤原家の正体は、百済王家の末裔。
中臣鎌足=人質として日本に亡命していた百済最後の王子「扶余豊璋」
636 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 17:29:51.60 ID:syxf6UEw0
>>635 そりゃ漫画の設定だろ
史実にそんな根拠は全く存在しないし、
中臣家は鎌足以前から存在する祭祀の家系だぞ
637 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 17:31:20.59 ID:Hu3Jj1BXi
>>211 t'7もまたまち'007(pqpp7(p7ま
>>634 どこのイデオロギー論者がそんなデタラメ教えてるんだよ、妄想が酷すぎるぞ
そもそも「縄文系」ってなんだよそれ、縄文と弥生の違いを言ってみろ
弥生式土器にも縄文があって土器の違いで区分なんていまどきやってない
水耕稲作以前以後が今の区分
もともと骨格やDNAで縄文、弥生なんて区別する幼稚なことしてるヤツはおらん
現場いってきたぜ
単なる畑の真ん中の盛り上がりだったわw
石室は見れたけど、ピラミッド状の姿は分からんかった
今の皇室に繋がる渡来人の蘇我氏の墓だったら、面白いんだがな
>>636 青木とかなんとかいう在チョンが書いた本では
天智天皇が百済王子豊璋で天武天皇が新羅王子のなんとかって説だったなw
壬申の乱は百済vs新羅の戦争だったと。
641 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 18:08:17.89 ID:C6Py9EKJ0
>>375 >前方後円墳は、方墳と円墳を合体させた形状で、つまり、出雲と大和の合体を象徴している。
フュージョン、いいねぇ。
>>635 皇別氏族で渡来人は渡来人でわけられてるだろ
>>375 前方後円墳は、どう見ても「勃起したチンコ」の形
「稲妻」が文字通り「妻」で
「勃起したチンコ」の亀頭部分に天皇の遺体を埋めて
「稲妻」が落ちるのを待った
これがよみがえりのための儀式
誰も指摘しないがどう考えてもこれが真実
ピラミットの定義って無いのか?
石垣で盛り土している段々畑にしか見えないんだけど?
646 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 18:49:08.91 ID:py+VPF8W0
渡来人=半島人=関西人がますます証明されることにww
ショックだったのが稲目の奥さんが朝鮮半島の人だってこと
要するに皇室に朝鮮人の血が混ざってるってこと
どうりで代々目が細いと思った
>>647 なんでそうなるのw
倭国は朝鮮を支配してたんだから
朝鮮出身の倭人の皇族がいても不思議じゃないだろ
つーか有名なピラミッドってなんとか王の墓じゃないことは
もう明らかなのにエジプト政府も考古学者もそのことについては
慰安婦捏造報道なしの朝日TBS同様、一切コメントしないらしいね。
倭人(関西人)と百済人の境界があいまいで見た目も同じ
九州の隼人とか東日本人は一目で区別がつくけど
戦中は皇室に渡来人の血が入ってるって認識あったのかな?
今以上にヤバイ反応返ってきそうだけど
>>652 戦前戦中の朝鮮は日本国で、朝鮮人は日本国民でしたが
日本の歴史を知らない人?
>>653 戦中は皇室に渡来人の血が入ってるって認識あったのかな?
655 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 19:50:02.55 ID:6pCr/Nw/0
>>647 当時の豪族は複数の妻を持ってるから、
その二人が子供いたのか、
三人娘の母親なのかは分からんけどな
656 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 19:50:06.84 ID:DOnZbAU20
記紀の編纂者が追憶を頼りに遡れるのって推古天皇ぐらいまでだろ。
せいぜい100年。それより前のことはあやふやでわからなかったから
各地の言い伝えを寄せ集めて適当に編集した。
657 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 19:50:08.26 ID:n3x5NmZ/0
ピラミッドの定義がわからない
659 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 19:53:42.96 ID:6pCr/Nw/0
>>656 はっきりした史書は紛失しても、細かい書類まで全滅した訳じゃないが
蘇我氏も史書を作ろうとしていたり、
古くから歴史を書で書き記すことは行われていた
>>634 縄文から弥生へ自然移行したって話は割と最近ニュースになった気がするぞ
DNA解析で判明したって話だったかな
元々半島南部は倭の領土だった事を知らない奴が増えたのか?
>>661 どうも最近の教科書には載っていないらしいし教えないらしい
昭和時代は弥生人が稲作を持って渡来してきて弥生時代が始まったとされてたけど、
今は稲作は縄文時代後期には伝わって栽培されていた事がわかってるんだよね。
弥生人には、稲作を始めた縄文人の子孫である在来系弥生人と、
弥生時代中期頃にやってきた渡来系弥生人の二種類が存在したと。
つまり西日本=渡来系、東日本=縄文系というのは全くの間違い。
実際、関東や北海道でも渡来人の骨が発見されているらしい。
九州でも縄文系が住む地域と渡来系が住む地域にわかれていた。
それが部族国家化し、邪馬台国の時代の倭国大乱や神武東征に繋がる。
664 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 21:20:49.39 ID:d/2FqBtOi
ヒント
シルクロード
665 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 21:25:44.42 ID:cy+9r7ls0
>>647 ま、普通に入ってるだろうな。陛下もゆかり云々言ってんだから
>>663 リベラルは渡来渡来とむちゃくちゃな論法を持出すからな
アイヌもゆっくりと大陸のオホーツク海文明圏と融合して平安時代頃に成立した文化だしな
日本列島は南北の文化の通り道だったわけで、人も物資も行き来してるわけだよ
>>663 渡来と簡単に言うがマンギョンボン号で航行する訳でも無し
大陸人はどうやって日本に来たんだろうか?
空を飛んできたのだろうか?
遣唐使船、遣隋使船で多大な被害が出たのは何でだ?
668 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 21:35:40.32 ID:CK2zvU7X0
>>654 桓武天皇の生母のことは昔から知られていたはず。
新撰姓氏録には、皇別、神別、諸藩と、各氏族の由来が書かれていて、
新羅系、百済系、漢、など記載がある。
昔から秘密でも何でもなかったんだから、蘇我氏が実は渡来人っていうのは
後代の一学説にすぎないと思うよ。
>>667 船が内陸用の底の平の船だからだよ
南方系の漁民が使っていた渡海舟は大陸人は知らなかった、というか興味が無かった
670 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 21:45:32.95 ID:CK2zvU7X0
>>647 稲目にも複数の妻がいたろうから、誰が産んだ子かは分からんよ。
ただ、蘇我氏は確かに多くの妃を出したし、妃は何人かの天皇を産んだけれど、
その血は桓武天皇には入っていないよ。
目が細いのは香淳皇后の家系だと思うけど。
671 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 21:50:46.86 ID:4PWPwvw00
672 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 21:51:22.48 ID:CK2zvU7X0
>>667 縄文時代から大陸や半島へ日本の石器が伝わっていたり、黒潮を超えて神津島へ
黒曜石を取りに行ったりと、古代人の航海術はすごいよ。
>>667 縄文時代からずっと航行しているので、特になんも考えずに普通に来てたと思うよ。
特に日本海は航行しやすいから、帆もいらず、漕ぎ手もいらず、適当にこれるからね。
特に東北の日本海側は上手い具合に北海道沖で海流の切り替えが出来るから、
簡単に大陸にたどり着ける。むしろ大型船化してからのが、危ない気がする。
674 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 21:54:12.82 ID:4PWPwvw00
縄文土器として出土してる物の中に
ペルシャのアフラマズダ像と同じデザインの物がある
少なくとも5〜6000年前にペルシャと交流があったことが確定
古墳からペルシャ産の皿が出てるのもその系譜
古代から海のシルクロード、シーレーンを使ってペルシャと交易があった
675 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 21:55:26.70 ID:2UgoF8vz0
>>647 そう!
人民を虐げてきたのは、常に朝鮮人
676 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 21:57:05.05 ID:LOCnAXn90
酒井勝軍スレ
677 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 21:57:05.15 ID:ySOFy+S/0
>>654 あったから同祖論なんてのが生まれたんでしょ。
実際、もともと朝鮮半島南部は同じ民族だったと思うよ。
でなければ病身を押してまで、天皇自ら新羅征伐の親征なんかしないって。
俺が思うに、はじめての丸木舟が登場するのはスンダーランド沈下の頃だと思うな
そのころに自然発生的に出現し、また、渡海の必要に迫られた
679 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 21:59:58.08 ID:12O0EstS0
>>491 崇神の2〜3代前は、どこの馬の骨よ。
強大な王家の出現は、稲作文明が成熟してから、と考えるのが自然です。
今だに”前方後円墳”で
方墳が”前”の扱いになってるのがわからん
図だと普通に円が上で紹介されてるのに
だからといって上円下方墳ってのも妙だろ。
古墳のコフィー的には、それで正解な気もするけど。
前後と上下は同じじゃないだろ、前後は前後、上下は上下だ
家の玄関が前だったら、絵に描く時玄関側を上に書いたら裏門が前になってしまうだろ
683 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 22:11:55.67 ID:TNNAcO1l0
山形にあるというキリストの弟イスキリの墓だろ
684 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 22:14:34.32 ID:IibczNnr0
リニアは奈良やで
685 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 22:17:50.47 ID:TNNAcO1l0
ああ奈良か
そしたら卑弥呼の妹の姫子やな
これで蘇我氏は渡来系であることがわかったわけで、
その後の天皇を生み出したことで、天皇家は在日だということが実証されたわけだよ。
>>686 その逆だよ、蘇我氏が大陸側へも影響力を持っていたということ
一部は日本側が何らかの形で納めていた証
689 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 22:46:18.05 ID:CK2zvU7X0
>>686 どうしても天皇家を在日にしたいのかw
確かに稲作民の血は入っているとは思うけど、入ってくる頃は今の朝鮮人は
まだ住んでいなかったと思うよ。来たのは縄文晩期だろうしね。
新羅や百済が出来たのはずっと後だよ。
690 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 22:47:11.79 ID:idJm7jjm0
>>677 任那において倭と半島民との混血児は「韓子(からこ)」と呼ばれていた。
同族ならこんな言葉は生まれない。
百済の支配層と倭の祖先が同祖というなら可能性はある。
中国大陸の南部から海流に乗れば、黒潮と対馬海流に分かれる。
対馬海流に乗れば朝鮮半島の西部である百済地方に流れ着く確率も高い。
大和朝廷が超大国である唐を敵に回しても百済救援に全力を注いだことを考えれば、百済の支配層とは深い縁がありそうに思える。
691 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 23:07:20.20 ID:ldZiCMze0
>>617 春日大社の神使を鹿にしたのは鹿島神宮が無関係なのだろうか?という意味なんだが。
鎌足・不比等親子が重視していた可能性があるだろ。
>>1 その程度でピラミッドとか、みっともないからやめろって
693 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 23:30:09.65 ID:ldZiCMze0
>>690 >任那において倭と半島民との混血児は「韓子(からこ)」と呼ばれていた。
>同族ならこんな言葉は生まれない。
混血児と自分で書いていてそれはないだろ。
住民の素性に関係なく半島そのものを下に見ていたというだけだろう。
三韓征伐の前後の話から見るに、大和の勢力が半島に入ったのは4世紀頃。
自分らと同じ倭人でも九州の勢力を別物と見ていた大和からすれば半島の倭人も別の集団でしょ。
日本海交易に関与していた息長氏の血が入っている神功皇后は新羅を知っていても仲哀天皇は知らなかった
という話もそれを示唆している(新羅は本当に辺境の田舎国ではあったが)。
それに、記紀神話のスサノオの半島拒絶の話からすれば半島は下に見る対象であることが示唆されているし。
新撰姓氏録に新羅王の先祖が神武天皇の兄という記述があるが、この伝承の発生がいつかは不明だが新羅
の首長が複数の血統による持ちまわりの時期にそのひとつが倭人系である可能性が高い点とスサノオの話と
合わせて、やはり半島そのものの地位が大和で低かったということでしょ。
で、日本書紀には応神天皇の時に任那に屯倉を設けたとある。
それから大伴氏や物部氏などが任那に進出しているしそれが任那割譲につながっている。
倭の五王の件も含めて百済救援はそういう利権絡みもあるでしょ。
エジプトのピラミッド、南米の神殿、日本の古墳群、
これらは火星人由来の巨石文明、長い年月で失われた
ロストテクノロジーの建造物だと思うが。
方墳がまれだった日本は
エジプトや南米とは異なる火星民族がやって来たのかもなあ。
695 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/14(木) 23:48:18.23 ID:OpCI3kar0
蘇我の拠点は関東
千葉県の蘇我という地名の一帯は蘇我氏が領有していた名残とか
蘇我氏は、関東甲信一帯を領有していた高句麗人の有力氏族だろ
関東甲信地方は高句麗古墳の本場で高句麗の拠点だったのは間違いない
関東が大和政権下に組み込まれ逆に関東から畿内に進出した蘇我のような朝鮮人一族もいたのだろ
>>636 関裕二氏の本でも読んでもっと勉強しろよ
質問なんですが
渡来人って言っても日本語で話してたんですよね?
大陸から武力もった勢力が数世代に渡って日本を西から東に制服して
いったイメージでいいのでしょうか?
>>695 蘇我っての後付けの名前の可能性大
本名不肖
グーグルマップでみたら奈良盆地の南のほうはものすごい数の史跡があるな。
神社や寺まで古めかしい。
701 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 00:27:16.24 ID:dzvTTM4X0
皆神山のレリックスポイントか
702 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 00:34:08.68 ID:dQhFcmGx0
まあまあ
文明の優秀さ=軍事力の優秀さになったのは欧米列強の時代ぐらいからだから、
それまでは必ずしも文明や経済の豊かさと軍事力の強さはイコールじゃない。
古代も文明的には半島が進んでて、軍事的には日本のほうが強かったってことだ。
よって当然影響力もお互いに与え合う部分があるってこと。どっちが上とか下とか
現代の感覚で語るのは意味が無い
703 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 00:36:33.40 ID:SZ35Vpox0
>>698 あのね、征服していったというのは騎馬民族説のことかと思うけど、それって
考古学者はみんな否定してるよ。
縄文晩期に水稲稲作を伝えた時に来たのと、新撰姓氏録にある渡来系は
時期が1000年以上違うよ。
縄文人が水稲稲作を取り入れ、その時少数の大陸からやって来た人もいただろう。
それは3000年ほど前のことで、そのころに弥生人と日本語が成立した。
それから千年以上経ってから、日本にも半島にも国が出来、古墳時代に
半島からやって来た人々を「渡来人」というようになった。
>>698 40年前の日教組や朝日新聞が吹聴していたイメージですね
>>703 ありがとうございます 古墳時代に来た渡来人は統治目的とか
あったのでしょうか?
707 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 01:02:43.01 ID:SZ35Vpox0
>>705、
>>407 平地にぽつんだから耳成山だろ。
だけど、ピラミッドにしては自然の山すぎるね。
古い火山のあとだって地質学者は言ってるね。
熊山遺跡も忘れないで上げてください。
>>706 気になるよね。
神武東征とか?出稼ぎとか?亡命とか?(笑い
>>5 ギザのピラミッドが紀元前2540年頃
この古墳の3000年前に作られているって考えるだけでエジプト文明のスケールに気が遠くなる
積んであれば何でもピラミッド言うのやめようよ
711 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 01:11:01.82 ID:tfBfxj27O
戦争難民の高句麗、高麗だよね。
縄文人の石工技術は高かった上、お墓作りに凝っていたので、関東地方では高麗人が古墳時代にたくさんいたわけではないな。
古墳というお墓の形式がヤマト朝廷から紹介されただけ。
日本の考古学も触れてはならない暗黙ルールがあるから実際は大した事ないしなw
仁徳天皇陵は暗黙ルールで調査もしないしが、敗戦後GHQが徹底的に調査したのはユダヤ絡みだったしな
713 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 01:46:34.55 ID:cg297wh50
現代の朝鮮人と古代の高句麗人は無関係との書き込みがあるが、まったく
関係が無い訳でも無い、どちらもツングース系の民族でしかも出自が
中国東北部だからかなりの近縁関係にあるはずだ。
関東地方に渡来人(古代の在日)が住んでいた痕跡地
埼玉県 高句麗系・・・高麗神社、高麗川
・・・旧高麗郡(日高市、鶴ヶ島市、川越市、入間市、飯能市)
新羅系・・・旧新羅郡→ 旧新座郡(和光市、朝霞市、新座市、志木市、戸田市)
東京都 高句麗系・・狛江市 駒沢
中国(唐)・・唐木田(多摩市)
神奈川 百済系・・・秦野市
大磯(大和朝廷が指定した上陸地点)、高麗山
群馬 新羅系・・・旧多胡郡(高崎市、藤岡市)
山梨 高句麗系・・・巨摩郡
稲目というか蘇我氏自体が渡来人だからという理由でも納得だし、半島人である嫁の希望や趣味だからってのも納得出来る
はたまた方墳の方がかっこいいからというような俗的な理由でも理解出来るし、繋がりのあった渡来人集団に一任したってのでも納得
とりあえず学者さん達は頑張ってくれ
715 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 01:49:50.44 ID:SZ35Vpox0
>>706 統治目的って何?
古墳時代ってヤマト王権の時代なんだけど。
記紀が書いてる渡来人は、朝貢、人質、亡命、移民、不明・・
716 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 01:50:38.44 ID:gidHIcpX0
NHKや毎日朝日はすぐ朝鮮半島の影響下、
という事にしたがるからな。
反対に倭国が半島南部に国を持ってた事は絶対報道しないんだよw
>>713 バイカル湖経由の日本人は中国東北部の人種と枝分かれしてから1万年以上の時間が経過してるんで、それを以てかなりの近縁関係というのはどうなんだろ?
直接的な近縁で言うなら中央アジア辺りの遊牧民の方が余程近縁関係にあるのでは?
そもそも仰る近縁の定義がよくわからない。人間なんて元を辿ればみんなアフリカに行き着くわけで、定義次第じゃみんな近縁になるわけだし
718 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 01:59:47.31 ID:5FqQyO210
ほとんどの日本人は朝鮮から来たのか
やっぱり仲良くしなきゃならないね
>>715 どっかの地方の統治とか任せられたのかと思って
朝責や人質とか亡命とか平民に近いのかな?
新撰姓氏録にある渡来系というのはまた別?権力をもった渡来人といのは
いないのですか?
元々インド方面だな、イザナギとイザナミ自体、
由来はナーガとナーギィだ。
ギリシア神話にも死者の国に奥さんを
取り戻そうとして失敗する話ありますね
振り返ってはいけないって琴座だっけ?
722 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 02:13:02.06 ID:cg297wh50
日本人と朝鮮人の決定的な違いは日本人はY遺伝子のD系統のDNAを
持つ人が多いらしい。
朝鮮人は中国人やモンゴル人にレイプされまくったからなあ
記紀には世界中の神話との類似性があるからな。
死者に会いにゆき、結局逃げるという呪的逃走神話は東南アジアを中心に、
世界中へ広がっている話。
>>1 石、なんか雑じゃね?
大事な建物なのにこんなもんなの??
726 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 02:50:32.04 ID:9dAwkrB60
>>635>>697 取り合えず、「一学者の説」と「史実」や「定説」の区別をつけような
蘇我氏が渡来系とかいってるのもそれ
古代は歴史の中でも諸説紛糾で、
大した根拠もなく学者の想像力が漲りまくった説や、
既にオワコンで否定的にされてる説なども沢山あるぞ
これは知られてる日本式の墓ではないからね。
はっきりと正解を言っておくよ。
これは土蜘蛛の墓なんだよ。滅ぼした時にこれが作られた。哀しい墓だね。
神話作るにしても実話ベースの可能性もあるとおもうんです
0からは作れないし
敵に捕らわれた妻や親族を取り返しにいったらもう敵の女になっていて
出来なかったとか 死者うぃ蘇らすのは禁忌であるとか
フランケンシュタインでさえもこれらと同列の作品だとおもう
729 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 02:55:32.88 ID:9dAwkrB60
.
>>686 そもそもこれ稲目の墓とは判明してないぞ
稲目の墓 かもしれないし、別にも稲目の墓かもしれない場所はあるというレベル
あと蘇我氏は天皇家に娘と継がせたり権勢家になったりはしたが、
天皇家そのものになったわけじゃない
出産という意味なら蘇我氏の娘が生んだ天皇もいるが
日本の巨大古墳は、複雑な立体構造をしているので、
正確な測量技術なくして、建設不可能です。
その測量技術の象徴とも言えるのが、通称『近畿の大五芒星』です。
ネット検索するなら、「畿内の大五芒星」のほうが楽ですね。
この巨大図形は、一緯度長(約111キロ)で描かれています。
富士山と旧出雲大社を結ぶ直線を基準線(太陽の道)とした、
この世界最大の巨大図形の描画を可能にしたのは、
エジプトからイスラエルの王族の手でシルクロードを経て伝来した測量技術です。
この技術を日本にもたらしたのは、もちろん渡来氏族の最大派閥我が秦氏です。
秦氏の上層部は、シルクロードの交易を支配した、
古代イスラエル系の人々で構成されていました。
莫大な富を平安京の建設に注ぎ込んだことは、日本書紀にも言及がありますね。
秦氏が創建した稲荷神社の創建神話に目を通すと、
鏡餅に翼が生えて空を飛ぶ、寓意を込められた神秘的なエピソードが登場します。
このシンボルは、古代のエジプトやメソポタミアの遺跡にも大量に残っていて、
今日では有翼日輪と呼ばれているものです。
有翼日輪をワラで作って、お正月に玄関を飾る風習は、今でも残っています。
また菊の御紋章は古代メソポタミアの王権の象徴で、中東の遺跡にも見られます。
以上の観察から、はっきり分かることですが、
ギリシャ彫刻が東に伝わって日本に辿り着く間に仏像に化けているだけでなく、
他のシルクロードの西の文化も、数多く日本まで伝わってきているのです。
高句麗の王族のお墓のピラミッドのルーツも、とうぜんエジプトにあります。
太陽の運行や天界の星々の運航に関する知識も西の文化圏の影響を受けています。
>>680-682 イスラムの建築物の入り口とか、上がアーチ(円)で下が直線だったりしないかな
あれからきてるのだろうか?
そして最終的には、玉とてぃむぽの形に行き着くような気がする
>>703 稲作やり始めたころ3000年前?に成立した初期日本語って今の日本人が聞いて理解できる
レベルなんだろうか?
古墳時代の日本語なら音とかがほぼ現代と一致しそうだが。
>>680 円の側に石室(遺骨)があって、四角の側からお参りするんだよ。
お参りする人から見ると、四角が手前にあり、円が後ろになるから「前方後円墳」。
734 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 07:01:25.44 ID:xgIU+Xbj0
朝鮮は中国の流刑の地だったから、中国人と原住民であるエンベキ族との混血が今の朝鮮半島に住んでいる
韓国人のルーツな。2000年前くらいのその地に住んでた人達は今の韓国人とはまったく繋がりがない別の人種。
馬子の墓って石舞台だっけ
日本国の天皇の王権の象徴は、古代メソポタミアの王権のシンボルと同じもので、
エルサレムのヘロデ王の門をはじめとして、
数多くの中東の遺跡に見ることが出来ます。
日本の神社の建築様式は、古代イスラエルの移動式神殿と同じ様式です。
多くの日本の神社は、日本書紀の記述と合致するように秦氏が創建しているので、
渡来氏族秦氏のトップの文化的ルーツの一つとされる、
古代イスラエル王国の流れを汲んでいるのです。
現代では、明日香または飛鳥京と表記される、「日が明ける」意味を持つ都は、
太陽信仰の都で、当然エジプトの太陽信仰も引き継いでいます。
その証拠の一つは、日本書紀編纂時に突如登場した、
それまで信仰実績がまるでなかった新しい太陽の女神、
天照皇大神のモデルとなった、丹生伝説の女神『稚日女』(わかひるめ)が、
本来は母子二霊廟並設祭祀の形態をとっていたことです。
二霊廟並設祭祀の名残りは、
日矛鏡(金鵄)・日像鏡(八咫烏)にまつわる祭祀の形態だけでなく、
大嘗祭の悠紀と主基の二霊廟が並設される姿にも見られますね。
太陽神ホルスと、彼を産んだ永遠の処女と呼ばれる女神イシスの信仰が、
形を変えながら、仏教と同様に高句麗国経由で日本まで伝来しているのです。
エジプトで一時期盛んだった母子信仰は、地中海・ヨーロッパにも広まっていき、
イエスと処女懐胎した聖母マリアへの信仰へと変化して今日まで残っています。
明日郷(日が明ける(若々しい太陽を生む日女神の)都)
=「稚日女(天照皇大神・若魂・丹生都姫)信仰が国教に昇格された王都」には、
ヒエログリフのピラミッドの文字が表す意味『地上のソプデト(Sopdet)』
=地上のシリウス星=太陽を生み出す明日香の女神の星=皇祖神稚日女を象徴する星
を象徴する高句麗型ピラミッドがバァ(魂)の依代として築かれて当然なのです。
>>732 母音もたくさんあったし、は行はパ行かファ行で
たしか、半島の言葉と日本語が分化したのが三世紀。紀元前か紀元のちかは忘れた。
で、あってるかな。教えてエロい人。
738 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 07:17:52.96 ID:SZ35Vpox0
>>719 あなたがいう統治目的は、騎馬軍団が未開の日本を武力で支配するために
やって来て、今の天皇家になったとようなということかな?
だから、騎馬民族国家説は否定されてるって。
やって来たのは庶民も技術者も貴族層もいると思うよ。
そもそも、新撰姓氏録に出てくる氏族は有力層だし。
百済が滅亡した際逃げてきた王族に土地を与えそこに住まわせている。
一族に与えた土地には、百済とか新羅とか名前を付け、お寺を建て、それは
今も残っている。
秦氏は漢と書かれているが、それより以前、混乱の中国から逃げてきたんだろうし。
どれも一人じゃなくて一族で来てるだろ。今の苗字は羽田とかになって今に
続いてるらしい。
機織りや養蚕の技術者を呼んできたりもしてる。
祖国を追われたり、捨てたりして日本へ移民し、溶け込み、千年以上日本で
暮らしてきた日本人だよ。日本はそれを受け入れてきた。
どこかの国が日本を「支配」するためにやって来て、今も密かに支配し続け
ほくそ笑んでいるとでも思ってるのかい?
>>719 職能軍団として招かれたり、ヘッドハンティングされたり、逃げてきたのを匿ったりが主だね
統治目的なんか露ほどもないと思うよ、そんな大規模なもんじゃない
朝鮮半島は中国との玄関口みたいなもんで、大陸文化にふれるためには陸路伝いに伝わっているであろう半島から吸収するよりなかった
それにこのころ半島南部には日本の影響が少なからずあり、百済はいわば同盟国、さらに南部には日本府があった
となりの高句麗(さらに中国から近い)から蘇我氏の祖先が日本に来ても何もおかしくない
740 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 07:25:09.41 ID:0H0WrB5q0
>>719 高句麗の若光王が、武蔵国に新設された高麗群の首長に任命されてる。
この人は、高句麗が滅んで日本に来たから、亡命だね。百済が滅んだ時も、王族貴族が亡命している。
天皇陛下の家来になって、下級貴族に叙されたけど、所詮は村長レベル。
権力中枢に入り込んで国政を左右したとかは幻想か妄想の類。
まとまった数で渡来したのは、やっぱり国が滅んだ時くらいしかないんじゃない?
平時はわざわざ移住しなくても、往き来できるんだから。
朝鮮では国のことをナラと言うが
日本の中心地も奈良(ナラ)だった
奈良は「ならす」が語源と言われている
ちょっと考えてみるとわかるが
ならす、なぐ、なだらか、なめらか、なでる、等
平坦な状態や穏やかな状態は「な」で表現された
そら、むら、くら、こちら、あちら、われら、等
所属する場所や地域は「ら」で表現された
つまりナラは、平地にある国という意味で
大国は平地にできるからナラ=国、ナラ=大都市、になっていった
>>728 各地の言い伝え・伝承を寄せ集めて神話を作る時にそれらの伝承に
真実の部分が混じっているのは間違いない。
しかし正確な時間がわからないから時系列がめちゃくちゃになり
本当はAの後にBが起きたのにBが先でAが後になったり、東で起きたことと
西で起きたことが逆転したり、時系列も場所も滅茶苦茶なことが平気で
起こる。その上主人公が他の人物と入れ替えられたり、シナリオの穴埋めに
架空の人物を挿入したりする。どこに大穴があるかわからないから
神話は信用できんのだよ。
金印の「漢委奴国王」の読み方について議論されることがあるが
「国」も所属する地域をしめす言葉だから「ら」と読むのが自然である
漢委奴国王=かんいナラおう
これが正しい読み方と思われる
俺はすぐに気がついたが、学者はアホすぎて気がつかないらしい
しばしば帯・於保・多などの文字が当てられ、
大日孁貴神や天照大神に含まれる『大』の文字で表されているのは、
モンゴルやチベットを含む東アジアの広い地域に広まっているオボー信仰です。
纏向型土坑祭祀が、高句麗国の東盟祭と共通する
東夷(倭)文化圏に広まっていた、大地母神のホトを対象とした、
五穀豊穣を祈る祭祀を中心に据えているのに対して、
オボヒ=大日=テイイル=照る=天照らす信仰は、太陽を祖神とみなし、
塚(古墳やピラミッドや霊山などを含む)を依り代とする、祖霊崇拝が中心です。
オボー信仰の古い姿は、恐山のイタコの「口寄せ」などにも見ることが出来ます。
天照大神・荒魂は、撞賢木厳之御魂天疎向津媛命という伝承があります。
現代語に訳せば、「御神木を依り代とする男神の魂をその身に宿す日向の姫神」。
太陽神は、天上で輝いている「太陽」のときは、陽の筆頭の男神ですが、
神憑り=地上に降りて現人神として降臨するときは、
姫(日女)巫女に憑依するため、男神の魂を宿した日女神となります。
スサノオと対峙した日本書紀の天照大神が男装する描写や、神功皇后の男装、
伊勢神宮に奉納される天照皇大神・和魂用の神服が男神のものであるのも、
日向の姫神として降臨するものだからです。(日本の国姓は、本来『姫』です)
カーバァ王の名を和訳すると『魂の顕現』です。
ピラミッドに依り憑くバァ(魂)の信仰は、シルクロードの東ではオボー信仰。
そして、魂の顕現は「在り続ける」という意味を持ち、
日本の国歌に謳われる「千代に八千代に」という言葉として定着しています。
さらに、古代イスラエル王国では、テトラグラマトンで表されていました。
ココまで話題になる理由と
埋葬者を蘇我稲目にしたい理由が
よく分からない(´・ω・`)
まぁ飛鳥は拝火教、ゾロアスター教の名残が多いからな。
聖徳太子の母親も間人皇后、ハシヒトとはペルシャの事。
>>743 「国」を「ラ」と読むのは朝鮮式?
作ったのは中国なんだから中国式に読むべきだろ。
というか、そもそも読み方はあまり重要ではないだろうし、それより何より時代がまるで違う。
日本語には、中国語やサンスクリット語やオーストラロイド語などとの共通点が数多く指摘されており、
当然、韓国・朝鮮語との共通点も少なからずあると思うよ。
>>742 こないだ、リョウメンスクナの洞窟をみてきた俺は胸熱。
750 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 07:59:55.12 ID:yDFm3xZh0
しかしお前ら良くもまあいろいろ知ってるもんだな。
感心するわw
>>745 京都橘の教授だったっけ、NHKで言ってた。
半島から嫁を何人かもらったし、2人の娘を天皇の嫁にしたし、
石舞台にも近いし、まぁ、たぶんそうだろうねって感じだった。
それと違う説もあるって言ってたけど、Vにはでてなかったから、
有力な論拠がないんだろうね。
まぁ、誰かはわかんないと思う。
>>719 まかせられたかはしらんけど、カモ氏は半島由来で、どんどん開拓していっていろんな地域で力もってたような・・・・・・。
754 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 08:13:32.33 ID:GgwIr7Ju0
>>732 チベットだかヒマラヤの麓にある人々の言葉が日本の古語に似てるらしい
顔も日本人にそっくりで我々のルーツかもと言われたな
入ってきたのいつ頃だろう
子供を寝かすのにネンネて言ったり
>>753 鴨氏と賀茂氏で系統違うみたいだが・・
鴨氏は、どうも母系で大国主末代らしいけど・・
だから、ヤタガラスをルーツで誤魔化しているのかな?
756 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 08:19:09.67 ID:GMnfVE5aO
NHKは何だかんだと朝鮮半島が日本のルーツみたいな印象報道をする。
しかし、古代の朝鮮半島に住んでいたのは今の朝鮮人ではないことを全く報道しない。
しかも朝鮮半島南部には倭人が住んでいたことすら報じない。
>>751 御免書き忘れた。
大陸に、似たようなピラミッドの墳墓があるそうだ。
半島を介して、その影響を受けたんでしょうねみたいな感じだった。
お酒のんでたから、それくらいしか覚えてない。ごめん。
この時代のことは山岸涼子の漫画で覚えたから、どうしてもホモとか近親相姦が頭にチラついてしまう。
>>757 秦の始皇帝の墳墓だろ
兵馬俑の埋まった。
760 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 08:32:09.56 ID:FLnI3jWa0
>>741 それだから国を平定したって言うのか
相手国を馴らすとも言えそうだし
「なら」という単語だけで面白いw
>>757 世界三大墳墓の大きさ比較 堺市
秦の始皇帝陵(中国) 知ってる?世界三大墳墓 - NAVER まとめ
始皇帝陵−初の中国を統一する皇帝の墓
兵馬俑 - Wikipedia
以上から明らかなように、
太陽神(皇祖の大王)を産んだ、王都・明日香(明日郷)の日女神、
大日(オホヒ)=テイイル(高句麗語読み)=照る信仰や、
シルクロードの西から高句麗経由で伝来した神道の信仰形態に関する考察抜きで、
高句麗型ピラミッドを語ることは出来ません。
天照皇大神(日女神)が、日本書紀成立以前は女神単独での信仰実績がなく、
大日女と稚日女の丹生都姫伝承、
黄帝の娘・魃姫(天照大神・女神)と蚩尤(天照大神・男神=炎帝系スサノオ)
の戦いに関する伝承、
などの、大陸由来の文化の影響がかなり見られることを考慮して、
倭国から日本国の建国に至る伏せられてきた真の歴史を
サルベージしていく必要があります。
日本の国名は、イザナギ・イザナミ二柱の神のエピソードに潜ませた、
扶桑信仰から採用されていて、対中国外交を強く意識したものです。
日本国の象徴として定着している日の丸は、
皇祖神とされる、太陽の日女神信仰(卑弥呼信仰)から来ていて、
私・明姫(アカルヒメ)が日像鏡を用いて新年の吉凶を占う非公開神事で着用する
稲荷神社の創建神話にも登場する有翼日輪型の護符に用いられている
赤い瑪瑙の珠(八尺瓊勾玉はこの珠の分霊品(レプリカ))が原型です。
明日香(明日郷)の日拝(元旦に朝日を拝む風習として今に残る)信仰抜きで、
日本の高句麗型ピラミッドを語ろうとしても、日本建国史は解き明かせません。
皇室の祖霊崇拝は明らかにシルクロードの西の文化圏とも繋がっています。
この古墳今回発見されたワケではないのよ
小さな円墳と言われて注目されなかっただけ
でも、古くから特殊な古墳だとは言われてたのよ
6世紀後半の明日香にあって中規模の円墳
ソコソコの権力者と思うのに少し離れた場所にあるし
それに古墳って特殊なように思えるけど
古墳時代はほぼ毎日古墳を作ってたレベルの
基本は屋敷墓
そう考えるとココに墓を築くのは
鞍作氏司馬一族しか考えられない(´・ω・`)
>>756 支配層が若干変わっただけで、圧倒的多数の住民は古代からそのままだよw
>>747 「国」を「ラ」と読むのは中国式
日本で「国、所属、地域」を意味していた「ラ」に
中国が「国」を当て字したのだろう
>>764 弁韓は古くは日本の北端だからそこに居住していた倭人多数を別にして、
歴史的に日本に関係してるのはその入れ替わりの支配層だ。
日本への渡来人とか、亡国後の集団移民はね。
現地住民はほとんど日本と関係ない。
>>738 >>739 >>740 >>753 ありがとうございます
「騎馬民族による武力制服はなかった」は昔言われていて現在では否定されているのですね
家の近所でも金子という地域あってその辺は渡来人系の人が治めていたと聞いた事あります
統治、統治と言ったのは蘇我氏が渡来人の家系とう書き込みがあったので
日本を治めていた朝廷?とかの縁者などが百済にいてその縁故とかで
どっかの地域を貰ったり、政治に対して発言権もった人がいたのかな?
と思って聞いて見ました。本当に無知なので変な質問ですみません
技術者や情報を持っていた人達は今でも重宝されますもんね
あと高句麗という姓の方が裁判官でいました
わっかい娘が
古墳♪
日本と韓国より、韓国と中国のがよっぽどご親戚だろ
こっちみんな
>>742 こちらもありがとうございます
共通点があっても早合点しないようにします
>>764 大陸の農耕民式の戦争ってのは侵攻と移民が同時進行だよ。
元寇のときも朝鮮側の船には兵士以外に初めから農民が家畜などを積んでいた。
アジア圏がヨーロッパと違い孤立語ばかりなのは農地、土地の奪い合いが目的なため、
それ以前に住んでいた住民は一般民でいられるわけなど無く、隷属化されるか、難民となる。
実在した卑弥呼と記紀神話の世界の神武天皇の繋がりは、
神武天皇自身が語ったとされる、
卑弥呼の在位期間を指し示す暗号の言葉から明らかにできます。
日本書紀に登場する神功皇后のモデルは卑弥呼です。
中国側と倭国のやり取りは、分かりやすく西暦で表記されています。
神武天皇の言葉とされる暗号は、時間軸を故意に引き延ばしてありますが、
卑弥呼が倭国の女王として在位した期間を暗に西暦で示したもので、
魂としての国母=卑弥呼=大日女、真の皇祖神=壱与=稚日女と、
日本国建国に至る伝承を知る者には自ずと察しがつくように書いてあるのです。
ただし、日本書紀が割愛した、古事記に残る明姫(アカルヒメ)の伝説は、
その寓意を慎重に読み取る必要があります。
アカルヒメという言葉はもともとアキツカミと一対の、後の斎王を指す尊称です。
日神(男神)スサノオ=天日槍が暴れたからといって逃げだす斎王などいません。
渡来氏族が奉じる日神夫妻に関する、歪曲された神話伝承の1バリエーション。
その日神の祖先として、黄帝や炎帝の一族のことも念頭に置かれているのです。
八百万の神々を祀る神道の祭祀形態はバリエーションに富んでいるため、
縄文やアイヌや南方由来の宗教文化も数多く受け継いでいますが、
日本書紀の編纂時は、大陸からの渡来氏族の伝承が特に重要視されていました。
大和王権のルーツが伊都国王家にあり、(高天原の一つは現雷山神籠石城址)
天日槍の末裔とされる伊都国が、紀州の伊都郡葛城(葛城は山城のこと)まで
東進した結果、大和王権の誕生に至ったとする伝承が、内々残っているからです。
高句麗国の王族と神功皇后を輩出した息長の巫女神道の家の現人神(姫神)を
ともに『神子』と呼んで皇孫と異なる扱いかたをするのもそのためです。
775 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 09:12:40.24 ID:7QlVVgSF0
古墳をつぶしてゴルフコースにされることがあるんだよな、奈良
>>775 道路や農地にもなった場所も多いよ
軽く20万基は潰してると思うけど
全て保管すると生活できない
現在残ってる古墳だけでも約30万基あるし(´・ω・`)
>>772 じゃあモンゴルが侵攻した東欧やイスラムも民族がそっくり入れ替わったのか?w
さすがに半島の民族がそっくり入れ替わったというのは無理がある
778 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 09:26:16.35 ID:7QlVVgSF0
>>776 埋葬地は、昔は人の住まない場所だったんだろうけど
開発の波には抗えないってことだろうね。
779 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 09:26:16.66 ID:GgwIr7Ju0
>>776 てことは50万基つまり50万人か50万家分の高貴な人の墓があったのか
何千年分か知らないけど高貴な人の分だけでそんなにって多すぎだろ
まるで現代の霊園だよな
一般人用の古墳もあったのか
高句麗は今のソウルが首都だったこともあるのに韓国と無関係な訳がない
>>777 元の支配層自体は農耕民ではなく騎馬民族だよ
782 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 09:52:30.64 ID:7QlVVgSF0
高貴な人と言っても、
民間伝承で神社の祭神となって祀られるような人のほうが本当の意味で高貴だよな。
今の○○霊園みたいな所も
何千年か経ったら古墳と呼ばれるようになるんだろか。
784 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 10:50:05.37 ID:QyohJZOm0
古墳時代に作られたものだから古墳といってるだけでしょ
霊園のものは100年くらいでたいてい無縁仏になるから一緒にされる
はっきりいってゴミだね、化石にもならない
785 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 10:51:12.81 ID:HV79Mm3C0
渡来人ってより帰化人のほうが正しくないの?
786 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 10:52:41.94 ID:f5zOZKLK0
>>705 三輪山だな。周囲に他の山まったくなし。
787 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 10:53:25.19 ID:oUT3SdiN0
馬子の父って、娘に酷い名前をつける親だな
788 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 10:58:24.50 ID:cg297wh50
高句麗もツングース系の民族だろう。朝鮮民族の元になるエベンキ族も
ツングース系の民族だし高句麗も朝鮮民族も中国東北部から半島北部に
かけて住んでいたので全く異なった民族とは言えないだろう、かなり
近縁関係にあったはずだな。
789 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 11:03:29.74 ID:BkkNXUss0
>>688 それ稲目の墓かまだ不明なんだけど
【奈良】古代日本に"ピラミッド" 蘇我馬子の父、稲目の墓? 都塚古墳(画像と動画あり)
http://daily.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1407932981/ >「蘇我稲目は別の古墳に埋葬」
>古墳に詳しい大阪府立近つ飛鳥博物館の白石太一郎館長は
>「この時期、豪族の長は『前方後円墳』に葬られるのが通常で、わざわざ四角い形の『方墳』に埋葬するとは考えにくい。
>蘇我氏の長である稲目は、奈良県明日香村にある別の前方後円墳に埋葬されたと考えている」と話しています。
>「すぐには結論出せない」
>飛鳥時代に詳しい東京学芸大学の木下正史名誉教授は
>「日本ではこれまで例のない構造の古墳だ。近くには蘇我馬子の墓という説もある『石舞台古墳』があり、
>蘇我氏の有力者の墓である可能性が考えられる。
>その一方で、この地域は大陸や朝鮮半島から渡来してきた人たちが集まり住んだ場所で、
>有力な渡来人が埋葬された可能性も考えられ、すぐには結論を出せない」と話しています。
790 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 11:03:47.27 ID:oUT3SdiN0
>>777 モンゴルのやり方は、基本は男を殺して女を妊娠させて、そのまま放置
だから、モンゴルが侵略した後の土地の民族は、かなりモンゴル人の血がだいぶ入っているよ。
侵略した土地によって、25% とか 5% とか様々だけど、女は殺さないから 50% を超えることはない。
朝鮮半島は、元々の土着民族に、中国人の血が混じってさらにエベンキの血が混じって、モンゴルの血が混じってかなりの混合。
日本は島だったので、血の混血が少ないが、中国大陸、朝鮮半島なんて混血だらけだよ。
だから、純粋な漢族も純粋な朝鮮族もほとんど残っていない。
791 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 11:05:03.82 ID:BkkNXUss0
すいません誤爆しました!
792 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 11:09:55.20 ID:oUT3SdiN0
>>788 高句麗の王は中国から移住してきた李氏が地元住民を支配して作った王朝だよ
百済の王は海を渡ってきた倭族
朝鮮半島で、土着の朝鮮人はずっと非支配階層
69年前に独立するまで一度も朝鮮人が支配者階層についたことはない。
793 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 11:15:44.52 ID:mvV6rwnQ0
>>777 半島全部がそっくり入れ替わるってのはいいすぎにしても、大陸の戦争は数万から十数万規模の
城市が丸ごと侵略者(とそれについてきた民族)に占領されて元いた市民で働き手は奴隷
その他ほとんどの原住民が数百キロ以上離れた怪我医の地に封ぜられるなんて話はいくらでもあった。
>>792 高句麗は朝鮮半島を支配していた中国から独立した国だろ。
百済は高句麗から分化した国。高句麗から押し出された人たちだから
北方系や中国系や倭人など混在していただろう。
倭人が作ったってのはホルホルしすぎ。
795 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 11:22:23.18 ID:13cyn6qa0
北朝鮮の檀君陵の方が古くて大きいよ
現代の日本人はみんな渡来人の血が入ってるんだから
歴史を自分の主張や都合に合わせて解釈したり、利用するのは止めて
韓国や中国を含め、周辺国とは仲良くしようよ
それでいいじゃん
797 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 11:24:59.99 ID:rp3SXiGw0
>>796 むしろ混血してない民族がいたら教えてほしいわ
というか、混血具合で言えば中国人>朝鮮人>日本人だろう
東夷伝その他の記録でも明らかだし
韓国の報道でも日本人の方が混血してないと報道されている
798 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 11:28:17.81 ID:PfrniOzS0
>>796 血液分析により民族の移動経路を判明する
2001年1月3日13時15分 東亞日報
∇どの国民が単一民族か
医学的には、韓国人、タイワン人、日本人の中で日本人が最も単一民族に近い。
単一民族であることを誇る朝鮮民族は2番目、タイワン人は3番目に‘純粋な血統’である。
「民族」とDNAは関係無いんだけどね。
民族とは同一の文化、言語、習慣、価値観などを共有する集団の事。
彼の国は単一民族にこだわるとか
コンプレックスの塊なんだろうな
801 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 11:34:06.46 ID:GgwIr7Ju0
>>783 wありそう
>>784 単なる一般人用の古墳ていうか盛り土的埋葬場所もあるのかな
日本人は死者を敬う気持ちが強いからあまりしないけど、掘り起こしてDNAとか調べたら面白いことがわかりそう
○○さん一族のご先祖だったみたいなことが
ヨーロッパでは氷河で見つかったミイラのアイスマンの子孫らしき人は万人単位だったか居たそうなw
遥か昔のご先祖様に会えるならんてなんかワクワクする
朝鮮人の必死の書き込みが多いな〜
朝鮮が起源だなんて言ったら、『ダメョ〜、ダメダメ』
803 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 11:36:36.78 ID:2AMA+fjB0
民族と言わず国家的にも朝鮮半島は混血しまくっているけどな
大陸と地続きで北方系の遊牧、騎馬系の民族が絶えず入ってきている
女真族は比較的後の時代まで入ってきていたし
804 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 11:36:39.17 ID:oUT3SdiN0
>>794 >倭人が作ったってのはホルホルしすぎ。
チョンが顔を真赤にしてレスしてもw
百済の記録にあるのだがw
>>805 瓠公と脱解尼師今だな。
ただ脱解尼師今の方は倭人と断定できないけど。
ちなみに三国史記の新羅本紀の記事だから。
まあ、信憑性に問題があるとしてもあちらさんの認識だからね。
日本側がでっち上げたり関与したりってのはない。
>>806 三国史記では百済を建国したのは高句麗を出た人たちってなってないか?
wikiで見ると
瓠公は新羅の重臣、脱解尼師今は新羅王となってるが?
>>804 >百済の記録にあるのだがw
まだ?君の言うことが正しいのならこっちは認識を改める。早よ。
新羅は倭人が建国した。百済はフヨが建国したが人質を日本に送るようになって
わりと従順な属国だった
丹後半島にも海を渡って王になった倭人伝承は残ってるからな。
三国史記とは一応一致した話。
記紀にも素戔嗚尊は最初半島へ降り立ったが、
ここには居たくないと言って日本へ降りたという話だろ。
倭人伝の記録と合わせても、半島南部は
元々倭人の国なのは間違いないだろう。
>>809 朝鮮史は詳しくないからwikiに頼ると
新羅建国の初代赫居世居西干王が倭人だという話は見あたらない。
二代目の娘の入り婿が脱解尼師今で第四代新羅王になった。
その脱解尼師今の逸話に「舟に乗ってやってきた」というものがあって、
倭人ではないかと推測する人がいる。と。
これだけだね。新羅も。
百済も新羅も歴代に倭国ゆかりの人物がいたらしいという以上の話は見あたらない。
もちろんちゃんとした根拠があれば俺はいつでも見解を改めるよ。
百済新羅を倭人が建国したというのは根拠がない。
百済新羅を倭国が支配していたのは事実だが、調べた限りそれは主従関係であって
両国が倭人の国だという話でも無い。
百済王の后は倭人をめとらせるとかあるね。
これをもって百済は倭人の国だと主張する事は出来ないけど。
仁徳天皇陵とエジプトのピラミッドとの
共通点について述べているビデオ
https://www.youtube.com/watch?v=HJSzxFYrxFw んで、このビデオを作った人は気付いてないけど
仁徳天皇陵の1.095とピラミッドの1.091の数字は
地球と太陽の奇妙な関係を象徴した数字になってる。
太陽の直径に地球をいくつ並べられるかと言うと109.2
地球の遠日点に太陽がいくつ並べられるかと言うと109.2
当たり前の話だけどこんな偶然が起きる物理法則はないし
太陽系に同じような関係を持つ惑星は無い。
仁徳天皇陵が本当に天皇陵なのかどうかについては
今一度慎重に調べ直すべきだと思う。
813 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 14:06:22.50 ID:cg297wh50
ここの書き込みに多いのだが他の民族から支配をされたら支配をされた
民族と混血をするのだろうか?強姦されたりして妊娠はしても生まれた
子供を大きくなるまで育てたりするかな?子供に愛情は感じないだろうから
産みっぱなしにしたり育児放棄して殺したりするのが普通じゃ無いか。
日本も米国に支配されたが米国人に犯されて米国人との混血児がそんなに
いるか?
814 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 14:12:24.63 ID:rdsEtJtu0
蘇我氏=北方ロシア人説
不思議なことに日本人のDNAに朝鮮系の欠片は九州地方でも93%
東北に行くと98%純潔
北方ロシアから日本に南下した証拠
NHKはこのTV番組の再放送を禁じられたのか出版物も突如書店から消された。
816 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 14:37:26.55 ID:u5OniIpe0
>>811 伝承されている情報は、それだけではありませんよ。
奈良県にある全ての神社を差し置いて、
初めて朝廷が正一位の位を贈った九州の香春神社には、
天照大神と息長一族と神功皇后傘下の朝鮮半島の国々に関する伝承が残ります。
神代に唐土に赴いて支配し、また日本に戻って来たと。
古事記にも残るアカルヒメの生国への里帰りのエピソードのバリエーション。
この伝説の神代の時代を、縄文時代と考える説と、
息長の家が朝鮮半島の国々を支配した当時の伝承と考える説の二通りを巡って、
当家の歴史学者達は鎌倉時代から議論を続けてきました。
一族が伝承する縄文時代の大噴火(喜界カルデラの)に伴う、
九州から大陸東部(山東半島・遼東半島付近の東夷文化圏)
まで集団疎開した出来事を指している線は間違いないとされてきたのですが、
敦賀の地域に里帰りした当家(息長)の分家が、
再び朝鮮半島の鉄を産する地域に赴いて新羅王となった伝承もあります。
その系統の姫巫女が秦氏の一分派を従えて九州に再入植したことを指している、
というのが、鎌倉時代から動かない一族の内輪の定説です。
息長は、高句麗国の王族(東盟聖王系)と官僚が用いた言葉(吏読)で、
「天日」を読んだ音写です。
気長、敦賀、都怒我、といった音写上の揺らぎが認められます。
敦賀の地域に入植した当家の分家の日の巫女の子孫が、
神功皇后(天照大神)として祀られた神社なので、里帰りの伝承が残るのです。
当家管理下の紀州の廃坑を利用した神庫には、新羅周辺の国々の名や、
鉄の産地とその質や鉄の製法に関する長期孤立文献(古文書)が残っています。
818 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 15:16:08.55 ID:FLnI3jWa0
今でも鉄の仕事をしている人に朝鮮関係の人が多いと思うよ
もちろんピンキリで
上は製鉄所
下は産業廃棄物処理
千葉の工業地帯に蘇我っていう名前があるのも
何か関係があるのかも知れないね
>>816 沖縄の海底神殿も
自然に出来たって説が有力になってる
学者って馬鹿ばっか
向こうから嫁が来たのなら普通に嫁の墓じゃね?
そこは無理にひねらなくてもいいと思う
百済=日本人
新羅=日本人
大阪人=日本人
高句麗=日本人と北方支那人の混血
高麗=日本人
李氏朝鮮=モンゴル人
今の朝鮮半島=日本人と北方支那人とモンゴル人の混血児「korea」
蘇我氏=日本人
稲目=日本人
>>806 魏って国の名自体が、倭と関わりある名前だけどね。
>>806 新羅と言う国名は、応神時代の出雲の斯摩宿祢将軍の名の一字肖り名建国な訳だし
弓月君の配下の一族郎党を救出・出迎えに行ったおりに辰韓との親善で
向こうの脱解王の子の幼名が確か、斯摩とし、斯摩王子が成長し、建国時に斯のシを取って新羅だったね。
824 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 15:44:59.95 ID:qeHgYa4s0
>>816,819
どうみても自然の風化した岩石でしょ?
柱状に節理するなんて珍しくもない。
大国主命・阿遅須枳高日子命の孫の神門氏の子筋の斯摩氏に取っては
阿遅須枳高日子命の妹・下照姫命の亭主・天稚彦命の宗家・秦の始皇帝の末代、七世・弓月君だから救う大義はあったのだろうね。
神功皇后=天照大神=王都・明日香(明日郷)の日女神であり、
日の巫女の王の諱を受け継ぐ巫女神道の家(女系継承)が伝承主体です。
京都の葵祭は、桃太郎の伝説と一対一対応する要素で構成されていますが、
これは、大和の大王=桃太郎(皇室)の王権の誕生を祝うお祭りの名残りです。
葵祭は秦氏の社家の日の巫女のところに婿入りして授けられたとありますから、
桃太郎の血筋=皇統は、雑多な渡来氏族の集団秦氏を束ねた社家の
日の巫女の王の血筋=天照大神の血筋と日本書紀の編纂者達も書いたのです。
男系を重んじる皇室の祖先が女神とする皇室神道の誕生秘話は、
倭(東夷)文化圏の妻問婚の慣習抜きに考えることは出来ませんね。
神話の世界の神武天皇の祖先は伊都国王家で、
天日槍を祖先と奉じる渡来氏族秦氏を束ねる社家でもありました。(祭政一致)
夜の天界を支配する神々を束ねる男巫の家=天皇大帝の家
=大和王権の男系の家、つまりは皇室です。
日の巫女の王=後の斎王、夜の天界の神々を祀る神事を担当する男巫の王
=後の天皇、という祭祀上の陰陽の区分があるため、
皇室は太陽神・天照大神の子孫(皇孫)とされながらも、
天皇大帝(北辰)信仰の名を戴いてきたのです。
そして、伊都国(邪馬台国の衛星都市)の王族は、
東夷族の英雄(スサノオ)天日槍=高句麗国では東盟聖王=蚩尤
=日本では兵主や牛頭天皇(天王)、の血統を濃く伝えてきました。
だから、高句麗国の王家の血を引く真人達は、多くの国々に分かれた後も、
皇孫ではなく神子と呼ばれ、八真人(ヤマト)一族を束ねてきたのです。
高句麗型ピラミッドの存在は、高句麗型城塞都市の神籠石城址(高天原)群や、
国姓を受け継ぐ天日=息長の日の巫女の王の一族の伝承抜きでは語れません。
まぁ・・渡来の徐福・秦氏の天穂日・出雲族の宗家でもあるがね。
複数形の総称、大綿津見神たち=天皇家の祖、天照大神・素戔嗚尊は、大綿津見神の総代の神。
大綿津見神=秦皇帝一族
大綿津見神の裔、天皇家・安曇氏・徐福族系統・・海部氏・尾張氏・度会氏・出雲千家氏・尾張熱田氏。
高句麗型神籠石城塞都市群は、
日本書紀の神話の世界では高天原(たかあまはら)と呼ばれてきました。
※タカマガハラと読むと禍津神に繋がるので禁忌です。(古事記に読み方アリ)
東夷の末裔とされる我が一族には、平時は低地の城に住み、
外敵(遊牧民)が攻めてくると、山中の隠し山城に移動して籠城することで、
戦乱を避ける慣習がありました。
このような山城を葛城と呼んだ時代もあったので、地名が残っています。
高句麗国の多くの都が、緊急避難用の山城を持っていた痕跡が大陸に残ります。
日神の力の衰え(地球規模の寒冷化)によって大陸東部で発生した飢饉と戦乱は、
多くの戦争難民を生みだしてしまい、
高句麗国の王都の背後にあった、
日の巫女の王が住まう高天原城(現五女山城址)に収容出来なくなりました。
そこで、日の巫女の王(アカルヒメ)は、日国(日本)への里帰りを決意し、
入植地を求めて日本に舞い戻ったのです。(縄文時代に大陸に疎開していた)
このため、日の巫女の王の一族(男系の呼称は天日槍の一族)は、
奈良や京都の池を埋め立てて農地に変えていく、一大土木事業を行っています。
渡来氏族の最大勢力秦氏を束ねる社家が、皇祖神の一族の正体なので、
平安京は秦氏が建設したこととし、
御所は秦氏の長の館跡に建っている、と日本書紀に書き残すことになったのです。
伊都国の緊急避難用の高句麗型の山城は、現雷山神籠石城址です。
標高4・5百メートルの山中に築かれ、日の巫女が住み守備隊が駐留します。
伊都国の高天原こそ、所在が明かされなかった卑弥呼の邪馬台国の正体です。
卑弥呼の祭祀の中心となった「鬼道」の鬼とは、
後の道教では祖先の霊のことを指します。
皇室神道では、天日槍=都怒我阿羅斯等(つぬがあらしと=角がある人)の
鬼を指しており、つまりは皇祖の男神=桃太郎の魂のことです。
廣田神社(兵庫県一宮)は、兵庫=武庫=兵団の駐屯地=高天原=西宮
を遥拝する施設として建てられました。
兵庫県まで東進して我が一族が築いた高天原形式の城塞都市は、
六甲山(旧名・武庫山)の標高五百メートル地帯、現在の芦屋市奥池にあります。
現存する高天原は、日本のビバリーヒルズとも呼ばれる奥池の住宅街と、
紀州の伊都郡葛城の丹生都姫神社がある地域の二つだけで、他は放棄されました。
武庫山の高天原(本当の西宮)を遥拝するために創建された廣田神社には、
天照大神・荒魂の神事を行う日女(ひめ)巫女(姫姓を伝承する巫女)は、
撞賢木厳之御魂天疎向津媛命という伝承が残ります。
男神の魂が宿る御神木を用いた祭祀を担当する日向の巫女神という意味で、
これが日の巫女の王(後世の斎王)の原初の姿です。
卑弥呼(日巫王・ピミヲ)もまた、日の巫女の王の一人だったという言い伝えが、
巫女神道と日の巫女の王の諱を女系継承する息長の社家に残っています。
つまり、卑弥呼の鬼道とは、皇祖に対する祖霊崇拝を基軸とした
今日の皇室神道を指す言葉だったのです。
古墳は、広く東アジアに広まったオボー信仰の祭祀施設の一形態です。
日本書紀や古事記の世界では、帯や於保や大の文字で表されてきた、
祖霊崇拝の対象です。
明姫の祭祀を抜きに、高句麗型ピラミッドの発見を語ることは出来ません。
後の渡来の始皇帝七世・弓月君末代・・惟宗氏・島津氏・高丘氏・長曽我部氏・松尾氏
今の氏姓の秦氏は、島津氏系統で
波多氏・羽田氏は、紀氏の子筋。
畑氏は、徐福系統なのかな・・
>>33 秘密の世界への鍵穴なんだ!
って、子供心の冒険心をワクワクさせたものだよ
稲荷神社の創建神話には、翼が生えて空を飛ぶ鏡餅が登場します。
鏡餅は太陽を表し、翼は日食のときに観察される太陽の翼、
つまりコロナを意味しています。
死と復活を司る魂の運び手としての有翼日輪は、
エジプトやメソポタミアの信仰に見られるもので、
稲荷神社を創建した渡来氏族の最大派閥だった秦氏が
シルクロードの西から日本に持ち込んだものなのです。
有翼日輪は、旭日紋やお正月飾りの形で、今日も残っています。
秦氏を束ねる社家で、巫女神道を女系継承してきた息長(天日)の明姫が行う
新年の太陽の復活に関連した神事は、冬至の日の出の日拝から始まります。
太陽の再生に関わる採火と占いの非公開神事が中心となります。
天皇はというと、北辰信仰を象徴する夜の存在(男巫の家系)なので、
太陽神の子孫とされながら、
男系の皇室には、特に太陽信仰を象徴する系統の神事は伝承されていません。
太陽の再生に関わる神事で日の巫女の王が用いる神服の護符は、
日女神の依り代とされる赤い瑪瑙の珠を中心にした、有翼日輪の形をしています。
この護符は、明姫を国母神とする日本国を象徴する日の丸の原型とされました。
有翼日輪で表される死者(祖先)の魂は「飛んでいくもの」で、
天に昇って太陽とともに西の地平線に沈み、再び東の空から生まれ出るものです。
同様の信仰はエジプトにもあり、天空の女神ヌト(イシス)が崇拝されました。
死者の魂は天へ昇って母なる女神と同化して、彼女から再び生まれて再生します。
その証がオボー信仰の口寄せであり、ピラミッド(塚)信仰と不可分の神事です。
モーゼの出エジプトに端を発したユダヤ教が
エジプトの太陽信仰の流れを汲んでいることは、
ユダヤの識者で古代神話研究の第一人者とされたフロイトが指摘することろです。
もちろん原始キリスト教も、エジプトの太陽信仰の流れを汲んでいるため、
死と復活に関する奇跡が、非常に重要な意味を持っていました。
新約聖書の記述のなかで、軽視されがちな重要なポイントの一つが、
処刑されたイエスが埋葬後に復活したエピソードのなかの、人々の反応です。
復活した彼の姿を見た人々は、最初はそれがイエスだと気付かず、
彼の立ち居振る舞いや言動から、初めて復活の奇跡が起こったことに気付きます。
つまり、復活したイエスキリストは、生前の顔をしていなかったことになります。
別人の顔をしていながら魂は復活していて生前の人を想わせる、
つまりキリスト教における復活の原初的形態は、神道と同じ口寄せ(降霊)です。
皇室神道のルーツの一つが古代イスラエル王家にあると私達が指摘するのは、
シルクロードの西の文化圏と巫女神道の祭祀形態が酷似しているからなのです。
二千年以上の長い時間、私達は又従兄妹までの婚姻制限を重視して来たので、
内家の者は皆顔がそっくりで、皇祖の女神と同じ姿なのだそうです。(故老の話)
もしもこのような伝統や歴史を持たない人々が、死者の口寄せをしたならば?
当たり前のことですが、生前の人とは顔が異なる別人なので、
誰だかわからない復活したイエス・キリストさん状態になってしまいますよね。
というわけで、エジプトの王権が女系継承だったり、皇祖が女神というのは、
永遠の処女とされる女神イシスによる魂の復活や、
オボー(塚)信仰の憑依(実態は自己催眠暗示が原理)系の儀式があるからです。
ピラミッドや古墳は、エジプトでも高句麗でも日本でも変りなく、
巫女がオホ日(大日)系の神事を行う舞台となった宗教施設、依り代なのです。
>>860 桃太郎ね。
吉備津彦の尊?
兵庫で、武運を祈っていたよね・・・。
つののあるひとって、じゃあダレだろうね。
温羅か・・・。
>>790 フビライの子孫がめちゃくちゃ多いらしいね。
日本独特か特徴的なDNAがバイカル湖周辺とチベットに共通してるらしいね。
チベットは漢民族に荒らされているから、DNAが守られるか(恋愛結婚なら別にいいけどさ)心配。
方墳だっけ?
ムギバンダ遺跡でみたよ。
あれのうえに、えへへって石つんでみたら、ピラミッド作れそうだけど。
漢の影響はやっぱり、排除できないんだろうね。
839 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 19:40:16.35 ID:T5Q1nz8p0
>>790 もしかして半島って元寇んときの強姦兵の遺伝子が強く残ってるのか
嫁を取るということは氏の双方にとって閨閥作りが目的だから、
わざわざ高句麗から嫁2人も連れてくるんなら、
蘇我氏自体の先祖が高句麗系氏族ってことにはならないだろ。
高句麗系なら逆に土着の氏族から嫁を取るはず。
単に交易を通じて高句麗と関係が深かったということだな。
>>839 元が日本侵攻拠点を置いた済州島は特にそうらしくて、
身体的特徴が他の朝鮮人とは顕著に異なっている。
>>840 >高句麗系なら逆に土着の氏族から嫁を取るはず
正論
843 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 20:54:54.60 ID:nUI3+fOu0
>>838 バイカル湖って非常に特殊な湖で、湖底は地殻のズレか何かで少しずつ拡大して
広くなりながら、三方山に囲まれていて独特で閉鎖的な生態系作ってるんだよな。
バイカル湖に住み付いた民族も他文化を拒絶する閉鎖的な連中だと面白い。
戸塚ヨットスクールカツカレー下さい
845 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 21:25:36.84 ID:BaSp52DU0
蘇我氏って天皇だったんだろう?
蘇我入鹿てのが聖徳太子だったらしい。
百済の渡来人の中大兄王子と中臣鎌足のクーデターによる王権簒奪。
日本の古代史はすさまじいな。
日本のピラミッドと言えば酒井勝軍(かついさ)
847 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 23:06:51.09 ID:6WfeJT5u0
日本の何処かに失われたアークがあるのは確かだよ
ユダヤ教の司祭達が調査に来てた
小学校のときに読んだマンガ日本史で悪者扱いされてたので、
中学で同じクラスになった蘇我君を最初警戒してました……
849 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 23:22:30.04 ID:OBvEB4+H0
850 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/15(金) 23:38:02.10 ID:WLPub/YS0
>>848 その苗字現存してるんだな
やっぱ関係あるの?
>>850 さんざん「ウマコ」「イルカ」ってからかったせいか、
「ぜんぜん関係ねー!」と本人は言ってたけどねw
852 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 00:30:36.37 ID:sOE34EmpI
>>848 その判断は正しかったのかもしれないなw
てか、おまい豪族かよ
すげーじゃん
853 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 00:48:33.84 ID:BFdJNPui0
>>766 もと、馬韓は韓氏(箕氏+姫氏)と月氏、辰韓は月氏とワイ族の国だった。
扶余が馬韓を乗っ取り、百済を立ち上げた。
倭人(羅方=熊氏=熊襲=呉系)が辰韓に侵攻し、新羅を立ち上げた。
扶余が慕容氏に侵攻された混乱に乗じ、在百済倭人が遼西百済(呉系百済)を
立ち上げて独立した。
遼西百済は半島百済を飲み込み、それを新羅が飲み込んだ。
かくして、呉人が半島を統一した。
羅方は常に戦争内乱を起こし、自ら利権を握る新国家建設を目指す。
明治維新後、朝鮮と満州に執念を燃やしたのも、この勢力の裔である。
854 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 01:36:19.42 ID:gLFsg/FU0
855 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 01:56:42.22 ID:atmPaPle0 BE:462497468-2BP(0)
>>777 中央アジアで十数民族が一気に消滅したの知らないの?
ジンギスカンの通った後は、草木も生えない。
>>855 まるで佐賀人が通ったあとはぺんぺん草も抜かれてる、ってかんじだな(経済の意味で)
曽我、って名前も防衛のために蘇我氏が変えたのかな。コンパで物部、って苗字の人が来てたわw
857 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 03:22:43.87 ID:irco7y2y0
>>856 曽我兄弟の血統なら違うんじゃない。復姓で蘇我に戻したってケースは聞いたことないな。
858 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 04:00:45.91 ID:ou6UvPol0
>>856 蘇我氏は大化の改新の後も普通に蘇我氏名乗って天武朝辺りまでは朝廷で蘇我氏の人物いるし、
大化の改新の後も天皇家の外戚になったことはあるんだけど
何時の間にか歴史の表舞台から消えていった感じだなあ
個人や宗家はともかく氏族ははともかく滅ぼされた、って訳ではないみたいだけど
馬子と笑師は天皇だったらしいね
860 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 04:25:20.19 ID:Y1FlIPd60
>>843 成り立ちで言うと、断層でズレた窪地に水が溜まった断層湖で日本で言うと琵琶湖みたいなもんだな
深さが段違いに深いが。
861 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 04:27:47.59 ID:irco7y2y0
>>858 宗家以外で枝分かれしてる分家が結構あるからね
その時でみたが
イルカが打たれて、蝦夷が、最早これまでと自害→滅亡
昨日まで権勢ほしいままにしてたのに往生際良すぎるだろうとw
>>859 >馬子と笑師は天皇だったらしいね
馬子は恐らく天皇に即位している。
藤原氏に証拠消されちゃったけどね。
>>847 そんな伝承は、千年変らぬ伝統を受け継ぐ当家にすらありませんよ。
古代イスラエル北王国の流れを汲み、
その王家の紋章(菊の御紋章)とソロモン王の秘術すら伝承している当家に、
アークの所在に関する具体的な情報が残っていないということは、
ガセネタの可能性が高いと思います。
紀州の廃坑を利用した神庫には、応仁の乱を逃れた人々の品も奉納されています。
その時点で、長期孤立文献となってしまった古文書が大量に保管されていますが、
学会に開示されないそれらの書物の中にも、アークに関する伝承はありません。
当家の男衆は、巫女神道の伝承と縁がないので、成人すると家を追い出されて、
修験者の姿で修行と称して世界中を闊歩してきましたから、
当家管理下の神庫には、彼等が千年以上の歳月をかけてコレクションしてきた
全世界の宗教に関する情報が集積されています。
そのデータベースの中にも、アークの所在に関する情報は見当たりません。
ということは、近年になって捏造された、比較的新しい情報(デマ)です。
唯一現存するイスラエルの王族の血統ということで、
ユダヤの長老達が、六甲の奥池にある私の宮や、
SecondLifeというメタバースに設営した私の邸宅に来ては、
私の目の前で、ユダヤ式(ゾロアスター式)の礼拝を行いますが、
彼等の口からアークが日本にあるという情報を聞いたこともありません。
宗教界には、知ったかぶりの似非宗教家が放った誤情報が大量に出回るので、
実しやかな嘘に騙されないように、十分な注意が必要です。
何度も繰り返された宗教論争(戦争)の後に、
日本を統治する国教は神道ではなく、神仏混淆の大日(オホヒ)信仰と定められ、
その象徴として奈良の大仏が造られています。
当家が伝承する古い巫女神道関連の神憑り(実質口寄せ)の神事なども、
公式の宗教儀式から外されて、非公開神事となって千数百年が経過しています。
ピラミッド型の塚を用いた、死者の昇天や、魂の復活に関する日系の神事もまた、
一連の宗教改革によって、水面下で伝承されるものとなって久しい状況です。
ピラミッド型墳墓で行われる一連の宗教儀式の所作などが、
今も当家で伝承されているので、
多くの事柄を考古学上の発見と照らし合わせることが可能と思いますが、
宗教家の視点から私がまず第一に興味があるのは、
発見されたピラミッドは四角錐ではなく、
厳密には八角錐として築かれた痕跡がないか、という点です。
なぜピラミッドが八角錐として築かれたという伝承が残っているのか、
解説はエジプトのピラミッドの研究に詳しい考古学を専攻する方々に譲りますが、
高御座にしろ、私がいつも坐している日女神用の神座にしろ、
伝統的に八角形が基本とされ、そのルーツもまたエジプト、
というよりも、そのルーツとなったゾロアスター教にあるのです。
>>838 正確には、チベットと中近東の一部な。
バイカルは知らん。ハプログループDでググればおけ
869 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 08:42:39.05 ID:yESylsgQO
>>6 太古から日本にあるよ
それに比べると古墳の歴史はまだまだ新しい
稲目もなんで女の子に馬子とか変な名前付けたんだろう
871 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 09:02:09.51 ID:mPZTZdBF0
872 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 09:03:33.71 ID:nf5zJKh40
猿田彦
ところどころ、キバヤシさんがまじってるスレだな。
今の子はキバヤシさんなんて、しらんだろうけど。
ナンダッテーΩΩΩ
ふいんきやガイシュツとかも時々マジツッコミが来るしなぁ
な、何だって〜!!!!?
876 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 09:41:40.11 ID:2Uqt3g68O
あの辺りは謎が多い場所だな。
>>796 現状は周辺国の方が日本を嫌って蔑視してる。
それに対するリアクションとして日本において
韓国や中国に対する反感が高まっている。
あなたが批判すべきは日本じゃなくて中国や韓国の反日。
まぁ飛鳥に広がっていたのは仏教よりも拝火教。
これを消す為、仏教普及の為に記紀は作為してあるのだろうな。
880 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 10:09:27.44 ID:eKvCtcHo0
馬子毛人といえば、ここの住人は聖徳太子は実在したとお考えかな?
馬子が天皇に即位?鋭いですねー。
この時代の流れを見ていくと、押坂彦人大兄皇子の存在がとっても怪しいのね。
敏達天皇の第一皇子でありながら、皇祖大兄と呼ばれてるでしょう?
天皇の嫡子が皇祖というのは、どう考えても不自然の極み。
生没年不詳のこの謎の人物には、幾つもの奇妙な点があります。
自分の姉妹を三人も妻にしているのも不自然すぎますよねー。
異母姉妹を妻にすることで皇位継承問題が生じないように対策することは、
当時の宮廷の慣習の常識の範囲内なのですが、
三人もとなると、かーなり不自然です。
崇峻天皇の暗殺と、皇祖大兄という不可解な謎の人物の出現が、
繋がっているように見えるのは私だけでしょうか?
この当時、皇位簒奪?を試みて、
偽名を用いて皇祖を名乗って皇統図に割り込める、トンデモ系の実力者といえば、
蘇我馬子ぐらいしかいないのではないかと、穿った推理をしてみたくなりません?
なーんて書くと、
奈良県桜井の息長庄所縁の、忍坂(押坂)の名を冠した、
皇祖神(天照大神・荒魂)扱いの彦人大兄皇子は、
真の皇祖神・天照皇大神・和魂・明姫様の指図で動いていたんでしょう?
と、鋭い突っ込みを入れてくる人も、私の奉賛会にはいるんですよね。
ズバリ暴露すると、彦人大兄と馬子は同一人物です。
崇峻天皇が、当家の男衆達の粛清を受けた結果、辻褄合わせがしてあるのです。
証拠は、皇祖大兄君の古墳の墓域。天皇に即位しなかったとは思えない規模です。
>>881 聖徳太子?実在しませんよ?モデルはいたけれど。
神功皇后?実在しませんよ?モデルは卑弥呼や壱与など、
息長(天日)一族が輩出した歴代の日の巫女の王達で、私もその一人だけど。
神武天皇?実在しませんよ?
モデルは真人(マト)の一族(大勢集まると八真人=ヤマト)のうち
九州から畿内まで妻問婚旅行を敢行した、うち(息長=天日)の男衆達だけど。
だから、東征と言っても人数が少なすぎるでしょう?(笑)
蘇我馬子?実在しませんよ?
あれって、我が息長一族の桜井の息長庄出身のエージェントで、
その地名(現忍阪)から、押坂なにがしって名乗って、
皇統図に横から割り込んだ人物です。
といっても、上位の皇祖神の一族から皇統への割り込みですから社会的に無問題。
優秀な歴史学者なら、
パズルの部品を再構成して普通気付けるレベルだと思います。
中臣勝海連は物部守屋を助けるため、
彦人大兄と竹田皇子の像を作って呪っている点に、矛盾が潜んでいるんですよね。
物部守屋の最大の政敵は馬子なのに、馬子の像が作られなかったのはなぜですか?
ズバリ暴露すると、彦人大兄と馬子が同一人物だからです。
公表されてきた表の情報だけを拾っていくと、
天智天皇の行動にも不可解な点が幾つも出てきてしまうのですが、
息長一族の皇祖大兄=蘇我馬子の子孫達による争奪戦と見れば疑問は解消します。
今の時代の目線で見ると、日本建国当時の偽装工作に失敗していると感じるのは、
歴史の裏から男達を操ってきた、うちの一族の者だけでしょうか?
そういえば、播磨のおかきや元気かな。
885 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 11:33:49.02 ID:5JcOSSRC0
朴氏と昔氏は日本から半島へ渡って行った人たちの子孫らしいな。
日本に来た渡来人と言ったって先祖帰りなパターンもあるだろう。
886 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 11:39:06.12 ID:KV+dlSd20
>>884 本店が朝来か姫路あたりにあるのだっけ
おかきの播磨屋は全国展開してるな
神功皇后の一族が皇室に対して粛清を行った史実などない!
なんて、必死で?喰いついてくる歴史学者の先生方もいるようなので、
はっきり書いておきましょう。
神功皇后の夫である入り婿の身分の天皇は、(昔は妻問婚ですからね)
天照大神・荒魂・瀬織津姫の神託に背く言動をしました。
そして、琴の演奏を求められましたが、拒絶しました。
日本書紀にある、琴の演奏を求めるという記述は、
臣下の礼を取るよう求められることの婉曲表現です。
さすがに編纂者達は、天皇が臣下の礼を取るように、妻に強要されたとは・・・、
口が裂けても書けなかったので、中国の古典に習う婉曲表現を用いたのです。
瀬織津姫に逆らった天皇は、
お前なんかさっさと黄泉の国に逝ってしまえとまで言われてしまいました。
妻の機嫌を取ろうと、嫌々ながら琴を奏でていたのですが、
音がしなくなったと思ったら死んでいた、というエピソードが収録されています。
天日(息長)一族は、黄帝から姫姓を受け継いでおり(日本では女系継承)、
これは日本の国姓とされ、姓のない男王(天皇)よりも社会的地位が高いのです。
日の巫女の王は皇孫より上位の神子の身分です。(明姫の神座の格式から明らか)
天皇といえども日女(姫)神の神託に逆らえば粛清された時代があった
という神話を後世に残すことで、皇孫の戒めとしたのです。
崇峻天皇暗殺の黒幕も、もちろん我が姫神の一族でした。
その後皇統を継いだのは、皇子女の養育施設があった我が息長庄出身の
押坂彦人大兄皇子の子孫達ということに、表向きはなっているのです。
888 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 12:03:19.59 ID:gu+18nyX0
ツタンカーメンの呪いは大丈夫なのか?
蘇我さんちの本当のファミリーネームだけでも
そろそろ発見してあげてください
890 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 12:37:07.41 ID:gu+18nyX0
アナクソムーン!!!
>888
オレはお前の頭のほうが心配だが
>>886 しぶい車と、おかきカフェーそして、よくわからない電波な手紙がつぼで好きだったな。
白幕。
893 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 12:52:16.45 ID:atmPaPle0 BE:462497468-2BP(0)
>>889 カルトューシュにヒエログリフで書いてあるはず。
もし発見されれば、従来の古代史の常識を覆す大発見だけど。
894 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 12:53:23.25 ID:r+RHzMeR0
仁徳とかもだけど地方に無数に分布してる古墳も誰が埋葬されてるか
よく分からんってもの怖い話だよな。
アメン・ラー=アマテラス
イシス、オシリス=イザナミ、イザナギ
ついに日本の古代史の謎が明かされる!
木村鷹太郎が指摘したように、日本と埃及は同文だった!
896 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 13:01:22.91 ID:SoZAFRGn0
昔、NHKで歴史への招待とか放送されていて、そこで蘇我氏が帰化人だったとかあったような。
897 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 13:01:34.23 ID:T1iOR2iz0
姫萌えw
>>894 まぁ、墓が残ってるだけいいかもね。
せめて、稲荷山みたいな銘が残ってればいいのに。
昔の人は、文字の知識はあっただろうに。
当時の権力者が名前を忘れられるはずはないっておもっとたのかのう。
899 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 13:13:48.80 ID:SoZAFRGn0
大和朝廷のもう一つの有力豪族大伴氏も帰化人と言われる。
大和朝廷は帰化人だらけで物部氏、藤原氏を出した中臣氏や天皇家も帰化人の可能性もある。
900 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 13:16:09.47 ID:5b5y12zt0
蘇我は九州王家 飛鳥朝に遷都しても唐軍の
囚われの傀儡王で日本の豪族に滅ぼされた
滅んだ事にしながら聖徳太子という架空の人物作った
901 :
ありのままに@札幌太陽太陰暦 ◆EBBrlnqmuMXL @転載は禁止:2014/08/16(土) 13:44:29.53 ID:M3m9ui/OO
>>866 >私の目の前で、ユダヤ式(ゾロアスター式)の礼拝を行いますが、
>彼等の口からアークが日本にあるという情報を聞いたこともありません。
この情報は確実です…
わたしも、日本にはアークがないと思っています。
以前からその事を主張しています。
ただし、日本でも旧約聖書と新約聖書の知識がある一族には古代から伝承されていた事は確かです。
それが延喜式にも記述が残るある一族でしょう。
皆さまがまず先入観にとらわれているように、日本の2〜8世紀の歴史は古代ではありません。
中国やベトナム、インド、ペルシャと古来から海のシルクロードを通して密かに交流していた。そして、その海のシルクロードを通して意外と最新の知識を知っていた。
これが、古代日本の皇族と豪族の本当の姿でしょう。
903 :
ありのままに@札幌太陽太陰暦 ◆EBBrlnqmuMXL @転載は禁止:2014/08/16(土) 14:08:24.52 ID:M3m9ui/OO
で、その豪族の正体とは…
弥生時代(紀元前3世紀〜3世紀)、古墳時代(4〜6世紀)、墨の兼愛の思想で中国南部に広がった技術者集団です。その末裔がベトナムやビルマ、日本に到来し巨大な遺跡群を築いた。
そして、彼らは陰陽道の祭儀を齎します。
日本に到来した墨の人たちは後々の神道のルーツにもなります。
>>122 韓国にピラミッドって沢山あるの?
このニュース聞いて、もっと遠くから伝わってきたという印象しかなかった
905 :
ありのままに@札幌太陽太陰暦 ◆EBBrlnqmuMXL @転載は禁止:2014/08/16(土) 14:16:36.44 ID:M3m9ui/OO
墨家
Wikipediaより
墨家(ぼくか、ぼっか)は、中国戦国時代に墨子によって興った思想家集団であり、諸子百家の一つ。
博愛主義(兼愛交利)を説き、またその独特の思想に基づいて、武装防御集団として各地の守城戦で活躍した。
墨家の思想は、都市の下層技術者集団の連帯を背景にして生まれたものだといわれる。代表的な思想家に、墨(墨子)がいる。
で、この墨士。これがキリスト教やユダヤ教と海外と交流し、名前を変えて道教やユダヤ教と様々な分化を伝える役割を担った。
そのさらに末裔が、秦氏です。お分かりでしょうか。
「奈良のピラミッド」に2千人行列 都塚古墳で説明会
2014年8月16日12時26分
石を階段状に積み上げた、国内では類例のない大型方墳とわかった奈良県明日香村の都塚(みやこづか)古墳(6世紀後半ごろ)で16日、現地説明会があった。
“奈良のピラミッド”を一目見ようと、午前中だけで2千人以上の古代史ファンらが列を作った。午前10時の開始は約45分前倒しされた。
国内で初、奈良に大型ピラミッド方墳 蘇我稲目の墓?
村教委と関西大の調査で、川原石を計5段以上(高さ4・5メートル以上)、階段状に積み上げた墳丘とみられることや、東西約41メートル、南北約42メートルの方墳であることがわかった。
中国東北部から朝鮮半島北部を支配した高句麗(こうくり)の古墳と類似した特異な形態や規模の大きさなどから、
大きな権勢を誇った大豪族・蘇我(そが)氏の礎を築いた稲目(いなめ、?〜570)の墓との説が出ている。
見学者らは、村教委の西光(さいこう)慎治調整員の説明を聞きながら、白いテントで覆われた階段状の遺構や横穴式石室を熱心に見た。
午前6時40分に一番乗りした大阪府東大阪市の会社員、伊藤邦彦さん(59)は「階段状の古墳に感動した。
(稲目の息子の)蘇我馬子(うまこ)の墓とされる石舞台古墳を見下ろす場所にあり、稲目の墓だとしたらすごい」と話した。
http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20140816001093_comm.jpg http://www.asahi.com/articles/photo/AS20140816001093.html (動画あり)
>>661 んなもん80年代に克服された学説で、教科書に反映したのは山川出版が最初で、他社も後追いしたよ。
似たようなことを記述した、つくる会系の教科書が文科省に検定で弾かれて修正したよ
908 :
ありのままに@札幌太陽太陰暦 ◆EBBrlnqmuMXL @転載は禁止:2014/08/16(土) 14:32:00.90 ID:M3m9ui/OO
以前書いた事とかぶります。古墳のルーツは、島根県の四隅突出墓で出土した特異な墓の遺構です。
この遺構は、旧出雲地方にしか出ない墓で、これが発展し古墳になった。
高句麗の遺構は、その古墳が出雲の豪族が渡海してその地を支配した事を物語っています。つまり、すべて古事記・日本書記の記述は正しかった。
朝鮮半島の南側は、あの時代には日本の植民地だったのです。
また、それから逆算して卑弥呼とは出雲地方の王の一族で、大陸とヤマト政権との橋渡しの役割を担ったことも。
つまり、卑弥呼は天照大神とは違います。
皇祖大兄という異名を持つ、押坂彦人大兄皇子の古墳の墓域は、
敏達天皇や天智天皇よりも広大なのに、天皇に即位してないことになっています。
誰だってオカシイと思いますよね。
天皇よりも権力を持っていた?痕跡が残るのに、なぜ天皇とみなされないのか。
しかも、皇祖扱いをされているのですから、
日本で最も権威を持っているのは天皇だと信じて疑わない現代人からすれば、
皇孫(天皇)を凌ぐ神子の勢力が存在した痕跡は、矛盾だらけに見える筈です。
押坂彦人大兄皇子は蘇我馬子の分身だとか、
押坂は息長庄にあった、皇子女を養育する施設「阿礼の宮」を指す言葉だと、
ネット上に情報を流して久しいので、蘇我氏の正体もバレバレですよね。
桓武天皇が、日本書紀31巻を焼き捨てさせたり、(紀州の神庫に残っています)
他の部分も書き換えを命じたのは、皇統への割り込み劇が原因なのですが、
故老の言葉(お爺ちゃんお婆ちゃんの昔話)や、
いつでも改竄できただろう、古い時代の書物だけでは、やはり物足りません。
考古学的な物証の裏付けも欲しいのです。
今回の高句麗型ピラミッドの発見は、蘇我氏や皇室のルーツ、
そして伏せられてきた日本国誕生に至る歴史を解き明かす重要な鍵なので、
今後の展開に期待しています。
911 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 14:39:16.99 ID:WzrOT7BD0
蘇我入鹿といい動物の名前多いね
>>900 唐軍の囚われの傀儡王って言いきる根拠は?
唐と新羅の連合軍が倭と百済の連合軍を破った戦いによって、
倭国は壊滅的な状況に陥り、国としての体裁すら保てなくなりました。
その後、唐が攻めて来たら大変だって、日本側は思っていたけど、
向こうから見たら、日本なんて蛮族が住む僻地という認識なので、
攻めるつもりも、支配するつもりもなかったのです。
こう断言できるのは、秦氏は大陸側にも同族の大勢力を残して来たからです。
東夷の夷の文字は、「大」と「弓」の合成文字、
つまり、筋骨隆々の大柄で弓の扱いに長けた我が一族のことを指します。
漢民族は多くの異民族を蔑んで、変な漢字を当てることが多いのですが、
黄帝の子孫とされる東夷の一族だけは、格別の扱いをしていた証拠です。
大陸の満州地域に残った同族は、やがて女真族と呼ばれるようになり、
漢民族を圧倒して清帝国を興し最終勝利者となりました。
高句麗国の王家も東夷の末裔ですから、日本側に情勢は筒抜けでした。
東海の向こうには仙境がある(孔子達有識者の認識)とか、
扶桑の国、日国といった認識を持って日本へと渡来してきた東夷の人々と、
唐の官僚達の認識の間には、かなりの温度差があったのです。
この認識レベルの低さを逆手に取って、日本書紀を編纂して、
中国と対等の日本という国が昔から東海の向こうに存在すると
積極的にアピールする外交手段に打って出た時代です。
唐軍の囚われの傀儡王という説は、成り立つ余地がありませんね。
別におかしいとは思わない。
今上天皇と皇后が、自分たちの墓は小さいのでいい。って言っても、
流石!としか思いようがない。
なんか、いいたいことに事象をあてはめて、長文レスがいい加減やめてほしい。
論拠→結果だけでいいですよって、レスしちゃったじゃん。だって、なげーし何回もなんだもん。
大きい墓だとか、名前が仰々しいとか、なんか御霊信仰的なものがあったんじゃないの。
>>908 まず、出雲に追いやられた神々の大半が、じつは四国で信仰されていた事実、
そして、前方後円墳が近畿地方に登場する百年前から、
四国の地域で作られていた事実、この二つを押さえる必要があると思います。
さらに、山東半島・遼東半島付近から朝鮮半島の南側を通って日本の畿内まで、
倭人文化圏が存在していたことを認識する必要があると思います。
たとえば、高句麗国の東盟祭と、纏向遺跡の祭祀形態は、基本的に同じものです。
大地母神のホトを太陽神のハシで突くことで、五穀豊穣を祈る神事が中心です。
九州のトンカラリン遺跡は、高句麗国の東盟祭で使われる土坑とよく似ています。
しかし、漢民族に淫祀と蔑まれてしまい、非公開神事となりました。
この神事の代わりに登場したのが現在の新嘗祭です。
高句麗国と大和が同じ倭人文化圏に属していたことは、ほぼ確定です。
ただし、邪馬台国の特産品のシルクは、近畿地方では作られていませんでした。
それから、
天照大神は日本書紀が作り出した新造の女神で、以前の信仰実績がありません。
伊勢神宮や出雲大社などの主要な神社は、
記紀神話に合致するように、皇室スポンサーの秦氏が後から建てたものなので、
物証とは言えず、素人考えで不用意に盲信するとトンデモナイ錯誤に陥ります。
また、
神武天皇が卑弥呼が即位した年と崩御した年を西暦で暗に語るくだりがあるので、
記紀神話が示す天照大神は卑弥呼をモデルにしていることが確定しています。
日本書紀の中で自己完結している命題ですから、異説は存在不可能です。
>>915 >出雲に追いやられた神々の大半が、じつは四国で信仰されていた事実
なにこれ?
917 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 15:53:30.72 ID:tIHf5Z680
飛鳥昭雄みたいなインチキ臭のするスレだなw
918 :
ありのままに@札幌太陽太陰暦 ◆EBBrlnqmuMXL @転載は禁止:2014/08/16(土) 15:55:12.60 ID:M3m9ui/OO
>>915 天照大神は、もともと持統天皇をモデルとして作られた架空の神さまですから。
日の神、伊勢大神の合体に持統天皇の正式な名前を付けて天照大神。
では、この旧約聖書の記述はどうお考えでしょうか?
旧約聖書 マラキ書
1:10
あなたがたがわが祭壇の上にいたずらに、火をたくことのないように戸を閉じる者があなたがたのうちに、ひとりあったらいいのだが。
わたしはあなたがたを喜ばない、またあなたがたの手からささげ物を受けないと、万軍の主は言われる。
1:11
日の出る所から没する所まで、国々のうちにわが名はあがめられている。
また、どこでも香と清いささげ物が、わ香と清いささげ物が、わが名のためにささげられる。
これはわが名が国々のうちにあがめられているからであると、万軍の主は言われる。
これは、朝廷儀式の記述ではありません。古代ユダヤ教の旧約聖書の記述です。
伊勢神宮はじめ神道儀礼の式典や、架空の人物である聖徳太子の言葉にかなり似ています。(→マラキ書は紀元前ごろから2世紀の書)。
倭人文化圏を支配していたのは秦氏と受け取る人々がいると思うので、
誤解を招かないように、もう少し詳しく解説しておきます。
渡来氏族の最大派閥の秦氏は秦国の遺民等を自称する雑多な渡来民の大集団です。
そうなった最大の理由は、地球規模の寒冷化に伴う戦乱によって発生した
難民が数多く含まれていたからです。
秦氏を精神的に束ねていたのは東夷の一族で、高句麗が重要な働きをしました。
倭人文化圏は膠着語を話しますが漢民族はまったく異なる文法の言葉を用います。
漢民族が扱う漢字を、日本語と同じように音訓入り交ざる形で用いていたのは、
高句麗の官僚と、神宮の巫女達でした。(※明日香と飛鳥は高句麗語で同音)
言語の近さを調べるときに数詞を見ることが多いのですが、
高句麗語の数詞は日本語とほぼ同じで、現在の朝鮮半島の言葉よりも近縁です。
漢字が日本に入ったとき、高句麗の様々な文化が一緒に来て融和しているのです。
戦乱を逃れるために渡来した自称秦氏の雑多な集団と、
それを精神的に束ねる社家に属する真人の違いは、まず話す言葉にありました。
吏読や宣命といったものは、一般大衆には理解不可能な宮中のものでした。
現在でも明姫は日本語ではなく、高天原の神々が話す八真人(ヤマト)言葉、
実質的には高句麗語を話す慣習が残っているので、
参拝者は審神者(サニワ)に言葉を取り次いでもらう必要があります。
高句麗型ピラミッドの存在は、仏教が高句麗から日本にもたらされた、
という歴史認識だけでは理解しきれません。神道と太陽信仰も輸入されています。
高句麗の王室と皇祖神の血統とされる日本の日の巫女の家はともに神子と呼ばれ、
密接な関係を築き、婚姻を繰り返していた時代があったのです。
920 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 16:02:32.71 ID:5b5y12zt0
大宰府近くには住民台帳作るための木簡が発見されて
大宰府は唐軍に占領されてたので唐風政治システムが
開始されてた
政治システムが唐風に変革した背後には明日香自体唐軍の支配
受けてたと見れば自然
壬申の乱は唐軍討伐の戦い
921 :
ありのままに@札幌太陽太陰暦 ◆EBBrlnqmuMXL @転載は禁止:2014/08/16(土) 16:04:36.09 ID:M3m9ui/OO
参考までに
持統天皇
野讃良皇女うののさららのひめみこ
天智天皇の第2皇女。母は蘇我倉山田石川麻呂の女遠智娘(おちのいらつめ)。
同母姉に大田皇女(大津皇子の母)がいる。天武天皇との間に草壁皇子をもうける。
名は菟野・沙羅羅にも作る。和風諡号は高天原広野姫天皇、漢風諡号は持統天皇。
→この高天原広野姫天皇の名前が、天照大神にかなり重なります。この名前は持統天皇だけいません。
さらに、略歴です。
657(斉明3)年、13歳の時、叔父の大海人皇子に嫁した。661(斉明7)年、斉明天皇の新羅遠征の際、夫と共に九州へ随行する。
翌年、筑紫の那の大津で草壁皇子を産む。同年、父中大兄皇子が皇位を継承し(天智天皇)、夫の大海人は皇太子に就いた。667(天智称制6)年までに姉の大田皇女は薨じ、野皇女が大海人の正妻の地位を襲ったと思われる。
この記述は、古事記の「ある方」に酷似してます。神功皇后です。
>>919 >出雲に追いやられた神々の大半が、じつは四国で信仰されていた事実
なにこれ?
教えてくれないの?
答えられないの?
923 :
ありのままに@札幌太陽太陰暦 ◆EBBrlnqmuMXL @転載は禁止:2014/08/16(土) 16:14:46.88 ID:M3m9ui/OO
で、さらにユダヤ教の伝統は短歌(雅歌)です。これは旧約聖書にもたびたび登場しますね。
どうも日本の弥生時代〜古墳時代〜藤原京までの時代は、渡来人とペルシャ・ユダヤとの隠れた関係があったと思っています。
924 :
ありのままに@札幌太陽太陰暦 ◆EBBrlnqmuMXL @転載は禁止:2014/08/16(土) 16:26:03.17 ID:M3m9ui/OO
>>919 >吏読や宣命といったものは、一般大衆には理解不可能な宮中のものでした。
>現在でも明姫は日本語ではなく、高天原の神々が話す八真人(ヤマト)言葉、
>実質的には高句麗語を話す慣習が残っているので、
高句麗に嫁いだ「かや・なるみ媛」の事を比喩的に書いたのが分かります。…
>>918 日本書紀が編纂され伊勢神宮が創建される以前の時代の
天照の元々の読み方はアマテルでした。
また、天照が付く女神が単独で祀られていた痕跡がありません。
宮中ですらその痕跡が見当たらないことから、
当家の故老達の、天照大神と神功皇后は日の巫女の王をモデルに作られた、
とする伝承は事実を伝えている思われます。
天照国という言葉は、大日(ヲホヒ)の高句麗語読み「テイイル」を短縮して、
照(テル)一文字で表す形で生まれました。それ以前は天日でした。
だから、古い伝承ではアカルヒメの夫の日神(牛神)スサノオは天日槍なのです。
同様に、高句麗語(吏読)読みで理屈が通る言葉に、飛鳥(明日香)があります。
明日郷(日が明ける都)と書いても飛ぶ鳥と書いても、吏読の読みは同じです。
神道の言葉には、高句麗語を下敷きにしたものが多数存在しているのです。
天照信仰は本来二霊廟並設が基本で、凹面鏡凸面鏡一対が祀られます。
日前・国懸両神宮が良い例で、日矛鏡と日像鏡が一対で祀られていました。
伊勢神宮の内宮にも、二霊廟並設のための用地が確保されていましたが、
宗教改革によって、天照大神・荒魂を別の場所に祀ることになりました。
現在の遷宮制度はその後に生まれた、後付けの理屈なのです。
伊勢神宮の天照皇大神・和魂(女神)は、じつは太陽神ではなく月神なので、
本来は男巫が夜に行う神事を担当する必要があります。
斎宮が伊勢神宮の内宮の敷地内に立ち入るのを拒否されたのは、これが原因です。
宗教改革後、皇祖の女神天照にもっと相応しい読みを与えようと考えた人々は、
月の女神アルテミスに引っ掛けて、アマテラスの読みを思いつきました。
このことからも、当時すでに西洋の神話が日本に伝わっていたことが分かります。
聖書などをパクったように見えるものがあっても、なんら不思議はないと思います。
>>925 >出雲に追いやられた神々の大半が、じつは四国で信仰されていた事実
なにこれ?
コピペするしか脳の無い人?
それともデマを貼り付ける人?
927 :
ありのままに@札幌太陽太陰暦 ◆EBBrlnqmuMXL @転載は禁止:2014/08/16(土) 16:46:07.01 ID:M3m9ui/OO
>>925 吉野裕子博士の記述と同じでございます。このあたりは脱帽。
m(_ _)m
>>926 最初は良スレだったのにな。
単なる、デムパだろう。
929 :
ありのままに@札幌太陽太陰暦 ◆EBBrlnqmuMXL @転載は禁止:2014/08/16(土) 16:58:53.30 ID:M3m9ui/OO
>伊勢神宮の天照皇大神・和魂(女神)は、じつは太陽神ではなく月神なので、
>本来は男巫が夜に行う神事を担当する必要があります。
>斎宮が伊勢神宮の内宮の敷地内に立ち入るのを拒否されたのは、これが原因です。
補足
これが原因ですね、すなわち「太一」の神さま。干支なら子で同時に巳の神さま。同時に陰陽道の逆さまの鏡像(凹凸)の、陰が合わせ陽になります。
これが天照大神は男神の証明。
930 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 17:01:53.91 ID:L5euwBod0
>>910 別におかしくねぇよ
日本の歴史では天皇より権威もってた奴だらけだろ
今現在だって天皇が国で一番権威持ってると思ってんの?
>>921 高天原自体は、日本書紀が編纂される前から存在していた言葉のようです。
古くは高句麗国の最初の首都だった桓仁にある現五女山城址なども高天原でした。
周囲を絶壁で囲まれた、標高五百メートルのテーブルマウンテンです。
五女山城という名前は、現地に残る伝説を元に後世になって付けられたものです。
昔々、山上の城に五人の天女が住んでいて、
人々が苦しんでいると舞い降りて救ったそうです。
日本の奈良や京都の盆地にあった巨大な池を埋め立てて農地に変え、
そこにアカルヒメを奉じる人々が戦争難民を導びいて救った史実の名残りですね。
五女山城は、桓仁に住む人々が、遊牧民族などに強襲されたときに逃げ込む、
緊急避難用の山城として作られたもので、
平時は日の巫女達と少人数の守備隊が駐屯する宗教城塞都市でもあったのです。
同様に日本の伊都国にも、避難用の山城として雷山神籠石城が存在しました。
ピラミッドの建設に使われても不思議ではないような大きな石が、
標高4百メートルの高地に何キロにも渡って並べられた、高句麗型の山城です。
もちろん、高句麗型ピラミッドとの関係も今後しっかり調査する必要があります。
邪馬台国に向けられた中国側の使節の終着地点だった伊都国に対して、
日の巫女達が住む高天原=雷山神籠石城址が存在するのを見れば、
所在を明かされなかった卑弥呼(日巫王)の邪馬台国の実態は明らかですね。
当家の鎌倉時代の歴史学者は、邪馬壹(ヤマイ)とは山囲国のことだ、
という説を唱えていたようですが、私もこの説が正しいと考えます。
※音訓入り混じる漢字の読み方に現代人は異を唱えたくなるようですが、
古い時代はこのような読み方をするのが当たり前でした。
神籠石で山をぐるりと囲んだ城塞都市群の所在は、長い間伏せられてきましたが、
日の巫女の王が住まう高天原は、形態を変えて紀州の伊都郡葛城(山城の意)の
標高5百メートル地帯に移転した後も、稚日女信仰の拠点として残ったのです。
昔ムー大陸があって日本人はムー大陸の子孫たちなんだから、神代文字があったり海底神殿があったり八百万の神々が居たりするらしい
だから中国人は四千年、韓国人は半万年の歴史があるっていうんだけど、日本は一万二千年の歴史が・・・おっと、誰か来たみたいだ
934 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 17:20:31.42 ID:i4Szs2D30
祭祀の形式はゾロアスター教の影響なんじゃね?
日本に残る祭りにゾロアスター教の影響が色濃く残ってるのは
意外と知られてないけど
>>3 ???「富士山は世界最大のピラミッドだったんだ!」
この理論なら段々畑もピラミッドだな
NHKがブッコミやってるね
でも高句麗と今の特亜には
何の繋がりもないはずだけどね
>>919 >出雲に追いやられた神々の大半が、じつは四国で信仰されていた事実
明姫 ◆Dlof2CSSdIの人が答えてくれないので、こちらで少し書きます。
↑がなにも言ってくれないので的外れかも知れませんが。
古来、建御名方神は風の神・航海の神として信仰を集めており、
瀬戸内海に多くの社が建てられた。また航路を示す標識には安全祈願として
諏訪社の紋である梶葉が描かれていた。
また律令時代から四国は朝廷の左遷地であり、流刑地であった。
そのためか国譲り・神武東征で敗れた大国主神の一派が四国に逃げたという説もあります。
南北朝時代、信濃国で諏訪神家を中心とした国人連合が中先代の乱を起こす際に
前哨戦として信濃守護小笠原氏と戦った(青沼合戦)。その陽動部隊を率いた
諏訪神党三十三家のひとつ四宮氏は小笠原勢におされ敗走。後に四宮氏はこの合戦の
影響かどうか、信濃の領地を捨て讃岐国などへ移住する。そして讃岐引田城を築き
水軍を率いて地元の寒川氏に仕えた。諏訪神家の四宮氏は讃岐・阿波を中心に栄え、
諏訪信仰を広めた。
939 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 18:08:54.59 ID:2Uqt3g68O
明日香とはアショーカの事。
三輪山の大物主はクンピーラ、ワニ=蛇神だね。
拝火教は明日香を始め、紀伊半島周辺部には多いよ。
ペルシャからの影響を今更隠す必要もないのにな。
940 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 18:28:11.47 ID:L5euwBod0
941 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 18:37:58.84 ID:aFqyhM+D0
何故か知らない人も多いが、都塚古墳の背後にはイワレの山が存在する。
ここは自然水銀の採れる場所も近い。
金鳥伝承と合わせて、意味する事が判らない奴は
飛鳥時代以前の古代史なんて理解するのは無理だな。
>>940 >長野県諏訪市にある諏訪大社は光仁帝の宝亀10年(779年)に
>阿波の多祁御奈刀弥神社から移遷された、と社伝にある
779年に諏訪に諏訪社が建てられたのなら、
どうして712年編纂の古事記に建御名方神と諏訪が出てくるんだ?
720年編纂の日本書紀には「持統天皇5年(691年)8月に「信濃須波」の神を祀る」とあるみたいだが、
>その頃、現在の長野県にある諏訪大社は「南方刀美(みなとみ)神社」と言われており
諏訪社を南方刀美神社と記した延喜式神名帳は927年の編纂。
その頃ってどの頃だよw
なんか支離滅裂になってるけど、
そんな得体の知れないブログじゃ無くてもっとちゃんとしたソースぷりーず
>>19 ツングース系エベンキと三韓時代の民族が同じだったらむしろ驚きだわ。
945 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 19:10:50.21 ID:L5euwBod0
>>943 諏訪神社の母体は古代から既に存在し、後に主祭神が建御名方神に替わったってことでしょ。
主祭神が替わったり、よそから勧請してきたりってのは珍しいことではない。
>>938 最も基本的なことに絞って書きますが、
当家の故老の昔話によると、大和王権は八真人(ヤマト)の連合勢力です。
真人とは、仙人や高貴な生まれの人を指す言葉で、この場合は豪族。
八は、たくさんのという意味を持つ言葉です。
つまり、八真人(ヤマト)は、
たくさんの高貴な生まれの人々が集まって形作られた連合勢力のことなのです。
渡来氏族の記憶がいつまでも残って、後々不和の原因にならないように、
八真人の表記を捨てて、大和と書いてヤマトと訓読みすることにしたそうです。
四国から淡路島を通って近畿地方に勢力を伸ばした一派は、
イザナギ・イザナミ(海洋神)を信仰していたらしく、
記紀神話では、皇祖神天照大神を産み出した国産みの神々として採用されました。
前方後円墳は彼等の墓制に基づく埋葬法だったようですが、やがて廃れます。
廃れたということは、連合の中心勢力が交代したということです。
敗者は、元の四国はもちろん、出雲(日面)の地域などに流刑になっています。
代わって、大日(ヲボヒ=照る)信仰の勢力が台頭したので、
天照大神は、国産みの神の子供という設定になっているのです。
出雲(日面)は神々と、それを奉じる真人の流刑地になった時代があるのですが、
古くは、大宰府同様、日国の重要拠点だった時代もあったようです。
日面(イルモ)は日国の面(表)玄関という意味の地名です。
反対語は日尾(イルミ)で、日国の尻尾、東の果てという意味で、
仙台のあたりを指すらしく、今泉などの地名になって残っているようです。
時代によって、大きく情勢が変化していることを見落とすと、混乱が生じますね。
>>920 つまり、倭国と日本国は同一の国で、九州にあったと考えておられるのですね?
どうして名前が異なる二つの国を混同しようとするのですか?
当家の故老(お爺さんお婆さん)の昔話を全て信じるのは危険ですが、
日本(ひのもと)という国は、九州の倭国とは異なる国で、
夏至の日に生駒山の山頂から太陽が昇るのが見える場所、
を中心に興ったという伝承もあります。
最初にこの話を聞かされた5歳の頃は、明日香のことが念頭にあったので、
間違った言い伝えだろうと思いながら、宗教家の視点で調べていったのですが、
昔はその近くまで海が入り込んでいて、栄えた場所だったことを知った時点で、
史実を伝えている可能性が高いと思うようになりました。
姉の大日女は九州に妹の稚日女は紀州にそれぞれ入植したという伝承があります。
私は宗教界の重鎮の立場から、
倭国と日本国の関係を、丹生都姫の伝説と重ね合せて見る傾向があります。
つまり、倭国がそっくり日本国に化けたのではなく、
両者は歴史観をある程度共有しつつも、異なる連合勢力だったと思っています。
もしも唐の軍隊が、大和王権の中枢まで支配したのなら、
日本書紀の年代を異様に引き伸ばす工作や、
その後の強気の対等外交が無意味なものとなり、説明出来なくなります。
日本側の使節が強気の外交を展開していった事実から、
傀儡政権というストーリーは成り立つ余地がないでしょう。
当方は敵国ではありません、と宣言して、安全性を確保するのは当然のこと。
948 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 19:18:11.54 ID:atmPaPle0 BE:462497468-2BP(0)
>>944 郷歌、吏読と朝鮮語の文法はかけはなれてるから、別の言語だと思われる。
名詞、形容詞の末記表現が一部一致してるから祖語である可能性があるぐらい。
つまり、高麗末期で民族入れ替わりが起きた可能性もなくはない。
ちなみに新羅は古代には秦語という中国語の方言を使っていたとされる。
秦滅亡時に朝鮮半島に移民してきた秦の遺民であると自称していたらしい。
高句麗、百済は使用していた言語は全く不明だが、当時の地名の研究から
日本語に似ているという学説がある。
ただし、九州に京都や御所があった可能性を否定することは出来ません。
みやこ、御所、京都、大阪、堺、といった地名が残る地域があります。
同時に皇室神道と不可分の高天原(神籠石山城)もセットで存在しています。
ある時期に、
これらの地名がごっそり近畿地方に移転したことは、ほぼ間違いないと思います。
倭国はもともと九州にあって、唐に侵略される危険を感じて近畿まで夜逃げ。
その辻褄を合せるために日本書紀を編纂して、
記述に合致するように、日本全国の目ぼしい場所に神社を建ててまわり、
昔から日本という国があるかのように見せ掛ける偽装工作を行って、
中国側と対等の立場を主張した可能性です。
当家の歴史研究者のなかには、この説を強固に主張していた者もいましたが、
幾つかの不自然な要素を抱えていて、危うすぎる綱渡りのような気がします。
それよりも、神武東征神話にあるように、近畿地方まで妻問婚の旅をして、
その血統の正しさを認められ、婿として大和の地に迎え入れられた皇子がいた、
という神話が好きなんですよね。そういう王子様に求婚されてみたいですから。
勇敢な王族が大和に入植した後で召喚に応じて九州にいた多くの民が移り住んだ、
と考えるほうが、残されたさまざまなものと照らして、より自然です。
日本書紀が編纂された時代、倭国と日本国は同じ倭人文化圏に属しながら、
別の連合勢力だった可能性が高いと思います。
ただし、
日本書紀にはかなり後世になってから不自然に改竄された部分もあるようです。
当家が管理する紀州の神庫に保管されている日本書紀は
一般に知られているものと大きく異なる箇所が数多く見受けられます。
>>945 だからさ、思いこまずに冷静に考えておくれ
779年に阿波から建御名方神が来たのなら、
どうして712年に完成した古事記で、建御名方神が諏訪に居るんだ?
779年に建御名方神が阿波から諏訪に来ているなら、
どうして927年の延喜式神名帳に諏訪社を南方刀美神社と書いてあるんだ?
>>946 大和王権が連合体ってのは今や常識ですよ。
天皇の君主政権ってのは昭和の古い認識でしょ。
そんなことじゃなくてなぜ四国なのか、の説明が全く無いのですよ。
今更九州からの地名類似説?
逆だ、大和朝廷が左遷先に移した物だよ。
953 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 20:11:32.21 ID:L5euwBod0
>>950 阿波の神社の鎮座する場所の地名は諏訪なんだよこれが・・・。
神社の名前は諏訪とは言わないにもかかわらず・・・。
あと、諏訪大社が現在の名前に確定したのは明治以降だから。
>>953 誤魔化さずに建御名方神が諏訪に来るより前に書かれた古事記に、
建御名方神が諏訪に来ている説明をしてくれ。
オカルト好きの中学生かと思ってたが思考能力の無い小学生か?
>>954 日本書紀には書かれてないし
古事記も諏訪と書かれてるだけで
長野とは書いてない
考古学者見てきたように言ってるだけで
歴史は仮説しかないの
思い込みの激しい人だな・・(´・ω・`)
>>951 四国にも大量に秦氏が入植した痕跡がありますよ?
調べれば続々と情報がヒットするのでは?
前方後円墳がなぜ四国で発達したのか、
駆逐した勝利者側だった当家には、伝承が残っていないのでまったく不明です。
ただし、前方後円墳で行う神事については、ある程度伝承があります。
一般の人は知らないと思うので、故老から聞いた話を書いておきましょう。
円墳部分が口寄せの神事を行う中心で、
前方部分は参列者が立ち並ぶ場所になります。
両脇に突き出した部分は、
神憑りを行う巫女と、審神者(サニワ)が控える建物が仮設される場所です。
古い時代は、今のように社が常設される慣習はなく、
儀式を行う時だけ設営されて、神事が終われば解体されました。
前方後円墳を信仰した一派は、大和王権中枢から駆逐され神事が禁止されたので、
現代人の目に触れる形で残っていないのです。
神憑りの神事は、直系の子孫の巫女が行うべきもので、
埋葬者の事績や生前のものの考え方や立ち居振る舞いなどを、
先代の巫女から伝授されます。
この伝承が途切れてしまえば、神上がった人物の精神は失われたも同然です。
黄泉の国に霊が存在し、神降ろし出来るなんて迷信は通用しません。
前方後円墳を作った人々と、駆逐した人々の血統が繋がっていると幻想を抱いて、
●●天皇の墓などと当て推量を巡らせても、あまり意味はないと思います。
無理を承知で嘘を流布して人々を騙す怪しげな風潮は見直すべきでしょう。
>>957 それを都合よく当てはめてないとなぜ言い切れる
あくまでも神話だホントバカ相手にするのは(´・ω・`)
>>939 アショーカがオリジナルではない。
アラスカ(Al+aska)
ナスカ(n+aska)
等アスカの音を含む地名は世界中にある。
アラスカは東の(al)アスカという意味だし
ナスカの(n)は否定を意味する接頭語だと思われる。
恐らくアショーカも今は記録に残っていない
アスカという存在にちなんだ名前だと思われる。
音的に自分はアトランティスの存在にその起源があるんじゃないかと
思ってる。
同じ国が日本と呼称されたりジャパンと呼称されたりするように
アトランティスの別称がアスカなんじゃないかと。
>>952 当家には、左遷うんぬんに関する伝承もなければ、手持ちの史料もないのですが?
何を根拠にしているのですか?
たとえば、
九州の伊都国のほうが、紀州の伊都郡よりも明らかに古いですよ?
秦氏の穴師(鉱山技師)達は、中央構造線に沿って、鉱脈を探しながら、
九州から四国を渡って紀州に入っています。逆のルートを考えるのは不自然です。
私は宗教界の人間ですから、真っ先に丹生都姫の神話伝承に触れますが、
鉱脈が発見されていった経緯や順序ぐらいは故老から聞き知っているし、
当家の男衆達は、それが正しいかどうか現地調査しています。
私が理事をしている私立大の教授になっている男衆もいて、プロの見解です。
九州から四国を渡って紀州に入ったことは、
神話や伝承だけでなく、現地調査からも確定して久しいのですが、
東進と逆のことを主張する根拠は何でしょう?
神籠石遺跡は九州で発達し、東進する過程で進化傾向を示しています。
そして、我が一族が紀州入りする段階で廃止されたのです。
その後六甲山中にも西の宮と武庫が設営されましたが、神籠石は使っていません。
私が今居住している六甲の宮は、平安末期に建築様式が定まったもので、
内装には新島産の抗火石が用いられていて、
神籠石を用いた古い建築様式よりも、遥かに断熱性・居住面で優れています。
この進化の逆があり得るでしょうか?
>>942 水銀(辰砂)と言えば神社の赤色で、アカルヒメを象徴する色ですね。
当家の故老達が、天照大神のモデルと指摘してきた、丹生都姫の丹生も、
水銀を産み出す辰砂のことを指す言葉です。
日の出の太陽の色、というだけでなく、
メッキという日本語(エジプトでは錬金術)と深く関わる
奇跡を生む鉱物なので、かなり重要視されていたようです。
纏向遺跡を見下ろす東の高台に、穴師坐兵主神社があります。
大和王権の主要宗教施設があった場所を見下ろすのですから、最重要拠点ですね。
兵主神は山東半島付近では蚩尤と呼ばれていました。
炎帝系の日神とされるのに、暴風雨なども引き起こすスサノオです。
牛の角が付いた兜が好きなので、その通り名は都怒我阿羅斯等(角がある人)。
天日槍や、牛頭天王(天皇)といった、さまざまな別名も持っています。
さらに、武器を作る製鉄技術を司ったり、疫病を退ける神という多彩さです。
穴師というのは、鉱山技師のことですから、蚩尤信仰と繋がっていますね。
中国大陸では、蚩尤は黄帝の娘の魃(アカルヒメ)に敗れたと伝えられています。
この戦闘が天照大神(女神)対スサノオの神話の原型になったようです。
勇猛な天日槍(蚩尤)もアカルヒメ(丹生都姫)には勝てなかったようです。
実際に、体格で勝る当家の男衆は、取っ組み合いで日の巫女に絶対に勝てません。
神道界に古くから伝わる合気道(テゴイ)は、小柄で柔軟なほうが有利なうえに、
合気を扱う精神感化の面でも魅惑の才に長けた女性の方が圧倒的に有利なのです。
纏向遺跡を見下ろす場所に、元はどのような神社があったのか分かりませんが、
最終的に残っているのが天日系の神社で、日本書紀も天照信仰が中心ですから、
奈良に集結した八真人のなかで、神事の相撲をやって最終的に勝ち残ったのは、
天日槍を奉じ巨大な体躯で知られる東夷族の末裔とされる王子だったのでしょう。
ゾロアスター教〜仏教という流れでは明日香は
アショーカからと単純に判断してよい。
アラスカやナスカの類似性は別途問題。
蘇我はソカ、まぁアスカの支配者でいい、これは元々海人だね。
>>960 家は元々天野、丹生都姫神社近くの九度山にあり
祖先は花園村周辺部の一族です、水害でやられましたが、
高野山周辺に鉱山を所有してましたからね。
伝承だけならこちらも色々あります。
こちらの伝承でも九州邪馬台国、伊都国から紀州に東遷した、
という伝承でした。でもこれは表向きですね。
東国から西への動きは理由があり排除されています。
965 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 22:23:08.50 ID:IgCq174g0
爺さんが馬で、孫が鹿とか、えみしの立場はどうするんだよ
966 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 23:48:22.40 ID:7e3RNJVB0
>>961 古代史を独学で研究してるんだけど
あなたのレスで氷塊が溶けていく感じ
じゃああなたは天皇より上ってこと?
今の天皇はどういう立ち位置?
967 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 23:57:59.13 ID:SPOL/6cR0
968 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/16(土) 23:58:53.38 ID:6aDs3RYe0
現地説明会行ってきたぞ
どこがピラミッドやねん
一つ積んでは母のため・・・
賽の河原はピラミッドだった!
ってかw
>>959 ラピュタは本当にあったんだ!
父さんの言ってたことは本当だったんだ。
971 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/17(日) 00:05:13.93 ID:rINK6f1C0
歴史も密教的一子相伝なんだなあと思い知るw
聖帝十字陵って誰得よ
973 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/17(日) 00:35:01.63 ID:G0O6HnWJ0
>>967 まぁ、高句麗・百済の支配層って夫余族って説が有力で今の韓国にいる人達とは関係ないんですけどね
さすが夏休みだな
オカルトにどっぷりなのが必死に粘着してるw
975 :
ありのままに@札幌太陽太陰暦 ◆EBBrlnqmuMXL @転載は禁止:2014/08/17(日) 00:38:28.70 ID:XEzsoWmBO
明姫 ◆Dlof2CSSdI 様に心底から敬服しました。まだすべてのスレの検証は終わっていませんが、論理は一貫しています。
これは明姫 ◆Dlof2CSSdI様の書いた内意が、嘘・偽りがないことの証明です。
ちなみにわたしの師匠は菅田 正昭先生です。
976 :
ありのままに@札幌太陽太陰暦 ◆EBBrlnqmuMXL @転載は禁止:2014/08/17(日) 00:46:19.56 ID:XEzsoWmBO
>>966 かつて、太政天皇とか院政の時代が皇室にもあり現在は廃止されています。
ただの古墳だろ?
978 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/17(日) 00:56:01.96 ID:RD3IVOA10
ただの方墳が なぜかピラミッドという扱いに・・・・
ムーを読め!
ただの方墳ではないけどな。
これに関連した重要な古墳はあるぞ、明日香ではないけどな。
奈良盆地のもっと北の方、多分まだ誰も知らないだろうが。
何か出ても知らないふりをする、それがクンナカ奈良人。
それもいなめないな
これだけ強烈な電波を発してるスレって+にはないんじゃないか?w
当家ときたもんだw
983 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/17(日) 01:56:42.97 ID:RgkaKtq80
オカ板でやれよ
984 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/17(日) 02:04:11.25 ID:TtdA+5AT0
>>978 まぁ、ピラミッド自体に厳密な定義があるわけでも無いしなぁ。
985 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/17(日) 02:06:49.91 ID:GDb1L83WO
酒井勝軍でググれ
986 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/17(日) 02:13:47.89 ID:65IEMxf2I
稲目の息子の蝦夷の子が入鹿で、その甥の子が、あの聖徳太子
ピラミッドはありまーす
前方後円墳みたいに特長のある古墳だけが目立ってるだけで
なんでもない山が実は古墳だったりする可能性もあるわけか
989 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/17(日) 02:17:41.30 ID:RXXiwqnl0
前方後円墳は史実どおり半島から来たんだろうけど
ピラミッドがはるばるエジプトから来たとは思えない
ムーの読みすぎ
990 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/17(日) 02:26:46.13 ID:xhoDVO+qO
ウリの半島はピラミッドの起源ニダ!
991 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/17(日) 02:30:49.78 ID:tyVSPF1e0
>>988 そんなの日本中にくさるほどあるぞ。小さな離島にもあったりする
992 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/17(日) 02:33:52.43 ID:BdnqSpvQ0
三角形ならピラミッドかよ。ほんと日本のメディアってw
993 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/17(日) 02:33:57.47 ID:dSbq6v+Q0
>>989 前方後円墳の発祥は東四国ではないかといわれていて、半島から来たなどという史実はありませんが??
ふとしたきっかけに古墳が発見されて日本の歴史がどんどん更新されていくのか
ロマンやね
995 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/17(日) 02:35:09.05 ID:k54U6lL90
建築技術があまり高くない文明が
石を高く積もうとすれば
必然的に四角垂になる、ただそれだけ
稲目の可能性はいなめない
997 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/17(日) 02:38:20.22 ID:dVOz3xlw0
ヒソヒソ( ゚д゚)ヤダァ(゚д゚ )ネェ
蘇我馬子= 厩戸皇子
999 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/08/17(日) 02:42:32.09 ID:dH9n9pPE0
古代って言ってもたかだか紀元後だからな
1000なら蘇我氏はシルロードを通って来た渡来人
(半島は不毛の地なのでスルー)
1001 :
1001:
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。