【鎮守】「こんな豪華な料理があったとは」・・ハイラカな旧海軍料理再現−広島・呉

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1ぶつわよ!φ ★
呉市幸町の市入船山記念館で国の重要文化財「旧呉鎮守府司令長官官舎」の
再建百周年を祝う行事が十七日あり、ハイカラな旧海軍料理が再現された。

英国風官舎の食堂には、明治や昭和期の艦上昼食会などのメニュー計二十三品がずらり。
いかりのマーク入り食器に、ローストビーフやタピオカプリンなどを盛り付けた。

海上自衛隊の栄養学教官だった日浦直史さん(66)=広島市安芸区=が
明治期の海軍教科書を基にレシピを作り、ホテルのコックが腕を振るった。
試食した市民たちは「明治時代にこんな豪華な料理があったとは。
技術や味は現代でも立派に通用する」と驚いていた。
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200509180022.html
2名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 01:28:13 ID:XgYgdMPL0
5−56
3名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 01:28:54 ID:vom/qvCz0
ハイラカ
4名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 01:29:54 ID:8f5DG28I0
料理って昔に比べて美味しくなったのか?
5名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 01:32:25 ID:2RENK+1Io
シェフの腕が良かったんでは?
6名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 01:32:27 ID:L43O3oPsP
はいらかねぇ
7名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 01:33:04 ID:SpuAS8ig0
>>1
ぶつわよ!
8名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 01:34:32 ID:XuxIVO0w0
先年亡くなった俺の爺さま(元海軍特務大尉)←下級将校、も

『海軍に入って初めて洋食食ったけど、生まれて初めてだったなあんな旨い物食ったのは』と
言っておりました。
下級将校レベルでそうなんだからきっと当時としては超高級だったんだろうね〜。
9ぶつわよ!φ ★:2005/09/18(日) 01:34:36 ID:???0
はいらか・・

今気がつきました。
元記事がこうなってるんですよ。
10名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 01:35:36 ID:3xOFD37z0
>>9
はいらかな言葉だね
11名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 01:37:57 ID:i9IuoXas0
今年の夏は呉行ってきたよ。
海軍・自衛隊施設を中心とした呉市内観光と大和ミュージアム。

ここの「海軍ビール」って最高に上手い。
生で飲ませる地のメーカーがある。

そこで肉じゃがとピルスナー・ヴァイツェンを注文。
肉じゃがも実は海軍料理。
もともとビーフストロガノフを欲しがった提督に、
料理人が知恵を絞って考案したものらしい。

肉じゃが最高。
12名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 01:39:56 ID:r/23BXOs0
ハイラカさんのAAキボン
13名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 01:40:37 ID:UsPGgNRU0
ハイアンドマイティラカー
14名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 01:42:36 ID:SpuAS8ig0
ハイラカさんが通る
   /⌒ヽ
  / ´_ゝ`)
  |    / すいません、通りますよ
  | /| |
  // | |  
 U  .U 
15名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 01:43:10 ID:bYRtNa+N0
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%AB&lr=

ハイラカ でググると結構ヒットする
16名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 01:44:03 ID:c3FJabL+0
だって、マグロの大トロを「猫も食わねえ」と言って捨ててた時代だろ?
17名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 01:44:23 ID:ems+TeKk0
でも肩にヒラヒラがついてる人しか食べられなかったっていうオチ?
18名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 01:48:04 ID:M2nha0/y0
海軍に比べて陸助のメシは悲惨だった。

ただし、>>1みたいな料理は将校向けのもので、
普通の水兵はじゃがいもの煮転がしみたいのが常食で
メシの恨みの上官暴行事件が結構あったらしい。

その点、陸助は粗末ながらも司令官も二等兵も同じ釜を突付くような感じで、
少なくともその点は海軍より良かったのではと思う。
19名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 01:51:11 ID:dHgySISu0
>>18
白米 かっけ 陸軍
でググれ。
20名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 01:58:56 ID:M2nha0/y0
>>19
おお!森鴎外大佐のがヒットしたぞよ。
意外と偏狭な方だったのね・・・
21名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 02:00:08 ID:1RQgE9bQ0
大和じゃ大和の港じゃ〜
22名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 02:02:11 ID:XuxIVO0w0
>>20
脚気は最近やウイルスで起こる訳じゃなくてビタミンの問題だったんだけどね。
森鴎外さんは・・・・・・・
23名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 02:03:34 ID:4dhffUTD0
ハイラカって何?
24名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 02:11:37 ID:uJ7KwsU00
現在のカレーの原型は海軍が作ったらしい。
25名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 02:29:06 ID:f5wFHuXF0
いまでも海自は金曜日にカレーなのかな?
船に乗ってると曜日の感覚なくなるからとかいう話を聞いたけど。
26名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 02:35:10 ID:t2luJfe90
海軍はオサレだよね。

漏れは陸軍派なんだけど(じいちゃんが勤めてた)
うらやますぃ
27名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 02:37:06 ID:UohcjR8bO
ハイラカってなんの略?
28名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 02:40:32 ID:rtQB9OBE0
大和ホテルで山本五十六とかが豪華な食事を楽しんでいるあいだに、
五十六がたてた無茶な作戦のせいでたくさんの日本兵が
南の島で餓死しまくってたんだよな。

29名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 02:41:46 ID:NiO23CjD0
初代提督の決断の洋上コマンド:特別食か
30名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 02:43:32 ID:nN0Q8bZC0
その一方で一般市民は貧しい飯を食べてたんだったら微妙だな
戦争中でも米が無い無いって言ってるときに、お偉いさんたちはステーキとか
食べてたって、帝国ホテルの今は亡き村上シェフが読売かなんかで書いてた。
31名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 02:44:10 ID:7/krGK100
>>27

high collar
32名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 02:48:15 ID:HYMMnstc0
日本軍の糧食という題の本で兵営での食事にはデザートにプリンや果物ゼリーがついていた。
仕官にはステーキやカツ等があり、とりわけエビフライが好まれていたんだって。
少なくとも昭和初期の軍では結構良い食い物を食べていたようだ。
33名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 02:49:05 ID:7/krGK100
そういえば、中学のとき一学年したに「山本五十六」って名前の奴がいたんだけど
あんまりだよな。
34名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 02:51:48 ID:riVrTmmv0
ここで肉じゃが誕生のコピペ

391 名前: [sage] 投稿日:05/01/13 21:39:26 ID:Yj7mlNwl
カレーでビーフシチューの話を思い出した。以下コピペ

東郷平八郎、イギリスで食ったビーフシチューがウマーだったので、部下に作らせようとする。
   ↓
しかしジジイ、具にジャガイモ、ニンジン、タマネギ、肉が入っていたことだけ告げて、
部下にとって完全に未知の料理である、「びーふしちゅー」を作れと、イジメレベルの無茶な命令をする。
   ↓
しかし部下も「外国の料理」と言われてんのに、醤油とみりんで味付けするという開き直りをみせる。
   ↓
肉じゃが誕生
35名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:00:32 ID:+Jhf9HfK0
>>30
確か、村上シェフはシベリア抑留者じゃなかったっけ?
36名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:02:58 ID:gvg4pnAw0
故・土井勝氏は海軍経理学校の出身だったよな。
37名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:07:45 ID:QfZZqnw5O
>>34
うそぉっ!(ムネオ口調で)
38名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:11:02 ID:zcn/FXst0
>>25
週末は艦が港に帰ることが多いので、作り置きの効くカレーは
艦に残る者のためにも好都合・・・という話を読んだことがある。
39名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:13:49 ID:f/U+GzIF0
明治村で見た陸軍の食事はトンカツとか揚げ物ばっかりだったな
当時は「高カロリー=偉い」って風潮だったらしい

この前、知人がどこからか持ってきた自衛隊の筑前煮と肉飯の缶詰を食ったが正直かなり旨かった
40名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:15:11 ID:zceQFwa/O
命賭けて戦ってくれてんだし、
豪勢な食事してても当たり前だと思うがな。
41名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:18:38 ID:f3ogG7yS0
カレールーを溶かす前の鍋に軽く肉じゃが風の味付け
(砂糖、醤油、みりん)をすると味に奥行きが出る。
邪道だけどね。
42名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:21:03 ID:lwMrVJM/0
>>37
それ、だいたい事実だよ。
明治時代に日本でビーフシチューを作ろうとしたが、当時の日本では
西洋の食材、特にワインや調味料が手に入らなかった。
そこで苦労の末、醤油やみりんを使って作ってみたら
ビーフシチューの代わりに肉じゃがが誕生してしまったという話。
43名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:21:06 ID:9/GrjGMC0
市民団体はどうした
44名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:25:43 ID:2Dm5v3pQ0
大和ホテルに武蔵屋旅館か・・・
45名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:34:11 ID:C/0lNf0y0
給食レストランみたいなの
46名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:35:58 ID:rD1kNmzP0
>>43
ぐんくつの響きって奴ですか。
47名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:38:23 ID:SqQN2sxq0
どっか南の島で、陸軍が飢えてるさなか海軍士官は豪華メニュー+軍楽隊の演奏付き
だったとかいう話を聞いたな。
48名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:40:27 ID:Pjs/syUi0
>>34
ワラゾーマ
49名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:41:02 ID:Z+fKm2kJ0
陸軍の方が士官も共に艱難辛苦を味わう一体感があった
たまーに現地調達で肉も女も食えたし
50名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:49:17 ID:svcMiSZo0
高橋猛の「海軍めしたき物語」「海の男の艦隊料理(主計課教科書復刻)」
むかし読んだな シンプルでバランスがいいから自炊するのに便利だった
51名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:51:05 ID:0NkRxBsg0
拙者も海軍カレーというものを食したことがあるでござる。
たった一皿で主食も肉も野菜も全て賄えるよき料理でござったよ。
ただ無性に水が飲みたくなって難儀したでござる。
52名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:53:17 ID:JZjNnGOE0
ハイラカって
53名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:53:55 ID:9+IhyyhqO
34>好物(゜д゜)ウマー
54名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:54:41 ID:f3ogG7yS0
下っ端の出世欲を煽って士気を維持するには
豪華料理みたいな判り易い餌が必要なんでは?
55名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:58:49 ID:svcMiSZo0
マジレスすると糊の効いたワイシャツの襟
56名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 03:59:36 ID:h3SpgIKl0
>>54
いや、外国の艦船に招待された時、恥をかかないように
徹底的にテーブルマナーを叩き込まれたし、料理も見慣れぬものがでて
無作法をおこしてはならないから、きちんとした西洋料理をだしてたそうだ。

全員が日本代表の気構えがあったのさ。海軍は


57名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 04:02:19 ID:um/FniGp0
内のじいさんカレーとか水っぽかったて言ってたぞ
敵軍から取り上げたフランスのワインがうまかったらしい
58名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 04:02:56 ID:f3ogG7yS0
>>56
なるほど、大したもんだ。
59名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 04:03:36 ID:2XEeya1s0
飛行機でも機内食ってでるけど、艦内や機内で
死の恐怖を紛らわすためには上等ないしそこそこの食事を食わす
のがいい、とかあるんじゃないの。
60名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 04:04:22 ID:/AR1qZtn0
>>34
これって舞鶴の町おこしのネタだったのに結構信じられてるねえ。

61名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 04:08:15 ID:5HrwShrV0
じゃあ実際は何なの?
62名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 04:11:57 ID:svcMiSZo0
>>59
一般の兵、下士官あたりは取り立てて上等ってほどではなかったらしいけど
63名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 04:12:26 ID:oUkbnp380
うちの爺さんは陸戦の生き残り。
中国八路軍あいてに十数回の戦闘 3分の1の戦友は戦死
中国軍は豚みたいで汚くて何もかもが粗末なものばかりだったらしい
64名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 04:14:34 ID:f3ogG7yS0
>>61
劣化すき焼きって所じゃないかな?シラタキ入れるし。
65名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 04:18:19 ID:yiGr3Fxg0
【父島の人肉食事件】
立花中将、的場末勇陸軍少佐(独立歩兵第308大隊長)、父島方面
特別根拠地隊司令官の森国造海軍中将、吉井静雄海軍大佐(通信隊
司令)ら陸海軍将兵14人(寺木軍医少尉を除く。寺木は別に起訴され、
有期刑を科された)が起訴された立花事件の判決要旨によると、
1945年2月、末吉実郎海軍大尉が的場少佐から捕虜一人(おそらく
米軍通信兵のマーション)を貰い受け、銃剣で刺殺した。
その翌日の夜、的場少佐が中心となり第308大隊の将校らが宴会を
開き、寺木軍医が遺体から取り出した米飛行士の肝臓と大腿部の
肉を食したという。
同じく同年2月、ヨーク(C.A.York)兵器係とダイ(Dye)通信兵の
二人がパラシュートで降下したのを捕え、立花中将の命令で
前者を独立歩兵第307大隊で殺害した。後者は通信隊に連行され、
吉井大佐の命令で、林実海軍技術中尉と増谷真一海軍中尉が
斬首した。そして海軍の佐々木光慶大尉が後者の肝臓を摘出し、
吉井大佐ら将校たちが食べた。
2月23日には米海兵隊飛行士ヴォーン少尉(Ensign W.E.Vaughn)
が捕虜となり、立花中将の依頼により魚雷艇隊で斬首したあと、
吉井大佐は松下兼久海軍軍医大尉に肝臓摘出を命じ、大佐自身が
これを受け取り食膳に供したとされる。

やはり2月23日頃に別の捕虜二人のうち、兵器係フレイザー
(G.J.Frazier)を尋問中に殺害したが、人肉食が行なわれたか
どうかは不明である。
3月26日には、師団参謀堀江芳孝少佐の英語の先生役を
つとめていた捕虜のホール海軍少尉(Ensign Hall)も立花に
連行され、斬首されてしまう。遺体は的場少佐の命令で、
寺木軍医により肝臓と腿肉が摘出され料理されたのち、
第308大隊の宴会で的場少佐、森中将らによって食された。
66名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 04:21:38 ID:WVLxdRug0
自分たちがマラリアを忍ながら粗末なメシを食べて
連日激戦を繰り返してるのに、
高級士官連中は毎日「フランス料理」を食べていると、
憤った坂井三郎が拳銃抜いてガンルームに殴りこみ。
現場の窮状を叫び食料を奪い去った。

当然、銃殺刑を覚悟していた坂井だが、
上官からの口頭注意だけで済まされた。
これは坂井が当時すでに「海軍の至宝」として認められていたのと、
他にも同じ思いを抱えていた特務士官や現場指揮官の懇願もあったと思われる。
67名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 04:22:11 ID:rOCuuOTz0
なんでどこの国も陸軍と海軍仲悪いんだ?
68名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 04:22:33 ID:yiGr3Fxg0
昭和23年8月27日、横浜の占領軍第8軍軍事法廷は米軍捕虜に対して生体解剖実験を行ったとして
九州大学医学部関係者、軍部関係者ら14人の内、5人を絞首刑、4人に終身刑を言い渡した。
事件は、戦争末期の昭和20年5月頃、日本本土空襲のため飛来した超大型爆撃機B29が不時着した
ことから始まる。九州地区を防衛管轄とする西部軍司令部は、搭乗員だったウイリアム・フレドリック
少佐ら12人を捕虜とし、裁判なしで12人の搭乗員の内、8人を死刑処分とした。
その後、九州大学・第一外科出身の見習士官と同外科教授の石山福次郎教授らが「生体解剖の実施」を
西部軍司令部に提案し許可された。そこで同医学部は死刑を宣告された捕虜8人を西部軍司令部から
引き取った。8人の捕虜は、収容先が病院だった為、死刑の恐怖から一転して安堵した。中には笑顔で
医師たちに向かって「サンキュー」と言った捕虜もいた。
その直後、同大医学部の鳥巣太郎教授、平尾健一助教授ら医師、医学生、看護婦など40人以上が
動員され、捕虜を手術室に連行し、生きたまま心臓・肝臓・心臓などの器官を取り除いたり、血液の
代用として海水の注射が可能か否かの実験をした。
この時、石山教授は手術台を取り巻く弟子達に「心臓は切るのも縫うのもさして難しいことではない」
と言ったという。解剖が終了すると取り除かれた心臓や肝臓などの器官は醤油で料理され、
陸軍将校集会所の宴会に供された。
69名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 04:34:33 ID:m9eHcqL60
>>47
>陸軍が飢えてるさなか海軍士官は豪華メニュー+軍楽隊の演奏付き

豊田穣の「海の紋章」だろ。
でも士官はその会食費を払ってたので気象参謀などの少尉中尉は苦労してたらしい。

うちの92になる婆さんは昭和の初め女学校の時に土地の連隊見学に行ったそうで
兵隊さんと一緒に食事したのが豚汁だったとのこと。田舎のことなので豚なぞ
食べたことがなかったが寄宿舎の飯よりうまかった記憶があると。
70名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 04:42:28 ID:WVLxdRug0
30 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:04/08/10 12:23 ID:???
辻参謀って、蛮勇を示すために処刑した捕虜の人肉を食った、という噂があるんだって
ね。
あと、敗戦の責任をとらせるためにノモンハンでは現地指揮官に自殺を強要するような
ことをする一方で、敗戦になったとたん、なんの良心のためらいもなく、すぐさま
わが身の安全をはかって逃避行に走る人ですな(捲土重来のため生き恥を恐れない、
という一般論は、他者に敗北責任の詰め腹自殺を強要する時点で、辻には当てはまらない)。

このどうしようもない御仁を辞めさせる手は、なかったのでしょうか?
リアルに脳病院でカウンセリングすべき対象だったんじゃないの?

47 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:04/08/23 19:42 ID:???
>>44
辻が人肉食をしたのは餓島だけじゃない。日本軍の人肉食事件は数多くあり、
友軍の兵士を殺害して食った件は日本陸軍で処罰(銃殺)されているが、
敵兵を食ったものは処罰の対象になっていなかった。
連合国側でも多くが極限状態で行われたことと、被害者遺族の感情を考慮して
ほとんど立件しなかった。戦犯として訴追されたのは辻が絡んだ、
1944年に父島で英国兵捕虜を殺害してその肉を食った一件だけ。
訴追したのは当然イギリス。もちろん食った本人である辻は逃亡。
71名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 05:00:49 ID:THHt9aAU0
やはり予想通り、【民主党の工作員】が暴れてるな。
さっき情報が入ったよ。

「2ちゃんねるは、民主党や中国共産党に不利な情報を流す”特殊工作機関”」なので、
これに対して民主党支援者は徹底して”反撃”せよ。

そう言う指令で、2ちゃんの書き込みを誰が裏で先導しているか、アメリカかイギリスか?
それを個人個人で考えろだぜ。(w 

これ、マジな話。
72名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 05:16:42 ID:crCLVs6T0
何もマターリした料理スレで工作せんでも・・・
そもそも、このスレを読んでる連中にそんなことを書いても何の工作にもならんわな。
73名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 05:38:12 ID:THHt9aAU0
>>72
もう、あの連中は末期症状を呈してるってことさ。
週末深夜の料理スレにまで押しかけて、過去の歴史を改ざんしながら
「反日反米」だもなあ〜。( ´_ゝ`)
74名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 05:45:16 ID:ETTKpOhR0
もし戦時中に生まれていたら絶対海軍に入ってただろうなー。
泥臭い陸軍より洗練されてカッコいい海軍の方が絶対いい。
75名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 05:46:44 ID:YAxS8QTv0
>>74
つ赤紙
76名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 06:00:39 ID:Bqg65Ao20
ごきげんいか〜が べ〜に〜お〜で〜す〜
はいらかさんと よんでください
77名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 07:58:03 ID:ms6qfEc10
>71

ものすごい電波が飛んできたな。
78名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 08:17:27 ID:CtDi4kjbO
阿川弘之を読め
79名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 08:20:39 ID:9JESbdw90
256食か・・・
80名無しさん@6周年 :2005/09/18(日) 08:48:22 ID:IuqgMqBt0
>18
海軍の場合、食費は

士官:自分持ち(給与から天引)
下士官兵:官給

だから、さほど差別ともおもえない。
大尉で司令部付の配置にでもなったら、
毎日司令部用の豪華な食事なのだが、
食費でだいぶ苦労したなんて話もある。
81名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 08:52:56 ID:CuJh7XU3O
スレタイに吊られて見たが…
内容がかけ離れたレスばかりだな

何でもかんでも過去絡めて糾弾したいのか
82名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:01:25 ID:DgJbGcNU0
>>1
うまそー
83名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:04:25 ID:NdYMXPYkO
料理もそうだが、常に洗練し続けたから
「女王陛下のkiss」のようなスマートなセリフがとっさに出せるんだろうねぇ...
84名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:17:22 ID:j5WEKA6B0
いくら豪華でも自費だもんなぁ
85名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:17:48 ID:HATF8B3fO
大和ホテルなんてね、艦上で鯛の刺身なんてね
86名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:18:23 ID:bI2Bhcb/0
a
87名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:21:13 ID:z5Yx41Eo0
U−ボートとか日本の潜水艦の乗組員が食べてた料理のレシピに詳しい人情報頼む!
88名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:30:33 ID:CuJh7XU3O
海軍では潜水艦が一番の待遇で、毎食銀シャリ、海軍の慣例からは例外の将校も下士官兵も全く同じ物を食べた
生鮮品は出航から四〜五日で無くなり、以後は牛の大和煮、五目飯、沢庵、いなり寿司、菜浸しなど、餅の缶詰、乾麺を使ったうどんや、乾燥鶏卵を使ったオムライス、乾燥野菜や瓶詰め、夜食には汁粉やぼた餅、雑炊、またビタミン剤を常用させた

今日では驚くようなものではないが、当時の食糧事情を考えれば大変なごちそうで、連絡要員で乗った陸軍軍人が、潜水艦の食事の豪華さに驚いたそうだ

駆逐艦天霧乗員の回顧録より
「昔の駆逐艦の食事は、今日の家庭の食卓とは大違いの質素なものだった。
しかも士官と兵隊とでは食事さえも違っていた。
駆逐艦天霧の頃、機関長の食卓上には粗末な兵食が置かれ、不思議に思ったものだが、
機関長は輪番で機関科員に士官食を食べさせていたらしい。
部下を愛してやまなかった機関長は天霧が沈むとき、
部下を脱出させてから機関室で自決して果てた…」
89名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:31:41 ID:R90vqoUu0
昔は貧富の差が大きかったから、将校と兵卒で違うほうが自然。

陸軍は現地調達なんてやっとるからよくない。
古代ローマ帝国は補給をしっかりやったから征服した土民をてなづけられた。
90名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:33:41 ID:aBLm3+pt0
まぁ、海軍でも池波のように、軍隊に入る前にさんざんっぱら贅沢をした人間もいるけどな。
実際に入隊して、軍隊の飯はどうだったんだろうか? 魚を釣って食ったとかの話は読んだことあるけど
91名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:37:07 ID:z6yhq8fL0
>>83
これか。

77 名前: nanasisann [sage] 投稿日: 2005/05/08(日) 16:40:11 ID:a1aF5Wvk
これは文藝春秋2000年11月号に掲載された阿川弘之氏の文を要約したものです。

2000年7月4日、20世紀最後のアメリカ独立記念日を祝う洋上式典に参加するため、
世界各国の帆船170隻、海軍の艦艇70隻がニューヨーク港に集結した。

翌日の5日に英国の豪華客船「QEU」が入港してきたのだが、折悪しくも2ノット半の
急流となっていたハドソン河の流れに押された巨大な客船は、あれよあれよと言う間もなく、
係留中の我が海上自衛隊の自衛艦「かしま」の船首部分に接触してしまったのである。

着岸した「QEU」からすぐさま、船長のメッセージを携えた機関長と一等航海士が謝罪に
やってきた。相手の詫び言に対応した「かしま」艦長はこう答えた。

「幸い損傷も軽かったし、別段気にしておりません。それよりも女王陛下にキスされて光栄
に思っております」

これが何千人もの船乗りたちの間で大評判になり、ニューヨークだけでなく、ロンドンにも伝わ
って「タイムズ」や「イブニング・スタンダード」も記事にし、日本のネイバル・オフィサーのユーモ
アのセンスを評価する声が高かったそうである。

「かしま」艦長、上田勝恵一等海佐の対応の見事さは勲章ものではないでしょうか。
92名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:40:35 ID:C5SToSsP0
海軍も洋食三昧だったのは将校クラスの話で下士官以下は和食中心だよ。
しかも麦と白米の混合御飯で一菜一汁に近い献立。
んでもって15分以内に食わなければいけない。食事でのトラブルは毎度の事。

ただ毎日フランス料理みたいなのは将校でも将官クラスの高級士官くらいでしょ。
高級ホテルから海軍が雇い入れたシェフが毎日腕を奮っていた。

93名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:40:35 ID:Ku0yhlrxO
ハイラカ
94名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:43:26 ID:DozEYbdD0
潜水艦乗りは海軍じゃなかったとですか?
ご馳走=固形トマトケチャップ
95名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:44:27 ID:C5SToSsP0
>>90
魚を釣っていたのは将官クラスの話。
下士官以下の連中がそんな事をやっている暇など無かった。

ただ停泊中は上陸出来ない非番の連中が魚を釣っていたりはしていたようだ。
96名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:46:54 ID:aBLm3+pt0
>>95
いや、通信基地勤務で、暇な時間はあったそうだぞ。
97名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:47:25 ID:C5SToSsP0
>>89
貧富の差と軍隊の食事の違いは一緒には考えられない。
むしろ英国と違って身分を問わず平民でも優秀ならば
士官になれた帝國海軍なんかでは英国に倣って徹底的
に階級差別を行ったので、それを反感に思う下士官以下
の兵隊も少なくなかったようだ。
98名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:51:31 ID:MRlm99Ai0
金曜のメシはやっぱカレーですか?
99名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:52:07 ID:C5SToSsP0
海軍将校の食事がいくら豪華とは言え、それは自費。
しかし若いエリート士官と違って叩き上げの中年士官
の場合は家族への仕送りもあったから、食費には結構
苦労したらしい。そんな食費すら我慢している叩き上げ
の士官の横で、腹が減ったからと酒保で甘味や飲み物
を好きなだけ買ってくる若いエリート士官との微妙な空気
が問題となって大正時代には士官部屋も1種と2種に
分けられたという逸話もある。
100名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:52:55 ID:nAEiFVr90
食いしん坊は、海軍へ
やりチンは、陸軍へ
101名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:55:31 ID:C5SToSsP0
>>74
確かに戦前も海軍の人気は抜群で競争率も高かった。
で、頑張って入って配属された先が飯炊きだったりな(w

厠番に指名された人間の場合は悔しいから課業の合間に
勉強して航空要員へと成り上がったものもいたらしいが。
102コヴァ:2005/09/18(日) 09:56:02 ID:JjHvSEMh0
>>68
>解剖が終了すると取り除かれた心臓や肝臓などの器官は醤油で料理され、
>陸軍将校集会所の宴会に供された。

 これ、上坂冬子の最新刊で否定されているぞ。
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4569644678/qid=1127004896/sr=1-2/ref=sr_1_10_2/249-1128895-1469144
『生体解剖事件』を夜目。
103名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:56:49 ID:nAEiFVr90
>>94
潜水艦乗りは、海軍の中でも一番豪華な食事だとか
敗戦寸前のドイツもUボートには、優先的にいい食料を回した。
104名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 09:58:45 ID:Trrbz0BvO
海軍のカレーは美味そうですよね。
沈黙の艦隊で一番印象に残ったのが、深町艦長が食べてたカレーですw
105名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:00:34 ID:C5SToSsP0
潜水艦は海上自衛隊になっても食事は豪華だったからな。
今ではトーストにバターを漬けて食べるなんて小学生の小遣い
でも出来る食事だが、海上自衛隊発足当初は豪華な食事で
あった。それが今でも続いている。あと所帯が狭いからこそ
出来る芸当ではあるが、味や焼き加減の好みも海上自衛隊の
潜水艦なら料理の前に食事番の隊員が乗組員全員に尋ねる。
106名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:02:31 ID:aBLm3+pt0
>>104
今でも普通に食えるぞ。
107名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:03:55 ID:C5SToSsP0
>>30
3食求めて軍隊に入るのは昔からあること。
食事に限らず命張るんだから何かしら民間人より
得する事がなければ人は来ない。
10887:2005/09/18(日) 10:04:57 ID:z5Yx41Eo0
潜水艦関係のレスサンクス。参考になりました。
ところで映画U−ボートに出てくる食事がものすごく気になり、黄色いスープみたいな食べ物にプチトマトらしきものがのった料理とか、コンビーフなのか魚なのかとげとげがいっぱいでてる料理とか、あのへんの料理の名前はわからないっすかね?質問厨でスマソ
109名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:05:06 ID:W1wQG1Zp0
どっかにレシピ落ちてないかな…
110名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:06:08 ID:nAEiFVr90
海軍(海上自衛隊)の食事が美味いといってもミサイル艇たけは、例外と聞いた。
111名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:06:09 ID:yf3qM3Fl0
ハイダラーな旧海軍料理再現
112名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:07:01 ID:s5SZOiDr0
軍靴の音が聞こえてきます!
113名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:10:02 ID:Pk7OtDaK0
海軍幹部は髪を伸ばすことを許されていたし、
テーブルマナーなども身に着けなければならなかったし、
いつ外国に出しても恥ずかしくない紳士として教育されていたんだよ。
114名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:10:17 ID:hPA0yNEA0
潜水艦の食事は体力の消耗が激しいから高カロリー優先。
しかも生ものは出撃最初の数日で食い尽くすから後は缶詰ばかり。
牛缶にバターライスとか、当時の日本では豪華だが続くとうんざりしたそうだ。
115名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:12:23 ID:z5Yx41Eo0
しかしまああの狭い厨房で50人分の食事を担当してたコックはたいへんだったろうね。
116名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:14:39 ID:C5SToSsP0
海軍の食事は現代の我々が考える以上に進んでいて、
生卵の缶詰なんかもあったそうだ。とにかく缶詰に関しては、
現代みたいに満足な保管方法も無かったので進んでいた。

ちなみに冷蔵庫の性能は当時でも遅れており、冷やすという
よりは凍らすに近かった。更に冷蔵させるのにも時間が
かかるから何回も開閉するわけにもいかなかったので、
意外と不自由だったそうだ。
117名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:15:57 ID:tYv47UOvO
>>107
今は三食求めて刑務所に入るだからな。
時代は変わった。
118名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:17:10 ID:C5SToSsP0
>>115
潜水艦の厨房が狭いのは今でも一緒。火も使えなければ、
クッキングヒーターも今では一般で売られている商品の方
が高性能。それでも様々な料理を提供している。
119名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:18:22 ID:9d1xtS3+0
>>117
だよね、ムショに入ったら栄養失調で餓死するぐらいが丁度いいんじゃないか?
120名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:18:40 ID:JuxmNNxX0
>>56
>>全員が日本代表の気構えがあったのさ。

いい言葉だな
121名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:20:40 ID:C5SToSsP0
>>113
軍艦なんかでは将校お気に入りの床屋がいたからな。
上陸が近づく床屋は忙しくなったそうだ。
122名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:23:13 ID:W1wQG1Zp0
>>119
人権屋がうるさい。
自分が入るときのことを心配してるんじゃねーのって思うくらいうるさいw
刑務所をホテルにしてどーすんだって思ったりするんだがなあ。

スレ違いスマソ
123名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:25:14 ID:qQ8QocCbO
うちのじいちゃんは陸軍だったけど、南京で士官の宴会の時食べたジャージャー麺が一番美味しかったと言ってたよ。
憲兵だったからお偉いさんのカバン持ちみたいなことをしてたみたい。

124名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:26:05 ID:z5Yx41Eo0
嗚呼、南京
125名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:28:06 ID:z5Yx41Eo0
最近はSHIIIをやりながらカレーを食うのがたのしみだったりするオレ…
126名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:29:23 ID:C5SToSsP0
海軍の下士官以下の食事は粗末なモノで基本的には缶詰で保存できる
食材が中心となる。しかし缶詰以外の方法も盛んに盛んに行われていて
漬物の類は出来合いのものを四斗樽に詰めて積み込んでいた。
中にはそういった保存食材を使って豆腐や納豆、もやしまで作っていた
艦もあったくらいだ。
127名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:37:45 ID:ilexzkH60
東郷がコック渡したレシピには、
「牛肉とジャガイモを美味しく煮込む」
と、書いてあった。
肉じゃがの開発者は、東郷でなくコック。

流石コックだ。
こんなレシピを渡されても何ともないぜ!
128名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:41:17 ID:z5Yx41Eo0
さすが皇軍、レンジャー教育課程で教官が生徒にあげるお情けの飴玉一つ26等分しろという命令に近い…
129名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:44:37 ID:2Jv3+VKt0
流石は大和ホテル
130名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:45:30 ID:MMJsmHtzO
そういや、アイリッシュパブで「アイリッシュシチュー」を注文したら、
まんま肉じゃがが出てきたな。
131名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:45:59 ID:zondDqng0
たまに居るんだよ。
無知なんだけど、とりあえずなんでも部下に命令して見る人がw
132名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:46:47 ID:3sfna4Lt0
>>15
w3m 使い?
133名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 10:46:50 ID:z6yhq8fL0
「肉じゃが海軍発祥説」は良く聞くが、それより「ビーフシチューと称した肉じゃが」を出され食わされた
時の東郷元帥が如何に肉じゃがへ反応したか、その後のエピソードが知りたい。だれか知らないか?

「この様な物はBeefStewをは呼べんわぁ!」と卓袱台返しをし返す刀でコックを手打ちにしたとか、
「私はBeefStewを所望したのだが、これは何かね?」とすっ呆けてコックに尋ねメゲずに平らげたとか、
「なるほど、これが日本風のBeefStewであるか」と納得した様なしない様な顔で何とか最後まで食べたとか、
「そうそう、これがBeefStewである。英吉利に赴いた時はこれを良く食べたものだ」と知ったかしたとか。
134名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:00:49 ID:4BJIQqbz0
私の祖父は海軍だったが、
(航空機整備士、加賀などで勤務、最後はラバウルで・・)
たまに休暇で故郷の佐賀県に帰ると実家や
たずねていった親戚、近所や友人などが、歓迎し宴席を設けてくれる、
ただ、その席に必ず出るのは、当時田舎で高級品だった「缶詰」。
勤務中、艦内では毎日缶詰ばかりでにおいをかいだだけで
もどしそうになっていたそうだが、
故郷の人々は、祖父がそのあたりで取れた魚や野菜で作った家庭料理や、
田舎の常備菜などを食べたいといっても遠慮していると思い込み、
高級品である缶詰を勧め、祖父はえらく難儀をしていたそうだ。
135名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:06:43 ID:V8GPopsu0
中国新聞はこないだ
在日(北朝鮮籍)の女性をとりあげて
在日の参政権獲得を促すような
記事を書いてたなぁ〜。
136名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:07:03 ID:9d1xtS3+0
漏れの父親は海軍兵学校だった。食事がうまかったと言っていた。
137名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:14:30 ID:QxBtPVck0
潜水艦は食事以外に楽しみがないから不憫に思われて食事だけは豪華だったのかもね。
138名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:16:58 ID:CFDIRXBd0
陸軍は上から下まで官給の食事
海軍の場合は兵と下士官は官給食で、士官(少尉以上)は自腹
将校の食事は連合艦隊司令長官から少尉まで同じ。
ただし、来賓を招いたりしての会食は、若干内容が異なる。
139名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:20:20 ID:FldAka2U0
>>135
中国新聞は、右派と左派の両方いるような感じだな。
左のほうが多そうだけど。
前は、竹島特集を新聞ぶちぬき2ページでやってたし。

予断だけど、肉じゃがカレーというレトルト売ってます@広島
140名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:20:34 ID:splzT/Z30
勘違いされてる方が多いので言っておきますが、
肉じゃがの元祖は京都の舞鶴ですので。。
誤解なきようお願いしますね、特に広島の呉の人達。
141名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:20:58 ID:XZ7XMgju0
142名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:24:15 ID:D2QYDOHj0
池波先生のエッセイには、海軍時代、外出しようとすると
「香水くらいつけていけ!」と上司に怒られた話とか出てくるね。
143名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:25:10 ID:etkSAbl30
>>110
ミサイル艇は航続距離が短いから出撃しても日帰りとか、すぐ帰ってこれるで
航海中にメシを食うこと自体があまりない。食い物もあまり積んでないし。
帰港してから普通にオカで食事。
144名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:30:12 ID:Aa/sQXhe0
>>27
high lacquer
145名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:31:39 ID:DJztHGTM0
>うちのじいちゃんは陸軍だったけど、南京で士官の宴会の時食べたジャージャー麺が一番美味しかったと言ってたよ。

つまり虐殺はなかったわけだ
30万人の死臭の中で宴会開くとは思えんな
146名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:32:03 ID:etkSAbl30
>>138
ガダルカナルで陸軍の将兵が飲まず喰わずで戦い、餓島といわれてた同じ頃、
ラバウルでは海軍士官がフルコースディナーを食ってて陸軍をひどく憤慨させた。
いくら食費が自腹でも兵站への負荷はその分大きくなるわけで、海軍の貴族趣味的
体質は戦時でも治らなかった。
147m9('v`)ノ<あなたは愛国者ですか? ◆6AkAkDHteU :2005/09/18(日) 11:36:46 ID:FWqELb7x0
>>143
昼飯を暖める為に電子レンジをつんでいるよ。
148名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:39:40 ID:anax8u9S0
敵性言語禁止になっても海軍じゃ日本語に置き換えるとわけわかめだから
英語の用語を日本語に置き換えとかせずに使ったとか聞いた事がある気がする
149名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:40:28 ID:USRHTQWF0
>>142
それでか、我が家の老父が香水必ずつけて外出するのは。 w
150名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:40:46 ID:wpKb31wP0
>>145
そのうち「虐殺した市民の肉でジャジャ麺作って食べた日本鬼子!」とか言い出す
151名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:40:56 ID:etkSAbl30
>>147
弁当暖めて食べるみたいだね。
152名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:42:20 ID:/hCTBMaQ0
なんで欧風カレーが採用されたんだろう?インドカレーの方が速く作れるし、材料も少なくていいのに。
153名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:44:20 ID:bZouN2000
>>146

嘘はいかんよ(w

どうやってガダルカナルへ食料を運ぶんだよ(w
154名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:45:21 ID:USRHTQWF0
>>146
確かに戦場で一番危ない目にあうのは、末端の人達だから気の毒だ。
でもさ、船の上って、陸と比べて逃げようがないしね。
食事が充実してないと、他に楽しみないし。
陸軍と違って、従軍慰安婦もいないし。
155名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:48:06 ID:USRHTQWF0
>>153
ラバウルだろ。

>>152
英国海軍との交流の歴史が長いから、それで当時英国領のインドからイギリスに
香辛料がきてたじゃないか。
156名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:49:21 ID:etkSAbl30
>>153
食料運んでないから餓えてるんだろ。そんなに難しい文章だったか?

>>154
だからって「士官だけフルコース」はやりすぎだろ。食前のワインや食後のデザートまで
必要なのか?
157名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:51:03 ID:bMBszP5/O
>>153
ガダルカナルとラバウルの区別もつかんバカ
158名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:51:08 ID:r7ARIXw00
いいモン食ってたのは上級の士官だけ
159名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:51:52 ID:hc7BWVZN0
>>156
153は、ガダルカナルとラバウルの位置関係がわかってないようだな。
160名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:52:07 ID:rjakE6Nh0
>>146

戦争末期になり、ラバウルの海軍が陸軍の指揮下になった時は立場が逆転
したらしいよ。陸軍は毎日山盛りの銀飯を喰い、海軍は栽培した芋だったとか。
海軍が米の配給を要請したところ「ラバウルが海軍の指揮下の頃、海軍さんは
毎日生味噌の汁を飲んでいたではないか。私らは味気ない乾燥味噌の汁だった」と
言われたそうな。

ソースは雑誌「丸」の戦記。
161名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:52:09 ID:etkSAbl30
しかもソロモン方面の作戦ってのは渋る陸軍に海軍から無理やり話持ちかけて
実行してるわけで、海軍の要請で出てきた陸軍部隊にろくに補給もせずに
後方で旨いもの食ってるってどうよ?
162名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:52:33 ID:bZouN2000
>>156

食料を運べないから飢える。食料が運べればフルコースもある。当たり前じゃん(w

じゃぁ、なにかい。「ガ島で飢えていますから、全軍食事を減らしましょう」とでも言うのかい(w
163名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:52:34 ID:QvCpih280
>>146
ガダルカナルで陸軍が飢えたのは海軍のせいなのか?。陸軍自身の補給に関する計画が
ずさんだったのなら、それは海軍側に言うことでは無いだろうし。

あとは輸送力が陸軍と海軍ではどうなのかとか。いくら軍艦とはいえ船なら輸送力は
それなりにあるだろうから、当然食料面も余裕があると思うのだけど、陸軍の場合は
食料の輸送力は海軍とくらべてどうなのかとか。
同じ量持って行けて食事内容が劣るとかならともかく、持って行ける量に制限があるのなら
それは仕方がないのではないかと。
164名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:53:07 ID:MRlm99Ai0
そういえば、近所のおっさん自衛隊だった。
1日3000?i食わないとだめとかで、食傷ぎみ。
うなぎのレトルトもらった記憶あるよ。
165名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:54:29 ID:USRHTQWF0
>>158
海軍兵学校に言ってた父親によると、学食ではパンに砂糖バターつけて喰ってたんだよ。
肉とかカレーとかも出たって。
当時は砂糖とかバターとかカレーとか肉とか、普通の生活じゃ滅多にあり得ない。
166名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:54:46 ID:njFF4L410
>>8
特務大尉ってすごい実力者じゃないか。
兵からたたき上げでなれるほとんど上限の階級。
ご冥福を。
167名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:55:16 ID:v6GB5IC10
>試食した市民たちは
どういう市民?
168m9('v`)ノ<あなたは愛国者ですか? ◆6AkAkDHteU :2005/09/18(日) 11:57:03 ID:FWqELb7x0
>>163
そんな時は○ユ潜水艦ですよ。
169名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:57:14 ID:USRHTQWF0
>>161
第二次大戦って、そもそも海軍は大反対だったわけよ。
世界の実情に詳しかった海軍としては、当時の日本の国力からして負ける戦争だと
わかってたからね。
170名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:59:22 ID:wJ4Q0yrG0
ぐんくつの音がする (@∀@ )
171名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 11:59:59 ID:yQcmC9zf0
>>89
カエサルも現地で物資徴発しまくりなんだが……
172名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:00:54 ID:etkSAbl30
>>160
食い物の恨みは恐ろしいなw

戦争末期のラバウルは補給も完全に途絶してしまったが、司令官の今村陸軍中将は
このことを予想して現地で畑作って自給自足の体制を作り、敗戦後の引き上げまで
ついに餓死者を出すことはなかった。
今村中将もみずから畑に出て農作業やったそうです。
173名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:05:08 ID:etkSAbl30
>>163
ソロモン方面の作戦は海軍の担任だったので陸軍部隊も海軍の指揮下に置かれてる。
当然補給に関しても海軍に責任があったが、そもそもの作戦自体に無理があったので
あのような惨事に至ったわけ。
ことガダルカナルにのみ関していえば陸軍は被害者。
174名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:06:03 ID:+47VkRaq0
某基地のみなさん
いつぞやはお世話になりました
いただいた缶飯は記念に保存してありますw
175名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:06:17 ID:8dAq2xpr0
>>8
特務大尉は将校で言うなら大将並みだな
ポツダム昇進だとしても特務中尉だったわけで、あんたの爺さんは凄いよ
176名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:07:29 ID:D2QYDOHj0
>>149
おとーさまカッコイイ!

自己レス、上司ってか上官だね、疎くてごめん
177名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:11:57 ID:USRHTQWF0
>>176
死んだ後も、いろんな女性から「本当にすごくお世話になってたんです」と
お悔やみの連絡が来た。w
178名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:12:18 ID:oaAMuoiSO
オレのじいちゃんは陸軍中尉でフィリピンの海上で機上で戦死したらしい
そんなじいちゃんも靖国にいるんだろうかと考えた
179名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:15:43 ID:etkSAbl30
>>169
最終的には反対しなかったろ。海軍は内閣に対して拒否権持っていたんだから、
その気になれば東條の首を飛ばす事だってできたんだよ。
なぜ負けると判ってて反対しなかったか。国家の存亡より官僚的惰性、組織防衛を
優先したから。海軍は毎年巨額の予算つぎ込んで、支那で陸軍が泥沼の戦争やってる
最中でさえ海軍予算>陸軍予算、国家にも国民にも重い負担だった。
それを海軍は米英に対抗するにはこんだけ掛かるから仕方ないと国民を納得させて
きたわけ。それをいざ鎌倉ってときに「ごめんなさい、やっぱりアメリカには勝てません」
なんてとても言えなかっただけ。
なんのことはない、一度走り出した公共事業はもう止められない今の日本の官僚と同じ失敗をやってるだけ。
180名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:16:18 ID:USRHTQWF0
でも死んだ人達が小泉の政治に利用されるのは迷惑だな。
181名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:18:11 ID:PyKzvA5d0
海軍は兵隊もいいもの食ってたそうだ。
南方に行った連中はトロピカル果実入りのカレーとトロピカルサラダとヨーグルトを
しょっちゅう食っていたらしい。
182名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:19:39 ID:oaAMuoiSO
ハゲドです
中共からの批判うんぬんでこの国のために亡くなった方々が可哀想でなりません
183名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:21:12 ID:bmdxyygA0
>海上自衛隊の栄養学教官だった日浦直史さん(66)=広島市安芸区


東郷さんが、肉じゃがの産みの親だって証明した人ですね。
この人の本にのってるレシピって、「男の料理」の参考に
けっこうなるよ。

だれか、陸軍料理の研究ってしないかな?
カレー周りを中心に。
184名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:21:15 ID:USRHTQWF0
トロピカルものは、現地調達できるからな。
185名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:21:55 ID:PyKzvA5d0
そういや最近コンビニで、
よこすか海軍カレーパンとか海軍ドライカレーおにぎりとか売ってるけど、
おまいら食べた?
186名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:24:18 ID:l4KPuUz00
Uボートに爆雷を喰らわせるのをハイラカっていうのか・・・
 
爆雷よぉーい  はい落下
187名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:25:18 ID:nDq9DVXu0
High 辛
188名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:34:19 ID:aXpUEAET0
>>145
仮に虐殺があったのだとしても、その直後であるとは限らない。
2,3年もたてば死臭もないわな。

>>181
時期と赴任地と階級による。
189名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:38:34 ID:CuJh7XU3O
>108
スープは解りませんが、昔から船乗りはビタミンC不足による解血症の問題に直面しており、ドイツ海軍は馬鈴薯、日本海軍は玉葱、イギリス海軍はレモン(ちょい、不確実)を積み込んで置きました。
またUボートでは緊急時にはエネルギー源として、頭の回転が良くなるとかでフルーツ缶を食べさせ、そのシロップまで飲ませました
一方の日本海軍では緊急時にドイツ海軍みたいな事はしませんでしたが、モヤシを艦内で栽培した事もあるそうです
また水上航行中に甲板に引っかかった飛び魚を食べたりもしたそうです
日本海軍が開発した粉味噌、粉醤油など、現代のレトルト食品に連なってます

余談ですが、訪独第二便の伊8潜はドイツ海軍の要望で缶詰のメッキの為の錫を運んでいます

また伊8潜に逆探を運んだUボートに伊8潜艦長がドイツの珈琲不足を聞き、シンガポールで調達した珈琲を渡すとわざわざUボート艦長の謝辞を述べた手紙を持った先任将校が伊8潜を訪問したそうです

伊8潜は日本への帰路、イタリア産の米を積み込みました
190名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:48:52 ID:etkSAbl30
>>189
イギリス海軍はライム積んでた。イギリス水兵を「ライミー」と呼ぶのはそのため。
191名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:49:00 ID:Q/d0ESha0
日浦 直史さんてペンネームを使ってるから気づかなかったけど、
私はこの人の二冊目の海軍グルメ本を読んでいるところだった。

>>8
海軍の特務士官って具体的にどんなことをしてたの?
192名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:50:28 ID:STJkFmlaO
これはまたハイラカなスレですね
193名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:53:02 ID:etkSAbl30
>>191
箔の付いた下士官。実態は下士官と同じだが、特務大尉ともなると
俗に兵隊元帥とも呼ばれ、士官よりも恐れられた。
194名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 12:54:32 ID:lSLdXzwf0
ひょっとして1>はバカ?
195名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 13:02:54 ID:Kk1xUDti0
>>194
中国新聞が馬鹿なんだよ。
196名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 13:16:28 ID:wH02kKXl0
午前中にやってたでぶやの再放送で佐世保の海自カレーがでてたね
197名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 13:20:05 ID:9wdtLOIr0
>>153
一応解説すると、餓島に補給をするのは、海軍の駆逐艦が使われていた。
毎日深夜に出て、魚雷艇のうようよ居る海域を抜け、それが済んだら今度は
敵の駆逐艦などが島の周りを回っているので危険極まりない任務だった。

島の浅瀬に近づくには喫水が浅すぎて、駆逐艦では近づけないので、大発という小船を
2隻曳いていったんだが、これが戦闘になると足手まといなんで切り離し、後で回収
すると言うことになっていたんだが、20ノット以上の高速で急旋回するとあっという間に
艦の起す波で転覆してしまうんで、操縦のために乗っていた兵も海に投げ出されて
助けてもらえなかった。

あるときは岸にどうしても近づけないので、ドラム缶に米を詰めて蓋を溶接して、これを
長いロープで何個もつなげ、岸から泳ぎの達者な兵隊が船に近寄りロープを受け取り、岸から
引っ張りあげようとしたのだが、一気にやると飢えた兵隊が寄ってたかって食料を奪おうとするので、
一つ一つを丁寧に引き上げていたら時間がかかりすぎ、結局明るくなってきて島の海域を離脱しなければ
危険になってきたので、そのまま放置して逃げたため、多くのドラム缶は海中に沈んでしまったそうだ。
198名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 13:22:24 ID:ymIsxkIu0
>>193
 叩き上げで士官にならなかった人の最上級だっけか。
199名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 13:22:37 ID:wH02kKXl0
そういえば物資輸送に潜水艦使ってたって話もあるな。カワイソス…
200名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 13:25:16 ID:etkSAbl30
>>198
学歴主義の海軍ではたたき上げはどんな優秀でも士官には成れない。
ノンキャリとキャリアには越えられない壁があった。
大戦末期には佐官になった人もいたようだが。
201名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 13:29:57 ID:Hn+mumTT0
まあ、海軍は将校ばかりでなく兵卒の食事もおいしかったみたいだね。
やっぱり食事で一番はイタリア軍だろw
アフリカ戦線でドイツ軍が救援に行った時に砂漠のど真ん中で水を使って
パスタを茹でてたらしいし。
202名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 13:43:23 ID:R+xLSSQc0
海軍善玉論者がこんな所にもいるのか
203名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 13:45:13 ID:wH02kKXl0
海軍のくいもんの話してるのにそれが善玉論になるおまいの脳って…
204名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 13:47:01 ID:R+xLSSQc0
>>203
それに便乗して善玉論展開してる奴がいるじゃねーか
205名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 13:47:08 ID:anax8u9S0
砂漠でパスタは都市伝説らしいぞ
と言っても俺は素人なんで真偽はしらんが
206名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 13:50:11 ID:wH02kKXl0
204
監視ごくろうさん
207名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 13:51:20 ID:EBLWwnwS0
>>172
水木しげるの自伝では
ひたすら畑を耕してトイレの処理してたね。
208名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 13:52:16 ID:anax8u9S0
具体的にどこに善玉くさいレスが?
209名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 13:53:45 ID:wH02kKXl0
>>205
ヨーロッパ人特有のいやみユーモアか?
210名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 13:55:16 ID:hMk88Vb6O
玉善
211名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 13:57:38 ID:/fsR2Yp30
>ハイラカな旧海軍料理再現 呉

死語とはいえまずいっしょ。中共新聞。
212名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 13:58:20 ID:wH02kKXl0
>>189
そういえばUボートではずっとレモンを食ってたしU571でもオレンジくってたね
213名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 13:58:42 ID:ymIsxkIu0
>>172
 農民が多かっただろうから効率は良さそう・・・・
でも、外地でドソパチより農作業をやる事になろうとは
思わなかっただろうな
214名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 14:01:01 ID:wH02kKXl0
海軍か海自あがりの人がやってるレストランとかないかね?横浜あたりならありそうだが…
215名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 14:05:23 ID:USRHTQWF0
>>183
陸軍にカレーがあったとは初耳だな。
216名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 14:11:58 ID:USRHTQWF0
>>185
海軍兵学校は江田島にあったんだが、今は記念館になってるのかな。
毎年とか隔年で全国同窓会やってきたんだけど、もう最後の世代が
平均年齢が80歳なので、死者が全体の3分の1になってしまった。
兵学校の生徒は、最後のほうの何期かは出陣前に終戦を迎えたから
終戦当時10代後半だったんだよね。

親父もその一人で終戦の1945年に17か18歳だった筈。
で、対岸の広島に原爆を落とされた時は、江田島の校舎がグラグラ揺れた
そうだ。その10日後あたりに解散になって、各自列車で帰郷したそうだが、
親父の故郷は一面の焼け野原で、家族も死んだと思ったそうだが、
幸い無事生存していた。
217名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 14:16:28 ID:UiOmtlM90
>>8
特務でしかも大尉って、下級将校とか書いているけど
あんたのじいちゃんすげぇ偉い人じゃん。

軍隊では将校と兵隊は別もので、通常の将校、将校教育を
受けて尉官から始まる、と違って特務は兵隊からの叩き上げ
で将校になった人達だから階級は尉官程度と言っても
人としては凄い出世をした人だよ。
しかも特務大尉はそのトップ。

戦時で、特務の人数も増えていたとは言え、余程周囲に認
められた人じゃないと特務大尉なんかにゃなれんかったはず。
218名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 14:19:38 ID:S9A/vHv30
>>216
今は同じ場所に、海上自衛隊の第一術科学校があるよ。
昔の建物もほぼ残ってて、そっちは記念館みたいになってる。
219名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 14:20:54 ID:/eGcbzJC0
食事は良いものを用意しないと兵士の士気にかかわる
軍隊で食事が発達するのは自然な流れだよ
220名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 14:26:44 ID:USRHTQWF0
>>214
横浜というより、海軍施設が戦後GHQに没収された横須賀とかにありそうだな。
今でも横須賀といえば米海軍なんだろ?
海上自衛隊の主要拠点はどこよ?

>>218
そうなのか、サンクスコ。
221名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 14:27:46 ID:MRlm99Ai0
くくれかれー
222名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 14:28:57 ID:fQCPJe6T0
ハイラカのせいで、下のネタがボツよ・・・

256色
High Coller (16ビット)
True Coller (32ビット)
223名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 14:30:20 ID:W7hzRKTi0
舞鶴か呉に行かないと駄目か…
224名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 14:31:24 ID:bR9PTyxr0
韓国のビビンバは、米軍の残飯を
もったいないといって利用したのが起源。
というのは本当?
225名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 14:34:08 ID:Le1cxPLB0
> 海上自衛隊の主要拠点はどこよ?
広島の江田島
226名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 14:35:16 ID:USRHTQWF0
>>225
そうなのか、知らなかったよスマソ....
227名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 14:41:40 ID:USRHTQWF0
今でも海軍カレーは海上自衛隊の食事に出るんだってね?
228名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 14:44:26 ID:K4GNqdUj0
金曜日はカレーの日
229名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 14:46:32 ID:sVIdhEDr0
 仏像がぶつぞー!
          ,-──、.
         ,.、-     '''''' ヽ、
        /。。゚。゚,、-────ヽ
       /。゚。。゚ 。|        ヽ
       |。゚。。 / ─- 、-、 ゚ _=|
      / ̄ヽ |   ━━ヽヽ l/━|
      ヽ Ll        ,..ヽ |  |
       | |.        ヽ─  |
       | レ┐      -二三  |
       |   |           /
       ヽ=へ   ────'''/
      ┌‐.<    ────=、
      ,.┴─、\         \/ヽ
     /    \ ヽ      / )/-/ヽ
    /        |     ノ┐/ ,.-/  ヽ
   ./         l   ./ / l "|"/'ヽ |
   |          ヽ  .|  (   / l .|
   '|, ノ  ,,-,,.、-'" ̄`>ィ.|   ).l´ /|  |
   /        / / |    /| |  ,l、_    ___....,、┐,,,、
   / /        ノ  |.,-─''"ノ  | /,. ,.┴、.、'" _,-‐ニ/ι、
  / |           // / ‐'" ノ  | |  '  -─ 、,-つつ-''"
  |  |       _,................/   =-'"  //'''''''"/''>......-‐-'"''''ヽ
  ヽ        '"     `ヽ、 、   ノ   / /        |
   ヽ=─'''"          \ ''‐-   //        /
ヽ、 /"´  _     _              ,,-、  _.、-=`ヽ/,.-= ヽ
  \  |  `ヽ 、 | ` ヽ 、  /`ヽ 、   /   |//  ||//´ |/
ヽ   \||  `ヽ\| | `ヽ 、ヽ| `ヽ、\//
230名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 14:51:23 ID:Le1cxPLB0
@ ワイルドでサバイバルな食事 @
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/army/1093173312/
軍艦の食事について語るスレ・四食目
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/army/1124659602/
戦争・兵役を通じて広まった食事 3皿目
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/army/1125124280/
レーション(というか戦場での飯)14食目
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/army/1122276735/
231名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 14:53:27 ID:5ANmJXYj0
※参考 マッカーサーに出した飯

1945.8.30 厚木
 マッカーサー元帥は、三一五号室に落ち着いた。ホテル支配人野村洋三によれば、
ホテルでは、元帥一行のために昼食を用意したが、メニューは「冷凍のスケソウダラ、
サバ、酢をかけたキュウリ」であったので、元帥は、一口で食事を中止した、という。

児島襄『日本占領』
232大阪のぬこ好き ◆c68ywQ2shI :2005/09/18(日) 14:53:57 ID:gZlsJ48t0
私の叔父貴が海軍兵学校出なんだが、叔父貴が言うには、
海軍は基地ごと動いているようなものだから、食事に関しては
良いものが出た、と言っていた
233名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 14:55:15 ID:Le1cxPLB0
東京裁判で、米軍の捕虜が、日本人に木を食わされたって
訴えたらしいけど、よく調べてみたらゴボウだったとさ。w
西洋じゃ、ゴボウは食わないのか。
234名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 14:57:59 ID:Tm+13dbR0
映画の「ホタルの墓」で、主人公のおばさんが「海軍さんばっか良い物食って」
とか言う台詞があったが、そう言う事だったのか
235名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 15:00:00 ID:UiOmtlM90
>>233
B、C級だから横浜。
聞いた話だと、そのせいで捕虜虐待で死刑だと。
ひでぇはなしだ。
236名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 15:00:07 ID:L9HlGmck0
>>233
納豆も出したらしいよ。もちろん「腐って糸を引いた豆を出された」で、捕虜虐待。
これで死刑判決を受けたBC級戦犯は結構居たそうだ。
かわいそうな話だよな。田舎出の二等兵が、乏しい食材で食事出しただけで”死刑”だもな。
237名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 15:09:17 ID:rjakE6Nh0
>>172

今村流ラバウル自活生活は、部隊を農耕・訓練・戦闘班に分けてローテーション
させてたんですよねぇ。芋での自活がなんとかなると煙草の栽培、発煙弾で
マッチの製造、さらには紙(美濃紙)を1日3000枚も製造していたらしい。
陸稲の栽培もしていたが、これは米軍の空襲で失敗。
あと食糧に関しては海軍には冷たかったが、後に九九式小銃を海軍に支給している。

終戦後、有罪になった今村は凄惨を極めていたソロモンのマヌス島捕虜収容所行きを
志願し、マ元帥から「本当の武士道を見た」と言わしめた。
マヌス島では葱の栽培と醤油・砂糖の製造を行い、連合軍に「すき焼き」を売った。
見返りにチョコレートや缶詰をもらい、ついには喰い切れない程ストックがあったという。
238名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 15:14:35 ID:QRpDp1CB0
食事の話じゃないけど、もぐさをしてやったら後から火あぶりにされたって言うのもあった(´・ω・`)
239告白:2005/09/18(日) 15:23:42 ID:8PaGX3kyO
祖父は南方で戦死したらしい。命日は知らない。戦死した理由も知らない。
祖母は健在で、大正ロマンな大恋愛だったらしい。昔親戚が言ってた。
祖父の出陣前の写真が、祖母宅に飾られている。
その精悍な姿に敬愛を覚えるオレ。
会ったこともナイのに、こんなに慕えるもんなんだね。
そんな祖父が亡くなった場所も、命日も知らないなんて。
理由はね、両親が真ッ赤ッ赤だから。青春の時代にね、京都で活動してたからね。
ホントにね、真ッ赤ッ赤なのねー、思想が。なのに私腹は肥やしてるなんて、プッ。
オレが祖母と膝付き合わせてさ、「祖父ちゃんのこと聞かせてヨ」って言うとするでしょ?
両親が狂った様に制止するワケ、ハァ〜。
子供の頃からそうだったからさ、(あ、何かタブーですか?)みたいな気になってたのね。
で、思春期辺りはすっとばして、社会出てから考え直したのね。
やっぱ、知っといた方がイイんじゃないか?ってさ。
オレなりに工夫して、祖母と二人きりになる機会を作ってさ、
もう一度頼み込んだのね、祖父の生き様をさ。
そしたら祖母がさ、いつも着物でビシッってしてる人がさ、ホロホロ泣いちゃってね。
「それだけは言えへんのや。堪忍な。ホンマにアンタに会わせてもらえんようになる」

続く
240名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 15:29:13 ID:xSo5mULG0
>>235
>>236
やっぱ あの裁判って無茶苦茶だよな
まったく報道されないけどね
241名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 15:33:54 ID:ojZdlfke0
ハイラカ
242名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 15:35:58 ID:L9HlGmck0
>>240
TBSでドラマ化されたけどね。「わたしは貝になりたい」って言うタイトル。
その白黒版、ラストシーンが泣けたなあ。

BC旧戦犯の大半は、終戦間際に田舎で徴用された民間人も多く、
さらに裁判の際には米軍兵士が英語で罪状を延べ、それをその場で採決、
しかも通訳なし、弁護士なしの一方的な裁判だったそうな。
243名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 15:36:22 ID:6nxajU+n0
天平のハイラカ
244名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 15:37:16 ID:ty3jSvO70
このコックは戦前の日本の文化レベルの高さを知らないのだな。
さすがヒロシマ。
245名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 15:40:12 ID:anax8u9S0
ジャイアンがのび太を裁くような裁判だもんどうしようもない
ドラえもんもいないし
246名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 15:46:00 ID:VYgrylpI0
>>239
待ってるからぜひ続きを書いてくれ。

俺もそれに近い思いをしたことがある。
247大阪のぬこ好き ◆c68ywQ2shI :2005/09/18(日) 15:47:18 ID:gZlsJ48t0
>>240
あの裁判は、裁判の名を借りたリンチだよ
少しでも、被告(日本やドイツ)の有利になりそうな証言が出ると
たちまち野次り倒されて、その証言がなかった事にされたらしい
日本人で有れば、東京裁判の記録を読んで涙しないものは居ないと思う
3千年近い歴史の中で、日本に与えられた最大の屈辱だと思う。
248名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 15:50:54 ID:Hn+mumTT0
新入社員時の研修で自衛隊に2泊3日で訓練を受けたことがあったけど
食事が不味いのなんのって。。米なんか一番質の悪い、かつ古米を使ってるんじゃ
ないかと思うくらい不味かったよ。
旧海軍じゃないけどもっと良い食事を作れば良いのにな。
でも、でぶやでの海上自衛隊の食事は美味しそうだったね。やっぱり狭い劣悪な
住環境だからせめて食事くらいは良いのかもしれないね。
249名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 15:51:03 ID:24FRkOKm0
海軍ってのは、将校は贅沢してたみたいだよ。
漏れのじいさん、あの大勲位と海軍経理学校の同期だったんだけど
貴族みたいな生活だったと言ってた。
250名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 15:54:47 ID:anax8u9S0
どっかで食事の美味い軍隊は弱いみたいなの聞いた事があるが
本当なんだろうか
251告白:2005/09/18(日) 15:55:23 ID:8PaGX3kyO
祖母は続けてポツリ、
「でもな、お祖父様は悪い事なんかしてはらへん。それだけは覚えといてや。」
オレんちおかしいよね。命日なんかは戸籍で調べたけどさ、生き様が知りたいワケ。
親戚一同に敢行令が敷かれててさ、戦時中だけ、オレんち歴史空白。ってか教えてくれない。
オレの名前付けた贔祖父様の話はするのに、
戦死した贔祖父様の息子の、オレの祖父様の事は完璧スルー。
オレ多分右寄りだからさ、家族で夕飯後のテレビのニュース聴きながらさ、「防衛力を云々…」
「今度の選挙は云々…」って話してたらさ、両親が泣きながら言ったのが、「世界平和を云々…」
もうね、無理だと思った、解り合うのはさ。根本的に何かが違うのね…。
色々考えてさ、数年前に家を出たよ。
オレんち、実質親族経営の会社やってる本家だからさ、オレも身内就職してて、
跡継だったから、かなり揉めた。揉めに揉めた。遺産争いより酷いんジャマイカ、アレ。
しかも説得に来る親族が揃いも揃って真ッ赤ッ赤。なのに実際やってるのは資産保持にもう必死。
オレは一旦海外脱出。その間に祖母が亡くなった。だからね、もう家族とかに未練ナイのね。
墓参りとかすると捕まっちゃうしね。
そんなオレは靖国に参ってる。
252大阪のぬこ好き ◆c68ywQ2shI :2005/09/18(日) 15:56:19 ID:gZlsJ48t0
>>249
海軍は万事貴族的だったらしいですね、
陸軍は野武士的と言われますが(笑)
あと、すごく個人的な意見なのですが、
海軍の場合将校ではなく士官と言って欲しかったり。

253名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 15:59:03 ID:sw6uBwuQ0
当時の上官クラスは美味いものを食べていたなどのカキコが目立つけど、
そういった体質は現代にも生きてるような気がする。
私は偏差値(あった頃)的には中間の中間で成長した類いなんですが、
なんていうか、頭のいい学校へ行った人ほど、
自分のせいで誰かが犠牲になることとか
自分のために誰かを利用することとか
自分のために誰かを騙すこととかを
なんとも思わないドライな人が多いと思った。
ドライだから条件のいい就職をして社会で成功もしている。
254名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 16:01:33 ID:nAEiFVr90
>>250
民族性ジョーク
イギリス人、フランス人、ドイツ人、イタリア人が集まって、
自分の国の食文化について話し始めた。

イタリア人「やっぱり我々の料理は最高だね」
フランス人「いや、我々の方が上だ」
ドイツ人「そんな事だから、戦争が弱くなるんだ。
      ビールとソーセージで十分だ」
フランス人「まずい食事しか出来ないひがみか」
ドイツ人「ワインにうつつを抜かして、
      瞬く間に降伏した連中に言われてもな」
フランス人「何を!」
ドイツ人「やるのか? 受けて立つぞ?」
イタリア人「まぁ、どちらともイギリスよりはマシなんじゃないの?」
イギリス人「いや、我々の食文化も偉大だ」
仏・独・伊「?」
イギリス人「まずい食事を何とかするために、
       料理を求めて植民地を作った」
仏・独・伊「それで?」
イギリス人「いつの間にか、七つの海を支配してしまっていたのだよ」
255名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 16:01:57 ID:USRHTQWF0
>>235
>>236
>>238
>>242
>>247
「黄色文化に対する差別偏見だ」と国連人権委員会に訴えるべきだ。
国連の金は日本が出してるんだからな!
こういう話をするとさ、中国大陸とかの陸軍の素行とか言われるんだけどさ、
それはちゃんとそれなりに対処して、こっちはまた別の話だからさ。
うしろめたい事に蓋をして、知らぬ顔すると、自分が被害者になっても何も
言えなくなるからね。ますますうやむやになる。

>>239
>>246
日本は言論の自由が保証されてる国だぞ。赤だってその人の勝手だろうに。
256名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 16:02:44 ID:VYgrylpI0
>>251
そか。
  何とかしておじいさんについて知りたいもんだな。

 オレのじい様は海軍の呉海兵団にいて戦争がはじまった頃には
加賀に乗ってたそうだ。
 んで、ミッドウェーの後、転々として最後はペリリューだとか言う
小さな島で死んだらしい。
 
257名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 16:03:18 ID:pXBBjDDq0
>>253
馬鹿なDQMでも道端にごみ捨てたり、タバコ投げ捨てしたり
騒音撒き散らしても気にしなかったり
やることは低レベルでも他人をなんとも思わないという点では同じ行動をとっている
頭のいい人間がドライというのはちょっと違わないか
258名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 16:05:13 ID:z3dkGTmz0
海軍の場合は、一旦、海に出れば、ずっと艦内に閉じこめられるわけで、そうする
と、楽しみは食事しかなくなる。それで食事がまずかったら、士気にも影響するし
たまったストレスで、いろいろとトラブルも起きやすくなる。
食事は大事だよ。
259名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 16:06:19 ID:Hn+mumTT0
>>253
>自分のせいで誰かが犠牲になることとか
>自分のために誰かを利用することとか
>自分のために誰かを騙すこととかを

貴族や特権階級、エリートはそれが普通だよ。100人の凡人を踏み台にして
大きな仕事をすることを宿命づけられているんだよ。
そのかわり大きな義務を負っていて、仕事でも政治でもいいけど失敗したら
きっちり責任を負わされる。
例えば、外交官なんぞも、本質的には人質であって日ごろ良い生活はさせる
けど、国家レベルでの仕事になれば死んでくれ、という職業だって。塩野七生
は言ってたよ。
260名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 16:09:18 ID:etkSAbl30
>>259
日本の外交官は外交官の名に値しないってことか。
261名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 16:09:53 ID:Ytoxk1UL0
>>259
日本の外交官はいい生活を享受するばかりで、
全然仕事をしていないなあ。
全員さっさと新でほしいね。
262名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 16:10:32 ID:tsaUCzHa0
>>217
すげえな、二等兵からのスタートだったとしたら
何階級昇進したんだ?
263大阪のぬこ好き ◆c68ywQ2shI :2005/09/18(日) 16:10:37 ID:gZlsJ48t0
>>251
マジレスします。
 お祖父様の階級とか所属などが解れば
有る程度は調査できるのではないでしょうか?
というより、今ならまだ戦友会などで当時を知る方もいらっしゃいますし
お祖父様の名誉のためにも、お調べになられてはいかがでしょうか?

 
264名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 16:13:00 ID:UaTRf/vV0
>>251
良く頑張った。こんな事しかいえなくてスマソ。
(´;ω;`)
265名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 16:17:25 ID:5rRhzHk/0
>>248
海自の飯が艦によって違うように陸自も基地によって飯の質が違うらしい。
なんでも朝霞のが美味いと評判だとか聞く。
266名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 16:23:54 ID:8PaGX3kyO
>255
そうだね、個人の自由だったね。

ってかオレの書き方が悪かったね。
理解出来ない思想を両親、一族共に持った辛さを言いたかったんだ。
2チャン的に言えば、生まれた時からソーカの両親を持っちゃったあの子、みたいな?
オレは気が狂う前に、祖父母(の歴史を知る手掛り)を捨ててしまったが…。

>256
そうか、詳細知ってるって正直羨しいな。
オレは「南方」っていうだけしか分からないから、
サイパン、グアム、インドのネパール州(?)とかに参りに行ってみてる。
祖母が守ってた祖父様の写真、盗んでこなかったのが悔やまれる。

墓参りしてぇ。
寺にあるんだけどさ、住職に一度捕まりかけて懲りたorz
267名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 16:23:56 ID:Le1cxPLB0
以前タケシの番組だったかな、軍団の誰かが
自衛隊に仮入隊して、実戦訓練うける番組見たけど、
ネスミやヘビをとっつかまえて、それをその場で調理
して食うのがあった。

それができないと、陸上自衛隊はつとまらないって。
多少デフォルメされてるのかもしれんが、野戦に
なったらそれくらい出来ないと、生き延びれないよなぁ。
小野田さんの世界だよ。
268uaa:2005/09/18(日) 16:23:58 ID:gMID/rO50
>>185
あまり売ってないけど、俺は「陸軍さんのビーフシチュー」が好きだ。
陸自の広報センターの売店で売ってるけど、他では見ない。
「海軍さんのカレーライス」はコンビにでも売ってるのに・・・
269名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 16:26:17 ID:Le1cxPLB0
ココイチで海軍カレーをメニューに入れれば流行るのにな。
横須賀店だけだろ、あるの。
270名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 16:30:18 ID:DbVCpSSn0
>>248
缶飯・パック飯は賞味期限ぎりぎりの(時には切れたもの)奴を出すことが多い。
保管状態も悪いし古いわでまあ食えたもんじゃないよ。
携帯食でなかったんなら糧食班の性質が悪かったのかもw
271名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 16:38:57 ID:L9HlGmck0
実家の祖父は陸軍の輸送部隊に配属されてた。当時、まだ珍しかったトラック部隊
に配属されて前線でトラック輸送や戦車・装甲車の修理しながら中国各地を転戦してた。
もともと大学で工学学んで、内燃機関の研究していたらしい。

南京にも陥落の三日後に、武器弾薬満載したトラック十台ほどで行ってる。
当時の話聞くと、日本軍の虐殺なんて全くのデマで平和だったようだよ。
南京陥落当時、入場した部隊はわずかな食料と一人当たり弾薬数発しか残ってなくて、
急遽、トラックで大急ぎでピストン輸送したそう。(故障は結構多く、それを修理しながら
の輸送だったとか)
食事に関しては現地調達が多く、その食料もあまり良い物ではなく、下痢とかはよ
く起こしたそう。マラリアなんかにも悩まされたとか。

終戦時は大尉で退役。戦後は小さな自動車の修理工場を経営してた。
没後、今年で30年。
272名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 16:44:22 ID:FiHW1T2Z0
一度でいいからハイラカな料理を食べてみたいage!
273名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 16:46:28 ID:X8DqmPK70
>216
うちのじいちゃん、ちょうどその時期に兵学校で講師やってたって。
生徒に宮様がいた時期だよね?
あなたのお父様とうちのじいちゃんがすれ違ったこともあったかもね。
なんか不思議。
274名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 16:48:36 ID:8PaGX3kyO
>263>264
サンクス

みんな、もっと教えてクレヨ。
今分かったが、オレがこういうスレ好きなのって、食事の事とかってさ、
想像しやすいからかな?
何故か敬愛してる祖父が、戦死したっていう事実だけしか分からないけどさ、
投影してるんだと思う。
あーだったのかなー、とか、そーだったのかなー、とか。
みんなよく知ってんなー。
275雷息子:2005/09/18(日) 16:52:04 ID:RWxojtXc0
悪魔の飽食でもあったし、この前の朝生でも、731部隊は良いメシ食べられたみたい。
276名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:01:50 ID:xbxwrcLU0
さて一般的な海軍の兵隊の食い物はと言うと
酒井三郎も怒っていたな
例えば魚
しかし一人一匹なんて無い
それをどうするかと言うと
魚をすり潰し均等に頭数で割る
海軍の一般兵の食事などそんなもの
277名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:02:55 ID:VYgrylpI0
>>375
信憑性に疑いをもたれている「悪魔の飽食」なんぞを持ち出されてもなぁ。
278名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:03:54 ID:L9HlGmck0
>>275
悪魔の飽食って、森村の創作だったそうだよ。
それを一部のマスコミ(赤旗とか)が、あたかも事実であるかのように誇張して報道。

実際は満州国に設置された疫学研究チームで、中国大陸では一切活動してなかったとか。
当然ながら毒ガスの製造や細菌兵器の研究なんかもしてなかったみたい。
279名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:05:00 ID:Hn+mumTT0
漏れの大叔父は甲種合格で中国大陸で国民党軍と戦い、その後経理班に回されて
沖縄に転属になったよ。やっぱり経理の仕事に携わってたから品物が手に入り
易く、コンペイトウや羊羹なんかを実家に送ってくれて母親なんかは喜んでた
みたいだね。軍曹だった写真が残ってる。

で、米軍が嘉手納に上陸する3ヶ月前に部隊内で宮古島に転属する人間が1人必要に
なり、最初は上官の少尉が赴任する筈だったんだけど、当時は宮古島は小島だから
あっと言う間に壊滅させられるから、沖縄本島の方が安全だと思われてたみたいで。
当時大叔父は独身だったから、上官に代わって宮古島に転属したようだよ。

で、結果は宮古島は米軍はスルーして、凄惨な沖縄戦になるんだけど、結局少尉の
消息は分からくなったらしい。上官は新婚で赤ん坊が生まれたばっかりだったという話。

最初は誰にも話さなかったんだけど、孫に当る漏れが興味半分に聞いて話し始めた
ということだったよ。母親からよく聞いてくれた、と言われたよ。
280uaa:2005/09/18(日) 17:05:14 ID:gMID/rO50
>>191
> >>8
> 海軍の特務士官って具体的にどんなことをしてたの?

帝国海軍は陸軍や自衛隊と違って、正規の士官(兵科士官)として扱われたのはは海軍兵学校出身者だけだった。
他の経歴の人は将校待遇でも、階級の前にそれぞれの呼称をつけて区別された。
叩き上げ→特務少尉
機関学校卒→機関少尉
経理学校→主計少尉
一般大学→技術少尉、主計少尉等

戦闘等で艦長と副長が指揮不能になった場合の指揮権は、兵科将校の上級者から順に引き継ぎ、
兵科将校が全滅して初めて機関将校や特務士官に移ることになっていた。
階級も、機関・主計・技術は中将まで、特務は少佐までだった。

陸軍には叩き上げや帝大出だけでなく、軍属から転向して大将になった人もいた。
海軍の叩き上げは、終戦間際に特務士官制度が廃止され、やっと大佐になった人がいるだけだった。
281名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:06:33 ID:UaTRf/vV0
>>275
悪魔の飽食+朝生


……ある意味格好良いなww
二十年前のファッションを、今更着るような感じがwww
282雷息子:2005/09/18(日) 17:07:00 ID:RWxojtXc0
この前の朝生で爺さんがチフスかペストを養殖?していたとか言っていたじゃん。
あれも特アの工作員?。
283名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:07:38 ID:QAU1fYrP0
旧日本軍=肉なのは間違いない。 そもそも異人種だから。
284名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:07:54 ID:L9puZJWn0
海軍では無いが
陸軍「軍隊調理法」の再現
ttp://www.gokoku.gr.jp/exhib-web.html
この中のレシピはいくつか作ったけど結構旨い
陸軍のメシは貧相とか言われてるけど
なかなかイイ物食べてたんだね
285名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:11:58 ID:cwuE6Xx70
海軍は紳士的だったとかいうわりには、
なんでバッタで兵のケツを殴ってたの?
286名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:13:47 ID:8+xF1bAp0
もっと画像が欲しかった
287名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:16:59 ID:/hCTBMaQ0
>>224
それはポークランチョンミートを入れるプテチゲの起源なんじゃ?
288大阪のぬこ好き ◆c68ywQ2shI :2005/09/18(日) 17:17:53 ID:gZlsJ48t0
>>274
私の場合は、幸い親も右に属する思想の持ち主でしたから
いろいろと話を聞きましたし、自分でも興味があったので
文献や映像などを見まくりましたね、特に丸と言う雑誌は
子供の頃から、毎月楽しみにして読んでいましたよ。



289名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:20:45 ID:L9HlGmck0
>>282
研究機関だから、当然危険な細菌の純粋培養くらいはしてるでしょう。
それを言ったら、今の平和な日本の医科大学や研究所だってかなりなモノ保管してるはず。

ただし、731は実戦でそうした兵器を使った記録はない。毒ガスも同様。
また、人体実験したって話にしても眉唾すぎるよ。

祖父の話だと、衛生状態の極悪な大陸内部じゃ、チフスや赤痢やコレラ・マラリア
なんて日常茶飯事に発生していたみたいよ。その対応策研究していたけど、完成前に
終戦になったというのが真相じゃないのかな?

290uaa:2005/09/18(日) 17:20:54 ID:gMID/rO50
>>271
うちの祖父さんはビルマで自動車中隊長だった。
ビルマの竪琴はリアルな話だったそうだ。
それどころか、実際には部隊丸ごと現地に残ったらしい。
祖父さんは降伏後、接収されるためにトラックに積んでいた医薬品や食料をその人たちに全部渡したそうだ。
291名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:23:18 ID:UiOmtlM90
>>259
前半と後半が矛盾しているな。

後半の言っている事は、上の立場の人間は
それなりの見返りと同時に責任を取らなければ
ならない、って事だ。

前半は只の自分本位の人間の話だ。
その手の人間は、絶対に責任は負わない。

全くの別物。
292名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:25:24 ID:9Z28I0WuO
ハイカラじゃないのか…??
293名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:26:28 ID:oIzikAz30
>>171
> >>89
> カエサルも現地で物資徴発しまくりなんだが……

カエサルは代価を払わず、そのような行いをする者を厳しく処罰した。
ローマ史上、非常に珍しい人物。
294名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:28:08 ID:L9HlGmck0
>>290
以前、TV朝日系列でその特集番組を深夜にやってましたね。
そのまま残留され、ビルマの土になられた方も多いとお聞きしています。
合掌。

日本ではあまり知られていないですけど、当時の日本陸軍の輸送部隊って
かなりの活躍してるみたいですね。でも戦史ではなぜかマイナーな扱い。
うちの祖父は終戦の一年前に内地に戻されて、新兵の教育とかしてたようです。
おかげで無事でした。そのまま大陸に残ってたら、シベリア送られてたかも?(w
295名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:30:48 ID:Hn+mumTT0
エンジニアは基本的に喜ばれたんだろうな。あと軍医とかね。
296名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:30:51 ID:qpGeHprT0
みんなの祖父ちゃんの戦争話で戦没者を悼んでるとこ悪いが、
うちの祖父ちゃん戦争行ってないwwwwwwっうぇっうぇwwww
297名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:32:04 ID:spCG43OS0
>>247
連合国への復讐は日本民族が歴史に課せられた義務。
最低限、連合国は総李氏朝鮮化させないとw
298uaa:2005/09/18(日) 17:32:12 ID:gMID/rO50
>>285
勘違いしてるやつが多いけど、海軍の方が階級格差は大きい。
士官=貴族
兵隊=奴隷
だった。
だから、陸軍や海軍兵学校での候補生同士の制裁は鉄拳(=殴る方にも痛みがある)だけど、
海軍の兵隊に対する制裁は奴隷や家畜を殴る感覚だった。

たとえるなら、古代ローマの奴隷制の上に成り立った民主主義と今の体育会の封建制のどっちが民主的か比べるようなものだ。
299雷息子:2005/09/18(日) 17:33:02 ID:RWxojtXc0
>>296
> みんなの祖父ちゃんの戦争話で戦没者を悼んでるとこ悪いが、
> うちの祖父ちゃん戦争行ってないwwwwwwっうぇっうぇwwww

いいことじゃん。
うちのじいちゃんもどこでいつ死んだか、全然分からん。


まー731はやっているやっていない問題なら、やっていたと思うよ。
質・量の程度はあるにせよね。
300名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:34:46 ID:XCXCUA7t0
>>294
輸送部隊を戦史ではマイナー扱い。 
じゃなくて、輸送部隊自体が当時は一段下に見られていたのよ。
当時の戯れ歌に「輜重輸卒が兵隊ならちょうちょトンボも鳥のうち」
なんてのがあった。
つまり、輸送部隊が兵隊なら蝶やトンボも鳥と一緒。とバカにしたのよ。
まあ、陸海軍共に日本は輸送部隊を低く見てていた。
それが太平洋戦争の敗因の一つだが。
301大阪のぬこ好き ◆c68ywQ2shI :2005/09/18(日) 17:37:15 ID:gZlsJ48t0
>>294
なぜか日本では輸送部隊は、格下に見られていましたからね、
「輜重輸卒が兵隊ならば、蝶々蜻蛉も鳥のうち」とまで言われて
士官学校では、輸送に配属が決まって、落ち込んでしまった生徒を
教官が「まぁ、馬に乗れるんだから」(一番人気は騎兵だったため)
と慰めたという話まであります。
 これは、輸卒が元々は正規の兵ではなかったため、らしいのですが
あとは、詳しい人よろしく。
302名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:37:18 ID:UiOmtlM90
>>242
白黒版はフランキー堺主演の方だね。
あれは傑作でした。

>>261
激しく同意。
叩きあげは頑張っているがキャリアが酷いらしい。
大使に至っては半数は屑。

>>262
正確には解らないけど十階級〜十五階級位の間です。
303名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:39:58 ID:Hn+mumTT0
あと、工兵も軽く見られていたね。これは日本の伝統なのかな?
戦国時代では豊臣秀吉なんか、攻城戦は得意だったし、兵站をものすごい重視
してたしね。武田信玄も金掘衆といった技術者集団は保護してたのにね。
304名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:42:34 ID:67tYfPxD0
>>279
>品物が手に入り易く、コンペイトウや羊羹なんかを・・・・・

その大叔父さん海軍名物「ギンバエ」やってたかも?

305名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:43:34 ID:uuQibuY+0
>>明治時代にこんな豪華な料理があったとは

くだらねー。単なる税金泥棒じゃねーか。
306大阪のぬこ好き ◆c68ywQ2shI :2005/09/18(日) 17:43:36 ID:gZlsJ48t0
>>296
きっと銃後の守りで活躍された事と思いますよ
307大阪のぬこ好き ◆c68ywQ2shI :2005/09/18(日) 17:51:38 ID:gZlsJ48t0
>>70
その話だけど、辻参謀が将校たちを驚かそうと、(豚肉)を料理させて
将校連に振る舞い、食事後にまじめな顔をして「実は・・今だした料理は
人肉であった」と言った、それを聞いた将校連は全員真っ青な顔になり、
その場で食べたものを吐き戻した、と言う話がふくらんだデマですよ
辻参謀は、変人として有名でこういう質の良くないいたずらを、
しょっちゅうやっていたらしい....でも後に誤解を生むような
いたずらはやめて欲しかったものです。
308名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:53:37 ID:qpGeHprT0
>>299>>306
おやさしいですね。うちの祖父ちゃんは、長男&視力不足ではじかれたとか?
309名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:54:14 ID:DJztHGTM0
>>251
マジレスします。
 お祖父様の階級とか所属などが解れば
有る程度は調査できるのではないでしょうか?

俺の爺さんも2階級特進だけど
出身地と当時の名前で靖国神社に問い合わせたら部隊名と戦死した島の名前教えてくれた
靖国が一番確実だと思う
310大阪のぬこ好き ◆c68ywQ2shI :2005/09/18(日) 17:55:29 ID:gZlsJ48t0
>>300
かぶった.....orz
311名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 17:57:46 ID:/rmuPP5J0
ここ、料理スレじゃなかったのか…
312名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 18:01:29 ID:XCXCUA7t0
>>309
戦死した状況が知りたいなら、普通に厚生労働省援護局で調べろよ。
援護局が陸海軍の将兵の正式な事務管理をやっているんだからさあ。
313名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 18:02:26 ID:2kg4+/QT0
314名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 18:04:19 ID:+5ErPUEI0
うちの爺さん海軍だったからか知らんけど、カレーが好きだったな。

コモドオオトカゲを日本に運んだらしいけど…。
315名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 18:04:27 ID:MsWb3E170
>>289
防疫給水部は戦闘部隊ではないので当然兵器うことは無い。
但し、731に関しては指揮官の石井軍医中将の特殊なパーソナリティーから
活動の実態はまるで判らずじまい。ただの衛生部隊にしては人員から予算に至るまで
規模が大きすぎるのよ。まあ人体実験云々のたわごとはともかく
細菌兵器や毒ガスの研究をやっていたとしか思えないよ。
なにせあの規模人員で表向きの成果といったら浄水器くらいしかないのに。

支那じゃあ毒ガス使った掃討作戦なんて日常茶飯事だったし。


>>307
辻なら人肉食程度の事は平気でやりそうだから余計にリアリティーがあったんだろうな。
316名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 18:09:05 ID:DJztHGTM0
>戦死した状況が知りたいなら、普通に厚生労働省援護局で調べろよ。
援護局が陸海軍の将兵の正式な事務管理をやっているんだからさあ。

そっちに聞いてもきれいに無視されたよ 所詮役人は役に立たない
靖国が100万倍役に立つよ お礼に護国神社にお参りしてきた
317名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 18:20:31 ID:Z+fKm2kJ0
軍隊生活は確かに辛い経験も多かったが
田舎の貧村に居ては食えなかった代物も腹一杯食えて
酒も煙草も菓子も手に入り女も抱けるってメリットも有るから
命を預ける気になるってもんだ

軍隊に入ってなかったら閉鎖的な農村で田畑を耕すだけの日々を送り
女は周囲に押し付けられた隣村の芋女しか知らずに一生を終えたのだろうと
祖父が述懐してたな
318名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 18:22:22 ID:RINBnFyA0
あ・・・・うちの爺さんも戦争に行ってないな。
終戦当時45歳(1900年生まれ)なので、徴兵資格からはずれていたか。

そんかし、親父の兄弟は全員自衛隊に入った。
319名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 18:23:29 ID:UaTRf/vV0
>>317
軍隊の性格上、って奴だな。
一概に「悲惨」とか「残酷」で割り切れる問題ではないのかも。


↓軍板より抜粋
392 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2005/09/07(水) 22:02:46 ID:qOYbZ44r
 俺の婆さん(83歳)が子供の頃、
徴兵されて兵役に就いている兄や年上の従兄弟に
親と一緒に面会に行くのが何より楽しみだったとか。

 その最大の理由は「兵隊饅頭」が食べられるからだったそうで、
面会が終ると、必ず兵営の外にある兵隊饅頭の店で饅頭をたくさん買って貰えたため、
饅頭欲しさに面会の日には必ず付いて行ったそうですが。
320名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 18:25:33 ID:5rm6UZ2g0
>>316
地元のそれなりにデカイ規模の図書館で調べて貰えば良いんでない。
漏れは中国で戦死した爺さんの記録が、地元の右翼の人が作って図書館に寄贈した
太平洋戦争戦没者記録に載っていて、それで戦死した場所や状況がはっきり判ったよ。
321名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 18:26:44 ID:ewhe/obQ0

軍 隊 美 化 ! 日 帝 軍 国 主 義 の 復 活 ニ ダ ! ! ! 
322名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 18:33:12 ID:p8Dw3ETf0
呉には海軍の備蓄庫があったから戦後も物資が豊富だったそうだね。
 
323名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 18:36:53 ID:MsWb3E170
>>319
国民皆兵ってのは単に軍事的合理性からでつくられたわけではないんだよ。
徴兵制は国民国家のいわば学校。
日本人の衣食住生活習慣のすべてを改造する学校だった。
田舎の人間でも洋服を着て標準語を話すのは徴兵制の国軍があったからだ。
324名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 18:39:47 ID:56iPJZqX0
>>316
行政は役にたたねえなあ。
325名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 18:42:02 ID:CSbmAuyp0
 はいらかって何?ハイカラでしょ?
最近の記者は云々・・・。
326名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 18:48:32 ID:8PaGX3kyO
>309>312
ベリサンクス
そうだよな。

つーか、厨房の頃、何故か急にオレが、「祖父様の話して、祖父様の話して…」って、
祖母を追いかけ回しててた時、祖母はその時まだ仕事してたから、逃げ回られて、
両親にその事を言おうとして(普段の会話の延長で)、祖父様の名前を口にした途端、
バシンと引っ張叩かれたのを思い出した…。
あんな衝撃何で忘れてたんだろう…。
モチロン理由はワカンネ。
んで、工房からは両親の仕事の都合って事で東京に来て、
物理的にも祖母に会えなくなった。

ヤバイね。普段こんなことばっか考えて生活してないからか、
いつの間にか祖父様の写真の顔、ボンヤリとしか思い出せないス。
o))…rz


何してたか分からないけどさ、戦死した祖父様の事考えたら、チョット目から塩水。
愛した妻(オレの祖母)も強制完全黙秘ってテラヤバス。

実は母方の大伯父が唯一の手掛りっぽかったんで、住所盗み取って、
会いに行ったんだよね、インドまで。
でも大伯父は単に親族の色に染まれなくて、仏門入りして、完璧に情報シャットアウトされてた。

チョット続くスマソ
327名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 18:51:02 ID:NtTRFmio0
>>323
その意味では、今日の日本こそ徴兵制が必要かもしれないね。
328名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 19:05:38 ID:RINBnFyA0
>>327
自衛官だった叔父の話によると、入隊式の時ヨレヨレのスウェットにサンダル
なんつぅ連中がいるんだって。
自分の意志で自衛隊に入ったとは思えないから、両親が無理矢理押し込んだ
という感じかな?

で、実際に隊での生活が始まると、上官はガンガンにしごくわけ。
そうこうして一月もたつとね、入隊式の時にガンとばして挨拶もろくにしなかった
連中が、背筋をキッチリ伸ばして挨拶できるようになるんだと。

やっぱり、教育って大事だよね。
329名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 19:15:24 ID:XT1ufyqqO
アイスクリームも海軍からでわ?
330続きスマソ:2005/09/18(日) 19:21:23 ID:8PaGX3kyO
大伯父は親族に手紙を出すけど(オレはコレを盗んだ)返事なんか来た事なかったから、
甥が突然目の前表れて、オレのコト拝んでた。
実際は大伯父は坊さん辞めて(?)インドの大学の教授になってアチコチから呼ばれて講演行ってた。
インパールの話も聞いてみた。まだアスコはゲリラ戦やってんだよね、ガンガンに。
インパールでは日本人が慕われてた。って言っても普段来ないし立ち入りも危険デスタ。
インパ戦の時に色々日本兵が文化落して行ったらしい。
例えば米。アスコの米はインドなのに日本米みたいにモチモチしてる。しかも納豆食べる。流石に醤油はナイんだけどね。
塩とかチョット入れてかき混ぜて、米と一緒に食べる。
因に、決して大伯父が教えたのではなく、行ったらみんな食べててビックリしたらしい。
んで、聞いたら元は日本兵が食べてたんですと。

でもあんな辺境の地だけ、ポツンと納豆を受け入れたんだから面白いよね。

大伯父はオレの訪問を大層喜んで、親族にバラシちまったから、
その後オレへの監視が異常に高まってしまうハメになるんだが…。

フー、チョット落ち着いたス。明日にでも靖国に連絡入れてミマス。

331名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 19:23:47 ID:nVCf9E9vO
はいらかさんが通〜る♪
332大阪のぬこ好き ◆c68ywQ2shI :2005/09/18(日) 19:25:44 ID:gZlsJ48t0
>>330
良い結果を祈っています。
333名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 19:27:08 ID:MsWb3E170
>>330
靖国に援護局の資料元に英霊祀ってたはずだけど。
靖国入りの基準はあくまで陸海軍→復員省→厚生省準拠だったはず。
国も知らんようなこと教えてくれんの?
334名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 19:29:14 ID:l4KPuUz00
はぁ

甍の波と雲の波

逆巻く波の


こいのぼり ♪♪
335名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 19:30:58 ID:L9HlGmck0
>>330
あなたの大叔父さんって、もしかしてかなり有名な方なのでは?
日本人で印度在住、坊さんでインド南部で布教活動してその後仏教の復興運動
を行い、大学教授や政府の要職についてる方で、とても有名な方が。

その方、大統領が政策についてアドバイスを求めてくるほど印度政府から信頼されてるそうな。
336名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 19:45:50 ID:AXxTvLIL0
>>252
まあ、ここで言うと叩かれるが、日本海軍は受験の偏差値が高かった。
厳しい学科試験に加えて体力検査も厳しいので、海軍入りが出た家は
当時名誉な事だった。
337名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 19:48:56 ID:8PaGX3kyO
>333
アワワワ(;_;)
ワカンネ。
親族一切と縁を切ってからは、何となく靖国が墓参りみたいに思ってただけだけど、
チョット現実味帯びてきたから、何かを期待してるオレがいるス。

っつーか、明日早朝からパリ出張だっつーのに、仕事残ってる現実…。
どうせ今日は夜遅くなりそうだから、このスレ張り付くよオレは。

しかしPCで仕事中だから、携帯からカキコしてんだけど、結構大変だね。

みんな、色々教えてクレヨウ
食事事情から戦艦の食事、
そのほかトリビア。

俺は待ってるです
338名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 19:52:42 ID:8PaGX3kyO
>330
インドでは有名です。
でも大伯父の
339名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 19:55:22 ID:mlszuwfS0
うちの祖父は終戦間際の5月に満州に送られて、すぐにソ連軍の俘虜にされて
シベリア送りになった。
ちなみに、陸軍の駐屯地では豚を飼っていて、食事は毎日、衣のついていない
トンカツ(ポークステーキ?)だったらしい。おかげで身体の体質が脂性になった
ってぼやいていた。
340名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 19:58:33 ID:8PaGX3kyO
>330
インドでは有名です。
でも大伯父は政治関係ナンデシカ?ぐらい興味がナイみたいス、
因に、日本の在外日本人に送るなんかの勲章を昭和天皇から受けられました。
341名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 19:58:54 ID:VSyxtoMD0
465 シチュー砲 ◆STEW.ibjrE sage 05/02/07 16:18:50 ID:???
やたらネタに使われ勝ちなイタリア軍ですが、将校は別として兵隊の配給食は
豪華とは言えないようですね。
因みにWW1時の将校の夕食のコースの一例はスープ、パスタ、肉料理デザートに
キャラメルソースが掛かったパン・プディング ワインは飲み放題食後はグラッパ
を楽しむ
かたや兵士は、冷めたマカロニ料理に砂交じりのチーズを砂を除けながら削って
金属臭のする水筒のワインで流し込む。
いつの時代でも楽しみの少ない軍隊生活で食事に不満が出るとエライ事になる様で
この軍もオーストリア・ドイツ軍に戦線突破されて後退する時は将校が怨嗟の的になったとか。
342名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 19:59:14 ID:CuJh7XU3O
>156
海軍は多大な犠牲を払ってガ島に食料を送ってるよ

潜水艦関連のものだけだが、伊1潜、伊3潜、伊4潜、伊17潜、伊18潜、伊19潜、伊20潜、伊21潜、伊31潜、伊36潜が輸送に従事
(輸送作戦で戦没した潜水艦は伊1潜、伊3潜、伊4潜)
その他にもキスカ、ブナ、ニューギニア、ラエ、スルミ、ブイン、コロンバカラ、シオ、ウエワクなどにも輸送作戦を潜水艦部隊が実施しております

343名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 20:01:54 ID:VSyxtoMD0
573 名無し三等兵 sage 05/02/28 00:42:36 ID:???
米麦の比率は6:4とか7:3とか>むかしの農家(中流以上でも。
東北とかじゃもっと酷い場合もあった>米麦比率が逆。他の雑穀芋類も入る。

それにおかずがすごいよ。味噌(そのまま)か味噌汁、
他は通年ほとんど漬け物(コーコ)だけ。
晩飯で野菜の煮付けが付くぐらい。それも毎日旬の野菜が続く。
(カボチャの収穫期なら果てしなくカボチャだけが・・・
魚食うのは秋祭りと盆暮れ正月ぐらいなんて土地もある。
肉なんて例外中の例外。
軍隊の食事が素晴らしくて、満期除隊されて郷に戻り_| ̄|○ なんて例もあったw
都会では今と同じシステム・メニューなカフェテリアも流行り出した大正期の史料から。

そろそろ叛乱軍たちにも我らに利あらずな雰囲気が伝わる山王ホテル界隈。
1937年2月28日。>これだって原因は食えない恨みw
344名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 20:13:41 ID:L9HlGmck0
>>340
インドの仏教関連の板では、必ず登場するあの方ですね。
2ちゃんでも、宗教板の仏教スレあたりでは超有名人ですよ。
345名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 20:28:04 ID:QqJKTiI10
>>273
じゃあ、すれ違ったどころか>>273のおじい様が漏れの親父の教官だった可能性も
あるのかな。

>>274
やっぱりメシネタだと2ちゃんでも反応がいいよね。
確かにわかり易いテーマだし、生きていく基本だからな。
346名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 20:35:41 ID:Dn3DLedz0
白米ばっかり食べてビタミン不足で脚気にかかりやすかったから
海軍は洋食にしたんだっけ。
日本食でも野菜食えば良かったんだよな。
347名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 20:38:06 ID:QqJKTiI10
>>253
ドライかどうかはわからんけど、良い上司、良くない上司はいるだろ。
まあ船長の場合、船が沈む時は部下を救命ボートで避難させて、
船長だけは船と最後を共にするってのは一般だろ。
タイタニックが一番わかり易いけどな。w
348名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 20:39:49 ID:VSyxtoMD0
>>346
日本の軍艦では酒禁止だったこともある。

ビールにはビタミンBが含まれてるので、ビールを飲めば脚気予防になる
349名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 20:40:42 ID:QqJKTiI10
五穀米とかなら、ビタミン豊富なんだろ?
350名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 20:43:31 ID:JomzvYVw0
ソロモンで死闘が繰り広げられてる時も
戦艦大和の幹部には軍楽隊の戦争と共に優雅な昼食が供されていた。

山本のラバウル視察で一番苦労したのは、
山本用の食材をラバウルに運ぶ事だったらしい。
351名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 20:46:34 ID:YYq7PxWm0
ID:8PaGX3kyO

もしかして、物凄い名家?
352名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 20:55:27 ID:VSyxtoMD0
アイスクリーム

 アイスクリームの始まりは、数千年の昔に誰かが寒さが厳しい夜にミルクの鉢をうっかり置き忘れたのが始まりだとされている。
中国では3000年前に雪と果物のジュースを混ぜてデザートを作っていたし、紀元前4世紀にアレクサンダー大王は、
奴隷に山から運ばせた雪で蜂蜜とジュースとミルクを混ぜて凍らせたアイスクリームを味わっていた。
 アイスクリームの製法を記した最古の文献は、ローマの将軍クイントゥス・マクシムスが記したもので、
この将軍には大食漢”グルジェオ”のあだ名があった。
 しかしマルコポーロが中国からアイスクリームの製法を持ち帰るまではヨーロッパではその製法が忘れられていた。
 アイスクリームを意味するアメリカ海軍のスラングは「ゲダンク」(gedunk)であり、歯が悪くなるといった意味からきている。
 WW2のアメリカ海軍で、もっとも人気があった場所の1つであったのが「ゲダンク・バー」(アイスクリーム・パーラー)であった。
水兵はアイスクリームを、いかなる組み合わせでも、好きなだけ食べてよいという不文律がアメリカ海軍にあった。
このためゲダンク・バーはいつも行列がとぎれることはなかった。
 WW2第3艦隊旗艦ニュージャージーの新任少尉二人が列を割り込むと、周囲から不満の声があがるなか、それをかき消
すぐらいの大声で「自分の定位置に戻れ」と怒鳴り声が響いた。二人が怒鳴った水兵を叱りつけようとすると、怒鳴った男が
前に進み出た。第3艦隊司令官のハルゼー提督であった。提督は辛抱強く自分の番を待っていたのであった。
 また、大型艦船のようにゲダンクを製造できるだけの設備がない艦船のために、アメリカ海軍はWW2初期にコンクリートで
できた輸送船をアイスクリーム製造工場に改造した。この船は一時間に19000リットルのアイスクリームを製造できた。

ttp://www003.upp.so-net.ne.jp/Zbv/sub18.htm
353名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 20:56:13 ID:p5DbEOYQO
その名はジパング
354183:2005/09/18(日) 21:09:23 ID:bmdxyygA0
>>215
徴兵規模の大きかった陸軍は、カレーに限らず洋食の普及に一役買ったといわれています。

>>248
陸上自衛隊は知らないけど、学校給食などは、昔は古米・古古米・古古古米の処分先でした。
(米に限りませんが。まぁ、食うや食わずの時代に始まった制度でしたから。ただ、後には
 不正行為の温床に堕しました--;。
 陸上自衛隊の事は知りませんが、タイ米があまった際、陸自にまわせとかいう暴言もあっ
 たとか。なんというか、官の運営する大規模給食システムという物に、私はどうしても
 疑いの目を向けてしまいます。



 海上自衛隊の飯がうまいというのは、
 1.飯しか楽しみがないし、隊員の士気を計るのに残飯の
 量を調べる方もいるくらいでして、飯の出来不出来は隊の活動に陸よりも直結しやすい分
 あれなのでしょう。

 2.今はどうか知りません。陸は飯盒炊爨の文化ですから誰でも作れる、作りムラのない
 料理とレシピである事が優先してるのかもしれません。海は飯を作る人は専業で飯を作って
 ましたから、当然腕も上がり、レシピも素人はだしのものになっていったのでしょう。

 3.会計が艦毎の為、結構小回りがきいたんじゃないですかねぇ。
戦争も後半に入ると、駆潜艇に徴募された新聞記者さんが、艇の主計と掛け合って、日本酒を
てんこ盛りに搭載したとか、たまに見ますしね。

ただ、手本とした英国海軍から階級差別を素因とする文化(階級による食事差・陸は同じ釜の飯を
食らう仲に拘った故、海のような事はない)まで導入してしまったのはなんだかなぁと思います。
まぁ、船乗りは一人一人が外交官という事なら、料理人文化もある程度は必要だったかもしれませ
んがね。

355名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 21:10:10 ID:SYeS9KDc0
>>11
東郷平八郎、イギリスで食ったビーフシチューがウマーだったので、部下に作らせようとする。
   ↓
しかしジジイ、具にジャガイモ、ニンジン、タマネギ、肉が入っていたことだけ告げて、
部下にとって完全に未知の料理である、「びーふしちゅー」を作れと、イジメレベルの無茶な命令をする。
   ↓
しかし部下も「外国の料理」と言われてんのに、醤油とみりんで味付けするという開き直りをみせる。
   ↓
肉じゃが誕生
356183:2005/09/18(日) 21:12:01 ID:bmdxyygA0
>素人はだし

玄人だよ,玄人OTL
357名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 21:14:01 ID:dCK7zgRn0
自分の顔の知らない伯父さん(昭和19年比島沖海戦で戦死)のエピソード。

戦局悪化著しい昭和19年秋、伊助祖父ちゃんに軍事郵便が届いた。中身は当時珍しいと言うか一般庶民には入手不可能な「サントリーウイスキ井ー12年もの」(通称角瓶)であった。
伯父さんは入手したサントリー角瓶を形見として伊助祖父ちゃんに送ったのかも知れない。

東北の片田舎に住む伊助祖父ちゃんは「サントリー角瓶」の価値はよく判らなかったので神棚におまつりして毎日拝んでいたそうだ。

昭和19年10月伯父さんの戦死公報が届いて伯父は帰らぬ人となった。以来60年以上、自分の家の神棚には「錨印」(帝国海軍御用)のサントリー角瓶が我が家の守り神として鎮座している。
358( ´・ω・) …Null po…:2005/09/18(日) 21:23:09 ID:gJExEd79O
[特●攻]天一号(菊水一号)作戦は、決して無駄ではなかった。
大和艦隊出撃に際しては豊後水道の警戒を海防艦『志賀』『192号』が担当しており、
彼らは、磁気探知器装備の佐伯基地航空隊の水偵による先導を受け、
細島沖で敵潜水艦に対する爆雷攻撃を実施し成果を得た。
米軍公表のこれに該当する被害の記録はないが、
この海域で警戒予定だった潜水艦トリッガーの喪失は認めている。
また、帝国陸海軍が航空主兵に転換して実施した
四月六日、七日に特攻機の総攻撃によってもたらされた艦船被害は、
戦艦メリーランド、空母ハンコック以下35隻、死傷者536名に達しており、
真 珠 湾 攻 撃 以 来 最 大 の 損 失 で あ っ た。

あなどるなかれ大日本帝国陸海軍!
359名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 21:24:49 ID:ApcstJxy0
で、ウンコ団体の抗議や妨害はなかったのか?
360名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 21:26:41 ID:L9HlGmck0
給料前の連休なので、有り合わせのおつまみと発泡酒で一杯やってます。
コンビーフの缶詰と、ドライフルーツ・バナナチップスのコンビ。
今ではスーパーの100円おつまみの定番なんですが、私たちの祖父の時代には
こんな食材でも、最高のご馳走だったんだろうなと思うと、なんかしんみり。
361名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 21:34:49 ID:MsWb3E170
>>358
メリーランドもハンコックも沈まなかったんだけどね。
ハンコックのダメージは本来なら沈んでもおかしくなかったものだが、
正規空母沈没が士気に与える影響を考えて意地でも沈めなかった
米海軍のダメージコントロール能力を誉めるべきだろうな。

ハンコックはその後ハワイに回航されてドック入りしたが、結局このとき受けた損傷が
元で戦後すぐに除籍されている。
362名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 21:37:15 ID:KM4xK5Sm0
こういうメニューが出るのは司令官以下の列席する席だけで、しかも食費は自腹だったと聞くが?
若い士官は財布直撃できつかったそうだが
363名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 21:46:08 ID:1fQd13rP0
うちのジサマは横須賀海兵団で終戦まで
横須賀詰めだった。

んで地元帰ってくるとき、わざわざ
パリッとしたスーツを着て焼け野原の地元に
帰ってきたんで、「アノ人は何しにいったんだ?」
と思われたらしい。
写真見たんだが、細面の甘いマスクでマジイケメン。

食い物は潤沢ということでもなかったが、どこからかウイスキー
が手に入ったり、海軍士官はやはり恵まれてたらしいわ。
364名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 21:46:35 ID:SXEkJbPV0
日露の頃の話、陸軍ってカッケ対策に相当時間を費やしたんじゃなかったかな?
海軍は確か医者か海外からの情報で対策早かったと聞いたよ。
陸軍はカッケで戦闘員が相当死んだらしい・・・カワイソス

詳しい人いるよね?
軍オタさんたちなんだから。
365名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 21:46:56 ID:dc7UQ9sw0
はぁい はぁい はぁ〜い はいらかさんが通る♪
366名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 21:47:51 ID:YYq7PxWm0
>>364
その話、中学で教師から聞いたけど・・・
367名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 21:57:11 ID:UiOmtlM90
>>364
情報がなかったのではなく、当時の陸軍軍医総監
森林太郎がビタミン不足説に強行に反対したため
対応が遅れ、それで被害が広がったんだよ。

ちなみに、この森林太郎、趣味で文学にも通じて
おり、号は鴎外と称していた。

有名な話です。
368名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 21:57:53 ID:Sq5mzJrN0
「あるところにはあった」ことを如実に示すニュースだよな
アニメ映画「ほたるの墓」でも父が海軍将校(特権階級)である主人公の家だけ白米の食事
こういう催しも面白いことは面白いけど、庶民は「戦争展」で<ふすま団子>のマズさを
体験するほうが有意義だろうね
あるいは<大日本帝国の真実>と題して「海軍料理」と「ふすま団子」を並べて展示するか
369名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 21:59:03 ID:Y2rAvvtJ0
>>364吉村昭、白い航跡、だったかな。それに詳しい
370367:2005/09/18(日) 22:00:43 ID:UiOmtlM90
一寸検索したら間違いが見つかったので、
訂正です。

陸軍軍医総監になったのはその後で、
日露戦争当時の役職は第2軍軍医部長だそうです。
ビタミン不足説に強行に反対し、対応遅らせたのは事実。
371名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 22:05:41 ID:UiOmtlM90
>>368
ある所にはあったで以外に本当の話が知ら
れていないのは実は流通が麻痺していただ
けで、食料不足だったのは大都市だけだったこと。

田舎や周囲に農作地帯抱えている地方都市は
実は全然飢えていなかったりする。

でなければ、終戦後すぐに買い出しなんか
が流行るわけもない。(自分達が飢えてい
たら他人に食料なんか譲るはずもない)
372名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 22:06:49 ID:A6i1zyPM0
>>368
軍人にあらずんば人にあらず、でしたっけ?
大日本帝国からの被害を最も被ったのは日本国民でしょうね。
国民には「挙国一致」「贅沢は敵だ」というスローガンで貧困を押し付けながら軍属は贅沢三昧。
中国共産党が可愛く見えます。
373名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 22:19:08 ID:DFTbex4n0
>>372
戦後も飢える国民を尻目に政府関係者で物資を独占したらしい
>>1の呉なんてまさにそういう土地で、政府が独占する物資を狙った盗難が相次いだ

この盗難物資がヤミ市に流れ庶民の生活を助けた反面、
ヤミ市を取り仕切る華僑系中国人、在日朝鮮人が勢力基盤を築くことに
(戦後の荒廃の中で物資を独占する政府から、非合法な手段ながらも
日本の庶民生活を助けたのが在日朝鮮人や華僑だったという事実がある)
374名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 22:23:56 ID:+5ErPUEI0
>>371
実家が田舎にあった婆さんは、戦中よりも戦後のほうが大変だったって言ってたな。
375名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 22:28:30 ID:UiOmtlM90
>>373
>事実がある。

そんなもん微塵もねぇよ。
違う形で形で流通するだけの話だからな。

むしろ、正常系とアングラ系でも穏当な部類の
物資の流れの両方を破壊して余計な混乱を
招いたのが奴らのやった事だ。


>>374
絶対的な法則として、非常時は政府機構が麻痺して
からの方が混乱するからね。
イラクとかもそんな感じでしょう。
376364:2005/09/18(日) 22:29:24 ID:SXEkJbPV0
情報サンクスコ!
流石だね!

さて、明日は海軍カレー食うかなw
377名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 22:36:28 ID:U+N+FJtY0
ポまえらのせいで今日はよこすか海軍カレー
378名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 22:40:04 ID:APrq8NjwO
>技術や味は現代でも立派に通用する」と驚いていた。

食って感想言った奴バカなんじゃないの?

379名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 23:04:15 ID:GcXTaWHv0
ちょっと本棚から探し出せないんだが
以前JALの元ベテランパイロットの回想録を買って読んだ。

このパイロットは戦争に行ってない人なんだが
いわく「ガ島は余りにも遠い」。
民間機パイロットの、日本→オーストラリア便のフライトの実感として、遠すぎると。

おそらく机上の空論で作戦立案して実行したんだろうけど
ガ島の遠さが皮膚感覚して分かってなかったんで
兵站が追いつかず、あぼんしたんだろう。。。
と結論づけてたな。

>>117
そーいや俺の妹の元カレ(アメ黒人・海軍)てのが
10代のころ悪さして捕まって
裁判所で「刑務所行くか?軍隊行くか?どっちだ?」と言われて
それで海軍を選んだという野郎だった。

最終的に妹とは別れた訳だが。

少年犯罪の刑罰として、自衛隊行きってのもアリでは?
4等陸/海士とか作って、鬼一曹がシゴくとか。
でも空は、ありえんな。
380名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 23:07:18 ID:L9HlGmck0
>>378
違うでしょう。いわゆる「B級グルメ」マニアの中には、公共機関の食堂や社員食堂、
自衛隊の食事なんかのマニアが結構な割でいたりします。その人たちの定番が、
より難易度が高いデパートや空港・大企業の社員食堂と自衛隊の官給の食事かな。
最近はセキュリテイきつくて入るの大変だよ。
その割りに、値段が極端に高かったり不味かったり利用者の不満多し。(w
市役所とか、町役場の食堂は難易度B級。
そう言う視点で>>1のソース書いた香具師は見てるのじゃない?
381名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 23:13:58 ID:dG/ODeqH0
軍靴の(ry
382名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 23:14:16 ID:T0q2BXHj0
>>357
じゃあ、今ごろ熟成し続けた「サントリーウヰスキー72年以上もの」になってるわけだ。w
ギネスブックを更新させておくれ。盗まれんよう、誰にもいうなよ。
383名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 23:16:55 ID:LI5ytRLP0
ハイラカさんが通る
384名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 23:29:52 ID:E9AwppHzO
>>382 マジレスすると、ウイスキーは瓶の中では熟成しない。
樽の中でしか熟成しないのよ
385名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 23:31:08 ID:lSLdXzwf0
ハイラカとはさすがチャンコロだな
386名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 23:32:27 ID:T0q2BXHj0
>>360
いまどきの敬老の日は、じいちゃん婆ちゃん達の時代の苦労に敬意を表して
「食料に感謝して粗食する日」としても良いな。

>>372
でも地方の農家も困ってなかったんだから、実際に困ってたのは都市の庶民だけだな。

>>373
闇市の主役は、アメリカから送り込まれてくるGHQ米軍の豊富な食料(缶詰、煙草、
キャンディー、生活品、チューインガム etc)を米軍基地関係者やその家族や恋人が
横流ししていたと思っていたが?
387名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 23:35:28 ID:WFN/e5qr0
>>179
>それを海軍は米英に対抗するにはこんだけ掛かるから仕方ないと国民を納得させて
きたわけ。それをいざ鎌倉ってときに「ごめんなさい、やっぱりアメリカには勝てません」
なんてとても言えなかっただけ。

その心理は実によくわかるね。
横須賀に集結した連合艦隊なんてものすごかったっていうからね。
東京でも小高い丘に登れば見えたようだ。
すでに当時日本は五大国の一つとはいえ、一人一人の生活はそれほど豊かでもないのに、まさに血税をつぎ込んで築き上げた艦隊だからね。
388名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 23:37:04 ID:mpdgytvt0
>>386
それは目玉商品でしょ<舶来品
389名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 23:37:15 ID:T0q2BXHj0
>>384
じゃあ、瓶の中で60余年だと、今頃どんな状態なんだろ? w

>>379
それは米海軍ではなくてMarine Corpsつまり海兵隊だろ?
黒人ギャングとか10代のごろつきの受け皿だからな。
海軍がそんなていたらくでは大変だ。大惨事につながる。
だいいち米海軍の士官は、日本の海軍兵学校にあたる
Anapolisアナポリスの海軍士官学校を卒業したエリートなんだぞ。
390名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 23:40:44 ID:TmVaDY3e0
もううわさは 聞きましたか?
391名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 23:43:34 ID:DJztHGTM0
>>382 マジレスすると、ウイスキーは瓶の中では熟成しない。
樽の中でしか熟成しないのよ

新谷かおるの名作 エランを読め 火付けの柳のデビュー作だ
392183:2005/09/18(日) 23:44:34 ID:bmdxyygA0
下のメニューは、昭和五年九月1日、第三艦隊旗艦「出雲」での接待昼食会に
おけるメニューを当時の記録から記事の日浦直史さん(66)が各種資料や、
故 土井勝氏の著作から著書「海軍食グルメ物語」誌上で推測された物。
生地の杯から料理がどんなものかはわからんが、日浦直史さんなら、こういう
ものを提案されたのではなかろうか?

【前菜】ハムのゼリーよせ たらばがにとレタスとアスパラのサラダ カナッペ(アンチョビとイクラとサーモン3種)
【澄羊汁】 コンソメスープ(牛すね肉、セロリたまねぎ、パセリなど)
【鱒蒸煮】鱒の蒸し煮(岩魚で代用 白ワイン クレソン)
【合鴨洋酒煮入重焼】合鴨のワイン煮込みのあぶり焼(合鴨 フォンドボウ 赤ワイン シャンピニオン)
【牛肉蒸焼附野菜】牛肉蒸焼き野菜添え(牛背肉、グリーンアスパラ)
【冷菓子】冷マロンクリーム(栗 和三盆 生クリーム)
【雑菓果】季節の果物(岡山産マスカット)
【飲み物】シャンパン・赤白ワイン・平野水

国際情勢が悪化する以前は、遠洋航海演習は、国際親善航海でもあったので
料理人やサービスマンの技量は三ツ星クラスだったという。
393名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 23:45:07 ID:ogl2ktAG0
>>391
へー×8
394名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 23:52:31 ID:T0q2BXHj0
>>392
今のフランス コース料理とほとんど変わらないね。
395名無しさん@6周年:2005/09/18(日) 23:58:46 ID:MsWb3E170
>>389
厳密に言うと海兵隊も海軍。作戦部長の指揮は及ばないが海軍長官の監督におかれる。
あと、米海軍は日本海軍と違って海兵出身者でなくとも一般大学出身の予備士官から
士官になることができた。まあエリートには違いないが。
396名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:01:55 ID:kh0vi0aF0
まあ、こんな贅沢な生活をしてたから、敗戦後は海軍将校はよっぽど運のいい奴でない限り悲惨な生活を送ったのでは?
やはり国民の反発を食らってしまって。
397名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:09:50 ID:Uf5fWNMm0
なんか昔は貧乏で今は豊かでとか思ってるけど
昔のが優雅だったような気がするね。最近。質においては。
室町時代とかさ、電気はないわ洗濯機はないわ臭くて貧乏でとか思ってたけど
きっととんでもない豪華絢爛だったような気がする。
ましてアジアからなんでもかんでも奪っていた
中世の西欧なんか半端なく豪華だろうな。
人間の考えうる限りの豪華さはあの時代にあったような気がするね。
398名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:11:21 ID:in7ha7GU0
>>396
海軍士官は世渡りも超一流。戦後いち早く自分たちの都合の悪い所業は隠蔽し、
陸軍に押し付け、海軍シンパの知識人使って海軍善玉論の普及にも成功。
無知な国民はまたしてもまんまと騙されましたとさ。
399名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:12:04 ID:lV2rXiSX0
皇国のためではなく、軍属のために国民が犠牲を払わされた日帝の実態が浮き彫りになってるね
このイベントが伝えたかったのもそこだろう
400名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:13:34 ID:IkA51iNB0
>>354
カレーが普及したのは、カレールウが昭和30年代に開発されてから。
それまでのカレーは、作り方が無茶苦茶、面倒で家庭で作るには
不向きなメニューだった。 この時にカレールウに注目したのは学校関係者。
カレールウを使えば、野菜をふんだんに使えてしかも大量に安上がりで
簡単に出来るからとなった。
その後、学校の給食で出たカレーを家でも食べたいと子供がねだるところから
一般家庭にもカレーが普及した。 
つまり、戦後のカレーライスの普及は軍隊と何の関係もないのよ。
401名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:14:15 ID:lVKO8g3Y0
>>397
特権階級だけだろ。
庶民は固いパンにスープ、ワインくらいが常食だったと思う。
402名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:15:20 ID:hOXLVJ6C0
海兵隊は末端で、海軍士官学校が頂点と思う。

>>397
ただし、河や井戸から水取って来て、炊事洗濯は冬は手があかぎれで切れまくっただろうな。
トイレは臭い汲み取りだったしな。
403名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:15:31 ID:hifsY/lH0
日本で満足に食えるようになってから
30年も経っていない
404名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:17:49 ID:hOXLVJ6C0
>>397
世界史で学んだろ、悲惨な貧農の話を。
生活時間は確かに毎日がスローで規則正しかったと思うが。
405名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:18:12 ID:kh0vi0aF0
>>398
日米戦反対海軍トリオの一人井上成美にしても、最後の連合艦隊司令長官小沢治三朗にしても貧困の中に死んでいったはずだがな。
406名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:18:12 ID:bED4kq4V0
>>394
今のコースも何も、もろに当時の
正統派フランス料理のコースだった
と思われ。

じゃなきゃ、国際交流時のマナーの
訓練にはならんから。
407名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:18:41 ID:lV2rXiSX0
このような軍属の特権を知らされると東条の処刑も通過儀礼として正しかったのかも知れないね
408名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:20:22 ID:hOXLVJ6C0
>>407
東條は海軍ではなくて陸軍だけどな。
409アワワワ(;_;):2005/09/19(月) 00:20:39 ID:rHmOLpMXO
>344>351
マジですか?ちょっと自分の身元割れはビビリますが…。
お願いします、探り入れないで下さい。
どうゆう経路でか捕まっちゃう可能性がありんす。
2チャンって仏教版なんてあったんだね。
大伯父(正確にはまた祖父ですが、)は泥ダンゴ祖父様の友人です。
オレんちは名家どうか自分ではわかりませんです。
オレが暮らしてた京都は、チョット経済の仕組みが特殊な気がするから。
ただ、大伯父は90才になってるのに、仕事バリバリしてる。

でもやっぱりオレが気になるのは祖父の事ですよ。
親族と縁切ってからは、現在のオレの境遇は、マンション借りるのも保証人探すのも必死。
でもね、このスレ読んで楽しかったし、助言等ありがとございます。
祖父様が何やってた人だってどうでもイイのが本音です。
真ッ赤ッ赤親族と違う意味で、もしかして犯罪を犯してたのかもしれない。
でもね、自分のルーツがポッカリ空白なのが解せないんですよ。

もうちょい続きますスマソ
410183&354:2005/09/19(月) 00:21:01 ID:vFYo4pym0
>>400
人気メニューではあったけど、家庭に普及させたわけではないのねφ(。。)m
そういえば、オリエントかレーとかも30年代だわなぁ・・・。
411名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:23:15 ID:SoClQI74O
ハイラカと聞いて飛んできますた
412名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:25:52 ID:hOXLVJ6C0
>>409
ご先祖が仮に何かやらかしていても、何代も後の君にまで責任は来ないはず。
フランスのオンフルールなんて海賊の街だけど、みんな海賊の末裔である事をぜんぜん
悪く思っちゃいないし、むしろそれをネタに観光産業を興して海賊土産を売ってるよ。w
413名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:28:30 ID:in7ha7GU0
>>397
中世の西欧なんて想像以上のショボさだぞ。
同時代の日本のほうがはるかに優雅で文明的。

>>405
その一方で大西そそのかして特攻作戦発案し、自分は生き延びて
空自幕僚長から国会議員へ華麗な転身、最後にはアメリカから勲章まで
もらっちゃった海軍士官もいましたね。
414名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:31:01 ID:saKztUwh0
たぶんGさんのことではないと思いたいけどこんな事書いたらやぶ蛇になる
415名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:33:37 ID:HDeUtp8x0
>>413
「自分だけがアメリカから勲章もらうとバランスが悪いから」
と、政府に働きかけてカーティス・ルメイに日本からの勲章出させたあの方ですか?
416名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:35:00 ID:saKztUwh0
おれは知らないけど、それはちがうんじゃないかな〜と他人の顔をしておく
417名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:36:26 ID:I6uSbxAz0
>>409
気にしなくていいですよ。誰もあなたのことは詮索しません。
聞いた話でも、日が経ったら忘れるのが最低限のマナーかと。
418名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:36:43 ID:hOXLVJ6C0
>>397
思い出したぞ、ベルサイユ宮殿時代、トイレや水事情が悪かったので
上階でもよおした貴族達は糞尿を手で中庭に投げ捨てていたそうだ。
だから中庭とかは臭くて、宮殿の中の廊下とかも、酔った貴族のオヤジの
放尿で尿臭かったらしい。

平安時代の貴族は、鉛入りのおしろいをしていたので、短い年月で顔が
鉛中毒でなだれて痘痕だらけになり、目もあてられない素肌になり、
ますます濃くおしろいを塗りたくって、痘痕を隠して症状を悪化させていたそうだ。
419183&354:2005/09/19(月) 00:37:03 ID:vFYo4pym0
真珠湾攻撃時の食事

空母瑞鶴 乗組員の戦闘食
朝食 握り飯 ボイルドベーコン 金平ゴボウ 味付昆布 たくあん
昼食 にぎりめし おでん(牛肉 大根 サトイモ)たくあん
夕食 弁当 にこみ(肉じゃがの事)梅漬け
夜食 かんぱん 栄養食

搭乗員
爆撃前 鉄火焼 玉子焼き 煮しめ(大根にんじんマツタケ)増加食(りんご・紅茶・熱量食)
応急食 機上応急食 (状況による)
爆撃後 みつ豆 増加食(コーヒー 冷しサイダー 熱量食)


朝食にボイルベーコンというのが当時の日本人ぽくない(油落としってことか?それとも炒める手間が
ないから茹でるカムすかしたのか?なぞ)

搭乗員の爆撃後のみつ豆と冷しサイダーってのが、なんかごほうびっぽくてなける;;
420名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:37:25 ID:saKztUwh0
でも発案はG参謀じゃなくてK参謀だったような気がする
Gはむしろ事後の盛り上げ役で悪名を買った、

あ・いけね
送信ボタンは押さないでおこう
421名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:40:40 ID:rNt8H1RA0
はいだらー!
422183&354:2005/09/19(月) 00:41:06 ID:vFYo4pym0
>>415

げっ!ルメイの叙勲って、そういう文脈だったのか・・;。
423名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:41:16 ID:I6uSbxAz0
Gさん以外にも、海将補になって退役した旧海軍将校はいますよ。
そちらの方じゃないかな?

Gさんは元からの航空仕官。特攻には反対され艦隊勤務は外されてたし。
また、ベストセラー書いた元撃墜王だって勲章もらったけど、政治には関与してなかった。
あの日航機墜落事故の現場の某村の村長さんだって、有名な撃墜王で海軍士官。

多分、初代幕僚長の事いってるんじゃないかな?
424名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:42:20 ID:hOXLVJ6C0
爺さん...?
425名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:46:13 ID:in7ha7GU0
くくくく・・・おまいらときたら・・・
海軍→空自→国会議員→勲章とくれば一人しかおらんじゃろが!
426名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:47:25 ID:I6uSbxAz0
>>424
そう。爺さん。
日航機墜落事故の際の陣頭指揮執った村長さんが、ラバウル航空戦のヒーロー
だったなんて知った時は感動したなあ。この間引退し、今は確か90歳だったかな?

それ以外にイニシャル上がってる方、今はみな故人です。ご冥福を…。
427名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:48:50 ID:Drqagtj90
こーいう昔のいまいち垢抜けなさそうな洋食ってすげー食べたいな。
<昔のが優雅だったような気がするね。最近。質においては

どんなごちそうが食えても歯医者が未発達な時点でアウト。悲惨らしいよ
428続スマソ:2005/09/19(月) 00:49:34 ID:rHmOLpMXO
父親は小学生(?)の頃から家庭教師ついてたらしい。それがなんだっつーの。
母親は悠々自適の専業主婦になるつもりで嫁に来たらしいが、祖母に、
「貴女は昭和の女性ですが、働ける人間が何をしてるのか?」
そういって経済を叩き込まれた。祖母はバリバリの大正時代の女性だった。
そんな強いビシッってしてた祖母も、何故か祖父様のコトでは親族統制下。
最愛の夫の最初の子宝、女の子は乳児の時に死亡。
代わりに女の子の人形を買って来て、就寝前、髪を梳し何か語りかけているのを、
子供心に緊迫したものを感じた。
戦時中、祖母は両親を亡くしたりした子を、夫戦時下にいる時、1人で育てていた。
今で言うボランティアだ。
そんな妻と大恋愛した祖父、オレはなんだかんだ言って、ネガティブに捉えられない。

オレの空白のルーツを知りたいですよ。
以外とね、親族と縁を切るって大変だね。
履歴書なんかだと、まず両親に連絡行っちゃうからね。
今は半外資系の仕事。
もっと祖父様を投影出来る話が知りたいです。

ああ、そろそろ寝なきゃ明日の仕事が…。
ゴメンナサイ、誰かオレの大伯父とおぼしきスレ、誘導してくれませんか?
探し切れませんでした
orz
429名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:51:50 ID:I6uSbxAz0
ヌーベルクイジーヌ以降のフレンチしか知らんけど。orz

最近食べたフレンチの前菜なんて、「いぶり豆腐」とか言う燻製のお豆腐とサラダ、
ブルーチーズにオイルサーディンだったかな。ここまで来るともはや日本食か。(w
430名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:52:05 ID:mrfHFMDT0
ホントかどうか知らないが、海軍ネタでこんな話がある。
日英同盟健在の頃、英国に親善航海に行った日本の軍艦に英海軍が雌羊を贈呈した。
数日後、英海軍の軍人が挨拶にやってきて、ニヤニヤしながらこう聞いた。
英海軍「ところで、このあいだプレゼントした羊はいかがでしたか?」
日海軍「結構なものをありがとうございました。皆でおいしくいただきました」
英海軍「え? 食べちゃったの?」

英海軍では遠洋航海する軍艦に羊を乗せていたが、食べるためというわけではなかった。
431名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:52:57 ID:NoGIanDO0
>日航機墜落事故の現場の某村の村長さんだって、有名な撃墜王で海軍士官。

げ!本当だ
知らなかった
ググったら著作も出てきた。
すごい人だったんだね。
432名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:54:29 ID:in7ha7GU0
>>430
その話のオチは聞きたくない・・・
ウホッかフォ---ッ方向になりかねん。
433名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 00:55:37 ID:9v/6HZro0
戦艦大和の最後の出撃の時に、大和の冷蔵庫から取り出され振舞われた
食事は、それはどこにこんなものが残っていたのかと思うほど豪華な
ものだったというが。再現してくれないかな。
434名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 01:00:17 ID:I6uSbxAz0
>>428
いや、あまりにも凄い家系なんで皆さん遠慮して書かないだけですよ。(^_^;)
世が世なら、あなたご自身が大臣か軍のトップでも不思議ではない家系の様な。。。
ご実家も一流企業ですしね。

>>431
Kさんみたいな、世に知られていない不出世の大人物もいるんですよね。
まるで何かの因縁みたいみたいなものを感じます。陣頭指揮してた当時が、70代後半とか。
435名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 01:02:21 ID:/JxNpU9q0
うまいもん食ってたから弱いんだよね
436名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 01:04:56 ID:IkA51iNB0
>>433
大和の一般兵士の最後の昼飯は、握り飯とたくわん。だったと山岡荘八の
本に書いてあったが。
士官は別だろうが
437名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 01:06:13 ID:in7ha7GU0
>>435
相手はもっと旨いもの食ってたわけだが。
どのフネにもアイスクリーム製造機が付いていた。
とある艦で水兵が並んでアイスの順番待ちしてるところに若い士官が行列とびこえて
割り込んだら後ろから鉄拳が飛んできた。その若い士官は水兵と一緒に並んで待っていた
艦隊司令官のハルゼイ提督にボコボコに殴られたとさ。
438名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 01:09:23 ID:9u7TFBbA0
>>397
室町あたりで、酒のあては味噌とか、塩とか。
439名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 01:11:35 ID:9u7TFBbA0
>>418
そのころの女性のスカートが傘みたいに広がってるのは、
立ち所んのためだとか
440名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 01:20:29 ID:hOXLVJ6C0
>>436
神風出陣の時って、杯をあおって行ったの?
そしたら操縦桿を握っても、酔っぱらって手元が狂って...
441183&354:2005/09/19(月) 01:23:17 ID:vFYo4pym0
昭和12年遠洋航海に出た練習艦隊の、ある1週間の朝食。

第一日目 米麦飯 里芋味噌汁 なす辛子漬け
第二日目 米麦飯 キャベツ味噌汁 なす塩漬け のり佃煮
第三日目 米麦飯 玉葱味噌汁 なす味噌漬け かつお塩辛
第四日目 米麦飯 里芋味噌汁 梅干 いわしの佃煮
第五日目 米麦飯 南京味噌汁 葉唐辛子佃煮
第六日目 米麦飯 わかめ味噌汁 福神漬け
第七日目 米麦飯 切干大根味噌汁 昆布佃煮

典型的な一汁一菜ですね^^;
どこか1日、中華粥をはさむとか、カフェオレとクロワッサンでもないと
ぼけてしまいそうだ(ぉぃ

442名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 01:24:10 ID:9v/6HZro0
酒に愛国薬が溶かしてあったんでは?
443名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 01:24:45 ID:IkA51iNB0
>>440
今生の別れの杯は、水杯に決まっているだろうが・・・
お前、教養なさすぎ。
444名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 01:30:28 ID:hOXLVJ6C0
>>441
それ朝だろ、昼や夜は豪華なの?
意外と和食なんだな。
445183&354:2005/09/19(月) 01:35:37 ID:vFYo4pym0
そういや、「戦場の衣食住」だったか?(うろおぼえ)、陸軍の夕食に、
ビーフシチューとパンが晩飯ででてたけど、パンにつけるためと称して
さとう と 味噌 が並んでたが・・・・パンに砂糖や味噌って・・・
名古屋人がトーストに「つけて味噌かけて味噌」を塗るのと同じ感覚なんだろうか・
446名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 01:43:28 ID:hOXLVJ6C0
>>443
いや、だって杯っていうからさ、水なんか入れるものだったのか w
447名無しさん@4周年:2005/09/19(月) 01:50:43 ID:SRCKOHV70
ドラマ「天皇の料理番」の時代?
はじめてヒレカツを食べて感動したとか。

陸軍でさえ食に拘るらしいイタリアの海軍がいちばんおいしい食事をだすのかな?
448名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 01:54:23 ID:hOXLVJ6C0
>>447
アルデンテのパスタに、デザートはニョッキのクリームソースとか?
イタリア人水兵さんとか「マンマの料理が一番」とかダダをこねそうだな。w
出身地によってナポリ風とか、ローマ風とか、いろいろありそうだから、いろんな
郷土料理を網羅したのかな。
449名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 01:57:47 ID:Dxo/VZxH0
>>446
宇宙戦艦ヤマト(古…)の中でも水杯のシーンがあったなぁ
450名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 01:58:51 ID:hifsY/lH0
人間を粗末にするのは日本の悪い伝統だな
しかもDQNならともかく、教育された人間を・・・
451名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 01:59:17 ID:I6uSbxAz0
>>445
トーストに味噌なら、アメリカ人でも普通にやってるよ。
ただ当時の米飯で育った世代には、パン食は厳しかったかな。
今の団塊の世代も同じみたい。

漏れた値の年代じゃ米の飯がなくて、長期間海外在住でも平気なんですけどね。
世代的には恐れ多くも賢くも皇太子殿下と同じ年代です。
選択しだいでパン食&米なし生活なんて今の日本では普通にあるから。
田舎のランチのレストランでも、パンしか置かないとこ最近多いなあ。
で、本当かどうか知らんけど、「生ウニ」をトーストに塗るってさ。
452名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 01:59:55 ID:hOXLVJ6C0
>>450
人権という発想のなかった時代。
今だって人権とか言うと、すぐにサヨとか言われるし。w
453名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 02:02:21 ID:hOXLVJ6C0
>>451
アメリカに長く住んでたけどトーストにミソって初めてきいた。w
パーティーの前菜で野菜スティックにミソなら、あったけど。
名古屋でやりそう、生ウニトースト、でも生ウニが勿体ない。
454名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 02:07:20 ID:I6uSbxAz0
>>453
説明不足でスマソ。缶詰の味噌ね。
「タイ味噌」の缶詰を福生あたりの米軍人が本国に持ち帰って広まったみたい。

生ウニトーストは、六チャンの海外取材JTBのCM番組でも以前やってた。
モントレー辺りの住人らしい。(w
455名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 02:11:41 ID:Dxo/VZxH0
6チャンネルはNHK総合です…(北九州)
456uaa:2005/09/19(月) 02:11:58 ID:2ttIp30a0
>>303
大正時代の陸軍のドンで、後に皇道派と呼ばれるグループの祖、上原勇作は工兵出身だったよ。
ちなみに、アメリカ陸軍ではエリートコースで、マッカーサーも工兵出身だ。
457名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 02:12:04 ID:L4Qgcj9v0
>>397
夢を壊すようで悪いが中世の西欧も結構酷いもんだぞ。
豪華なのは一握りの貴族くらいだし、寒いから収穫できるのも限られてるよ。

中世ヨーロッパと聞くと君のように華やかなイメージを持ってるのが多いが。
458名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 02:16:48 ID:zPDfo8x00
>>233
フランスで便秘のときに煎じて飲むっていうのを
大昔にテレビで見たことある。
459名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 02:25:14 ID:hOXLVJ6C0
>>454
そんな食材があったんだ、へえ。
モントレーの生ウニなら美味そうだ。
エビペーストのトーストもあるから、そんなノリなのかな。
460uaa:2005/09/19(月) 02:30:15 ID:2ttIp30a0
>>323
明治初期の農民は過酷な農作業のせいで、歩く時同じ側の手と足を同時に出したそうだ。
教練では、普通の歩き方から教えなければならなかったそうだ。

今でも外国では軍隊で始めて読み書きを習う奴は珍しくないだろうね。
1980年頃のイタリア映画でも、主人公(1960年位の生まれのイタリア人)が軍隊で字を習ったって言ってた。
461名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 02:36:22 ID:I6uSbxAz0
>>459
ソードオブクイーンあたりで、生ウニトースト出て来てもおかしくないね。

今はニューメキシコからケアリフォーニア一帯では日本業者がウニの加工場
を作ってると言う話を聞いたんですけど。
462uaa:2005/09/19(月) 02:44:43 ID:2ttIp30a0
>>348
酒禁止になったのは自衛隊になって、アメリカ式になってから。
帝国海軍はイギリス式だから酒はOKだった。

アメリカ海軍の将校の名言があるよ。
「海上自衛隊はアメリカ海軍の悪い所も取り入れてしまった。それは艦内禁酒である。」
463名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 02:45:19 ID:hOXLVJ6C0
>>461
うん、NMは内陸深いからメキシコ湾岸あたりかもね?
アラスカ〜西海岸にかけては優良なシーフードの宝庫なので、日本の商社が空輸で
買い占めるから、かえって地元で手に入らなくなるネタがある、って地元カリフォルニアの
板前さんがボヤいてた事があるよ。
464uaa:2005/09/19(月) 03:04:52 ID:2ttIp30a0
>>398
海軍は徴兵されて来た帝大出のエリート官僚を特別に優遇したもんね。
戦後復員した彼等は海軍シンパになった。例)中曽根康弘
陸軍は普通の下級将校として扱ったので、エリート官僚達は今でも恨みを持っている。例)自衛隊嫌いの後藤田正晴
465uaa:2005/09/19(月) 03:17:37 ID:2ttIp30a0
>>433
生き残った炊事兵の話では、空襲が始まった時赤飯の準備をしていたそうだ。
その人は戦争が終わった後も赤飯は絶対食べないそうだ。
466名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 03:21:47 ID:r8rzS67y0
庶民と支配階層との生活水準に関しては北朝鮮状態だったからな。

高級将校になると、専用列車でご通勤の世界だし。

現代おいてどんなエグゼクティブでも、専用列車で動いてるような奴はいない。
467uaa:2005/09/19(月) 03:22:02 ID:2ttIp30a0
>>445
戦前はパンには砂糖が普通だったそうだ。

468名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 03:24:08 ID:r8rzS67y0
帝大出の官僚の年収が一般サラリーマンの30倍くらいだったはずだから
今で言うと年収1億5千万位か、 給料からしてこれだから、その他の役得も半端じゃないと。


469名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 03:33:37 ID:I6hZZfeE0
>>460
それはなんば歩きという歩き方で別に珍しい事じゃないというか
江戸時代までの普通の歩き方だし当時の馬も歩き方は現代と違ってたよ

あと陸軍のパン食は尼港事件の時、冬にメシが凍って食べられない&食べれたとしても下痢続出で
低温時に食べることができるパンに慣らしておこうという方針で始まったとか
ただ、同じパンでも黒パンは水分が多く独ソ戦時のドイツ兵が厳寒の中大勢下痢をしたみたいだ
しかし厳寒の中で分厚い防寒着を着てて下痢は辛いだろうな(俺はスキーの最中に下痢を催した事があるが本当に大変だった)
470uaa:2005/09/19(月) 03:36:37 ID:2ttIp30a0
>>457
中世ヨーロッパの華麗なイメージってルネッサンス以降だよね。
それまではフォークも無く、食事は手づかみで、汚れた手はテーブルクロスで拭いてた。
フランスで貴族が王様を自分の館に招いて宴会を開いた時、王様のワインに蛙が入っていたそうだ。
その貴族はそのワインを蛙ごと飲み干して場を取り繕ったそうだ。
471名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 03:51:34 ID:4EX/xQf90
海軍カレーというのが美味いですよ。
472名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 07:34:53 ID:kibHARkRO
>465
海軍記念日でもないのに赤飯を出したのか

さて、海軍をくそ味噌にこなすレスがつきはじめたので帝国陸軍のメニューを紹介しよう(本音と建て前のギャップがスゴい)
明治の陸軍が、正月や祝祭日にしか食べれなかった銀シャリを沢山食べれて軍隊生活を謳歌した記録があるが…

脚気の多発を機に陸軍は明治十七年から麦飯を採用

「陸軍給与令」による定量
(一日分)精米四合二斤、麦一合二斤(なんと一日六合…戦時だと七合四斤)

副食物の賄い料
十九銭一厘(内地)
二十二銭四厘(台湾)二十三銭六厘(満州・朝鮮)
演習時には四銭二厘加算
将校だと一日七十二銭
閣下だと一日九十銭
明治期は現金を支給していたが、蓄財に走りフラフラな兵隊が続出して現金支給は中止

昭和十七年陸軍省検閲済の軍隊調理法より

主食 粟飯、五目飯、肉飯、ちらし寿司煮物 筑前煮、おでん、ふろふき大根 焼き物 焼き肉、内蔵つけ焼き、オムレツ
揚げ物 天ぷら、カツレツ、豚の唐揚げ和物 ぬた、むき身おろし和え、辛子和え
漬け物 ハリハリ漬け、キュウリ漬け
デザート シロップ、大豆粉クリーム、汁粉、蒸し羊羹


実際、献立通りのものを食べた兵隊はいなかっただろうと思うが…

緒戦時にはボルネオでは、豪州製のコンビーフやオイルサーディン、パン、比島では米系缶詰工場がありフルーツ、コーラ、オートミールを食べたとの記録もあります
473名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 07:56:44 ID:V5nqxMcN0
>空自幕僚長から国会議員へ華麗な転身、最後にはアメリカから勲章まで
もらっちゃった海軍士官もいましたね。

Gさんのつくった343航空隊のおかげで生き残ったエースは結構いるからね
勲章あげても良いじゃん
474名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 07:57:02 ID:wuS2qXEe0
>>251
靖国神社は、様々な事情で、祖先を直接敬えない人間と、
祖先が出会う場所なのだよ。

また、様々な事情で、子孫に直接敬って貰えない英霊と、
子孫が出会う場所でもある。

戦前から靖国神社が変わらずあるから、靖国神社を拝むことで、
戦後60年間の世代に幻滅しても、その前の世代に向かい合える。
475名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 08:10:46 ID:cxJmXGoQ0
>>25
江田島を毎日見学していたときに学生達が食べている食堂を見ていたら金曜日は半数以上の人がカレー喰ってた。
別に海の上に限らずじゃないかね?

>>34
(*´Д`)。。

>>1
>技術や味
味は兎も角技術はホテルのコックさんのものでは。。。

476名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 08:15:41 ID:eU+1CVw00

● 19世紀の朝鮮宮廷料理

明治9年(1876)に、朝鮮の京城(現在のソウル)で朝鮮政府と日本政府が、
日朝修好条規の協議を行った際に、日本側から参加していた全権大臣や
外務大丞などの一行が、朝鮮政府から振舞われた料理のお品書きと参考写真。

→ http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/siryou/060/osinagaki.html
  ( 明治開化期の日本と朝鮮(9)
   宮本小一外務大丞、朝鮮国京城に行く
   http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/siryou/060/resi020.html 
   > 食事のことなど ) より。

   ↓         ↓

● 16世紀の朝鮮宮廷料理

Webマガジン@ERiO/特集 [ 韓国ドラマ 宮廷女官 チャングムの誓い ]
http://www.nhk-book.co.jp/magazine/special/changumu/taiketsu/
> ドラマ前半の見どころ、料理対決シーン。もう一度あの料理を見てみたい、
> どんな料理だったのか知りたいというご要望に応え、一気にまとめてプレイバック!

韓国観光公社公式サイト:宮中料理
http://japanese.tour2korea.com/05food/Introduction/royal_cuisine.asp?kosm=m5_1&konum=7
> 韓国最後の王朝である「朝鮮」(AD1392 - 1910)の宮中料理は韓国伝統料理の
> 最高峰と言われるもの。朝鮮時代の宮中料理は韓国の各地方から献上された
> 最高の食材が使われ、国で最高の料理人を集めて作られていました。

477名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 08:18:56 ID:cxJmXGoQ0
>>88
>駆逐艦天霧乗員の回顧録より 〜
こう言うのを見て泣けるのは俺様の脳みそにぐんくつの音がこだましているからなのかしら。。
478名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 08:30:59 ID:4y+sIf6Q0
>>66
その話は初めて聞いた。
俺が聞いた話だと当時のラバウルでは現地人を飛行場整備の
労務者として雇っていた。
その報酬は一日当り現地の阿片入りカナカタバコの葉巻一本。

当時、ラバウルでは日本のタバコが不足して戦闘機搭乗員である
下士官たちは困っていた。
そこで坂井三郎が一計を案じ、下士官たちが上官の前でわざとカナカタバコを
スパスパと吸った。
当然の事ながら部下が麻薬タバコを吸うのを見た上官は激怒したが
その理由を聞かれた坂井三郎は
「自分達は麻薬中毒になる前にどうせ戦死する。
 それに戦争もしない士官が指令所で日本のタバコを吸っているじゃないか」
と反論した。

それを聞いた上官の中尉は彼らを叱らずに去ったが、
やがて日本のタバコが山ほど入った袋を持ってきて
「どこから持ってきたか聞くな」と言って立ち去った。
確かに海軍では士官と下士官兵の待遇は明らかに違ったみたいだ。

>>472
信じられない様な話なのだが、終戦直前の焼け野原状態の東京でも
近衛師団の将校たちはトンカツを食べていたという記録を読んだ希ガス。
479名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 08:35:49 ID:J3dR50640
海軍で思い出したけど、日本のカレーの発祥は海軍らしい。
480名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 08:36:19 ID:TQzvN57zO
ハイラカな料理と聞いて、すっとんできました
481名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 08:49:22 ID:mrfHFMDT0
>>469
独ソ戦ではガチガチに凍ったパンを直接火にくべて解凍したとか、石のように堅く凍ったバターをバターアイスと称して口の中で融かしながら食べたとか悲惨な話があるよな。
482名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 09:24:02 ID:6ahkojhy0
>>478

その話、子供の頃に読んだ時の記憶があるんだけど、大人になって買い直した
「大空のサムライ」にはなかったような気がする・・

笹井中尉は写真で見ても男前でつね
483名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 09:24:41 ID:2ScOrpsm0
>>478
坂井氏の著書にはこんな記述もあるね。坂井氏が教官を務めていた頃、ある主計士官が、
パイロットにだけに支給される航空特別食(卵、牛乳、肝油ドロップ等)は必要ないと主張。
一般兵と同じ糧食にしようとした。主計士官は主張を曲げず、これを強く押し通そうとしたら
坂井氏が一計を案じて、この主計士官を、テスト飛行する零式練習戦闘機に誘い、何も
知らない主計士官は、遊覧飛行のつもりでニコニコ顔で現れた。そこで坂井氏が有無を
言わさず、宙返りや横転飛行のアクロバットを体験させ、着陸後、すかさずヘロヘロになった
主計士官に「我々、パイロットは命を削って飛んでいる、気力も体力も激しく消耗する、だから
あなた達、主計課が贅沢だと考えている、航空特別食は必要な物なのだ」と諭したら、あっさり
この主計士官は折れて、翌日から、支給される航空特別食が倍増されたというエピソード。
やっぱり、坂井氏のこういう上層部に対する反骨精神は凄いな。
484コヴァ:2005/09/19(月) 09:39:20 ID:/6Hhp8hM0
>>472
>昭和十七年陸軍省検閲済の軍隊調理法

この中にあったカレーを、知り合いの料理店に頼んで作ってもらって、それでオフをやったことがある。
結果、「これは、学校給食のカレーや」
恐らく、他のメニューでも取り入れられたものがあるに違いない。
軍隊料理が、学校給食となって生き延びているとは、不思議なものなり。
485名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 09:58:49 ID:g6m7L9U40
>>483
それって乗り馴れてない飛行機に乗って疲れたってだけの話じゃないの?
486名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 10:41:48 ID:4LjsccoS0
>>389
いやNavyだ。横須賀キティホークのクルー。
ペイグレードは当時E-5だったと思う。

「結婚したい」とか妹が言ってきて。横須賀まで行ったさ。
9.11もろ直前でセキュリティも甘くて、免許証提示だけで基地内に入れて
キティホークの甲板に上がらせてもらったよ。
暗くてほとんど何も見えなかったが。

ま、昔の話。結局別れたんだし。
487名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 10:46:33 ID:fPcepoaG0
敗戦後、731部隊関係者の所にGHQ将校が訪れて豪華な料理でもてなして
くれたらしい。調略には調理・料理と通じるものがあるようだ。

志方前自衛隊北部方面総監と道場六三郎さんがそっくりなしゃべくり
なのはおもしろい。

488名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 10:51:01 ID:LJIe9en6O
ハイラカてなんや?
489名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 10:57:54 ID:vP+Q1oyq0



海軍が優秀なら何で軍艦を9割も沈められるのか、何で暗号がみんなバレているのに平気でそれを使い続けてボロ負けするのか。

偏差値がアテにならない、と言う証明みたいなものだ。

レ-ダがないから負けたのだ、と言い訳をするけど、そう言う防御的なもの!!!は卑怯だから必要ない、ということを言ってどんどん軍艦が沈められた、みんな兵学校の責任だ。

狭い爆撃機の中で兵隊と将校は別の弁当を食べていた、これは坂井三郎の文章だ。規則がそうなっている、と言って平然とそう言うことをする、それも兵学校のしたことじゃないか、それでボロ負けして、まだ、兵学校が優秀だ、という奴がいる。手のつけられないバカだ。
490名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 11:00:53 ID:LMt8Bno90
やあ(´・ω・`)
大変申し訳ない
君にもう一生SEXもオナニーもできない呪いをかけてしまった。
せめて、秘密の呪文を教えてあげよう。

↓のスレに 以下の「 」内をコピペするんだ。
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/intro/1125930647/
http://tmp5.2ch.net/test/read.cgi/tubo/1122342910/
http://comic6.2ch.net/test/read.cgi/csaloon/1126193716/
http://anime.2ch.net/test/read.cgi/asaloon/1103100621/

「                            」

何も書いてないって?そう、これはとても不思議なコピペで、
どの板からどの板にコピペするかによって、それぞれ違う呪文が発動するんだよ。
やってみたくなっただろ?
だが、くれぐれも気をつけるように。
必ず指定されたすべてのスレに貼るんだ。どれか一つでも貼り忘れると、逆に通常の3倍呪われる。
やらなければ、呪われる。
やり遂げなければ、3倍呪われる。
だが、何も迷うことはないだろう?
これまでに出たおもな呪文

837 はじめまして名無しさん 2005/09/18(日) 21:15:44 ID:b2CHbUHV
湘南・・・・・・お前はどこのワカメじゃ?

310 最低人類0号 2005/09/18(日) 21:56:47 ID:zY4nkUPB
芸能ジャップはデーモン内藤。


491名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 11:04:20 ID:fPcepoaG0
>>48

操縦士    「日本軍駆逐艦発見」
爆撃隊班長  「爆弾投下用意」
爆撃隊員   「爆弾投下準備完了」
爆撃隊班長  「ハイラカ」
492名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 11:04:25 ID:vP+Q1oyq0


陸軍で一番まともな情勢分析をしていたのはロシヤ語の出来る参謀だが、それはほんの一部で、あとはカスばかり。

スエ-デンの駐在武官が命をかけてドイツは負けていると情報を送るとイギリスの陰謀だ、と言って握りつぶす。どうにもならない、辻正信はむかしから気が狂っている、と言う評判だったが結局彼らに引っ張られた。
493名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 11:05:22 ID:kibHARkRO
>379
ラバウルからガ島まで二千キロじゃなかったか?
で、海軍が珍しく計画的な消耗戦をした。
駆逐艦の上空をゼロ戦が護衛、帰路は着水して搭乗員を回収する作戦だったと思うが…
二千キロは遠いかな?
元々ガ島攻略は海軍の作戦計画に基づく(空母不足を補うため、豪州の周辺の島々で航空隊が進出可能な島を浮沈空母化し、孤立化させて日本への反抗の拠点にさせない為)
ものだったので、海軍が陸軍を支援しなければならない理由でもあった

ガ島に進出予定だった部隊が、自分のベースになる予定だった島を攻撃する羽目になったから皮肉だ
わずかに進出が遅れた為に取られてしまった
494名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 11:26:29 ID:kibHARkRO
>489
米海軍が暗号解読をばれないために細心の注意を払っていたこともある

それに当時は士官と兵隊で食事が違うことを当たり前のように考え、差別とあまり感じる人はいなかったが?

日本も搭乗員にカロリーや栄養がいるのは分かっていたが、米軍ほど研究されておらず、
基地員が搭乗員に優先的に支給される人参や牛乳を羨ましがった記録はあるけど、階級に関係なく激務の搭乗員が階級で食事を分けていたとは聞いたことないな?


坂井氏がなんで爆撃機の弁当をあれこれと?
下士官から最終階級は中尉までに昇進したのにそんな事言ったの?
495名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 11:41:41 ID:iMr9OYyL0
ウチの祖父は、旧日本製鉄でエンジニアやってて、
20年に召集されて伍長だったんだが、基地づとめで
戦地には行かなかったらしい。
運良すぎ。
496名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 11:56:32 ID:zJE3FvMX0
うちの祖父は20年に招集されて支那にいったときは、
招集はされたものの、もう武器がなくて、
しょうがないから基地で畑たがやしてたらしい。
497uaa:2005/09/19(月) 12:09:21 ID:2ttIp30a0
>>472

> 脚気の多発を機に陸軍は明治十七年から麦飯を採用

日露戦争後だったのでは?
498名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 12:39:33 ID:EWW1b3we0
近くの薬局の店主であるおじいさんは、昔軍医でインパール作戦に参加。
敗走中、行き倒れの兵士に手榴弾や飯盒の蓋に青酸カリ入りの水を配ったとか。
「薬もなくてどうしようもない。これが軍医のする事か。許せ」と今でも
薬局に訪れる度に話をしてくれる。

で、このおじいさんは結局英軍に捕捉され捕虜になった。
英軍が軍医だと分かると使い道があるのか、虐待も何もされず専ら日本兵捕虜の
診察を収容所でしていたそうな。
499名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 12:53:25 ID:kibHARkRO
>497
俺もそう思ったんだが「丸」だとそうなってる

明治陸軍は江戸時代の名残があったのか、
飯(銀シャリ)は出すが、おかずは自分で買えとおかず代を支給していたらしいが、
貧農の子弟らが除隊後に備えて金を正規の事に使わずに貯蓄してフラフラな兵隊が続出して、
これじゃ戦えないと、いっさいの食事を支給する様になったようです

明治十七年、第四師団で試して全軍に及ぼしたとあります

しかし、日露戦役でも脚気が多発してたのは事実だから、
全軍に及んだのは日露後だと思われますな
当時はカロリーじゃなく、満腹になるまで米食わして置けば十分って考えだったらしい

昭和以前の戦場糧食は
健軍時→煎り米、塩(次第に乾パン、鰹節が加わる)
日清戦争→靴下に塩と米を入れて持たせ、肉缶、塩干物
日露戦争→重焼きパン、乾燥野菜(甘藷、馬鈴薯、里芋、ゴボウ、カボチャ、百合)粉味噌、粉醤油

これらの乾燥食品が続くと脚気気味になったと言うから栄養は期待でにきないみたいですな


ちなみに北ベトナム軍は旧軍を真似て靴下に米と塩を持参させ、ビタミン剤を支給したそうです
500名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 13:08:01 ID:in7ha7GU0
>>499
戦時だから平時とは別の給養だったのかもね。
鴎外の意見のほかに、麦飯にすると穀類の種類が増えるので
兵站の複雑化を嫌ったという話もあるし。
501名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 13:46:00 ID:kibHARkRO
戦力増強よりも兵担の複雑化を懸念した時点で駄目ですな

戦時(昭和陸軍)では一応、五千三百キロカロリーを基準にしてたようですが、実際はどうだっのかは不明ですな

同じ頃、敵だった米軍の糧食はと言うと
ダッヂ社の三分の四トントラックの炊事車を用意し、一台で二百人分を調理可能で一ヶ師団に十六台配備
米陸軍戦時糧食
A糧食 多人数に供給するもので、冷凍、主として後方基地で支給
B糧食 冷凍設備のない野戦用、しばらく戦闘がないときに支給、多種類の食物を集めたもので、乾燥ポテト&玉子、缶詰からなる

その他C、K糧食もあるが割愛

人気のあったものは十種類の肉の組み合わせ料理で肉と豆、肉と野菜シチュー、肉とパスタ、ハムと玉子&ポテト、肉とライス、フランクフルトと豆、豚肉と豆、ハムと空豆、鶏と野菜など
その他、フルーツやデザート、菓子類も豊富に支給

マーシャル陸軍元帥談「米陸軍兵士は史上、かつてないほど良好な食料を与えられた」
502名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 14:05:41 ID:OkscJgPB0
戦時の陸軍で一番楽な勤務だったのは、内地の教育部隊の仕官。
新兵の教育は下士官に任せて、運転手付きの専用車で各地の学校の軍事教練
の指導と称して、日中はぶらぶら外回り、夜は地区の会合と称して、公費で料亭
や花街めぐり。ただし空襲が激しくなると、そんな日常も無くなったみたいだが。(w

終戦前は、仕官も下士官もそろってスコップ握って防空壕掘るのに大変だったらしい。
503名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 14:57:20 ID:4y+sIf6Q0
中国大陸で日本陸軍の後方の基地にいた炊事係の兵士が戦後書いた
面白い話を読んだ事がある。

当時、その基地では調理をする場合、兵隊一人当たり醤油は小さじ何杯、
砂糖は小さじ何杯と決められていたが、料理をする人なら分かる通り
それをそのまま何百人分の食事に当てはめると味が異常に濃くなってしまう。

炊事係は当たり前の話だが味見しながら料理を作るので、砂糖や醤油が
最終的にはかなり余ってしまう。
そしてその余剰物資は結局どうなるのかというと調理場のボスである
古参の下士官が大半を闇に横流しして、兵隊には口止め料として
ほんの少しだけ儲けを分けてくれたそうだ。

どこの軍隊でもそうだと思うが、現場での実力者は古参の下士官だな。

504名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 15:17:37 ID:cX4JuMrF0
士官や米軍の豪華な食事に比較すれば質素に思えても
当時の兵卒にとって見れば米が腹一杯食えれば満足
ていうかそれこそが至福の喜びと思う者が大半って時代だからな

>>441に有るような御飯大盛り+味噌汁+おかず(野菜の漬物・煮物、佃煮)
この程度の献立も揃わない終戦前後の窮乏期を除けば
戦前から昭和30年代に至るまでの最も基本的な日本人の食卓
505名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 15:28:27 ID:mrfHFMDT0
ただ炊飯は大量の水と燃料を必要とするので、清潔な水を確保できないジャングルや乾燥地帯の戦場には向いていなかった。
おまけに腐りやすいし。
インパールやニューギニアなどでは死体が浮いてるような水たまりの、藻で緑色になってるような水で苦労して炊飯しなければならなかったとか。
「ドキュメント太平洋戦争」のインパールの回で生存者が証言してたけど、最悪の時は中隊への一日の配給量が米一掴み。
米の味のするお湯に飯粒が今日は五粒もあったんでうれしかった、という悲惨な話を語ってたな。
506名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 15:54:41 ID:RTT7luHzO
アナベル・ガ島
507名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 16:23:07 ID:fPcepoaG0
粗食でいいから、飢餓は御免だ。


八絋一宇
五族協和
神州不滅
天皇赤子
七生報告


喰わせもんだったんだorz
508名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 16:30:18 ID:H1cHhZZp0
>>507
報告してどうする
509名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 16:36:55 ID:fPcepoaG0
へっへっへっ。チクリで茶封筒の千円札もらって豪華な料理に
ありつけるのさw
510名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 17:08:41 ID:KFDUpIbh0
猟奇的文化な漢民族や米軍より日本軍が人食い扱い
敗戦国な上に政治と宣伝が弱いとこうまでなるんですね
511名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 17:38:08 ID:rmZL+tbK0
>>445
その本は持っているが
それは単なる味噌ではなくて
「葱味噌バター」だ。
……とはいえ、単にパンに味噌をつけるよりも
こっちのほうが不気味なような気はするが(^^ゞ
512名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 18:05:01 ID:IrQvk/f10
明治時代を馬鹿にしてるなこの市民
513名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 19:00:59 ID:pX70crph0
>>646

ソニー盛田氏も大阪帝大出の海軍中尉?だったような。盛田さんは軍事的な発言は一切しなかったけど
内心は海軍シンパだったんでしょうか。
514名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 19:50:02 ID:kibHARkRO
506
515183&354:2005/09/19(月) 20:38:01 ID:vFYo4pym0
高森直史さんの著作より

兵員用昼食の例
・すり身いわしのみそ焼き定食(いわしのハンバーグを味噌たれで焼いたもの)
・缶詰鮭の衣揚げ定食(鮭フライ定食。付け合せにチキンとキャベツのマヨネーズ和えと、
カボチャの白胡麻和え、えんどう豆のコンソメスープがついた。

士官用昼食の例
牛肉のジェリーよせ、しいたけのバター煮、ウドのサラダ、アスパラブイヨン。

熱暑厳しい土地では、兵・仕官供に暑気よけメニューを食べたりもしたとか。
(冷し天丼・南京の冷たいポタージュなど)

士官用昼食ですが、40代の人などは毎日こういう昼飯だと
体調崩したんじゃないかなぁ^^;;;

516名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 20:43:28 ID:iHTEe50C0
>>510
嫌なこと思い出させるなよw
たしかに日本人は共食いしたかも知れないが
それは雑兵に限った話で将校は>>1のようにまともな食事を採ってるだろ

本土でも芋の根まで食べてたのは庶民だけだ
軍属はちゃんと白米を食べている
517名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 20:44:55 ID://li4Ew90
>>515
現在40代の俺だが、その俺より当時の士官の方々のみならず兵員の方々の方が
遥かに良くバランスの取れた食生活を送っておられるぞ。 orz
518名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 20:49:41 ID:ikhi4svb0

小ネズミ自民党のもと、日本が9条を廃止して再び自衛隊を軍隊化するようだが
そんな事して、再び日本が餓死したら、第二次大戦の繰り返しじゃないか。
敬老の日に、生存している元軍人の爺ちゃんが悲しむぞ。

日本は「はだしのゲン」や「蛍の墓」に全く学んでいないようだ。

519名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 20:51:17 ID:GExY/Hb50
>>518
しっかりと学んでるよ?
つ「負けるのが一番悲惨」
520名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 20:53:40 ID:mEbDvo490
>>515

40以上って言っても、軍人さんだからなぁw
521名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 21:38:15 ID:szK1UeY90
>>518
歴史をアニメで学ぼうとは思わぬ。
チベットやバルト三国の歴史を見れば、強い軍隊が必要ということを痛感できる。
522名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 21:48:08 ID:LEDj7Bbb0
>>518

あのねぇ、小泉さんが自衛隊を軍隊化するのは、単にいままで
曖昧だった自衛隊の武力集団としての立場を明確化するだけ。
それから、日本自衛隊は数が少ないし、民主主義日本のもと、
文民統制がきいている以上侵略はおこないません。
負けたら悲惨というのは充分まなんでいるので、中国の脅威に備えるだけの話です。

あと、はだしのゲンって、はっきりいって戦後米軍が占領を容易にするために流したプロパガンダをウのみにした作品ですから。
絶対に信用してはいけない。
あの横山光輝さんですら、中国のプロパガンダにだまされて八路を題材にした作品を書いてしまっているくらいなので、押してしるべし。
523名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 22:00:50 ID:in7ha7GU0
>>521
それより日本の歴史のほう見ろって。
強い軍隊の積りで作った帝國軍が何であんな無様な負け方したのかをね。
524名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 22:01:33 ID:LEDj7Bbb0
>>523

相対的によわかったから。
地域的な軍事大国ではあったけど、グローバルなパワーをもつにはいたらなかった。
525名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 22:17:44 ID:kibHARkRO
>523
欧米諸国の横暴に立ち上がっただけでも痛快ですが?
日本人の民族性を発揮した闘い振りに尊敬の念さえ感じます
三国人と称する勝者の尻馬に乗るだけが世渡りと思う民族よりは全然マシ

日本人は気概を示した

これだけで十分さ

勝ち負けなんて二の次

基地外振りは示しても気概は示せない癖に
526名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 22:26:51 ID:eRv/EBwh0
>>524
帝政ロシアの分隊(極東軍:本隊の十分の一程度)にはギリギリ勝てても、ソ連になって再編された
シベリア師団に恐れを為して南方へ逐電、さらに中国のゲリラすら突破できない
ヘボヘボの軍隊でどうして強気になれたのか分からないね

歴史上、日本の軍隊が強かったことなどないと思うよ
527名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 22:29:06 ID:p/AwKc/+0
>>88
離艦を促す艦長の使者を拒絶し、御真影の前で割腹。
しかし、艦隊司令部で問題になった。たかが機関長ごときが、艦長に代わって割腹とは
面当てがましい行為であると。
機関学校での仕官(兵学校と違い、絶対に大将にはなれない)は悲憤慷慨
「おのれの怯惰を棚に上げ、使者を鞭打つこの仕打ち。このままでは戦勝おぼつかなし」
528名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 22:33:31 ID:Q1CYFuWS0
>>527
やっぱり陸軍も海軍も終わってたんだね<大日本帝国
無様に敗れるのも必然だったんだろ
529名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 22:34:24 ID:5Kfn7qinO
ハイラカ笑 ハイカラだろ
530名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 22:38:09 ID:p/AwKc/+0
>>8
特務仕官は「将校」ではない。

が、海軍の主役。俺のじいさんも特務少尉だ。
531名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 22:43:42 ID:p/AwKc/+0
>>482
正確には、ギンバイに行った本田が主計仕官に殴られたので、坂井が仕官を
拳銃で狙撃→外れて冷蔵庫に命中→小園副長に呼び出され、暴発と言い張ったが
切れて「仕官はうまいものばかり食って下士官兵は麦飯しか食わせない。悪い
こととは知っているが栄養補給のためにギンバイをさせた。営巣ですか銃殺ですか」
と言って、選任下士官を銃殺にできるかばかもん!と怒られたが、それからは銀メシ
と刺身、たまにはビールも配給されたとか。
532名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 22:46:05 ID:V5nqxMcN0
はだしのゲンでちゃんと学んでるよ

在日は戦後闇市で違法に金儲けをした
在日は戦後電車で暴力を振るい日本人に軽蔑された

在日は糞だな
533名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 22:49:05 ID:p/AwKc/+0
>>217
特務仕官のトップは少佐

兵出身者1000人に一人くらいか??
534名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 22:54:27 ID:p/AwKc/+0
>>494
>士官と兵隊で食事が違うことを当たり前のように考え、差別とあまり感じる人は
いなかったが?

なんだそりゃ?
坂井が戦後、戦争映画の感想を言わされ
「あの映画ではウソがある。士官と下士官兵が一緒に食事しているシーン、あれは
 絶対にありえない」といったのは有名。
これも戦後、元大佐が「坂井君、昔の海軍は良かったよなー」といったのに対し
「あんたら兵学校出身の士官には良かったろうが、自分のような兵出身には
 良いところだったなどとは言えません」と答えている。
535名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 22:58:04 ID:G2Z3e27Y0
>元大佐が「坂井君、昔の海軍は良かったよなー」といった

そりゃそうだろうなw軍属主導の特権階級だったんだからw
536名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 23:03:46 ID:in7ha7GU0
>>534
戦後に空自が創設されたとき、海兵出身の航空士官連中は嬉々として参加したが、
下士官パイロットが多かった戦中のエースたちは参加しなかったからな。
537名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 23:16:27 ID:in7ha7GU0
>>494
GF長官の搭乗機撃墜されても気が付かない日本海軍がアホすぎる。
アメリカ側は長官機撃墜すれば暗号解読してるのは絶対ばれるからと
作戦の是非が激論になり、ばれても良いから撃墜せよと、戦略上の不利を
承知で作戦決行したのに、日本側は事件後も暗号を変更せず。
怠慢以外の何者でもないな。
538名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 23:18:20 ID:/Zu2bW270
遅レス
>>90
逝け並み氏は、軍に入ってから、秋刀魚と薩摩芋の煮物と云う珍妙なモノを
食べさせられて辟易していたような気が…
539名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 23:34:48 ID:LoY7zb9i0
>>523
弱ければ、第二次世界大戦どころか明治時代に即欧米の植民地になっていたわけだが。
政治家と高級将校の質の低下が原因だっただろうな。政治家は統帥権干犯問題で
政治家としての責任を投げ出して政権争いに終始したこと、高級将校は経済力、工業力を
無視して軍事力だけを見てアメリカと戦えると思ってしまったこと。

富国強兵は決して間違っていなかった。少なくとも、第一次世界大戦まではその成果が
現れているではないか。
540名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 23:35:26 ID:bED4kq4V0
>>533
佐官以上は海軍将校。
特務のトップは大尉まで。
541名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 23:42:17 ID:LoY7zb9i0
>>537
長官機撃墜直後、暗号がアメリカに漏れているのではないかという疑惑が当然
出たが、その調査の為に張った罠(それなりの高級将校が前線に行くという暗号を
わざと流すなど)をアメリカ軍は極力スルーした。日本海軍が阿保と言うより、
アメリカ軍の方が情報戦に長けていたといえる。
542名無しさん@4周年:2005/09/19(月) 23:42:33 ID:H/rB131/0
>115
最強コックですから
543名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 23:42:34 ID:in7ha7GU0
>>539
現実にはその軍事力でもグダグダだったんだけどね。
経済力、工業力が同等でもやっぱり負けてたろうよ。
(まあその場合は戦争しないだろうけど。)

総力戦を戦うには国家の意思決定といい軍の機構といい、あまりに欠陥が大きすぎた。
544名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 23:55:04 ID:LoY7zb9i0
>>543
そのとおりではあるが、強い軍隊がなければチベットやバルト三国のようにあっという間に
占領される訳であるが。いくら日本に国家の意思決定や軍の機構に欠陥があろうと、
アメリカは日本を屈服させるのに4年以上の時間と多数の戦死者を掛けた。チベットや
バルト三国はあっという間ではないか。
545名無しさん@6周年:2005/09/19(月) 23:56:31 ID:gT4udDVqO
>>537
ドイツ海軍も大戦後期にイギリスに暗号を解読されて窮地に立たされたが、
名将デーニッツですらついにUボートの被害が急に増した理由に気付けなかった。
デーニッツは情報漏洩を疑って自分と副官以外全ての関係者を洗うなど徹底して原因究明に努めたが、
技術屋に「エニグマ暗号が破られることはありえない」との先入観を植え付けられていたため
敵に通信内容が筒抜けになっていたなどと夢にも思わなかったわけだ。

要は後知恵で考えるほど戦争の現場は簡単じゃないってこと。
546名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 00:00:22 ID:yawsdpZD0
暗号情報は当時の「OSI・海軍情報部」が、三千人のスタッフかかえて
1年以上かかってやっと解読に成功したくらいから、それほど単純な暗号
ではなかった。むしろ暗号を開戦当時から終戦までずっと同じまま使い続けた
日本側の怠慢が大きいんじゃないの?
547183&354:2005/09/20(火) 00:04:13 ID:ClPvREWL0
高森直史さんの著作より 昭和17年 伊二十一潜の予定献立

元旦(木)朝食 雑煮(缶詰餅 かまぼこ 筍 ふき ほうれん草)
        数の子 切りするめ 煮豆 紅しょうが
     昼食 白飯 その儘(鶏肉大和煮缶)里芋白煮 吸物(かに缶 松茸 ほうれん草)
     夕食 白飯 その儘(いわし油缶)酢の物(万歳煮)吸物(キャベツ にんじん 筍 椎茸)漬物(大根味噌漬)

五日(月)朝食 味噌汁(赤味噌 広島菜) 漬物(旧漬)
     昼食 その儘(缶詰獣肉)鉄砲和え(豆もやし)漬物(旧漬)
     夕食 塩魚(ボイル)桜ボイル(馬鈴薯 菜 筍)汁 漬物
六日(火)朝食 味噌汁(豆もやし 乾油揚)漬物
     昼食 おはぎ 辛しあえ(缶詰獣肉)澄し汁(椎茸・ほうれん草)漬物
     夕食 その儘(缶詰魚肉)いりつけ(ひじき・乾油揚)漬物
七日(水)朝食 味噌汁(切干大根)鉄火味噌 漬物
     昼食 その儘(缶詰獣肉) お浸し(ほうれん草)吉野汁(筍 ふき)漬物
     夕食 その儘(缶詰獣肉)甘煮(乾馬鈴薯 にんじん) 漬物
八日(木)朝食 味噌汁(広島菜)漬物
     昼食 塩魚(ボイル)煮しめ(馬鈴薯 にんじんごぼう)漬物
     夕食 そぼろ煮(缶詰獣肉)濃平汁(松茸 ふき)漬物
九日(金)朝食 味噌汁(干大根)漬物
     昼食 ハムライス(燻製獣肉)スープ(かに缶 干うどん)漬物
     夕食 その儘(缶詰魚肉)煎りつけ(乾ゼンマイ)漬物
 
最初の御節メニューはともかくとして、「その儘」ってのは、めいめいの配膳に
缶詰がその儘配られてるのだそうで・・;。週半ばあたりで、刃物野菜が姿を消し
味噌汁に干し大根というのまで・・・・泣けてきます。
#潜水艦の人たちは1月くらいの任務に出たら、2ヶ月は休養しないと健康状態が回復
しなかったそうで・・・。 高森直史さんの著作には、隣のページに海上自衛隊潜水艦の
献立もあわせて紹介されていますが、比べればその差は一目瞭然;。;。消耗するのも当然だ。       
548名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 00:08:56 ID:jaHyrBuL0
>強い軍隊の積りで作った帝國軍が何であんな無様な負け方したのかをね。

中国軍や朝鮮軍の100万倍優秀な軍隊だったがね
アメリカ軍の将校も一度日本軍を指揮してみたいと言っていた


549名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 00:10:20 ID:IsyMLFFN0
>>540兵隊大将は少佐じゃなかったっけ?営門っぽいけど
550名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 00:15:21 ID:YcSspGDT0
>>548
> アメリカ軍の将校も一度日本軍を指揮してみたいと言っていた

ルメイのこと?

ロシアの兵士と日本の下士官、ドイツの士官、アメリカの将校、イギリスの政治家が
合わされば世界最強の国家が作れるという話を聞いたことがある。
551183&354:2005/09/20(火) 00:19:36 ID:ClPvREWL0
暗号の話になってますが・・・226事件では制度疲労&自浄能力の衰微をあらわにした
陸軍ですが、幾多の政争・諜報・謀略に携わってきた陸軍だけに、情報の取り扱い方と
その活用には、海軍と相当開きがあったようですね。
戦後、陸軍の暗号畑の方がGHQの取調べを受けた際、「われわれはアメリカの暗号の大半を解読していた
。が、わが国の将官の石頭までは解読できなかった」とおっしゃったとか。
びっくりした取調官が、数題の暗号の例題を見せた所、一晩でといてみせ、
「こんなもの朝飯まえだ」と周りを仰天させたとか。寒々とした取調室に、水すら出さないといった待遇も
サロンでコーヒーを飲みながらといったものに変わったそうで^^;。
552名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 00:21:52 ID:VJ1oHXf50
俺は子供の頃から麦入りご飯で育った。
それが当たり前だと思ってたんだが、友達の家に行くと真っ白な飯でうまかった。
なんで俺のうちは麦入りご飯なのだろうと不思議に思っていたが、陸軍体験のじいちゃんの主張だったようだ。

最近、行った居酒屋土風炉という居酒屋もご飯は麦飯が基本で、俺にはなつかしくおいしい味。
553名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 00:22:55 ID:euYNqLDR0
>>549
少佐以上は「特務」の文字が取れるという話と、
兵卒からの叩き上げ上限(中佐)
との混同が起きていると思われます。
554名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 00:23:14 ID:BiLXd+xG0
取り敢えず雄山連れて行け
555名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 00:25:32 ID:jaHyrBuL0
昭和天皇も普段は麦飯を食されていたそうです
鯖の味噌煮と鰻が好物とのこと

メロンと松坂牛が好物の指導者じゃなくって良かったな 俺たち日本人は
556名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 00:28:08 ID:vyjE/4Fn0
>>551
陸軍は無限乱数式の暗号を使ってたから、終戦までほとんど解読されなかったようだ。
但し、恐ろしく煩雑な手順が必要で、手作業で運用していた日本ではエラーも多く、
効率という点では機械式のアメリカに到底及ぶべくもなかった。

アメリカは暗号解読のために国内の名だたる数学者、言語学者等を総動員して
暗号解読にあたらせたが、日本側のそれは全くお寒い限りでだった。
557名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 00:33:34 ID:So3oyCBd0
>>549
正確には時代によって変るのよ。
海軍の制度的に特務→通常士官の道が
開かれる迄は特務大尉まで(これが昭和初期)
ただし実際に機能し始めたのは戦時になってから。
適用されたのは帝国海軍史、わずか200〜300名。

特務大尉がずば抜けて偉いのはかわりはない事。
558名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 00:35:11 ID:sq7+SwwZ0
>>513
ソニー創業者の盛田氏は多分、901空という比島の対潜哨戒、船団護衛専門の
航空隊所属だったと思います。日本で唯一、磁気探査装置を装備した部隊ですね。
この磁気探査装置の開発に携わっていたのが盛田氏だそうです。実は私の叔父も
この部隊に所属し、盛田氏は非常に優秀な技術開発者として一目置かれ、隊内中に
その名は知れ渡っていたそうです。ちなみに、私の叔父も士官学校卒の正規の将校
でしたが、軍人としてはエリート組の叔父でさえ、終戦間際には大尉までの昇進した
ものの、さほどの高給取りではなく、生活は苦しかったそうです。
559名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 00:37:42 ID:5TYBTgBn0
>>555

嘘だな。
戦争末期、ヤルタ会談とかや南の島で俺(の前世)が死ぬような思いをして
いた時に、天ぷらを更に美味にする為に秋山トクゾウセンセイが鍋を特注してた
そうだからな。
560名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 00:56:56 ID:So3oyCBd0
>>559
昭和19年までは、実は都内でも通常の生活レベルが
維持されていたって事知ってる?
561名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 01:24:51 ID:xuT4azT30
>>560
俺の母親(当時子供)も戦争中より戦争が終わってからひもじい思いをしたと言ってたな
配給で配られた腐りかけてアンモニア臭のするエイを散々食べさせられて
今でもエイだけは絶対に食べられないと言ってる
562名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 01:26:53 ID:jexU7syB0
>>552
麦めしだとビタミンA不足=脚気にならないからだろ
いいじいちゃんだ
563名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 01:29:53 ID:5e0iIYalO
はいだらー
564名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 01:37:34 ID:jexU7syB0
>>550
日系人部隊は第二次大戦の米軍の最強部隊だったぞ。
負傷率97%、死亡率50% <<怪我しても再度戦場に舞い戻らないと達成できない数字。

ローマ侵攻時 最前線にいたり(ローマ解放の栄誉は奪われたが)
ドイツの強制収容所を解放したのも日系人部隊。

勲章は18,000以上

第442連隊戦闘団
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC442%E9%80%A3%E9%9A%8A%E6%88%A6%E9%97%98%E5%9B%A3
565名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 01:53:10 ID:So3oyCBd0
>>564
文字通り奪われたんだよな。
ローマ解放の名誉。
日系人部隊(第100大隊、第442連隊)は未だに評価高くて、
ヒストリカルシミュレーションとかでもエリート部隊の扱いに
なってたりする。

>>561
そです。
実際にその時代に日記、随筆をチェックすると爆撃で都市
機能を破壊されるまでは、灯火管制と多少の物資不足以外
は普通の生活していたりするのが判るんだよね。

第一、人間の性質考えたら戦中通じてそんなに不自由
だったら国家総力戦を4年間(日中戦争から数えたら12年)も
戦えるはずないし。

でも、戦後になって左翼が作った戦前真っ暗史観によって
そう言う事すら歪められちゃっているのが現実なのよね。
わずか60年前、それもその時代に生きていた人が大量に
生き残っている時代の話なのに。
左翼史観は一事が万事この調子だからね。
如何に左翼史観が胡散臭いか判る一例かと。
566名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 02:27:23 ID:TmLkhZf50
俺の爺さんは海軍中尉で赤城に乗ってたとか言ってたけど、ちょっと疑わしい。
ある時は赤城じゃなくて駆逐艦に乗ってたことになってるし。もう死んだけど、ボケてたのかな。
上海でかっぱらってきたっていう掛け軸があったけど、爺さんまさか略奪したのか・・・?
567名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 02:33:16 ID:TmLkhZf50
戦争前に日清のチキンラーメンやカップヌードルが開発されていれば、餓えの問題も結構克服できたんじゃないかな
568名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 02:33:56 ID:2Qze4Gr40
>>565
>第一、人間の性質考えたら戦中通じてそんなに不自由
>だったら国家総力戦を4年間(日中戦争から数えたら12年)も
>戦えるはずないし。
はずないし、ってあんた・・・。
人間の適応力を舐めすぎだし、
戦前の東北や北海道の様子はまさに悲惨の一言だぞ。
(半島やタイワソよかこっちに金回せと言いたくなるくらい)
完全真っ暗なサヨク史観は大嘘だが
それを全否定するような0か1でしか物を見られないようじゃ
サヨクさんと根っこは一緒だぞ
569名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 02:43:40 ID:So3oyCBd0
>>568
おいおい、枝葉に噛みつくなよ。

226が東北の凶作が元凶であり、その時に東北を
救えなかった背景に朝鮮半島した経済政策があった
事、貧村では貧乏から脱却するために軍に入る人間
も少なくなかった事(これは東北に限らない)事など
承知の上だ。


日本全国がど貧乏だった訳じゃなかろう。


第一、そんなに貧乏な国なら、それこそ国家総力戦なぞ
できん(w

何が琴線に触れたのかはわからんが、揚げ足取り的に
枝葉に噛みつくだけなら、それこそ左翼と変わらんぞ。
570名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 02:51:34 ID:So3oyCBd0
また本筋と違う所で噛みつかれても嫌なのでチョイ修正。

誤:
  も少なくなかった事(これは東北に限らない)事など
  承知の上だ。

正:
 も少なくなかった事(これは東北に限らない)など「も」
 承知の上だ。
571名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 05:53:47 ID:T0G/E9gvO
>550
ベトナム戦争時の将軍だったぞ(太平洋戦争に従軍経験のある)
確か「(太平洋戦争時の)日本軍の一個師団を指揮できたならば、こんな戦争は終わらせられた」
みたいな発言だったな
572名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 06:01:06 ID:T0G/E9gvO
大佐が軍属?
仕官を士官?
死者を使者?

誤字なのか?
573名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 07:18:06 ID:T0G/E9gvO
俺も誤字してたスマソ
×仕官を士官?
〇士官を仕官?
574名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 08:30:26 ID:cQxbpqaD0

小ネズミ自民党のもと、日本が9条を廃止して再び自衛隊を軍隊化するようだが
そんな事して、再び日本が餓死したら、第二次大戦の繰り返しじゃないか。
敬老の日に、生存している元軍人の爺ちゃんが悲しむぞ。

日本は「はだしのゲン」や「蛍の墓」に全く学んでいないようだ。

第9条は日本が世界に誇るバイブルなんだぜ。戦争を体験した日本の人々が渾身の思いで
制定させたのが9条。おまえら、その出兵で苦しんだ爺ちゃんや残された家族の顔に
泥を塗るんだぞ、もしここで9条を消したら。

戦争世代に一生怨まれるんだぞ。

575名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 09:39:52 ID:B/CHVvcO0
518 名無しさん@6周年 New! 2005/09/19(月) 20:49:41 ID:ikhi4svb0

小ネズミ自民党のもと、日本が9条を廃止して再び自衛隊を軍隊化するようだが
そんな事して、再び日本が餓死したら、第二次大戦の繰り返しじゃないか。
敬老の日に、生存している元軍人の爺ちゃんが悲しむぞ。

日本は「はだしのゲン」や「蛍の墓」に全く学んでいないようだ。


改変コピペ乙。
576?:2005/09/20(火) 10:41:20 ID:cQxbpqaD0

小ネズミ自民党のもと、日本が9条を廃止して再び自衛隊を軍隊化するようだが
そんな事して、再び日本が餓死したら、第二次大戦の繰り返しじゃないか。
敬老の日に、生存している元軍人の爺ちゃんが悲しむぞ。

日本は「はだしのゲン」や「蛍の墓」に全く学んでいないようだ。

第9条は日本が世界に誇るバイブルなんだぜ。戦争を体験した日本の人々が渾身の思いで
制定させたのが9条。おまえら、その出兵で苦しんだ爺ちゃんや残された家族の顔に
泥を塗るんだぞ、もしここで9条を消したら。

戦争世代に一生怨まれるんだぞ。

武力を持てば侵略に「勝てる」と信じ込んでいるだろ。武力をもっても日本は負けたのだ。
だいたい、今の腰抜けあばら骨ヒョロヒョロ世代が武装しても銃の重みで腰が抜けるよ。

自衛隊だって「戦争にいくなら、入隊しない」奴ばかりだからな。
577名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 11:06:19 ID:/IQGJhq30
576 現実に某国は常にミサイルでジャパンを照準しているとゆし、何処かの軍艦は
ジャパンの領海を平気で航行しているというとき、ぼくんちらは,いったいどうすればよいの?  大事なお国を乗っ取られてもよいの?第九条はそれをふせいでくれるのかな


したらよかんべ?  
578名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 11:15:57 ID:cQxbpqaD0
>>577
武装したら日本が救われる保証はありますか?
第二次世界大戦で武装しまくりだdった日本は、その武装の結果、救われましたか?
勝てましたか?
579名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 11:23:03 ID:oF0yNE2c0
>>577-578
あー…両者とも、今在籍している日本語学校に真面目に通って、もう少し日本語文章を真っ当に書ける様に
なってから、ここに煽りに来てくれたまえ。日本語文章の体を為していない日本語は、例えそれが会話文と
しては通用していたとしても、日本の社会では先ず受け容れられないから。
580名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 12:06:32 ID:wBMq4I3b0
2chのスレッドタイトルって訂正できへんの?
581名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 12:09:35 ID:xsR0hUnj0
>>580
一度立った後は無理。
スレごと削除とかでないと。
582183&354:2005/09/20(火) 12:25:10 ID:ClPvREWL0
えーい!(^^;)
飯の話をしてるそばで、イデオロギーの話をするな!
飯がまずくなる!!(▼ヘ▼メ)ぷんぷん

#飯に関連する話なら大歓迎♪
583名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 12:25:59 ID:S7iRdXF60
八頭身総合スレフラッシュ
584名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 12:26:40 ID:0cJirEzu0
>>567
めんの原料の小麦はどうすんだよ
585183&354:2005/09/20(火) 12:44:31 ID:ClPvREWL0
>>567
国内の飢餓の問題は、流通経路が破壊された事が根本原因。
カップめんがあっても、飢餓地域にとどけられない。
戦地に関していえば、こういうのもあってもいいのかも。
昼食 白飯 その儘(即席揚麺)漬物 てな感じで。
油分の摂取は体格向上につながるしね。
行軍の際、携行するならカップめんはかさばるから不可だろうけど
チキンラーメン見たいな奴なら・・・・でも、水を大量に必要とする
のは変わらんのね。生米食べてた状況の改善には繋がりそうもない。
586名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 14:25:26 ID:M3vo0ixT0
今の自衛隊の缶飯があればよかったのかな?
あれをゆでるだけなら泥水でもよさげだし
587名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 15:12:39 ID:FtBUai2u0
日本の搭乗員はおにぎりで敵戦闘機を撃墜したことがあるぞ。




弾切れで後ろにつかれ、もう駄目だという時に
機体後部の乗員がこの野郎とばかりにおにぎりを投げつけた。
手榴弾と誤認したのか急回避した敵戦闘機は地面に激突、爆発炎上。

おにぎりはえらいのだ。
588名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 16:29:35 ID:T0G/E9gvO
>586
缶飯はありました
主なものとして、五目飯、稲荷、赤飯、餅などです
特に潜水艦乗員だった方々の本には必ずと言っていいほど出てきます
589名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 18:36:35 ID:aEDCECuI0
そういえば陸自レーションのサバ味噌煮缶でアレルギー起こした。約25年前。
父親が陸自で単身赴任で、母親にネグレクトされてるという同級生がいて
弁当のおかずにレーション持って来てたんだよな。
気の毒だから、おかず取っ替えっこしたら、これだ。
花粉症以外のアレルギーは、これが最初で最後。

ぐぐると、いま自衛隊のレーションで魚モノはマグロ・サケ・マスだけみたい。
やっぱりアレルギーの問題があるんだろう。
590名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 18:45:23 ID:PnIX16Uw0
難波の小学校に転校して、給食の豪華さに驚いた。

皿いっぱいのお好み焼き、食いきれないほど盛られたチヂミ、
キムチは皿からこぼれそうだ。
それにジョッキに入った逝印の牛乳、デザートには
たこ焼きと粟おこしまで登場する。

コナモンばかりで吐き気がする。
591名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 19:14:40 ID:dBNTCcq+0
今から30年以上前、もう潰れてしまったが札幌・新琴似にあった小林百貨店
という田舎のスーパーで「自衛隊提供・期限切れ直前”ごはん缶詰”」の特売を
やってました。賞味期限まであと3ヶ月の「牛飯」と「赤飯」の缶詰が売ってました。

あれ、一帯なんだったのでしょうね?後にも先にもこんなバーゲンは初めてでした。

製造元が、自衛隊に納品できなかった余った在庫製品を田舎のスーパーで特売
したのでしょうか。当時子供だった自分は、もちろん喜んで食べました。
「牛飯(五目飯だったかな?)」は特に一番美味しかったです。今の市販のレトルトの
五目御飯よりも、味は良かったような気がします。
592名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 19:23:04 ID:dBNTCcq+0
で、そのもう廃業してしまった小林百貨店と言うスーパーは面白くて、軍とは
一切無関係なのですがいろんな変わった缶詰を特売していました。
当時は人口甘味料チクロの使用が禁止になる時期だったせいか、禁止一ヶ月
前から「特売・チクロ入り缶詰大安売り!どれでも缶100円」とか、今じゃ問題
になるようなセールを正々堂々ととやってました。(w

そんな中で買った商品で、やはり「賞味期限切れ直前セール」で30年前に売ってた
札幌グランドホテル製の「牛タンシチュー」の缶詰は、まさに「こんな美味しいものが
この世にあるのか!」というくらい感動しました。当時でもかなり高級品だったような。
593名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 20:14:34 ID:SkU6XEbT0
>>495
理系専学卒なんかだと伍長からスタートするんだよ。
大卒は少尉からだから
貴方のおじいさんは日本製鉄の専学出では?
ちなみに伍長ってのは「曹」といわれる下士官で、
軍曹、伍長が分隊長として10人規模の指揮をとる。
594名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 20:27:32 ID:xerc8NT40
>>585
チキンラーメンならそのままでも食える。日本軍は世界に類をみないほど
兵站が適当な軍隊だったが、それであれだけ遠隔地まで前線広げるんだから
餓死も必然だな。

兵站だけならまだしも、資源に乏しいから始めた戦争なのに、その必要な資源の輸送も
手抜きしまくり。
日本人には総力戦は無理だったのかね。
595名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 20:28:41 ID:Cpnsqa6J0
うちの爺さん 陸軍習志野航空隊に居たらしいが
食べ物は不自由なく食べれたと言っていた
戦時中 国民は食べれなくても
軍隊は優遇されていたみたいですね!
596名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 20:33:09 ID:T0G/E9gvO
コンバットマガジンに載ってたが、降伏した日本軍を点呼すると必ず班長(下仕官)が統率することから、米軍は実質的な指揮官を「HanChou」と呼ぶ習慣が付いたらしいよ
映画「プラトゥーン」で、村を臨検するとき、バーンズ曹長が「Hanchou of here」と呼んでますな
597名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 20:36:47 ID:SkU6XEbT0
>>595
航空隊はまだ、まともだった。しかも国内ならな。
問題は南方で補給線絶たれた歩兵とかね。
俺の祖父はインパール作戦に少佐として従軍したが
地獄だったそうだよ。
食い物は土も食ったそうだ。土を煮出して腐葉や虫の
混じったお湯を飲んだと。下痢すればおしまい。
下痢しなければ生き延びられる。
食わなきゃ餓死する。
598名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 20:40:43 ID:SkU6XEbT0
>>596
兵卒にとって一番重要なのは
士官じゃなく、下士官がどんな連中かなんだよね。
それこそ兵卒が一番怖いのがこいつら。
「鬼少尉」ではなく「鬼軍曹」なんて言葉が出来たのは
興味ぶかい。
599名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 21:17:23 ID:0Ps3dcKS0
>>597
オレがひいじいさんから聞いた話によると空腹で倒れそうな兵士が、
届いた食料を一気に食べたとたん死んだって話は聞いたことがある。
それもかなりの数を見たらしい。
600uaa:2005/09/20(火) 21:23:50 ID:Ca+y5itD0
>>550

> ドイツの士官、アメリカの将校

→ドイツの将校、アメリカの参謀
601名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 21:26:28 ID:+6dda4fD0
>>593
初耳だな。理系は兵にはならないで一応士官から始まるんだ。
602uaa:2005/09/20(火) 21:37:58 ID:Ca+y5itD0
>>557

終戦間際には正規士官との差別が無くなり、大佐まで言った人もいると聞いた。
603uaa:2005/09/20(火) 21:42:30 ID:Ca+y5itD0
>>562
AじゃなくB1ね
604名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 21:44:04 ID:KrS7bht+0
【滋賀】食事で戦争の悲惨さを伝える 「ふのやき」や「すいとん」用意
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1127209199/l50#tag143


えらい違いだな
605名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 22:17:18 ID:4Rwexthl0
ハイラカ
606名無しさん@6周年:2005/09/20(火) 22:18:01 ID:SkU6XEbT0
>>601

通常は兵長を一期勤めるとこの階級となるが、その場合は、
下士官候補生として数ヶ月の訓練期間が設けられる。
訓練期間を経て配属されると、分隊長として10名前後の部下を任される。
但し、兵長の段階で、分隊長に任命されている場合は、分隊長任命から半年前後
でこの階級となり、その際には訓練期間が免除されることが多い。
また、下士官候補学校や各種軍施設学校を卒業して軍に配属される場合、
多くはここがスタートラインとなる。

製鋼や製鉄、航空機械などの民間企業技師養成施設を卒業している場合
各種軍施設学校卒に順じた扱いがなされることがある。
(軍務に有益なる)

607名無しさん@6周年
>>604
ワロタ